_/_/_/_/_/_/_/_/Chapter.0-0_/_/_/_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/_/_/終わりの始まり_/_/_/_/_/_/
――先帝の無念を晴らす――
2つの思いが、交差する。
バレンヌ帝国第四皇帝マゼランは、前皇帝フリッツから皇帝の座を継ぎ、東方の荒野へと歩を進めた。
途中、サバンナの村で休憩を取っていたところ、現地のハンターに聞いた『アリ』の襲撃を受ける。
地下の巣は広大で、切り捨てても切り捨てても現れる『アリ』。 そして漸く辿り着いた最深部に待ち受けていたのは、巨大なアリだった。
その強敵に手を焼きつつも辛勝し、サバンナを平定、領土とし今度は更に東に広がるジャングル、エイルネップ地方へ向かう。
そこに待ち受けていたのは七英雄が一人、ロックブーケであった。
彼女の得意技、『テンプテーション』により罠にかかったマゼランは、志半ばにして力尽きてしまう。
――皇帝継承を余儀なくされた。
皇帝継承。
アバロンの王にして初代バレンヌ皇帝レオンが、自分を古代人だと名乗る女性、オアイーブより授かった秘術。
自身の記憶や知識を他者へと引き継ぎ、永遠の命に近い効果を得る秘術である。
レオンに始まり、第二子息ジェラール、格闘家フリッツ、武装商船団マゼランと受け継がれ、そして今、新たな皇帝へと継承するはず、だったのだが…
_/_/_/_/_/_/_/_/Chapter.1-1_/_/_/_/_/_/_/_/
_/_/皇帝マゼランと七英雄ロックブーケ_/
「なんて事だ、チクショウッ…」
七英雄ロックブーケの、『テンプテーション』。
それは、男性を魅了し、己の忠実な下僕とする技。
だが、俺の指にはかつてクジンシーの館で見つけたソーモンの指輪があった。
その指輪のおかげで、精神攻撃に耐性を得ていた俺は、その技も難なく切り抜けられることが解り、油断していた。
反撃のチャンスだと仲間達に伝え、ソレに応じる皆の声。 「イケるッ!」と思った次の瞬間、俺の胸を矢が貫いた。
初めは隠れていたモンスターのものかと思ったが、この矢…ハンターのハムバに渡した矢だった。 しかもその矢は寸分の狂いも無く俺の心臓を貫いている…。
「な…何をする貴様…」
迂闊だった。 テンプテーションを見切ったと高をくくっていたのが間違いだったのだ。
後ろで未だに弓を構えるハムバの目は、冷たく生気のないものだった。
見れば、周りの全員がすでにロックブーケの虜となっていた。 テンプテーションの際、奴がほくそえんだ理由がやっとわかったぜ…
「残念だったわね皇帝。 頼もしい仲間達に倒された気分はどう?」
「くっ…」
まぶたが重い…駄目だ、もう立っていられない。 必死に抗うも、俺の心の臓はもう、動いてはくれなかった。
「さようなら皇帝。 虫けらのように死になさい」
最後に見えた光景は、ロックブーケの下に集う仲間達だった。
_/_/_/_/_/_/_/_/Chapter.1-2_/_/_/_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/_/_/_/たゆたう_/_/_/_/_/_/_/_/_/
俺は死んだ。
しかし、伝承法の力により魂のような存在となって、宛もなく彷徨っていた。
本来ならば、自ら選んだ次期皇帝となる者に伝承の儀を施し、器としての資質を与える事で、皇帝継承を行う。
たとえ戦いの最中死んだとしても、残った仲間に志を託し皇帝継承を行う方法もある。 仲間達はソレも含めて俺について来てくれていた。
だが、こんな状況はオアイーブにも聞いていない。 継承を行うはずだった仲間達は皆ロックブーケに魅了され、継承を拒んでいる。
仮に無理矢理にでも行ったとしても、人格や意識は仲間のソレとなり、テンプテーションの罠にかかったままの状態になってしまうだろう…
こんな事になるなら、もっとしっかりと計画を立てておくべきだったぜ…
サバンナ平定後、ロックブーケの所在を知らされた俺は、いてもたってもいられず此処エイルネップへと赴いた。 次期皇帝を選ばずに、だ。
伝承の儀無しでの継承は、魂の劣化の恐れがあり避けるべきなのだが…このままでは消えてしまう…
兎に角、アバロンへ向かおう。
アバロンに着いたものの誰に継承したものか…
悩んではいられない状態なのだが、本来伝承を行う際は受け側は立ち止まっていて、そこに飛び込む感じで継承を行う。
しかし今は皆目まぐるしく動いていて、狙いが定まらない…そうこう悩んでいる内にも徐々に体が消え始めている。
【ま、マズいぞコレは…】
もう時間がない! そう思った時だった。
(コ…テイ…コウ…イ…)
【ん?】
誰かに呼ばれた気がした。
(コウテ……コウテイ…)
【だ、誰だ、俺を呼ぶのは?】
しかし返事はなかった、いや、そもそも魂だけの存在である俺の声は聞こえないか…だが、誰かが呼んでいる、俺に気付いている者がいる!
