『今日の放課後5:30に3-C教室へ来て欲しい。出来れば清君が一人で。』
今、思うとこの時のメールの文面で妙だと思うべきだったと思う。
誰もいない放課後にたった一人で教室に来いなんていうのは不自然だし、利明が絵文字を使わないメールなんて後にも先にもなかったのだから。
しかし、この時の俺はそんな事は些細な出来事として気にも留めなかった。
メールを送って来た相手が俺の知っている利明だと微塵も疑わなかった。
親友の利明が入院してからもう2ヶ月になる。しかもなぜかお見舞いができないと言う謎ルールが適用され俺を含めクラスメイト全員が利明の入院先すら分からない始末だ。
受験目前の冬休み前で、忙しいのにいつも親友の事が頭を過ぎる。
アイツは無事なのか・・・と。高校とかどうするんだろう・・・と。
そんな中で利明のメールは嬉しかった。
久々に再開できると思うとスキップすらしそうになる。
そんな俺を待っていたのはとある女の子だった。
「清君・・・だね・・・。」
予想に反して、俺を待っていたのは、いまどき珍しいブルマ姿の女の子だった。
しかも。清君って何だヨ?
そんな呼び方をするのなんて、利明か母ちゃんくらいだぞ?
ってか初対面の女の子が何だ?図々しいな?
「確かに俺は清君と呼ばれる、ただの清彦だがそう言うアンタは何者なんだ?」
発育は良さそうなので、中3(おないどし)っぽいがこんな娘は見た事がない。
それに学年が違ったって全く見かけない顔なんて早々ない。
それにこの娘は何故か分からないけれど他と違って目を惹くような娘だと思う。普通の女の子とはどこかが違う。
そんな娘が同じ中学にいれば記憶には残っている筈だ。きっと。
結局この女の子が何者なのか見当もつかなかった。
「わた・・・僕だ誰か分からないのも仕方ないよね?実際に話をするのは、ある意味初めてみたいなものだもん。今年同じクラスになってからはずっと一緒だったんだけどなぁ・・・。」
えっ?同じクラスだったん?
どんなに影が薄くても、同じクラスにいたらこうも面識がないなんて事があるのだろうか?いいやありえない。
それにこの子は何となくだが、やっぱり目立つ方だと思う。
それにしても何故なんだ?どうもこの娘の方を凝視してしまいそうになる。
あとは単純に可愛いし、こんな娘が同じクラスだったら席替えとかで意識しないわけは無い。
結論
こんな娘が同じクラスだったわけがない。
じゃあ、コイツは誰なんだ?
「考えてくれてるけど、やっぱり分かってくれないんだね・・・。」
悲しそうな女の子の弱々しい声は心に効き過ぎる。
彼女の態度は明らかに俺の事をよく知っている。ただ知っているというレベルでもない。
それなのにこの娘は全く記憶には無い。
大体、体操服のブルマなんて10年以上前に廃止されたんだから。
そんな格好で、見かけない顔、しかも俺を知った風な口調だ。一体アンタは誰なんだ?
そして・・・。
初めて見た筈なのに、何故か懐かしいのはどうしてなんだ?
「まさか・・・。」
言いかけて口を噤んだ。
そんな訳がない。
何かが違う。っていうより全部違う。
確かに、雰囲気は似ている。同じような所がないわけでもない。
でもやっぱり違う。有り得ない。
「そうだよな。」
この女の子が利明な訳がないんだ。
少しぶしつけだがこの娘の性的な部分に注目してみる。
胸にははっきりと起伏があるし(ウチのクラスの女子の平均よりかは凹凸があると思う)
股間の膨らみ方も、女の子の股間って感じだと思う。恥丘っていうのかこういう膨らみは?
頭のてっぺんからつま先まで・・・というか胸の膨らみから平らな股間まで全部が全部立派に女の子しているんだ。
この娘が利明なわけない。
「あん・・・」
俺の視線が恥ずかしい場所に言っていたのに気がついたんだろう。
目の前の女の子はモジモジし、太腿を擦り合わせて恥ずかしがった。
こういう仕草って俺好みだ。
利明の名を使った女の子に対して、深い憎悪すら抱いていた筈だがソノ気ありかも?
