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瀬尾さんの『存在否定』

2011/09/12 14:48:27
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「はぁ、はぁ……」
女は疲れ果てていた。
大切な物を奪われ、肉体を傷つけられ、心を折られ、誇りを踏みにじられ……。
それでもなお、女は生きていた。
「坊やだと思って甘く見ましたわ……」
――油断。それが女の敗因だった。
女は魔女であった。
女は誰よりも自由で、我侭で、努力家で、レズで。
「くっ……くくくく…………」
――ついでに、マゾでもあった。
常人ならばとっくに死に至る傷を負いながらも、女は笑っていた。
表情こそ歪んではいるものの、頬は紅潮し、愛しそうに傷口を撫で回していた。まるで、痛みを求めているかのように。
というか、傷口を自分で広げていた。指を突っ込んでグリグリしていたい。そして興奮していた。怖い。
「ここで致してしまっても構いませんが……それは、また後日にしましょう」
昂る気持ちを抑え、女はゆっくりと歩き出した。
「まずは生き延びる。安全なところへ。イくのは、それからですわ」
股間をこすり合わせながら歩いていく。変態であった。
「そしてイったら……私の『奇跡』を取り戻してやりますわ……」
女は身体以外の全てを失っていたが、その瞳は決して諦めてなどいなかった。

===================================

誰かさんがなんかよくわからない事件をよくわからない状態で終わらせてしまってから3週間ほど経った。
その間私は、通りすがりのサラリーマンを幼女にしたついでに養女として我が家に囲ったり、学年主任(40代、妻子持ち)を巨乳のどじっ娘養護教諭にしたり、もういっそ全校生徒全員女子にしてしまったりと色々やらかしていたのだが……。

「……はぁ」
「どうしたのティアっち?お疲れさん?」
楓(元男子・元学級委員長)が、声をかけてくる。
「いや、ちょっとね……」
「夜更かしは身体に毒だぞ、ティアさん」
そう言いながら、メイ(元から女子・元弓道部部長・元先輩)が何故か後ろから抱きついてきた。
「……暑いからくっつくなー。死ぬー」
いやまあ、抱き疲れること自体は嫌ではないけど、今は勘弁してください。
「ああ、確かにここのところ暑いね。まだ7月にもなってないのにこの暑さじゃ、本格的な夏になったらどうなることやら……」
「むしろ逆に冷夏になるのではないか?」
「「それはそれで嫌だよ」」
メイの予測を、私と楓はまったく同時に拒絶した。
「しかし、今日は体育のプールもあることだし、まだマシであろう」
「プール、ねえ……」
……泳げれば、楽しいだろうねぇ。
「……はぁ」
「……ため息ばかりつくと、幸せが逃げるぞ?」
「ホント、どうしたの?ティアさんらしくもない」
……私らしさって、なんだろうね。
心配してくれる友人達には悪いが、このため息の理由を言うわけにはいかない。
何故なら、その理由が『存在証明』の事なのだから。

今、私は一種のスランプに陥っている。
『存在証明』は相手から『存在証明書』を抜き出すことで使える。それは『過去証明書』でも同じだ。
でもさ、これ……正直、面倒じゃない?わざわざ相手に触れなくては使えない、そう言ってるようなものじゃないか。
しかも、全て手書きだ。この情報化社会の真っ只中で、何でいまさら手書きで細かく書類を書き換えなくてはならないのか。
それでもこの間は頑張って全校生徒全員女子にした。
最初のうちはなかなか楽しかったけど、最後の方になってくると変化させるネタを考えるのも辛くなっていた。最終的に双子が5組、三つ子が13組生まれている辺りでこの苦労がわかっていただけるかと思う。
さらに、凄く疲れた。特に右手が。腱鞘炎にならなかっただけマシって感じだ。
何とかもう少し楽にならないものか、そう思いフィーナに相談してみた。
「君はまだ、自分の中での固定観念に縛られてるんだな、これが」
「固定観念?」
「そ。自分の中で勝手に条件を作っちゃってる。だから、君の奇跡は『証明書』なんだよ」
「……もっとわかりやすいヒントはないの?」
フィーナは少しだけ首を傾げ、すぐにこちらを向き直し、意地の悪そうな笑顔で言った。
「一つだけ言ってあげるよ。『そもそも証明書は、どうやって取り出してるのか?』ってね。これがわからなきゃ、先には進めないんじゃないかな?」
……ようするに、自分で考えろということらしい。

そんなわけでいろいろと考えてみるものの、今のところなんの進展もない。
八つ当たり気味に近所のおじいさんを女子校生にしてみたが、それがきっかけで何かがつかめたわけでもない。
老婆と女子校生の絡みを(自分の存在を透明人間にして)それとなく見学し、ちょっと精神的にきつかったから老婆もJC的な感じにしたけど、それもあまり意味がなかった。エロくはなったけど。
30代なのに若々しいお隣の奥さんの浮気相手の男を大手会社勤務のキャリアウーマンにしてみたり、コンビニの店長(男性)を新人バイト(女性)と入れ替えてみたり、たまたま近所のデパートへ営業で来ていた女芸人を(本人の意思はそのまま据え置きで)イロモノ系の男芸人にしてみたり、婦人服売り場の美人店員さんをお持ち帰りしたりと色々やってみたが、『存在証明』がパワーアップすることはなかった。
終いには近所のイチョウ並木に生えてるイチョウの性別を全部逆にしてみたが、イチョウの雄雌の見分け方なんて知らないから楽しみようもないという事に気付くまで39本ほどかかる始末。
……一体どうすればいいというのだろうか。

