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Romancing Empress Sa・Ga #02

2011/07/09 18:00:51
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_/_/_/_/_/_/_/_/Chapter.3-1_/_/_/_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/_/_/_/_/ムウラ_/_/_/_/_/_/_/_/_/

多くのターム達に見送られ、俺とムウラは外を目指し洞窟内を進んだ…の、だが…

「はぁ…はぁ…まだ、着かないのか…?」
一体どの位歩いたのだろうか。 歩けども歩けどもどこまでも続く土壁と、無数に延びる横穴ばかり…
今から元の場所に戻れと言われても、まず無理だろう。
「もう少しで休憩所に出ます、それまで今暫くのご辛抱を。」
それでもまだ休憩所なのか…しかし、一息つきたいのは確かだ。 その言葉を信じ、重い足に鞭打って歩き続ける。
「女王様、着きましたぞ」
長い階段のような道を上がると、視界が開け、そこには一面の水場が広がっていた。
どうやら地底湖のようだ。 かなりの広さがあり、向こうが見えない。
一息つくため、その水を飲んでみる…
「あ、美味しい」
素直な感想が出た。 そういえばこの体になって口にしたのはあの得体の知れない薬だけだからな…
両手で掬い上げた水で顔を洗う。 少々冷た過ぎるがその分気持ちが引き締まる。
顔を振るい水を払っていると水中に何かが写った。 覗き込んでみるが何も無く…気のせいだったか。
手を入れた事で揺れ動いていた水面が徐々に静まり、鏡の様になる。 そして初めて、今の自分を…クィーンの姿を知る事が出来た。
「コレが…俺…」
体つきから想像出来る幼い顔がそこにはあった。
タームの女王、というから何か決定的な違いがあるかと思ったが、薬の効果で肌色に変わった今では確かに人の子そのものだ。
これなら怪しまれない、そう思っていると…
不意に、水面に写る自分の顔がグニャリと変化する。
「!」
「女王様!!」
刹那、水中から巨大な魚が口を開けこちらに飛び掛ってきた。
「…ちぃっ…!」
間一髪でかわす。 襲い掛かってきた魚はそのまま再度水中へと潜っていった。
「女王様! ご無事ですか!!」
「あぁ…大丈夫だ」
こんなところでやられるわけにはいかない。 しかし、今はあの魚を駆除する武器も、力も無い。
「ご無事で何よりです、女王様。 では、ここは私めにお任せを、貴方様は先ほどの階段近くへ…」
そういうとムウラは、わざと水際に移動し、待機した。 どうする気だ?
何が起こるのかわからない以上、言われたとおり階段の影へと隠れる。
――息の詰まる静寂。 ムウラは微動だにしない。 …と、水面が揺れ動き、先ほどの魚が飛び出してきた!
しかし次の瞬間、勢いよく飛び出してきたその魚は…バラバラになって…切り身としてこちらへと降り注いだ。
その一片がが目の前に落ち、血が少し顔に掛かったが、それを気にする暇すらなかった。
「おお、コレは失礼いたしました、少し腕が鈍っているようで…」
腕? 腕が鈍っているって? そう聞き返そうとするも、驚きを隠せず、ただ口を開けてポカンとする他なかった。
「い…一体今どんな技を…」
「いえいえ、今のはただの斬撃にございます」
ただの斬撃? それだけであの魚はバラバラになったっていうのか?
「お前は一体…」
「私はただの執事(バトラー)にございます。
ただ、タームバトラーの中でも先天的に強力な者の中の、更にその者達より勝っただけの、ただのバトラーに過ぎません」
…ただ単に兵を地下に送り込むだけでは、こいつ等の駆除は叶わなそうだ…
ムウラという存在を危惧しつつも、水場の浅瀬を渡り先へと進む。
水場を越えると徐々に分かれ道が少なくなり、空気も違うように感じられてきた。 そして。
「女王様、到着しましたぞ」
ムウラがそう告げて辿り着いた場所は、小さな小部屋…ここが…外?
そう訝しがっていると、ムウラが壁の一部を軽く押した…すると、その壁はあっけなく崩れた。
恐らく、擬装用に塗り固めていただけのようだ。
そしてその向こうに行き止まりの道が現れる。 続けてムウラは、そこの天井に手をかけ、徐々にずらしていく。
ズズズ…という音と共にその先にまた新たな空間が存在するのが見える。 どうやら、かなり広い場所に繋がっているようだ。
「女王様、ここから先は人間達の領域。 私めは陰ながら貴方様を見守る場所で待機致します…」
まだ地下である事には変わりないが、どうやらアバロンに到着したようだ。
「女王様…御武運を」
「あぁ」
ムウラが開けた穴から身を乗り出し、その先に広がる広場へと踏み出した。

遂に…遂に帰ってきた。 麗しのアバロンへ、250年振りに。

_/_/_/_/_/_/_/_/Chapter.3-2_/_/_/_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/_/_/シティシーフ_/_/_/_/_/_/_/_/

250年を経ての皇帝の帰還。 それを最初に迎えたのは…人骨だった。

「ここは…」
開けた洞窟…しかし、今までのタームの洞窟と違い、人の手によって掘られた形跡がある。
「!」
洞窟へと身を乗り出し、振り返る。 そして外から見た事で、今自分が出てきた場所に驚かざるを得なかった。
その穴は、棺…石棺に繋がっており、先ほどムウラが動かしていたのはその棺の蓋であった。
「墓…? こんなところに墓? 共同墓地か? しかし、この墓…」
墓にはアバロンの旧字体が彫られており、苔の生し方もかなり年季が入っている。 どうやら、旧アバロン時代の墓だと思われる。
「そうか、だからこのアバロンの聖衣が…」
地下最深部で偶然見つけたこの衣…ターム達が物資と共に巣へと運び込んだのだろう。
…そう考えると、アバロンの歴史が踏み躙られた気がして、少し腹が立ってきた。
「くっ、虫共め…兵を集めればお前らごときムシケラ…」
「女王様ー、何か仰いましたかー?」
「!い、いや、何でもない! 行ってくる!」
一人ごちた内容を聞かれたかと思ったが、大丈夫…のようだ。
先刻のムウラの力を思い出す。 …まさかアイツ同等のがまだいるんじゃなかろうな…
だが、ムウラの言った内容だと、絶対数は少ないがいるようではある… 勝てる、のだろうか…
「兎に角、ここで考えていても仕方ない、先に進もう。」
今まで通ってきたターム達の洞窟とはうってかわって、人が通る様造られた洞窟を進む。
見つけた階段を上る。 段毎に並ぶ墓にはきっと歴代の皇帝達が眠っているのだろう。
今後の自分を見守ってくれるよう先代達に祈りつつ、上へと向かう。
暫く昇ると、徐々に雰囲気が変わり、空気が地上へ近づいている事を告げる。
更に上がると、水のせせらぐ音が聞こえてきた…もしやと思い、歩を早め、階段を昇りきると、そこは…
「…!」
昇り切った先に広がる光景が、今までの無骨な土壁からガラリと変わる。
そこは皇帝のいるべき所ではないが、見覚えのある光景…アバロン地下に張り巡らされた地下水道だった。
「あぁ…帰ってきたんだな、アバロンに…俺は…漸く…」
記憶はおぼろげなものの、長い時を経て遂に辿りついた事を心で感じ取る。 その永さ故か、暫く感傷に耽ってしまった。
「…っと。 こんなとこで立ち止まっている場合じゃない、地上に出なければ」
地下に長く居過ぎたせいか、この光景だけで満足している自分がいた。 首を振り、更に上へと目指す。
「しかし、いきなり宮殿に出ても信用されないだろうしな…どこか人目につかず出られる場所は…」
どこかないかと思案していると、ふと、今目の前にある地下水道の光景にかつての記憶が甦る。
「そういえばここは…地下水道に巣食う魔物を倒す依頼を受けてきたような…一体誰から…」
ややぼんやりした記憶。 ということは、レオン帝かジェラール帝の記憶…
「! そうだ、あいつらだ、アバロンのダニ…じゃなくて、シティシーフ!」
思い出した。 ジェラール帝時代にアバロンを荒らす盗賊の事件、その盗賊、シティシーフ…
一人の女盗賊を助け、彼らに運河要塞の攻略を依頼する際交換条件として提示された内容…
それが、ここに居座った魔物を駆除する事だった。
「そういえば、奴らは地下墓地への道とか言っていたな…ジェラール帝は気にせず戻ったようだが、あの墓のことだったのか…」
…ん? てことは奴ら盗掘でもしてたのか…?
何だ、やっぱりダニとして減らしておくべきだったか…と、言いたいところだが今はその権限がない。
「確か…それなりに近かったはずだし、出口は外の共同墓地へと続いていたはず…取り敢えず行ってみるか」
誰にも見つからない事を祈りつつ、シティシーフ達の隠れ家へと向かった。

