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僕は生徒会長

2012/08/31 17:43:50
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「…一体全体、これはどういうことなんだ…」

朝起きたら女の子になっていた、そんな余りにも非現実的な出来事。
だが違和感を覚え、前を開いた寝間着の下から現れたのは、男では考えられない二つの膨らみ。
朝の生理現象も、今は微塵も感じられず、そっと股間に手を添えてもそこには…何もなかった。
信じられないが、僕は…本当に女になっているようだ。
「何故…?」
まだ夢を見ているのか、それとも疲れが溜まり過ぎて幻覚でも見ているのか…
有り得ない事態に、流石に呆然とせざるを得なかったが。

ジリリリリッ

「!」
こんな状況でも、目覚まし時計は何時もの様に時を告げるため、鳴りだした。
それでも目が覚めないという事は…これは、現実なのだろう。
そうと解ると、僕は顔に手を当てながら、時計のスイッチを押しアラームを止めた。
「…しまった…」
僕としたことが…ある意味、時計に『起こされて』しまった。
いつもなら、この時計を鳴らすことなく起床しているというのに…
いや、起きはした…けれど、この体に気をとられすぎて、結局無駄に時間を費やしてしまった。
「…」
考える時間も惜しかった。ベッドから立ち上がり、部屋を後にする。
異常事態だが、芋虫になったわけではない…性別が変わった『だけ』だ、学校には行ける。
そもそもこの身に起こった珍事は、今すぐに解決できるような現象ではないだろう。
なら今は、僕のやるべき事の方が重要だ。合間を見て、原因を突き止めればいい。

そう、僕…イクシマ清彦は『生徒会長』なのだから。



「あ、おはようお兄ちゃん」

階下に降りると、妹の清美が何時ものように朝食を作っていた。
両親は二人とも海外に出張していて、家には清美と僕の二人だけ。
その状況で、僕が生徒会長を担うと知ってから、家の事は清美が率先してやってくれている。
おかげで、僕は恙無く会長としての責務を果たせていた。よく出来た妹だ、うん。
「おはよう、清美」
「? お兄ちゃん声…?」
「え? あ、あぁ…少し喉を痛めたのかもしれないな」
「それって、風邪じゃないの? 今日は珍しく起きるのも遅かったし…」
「いや、体は…体調は問題ないよ」
「ホント? いくら生徒会長のお仕事が大変だからって、無理しすぎちゃダメだよ?」
「あ、あぁ…気をつける」
「ん、解ればよし! それじゃ、早く顔洗ってうがいして! ご飯、もうすぐ出来上がるよ♪」
そう言うと清美は再びキッチンの方に向き直り、鼻歌を隠し味に料理を仕上げ始めた。
清美に言われたとおり僕は洗面所に向かい歩き出した。
(そうか、声も変わっているのか…)
自分の声は他人が聞くと違うと言うが、この場合そもそも声色自体が変わっているのだ。
「あ、あ」
試しに声を出すと、なるほど声がやや高い。女性としては、少々ハスキーな部類だが。
(だとすると、少々厄介だな)
生徒会長の立場上、全校生徒に対しスピーチをする時もある。実際今日がその、全校集会の日だ。
それにそもそも、学生の本分として喋らないわけにはいかない。
(誤魔化しきれるだろうか…)
常に低い声を出すように喋ればいいが、それを続けるとなると本当に喉が潰れかねない。
それに声だけじゃない…体もだ。いってみれば自分自身を偽らないといけない事になる。
今後の事を考えながら洗面台の前に立ち、備え付けられた鏡に目をやると…
「…あぁ、これは…」
僕が写っていた…のだが、じっくり見ると、やはり昨日までの自分と違う点が幾つも見受けられた。
元より女顔だったので別人になったまではいかないものの…
今まで以上に顔つきが丸く、小顔になり、目鼻立ちも女性のそれだ。髪質も違う気がする。
遠巻きに見れば気付かれないかもしれないが、対面するとなると、やはり怪しまれそうだ。
(とはいえ、清美の反応を考えれば、あるいは…)
家族というものは、恐らく自分以上に自分の顔を見て、覚えている。
そんな清美が怪しみはすれ気付かないのなら、何とか…
(だけど、清美だからな…)
僕とは正反対に感情豊かで、どこか抜けている清美に基準を求めても…無理だな。
暫く考えを巡らせていたが、漂ってくる朝食の匂いにハッとして、顔を洗い両手で頬を叩く。
「…よしっ」

既に時間はおしている。登校中に、考えるとしよう。

朝食をとる間も、清美の顔色を窺っていた。

念のため、もう一度目を合わせて話してみようと思ったのだが…
肝心の清美は、テレビの内容に一喜一憂していてこちらを見もしない。
(…やはり清美は清美だな)
諦めて味噌汁を啜り、妹の事を憂いつつ、部屋の掛け時計を見やる…
「マズいな」
何時もなら既に家を出ている時間だった。思わず言葉が漏れ、その言葉に思わず清美が振り向いた。
「えっ!? 何かおかしかった!?」
「いや…朝食はいつも通りだから、安心していい」
「ホッ…もぅ、驚かさないでよぉ」
…清美と漫才をしている暇はない。もう考えるのはやめよう。
いつもより速いペースで食事を済ませ、箸を置く。
「ごちそうさま」
「あっ、はい、おそまつさまでした♪」
食器を片付け、部屋へ戻る…前に、催してきたのでトイレへと向かう事にした。
トイレの扉を開け中に入り、鍵を掛け、便座をあげ、ズボンを下ろし、手を…
「…」
手を伸ばしのだが、その手は空を切り、何も『無い』事を明確に示した。
顔に手を当て、項垂れつつ首を振って、上げた便座を再び戻して腰掛ける。
(全く、面倒だな…)
手早く済ませられない事を嘆きつつ、用を足そうとするものの…
(ん、と…)
突如として無意識に行ってきた生理現象の仕方を変更されると、どんな人間でも戸惑うもので。
(こう、か…? アレ?)
それどころか、今までどうやっていたかも思い出せなくなりそうになりそうだったが。
「んっ…」
下腹部に力を込めると、いつもの感覚を取り戻してきた。溜まった尿が押し出される、そんな感覚。
そしていつもの音が聞こえ始めた。便器を叩く水の音…だけどいつもより、弱弱しい音。
まるで垂れ流しているかのような感じがして、それ以上力むのを躊躇ってしまう。
(心許無いものだな…)
チョロチョロと、次第に出が弱まり、漸く出し切り、ホッと溜息をつく。
いつもより長めになってしまい、急いでトイレを後にしようとした…の、だけれども。
「…」
立ち上がり、ズボンを上げようとした所で、再び座りなおす。
「女性が長いのは、これも理由、か…」
まだ残っていたのか、あるいは何処かに溜まっていたのか…太腿を伝う液体の感覚。
トイレットペーパーを千切り、拭い取る…太腿から、出処まで。
その出処に紙をあてると、一気に湿り始める紙。そして…
「本当に、女、なんだな…」
濡れた紙を隔てて、指が新たに形成された自分の秘所に触れた。
その感触は男では味わえない、なんとも名状し難い触り心地と、柔らかさ。
濡れてひんやりとした紙が、それが確実に存在する事を明確にしていく。
「んっ・・・」
拭き取る為に指を前後させると、より一層その形を指で読み取れてしまい、想像してしまう。
肉の襞が触れるたび蠢く。気持ち悪くもあり、気持ち良くもあった。
「…くっ」
次第に膨らみ始める好奇心を抑えるため、頭を振って雑念を払う。
今はそんな事をしている場合じゃない。時間は待ってくれないんだ。
心を落ち着かせて、機械的に拭き終えると、立ち上がって水を流した。

その流れていく水に、今の感覚を重ねて、一緒に流しトイレを後にした。

自室に戻り、最後の準備をする。

寝間着を脱ぎ捨てると、やはり寝起きと変わらず、そこには二つの膨らみがあった。
「…」
両手で持ち上げてみると、確かな重みを手の中に感じ、そして胸からも触られる感覚が返ってきた。
「でも、これなら…」
そう、これなら。
確かに乳房はある、が…所謂貧乳、と言ったところか。
寄せて上げても胸の谷間が出来る程ではない、控えめで手頃な大きさ。
(そういえば清美も、これ位だったような…)
他意なしに妹の胸を想像する。清美はコンプレックスを抱いていたが、この大きさは助かる。
(とはいえ無い訳ではない訳だが…いや、着てみれば解るか)
兎に角行動あるのみだ。箪笥から着替えを取り出し、着込み始めてみる。
肌着とシャツを着て確認するが…それだけでは、小振りでも主張は隠しきれてはいなかった。
しかし更に詰襟の制服を着込むと、その整った形状が胸元をうまく平坦に見せた。
(これなら脱がなければ大丈夫そうだな)
生徒会長という立場上、着崩すなんてもってのほかだ。体育以外なら気付かれないだろう。
そのままズボンも履き替え、全ての身支度を終えて、改めて自分の姿を確認すると…
「…やっぱり、か」
胸の件は解決できても、もう一つの厄介事は解決できていなかった。
着込んだ制服が少しダブついているのだ。やはり体格も、女性のソレになっている。
袖口から出した手が普段より引っ込み、ズボンの丈も長く、そのくせ腰周りが窮屈だ。
箪笥に備え付けられた鏡で上半身だけでも確認してみる。
「んんん、これは…」
先程洗面所で見た顔つきに、男子の制服を合わせると、顔の変化がハッキリした気がする。
粗が目立つ現状、このまま登校しても大丈夫だろうかと不安が過ぎる。
だが…これ以上考えている暇はなかった。もう無駄な時間をかけたくない。
(行くしか、ないだろう)
キッと鏡に映る自分を睨みつけ、鞄を掴み、部屋を後にし、玄関へと向かう。
「いってきま…くッ、これもか!」
そしていざ玄関から出ようとするも、今度は靴の問題が。これもサイズが一回り大きくなっている。
ポケットからティッシュを取り出し、隙間に詰める事で手早く解決する。
「どうかしたの?」
後ろで清美の声がした。慌てた自分の様子に、何事かと見に来たのだろう。
「…何でもない! いってきます!」
「!? い、いってらっしゃい、お兄ちゃん…」
何時に無く荒れている自分に、清美は少し怯えた声で応えた。
その姿を見てハッとするも、既に足は玄関から外へと踏み出されていた。
「…すまない、清美」
扉が閉じてから出た言葉。清美に悪い気持ちを…でも今は時間が惜しいんだ。分かってくれ、清美。

罪悪感を感じながらも、清彦は学校へとひた急ぐ。

「ハッ、ハッ…」

登校中も、僕はこの体に四苦八苦させられた。
まず単純に体力が落ちているようだ。普段なら息切れもしないペースなのに、この有様。
それに、一歩一歩の距離がいつもより短い…体が小さいせいか。
尤も、そんな事よりもっと、重大な問題があった。
「んくっ、胸が…」
そう、小さくとも走る事で揺れ動く胸に、なによりも翻弄されていた。
それに加え、胸の先端が…上下に動く度、乳首が肌着に擦れて痛いのだ。
普通の女性なら、ブラジャーを着けているから平気なのだろうが…
そんなもの、昨日まで男だった清彦が持っているはずもなく。
(こんな事になるなら、清美の下着を借りると言う手もあっ… !?)
ふと生まれ出た発想に、思わず首を振ってその考えを真っ向から否定した。
(駄目だ駄目だ、何を考えている!)
全く、どうしてこんな考えを…頭まで清美みたくなってきているのか?
兎に角今は、走るしかない。ただひたすら走りの最適化をする事に、思考を回す。
だがどんなに気にしないようにしても、自分の肉体である以上…否応無しに感じさせられる。
だからもう、何も考えないようにした。走ることだけを意識するようにした。

