一.一人の少女と大きな剣
『主よ。次の戦場は何処だ?』
「さっき終わったばっかりじゃないか。このバトルマニアめ。
……ええと、近隣で大きな戦争しているのは……ガルマン公国とロマーネ民国か。
兵力はロマーネの方がかなり有利だけど、ガルマンがとにかく軍事技術の研究に力を入れてるらしいね。
少ない兵数で作戦を組み立てるガルマンにロマーネが翻弄されてる形か。
……でも近々大きな戦闘の動きがある。互いに四割近い兵力を同じ戦線に集結させてる」
『それを吹き飛ばせばいいのだろう?』
「……お前、本当に平和を望む聖剣か?魔剣に改名した方が良いんじゃないのか?
まぁ殺傷はしないけどさ……」
豪奢なドレスを着た少女が、荒野を一人歩きながら何かと会話をする。
応じる声の出所は少女の背中、これまた華美な装飾がなされた大剣だ。
太古より伝わりし意思持つ武器、聖剣『デュナミス』。
世界とリンクし、所有者に莫大な力を与える宝具。
しかし契約した者以外にとっては単なる剣。いや、斬るどころか叩いても怪我一つしないナマクラ以下の役立たず。
王国の宝物庫に保管されていたところを、ある国民が挑戦を申し出て契約を交わした。
それが現契約者、エルウィン。
『死なずにいればやり直せる。五体満足であれば尚更のこと。
我は争いの調停の為に存在しているのだから』
「はいはい、耳にタコが出来るほど聞きましたよー、っと」
ひょい、と転がっていた大きな石を飛び越えながら、うんざりしたような口調で言った。
エルウィンが契約するまで放置されていたのは、その契約条件故だ。
条件は二つ。一つは、心の底から平和を望むこと。この時点でまともに使えない、と多くの人間が諦める。
もう一つが、その者の大切な何かを代償として捧げること。それが代償に値するかどうかは剣の意思による。
条件付の力に、多大な代償。
しかも契約に失敗しても捧げたものは戻らないとあって、そこで残りの人間が諦める。
メリットを感じない賭けなどする者はいない。リスクも曖昧かつ危険度が高い。
だがエルウィンは条件を満たし、契約に成功した。
その捧げたものとは―――
『しかし汝は法衣が似合う。元が男子だとは思えぬほどにな』
「……それも聞き飽きたからもう言わないでくれ……」
契約時、エルウィンは開口一番聖剣デュナミスに向かって宣言した。
『男としての誇りを賭けて世界を守る』と。
聖剣はその言葉を聞き入れ、男の象徴たる男性器と引き換えに契約成立と相成った。
意気込みを示すだけのつもりだったエルウィンは斯くして男を失い女になったのだった。
二.調停の聖剣
大地を震わす軍団の疾走。
大気が戦慄く鬨の声。
ガルマン・ロマーネ戦争の中でも最大、グリーテン戦線で、
今両軍が一戦線に投入できる最大の兵力を集結させ、戦闘開始の角笛が両軍から響き渡ったところだ。
槍兵が陣形を組んで激突し、空を矢が埋め尽くす。無数の騎兵が縦横無尽に駆け回る。
数はやはりロマーネが圧倒しているが、ガルマンは最近実戦配備に至ったカノンと呼ばれる新兵器を多数投入している。
その射程は戦線の端から端まで届き、その威力は一発で十の歩兵を吹き飛ばすという、脅威の兵器だ。
戦力は恐らく互角。だが一つ分かることは、この戦闘で多くの命が失われる。
それを近くの高台から見下ろすエルウィンの目には悲しみと共に決意の炎が表れていた。
熱い感情を胸に秘め、ゆっくりと『デュナミス』を正眼に構える。
「互いに生活を豊かにする為、互いのモノを奪い合い、結果互いに衰える。
それを止めるのがボクらの役割であり、願い。
デュナミス、『アル・アラベスク』発動準備」
『承認。
発動範囲を指定する』
応じる言葉と同時に、長さ一里、幅八町に渡って大地から光の粒子が湧き上がる。
それは激突を続ける両軍の先頭だけでなく、後尾まで包んで余りある広さ。
『範囲確定。発動準備完了。
我が主よ』
「うん」
正眼の構えから、腰を捻り、片手で大剣を逆の肩の後ろに回して力を蓄える。
光の粒子にも気付かず一心不乱に戦闘を続ける最先頭。そして粒子に気付きざわめく後尾。
その光景を見据えながら、『デュナミス』を胸の高さで真一文字に振り抜き、一人にして二人は宣言した。
「『光よ、咆えろ』」
瞬間、光の粒子が覆う範囲全てを大地からの極光が薙ぎ払った。
予想だにしない方向からの攻撃に、範囲内全ての兵士は抵抗も出来ず吹き飛ばされる。
範囲外に陣を張っていた両軍指揮所は突然の事態に反応が取れない。
当たり前だ。両軍の八割以上を一度に吹き飛ばすなど、誰が想像できようか。
そこに、頭の奥から声が届く。それは可憐な少女の声で、
(聞こえていますか?私はエルウィンと申します。
調停の聖剣『デュナミス』の名の下に、この戦争を調停致します。
即刻戦闘行動を停止し、両国間の会議を行い終戦を宣言しなさい。
……戦闘を続行するというのなら、何度でも止めましょう。
どうか退いて下さい。和議の内容にまでは口を挟みませんから)
「ほ、報告します!
先程の謎の光により、兵の過半数が戦闘不能っ!
詳細な数は現在調査中ですが、倒れている兵は目測で八割前後と見られます!
倒れていない者も、不思議な声に戦意を失っている模様っ!
また、今分かっている限り死傷者は無し!全員意識を失っているだけとのことです!」
ガルマン軍の陣中に伝令が飛び込み、状況を知らせる。
ガルマン軍総指揮官、将軍モルタケはその内容に恐怖……いや、畏怖を覚えた。
これだけの兵を一方的に、怪我すら負わせることなく無力化する。
信仰心の篤い方ではないモルタケにも、それは容易く神の御業を思わせた。
しかし高圧的ではなく、母のような優しさすら感じさせるその声。
思わず、ぽつりと呟いた。
「エルウィン……神の遣い……」
その後、『聖女エルウィン』の噂は爆発的に広まり、それはそれは美しい肖像まで勝手に作られ、
何も知らない周囲の皆から理想の聖女像を自分の名前で語られるエルウィンは、一人恥ずかしさに悶えることになったのだった。
間.先立つもの
莫大な力を与える聖剣『デュナミス』と、現契約者エルウィン。
彼と彼女は、世界中の戦争を調停して回っている。
その力は、地平線の果てまで届き、打ち倒せないものはない。
一瞬にして万里を駆け、天を自在に飛ぶことすら可能とする。
しかしそんな聖剣にも出来ないことがある。
それは―――
「……旅費、そろそろ無くなりそうだね」
『……うむ』
頭に美を付けても誰も否定しないであろう少女は、しかしその可愛らしい顔をげんなりさせて、
背中の不釣合いなサイズの大剣と会話をする。
そこそこ大きな街、ノールズの中心地から少し外れたところ。住宅街近くの商店街を歩いていた。
「……ぽんっとお金生み出したり出来ない?」
『……生み出すことは容易だが、通貨の仕組みが崩れる。
人の作った理念とはいえ、理に反することは出来ん』
「だよね……」
通常なら三日かかる道程を一瞬で移動するのは良いのかとも思うが、
あくまで人間の限界を超えてるだけで理には反してないのだという。
だが通貨のシステムは一から十まで全て人間が作ったものだから、それを崩すのは世界を安定させる聖剣として自己否定に繋がり、出来ないらしい。
まぁそれはともかく……
「お金、調達しないと……ん?」
即席の運送業(『3秒で世界の果てまで配達!』が売り)あたりが手早く儲かるので、
残金で看板の材料でも買おうかと考えて店を探していると、
『店員募集中!』の看板が目に留まった。
近づいて詳細を見ていると、店の売り子を募集しているようだ。時間の割に給金も中々で、日数単位での労働も可だという。
好条件だが、接客業。どうしようかと考えていると、店内から若い男が出てきた。
「いらっしゃいま……お、君は売り子の希望者さん?
見た目も中々……ちょっと詳しい話聞いてってよ!」
笑顔で店内に引きずり込まれそうになる。
「え、ちょ、待っ―――」
振り払おうにも男と女の腕力差だ。力を使ったら吹き飛ばしてしまいそうだし、相手は害意が無いのでそもそも使えない。
それに、希望者であるのは事実なので抵抗もし辛い。
あれよあれよという間に、奥の部屋へと連れ込まれてしまった。
「さて……それじゃ可愛いお嬢さん、この紙読んで、こっちの紙を書いて貰えるかな?」
先に手渡されるのは、労働条件や遵守事項を詳細に記したもの。強引な勧誘の割には内容もしっかりしており、少し驚く。
仕事は飲食店の接客のようだ。特に怪しいところはない。
もう一つが、プロフィールに関するもの。名前や性別、年齢、宗教、特技、希望の労働期間など。出身地が必要無いのは旅人に対する配慮だろうか。
先に渡された紙をじっくり読み込んで不審な点が無いことを確認し、後に渡された紙を書いた。
エルウィンの名は最早老若男女問わず有名なので偽名を用いる。
この程度の嘘なら聖剣として許容できるようだ。愛称のようなものとして解釈できるらしい。
一通り書いて渡すと、若い店員はさっと目を通した後に懐へ仕舞い込んだ。
そして爽やかな笑顔で右手を差し出してくる。
「ようこそ、喫茶店『エル・シャダイ』へ!
