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奏くんの非日常な一日

2011/07/27 13:38:15
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「………」

「……て」


うん? なんだろう?


「…きて」


そう、まるで小さな船にでも乗っているかのように体がゆさゆさと左右に揺れているような、そんな気がする。


「そろそろ起きなさいってばぁ」


耳から伝わってきた声に、それまでぼんやりしていた意識がはっきりしてくる。この聞き慣れた声は……。


「……うん? かーさん?」

いつの間にか、テーブルに突っ伏していた上半身をゆっくりと起こしたところで、手で目をゴシゴシしながら返事する。


「目、覚めたかしら?」

「う、うん。そっか、ボク寝ちゃったんだ」

「ちょっとだけね」


でも心配いらないわよ。開店までまだ時間は十分にあるからと軽くウインクしてみせる、ぱっと見学生にしか見えない童顔の女性の正体はというと『橘 初音(たちばな はつね)』、これでもボクという息子(高校2年生)を持つ一児の母です。


「奏(かなで)くん、ダメよ。いくら若いからといって毎晩毎晩エッチなビデオ見てちゃ」

「はいっ!? そ、そんなの見てません!」


まったく、かーさんってばどうしてそうなるんですかとすぐさま反論したところ、え? そうなの? でもでも、それはそれで男の子としていかがなものかなぁーって、かーさんちょっと心配になってきちゃった、と少し困った表情を浮かべる。あのねかーさん、一体ボクにどうしろっていうんですか?

うーん、とはいえこんなところで寝ちゃうなんて、今日に限って一体どうしちゃったんだろう。寝不足? それともオーバーワーク?

でも、昨日はいつも通り寝たし、特に寝付きが悪かったということもなかったから睡眠不足になるなんてちょっと考えにくいかなと。それに今日だってお店の床をモップ掛けしてから、テーブルを丁寧に拭くという、いつもと変わらない作業だけだったからそんなに疲れてもいないし。

まあ、しいて違うことといったら掃除が終わったところでかーさんが煎れてくれたコーヒーがいつもに比べてかなり甘かったぐらいかな。

今までそんなことは……あ、一回だけ砂糖と塩を間違えられたことがあったっけ。あれはさすがに飲めませんでした。周りから『勇者さま』と呼ばれたい人以外は間違っても真似しないで……って、話が逸れちゃった。えっと、逆に気になって理由を尋ねたところ『だって女の子は甘いものに目がないから』とのこと。さっぱり意味わかりません。


「そうそう、見て見て」


そう言いながら一枚のチラシを差し出してくる。


「なになに……一日限定メイド喫茶ぁ?」


また急にそんなことを。実はこれ、かーさんの悪い癖なんです。

前回はヨーロッパ中世を再現してみたいのといって鎧を着せられたし。あれってただでさえ動きにくい上に視界が狭くってちょっとだけしか見えないから、注文されたものを運ぶだけでもそれはもう大変で大変で。お客さんにだけは迷惑かけないように必死でした。

でもってその前はというと、学校とかいって詰め襟の学ラン着させられたっけ。ま、唯一救いは学校は学校でも小学校じゃなかったことだね。いくらなんでも高校生にもなってランドセルを背負うのはさすがにちょっとね。

あ、先に断っておくけどボクだって好き好んでこんなことをしているわけじゃないんだよ。幼いころに事故でとーさんの亡くして以来、女手一つで喫茶店を営みつつボクをここまで育ててくれたその恩返しって訳じゃないんだけど、ボクにできることだったら可能な限り手伝ってあげたいなって。

ま、なんにせよ今回はどうやらお役ご免みたい。だってメイドさんといったら基本的には女性(まあ実際のところ通販ではXLといった大きめのサイズもあるらしいから一概には言えないけれど)が着るものだし。

ま、かーさんなら身内びいきを差し引いても似合いそう(しかもかなりの高レベルで)だしね。さすが初対面の人に必ずといっていいほど(勝率9割9分9厘)『あなた本当に一児の母なんですか?』と言われているだけのことはあるよね、うんうん。


「そうそう、この服似合う似合う?」


カウンターからフロアへ出てくるなり、くるりとその場で一回転してみせる。


「似合う似合わないで聞かれたら似合っているとは思うけど……」


なんですか、そのピシッとした黒スーツ服姿は? 話の流れからしてメイドさんじゃないんですか? 予想外の姿に首を傾げるボクなのでした。



1.医薬部外品だから

「えー、何って執事さんだよ。やっぱりメイドさんときたら執事さんも外せないわよね」


はあ、その格好、執事なんだ。でも、さっきのチラシには確かメイドって書いてあったかと思うんだけど? そう指摘したところ、かーさんは指先でこめかみをポリポリしながら、


「うーん、さすがにかーさんの歳じゃね」

「そう? ボクが言うのもなんだけど、かーさんなら問題ないんじゃないかな」


開店早々、噂を聞きつけた近所にある商店街の男性陣で満員御礼になること間違いなしかと。


「もう奏ったら、ありがとね。でもでも、やっぱり若い子には勝てそうもないから」


だから後は任せたわよとハイタッチしてくるかーさん。なぜこのタイミングで? まさかと思いますが、その役目を俺に押すつけようなんて考えてないよね?


