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朱鬼蒼鬼

2011/05/02 16:55:04
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「では、いかせて貰おうか」
赤を基調とした、裾長の着物姿。その手には扇子と、腕に抱く2m超の大太刀。
眼前には、靄のように形の定まらないが、辛うじて犬と解かる影。
「悪いの、貴様の殺す相手が早々に居なくなってしまって。……だが、貴様にエサを食わせる気にもなれんのでね」
扇子を当てている口から出る少女の言葉は、白く細いその肉体とは裏腹な、少しだけ古風な男性口調。
薄っすらと開かれた目は、血のように赤く仄かに光さえ帯びている。
影のような靄のような犬は、息を荒くして唸る。怒りと怨みと、そしてきっと、恐怖が混じっている。
「ならば、軽く……、試してみようか。今の俺がどこまで出来るか!」
一足。
飛び掛ると同時に、抜刀の瞬間さえ見せぬまま大太刀を抜きはなった。

* * *

思い起こせば永かった。
少女の体に憑依する事になったとはいえ、そこに至るまではやはり永かった。
俺は鬼だ。…正確には、元々鬼だったと言えば良いのだろう。

ただ山の中で静かに生きていただけだったが、現在で言うところの過激派な陰陽師連中に調伏されかかった。
取り立てて人を喰らった覚えは無く、喰う為に動物を殺すのが精々だ。
気晴らしの為に人から物を盗むことも無かった。必要だったとも思えんし、有っても邪魔なだけという見解が大きかったから。

こう言うのもなんだが、品行方正な鬼だったと自負している。
精々野山を駆け巡ったり、小さな畑を耕したり、時には人の姿を取って麓の村連中と月に1度酒を酌み交わすこともあったり、時に大きな祭りで太鼓を叩いてみたりと、僅かに人の輪の中に混ざってた程度なのに。
魑魅魍魎悪鬼羅刹は存在するだけで罪、だとか訳の解からん事をぬかす、そんな連中に襲われた。
考えても見ろ、生きていることを否定されるのだぞ。その途端に攻撃されるのだぞ。
納得できると思うか? 俺は嫌だったね。だから抵抗した。…それなりに、ではあるが。
陰陽師連中は一人一人は弱いが、人間が持つ数の優位性と、こちらが人を殺す気が無いのに付け込まれた結果。
俺は見事に調伏された。

…とは言うてもだ。正確には肉体が調伏されただけで、魂だけはそこで難を逃れた。
殺される直前、肉体の一部を切り落としてそこに魂を移したのだ。
どこだと思う?

首。無きゃ無いでまず露見する。
手。この身体になった後、そこだけで動く存在が出てくる映画を見たことがあるけど、それも違う。
体。中心部だから外すわけにも行かないんだ。
脚。そこだけでどうしろというのだ貴様等は。
さすがに五体満足で死ななければ、奴等としては納得してくれんだろう。
全身を残し、かつ切り離せる部分。…結論が至った瞬間に寒気が走り、そこを使うのは結構な勇気が要った。

使用した肉体の部位は、魔羅。つまり、ペニスだ。
……なんだよ、俺だって逃亡しつつも悩み悩んで悩みぬき、その結果ここを使うことにしたんだぞ?
俺は摩羅を切り取って、そこに魂を移して逃げたわけだ。こらそこ、トカゲの尻尾とか言うな。

とはいえ、魔羅のみがそこに転がってれば、誰の目にも不審に思われるのは明らかだ。
手前味噌になるが、勃ってなくてもデカいしな。

なので、別の策を使わせてもらった。

物質化の呪法。

文字通り、有機体を無機物へと変質させる呪法だ。具体的な例を挙げれば、単純な形としてはメデューサの魔眼を思い浮かべてくれればいい。
呪法の形式は面倒くさくなるが、別の物質と化すように呪を練り上げ、自分の体、つまり魔羅にかけた。
これで姿を変え、それを取った存在から少しだけ力を貰い、いつか復活する。
奪うのは寿命にして1年程度の力だし、50人前後が持てば体を形成できるほどの力を蓄えられるはずだ。
どうせ寿命なんて無いに等しい鬼の身だ。気長に待つか、と考えていた。

それが何とまぁ、2mを越える大太刀になるとは、俺自身思わなんだ。
いかんな、これを持ってくれる人がいるというのか? という疑問も出た訳で、懸念したとおりに扱える程の力を持った人物は、片手で数えるほどしか居なかった。

持てる者が居ぬままに、持てぬ物は死蔵された。
何十年何百年だかが経過して、国が開国された後。骨董品ということで売られたり、博物館に寄贈されたり、盗まれたり、物好きな人に買われたり、
時に、人を傷つけるのに使われてしまったり。
時代の波と人の欲望に流されるまま、のんびりと俺は待った。

そして、俺が今現在の体を持つに…いや、使わせてもらってるに至る。

まぁ…、そこは機会があれば語ろう。……アイツの事もあるし、少々長いからな。

まずは眼前の、大きな犬神を下さんとどうしようもない。
安心して寝ることもできないし、何より“彼女”を早くこの犬神から解き放ってやりたい。
それが彼女の身体を使っている、今の俺の考えだ。

平気で他人を殺す鬼のような人間もいるというのだ。
鬼にも人情を持つ奴がいても良いだろう?

* * *

連続して金属音が響く。
犬神が唸りを挙げて前足の爪を振るう。
少女となった鬼はそれを見切り、刀の腹で受け止め、流し、逸らす。
(やわらかい体なのは重々承知だ…、食らわないようにするのがまず第一!)
心の中で想い、自分へ向かう爪の一撃一撃を止め、外し、かわす。
体力を消耗しながらも、防戦に回って打撃を止め続ける。
攻撃に回るのはまだ足りない。少なくとも、2撃か3撃で仕留められる状態になるまでは。

何度攻撃を止められただろうか。
犬神は次第に苛立っていった。
まだ成ってから日の浅い自分は、徐々に衰弱死させる程度の呪いと、動物時代の攻撃方法しか持ち合わせていない。
徐々に命を削り取るはずだった呪いは、こうして標的が眼前に立ってる時点で、不完全に終わってしまったことは理解した。
ならば次はと、直接殺すために爪を振り上げたがそれも止められた。
苛立つ。息が荒くなる。唸りが怒りを孕んだものになる。
犬神の思考の中で怒りが膨れ上がり、使役している術者の命令より大きくなる。
まだるっこしいことは止めだ。結果は同じだ。あの細い喉笛に喰い付いて、かみ殺してやる。
がぱぁ、と口が大きく開かれた。

跳びかかってくる。
そう感じた少女となった鬼は、犬神が口を開けたのと同時に、間合いを悟らせぬために、長刀を脇構えに持つ。
正眼に構えても、今の自分には受け止めきれるだけの膂力が無い。
それは同時に、刃渡りの長さと刃の重量、そして自分の重心を含めても、あの犬神を斬るには足りないと理解すること。
ならばこそのカウンター。
敵の突進力と、こちらの攻撃力。双方を合わせて斬る。
外せば、自分に体をくれた少女が殺される。当然自分も死ぬ。
(…命のやり合い。取るか取られるか…)
自然と口元に笑みが浮かぶ。端整な顔立ちに笑みが形作られる事で、妖艶な魅力に満ちている。
長刀を握る右手に、ぎり、と力が篭る。
少女の影、その額に一本の角がのぞく。
着物と同じ朱色の瞳が、ぎらりと輝いた瞬間、
「……ならば、来い!!」

少女となった鬼が吼えたと同時に。
口を開いた犬神が跳び掛る。

交錯は一瞬。
犬神が跳び掛り、少女となった鬼を噛み砕こうとする。
少女も飛び掛る、長刀を腰溜めに構えたまま。
喉笛に食いつこうと、大口を開く。
刀の柄に添えられていた左手が、不意に突き出された。
獲物の一部が飛び込んでくる、まずはここだと、大きく噛み砕こうとして。
突き出された左手に持った鉄扇が、犬神の口のつっかい棒となった。
こんなもの纏めて噛み砕いてやる、突き進みながらも鉄扇に皹を入れる刹那。
一拍子遅れて、長刀が振り抜かれた。

ぞぐり。
皮膚も肉も、血も骨も、霊体さえも、残らず斬りぬいて。
少女となった鬼の長刀が、犬神の首と体を分断した。


斬り落とされて慣性の法則に従うまま、少女となった鬼の後方へ飛んでいく首。
斬り放った刀を、瞬時に反転。剣閃を再びなぞる様に、自分の真後ろへと振られる刀。

よけるすべの無い首と、
はずすはずの無い刀は、
見事に出会い、
その首も、横一文字に斬捨てられた。

悲鳴とわかる鳴き声を一つ残して、犬神は消滅した。
首という本体を無くしてから、呪力で練られていた体が、霧のように消えうせる。
それを目で見て、もはや殺気も怨念も感じないと理解した、鬼となった少女は、

「ふぅ…っ!」

ここでようやく、冷や汗と共に大きく息を吐いた。



* * *

「ふぅ…っ!」
予想外だ。
犬神の力量じゃない。この体の力の弱さが、だ。
「多少しか強化が出来なかったから仕方ないかもしれんが…、このままではなぁ…?」
自分以外に誰もいなくなったこの場所で、刀を納めながら呟く。
このままでは、刀を振るうだけで体力を消費してしまう。
事実、犬神の攻撃を逸らすのと刀を持つだけでも体力が削られていった。持久戦に持ち込まれたら、確実に殺されていたぞ。
「正直なところ、あそこで噛み付きに来てくれて助かったというか、なんと言うか…」
ため息をつきながら、犬神の首が飛んだ場所を見る。
そこには、噛み砕かれてもう使えなくなってしまったであろう鉄扇が一つ。
回収すると、骨組みから砕かれている。これも買い直さなければ。
「…まずは帰ろう。帰って一風呂浴びて…」
刀を持っているとばれないように、刀を魔羅に戻して懐にしまう。
着物も勢いよく脱ぎ捨てると、一枚のコートに変わった。
「体を、なじませないと…」

* * *

「ただいまー…」
とはいっても、俺が帰ってくるまで灯りの消えた一軒家。
元々は大きな家では落ち着けないからと、まだ俺がこの体を使う前、家の騒がしさから離れるために作られた保養地みたいなものだ。
そんな所でも、「家」に帰ってくるとこの体はどうしてもこう言ってしまう。習慣という奴か。
コートをハンガーにかけてクローゼットにしまい込み、魔羅を出してから服を脱ぎ捨てる。
給湯器のスイッチを入れてから、風呂場に向かう途中で魔羅を手に取り、裸のまま咥え込む。
自分の魔羅とはいえ、嫌悪感は特に無い。必要なことだと認識してるし、何よりこれが与えてくれる女の快楽が心地よいことを、もう俺は知っている。
「ん…、ちゅ、んむ…」
少女の口にはデカいが、亀頭を飴玉のように嘗め回しながら風呂場へ行き、バスタブに湯を張り始める。
時間も多少かかるので、今のうちに始めよう。魔羅も大きく屹立していた。
「ぷぁ…、…では今宵も、よろしく頼むぞ? 『俺』よ…」
少しだけうっとりした顔で、再度魔羅をくわえ込んだ。

「はむ…っ、んぢゅ、ちゅ…っ、んむぅ…」
この体の口には合わぬほど大きな俺の魔羅を右手で持ち、咥えながら、細身のわりに大きな胸をあまった左手で揉んでいく。
自分で手を動かすたびに胸が大きく形を変え、その度に脳内へ快感の電流が走る。
先端にある乳首を、ぐりっと捻ると、
「んむぅっ!」
未だ慣れない勢いの快感が脳を焼く。思わず魔羅を落としてしまいそうになるが、我慢して持ち、咥え続ける。
けれど気持ちよくて、手は止められない。さらに乳首を入念にいじっていく。
片側だけでは次第に我慢ができなくなって、魔羅を口だけで保持、右手でも胸も揉んでいく。
「ん、ふゅぅ…っ、ふぁぉ、ぉん…っ♥」
風呂場に俺の、艶の混じり、くぐもった女の声が響く。
男として生まれ、育ってきた俺に、女の乳首の快楽がここまでだということは、新鮮だった。
そして同時に、それをずっと備えていたい。という感覚も生まれてくる。
強い刺激が欲しくなり、両の乳首を同時につねってみた。
「ふぁあぁんっ♥」
大口を開いて嬌声を上げたら、