私は店長のバートン。
短い間だけど宜しく頼むよ」
「はい、誠心誠意働きますので宜しくお願いします」
店員ではなくなんと店長だったらしい。随分と若い店長だ。
こちらも右手を差し出し、契約完了の握手を交わす。
「服装はそのままでいいからね。
教育係をつけるから、一通り教わって。
その間は悪いけど報酬が半額になる」
教育時間に関しては既に労働条件に書いてあったため承知している。
服装そのままというのが気になるが、手間が省けていいと考えることにしよう。
元気に返事を返し、むん、と気合を入れた。
3時間後
「エリン、三番にお客さん入ったよ!」
「はーい!」
二時間に及ぶ教育の下、問題無く働けるようになったエリン(エルウィン)は混み合い始めた店内を忙しく歩き回っていた。
言われた通り、三番テーブルにお冷とメニューを持って行く。
一礼してお冷を置き、メニューを手渡しながら教わった通りの台詞を言う。
「これはこの店が作ったメニューの一つだ。上手く使いこなせよ」
どうやら常連らしく、すぐにメニューの一ページを開いてその中の料理名を指差す。
「コノリョーリヲツクルノデス!」
「そんな注文で大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない」
注文を受けると、また一礼して厨房に伝える。
「……何なんだこの店」
ぽつりと呟いた。
三.邂逅
「はぁ、はぁ……っく、『マルタイル』発動準備!」
『承認。
目標捕捉開始―――全三百二十五、照準。発動準備完了』
「『光よ、貫け』」
天へ振り上げた大剣を指揮するように正面へ勢い良く向けると、エルウィンの周囲に展開した光球から光線が発射された。
あるものは真っ直ぐに、あるものは弧を描き、しかし全ては戦闘を行っていた兵を一人一人正確に貫き、昏倒させる。
全員の戦闘不能を確認すると、また少し離れた戦闘地域へと文字通り飛んで行く。
今回の調停は、ルーシャ皇国とフィオン王国の戦争だ。
いつも通りに大規模戦闘が起こったところに割って入ろうと考えていたが、そうは行かなかった。
両国は同等の国力、豊富な資源を持つ。当然兵力も大きい。
だからこそ、正面からの大激突を望まなかった。
結果、多数の小規模部隊が互いの兵站を切って敵の背後に回ろうとするという、調停するには非常に厄介な構図となっていた。
力は無制限に等しいとはいえ、エルウィンも人の子。精神的な疲労は蓄積される。
もう数え切れない程の部隊を活動不能に持ち込んだ。そろそろ上層部が異変を感じてもいい筈だ。
作戦が停止し、間が空いたところで総指揮官と接触すれば良い。
―――のだが、未だ兵を退く様子は見られない。ならばエルウィンも休んではいられない。
力をレーダーのように使用し、人の集団をピックアップ。それを千里眼で視認する。
最も近いのは北東に二里の位置。直ぐ様飛んで行く。
……と、
「っ!?」
尋常ならざる悪寒を感じ、蜻蛉を切って半里を下がる。
何が、と確認しようとした瞬間―――大地を、闇が真っ二つに裂いた。
遅れて、さながら噴水のように大量の土砂が吹き上がる。
その土砂の津波の範囲内には、今さっきまで調停しようとしていた部隊がいて。
「デュナミス!『イージス』発動準備!」
『承認。
範囲指定開始―――確定。発動準備完了!』
大剣を水平に構え、宣言する。
「『光よ、包め!』」
部隊を一人も漏らさず包むように大地から光が湧き上がり、一瞬の後、半球状に光の壁が展開する。
突然の土砂の津波や光のドームに反応出来ない兵士達を、莫大な質量に負けることなくしっかりと護りきった。
間に合ったことにエルウィンは安堵し、しかし気を抜くことなく正面を見据える。
するとそこに、いつの間に現れたのか男が浮かんでいた。
一目見た瞬間、エルウィンは『夜』を連想した。
ぞろりと足首まで伸びる黒い……いや、夜色のローブに、背中まで垂れる黒の長髪。
何より、左手に下げた禍々しい装飾の大剣。闇が纏わりつき、より一層の邪悪さを発している。
間違いない。先程の一撃はこの剣によるものだ。
そう確信し、反射的に構えをとる。
すると向こうもこちらに気付いたのか、顔を向けてきた。その顔には何の表情も浮かんではいない。
街に立てば女性の十人に九人は頬を染めるであろう容姿だが、エルウィンは怒りに顔を紅潮させた。
ここは誰が見ても分かる戦地。そこであんな大規模な攻撃をすれば、間違いなく多くの人間が死ぬ。
そんな行為をした後に、何も感じていない人間。とても受け入れられはしない。
今にも飛び出しそうな身体を抑えつつ、エルウィンはゆっくりと口を開いた。
「貴方、何故こんなことを?」
「貴女、何故あんなことをする?」
同時に同じことを黒衣の男も問い掛けてきた。
互いに眉を顰める。
とはいえその問いには明確な答えを返せる。
「決まっています。あんな大量の土砂を被れば、到底生きていられないからです」
「こちらとて決まっている。防御などするから、殺し損ねたではないか」
その言葉に、エルウィンの顔が憤怒に染まっていく。
対する男も、不愉快そうに顔を歪ませる。
一触即発の空気の中、予想外の声が響いた。
『……久しぶりだな。調停の剣』
『……二度と会いたくなど無かったがな。仲裁の剣よ』
その言葉に驚き、二人は自分の大剣に視線を向ける。
「デュナミス、あの剣のこと知ってるの?」
『ああ。
不愉快なことだが……調停の剣たる我と対に作られた仲裁の剣、エネルゲイア。
秩序を司る我とは逆に、混沌を司る剣だ』
『不愉快なのは己の方だ、調停の剣。
未だに甘ったるい発想で活動しているのか』
『そう言う貴様こそ、血生臭い手段を捨てられないようだな』
そうして沈黙する二本。言葉は要らないとばかりに、今にも力を発揮せんとデュナミスは光を、エネルゲイアは闇を周囲に躍らせている。
こちらも一触即発といった雰囲気に、二人は困惑する。
だが、ふとその緊張が消えた。
『……我等の力に上下が無いのは百も承知』
『……対として作られた故に、な。
己は御前の防御を抜くことが出来ず、御前の力は己に届かん』
「……事情はよく分からないが……今は退く、ということだな?エネルゲイア」
『ああ。気に入らないが、正面からでは倒せまい』
そんな会話をし、背を向ける黒衣の男。
大剣の纏う闇が男の足元に集結する。
去ろうとする気配を感じ取ったエルウィンは、その背中に声を掛けた。
「―――私は、エルウィン。調停の聖剣『デュナミス』の現契約者。
貴方の名前は?」
男は振り向くことなく、
「……ジューダス。仲裁の魔剣『エネルゲイア』の現契約者」
そう言葉を残し、爆風と共に飛び立つ。
あまりの風に一瞬目を閉じる。目に開けた時、既に男は地平線の彼方におり、それもすぐに見えなくなった。
どうやらあの闇を足元から噴出することで推進力としているようだ。
「……ジューダス。許さないぞ、絶対に」
多くの人間を危険に晒し、罪悪感も何も無い様子だった。
エルウィンの在り方とは真っ向から対立する存在だ。
許さない。必ず、更生させる。
そう誓い、少女はぐっと拳を握り締めた。
四.二本の剣
「んー……ちょっと癪だけど、結果オーライではあるのかな?」
分厚い本をぺらりぺらりと捲りながら、呟く。
インデン共和国の首都バグド、その中心地にある国立中央図書館の一角。
エルウィンは備え付けの机に本を積み上げ、念入りに内容を確認していた。
その種類は歴史や考古学、神話や民俗、果てには魔術書といったもの。
ちょっとだけ力を使い、脳の処理能力を上げている為、実際には相当なペースで読み進めている。
そんなことを朝から晩まで続け、もう三日目になる。
『……ふん。奴のことだから、考え無しに適当に斬っただけであろうよ。
あれほど大きな力を使って何の結果も出なかったのだから、相当な馬鹿者よな』
傍らの壁に立て掛けたデュナミスが、不機嫌な様子で辛辣な悪口を放つ。
二人が話すのは、先日の黒衣の男―――ジューダスと、魔剣エネルゲイアのことだ。
幸いにも被害範囲にいたのはエルウィンが護ったあの一部隊だけで、死傷者は出なかった。
そして、戦争も無期休戦……事実上の終結となった。
理由は、ジューダスの放った一撃。
あの闇の斬撃は大地を五里に渡って深く抉り取り、舞い上がった土砂は小さな山をつくる程だった。
結果出来上がったのは、長大な峡谷。
そんな場所を進軍できる筈も無く、また国境が接しているのはその地域しかないことから、
戦闘続行困難となり、両国は会議の末に休戦協定を結んだ。
「それより、ちょっとは思い出せた?あの剣のこと」
『いや、新たに思い出したことは無い。以前に一度伝えた情報が全てだ』
あの邂逅の後、エルウィンはデュナミスから出来る限りの情報を聞き出した。
彼と彼の剣が自分達の目的の大きな障害となるのは間違いないからだ。
デュナミスが覚えていた情報を纏めると、
エネルゲイアとデュナミスはある魔法遣いにして刀匠が作り上げた意思持つ剣。
先にエネルゲイアを創り出したが余りに凶暴であった為、そのストッパーとしてデュナミスを創った。
周囲のマナを変換して蓄えるエネルゲイアに対し、デュナミスはマナを直接使用する。
性能は前者が攻撃・破壊特化。後者は攻撃面を除くオールラウンダーで特に防御面に優れる。
瞬間的な出力はエネルゲイアが上。しかし溜め込んだ分を使い切ると蓄積にしばらく掛かる。
周囲に存在するマナを直接操作するデュナミスは持久力で勝る。無制限と言ってもいいほどに。
というように何から何まで両極に存在する剣なのだ。
ここから分かるのは、両者が戦ってもまず間違いなく決着は着かないということ。
瞬発力で上回るとはいえ防御に優れるデュナミスの結界を抜くには至らない。
溜め込んだエネルギーが枯渇したとしても、エネルゲイアを破壊、もしくは契約者を殺傷する手段がデュナミスには存在しない。
だが、打倒しなければならない相手だとエルウィンは考えた。
古の偉人は言った。敵を知り己を知れば百戦危うからず、と。
だからこの三日間、ひたすらに情報を集めている。
エネルゲイアのあの闇の一撃は大技であるらしく、蓄積に数日かかるだろうとデュナミスの見立て。
既にある程度の情報は揃った。打倒するべく策も立てた。
知りたいことは、あと―――
五.決戦
刀と刀が打ち合う。槍と槍が交差する。
砲声と咆声がびりびりと肌を震わす。
ヤマト列島中央部、シマヅ軍とマツダイラ軍の覇権を巡った決戦。
その地を一望できる場所……目も眩む高さの天空に、エルウィンは浮いていた。
「準備はいい?デュナミス」
『万端だ、我が主よ』
・・・・・・・・・・・
「よし。地平線の果てから見えるくらいに行くよ。
『ファフニール』発動準備!」
『承認。発動準備開始』
その言葉と共に、天へ振り上げた剣先に光が収束していく。
拳大から抱えるほど、人一人を包めるほどにと膨張を続ける。
どんどんと大きくなり、民家ほどの大きさになる。
その輝きは太陽と見紛うほどだ。
『圧縮』
ヴン、という不思議な音と共にまた拳大へと圧縮され、少女の胸元で停止した。
『発動準備完了』
報告を聞いて一つ頷くと、エルウィンは大きく拳を振りかぶり、
「いっ……けぇぇぇぇー!」
思い切りブン殴った。
少女の腕力では有り得ない剛速球となった光球は高速で地上へと向かう。
それが地表へと到達する瞬間、叫んだ。
「『光よ、爆ぜよ!』」
宣言と共に光球は急速に膨張し、地表から離れたエルウィンですら耳を覆うほどの轟音と目を焼く閃光が弾着点から半径一里に渡って地上を包んだ。
光が収まった時、範囲内全ての人間はその場に倒れ伏していた。あまりの音量に意識を保てなくなった為だ。
離れていた者も、突然の光に視界を奪われ動けなくなっている。
だがエルウィンはそんな結果には目もくれず、きょろきょろと周りを見渡す。
と、ある方向で目を留めた。力強く笑う。
「やっぱり来ましたね……」
それは高速で飛来する黒点。地平線の果てに見えたかと思うと、一瞬にして目の前で停止した。
「―――ジューダス!」
名を呼ばれた黒衣痩躯の男は、不愉快そうに眉を顰める。
「お前は確か、前に邪魔をしてくれた……エロリン」
脱力して落ちそうになった。
「エルウィンです!何ですかエロリンって!」
頬を膨らませてぷんぷんと怒るエルウィン。
「そんなことはどうでもいい」
無表情に一蹴して、眉を寄せてエルウィンの方を睨み付ける。
「それより、『やっぱり来た』ということは……俺を呼び寄せる為にわざわざこんな大きな狼煙を上げたのか?」
「呼ぶ為だけ、というわけじゃないですけどね。
この戦争を止めたかった。だからついでに目立つ技使って呼び寄せようと思っただけです」
「……ふん、俺もどちらにしろ此処へ来るつもりだったさ。
この島で一番大きな争いになりそうだったからな」
でも、と言葉を続けた。
「お前を排除してからでも遅くはない」
『御前としてもさっきのは大技だったろう、調停の剣?