という悩みから出たため息のことを、どうしてこの二人に相談できようか。
この二人だって、私が「変えてしまった」娘達なのに。
「……まあ、言えない悩みもあるだろうけど、少なくともわたしと楓は、ティアさんの味方だから、ね?」
「ああうん、ありがとう」
……心苦しいなぁ。好き勝手した相手にこういうこと言われると。
どちらかといえば恨まれる立場だしね。当人達は覚えてないけど。
「あ、そうだ。今度の土日でどこかへ遠出しようよ!気分転換になるよ、きっと!」
楓が両手を大きく広げながら立ち上がる。
「ふむ……悪くないかもな。ならばウチの別荘などどうだろうか。少々時期外れだが、それなりに楽しめると思うぞ」
メイも楓に賛同しているようだ……って別荘!?そんなもん持ってたのかこの娘の家。
「へえ、どんなところ?」
「うん、海が近くて、森にも囲まれた自然豊かな場所だ。それほど遠くないから、金曜に学校終わったら行っても大丈夫だ」
「そうなの?そりゃいいね!行こう行こう!是非行こう!」
私を放置して二人で話が進んでいく。
いや、悪くないけどさ……週末にそれは少々きつくないですか?時間的に。
というかメイさん、別荘使うことを子供が勝手に決めていいんですか?
そういう心配をよそに話はどんどん進んでいき、最終的には私への確認もなく、メイの家の別荘へ行く事が決まっていた。
いいのか?なんというか、とても、不安です。


……まあ、どちらにせよ週末の話である。
今は月曜。まだ先の話だ。
とはいえ、本当に行くなら水着だけでも買っておいた方がいいだろう。今週行かなくても使う機会はあるし。
というわけで、近くのデパートへやってきました。一人で。
本当はみんなで行けばいいんだろうけど、楓が「誰の水着が一番似合うか勝負!」とかわけのわからないことを言い出し、それぞれ一人で見繕ってくることになってしまったわけだ。
なんで水着が似合うかを勝負しなくてはならないのだろうか。
よく考えて欲しい。私達3人とも発育そんなによくないからね?
ロリもぺたんこも悪くないけど、そういうタイプが3人集まって水着になっても……ありっちゃありだけどさあ……。

そんな風にグダグダ考えながら水着を選んでいると、近くに店員のお姉さんがいることに気付いた。
背が高くて胸が大きくて、美人。……スタイルいいなあ。
そういえば私は、私自身の存在をまだ書き換えていない。
特に自分でやってみたいことがなかったからである。だって別に男になりたくないし。
男を女に変えるんだったら、膨らんだりへこんだり細くなったり長くなったり柔らかくなったりして楽しい。
だけど女を男にすると、大きくなったり硬くなったり出っ張ったりがっしりしたりして……なんというか、勿体無い?
そういえば想像力を強化するために性別変化をする話を読み漁っていたときに男体化する小説も読んだけど、なんで男にする時はマッチョにしたがるんだろう。それかキモオタ。
イケメンとは言わないけど、もっと見栄えのいいものの方がいいと思う。
さっきのお姉さんを見る。
「ああいう大人になりたいね。まあ、無理だろうけど」
思わず呟く。
すると、そのときふしぎな事が起こった。
視界が急に高くなる。
「え?」
何が起きたのだろうか。
自分の身体を見下ろすと、大きく膨らんだ胸が目に飛び込んでくる。
「え!?」
よくみると着ている服も学校の制服ではなく……店員のお姉さんが来ている、このデパートの制服、だった。
私は急いで近くの試着室へと飛び込み、カーテンを閉め、正面の鏡を見た。

そこに写っていたのは、いつもの小さな私じゃなくて……スタイル抜群で背の高い、あの店員のお姉さんの姿だった。

「……うそ、どうして?」
口から紡がれる声もいつもとは違う、大人っぽい響き。
……どうしよう。いや、嬉しいけど。嬉しいんだけど。
だって考えても見てよ。気がついたらこんな素敵なお姉さんだよ?
私が普通に成長しても、こんなスタイルになる確率は10%あるかないかだよ?(『存在証明』は考慮に入れない)
それが急に手に入っても……嬉しいけど、困るよ?いろいろ。
……いやまて。違う。そうじゃない。
喜ぶとかそういうことじゃなくて、そういうのは後でいいから。
何が起こったのかを考えないと。
……とりあえず私の『存在証明』と『過去証明』を取り出す。
まず変化があったのは、年齢。元の歳より8歳ほど増えている。
立場はこの店の従業員になっている。私自身の記憶にも、なんとなくその辺りの経験が思い出される気がする。
さらに『過去証明』によれば、肉体の成長は私の物とはまったく異なっていた。
『存在証明』自体の説明を見ても、特に追加されているものはない。私がこの事態の原因に気付いていないからだろうか。
「ティア?どうかしたの?」
外から声がかけられる。
カーテンの隙間から様子を伺うと、そこには今の私の姿と瓜二つ(むしろ私がそっくりさんだけど)な店員さんがいた。
……この姿のまま出ても大丈夫だろうか。
まあ仕方がない。とりあえず様子を伺おう。
私は試着室から出る。
「ティア……あなたが試着室を占領しちゃったらお客様が困るでしょ?」
店員さんはまるで昔から私のことを知っているかのように注意する。
「ご、ごめんなさい、お姉ちゃん!」
あぁ、お姉ちゃんに怒られちゃった。でも私が悪いしなぁ。
……なに、いまの。なんか自然に、店員さんのことをお姉ちゃんって言っちゃったんだけど。
「こら、仕事中はお姉ちゃんじゃなくて名前で呼びなさいって言ってるでしょ?
双子だからって仕事の分別はつけないと駄目じゃない」
……双子!?
え?なにそれ?どういうことになってるの?
さっき見た『存在証明』によれば、私の名前はそのまま「瀬尾 ティア」だ。……ということは。
「あ、お姉ちゃん、あれなに?」
「え?」
私が後ろを指差すのに釣られ、お姉ちゃんが後ろを振り向く。
その隙に、お姉ちゃんの『存在証明』と『過去証明』を取り出した。
そこには、「瀬尾 優麻」という名前が書かれていた。
私との関係は……双子の姉。
私の『過去証明』と優麻お姉ちゃんのを比べると、ほぼ同一の内容が書かれていた。
……大体わかった。
ようするに、なんでかわからないけど……私が優麻お姉ちゃんのような大人になりたいと言ったら、何故か優麻おねえちゃんの双子の妹という存在を当てはめられてしまったわけだ。
これは、私が言った言葉に合わせて存在を書き換えられるということなのだろうか。
試してみよう。
「優麻お姉ちゃんは13歳の妹です」