口から魔羅が落ちてタイルに直撃した。

なんだか股間がキュッとした。

「うぅぅ、なんだか不思議な感覚だ…」
男だったときの名残だろうか。魔羅に何かあると、股間が縮み上がるような感覚がある。
刀にしている時は気にならないが、魔羅のままだとどうしても…。
「すまん『俺』よ…、痛かったか…?」
そっと魔羅を取り、撫でる。痛みを主張しているのか、その身は熱く、びくびくと震えている。
「そうか、痛かったか…。すぐに忘れさせてやるからな?」
胸を持ち上げ、魔羅を挟んで保持する。胸は魔羅の大半を包んだがその全てが埋まりはせず、陰茎の一部と亀頭が顔を覗かせている。
「ほれ、挟んでやったぞ? 気持ちいいか…?」
押さえる胸を揉みながら魔羅をやんわりと扱く。亀頭からは、じんわりと先走りがあふれ出して来た。
それを見た俺は嬉しそうに…、実際のところ嬉しくて…、また魔羅を咥えた。
「んむ…、むちゅ、ちゅぴ…、ふぁ、はぁ…♥ あん、む…♥」
胸で挟みながら扱き、亀頭をなめまわし先走りを吸う。
俺の体は少女のもので、その少女が加えている魔羅は俺のもの。
この倒錯した性の快楽に、俺は引き返せないほど、のめり込んでいた。

胸に包まれた陰茎を乳首で擦ってみる。熱くそそり立つ魔羅に、やわらかくも硬くしこった乳首が、こりこりと触れる。
「ふぅんっ♪」
くぐもった甘い声が漏れる。その声で、女として感じているのと同時に、魔羅も感じて大きく跳ね上がる。
薄く毛の生えた女陰も、魔羅と同じかそれ以上の熱を持っているが、今はまるで気にならない。
今はただ、もっと胸を弄っていたい。もっと魔羅をしゃぶっていたい。
そしてこの魔羅から出る、白くて熱くて臭い精液を、この少女の体の中に流し込んでやりたい。
男として精神的に、女として肉体的に、蹂躙し蹂躙される快感に、俺は酔っていた。

そして、一度目のそれが放たれた。
胸の間に挟まれながらも、一際大きく跳ねた魔羅は精液を大量に射精する。
俺の顔を汚し、少女の胸を穢し。男の性を放ち、女の体を満たす。
「は、ぁ…、出たぁ…♪」
恍惚とした表情で魔羅にむしゃぶりつき、ごくごくと、喉に絡まる精液を嚥下する。
一口一口を飲み込むごとに、男の心が満足し、女の体が満足した。



「あはぁ……」
たっぷりの湯を張った湯船に浸かると、自然と肺から息が漏れ、それと同時に胸も浮かび上がる。
脂肪の塊は浮くものだと、この体になってからしみじみ思う。
一度軽く射精して落ち着いた魔羅は、アヒルのおもちゃのように湯の表面に浮かんでいる。

勘違いしないで欲しいところが一つある。これは個人的趣味でやっていることではない。
俺の今の体は、別の、それもただの人の体でしかない。
そして俺は元々、鬼として生きていた。
ならばそこにあるのは、歴然とした身体能力の差。
武具を纏い、策を用い、毒を飲ませ、鬼を圧倒的不利に陥れなければ、人間はそうそう鬼に勝てるものではない。
それはこの体でも同じだ。いや、俺がこの体に入るまでは床に伏せっていた為、身体能力は一般の人間より劣っている。
だからこそ、自分の体として使いやすくするために、自分の体を、魂に同調させねばならない。
そのための行為が、俺の魔羅を使った先ほどの擬似性交。

肉棒から出される精液は、命の源であり、凝縮された鬼の力でもある。
普通の人間には精神的な毒にしかならないが、俺の魂が宿っているこの少女は別だ。
半分鬼と化しているようなもので、その精液を取り込めば取り込むほど、少女の身体は鬼としての力を付けていく。
いや、この場合は取り戻していると言えばいいのだろうか。
既に何度もやっていて、ようやく多少、ある程度は人間の枠を外れて動けるようになったからこそ、あの犬神に挑んだが…。
「まだまだ足りん、か…。もっと交ぐあわんとなぁ…」
今の俺の力は、鬼の中ではまだ弱い。人間で言うところの14歳程度の力しかないのだ。

天井へ向いていた視線を落とすと、目の前にあるのは、湯の表面に浮かぶ胸と、波に揺られる魔羅。
指先でつつくと、萎んでいた魔羅がまた大きくなってくる。
再び勃起した魔羅を見つめていると、頭の中には一つの情欲。

続きがしたい。

言ってしまうのもなんだが、さっきは口と胸だけでしただけ。
丁度そこで風呂が溜まったのだ。

意識するとまた浮かんでくる女の欲は、俺の右手を、女陰に向かわせていた。
水中でも解る、湯とは違う温かな体液の感触。
「んぅ、ぁ…」
女としての陰部を弄ると、胸とはまた違う快感が体を走る。
指を突き入れ広げてみる。曲げて中を軽くこすってみる。
その度にぴりぴりと、女としての快感を得て。
女が感じていることに、男としての満足を得て。
心身の心地よさに、手が止められなくなる。

女陰を弄り、胸を揉み、女としての快感を貪っていく。
指に絡みつく愛液がとめどなく溢れ、湯船の中に交じり合う。
「はぁ…、あんっ、んふ、ぅん…っ」
ちゃぷちゃぷと水音が鳴るのと同時に、俺のあえぎが浴室に響く。
最初は精神的なものだが、体をまさぐると、快感と共に体に引きずられる。
今の俺は、先ほど自分の魔羅をなめていたときと同じく、女として感じている。
「これだけは…、やめられん…♥」
艶の混じった声。これを聞くだけで心はさらに昂るのだから、自家発電力が高くなってしまう。
そしてそれは、体に引きずられた時の俺が、魔羅を見たときも同様だ。
視線を感じた魔羅は、先ほどより激しく屹立していく。まるで本来の役目をせがむかのように。
魔羅は俺を、俺は魔羅を求めてしまう。
湯に浮かぶ魔羅を手に取り、もう一度舐める。
本体の熱さと湯の熱さと、両方が混じった魔羅はどうしようもなく滾っている。
本能のままに、俺の魔羅を、俺の女陰へと導こうとすると…

「おーい、帰って来てるのかー?」
風呂場の扉が開け放たれた。

立っているのは二十歳そこそこの男。無駄に髪が長く、どんな時でも泰然とした、
この家の…、同居人だ。
「あ、やっぱり。リビングに服が脱ぎ捨てられてるから、もしやと思ったんだ」
「な、なななななな…っ!」
「な?」
「何で風呂場に入ってきてるんだ、この阿呆蒼火ー!!」
「……え? あぁ、ここ開けないほうが良かったか?」
「当たり前だろうが! 入浴中に戸を開けられていい気のする存在がいるか!」
「それもそうだった。…ん、…あぁ、なるほど」
風呂場への闖入者が、湯船の一部を見て、理解したような面白いものを見つけた子供のような笑みを見せた。
「わーりわり、オ○ニーの最中だったか。そりゃ入ってほしくないわな」
「なっ、ぬ、ぐ…っ」
「んじゃ俺は飯の支度しておくから、程々にして出て来いよー?」
そんな言葉を最後に、風呂場の戸は再び閉められた。
「…今更出来るかっ、阿呆蒼火ー!!」
一頻り叫んでから、湯船の中に沈んだ。ぶくぶくぶく…。

* * *

「いただきます」
「…………いただきます」
風呂から上がった後のダイニング。テーブルの上には、癪だが美味そうな夕食が並べられている。
眼前に座っている先ほどの闖入者。手を合わせて律儀に礼をするのだから、こちらも渋々行う。

説明せんといかんかもしれん。
この闖入者の名前は「蒼火(そうか)」。
元々俺の氏族とは袂を別ち、人の世に下った蒼鬼の血の者だ。
ある時まで人間として生きていたが、死に瀕した為に鬼へと覚醒した、どこぞの安っぽい伝奇ものの主人公にでもなれそうな存在。
元々はこの体が犬神に命を狙われていた時、多少の報酬と共に護衛と犬神を払うことの契約をした事が契機となり、知り合った。
俺がこの体を使うことになったのは、その少し後のこと。
犬神を一度遠くへ行かせ、この家に結界を張り、姿を隠すその少し前。
入れ替わった直後、一目で俺だとバレたが。蒼火の阿呆は「…まぁいいか」で済ませた。
その後、引き続き呪詛や刺客から、娘、つまりこの体を護るため、こうして同じ家に住んでいるのだ。

「……のぅ、蒼火」
「あんだ?」
次のおかずに箸をつける前に、口を開く。
「………見た、か?」
「いやいや、メガネが曇って見えませんでしたよ?」
「嘘をつけい! お前あそこまで言っておいて今更何を言うか!」
「いやーいやー、中身が男だとわかれば劣情は抑え切れないだろ。うん自然、ごくナチュラル」
実力は未だ俺が足元にも及ばんほど強いし、家事全般にも長けている。言いたくないが顔立ちもそう悪くない、のだが…、
この決定的にデリカシーが抜けているのは、少し気に入らなかった。

「…ん?」
「む…、どうした、阿呆蒼火?」
「いや、……、…。ちょっとすまん」
いきなり席を立ち、俺の隣にやってきた。途端。
「くんくんくんくん」
「嗅ぐなーっ!」
蹴った。
「いてぇっ!? あにすんだよおい!」
「それはこちらの台詞だ! 鼻を近づけて匂いを嗅ぐなど…、いきなり何をする!」
「しかたねぇだろ、臭ったんだから」
「何がだ! 体に染み付いた魔羅の臭いか? それとも髪にかかった精液の臭いか?」
「いやそこまで言ってねぇから」
……しまった!?
「…おい、顔赤いぞ? どうしたんだ?」
「ど、ど、どうもせん! 聞くなぁっ! して! 何が臭ったというんだ、阿呆蒼火!」
「…んー。お前、犬神斬っただろ」
「!?」
気付かれた?
「やっぱりなー」
「…ど、どういう事だ、阿呆蒼火?」
「いや、な。…お前をこっちに移してから、俺は犬神の出所調べてたんよ」
「…それで?」
「犬神呪いは、狗轟(くごう)って所から来てたんだ。…で、知り合いに聞いたらな?
そこの犬神連中は、作る際に…、特殊な硫黄の臭いがする土で埋めるそうだ。魂まで匂いが染み込むように」
「では…、犬神を斬った俺にも、その臭いが付いたと?」
「ありていに言えばマーキングされたな。
…こりゃ結構ヤバいぞー? 結界のあるこの家にいればまだしも、外に出れば結構な確率でバレるし襲撃を喰らうだろ」
その臭いを自分でも確認しようと、腕の辺りを嗅いでみる。
「…おかしい、俺には臭わんぞ?」
「そりゃそうだ。同じ狗轟の犬神にしか解らん様に、臭いは限りなく薄められてる。
犬か、それ以上の嗅覚の持ち主。または霊的な感覚が強くないと、まず解らんね」
「つまり阿呆蒼火の鼻は犬並みだと言うことだな?」
「…ま、それでいいけどさ」
蒼火は自分の席に着きなおし、置かれていた茶碗と箸を取る。
「まぁいいや。とりあえず飯の途中だ。食ってる途中でも食った後でもいいから、体のこととか、話せるなら話してくれ」
「むぅ…」
蒼火は味噌汁に口をつけ、夕食の続きをとり始めた。
早まったか…。
そんな思いが心の中に去来する。
(恐らくあの犬神は、巨体だけでろくな呪いも使えない、若いものだったのだろう…。
作られてから3年経つか経たぬか…。となると、次はそれ以上がくるはず…)
箸を握る手が強くなった。みしりと音を立てて、折れる感覚が手に伝わる。

「…ほれ、あーん」
「あむ、むぐむぐ…(となると、体力は元より、力も取り戻せない俺がどれだけ戦えるか…。
身を護れるだけで精一杯? 物理的ならば多少は策があれど、強力な呪いがくれば…)」

「くらえー、菜の花のお浸しだー」
「あーん、はむ。(まさか阿呆の蒼火に頼むか? …いや、奴が動くかは怪しい…。
元々ただの人間だった蒼火が、人間相手に本気になるわけは無い…)」

「口に受けろ、じゃが芋の煮っ転がしー」
「んぁむ、あむ、はぐ…(とすると、やはり体の同調は急務か…。
先ほどは阿呆蒼火のせいで中途半端に終わったが、今更続けるとなると…、確実に露見する! 共同生活という時点で制限はあるが、これはかなり大きいぞ…)」

「考え事してるのに良く食えるな、お前は。ほれ、あーん」
「それほどでも…、はむ…、むっ!?」
「あ、気付いた」
「もぐ、もぐ、もぐ…、んぐっ。蒼火! 今まで何をしてたー!」
「食べさせてただけだ! その体を元気にするためにも、栄養は必要だろうが!」
無駄に胸を張る蒼火。
悪意の無い存在というのが厄介だ…。殴っても止められてしまうので、この怒りのやり場は、無い。


結局、風呂に入る前と同様の疲れを俺に作って、夕食の時間は終了した。
自分でも分かる程に膨れた顔を見せないよう、バラエティを流してるテレビから顔を離せない。

蒼火は台所で洗い物を片付けている。水道の音と陶器同士が軽くぶつかる音、時折聞こえる鼻唄。
ここへ共に住むこととなってから一月は経つが、それまでに何度と無く繰り返した光景。

結局体のことは話していない。なんというか、話せる機会を失ってしまった。
「それもこれも全部あの阿呆蒼火のせいだ、考え事をすれば茶々を入れるわ、人の追及を微妙にかわすわ、どうにもやり辛い…。
戦い方とはまるで真逆だ…。何であの性格から実直な拳が撃てる…」
呟きながら、どうにも蒼火のことを考えてしまう。
何度か手合わせもしたが、どんな攻撃をしても勝てない。
俺がこの体を乗っ取っても、少女へ向けていたのと変わらん笑顔を向けてくる。
袂を別った氏族同士だというのに、まるで意に介した風は無い。
解らん。
どうしてこうまで蒼火は自由なのだろう。

元々人間だからか? 鬼の誇りなんて持ち合わせていないからか?
それともそういう気性の持ち主か? 戦闘ではまるで炎のようだというのに?

