俺達の住む土地は間違うわけが無いほどに、アジア極東の島国、日本だ。
当然、正月があれば三が日があり、冬休みがあった後に仕事始めがある。
諸々の行事イベント数多があって、それらの大体が日米といった国境を問わず、神仏基督宗派を問わず行われている。
改めて考えると滅茶苦茶だよな。聖誕祭であるクリスマスの直後に仏式で大晦日を過ごし元旦には神社に参拝に行くって。宗教無法地帯とはこの事か。
あぁいや、今はこの話はすまい。なぜならこの話の季節は、それら冬とは全くの逆、夏場の話なのだ。
夏といえば太陽が日照り蒸し暑く蝉がけたたましい季節なのだが、それ以前に忌乃家は大慌てとなっている。
理由は簡単。お盆だ。
これは一般的に、「先祖の霊が家に帰ってくる」行事とされている。
地獄はその間開店休業…、いや、正式には休業となるわけで、お盆の時期に獄卒はめいめいに余暇を楽しんでいる。
閑話休題。
普通の、人間の家ならば迎えの準備をささやかながら行い、帰省に使う胡瓜の馬と、あの世へ戻る茄子の牛を用意するだろう。
ちなみに忌乃家はそんなものは一切使わない。何故か?
……みんな戻ってくるからだよ、生身で!
忌乃家の井戸が地獄に繋がっているのは、「地獄行脚」の時に話したとは思う。解らなかったらもっかい見てくれ。
地獄の認可を貰っている俺は、生身での通行をしているのも語ったとおりだ。……そしてそれは、この井戸を持つ忌乃家の住人に適応されている。
幸いにして救いと言っていいのかは解らないが、その認可が下りるのは当主の位置に就く者だけ、と決まっている所。
そう…、懸命な読者諸兄なら既に解っていると思うが。
解るよな、鬼が、生身で、戻ってくることの意味を。
* * *
「もしもし、伊吹のおばちゃん? 頼んでた酒樽まだ来てないんだけど! え、足りない? …あぁ、脚の方ね。うん、複数回に分けて良いから。その分も払う!」
「五島寿司さんですか? はい、1月ほど前に予約をしておりました忌乃です。……えぇ、承ってますか。ありがとうございます。予約の確認をしたかったもので」
「うぁ、仕事の電話っ? はい、忌乃心霊調査室です。申し訳ありませんがお盆は休業中です。火急の用事なら携帯の方にかけて下さい! それ以外ならお盆が過ぎた後で!」
「はいもしもし…っ! うぉホントに携帯にかけて来た!?」
目の前で蒼火が、携帯でありとあらゆる方面に電話をかけながら、バカかと思うほどの料理を作っている。
ひっきりなしに電話をかけ、とって、受け答えていく。それと同時に忌乃家から注文を受けていた店の出前がうず高く積まれていった。
あすながお代を払い、私が奥の間に持っていく。奥では安斎が席の位置を確認し、出迎えの準備を行っている。
ハッキリ言おう、これは戦場だ。
今、忌乃家の内部は寸刻たりとも休む間が無いほどに慌しい。
お盆で、蒼の鬼の祖先どもが帰還するからだ。
鬼は酒豪だ。同時に笑い合うのが大好きだ。
同胞が大事だし、共に在るのが大切だ。
……そして、宴が大好きだ。
しかも地獄にいた蒼の鬼の祖先どもは、現実での年に一度、こうして地上に出てくるに当たって家で大宴会を催す。
いつ頃からこの宴会が催されるようになったかは知らん。だが「忌乃家」の発祥から20人ほどの当主が生まれ、21人目の当主であるところの蒼火は、いつの間にか発生していた「伝統」に勝てるわけが無かった。
これから来る20人ほどの鬼の腹を満たすための、酒と酒肴の準備に大慌てなのだ。
「うっそ、洋物足りないの!? 朱那ーっ、お前んとこのワインセラーから赤白20本ずつの40本ばかし融通してくれないかーっ!?」
「しばし待て、お父様に聞いてみる!」
文体では解りづらいかもしれんが、蒼火の声はかなり切羽詰っている。若干泣きが入りかけているほどに。
少しだけ時間が経過する。
現在は準備が終わり、水を撒いた縁側で休んでいる最中。
「ぜー、はー…っ」
「はぁ…、はふ…」
「おい忌乃…、お盆はこんなに厳しいんですか…?」
「…………」
「あぁダメですねこりゃ。火急の仕事を片付けてきたんで、全力で寝てます」
私を含めて全員がボロボロだ。特に蒼火は、懐中時計を持ったまま、あすなが言ったとおり畳みに突っ伏している。
空間を広げて、可能な限り品物が入るようにした部屋の中には、先ほどまでの準備の成果がこれでもかと詰め込まれている。
日本酒では酒樽3ダースに一升瓶1グロス、麦と芋の焼酎が3ダースずつ、ワインがそれぞれ50本ずつにロマネ・コンティも15本、ウォトカにウィスキーにテキーラにスピリタスに、ありとあらゆる酒が2ケタは揃って溢れ返らんばかりだ。
それに伴うように酒肴も大量過ぎる。量が膨大すぎる為数えることをやめたが、4人家族が2ヶ月ほどかけても食べきれぬだろう量が山を成しているのだ。
ちなみにこれらの食品を、祖先どもが来るまで保存しなくて良いのかと問われれば、全く以って問題ない手段があるのだ。
現在蒼火が持っている懐中時計が、その手段。
名を『時解計』(じかいけい)。
時の流れを操作することが可能であり、進めることも、戻すことも、そして止めることも可能な代物だ。
効果が絶大すぎるため、滅多に使わんものではあるのだが。
……裏を返せば、これを使っている現状が、滅多にないことだというのは想像に難くない。
「む…?」
「どうかしましたか、朱那さん?」
ふと、敷地内に気配が現れた。壁を越えて侵入してきた泥棒ではないようで、本当にいきなり、だ。
謎の気配に、自分達の存在を悟られぬよう息を潜めろと支持し、気配が近付いてくるのを待つ。
