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『母校』

2012/05/27 12:57:09
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【Prologue】

「やっと……ここに帰って来られた……」
桜並木に彩られた私立恒聖高校の校舎を感慨深げに見上げる、ひとりの女性の姿があった。
彼女の名前は内田聡美(うちだ・さとみ)。この春から4回生になった女子大生だ。聡美は、教育実習のため、これから一月足らずこの高校へと足を運ぶことになるのだ。
「あれ、内田先生は、星河丘のご出身だと聞いていますけど?」
教生指導を担当する西野ゆかり教諭がいぶかしげに問う。
「え……は、はい。それはそうなんですけど……そのぅ、私、中学生の頃、この学校に通うつもりだったんです。友達ともそう約束していたんですけど……」
言い淀む聡美の様子で西野はおおよその事情を察したようだ。
「成程、残念ながら当校には受からなかったと。それは確かに感慨深いでしょうね」
勝手に西野は納得したようだが、聡美は内心冷や汗をかいていた。
西野に告げた言葉自体は嘘ではない。中学の時にこの恒聖高校を目指したのは事実だ。
ただ、「一回目」の時は合格し、「二回目」の時は不合格だったというだけの話で。
(もう、あれから8年も経つのか……)


【1.真夏の夜の悪夢】

聡美は、今でもふと夢想することがある。
あの夏休み、悪友達数人と夜の校舎で肝試しなんてしなければ……と。

あの夜、この学校に伝わる七不思議をなぞるような怪異が次々に起こり、友人達は皆姿を変えられてしまった。

ある者は、猫耳としっぽのある猫又娘に。
ある者は、美術室の絵に吸い込まれ、そこに描かれた貴婦人に。
ある者は、夜な夜な音楽室のピアノに合わせて踊る赤い靴の踊り子に。
ある者は、踊り場の鏡から現れた女淫魔に精気を吸いつくされた後、自分も淫魔となって何処か(おそらくは魔界)へと連れて行かれ、またある者はトイレに引きずり込まれて、「花子さん」そっくりの姿にされてしまった。
彼(彼女?)らの運命を考えれば、まだしも聡美は恵まれていたと言えるだろう。

当時高校一年生の少年だった内田聡志は、5人の友人達の末路を目にし、パニック状態のまま、学校の中を逃げ回っていた。
やがて走り疲れた頃、体育館に偶然足を踏み入れた際に、聡志は紺色のブルマーが落ちているのを目にする。
SAN値が下がっているとは言え、そこは思春期真っただ中の青少年、つい好奇心に負けてソレを拾いあげてしまった。

しかし、言うまでもなくソレは罠(トラップ)だった。
紺色の布を手にした途端、聡志の中にそれを履いてみたいという強烈な衝動が突然湧き起こり、「こんなことしてちゃいけない」という思いをよそに、聡志の身体は勝手に動き、ズボンとパンツを脱いでブルマーを履いてしまう。

──ドクン!

次の瞬間、聡志の体内で何か得体の知れないモノがうごめいた。
フラフラとブルマ姿で彷徨い歩く聡志は、気が付けば女子更衣室に入り込むと、更衣室の一番奥の「開かずのロッカー」に手をかけていた。
ロッカーは呆れるほど簡単に開き──中にはひとりの女子生徒の制服が残されていた。

夢現のまま残った上半身の着衣を脱ぎ棄てると、その制服を身に着ける聡志。よく見れば、それは恒聖高校の女子制服ではなく、近所の中学校のもののようだ。
長身というほどではないが、高校生男子の平均程度の身長と体格を有する聡志にとって、中学生の女の子用の制服など小さくて窮屈なはずなのに、容易に着られてしまう。
そんなに大柄な女生徒用のものなのか?
──違う、聡志の身体が縮んでいる、いや、「ローティーンの少女の身体」へと変化しているのだ!!