悩んでも答えは出てこない。
いつしか俺は、抱きしめているクッションに頭を突っ込んだ。

「おーい、俺も風呂入らせてもらうぞー?」
「行くな!」
「あんでさ!?」
唐突に投げかけられた言葉へ、否定の意を返してしまう。
戻ってきた言葉を反芻して、そこからようやく蒼火の言っていた言葉を思い出した。
「あ、いや、えぇと…。ほ、ほれ! ペット大集合がやってるぞ、これを見ないでいいのか?」
慌てて引き止める理由を、眼前で付けっぱなしのテレビに作る。
画面では犬が、飼い主にじゃれついている映像。
「んー…、…いや、いいや。明日からのことを考えると、どうにも犬を見る気になれんよ俺ゃ」
「あ…」
気まずそうな蒼火の顔を見て、理解してしまう。
…そうだ。犬神、もとい呪いの元が解ったのなら、蒼火の奴は次にその元を叩きに行くつもりだ。
となると、俺がやったように、犬神を。しかも一匹ではなく数十、下手をすれば数百匹を、殺す事になる。
下手をした。そんな状態で、犬に愛着がわく番組を見せようとするとは…!

「…他にあにも無きゃ、風呂行くぜ?」
気まずい空気を察したか。蒼火は足早に風呂へと向かっていく。
この番組はしばらく見れないような、居心地悪い心境。やり場の無い思いは俺に、手元のリモコンを取ってチャンネルザッピングを選択させた。

リモコンのボタンを無造作に押し、目まぐるしく変わるチャンネルを見続ける。しかしその内容は、完全に頭に入ってこない。

…何故だ、何故蒼火のことを考えると、こう…、顔が熱くなる?
まだこの体に入ったばかりで、ろくに動けなかった時だ。
元々病弱だったのと、呪いで臥せっていたのとがあり、1人で立つことさえままならなかった。
この家に移る際、移動させるための車椅子が用意されたが、よりにもよってあいつはそれに乗せる時、わざわざ両手で抱えて…、その、お姫様抱っこをした。

『な…っ、こら、離せ! 1人で乗れる!』
『つってもなぁ。乗り移ったばっかり、それに体力も落ちてるから、ろくに体も動かせないだろ』
『む、ぐ、ぐ…っ』

あの時はさすがに言葉に詰まった。
しかもまだ同調がろくに出来ず、体の反射のほうが大きかっし、少女の心の方がまだ強かった。
あの腕に抱かれた時、不思議と心地よく、今のように顔が赤かった。

『んー、顔が赤いぞ? 早いな、もうそんなに入り込んだのか?』

当然のようにからかわれたが、これは忘れておく。
心臓が強く脈打ち、息も荒くなる。

「…まずは詫びねば。憎まれ口を叩くのにも、体のことを言うのにも、そこから始めんと…」

テレビを消して風呂場へ向かう。

と、そこで気づいた。
持つ必要や、体を見せる必要の無い場合、両性具有よろしく女陰の上につけている魔羅が起き上がっていた。
えぇい勃つな我が男! お前まで女の体に引きずられる必要は無いというに…。



* * *

「あ゛…」
体を洗ってから風呂の中へと飛び込む。肺に溜まってた空気が、妙な声と同時に外へ出て行く。
「…やべぇ、まだ二十歳だってのにオヤジ化してきたかもしんね」
そういえば、二度と会うことの無い父親も、ガキの頃で一緒に風呂へ入った時に同じ事をしてたかも。
湯船から腕を出し、手を開いて、握る。
何度も繰り返すと、明日からのことを少し考えた。
「(向こうも呪殺のプロだし、犬神を倒したところできっと諦めないだろうなぁ…。
憑いた犬神の落とし方なんて知らんし…、かといって殺すのは絶対NG。一番温和に済ませる方法は…、M&A(買収)?)
…多分無理だなー」
吸い込んだ息が、水圧のおかげで勝手にため息になる。

呪殺屋に限らず、大半の業界は信用商売だ。探偵然り役者然り。失敗すれば大抵仕事が回らなくなる。それが呪殺屋ならば、「人一人殺せない」という無能の烙印を押される事になる。
それで食ってるだろう人間だからこそ、守銭奴以外は買収には応じないだろう。
「…犬神の時点で理解していたつもりだが…、困った。超やりにくい」
風呂かトイレでリラックスすれば、適当なアイディアが出るかと思っていたが。こりゃ結構な難題だ。
俺に人を殺す気は毛頭無い。殺してしまえば、俺はそれまでだ。
人間だった鬼から、ただの鬼になり下がってしまう。
「または、全部バラして鬼だというのを理解してもらって、人間の彼女は死んでるからそれで依頼は達成、ということにしてもらえれば一番収まりがいいんだが…」
何度目かわからないため息を、また吐き出す。

結局はそういうことなのだ。あいつに成り代わられた時、今まで生きていた彼女は亡くなった。
今の彼女は既に存在せず、精神的な残留があるとしても、全体における一万分の一があるかすら怪しい。
向こうがそれを認識していないと思うが、それを伝えれば、これ以上呪詛をかける必要もなくなる。
今まで呪ってきた「少女」は死に、今呪っているのは少女のフリをした「鬼」でしかないのだから。
「どんな理由で呪ってるかは解らんが…、……ふぅ。ムキになられても困る。バラすのは保留しておくべ」
今のところの俺は依頼を完遂、つまり彼女の親から見て、娘”の無事を確保できれば、それでいいのだ。
あいつの侵食は俺がいない時に行われたし、何より彼女自身も望んでいたことだと、手紙で知ったからだ。
残りの命が少ないというのなら、可能な限りその意思は尊重してやりたい。女の子の最後のわがままくらいは、聞いてやらなきゃ男が廃るってもんだしな。

別の案を考えながら、改めて依頼主と呪殺屋の視点で物を見る。
彼女の父親:娘が無事に生きていれば良い、らしい
犬神使い:娘を殺すのが恐らく目的、だと思う

実に面倒くさい。「今の娘=鬼」であり、「現在の呪殺対象=鬼≠娘」となっている。
せめてあいつが彼女に成り代わらなければ、もう少しわかり易くなったものを。
「あぁでもないし…、逆にこうすると、ここがなぁ…。うーん…」


『…おい、蒼火。入るぞ?』
そんな今後の悩みは、脱衣所から聞こえてきたあいつの声に遮られた。

* * *

蒼火の姿を見ないよう、曇り硝子の戸に背を向けて声を掛ける。
「少し長いようだが…、のぼせていないか?」
『んぁ、大丈夫だが…。…どうした?』
風呂場の反響音を含んだ声が、扉越しに背中へとかかる。
「………………」
何か言いたいはずなのに、何も言い出せない。
口を開こうとするが、どうにも言葉に詰まってしまう。
『…………』
風呂場からは沈黙が漂う。
(言うべきことを纏めておくべきだった…っ!)
もうここまで来ておいて、あの阿呆に声を掛けておいて、今更言葉に詰まってしまう俺が少し怨めしい。
(よ、よし落ち着け私、じゃない俺、今になって少女の意識を前に出すな。
そう、黙って聞け、黙って聞け。それだけを言えれば良い! 後はゆっくり話せば良い、向こうも言葉を急かすほど野暮ではない!)
意を決して、声を開けて…
「だ、だ…」
『だ?』
「だ、まってき、け…!」
『…はい? すまん、もうちょい大きく頼む』
「だ、だからっ、だむゅえっ!?」
舌を噛んだ。とてもじゃないが呂律が回らん。
『ぶふっ!』
おまけに笑われた。
この瞬間、俺の頭の中はどうしようもなく混乱していたのだろう。
次に取った行動は、まるで少し前の阿呆蒼火と同じだった。

「ふんっ!」
風呂場の戸を盛大に開けて、肩を震わせて笑う蒼火めがけて指差す。
「いいから、黙って聞けぇい!」
「…………あ? あぁ、はいはい」
堪えるような笑い顔のまま、蒼火は俺から目を離した。
「こら、何故背を向ける」
「あんでって…、そっち向いたら怒るだろ、お前は。変なもの見せるな、とか言ってさ」
「俺にもあるわ! とにかく話を聞くときは目を見ろ!」
「へーいへい」
渋々といった様子で、蒼火はこちらへ向き直る。奴なりの気遣いだろうか、湯船に深く身を沈め脚を組み、隠すべきところは隠している。
「んで、どんな事があって風呂場に入ってきたんだ?」
「う、うむ。…蒼火、やはりお前は明日、狗轟とやらのところへ行くのか?」
「正確には、犬神を放った奴のところへ、だけどな。さすがに犬神全部を相手にして無事で済むとは思えないし」
「…ふむ。…………うむ、やはり俺が行く」
「はぁっ?」
今度は驚いたような呆れたような、微妙な表情を作る。顔芸の広い奴だ。
「向こうの狙いは俺だと解っているし、お前は…、人を殺さんのだろう?」
「そりゃね。理解してもらってるようであによりだよ」
「なおのこと、お前を行かせる訳にはいかん。お前が本当の鬼になるなら、俺が鬼に戻ったほうがまだ気分が楽だ」
「…………」
蒼火は黙っている。奴なりに思うことがあるのは理解しているし、蒼火の心情も理解しているつもりだ。

「…体のことは?」
少しの沈黙から後、蒼火の言葉に俺は詰まってしまう。
確かに体の問題が残る。
一度風呂に入って精液を飲んだが、それですぐに変わるような事でもないのは、俺自身が一番理解している。
飲み込むのと女陰で受けるのとでは、その吸収効率は大きく異なるのだ。
それに、例え今から明日の朝まで休み無く魔羅から精液を女陰で受けたとしても、間に合うかは限りなく怪しい。少しでも手を止めたり、休みを取ってしまえば、それで時間切れとなってしまう。
「…やっぱり、調子は良くないか」
俺の様子を察した蒼火の言葉は、的を射ていた。
「そりゃ自分の体”に降りかかってることだから、自分であんとかしたいと思うのは解るけどさ。…できる状態とできない状態と、それが理解できないほどじゃぁないだろ?」
「それは、痛いほど理解しているが…っ」
「だからこそだ。…こっちゃ『娘を無事に護る』という契約があるし、尚のこと飲めんわンな提案」
ため息と共に視線をそらされる。
「だがまぁ…」
「……?」
続けざまに出てきた言葉に、耳を傾ける。

「お前がどっちにいるかで、変わるな。娘として護られるか。それとも鬼として自分の身程度は護るか、だ」

「お前はどうにもこうにも位置が定まらないんだよな。いつもは鬼として生きてるが、時折娘としての感覚が顔を出す。
さっきの風呂場でしてた時だってそうだ。お前はあれを、鬼の精神でしているのか。それとも女の感覚でしているのか。
位置が定まらないとあんにもできねえ。立つ場所が無いとあにもできないのと同じだ」

わざとなのか、それとも気遣いなのか。蒼火はこちらと目を合わせない。
「お前がスカートの中でおっ立ててるモンだって、男として女の体に興奮してるのか。娘としてそれ自体に興奮してるのか。
…正直なところ、解らないんだろ?」
指を刺した先には、俺の魔羅。
蒼火に指摘されるたび、屹立していたものが徐々に萎んでいく。

「だからこそ、飲めん。お前が鬼として立つなら背中は任せるが…、娘ならば背負う必要がある。この違いはデカいぞ?」
手元のタオルを引き寄せて自分の魔羅を隠しながら、蒼火は風呂から上がっていく。

「答えが出ようが出まいが、俺は明日行く。向こうに着くまでに、こっちなりに答えと方法は出しておくわ。お前も答えが出たら、言いに来い」

手早く体を拭いて、着替えて、蒼火は脱衣所からも出て行こうとして…、

「…待て、阿呆蒼火…」

その手を掴んだ。

* * *

蒼火が風呂から上がるまで、俺は蒼火にあてがわれた部屋の、ベッドの上で待っている。
纏っているのは下着のみ。心臓の鼓動は止まらず、この後に起こることを考えると、どうしても顔が赤く、熱くなってくる。
深呼吸をして落ち着こうとしてもできず、ただただ時計の秒針だけが、酷くうるさく感じられる。
自分の言葉にただただ恨めしい思いを出しているのみだ。