そうして裏手から現れたのは、白い少女。髪も肌も白く、着ている服さえも白一色のワンピース。左手の薬指にはまっている指輪も飾り気の無い銀色で、瞳が赤い以外に色の混じり気が殆ど無い。
彼女は我々に軽い会釈をし、何も遮るものは無い、と言わんばかりに家へと上がっていった。
「あ、おい…」
私が止める間もなく、畳に倒れている蒼火を見やると、そっと、体を揺すり始めた。
「――さん、起きてください。ご先祖様たちが待ちくたびれてますよ?」
「ふぇ? …うわもうこんな時間!? やば寝すぎてた!」
「やっぱり慌てんぼうさんですね。ほらそこ、寝癖ついちゃってますよ?」
「あぁ、ごめん…、ありがと」
微笑みながら、蒼火の長い髪を手櫛ですいて、跳ね上がっていた髪のひと房をまっすぐにする。
そこからは手馴れた様子で、皺を作っていた服を伸ばし、先ほどまで寝ていた蒼火をしゃんとした状態に戻した。
「…はい、これで完了です。それではご先祖様たちを呼んできますから、準備、しておいてくださいね?」
「解ったよ。ご先祖の誘導、よろしくね」
「はい、任せてくださいっ」
「…あ、そうだ」
踵を返そうとした少女に、何かに気付いたような蒼火は、少しだけ深呼吸をして言葉を告げた。
「……お帰り、雪姫」
「はい。…ただいま帰りました、――さん」
そうして互いに向ける顔は、心から浮かべている屈託の無い笑顔。
…気付いてなかった。いや、忙しさに意識が殺されて気付けなかったという方が正しいだろう。
祖先が帰ってくるということは。当主が帰ってくるということは。
蒼火の先代、前忌乃家当主であり、奴の妻である、
忌乃雪姫が帰ってくるのだ、ということに。
* * *
「えーでは、今年もこうして集まれた事に精一杯の祝辞と、ささやかながら地上に生きる喜びを表し、ご先祖一同に娑婆での宴を楽しんでm」
『乾杯ー!!!』
「おいコラ乾杯の音頭を飛ばすなーっ!?」
せっかく感謝の意を示そうとしたのに、このご先祖どもは哂うように乾杯しやがった。
ちなみに未成年ゆえ、コップにジュースが注がれた雪姫を除いて、全員が手にしているのは一升瓶だ。
「…っ、ぷはー!」
「いやぁ、久々の地上の酒は美味い!」
「ホントだわー、地獄の酒も美味いんだけど、私達にはちょっと物足りないのよねー」
「おーい現当主ー、次持って来ーい!」
「あぁはーい、今持ってきます!」
いきなり口々に地上に来たことの喜びを示したかと思えば、数秒後には一升瓶が空になっていた。解っちゃいたが鬼の酒量はおかしい。色々用意したけどどれだけ足りるのやら。
思考の片隅で半ばの現実逃避をしていると、不意に声がかけられる。
「私もお手伝いします、――さん」
「何を言うんだ雪姫、今の我らは持て成される側なんだぞ? だと言うのにお前も彼のところへ行くなんて…」
「――さんが一人で大変そうですし、その分はきちんと手助けしてあげたいんです。許してください、お父さん…っ」
下座の方に座っていた雪姫が、俺が顔を合わせることがなかった父親を振り切り、こちらにやって来た。
「――さん、私も配膳に加わりますよ」
「え? でも、良いの? 雪姫は賓客なんだから、待っててくれてたって…」
「む…っ」
少し顔を膨らませたのを認識してしまうと、あ、失言だったと理解した。
直後に彼女は俺の手から盆を引ったくり、
「じゃあいいですっ。この期に及んで頼ってくれないのなら、私は勝手にしちゃいます!」
叫びながら宴席の方に、茹でた蟹が8杯も乗った皿を早足で持っていった。
「うーん…、元気だなぁ」
と呟いた途端に、疑問があふれ出てきた。
元気? 彼女が? あれぇ?
おかしい、以前の彼女ならばこれだけのことは出来なかったはずだ。あぁして早足で行くことも、大量に物が載った皿を持つことも。
あぁそっか、地獄に居たんだからな。脆弱だった肉体は既に火葬され、今の彼女は魂をそのまま物質化した状態なのだ。元気でも何の問題もない。
「おいコラ蒼火、早く次のを持ってこい! 安斎が向こうで捕まったし、あすなは向こうでお酌をしてるのだ。手が足りんのだぞ?」
「わり、ちゃっちゃとやっておくよ。えーご先祖様方、足りないものはありますかー!?」
『酒!!』
一斉に唱和してくれやがった。そりゃ俺だって酒が飲みたいが、これ見よがしに呷りやがって。本気で足りないから、あとで『時解計』使って買い物行ってこよう。
購入物は主にも何も酒しかないわけだが。
* * *
ここから大幅に時間を経過させる。
昼過ぎに始まった宴会は延々と続くと思われたが、日が沈みきる前には既に終っていた。ちなみに用意した酒肴は全て蒼の鬼どもの胃袋に消失している。
「それでは1年ぶりの娑婆だ。どれだけ変わったのか見てくるとするかのぅ」
「はいはーい、アタシ去年行った富○急いきたーい。新しいアトラクできたか気になるー」
「だったらボクはナン○ャタウンかな」
「花や○き! まだ残ってるのかすっごい気になる!」
「あぁダメだ、私は雪姫を残して行けない! あんな男の隣にいさせてはいけn「先に死んだくせに、娘の好みに口出す権利も無かろう。京都行くぞ」
そんな連中はめいめいに散って、残り二日を遊び倒すつもりらしい。実は去年もそうだったらしいのだが、それでも蒼火は軽く引き止めはした。折角家に来たのだからゆっくりしてはどうかと。
だが連中は、
「だって、なぁ?」
「ねぇ?」
「夫婦なんだし?」
「色々話したいこともシたい事もあるでしょ?」
『ごしっぽりー』
「雪姫ぃぃぃっ、お父さんは許さないからなぁぁっ?」
とか唱和(1)させて夜の街に散っていった。
何がしっぽりだ、何が! 蒼火と雪姫がか!? 忌乃家には既にあすなと安斎も居るのだぞ!?
