そこにあるのはありふれた日常、いつも同じではないが特別過ぎる事など何もなく、
慌しくもなければ穏やかでもない時間。
小さな会社の小さなオフィスには伝票を整理する女性とパソコンで書類を作成する男性の姿があった。
その光景に取り立てて珍しい事は無い。
「よし、終わりっと」
男性は座ったまま伸びをして一言呟く。
名前は大幡 和貴(おおはた かずき)入社3年目の20代。
基本に忠実が信条な草食系男子で、紺のスーツ姿が正に青年サラリーマンそのままだ。
「あら、出来たの?」
声に反応し女性も声を掛ける。
彼女の名前は柚原 美輝(そではら みき)経理と一般職を兼ねている。
和貴とは同い年ではあるのだが、入社は2年ほど早い。
淡いラベンダー色のリボンブラウスにネイビーチェックのベストと同色のタイトスカートの姿はキャリアウーマンと言う訳でもなく、いまどきのOLと言った感じである。
毛先にゆるいパーマの掛かった今風のロングな髪型が尚更そう見せるのかもしれない。
「研修の復命書だけだからね」
今日は土曜日でこの二人以外の職員は出社していない。
和貴は先日まで参加していた研修の復命書を作るために出てきただけであり、
美輝に関しては、昨日早退し出来なかった仕事を片付けるための出社だ。
どちらも個人の都合によるサービス労働なので退社も自由だ。
帰りは戸締りをした後にビルの警備に鍵を渡せばいい。
このビルには同じようなオフィスがいくつもあり、それらは一括して管理されているからだ。
「じゃあ、もう帰るの? こっちはまだ全然終らないのよね」
美輝はため息をつく。
「袖原さんどうしたの?なんかはかどってない見たいだけど」
和貴が言うとおり確かに仕事の進み具合は芳しくない様子が見て取れる。
集中が出来ていないのだ。
「そうなの、昨日早退したでしょ。でもまだ調子良くなくて」
言う美輝の表情は暗い。
「そうなんだ。手伝おうか?」
「ん。ありがたいけど、伝票整理だけだから分担するより一人でした方が良いのよね」
心配する和貴にだるそうに美輝が答える。
「でも、その様子だとちょっとほっとけないかな。本当に具合悪そうだし。薬とか飲んだ?なんだったら病院に行った方が良くないかい?いま当番病院調べるから」
和貴は美輝の顔を心配そうに見つめ、携帯を取り出す。
そして、とても深刻な顔をして検索を行おうとしていた。
「いや、病院は必要ないわよ。私が調子悪いのって、あの日だからなの」
あまりに和貴が心配しだした為、少しためらうも美輝は体調不良の原因が生理である事をお決まりの隠語で伝えた。
「あの日って、俗に言うあの日の事?」
「そう、女の子の日」
その答えに和貴は納得するとともに、聞いてはいけない事を聞いてしまった感じでどうして良いのか行動に困る。
「ふぅ、やっぱり薬飲むかな。眠くなるからとも思ったけどこのままじゃ集中できないし、ちょっと行って来るね」
美輝はそんな和貴の様子を見て、やっぱりとそういう反応になるかと思いつつ、気を使って場を変えるため席を立ちオフィスを出て行く事にした。
「ああ、無理しないでね」
その様子を所在なさげな和貴は取りあえず見送るしかなかった。
◇ ◆ ◇
更衣室に付いた美輝は自分のロッカーよりバッグを取り出す。
相変わらず具合は悪そうだ。
中より薬を取り出そうとした手がふと止まる。
「あれ、そう言えばこのアクセってこの前の」
バッグの中にはごくシンプルなシルバーのネックレスが2本あり、本当にそれはどこにでもありそうな変哲のないものだ。
「たしか、『障繰り替えの首飾り』だっけ」
それは4日ほど前の事、露店で購入したものだった。
その露店はパワーストーンやタロット、アミュレットなど売っている俗に言うおまじないグッヅを扱った物で、なんとなく気が惹かれた美輝はつい覗き込んだのだ。
そこではそう言ったグッヅの他にも、アクセサリーも置いてあり値段も1000円均一とお手頃で、衝動的に欲しくなってしまい購入したものである。
その時の売り子が、このネックレスは障繰り替えの首飾りと言うもので、病気で身動きのできない者が元気な者と立場入れ替えて、一時的に病気を肩代わりしてもらうと言う目的で創られた物のレプリカでしかも中古品との説明をしていた。
売り子は使い方やその効果など事細かに説明してくれたが、美輝としては2本でお得としか思わなかっただけで、そんな胡散臭い説明は真剣には聞いていなかたのでうろ覚えなのだが。
その記憶を頼りに美輝は使い方を思いだそうとした。
「確かお互いに首飾りを身につけ、呪文を唱えた後に契約の言葉を交わすだったかな?
