「あーなーたっ、朝ですよー」
「パパ起きてー、どっかつれてってー♪」
「はぅ…っ」
妻と娘の心地よい重みで目が覚める。結婚して8年くらい経つけど、休日になるといつもこれだ。
決して嫌な訳じゃないけれど、もう少し休んでいたいなーと思わない気がしないでもない。
「ほらあなた、起きないとネグリジェ脱がしますよ? えいっ」
「パパ、起きないとぱんつも脱がしちゃうよ?」
「わぁ待った待った! 起きるからそこはストップ!」
とは言えど、二人分の体重があるとなかなか起きれないものでして。
はい、ご想像の通り、朝から真っ裸にされました。局部を隠す布団が体温であったかいです。
「う…、もうちょっと寝ててもいいじゃないかー」
「何言ってるんです、もう8時ですよ? 愛する妻と愛娘の為に、家族サービスしてくださいね、あなた?」
笑顔でのたまいながらも、替えの下着を渡してくれる妻。
「パパ、パパ。いっしょに朝ごはん食べよー?」
土日の間しか一緒にいられないからと、昼夜問わず(たとえ裸でも)抱きついてくる娘。
あったかくて優しい、幸せな僕の家族。
「パパー、おっぱい飲ませてー♪」
「ひゃっ、出ないっていつもいってるじゃないかぁ!」
ちょっと色気がありすぎな気がしないでもない。
服を着替えて、2階の夫婦部屋からリビングに下りると、そこには既に起きてる家族が居た。
18歳くらいの長い紫髪の女性と、娘と同じくらいの歳な白髪の少女が既に食卓についていて、同時に声をかけてくる。
「おはよう」
「うむ、ちゃんと起きたな?」
この2人は誰だ? その疑問はもっともなので答えておきますと…
「おじいちゃーん、大おじいちゃーん、パパ起きたよー♪」
えー、娘が代弁してくれました。
そうです、この女性と幼女は、僕の父親と祖父です。2人とも家系にまつわるある理由で女性になり、こうして寛いでいます。
「父さん、お祖父ちゃん、おはよう」
「あぁ。…早く顔を洗って、娘と一緒に食事をしてやれよ?」
「そーだよーパパー、わたしおなかすいちゃったー」
「ご、ごめん、すぐに済ませるから、もうちょっと待ってて」
「そうですよ、あなた。私もまだなんですから、早くお願いしますね」
妻もリビングに降りてくる。ちゃんと着替えており、さっきのようにナイトウェアじゃない。
「わかったよ、もうちょっとだけ待ってて」
急いで洗面台へ向かって顔を洗い終え、食卓に戻る。
「ではみんな揃ったな? …いただきます」
「「「「いただきま(ー)す」」」」
じいちゃんが号令をかけて、全員で復唱。そうしてようやく、少し遅めの朝食になる。
「パパー、食べさせてー? あーん」
「こーら、ちゃんと食べなきゃダメでしょ? それはママがやってもらうんだから」
「えぇー、ママずるいよー」
「ははは、父親は引っ張りだこよのぅ?」
「安心しろ、お前には父として俺が食わせてやるから」
「そういう問題じゃないよ父さん…」
曽祖父(女)と祖父(女)と僕(女)と妻と娘、女性だらけの姦しい空間に見えるかもしれないが、その実4世帯が住んでいる。そんな僕の家は、おおむね平和です。
その1:そもそもの成り立ち
まず父親である僕やその父、さらに祖父が何故女性なのかを語りましょう。
僕の家は遠野の山深くにある、霊的な耐性に乏しい家系でした。
どこでそうなったかは詳しく解らないんですけど、その辺の浮遊霊にさえ抵抗力が無かったんです。
お守りや護符などを持ち歩き、それで何とか人並みの生活を送っても、一時でも手放せばすぐ霊の餌食。
故郷に居る場合は、付近の妖怪たちが守ってくれてたのですが、都会に出るとそうもいかなくて。
そんな家系で、家を存続できないと思ったイタコさんが、お守りや護符に替わる“ある方法”を示してくれました。
それは、予め霊力が強い霊を憑かせておくこと。言ってしまえば口寄せです。
それにより、確かに霊に憑かれる事はなくなりました。…が、難点が一つ。
霊耐性がなさ過ぎることと、降ろす霊が強いことの相乗効果により、“降ろした霊の生前の姿”になるという難点。
それが男の霊ならまだ良いんですが…、女性の霊でも例外は無く。
その家系である父親も、祖父も、全員女性の霊を降ろしたので、その姿になります。なってしまいます。
父さんなんか本当は50間近なのに女性の姿はティーンエイジだし、祖父に至ってはロリ。最初見たときは意識が遠くなる程でした。
なんでも女性の方が霊力が高く、自分以外の他者を守ることができるのは、男の霊だと無理なんだそうです。
…まぁ、僕も女性の霊を降ろして、確かに女の子の姿になってしまうんですけどね。
その中で助かったのは、元の姿と霊の姿、その切り替えができることでしょうか。それが無いと現代社会では身分を偽り続けないといけないので、大変どころの問題じゃありませんし。
僕の名前は高瀬健司、これでも26歳の社会人です。
……戸籍はちゃんとした男ですからね?
当然そんな家だと知って、いざ女性の霊を降ろすと、今度は困るのが女性関係。
科学技術万歳な現代社会だと、霊の存在はそう信じてもらえないし、いざ見せても奇異な目で見られるか逃げられるか。
妖怪に縁深い遠野や恐山がある青森ならともかく、隠すことでしか女性と付き合えません。
父さんはずっと隠して、祖父は理解してくれた祖母と結婚しました。
一族の継嗣である僕も、相手に隠すか、理解してくれる伴侶を得るのか、どっちかで悩むんでしょうが…。
僕には無用の悩みでした。降ろした14の頃には既に相手がいましたし。
実家側には幼馴染にして彼女が居て、高瀬家がそういう家系だと知っていたし、小さいなれど神職の家でした。彼女の理解は深かった。
そこまでお膳立てされてどうしてうまくいかない訳があるんでしょう。
以下、中学生当時の会話抜粋。
「え、えぇと…」
「どうしたんです、ケンちゃん?」
「えぇと、その…、僕の家のことなんだけど…」
「えぇはい、知ってます。…ケンちゃんも女の子になっちゃうんですよね?」
「ぶぅっ!? …し、知ってたの?」
「そりゃあもう。山住由香はケンちゃんの事をいっぱいいっぱい解ってるんですよ?」
「それじゃ、由香ちゃん…。僕とまだ付き合ってくれる…?」
「はい、喜んで。結婚できる年齢になったら迎えに来てくださいね?」
東京と遠野という遠距離恋愛だったけど、それでも僕たちの仲は続いてて、僕が高校卒業をしたその翌日、彼女を迎えに行きました。
そうしたら故郷のみんなの行動力は高い高い。三日後には神式で祝言を挙げられてました。
…当然その後、東京に戻って婚姻届を出しましたけどね。
その2:妻との姫始め
挙式して、届出をして、披露宴は…置いといて。
僕たちは新婚旅行で島根県の出雲に行きました。別に国外へ行くのが決まりじゃないし、ここで良いんです。
いつもと違う土地を楽しみ、いつもと違う料理に舌鼓を打ち、そして一日目の夜。
旅館には、祖父が気を利かせて取ってくれた一番の大部屋があって、そこへ通されれば少し戸惑ったり。
夜も更け、布団の上で睦み合うのが解りますが…。
布団の上で数度軽いキスをした後、由香ちゃんが不意に訊ねた。
「…ケンちゃん、どっちも初めてですよね?」
「え? それは、そうだけど…。…どっちも?」
「うん、どっちも。実は私の家って、“神降ろし”を行うことができるの」
「それはお祖父ちゃんから聞いてて知ってるよ。その力を借りて、妖怪たちと一緒に悪霊を退治してたんだよね」
「はい。山住の人間が奉じるのは狼で、神降ろしによってその肉体も、獣のそれへと変わるんです」
由香ちゃんの口から祝詞が紡がれる。背筋が寒くなるような気配と共に、“それ”が降りてきて。
「人では山神の力も引き出せませんし、打たれ弱くもなります。戦いに耐えられる体でなきゃいけないんです」
犬のような耳と尻尾が生えたかと思いきや、変化はそれだけに留まらない。
脱いだ浴衣の下には硬い獣毛が生え、逆三角形の肉体に変わり、顔も獣のそれへと変わっていく。
すっかり“神降ろし”をやった由香ちゃんは、まるで人狼のような姿。
「私、本当はこれ嫌いだったんです。こんなに毛深くて、力強くなって…、こんなのも生えちゃうんですよ?」
声もすっかり変わってしまった彼女が指した先には、
なんという事でしょう。男性器がそそり立ってたんです。
「え…っ!?」
神降ろしができることは知っていたけれど、いざ目の当たりにすること、そして性別さえ変わってしまうことに驚いて、防衛本能が働いた体は女性のものへと変化した。
「……そうだよね、やっぱり、ケンちゃんだって驚くよね…」
その様子を見てしまった由香ちゃんは肩を落としてしまう。人狼が落ち込んだ様子というのを見ることが無いので、これはこれで貴重な映像なのかもしれないけど…。
「知ってるから大丈夫だって思ったんだけど…、卑怯だよね…」
落ち込んで、元の体に戻ってしまう由香ちゃん。背中を向けて、脱いだ浴衣をまた着ながら、
「ごめんね、ケンちゃん。…お義父さん達には悪いですけど、やっぱり…」
それ以上の言葉を言わせないよう、由香ちゃんを背中から抱きしめる。
「…僕のほうこそ、ごめん。確かに驚いちゃったけど…、…そうだよね。由香ちゃんもそうなるから、僕のことを受け入れてくれたんだよね」
肌同士が触れる感覚が心地よくて
「だからさ、由香ちゃん。…今度は僕に受け止めさせてほしい。君が変わってしまうのなら、その全ても」
「……うん…、ありがと…、ケンちゃん…」
手が重なり合うと、僕の腕の中にいる由香ちゃんの体が肥大化していく。また山神が降りてきた。
「それなら、女の子の幸せをいっぱい受け止めてもらいますから。そしたら今度は、私にたくさん返してください…、あなた…」
「うん、よろしく頼むよ、由香…」
僕らの初夜は、男女逆転した獣姦でした。
他に同じことした夫婦が居るのを知ってる人がいたら、誰か教えてください。
その2.5:時期的にちょっとデリケート
