3章プロローグ
双葉を抱えたまま周囲の認識を誤魔化し、急いで違う教室に移動し、机を何個か繋げる。
「お…ね、がい…ほ、し…たす、け…」
全身を痙攣させながら、焦点の合わない眼に涙を浮かべ、うわごとの様に呟き続けている双葉をそっと横たえる。
ブレザーもブラウスも、ブラさえもはだけられ、スカートは切り取られ、ショーツも膝の辺りで絡んでいる。
露になった秘裂からは愛液がとめどなく滴り落ち、下半身を艶めかしく彩っている。
元々は色白な肌が、今は桜色に染まり、全身が汗で濡れている。
オスの本能を揺さぶるメスの香りを強く発して、今は斉藤清彦である私という男を誘う。
ある意味、据え膳食わぬは男の恥という、願ったり叶ったりな状況ではあるのだが。
過程には大いに不満がある…が、このまま放っておくつもりも毛頭ない。
本当は、当人を口説き落とし、了承を得た上でこうなるのが望ましかったのだが…
それは次回の楽しみとしよう。今は双葉を救うのが最優先だ。
「いくぞ。いいんだな?」
多分まともに聞こえてはいないだろう。それでも一応一言断っておく。
「ひ、なた、さん…」
微かに、笑みが浮かぶ。現実と夢との区別はもうついていないだろう。
けれどだからこそ許された様な気がして、私は準備完了を主張する男の象徴を開放した。
…
不思議な剣に貫かれ黒板に磔にされた状態で、私の体が弄ばれているのを歯噛みしながら見ていた。
私の体を使っている斉藤君…長いから双葉でいいか…は、最初の内は嫌がっていただけだった。
しかし男の手から発せられた光が双葉の体に吸い込まれる様に消えてから様子が変わった。
乳房を嬲られれば堪えきれない嬌声を漏らし、秘所を弄られればあられもない喘ぎ声を発する。
当然、私だって自慰行為くらいした事はある。
その時、私もあんな声を出していたのだろうか?いまいち思い出せない。
ちなみに、双葉の中の斉藤君が双葉の体を大切に扱ってくれている事は知っている。
そんな事気にしないで隅々まで女体の神秘(笑)…十数年オンナをやってきた私に言わせれば(笑)だ…
を探ってくれても私は一向に構わないのだけれど。
かく言う私は、斉藤君には申し訳ないと思ってはいるけれどこの体での自慰行為もとっくに体験済みだ。
快感からいけば女の…元の体の方が高かったとは思う。
けどチャージしてチャージしてチャージして発射!という感覚も悪くない…
と言うか、この方が私の性には合っている気もする。
…基本的に私は腹黒いのだ。
何をしていても…何もしなくても無駄に目立ってしまうから、
軋轢を生まない為の処世術として品行方正な優等生を演じただけで。
私は、我を失う様な行為はしたくないし、その状態を他人に見られたくない。
多分、無意識で行動した時に普段は隠している本性を晒すという危険を冒したくないのだろう。
だから、例えば男の体の下で快感に悶えて我を忘れるとか、冗談じゃないと思ってしまう。
そういう意味では女らしくはなかったんじゃないかと思う。
斉藤君と入れ替わって男の自慰を経験して、改めて自覚した。
そして、これで女の子を組み敷いて、思う様乱れさせてみたらもっと楽しいんだろうな、なんて考える。
その相手は…それこそ当人には言えないが、双葉がいい。
別にナルシストなつもりはない。自分が平均以上の容貌である事は理解していたけど。
学校一だの学年一だのと言われていた事も知ってはいた。
けどそんなに持ち上げられる程じゃないとも思っていた。
それは双葉が言う所の特技のせいだろう。他人の注意を自分に引き付ける、ただそれだけの能力。
はっきり言って無駄…どころか、私にとっては邪魔でしかない能力だった。
と、それは今は関係ないか。何故、元は自分の体に欲情しているかの説明だっけ。
…説明なんていう程高尚でもないんだけどね。
要するに…可愛いのだ。斉藤君が動かす日向双葉が。元が私だとは思えない位。
まず、あの控えめでかつ従順な性格が良い。
元より積極的な性格ではなかっただろうが、体が突然入れ替わるという異常事態に加え、
それまで目立たなかったのが急に注目を浴びる立場になった。
つまり端的に言うと、物凄く人見知りしている訳だ。
世の中を冷めた目で見て、常に仮面を被って暮らしてきた私の体で、だ。これは新鮮だった。
その内面を映し出す、いつも不安そうに儚く揺らめく眼も良い。
ちょっと意地悪をするだけで潤む様を見ていると、こう…嗜虐心がそそられる。
彼女…敢えてそう呼ぶが…の現状を真に理解しているのが私だけだからか、
はたまた秘密を共有しているという仲間意識からか、私に全幅の信頼を寄せているのも良い。
私にはあんな安心しきった笑顔を浮かべる事は出来なかった。
もっと喜ぶ顔を見てみたい、とも思ってしまう。
ぱたぱたと尻尾を振りながら後を尾いて来る子犬みたいな風情も良い。
頭を撫でた時に、心地良さそうに眼を閉じるあたりも、子猫みたいで良い。
…これに関しては詳しくは後述するが、ちょっと思う所も無い訳ではない。
基本的に真面目なのか、懸命に私の振りをしている所も良い。
正直に言えば全然出来てはいないんだけど、そんな事は些細な事だと言い切れてしまう程。
健気なまでに日向双葉の評判を気に掛けてくれているのも良い。
まだまだ、挙げれば限が無い。
もっと笑わせてみたい。もっと頼って欲しい。もっと構いたい。もっと泣かせてみたい。
今の日向双葉は、そんな風に今の斉藤清彦の心をがっちり掴んでいる。
自分の体なのに抱いてしまっていいのか?という気も少しはしているのだが…
本音はそれこそ昨日双葉に言った様に、戻れなくてもいいと思っていたりする。
いやむしろ戻ってくれるな、の方が正しいかも。
繰り返しになるが、私自身の感覚からいけばこっちのが性に合っているのだ。
しかしそれは斉藤君もそう思ってくれないと私としては心苦しい。
現状では、斉藤君の人生を強奪して双葉の人生を押し付けている訳だからね。
斉藤君も、戻りたくないと思ってくれれば万々歳なのだ。
その為にはどうすればいいか。女の子の良さを知ってもらうのが手っ取り早いか。
男としての経験は一週間だけど、確実に女の方が良かったと思える事に一つ心当たりがある。
…まぁ、さっきちらっと言った通り、性的方面なんだけどね。
それで、うまく女の子の方がいいと思わせる事が出来れば…
私は罪悪感を感じなくて済む上に、男を満喫出来て一石二鳥という訳だ。
わぁ、私ってばなんて利己主義なんでしょ。わかってるし直す気も全くないけど。くす。
勿論、勝手に入れ替わったのだから、勝手に戻る可能性だってあるだろう。
そうなったらなったで致し方ないと諦めて良い夢見たんだと思う事にはするけど。
それはそれ。原因が分かれば対策も立てられるというもの…当然、私の場合は戻らない為だけどね。
ちなみに、ここ2,3日の夜のオカズはきっぱり双葉だったりする。
素肌を晒す事に不慣れなのだろう。スカートの裾を眼一杯伸ばして尚、恥ずかしそうな双葉の事だ。
組み敷いて、一枚ずつ服を脱がして羞恥心を煽らせてみたい。
そして、柔らかくて良い匂いのする体を隅々まで舐って、快感に蕩けた顔をさせてみたい。
さぞかし可愛らしい顔を見せてくれるに違いない。
おねだりさせてみるのも、涙ながらに哀願させてみるのも楽しそうだ。
さてそうすると、どうやってその状況まで持っていくかが問題だ。
冷たく当たって突き放して、泣きついてきた所を優しく慰めながら雰囲気任せに押し倒す、とか定番かな。
よしそれで行こう…と決めて実行したのが昨日。
しかし思うんだけどさ双葉。頭を撫でる時にやや上向きのままうっとりと眼を閉じるのは反則だよ。
キス待ちと同じ体勢だって事に気付け。誘ってるのかと思ってそのまま唇を奪いそうになったじゃないか。
当人はそんな事露ほどにも思ってないんだろうけどね。まぁそれはとりあえず置いておいて。
不安そうにけれど健気に頷く双葉に、ちょっとの罪悪感と盛大な嗜虐心を煽られつつも平常を装ったのだった。
…
翌日放課後私が居るクラスに現れた時は、早過ぎる、もうちょっと焦らした方が…とか思った。
けど冷たくし過ぎて本当に離れてしまっては意味が無い。
態度を決めかねて、どうとでも転べる様な無難な態度を取った。
夕陽が差し込む窓際で、二人無言のまま並んだ。
夕陽を眺める双葉が、何だかそのまま光の中に消えてしまいそうで、声を掛けるのを躊躇ってしまった。
…今思い返せば、そんな感傷めいた感想を抱いてる暇があったら、さっさと行動しておけばよかったのだ。
そうすれば、今こうして磔にされる事もなかったかも知れない。
とはいえ、3階の窓から闖入者が躍り込んで来るなんて普通は考えないだろう。
…いや、たらればに意味はない。
普通には考えられない事態が立て続けに起こっていたのだから、これは私の油断だろう。
そしてその代償は大きい。このままでは双葉を…双葉の初めてを奪われてしまう。
私のものにすると決めたんだ。邪魔なんてさせるものか。
しかし現在の所、私に打つ手はない。存在感を強めても奴には効かなかった。
奴にも効いた隠れる方は、磔にされている現状では無意味だ。
私を串刺しにしている剣は肉体を貫通しているものの傷一つ付けられてはいない。
ただ、奴の意思一つで、存在をばらばらにされる様な苦痛が生じる。
私が苦しむ様を、優しい双葉が見捨てる筈がない。私としては見捨てて逃げて欲しいのだが。
剣を抜こうにも、手で触れようとすると静電気が走った時の様に弾かれて痺れてしまう。
私が悪戦苦闘している間にも、奴は双葉を嬲る手を止めない。
顔を真っ赤にして、体全部を桃色に染めて、可愛らしい喘ぎ声を上げながら身悶える双葉。
一際高い悲鳴と共に体を痙攣させ、脱力する。
私が、双葉を快感に導く筈だったのに。悔しさを堪え切れない。
歯軋りしながらも眼を離せない私に見せつける様に、絶頂の余韻に浸る双葉の体を再び弄ぶ。
男の手が蠢く度に、双葉の口から艶かしい声が絞り出され私の耳を撃つ。
恐らく、二度目の絶頂。その時、跳ねた体が机に当たり、中からごとりと重たい音と共に何かが落ちた。
この体の級友の田中(別名脳筋野郎)が授業中足で支えたりして鍛えるのに使っている鉄アレイだ。
双葉の足がそれを押しやる。ゴロゴロと転がる。私の方へ。これで何とかしろと言うのか。
けれど届かない。胴が鍔に食い込むまで体を前に進める。あとほんの数センチ。
双葉を見る。それまで見せていた抵抗や、羞恥が抜け落ちた顔をしている。
まずい、壊れかかってる。目線が合う。双葉が無垢な微笑みを浮かべる。
あまりに場違いな表情に、一瞬我を忘れて見とれる。すぐに我に返る。
あんな顔を見せられて、黙って見ていろというのか。冗談じゃない。やる気が漲ってくる。
片足でもう片足の靴を脱ぐ。脱げた足の親指と人差し指で脱いだ靴を摘む。
数センチのリーチをそれで埋める。しかしそれなりに重い鉄アレイは簡単には動かない。
男の手は止まらない。双葉の全身がびくびくと痙攣している。
男が、猛り狂う自らの股間のブツを開放する。急がなければ。
靴の踵の部分が持ち手に引っかかる。そのまま引っ張る。
ごろりと、足が届く範囲に転がり込んでくる。
手繰り寄せ、足が攣りそうな程、力を込めて足の指で掴み上げ、手で掴む。
チャンスは一度。どう使う?