「ね、念のため聞くけど、まさかボクに着ろなんて言わないよね?」

「まさか。いくらかーさんでも男の子の奏くんにそんなことさせられないわ」


その言葉にほっと一安心する。よかった、かーさんが今日に限って良識のある人で。


「なので今回は女の子のかなちゃんに任せることにしましたぁ」


わーい、ぱちぱちぱちと一人手をたたくかーさん。よかったよかった、どうやら既に要員(アルバイト)を確保しているみたいだ。


「というわけで、そろそろお薬も効いてきたみたいだし、はいこれ」


そう言ってボクに差し出してきたのはハンガーに掛けられた黒のワンピースにフリフリの白エプロン、そしてこれまたレースがたくさんのカチューシャなどなど……ま、ぶっちゃけこれってメイド服だよね。へー、ネットとか画像で見たことはあるけど、こうして現物を間近で見るのは生まれて初めて……って、なに冷静に分析してるんだよ、ボクはっ!


「ちょ、ちょっとかーさん」


さっき『男の子の奏くんにそんなことさせられないわ』って言ってませんでしたか?


「うん、確かに言ったわよ。だから『今回は女の子のかなちゃんに任せることにしましたぁ』そう言ったじゃないの」


だったらその『かなちゃん』という人に直接渡してください!


「ささ、着替えて着替えて♪」

「着替えませんっ!」


あいにくそういった性癖(女装)は持ち合わせておりませんからっ!


「もうこの子ったら。胸に手を当てて自分の名前をよぉく思い出してご覧なさい」

「あのねかーさん、思い出すもなにもボクは……え? え?」


別にかーさんに言われたからって訳ではなくって。ボクの癖なんだけど、こう主張したいってときによく胸に手を持ってきてしまうらしくって。どちらかというと女の子っぽい仕草だから直そう直そうって思っているんだけど……って、そんなことどうでもいい。それよりもなんだろう? この胸に当てていた手から伝わってくる柔らかくて、それでいて張りのある感触は?

あー、もしかしてボクが寝ている隙に胸のところに何か小細工したんでしょ。それを確認しようとシャツをぐいっと手前に引っ張り、できた隙間から中を覗き込む。


「ちょ、な、なにこれ……」


珍○景……じゃなくって! なんで? どうして男であるボクの胸に谷間(しかもくっきりはっきり)なんかあるんですか? そんなのどう考えてもおかしいよねぇ。


「さすが通販最大手のア○ゾ○さんよね。TS薬まで扱ってるんだから」


ホント便利な世の中になったわよねーと満面の笑みを浮かべる。そうだね、確かにあそこって便利だよね。たまにあるポカさえなければ完璧……じゃなくって! えっと、TS薬って確かあれだよね? 数年前に開発された一時的に性別を反転させる薬のことだよね。さすがア○ゾ○さん、そこまで扱ってるなんてと思わず納得してしまう。あれ? でも確か薬事法改定で薬の通販て厳しくなったんじゃなかったっけ?


「大丈夫、医薬部外品だから」

「そんな胡散臭い薬飲ませるなぁぁーーーっ!」

「えー、せっかく奏くんのお宝グッズの中でもお気に入りを参考にしながら、迷える子羊ちゃんたちのハートを早撃ちガンマンさんのようにバンバン狙い撃ちしちゃえるようなナイスバディに……といきたかったんだけどね。本当のところは胸以外いじりようがなかったっていうのが本音なのよね。もう、奏くんたら何でそんなにウエスト細いのかしら? かーさん、我が息子ながらびっくりしちゃった」


そ、そんなこと言われても……じゃなくって! なんですかその『お宝グッズ』ってやつはっ!