【ああ俺だ! 皇帝マゼランだ! 頼む、皇帝継承を受けいれてくれ!】
相変わらず返事はない、が…
(コウテイ…コウテイ…? …コウテイ!!)
【!! な、なんだ? 体が引っ張られる! コレは…継承!?】
突然伝承の光が発動し、宮殿へ、あの玉座の間へと光が落ちる。
【誰かが気付いてくれた! コレで助かる!!】
…が、そう喜んだのもつかの間、玉座の前が見えた瞬間…
【…? 誰もいない!?】
だが伝承の光はいつもの場所を指している…ならば一体誰に? スッ、と玉座の間を抜け、その下へと進む。
【りょ、猟兵なのか?】
確か玉座の真下は帝国猟兵達の部屋だが…しかし一階へと辿り着いても誰もおらず、どんどん下へ…ついには地底へと光が進む。
【い、一体どうなっている!?】
伝承の光はどんどん地底奥深くへと進み、そして最深部に到達した…
(うっ…継承、出来たのか…?)
伝承の光が何処までも落ちていき、最深部と思われる場所へと射した刹那、そこにいる『何者か』へとマゼランの魂は吸い込まれていった。
皇帝継承の際自分が受ける感覚。 他者の魂に取り込み、取り込まれ、混り合い、一つになる感覚。
どうやら、継承は成功したようだったが…
(うぐっ、何だ!? 動けない…?)
自分がその『何者か』の中にいる、そう感じられるのだが、体が一切動かない…それどころか、見ることも、聞くことも、話す事も出来ない。
唯一感じられるのは、自分の生きている証である鼓動だけ…
(うぅっ…! ダメだ…意識が…遠…の……)
強烈な睡魔に襲われるが如く、意識が混濁する。 抗えないほど深く、深く。
マゼランは、眠りについた。『何か』の中で。
皇帝の不在。
マゼラン一行が打倒ロックブーケの旗を揚げ旅立ってからもう半年以上経った。
アバロン宮殿内では一向に戻らない皇帝一行に対する不安が広がりだし、死亡説も囁かれ始めた。
唯一の救いは、バレンヌ皇帝が世界を旅している事が国民達にとって周知の事実であり、
また、ジェラール帝の代で世襲制を撤廃し、優秀な人物が引き継ぐという形で認識している事で、影武者を立て易い事だった。
しかし、内政や外交、アバロンを脅かすモンスターは何とか成るにしても、やはり、皇帝がいなければ七英雄の恐怖に何時までも脅えなければならない。
「何処におられるのですか、陛下…」
_/_/_/_/_/_/_/_/Chapter.2-1_/_/_/_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/_/_/_/_/誕生_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
どの位経ったのだろうか。
(……?)
薄れていた意識が徐々に戻りつつあった。
(眠って…いたのか…俺は…?)
あの時、猛烈な睡魔のような意識の混濁に飲み込まれたところまでは覚えている。
(アレから一体どれだけ経って… !?)
「ガボッ!?」
不意に襲い掛かる息苦しさ。
(み、水の中か!? は、早く…出ないと!)
五感が急速に戻りつつあると共に、体が動かせる事に気付く。
どのような状態であれ自分が生きている、助かった…のか?
しかし、その事を喜ぶ暇もなく、マゼランは必死にこの場の状況を確認した。 このままでは折角の命が潰えてしまう。
(く、暗い…何も見えない! 水面がない!!)
例えマゼランが海の男だとはいえ、この状況を焦らないはずもない。
だが、だからこそ常人よか冷静に対処を探り始めた。
(…! 隙間がある!)
唯一の突破口を見つけたマゼランは、隙間に手をやる。
(堅い! …だがコレ位なら…!)
水圧で動きづらい腕を必死に振るい隙間を叩く。 初めこそ堅く感じられた壁は徐々に音を立て、反応し始める。
三度、四度と叩くうちに隙間が広がり、周囲にもひびが入り、そして…
(やった!)