………
……


何も起こらなかった。
……周りにお客様いなくてよかったよ!恥ずかしい!
どうやら、私が「なりたい」と言ったからお姉ちゃんと同じ姿になったわけではないらしい。
もっと詳しく調べてみたいけど、この状態はまずいかな。
今の私じゃ、接客なんて無理だ。
いや、知識としては身についてるけど……私自身の意識が、この「デパートの店員で、双子の妹」という存在に馴染んでいない。
この辺も後で試さないと。でも、いまは……。
とりあえず私は自分の年齢を元の状態に戻し、ついでに顔もできる限り元の雰囲気に近付くようにしてみる。

変化は一瞬だった。
再び試着室で自分の姿を確認する。
顔は元通り……とはいかず、私自身がベースで、そこに少し優麻おねえちゃんの要素が混ざった感じ。
身体も元のちんちくりんじゃなくて、背が高くて胸が大きいナイスバディ。
元通り戻ったのは服装――学校の制服だけ。
……イイね。素晴らしい。
偶然とはいえ、素敵な容姿を手に入れてしまった。なんということだ。
元の姿に未練がないといえば嘘になるが……どうせなら美人でいたいよ私も!いいじゃん、誰も損しないんだから!
あ、このままじゃまずいね。何とかしないと。
私はロクに確認もせず優麻おねえちゃんの『存在証明』と『過去証明』を元に戻した。
ふぅ、これで私の容姿以外は元通り……。
「……あれ?あたしなにを……あ、ティア!」
意識を取り戻した優麻おねえちゃんは私の名前を呼ぶ……あれ?ちょっと待て。なんで!?
「あ、あの、優麻おねえちゃん?」
……まさか、姉妹設定はそのまま?さすがに双子ではなくなったみたいだけど。
優麻おねえちゃんはにこやかな顔で私を見ていた。
「ティア、おねえちゃんに会いにきてくれたの?嬉しいなぁ」
「え?いや、その……」
あれ?ちょっと雰囲気がおかしいですよ?
姉妹ですよね?なんか妙に顔とか身体とか、近いんですけど。
「あ、もしかして水着を選びに来たの?よし、お姉ちゃんが見繕ってあげる!」
優麻おねえちゃんは妙に張り切りながら、私の手を取り水着売り場の中心へと歩き出した。
「ふむ、まず露出が多すぎるのは没。野郎共にティアの肢体を魅せる必要なし。
かといって可愛くないのは論外。ティアの可愛さを引き立たせるようにしないと。
……ふふ、中々の難題ね。でも任せて。お姉ちゃん頑張っちゃうから!
あ、予算は気にしないでいいからね。あたしが出すから」
なんか少し怖いんですけど!?
……もしかして、おねえちゃん、シスコン?それもわりとガチなレベルの。
そんな設定にした覚えないんですけど!なに?私と姉妹になるとそういう『存在』になるの?
いや、おねえちゃん美人だから結構嬉しいけど!嬉しいけど!そうじゃなくて!
こうなったら元通り姉妹じゃなくして……って、おねえちゃんの元の苗字知らない!?
うわぁ、戻せない。適当に変えるのも手だけど……それ、多分ロクなことにならないからなぁ。
……受け入れるしか、ないか。

数分後、この決断を後悔することになるとはこの時の私には思いもしなかったのです。
――試着室、カメラついてなくてよかった……。


……まだ仕事が残っているというおねえちゃんを残し、私は帰りの電車に乗っていた。
運悪く帰宅ラッシュに捕まってしまい、満員電車の中にいた。
地方なので女性専用車両なんて気の利いたものはない。
故に、周りが男性だらけでも文句は言えない。気分はよくないけど。
文句は言えないが、だからと言ってなんでも許せるわけではない。
具体的に言えば、さっきから私のお尻を露骨に触ってる手とか、胸にわざとらしく押し付けられてる肘とか。
お尻のほうはわからないけど、胸の方は頭の禿げたいかにもな中年のおじさんだった。エロジジイめ。
「……男に触られるのは嫌なんだけど」
思わず呟く。……最近独り言多いなぁ。
そんなことを思っていると、そのときふしぎな事が起こった。
目の前にいたエロジジイの姿が一瞬ぼやけると、頭一つ背が低くなっていた。
さらに一瞬にして禿げ頭に栗色のロングヘアが乗っかっていた。
よく見るとエロジジイだったモノの胸の辺りが膨らんでいた。
それは、誰がどう見ても若い女性の姿であった。
……どういうことなの?
わけがわからず周りを見回すと、もっとふしぎな事が起こっていた。
私の周りにいた男性が、一人もいなくなっていた。
その代わり、周りには妙に顔立ちの整った女性ばかりが集まっていた。
私のお尻を触っていた手も、ごつくて硬いものではなく、柔らかくて細くなっていて、触り方もどこか繊細だった。
……私にはもう、わけがわからないよ。
いったい、なにがどうなってるのか、見当もつかなかった。