男に向かって投げる?駄目だ。殆ど双葉の陰に隠れてしまっている。
それに全力投球出来る様な姿勢でもない。一発で昏倒させる様な威力にはならない。
第一ちょっと狙いを外したら双葉に当ててしまう。そんな危険は冒せない。
ならば…どうする?もう一つ、思い付いた手段はある。ただ、あまり確実とは言えない。
しかし悩んでいる暇はない。その時、心の中に声が聞こえた様な気がした。
『大丈夫だから、その方法で行け』と。
私は鉄アレイを窓に向かって今出せる全力で放る。
がしゃん、と派手な音を立てて窓ガラスが割れ、鉄アレイが校庭へと落ちていく。
優しい双葉…斉藤君なら絶対に使わないだろう、他人を巻き込む手段。
けれど私は自分と自分が大切に思うもの以外がどうなろうと知った事じゃない、と割り切れる性格だ。
全く罪悪感を感じない程の悪人ではないが。優先順位をはっきりさせているだけだ。
この音を聞きつければ誰かしらが見に来る。その瞬間、私と双葉が隠れれば目撃者が眼にするのは奴だけだ。
目撃者の口封じをするにしても奴に隙が出来る筈。その過程でこの剣を抜くなら尚良し。
問題は、私の指示に従うだけの判断力が今の双葉に残っているかどうか、だが。
…事態の進展は私の望んだ通り…いや、ある意味それ以上の結果になった。
窓ガラスが割れる音、落ちた鉄アレイを見てやって来たのは日向双葉の級友である佐藤だった。
双葉も、辛うじて私の声が届いたのか、佐藤に見られずに済んだ。
そして、佐藤は奴の事を知っているらしい。としあき、と呼びかけた。
初めて見えた日、誰何した時と同様に奴は悶え苦しみ、剣を抜き、佐藤を突き飛ばし逃げだした。
奴しか眼に入っていなかった佐藤は直ぐに起き上がり、奴を追いかけていった。
とりあえず難は逃れた…が、このままここに居ては直ぐに他の者が来て見つかってしまう。
しかし家まで帰る時間的な余裕はない。双葉が限界だ。
だから私は双葉を抱きかかえて、別の階の空き教室へと急いだのだった。
…
双葉の、膝の辺りで蟠っている下着を片足分抜く。
黒いサイハイソックスに包まれた膝を掴み、大きく広げる。
元は自分の体だったとはいえ、このアングルで、こんなに間近に見るのは初めてだ。
ふっくら柔らかく膨らんだ秘肉にそっと指を這わせる。ふにふにとした手応え。
「ふあぁ…っ」
そして喘ぎ声。つぷり、と人差し指と中指が胎内に沈む。
まるで食む様に、ひくひくと締め付けながら奥へと呑み込む。
「んあぁっ…そ、こぉ…もっお…もっろぉ…おくにぃ…」
指から伝わる感触と双葉の喘ぎ声、それだけで私…斉藤君の体が高ぶっていくのがわかる。
心臓がばくばくと煩い位に高鳴り、酸っぱい物を想像した時の様に唾液が口の中に溢れる。
ごくりと喉が鳴って、生唾を飲み込むとはこういう事なんだな、と妙に納得したりする。
呑み込まれた指を軽く曲げてみる。
「あぁんっ」
双葉が身悶えする。
ぐりっと捻ってみる。
「ひゃんっ!?」
双葉が仰け反る。
この、メスの柔らかい体を、私が自由にしているという実感。
何という征服感。何という支配感。やばい。予想以上に楽しい。
…ぶっちゃけた表現で言うなら、『辛抱堪らんです』な状態。
指を抜く。粘り気のある汁が絡み付いている。舐めてみる。
お世辞にも美味い訳ではないが、妙に癖になりそうな…女の味、という感じ。
そんなのを舐めたのは初めてだから雰囲気と思い込みなんだろうけど。
トランクスの隙間を縫い、全開の社会の窓から一物が身を乗り出している。
双葉の秘裂目掛けて一歩進んだ時、そこから激痛が走る。
思わず蹲ると、尚更痛みが強くなる。
手で探って確認すると、袋の皮がチャックに挟まっていた。
そのまま指を挟み込み難を逃れる。
…今は双葉が正気じゃなくて心底良かったと思えた。何というか凄く格好悪い。
ベルトを外し、ズボンを落とす。
便利に見えて結構不便なのだな、としみじみ思ってしまった。
要は横着してはいけないという事だろう。
目標地点はわかっているのだが、勝手の違いか逸りからか、外して滑らせてしまう。
そしてもどかしそうに呻く双葉。焦るな、深呼吸だ。しっかりしろ私。
要するに角度の問題だ。双葉に覆い被さる姿勢から…腰を前にスライドさせれば…よし。
半ばまで一気に入った所で抵抗感。いよいよだ。双葉の処女は私が貰う。
そのまま力任せに、一気に根元まで突き立てる。
「ひぅっ…あつ、くて…ふとい、のが…はいっ…て…くぅ…あぁっ!?」
双葉の中こそ熱い。そしてきゅうきゅうと締め付けてくる。
快感が、一物から波紋が広がる様に全身に行き渡り、再び一物へと集中していく。
双葉も、処女喪失の痛みは感じていない様だ。
苦しめたい訳じゃないから一安心なのだが、双葉に…この場合斉藤君に、というべきか…
初めての男は私なのだと、激痛で魂に刻み付けられなくて残念、と思う気持ちも否定出来ない。
今まで、こんなに他人に執着した事が無かったから気付かなかったが、私って独占欲強いのかも。
腰を引く。ぐちゅりと音を立てながら埋没していた一物が引き出され…勢い余ってそのまま抜けてしまう。
「ふあぁっ…ぬいちゃ…やらぁ…」
…そんな事言われても。私は男初心者なのだし加減が分からなくても仕方が無いではないか。
別に双葉が悪い訳ではない事は理解しているが、少しむっとした私は無言で再び強く一物を撃ち込む。
ついでに膝を使って微妙に角度を変え、捻りを加える。
「にゃあぁんっ!?」
双葉が一際高い嬌声を上げる。それだけで気分が良くなった私は、リズム良く腰を打ち付けていく。
「あんっ…はぁぅっ…くぅん…んあぁっ」
私の動きに合わせて双葉の体が揺れる。目の前でふるふると震える乳房に吸い寄せられる様に手が伸びる。
自分の体として揉んだ時よりも手触り良く感じるのは今私が斉藤君の体に居るからか。
ぴんと張り詰めて固く勃った桜色の乳首を摘んでみる。
「ひんっ」
何となく美味しそうに見えて、もう片方の乳首を咥えてみる。
「んぁあ!?」
こりこりしてる。根元に軽く歯を立て、舌先で転がしてみる。
「あひぃぁあっ」
やっぱり、面白い。快感に身も心も蕩けきっている双葉を見ていると、
そんなに凄いのなら試してみても良かったかも、と思わなくもないが。
やはり自分がこの痴態を晒すと考えるとその気にはなれない。
男の快感でも充分満足出来るし、それよりこうして女を組み敷いて喘がせる方が断然、気持ち良い。
双葉の声が大きくなってきている。もっとこの鳴き声を聞いていたい所なのだが、他人に来られても不味い。
胸から口を離し、半開きの双葉の唇を私…清彦の唇で塞ぐ。
「あむぅっ…ふぅんっ…んんぅ…」
ちゃんと教えた通りにリップクリームを塗っている様だ。
ぷるぷるしていて、柔らかくて、良い匂いがする下の唇を挟み込み、舌でなぞる。
「んふぁっ!?」
そのまま上の唇まで移動していき、一周させる。
「ああぁ…あんえ…おんあ…いう…あえぇ…」
おっと。双葉の唇があまりに美味しそうだったからつい舐め回すのに夢中になって最初の目的を忘れる所だった。
しっかり唇に唇を合わせて口からの呼吸を封じ、舌を差し込んで歯と歯茎を舐める。
「んんっ…んふぅっ…ふぅっ…」
私の一物を包む双葉の秘所がきゅ、と収縮する。
あまりの快感に絞り取られそうになるが、辛うじて耐える。
この一週間でサルみたいに色々試した成果はあった…擦りすぎで今もちょっと痛いのは内緒だが。
唾液が双葉の口腔内に流れ込んでいく。
こくこくと双葉が飲み下していくのがわかる。
双葉が私の体液を口にする。私の色に染めていくみたいでぞくぞくする。
いつかは口の中に射精して飲ませてみたいものだ。
…それはそうと、唇を合わせながら腰を振るこの体勢を維持するのは結構キツイ。
そろそろ、フィニッシュに向かおう。
…入れ替わったのが排卵日が終わってすぐだったから、一週間ちょっと経過している現在は比較的安全な筈。
勿論、絶対ではない。ぎりぎりを見極めて抜く方が良いだろう。
しかし奴は『性欲を猛らせた』と言った。子宮に精を受けないと性欲が冷めないという可能性もある。
いや、ごちゃごちゃ理屈を並べてはいるが、結局は私が中に出したいという事なのだろう。
双葉は私のものだというマーキングをしたいのだ。
迷ったのは一瞬。
もし、双葉が妊娠したとしたら…斉藤君のお父さんと日向の父に殺されるかな。
それも已む無し。よし、覚悟完了。問題は自分の体じゃないって事だけど。
そうなっちゃったらごめんね斉藤君。うふ。
舌で双葉の舌を絡め取る。ぴちゃぴちゃとくぐもった水音。くすぐったくて気持ちいい。
「んんっ…ふぅん…んくっ…」
双葉は私よりも感じている様だ。今度は、うねる様に複雑に私の一物を締め付ける。
今回は我慢しない。しようとしても出来たかどうか疑わしいが。双葉の最奥に私の欲望をぶちまける。
「ん、んぐっ…んんんんんんんんんっ!?」
複数回に渡ってどく、と撃ち出す度に、双葉の体がびく、と震える。
唇を離す。双葉がぐったりしていて動かない。意識を飛ばしてしまった様だ。
破瓜の血と双葉の愛液と私の精液まみれの秘裂から、欲望を吐き出し切って萎れていく一物を抜く。
うなじの辺りをぽりぽりと指で掻きながら、やりすぎたかとちょっと反省。
双葉の顔も、出せる体液を全部絞り出したのか、冷静に見るとひどい状況だ。
しかし、顔と大股開きの股間を液体でべとべとにして、
それらを余す事無く全て晒しながら気絶している双葉の姿は退廃的な魅力に満ちている。
一物がまた鎌首をもたげ始めるが、流石にこのまま二回戦に突入する訳にもいかない。
鞄からタオルを取り出し、双葉の顔、股間と順に拭いていく。
それから一物も拭いてズボンに収納。ちょっとテントを張っているが我慢我慢。
双葉にブラを着けてやり、皺になってしまったがブラウスのボタンを留め、リボンタイを結ぶ。
ブレザーを羽織らせて、ショーツも履かせる。
スカートが無いだけで随分情けない…というか扇情的な姿というか迷うところだが…
ちなみに当然、元居た教室に痕跡が残らない様全て持ってきている。二人の鞄も切られたスカートも。
私の指示を守る双葉なら鞄の中に…あった。ソーイングセットと消臭スプレーを取り出す。
ぱっと見で分からない様、プリーツの所で目立たない様に縫う。
とりあえず帰り道さえ保てばいい訳だから応急処置だ。時間もそう掛からない。
繕い終わったスカートを着せて、消臭スプレーを撒いてソーイングセットと共に鞄に戻せば帰り支度は完了。
軽く頬を叩いてみるが眼を覚ます様子はない。
さてどうするか。無難なのは保健室に連れて行く事だが、養護教諭にスカートの状況がばれると面倒だ。
おんぶして…いやいっそお姫様抱っこして帰宅というのも…
いややはりお姫様抱っこは当人の意識がある時の方が楽しいに決まってる。
何となく、それより今は双葉の顔を間近に見つめていたい。
壁にもたれさせて、隣に腰掛け肩で支える。
多分大丈夫だとは思うが、日が暮れても双葉が眼を覚まさなければ救急車を呼ぼう。
…
こうして、静かな時間を過ごしていると色々な事が頭の中で渦巻く。
そうは見えなかったかも知れないが、私とて現状を楽しんでいるだけという訳ではないのだ。
まぁ、双葉が奴に狙われている現状が気に入らない、というのが一番の理由だが。
今回は、ある意味結果オーライではあったが、ちょっと状況を甘く見ていたのは否めない。
一旦突き放して泣きついてきた所を…なんて悠長な事を言ってる場合ではなかった。
心置きなく双葉を独占する為には奴は邪魔だ。排除しなければ。
しかし問題もある。
入れ替わりの原因が奴にあり、奴を排除する事が解決であった場合、元に戻ってしまう可能性がある。
私は日向双葉であるより、斉藤清彦であり続けたいのだ。
いきなり環境が完膚なきまでに変わってしまったのだ。当然の事ながら不安が無い訳じゃない。
たった一週間で男を分かった気になるつもりもない。
それでも今は、無駄に目立つ日向双葉に戻るよりは目立たない斉藤清彦で居たい。
…入れ替わってからは、かつての斉藤君の様に常に影が薄いという状態ではないのが残念だけど。
それでも、必要とあれば周囲から認識されなくなる特技を持つこの体は手放したくない。
勿論、それだけが理由じゃない。
この体で注意を引く力が使えるのだから、双葉の体に戻っても隠れる特技を使える可能性はそれなりにある。
要するに、私は日向の家が好きではないのだ。両親との折り合いが良かったとは言えなかったからだ。
古く良き血を引く血統だか何だか知らないが、しきたりに煩い母と、入婿で立場が弱く言いなりの父。
幼い頃から耳にタコが出来る程聞かされた言葉を思い出す。
『日向家はこの国の礎を支える役目を担っている。お前は次期当主だからその責務を継ぐ事になる』
何でも、私が二十歳になったら継承をする事になっていたんだそうな。