最後に星型をした髪留めを髪に付けた時点で、聡志の意識は途絶え……。
次に気が付いたのは朝で、聡志は「勝手によその学校に入り込んだ女子中学生」として、恒聖高校の教師から叱責を受けるハメになった。

もちろん、身体も服装も戻っておらず、聡志は途方にくれた。
仕方なくおそるおそる家に帰ったのだが、両親から一晩家を抜けだしていたことはきつく叱られたものの、父も母もひとつ年下の妹も自分の姿に対して何も言わない。
狐につままれたような気分で部屋に戻り、その変わり果てた──年頃の女の子らしい装いの部屋を見た瞬間、聡志は、どうやら自分の存在そのものが変えられてしまったことを覚った。

絶望はあった。後悔もした。怒りと羞恥も相応に感じた。
けれど、まともな人間ですらなくなってしまった他の5人に比べれば、じぶんはまだマシなのだろう──そう思うとあきらめもついた。
そうして、聡志は、「内田家次女の14歳の女の子・聡美」としての人生を(渋々ではあるが)歩むこととなったのだ。

もっとも、後日、猫又娘になった友人と「花子さん」になった友人とは無事再会することができた。
前者は「突然変異で猫耳が生えた女子高校生」、後者は「ちょっと霊感の強い女子小学生」として実家で暮らしているらしい。姿は大幅に変化したものの、その記憶や心は以前のままでいられたのは不幸中の幸いだろう。
結局、ふたりも聡美と同様のあきらめの境地に達して、現在の境遇を受け入れたようだ。

彼女達とは、現在でも時々聡美は会っている。当初は同病あい憐れむ的被害者愚痴の会と言った趣きだったが、年を経るにつれて単なる女子会に近くなっていったのは、なんだかんだ言って3人が日常に適応していることの証かもしれない。




【2.祝杯】

「それでは、さとみんの教育実習開始と、恒聖高校への帰還を祝って……」
「「「かんぱーい!」」」
保護者同伴なら未成年もOKの居酒屋で、3人の女性が祝杯をあげている。
ひとりは、店内なのになぜかニット帽を目深にかぶった20代半ばくらいのラフな格好をした肉感的な体型の女性。
ひとりは、21、2歳くらいの、レディススーツを着たショートカットのおとなしそうな女性。
そしてもうひとりは、今時珍しいロングストレートな黒髪が特徴的な、ややクールな印象の高校生くらいの少女だ。
3人とも標準を大きく上回る美人と言ってよいルックスだが、顔立ちそのものはまるっきり似ていないので、おそらくは姉妹とか親戚とかではあるまい。
同性同士の気安さで、男性の前ではあまり見せないような健啖ぶりを示しつつ、雑談に花を咲かせる3人。

「それにしても……あれから8年か。ようやくアソコに戻ることができたわ」
ふと、会話が途切れた際に、「さとみん」と呼ばれた女性はグラスを置くと、しみじみ呟いた。
「ウチらン中で、さとみちゃんだけ、今まで恒聖に入れへんかったモンなぁ」
関西弁混じりで話す和風女子高生は、早乙女澪(さおとめ・みお)。話題に上っている恒聖高校に通う3年生だ。
「それは言わないで。私も2回目の受験でまさか落ちるとは思わなかったんだから」
「さとみん」こと内田聡美は、微妙に渋い顔つきになっている。
「まぁ、いまさら気にしない気にしない。第一、学校の格から言ったら、星河丘の方が上じゃない」
軽快なペースでグラスを空にしている女性──坂城純(さかしろ・じゅん)は、ケタケタ笑いながら陽気に聡美をなだめる。

言うまでもなく、聡美以外のふたりも、「彼女」と同じくあの夜、その存在を変えられた聡美──いや「聡志」の友人だ。
性別が変わり2歳若返っただけ(いや、それを「だけ」と言うのもどうかと思うが)の聡美に比べて、「彼女」たちの苦労は随分大きかったことだろう。

たとえば、元・早乙女零(れい)だった澪の方は、一夜にしていきなり小学4年生の女の子になってしまったのだ。
女子中学生になった聡美でさえ、10センチ以上下がった視界や女の子としての華奢な体つきに大いに戸惑った。まして、16歳の男の子から10歳の幼女になってしまった澪の違和感は推して知るべし。
また、関西出身の早乙女家はちょっとした旧家の流れを汲み、「男の子はたくましく、女の子はお淑やかに」をモットーとする家柄だったため、しつけ面でも色々苦労したようだ。
もっとも、性差の比較的少ない思春期前の環境にいったん戻り、それから女の子としての習慣その他を少しずつ身につける事になったため、今となっては結果的に澪が一番自然に女の子らしく成長したと言えるかもしれない。
実際、恒聖高校では「生徒会の美人書記にして茶道部部長」として、多くの生徒から憧憬を集めているくらいだ。

