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Romancing Empress Sa・Ga #08 (END)

2011/12/02 16:32:17
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_/_/_/_/_/Chapter.9-1_/_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/_/_/夢_/_/_/_/_/_/_/_/

「…!」

(ん…)
誰かに呼ばれたような気がして、目を覚ました。
(ここは…)
瞼を開いた筈だったが、視界は変わらず闇の中だった。
…いや、目線のずっと先、遠くにゆらゆらと動く光が見える。その光景は、まるで深い海の底にいる感じだった。
けれど、息苦しくもなければ、水圧を感じる事もない。ただ深い闇の中にたゆたう、そんな気分。
(あぁ…これは、夢だ…)
夢の中で目覚めるというのも不思議な感覚ではあったが、そう考えるのが普通だろう。
揺り籠のように揺れ動く世界が、心地の良い眠りを誘う。夢の中で再び眠りにつこうとした、その時。
「…!」
(!)
声が、聞こえた。
「…!」
(…あの声は、私を呼んでいる?)
再び聞こえた声に、意識が覚醒する。自分を目覚めさせた、誰かの声。
それは確かに聞こえた。何と言っているのかまでは分からなかったが、その声は、間違いなく自分に向けて掛けられていた。
(誰…?)
呼びかけようとしたが、声が出ない。 …? 声? 声って、どうやって出すんだっけ…
妙な感覚に首を傾げるも、尚聞こえるその声。だが、次第にその声は小さくなり…聞こえなくなった。
(…? あの声は一体…それに、あの声…どこかで聞き覚えが…)
思い出そうとするも、記憶すら曖昧で思い出せない。思う様に動かない自分自身に焦りを感じていると…
(!?)
不意に、『何か』が身体に触れる。
(一体なに…うッ!?)
突然の事に戸惑う。だが、そんな戸惑いを嘲笑うかの様に、その『感触』はどんどん大きく…いや、増えていった。そして…
(…! ひ、引っ張られている!?)
掴まれ、引き寄せられる感覚。体のどこかであり、何処でもない部分を掴んでくる『それ』が、深遠へと誘うのを感じた。
(や、止め…離せ…!)
抵抗を試みるも、体が動かない。いや、さっきと同じだ。動かし方が分からない。
そうこうしている内に、どんどんと引きずり込まれていくのが分かる。視線の先にあった光が、小さくなっていく。
(くッ…離せ…離すんだ…!)
有りっ丈の思いをぶつけ、抵抗する。だがその思いも空しく、更に掴む手が増える。
そしてそれは…明らかにこちらに対し悪意を持っている。
(あ…あ…)
光が遠ざかる。抵抗する事も出来ず、ただその光景を見つめるしかなかった。
そして、唯一の光が点となり…消えた。辺りはただ絶対的な闇。何も見えないはずなのに、何かが蠢くのが見えた気がした。
気が付けば、掴まれていた感触が消えている。暫くはその闇に放たれ、彷徨うのみだったが。
(うぐッ…!?)
突如、不快感と激痛が体中を駆け巡り、全身が悲鳴を上げる。。
(な、何だ…ぐッ、こ、これは…!)
まるで何かが這い回るような感触。それを止める術もなく、ただひたすらその感触を味わわされる。
そして、激痛。体に噛み付く何か。そして…
(あぁ…あぁあ…あぁあぁあ!!)
体の中に、何かが入り込んでくる。
それはとてつもない苦痛と、不快感を煽り、そして、魂をも食い尽くさんとする勢いだった。
(あぎッ…がぁッ! や、やめろ、やめるんだ…!)
自分という『存在』そのものを喰われる。そう例えるのが一番だろう。何かが入り込む度、自分自身が壊れていく。
(いやだ…やめ…やめて、くれ…)
どんなに願っても、願わない叶い。ただただそれを受け入れるしかなく、自分が消えるのを感じ続けさせられた。
「…シテ…」
(!?)
激痛に苦しむ中、再びあの声が聞こえた。今度はすぐ近くで。
身体中を巡る不快な感覚に、先程感じた掴む手を感じる。二つの手が、力を込めてくる。
(だ、誰…!? ぐ、ぐああああーーーッ!!!)
今までとは比べ物にならない痛み。全身が引き裂かれそうな痛み。それは、全身からくる痛みをかき消す程だった。
(ひ、ひぎいぃぃーーッ!!??)
声が出せたのならば、それは耳を劈く様な叫びだったろう。意識が飛びそうになるほどの痛みだったが、それも叶わず。
(あ・・・ああ・・・な、何かが入って・・・)
この感覚は、つい最近感じた気がする。 …いや、それとは比べ物にならない。
耐える事すらままならない痛みと、心を蝕む感覚が、全てを奪っていく。
もうこのまま、自分は消えてしまうんじゃないか、そう、諦めそうになった時だった。
(あ・・・?)
目の前に、ゆらゆら動く、光。点となって消えた光。それがいつの間にか戻っていた。
(いや違う、これは…)
その光は、目の前で光り輝いていた。さっきの光とは別物だ。それに、この光に照らされていると、痛みが和らぐ気がする。
尚揺れ動く光。だが徐々に、その動きが意思を持ったかのように動き始めた。
(…?)
ぐにゃぐにゃと形を変える光。光というよりは発光する物質にも思えたが、その動きが収まり始めると…
(これは…!?)
光は『手』となり、自分に対し差し伸べられていた。光る手が、自分を誘わんとする。
それに答えるために手を差し出そうとするも、やはり手が動かない。
そして、自分を襲う『何か』もそれに気付き、更に激しく侵食を進めてきた。
(ぐぅ…! 手が…手を…!!)
目の前にある希望。目の前にあるのに、届かない希望。痛みに必死に抗い、そして願っていると…
(!!)
ふわりと、手が動いた。いや、これが自分の手である実感はなかったが、それでもその手を、光る手へと差し出す。
そして、がっちりと握り合う。それを確認すると、今度はその手が元来た方向へと引き上げる。
徐々に昇ると、一つ、また一つと痛みが抜けていく。抵抗を強める『何か』だったが、握り合う手の方が強く結ばれていた。
光る手の向こう、消えていた水面のような光が再び顔を現す。そして確信した。

(助かった…)

_/_/_/_/_/Chapter.9-2_/_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/_/_/邂逅_/_/_/_/_/_/_/

まだ『何か』はこびり付く様に身体を覆っていたが、手が光の方へと持ち上げていくほど、それは闇へと還っていった。

辺りが完全な闇から、徐々に光差し込む闇へと変わる。もう、痛みは殆ど消え去っていた。
(温かい…)
握る手から、温もりが伝わってくる。よく見ると、無骨な手だったが、家族を守るために酷使された、父親の様な手。
もう、身体に纏わりつく感触は何もない…そう思ったのだが、まだ、大きな塊が引っ付いているのを感じる。
(何だ?)
もう自身に触れるのはその塊だけ。そしてそれは、今まで苦痛を与えていた感触と違い…小さな、手だった。
(あっ…)
それに気をとられた瞬間、光の手を離してしまった。そして光の手はそのまま、自分から遠ざかって行った。
辺りは、初めに目を覚ました時より明るく、まさに海の中にいるかのようだった。
そこに、自分と、その『何か』だけが漂う。それ以外は、何もない世界。
(…! 手が…)
気付けば、体が動く。頭を動かせる。目線を動かせる。そう分かると直ぐに、その何かへと目をやる。
『それ』は自分の足に引っ付いていた。先程までいた闇の如く真っ黒な塊。だがそれは、表面上のものでしかないと理解した。
自由に動くようになった手で、その塊に触れる。一瞬それがビクッと動き、躊躇ったが、再度に手を伸ばす。
黒い塊に触れると、それだけで崩壊し始めた。触れるだけでぽろぽろと剥がれ落ち、中身を徐々に曝け出す。
(これ…は…)
最初に払った所から、紫色の何かが顔を覗かせる。更に払うと、徐々に全容を現す。
薄緑色の中身が見える。外側に手をやると、中から透き通った膜が、枝のような物に張られているのが見えた。
(…)
もうそれが何であるか理解した。だがまずは、全てを取り除かないといけない気がした。
自分に触れている部分に触れると、小さな小さな腕が現れ、しっかりと腿に抱きついている。
半分ほど払いのけると、残りは自然と剥がれ落ち、中の存在をあらわにした。
紫の髪に、薄緑色の肌。枝の様に見えたそれは、虫の羽、それだった。
自分は、この存在を知っている。そして、それが何を訴えかけていたのかも、理解っている。
暫く見つめていたが、意を決して声を掛ける。

「…クィーン」

声を掛けるも、返事はない。
ゆっくりと、手で優しく頭を撫でる。ビクッと反応する少女。サラサラな髪は、まるで絹の様だ。
暫くそうしていると、漸くその子が顔を上げた。見覚えのある顔。この体になって初めて見た、幼いクィーンの顔。
赤い瞳は凛とこちらを見据えてはいるものの、泣きそうになるのを必死に堪えてもいた。
見つめ合う二人のクィーン。先に口を開いたのは、幼いクィーンだった。
「…カエ…シテ…」
「…」
その声は、自分をこの場に呼び寄せた声。 …幼きクィーンの、心の声。
分かっていた。この子が何を言わんとしていたのか。
故意ではないにせよ、彼女から肉体を、そして生を奪ってしまったのだから。
「カエ…シテ。ネェ…カエシテ…」
彼女の単純にして唯一絶対の願い。マリーンは…マゼランはその言葉に、心を突き刺される。
初めは、たかが蟻のモンスターの集団だ、そう思っていた。
だが、自身がその立場となり、ムウラと語る内、彼らは彼らなりの苦悩をもち、そして彼らなりに生きていると思い知らされた。
結局の所彼らの行動は、生きる為にとった必然の行為なのだ。
餌を求め狩りをして、縄張りを守るため戦って。それがたまたま人間で、自分がその場に出くわしてしまった、ただそれだけなのだ。
だからといって、それを受け入れる気もない。あのままであれば、サバンナの人々はやがて歴史から消え去ってしまっていただろう。
自分の行為が正しいかなんて事、誰にも分からないのだから。
だが、クィーンにしてみれば、余りにも酷な事だったろう。前女王が恨みをこめて皇帝だった自分につけた、最後の希望。
生まれながらにして皇帝を屠る事を決定付けられていたのに、その皇帝に肉体を奪われ、自分は暗い心の奥底に閉じ込められる。
目の前の少女が耐えられるような出来事ではない。
それに…薄々気付いてはいた。心の奥底でずっと眠っている『誰か』の存在を。
きっとこの子には、自分が今までしてきた喜怒哀楽が全て伝わっていたはずだ。
この姿の、子供の心のまま、ずっとずっと自分の感情を自身の意思とは無関係に受け続けた彼女が、どれ程苦しんでいたのだろう。
彼女の表情が、それを物語っていた。握り締める彼女の腕が、その辛さを物語っていた。
そんな彼女にかける言葉が見つからない。彼女の願いを叶える事も、出来ない。
グッと、目を瞑り俯く。そして、そっと両手で彼女の肩に手をかける。
「…ゴメン、ね…」
精一杯に振絞った一言は、月並みなものでしかなかった。その言葉だけで片付けられる事ではないのは分かってはいるが…
足にしがみついていたクィーンが、その拘束を緩めた。手を離してその場に漂い始める。
「あっ…ダメッ!!」
ギュッと、抱きしめた。その子が、闇の中へと消えてしまいそうだったから。
「ゴメンね、ゴメンね…貴方の願いは、叶えてあげられない…」
「…」
少女は俯いたまま、ただじっとしていた。その光景は、子供を悲しませんとする、母親の姿だった。
「ワタシ…」
「?」
「ワタシハ…クィーン、ナノ…ミンナガ…ワタシヲマッテルノ…」
「…あぁッ…!!」
彼女は…敵を目の前にしながらも、自分の子供達を案じていた。彼女は生まれた時からその義務があるのだ。
クィーンを突き動かす、ただ唯一の想い。全てのタームから託された、種の存続という大仕事。
どうする事も出来ない。どうしようもない。ただひたすらに、彼女を抱きしめて謝るしかなかった。
「私は、貴方を…許してとは言わない。でも、分かって…私にも、守るものが…」
「…」
心が引き裂かれそうだ。自分はどうしたらいい? ああするしかなかった? 今更後悔しても当に遅いのは百も承知だ。
そうこう葛藤していると…
「!?」
クィーンの体が、徐々に消えようとしていた。願いが叶わぬと悟り、心が折れたかのように。
「だ、ダメッ…ダメよッ! あぁ…私は…私は…!!」
みるみるうちに崩れ、消えゆくクィーン。抱きしめていた体が、スッと消え、腕が虚空を掬うように動く。
「貴方が諦めたら、私は、私は…!」
「…」
クィーンの表情が見えない。残る頭を引き寄せ、抱きしめた。
「…私は、貴方で、アナタは、ワタシ…どちらが欠けても、ダメなのよ…」
「…」
「辛い思いをさせてゴメンね…でも私には、仕方なかったとしか言えない。そういう、存在だから…」
「…」
必死に抱きしめるクィーンの頭は…消えなかった。何かを待っているかのように。
暫しの沈黙。より一層強く抱きしめ、言い放った。
「私は…幾つもの魂の上に成り立つ存在…だから、貴方も受け入れる。例え自分がなくなっても、貴方は私で、アナタはワタシ」
「…」
「だから…戻って…お願い…」
再び静寂が訪れたが、それを破ったのは、音ではなく、抱きしめ返される感触だった。
「…クィーン?」
「ミンナヲ…オネガイ…」
「…えぇ…」
仄暗い中、たゆたう二人。母と子が互いを感じながら眠りにつくように。
目を閉じ、お互いの温もりを感じあう二人だったが、パァッとクィーンの体が光ると…無数の光となって、霧散した。
その光がマリーンを包むと、マリーンは、夢の中で再び眠りについた。

(…ワタシ、は…)

_/_/_/_/_/Chapter.10-1_/_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/_/目覚め_/_/_/_/_/_/_/_/

夜も更け、街に静寂が訪れる。

マリーンが目覚めるのを、ただひたすら待ち続けたクロウ。
行為をし終えた後、ベッドの脇で彼女が目覚めるのを待っていたのだが…
「うッ…」
マリーンの皮膚が変質し、硬くなっていくのが見えた。
流石にその変化を見届けるのが辛くなり、着替えを持って部屋から出たクロウ。
体を拭き、食事を済ませたりと時間を潰して部屋に戻ると、そこにはマリーンではなく、大きな蛹がベッドの上に鎮座していた。
そしてまた、ベッドの脇に腰掛け、待つ。ひたすら待った。夜の闇が更に深まり、月明かりが煌々と照らす中、クロウは待ち続けた。
「…これで、良かったんだよな…」
自身に投げかけるも、その答えは出ず、ただ考えがぐるぐると頭の中を堂々巡りするだけだった。
暫くそうやって葛藤していると、後ろから妙な音がする。
「!」
慌てて振り返ると、殻の上部にひびが入り、そして…中から、その身を液体で濡らした一人の妖艶な美女が、姿を現した。

その光景に見とれるクロウ。最後に見た姿は、自分より若く見えたが、今は少し年上に…大人びて見える。
天を仰ぎ、その後自分の手を見つめていた彼女が、こちらを見た。前例があるだけに、身構えたが…
「…クロウ」
「マリーン…大丈夫、なのかい?」
「えぇ。とっても、良いわ」
そういって微笑みかけるマリーンに、あの時みせた獣のような雰囲気は微塵も感じられなかった。
ゆっくりと立ち上がるマリーン。勿論文字通り生まれたままの姿だ。マリーンはそれを隠そうともせず、ベッドから降りた。
そして、髪が吸った水を払うように、髪をかきあげると、その美しさが一層映える。目が離せない。
「わわわッ!」
あれだけ見たというのに、やはりその美しさは目に毒だ。慌てて目を逸らす。
「あ! えとマリーン、その…!」
慌てふためくクロウに対し、マリーンは落ち着いた様子で語りかけた。
「クロウ、何か拭くもの、ある?」
「えっ!? あっ、うん! ちょ、ちょっと待ってて!」
そう言ってクロウは、後ろの戸棚を開けて、中の物を探り始めた。
そんなクロウを、見つめるマリーン。しかし直ぐに、音もなくクロウの背後へと近づいた。そして…
「あれッ、えっと…この辺に…」
目当ての物が見つからず、こちらに気付かないクロウの首に、手を、伸ばす。
「あぁマリーン、あったよ… !?」

振り向いたクロウを待っていたのは…マリーンの抱擁だった。
「マッ、マリーン…?」
「クロウ、ありがとう…そして、ゴメンね…」
手にしたタオルを床に落とし、目を丸くするクロウ。何故感謝と謝罪をされたのか解らないが、抱きしめ返す事で応える。
「お帰り、マリーン」
クロウが思いを込めた一言を放つと、マリーンは更にギュッと抱きしめた。
心地良い抱擁に、クロウは心が安らいだ気分になったが…
「あ、あの…マリーン…?」
「なぁに?」
「ええっとその…胸とかがね、あの…」
マリーンの大きな胸が押し当てられ、彼女の香りが直に漂えば、男として反応せざるを得なかった。
「ウフフ、あんなに愛し合ったのに、クロウったら初心ね♥」
「あはは…」
乾いた笑いで応えると、漸くクロウから離れるマリーン。クロウの手から滑り落ちたタオルを拾うと、前を隠す…が。
「うゎぁ…」
タオルの幅が絶対的に足りない。両脇から見える胸は、さらけ出されているよりも扇情的だった。
「クロウ、お願いがあるの」
「えッ!? あッハイ! 何?」
見蕩れていた事を取り繕うクロウ。マリーンは気にせず続けた。
「皆に…貴方の仲間、シティシーフ達に招集はかけられる?」
「! それって、まさか…」
「えぇ、私は…私を取り戻した。もう大丈夫、貴方のおかげよ」
そうやってクロウに話すマリーンからは、全てを見据えた王者の様なオーラが感じられた。
その様子に、クロウは緩んだ気持ちをシャキッと正し、答えた。
「少し時間は掛かるけど…緊急用の、召集術具を持っている仲間がいるから、そいつに頼めば…」
「それじゃあクロウ、これから言う事を皆に伝えて」
そう言ってクロウに耳打ちする。
「…わ、解った。けどマリーン、何故そんな遅くに召集を…?」
「行く所が、あるから。行かなければならない所があるから」
「そ、そう…分かった、なら何も言わない。君を信じよう」
「…ありがとう」
そしてクロウは、部屋を駆け出していった。マリーンはその姿を見送ると、その場に暫く佇む。
自分の手を見つめ、その手を胸にあてる。目を閉じて、何かを思うように俯く。
「…これで…良かったの…私にとっても、『ワタシ』にとっても」
そう言って、ベッドにまだ置かれたままの自分の蛹を見つめる。
破損部分が軽微で、彫像の様な先程までの自分の顔が確認できた。今の顔よりも、幼さの残る顔。
「…」
暫く見つめていたマリーンだったが、手にしたタオルで軽く体と髪を拭くと、脱ぎ捨てられたアバロンの聖衣を拾いあげ、着込む。
「『スシータ』」
ローブが言葉に反応し、姿を変える。体が成長しても、それに合わせる様に聖衣は変化した。
身を包むアバロンの聖衣が、心なしかマリーンの変化を感じ取るようにざわつく。それに応えるように、マリーンは呟いた。
「…私は、マリーン。タームの女王にして、アバロンの皇帝。その座を、返して貰うわよ」
キッと目を見据え、マントを翻して部屋を出るマリーン。

