1章プロローグ
「俺達、一緒に居ない方が良いのかも知れない」
学校帰り、『彼女』が唐突にそう言った。僕は驚いて『彼女』の顔を見上げた。
『彼女』が編んだ、僕には真似出来ない複雑な結い方の髪と、編み込まれたリボンがふわっと頬を撫でる。
「そ、そんな…君は、戻りたくないの?」
「何か馴染んで来たし、このままでもいいかなとは思ってる」
「ぼ、僕は…嫌だよ…」
目頭が熱くなり、視界が滲む。ぽろりと涙がこぼれた。
物心ついた頃から泣く事なんか無かったのに、今の僕はこんなにもたやすく泣き出してしまう。
…と言うか、全般的に感情に振り回されやすくなっている。
僕は今までの十数年間、流れに身を任せ、大抵の事は受け流して生きてきた。
物事に執着する方でもなかったから、感情に心乱される事もなかったのに。
僕を取り巻く環境が激変してしまったから、
まだ心に余裕が持てないっていうのも理由として挙げられるだろうけど。
それは『彼女』も同じ筈なのに、どうしてこんなに違うんだろう…
泣き出してしまった僕を見て、『彼女』は何故か僕を凝視し、はっとした感じで目を逸らし、
伺う様にもう一度僕を見て、最後に申し訳なさそうにまた視線を外した。
「また『僕』って言った。駄目だぜ。ちゃんと『私』にしないと」
「き、君だって、『俺』って言ってるじゃないか。ちゃんと『僕』にしてよ」
「男はこの位ワイルドな方が女の子にもてるんだぜ?俺が言うんだから間違いない」
「うぅ、もはや別人だよ…」
そう。確かに『彼女』は僕の目から見ても格好良い。
何て言うか、こう、オーラみたいなもの?人を惹き付ける雰囲気を持っている。
「あぁ、もう…泣くなよ。傍から見たら俺が泣かせてるみたいじゃないか」
『彼女』がそう言って、僕の頭に手を置いて、わしわしと撫でる。
『僕』の手って、こうしてみるとおっきくてあったかいんだな…
撫でられるのが気持ち良くて、目を閉じてその感覚に集中する。
…手が止まったので、目を開ける。『彼女』が僕の顔を覗き込んでいた。
頭を撫でて貰っている内に落ち着いていたみたいだ。微笑みを浮かべられたと思う。
「いきなり泣いたりしてごめんね。もうちょっとしっかり君の振りをするよ…人前ではね」
「んー、その体だからな。ちょっと位、泣き虫でもいいんじゃないか?」
「君は、涙脆かったの?」
「いや、そうでもなかったと思う」
「それ、暗に僕が泣き虫だって言ってる?」
「さぁ、どうだろうな?」
意地悪そうににやりと笑いながら『彼女』が言う。そんな表情まで何だか絵になる。
ついこの前までそれが僕自身の姿だったなんてとても信じられない。
ソフトウェアが違うだけで、ハードウェアも随分と違って見えるなんて知らなかった。
…普通は知る機会なんてないし、別に知りたくもなかったんだけど…
1章
そう、『僕』と『彼女』は、精神が入れ替わっているのだ。現在進行形で。
どうしてそんな事になったのかは不明。
放課後、階段と廊下の境目で軽くぶつかっただけだった。
普通だったら、お互いにごめんなさいと言って別れてそれっきり。
そんな、印象にも残らない出来事でしかなかった筈。
しかしその時、まるで世界がひっくり返った様な感覚に襲われた。
バランスを崩し、尻餅を付いてしまった時には、既に二人は入れ替わっていた…と、思う。
ぶつかった時、良く見えた訳じゃないけど相手は多分女の子で、
やっぱり倒れたみたいだったから、男としては助け起こさないと…と、慌てて起き上がった。
そして確かに相手も倒れていたけど、僕が通う学校の見慣れた制服の男子生徒で、おや?と思った。
その時は見間違えただけなんだろうと納得し、一応相手に謝って、面倒な相手だったら逃げようか、とか考えた。
「ちょっと、気をつけ…」
相手が顔を上げて僕を見た時、再びおや?と思った。とても見慣れた、けれど初めて見る顔だったからだ。
相手も、言いかけていた言葉を止めて何か訝しげに僕を見て呟いた。
「…私?」
その言葉に連動したかの様に、僕もその顔が誰のものかやっとわかった。
この見慣れてるけど初めて見るのが自分の顔だと。
鏡や写真、ビデオ越しじゃなく自分の顔を見るのは初めてだったからわからなかった。
って、ちょっと待ってよ。何で肉眼で僕が僕の顔を見てるのさ?
二人して頭の上に巨大なはてなマークを浮かべて見つめあう事数十秒。僕の姿をした誰かが先に我に返った。
「ちょ、ちょっと。こっちに来て」
そして僕の手を掴んで歩き出した。かなり力を入れているのか掴まれた腕が結構痛かった。
自分の腕を力一杯掴んでもここまで痛くなかったと思ったけど、この誰かは僕より力持ちなんだろうか。
「わ、悪いんだけど、力緩めて…ちょっと痛い」
「あ、え、ごめんなさい」
ぱっと、手を離す僕そっくりの誰か。僕は掴まれていた腕を見て目を剥いた。
どう見たってそれが自分の手じゃなかったからだ。細くて、白い。
って言うか、いつの間にか服も違う。この学校、男子制服は何の変哲もないブレザー型で、
当然僕もそれを身に着けていた、筈、なんだけど…
ちなみに、男子制服は全然代わり映えしないのに女子制服は結構頻繁にリニューアルしていて、
今年度もモデルチェンジしたばかりだったりする。某TRPGのキメェ学園ばりだ。
…で、今僕の腕を包んで見えるのはその女子用の新制服。
いやいやいや。何かの間違いでしょうこれは。それとも誰かの悪戯?
僕の目は自然に腕から肩へと移動していく。
袖口だけ女子制服に似せた布が巻かれてるとか…そんな事はなくて、
上腕部の辺りでくわっと広がっている、名前はよく知らないがお嬢様なイメージがする形の肩口。
え、僕だけかな?何となくそんな印象を受けるんだけど。
やたら広い襟。視界の隅では、ひらひらと揺れる僕のではありえない長さの栗色の髪と黒いリボン。
首の中央はずどんと下に一本伸びるネクタイじゃなくて横に張り出して風にはためく青いリボン。
僕が着慣れた制服とはボタンが逆向きに配置されているブレザー。
…そして、そのリボンやら襟やらボタンやらをなだらかに押し上げている胸部。
上体を倒し気味に胸より下を見てみる…そうしないと胸の出っ張りで下半身が見えないんだ。
胸のでっぱりとは対照的な細い腹…そして臍の辺りからふわりと円形状に広がる布。
更に上体を倒しつつ、その腰蓑状の物を両脇で摘む。
ほっそりした真っ黒い足が見えた…って、真っ黒!?