私が何を受け継ぐ筈だったのかはもうわからない。母は死んでしまったのだから。
悲しくない訳ではないが解放感の方が強い。
いずれは、母と語り合い分かり合える日が無かった事を悔やむ日が来るのかも知れないが。
…それはともかく、今起こっている様々な出来事と日向家が無関係ではなさそうなのが気にかかる。
私は母の話を真面目に聞いていなかったから殆ど覚えていないのだが…
日向家と共に重要な役割を担うあと二つの家があると聞いた気がする。
その一つが、確か『ツキヨ』と言っていたと思う。そう、初めて奴と見えた時に、奴が口走った言葉。
双葉はこの名前にぴんとくる所は無さそうだったから、聞いた事が無いのだろう。
けれど奴は確かにこの体に向けてそう言った。
だから、それとなく斉藤君のお父さんに聞いてみたのだ。
『ツキヨ』という名前に心当たりがないかどうか。
斉藤君のお父さんは知っていた。
斉藤君を産んですぐの頃に亡くなられたお母さんの旧姓が『月夜』であったと教えてくれたのだ。
旧いしきたりに囚われた家を飛び出して、斉藤君のお父さんと一緒になった、と。
けれどその為に付き合いは一切無いのだと。
…斉藤君のお母さんに親近感を感じる。
「母さんの事について尋ねたのは初めてだな。お前は昔から遠慮深かったから」
斉藤君のお父さんはしみじみと言った。
斉藤君のお父さんにごめんなさい。
尋ねたのは貴方の息子さんじゃないんです。
貴方の息子さんは今も遠慮深い子です。
斉藤君にごめんなさい。
貴方が聞きたくて聞けなかったであろう事を貴方より先に聞いてしまいました。
…そんな風に二人に心の中で謝りながらも、
斉藤君の様々な過去のエピソードを聞き出す事に成功したのだった。
ちょっとお酒の力も借りたけどね。
おかげさまで斉藤君がどんな少年時代を、どんな風に過ごしてきたのか把握出来た。
予想はしていたが、私とは対照的な生活であった様だ。
考えるに、斉藤君は『自分の行動によって起こる周囲の状況の変化』を恐れる傾向にある。
普通の人は仮にそう思っていても周囲と関わらずに生きられない。
そして生きていればその内に慣れてしまって、そんな事は忘れてしまう。
斉藤君だってそれは変わらないけれど、幸か不幸か、他人から認識されなくなる特技があった。
それが為に、未だにその恐怖と折り合いを付けられていないのだろう。
…それは今は重要じゃない。いや、双葉を私だけのものにする為には重要な要素だが。
斉藤君のお母さんの話になった時、もう一つ興味深い話が出た。
斉藤君のお母さんは月夜という家の長女だが、兄が一人居て、家はその人が継いだ。
両親は既に他界しているが、嫁を取り、息子も二人居て、家族四人で暮らしていた。
…そう、『いた』のだ。
月夜家(どうも本家らしい)の四人家族はある晩、四人揃って急性心不全で死亡したというのだ。
それも、私の母が同じく急性心不全で亡くなったのと同じ日に。
そして何故、斉藤君のお父さんからそんな話が出たのか。
死亡した月夜の当主から見ると、残る血縁は甥である斉藤清彦ただ一人。
つまり、遺産を相続する権利が発生している訳だ。
『どうするかはお前が決めなさい』
ただ穏やかな顔でそう告げる斉藤君のお父さん。
流石に私一人で決めていい事じゃないと判断して、保留する事にしたのだった。
迷ってもおかしくない状況だしね。
双葉の顔を見下ろす。少し瞼が震えている。そろそろ起きるのかも知れない。
双葉…斉藤君は何て答えるんだろう。
『お金貰えるなら受け取るに決まってる』
全般的に俗世の事に執着の薄い斉藤君は多分こうは言わないだろう。
『母の事を知りたいから受け取る』
これならありそうだ。
けれど、今までお母さんの事をお父さんに尋ねなかった斉藤君の事だ。
その理由は多分、お父さんに遠慮しているから。
だとしたらその延長としてお父さんに気を使って、受け取らないと答えるかも知れない。
しかし、私個人としては受け取りたいと思う。
別にお金に困っている訳ではない。あるに越した事は無いが。
月夜の遺産に、何か鍵があるかも知れない。
それを言えば日向の家も古くからあるのだし、蔵もあるのだから何かあるのかも知れないが。
今の私は斉藤清彦なのだから日向家の蔵を勝手に漁る訳にもいかない。
気になるのは、重要な役割を担う家とやらの直系がたて続けに急性心不全で死亡しているという事実。
一つ、思い浮かぶ物がある…奴が持っている剣。
『肉体に傷一つつける事無く、魂だけを傷付ける事も容易』
曰く、そう言っていた。
魂が実在するのかどうかはわからない。しかし考える必要はありそうだ。
と言うか、魂という物を定義した方が、私達が入れ替わっている現状を理解出来そうな気がする。
記憶も人格も何もかもが肉体に依存するのならば、そもそも入れ替わりという事態が起こり得ない。
仮に入れ替わっても、入れ替わった事実を認識出来ない事になる。
私は自分が日向双葉であったという記憶と思い出を持ち、日向双葉として育んだ性格を有している。
勿論、何から何まで完璧に覚えてる訳じゃないけど、日向双葉であった頃と今とで違いはないと思える。
つまり、肉体に依存しない、個を形成する何か、は存在する。
それを魂とする?いや、奴は『魂は存在の設計図』と言った。
存在。何を持って存在とするか。現段階では、肉体とそれ以外の何か。
個を形成する何かを、魂と定義するなら設計図といっても問題はない様に思える。
しかし設計図であるならば、設計図を元に構成されるのは肉体だけという事になる。
それならば存在の設計図と言う必要がない。肉体の設計図で充分だ。
肉体と、それ以外の何か、を構成する為の設計図こそが魂、と考えられないだろうか?
と、すると。ぴったりの表現がある。私と斉藤君が入れ替わったもの。今までも普通に使っていた言葉。
精神。魂という設計図を元に構成される、肉体と精神。これならどうだろう。
勿論それだけでは疑問が残る。設計図を素に構成されている筈の精神が、入れ替わるという事態。
肉体と精神が設計図を元に構成されているなら、当然その二つは切っても切り離せないものな筈。
…いや、そうじゃない。発想を逆転させればその疑問にも答えは出せる。
初めから、入れ替わり自体も設計されていたら。そう仮定すれば入れ替わりも起こりえる。
魂がどんなものかはとりあえず定義した。
次に、魂が傷付くという状況について考えてみよう。
設計図が、作成段階のみ使用されるものであるのならば。
傷付いても、例え失われたとしても、少なくとも、即座に影響を及ぼす事はない筈。
しかし、あの、肉体に与えられる苦痛など比較にもならない程の責め苦。
即座に影響が出た事から、設計図は現在進行形で影響していると思われる。
時間の経過に伴う変化まで設計されているとすれば不思議ではない。
そして、傷付ける事が出来るなら、殺す事だって出来るのではないだろうか。
肉体は損傷させず、魂だけを殺したとしたらどうなる?
植物状態になる?それはどちらかといえば、精神が死んだ状態である様な気がする。
現在にも影響を与える設計図である魂が殺されたなら、肉体も精神も死ぬのではないだろうか。
それを肉体面だけで見れば…自然に肉体の機能が停止し、死に至った様に見えるのではないか。
それこそ、急性心不全としか言えない状態で。
つまり…日向双葉の母も、月夜本家の四人も、奴の手で、あの剣で、魂だけを殺されたのではないか?
だとすれば、奴は私の母の仇という事になる。
私という娘よりも家を大事にする人だった。
決して、好きではなかった。
しかしそれは裏返せば、好きになりたかったという事。
…正確には、やはり好きだったのだろう。
好きだった分、好かれたかった。
もう届かないからこそ、素直に思う事が出来る。
私は貴女が好きです。私は貴女を愛しています。
だから私を見て下さい。私を好きになって下さい。私を愛して下さい。
私の中の小さな子供が、そう叫び続けている。
いや、下らない感傷だ。私はそんなキャラクターではないし、そもそも私の好みでもない。
笑顔の仮面の裏で、冷静に、冷徹に、それが私、日向双葉。今は斉藤清彦。
…勿論、これらは全て私の頭の中で組み立てた仮定の話だ。
全く別の真実が顔を出す可能性がある…というより、私の仮定の方が突拍子も無さ過ぎる。
誰かにこんな話をしても笑われるか、正気を疑われるか、精々がそのどちらかだろう。
入れ替わり自体が既にその領域の話だから今更だが。
そして今日はもう一つ、収穫があった。奴についてだ。
佐藤が、奴をトシアキと呼んだ。つまり佐藤は奴を知っているという事だ。
幸い、斉藤清彦は佐藤と親しいらしい。不自然にならない程度に聞き出す事も出来るだろう。
「ん…ひ、なた、さん…?」
双葉の声に我に返る。見下ろすと、まだ微妙に焦点が定まらない瞳が私を見上げていた。
3章インタールード
『ふぅ…嫌な汗掻いたわ。運命操作は完っ璧畑違いだから加減が分からないのよねぇ』
「助かる。回りくどい真似させて済まねぇな」
『しょーがないんじゃない?人前に姿を出すと欲望丸出しで襲われる率99.99%の身としちゃ』
「まったくもって厄介な体質だ」
『希望通り、縁がある人間を引き合わせるだけで、干渉は最小限に留めてるけど…
今回はもっと直接的に電光石火でもいいんじゃない?』
「疲れるから嫌だ。本来俺無関係だし…ってのは冗談だが。
ピースが揃ってないだろ。全員が納得する落とし所が今はまだ無い」
『別に全員が納得する必要はないと思うけど?時代の脅威を取り除くのが最優先でしょ』
「それだけなら俺らが出張る必要がそもそもねーだろ。
最初に封印かました挙句、維持は三家に丸投げしたあいつらにやらせりゃいい」
『そういえばこの国のトップ3は殺ってないんだっけ』
「その父親は殺ったがな。あいつらには別に弄ばれた訳じゃないから復讐の対象外だったし。
ま、この国の場合、どこをトップとするか微妙だが」
『そういえば分類されてたわねぇ。
ベースを創ったのが居て、そこからいくつか派生した中の二体が契って、ここを創ったんだっけ?』
「あぁ、そんでそいつらの結婚生活が破綻した後、件のトップ3が成り代わったって所だな」
『どこもどろどろねぇ』
「お前ん所にゃ負けるよ」
『勝っても嬉しくないわねぇ…』
「ま、とりあえず俺らのスタンスは現状維持で。
どうせ俺らに求められる役割なんざ、基本的にはデウスエクスマキナなんだからな」
『機械仕掛けの神、ねぇ…いいえて妙ね』
「まぁ機械仕掛けになったつもりはないがな」
『言い方を変えれば、最後は力技って事よね?』
「ぶっちゃけんなよ。その通りだけどさ。
けど漫画だってラノベだってTRPGだって伝奇物ならラストバトルは無いと盛り上がらないだろ?」
『メタ発言禁止!』
「お前の癖が移ったんだよ!?ってか漫画もラノベも読んでるのは知ってるがTRPGもわかるのかよ」
『あっちは暇なのが多いからね。結構やってるわよ?』
「お前らが…ダイス振ってるのか…?」
『古きものどもはサイコロ遊びをしないって?やあねえ。してるわよ。
坊○哲もびっくりの、好きな目出し放題でお約束展開てんこ盛りの出来レースか、
能力を封じつつ演算や身体機能を落とす領域内で普通に遊ぶかの二極が主流よ』
「へ、へぇ…実際の所、お前らから見て量子力学ってどうなんだよ?」
『好きよね。そういうの。
法則の上、って言い方も変だけど気にしない…に混沌、この場合確率かしらね…があって、
更にその上に法則があって、更にその上に混沌が…ってな具合でマクロもミクロも限は無いから。
現段階での観測能力ではそこが限界ってだけ。ぶっちゃけ考えるだけ無駄…って認識かしらねぇ』
「まぁそう言ってやるなよ。そうやって限界値を伸ばす事で発展してきた種族なんだから」
『元同族だからって甘いんじゃない?』
「お前らの視点って基本的に大上段過ぎんだから俺がこん位でちょうどいいだろ」
『ま、いいけどね。あたしはあんたのそういう所、嫌いじゃないし』
「へいへい、ありがとさんよ相棒」
4章
見慣れない教室で目覚めたけれど朦朧としている僕に、日向さんが言った。
「まだ寝てていいぞ」
この時の僕は何も考える事が出来ず、素直に従い再び深い眠りに落ちた。
そして次に目覚めた時は日向宅に居て、何故か…身を寄せ合って一つのどてらに包まっていた。
「あ、わ、え?えええぇぇぇ!?」
間の抜けた声を上げながらもがこうとする僕の体を日向さんがぎゅっと抱きしめる。
日向さんの温もりが僕のパニックをゆっくりと溶かしていく…けど、
代わりとばかりに心臓がどくんどくんとうるさく跳ね回っていく。
けどいくらなんでも音が大きすぎやしないだろうか。
…これは僕が動かしている日向さんの体から?それとも日向さんが動かしている僕の体から?