……考えてもこの状況の原因がわからなかったので、私はフィーナに相談することにした。
酒さえ用意できれば、あいつはどこへでも現れる……らしい。
自分の年齢を操作すれば酒を買うのも楽だ。年齢確認もいつのまにかポケットに入ってた免許証でいいわけだし。
というわけで近所の酒屋さんで酒を買った私は、元の年齢に戻りゆっくりと帰路につく。
「……うぅー」
なにか聞こえた気がするが無視する。
「……たすけてー」
後ろから助けを求められた気がするが放置する。
「そこの奇跡使いー。貴女ですわよー」
多分私のことだろうけど勘違いだと思うことにする。
「よ、美少女ー、色っぽいよーだから助けろー」
やる気が感じられない褒められ方をしたが聞こえなかったことにする。
視界の端で真紅の髪を腰まで伸ばし、血に汚れた純白のドレスを着た女がチラチラしているが、見ない振りをする。
いやだって関わりたくないもん。全身傷だらけで血まみれの女性なんて。
いや、それだけなら助けなきゃって思うよ?でもさ、その人が自分の傷口に指突っ込んでグリグリしながら「タスタスケテー」とか言っても……怖いじゃん。
「えー、怖いんですの?ショックですわ。フレンドリーな第一印象を与えようと思っていたのに……」
……いやマジで怖いです貴女。なんで私喋ってないのに、怖いと思ってることがわかるんだよ。
「え?態度でわかるわよ」
……絶対心読めるよこの人。奇跡使いだよ絶対。
「残念。わたくしは魔女ですのよ」
なお関わりたくないです。
というかそもそも、魔女は不死じゃないか。なにを助けろと?
「いや不死って言っても老衰死しないだけで、頭潰されたり心臓刺されたりしたらあっさり死ぬわよ?」
そういえばフィーナもそんな事言ってた気がする。
「というかそろそろ会話をしてくれてもいいと思うんだけど?『読心』は結構疲れるのよ?」
知らんがな。
「というか助けてくれないなら、最後の力を振り絞って張ってる『結界』を解くわよ?そして大声で叫ぶわよ?」
性質が悪いな。というか先ほどからこいつしか周りにいないのは『結界』とやらの影響だったのか。
なんなんだこいつの奇跡は。『読心』と『結界』って、全然別物じゃないか。
「あら、どっちもわたくしの奇跡ではございませんわ。こんな物は奇跡使いなら訓練次第でできなくもない技能ですのよ?まあ、『読心』はかなり高難易度みたいですけれど。
……というか本当に助けてくださいそろそろ死にそうです」
「ああもう、わかったわよ!助ければいいんでしょ助ければ!」
なんかもう、今日は面倒な日だ。

仕方がないので家まで連れてきた。
ベッドに寝かし、女から『過去証明』を取り出し、「傷を負った」過去を破り捨てる。
『過去証明』を女の身体に戻すと、あっというまに全身の傷が消えていった。まるで、最初から傷を負っていなかったかのように。
この使い方は初めてだったけど、うまくいってよかった。中々応用が利きそうだし。
「ふう、助かりましたわ。傷を負うのは好きだけど、さすがにあれだけの傷だと大量出血で死にますからね」
いや、普通は死んでます。明らかに致死量です。
「まあ、そこは魔女なので少しはしぶといのですわ。ありがとうございます、瀬尾ティアさん」
名前を知ってることには驚くまい。心読めるんだもん。
「というか私が傷を治せる奇跡を持ってると知ってて助けを求めたの?」
「いいえ。偶然奇跡使いっぽい雰囲気の人が近くを歩いてたから、助力を願ったのですけれど……ここまで跡形もなく治せる方だったのは嬉しい誤算でしたわ」
行き当たりばったりか。……治療に使えない能力者だったらどうする気だったのだろうか。
「まあ、その時はその時ですわ」
「……相変わらず適当だなぁ」
いつの間にか部屋にフィーナが上がりこんでいた。どこから来たんだ。
「酒の匂いがしたので飛んできました」
……マジで?未開封の酒瓶ですよ?匂いわかるの?
「あいかわらず飲兵衛ですわね、フィル・フィー・フィン」
「……ミア、いつも思うんだがその呼び方面倒じゃない?」
「貴女の名前、どこが名前で苗字なのか区別つかないんだもの、仕方ないじゃない」
どうやらフィーナとこの傷女は知り合いらしい。
「ああ、申し遅れました。わたくし、ミア・クリムゾンと申します。先ほども申し上げたとおり、魔女ですわ」
「フリーの、な」
フィーナがミアの言葉に付け足した。フリーの魔女ってなんなんだ。
「まあ、そこは突っ込まないほうがいいですわよ?説明だけでとんでもなく長くなりますから」
「そうだな。触れないほうが良い裏設定とかよくあるぞ?ゲームとかね」
……ああうん、怖い設定とかあるよね。今関係ないけど。
「で、どうしたのミアは。なんだかいつもより力が弱いみたいだけど」
「ええ、話せば長くなるのですが……」
ミアは真剣な顔で私達に事情を教えてくれた。
「街を歩いていたら弱そうな坊やに絡まれて、軽くあしらおうとしたら変なガジェット使われて、奇跡を奪われてしまったの」
「一行で済むじゃないか!」
全然短い話だった。というかまたわからない単語が出てきたんですが。
「あ、ガジェットは『誰でも奇跡が使える、便利アイテム』だと思えば間違いないわよ」
……なるほど。ようするにミアの奇跡はそのガジェットとやらで盗まれてしまったと。
「ええ。なので今できるのは……簡単な『記憶操作』くらいなのよ」
簡単なの?それ、私が任意で操れないことの一つなんですが。
「『記憶操作』だけか……使えないねぇ」
「ええ、まったく無意味ですわ。『記憶操作』なんて微妙な能力でなにをしろというのかしらね」
いや結構強力だと思いますよ?今の某元死神漫画見てると。
「本来の『洗脳』までとは行かなくても、『認識誤認』くらいできないと遊べないのよねー」
遊ぶこと前提ですか。 というか使える使えないの基準がわからないんですけど。
「その辺盗られてるのか……まずいな」
フィーナが珍しく考え込む。
まあ確かに、そんな能力を他人に使われたら大事であろう。……ミアが使っている分には問題がないとも思えないけど。
「大丈夫ですわ。わたくしにとって奇跡の使い道は、せいぜい『ノンケの女の子をこっち側に引き込む』くらいですし」
……ソッチの人でしたか。
「オマエモナー」
放っておいてください。
「で、ミアはどうする気だ?」
「もちろん取り返すつもりですわ。わたくしの大事な大事な『お友達』も奪ってくれたことですし……ねぇ?どうしてくれようかしらあの坊や……」
ミアが静かに笑い出す。怖い。
「まあそういう事なら協力するよ」
フィーナはそう言いながら私の肩を叩いた。
「ティアが」
「私が!?」