_/_/_/_/_/_/_/_/Chapter.3-3_/_/_/_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/_/_/Queen's Charm_/_/_/_/_/_/_/

「確か、この扉の向こうだったな」
目の前には古びた扉…あの時訪れた扉とは違うものの、同じ位年季の入った扉の前に立つ。
「…中は、どうなっている?」
扉に耳を当て、様子を伺う。 …音はしない。 扉には覗き窓があったが…背が足りないので見る事が出来ない。
鍵穴も覗き込んだが、特殊な鍵のようで…何も見えない。
恐る恐る扉を開ける。 場所が場所だけに、開いていないかと心配したが…ゆっくりと開きだす扉にほっとする。
再度中を覗く。 …本当に誰もいないようだ。 急いで部屋内に入り、ゆっくりと扉を閉めた。 あとは、もう一つの出口から出れば…
その時だった。
「んー、こんなところに子供とはなぁ」
「!」
部屋の奥のバーカウンター、更にその中から声がした…しまった、そんなところに!
「よっ、と」
軽快な動きでバーから飛び出してきた男は、あっという間にこちらに詰め寄り、逃げ道を塞ぐ。
「…ん? 女の子か、こんなところで何してんだ?」
マズい、何とか誤魔化さなければ…
「あ、あの…友達と遊んでいたらはぐれちゃって…」
女の子である事を利用した、月並みな嘘をつく。
「ふーん…」
こちらを見つめてくる男。 目を逸らしそうになったが、怪しまれないように見つめ返す。
「そうか、はぐれたのか」
ほっとしたのもつかの間、続けざまにその男が言葉を放つ。
「こんな真夜中にか?」
…!しまった!! 時間の感覚が麻痺していた! 取り繕うように慌てながら返答する。
「その、迷っちゃって…」
「へー、それにしては騒ぎにもなってないようだけど?」
うぅっ、マズい、マズいぞ…
「それに…その服…」
「?」
「何やら高級な服だって事は分かるし、そんな着方…誘拐だってんなら尚更騒ぎになるはずだしな」
うっ…さすが盗賊、目の付け所が違う。 ってそうじゃなくて。
「…」
「で、だ」
ふらりふらりと動きながら話を続ける男。
「子供とはいえ、ちと見逃すわけにもいかないんでな…」
「な、なにをする…の?」
「いや、なんてことはない、ちょっと目隠しして外に出てもらうだけだよ」
「な、なんで?」
「いやぁね、ココ、ちょっとした秘密基地なんだよね、だから外までの道は見せられないんだ」
あぁ知ってる。 なにせシティシーフの住処だしな。
「子供に手はかけたくないんだけどね…とても大事なんだ、此処」
「ぜ、絶対誰にも話さないから…」
「大丈夫、外に出るまで♪」
軽い口調だが、一向に譲歩する気配がない。
…このまま押し問答していても仕方ないし、力ずくでこられると分が悪いのでこちらが一歩引く。
「…わかった。 でも、体には触らないでね、肌が弱いの…」
「よしよし、いい子だ」
そういうと、バンダナを取り出し、こちらに近づく。
…このまま人身売買に連れ去られるんじゃなかろうな…もしそうなのなら…ムウラを呼び出すしか…
そう思っていると、急に男の動きが止まった。
「…どうしたの?」
声を掛けると、男はハッとして、我に返ったようだ。
「い、いや、大丈夫。 ちょっと立眩みしただけさ」
…そんな感じには見えなかったが。
「さぁ、コレで目を覆って…」
差し出されたバンダナを受け取る。 …その手は、小刻みに震えており、何かに耐えているようだった。
「…本当に大丈夫?」
「あ、あぁ、なんでもない、なんでもないよ…」
さっきまで冷静さを保っていた男とは思えないほど、挙動不審になっている。
嫌な予感がしてならないが、大人しくバンダナを巻くことにする。
目だけを覆えるサイズに折り畳み、いざ着けようとした次の瞬間。
――いきなり男がこちらに抱きついてきた!
「ヒィっ!」
慌てて振りほどく。 …が、その際ローブの裾を掴まれ、盛大に転ぶ。
「ぐッ…!」
打ちつけた肩をさすりつつ男に目をやると…明らかにおかしかった。 目は血走り、商店が定まっていない。
「のあぁぁああぁああ!」
野獣のような叫び声と共に、男はこちらに覆い被さって来た! ハァハァと男の荒い息遣いが聞こえてくる。
「も、もう駄目だ…我慢できないぃい! ヤらせろぉおおぉ!」
「ひいぃいぃ!!」
お、犯されるぅううぅ!!!
必死に足を振り上げ、急所に当てる。 相当いきり立っていた様で…効果は抜群だ。
のた打ち回る男を突き飛ばし、そのまま外へ向かおうとしたその時…
「帰ったよー、クロ…! 誰よ、アンタ!!」
「!!」
しまった! 他の奴らが帰ってきた! 慌てて逃げ出すが…
「おおっと、逃がしゃしねぇよ!」
後に続いていた他の盗賊の男に回り込まれ、退路を絶たれる。
「! クロウ! どうしたの!」
鉢合わせした女が襲ってきた男に駆け寄る。 そして、こちらをキッと睨み付ける。
「わ、わからない! 突然暴れだして…」
必死に取り繕うが、そもそもこんな状況では何を言っても不利になるのは確実だ。
と、不意に羽交い絞めにされる。 ま、マズい! 背中の羽がバレてしまう…!
「はっ、放せっ!」
暴れまわって振りほどこうとするも、ガタイのいい男に両腕を捕られていてはどうやっても敵わない。
ジタバタしていると先程の女が詰め寄ってきた。
「アンタ、一体何者? それとクロウに一体何をしたの?」
女盗賊が尋ねてくる。 さっきも呼んでいたが、どうやらあの男はクロウという名らしい。
「し、知らない、いきなり暴れだして…襲われそうになったから、逃げ回っていたんだよ」
「いきなり? …益々怪しいわね、アンタ名前は?」
「マッ…」
「マ?」
マゼランと言いそうになり、言葉を止める。 この体…女の子にその名前は変だ。
「マッ…マリーン」
「ふーん…」
咄嗟に偽名を出す。 …まさか自分でこの名を使うとはな…
「で、マリーンちゃん。 どうしてもこの状況納得いかないんだけど。 コイツこれでも腕は立つのよ?」
ちゃん付け…改めて今の自分の体の幼さに落胆する。
「アンタみたいな小娘にやられるとは思えないのよ…? ちょっと、ウォーラス?」
急に目線が後ろに送られる。 どうやら、今俺を掴んでいる奴を見ているようだが…
「ウォーラス? あんた目が虚ろよ? しっかり捕まえていてくれないと…」
そういえば、自分を押さえつけていた手が緩んでいる…こちらも力を抜き、一気に振りほどく。 今度は抜け出せた!
「あっ! こらっ! 待ちなさい!」
今度は来た扉へと逃げようとする。 …が、またローブを掴まれる。
「ごぁあああぁあ! ヤらせろおぉおおお!」
「ちょ…何!?」
こいつもか! 何だってんだ一体! 必死になってローブを引く。 そのせいで、はだけてしまい…
「!アンタそれ!?」
マズい! 見られたっ!? 慌てて隠していると、周囲の雰囲気に異変が生じた。
「あぁあああ!」「ぬわぁー!」「ヒャッハー!」「キェェェェエ!」
周りを取り囲んでいた盗賊達が一斉に発狂し始めた。 最早まともなのは俺とあの女盗賊だけだろう。
「ど、どうしちゃったのよ! アンタ達!」
そう声を掛けられるより先に男達が一斉にこちらに飛び掛ってきた。
…が、まるで統率の取れていない、直線的な動きで全員が全員ぶつかり合い、目当ての自分に飛び掛れていない始末。
おかげで、引っつかんでいた男もひるみ、ローブから手を放す。 急いで扉へと逃げ込んだ。
駆け込むと共に勢いよく扉を閉めたが…すぐさま勢いよく開け放たれ、その扉にで吹き飛ばされる。
その直後、荒ぶった盗賊達が団子状になって出てきた…と言うより、排出された。
一方、扉の勢いで吹き飛ばされ、宙を舞う俺は…急に横の壁から現れた影に、壁に開いた穴へと引き込まれた。

