2036年。
性転換技術が公となりはや20年が経過していた。
注射1本で性別が変わる時代。
「男女の垣根の消滅」はいろいろなところに歪をもたらそうとしていた。
まあその注射の製造コストがとにかく高く、1本うん千万とかかかるわけだけども。
だから本気で性転換しようとしてる人、それも金持ちでなければ利用できないわけだ。
でも、そのうん千万がポンとだせるようなステージがあれば、
その注射をした人間ばかりが集まるのではないだろうか?
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『女子100m決勝、ただ今より開始致します…
なお…諸般の事情により、本決勝は予選より2週間が経過しております…』
オリンピックなんてのは10年位前から裏ではドーピングだらけになっていた。
今回だって決勝が2週間も遅れたのは何人もドーピングでしょっ引かれたからだし。
マイクロマシンは技術が上がればドーピング検査に引っかからないし、男女の垣根を簡単に飛び越える。
たとえば女子でバランス感覚を鍛えて、男子の体でメダルに挑戦、なんてのはザラ。
そんな事情で数年前からオリンピックの権威はすこしづつ失墜し始めているのだが、
一般の人々はそれに気づいてないし、発展途上国は国の威信をかけてドーピングとラフプレーを持ってメダルを是が非でもと取りに来る。
公表こそされていないが、予選トーナメントのドーピング検査で引っかかった人間は3分の1にも及ぶ。
そう、大体検査に引っかかるのはマイクロマシンの技術が低い国。
つまり技術的後進国であったりだとか、経済状況が悪い国。
まあ、そういう国というか選手は見れば大体わかる。
たとえば…
『第一レーン…バルベルデ…イナハト・ウルギス』
ゴツい!とにかくゴツい!
190センチ超えてるし、頬骨超出てるし肩幅が1m確実に超えてるし!
ナノマシンで無理やり女性化させたのが丸見え!オリンピック委員会しっかりしろ!
「Brrrrrrrrrrrrrrrrruwalalalalalalala!!!!!!!!!!!!!!!!」
う、うるせぇぇぇ!!!
こいつ声変わりしたままじゃないか!
K1のファイターのような信じられんほどの低音で雄叫びを上げている。
裸足のアベベに申し訳程度に付けたロングで前髪ぱっつんなウィッグが、逆に女装変質者のような異様さを醸し出している。
だが、コイツは準決勝のラフプレーのやり過ぎで脚を負傷してる。1位にはなれない。
『第二レーン…アザディスタン…ダルマーハ・プサイン』
男性並にゴツい脚。そして肩の刺青が眩しい。
ゴシップ誌で読んだが現地の言葉で
「俺は世界で一番速い男だ!」と掘ってあるらしい。
しかもなんか背中に大きく、金メダルをぶら下げた笑顔の男性の絵も掘っており、
* *
* ↓これは未来の俺です
n ∧_∧ n
+ (ヨ(*´∀`)E)
Y ○ Y *
とも掘られているらしい。
いや!男って書いてあるじゃん!バレバレじゃないか!オリンピック委員会しっかりしろ!
だが、コイツさっきから瞼がぴくついている。ナノマシンでアドレナリンを抑えすぎている証拠だ。
緊張に弱いタイプ。1位にはなれない。
『第三レーン…フォートセバーン…サミュエル・ニコラス』
改名しろ!
ニコラスて!モロ男性名じゃないか!
しかも顔がモロ男。急ぎで性転換したのがバレバレ。
顔のごつさと首の太さはシュワちゃんといい勝負。
今回の1番の実力者はコイツか。
しかしその立派に蓄えたヒゲは剃れよ。
首から上はまるで木こりだぞ。
『第四レーン…日本…若槻シホ』
さーて俺の番だ。
3ヶ月前に栄養剤として注射されたものがまさか性転換ナノマシンだとは思わなかった。
まあその時はショックだった。ずっと男だったし、性転換とは無縁の人生だったし。
けど詳しく話を聞いてみると、なかなかに日本の技術の粋を集めたものらしい。
ごくごく普通の日本人女子アスリートの体型ながらも、体力や筋力は黒人男性アスリート並という脅威の技術に加え、
技術者の謎のこだわりで造られた顔の可愛さ。
素朴で、派手ではないが、撫でたくなるような落ち着いた日本人が好む日本人の顔。
俺も初めて鏡を見た時、あまりの可愛さに心奪われた。
慣れない女としての暮らし、動きづらい女のカラダ。
だけど、そこからちゃんと調整して、2週間前ようやく決勝トーナメントに上がることが出来た。
ここ4大会で決勝まで到達したのは俺だけ!
だが…ひとつ問題が…
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2週間前…
「準決勝ご苦労様。検査の結果、女性ホルモン量が…だいぶ不足している」
「そうですか…」
「ナノマシンを調整させて女性ホルモン量を増やさせよう。207HMから369HMに変えておくよ。
テンキーテンキー…3…6…9…っと」
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と、こんな掛け合いがあったのだが。
ナノマシンの更新以来、この2週間微熱が続き、体調も悪くて仕方がなかった。
体にもいろんな不具合でるし…
で、いろいろ調べてみるとドクターが間違えて女性ホルモン量を3364699HMと入力してしまっていたらしい。
殺す気か!1万倍近く違うじゃないか!!!
押し間違えた、と言い訳してたが…
しかもなんだ!3と6と9はまあ許してやろう…
4ってなんだ4って!テンキーだと逆側だぞ!