あ…太腿の半ば位まである靴下か、びっくりした。
その前に掴んだ部位はスカートで間違い無いんだろう。
うん。まごうことなく女子の新制服だ。
さて、次の疑問は何時の間に僕がこんな服を着てかつらまで被っているのかという事だ。
それだと手の変化が説明出来ないのはわかってるんだけど。認めたくないというか。
髪を一房つまんで軽く引っ張ってみる。髪の根元が引きつれる感覚。
…かつらじゃ、ない。
は、そう言えばさっき僕が出した声も、自分のとは似ても似つかない声だった様な。
徐々に、自分が置かれた状況が飲み込めてきたっていうか、認めざるを得なくなったというか。
えーと、えーと、これは、つまり…
「夢だ」
「…そうね。夢だったら良いわね」
僕の姿をした誰かが僕の呟きに答えた。なんというか…オカマくさくて僕じゃないみたいだ。
改めて僕の姿をした誰か…長いから『僕』と言おう…を見た。
ついでに現在位置を確認する。屋上へと続く階段の踊り場だった。
…何でだか僕は妙にこの辺りに縁があるんだよね…というのはどうでもいい話か。
視界も、僕が馴染んでいるそれよりかなり低い。
だからか、平均よりちょっと高いだけな筈の『僕』がかなり大きく見えた。
「あなたが私なら…ちょっと動かないでね」
そう言って『僕』が、僕の腰の辺りを弄る。
「う、あ、ひゃ…く、くすぐったい…!?」
「もぅ、もぞもぞしないでってば」
僕から離れた『僕』の手に握られていたのは折り畳み式の携帯洋服クリーナー。
片面が鏡になっているタイプらしく『僕』はそれを覗き込んでいる。
「ふーん…見た事ある様なない様な…」
そして、顔を上げて僕をまっすぐ見る。
「あなた、名前は?」
「僕…?斉藤清彦だけど」
「あぁ、あの『知られざる有名人』…ふーん。こんな顔してたんだ。初めて知っちゃった」
ちょ、そんなの初耳なんですけど。
「な、なにそれ…」
「影が薄くて居なくなっていても気付かれず、顔を思い出せる人があまりに少ないから…って聞いた」
あっはっは。そんな異名が付いていたとは知らなかった。
まぁそれどころか、その気になれば短時間なら他人には認識すらさせなくする事も出来たりするけど。
「で、私が誰だと思う?」
「んー、僕じゃない僕?」
言った瞬間、拳骨が落ちてきた。痛い。何だか視界がぼやけた。
「な、何するんだよぅ…」
『僕』は何だか自分で驚いている様だった。
「あ、ごめんなさいね。捻りの無い答えだったからつい。
…この頭の位置って何となく手が伸びやすい気がしない?」
そう言って、今度は僕の頭をよしよしと呟きながら撫でくるのだった。
「や、やめてよ…子供じゃないんだから」
でも、何となくその手が心地良くて目を閉じた。
「じゃあ、今のあなたは誰になってると思う?」
「ふぇ?」
目を開くと、目の前には小さな鏡。そして僕の顔が映っている筈のそこには一人の女の子の顔。
人付き合いが苦手な僕でも知ってる、同じ学年で一番人気の日向双葉さんの顔だった。
可愛いとも綺麗とも言える顔立ち。
やや小柄でやや細身ながら足はすらっと長く、
出る所はしっかり出て引っ込む所はきゅっと細いバランスの良い体型。
真面目だし相談などには親身に応じるが冗談も解するし茶目っ気もある。
成績も優秀だがそれを鼻にかける様な事も無く、嫌味にならない程度に謙虚で、教師の信頼も厚い。
何より特筆すべきはその身に纏う人の目を強く惹きつける雰囲気。
華があると言えばいいのか、何をやっていても様になる…と、色んな意味で隙がない才色兼備な少女。
…そんな、僕とは対極に位置する存在である筈の日向さんの顔が、本来僕の顔が映る位置にあった。
ようやく飲み込みかけていた事実が、また掌から零れ落ちていく様な気分。
滅多に使わない脳味噌をフル回転させて理解力を総動員して何とか立て直す。
えーっと、僕が、日向さんなんだとしたら、目の前にいる『僕』がつまり…
「入れ替わりって物語じゃ偶にあるみたいだけど、現実でも起こりえる事態だったのね」
僕は驚いて『僕』を見上げた。何やら腕を組んでうんうんと頷いている『僕』。
「じゃあ、君は…日向さん?」
「そそ、今の外見は『知られざる有名人』斉藤君だけど、中身は無駄に目立つのが特徴の日向さん」
「そうすると…僕が…?」
「うん。中身は斉藤君だけど、外見は日向双葉って事になるわね。
…んー、この声の低さで私の普段の言葉遣いだと微妙に不気味ね」
ん゛ん゛っ…と一つ咳払い。続けて発声練習。
「らー、まー、あー…ふむ、こんな感じかな。お…我ながら良い感じ」
僕が普段聞いてる自分の声より良い声に聞こえた。声の出し方にコツでもあるのかな。
「やぁ、いいなこれ。こんな感じに砕けた男喋りしてみたかったんだ」
「あ、あのちょっと…日向さん?」
「ちっちっちっ…今の俺は斉藤君で、日向さんは君だぜ」
日向さんが(体は僕だけど)顔の前で人差し指を振りながら言った。
っていうか、僕の体でそんな気障な真似は止めて欲しい…不思議と似合ってたけど。
まるで僕の体じゃないみたいだった。
「そうじゃなくて…そんなに気楽に構えてていいの?」
「深刻ぶるのと気楽に構えるので何か事態に差が出ると思ってるのかい?日向さん」
「だ、だって僕がさいt…「ひ・な・た・さ・ん」…あ゛ぅ…
さ、斉藤君、は、お、驚かないんだね?」
「充分驚いてるぜ。でも、そうだな。現実って奴から逃げたかったからかな。
こんな非常識な事態なら大歓迎な気分なのさ…日向さんには申し訳ないけどな」
そう言えば、数日、日向さんは身内に不幸があったとかで学校を休んでいたんだ。
クラスの日向さんファンの連中が『潤いが』だの『学校に来る楽しみが』だの言っていたっけ。
「で、でも…早い所戻らないと、色々困る事になるよ…?」
具体的には言わないけど、風呂とかトイレとか着替えとか。
「いいかい日向さん。廊下でちょっとぶつかったら精神が入れ替わる…
なんて事態が普通に起こり得ると思うか?」
僕はぷるぷると首を横に振って答えた。
「だよな。つまり、普通では考えられない異常事態が発生してるって事だ。
で、普通では考えられない異常事態って奴が、そう簡単に発生すると思うか?」
僕はもう一回、首を横にぷるぷると振らざるを得なかった。
「だから、これは始めっから長期戦を覚悟して、あまり今から思い詰めない方が良いって事さ。
それよりも、滅多に出来ない経験をしてるんだ。事態を楽しんだ方が得ってもんだろ?」
んー…筋は通っている様な気はするけど、何か違う様な気も…?
「…異常事態を解決すれば戻るのかな?」
「ま、そこに期待かな…ってな訳で、とりあえずお互い困らない程度に情報を交換しておこうか」
「う、う゛ー…僕には日向さんの変わりは勤まらないと思うよ…?」
「ちょっと位の違和感なら身内の不幸にショックを受けたからだろうと思ってくれるさ。
まずは言葉遣いだな。ほら、私って言ってみな?」
「うぅ…わ、わた、わたた、わた…し…」
「ケンシ○ウじゃないんだから、ほらもう一回」
「よく知ってるね?」
「結構好きなんだよ、あーいう漢臭いの…話を誤魔化さないで、はいもう一回」
何か遊ばれてる気もするし…に、逃げたい。
「あうぅ。わ、わた…」
「お、斉藤じゃん。こんな所で何やってんだ?」
去年、ちょっとした縁で知り合って以来親しくしている僕の数少ない友人の声だった。
学校でも有名な凸凹コンビにしてバカップルの片割れ。
180半ばを超える巨漢で顔も厳ついのに、軽いノリと人好きのする笑顔が特徴。
その隣には彼の相方にして恋人の姿。140前後と超小柄だが美少女。
色々複雑な事情持ちで多重人格と見紛うばかりの猫被りが特徴…
学年が上がりクラス替えしてからは地の方を知ってる人も減ったけど。
僕はそんな彼らに現状を悟られたくなくて…今考えれば悟られる筈もないし、
そもそも彼らが認識している斉藤は別に居た訳だから無意味だったんだけど、
この時はそこまで考えられなくて、びっくりしていつもの癖で認識を誤魔化してしまった。
外見が僕であるところの日向さんは、彼らと僕の間を視線を一往復させた後で答えた。
「やぁ、お二人さん。こんなところでどうしたんだい?」
僕、普段そんなに軽いノリで喋ってないと思ったんだけど…
「ちょっとした勝負に勝利して戦利品を得たので、屋上で頂こうかと思いまして」
にっこりと笑いながら彼女がコンビニの袋を掲げた。雪見だいふ○の文字が透けて見えた。
彼女は本当に、見てるこっちも幸せになれそうな笑顔で美味しそうに雪見だい○くを食べる。
彼は、それが見たくてわざと彼女に負けてる節もあると僕は今でも睨んでいる。
「や、お前、あれは卑怯だぞ…」
なんてぼやいているけど、顔が笑っていたし。
「ちゃんと事前に勝利条件は確認しましたよ。その時に裏を読まなかったのが貴方の敗因です」
澄まし顔で答えているけど、こちらも笑いを含んでいた。本当に仲が良い。
「で、お前は何してたんだ?」
少し不思議そうに僕に視線を投げる日向さん。僕は人差し指を口の前に立てて、片目を瞑ってみせた。
普段ならまずしないだろう行為だ…僕も、現実逃避したかったのかも知れない。
頭の上にはてなマークを浮かべたまま、日向さんが彼に答えた。
「あぁ、ちょっと、人と待ち合わせしててね」
「ふぅん…またカツアゲされそうなんじゃないだろうな?」
一瞬だけ微妙に呆れた視線を僕に向ける日向さんに囁く。
「かわす手段があるのにわざわざそんな事の為に待たないさ」
意訳しつつも大筋の意味合いは同じ言葉を日向さんが言う。
「そりゃそうだ。便利な特技だよな。俺だったらもっと有効活用するのに」
「…斉藤、君?」
「ん?」
「いえ…何か、いつもと雰囲気が違って見えましたので。何か良い事でもあったのですか?」
その言葉ににやりと笑って日向さんが返す。
「これから良い事があるかも知れないからテンションが高いのさ」
同時に、僕だけに見える位置で指で下を示し、ぱたぱた振ってから次に上を示した。
確かに時間切れが近くなっていた。僕は日向さんの指示通りに一旦階段を降りて…
途中で切れてしまった。突然近くから響いた足音に二人が驚き、振り向こうとした瞬間。
日向さんの存在感が爆発した。いや、表現がおかしいのはわかってるんだ。けど他に表現しようがない。
他者の知覚を全て釘付けにする強烈な波動…とでも言えばいいのか。
二人ともそれに抗えずに日向さんに魅入っている。僕も影響を受けてはいるけど、二人ほどじゃない。
それに気付いた時、いくつかの考えが連鎖的に浮かんだ。
…日向さんの体でも僕の特技が使えた事。何故かそれが日向さんに効いていなかった事。
恐らく、日向さんが僕とは正反対の特技を持っているのであろう事。
だから逆に日向さんの特技も、僕にはあまり効いていないのだろうという事。
「お前、本当に斉藤か…?」
彼の呆然とした呟きを笑い飛ばしながら日向さんが僕に声をかけた。
「俺だってやる時はやるって事。待ってたよ、日向さん」
突然話を振られた僕はびっくりして立ち止まってしまった。
二人も弾かれた様に振り向き僕を見て、驚いて動きを止めた。
ちなみに同じタイミングで同じ動き。やはりこの二人は息がぴったりだった。
「あ、ぇ…ご、ごめんなさい。お邪魔だった、かな…?」
僕としては精一杯この場に相応しいだろう言葉を選ぶ。
「そんな事はないさ」
「…あら、まぁ。それでは私達はお邪魔でしょうから失礼致しますね。後は若い方々でごゆっくり」
彼女が一足先に我に返ったらしく、うふふふ…と含み笑いを浮かべ、
お見合いおばちゃんみたいな台詞を残して、彼を引きずって屋上へと消えていった。
「あ…おい、待てって…後で話聞かせろよな!上手い事やりやがってこんにゃ…!」
「おい、お前俺に何か不満でもぁ…」
「ぃゃぃ…」
声も小さくなっていき、静寂が戻った。
「やっぱり、あの二人は面白いな。君と親しかったとは知らなかったけど」
くつくつと笑いならが日向さんが言う。
「僕は目立たないからね」
それまで軽い口調で話していた日向さんの声が急に真面目になった。
「そんなレベルの話じゃないだろう。あれは一体何だ?