_/_/_/_/_/_/_/_/Chapter.3-4_/_/_/_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/_/_/_/フェロモン_/_/_/_/_/_/_/_/

「いつつ…」

軽い目眩を感じながらも、状況を確認する。
「大丈夫ですか!」
掛けられた声は…ムウラのものだった。
「いやはや、このような状況になるとは…私、飛び出して人間共を切り刻もうとも思いました」
どうやら、ムウラに助けられたようだ。 先程の穴はもう塞いだ様で…また暗い洞窟に逆戻りである。
「しかし、女王様の作戦を成功させる為、逸る気持ちを抑え、今の今まで機会を窺っておりました」
「あぁ、ありがとう…しかし、一体何だったんだ?」
「ご説明は後ほど。 ここはまだ安全とはいえません、ついて来て下さい」
そういうとムウラは奥に続く道へと俺を招く。 …ムウラが突貫で掘ったのだろうか。
暫くすると…見覚えのある場所に出た。 到着したとムウラに告げられた、あの小部屋だ。
どうやら、新たな横穴を掘ってこちらを監視していたようだ…恐るべし、タームバトラー。
「で、だ。 原因は解るのか?」
「はい、女王様。 あの人間達の反応…恐らく、これしか考えられません」
「一体それは?」
「フェロモンにございます。」

…フェっ? と、素頓狂な声が小部屋の中にこだました。

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

洞窟内に変な声が響く一方で…
「…逃げられた、か…」
女盗賊、キャットは足元に転がる仲間の男を足蹴にしつつ地下水道を見回すが、少女の姿は何処にも見当たらない。
「全く…あんた達のせいで逃げられちゃったじゃないの!」
ヒールで足元の男を踏みつける。 ギャッ、と言う声が聞こえたが、キャットは気にせぬ素振りでひとりごちる。
「あの子、一体…それに、背中に見えたのは…何?」
外からギルドに戻ったキャット達を待っていたのは、見知らぬ少女と、脇で倒れこんでいたクロウだった。
予想だにしない出来事だったが、この場所を知られるわけにはいけない以上、その少女を捕まえる必要があった。
小娘を捕まえるなんて造作もない、そう思っていたのに…この有様。
逃げる少女を追いかけようとするも、正気を失った仲間達がよりにもよって逃げられた後扉に殺到し、こちらの行く手を遮る始末。
そんな野郎の壁を蹴り飛ばして追いかけようとしたが…一歩遅く、逃げられてしまった。
「あーもう、なんだってのよ一体…」
逃げられた今、唯一事情を知っているクロウに歩み寄り、そしてそのままヒールで踏みつける。
「ぐはっ!」
「クーローウー、一体どういう事か説明して」
気付けの一発を入れ、クロウを起こす。
「うぅ…キャット…わ、脇腹は勘弁してくれ…」
「これ以上踏まれたくなかったら説明。 OK?」
「そ、そういわれても、俺だってよく分からないんだ、ただあのコの傍に寄ったら急に目眩がして…ぐはっ!」
キャットが今度はへそ目掛けて踏みつける。
「へぇ…アンタあんなのが趣味なんだ…」
「!!っちっ、違う! 断じて違う! 俺が好きなのはお前だからっ! 浮気なんてしてないからっ! ほごぉっ!?」
少しイラッときたので、今度は股間に…スレスレで大事なところに当たらない位置を踏む。
こんな時に言われても嬉しくないし、そもそも後ろに続いた台詞が余計だ。
「じゃあ、なんだってのさ?」
「だ、だから解らないんだよ、ただ、いい香りがしたと思ったら、もう意識が… !お願いもう蹴らないでっ!」
もとよりこれ以上蹴るつもりはないが、答えが出ないのが癪だ。
横目で後ろの野郎達を見る。 …今の話が本当なら、あいつ等が起きても同じ答えを返すだろう。
「…結局、あの子の正体はわからず、か。 でも…」
「でも?」
「さっき見えたのよ、背中に。 羽が。」
「羽? じゃあモンスターだったのか?」
「それにしては弱いし、やけに饒舌だったし…妖精にしては大きいし、精霊…でもなさそうね」
覚えている限りのモンスターを思い出すが、そんなモンスターは出てこない。
「ただまぁ…相手が何であれここの場所を知られた以上、捕まえないとね…」