「もう、かーさんにそこまで言わせる気? もちろん定番の男の子のベッドの下に置いてあるやつに決まってるじゃない♪ あ、奏くんの場合は机の下から2番目の引き出しだったわよね」


なな、なんで!? どーしてかーさんがそのこと知ってるの!? でもでも、ボクってそんなに胸の大きい人が好きだったっけ? そんなことはないよね? あれぐらい普通だよね? お願いです、誰でもいいから普通だと言って下さぁい。


「というわけで、かなちゃん、お着替えしましょっか♪」

「ちょちょ、ちょっと待って。ボクはやるなんて一言も……」


抵抗虚しく、あっという間に関節を決められたボクは、奥にあるかーさんの部屋(うち、店舗兼住宅だから)へと連行されるや否や、例の服を着せられメイクされる羽目になるのでした。



2.メイド喫茶のメイドさんに欠かせないものとは

「お、お帰りなさいませ、ご主人様」

「うーん、まだちょっと表情が堅いかな。それになんだかそわそわして落ち着きないみたいだし。ダメよ、かなちゃん。メイドさんたるもの、いかなるシチュエーションでも冷静に対処できないといけないんだぞっ」


人差し指をぴしっと立て注意してくるかーさん。

もう、なにが冷静に対処できないとだよ。こっちはこんな体(男→女)になった時点でどうしていいのやらだっていうのに。

今はこうして服を着ているからいいけど(実際のところこれっぽっちもよくないんだけど)、鏡に映った下着姿の自分を見てときなんてもうすっごく複雑な心境でした。確かにかーさんの言うとおりブラを着けた方が胸が安定するから動きやすいのは事実なんだけどさ。カップの中にこう押し込むというか寄せた結果、ただでさえ大きな胸を更に強調しているようで。自分の体なんだけど、なんていうかこう後ろめたい気持ちでいっぱいです。


「ねえ、かーさん。せめてもう少し丈の長いスカートってないの?」


両手でスカートの裾をぴしっと抑えながら尋ねる。一部地域で使われているような、フリルとかレースなどで無駄に装飾したメイド服とは違って、かーさんが用意したくれたものは上の方は襟元にリボンがある程度ですっごくシンプルなんだけど、問題は下の方。スカートの丈がかなり短くってちょっとお辞儀しただけでパンツ……じゃなかった、ショーツって言うんだっけ、が見えちゃいそうなぐらいの短さだった。

ボクの切実たるお願いに対し、母さんはいつになく真剣な眼差しを向けながら、


「かなちゃん、ごくごくフツーのメイドさんならともかくメイド喫茶で給仕しているメイドさんの服装でね、これだけは絶対欠いちゃいけないものがあるのよ。それがなんだか知ってる?」

「さ、さあ?」

「知りたい? もちろん知りたいわよね?」


今までの経験からして、このワクワクした口調の裏に隠された真実にあまりというかこれっぽっちも良いイメージがなかったボクは、はあーと大きなため息をつく。


「それはね、絶対領域よっ!」


そう熱くマニフェストを主張するかーさん。ごめんなさいごめんなさい、訳のわからないこと言って。あとで本人によく言っておきますから。


「スカートとオーバーニーソックスの間からチラチラと見える生足が男心をくすぐるんだって。このあいだ楓(かえで)ちゃんと一緒に市場調査に行って、お店の人に教えてもらったから間違いないわ。あれ? かなちゃん、どうかしたの? あ、もしかしてハイソックスよりもガーターの方がよかったのかな? もう変なところでマニアックさんなんだからぁ♪」


いいえ違います。ただ単に呆れていただけです、はい。

でも、ちょっとだけかーさんが羨ましいかな。あ、もちろんメイド喫茶に行ったことじゃないよ。いや、もちろんこれっぽっちも行きたくないって訳でもなくって。そうだね、一度ぐらいは行ってみたいかなぁーなんて思わなくもないです、はい。

それよりも魅力的だったのは、なんといっても隣に住んでいる幼なじみの楓と一緒に出かけたってこと。昔はよく二人で遊びにとか行ったものだけどね。最近はちょっと……ね。あ、だからといって別に話とかしなくなった訳じゃないよ。ただ、二人っきりになったりすると、その……意識しちゃって言葉が続かなくなっちゃうんです。ホントならこういうときこそ頑張らなくっちゃとは思うんだけどね。逆に空回りしちゃうというか……。反省の日々です、はい。

そうだね、せっかく二人っきりで出かけるんだったら、そこ(メイド喫茶)じゃなくって他の場所……例えば、映画館とか水族館あたりに行ってみたい……って、はい? そこの頬が緩んでいるヤツ、いい加減現実世界へ戻ってこいって? べべ、別に楓と手を繋いで歩いている光景なんて思い浮かべてなんかないから。おっかしいなぁ、何でバレてるんだろう……。まだ一言も楓のことが好きだなんて言ってないのにさ、ぶつぶつぶつ……。


「あ、そうそう。今日は九条ネギを背負った鴨さんがたくさんやってくるだろうから、もう一人助っ人として楓ちゃんを頼んでおいたの。なのでかなちゃん、フォローの方よろしくね」

