「こんなことでは私は屈しないぞ」
両腕を拘束され、胸をさらけ出されているにも拘らず女の眼には強い光が宿っていた。
その視線の先には、ひょろっとした男が薄ら笑いを浮かべている。
「わかっていますとも、姫。貴女がそう簡単に従ってくれるなんて、こちらも思っていません」
「ならどうする? 私を犯すか?」
挑発的な物言いは、そんなことはできないと高を括っているからか。
「そんなことはしませんよ、勿体無い。
リーザ姫には無傷なままの状態で協力してもらわないといけませんからね」
「ふん、そんなことは不可能だ。諦めるんだな」
女――リーザは男の言葉を鼻で笑った。
この男の要求はとても受け入れられるものではない。
このような辱めを受けているとはいえ、その程度では屈するつもりはなかった。
たとえ何をされようとも屈する気はなかったが。
男は依然として薄ら笑いを浮かべ、リーザに語る。
「いえいえ、あなたは要りません。必要なのは、『リーザ姫』ですから」
「なら意思でも奪うか?」
「とんでもない。それじゃ意味がありません。それに貴女にはロクに魔法や薬なんて効かないでしょう?」
王族には神の加護がかけられており、リーザは特にその性質が強い。
そのため他者からの攻撃に強い抵抗力を有していた。
「そのとおりだ、八方塞じゃないか。分かっているなら、早く私を解放するんだな」
リーザはそれを承知で、挑発的な笑みを浮かべた。
それに対し、男は薄ら笑いの姿勢を崩さなかった。
「そんなことはありませんよ、やりようはあります。今からお見せしましょう」
そう言うと、男は懐から小瓶を取り出し、中身を飲み干した。
そしてリーザに背を向けると、服を脱ぎだした。
「……何をしている? 結局私を犯すのか?」
「いえいえ、そんなことはしませんよ。少なくとも、私は」
男が最後の1枚を脱ぎ終わった。
リーザが男の貧相な体から目を逸らそうとしたとき、変化があった。
男の髪の毛が伸び、肌が白くなっていく。
腰がくびれ、手足が細く、体毛は薄く。
伸びた髪の毛は色も鮮やかな煌く金色に。
ほどなくして、男の後ろ姿はリーザとそっくりになっていた。
姿を変えた男は、リーザに背を向けたまま部屋の隅に設置されていた棚を開くと、中から何かを取り出した。
それを広げ、身につけていく。白い滑らかな生地で作られたそれは、リーザが着ているものとよく似ているドレスだった。
やがてドレスを着終えた男が、くるりと向き直る。
「どうです? なかなかのもんでしょう」
豊かに実った膨らみを強調するように腕組みをし、にやりと笑う。
その顔も、声も、リーザのものと寸分違わなかった。
「姿形を真似たところで、それがどうした? それくらいのこと、上位の魔神なら平気でやるだろうさ」
自分の姿に変身されたことに内心驚きはしたものの、リーザはあくまで気丈だった。
「確かに。さすが戦姫と呼ばれるだけありますね。
普通なら自分と同じ姿を見せつけられた時点で動揺してしまうでしょうに」
素直に感心するような言葉に、リーザは眉を潜めた。
体は拘束され、敵国に与するような要求をつきつけられはしたが、どうにも生ぬるい。
加護の影響を受けないような拷問や強制の仕方もないわけではないのに、そんな気配もない。
あまつさえ、姿を真似て、見せつけてくる。
たとえ姿形は同じであろうと、それだけで惑わせるほど神も国も甘くない。そんなこと、この男(?)がわかっていないようには見えないのだが……
「まぁ、そうですね、これじゃまだ足りません。まだ、あなたと私は区別されてしまう」
「何を言って……まさか貴様っ」
区別、という言葉にリーザはハッとした。
目の前の自分の姿をした男は、余裕の笑みを浮かべている。
「おや、気づかれてしまいましたか。そうですよ、それが私の狙いです」
「神を騙して加護をかすめ取ろうというのか、下衆め」
「なんとでも言えばいいでしょう。そもそも私の国ではその神はないものとして扱われていますしね」
「ふざけたことを……」
「ふざけてなんかいませんが……まぁ、いいでしょう。
これから、あなたがあなたである証を少しずつ、いただいていきます。
ふふっ、どこで神は騙されてくれるでしょうかね」
リーザの姿となった男――偽リーザは、両腕を拘束されている本物を上から下まで見て、
思案するように顎に手を当てた。
「そうですね……まずはそのティアラからいただきましょうか」
そう宣言すると、リーザの頭のティアラに向かって細い指を伸ばす。
魔法銀(ミスリル)で作られたと思しきそれには、双頭の鳥が描かれている。
双頭の鳥は、リーザの国の王家の紋章。それを取られるというのは、どういうことか。
その意味を理解したリーザは、首を振り抵抗した。
しかし、控えていた男に後ろから顔を両手で挟み込まれ、その抵抗もすぐに潰えた。
「くっ……」
「その抵抗ぶり、本物のようですね、好都合なことです」
唇を噛み締め、うつむこうとしているかのように視線を落としたリーザに、偽リーザは声をかけた。
そしてそっとティアラに触れると、髪留めの部分を外し、両手で持ち上げた。
「さすが魔法銀ですね、重さを殆ど感じない」
そう呟くと、偽リーザは持ち上げたティアラを自分の髪の上にそっと載せ、髪留めをぱちりと留めた。
「どうです、似合いますか?」
「…………」
「つれませんね、ですが……」