残された殻は、眠るかのごとく、ひっそりと部屋に鎮座していた。

_/_/_/_/_/Chapter.10-2_/_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/女王の帰還_/_/_/_/_/_/

クロウの部屋を後にしたマリーンは、一路地下墓地へと向かった。

散々迷った地下水道が、まるで地図でも見ているかの如くその全貌を把握できる。
驚きはしない。これも、地下に生きる者にが持つ至って普通の能力なのだから。
見張りの兵を見かける事もなかった。あんなに追い掛け回されていたのが嘘のようだ。
「…」
目的地に到着したマリーン。そこは、あの地下墓地への入口だった。そこに歩を進める。
相変わらず黴臭さい場所だったが、ここから始まり、また此処へと戻ってきた事にほくそえむ。
あの水場へと歩み寄る。水は静寂を湛え、鏡としてマリーンの姿を映す。その姿を、じっと見つめる。
「…」
暫く感傷に耽っていたマリーンが、キッと背筋を伸ばし、声を張り上げた。
「…ムウラ!」
その声が洞窟内に反響する。何も起こらないように見えたが、直ぐにズズズと、墓石の一つが動いた。
勿論、呼ばれた対象である、ムウラだった。
「…お呼びですか?」
その声に踵を返し、対峙する。ムウラは一瞬ハッとした顔をしたが、直ぐに体裁を整えた。
「既に覚悟を決め終えた、ようですね」
確かに箴言はしたものの、よもやこれほど早く行うとは…少し呆れた様子なムウラだったが。
「…あの時はごめんなさいね、ムウラ。貴方の呼びかけに応じられなくて」
「…?」
突然の謝罪の言葉に、目を丸くする。
「それでも献身的に私を見守ってくれた事、感謝するわ」
「ま、まさか…」
ムウラがいつに無く慌てだす。手を震わせ、祈るように言葉を続けた。
「女、女王様なのですか!?」
「…えぇ」
また皇帝の演技ではないかと疑いもしたが、その佇まいと、醸し出るオーラ。そして、女王と自分しか知らないはずの記憶。
「お、おぉ…」
感動を隠しきれず、らしくない表情を見せるムウラ。
「くゥゥ…! その身を皇帝に明け渡しながらも、取り返す機会をただじっと待たれていたとは…! 流石でございます!!」
「…」
「そして皇帝を内から惑わし、その存在を乗っ取るとは…! 真素晴らしいお考えです!!」
オイオイと泣きながら捲くし立てるムウラ。余程嬉しかったのか、すっかり以前の調子で話してくる。
「そ、そうです! これを機にアバロンも滅ぼし、過去と完全に決着をつけ…」
「ムウラ、落ち着いて」
興奮冷めやらぬムウラを窘める。ムウラは漸く自分が有頂天になっていた事に気付き、ハッとして身を引き、畏まる。
「も、申し訳ございません! 私とした事が、余りの嬉しさに、つい…」
「喜んでいるところ、申し訳ないのだけれども…」
再びキョトンとするムウラ。
「…確かに、私は女王としての記憶を取り戻した。でも、私はもう貴方の知る女王とも違うのよ」
「…? い、一体何を仰って…」
「私は女王であり、皇帝でもある。私は、マリーンという一存在、なの」
「???」
ムウラが解せないのも致し方ない。なにせ、自分ですらまだよくは解っていないのだから。
「女王の記憶と、皇帝の記憶が混ざり合って、私は『私』となったの。だから、貴方の知る女王は、もういない」
「そ、そんな…」
未だに納得のいかないムウラだったが、「もういない」という言葉に愕然とし、肩を落とす。
「こ…皇帝か…! 皇帝がまた私を誑かしているのか…!」
頭が整わず、極論に走るムウラ。羽を広げ、刃を立て、今にも襲い掛からんとする体制をとったが…
「ムウラ! 慎みなさい!!」
「…! は、ハッ!!」
マリーンの一喝で、その場に跪くムウラ。
「…貴方が嘆き悲しむのも無理はない。けれど、これは事実よ、ムウラ」
「…」
ムウラは跪きながら、今の出来事を思い返していた。言葉ではない、これは、この抗えない感情は…
「女、女王様…貴方は確かに、女王様だ…!」
まだ生まれて間もない頃、若気の至りで先々代の女王を怒らせてしまった事。そしてその時の女王の怒りを思い出す。
間違いない、この方は、女王様だ。ムウラは俯きながら、はっきりと確信した。
「し、しかし一体何故このような事に…」
「必然、だったのかもしれない。女王にとっても、皇帝にとっても」
マリーンは遠くを見つめ返答したが、その答えが正しいとは思ってはいなかった。
ふぅ、と一つ溜息をついたマリーンは、再びムウラに対峙し、目的を告げた。
「帰るわよ、ムウラ」
「!?」
更に突拍子もない事を言われ、驚くムウラ。
「か、帰るといいますと…」
「何を言っているの。私達が帰る場所は、一つしかないじゃない。地下の、皆が待つ巣よ」
ムウラは理解しようと努めた。女王様ではないと言いながら、女王様のようなお考えをなされ、立ち振る舞う目の前の女王様。
「も、勿論構いませぬが…アバロンは?」
「そのアバロンのためよ。明日、こちらの仲間が処刑される。それまでに行動を起こす必要がある」
女王が告げる『仲間』。それは皇帝の言葉。ムウラは益々混乱しそうになるのを不要な情報を切り捨てる事で保った。
「つ、つまりそれは…我々タームを借り出しての作戦、なのですか?」
「えぇ。今のアバロンに立ち向かうには、利用できるものは全て利用する覚悟を決めなければ。そのための、貴方達でしょう?」
「で、ですが…」
この言葉が女王様のものなのか、皇帝のものなのか。自分だけならまだしも、地下で待つ皆を巻き込むとなると…
考え込むムウラに、マリーンは一言告げる。
「…ムウラ、そんなに悩むのなら、貴方はこう考えて行動しなさい」
「は?」
「女王が、皇帝のアバロンを奪い取り、その実権を握る。人間とターム、その両方に君臨する存在となる、と」
マリーンの言葉には重みがあった。ただの夢物語で終わらせないという、覚悟が感じられた。
「う、それは…とはいえ…」
揺らぐムウラ。確かにそう考えれば、タームとしても余計な問題を抱えずに済む、が…
「ムウラ、時間がない。今は私を信じなさい。それとも貴方は女王に背くとでも言うの?」
「そ、そんな滅相もない!」
「では、直ぐに行きましょう。伝え終え次第、また戻ってこなくてはいけないのだから」
そういうとムウラを待たずして墓へと入っていくマリーン。その後姿に迷いはなく、女王の威厳を感じられた。
「何をしているのムウラ、行くわよ」
「は、ハッ!」
墓石を閉じ、マリーンの後に続くムウラ。
悩み続けたムウラだったが、先程の女王の一喝の余韻が、ムウラの心に染み渡り、平静さを呼び戻した。

一路巣へと戻る間も、ムウラは目の前の人物が女王である事を実感させられた。
ただ記憶を頼りにするだけでは、こうもこの広大な巣を、なんの迷いもなしに突き進む事なんて出来ない。
ましてや、片道だけの記憶では余計に不可能である。疑念を拭えなかったムウラも、流石に信じざるをえなかった。
…ただ、あの時エスコートしていた自分が、今は逆にエスコートされている。それは執事として、少し悲しくもあり。
一度も迷うことなく、二人はターム達の下へと帰還した。
その姿を、一匹のタームが確認すると、わなわなと震え、持っていた土を落とした。
「ジョ…ジョオウサマ…」
「ただいま」
軽く会釈するマリーンに対し、そのタームは畏れ慄きながら叫んだ。
「ジョオウサマガオモドリニナッタ、オモドリニナッタゾー!」
辺りに響き渡らせるように、そのタームが声を張り上げた。すると次々と、ターム達が現れた。
「オォ、ジョオウサマ!」「ヨクゾゴブジデ!」「オマチシテオリマシタ!」「キャージョオウサマー!」
各々言いたいように捲くし立てるため、巣の中が一気に騒がしくなる。
「えぇい皆の者静まれッ! この後、女王様から大事なお話しがある! 各自女王様の間へ集合するよう伝えよ!」
ムウラが間に入り、ターム達を窘める。そのムウラの言葉に散り散りになっていくターム達。
「…もう後には戻れませんぞ?」
ムウラは念のため、『皇帝』に告げた。それをマリーンは『皇帝』として返した。
「分かっている。ありがとう、ムウラ」
「…私の、役目ですので」
ムウラが目を背けた。
「う、うぅむ…何と言うかこれは…なんとも…」
「ムウラ?」
「は、ハイ! 何で御座いますか!?」
ムウラの様子がおかしい。 …照れている?
「…皆に召集をかけたのならば、我々が先んじて行かなければいけないでしょう?」
「そ、そうですね…参りましょう」
妙にドギマギしながら、ムウラは女王の間へとマリーンを先導する。
(う…うむ…何というか慣れないな、コレは…)
ムウラの中である感情が渦巻いていた。他者に、優しくされるという感情。
(今の女王様に話しかけられると…何故こうも気持ちが揺れ動くのだ…?)
ムウラは味わった事のない感情に自分を見失いそうになっていた。
(…思えば、女王様は絶対で、我々にとって手の届かぬ存在。
それは女王様も自覚されていて、我々に労いの言葉は下さるも、決してそこにこんな感情になる事はなかった…)
ムウラはチラリとマリーンに目をやる。醸し出すオーラは正に女王のそれであったが、全女王とはまた違うオーラだった。
(これが、『結果』なのか…)
人間臭さを取り込んだ女王。まるで、母親のような優しさを湛えていた。
もやもやが取れないムウラに、マリーンが声を掛ける。
「ムウラ?」
「ハッ、ハ…グフッ!?」
声を掛けられ、振り向いたところで何かにぶつかり、思わず声を上げる。
「…何を、しているの?」
考えすぎて知恵熱の取れないムウラを、土壁が叩いて冷やした。

マリーンの生まれた場所。ターム達が女王の間と呼ぶ場所が、あの時の様にターム達でごった返していた。
ムウラの召集から僅かしか経っていないというのに、既に巣の殆どのターム達が集まっているようだ。
ターム達は一様にざわめき、クィーンの登場を今か今かと心待ちにしていた。
そんな彼らの前に、ムウラが躍り出た。 …顔に少し泥をつけて。
「皆の者! 女王様が地上の視察を終え、今後の方針を語られる! 心して聞くように!」
ムウラの一声で、あれだけ響いていた洞窟内に静寂が訪れた。ムウラはマリーンに顔を向けると、頷いて呼び出した。
その合図と共に、マリーンが洞窟内に現れると、再びどよめき。
(オォ、ジョオウサマ、リッパニナラレタ)(ステキデス…ジョオウサマ)
そんなターム達の声が聞こえる。 …やはり、この扱いが心地良い。何せ250年もお預けだったのだから。
マリーンの目の前に、自分が生まれ出た殻が今なお鎮座していた。
最初はこの体だった時の記憶はないが、クィーンの記憶が読めるようになると、今の体との差を感じ、何ともいえない感覚だ。
その殻の上へと飛び乗ると、中は既に硬化しており、丁度良い台となっていた。
目の前を見つめる。沢山のタームの目がこちらを見つめ返している。その光景に、もう恐怖は感じない。
マリーンはすぅっと息を吸い込むと、声を張り上げて演説を始めた。
「…よく聞け! 我が子等よ! これより私が地上で見聞した事と、これからの行動を伝えよう!」
ターム達はそのマリーンの言葉に聞き入るように、パタリと静まり返った。
「まず…我らの宿敵、皇帝だが…知っての通り、人間の寿命は我らより短く、母の敵の皇帝は既にいない」
ムウラがピクリと反応する。
「そのため、現皇帝…クオンという皇帝がその対象だが…奴の政治は、既に人心から見放されている。
そのため、手を下さずともいずれ奴は自ら滅ぶだろう」
(ナント!)(バカナヤツダ!)(コウテイモチニオチタナ!)
ターム達がざわめく。それをムウラが嗜め、マリーンは続けた。
「勿論、それを黙って指を咥えて見る、などと言う愚行は有り得ない。私の手で、必ずその首を討ち取る!」
二つの意志が、その言葉を紡ぐ。
「ジョオウサマ! デハ、ツイニソウリョクセンデスカ!」
一匹のタームが興奮冷めやらぬ様子で聞いてきた。ムウラがキッとそのタームを一瞥すると、スゴスゴと引っ込む。
「…そうだ、と言いたいところだが、私はその状況にある事を思いついた…アバロンを、我が手中に収める、というものだ」
どよめきだつターム達。
「今のアバロンの人間は皇帝に不満を持っている…そこに、救世主が現れれば、どうだ? …人心は、何処につく?」
ターム達に対して『受け』の良い言葉をドンドンと繰り出すマリーン。彼らを騙すようだが、マリーンはグッと堪えた。
一方、そのターム達は今の言葉に驚きを隠せなかった。
「勿論一筋縄ではいかない。そのためには、皆の力と、そして…」
そう言って、天井を指差すマリーン。釣られて天井を見上げるターム達。
「アバロンの人間との連携が必要だ」
動揺を隠せないターム達。ムウラも、少し驚いた表情を見せる。
「ジョ、ジョオウサマ! イッタイナゼソノヨウナマワリクドイコトヲ…!?」
流石に耐え切れなかったのか、声が上がる。
「アバロンの解放は、あくまで彼らの手で行わさせなくてはならない。それに、アバロンは兎も角、宮殿の守りが強固だ。
これを削ぐ方法として、皆の力を貸して欲しい」
マリーンは最後の言葉を、命令としてではなく、頼みとして投げかけた。
その事にターム達が互いに顔を見合わせる。ムウラの挙動不審な点を見て、もしやと思ったが…やはり…
最初はヒソヒソ声が辺りから起こったが、やがてターム達が頷き始め、こちらに視線を送る。そして…
「ワレラタームハ、ジョオウサマトアリ!!」 「「「ジョオウサマトアリ!!」」」
その声と共に、歓声が湧き起こった。 …が、相変わらず洞窟内だと響いて五月蝿い。
マリーンはそれを我慢しながら、更に声を張り上げ、伝えた。
「ではこれより、作戦の内容を伝える! 皆、心して聞くように! まずは…」
マリーンは作戦の全貌をターム達に伝え、そして、その戦いに赴くタームを募った。
滞りなく事が進み、ターム達は準備の為、方々に散って行った。

準備の為にターム達がいなくなった女王の間に、残ったムウラとマリーンが、対峙するように向かい合っていた。
「…我々を買被り過ぎてはいませんか?」
マリーンが伝えた作戦に、疑問を持つムウラ。マリーンはそれを、黙って聞く。
「…そうね。でも、得た情報と照らし合わせると、これが最も成功率は高い」
「それはあくまで机上論にしか過ぎない。犠牲は、お嫌いなのでは?」
ムウラに痛いところを突かれるが、マリーンは動じなかった。
「…もう、それを気にしている時間もないの。それに、貴方達を信じているから」
「勿論です。ですが私が気になるのは、人間達の方です。万人が万人そううまくいく筈が…」
「そこは私の力量ね。だけど、うまくいく。そう、私にはその『力』があるから」
そう言って、胸に手をあてるマリーン。
「そう。だからそのために今度は、また地上へと戻らなきゃ」
「…分かりました。貴方がそう仰るのならば、私は事の成り行きをただ見届けるだけです」
ムウラはこれ以上言っても聞かないと判断し、渋々快諾した。
「ありがとう、ムウラ」
「! …わ、私はこの後バトラー長達と細かい指針をします故、遅れてはせ参じます。
…帰還の様子を見るに、戻る…いや、地上に出る道も既に理解っているのでしょう?」
「えぇ、大丈夫よ。それじゃ、また地下墓地で会いましょう。待ってるわ、ムウラ」

別れを告げ、再び地上へと戻るマリーン。ムウラはそれを、複雑な面持ちで見送った。

_/_/_/_/_/Chapter.10-3_/_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/皇帝の帰還_/_/_/_/_/_/