「はいはい」


やればいいんでしょ、やれば。もう助っ人であろうが傭兵であろうが使い魔であろうがワン公という名のドラゴンであろうがかーさんの好きにして下さい。こっちはそれどころじゃないんだから。

それは何かというとできればやっぱりこんな姿(ミニスカメイド服)を楓だけには見られたくないわけでして。

自分で言うのもなんだけど、ウィッグにカラーコンタクト、そしてかーさんのメイクの甲斐あって、ぱっと見男の子のときのボクとはまるで別人にしか見えない(ホントお化粧で化けるとは言うけど、ここまで違うとは思いもしませんでした)から、短時間なら誤魔化せるだろうけど、長時間となると話は別。例えば一緒にお仕事したりした日には正体がバレちゃう可能性が非常に高くなるかと。

ま、それに関しては大丈夫。だって楓、ここでバイトしていないから……って、あれ? あれあれ? ちょっと待って。そういえばかーさん、さっきなんか不穏なこと言ってたような気が……。

えとえと、なんだったっけ……あ、そうそう。助っ人として楓を呼んだとかなんとか言ってた……。あはは……。きき、気のせいだよね? ボクの聞き違いだよね?


「ううん、確かに言ったわよ」


ぎゃあぁぁーーーっ! なな、何てことしてくれるんですかぁっ!


「だってだって、かなちゃん、一回ぐらい楓ちゃんと一緒にお仕事したいって言ってたじゃない」


ええ、確かに言ったことありますけどね。よりによってこんな日を選びますか、かーさんはっ!


「お願いです! お願いですから、今すぐキャンセルしてっ!」


どんなに混雑してもボクが頑張って頑張って接客しますからと嘆願したものの、かーさんはうーんと困惑した表情を浮かべながら、


「それはちょっと無理かしら」

「どうしてっ!」


少しはですね、企業努力というものをしてからにしてください言ったところ、どうしてって言われても……ちょっと手遅れかな? そう答えたと同時にそれに賛同するかのように背後から『からんからん』という鐘の音が耳に響いてくる。

次の瞬間、額からポタポタと冷や汗がしたたり落ちていく。そ、そうだね、確かに時すでに遅し、みたいだね。

どうしてそう思ったのか、それはですねこの音色を発している物体が答えなんです。なにかというと目視しなくてもお客さんが来たことをわかるようにと、ボクがドアに備え付けた鐘から発せられた音だからなんです。

そう、つまりこの音がしたっていうことはドアが開いたってことを意味するわけでして。そして本日、開店前にボクとかーさん以外でここにやってくる人物はというと該当するのは一人しかいないわけでして。あーあー、せめて郵便屋さんとか宅配業者さんだったらどれだけ嬉しいやら。はいはい、わかってます。現実逃避するなっていうんでしょ。


「初音さん、遅くなりました」

「楓ちゃん、いらっしゃい。ごめんね、お休みのところ」

「いえいえ、特に用事もありませんでしたから」

「サイズの方は……うんうん、大丈夫そうね」

「あ、はい。ぴったりでした」

「うんうん、それにしてもホントよく似合っているわね。ね、かなちゃんもそう思うでしょ」


もう逃げられない、そう悟ったボクは恐る恐る(ただし顔は俯かせたまま)といった感じで振り返る。案の定、そこに立っていたのはボクが着ているのと同じデザインのメイド服を着た女の子、今日はいつもと違って腰まで届く長さの黒髪を赤いリボンで束ねた楓だった。ちらっと見ただけだけど、ええ、確かにかーさんの言うとおりボクなんかと比較にならないぐらい(そもそも比較すること自体間違ってるんだけどね)滅茶苦茶似合っています。かわいいです。是非ともあとで写真を撮らせていただけないでしょうか?

それはさておき、かーさんに異議申し立てしたいことが。これって一体どういうことですか?


「かーさん、さっきと話が違うっ!」


楓に聞こえないようにかーさんの耳元で囁く。


「うん? 何が?」

「スカートの丈だよ、丈っ!」


そう、楓が着ていたメイド服のスカートはボクのとは違ってひざ下丈だったのだ。


「だってだって、かーさんはかなちゃんの絶対領域を見たかったんだもん」


そんなもの見なくていいですっ! そんなボクの抗議をあっさりスルーしたかーさんはボクの両肩に手を添えるとグイッと楓の方へと体を向けさせる。ちょ、ちょっと待って。まだ心の準備が……。