これって生理も効くのかな」
普段ならそんな事をしようとなど思わないはずだったが、そのネックレスを見ていると何故か試してみようと言う気持ちになり、生理の痛みをそのままに美輝はオフィスへ戻るのだった。
◇ ◆ ◇
美輝がオフィスに戻ると、和貴は直ぐに声を掛けた。
「袖原さん、具合どう?」
心配そうな表情で美輝の事を案じてくれている。
いつもの生理ならそんなにあからさまに心配されるとうっとうしいいが、今回の様におもい生理は初めてで、多少弱気になっていた美輝には嬉しく感じられた。
「あまり良くないかも」
「何か俺に出来る事無いかな?」
優しくされれば悪い気はしない。
「うん、ありがとう」
美輝は素直に感謝を述べた。
「ところで大幡君、少しおまじないに付き合ってくれない?」
和貴に対して好感を抱いだいた美輝は、和貴なら頼めるのではないかと話を切り出た。
「おまじない?」
唐突な事に面を食らう和貴。
「そう、おまじない」
念を押す様に言葉を繰り返した。
そしていっきに本題を話す。
「ちょっと私の生理を肩代わりしてもらうおまじない」
その言葉にさらに面を食らう和貴。
「なんだよそれ?そんな事本当にできるの?」
「さあ?でもその為の道具があるのよ。ものは試しで付き合ってもらえない?生理が無くなれば伝票整理なんてあっという間に終われるから。ね、お願い」
「まあ、良いけど」
美輝の言葉に押しに弱い和貴はあっさり承諾する。
「じゃあ、早速このネックレス着けてくれる?」
言うが早いが美輝は和貴の首に障繰り替えの首飾りをつけ自分にも着ける。
そして、うろ覚えな呪文を唱えはじめた。
どこの言葉とも知れずもちろん意味など知る由もないものだ。
「ウィルドイングダエグ…… ニイド」
呪文を唱え終ると首飾りが淡い緑色の光に輝きだす。
「うわ、これ本当になんかなるんじゃないか!?」
その現象に驚きを隠せない和貴。
「じゃ、次は私が台詞を言ったら、大幡君はこう答えて『我は汝を受け入れ、我を貸し与えん』って、OK?」
「ああ、OK」
「じゃあ行くよ。『我は願い訴える。我の枷となりし患いを汝に移し我とする、我汝を借り受けん』」
「『我は汝を受け入れ、我を貸し与えん』」
契約の言葉を和貴が言い終えた途端、首飾りの光が強くなり、それは膨張しあたりを緑色の光で包みこんだ。
☆ ★ ☆ ★ ☆
光が収まり、目が慣れて来るとそこは先程と変わらないオフィスだった。
ただ和貴は身体に物凄い不調を感じていた。
腹部が痛み腰部が物凄くだるいのだ。
加えて股間部に違和感がある。
「どうしたんだ?本当に生理を肩代わりしたのか俺」
自分の身体を見下ろしてみる和貴。
目に飛び込んだのは、さっきまで美輝が着ていたネイビーチックのベストと同色のタイトスカート、そこから延びるストッキングをはいた足だった。
「んな!?」
一瞬慌てて、思わず自分の胸をつかみ押さえる。
そして、触れた感触よりもその胸からくる感触に血の気が引いた。
「うわぁ、なになに?私がもう一人いる?」
聞えた声に振り返ればそこにはよく見たことある姿、自分が居た。
「ねえ、もしかして袖原さん?」
「うん、そうだけど?」
不思議そうに見つめ返してくる自分の返事に和貴は確信する。
「もしかして身体が入れ替わった?」
その一言で美輝も状況が理解できた様だ。
「じゃあそっちは大幡君なのね」
和貴と美輝の身体は入れ替わっていたのだ。
入れ替わったと状況は理解できてもにわかには信じがたい事態だ。
「ねえ、これってどう言う事?これがおまじないの効果?」
「うーんそうかも。そう言えば身体がすごく楽だわ」
和貴になった美輝は清々しい表情を見せ、逆に美輝の身体になった和貴は青ざめ苦痛の表情を見せていた。
「こっちはすごく悪いよ。お腹と腰が特に。これって生理の感覚な訳?」
「そう、それが生理の感覚よ」
「そうなんだ。生理の感覚を体験するなんて。あう」
「うん、ありがとね。これで仕事がはかどるわ」
お礼を言われたものの、和貴はどうも釈然としない。
おまじないで生理を肩代わりしたのは成り行きとして仕方がない。
しかしそれが身体を入れ替える事だと知っていて行った事なのか?