どっちからの音だろう。或いは両方、なのかな。
日向さんは見たところ落ち着き払ってるし、僕だけって可能性もあるか。
「落ち着いた?」
低く囁く声に、僕の長い髪が僅かに揺れる。今は日向さんの、僕の顔を見上げる。
穏やかな、優しい顔。僕が使っていた頃にそんな表情をした事はなかったと思う。
僕を見下ろすその目の中に、今は僕の、日向さんの顔が映っている。
目の中の顔が、その目を持つ元は僕の顔が、後ろに映る壁や天井が、じわりと滲む。
「…僕の事が邪魔だったから、遠ざけたんだと思ってた」
涙と一緒に、言うつもりのなかったそんな弱音が口から零れてしまう。
「そりゃあ、穿ち過ぎってか、考え過ぎってか…あの時のは言葉通りの意味しかないぞ。
…お前の反応が一々可愛いからちょっと苛めたくなったってのも理由の一つだけど」
「そ、そんな事言われても困る…けど、ありがとう。
ごめんね…あったかい。すごく落ち着く…」
「無理、させちまってたんだな…済まなかった。離れるなんて言うべきじゃなかったな」
「君が謝る事じゃないよ。僕が情けないだけだから…条件は同じ筈なのに、君は強いね」
「条件は違うな。俺はお前に、本来は自分がしなきゃならない苦労を押し付けてる」
言われて、さっき起こった出来事を思い出す。
そうだ。謎の少年に襲われ、体を弄ばれている内に意識を保っていられなくなったんだ。
その後は、ただ真っ白に焼け付いてしまいそうな快感と、
その間ずっと日向さんがとても近くに感じられた事だけが朧げに思い出せる。
そして、目覚めてからずっと続いている、下腹部に何かが挟まっている様な異物感と鈍痛。
…それはつまり、僕は守らなければならなかった日向さんの…
この肉体の純潔を守れなかった事を意味していた。
ようやくその事に気付いた僕は、自分でも情けないとは思っているんだけど…
再び溢れる涙も止められず、日向さんに縋り付いて、繰り返し謝る事しか出来なかった。
そんな僕を日向さんが左手で抱きしめて、右手でいつもの様に頭をわしわしと撫でる。
嗚咽が止まるまでずっと撫で続けてくれて、頃合を見計らって言う。
「ほら、俺を見て」
「…?」
「多分お前の事だから『その体の初めてを奪って申し訳ない』とか考えてるんだろう?」
「そうだよ…だって、女の子にとっては大事な事だって聞いてるから…
守ろうと思ったのに…守りたかったのに」
「馬鹿だな。純潔より、もっと大切なものがあればそちらを優先するのは当然だろう?」
「え…ど、どういう事…?」
「もしその体の純潔を惜しんで何もしなかったら、多分お前、壊れてたぞ」
「あ…」
確かに、その時の事を思い出せない位、追い詰められていたのだとは思う。
日向さんは優しいから、僕が壊れるのを放っておけなかっただけだろうけど…
でも、その言い方だと、何か、勘違いをしてしまいそうだ。
「だ、駄目だよ日向さん。まるで純潔より僕の方が大切だって言ってる様に聞こえるよ」
日向さんがやれやれと言いたげな溜息を吐きつつ、苦笑を浮かべる。
「あのな…他のどんな意味に聞こえるって言うんだ?」
「ほぇ?」
「だから、言葉通りの意味だって」
「日向さんが、ぼ、僕なんかを…?」
「責任は取る」
「ふぇ?」
意味を掴む前に、日向さんが僕の両肩を掴んで腕を伸ばす。真正面から向き合う形になる。
「日向双葉さん」
ばさりとどてらが落ちる。
そして改まった口調で呼びかけられる。
二人きりの時に日向さんにこう呼びかけられるのは初めてで、何だかおかしな感じ。
首を傾げつつ何故自分を双葉と呼ぶのか尋ねようと口を開いた所で日向さんが続ける。
「好きです。俺と付き合って下さい」
…えーと…?
その言葉が頭の中に染み込んで来ると共に、顔が熱くなっていくのがわかる。
でも、ちょっと待って。どういう事?そうすると、どうなるんだ?
日向さんが僕を好き?でも僕は今日向さんな訳だから日向さんは日向さんが好き?
あれ、それって…
「日向さん、自分が好きなタイプの人?」
「言われると思ったが断じて違う」
ちょっとむっとした様子で即座に返答がある。
「だ、だって、言うまでもないけど、今、僕達、入れ替わってるんだよ?」
「それこそ言われるまでもない。
だから俺は今の日向双葉に惚れたんだよ。中身がお前の日向双葉に」
「う、嬉しいのか嬉しくないのかちょっとよくわからないけど…」
元の体の日向さんに、元の体の僕がそう言われたなら素直に喜べたかもしれない。
いや、どっきり系を疑って挙動不審になるか、
あるいはパニックに陥って効き難い事も忘れて認識をごまかして逃げたかも。
「お前は、俺の事が嫌いか?」
慌てふためく僕に、日向さんが畳み掛ける。
「そんな事、ない、けど…」
ぶんぶんと首を振りながら答える僕に、日向さんがにやりと笑う。
「お前は俺に抱かれるの、嫌だったか?」
はぅ、強烈過ぎた快感を思い出して更に頬の温度が上がった気がする。
「そうじゃないけど…そう、それに、それじゃ、戻ったら、どうするの?」
「逆に、このまま戻れなかったらどうする?
日向双葉のまま、学校を卒業して…
その内、見合いとかさせられて、いずれは結婚、妊娠、出産とか経験するんだぞ」
「そ、そんな事言われても…そんな未来、想像も出来ないんだけど」
「『けど』ばっかりだな」
「え、あ…ほんとだ。だけど…」
「ほらまた」
「だ、だって…」
「仕方ない。なら先にお前の質問に答えようか。
戻った時の事は戻った時に考える。何か疑問点はあるか?」
きっぱり言われてしまう。あまりに断定的かつ正論で反論の余地が無い。
「そ、そう…だね…」
「で、返事は?」
「え?」
「別に難しい事は聞いてないだろ。
俺と付き合うかどうか、ハイかイエスで答えられる質問じゃないか」
「ハイかイイエじゃないの!?」
「冗談だ。けど今のお前を一番わかってるのは、わかってやれるのは、俺だけなんだぜ」
…僕は、ずっと一人で、目立たず生きて、人知れず消えて行く。
そんな人生を送るのだと漠然と考えていた。
寂しくない訳じゃないけど、気楽で良いと思っていたのも本当。
だって、わざわざ僕を選んでくれる女性なんて居る筈が無い。僕を選ぶ理由がない。
だから異性とお付き合いするなんて考えた事も無かった。
そして、いくら体が日向双葉さんであっても、僕の心は斉藤清彦というれっきとした男だ。
男性とお付き合いするなんて冗談でも考えたくない。
しかしその点、日向さんが相手ならば。
体は僕、斉藤清彦という男だけれど、心はれっきとした女性であり、
日向さん自身が言う通り、入れ替わりの当事者同士で、一番今の僕を理解してくれている。
こんな事態でなければ、日向さんと話す事も、それこそ告白されるなんて事も無かった筈。
確かに僕は、いつか戻る前提で行動している。
まだ一週間かそこらしか経過していないんだ。それも当然じゃないだろうか。
けど…考えたくはないけれど、戻れない時の事も考えておいた方が良いかも知れない。
もし、戻れないまま、日向さんとも離れてしまうような事態に陥ったら。
皆が僕を日向双葉さんと認識し、日向双葉さんらしく生きる事を求められたりしたら…
間違いなく、僕は潰れてしまうだろう。
日向さんという理解者が傍に居てくれているから、何とかやっていけてるんだと思う。
入れ替わってからずっと不安に苛まれているけど、一人で登校した時の不安は別格だった。
繰り返せば慣れると他人は言うかも知れない。けど断言出来る。その前に僕が保たない。
それに仮に戻れたとしてその時に離れていたら、
状況がわからず混乱するかもしれないからできるだけ側に居た方がいい。
また、中が女な男と中が男な女という半端者でも、二人なら。
あの、謎の少年にも対処できるかも知れない。
…つまり、戻れる戻れないに関わらず、日向さんの傍に居る方が良いのは確か。
鑑みると、打算的で自分が嫌になるけど、僕の事を好いてくれているなら好都合ではある。
元の僕じゃなくて、今の僕が、という点が微妙に引っ掛かりはするけれど。
だってそれはつまり…僕が日向双葉さんという女性として、
斉藤清彦という男性とお付き合いするって事な訳で。
「僕、女の子らしく…日向さんらしく振る舞う自信なんてないよ?それでもいいの?」
「それも今更だな。自信の有無以前に、今はお前が日向双葉なんだから」
「そ、そうだよね…それじゃ…えっと、不束者ですが、よろしくお願いいたします」
あれ、この挨拶、なんか違う様な?あれ、でも今ならいいのかな?あれあれ?
ともかく覚悟を決めて挨拶すると、両手を背中に回されて、ぎゅっと強く抱き締められた。
「なぁ、双葉って呼んでいいか?」
日向さんが不思議な事を聞いてくる。
「でも、それはやっぱり君の名前だから、僕がそう呼ばれるのは違和感があるよ」
「そうか…なら、双葉の双を音読みしてソウってのはどうだ?」
あだ名かぁ。考えてみれば今まであだ名を付けられた事ってなかったな。
精々親にキヨと呼ばれる位。しかも響きが何だかおばさんぽくて好きじゃなかったし。
「うん。それならいいよ」
「じゃあ、俺も清彦の清を音読みしてセイって呼んでもらおうかな。いいか?」
「うん。わかったよ」
「なら早速呼んでみてくれよ」
「え…あ、なんだか、照れくさいね…セイさん?」
「さんが余計」
「あぅ…じゃ、じゃあ…セイ?」
「あぁ、それで良い…ところでソウ、佐藤の携帯番号は知ってるか?」
「え、うん。わかるけど…どうしたの?」
「佐藤は奴の事を知っていた。トシアキと呼び掛けていたからな」
「ど、どうしてそんな事がわかる状況になったの?」
僕が殆ど意識を無くしている時に佐藤さんが現れ呼び掛けられたトシアキ少年が逃げ出し、
佐藤さんがそれを追い掛けて行ったから少年に強姦されずに済んだという話だ。
それを聞いて驚くと共に、ちょっと不満に思った。
「それ、佐藤さんが危ないんじゃ!?」
しかし日向さん…セイは冷静に返答する。
「トシアキとやらの体力は人間離れしてる。校庭から3階まで飛び上がってきたんだぞ。
もし佐藤に危害を加えるつもりがあったなら、その力で即、黙らせれば済む。逃げ出す必要はなかった」
「で、でも…追い掛けていっちゃったんでしょ?それを邪魔に思ったりしたら…?」
「それこそ、奴にとって振り切るのは赤子の手をひねるより簡単だと思うぞ」
「そ、そうかな…」
「心配性だな、なら安否を確認する意味も込めて連絡するって事で良いだろう?」
「う、うん…じゃ、番号は…」
僕が番号を告げると、セイが僕から離れて立ち上がり、携帯を取り出して電話を掛ける。
…贅沢だな、僕。暖かい手が離れていく事を不満に思ってしまうなんて。
佐藤さんとの会話を開始しているセイが僕のそんな心境に気付く筈もない。
「もしもし、佐藤さん?斉藤だけど…あぁ、ちょっと日向の携帯を借りてるんだ。
え?あぁ、見つかったんだ。そうでないと掛けられないだろ。
…会って話したい事があってね。うん。今忙しいのはわかってるんだけど…
多分、それと関係がありそうな事なんだ。
俺だけなら電話でいいんだけど、日向も関わりがあって、そうすると電話だとちょっとね。
…あぁ、わかった。じゃあ2時間後に駅前のマ○クで。それじゃ」
電話を切って、僕に向き直る。
「少し疲れてたみたいだが至って元気だぞ。話は聞いてたな?用意したら俺達も行くぞ」
それを聞いて一安心だ。差し出された手を握って立ち上がる。
「ありがとう…でもどうして2時間後?ここからだと15分もあれば行けるのに」
「その1。そのスカートのままだと応急処置しかしてないからいつ糸が切れるかわからん。
ソウだって街中や店の中でスカートが落ちたりしたら嫌だろう?」
「う、うん…それは、嫌」
「その2。シャワーを浴びてお互い諸々洗い流さないと…ってな訳だ」
うぅ…た、確かに体がべたべたするし、下半身は尚更…だから、その方がありがたいけど。
さっきから顔が火照りっ放しだよう…
「わ、わかったよ」
とりあえず、セイがざっと浴びている間に、明日以降使う替えの制服を準備しておく。
今穿いているスカートは補修出来そうなら暇な時にやって、無理なら捨てる事にする。
そしてセイと入れ替わりにシャワーを浴びる。
その間にセイが僕が着る私服を見繕う。
温めのお湯を浴びて、まず手で石鹸を泡立て、排泄器官と女性特有の器官を洗う。
昨日までは感じなかった、しくりとした痛みに再び罪悪感に襲われる。
セイは許してくれたけれど、だからってはいそうですか、と流してしまえるものじゃない。
一旦洗い流し、次に普段は表面をなぞる様にしか洗わなかった割れ目を深く、奥まで洗う。
体を見下ろさないでいるとそれが限界だったんだけど、今回はそうも言っていられない。
胸の膨らみと、その先端の桜色を、極力意識しない様に努めながら、
今迄は指で軽く触れるだけだった割れ目を、初めて意識的に見下ろす。
シャワーを強めにして、ひりひりする痛みを堪えながら中に流し込んで掻き出す様に洗う。
そうしている内に、また視界がにじんだ。本当に、なんでこんなに涙脆くなったんだろう。
顔にもたっぷりとシャワーを浴びて涙線に渇を入れ、気持ちを切り替える。
…そういえば、入れ替わってから私服で外出するのは初めてかも。
なんて考えていたら、脱衣場からセイの声。
「着替え、置いておくからな」
「うん。ありがとう」
ここからは普段通りだから、今更だけど目を閉じる。それで慣れちゃってるしね。
髪の毛をシャンプーとトリートメントで洗ったら頭上でまとめてタオルを巻き、
ボディスポンジにボディソープを馴染ませて皮膚の上を滑らせていく。
首から肩、腕、脇の下から脇腹、胸、腹、背中、腰、脚、足と泡立てていく。
全身が泡まみれになったらシャワーで洗い流す。
掌で一通り、泡が落ちていない場所が無いか確認する。
全部流せていたから、バスタオルで全身を拭いて、胸の所で巻く。
脱衣場に出たらぱしぱしと洗顔。
次いで頭のタオルを解いてドライヤーをかけながら髪をとかす。
洗面台の脇を見ると奇麗に畳まれたお揃いの白無地のショーツとブラ。
巻いていたバスタオルを解いて、もう一度足を中心に拭ってからショーツを穿く。
そして普通の、背中でホックを止めるブラを難儀しながらも装着。
前で止める型の方が嬉しいんだけど、そう何着もないからしょうがないかな。
次の布束を手に取ると、白い円筒形の…確かスリップと呼ばれる物体。
シャツを着る様に被り、巻き込んだ髪を逃がしてから、裾を引っ張って形を整える。
こんな感じでいいのかな…と疑問に思いながら。
ちなみに、裾は太股に僅かにかかる程度の長さ…ちょっと、嫌な予感。
その次を手に取ると、嫌な予感が的中…
濃いクリーム色のワンピースと、同色の長い布束…帯なのかな?