『知られざる有名人』とはよく言ったもんだ。まぁ、他人の事はあまり言えないんだけど」
「そ、それを言うなら日向さんだって…」
「…或いは、その辺りに入れ替わった理由があるのかも知れないな。偶然って訳じゃなさそうだ」
…で、それから数日。未だに戻れてはいない訳で、僕は日向双葉としての生活を余儀無くされている。
彼女は楽しそうに斉藤清彦として生活している。
え、『困る事』?僕は色々困ってるよ…日向さんはちっとも困ってないどころか、
「おぉ、立ったまま出来るのは楽だ!」とか「髪もこんな適当でいいのか!」とか、
「肌の手入れ無理にしなくていいのか!」とか「アフターシェーブローションって痛いんだな!」とか
「話には聞いてたけど膨張率凄いのな!朝起きてめっちゃびっくりした!」とか
「視点が高いのっていいな!」とか「ひょろっとして見えたけど結構力あるんだな!」とか
毎日新鮮な驚きを堪能している様子だ。
そしてひっくり返して見るとそれらが全て僕にとっては困った事態になる訳だ。
まずトイレ。後ろはそう変わらないけど前は感覚が違い過ぎる。
棒の部分で制御出来るのって便利だったんだな…と心底思った。
濡れた箇所を拭き取るのは感覚を頼りに出来るから最悪見なくて済むのは助かるけど。
お風呂も、入る前にまずじっくりと見て配置を覚えて、出来るだけ目を瞑って入ったり。
でもそれが返って触覚に集中する事になってしまうから余計に妄想が膨らんだり。
ついでに変な気分になりそうになってしまったり。
…何もしてないよ?あくまでこの体は一時的に借りてるだけなんだから。
着替え…特に上の方の下着の装着が未だに一番難儀してるかも。
鏡を見る事も出来ず、見下ろす事も出来ず、手探りでやるには馴染みが無さ過ぎて。
そう。凄く見てみたいけど未だに日向さんの裸はまともには見ていない。
大して親しくもなかった男子に見られたくはないだろうしね。
…当人あんまり気にしてないなんて事は考えない。考えちゃいけない。これは僕の美学だ。
ふ、ふんっ…ヘタレと呼ばば呼べ!それでも僕は僕の信念を貫いてみせる!
思春期の男子としてはもはや拷問だけどね、毎日を普通に過ごす事が、既に。
他にも高い所に手が届かないとか、そんな重そうに見えない荷物が持てないとか。
唯一の救いは本来の日向さんみたいには振舞えない部分がそれほど問題にならなかった事だろうか。
彼女自身が言った通り、肉親…母親の死がショックだったのだろうと周囲は判断したみたいだ。
僕が見た限り、彼女自身はそれほど気にしていないんじゃないかと思ったりもしなくもなかったり?
勿論、ショックを隠し切れるくらい、彼女が強い心を持っているという可能性だってあるけれど。
彼女の父親はかなりの放任というか…夜明けには出て夜は遅くまで帰ってこない。
今は僕が日向さんだから却ってありがたいとさえ思ってしまうけれど、
兄弟姉妹も居ないみたいで、お屋敷と呼べそうな程広い家で基本ひとりぼっちだ。
普通に考えたら傷心の娘を放り出して出歩くのは無責任なんじゃないだろうか?
僕が立ち入って聞いていい事とも思えないから黙ってはおくけど…
ただ、朝は日向さんが迎えに来てくれて、髪とか身だしなみとか色々世話を焼いてくれているから、
説明を捻り出す面倒がなくてその方が助かると言えなくもない。
が、なんかこう、胸の奥でもにょもにょする感じは残る。
と、まぁ、自宅はそんな訳で何とかなっているんだけど、学校は流石にそうはいかない。
「変に取り繕おうと思うからいけない。自分らしくしてればいいさ。
それにいざとなったら特技で隠れて逃げればいいだろ?」
という日向さんのアドバイスに従って学校での時間をやり過ごしている…と、言えるかどうか…
何しろ、経験自体に乏しいから話しかけられるとついキョドってしまう。
それに、中身が男子高校生な僕では女子特有の話題を振られても答えられない。
だから曖昧に笑いながら頷くか首を傾げるだけ、という反応が多くなっていく。
そればっかりも不味かろうと思って一生懸命話そうともするんだけど…
言葉を選んでいる内に話題が遥か彼方の方にまで飛んでいる事も多い。脈絡が無さ過ぎるよ女子諸君。
他人に認識されなくなるという僕の特技だって、精々1分位しか続かない上に連続では使えない。
だからずっとそれでやり過ごすという訳にはいかない。
休み時間になる度に認識を誤魔化して教室から出て行くというのも如何にも不自然だし。
しかも何だか、日を経る毎に僕に構う人も時間も増えてきている様な…?
疑問に思ってそれとなく探りを入れてみたら、
「前は如才と隙が無さ過ぎた。最近は雰囲気が柔らかく可愛らしくなって、とっつきやすくなった」
とか言われるし。えーと、それはつまり僕が如才と隙だらけって事ですか?
日向さんが可愛いのは元々だからどうでもいいし。僕としてはそっとしておいて欲しいんだけどな。
そして日向さんの振りをしている内に入ってくるのが僕の体を使っている日向さんの噂。
その大半が『初めて顔見たけど実は斉藤ってイケてるんじゃね?』的な評価だったりする。
これはこれで別に僕が誉められてるんじゃなくて日向さんが誉められている訳で、別に嬉しくはない。
それに、登下校を一緒に行動しているものだから、
「付き合いだしたの?」
とか、
「あぁ、自信と存在感が磨かれたのね」
とか好き勝手な事まで言い出す始末。
僕が信頼するあの二人が踊り場での事を吹聴したとは思っていない。
無責任な噂がどれだけ人を傷付けるか、あの二人は良く知ってるから。
もう一人の当事者である日向さんは周囲の誤解を、
「思いたい様に思わせておけばいいさ」
と気にもしていない。
「え、いいの…?僕なんかと噂になったりして」
聞いても笑って頭をわしわしと撫でるだけで答えない。
ここまでの会話でわかるだろうけれど、日向さんには気になる男子も付き合ってる男子も居ないそうだ。
気になる男子は教えたくないだけかも知れないが、付き合ってる男子が居ないのは正直ほっとしている。
日向さんだって自分の彼氏が自分じゃない自分といちゃいちゃしている風景なんて見たくないだろうし、
僕にとっては好きでもない相手…しかも気分的には同性…流石に、そこまで代わりは出来ないからね。
とにかく一週間ずっとそんな調子で、僕は疲れきっていた。登校拒否して引き篭もろうかと真剣に考える位。
人をその気にさせるのが上手い日向さんが毎朝迎えに来るからそれも出来てないけれど…
事件は、そんな頃に起きた。
そろそろ情報交換は要らなくなってきていたんだけど、この一週間ずっと一緒に登下校していたから、
何となくそのままの流れで一緒に登下校していた。
こういう部分から誤解は広まっていくんだろうけど…どうしても心細くて、つい隣に日向さんを求めてしまう。
あ、別に変な意味じゃなくて、同じ体験をしている仲間として、だよ。
人気者なだけあって、話していて楽しいのも事実だけど。
…そういう意味では、日向さんは僕と居ても楽しくはないだろうから、迷惑かけどおしなんだよね…
僕は日向さんに沢山助けてもらっているけど、僕が日向さんの助けになった事なんてないし。
そんな訳で、教室前で別れる度に自己嫌悪に陥る。
椅子に座る時は注意しないと背もたれにスカートを引っ掛けたりする可能性があるから注意して、と…
お尻を上から下に撫で付ける様に手で抑えながら座る。何だか慣れてきちゃって、やだなぁ。
やがて無意識に行う様になったら、元に戻れた時にも癖として残ってそうで。
それにしても…男だったら気にしなくていい所まで気にしなきゃいけないから女の子は大変だ。
筆頭がこのスカートだと僕は思う。下半身を風が吹き抜けていく感触はあまりに頼りない。
その不安を日向さんに訴えた所、生地のぎりぎりまで裾を伸ばしてくれはしたんだけど…
何だか大差ない様な気がするんだ。
実際、自分の感覚で動くとひらひらはためいてあちこち剥き出しにしてしまう。
僕の失敗が即ち日向さんの失敗として見られてしまう現状、これ以上日向さんの株を下げる訳にもいかない。
結果、静々…というか恐々としか動けていない。
クラスメイトからも「動きが優雅になったね」と言われてしまった。
流石に額面通りに受け取れる程おめでたくはない。
「鈍くなった?」と直接的に言うと角が立つからオブラートに包んだだけで、要は皮肉だよね。
そんな、学校で起こるあれこれを日向さんに話しながら下校する。
僕はあまり口が回る性質じゃないから歯切れも悪いし、要領も得ない話になってしまっているけれど。
日向さんは僕のそんなたどたどしい話を的確に整理しまとめて理解してくれる。
そして、僕が語り終えると、自分が経験したその日の出来事を面白可笑しく話してくれる。
一日の疲れで笑う余裕がなくなっている僕も、その話を聞いている内に笑ってしまう。
その日も、そんな風に二人で肩を並べて歩いて帰っていた。
今は僕が帰っている日向さんの家まで後僅かという場所で、急に悪寒を感じて立ち止まる。
首筋に蟲が集り、背骨を伝って降っていくかの様にぞわぞわと鳥肌が立つ。
思わず、日向さんの顔を見上げる。
日向さんも何か違和感を感じているのか、同時に立ち止まっていた。
しかし僕の方を向いてはくれなかった。じっと、前方から目を離さないでいる。
それをちょっと不満に思うなんて贅沢だって理解はしているのだけれど。
…そんな呑気な感想は、日向さんの頬を伝った一筋の汗に流された。
日向さんが見ている方向を目で追う。その先には、僕達と変わらない年代の少年がうつむき気味に立っていた。
手には、鈍い輝きを放つ、薄く細長い金属製の棒…剣を持っている。
日本史の教科書で見る様な、古めかしい印象を与える剣だ。
少年が、しゃがれた声で話し掛けてきた。あるいはそれは独り言なのかもしれない。
「見つけた…日向の娘…」
僕は日向さんの知り合いなのかと思ってもう一度見上げる。
日向さんは相変わらず視線を少年に固定したまま、首を横に振った。
知らないのか、あるいは知っているけど関わりたくない手合いなのだろうか。
「お前、誰だ?」
日向さんが一歩出て、僕の前に立ちながら問い掛ける。という事は知らないんだろうな。
「俺は…いや、我はクサナギ…否、クズ…う、ぐ…があぁっ!?」
答えかけた少年がいきなり頭を抱えて苦しみ出す。
「な、何か…危ない人なのかな…?」
「…特技使って隠れて、逃げて」
「え、ど…どうして…?」
「日向に用があるみたいだけどね。ろくな用じゃなさそうな気がしないか?」
「た、確かにそうだけど。でもそれなら日向さんも危険じゃない?」
「お前が逃げ切ったのを確認したら逃げるよ。だから早く」
「で、でも…」
女の子を(体は男だけど)置いて自分だけ逃げる?