消耗しないわけではないのだから、今なら勝ち目も見える』
そう戦意を見せ、ジャキ、と剣を構える。
応じてエルウィンも構えた。
「仲裁の魔剣が主、ジューダス」
「調停の聖剣が主、エルウィン」
『いざ―――』
『参る!』
世界を左右する力を持つ二人にして四人が、激突する。
決戦は打ち合いから始まった。
切断力を纏った闇の剣と打撃力を与える光の剣がぶつかり合う。
「はぁっ!」
「ふっ!」
ガガキキキキキキ!と一つの音に等しい高速の剣戟音が鳴り響く。
身体能力の上昇と共に全身各部や剣身から闇を噴出することで加速させるジューダスに対し、
大気操作と重力操作で極限まで抵抗を減らし、有り得ない速度で剣を動かすエルウィン。
スピードは互角。腕も互角。
そのまま数十手を打ち合った後、大きくぶつけ合って距離を空ける。
下がり切った瞬間には、既に闇と光が収束していた。
「『闇よ、貫け』」
「『光よ、貫け』」
瞬時に展開した黒と白の光球から互いへ三千二百の光線が飛び、空中で相殺して消えた。
視界が晴れると、そこにジューダスの姿は無く、
「『闇よ、断て』」
少女の背後から巨大な闇の刃が迫る。
だがエルウィンは振り向くことなく―――そのまま断たれた。
「……は?」
意外な決着にぽかんと口を開けて呆気に取られる。
そこへ、
「『光よ、降れ』」
頭上から多数の光柱が降り注ぐ。
反射的にジューダスは身を捻り、そのままジグザグ軌道で合間を縫って回避する。
「ありゃ、成功したと思ったんですけど」
振り向いたジューダスの前方、断ったエルウィンの上方に少女がいた。
大気と熱の操作による蜃気楼を利用しての不意打ち。
それを悟ったジューダスは顔を怒らせる。
「その程度で倒せると思われては……困る、な!」
剣を一振りし、闇の円盤を飛ばす。
エルウィンはくるりと回転して容易く回避し、そのまま距離をとる。
「やっぱり一筋縄ではいかないね」
『当然だ。でなければとっくの昔に我が封印なり何なりしておる』
策の一つを潰されたというのに、エルウィンの顔には未だ強気の笑みが浮かんでいる。
その事実と今使われた奇策にジューダスが警戒して動きを止めた。
「じゃあ正攻法で行きましょう……か!」
接近。その周囲には既に光球が浮いている。
先程の比ではない少なさだが、接近戦の補助ならば十分な数。
応じてジューダスも闇の矢を生み出し、光球に対して攻撃を加えながら剣戟を繰り出す。
剣と剣、力と力。ぶつけ合いながら、エルウィンは感情のままに言葉を放つ。
「どうして!どうして人を殺そうなんてするんですか!」
ジューダスも、憎しみを剥き出しにして応える。
「俺の目的の邪魔だからだ!
俺の目的に、あんな奴らは要らない。全て消えて無くなればいいんだ!」
「いいえ、そんな必要は無い!人を殺さないと叶わない願いなんてありません!」
「お前に何が分かる!安穏と暮らしてきた……お前に!」
「分かります!」
必死に剣を振り、光球を操作しながら言う。
確かに自分はジューダスの事を何も知らない。過去に何があって今何を考えているのか。
それでも分かることが一つだけある。
届けと、願いながら。
「貴方の願いは―――私と同じだからです!」
ジューダスが目を見開く。
そう。
それが、ジューダスの行動を振り返り、記録を掻き集め、ようやく分かったこと。
「貴方も……貴方も、この世界から争いを失くしたいのでしょう!?」
考えれば、既に答えは示されていたのだ。
他の要素が完全に両極に位置していた為に、共通するそれに気付かなかった。
エネルゲイアとデュナミス。『仲裁の魔剣』と『調停の聖剣』。
『仲裁』と『調停』。どちらも争いに介入して止めるという意味では同じ言葉だ。
民俗学の書物の一項。北限のある地域に伝わる昔話。
俗世を離れて暮らす賢者が一人の王に頼まれて一本の剣を作った。
王は絶大な力を誇るその剣を用いて乱れる国を平定した。
欲の出た王は周辺国も侵略しようと剣を振るうと、その剣は力を失い、逆に攻め滅ぼされてしまった。
またある時、盗賊の被害に悩む一人の村人が賢者の下を訪れ、一本の剣を受け取った。
村人はその力で村を護ったが、その後盗賊団のアジトへ乗り込んで盗賊を懲らしめようとすると、剣は力を失い、村はまた元通り盗賊被害に遭うことになった。
約束を守らないと罰が下る、という話なのだが、エルウィンには単なる作り話には思えなかった。
二本の剣と、本来の目的を破ることは出来ない……つまりは契約違反。偶然の一致にしては出来すぎていた。
「―――その通りだ。だったら、分かるだろう」
どちらからということもなく剣を離し、二人は一定距離でゆっくりと円を描くように飛ぶ。
しかしエネルゲイアは闇を、デュナミスは光をそれぞれ帯びている。
「人は争う。争うように作られている。
だが争いを避ける思考もまた持っている。
ならば争う人間を絶対的な力を示して排除すれば、人は争いを避ける傾向を強める。
続ければ必ず平和な世が生まれる筈だ」
「前半部分には同意です。人は争うし、争いを止める意思もある不思議な生き物です。
だから争いに介入して止め続ければ、いつか必ず平和な世になる。それが私の信念です」
「それは甘すぎる」
「そっちこそ乱暴すぎます」
「……言葉では平行線だな」
「悲しいことですが、そうですね」
「「なら―――」」
ぴたりと静止し、改めて剣を構える。
「最早語る言葉無し」「強引に話を聞かせるだけですっ!」
再度の激突。
剣の動きは更に速く、強くなり、傍から見れば何十本もの剣を同時に振るっているようにしか見えないだろう。
距離を取ってジューダスが闇の矢を発射すると、エルウィンは光の球を展開、迎撃し切れない分は複雑な軌道で回避する。
そのまま背後を取ったエルウィンが巨大な光の壁をぶつけると、ジューダスはそれ以上の闇の刃で切り裂く。
そして剣で切り結び、距離が開いては撃ち合い。
繰り返す内、ジューダスの顔に焦りが見え始める。
エネルゲイアは長期戦に向かない。拮抗した状況はデュナミスの利にしかなり得ない。
それを見たエルウィンは―――剣を強くぶつけて距離を取ると、そのまま止まった。
怪訝な顔をするジューダスに、笑顔で語りかける。
「全力で来て下さい」
『なっ……!?』
エネルゲイアの驚きの声を心地よく感じながら、エルウィンは言葉を続ける。
「このまま戦えば貴方のエネルギー切れで私が勝ちます。
それでは決着がつきません。
……さぁ、貴方の全力を見せて下さい」
剣を下げたままニコニコと笑顔を浮かべるエルウィンだが、その目には明らかな戦意がある。
驚愕の表情でその言葉を聞いていたジューダスは、意味を呑み込むと憮然とした顔でちらりとエネルゲイアを見る。
何の言葉も返さないエネルゲイアに嘆息すると、きっと顔を引き締め、
「……その言葉、後悔させてやる!