という訳で私はミアに協力することとなった。
まあ、放っておいて私のモノを盗られても困るしね。
なお私の異変については「わからないけど、もしかしたら進化の兆しかもね」という何の参考にもならない答えが返ってきやがりました。
……兆し、ねえ。ただ暴走してるだけのような気もするけどなぁ。
まあ、今はそんなことはどうでもいい。
今重要なのは……
「あ、おはよう、ティアさん、ミアさん」
「おっはよーティアっち、ミアミア」
「おはようございます、お二人とも」
「おはよう、メイ、楓」
まるで前からいたかのようにミアは私の隣の席に座る。そして周りもミアが昔からここにいたように振舞っている。
当然コレはミアの奇跡、『記憶操作』によるものである。
『記憶操作』を使い国籍不明の魔女ミア・クリムゾンは、どこにでもいる普通の女の子、紅 ミアとして学校に潜り込んだのだ。(私も多少『存在証明』で補助したけど)
お互い近くにいた方が便利だというミアの言い分を受け入れた形である。確かに、その方が支援もしやすいのだが……
「ティアさん……お二人ともとても可愛いですわね……」
「まあね。特に楓は自信作だよ」
「……苛めたらどんな顔で泣くのかしらねぇ」
サドっ気もあったのかあんた。
「よく見るとこのクラス、可愛い子ばかり……一人くらい、もらっていいかしら?」
「……あんた、ここに女漁りに来たの?」
「いえいえ、けっしてそんなことはございませんよ?冗談、ですわ」
……緊迫感ないなぁ。
こんなので大丈夫なんだろうか。不安だ……。


放課後、私とミアはまたデパートへ着ていた。ミアの水着を選ぶためだ。
本当は週末の海水浴は中止にするつもりだったのだが……
「海水浴……楽しみですわねぇ」
「……いいの?そんなことしてないで奇跡取り返しに行くべきでは?」
「今の貴女じゃあの坊やには勝てませんもの。遊びながら特訓するべきですわ!」
そう、ミアが凄く乗り気だったので普通に決行することになったのだ。
まあ、確かに今の私じゃ不安だけどさ。どういう理屈で昨日の事象が引き起こされたかわからないし。
その点を考慮しての判断……じゃないんだろうなぁ。多分、女の子の水着が見たいだけだ。
「そうですけど、それが何か?」
「うるさい心読むな」
……やりにくいから。
「まあ、それはともかく水着選びですわね」
水着売り場には優麻おねえちゃんがいた。
「あらティア、今日も水着買うの?」
凄く目が輝いていた。勘弁してください。
「いえ、買うのはミアです」
「あら、そうなの。そういえばミアちゃん水着なかったわね。よし、あたしに任せなさい!」
そう言って優麻おねえちゃんはミアの手を取り水着コーナーの中心へ歩き出した。
「え?ちょ、ちょっと」
「安心しなさい。あたしがミアちゃんにもっとも似合う素敵な水着を見繕ってあげる。
ミアちゃんは体型がまだ子供っぽいから、あえて露出多めで色気を出すってのもありね。
あ、予算は気にしないでいいからね。あたしが出すから」
……お金あるんだなぁ。
ちなみにミアの立場は、私の従姉妹で、ウチで居候しているということになっている。
なので、優麻おねえちゃん的には「もう一人の妹」という感覚のようだ。
さて、邪魔しちゃ悪いから少し遊んでこよう。
後ろから「ちょ、そこだめ、ぁん!」とか聞こえるけど……クビにならないことだけ祈っておくことにした。

女性下着売り場を一人で見ていると、試着室の近くで男がうろちょろしているのが見えた。
年齢は30代後半くらい。背がそこそこ高く、顔はまあまあ。でもちょっと太ってるのがマイナスって感じ。
男は周りの様子を伺いながら、時折しゃがみこんだりしていた。
……なんか怪しい。いや、もしかしたら中にいる人の付き添いの男性かもしれないけど、何回もしゃがみこむ理由がわからない。
「もし盗撮とかだったら嫌だなぁ。盗撮される側の気持ちなんて理解できないだろうね……」
盗撮してるとは限らないのに、私はそう呟いていた。
そのときふしぎな事が起こった。
試着室の前にいた怪しい男の姿が一瞬で別人になっていた。
先ほどよりも背が低くなっていて、胸が大きく膨らんでいる。
顔には眼鏡をかけていて、おどおどとした表情はどことなく嗜虐心を煽っているような気がした。
体型は細く、とにかく小さいイメージ。
どこからどうみても、大人しそうな女の子だった。
女の子はしばらく周りの様子を見ていたが、私と目が合うと顔を赤らめ、その場から逃げるように離れていった。
……どういうことなんだろう。なんで彼は女の子になってしまったのだろうか。
私が呟くたびにこの現象が起きている気がするんだけど……結局、よくわからなかった。
これ、なにかの呪いじゃないよね?不安だ……。