走って、走って…漸く校舎が見えてくると、心なしか気持ちが安らいだ。

「おっはよーございまーす!」「お早う、御座います」

校門前で、一組の男女が登校してくる生徒達に声を掛けていた。
二人とも、生徒会の腕章をつけている。つまり、生徒会の一員…僕の仲間だ。
明るい声と表情を振りまく女子生徒は、ミキモト双葉。会計。
大柄で、寡黙な雰囲気の男子生徒は、アンドウ敏明。書記。
(今日はこの二人が朝の挨拶の当番だったな)
二人の姿が見えた所で、清彦は走るのをやめ体裁と息を整えて歩み寄った。
「あっ! 会長だー! おっはようございまーす!」
先に双葉君が僕を見つけたようで、こちらに手を振ってきた。
やや遠い距離。僕も手をスッと挙げて、挨拶の代わりとした。
二人の傍に近づく前に、声色を確認し、怪しまれないように試みる。
「おはよう」
「お早う御座います、会長」
「珍しいですね! 会長がこんなに遅れて来るなんて」
そう、普段なら彼らより先に来て、生徒会室で彼らを迎えるのが通例なのだが。
「あ、あぁ…昨晩少し調べ物をしすぎてね、僕とした事が」
「そうなんですかー、会長でもうっかりするんですねー」
「買い被り過ぎだよ双葉君、僕だって完璧な人間じゃない」
「それでも会長は流石ですよー」
「ありがとう」
何気ない会話の間中、彼女の澄んだ瞳が、僕を見つめ続ける。
「会長、生徒会室の鍵です」
そんな僕らの間に敏明君が割って入り、手を差し出してきた。
「あぁ、すまない、手間を掛けたね」
その鍵を受け取るため、こちらも手を出す…が。
(あ…)
何気ないやり取り。けれど、今は重大な事を僕は見落としていた。
普通、相手に物を渡すなら、落とさないよう手に視線を注ぐのが普通だ。
それはつまり、こちらの手を凝視ないし注視する事になる。
その状況で、僕が差し出した手は…いつもより細くか弱い手と、それを包む少し長めの袖。
「確かに受け取ったよ」
鍵を受け取るとすぐに、手を引っ込めた。…気付かれただろうか?
動揺を気取られないように、また敏明君の顔を窺うために、一言添えて彼の顔を見る。
…いつも変わらない彼の鉄面皮が、ピクリと動いたような気がした。
「…? あれ、会長…?」
「なんだい、双葉君?」
「なんか、今日の会長…どこか…?」
そうこうしている内、今度は双葉君の方も僕を見て怪しみ始めていた。
二人の視線が、僕に注がれる…マズい、この状況から一刻も逃げ出さないと…
そう考え、できるだけ自然な素振りで時計に視線を移した。
「おっとすまない、朝礼前に残った仕事を片付けたいんだけれど…」
「あっ…はい、わかりましたー♪」
少し強引な気はするが…これでいいんだ。
僕が何よりも生徒会長の役割を重んじる事を知っているが故に、双葉君はそれ以上追求してこない。
…けれど、本来ならば遅刻した自分に非がある。仲間を騙すような行動に、少し心が痛んだ。
「それじゃあ、引き続きよろしく頼む、二人とも」
「はいっ!」「解りました」
この場を二人に任せ、僕は校内へと逃げ込むようにして生徒会室に向かった。

会長の後姿を見送り、再び挨拶を再開する二人。
けれど双葉は、心ここにあらずといった感じで敏明に質問をぶつけ始めた。
「ねー、トッシー」
「何でしょう」
「なんか今日の会長、いつもとどこか雰囲気が違うと思わない?」
「会長は、会長ですよ」
そう返答して答えを濁したが、完全には否定出来なかった。敏明も、それを感じていたからだ。
「そうかなー、なんて言うかこう…そう! ほら、こうね!」
「…解りかねるのですが…」
ロダンも考えるのをやめるポーズで、言わんとする事を体全体で訴える双葉。
そんな双葉を見て何事かと生徒が驚いた顔で横切っていくが、双葉は恥らう素振りも見せず。
何やら自分の世界に浸っていた双葉が、不意に目を見開いて、敏明に言い放った。
「あぁそうだ! 会長、いつもの『カッコイイ』って言うより、『凛々しい』って感じ?」
「凛々しい、ですか」
「そ、例えるなら…宝塚的な?」
「はぁ…」
例えられて漸く理解出来たものの、それに対してどう返答すればいいか困る敏明。
「あぁん♥ ただでさえ素敵な会長が…ますます好きになっちゃいそ♥」
一人身悶えし、大胆な発言を恥ずかしげもなく口にする双葉。
「…取り敢えず、戻ってきてください双葉さん…挨拶、忘れてます」
そんな様子を見て、敏明は双葉に現在の本分を告げるが…

半ば諦めたように、敏明は一人で挨拶を再開した。

「ふぅ…」

鍵を開け、生徒会室に入りいつもの部屋が視界に入ると、漸く一息つく事が出来た。
「やっぱりここに居る方が、落ち着くな」
自分の家、自分の部屋以上に心が安らいでいる。その位、僕はこの部屋に腰を据えていた。
「…っと、のんびりしてはいられないな」
朝礼までの時間がいつもより短い。それまでに片付けられるだけの仕事を片付けよう。
ただ、遅れたとはいってもそれは自分が生徒会の職務を果たすために必要な時間であって、
校庭で朝連に励む運動部員の声を除けば、まだまだ校舎内は静けさを湛えてはいるのだが。
「さて、と…遅れた分を取り戻さないとな」
鞄を机に置き、会長の席についてPCを起動する。それを待つ間に書類に目を通す。
文書ソフトを起動して、各委員会の通達文書や書類の校正等、いつもの職務をこなしていく。
生徒会長となってから、僕が担っている日課。
この時ばかりは、体の事を忘れ、目の前の仕事に没頭していた。

そう、没頭しすぎていた。

時間を忘れ、書類やPCと対峙していると…コンコンと、扉を叩く音が静かな部屋に響いた。
「どうぞ」
作業をしつつ返事をすると、ガチャリと開かれた扉の向こうから、双葉君が顔を覗かせた。
「会長ー、そろそろ朝礼ですー」
そう告げられ、時計を見ると、既に朝礼まで後五分程の時間になっていた。
「わかった、すぐ行く」
僕の返答に、双葉君は「わかりましたー」と言って顔を引っ込めた。
(まだまだ残っているな…遅れを巻き返せるか?)
不安を抱きつつデータを保存をし、付箋に作業の進行具合を書き込みモニタに貼り付ける。
朝礼で語る内容を確認するため、鞄から手帳を取り出してから、生徒会室を後にした。
廊下に出ると、二人が待っていてくれた。
「行こうか」
「はーい」「はい」
二人を引き連れる形で、廊下を歩み始める。

だがこの時、僕はすっかり失念していた…自分自身の事を。

朝礼で語る内容を再確認するため、手帳を確認しながら歩いていると。

「あのー、会長ー」
「ん? なんだい?」
「会長、イメチェンしました?」
「は?」
双葉君のいきなりな質問。だがその一言で、抜け落ちていた重大な事案を思い出す事が出来た。
それと同時に、内心焦りが募り始めていく。
「何というかですね、今日の会長、どこか雰囲気が違うんですよね」
思わず息を呑む。不意打ちに面食らうも、決して表情や声には出さないよう努める。
「違う…って、具体的には?」
「そうですねー、なんというか…今の会長の方が素敵ですッ!」
双葉君が満面の笑みで答えた。
「…いや、それじゃ解らないんだけど…」
具体的に、と言ったのに返ってきたのは漠然とした答え。これが双葉君という人物だ。
「宝塚、と言っていませんでしたか?」
「そうそう! そんな感じ! はぁぁー、いいわぁー…♥」
「…」
相変わらず自分の世界に浸り、僕に熱い視線を送る双葉君。だが、彼女の目は本質を見抜いていた。
彼女の言う通り、今の僕はいわば男装している女性、なのだ。その例えは強ち間違いではない。
「まぁ、ありがとうと言っておこうか」
「やんっ、会長に褒められちゃったぁ♥」
双葉君にこれ以上勘繰られない為に言葉を返すと、彼女は体をくねらせ頬を赤らめた。
…こんな彼女だが、会計としての腕は一流なのだ、会計としては…うん。
取り敢えず双葉君についてこれ以上は問題ないだろう。それよりも、敏明君だ。
どうやら双葉君の言葉を聞いて、心の中で疑念を抱き始めているのか…
こちらを見る目がいつもより鋭く感じる。そんな彼の視線に…僕は目を合わせられなかった。
(…怖い、のか?)
いや、彼がそんな人間でない事は重々承知している。
だが頭で理解しても、それとは裏腹に彼を避けたくなる気持ちがどうしても湧き出てくる。
彼の方を見ないようにしても、いないと思い込んでも、心が落ち着かない。
(くッ…何なんだ、一体…)
なんとか心を落ち着かせる為に、手帳の内容に集中する事で解決させた、が。