エネルゲイア、『デモネス』発動準備!」
『了解!目にもの見せてやらぁ!』
そう言うと、ジューダスは剣から手を離し、腕を目の前で交差させて目を閉じる。
エネルゲイアは落ちることなく静止。
かっと目を見開き、腕を開いて身体を反らし、ジューダスが咆哮する。
「おおおおおお■■■■■■■■■―――!」
その声が人のものとは思えぬものに変わった瞬間、ジューダスの身体を闇が包む。
シルエットはそのままに、どんどんと大きくなっていく。
エルウィンの視界を覆うほどの巨体。
手足に鋭い爪が生え、二本の角が伸び、蝙蝠のような翼が広がる。
出来上がるのは、童話そのままの悪魔。人が豆粒に見えるほどの大きさだ。
完成と共に一咆え。ただの咆哮に、普通の人間なら意識を失うほどの力が込められている。
しかしそれを正面から受けたエルウィンは楽しげに笑い、
「こっちもいくよ、デュナミス!ボクらの全てを使って彼らを倒す!
『エゲル』発動準備!」
『応えよう、親愛なる我が主エルウィンよ!』
言葉と同時に、大地から空から―――見渡す限り光の粒子が発生した。
粒子はエルウィンに集まり、光で包んでいく。
一際強い光を放つのは、両手と背中。
光が収まり、現れるのは白銀の鎧を身に纏い、左手に大盾、右手に大剣、そして背中から雄々しい純白の翼を広げる戦天使の姿。
デュナミスを真横に振り抜くと、真っ直ぐに長大な光の剣が伸びた。
その長さは眼前に君臨する悪魔の全長の半分に達しようか。
天使と悪魔。あまりに出来過ぎな構図に、エルウィンは苦笑する。
「さぁ―――始めようか、本当の決戦を」
六.決着
空を見上げる兵士達は、ある者は呆然と見上げ、ある者は恐慌して駆け出し、ある者は両手を組み跪いて祈りを捧げた。
地上からでもありありとその大きさが分かる巨大な悪魔が爪を振るい、小さいながらも神々しく輝く天使が長大な光の剣で斬りかかる。
あまりにも異常で、あまりにも神秘的な光景。
だがその力の担い手は無邪気に、
「ははっ!凄いねジューダス!一発受けたら死んじゃいそうだよ!」
爆笑していた。
『楽しげに何を絶望的なこと言っておるか。このバトルマニアめ』
「それはそっちもでしょ―――っと!」
エルウィンが身を仰け反らせると、一瞬前まで身体のあった場所を爪が通り抜けていった。
間を空けずに逆の腕が飛んでくる。これは避けきれず、盾で受け流す。
この大きさにも関わらず、速度は剣の時とさほど変わらない。いや、先端部分の速さは剣より上がっているかもしれない。
まともに食らえば、エルウィンの予想通り木っ端微塵だろう。防護の力を鎧として纏っているとはいえ、大きなダメージを受けるのは間違いない。
しかし今のエルウィンのスピードは先程のそれを大きく上回る。
「せー……のっ!」
翼を一打ちした瞬間、エルウィンの姿が掻き消えた。
直後、悪魔の全方位に無数のエルウィンが現れ、同時に斬りかかる。
高密度の闇に対しては致命傷たり得ないが、身体の各所を削られ悪魔が声を上げる。
弧を描くように爪を薙ぐが、その時には既に無数のエルウィンの姿は消えていて、離れた場所にまた一人に戻ったエルウィンが浮いていた。
「あんまり効いてないね。密度が高すぎて刃が通らない」
『ほとんど全ての力を使って身体を構成しているのだから、並大抵の力では通らぬであろうよ。
代わりに大した遠距離技は持つまい』
「あの腕の長さ、近接って言っていいのかなぁ……」
硬度と破壊力を求めて巨体を構成したジューダスと、スピードと機動性を中心に据えたエルウィン。
共に決定打に欠けていた。
「■■■■■■■■■―――!!!」
おちょくられたように感じたのか、怒りの声を上げて悪魔が爪を繰り出す。
それを剣で受け、盾で流し、身を回して避けながら、エルウィンはちらりと周りを確認する。
(んー……まぁ、仕込みはこのくらいかな?)
専ら受けに回っていたエルウィンは、不意に悪魔の左肩へ向けて剣を向けた。
すかさず悪魔が右腕で受けた瞬間、光の剣が爆発した。
強烈な閃光に両手で目を覆う。
視界が晴れると同時、ガクンと悪魔の動きが止まった。
「やっぱり真正面からじゃキツいですからね。絡め手も使わせて頂きます」
動かない身体を不審に思って身体を見下ろした悪魔は、その理由を悟った。
「糸状にした光による束縛と、円環による全身各所の固定。加えてキューブ型結界。
そう簡単には動けませんよ」
先程の高速での攻撃の際、こっそり斬撃と同時に円環を仕込んだ。糸も一緒に空間に設置したものだ。
窪みで表された両目にどことなく抗議の視線を感じたエルウィンは苦笑して、
「言ったでしょう?私達の全てを使って倒す、と」
ゆっくりと剣を振り上げ、宣言する。
「『光よ、奪え』」
悪魔を囲う壁が発光し、悪魔がビクンと身体を震わせた。
キューブの光は徐々に強くなり、それと反比例するように悪魔はどんどん縮んでいく。
「■■■■■■あああぁぁぁ!」
地獄の叫びが人間の呻きに変わる頃、ジューダスの姿が現れる。
闇が完全に晴れたのを確認すると、エルウィンは結界を解除した。
束縛から放たれて落ちそうになるが、足元に闇を展開して再び浮遊する。
しかしその闇は弱々しく、ようやく浮いているといった風だ。戦闘などとても出来はしまい。
その様子を見て、エルウィンも装束を解除した。
「展開していた力は全て相殺させて頂きました。
私達の勝ちです」
肩で息をし、疲労困憊といった様子のジューダスは精一杯に皮肉気な笑みを浮かべ、
「はっ……あんなにも真っ直ぐなお前が、まさかあんな方法を取るとは……完全にしてやられた。
……それで、俺をどうする?お前の力じゃ俺をどうこうすることは出来ないぞ」
その通りだ。デュナミスに相手を傷つけることはできないし、精神干渉系は契約者たるジューダスには通じない。
問いに対してエルウィンは答えず―――デュナミスを背中に収め、右手を差し出した。
「私達の勝ちです。だから一つだけ、答えて下さい。
―――争いを止める為、私達と一緒に活動しませんか?」
「なっ……!?」
驚愕に震えるジューダスに、静かに言葉を続ける。
「私達は貴方が人を殺したことを知っています。しかし、それで戦争が止められたことも事実なんです。
それに、先日貴方達がやった地形の改変。貴方達には『戦争を不可能にする』力がある。
私達では争いを『止める』ことしか出来ないんです。出来なくなったわけじゃない。
だから貴方達と一緒に働けば、もっと上手く平和にできる。そんな気がするんです。
……一緒に、来てくれませんか?」
「……いいのか?まだ俺はお前の方法では世を救えないと思っている。
お前の近くに居ようとも、俺は俺の信念で動くぞ」
「それでいいんです。貴方は壊すことで、私は護ることで世界をより良く。互いにしか出来ないことがあるんです。
また人を害しようとしたら、今回みたいに全部私が止めますから」
元々、それがエルウィンのやり方だ。争おうとする人間を止めることで争いを減らしていく。
百回でも千回でも、相手が諦めるまで。
自信満々に豊満な胸を張るエルウィンに、ジューダスは呆れたように溜息を吐く。
「……それは負けた俺に対する嫌味か?」
「私達の方が強いのは事実でしょう?」
「それが嫌味だと言うんだ。
……全く、これがずっと続くと思うと溜息の二つや三つも吐きたくなる」
苦笑と共に漏れた言葉に、エルウィンの顔がぱぁっと輝いた。
喜色を全身で表し、全力加速でジューダスに抱きつく。
「ごふぁっ!
……げほっ、げほっ……お、墜ちるかと思った」
「良かった、良かったです!これから一緒に頑張りましょうね!」
無邪気な子供のように喜ぶエルウィンを怒るに怒れず、ジューダスは苦笑。
『云千年越しの協働、といったところかな?仲裁の剣』
『……ふん』
しばらくしてエルウィンが落ち着いた頃。
「しかし、お前もそれなりの歳だろう。男に抱き着くというのはどうなんだ」
その言葉にきょとんとした後、何かに気付いたようにはっとする。
「あ、そういえばそうでしたね。今は女の子なんでした」
その言葉にジューダスは怪訝な顔をして、ふと得心したように頷く。
「ああ、成程……お前もそうなのか」
「?」
理解できず小首を傾げるエルウィン。
そんなエルウィンに対して、秘密をばらすようにそっと語る。
「エネルゲイアの契約条件には二つあってな。
一つは、心から平和を願うこと。
もう一つは……自分の身体に一つ、余計なものを得て生きること」
デュナミスの契約条件と対になる内容だ。
確か自分の時は大事なものを捧げて……と思い出した瞬間、気付いた。
その顔を見て、ジューダスが悪戯っぽく笑う。
その表情はどこか勝気な女性のようで―――
「そう。俺……いやあたしは、女性には有り得ないものを身に得ることを条件に契約した。
ジューダスってのは偽名で、本名はジュリアって言うんだ」
「……え?ええええぇぇぇぇぇー!?」
『主よ。次の戦場は何処だ?』
「さっき終わったばっかりじゃないか。このバトルマニアめ。
……ええと、近隣で大きな戦争しているのは……ガルマン公国とロマーネ民国か。
兵力はロマーネの方がかなり有利だけど、ガルマンがとにかく軍事技術の研究に力を入れてるらしいね。
少ない兵数で作戦を組み立てるガルマンにロマーネが翻弄されてる形か。
……でも近々大きな戦闘の動きがある。互いに四割近い兵力を同じ戦線に集結させてる」
『それを吹き飛ばせばいいのだろう?』
「……お前、本当に平和を望む聖剣か?魔剣に改名した方が良いんじゃないのか?
