一、
防具屋で間違って女性用の鎧を買ってしまった。そもそも女性用の鎧なんて売っているとは思わなかった。無理矢理身につけてから、女ものだと気がつくなんて間抜けな話だ。
ところが、一度着たら脱げない。
どうなってるんだと焦っている時、鏡を見たら自分が女になっていた。見たこともない美女だ。
動転したが、まず、防具屋に文句を言わなければと宿を出た。ところが、数刻前まであった筈の防具屋はあとかたもなく消えて、そこはただの公園になっていた。
途方に暮れていると、後ろから俺に声をかけてきた男がいた。
「まさか……。生きていたのか?」
「えっと、誰?」
そうか、自分じゃなくて、この女の知り合いか、とようやく思いが至った時には、そいつの抜いた剣が目の前に迫っていた。
「うわったっ」
鎧と一緒に買った槍で、彼の剣を払った。
いや、違う。
槍が俺の腕を動かして、剣を勝手に払っていた。
「危ねえじゃねえか。なんだお前、こんな町の真ん中で」
思わず叫ぶと、そいつは怪訝な顔をして言った。
「俺がわからないのか?」
「知らないな」
俺は奴ののどもとに槍を突きつけた。
「記憶喪失か。無理もない」
そいつは勝手に納得すると、俺の槍を恐れることもなく公園の前後左右を見渡した。
「我が国の間者はいないようだな。さっきはいきなり斬りつけてすまなかった。間者のいるところで貴方を見逃すと、私は反逆者とみなされる」
事情がよくわからん。
「私はナル国の第三王子、クレム。貴方はヌル国の姫、ソフィア」
ヌル国は最近ナル国に滅ぼされたばかり。ここはかつてのヌル国、辺境の村だ。
ほう、俺は、というか、この女はそれほどの重要人物だったのか。
「そしてソフィア、君は私の恋人だった」
なんだと。
十分後に俺とクレムは酒場にいた。
いきなり俺に斬りつけてきた怪しい奴だ。だがそれよりもこの女、今の自分の情報を知りたかった。
辺境地の酒場は流行っている風ではなかったが、四・五人の客がいた。中に入るとその客たちが一斉に俺の顔を見た。美人だからな。だが、辺境だけあって、かつてのお姫さまとは気付かなかったようだ。
酒場の壁に武具を立てかけると、クレムは話を始めた。
「そもそも我が父王はヌル国を滅ぼすつもりはなく、平和裏に合併するつもりだった。私の長兄はすでに伴侶がいたし次兄は僧侶となり修行中の身だった。そこで私と貴方の縁組をした」
「政略結婚か」
「傍からはそう見えたかもしれない。だが二人は愛し合っていた。少なくとも私はそう信じる。婚姻の日を貴方は楽しみにしていたしな」
恥ずかしがるでもなく、クレムはそう言った。
「しかし、突然の病で父が亡くなり、長兄が王位を継いでから様子がおかしくなった」
「我がナル国は武力と商業の国、ヌル国は魔法と農業の国だ。互いの長所を生かせばさらに国を富ませることができる。それが父王の考えだ。しかし、兄王はヌル国の魔法の力を得て、さらに領土を拡大しようとしたのだ」
クレムが頼んでいた酒が来た。杯がふたつ。
「兄王はヌル国に魔法を教えろと迫ったが、ヌル国はそんな兄に秘伝を教える気はなかった。兄は怒ってヌル国に攻め込んだ。戦争に反対した次兄は寺で毒殺された」
クレムは悔しそうに酒をあおった。俺も飲んだ。
「私も将としてヌル国攻めに加わった。そうしなければ兄王に自分が殺されるからな。大変な戦いだった。ヌル国の魔法で道に迷わされたり、幻の兵を追いかけまわしたりした。しかし、兵力に劣るヌル国は次第に追い詰められていった。私はソフィア、君のいる城下に部下を使者として送り、逃げるよう促した。だが、君は国を捨てられぬと拒否した。城下の町を蹂躙されヌル国の兵士たちは、最後に君と城を打って出た。だが全滅した。君にはどんな魔法がかけられるかわからぬと、遠方から百本の矢が射かけられた。君に何本かの矢が刺さり倒れるのを遠くから私も見た。それから遺体を捜したが、君の体も武具も消え去っていた」
「君の父母兄弟すべて殺された。兄王は死体が唯一見つからなかった君を、探して首を持ってくるまでは帰るなと私に命じた。私を国から追い出したのだ。さらに間者を放って私の後を追わせた。なにか私に落ち度があれば、それを理由に私を殺すつもりなんだ。ところで」
三杯目の酒に手を伸ばした私に、クレムは不思議そうに言った。
「ソフィア、君は本当になにもかも忘れたんだな」
あれ、なにか、おかしい。クレムの顔が回っている。
「酒場に誘ったのは料理屋よりも目立たないだろうと思ったからだが……。魔法を操る者には、いくつかの禁忌があると聞いた」
目の前が暗くなっていく。
「そのうちのひとつが、酒だ」
俺はそこで気を失った。
目が覚めたら体が動かなかった。どこかの宿の一室らしい。俺は仰向けに寝かされ、四肢をそれぞれベッドの端にくくりつけられていた。
「なっ、どうしたんだこれは」
「すまないね。いや、危害を加えるつもりはないんだ。安心してくれ」
「何が安心だ!」
首を左に回すと、俺の槍が目に入った。厳重に鎖を回され、壁に括りつけられていた。
「ソフィアの聖槍には、主人の危機を避けるように魔力が込められていると聞く。いま動いてもらっては困る」
「俺を殺す気か」
「愛しいソフィアをなぜ殺さなければならない。逆だ」
「なんだと」
「君を、抱きたい」
「ちょっ、待て」
俺はパニックに陥った。今日の昼間まで普通に男だったのに、女になったあげくに犯されるなど冗談じゃない。
「待たない。私は兄に疎まれている。将として戦っていた時の私は、自分で言うのもなんだが、部下の兵に好かれていた。実績もある。君たちの魔法に翻弄されながらも、幻術を見破り兵を立て直したのは私の功だ。猜疑心の強い兄は、そんな私に裏切られるのが恐いのだ。私はいつ兄に殺されるかわからない。死ぬ前に君を抱きたい」
「だからってなぜ縛るんだ」
「君は身持ちが固い。父王が存命の頃、一度、君の城で二人きりになったことがある。私は君に接吻しようとしたが、手刀を喉に入れられ拳で腹を打たれ金的に膝蹴りを食らった。君は魔法ばかりでなく体術も秀でている。婚姻前に抱こうとしたら私は無事ではいられないだろう」
「い、や、その、殴らないから、待て」
「もう我慢できんのだ。気を失った君を背負ってあるくとき、君の柔らかい太ももが手に、その膨らむ胸が背中に、君の熱い吐息が首筋にかかった。気が狂いそうだ」
「熱い吐息って、ただの寝息だろう。それに太ももも胸も武具の中だ」
「さすがソフィア、こんな時も冷静な分析だな」
ほめられてもうれしくない。
「なに、武具など外すだけのことだ」
そこで俺は思い出した。この武具は外せない。結んだ紐は決してほどけず、刃物を当てても切れなかった。これは俺の貞操(?)の最後の砦だ。
「!」
それなのに、クレムは俺の脚、肩から次々と、あっさり防具を外していった。
他人の手なら外せるのか!