この時、僕は更に失念していた…これから行われる事を。

週に一度の全校朝礼の日。

校長がいつものように長々と訓示を告げ、生徒達がそれを退屈そうに眺めている。
そんな中、生徒会長の僕は舞台袖で自分の出番を静かに待っていた。
しかし内心では、何時に無く焦りを感じ、脳内で必死に解決策を練っていた。
(僕としたことが…!)
自分自身に憤りを感じずにはいられなかった。
この体がそもそもの原因とはいえ、その対処を後回しにしたのは他ならぬ自分自身だ。
だが今更嘆いても仕方ない…この場を乗り切る方法を、この僅かな時間で捻り出すんだ…!
そうはいっても、どうやって誤魔化す…? 例えば、体の線は?
下半身は壇上の演台で隠れるからいいとしても、胸や首元は…それに、顔は?
残り数分程度でどうこう出来る事ではないし、何か有用な道具もない。
最前列の生徒からだと、僕の顔は良く見えるだろう…
疑われない保証は何処にもないし、ましてや、皆の前で声を出さねばならない…
(…いや、こんな非現実的な事、信じるわけが…)
そうだ、こんな事誰が思う? 昨日男だった人間が、女になってるなんて。
けど万が一、そういう事に敏感な生徒がいたら? その生徒が、今の僕自身を否定したら?
言ってみれば、今の僕は存在しない人間なのだ。そんな人間が、僕の代わりを務めている…
それに気付かれたら、僕はどうすればいい? こんな事、解る訳ない。
様々な考えが頭の中で渦巻き、脳の処理の限界を超え始める。
「…! 次に、生徒会長からの通達です」
「!」
結局考えが纏まる前に、出番が来てしまった。もう逃げる事も出来ない。
…勿論、その考えは元より選択肢には含めていないが。
(…えぇい!)
悩んでいても仕方ない、いつも通りの僕であればいいんだ。そうだ、生徒会長らしく堂々と…!
壇上に上がり、全校生徒を望み、そして全校生徒に注目される。
「あ…」
会長として見慣れた光景なのに、今日はその視線が僕の全てを見透かしているように思えた。
(何か会長、いつもと違くね?)(会長、あんな顔だったかな?)(てか別人じゃね?)
そんな生徒達の声が聞こえるような気がして、次第に動悸が早まっていく。
(違う、僕は…)
いつもの冷静さが嘘のように、心が揺さぶられている。思考が乱されていく。
ただ…ただ見つめられているだけなのに…生徒会長として、僕を見つめて…
(…僕を?)
僕を見つめている? この状況に振り回されている僕を? その原因である、服の下までも?
そんな妄想が頭の中を駆け巡り、体が熱くなる。何かが、腹の奥底から込み上げてくる。
下腹部が熱くて、ジンジンする。…下着の中が、湿っぽくなるのを感じた。
(そんな・・・まさか・・・僕は・・・)
知らないわけではないが、この状況で僕は、僕の身体は…興奮している?
(いや…そんな事…認められるか!)
歯を食いしばって、感情が爆発しそうになるのを必死に堪える。
冷静に考えろ…考えるんだ…!
(そうだ、まだ気付かれてはいない…いないんだ…!)
深呼吸をして、頭と身体を冷やす。
(落ち着け…忘れるな…僕は、生徒会長だ)
一向に話を始めない自分に、生徒達がどよめく。そのどよめきを、僕は鶴の一声で静めた。
「…失礼、お待たせしました。それでは各委員会からの通達及び、今後の報告を始めます」
そうだ、いつもどおり堂々と振舞えばいい。生徒会長らしく、皆の手本となるような態度で。
マイクを通して聞こえる自分の声も、声量を以って違和感をねじ伏せればいい。
実際、喋りながら皆を見回しても、訝しげな表情をする生徒は一人もいない…
いや、一人だけ気になる生徒がいた。
その生徒は俯いていたが、その口元が不敵な笑みを零したのを、僕は見逃さなかった。

(あれは確か、あの生徒は…)

朝礼が終わると、僕も生徒会長から一生徒となって、授業を受ける。

今度は生の声をクラスメイトに聞かれる事になるが、同じように堂々としていればいい。
本人が素振りを見せなければ、意外と疑われないものだ。
それは僕が生徒会長となる上で自然と身に付いた、言わばスキルだ。
始めは訝しがっていた皆も、次第に違和感を覚えなくなってきたようでもあるし。
とはいえ、どんなに冷静に振舞っていても、心の奥底で燻る感情だけは、僕を苛み続けていた。
(駄目だな…朝礼からずっと、体が…)
体の事が気になって仕方がない。意識しないようにしても、服の下に隠れた体が僕に訴える。
朝礼を無事乗り切った後、僕はトイレでその原因を確認した。
「うっ…」
下着の股の間が濡れて、糸を引いていた。紙で拭くと、少し粘り気のある液体。
それは僕があの壇上で、感じ…いや、好からぬ感情を抱いていた証拠。
(駄目だ駄目だ、これ以上、この身体に振り回されるわけにはいかない…)
僕だって男だ、興味はある…けれど、それ以上に僕には生徒会長という義務がある。
皆の手本とならなければいけない人間が、こんな…こんな事で屈してはならないんだ。
それを念頭において、僕は授業を受けた。おかげで、あれ以降昂りは大分治まったが…

そのせいでまた一つ、重要な事を失念している事に、僕は気付かず。

昼休み。

食事を手早く済ませ、僕は生徒会室で朝の続きの仕事をこなし…てはいなかった。
「マズいな…」
鞄の傍らに置いた袋を見つめて、呟く。その中には体操着一式が入っている。
そう、次の授業は体育…着替える必要がある。
といっても着替える事自体はこんな状況でも然程問題はない。ここで着替えればいい。
特権…という程ではないが、教室へ戻る時間が惜しまれる為、大抵の場合ここで着替えている。
とはいえ、それでも誰かが…今日ならば双葉君や敏明君が突然やってくる可能性だってある。
それでも、教室で着替えるより遥かに隠せる。だから、問題はそこではなく…
「やはり、目立つ…よな」
今朝心配していた事が、ここに来て再度僕を悩ませる。
制服を脱ぐと、二つの膨らみがシャツを押し上げて、その存在を主張していた。
体操着に着替える以上、この服の薄さでも気付かれないように胸を隠さなければならない。
それだけじゃない、体育という事は激しい運動をするわけで…また乳首が擦れてはたまらない。
「さて、どうしたものか…」
顎に手をあて、思案する。
体育を休む? いや、今の今まで元気な姿を見せておいてそれは出来ない。
ジャージを着る? いや、胸元は隠せても擦れが解決できない。
それに、今日の授業は確か陸上競技だ。きっと脱ぐよう指示されるはず。
…ならば…やはり……誰かから借りて…………いや、無理があるだろう…
(双葉君ならあるいは… って!?)
また首を振って湧き出た考えを真っ向から否定する。そんな事、出来るか!
結局あれこれ考えても答えは出ず、埒が明かないと踏んで生徒会室を物色することにした。
「何かないか…」
ロッカーや戸棚を漁り、何か有用そうな物がないか捜索する。
けれども生徒会室にある物といえば書類が殆どで、中々これだ!という物は見つからない。
しかし暫く探していると、ひとつの木箱を見つけた。側面に十字の印…救急箱だ。
「ふむ」
箱を開けると、応急手当に使える品が一通り揃っていた。
その中で今は薬剤や軟膏は必要ない。ここで必要なのは…
(本来なら、こんな事での使用は控えるべきだが…)
粗方探した結果、ここにある物では恐らくこれしか方法はないはず。
他の場所へ探しに行くにしても、どう説明して借りればいいか困る点もある。
(後で新品を入れ直しておこう)
そう心に留め、箱からサラシと絆創膏を取り出し、一旦机に置いて、箱を元の場所に戻した。
そして立ち上がると、ゆっくりと生徒会室の扉を開け、外に顔だけ出し辺りを窺う。
校舎の一階、やや奥まった場所にあるここなら、この時間あまり人は来ないはずだ。
「…大丈夫、そうだな」
再び室内に戻り、鍵を掛ける。
「ふぅ…よしっ!」
一息置いて、おもむろに上着を脱ぎ捨てる。服に引っ張られた乳房が、プルンと揺れた。
その感覚に、少しドキッとした後、落胆した。
「やっぱり女のまま、か…」
シュレディンガーの猫よろしく、観測しなければ…なんて、淡い期待もしたけれど。
そもそも部屋を動き回っている間中、服の下で揺れ動かれては、見なくとも感じてしまう。
「それにしても…骨格まで変わっているなんて、一体どんな原理だ?」
生徒会室に置かれた姿見で、改めて今の自分の全体像を確認する。
男の時より華奢な体つきに、控えめでも胸元に鎮座する二つの膨らみ。
手を当てている腰には、はっきりとくびれが見て取れ、艶かしいラインを作る。
そっと腹に手をあて、撫でてみた。ゾクッとした感覚が体中を駆け巡り、慌てて手を離す。
(過敏すぎやしないか!?)
今度は恐る恐る手をあて、その手で腹を押し込んでみる。
食後だからか、クルルと可愛げのある音が鳴った以外別段何かありはしなかったが…
「まぁ多分、この下に…あるんだろうな」
女性を女性足らしめる内臓器官。
それは男性と違い体の中にあるはずなのに、何故か男性のモノ以上にその存在を強く感じられた。
「ずっとこのままだと、コレとの付き合い方を体得しないといけないのか…」
清美が以前愚痴を零していた事を、まさかこの身で実感させられるとは…
もしかすると、この後すぐにでも起こり得るなんて事も考えられる。年齢は相応なのだから。
ならばその時僕は…何も知らない僕は、どうすればいいのだろうか。
誰かに聞くなんて出来ないし、ましてや、生理用品を買う事すら躊躇われる。
考えれば考えるほど、不安が過ぎり、膨れ上がっていく。
「…まぁ、なんとかするさ」
いや、世の女性に出来て、僕に出来ないはずがない…そうさ、やってみせるさ。
フンと鼻から息を抜き、今すべき事…着替えに戻る事にした。
「さて、まずは…と」
取り出しておいた絆創膏を、乳首を患部に見立てて貼り付ける。
…明らかにおかしい事は解っている。けれど今は、背に腹はかえられない状況だから…
そう自分に言い聞かせながら両方に張り終え、今度はサラシを胸に巻きつける。
出来る限り目立たないよう押し潰すように巻いて、キツく締め上げていくが。。
「うっ・・・くっ・・・苦しい…」
無理に押し込まれた脂肪の塊が、肺を圧迫する。
だが少しでも緩めると、今度は胸の弾力にサラシが負けてしまう。
四苦八苦しながらも何とか巻き終え、ズボンを脱いで体操着を着込み、姿見で確認する。
「…よしっ」
どうにかこうにか胸は隠せてはいる。
少し飛び跳ねてみると、押し潰されているせいか今まで以上にその存在を感じられる。
けれどそれは自分自身の問題。取り敢えず、客観的に見ても胸が出ているとは見えなければいい。
これで万事解決…と、言いたいところだったが。
「どうにも、細かい所が気になるな…」
胸だけに気をとられていたが、そもそも胸だけでなく、今は全身が今までとは違うのだ。
肌の質感や、体毛の薄さが男らしくないが…もう時間がないし、何より隠す方法がない。
「あとは出来るだけ、目立たないよう振舞うしかないか」
そう結論付け、脱ぎ捨てた制服を畳んで生徒会室を後にしようと、扉の前に立つと。
「うん?」
扉下方の隙間から、一枚の紙が顔を覗かせていた。
「これは…」
拾い上げてみると…どうやらゴミではなさそうだ。
誰かに見られていたのかと焦りを感じながら、折りたたまれた紙を開く。
「…」
だがそこに書かれていた内容を見て、今回の一件が仕組まれたものだと、僕は悟った。
内容はごく短い文章だった。そこには、こう書かれていた。