不調を感じる身体で和貴はその疑問を美輝に尋ねてみる。
「袖原さん、なんで身体が入れ替わっているの?」
その質問に美輝は、露店での説明を思い出しながら和貴に答える。
「なんか、この『障繰り替えの首飾り』って病気を肩代わりしてもらうのに病んでいる肉体そのものを交換する物らしいよ。
詳しくは分んないけど、私と大幡君の身体がそのまんま入れ替わる見たいなの。つまり今の私が大幡君で大幡君が袖原美輝になったってことかな?」
その答えにますます虚脱する和貴。
「知っててやったの? はぁ、おまじないが発動しただけでもアレなのに、本当に身体が入れ替わっちゃうなんて」
「いやあ、まさか本当になっちゃうとは思わなかったわ」
「そんな、お気楽な」
生理から解放されたせいか美輝は溌剌として状況を楽しんでいる余裕があるようだ。
和貴は生理からくる未知の苦痛と異常な状態に苛むしかない。
そこで美輝が何かを思い出す。
「そうだ、大幡君そろそろナプキン取り替えた方がいいかも。経血で汚れているはずだし」
「えーいいよ別に」
言われて嫌な顔を見せる和貴。
ただでさえ異様な状況なのに、わざわざそんな事をしたくないのが実情だ。
「取り替えた方がいいよ。
漏れても困るし、汚したままずっと着けていたら臭くなるわよ。一緒について行ってあげるから」
言われて引き下がる美輝ではない。
小さなポーチを取り出し、和貴の手を引くと半ば強引にトイレへ連れ出した。
◇ ◆ ◇
「ちょっとまって、ここって女性用」
連れてこられた和貴は、トイレの前で慌てる。
「良いのよ、大幡君は私なんだから。
それに今日は誰も来ないわよ。ナプキン替えるのもこっちの方が良いだろうし」
そう言いながら美輝は和貴を中に連れポーチを渡すと個室へ連れて行きドアを閉め、自分はドアの外に控える。
「ええと、どうすればいいのかな?」
「まずは、下を脱いでトイレに座って、あ、脱ぐときスットキング破かないようにね」
「スカートってどう脱げばいいの?」
「左横にホックとファスナーあるでしょ?それを外して、ズボンと同じようにして大丈夫よ」
「了解」
和貴は言われた通りホックをはずしてスカートを下す。
ストッキングも言われた通り破けないよう慎重に下した。
「あ、ショーツ脱ぐときは血が他のものに付かないように気をつけてね。血ってなかなか落ちないから」
言われて和貴は色気のないサニタリーショーツを慎重に下す。
とたんむわっとした臭いと、経血で汚れたナプキンが現れる。
その事に動揺しつつも、取りあえず和貴は便座に座った。
「座ったよ」
「そしたら、ポーチから新しいナプキン取り出して、広げてから外紙はがして古いのと交換するの。古いのは丸めて外紙にくるんでそこのごみ箱に捨ててね」
和貴は言われた通りの手順でナプキンを付け替えて行く。
男子トイレにはない個室のごみ箱はこう言う時に使うものかと少し関心もしていた。
「できた?出来たら今度はウォシュレットのビデで洗ってね。最後に拭いたらOKだから」
ビデのボタンを押すとノズルから温水が出て前の方を洗浄する。
その時だった、今まで感じていた腹部の痛みが急に酷くなったのだ。
「はう、な、なんか腹痛が酷くなってきたんだけど」
加えて股間部にも激しい痛みが襲う。
「ちょっと、大幡君大丈夫?」
「大丈夫じゃないかも」
あまりの痛さに、脂汗がにじむ和貴。
手探りでビデを止める。
「もしかして、いま出て来る最中?あ酷いんだよねソレ。代わってもらってごめんね」
痛みと不快感に和貴は声が出ない。
そのうち、膣口からどろりとした赤黒いかたまりが出て来る。
それを見た和貴はさらに気分が悪くなる。
「ちょっとダメっぽい。しばらくここに座ってるから、袖原さんは仕事片付けてきてよ。後で行くから」
それだけを何とか伝えると、和貴は座ったまま壁にぐったりと寄りかかる。
「そう?ほんとゴメンね。すぐ終わらせるから」
美輝はそんな様子を悪いと思いつつも、仕事を終わらせて早く元に戻ってあげなくてはとオフィスに戻ったのだった。
◇ ◆ ◇
美輝がオフィスに戻ってしばらくしてから和貴が戻ってきた、その表情はだいぶやつれている。
美輝は和貴を直ぐに椅子に座らせると、薬とミネラルウォーターを差し出す。
「これ飲んだらいいよ。効くから、眠くなるけどね」
「ありがとう、生理ってこんなに辛いんだね」
和貴は差し出された薬をミネラルウォーターで服用し、一息つく。