「まったくあの蒼の鬼どもは…。デリカシーというものはどこにあるのだ! それともこれは遺伝か? 元々無いから蒼火もあぁだというのか…、っ?」
…あ。このお皿、使っててくれたんですね。
そりゃねぇ、近藤のお爺さんから引き出物として貰ったものだから…。あんというか、使わないと悪い気がして。
確かにそうですねぇ。飾り気の少ない、実用に適したものをくれた訳ですから。そういえば知ってました? これ、伊万里の古皿なんですよ? 時価にして100万はしたって言ってた筈です。
うっそ俺知らないよ? そんなものくれたのか…、うわ、今更だが使うのやめようかな。
ダメですよ、食器はちゃんと使ってこそです。例え割れても、使用の果てだとしたら、それは皿にとっての本望のはずです。
…そうだな。ちゃんと使ってやらないと、瀬戸大将になった時怨まれそうだよ。
愚痴をこぼしながら歩いていると、台所から小さい談笑が聞こえてきた。
そちらへ向かってみると、流し台に立ち洗い物をしていたのは蒼火と、先祖どもの中で唯一散らなかった、雪姫。
既に倒れて動かない居候2人は汗を流して寝に入っている。私が居なくなれば、動くのは二人きり…。
夫婦として過ごす、仲の良い二人の…。
自然と脚が離れていった。楽しんでいる二人に気付かれないよう、息を殺し気配を消して。
* * *
「……ふぅ。これで全部終ったー!」
「お疲れ様です、――さん。お茶淹れてきますね」
最後の皿を拭き終えて棚にしまい、終了を認識すると途端に体が疲労を思い出した。
程なくして居間のテーブルには、温かいお茶と僅かな菓子が乗っている。
2人でお茶を一口飲んで、熱気を胃に落とし込む。そこでようやく一息がつけたような気がした。
「手伝ってくれてありがとう。俺一人でやってたらもっと時間がかかってたよ…」
「やっぱり『時解計』は、しばらく使えませんか?」
「無理無理。しばらく休まないと魔力も回復しないから、しばらく動かせそうにないよ」
「魔力の操作が苦手なのは変わりませんね。ご先祖様から聞いたとおりです」
実は俺は、去年のお盆でも、地獄での修行に際しても、雪姫と会ったことはない。
本当に久しぶりにこうして顔をあわせ、久しぶりにお茶を飲み交わしている。
それは彼女が生きていたとき以来、本当に久しぶりのことだ。
「その辺り、――さんは変わりませんね。家に居候が2人いる、というのは驚きましたが」
「う…、そりゃ、ね。俺が関わっちゃったことだし、放り出すわけにも行かなかったから…」
「人間を動物扱いはしたくありませんが、責任を取れないのでしたら面倒を見るべきではありませんよ?」
じぃと見つめてくる彼女に、少しばつが悪くなって顔をあわせ辛い。自然と横を見てしまう。
「……特殊な方だというのは解ります。全員、女性に変じた方なんですよね」
「……そうだよ。だから放り出すのも忍びなかった。朱那はまだ納得したからいいものの、あすなも安斎も、まだ不安定なんだ。
せめて自分の身の振り方を決めるまでは、面倒を見たいと思ってる」
「…それは構いません。忌乃家の党首は既に――さんですもの。言い分に口を挟める存在は居ませんよ」
そうしてまた、お互いに茶を一口。小さな湯飲みに注がれた雪姫の分のお茶は、既になくなっていた。
「そういえば――さん、あの、朱那さんは…」
「……うん、ご想像の通り」
「やはり…。私の時とは…、違う方ですね…」
あまり声を大にして言いたくはないのだが、雪姫も、当然朱那とは別の存在ではあるが『朱の鬼』と面識はある。
心が鬼の本能に塗りつぶされ、祖先のせいか『蒼の鬼』を憎んでいた相手に。
雪姫はそいつを知っており、そして俺も、そいつを知っている。
彼女の両親を殺したのはそいつで、奴にとどめを刺したのは、俺だからだ。
「あいつと知り合ったのは全く関係ないよ。多分朱那自身も知らないんじゃないかな?
……それでも、許せないか?」
「…いいえ、そことは違います。彼が破れ死んだ時に全て清算しようって、お父さんと約束しましたから。
私が思ってるのは、もっと別のことです」
「そっか、それなら安心したよ。……女同士、話してみる?」
「……女?」
「そこで首を傾げないでほしいなぁ…。一応居候も含めて女なんだから…」
あんこ玉のゴム袋をぱちんと割って、本体を口の中に放り込む。その瞬間、雪姫の目がさっきよりキツくなったような気がする。
「……そうですね、確かに女性ですね。お話しするのもきっと、悪くないことなんでしょう」
「それじゃあ俺は風呂に入ってくるよ。しっかり浸かってくるから、女同士でごゆっくり」
最悪の可能性も無いわけじゃないと思うのだけれど、きっとそれ以上に、2人を信頼している俺がいる。
多分きっと、悪いことにはならないはずだと。そう思って空になった湯飲みを持ち、立ち上がった。
* * *
家には本日友達の家に泊まるといって、外泊許可を得ているのだが。既にこの場には雪姫がいる。
これ以上ここに居続けられるのかと疑問に思うも、脚はこの家から出て行こうとしない。外泊すること自体は事実なのだから、今から別の友人のところに転がり込むのも出来ないわけではないというのに。
私が使う用にあてがわれた客間に続く、縁側の廊下に腰をかけ、中天にかかる月を見て、また一つ、ため息。
「はぁ…。やはり蒼火の中には、雪姫が居るのか…」
“おかえり”と言った時のあんな笑顔は、今まで見たことが無い。小さな子供に向ける笑顔とも、友人と見せ合う笑顔とも、まして抱いてくる時の笑顔とも。
その全てが違っていて、殊更に強調してくる。
彼女が蒼火にとってどういう存在だというのかを。
途端、ぎしりと床板が軋みをあげた。それは徐々に近付いてきて、私の隣で腰を下ろす。
「朱那さん。少しお話、しませんか?」
隣で朗らかに笑いかけてくるのは、雪姫だった。