「いよいよ胸当てか。そのふくよかな胸をじかに見たいと、どれほど願ったことか」
ソフィアの胸はあおむけに寝ていてもけっこう膨らんでいる。お姫様はけっこういいものを食って、それで育ったのだろうか。いや、そんなことを考えている場合ではない。だが、逃げようにも首を動かすのが関の山だ。男だったのに犯される恐怖が急に湧きあがってきた。声も出なくなった。
とうとうクレムが最後の武具、胸当てを外した。
と、そこにあったのは双丘ではなく、平らな胸板だった。
瞬時に俺は男に戻っていた。
不思議な顔をしたクレムは、俺の腰布をほどいた。おとこのイチモツが見えたはずだ。
「うぎゃあああああ」
クレムの悲鳴が宿に響き渡った。
二、
「君の名はハノーク。もともと男性。この辺境の村、ブーラからさらに奥へ入った森の中の集落、ルーシの出身。父が子供の頃に亡くなり、さらに母が最近亡くなって天涯孤独になったのをきっかけに、一旗挙げようとルーシを出てきた。戦士になろうとまずブーラで武具を揃えて、と思ったら間抜けなことに女性用の防具と槍を買ってしまった。さらに間抜けなことにその武具には魔法がかかっていたらしく、ヌル国の姫、ソフィアの姿になってしまった」
「間抜けは余計だ」
「阿呆とか馬鹿とか言ったほうがいいのか」
「どちらも許さん」
「ともあれ、事情はわかった」
「ところでだ」
「なんだ」
「紐をほどいて俺を自由にしたのはいいが、なんで武具をつけてからほどいたんだ」
「むくつけき田舎男など見たくはない。心はともかく、ソフィアの姿を見ていたほうがましだ」
「武具を外して俺を元に戻せ」
「断る」
「武具を外した時は人の股の中まで見やがったくせに」
「おのれの粗チンなど見たくはなかった。まあ、私が男色家でなかったのを幸いに思うのだな」
そうか、こいつが両刀使いだったら、俺はカマを掘られていたかもしれない。冗談ではない。
「ところで」
と、今度はクレムが話を変えた。
「なんだ」
「この宿を出たら、君の故郷、ルーシに案内してもらおう」
「なんでだ」
「私はやみくもにこの辺境の村に来たわけではない。目的地はルーシだ」
「ナル国第三王子が、森の中のど田舎に何の用だ」
「ソフィアが夢枕に立った。ルーシに行けと。どこだかわからないから調べた。ヌル国発祥の地らしいな」
「ああ、なんかそんな話を聞いたことがある。ルーシの神官、というか、インマーヌっていう威張ったハゲじじいがそんなことを言っていた。話半分に聞いていたけどな」
「ルーシに行けば、ソフィアが復活する方法がわかるかもしれない。お前も元の男に戻れるかもしれない」
「男に戻りたかったら、お前がこの武具を外せばいいだけのことだろう」
「まあ、そう言うな。ヌル国発祥の地から来た男が、ヌル国の姫の武具を買って、その姫の姿になった、というのがただの偶然だと思うか。そこで姫の婚約者に会った、というのもなにかの因縁だろう」
「なにが因縁なものか」
と、その時、部屋に金属音がした。ソフィアの聖槍をがんじがらめにしていた鎖が、ばらりと床に落ちた。
鎖から自由になった槍は俺の手もとにすっ飛んできた。
夏なので、宿の窓は開いていた。
ひゅん、と何かが迫ってきた。俺の手の中の槍は、それを叩き落とした。矢だ。
「間者か」
いつの間にか、クレムは窓の横の壁に背をぴたりとつけていた。そこなら矢を受けることはない。用心深い奴だ。俺も窓から体を離した。矢がそれからも二本、飛んできて、部屋の中に落ちた。。
そっと窓の外を覗くと、道路を隔てた向かいの家の屋根に、弓を構えた男がいた。この宿の部屋は二階だった。向かいの家は平屋だ。
弓を構えた男は、矢を構えたまま動かなかった。
「間者にソフィアといるところを見られたか。この様子ではこの宿の玄関はもう抑えられているな」
「この宿の階段は?」
「一か所しかない」
階段から降りれば敵が待っている。部屋の窓は弓が狙っているから、ここから飛び出すわけにもいかない。いきなり窮地に陥ったか。
「宿の玄関から出られないとなれば」
俺は頭を大急ぎで回転させた。
「他の出口……、クレム、この鎖はどこから持ってきた」
「隣の部屋が物置になっている」
「物置に窓はあるか」
「ある」
「その窓はどっちに向いている」
「この部屋の窓は表通りに面しているが、物置の窓は側道に向いている」
それだ。
俺とクレムは物置部屋に行って、窓から鎖を垂らした。そして、部屋にあった机に鎖の一方をくくりつけた。
鎖をつたって降りようとしたが、クレムが反対した。
「出るよりも、これを囮にして隠れたほうがいい」
だが、部屋にこれといった隠れられるような置き物は無かった。扉の後ろぐらいか。
(ワタシニ マカセテ)
その時、俺の頭の中で、かぼそい女の声がした。
「誰だ?」
(ソフィア)
間者らしき者たちが、勢いよく階段を上がって来る足音が聞こえた。逡巡している暇はなかった。
「クレム、こっちだ」
(フタリノマワリニ エンヲ)
俺はクレムと部屋の角に行くと、聖槍で二人の周りに円を描いた。
(オレルカク)
「オレルカク」
頭の中でソフィアが唱える通りに、俺は呪文を唱えた。
俺とクレムは描いた円から上に伸びた筒のようなものに包まれた。次の瞬間、物置部屋の扉が開いて、間者が二人入ってきた。
「この部屋にはいない。鎖……。しまった。こっちの窓から逃げられたか」
その間者たちは俺たちのほうにも顔を向けた。だが、筒の中は見えないようだった。
「下の連中はなんと言っている」
「人影は見なかったと」
「くそっ。見張りは何をしているんだ」
間者たちは出ていった。
どこにも物音がしなくなってから、魔法は自然に解けた。危機に陥って、俺の中のソフィアが助けてくれたようだった。
間者がいなくなったのをもう一度確認し、俺とクレムは宿を出て、逃げた。宿には騒がせた詫びを言うとともに、通常の倍の宿代を置いて、口止めを頼んだ。
辺境の村ブーラで夜が明けるまで潜んでから、森の集落ルーシへ。俺にとってはUターンだ。ルーシを出て一旗あげようとしていたのに、なんで戻らなければならないのか。
さらに、女の姿のままだ。不便で仕方がない。クレムは武具を外してくれないし、間者のおかげでクレム同様、自分は追われる身だ。この武具を売りつけた武器屋も腹立たしいが、この第三王子とやらも鬱陶しい。とは言え、今はこの王子と共に逃げるしかなかった。ブーラからヌル国中心部へ出る道は、すべて間者に抑えられているだろう。ソフィアの顔と体のままでは、捕まえてくださいと言っているようなものだ。
ブーラからルーシに行くには二泊三日の行程だ。間に人里はない。ルーシを最初に出た時に長旅の覚悟をしていたので、食料の用意はある。それはクレムも同じだ。
ブーラとルーシの途中に二か所、森の中に小屋がある。これはブーラとの交易のためにルーシの人間が建てたものだ。そこを俺とクレムは、夜露が避けられるよう、一時の宿とした。