「いえ、こんなに酷いのはあまり無いんだけど今回は特別だったみたい」
「そうなんだ」
「すぐ終わらせるから、楽にして待っていて。と言っても横になれるようなところなんてないしね。ゴメンね」
美輝は心底すまなそうにしている。
「いいよ。取りあえず座っていれば大丈夫だと思う」
和貴は席に着くとそのまま机にうつ伏してしまう。
ファンデーションがブラウスの袖に付いてしまうが、化粧の事など自覚していない和貴が気にする事は無かった。
やがて薬が効いてきたのか、少し身体が楽になって来るとそのまま眠ってしまったのだ。
◇ ◆ ◇
「大幡君、終わったよ。大幡君?」
美輝が眠っていた和貴を揺り起こす。
「あ、うん。寝てた?」
揺すられ和貴も目を覚ます。
「ありがとう。おかげで順調に仕事が出来たわ」
「お役に立てて何より、でももう生理は勘弁してほしいかな」
「でも、こうやって自分を客観的に見るのって不思議」
そう言い美輝は改めて和貴の姿を確認する。
タイトスカートにベスト、リボンブラウスにストッキングにパンプスのその姿はいつもの自分そのものだ。
鏡で見るのと違い実体として存在しているのを見ると不思議な感覚だとしか言いようがない。
「さ、元に戻ろっか。このネックレスを外せば戻れるはずよ」
言って美輝は障繰り替えの首飾りを外そうとする。が、何故か外れない。
いくらやっても留め具が外れないのだ。
「あれ?おかしいな。大幡君ちょっと外してもらって良い?」
今度は和貴が美輝の首飾りを外そうとするが、これもうまくいかない。
やはり留め具が外れないのだ。
「駄目だ、外れない。どうしよう?」
「困ったわね。外さないと元に戻れないわよ。でもこのままと言う訳にもいかないし。
うーん、もったいないけど切っちゃおう」
「えーっ、良いの切っちゃって?」
「良いの良いの。このままだと困るだけだし。確かペンチがあったはず」
どこからかペンチを取り出した美輝は和貴にそれを渡し、首飾りを切るよう促す。
「じゃ、行くよ」
受け取った和貴は首飾りのチェーンをペンチで挟み力を込める。
「あれ?硬いな、えいっ!」
思いっきり力を込めた途端、ゴキッと言う音とともに欠けたのはペンチの方だった。
「うわ、ペンチの方が壊れちゃったよ」
「どんだけ硬いの、この首飾り」
さすがにこうなってはどうこう出来ない。
この事態に二人はしばらく思案巡らせるが、外せない物は仕方がない。
「仕方がないわ。取りあえず場所を移しましょ。大幡君いまは薬が効いていて良いかもしれないけど、また生理痛が来たら困ると思うの。だから休める所に移動してから、また考えるのでどう?」
「良いけど、それってどこ?」
「私の住んでいるマンション、わりと近いのよ。電車使って20分ぐらいだから」
「いいの?お邪魔して」
「良いも何も、大幡君が私になっているんだから、今はあなたの住んでいる所になるのよ」
「ああ、なるほどそう言う理屈になる訳だ」
「さ、分かったら更衣室行って着替えて来てくれる?」
「え?着替えるって」
「それは仕事着だから、通勤服に着替えるに決まってるじゃない。そして着替えるのは大幡君、分かった?」
美輝はそう言うと和貴を連れ更衣室に向うのだった。
◇ ◆ ◇
更衣室はビル内のテナントで共用な為、身体が入れ替わり和貴になっている美輝が中に入るといろいろ問題があるので美輝は外で待っている。
「これに着替える訳か」
美輝のロッカーを開け、中にある服を見て和貴はげんなりとした気持ちになる。
ロッカーの中に美輝の通勤着がつるされているのだが、和貴のイメージとは裏腹にそれはフェミニンなものであったのだ。
今の服は入れ替わるときに着ていたものなので特に意識はしなかったが、今度は自分で着替えないといけない。
その事が和貴には恥ずかしく、躊躇いが出てしまっている。
「でも、待たせてるのも悪いしな」
まず着ているものを脱がなくてはいけない。
ベストとスカートを脱ぎブラウスも脱ぐ、そうすると下着女装をしている様な気分で意識すると余計恥ずかしくなる。
特にブラジャーをしているというのが変な感じだ。
本来あるはずの無い胸のふくらみを包むその感触は未知のものだった。
トイレでも下着は見ていたが、あの時は痛みでそれどころではなかったから改めて見ると変な倒錯感が芽生えそうだ。
幸い姿見がある訳ではないので、自分の姿を見て欲情する様な事態が無かったと言うのは良かったのか。
