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運動会

2011/04/01 01:27:29
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運動会

「やったよ! 皆、あたしやったよ!」
運動会の花形競技の1つ女子リレーでの、一着にうちのクラスは盛り上がった。
「やったぜ!清彦」
最後の見事な逆転劇に、俺も歓声を上げた。目標の達成に、至福のひと時が訪れる。
(これであいつも、元に戻れる)そう思いつつ祝福しようと近づく。
「やったね! きよちゃん」
「ありがとう、美津子ちゃん、佳奈ちゃん。みんなの応援のおかげよ―」
だが勝利の立役者は、他の女子に囲まれてしまう。
当人も女子の歓声にばかり、相手にする。
なんとなく違和感を覚えた瞬間だった。

思い起こすとあれは夏休み明け―
なんとしても運動会で優勝したい俺たちは禁じ手を使ってしまった。
うちのクラスには、男子に運動が得意な奴が多く、女子に運動音痴が多い特徴があった。
誰か女子の助っ人をすれば、女子の競技でも勝つことが出来て、クラスが優勝できる。そんなふうに考えた。
一体誰が、助っ人をするか、さんざん議論して、クラスで運動が得意な清彦に白羽の矢が立った。
性格が穏やかで、女子も納得できる奴だったのが理由だった。
そして、女子にはやたらと不思議なおまじないに詳しいのがいて、どうやったか知らないけど、清彦を女にしてしまった。
清彦は最初は嫌がってたけど、お前しかいない、男らしく女子の頼みを聞いてやれ、と説得し、運動会が終わった後に、必ず元に戻す、というのを条件に渋々了承した。

本人の了解が得られるとすぐさま、その放課後にクラスのある女子の家へ連れて行かれた。
男子は儀式には来てはいけないと厳命されたので、ただ空き地で戻ってくるのを待っていただけだった。
一体どんなことをやったのかは秘密というわけだ。
やがて帰ってきたきよひこはそうつぶやいていた。
「うう……気持ち悪いよお」
俺たちのとこへ戻ってきた直後のきよひこはそうつぶやいていた。
しきりにきよひこは、股間の辺りや、尻を気にしている。やや内股気味にも見えた。
見た目には、あまり変化が無かった。
「女になった……のか?」
コクリ、と頷いた。
「成功よ。約束通り、明日から清彦君は女子に借りさせてもらうわ。さ、行くわよ」
隣に付き添っていた山内佳奈は俺たち男子にそう告げた。
「よし早速、来月の本番に向けて練習だ―」
「うう―」
山内に手を引っ張られていく清彦は後悔の念が顔一杯に出ていた。
そして運動会へ向けての特訓が始まった。

「うーん、どうしたのかしら……」
女子から相談を受けたのは間もなくだ。
期待に反して清彦の運動の記録は伸び悩んだ。
練習で記録を取っても、平凡なタイムしかでない。これでは運動会での勝利は覚束ない。
聞けば、清彦は女子の中に入れられて以来、しきりに周囲を気にしているらしい。
体育の時もブルマ姿を恥らってきょろきょろしたり、トイレも周りの目を気にして、あまつさえ男子トイレに入ろうとしたり。
とにかく落ち着きが無いらしい。
さらには、運動する度に以前との体の違いに悩んでいるとか。
『お尻が重い、胸が擦れる』が口癖になっている。
女の体に、不便を感じているようだ。そして、元に戻してくれと
「あの野郎―」
まったく、堪え性のない奴だ。

「一案があるわ」
また話を聞いていた山内佳奈が、俺たちの輪に加わってきた。
「どう? 彼に自覚を持ってもらうのは」
「自覚?」
「ええ、自分が女だっていう自覚を持ってもらうのよ、ね、ここだけの話よ―」
その場にいる全員に耳うちした。