なんて思い始めると愛うしく思えるのが単純男の悲しいサガだ。
利明の名前を利用したのは許せないけれど、こんな娘が俺に告白をする為に呼び出したのだったら、
俺を誘うのに仕方なく利明の名前を利用したんだったら・・・。
別に許してあげてもいいかな。
「して、お嬢さん!!何か御用でしょうか?」
精一杯のイケメンボイスで呼びかけると、美少女ちゃんは少し俯きモジモジしだした。
ここは、男としてリードしてあげないとダメかな?
「この私に愛の告白かな?」
俺の解釈はそんなに的外れだったのか?
少女はクスリと吹き出したぞ?
「違うのかよ?じゃあ本当に何なんだよ?」
女の子が男を呼び出すなんて、告白しかないだろ?
あとは日直の仕事でも任せるあたりか?でも同じクラスでもないのに日直は無いわな。
それに、利明の名前が出てきた謎も分からないままだ。
「っていうか、お前は本当に誰なんだ?」
俺が至極全うな質問をすると目の前の少女は少し目を赤くし、急に瞬きの回数が増えた。
ひょっとして泣きそう?俺って何か悪い事を言った。
「わた・・・僕だ誰か分からないのも仕方ないよね?実際に話をするのは、ある意味初めてみたいなものだもん。今年同じクラスになってからはずっと一緒だったんだけどなぁ・・・。」
えっ?同じクラスだったん?
どんなに影が薄くても、同じクラスにいたらこうも面識がないなんて事があるのだろうか?いいやありえない。
それにこの子は何となくだが、やっぱり目立つ方だと思う。
単純に可愛いし、こんな娘が同じクラスだったら席替えとかで意識しないわけは無い。
結論2
こんな娘が同じクラスだったわけがない。
じゃあ、やっぱりコイツは誰なんだ?
「考えてくれてるけど、やっぱり分かってくれないんだね・・・。」
女っ気のない俺にとって、泣きそうな顔をした女の子の弱々しい声は心に効き過ぎる。
そして、静かではあるが彼女の涙腺は限界に達し綺麗な雫が漏れ出していた。
「待ってくれてありがとうね。清君。」
彼女は、後ろを向いてハンカチを顔に当てていた。
分からない事だらけだが、彼女は彼女なりに一生懸命なんだろう。
利明の名前を使ったところや、馴れ馴れしく清君の名を使うところなど気に食わないところはある。
だが、彼女の言葉にもう少しだけ耳を傾けてみよう。
「それで結局・・・。君は誰なんだい?名前は?」
「うん・・・。名前は亜紀って言うの。」
アキちゃん?
亜紀・・・?秋・・・?亜季・・・?亜樹・・・?あき・・・?明・・・?
そんな娘いたっけ?
「名字で言ってくれない?女の子の下の名前だと分かんないから。」
「あっ・・・ご免なさい・・・。そうだよね名前っていっても名字の方に決まっているよね?」
ヌけてるなぁ。まるで、どっかの誰かみたいな奴だ。
「それで、君の名前って言うか名字は何なんだ?」
「はい。わたし松岡って言います。松岡亜紀って。」
そんなわけねぇだろーい。
ウチのクラスでは松岡は一人しかいない。
ウチのクラスの松岡は、俺の親友の松岡利明しかいない。
「お前・・・まさか利明なのか・・・?」
とついつい口にしたけど違うよなぁ?