メシッ、という音と共に壁のヒビが広がり、ソコから徐々に裂け目も広がる。 そして、中の水が外へと流れ始める。
続けて叩いていると、急に隙間が一直線に広がり、バリン!という音を立て頭上が完全に開いた状態になった。
マゼランは、急いで外へと身を投げ出した。
「ゲホッ、ゲホッ!」
何とか事なきを得たマゼランは、漸く状況を把握する時間を得た。
「はぁ…はぁ…一体何だってんだ…それに此処は?」
見渡す限りの土壁…洞窟だろうか。 それが何処までも続いており、果てが見えない。
「…! な、何だコレ!」
たった今自分が出てきた場所を見てマゼランは驚愕した。 巨大な虫の抜け殻…だろうか、ソレが洞窟と同じく延々と続いていた。
そして自分はその巨大な殻の、恐らく先頭部分から出てきていた。
「なっ…こ、この体…」
ようやく自分自身を確認できたマゼランは更に驚愕する。
その肌は肌理細やかで美しく、見ていてうっとりする肌…だがしかしその体は薄緑色で、人のソレとは全く違う色だった、そして。
「子供…? うっ、こ、股間に何もない…」
皇帝が武装商船団を配下に置く以前、稀にあった奴隷貿易の際見た少女達…ソレよりも若い? そんな体だった。
「まさか、女になるなんてなぁ…しかもこんなチンチクリンなからd… …!」
ここにきてある重大な事に気付く。
「…何故俺は俺のまま…マゼランのままなんだ…!?」
_/_/_/_/_/_/_/_/Chapter.2-2_/_/_/_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/_/_/_/女王と皇帝_/_/_/_/_/_/_/_/
マゼランの疑問。 それは、伝承法では考えられない事だった。
オアイーブから与えられた伝承法。
それは、彼女や古代人達が行っている方法を調整し、引き継ぐ量を減らす事で使用回数や汎用性を増したものだと伝承法を教わる際に聞いた。
そのため、記憶や知識、技術などは引き継ぐものの、人格は新たな肉体のものが優先され、以前のものは記憶の一つとして新たな体に納められる。
それに関しては何より実際に継承したマゼランは一番良く知っており、自分が新たな皇帝として継承をした時に解り、感じている。
継承直後は多少戸惑いを感じたものの、人格破綻のような事は起きてはいない。
その一方でフリッツだった頃の記憶は思い出せるが、フリッツという人格を引き出してもそれはまるで役者が役を演じているような感覚だった。
だから、今の状態は異常なのである。 本来ならばこの体の人格になるはずで、マゼランという人格は引っ込むはずなのに、未だマゼランのままでいる。
それどころか、この体の記憶も思い出せない。 まるで、無かったかのように…
マゼランが今自分の置かれた現状の把握に苦しんでいると、急に視線を感じ始めた。
「…誰だっ!」
後ろ…何処までも続く洞窟へと目をやると、そこには、大量のアリ…確かタームとかいうモンスターがいた。
(ターム…? そうか! この抜け殻、見覚えがあると思ったらあの時のアリの親玉、クィーンの体だ!)
徐々に理解し始めたものの、今はそれどころではない状況に陥った。
「か、囲まれている…」
一体どれ程いるだろうか。
それこそ何処までも続く洞窟、その容量目一杯程いるようだ。
(くっ…なんて事だ、折角継承できたというのに、もうこの命が終わるのか…)
此処で命を落とせば今度こそ命運尽きるだろう。 しかし対抗する術もなければ、助けが来る様な場所でもない。 死を、覚悟した。
しかし、ターム達が襲い掛かる様子はなく、ただこちらを見つめるばかりであった。
その時、一匹のタームがこちらへと歩み寄り、跪き(…多分…)、頭を垂れた。
そのタームは、明らかに他のターム達とは違う点があった。 『シロアリ』と呼ばれていたタームとは真逆の、大部分が黒いタームだった。
まるで、燕尾服のような配色…そのタームが、頭を上げ、こちらに対して語りかけてきた。
「おはようございます、我等が女王様」
『『『『オハヨウゴザイマス』』』』
そのタームが予想だにしない発言をすると同時に、他のターム達からも一斉に声が上がった。
場所が場所なだけに洞窟中に響いて五月蝿い事この上ない。
「皇帝に以前の肉体を討ち取られた際、たった一つの卵に己の全てを込め皇帝に張り付かせられた女王様。 我々はその後、アバロン地下でこの時が来るのをずっと待っておりました…」
『『『『オリマシタ』』』』
「無事誕生されたことに喜んだのもつかの間、産卵期に入られても魂が抜けたかのようにただただ産卵にご精を出されるだけで、呼びかけても応じて頂けなかった時はどうしたものかと思いましたが…」
『『『『マシタガ』』』』
「こうして再びあの七英雄とも引けを取らぬリアルクィーンとして御生誕なさられた事、われわれターム一同、誠に嬉しい限りですぞ!」
『『『『デスゾ!』』』』
…どうやら俺は、サバンナで倒したアリの女王・クィーンに伝承を行ってしまったようだ…
「それにしましても。」
「不肖私めの知る限りでは、リアルクィーンとしてのお姿はもっと大きいものだとばかり思っていましたが…」
「あ…いやコレは…その…」
マズい、怪しまれない様にしないといけないのだが、何せなんの記憶も、情報も引き出せない。
「そ、ソレはだな…その…そう! 待ちきれなかったんだ!!」
…無理がある。 こんな危機的状況だというのに何を言っているのだ俺は。 ターム達の目が光る。 折角の逃げ道を態々潰してしまったと悔いていると…
「…なんと! それほどまでに皇帝への復讐を望んでおられるとは! 流石我等が女王様!!」
『『『『ジョオーサマ!!』』』』
こいつらアホだ。 蟲だからか?