「体の事を知りたいなら、放課後屋上へ」

「えー今日は、前回言ったとおり各種陸上競技を――――」

体育教員が、今日の授業要項を述べている。
僕はそれを聞きながら、出来るだけ目立たないように努めつつ、あの手紙の事を考えていた。
幸い、50音順に列を作ると、僕は端の位置に来るので必然的に皆の視線から外れる。
とはいえ、クラスメイトの男子と並ぶと…僕の変化が際立っているように感じる。
更に今日の体育は男女別で、女子は皆体育館での授業…その事が、より不安を掻き立てた。
そっと横目で、隣のクラスメイトの姿と自分の姿を見比べてみる。
(男の腕って、こんなに太いものだったか?)
自分の今の腕と見比べると、自分が細くなったと思うより、皆の腕回りの方が気になった。
(これじゃ、気付かれるのも時間の問題かもしれない…)
自分が一回り小さくなった事を、改めて実感させられ、俯いて溜息を吐く。
そんな顔を埋めた空間からは、今までの自分とは違う匂いが漂う。
自分が自分じゃない事が、こんなにも心を乱すものだと実感していると…
(なぁ、やっぱり会長変じゃないか?)(あぁ、俺も思う)(会長、いい匂い…)
ハッとして顔を上げる。…また、あの幻聴。いや、幻聴なのか…?
思わず周りを見回すが、皆前を向いて、教員の話に耳を傾けている。
それは同時に、僕だけが話を聞いていないのを露にする事となり…
「どうしたイクシマ?」
「! あ、いえ…何でもありません」
「ボーッとしてお前らしくもないな、風邪でも引いたか?」
「いえ、大丈夫です…すみませんでした」
冷静を保って受け答えをするも、案の定、皆の視線が僕に注がれた。
訝しがる教員が話を再開すると、再度皆が前を向くが…僕は、顔を上げられなかった。
(…何をやっているんだ僕は!)
大失態にも程がある。目立たないように心掛けると誓ったのは、何処の誰だ!
教員の目、皆の目…それが一斉に注がれた瞬間、僕は頭の中が真っ白になった。
その時感じた恐怖にも似た感情が、どうしても抜けずに僕を苛み続ける。
(見ろよ会長、変だと思ったら…)(なんだあれ、どういうつもりだよ?)(…可愛い)
最早幻聴かどうかすら考えられなくなり、鼓動が早まっていく。
(違う、僕は・・・僕は・・・)
頭の中で必死に否定するが、生徒会室で見た自分の裸を思い出してしまい、一層体が熱くなる。
(このままじゃダメだ、このままじゃ・・・!)
いつもの自分を取り戻そうと必死に試みる。けれどそんな心に対し体は…火照っていく。

そしてどんなに葛藤していても、授業は…進んでいく。

「次、イクシマ!」

教員の話が終わり競技が始まると、否が応にもこの体を皆の前に晒す事となる。
けれど今が授業である以上、逃げ出すわけにはいかない。
見られようが怪しまれようが、僕は走り、跳び、投げた。
また聞こえそうになる幻聴を必死に振り払い、各競技をこなしていたのだが…
(うぅっ…も、もぅ…体力が…!)
登校の際も問題だったが、体力や腕力が落ちていて、必死にならざるを得ず。
加えてサラシで圧迫した胸のせいで息苦しいのも、それに拍車を掛けていたようだ。
躍起になってどうにか男子同等の成績を出し続けるが、やはり次第に無理がたたり始めていた。
授業が終盤に入ると既に息も絶え絶えで、周りの目を気にする余裕もなくなっていた。
(も、もう少しの辛抱だ…)
ゼェゼェと上がる息を押し殺し、目を閉じて出来る限り体力の回復に努めていると…
「なぁ、何かさ…匂わないか?」「なんだよいきなり?」
ハッとして、声が聞こえた方を見る。クラスメイトの男子が、何やら小声で話している。
「何だろ、イヤじゃないっていうかさ…どちらかってーといい匂い?」
聞き耳を立てると、不安がより一層高まっていく。
「つか…ドキドキするような…」「そりゃそうだろ、体動かしてんだから」
「いやそうじゃなくてさ…こう…なんだ、その…」「何だよ?」
気が気ではなかった。考えてみれば今、男子に混じって運動している女子が一人いる…
「わ、笑うなよ? …エロい気分にならね?」「はぁ?」
サーッと、血の気が引く。まさか彼は…気付いた?
「おいおい、疲れてんのか?」「でもさぁ…」
もうこれ以上、二人の会話を聞いてはいられなかった。
二人から少しでも距離をとろうとした、その時。
「次、イクシマ!」
「! は、はい!」
自分の番が回ってきた。慌てて前に出て、スタートラインに立つ。
教員の笛の合図と共に、駆け出す。目の前には、走り高跳びのバー。
(は、早く飛んで終わらせよう…!)
だが頭の中では先程の会話が繰り返し再生され、集中力が削がれてしまい…
(…! しまッ…!)
気付いた時には遅かった。踏み切り位置を見誤り…それどころか、飛び方も最悪で。
ガシャン!と、勢いよくバーにぶつかる姿勢で飛んでしまい、全力で体をぶつけてしまった。
「お、おい大丈夫か!」
まさかの出来事に、慌てて教員が駆け寄ってくる。皆もどよめきだっていた。
「だ、大丈夫です…!」
駆け寄られる前に、気力を振絞って立ち上がる。今は、体に触れられたくない…近寄られたくない!
だが突然の激痛に膝からカクンと崩れ落ち、再びマットの上に座り込んでしまった。
「ッ痛ぅ…!」
脛がジンジンと痛む。どうやら、勢いの全てをここで受け止めていたようだ。
「無理するな…おい、誰か!」
(や、止めてくれ…!)
怪我をした生徒がいて、保健室に連れて行く。至って常識的な対応だ。
だが今は誰かに近寄られるのも躊躇われた。それでも無常にも、手を挙げる生徒が一人。
「自分が連れて行きます、もう、飛んだ後なので」
手を挙げ、名乗り出たのは…敏明君だった。
「ぬ、そうか…アンドウ、頼む」
「はい」
二つ返事で立ち上がり、こちらへ歩み寄って手を差し伸べる敏明君。
「会長、立てますか?」
「…あ、あぁ」
少し躊躇ったが、ここで強情を張るのは得策でないと踏み、その手を掴む。
彼の肩を借りる。必然的に、互いの体が触れ合う。
(き、気付かれないだろうか…)
痛みを忘れるくらいに僕の心臓は、昂りを押さえきれずにいた。
「では保健室に行ってきます」
「うむ、よろしく頼む」
敏明君が教員に断りを入れ、僕を庇いながら歩き出す。
「会長、痛かったら言って下さい…自分、背負いますから」
「!? そ、そこまで気を使わなくてもいいよ、敏明君」
僕の様子を見て心配した彼が、思いもよらない事を口にした。
確かに彼なら僕くらい難なく背負って歩けるだろう。
けどそんな事をすれば間違いなく異変に気付かれるだろうし、何より…普通に恥ずかしい。
彼の申し出を断り、肩を借りながら一路保健室へと向かう。

その間ずっと、僕は胸の高鳴りを感じ続けていた。

「一先ずこれでいいでしょう」

保健室。僕はベッドに腰掛け、敏明君に湿布を貼ってもらっていた。
保健室に着いたものの保険医の姿は見えず、何処かに出払っているようだった。
その状況で敏明君は、大胆にも戸棚を開けて湿布を取り出した。
流石に咎めたものの、「自分が後で、断りに来ますから」と言い、今に至る。
「それにしても、今日は一体どうしたんです? 会長らしくもない…」
やはり気になるのか、敏明君は後片付けをしながら僕に質問をぶつけてきた。
「…きっと、寝不足がたたったのだろうな」
「…そう、ですか」
尤もらしい嘘をつくも、敏明君の返事はどこか不服な感じだった。
片付けを終えた敏明君がこちらに向き直る。思わず視線を逸らすが、彼はこちらを見つめ続けた。
視線が痛い。何も言わずこちらを見据える敏明君。部屋に充満する沈黙が、辛い…
暫くすると彼の方が耐えかねたのか、いつもの静かで重い口調で言い放った。
「…それでは、自分はこれで。授業が終わり次第、迎えに来ますので」
「そこまで気を使わなくてもいいさ…」
彼の申し出をやんわりと返し、敏明君は踵を返して保健室を出ようとした。
「…なぁ、敏明君」
そんな彼を、僕は…僕が呼び止めた。
「何ですか?」
一度は返した踵を再び戻し、こちらに振り返る敏明君。一呼吸おいて僕は、言葉を続けた。
「…君の目から見て、今日の僕は…やっぱり変かい?」
「それは…」
敏明君が言葉に詰まる。そんな彼の様子にハッとする。
「いや、忘れてくれ…呼び止めてすまない」
そこまで言い切っておきながら僕は、首を横に振って今の言葉を否定する。
自嘲するようにフフッと鼻で笑い飛ばしたが、その反応含め敏明君は答えを返してきた。
「…そうですね、自分も双葉さんの言っていた事は感じていました」
凛とした姿勢で僕に告げる敏明君。そんな彼を僕は、少し淀んだ瞳で見返した。
「やはりそうか…」
顔を逸らして呟く。結局のところ、どんなに努力しても違和感は拭えなかったわけか…
そう結論付けると、少し吹っ切れた気持ちになっていた。僕はそのまま、話を続けた。
「なぁ敏明君。例えば君の身に、突然異常が訪れたら、君はどうする?」
「異常…? まぁ、風邪なら大事をとって家で治しますし、病気であれば病院に行きますが」
当然の答え。そうだ、普通に考えたら、この状況でも登校する事自体間違っていたんだ。
そんな根本的なことも忘れるなんて、僕は何を考えていたんだ? 生徒会長の立場があるから?
…それなら自分は、生徒会長を誇っていたのではなく、驕っていたのではないか?
心の中で自問自答を繰り返していると、今朝の清美の一言が、頭の中を過ぎった。
『いくら生徒会長のお仕事が大変だからって、無理しすぎちゃダメだよ?』
(…全く、まさに、その通りだな…)
「会長?」
自分の浅はかさに嘲笑する。そんな自分を見た敏明君が、心配そうな声を掛けてきた。
そんな彼の声もどこか遠くからのものに感じられた…彼の?
(…)
淀んだ瞳が、一点を見つめる。そして顔を上げ、敏明君を見やる。
俯いていた僕が急に顔を上げた事で、敏明君が驚いたようだが…それでも見続けた。
(そうだ、生徒会長…いや、生徒会は僕だけじゃないんだ)
目の前にいる敏明君。彼が信頼できる人物である事は、長い付き合いでよく知っている。
双葉君も…少しアレだが、彼女も頼れる生徒会の仲間だ。
「会長、あの…何でしょうか?」
さっきまで目も合わせなかった自分が今度はジッと見つめるせいか、戸惑う敏明君。
決意を固める深呼吸をして、僕は彼にはっきりとした声で問いかけ始めた。
「敏明君」
「何でしょう?」
「僕は…今朝から、難題を抱えていてね」
「寝不足の原因ですか?」
「…すまない、本当は寝不足という訳ではないんだ」
さらりと、嘘をついていた事を白状する。敏明君はそれを咎めず、再び体裁を整えた。
「…個人的な事ですか? それとも、生徒会の…」
「個人的な事だが、原因は恐らく生徒会絡みだろう」
生徒会長という立場は、どうしても一部の生徒から妬み、疎まれやすい存在になりがちだ。
だから僕が悩みを抱えている場合、その多くは生徒会に起因する事が多い。
今回の一件も…あの手紙から推測してある程度予想はついている。
それでも、未だ俄かに信じ難いのは言うまでもないが。
「自分で良ければ、相談に乗りますが」
「…」
敏明君の申し出に、僕は目を閉じ、俯き…そして、頷いた。