―――アバロン、地下水道。

クロウはマリーンに言われた場所で、彼女を待っていた。
一体、何処へ何をしに行ったのだろう…このまま、帰って来ないんじゃないか。
待てども来ない彼女に不安が募り始めた頃だった。
「お待たせ、クロウ」
「! マリーン! 遅かったじゃないか、一体何処に行って…」
「それはこの後話すわ。それより、皆は集まってくれた?」
「あ、あぁ。深夜だから集まらないかと思ったけど…皆、明日の事で藁にも縋る思いなのさ…」
そう言ってクロウは一枚の紙を差し出した。それは術式を施した手紙で、ぼんやりとした光が紙全体から放たれていた。
「各地区長は揃っている。後は僕らだけだ。行こう、マリーン」
マリーンをエスコートする様に駆け出すクロウ。マリーンは、そんなクロウの背中を見つめながら後に続いた。
「クロウ! 皆を呼びつけておいて一体何をしに…? おい、誰だその女性は?」
ギルドの扉が合言葉と共に開かれると、屈強な男が待ちくたびれた様子で怒鳴り散らしてきた。
「す、済まない…彼女と待ち合わせていたんだ」
身を潜めるように静まり返っていた室内に、どよめきが走る。無理もない、この状況で見知らぬ女を連れ込んできたのだから。
「おいクロウ! こりゃ一体どういう了見だ? お前の言う『切り札』ってのはその女なのか?」
数人に詰め寄られるクロウ。クロウが説明しようにも、口を開いただけでも殴られそうな一触即発の状態だった。
マリーンは、静かな足取りでそこに割って入っていた。勿論、それを黙って受け入れないその男。
「ネーちゃん、おりゃクロウと話をしているんだ、邪魔をしないでもらおうか?」
「…お止め下さい。クロウには何の非もありませんから。私から、説明させて頂きます」
「はいそうですか…って聞けるわけないんだよ…! 第一、部外者だろアンタは…!」
外見通り、どうにも血の気の多い男のようだ。今にもマリーンに掴みかかりそうだ。
「それに…アンタ、俺らの顔を見たな、このまま帰す訳にもいかなくなってるんだがな…」
凄みを利かせ、脅しをかける男。マリーンは目を合わさず話を聞いていたが、その言葉にキッと、目を配らせた。
「…!?」
詰め寄っていた男がヨタヨタと後ずさる。何が起こったかわからず、ポカンと口を開ける男。
「…まずは、私の話を聞いてください。処分は、それからでも良いでしょう?」
再び目をやる。男は漸く自分の状況に気付き、怒りを込めて立ち上がろうとしたが、それを周りの数人が取り押さえた。
「放せこのッ…!」
「やめんしゃい! 今はうちらで争っている場合じゃないでッしゃろ!!」
小太りの男が屈強な男を窘める。暫く暴れる事をやめなかったが、観念したのかドカッと椅子に座り、不貞腐れた。
「はぁ…全く…で、あんさんは何モンや? 本当にクロウの言っとった『切り札』なんですかい?」
『切り札』、ねぇ…チラリとクロウに目をやると、バツが悪そうにしているクロウが見えた。
「まぁ、そんなところです。私はマリーン。 …元、アバロンの者です」
「元?」
妙な物言いに怪訝な顔をする小太りの男。周りの人々も、少しざわついている。
「元、というのは…私は、皇帝の直系に当たる人物、だからです」
「!?」
ドヨッと、ざわめきが大きくなる。
「こ、皇帝てアンさん…」
小太りの男が少し身構えながら聞き返してくる。
「皇帝、と言っても勿論、ボークンやクオンではありません。それよりも前の、バレンヌ第四代皇帝…マゼランの子孫に当たります」
「!?」
ざわめきが一気に大きくなる。クロウがそれを咎め、皆ハッとして声量を下げた。そして、マリーンに疑問の目を送る。
…嘘でもあれば、嘘でもない嘘。『血』の繋がりはないが、『記憶』の繋がりがある。
マリーンは動じることなく、話を続けた。
「先帝マゼランは、旅の途中で敗れ、帰らぬ者となりました…以降の皇帝が、やけに内政のみに力を注いだのは、ご存知でしょう?
それはその代から皇帝を『影武者』で補っていたからです」
「そ、そんな話…信じられますかいな!」
いきなりの告げられた事実を受け止められるはずもなく、シティシーフ達の警戒は解かれない。
「そ、それなら何故血筋の人間がここに? おかしいじゃないか!」
その言葉を端に、同意の声があげられる。マリーンはただ静かに、佇む。
「マゼランには実は子供がいたのです。ですがその子はアバロンで生まれたわけではなかった。
仮にアバロンに生を受けたとしても皇帝になるには幼すぎ、また他の跡継ぎも語られないまま、マゼランは逝った…」
マリーンの言葉の重みに、皆静まり返る。
「その事態に当時のアバロン士官達は、代理を立てる事でマゼランを『待った』。 …二度と帰らないと知らずに」
皆、黙って聞いていた。クロウも、壁に寄りかかりながら。
「月日は流れ、帰らぬ事が分かりながらも、彼らには代理を立てる他なかった。
マゼランの子は…自分が皇帝の家系だと告げられるも、既に皇帝はいる状態…彼は一人間として生きた」
嘘だ。全て嘘だ。だがマリーンの口から語られるそれは、何故か真実味を帯びていた。そう、させていた。
「そして、ボークン。その事実を知り、アバロンと…私達に毒牙を向けた人物」
「!?」
ボークンの名に、皆動揺する。
「奴は皇帝が代理だと知り、秘密裏に裏に手を回し、皇帝を亡き者にした…そして、私の両親にも」
「そ、そんなことが…?」
「辛くも逃げ延びた両親は、アバロンがボークンの手に落ちるのをただただ見つめるしかなかった…」
グッと、演技に熱を込める。マリーンの予想通り、ボークンの名を持ち出した事で矛先が微妙に逸れた。
「後は…皆さんご存知の通り、ボークンによる圧政が始まった。私の両親も、私を生んだ後…」
俯いて、項垂れる。その様子に皆徐々に心を開いていたが…
「オイオイ、ちょっと待ちなネーちゃん」
あの屈強な男が立ち上がってマリーンの話を制止した。
「まるで全部本当のように語っちゃいるが、証拠がないぜ、証拠が」
男の言葉でまた周囲がざわつく。皆の心が揺らいでいる。
「…そうですね、確かに証拠が必要ですね。それならば、ここに…」
そういって、マリーンは手を皆の前にかざした。その手、その指には…ある指輪がはめられていた。
「あっ…」
クロウがハッとした様子でこちらを見たが、直ぐに何事もなかった様に取り繕った。
その指輪は、シンプルな作りに一つの宝石を咥え込んでいた…その指輪に、クロウは反応した。
そう、クロウが手にしていた、あの『ソーモンの指輪』だった。マリーンはいつの間にか、それを自分の指にはめていた。
「…その指輪が、証拠だって言うんかい?」
「えぇ。これはマゼランが身に付けていた…いえ、それより前の皇帝から受け継がれていた由緒あるものです」
皆しげしげと見つめるが、その証拠にはっきりとした確信がもてないようだった。
「ぬ、ぬぅ…ハクゲン先生がいりゃ、分かるだろうけども…」
ハクゲン。その名が出た事を、マリーンは見逃さなかった。
「…ハクゲンさんには、私もお世話になりました…なのに…なのに…!」
マリーンは再び俯いて、泣く…『素振り』を見せた。
「お、おい…」
流石に不憫に思ったのか、男が近づく。そして、マリーンは…男に抱きつき、懇願した。
「ハクゲンさん…そしてキャットを助けたいと思う気持ちは、私も一緒です!」
そう言って、男の顔を見上げる。男は戸惑った表情を見せたが、「うっ」と小さく呻くと…
「…えぇい! 女の涙にゃ逆らえねぇ! 俺はアンタを信じるぜ!」
急に男が掌を返したようにマリーンについた。その事に喧々囂々し始めるシティシーフ達。
男が皆に詰め寄られている。その様子を見ていたクロウが、マリーンに目配せする。
(マリーン、まさか…)
(えぇ、そのまさかよ)
そんなお互いの声が聞こえたように、クロウは驚き、マリーンは頷いた。
(半ば強引かもしれない…けれど、『この作戦』には絶対的な信頼が必要なの。許してね)
心の中で思いつつ、目の前で自分を弁護する男を見やる。
男は、まるで『操られた』かの様に、皆を説得していた。
その後も暫く、押し問答が続いたが…
「兎に角、話だけでも聞いてやりゃあいいじゃねぇか!」
「…そうは言いますがな、アンさん…」
…キリがない。マリーンは次の手を早める事に決め、男の前に身を乗り出す。
「そう…ですよね。突然のことですし、私も皆様にもっと早く出会っていればよかったのかもしれません…
致し方ありません。皆様の協力無しには、どうしようもありませんので…私は、これで」
「ちょ、ちょっと待ちなはれ! さっきも言うた通り、このまま帰すわけにもいかんのや!!」
小太りの男が詰め寄る。勿論マリーンは、それを待っていた。
「! そう、でしたね…なら、私を殺すのですか? そしてそのまま、明日の出来事をただ黙って見守る、と…」
「!? そ、そうやおまへん、おまへんけど…」
今だ。マリーンは男の手をとり、また『懇願』した。
「なら、せめてお話しだけでも聞いてください! この事は必ず囚われた二人を助け、アバロンを解放へと導きます!」
「! …ま、まぁそこまで言うのなら…」
アレだけ渋っていた男が、急に態度を変えた。
まただ。また、コロリと心変わりをした。クロウは確信した。マリーンは…彼らを『操っている』。
「皆も、それで良いよな!?」
屈強な男の言葉と、小太りの男の言葉で、皆一つの答えに行き着いた。
「ま、まぁ話を聞くくらいなら…」
かかった。マリーンは心の中でそう呟く。

「では、お時間をいただいて…」
そういってマリーンは皆に見える位置についた。これも、準備の一つ。
「皆さんご存知の通り、アバロン国民は圧政に苦しむ状況。でも、何故皆さんは逃げようとしないのですか?」
マリーンの話は疑問を投げかける形で始まったが、一応答えは返ってきた。
「そ、そりゃ最近モンスターが活発で、アバロンから一歩でもでりゃ襲われるから…」
「そう、襲われる。そのせいでアバロンからは出られない…だけど、アバロンにいれば安全ですよね?」
「それが一体何だって言うん…」
「気付きませんか? 幾らなんでも、数が多過ぎる事に。そして、それだけいながらアバロンそのものに脅威がない事を」
勿論、マゼランの時代もモンスターに襲われる人々はいた。
だがアバロン周辺は基本、アバロン兵によって見回りが行われ、少なくともソーモンまでの道は確保されていた。
それなのに、今は出ることすらままならない…
「そ、それは…幾ら最悪な皇帝でも国を失うわけにはいかないだろうし…」
「それに、おかしいとは思いませんか? クロウの様なアバロン国民でない者は襲われず入ってこられる…」
「たまたま運が良かったから…」
「それにしたって多過ぎる。まるで、管理されているとは思いませんか?」
「か、管理って…誰が、何を…! おいまさか…?」
問答を続けていた男が、気付いたようで黙り込む。その男に突きつけるように、マリーンは言葉を投げかけた。
「…クオン、そしてボークンは、モンスターたちを操る『術』を持っている」
「「!?」」
その言葉に動揺を隠せず、ざわざわとどよめきだつ室内。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! そんな事有り得ないだろう!?」
流石に信じられるはずもなく、反論が飛び交う。至って正しい反応だ。
「私も初めは信じられませんでしたが、見つけたのです、その、方法を」
「「!?」」
再びどよめきが起こる。クロウも、その一人として驚いていた。
「失われた術法の中に、それはありました。恐らくボークンはどこかでそれを知り、完成させたのでしょう」
「『ありました』って…まるで知っているような口振りだが…」
「その術方の出所が、私の祖父、そして両親、だからです」
最早どこまで嘘なのか。語っている自分でも分からなくなりつつあったが、マリーンは続けた。
「祖父は探検家でした。祖父は旅の途中でその方法が書かれた書を発見し、その書の解読を始めました」
嘘だ。
「監視されているとは露知らず、解読に明け暮れた祖父が遂に読み解くと、それを待っていたかのように、彼らがやってきた…」
これも嘘。
「父と母も後から解読の手伝いをしていて、その方法を頭の中に入れていた…」
嘘で塗り固めた事を語るマリーンだったが、既にマリーンはある『行動』をとっていた。
こちらを見つめる人々の中には、女性もいた。それを確認したからこそ、マリーンはこんな嘘をついている。
いきなりでは余りにも不自然だから。ゆっくりと、確実に浸透させる。自分の存在を、自分の、『想い』を。
「…そしてその方法は、私にも伝えられた。禁忌の術を知りえるのは、私と、クオンだけ…」
「ちょ、ちょっと待て! つまり何か、アンタもモンスターを操れるってのか!?」
別の男が質問してくる。彼にはまだ『届いて』いないが、流れは確実に良い方向に向いていると分かった。
「…えぇ。ただ、クオンほどではありません。何せ会得する時間が、雲泥の差ですから」
「おい待てよ、って事はアンタはそれを『利用』するってのか!?」
「そうです。私がモンスターを操り、一時的にアバロンを掻き乱し、その隙に救出、及び宮殿侵入を行う」
「! む、無茶苦茶だそんなの!! 第一、安全だという保証が何処にもないだろ!!」
…こればかりは言い返せなかった。その点に関しては、ムウラ達を信じるしかない。
…だが、言い聞かせる。いや、『想い伝える』。
「だからこそ、皆さんの力が必要なのです! 今のアバロンに立ち向かうには、普通では無い力が必要なのです!」
「そッ、それは…そう…だが…!」
「きつい事を言うようですが、クオンに立ち向かおうとして、何度失敗しましたか?」
「!」
「クオンは今も恐らく、術の究明に勤しんでいます。恐らく、益々力をつけ、世界を手中に収めんとするでしょう」
「なん…だと…」
普通に考えれば土台信じられない話。だがその場にいる多くの人間が、心揺れ動いていた。
その様子を見て、マリーンは次の一手を打った。屈強な男が、前に出た。
「…アンタの考えじゃ、被害はどの程度出ると見ている?」
らしくないことを言う男。だがだからこそ、彼の方が説得力はあると思えた。
「各建築物への被害は仕方ありません。ですが勿論、人々に手はかけない…かけても、そう『見せる』だけ」
「? どういうことだそりゃ?」
「皆さんには避難誘導を願います。それでも、漏れはある…その人達は、連れ去り、一箇所に集める。その後救出する」
「おいおい、そんなにうまくいくのか?」
「…いきます。そのために、長く苦しい思いをしてきたのですから」
その言葉は本当だ。その時だけ、マリーンの心が揺れ動いた。
「…その言葉の保証は?」
「…皇帝の血筋として、アバロンを守る、義務がある」
凛と見つめるマリーン。その時だけは、茶番を忘れ、皆に訴えかけた。
皆、静まりかえる。
当然だ。余りにも突拍子のない事を、見ず知らずの女から告げられる。普通なら信じられない。
だが、二人の仲間が処刑される事実と、クオンへの怒り、そして語る女性が醸し出す何かが、皆の心に響く。
何処までも続くかのように思われた沈黙は、男の一言で破られた。
「…いいだろう。アンタの誘いに乗ってやる。だがもし何かあってみろ、俺らはアンタをクオンのように扱うからな!」
「いいでしょう」
「皆も! 俺らがクオンに一発叩き込むには、こういうのが必要だろう!? そう、願ってたじゃないか!」
その言葉に益々揺れ動く人々。あと、一押し。
「…いいだろう、なら俺とクロウがこの件の全責任を持つ! クロウ! オメーも連れてきたからには腹をくくれよ!」
「えぇッ!? …あ、あぁ、分かった」
突然のフリにクロウが驚く。そしてこちらを睨んできたが…微笑んで返す。
「よぉーし決まりだ! 決行は!?」
まだ納得のいかない人々もいる中、話を続けようとする男。マリーンの意志もあるが、彼の意志も、腹を据えた様だ。
「…では説明を」
…その後、念入りな打ち合わせが終わると、各々自分の家へと戻っていた。

あれだけ人で溢れかえっていた部屋が、今はマリーンとクロウだけ。
「…マリーン、幾らなんでも無茶だよ…」
「ゴメンね、クロウ。でも、ハクゲンの残した書を見る限り、これ位は必要だと知ったの…」
「それに、あの嘘。よくアレだけスラスラと出てくるね」
「そこは私の中にある知識と記憶の出番。いきなり『私はタームの女王です』なんて、言えないからね」
二人は、先程までの事を語り合っていた。何も知らされていなかったクロウにとっては、余りにも驚きだった。
「クオンがモンスターを操っているとか…操っているのは、君の方だろう?」
クロウがクオンについて話し始めると、マリーンは俯いた。
「…マリーン?」
「…おかしいと思った。でも、まさかそんな事はと思ってた。でも…クィーンの記憶で、確信した」
「オイオイ、まさか…」
「クオンがモンスターを操っている。それは事実よ。 …いえ多分、『指示』している」
「『指示』? それってどう言う…?」
「圧倒的な力で、モンスターを尽く手中に収める。知能のあるものは内に、ないものは外に」
「???」
「…全く、自分が余りにも情けなくて涙が出そう。よりによって、あんな『奴』にアバロンを…皇帝の座を…」
「マ、マリーン…一体…」
「…時がくれば分かる。ただいえるのは、アイツを屠るのは、私でなければいけない。それは私…そう、皇帝の役目」
そういって立ち上がるマリーン。その後姿には、決意と力を秘めた王者の風格があった。
「…クロウ。明日に備えて、眠りましょう。必ず、二人を助けましょう」
「…あぁ!」
手を差し伸べるマリーン。その手をがっちりと掴むクロウ。

時が、刻一刻と迫っていた。

_/_/_/_/_/Chapter.11-1_/_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/_/_/決起_/_/_/_/_/_/_/_/

――アバロン宮殿前広場、正午。

大勢の人々が見守る中、処刑台の準備も終わり、着実に二人の命が尽きる時が訪れてようとしていた。
そこに…人々に紛れ、マリーンとクロウの姿があった。都合、マリーンは頭を覆うローブを着込んでいた。
処刑台の周りを、沢山の重装兵が取り囲む。壇上にはまだ二人の姿は確認できなかった。
暫くすると準備が整ったらしく、一人の礼服に身を包んだ男が壇上に躍り出た。
「これより! リクソン・ハクゲン及びキャット・ファール両名の処刑を執り行う! 二人を壇上に!」
男の合図と共に、ハクゲンとキャットが壇上に現れた。
その光景を見たクロウが、殺気立つ。歯を噛み締め、拳に力を込めていた。
それに気付いたマリーンが手を差し伸べ、落ち着かせる。まだ、早い。
「リクソン・ハクゲン! 国家侮辱罪及び、国家反逆罪の罪!
キャット・ファール! 不法侵入罪及び、犯罪幇助他、多数の罪!
これをもって、両名には死刑を言い渡す!」
二人に対し、罪状が告げられる。 …恐らく、正当な裁判なんて通してはいないのだろう。
「何か言い残す事はあるか?」
「…願わくば、アバロンに『真』の平穏が訪れん事を」
「やるならさっさとやりなさいよ! このクソッタレ!」
冷静に語るハクゲンに対し、今だ暴れ続けるキャットは罵詈雑言と共に唾を吐きかけ、それが検察官の顔へと命中した。
検察官はわなわなと震えたが、すぐに体裁を取り繕う様にハンカチを取り出すと、その唾を拭った。
「…フンッ…言われずとも、そうしてくれる…二人をギロチン台へ!!」
その言葉で、ハクゲンとキャットの手枷が外され、今度はギロチンの手枷と首枷へと移された。
留め金がかけられ、身動きが取れない二人。クロウが徐々に焦り始める。
(マ、マリーン…!)
(…まだよ。もう少し…)
検察官が壇上から降り、二人の前に陣取る。 …最良の位置で二人の首が飛ぶのを見届ける気だ。
マリーンはその様子を見て、少しニヤリとした。クロウはそれに気付かず、固唾を呑んで見守っていた。
「…国民よ、とくと目に焼きつけよ! アバロンに、クオン様に逆らうという事が、どういう事かと!」
検察官は嬉しそうに観衆に向けて言い放った。その言葉に対して野次が飛ぶも、兵士が一歩前に出て、制止する。
その様子を確認し、再び二人に対峙した検察官が、ゆっくりとその手をあげた。
クロウが今にも飛び出さんとする。それを抑えたマリーンは、検察官を…いや、男の足元を睨み付けた。
その直後、マリーンの着込むローブがフワッと動いた。傍にいたクロウは、耳鳴りにも似た音が聞こえた気がした。
いよいよ、二人の処刑が、執行される。