翌朝。一日中ぶっ続けで犯され続けて結局徹夜。
「うぅぅぅ…、まだ痛い…」
「ごめんねケンちゃん…、中、すっごく気持ちよくって…」
部屋の添え付けられた風呂で、昨日のいろいろを流してる。僕は女のままで、由香は元に戻ってる。
さすがに人狼になると激しかった。文字通り獣のように腰を叩きつけて、イヌ科動物よろしく入り口をホールド後大量に射精もされた。
「いや、けど…。確かに僕も気持ちよかったよ」
「ホント…?」
「でも初めてだったし、できればもう少し優しくしてほしかったなー、っていうのが本音かな」
「う…、ゴメンってばー…」
体を洗い終えて、2人で並んで湯船に浸かる。
「えへ…、でもさっきのケンちゃん、可愛かったな。ふやけた顔でこっちを見てて、抜いちゃうと寂しそうだったし」
「…あぁいう顔を見せるのは、由香ちゃんだけだからね?」
「はい…♪」
でもお互い嬉しくて、抱き合って。ふと僕は気付いた。
「あれ、由香ちゃん。まだ耳と尻尾が出てるけど…?」
「あ、これですか? まだ山神が入ってますよ」
「そうなんだ。…でも、…女の子だよね」
「はい、変化の度合いも変えられるんです。耳と尻尾だけはどうしても出ちゃいますけどね」
それを証明するように、右手だけを獣のそれへ変えたり戻したりしている。
「そっかー…。それが出来るようになるまで、苦労した?」
「一部だけっていうのは確かにそうですけど、大まかな所は…、血ですかね? ある程度自由にできましたよ」
「そう考えると、僕はまだまだだなぁ…。さっきみたいに驚くと、どうしても変わっちゃうし…」
「平気です、変わるのも戻るのも慣れですよ。出来るようになるまで、ちゃんと教えますから」
「うん、ありがとう…」
その気遣いが嬉しくて、一際強く抱きしめると。…ふと、太ももに当たる感触に気付いた。
視線を向けると、女性の体のままなのに、男性器が生えてました。
「…由香ちゃん、これ…?」
「一部だけの変化は、ここも含まれるんですよ? よく言う“ふたなり”ですね」
「そ、そうなんだ…。僕もできるようになるかな…?」
「できますし、出来るように私の家の遺伝子を沢山あげますよ。ですからケンちゃん、また、しましょう?」
可愛く笑いながら、僕の胸を揉んでくる。細い指で触れてくると、敏感な胸がそれを全て理解して。
「今度は優しくしますから、またあの顔、いっぱい見せてくださいね…♪」
「う、うん…。」
絶対これナチュラルハイだ、とわかるグルグル目で迫ってくる彼女を、僕は拒否できなかった。
愛する妻に触れられるのが気持ちよかったし、女として抱かれるのが良かったのもありまして。
僕が由香と、元の性別でえっちできたのは、その日の夜になってからでした。
二日連続で徹夜したため、三日目は泥のように眠るというオチがつきましたけど、ね。
その3:懐妊
東京に戻ってきてから僕らは短大に就学しました。由香は遅生まれだけど、こうして一緒に通学できることが嬉しかった。
憑依変身のノウハウを由香から教えてもらい、少しずつ部分変身を習得しながら父さんと一緒に暮らし、新生活は順調にいっていた。
……のも束の間。6月ごろになって、突然謎の嘔吐感に襲われたんです。
「えぅ…、気持ちわる…」
「ケンちゃん大丈夫? 昨日何か悪いものでも食べたんですか?」
「いや、それは無いというか…、昨日は全部由香ちゃんの作ってくれたご飯だから、ボクだけ中ったのは疑問だよ…」
「それもそうですね。……お水飲みます?」
「ありがと…。けど今は少しすっぱいものが欲しいかな…」
「…すっぱいもの? ケンちゃん、ちょっと!」
何かに思い当たったような由香は、突然僕のお腹を露出させ、食い入るような目で見て、時折何かを確かめるように撫でてくる。
耳と尻尾が出てるので、山神が降りてきているのだろうけど、何が見えているのか…。
「……なるほど、これは…」
「何か解ったの…?」
少しばかり逡巡しながら、由香はとんでもない事を言ってきた。
「えぇ。ケンちゃんのお腹には…、子宮やその他子育てに必要な器官が形成されてます」
「え…? ……つまり僕は…、妊娠、してるって、こと?」
「そうなっちゃいますねー…」
「妊娠…、僕が、妊娠かぁ…」
なんだか一気に頭が重くなってきた。確かに二人とも男女で性行為をしてたんだから、いつかどっちかがそうなるだろうとは思ってたけど…。
「…ケンちゃんずるいです、どうして私より先に子供作っちゃうんですか?」
「いや…、アレだけ大量に中出ししたら、できない方がおかしいような…」
「イヌ科動物のサガです! しかたないじゃないですか…」
しょげる様子の由香を見て、それも可愛いな、と思いつつ。
「じゃあケンちゃん、今から二人目作りましょう! お腹の子も1人だけじゃ淋しいですよ! 私も妊娠させてください!」
すぐ元気になる辺り、本当に前向きというかめげない伴侶だと改めて認識するよ。
「あ、でもお腹に子供がいるんですよね? …私が動きますから、ケンちゃんは横になっててくださいね」
「それは嬉しいんだけど…、妊娠かぁ…」
けどやっぱり僕の不安は拭えなかったわけで。
さぁ産婦人科になんて言っておこうかな! 保険証の偽造はできないので、多分通院の度に多量のお金がかかるだろうなぁ。
お腹も膨らんでくるだろうから着膨れしておかないと、絶対変に思われる。
「大丈夫ですよ、ケンちゃん。私たち夫婦じゃないですか、子育ても一緒に頑張りましょう?」
「…うん、そうだね」
いろんな不安を、文字通りに孕んでいても。きっと何とかなるのではないか、と思える笑顔で、僕は幾分か救われている。
直後衣服を吹き飛ばすように脱いだ由香と、体力の限りにゃんにゃんしたのは言うまでも無いことで。
その4:マタニティブルー
けれどあれから。不思議と何度シても由香が孕む事は無くて。
疑問に思った彼女が実家に聞いてみると、どうにも僕の所為らしいです。
曰く、妊娠している為に『女性』の気が強くなり、それに伴い男としての気が育児の為に回され、妊娠させる力も確保できないからだとか。
それを裏付けるように、男の姿に戻っていても、どうにも女性っぽくなってしまう。
髪の毛が一部金色になったり、不自然に伸びたり。身体に丸みが入って、胸すら膨らんでしまってる。
学友にも、
「高瀬、最近変だよな。妙に色っぽくなったというか、女っぽいというか」
「そうそう。お前、奥さんと一緒だから、もっと男っぽくなれよー」
とか言われる始末。
気づかれないために必要な講義以外は取らず、単位も確実に取得しないといけないので、勉強も気が抜けない。
「はぁ…」
そんな日々もあり、自然と溜息が多くなってきた。
8月になるとお腹も目立ってしまい、着膨れも難しい。我慢できない事は無いが、どうしてもストレスが溜まってきて…。
胎教の為に聞いてる音楽も、僕をリラックスさせる事は殆ど無かった。
「どうした、健司。溜息なんか吐いて」
と、ここで声を掛けてきたのは、今日は非番な僕の父さん女の子Ver.。これでも警察官です。
「あ、父さん…。………ねぇ、母さんが妊娠期間中にやってた事って、わかる?」
「母さんがしてた事か、ふむ…。……そうだな、いつもと大した差は無かったような気がするぞ?」
「え…?」
「敢えてその差を言うなら、ずっとお前に愛情を持って接してたな。
『早く顔が見たい』とか、『産まれてきたら何をしてあげたい』とか。暇ができたら嬉しそうに、ずっと俺に言ってきた」
僕は母さんを知らない。僕の出産直前に交通事故に巻き込まれながらも、僕を庇って死んでしまったのだという。
帝王切開によってこの世に生まれた僕は、母さんを知らずに育ってきて、今こうして母親になろうとしている。
必要以上に不安がって、だ。
「こら、そんな顔をするな。お前が凹んだ顔をしていると、それが子供にも伝わるんだぞ? お前は自分の子供が暗い性格になってもいいのか?」
「あ……」
そうだ、不安になってても仕方がないんだ。
『案ずるより産むが易し』とはこのことで、苦労するのはもっとずっと先。この子を育てることの方が、今よりずっと大変だ。
そう考えると、今この場で悩んでても意味が無いように思えてきた。
心の重石が取れていくように、僕の顔も自然と柔らかくなっていく。
「そっか…、そうだよね。僕もちゃんと、この子には笑って欲しいし、色んな物を見て欲しいな。
父さんにもお祖父ちゃんにも会わせてあげたい。君はこんなに幸せなんだよ、って教えてあげたいし…、いっぱい愛してあげたいな…」
「あぁ、そう思い続ければ、ちゃんとその子に伝わるさ。初孫、楽しみにしてるぞ?」
細い指で、僕の金髪をわしゃわしゃと撫でる。男のままでも、女の子になってても変わらない、父さんなりの励まし。
「ケンちゃーん、お義父さーん、ただいまー♪」
玄関から聞こえてくる由香の声を聞いて、父さんは首だけで促す。
マタニティブルーなんて吹き飛んだ僕は、一緒にこの子を迎えてくれる妻を迎えに行った。
その5:出産準備
妊娠をするのは、普通は女性。
で、僕は生まれが男なので、戸籍も男として記録されている。
そんな僕が妊娠したと言っても、信じる人はいないだろう。
…ということで、対外的な言い訳というか明文は、僕は幸せ太りしている、で何とか誤魔化している。
当然、来年の1月頃に出産予定であるのは変わらないので、由香には妊娠偽装をしてもらっていたり。
友達同士での付き合いは多々少なくなってしまったものの、『妊娠期間中の夫婦』という認識に落ち着いている。
お腹の子供が順調に育ち、年末。出産のための里帰り中。
今は遠野へ向かう電車に揺られている。
「…………」
父さんに諭された日から、僕はこうして日々膨らんでいくお腹と、その中で何度も蹴ってくる子供を思い頬が緩んでた。
由香に「すっかりお母さんの顔ですね、羨ましいです」とか言われるほどだ。
もうすっかり“母親”になることが楽しみで仕方がない。こんなのでちゃんと“父親”が出来るのかな?