「と、兎に角、私はこうして無事再誕できた。 礼を言うぞ」
「ははっ、有難き幸せ!」
『『『『シアワセー』』』』
皇帝としての作法がこんな形で役立つとは…とりあえず権威を利用しない手はない。
「これからの計画は追って説明する、各自解散せよ」
こう告げると、大量のターム達が一斉に散っていった。 ひとまず難は逃れた。
だが、話をしていた先頭のタームは残っていた。
「お、お前はどうして行かない?」
「私めは貴方様のお側に仕えるのが仕事。 そして、作戦参謀でもあります。」
今俺は、アバロンを守る立場であると同時にアバロンをこの手で滅ぼさんとする軍隊の長となってしまっていた。
「うう…マズいぞ、アバロンが…」
「何かおっしゃられましたかな?」
「!い、いや、なんでもない…」
まさかアバロンを攻める立場になるとは…いやいや、なんとしても阻止するが、どうやって言い包めたものか…
「しかし、斯様なお姿になるのを覚悟してまでのお考え、さぞや素晴らしい方法なのでしょうな!」
期待に満ち溢れた声と顔でこちらを見つめるターム。
「…お前、名前は?」
「あぁっ、是は失礼いたしました、女王様。 私、タームバトラーのムウラと申します、以後、お見知りおきを」
「タームバトラー?」
「えぇ、バトラーに御座います」
「…バ(↑)ト(→)ラー(↓)『BATTLER』?」
「はい、バ(→)ト(↓)ラー(\)『BUTLER』」
あぁ、バトラーってそういう…いや、そうではなくてだ。
「いくつか質問があるのだが…」
「はい、何なりと」
「アレから何年たった?」
「アレ…と申しますとあの憎き皇帝事件で御座いますな」
こいつらにとって歴史の一つとなっているようだ。
「アレから我々の苦難の旅路は始まりました…
私を含め生き残った者達はアバロン地下で女王様の生誕を今か今かと待ち、無事お生まれになってほっとしたのもつかの間今度は…」
「いや…ソレはいいから…」
不意にムウラの目が険しくなる。 しまった、長たる者が『ソレ』で一蹴してどうする! ムウラが近づく。
「女王様、アナタは…」
ゴクリ、と息を呑む。
「なんという復讐心! 此処までの過程を省みず、今これから如何様にして皇帝に決着を付けるかを最優先されるとは、流石に御座います!」
やっぱりアホだ。
「あ、あぁ…で、一体今何年…」
「1525年に御座います」
マゼランは、気が遠くなりそうになった。
_/_/_/_/_/_/_/_/Chapter.2-3_/_/_/_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/_/_/_/外へ・・・_/_/_/_/_/_/_/_/_/
気が遠くなりそうな状態を何とか保つ。
「大丈夫で御座いますか?」
「あ、あぁ…大丈夫だ、問題ない」
1525年…俺の記憶が正しければ、ロックブーケとの戦いに赴いたのは1275だったはず…アレから250年も経っているっていうのか!
「ア、アバロンはどうなっている!?」
そうだ、アバロン。 俺が不在のアバロンはどうなった!
「アバロンは…未だ健在に御座います」
ホッとした。 どうやら、クジンシー襲撃クラスの問題はなかったようだ。
「七英雄共が動くのではと思いましたが、ソレは無かった様で…
復讐という点で見ると良いのやら悪いのやらですが、
しかし、女王様が復活された今!皇帝共々滅ぼすという我々タームの長年の夢が遂に叶う時に御座います!」
目を輝かせ、息を荒げるムウラ。 こいつに「俺が皇帝だ」なんていったらどんな顔をするだろうか。
「さぁ女王様! アバロンを如何にして攻め、皇帝への復讐を致しましょうか!!」
さて、どうしたものか…
目を輝かせているムウラは置いておいて、状況を整理しよう。
・継承は行われたが、その相手がアリ達の女王、クィーンだった。
・その上、人格はこの俺、マゼランのままである。
・それ以外は通常の継承と変わりがないようだ。(もう十分異常だが…)
・ターム達はこの俺を倒すべくアバロン地下に巣食っている。
・つまり、アバロンの命運は別の形で自分の行動に掛かっている。
…というわけだが。
「ううむ、コレほどまでに悩まれるとは、余程入念な準備が必要なのですな!」
ムウラが声を荒げる。
「そのお体では物理的な能力は落ちているかとお見受けできますが、もしや頭脳戦!?」
その一言にふと、考えが巡る。
今、自分はクィーンの真の姿…リアルクィーンとか言ったか? のようで、肌の色を除けば、人の子とさほど変わらない。
更に、先ほど地面に降り立って改めてムウラを見ると、あの時対峙したターム達…より大きく感じる視点、こいつも言っていたように、本来の姿より随分と小さいのだろう。 つまり…
「あ、あぁ、実はな…」
ここまでかなり無茶を通してきた、コレも何とかなるだろう。
「皇帝は好色家なんだ」
…勿論そうじゃない、そうじゃないんだ、ホントだ、嘘じゃない、あ、いや、嘘じゃないってのはそうじゃなくて…
「好色家? つまり、色仕掛けですか?」
「あぁあええっとだなそのだな…」
250年も寝ていたせいで頭が回らないのか、もう少し別の言い方があるだろうに…
「そ、そうだ、皇帝の好みの姿となって近づくんだ、この体なら人の中にいても怪しまれないと思うんだが…」
「なんと!そのようなお考えを!」
「そ、それでだな、その為に外に出たいんだが…」
外に出る。 つまり、アバロンに出る。 こんな姿の自分を皇帝と認識してくれるか怪しいところだが、そこは後から考えよう、今は出るのが先決だ。
「う、うーむ、なるほど、油断した皇帝を討ち取り、アバロン内が混乱しているところを叩く、と。」
「そ、そんなところだ。」
勿論そうはさせない、事前に兵を地下へ送り一匹残らず駆除する、先手を取るのだ。
「しかし…」
「?」
「女王様をここで失うわけには参りませんし、それに…」
「それに?」
「人間達は『衣服』なるものを着ていないと、怪しまれるようでございますが」
「あ」
そうだった、こんなところに服があるわけない。
盗ってこさせる事も考えたが、そんな器用なマネ出来ないだろうし…それに…
「服が無いとなると、この肌を隠せないしな…」
「羽もですな」
「え?」
羽?何の事だ?