けれど、答えられない。話をするにしても、何を言えばいいのか解らない。ただただ黙っている。
気になって少しだけ雪姫の顔を見ると、笑っていた。それが自然であるかのように微笑んでいて、月を見ていて。
そこでふと目が合った。蒼火が変じたときと同じ姿だというのに、瞳だけで確かに“違う”という雰囲気を見せてくる。
それを契機と見たのか、笑顔のままに雪姫が告げてきた。
「朱那さん。――さんが、好きですか?」
「…………」
答えられない。
好きか嫌いかで分けるなら、確かに蒼火を好いてはいるのだろう。でなければ体を許しはしないし、また許されるわけではないはずだ。
嫌いならこの場に近寄るわけはないし、蒼火の行動で私がやきもきする筈も無い。
だというのに…、それを口にするのは、憚られて。
「……好きなんですね、朱那さんは」
「何故、そうと決め付ける…?」
「簡単ですよ。あなたは嫌いなら嫌いと告げるタイプの人だと思いましたから。それが間違いじゃないことは今の沈黙で確信しました。
それに…、答えられないというのは、嫌いとも言い切れないから。違いますか?」
確かに的を射ている。ただそれは図星という事でもあり、「本心を突かれたら人は激高する」のだと、いつだったかあすなが言っていたことの証明にもなった。
「うるさい…。死んだ『蒼の鬼』の端くれが、『朱の鬼』の中に踏み込むなっ。過去に別たれた筈の存在が、その血筋のものが何を言う…。
今更“あの時は悪かった”とでも言うつもりか? くだらんな、今そんなことを私に言ったとしても何にもならんぞ。
それとも何だ、鬼籍に入った貴様が今更占有権を持ち出してくるというのか? 蒼火の隣は自分のものだと、死人が口出しに来たというのか!?」
あぁ、これは八つ当たりだ。私は全く悪くないというのに、想いが口から溢れて止まらない。
何でもいいからぶつけてしまえと言わんばかりに、次々と罵倒の言葉を雪姫に向けて投げつけて。
それを全て目を閉じ聞いてている雪姫の存在。私の言葉を遮ろうとせず、流そうともせず、その全てを受け止めている姿が、さらに気に喰わない。
思いつく限りの言葉を並べ立て、思いつく限りの罵声を叩き付け、しばし。
肩で息をしている私と、先ほどから微動だにしていない雪姫が、この場にあった。
雪姫は何も答えない。ただこちらの方をやや向いて瞑目しているだけ。
そして数秒の無言の後に、ようやく目と口を開いた。
「……私が気に入りませんか? ――さんの心を持っていった私が」
「…あぁ。全く以ってその通りだ。私は、貴様が腹立たしくてたまらん、死が二人を別つまでの誓いなら、既に別たれておるだろうに!
それを化けて出てきおって、また隣に立ちおって…!」
「確かにその通りです。白いチャペルの中で執り行われた誓言は既に失効しましたが…。
遠いとはいえ、血に連なる者を、家族を想っていてはいけないのですか?」
「そういう意味ではない! 貴様と蒼火は既にその関係では無いだろう? 夫婦だったのだろう!?
別たれた誓いがあったのだとしても、その誓いが結ばれたことには変わらん…。それが自主的に破られた訳ではないというのも…!
ならば私はどうすればいいのだ。お前が未だ占有しているあいつの隣に立ちたいと思っている私は…」
「あの人の隣が私のもの、ですか…。そうですね、確かに私のもの“でした”。
買い物などでは言うまでもなく、――さんの隣でバージンロードを歩きましたし、彼の隣で寝食を共にしました。
ですけど、朱那さん?」
雪姫の視線が変わった。何かを懐かしむような遠い視線から、すぐ近くに居る私を見据えてくる。
それは射竦めると言い換えてもいいほどの、強い力の篭ったもの。生半可な意志では逸らすことができない、ともすれば魔力さえ篭っているような。
唾を飲み込む間すら与えてくれない時間で、決定的なものを告げてきた。
「本当に今も、――さんの隣が私のものだと思っているんですか? 既に隣に立つことが、お盆という時期でしかできない私のものだと」
一瞬、雪姫が語ることが僅かに受け入れられずに、思考が止まる。
「私は鬼籍に入りました。それは現世で生きることができないという確固たる烙印であり、死者の証明です。
わかりますか? 今まで持っていたもの全てを放って、まったく別の世界へと旅立つ意味を。
それは決して単純なことではないんです。既に死期を悟ってた私でも、いざ地獄へ赴くとなると泣きたくなりました。
どうして私は死ななければいけないんだろう。もっと生きていたい、あの人の隣に居たいと思って」
動きは無い。ただ私の方を見て、確りと告げてくる。
「――さんを一人残すことへの不安も大きかった。人間としての家族にも頼れず、鬼としての血縁も私一人しか居なかった。
本当に一人ぼっちになることへの恐怖を知っているからこそ、そうさせたくなかった。
朱那さんは知らないんですか? 誰にも頼ることのできない一人ぼっちの辛さを。誰かが隣に居るはずなのに“誰も居ない”と感じてしまう心の冷たさを」
「それなら…、独りの辛さなら知っている。長い間刀の身で無明のときを過ごした私は、それを知らないはずが無い」
「いいえ、あなたは知りません」
「何故だ、器物の身となって孤独を過ごすことに、蒼火が独りになったことと何が…」
言葉の途中だというのに、言いよどんでしまった。
視線の勢いが変わっている。今度は殺意さえにおって来るような、強い眼差しが飛んでくる。
「自惚れないでください。自分は数百年を孤独に生きたから彼より強いのだと言うのなら、その口をすぐに閉じてください。
あなたがそうなった経緯は知りませんが、おそらくは“自分でそう覚悟して成った”のだと思います。
けれど――さんは、私が不意に居なくなったせいで覚悟さえできなかった。例え居なくなると解っていても、突然の事態には弱いのですから…」