「ケンちゃん、またお腹触らせてくださいね」
由香も嬉しそうな顔で僕のお腹を撫でる。時折蹴ってくるのを外から感じて、彼女もまた頬が緩む。
「私がお母さんですよー。もうすぐお父さんのお腹から出てきて会えるんですね♪」
言ってる性別がちぐはぐなのは、もうこの際気にしないことにした。
乗客が僕たち以外に居ないのが何より幸いかな。
特急から各駅に乗り換え、さらにローカル線を経由して、ようやく村の近くの駅まで来る。
無人の寂れた駅で待ってたのは、僕と由香の祖父二人。…なのだが、現在僕の祖父は絶賛ロリっ子状態。
というのも、この二人は古くからの馴染みなので、この状態も知っているのだ。
「おぉう健司、待っておったぞ? 由香も元気そうで何よりじゃ」
「長旅で疲れてるだろう、ほら、二人とも乗りなさい」
由香の祖父が僕たちを車へと先導してくれる。
「由香、すまんが儂を健司の隣に座らせてくれるか? ひ孫の様子を確かめたくての」
「おじいちゃんってば。家でゆっくりしてからにしてください、ケンちゃんだって疲れてるんですよ?」
「確かにそうじゃが、…すまんのぅ、どうも気が逸って仕様がないわい」
「すまんな健司君、眞一郎は君に連絡を受けてからずっとこの調子でね。落ち着けと言っても聞かんのだよ」
由香の祖父、僕の2人目の祖父が皺くちゃの顔を笑みで満たしながら、まるで子供みたいにはしゃぐお祖父ちゃんをフォローしてくれる。
「子供の事はゆっくりお話しますよ。神主さまも楽しみにしてください」
「そう言ってくれるな。私のことも“お爺さん”と呼んでいいんだぞ?」
僕の中で、由香の祖父は神事に携わる神社の神主様で、僕としてはその呼び方が定着していて。
「もう、お爺様っ。早く家に行きましょうよ、これじゃ話もできないじゃないですか」
「そうか、悪かったな、二人とも。
「何じゃ山住の、儂には何もなしか」
「眞一郎はいつものことだろうに」
一見して祖父と孫娘のような二人は、互いに分かり合ってる友なのだと、そのやり取りから再認識して。
あぁ、帰ってきたんだなと。そう思って、僕は肩の力を抜いた。
「あ…っ、姉ちゃん! アニキも、お帰り!」
「ただいま隆哉(たかや)、久しぶりー♪」
家に着いて真っ先に出迎えたのは、由香の弟。僕の義弟でもあり、山住神社の跡継ぎ。久しぶりの姉弟の再会に、嬉しそうな顔をしている。
「あ、アニキ…、何だよそのデッカい腹! それに女のまんまだしさ、制御でも効かなくなったのか?」
「違うんだ隆哉くん。このお腹の中に赤ちゃんがいてね、それでずっと女のままなんだよ…」
「………うぇっ!?」
僕の説明に鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、まるで初めて見るような目で僕のお腹を隆哉くんは見てくる。
「あれ、お爺様、隆哉には話してなかったんですか?」
「あぁうむ…、ひ孫が出来ると聞いて舞い上がり、眞一郎と飲み明かして…、そこを伝えるのを忘れてしまってな? 由香が里帰りする、としか言っておらんかったわ」
「もう神主様は…。お酒が入ると肝心なところが抜けますよね…」
「それにしても…、アニキが先に子供作ったのかよ。さては姉ちゃんにずっとヤられてたな?」
隆哉くんが、握りこぶしの人差し指と中指の間から親指を覗かせてくる。
「…あぁ、うん、確かにそうだけどさ…」
肯定するにしても、その動作が恥ずかしくて顔を逸らしてしまう。
「やっぱなー。姉ちゃんが降ろすと絶対歯止め効かなくなると思ったんだよ」
「そんな事言って、隆哉はちゃんと山神様を降ろせるようになったの? まだ練習用のお狐様じゃないわよね?」
神主さま曰く、隆哉くんは素質は確かにあるのだが面倒臭がり屋で、修行をよく放って逃げてしまうのだ。
練習用のお狐様は山神様の眷属で、神をその身に降ろせない未熟者の“慣らし”用らしい。
「う、うるせぇな姉ちゃんは! オレはもっと器がデッカいから、山神様が降りれるように下準備中だっての!」
「へぇー? じゃあじゃあお姉ちゃんに見せてもらおうかなー、その下準備の成果を♪」
姉弟のじゃれ合い、その最中に二人とも耳と尻尾が生えてくる。
由香は雄の人狼へ、そして隆哉くんは雌の人弧へ。
…やっぱりまだ練習用なんだ。
「なーんだ、やっぱりお狐様じゃない。隆哉ちゃんはかわいいでちゅねー♪」
「ちっくしょー…! オレだってなぁ、ホントは山神様を降ろせるんだぞ! だけど姉ちゃん相手ならこれでも充分だってことを教えてやるんだぞ!?」
隆哉くんの負けず嫌いな癖は相変わらず。
お祖父ちゃんの淹れてくれたお茶を一口飲んでから、二人に声を掛ける。
「由香ちゃん、隆哉くん、程々にねー?」
「解ったよケンちゃん♪ 程々に…、この駄弟に稽古を付けてあげるんだから」
そう言って、暴れられるように神社のある山へと向かっていく二人。
あーぁ、これは暫く終わらないかなー。
その6:僕が親になった時
「う、ぐ……っ!?」
正月を回って少しした後。実家でのんびりしていると、急に下腹部へ鈍痛が走った。
「健司、どうした?」
「お祖父ちゃん…、もしかしたら、きたかも…!」
正確には子宮の辺りだろう。そこが小刻みに動くのが肌で感じられる。
それと同時に、インターバルを加えた痛みが、次第に強さを増して何度、何度も出てきて。
もうすぐだよ、もうすぐ会えるよ、と。僕の身体が訴えかけてくる。
「むぅ…、儂の変化では走って産婆を呼ぶのにちと時間が掛かる。由香は」
だだだだだだだだだばたんっ!!