そんな事、男として(体は女だけど)出来る筈ないじゃないか。
けど、預かっているだけの日向さんの体に何かあってしまっては申し訳ないのも確かだ。
躊躇う僕に業を煮やしたのか、日向さんが存在感を強めて少年の目を引き付けはじめた。
…しかたが無い。日向さんが特技を使った以上、僕には止められない。
言われた通りに特技を使い、認識されない様にした上で後ろを向き、走り始める。
一刻も早く安全を確保する事がそのまま日向さんの安全に繋がると信じて。
「くっ…待てっ!後ろだっ!?」
しかし日向さんの焦りがこもる声に振り返ってしまう。走る速度が鈍る。
振り返った僕の目に映ったのは、日向さんを軽々と弾き飛ばし、僕に手を伸ばす少年の姿。
近い。腕を掴まれる。
「きゃっ…!?」
直後、強烈な遠心力。次の瞬間には強く背中を打ち付けられ全身に衝撃が伝わる。
振り回され、コンクリートの塀に叩き付けられたらしい。くらくらする。
そのまま、両手首を片手で掴まれ頭上に持ち上げられる。
「は…離してっ…!」
暴れてみるがびくともしない。
どが、と音を立てて剣が塀に突き立てられる。
制服の袖口を両方一辺に貫いているらしく、腕が動かせなくなってしまう。
「ふざけるなぁっ!」
日向さんが殴りかかる。少年は振り向きもせずに鋭い蹴りを放つ。
鳩尾に決まり、日向さんが膝を付く。けれど、その目は鋭く少年を睨み据えている。
震える体を、歯を食いしばって叱咤し、立ち上がろうとしている。
…特技が、通用していない。
少年は惹き付ける日向さんに眼もくれず、認識されなくなっている筈の僕しか見ていない。
このままでは、日向さんの肉体に何をされるかわかったもんじゃない。
考えろ。腕が動かせなくなったからって、ただ恐怖に震えてるだけじゃ事態は解決しない。
制服を柔らかく押し上げている胸を、鷲掴みにされる。鋭い痛みと嫌悪感が同時に僕を襲う。
漏れそうになる悲鳴をぐっと堪える。こいつの狙いは性的な行為か!?
再び立ち向かう日向さんの頬に、やはり振り向きもせずに放ったバックハンドブローが食い込む。
日向さんがもんどりうって倒れる。それでも立ち上がろうと足掻く。
…その姿がパニックを起こしそうな僕を抑える。
日向さんが頑張っているのに僕が易々とあきらめたりしていい訳が無い。
スカートの裾からもう片手が侵入し、太腿に触れる。
落ち着け。考えろ。状況を打破する方法を。何かある筈だ。
特技は通用しない。他に何か…いや、そういえば。
体が入れ替わっても、記憶や知識といったメンタルな部分は基本的に僕のままだ。
反面、筋力や反射神経といったフィジカルな部分は日向さんの体の性能だ。
何が言いたいかって?えっと、特技の素質というか素養というか、
要するに特技がどっちに属するかって事なんだ。
お互いに体が入れ替わっても特技が使えたんだから、メンタル面だと考えるのが妥当だろう。
けどそれは元々、自分の肉体で出来た事を記憶しているからだと考えたらどうなる?
特技を使えるという記憶と経験が持ち越されたから今の肉体でも使えるけれど、
元々その才能を持っているのが肉体の方なのだとしたら?
特技が通用していない現状、時間を無駄にする事以上に事態が悪化するとも思えない。
その思い付きを即座に実行に移す。
日向さんにも伝えたい所だけど、少年の注意をあまり日向さんに向けさせたくはない。
これ以上、女の子に無理させちゃいけない。男として。
普段特技を使う時は、自分と世界の間に距離を取るイメージを思い描いて発動させる。
今回試すのはその逆。自分と世界との距離を縮めるイメージ。
手を伸ばせば触れられる距離。まだ足りない。目と鼻の先。まだ。
何故か恐い。理由はわからない。けど今はそんな事を気にしている場合じゃない。
理不尽な恐怖をとりあえず無視して続ける。もっと。
抱きしめて、体の中に取り込み一体化するイメージ。
かちりと、歯車が噛み合った音が聞こえた、様な気がした。
認識をごまかす時もだけど、自分自身の体感としてはいまいち実感出来ないみたいだ。
うまく出来たのかどうかがわからない。でも、日向さんが驚いた顔で僕を見ている。
この体をまさぐる少年の手と、見詰める目に熱が篭ったのがわかる。
思考の柔軟さにおいて日向さんは僕なんかを遥かに陵駕している。
一瞬の後には僕と同じ結論に達したらしく、目を閉じて集中し始める。
その姿が、というか存在がぼやけた様な感覚。
そうか…認識をごまかすのを傍から見るとこんな感じなんだ。初めて知った。
少しふらつきながらも日向さんが少年の後ろに立って腕を振り上げる。
今まで振り向きもせずに反撃していた少年が今度は反応しない。
日向さんが少年のうなじの辺りを力一杯殴り付ける。
それをまともにくらった少年が横向きに吹き飛ぶ。
「大丈夫!?」
「ぼ、僕は大丈夫…!けど、起き上がるよ!?」
「ちょっと待って。今これ抜くから!」
日向さんが剣の柄に触れる。ばちっと静電気が走った時の様な音と共に、その手が弾かれる。
「つぅっ…何これ!?」
少年は立ち上がったものの、その場から動かずに周囲を警戒している様子だ。
そうか。彼は今日向さんを認識出来ていないんだ。
「くっ…よもやと思っていたが、月夜に連なる者か!」
訳のわからない言葉と共に、僕に向けて掌を向ける少年。
塀に固く突き立てられていた剣がまるで軟体動物の様にひとりでにうねりながら抜け、
磁石に吸い寄せられる鉄の様に、少年の掌に飛び込む。
少年は剣を掴むと、そのまま走り去っていく。
拘束から解放された僕は恥ずかしながら腰が抜けて、その場に座り込んでしまう。
日向さんが僕の傍らに屈み込んで僕を抱き上げる。
「え、わ、ひゃっ…だ、大丈夫だから降ろし…「いいから、大人しくしてて」…あぅ」
有無を言わせない調子できっぱりと言われて大人しく黙ってしまう…よ、弱いな僕。
「一体、あれは何だったんだ…何が起こってるんだ?」
少年が走り去って行った方向を眺めながら、日向さんがぽつりと漏らした。
…そんな事があった翌日の登校途中。話は冒頭に戻る。
「理由はわからないが、一緒に居ると入れ替わりが進行してる気がするんだ」
「ど、どういう事…?」
「俺達の特技だ。一週間前より今のお前の方が確実に人目を惹いてる。
客観的な判断は難しいが…多分、俺がその体を使ってた頃より強くなってる。
目立つのは嫌なんだろう?なのに昨日の奴みたいなのに狙われやすくなってくって事だぞ。
それに、昨晩色々試してみたんだけどな。
今の俺はその気になれば2分位は隠れていられる。今のお前は1分位が限界だろう?