――翌日。

「ティアさん、貴女は今、奇跡を制御できてませんわね」
学校に向かう途中、ミアが突然そんなことを言い出した。
制御……うん、確かにできていない。ここのところ、勝手に他人の『存在』を変えてしまっている。
恐らく「私がなにかを言う事」がトリガーであることは予測できるのだが、その「なにか」がわからない。
不用意になにかを喋れば、それが元で大変なことになってしまうかと思い、自然と口数が減ってしまっている。
「奇跡は貴女自身の想像力で成長するモノ。恐れていてはなにもできませんのよ?」
そんなことを言われても困る。
自分のうっかり発言で大切な人達を失う可能性がある――それだけは、嫌だ。
「なら、自信を持ちなさい」
そう言いながらミアは、私の額に指を突き立てる。
『大丈夫。貴女ならできる。自信を持ちなさい。信じていればできないことなんてないわ。
例え失敗したとしても、例えそれでなにかを失っても、貴女なら再びそれを取り戻せる。
大丈夫。不安なら、わたくしがついていてあげるから。だから、自信を持ちなさい』
ゆっくりと、はっきりとした口調でその言葉を囁く。
まるで子供に言い聞かせるように。あるいは、私の心へと刻み付けるかのように。
「……なにかの、暗示?」
『洗脳』や『記憶操作』なんてできる魔女なら、それくらいはできそうな気がする。
「さあどうでしょう?わたくしの奇跡は『洗脳』ですけれど、今は使えませんのよ?
――でも、貴女がその奇跡を使いこなせるって信じるくらいのことは、できますわよ」
ミアは私の目を見て、微笑む。
「自分を信じられないならば、わたくしを信じなさい――貴女の事を信頼しているわたくしを、ね」
私に人の心なんて読めないけれど、ミアのその言葉に嘘はないと思った。
なんでそんなに、会ったばかりの私のことを信用してくれているのだろうか。
「簡単ですわ。貴女はわたくしの命を救ってくれた。それだけで十分じゃない?
まあ傷口を抉って痛みを味わえなくなったのは残念ですけれど……」
変態め。
……でもまあ、なんとなく気が楽になった、と思う。
そのきっかけがこの変態女であることは癪だけど。

「ところで、私を信頼しているミアを信じろって言ったけど……この台詞、パクリだよね?」
「パクリじゃありませんわ。よくある名台詞的な定型文にインスパイアを受けてさらにアレンジした、まったく新しいわたくし自身の言葉ですわ」
……モノは言い様だね、まさに。
「貴女に足りないのは屁理屈を押し通す自信かもしれませんわね。わたくしのように!」
屁理屈という自覚はあったんだ。


とまあ、そんな感じのやり取りをしながら、私達は何事もなく金曜日の放課後を迎えた。
途中で優等生の佐伯さんとギャル系ファッション大好き磯田さんの「ファッションセンスと喋り方」だけを取り替えたり(交友関係もそのまま)、アイドルとファンのオタクの立場を交換してみたり(アイドルがオタ芸してました)、本屋のおじいさんを孫娘にしてみたり(定番です)したけど、特筆するべきことはありませんので割愛。
そんな過去のことよりも、今は未来のことに目を向けるべきなんだ。
今日はこれから宮本家別荘へみんなで向かうことになっている。
「しかしメイ、本当にいいの?」
電車の中で、私はこの一週間で何回もした質問を、もう一回尋ねた。
「構わない。昔はよく行ってたけど、最近は掃除くらいしかしてあげられてないからね。
こういう機会に使ってあげた方が別荘も喜んでくれるよ」
「使われない建物はすぐ傷むって言うからねー。ティアっち、こういう時は遠慮するより感謝するべきだよ!」
うん、でも楓は少し遠慮がちの方がいいと思います。なんでもうおやつ食ってますか。
「そうですわね。こういう機会でもないと別荘なんて体験できないんですから、楽しむべきですわね」
ああ、それはミアの言う通りかも。別荘とか、普通ないしね。
「それにしても、優麻おねえちゃんまでついてくるとは……」
「保護者は必要でしょ?夏は危険がいっぱいだからね!男とか男子とかチャラ男とか!」
男よりもあなたの方が危険だと思います。あたしとメイにとっては。
というか3日も有休とって大丈夫なのだろうか。
「大丈夫よ。普段必要以上に働いてるから。週7日くらい」
「休めよ」
あるいは転職してください。
「まあそんなブラックな裏事情はすっかりさっぱり忘れて、明日明後日は遊びまくろぉ!!」
「「「おぉー!!」」」
みんなテンション高いなぁ。
「……言いたいことはたくさんあるけど、とりあえず電車で騒ぐな。周りに迷惑だから」
「でもティアっち……周り、誰もいないよ?」
「へ?」
見ると、周りには他の乗客が見当たらなかった。
隣の車両もガラガラ。数人ほど席に座ってるけど、みんな急いでいるのか落ち着かない様子。
「この時間にこんな空いてるなんて、珍しい」
電車乗ったときは他にも乗客がいたはずだけど。
「ま、いいじゃん。空いてるんだしさー」
楓の能天気な言葉が車内に響く中、ミアだけが少し険しい表情を浮かべていた事に、私は気付かなかった。

「ただ空いてるだけなら、いいんですけれど……考えすぎ、よね?」

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別荘についた時には既に夕方だった。
その日はみんなで楽しく夕御飯を作って食べて、お風呂で胸の大きさ比べ等のお約束を行い、そしてぐっすり眠った。
えちぃ事はしませんよ?初日ですし。