「ほんと、ここにいると落ち着くよ」
休み時間、きよひこは男子の群れの中に、しきりに戻ってくる。
清彦は好きなゲームやサッカーの話が好きだが、それでは、女子の会話に入れないし、話題についていけない。
男子の集団に戻ろうとする。
これが良くない、と山内は言う。
「今夜の試合、どっちが勝つと思う?」
男子なら好きな話題が思う存分できので、ここぞとばかりに、冗舌だ。
「おっと―」
寛いでいる清彦の足元に、コロンと消しゴムが転がる。
輪の中の1人の男子が床に落ちた消しゴムを拾うそぶりをして、手を伸ばした。
「あぁっ!?」
途端に小声を出してびくっと震えた。
「悪い手元が狂った」
清彦はTシャツの上から胸を押さえた。
「どうした? 清彦」
「い、いや……」
消しゴムを拾う時に、そいつが、どさくさにまぎれて胸を揉んだ―。
「清彦ー今日の試合だろ、俺は―」
「あ、そうだっけ……今日何時から試合だっけ」
固まっていた清彦は、そんなわけない、というように首を振った。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
リレーの勝利の興奮が冷めやらない。
観覧席に戻ってきても。まだしばらく女子の取り巻きが、清彦を取り囲む。
「もう―今日の女子種目はきよちゃんの独断場だったね。騎馬戦も、徒競走も、棒倒しも―」
「きよっちは、あたしたち女子の誇りだね」
「えへへ、そうでもないよ、皆頑張ったじゃん」
いつまでも途切れない会話に苛立ちが募った。
(『女子』のだと? きよひこは、男子が助っ人に出したんだぞ!? せめてうちのクラスって言えよ)
カチンとする言葉が次々に耳に入る。俺たちだって、この勝利に人肌脱いだんだ。
大体なんで清彦の奴、こっちへ来ない。
お前は、女子と話すのが嫌だったんじゃないか?
「おい、女子、早く次の準備しろよっ」
俺のかけた言葉に、女子どもは渋々話を止め、各自の座席に戻る。
中には、露骨に不満げな顔をするのもいた。山内佳奈もその1人だ。
佳奈の奴……そもそもお前に言われたとおりに俺は動いたんだぞ。
「あ、あたしトイレに行ってくる」
他の女子に声をかけて、席を立った。
やった。あいつが1人になった。
あいつが何を考えてるか―確かめてみよう。
「あらーきよちゃん、わたしも行くー」
すかさず佳奈も同時に席を立った。すると複数の女子も同じように続いた。
チッと舌打ちをした。

清彦の様子がおかしくなったのは、あの時からだった。
あれは運動会の練習が佳境に入った時期だ。
「あはは……」
呆然としたまま笑っていた。
運動会の練習が始まる直前だった。
もう皆が着替えて運動場に出たのに、1人教室に残っていた。
「おい、どうした、清彦」
目が虚ろでいつまでも動こうとしない。変だ。
「ないんだ……」
一言だけ呟いた。
「は?」
「無いんだよ!」
ポツリと呟いた。
その清彦はズボンがまだ脱いでない状態だった。
「まさか……忘れたのか?」
体操の時に穿くもの。ブルマだ。
「違うよ!」
笑い声は震える怒りに変わった。
「さっきまであったんだ! ちゃんとあったんだよ! ここに! 誰かが盗ったんだ!」
「おい―まだそうと決まったわけじゃないだろう」
そして、これまでのことが俺にも浮かんだ。
その時までに清彦は色々な悪戯を受けていた。
男子からプロレスごっこと称して、抱きつかれたり、ズボンずらしをされて、下半身を晒されそうになったり。
女になっている体を男子に見られるのは、清彦にとって、ある種屈辱だった。
ただそれもこれもあいつの差し金であることを俺は知っていた。
わけがあるんだ―それを言おうとしてドキっと胸が鳴った。
「酷いよ……クラスの為にこんなになって頑張ってるのに―」
涙を浮かべていた。
「男って最低だね―」

「な、何言ってるんだ」
正直、清彦の涙をみたのは初めてだったから俺も動揺した。
どうすることもできないのがもどかしかった。
探そうにも、もう練習が始まる時間が迫っている。
「あら、どうしたの? 2人でー」
高い声が、2人きりだった教室に現れた。
佳奈だった。
とっくに着替えて運動場に行ったと思ったのに何故か戻ってきていた。
事情を説明する。
「まあ―酷い。それで泣いてたのね。」
「ううっぐすっ」
佳奈が清彦の手を取った。
そしてまっすぐに目の前の清彦を見据える。
「大丈夫よ、きよちゃん。あたし、予備を持っているから、貸してあげる」
「ほ、本当? ありがとう」
片方の手に、もう一枚のブルマを握っていた。目の輝きを取り戻す。
「まったく、サイテーよ」
佳奈から受け取った清彦は、穿く為にブルマに足を通す。
「わかるの、佳奈ちゃん」
「ええ、そういう悪戯、私もされたことあるから」
徐々に清彦は気持ちが落ち着いていき、涙が止まった。
だが、俺は会話に入り込めない。もどかしさがあった。
「小さかったかな? 私のブルマ」
「ううん、大丈夫」
佳奈のは、サイズが違うため、尻の形が出てしまった。
小柄な体型の割りにでかい女の尻をしていた。
正直俺も目を見張った―
「さ、行こう、きよちゃん―。練習が始まっちゃうよ」
「うん」
佳奈が清彦の手を取って引っ張った。
正直、女の子と手を握っても嫌がらない清彦と、そして清彦を『きよちゃん』と初めて呼んだ瞬間だった。