「料理人どころか水道もトイレもなしか。とんでもない田舎だな。本当にこの先に人が住んでいる里があるのか」
育ちの良い三男坊はやたら文句ばかり言う。
「嫌なら小屋を出て野宿しろ。寝ている間に山犬に喰われても知らんぞ」
そこまで言ったら黙った。
だが、夜になると、板と藁の寝床で先に寝ついたのはクレムのほうだった。将として兵を率い転戦していたとあって、どこでも眠れるらしい。
寝ているクレムを見て、自分の手では外せない武具が、こいつの手で外せないかな、と思った。
紐を綴じている箇所にクレムの両手を持ってきて、クレムの指で紐をつまもうとする。
「ううーん、ソフィア、ああ、ソフィアソフィアソフィア」
寝ぼけたクレムに抱きつかれた。
「待、てっ。俺は、ソフィアじゃないっ」
「ぐぅ」
クレムは俺の上で抱きついたまま寝ていた。重い。今の体、ソフィアは女だった。魔法と体術の達人でも男と違って腕力は無い。はねのけることができない。
(クレム)
頭の中で、またか細い声がした。ソフィアか。
(アイタカッタ)
目の前にクレムの顔があった。
よく見るとこの王子様はけっこう美男子だ。うっかり俺まで惚れてしまいそうになってどきりとした。
(いかんいかん)
「俺、は、ソフィア、じゃない」
俺はほうほうの体でクレムの体の下から逃げ出した。ふっ、とソフィアの声と気配が消えた。
二か所の小屋でクレムと夜を明かした。ソフィアの体で襲われないか、などと不安はあったが、一度寝ぼけて抱きつかれただけで、クレムとは何も起きなかった。
「見た目はソフィアだから、最初は目が眩んだ。だが、よくよく話してみると、お前にはソフィアの持つ気品というものがかけらもない」
「だったらとっとと俺を元に戻せ」
「黙っていれば麗しいソフィアだ。悩ましいな」
いくら言ってもクレムは俺の武具を外そうとしない。
道はいったん森を抜けて、原に出た。
「この先か」
「ああ、この原を出ればまた森があり、その中にルーシがある」
「ただの平らな原っぱだな」
「ここは土が堅く養分も無い。水を引いても丈の低い草しか育たない」
「ここが戦場になるかな」
「戦場?」
「私はすでに、姫の首を持ってこいと言った兄の命令を違えた謀反人だ。だから兄から、私を殺せと命令が出ている。ブーラで間者をまいたが、いずれ私たちがどこに行ったかは突きとめられる。間者が兵を連れてここに来ることになるだろう」
「おい、ルーシは戦さなど望んでいないぞ。それに兵が来たら対抗できない。俺みたいな若い男は五人くらいしかいない」
「多勢に無勢だな。逃げられれば私ひとりで逃げる。それが出来なければ、私ひとりの首を差し出せばいい」
「潔いものだな」
「王の子として生まれた以上、戦場で死ぬ覚悟は出来ている。もっとも……」
「なんだ」
「ソフィアがいれば、負けない」
「俺がいれば?」
「ハノークじゃなくて、ソフィア」
原を通り過ぎ、森の中に再び入ったところで、はげ頭の老人が立っていた。ルーシの神官、インマーヌじいさんだ。
「なんでこんなところにいるんだ」
「そろそろ来る頃だろうと思って待っていた。あなたがナル国第三王子の、クレム様ですかな」
「いかにも」
「それでこちらがヌル国の姫、ソフィア様。もっとも、ハノークだな、中身は」
「なんで知っているんだ」
「事情はおいおい話すとして」
インマーヌ爺はそのあたりにあった丈の高い枯れ草を片手で持てるだけもぎ取ると、それを自分の頭の上に乗せた。はげ頭が、一瞬で白髪頭になった。
「この顔に覚えがないか」
「武器屋の親父?!」
「ヌル国は魔法の国だ。その発祥の地、ルーシにも、厳しい修行や禁忌の必要な魔法、とまではいかなくとも、ちょっとした術は伝えられている。何もない公園に、幻の武器屋があるように見せるくらいはな」
「くそっ、気付かなかった」
「ハノークは子供の頃から、私の話はほとんど聞いていなかったな。だから簡単に騙されるのだ」
インマーヌ爺は神官だが、ルーシの子供たちの教育係でもある。しかし俺は外で遊ぶのに夢中で、ほとんど爺さんの話を聞いていなかった。
「あ、そうだ。俺の金、武器の代金はどうした」
「酒を買ったわい。飲むか?」
「くそっ」
ソフィアの武具をつけた俺は、酒が飲めない。腹立たしいものぐさ神官だ。
「あ、そうだ。じいさん、この武具を外してくれ」
「どれどれ、ああ、駄目だな。魔法がかかっている。とても無理だ」
「なんだって」
この武具を外せるのは、クレムだけなのか?
そこから三人で小半時ばかり歩き、ルーシに着いた。粗末な家が十数軒ばかりの小さな集落だ。
「一見、貧しそうだが、ルーシの人は、みな血色が良い。小さな子供も元気に走り回っている。食物は足りているのか」
「生きていけるだけの畑はあります。それに山の幸。ブーラとの交流も。ルーシは見た目以上に豊かな所です」
インマーヌ爺はクレムにそう説明した。
「まずは神殿の中に」
神殿、と言っても、四・五人が入れば一杯になるような部屋がひとつ、あとは小さな竈がある台所と厠があるだけの、小さな建物だ。
「昔、この森はある魔女の住処だったと伝えられています、クレム様」
「魔女は森の中に住むものだな」
「そうです。森には魔法を育む力がある。その森に一人の若い男が迷い込んだ。魔女はその男に、その男は魔女に惚れてしまい、夫婦になった。それがヌル国発祥の伝説です」
「その子がヌル国の祖になった、というわけか」
「はい。この建物は、まさに魔女が住んでいた場所に建ち、さらには魔女と若者の住処となった。それでこの建物に、様々な魔法の力が籠められていると伝えられています」
「例えば」
「魔女がどこにいても、即座にこの神殿に飛んで来れる、とか。本当にそんなことが起こるとは思いもよりませなんだが」
「ソフィアが、飛んできたというのか」
「はい。会いました」
驚いたが、インマーヌ爺は、あっさりと頷いた。
「私がたまたま神殿におりますと、それは美しい女性の武者が忽然と現れましてな。矢を多数受けておりました。息も絶え絶えで、もう助からないと思われました。女武者はソフィアと名乗りました。名に聞き覚えがありました。私は、ヌル国の姫様ですか、と尋ねました」
『そう。時間がありません』
生きていられる時間がないということでしょう。
『わたしの武具に魔法をかけました。これをふさわしい人物に渡してください』
「ソフィア様は」
『魂を武具に籠めるのは重い魔法です。わたしは生きているうちに、いったん、この体を滅せなければなりません』
「そしてソフィア様はかき消え、武具だけがこの神殿に残りました」
「途方にくれましたな。こんな森の中では何もできません。とりあえず、ブーラまで行って、幻の武器屋を開きました。するとやってきたのがハノークで」
「俺は戦士になりたかったんだ」
「ナル国とヌル国の戦さの噂はルーシにも伝わっております。戦さが起こると、こういう馬鹿な若者が現れるから困ります」