そうなるのが恐いから死神に掛け合って、無理矢理にでも奮い立たせて。独りでないと理解させるためにも血を残して、認めさせる。
感情的だが、決して声を荒げない雪姫の物言いに、胸が締め付けられる。これ程までに考えていたのか、彼女は。
「そうして彼がずっと現世で生きていて、なおも“心の中に私がいる”というのなら、それはあなたの勝手な思い込みであり、勘違いです。
それに私だって、――さんがずっと私に囚われているのは悪いと思っているんですよ?」
「……解った、それは理解した。だが納得いかん。奴の中心に貴様が居ないのならば、今は誰が居るのだ?」
「それは多分…」
す、と微笑むような目に変わって。私に向けて指を指す。
「朱那さん、あなたですよ」
「な、何を馬鹿な…。私が、蒼火の中心に…?」
「多分気付いて無いんでしょうし、恋愛感情かは未だ解りかねますが、朱那さんの存在が――さんの中で大きいのはとても解るんです。
だからこそ――さんを、朱那さん、あなたに任せたいんです」
「ならば貴様が、奴の中心について言ってしまえばいいではないか。…何故、私に任せようとする…?」
「簡単です。私は既に死者で、前妻で、過去の人物です。
――さんは生者で、既に独身で、現在の人物です。過去ばかり向いているのは、彼の精神衛生上良くないんですよ」
そうして雪姫はふぅ、とため息をついた。
視線はまた、空を向いて何か遠くを見るような目に変わる。
「それにですね。…――さんが気付いてくれないと、意味が無いんです。
私が言ってしまうと、――さんはそれを、『私』を理由にして心を無理矢理納得させてしまいます。それは本心からではない、歪なものになってしまいますからね」
「だから…、蒼火が自ら他者への想いに気付いて、自分を振り切ってくれれば良いと…?」
「はい。過ぎさっていく人物は、後を任せるに足る人物を見つけないといけないんです。
……私の場合、それが自分の死後だというのは、少しばかり情けないと思うところですけどね」
ぞうりを履いて雪姫は庭へ出る。月光に晒されているとはいえ、夜の帳が下りて闇が深くなり始めてくるこの時間で。
白一色である雪姫の存在はきわめて目立ち、また嫌でも目に留まってしまう。
見上げていた視線が、また私のほうへ向いた。
「朱那さん」
ずっと浮かべている朗らかな笑みを解いて、研ぎ澄まされた視線を以って私の目を見つめてくる。
それに気圧されぬよう、こちらも雪姫の目を見つめる。
「私の勝手なお願いですが、彼をどうかお願いします」
本当に勝手だ。それを私が聞き届けないとは思っていないのだろうか。
それともこれは、互いに鬼という誇り高い種族ゆえに、頼みを断らないだろうとたかを括っているのだろうか。
だけど確かなことが一つあって、それに応じて、
「……任せろ」
雪姫の言葉に応えた。
私の中で蒼火の存在が大きくなっているように、あいつの中で私の存在が大きくなっているというのなら。
勝ちたいと思ってしまったのだ。女として、忌乃雪姫という女に。
「返してくれと言っても返さんからなっ? 頼まれたからには任せてもらうからなっ!?」
「大丈夫ですよ、返してなんて言いません。朱那さんに任せたんですから。けれど…」
「む、けれど?」
「もしかしたら、ちょっとだけ借りちゃうかもしれませんけどね」
くすりと、悪戯っぽい笑みを向けてきて。
あぁ、雪姫は私よりよほどしたたかで、芯の揺らがぬ女なのだなと。
だからこそ、彼女に勝ちたいと思ってしまった。
「……ところで朱那さん?」
「む、なんだ?」
「朱那さんって、3Pは平気な方ですか?」
「ブフォッ!?」
「わ、汚い」
「…い、いきなり何を聞くのだ! そ、そんな、3Pだなどと…」
だがこのいきなりの豹変度合いには、少しばかり不安になってしまう。
勝てるのか、これに? すごい不安になってきたぞ?
「…待て、というかそもそも貴様は平気なのか? その、さん、ぴーとやらは…」
「はい」
「真顔で答えるな真顔でっ。そもそも…、あれなんだぞ? 私と貴様を含んだ3人でするとなると、やはり相手は蒼火なのだろう?」
そこが一番の問題だ。たとえ雪姫から任されたとは言えど、取り合う間柄である蒼火を挟んで同衾するのは良いのか?
雪姫が今しがた即答したのもやはり気になる。
「そうですね。――さんだから良いんです。
その結果私のほうを選んでも、文句は言わないでくださいね。それは彼が選んだことですから」
「ぬぐっ、そういうことか…」
つまりこれは、雪姫からの挑戦状だ。
蒼火を自分より悦ばせなければ持っていくと暗に告げている。
ふ、ふふ…。忌乃雪姫め、貴様はなんと言う汚い女だ。頭を下げておいてこちらの油断を誘ったところで、いきなりの淫行による勝負を仕掛けてきたか。
ならば、良し。蒼火に抱かれることなく死んだ貴様より、蒼火を抱いて性感帯を知っている私のほうがこの場は有利だ。遠慮なくぶつかってやる。
そして蒼火の魔羅を咥えて放さず精液を搾りきってやる。貴様の胎には一滴たりともくれてやるものかっ。
「それで、致しますか?」
「当然だ! 死んでいる貴様と生きている私の差を見せ付けてやるっ」
「まぁ頼もしい。――さんは今お風呂に居ますから、そこでしましょう?」
「む? 出てくるのを待たなくていいのか?」
「どうせ致して汚れるんですから、一緒に洗っちゃいましょう。ほら行きますよー」
「ぬっ、こら押すなっ、うわぁっ」
有無を言わさぬ笑顔の雪姫に背を押され、風呂場へと向かっていった。
……何か、うまい具合に乗せられたような気がしないでもない。
* * *
「…………で、今この場でこうなってる訳だ」
溜息一つ。ついで二つ。
今目の前では、一糸纏わぬ裸体の女性が2人。…といっても、言うまでもなく朱那と雪姫だが。
先ほどまでの経緯は、かくかくしかじかこれこれうまうまで通達済み。無駄は無い。