対して、坂城純の場合は少々複雑だ。「彼女」の場合、性別こそ変わったものの、名前や年齢、立場などに変化はなく、しかし常人にはあり得ない猫耳+尻尾と言う異物が生じてしまっている。
この事態を解決するため、「彼女」は百万人にひとりという奇病「TS病」の被害者──ということにされてしまったのだ。
TS病と言うと男から女に変わる病気という認識が一般的だ(もっとも、本物の一般人なら、そもそも病気の存在自体知らない)が、その中のさらにレアケースとして、純のように獣耳や尻尾、翼などが生えたり、髪や瞳の色が劇的に変化することもあるらしい。
とりあえず公的には純はTS病患者という扱いになり、戸籍の性別変更などの種々の手続きも経験している。
その過程でいろいろ好奇の目で見られることもあったものの、「元の自分」との連続性(友人関係や私生活・学校生活など)を、もっとも明確に維持できたという点は、他のふたりにはない利点だろう。

(あれっ、そう考えると……もしかして、私って一番中途半端?)
澪程完全に女にはまだなりきれず、かと言って純と異なり男としての16年間の歴史はすでに「なかったこと」にされているのだから。


【3.早乙女澪の場合】

「そう言えばさぁ、今だからこそ言えるんだけど、あたしらの中で、当時一番苦労したのって、やっぱ澪だよねぇ」
ンクンク……と、早いペースでカクテルのグラスを飲み干しながら、ちょっとだけ真面目な表情になった純が、ポツリと呟いた。
「そうですね。私なんか、2学年下がっただけでも、結構面倒なことが多かったし……」
聡美も、同情するように頷く。
「え? ウチ??」
対して、名指しされた澪本人は我ながらキョトンとした顔をしている。
「だって、一夜にして小学4年生の女の子になったんでしょ? 周囲はお子様扱いするだろうし……」
「うーん、それは確かに、いきなり小学生扱いされて、正直エエ気はせんかったけど。でも、逆にウチの場合、いったん小学生に戻ったからこそ、環境に馴染めたってのもあると思うんよ」

……
…………
………………

あの日、家に帰ったときは、そらエラい叱られたわ。まぁ、男女関係なく、十歳のお子様が深夜2時頃起きて外をうろついてたら、そら親は怒るのは当たり前やろうし。
それに、自分の意識としては確かに「16歳の男子高校生」やったけど、身体もえろぅ小さなってしもて、体力的にも夜ふかしとかもできんようになってしもたさかいなぁ。
好きやったコーヒーとかも苦ぅて飲めへんようになったし、否応なしに「今の自分は小学生のお子様なんや」って、理解せんワケにはいかんかったんよ。
もっとも、結局、高校生になった今でも、コーヒー派やなくてそのまま紅茶派になってしもたけどな。

それにホラ、ウチの家って、今時にしてはわりかし考え方が古いほうやんか。
男の子の場合、「腕白でもいい、逞しく育ってほしい」って「希望」どころか、「腕白になれ、逞しくあれ!」ってほとんど「強制」する勢いやったしなぁ。
ウチ──男の頃のボクは、マイペースでのんびりした方やったから、そこまでせきたてられるのんは、結構しんどかった面もあったんや。
それが女の子になった途端──まぁ、家族とか周囲は「元からそう」やったと思てるんやろうけど、蝶よ花よ……ってのは大げさにしても、ひとり娘やからかエラい大事にしてくれるようになってん。
それまで半分無理矢理やらされてた剣道と柔道の代わりに、お茶とお花のお稽古が月・水・金に入っとったのには、ホンマわろたわ。

もちろん、女の子の場合、「控えめでお淑やかにせんといかん」って言われる傾向はあったし、実際何度かそう注意されたけど、「ワイルドになれ! 一番になれ!!」って急かされるよりは、ボクの性格上、ソッチの方がなんぼか気が楽やったしなぁ。

それに……十歳って、少しずつ男女の差を意識し始める頃やん? 身体も徐々に大人になる、いわゆる第二次性徴が始まる時期やし。
そらスカートをはじめ女の子らしい服を着さされたし、下着も女の子用パンツにシミーズとかやったけど、子供のストーンとした身体やとそれほど違和感ないし、割とすぐ慣れたわ。
小学校のクラスも、女の子も男の子も仲よぅ遊んでた方で、それも幸いしてすぐ馴染めたし──まぁ、心も身体に引っ張られたんか、ボクが元々子供っぽい方やったんかはともかく。