教室には俺だけ取り残されてしまった。

練習の時間も話す機会は無かった。
ずっと佳奈や、その取り巻きの女子と一緒だった。そして、その日は男子の視線が注がれていた。
「清彦、いいケツだよなあ。他の女子よりいい感じだぜ」
「あのまま、あいつ女でもいいんじゃね?」
妙な空気が流れている。なんだ? この不穏な感じは。

「てめえ! 何てことしたんだ」
「ち、違う、違うって! く、苦しい、離して―」
練習終了後、偶然ある男子の鞄から覗かせてる紺の生地を見つけた。きよひこが使ってたブルマだ。
とっ捕まえて、階段脇の目立たない場所で、そいつを引っ張って問い詰めた。
「清彦から盗んだだろ」
「お、落ちてたんだ。廊下に……。拾っただけさ」
「なら何ですぐに返さなかった」
「誰のかわからなかったし、そ、それに……」
「それに?」
「ぶ、ブルマに興味があって……ちょっと見てみたかったんだ―清彦のだったのは知らないよ!」
すぐにブルマを、そいつから取り返した。
「そうか、清彦だったのか、へへ、それも悪くない―」
「この変態がっ」
「いてえっ!」
尚も捨て台詞を呟いたので、脛を蹴飛ばした。
知らなかっただと? それに落ちていたってどういうことだろう―盗った奴が別にいる?ならなんで真犯人は廊下に置いたんだ?
清彦は、鞄から盗られたと断言してたのに。

「な、これで一件落着だ」
すぐに清彦に届けた。
「ふーん、廊下に落ちてたんだあ……」
見つかって喜ぶと思ったが、無反応だった。
「ま、いいよ。でもこれはもう使えないなあ」
「は?」
「汚らわしい―」
何が不満なのか、言葉の意味を尋ねようとしたが
「きよちゃん! 帰ろうよ―」
佳奈がやってきた。すでに着替えて帰り支度をしている。清彦を待っていた様子だった。
「うん!」
佳奈に明るい返事を返した。
そのまま帰ろうとする。
「待て、俺も行く」
話の続きをしたくて、俺も後を追おうとした。
「ごめん、2人で帰らせて」
だがにべも無い返事だった。
「そんなこと言うなって」
「だって……これから佳奈ちゃんの家に行くんだ」
「なんだと!?」
「きよちゃん、色々悩みがあるらしいの。練習中もお話したけど、話尽くせないから、終わった後にわたしの家においでって誘ったの」
清彦に悩み。練習中に話してたのはそのことだったのか。
それなら俺だって聞きたい。なんで佳奈の家まで行かないといけないんだ。

次の日、清彦に、驚く変化があった。
「うわ、ど、どうしたんだよ、清彦」
朝の教室で、俺は声をあげた。
「ふふ、どう? 似合う?」
清彦がスカートを穿いてきていたのだ。
裾を摘んでにやりと笑う。
「生まれて初めてスカート、ちょっとスースーするけど、とってもいいんだ」
これまでは、頑なに男の格好を守ってTシャツ、ジャンパー、半ズボンを通していたのが、突然女の服を身につけた。
チェック柄の二段スカートにフリルまでついている。
「わぁ、きよちゃん、可愛いー」
「どこで買ったの?それ―凄く似合うよ」」
たちまち女子が群がった。
「えへへ、どうかなあと思ったんだけど」
「凄くセンス良いよ」
次々に賛辞が送られる。
佳奈が傍らで満足そうに笑っているのに気がついた。
あいつの入れ知恵であることは明らかだった。