そこで偽リーザはリーザに息のかかる距離に顔を近づけると、小さく声をかけた。
「力が少し抜けていませんか? 自身の内にあったはずの、力が」
その言葉に、リーザの肩が震える。それは抑えようとして抑えきれなかった動揺を表していた。
偽リーザは尚も畳み掛ける。
「このティアラ、代々受け継がれてきたものです。
それを容易く失うような人間が、果たして王家の人間としてふさわしいのでしょうか?」
私なら、そんなことは決してありません」
「奪いとった張本人が抜け抜けと……」
リーザは内心の整理に追われ、そう返すのがやっとだった。
その言葉に、偽リーザはリーザから身を離すと、息を吐いた。
「これは私がお母様から授かったものだ。言い掛かりはよしてもらおうか」
「なっ」
突然口調を変え、キッと睨みつけながら言い放たれた言葉に、リーザは絶句した。
そのままリーザが固まっていると、偽リーザの顔がふっと緩んだ。
そして元の薄笑いのような表情を浮かべると、リーザに問いかける。
「似ていましたか?」
「どうして……」
「あなたから抜けた力は、どこに行ったと思います?」
動揺から抜けだせず呆然としていたリーザは、偽リーザの言葉にはっとした。
「まさか」
「ええ、私がいただいています。
面白い事に、それと一緒にこのティアラに関する
あなたの記憶や思いといったものが流れこんできたんですよ。
これは想定外でしたが……好都合ですね」
ニヤリと笑う偽リーザに、リーザは慄然とした。
外見や地位だけではなく、内面まで奪われることに恐怖を覚えたのだった。
「次は……そうですね、そのヘッドドレスをいただきましょうか」
頭を抑えられているリーザに抵抗する術もなく、額の飾りを外される。
偽リーザは外した額飾りの両端を持ったまま耳の後ろ側に両手を回し、留め金をはめた。
「ふむ、これは……」
自らの額に飾られたそれを指で撫でながら呟くと、偽リーザはすっと目を閉じた。
そうして数秒後、目を開いたときには表情を一変させていた。
まるで昔を懐かしむような、優しい表情に。
「そう、これを授かったのはもう3年前か……。
成人の儀でお父様から直々に授けていただいた。
あのときには、嬉しさと不安とがないまぜになっていて、部屋に戻ってからこっそり泣いたんだったな。
嬉しくて、怖くて。今となっては、懐かしい」
「やめろ、私の真似をするなっ。私を、私を奪うなっ!」
たまらず、リーザは叫んだ。
先ほど感じた恐怖が膨れ上がり、リーザを飲み込もうとしていた。
「何を言っている?
私は、私だ。
聖王国第一王女、リーザ・マールシン。それが、私だ」
「違う! 私が……私がリーザ・マールシンだ。お前は偽者だ!」
あくまでリーザとして振る舞う偽リーザに対し、本物のリーザは必死だった。
恐怖から来る余裕のなさが、リーザを駆り立てていた。
対する偽リーザは、本物の糾弾に動じることなく、笑った。
「そう、まだ私は偽者です。ですが……」
突然口調を戻した偽リーザはそこで言葉を切ると、自らの額に手を当てた。
「あなたは、これを授かった時のことを覚えていますか?」
「そんなの当たり前だ! 成人の儀のことも、その後のこともちゃんと覚えている!」
「そうですか……まぁ、それはそうでしょうね。
まだまだ、といったところでしょうか」
一瞬残念そうに眉を寄せた偽リーザだったが、手のひらで顔を覆うと、
気を取り直したのか元の薄い笑みを浮かべていた。
「まぁ、先は長いほうが、私も楽しめそうですしね」
そう漏らした言葉と表情に、リーザはぞっとした。
この仕打ちがまだまだ続く、そのことに怯えすら感じていた。
「上から順に、という訳ではないですが……次はイヤリングにしましょうか」
「やめろ……」
弱々しく拒絶するリーザに応えることなく、偽リーザはリーザの方へ手を伸ばした。
リーザが傷つかないようにか、1つずつ両手で丁寧に留め具を外していく。
そのままイヤリングをリーザから取り去ると、手のひらに乗せしげしげと見つめた。
「少し重そうなものですが……おや」
何かに気がついたように、イヤリングに付属している宝石へと指を滑らせる。
「珍しいものをお持ちですね、精霊が宿っているとは」
「……それがどうした」
「いえ、なんでもありません。ただ少し面白いと思っただけですよ。
ペンダントとチョーカー、それにバレッタでしょうか。
それもいただきますね」
そういって手のひらに乗せていたイヤリングを身に着けると、
次々とリーザの装飾品を外し身に着けていく。
その手つきはあくまで丁寧で、リーザを傷つけないようにしていた。
「これでようやく半分、といったところでしょうか」
パチリとバレッタを留めつつ、偽リーザが呟いた。
髪を整え、リーザを拘束している男たちに目配せをすると、
横を向くよう体の向きを変えた。
「そろそろ大丈夫でしょう。これに宿っている精霊は随分素直なようですし」
「まさか……んーっ!」
そう言ってイヤリングの宝石を撫でながら何かを唱える偽リーザに、
リーザは恐れを顕わに声を上げかけ、拘束していた男の手のひらに口を塞がれた。
ふわり、と風が長い髪をなびかせ、イヤリングの宝石が輝きだす。
『お呼びですか?リーザ様』
若い女の声が響き、偽リーザの目の前に半透明の少女の姿が現れた。
宙を浮くその少女――風の精霊であるシルフに、偽リーザは話しかけた。