ただ、話の流れと急展開振りに頭が痛い。
「でも雪姫は、初めてがこんな乱交でいいのか?」
「構いませんっ。猶予は3日しかないんですから、手段を選んでいる間は無いんです」
「うわーい力強い宣言ー。細君は手段を選ばないと公言しましたよ?」
「死んだ影響ですもの。地上に来るときは魂を基にした肉体が一時的に形成されますし、魂に異常はありませんでした。今は至って健康体です」
だからっていきなり3Pは無いだろう3Pは。
突発性偏頭痛に悩まされていると、その隣で座ってる朱那はこちらを睨み殺さんばかりの勢いで見てくる。
「…あの朱那さん? 獲物を狙う肉食獣の視線はやめてくれません?」
「気にするな、私の狙いは貴様の体にある極一箇所だけだ」
「それって明らかに俺の男性器狙ってるよな!? おいコラ視線を下に向けるなっ、むしろ縮み上がって萎えるわ!」
「ならば男の意地で無理矢理勃たせて私を抱け!」
「無茶言うなっ!」
「独り占めはダメですよ朱那さん、私にもください。というか私だけにください――さんっ」
「明らかに本音出てますよね雪姫ちゃん!?」
「えぇい先ほどからグダグダ五月蝿いぞ! いいから男の意地を見せろっ」
「へぶしっ!?」
朱那の怒声と共に突き出された上段蹴りがクリーンヒットし、風呂場のタイルと俺の後頭部が強烈接触。
頭骨にひびが入る音が聞こえて、命の危険に鬼としての層が出始めてきた。
正直に言おう。マジいてぇ。
「ふぬぐぐぐぐ…っ」
「ではちょっと失礼しまして」
「ぬぁっ、こら待て独り占めする気か!?」
「先に手を出したのは朱那さんじゃないですか。フライングですフライングっ」
「それは認めるが先に触られるのは納得行かんっ、同時に行くべきだろう!」
なんとも姦しい奪い合いだ。俺の男性器が目当てじゃなきゃまだ微笑ましかっただろう。
あぁちょっと待ってそんなに触らないで。指先がやわらけぇやわらけぇ。
「あ…っ、お、大きくなってきました」
「むぅ、蒼火貴様、弄られて大きくするなど余裕があるではないか。何が萎えるだナニが!」
「雪姫、先端は敏感だからあんまり触らないで、できれば中心部分のほうを擦ってくれるかな…」
「は、はい。こう、ですか?」
「ぬあぁー! 人のことを無視するな! 踏むぞ!?」
頭の方へ移動した朱那がストンピングを仕掛けようとしてくるわけだが、難なく手で止めて保持。
その間にも雪姫が拙い手付きで弄ってくるので、それがもどかしくて気持ちいい。
「ぬ、こ、こら離せっ。すべるだろうが」
「風呂場で片足になる方に問題があると思うがね。……おーいいアングル」
「ぬぁっ! 待て蒼火、その手を今すぐ離せ! 見るなっ、見るなぁ!」
「いやでーす。指先発進、目標は朱那の太ももだぁ!」
「ひわっ! こ、こら…っ、そんなにゆっくりと這いずりあがってくるなぁ…!」
「…――さんの、いじわる。えいっ」
「うわっ!?」
上空にそびえる朱那の秘所に気を取られていると、下から雪姫の手痛い反撃を食らった。
亀頭を握り締めるのは反則ですよ雪姫さん。睾丸に続く男の急所なんですから、待って待って痛い痛い。
「いきなりあにすんのさっ、そこ敏感だって言ったでしょっ?」
「朱那さんにばっかり構ってるからです。もう少し色々教えてください。……その、初めて、なんですから」
「あぁ、…うん、ごめん」
「こら蒼火、雪姫と見詰め合ってるんじゃないっ。というかこのまま指を太ももに這わせるな、ひゃっ!」
「力をいれずに握って、ゆっくり擦って…。こう、ですか?」
「うん、気持ち良いよ…」
「そのまま手を進めるなぁっ、ひぅっ、は、あ…っ」
雪姫に手コキのレクチャーをしながら、朱那の太ももと秘所に手を伸ばす。
風呂場の湿気と、少なからず期待してたのだろうか染み出てる愛液とで弄るのはとても簡単だ。入り口をこちょぐると、愛液が垂れて顔に落ちてくる。
口にも落ちてきた。ちょっとしょっぱい。
「でも――さん。本当にこれだけでいいんですか? お父さんのえっちぃ本にはもっと色々書いてあったんですけど」
「あまり無理しないでいいから。今は雪姫が出来ることだけしてくれれば良いよ」
「ん、ふ、っぅぁ…、待て、中、指広げるなぁ…っ」
「でも今出来ることをしたいんです。……確か漫画の中では、こう…」
「うぁっ」
「ん、ぺろ…、ぴちゅ…。きもひ、いいですか…?」
「うん…、舌があったかいよ。そこまでしてくれるのが、すごい嬉しもがっ!?」
フェラチオを始めてくれたことにとても感心したのだが、さっきから弄られまくって脚に限界が来てたのだろうか、朱那の尻が俺の頭に降ってきた。
体重が首に係り、後頭部にタイルが再度直撃。すげぇいてぇ。
しかも朱那は秘所を俺の口にこすり付けてきて、クンニリングスを要求してきた。
「は、そう、かぁ…、指だけでいじめるな…。“ほと”を舐めてくれ…」
「先っちょから、何か出てきてます…。ん、ちょっと苦いですね…」
「待て、押し付けるな…っ、ったくしょうがねぇなぁ…、んっ」
「ふぁあっ!」
「確かお父さんの本ではもっとこう…、あ、むっ」
朱那の秘所に舌を這わせるのと同時に、雪姫が俺の男性器を咥えきった。
フェラチオするシーンとかあるんですか、その漫画。どこにあったんだろうそんな本。
「んむ…、はむ、れる…っ」
「ぢゅる、んちゅ…、べちゅ…っ」
「は、はぁ…、そうかぁ、もっとぉ…」
口が自由な朱那の嬌声以外に言葉がなくなる。
雪姫は俺の男性器に吸い付き、俺は朱那の秘所を舐め、そうして朱那が喘ぐ。
淫靡だけれど悪くはない、むしろ心地よい繋がりだ。あの時出来なかったことや、それ以上のことを今していることに、ほんの少しの後ろめたさと大きな充足感がある。
互いにしあって暫し、上半身にかかる重みの重心が変わった。
「…雪姫、ちょっと頭をずらせ。私も一緒にしたいんだ…」
「もぅ? それじゃあ一緒に、ですね」