脱いだ衣服はハンガーにかけしまって行く、ブラウスは袖の所が汚れていたのでどうするか迷ったが持ち帰って後でどうするか美輝に聞く事にした。
そして改めて今着る服を確認する。
最初に手に取ったもの、それはブラウンの小花柄のトップスだ。
胸元にリボンブローチがあしわられたベロア地のもので腕やローウエストにギャザーが入っている。
ブラウンの色合いが落ち着いて見えるが、小花柄が可愛らしさを醸し出していた。
ボトムはブラックのショートパンツでふわりと広がった裾にレースのフリルが付いており、他にも白いレースで飾られている。
他にはレギンスがあり、こちらは裾が花柄のレース仕様になっている他はシンプルな黒だ。
後はアウターのコートとブーツ、フットカバーがある。
中に着るものは良いとして、問題はコートだ。
それは白いAラインの女性らしいデザインで、ネックラインのファーと袖口のリボンが可愛らしく裾を飾るスカラップ刺繍もそれに相まっている。
極めつけはラインを強調させる大きなリボンのベルトである。
しかも裏地にはローズ柄が使われており、まさに姫系と言うか愛され系全開な品なのだ。
人の趣味はそれぞれだが、普通会社の通勤にこれは着てこないと思われる。
ブーツの方はスエード素材でダークブラウンのロングブーツだ。
前面をレースリボンで編み上げてあるが、リボンは飾りで実際は側面のファスナーで着脱するものの様だ。
フットカバーは白の花柄レースで、素足でブーツを履かないための靴下代わりのものだろう。
「見ていても仕方がない、寒いし着てしまおう。レギンスが有るみたいだからストッキングも脱がないと」
和貴は声に出すことで恥ずかしさを紛らわす。
着ないといけないと分かっていても、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。
しかも、それは朝に美輝が着ていたものなのだ。
そう考えるとますます躊躇ってしまう。
しかしながら、もたもたしていると美輝を待たせる事になってしまうと思うと意を決するしかない。
まずはレギンスからはき始める。
これは問題なくはく事が出来た。
ストッキングの様に肌に密着するが、厚手のため温かい気がする。
次はトップスを着た。
デザインはともかく着方は普通の服と変わるもではなくこちらも問題なく着る事が出来る。
続いてボトムのショートパンツをレギンスの上にはいた。
ここまでは一通り滞りなくこなせたが問題はブーツだ。
まずはフットカバーを履く、足の甲が包まれない慣れない感覚に違和感があるが履くのに難しい事は無い。
そして問題のブーツを手に取る、ブーツなど履いた事も無かったので取りあえず足を入れたのだがそれが意外と大変だったのだ。
側面のファスナーは上まで開く訳ではなく、ふくらはぎの中ほどまでしか開かない為に履き口に一度足を通さないといけないのだ。
座って出来ればいいのだが生憎な事に更衣室にはそんなスペースが無く、立ってするしかないのがやりづらい。
ふくらはぎの所がどうしても引っかかりなかなか上がらなく、それでもレギンスをはいているおかげですべりがよく、そのおかげでなんとか上げる事が出来きた。
ファスナーを閉めると足がぴったりと収まる。
少しきつく感じない事もないが、それは足がむくんできているせいだ。
自分の身体でもないそんな事を和貴が知っている訳でもなく、そこは気にしてはいない。
しかし、問題はここからだった。
反対の足にブーツを履こうとしたのだが、8cmあるブーツのヒールでバランスが取れず片足立ちが出来ないのだ。
悪戦苦闘するがなかなか出来ず、ついには後ろのロッカーに寄りかかって何とか履く事が出来たのだった。
「う、袖原さんこんなのいつも履いてるのか?」
ブーツを履き終え、一息つくとあの可愛すぎる白いコートを着る。
「後はこのコートを着れば終わりだな」
コートのリボンは最初からあつらえてあるもので、ベルトはその裏にある留め具を通すだけでいい。
ネックラインのファーがくすぐったい。
これで着替えは完了した。
和貴はロッカーからブラウンの合皮バッグを取り出すと、小さく畳んだブラウスと持たせられたポーチをしまう。
このバッグもシンプルに見えるがギャザーフリルと持ち手の所に同素材のハート形のチャームが付いていて可愛い系のものだ。
正面に付いている小さなプレートをみるとLIZ LISAとある。
それを見て和貴はこの美輝の服の系統を納得した。
LIZ LISAと言えば愛され系で人気の有名ブランドだったからだ。