(フフフ…全くこの光景は、堪らんな!)
検察官の男は、処刑を繰り返すうちに、自分の合図一つで刑が実行され、首が跳ね飛ぶ光景に快感を覚えるようになっていた。
(しかもそれが、レジスタンスどもの重要人物とあっては…グフフ!)
下卑た笑みを心の中でする。
(フフフ、飛んだお前の首が良い顔をしていたら、この私に唾を吐きかけた事は不問にしてやろう…)
今だこちらを睨み続けるキャットを睨み返す。どんなに睨もうとも、もうお前は逃れられんのだよ!
ゆっくりと手をあげると、周りの兵士が腰を落として、警戒態勢に入る。
最も邪魔の入るタイミングであると同時に、最も国民に見せ付けるべきタイミング。
だからこそ敢えて兵士を屈ませ、良く見えるようにする。フフフ、ざわめきが聞こえるぞ、聞こえるぞ…!
後は、この手を下ろせば、目の前の二人の首が飛ぶ…その光景を妄想するだけで、震えが止まらん!
検察官は直ぐにでも手を下ろしたかったが、二人の顔が引き攣っていくのを眺めた。だが、それがいけなかった。
(さぁ下ろすぞ、飛ぶぞ、飛ぶぞ…!)
心臓の高鳴りが最高潮に達し、我慢ならなくなって、振り下ろそうとした、その時。
「おっ…お?」
検察官が、フラフラと尻餅をついた。手は下ろされたものの、執行人は疑問に思い合図とはみなさなかった。
(た、立ち眩みか? いやしかし、コレは…)
興奮しすぎて頭に血が上ったのかと思ったが、そうではない。足元を掬われた…?
不思議がっていると、ボゴッ! という音が聞こえた。それは…今自分が立っていた所から聞こえた。
「な、何だ…?」
見れば、明らかに地面が盛り上がっている。どうやらそのせいでバランスを崩したようだ。
立ち上がる暇もなく、どんどん盛り上がりが高く、大きくなっていく。そのまま四つん這いで後退する検察官。
視界から消えた検察官に、別のざわめきが人々から発せられる。兵士はそれを制止しようとした、その直後…
ボガァッ! と、盛り上がった地面が爆発した。
辺りにレンガと土埃が舞い上がる。それは観衆から処刑台の様子を隠すように広がる。
「なッ、何!?」
勿論、その光景は処刑台にいる二人も見ていた。飛び散った土埃が目に入り、痛い。
突然の事に、辺りは騒然となる。広場に風が吹き込み、土埃を吹き飛ばしていく…そして。
そこには、巨大な黒い…アリが出現していた。
周りの兵士と比べても巨大なアリ。それが処刑台の前に忽然と現れた。
余りの事に、広場の時間が止まったかの如く、誰もが皆固まってしまった。
そんな状況を呼び覚ますかのように、誰かが叫び声をあげた。
「ア…アリだー!」
それを端に発し、広場が阿鼻叫喚となる。人々は逃げ惑い、処刑どころの騒ぎではなくなっていった。
「ヒ…ヒィィィィーッ!」
検察官も逃げようとしたが、腰が抜けて立てず、ズボンにシミを作る事しか出来なかった。
「キィィーッ!」
そんな検察官に対して威嚇行為をするアリ。眼前にまで近寄られ、失神する。
「も、ものども! 敵は一匹だ! かかれぇッ!」
民衆の方を向いていた兵士達が、アリへと向き直る。そして、槍を突き立て、包囲し始めた。
その様子にまるで動じず、むしろしめたといった態度で迎えるアリ。
「くッ…突撃ーッ!」
隊長の合図と共に兵士が一斉に駆け出す。槍の間隔が、徐々に狭まる。
あと少し、というところだった。
「!?」
後一歩のところで、兵士達の足元が突如、盛り上がる。
兵士達はその土壁に激突するなり足を捕られるなりされ、誰も槍を突き刺す事は出来なかった。
「なッ…!?」
盛り上がった土が崩れると、中から同じ様にアリが現れた。今度は白いアリだった。
数で勝っていたはずなのに、いつの間にか覆されている。
「くッ…各個撃破だ!」
隊長の指示で体勢を立て直すと、各々現れたシロアリと対峙する。アリも身構え、両者が臨戦態勢に入るが…
「ぐはッ!?」
身構えた兵士達を襲ったのは、アリではなかった。
「大人しくしてて貰おうかッ!」
背後から、突然の攻撃。シティシーフ達だった。逃げ惑う人々に紛れ、機会を窺っていたのだ。
前方のアリに神経を集中していたせいで、いとも簡単に崩れ落ちる兵士達。次々と気絶させていく。
「へッへッへ、いつものお返しだッ!」
拘束し終えたシティシーフは満足顔だったが、ハッとして身構え、目の前のアリと対峙した。
両者とも暫く動かなかったが、先にアリが敵意は無いと見せるようにゆっくりと明後日を向いて、去っていった。
「…ふぅ、どうやら、本当の事みたいだな…どうにもやり辛いが…」
突然現れた謎の女の一言。俄かには信じられなかったが、こうしてまざまざと見せ付けられると信じざるをえない。
「っと、こうしちゃいられねぇ、それならちゃんと『役目』を果たさにゃあな!」
そう言うと腰を抜かして動けない人々の元へと駆けつけ、避難させる。
その様子を、目を点にして見守る、ハクゲンとキャット。
最初に現れた黒いアリは、失神した検察官を担いで、穴へと帰っていった。
残された執行人は唖然としながらその光景を見ていたが、兵士達が取り押さえられているのを見て、独断で執行する事にした。
掲げ上げられた大刀が、ギラリと光り、ギロチンを繋ぐ縄を捉えた。そして、振り下ろされる…
「させるかッ!」
その言葉と共に、執行人の肩にナイフが突き刺さる。堪らず刀を落とし、蹲る。
「二人は返してもらうぞ!」
クロウだった。素早い動きで、執行人を壇上から叩き落す。
「次ッ!」
そのまま、もう一人に…しかし、それを見たもう一人の執行人は、溜め無しに刀を振り下ろした。
完全には切れなかったが、ギロチンの刃の重みで、直ぐに縄は千切れた。
「キャットーーッ!!」
「イヤぁーーーッ!!」
クロウの動きをもってしても、間に合わない。
鈍い輝きを放つ刃が、キャットの首へと迫る。
その時、一陣の風。
ギロチンがキャットの首をはねる直前で、その動きがピタリと止まった。
「マリーン!」
風の正体は、マリーンだった。片手でギロチンの縄を掴み、寸での所で止めていた。
「ウォ…ウオオッ!」
執行人が、マリーンに襲い掛かる。それをマリーンは睨み付け、言い放つ。
「下がれ下郎ッ!」
「ウゥッ…」
マリーンに掴みかかろうとした執行人が、ゆっくりと後退し…跪いた。
「速やかにこの場から消えよ…! そうだな…貴様には、薄暗い地下がお似合いだ」
マリーンは命令するように執行人に言い放つと、それを実行する様に、執行人は壇上から飛び降り、そして…
「ウォーッ!」
自ら穴の中へと飛び込んでいった。
「マ、マリーン…なの?」
キャットは首枷で動かない状態で尋ねてきた。
「待たせてゴメンね。色々と、あったから…クロウ! キャットを!」
「あ、あぁ!」
一部始終に目を奪われていたクロウが、キャットの枷を外し、解放する。
それを確認したマリーンが、パッと手を離す。直ぐにストンとギロチンが落ち切り、キャットがいた場所で空を斬る。
直前まで自分がそこにいた事を考え、キャットは身震いした。そんなキャットを、強く抱きしめるクロウ。
「あぁ、キャット! すまない! 僕が、僕がしっかりしなかったから、こんな…!」
「いいのよクロウ…私も、貴方に迷惑かけっぱなしで…ごめんなさい…」
二人は互いに生きている事を確認する様にキスをしあい、二人だけの世界に入り込んでいた。
「はいはい二人とも、そこら辺にしなさい。まだ戦いは終わってないし、それに…」
マリーンが手を叩いて二人の間に割って入る。そして、クロウに目配せする。
「…あぁッ! す、済みません先生ッ!!」
「は、はは…若いという事は良いものですな」
クロウは慌ててハクゲンを解放する。これで漸く、振り出しに戻った。
「さ、次は…」
そう呟いて、目の前に聳え立つアバロン宮殿…その、上方のテラスに目をやるマリーン。
そこで玉座に座って、アバロン中から吸い上げた甘い蜜を啜る、偽りの皇帝に向けて。
「…返して貰うわよ」
その言葉を風に乗せて届けるように、呟く。そんなマリーンに、声が掛けられた。
「マリーン! これは一体どういう事、なの…?」
キャットが、やや言い寄る様に質問してきた。囚われの身だったキャットには、この状況が理解出来ていない。
マリーンは、キャットの方を向いて説明しようとすると…
「…女王様。作戦の第一段階、完了しました」
説明より先に、穴から戻った黒いアリ…ムウラが、現状報告を行ってきた。マリーンはムウラの方へ向き直す。
「ご苦労様。引き続き、第二段階へ。分かってはいると思うけれど、被害は最小限に…」
「御意。それでは、女王様も御武運を…」
「えぇ」
やり取りを終え、キャットの方を見ると、こちらに対して身構えていた。
「マリーン…アンタ…!」
キッと、こちらを睨みつけてくる。武器は持っていないが、まるで抜き身の刃のような殺気だ。
「キャット! 違うんだ、これは…」
「クロウは騙されてる! 騙されているよ!!」
今の一部始終を見たのが原因だろう。キャットにとって、モンスターを使役する者は、例え誰であろうと敵なのだ。
「…キャット。私自身の事は、以前伝えたでしょう?」
「えぇ、聞いたわ。その時は、貴方こんなことする気はこれっぽっちもなかったじゃない、なのに、何で…!」
キャットにしてみれば、至極真っ当な意見だ。あんなに悩んでいた人間が、たった一晩で心変わりしたのだから。
そんなキャットの目には、うっすらと涙が湛えられていた。
「貴方達を助けるため、そして、アバロンを取り戻すため…彼らの力は必要なのよ。
私は彼らを統べる力を持っている。全てのモンスターが悪意を持っているわけではないのよ、キャット…」
「けど、けど…!」
彼女がそれを受け入れるのは、余りにも酷な事だ。何せ、自分の宿敵と手を組め、と言われているようなものだから。
「キャット…彼女は自分の身と引き換えにこの戦いを仕立て上げてくれたんだ、今は…今だけでいい、マリーンを信じて…」
クロウも説得に参加する。キャットは俯いて、葛藤していた。
「…キャットさん」
「!?」
「人を信じるという事は、実に難しい事です。
ですが、信じようとする気持ちが少しでもあるのなら、それは信じたいと願う気持ちの表れなのですよ?」
「…!」
ハクゲンも説得に加わり、キャットが頭を抱える。
「だって…だって…今マリーンを信じたら、私の…私の今までは、一体…」
キャットは最後の一線で、悩み、苦しむ。その様子を見ていたマリーンが、クロウに目線をやった。
「…クロウ、それを貸して」
「それ、って…」
「貴方が手にしている、それよ」
そう言ってクロウの短剣を指差す。流石にクロウは躊躇したが、まっすぐ見つめるマリーンの目に何かを感じ、渡す。
受け取ったマリーンは、刃の部分を持って、それをそのままキャットへ渡す素振りを見せた。
「え…?」
「キャット。貴方がどうしても信じられないというのなら、この剣で私を刺しなさい」
「!?」
「マリーン!」
余りの事に二人とも驚き、クロウはやめさせようと近づいたが、マリーンに制止させられた。
「さぁキャット。貴方の思いを、この剣に込めなさい。貴方がどうしようと、私はそれを受け入れるわ」
震えながら、キャットは短剣を受け取る。そして、マリーンに対峙する。
「キャット…」
クロウが心配そうに事の成り行きを見つめる。
「わ、私は、私は…」
手にした剣を、祈るように見つめるキャット。暫くそうしていたが、やがて持つ手に力を込めた。そして…
カスッと、床板に短剣が突き刺さった。
「出来るわけ、ないじゃない!」
キャットの心の叫び。キャットはそのまま、その場に崩れ落ちてしまった。
そんなキャットを、クロウが抱きかかえ上げる。
「私だって…私だって、貴方を信じたいもの…! ずるいよ…こんなの…」
キャットは泣きながら訴えてきた。
「ゴメンね。辛い思いをさせて。でも、貴方に納得してもらうには、こうするしかなかったから」
キャットに歩み寄って、優しい口調で話しかける。顔を上げたキャットの顔は、真っ赤だった。
目線が合うと、そんな自分を見られたのが恥ずかしかったのか、クロウを振り払って涙を拭った。
「い、言っとくけど! ここまでして裏切るようなら、末代まで祟るからね!」
「はいはい」
いつものキャットに戻った事を確認し、笑みが零れる。そんな様子を見て、クロウとハクゲンもホッとしていた。
「…終わりましたかな?」
壇上の劇が終わるのを見計らって、ムウラが話しかけてきた。まだその場にいたのだった。
「待たせたわね、もう大丈夫。私達も行動に移るわ」
「こ、行動って…?」
キャットが目を丸くして尋ねてきた。
「あそこで踏ん反り返っている誰かさんを、引き摺り下ろさないとね」
「え、えええ!?」
説明したはずなのに驚くキャット。頭に血が上り過ぎていた様だ。
「クロウ、手筈は解っているわよね?」
「あぁ、勿論。先生、僕たちはこれから地下に向かいます。先生はどこか安全な場所に避難していてください」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
キャットが、話を割って入ってきた。
「い、一体何をするつもりなの? 強行突破でもする気?」
「キャット、詳しい話は移動しながら僕がする。早くしないと城から兵達が出てくる」
「うッ…」
切羽詰っている事だけは理解したようで、キャットはこちらに詰め寄るのをやめた。
「…マリーン! 解っているわね!」
「えぇ、心配しないで。そうだハクゲン、貴方は大学に向かって。あそこはアリ達に入らないよう伝えてあるから」
「そうですか…では私は、人々を大学に誘導しましょう」
「そうして。けれど、余り時間はないから…特に貴方は、囚われの身だったのだから、無理はしないで」
「解りました。では、皆の無事を祈っております」
別れを告げ、ハクゲンは大学方面へ向かう。クロウが近くの仲間に伝え、護衛につかせた。
「…よし、僕らも移動しよう、キャット」
「え、えぇ…って、マリーンはどうするの?」
なんだかんだで心配そうにこちらを見つめるキャット。そんなキャットに、髪を掻き揚げ、腕を組んで言い放った。
「皇帝なら、堂々と正門から入らないとね」
「! む、無茶よ!」
キャットが制止しようとするが、マリーンはキャットの肩に手を置き、優しい目で見つめた。
「大丈夫。私は女王よ? そんな『ヘマ』はしないわ」
「で、でも…」
不安そうに見つめ返すキャットだったが、マリーンからは自信に満ちた雰囲気が漂い、それ以上言及するのを躊躇った。
「さ、もう時間がない。皆が待ってるわ、行って」
「キャット、行こう」
「…必ず…」
「ん?」
「必ず! 生きて帰りなさいよ!!」
「…勿論♪」
ピッと指を立て、マリーンはキャットに誓った。それを見たキャットは、何も言わずクロウの傍へと駆け寄る。
クロウがじっとこちらを見つめる。お互い、それだけで語り合い、頷いて別れの合図とした。
「『ヘマ』、ですか…本当に貴方は、どちらでもあり、どちらでもないのですね」
やり取りが終わるのを待っていたムウラが、マリーンに語りかけてきた。
「完璧、とは言わない。でもここで躓くような事は、『私』が許さないわ」
「…」
「さ、ムウラ。今度こそ始めましょうか」
「ハッ」
その言葉で、ムウラが合図を送る。すると、アバロン広場に更にアリ達が湧き出てきた。
「さぁ行きなさい。行って、『皇帝』の肝を冷やしてあげなさい」
マリーンの一声で、そのアリ達が一斉にアバロン宮殿へ向かう。
勿論、それを防衛隊が見逃すはずもなく、宮殿内に入れまいと必死に食い止める。
「それじゃムウラ、後は宜しく」
その様子を見てマリーンは、ムウラに後を任せ、マリーンは近くの建物へと近づき、屋上まで飛び上がった。
音もなく屋上へつくとそこには、複数の男達がその様子を隠れながら見ていた。こちらには気付いていない。
「準備は出来てる?」
「うぉっ!? …あ、あぁアンタか…すげぇな、この光景…これ、本当にアンタが…?」
「ま、そんなところ。それで? 準備は?」
「あ、あぁ出来ている。後は思い通りになってくれりゃ、行動に移せるぜ」
「そう。それじゃ、ヨロシクね」
「…しかし、本当に大丈夫なのかい?」
「アリ達に関しては何の問題もないわ。アバロン兵も、きっと出てくる。クオンなら、そうするはず」
「???」
全く、不思議な女だと、男は割り切る事にした。その考えにはほんの少し、彼の意思以外のものが混じっていた。
屋上から、様子を窺うマリーン。

「さぁ、どうする? クオン。アナタのお手並み、拝見させてもらうわ」

_/_/_/_/_/Chapter.11-2_/_/_/_/_/_/
_/_/_/_/アバロン攻防戦_/_/_/_/_/

「…えぇい! どうなっている!! 状況は!」

アバロン宮殿内。広場に突如発生したモンスターの軍勢を迎え撃つ為、錯綜する情報を纏める事に躍起な上官。
「はっ! 出現したモンスターはサバンナに生息するターム種と思われ、その数は不明!」
「ぐぬぬ…一体何故気付かなかったのだ! 国家の存続に関わる大事だぞこれは!!」
頭に血を昇らせるも、国を案じる上官。そこに…
「状況ハ?」
二階から、巨大な影。近衛隊長の一人だった。
「…現在出現したモンスターは、宮殿前広場からアバロン各地へ拡散中。恐らく、ここに攻め入るのも時間の問題でしょう」
「…ナラバ、直グニデモ討チ倒セ。ソノタメニオ前達ハイルノダロウ?」
「…言われずとも。しかし、敵の数が分からない以上、全ての地域に兵は送れません。ですから、あなた方の…」
「ソレハ認メヌ。我々ハ、クオン様ヲオ守リスルノガ務メ。オ前達ダケデドウニカセヨ」
(くッ…またか、こいつらは…! 最後の一線である事は百も承知だが、今は国の一大事なんだぞ!!)
心の中で叫ぶも、決してそれは口にしてはならない。口にすれば、文字通り首が飛ぶだろう。こんな状況、だろうと。
「申し上げます! タームの群れが、宮殿に向け侵攻中! 数は数え切れません!」
「なんだとッ! …えぇいッ! 出せる兵を全て出動させろッ! 一匹たりとも入れるな!」
「ハッ!」
「…解りました。我々だけで何とかしましょう。ですが、その務めとやらは、怠らぬ様お願いします!」
「…フン」
近衛隊長に皮肉を込めた一言を言い残し、部下の後を追う。
(神は、いないのか…!)
らしくない事を心の中で呟いて、自身も戦線へと赴いた。