「ちょっと頼みたいことがあってな」
『めずらしいですね。まぁいいですけど……あら?』
軽い感じで受け答えをしつつ小首を傾げるシルフに、偽リーザは問いかける。
『なんか変な感じが……リーザ様?』
「どうした?」
『リーザ様に似た感覚を持った人が、近くにいるんです』
「ああ、そういうことか。それはな……」
そう言い、リーザの方へちらりと目を向ける。
それにつられ、シルフもリーザの方を見て、目を丸くした。
『えっ、リーザ様がもう1人?』
「そいつは、私に化けた偽者だ」
「んー!」
平然と言い放った偽リーザの言葉に、リーザは目を見開いて何か声を発しようとしたが
口を塞がれているためうめき声しか出せなかった。
シルフは偽リーザの言葉を真に受け、感心したように頷いている。
『上手く化けてるもんですねぇ、そっくりです』
「そうだろう?それで頼みたいことだが……そいつを拘束しておいて欲しいんだ。
人力じゃあんまりあんまり長く拘束はしていられないからな」
『あ、はい。お安い御用ですー。風の輪で両腕両足を縛っておけばいいですか?』
「そうだな、それで頼む」
『わかりましたー』
シルフは浮いたままリーザの前に移動した。
『ちょっと離れていてくださいねー』
そう指示するシルフに男たちはリーザからすんなり身を離した。
解放されたリーザは一瞬ふらついたがなんとか踏みとどまると、シルフに懇願するように口を開いた。
「だまされるな、私が本物なんだ」
『そんなこと言っても信じませんよ。私を呼んだのはあちらのリーザ様なんですから』
「奪われたんだ!」
『私のリーザ様は自分のものを簡単に奪われるような人じゃありませんもの。
だからあなたが偽者です』
そっけなく、断定的に放たれた言葉に、リーザは絶句した。
『じゃあ、締めますねー』
その言葉とともに、リーザの腕は手首と肘に見えない輪がはめられたように繋がれた。
足も同様に足首と膝で輪をはめられたようになり、リーザはバランスを崩して前に倒れそうになった。
「むぎゅっ」
受身も取れずに倒れこもうとしたリーザを支えたのは、いつの間にかそばに来ていた偽リーザだった。
リーザの顔が偽リーザの胸に埋まるような形になっており、抱き寄せているようにも見える構図となっていた。
『お優しいですねー。これでいいですか?』
「ああ、ありがとう」
『それじゃ、失礼しますねー』
そう言うと、シルフの姿はふっと消えた。
同時に、イヤリングの宝石の輝きも収まった。
たまに呼んでは話し相手にしていたシルフに偽者呼ばわりされたことに、
リーザはショックを受けていた。
自分が偽リーザの胸に顔をうずめるような体勢になっていることに気が回らないほどに。
それに気づいているのか、偽リーザは姿勢を変えることのないまま、周りの男達に目をやる。
「ここからは私一人で大丈夫でしょう。あなた達は外してください」
「はっ」
指示を受けた男達が部屋を出ていくのを確認したあと、
偽リーザは自分の胸に埋まったままのリーザに声をかける。
「いつまで私の胸に?そんなに私の胸は心地よいですか?」
「えっ……、なっ、違っ!」
リーザはその言葉にはっとなり、自分の体勢に気がついた。
弾かれたように身体を離そうとするリーザだったが、
両手両足を縛られた状態ではまともにバランスが取れるはずもなく、
尻餅をついて後ろに倒れこんだ。
それを見下ろしながら、偽リーザは扉へと向かうと鍵をかけた。
「これで、ふたりっきりです」
カチリと錠の落ちる音に肩を震わせ怯えた顔すら見せるリーザに、偽リーザは笑いかける。
「そんなに怯えなくてもいいじゃないですか、何も取って食べたりはしませんよ」
そう言いつつリーザに近づくと目の前にしゃがみ込み、リーザの腕をとった。
よく見ると半透明の渦がリーザの手首と肘の辺りに渦巻いており、これで拘束されているようだ。
偽リーザがその渦に触れてもただ素通りするだけで、何も無い。
「あの精霊、ずいぶんと丁寧にあなたを拘束したんですね。
私に害がないように指向性まで持たせて……ずいぶん慕われているようですね、私は」
「くっ……」
ニヤリと笑う偽リーザに、リーザは唇を噛み締め、ぎゅっと手を握った。
装身具だけでなく、信頼まで奪われた。
それが断片的、部分的なものだとしても、リーザの怯えを増すには十分だった。
「おや、これは……」
偽リーザが何かに気づいたように声をあげ、リーザの握られた左手を見た。
その人差し指には、王族が身につけるには不相応といえる簡素な指輪がはめられている。
「なんともみすぼらしい指輪ですね、特に魔力も感じませんし」
「馬鹿にするなっ!これはっ」
「これは?」
反射的に声を荒らげたリーザは、冷静に聞き返されてはっとした。
挑発的な言葉にまんまと乗ってしまったことに気づき、言いかけていた言葉を飲み込む。
「……お前には関係ないっ」
代わりに発したのは、精一杯の虚勢を張った拒絶だった。
そんな虚勢が通用するわけもなく、偽リーザはリーザの手首を左手で取った。
「そんなことありませんよ。これももうすぐ私のものになるんですから
これも、これにまつわる想いも、すべて」
「いや……」
指輪を指で撫でながらそう告げる偽リーザに、リーザの張った虚勢はたやすく砕かれた。
奪われる恐怖は、ついさっき味わったばかりだ。