けど、さすがに五年生に上がる前の春休みに、胸がちょっとずつ膨らみ始めた時は衝撃やったで。
で、五年生に進級してすぐの頃やったかなぁ。お母はんとブラジャー、って言うてもファーストブラやけどを買いに行ったんや。
その時、お店で試着して初めてブラ着けたとき、「ああ、やっぱウチは女の子なんやなぁ」って、否応なしに自覚ができたんえ。
ちょうどクラスでも男女のコミュニティが完全に分離し始める時期やったさかい、そのままウチも自然と「女の子」側に入っていくことができたし。

……
…………
………………

「せやから、そういう意味では、いきなりあからさまな「女の子の輪」に入るコトになった、さとみちゃんやジュンちゃんよりは、ウチはなんぼか恵まれてたと思うんよ」
澪は、そう話を締めくくって、ノンアルコールカクテルで喉を潤した。
「へぇ、なるほど。ある意味、「時期が良かった」のかもねぇ」
感心したように純が頷いている。
「そういう、純さんはどうなの? 私らの場合と違って、周囲は元の状態も変化後の姿も両方認識してたワケだし」
ズバッと聡美が切り込む。
「あ、まぁねぇ」
天井に視線を逸らしてポリポリと頬をかく純。
「仕方ないなぁ。ここだけの話だよ?」



【4.坂城純の場合】

あたし──当時の俺は、知っての通り、猫又娘に変えられ、身体が動くようになった直後に「こりゃヤバい!」と思って学校から逃げ出したんだよね。
あの時、勘に従ってつくづく良かったと思うよ。「絵画の貴婦人」になった佐藤と「赤い靴の踊り子」になった鈴木は、そのまま「学校の七不思議」に組み込まれちゃったもん。そうなったら、もはや人間の世界に復帰するのは絶望的だし。
あ、そういえばさぁ、サッキュバスになった田中にね、こないだ偶然会ったよ。普通の人間の姿に擬態してたけど。
うん、駅前のカラオケにさぁ、女4人で来てた。なんでも、他の3人もやっぱり淫魔で、仕事がオフなんで久しぶりに人間界に遊びに来た、とか言ってたなぁ。
あたしも、一応耳と尻尾は隠せるようになったけど、ホラ、本質的には「人外」じゃない? そのせいか、割とフランクに色々話してくれたんだ。
魔界に連れて行かれた当初は、やっぱり絶望したり嫌な事も多々あったらしいけど、10年も経つと流石にサッキュバスとしての暮らしにもすっかり馴染んだみたい。一緒にいた子達は今あの子が指導している後輩なんだって。偉くなったもんだよねぇ。

──おっと、すっかり、話がズレちゃったね。
えーと……あの日帰ったら、そりぁ大騒ぎになったよ。なんせ、朝出かける時までフツーに男子高校生やってた息子が、いきなり猫耳娘な状態で帰宅したんだもん。
10年近く経った今じゃ男の頃の面影は全然ないけど、当時は顔立ち自体は男時代の名残が色濃く残ってたし、俺しか知らないはずのこととか話して、幸い両親には俺だって信じてもらえたけど。

即日病院行って検査したものの、原因は不明。性染色体まで完全にXXに変わってたし、内臓も骨格も完全に女になってたからねぇ。幸い、部屋に残ってた指紋や髪の毛その他と比べて、「俺」と「あたし」の同一性が科学的に保証されたのは助かったけど。
で、こんな時、説明するのに便利なのが「TS病」ってワケ。
発見されて20年近く経つのに、現在も原因や治療法がまったく不明のヘンな病気。発病すると、男が女に変わるって事だけが共通してるけど、それ以外の症状はかなり多種多彩。噂では、病気じゃなくて呪いの一種なんじゃないかって話もあるみたい。
とは言え、ひっそりとではあるけど国に正式に認知された病気で、TS法ってその罹患者のための法律まで制定されてるのは助かったかな。
「俺」改め「あたし」こと坂城純は、病院で正式に「劇症型TS病患者」に認められたおかげで、戸籍の性別変更とかの手続きや、女性生活への補助──いくつかの金銭的な免除とカウンセリングね──を受けられることになったんだよね。