「…で、『ワシ』のアバロンを襲っているのは、何処の田舎者だ?」
アバロン宮殿、玉座の間。クオンの前に近衛隊長が跪き、報告をしていた。
「…ドウヤラタームノヨウデス。奴ラハ何時ノ間ニカ、アバロン地下ニ巣ヲ作ッテイタヨウデス」
「ターム…? おほぉ、あのムシケラ共か! しかし奴らはサバンナに居を構えていたはずじゃが…?」
顎に手をあて考えるクオン。その動きは、どこかぎこちない。
「! おぉそうじゃ、確かサバンナでタームを滅ぼした皇帝がおったな、確か名は…マ…マゾラン?」
「マゼラン、デハナイカト」
「おぉそうじゃそうじゃ! 恐らくソイツのせいじゃろ、確かタームの女王には隠し卵を作る性質があるからのぉ」
その姿にしては、余りに口調が年寄りめいているクオンだったが、それを知る者は近衛隊長以外いない。
「全く、余計な事をしおってからに…まぁよい、どの道この宮殿には一歩たりとも近寄れんワイ」
「国民ノ方ハ?」
「そんなもん、何かに託けて他国から連れて来ればいいじゃろ。どうせ逃げられんしな、ヒョヒョヒョヒョヒョ…」
玉座に響き渡る、卑しい笑い声。そこに風格なんてものはこれっぽっちもなかった。

「…出てきたわね」
流石に宮殿への侵入を許すはずもなく、大量の兵士がアリ達に対峙し、迎えうつ。
アリ達は構わず侵入しようと試みるが、鉄壁の守りに拒まれ、尽く押し返される。
「流石ね…」
「感心している場合か? ジリ貧じゃないか!」
男の言う事は尤もで、これでは何時まで経っても攻め落とす事など出来ない。
「落ち着いて…そろそろ、頃合いかしらね」
そう呟いたマリーンは、ピッと羽を動かす。周りの男達は耳鳴りを感じたが、よもやマリーンの仕業とは思うはずもなく。
だが、その合図をターム達は感じ取り、行動を次へと移した。
堪らず、逃げる『素振り』を見せ、四方に散り始めるターム達。その様子は、新たな獲物を探すように見えた。
「…! 前進!! 一匹たりとも逃すな!!」
隊長格の兵士が叫ぶ。その命令に従い、アリ達を追い、城門から次々と兵士達が出てくる。
「おっ? おっ? おっ?」
流石に全ての兵を出しはしなかったが、それでも相当数の兵が広場に現れ、アリ達を追う。
「…今よ」
呟くマリーン。それと同時に、最初の穴から、更にアリ達が溢れ出てきた。
「! なッ…! まだいるのか!!」
挟撃を受け、分断されるアバロン兵に、アリ達がにじり寄る。
宮殿から指示をしていた隊長も、この状況に頭を抱える。
「隊長! 先発隊が!!」
「ぐッ…助けに行くぞ!!」
「し、しかし宮殿の守りが…!」
「…宮殿は、『奴ら』がどうにかする! 全員出撃! あのモンスターを排除する!!」
「ハッ!」
苦渋の決断だったが、目の前で部下がやられるのを黙って見ていられるほど冷徹な人間でもなかった。
アバロン宮殿から、次々と兵が出撃し、アリ達を駆除しようと攻めたてる。勿論アリ達も抵抗し、広場が戦場と化す。
「…これで、良い。さぁ、私達も動くわよ」
「お、おぉ」
余りの事に目を見張るシティシーフ達だったが、マリーンの一言で行動に移る。
「し、しかし本当に大丈夫なのか?」
「えぇ、アバロン宮殿の事は知り尽くしているから」
そう言って、用意されたロープを使って降りるマリーン。男達のいる手前、自力で降りる事はしないようにした。
男たちも後を追う。殆どの兵士がアリ達に集中し、こちらには気付かない。
「! 誰ッ…だ・・・」
見張りの兵が怒鳴ろうとしたが、急に静まりかえる。
「お、お待ちしておりました。今がチャンスです」
「ありがとう」
そういって、兵士の横を駆け抜けるマリーン。続く男達は、その様子をキョトンと見つめる。
「お、おい…」
「あの人達には事前に対価を渡してある。 …宮殿内も、不満は溢れているのよ」
勿論、マリーンは対価なんて払ってはいない。払ったのは、彼らの猜疑心である。
「さ、貴方達は上へ。ここで私が残りを引きつける」
「…解った、無茶するなよ」
「勿論よ」
そういって男達は、城壁内部への入口へと向かう。
「さ、久しぶりのアバロン宮殿は、私を迎え入れてくれるかしらね」

アバロンが大混乱の中にある最中、地下では…
「…解っていても、やっぱり怖いッスね…」
ウォーラス他、数人の仲間と合流し、地下水道を一路進むクロウとキャット。
其処彼処にアリが闊歩し、出番を今か今かと待ち侘びる様子で点在していた。
襲われはしないものの、こちらをじっと睨みつける視線が痛い。
「…もうちょっとどうにかならなかったの?」
「それは…マリーンにしか…」
地下へ向かう途中でキャットに説明を終えたクロウだったが、実際の所彼自身もまだ納得はしていない。
だが、目の前のアリ達が襲って来ない事は紛れもない事実で、今はマリーンを信じるしかない。
そうこうしている内、目的の秘密通路のある場所に辿り着いたが、アバロン兵がいる事に気付き、慌てて隠れる。
「…こんな時でも、警戒は解かないのか」
「厄介ッスね」
見張りは二人。こちらは複数。 …やってしまうかと、考えたその時。
ウォーラスが足元の石を蹴ってしまい、辺りに水音が響いた。
「! 誰だ!!」
マズい! 気付かれた!? 逃げるわけにも行かず、迎えうとうと、武器に手を伸ばす。
「…先輩! 向こうに人影が!」
「何ッ!?」
こちらに近づこうとしてきた兵士に対し、もう一人が別の方向を指差した。
「あっ、逃げる…!」
「えぇいッ! 待てーッ!!」
こちらに向かっていた兵があらぬ方向へと駆け出す。それを見送った兵士が、こちらに手招きする。
「…?」
「早く! こっち!!」
明らかにこちらの存在に気付きながら、呼んでいる。身構えながらも、近づく。
「え、えと…マリーンの言っていた人達、ですね…?」
「マリーンを知っているのか?」
「え、えぇ…以前に少し、お世話に…って、あれ、もしかして…?」
話の途中で、その兵士はウォーラスの顔をじっと見つめた。
思わず見つめ返すウォーラスだったが、何かに気付き、ハッとする。
「ウォーラスさん!」
「ワレン! ワレンじゃないか!!」
二人とも、見知ったような口振り。
「何だ? 二人とも知り合いか?」
「コイツはワレン、近所の弱虫で、よく俺に助けを求めていたんスよ」
「ウ、ウォーラスさん! って、なんです? その喋り方?」
「あっ…イヤ、これはその…」
慌てふためくウォーラス。どうやら、頼りにされる手前格好をつけていたようだ。
「おっ、お前こそ! 何で兵士なんか!」
「自分を鍛えたくて…でも、やっぱりダメだって、マリーンさんに教えられた…」
マリーンの事を思い浮かべながら俯くワレンだったが、その顔に悲しさはなかった。
(こッ、コイツ…! マリーンちゃんに…!)
要らぬ心配をするウォーラス。少しお灸を据えようとしたが、クロウが割って入る。
「…時間がない、キミは、僕らに協力するのか?」
「…ハイ。秘密通路の開け方を知っています」
「! 本当か!」
その情報は、寝耳に水だ。マリーンに聞かされていたが、まさかこんな形で教えてくるとは…
ワレンは振り向くと、壁の数箇所を叩き始めた。すると、一部の壁が凹む。
「よッ、と…」
一方の手を頭の上に、もう一方の手を臍の辺りの壁に当てると、何かを押した。
「あれ…? このッ!」
ガンッと、足で蹴ると、ズズズという音と共に壁が扉のように開いた。
「さぁ、ここです。ここから、地下牢に出られます」
「ありがとう」
開いた扉へと、シティシーフ達が駆け込む。それを見送ったワレンは、再び扉を閉じた。
その直後、兵士が戻ってきた。
「はぁ、はぁ…クソッ、逃げられた…お前、本当に見たのか?」
「ハイ、確かに、この目で」
ワレンの精一杯の嘘は、誰も疑う余地のないほど、屈託のない顔から放たれた。

地上、アバロン宮庭。
「くッ…何者なのだッ!」
アバロンの屈強な兵が、たった一人の女に翻弄されている。
有り得ない状況に、戸惑いを隠せない兵隊長。
「フフフッ…」
軽やかな身のこなしで、兵達の攻撃をすんでの所でかわし続けるマリーン。
残った兵達が、徐々に集まるも、どうしても捉えられない。
「何だ…何者だ貴様ぁ!」
その言葉で、マリーンは噴水の上に舞い降りる。
「私は…そうね、『地の底から戻りし者』、かしらね」
「なッ…?」
クスッと、マリーンが笑みを零す。その直後、轟音が響き渡る。
「た、隊長! 門が!」
「何ッ!?」
正門に目を移すと、門が徐々に閉じられていく。
「馬鹿なッ! まだ早い、外の部隊が…!」
しかし、声を遮るように、門は閉じられ、市街と断絶される。更にその直後…
「うあぁッ、て、敵襲ーッ!」
「!?」
その叫びと共に、アバロン宮殿『内』から民間人が飛び出してきた。
「な、何だとッ!」
あっという間に取り囲まれる。その人々の前に降り立ち、まるで指導者のような風体で女が立ちはだかった。
「さ、大人しくして貰いましょうか」
「くッ…」

アバロン宮殿前広場…
挟撃を挟撃で返す形となり、アバロン兵とアリが所狭しと入り乱れる。
「なんとしてでも守りきれーッ! アバロンの命運は我々の手に掛かっているッ!」
怒号が飛び交い、戦場と化した広場に木霊する。
その一声で兵達の士気も上がったのか、アリ達が徐々に引き始めた。
「ピキィーーッ!」
一匹のアリが、鳴き声を発した。その声に反応し、アリ達が地の底へと潜っていく。
「ぬぅ…! 逃げられた…!」
あれほどいたアリ達が、あっという間に地面へと潜り、その姿を消していった。
後を追うにも、このまま進入するのは自殺行為。隊長は、兵達を纏め、今後の方針を考えた。
(一度、体制を立て直す必要がある…)
重傷者もいたが、幸い死者は出ていない。だが、このままではジリ貧だ。
一旦、アバロン宮殿へ戻ろうとした、その時。
「報告ーッ! 報告ーッ!!」
市街警備兵が、隊長の下へと駆け寄ってきた。
「何だ!?」
「ア、アバロン新市街方面にも…アリの軍勢が発生! 我々だけでは食い止められません!!」
「なッ…!?」
しまった! 場所を変えたのか…! 歯を食いしばる隊長に、更に報告が飛び込んできた。
「申し上げますッ! アバロン郊外墓地より、アリが出現! 大挙して押し寄せてきますッ!」
「アバロン市場にもアリがッ!」
「グッ…これは、これではまるで…!」
アバロンは既に落ちたも同然ではないか…! 絶望感にうちひしがれそうになるが、まだ諦めるには早い…
「…解った。全員集合! A班は新市街のアリを! B班、C班もそれぞれ墓地、市場へ向かえッ!」
「「「ハッ!!」」」
号令と共に、兵達が目的地へ向かう。そうだ、アバロンは落ちないのだ、絶対に。
その時、後方から大きな音。見ると、宮殿の門が閉じられようとしていた。
「…くッ、そうか、そこまで自分達の命が惜しいか…いいだろう」
隊長は、広場の守りを放棄し、各地に全軍を派遣する事にした。
だが、彼は気付いていなかった。その門が、守りではなく、断絶の意味で閉じられた事を。
その門の向こうで、残った兵達がたった一人の女によって制圧されたなど、露知らず。

「これで全員ですッ!」
「ん、お疲れ様。さて、と…」
「き、貴様ら…! このような事をして、タダで済むと思うな!」
隊長格の男が、縛り上げられながらも罵声を浴びせてくる。
「そうね、確かにタダじゃ済まない、かも。でも、これを咎める人物が、いなくなったら…?」
「…? なッ! ま、まさか…!」
「そう、そのまさか」
言わずとも、この状況、言い放たれた言葉。こいつらがとる行動は一つしかない。
「本気で考えているのかッ!? 陛下に手をかけられるとでもッ!?」
「えぇ、勿論。出なきゃこんなたいそれた事、出来ないわよ」
「ぬぬぬ…愚か者めッ! 貴様らごときが、謁見する事すら許されぬッ! ましてや、手をかけようなどと…」
隊長が言い終わる前に、マリーンはズィッと顔を近づける。美しい顔だが、賊とあっては見下したくもなる。
「…陛下、とは口では言っていても貴方…本当にそう思っている?」
「何…を…」
「貴方だけじゃない、周りの兵達も、私達も、国民全員が…同じ事を思っているんじゃない?」
じっと見つめるマリーンの目が、隊長の心を捉える。彼の心に、直に訴えかける。
「宮殿にいるのは、自分の事しか考えていない、およそ皇帝に相応しくない人物…そうでしょう?」
「ぐッ…」
心を見透かされている? …いや、この女の言うとおりだ。その言葉は、間違いではない…だが…!
「それでも…それでもッ! 私はアバロンの兵だッ! 陛下をお守りするのがッ! 私の務めだッ!!」
そう告げる隊長に驚き、身を引くマリーン。そして、驚きつつも、嬉しさを隠せない。
アバロンは変わってしまったが…完全には変わっていない。そう、まだアバロンは…立ち直れる。
「フッ、フフフッ」
「何がおかしい…!」
「いえ、嬉しくて、つい…」
「???」
「…貴方は心をしっかり保っている。私には、それを開ける鍵を、今は…持ち合わせてないわ」
「何だ? 何を言っている?」
「こっちの話。でもま、残念だけど私は行かなくちゃ。行って、『返して』貰わなきゃ」
「だ、だから何を…」
マリーンの言う事が解せない隊長だが、その答えを聞く前に、マリーンは周りのシティシーフ達に命令し、彼は地下牢へと連行された。
「さて…ここからが本番ね」

宮殿を見上げる。そこに待つ、暴君を思い浮かべながら。

_/_/_/_/_/Chapter.11-3_/_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/宮殿に潜む闇_/_/_/_/_/