ちなみに、み、ミニスカート…
しかも、何かふんわりと裾が広がっていて翻りやすそうなデザイン。
うぅ、こ、これ、着なきゃダメかな…?
視線が泳ぐ。白くて薄い物体が僕の目に留まる。
手に取ると、つるつるしていて少し透けていて、異様に伸びる。
こ、これは…いわゆる、パンティストッキング…?
制服のスカートは膝上すぐ位まで伸ばしてもらっていたから、
太股まで覆う靴下と合わせれば、捲れなければ露出は無かったから助かったけど。
長さにすると10cmから15cm短くなっただけ。
たったそれだけでここまでプレッシャーが変わるなんて予想外もいい所だ。
むぅ…ストッキングがある分、生足見せ付けるよりは、マシ、なんだろうけど…
出来れば着たくないけど、セイが準備したって事はこれを着て欲しいって事…だよね?
と、とにかく、いつまでも迷っていても事態が進まない。
教えてもらった、長い靴下を履く時のコツを当てはめてストッキングをくるくると巻き、
爪先を突っ込んで巻いた分を戻して…あ、戻し過ぎるともう片方が連動して緩んでしまう。
膝下辺りでもう片足を突っ込んで、同じ位の位置までもっていってから引き上げていく。
腰まで覆われたらちょっと迷う。スリップの裾は中か外か?
何となく、外だろうと当たりを付けて引っ張り出せば多分装着完了。
改めてワンピースを手に取り、躊躇する事数秒。
どの道、身に付けずにセイの前に出る訳にもいかないから、渋々着る。
スリップと同じように被ってから髪を出し、裾を伸ばす。
袖が無くて腕がむき出しで、今の時期にはちょっと寒い。
適当に、太いベルト状の布を巻いて絞る…が、大分余っている。
これは、どうすればいいんだろう?
とりあえずすぐに解ける様に簡単に結んでおく。
元はセイの体なんだし、記憶には殆ど無いけどついさっき、
脚どころかその更に奥の奥まで開いて見せてしまったらしいのだから今更だとは思うけど。
うーん…太股まである靴下も初めて履いた時は違和感ばりばりだったけど。
この、ストッキングの下半身全てを柔らかく圧迫する感触もまた馴染みが無くて困惑する。
薄い布がぴったりと密着しているからあったかく感じられるんだけど、
ちょっと動いた時に空気を遮らないから素足でいる時よりかえってひんやり感じる様な。
辟易しながらも、ぱたぱたとファンデーションなるものをはたき、リップクリームを塗る。
何か顔がペタペタする感じであんまりやりたくないんだけど、セイに
『身だしなみの一環なんだからその位はやれ』
と言われてしまったので仕方なく続けている…まだ、慣れそうにはない。
そこまで終了したら脱衣場を出て部屋へ行き、扉をノック。
「どうぞ…っていうか、自分の部屋なんだからそのまま入って来ていいのに。律義だな」
という返答が帰ってくるから言葉を返しながら部屋に入る。
「そういう訳にはいかないよ…ところで、あのね…この服なんだけど…」
「それは背中で結ぶんだ。やってやるからこっち来て背中向けて」
セイがこちらを見て、少し笑いながら手招きする。
「あ、あの…」
「ほら、髪もまだ出来ないんだろ?その服に合わせたリボンも準備してあるから」
何だかやけに楽しそうで、出来れば替えて欲しいという意見が言い難い。
恥ずかしいの位は我慢しなきゃ駄目かな。
別に裸で出歩けって言われてるんじゃないんだし、他の人から見たら普通なんだろうし。
僕は、色々迷惑掛けてるのに許してくれているセイの優しさに答えたい。
まだ、こんな事しか出来なくて、ちっとも返せていないけれど。
覚悟を決めてセイの前に立ち、背中を向ける。
帯が解かれ、腰の一番細い部分を中心として巻き直され、背中で蝶々の形に結ばれる。
帯の幅が太いから、胸と、ウエストの細さが強調された様な気がする…
そして次に手渡されたのは、多分セットの上着…なのかな?
なんて言うか知らないんだけど。
ボタンもないし、裾も胸の下くらいまでしかない。それでも着ると大分寒さが和らぐ。
「次は髪だな。座って」
言われた通りに座ると、いつもの様に髪にリボンを編み込んでいく。
「はい完成。立って、ゆっくり一回転して…お、やっぱり似合ってるな。可愛い可愛い。
それ、可愛いと思って買ったんだが俺がその体に居た頃はいまいち似合わなかったんだよ。
やっぱ中身が違うと同じ体でも結構似合う服も変わるんだな」
可愛いと言われて頬がまた熱くなってしまう…ん、だけど。
日向双葉さんが可愛いんであって、別に僕が誉められた訳じゃないんだってば。
第一、男である僕が可愛いと言われても嬉しくない…筈、だし…
それに…セイが着て似合わなかった可愛い服が、僕が着ると似合うって言ってる訳で…
あれ、それって僕の方がセイよりも女々しいって言われてる?
「あ、ありがとう…?」
嫌味や皮肉を言っている様子も無く、純粋にそう思って口に出しているみたいだ。
…それはそれでちょっとショック。
「そろそろいい時間だし、出るか」
「うん」
凹んでいた僕はセイの言葉に従って動き出す。
僕自身は中に何が入っているのか把握していない、桜色のハンドバッグを手渡される。
玄関口には何ていうんだっけ、踵の高いサンダルが準備してあるのでそれを履く。
まだまだ余裕がないから無理だとは思うけど、服飾系の名前も覚えないと駄目かな。
そう思ってセイに聞いてみると、上着はボレロ、サンダルはミュールと言うらしい。
駅に向かって歩き始めると、覚悟は決めたもののやっぱり恥ずかしい。
セイが背中をぽんと叩く。
「ほら、背筋が曲がってる。おかしな所はないから自信持ってまっすぐ。
教えた通りに歩けばそうそう捲れたりしないから大丈夫」
「う、うん…」
答えて、意識して背筋を伸ばして改めて歩き出す。
しかし、普段以上に歩く事に気を使うのと、慣れないミュールと下腹部の痛みで遅れる。
少し差が付いた所でセイが気付き、立ち止まって振り返る。
僕が小走りに近付くと、手が差し出される。ちょっと照れながらその手をそっと握る。
優しく、けれど強く握り返される。そして、今度は僕のペースに合わせて歩いてくれる。
こういうさり気ない心配りが嬉しい。
バランスを崩してよろけた時も素早く腰を抱き寄せて支えてくれたし。
戻ったら参考にしたいくらい格好良い…そういうのが人気の秘訣なのかな。
僕が清彦の体で同じ事をしても似合わない気もするんだけどね。
その後、お互いにあった事、考えた事を話し合いながら歩く。
セイからも日向家の蔵に何か手掛かりがあるかも知れないと聞いてちょっと嬉しい。
僕の考えも、そう的外れじゃないって思えるから。
僕の…清彦の母の、月夜家の事も聞いた。
少年が言った『ツキヨに連なる者』という言葉はどうやら正しかったらしい。
斉藤清彦は確かに月夜の血を引いている事になるのだから。
そして、遺産相続の権利。
確証はないけど、鈴木さんの話を思い出す。
金銭的な意味では興味なんてないけど、こうも符号が噛み合うと興味も湧いてくる。
父の事を思うと受け取って良いものかどうか躊躇するけど…
そこはセイの判断に任せたいと思う。
僕の方も、鈴木さんの話を当たり障りの無い程度に話す。
思っていた通り、セイはご両親とあまり折り合いが良くなかったらしい。
ご両親の話になると、どこか突き離した様な目になる。
僕は母の事は知らないけれど、その分も父に愛されて育ったから、それが何だか悲しい。
ちょっと恥ずかしかったけど、体を密着させる様にセイに抱き付く。
こんな事で、ご両親の愛情の代わりになるなんて思える程、傲慢にはなれないけど。
ほんの少しでも、セイの寂しさを紛らわせる事が出来たらいいな、なんて思って。
僕のいきなりな行動に驚いて硬直した後、柔らかく微笑む。
「ありがとうな」
僕は、顔を埋める様にしてただ首を振る。いつもの様に頭に手が乗り、わしわしと撫でる。
そんな風に歩いて、駅に近付くにつれて人通りが多くなっていく。
それと比例する様に、圧迫感が強くなっていく気がする。
「ね、ねぇ…やっぱり僕、何か変なのかな?やたら見られてる気がするんだけど…」
「普段からこんなもんだろ?…じゃなきゃ、私服のソウが可愛いからだな」
「か、勘弁してよ…」
「しょうがないな。ほら」
繋いでいた手が肩に回され、きゅっと抱き寄せられる。
体温の暖かさと、セイの体で視線が遮られて、圧迫感が和らぐ。
…代わりにちょっと歩き辛くなったし、恥ずかしさは増したけど…
そうこうしている内に、ようやく駅前のマク○ナルドに到着する。
抱き合ったまま入る訳にもいかないから離れて、店内に入るとそんなに混んではいない。
4人席に独りで座っている佐藤さんがこちらに手を振っているので、会釈をしておく。
セイはセットに単品を1つとバニラシェイクを追加して、
僕はハンバーガーとコーラを注文して、二人で佐藤さんが待つ席へ。
「ごめん。待たせたかな」
「だいじょぶ、今来た所…って、日向さんを差し置いてカップルみたいな会話しないの」
セイの問い掛けに佐藤さんがいつものノリで答える。
「ははっ…日向だったらそもそも待たせたりしないさ」
「ちょっ、それ酷くない!?…やっぱ変わったね斉藤君。何だか別人みたい」
「日向につりあう男にならないといけないからな」
「はいはい、ごちそーさま。日向さん、立ってないで座りなよ」
「あ…うん、佐藤さん、突然ごめんなさいね」
2人の会話についていけなくて立ちすくんでいたら振られたので慌てて答えながら座る。
「ん…それで、話って何?」
「トシアキという人物について、教えて欲しい」
セイが本題を切り出す。佐藤さんがびっくりした顔をする。
「どうして、斉藤君があいつの事を聞くの?…そもそも、知ってるの?」
「殆ど知らない。たまたま、逃げる彼と、それを追い掛ける佐藤さんを見掛けたから、
佐藤さんは彼を知っているのだろうと思って聞いてる。
何故、聞きたいかは…日向が、トシアキに狙われているからだ」
「ど、どういう事?狙われてる?」
「一昨日と今日、日向がトシアキに襲われた」
「確かにあいつは昔から乱暴で何考えてるかわからない奴だったけど…
そんな、いきなり女の子に襲いかかる様な奴じゃないわ!それは何かの間違いよ!」
「落ち着いて。別に、俺達が彼にお礼参りしようとかそういう事じゃないから。
別に彼に恨まれる様な事をした記憶もない。
何か誤解があるなら話し合いで解決出来るかも知れない。
理由があるなら知りたい。そう思ったんだよ」
「う、うん…あいつは須佐利明っていって、あたしとは同い歳の幼馴染みなんだ。
高校で違う学校に進学したから、皆は知らないんだけどね」
「って事は、自宅も知ってる?」
「…知ってる。うちの近所の剣道道場…でも、帰ってないみたいだから会えないと思う。
大変な時なのに何やってるのよあいつ一体…」
「大変な時?」
セイが聞き返している横で僕は再び鈴木さんの話を思い出していた。
遠い親戚の一家全員、セイの本当のお母さん、そしてとある夫婦…まさか。
「利明のご両親がね、お二人とも、ある晩に急性心不全でお亡くなりになって…
その次の日から、あいつ、行方をくらませちゃって…
ご遺体は司法解剖されたそうだけど、死因に不自然な点はなかったそうだから、
あいつがご両親を殺害しして逃亡したとかそういう話じゃないんだけど…」
やはりそうか。佐藤さんに関わる話だと思った僕の予想は間違ってはいなかった。
隣ではセイが微妙な表情をしながら質問を重ねている。
「へぇ、道場…じゃあ、彼が持っていた古い剣は?」
「先祖代々伝わる家宝って聞いてる」
「ふぅん、するとやっぱり何かいわくがあるのかな」
「…あ、そういえば。あいつ自身は『家宝なんかじゃなくて呪いさ』って昔言ってた…
あの剣があいつの言う通りなら、呪いな筈はないと思うんだけど…
でも、本当に呪いなのかな…こんな事になるなんて…」
「待ってくれ。どういう意味だ?」
「あいつ、言ってたの。あの剣は『真のアメノムラクモノツルギ』だって」
え、なんか聞いたがある名前だけど…何だっけ?