男子は遠巻きに見ているしかなかった。
「け、結構いいじゃん」
「馬鹿、あいつは男だったんだぜ」
男子からも褒める声が起る。
そして空気の変化が始まった。

「凄い! きよちゃん」
運動場の一角の女子の一団の喝采が上がる。
リレーの練習での出来事だった。
練習では、清彦のタイムがぐんぐん伸びていた。
一時期の不調から回復しつつあった。
「もうこれであたしたちも勝てるわ!」
「きよちゃん、本番もこの調子よ」
「うふふ、まかせてよ」
清彦も、調子を上げたのを実感しているのか、余裕の表情で、愛想を振りまく。
おそらく、走り方が変化したのが原因だろう。
以前はブルマ姿が嫌だと、うつむきながら恥ずかしそうに走っていたが、今はそんな素振りがなくなった。
これで良かったのだろうか。確かに目標へ向かって進みつつある。それ自体はいいことなのかもしれないが。
何か別のことも進んでいるような気が―
「あいつも、もう女子の一番だぜ」
「きよちゃん、可愛いよなあ、スマートだし」
女の渾名が、男子にまで、呼び方が広がってきた。
(ん!?)
一瞬、清彦を見つめていた時、妙なものが見えた気がした。
背中を屈めた瞬間、妙なラインが体操着越しに透けて見えた。
あ、あれは……ブラ!?

手を背中にまわし、ちょうどその紐の辺りを、ひとさし指で持ち上げる仕草をした。
間違いない。
ブラジャーを胸に着けている。
そういえば……
みかけは、おっぱいなんていうほどのものは、清彦の胸には無い。
だが、確かに胸が走るときに、シャツと擦れて、変な感じがすると言っていた。
けれどいくらなんでもブラが必要なぐらいだとは、思っていなかった。
俺は気にも留めていなかった。
清彦が自分から付けたのか?
いや、この話は佳奈も聞いているから、佳奈が勧めたのか?
いずれにせよ本人達から聞かないとわからないことだ。

「可愛いなあ、ワンピースとか着せてみてえな」
「なあ、少しやり過ぎじゃねえ?」
誰というわけではない。男子の方の集団に、ポツリと呟いた。
一言声をかけたかったのだが、清彦はこっちの方には来ない。
「あ? 何が?」
「あいつ、女っぽくなってないか?」
「だって、そういうふうに、してるんだろう―俺らも佳奈に言われたとおりにしたしさ」
駄目だ。他に同じ考えの奴はいないようだ。
どこかで歯止めが必要じゃないのか?
このまま女子の助っ人を続けさせてよいのだろうか。

その日の練習が終わると、着替える為に、校舎へそれぞれ生徒が流れていく。
すぐに清彦の下へ行った。
ここ最近、何度もすれ違い状態でチャンスを失っている。周囲の女子に囲まれる前に、話をしたい。
「おい、お前どういうつもりだ?」
「どういうつもりって?」
「お前、胸に付けてるだろ。見えてるぞ」
「あ、気付いてたんだ。えへへー」
清彦は、その胸に手をやった。もう否定すらしない。
「凄くいいね、これ。走ってるときに擦れないから、気が散らない。これで思い切り全力で走れるよ」
無理矢理させられてた、という答えを期待していたのに、全く嬉しそうな顔をしたので、戸惑った。
「そ、そうか、全力で走れたのか」
「そうさ、今日早く走れたのは、これのおかげさ」
「よ、良かったな」
(清彦の笑顔は早く走れたことであって、ブラを付けたことじゃない)
この時、勝手に俺はそう頭で否定してしまった。
運動会の助っ人で清彦は女子に変身した。その建前に縛られていた。
「なあ、そのブラって誰に言われて―」
「きよちゃん!」
途中で俺の言葉を遮ったのは佳奈の声。
佳奈が追いついて俺たちを見つけた。
あさ、もう。せっかく2人でしゃべれたのに。
「ここにいたの、ほら、早く着替えて帰ろうよ」
「うんっ」
佳奈の差し伸べた手を清彦が取った。
手を繋いだ佳奈と清彦は俺のそばから離れた。
「あ、その前にトイレに行こう?」
すぐさま、後を追おうとしたが、佳奈は清彦をそのまま女子トイレに引っ張っていった。
一瞬追いかける俺の方を佳奈がチラっと見たような気もした。
くそ、あそこに入られたら、俺は追うことが出来ない―