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

その少女はというと…
「フェ、フェロモン?」
「左様でございます」
いきなり飛び出た単語に目を丸くし、変な声で聞き返す。
「女王様の十八番にして、主の存続に関わる重要な能力、フェロモンにございます」
確かに、モンスターの中にはフェロモンを利用して獲物を得る種もいるし、なにより以前倒したクィーンも行使してきた記憶がある…
が、あそこまで強力ではなかったはず。
「しかし…どうやら今の女王様はそれを制御し切れていないご様子。 恐らく、過剰に放出しているのでしょう」
「な、何とかならないのか?」
このままじゃアバロン中の男…それどころか世界中の男に襲われそうだ…そう考えて、身震いする。
「ううむ、そう申されましても…女王様のフェロモンは貴方様のみが持ち得られる特権。 私にはどうすることも…」
「つまり、自分で何とかしろと?」
「はい」
…一体どうしろっていうんだ。 ムウラの言葉にため息が出る。 ただでさえまだこの体には慣れていないというのに…
ここにきて再度頭を抱える事態…何かないのだろうか考えていると、ムウラがゆっくりと口を開く。
「…ただ、恐らく、ではありますが方法が一つ」
「!何かあるのか!?」
「はい。 本来フェロモンは優良な精を得る為に使われるもの。 それが解消されればあるいは…」
「…つまり…?」
「交尾を行うのです」


…え?


時を飛ばせ、クイックタイム。
「女王様?」
「はっ!」
新手の術法使いかっ!? …停止していた思考が戻るも、未だ混乱しているようだ。
「…今、なんて?」
「交尾です、女王様」
やはり、聞き間違えではない様だ…って!!!
「そそそそそれはつまり男とヤれと?」
「ヤる…? まぁ確かに、精を吐き出させたオスは切り捨てるのが普通ですが」
ちがうそうじゃないそんなこときいてない、このおれがおとことセックスしろと?
予想だにしない解決法に頭が沸騰しそうである。
そりゃあ、元の体だった頃はモーベルムで女を侍らせていたし、娼館一の女も抱いた…
その俺が? 今度はヤられる側? 冗談じゃない。 大体、この体じゃ入らないだろ? 入ら…
…! な、何意識しているんだ俺は!
「女王様? 大丈夫ですか? ご気分が優れませんか?」
今、自分の顔は真っ赤になっているのだろう。 見なくともわかる。
「な、なぁ…本当にそれしかないのか?」
「しかし、これ以外の方法となると、女王様が使いこなせられるようになって頂くしか…若しくは…」
「何かあるのか!!?」
声を荒げる自分に驚くムウラ。 その挙動を見てどれだけ取り乱していたかを感じ取り、別の意味で恥ずかしくなった。
「現在のお体ではまだ交尾は難しいでしょうし、人間の精を受けるのも癪にございます、ここは一つ、擬似交尾を試されては?」
「擬似…交尾…?」
「ご自分の手でご自身をお慰めになられる事です」
もう、イヤ…
頭を抱え、座り込む。
「…」
「女王様。 いかがなさいましょう」
「…」
「女王様?」
「…OK、心の準備は整った」
どの道、この体に宿ってしまった以上、今後も付き合っていかねばならないし、既に恥は地底に置いてきた。
「…自分で何とかする、だから、外してくれないか?」
「わかりました。 下の階層にて待機致します」
「…出来るだけ遠くにな」
踵を返し、部屋中央の穴から下へと向かうムウラに一声掛けると、こちらを向き、「承知しました」の声と共に穴へと姿を消していった。
暗い洞窟に、少女ただ一人。 …中身は男だが。
深呼吸をする。 自分の体から出ていると言われたフェ…匂いは感じないが、それでも、自分の体が火照るのを感じる。
丸い部屋。 適当な壁に体を預け、座り込む。
その際壁と背中の間で生じる羽が擦れる感触。 その未知の感触に、体がビクリと反応する。
「これもアバロンの為、アバロンの為、アバロンのため…アバロン、の…」
そう自分自身に言い聞かせ、暗示を掛けつつ罪悪感を拭い去る。
ローブを、ゆっくりと脱ぎはじめる。
隠れ家で暴れた時かいた汗と、火照った体が発したであろうムワッとした空気が顔に当たり、鼻腔をくすぐる。
先ほど着崩したせいか、ローブは手を掛けるだけでスルリと脱げ、上半身をあらわにする。
「まぁ…こんなもんだよな…」
幼さを象徴するかのような胸を見て、少し熱が冷める。
やっぱり、揉み応えがなくてはつまらないと、あの頃抱いた娼婦達の胸を振り返る。
…とはいえ、一応、触ってみることにする。
ぺた、ぺたと悲しい音が返ってくるだけで。 慰めろ、と言われても、コレじゃどうしようも…と、思ったその時。
「…っ!」
体がビクッと反応する。 見ると指が小さな突起に触れ、それに反応するかのようにその突起がプクリと膨らんでいた。
「こ、こんな体でも此処はこんなにも感じるのか…」
それが誰でもなのか、この体だからなのかは解らない。 だが確実に、今は体に快感を与えている。
触るたび体に痺れが走る。 その反応に答えるように、更に立ち始める小さな突起。
「んっ…くっ…ふっ…」
手が止まらない。 揉み応えがないと嘆いていたのにいつの間にか胸全体を嘗め回すかのように手が動いていた。
「あぁ…ふぁ…あぁっ」
自然と動かす手が早くなる。 もっと、もっと触りたい…おかしくなりたい…! 徐々に思考が停止していく…が。
「ひゃあっ!」
突然、背後で何かが動いた。 驚いて飛びのいた…が、そこには何もない。
「な、何…?」
発した声が今までより随分色っぽい声になっていたが、気付かないまま、辺りを見回す。 …が、やはり何もない。
その時、また背後に気配が。 少し落ち着いた頭でその正体を思い出し、首だけで背後…いや、背中を見る。
羽が、四対の羽が広がっていた。
体の快感にいてもたってもいられなくなったのか、羽がその姿を曝け出していた。
「お、驚かせるなよ…」
自分の体の一部に語りかける。 それに受け答えるかのように少し震えた。
「…そういえば」
この羽を初めて触ったとき、かなり敏感な器官だった事を思い出す。
恐る恐る手で触れてみる。 その手を待ち受けるかのように震える羽。
それが、自分自身の反応からくるものだと気付き少し恥ずかしくなる。
そっと、手で触ると、手から返ってくる感覚は…お世辞にも良いとは言えない。 枝でも弄っているようなものだった。
しかし、羽が返す”触られている感触”は、体全体を巡り、頭を痺れさせた。
性的なものというよりは単なる高感度な体の一部としての反応なのだろうが、今の状況ではその感覚さえ快感として感じられる。
もっと触っていたい…そうも思ったのだが…少し体勢が辛い。 仕方なくまた壁に背を預ける。
「つ、次は…」
ごくり、と息をのむ。
肌蹴たローブが腰の帯によって止まり、ひた隠しにするその部分。 快感に疼くも、見た目には何の反応もない、その部分。
あれだけ裸でいたというのに、いざ思い出そうにもちらりとしか…いや、そもそも見えなかったソコに、手をやる。
しっとりと、濡れた感蝕がした。
震える足で立ち上がり、帯をゆるめ、ローブを脱ぎすてる。
最早今着ている物がどれ程貴重なものか、気にならなくなっていた。
ストン、とローブが落ち、足と腰と…局部をあらわにする。
…何もない。 男の時ならこれだけ興奮していれば怒張するものがあるが、今はない。 代わりに、縦筋が一本。
元の体とは比べ物にならないほど綺麗なソコは、先ほどまでの快感で出た液体で濡れほそぼっていた。
明らかに、地底で出してしまったソレとは違う液体。
ローブを避け、再び腰を下ろす。
「…」
元の体の記憶が甦る。 自分で言うのもなんだが自信はあったし、数多の女達を喜ばした実績だってある。
だが今はソレがない。 それどころか、ソレで突いていた女性器が目の前にある。
自分のモノで突かれて嬌声をあげていた女達との古い記憶。
そして今、目の前にあるものに対して生まれる新しい記憶。
倒錯的な記憶の混ざり合いに、少し冷めた体が一気に火照るのを感じる。
「ハァ…ハァ…」
息が詰まるほど体が熱い。 もう、我慢できない。
ゆっくりと、しかし大胆に、秘めた花に触れる。
痺れる頭と溢れ出る液体で、指の動きが定まらない。
指を溝に沿わせてゆっくりと下ろしていく。
「ひぅっ!!」
何かに触れた。 触れた瞬間、頭が真っ白になって、何も考えられなくなる。 指を離すことすら考えられない。
「ひっ」
声にならない声がでる。 息がつまり苦しい。 だけど、この快感の渦にのまれ、やめられない。
「ふぁ、ふぁぁっ!」
もう自分で何をしているのかもわからない。 甘く、甘美な快感が体中を巡る。
胸からも快感が返ってくる。 いつの間にか手を当てていた。 もう、やめる理由なんて何処にもない。 快感に身を委ねる。