まぁ殺傷はしないけどさ……」
豪奢なドレスを着た少女が、荒野を一人歩きながら何かと会話をする。
応じる声の出所は少女の背中、これまた華美な装飾がなされた大剣だ。
太古より伝わりし意思持つ武器、聖剣『デュナミス』。
世界とリンクし、所有者に莫大な力を与える宝具。
しかし契約した者以外にとっては単なる剣。いや、斬るどころか叩いても怪我一つしないナマクラ以下の役立たず。
王国の宝物庫に保管されていたところを、ある国民が挑戦を申し出て契約を交わした。
それが現契約者、エルウィン。
『死なずにいればやり直せる。五体満足であれば尚更のこと。
我は争いの調停の為に存在しているのだから』
「はいはい、耳にタコが出来るほど聞きましたよー、っと」
ひょい、と転がっていた大きな石を飛び越えながら、うんざりしたような口調で言った。
エルウィンが契約するまで放置されていたのは、その契約条件故だ。
条件は二つ。一つは、心の底から平和を望むこと。この時点でまともに使えない、と多くの人間が諦める。
もう一つが、その者の大切な何かを代償として捧げること。それが代償に値するかどうかは剣の意思による。
条件付の力に、多大な代償。
しかも契約に失敗しても捧げたものは戻らないとあって、そこで残りの人間が諦める。
メリットを感じない賭けなどする者はいない。リスクも曖昧かつ危険度が高い。
だがエルウィンは条件を満たし、契約に成功した。
その捧げたものとは―――
『しかし汝は法衣が似合う。元が男子だとは思えぬほどにな』
「……それも聞き飽きたからもう言わないでくれ……」
契約時、エルウィンは開口一番聖剣デュナミスに向かって宣言した。
『男としての誇りを賭けて世界を守る』と。
聖剣はその言葉を聞き入れ、男の象徴たる男性器と引き換えに契約成立と相成った。
意気込みを示すだけのつもりだったエルウィンは斯くして男を失い女になったのだった。
二.調停の聖剣
大地を震わす軍団の疾走。
大気が戦慄く鬨の声。
ガルマン・ロマーネ戦争の中でも最大、グリーテン戦線で、
今両軍が一戦線に投入できる最大の兵力を集結させ、戦闘開始の角笛が両軍から響き渡ったところだ。
槍兵が陣形を組んで激突し、空を矢が埋め尽くす。無数の騎兵が縦横無尽に駆け回る。
数はやはりロマーネが圧倒しているが、ガルマンは最近実戦配備に至ったカノンと呼ばれる新兵器を多数投入している。
その射程は戦線の端から端まで届き、その威力は一発で十の歩兵を吹き飛ばすという、脅威の兵器だ。
戦力は恐らく互角。だが一つ分かることは、この戦闘で多くの命が失われる。
それを近くの高台から見下ろすエルウィンの目には悲しみと共に決意の炎が表れていた。
熱い感情を胸に秘め、ゆっくりと『デュナミス』を正眼に構える。
「互いに生活を豊かにする為、互いのモノを奪い合い、結果互いに衰える。
それを止めるのがボクらの役割であり、願い。
デュナミス、『アル・アラベスク』発動準備」
『承認。
発動範囲を指定する』
応じる言葉と同時に、長さ一里、幅八町に渡って大地から光の粒子が湧き上がる。
それは激突を続ける両軍の先頭だけでなく、後尾まで包んで余りある広さ。
『範囲確定。発動準備完了。
我が主よ』
「うん」
正眼の構えから、腰を捻り、片手で大剣を逆の肩の後ろに回して力を蓄える。
光の粒子にも気付かず一心不乱に戦闘を続ける最先頭。そして粒子に気付きざわめく後尾。
その光景を見据えながら、『デュナミス』を胸の高さで真一文字に振り抜き、一人にして二人は宣言した。
「『光よ、咆えろ』」
瞬間、光の粒子が覆う範囲全てを大地からの極光が薙ぎ払った。
予想だにしない方向からの攻撃に、範囲内全ての兵士は抵抗も出来ず吹き飛ばされる。
範囲外に陣を張っていた両軍指揮所は突然の事態に反応が取れない。
当たり前だ。両軍の八割以上を一度に吹き飛ばすなど、誰が想像できようか。
そこに、頭の奥から声が届く。それは可憐な少女の声で、
(聞こえていますか?私はエルウィンと申します。
調停の聖剣『デュナミス』の名の下に、この戦争を調停致します。
即刻戦闘行動を停止し、両国間の会議を行い終戦を宣言しなさい。
……戦闘を続行するというのなら、何度でも止めましょう。
どうか退いて下さい。和議の内容にまでは口を挟みませんから)
「ほ、報告します!
先程の謎の光により、兵の過半数が戦闘不能っ!
詳細な数は現在調査中ですが、倒れている兵は目測で八割前後と見られます!
倒れていない者も、不思議な声に戦意を失っている模様っ!
また、今分かっている限り死傷者は無し!全員意識を失っているだけとのことです!」
ガルマン軍の陣中に伝令が飛び込み、状況を知らせる。
ガルマン軍総指揮官、将軍モルタケはその内容に恐怖……いや、畏怖を覚えた。
これだけの兵を一方的に、怪我すら負わせることなく無力化する。
信仰心の篤い方ではないモルタケにも、それは容易く神の御業を思わせた。
しかし高圧的ではなく、母のような優しさすら感じさせるその声。
思わず、ぽつりと呟いた。
「エルウィン……神の遣い……」
その後、『聖女エルウィン』の噂は爆発的に広まり、それはそれは美しい肖像まで勝手に作られ、
何も知らない周囲の皆から理想の聖女像を自分の名前で語られるエルウィンは、一人恥ずかしさに悶えることになったのだった。
間.先立つもの
莫大な力を与える聖剣『デュナミス』と、現契約者エルウィン。
彼と彼女は、世界中の戦争を調停して回っている。
その力は、地平線の果てまで届き、打ち倒せないものはない。
一瞬にして万里を駆け、天を自在に飛ぶことすら可能とする。
しかしそんな聖剣にも出来ないことがある。
それは―――
「……旅費、そろそろ無くなりそうだね」
『……うむ』
頭に美を付けても誰も否定しないであろう少女は、しかしその可愛らしい顔をげんなりさせて、
背中の不釣合いなサイズの大剣と会話をする。
そこそこ大きな街、ノールズの中心地から少し外れたところ。住宅街近くの商店街を歩いていた。
「……ぽんっとお金生み出したり出来ない?」
『……生み出すことは容易だが、通貨の仕組みが崩れる。
人の作った理念とはいえ、理に反することは出来ん』
「だよね……」
通常なら三日かかる道程を一瞬で移動するのは良いのかとも思うが、
あくまで人間の限界を超えてるだけで理には反してないのだという。
だが通貨のシステムは一から十まで全て人間が作ったものだから、それを崩すのは世界を安定させる聖剣として自己否定に繋がり、出来ないらしい。
まぁそれはともかく……
「お金、調達しないと……ん?」
即席の運送業(『3秒で世界の果てまで配達!』が売り)あたりが手早く儲かるので、
残金で看板の材料でも買おうかと考えて店を探していると、
『店員募集中!』の看板が目に留まった。
近づいて詳細を見ていると、店の売り子を募集しているようだ。時間の割に給金も中々で、日数単位での労働も可だという。
好条件だが、接客業。どうしようかと考えていると、店内から若い男が出てきた。
「いらっしゃいま……お、君は売り子の希望者さん?
見た目も中々……ちょっと詳しい話聞いてってよ!」
笑顔で店内に引きずり込まれそうになる。
「え、ちょ、待っ―――」
振り払おうにも男と女の腕力差だ。力を使ったら吹き飛ばしてしまいそうだし、相手は害意が無いのでそもそも使えない。
それに、希望者であるのは事実なので抵抗もし辛い。
あれよあれよという間に、奥の部屋へと連れ込まれてしまった。
「さて……それじゃ可愛いお嬢さん、この紙読んで、こっちの紙を書いて貰えるかな?」
先に手渡されるのは、労働条件や遵守事項を詳細に記したもの。強引な勧誘の割には内容もしっかりしており、少し驚く。
仕事は飲食店の接客のようだ。特に怪しいところはない。
もう一つが、プロフィールに関するもの。名前や性別、年齢、宗教、特技、希望の労働期間など。出身地が必要無いのは旅人に対する配慮だろうか。
先に渡された紙をじっくり読み込んで不審な点が無いことを確認し、後に渡された紙を書いた。
エルウィンの名は最早老若男女問わず有名なので偽名を用いる。
この程度の嘘なら聖剣として許容できるようだ。愛称のようなものとして解釈できるらしい。
一通り書いて渡すと、若い店員はさっと目を通した後に懐へ仕舞い込んだ。
そして爽やかな笑顔で右手を差し出してくる。
「ようこそ、喫茶店『エル・シャダイ』へ!