「まさか…伝説ってか、神話だろ!?仮に本物だったとして、何でそんな物が…いや…」
セイが言い淀んで考え込む。
「あいつ、『現在に伝わる神話は歪んでる』とも言ってた。やっぱり、呪いなのかな…
ねぇ…あいつを、探すつもり?」
「ん?あぁ、そのつもりだ。居場所の心当たりは…もう当たってるんだよな?」
「うん…ことごとく外してるんだけどね…」
「大丈夫、見つけたら佐藤さんにもちゃんと知らせるから」
「…わかった。よろしくね」
そうして利明の話を聞く内に夜も更けてきたので店を出て佐藤さんを自宅まで送る。
セイは大丈夫だと言う僕の意見を却下して日向家まで送ってくれる。
「ソウはどう思った?」
「あまり、直接的な手掛かりにはならなかったね。けど…」
「いくつか、興味深い話が聞けたな」
「うん…ところで、アメノムラクモノツルギって何だっけ?聞き覚えはあるんだけど」
「日本神話における三種の神器の一つ、クサナギノツルギの別名…ってか、元々の名称。
ヤマトタケルが草原で火攻めにあった時に、
草を切り払って難を逃れた事からクサナギノツルギと呼ばれる様になったんだったか。
…最初に利明が現れた時、クサナギって言ったよな?」
「確かに、そう言ってた様な…でも、その後にも何か言っていなかったっけ?」
日向家に到着する。まだ話が終わっていないから、そのまま門扉で立ち話を続ける。
「あぁ、そこが少し引っ掛かるんだが、何て言ってたかな…
まぁ、とりあえずそれは置いておこう。
話の真偽や剣の真贋はともかく、あの剣が特異な能力を持っているのは確かだろう。
呪いかどうかはわからないが、利明は何か悪いものにとり憑かれたのかも知れないな」
「悪いもの…とり憑く?」
「俺達の特技…それにあの不可思議な剣。
そういった特異なものが存在するんだから、
悪霊とでも呼べるものが存在してもおかしくはないんじゃないか?
人間離れした運動能力も、それが理由だと考えた方が妥当だろう」
そして一旦言葉を切り、正面から僕を抱き寄せながらにやりと笑う。
「ソウを発情させたあの手の光も」
「はぅ、や、やな事思い出させないでよ…」
ちょっとじたばた暴れてみるけど、がっちりホールドされてしまっていて抜けられない。
「…そして多分、まだ完全に乗っ取られた訳じゃない」
僕の抵抗を楽しむ様に、背中を撫でながら声だけは真面目に続ける。
「突然頭を抱えて苦しんだり、佐藤さんから逃げ出したりしたから?
…そ、それでね、セイ?何か、手の動きがいやらしいよ…?」
「そうだ。希望的観測って奴かも知れないけどな。
乗っ取り切れていないから、何かあると逃げ出して、
次に現れるのに時間がかかるんじゃないかと思う訳だ。
しかし、悪霊に憑かれているという前提で考えると…
引き剥がして退治すれば解決ではあるが、問題がいくつか。
まず、どうやって悪霊を引き剥がして退治するか。
次に、これも推測だが…悪霊は多分、あの剣で何人も殺している。
自然死とされているから罪に問われる事はないだろうが…
もし、利明がとり憑かれている間の事を記憶していたら、辛い事になるだろうな…」
「た、確かにそうかも知れないけど…あ、あの…お尻、撫でないで…」
「じゃあ俺は帰るけど、戸締まりはしっかりな。明日は、日向の蔵を調べてみよう」
「う、うん。わかったけど…あの、恥ずかしいよ…」
「…本当は、一時たりとも離れていたくないんだが。
こんな事態、周囲に理解を求めるのは無謀だし、下手すると巻き込むからな。
親父さんの手前、斉藤宅に連れ込む訳にもいかないし。
自由になる金が大量にあればホテルを取るなり、もっと安全に気を配れるのに。
…もどかしいな。早く大人になって、自分の力だけで生きていける様になりたいよ」
「そうかな。いつかは嫌でも大人にならなきゃいけないんだから…
急いでなる必要は無いんじゃないかな。子供でいられる内は子供でいて良いと思うよ?」
セイが僕の言葉を笑い飛ばす。
「子供だったら、こんな事も出来ないじゃないか」
左手で腰を強く抱き寄せながら右手の人差し指を僕の顎に添える。
僕はそり返らされ、セイを見上げる格好になる。
「な、え、これって…」
びっくりして目を見開いていたら、セイが苦笑する。
「眼、閉じろって」
「あ…う、うん…」
うぅ…僕がリードしなきゃいけなかった…というか、したかったんだけど。男として。
微妙に納得出来てはいないけど、言われた通りに眼を閉じる。
まぶた越しに、セイの顔が、息使いが近付いてくるのがわかる。
どきどきと鼓動が高鳴っていく。
顎にかけられた指が少し左側に動き、僕はそれに合わせて少し顔を傾ける。
唇にふにゅっと、想像していたよりは柔らかい感触。
緊張でがちがちに固く結んだ僕の唇を、セイが舌でとんとんとノックする。
それでやっと気付いて、顎の力を緩める。
セイの舌が僕の口の中にするりと侵入してきて、口腔内を舐め回す。
舌が触れた箇所がくすぐったさを伴う熱になる。
熱は更に痺れとなって全身に広がり、体から力が抜けて、セイに体を預ける。
少し息苦しくて、とても気持ち良い。
再び、セイの舌が口の奥に引っ込んでいた僕の舌をノックする。
僕はそれに答えておずおずと自分の舌を差し出す。
舌と舌が絡み合い、唾液がいやらしい水音を立てる。
僕の方が位置が下だから、セイの舌を伝って唾液が流れ込んでくる。
元々はずっと自分の口の中にあった味な筈なのに初めての様に感じる味。
口の中を通り過ぎて喉へと流れ込んできたのでそのまま飲み下す。
随分と長い時間そうしていた様な気がするけど、多分そんなに経ってはいないだろう。
セイの唇が離れ、唾液が糸を引いて二人を繋ぎ、すぐに切れた。
「ん…あっ…」
まるで風邪を引いた時の様に少しぼうっとしたままその光景を眺める。
「じゃ、また明日な」
そう言って手を放そうとするセイにすがり付いたまま、かすれた声で告げる。
「ちょ、ちょっと待って…ちから、ぬけちゃって…」
セイがふっと笑って僕を支える。
「全く、しょうがないな」
そうして体重を預ける事しばし。僕が落ち着くより先に、セイが僕の体をそっと離した。
「…?」
少し困惑している様子だったけど、見上げると意地悪な笑顔で見下ろされる。
「これ以上は俺が我慢出来なくなりそうだから、今日はここまで」
その言葉の意味を想像してしまって、また体温が急上昇した気がする・・・
「…あ…う、うん…それじゃ、また…明日ね…」
「あぁ、じゃあな」
そう言い残して去っていく背中を見送りながら、火照りが残る唇を指でなぞりながら僕は、
まるで本物の、初心な女の子みたいな反応をしてしまって、
ずっとセイにリードされっぱなしで、
こんなんじゃ、僕がリードなんて出来っこなかったんじゃないかと凹んだのだった。
…そしてその夜、不思議な夢を見た。
何もない空間を漂っている僕を、誰かが呼んでいる、そんな夢。
チューニングが微妙に合っていないラジオの様に、不明瞭な声で。
同時に、目の前に人影が現れる。けれど焦点が合わずにぼやけた姿にしかならない。
『…ザザッ…や…と…繋…ザザッ…けど…駄…も…ちど…り…お…ザザッ…』
影が薄れて消えていくと同時に声も遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
何故か、不明瞭なその姿と声は、起きた後も強く印象に残ったのだった。
そして翌日、今日は土曜日。授業は午前中で終わり、セイと一緒に日向家に向かう。
その道中、セイが言った。
「佐藤は奴の名を須佐利明って言ってたよな?」
「うん、そう言ってたね…何かわかったの?」
「ざっとクサナギノツルギについて調べてみたんだがな。
…ソウはスサノオノミコトによるヤマタノオロチ退治のお伽話は知ってるか?」
「あ、うん。聞いた事くらいはあるよ。
確か、神の国から地上に追放された時に出会った女性を好きになって、
でもその女性はヤマタノオロチに捧げられるイケニエに決まっていて、
だから彼女を助ける為に戦うんだよね?」
「まぁ、首を分断させて酔い潰して騙し討ちしたという話もあるが…
その後、胴をかっ捌いたら腹の中からアメノムラクモノツルギが出てきた、となっている。
利明の名字が『須佐』で、アメノムラクモノツルギを家宝としているってのは、
ちょっと出来過ぎな気がしないか?」
「…佐藤さんが、利明君から聞いた話に、信憑性があるって事?」
「そこまでは言わないが…引っ掛かるのは確かだな」
そんな会話をしている内に日向家に到着する。
二人共、汚れてもいい格好に着替える。もちろん別々に、だよ?
セイはTシャツとジーパン。Yシャツを上から羽織っている。
僕は肩が紐状になっているシャツみたいなの(キャミソールというらしい)と、
裾が広がっている半ズボンみたいなの(キュロットスカートというらしい)で、
足が寒いからストッキングを穿き、カーディガンを羽織ってエプロンを装着。
全体的にねずみ色っぽくまとまっていて、汚れても目立ちにくくしてあるらしい。
ちなみに相変わらずセイに見繕ってもらってしまっている。
「よしよし、今日も可愛いぞ、ソウ」
僕をじっくり眺めて嬉しそうに言いながら頭を撫でるセイ。
「せ、セイってば、臆面がないよ…それより、行こうよ…」
僕は相変わらず、どぎまぎしっぱなしだ。
セイが蔵の鍵を見つけてきて開けながらつぶやく。
「…南京錠が新しい。最近取り換えたのか…?」
中は暗い。明かりを点して見渡すと、それなりにホコリが積もっている。
片隅にはどんな用途に使うのかよくわからない古い道具がやや乱雑に所狭しと並んでいる。
その反対側には頑丈な構造の棚があり、見たところ古い書物や巻き物が並んでいる。
棚の側には机もあり、そこには大学ノートが複数冊置いてある。
…よく見ると、床に微妙に大きさや形が異なる二つの足跡がある。
かなり最近ここに入った者が二人居るという事だろうか。
足跡は、一つはあちこちに動いていて、もう一つはまっすぐ机へと続いている。
僕も、足跡をなぞる様に机へと近付いていく。
この、古い物ばかりの蔵の中で大学ノートだけが浮いて見えたのも理由の一つ。
表題は『明の封印』。脇に小さくナンバリングが成されている。
「これ、新しいのは最近っぽい…?」
僕のつぶやきを耳に留めたのか、セイが傍に寄り覗き込む。
「…日向の父の字だ」
Vol.1と書かれたノートを開いてみる。見出しにはこうあった。
『失われつつある、日向、月夜、須佐の三家に伝わる伝承を再構築し、
万が一の時の為に、この星の生きとし生けるもの全ての未来の為に、これを記す。
願わくば、私の妻子、子々孫々に至るまで未来永劫、これが役立つ日が来ない事を』
「何だ、これは…随分大仰な出だしだな」
「うん…それに、月夜と須佐の名前もあるね…」
何冊にも渡って書かれているノートは膨大で、難解だった。
それを要約していくと、こんな感じになる。
『世界各地の神話には、主神が自らの敵を封じるエピソードが多い。
例えば、キリストの神は自らに反旗を翻したルシフェル=サタンを。
例えば、ゼウスは自らの父たるクロノス=サトゥルヌスを。
日本神話でも、イザナギノミコトはイザナミノミコトを。
それらの大半が、地の底…或いはそれに類する場所に封じている。
これは果たして偶然なのだろうか?否、私にはそうは思えない。
それは地の底にしか封じる事が出来なかったからではないだろうか。
では、そもそも、神の敵とは一体どんな存在だったのか?』
「…セイのお父さん、お仕事は何をしてるんだっけ?小説家じゃないよね…?」
「一応、役人な筈だぞ…続きを見てみよう」
『地獄という言葉がある。
先に述べた神話の様に、古より悪しきものは地に埋めるという概念が確かに在る。
しかしまた一方で、母なる大地という言葉がある。
他の星には無い、命を育みし優しき星にふさわしい呼び名だと思われる。
しかし、その地球とて、初めからこの美しい姿をしていた訳では無い。
かつては、溶岩に覆われた荒々しき星であったのだ。
では何故、赤く燃える星は今の青き水の星へと至ったのか?