「まったくだ、インマーヌ殿。戦士がひとりいても、戦場ではものの役にも立たん。まず一兵士として規律から学んでいかないと」
なんだ、俺を馬鹿にして。それにじいさんとクレムのほうが、いつの間にか意気投合してるじゃないか。
「しかし、ハノークが武具を買いにきたのも偶然ではない、と思い直しました。こいつがふさわしい人物か、と」
「俺がふさわしいのかよ」
「血が選んだ、というかな。武具をハノークに売って、武器屋の術を解いてしばらくすると、武具をつけたソフィア様がひとりで公園に来たのを見ました。中身はハノークだ、そうした魔法だったのかと合点がいきました。それから、クレム様とハノークが、剣と槍を打ち合う所まで物影で見て、急ぎ私はルーシに取って返しました。お二人よりも一日早くこちらに着きました」
「さっきの、血が選んだってどういうことだ」
「ヌル国発祥の伝説には、続きがある。魔女と若者は二人の子をもうけた。一人は森を出てヌル国を興した。もう一人は森に留まり、ルーシの始祖となった。ハノーク、お前はルーシ始祖の直系の子孫だ」
「そういえば、死んだ親父がそんなことを言っていたかな」
「二つに分かれた子孫が、ここで引き合ったというのか」
「そうです、クレム様」
「それで俺はどうしたらいいんだ」
「ハノーク、まず、この神殿で一晩、ひとりで過ごしてみたらどうだ。魔力の籠められた神殿にいれば、何か起きるだろう。それに」
インマーヌ爺はクレムに、布で覆われた置き物を示した。
「こうしたものも用意しました。ルーシに伝えられている宝です」
「鏡か」
「魔女が使った、真実の映る鏡、と言われています。ふだんなら、自分の顔が映るだけですが」
俺は布を取り払った。ふちに何やら彫刻が施されている。クレムがそれを見て言った。
「絡み合う竜と蛇。ヌル国の紋章だな。竜と蛇は勇気と知恵、天の恵みと魔法の力の象徴だ」
鏡自体は、磨いた金属らしい。
自分の顔を映してみた。ブーラの宿の鏡とは違い、ソフィアではなく、俺の顔が映っていた。
「ばかづらが見えるか、ハノーク」
「じいさん、ばかは余計だ」
真実の映る鏡か。なるほど、魔力があるらしい。
「神殿で、魔女が使った鏡を置けば、本物のソフィア様が現れるのではないかな」
夜、俺はインマーヌ爺に勧められた通り、ひとりで神殿の中にいた。
なにが起きるのかと緊張していたが、時間がただ過ぎるだけだった。座ったまま、いつの間にか寝てしまった。
目が覚めると、月光があかりとりの窓から神殿の中に差し込んでいた。まだ夜だ。寝たといってもわずかな時間らしい。
魔女の鏡がぼうっと、月の光を受けて柔らかく光っていた。近寄ってみた。鏡には、昼間と違って俺ではなく、ソフィアが映っていた。
「ハノークさん、ですね」
鏡の中のソフィアが俺に話しかけてきた。
その整った顔立ちには、宝石のような、下手に素手で触ってはいけないものを感じた。それが気品というものかな、と思った。
「ご迷惑をかけて申し訳ありません」
ソフィアは、本当に申し訳なさそうな顔をしていた。言葉に裏がある人ではなさそうだ。
「まあ、いいさ。ソフィアさんも大変だったんだろう」
「いいえ、本当の迷惑をおかけするのは、これからなのです」
「どういうことだい」
「現在、わたしの魂は武具の中にあり、時折、ハノークさんに干渉できる程度なのです。物に魂をこめていられる時間は長くありません。あともう何日もこうしてはいられないでしょう。それに、ひとりの人間の体に、二人の心が別々な形で入ることはできません」
「二人分入れないってことは、つまり、俺の心を追い出して俺の体を乗っ取りたい、ってこと?」
「そんな非道なことはしません。でも似たようなことになります。わたしとハノークさんが融合して一体となります。この体の持ち主は、ヌル国の姫として育った私と、ルーシの少年として育ったハノークさんの二人分の記憶を持つことになります。二人が一人になるのです」
「二人分の記憶を持つ、一人の人間か。そんなことができるのか」
「わたしもハノークさんも同じ魔女の子孫ですから、心と心が反発することさえなければ、一体になることは可能です。でも、わたしの魔力が強いので、通常はわたし、ソフィアの姿で、わたしの心に近い人物になるでしょう。男性的な気持ちが少しだけある女、になります」
「でもソフィアさんも、元の自分ではないわけだな。俺が混じるわけだから」
「そうです」
「それはいいの」
「わたしは何日か、ハノークさんとともにいました。ハノークさんでしたら、かまいません」
「見込まれたもんだね。でもソフィアさんはいいとして、俺がいやだと言ったら?」
「わたしの魂が死んで、魔法が解けて、ハノークさんが元の姿に戻ることになります」
そう語るソフィアの鏡に映った顔が、月光を受けて、とても美しく感じられた。
「魔法は悪魔の技ではありません。少しだけ天と地の力を分けてもらうものです。理に適わないことはできません。ハノークさんがわたしを拒否するなら、その心を無理矢理に押しのけることも押しつぶすこともできないのです」
「でもソフィアさんも死にたくはないよね」
「はい、わたしはヌル国の民とともにあります。このままではヌル国の民はナル国の奴隷、農民がせっかく作った作物を、新しい王様に絞り取られるだけの存在になってしまう。ナル国も良いことはありません。新王の望む通りに他国との戦争が始まれば、国は疲弊し荒廃するでしょう」
「死にたくない理由は、それだけ?」
「え?」
「クレムのことさ。結婚したいんでしょ」
ソフィアが顔を真っ赤にしてうつむいた、ように見えた。さっきまで堂々とした姫様だったのだが、なにやら可愛らしくなった。
「好きなんだねえ、あんな奴が。あいつもソフィアさんに熱をあげているみたいだし。愛し合っちゃって、まあ」
「あ、あの、いや、そうですね、はい」
俺は、少しだけ考えた。だが、赤面するソフィアの顔を見てしまったら、結論はひとつだった。
「かまわないよ」
「よろしいのですか」
喜びと申し訳なさが混じり合った声で、ソフィアが尋ねた。
「ソフィアさんに惚れてしまったよ。あんたを助けたい」
「ありがとう」
「クレムには惜しいな、あんたをやるのは」
「ふふっ、でも彼もいい人ですよ」
「いきなり剣で襲ってきたのにか?」
「わたしが聖槍を持っていたら、誰が襲ってきても、一対一では負けません」
ソフィアはさらっと、恐いことを言う。
「クレムもそれがわかっているから、襲うふりをしたんです。彼には寸止めくらい簡単なことです」
ソフィアは少し誇らしげに話した。許嫁を相当信頼しているようだ。
「これから、俺も含めてひとりの女として、クレムと夫婦になるわけか」
「はい。そうなります」
「大丈夫かね」
「最初はすこしぎこちないかもしれません。でも、慣れます。きっと。わたしもハノークさんも、竜と蛇の子孫ですから」
「わかった。それじゃあ、ひとおもいにやってくれ」