私は店長のバートン。
短い間だけど宜しく頼むよ」
「はい、誠心誠意働きますので宜しくお願いします」
店員ではなくなんと店長だったらしい。随分と若い店長だ。
こちらも右手を差し出し、契約完了の握手を交わす。
「服装はそのままでいいからね。
教育係をつけるから、一通り教わって。
その間は悪いけど報酬が半額になる」
教育時間に関しては既に労働条件に書いてあったため承知している。
服装そのままというのが気になるが、手間が省けていいと考えることにしよう。
元気に返事を返し、むん、と気合を入れた。
3時間後
「エリン、三番にお客さん入ったよ!」
「はーい!」
二時間に及ぶ教育の下、問題無く働けるようになったエリン(エルウィン)は混み合い始めた店内を忙しく歩き回っていた。
言われた通り、三番テーブルにお冷とメニューを持って行く。
一礼してお冷を置き、メニューを手渡しながら教わった通りの台詞を言う。
「これはこの店が作ったメニューの一つだ。上手く使いこなせよ」
どうやら常連らしく、すぐにメニューの一ページを開いてその中の料理名を指差す。
「コノリョーリヲツクルノデス!」
「そんな注文で大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない」
注文を受けると、また一礼して厨房に伝える。
「……何なんだこの店」
ぽつりと呟いた。
三.邂逅
「はぁ、はぁ……っく、『マルタイル』発動準備!」
『承認。
目標捕捉開始―――全三百二十五、照準。発動準備完了』
「『光よ、貫け』」
天へ振り上げた大剣を指揮するように正面へ勢い良く向けると、エルウィンの周囲に展開した光球から光線が発射された。
あるものは真っ直ぐに、あるものは弧を描き、しかし全ては戦闘を行っていた兵を一人一人正確に貫き、昏倒させる。
全員の戦闘不能を確認すると、また少し離れた戦闘地域へと文字通り飛んで行く。
今回の調停は、ルーシャ皇国とフィオン王国の戦争だ。
いつも通りに大規模戦闘が起こったところに割って入ろうと考えていたが、そうは行かなかった。
両国は同等の国力、豊富な資源を持つ。当然兵力も大きい。
だからこそ、正面からの大激突を望まなかった。
結果、多数の小規模部隊が互いの兵站を切って敵の背後に回ろうとするという、調停するには非常に厄介な構図となっていた。
力は無制限に等しいとはいえ、エルウィンも人の子。精神的な疲労は蓄積される。
もう数え切れない程の部隊を活動不能に持ち込んだ。そろそろ上層部が異変を感じてもいい筈だ。
作戦が停止し、間が空いたところで総指揮官と接触すれば良い。
―――のだが、未だ兵を退く様子は見られない。ならばエルウィンも休んではいられない。
力をレーダーのように使用し、人の集団をピックアップ。それを千里眼で視認する。
最も近いのは北東に二里の位置。直ぐ様飛んで行く。
……と、
「っ!?」
尋常ならざる悪寒を感じ、蜻蛉を切って半里を下がる。
何が、と確認しようとした瞬間―――大地を、闇が真っ二つに裂いた。
遅れて、さながら噴水のように大量の土砂が吹き上がる。
その土砂の津波の範囲内には、今さっきまで調停しようとしていた部隊がいて。
「デュナミス!『イージス』発動準備!」
『承認。
範囲指定開始―――確定。発動準備完了!』
大剣を水平に構え、宣言する。
「『光よ、包め!』」
部隊を一人も漏らさず包むように大地から光が湧き上がり、一瞬の後、半球状に光の壁が展開する。
突然の土砂の津波や光のドームに反応出来ない兵士達を、莫大な質量に負けることなくしっかりと護りきった。
間に合ったことにエルウィンは安堵し、しかし気を抜くことなく正面を見据える。
するとそこに、いつの間に現れたのか男が浮かんでいた。
一目見た瞬間、エルウィンは『夜』を連想した。
ぞろりと足首まで伸びる黒い……いや、夜色のローブに、背中まで垂れる黒の長髪。
何より、左手に下げた禍々しい装飾の大剣。闇が纏わりつき、より一層の邪悪さを発している。
間違いない。先程の一撃はこの剣によるものだ。
そう確信し、反射的に構えをとる。
すると向こうもこちらに気付いたのか、顔を向けてきた。その顔には何の表情も浮かんではいない。
街に立てば女性の十人に九人は頬を染めるであろう容姿だが、エルウィンは怒りに顔を紅潮させた。
ここは誰が見ても分かる戦地。そこであんな大規模な攻撃をすれば、間違いなく多くの人間が死ぬ。
そんな行為をした後に、何も感じていない人間。とても受け入れられはしない。
今にも飛び出しそうな身体を抑えつつ、エルウィンはゆっくりと口を開いた。
「貴方、何故こんなことを?」
「貴女、何故あんなことをする?」
同時に同じことを黒衣の男も問い掛けてきた。
互いに眉を顰める。
とはいえその問いには明確な答えを返せる。
「決まっています。あんな大量の土砂を被れば、到底生きていられないからです」
「こちらとて決まっている。防御などするから、殺し損ねたではないか」
その言葉に、エルウィンの顔が憤怒に染まっていく。
対する男も、不愉快そうに顔を歪ませる。
一触即発の空気の中、予想外の声が響いた。
『……久しぶりだな。調停の剣』
『……二度と会いたくなど無かったがな。仲裁の剣よ』
その言葉に驚き、二人は自分の大剣に視線を向ける。
「デュナミス、あの剣のこと知ってるの?」
『ああ。
不愉快なことだが……調停の剣たる我と対に作られた仲裁の剣、エネルゲイア。
秩序を司る我とは逆に、混沌を司る剣だ』
『不愉快なのは己の方だ、調停の剣。
未だに甘ったるい発想で活動しているのか』
『そう言う貴様こそ、血生臭い手段を捨てられないようだな』
そうして沈黙する二本。言葉は要らないとばかりに、今にも力を発揮せんとデュナミスは光を、エネルゲイアは闇を周囲に躍らせている。
こちらも一触即発といった雰囲気に、二人は困惑する。
だが、ふとその緊張が消えた。
『……我等の力に上下が無いのは百も承知』
『……対として作られた故に、な。
己は御前の防御を抜くことが出来ず、御前の力は己に届かん』
「……事情はよく分からないが……今は退く、ということだな?エネルゲイア」
『ああ。気に入らないが、正面からでは倒せまい』
そんな会話をし、背を向ける黒衣の男。
大剣の纏う闇が男の足元に集結する。
去ろうとする気配を感じ取ったエルウィンは、その背中に声を掛けた。
「―――私は、エルウィン。調停の聖剣『デュナミス』の現契約者。
貴方の名前は?」
男は振り向くことなく、
「……ジューダス。仲裁の魔剣『エネルゲイア』の現契約者」
そう言葉を残し、爆風と共に飛び立つ。
あまりの風に一瞬目を閉じる。目に開けた時、既に男は地平線の彼方におり、それもすぐに見えなくなった。
どうやらあの闇を足元から噴出することで推進力としているようだ。
「……ジューダス。許さないぞ、絶対に」
多くの人間を危険に晒し、罪悪感も何も無い様子だった。
エルウィンの在り方とは真っ向から対立する存在だ。
許さない。必ず、更生させる。
そう誓い、少女はぐっと拳を握り締めた。
四.二本の剣
「んー……ちょっと癪だけど、結果オーライではあるのかな?」
分厚い本をぺらりぺらりと捲りながら、呟く。
インデン共和国の首都バグド、その中心地にある国立中央図書館の一角。
エルウィンは備え付けの机に本を積み上げ、念入りに内容を確認していた。
その種類は歴史や考古学、神話や民俗、果てには魔術書といったもの。
ちょっとだけ力を使い、脳の処理能力を上げている為、実際には相当なペースで読み進めている。
そんなことを朝から晩まで続け、もう三日目になる。
『……ふん。奴のことだから、考え無しに適当に斬っただけであろうよ。
あれほど大きな力を使って何の結果も出なかったのだから、相当な馬鹿者よな』
傍らの壁に立て掛けたデュナミスが、不機嫌な様子で辛辣な悪口を放つ。
二人が話すのは、先日の黒衣の男―――ジューダスと、魔剣エネルゲイアのことだ。
幸いにも被害範囲にいたのはエルウィンが護ったあの一部隊だけで、死傷者は出なかった。
そして、戦争も無期休戦……事実上の終結となった。
理由は、ジューダスの放った一撃。
あの闇の斬撃は大地を五里に渡って深く抉り取り、舞い上がった土砂は小さな山をつくる程だった。
結果出来上がったのは、長大な峡谷。
そんな場所を進軍できる筈も無く、また国境が接しているのはその地域しかないことから、
戦闘続行困難となり、両国は会議の末に休戦協定を結んだ。
「それより、ちょっとは思い出せた?あの剣のこと」
『いや、新たに思い出したことは無い。以前に一度伝えた情報が全てだ』
あの邂逅の後、エルウィンはデュナミスから出来る限りの情報を聞き出した。
彼と彼の剣が自分達の目的の大きな障害となるのは間違いないからだ。
デュナミスが覚えていた情報を纏めると、
エネルゲイアとデュナミスはある魔法遣いにして刀匠が作り上げた意思持つ剣。
先にエネルゲイアを創り出したが余りに凶暴であった為、そのストッパーとしてデュナミスを創った。
周囲のマナを変換して蓄えるエネルゲイアに対し、デュナミスはマナを直接使用する。
性能は前者が攻撃・破壊特化。後者は攻撃面を除くオールラウンダーで特に防御面に優れる。
瞬間的な出力はエネルゲイアが上。しかし溜め込んだ分を使い切ると蓄積にしばらく掛かる。
周囲に存在するマナを直接操作するデュナミスは持久力で勝る。無制限と言ってもいいほどに。
というように何から何まで両極に存在する剣なのだ。
ここから分かるのは、両者が戦ってもまず間違いなく決着は着かないということ。
瞬発力で上回るとはいえ防御に優れるデュナミスの結界を抜くには至らない。
溜め込んだエネルギーが枯渇したとしても、エネルゲイアを破壊、もしくは契約者を殺傷する手段がデュナミスには存在しない。
だが、打倒しなければならない相手だとエルウィンは考えた。
古の偉人は言った。敵を知り己を知れば百戦危うからず、と。
だからこの三日間、ひたすらに情報を集めている。
エネルゲイアのあの闇の一撃は大技であるらしく、蓄積に数日かかるだろうとデュナミスの見立て。
既にある程度の情報は揃った。打倒するべく策も立てた。
知りたいことは、あと―――
五.決戦
刀と刀が打ち合う。槍と槍が交差する。
砲声と咆声がびりびりと肌を震わす。
ヤマト列島中央部、シマヅ軍とマツダイラ軍の覇権を巡った決戦。
その地を一望できる場所……目も眩む高さの天空に、エルウィンは浮いていた。
「準備はいい?デュナミス」
『万端だ、我が主よ』
・・・・・・・・・・・
「よし。地平線の果てから見えるくらいに行くよ。
『ファフニール』発動準備!」
『承認。発動準備開始』
その言葉と共に、天へ振り上げた剣先に光が収束していく。
拳大から抱えるほど、人一人を包めるほどにと膨張を続ける。
どんどんと大きくなり、民家ほどの大きさになる。
その輝きは太陽と見紛うほどだ。
『圧縮』
ヴン、という不思議な音と共にまた拳大へと圧縮され、少女の胸元で停止した。
『発動準備完了』
報告を聞いて一つ頷くと、エルウィンは大きく拳を振りかぶり、
「いっ……けぇぇぇぇー!」
思い切りブン殴った。
少女の腕力では有り得ない剛速球となった光球は高速で地上へと向かう。
それが地表へと到達する瞬間、叫んだ。
「『光よ、爆ぜよ!』」
宣言と共に光球は急速に膨張し、地表から離れたエルウィンですら耳を覆うほどの轟音と目を焼く閃光が弾着点から半径一里に渡って地上を包んだ。
光が収まった時、範囲内全ての人間はその場に倒れ伏していた。あまりの音量に意識を保てなくなった為だ。
離れていた者も、突然の光に視界を奪われ動けなくなっている。
だがエルウィンはそんな結果には目もくれず、きょろきょろと周りを見渡す。
と、ある方向で目を留めた。力強く笑う。
「やっぱり来ましたね……」
それは高速で飛来する黒点。地平線の果てに見えたかと思うと、一瞬にして目の前で停止した。
「―――ジューダス!」
名を呼ばれた黒衣痩躯の男は、不愉快そうに眉を顰める。
「お前は確か、前に邪魔をしてくれた……エロリン」
脱力して落ちそうになった。
「エルウィンです!何ですかエロリンって!」
頬を膨らませてぷんぷんと怒るエルウィン。
「そんなことはどうでもいい」
無表情に一蹴して、眉を寄せてエルウィンの方を睨み付ける。
「それより、『やっぱり来た』ということは……俺を呼び寄せる為にわざわざこんな大きな狼煙を上げたのか?」
「呼ぶ為だけ、というわけじゃないですけどね。
この戦争を止めたかった。だからついでに目立つ技使って呼び寄せようと思っただけです」
「……ふん、俺もどちらにしろ此処へ来るつもりだったさ。
この島で一番大きな争いになりそうだったからな」
でも、と言葉を続けた。
「お前を排除してからでも遅くはない」
『御前としてもさっきのは大技だったろう、調停の剣?