まさかそれを自分が着る事になるとは思わなかっただろうが。
とにかく着替えが終わった和貴は更衣室を出る事にした。
「さて、だいぶ手間取っちゃったな。早く行かないと」
一度自分の姿を確認し、少し恥ずかしくなりながらも和貴は更衣室を出ようとしたのだが、その途端再びあの腹部痛みと腰のだるさが襲ってきた。
「う、まただ。我慢できないほどじゃないけどさっき見たくなったらまずいな」
慣れないブーツのヒールと生理の倦怠感からうまく歩く事が出来ず、
ふらつくと言うよりも平らな床にも関わらずつまずく様にのめりながら歩き、
ようやく更衣室から出る事が出来た。
廊下ではコートを着た和貴の姿の美輝が待っており和貴に声を掛ける。
「ちゃんと着替えられたみたいね」
美輝は自分の姿の和貴を見て着こなしのチェックをする。
値踏みされる様に見られるのは、気恥ずかしいものだ。
「うん、ナイスコーデね」
「袖原さん、それって自画自賛だよ」
「まあ、確かに」
「だいたいこのコート着たら中の服なんて見えないじゃないか、 っうわっと」
そんなやり取りをしつつ和貴が歩きだそうとした途端、足がひっかかり前にのめりに体勢を崩した。
「おおっと大丈夫? そのコートお気に入りなんだから転んでこすったりしないでよ?」
それをすかさず美輝が抱きとめる。
「ごめん、ありがとう。ブーツって慣れなくて歩きづらいし、さっきからまた生理痛がしてさ」
「もしかしてもう薬の効きめ無くなったの?」
「なんかそう見たい。我慢できないほどじゃないけど」
「そっか、でもおかしいな。いつもはそんなに早く効き目は無くならないんだけど」
薬の効き目が切れるのは美輝には想定外だったようだ。
思案顔になり言葉を続ける。
「我慢できるって言ってもこのまま電車で帰るのって耐えられないかもね。タクシー使おうか」
「そうした方が助かるよ。女の人ってすごいね、毎月この痛みに耐えて普通に生活してるんだからさ」
「そう言われると代わってもらってゴメンね。でも今回のは特別つらいのかも、昨日はどうにもならなくて早退しちゃったし」
「それは仕方がないよ。これだけ辛いんだからさ」
「ありがとう。じゃあ、鍵を返してタクシーで帰ろっか」
「うん、そうしよう」
そうして和貴と美輝は鍵を管理室へ帰した後、タクシーを呼んで美輝のマンションへ帰って行ったのだった。
◇ ◆ ◇
タクシーを降り着いた美輝のマンションは割と立派なものだった。
タクシーの運転手は会話好きだったようで、恋仲だとかあれこれと詮索されたが美輝が適当にあしらってくれていた。
不調に苦しむ和貴にしてみれば一々相手にするのもおっくうで大変助かった。
「さ、中に入るわよ」
美輝に促されるまま中に入りエントランスでバッグからキーケース取り出し、鍵でオートロックを解除する。
和貴の足元がおぼつかない為、美輝が寄り添い支えながらエレベーターに乗り部屋まで案内をした。
他の住人とすれ違う事は無かったが、傍から見ると仲の良い恋人が寄り添いエスコートしている様に見えているだろう。
「ここが私の部屋よ。今はあなたの部屋って事になるけど」
部屋の玄関のドア開けて中に入ると、フローラルブーケの良い香りがする。
美輝は靴を脱ぐとすぐに中に入って行った。
「御邪魔します」
和貴もブーツを脱いで後に続こうとしたが、ブーツを脱ぐのがまたひと苦労だった。
座って脱ごうとしたのだが、ファスナーを下してもなかなか脱げないのだ。
結構力を入れてようやく脱ぐ事が出来た。
脱ぐと解放された足が軽くなった様な気がする。
「あう、なんか力んだらまた調子が悪く」
ふらつきながら中に入るとキッチンとリビングがありその横が寝室の様だった。
リビングは毛足の長い絨毯に白いテーブルと可愛いクッションが置かれていた。
和貴は取りあえずコートを脱ぎテーブルに着く。
すると、奥の部屋から美輝が出てきた。
「あ、その格好」
美輝の姿を見て和貴が驚く。
美輝は和貴のスーツを脱いで自分の部屋着を着てきたのだ。
フード付きでサックスとホワイトのストライプ柄のロングトレーナーに白いショートパンツのいかにも女子なルームウェアだ。
「ん、これ?スーツで居るのもなんだなって思って着替えたんだけど、やっぱりサイズ少し小さいかもね」
「サイズの問題じゃないよ。そんな恰好!それじゃあ女装だよ」
「別にいいじゃない。私と大幡君以外に見る人もいないんだし」