それが、何倍にもなって襲ってくる。
そんな想像をしてしまったリーザは、弱く声をあげると自由の利かない身体をひねり、
偽リーザの手を振りほどこうともがいた。
元々強く掴んでいたわけではなかったそれは簡単に外れ、リーザはお尻でずり下がるように後ずさる。
「おやおや、先ほどまでの威勢はどうしました?」
「ひっ」
手を振りほどかれたことを気にもとめずクスリと笑う偽リーザに、リーザは悲鳴をあげてさらに後ろに下がった。
それを追うように偽リーザがゆっくりと前に進み、あっという間にそう広くもない部屋の隅へとリーザは追いやられていた。
「もう、逃げられませんよ」
そこで一旦言葉を切り、偽リーザはしゃがみ込んでリーザと目線をあわせた。
「こんな無様な姿、とても民には見せられないな。やはりお前は偽者だ。
民の血税で糊口をしのぎ、敬われる価値など今のお前にない。
私の方が『リーザ』にふさわしい。そうだろう?」
リーザの口調で叩きつけられた言葉に、リーザの肩が跳ねる。
恐怖に支配されていた目に、光が戻る。
民のことを持ちだされ、自分の中で崩れかけていたものが再構築されていく。
その様子を、偽リーザはじっと見つめていた。
ほぼ手中に納めていた加護の力が少しずつ抜けていることを感じながらも、偽リーザは思っていた。
こうでなくては、と。
キッと睨みつけるような鋭い視線が偽リーザを射ぬく。
今までが簡単にいき過ぎていたためか、偽リーザにはそれすら心地よく感じていた。
「さすがは、といったところでしょうか。ここまで来て、折れかけた心を立て直すとは」
「ふざけたことを……わざわざ挑発してチャンスを与えたつもりか」
「いえいえ、これは必要なことなのですよ。このまま簡単にあなたの心を折りとっても、
得るものは少ないですし、何より私が楽しめませんから」
「貴様……!」
激して飛びかからんばかりの勢いで睨みつけるリーザに、偽リーザは笑って応える。
拘束している上にアイデンティティをある程度奪っている以上、偽リーザの優位性は揺るがない。
その状況で折れないリーザの毅さに、偽リーザは素直に感心していた。
同時に、その毅さもひっくるめて奪ったときのリーザの顔を想像し、ゾクゾクとしていた。
そんな偽リーザの内心をつゆ知らず、リーザは動き出した。
睨みつけていたも埒があかないと思ったのか、まずは自分の枷を外そうとしていた。
自身の内にある魔力を練り、自分を拘束する渦へと内側からぶつける。
たやすく弾かれるも、何度も繰り返す。
「無駄ですよ、そんなことをしても」
偽リーザの声にも耳を貸さず、ひたすら繰り返す。
そのため、偽リーザが自分から離れ、部屋に備え付けてあった戸棚から何かを出したことに、気が付かなかった。
「はぁ、はぁ……」
「頑張りますねぇ……無駄だというのに」
「うるさいっ」
肩で息をするくらい魔力を消費したリーザに、偽リーザが若干呆れ混じりの声をかける。
素気なく返すも、リーザの顔には疲労の色があった。
「まぁ、いいでしょう。次に進むには丁度いいでしょうし」
そう呟くと、偽リーザは手に持っていた小瓶を口に含んだ。
「何をボソボソと……んんっ」
「ん……んっ」
リーザに、偽リーザが口づけていた。
リーザは首を振って逃げようとするも、偽リーザの手が頭を後ろから押さえ、逃げられずにいる。
「んっ……んーっ!」
口移しで何かを送り込まれて、リーザの喉に流れこむ。
深い口付けは、リーザの喉が鳴る音をして、終わりを告げた。
リーザから顔を離し、偽リーザは立ち上がった。
「けほっけほっ」
「吐き出そうとしても無駄ですよ、すぐに身体に馴染みますから」
その言葉通り、リーザがいくら吐き出そうとしても、流れ込んだものは出て来ない。
リーザは吐き出すのを一旦諦め、キッと偽リーザを睨みつけた。
「……何を飲ませた」
「ふふっ、すぐにわかりますよ」
リーザの視線を軽く受け流して、偽リーザは自分の胸に手を置いた。
「それにしても大きいですね。これじゃ剣を振るうときに邪魔でしょうに」
「何を……っ」
ピクリとリーザの身体が震えた。
急に胸に触られたような感覚があったからだ。
リーザの視線の先では、偽リーザはドレスの上から胸を撫でるように、ゆっくり手を動かしている。
「まさか」
「その通りです。胸が撫でられているような感覚があるでしょう?」
「……」
その問いかけにリーザは黙り込んだ。それが答えだと言うように、偽リーザの手の動きが変化していく。
ゆっくり円を描くような軌道から、手のひらでしたから持ち上げるようにつかんで揉むように。
偽リーザの手の動きとともに、リーザの味わう感覚も変わっていった。
柔らかい物を優しく触り、触られるような感覚から、それを掴み、握られるような感覚へと。
リーザは自分が触っているような錯覚を覚え、頭を振ってそれを振り払った。
そんなリーザを尻目に、偽リーザは指先の動きに従ってくにゅくにゅと形を変える乳房を弄ぶ。
しばらくするとじんわりと身体が温かくなってきたような気がしたが、それ以上のものはなかった。
「うーん、なにか物足りませんね。やはり直接……」
そう呟いた偽リーザは、ドレスの前をはだけ直接自身の胸を触りだした。
それと同時に、先ほどまでより鋭敏な感覚がリーザを襲う。
「んっ、やっぱり全然違いますね」
「くっ……」