結局また取り残された形になってしまった。
1人帰り支度をする中、ふと思い浮かべた。
なんで、あいつは清彦にあんなにつきまとっているのだろう。
山内佳奈。
1年前に転校してきた女子。
成績は良いが運動はからっきし駄目。
小柄、痩せていて、物静かな性格で、色白。
普段休み時間は本を読んでいることが多い。
占いやまじないに詳しくて、ちょっと根暗が多いうちのクラスの女子では人気があった。
今回の清彦に使った不思議なまじないもおそらく、あいつがどこからか、持ち込んだものだと、俺は推測している。
だが……女になるまじないなんて、なんで知っていたのだろうか。
そもそも、そんな魔法知ってて何になるんだろうか?
わからない……。

「あはは、そうそう、わかるわかる」
「でしょ? でしょ? ママったら……」
帰り道、目の前を2人の女子が歩いていた。
何かしゃべりながら、一緒に手を繋いでいた。
「ね、きよちゃん。わかるでしょ―」
ハッとした。気が付かなかった。
清彦と佳奈が一緒に下校しているのだ。
後ろ姿は、2人ともスカートで、傍目には仲の良い女子同士に見えた。
「ねえ、ところできよちゃん―」
「ん? なあに?」
2人の会話に耳をそばだてた。いつの間にか、2人を俺はつけていた。

「もうすぐだね、運動会―」
「うん、女子リレーは絶対に勝つよ!」
話題は運動会のようだった。
「あたしたち、運動苦手だから、本当に助かったわ。きよちゃんはあたしたちの救い主だよ」
「えへへ、ありがとう。本番も頑張るよ。一番でゴールするから」
「そうしたら、きよちゃん、元に戻れるね」
「え? あ、うん」
「大丈夫、ちゃんと約束どおり元に戻してあげるから。終わったらすぐに戻してって言ってたもんね」
「そ、そうだっけ? あはは……」
「それまでは、女の子を楽しんでね、きよちゃん」
「うん、ありがとう、佳奈ちゃんのおかげで、毎日が楽しくなってきたよ」
そうか、そういうことか。
清彦の奴、元に戻るまでは、今の状況を楽しもうって腹を括ったのか。
だから、やたら佳奈とくっついてたり、女っぽくなっていたのだ。
だが、どうせ佳奈の話によると、清彦は運動会が終われば、すぐに元に戻るのだ。

そして話題が変わる。
「女の子の言葉にしたら、もっと可愛いと思うんだけどなあ」
「え? うん。ぼ、く……じゃなくて、あたし?」
「そう、その感じ。凄くいいよぉ」
そうか。やっぱり清彦に女らしさを教えていたのは佳奈だったか。
しかし、清彦もなんで素直に従ってるのだろう。
言葉遣いまで、変えつつあった。
「もうきよちゃん、すっかり女の子らしさが身についてる。もう、わたしたちと区別がつかないよ」
「ありがとう、佳奈ちゃんのおかげ……よ。大変だった……わ」
ぎこちない女言葉で返す。やはり恥ずかしいのだろう。
「そう、大変だったね、男の子から、酷い悪戯されて。きよちゃんはせっかく、クラスの為に、頑張ってるというのに」
おいおい、佳奈の奴、お前が男子にそうしろって言ったじゃないか。
なんでそれを言わない?そりゃエスカレートした部分もあるけどさ。
大体全員じゃないぞ、男子っていったら俺も入るじゃないか。
「でも、男子は悪気があったわけじゃないと思うわ」
そうだ、ちゃんと説明しろ、佳奈。
「悪気がない? パンツやブルマを盗むののどこが悪くないの?」
「男の子ってそういうものなの」
「そ、そうなんだ、男の子ってそういうものなの、ね」
「ふふ、そうよ。女の子の裸が好きで、わたしたちが穿いたパンツやシャツが好きなの」
「き、汚い、よ」
「でも、それが男の子なの。だから忘れちゃ駄目よ。男の子は、エッチで汚いの」
体がブルっと震えた。
「し、知らなかった……今まで、ずっと」
「そう、でも良かったね。これはきよちゃんが今、女の子だから、わかることなの。
忘れちゃ駄目よ」
「うん」
なんか佳奈の説明は、変だ。聞いてると無性に腹が立つ。

まったく、言いたいことをいってやがって。
どうせ運動会が終わるまでだ。
だが佳奈も馬鹿だ。
どうせ戻ることがわかってるんだから、きよひこを女らしくさせても無駄なことなのにな。
並んでいる二人をトッ捕まえて、問い詰めてやりたかったが、少しの辛抱だ。
二人の歩く道の先は、佳奈の家がある。おそらく、このまま清彦を連れて家に上がりこむのだろう。