「見てもらいたいものがある」

そう言って、ベッドから立ち上がる。まだ足は痛むが、決心が痛みを和らげていた。
服の裾に手をかけ、ふぅっと息を吐いて、徐に上着を…脱ぎ捨てる。
突然の行動に、敏明君は動揺したが、それ以上に目を丸くするものを見たようだ。
「か、会長…それは?」
恐らくサラシを見ての一言だろう。そんな彼の問に答えるように、今度はサラシを解く。
「!?」
ハラリとサラシが脱げ落ちると、それに隠されていた胸が…乳房が、露になる。
それを見て敏明君は目を見開き、丸くして、呆然となっていた。
「…これを見て君は、どう思う?」
「・・・え・・・あ・・・その・・・いや・・・」
流石の敏明君も、動揺を隠しきれはしなかった。こんなにうろたえる彼を僕も初めて見る。
言葉に詰まり慌てふためく敏明君だったが、クルリと踵を返し、直立不動で返答し始めた。
「そっそっそれはまぁ・・・その・・・胸、ですね…」
「…男のか?」
「いやそれは・・・その・・・と…と言いますか!」
突然声を荒げる敏明君。
「き、清美さん! 清美さんじゃないですか!?」
予想外の答え。その答えに対し僕の中で次第に…ある感情が溢れてきた。
「ハッ…ハハハッ…アハハハハッ!」
「…!? 何です! 何がおかしいんです!?」
何故かその感情は僕のツボを刺激し、腹の底から笑い転げさせた。
「アハッ! アハハッ! アハハハハッ!」
「お、落ち着いてください!」
保健室で騒ぐなんて、生徒会長としてあるまじき行為だが、もう止められない。
一頻り笑い転げ、漸く昂りが治まると、笑ってしまった原因を把握できた。
「清美か! そうだな、そう考えるのが普通か!」
「ち、違うんですか…?」
「…ククッ、アイツに僕の代わりが務まるなら、僕なんか要らないだろうな!」
「あ、あの…」
人間、それぞれ変なツボがあるようで…清美が僕の真似をする画を想像したのが原因のようだ。
「ハァッ、ふぅーっ…すまない、けれどその答えはノーだ。僕はイクシマ清彦、本人だ」
「で、でもそんな事…」
「僕だって嘘だと思いたいが、これが真実で、その悩みの種、なんだよ」
「…そんな…」
午後を過ぎ、次第に日が落ち始め、少し薄暗い保健室。そこに二つの影。

男と女の…影。

アンドウ敏明は、朴訥な男だ。

実家は寺で、子供は彼一人。幼い頃から色々と寺の事を手伝わされ、仏前の作法も学ばされた。
おかげでこんな無骨な人間に育ったが、彼自身は別にそれでいいと思っている。
彼がこの学校に入ると、その人間性や書道の腕前を買われ、生徒会へと誘われた。
彼はそれを断る理由もなく、また後々の肩書きにもなると思い引き受けた。
会長の座が欲しいわけでもなく、ただ頼られているから生徒会に席を置いてはいるが…
そんな彼だが一つだけ、自分の意思で生徒会に居続ける理由があった。
…会長の妹、イクシマ清美だ。以前に会長の家へ招かれた際に出会い、一目惚れをした。
それまで色恋沙汰のなかった彼が、初めて本気で好きになってしまった異性。
けれど相手は会長の妹。会長は多分…気にはしないだろうが、
仮に付き合えたとして…今の関係が気まずくなる事を、彼は恐れた。
それに彼自身にとって初めての恋心。どうすればいいか解らず、悶々とする日々。
だから結局、自分の胸に潜めてきた。…だからこそ、『オカズ』にもしたりした。
酷い時は、会長…イクシマ清彦に清美をダブらせて妄想をしてしまったりもあった。
勿論彼にそのケは無いが、やはり一番近く、清美を感じられる存在は…清彦会長、その人なのだ。

だから今この状況は…彼にとって、妄想の具現化にも、等しいのだ。

存分に笑ったせいか、気が大らかになっていたのだろう。

清彦は敏明の目も気にせず、彼の前にまるでその体を見せ付けるかのように立っていた。
「それに、胸だけじゃなく…下も、なんだ」
「し、下って…」
その質問に清彦はスッと手を股間に当て、布地を引っ張り何もない事を主張した。
「流石に見せられないけど…信じて、くれるかい?」
「し、しかし…」
頭で否定しようとしても、目の前の会長の姿は確かに女性の体つきだ。
「か、仮に会長だとしても、一体何故そんな事に…?」
「それについてだが」
清彦は敏明に近づこうとしたが、敏明は慌ててそれを制止した。
「…っ! まずっ…! 服を着てくださいっ…!」
「ん? あ、あぁ…」
敏明はこちらに見向きもせず、引き攣った声で清彦に言い放った。
その言葉を受け、清彦は脱ぎ捨てた体操着を手に取り、再び着込み始めた。
だがその際、胸の先からピリリとした感覚。この感覚は…もしかして…
服を引っ張り胸元を見ると、どうやら汗で濡れて絆創膏の粘着力が弱まっていたようで。
見れば床に落ちたサラシに混じる、二つの茶色いバンド。どうやら初めから、取れていたのか。
(って事は…ずっと全てを見られていた…?)
そう気付いた途端、清彦の顔がカーッと熱くなり、みるみるうちに赤くなった。
自らすすんで見せ付けたのに、絆創膏のあるなしで急に感情が昂り始め…
今更恥ずかしさを覚えた清彦は、両腕で自分を抱きしめ、敏明に背を向けしゃがみ込んでしまった。
チラリと横目で、敏明の様子を窺う。こちらに背を向けていはいるが、きっとその顔は…
「あ・・・いや・・・もう服は着たから・・・」
「…」
急にしおらしい声色になる清彦。さっきとは別の意味で気まずい沈黙が、辺りを包む。
「と、敏明君?」
「…」
声を掛けるが、返事がない。堪りかねた清彦が、ゆっくりと敏明に近づいて、肩を叩く。
「そ、その…話の続きなんだが…」
「…」
「だ、大丈夫かい?」
心配そうな声で気遣う清彦だが、敏明は変わらず蹲ったまま動かない。
「敏あ…」
が、いきなり立ち上がり、振り向く敏明。急な動きに翻弄され、思わず尻餅をつく清彦。
座っているせいか、ただでさえ大きい敏明の姿がとても大きく感じられた。
(な、何だ…?)
敏明の様子がどこかおかしい。そしてふと、目線を下げた、その先…
(え…)
敏明のズボン。それが大きく膨らんでいて…つまりそれは。
「か、会長…!」
「は?」
「いや・・・清美さんッ!!」
「ヒッ!?」
否定したはずの名前を叫び、敏明は清美…いや、清彦に飛びつき、押し倒しにかかる。
「うわっ!?」
咄嗟に逃げようとしたが、腰が引けていたせいで、覆い被される羽目になってしまった。
「清美さん! 自分は、自分は貴方の事が…!」
「落ち着けっ! 敏明く…!」
振り解こうとしたが、男の時でさえ体格差のあった敏明に、女の体では敵う筈もなく。
(お、男に…ましてや敏明君に襲われるなんて、冗談じゃ…!)
それを理解するした途端、清彦の表情が強張り、引き攣った。
「お、おい・・・やめるんだ・・・」
声を震わせながら、敏明に命令する清彦。
けれど聞く耳持たない敏明は、清彦を抱きしめながら起き上がらせ、呼吸を荒げ続けるだけ。
「き、清美さんの匂い・・・いい匂い・・・」
「!! なっ! ばっ・・・!」
校庭で気にしていた事を、耳元で直に囁かれ、清彦の身体はゾクリと震えた。
更に意識させられたせいか、自分自身でも汗に混じる女の匂いを感じ始めていた。
「違っ・・・僕は・・・あっ!」
敏明が、今度は清彦の身体を弄り始めた。服の内側に手を入れ、撫で回す。
「ひぁっ!?」
無骨な手が身体を這うだけで、ビクビクと清彦はその身を捩り、感じていた。
そして当然その手は、迷うことなく胸へと向かい…
「あぁっ・・・! 柔らかい・・・!」
「ちょ、やめっ・・・! んっ・・・!」
胸を揉みしだかれ、プックリと立った乳首を捏ね繰り回わされる。その度、快感が体中を駆け巡る。
(な、何だコレ・・・何なんだ! コレ!)
敏明君が僕を襲っている。それだけでも異常なのに、胸を揉まれる、この感覚。
清彦は休む暇も与えられず身体を弄られ、息を荒げて身体を震わせた。
「ひぅっ!」
「清美さん、清美さん・・・!」
再び全身を弄られる。何処を触られても身体がゾクゾクし、感情が昂る。
すっかり我を忘れた敏明はそのまま、手を下へと伸ばしていく。
「そ、そこは・・・!」
「はぁっ・・・はぁっ・・・!」
必死に抵抗するが、弄りながらもがっちりと両腕で押さえつけられていて、思うように動けない。
「あ・・・あぁ・・・!」
敏明の無骨な手が、ズボンと下着を掻き分け侵入してきた。
下腹部を撫で回され、その奥でその手を待つ子宮が疼く。ダメだ! その一線だけは越えちゃ…!
(じょ、冗談じゃ…!)
仲間だと信じていた人物に、貞操を犯されかねないこの状況。
ジンジンする頭とビクビク反応する身体を理性で持ち直し、最適解を導き出す。
幸い、手は動く…この手を、あそこに…!
「敏…明ィ!!」
抱きつかれてからずっと、腰に押し付けられていたモノ。その下の方。
清彦はそこに手が届く事に気付き、ソレを握り、そして…締めた。
「∩※#$=!!!!」
「ひぐっ!!??」
声にならない声を発し、敏明が股間を押さえて蹲った。
拘束が解け、清彦も前のめりになりながら膝をつく。
勢いよくついたせいでまた脛の痛みが生じたが、それ以上に、身体が疼いていた。
「はぁっ、はぁっ・・・!」
「――――ッ!!」
どうにか一線は越えずに済んだ清彦だったが、身体の火照りは治まらず、それに…
(あ、あの感覚は・・・!)
敏明が蹲る瞬間、差し込まれていた手が股間を擦った。
その刹那、頭の中が一瞬真っ白になった。記憶も少し、飛んでいる。
その劇的な感覚の発生源に手を当てる。それだけで、身体が疼くのを覚え、慌てて手を引いた。
「うぅっ…!」
敏明が呻き声を上げた。その声にビクッと慄く清彦だったが、もう安全だと解ると、溜息をついた。
少しの間を置いて立ち上がり、そしてその足で保健室の戸棚を開け、湿布を取り出す清彦。
保護膜を剥がすと、そのまま敏明に近づき、そして…パシンッ!と、額に貼り付けた。