さて、海である。
海といえば水着、水着といえば女の子である。という訳でみんな水着だ。
ところで「誰の水着が一番似合うか」という勝負があったけど……私の圧勝だった。
さすが優麻おねえちゃんの姿が混ざってるだけあり、抜群のスタイルと大胆な水着で他の三人を圧倒。お見せできないのが残念である。(優麻おねえちゃんは圧倒的過ぎる戦力なので勝負からは除外となっている)
勝利者特権で優麻おねえちゃんとメイ、楓には海の家の食べ物を買ってきてもらうことにした。
「……で、わたくしだけ残した理由は?」
パラソルの下、私の隣で寝そべっているミアが尋ねる。
「ちょっと証人が欲しくてね」
「証人?」
「うん。新しい奇跡のね」
「新しい奇跡?」
「まあ見ててね。あなただけは除外しておくから」
私は手に取ったミアの『存在証明書』をちらつかせる。
「ちょっ……!いつの間に!?いつ、わたくしに触れたの!?」
ミアは私の手から『存在証明書』を取り返そうとする。が、『存在証明書』はミアの手に触れる前に消えてしまう。
「……え?」
「安心して。ミアの存在を書き換える気はないわ。あんたはそのままが一番面白い」
私は立ち上がり、パラソルの下にある楽園から灼熱の砂浜へと歩みだす。
暑い。あっという間に汗が私の肌を伝う。
私は振り返り、ミアへ教えてあげる。
「それと、もう触れる必要はないんだよね」
私の手には、再びミアの『存在証明書』が握られていた。
それには一言、「瀬尾 ティアの奇跡による影響を受けない」と書き加えられていた。
「……いつの間に?」
ミアの顔色が悪いのは、多分気のせいではないだろう。ちょっとやりすぎたかな。怖がらせる気はまったくなかったんだけど。
でもまあ、怖がる顔がなんか可愛いから、まあいいや。
「さあ、いつでしょう。そんなこと、どうでもいいじゃん――どうせもう、ミアには手を出せないからね」
そう、「私の奇跡の影響を受けない」という事は、「私に存在を変えられることはもうない」という事なのだから。

そんな風に遊んでいると、目的の『モノ』がやってきた。
「お、キミ、可愛いね!」
軽い感じの男の声が聞こえた。振り返ると、金髪で日焼けをしたチャラそうな男と、短髪で筋肉質な男がいた。どちらもどう見ても私より年上のようだ。
以前も言ったけど、私自身は男も女もイケる方である。が、彼らは好みではない。男は頭のよさそうな奴か華奢な奴がいい。
ちなみに女の子の好みは割と広い。性格良ければいい。嘘じゃないよ?
「ねえ、キミ一人?」
「暇だったら、俺達と遊ばない?」
うん、ナンパだ。これはいい実験台がやってきたね。
「うん、そうだねぇ……」
どうしてくれようかな。
『あなた達みたいな子供と遊ぶには、ちょっとお姉さん抵抗あるかなぁ』
「は?」
「なにいってるの、お姉ちゃん?僕達、大人だよ?」
うん、うまくいった。
目の前には元気そうな少年と、大人しそうな少年がいた。どちらも、髪の色は黒くなっている。どうやら自分の変化には気付いていないようだ。
ちなみに大人しそうな方がさっきまで黒髪筋肉質だった方。子供の頃は内向的な性格だったようだね。
「いやぁ、どう見ても大人には見えない」
「そっかなぁ……」
「まあそうかもしれないけど……」
なんとなく二人は納得してしまう。実際子供だから。
「でもまあ、たまには子供と遊ぶのも悪くない。いいよ、遊んであげる」
いやもう遊んでるけどね。弄んでるけどね。
「やったー!」
「なにする?なにする?かけっこ?おにごっこ?」
二人はすっかり子供になってしまっていて、「遊ぶ」という意味が完全に摩り替わっている。
でも、まだこんなものじゃない。
こんな周りに人がいる場所では鬼ごっこもかけっこも危ないと思うんだ。だから、もっと安全で微笑ましい遊びにしようじゃないか。
『ううん、あなたたちは女の子なんだから、女の子らしくおままごとでもしましょう』
「えー!!」
「やったー!!」
あっという間に少年達は少女に変わっていた。どちらも無邪気に笑う、可愛い女の子に。
ピンク色のスカート付き水着を着てたのが元金髪チャラ男で、髪の色が自然な栗色に変わっていた。ちょっとだけ膨らんだ胸が可愛らしい。
水色のセパレートタイプの水着を着たのが元黒髪筋肉男で、濡れるような黒髪と華奢な肢体が魅力的である。
もはや自分達が男であったと教えても信じないであろう。やった私も信じられん。
女の子らしく、という言い方はあまり気に入らないが、実はそれは仕方のない事だったりする。
先ほどから行っているのは、『存在否定』――私の、新しい奇跡だ。
私の『存在証明書』には新たな一言が記されていた。

・相手の言葉を否定することは、『存在の否定』にも繋がる。

思えば、最近の暴走とも言うべき存在の書き換えは、全て「相手を否定」していた。
最初の時は「私自身の成長の否定」で、その結果引き合いに出された優麻おねえちゃんの姿になった。
次のときは「男に痴漢される事を否定」して、何故か恥女の集団に触られるという辱めを受けた。
三回目は「盗撮する男の否定」、これで変化したということは、今思えば彼はやはり盗撮していたんだろう。
そう、考えてみれば簡単なことだ。全て私が否定した事柄だったんだから。
もっとも、それに気付いただけじゃまだ足りなかったんだけど……今はそんなことはどうでもいいよね。
おままごともいいけど、やっぱもっと私自身も楽しく遊びたい。
『でもまあ、子供っぽいからおままごとはないね。泳ごうか?』
「お、いいねぇ。競争する?」
「あ……わたし泳げないんですけど……」
栗色の髪の少女は、ポニーテールと大きな胸を揺らしながら軽い準備運動を始める。
そんな彼女と相対的に、黒い髪の少女は困ったような顔をしてこちらを見る。いつのまにか、視線が同じ高さになっていた。
「もう、正樹ったらまだ泳げないの?」
「だ、だって、光弘ちゃんみたいに浮き袋もないし……」
「胸を浮き袋って言うなー!」
彼女達の名前は未だに男のままであった。でも二人ともその事に何の違和感も持っていない。それが当然のように、彼女達は受け入れている。
私が名前を否定していないから、名前はそのまま。性格の方は否定しなくても変わってるのに名前は変わらないのは、それだけ名前というものは強いのであろう。少なくとも、私自身がそう考えているということだと思う。
「まあまあ、じゃあ浅い所で適当に遊ぼっか。みんなで遊んだ方が楽しいしね」
「む……それもそうだね」
「それなら……」
「じゃあ、そうしようか!」
私は彼女達と30分位遊んだ。その後メイ達が食べ物を買ってきたので、メアド交換して彼女達と別れた。
こういう風に旅先で友達を作れるのも、夏の素晴らしいところだと思う。
「『存在否定』か……難しそうね、これ」
メイ達に聞こえない程度の小声でミアは言った。機嫌が直っているようでなによりである。
「でも楽しいよ、これ。どう変わるか自分でもわからないから、運試しの要素も多いけどね」
さて、次はどうしようかな。