お互い、しばらく離れて様子を見た方がいいのかも知れないと思う訳だ」
確かにそれも一理ある。
あるいは、いいかげんまとわりつく僕が嫌になったのかも知れない。
僕は日向さんの提案に肯く。
助けてもらうばかりで全然助けになれていないんだから、せめて迷惑はかけない様にしないと。
2章プロローグ
僕達以外には誰も居ない、夕暮れの教室。少年が椅子に腰掛けている。
僕は、その少年に更に腰掛ける形で座らされている。
僕を後ろから抱きかかえている少年が、耳元で囁く。
「大人しくしていろ。さもなくばどうなるか…言わなくてもわかるな?」
その手が、僕が着ている制服…スカートを引き裂く。
「あ…だ、駄目…い…や、ぁ…」
せめてもの抵抗。か細く震える声で嫌悪感を示す。
しかし、そんな僕のささやかな抗いは少年を楽しませるだけらしい。
喉の奥でくくっと笑いながら首のリボンを外す。
そして上半身を覆う制服のボタンが一つずつ外されていく。
露になった水色のブラジャーも外されて、乳房を半分以上覗かせてしまう。
フロントホックって言うんだっけ?前で止める型にしたのは失敗だったかも。
…し、仕方ないじゃないか。
女の子初心者な僕が体を見ないで装着出来るのはそれ位しかなかったんだから。
咄嗟に手で覆おうとする僕を制する様に少年が続ける。
「汝に否やはあるまい?」
「う…あ…」
僕は持ち上げた手をそのまま止めざるを得なかった。
日向さんの体を弄ばれる訳にはいかないのも確かなんだけど。
僕が大人しくしていないと、彼は脅迫通り日向さんに止めを刺してしまうだろう。
「くっ…そぉっ…その手を…離せ…」
僕の体の日向さんが呻いている。しかし少年は取り合わない。
日向さんは、腹部を貫通して突き立てられた剣によって、黒板に磔にされてしまっている。
不思議な事に、血は一滴も流れていない。
少年曰く、あの剣は肉体には傷一つ付けずに魂だけを破壊する力があるのだと言う。
魂を破壊されると、空になった肉体は極自然に活動を停止し、死に至ると。
どこまで本当かはわからないが、実際に試してみる訳にもいかない。
日向さんは柄を握ろうとしているのだが、以前と同じ様に弾かれてしまい触れられないでいる。
その間に僕はショーツを引き降ろされ、下腹部を護る衣類は無くなってしまった。
「…や、やめ…ぁ…」
僕の哀願などには耳を傾けるつもりもないみたいだ。
少年の片手が乳房を握り込むように掴み、ぴりっとした痛みが走る。
もう片手が僕の…日向さんの大事な場所へと滑り込んでくる。
割れ目に沿う様に、ゆっくりと、押し付けた指の腹が往復する。
僕にとっては同性に触れられる嫌悪感しか感じない。
何とか…何とかしなきゃ…僕がしっかりしないと。
日向さんに体を返す時に、見も知らぬ他人に抱かれた等という生涯消せない傷を残す訳にはいかない。
そもそも、どうしてこんな事になってるんだっけ…?
日向さんに「暫く行動を共にしないようにしよう」と言われ、
僕がそれに頷いたのがそもそもの失敗だったのかも知れない。
2章インタールード
それは、少し過去の話。深夜、人気の無い路地裏。古い形の剣を手にした少年が佇んでいる。
「明の封印…二段構えとは小癪な真似を。まだ自由にはなれぬか…む、何奴!?」
見た目にはそぐわない口調で呟いていた少年が、何かの気配を察して路地の更に奥の闇に剣を向ける。
にゃおぅ、と猫の鳴き声が響く。しかし、少年が迸らせる警戒と殺気は微塵も揺るがない。
少なくとも、猫に対する態度ではない。
「それで隠れているつもりか?」
再び、少年が問う。
「まぁ気付かれるのは当然か…呪いのせいで気配を消す事は出来ねぇからなぁ」
少年の誰何に答えたのも、その乱暴な口調に似合わない、高く澄んだ可愛らしく響く声。
「我に何用か?」
少年の前に姿を現したのは、その声から想像される通りのまだ幼さを残す少女。
銀色に輝く髪と、鮮やかな紅い瞳が闇に映える。その足元に、一匹の黒猫が寄り添っている。
「あー…お前さんが持ってるソレを探してたんだが…求める効果はないっぽいな。
当てが外れて残念。ってな訳で用は無くなった」
「汝は、何だ?」
「ん?単なる通りすがりだから気にしなくていいぞ」
「そうはいかぬ。汝、我を封じた輩の同類であろう。なれば汝もまた我と敵対する宿命である筈」
「あんまり連中とは関係ないんだが、確かにお前さんの言う通りだな。
しかしなぁ、今は何の準備も用意もないし、
かといってその肉体も、憑依してるお前さんも、どっちも殺す訳にもいかないから…困ったな」
なぁご、と猫が鳴いた後で少女が少年を凝視しながら、あまり困ってはいない口調で答える。
「なれば、如何にする?」
「ま、もうちょっと事態が進行してから考える事にするさ」
「くっ…はーっはっはっはぁっ!愉快な奴!その選択を後悔しなければ良いがな!」
哄笑を残して少年が走り去る。うにゃっと鳴く猫を抱き上げながら少女が言う。
「ん?放置するつもりはないぞ。ただ俺ら今回脇役だからな。
ヘヴィな状況は任されないだろ「みゃーっ!」あぁわかったわかった。メタ発言は控えるってば」
猫をその細い肩に乗せながら、少女もまた闇に紛れる様に姿を消した。
2章
…朝、重たい気分で目覚める。瞼も重たい。
昨日宣言していた通りに今日は僕の体の日向さんは迎えには来なかった。
休みたい…学校に行きたくない。
けど、日向さんの評判を落とす訳にはいかない。
重たい体を無理矢理布団から引き剥がす様にして起きる。
まずはトイレに。毎日の事なのだけれど未だに慣れない。
座らないと小用を足せない事も、終わった後に拭く事も。
洗面所に行って手を洗ったら、次に洗顔。
鏡に映る日向さんはやっぱり美少女だ。
適当に済ませたい所ではあるけれど、体を返す時の事を考えると手を抜けない。
教わった手順通りに、身嗜みを整えていく。
髪の結い方だけはぱっと見を似せただけの略式だけどね。僕には編めないから。
…食欲は無いから野菜ジュースを一杯だけ飲んで、歯を磨く。
ちなみに、歯ブラシは入れ替わった日に新品を一つ開封させてもらった。
「結果的には自分の歯ブラシなんだから、気にしなくていいのに」
と日向さんは笑っていたけど。
日向さんに体を返した時に、出来る限り僕が日向さんだった痕跡を残したくないんだ。
「ひょっとして、潔癖症の毛でもあるんじゃないか?」
僕のそんな考えを聞いた日向さんはそう僕に問いかけた。けどそうじゃない。
僕は目立たない…どころか、認識すらさせなくする特技まで持って生まれた。
だから他の人と比べると極端に人間関係が希薄なままこの年齢まで育ってしまった。
こんな事態になっていなかったら、死ぬまでそのままだったかも知れない。
だから多分、他人と向き合うのが…他人と触れ合うのが怖いんだ。
より正確に言うなら、自分に向けられる他人の感情が怖い、んだと思う。
怒られるのも、軽蔑されるのも、憎まれるのも、笑われるのも。
日向さんの体を借りている今は、欲望の対象になるのも。何もかもが怖い。
元に戻れた時、日向さんに
「私は△△だったのに、何で戻ったら××になってるの?」と責められるのが怖い。
…こうやって自己分析すると僕ってやっぱり自分勝手な奴だと実感する。
日向さんが嫌な思いをするだろうからなんて、屁理屈もいいところ。
結局のところは、自分が責められたくないだけなんだ。
今までこんな事を考えずに済んだのは隣にずっと日向さんが居てくれたからだ。
でも今は居ない。ある意味当然か。僕だってこんな鬱陶しい奴が隣に居たら嫌になる。
…自己嫌悪に陥りながらも、準備を終えて家を出る。学校までが凄く遠く感じた。
前は適当に流していた授業も今は真面目に受ける。気を紛らす為に集中する。
それでも時折溜息を漏らしていたらしい。休み時間、級友達に取り囲まれてしまう。
「喧嘩?」「別れるの?」「別れたの?」「狙っていい?」「元気出して」「もっといい男紹介するから」
「あんな奴より俺と付き合わねぇ?」「いやいやアンタなんか斉藤の足元にも及ばないから」
「ちょっひでぇ」「男なんてやめてアタシと!」「どさまぎにナニ言い出してんの」
えとせとら、えとせとら。
どうもこの一週間登下校でべったりだったのに今日は一人で登校した上、
溜息ばかりついてるからそんな憶測で語られているらしい。僕が口を挟む間も無い。
ちなみに僕の特技には、既にこちらに注意を向けている相手には効かない、という欠点がある。
だからこの状況では特技を使っても逃げられそうにない。
日向さんも今頃質問責めにあってるのかな?