はぁっ、はぁっ、んんんっ…んぁあっ!!
ふぁ、ふぁぁっ、あぁぁ…
んんっ、あぁっ、いぃっ…!!

嬌声が部屋中にこだまする。 指の先端がいつの間にか体の中に入っていた。 火傷しそうなほど熱い。
「足りない…足りないよぉ…」
かつての自分のモノを思い出し、求める。
ソレを思い出しただけで更に快感が深まる。 指の動きが一層早まる。 胸を触る手が激しくなる。
背中の羽が激しく動く。 その動きが、体に伝わる。
「んふ、ふっ、んんんっ…!」
いつの間にか顔の前へと羽を動かしていた。 それを、甘噛みし、更に快楽を貪る。
手が、胸が、秘所が、羽が、一斉に体の昂ぶりを最高潮にする。
「んぁ、んぁあ、ふぁあぁ、アアアアア!!!!!」

トサッと、ローブの上へと倒れ込み、そのまま意識を失った。

_/_/_/_/_/_/_/_/Chapter.4-1_/_/_/_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/成長_/_/_/_/_/_/_/_/_/

(ん…)

あまりの気持ち良さに、気を失っていたようだ。 見た目に反して既に体は出来上がっている、ってことか…
(ん…んん?)
起きようとして体を動かそうとすると、何かに包まれているような、妙な抵抗を感じる。 それでも起きようとすると。
パリ…パキ…と言う音と共に、徐々に拘束が解かれていく。 一際大きな音の後、ようやく立ち上がり、足元を見ると…
「な、なんだこれ!?」

そこにあったのは、茶色の…板? いや、コレは…殻?
割れた破片の一つを拾ってみると、何やら見覚えのある…顔!?
「こ、これ!」
それは目を閉じ、生気の無い物であったが…確かに、地底湖で見た自分の…クィーンの顔だった。
思わず放り投げてしまい、パリーン…と、音をたてて割れてしまった。
「あぁ…」
咄嗟の行動だったものの、自分自身を殺めてしまった気分だ。
「…蛹に、なっていたのか…?」
目の前にある殻。 地底で見たクイーンの殻。 サイズは比べるまでもなく小さいものの、明らかに同じものだと感じられた。
「こういうところは虫、なんだな…うぅう…」
改めて自分が人間ではないを実感する。
「女王様、今の音は…オォ…」
ムウラが、何かに感嘆しつつ穴から出てきた。 …見られていなかっただろうか。
「どうやら、御成長なされた様子ですな…そのお姿、徐々に偉大な御姿へと近づきつつありますぞ」
「成長?」
そう告げたムウラを見る…ん?
ムウラを見上げる事に変わりはないが、やや目線が下にきている。
改めて自分の体を見る。 さっきまで自慰に耽っていた事を思い出すと、体が疼くのを覚えたが、気持ちを落ち着かせて対処する。
どうやら、蛹になった事で大きくなったようだ。 大人というにはまだまだだが、確かに成長の様子が伺える。
特に…その…全くなかった胸が、僅かに膨らんでいる。 試しに触ってみると、ほんの少し、だけど確実に弾力を持ち始めている。
また体にスイッチが入りそうになった、が。
「女王様、新たなお体の具合はいかがでしょうか?」
「ひゃあ!」
唐突な一声に素っ頓狂な声を上げてしまう。
「どうなされました?」
「な、なんでもない! …大丈夫、頗る良好だ」
「それは結構な事で」
そうだ、今はムウラがいるんだった…危うく虫相手に公開オナニーしそうになった。
「と、ところで、どうなんだろうか、その…フェ、フェロモンの状態は…」
今更ではあるが、ようやく事に至った目的へと考えを戻した。
「そうですな…我々タームは、常日頃から女王様のフェロモンを感知して生きておりますが故、強弱を余り感じないのでございます…」
「そうか…」
仕方ない、その場その時で確認するしかないか…
「ですが、女王様から溢れ出る極上の香り…それが少々変わられたようには感じます」
極上、ね… 単純な匂いという訳ではないのだろうが、少し気恥ずかしい。
兎に角、再度上を目指そう。
俺は自身の殻を脇にどけ、ローブを取り上げ、埃を払う。
「あ…」
ローブを着込もうとして、羽が引っかかる。
そうだ、折角折り畳めたのにまた開いてしまったんだ…どうしよう? またあの奇妙な動きでもするか?
そう思ったときだった。 急に羽が今の考えを感じ取ったかのごとく自らその身を小さく畳む。
「え? え?」
今まで通り…いや、それ以上に綺麗に畳まれた羽。 まるで、手足の如く動いた事に驚きを隠せなかった。
(体に慣れ始めたのだろうか…?)
試しに、羽を広げるイメージをする。 すると、それに呼応して羽が広がる。 動きを想像するだけで、その通り動く。
もしや飛べるかも…そう考えたが、喜びも束の間。
「イデデデデ!」
…攣った。 慣れない事をした結果である。
「大丈夫ですか?」
ムウラが心配して声を掛けてくる。 大丈夫、といえば嘘になるが、余計な手間を増やしたくない。
「あ、あぁ…少しおふざけが過ぎたみたいだ…」
体裁を取り繕い、まだ痛む羽の付け根を我慢し、羽を折り畳む。
再度ローブを纏う。 …今までよりか布地の余りが減っていて、より体の変化を実感する。
ちょっと気になるシミを巧みに隠し、着込む。
「よし、今度こそ…」
ムウラに棺の蓋を開けてもらい、また地下墓地に足を踏み入れる。
(先代達…すみませんでした)
心の中で謝る。 …まさか墓の下であんな事をする羽目になるとはな…
「では女王様。 私はまたお足元より見守らせて頂きます」
「あぁ、頼む」
そういうと棺の蓋を閉め、その中へと姿を消すムウラ。
また一人。 …いやいや、今は快楽を求めている場合じゃない。
ふと、目の前に広がる水場に足を進める。
水面を覗くと、そこには地底湖で見たときより若干成長した顔が映る。
「…まだまだ子供、か… けど、少しはマシかな」
そう呟き微笑すると、水面の顔も笑みを浮かべる。 その笑顔に…一瞬心が奪われる。
「! いやいやいや落ち着けマゼラン、コレは自分なんだ…自分なんだぞ…」
突然芽生えたナルシズムを必死に否定する。 …が、先ほど見せた笑顔が心に残る。 あぁっ…! かわいいっ…
暫く自分の顔に見とれ、様々な表情をしてみては心に焼き付ける作業を繰り返していたが、ふと我に返る。
「・・・なにを、しているんだおれは・・・」
天を仰ぎ、一時前の行動を振り返る。 目を閉じ、自分に言い聞かせる。
「ダメだ、どうもこの体に毒され始めているようだ…しっかりしないと」
水を掬い上げ、顔にかける。 地下水はひんやりと冷えていて、気を引き締めるのにちょうど良かった。
「よし、行こう。」
一度通ったあの階段を、再度上る。