「ただいまっ! ぜー…、はぁー…っ、ケ、ケン、ちゃん、子供、産まれるんだよねっ?」
息を切らせて由香が帰ってきた。山の方で隆哉君を鍛えていた筈だろうに、僕がこうだと知って来てくれた。
「由香、疲れてるところ悪いが産婆さんを…っ」
「そっちは、もうっ、隆哉に、ぜはー…、任せてあります…っ」
汗も拭わないまま僕の隣に着て手を握ってくれる。
「おじいちゃんは…っ、お湯と、タオルの…、準備を…っ、お願いしますっ」
「解っておる。これでも妻の出産に立ち会ったのだから、心得はあるつもりじゃぞ?」
「そうですよね…、お願い、おじいちゃん」
「うむ、任された」
機敏に動く必要があるため、お祖父ちゃんも女の子の姿になって、家中を駆けずり回る。
「…ありがと、由香ちゃん…、すぐ、戻ってきて、くれたんだ……」
「当たり前です。私はあなたの奥さんですから…、困った時にはいつでも傍で支えますよ…」
「姉ちゃんっ…、はぁっ、はー…っ、アニキの子供、まだだよなっ!?」
少し遅れて隆哉くんが来た。背中には、父さんが生まれたときにも世話になったという産婆さんが一緒。
ここはあんまりにも田舎だから、内外科の診療所くらいしかなくて、出産は全部産婆さん任せなのだ。
「ほぅ、高瀬んとこの倅ば、よう育ってるのぉ? ほれ、今からがんばっから、ちゃんと我慢せぇよ?」
皺だらけの手で撫でてくれて、分娩の為の準備を手早く始めていく。
家には分娩台なんか無いから椅子に乗り、脚を適度な高さの台に乗せている。もうおっぴろげ状態だ。
恥ずかしさが3分の1、緊張が3分の1、そして期待が3分の1。
部屋の外では、お祖父ちゃんや神主様、それに出産を聞きつけた村の人たちが集まってきて、由香がそれを必死に抑えてる。
「待って、覗かないでくださいっ。大事な瞬間なんですから外に出てってくださいっ」
「そうじゃぞ皆の衆、健司がひ孫を産むのじゃから、覗くのはいかん! 特に男衆!」
「おじいちゃんも男の人でしょう、出て行ってください」
山神様が憑いた力で、お祖父ちゃんが押し出されていく。
「あぁぁぁ、儂のひ孫誕生の瞬間がぁぁぁ!」
「違うぞ眞一郎、私等のひ孫だ!」
「お爺様もおじいちゃんも、会うのはちょっとお預けです。最初は私とケンちゃんなんですからね!」
「「ぬおぉぉぉぉ…っ!」」
ぱたん。
「まったく、爺ちゃんたちはせっかちだねぇ。そんなに楽しみなのか」
「何で隆哉が入ってるのっ? アンタも出る!」
「いたっ! いててててっ、姉ちゃん爪はストップ! それ反則!」
皆が出て行ってからの事は、ひどく長かったような覚えがある。
「んっ、んぅぅぅぅ…っ! ぐ、ぁぁ…っ!」
「ケンちゃん、ラマーズ法です! 一緒にしましょう、ひっひっふー、ひっひっふー!」
隣で手を握ってくれる由香が、苦痛に苛まれる僕を救おうと、声を掛けてくる。
正直な話、呼吸法を併せてくれるだけでも痛みが和らぐのだけど。何よりそれ以上に、近くに居てくれることで、とても精神的な負担が減っていた。
けれどそれ以上に、みし、みし、とばかりに膣口が開いて、中から大きな物体が出ようとしていく。
それが僕たちの子供だと解っていても、抜け出ようとする事への痛みが強い。
正直な所叫びたいが、そこは男の意地でじっと我慢している。
「頭が見えたぞ、もうちぃとだ、気ぃ入れろっ?」
「はぁ…っ、ん、くっ、ふぅ…っ!」
すぐ近くのはずの産婆さんの声も遠くのように思えて。
けど、もうちょっと、もうちょっとなんだ。あと少し僕が頑張れば、君に会えるんだね?
「か、は…っ、あうぐ…っ、うぅっ!」
「肩も出てきたよ、ケンちゃん! もう少し、あと少しだからっ!」
「うん…っ、うん…っ!」
ゆっくりと抜け出ていく感覚が、膣口を通して全身に伝わる。
大部分が抜けて、残りはもう多くないと解って。
最後の力を込めて、押し出した。
「ふぎゃぁーっ、あぁぁーっ」
遠くから赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。中学生の職業体験で行った保育園でよく聞いた、訴えるような泣き声。
お腹がとても淋しく感じる。今までそこにあったものが無くなって、確実に軽くなってる。
「ケンちゃん、ケンちゃんっ! 私たちの子供が産まれましたよっ、ほらぁっ、起きてくださいよぉっ!」
ぺちぺち頬を叩かれる。うぅ…、もう少しまどろんでて良いでしょ…?
「むぅ、起きないつもりですね? …えい」
鼻が摘まれた。口が塞がれた。
かち、かち、かち。
「ぶはぁーっ!? 由香ちゃんっ、何するのさ…っ!」
呼吸困難になりかけた僕は、その手を振り払って意識を現実に立ち戻らせる。
「ぼーっとしてるのが悪いんですよ? …ほら」
由香が見せてくれるのは、既に産湯に浸かり、臍の緒を切られて、おくるみに包まれた赤ん坊。
「よぉ頑張ったなぁ、高瀬の倅? 元気な子じゃぞ?」
産婆さんがその子を差し出してきて、僕は恐る恐る、その子を受け取る。
……重い。
さっきまでお腹に居て、体重は変わっていないはずなのに、こうして腕で抱いている今の方が重く感じる。
「元気な女の子ですよ、ケンちゃん。可愛いですよねぇ…♪」
僕と娘を覗き込みながら、由香は微笑んでいる。
それが嬉しくて。僕が子供を無事に産めたことを認識して。
あぁ…、産めて良かった。出会えて良かった。別れずに君と、一緒に生きる事ができるんだ。
「こんにちは、赤ちゃん。僕がパパだよ…♪」
もう性別の疑問は吹き飛んだ。
その7:子供が産まれて
産後の肥立ちも順調で、1月の半ば頃には普通に男の姿に戻れるようになり、ようやく普通の生活ができるようになった。
なったのだけれど…。
未だに僕は女性の姿のまま。それは何故か?
「うぁぁーっ、ふぎゃぁーっ」
「あぁぁぁごめんねー、ママじゃダメみたい、ケンちゃん助けてーっ」
と、よくよくこの調子。
皆さんよくご存知かと思いますが、赤ん坊はとにかく泣く。お腹がすいては泣いて、オムツの中を汚しては泣いて、淋しくては泣いて、ちょっとした事で火がついたように騒ぐ。
ノイローゼによる育児放棄をする親とか、前は嫌な思いをしていたのだけど。いざ自分が親の立場になると、これほど辛いのだとは思わなかった。
「今度はどうしたの、由香ちゃん?」
「お腹が空いたみたいです…。ママのおっぱいじゃお乳が出ないからって、もっと不機嫌になっちゃって…」
「びえぇーっ、えぇぇぅーっ!」
こりゃたまらんとばかりに差し出された娘を受け取り、いざ授乳。
まだ歯茎しか無い口で吸われるのは、実際に歯を立てられて吸うより柔らかい感触がするけど、何より違うのは「お乳を飲まれてる」こと。
生存のためか、はたまた子供だからか、遠慮なんて欠片も無い強さで吸われてく。
それは確かに嬉しいし、これだけで満たされていく思いもある。確かにあるのだけれど。
「はぁ…、こんなんで大学に戻れるかなぁ…」
そう。僕も由香も学生の身分であるということを忘れてはいないのです。
「この調子じゃ、この子を連れて一緒に、なんてのは当面無理ですよね…。せめて私もお乳が出せるようになれれば…っ」
「無理無理。姉ちゃんの胸じゃ出てきやしないって。出てきてもすぐ枯れるのがオチじゃねぇ?」
「何をーっ! 自分はこの無力感を味わう立場じゃないからって偉そうに! 隆哉もお母さんになっちゃえば良いんだー!」
「いでででででっ! いてぇよ姉ちゃんっ!? ベアハッグやめーっ!?」
姉弟の仲もやっぱりこの調子であり、ちょっと相談できそうにない。
やはり亀の甲より年の功だと思った僕は、子育ての先人である祖父2人に聞きにいく事にした。
まだ離してくれないので、もちろん娘は抱っこしたまま授乳したまま。
「…ということでお祖父ちゃん達、何かいい方法無いですか?」
「いい方法と言われても、のぉ?」
「そうだねぇ…。私等はよくよく妻に任せていたからなぁ…?」
「些細な事でも良いんです。例えば……、お乳が出るようになる方法とか…」
「む、それなら知っとるぞ?」
「なんと、それはどんな方法だ、眞一郎?」
「由香も孕m」
「それは無しで」
「連れないのぅ、我が孫は」
こんな真剣な質問をしているのに、ロリ状態のあなたにはあんまり言われたくないです。
「しかし、そう具体的な問いの無いまま問われても、我々にも答えが見つからないというものだよ」
「それはそうですけど…。やっぱり僕にも生活があったり、仕事を得るための準備期間ですから…、悩んじゃうんですよね」
「そう悩まんでも良いと思うんじゃがなぁ?」
そこでまた口を出してくるロリ祖父。
「自分ひとりで抱え込むから重くなるんじゃろ? 遠慮せずにもっと儂等を頼れ。
ひ孫の事にしてもそうじゃ。健人の育て方の所為か、健司は責任感ばかりが強いのが長所であり短所じゃろ。
大方今は、“自分が親なんだからしっかりせねば”と思っておるのではないか?」
「うっ…」
「そうだな。確かに由香を大事にしてくれるのは良く解るし、妻の負担を減らす良い夫を目指す姿は見える。
だがそれは由香にも立ち入らせない領域を作るのと、そう差は無いのだぞ?」
「互いに良い面ばかりでは無い、悪い面を見せたくないのも解る。儂等とてそうじゃ。
婆さんが生きとった頃は良き夫、頼れる父、強い男であろうと意地を張っておった…。だが婆さんは言ってくれた。
『あなたが恥ずかしいと思うその少女の姿、それを見せてくれた勇気を、もう少しだけ私に見せてください。
私も弱い面を見せてしまうでしょう。ですがあなたは受け止めてくれるのだと信じます。
ですからその分だけ、あなたの弱い面を見せて、私に受け止めさせてください』と!