ま、いい。好きにすればいいさ。
色々言いたいことはあるが、それは清彦が戻ってからだ。
そこで後をつけるのを止めた。

「どうしたの? 佳奈ちゃん」
「うふ、もう帰ったみたいだなってね」
「え? 誰かいたの?」
「ええ、きよちゃんに付きまとう害虫が―。さ、それより、早くお家に行きましょう? あたしに話があるんでしょ」
「う、うん!」

次の日―清彦は女言葉になっていた。
珍しく、向こうから話しかけてきた。
席が近いこともあるが……。
「ねえ、あたし、昨日の宿題忘れちゃったんだ。ノート見せてくれない?」
「……」
抵抗感なく、使っていて、ますます女らしくなっていった。
それに今日は着ているものもいっそう、着飾り具合が増していた。
その上、頭には小さな髪留めのリボンが付いていて、ペンケースや、消しゴムも、ピンクや赤の女子用の文房具になっていた。
「ねえ、見せてよ」
「あ、きよちゃん、あたしの見せてあげるよ」
「本当? 佳奈ちゃん、ありがとう、恩に着るわ」

これで終わり、これで終わりさ……。
あの上着から透けて見えるブラのライン、スカートも。
座って脚を組んでいる。けっこう太股白くて綺麗だな……。
「どうしたの? こっちジロジロ見て」
両手でスカートを隠すように押さえた。
しまった、いつの間にか食い入るように見つめていた。
「あ、きっと、きよちゃんに見惚れてるのよ。きよちゃん可愛くなったもんね」
すかさず、佳奈が追い討ちをかけた。
「もう、エッチだなあ……」
清彦の呆れた声が続いた。
「ば、馬鹿!」
席を立った。
一瞬、可愛いと思った自分がいた。
それが腹立たしかった。
しかも佳奈に見抜かれ、清彦にもばらされた。
「おい、お前ら、サッカーやろうぜ」
むしゃくしゃした気分を晴らすべく、教室備え付けのボールを持って近くの男子に声をかけた。
「お、おう、行こうか」
「う、うん」
パラパラ普段遊ぶ奴らが付いてきた。
即席で集まったメンバーを連れて運動場へ向かう。
こういう時、サッカー好きだった清彦は、今まで、そいつらに混じって一緒についてきた。
だから、ひょっとしたら、今回も清彦は来るかも、と期待したが、清彦は来なかった。

運動会は、もう今度の日曜日だ―。
終わりのはずなのに、モヤモヤした不安が強まっているのはどうしてだ?

ただ時間だけが過ぎていった。
そして、当日を迎えた―

清彦の奴は開会式から女子の列に加わり、女子の競技に参加。
騎馬戦、玉入れ。
助っ人としての面目は躍如だった。
流石、あれで体育は得意なだけあった。
そして注目のリレーの鮮やかな勝利。
もう十分に活躍した。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

リレーが、終わり、清彦の奴がトイレに行ってしまった。
俺は、1人思いをめぐらした。
今日一日、朝からの盛り上がりに、クラス中昂揚感で包まれていた。
ずっと抱いていたモヤモヤも、忘れて競技に熱中、あるいは大声で、声援を送っていた。
ついさっきの女子リレーも、皆と一緒に応援し、清彦のゴールの瞬間は、喜びと共に、
周りの奴とガッツポーズをしたり肩を抱き合った。
だが、全ての競技が終わり、熱が徐々に引いていくと共に、あのもやもやが戻ってきた。
それも、よりはっきりした形で。
そういえば……。
清彦が女子として助っ人していること、どうして俺たち以外は気が付いてないんだろう―
教師も、清彦の家族も、他のクラスの奴らも。
誰も咎めないし、騒がない。
運動会で勝つことばかり、ずっと考えてきた。俺もクラス皆も。
運動会が終わった今、清彦を元に戻す方法は確かにあるのか?
「おーい、フォークダンスが始まるぞ」
男子の1人がポンと肩を叩いた。
あ、今日の最後はフォークダンスだった……
既に清彦もトイレから戻って、女子の集団に混じって準備していた。