しかも途中6・4・6って右側、左側、右側…って押し間違えたとか言うレベルじゃないし。
もう決勝の会場に立っちゃったし、それは置いといて。
ドクターが言うにはこの後遺症でもう男に戻れないらしい。
はぁ…マジかよ…
女性ホルモンの過剰供給により胸が10カップも大きくなっちゃたんですけど。
重い。めっちゃ重い。
Kカップですよ今。ふざけてるでしょ。
トレーニングの結果鳩胸になったから75センチのアンダーがちょうどいい。
だから今トップ115センチとかいうアホサイズ。なにそれ。気持ち悪い。
もうなんだか片乳=メロンとか言うレベルじゃ済まされ無くなってる。
完全に病気扱いだからまあしかたがないといえばしかたがないのだが。
片方だけでスイカくらいあるもんなぁ…ああ…邪魔で仕方がない…
で、その胸なのだが。
乳肉はほとんど、胸部にあるクーパー靭帯という筋肉が支えている。
いわば、この筋肉で吊り上げてる、と言っても過言じゃないわけだ。
で、このクーパー靭帯何らかの事情で切れたり、老化によって伸びに伸びることで、
婆さんみたいな垂れ乳になるわけだ。うわ最悪。
旧世紀の巨乳症と言われた方々はこれが特に酷く、
ここまで大きくなると、このクーパー靭帯が荷重限界に達して切れるケースが非常に多い。
もう胸が大きな饅頭どころかそれをぶっ潰したみたいな形状になってしまう。
そこで、ドクターはナノマシンの機能をフル稼働。
無意識中にこのクーパー靭帯を鍛え、絶対に切れないようにしているのだ!
いや、そういう垂れ乳にならないとかそういう配慮、要らないから!
まあ、おかげでちょっと鳩胸になってまた更に大きく見えてるわけですが…うう…もうやめてくれ…
今もレーンにはいるだけで「ゆさっ…ゆさっ…」とふるふる揺れている。
だって、ブラジャーするわけにいかないし…
ウェアも当然着れなくなり、3つサイズを大きくした。
はぁ…目立ちたくねぇ…
とまあも押し分け程度にスタンドに向かって手を振る。
2階の人聞こえますか
「「「「「うぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」
俺は歓声に手を上げて答える。
まあみんあやってるしね。
「がんばれー!」
「まけるなー!」
「ジャパーニーズ ボイン!」
「オッパイ!」
「おーイッツクレイジー!キョニュウ!?バクニュウ!?」
ん?歓声の中に卑猥な単語が!
おい、さっきからカタコトで俺の乳を侮蔑する奴がいるぞ!警備員止めろ!
「おい警備員!そいつ黙らせろ!」
え?指さしただけで胸が揺れてるって?
「オッパイフルフル、イエスアイアム!」
「そうです、そう。警備員の僕から見ても揺れてますよ」
おい、警備員!お前も一緒になってるんじゃねえ!
もともと無乳に近かったから、こんなKカップなんて凄いものをぶら下げて走らにゃならん…
なんか色々契約とかで棄権できないし、今の全力を尽くして走るだけ…
クラウチングスタートの体制を取り…
うう、ブラしてないし胸が下方向に引っ張られる…
『セット…』
あーちゃんと走れるかな…さっき調整で走ったけど、まだ体調悪いし…
『レディ…』
行くぞ、俺、がんばるぞ!
バンッと破裂音が鳴り響く。
走れ、蹴れ、駆けろ。
全てのエネルギーを全身を駆け巡らせ、走る。
スタートダッシュは悪くない。
ちょっと遅い気もするが、こんな体だし、全力をつくすまで。
うおおおお!!!!胸が!胸が信じられんくらい揺れてる!
大暴れ!太平洋のマグロだよ!!
い、痛いいい…
のこり50m。
急げ、今からが加速の正念…ば…!!!!
うおっ…うおああああぉぁお!?!?!
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俺は100m決勝、しかも途中でとてつもなく派手にコケた。
まあ胸に4kg近いオモリがあるわけだし。
故に最下位。
さんざんな結果だった。
東スポの翌日の一面は
「若槻シホAV転向!か?Jカップおっぱいクッションが衝撃吸収!」
だった。まあ状況的にはおっぱいがクッションになってたし、
間違いじゃないけど…残念ながら当時の胸はもう1カップ大きいんだ。
ネットでも大きく扱われて私の走る最中の乳揺れ写真や、乳揺れgifなどが大量に作られた。
その後1年は恥ずかしくてまともに歩けなかった。
つか、今でもネットで
「アスリートの爆乳画像ください!」
的なスレ見るとかならず写真あるし。ネットって怖い。
ナノマシン会社は私の爆乳化がいい広告となり
(スポーツ選手とナノマシンの関係はもはや公然の秘密だ)
かなり株を上げめちゃくちゃ儲かってるらしい。ずるい。
そんな私は髪を伸ばして、スポーツトレーナーとして働いている。
ナノマシンが普及しても、依然としてスポーツは人気があるのだ。
そういえば、また胸が大きくなった。
もうブラジャー売ってないよ。
次、何カップだよ…Lカップが入らないとか、もう既成品無いですしおすし。
ナノマシン障害の私は胸を小さくすることはできない。
でも女として生きていく事はできる。
今思えば、女になったのも悪くない気がする。
今日もデート。楽しみだ。
「ね、ドクター?」
あと、地味に国の名前で吹かせていただきました。
μmとか血液検査で丸解りでしょうし
パスワードを失念してしまい、修正できなくなってしまったのでそのままにしておきます…