それからじゃ、儂がこの姿を本当の意味で受け入れ、婆さんとさらに仲睦まじいおしどり夫婦と呼ばれるようになったのは!
懐かしいのぅあの頃…、5つの健人を放って婆さんの布団に潜り込み、女同士でぬるぬると触れ合った熱い夜…」
ぱたむ。
一人遠い目をするロリ祖父を放って、襖を閉めた。
「…眞一郎は流すとしよう」
「そうですね、神主様…」
「だが奴の言う事ももっともだぞ? 人は良い面だけを見せて生きられる訳ではない。寧ろどれだけ取り繕おうと悪い面というのは見えるものだ。
肝心なのはそれをどれだけ受け入れられるか、だ。そうしないと本当の意味で解り合うことはできん。
由香はあのように明け透けだから、悪い面も多々見せているのだろうし、健司君が受け入れてくれるのも想像はつく。
…だから健司君、君ももう少し悪い面を見せてやってくれ。そうしないと拗ねてしまうかもしれんぞ?」
「今現在、娘の事で無力な自分を嘆いてますけどね」
「なに、その内それをバネにして起き上がるさ。多少めげた所で由香が諦めたとは思えんしな」
母乳を飲み終え、ゲップを出させるように娘の背中を叩きながら思い返す。
確かにそうだ。今まで由香は強い面のほかに弱い姿も見せて、僕に何度も甘えてきた。
だけど僕はどうだ? 甘えるにしてもべったりではなく、ほんの少し程度でしかなかった。弱い面を見せようとしなかった。
「その内“女”としての由香が、その子を育てる時に心強く思えてくるときもある筈だ。
その時は大いに頼りなさい。その子を産んではおらんが、既に“母”たろうとしているのだからな」
「…ですね。僕、由香ちゃんとと夫婦になれて良かったです」
「うむ、そう思ってくれれば祖父として、そして君の家族になった者として何よりだ。これからも孫娘をよろしく頼むぞ?」
「はい、神主様っ」
その言葉が嬉しくて、笑顔で返事をした。ちょっと顔が赤いのは触れないでおこう。
そのまま由香と隆哉くんが争ってた部屋に戻ると、既に決着がついていて。倒れた隆哉くんの上に由香が座ってた。
ちなみに二人とも憑依は解けてる。
「あ、ケンちゃん。その子落ち着いた?」
「うん、今はお腹いっぱいで寝ちゃったみたい」
「良かったー…。アレだけ泣き止まないと、私ママとしてダメなのかと思っちゃうくらいですよ」
「そんな事無いよ、由香ちゃんが居てくれて、すごく助かってる。何度御礼をしても足りないくらいだ」
「お礼なんて、ケンちゃんからキスしてくれたら、それが一番ですから」
「それじゃ、ん…っ」
言われるが早いが由香にキスをする。何度やっても女同士の唇は柔らかく、これだけで気持ち良い。
「んちゅ…、はふ……、……はぁ、ごちそうさまです♪」
「どういたしまして」
赤い頬で照れたように笑う由香が可愛くて、僕も笑顔になって。
でもすぐに顔を引き締める。
「由香…」
「…はい」
「家族が一人増えて、これからもっと苦労をかけちゃうかもしれないけど…。僕、君にそうさせないようにしてたけど…。
もう少し、君に迷惑かけて…、いいかな?」
「えぇ、良いですよ。私もきっと迷惑かけちゃいますけど…、それをケンちゃんが半分持ってくれるのは解ってます。
ですからケンちゃんも私に迷惑をかけて、その半分を持たせてください。私たち、夫婦なんですから」
「ありがとう、由香…」
「じゃあもう一回…♪」
由香の望み通りに、もう1度キス。
「…姉ちゃんもアニキも良くやるよ、あっちぃあっちぃ」
隆哉くんがおきてた。直後由香に蹴られた。鼻血が出てた。
その8:親子3代→4代
遠野の実家から東京に戻り、ここでようやく父さんに娘を見せたらとても喜んでいた。
「そうかぁ、無事産まれたかぁ。こんなに可愛い孫娘だとは思わなかったぞぉ♪」
父さんも女の子の姿になって娘を抱いてる。声の調子が尽く跳ねてので、すごい嬉しいのだろう。それだけ笑顔でいると僕も嬉しい。
「女の子だからって喜びすぎですよ、お義父さん」
「何を言うんだ、健司の時も喜んだぞ。……その時は、あいつがいなくなったのと同じだから相殺されたようなものだから、な」
「あ…、ごめんなさい…」
「謝ることはない、今の俺は猛烈に嬉しいんだ! 二親欠けずにこの娘をきちんと愛するということは、俺が出来なかったことをお前達がやってくれるという事に他ならないんだからな」
僕が小さかった頃。父さんは仕事仕事の合間に、疲れてるだろう筈なのに、僕と一緒にいるときは常に遊んでくれた。
子供心に悪いと思いながらも、母さんがいない分の寂しさを埋めてくれるように。
「健司が結婚した時にも思ったんだが、もうすっかり大人だな…。俺の手を離れていくような感じだよ」
「そうでもないよ、父さん。確かに僕も成長したけど、まだまだ父さんには教えて欲しい事が沢山あるからね」
「ですけど、お義父さんはもう少し肩の力を抜いてくれても良いんですよ?」
「そうか…? 孫娘の事で、また少し肩肘を張らなくてはいけない気もするが…」
言葉を続けようとする父の唇に人差し指をあて、言葉を止める。
「子供の事で頑張るのは親の役目だよ。そして今度は僕たちの番。…だから、父さんはもっと気楽に、そして自分なりにこの子を愛してください」
片親だけでしか子供を育てられなかった父さん。厳しく、まっすぐ育ててくれた父さん。
それが有り難くて、同時に少し寂しく感じてしまって。
だからそれはここまでにしよう。もっと
「そうは言ってもだな…、孫娘を前に下手な事はできんというか、俺にも矜持という物がだな…?」
「父さんっ」
「ん…?」
「父さんは充分頑張ってくれたし…、由香もさっき言ってくれたんだ。肩の力を抜いても良いんだよ?」
驚いたように目をひらき、そして溜息を吐いてくる。
「そうか…、そう言われると、俺も流石に歳を取ったんだな…」
「それはそうだけど、そんな事言わないでよ、父さん…」
「こうして見てると…。今のケンちゃんとお義父さんって、兄と妹っぽく見えちゃいますね」
それは言わないで欲しい。僕たちの女性の姿は変わらないので、経年後に変身すれば必ず「若返り」の要素がくっついてきちゃうんだ。
父さんが娘を抱いたまま放そうとしないので。僕がお茶を用意しながら、言い忘れていたことを切り出す。
「あ、そうだ父さん。実はね…」
「おじいちゃんももうじきこっちへ来るそうです。どうせだから家族5人、親子4代で暮らしたいって聞かなくて…」
その言葉を聞いて、少し困ったように父さんは頭を抑えました。
「そうか…。親父もひ孫の成長を見たいんだろうな…」
「当たり前じゃ、孫の成長は見れなかった分を埋めたいからの」
「うおぉっ!?」
いつのまにか近くにいたお祖父ちゃんに驚く父さん。娘を抱きしめて、小さくは無い胸にぶつかる娘の幸せそうな顔のこと。
「おじいちゃん早いですね、あと23日は準備でこれないはずじゃあ?」
「うむ、居ても立ってもいられなくての。最低限の準備だけを手早く終えて来たわ。必要なものは後からあやつに送らせるわぃ」
「神主様、ごめんなさ…」
遠く故郷の神主様に、心の中で頭を下げる僕。
ぽん、と軽く音を立ててまたロリっ娘状態になったお祖父ちゃんが、椅子に乗って娘の顔を覗きこんでくる。
「それに後々何かあった時のため、誰かが家に居た方が良かろうて」
「あ、それは確かにありがたいです。私もケンちゃんも、何かあってこの子と一緒に居られない時もあるかもですし…」
「それは解った。…なら、ボケるなよ、親父?」
「この子の成長という生き甲斐が出来たんじゃ、そうボケてはおられんよ」
それから、お祖父ちゃんがやってきたので今日から4人分のご飯を作り、夕食を終えてお風呂に入ろうとした時…。
「健司、孫を風呂に入れてもいいか?」
「待て健人、風呂には儂が入れるんじゃ」
と、父と祖父が言い合いする始末。可愛がってくれるのは嬉しいんだけど、それで争うのはちょっと困るなぁ。
ちなみにどっちも変身して女性化してる。
「解ったから…、今日は父さんに頼みます。おじいちゃんは遠野で一緒に入ってたでしょ?」
「むぅ…、仕方あるまい。では順番にするか」
「そうですねー。できれば、ケンちゃん、お父さん、私、おじいちゃん、の交互にしましょうか。
もちろん、私のときはケンちゃんが一緒で、ケンちゃんのときは私が一緒ですよ」
ちょっとごねそうになる祖父を、親と触れ合う機会をなるべく取りたくない、と言って父さんがなだめてくれました。
そんな訳で、久々に二人だけでお風呂に入っています。
「ケンちゃん、おっぱい張ってないですか?」
お風呂の中で突然こんなことを訊いてくる由香。
「え? いや、そりゃ…。毎日作られてるから張ってるし…。今でもちょっと?」
と素直に応えてしまう僕、ちなみに男状態です。
出産したことを体が忘れていないので、この状態でも胸に乳腺が残ってしまい、男のままでも母乳が出てしまうのです。
「それじゃあ飲ませてください、ケンちゃん♪」
「でもこれ、あの子のためのお乳だし…」
「飲ませてください、ケンちゃん♪」
「あの、由香…?」
「じー…♪」
屈託の無い笑顔の由香に、僕は断る言葉を出せなくて女性の姿になる。
「は、はい…」
「わーい♪ それじゃ、いただきまーす」
子供を産んだというのに、未だ綺麗な桜色の乳首を差し出しすと、由香は嬉しそうに飛びついて吸い始めた。
「ん…っ、んく…っ、ちゅぅ…」
「ふぁ、あぁ…っ、ん…っ」
由香の吸い方は娘のとまた違って、舌先で乳首を転がして、僕を興奮させるように飲んでくる。
それだけでも胸が震えるし、由香の舌が暖かいのと、お乳が胸から溢れるのとで、僕の口からは自然とあえぎ声が出てきてしまう。