偽リーザが声をあげ実感を漏らす一方、リーザは唇を噛み締め声を漏らさないようにしていた。
それを見下ろしながら、偽リーザは笑う。
「そんなに無理にこらえなくたっていいじゃないですか。こんなに……ふぁっ」
「んんっ!」
きゅっと乳首をつまんで、偽リーザはその鋭い刺激に声をあげた。
リーザもこらえきれずに呻いた。
「……気持ちがいいんですから」
刺激で途切れた言葉に接ぎ穂をして言い切った偽リーザの目には、情欲の色が色濃く感じられた。
細い指先で周りをなぞり、時折先端へと触れ、摘まむ。
その度に身体は震え、声が自然と漏れる。
その一方で快感をこらえ続けるリーザの姿に、偽リーザは嗜虐心を刺激させられていた。
どこまで、我慢できるでしょうね。
そう思いつつドレスの留め具を外し、脱いでいく。
パサリと落ちきったドレスを跨ぎ、偽リーザは何かを唱えつつリーザへと近づいた。
断続的な強い刺激とその間にあるじんわりとした快感を、リーザは唇を噛み締め堪えていた。
拠り所となるのは、民への思いと自身の矜持。それと、想い。
右手のひらで、ぎゅっと握りこんだ左手を覆い隠す。
祈るような姿勢でうつむき、ただ耐えようとしたそのとき、続いていた感覚がふっと途切れた。
訝しく思い顔をあげると、いつの間にか下着姿となった偽リーザが目の前に立っていた。
「まったく、意固地ですね。それなら……」
そう言って偽リーザはリーザの目の前に座り込んだ。
リーザと同じ高さに目線を合わせ、足を広げる。
「これなら、どうでしょうね」
しっとりと湿り気を帯びた秘部へと指先を伸ばす。
「ひぅっ」
「んんっ」
下着の上から指先でなぞりあげた瞬間、二人の身体が大きく跳ねた。
艶やかな声と、噛み殺した声が響く。
「これは強烈ですね……んっ」
そう評する偽リーザの頬は上気し、指先は止まることなく恥部を撫でている。
リーザも声を出すのだけは堪えていたが、偽リーザの指の動きに合わせて身体が跳ねている。
「うぁっ!」
「んんんっ!」
一際大きな刺激に、偽リーザは驚いたような声をあげた。
手を止め、自らの指先をまじまじと見つめる。
「今のは……」
少し気後れをしたかのように、恐る恐る指先を平坦な秘部にある小さな丘へと向ける。
「ふぁっ!」
「んんっ!」
ちょん、と触れた途端に受けた快感に、二人は震えた。
「はふぅ……これが……上からでこれほどとは……」
熱い吐息を吐き、偽リーザは呟いた。
下着には、今の刺激に反応をしたかのように、染みが出来ていた。
それに気づいた偽リーザは、指先を下着の中へと差し込んだ。
「んっ、もう、こんなに……」
ぬるりとした水っぽいものが指にまとわりつき、指を滑らせる。
滑るままに、偽リーザは指を動かした。
「ふぁっ、やっぱり、直接は、凄い……!」
感じるたびにぴくんぴくんと身体が跳ね、途切れ途切れに偽リーザは実感を漏らした。
肩を上下させ息もあらく、自らの指先に翻弄されていた。
「もっと……」
貪欲な身体の欲求に従い、空いていた手を胸に置く。
出来上がった身体には、それだけで強烈な刺激となった。
「はぅっ、ああ、気持ち、いい」
「むーっ、んっ、んんー!」
リーザは快感に翻弄されつつも、ドレスの肩口で口を塞ぎ、なんとか声を出すのだけは堪えていた。
そんなリーザを尻目に、偽リーザは登りつめていく。
「あっ、んっ、何か、来るっ」
切羽詰まった声を上げ、偽リーザはきゅっと乳首を摘み、陰核を撫でた。
その瞬間。
「ふぁっ、あっ、ああーっ!!」
「んんっ、んっ、んんーっ!!」
二人は同時に身体を伸び上がらせて硬直し、脱力した。
「はぁ、はぁ……」
荒く息をつき、偽リーザは向かい合っているリーザを見やった。
同じ快感を味わったはずのリーザは、頬を染め、目を潤ませている。
声をかみ殺し感覚を押し殺そうとも、与えられるままに受けざるを得なかった快感に身体が反応したのだろう。
肩を上下させ、同じように荒く息をつくリーザを尻目に、偽リーザはふらつきながらも、立ち上がった。
そして未だ脱力して座りこんでいるリーザの腕を取ると、引っ張った。
快感に翻弄され呆然としていたリーザを引っ張り上げると、偽リーザはくるりと体を入れ替え、リーザの後ろへ回り込む。
そのまま後ろから抱きしめるように、リーザに手を這わせる。
「まったく、いやらしい身体だな」
「えっ、なっ」
耳元で囁かれた言葉に、リーザはようやく自失から立ち直った。
後ろから抱きしめられ、振りほどこうにも身体に力が入らない。
未だ膝と足首で拘束されていて偽リーザにもたれかかるような体勢になっているリーザは、
身体をよじってもがくのが精一杯だった。
「生娘で自分を慰めることもほとんどなかったのに、こんなに感じるとは、な」
「なっ」
身をよじり、偽リーザの手から逃れようとしていたリーザは、その言葉に硬直した。
固まったリーザの身体を、偽リーザの手が這いまわる。
「どうしてそれを、と言いたげだな」
「うっ、くっ」
ドレスの隙間から手を入れ、お腹と胸を優しく撫でられるだけで、敏感になったリーザの身体は反応してしまう。
偽リーザは同じように身体を震わせながらも、手は止めず、言葉を紡ぎだす。
「さっき飲んでいただいた薬は、面白いものでしてね。飲ませた方と、飲まされた方を繋げるんですよ。
最初は感覚だけ。感覚がしっかりと繋がったら、次は……」