「そうそう紹介するわね、奏に代わって楓ちゃんと一緒に本日助っ人としてきてもらった親戚の橘 かなえちゃん。はい、ご挨拶ご挨拶」

「た、橘かなえです。よろしくお願いします」


どうかバレませんようにと願いつつ声を若干高くし挨拶する。


「あ……」


あ、あの、楓さん。できればそんなに口をあんぐりさせながら見ないでもらえるとこちらとしてはすっごく助かるのですが。


「うん? 楓ちゃん、どうかした?」


そう、かーさんに声を掛けられた楓は突如として何かを思い出したかのように『何でもない、何でもないです』と言ってから、


「えとえと、ひ、柊(ひいらぎ) 楓です。こちらこそよろしくお願いします」


深々とお辞儀をする楓。あれ? どういうこと? なんで『もう奏ったらなんて格好してるのよ』ってつっこんでこないの? もしかしてもしかして……バレていないってこと? ウソっ!?


「そういえば楓ちゃんは喫茶店でお仕事するの初めてだったわよね」

「あ、はい」

「かなちゃん、悪いんだけど楓ちゃんのフォロー頼めるかしら。あ、そうそう、服装はメイドさんだけど別に『お帰りなさいませご主人様』とかしなくていいから。普通にいらっしゃいませ、ありがとうございましたでお願いね」

「えっ? さっきの……」


思わず首をかしげるボク。するとかーさんは『だってうちはあくまで喫茶店であって、メイド喫茶じゃないから』と宣言する。あのですね、だったらさっきの特訓は一体何だったんですか?


「ああ、あれ? ぶっちゃけ、ただ単にかなちゃんのメイドさんを見てみたかったってところかしら」


あのね、そんな理由でやらせないで下さい。


「あ、あの、かなえさんは普段やっぱり秋葉原とか中野……でしたっけ? でバイトしてるんですか?」

「秋葉原? 中野?」


はて? どうしてピンポイントでそこなんですか……って、ああ、そういうことか。ええ、確かにその界隈にはそういった類のお店が集中していますしね。まったく、どこの誰ですか? あーんなカオスの街に仕立て上げたのは?


「ううん、実家が喫茶店なの」


ただしここですなんて口が裂けても言えないけどね。


「でも、どうして?」

「うーん、なんとなく様になっているように感じたものですから、でっきりそうかと思いまして」

「様になっているっていうなら私なんかよりも楓さんの方がとっても似合ってると思うけど?」

「わ、私が? 似合ってる?」


何故か両手を頬に当て顔を真っ赤にする楓。はて? そんなに変なこと言ったっけ?


「あとは家で手伝っているから、それでそう見えたんじゃないかな」


とはいってもさすがにこれを着るのは初めてですけどねと付け加える。


「わ、私もです。最初着たときはその……恥ずかしかったけど、か、奏が喜んでくれるなら……」

「うん?」


途中から声が小さくなってうまく聞き取れなくなってしまったので聞き返したところ、


「いえいえ、なんでもないですなんでも」

「そう? ならいいんだけど」

「それじゃあ二人とももうすぐ開店よ。頑張って迷える子羊ちゃんたちを悩殺しちゃってあげてね」


いやいや悩殺って……。ここ、ただの喫茶店ですから。

こうして意中の楓と一緒に『かなえ』という女の子に扮して(まあTS薬の影響で今は正真正銘女の子だけど)お店を手伝うというハラハラドキドキの幕が上がるのでした。

あとはできれば最後まで平穏無事に終わりますように……。



3.解除薬

えっと、このまま何事もなく終わるかと思っていたんだけど、結論からいうとやっぱりダメでした。


「待ってたぜ、嬢ちゃんたち」


お店が大盛況のうち終了し、後片付けも済んだところで楓を送っていこうと店を出てしばらくしたところで見知らぬ二人組の男性に呼び止められる。


「あっ!」

「楓ちゃん、この人たちってもしかしてかー……初音さんが言ってた?」

「はい、さっきの人たちです」


かーさんの話によるとこの人たち、ボクがちょうど席を外していたときにお客さんとしてやってきたそうで、注文を取りに行った楓にしつこくナンパ行為をしていたところ、かーさんに頭からコーヒー(もちろんホットです)をかけられて成敗されたとのことだった。


「さっきのクソババアはいないことは知ってるんだ。なあ」

「へ、へい、アニキ。出かけていくのをこの目でしっかり見ていやしたから大丈夫でやす」


確かにこの二人の言うとおり、かーさんは商店街の会合のため30分ぐらい前に出かけていたのであった。

それでか……。

スカートに設けられたポケットを服の上からそっと手を添える。そこにはさっきかーさんから受け取った注射器(医師免許がなくても扱えるタイプ)の感触が。

これを受け取ったのはかーさんが出かける直前のことだった。


***

「かなちゃん……ううん、奏くん、念のためこれを渡しておくね」

「これは?」


差し出された注射器を受け取ったところで尋ねる。


「TS薬を一時的にリセットするお薬よ」


話によるとボクに投与したTS薬の効力は丸一日、つまり24時間持続するそうで。本来なら元の姿に戻るには薬の効力が切れるまで待つしかないんだけど、緊急用にとこの注射器を打つことで一時的にTS薬の効力を打ち消すそうだ。