それ、が始まった。まず、気が遠くなった。
(ハノークさんに先に出会っていたら)
ソフィアの声が聞こえたような気がした。
(クレムじゃなくて、ハノークさんを好きになっていたかもしれないわね)
次の瞬間、ハノークの意識に、ソフィアが入り込んできた。
それは、ひとりの女の記憶だった。4歳の時。魔法など何も知らなかった頃。代々ヌル国王家に伝わってきた聖槍。ソフィアが「おいで」と呼んだだけで、それが手元に飛んできた。兄にも弟にも出来なかったことだ。
「この子は見込みがある」
それから修行が始まった。魔法は母に教わった。自らを空しくして、天と地の気を自分を間にして繋げる。時に絶食し、時に滝に打たれたが、それらの修行は自分を空にするための手段だった。酒のような異物を体内に入れないのもそのためだ。
親に甘えたり、友と遊んだりする時間はなかった。子供の頃にはそれが不満だった。
ある日、父母とヌル国領内を視察した。
「姫様、姫様ですね」
王族は領民に慕われていた。魔法でほんの少し、雨を降らせる。あるいは降り続く雨を少しだけ和らげる。それが、どれだけ農作物を育てるのに役立ってきたか、領民はよく知っていた。
「来ていただいてありがとうございます。姫様」
領民はソフィアが魔法の修行をしているのも知っていた。だから、ソフィアもまた領民に慕われていた。
ソフィアがヌル国の姫として生きることを自覚したのはその日からだった。
三兄弟の仲は良かった。ソフィアの兄は学者に、弟は技術者になろうとした。ヌル国の王はしかるべき婿を取ってソフィアが継ぐべきだと二人とも考えていた。
そんな折、降ってわいたような縁談を父が持ってきた。相手はナル国の第三王子だ。しかも単なる婿取りではなく、ナル国とヌル国は婚姻を機に合併するという。
それまでナル国とヌル国との間は決して良好なものではなかった。民の間で互いに交易はあったものの、武力に優るナル国は、ヌル国の農作物を脅して巻き上げようとすることが多く、常に緊張状態にあった。
「現在のナル国王はこれまでと違い信頼できる。それに国境などがあるから、争いが起きるのだ。取り払ってひとつの国として発展しようという構想は素晴らしい」
ヌル国王の父は、ナル国王に心酔していた。
ソフィアは当初、この縁談を警戒していた。ナル国に父は騙されているのではないかと疑った。それだけではなく、会ったこともない男と許嫁などもってのほか、とも思っていた。ソフィアはそれまで魔法の習得に忙しく、家族以外の男性など知らなかった。もちろん恋などしたこともなかった。
そして、ナル国第三王子、クレムがヌル国にやってきた。
「あなたがヌル国の魔女か」
初対面の時の、クレムの言葉だ。警戒していたのはクレムも同じだった。ヌル国がナル国の武力を恐れていたように、ナル国もヌル国の魔法を怖れていたのだ。
しかし、互いに警戒を解くと、打ち解けるのは早かった。何度も話すうちに、クレムは、ヌル国のためにナル国がありナル国のためにヌル国があるようにしていこう、と言った。やがてはナルもヌルもただのひとつの国の一地方にしていこうと。
クレムの滞在日の最後に、ヌル国の城で、二人きりになった。すでに二人は互いに惹き合っていた。その頃にはもう婚礼の打ち合わせもしていた。その日が楽しみだ、とソフィアは話した。
「ヌル国の姫とか魔法使いとか言う前に」
クレムは言った。
「ソフィアは、いい女だな」
そしてクレムはソフィアをかき抱き、接吻しようとした。次の瞬間、ソフィアは体術でクレムを倒してしまっていた。
だが、初めて男性に「女」を求められたとき、ソフィアの女の部分も反応していた。ソフィアは、自分もまた、男性の肉体を求める、ひとりの「女」であることを初めて自覚したのだった。
その夜、ひとりになってから、ソフィアはベッドで、自分自身の女の部分を確かめる行為に耽った。独りが寂しいと思った夜も、また、初めてだった。
ソフィアの記憶は生々しかった。4歳の時に持った槍の重さ、領民に手を握られた時の温もり、「そこ」を慰めた時の感触と疼くような鈍い快感、すべてがそのまま伝わってきた。
「わたしを、受け入れて。嬉しかったことも、恥ずかしいことも、全て」
ソフィアの声が聞こえる。それは自分の声のようでもあった。
「わたしも、ハノークさんを受け入れます」
ハノークの過去。森を駆け回った少年時代、夜中に帰って父に大目玉を食らったこと、そんな父が突然の病で亡くなった日、流した涙、母を助けルーシの人々に助けられた日々、性の目覚めと女体への興味、ルーシの外の世界への強烈な憧れ、母の病と死。
それらの記憶が、ふわりと浮いたような気がした。自分がハノークである、という確かな意識もあやふやになった。木が地面に根を這うように確かだったものが、木の葉が水に浮かぶようなものに変わっていった。そして、わたしはソフィア、という意識が入り込んだ。武具を身に付けてからずっと借り物のようだったこの女の体が、古い昔から自分のものであったような気がしてきた。
(わたしはあなた、あなたはわたし)
俺の声なのかソフィアの声なのか。
「ソフィアを受け入れよう」
わたしの声なのかハノークの声なのか。
「ハノークを受け入れてくれ」
声も意識も混然とし、一体となってひとつの体の中におさまっていく。
竜 蛇 絡 合 一 に っ
と は み い つ な た
少し気を失っていたらしい。
目が覚めて振り返ると、月光の差し込む位置が真実の鏡からずれていた。それだけ時間が過ぎていたようだ。
月光の下に鏡をずらして、自分の顔を覗きこんだ。柔らかい光に照らされて浮かび上がった顔は、ソフィアだった。
「俺は、ソフィア」
「わたしは、ハノーク」
そんなことを言ってみた。
「ソフィアであり、ハノーク」
鏡の中のソフィアが、微笑んだように見えた。
「新しい、わたし。わたしは、ソフィアとして、生きる」
三、
「ハノークに会えることは、もはや、ありますまい」
インマーヌとクレムは、酒を酌み交わしていた。ソフィアの武具をハノークに売って、その金で買ったブーラの酒だ。
「そうなのか」
「ソフィア様の本来の体はすでに無くなっております。ソフィア様が復活された時、ハノークはどこへ行けますか。ひとりの体に二人の心は入れますまい。どんな形になるかはわかりませんが、ハノークの体とハノークの心を持った人間に会うことは、もうないでしょう」
「ソフィアには復活してほしいが、残念なことだ。もっともハノーク本来の姿を見たのは、ほんの少しの間だが」
クレムは、ハノーク本来の姿のどこを見たか、は黙っていた。それに気付くわけもなく、インマーヌは話し続けた。
「ハノークは、生意気なところがありますからな。面と向かってほめる気にはなりません。しかし、小さい頃に父を失くして苦労して育ちました。ハノークにルーシという集落は小さすぎたと思いますが、母が生きているうちは母を助けてルーシを出ていかなかった。それでも決して愚痴の類は口にしない。気持ちのいい男です」