消耗しないわけではないのだから、今なら勝ち目も見える』
そう戦意を見せ、ジャキ、と剣を構える。
応じてエルウィンも構えた。
「仲裁の魔剣が主、ジューダス」
「調停の聖剣が主、エルウィン」
『いざ―――』
『参る!』
世界を左右する力を持つ二人にして四人が、激突する。
決戦は打ち合いから始まった。
切断力を纏った闇の剣と打撃力を与える光の剣がぶつかり合う。
「はぁっ!」
「ふっ!」
ガガキキキキキキ!と一つの音に等しい高速の剣戟音が鳴り響く。
身体能力の上昇と共に全身各部や剣身から闇を噴出することで加速させるジューダスに対し、
大気操作と重力操作で極限まで抵抗を減らし、有り得ない速度で剣を動かすエルウィン。
スピードは互角。腕も互角。
そのまま数十手を打ち合った後、大きくぶつけ合って距離を空ける。
下がり切った瞬間には、既に闇と光が収束していた。
「『闇よ、貫け』」
「『光よ、貫け』」
瞬時に展開した黒と白の光球から互いへ三千二百の光線が飛び、空中で相殺して消えた。
視界が晴れると、そこにジューダスの姿は無く、
「『闇よ、断て』」
少女の背後から巨大な闇の刃が迫る。
だがエルウィンは振り向くことなく―――そのまま断たれた。
「……は?」
意外な決着にぽかんと口を開けて呆気に取られる。
そこへ、
「『光よ、降れ』」
頭上から多数の光柱が降り注ぐ。
反射的にジューダスは身を捻り、そのままジグザグ軌道で合間を縫って回避する。
「ありゃ、成功したと思ったんですけど」
振り向いたジューダスの前方、断ったエルウィンの上方に少女がいた。
大気と熱の操作による蜃気楼を利用しての不意打ち。
それを悟ったジューダスは顔を怒らせる。
「その程度で倒せると思われては……困る、な!」
剣を一振りし、闇の円盤を飛ばす。
エルウィンはくるりと回転して容易く回避し、そのまま距離をとる。
「やっぱり一筋縄ではいかないね」
『当然だ。でなければとっくの昔に我が封印なり何なりしておる』
策の一つを潰されたというのに、エルウィンの顔には未だ強気の笑みが浮かんでいる。
その事実と今使われた奇策にジューダスが警戒して動きを止めた。
「じゃあ正攻法で行きましょう……か!」
接近。その周囲には既に光球が浮いている。
先程の比ではない少なさだが、接近戦の補助ならば十分な数。
応じてジューダスも闇の矢を生み出し、光球に対して攻撃を加えながら剣戟を繰り出す。
剣と剣、力と力。ぶつけ合いながら、エルウィンは感情のままに言葉を放つ。
「どうして!どうして人を殺そうなんてするんですか!」
ジューダスも、憎しみを剥き出しにして応える。
「俺の目的の邪魔だからだ!
俺の目的に、あんな奴らは要らない。全て消えて無くなればいいんだ!」
「いいえ、そんな必要は無い!人を殺さないと叶わない願いなんてありません!」
「お前に何が分かる!安穏と暮らしてきた……お前に!」
「分かります!」
必死に剣を振り、光球を操作しながら言う。
確かに自分はジューダスの事を何も知らない。過去に何があって今何を考えているのか。
それでも分かることが一つだけある。
届けと、願いながら。
「貴方の願いは―――私と同じだからです!」
ジューダスが目を見開く。
そう。
それが、ジューダスの行動を振り返り、記録を掻き集め、ようやく分かったこと。
「貴方も……貴方も、この世界から争いを失くしたいのでしょう!?」
考えれば、既に答えは示されていたのだ。
他の要素が完全に両極に位置していた為に、共通するそれに気付かなかった。
エネルゲイアとデュナミス。『仲裁の魔剣』と『調停の聖剣』。
『仲裁』と『調停』。どちらも争いに介入して止めるという意味では同じ言葉だ。
民俗学の書物の一項。北限のある地域に伝わる昔話。
俗世を離れて暮らす賢者が一人の王に頼まれて一本の剣を作った。
王は絶大な力を誇るその剣を用いて乱れる国を平定した。
欲の出た王は周辺国も侵略しようと剣を振るうと、その剣は力を失い、逆に攻め滅ぼされてしまった。
またある時、盗賊の被害に悩む一人の村人が賢者の下を訪れ、一本の剣を受け取った。
村人はその力で村を護ったが、その後盗賊団のアジトへ乗り込んで盗賊を懲らしめようとすると、剣は力を失い、村はまた元通り盗賊被害に遭うことになった。
約束を守らないと罰が下る、という話なのだが、エルウィンには単なる作り話には思えなかった。
二本の剣と、本来の目的を破ることは出来ない……つまりは契約違反。偶然の一致にしては出来すぎていた。
「―――その通りだ。だったら、分かるだろう」
どちらからということもなく剣を離し、二人は一定距離でゆっくりと円を描くように飛ぶ。
しかしエネルゲイアは闇を、デュナミスは光をそれぞれ帯びている。
「人は争う。争うように作られている。
だが争いを避ける思考もまた持っている。
ならば争う人間を絶対的な力を示して排除すれば、人は争いを避ける傾向を強める。
続ければ必ず平和な世が生まれる筈だ」
「前半部分には同意です。人は争うし、争いを止める意思もある不思議な生き物です。
だから争いに介入して止め続ければ、いつか必ず平和な世になる。それが私の信念です」
「それは甘すぎる」
「そっちこそ乱暴すぎます」
「……言葉では平行線だな」
「悲しいことですが、そうですね」
「「なら―――」」
ぴたりと静止し、改めて剣を構える。
「最早語る言葉無し」「強引に話を聞かせるだけですっ!」
再度の激突。
剣の動きは更に速く、強くなり、傍から見れば何十本もの剣を同時に振るっているようにしか見えないだろう。
距離を取ってジューダスが闇の矢を発射すると、エルウィンは光の球を展開、迎撃し切れない分は複雑な軌道で回避する。
そのまま背後を取ったエルウィンが巨大な光の壁をぶつけると、ジューダスはそれ以上の闇の刃で切り裂く。
そして剣で切り結び、距離が開いては撃ち合い。
繰り返す内、ジューダスの顔に焦りが見え始める。
エネルゲイアは長期戦に向かない。拮抗した状況はデュナミスの利にしかなり得ない。
それを見たエルウィンは―――剣を強くぶつけて距離を取ると、そのまま止まった。
怪訝な顔をするジューダスに、笑顔で語りかける。
「全力で来て下さい」
『なっ……!?』
エネルゲイアの驚きの声を心地よく感じながら、エルウィンは言葉を続ける。
「このまま戦えば貴方のエネルギー切れで私が勝ちます。
それでは決着がつきません。
……さぁ、貴方の全力を見せて下さい」
剣を下げたままニコニコと笑顔を浮かべるエルウィンだが、その目には明らかな戦意がある。
驚愕の表情でその言葉を聞いていたジューダスは、意味を呑み込むと憮然とした顔でちらりとエネルゲイアを見る。
何の言葉も返さないエネルゲイアに嘆息すると、きっと顔を引き締め、
「……その言葉、後悔させてやる!
エネルゲイア、『デモネス』発動準備!」
『了解!目にもの見せてやらぁ!』
そう言うと、ジューダスは剣から手を離し、腕を目の前で交差させて目を閉じる。
エネルゲイアは落ちることなく静止。
かっと目を見開き、腕を開いて身体を反らし、ジューダスが咆哮する。
「おおおおおお■■■■■■■■■―――!」
その声が人のものとは思えぬものに変わった瞬間、ジューダスの身体を闇が包む。
シルエットはそのままに、どんどんと大きくなっていく。
エルウィンの視界を覆うほどの巨体。
手足に鋭い爪が生え、二本の角が伸び、蝙蝠のような翼が広がる。
出来上がるのは、童話そのままの悪魔。人が豆粒に見えるほどの大きさだ。
完成と共に一咆え。ただの咆哮に、普通の人間なら意識を失うほどの力が込められている。
しかしそれを正面から受けたエルウィンは楽しげに笑い、
「こっちもいくよ、デュナミス!ボクらの全てを使って彼らを倒す!