顔も体つきも、似た所はなくもないが全くの別物だ。
っていうか性別が違う。
こんな可愛い娘が利明なわけない。
「やっと分かってくれたよぉー。」
自称利明っ娘は整っていた顔をクシャクシャにして激しく頷いた。
頷く時にサラサラヘヤーが、頬っぺたや鼻の頭辺りに当たったせいで
フローラルな香りと気持ちの良いくすぐったさが俺をニヤケ顔にしたのは内緒の話だ。
「ってんなこたどーだっていいんだよ!!」
「えっ!?」
「どうして利明が女の子なんだよ?しかも化石と化したブルマ体操服だし。ハイレベルな女装なのか?」
「ただの女装に見えちゃう?」
俺が、普通の男がこんな格好をしたらきっとこうはならないと思う。
ウエストはこんなにくびれないだろうし、肩幅はこんなに狭くはならない。
普通の男(普通の女もか)じゃ、こんな綺麗な肌はないだろう。太腿の具合でコレが男とかない。
胸の膨らみだって、どんな鳩胸男でも、立派に鍛えた胸筋でもここまではない。そもそも柔らかそうだ。
ってか、あんなぴっちりを穿いて股間がもっこりしないのは男じゃない。
つまりこの子は女の子だ。
だから利明じゃないじゃん?
じゃあ、結局コイツは誰なんだ?
さっきから思考回路がループしてない?
「つまり、お前は親友の利明だが女の子なのか?」
「う・・・ん・・・。」
自称利明は恥ずかしそうにだが、しっかりと頷いた。
親友がある日、突然に女の子になった。
言葉にすると短い一文でしかないが、その衝撃力は絶大だった。
コイツは、ずっと昔からそっちだったのだろうか?
ホルモン剤でも使ったと言う事か?
どう見ても女の子な外見はコイツが2次性徴を終える前だからホルモン剤が効いたとかか?
もっこりは無いが、チンコはあるんだろうか?
タイにでも行って手術で切り取ったのか?
だが、手術をしたとしてもそいつは女ではない。
男ではなくなったかも知れないが女になったとは認められない。
色々な考えが頭の中をぐるぐる回っていた。
一つだけ思った事は、目の前の美少女が女と認められない事と利明とも認められない事だった。
女でもなく、利明でもないその美少女姿の存在をおれはただただ気持ち悪く思った。
気がつけば俺は利明を突き飛ばしていた。
『気持ち悪いんだよ』と心のない罵声を浴びせながら。
「きゃん。」
か細くかすれるような、女性の悲鳴が耳に残った。
普段ならば、顔と心が思わず熱くなる声だったが今回は逆に冷えた。
衝動的で、頭に血は上っていそうだが心は異様に冷たかった。
きっと、今までで一番冷たい目で利明を睨みつけたと思う。
倒れていた拍子に女の子座り風になっていた利明は力なく立ち上がった。
「そうだよね・・・男の子だった子が病気とは言え女の子になってたら気持ち悪いよね。」
事情も聞かずに利明を突き飛ばしてしまった自分の軽率さを激しく後悔した。
病気で苦しみながらも、女の子になる事を決断した利明を親友である筈の俺が支えるどころか拒絶したんだ。
そう思うと、さっきとは違う意味で全身が冷え切った。
「色々あって、僕来年から女子高に通う事になったんだ。」
一人称がわたしから、利明と同じ僕に変わっていたのは気持ち悪がる俺を想ってだろうか?