「ああいうハノークのような、私にずけずけとものを言う奴は、会ったことがない。王の子として生まれると、まわりの人間は身内か敵か家来のうちのどれかだからな。ハノークにはソフィアの姿ではなく、男と男として、もう少し早く会いたかった。友というものになれたかもしれん」
インマーヌが外を眺めた。月が西に傾いていた。
「そろそろ、頃合いですかな」
「ソフィアが復活したか」
「ご自分の目でご確認なされ。その後はお好きなことをすればよろしい」
お好きなこと、という言葉に、クレムは振り返った。
「よいのか。神殿で何をしても」
「神殿といっても、もとは魔女と若い男の住処です。男と女のすることなら、なにを為さってもかまいません」
神殿の扉を開くと、ソフィアが微笑んで座っていた。クレムを待っていたようだった。
「ソフィアだな」
「ええ、クレム」
クレムが駆け寄った。武具を外してください、とソフィアが頼んだ。
「互いに愛し愛されている人が相手でないと、これは外せないのです。乙女の魔法ですから」
クレムはソフィアの武具を外すと、その下の衣服まで外そうとした。
「いけません」
ソフィアが指を縦にして、クレムの唇に押しつけた。
「夫婦ではない男と女が、肌を触れ合わせることは、禁忌です。またわたしの体術を受けたいのですか」
「ソフィアの体に触れられないなど、私にはもはや耐えられぬ」
「ここは神殿です。ここでこれから、式を挙げましょう」
ソフィアは鏡を指さした。
「真実の鏡に向かって、誓ってください」
クレムは襟を整え、座り直してから、誓った。
「わたくし、クレムは、ソフィアを妻とし、生涯ソフィアを愛し続けることを誓います」
ソフィアはそれを聞いて微笑んでから、真実の鏡に向かった。
「ソフィアはクレムの妻として、いかなるときもクレムを愛し、ともに支え合うことを誓います」
誓いが終わると、二人は身を寄せ合って接吻した。
接吻が終わると、いったんクレムはソフィアから体を離した。そして、真実の鏡を部屋の隅に持っていき、向きを反対にした。
「神殿の神様には、むこうを向いていてもらおう」
そして自らの服を脱ぎ、ソフィアに近寄って服を脱がせた。差し込む月光の下、ソフィアの裸身が露わになった。ふくよかな胸、締まった腰と膨らんだ尻、控えめな黒い茂み。
「美しい。思っていた以上だ」
ソフィアは恥ずかしさに赤面した。と、同時に不思議な感慨に打たれてもいた。男でもあった自分が、こうして女になった体を晒している、と。
クレムはソフィアに近寄ると、また接吻をした。今度は深く互いの唇を求め、裸の体を抱きしめ合った。接吻を終えると、クレムはソフィアの首筋に唇を押しあてた。
ソフィアの体が震えた。
首筋を攻められただけだというのに、女の体はこれほど鋭敏なものか。おののくソフィアの胸に、今度はクレムの手が伸びた。首筋以上に乳首は敏感だった。乳房は、ほどよい形を保ちながら、揉まれるたび水のように形を変えて心地よさを伝えてきた。
これが女か。
そう、これが女の体。
ソフィアの中の男性は、女に塗りつぶされていくようだった。
さらにクレムの唇は首筋から乳首へ向かい、空いた手は下腹部のくさむらへと伸びていった。
「あ」
そこは女の部分。かつて存在したような気がするそびえるものはすでになく、クレムの指ははるかに小さなものを探りあてていく。
「ああ」
ソフィアの中の男は、股を閉じようとした。そこが女であることを認めたくはなかった。しかし、愛する男に触れてほしい、もっとこの先の感覚を味わいたいという、女の心が優っていた。
「は、あ、あぁ」
ついにソフィアから、快感を伝える声が漏れた。
ソフィアの艶っぽい声に勢いを得たのか、クレムの指はその部分を強く執拗に責めた。それはソフィア自身がその場所を確かめ感触を探った時とは違い、遠慮というものがなかった。強い刺激を絶え間なく受けて、ソフィアは自分がどこへいくのかわからなくなりそうだった。
「や、やめ……」
やめはしなかった。ソフィアの快楽をその指は確かに捉えていた。そこから最初はほんの少しだった溢れ出るものは、あとからあとからクレムの指を濡らして滴り落ちていった。
クレムはソフィアの中のなにかを屈服させようとでもするように、それを引き出していった。
ソフィアは、同時にハノークも、それに、屈服した。女であることに、あらがうことをやめた。全身が女のその部分になってそれ以外の欠片がなにもなくなってしまうような、嵐に流されるままになった。
「は、あ、あああ」
声は小さいものだったが、頂きに達したことは明らかだった。
ソフィアが自分を襲った感覚をまだ測りかねていた時、クレムは自分の、それ、をソフィアの、そこ、に押しあてた。
(あ、)
それはゆっくりと割り入ってきた。今度は焼け火箸を突きいれられたような感覚が、ソフィアを貫いた。
(女に、なってしまった)
ソフィアの中の男性は、女の快楽に塗り潰された直後に、女が受け入れるべきものを受け入れた。自分が、穴、筒、壺、洞窟であることを思い知らされた。同時にソフィアの中のより多くを占める女性は、破瓜の痛みばかりではなく、愛する男を受け入れた喜びに震えていた。
どうか、と聞くクレムに、
「だい、じょうぶ、です」
とソフィアは答えていた。本来、気丈な女であるソフィアの意識がそう言わせた。
クレムがゆっくりと動き出した。
ひきつるような痛みはクレムが動いたことで、ますます大きくなった。
(もうやめてほしい)
(はやく終わってほしい)
だが、そんな中でも、体の奥から、かすかな快楽が生まれてくるのを、ソフィアは感じていた。
それが大きく育つ前に、クレムのものがソフィアの中に注ぎ込まれた。愛する男が自分の中で満足した悦びを感じただけで、この日の行為は終わった。
最初の夜の営みは、痛みのほうが優っていた。しかし、ソフィアには予感があった。この快楽は、次は少し大きく、その次はさらに大きくなるだろう。ソフィアの体は、クレムの、この荒々しいものを貪るようになるだろうと。
ソフィアの中の男性が拒もうとしても、もはや抗いようもないほどに、愛する男のものを欲してたまらない体になっていくに違いないと。
かつて森の中に潜んでいた魔女が、男と暮らすようになったのも、これと離れられなくなったからだろう。
そうした意味でも、ソフィアは魔女の子孫なのだと。
実際、数日の間に、二人の体は互いに激しく求めあうようになっていた。夜が待ち遠しくてならぬほどに。
その数日後の朝、斥候から連絡があった。間者が兵を連れて来た、と。
インマーヌの助けもあって、ルーシの人々はこのナル国王子とヌル国の姫に協力しようということになった。クレムとソフィアには人を引きつけるものがあったし、ルーシはヌル国発祥の地という歴史もあって、簡単に他所の兵に屈しない、という気概も持っていた。