「どうかなされましたか?」
「羽って…?」
「そのお美しき御翅にございます、まだ完全とは言えませぬが…」
そう言われ背中を見ると…二本の、いや一対で四本の枝が生えていて、その内側に透き通った膜が張られていた。
「な、なんじゃこりゃ!?」
「なに、と申されましても致し方ありません…何分、貴方様はまだ生まれて間もないですからな、もう暫くの辛抱にございます」
そうじゃない、そういうことじゃなくてだ。
今まで気付かなかったが、こうして意識すると確かに背中に感じる重み、そして羽の動き…
そうだった、こいつらの、アリの女王なのだから羽があるのは当たり前なのか…
問題が更に増え、途方に暮れる。
「…ちょっと、一人で考えたい…外してくれないか?」
「左様でございますか…解りました、御用の際は何時でもお呼び下さいませ。 私めは他の者達から解決方法がないか聞いてまわります」
ムウラはそう言うと、横穴から何処かと消えていった。
まだ羽さえなければ何とか誤魔化せるのだが、こうも体に対して大きなものがあっては、モンスター…
百歩譲って精霊の類いだと言い張れるかもしれないが、やはりモンスターでしかない。
隠すものが無ければ、誰かに出会ってもまず疑われるだろう、しかもアバロンともなれば直ぐに兵が駆けつける。
この体が一体どれ程の力を秘めているのか解らないが、国民に手をかける事はなんとしても避けたい。
それに…ここがアバロン地下、と解っているだけであって、一体どれだけ深いかなんて想像出来ない。
サバンナにあった奴らの巣は相当広く、クィーンに出会えたのは運が良かったようなものだ。
アバロンがこの上にあるというのに、そこへたどり着く術が見つからない。
…羽に、手を伸ばす。 もぎ取れないかと考える。 手が、羽に触れる。 その時点で嫌な予感がしたが、少し引っ張ってみる。
「いっ…つぅ…」
ダメだ、やはり体の一部である事に変わりない。 しかも相当過敏らしく、少し触れただけでも体が反応してしまう。
「ダメだ、無理に引き抜いたら一体どうなるか…」
頭を抱え、悩む。 頭に触れると、自分の知っている髪質とは違う感触が返ってきた。
暫く考えたが、そもそも情報がなさ過ぎるのとそれを聞くムウラもいないので、少しこの場を見てまわる事にした。
クィーンの巨大な抜け殻が納まってもまだ余裕のある巨大な洞窟。 幅はそれ程ではないのだが、問題は奥行きだ。 何処までも続いている。
クィーンの体と壁の間には所狭しとターム達の卵がある。
だがその殆どは孵化済みで、孵っていないものもあるがまるで石の様に変質していて、孵化する気配は無い。
そんな卵の隙間を縫うようにして洞窟を奥へと進むが、等間隔に横穴がある以外は変わらぬ景色が続く。
「ここにアレだけのタームがいたんだよな…」
先ほどの光景を思い出す。
この洞窟と同じく何処までも続いていたターム達の目。
たとえ一匹一匹は対処できても、あの物量で攻められればアバロンとてひとたまりも無いだろう。
嫌な想像をしてしまい、かき消す様に首を振り、顔を叩く。 しっかりしろ、こいつらの襲撃を阻止できるのは皇帝であり、クィーンでもある自分じゃないか、マゼラン。
そうだ、アバロンを守るためには、自分がしっかりせねば、自問自答した事で落ち着きが取り戻せた。
その時、ふと目に入る『何か』。 慌てて近づくと、ソレは、明らかに人の手で作られた『箱』だった。
_/_/_/_/_/_/_/_/Chapter.2-4_/_/_/_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/_/_/_/_/活路_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
「アレは…」
箱に駆け寄る。 始めは見間違いかと思ったが、見れば確かに人工物だ。 ただ、相当古いもののようだが…
「何が入ってる…?」
藁にもすがる思いで祈りつつ、箱を開ける。
錆付き、開け難くはなっていたものの、幸い鍵は掛かっておらず、徐々に箱はその中の空気を放出する。
ギィィー、と音を立てつつ、開け広げると…
「コレは!」
目に飛び込んできたのは、布…何かを包んでいるものではない、この布そのものが中身…つまり。
「服だ!」
まさか、本当に入っているとは…出来過ぎな気もするが、箱の中からその布を取り出し、広げる。
永い間丁寧に折り畳まれていたその布は、目を覚ますかのごとくその全容を明らかにした。 未加工の布ではない、ちゃんとした服だった。