周囲の喧騒を聞き流しながら現実逃避気味にそんな事を考える。
その時、人垣の隙間から、騒動に加担せずに自分の机に浮かない顔で座り込んでいる佐藤さんの姿が見えた。
普段ならこういった賑やかな場には率先して顔を出すのに。
本来の僕なら親しかったから話しかける事も出来るんだけど。
日向さんとはそう親しくないらしく、いきなり話しかけに行くのは躊躇われる。けど、妙に気になった。
…昼休みにもなれば流石に囲まれる事もなく、一人で教室を離れる事が出来た。
とはいえ、相変わらず食欲は無い。けど何にも食べないのも体に良くないだろう。
購買でカロリーメ○トと○後の紅茶ミルクティーを購入して…さて、どうしよう。
学食は昼休みの常として混んでいてあまり行きたくない。教室はまた囲まれたくないから戻りたくない。
落ち着ける場所が欲しい。出来れば一人になれて静かな場所が。
こういう時、元の体に戻りたいと切実に思う。元の体なら例え人ごみの中に居ても一人で居られたから。
人目を避けつつ校内をふらふらと彷徨う。校庭…人が多い。体育館…やはり多い。
体育館裏…煙草の臭いがする。行かない方がよさそうだ。
校舎内に戻る。廊下は普通に人目が多い。階段を登っていく。結局、屋上に辿り着いてしまった。
この学校、普通に屋上に出れるんだけど…コンクリートうちっ放しの上、
剥き出しの配管が所狭しと這いずり回っているという殺風景かつ非実用的な空間の為生徒には人気がない。
かといって柄の悪い生徒が集まるかというとそうでもない。
新年度が始まって暫くはそういう生徒が集まるんだけど、結構まめに教師が見回りに来るのだ。
わざと隙を作ってそこに追い込んでいるのか、家庭内害虫を集める家の形をした箱と同じ役割なのか。
そんな訳で、やましい事をする訳じゃないけど人目を避けたい場合には都合が良い場所ではある。
かつての僕を含めて、僕の友人達はそういう意味では屋上の常連だ…だからここは避けたかったんだけど。
この短い時間だと他に良さそうな場所を探す暇も無い。現にもう昼休みは半分がところ消えてしまった。
日向さんと体が入れ替わってからは屋上には来ていない。
たった一週間ちょっとの事なのに、やけに懐かしく感じる。
屋上で駄弁る時、僕がいつも座る場所で、カ○リーメイトと午後の○茶を取り出す。
ビニール袋を敷いて腰を下ろし、膝の上に食事を置く。
太腿まで覆う長い靴下とスカートの裾が重なっていて素肌が見えていない事に安心してしまう。
裾を伸ばしてもらったから、普段歩いている時とかも見えては居ないはず。
他の女子生徒は十数センチくらいは素肌が見える短いスカートが当たり前みたいで、
太腿が見えるのなんて別段珍しい光景でもないんだけど…自分が見せるなんて、考えるだけでも嫌だ。
男だったんだからそんな事気にならないだろう、なんてとてもじゃないが言えない。
逆に、小学高学年位から自分の肌を晒す機会なんて殆ど無かったんだ。特に下半身に関しては。
制服や私服は言わずもがなの長ズボンだし、体育の授業も基本下のジャージは履いてたし。
そりゃあ、水泳の時だけは海パン一丁だったけどさ。
特技に頼らなくても基本目立たなかった僕に注目する人なんて居なかったし。
そんな事を考えながら調達した食料を開封し、自分の感覚で半口分を口の中へ。。
よく噛んでいると口の中がぱさぱさするから紅茶を一口含んで一緒に胃に流し込む。
んく、んく…
「…日向さん。ちょっと、いい?」
「んむぎゅっ」
突然背中から掛けられた声に驚いてむせそうになる。辛うじて抑え込んで振り返る。
そこには本来の僕の友人である鈴木さんが立っていた。
鈴木さんは佐藤さんの親友で大抵は行動を共にしている。
クラスが離れた今年度はその機会も減ったみたいだけど、登下校などは相変わらずだ。
「な、なに?」
ちょっと声が震えたけど、大丈夫だよね。不自然じゃないよね。
「…立ち入った話になるから、答えたくないなら答えなくていいから」
な、何だ。まさか気付かれてるとか…?
「う、うん、わかった。それで?」
「…貴女の、お母様の、死因について」
違うか…それにしても確かに立ち入った話だ。
そして困った事に僕も詳しくは知らないんだ。ただ、耳に入った話を総合的に判断するに。
「急性心不全だそうだけど…それが、どうかしたの?」
「…うちの親戚筋なのだけれど、一家全員…
主人、妻、その息子二人が一晩で全員死亡した。
外傷や薬物、毒物、病気の痕跡は一切無し。
つまり死因は急性心不全。自然死と判定された。
…前日まではぴんぴんしていた一家が一晩で全員死亡という一番の不自然さに目を瞑れば」
「そ、そんな事があったんだ…でも、偶然じゃ、ないの?」
「…その日が、貴女のお母様と同じ日だと言っても?」
「わ、たしの、母の死に事件性は無いって…」
「…あまり詳しくは言えないのだけれど、その前日にも、とある夫婦が同じ亡くなりかたをしている」
「何が、言いたいの?」
「…関連性を、知りたい」
「どうして?」
「…こんな話を振っておきながら勝手だと自分でも思うのだけれど。出来れば理由は言いたくない」
確かに、礼を欠いた話だ。
けど僕は鈴木さんを知っている。
彼女は、問題が自分の事であれば言い淀んだりはしない。
立ち入った事を尋ねる時は、その理由と事情を包み隠さずに話すのが最低限の誠意だと思う性格だ。
だからこの話は自分の為ではない。他人のプライベートに関わる話なのだろう。
その時、彼女の親友である佐藤さんの元気のない姿が脳内でフラッシュバックした。
佐藤さんの為、か…ちょっと羨ましいかな。
「そう、じゃあ聞かないけど…どうすればいいの?」
「…知ってる事、新しく知った事、疑問に思った事、気付いた事、何でもいい。話してくれれば」
「うん。今は特に話せる事はないけど、何かわかったら知らせるね」
「…ありがとう、よろしく。それじゃ、また」
背を向け歩き出す彼女を見送って強張った肩の力を抜く。元の僕を知る人との会話は特に疲れる。
「…そうだ。一つ言いたい事があった」
「っ!?」
鈴木さんが半身をこちらに向けて僕を見ていた。目線は僕の腰のあたりに向いている気がする。
「…その人固有の特徴を癖と言う。親しい間柄だと移る事もあるから一概には言えないけど」
「え?」
「…それだけ」
そう言って鈴木さんは今度こそ屋上を去った。
コ○ンボみたいなタイミングの取り方だけど…何が言いたかったのかはいまいちわからなかった。
癖、ねぇ。腰掛ける時にビニール袋を敷いて衣類を無駄に汚さない様にするのは確かに癖かも。
…そう。斉藤清彦であった僕の癖。ぎょっとして座っている場所を見る。
購買の白無地のビニール袋がお尻の下に敷かれている。
まさか、ばれてる?けどそれにしては表現が迂遠すぎる。違和感を感じて鎌をかけたって所か?
何にせよ、相変わらず底が知れない人だな鈴木さん。
そんな事を思いながらも何とか食事を終え、僕も教室に戻ったのだった。
…
僕は今まで入れ替わった事に戸惑うばかりで周囲の状況なんてまるで気にしていなかったけど…
2日の内に7人もが、前日まではぴんぴんしていたのに急死しているというのは確かに変だ。
そして他にも、不思議な剣を持ち襲い掛かってきた少年。
僕と日向さんの入れ替わりを含めて、何かが起こっているのかも知れない。
日常とか常識とかそういったものとはかけ離れた何かが。
…そうなると、僕と日向さんの特技も一般的とは言い難い。
何か関連性があるのかも、と疑いたくなってくる。
そう言えば、あの少年は日向さんに何か言っていなかったか。何かに連なる者とか。
いや、あれは日向さんに向けた言葉じゃない。彼は先に僕を見て日向の娘と言った。
つまり、斉藤清彦の体に向けて放たれた言葉という事だ。
斉藤の家にも何かがある?でもその頃死亡者が出たという話は聞いていない。
…母は僕を産んですぐ位に身罷っているから母方については全然知らないけど。
父があまり話したがらなかったから今まで聞いた事がなかったんだ。
けど、今の僕が父に尋ねる訳にはいかない。
知りたければ日向さんに尋ねて貰うしかない…ん、だけど。
頼まれて、気になったのは確かだけどこれはあくまで僕の個人的な事情な訳で。
それを日向さんにお願いするのは更なる迷惑をかける事になるから気が引けてしまう。
うーん…よし、そっちは一旦棚上げして別のアプローチでいこう。
日向さんのお母さんの事をお父さんに尋ねるのも…どうなんだろう。
少なくとも入れ替わって一週間、まともに顔を合わせた事が無い。
いざ、面と向かって話した時、僕に娘の振りが出来るのだろうか?
ちなみに自信なんて欠片も無い。出来れば顔を合わせたくない。
…自分一人で出来る事に絞るか。何にも出来ないんじゃないかって気もするけど。
考えろ。自分にも出来る事を。ある筈だ。今まで見た事、聞いた事を思い出せ。
そういえば、僕に向けて言った言葉。日向の娘。
日向さんのお父さんの娘という意味?
例えばあの少年には日向さんのお父さんに個人的な恨みがあって、
当人を直接狙うよりも家族を狙う方が効果的だと判断した、とか?
無い訳じゃないだろうけど、しっくりは来ない。
それよりも、日向の家とか血筋とか、そういったニュアンスの方が合ってるんじゃないか?
日向さんのお宅はお屋敷と呼べる程、土地も家も広い。驚く事に庭の隅には蔵もあった。
かなり古くからある、所謂名家の血筋ってやつなのかな。
古いといえば、少年が持っていた不思議な剣も古そうだった。
歴史的な因縁?それならば蔵を調べてみると何かわかるかもしれない。
今は僕も使える、日向さんの惹き付ける特技もだ。
素質が体にあるのなら、それはどこから来る?
突然変異的にある時発生する事もあるのかも知れない。
でも血筋と共に継承されている、という可能性も充分ありえるんじゃないか?
