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Please give everything to me. ※非エロ

2011/02/26 14:24:54
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幸せと引けば廻りあわせと出る。これはもう常識だろう、1+1=10と同程度にはみんな知っているはずだ。
巡り合わせ、なんて言葉が使われるだけあって、幸運は人任せだ。出会う人は自分では決められないでしょう?そしてどんな関係を気付いていくのかもまた、一人じゃ決められないんだ。
ぼくらは、出会ってほんの三分の関係だ。でも、でもね。キミとの出会いがきっと、僕らの運命なんだよ。
わかるかな、キヨ君。僕の胸すごく高鳴ってる。
たぶん生まれてからずっと、ずっとずっと、探してきた気持ちなんだ。
キミを愛すること。愛されること。繋がってる、結ばれてる。
なんだか涙が出そうなんだ。たぶん今、それこそ生まれて初めて本当に感動してる。
こんな体になったのもきっと、キヨ君に愛されるためなんだね。

大好きだよ。

☆ ☆ ☆






たとえばトールキンなら、僕の成り立ちに新たな種族を見出すだろう。
レイチェル・カーソンならその過程を検証し近代化を嘆くだろう。
モーリス・ルブランなら変装を疑うだろう。
アンデルセンなら人魚姫を彷彿とさせる新作を生み出すだろう。
ルイス・キャロルなら、今風にライトノベルを書くのだろう。
シェークスピアなら悲劇を書き世間を泣き暮れさせるのだろう。
キリストなら手を触れれば治せるのだろう。
ユダがいれば泣きながらマスコミに公表するだろう。
観音菩薩は女性となって説法をするだろう。

僕は女の子になってしまった。
正体不明 名称不在 症例不詳 原因不明 予測不能
見ず知らずの病、ついた名前は「後天性遺伝子上体細胞異常症候群及び細胞異常影響による新体化現象」
長ったらしい。これはすでに病気ではなく現象なんだそうだ。

友人は気味悪がった。病原菌を恐れているようだった。
先生は義憤に燃えていた。強制は新たな差別を生みまた先生も露骨な差別をした。
兄弟はいない。僕は過酷な治療によって生まれていた。
両親は居場所を失った。彼らはただ退廃した。逃げ場所もまた失った。
僕は逃げた。誰からも何処からも何からも。すべてが僕を押しつぶそうとする世界を恨んで。

大切なものなんて何一つ残らなかった。物も人も、そもそも世界が違うのだ。次元の断層は薄い膜のさりげなさ、そして硬い岩壁の絶対だった。
大事な人はどこにもいなくなった。愛情も憐憫も恐怖も動揺も、すべて苦々しい。あるいは羨ましいだけだった。
これほどに24時間が長いと感じる生活もなかった。ただ僕は秒針を見つめる精神異常者でしかなかった。針はあまりの正しさに僕をイラつかせた。
両親が愛情と義務で退廃したように、僕もまた実験と治療の中で正常を失っていった。
苦痛だった痛かった苦しかった悲しかった辛かった。
何も感じなくなった。

人体実験が終わったのは11月だった。カレンダーはおととしのままだった。
外は寒いのだろうと思った。嘘だ。思わなかった。なにも考えなかった。
虚空だった。ズレだった。空虚で伽藍。まるで夜空、いや授業中の隣席あるいは黒板。
触れた。ふれられなかった。

一線があった。

彼が来るのは明後日になると母が言っていた。誰の話だったか覚えていなかった。
翌日には彼と会わなかったことを咎められた。やはり誰のことかわからなかった。
彼。誰かわからない彼。とうとう思い出すことはなかった。自分は彼を愛してなんていなかった。知らない人だった。
あとで聞けば医者だったそうだ。
知らない。

さらに一年が過ぎた。
嘘だった。それは150年の長い月日だった。ある日町に妖精が現れて以来、着々と人は存在を希薄にさせていた。
まるで一昼夜の歳月だった。人は背景でしかない。街は実存のリアルでしかない。
やはり彼は訪れたようだった。今回は名前を変えてきていた。
私も名前を変えようか。ポーチドエッグ。味はもう忘れてしまった。よく食べたことも好きだったことも覚えていない。

空はある日を境に青紫色に変わった。美しいという言葉を見かけた。下世話な言葉だった。
月が赤いことには呆れた。そんなに太陽が羨ましいかと思った。なかなか愉快な話だ。今度話してみよう。忘れた。
そういえば病院のニオイが綺麗になった。あの鼻につく匂いはどこかへ去ったのだ。これは珍しく好事。
だが同時に他のニオイも逃げてしまった。ついには空気に恐れられたか。なんとなく不愉快だった。