ただ、服…というよりは魔術師達が着るローブのようなものであった。 しかし、ただのローブでない事は、その美しい刺繍と、滲み出る『何か』が物語っていた。
「確か…コレは…見た記憶がある。 俺じゃなく…」
記憶を辿る。 先代、先々代の記憶。 ジェラール帝、いや、ジェラール皇子の記憶。
戦地へと赴く父と兄を見送り、通っていた宮殿の書庫。 そこで見つけた古い書物。 そこに載っていた、アバロンを建国した人物の内の一人、聖者クラウディアの肖像画で見た服。
「コレは…アバロンの聖衣、なのか?」
まさかこんなものがここにあるとは…
最初はレプリカかと疑ったが、未だその高貴な輝きを失っていないところを見ると本物、なのだろう。
思いも寄らぬ糸口を見つけ、喜びを隠せないでいると、突然、声を掛けられた。
「女王様!此処におられましたか!」
不意に声を掛けられ、ビクッとしてしまった。 取り繕うようにふり返ると、そこにはムウラと、二匹のタームがいた。
「女王様、お喜びください! 先ほどの件を解決できる者達を連れて参りましたぞ!」
「!何だって!」
「まずはお前からだ、女王様にご説明しろ」
ムウラが指名すると、二匹のうち一匹が前に出てきた。 …明らかに体色がおかしい。
『アッ、ドゥッス、ジブンー、カラッパッツェーマッス』
「…は?」
呼ばれて前に出た変な色のタームは、呂律が回っていないのか、言っている事の殆どが聞き取れない。
「貴様、その喋り方何とかならんのか?」
『サーセン、デモォー、コレジブンノポリシーッツカ? ジブンノアカシ? ナンデー』
「っく…全く近頃の若いタームは…ともかく、要点をだけを女王様にお伝えしろ」
『アッスネ、ジブンガ南ロニバイトイッタトキー、ナンカドウッツミッケマシテェ、ソコニババァイタンスヨネ、ババァ、ニンゲンノ』
相変わらず訳が解らない。
『ンデー、ソノババァガ、「自分は魔女だ」トカイウンスヨネー』
魔女…? 聞いたことがある、南ロンギット…あぁ、南ロってそういう事か…に、様々な薬を作る老婆がいるという話を。
『デ、「コレでアナタもモテモテに! スペシャルモテカラドリンク!」ッテノススメテキタッスヨネー』
「スペ…何?」
『「スモカ」ッスヨ「スモカ」、ンデー、マジモテッツーカラカッタンスヨ、デ、ノンダラコノイロナンスヨネー、マジムカツイテー、カネカエセッテイッタンスケドー、ナンカクッセェンスヨ、ハイレナインスヨ、マジアリエネーッツーカ』
「…要は、肌の色を変える薬、と。」
『ッナカンジッスネー、ハジメマジヤベーオモッタンスケドー、イガイトモテルッツーカ? イマジャマイヨパンパンッスヨ?パンパン』
「…その薬にございます」
やっとまともな言語が聞けた事にホッとしつつ、ムウラが渡してきた瓶を受け取る。
その瓶には確かに、「すぺしゃるもてからどりんく(はぁと」とかかれていた。
子供が喜びそうな文字と絵のラベルが貼られたソレをみて、怪訝な顔にならざるを得なかった。
「…本当に大丈夫なのか、コレ?」
『ジブンミテクッサイヨ、マジカワッテッショ?マジデ』
カラッパ…だっけか、そのタームが自分の体を指差す。
まぁ、肌の色が変わる、というのは本当なのだろうが、飲んでこいつみたいな色になっては意味が無い。
改めてラベルを見ると、瓶の裏まで続いている。 手の中で瓶を回していくと、変な文字の羅列が続くが、そこには…
「んん? 何々、『この商品は飲む量によって色と味が変わります、好みの味は、どれかな?』…」
その文字の下には、分量と色見本が並んでいる…ついでに味も。
『エッ、マジッスカ?ヤベーチョーゲロマズダッタッツーカ?チットノンデハイタッツーカ?』
どうやらコイツは説明書を読まないタイプらしい。
改めて説明文に目をやると、肌色は…あった、瓶半分ほどだ。 カラッパは少ししか飲まなかったらしく、瓶の中身は十分ある。
味は…『海の漢の船酔い酒! モーベルム酒味』とあった。
この酒は皇帝になる前に浴びるほど呑んでいたから忘れもしない。 懐かしいあの味になったら止めればいいのか。
瓶の蓋を開ける。 少し甘い匂いが漂ってくる。
「…よし、飲むぞ。」
分量の都合があるので、少しずつ飲まなければならない。 瓶を口に当て、飲みだす…
(…! うげぇ! なんじゃこりゃ!)
漂ってきた香りとは全く想像のつかない苦味が口の中を襲ったかと思うと、今度は甘み…甘ったるすぎる程の甘みが…あぁあなんだコレ辛い! 辛い! 辛い!!