あの時、蒼火を引き止めてから、俺はとんでもないことを言ってしまった。
「……ならば蒼火、お前の背中で俺を守り続けろ。俺もお前の背中を守ってやる!」
「はぁ? 無理無理、今のお前の実力で自分の身はおろか、俺を守ることもできないだろ?」
「ならばできる様になる! 貴様は俺を誰だと思っている? 誇り高き朱の鬼が最後の1人だぞ」
「そりゃ知ってるけどよ、お前が強くなるまで俺はどれだけ待てば良いんだ?」
「う、ぐ…っ」
それを言われると確かに辛いものがある。実力が開きすぎている為、俺が背中を守ろうとしても、ただの足手まといにしかならない。
「ほーれ、そこで詰まるって事は無理だって理解してることだろが。諦めろ諦めろ」
平気な顔で茶化す蒼火。その態度と、若干茹で上がった頭。
冷静になれぬということは、簡単に突飛な行動を取ってしまうのだろう。
「無理なことがあるものか! 蒼火っ、俺を抱けっ!」
「…………あんだって?」
間抜け面で聞き返してくる。頭部に「?」が複数個浮かんでそうな気配だ。
「耳の悪い奴だ、この阿呆は。二度言わせるなっ!」
「…じゃあ二度言わせないから、あんでそうなるのか説明してくれよ」
「ふんっ、耳だけでなく頭も悪いか。仕方あるまい、レクチャーしてやろう。
今の俺より強いお前、阿呆蒼火の精液を俺が吸収して、その力を受け取ってやる。
高々20年しか生きていない元人間では精力も有り余ってるだろうからなっ、俺を抱いて枯れるまで出せっ!」
「…お、おーい?」
「湯船にもどれ阿呆蒼火っ、そして体をしっかり洗って、女を抱くのに失礼でない姿になって来い。
貴様の部屋で待っていてやる、逃げるなよっ!?」
「あ、おいまっ」

ピシャン!
風呂場の扉を勢い良く閉めて、まずは自分の部屋へと向かう。




電気もつけず、自室の箪笥からまずは下着を物色。可能な限り扇情的なものを探したら、全裸になってそれを着用。
「ふふふふ…、見ていろあの阿呆め、人のことを散々言いよって…。
この体で搾りつくして骨抜きにしてやる! 二度と離れられないようにしてやる!
『すまねぇ許して勘弁してくれ!』と土下座しながら連呼させてやる!」
これからの期待にすっかり滾った魔羅がぱんつより顔を出しているが、それを除いても魅力的な肢体を姿見に映し、ポーズを決めていく。
「…うむ、これなら奴も魔羅を滾らせて襲い掛かる! そしてヒイヒイ言わせて…、…言わせて…?」
ここでふと思いをめぐらせて見る。
Q.この後襲うのは誰か?
A.蒼火です
Q.男女で入れられるのは誰ですか?
A.女です
Q.今の俺は何ですか?
A.女です
Q.強いのはどちらですか?
A.蒼火です
Q.ヒイヒイ言うのはどちらですか?
A.俺です

一気に青ざめてしまった。

そうだ、そもそも抱けと焚きつけたのは俺だが、抱かれるのは俺だ。
蒼火相手に勝てる気配も無い。いざ事に及べば俺が圧倒的に不利だ。
そもあいつが優しくしてくれるなど、想像もできん。
今になって、俺のは自分の行動が恐ろしくなってきてしまった。

「だ、だがしかしっ、鬼が前言を撤回して…、挙句自分から言い出した一騎打ちを無視するのは…っ」
あまりにも恥知らずだ。誇りを持つべき鬼の風上にも置けん。俺自身のことだが。
それにまさか、今になって「あれは失言だった」と言ったところで…

『いやぁすまん、先ほどのあれは失言だった、忘れろ』
『そーかそーかそーゆーことかって馬鹿ー!!!』

馬鹿にされるのが目に見えている。しかも怒ったときの蒼火は鬼の本性全開で酷く恐い上に、髪の毛が炎にもなる。
一度それで家を燃やしかけたため、今後あいつを怒らせるのはやめようと…少なくとも対等に戦えるまでは…、そう思った。

結局心中で葛藤を繰り広げ、しかし今さら宣言を撤回するわけにも行かず。
引くに引けない状況で俺は蒼火のベッドに座っている。
ただ待っているだけだというのに、状況もあいまって殊更長く感じられる。
かち、かち、かち、かち。
どきどきどきどきどきどきどきどき。
これから起こることへの期待と、若干の恐怖を受けて、秒針の2倍近い速さで心臓が鳴っている。息がつまりそうだ。
(早く来い阿呆蒼火…っ、いつまで人を待たせるつもりだ…!
いやでもやっぱりくるな…っ、抱かれるのはちょっと恐い…っ!
まさかあいつ童貞ではあるまいな、力任せに貪られて強姦されてしまうのか? 陵辱されて上に乗られて女として屈してしまうのか…?
ああぁぁぁっ、やはり言うべきではなかったっ! 俺の馬鹿…、私の馬鹿…っ!)
苛立ち悔やみ、ベッドの上でごろごろと悶える。昼間にあいつが整えていたシーツと布団がぐしゃぐしゃになる。
かち、かち、かち、かち。
一頻り暴れた後、やっぱり秒針の音が響く。
ちょっと虚しくなった。


それからさらに10分。
…おかしい。まるでやって来ない。
確かに、しっかり体を洗えとは言った。しかしここまで時間がかかるものか?
一度疑問に思い始めると、緊張とは別の意味で落ち着かなくなってくる。
もしかして奴は、これから起こるだろう行為から逃げてしまった?
ならば何故? あの阿呆にも鬼としての誇りがあるのなら、挑まれた勝負は投げ出さん筈なのに?
「……」
気になった。とにかく気になった。蒼火の精神状態ではない、アイツが来ないことにだ。
上体を起こしてベッドに座り、脚をぱたぱたして1分。
立ち上がって部屋中をうろつきながら3分。
近づいてきやしないかと、部屋の戸に耳をくっつけ音を拾おうとして5分。
やっぱりやって来ない。
なので、プッツンした。
「あーっ! もう我慢の限界だーっ! 奴が来ないならこっちから行ってやる!」
下着姿のまま部屋を飛び出し、まずは浴室へ向かう。

ガラリ。
居なかった。

「となると奴は居間か? そういえばここ最近ずっと酒を飲んでいたな…」
風呂から上がった後。その行動を思い返し、今度は居間の方へ足を向ける。
近づけば居間に電気がついており、テレビから何がしかの音が流れているのが聞こえてくる。
「あの阿呆め…っ、やっぱりそこかっ。人の挑戦を放り出しおって…!」
今日でもう何度目かになるか解からない怒りの行動。

この自重しなかった行動が、俺の今後を決定付けてしまった。

* * *

「んっ、はぁ…、…うまー」
清酒が喉にしみるのを感じながら飲み下し、アルコールが混じった息を吐く。
元々下戸だったはずなのに、今ではすっかり晩酌が日々の習慣になってる俺がいる。
「…どーしたもんかなぁ…」
正直に言うと、困っていた。
ただでさえ呪術の問題があるというのに、ここへきてさらにあいつが自分を抱けという。
俺にどーしろというんだ、あの馬鹿は。依頼主から頼まれた護衛対象じゃねぇか。抱けるかっての。
何度も言うが、全ての仕事は信用商売である以上、下手なことはできない。仮にこのことがどこからかバレれば、悪事千里を走って俺は仕事を得ることができなくなる。
…別段それですぐのたれ死ぬことも無いのだが、こうして晩酌ができないのはちと辛い。鬼とは因果なものだ。
「あーぁ、待ってるとは言ってもねぇ…。このまま行って良いものか。つかあいつ待ってんのか?」
空になったお猪口を、指の上でぐるぐる回しながら。目の前のニュースすらも耳に入らない。
とりあえず頭をふやけさせようと飲み続ける。
放送がひと段落してCMに入る頃、今日開けた一升瓶の半分が消えていた。
ほんのりと酒精が回った頭で、ようやく俺は今晩の決断を下す。
「…ん、決めた。すっぽかそ」
さすがに経験が無いことへの言い訳にはならんけど、俺自身そんな気がろくに無いのもまた事実。
“彼女”は大事にしたいし、あいつとはのんびりやっていきたい。時間だけはあるんだし、別段そんなことも急ぐ関係でも無いだろう。
残りを飲もうと瓶に手をかけて、お猪口へ傾けようとしたら。

「そうか?」
「え?」
後ろに、額へ血管を浮かべている下着姿のあいつが立っていた。

「くぉら貴様ーっ! 逃げるなと言っておいたろうが! 何を1人飲んだくれている!」
「げ…、あんだよ、ここまで来たのか?」
「来るわ!行くわ!人がせっかく覚悟を決めて待っていたというのに、1人美味そうに酒を飲みおって!」
決断するまで待たされたことに腹立ったのか、顔を近くしてまくし立ててくる。
「この恐怖と期待と入り混じった体と「乙女」心をどうしてくれる! …、って貴様、何を入れた」
「いや文字通り。…あーんだよお前、抱かれることが少し恐いって、乙女のそれじゃねぇか。元々男だった朱の鬼が、可愛くなっちまったもんだなぁ」
しかしそんな状況でもこの頭は軽口を並べ、顔は自然とにやついてしまう。
こんな表情をしてしまうと、勝手にあいつがエキサイトしてしまうが。まぁそれはそれ。面白いし。
「それより、酒返してくれよ。それ飲んだら寝るつもりなんだし。まだ半分残ってるんだぞ?」
「む? これか…、…ふむ」
自分が持ったものを、そういえばそうだ、とばかりに中身を確かめてるあいつ。
直後。
「没収だ、これは俺が飲む」
といって、ラッパ飲みした。
「あーっ! 俺の酒ーっ!?」
「んっ、んぐっ、んぐっ、ごぶっ、ごくっ、…げふーっ」
まるでオヤジのように口元を拭って、既に空になった瓶を投げ捨てた。居間からキッチンの方へごろごろと転がっていく。
あぁぁぁ…、せっかく家の蔵から出してきた秘蔵の酒だったのに…。

ともあれ。
今俺の目の前で、盛大に酒を呷った護衛対象の少女にして鬼は、

「う…、げふ、…くぉら、そぅか…、これで、酒はなか、ろう…、げぷ…」

酒を呷ったのと同様、盛大に酔っ払っていた。
顔は耳元まで瞬時にして赤くなり、目は既に虚ろ。多分俺の姿もろくに見えていないだろう。
…速い。いくらなんでも酒の回るのが速い!

「ふゅん…、こりぇで、きちゃまもぉ…、ひっく、あとわねりゅだけひか…、なかりょう…、げぷ…」

酒は回るくせに呂律は回らないのか、台詞の端々が聞き取りにくい。

「おーい…、まさかここまで酒に弱い体だったとは…っ。本っっ当に体の調子は良くなかったのなー…」
そんなあいつの状態を見て、軽く頭を抱える。
いやホント、どうしたもんだか…。
「…ま、いいか。ベッドに連れてくべ」
寝かせれば落ち着くだろうと考えた俺は、この鬼を抱きかかえる。
一ヶ月くらい前なあの時と同様お姫様抱っこだけどな。
「いやぁん、はなひぇ」
自分の状況に気付いてじたばたと暴れる。力が入らないのか、押し返そうとする手も弱弱しい。
しかしこいつは気付いてるんだろうか、今の自分の台詞が殆ど女のものになってきているということに。
(…あーいやいや、考えるな、考えるな俺っ、感じろぅっ)
とまぁ竜が燃える映画の有名な一節を思い返して、感じてみたら。

…オーゥなんてこったい。居間腕の中で抱かれてるのは、下着姿の女の子ですよ? しかも酒の勢いが手伝って体がほんのり温かい。
さらに言うと、視界に入ってくる顔は酔って蕩けてふにゃふにゃですよ? 唇なんか半開きの無防備ですよ?
いかんねコイツァ、世の男の8割がたはこのシチュエーションなら堕ちるんでない? 彼女を置いてベッドに向かってダイヴインですよ。くんずほぐれつ夜が明けるよ。
「まさか一升瓶の半分を飲んでここまでになるたぁなぁ…、鬼同士じゃ駆けつけ一杯にもなりゃしないのに…」
鬼に生まれ変わって2年弱の俺だが、他の鬼の氏族が開いた宴会に参加した事もある。
そしたらあんとまぁ、駆けつけ一杯で差し出されたのが一升瓶ですよ。
しかもそれだけじゃ甘いらしいのは、彼らの飲み干した量の単位が「樽」と言った有様で理解してくれ。
俺は一樽を半分も開けずにぶっ倒れたけどな。
それに比べればなんと量の少ない事だろう。