ただしこの解除薬なんだけど副作用がかなり強いらしく、10分を経過したあたりからとんでもないこと(何かは詳しく教えてもらえなかった)が起きるとのことだった。

なので、いざというとき以外は使わないでねと釘を刺されていたのであった。

***


「ちょっとばっかし俺たちと遊んでくれりゃあ、何もしねーからよぉ。いいだろ」

「ア、アニキ、ホントにあっちの娘、いいんすか?」

「おうよ、たっぷしベッドの上でかわいがってやんな」


なーにが『何もしねーからよぉ』ですか。すっかりヤル気、満々じゃないですか。特に股間のあたりが。


結果はわかってはいたけれど、念のためもう一度腕にぎゅっと力を込めてみる。やっぱり変化なし……か。かーさんが言ってた通り、TS薬の影響で筋力がかなり落ちちゃってる。

けれども力さえ戻ればなんとか……ううん、そうじゃない。ここはボクがなんとしなくっちゃだよね。そう、おまえらなんかに大切な楓を絶対絶対渡してたまるかっ!


「楓ちゃん、落ち着いて聞いて。私が合図をしたら自宅に向かって駆けだして」


あの二人は私がなんとかするからと正面を向いたまま、すぐ後ろでボクの右腕にぎゅっと抱きついていた楓に目だけ配らせ小さな声で話しかける。


「そ、そんなことできないよ」


ま、楓の性格からしてそう答えるに決まっているよね。仕方ない、もう一度楓に向かって声をかける。ただし、今度は声のトーンを若干落として奏っぽくする。


「楓、ボクなら大丈夫だから。ね」

「かなちゃん……。そう、だよね、かなちゃん……ううん、奏が私に嘘ついたことなんて今回ぐらいだもんね」

「やっぱり気づいてたんだ」

「昨日、初音さんから聞いてなかったらわからなかったかも」


だって初めて見たときどこからどうみても女の子にしか見えなかったんだもんと言う楓。そっか、そういうことか。だから挨拶したときに楓ったらあんなリアクションとったのか。


「それじゃあいくよ」

「うん。でもその前に約束して。無茶は絶対しないって」

「わかった、約束する」


楓の同意がとれたところで、ボクは左手でスカートの右側の裾を掴むと、もったいつけるように徐々に徐々にとスカートを持ち上げ始める。もちろんあいつらへのサービスなんかじゃなくって目的は二つ。一つはポケットにしまっておいた注射器を右手でひっそりこっそり取り出すためのカモフラージュとして。そしてもう一つはこのあとのステップに欠かせないものだった。


「ア、アニキ! しし、白ですよ、白!」

「バカ野郎、それぐらいで喜ぶんじゃねえよ」


ボクの股間に二人の視線が集中している隙に、スカートをたくし上げたことによってあらわになった太ももに右手に握りしめていた注射器を勢いよく突き立て、すぐさま親指でグッと薬剤を体内へ流し込む。