「でも、俺の姿でその部屋着は」
「はいはい、分かったから。大橋君も着替えた方がいいわよ。ナプキンも取り替えた方が良いしね。あ、夜用にした方がいいわね。あとショーツも」
和貴の抗議を受け付けず、美輝は新しいサニタリーショーツを和貴に持たせる。
サニタリーでもボクサータイプでデザインはチュールレースにリボンが付いて可愛いデザインのものだ。
「それ可愛いでしょ?サニタリーでも可愛いのはあるのよ。汚すの嫌で使って無いんだけど。
ボクサータイプだから大幡君も違和感なくはけるわよ」
美輝の強引さに流される和貴は抗議を続ける事も出来ず、渡されたサニタリーショーツを広げて見て思わず赤面してしまう。
「いや、ボクサーパンツでもこのデザインはちょっと」
「私のセンスを批判するのは無し無し、さあ取り替えてきなさい」
ショーツを広げて見て照れる和貴を美輝はトイレに連れて行いった。
「取り替えるのは一人で出来るでしょ?」
「まあ、なんとか」
返事を返し和貴はトイレで下を脱ぐ。
ナプキンはやはり経血で汚れていた、衣類を汚さないように汚れたナプキンを外したが今度はすでにショーツの足ぐりが経血で汚れていたのだ。
「ごめん。袖原さんショーツ汚しちゃってる」
ドアの外の美輝に謝る。
「良いわよ別に。多い日用使ったんだけど当て方悪かったのかな?」
「うん、慣れてないからね。あたりまえだけど」
男性がナプキンの当て方に慣れていたら確かにおかしい。
「ちゃんと股布の所を羽でくるんだの?」
「なんとなくでしたつもりだったんだけど」
「そう、ちゃんと見てあげた方が良いのかしら?ナプキンの当て方なんていちいち教わるものじゃなんだけどね普通」
普通と言われればこの状況は普通ではない。
女性の身体になって生理用品を使う事になるとは和貴は思いもよらなかった。
それでも会社の時と同じようにビデで洗浄し、渡されたサニタリーショーツを履いて多い日の夜用だと用意されたナプキンを付けると下を履きなおしトイレより出る。
「ちゃんと出来た?確かめてあげようか?」
「ちょ、大丈夫だって」
美輝にショートパンツを脱がされそうになり慌てて逃げる和貴。
立派なセクハラだ。
「そうそう汚れたショーツだけど、水に晒しておくからカゴに入れないでね」
「カラーブライトとかじゃなくて、ただの水なの?」
「血にはそれが一番なのよ、サニタリー用の洗剤もあるけど、流水ですすぐのが一番落ちるのよ。ただしお湯は絶対ダメね。血が固まるから」
「そうなんだ」
「勉強になったでしょう?これで大幡君は女の子の汚れたサニタリーショーツを何時でも洗ってあげられるわね、良いお嫁さんになれるわよ」
「いや、嫁にはならないし、そんな機会は無いから」
そんなやり取りをしつつ美輝は和貴を寝室へ連れて行く。
寝室はリビングとは違い美輝の趣味が強く出ているのか、ベッドリネン類やカーテンが姫系で統一されており、アロマオイルを焚いた安らぐ香りがしていた。
「生理の時って私の場合身体が冷えるのよ。だから温かくて楽な格好した方が良いのよね。
だからいつもこのフリースのもこもこパジャマを愛用しているの。
あとこのルームソックスを履くといいわ。昨日私が着て洗濯していない物で悪いんだけど、これしかないから我慢してね」
差し出されたのはクリーム色に白い水玉の柄で首元はハイネックになっており裾にはフリルが付いて両ポケットにはリボンの飾りが付いたものだ。
ルームソックスもお揃いのものである。
それと一緒にUネックのインナーも渡される。
これまた女の子っぽさが全面にただようパジャマではあるが、今の和貴の恰好からしてみればそう変わるものではない。
確かに生理はまたつらくなってきているのだ、それならば楽な格好の方が良いだろうと和貴は思い素直に受け取る。
「ありがとう」
「じゃあ、着替えててね」
着替える為に服を脱ぎブラジャーを外すと途端に楽になった。
だが同時に揺れるほどではないが胸のふくらみの重さが感じられ、また照れてしまう。
そのままインナーを着てパジャマを着ると確かに温かく着心地が良い。
いつもより小さな手にせまい肩幅、部屋の姿見を見ると可愛いパジャマを着た美輝の姿がある。
それが今の自分なのだ。
右手を上げれば鏡の中の美輝も同じ手を上げ、身体をひねって見れば同じ動作をする。
微笑んでみれば、そこには笑みを浮かべた美輝が。
上目遣いに鏡を覗いてみれば、その姿に自分でドキリとしてしまう。
表情もポーズも思いのままだ。