心臓の鼓動が激しい。
ハートが痛いよ。両方の意味で。
「少しは早いけど、清君にはちゃんと挨拶がしたかったんだ。こんな姿じゃ中学(ここ)にはもう通えないから。」
長い前髪で彼女の顔は隠れていた・・・。髪の下の彼女の顔は・・・考える事すら恐ろしくて出来なかった。
「清君は、僕の事を気持ち悪いって言ったけどもう大丈夫だから・・・もう清君の前には現れないから・・・。だから・・・。」
震えた声の美少女は走り去った。
俺の前からいなくなってしまった。
夕日の差し込む教室を背景に、彼女の髪はなびき、泡沫の真珠が刹那に宙を舞う。
光景としては非常に美しい光景だった。
しかし、人生最悪のシーンだと思う。
俺は追いかけることも呼びかけることも出来ずに、この光景を見ることしか出来なかった。
「さらば、我等が学び舎よ。」
今日は卒業式だ。
長いようで一瞬だった中学生活も今日で終わる。
そして、その式に利明は、亜紀はいない。
クラスメイトの反応から察するに、利明が女になったと言う事実は隠されているのだろう。
松岡利明は、病気で学校にこられなくなりそのまま卒業した。そう言う事になっているのだろう。
アイツだけじゃなく中学の皆ともほぼお別れなんだが、利明の事ばかり気になって他のお別れがどうでもよくなり涙すら出ないカラカラの卒業式だ。
「本当に、アイツは今頃どうしているんだろうな?」
去年の暮れにはあんなにも気になっていた卒業式の色々なイベント。
学校内のお別れ会から、二次会的な飲食店のハシゴも色褪せて、旨みや面白みを感じなくなった。
積極的に活動していた、幹事格だった人間が不参加とは・・・。
無責任ではあったが、俺の変わり身を責める者は幸いにもいなかった。
親友の利明のいないお別れ会に行きたくないという俺の気持ちを察してくれたらしい。
あの日以来、利明には一度も会っていない。
アイツの家に行こうにもずっと足がすくんで中に入れず、いざ決心がついたと思ったら引越していた。
息子が突然娘になったら、ご近所さんとも色々とややこしいからだろう。トラブルが起こる前に一家揃って引っ越したようだ。
そうさ、もう利明と会うチャンスはやってこないんだ。
涙と感動とは無縁と思われた卒業式だったが、途端ににじみ始めた。
あの日以来・・・。利明がいなくなってから、俺の心にぽっかりと穴が開いた。
その隙間を補う為にひたすら勉強をして成績が急上昇し、難しいと言われていた第一志望校に合格したのは幸いか。
しかし、この合格も利明の遺してくれた置き土産と思うと心から喜ぶ事ができない。
利明はこんな形ですら、俺に祝福をくれたと言うのに俺は一体何をしたんだろうか?ただの心無い拒絶だな・・・。
あいつの親友を名乗る資格は俺には無い。
「ん?」
俺の下駄箱の中には一通の手紙が入っていた。
白地に薄ピンクの桜が描かれた封筒だ。しかも、封をしているシールはハートの形だ。
いわゆる、ラヴレターってヤツなのか?
特別女子受けが悪いわけじゃないが、モテ男とももっと違う俺だ。
恋文を貰うなんて、別世界の人間の習慣だと思ってすらいた。
胸は高鳴り、心は躍りだす。・・・しかし
利明の事があるのに、俺一人が幸せになっていいものだろうか?
相手の女の子には悪いけれど断ろう。
せめて利明に対して贖罪を終えるまでは。
生まれて初めてのラヴレターだがどうも喜んで受け取るという気にはなれなかった。
そのまま放置するか握りつぶしても良かったが、直接会って断ろうと思い俺は封を開けた。
例え同じお別れだとしても、ピンからキリまである。
せめてこの手紙の女の子は誠意あるお別れで終えたい・・・。そう思いながらシールをはがした。
そう思って中に入っている手紙を見たが、目を疑った。
『今日の放課後5:30に3-C教室へ来て欲しい。出来れば清君が一人で。』
差出人が書かれていない手紙は、この一行以外真っ白だ。
そして、忘れるものか。
この筆跡はあの時の手紙と同じだ。
なにより、この懐かしい丸文字はアイツのクセだ。
それに、この手紙の送り主は普通の女の子じゃない。
封筒の中にあるのは、学ランの恐らく第二ボタンだろう。
学ランの第二と思しき金ボタンを封筒の中に入れられる女の子なんて・・・。
学ランのボタンを持っている女の子なんて・・・。
考えられるのはたったの一人だ。
神様なんて信じた事は無いが、神は俺に贖罪のチャンスをくれたのだろう。
それとも、ケジメをつける事を強要したのだろうか?