_/_/_/_/_/_/_/_/Chapter.4-2_/_/_/_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/_/_/_/_/キャット_/_/_/_/_/_/_/_/_/

ムウラが言うにはあれから大体3時間ほど経っているそうで、その間ここに近づく人間の気配はなかったらしい。
…ちょっと待てよ…もしかして遠くにいても聞こえるのかアイツ? あの虫野郎…
兎に角、あれだけ大事にしておいてシティシーフ達が黙っているわけがない。
地下水道への出口からほんの少し顔を出し、辺りを窺う。
…聞こえてくるのは、水の流れる音と、それが反響する音だけ。 足音や人影はない。
一度頭を引っ込め、階段に座り込む。
またシティシーフ達の隠れ家に行くわけにはいかないし、宮殿への道はどうやったって地下の警備に見つかるだろう。
となると…適当に出るしかないか…
隠れ家で出会った男が言っていた真夜中がどれ位かはわからないが、それから3時間強なら日の出ギリギリだろう。
早駆けで外に出るしかなさそうだ。
よしっ、と、最寄の出口を見つけ次第出ることに決め、地下水道へと歩み出る。
階段を下り、いざゆかんとした、その時。
「見ぃつけた♪」
不意に後ろから声がをかけられたかと思うと、いきなり組み伏せられる。
「今度は逃がさないわよ…大人しくしなさい、マリーンちゃん♪」
「し、しまった…」
どうやら、階段の脇に隠れていたらしい。 見れば、隠れ家で出会った女盗賊だった。
「全く…散々探したのに見つからなくて途方に暮れていたら、偶然貴方の声が聞こえたんだもの…
まさか、地下墓地にいたとはね、そこが貴方の住処?」
ドキッ、とする。 正体がばれてる?
「かっ、隠れていただけだよっ!」
「あらそう? 子供があんな薄暗くてお化けの出そうなところに一人で?」
「うっ…」
その女はこちらの顔を撫でつつ、ゆっくりと優しく、だが抵抗させない力で振り向かせる。
「んん? …少し雰囲気変わった? 別人? でも、この高そうな衣はそうそう無いわよね、それに…」
そういうと、ローブの中に手を入れてきて…
「ひゃうっ!?」
「あははっ、やっぱり見間違いじゃなかった、アンタ、一体どんな種族なんだい?」
「やっ、やめっ…」
羽を撫でて…いや、愛撫してくる。 先ほど自分が触るのとでは段違いの快感が力を抜けさせる。
「んふっ、かわいい…でも残念、モンスターじゃ買い手がつかない、か」
その言葉に冷静さを取り戻す。
「なっ、なにをするつもりだっ!?」
声を荒げる。
「あら、アバロンに巣食うダニは退治するものでしょ?」
その言葉にゾッとする。 コイツ…本気か!?
「ちっ…違うっ! おっ…私はモンスターじゃない!」
「あら、じゃあコレは何?」
「ひぎっ…!」
再度羽を弄られる。 今度は、引き抜こうとして。
「明らかに体の一部よね? こんなの付けてて人間だって言い張るの?」
「あぎっ、やめっ…痛いっ!」
ぐいぐいと引っ張られ、悲鳴を上げる。 我ながら情けない声を出していたが、痛みでそれどころではない。
「貴方が本当にただの子供だってんなら、口封じついでにその手の奴らに売ろうかと思ったんだけど…
あ、でもこれはこれで意外と買い取ってくれるかも?」
コイツ…腐ってやがる。 そう心の中で悪態をつくも、羽への執拗な虐めになす術がない。
「まぁ、どちらにせよその服は頂いておくわね、相当な値打ちものだろうし」
「や…やめ…ろ…」
出した声に力が入らない。 意識を保とうと抵抗していると、目の前に短剣の刀身が地面へと突き刺さった。
「…残念だけど、ギルドを滅茶苦茶にしたり、間接的とはいえ仲間達にも負傷者が出したり。 そのツケは大きいわよ?」
目付きが変わった。 明らかに、殺意を持った目だ。
「そ…ソレは態とじゃない…不可抗力なんだ…」
その女は笑顔を浮かべる。 …が、目が笑っていない。
「そう。 …って、ソレで済ませるわけねぇだろ!」
短剣が振りかざされる。
「大丈夫♪ 痛くないよう一撃で仕留めてあげるから♪」
その声と共に…短剣が、振り下ろされる。
殺られる…? 冗談じゃない!
こちらも伊達に死地をくぐり抜けてはいない。 神経を研ぎ澄まし、振り下ろされた短剣を紙一重でかわす。
「いい加減に…しろっ!」
振り下された手首を掴む。 予想しない抵抗に女盗賊が隙を見せた。 そしてそのまま、頭を一気に振り上げ頭突きを当てる。
ぎゃっ、という声と共に少し怯んだ。 そのまま体を捻り、滑らせ、相手の拘束から逃れる。
頭がくらくらするが、今は気にしている場合じゃない。
「こんのぉ…やってくれるなじゃいのさ、このクソモンスターが!」
今の一撃が余程逆鱗に触れたのだろう、さっきまでの可憐さが嘘のように鬼の形相をしている。
「逃しゃしないよっ!」
そういうと、目にも留まらぬ突きを繰り出してきた。 その一突き一突きをかわす。
「このっ…クソっ…!!」
躍起になって突いてくる女盗賊。
だが…その軌道が見える。 相手の動きが読める。 怒りに身を任せた突きだから、ではない、別の感覚で、だ。
「何でっ…何で当たらないんだよぉお!!」
怒りが焦燥へと変わってきている。 …頼む、このまま諦めてくれ…
そう淡い期待をすると…願いが通じたかのように、女盗賊の動きが止まった。 疲れてしまったのか?
そう思い、少し気を緩めた…いや…違う、コレは!!
「はぁっ!!」