和貴が陶酔しかかったその時だ。
「着替えた?」
着替える時、隣の部屋に行っていた美輝が戻ってきた。
「あっ、う、うん。着替えたよ」
思わず慌てふためく和貴だが、美輝はそんな様子を見逃すほど鈍感ではない。
「もしかして大幡君、私の身体に欲情しちゃった?」
「してないよ!」
確かに鏡に見入ってはいたが、そこまであからさまな感情は抱いていない。
放っておけば、鏡の前で胸をはだけるなどしそうな流れではあるが、はたして和貴にそこまでの気概があるかどうか。
今でも相当に赤面して動揺している。
言って見た美輝の方は別にその事を責めるつもりもなく、からかって見ただけなのだがその反応があまりにも面白かった。
「別にいいのよ、大幡君の好きにして。何なら女の快感を教えてあげましょうか?」
「ご、ごめんなさい!」
美輝のその一言に背中に強い寒気が走り和貴は反射的に謝ってしまった。
「あはははっ!何それ」
美輝は大爆笑である。
和貴が小さくなって隠れてしましそうな勢いだ。
そしてひとしきり笑った後は普通に会話を再開させる。
「あ可笑しい。ところでどう?楽で良いでしょ、そのパジャマ」
普通に話しかけられ和貴も普通に戻り素直に返事をする。
「うん、良い感じだよ」
「たぶんまた生理痛つらくなると思うから、薬飲んで寝ていたら良いわ。首飾りを外す方法は何とかしておくから。ほんと変わってもらってゴメンね。はい、お水と薬」
「ありがとう」
和貴は礼を言うと受け取った薬を飲む。
「その薬、実はピルなんだ」
「え?ピルって確か避妊薬だよね?」
「そう、そのピルよ。なんか生理痛に効くらしいから」
「そうなんだ」
「まあ、即効性があるものじゃなくて、ホルモンバランスに作用して体質を改善させる効果があるとか、毎日同じ時間に飲まないといけないらしいんだけどね」
「へえ、病院かなんかで聞いたの?」
「いや、もらったピルあったから、そんな話聞いたなって思い出しただけ」
そのあっけらかんとした答えに、また面を食らう和貴。
美輝と話していていると面を食らってばかりだ。
「あの、そう言うのってちゃんと病院行って診察受けないとダメなんじゃないかな。
首飾りの事といい袖原さんって、思い付きで行動しちゃうタイプなんだね」
「あはは、割とそうかも。ああ、一応普通の生理痛薬も飲んどく?それとも最終手段として一番即効性で効果があるので座薬って言うのが有るけど?」
「今飲んだのは即効性ないんだよね?だったら普通の欲しいかな。座薬はどうしてもひどくなったら使わせてもらうよ」
「ん、りょかい。じゃあ、寝る前にメイク落として来てね。クレンジングオイルはシャンプードレッサーの所にあるから。化粧水と乳液も使って良いからね」
言われた和貴は痛み止めを服用した後、洗面所に行き鏡に映った自分の顔を見る。
少し崩れてはいるがメイクをされた顔は、何度も確認していたが美輝の顔だ。
また思わずじっと見つめてしまいそうになり、そこでまた生理痛を感じて我に返る。
「う、またやる所だった」
クレンジングオイルを手に取るとそそくさとメイクを落とす。
アイライナやマスカラが落ちる時に物凄い顔になっているのを見て、メイクを落としている所は人に見せたくない気持ちがとても解った。
今後女性が顔を洗っていたら側によらず見ないようにしてあげようと思うのだった。
洗顔後肌が突っ張る様な感じがしたため、化粧水を使って見るととても気持ちが良く、乳液も使って見ると肌がしっとりして和貴は良い気分になる。
和貴がいつも使っている安い男性用乳液とはえらい違いだと思った。
肌の質自体が男性と女性では違うのかもしれない。
メイクを落とし和貴が寝室に戻ると美輝がベットメイクをしてくれていた。
「寝るときは仰向けになって腰の下にこの丸めたタオルを入れて、膝を立てて寝ると痛みが和らいでいいわよ」
「ありがとう」
和貴は礼を言うとベッドに入り言われた通り腰の下にタオルを入れ仰向けで膝を立てて寝てみた。
すると、本当に腹部の痛みが和らいだ。
痛みが和らぐと共にアロマオイルの香りなのか美輝のベッドからする良い匂いに緊張が解け和貴はそのまま眠りに落ち静かに寝息を立てる。
「眠るの早っ。 でも自分の寝顔って案外可愛いかも」
それを見て美輝は思わず突っ込み、寝姿を確認すると部屋を出て行ったのだった。
後編へ続く
和貴くんも大変だねえ。続きが楽しみです。
トイレのやつ
やっぱあるのとないのじゃ違うからな