突然口調を戻した偽リーザは、そこで言葉を切った。
「ふふっ、次は何だと思います?」
「まさ、か……」
笑いながら問いかける偽リーザに、リーザは快感ではなく、震えた。
その反応に満足したのか、偽リーザは話を続ける。
「そう、記憶です。ですから……もう私は誰が見ても、『リーザ姫』なんですよ。
王家としての証も、あなたが苦労して会得した剣技も私のものです」
「そんなことないっ。誰かが……誰かが必ず気づく!気づくに決まってる!」
何かに縋るように、反射的に返したリーザに、あくまで偽リーザは余裕の笑みを浮かべ、囁く。
「加護は感じられますか?」
「えっ……? なっ、そん、な……」
慌てて自身を振り返り、青ざめるリーザに、偽リーザは追い打ちをかける。
「感じられないでしょう? あなたはもう神に見放されたんですよ。
いえ、私が神に『リーザ姫』として認められた、といったところでしょうか。
ああ、そうだとするとこの口調はおかしいですね。『私』らしくない……」
最後はひとりごちるように呟いた偽リーザだったが、それはリーザの耳には届かなかった。
何度自分の中を探しても感じられない加護を、必死に探していた。
腕の中のリーザの必死な様相を尻目に、偽リーザは思っていた。
まだ足りない、と。
その足りない部分を埋めるべく、偽リーザはリーザの胸に置いていた手で、きゅっと摘んだ。
「ひぅっ」
敏感な場所を刺激されたリーザの身体がビクッと震えた。
「目が覚めたか?」
「えっ、あ……」
我に返ったリーザに、偽リーザは『リーザ姫』の口調で問いかける。
「私にはまだ足りないものがある。何かわかるか?」
「足りないもの……」
急に問われ、リーザはオウム返しをするのが精一杯だった。
それでも頭をなんとか回し、考える。
自分にあり、自分の後ろにいるニセモノにないもの。
考え、目に入った、ニセモノの何もはめていない手を見て、気づく。
「いや……」
気づいた瞬間、口から出たのは、弱々しい拒絶の言葉だった。
それを耳にし、偽リーザは笑みを深める。
「気づいたようだな。そう、その指輪……幼馴染のレオンから貰った、『私』にとって大切な指輪だ。
それを、返してもらおう」
その言葉にリーザは強烈な恐怖を覚え、身を捩りもがきだした。
「いやっ、これだけはっ!」
その必死さに、偽リーザは少し驚いたように、腕を解く。
リーザは解かれた腕を振り払いはしたものの、まともに動くことも出来ず、倒れこんだ。
したたか身体を打ち付けたはずだがそれすら意に介さず、リーザは身をくねらせて偽リーザから距離を取ろうとする。
その『リーザ姫』にあるまじき姿に、偽リーザは苦笑をしつつ、ゆっくり歩いて、回り込んだ。
そしてリーザの目の前に立ち、しゃがみこむ。
「そんなに嫌なら、それを諦めてもいい」
「えっ……本当、か……?」
問い返すリーザには、最早先ほどまで見せていた毅さが見られなかった。
心に纏っていた、王女としての自負。
それを支える、神の加護を失ったこと、自分が自分であることの証左となる記憶を奪われていることに加え、
最後の拠り所となるものを奪われそうになったことで、リーザの心は折れていた。
そこに、勇ましい聖王国第一王女の姿はない。
あるのは、ただ想いに縋る女の姿だった。
だから、偽リーザの次の言葉に、反射的に乗ってしまった。
「ああ。その代わり、条件がある」
「なんでもするから、これだけは……」
リーザが自分を見上げコクリと頷いたのを見て、偽リーザはほくそ笑んだ。
これで足りないピースが埋まる、と。
そして、リーザを起こして座らせると、先ほどまで同様、後ろに回った。
後ろから抱きすくめるように自身も座ると、リーザの耳元で囁く。
「まずは、証を刻む。いいな?」
「何……を?」
「貴様は抵抗しなければいい。それで、その指輪は貴様から離れない」
リーザが頷いたのを確認し、偽リーザは何かを唱え、リーザの首筋に口づけた。
「やっ、あ……」
「ふはっ」
やや長い口づけを終えると、リーザの首筋には、紋様が刻まれていた。
双頭の鳥のようなその紋様は、偽リーザの額を飾るティアラのものとよく似ていた。
「これで貴様は私のものだ」
「えっ……」
「制約(ギアス)をかけた。貴様は私に逆らえないし、危害を加えられない。そういうものをな」
「そんな……それじゃきさ……貴方が差し出せと言ったらこの指輪を差し出すことになるじゃないか」
最早唯一の拠り所となっている指輪に対して、リーザは過敏に反応した。
それに対し、偽リーザは苦笑で返す。
「その指輪を奪うようなことはない。それも織り込んである。その方が、制約(ギアス)も強く作用するからな」
「そう……」
ほっとしたように息を吐くリーザに見えないところで、偽リーザは笑う。
「では、次だ。脱げ」
「えっ……」
「風の束縛は解いてやろう。だから脱げ、指輪以外の、身に着けているもの全てを」
そういうと、偽リーザはパチリと指を鳴らした。
同時に、リーザを束縛していた渦も消える。
リーザに絡められていた腕も解かれ、リーザは恐る恐る、立ち上がった。
ちらりと、部屋の出口である扉に目をやる。
「知っているだろうが」
それを牽制するように、偽リーザは立ち上がりながら、リーザをねめつける。
「制約(ギアス)に逆らうようなことをすると、自分を失うぞ?