「だ、大丈夫ですか女王様?」
そんなわけない。 口の中でド素人が料理でもしているのかと言うくらい滅茶苦茶な味が広がって、涙目にならざるを得ない。
しかも少しずつ飲まないといけないため、一味一味を感じなければならない。
それでも、望みをかけて飲んでいく。 暫くすると、味が落ち着いたものとなり、多少苦しさが紛れる。 そして、少し青味を感じた直後、あの懐かしい味が口に広がる。
「…っぷ! うぇっ、くぅぅ…」
味の暴力に耐え、何とか規定値まで飲みきった。 すると…
「おぉ、女王様! お体が!!」
「え?」
手を見ると、肌の色が揺らぎつつ、徐々に肌色へと染まっていくのが見えた。
その変化は体感としては何も感じられないが、薬の効果はあるようだ。
暫くは斑らだったり、効き過ぎて茶色になったりしたものの、次第に落ち着き始め、そして完全に肌色で止まった。
「おぉ…コレならば人間共の中に混ざっても解りませんぞ!」
体を見ると、羽があるという事以外は普通の少女が…少女の体があった。
「…? どうなされました? 急にうずくまられて?」
「い、いや…なんでもない」
恥ずかしさがマゼランを襲う。
先ほどまで見ていた自分の体は、少しドキドキするものの、モンスター色が強くあまり気にならなかったのだが…
こうも人間らしくなると、途端に自分が今女の体である事を再認識してしまう。 落ち着け…落ち着くんだ。
「と、とりあえず一つ問題は解決したな、残るは羽だが…」
「それにつきましてもご安心ください! 次はこちらの者が伝授いたします!」
「伝授?」
『初メマシテ女王陛下、ワタクシ、タームヨガ講師ノリーサト申シマス』
今度はちゃんとした言語が聞けてほっとしたものの、一体何が始まるやら…
_/_/_/_/_/_/_/_/Chapter.2-5_/_/_/_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/_/クィーン、である事_/_/_/_/_/_/
しかしタームヨガとは…? それに講師? 一体どうやって羽を隠すんだ?
『デハ陛下、ワタシニ続イテ体ヲ動カシテ下サイ』
このタームは俺の事を陛下と呼ぶ。 その呼ばれ方で少しドキッとしてしまうが、ばれない様に表情を抑える。 って。
「え? 続くって…」
こちらの問いかけが終わらぬまま奇妙な動作を取るリーサとかいうターム。
『マズハ腕ヲ頭ノ上ヘト大キク伸バシ、背伸ビヲイタシマス』
訳の解らぬまま言われた通りにしてみる。 小ぶりな胸が突き出される体勢になり、恥ずかしい…
『次二、羽ヲ大キク横ニ張リ、先端マデ水平ニシマス』
いきなり難題が…人間には無い器官を動かせ、といわれても一体何をすればいいのか…とりあえず、背中に力を入れてみる。
「んっ…あっ…」
力の入れ方を間違えたのか、羽が小刻みに震え、その振動が背伸びをして張っている体に直に反射し、体も震える。
『陛下、ソウデハナク横ヘト』
「わ、わかって…いる…うぅっ…くふっ…」
四苦八苦しながらも、何とかピンと張れたようだ…相変わらず気を抜くと震えるが。
『デハ次ニ、ソノママノ状態カラ羽ヲユックリト下ロシマス』
この時はまだ、この震えで起こる事を予想だにしていなかった…
人間(今は違うが)、何事もやってみなくては解らないもので。
『ソウデス、ソノママ…』
「うぐぐ…」
徐々にコツがわかってきた。 とはいえ、完全というには程遠いが…
羽を徐々に下ろしていく。 背伸びしつつ肩甲骨をくっつけ肩をおろすといったところだろうか。 こんな体の使い方、様々な技を繰り出してきた記憶の中ですら見あたらない。
「んんんーっ…」
『…ハイッ、ソノ状態デ止メテ下サイ』
羽が真下にきたところで声をかけられた。 言われたとおり止めたが…体が…もたないぃいぃい…
「こっ…ここからっ…どうすっ…るんだ…」
『ソウシマシタラ、羽ヲ折リ畳ミマス』
!!!最初からそれ出来ると言ええェッ!!!