「楓、走って!」

「うんっ!」


ボクの掛け声と同時に背後から勢いよく自宅に向け駆け出す足音が聞こえてくる。


「ア、アニキっ!」

「ったく、さっさと早く追わねえかっ!」

「へ、へい!」

「ここから先は行かせませんっ!」


そう言ってすぐさま二人組の前に立ちはだかるボク。


「ほう、嬢ちゃん。あんたが俺たち二人を相手してくれるってことかい」

「いいえ謹んでお断りします」


異性ならともかく、同性から、ましてやあんたたちみたいな人にビタ一文体を触られたくなんかありませんから。


「そうよね、どーせ触られるなら女の子の方がいいに決まっているわよね。あ、もちろん理想は愛しの楓ちゃんだろうけどね」

「そうそう。でも、やっぱり男としてはできることならこっちから触りたい……って、にゃにゃ、にゃに言わすんですかぁ!?」

「うんうん、それでこそやっぱり男の子よね♪」

「かか、かーさん!?」


二人組が乗ってきたと思われるワンボックスカーに寄りかかりながら小さく手を振る。


「お、お、お、おめーはっ!」

「ア、ア、アニキぃ!」

「うーん、二人にはまだお灸が足りてなかったみたいね。あ、ちょうどいいところにミラーが落ちてる♪」


そう言いながら片手でドアミラーをいとも簡単にバキッとへし折ると、そのまま二人組の一方めがけ投げつける。


「うぎゃあっ!」


強健外野手のレーザービームばりに見事にコントロールされた球(ドアミラー)はもちろん捕手のミットではなくそのままチンピラさん(子分さんの方)の頭へ直撃する。


「やった♪ ストライク♪」


いえいえ、どちらかというとデッドボールかと。


「えっと次は……あ、これなんか良さそうね、グッサリいけそうで」


そう言いながらワイパーブレードに手をかけたところで、


「ヒッ! かかか、勘弁して下さいっ!」


こうしてもう一人が降参したことで正真正銘、イベントメガ盛りの一日に幕が下りるのでした。



4.だって好きだから……

えっとですね、今度こそ、今度こそ本当に終わるかと思っていたんだけど、結論からいうとまたまたダメでした。

今度は何が起きたかというとですね、例の薬(解除薬)の副作用なんです。まさかこんなことになるなんて……。

この体の芯から燃えたぎるような熱いものが次から次へとドックンドックン全身へ駆け巡り、最終的にとある一点へと集中砲火する結果に。まさかこんなことに悩まされるなんて思いもしませんでした。

ちなみにとある一点というのは人類というか生物の半数近くが保有しているもの。はい、ボクと同じ性別の人たちが持っているあれです、あれ。

さっきまでTS薬の影響で一時的に消失していたんだけど、解除薬のおかげで見事現役復帰を果たしたのですが、その副作用によって現在とても人様にはお見せできない状態へと変貌している次第です、はい。

しかも胸はというとまだ女の子になったままをキープしていて、こちらの方はTS薬が完全に切れるまで変化なしだそうです。

大量の汗をかきながらふたなり状態でベッドの上でもだえるボク。えっと、万が一に備え、かーさんにお願いして手と足はベッドに結わえてもらってます。

うー、いつになったらこの性欲大爆発状態が落ち着くんだろう……。もう数え切れないぐらい願っていたときでした。


「か、奏、大丈夫?」


カチャリとドアが開き、部屋の中へと入ってきたのはメイド服姿のままの楓だった。


「楓……き、来ちゃ……ダメ……」


声を振り絞り退出を促す。けれども楓は出て行くどころかすぐ側までやってくると、こともあろうかそのままベッドの上にちょこんと腰かける。


「すごい汗、すぐ拭いてあげるね」

「ダ、ダメだってばぁ。ただでさえ……はうん!」


持ってきた洗面器から水で濡れたタオルを取り出しぎゅっと縛ると、初めはおでこを、次にはだけた胸元へと当ててくる。

タオル越しに伝わってくる楓の手のぬくもり。それだけもうどうにかなっちゃいそうだよぉ。このまま楓のことぎゅっと抱きしめたい。キスしたい。胸にも触れてみたい。そして乳首を指先で摘んだり、コロコロと転がしたり、舌先でぺろりと舐めてそのまま吸い付きたい。もちろんあそこにだって触れてみたいし、それから顔を埋めて秘部を舐め回して、最後は当然楓と一つになりたい。さっき悶々としているとき幾度となくそう思ったことやら。

こうして楓のことを肌で感じたせいか、その想いがこれでもかってぐらい強くなっちゃって……。このまま続けられた日には気がおかしくなるどころか、子羊を狙うオオカミさんになっちゃう。それだけは避けないと。


「お願い、お願いだから、早く部屋から出ていって……あん!」


布越しに胸を触れられただけなのに、どうにかなっちゃいそう。ダメだよ。ダメだってば。楓にまだボクの気持ちも伝えていないんだから。

このままじゃいけない。そんな邪な思いを吹き飛ばそうとブンブンと頭を左右に振る。


「奏、ごめんね。でも、でもね、こんなときでもないと奏ったらいつまで経っても私のこと奪ってくれないから」


ごめんね、はしたない女で。腹汚い女で。そう口にしてから楓はボクの服の内側から背中に手を回し、ブラのホックを外したところでゆっくりとブラを持ち上げていく。そして露わになったボクの乳首にそっと唇を当てるとそのままチュッと吸い始める。