へ? 女として最初に苦労したこと?
うーーん、そうだなぁ……あ、そうだ! 生活環境ごと変わったふたりと違って、あたしの場合、まずは服を買い揃えるところから始まったかな。
もっとも買い物のときは母さんがすんごく嬉しそうだったけど。ほら、ウチ、妹がいたさとみんとこ違って男兄弟ばっかだったから。母さん、娘が欲しかったらしくて、店で色々着せ替えショーさせられた(笑)。
まぁ、それでも結局は、俺の意見を汲んで、当初はあまり女の子女の子してない中性的な服を買ってもらったからね。いきなり女児服着ることになった澪っちとか、思春期まっさかりのフリフリヒラヒラばっかりのさとみんよりは、ナンボかマシだったと思うよ。

学校も、ちょっと悩んだけど結局恒聖に通うことにしたんだよね。変わったのが夏休み中だったから、二学期が始まるまで半月以上余裕があったのは、不幸中の幸いかな。
新学期が始まって最初のホームルームでもクラスは大騒動になったよ。そりゃあ、「ボーイッシュな美少女転校生が来たかと思ったら、実は一学期までのクラスメイト(ただし男)でござる」ってなったらねぇ。逆の立場だったら、俺だって「はァ?」って思ったに違いないし。

え? クラスメイトの反応? うーん……まぁ、「素直に受け入れたのが3」、「渋々了解したのが5」で、「興味本位の反応したのが2」ってところかな。
受け入れ組は問題ないとして──まぁ、委員長の佐々木さんとかは、色々お節介焼いてくれたのが、ありがたくもありわずらわしくもありって感じだったけど──了解組も触らぬ神にたたりなし的態度は仕方ないと思うけど、興味本位組の主に男子には参ったなぁ。
「オッパイ触らせろ」くらいはまだいい方で、中には露骨に「ヤらせろ!」って言う子もいたし。
もっとも、この猫又体質になって運動能力が以前の数倍になってたから、強引に襲われても何とかなったんだけど、それでもウザいのは変わりないし。
オマケに猫だから春先とか困るんだよね。その……発情期ってヤツでさ。
そうそう! それで思い出したけど、さとみん、あの時は、美也さんに紹介してくれてありがとね。いやぁ、生まれついての化猫娘なあの人に、猫又としての心得とか耳隠すコツとか色々教えてもらえたのはラッキーだったなぁ。
今、あの人どうしてるの? へー、さとみん達の卒業と同時に学校辞めちゃったんだぁ。残念。久しぶりに会いたかったのにぃ。
「彼女の親戚の伯方さんとは、今でも時々電話したりしてる」? じゃあ、良かったら今度、美也さんの連絡先とか聞いといてよ。

えーと、どこまで話したっけ? あ、そうそう。その美也さん──さとみん達の中学の猫田先生に、猫娘として人間社会で生きていくうえでの秘訣とかを色々教わったんだよね。
発情期への対処法もそのひとつでさ、結論は「一発ヤっちゃえ」ってミもフタもないものだっだけど。
あ、別に男とセックスしろってわけじゃなくて、朝一で何回かオナニーしてすっきりしとけば、夕方くらいまでは何とかモつってだけだよ。
あと、生娘──処女の方が性衝動への耐性が低いから、さっさと誰かとヤった方が楽……とも言われたかな。

え、初体験? あ、まぁ、気になるよね、やっぱ……。
うん、3年に進級する直前の三月に、部活の後輩の子が相手。
知っての通り「俺」は元々応援団の男子部だったけど、女になったあたしはそのまま女子部のチアリーディング隊にシフトしたんだ。
でもって、恒聖の応援団って、男子も女子も割かしスパルタじゃん? それで「男らしくなりたい!」ってウチの部に入ったはいいけど、練習が辛くて挫けそうになってた二年の後輩を叱咤激励してるウチに、まぁ、そういう関係に……ね。
あ、いや、いきなりじゃなくて、12月頃から少しずつ仲良くなって、年明けのバレンタイン&ホワイトデーで進展して、で春休みにいざ、って感じだけど。
その子に「新学期から外国に引っ越すから、先輩との思い出が欲しいです」って言われて、つい雰囲気に流されちゃってさ。
……結局、彼とは引っ越してからそのままになっちゃったなぁ、ハァ。