…裏を返せば、僕の体の認識させなくする特技も、という事になるけど。
でも斉藤の家がそんな立派な家系だなんて事は…ないな。
祖父も片田舎で細々とお百姓さんをやってる位だし。
歴史はあるかも知れないけど名家とかとは無縁だ。
いや、斉藤家については後回しだ。
まずは日向家の蔵を…勝手に漁るのはどうかとは思うけど。
やる事を決めると、日向さんに見捨てられた不安とか、くさくさした気分がちょっと晴れる。
我ながら現金というか単純というか…でも不貞腐れて引き篭もっているよりはいいよね、多分。
そうと決まったら行動あるのみ。考え事に集中して上の空だった授業をちゃんと受けないと。
…で、授業が終わり、勇んで日向さんの家に戻ったはいいけれど、鍵かかってるよ…orz
ざっと家の中を探してみても鍵は見当たらない。
他所様のお宅を徹底的に家捜しする訳にもいかないし。
仕方が無い。明日、日向さんに鍵の場所を聞きに行こう。
え、電話?ざっと探してる内に電話するにはちょっと躊躇われる時間になっちゃって…
携帯?僕…清彦が持ってないんだ。必要なかったから。日向さんは持っているけど。
プライベートの塊な代物なだけに中は見ないで日向さんに渡した。番号も聞かなかった。
困った時の為に番号くらいは聞いてもいいかな、とも思ったんだけど…
それまでまともに喋った事もない女の子の電話番号を聞ける程、人慣れしてなかったんだ。
周囲にはとりあえず無くしたと言ってあるから、出なくても返事が無くても不自然じゃない、筈。
…と思って翌朝早く学校に来たはいいけど、忘れてたっていうか聞き流してたっていうか…
日直だった事に登校してから気付いて、仕事を片付けている内にホームルームが始まってしまった。
休み時間も黒板を綺麗にしたり日報を書き終わる頃には聞きに行くにはちょっと…という時間になるし。
四限目には家庭科の実習で、そのまま出来上がった品を昼休みに頂く事になって、
後片付けとかでやっぱり時間取られちゃうしで、全然聞きに行けない。
やっと行けても向こうのクラスが移動中で居なかったし…
え?ちなみに炊事なら普通に出来るよ。うち父子家庭だから。
どちらかと言えば得意分野に入るかな。料理は好きだし、父にも概ね好評だったし。
…評価するのも父だけだから親子揃って味覚がおかしかったりしたら致命的だけど…
今日の様子を見る限り、他の人にも好評の様で何より。ついでに日向さんの評価を下げなくて一安心。
それはともかく、そんな感じで時間が流れて放課後、やっと落ち着いて話をしに行けた。
入り口から中を覗くと、僕が清彦だった頃は話した事もない級友と親しげに話している日向さんの姿。
普通に声をかけても何もおかしくない筈なんだけど…何だか眩しい様な気がして躊躇ってしまった。
僕よりも斉藤清彦としての人生を上手にこなして、楽しんでいる日向さんへの嫉妬、或いは劣等感?
それよりは自分には出来ない事を易々とやってのける人への憧憬とか、羨望かな?
身長も体重も平均の域を出ない、特徴が無いのが特徴みたいな僕の体でさえあんなに輝いている。
存在自体が、本来、僕なんか近付く事も叶わない、手の届かない、高嶺の花なのだ、彼女は。
湧き上がるそんな思いに圧倒され、ただその姿を見ている事しか出来なかった。
談笑している内の一人が僕に気付いて、日向さんの脇腹を肘でつつき、日向さんが振り向く。
僕は蔵の鍵がどこにしまってあるか尋ねようとして…困ってしまった。
駄目だ。他の人が居る状況で何て聞くつもりなんだ?
日向家の蔵の鍵の場所を、日向双葉が斉藤清彦に聞くのは明らかにおかしくないか?
口篭っていると、談笑していた清彦の級友達は気を利かせたつもりなのか、
「じゃ、俺ら先に帰るな」「日向さんに迷惑かけんなよ」「日向さん、またねー」
等と口にしながらそそくさと教室を出て行く。
夕焼けで赤く染まる教室で、僕と日向さんの二人きりが残される。
日向さんは窓に向かい、その一つを開け放ち、振り返る。表情は夕日が逆光になってよくわからない。
ふわりと涼しい風が吹き込む。窓枠にもたれかかりながら日向さんが口を開いた。
「どうしたんだ?そんな所で突っ立って」
別に怒っている訳でも、苛立っている様子でもない。
疑問に思った事をただ口にした、それだけに聞こえる声。
「あ、あのね…聞きたい事があって…ごめんね」
日向さんの感情が読めなくて怖い。蚊の鳴く様な声しか出ない。
「ん?良く聞こえない。こっちに来なよ」
ちょいちょい、と手招きする日向さん。
夕陽に引き寄せられる様に近付く。一挙手一投足を見られている様で何だか落ち着かない。
この学校は比較的高台にあって、中でも3階に位置するこの教室からの景色は悪くない。
中でも夕焼けが綺麗な時の沈み行く夕陽は一見の価値はあると思う。
…わざわざ二見する必要もない程度だけどね。
日向さんの隣に立ち、髪をなびかせながら目を細めて夕陽を眺める。
昼と夜、陰と陽、本来は相反する二つが混ざり合う時間。
日向さんが僕を見ている。
普段ならそれだけで緊張してしまうのだけど、今だけは冷静に受け止める事が出来る。
夜の月の様に曖昧な僕が、昼の太陽の様に眩しい日向さんに、劣等感を感じなくなる魔法の時間。
遥か遠くに望む山に太陽の端がかかる。そのまま無言の時が流れる。
いつもみたいに、頭の中でぐるぐる思考が渦巻いて何から話せばいいのかわからなくなるのとは違う。
口を開く必要が無いから訪れる、心地良い沈黙。
日向さんも、そのままただ黙っている。僕と同じ感覚を共有しているのなら嬉しいけど。
夕陽には郷愁を誘う不思議な魔力みたいなものがあると思う。
…蛍の光を聞くと帰らなきゃって思うのと同じ?あれ、何か一気に雰囲気が壊れたかも。
それはともかく。
境界があやふやになる時間。
そう言えば、黄昏は「誰そ彼」…そこに居る彼が誰かわからなくなる時間帯って聞いた事がある。
背筋を悪寒が走る。
…更にもう一つ、そう言えば…黄昏時には「逢魔時」魔に逢う時間という呼び方もあった様な。
紅い太陽を背負う様に、その人影が僕の目の前に現れたのはそんな事を考えた次の瞬間だった。
突然の事ではっきりと見えた訳じゃない。
しかし確かにその人影は校舎の外から、3階にあるこの教室に『跳び』込んで来たのだ。
「なっ!?」
咄嗟に振り向いた日向さんが弾き飛ばされ、黒板に叩き付けられる。
その人影が手にしていた剣を投げる。剣は日向さんの腹に刺さり、貫通して黒板に深く刺し込まれる。
「かはぁっ!?」
咄嗟に駆け寄ろうとする僕の首を、人影…やはりかつて襲い掛かってきた少年…が片手で鷲掴む。
「…っ!?」
そのまま持ち上げられ、足が宙を掻く。こめかみが膨れ上がる様な頭痛。
苦しさから逃れる為に掴んでいる腕を両手で握るが、あまり効果がない。
視界が隅の方から黒ずんでいく。意識が遠くなっていく。
「取り乱すな。あの男は無傷だ…今はな」
急に呼吸が楽になった。少年が手を離したらしい。僕は床にへたり込んで呼吸を貪る。
「だ…って、あんな、刺さってる、のに…」
「肉体には一切の傷をつけずに魂だけ傷つける事など容易だ」
確かに、貫通しているのに血の一滴すら出てはいないけれど…
「たましい…?」
「魂は存在の設計図だ。そこにつけられる傷は肉体への痛みなどとは比べ物にならんぞ。
何しろ存在そのものの痛みだからな。ほれ、この様に」
「…っ!」
少年がそう言った瞬間。日向さんが苦しみだした。声にならない悲鳴。一瞬にして全身が脂汗で濡れる。
「や、やめろっ!」
「男の安否は汝次第だ」
少年が椅子の一つに尊大に腰掛けながら言う。
「ど、どういう事…?」
「汝が我に大人しく従うのならば男の安全は保証しよう」
「わ、わかった…わかったから、抜いてあげて!」
「そうはいかん…が、魂を傷付けるのは止めてやろう」
全身を硬直させていた日向さんが脱力する。
「ば、か…私に、構ってる暇が、あったら、逃げなさい、よ…」
男っぽく振舞う余裕がなくなったのか、素の調子で日向さんが呟く。
「まず、我の上に座れ」
日向さんの呟きは聞こえない振りをして、指示に従い、脚を大きく広げた少年の前に恐る恐る腰掛ける。
少年の手が僕の…日向さんの体を弄りはじめ、話は冒頭に戻る。
ブレザーもブラウスもボタンを全て外され、ブラジャーもフロントのホックを外された。
スカートは切り裂かれ、ブラと同色の水色のショーツは膝上くらいまで引き降ろされた。
現在、衣服は体を隠す役割の大半を放棄させられている。
少年の片手は露にされた胸を時に強く、時に柔らかく揉みしだく。
もう片手は股間の秘所へと伸び、割れ目に沿って指を前後に滑らせ続けている。
くすぐったさと痛みが混ざる、馴染みの薄い感覚。
けどそれよりも僕の価値観は、男に触れられる嫌悪感を先に伝えてくる。
顔が熱いのは、裸を見られ、触れられているという羞恥心と、
日向さんの前で日向さんの体をいいようにさせている罪悪感からでしかない。
身じろぎだって、居心地の悪さからだ。
それに、頭の中は現状を打破する為にどうすればいいかを考え続けている。
少年にもそれがわかって、かつ気に入らないらしい。
柔らかく膨らんだ胸の先端の、桜色の乳首と、
ひっそりと口を閉ざしている秘所の上部にある突起の両方を、いきなり抓り上げられた。
あまりの激痛に全身が硬直し、一瞬気が遠くなる。
「いっ…あっ…ゃ…」
歯を食いしばって声が零れるのを堪える。日向さんに、自分の体の悲鳴なんて聞かせたくない。
「ほう、やはり好いた男の前で痴態を晒したくはないか」
指が離れる。けどじんじんと痺れる様な痛みが抜けない。
そこを、今度は柔らかく捏ね回される。指でころころと転がすように。
直前までの痛みのせいで、痛みでも、くすぐったさでもない、何か得体の知れない感覚に襲われる。
「ちがっ…そ…ん、なんじゃ、ない…っ」
そう答えるものの、どうなんだろう?