そこまで考えて、改めて腕の中に鬼に目を落とす。
…柔らかい。抱きかかえてる肩も、腿も、谷間を強調する胸も。
今まで生きてきて、別人の体に魂を移すことになって。その全てが変わってしまった。
…こいつ、本当に“女の子”になっちまったんだよなぁ。

「なじぇ、すっぽかひた…? おとことおんにゃの、しょーびゅだりょ…?」

あーもう! こいつもはや自分のことを女とか言ってるよ! 逆に情けなくて涙が出てくるねこりゃ。
男であった証はまだ残っているが、あくまで証だけだ。
こいつにはもう、野をかけた脚も、獣を駆った爪も、強者たる筋骨隆々な体も、鬼の証たる角も、ついでに言うと酒を飲むための胃と肝も、何も持っていない。
風より疾く駆けた脚はすらりと細くなって。
獣をぼろ雑巾にした腕は剣を振るうのが精一杯で。
筋肉に包まれていた体は女の脂肪に包まれて。
そそり立つ角は望めど手に入らなくて。
こいつはどれだけ、『元の自分』を欲したのだろうか。
こいつはどれだけ、『元の自分』を重ねたのだろうか。
こいつはどれだけ、『元の自分』に戻りたいだろうか。

少女の部屋に戻って、ベッドに寝かせる。下着姿じゃ寒いから、ちゃんと布団もかけて。
その隣に座って、こいつの寝顔を見ながら思いをはせる。

家族と大喧嘩の末出て行ったけど、もしかしたら戻れるかもしれない俺とは違う。
家族もいない。元の自分を“これだ”と示すものも無い。
こいつは自分を男だ男だと言っているが、本当は断言できないんだ。

思えば俺は、こいつを心配したことはほとんど無かった。
こいつが死ねば“人間である彼女”も死ぬ。俺はそっちの方が嫌だから、こいつを気遣うフリをして彼女を気遣った。
だからこそ平気で軽口も叩けたし、いぢることもできた。
…けれどこいつは、自分の寂しさをおくびにも出さずに今まで生きていた。
もしかしたら限界なのかもしれない。こいつも誰かに寄りかかりたいのかもしれない。
だからこそ、お互いを背中で守るようになると、自分を抱けと言ったのかもしれない。

「…しょーがねぇなぁ、お前は。無理に強がっちまってまぁ」
いつの間にか意識が落ちていたのか、既にこいつは眠っているようで。
無防備な鼻の頭に軽く触れて、俺は居間での独り言を撤回することに決めた。
「お前があにを思ってあぁ言ったのか、そりゃわからねぇけどさ…。悩んだ末にあぁ言ったんだろうよ。
…その決意を無碍にするわけにもいかねぇし、…お前が起きたら、抱いてやるよ」
聞こえているはずの無い宣言を終えて、俺は立ち上がる。
(この眠りなら、俺が出て行くまで起きないかな?)
それでもあえて起こさないよう、静かに出て行こうとすると…

「……………………言ったな?」

* * *

「あにィッ!?」
泡を食った表情で蒼火が振り返ってくる。
ここぞとばかりに不意打ちの一撃を決めれば、こいつは本当に面白い表情をしてくれる。
「ふんっ、貴様の宣言は聞いたぞ? 俺が、起きたら、抱いてやる。だったな?」
言い逃れ出来ないよう、わざわざベッドから体を起こす。
ついでに立って、高みから指をさしてやる。
「人の宣言を流し、すっぽかそうとした罰だっ。一芝居打たせてもらったぞ!」
「…っか、お、まえ…っ」
今度は怒れば良いのか呆れれば良いのか、よくわからない表情になっている。やっぱり顔芸の達者な奴だ。
「おいコラっ! さっきの酔っ払ったのは演技だったのかっ!?」
「まさか演技の筈があるか。今でも確かに酔っている、わ…っ?」
「うおぉっ!?」
いきなり足元がくず折れベッドから落ちかけると、慌てて蒼火が支えてくる。
「あっ、危ねぇなぁ…っ、酔ってるなら立つな! 起きるな! 水持ってきてやるから寝て、ろ…?」
むにゅ。
蒼火の、
手が、
俺の、
胸に、
触れていた。

「…………」
「…………」
なんとマヌケな光景だろうか。
倒れそうな俺を蒼火が支えている。しかしその支点は俺の胸。
お互い同時に気付いてしまった為に、ここからどうすれば良いのか悩んでしまっている。
俺はどうしたら良いんだ。騒げばいいのか、それとも揉ませればいいのか?

まだ酒で半分蕩けている脳内に、電撃が走った。

もみもみ。
蒼火の指先だけが動いていた。いや動いている。
鷲掴みにした俺の胸を揉んでいる。
もみもみ。
ブラジャー越しに揉まれている。
自分の視界の下側で、蒼火の手が動く度、微妙に形が変わる胸。
もみもみ。
視点を蒼火に移してみると、妙に真剣な顔をしていた。
ひと揉みする度、顔がその都度真面目になってくる。
もみもみ。
あぁ、それより気持ちいいなぁ。自分で触るより、触られる方がこんなに良いのか…?
蒼火の手が大きいなぁ。魔羅も大きくなってるなぁ。
もみもみ。
「あぁん…っ♥」
とうとう声が出てしまった。
艶めいた声が出たのを自認してしまうのと、蒼火の手の動きが止まったのは全く同時だった。
「……」
「……」
そこからまた沈黙。気まずい空気が流れてしまう。
どちらから、どんな事を切り出せばいいのか。
ここまで来て、また怖気づいてしまう。

「……なぁ」
先に口を開いたのは、胸から手を離さない蒼火だった。
「最終確認だ。…本当に、抱いていいのか?」
「…どういう事だ?」
「これから俺がお前を抱くのと、お前が自分を慰めてるのとは、全然違うってことだ。
お前が自分でしてるのなら、そりゃただの自慰行為。男だろうが女だろうが、どっちでもやってる事だ。
けど、ここから先は違う。お前が本当に首を縦に振るのなら…、俺はお前を男じゃなく、女として見ることになる」

それは解かった。解かったが…、
まず手を離せ。
先ほどから俺の胸をつかんで放さないお前が真面目な顔で講釈たれてると、逆に笑いそうになる。

倒れそうな体の支えとなっている蒼火の腕を自分から外し、ふら付きながらベッドへ腰掛ける。
座ったまま蒼火を見上げ、精一杯の不敵な笑みを浮かべ、
「理解しなければ、こうして待っていたりせんよ。
…それよりも早く来い。体が冷えてきてかなわん…」
先ほどからずっと下着姿なのは変わらない。酒が入って多少温まってはいるものの、肌が出ていれば熱が出て行くのも早くなるものだ。

「……はぁー。わかったよ、そこまで理解してるならもうあんも言わねぇさ」
覚悟を決めたのか、年貢の納め時と判断したのか。蒼火が俺の隣りに座り、肩を抱き寄せてくる。
「あ…」
ただそれだけの行動なのに、不思議と胸が高鳴った。
これから起こる事に期待をしている自分がいるのだと、否応なしに解かってしまった。
反対側の肩に手をかけられる。弱弱しく、俺の身体に負担をかけないよう、そっと蒼火が体を倒そうとする。
「ま、待て、蒼火…っ」
「ん? やっぱり止めとくか?」
「……そうでは、ない…。…その、最初に…、…、を…」
「ふぇ?」
「こっ、これ位聞き取れ阿呆っ! 接吻をしろと言ってるんだ!」
蒼火に少しはぐらかされる度、少し顔が赤くなる。そして言わなくてもいい事を言ってしまうと、その都度蒼火は、何かをこらえるように笑っている。
「…おっけ、キスな」
肩を抱かれたまま寄せられる。顔が近づいてくる。
それを気持ち悪いとも思わず、もはや怖さも感じず、これからくる事へ想いを馳せて、目を閉じる。

「ん…」
唇が触れ合った。少しだけ密着して、すぐ離れて。
口づけては離して、何度も何度も。俺達は接吻を交わす。
繰り返すたびに俺の心臓は高鳴っていく。一月も顔を突き合わせ、お互い軽い気持ちでつつき合い、時に笑いあった。
過ごした時間はしては短い。そんな間隔なのに。
ただ今こうしているだけで、その一ヶ月以上に嬉しくて心が躍っている。
「ちゅ…、んむ…」
離れられないよう、自分の腕を蒼火の背に回して抱きつく。体も密着して、俺の胸が蒼火の胸とぶつかって、また歪む。
触れた肌から、蒼火の心臓の鼓動が伝わってくる。俺に負けず劣らず強く鳴っていて、興奮していることに嬉しくなってくる。
ならば、もっと。もっとお互いを高めあえるのなら。
「ぁ、ちゅ…、れぅ…」
舌を這わせ口腔内に突っ込ませる。相手の舌を探して見つけると、絡ませる。
愛撫したいのだが、上手い具合にそれができない。絡めようとしても、互いの唾液で滑ってしまう。
それは蒼火も同じなのが、抱きしめてくる腕の強さと、押し返そうとしてくる舌の強さでわかってくる。
2人してどうすれば良いのかわからない。
けれど舌同士は絡み合い、睦み合い。
ぐちゅぐちゅ、ぐちゅぐちゅと、口と舌だけで、既に始めあっている。

何度も繰り返し、お互いの口を自分の舌で蹂躙し、愛しあって。
「ぷぁ…」
それは、互いの口を繋ぐ銀の糸が物語る。
「ふぁ…、はぁ…」
口だけだというのに。ただそれだけだというのに、俺は幸せに浸っていた。
乳首と魔羅は痛いほど勃起し、女陰からは液が溢れているのが解かる。
目の前には、嬉しそうに微笑む鬼。優しい笑みはまるでただの人間のように見えて。
それだけで愛しく思えて、口からは名を呼ぶ声が出てしまう。
「あ…、蒼、火…」
「ん…、どーした…?」
聞き返されて、そこでふと気付いた。
「蒼火…、お前、何故俺の名を呼ばん…?」
「あぁいやぁ、あんて呼べば良いのか疑問に思っちまって。体で呼んだら魂に悪いし、魂で呼んだら逆に体に悪い気がしてねぇ。
一ヶ月も経つってのに、気付けば「おい」とか「お前」くらいでしか呼んでねぇや」
この一ヶ月、蒼火は一度も俺の名を呼んでいない。過去、既に名を名乗っていたにも関わらず、だ。
けれど、こうして抱かれるに至って。呼んでもらえない事に寂しさを覚えていた。
「阿呆蒼火…、せめて交わう時は名前で呼べ…」
「…とは言ってもなぁ。俺はお前のことを、どう呼べばいい?
体である那々嬢で呼べばいいのか、それとも魂である朱星(あけほし)で呼べばいいのか?」

体の名前。七菜那々(ななな・なな)。
魂の名前。朱星。
そのどちらもが、“今の”俺の名前。
女の身で、男の魂を持つ俺の名前。
「好きに呼べば良かろうに。どちらも俺であることは変わらんのだから…」
「そりゃそうなんだけど、どうにもなぁ?」
「えぇい歯切れの悪い奴だな…。今考えるから、少し待て」
視線を逸らして考える。
今の俺はどうなのか。男の腕に抱かれる女でありながら、同時に男でもある俺は…。
蒼火の目を見つめ返して、自分の形を。新しく見つけた俺の名を、告げる。
「…なら、朱那(あけな)だ」
「朱那?」
「そう。……お前に抱かれるとき、俺は朱星であり、那々でもあるからな。
抱かれる体と、魂を、別にするわけにはいかんよ」
「じゃぁ普段は?」
「…普段?」
いきなりはぐらかし、というか逸らしにかかったなこいつ。
「そりゃそうだろ。『那々』は元々学生なんだから、お前がなって元気になったら学校に戻らなきゃいけねぇ。
その時も朱那で通すわけにはいかないだろ」
「ならば、その時々で顔を使い分けるだけだ。鬼に限らず、人なら多かれ少なかれ誰でもやってることだろう?」
「違いねぇ。家は家、仕事場は仕事場。別々の顔を持ってて当たり前だからな」
「それより蒼火…、早く、続けろ…。体がうずいてたまらんのだ…」
「へいへい。我侭な女の子だよ、お前は」
「うるさい。待たされたんだ、少しは我侭になるわ」
苦笑しながら、また口付けを交わす。
先ほどより幾分かスムーズに、お互いの舌と唾液を絡ませて。
「ん…、る、れぅ…」
二度目の口付けの最中。背に回った蒼火の手で、ブラが外された。自分以外の相手にはろくに触られたことの無い胸が、ふるん、と揺れる。
口での行為を続けながら、蒼火の手は俺の胸に触れてくる。
前戯としての動作だが、触れてくるその手は限りなく優しい。
手のひらで揉まれて、触れてくる指はその先端までに小さな力が入ってて。
乳首を摘まれると、
「ひゃんっ♥」
声が出てしまう。
自分で触った時より気持ちよくて、つい続きを期待する声が漏れてしまう。
「蒼火…、もっと、胸、触って…」
その返答は行為という形ですぐに返ってくる。
胸という女の象徴を触られて。
俺は…、私はその快楽に打ち震えている。