「ん…っ」
「はむ…っ」
言葉少なに、今日であった2人は連係プレイをしてきました。
双方が確かに違う力加減で俺の男性器を食み、嘗め回してくる。直前までの愛撫とフェラチオの影響もあるので、正直に言うとかなりキております。
あ、やば。出る。
「む、んむぅ…っ?」
「ぬぁっ。こら蒼火、何をしているのだ。雪姫が咥えているときに出すなど…っ、私にも寄越せぇ!」
「仕方ないだろ、2人で舐められるなんて滅多に無いんだから。気持ちよすぎてたまらないって。……あれ?」
「言い訳はいい、早く私にも、むごっ」
口内に俺の精液を溜めた雪姫が、朱那の顔を掴んで自分の方へ向けさせて。あろう事かキスして流し込んでますよ。うわえろい。
拝啓、おふくろさん。俺の妻は隠れエロリアンでした。
「ん…っ。…朱那さん、半分こですよ」
「む…、まだ納得いくまいが…、ここが妥協点だな。で、精液を飲んでみた感じはどうだ?」
「少し不思議ですね。苦くて喉に痛いほど絡みつくんですけど、なんとも不思議に美味しく感じてきちゃいまして。…愛ですか?」
「あんでそれを俺に聞くかね。…愛だよ。雪姫が俺を好きで居てくれる証」
「…………私を前にしていちゃつくとは、いい度胸だな貴様ら」
朱那が前によっていた重心を元に戻し、更に恥部を俺の顔に押し付けてきた。絶対俺と雪姫をキスさせるか、と言わんばかりの勢いでだ。
ギブギブ、朱那ギブ。
「タップは聞かんぞ。どうせならばそのまま挿れてしまえば良かろうっ。雪姫もまんざらではなかろうに」
「そりゃまぁ雪姫の体の感じやすさは俺が身をもって知ってるわけででででぇっ!?」
「――さん、それ以上はダメです。…良いんですか、朱那さん? 最初を私にしてしまって」
「構わん。先ほどはあぁ言ったが、考え直した。これでも貴様らより長生きしているのだ、若い奴に先を譲った方が良かろう」
「素直に言えよ、意地張ってましたって。まったくプライド高いんだから」
「にゃわぁっ! こら蒼火っ、揉むな、つまむなっ、擦るなぁんっ!」
瞬間湯沸かし器のように沸騰して、簡単にさめてしまう辺りがかわいいなと思いつつ。自由になる腕で朱那の胸を弄り倒し。
乳首を弄りながら持ち上げるように乳房を揉むと、先ほど握られた男性器もまた復活してきた。
いやぁやっぱり胸はいい、幼い頃の記憶の片隅に誰しも持ってる母の温もりの筈だが、今ではすっかり性欲の対象だ。
「…それじゃあ、――さん。入れさせてもらいますね?」
「うん、良いよ。朱那、経験してるんだからちょっとはフォローしてやってくれ」
「胸を揉みながら、いい顔で言うなっ、ひんっ」
「すぅ、ふぅ…っ。では、行きます…っ!」
挿れたり挿れられたりしている先輩の朱那が、雪姫の挿入をフォローする。雪姫自身も、自分で破瓜をした経験からか。挿入自体はとても簡単に行われた。
ただ彼女にとって予想外だったのは、俺の男性器の大きさと熱さだろうか。
「あ、は、あ…っ、中、入ってます…。――さんのが、本当に…」
「これが雪姫の中なんだ…、ちっちゃくて、すごいキツいよ…」
「言わないで、ください…。ちょっと痛いくらいなんですよ…?」
「ごめんね、でも小さく出来ないんだ」
「はい、知ってます…。許しちゃいます…」
入り口は小さく、しかし奥は深く。強い締め付けを伴ってくる雪姫の胎内に、俺の分身が侵入していく。
夫婦の契りを結んでから一度もなく、好きだったからこそ欲しがっても、体調を重んじて抱くことは叶わなかった彼女との交合。
それがとても嬉しくて、顔を見たくて。けれど目の前には朱那の秘所があって。
眼前に聳える尻たぶを軽く叩けば、ぺちんと音が鳴った。
「ひゃっ! 何をするのだ蒼火、いきなり尻を叩くなぞ…」
「あんとなく。…雪姫、動くよ?」
「はい…、お願いします」
朱那の腰を引き付け、逃がさないように抱きしめて秘所を嘗め回し愛液を啜りだしながら、腰を振って雪姫を貫く。
慣れてない交合はまだ痛いのかもしれないのだが、正直な話俺は一刻も早く動き、抱きたかった。
叶わなかった願いが叶う、3日間だけの淫夢。
「ぢゅ、ぢゅる、じゅぱっ、もぅ、んぢゅ…、ちゅぴ」
「あっ、そんな中っ、そう、かっ! はぁ、んっ!」
「あぁっ、私のお腹、突き上げられてます! これが――さんのっ、――さんとのセックス…、なんですねぇっ」
「む、くぅ…っ、おのれ雪姫めぇ、独りだけ楽しそうにしおって…」
「は、あ、はっ、ん…、独りじゃ、ないですよ…?」
小さなキスの音を耳の端で捉えた。また2人がキスをして、一時的だけれど肉体の輪を作ったのだろう。
それを見ることは叶わないが、見てしまえば俺が輪を崩す。
死んだ妻と生きてる男女との奇妙な交わりの輪がある今を、簡単に壊すことだけは、したくなかった。
「はっ、はぁ…っ! セックスがこんなに、すごいなんてぇっ」
「どうだ雪姫、これが蒼火だぞ。気持ち良いか? 女が悦んでるか…っ?」
「はいっ、とっても! ひゃっ、動きが、変わって、あぁんっ!」
雪姫の言葉が嬉しくて、また腰が強くなる。何度も経験してるのは伊達ではないので、動きを変えて更に中を抉る。
それと同時に雪姫の中も、朱那ともあすなともまた違う締め付けを返してくる。
俺のかけるアプローチに対して素直に、そして彼女として返してくるのが、とても嬉しくて。もっと悦ばせたくなってしまう。
「はぁっ、ダメ、だめぇっ、――さんっ! 私、こんな、初めてなのに…っ!」
「ほほぅなるほど、蒼火もはじめての女をイカせられるようひぃっ!? こ、こら蒼火、クリを弄るなっ! 中舐めるなぁっ!」
「あんっ、あーっ! クる…っ、キちゃいますぅっ!」
「ピリピリするぅ…っ! 私もイかす気、ひぃぃんっ!」
実は朱那の方には、チリチリくる程度の電撃を乗せて秘所を弄ってるわけで。これがまた性感を高めるのにキくんだ。