人形になりたくなければ、無駄なことをしないことだな」
その言葉に、リーザはうな垂れる。
そして、のろのろとはだけていたドレスを脱ぎ始めた。
止め具を外し、重力に任せるまま、自分を纏うものを落としていく。
その様子を、偽リーザはじっと見ていた。
やがて下着1枚となったリーザは、偽リーザを伺うように見た。
「下着も……?」
「そうだ」
簡潔に返された答えにまた肩を落としながら、リーザは最後の1枚に手をかけ、ずりおろした。
それを見つめながら、偽リーザもまた、下着を取り去った。
向かい合った二人の姿は、偽リーザの纏う装飾品と、リーザの指輪を除き、寸分違わなかった。
ただその表情には天地の差がある。一方は笑みを浮かべ、もう片方は諦念が強く表れていた。
「美しいな」
そう言いながら、偽リーザは上から下に視線を移す。
その視線に、リーザは両腕で身体をかき抱き、竦ませた。
「そこまで怯えずともいいだろう?」
「……」
苦笑しつつ近づく偽リーザに、リーザは応えられなかった。
じりっと後ずさろうとしたところを、偽リーザに腕を掴まれる。
「もうひとつ、私に足りないものがある。それが何か分かるか?」
「えっ……?」
顔を上げ、リーザは偽リーザを見やった。
姿も記憶も、加護までも偽リーザが持っている今、足りないものなど、リーザには思いつかなかった。
そのことに気づいたのか、偽リーザは続ける。
「経験、だ。私には経験が足りない。『リーザ』としてのな。
これでは記憶があっても実感が伴わない。それに加護から得た経験はまだらになっていて不完全だ。
だから……」
そう言ってリーザのおとがいを持ち、目を合わせる。
「貴様から奪うことにする」
「い、いやっ」
理解した瞬間、リーザは反射的に偽リーザを振りほどき、後ずさろうとした。
しかし、偽リーザの「動くな」という言葉に、身体が止まる。
固まったリーザを捉まえ、偽リーザは言う。
「この程度のことでは発動しないようにはしてあるが……気を付けないと、本当に人形になるぞ?」
「ひっ……」
内容よりも、そうなってはつまらない、というような偽リーザの口調に、リーザは恐怖した。
だが、身体はまだ動かず、逃げることもできない。
「よし、動いてもいい……だが、抵抗するな。いいな?」
リーザの腕をとり、言い聞かせるような偽リーザの言葉に、リーザは頷くことしか出来なかった。
リーザが頷いたのを確認すると、偽リーザは短く何かを唱えた。
そして、リーザの腕を引き、抱き寄せる。
二人の胸が合わさり、形を変える。
息もかかるような至近距離で、偽リーザはリーザに囁く。
「もう薬は切れた。記憶が定着したら効果がなくなるようなものだったからな。だから純粋に、楽しめる。
もちろん、私がだがな」
そう呟いて、偽リーザはリーザに口付けた。
「んっ……」
反射的に身体を固くするリーザに、偽リーザは手を滑らせた。
髪や背中を優しくなで解きほぐすようなその動きが、先ほどまでの快感のくすぶりに火をつける。
「ふぁ……」
口を離すと同時にふやけた吐息を漏らすリーザの腰に腕を回すと、もう一度口付ける。
今度は深く、吸い付くように。
その一方で空いていた手を下腹部へと滑らせると、偽リーザはリーザの秘部をなぞった。
「んんっ!」
口を塞がれたまま呻くリーザに吸い付いたまま、偽リーザは愛撫を続ける。
十全に潤っていたそこはくちゅくちゅと淫靡な水音を立て、リーザの腰を砕いていく。
それと同時にリーザは自身の中から何かが失われていくのを感じた。
それが何かを考える余裕もなく、続けられる愛撫に身体を震わせ、意識を霞ませる。
「んっ」
「ぷはっ」
口を離した偽リーザが腰に回していた腕を解くと、リーザはへたり込んだ。
「はぁ、はぁ……」
目を潤ませ熱い息をつくリーザの肩を偽リーザが押すと、押されるままにリーザは仰向けに倒れこむ。
そのリーザをまたぐように立つと、偽リーザは腰を落とした。
「「あっ」」
秘部同士が重なり合い、ふたりは同時に声を上げた。
リーザにまたがり見下ろす偽リーザは、自身の胸に手を当てる。
そこに宿るほの温かい想いを感じ、笑みを深めた。
「私は、その指輪をもらったときにこんな想いを感じていたんだな」
「え……」
「お前には、もう思い出せまい。この、熱く、切ない想いを」
「そんな……嘘だっ」
偽リーザの言葉にはっとし、リーザは必死に当時のことを思い出そうとした。
しかし、いくら思い出そうとも、彼からもらったこと、それを自分が大切にしているという『事実』しかない。
そのことに気づいたとき、リーザの心は一色に染まった。
「いや……いやぁっ」
顔をゆがめ、涙を浮かべるリーザを見下ろし、偽リーザは哂う。
「あと少し、だな。私が私に、『リーザ姫』になるには。奪わせてもらうぞ、元『リーザ姫』」
そう言って偽リーザは身体を倒して脚を絡め、リーザに身体を重ねた。
いやいやをするように首を横に振るリーザの顔を両手で挟み、偽リーザは囁く。
「抵抗するとどうなるか、分かっているな?」
「あ……う……」
硬く口を結び、恐怖のためか縮こまろうとしていたリーザが固まる。
偽リーザはその唇に舌をねじ込むように差し入れ、歯をなぞるように動かした
腰をゆっくりとスライドさせ、秘部を擦り付ける。
「んっ、んんっ……」
一度火がついた身体は心を置き去りにして反応し、敏感な部分が触れ合うたびに呻きながら、
二人は否応なく登りつめていく。
「ふぁっ」
「んぁっ」
一際敏感な部分が触れ合ったのか、思わず口を離し喘ぐと、偽リーザは真下にあるリーザの顔を見下ろした。