* * *

今俺が触れている、朱那の胸。
手を押し返そうとするような弾力がある。それでいて肌触りはとても優しく、酷く壊れやすいように感じる。
朱那の胸は綺麗で。ベッドの上とかでなくても、可能な限り触れていたいと。俺の中の本能が語りかけている。
…しかしまぁ、これだけで満足するはずは無いのが、欲望の悲しいところ。
本当ならもっと別の、深い所に振れていきたいのだが。そこまで事を急くわけにはいかない。
だから、ゆっくりと朱那に触れていく。

何度も繰り返しているキスを止めて、今度は首筋に舌を触れる。
「ひゃ、ぅん…っ」
触れた瞬間に、甘い声が朱那から漏れてくる。
今の俺はただそれが聞きたくて、舌を首筋から鎖骨へ、そして乳房へと這わせる。
「蒼、火…、ん、ぅ…っ」
くすぐったいのか、艶の混じりながらもこちらを怒ろうとする声が聞こえてくるが、オール無視。
エロ漫画雑誌に一つか二つは乗っていそうな陵辱形でよく聞くお決まりの台詞の、「体は嫌がってないぜ」というのは、今こそ使うべきだろうと。
そんな確信を抱いて、俺は口元に近づいていた乳首に吸い付いた。
「ひゃうぅんっ!」
それと同時に嬌声があがる。
胸が震え、そういえば下腹部についたままだった朱那のムスコが滾っているが。…まぁ、気にすめぇ。
歯を立ててみる。
舌先で転がしてみる
子供のように吸ってみる。
その行為の一つ一つに、朱那は喘いでいる。
「ふゅ、や、あぁんっ」
片方だけではなく、反対側の胸も同様に吸い、いぢる。
行為を続けながらも思うのだが。正直な話、本番を前にして胸だけをいぢる訳にもいかない。
本番の。ムスコを入れる場所も解すために、朱那に気付かれないよう片手を下腹部に回すと。

タッチ。
目的の茂みへ到達する前に、大きくそそり立った朱那のムスコに。
うわーい今にも出そうなぐらい汁が出てるよー。
こいつぁ既に危険物扱いだ、下手に触れるとシューティングゲームの自機のように一発で落ちそうだ。

どうせだからぶっちゃけておくと、俺はこういった、誰かのムスコに触れることに対して忌避感は無い。
それは何故か。
あ、別にゲイって訳じゃないぞ?
理由を述べておくと、俺は過去女になって、ソープで少しだけ働いたことがあるのだ。
詳しい話は後の機会に譲るが、…語ることが無いと信じたい。
というかまずは眼前のことに集中させて! 俺に朱那を抱かせて!

ともあれ。
男のままで他人のムスコを触るのは初めてだが、これも含めて『朱那』だと思うと、特別拒否する感覚は出てこない。
だから、朱那の感じる顔を見てみたい、とい欲求の元に。
タッチした右手で扱いてみた。
「やっ! やめっ、あっ、あんんっ! そ、う…っ」
我慢汁が溢れているのが、握った段階で丸解かり。使わない手は無いので、女になった時覚えた手管で扱く。
ただそれだけだというのに、朱那は酷く大きく喘ぐ。
当然口は胸にあり、引き続き乳首をいじる。
また、更なる悪戯心がわき上がってきて、左手を朱那の秘所に持っていく。
「うぅぅぅぅ…っ、や、あ、…っ♥」
ショーツの上からでも解るほど、そこは既に濡れていた。指先にまとわりつく愛液が、我慢汁の臭いと混じり合って、逆に酷く淫靡に思えてくる。

よし、このままイかせよう。
と思った矢先に、
「…っこの阿呆!」
朱那の、
足が、
俺の、
キンテキに、
直撃、
です。
くおぉぉぉぉ…っ、頭上にヒヨコが3匹輪になって飛んでいるのが見える…っ、
やはり鬼になっても男の痛みは消えないのね…っ。

「全く…。今お前に抱かれてるというのに、魔羅で感じては意味が無いだろうが…!」
ぶつぶつ呟きながら、股間を抑えて蹲ってる俺の眼前で息子をパージする朱那。
着脱するのは初めて見たが、結構便利やもしれん。何よりこの痛みが消えそう。
「ふぅ、ん…っ♥ はぁ…っ」
自分の我慢汁でてらてらと光る朱那のムスコは、その手から落ちて、床に直撃した。
「んうぅぅぅっ♥」
あ、イった。
イカ臭い、俺自身嗅ぎなれた臭いが…。

「…これで良し。…さぁ、存分に続きをしろ、阿呆蒼火…」
自分で蹴っておいて良く言うよ。
後その一人だけ先に失礼オホホみたいな照れた顔は…、
いや、まぁ、深くは言うまい。原因の8割がたは俺にあるし。
だが、それとこれとは、話が別だ。
朱那がイきかけてたのと俺の股間を蹴ったのとでは、全く違うのだから。

* * *

「…ほれ、早くしろ…」
自分がやった行為も忘れて、自身では想像もつかないような、ねだる表情と声色で、足を広げて見せ付ける。
直に見せ付けているわけでもないのに、恥ずかしくてたまらない。本当ならすぐに脚を閉じたい気分でいっぱいだ。
「ちょ、ちょい待っち…。…まだ痛いの…」
眼前には未だ股間を押さえて痛みを堪えている蒼火が。
しまった、強く蹴りすぎたか?
制止を訴えるかのように蒼火の右手がのびきてて、
ショーツへ直に触れる。
「え…?」
自分が驚きの声をあげたのと、伸ばした蒼火の手が引き戻されたのは全くの同時。
「くわーっ!!」
「わ、わわっ、こらっ、蒼火っ!?」
しかもちゃっかりショーツを握っているので、脱げる、引っ張られる。
塗れた女陰が空気に触れて丸見えになり、一糸纏わぬ姿となってしまう。
それでもショーツが脱げきらないように、膝を曲げて何とか抵抗するが。そちらに気を取られた瞬間、押し倒された。
電灯の明かりが遮られて、蒼火の顔もあまり見えない。
かろうじて見えるのは、薄ら寒いものを感じさせるような笑顔。

「正直に言うぞー、痛かったぞー? ちょっと男として生きるのを諦めかけたぞー?」
しまった。あの一撃はやはり怒らせる要因だった。
数は少ないが、今まで怒らせてしまった中で蒼火の威圧感が一番大きい。子供なら泣いて漏らして夢に見そうな恐ろしさだ。
事実漏らしてしまいそうだが、そこは鬼の矜持であえて我慢する。
自分の心にも、かなわないことへの恐怖。怒らせてしまったことへの後悔と、これから来ることへの焦りとが、複雑に絡み合っている。
「あ、う…、そ、の…」
上手く言葉にできなくて。
言葉の代わりに、女の心が伝えてくれた。申し訳ないと言うことを、許して欲しいと願うことを。
ぽろり、と。言葉ががこぼれてきた。
「…す、……すま、ない…、やりすぎた…」
正直な本心から謝った。
悪いと思う心が頭中を占めている。これから抱かれるというのに、抱いてくれるというのに、蹴ってしまった。
もしかするとこれで打ち切られてしまうかもしれないというのに。

蒼火からの返答は無い。影の挿した笑顔のまま、俺の体の上で威圧感を放っている。
しばらくの沈黙。
許してもらえないと思い始めた、そんな時。
「…………ふぅ」
「…? ん、む…っ」
一つのため息の直後、また深く、口付けをされる。

「ん…、れぅ、ぢゅ…っ」
「ふゅ…っ、はぁ…っ、んうぅ…っ」
蒼火の舌が口の中で激しく動く。抵抗はできなかった。
やりにくいというのもあり、機嫌を損ねられるのが恐いというのもあり。
今は蒼火の為すがままが良いだろうと思って、されるだけになる。
ただそれが気持ち良い。ただそれでも気持ち良い。触れられるだけで、女として感じてしまう。

ちゅぶっ。
「ん…っ?」
口付けの最中。いつの間にか蒼火の手が、女陰に触れていた。
指の腹でこする様に、溝を撫でるように、何度も何度も行き来させて。
女陰を中心として、ひどく熱さを感じる。そこが体の中心になったような感じさえする。
口を離してくれず、背にはベッドがあるため逃げる事もできず、舌と女陰と、両方に触れられて悶えるしかない。
「んぅ…っ、ひ、むぅ…、ぢゅ、ひゅふ…っ?」
繰り返される手管が不意に止まると、今度はそこに、指より熱いものが当てられて。
「んうぅぅぅっ!」
一気に貫かれてしまった。

「は、あ、あぁ…っ」
挿れられてしまった。
蒼火の魔羅が、私の女陰にしっかりと食い込んでくる。
熱さと同時に、たまらなく嬉しく、気持ちよく、感じてしまって。
女陰の襞が動いて、それを伝えるように。蒼火の魔羅へ伝えていく。
「ん…、く…っ、結構、キツい、な…?」
快感を堪えるような声で、蒼火が伝えてくる。
「…ふん…、前言も為しに、挿れるからだ…。お前の魔羅、締め付けて、やる…っ」
それが快感を与えることだとわかっていても、私はやってしまう。
胎内に感じる“男”の熱さを、もっと強く感じたいから。
「うるせ…、元はといえば、お前が蹴ったからだろが…」
「ほぅ? では、よく使い物になったな…。てっきり何もできなくなるのではないかと「えい」んやあぁっ♥」
精一杯憎まれ口を叩いてみても、その途中で動かされた肉棒と、その快感で止められてしまう。

あぁ…、これが、本当の、女の快楽…。
今私は…、蒼火に抱かれている…。

* * *

入った。挿入してしまった。
いい加減引き返すことのできないことと解っていても、ちょっとムキになってしまった頭と、止める気の無くなったこの聞かん坊は、こうして最終段階まで事を運んでしまった。
とはいえ、童貞卒業の相手が元男ってのはどーだか。いや良いのか? 掲載してる場所が場所だし。
「あぁ…、は、ぁ…♥」
あぁいや、今じゃ立派な女だな。入れられてこんな気持ちよさそうな顔をしてるんだ。女以外の何者でもない。
でもって、そんな顔をされると、あんといいますか。男として辛抱たまらんですばい。
快感に打ち震える顔も、球のような汗を浮かべている柔肌も、ムスコを飲み込んで離さない膣も、小刻みに震えている胸も。
その全てが、男を自分の中へ引き寄せるために作られたものだと認識できるほどで。
(もっと…、朱那の乱れる顔を見たい…。もっと、朱那の膣を感じたい…)
限界なんてものは、後半歩でぶっちぎれる。
「朱那…、辛抱たまらんわ。……動いていいか?」
スタートの合図を待つように語りかければ、すぐに返答は帰ってくる。
「動いて…、私を、ちゃんとイかせて…」
あ、一人称が「私」になった。
オメデトウ、立派な女になりましたね。万歳三唱拍手の嵐。
では真打として…、その中に、しっかりと。
「わかったよ…。ちゃんと女として、イかせてやる…!」
腰を両手で掴み、動き始める。

「ひぁ…、ひゃあっ♥」
腰を突き入れる。声が高くなる。
腰を引いてみる。寂しそうな顔になる。
一回一回突いていく度に、朱那の声が甘くなっていく。
「や、ぁ、ぅ…っ、そぅ、か…、もっと、早く、ぅ…♥」
「無茶、言うな…っ。壊されたい、のかよ…」
朱那にも急かされるくらい、腰の動きは緩慢だ。
それはある意味仕方ないだろ、全力でやったら確実に壊してしまうのだ。そりゃ御免被る。
まずはゆっくりとほぐして、準備ができたら、本番に…
「やだ…、やぁだぁ…っ、早く、してぇ…っ、私の中、抉ってぇ…♥」
あ、なんかタガが外れたくさい。
「ん…っ、んぅぅっ♥ ひゃ、は、あぅん…っ♥」
しかも自分から腰を動かし始めてるーっ!
はい先生、俺ぢつは限界間近だったりするのです!
「うぉっ、あ、朱那っ、待…っ、く、う…!!」

びゅぶ…っ!