また彼は訪れた。あるいは訪れた。誰だかわからなくなってしまった。人の顔が最近みえない。
一線はいつの間にか厚かましくなっていた。本当に色を持ち始めたのだ。それも暗色ばかりで寒々しい。
気分の良い日が続いた。いよいよ待ち望む日が来るのかもしれない。三十六回だけグラスを見つけたがこなかった。
屋上はまたも赤だった。血のような赤という言葉は妙に軽々しくて嫌いだ。たとえるなら赤のような赤が最高だと信じようか。
やめた。やめたくなった。とまりたい。泣けない。

目が覚めた。どうやらうなされたようだ。あたりは薄暗いのに時計の針は3時をさしていた。深夜でも日中の明るさでもないのに。おそらく計り方を変えたのだ。
またも彼は来るらしい。今度は母も悲しそうだった。泣いていた。母を泣かすようなやつは赦せない。だけど彼は愛しかった。
夜はそう暗くなくなった。だが残念なことに星は輝いていた。美しいという言葉を見かけた。汚らしかった。泣けなかった。

嘘だった。
全部嘘だった。
だけど、壊れてしまった。
壊れてしまいたかった。


三日経った。つまり彼が日本に帰ってきたのだ。
それはおそらく二十ヶ月ぶりのことだった。早く会いたくて、私は寝床から降りた。
だが一歩目の前に躓いてしまった。足の筋肉は幾分弱体化して、もう走ることはかなわなかった。
杖に手を伸ばした。虹彩がすぼまってしまっているため、白杖を探すのには骨が折れた。
服はこの日のために準備したもの。でも女の子だ、身だしなみを整えてニット帽をかぶった。
「お母さん!」
お母さんと話すのも、もう一年ぶり――その間なんども、意味のない妄想を怒鳴りつけて困らせてしまった。
大切な母さんだ。世界で一番、僕を愛してくれている人。母さんは疲れているみたいだけど、声を聞いてすぐ元気になってくれた。
しかしお母さんはすぐに泣き出してしまった。昔から泣きもろい人だけど、これはちょっと大げさだ。声をかけただけで泣かれたら困ってしまう。
「お母さん、キヨ君がね、日本に帰ってくるの!帰って来るんだよ!」
こういう時はあんまり気まずくしないほうがいいと思うんだ。あたしは勤めて明るく言った。同じくらい心の中も晴れ晴れしていた。
うん、うん。とお母さんは泣きながら返事をした。
「だからね、お出かけ!お出かけするの!行ってくるね!!」
ほんとは、行き先とか、帰る時間とか言わなきゃいけないんだけど。ごめんねお母さん。あんまり待てないんだ。

キヨ君と待ち合わせしたのは丘の上の公園だった。
待ち合わせの二時間前に僕はそこについた。そして待った。
待つ間に、僕はようやくすべてを思い出した。
僕は、女の子じゃない。
それがようやくわかった。そしてこの現象にかかって初めて泣いた。

かわいいワンピースだった。ピンクで、ふりふりで。白のレースが上品で。夏にあわせた麦わら帽子がよく映えた。
木の、背の高いサンダルは流行のもので、やっぱりかわいかった。
先週、少しだけ意識がはっきりした時に買い揃えた服だ。暗い色は見分けがつかなくて、選べなかった。
ほんとは、このワンピースはもう少し濃い赤系だったと思っていたのだ。でも違った。
夏だから、それも急いできたんだから汗まみれだった。でもべとべとしない。暑くない。水の味もしない。

治療――いまとなってはどんな実験だったのかは分からないが、それは確実に僕の体を蝕んでいた。
モルモットよりはいい扱いだから。少し悲しかった。

公園で、それも早朝の午前4時という時間に僕はしゃがみこんで泣いていた。
僕にはもう、抱きしめられたことさえわからなかった。

ただいま、双葉

キヨ君だった、幼馴染で唯一無二の親友の。僕のために外国の研究チームに入った彼だ。
なんどもうちを訪ねて、そのたび僕はわめき散らして。そして悲しすぎて無くしてしまった記憶の、その彼だ。
きっと名前を変えたのも、なんとか会うためだったんだね。

「キヨくん、きよくん……ごめんね、…ほんとに、ごめんね」
それはきっと泣いていてうまく言葉にならなかった。
キヨ君は、もう僕に感覚が殆ど残っていないことを知りながら、ずっと頭をなでていてくれた。