目をきゅっとつぶったまま耐えるようにしているものの、頬を染め口を半開きにして熱い吐息をついている。
その様子はひどく艶かしく、扇情的だった。
自分がこれと同じような顔をしているのかと思い、偽リーザは背筋が震えるような快感を覚えた。
そしてもう一度口付けると、貪欲に味わおうと腰を強く押し付けた。
「んっ!んんー!」
「んぁっ!んー!」
それだけで、登りつめていた二人の身体は強烈に反応し、二人は同時に果てた。
「「はぁ、はぁ……」」
口を離しリーザに重なるように脱力した偽リーザは、荒い息をついた。
その一方で吸い出した経験を思い返し、『リーザ姫』であることを追体験する。
しばらくそうして呼吸をおちつけたあと、もう一度リーザに口付け、
これ以上入ってくるものがないことを確認したあと、偽リーザは身体を起こした。
「ごちそうさま、とでもいえばいいのかな。
これでもう誰にも疑われることも、違和感もなく、私が『リーザ姫』でいられる」
「うう……」
呻き、うな垂れるリーザを見下ろしながら、偽リーザは思い出したように言い放つ。
「ああ、忘れるところだったが、私の許可なく死ぬことはもちろん許さない。
人格を失うほうがマシというなら止めはしないが、な」
くすりと哂いながらのその言葉が、リーザには地獄の始まりを告げているように聞こえた。
王城の一室、第一王女であるリーザ姫の寝室に、嬌声が響く。
豪奢なベッドの上で2人の女性が声をあげている。
片方は横たわり、もう片方が秘部をあわせるようにまたがり、腰を動かしている。
2人の姿は、じっくり見ても見分けがつかないだろうほどそっくりだ。
やがて高まってきたのか、腰の動きが激しくなる。
そしてそのまま大きな声を上げると、またがっていた方が背筋をピンと伸ばし、脱力した。
「はぁ、はぁ……」
「はぁ……」
大きく息をつき、ふらつく身体を支えながらまたがっていた方がベッドを降り、
脱ぎ散らかしていた衣服をかき集め、身に着ける。
その一方横たわっていた方はのろのろと起き上がった。
その視線の先では、手早く身だしなみを整えた女性が立っている。
「衣服を着て、部屋を掃除しておけ。いいな?」
「はい……」
女性の命令をうけ、彼女はのろのろと頷いた。
王城へと帰還したリーザは驚きをもって迎えられた。
突然行方が分からなくなり、捜索隊を派遣しようかというタイミングでのことだったが、
それ以上に、彼女が引き連れていた人物が、人々を驚かせた。
リーザを殺し成り代わろうとした敵国の刺客だというその女性は、姿形がリーザと寸分違わず、見分けがつかなかった。
ただ返り討ちにあい、殺されない代わりに制約をかけられ捕らわれているからか、刺客はうつろに消沈し、大人しくしている。
覇気あふれるリーザとは対照的であり、誰しもリーザがリーザであると、疑いもしなかった。
――実情は真逆であるにもかかわらず。
リーザとして聖王国に入り込んだ男は、本物のリーザを自身の影武者としてそばに置くと宣言し、周囲を慌てさせた。
だが制約があること、他の者では扱いに困るのが目に見えていたことで、周囲の人々は納得し、それを認めた。
以来、『影武者』は『リーザ姫』に付き従い、しばしばこのように弄ばれていた。
「順調だな……」
部屋から出たリーザが呟く。
そこへ、少女が駆け寄ってきた。
「お姉さま、御用ってなんですか?」
小首をかしげる少女――第二王女のイリーナに、リーザは優しく微笑む。
「ああ、お前に会わせたい者がいてな」
「会わせたい人? こんなときに?」
優勢だったはずの聖王国が奇襲や作戦の裏をかかれ続けた結果、劣勢に陥って久しい。
イリーナの言葉は、それを受けてのものだった。
「そうだ。大丈夫、時間はそんなにかからないし、大切なことなんだ」
「そう……お姉さまがそうおっしゃるなら。分かりました」
「良かった。これできっとお前の世界が変わるから、な」
リーザは頷くイリーナに気づかれない程度に口唇をゆがめると、背を向け、歩き出す。
「もう、大げさなんですから……」
呆れたような口調をしつつ、イリーナはリーザに続く。
イリーナの目にはリーザの後姿しか見えていなかった。
そのせいで、気がつかなかった。
リーザが彼女に似つかわしくない邪な笑みを浮かべ、かすかな声で呟いたことを。
「変わるさ、お前が……な」
劣勢に陥りながらもこらえていた聖王国が一気に滅亡まで追い込まれたのはそれからすぐのことだった。
突如内乱が起き、そのタイミングで敵国が総攻撃をかけたため、あっけなく最後を迎えることとなった。
生き残ったはずのただ2人の聖王国王族たるリーザとイリーナは行方知らずとなり、付き従っていた『影武者』の姿もなくなっていた。
その後、聖王国を飲み込んだ国が他国と戦を交えた際に、他国内で見かけたという噂が流れたが、定かではなかった。
もしかしたら偽リーザは、本物のリーザ姫から思考や記憶、国や民への想いを自分のものにしてしまった為に、正義感に目覚め
2人目のリーザ姫として本物のリーザ姫と共闘し、劣勢に陥っていた聖王国が2人の活躍で大躍進して平和が訪れるかも!
…そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。
最後まで目が離せない、凄いお話でした。
ありがとうございました。
また次回作があれば応援します!!
たまには胸糞悪い話も読みたくなる
GJ!
完結してよかった
成り済ましとか成り代わりはやっぱ最高だね
次回作があれば期待してますね
完結おめでとうございます。
ありがとうございました。