もう日が傾いて、夕方に差し掛かる時間帯。
これが最後のプログラム。
入場口から整列して、運動場で、男女列になって大きな輪を作る。
そして、音楽が流れ始める。
毎年、この手のダンスは、必ずあるが、別にやりたくないプログラムだ。
いつも嫌々やっていた。
でも……。ふと思った。
順番にダンスをこなしていけば、女子の方に回った清彦と踊ることになる。
ひょっとして、ようやくやってきた清彦に近づくチャンスか―
これを逃しては駄目だ。今回はやりたかった。
1人、1人。踊りを終えるたびに女子を変えていく。
背は大きいほうだ。そのうち、いずれ清彦に当たる。
なんで清彦と話すのにこんなに苦労しなきゃいけないんだ。
これじゃ俺が高嶺の女子にあこがれてる男子みたいじゃないか。
もうすぐだ、順番が回ってくる―。
その前に佳奈と踊ることになったが……佳奈はまともに俺と手を繋ごうとしなかった。
ツンと澄まして、明らかに、楽しそうではなかった。
別にこいつと踊りたかったわけではないが、俺も何か良い気分はしなかった。

きよひこは、次だ。
順番が回って来る前に、音楽が終わりはしないかとヒヤヒヤした。
ダンスの前に、向かい合う。
視線が合った。
男の時だってしたことないし、もちろん、女のきよひこをここまで間近で見つめ合う機会なんて無かった。
綺麗な顔だ……
よくよく見ると、顔つきも、肌もきめ細やかになっていて、頬も赤く女っぽい顔つきだ。
少し微笑みを浮かべていた。
そして、きよひこは俺に向かって手を差し出した。
胸が熱くなりそうなのをこらえ、そして、手を握った。
(柔らかい……)
「な、なあ……きよひこ。聞いていいか?」
あんまり時間が無い。すぐ次の女子と変わってしまう。
「ん? 何?」
さらに髪の匂い、汗。体の臭いが鼻についた。
いい匂いだと思ってしまったのは、俺が変なのか?それともきよひこが変わっているからか……。
「お前、男に戻らないつもりか?」
単刀直入に聞いた。

時間はそれほどないから、言ったのはそれだけだ。
「おい、なんか言えよ」
問いに答えない。
ただ、少し笑みを口元に浮かべただけだった。
そしてその笑みに寂しさがあった。
きよひこの手首を掴んで持ち上げると、その中で、クルリと体を一回転させた。
粛々とダンスが進む。
「手……」
「え?」
繋がれた手と手。
「男の子の手って、硬くて大きいね」
「おい、きよひこっ」
すぐにダンスは終わり、その手が離れてしまった。
「……」
次の女子がぶっきらぼうに突っ立っていた。
手を繋ぎたくなかったのは、さっきのきよひこの柔らかかった手と温かさと失いたくなかったのかもしらない。

最後のダンスが終わった後は閉会式だった。
閉会式は最後に校長の話が始まる。
全校生が、整列して、壇上を見ている。
内容はまったく耳に入らない。もっともいつも聞いていないが……。
そして、さっきのきよひこの態度ばかりが頭に浮かんでいた。
答えない。それがきよひこの答え。
それは、つまりー
ふいにワッと歓声と拍手が響いた。
表彰式が始まったのだ。
それぞれの優勝したクラスが賞状を貰っている。
クラスの代表の男子と女子1名が、教頭から、受け取るたびに、歓声が湧き上がる。
そして、うちのクラスの番だった。
「きよひこ……」
うちのクラスの代表は、山田哲雄と、きよひこだ。
きよひこが女子の代表で壇上へ……。
うちのクラスの歓声が一際大きくなった。
だが、まったく俺は大声を出して祝う気が起こらなかった。
あれほど、望んでいた学年1位だったのに……。

目的を達成したはずだったのに、釈然としない思い。
むしろ、誰かが気付いて、うちのクラスはズルをやっていると叫んでほしいとさえ思った。
なんできよひこが女子に混じっているんだ。
きよひこが女になっているぞ、と。
だが、そんな声は起こらず、むしろ、運動場は、歓声に包まれた。
女子リレーの逆転劇を飾ったきよひこが賞状を受け取ったとき、一際大きわ大きな拍手だった。
「きよちゃーん」
「可愛いなあ、あの子」
「きよちゃんって言うのね」
(くそ……なんで誰も気付かないんだよ)
盛り上がる周囲の中、1人ポツンと盛り下がっていた。
「ん?」
一瞬、きよひこが、受け取った賞状を生徒の方に掲げながら手を振った時に、こっちを見た気がした。
(あいつ……)