一階の制圧は予定通りに進んだ一行だったが…

「くッ…なんだコイツら、尋常じゃなく強いぞ!」
重武装した兵と対峙しているクロウが叫ぶ。だが、クロウが叫ぶのも尤もだった。
ただ単に装備が硬い、だけではない。振り切る剣の重さが人間離れしている。かわすだけで精一杯だ。
下から攻め込むシティシーフ達に対し、壁の様に立ちはだかる。既に大半が負傷し、戦線を離脱している。
「グッ…マリーン! ダメだ、ジリ貧だ!! このままじゃ全滅するッ!!」
(…少し甘く見すぎていたようね…)
先頭に立って戦うマリーンだったが、流石に敵の数と強さに圧倒される。
(せめて、武器があれば…)
クロウに貰った短剣は、既に敵の鎧と自分の力に耐えられず、折れ飛んだ。今は、敵の撹乱に努めている。
「! マリーン!」
「!?」
不意に、死角から自分目掛け振られて来た棍棒。よける暇もなく、マリーンは吹き飛ばされた。
「マリーンッ!!」
クロウが駆け寄ろうとするも、行く手を遮られる。
そのままマリーンの体は宙を舞い、扉に激突しそのまま室内へと消える。
「クッ…ソー!」
愛した女性をまた守れない。クロウはその事に自分を責め、怒りをあらわにする。
兵士の防衛網をかいくぐり、マリーンが飛び込んだ部屋へと駆け込む。
「マリーン! 大丈夫か! 返事をしてくれッ!!」
暗い室内には、激突され壊れた扉の残骸しかなく、マリーンの姿は何処にも見えない。返事もない。
「奥かッ!」
マリーンを見つけようと、部屋に立ち入ろうとするクロウ。
その背後に忍び寄る、影。光る剣先が、クロウを捉える。
気付いた時には、既に剣は振り下ろされていて…
(しまッ…!)
咄嗟に手が出たが、もう避けられない…! 風を切る音が聞こえ、クロウは、死を覚悟したが…
「グ、グァアアアッ!!」
(…?)
ゆっくりと目を開くと、振りかざした兵の腕が千切れ飛び、剣ごと天井に突き刺さっていた。
「ふぅ…間一髪ね」
「マリーン! 無事だったのか!」
「なんとかね。それに…『此処』に飛ばされたのは幸いだったのかも」
奥からその姿を現したマリーン。その手には、一振りの斧が握られていた。
「マリーン、此処って…」
「宮殿倉庫。今までのアバロンの歴史が此処に詰まってる。 …そう、私の歴史も」
そう言って手にした斧を愛しそうに見つめる。
「あぁ…やっぱりこれだ…体が違っても、記憶が覚えている」
「???」
斧を手にうっとりとするマリーンに、クロウは怪訝な顔をする。というより、ちょっと怖い…
それを察したマリーンが慌てて誤魔化す。
「あっ、こ、これは私の…えっとマゼランだった頃の思い出の品でね、これで刃向かう奴らをバッサバッサと…」
「そ、そうかい…」
取り繕うも、益々クロウは引くばかりだった。
「ガァッ!」
「ぐぁッ!」
二人のやり取りに割って入ったのは、腕を飛ばされた兵士。残った腕でクロウの首を掴み、持ち上げる。
「グッ…このッ…!」
抵抗するが、万力のような力で締め付けられ、全く動かない。
だがそれを、マリーンが見逃すはずもなく。
音も無く近づき、斧を振るう。一瞬の斬撃は、兵士の首を飛ばす。声も上がらず兵士は倒れ、クロウは解放された。
「大丈夫? クロウ」
「ゲホッ、ゲホッ…な、何とか…!? な、何だこれ!?」
クロウの足元に転がってきた兵士の首。だがその中身は肉塊ではなく、得体の知れない物体だった。
「マリーン、これは…」
「やっぱりね…こいつらは人間じゃない。クオンが操る、モンスターよ」
「な、何だって!?」
それならばこの馬鹿力も納得できる。重装備も、守りだけではなく目を欺くためのものか!
「なら何故、この状況にこいつらを投入しないんだ…?」
これだけの力があれば、アバロンを守るのも容易いだろう。
その疑問に、マリーンは溜息をついて答える。
「一つは、万が一にでもこいつ等の正体がばれるのを恐れたから、でしょうね」
「もう一つは?」
「…クオンにとって、アバロンという国を動かすのは単なる『お遊び』なのかもね」
「なッ…!」
そうだ。奴はアバロンを掌握し、人々を貶める事が目的で、今の状況はただ単に余韻を味わっているだけだ。
アイツ等なら、やりかねない。
二人が部屋を出ると、戦局は益々悪化していた。
直ぐに参戦するも、既にシティシーフ達の半数以上がやられており、防戦すらままならない状態だった。
「マリーン、君の力でもどうしようもないのか?」
「こいつらはそういう類の生物じゃないから…」
流石のクィーンの能力といえど、相手が心を持たない、真なるモンスターでは発揮する事が出来なかった。
最早、形振り構ってはいられない。幸い、この状況で他人を気遣う暇がある人間は殆どいない。
「クロウ、貴方はキャット達と合流して」
「マリーンはどうするんだ? 幾らなんでも一人じゃ…」
「…一人、じゃないわ」
そう告げるマリーンの目を見たクロウは、コクリと頷いて苦戦しているキャット達の下へと駆けつけた。
「さて、と…」
クロウを追いかけようとする敵を引きつけるため、そして、『呼ぶ』為にマリーンは窓際へと移動した。
あっという間に囲まれ、退路も絶たれたマリーンだが、それを信じるマリーンの表情には余裕すら見えた。
すぅっ、と呼吸をし、叫ぶ。
「ムウラ!」
マリーンの澄んだ声が、響き渡る。
その声を合図に、敵が一斉に襲い掛かる。無数の剣が、マリーンに襲い掛かる。そして…
ジジジジジ…と、耳を突く音と共に…窓ガラスが一斉に割れ、黒い影がマリーンの頭上から敵目掛け飛び掛る。
その直後、全ての剣が折られ、敵が一斉にその場に崩れ落ちる。
「流石ね、ムウラ」
黒い影は、ムウラだった。あの薄い刃で、一瞬のうちに数体の敵を葬り去る。
「やはり、無理があったのではないですか?」
刃を振りながら、マリーンに疑問を投げかけてくる。それに対して、フッと笑い返すマリーン。
「ここの目測を見誤ったのは確かね。でも、それ以外は順調でしょう?」
「…えぇ。アバロンをよく知った貴方だからこそと関心はしますよ」
「だからこそ、ここで貴方をいつでも投入出来るよう、保険をかけておいて正解だったわ」
「…全く、中途半端と言いますか、なんと言いますか…」
「詰めが甘いかしら、ねッ!」
ムウラの支援を受け、マリーンも躍り出る。先程までの不利な立場が一転、攻勢へと変わる。
「さぁムウラ、ここまで来たらもう負けられないわ。この場を切り抜けるわよ」
「御意」
マリーンとムウラの連携攻撃は、最早止まるところを知らず、次々と敵を蹴散らしていった。
自分達の周囲は粗方片付けたものの、まだ多数の敵が徘徊していた。
「ムウラ、貴方は向こうを片付けて。 …出来れば、人々に見つからぬように」
「難しい注文ですな。流石に、擬態能力は持ち合わせておりませぬので」
「知ってる。それでも、お願い」
「…善処しましょう。その代わり、くれぐれも気を抜かぬように」
「解っているわ、ムウラ」
互いに確認しあうと、二人は別行動をとる。マリーンは他の人々の救出に、ムウラはその援護に。
「皆、お待たせ!」
「マリーンッ! 無事だったのか!」
「えぇ、この程度でやられている訳には、いかないもの」
答えつつ、斧を振るうマリーン。支援を受けたクロウ達も、攻勢に転じ、何とかその場を切り抜ける。
「ふぅ…ここはどうにかなったッスね」
「一時はどうなるかと思ったわ…」
ウォーラス、キャットが漸く訪れた一時の休息に、愚痴を零す。
「この状況…マリーン、さっきのアリを呼んだのか?」
「えぇ、一番信頼の置ける、たった一人の存在よ」
「…」
マリーンの答えに、キャットが顔を背けた。まだ、彼女の中では葛藤があるようだ。
「それでもまだ、敵は多いわね。一体どれだけ仕込んでいるのやら…」
「…ソレハ、貴様ラノヨウナ虫ケラヲ駆除スルタメナラ、無数ニ、ダ」
「!?」
集合した四人の会話に、重く響く声が割って入った。声のする方を見ると、そこには一際大きな兵士が立っていた。
「…近衛隊長のお出ましね」
金の鎧に身を包み、巨大な剣を持つ兵士…ハクゲンの書で見た、近衛隊長に間違いない。
「貴様カ、コノ事態ヲ引キ起コシタノハ…成程、タームノ女王、クィーンカ…ナラバ合点ガイク」
「! マリーンの正体を知っている!?」
「…」
三人は驚くが、当のマリーンはやはりといった顔をする。
「ソノ顔…貴様、ソノ様子デハクオン様ノ正体モ見当ガツイテイルナ?」
「えぇ勿論。こんなふざけた事を考えて、しかも実行に移せる奴なんて、アイツしかいないじゃない」
「マリーン…一体どういう…」
キャットがマリーンに問いただそうとすると、巨大な剣が振り下ろされ、二人の間を遮った。
「グッ…!」
「フン、例エソノ女ガシッテイタトシテモ、貴様ラガ知ル必要ハナイ! ココデ消エヨ!」
再度斬撃。悠長に話を聞く余裕はなく、クロウが叫ぶ。
「…マリーン! ここは俺達が食い止める! キミはクオンの下へ!!」
「クロウッ!?」
「…大丈夫だ、キミに味方がいるように、僕らも仲間がいる」
クロウの言葉に、キャットとウォーラスが頷く。
「貴方達…死んじゃ、ダメよ」
「勿論さ」「当たり前よ」「大丈夫ッス!」
三人とも、覚悟は決めている。マリーンはその思いを受け止め、玉座への階段へと走る。
「行カセヌッ!」
近衛隊長が、マリーンに立ち塞がるが、それを軽やかな身のこなしでかわす。
「アンタの相手はこっち!」
キャットが飛び掛り、近衛隊長の首を狙う。鎧に阻まれ一撃とはいかなかったが、怯ませた事でマリーンの援護となる。
「貴様ラ…! 虫ケラノブンザイデッ!!」
怒りをあらわにする近衛隊長。鎧の一部から、『中身』が姿を見せる。
「さて、クロウ? 啖呵切った手前勝算はあるんでしょうね?」
「…まっ、なるようになるさ」
「…マジッスか…」
対峙する三人。その三人の声が遠ざかるのを聞きながら、マリーンは玉座の間へと向かう。
階段を駆け上がると、赤いカーペットの向こうに人影が見え、そして…
「!」
真横から、刃。
それを寸での所でかわすマリーン。そしてそのまま、その剣を振る敵に斬りかかり、黙らせる。すると…
「フォッフォッフォッ、いや見事見事。ここまでこれただけはあるのぅ」
「…お褒めの言葉、どうも」
拍手の音が玉座の間に響き渡る。振り返ると、その音は玉座に座る者から発せられていた。
「…クオン」
マリーンは玉座に目を見据える。視線の先には、玉座に踏ん反り返り、こちらを見据え返す人物…クオンがいた。
「よもや、貴様にアバロンを掻き乱されるとはな…虫けらの女王め」
「…」
「知っておるぞ? 貴様の事は…悠久の昔からな、ククク…」
ニヤニヤと下卑た笑いで、見下してくるクオン。マリーンは何も言わず、クオンに向け一歩を踏み出した。
「全く、虫けらは虫けらとしての生を歩めばよいものを…」
「……」
「アバロンになぞこれっぽっちも未練はないが、まだまだ遊び足りんのでナ…」
「………」
一歩一歩進むごとに、手にする斧に力を込める。
マゼランとして。由緒正しきアバロンの玉座に、不当な存在が座り、アバロンを牛耳っている事に。
クィーンとして。自身の生き方を貶された事に。
そしてマリーンとして。目の前の存在が、いてはならない事に。
様々な思いを込め、マリーンは歩み寄る。
衛兵の妨害もなく、マリーンはクオンの元へと辿り着いた。それはまるで、クオンの自信の表れのように。
対峙する、二人の皇帝。
相変わらずマリーンを見下すクオンに、恐れる様子は一切ない。
「ホレ? どうした? ワシは目の前ぞ? この椅子を狙ってきたのだろう?」
ポンポンと肘宛てを叩くクオン。明らかな挑発。
「…そうね、躊躇う必要は何もない。どいてもらいましょうか」
挑発に乗った訳ではなかったが、最早言う事もない。
マリーンが、疾風の如く飛び掛った。速度の乗った斧の刃が、クオンに襲い掛かる。そしてその首を捉えた瞬間…
「!」
ガキィンッ! と金属同士が打ち合わさる音。マリーンの斧は、何処からともなく現れた剣によって止められていた。
「オゥオゥ、怖い怖い。だがその怒った顔もよいのぅ、クククッ…!」
「チッ…!」
初撃を止められたマリーンが距離を置く。そして、剣の出所が見えた。
その剣は…クオンの背中から『伸びた』腕が握っていた。クオンの両腕とは別の、巨大な腕。
奇怪な光景だったが、マリーンは表情を変えず、クオンを睨みつける。
「クックックッ…驚かぬか。という事は、おぬしもワシが何者か既に知っておるな?」
「…えぇ、勿論。貴方本来の『醜さ』もね」
今度はマリーンが挑発する。その言葉に一瞬クオンが反応した。
「…フン、減らず口が叩けるのも今の内だ。直ぐに貴様なぞなます斬りにしてやろうぞ。
…が、そなたの美しさは殺すには惜しい。どうだ? 助けを請えば、観賞用に虫籠で飼ってやるぞ?」
「どちらもお断りよ。貴方には、ここから…この世界から退場してもらうわ」
「…」
暫く見つめ合う二人。やがて、クオンが玉座から立ち上がった。
「…いいだろう。その言葉、後悔させて…ヤロウ…」
クオンが天を仰ぐ。ガクガクと体を揺らしたと思うと、ガックリと膝を突いた。
そのまま、えもいわれぬ動きをし始める。関節をグラグラと動かし、まるで操り人形のような動きをする。
「ク…カ…カ…! コノ…クオンハ…! ワシノ『最高傑作』!!」
最早人の動きではない。そんなクオンの声は掠れ、何処から出されているのかも不明瞭だ。
クオンの背中から伸びた腕が、クオンの背中に手を入れる。そしてメリメリと自身を引き裂き始めた。
「見セテ…ヤル…! 真ノ姿ヲ…ソシテ…死ネ!」
開いた背中から、もう一つの腕が伸びる。足が出てくる。クオンの中から、何かが現れ始める。
クオンだった『モノ』が、『中身』に取り込まれていく。表と裏が、入れ替わる。クオンの体が何倍にも大きくなる。
そして…人の表情を呈していないクオンの顔を、のっぺりとした仮面が包むと、クオンは完全に変化した。

目の前にいたクオンは、まるで道化師のような人形へと変わり果てた。

_/_/_/_/_/Chapter.11-4_/_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/_/ボクオーン_/_/_/_/_/_/

「クククッ…! サァ、泣キ叫ベッ!」

クオンが何処からともなく剣を取り出す。そして、それらをジャグリングし始める。
一見すると、ふざけている様にしか見えないが…
「!?」
宙を舞う剣が、前触れもなく襲い掛かる。紙一重でかわすマリーンだが…
「あうッ!」
背後からの一撃。不意打ちを喰らい、腕に激痛が走る。
(何ッ!? 新手!?)
だが、後ろを振り向いても誰もおらず、何を受けたのかが解らない。
(いや…違う、これはッ!)
先程襲いかかってきた剣がない。クオンを見やると、剣が戻っている。
「ドウダ? ワシノ剣サバキハ? 捉エラレマイッ!」
「このッ…!」
果敢に斬りかかるも、今度は複数の剣がマリーンに飛び掛る。そしてまた、その剣が背後から襲い掛かる。
「ホレホレドウシタ? 先程マデノ威勢ハドコニイッタ?」
「クッ…」
有り得ない方向からの斬撃は、マゼランの記憶とクィーンの体をもってしてもかわすだけで精一杯だった。
ジワリジワリと、マリーンの傷が増える。かわしきれない刃が、マリーンを切り裂こうとする。
(このままじゃ…!)
攻撃もままならず、一旦後退する。だがクオンは直ぐに距離を詰め、剣を放つ。かわし続けるマリーンだったが…
「死ネェイッ!」
「! しまっ…」
マリーンが着地するタイミングを狙い、全ての剣が同時に襲い掛かる。
かわし、きれないッ…!

「女王様ッ!」
不意に後ろから、声。その直後、マリーンに影が覆い被さる。
「ぐぬッ…!」
「ム、ムウラッ!」
間一髪で、ムウラが剣を叩き落とす…が、ムウラもその全てを対処できず、数本がムウラに突き刺さる。
「ぐはッ!」
「ヒョヒョヒョ…! 騎士様ノゴ登場カ!」
笑いながら、クオンは投げつけた剣を手元に戻す。勿論ムウラに刺さった剣も強引に引き抜かれ、傷口を更に抉る。
「わ、私は…! 執事だッ…! 女王様を守る、執事であるッ!」
「ムウラ! ひ、引きなさいッ! 貴方といえどその傷では…!」
「…お忘れですか? 女王様は…命にかえてでもお守りする、それが我々の使命です…!」
「だけどッ…!」
ムウラの傷が芳しくない。無理をしているのが、一目で解る。
「オウオウ、涙グマシイ光景ジャテ。 …ナラバ、コウイウノハドウジャ?」
「ぬッ…?」
クオンが、剣を投げ上げるのを止め、妙な動きをし始める。マリーンもムウラも、思わず見てしまう…が。
「ぐッ…! これは…!」
ムウラが後ずさる。何かを感知し、虚空を切り裂く。だが、手ごたえはない。
「フォフォフォ! 無駄ジャ無駄ジャ!」
「ぬ、ぬオォーッ!」
ムウラが突然叫び、大きく後ろへと跳んだ。
だが無理をして傷口が開いたせいか、そのまま着地に失敗したムウラ。慌ててマリーンが駆けつける。
「ムウラ! しっかりして! お願い、死なないで…!」
「ぐッ…女王様、奴は…女王様同様、操る能力を…ぐはッ!」
「ムウラッ!」
マズい、ムウラの傷口からどんどん体液が出ている、このままじゃ…!
心配するマリーンをよそに、クオンが残念そうな声で言い放つ。
「ナンジャ、ツマラン。ソノ蟲ヲ利用シテ、貴様ヲ葬ッテヤロウト思ッタノニノゥ」
「…貴様ッ!」
マリーンは立ち上がり、再びクオンに対峙する。
「ホ! マダヤルカ!? 何度来テモ同ジ事ジャテ!」
「女王様ッ…! ここは一度撤退を…!」
ムウラが引き止めようとするも、マリーンは再びクオンへと飛び掛った。
そしてまた、剣の嵐。先程より見切るマリーンだったが、やはり後一歩が届かない。
玉座の間に響き渡る戦いの音。そこへ駆けつける、一つの足音。

「うおぉりゃあぁーーっ!!」
クロウとキャットの息の合った攻撃で近衛隊長を翻弄し、その隙にウォーラスが渾身の一撃を浴びせた。
「グオォオゥ…!」
満身創痍の両者だったが、軍配はクロウ達に上がった。
「はぁッ…! はぁッ…!」
「や、やった…! 勝ったッス!」
「全く、タフな奴ね!」
全員、無傷とはいかなかったものの、今は勝利した事を喜び分かち合った。
「これで…二階も制圧か…!」
辺りを見回すクロウ。傷つき倒れた仲間と、そんな仲間達が身を挺して倒したモンスター兵が死屍累々としていた。
「クッ…被害がひどい!」
今すぐにでも仲間達を介抱したいところだったが、3人で全員にかかるには多過ぎる。それに…
「クロウ…俺達は大丈夫だ、構わずクオンの下へ…!」
傍にいた仲間が、クロウに語りかける。消え入りそうな声で、クロウに思いを告げる。
「だが、皆その傷では…!」
身を乗り出すクロウの肩に、手があてられる。キャットだった。
「クロウ、ここは私達に任せて」
「そうッス、せめてクロウさんだけでもマリーンさんを助けてあげて欲しいッス」
「キャット、ウォーラス…」
クロウは俯き、肩を震わせたが、二人と皆の意志を汲み取り、顔を上げた。
「…頼んだよ、二人とも」
「大丈夫よ、寧ろクロウこそ気をつけて」
「任せてくれッス!」
二人に目配せし、頷く。そしてクロウは玉座への階段へと歩を進めた。
そんなクロウの目に、黒い風が見えた。あれは…
クロウは急ぐ、マリーンの待つ、玉座へ。
玉座へ近づくにつれ、戦いの音が大きくなる。剣戟の音が聞こえる。
(マリーン、無事でいてくれ!)
クロウは祈りながら、階段を上る。玉座の間に響き渡る戦いの音が一瞬途切れ、そして…
「ぬ、ぬオォーッ!」
「!?」
突如として、人ならぬ叫び声がクロウの耳を劈いた。思わず後ずさるクロウ。
「な、何だ!?」
階段の先を見上げる。そこには、黒い大きな塊が…あれは…
そして聞こえてくる、女性の声。心配そうな声で、その塊に語りかけている。
「マリーン!」
クロウは声を上げた。が、気付かれないまま彼女の声が遠ざかる。そして、剣戟の音。
震える足を叩いて喝を入れ、クロウは階段を駆け上がった。
目の前に、見た事のない程美しい広間が視界に飛び込む。そして、その広間の中央に、二つの影。
一つは、斧を手に優雅に、且つ荒々しく舞う女性…マリーン。
もう一つは、そのマリーンに対峙する、人…? にしては大きすぎる、道化のような格好の人物。
クロウにはそれがクオン当人であるとは思えなかったが、少なくとも今、マリーンが劣勢である事だけはわかった。
「マリーン!!」
クロウは急いで駆けつけようとした。だが、そんなクロウの行く手を防ぐ、一本の腕。
「待て人間ッ!」
「!? お、お前はッ!」
その腕の主は、人ではなかった。黒い甲殻に包まれた、巨大なアリだった。
「マリーンが危ない! 手を退けろッ!」
「話を聞け人間! 私とて傷を負ったから女王様に任せている訳ではないのだッ!」
「何だよそれ…!」
苛立つクロウ。目の前で戦うマリーンの傷が見ていて痛々しい。これ以上は彼女を傷つけたくない…!
「よいか、今女王様が対峙しているのは、クオン…否、七英雄が一人、ボクオーンだ!」
「! なッ…! に…?」
「ボクオーンは他者を自在に操る術を持っている。下手にその射程へ足を踏み入れれば、寧ろ女王様に仇名す事となるのだ…!」
衝撃の事実に、思考が停止するクロウ。
「そんな…馬鹿な…! だってアイツは、クオンだ! ボークンは既に…」
「…ボークン自身がそうだったのかは解らん。が、少なくともクオンなんて人間は『存在』しない。アレがクオンだ」
「だけど…!」
信じられない、というよりも、信じたくなかった。
それが事実ならば、自分達は余りにも強大な力に立ち向かっていたという絶望感と、
かつては英雄と呼ばれた存在の『戯れ』に、長きに渡ってアバロン国民が振り回されたという不快感に、
心が持ちそうになかったからだ。
「そんな…なら…今まで俺達は…アバロンは…」
目を見開いて、目の前の光景をぼうっとした意識で見つめるクロウ。そんなクロウに、ムウラが言い放つ。
「…事実だ。我々タームは七英雄の時代から存在する。そして、女王様の記憶は代々受け継がれる。
然るに、この状況も相まって、アレがボクオーンであるのは間違いない」
ムウラの言葉がクロウの耳に届くも、クロウはそれに対して何も返すことは出来ず、
ただマリーンの戦いを固唾を呑んで見守るだけだった。
(…マリーン…死なないでくれッ…!)