科学的な考察をするつもりはない。
私も妻と結ばれ日向家の一員となったからには、日向の立場で考察するつもりである』
「セイのお父さん、お婿さんだったんだね」
「…あぁ、そうだ。言ってなかったか」
『現在の地球は、自然にこの姿になった訳ではない。
彼方よりこの地に至った存在が、この星を現在の形へと導いた。
その存在を、ここでは神と呼称しておく。
…そう、つまり神の敵とはこの星の原初の姿。
かつて神は、原初荒々しき力の化身を地の底へと封じ込めた。
何の為かは神ならぬ我が身には知りようのない事だが。
神は単独ではなく複数存在し、各地で封印を成した。
それが現在には神話という形で伝わったのだろう。
日本においては先も述べた通り、イザナギノミコトがイザナミノミコトを封じたが、
一度、封印が緩んだか、或いは解けたかしている。
イザナミノミコトは、九つの頭を持つ竜…九頭竜の姿で復活した』
「あ…確か利明君、クズって言ってたよね?荒ぶるもの、とも…」
「あぁ…と、すると、この与太話も全くのデタラメって訳でもないのか…」
「そんな…お父さんが書いた物なんでしょ?もっと信じてあげないと」
「…それはともかく、進めよう」
『これを封じたのが現在の主神…三貴神と呼ばれるイザナギノミコトの系譜。
すなわちアマテラスオオミカミノミコト、ツクヨミノミコト、スサノオノミコトの三柱。
より正確には、三貴神の力を与えられた三人の人間。
天照…太陽を司る《日向》の祖。
月読…月を司る《月夜》の祖。
そして須佐之男…力を司る《須佐》の祖。
三人は九頭竜の中心…核となる一本の頭を切り離し、剣に封じた。
残った八本の頭はヤマタノオロチと呼称される存在となり、
剣はアメノムラクモノツルギと呼ばれる存在となった。
核は剣に封じる事で物理的な封印が成された。
ただし、封じたのは言わばこの地球そのものの化身。
その強大な存在を一本の剣に封じておける筈もない。
故に受け継がれる概念に依る封印を重ね第二の封印とした。
物理的な封印と概念的な封印を掛け合わせる事で強固なものとしたのだ。
第二の封印は、須佐の血と名に依っている。須佐の名前、血脈に封印は受け継がれる。
封印を宿す者が死亡すると、別の須佐の血を持つ者に継承される。
須佐之男が男性神である為か、封印を宿す者は男である必要がある様だ。
須佐の系譜を調べた所、基本的には直系子孫に受け継がれるが、
必ずしもそうでなければならない訳でもないらしい。
そして万が一、須佐が絶えた時に発動する予備の封印術式が《明の封印》である。
その構造は太極の概念を素とし、月夜を陰に、日向を陽に見立てて発現する。
明の封印も同じ原理で継承されると思われる。すなわち、日向と月夜の血と名に依る。
これも、日向の女性と月夜の男性に継承されるだろう』
「やはり与太だな。そんな大仰な代物の封印を護る家系だと言うなら、
国を上げて保護しなければならないだろうに、そんな様子は俺が知る限り無いぞ」
「でも、このお家、凄く立派だし…
失われつつあるって最初に書いてあったから、忘れられちゃったのかな?」
「大体、血と名なんて微妙じゃないか?
もっと他に良い手段があるだろう。家なんて絶える可能性も高いだろうに」
「んー…概念も、時代と共に変わる可能性があるから、じゃないかな?
一番、変わらずに長続きしうる概念がそれだったのかも知れないよ」
「まぁ、選り好みしていられる状況じゃなかったのかも知れないしな。
俺達の祖先が何を考えてたかなんて、わかる筈もないよな」
脇に図が乗っている。円が一つ、波線で縦に割られていて、片方が黒く、片方が白い。
そして黒の中に小さな白い円が、白の中には小さな黒い円が描かれている。
図の下には親切な事に解説文も付いている。
『太極図は、原初の混沌が、陰と陽に別れる様子を表している。
白は陽を、黒は陰を示す。
そして黒の中の白と、白の中の黒はそれぞれ陰中陽と陽中陰と呼ばれ、
陽の中にも僅かながら陰はあり、陰の中にも僅かながら陽がある事を示している』
「陰の中の陽と、陽の中の陰…?」
「純粋な陽も、純粋な陰も存在しないって事なのかな?」
「世の中に完全なものなんてありゃしないって言いたいのかもな…だが…」
「ど、どうしたの…?」
「この落書きを信じる訳じゃない…訳じゃないんだが。
見立てる…この場合、どんな意味になると思う?」
「例えば、的な使い方をするんだよね?模型を実物に見立てる、とか言うから」
「…あぁ、確かにそういう言い方もあるが…
違う表現をするなら、置き代える、とも言えるんじゃないか?」
「あ…うん。そうだね。模型を実物に置き代える…でも同じ意味に取れるね」
「いや…だとすると順番がおかしい。間違ってないかこれ?いや、俺が間違ってる?」
セイがぽつりと漏らす。
「え、どういう事?」
「待ってくれ、今整理する…で、こう仮定すると一応整合性は取れる…いや、しかし…
駄目だ。大きな疑問がいくつか残る。
強引に解釈すればそれも減らせるが、どうしても一つわからない…」
「何かわかったの?差し支えなければ僕にも教えてよ」
「なぁソウ、この太極の陰と陽、陰中陽と陽中陰を、
日向と月夜に…俺とお前に置き代えたら、どうなると思う?」
「え?…日向と月夜、日向の中に月夜と、月夜の中に日向?…あ!」
「あぁ、どうやってかはこの際置いておくとしても。
清彦の中に双葉、双葉の中に清彦。入れ替わりの説明にはなる。
しかしそうするとだ。このノートを信じるなら、予備封印とやらが発動している事になる。
ならば利明に憑いてる悪霊…この場合、当人が名乗った事だしクズと呼んでおこうか…
クズはソウを犯す事を目的としている様だ。
普通に考えれば、因果関係はわからないが、それが封印を解く事に繋がるのだろう。
だが、クズが本当に九頭竜なら、封印が機能していないという事にならないか?
それなら封印を解こうとする必要も、その意味もない。
そもそも封印されている筈のクズが、どうやって利明に取り憑いたのか?」
「封印されなかった手先みたいなのが居た…とか?」
「その可能性もある…が、それならそれで何故今になって、という疑問は残る…
まぁ、それは今は置いておこう。
まず利明に取り憑いたクズは利明の両親を殺害し、次にここに来たか月夜に行ったか…」
「入った時、足跡、二つあったよね…一つはセイのお父さんだとして…もう一つは」
「クズだろうな。俺はその日友人宅に泊りに行っていたし、父は出張していたんだろう。
だから、家に居た母が殺された…鍵が新しいのも、壊してここに侵入したからだろう」
「そして、このノートを読んだ…
ところでこれの読みって『めい』?『あけ』?それとも『あきら』なのかな?」
「…字が汚くて済まないね。それは本当は『日月の封印』…『ひつき』と読むんだ。
…実際の所、読み方なんて何でも良いのだけれどね」
僕もセイも読み耽っていて、誰かが蔵に入って来ている事に気付かなかったらしい。
驚いて振り向いた先に居た、声を掛けてきたのは、セイのお父さん。
「父さん…いつから、そこに…」
セイが震える声で問い掛ける。
「『陰と陽、陰中陽と陽中陰を俺とお前に置き代えたらどうなると思う?』の辺りかな」
「…なら、俺達が今どんな状況なのかも聞いていたんだな?」
「うむ。それを書いていた頃は、その辺りの意味する所ががわからなかったのだが。
と言う事はやはり、君が双葉なんだな…と、すると、君が月夜君?」
セイのお父さんが、セイを見て、それから僕を見て言った。
「いえ、僕は斉藤清彦と言います。月夜は…最近知ったんですけど、母の旧姓です。
えと…その、こういう言い方が適切かどうかわからないですが…お初にお目にかかります。
日向双葉さんには大変お世話になると同時に、多大なご迷惑をお掛けしています…」
僕が慌ててお辞儀をすると、セイのお父さんは照れた様に後頭部を掻きながら答えた。
「娘に改まった挨拶をされるのは変な気分だね…よろしく斉藤君。ところで」
ちょいちょい、と手招きされる。
「?」
小首を傾げながら近寄ると、肩を抱かれて耳元で妙に楽しそうに囁かれる。
「娘の体で、変な事をしたりはしていないだろうね?ん?」
「う゛…え、と、その…」
ぎくっ、と硬直する。いや、僕の意思では変な事はしていない、つもりだけど…
で、でも…ねぇ?殆ど覚えてなくても、その、セイと、しちゃった、ん、だし…
「ふぅん…?」
とってもドスの効いた『ふぅん』で、身がすくむ。
「こら、あんまりいじめるんじゃない」
セイが割って入って、背中に僕をかばってくれる。
うぅ、やっぱり格好良いなぁ…それに対して僕の情けない事…
「いやいや双葉。これは男同士の内緒話なんだから女の子は割り込んじゃ駄目だよ?」
「残念ながら、今は私…俺も男だからな。参加資格はあるって事になるよな?」
「むぅ…いやしかしだな。
父親としてはやはり娘の体を他人の男の自由にされているとなると、気になる訳だ」
「あぁ、それなら信用していいぞ。父さんが心配する様な事をする奴じゃない」
「双葉の人を見る目を信用しない訳じゃないけどね。
その体で変な事をしていないか尋ねたら挙動不審だったよ?」
「何だ、そんな事か…そういう意味で『変な事』はしていない。
こいつは俺の彼女だからな。付き合ってれば普通にやる事しかやってないぞ」
「おぉう…娘が…娘が男を作ったなんて…あれ?女を作った?…うぅむ?」
よろりとよろめきながら混乱しているセイのお父さん。
あー…気持ちを考えれば気分はわからなくもない。
「ソウはそこに居て。ちょっと父さんこっちへ」
ちょいちょい、とセイがお父さんを手招きする。やっぱり親子だなぁ。仕草がそっくり。
二人は、蔵の外で何やらぼそぼそと話し込んでいる。
「そ…で、き…た…ど…ま…い…て…ん…い?」
「ひ…つ。…れ…り…う…ん…あ…ん…け…」
言葉の端々は聞こえてくるんだけど何を言ってるのかは全然わからない。
気になるけど、立ち聞きするのは行儀が悪いから聞かない様にして待つ。
しばらくしたら二人で蔵の中に戻って来る。
セイのお父さんはさっきまでとはうって変わって機嫌が良いみたいに見える。
「やぁ、待たせて済まないね、双葉君。
あ、とりあえず、対外的な問題もあるから君の事を双葉君と呼ぶ事にするけどいいかな?
君達が呼び合ってる名前は、君達だけのものみたいだし」
あまり嬉しくはないけど、周囲に違和感を持たせない為にはその方が良いのはわかる。
それに、確かにセイ以外の人にソウとは…あまり呼ばれたくない、かな。
「それは…セイがそれでいいなら、僕は構いませんが…」
「そうかそうか。確かに君は良い子だね。
娘にこんな事を改めて言うのも何だけど、これからよろしく、双葉君」
「あ、はい。よろしくお願いいたします」
「ところで、双葉君にひとつお願いがあるんだが、いいかい?」
「何でしょう?」
「私の事はパパと呼んでくれないか?」
「は、はいぃ?」
「君は自分のお父さんを何て呼んでいるんだい?」
「え、父さん、ですけれど…」
「そう。双葉君のお父さんは双葉君が父さんと呼ぶ人ただ一人だけ。
例え方便でも私の事をそうは呼びたくないだろう?
そしてうちの娘もね、今は聞いての通り『父さん』としか呼んでくれなくてね…
しかし娘を持つ父親としてはいつまでもパパで居たいものなんだよ。
だから、双葉君が私の事をパパと呼んでくれれば…
双葉君も私の呼び方に困らないし、私も嬉しい、という訳なんだが、どうかな?」
そ、そういうものなの?よくわからない感覚だと思うのは僕が子供だからなのかな。
セイのお父さんをどう呼べばいいかわからなかったのは確かだから好都合ではあるけど…
「は、はい…わかりました…」
「それじゃ、早速呼んでくれないか」
期待に目を輝かせながら言うセイのお父さん。
「え、と…それじゃ…ぱ、パパさん…?」
「さんが余計」
うぅ、やっぱり親子なんだなぁ。こんな所でも同じ反応。
「ぱ、パパ…はぅ」
物心付いた頃にはお父さん、中学に上がった頃から父さん、としか呼んでなかったから、
今更人をこう呼ぶのは何だか自分が幼子にでもなったみたいで、妙に照れる。
「おふぅっ」
一方そう呼ばれた人は、感極まった様子で天を仰いで涙していた。
セイの傍に寄って囁く。
「…お、面白いお父さん、だね…?」
「いいんだぞ。ぶっちゃけて『ウザイ』と言っても。
母親に頭が上がらなかった分、こっちに絡んでくるんだから性質が悪いんだ」
セイがため息と共に愚痴る。
「そ、そこまでは思ってないよ…」
「…父さんの登場で話が止まったから、戻そう。
ちょうど書いた張本人が居るんだ。ノートを解読して要約するよりは早いだろう」
「何が聞きたいんだい清彦君?