あの日の事を思い出すと、プレッシャーのあまり帰りたくなるがどうにか踏み留まれた。
今度こそは決着をつけるために俺はあの日と同じ時間の同じ場所へと向かった。
「おんなじだ・・・。あの日と・・・あの時とおんなじだ・・・。」
夕日の差し込む無人の教室と、そこにいるのはとある一人の女の子・・・。あの日と全く同じだ。
あの時、この場にいるべきではない場違いな存在と思ったが。今は違う。
この娘はここにいて欲しい。
ほんの少しでいいからここに留まって欲しい。
痛む左胸を押さえ込み俺は、一歩・・・。また一歩と彼女の方に近づいていった。
「よかったぁ・・・。もし来てくれなかったらどうしようかと思ってたよぅ・・・。」
声も顔も姿も、目の前にいる女の子はあの日と一緒だ。
ただ、少し違うのは瞳の具合があの日に初めて出会った時とは違っていた。
今の彼女の瞳は、別れを悲しみ目を赤く晴らす目だ。丁度クラスの女子が別れの時にしていたのと一緒の目だ。
「利明・・・だよな・・・?」
利明なのは、ほぼ分かりきっているが念の為に確認をした。
・・・いや、違うな。
そんな当たり障りのない台詞しか吐けなかったのだ。
女の子になった利明と、まともな会話をするのが未だに怖いからテキトーな台詞で先延ばししたのだ。
そして、俺を恐れ視線をなかなか合わせられない彼女もきっと同じだろう。
同じであって欲しい。
酷い事を言っておいて勝手だけど、同じ理由でここに来て欲しいと心底願った。
「「あの・・・。」」
話そうと思い勇気を振り絞ったと思ったら、相手も同じタイミングで話し出す。
ベタ過ぎるぞ。
「あの・・・お先にどうぞ・・・。」
一度は決心したものの、勢いが止まると急にやりにくくなる。
しかし、この場は俺が謝罪する為の場所なんだ。やるしかない。
「利明!!!!あの時は本当に悪かった!!!!」
俺は地面に頭を擦りつけた。
「そんな・・・やめてよ清君!!清君が謝る事なんてないんだから。」
利明に起こされて、俺は頭を上げる事になった。
利明は許してくれたので俺の心は軽くなった。しかし俺の気はまだ済んでいない。
男が女になる奇病・・・通称TS病の存在を知ったのはあの日の翌日だった。
得体の知れない現象だから、ネット検索くらいしか思いつかない俺じゃ何も分からないかと思ったが、
病気の概要は驚くほどあっさりと調べる事ができた。ってかwikipediaで、八割方の情報が揃ったんだけどな。凄すぎだぞwikipediaは。
そして、病気の事を知れば知るほど自分の行動がどれほどまずいものだったかを把握した。
身体的には女性化が完了したとは言え、精神的には男か女か分からないどっちつかずの不安定な状態になるというのがこの病気だ。
そんな不安定な中で、かつて同性の親友だった存在が大きな心の支えになるのが一般的らしい。
そしてその心の支えは何時しか親友と言うよりも、異性で憎からず思い合っている関係になるのが最も自然で安定らしい。
それなのに、俺は大好きな利明を真っ向から拒絶した。
こいつの事情や心境を考えもせずに。
利明がそのショックで自殺しなかった事は本当に嬉しい。
そうでなくとも生涯にわたって俺を避けたっておかしくないのにこうして会ってくれたのが嬉しい。
自分の方から俺に会おうと思ってくれたのが嬉しい。
嬉しさの余り親友の手を恍惚としたであろう表情で握っていた俺は、端から見たら気持ち悪そうだがそんな事はどうだっていい。
「それじゃあ、わた・・・僕の番だね。」
「ああ・・・。だが、一人称は僕でも私でもいい。自然な方を使ってくれ。」
「うん・・・。それじゃあ、わたしの番だね。」
「ああ。」
少し前までは泣きそうなな表情だった利明だが、その表情には笑顔が戻りつつあった。
利明らしい顔でもあるが、今まで見たことのない輝かしい表情でもあった。
「わたし、急に女の子になったでしょ?だから色々と問題が起こりそうって事で家族みんなで遠くへ引っ越しちゃったの。」