その後は、知ってのとおり、男の子とも女の子とも何人か関係は持ったよ。
男相手にするのは彼のおかげでフッきれたし、元男だから女もイケるクチだしさ。もっとも、猫なのにタチだったりするけど(笑)。
雌犬(ビッチ)っぽいとは失礼な! 言っとくけど、あくまで好きになった相手としかシてないし、付き合うのはいっぺんにひとりだけだかんね。
──まぁ、この10年間で最初の後輩も含めて恋愛関係になったのが6人もいるから、惚れっぽいってのは否定しないけどさ。

いま? 今は珍しくフリーだよ。誰かいい人いたら紹介して……って、さすがにこの歳で高校生相手はナシか。澪っちはいいや。さとみんの大学の方とかイイ男いない? この際、イイ女でもいいよん。
……って、人にばっか恥ずかしい話させといて、アンタらはどーなのさ!?


【Epilogue】

下ネタ好きでオープンな彼女にしては珍しく照れくさそうな純の問いに、聡美と澪はなんとなく顔を見合わせた。
「ウチは……恋人言うか、許婚がおるねん」
「い、いいなずけー!? それって婚約者の事だよね、ね?」
思いがけない澪の言葉に食いつく純。このテのコイバナになると目の色が変わるあたり、すでにすっかり女子に染まっている気がしないでもない。
「澪の家は名家だものね。でも、相手はどんな人? まさかひと回り以上歳上の分家の当主とか……」
躊躇いがちに聞く聡美の言葉を澪は笑い飛ばした。
「あはは、さとみちゃん、テレビの見過ぎやで。許婚言うても、昔からよぅ知ってる従兄の人やねん。男やった頃から、兄やんみたいに懐いてた優しい人やし、ウチとしては別段嫌な気はしてへんのよ」
ちょっと頬を染めて恥じらうその素振りからすると、「嫌な気はしてない」どころか大いに本人は乗り気なのだろう。

「ケッ! 人生勝ち組のお嬢はこれやから。さとみん、アンタはどうなの?」
なんとなく拗ねた目付きの純に問い詰められて、目を白黒させる聡美。
「えっと……いるようないないような……」
「なんやハッキリせぇへんなぁ」
珍しくツッコミを入れる澪の言葉に、聡美はますます困惑する。
「だって、ホントにわからないんだってば! 確かに男女問わず知り合いの中では一番仲がいいし、中学・高校・大学とかれこれ9年間も一緒にいるけど……」
「いや、そんだけ一緒にいる仲の良い男なんて、どう考えてもコレじゃん」
呆れたような口調の純の言葉に、小声で聡美は反論する。
「だ、だって……私も彼もどっちも告白とかしてないし……」
「「はァ!?」」
異口同音に叫ぶふたりを尻目に、ボソボソ言い訳(?)する聡美。
「映画とか遊園地とか一緒に遊びに行ったことは何度もあるけど、デートは一度もしてないし……」
(いや、それをデートと言うんとちゃうのん?)
「バレンタインにも手作りの義理チョコしか渡したことないし、ホワイトデーのお返しも彼のお手製ケーキだし……」
(どこが義理だ、どこが! しかも彼氏の方はお菓子作りのスキル持ち!?)
「で、その彼の方には恋人とかいないの?」
なんだか無性に疲れた気がする純が、半分投げ槍気味に問う。
「私の知る限りでは、たぶん……やっぱり、私なんかが側でウロチョロしてるからかなぁ……」
(なぁなぁ、ソレって……)
(うん、間違いなく周囲は「ふたりはデキてる」と思ってるわね)
(さとみちゃんも美人さんなんやし、もっと自信持ったらエエのになぁ)

「そもそも私、澪みたいに美人じゃないし、純さんみたくスタイル抜群なわけでもないし、そもそも……(元男だし)」
澪の言う通り、客観的に見れば聡美も十二分に「美女」のくくりに入るのだが、どうやら側にいた逸材との比較でコンプレックスを抱いてるらしい。聡美ははてしないネガティブ思考に入り込んでいる。