一緒に居て楽しかったのは間違いないし、好きか嫌いかと問われれば間違いなく好きだけど。
「くくっ。その強がりが何時まで保つか、試してみようぞ」
その言葉と共に、少年の両手が淡く光る。その光が触れているこの体に吸い込まれて消えていく。
「な、何を…?」
「すぐにわかる」
その答えに連動するかの様に、どくんと心臓が一際高く脈を打った。
そのまま、全力で運動をした直後の様にフル回転を始める。
あ、熱い…体が…燃え上がるみたいに…なに、これ…?
「あ、はぁっ…あ、つ…」
熱いだけじゃない。全身の肌がぴりぴりするくらい、過敏になって…
「我は荒ぶる者。汝の性欲を猛らせた。どうなるか見物だな」
少年の片手が乳首を扱く。
「んくぅっ…!?」
刺激されていたとはいえさっきまでは柔らかく控え目だった乳首が、つんと固く勃ってしまう。
同時に、脊髄が痙攣する程の鋭い刺激。それから逃れようと体が勝手に前屈みになる。
そのまま片手でたぷたぷと乳房を弄びながら、もう片手が秘所をなぞり上げる。
痛みとくすぐったさはそのままに、むず痒さが追加された上で強さが何倍かになったような感覚。
鼓動に合わせて下腹部が疼く。体内でも下腹部から股間にかけて何かが降りていく。
「ふぅっ…くっ…んっ…」
何だか、お腹ががきゅうっと絞られる様な、切なさを伴う感覚。
声を上げない様にするだけで精一杯で、状況を打破する為の考察をする余裕なんて消し飛ぶ。
けど、見られてる…僕のこんな姿を、日向さんに見られてしまっている。
「だ…め、み…な…で…ん、はあぁっ!?」
うわ言の様に声が漏れた瞬間に合わせる様に、つぷり、と。
指の一本、その第一間接が膣口の中に滑り込む。
体の中に異物が入り込む、男として経験するはずの無い異様な感触。
つい、堪えきれずに声を上げてしまった。
最近やっと出し慣れ、聞き慣れて違和感が薄れてきた日向さんの声とは全然違う。
その声が自分の喉を通って出たとは思えない程、艶を帯びた『女』の声。
そしてぴしゃりという水音。液体が太股を伝う感触。
蓋の役割をしていた膣口が指を挿し込まれて開いてしまったのか。
日向さんの体になってからの、小用を足してから拭くまで間の、落ち着かない状態を思い出す。
…自分でもわかっている。これはそんなんじゃない。
僕は今、女として快感を感じてしまっている。
見も知らぬ少年に、借りているだけの日向さんの体を弄ばれているのに。
その様を日向さん当人に見られながら、快感として受け止めてしまうなんて、あってはならない事なのに。
ぴしゃりぐちゃりと湿った音を響かせながら、少年の指が、掻き回す様に前後左右に動く。
「あぁっ…ん、ふぅっ…いやぁ…こん、あ…おかひ…はぅっ…」
触れられている箇所がじわりじわりと熱を帯びていく。
体に力が入らない。口を閉ざしたいのに、勝手に声が零れ落ちてしまう。
ねっとりとしていながらもざらっとした感触が突然、うなじの辺りを襲う。
気色悪い筈なのに、ぞくぞくする様な快感が背筋を滑る。
乳首を強く摘まれる。びりっと、電気でも走ったかの様な刺激を受ける。
太股を濡らす液体は止め処なく、椅子を伝い床に滴っていく。
そして、下腹部に一際強烈な刺激。
「あ、あぁ、だめぇっ、いやっぁああ!?…あぁ…」
今までの経験で一番近い状態を挙げるなら、元の体だった時に股間を強く打った時だろうか。
ごりっと腹の中に溜まる苦痛。けれど決定的に違うのは快感を伴っている事。
元から敏感な女性器の突起を、弄られて更に過敏になっているのに、乳首と同じ様に強く摘まれた。
体が下から押し上げられる様な浮遊感。視界が真っ白に染まる。
びくびくと全身の筋肉が痙攣し、次に硬直し、その直後一瞬意識が飛ぶ。そして全身の力が抜ける。
ぼんやりとした頭で考える。これが、女の子の絶頂なのかと。
男の、快感が全身から男性器に集中していく様な感覚とは違う。
女性器から全身に快感という波紋が広がる様な感覚。
「くくっ…」
少年が含み笑いを浮かべながら親指と人差し指で摘んだままの女芯を擦る様に動かす。
「んあぁっ!?」
徐々に我に返ろうとしていた僕の理性が、再び与えられる快感に吹き飛ばされてしまう。
しかも、快感が上積みされていくみたいで、さっきよりも辛い。
やっぱり、元の体の時とは違う。
男の体の時は射精したら直後から刺激しても次の発射までにはそれなりに時間が必要だったのに。
女の子の体で絶頂を迎えても、直後に刺激されると直ぐに高みに至ってしまう。
スタートを0として絶頂を100とすると、
男は100に達して射精したら一旦0に戻らないとどんなに刺激しても次の100に行けないのに対し、、
女の子の場合、100で絶頂に達して0に戻るまでの間、例えば60まで減った時に刺激されると、
そのまま60から、今度は110に向かってしまう、という感じかな。却ってわかりづらいかな。
乳房を揉みしだかれ、乳首を弄られ、膣口を掻き回され、女芯を嬲られ、体を舐め回される。
再び意識が真っ白に染まる。これが絶頂の筈…なのに、もどかしい。足りない。切ない。
頭は快感で飽和しているのに、体が違う何かを欲している。何を?わからない。
体が僕の意思通りに動かない。勝手に硬直して、勝手に脱力して、勝手に暴れる。
その足が机に当たる。中から、ごとりと重たい物が落ちる音が聞こえた気がした。
何て言うか…視界が、というか、思考が、桃色に染まっていて、周囲で起こっている事が把握出来ない。
それを押しやったのは、邪魔だったからか、最後に残った意思、意地だったのか。
「達せども満ちぬは辛かろう?」
少年の言う通りだ。本当に辛い。頭の中が焼き切れそうな程。何も考えられない。
というか、考える事が見事にばらばらで脈絡が無いというか整合性が取れてないというか。
今僕の身に起こっている事態が現実なのか夢なのかわからなくなっていく。
…あ、そうか。これは夢なんだ。
夢だから日向さんと入れ替わったりしても不思議じゃないし、
変な剣を持った少年が登場してもおかしくないし、
こんな、どきどきで、ふわふわで、気持ち良いのにもどかしくて切ないのも、現実じゃないなら納得だ。
霞がかった視界に、今は僕の姿をしている日向さんの顔が見える。
…というか、入れ替わる前の日向さんとは話した事もない訳で。
だから僕が日向さんをイメージする時は、入れ替わってからの日向さんだったりする。
自分の姿だろうって?自分の姿って自分でそんなに見るかな?僕は見なかったんだよね。
とにかく、日向さんが、僕を心配そうに見ている。
そんな顔してくれるなんて、嫌われた訳じゃなかったのかな。そうならいいんだけど。
でも心配かけちゃいけないよね。すごく、すごく切なくて辛いんだけど。
大丈夫だよって言おうとしたんだけど、ちょっと声が出せないみたいだ。
だからにっこり笑って大丈夫だよって事を伝えよう。伝わるといいな。
…どうして、そんな顔をしているの?鳩が豆鉄砲食らったって表現がしっくりくるよ。
そして、悔しそうな顔。何かあったのかな。
さっきから目に見える全てが小刻みに震えてる。どうしたのかな、地震かな。
次は、焦った顔。僕の顔ってこんな感じに変化するんだ。初めて知ったよ。
今度は、何か決心をした顔。
入れ替わってからの日向さんが浮かべる表情の中で、一番格好良く凛々しく見える顔。
自画自賛…かなぁ?でも僕があの体を使ってもあんなに格好良くないからね。
やっぱり日向さんが格好良いんだと思う。
そんな日向さんの表情の変化を見ていたら、がしゃんと大きな音。
ちょっと経って、ぱたぱたという足音。かくれろと日向さんの声。
え、隠れるの?わかった。世界から自分を切り離すイメージ。
がらっという音。聞き覚えのある声が叫ぶ。としあき、あんたこんなところでなにやってるのよ。
体から手が離れる。だっだっだっと駆け足が遠ざかる音。きゃっという声とがつっと鈍い音。
まちなさいよ、という声。ぱたぱたと遠ざかる足音。
日向さんの顔がさっきよりもずっとずっと近くに映る。何か言ってる。聞こえない。
僕も何か言ってると思う。自分でも何を言ってるのかよくわからないけど。
あ、駄目だ…もう、限界…
何が言いたいかって、だから早く続きをプリーズ。
でもその前に、性欲で欲情して焼き切れそうな日向さんの体の斎藤清彦君を、なんとかしてあげてくださいねw