「おっぱい甘くて美味しいです…♪ んっ」
「んぁ…っ!」
乳首を噛まれて声が出てしまう。絶対性的な責めが混じってきてる。
「も、もぅ…、娘のお乳を横取りなんて…、悪いお母さんだなぁ…」
「お父さんが可愛いんですもん、これで何もするな、なんて拷問ですよ?」
それから湯船に浸かってる間、ひたすら由香に胸をもまれて、僕はミルクを生産し続けてました。
わーい大分胸が楽になったよー。
…おなかが減ってぐずったらどうしよう、粉ミルク用意してないよ。
お風呂から上がって、次に浮上するのは寝床の問題。
お祖父ちゃんが来るのはもう少し後日の予定だったので、まだ用意してないんだ。
「うーん…、どうしよう…」
ベッドがあるのは僕と由香の夫婦部屋、父さんの部屋くらい。布団を用意すれば居間でも寝られる。
…けどここでさらに問題発生。お祖父ちゃんが娘と寝たいと主張してきてます。
「それは解るがどうするんだ、親父のベッドはまだ無いんだぞ?」
「健人、お前のところではダメか?」
「スペースが足りないな。健司達のならまだ3人でも余裕だが、そこに親父が入ると窮屈だろ」
父と祖父が相談する横で、僕と由香も相談している。
「うーん…、流石にお祖父ちゃんをソファーで寝かせるわけには行かないからな…」
「そうですねぇ、私たちだけがベッドで、おじいちゃんがそれ以外だと心苦しいですし…」
「いっそ全員で寝られればいいんだけど、となるとリビングくらいしか無いんだよね」
「あ、それいいですね。今日はみんなリビングで寝ちゃいますか?」
その提案にちょっと考え込む。確かに悪くないかもしれない。
ホットカーペットをつければ、多少寝心地は悪くなるだろうけど皆で寝れる。
5人だから「川」の字で寝るわけじゃないけど、これはこれでいかもしれない。
「…そうだね、そうしてみようか」
ホットカーペットをつけて、羽毛布団と枕を用意。5人並んで布団に入る。
位置関係は上から見て、
左 右
父さん 僕 娘 由香 お祖父ちゃん
こうなってる。ちなみに僕ら男親3人は全員女性化済なので、見た目的には非常に姦しい寝姿になってます。えぇ見た目的には。
「ひ孫の顔を見ながら寝れんのは哀しいのぅ…」
「そう言うな親父、早く来すぎたのは自分だろ?」
父さんは僕に完全に抱きついた状態になってる。解っちゃいるのだが胸が、指が、太ももが。
「父さん…、なんで抱きついてくるの?」
「照れるな照れるな、昔お前が泣いた時、よくこうして慰めてやったろ?」
「それはそうだけどさ…、なんか、触り方がいやらしくなってない?」
「気のせいだ」
「あ、お義父さんずるいです。私にもケンちゃんに抱きつかせてくださいよー」
「ふ…っ、親父!」
「心得た!」
「あ、ひゃんっ、おじいちゃん…っ?」
僕に父さんの手が迫ってるように、由香にもお祖父ちゃんの魔手が迫ってました。
娘を中央におきながら、人生の先達の手で揉まれ触られ抓られ擦られ入れられ。下手な抵抗ができないのでされるがままにされまくり。
全く同時にイかされたので、後で仕返ししようと誓った、親子4代で住むようになった初日の夜です。
その9:娘の意識問題
僕らの娘、結(ゆい)はすくすくと成長して。気が付けば産まれてから4年が経っていた。
父さんやお祖父ちゃんの力を借りながらの子育てだったけど、僕たち二人も短大を無事卒業し、僕は化粧品会社に就職した。由香は調理師の免許を取る為に、もう少し専門学校へ通ってる。
それなりに仕事はこなしてるし、社内での立ち位置も作れてきたような気がする。
何より家に帰ってくる度、由香と結の顔を見るたびに、家族の為に働いている事の喜びをひしひしと感じる。
「みんな、ただいまー」
「ぱぱー、おかえりーっ♪」
僕の帰宅を察知して、我先にとんできた結。金髪なのは産んだのが僕だからだろうか。
「ぱぱー♪ だっこーっ♪」
勢いをそのままに飛びついてくる結を受け止める。仕事からの帰宅の度に繰り返される光景に、僕は心癒される。
「お帰りなさい、あなた♪」
少し遅れて由香も出迎えてくれる。結が幼稚園にあがる頃には、僕は彼女を呼び捨てにするようになり、由香も家庭内での僕の呼び方も「あなた」に変わっていた。
とはいえ、二人きりの時とか、ベッドの中では未だにちゃん付けだけどね。
「うん、ただいま。遅くなっちゃったよ」
「それでも結ったら、ずっと待ってたのよ? 『ぱぱと一緒に寝るの』ーって言って聞かなくて」
今はもう9時。僕や由香はともかくとして、結には起きてるのは辛くなってくる時間だろう。
「そうなんだ。ありがとう結、待っててくれて♪」
「うんっ、どーいたしましてっ!」
僕にもまして生真面目な父さんの教えのおかげか、ちゃんと返事もできる、いい子に育ってる。
「着替えの準備はしておきましたから、あなたは先にお風呂に入ってください。その間にご飯、温めなおしますね?」
「ありがとう、由香。…それじゃ結、今からパパはお風呂入るから」
「えー、わたしも入るー!」
「ダメよ結、もうおじいちゃんと入ったでしょ?」
「うー…、でもぉ…」
「パパはお仕事で疲れてるから、そんなに我侭言わないの。明日は一緒に入れるから、ね?」
と、最後は僕の方に向けてウィンクをする。
今日が金曜で明日は土曜だ。仕事も無い休日なので、僕が入れてあげて、という意思表示なのだろう。
「……うん、わかった。明日はいっしょに入ろうね、ぱぱ!」
「解ったよ。明日は一緒だね、結」
結の頭を撫でてから自室へ向かう。スーツを脱いでお風呂場に向かうと…。
「……そっか、今日はこっちか」
僕の目の前には、黒のブラとショーツ一式。パジャマもあるがネグリジェもある。
これは女になって寝るように、という由香の意思表示なのだろう。無碍にする訳にもいかないので、変身して風呂の扉を開けると、
「よ、お帰り。遅かったな」
湯船に浸かっていたのは、僕と同様に女性化している父さんだった。
「あ…、ごめん父さん、後にするよ」
「気にするな、一緒に入れ。……それに少々話したい事もあるし、な」
父さんの真剣なソプラノボイスを聞いて、僕は浴場へ入って扉を閉めた。
「それで父さん、話したい事って…?」
「あぁ…、結の意識で一つ問題というか、今の内に矯正しておかないといかない部分があってな…」
父さんがゆっくり喋り出す。
その内容は確かに結が中心になってるもので…、
今日、父さんが幼稚園から結を迎えにいった時、保育士の人からこんな事を聞いたのだ。
「今日結ちゃんが、『みんなのぱぱはおっぱいないの?』って言って…、それはママじゃないの? って聞いても、結ちゃんはずっと『ぱぱだよっ』と言って聞かなくて…」
「…それを聞いて俺は焦ったよ。結にはその辺りの事を言わないよう教えるのを忘れててな」
「あー…、そういえば僕も言ってなかったかも…」
そうだ、いかにこの家族が結にとって「普通」でも、一歩外に出ればこれは「異常」以外の何物でもない。
どこの世界に性別を自在にチェンジできる家族が居るんだか。
マンガや小説、フィクションの中ではあっても、現実にそんな人物が居ると確実に排斥のネタになる。霊を常に降ろしているだけならまだ眉唾程度の話題で済ませられるだろうが、変身とまでくるとそうはいかない。
まして子供ならその辺りの配慮は無いに等しい。見たもの全てが新しくて、聞くもの全てが面白くて、そこにあるもの、あるものへと突撃していくのだから。
「その場は何とか誤魔化して帰ってきたから良いものの、今後も続くようなら…。最悪転居の必要があるな」
「ん…、それは嫌だな。昔からずっとここで過ごしてきたし、今更引越しなんて…」
「それなら結にしっかりと教えておけ? 幸いというのもなんだが、今ならまだ間に合うからな」
それだけを言って父さんは風呂から出て行く。女性化したままなので肌は瑞々しく、しかしハッキリと出た胸やお尻が否応無しに「女性」を認識させられる。
…これだけを見てると、誰もこの人が結の祖父だと思うことは無いだろうなぁ。
また同時に、自分の身体を見下ろすと。視界に入ってくるのは最近母乳が出なくなってきた、結の大好きな乳房。その間には恥毛が短く生えた女性器。
僕もまた紛れもない「女」であり、この姿でいくら「父親」と言っても信じてもらえない事は当たり前だ。
開いた湯船に肩まで浸かると胸が浮き上がり、同時に肺から息が出てきた。
「ふぅー……。そういえばそうなんだよなぁ…」
高瀬家が“こう”である以上、いつしか結にも言わなきゃいけない事なのだが…。僕がこの事を知らされたのは小学校の半ば、ようやく良い悪いの判断が自分でつくようになってきた頃。
告白された時は父さんに強く言い含められたし、それで言わないように心がけてきた。他と比べて「おかしい」ことが解ったから。
…けどそれも、全部“自分の判断”がつくようになってからで、結みたいにまだ子供も子供のうちから知ると、歯止めが利かないのだろう。なにが良いことで悪いことも知らないからだ。
それらの判断を教えるのは、まず何より家族であり、親だ。僕が教えなければいけないことなのだ。
「どう伝えるか、か…。父さんも悩んだんだろうなぁ…」
まだまだ子供の結に伝えるのは難しいかもしれない。けれど僕の中には、一つの信じるべき事があった。
それは…、結が僕と由香の娘であり、高瀬家の血を継ぐ人間だということ。
霊的耐性の虚弱さを差し引いても、きっと伝わるだろうと。
「後は…、結が素直な事を恃むくらいかな」
半分以上はこんな気持ちだ。やっぱり僕は根本的なところで心配性なのかな…?