閉会式が終わると、解散して、後片付けだった。
テントの解体や大会で使った道具を閉まったり、めいめいのクラス分担の担当の撤去作業を行い、その後教室に戻るのだが、きよひこは、どこかへいなくなっていた。
自分のクラスへ戻ろうとした
下駄箱の辺りで、目の前に誰かが立っている気配がした。
顔を上げると、それは一人の女子だった。
「山内……」
目の前に立っていた女子は、山内佳奈だった。

「山内、お前……」
下駄箱でじっと立っている。
どうやら偶然出会った、というわけではなさそうだ。
恐らく俺を待っていたのだろう。
「崎山君、クラスが優勝して良かったね」
少し笑みを浮かべた佳奈の言葉は、何気ない挨拶に聞こえるかもしれない。
元々この運動会のために、そしてきよひこに無茶をさせてまで、勝ち取った優勝だ。
だが、今の俺に喜びは無い。
妙にむっときた。
俺の中のモヤモヤした気持ちを見透かされたようで。
「皆も頑張ったし、あなたも頑張ったし、なにより、あの子『彼女』のリレーも、ね」
「彼女!? 『あいつ』は彼女じゃないだろ。『あいつ』は、」
佳奈が使った『彼女』、俺の『あいつ』も同一人物だ。
恐らく挑発だ。だが、佳奈のあえて噛み付いた。
「いいえ『彼女』よ」

「何故あなたが、誰かを男か女かを決める権利があるの?」
「何言ってるんだ、お前。権利とかそういう問題じゃないだろ」
「いいえ、重要なことよ。「体が女性で、戸籍も女、両親も先生も、女の子だと思っている。
なのに、『彼女』を男だと言っているのはあなただけ」
俺だけ? 俺だけなわけない。他にも知ってる奴はまだいる。こいつだって知っていることだ。
「違う! きよひこはきよひこだ。俺はお前より昔からあいつを知ってるんだ」
「きよひこ?」
わざと驚くような仕草を見せて、佳奈は腹を押さえて笑い出した。
「きよひこ? あははは、きよひこ、きよひこだって」
挑発完全に俺を攻撃してきているんだ。
「何がおかしいっ」
「きよひこって、誰?」
「お前、ふざけんなっ」
「ああ、おかしい。だって、うちのクラスにはきよひこなんて、子はいないよ」
「なん……だと?」
「そうそう、きよちゃん、あたしの友達に清香って子はいるけど、そんな子はいないわね」
「キヨ…カ? 誰だよ。それは」
「あたしのとっても可愛くて、運動も出来て、優しい女の子。そして、大事な大事な友達よ」
「お前、最初からそれを……」
「うふふ」
佳奈は笑ってそれ以上答えないが、その顔で何が言いたいのかわかった。
やっと気付いた?という顔だ。
「くそ……」
「リレーの清香ちゃん、とってもかっこ良かったよね。運動会で優勝も出来たし、あんな友達として鼻が高いわ」
佳奈にとっては、運動会なんて、どうでも良かったのだ。
目的はきよひこだった。
「協力ありがとう、崎山君」
俺への感謝の気持ちなどではない。佳奈の勝利宣言だった。

「クラスは優勝したし、あたしは、運動会を通じて、清香ちゃんという、かけがえの無い友達ができた。これもあなたのおかげ。
運動会が終わっても、あたしたちの友情はこれからずっと続くのよ」
佳奈は、目的をついに吐露した。
もう、俺にもその目的は明確に理解できていた。
「ずっと、欲しかったわ。こんな理想的な友達。この学校の女子って、よそから来た子に冷たい子が多くて大変だったの」
胸の前で手を組んで、目を輝かせた。
そうか……
俺にも今ようやく、その全容が見えてきた。
佳奈は、元々転校生だ。
よそから来た佳奈は、女子の友達を欲しがっていた。
だが思うように女子の友達が出来なかった佳奈は、自身が思い描くような性格を持つ女友達を欲していた。
自分の手で作り出そうとしたのだ。
きよひこは、性格の良さと、優しい一面があった。
嫌う奴はいなかった。
恐らく男子にも女子にも……。
だから、佳奈はきよひこに、目を付けた。
きよひこを女に引き込むチャンスを伺っていた。
それが、運動会というわけだったのだ。
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きよひこ
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消えた分をアップしていただいて、ありがとうございます。
せっかくなので、このまま続けたいと思います。