射精してしまった。
呆気なく、朱那の中へと向けて。

「あ…」
えーすいません朱那さん、その残念そうな顔はやめてください。
いくら最奥に出してもらえなかったからって、こっちゃ初めてなんですからそう責めないで。
「…貴様、早すぎるぞ……?」
「し、仕方ないだろ…。…朱那の膣が、良すぎたんだから…」
「……っ! なっ、何を言うっ! 堪え性が無いのを人のせいにするなっ!」
と言いながらも嬉しいんだな。顔を真っ赤にして言っても説得力なんて皆無だというのに。
「…ふんっ。ニヤついているなら、速い所魔羅を起こして続きをしろっ。ちゃんと、女としてイかせるのだろ…?」
強気そうな口調だけど、最後の方になると見上げる視線になる。
体のことは元より、随分と可愛くなったなぁ。
「解ってるよ。一回で終わらせるわけはねぇさ」
こんなかわいい姿を見せられて、一回で終わるなんてことはしたくない。続ける気は満々だ。
手をのばして、朱那の胸に触れる。
「んぁ…」
手に帰ってくる柔らかさを堪能しながら、何度も揉みしだいていけば。
まずは朱那の膣がぴくぴくと動いてくる。
そんで俺自身も胸を触って大きくなってくる。
精液と愛液が混ざり合って、一回目とは違う温かさに包まれながら、戦闘続行の準備は完了した。

「さーて、覚悟しろよ、朱那…」
「な…、何がだ…?」
多分、今の俺は邪悪な顔をしてるんだと思う。朱那が若干ビビってる。
「女としてイかせてやる。そりゃ約束するが……、それまで俺が何回イくかは解らん。
……沢山出してやるから、しっかり受け止めろよ?」
ここでちょっと思い出せば、このえっちには“朱那を強くする”意味も含まれている。
俺が沢山出せば、朱那が沢山吸えれば、それだけ強くなる。
……あれ、ちょっと待てよ? となると、朱那が強くなればそれだけ無茶しても壊れなくなるってことか?
いや、それは置いとこう。まずは……
「朱那…、ちょっとだけ、耐えろよ?」
片方の脚を掴んで持ち上げる。
その体勢のまま、ぐっと腰を突き出し、また引く。
速度は変えて、さっきよりずっと早い。
じっくり味わうのではなく、回数を重ねて貪る為に。



「あっ、ひゃ、はんっ♥ ふぁ、あぁっ♥」
朱那の興奮した声が聞こえてくるたび、俺もさらに興奮してしまう。
ボルテージの上昇はムスコに伝わり、腰の動きにも伝わる。
当然そんな事をしていると、簡単に上り詰めてしまうわけで。
「朱那…っ、2発目、イくぞ…っ」
びゅぅっ!と、精液を吐き出した。

* * *

「ひゃ…っ、は、あ…っ♥」
胎内に熱い精液が放たれる。
蒼火が腰を振りたくり、女陰を抉ってくる。
ぐちゅぐちゅ。淫靡な音が響くのと同時に、
ぱん、ぱん。肌同士をぶつけ合う音も鳴る。
腰が引かれる度に、交じり合った液が泡を立てて溢れ出て。
突き込まれる度に、魔羅が子宮に届く直前まで突き刺して。
「ふぅ…っ、ん、はぁ…っ♥ あっ、あーっ♥」
喉から漏れる声は、蕩けたものにしかならない。

今私の中に挿入ってきている蒼火の笑みは、不思議と優しくて。
自分自身初めてだというのに、私を大事にしてくれているのだと解って。
嬉しくなってくる。
抱いてくれることが嬉しくて。優しくしてくれるのが嬉しくて。
それに応えようと、私の体も応えた。

「く…っ、締まる…っ」
大切な男を悦ばせようと、桃色の電撃でふやける頭の中、ぎゅ、と膣を強く締め付ける。
離れたくないと願い、掴まれていた脚を払って、蒼火の腰に回し締める。
たったそれだけの行動なのに、膣の中を前後する魔羅は、嬉しそうに跳ね上がって。
「あぁ…っ、も、っと…、強く、ん、うぅぅっ♥」
元気になったそれを、欲しいと思ってしまう。
が、腰の動きより先に、頭に手が触れた。
「…ったく…、ひっでぇ、乱れ方だなぁ…っ」
撫でながら、また蒼火は軽口を叩いてくる。
「うる、さ、あぁっ♥ きもひ、いひ、んぅ…っ♥」
「そりゃ、十分解った、から…っ、ちょっとだけ、強く動く、ぞ…っ?」
「うん…っ、うんっ、はや、くぅっ♥ わたしっ、いいから…っ、動いてぇ…っ♥」
「じゃぁ、…始めるぞ…!」
体を密着して、肩に蒼火の手が添えられた。
顔が近い。動きが変わる事に期待する。吐息が触れる。どうしようもなくドキドキする。
ぐりっ、と、蒼火の腰の動きと、肉棒の位置が変化した。

「んあぁぁぁっ♥」
だらしなく嬌声を上げてしまうが、止めようという気は既に無い。
回転を加えられた動きで女陰を抉られ、膣壁を重点的に狙われる。
その動きも決して単調ではなく、一突きごとに微妙に位置を変えて。全体を刺激して回ってくる。
ぐりぐりと責めてきて。びくびくと感じて。
密着した腰が陰核に触れた時が、また気持ちよくて。
すっかり抱かれる事での快楽に浸っている。それにずっと浸っていたいと願ってしまう。
「ん、ぁっ、ふゃあぁ…っ♥ んうっ、ぅうんっ♥」
すっかり身を立てている乳首が、蒼火の体に当たって擦られる。
近づけた顔から感じる吐息が、私の首筋に当たってこそばゆい。
「あ、ふぁ…、そう、かぁ…、きす、してぇ…」
閉じることもままならない口を近づけて。
「ん…、む、ぐちゅ…、ふぅ…っ」
またキスを交わす。
口と性器とで繋がって、心も身体も満たされていく。
ゆっくりと、上り詰めていく。

「ふぁあぁっ♥ あ、ひゃ…っ、や、う、んむうぅ…っ♥」
「う、く…っ、ぷぁ…、朱那…っ、また、イくぞ…っ?」
中でまた、魔羅が大きく跳ねているのだと理解する。
射精をしたいのだと、膣を埋めるように膨らんでいるのが解る。
先ほどから私も、一番感じる所を何度も擦られて、限界が近かった。
「うん…っ、うん…っ♥ イって…っ、私も、イきそ、お…っ♥」
「わ、かった…! イく、ぞ、朱那…っ、ん、くぅ…っ!」
最奥まで魔羅を突き入れられて、蒼火から三度目の射精が来て。
子宮を満たしていく。胎内に熱が篭っていく。
それがどうしようもなく気持ちよくて。それがどうしようもなく嬉しくて。
「ん…っ、んうぅぅぅぅぅぅっ♥」
真っ白になった頭と、幸福感を感じる心とで、
今まで女として感じた中で一番激しく、

絶頂を迎えた。


* * *

あれから。
蒼火に何度となく抱かれ、何度となく女として達した。
その度に心が満たされてゆき、同時にその力が身体を満たしていった。
夜の蒼が白んだ頃になって、ようやく2人とも精根尽き果てた。のだが。
「…いや、俺、行かなきゃ、いけない、し」
元々、狗轟のところへ行かなければならないと行っていた蒼火は、身体を無理矢理動かす。
ナチュラルハイ一歩手前の状態でのそのそと起き上がり、手早くエスプレッソの一気飲みとシャワーを済ませ、朝飯を作りに行った。
私も蒼火の後にシャワーを浴びた。胎内に残った精液が零れるのを少し淋しく思いながら、自分がどれだけ強く慣れたのか、後今日の朝飯は何だろうか、と思いを馳せる。
体を流し髪を洗い、バスルームから出てきた瞬間目にしたもの。

蒼火が倒れている。

朝飯を作ろうとして眠気に負けたのだろう。台所に突っ伏していた。
しかも左手の甲に包丁が刺さったままで。


「いや参った、まさか一晩中してあそこまで体力を食うとは思わなんだぁよ」
蒼火は私が発見して10秒後に起き上がり、そのまま朝食を拵えた。ちなみに傷は復活直後に完治。
今朝の食事も美味いのだが、ところどころおかずが鉄臭いのは言わないでおく。
「しかし蒼火、…一晩ずっと抱いてたわけだが、結局のところどうするつもりだ?」
「んー…。お前が既に別の存在に成り切っちまった訳だから、いい加減バラしても問題ないと思うんだが…。
それでも世間的には、“お前=那々”なので、やってくる攻撃を止めない限りどうしようもないんだよなぁ」
一晩抱かれ続けた時には頭に浮かばなかった問題だが、私の体が未だ狙われ続けているのは確かだ。
また誘ってしまい、思考を中断させてしまったことは埋め合わせねばならない。
自然と自分も、事の対応について思考を廻らせていた。
「そも狗轟の者が私のところへ嗾けてくるから問題だろう? そこをどうにかできれば良いのでは?」
「それができればこうして悩みやしねぇよ…」
「ただの犬なら、爪と牙を抜けばもう何もできないだろうに。人間の術者は困ったm「いや待った、朱那」…む?」
「…さっき台詞もう一回」
「人間の術者は…」
「いやその前」
「爪と牙を抜けば何もできないだろうに…」
「…爪と、牙を、抜く? ………………それだーっ!!!!!」
ガタン!と勢い良く立ち上がった。
「うぉっ、どうした蒼火っ、何を思い立ったのだっ?」
「それだよ朱那、要はそいつが“那々”を殺さなければ…、殺せなくすれば良い!」
「だがその方法はどうする? 犬神を殺しても補充されるだろうし、手足を折ってももいずれ回復されるぞ? もっと根本的にする必要があるだろう…?」
「方法なら、ある」

期待と希望を見つけたような目で、蒼火は快哉の笑顔を向けながら、私にその方法を宣言した。

「双転証だ」



「双転証」

この起源は昔、朱の鬼と蒼の鬼がまだ平安の世に生きていた頃。
蒼の頭首「蒼魔(そうま)」と、朱の頭首「朱昂(しゅこう)」が共に編み出したという秘儀。
接触した対象へ2人の力を同時に叩き込み、対象の気を混乱に落とし込んで、その存在証明を転化させる。
それは表が裏になるといった単純なものに限らず、空行く鳥が木の葉の一片となったこともあれば、水の一滴が鹿となったこともある。
その技術と方法、やり方も知っている。しかしその結果どうなるのか。ともすれば別の命あるものになる可能性もあるが、そうならない可能性も多分にあり得る。

「…ん? どした朱那、まさか双転証を知らないとか?」
「そうではない、そうではないが…。蒼火、貴様正気か? 狗轟に双転証を仕掛けて、ただの石ころにでもなれば…、貴様はそいつの命を奪うことになるんだぞ?」
問題はそこにある。
蒼火は元人間である以上、人間を殺すことに対して酷く臆病で、そこを“人間である自分”の最後の砦としている。
だからこそ、命を奪うことは、蒼火の心を酷く変質させてしまう可能性がある。その事を私は懸念していた。
「あぁそのこと…。ま、多分大丈夫だろーとは思う。双転証において、指向性のかけ方は既に確立してあるからな」
「…何だと?」
「言ったとおりの事だよ。双転証は既に、無作為に存在転化させるだけのものじゃなくなってるのさ。
伊達に蒼の鬼は人間の中に混じって生きてきたわけじゃない、人の中で創意工夫を学んだのさ」
そうして蒼火は話し始める。双転証が実用に耐える業となった由来を。


「今から400年位前、江戸の町にいた男女双子の蒼の鬼が、これまた男女双子の人間に惹かれたのさ。
ただ、男の鬼は男の人間に、女の鬼は女の人間に。という、何やってんだご先祖ってぇ感覚の事態だったんだが…。
お互いの気性に惚れたんだ、うん、そういうことで良いだろ?」

頭を抱えながら、事の起こりを説明する蒼火。私も頭が痛くなりそうだ。

「お互い添い遂げるための術を探した。しかし己の身を変える術しか知らないし、相手を変えるための術具も持ち合わせていなかった。
それでお互いどうにかする為に、双転証へ手を入れようとしたのさ。
最初はその辺の小石でやったが、結局転化先は想像のつかない物ばかり。いくら回数を重ね試しても結果は変わらず、5年もの時が流れ、娘のほうが嫁に行く寸前の頃…。
ある春の日、一本の樹木へ双転証をかけようとしていた。いざ互いに接触する直前、樹木の中からあるものが出てきた。
それに気付かず、発動してみれば。…そこにあったのは二匹の芋虫だ。ただし片方は手によって潰されていた、な」

想像すると怖い光景だが、蒼火も説明を続けようとしているので、茶々を入れるのは躊躇った。

「双子の鬼はどういうことか考え、悩み、そして仮説を立てた。
双転証は発動の際、あにかしら媒介を挟めば転化の方向性をコントロールできるのではないかと。
同時に、その仮説は正しかった。
直後に行った検証で、小石を挟んで狛犬へ向ければ同じ形の小石になり、雄犬の毛を挟んで茶碗に向ければ雄犬になった」
「ではその後に…」
「そ、朱那の想像通り。双子の人間、そのお互いの髪の毛を使って、男女を逆転させたのさ」
「そしてお互いに、男の鬼は娘になった男と結ばれ…」
「女の鬼は男となった娘と結ばれたんだよ…。…大抵の昔話なら、これで結末として“めでたしめでたし”とか出るけど…」