『エゲル』発動準備!」
『応えよう、親愛なる我が主エルウィンよ!』
言葉と同時に、大地から空から―――見渡す限り光の粒子が発生した。
粒子はエルウィンに集まり、光で包んでいく。
一際強い光を放つのは、両手と背中。
光が収まり、現れるのは白銀の鎧を身に纏い、左手に大盾、右手に大剣、そして背中から雄々しい純白の翼を広げる戦天使の姿。
デュナミスを真横に振り抜くと、真っ直ぐに長大な光の剣が伸びた。
その長さは眼前に君臨する悪魔の全長の半分に達しようか。
天使と悪魔。あまりに出来過ぎな構図に、エルウィンは苦笑する。
「さぁ―――始めようか、本当の決戦を」
六.決着
空を見上げる兵士達は、ある者は呆然と見上げ、ある者は恐慌して駆け出し、ある者は両手を組み跪いて祈りを捧げた。
地上からでもありありとその大きさが分かる巨大な悪魔が爪を振るい、小さいながらも神々しく輝く天使が長大な光の剣で斬りかかる。
あまりにも異常で、あまりにも神秘的な光景。
だがその力の担い手は無邪気に、
「ははっ!凄いねジューダス!一発受けたら死んじゃいそうだよ!」
爆笑していた。
『楽しげに何を絶望的なこと言っておるか。このバトルマニアめ』
「それはそっちもでしょ―――っと!」
エルウィンが身を仰け反らせると、一瞬前まで身体のあった場所を爪が通り抜けていった。
間を空けずに逆の腕が飛んでくる。これは避けきれず、盾で受け流す。
この大きさにも関わらず、速度は剣の時とさほど変わらない。いや、先端部分の速さは剣より上がっているかもしれない。
まともに食らえば、エルウィンの予想通り木っ端微塵だろう。防護の力を鎧として纏っているとはいえ、大きなダメージを受けるのは間違いない。
しかし今のエルウィンのスピードは先程のそれを大きく上回る。
「せー……のっ!」
翼を一打ちした瞬間、エルウィンの姿が掻き消えた。
直後、悪魔の全方位に無数のエルウィンが現れ、同時に斬りかかる。
高密度の闇に対しては致命傷たり得ないが、身体の各所を削られ悪魔が声を上げる。
弧を描くように爪を薙ぐが、その時には既に無数のエルウィンの姿は消えていて、離れた場所にまた一人に戻ったエルウィンが浮いていた。
「あんまり効いてないね。密度が高すぎて刃が通らない」
『ほとんど全ての力を使って身体を構成しているのだから、並大抵の力では通らぬであろうよ。
代わりに大した遠距離技は持つまい』
「あの腕の長さ、近接って言っていいのかなぁ……」
硬度と破壊力を求めて巨体を構成したジューダスと、スピードと機動性を中心に据えたエルウィン。
共に決定打に欠けていた。
「■■■■■■■■■―――!!!」
おちょくられたように感じたのか、怒りの声を上げて悪魔が爪を繰り出す。
それを剣で受け、盾で流し、身を回して避けながら、エルウィンはちらりと周りを確認する。
(んー……まぁ、仕込みはこのくらいかな?)
専ら受けに回っていたエルウィンは、不意に悪魔の左肩へ向けて剣を向けた。
すかさず悪魔が右腕で受けた瞬間、光の剣が爆発した。
強烈な閃光に両手で目を覆う。
視界が晴れると同時、ガクンと悪魔の動きが止まった。
「やっぱり真正面からじゃキツいですからね。絡め手も使わせて頂きます」
動かない身体を不審に思って身体を見下ろした悪魔は、その理由を悟った。
「糸状にした光による束縛と、円環による全身各所の固定。加えてキューブ型結界。
そう簡単には動けませんよ」
先程の高速での攻撃の際、こっそり斬撃と同時に円環を仕込んだ。糸も一緒に空間に設置したものだ。
窪みで表された両目にどことなく抗議の視線を感じたエルウィンは苦笑して、
「言ったでしょう?私達の全てを使って倒す、と」
ゆっくりと剣を振り上げ、宣言する。
「『光よ、奪え』」
悪魔を囲う壁が発光し、悪魔がビクンと身体を震わせた。
キューブの光は徐々に強くなり、それと反比例するように悪魔はどんどん縮んでいく。
「■■■■■■あああぁぁぁ!」
地獄の叫びが人間の呻きに変わる頃、ジューダスの姿が現れる。
闇が完全に晴れたのを確認すると、エルウィンは結界を解除した。
束縛から放たれて落ちそうになるが、足元に闇を展開して再び浮遊する。
しかしその闇は弱々しく、ようやく浮いているといった風だ。戦闘などとても出来はしまい。
その様子を見て、エルウィンも装束を解除した。
「展開していた力は全て相殺させて頂きました。
私達の勝ちです」
肩で息をし、疲労困憊といった様子のジューダスは精一杯に皮肉気な笑みを浮かべ、
「はっ……あんなにも真っ直ぐなお前が、まさかあんな方法を取るとは……完全にしてやられた。
……それで、俺をどうする?お前の力じゃ俺をどうこうすることは出来ないぞ」
その通りだ。デュナミスに相手を傷つけることはできないし、精神干渉系は契約者たるジューダスには通じない。
問いに対してエルウィンは答えず―――デュナミスを背中に収め、右手を差し出した。
「私達の勝ちです。だから一つだけ、答えて下さい。
―――争いを止める為、私達と一緒に活動しませんか?」
「なっ……!?」
驚愕に震えるジューダスに、静かに言葉を続ける。
「私達は貴方が人を殺したことを知っています。しかし、それで戦争が止められたことも事実なんです。
それに、先日貴方達がやった地形の改変。貴方達には『戦争を不可能にする』力がある。
私達では争いを『止める』ことしか出来ないんです。出来なくなったわけじゃない。
だから貴方達と一緒に働けば、もっと上手く平和にできる。そんな気がするんです。
……一緒に、来てくれませんか?」
「……いいのか?まだ俺はお前の方法では世を救えないと思っている。
お前の近くに居ようとも、俺は俺の信念で動くぞ」
「それでいいんです。貴方は壊すことで、私は護ることで世界をより良く。互いにしか出来ないことがあるんです。
また人を害しようとしたら、今回みたいに全部私が止めますから」
元々、それがエルウィンのやり方だ。争おうとする人間を止めることで争いを減らしていく。
百回でも千回でも、相手が諦めるまで。
自信満々に豊満な胸を張るエルウィンに、ジューダスは呆れたように溜息を吐く。
「……それは負けた俺に対する嫌味か?」
「私達の方が強いのは事実でしょう?」
「それが嫌味だと言うんだ。
……全く、これがずっと続くと思うと溜息の二つや三つも吐きたくなる」
苦笑と共に漏れた言葉に、エルウィンの顔がぱぁっと輝いた。
喜色を全身で表し、全力加速でジューダスに抱きつく。
「ごふぁっ!
……げほっ、げほっ……お、墜ちるかと思った」
「良かった、良かったです!これから一緒に頑張りましょうね!」
無邪気な子供のように喜ぶエルウィンを怒るに怒れず、ジューダスは苦笑。
『云千年越しの協働、といったところかな?仲裁の剣』
『……ふん』
しばらくしてエルウィンが落ち着いた頃。
「しかし、お前もそれなりの歳だろう。男に抱き着くというのはどうなんだ」
その言葉にきょとんとした後、何かに気付いたようにはっとする。
「あ、そういえばそうでしたね。今は女の子なんでした」
その言葉にジューダスは怪訝な顔をして、ふと得心したように頷く。
「ああ、成程……お前もそうなのか」
「?」
理解できず小首を傾げるエルウィン。
そんなエルウィンに対して、秘密をばらすようにそっと語る。
「エネルゲイアの契約条件には二つあってな。
一つは、心から平和を願うこと。
もう一つは……自分の身体に一つ、余計なものを得て生きること」
デュナミスの契約条件と対になる内容だ。
確か自分の時は大事なものを捧げて……と思い出した瞬間、気付いた。
その顔を見て、ジューダスが悪戯っぽく笑う。
その表情はどこか勝気な女性のようで―――
「そう。俺……いやあたしは、女性には有り得ないものを身に得ることを条件に契約した。
ジューダスってのは偽名で、本名はジュリアって言うんだ」
「……え?ええええぇぇぇぇぇー!?」
おもしろかったんですがそれだけ気になりました
あと個性がないような気も
>TSした意味はあったのだろうか…
それが一番の悩みの種だったという……一応理由はあるのですが、流れと尺的に挟めなかったのです。
修正版ではきっちりその辺書く予定なので、しばらくお待ち下さい。
……ジューダスの方はきっちり理由あるんですが、実はエルウィンの方は微妙……。
>個性がないような気も
文章の個性でしょうか。それともキャラの個性ですかね?
まだ作風が定まってなくて、書く時によってノリに若干の違いが出ています。自覚はあるんですが、どうにも直らなくて……。
重い展開が続くとはっちゃけたくなったり、軽快なテンポが続くとふと素に戻ったり……。
キャラの個性は、プロットも何も無い思い付きで書いたモノなのでこれまたブレがあります。
精進していきたいと想います。
待ってた!ずっと待ってました。
修正版も期待!
批評、アドバイス等納得できる点もありますが、
まずは、自分の書きたいように書いていいと思います。
後書きにも書かれていた修正版を期待させて頂きます。
やる気もモリモリ沸いてきました。
プロットの分量もモリモリ増えました。とはいえまだ半分くらいですが……。
ご期待に応えられるよう頑張ります。
修正版の大筋は決定し、これから執筆に移ります。
こっちの方が時間かかるので、完成はいつになるやら。別のも同時進行で書いてますし。
ゆるりとお待ち下さい。
分量は……どれくらいだろう。書くことやたら増えてるんで予想がつきません。コレの三倍くらい?
内容は大幅改変ですが、根幹はまぁ変わりありません。追加設定と使用しなかった部分の拡大だけで。
ただリアルが少々忙しい為に執筆速度は微妙。
読まなきゃ書けない体質なのでモチベの維持に我ながら難議しますしね。
楽しんで頂ければ、幸いです。