ムウラに傷を負わし、あまつさえ操ろうとまでしたクオンに、マリーンは怒りをあらわにした。
何故だろう、アイツは自分にとってただ利用するだけの忠実な僕だったはずだ。
その思いはマゼランとしても、クィーンとしても持ち合わせていたのに、今はムウラを一人の『仲間』としてみている。
…だからこそ、ムウラが傷つき倒れるのを見たくない。もう、『仲間』が死んでいくのを見たくない。
『マリーン』は、そう思った。だから、その思いを踏み躙るクオンに、引導を渡す。それが自分の使命。
その思いを背に、再びクオンに立ち向かうマリーンだが…やはり気持ち一つでこの剣の舞がどうこうなるわけでもなく…
「くッ…! さっきより早いだとッ!?」
「ホレホレェ、ワシノ剣ガドンドン血ニ染マルゾォ」
「このぉッ!」
怒り心頭のマリーンに、クオンの挑発が襲い掛かる。冷静な判断を欠き、そこを突いて剣が飛ぶ。
(…ダメだッ! 冷静になるんだッ!!)
心を落ち着かせようと試みる。だが、そうすると今度はクオンに一撃も入れられなくなり…
「グフフ、イイ絵デハナイカ! 美シイ女ガ、ドンドント蒼白ニナル、ソノ絵ハ!」
クオン…いや、ボクオーンのせせら笑う声がマリーンをなじる。悔しいが、どうする事も出来ない。
戦いながらも、傷を負ったムウラが気にかかるマリーン。ムウラの為にも、早く決着をつけなければ…!
気ばかりが急いて、思うように体が動かない。それだけじゃない、小さな傷が、マリーンの体力を奪う。
「はぁッ、はぁッ!」
「ドウシタ? 息ガアガッテイルゾ?」
「くッ…!」
クオンの言う事は、尤もだった。マリーンは気力も体力もすり減らし、限界が近づいていた。そして…
「あぅッ!」
バランスを崩して無防備な体勢になるマリーン。クオンはそれを見逃さなかった。
「今度コソ、終ワリダッ!」
剣をジャグリングするのをやめ、そのまま音速の突きを繰り出すクオン。刃が迫る。
「マリーンッ!」

頭で考えるより先に、体は動いていた。
「待てッ…!」
ムウラの制止も聞かず、クロウは飛び出した。
マリーンを絶対に、死なせやしないッ…! その想いだけが、クロウを突き動かした。
「! クロッ…!?」
クロウの声に思わず振り向くマリーン。それと同時に、クロウが飛びついてきた。
そのまま、マリーンごと床に伏せる。クオンが突き出した剣は、紙一重で二人の背中を掠める。
「うッ…ク、クロウ! どうしてここに!!」
「キミを、助けたくて…」
クロウのその言葉に、思わず顔を赤くするマリーン。クロウはそんなマリーンの顔に手をやる。
「…キミだけじゃ無理だ、僕も戦う」
「クロウ…」
マリーンにとってその言葉は、とても心安らぐ言葉…そして、声だった。
嬉しさに口元を緩めたマリーンだったが、ある事に気付き、ハッとする。
その直後、剣がマリーン目掛け突き出された。クオンのものではない。
「あぐッ…!」
「…え…?」
クロウはキョトンとした顔で、右手に握った剣をマリーンに向けていた。
マリーンの気付く方が一瞬早く、胸に突き刺さるところだった剣は肩を掠めた。それでも、今のマリーンにとっては手痛い一撃。
「…なんでッ!」
クロウは訳が解らずうろたえた。だが直ぐに、あのアリの、ムウラの言葉を思い出す。
「まさかッ…!」
「ヒョヒョヒョ! ナントマァ愚カナ! 態々余興ニ立チ会ウトハ!! 余程恋焦ガレテオルノダナ! ソノ虫ニ!!」
「…き、貴っ様ぁあぁッ!!」
クロウが怒りに震え、クオンに突撃する。だが、寸での所で剣は止まり、そして。
「うわぁッ!」
「!」
クオンへ向かったクロウが、突然振り返りマリーンを襲う。クオンの剣より避けるのは容易いが、しかし…
「マ、マリーンッ! 逃げてッ!!」
「…出来ないッ!!」
「フハハッ! 実ニ良イ光景ジャ!!」
クオンの前で、対峙する二人。
マリーンは、クロウの剣を狙って斧を振ろうとした。だが、その動きに反応しクロウが自らの腕を盾にするように突き出してくる。
勿論斬る訳にいかず、マリーンは躊躇する。その隙をついて、再びクロウが斬りかかる。
お互いどうする事も出来ず、ただただ徒に体力を消耗するのみ。
何よりこの状況が、クオンに寄って行使され、それを強制させられている事が、二人を更に苦しめていた。
「…マリーン! 僕を斬れッ! このままじゃキミを…!」
「出来るわけ、ないじゃない!!」
二人の、悲痛な叫びが木霊する。
それをただ見つめる事しか出来ないムウラは、悔しさに打ちひしがれた。
助けに行きたくても、この傷が動きを鈍らせ、更に行けたとしてもあの人間同様自分も操られ、マリーンに刃を向ける事となる。
「…クッ!」
怒りを込めた拳を打ち付ける。ムウラの目の前で繰り広げられる悲劇。だが…クオンにとっては、喜劇。
「グフフ! ヤハリコノ感覚ガタマランワイ! 信ジテイタ者ガ裏切ル、コノ光景ガ!!」
「このッ…! ハッ!」
クオンの挑発に余所見をすると、すぐさまクロウが飛び掛る。
「マリーン…もう! もう終わらせてくれッ!」
(何とか、何とかしないと…!)
焦れば焦るほど、何も思い浮かばなくなる。だが、落ち着く暇も与えられず、クロウの剣が迫る。
「マリーン…愛してる…だから…!」
「!!」
クロウの言葉に、マリーンが固まる。そこに、クロウが飛び掛る。 …涙を、その目に浮かべながら。
鋭い剣閃がマリーンを捉える。
「死ネェイ!」
「マリーン!」
「女王様ッ!」
声が同時に上がる。全員が、マリーンに注目する。そして…

「!」

_/_/_/_/_/Chapter.11-4_/_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/リアルクィーン_/_/_/_/_/

一瞬の出来事だった。

マリーンは手にした斧を捨てて、飛び掛るクロウを受け止め、抱きしめた。そしてそのまま…キスをした。
「ナニィッ!? 血迷ッタカ!」
「ンッ…!?」
その場にいる誰もが、マリーンの奇行に驚く。だが、クロウだけはマリーンの意図を理解した。
「…負けないで、クロウ。私がついているから…」
「…マリーン」
見つめ合う二人。突然の事にクオンもたじろいだが、直ぐに引き離そうと、クロウを操る。
「うッ…ぐッ…!」
「馬鹿メ! ソレデ動キヲ封ジタツモリカ! イイダロウ、ソノママ仲良ク串刺シニナルガ良イ!」
クロウを使役して、手にした剣で背中から貫かせようとするクオン。だが…
「…!? ドウシタ! ヤランカ!!」
クオンが操ろうとするも、クロウの手は震えるばかりで、その剣は突きたてられたまま動かない。
「エェイ! 人間ゴトキガワシノ『マリオネット』ニ抵抗デキルハズガナイ! 何故ダ!」
「…マ、マリーン…」
「耐えるのよ、クロウ」
クロウは感じていた。自分の意志の他に働く、もう一つの意志に。
マリーンはありったけの思いを、キスに込めた。その思いが、クロウを呪縛から解放しようとする。
クロウもその思いを感じ、必死にクオンの呪縛を振り払おうとする。しかし、それがクオンを躍起にさせた。
「…貴様! コノワシニ同様ノ力デ対抗スルトハ! 馬鹿ニシオッテ!!」
「ぐあぁッ!!」
「クロウッ!!」
二種類の力が、クロウの心と体に負荷をかける。クロウの悲痛な叫びが、マリーンの心を揺さぶらせる。
その瞬間、マリーンの力が途切れる。クオンの呪縛が、クロウを動かした。
「…フ、フハハッ! コレデ終ワリダッ!!」
「クロウッ!」
再度クロウにフェロモンを試みるも、クオンによって阻害される。クロウが手にする剣が、マリーンに鈍い光を当てる。
「ヤレェイッ!」
「…マリーン…後は…頼む…」
「えっ…」
一瞬だった。クロウは最後の気力でマリーンを突き飛ばした。手にした剣が、誰もいない空を斬り、そして…
「クロウッ!!」
ザスリ、と…クロウに突き刺さる。そのまま、倒れ込むクロウ。彼の周りが、赤に染まる。
「クロウーッ!!」
マリーンが叫ぶ。けれど、クロウは動かない。
その様子を見ていたクオンが、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「カァーッ! ナンダコレハ! フザケオッテカラニッ!」
クオンが地団駄を踏み、この状況に苛立ちを隠せずにいた。
「ツマラン! ツマランゾ!! 余興トシテハ最悪ジャ!」
「クロウッ! クロウッ!!」
マリーンが駆け寄り、クロウを仰向けにする。剣は僅かに心臓を逸れてはいたが、このままでは死んでしまう。
「マ、リ…すまな…」
「喋らないでッ…! 傷が…!」
「キャット…達を…アバ、ロンを…」
「そんなこと言わないで! そんな、事…!」
「…」
話す内にもどんどんクロウの様態が悪化する。どうする事も出来ないマリーンは、ただ、涙を流す事しか出来なかった。
「モウイイ! 決着ヲツケテヤル虫ケラッ!」
クオンが怒声のままマリーンに詰め寄る。
「ソノママソノ男ノ後ヲ追ウガイイ! ダガドノ道、貴様ラハ永遠ニ解リ合エヌ!
モンスターガ人間ヲ愛スルナド、有リ得ンノダッ!」
「…」
クロウの下で俯き、背を向けたままのマリーンに、クオンが近づく。
「所詮…貴様ハ…虫ケラナノダァッ!」
クオンが動かないマリーン目掛け剣を振り下ろす。
「女王様ッ!」
ムウラが叫ぶ。マリーンは避けない。クオンは勝利を確信した。