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剣に捻りを加え、ドリルの様に回転させる。
あの小娘の…モンスターの動きが捉えられない。 一太刀も浴びせられない。
だから…もうこれしか手段は残っていない、父さんが駆使していた、それを真似して会得したこの技ならっ…!
「はぁっ!!」
そう叫び、渾身の力と魂を込め、技を繰り出す。 急な動きの変化に、娘の動きが止まる。
――いけるっ! 切先が、相手に触れる…
「…なっ…!」
けれど、手応えは…なかった。 当たらなかった…? 違う、止められた!?
有り得ない事に、この小娘に技を受け止められた…実に単純に、手を、掴まれて。 華奢な体から想像出来ない程の力で。
「悪いが、こっちも負けられないんでねっ!」
女の子にしてはガラの悪い口調でそう言うやいなや、こちらの腕を押さえたまま引っ張ってきた。
そのせいで、床に倒れこんでしまった。
「きゃあっ!」
今度は逆に、こちらが組み伏せられてしまった。 必死にもがいても、その力に押さえ込まれ、身動きが出来ない。
「くっ…殺すなら…殺るんならさっさとしなさいよっ!!」
悔しい…あまりにも悔しくて涙が出る。 また…また勝てないの…? このまま負けたまま終わるの…? そんな…クロウ…
暫く振りほどこうと抵抗したものの、無駄だと悟り、体の力が抜ける。 もう、諦めた。 もう、どうなってもいい。
覚悟を決めたものの、あの子はこちらを押さえつけたまま動かない。
仕留め方でも考えているのだろうか…? そう思っていると、口を開いた。 その声は、掠れる様な、悲しみで震えるような声だった。
「頼むから話を聞いてくれ…お願いだ…」
かけられた言葉は、優しく、それでいてどこか愁いを感じさせるものだった。

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自分が考えた事と、相手の行動が一致したのがまずかった。
女盗賊の動きが止まり、諦めてくれたのかと期待したが、それは浅はかな考えだった。
見れば、今自分のいる場所は壁と、地下墓地入口の階段に囲まれた袋小路だった。 ――逃げられないっ!?
その状況を知ってか知らずか、立ち止まった女盗賊の殺気が鋭いものになるのを感じた。 そして。
短剣を引き絞り、回転を加えこちらへと突き出してくる。 コレはっ…スクリュードライバーか!
その速さと地の利から避けられないのは確実だった。 アレを喰らえば、この体とはいえ致命傷…最悪、死ぬ、だろう。
――切先が、目の前まで迫る。 その刹那。

一瞬の出来事だった。 自分でも解らないほど無我夢中だった。 回避不能と悟り、最後の手段に出る。
先程から体の動きが軽快だ。 徐々に本来の力を取り戻しつつあるのだろうか。 それを信じ、この体の力に賭けた。
両手で、相手の手首を掴む。 ただそれだけの事だった。 一歩間違えれば只では済まなかっただろう。
しかし…賭けに勝った。 相手の短刀は寸での所で止まり、その勢いも回転も殺せていた。
ただ、完全にとはいかなかったようで、頬に鋭い痛みを感じる。
まさかの出来事に半ば放心状態の女盗賊。
ここぞと言わんばかりに、掴んだ手をそのまま引いて相手を倒し、今度はこちらが組み伏せる。
馬乗りになり、押さえつける。 短剣を叩き落とす。
暫くは激しく抵抗を見せていた女盗賊だったが、徐々に大人しくなり、殺るなら殺れとまで言い始めた。
勿論、それが目的じゃない。 盗賊とはいえ、かつて共に戦った仲間の末裔だ。
「頼むから話を聞いてくれ…お願いだ…」
そう、声を掛ける。