みんなと楽しく遊びつつ、次の獲物を探す。
最初はナンパしてくる男を片っ端から女の子にしちゃおうかとか考えてたけど……女性専用ビーチができそうだからやめておく。さすがに海まで女性が独占は、女の立場から見ても身勝手だと思うんだ。海は皆の物。
そう、海は皆の物なんだ。だからゴミ捨てとかダメ、ゼッタイ。
だから今私達の目の前でわざわざ穴を掘ってゴミ捨ててる人達には何らかの罰があたるといいと思います。
ようするに4人の男女(多分カップル二組)がゴミを埋めているのを見て、私はなんとなく腹が立った。という名目でいたずらすることにした。そこまで正義感は強くない。
……どうしようか。例えば、今彼ら自身が捨てているゴミが剣とか矢になって襲いかかる……うん、二度とゴミを海には捨てないだろうけど、なんというか、面白くない。
ゴミに叱らせるか?でも私には無生物を生物にすることはできない。こればかりは思い込みでどうこうなるものではない。命を与えるって大変なことなのだ。
でも――逆を言えば、命ある者ならば、他の生物に変えてしまうこともできる。
例えば彼らの足元にいるカニとか。あるいは空を飛んでるカモメとか。あるいは先ほど海で見かけたクマノミでもいい。例えばそれらを人間にしてしまうとか。その後の扱いに困るからやらないけど。
まず、カップルの様子をじっくりと観察することにする。
まず茶髪で鼻ピアスの男と、その隣のギャルメイクの女。そしてソフトモヒカンにサングラスの男と、気弱そうな女の子。
気弱そうな女の子だけは彼らの行動を止めようとしているが、他の3人は彼女の言うことなど聞いていない。
ふむ、じゃあ彼女はそのままにしておこう。
「あら。わたくしなら彼女を強気にしてやめさせるけど?」
ミアが口出ししてくる。また心読んだのかこいつ。
「それくらいなら今の私でもできるわよ?やってあげましょうか?」
まあ、それはやってもらおう。『記憶操作』だけで性格改竄をどうやるのかは見物である。
では他の三人は……。
「怖がりにするといいかもしれませんわねー」
「怖がり?」
「そう。臆病で怖がりで、すぐ泣いちゃうような娘とかそそりませんこと?」
なんの話ですか。
……でもまあ、それはありかもしれない。そういう娘は叱られたらもう二度とこんなところでゴミを捨てようとか思わないだろうし。
私は早速彼らの『存在証明書』を手に取り、彼らの動きを止めた。
動きが止まった気弱そうな女の子にミアが近付く。『存在証明書』によれば、彼女の名前は浅沼サキというらしい。
ミアがサキの頭に手を伸ばすと、サキの頭上に『白い花』がどこからともなく現れた。
花びらの枚数は19枚。サキの年齢と同じだ。
「染め上げるのは……12歳でから17歳の間として、5枚くらいね」
ミアは指先に傷をつけ、サキの『花』へと自らの血をたらしていく。
血は、白い花を紅に染め上げていった。
「これがわたくしの『記憶操作』ですわ。同じ方法で『洗脳』もできたのですけれど……まあ、今使えないもののことを言っても仕方がありませんわね」
それは洗脳というより、染脳という感じのような気がする。いやそんな言葉はないけれど。
「さて、ついでにわたくしの『お友達』になってもらいますわ」
あなたの『お友達』は怪しい意味合いが強そうです。
やがてミアは花の上から手をどかした。準備が完了したようだ。
サキの『存在証明書』を確認すると、元レディースで喧嘩三昧の毎日を歩んでいたという経歴に書き換わっていた。現在は更正して真面目に学生生活を過ごしているが、喧嘩っ早いのは変わりないようである。ということになっていた。
「ではティアさん、あとの三人をお願いしますわ」
では、こういう感じで……。
『そこのゴミを埋めてる小さな女の子達、気が小さそうなのにやる事は大胆だね。怖いお姉さんに怒られても知らないよ?』

サキが気付いたとき、「三人の少女」がこっそりとゴミを埋めようとしているところだった。
「こら!海を汚すな!」
先ほどまでのオドオドとした態度は消えうせ、鬼のような形相で少女達を叱る。
その迫力に、少女達はすっかり怯えてしまった。涙を目に浮かべている子までいる。

「これであの娘たちはあんなふうにゴミを捨てることは二度としないでしょうね」
「回りくどいやり方だったけどね……」
多分真面目な娘にでも変えたほうが楽だったと思う。もう遅いけど。

このような悪戯を私とミアは繰り返していたのだった。

街で大変なことが起きているとは知らずに。
ぴーがががー。
ぴぴぴーぴぴー。
がががーぴーがーがー。
がががーぴー。
ぴぴー。


バチッ

どかーん。

※作者は自分の存在を取り戻すために戦いましたが、負けたのでメカ化しました。次回までには取り戻してきます。またこの作者ネタ別に面白くないし、固執する気もないので、最後のが完成したらちゃんと名前を入れなおします。
メカ坂黄泉網
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5.100きよひこ
いかん、作者が…
11.無評価きよひこ
メカって石見ロボ?
かなめもも休載中だしなぁ
32.80きよひこ
とりあえず名前で吹いた事を先に報告しておきます。
内容もこれからの展開に期待がもてる素晴らしい物でした。
次項を心よりお持ちしております。
45.無評価きよひこ
ミアは今後奇跡の影響を受けないってことは、怪我しても治せないってことだよな