「知ってる。・・・お前の家まで謝りに行ったからな。」
「えへへ・・・。嬉しいなぁ・・・。」
利明が俺の前で利明でない女の子に変化していくように見えた。
どこか悲しくはあったが、仕方のない事だとも思った。
女性らしく変化してゆく利明はそのまま女性に変化しきってしまう自然だろうから。
「それでね・・・男の子がいきなり女の子になったら普通は受け入れて貰えないでしょ?だからもう引っ越しちゃったの。」
何顔から遠くなっていた筈の彼女の瞳は、また赤く腫れ出した。
「俺がお前を守る!!」そう言いたかったが言葉が出なかった。守る守らない以前に俺が彼女を傷つけたからだ。
「だから、もう皆とはお別れなんだ。この中学ともこの町とも。・・・どっち道、もう卒業なんだけどね。」
利明が遠くへ行ってしまいそうだった。引っ越したとか引っ越さないとかそう言う意味ではなく。
「お別れは仕方のない事だと思うの。そんなに親しい人でもどうせ、いつかは別れてしまうものだから。」
「そう・・・だな・・・。」
押しの弱そうな利明だが、今は妙に迫力があり彼女の前で俺は付和雷同することしか出来なかった。俺に彼女を止める事は出来そうにない。
「でも、一つだけ心残りがあったんだ。」
「それが・・・俺なのか・・・。」
緊張のあまり口が渇き声がかすれていた自分が情けなかった。
「うん。」
利明は・・・。彼女はゆっくりと大きく頷いた。
「清君には・・・。清君ににだけは・・・。ちゃんとお別れの挨拶をしたかったの。」
「そうか・・・。俺も最後にお前と会えて良かったよ。」
「ありがとう・・・嬉しいよ・・・。」
「俺も、あの日からずっとお前に謝りたかったんだ。」
「だから、清君が謝る事なんてないよ。」
「だけど、俺は謝らない時が済まなかったんだ。」
数分の間、互いに見つめ合い静寂が支配した。ただし、校内放送だけはこの限りじゃないが。
「それにね・・・。」
「うん・・・。何だい?」
「うぅん・・・。やっぱりいいの。」
「言ってくれよ。お詫びも兼ねて少しくらいのワガママなら聞いてやりたいんだぜ?」
「それじゃあ・・・離れ離れになってしまうけれど・・・。たまにでいいから・・・。清君と一緒にいたい。」
「それだけじゃないだろ?」
「どうして分かっちゃうの?」
俺の返答に彼女は驚いたようだ。
伊達にお前の親友をやってはいないんだ。言いたい事がそれだけじゃないことくらい分かるよ。
「去年の暮れに会った時も、何かを言いたかっただろ?だからまだ何かあるんじゃないかって言うのは分かるよ。」
「清君には隠し事が出来ない関係になっちゃったんだね。わたしって。」
「そうだな。」
「それじゃあイッチャウね?」
少したどたどしい態度と、怖ず怖ずとした口調で彼女は言った。
『一度でいいから清君には、亜紀ちゃんって呼んで欲しい』と。
恥ずかしい台詞だが、断る気なんて全くなかった。
「亜紀・・・・・・・・・ちゃん。離れ離れになるけれどずっと一緒にいような?」
「うん。嬉しいわ清君」
夕日の差し込む教室の中で、俺と亜紀の影が重なり一つになった。
唇だけの弱い結びつきだったけれど、高校生にもなっていない俺達にはオトナの結びつきだった。
(Fin)
ところで、どうしてそんな格好なんだ?ブルマなんていまどき見かけないぞ?
女の子らしくなりたかったから。
女の子として清君の側にいたかったから・・・。
だから、一番女の子らしい格好は何かな?って考えてこの格好を選んだの。
ちょっと恥ずかしかったけれど、清君には見て欲しかったの。
女の子らしい格好をしたわたしの姿を。男の子としての利明の姿じゃなくって、女の子の亜紀としての自分を清君に見て貰いたの。
だから少し冒険しちゃったの♪
ああ・・・可愛いよ亜紀。
恋人にしたいくらいな。
えへへ・・・。良かったぁ。
少し変かもって思ったけど、いまの私って清君の好みなんだね