ゆっくりと、徒に時間が流れる。 その静寂がまだ続くもの…かに、思われたが。
「キャット、取り敢えず話だけでも聞いてやろうじゃないか」
突然、声が聞こえてきた。 声の主は、あの隠れ家で最初に出会った優男だった。
どうやら、フェロモ…ンの効果は抜けているようだ。
「クロウ…」
女盗賊…キャットがその声に対し、答える。
「お嬢ちゃん、キャットはもう襲ったりしないから、解放してやってくれないか?」
そう男が…クロウが言う。 確かに、もうキャットからの抵抗はないし、このままだと話をするどころではないが…
「…保証は?」
命のやり取りの後では、疑いもする。 ましてや、目の前の男もシティシーフだ。 油断ならない。
「信用ないなぁ…まぁ、しょうがないか。 それじゃ、これで信じてくれるかい?」
そういうとクロウは、懐から短刀を摘みながら取り出し、地を滑らせこちらに渡す。
「これでどうだい?」
片手でその短刀を拾う。 そのまま、それを頭上で口を開く地下墓地入口へと放り投げた。
…? 金属音以外に何か聞こえたような…?
少し気になったがそのままキャットの短刀も放り入れ、キャットを解放する。
「あぁ…クロウ…」
キャットは解放されるや否やクロウに飛びついた。
「クロウ…あたし…あたし…」
「大丈夫、解っているから、安心しろ…」
二人だけの事情を確認しあうように抱き合っている。 その光景に少し、イラついた。
「さて、話しってのは、一体何なんだい?」
…どうやらクロウには話が通じそうだ。
「何やら、よっぽどの事情みたいだけど」
「そうなんだ…あ、その前に聞きたい」
そうだ、今はこう話をしているものの、忘れてはならない事が。
「その…さっきは済まなかった…です。 そしてその事なんだけど、今はもう大丈夫なの…? 意識は保っていられる?」
そう、フェロモン…である。 まだ出ているとなるとまた襲われかねない。
「あぁ、それね…」
そう言うと、こちらに指を見せてきた。 その指には、銀製の指輪がはめられていた。
「コレ、なんでも身に付けている人間の心を落ち着かせる効果があるから、もう大丈夫。 さっきの件で引っ張り出してきたのさ」
クロウが得意げに見せ付けてくるが…俺は知っている、その指輪を。
「それを…何処で…」
「ん、闇市で出回っていたのをね」
その指輪には見覚えがあった。 ソーモンで見つけた、あの指輪だ。 アレのおかげでテンプテーションを受けても平気…だったのに…
指輪を見た事で、忌まわしい記憶が甦る。
あの時の仲間には、こいつ等の先代にあたるだろうシティシーフ、ロビンがいた。 だけど彼も、ロックブーケの虜になって…
「…話しって、コレの事なのかい?」
声を掛けられ、ハッとする。 そうだ、今はもう前進あるのみだ。
「い、いや、その事じゃなくて。 実は…」
言いかけた瞬間、今までの出来事を思い出していた中に、ムウラの存在が浮かぶ。
慌てて先程二人の短剣を投げ入れた場所を見る。 下から見上げる格好の為、殆ど見えないが、さっきの音…聞き覚えが。
「…どうしたの?」
クロウが首をかしげる。 ま、まずい、ここで正体をばらす訳にはいかない…
「あ、えっと、その…重要な事だから、出来ればここじゃない場所で話したいんだけど…」
「なるほど。 それじゃあ、ギルドで話そうか、人払いして」
「お、お願い…」
「じゃあキャット、先に言って皆に説明しておいてくれないか? 僕は得物回収してこの子を連れて行くよ」
そう告げたクロウに頷き、この場を後にするキャット。 と。
…? ちょっと待て、今クロウなんて…! わーっ!! 待てぇー!!!
「わ、私が取ってくるから! 待ってて!!」
急に慌てふためく自分に怪訝な顔をするクロウ。 キャットは…もう行った様だ。
クロウをその場に残し、急いで穴へと駆け込む。 不安は…的中した。 ムウラが短剣をこちらへと差し出してくる。
「女王様、ご無事で何よりです…私、気が気ではありませんでした、逸る気持ちを抑え、何度あの人間を我が刃で八つ裂きにしようかと…!」
ムウラは手を震わせこちらに言葉を投げかける。
「あ、あぁ…済まなかった。 もしかして、さっき…」
「はい、あの人間に糸を付け、動きを鈍くさせました」
糸なんて見えなかったが、それほど細い糸まで吐けるのかコイツは…恐ろしい。
「ああっ…女王様の危機に私女王様の言いつけを守れませなんだっ…お許しくださいませっ!」
ここまでくると呆れる程の忠誠心である。
「まぁ…だけど結果的に助かったから構わない、ありがとう」
素直に礼を告げる。
「ははーっ、有難き幸せっ!」
ムウラが更に頭を垂れる。 と。
「おーい、何してるんだー?」
やばいっ、クロウだっ!
「だ、大丈夫ー! 少し奥に行っただけだからーっ!」
適当に声を掛け時間を稼ぎ、ムウラに目をやる。
「…これから、人間達に取り入る。 そしてアバロン宮殿に忍び込むから、お前はもう暫く下がっていてくれ」
そう言い、ムウラから短剣を受け取る。
「…解りました、女王様。 御武運を!」
踵を返し、三度地下水道へと出る。 今度こそ、地上へ。
お待たせしました、続きになります。

――――――――ロマサガ2解説――――――――
シティシーフ
ゲーム序盤に仲間に出来るクラス。 泥棒ですが、ロマサガには盗むというコマンドはありません。
むしろ仲間にする為のイベントにおけるバグを利用して皇帝が泥棒、と言うか金策するという始末。
更にイベントそのものはいいのに、上記含めもう一つのバグと、迷台詞のせいでどうにも不憫な扱い。
『アバロンのダニ』がその迷台詞。 鬼畜皇帝への第一歩。

アバロン地下
本作品メインのクィーンイベントや、上記のシティシーフイベントなどで訪れる水路。 地下墓地から巣へ向かうのも原作どおりです。
ちなみに、施設拡張(術法研究所・大学)すると律儀に水路も拡張される仕様。
本編で言う魔物はシティシーフイベントの一環。
序盤にしては強力な敵に泣きつつも閃きチャンスでもあるディープワン先生の事。

シーフギルド
シティシーフの隠れ家。 フラグを立てると共同墓地から行ける様に。
地下水道の扉の前にいる人に話しかけ続け壁に飛びつかせるのはサガラー誰しもが通る道。

クロウ・ロビン
シティシーフ男のそれぞれ2代目・3代目。
このゲームは同一のクラス(男女別)に八人分のキャラが設定されており、世代が進むか仲間にするかで次のキャラが出てきます。
八人目まで回ると再度一人目からカウントするため、本作品のキャラは一通り回っている扱い。

キャット
シティシーフ女1代目。 そのため、イベントキャラでもあります。
作中でヒールで踏み踏みしていますがゲームでも行使可能。
…ただ完全にネタ技ですが。
なお、本来キャットと同じ一代目はスパローというキャラですが、ロビンを仲間にしているので一つずれが生じている扱い。
また、バグ…というかフラグチェックミスで何百年もイベント放置で生かし続けるという事も可能。

フェロモン
異性を誘惑する香り…ではなく、正しくは情報伝達を行うためのホルモン分泌の一種。
ゲームでは敵の繰り出す技の一種。 異性を虜にして、魅了する技。
喰らうと厄介なものの、幸い見切りやすいため対処は容易。
人間系・リアルクィーンのものならまだしもまんま蟲やらなにやらのフェロモンも喰らうのは未だに納得いかない。

クイックタイム
某スタンド使いも真っ青な術。
効果は、発動以降の敵のターンを飛ばす、というモノ。
これだけならまだ良かったものの、陣形『ラピッドストリーム』という作戦が『必ず先制、ただし無防備化』という設定がいけなかった。
(ちなみにラピッドストリームは武装商船団を皇帝にする事で開発)
…おかげで、ラスボスすら完封できるチートレベルの術に。
そのせいか、ロマサガ3では大幅に弱体化(前術力消費、つまり一人一回)する結果に。

モーベルム
北ロンギットに始めて訪れた際に行ける港町。 武装商船団イベントは此処からスタート。
ちなみに、此処で初めて武器種の斧が買え、更に領土にしないと世に出回らないというフラグもある。
娼館はオリジナル設定です。 勿論ゲーム内には出てきません。

スクリュードライバー
小剣(レイピア等の突く剣)技の一種。
作中で書いたように、剣をドリルの様に回して相手の肉をそぎとる技、だそうで。
元ネタはカクテルの名前。 ウォッカのオレンジジュース割で、ねじ回しで混ぜていたから、との事。
甘さとは裏腹に度数が強いため、女性を酔わすために使われた、と言うネタから、ゲーム内では女性に対しクリティカル。
…が、サガお得意のフラグミスのせいかクィーンには特効せず。(コメ番4540氏情報サンクス)
来来来来来来来来
http://www.tsadult.net/megalith/?mode=read&key=1308937874&log=0
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