指揮はクレムが取った。ルーシに若者の数は少なかったが、その中から斥候役、兵站役を選んでいた。
「何人だ」
「十五人です」
「間者が五人、傭兵が十人か。見くびられたものだな」
斥候の言葉にクレムは余裕の表情だった。
「もっとも普段のルーシなら、ここを制圧するには十分すぎる数ですな」
インマーヌは冷静に言った。それもそうだ、とクレムは笑った。
クレムとソフィアはルーシの森から原へ出た。兵站役の若者たちが、数日の間に、板を縦に並べて原に板の道を作っていた。
ソフィアが進み出て、呪文を唱えた。
「イサホ タワク」
たちまち原は川になり、板は川にかけられた橋になった。
「みな、森に隠れろ。向こうには弓の名手がいるぞ」
森に隠れてしばらくすると、ナル国の間者と傭兵たちがやってきた。
「先頭が間者の長、ラリーだ」
クレムがソフィアに耳打ちした。
十五人の男たちは、川の手前で逡巡していたが、しばらくするとラリーを先頭に一列縦隊で歩きだした。彼らが橋の中央にさしかかった頃、またソフィアが呪文を唱えた。
「エラワメテ ラカウ」
たちまち橋が分かれてばらばらになり、それぞれが川の上で回りだした。
一列縦隊だった間者も傭兵もばらばらになった。分かれた橋の回る速度が速く、誰も立っていられない。ばらばらになった橋の上で、それぞれへたりこんだ。弓の名手も、立てなければ役に立たなかった。
中には川に飛び込んだ者もいるが、川は急流で流された。岸に流れ着いて、ルーシの人々に引き上げられ、武器をはぎ取られて縄でくくられた。
ばらばらになった橋は、回りながらひとつずつ順番に、岸に流れ着いた。十五人の兵も一人一人に分かれてしまえば岸辺で待っているルーシの人々のほうが数で優っている。こちらも、ひとりずつ、お縄になった。
全員が捕まったところで、ソフィアが
「エロドム」
と呪文を唱えた。川は原に、橋は板に戻った。それを見て間者の長、ラリーは地団太を踏んだ。しかし後の祭りだった。
クレムは間者の五人を捕らえたままにし、傭兵の十人は武器を取り上げてから逃がした。
「傭兵を逃がした意味がわかるか、ラリー」
ラリーは縄で縛られたまま、苦々しい顔で答えた。
「傭兵どもは俺たちが敗れ、捕まったことをナル国に伝えるだろう。われら間者は、ナル国に生きて戻っても負け犬とののしられ、あんたの兄王には二度と雇ってもらえまい。いや、下手にナル国に戻ったら、なぜクレム王子に殺されなかったのか寝返ったのかと、裏切り者扱いされるかもしれない」
「ふむ。さすが、間者の長だ。兄王の性格も、よくわかっている」
「腹のたつ策よ」
「あの兄王の下にいたのだ。これぐらいの策がなくてどうする。もっともソフィアが亡くなっていたらそんな兄王に従っていても良かったのだがな。ソフィアが生きていた以上、兄と争わねばならん」
クレムはラリーに提案した。
「私も兄王に背いた裏切り者だ。そこでラリー、裏切り者同士で手を組まないか」
「なんだと」
「兄王に仕えていても、間者など、日の当たらぬところでこき使われるだけだ。お前の力と知恵があれば、私のもとで参謀になれるだろう」
「ほう」
「そこの弓の名手も、暗殺者よりは、王家の師範になったほうが気分が良いのではないか」
弓の名手の眼が、ぴくりと動いた。
「どうだ」
「よいのか。我ら間者は、あんたの次兄を毒殺したのだぞ」
クレムの顔が曇った。
「次兄は善き人であった。惜しむらくは、性分が真っ直ぐに過ぎた」
クレムはラリーを見据えて言った。
「ラリー、お前は父王に忠誠を誓っていた。しかし、兄王とは利でつながっているだけだろう。次兄の毒殺に加担したのも利があるからで、進んで加担したわけではあるまい。だが、いまは私につくのが利だ」
「俺が裏切るとは思わんのか」
「利があるうちは裏切らないだろうよ。それにラリー、お前が味方になれば、私には勝算がある。兄王ではなく、私の家来にならないか」
ラリーはクレムに返答する前に、ソフィアを見た。
「あなたがヌル国の魔女か」
「そうです。ふふふ。ナル国のかたは、みなさん、同じことをおっしゃるんですね」
「クレム王子を女色でたぶらかしたか」
「婚約者と結婚しただけです」
ソフィアは間者らから取り上げた武具を検分した。
「ラリーさんのお持ちの剣、ナル国の紋章がありますね。剣と分銅。ナル国の武力と商業の象徴」
「前王から賜ったものだ。前王は良き王だった。日の当らぬ間者の苦労を知っていた。直々に私達をねぎらってくれた」
「わたしとクレムの婚姻は、その前王が望んだもの。ナル国とヌル国との合併もです。わたしとクレムは前王の意志を継ぎます。協力していただけませんか」
ラリーはソフィアを見上げ、次にクレムを仰いだ。最後に振り返って四人の手下を見た。四人の手下は無言で頷いた。
「いいだろう」
こうしてラリーら、ナル国の間者一党は、クレムの配下となった。
ソフィア姫復活以後のナル、ヌル両国の興亡について、概略を記しておく。
クレムはソフィアの夫として、まずヌル国に入った。クレムとソフィアは戦さに敗れたヌル国兵の生き残りを束ね、再び挙兵した。
さらにナル国兵のうち、かつてクレムを将として戴いていた兵たちが、ナル国を出奔してヌル国軍に加わった。彼らは、ヌル国攻めの褒賞の少なさと彼らの将クレムへの冷遇に対して、大きな不満を持っていた。彼らの出奔には、ラリーら間者たちが関わっていたとされている。
クレムとソフィア率いるヌル国軍はナル国正規軍を破った。数で劣るヌル国軍の勝利には、ソフィアの魔法によるかく乱が功を奏したという。クレムの長兄であるナル国王は敗北後に毒をあおって自殺した。クレムとソフィアは新たに王ならびに女王として、ナル・ヌル連合国を打ちたてた。
ラリーはクレムの参謀として戦さのすべてにつき従い、戦さが終わってからは重臣として国を治めるのに協力した。
「王の隣に魔女がいる間は、決して王家を裏切ってはならぬ」
これはラリーが彼の子孫に残した家訓である。
インマーヌはナル・ヌル国発足後、王家に請われて連合国の祭祀を司った。だがほどなくして老齢を理由に、後進に道を譲った。その後はルーシに帰って一生を終えたという。
ナル・ヌル国の紋章は、現在、ナル国の紋章、剣と分銅を中央にし、絡み合う竜と蛇のヌル国の紋章が輪となってそれを囲む形になっている。
四、
「ソフィア。今晩もどうだ」
夕刻、クレムがソフィアの部屋にきて、誘った。
「駄目だ。今日はハノークの日だ」
「駄目か。ソフィアを抱けない日は多すぎる。まず女のあれの日があるし」
「女のしるしが体から外へ出ていく日に、男のしるしを体の中に受け入れるのは、理に適っていない」
「それに禁忌の日がある」
「魔法使いは七日に一度、おのれを空にして天と地を繋げる修行をしなければならない。それには食欲も肉欲も禁忌だ」
「それに月に一度、ハノークの日」
「わたしは普段、ソフィアのなりをしている。しかし、わたしはソフィアであると同時にハノークでもある」