「「めでたくねぇなぁ」」

同時に言葉が出てきた。お互いの思ってることは一緒だったようだ。


「…まぁ、そんな昔話があるんだけどな。そういうことで、双転証のコントロールは可能なのさ。
これを使って、向こうを別の存在に変換させる。犬神憑きの血筋ではなくなるし、それで霊力の希薄な存在に変えれば、呪うこともできなくなる。
呪殺屋にとっては、爪も牙も抜かれた状態になるわけだ」
「確かに、それが可能ならば狙われる事はなくなる。…しかしその転化先の存在で、めぼしい存在はいるのか?」
「いるよ?」
「どこに?」
「そこに」
といって、私を指してくる蒼火。不思議に思い後ろを見てみるが、その先に誰もいるはずも無く。
「お前の体…、というか、“那々ちゃん”に転化させる」
「…何だと?」
「いやぁ、お前は彼女の魂へ直に語りかけてたから気付かんかもしれないが、彼女、霊力の素養はサッパリだぞ?」
「気付かんかった…」
「いや気付けよそれくらい。それにお前の今後も考えてるんだぜ?」
「…ふむ、私の今後、か」
「そゆこと。朱那が今後“女の鬼”として生きるというのなら、そうした俺はお前の面倒を見なくちゃならなくなる」
「それはそうだが…、となると、そういうことか…」
「理解が早くて助かるよ。となると、お前の代役を立てなきゃいけなくなるのさ。
そーゆー意味も含めて、術者を彼女に転化させるんだよ」

そこまで聞いて、一つの疑問が頭の中に浮かんだ。
「…少し待て、蒼火。私が那々として生きるという選択肢は無いのか?」
「まぁそれならそれで、転化度合いをコントロールすれば。狗業を“数年前or数年後の那々”にできるのだ。
年齢の上下も自由だゾ?」
サムズアップをするな。
「ノウハウは既に纏められてるから、双転証が発動すれば調整は俺がどうにかするよ。
あ、そうだ。朱那も一緒に頼むな?」
「む、何故私が?」
「なぜもあにも、双転証は俺1人じゃできねぇし、蒼の鬼は他に血族がいない」
「となると…、…私しかいなくなるのか」
「そゆこと。元々朱と蒼とで作ったんだし、やれるだろ」
「確かに。だが媒介はどうするというのだ、私の中に那々を示すものは既に殆ど無いのだぞ?」
「平気だよ。それをお前の中から無理に探す必要は無いんだ。
双転証の媒介は髪などに限らない。…要は媒介の気が篭ったものであれば、無機物で十分」

蒼火が懐から取り出したのは、一枚の便箋。
書かれている文字は、
「朱鬼さんと、蒼鬼さんへ」
とだけ。
彼女の、七菜那々の文字だった。

「それは…?」
「彼女が書いた、俺向けへの手紙であり、お前向けの手紙でもある。
具体的に言えば、自分の身体をお前にあげる、という念書だな」
「そんなものがあったのか…」
「あったんだ。だからこそ俺はお前のことを責めんし、成り代わってからあんも言わんかったんよ」
「…その手紙、見せてくれるか?」
「構わんよ? ほれ」
便箋を渡され、手に取る。必要最低限といった感覚の装飾が施されている。
複製が利かないよう作られた紙には、便箋と同様に彼女の文字が並んでいた。

呪いより以前に自分があまり長くないこと。
夜な夜な語りかけてくれる、体を失った赤鬼さんがかわいそうなこと。
可能ならば、人間じゃなくなっても良いから生きたいこと。
赤鬼さんが良いのなら、この体を使って欲しいこと。
この体を強くして、いっぱい生きて欲しいこと。
そして、青鬼さんと仲良くして欲しいこと。

……すまん那々、仲良くしたぞ、必要以上にな。


幼少時から伏せり気味だった那々の、万感の想いが込められた手紙を何度も読み返して。
その想いを心に刻んだ。

「双転証の媒介にはそいつを使う。問題がなければ、…朝飯を食った後に行動を起こすが」
「……うむ、解った」
「…それとだ、朱那。これからのお前はどうする?
那々として生きるか、それとも朱那として生きるか、ハッキリと聞いておきたい」
「…………」
蒼火が問いかけてくる。決して茶化さない、真摯な問いかけ。
私がこれから生きることに対して、必ず決断を迫らなければいけない問い。

目を閉じる。
那々の遺した想い。今持つ蒼火への想い。
那々の身を案じる家族への想い。自分の居場所を欲しがる想い。

様々な想いが混じって、
「…………私、は…」
一つの決断を、下した。

* * *



「行ってきまーす!」
勢いよく七菜家の玄関を開けて、“七菜那々”と成った朱星が駆けていく。
彼女の選択肢は解り易かった。
自分と那々と、互いの想いを混ぜたのだ。

普段は人間・七菜那々として家族と暮らし、
事が起これば鬼・朱星として蒼と共に戦い、
そして床の中では朱那として淫欲に乱れる。


「那々として生きる。だが朱星としても生きるし、朱那としても生きる。
その時々で顔を使い分けるだけだ。鬼に限らず、人なら多かれ少なかれ誰でもやってることだろう?」
抱かれる時に放った言葉を、もう一度言ってのけた。
蒼火は大笑いして、それを認めてくれた。

今は人間として、人が集う学舎へ。
那々がろくに過ごせなかった学生として、走っていく。



天にかかる太陽が地平線へと向かって突撃していく、午後3時。
「一ヶ月経ったが、経過は良好、あれから狗轟の追撃なし、あいつも人間としての暮らしに馴染んだ様子。
……そろそろ調書纏めてこの件切り上げるかー」
作りの良い日本家屋の一室で、作務衣姿の蒼火は机に突っ伏した。
全ての状況は、今し方の呟き通り。
あれから特に襲撃などの音沙汰も無く、ごくごく平和に一ヶ月が過ぎた。
手元に置かれた小型の書類棚から、白紙を取り出そうとして手を伸ばし、
「何をしてるんですか、お茶かけますよ」
「わっちゃっ!? あにすんだよぅっ!」
言われるが早いが頭の上からいきなり熱湯の茶をかけられ、慌てて後ろを振り向く。
立っていたのは、七菜那々が年を取り、24歳程度になればこうなるだろう、という女性。
あれから蒼火と立会い、結果双転証を受け、七菜那々に年嵩を増した姿になった、狗業の術者だった。
「人がせっかく淹れたお茶ですから、無駄にしないで欲しいものですね」
自発的にかけただろお前、という言葉を飲み込んで、机に置かれた…、若干中身の減った茶に口をつける。

渋い。
ついでに苦い。
絶対通常の35倍の茶葉を消費&圧縮して淹れられている。そんな味だ。

噴出したくなる想いを抑え、嫌がらせだろ。という意図を込めて視線を向ければ、元狗轟の女性は盆で口元を隠し、くすくす笑っていた。

「あー、朱星といいお前といい、女になったら性格がよくなったよなぁ」
「それはどうも。ボクをこんなにしたあなたには言われたくありませんが…、元々こうですから」
盆の裏で隠した笑顔のまま、元狗轟の女性は答える。
「…まぁなんですね。煩わしいあの家から出してくれたことには感謝しますが、それとこれとは話が別です。
受けた分の恩返しと嫌がらせをしたら出て行きますよ」
「…んで、それはどれ位かかる予定で?」
「さぁ? せいぜいボクが死ぬまででしょうか?」
「…それ、出て行く気ねぇだろ」
「さてそれは? あなたの思うように思えば良いんじゃないですか?」
行くところもなければ、完全に別人になってしまえば、戸籍も何もない。
自分がやってしまったことへの、せめてもの責任として。蒼火は元狗轟の女性の戸籍を作ったが、それでもどこへも行かず、彼女はずっと蒼火の家に居ついている。
「無垢な23歳童貞だったボクの体に無理矢理女の快楽を覚えさせたことは、一生かけて思い知らせてあげます。
あぁそういえば、あなたが作ってくれたボクの戸籍、これって婚姻にも使えます?」
「…お前、逃げ場無くす気だな?」
「さぁ? 聞いてみただけですよ、誰もあなたと籍を入れるために使うなんて言ってませんし」
「ものは言いようだよなぁ…」
朱那に対しては強く出ていた蒼火も、人間の魂を持ち、人間の体に入っている存在…、正真正銘の人間に対しては、弱くなるだけだった。

「あぁでも、その内本当にすることになるかもしれませんけどね」
「……あんですと?」
「嫌だなぁ、ボクの膣に何度も出しておいて孕まないと想ってるんですか?
女の証を刻んで、女の悦びを与えて、命を繋ぐ女の使命を全うさせるんでしょう?
その時、ボクが孕んだことが確定した時、わざわざ戸籍まで作った義理堅いあなたは責任の放棄をするのですか?」
元狗轟の女性が、蒼火の後ろに座り、言葉を放つたびに密着してくる。
耳に息をかけられ、作務衣越しに肌に触れ、股間を握ってくる。
が、
「……いや、嘘だろ?」
「えぇ勿論嘘ですよ、生理すらまだ来てないのに孕むわけ無いじゃないですか」
「そりゃ解ってるけどなぁ…」
さらりと返せばさらりと還る。
平然とした嘘吐きに、平然と返して。
「……いや、まぁいいんだけどな。どの道、俺がやった事は俺が責を負うだけの話しだし」
「達観してますねぇ。それでもあなた20ですか? ボクより若いなんて嘘でしょう」
「嘘じゃねぇ。あと離れろ、押し付けるな、そして触るな」
「あったかいから嫌です。でも元気にならないのがちょっと悔しいなー」
弄ってくるのは仕返しの一環か? 触り方が微妙にいやらしいのは、絶対それ以上のものがあるだろ。

「……仕方ねぇ、このまま書類纏めるべ。終わる頃には朱那も来るだろうし、そん時は放してくれよ?」
「どうしましょうかねぇ? 今の彼女とは同じ男を取り合うライバル同士ですし?」
「放さないんだったら、メシとかどうすんだよ」
「出前を取れば良いじゃないですか」
「ヤだよ、お前調子に乗ってうな重特盛とか寿司とか頼むだろが」
「当然です。好きですからね。……なので、放しませんよ」
「蒼火、今日も来た…、ぞ?」
丁度タイミングが良いのか悪いのか、朱那が襖を勢い良く開けて、
今の構図を見てしまった。
「……」
「……」
「……」
そして固まった。
蒼火は困ったような顔。
狗轟はしたり顔。
朱那は冷え切った顔で。

「……狗轟、貴様どういった腹積もりだ?」
「いやですね、見ての通りじゃないですか。蒼火さんに抱きついてるんですよ?」
「そういうことを聞いているのではない。……何ゆえそこに居ると聞いている」
「抱きついてはいけませんか? ただのスキンシップですよ、た・だ・の、ね?」
「く…っ、ならばそれは構わんっ、何故貴様は蒼火の背に一人で抱きついてるッ!」
「他に誰もいませんでしたし、好きな所に抱きついたまでですが」
「…むっ。ならば私も好きな所に抱きつかせてもらうぞ。おい蒼火!」
「…あんだよ?」
「机から距離を取れ! その胸に抱きつかせろっ!」
「あぁ、そっちもありましたか。蒼火さん、ボクに抱きつかせてください」
「狗轟は背中だろうっ、ならばあいている方を私が取るっ!」
言うが早いが抱きついてくる朱那。
胸を当てられ前後からサンドイッチ。美人2人に抱きつかれ押し付けられ、理性が吹き飛ぶような状態でも、
「あぁもう…、好きにしろっ」
半ば投げやりになって、書類棚から取り出した紙に向かい合う。
「ならば好きにするぞ。ほれ蒼火、キスだ」
「あ、ずるいですよ。蒼火さん、次はボクにください」
キスをしていても出てくるため息と共に、すらすらと万年筆の線が踊り出していった。

後で見てみたらぐちゃぐちゃだったので、後日書き直したが。


これは、人間から鬼の道に足を踏み出した男と、
鬼から人間の道に足を踏み出した娘(元男)と、
今までとは全く別の道を歩み出す女(元男)の、
のんべんだらりとした日常の一欠けら。
朱鬼蒼鬼の過去シリーズを見たい、という要望がとても嬉しかったので再アップ。
それに伴い、冒頭部分他を少し手直ししました。
画像は別のところに上げたのを引っ張ってきてますが、問題ありそうなら消します。
死神も少しずつ改定しながら上げていきます。…要望があれば(ぇ
罰印
0.5800簡易評価
10.無評価AC獣
再UPとはいえ、またこのシリーズが読める事を楽しみにさせています。
また、『要望があれば』と書かれていましたが、『死神シリーズ』も楽しませて貰ってますので、
要望を上げさせて頂きます。
11.100通りすがりのTSF好きな紳士
またこのシリーズが読める時が来るとは・・・ありがとうございます!
これを初めて図書館で読んだ時の衝撃は今でも覚えていますよ。
とても気になる作品だったので続きが早く読めるのを期待させてもらいますよ。
別に忘れたころに投稿していただいても読みますからご安心を。
61.40Manish
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