風呂から上がって、由香が用意してくれた下着をつけてパジャマ着用。野暮ったいのだが、それでもどことなく可愛いデザインなのは完全に由香の趣味。
リビングに戻ると温めなおされたご飯が並べられており、由香が真向かいに座ってた。結はもうベッドだろうか。
「お待たせ、ちょっと時間かかっちゃったかな」
「はい。ですがその辺りはお義父さんに言われてましたので、ゆっくり準備できましたよ」
「そうなんだ。…それじゃあ、いただきます」
疲れた体を休めて、由香の作ってくれた遅めの夕食に舌鼓を打つ。
その途中、由香にも父さんから聞いた事を話してみた。
「そうだ、由香ちゃんは父さんから…、聞いた?」
「…もしかして、結が言ってたことですか?」
「うん、そう。…このままだとさ、逃げるように去らなきゃいけないし…」
「それは私も困りますけど…、……ケンちゃん?」
「え…?」
語調の変わった由香の台詞に、思わず顔を見てしまう。
「ケンちゃんは、自分の娘がそんなに心配ですか? お腹を痛めて産んだ子が信じられませんか?」
「いや、そういうわけじゃないけど…」
「ですけど、そうやって不安に思うこと自体が、既に不信の兆候です。…ちゃんと信じてあげましょう?」
こういうときほど由香は強いのだと、僕はしみじみ思い知る。男女における考え方の違い、だろうか。
理屈っぽく考えてしまう僕に対して、由香は常に感覚的なことで接してくれる。
「結への説明は私もします。ですからケンちゃんは、“結が大好きなパパ”として、最後にちゃんと言ってくれれば良いんですよ」
そういって微笑む由香に、僕はいつも負けっぱなしになってしまう。
「うん…、ありがとう、由香ちゃん」
「そういうことは言いっこ無しです。大仰に言ってしまえば、家族全員の問題なんですから」
自分のお茶を飲みながら、由香はひとつ溜息をついて。
「それでもケンちゃんはズルいですよねぇ、ママは私なのに結はずーっとケンちゃんにばっかり懐いちゃって、おっぱいだって私のよりケンちゃんの方が好きなんですよ?」
「う…、…やっぱり解っちゃってるのかな、僕のほうが“お母さん”ってことに…」
「それは疑いようも無いと思いますよ? でもズルいー、私ももっとママって言われて懐かれたいですー。ここやっぱり私も子供を産むしか!」
「ぶ…っ!?」
危うく味噌汁を噴出しかけ、慌てて飲み込む。
「ですからケンちゃん、今日はいっぱいにゃんにゃんしましょう?」
「ちょ、ちょっと待って、結がベッドで待ってるんじゃないの…?」
「あ…、確かにそうでした。…今からお義父さんかおじいちゃんのベッドに移ってもらいましょうか」
「それもどうかと思うよ、僕は…。…今日は3人一緒に寝ようよ」
「むぅー、ケンちゃんは小さいことを気にしすぎですっ。…えっちも久しぶりですし、私はそろそろ昂ぶりが抑えられないんですっ」
「由香ちゃん、ちょっと待って、それは色々とどうかと…っ」
「ケンちゃんはどうなんですかっ? 会社でこっそりヌいてたりしてませんよねっ?」
解ったからその右手の擦りあげる動作をやめてほしいなーっ?
「うぅ…、夫は娘にかまけて私に見向きもしてくれません、もう私に飽きてしまったんですね…」
「ちょ、ちょっと由香ちゃんっ、何をいきなりそんな事。飽きるなんてそんな事無いよ!」
「…ほんとですか? 私がおばさんになっても愛してくれますか?」
「本当だって。というかその時は僕も等しくおじさんだから」
「おじいちゃんみたいに暇があれば女の子の姿になって、老いとかその辺りから目をそらしたりしませんよね?」
「しないって。…というかおじいちゃん、アレでよく補導されないよなぁ」
「伊達に悪ガキで育ってないわい、とか言ってました」
「そっかー…」
その言葉だけでも何となくしみじみしてしまう。
おじいちゃんは東京に来てから無駄に元気が有り余ってて、このままだと寝起きの悪い僕にエルボードロップを仕掛けて来かねない。
ついでにこの場で言っておくけど、おじいちゃんは大戦末期に徴兵された経験から、肉体鍛錬を続けている。侮るなかれ(筋肉的な)ナイスバディの持ち主なのだ。
はい、ぶっちゃけ痛かったです。
「元気だよね、おじいちゃん…」
「悪いことではないんですけど、もう少し歳相応に落ち着いてくれると助かるんですけどね…」
「うん…」
「…話を流そうとしたって無駄ですよ、ケンちゃん?」
バレたっ!?