また確かに、俺は朱那もイカせたい。自分の限界も近いため、全員一緒に達したいと思うのは、きっと間違いじゃないだろう。
「――さんのが、大きく…っ、そんな、はぁ、んっ! ――さん、――さぁんっ!」
「無理矢理、させるなぁっ! あぁっ、ひぃぃんっ! ダメ…、も、ダメぇ…っ」
「……っ、ぅ!!」
「「ふあぁぁぁ…っ!!!」」
黄色い嬌声が2つ、性感の爆発が3つ。
搾り取るような動きをする雪姫の膣内に向けて俺は大量の精液を流し込み、口を開いて待っていたところへ朱那の潮が吹き流れ込み、繋がり合った手が気を循環させているような錯覚さえ感じる。
第1ラウンドが終って、長い長い3日間がここに始まった。
* * *
それから、沢山の交わりをした。
朝に起きてどちらが先に蒼火を起こすかで競争し、ベッドの中でした。
扇情的な恰好で台所に立ち、尻を揺すって扇情しどちらが先に入れられるか。
コスチュームプレイもしたし、道具を使ってもみたし、蒼火を女としてどちらが悦ばせるかの勝負もしてみた。
時には雪姫が蒼火と結託して私の魔羅を使いつつ二本挿しされることもあれば、SMじみたこともやった。
最終的にはあすなや安斎、静穂も混じり、さらには過去に電車の中で世話になったという女性まで来ての大乱交にまで発展した。
雪姫が「時解計」を使って時を止めた空間の中で何度も交わり、精液と愛液に塗れた。
沢山沢山致して、そして、15日の夜。
散り散りになった先祖達が地獄に戻り、そして雪姫が最後のひとりとなったとき。
「やはり帰ってしまうのだな…」
「仕方ありませんよ、前にも言いましたけど、私は死者ですから。今の棲み処は地獄です」
「…次に会う時は、来年の盆だな」
「そうですね。…余裕はありますし、その時までに――さんの心をしっかり掴んでおかないと…」
私の肩越しに、忌乃家の中を見る。そこには出し果てて尚余裕そうに縁側に腰掛けている蒼火が居る。
曰く、自分はもう見送ったから。話すのはお前に任せるよ。とのことだ。
「……今度は借りるだけじゃなくて、私の手に取り戻しちゃいますからね?」
「…ふんっ、やってみるが良い。絶対にそんなことはさせんからな!」
「はい、お聞きしました。頑張ってくださいね、朱那さん」
告げて、雪姫が井戸へと進む。降りようとしてこちらを見やり、やにわ口元に手を添えて大声で叫んだ。
「――さーん! 愛してますよー!」
「なっ、こら雪姫っ、ぬぉっ!」
捕まえようとすると、井戸の中に滑り込まれ逃げられた。
おのれ、最後にとんでもないものを残していきおって…。本当に任せる気があるのか、あ奴は。
「おーい朱那ー、スイカ切ったから喰おうぜー?」
「…………解った、今行く。私の分は大きく切ってくれ」
「塩は?」
「いらん。それと今宵もスるぞ」
「うぇマジで? 俺ずっとヤリっぱなしなんだけど…」
「私もだ。………孕むまで続けようではないか」
「ゆで卵作っておかないと。それに亜鉛の錠剤あったっけねぇ…?」
「ぬぉっ、こら蒼火、無視するな! 先に行くな! スイカを小さく切ろうとするなぁっ!?」
私が蒼火に抱いている感情は、きっと「恋」なのだろう。
最初はいけ好かないと思い、恋を抱き、そしてきっと愛していくのだろう。先ほど雪姫が宣言したように、私も蒼火を。
そして蒼火が私を愛してくれるのか。
それだけが少しばかり気にかかり…、すぐに頭の中から掃った。
次のお盆まで、まだ一年ある。それまでにゆっくり積み重ねていこう。
この想いを、しっかりと口に出来るようになるまで。
蒼火に「愛してる」といえるまで。
病弱だったキャラはそれまで出来ない事が多かった反動ではっちゃけやすいんでしょうね・・・
でも、
>手がのびるようになった某妹
は現在「もっと別のおぞましいなにか」になってるらしいですから、雪姫さんには真似して欲しくない所です
・・・・・前半、物凄くしんみりとしたイイ話かと予想しましたが、
イイ意味で覆されました。
・・・・・でも、彼女は盆が終われば、還ってしまうかと思うとやっぱりしんみりしてしまいます。
コメントありがとうございます。
彼女ははっちゃけて魔王を一刀両断しただけでは飽き足らず、魔法のメディカル★プリンセスを自称しかけまし、謎の心臓とか持ってたり…。
雪姫「さすがにそこまではしませんよ。私にも人並みの羞恥心はありますから」
・AC獣様
いつも感想ありがとうございます。
死者に関連することはしんみりしがちになりますが、動かしてると勝手にはっちゃけてしまいました。
今や彼女の時間は、潜伏期間が蝉より永く、滞在は蝉より短いです。儚いですね。
蒼火も知らない姿を見せたのは、それがもう昔の人『死者』であることを伝えているようで、
なんかしんみりしていたところでの3P宣言には吹きましたw
それでもなんだかんだで進展を促していった雪姫の存在は面白かったです。
なんというかリクに答えていった成果は出ているんじゃないですか?w
蒼火の隣にいた時の雪姫ではできなかったこと、『死者』として戻ってきたからこそ言える言葉がとても心に響きました。
「あぁ、だからこそ蒼火が好きになったんだな・・・」というのが伝わりました。
・・・・この文章力が欠片でもあればと思ったほどですorz
盆に騒いでる(?)方々のように忙しいでしょうが、この作品が読めてよかったです。
いつもコメントありがとうございます。
力を入れて書く部分のセリフはいつも悩んでおります。その分落差が激しいのは認める。
雪姫は『朱鬼蒼鬼』で最も優しいので、蒼火はコロっと落とされました。男ですもの。
3PはCGを見て、これを使うために言わせましたが、そこだけで終わらせたくないので苦労しました。
そんな文章力なんて、私なんてまだまだですよ?
2人の馴れ初めも考えてはいますが、果てしなくアダルトもTSFも無いので、書きたくても書けません。