…あ、ちなみに同様の理由で双葉の事も清彦君と呼ぶ事にしたが、良いかい?」
「はい…」
理由はさっき説明された通りだし、僕も理解は出来ている。
けど、何だか怖い。何故、何が怖いのか、その理由は僕自身にもよくわからない。
よくわからないから説明しようがないし、そんなあやふやな理由で説得する自信もない。
だから、とりあえず肯いておく。
「まず、この話がどこまで真実なのかを聞きたいな」
セイが口火を切る。
「何が真実か、どこまで真実かは私にもわからないよ。
ただ各家に断片的に伝わる伝承を繋ぎ合わせたらこうなった…というだけの事だからね」
「じゃあ、次だ。現在どんな状況なのかは把握しているのか?」
「妻と、月夜家の4人、そして須佐家の夫婦が変死。
須佐の一人息子、利明君と、家宝の剣が行方不明。
世間的には自然死とされているが、恐らく利明君と剣が関わっている」
「現状把握は俺達とそう変わらない、か…父さんが知らないだろう情報が一つ。
利明はソウを…日向双葉を襲いたいらしい。主に性的な意味で」
「なんだとぉっ!?」
その怒号に、思わず肩をすくめる。
どうやら、普段は穏やかに話すけれど感情が高ぶると声にドスを効かす癖があるみたいだ。
「落ち着け父さん。とりあえずこっちの状況を伝える」
そうして入れ替わってからの僕達に起こった事を伝えていく。
…流石に、学校で…その、しちゃった事は言わなかったけどね。
「なるほど。それでこの蔵へ来た、という訳か」
「そう。そしてこのノートを読んでたって訳だ…が、
父さんはそもそも、何でそんな失われつつある伝承なんかを調べていたんだ?」
「妻とは幼馴染でね。日向に伝わる力もあっただろうけど、ずっと好きだったんだよ。
…彼女は日向の家に縛られていて、そこから逃げ出す事が出来なかった。
私は、ずっと彼女の力になりたかった。だから半ば無理矢理に日向家の伝承を聞き出した。
月夜家や須佐家の事も調べた。
また何かあった時に彼女を支え、護れる様になろうと力を求めた。
私の熱意が伝わったのか、彼女も私を選んでくれた。
日向の一員となれば、月夜や須佐も無下にはしない。
私は、伝承を再構築し、三家の重要性を国に訴えた。
国は、明治時代が始まる頃から、西洋文明を取り入れる事に躍起になっていた。
そして、それまでの伝統を軽んじる様になっていた。
…そしてそれは、戦争で多くの記録が失われてしまった時に、決定的となった。
そして今現在、多少は私の声に耳を傾けてくれるお偉いさんも増えてはいるが…
具体的に動くには、国という物は大きすぎて、鈍い。
恐らく、私が現役で居られる内には結論は出ないだろう…」
「…国も、父さんも、解決の役には立たなかったって訳だ」
「はっきり言うね。その通りだから返す言葉もないけれど。
…妻が変死した時、私は恐れていた事態が進行しているのだと悟った。
そして、私が学んできた技では不十分であったのだと。
現場に残された痕跡から、何が足りなかったのか理解し改良も出来たが…
私は、護りたかった者を、護れなかった。
けれど、利明君…いや、私もクズと呼ぼうか…クズが双葉君を狙っているのなら。
妻が残してくれた、私達の子だけでも護る。今度こそ、護ってみせる。そう誓おう。
…この家の敷地に沿って結界を張ったから、少なくともこの家に居れば安全だ。
そして…そういう事なら、これを渡しておこう」
そう言って手渡されたのは、一つのペンダント。銀色に輝く鎖と、透明に輝く勾玉。
「奇麗、だね…」
「何だこれは?」
「お守り…かな。これを身に着けていれば、九頭竜に属する者は近寄れない」
「つまり、それを身に着けていれば安全って事か?」
「そうだね。だから双葉君には肌身離さずに持っていて欲しい」
「これが本当に効き目があるなら、ソウの身の安全は確保出来るな…」
「これを複数作って身近な人達に持たせておけばこれ以上の事態の悪化は防げる筈だ」
「駄目だよ…それじゃ、利明君を放置する事になっちゃうよ。
利明君を救って、佐藤さんの悩みも解消してあげなきゃ」
僕がそう言うと、セイが僕の頭を撫でながら言う。
「あぁ、そうだな…けど、解決の目処が立つまでは持っていろ。いいな?」
「う、うん…それでは、大切にお預かりさせて頂きますね」
そう言って、首の後ろで鎖を留めようとするんだけど、
ネックレスの装着なんて初めてで、うまく留められない。
「あ、ほら…着けてやるから、髪を上げて、じっとして」
見かねたセイが背中に回ってくれる。
「ごめんね…こういうの、した事ないから…」
「気にすんな…ほら出来た。こっち向いて…お、似合ってるな。可愛さアップだ」
「も、もう…セイってば…でも、あ、ありがとう…」
「…おノロケは出来れば私が居ない所でやってくれないか。パパは複雑な心境だよ」
「あ、ご、ごめんなさい…」
パパを向き直って謝る僕の首に、後ろから両腕を巻きつける様に抱きながらセイが言う。
「謝らなくていいぞ。どうだ父さん、うらやましいだろう」
「大人をからかうもんじゃないよ。清彦君」
「はいはい…で、だ。実際の所、父さんはこの状況を、どうすれば解決できると思う?」
「現段階では何も出来ないな。クズを捕まえる事が出来れば調べる事も出来るんだが」
「…奴の力は人間離れしてる。こちらが返り討ちにされる可能性の方が高いだろうな」
「あぁ、そうだ。二人とも、日向と月夜の力は把握しているかな?」
「あの役に立つのかわからない謎の、日向の注意を引くのと月夜の注意を逸らす奴か?」
「伝承においても、三家が力を合わせて九頭竜を封じたとあるからね。
二人とも力を磨いておきなさい。
筋肉と一緒で、使えば使うほど強く長く使える様になる筈だから」
「…どう役立つのか、いまいちピンと来ないんだけどな。わかった、やっておこう」
「さて、そろそろ日も暮れて来たから今日はこの位にしておきなさい」
「了解…あぁそうだ。ソウ、これを」
セイが僕に携帯電話を渡す。
「え、だって…これ、セイのだよ?」
「違う。これは『日向双葉』の携帯電話なんだぞ。
俺もうっかりしていたんだが、昨日、佐藤に連絡するのに使っちまったから、
無くしたって言い訳はもう使えない。だから見つかった事にしてソウが持っとけ。
…で、明日の日曜日、自分用の買いに行くつもりなんだが…付き合ってくれるか?」
「うん、わかったよ」
「よし、ならついでに遊ぶか。
携帯を入手したら映画でも見て、喫茶店でだべって、飯でも食おう」
「え、それって…」
驚く僕にセイがにやりと笑いながら続ける。
「多分世間ではデートって言うだろうな…
という訳で今回は見繕わないから、頑張ってお洒落して来てくれ。楽しみにしてるから」
「え、えぇ!?僕には無理だよぅ…」
「そこの親馬鹿にアドバイスしてもらうといい。じゃ、俺は今日は帰る。また明日な」
それだけ言ってセイは帰ってしまった。
え、ホントに、僕はどうしたらいいの…?
4章インタールード「蔵の前の密談」
「それで君達はどこまでいってるんだい?」
「秘密。それより相談があるんだけど」
「さらっと流すこのそっけない反応は確かに我が娘…
外面は良いのに、どうして親にはこんなに素直じゃないのか…パパは悲しい。よよよ」
「わざとらしい泣きまねは要らない」
「で、彼には聞かせたくない話なのかな?」
「そんな所。はっきり言えば、俺は元に戻るつもりはない。今の状態の方が良い」
「待ちなさい双葉。私がそんな話に賛成するとでも思っているのか?」
「父さんにとっても、悪い話じゃないんだぜ?」
「…どういう意味だ?」
「ソウを…あの、今の双葉を見てどう思った?」
「気が弱そう」
「男として見たらそうだろうな。けど自分の娘として見たらどう思う?」
「…む…確かに、外見が双葉とは信じられないくらい、雰囲気が柔らかかったが…」
「双葉にどんな娘になって欲しかったのか…当の娘が気付かない筈がないだろう。
今の双葉は、父さんが理想とする素直で大人しい良い子になる素質充分なんだぜ?」
「い、いや…しかしだな…」
「ちょっと、これを見て」
「携帯で撮った写真?こ、これは…!」
「そう。父さんが事ある毎に買ってくる、父さん好みの服を着た双葉。
俺があの体に居た頃は触った事もないが、今の双葉なら着てくれるんだぜ?
…説明が面倒だったから父親からのプレゼントだとは言ってないが」
「さ、流石は我が娘…的確にツボを突いてきたな…だが!」
「棚の中でホコリを被ってるピンクハウス」
「うぐっ…」
「元に戻ったら朽ちるのを待つだけのヴィクトリアンメイデン」
「むぐぐ…」
「俺はいずれソウを嫁にする…俺が婿になるのかも知れないが…
そうすれば父さんが育てた俺という子供も家族に戻れる。問題は無くなる。違うか?」
「…ふぅ、昔から物事に無頓着なのに、こうと決めた事に対しては頑固だったけど…
わかったよ。それで双葉にとってそれは決定事項、なら相談っていうのは何なんだい?」
「流石は父さん、話が早い。ソウを斉藤とか清彦とか呼ばないで双葉と呼んで欲しい」
「む…しかしそれは…」
「ソウといい父さんといい、呼び名にこだわるのが俺にはいまいち理解出来ないが…
じゃあ、双葉と区別したいんだったら、双葉君とでもすればいい」
「…双葉だって呼び名にこだわってるじゃないか。何で斉藤君と呼ばせたくないんだ?」
「斉藤清彦に戻る事をあきらめて、日向双葉に馴染んでもらう為。
元の名前で呼ぶ人が居ない方が、早く認識を切り離せるんじゃないかと思ってね。
互いをあだ名で呼び合う様に仕組んだのも最初はそれが理由。
…もっとも、あだ名が、特別な相手から呼ばれるだけで、
ここまで心地好く耳に響くなんて知らなかったから、
他の奴には呼ばせたくないし呼ばれたくないかな、今は」
「我が娘ながら悪知恵が働くというか…相変わらず目的が定まると手段を選ばないな。
仕方ない、可愛い娘の為だ。一肌脱ごうじゃないか」
「その為は『可愛い娘の頼み事』か、『可愛い娘になってもらう為』か、どっちだ?」
「どっちも、に決まってるじゃないか。どうせ狙うなら一石二鳥だよ」
「俺は間違いなく父さんの子供だよ…ちなみに、だから俺も双葉とは呼ばないでくれ」
「了解だよ。清彦君?」
「そうそう。その調子で頼むよ父さん」
「勝算はあるんだろうね?」
「ソウが思った以上に堅い…というか、恋愛感情が未発達なのが誤算だな。
好かれてはいるだろうが、ライクであってラブじゃなさそうだ…押し切るけどな」
「…やれやれ。嫌がる事はするなよ?」
「当然!」
「そういう事なら、あの話を進めても大丈夫そうだな」
「ん?」
「国のお偉いさんに三家の重要性を説いているって話はしたね。
数は少ないけど理解者も少しは居る、とも。
今度、その一人が主催するパーティに出席する事になってね。
丁度良い機会だから、双葉君を連れて行こうかと思った訳だ」
「…何の関係があるんだ?」
「お偉いさんばかりだから、挨拶と名乗りは嫌って程しないといけない。
『日向双葉です。よろしくお願い致します』とね。
名乗る回数が多ければ多い程、馴染みやすいんじゃないかな、と思ってね」
「そうそう上手くいくか?」
「言霊という概念を知っているかい?
口にした言葉には呪力が宿り、その内容を引き寄せる力になる。
もちろん、きちんとした手順や儀式を踏まないで、ただ口にしたって微々たるもので、
気休め程度…自己暗示と変わらないんだけどね。結構馬鹿にしたものじゃないよ。
だから迂闊な事は言わない方がいいし、叶えたい願いは口に出した方が良いんだ。
「ふ…む、やらないよりはやった方が、か…そのパーティ、俺も参加可能か?」
「明の封印が発動している事を鑑みれば…
封印の片翼を担う清彦君も共に顔見せ、という名目は立てられるだろうね」
「それなら頼む…と、長くなったな。ソウも待ちくたびれてるだろうから、戻ろう」
「はいはい。王子様の仰せのままに」