「ふっふっふ、観念してにゃんにゃんしましょうよー」
「だから結がいるんだって…」
「…静かにシましょうね?」
結局断り切れませんでした。
結が目覚める危険を前に萎えなかったのかと聞かれると、精のつくご飯だったので辛抱たまらんかったです。
さて翌日。
土曜日でもあるので結と一緒に家でのんびりしてるとき。
僕の膝の上に結が乗って、本を読んでいると由香が声をかけてきた。
「結ー、ちょっといいかしらー?」
「ふぇ? ママどーしたのー?」
「ちょっと大事な話があるのよ。あ、そのままでいいからね?」
そういってこちらまでやってくる。そのままって、僕の上に座ったままですか。
「お話ってなーに?」
「うん、おじーちゃんからお話を聞いてね…?」
と切り出してから、由香はとつとつと話していく。
高瀬家の事情と、どうして変身できるのか。そして何がおかしいのか。
噛み砕いて、解りやすくして、結に伝わるように説明していく。
由香の真剣な表情を察してるのか、結もずっと表情をこわばらせている。
そして少し経って、説明が終わった。
「……少し長くなっちゃったけど、わかった?」
「…パパ、本当…なの?」
本当にわかりかねているのか、自分の中では整理が追いつかないのか。振り向いて僕の顔を覗きこんでくる。
腕をあげて結の頭を撫でながら、笑顔でちゃんと応える。
「本当だよ。だからパパはママみたいにおっぱいができるし、おじいちゃんも、大おじいちゃんも女の子になれるんだよ。
でもそれはウチだけで、他の家のパパやママは僕たちみたいにできないんだ。
…だから結、この事はウチの秘密。他の人の前で言っちゃいけないよ?」
「…ほんとに言っちゃダメなの? みーちゃんやしゅんくんやさくらちゃんにも、言っちゃダメ?」
「……うん。…もし言っちゃったら、みんなとバイバイしなきゃいけなくなるからね」
引越しとか言われても、まだ結は解らないだろう。だから離れるという事を表に出して言う。
「……そっかー……」
「…ごめんなさいね、結。突然こんなこと言っちゃって」
「…うぅん。わたし、みんなといっしょにいたいから。がんばって言わないようにするっ」
「ありがとう、結。ちゃんと聞いてくれて嬉しいよ…」
「だって、わたしもみんなとバイバイするの、ヤだもん。そうならないよう、わたしもがんばるっ」
まだ4歳なのにこんな事を聞かされて、そして受け入れてくれた結が嬉しくて。同時に重荷を背負わせてしまう不憫を感じて。
結を背中からぎゅっと抱きしめた。
「んぅ…っ、パパ…?」
「どうしたんですか、あなた?」
「…いや、僕は結を産んでよかったな、と思ってね」
「ふにゃ?」
「そうですね、こんなに良い子なんですもん。流石は私たちの娘です♪」
由香も一緒になって結を抱きしめる。
「んぅ…、パパ、ママ、くるしぃよ…」
「ごめんね。でももうちょっとだけこうさせて欲しいな」
「そういっても、結もこうされるのは好きですよね?」
「えへへ…、うんっ♪」
僕たち夫婦の間に挟まれながらも笑顔の結に、抱きつく強さは大きくなる。
もう何度もこうして幸せを噛み締めて、沢山の日常を重ねていった…。
その10:あるTS夫婦の回顧録
「いろんな事があったよねぇ…」
「はい。繰り返すような毎日だったのに、いつも何処かが違ってて…、慌しい日々でしたね」
時間軸は戻って現在。
結に急かされて、家族4代・5人全員で水族館に来ていた。理由としては何のこともない、テレビで見たので行きたくなったから、だ。
父さんもお祖父ちゃんも女の子の姿で、ちゃっかり子供料金で入ったお祖父ちゃんにちょっと呆れたり。
「大おじいちゃんっ、次はどこに行くのっ?」
「待て待て慌てるな、しっかりパンフレットを見て筋道を決めたからの」
「うんうんっ、ね、どっちの道? 右に行く? それとも左?」
「結も親父も少し落ち着け、振り回されて二人が疲れてるだろうに」
まるで外見年齢相応にはしゃぐ祖父と娘の二人、それを宥める父の姿を、僕達夫婦は休憩所で眺めていた。
「こうして見てると、結とおじいちゃんがやんちゃな双子で、お義父さんがそれを嗜めてるお姉さんみたいですよね」
「これで僕等の正体が見抜ける人がいたら、そうは思わないだろうけどね」
「いないからこそ、周りの人たちも微笑ましい顔で見てるんだと思いますよ?」
「…それもそうだね」
正体なんて解るはずもないので、傍目には仲の良い姉妹と見えるのだろう。
「おじいちゃんも騒いじゃって、苦労するよ、僕は…」
「その苦労も満更じゃぁないんですよね?」
「うん、まぁね」
「これから先、もう少し苦労が増えちゃうかもですけど…。一緒に頑張りましょうね、あなた♪」
「え……?」
由香の突然の言葉に疑問符が浮かび、ふと横を見ると。
彼女は自分のおなかを擦りながら、一枚の手帳を僕に見せるていた。
「まさか、由香…、それって…」
「はい。ケンちゃんも見覚え、ありますよね?」
意地悪くくすくす笑いながら、しっかりとそれが何かを見せてくる。
ポップなイラストが描かれた表紙に、同様の文字で大きく書かれていた。
そう、「母子手帳」と。
「ホントはもう少し秘密にしようと思ったんですけど、折角ですしここで教えようかと思って」
「…………」
「まだ2ヶ月位で、つわりもそんなに酷くないですけど…。今度は私がママですよ」
「……」
「経験者として、私に色々教えてくださいね、ケンちゃん♪」
「…」
「……ケンちゃん?」
さっきから黙ったままを覗き込むように、由香が視線を向ける。
僕はただただ、一つの感情に頭が満たされて。それが堰を切ったようにあふれ出してきた。
「やったーーーーーー!!!」
「わっ!?」
少し遠くの父さんとお祖父ちゃん、そして結も僕の大声に驚いたけど。そんな事は気にしないで、隣に座る由香を抱きしめた。
「やったね由香ちゃん! そっか、そうなんだ! 二人目なんだ…!」
「む、むーっ、ケンちゃん、喜びすぎ…、痛いです…っ」
「これが喜ばずにいられないよ! だって家族が増えるんだよ? また賑やかになるんだよっ?」
興奮が冷めやらないまま由香を強く抱きしめる。
柔らかい身体同士を押し付けて、近くにある由香の顔にキスしたいけれど、そこはギリギリ押さえて。
しかしそこで父さんの水入り。
「健司、健司っ、落ち着け! あと自分の姿を確認しろ!」
「え?」
そういわれて、ようやく自分の姿を見下ろしてみる。
視界に流れる長い金髪。
少しダボついた男物の私服。
由香の胸を押し付ける僕の二つの乳房。
そうして初めて感じる、股間のスペースによる涼しさ。
あ。僕、女になっちゃってる。
そして気がつけば、元々休憩所に居た人たちのほかに、さっきの大声に引き寄せられた人たちの視線もあって。
即座に僕の頭は冷え切った。
「…………」
冷静になって由香から手を離し、椅子から立ち上がる。
流れるようなフォームで脱兎!
この場に一秒でも居続けたら僕は精神的要因で死ぬ!
* * *
「まったく、極端に興奮すると変身するのを忘れてたみたいだな…」
私の隣でお義父さんが溜息をついてます。表情は家の体質の忘却と、父親の責任感とで微妙な事に。
「すまないな、由香。あんな不肖の息子だが、嫌わないでくれるか?」
「ふふ、大丈夫ですよ、お義父さん。私がケンちゃんを嫌う事なんてありません。
子供の頃からずっと好きでしたし、それは今でも同じです。ずっとずっと、私とケンちゃんは夫婦です」
笑顔でお義父さんに返します。
…さて、落ち着いた頃でしょうし、ケンちゃんを迎えに行きましょう。
そう、ケンちゃんと私は、ずっと一緒です。
私たち夫婦は、男にもなれて女にもなれる、お互いのことを良く解ってる無敵の夫婦。
今日も、明日も、明後日も。来年も、再来年も、ずっとずっと。
私たちは幸せな家族なんですから。
ね、あなた。
その昔 少年時代
「ほら健司、こっちに来い?」
僕が由香と結婚するずっと前、正確に言えば霊を降ろさずに護符で体の乗っ取りを防いでいた時。
まだ家のことを知ったばかりで困惑している僕に、真実を教えてくれた父さんがその証明をしてくれた時。
女の子になった父さんが、ベッドの上で僕を呼んでいる。
「え…、でもお父さん…?」
「ちゃんと“こうなる”事を教えないとダメだからな。一緒に寝るぞ?」
「うぅ…」
いつもと違う笑顔を浮かべて、指を使った手招きをして。僕の脚は知らず知らずのうちに父さんのベッドに潜り込んだ。
すると感じるのは、いつもの父さんと違ういい匂い。筋肉でごつごつしてない、柔らかくてすべすべの体。
そして、僕の目の前にある、父さんのおっぱい。
「うぅ…」
恥ずかしくて、見ていられなくて、ついそっぽを向いてしまう。
「どうした? 離れていちゃ寒いぞ?」
父さんは僕の体に手をかけて抱き寄せる。頼りないように感じてしまう腕だけど、それに包まれて。
それは僕の後頭部に触れた。
「わ…っ」
ふにゅ。
とてもやわらかい父さんのおっぱいが、薄布越しに僕に触れてくる。
「え、お、お父さん…っ、あ、あたって…」
「何が当たってるんだ?」
「その…っ、お父さんの、…おっぱい、が…っ」
「くす…、当たるんだから仕方ないだろ?」
「仕方ないって、わぷっ」
反論しようとすると、向かい合うように体を回転させられて、もう一度僕はおっぱいと対面する。
…というよりは密着か。眼前いっぱいに広がるのは、それを包む白い布地だったから。
「……すまないな、健司…」
ぽつりと父さんが呟いてくる。その顔は見えない。
「お前には産まれた時から母親が居なくて、ずっと寂しい思いをさせてしまった…。血筋の力で母親の代わりもしたかったが、なかなかできずじまいだ」
「……」
「その罪滅ぼしという訳ではないが…、お前が望む時に幾らでも抱いてやる。淋しいと思わせてしまった分も、あいつの分も、何度でもな」
さらに強く抱きしめられる。顔に押し付けられるおっぱい。
「むぐ…、お父さん…、ホントにいい…?」
「あぁ良いぞ。何なら子供みたいに吸ってみるか?」
「えっ? えぇっ!? ……いい、の?」
「お前は子供なんだ、甘える事は悪いことじゃないぞ。ほら」
そうしてじかに見ることになった、父さんのおっぱい。その先には綺麗な色の乳首が見えてて。
恐る恐る口を付けてみる。
「んっ…」
父さんの声が聞こえてくる。いつもと違う、綺麗な声。何故かなじみのあるような柔らかさと、口に含んだ感触。
ちゅぅちゅぅと吸ってみる。
「ふ、ん…っ、ホントに吸ってるな…」
吸ってみるか、って聞いてきたのは父さんじゃないか。もう僕引っ込みつかないよ。
何度も吸って、父さんのおっぱいが美味しくて。本当はここから母乳が出てきやしないかと考えていたが出てこなくて。
その分執拗に何度も何度も乳首を吸って、胸を揉んで、いじりまくって。
そうして僕は眠りについた。
翌日起きてみたら、父さんがすごいぐったりしてて。
今思い返すと、アレは女でイった顔だったよなぁ。後で由香に謝っておこう。
その後も父さんによる女体攻撃は続き、中学生にあがる頃には女体講義に変わってて。僕は日々父さんに搾られてました。
ゴメン由香、ほんとゴメン。