不意に愛の言葉を聴いたような気がした。乾いた笑いが漏れ出た。
キヨ君、それは、なかなか――ヘビーな冗句だね。
その、こういう状況だから。ちょっと配慮が足りないんじゃないかな。
二度目は哂いもできなかった。
かすれた空気が、漏れた。

「――やだ。やだ、やだやだヤだヤダヤダヤダ――イヤっ…なの!!やだっ!やだよっ、もうやだよっこんなの!!なんでよぉ、なんで、なんでなのぉ!こんなっいや、やだぁああ!!やだよぉおおお!!!」

なんで、なんでどうして僕なのなんで僕だけなの何で今なのなんでよ!!
視界が真っ暗になった。恐くてたまらなくて抱きしめる腕を払って、
狂ったケダモノの哄笑でしかない、サケビがただ暴れ狂った。言語なんてない。
ただイタミが音になったかのように僕は絶望を不幸を悲痛を愛をぶちまけた。

「なんで、なんでそんなこと言うの……」
そんな言葉うれしいのに。僕は受け入れないのに。
ねえ分かってるのキミ。知ってるの?
いま僕、泣いてるよ?うれしいの。切ないの。
もう最初からずっと、抱きしめられたときから泣いてるんだよ。
キミは暖かいような気がするんだ。ふれていると落ち着くんだ。
愛してる。
だけどそれだけなんだ。
いまだけなんだ。

「ねえ、ほんとに分かってるの?ぼく、明日には全部忘れてるんだよ」
キミの名前だって、思い出だって、いまこの瞬間だって忘れちゃうんだよ。
……一時間後には、赤の他人かもしれないんだよ。
なんでそんなこと言ったの?
うれしいよ。切ないよ。
もう無駄なんだよ。
ばか

「だいっきらい。死ねよ。死んじゃえよ!!」

ポシェットの中をまさぐって、取り出したカッターで手首を裂いた。
血の花が咲いた。真っ赤。赤のような赤。血そのものの赤。
一瞬イタミをこらえる声を聞き逃さなかった。反対側の手首も咲いた。
裂けなかった。
キヨ君が刃を手のひらで受け止めて、僕の手首を痛ましそうに見つめてた。

「止めないでよ。僕の左手がキヨ君を悲しませるんだ。だから罰なの。連帯責任なんだよ。僕はキヨ君に応えられないの。罰なの、罰なんだよ、とめないでよっ!!」
「ごめんね、キヨ君の手に傷がついちゃったね。次は上、上の首だから。それで最後だよ。大丈夫、安心して。もう痛くしないから」
「痛くないの!!……痛くないの。うれしくないの、切なくないの、でも愛してないの!!」
「もう……やめて、僕じゃないから。おかしくなってただけなの。全部そうなの。嘘なんてついてないよ……」
「ごめん嘘だよっ……ごめんなさい」
「もう見ないでよ。もう僕じゃないから。私なの。私はおかしいの」

もう抱きしめないでよ……血がついちゃうの。笑わないでよ、かっこいいから。優しくてヒーローで、かっこいいの。強くて素敵な人なの。
ダメだよキヨ君。おかしくなっちゃったの。私はもうだめなの。ダメなのになったの。
違うの、そうじゃないの!大好きでも終わりなの、そうじゃなきゃ耐えられないだけ。優しさとかじゃないの

「キヨ君の告白を忘れちゃう僕なら死ねばいいんだ。それだけ、それだけなの」

キヨ君じゃなければ忘れてもいいの。忘れたくなきゃ会わなければいいの。別の人なら会ってもいいの。
実験してって頼んだのは僕なの。おかしくなりたかったの。ちゃんと壊してほしかったの。
アジなんてもうしないの。痛くもないの。血が出ると眠くなるだけなの。
そんな僕だよ?それでもそんなこと――




……嬉しいよ。ぼくも愛してる。
忘れても、これはきっと忘れない。
大好き



抱きしめられると暖かい気がするんだ。
それはきっと、キミの心の温かさだね。
ちょっとくさいけど、でも本当にそう思うんだよ?
ずっと、ずっと抱きしめていて。
僕がもう二度と生きることから逃げないように。
君の愛を忘れないように。

いったでしょ?血が出ると眠くなるんだ……
おやすみ。ずっとずっと、愛してるよ……
☆☆☆ あとがき ☆☆☆
二本目がこんなに暗くて大丈夫か?
HUMAN
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