「あー、もぅ、鬱陶しい! さとみん、今からソイツに電話しな」
「え? な、なんで……」
「見かけの年代は離れたけど、あたしら友達だろ? ソイツがハッキリさせないから、アンタがそんな風にウジウジするハメになってるんじゃん。だったらあたしがセッキョーカマしてやっから!!」
「そ、そんな無茶苦茶な……純さん、酔ってる?」
「酔ってないよ! ビール大ジョッキ2杯くらいで、この純さんが酔うわけないでしょ!!」
「まぁまぁ、純ちゃん、抑えて抑えて」
無闇にヒートアップする、見かけは一番年かさな純を、外見年齢が一番下の澪がなだめすかしている。
「そやけど、聡美ちゃんも、ハッキリした方がエエと思うで。
あんなぁ、ウチも兄やんとの婚約が決まった時周囲に流されてなぁなぁになるのはイヤやったさかい、キチンと自分の気持ちを面と向かって口頭で伝えたねん。そしたら、あの人も、真剣に答えてくれたんよ」
その時の答えは「正直、澪ちゃんのコトは妹として見ている部分が強いかな。でも、好ましい女の子としている部分もないワケじゃない。だから─まず、少しずつお付き合いしてふたりで気持ちのギャップを埋めていこう」という、誠に潔いものだった。
「それとも、聡美ちゃんの好きな人は、真面目な告白にいい加減に対応するような人なん?」
「う、ううん。ツブラくんはそんな人じゃない、と思うけど……」
意を決した聡美が電話──しようとした瞬間、ケータイに話題の彼からの連絡が入った。
「……ぅん、うん、わかった。じゃあ、明日、大学近くの喫茶店"Leaf Ticket"でね。うん、おやすみなさい♪」
声色まで甘いものになっている様子は、どう見ても相手への思慕の念が丸わかりだ。
「で、その"ツブラくん"とやらは何だって?」
「えっと……大事な話があるから、明日逢えないか、って」
その言葉に色めき立つ残りのふたり。
「フラグ、ゲットや! さとみちゃん、良かったなぁ」
「ま、まだ、わかんないよぅ」
「何いってんのよ。もし違っても、絶好のチャンスじゃん!」
「う、うん……そうだね。わたし、頑張ってみる!」

と、明るい雰囲気のまま年に一度の「定例報告会」はお開きとなった。

高校生なのでそろそろ帰る澪と、(教育実習生とは言え)一応「先生」として彼女を送っていくと言う聡美を見送ったのちも、純はカウンターに移ってまだ飲んでいた。
「フフッ、ホントにあの子らと話すのは楽しいなぁ」
友人にして妹分でもあるふたりの成長ぶりを思い出して、つい笑顔になる。
本来は同年齢のはずの相手に、こんな感慨を抱くのもどうかと思うが、それだけ自分達も今の立場に馴染んだということなのだろう。
「はぁ……それにしても、あの子らにも春が来たんだねぇ」
しみじみ呟くと自分が何だか急に老けたような気分になる。
「ち、違うよ!? アタシだってまだまだ若いんだからね? そ、そりゃあ、そろそろお肌の曲がり角だし、旦那もその候補もいないけど……」
自分で言ってて、先程の聡美の如く落ち込みたくなってきた。
ところが。
「じゃあ、僕が立候補しちゃダメですかね?」
「!」
(え……う、ウソ!?)
聞き覚えのある、忘れるはずもない男性の声が背後から聞こえて、純は息を飲む。
振り返るのが恐い。自分の予想が当たっていても、外れていても……。
純が躊躇っている間に、相手の方から歩みを進めて、純の隣りに座る。
「ただいま、先輩」
「ば、バカァ……」
青年──自分の初めてを捧げた少年が成長した男性の腕の中に身を投げながら、純はいまや自分が心の芯まで完全に「女」になっていることを自覚していた。むしろ、女になって良かったとさえ感じていることも。

──半年後、内田聡美と早乙女澪のもとに、一枚の招待状が届いたことを記して、この話の結びとしよう。
式場では数々の女性招待客に混じって聡美も澪も、喜々として花嫁からトスされたブーケ争奪戦に加わっていたことも付け加えておく。

-おしまい-
#以上、スレ途中で時間切れになった「母校」の完全版でした。
#これと対になる「墓場の方から来ました♪」の方も近々アップします。
KCA
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