「…少し、頭を冷やせ、敏明君」

場所は替わり、生徒会室。

清彦に対し土下座をし続ける敏明と、椅子に座りソレを見ようともしない清彦。
あの後、保険医が戻ってきて、事の顛末を聞かれそうになり、
慌てて怪我の事『だけ』説明し、逃げこむように生徒会室へとやってきた。
そこで漸く敏明は事の重大さを認識し、今に至る。
「…本当に……すいませんでした…………!」
「…」
額を床に擦りつけ、精一杯の謝罪を清彦に見せる敏明。
その清彦はというと、例の一件と、清美の件を問いただし…遠い目で窓の外を見つめていた。
「全ては自分の責任です…! 生徒会も辞めます、その上で会長の駒であり続けます…!」
…聞きたい言葉は、そんな事じゃない。
「なんでもします、ですから、今日の事は…! 清美さんには…!」
そうじゃない。
「…会長!」
未だに頭が混乱しているのか、敏明君は全くもって『らしく』なかった。
そんな彼に対し…辟易する清彦。だが完全に彼だけに責があるかといえば、そうでもない。
(…無防備過ぎるにも程があるだろう)
少し考えれば解る事だ。自分は女で、あんな行動は誘っているようにしか思われないと。
けれど体の事を頑なに否定する自分が、その考えすら思い起こさないようにしていたのだろう。
そういった意味では自分にも責任がある。一概に彼を責められやしない。
だが今、清美に対する敏明君の気持ちを聞き、気持ちが揺らいでいた。
(兄として、会長としてこの状況…どう受け止めればいいんだ?)
清美を好きな人間がこんなにも近いところにいて、それが生徒会の仲間で。
更に彼が清美に対しするであろう行動を、身をもって体感してしまった。
…こんな状況、どんな判断を下せばいい? …解る筈もない。
とはいえ、このままこうしている訳にもいかない。席を立ち、敏明君に近づく。
「その、何だ…お互い一時の気の迷いだった事にしようじゃないか…」
「会長…?」
「…ただ! 清美の件に関しては後日改めて話し合おうか」
「うぐッ…」
本来ならこの程度で見過ごすわけにいかない案件だが、今は…不問にしよう。
「兎に角だ、今は僕のこの体について話があるんだ」
「はい…」
僕の言葉にも、未だはっきりとした返事をしない敏明君。
そんな煮え切らない態度に対し、檄を飛ばす。
「しっかりしろ! 君はそんな男だったか!?」
「はッ…す、すいません」
「…取り敢えずまず、立ってくれないか? 君は生徒会の一員だろう?」
「…会長!」
清彦の一言で、敏明はスッと立ち上がり、いつもの様に背筋をピンと伸ばし仁王立ちする。
「やはり、君はそうでないとな」
「…本当に、申し訳御座いませんでした」
腹の底からの謝罪を受け、清彦は笑みを零し、すぐに表情を正した。

「…さて、この後なんだが…」

少し時間を遡る。

「…君達、何をしているのかな?」
清彦が踏ん反り返り、敏明が蹲っている。扉を開けた保険医の目に飛び込んだのは、そんな光景。
当然、突っ込まずにはいられない訳で。
「あら、貴方達生徒会の子じゃない。何? サボり?」
「あ、いえ、これは…」
清彦が説明しようとするが、本来の目的から逸脱したこの状況。説明に困る。
「…敏明君が、怪我をしましてね…」
もう今日は嘘ばかりついている気がする。清彦の心がズキズキ痛んだ。
「あらそう。でもまだダメみたいね…どれどれ、お姉さんが見てア・ゲ・ル♥」
そう言って敏明に指を這わせる保険医。清彦は咄嗟に敏明の手を取り、肩を貸し担ぎ上げた。
「い、いえ! 後は生徒会室で休ませますので、これで!」
「あんっ」
痛む足に敏明の体重は堪えたが、これ以上言及され、この場を悪化させるわけにはいかなかった。
何よりあの保険の女医、色々問題が絶えない人なんだよな…
「…失礼しました!」
保健室の扉を閉め、逃げるように生徒会室へと敏明を担ぎ運ぶ清彦。
「ちぇっ…あの会長ちゃんかわいいけれど、真面目すぎるのよねぇ」
二人が去った後、保険医…若葉は残念そうな顔をしつつ、部屋を見回した。
一応あの二人に限って何か善からぬ事をするとは思えないが、やはりどうにも怪しさが残る。
(そういえば会長ちゃん…何か…)
清彦から醸し出ていた違和感を、若葉は見逃さなかった。
けれどそれが何なのか、いまいちハッキリとせず、再び室内を注視してみると…
「あら、コレ…」
ふとベッドに目線を移すと、見慣れた医療品。それが無造作に置かれていた。
拾ってみると、それは包帯より大きい。どうやらサラシの様だ。
そしてオマケのように、ハラリと落ちる絆創膏が二つ。
あの二人には一見したところ外傷はなく、またサラシを使う様な怪我もしていなかった。
(なら…これは何の為に? それに…)
そのサラシは湿っていて、まるで今まで誰かが身に付けていたような温もりを感じた。
若葉はそれを顔に近づけると…徐にその香りを嗅ぎ始めた。
スン、スンと鼻で情報を得ると、若葉は怪訝な顔をし、首を傾げた。
「…どういうこと?」
その匂いは、あの二人では有り得ない。けれど、あの二人が身に付けていたとしか思えない。
暫く顎に手を当てていた若葉だが、ポン、と手を叩いた。
疑念が確信に変わる。そしてそこから、一つの答えを導き出す。
「へぇ…誰かは知らないけど…面白い事するじゃない♥」