「ひゃん! ダ、ダメぇー、そんなに強く吸わないでぇーーーっ!」


そんなことされたら、もうこの気持ち、押さえられない。我慢できない。


「楓、ごめん、ごめんね。こんな状態で言うなんてホントごめんね。でも言わせて」

「うん、いいよ」

「ボクも楓のことが好き、大好き。ずっと前から楓のこと、愛してます。だから楓のすべてがほしい。今すぐに」

「いいよ、奏の好きにして」


両肩の黒い布地部分をずらしウエストのところまでずらしたところで、ブラウスのボタンに手を掛け、すべて外したところで左右にはだかせ縁にレースがあしらわれたかわいらしい淡いピンクのブラ姿を見せる楓。それから背中に手を回しブラのホックを外したところでブラを上へとたくし上げ胸を露わにする。


「わ、私のも……お、お願い」


上半身をボクの顔へとゆっくり近づけてくる楓。もう、ボク、我慢できません。楓の胸が目と鼻の先、あとちょっとの距離まで縮まったきたところで、肘で上半身を持ち上げバランスのとれたほどよい大きさの楓の胸の先端にある乳首へと吸い付く。


「あんっ! 私、そんなに激しく……ひゃん!」

「ぷはぁ。こんなにかわいい胸している楓が悪いんだから。もっともっと味わわせてぇ」

「なにそれ? 意味がわかんな……はうん! も、もうっ! そっちがその気なら……えいっ!」

「いやん! 乳首摘んだり、コリコリしたりしちゃダメっ!」


こっちは手足をベッドに縛られたままだから、まさに手も足も出ないっていうのに……。

それからどれぐらいの時間だろう。幾度となくキスしたり、お互いの胸を舐めあいっこしたりしたところで(その間、手が自由に動かせる楓に胸を優しく特に激しく揉まれたり、指先で乳首を摘まれたりちょんと弾かれたりされたけどね)我慢の限界に達したボク。


「楓、もう我慢できない。楓と一つになりたい」

「いいよ。私の初めて、奏にあげる」


それじゃあロープ外すねと言った楓に向かってこのままでとお願いしたところ、


「……も、もしかして奏ってそっちの趣味あるの?」

「ちち、違う、違いますっ!」


今のボクだと間違いなく楓のこと激しく求めちゃうだろうから、それを押さえるためにはこのままの方がいいんじゃないかと説明する。


「わ、私はそれでも構わないんだけど……」

「うん? ごめん、よく聞き取れなかった」

「なな、何でもない、何でもないよ。それじゃあ奏、入れるね」

「う、うん……ひゃん!」


この状態だとどうしても体位が限定されちゃうわけで。恥ずかしながらもショーツを脱ぎ捨てた楓がボクの腰あたりに片膝立ちでちょこんと跨がる。そして左手で持ち上げたスカートを押さえながら右手で手前からボクのあれに手を伸ばし、触れた瞬間、思わず声を上げてしまう。


「ちょ、ちょっともう、変な声あげないでよ」

「ご、ごめん。で、でも、今、触られただけで、その……」

「その?」

「……い、いっちゃいそう」

「もうバカぁ」


だってだって、その……はだけたブラウスとブラの隙間から見える胸とか、たくし上げたスカートからチラリと覗く薄い陰毛に隠された秘部とか、全裸とは違った、うーん、なんて言ったらいんだろう。同意の上なんだから別に悪いことをしているわけじゃないんだけど、なんとなくその背徳めいた感じがより気持ちを高ぶらせるんだもん。


「そ、それじゃあ続けるわよ」

「う、うん……ひゃん!」

「だから変な声上げ……ないでって……くっ!」


す、すごい! 先っぽが入っただけなのに、それだけでもうボク……。


「か、楓……。ダ、ダメだってばぁ。そ、そんなに強く締め付けない……で」

「そ、そっちこそ、こんなに固くしちゃって……やん! ま、また大きく……なった」

「もうダメ、我慢できそうも……ない」

「あ、あとちょっとで……お、奥まで……くはっ!」

「もう、ダメぇぇぇーーーーっ!」


こうしてボクと楓の姫始めは、楓の初めて奪ったのと同時にその膣内へ大量の精子を解き放って終わりを告げたのでした。



5.エピローグ

翌朝、目が覚めると隣には楓の姿が。し、しかも二人とも全裸で。どど、どうしよう。こんな姿、かーさんに見られた日には……。さーっと血の気が引いていたところに更なる追い打ちが。それは何かというと枕元に置いてあった一枚のメモに目が留まったから。恐る恐る手に取り広げるとそこにはこう書かれていた。


『早く孫の姿が見てみたいわ』


しし、しかもかーさんどころか楓のところの両親、三名の連名になってるしぃ。


「楓、起きてっ! 大変なことになってる!」


すぐさま隣ですやすやと幸せそうに眠っていた楓を叩き起こすボクなのでした。
ちびとらです。

今回はちょっとだけHシーンを頑張って書いてみましたがどうでしょう?
ちびとら
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17.100きよひこ
よかったよ!