ッザンッ!! と、何かが切れる音。
「ハハハッ! 虫ハ潰スノガ一番ジャ…テ…?」
確かに手ごたえを感じたはずだった。だが実際は、手ごたえはなく…いや、そもそも『手』がない。
「…ハ?」
目の前のクィーンが今だ健在で、ソイツに伸ばした手がなくて。予想外の事にクオンから笑いが途切れる。
不思議そうにしげしげと切断された腕を見つめるクオン。内部のカラクリがあらわになり、首を傾げる。
その直後、見つめる先に何かが落ちてきた。それは…さっきまで握っていた剣と、その握っていた手だった。
「…ナニィッ!?」
人形であるクオンに痛みは無い。だが、自信作であるクオンが破損した事に、驚きを隠せないボクオーン。
「馬鹿ナッ! コノクオンガ壊サレルナド、アッテハナラン! ナランノ…」
慌てふためくクオンの周りに、一瞬風が巻き起こる。直ぐに止んだかに思えたが、次の瞬間。
ッザンッ! と、再び斬撃の音。クオンのもう片方の腕が、切り落とされた。
「…ゲェッ!?」
更に予想外の展開に、先程までの威勢は完全に失われる。慌ててクオンを後退させるボクオーン。
「キ、貴様カッ! 貴様ガヤッタノカッ!!」
未だに座り込んでいたマリーンに、悪態をつく。
(…? コイツ、今までと何かが…)
ボクオーンはマリーンの変化に気付く。マントの裏に隠していたであろう羽を広げ、それを小刻みに動かしている。
「お、おぉ…」
その様子を見ていたムウラが感嘆する。女王様が、本気でいらっしゃる。そしてあの技は、自分の…
少しして羽をしまったマリーンが、ゆっくりと立ち上がり、クオンへと振り向いた。
赤い瞳が、真紅に染まっていた。
「グヌヌ…!」
両腕を失ったクオンでは、もう剣は振るえない。こんな事態を想定していなかったため、あと出来る事といえば蹴る位だが…
「グ、グフフ…! 貴様ガ本気ダトイウナラバ! コチラモモウオ遊ビハヤメダ! 大人シクワガ僕トナレィッ!」
そう言って、不可視の糸をマリーンに向け飛ばす。避けようともしないマリーンに糸が絡みつく。
「ク、ククク! ワシノマリオネットハ肉体ヲ支配スル! 貴様トテ例外デハナイッ!」
マリーンに絡みつく糸が、より深く浸透する。
「貴様ニハマズ、仲間ヲソノ手ニカケテモラオウ! ソシテ、国民ノ前デ痴態ヲ晒シテクレルワッ!」
一時はどうなる事かと思ったボクオーンだったが、マリーンの神経一本一本を感じ、ほくそ笑む。
「クククッ、ドウダッ! 動ケマイッ! サァマズハソノ蟲ニトドメヲ…?」
マリーンを動かそうと糸を繰るも、ピクリとも反応しない。
「ナ、何故ジャ! 動ケコノッ…!」
躍起になって糸を操るボクオーンに対し、マリーンは目を閉じて深呼吸をした。
そして、羽を広げるとその羽を静かに動かし始める。最初は聞こえていた羽の音が、徐々に聞こえなくなる。
「…はッ!」
完全に聞こえなくなった羽音。その直後、カッと目を見開いたマリーンが目の前のクオン目掛け何かをした。
突如、空気が破裂するような音。その衝撃でガラスが割れ、クオンがガクガクと震え始めた。
「ピギャッ!?」
隠れていたボクオーンもその影響を受けた。吐き気と頭痛がボクオーンを襲う。
集中を欠いたボクオーンが、マリーンとクオンを繋ぐ糸を解き放つ。
更に、クオンとの繋がりも切れたらしく、ただの人形となったクオンがその場に崩れ落ちた。
「あ…? な…?」
頭が揺さぶられるような感覚が、ボクオーンに目眩を起こさせた。尻餅をつき、玉座の裏からその姿を曝け出す。
「な、何じゃ! 何が起こって…!?」
まだ揺れ動く視界に、影が映りこむ。クオンという壁がなくなった今、ボクオーンを守るものは何もない。
「ヒィッ!」
恐る恐る顔を上げると、マリーンが全てを見下すような目線でボクオーンを見つめていた。
慌てて後ずさるボクオーンだったが、玉座の後ろは壁。逃げ道はなかった。
「ゆ、許してくれ頼む! ア、アバロンは貴様にくれてやる! それが目的じゃろう! な! な!!」
ヘコヘコと媚び諂うボクオーン。マリーンはそんなボクオーンの姿を見て、天を仰いだ。
(…しめたッ!)
マリーンの目線が一瞬離れた隙をついて、ボクオーンはクオンを再び動かし、マリーン目掛けて飛び込ませた。
「死ねぇいっ!」
クオンの足から、刃が現れる。それはまるで鋏の様に足に生え、マリーンを切り裂かんとする。だが…
クオンがマリーンに触れた瞬間、彼女の姿が消えた。手応えのないまま、クオンはそのまま飛び続け…
「へッ…? あっぎゃあぁーッ!」
ズドンと、その勢いのままボクオーン目掛け落ちた。
出した刃を引っ込める暇もなく、クオンの刃がボクオーンに襲い掛かり、その身を切り裂いた。
「ギェエエェッ!」
胴体が真っ二つになるボクオーン。既に人である事をやめているので、死にはしなかったが、逃げる術を完全に失った。
「ヒィッ、ヒィッ!」
腕だけでどうにかもがいて逃げ出そうとするボクオーンの行く手に、マリーンが音もなく降り立つ。
「あ…あ…あ…」
再びボクオーンを見下す。美しさの裏に湛えるオーラが、ボクオーンに圧し掛かる。
「無様ね」
言い切るマリーン。ボクオーンはその屈辱にわなわなと震えた。
「き、貴様…! わしを倒せば、同胞達が黙っていないぞ! アバロンも、タームも皆滅ぶ!」
「貴方が死んだところで、誰も助けちゃくれないでしょう? ねぇ、『英雄』さん」
「こッ、この…!」
「それに…」
「?」
「向こうから来てくれるのなら、寧ろ歓迎するわ。貴方達七英雄に引導を渡すのも、私の使命なのだから」
「なッ!? き、貴様一体…!」
「…お喋りが過ぎたわね。ボクオーン、あの世でクジンシーに宜しくと伝えておいてね」
「クジッ…!? ハッ! き、貴様まさか皇…!」
ボクオーンが言い切る前に、マリーンは腕を振るった。
マリーンの手から発せられる、不可視の刃がボクオーンの首を胴から分かつ。
ゴロゴロと転がって、壁にぶつかり止るボクオーンの首。その首が、マリーンを睨みつける。
「…皇帝…貴様、人である事を辞めたか…クハッ、クハハッ! な、ならば…き、貴様も…我らと同じ…!」
首だけになっても、なおボクオーンはマリーンに…マゼランに語りかけてきた。
「クッ、ククッ…! だが、我々は死なぬッ…! 皇帝、また出会う時、貴様は…人で、いられるか?」
マリーンはそんなボクオーンの首に歩み寄ると…足を乗せ、そのまま勢いよく踏みつけた。
「プギッ!」
断末魔と共にボクオーンの首が粉々に砕け散った。ボクオーンの体は、木で出来ていた。
「…私は、私よ。それ以上でも、それ以下でもない。皇帝マゼランや、タームクィーンである前に、私は、マリーンだから」
もう聞こえてはいないだろうが、マリーンは自身に言い聞かせるようにして呟いた。
(…コイツも同じ事を…やはり、七英雄は不死身なの…?)
クジンシーの捨て台詞が、頭の中で再生される。そしてボクオーンの捨て台詞…マリーンは、拳を握り締めた。
アバロンに絡みついた支配の糸が途切れ、アバロンは…遂に解放された。
少しの間、ボクオーンの言葉について考えていたマリーンだったが…
「「…クロウッ!」」
ほぼ同時に発せられた声。マリーンが振り返ると、クロウのもとにキャットとウォーラスが来ていた。
「しっかりして! 死んじゃイヤよ! クロウ!!」
「ク、クロウさん…!」
マリーンも急いで駆けつけた。クロウは既に息も絶え絶えで、何時この世から旅立ってもおかしくなかった。
「マリーンッ! ねぇどうしてッ…!」
キャットが泣き顔でマリーンに迫る。自分に責がないとも言えず、項垂れる。
「マリーンさん、何か、何かないンスか!? ここなら貴重な薬とかがきっと…」
「…私の記憶にある限り、ここまでの傷は…それに、今から取りに行く間、クロウが持つかどうか…」
「そんな…!」
折角勝利を得たのに、これじゃ意味がない…クロウを欠いた、勝利なんて…
「…やれやれ、余程愛されているのですな、その男は」
「! ムウラ!?」
顔を見上げたマリーン。そこには、痛手を負い、動くのもままならなかったはずのムウラがいた。
キャットとウォーラスが驚いて後ずさる。しかしキャットは直ぐにムウラを睨みつけた。
「何よ! 貴方には分からないでしょうけど!」
「…」
やり場のない気持ちをムウラにぶつけるキャットを、マリーンが落ち着かせる。
「…ムウラ、何かがあるのね?」
「…むぅ…これは…しかし…」
「あるのね、出しなさい」
ごねるムウラに、マリーンは命令するように言い放った。少し考えたムウラが、渋々小瓶に入った液体を差し出す。
「…人間になら少量で良いですからねッ!」
「ありがとう」
マリーンはそれを受け取ると、蓋を開けた。仄かに香る黄色いそれは、液体というよりはトロッとしたゼリー状の物だった。
そのゼリーをクロウの患部へ直接垂らす。
「…あぁッ! それ位で十分ですっ!!」
ムウラに言われ、傷口を覆う程度に垂らす。クロウが呻き声をあげ、痛みに耐える。
そんなクロウの様子を見たキャットが、クロウの手を取り、祈り始める。
「クロウ…」
皆が心配そうにクロウを見つめる。今はただ、この薬を信じる他ない。
暫くクロウは呻き続けるだけだったが、傷口から体内へと浸透し始めた薬が、徐々に効き始めたようだ。
シュウウゥ…と、薬が溶け始め、深く抉られた傷口を次第に修復していく。
「お、おおお…?」
「傷が…塞がっていく…」
あれだけ大きな傷が、見る見るうちに塞がっていく。数分としないうちに、傷口は完全に消えた。
「や、やった! やったッス!」
「す、すごい…」
安堵の表情を浮かべる二人。マリーンもほっとした様子だったが、クロウが未だに目を覚まさない事に気付く。
「…クロウ?」
「え…ちょっと…?」
傷口が塞がり、出血が止まったというのに、クロウが一向に目を覚まさない。揺すっても、頬を叩いても。
「ク、クロウ…? もう、大丈夫だよ、終わったんだよ…!」
様子がおかしい事に、キャットの声が震える。どんなに呼びかけても、クロウは目覚めない。
「ム、ムウラ…?」
「これは…血を…出しすぎたのかもしれないですな」
「そんなッ!」
確かに、クロウの周りは、彼の血で赤い絨毯が更に赤く染まっていた。
「どうにもならないのッ!? これじゃ、意味が…!」
「むぅ…」
ムウラに問いかけるが、答えは返ってこない。うろたえるマリーン。手にした小瓶を見つめ、そして…
「クロウ…飲んで!」
「!?」
マリーンはクロウの口元に瓶を宛がった。そして飲ませようとするが、意識の無いクロウは呑みこもうとしない。
「…!」
「えっ、ちょっと、マリーン!」
「じょ、女王様ッ!」
クロウが呑まないのを見るや否や、マリーンは自分の口に含み、そして…口移しを試みた。
(クロウ…起きて…! お願い…!)
突然の事に皆呆気に取られたが、その様子を固唾を呑んで見守ることにした。
一方ムウラは、顔に手をあてて、愕然としていた。
「あぁ…これでもう私は二度と…」
ムウラの言葉も気にせず、マリーンはクロウが飲み込むまで口付けを続けた。
そして漸く、クロウが薬を飲み込む。それを確認したマリーンは、顔を離す。
「…」
暫しの沈黙。それを破ったのは、クロウの、咳き込む声。
「ゲホッ、ゲホッ…!!」
「「クロウ!」」
マリーンとキャットが同時に叫ぶ。尚もクロウは咳き込んだが、落ち着きを取り戻したところで目を開けた。
「う…僕は…」
「クロウッ!」
「わッ!?」
キャットが嬉しさの余りクロウに飛びつく。傷口が塞がったとはいえ今だ痛いのか、クロウがお腹を押さえた。
「ゴ、ゴメン…」
「え? あ…キャット…」
見つめ合う二人。そしてそのまま再度抱き合って、キスをする。
ウォーラスが指を咥えてその光景を羨ましそうに見つめる。マリーンはやれやれといった表情で、ほっと胸を撫で下ろした。
「…ありがとうムウラ。貴方がいなかったら、今頃は…」
「別に私は貴方の為に働いただけです。貴方が望むのなら、私は自身の気持ちは抑えられます…が…」
いつもの雰囲気から、次第にわなわなと震え始めるムウラ。そしてマリーンの手から小瓶を奪い取った。
「これはあんまりです…折角楽しみに取っておいたというのに…あぁもぅ半分も残ってない…」
「ご、ゴメン…」
何時に無いムウラの様子にマリーンはたじろぐ。そんなに貴重なものなのか?
そんなマリーンの疑問に気付いたかの様に、マリーンを見やるムウラ。
「…元はと言えば女王様が…皇帝入りの女王様が! 予告もなしに出してしまうからこんなにも量が少ないのですッ!」
血涙でも流さんかの勢いで迫るムウラ。
「ご、ゴメンってば…? って、そういえばその薬って…?」
ムウラが言い放った言葉が引っ掛かる。予告なし? 出す? 自分が? 何を?
「…お忘れですか? 貴方の記念すべき最初の女帝液ですよ」
「…それって…」
女帝液…そうだ思い出した。いや、思い出したくなかったんだ…
女王の記憶にはちゃんとあるのに、皇帝の心がこれでもかといわんばかりに記憶の底に眠らせた記憶。
リアルクィーンとして初めて出したモノだけがそう呼ばれる…女帝液。そう、つまり…
「あの時の、分泌液です」
「分泌液って言うなーッ!! うッ…」
そうだ、地下で生まれて、何やら怪しげな踊りをした時に、思わず息んだせいで…その…漏らした…
「うううッ…!」
思い出してしまったマリーンは、口に手を当てる。の、飲んではないよな!
「あ、あの、二人とも…そろそろ止めに…」
「!」
「あ…ゴ、ゴメン…」
マリーンとムウラの会話にもお構い無しに、二人はまだお互いを感じあう事を続けていたようだ。
そんなクロウとキャットを見つめるマリーン。あの薬がアレなら、クロウの体の中には今…!
更に言えばキスをした二人の口の中とか…! あぁあぁあ!
頭を抱えるマリーン。最後の最後で、全部台無しだッ!
「…どうしたの、マリーン?」
「えッ!? イヤッ! そのッ! …だ、大丈夫よ、大丈夫…」
明らかにおかしい様子に、首を傾げる三人。言えないッ…言えるわけないッ…!
ハッとして、ムウラを睨む。
「…大丈夫ですよ、言いませんから」
「くぅぅッ…!」
「「「?」」」
こッ、コイツ…! 内心ほくそ笑んでるッ…! 畜生ッ…!
「! そうだ、クオン、クオンはッ!!」
キャットが今更な事を言う。とはいえ、この三人は事の一部始終を見ていないので当然といえば当然か。
「や、奴は…クオンには、引導を渡したわ。もう、アバロンを苦しめるものはいない」
コホンと咳払いして、マリーンは体裁を取り繕って伝えた。
そうだ。色々あったが、私は…私達は勝ったんだ…
「それじゃあ、もう…」
「…えぇ。アバロンに皇帝…暴君はいないわ」
見つめ合う三人。そして、こみ上げる嬉しさを爆発させた。
「「「やったーッ!」」」
抱き合う三人。マリーンにしてみれば僅か数日の出来事だが、彼ら…いや、アバロン国民にしてみれば長年の夢が遂に叶ったのだ。
喜びを抱えたまま、それを皆に伝えるため玉座の間を後にする三人。
マリーンとムウラだけが、荒れた玉座の間に残った。
「…落ち着きましたか?」
「え、えぇ…」
まぁ…勝利に比べれば、些細な悩みだ。再度記憶の奥底にしまって置けばよい。
「…ムウラ」
「はい」
「…ありがとう。純粋に。私個人として」
「それは女王様ですかな? それとも皇帝?」
「どっちでもあるし、どっちでもないわ。『私』は『私』よ」
「…では、有難く受け取っておきます」
「何よ、それ」
クスッと、マリーンが微笑む。その様子を見てムウラが目を逸らした。
「で、では私は皆に撤収を伝えて参りますので、また後程…」
「えぇ、お願いね、ムウラ」
「…御意!」
マリーンの言葉を受け取ったムウラが、窓から外へと飛び立っていった。
広い玉座の間に、マリーンが一人。戦いの後が生々しく残ってはいるが…
「…帰って来た。漸く、ここに…アバロンに」
250年ぶりの凱旋。様々な事があったが、『皇帝』は再び自身の国へと戻ってきた。
感傷に耽るマリーン。が、直ぐに踵を返す。
「さぁ、これからが忙しくなるわよ」
決意を後に、今は残った問題を解決するために、玉座の間を後にする。
ボクオーンだった『物』が、急速に風化していく。塵となり、窓からその存在があった証明をかき消していった。

モンスター襲来の真っ只中、クオン崩御の一報が巻き起こり、アバロン中がますます混乱した。
だが、マリーンの指示でアリ達は再び地下へと帰っていき、一先ず目の前の問題が解決する。
そして、シティシーフ達によって全てがクオンによるものと事の顛末が語られると、アバロン国民達は歓喜した。
納得のいかない兵達には、宮殿二階の兵士達の亡骸が晒され、クオンという存在を思い知らしめた。
そして…マリーンは国民達の前で、堂々と演説をした。自らが皇帝の末裔であると。皇帝が、今までどうなっていたのかも。
それを証明付けるため、マリーンはアバロンの復旧に尽力した。
アバロンの持つ全てを用いて、戦いの爪痕を癒していく。
また、宮殿から追い出された者達を呼び戻し、アバロン大学から優秀な人材を引き抜いて、アバロンの基盤を固めた。
最小限に留めても、やはり出てしまった戦死者達を低調に弔った。
そんなマリーンの献身的な姿を見て、人々はマリーンを聖母の様に崇め始めた。
また、マリーンは女王としての務めも果たした。暇を見て、地下のターム達を労った。全てのターム達の元を訪れ、感謝を告げた。
今まで見たこともない自分達の女王のそんな姿に、ターム達はより一層忠誠を誓った。
マリーンの気持ちがどうあれ、マリーンという存在に人間も、タームも恋焦がれた。

そして、アバロンの復興も一段落つき、マリーンが正式に皇帝となるための、戴冠式の日…

_/_/_/_/_/Chapter.12-0_/_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/_/エピローグ_/_/_/_/_/

「マリーン!」

「クロウ、来てくれたのね」
「あ、あぁ…」
久しぶりにマリーンに出会ったクロウは、その美しさに思わずたじろぐ。
「き、綺麗だよ…」
「ありがとう」
式典の為に着飾ったマリーンは、まさに王族としての振る舞いでクロウの目に飛び込んできた。
「あ、あぁそうだ、キャットも誘ったんだけど…」
「?」
「『私なんかが行ける訳ないじゃない』って言って、どっか行っちゃったんだよね」
「フフッ、キャットらしい」
戦う必要のなくなった人々は、皆それぞれの生活に戻っていった。
役目を終えたシティシーフ達は解散となったが、キャットがまた立ち上げたらしい。
「アバロンにはまだダニみたいな奴がいるのよ」
と言って、数人の仲間とまたあの隠れ家を拠点として活動している。
マリーンはハクゲンを正式にアバロンの官僚として取り入れようとしたが、ハクゲンは断った。
「私には、私を待っている学生達がいますから」
そう言って大学講師としてアバロン大学のあの研究室で今も様々な書物に囲まれている。
とはいえ、なんだかんだで様々な助言や、大学の優等生を派遣したりと、ご意見番としてやってくれている。
ウォーラスは本人の強い希望で、アバロン兵として精を出している。
「親父の跡を継ぐッス!」
そう息巻いてはいるが、相変わらずメイドへのちょっかいが耐えないらしい。全く…
そんなウォーラスとは反対に、ワレンはアバロン兵をやめ、修行の旅に出た。
「…必ず強くなって、帰ってきます」
そう言い残し、彼はアバロンを後にした。龍の穴で彼の姿を見かけたという話もあるが、定かではない。
クロウはシティシーフをやめ、大学で経済学を学ぶ事に勤しんでいる。
「や、僕は元々家業を継ぐためにアバロンへ来たからね」
そう言う彼だったが、アバロン復興の際にはマリーンを支え、マリーンの為に東奔西走してくれた。
そして、マリーン…

粛々とした空気が、玉座の間に広がる。
国民に、新たな皇帝の誕生を披露するために行う、戴冠式。
まさか二回も体験するとは夢にも思わなかったが、こうして再びアバロンに、皇帝として復帰した事を実感できる。
マリーンは懐かしさと嬉しさに身を震わせながら、新たな皇帝として、正式に任命された。
王冠を被り、皆にその姿を見せると、辺りから拍手が湧き起こった。
「マリーン陛下!」「陛下!」「おめでとう御座います!!」
「ありがとう、皆のおかげよ」
仕官達の激励を受けながら、マリーンは静々とテラスへと歩を進める。
途中でクロウの存在に気付く。微笑みかけると、クロウは照れくさそうに俯いた。
テラスから、アバロンを見下ろすマリーン。これもまた、懐かしい光景。
未だ完全に復旧したとはいえないが、それでも、この国は確かに立ち上がろうとしている。
それを統べるのは、自分。そう、心に言い聞かせるマリーン。
暫くそんなアバロンを見ていたマリーンだったが、不意に片手を水平に持ち上げ、遠くを指さして、笑みを浮かべた。
「…待っていなさい、七英雄。そして、ロックブーケ。貴方達が虫けらと蔑んだ者の、真の恐ろしさを味わわせてあげる」
マリーンはその言葉を風に乗せるようにして言い放った。
心の中で、あの忌まわしい記憶を反芻し、そして…消し去った。
「…私は、マリーン。バレンヌの皇帝にして、タームの女王…」
その言葉を口にして、皆が待つ玉座の方へと振り向く。
微笑を浮かべ、瞳を輝かせるマリーン。
その輝きに呼応するように、周りの仕官や兵士達、そして…クロウの瞳が赤く染まる様に見えた。
鳴り止まぬ拍手の中、マリーンはまた外を見やり、呟いた。

「…私は、女帝マリーン。全てのオスは皆、私のモノ…」

Romancing Empress Sa・Ga Fin
大変長らくお待たせしました。第八ログ、最終回です。
物語の締めなので、エロは殆どありませんが、ご了承下さい。

――――――――ロマサガ2解説――――――――
光る手
夢見る宝石、バクのなみだ、銀の手…銀の手は消えない!
…ではなく、歴代皇帝の誰か…若しくは、その全員、かも。

召集術具
オリジナル物。
多分術法研究所謹製。

ハクゲン・キャット
苗字は勝手に命名。ハクゲンはそのままですが、キャットの苗字は一体何処から出たのか自分でも解りません。

隠し通路
ゲームではそのような表現はないですが、話の都合により隠し扉に。

アバロン兵
アバロンアリイベントは本来ゲーム終盤のイベントですが、
よくよく考えるとその頃にはクロスクレイモア(ほぼ最強の剣)とかが支給されているわけで…
不意打ちには敵わなかったんでしょうか。

アバロン倉庫
歴代の皇帝が集めたアイテムが一堂に集まる倉庫。
例え深淵で死んでも装備品が戻ったり、ゴミ箱に捨てたアイテムが何故か送られていたりと、実は相当な不思議スポット。


皇帝の技能は引き継がれるのですが、この物語の皇帝は術師⇒術師⇒格闘家⇒武装商船団と来ているので、偏った技能値に…
更にクィーン(元)が棍棒技を使うことを考えると、益々斧・棍棒技能が上がっているような…

クオン(真)
七英雄はゲームの進み具合によって進化します。
ボクオーンの場合、本人は変わらず操っている人形のグラが変化します。その変化後が、クオンという設定。
水鳥剣にやられた人は多いはず。そして見切った人も多いはず。

覚醒マリーン
不可視の刃。勿論オリジナル設定。元ネタは某柴田亜美氏の漫画から、虫族の彼のアレ。
超音波。ゲームでも実際リアルクィーンが使ってきます。
対策をしていないとフェロモンと相まって全滅の危機に。

最後
やっぱり元ネタ蟻。同じスクウェア作品とだけ。


来来来来来来来来
この作品に名前をつける際、名乗り始めた名前ですが、コレもロマサガ2ネタ。
サガと言えばバグ。来来来来来来来来は、そんなバグで生まれるバグ皇帝の名前です。
やり方はググってもらえれば。
別名石舟皇帝(グラフィックから)と呼ばれ、全てのパラメータが最大値というトンデモ皇帝。
ようは本来読み込む皇帝のデータが読み込めず、FF(16進数、255の事)で埋め尽くされているのでこんな事に。
名前もデータ上FFFFFFFFFFFFFFFFなので、ロマサガ2の文字データFF、つまり『来』が連続する、というのがその理由。
勿論バグキャラなので、フリーズは朝飯前、データ破損も辞さない恐ろしい皇帝です…

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思えばロリクィーンの画像が張られたことで始まったこの物語。
確認したところ5/26に上がっているので、気付けば約半年間も書き綴っていた事になります。
こんな量の文を仕上げるのは初めてだったので、色々至らない所が目立ちますが、
無事完結できたのは皆さんのGJやコメントのおかげです。ありがとうございます。
物語は終わりを迎えたものの、ゲーム的にはまだまだこれからなんですが、
流石にもう書く気力も、なによりこの場で書くべきではないので…
一応、その考えていた内容がこちら。↓

・地上戦艦 :アリにかかれば余裕余裕。落とし穴でGO
・ダンターグ :実は昔からリアルクィーンに恋してた(クィーンの姿は知らず)
マリーンを無理矢理嫁にしようとするが、それを逆手に取るマリーン。
「…スービエに勝ったら考えなくもない」
怪獣大決戦in氷海。ダンターグが勝つも、哀れそのまま海の藻屑。
・ロックブーケ:いざ宿命の対決、だがお互いの能力では決着つかず…
そして何故か「どちらが多く男を虜にできるか」勝負に。
それでも決着つかず、全てをノエルに託される。結果は…
・ワグナス :シリアス展開。それだけ。

それでは私は再びROMに戻ります。
またいずれピンと来る画像があったら、書くかも…?
来来来来来来来来
http://www.tsadult.net/megalith/?mode=read&key=1316975926&log=0
0.3000簡易評価
2.100きよひこ
「…私は、女帝マリーン。全てのオスは皆、私のモノ…」
最後の台詞に笑っちゃいました。マリーンすっかりりっぱな女王様におなりになって。
完結お疲れ様でした。
7.無評価きよひこ
やぁ神
おひさ