一人合点がいく様な表情で、これから起こりうる出来事を思い浮かべ、ニヤリと笑う若葉であった。

放課後、学校の屋上。

手紙に書かれたとおりに、清彦は屋上へと赴いた。
「やはり君だったか」
屋上には先客…手紙の送り主にして、この異変の元凶を知る者が、佇んでいた。
「や、やあ会長…来てくれましたね」
その人物は、瓶底眼鏡に皺だらけの白衣という格好に、猫背で落ち着きのない様相を呈していた。
「…化学部部長。まずは何故こんな事をしたのか、説明してもらおうか」
そう言い放ち、清彦はその生徒…化学部部長を睨みつけた。
そんな清彦の鋭い視線に怯える部長だったが、なにやらブツブツ呟いた後、その眼をギラつかせた。
「り、理由…? そ、そんなの、解り切っている事じゃないですか…?」
「…」
「あ、あんまりじゃないですか、いきなり廃部だなんて。しょ、職権乱用ですよ、会長」
「…君は自分自身を客観的に見る事が出来ないのか?」
清彦を呼びつけ、脅すつもりであったはずの部長の方が、言い包められてきた。
「あれだけの事をして、退学にならなかっただけでも有難いとは思えないのか?」
「うっ、うるさいっ! アッ、アンタに何が分かる! 僕の高尚な実験の事を…!」
「学校に迷惑を掛けておいて、何が高尚だ」
化学部の…正確には、この部長が起こした事件。それは単純明快な、爆発事件だ。
幸い怪我人は出なかったものの、理科実験室の殆どを吹き飛ばした時点で大問題である。
生徒会は勿論、当然学校側からもこの件で部長は退学する…かのように思えたが、
事件が爆発事故で証拠も全て吹き飛んだ事と、彼自身のこれまでの実績に免じ、
学校側は処罰を謹慎・及び化学部の一時廃部という形で収めるだけに留まった。
この決定に清彦は猛反発をしたが、結局意見は通らずじまい。
その結果に部長は謝罪もせず、あまつさえ生徒会、ひいては清彦に怒りの矛先を向けたのである。
「ふ、ふん! 最後まで鬱陶しい会長への罰だ! 罰!!」
「君という人は…!」
清彦は、理不尽な物言いをする部長に、呆れる以上に怒りを感じたが、拳を握り気持ちを鎮めた。
「…御託はいい。早く元に戻る方法を教えるんだ」
重い口調と共に清彦が一歩前に出る。その迫力に負け、部長がたじろいだ。
「かっ、かっ、会長! イニシアチブがあるのは、こっちだぞ!」
「元より君に主導権なんてない」
更に踏み出す清彦。その気迫に対抗するため、慌てて懐から何かを取り出す部長。
「こっ、こっ、コレがそうだ!」
そう言って取り出したのは、怪しげな色の液体。それが手に収まる程度の小瓶の中で揺らいでいた。
「なら今すぐ渡してもらおうか」
また一歩近づく清彦。部長の元までもう少し、と言う時だった。
「ひっ、ひぃっ! おおお、お願いしますっ!」
部長が『誰か』に向かい声を飛ばした。その一言が発せられた直後、後ろから別の声が聞こえ…
「はーいそこまでー」
「!?」
そして急に後ろから羽交い絞めにされ、清彦は床に叩きつけられた。
「…君達はっ!」
「久っしぶりだなぁ、会長さんよぉ!」
顔を押さえつけられよく見えなかったが、その声には聞き覚えがあった。
腕を拘束されたまま、立ち上がらされるとそこには、制服を着崩した男子生徒がこちらを見ていた。
「キシマ兄弟…!」
自分を組み伏せている、金髪でいかにも不良といった様相の、キシマ弟。
部長の横で不敵な笑みを零しながら、こちらを見定めている、キシマ兄。
二人は素行不良に校外での問題行動、果ては女子の弱みを握っての売春行為…所謂札付きのワルだ。
だが彼らは、この学校の理事の息子でもあり、いつもその権力で難を逃れ続けてきた。
その事が、彼らを益々のさばらせる結果となっていた。勿論、生徒会の天敵である。
そんな二人がこの場にいる事…清彦は、身の危険を感じずにはいられなかった。
「んで会長? こんなトコで何してんだぁ?」
「…君らには関係のない事だっ!」
清彦を拘束しつつ、後ろから囁く弟。振り解こうとするが、やはり今の非力な腕では…
「残念残念、関係なくはないんだな、コレが」
兄が弟に合図する様に手を叩きつつ、こちらに近づいてくる。
そして清彦を舐め回す様に凝視した後、気だるい態度で部長に言った。
「おーい化学部ー、会長さん今、どうなってるんだって?」
その一言に、清彦はゾクリと寒気を感じずにはいられなかった。
「へ、へ、へ…間違いないよ、会長は今…今女になってるよ、女に…」
なんの躊躇いもなく、部長が言い放つ。
「だってよぉ会長! どうなんだ実際はよぉ!」
「…そんな事…!」
彼らの会話はまるで、台本に沿ったやり取り…どうやら僕の反応を楽しもうと演技しているようだ。
ならば二人には既に僕の異変は知られている訳で…
それはつまり、これから彼らがやろうとしていることは…
それだけはマズいと、清彦は意地になって振り解こうと試みる。
「放さないか!」
「放せといわれて放すか、ボケッ!」
やはり幾ら力を込めても、弟の腕力には敵わない。それでも何とか振り解こうと抗っていると…
「おーっと会長、コレなーんだ?」
「あ、あぁっ…」
そう言われそちらを見やると、彼は部長の手元からあの小瓶を奪い取り、こちらに見せ付けていた。
「コレが欲しいんだろう?」
「くっ…!」
わざと小瓶をぞんざいに扱い、不安を駆り立てるが如く手の中で転がしていた。
「…脅しても無駄だ! 君らに屈するくらいなら…!」
「おぉ言うじゃん言うじゃん、流石会長様はうちら凡人とは違うねぇ♪」
手にした小瓶をわざと僕の眼前でぶらつかせ、挑発する。
手を伸ばせばすぐに取れる位置にありながら、僕の手は…動かせなかった。
「まぁどうせそう言うと思ったから、コイツは別の方法で使わせてもらうわ」
「…何を…!?」
「化学部が言うにはコレ、性転換薬なんだってな」
瓶の液体越しに、視線を合わせる兄。
「つまりだ、会長がいらないってんなら…こういう使い方も出来るわけだ」
そういって携帯を取り出し二三度操作して、こちらに画像を見せ付ける。
「!!」
その画像は…着替えをしようと、下着姿で服を手に取る、清美の画像だった。
「会長の大事な妹ちゃん、弟にしてあげようか?」
「なっ!? ふっ…ふざけるな!」
清美の画像を見せられた瞬間、僕の中で一気に怒りが込み上げてきた。
ただそれだけでも逆鱗に触れているのに、その脅しの内容に…流石の僕も、黙ってはいられない。
だが怒りに任せても拘束は解けず、兄に近づく事すら出来ない。
「おーこわ…まぁあれだ、会長が素直になってくれるなら、双葉ちゃんでもいいけど」
「貴様…!」
僕自身は構わないが、他者を人質にとる行為…僕にはそれが許せなかった。
「兄貴、まじかよ、どっちも上玉じゃん! もったいねぇよ!」
その内容を聞き、弟が残念そうな声を上げた。
「馬鹿脅しだ脅し。あぁでも、何時でもヤれるって事は覚えておくんだな、会長」
「ふっ…!」
怒りの余り続く言葉が出ない。そんな僕の様子を他所に、兄は次の行動へと移した。
「んじゃそろそろ、始めるとしますか…解ってると思うけど、言うこと聞きなよ?」
始める…そう言い放ち、兄は小瓶を部長に預け、清彦の正面に立った。
「おい化学部、テメエコレで『違いました』だったらぶっ殺すぞ!」
「ひ、ひぃ!」
弟の念押しの罵声。どうやら部長は、完全に信頼されているという訳ではないようだ。
「まぁ引っぺがしてみれば解るだろ」
顔を寄せ、そして顎を掴む兄。じっくりと観察され、清彦は目を逸らした。
「相変わらず女顔だな会長」
「…五月蝿いっ!」
まるで見透かしているような口調で、こちらの領域に土足で踏み入る兄。
しかし今の僕には、罵倒を浴びせることしかできず、ただ辱めに耐えるのみ。
「さて、それじゃ確かめてみるとするかな」
顔を観察するのをやめると、こちらの服のボタンに手を伸ばす。
片手で一つずつ外していく…と、急に手を止め、振り向いて部長の方を見やった。
「あ、言っとくけどコレで嘘だったらコイツが殺した上で更に殺すかんね」
「ひ、ひぃぃっ!!」
静かな口調で脅し、再びこちらに向き直る。
「さーてご開帳ー♪」
今度は楽しげな口調で、残りのボタンを外していく。
「くっ…!」
歯噛みしながらも清彦は、ただただ耐えるしかなかった。
制服の前が開かれ、中のシャツが晒されると…不自然な皺が二つの膨らみを醸し出していた。
(しまった! サラシ…!)
今更サラシを脱ぎ捨てた事を後悔するも、時既に遅く。
「んー?」
「どうよ兄貴?」
まじまじと胸元を見つめられている。それだけでも、羞恥を感じざるを得ない。
耐え切れず顔を背けた瞬間、兄の手が伸び、そして…ムニッと、鷲掴みにされた。
「ひぁっ!?」
「おっおっおっ?」
突然の事に甲高い声で喘いでしまい、唇をギュッと閉じるが…
その声に味をしめたのか、、更に強く胸を揉みしだき続けられた。
小振りとはいえ撫で回される度、胸から身体へと快感が巡る。
その昂りで次第に乳首が反応し、勃ち始めると、兄はそれを待っていたかのように捏ね繰り回す。
「ひっ・・・! やっ、やめ・・・」
「おいおいおいホントかよ…?」
「どうなんだよ兄貴!?」
「五月蝿い黙って見てろ」
弟に一喝すると、胸を揉むのをやめ更にシャツのボタンを外しにかかる。
「…えぇい面倒だ」
途中まで開けた所で我慢できなくなったのか、首下からシャツと肌着をまとめて引き裂く。
ビリィッという音と共に、破かれた服の下から現れた二つの膨らみを見て、兄は…ニヤリと笑った。
「…へェ、やるじゃん化学部にしては」
「えへっ、へへへっ…どうも」
胸元が開け放たれ、今まで必死に隠してきた乳房を露にされてしまった。
敏明に対して見せ付けた時、それほど気にはならなかったのに、
こんな風に見られると、また別の恥ずかしさが込み上げ、頬を染めていく。
「み、見るな・・・」
「んぁ? どれどれ…?」
胸元を隠そうと腕を動かそうにも、相変わらず羽交い絞めにされた腕は弟に固められ…
その弟が後ろから顔を乗り出し、覗きこんできた。
僕と同じ目線で見られる事に、更に恥ずかしさが増してきたが…
「…ッてめェ化学部! 何だよコレ! こんなんオッパイなんていわねェよ!」
「ひぃっ! そっ、そんなこと言われましても…!」
どうやら、彼の希望にはこの胸はそぐわなかった様で。
その言葉に、何故かピクリと、清彦は怒りを感じていた。
「まぁ別にいいだろ、つか重要なのはそこじゃないだろ」
「じゅ、重要だぜ兄貴!」
場違いな事をいう弟に、肩を竦める兄。
「肝心なのは…ここだろ?」
弟の方を見ながら、その手は…清彦の股間へと伸ばされた。
「んぁっ!?」
「ヘェ…」
伸ばした手を、今度は弄るようにして撫で回し始める。
布地を隔てているのに、触られている感覚が余りにも鮮明に伝わり、身悶えし始める清彦。
「やっ・・・止めろ・・・!」
言う事を聞かないと知りつつも、言わずにはいられなかった。
勿論そんな清彦の言葉を無視する兄。そっと清彦の耳元に顔を近づけ、そして…
「会長、どうだった? 女の『おマ●コ』の感覚はさ?」
わざと強調して囁く。そしてその言葉を聞いた瞬間、清彦の身体がゾクリと震えた。
(なっ・・・なんで・・・!)
「会長だって興味あるよね、ココ」
「そっ・・・そんな事っ・・・!」
口では否定するも、囁かれた言葉が頭の中で木霊のように響き、それを意識させられる。
顔を紅潮させ、息も荒げる清彦の様子を見て、兄が不敵な笑みを零す。
「ハッ! さすが会長様だね! なら俺達が教えてやるよ!」
声高らかに言い捨てて、ベルトに手をかけてきた。
「! ばっ! 何をっ!」
「そりゃあ『ヤる』んだよ! ナニをさっ!」
彼らの言う意味が解らない訳ではない。が、それはつまりこれ以上の事を…!
まだ自由に動く脚で、必死にズボンを脱がさないよう、抵抗し続ける清彦。
だがその抵抗も空しく、ズボンとパンツに手をかけられ、そして…
「そーらよっ!」
「うわぁっ!」
勢いよく脱がされたズボンが、腿を擦りながら脱げていった。
当然その内に隠された茂みが露にされ、そこに男性の象徴が無い事を目の当たりにされる。
「ハッ! マジで女だぜ、会長さんがよ!」
「うおおマジかよッ! マ●コじゃんマ●コ!」
「みぃっ・・・見るなぁっ・・・!」
上半身は肌蹴た制服に破かれたシャツ、下半身は靴下と靴だけという、
あられもない格好に引ん剥かれ、恥ずかしさに打ちひしがれる。
(屈辱だっ…! こんなこと、こんな事って…!)
下唇を噛み、この状況を呪った。夢であって欲しいとも思った。
けれど屋上という風通しの良い場所に晒された下半身が、この現実を知らしめる。
「やるじゃん化学部」
「へっ、へへっ…どうも」
下卑た笑みで、褒められた事を喜ぶ部長。
三人のあざけ笑う声が、僕を攻め立てる。僕の女の身体を、欲望に満ちた目で凝視する。
けれどそれ以上に悔しいのは…僕の意に反しこんな状況でも感じ続ける、この身体。
「んじゃ、始めますかね」