「昨日はあれほど私と睦みあい、愛しあったというのに」
閨のソフィアは貪欲だ。前戯で達しクレムに貫かれ気をやってもまだ飽き足らない。クレムを何度も奮い立たせ、上になり下になりして、時に静かに頂きにのぼり時にあらぬ声をあげて乱れ、クレムの精を尽きるまで絞り取ろうとする。
「今夜も女の快楽が欲しくはないか」
「女の快楽を存分に味わったからこそだ。わたしのなかの女が悦べば悦ぶほど、わたしのなかの男は自分も満足したいと鎌首をもたげてくる。ハノークは男色家ではない。今日のわたしはクレムに抱かれるわけにはいかない」
「ふむ。仕方がない。やれやれ、せっかく平和になったのに、妻一人思うように抱けぬ。王とは不便なものよ」
「妻が抱けぬからと、他の女に手を出すなよ。クレムの体はソフィアひとりのものだ」
「わかっている。竜の如く気高く蛇のごとく嫉妬深い妻よ。わたしは世界で最も魅惑的で、最も気高く、最も強く、最も恐ろしい女を妻にしたのだ。まったく、子が腹にいた頃のほうがまだ良かったな。ハノークの日など無く、ソフィアはソフィアのままだった」
「そんな情けない顔をせずとも、ソフィアの体に触れられる男は、クレム一人だ」
「男はな……」
「クレムは昨日、三度も精を放ったのだ。今日ぐらいは休んだらどうか」
「口調がハノークのようになってきたな。では友よ。また会おう」
夜になり、侍女のアレクサがソフィアの部屋にやってきた。アレクサはそもそもヌル国家臣の娘だったが、戦さでソフィア同様に両親兄弟を失っていた。それをあわれに思い、ソフィアが侍女とした。普段はソフィアの身の回りの世話をしている。
「今夜はもう下がってもよろしいですか」
「今宵は下がるな。わたしとともにいなさい」
アレクサは顔を赤くしながら、嬉しそうに頷いた。
ソフィアのベッドの上で、二人は向かい合った。ソフィアがまず自分の服を脱ぎ、アレクサの服はソフィアの手で剥がされた。ソフィアは、魔法の修行ばかりでなく体術の練習も日々かかさず行っている。その体は、よく鍛えられていて引き締まっていた。
「ソフィア様はお子様をお産みになってもお美しい。わたくしの緩んだ体を見せるのが恥ずかしいです」
「いいや、アレクサの女らしい柔らかい体が、わたしには好ましい」
ソフィアはアレクサの厚めの唇に自分の唇をそっと触れると、それを合図に愛撫を始めた。唇を首筋、鎖骨、胸へと這わせていく。
「は、ああ」
たちまちアレクサが艶っぽい声を漏らした。ソフィアは女がどのように感じるのか、クレムとの秘め事のなかで熟知していたつもりでいた。
「ああ、ソフィア様」
急速に高まる感覚に恐れさえ感じてアレクサは身をよじった。ソフィアは慌てることもなく、今度は背中に唇を這わせた。
「ああ、もう」
アレクサは快楽の中に嵌り込んでいた。
背後からソフィアはアレクサを抱きしめながら、手をアレクサの女の部分へと這わせていった。アレクサは背中にソフィアの膨らんだ胸が押しつけられるのを感じた。
しかし、草むらの先に進んだ両の手は中央のその部分には進まず、そのすぐ横の足の付け根を撫で進んだ。
「ひゃあああ」
あまりのくすぐったさにアレクサが悲鳴をあげる。
「ここが好きなんだろう?」
「堪忍、して、くださいまし」
「でも、ほら」
その刺激を受けて、アレクサの真ん中の部分は、しとどに濡れてしまっていた。足の付け根を撫でられると、アレクサは何かが飛んでしまうのだった。羞恥心で防御している壁のようなものが。
「わたしなら、くすぐったいだけなのに。女はひとりひとり違うものなのか」
女のその部分の突起とそのすぐ横の付け根を同時に撫でると、アレクサはあられもなく乱れた。ソフィアの指に隠微な液体がさらにまとわりついた。
「ああ、もう、もう、なかに、わたくしに、くださいまし」
アレクサは、乱れ悶えながら羞恥など忘れて催促を始めた。
その時、アレクサの背に押しつけられていた膨らんだ柔らかいものが、次第にへこんで堅くなっていった。
思わず振り向いたアレクサの上に、覆うように四つん這いになったソフィアの姿が、みるみるうちに変化していった。顔つきは骨ばってきた。しぼみはじめていた胸のふくらみはなくなり厚い胸板が現れた。そして、股の間には男のしるしが、竜か蛇の頭のように鎌首をもたげてきた。
「ああ、ソフィア様」
アレクサがうっとりと感嘆の声をあげた。
「何度も言っているだろう。男の姿の時は、ハノークと呼びなさい」
「はい、ハノーク様」
ハノークは自分の男のしるしを、アレクサの女の部分に導き入れた。
「あああ、ハノーク様、ハノーク様、わたしの中に、中に、来てくださるのを待って、待っておりました。ああもう、うれしい、ああ、どうにかなって、はああ」
ハノークが動くたびに、アレクサの漏らす言葉は次第に切迫して意味を持たないものになっていく。
「もっと、もっと、強く、もっと」
ソフィアはクレムがゆっくりと時間をかけて動いてくれるのを好むのだが、アレクサは刺激を好む。アレクサが望む通りにハノークは勢いよく自分のものを打ちつけていった。
「ああああ」
アレクサが気をやると同時に、ハノークもまたアレクサの中に精を放っていた。
達した余韻がゆっくりと去っていった。アレクサが右に横たわっている人に顔を向けると、その人はもうソフィアに戻っていた。
「今日も素敵でした。ソフィア様」
そのソフィアの表情からは、男性の荒々しさはすっかり消えていた。姉が仲の良い妹を見るような目をして、アレクサの肌を愛しそうに撫でているのだった。
「ひと月に一度くらいしか、わたしは男の姿になれません。身ごもっていた時は一年近くご無沙汰させてしまったし。アレクサを満足させられる日が少なくて、申し訳ないわね」
「いいえ、いいえ。すべてを失くした私をひろってくださって、ソフィア様のお世話をさせていただいて。それだけでも有り難いのに、こんな、女の夜の悦びまで教えていただいて、本当に嬉しゅうございます」
「今日はこのまま一緒に寝ましょう」
「はい、ソフィア様」
幼い姉妹が添い寝するかのように、二人はひとつのベッドで眠りについた。
言えばアレクサに、もったいない、と恐縮されるから黙っているが、ソフィアはアレクサを妹のように思っていた。男兄弟に挟まれて育ったソフィアは、妹が欲しかったのだ。
一人っ子だったハノークも兄弟が欲しかった。とは言ってもアレクサがハノークの妹、とすると兄が妹と交わっていることになる。そこは不問としておく。
クレムとソフィアは二男二女をもうけた。クレムはかつて長兄と戦い次兄を毒殺で失くした。その反省があったのか、兄弟が仲良く協力し合うことに心を砕いたという。これらの子の中から、王や魔法使いを継ぐ者が現れている。
他に、ソフィアの侍女が二人の子、一男一女を産んでいる。その子らは「女王様の子」と呼ばれ、王宮の中で王子や姫と同様に、大切に育てられたという。
<終>