心の中で叫び、気が緩んでしまったその直後、足に何かを感じた。 背伸びの態勢を解き、足元を見ると…
「あ…ああッ!? あぁあぁあ!!!」
も、漏らした…いや、漏らしている…変に力んだせいで漏らしてしまった…しかも…女の体で…男の…俺が…皇帝である…この俺が…
「あぁっ、勿体のう御座います!」
急にムウラの声が上がり、こちらに駆け寄ってくると、何かをまたの間に差し出してきた。
ピチピチピチ…ジョロジョロジョロ…と、恥ずかしい音が洞窟に響く。 ムウラは…あろうことか土の皿でこちらのおしっ…尿を溜めていた。
「なぁっ!? バカ、やめろ…やめッ…あぁあぁあ…」
戒めようとしたが声は震え、足も震えてしまい、言葉が続かない。 それでもムウラは採取を続けた。
ピチョ…ピチョと、出し切った頃合いでムウラは皿を引いた。
一方俺は…へたり込む他なかった。 零れた液体で湿った地面も、今の状態では気にする気持ちにすらなれない。
「俺は…俺は…」
余りの事に「皇帝なんだぞ」と言いそうになったが、声を出す事が出来なかった。 危なかった…なんて思う余裕も無い。
打ちひしがれている俺を気にもせず、ムウラは二匹とは別のタームを呼んでいた。
「現女王様の初めての女帝液だ、丁重に保管するように」
『ハッ、了解シマシタ!』
「!?」
今のやり取りを聞き、魂が急に戻ったかのように覚醒する。
「うむ、何分急だったのと、女王様のお体も事もあり、少なめだが頼んだぞ」
「ちょ…な…何を…」
震える声でムウラに尋ねる。
「女王様の分泌液は我々にとって貴重な栄養分となり、また、幼虫たちの糧ともなります」
「なっ…ななな…なんだ…と…?」
「更に前女王様はリアルクィーンになられる前に亡くなってしまい、女帝液は現在大変貴重な物となっておりますがゆえ」
こっ…こいつら、俺が今出したものを餌にする気だ! やめ、やめさせないと…
「そ、その…今のは無し! そう! いつもとは違うんだ!」
「いつもと違う…? はて、私が知る限り何も問題はないように見えましたが…それに」
「それに?」
「もう調合者に渡してしまいましたので…」
見ると先ほどアレ…を、渡されたタームはもういない。
『ウワーマジホシィッス、アレマジパネェッスカラー』
『アァ…ワタクシドモニトッテハアマリニ高級品。 陛下ガ排出ナサルトコロヲ見ラレタダケデモ幸セデスワァ…ジュルリ』
「あ…あぁあ…あぁ…」
膝からガクリと倒れこみ、頭を垂れる。 涙も出ず、ただただこの屈辱を受ける他なかった。
「おぉ、女王様、羽が綺麗に折り畳まれておりますぞ!」
そんなことどうでもいい…そう思えるほど、尊厳と心が叩き折れた気分だった。
_/_/_/_/_/_/_/_/Chapter.2-6_/_/_/_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/_/_/_/_/再び…_/_/_/_/_/_/_/_/_/
「女王様、如何なされましたかな?」
ひとしきり絶望し、抜け殻の向かい側で拗ねている俺に対してムウラが声を掛けてきた。
「…なんでもない…一人になりたいんだ…」
先程までいた二匹は、ムウラに何かを手渡され去っていた。
あいつら…今度あったらマキの如く叩き割ってやる…
「問題は全て解決しましたし、後は女王様のお考えになられた作戦を決行するだけでございますが…まだ何か問題でも?」
大アリだ、こちとら排尿を見られて採られてプライドがズタズタだ。
仮にも一国の主としてあるまじき行為を晒して、平気な顔していられるわけがない。
ましてや、今はその『国』へ向けて出発しようとした矢先の事だ、家臣や国民達に対してどんな顔して出ていけばいい?
拭く物がないせいで未だ足と…出したところに不快感が残っている事が尚更気持ちを歪ませる。
「女王様が見つけられたこの服で体を包み、背中の羽を隠せば人間共も気付きはしますまい。 一度、羽織られてみては?」
そういうとムウラはこちらにアバロンの聖衣を差し出してきた。
抜け殻とはいえ元は女王そのもの…ということなのだろう、乗り越えようとはせず届く所まで腕を伸ばすだけでいた。
「…」
外へ行く気持ちには到底なれなかったが、せめて服だけでも着ておこう…そう思い、聖衣を受け取る。
「あぁ…あの服が懐かしい…」
武装商船団の長となり、先代から託されたアドミラルコート。 皇帝となっても己を再確認できたあの、コート。
そんな事を思い出しながら聖衣を着てみる…が、やはりこの体に対して大きすぎてブカブカで…ローブなのがせめてもの救いか、余った部分を更に折り返す事で、体に合わせる。
アバロンの聖衣が、心を落ち着かせる様諭すが如く、マゼランの体を優しく包みこんだ。
…何故だろう、あれだけ荒れた心が不思議と安らぐ。
「むむむ、確かにコレならば気付かれず潜り込む事も容易でありますな!」
「そ、そうか…」
タームの目で見ての感想なので本当かどうかは解らないが、それでも多少自信がもてた。
…そうだ、ここで足踏みをしていられない。 一時の恥で全てを台無しにしてはそれこそ二度と立ち直れないだろう。
深呼吸をし、再度気持ちを整える。 …良し。
「大丈夫ですか?」
ムウラの声とともに、振り返る。
「あぁ、大丈夫…もう大丈夫だ。 外へ…上に出る。」
そうだ、アバロンに向かうんだ。 それが今、俺がすべき事だ。
「おぉ…遂に…遂にこの時が…復讐への第一歩ですな!」
復讐ではない、皇帝マゼランの、再出陣だ。
「それでは、行きましょう、皆も待っております。」
そういうとムウラは跪き、こちらに手を差し伸べてきた。 …あまり触りたくないがこいつらの信用の為に、手を借り抜け殻から降りる。
「それでは、ご案内いたします。 …女王様の、女王陛下のご出陣!!」
デジャヴを感じつつも、漸く希望への第一歩を踏み出した。
カンバーランドを見捨てて帰ってみたら、滅亡していたのはいい思い出です。w
ラビットストリームが雑魚敵に便利すぎる
アリの女王になってしまった元武装商船団長はどのような目に遭うか楽しみですw