その一言を合図に、僕を見る三つの目が、獣の目のようにぎらついた。

「んっ・・・くっ・・・!」

兄の指が、執拗なまでに僕の『女』を刺激してくる。
手馴れた愛撫は、女性初心者の僕にとってはとても耐えられるものではなく…
始めは声を押し殺していたものの、すぐに我慢が出来なくなり喘ぎ声が漏れ始めだした。
「おーおー可愛い声あげちゃって♪」
「ちがっ・・・んぁっ!」
「強情なのもそそられるけど、そろそろ素直になった方が楽だよ?」
「だっ・・・れが・・・うくっ・・・!」
どんなに虚勢を張っても、身体は敏感に反応し、理性を侵していく。
更にそれを増長するかのように、クチュクチュとイヤらしい音が、耳を刺激する。
(何でっ・・・! 何でこんなにもこの身体はっ・・・!)
僕が男だからか? それとも、元々女性の快感はこんなにも激しいのか?
ほんの些細な体の一部を触られているだけで、何故こんなにも快感が押し寄せるのか?
けれどそんな事を考える必要すらない程に、迸る快楽の波が理性を呑み込んで…そして。
「んあぁあっっ!!」
「はぁーい五度目の潮吹きー♥ そんなに気持ち良かったのか?」
「はぁっ・・・はぁっ・・・」
まただ。兄が時折、不意打ちのように割れ目の先端を弾いたり、摘んだりする。
その度に身体中を快感が駆け巡り、目の前が真っ白になって意識が弾け飛ぶ。
「も・・・もう・・・やめ・・・」
「あ? 何言ってんの、コレからじゃん? 前戯だけで満足すんなよ?」
「うぅっ・・・」
既に羞恥は消え失せ、あるのはただただ痺れるような快感への没頭だけ。
ただそれでも、心の奥底ではこの状況への嫌悪感の方が強かった。
今すぐにでも逃げ出したい、助けを求めたい、そう、何度も考えたが…
(ダメだ…清美が…双葉君が!)
彼らの脅しは、これまで彼らが行ってきた悪事の実績を以って、本気だという事は明白だ。
だから今の僕には…この状況を受け入れ、僕だけが恥辱に耐える他ないのだ。
(だけど…このままじゃ…!)
まさかここまで女性の快感が強烈だとは思ってもみなかった。完全に見誤っていた…
ここまで強烈だと、何時まで僕の理性が耐えられるか解らない。
快楽に溺れそうになる心を、出来る限り落ち着かせようとするが…
「・・・ッ!! ひぎぃっ!!!!」
「おぉキツキツ、やっぱ処女なのか」
「…マジか!」
飽きたのか、それとも頃合いと踏んだのか。兄は指を僕の…穴へ挿入しようとしていた。
だがどんなに濡れていようが、初めて異物が侵入した痛みは…
「痛っ・・・!! やめっ・・・ろぉ・・・!!」
身体が引き裂かれそうな痛みが走り、快感どころではなかった。
「へへへ会長さんよぉ! 指くらいで騒いでちゃ、この後もたないぜ?」
「まぁそれでも、こっちは別に構わないんだけどな」
「ぐっ・・・うぅっ・・・!」
痛みを必死に堪えていると、ピチャリと、脚に雫が垂れた。
どうやら悔しさと痛みで、自分でも気付かない内に涙を流していたようだ。
「ん、こんだけ濡らしゃ十分か」
チュポッと、秘所から指を抜くと、兄が自分のズボンに手をかけ、中を弄り始めた。
「・・・やめっ・・・!」
それが何を意味しているのか…言われなくとも解る。
「ぼ、僕は・・・男、だぞ・・・!」
「は? そんなモンついていて何が男だよ?」
「そういうことじゃ・・・! ぐっ!?」
清彦の口答えに対し、兄は清彦の首根っこを掴み、鋭い目付きで睨みつけた。
「…いい加減、認めろや」
「・・・イヤだっ!」
ギリギリと首を締め上げられながらも、清彦の目は光を保ち続けた。
そんな清彦の気迫に気圧され…るはずも無いが、兄がパッと手が離した。苦しさに咳き込む清彦。
「…まぁいい、ヤればまさに身をもって実感するんだからな」
「ゲホッ! ゲホッ!」
清彦が苦しそうにしようがお構い無しに、ペニスをヴァギナに宛がってきた、が。
「…! お、おい兄貴! 兄貴がすんのかよ!?」
弟が急に割って入り、慌てた様子で兄を止めた。
「なんだ? お前はこんな貧相な女趣味じゃないんだろ?」
「それと処女は別だっつーの! 前も兄貴が…」
「…おい」
「! …わ、わかったよ…クソッ!」
二人にとってはいつものやり取りなのだろう。だが僕にとっては、死刑宣告と同意義だ。
しかしそれよりも僕は、彼らの会話内容に怒りが込み上げ、声を荒げた。
「お前ら・・・! こうやって女子生徒達を・・・!」
「あぁそうだ。で、お前もその内の一人になるんだよ、会長ちゃん♥」
顔は笑ってはいるが、その瞳の奥のどす黒さは、隠せてはいない。
ペニスを擦り付け、焦らす様に前後させて僕を挑発する。
「ほら会長、君と比べてどうだい? あそっか、今は小指程度しかないか、ハハハッ!」
「・・・ッ!」
ギリリと歯噛みして睨みつける。この時点で、身体の昂りより、怒りが勝りはじめてきた。
「それでは、会長様の初めて、頂きますか」
そう言って片足に手をかけ、挿入する体勢をとろうとする。その瞬間、僕は…
「ふざっ…けるなぁっ!!」
余りにも頭に血が上ったのか、気付けばもう片方の脚を振り上げ兄を蹴り飛ばしていた。
異変に気付き後退するも、清彦の蹴りは兄を掠め、ふらつかせるに至り。
「うおっ!?」
そしてその勢いと両足を上げた事で体重を支えきれなくなったのか、弟がバランスを崩し倒れた。
掴まれていた腕が自由になり、ここぞとばかりに清彦は…形振り構わず兄目掛け突進した。
「このぉ…!」
このまま怯んだ兄を更に押し倒し、その足で部長へ詰め寄ろうと計画した、が…
「…フンッ!」
「ぐふっ…!?」
少し後ずさりした兄が、切り返す様に拳を清彦の腹目掛け打ち込んだ。
突進の勢いもあって、鳩尾深くにその拳が突き刺さり、その場に崩れ落ちていく清彦。
「…まだ解ってないようだな」
「かはっ…」
兄が重い口調と共に僕の前に立ちはだかる。だがその顔を見上げる事すら出来なかった。
息が出来ない。胸が苦しい。強烈な一撃は、性別関係なく重く強く…痛く。
「もういい、徐々に堕ちてく様を見たかったが、もういい…化学部、アレよこせ」
「えっ、はっ、あっ…あ、は、はい」
そう言われた部長が取り出したのは…清彦が必要としている物とは違う薬だった。
それを手渡されると、清彦の髪を掴み、強制的に上を向かされる。
「…コレ、媚薬。てめぇはこれからヨガり狂う雌犬になれや」
蓋を開け、こちらの口に無理矢理液体を流し込む。
抵抗したくても、肺に酸素を取り込もうとするついでに、全てが注がれていった。

「さ、犬。泣いて尻尾でも振ってみな」

数時間後… ?

「・・・あ・・・う・・・あ・・・」
実際には数分後。けれど清彦には、時間という感覚が抜け落ちたが如く、何倍にも長く感じられた。
それどころか、全身から絶え間なく湧き出る快感以外、何も感じられなかった。
身体を小刻みに震わせ、瞳孔は開き、涎は垂れ、そして…股間からは、大量の愛液が溢れ。
そこに生徒会長・清彦の姿はなく、一人の快楽に溺れた女がいるだけ。
そして、その姿をニヤニヤと下品な笑みをしながら監視する男が三人。
「生徒会長が聞いて呆れらぁ! なんだそのツラぁ!」
「…フ、フフ…」
「屋上にマーキングか、まさに犬だな」
清彦を取り囲み、三者三様に凝視し、罵り、蔑んだ。
けれどその声も、目線も…今の清彦にはそれに嫌悪する余裕すら無く。
「うぁ・・・あ・・・ぁ・・・!」
(かっ・・・身体・・・疼いて・・・動け・・・)
ほんの少し残った理性も、既に崩壊寸前で。そのくらい、身体が発情している。
(こんな・・・こんなの・・・こんなのって・・・)
身体の震えを抑えようと、両腕で自分を抱くが…
「ひぁあっ!?」
それすら、快感にとなり。もう後は蹲って薬が抜けるのを待つ他無かった。
そんな清彦の様子を見て、弟が訝しげな顔をして、兄に詰め寄る。
「おいおい兄貴、コレはコレでいいけどよ…壊れてねぇか、コイツ?」
「…どうだろうな」
「はぁっ!? それじゃつまんねぇよ!」
「化学部に聞け」
「オイッ! どうすんだコレッ!?」
「ヒィッ!!」
やりすぎたとは思えど、彼らに悪びれる様子は微塵もなかった。
寧ろ、このまま清彦が『使い物』にならなくなる事の方を心配していた。
「どうなんだよオイッ!」
「…ッ! こっこっこっこの僕の薬は…! 完璧…! 完璧に違いないんだ…!」
「だってさ」
「あぁっ!? これの何処が完璧だっ!!」
「そ、そ、そ…!」
自分の成果に関しては強気な部長。何時に無く反論するも、それを無視し兄は清彦に近づき…
しゃがみこむと、清彦の髪を掴み顔を持ち上げて、冷たく言い放った。。
「オイ犬。どうして欲しい?」
「あ・・・くっ・・・」
「あーそうか犬は喋らんな。オイ淫乱女、コイツが欲しいか?」
そう告げて立ち上がり、清彦に自分のペニスを見せ付けた。
「い・・・」
「あー?」
「いら・・・な・・・」
「そうかそうか、そんなに欲しいか…卑しい雌犬が」
どんなに否定し、抵抗しようとしても、清彦の身体は男の臭いに対し過敏に反応した。
目の前でちらつかされるモノから、目が離せない。欲しくて、堪らない。
(なっ・・・んで・・・!)
こんな…最低な奴のチ●コなのに…! それでも今は…この太いのを…ココに…!!
我慢しきれず、必死に押し留めていた手が、遂に股間へと伸びていく。
既に内腿は濡れほそぼり、垂れ落ちた愛液がタイルの床を存分に濡らしていた。
そこに清彦自身の意思があったかないかは兎も角、自らの手で慰めようとした、その時。
「おおーっとストップ、自分でやりたきゃ後で好きなようにやりな」
「うぅっ・・・!」
伸ばした手を掴まれ、寸での所で止められ、清彦は『出来ない』事に顔を歪ませた。
「てめぇだけ気持ち良くなろうなんざ、許さねぇよ!」
こちらも我慢しきれなくなったのか、今度は弟が同じ様に清彦の前に立ちはだかる。
既に弟の方もペニスをいきり勃たせ、清彦を犯す準備は万端だった。
「オラしゃぶれ、歯ぁ立てんなよ?」
弟のモノを顔に押し付けられ、再び清彦の身体はその臭いに惑わされる。
「口開けよ…欲しいんだろ? なら思う存分むしゃぶりつけよ」
勿論男のモノを口にするなんて、清彦にとっては屈辱でしかない。
けれど今、女となった身体は…ソレを欲していた。
見続けていると、自分のモノを思い出し、その感触や、そしてその気持ちよさも思い出され…
身体は女なのに、男の快感が頭の中で渦巻き、その倒錯的な状況が、清彦を侵していく。
ゴクリと、唾を飲み込む。それを引き金として、清彦の理性が音をたてて崩れた。
(薬だ・・・薬のせい・・・だ・・・)
言い訳のように心の中で自分に言い聞かせる。その時点でおかしい事に、もう清彦は気付かない。
「う・・・」
じっくりと見つめながら、ゆっくりと、口をペニスに近づける。
身体は欲し、心は拒み…そんな葛藤で、なかなか踏ん切りがつかない清彦。
だがそんな事を気に掛けるわけがなく…弟が焦らされて待てる筈がなかった。
「…オラッ!」
「ぐぷっ!?」
中々咥えようとしない事に苛立ち、口が開いたのを見るや否や、無理矢理ペニスを捻じ込んだ。
「ハハッ! 会長が俺のチンコしゃぶってらぁ! 笑えるぜっ!」
「むぐぅっ・・・!」
口一杯に広がる男の臭いが、鼻腔をくすぐる。ペニスのしょっぱさが、舌につく。
(うぅ・・・気持ち・・・悪い・・・のに・・・!)
「オラ、舌使えよ…!」
「うぐっ・・・!」
自分は男なのに、男のモノを咥えるなんて…!
清彦の頭を掴んだまま、清彦の口にペニスを出し入れする。
本当に歯を立てて、噛み切る事も出来たのに、清彦はそれをしなかった。
熱く滾った肉の棒が、欲しくてしょうがない。上でも下でもいいから、吐き出させたい。
そんな信じられないような気持ちが、清彦を行為に至らせていた。
初めは強要されていた筈なのに、いつの間にか清彦自ら弟のペニスにむしゃぶりついていた。
「うっ・・・うめぇじゃねぇか、ハッ! 男の時も敏明のでもしゃぶってたか!?」
敏明の名が出た瞬間、清彦の動きが止まる。けれどすぐにまた再開する。
一心不乱に、弟のペニスをフェラする清彦。そんな清彦の顔は…虚ろな表情だった。
「っつか・・・やべ、マジで出そうだ・・・!」
清彦自身も知らぬ間に、ツボをついた絶妙な舌の動きで、ペニスを刺激していた。
(あぁそうか・・・僕も、僕にも・・・)
勝手を知っているからこそ、そのツボを的確につくことが出来、そして…
「うっ、出る・・・!」
予想外の気持ちよさに、弟は堪らず清彦の口内へと精液をぶちまけた。
ブピュピュッという音が口の中で響くと、途端に精液の臭いが口内に満たされていく。
その余りの量に鼻へと逆流しそうになり、慌てて頭を離す清彦。
「うぅっ・・・うぇぇ・・・」
「おーやべぇやべぇ・・・」
気付けば自ら進んで行為に及んでいたのに、事を終えると清彦は後悔と恥辱にうちひしがれた。
(なんて・・・事を・・・僕は・・・!)
どんなに後悔しても、精液とその臭いが、今の行為を思い出させ、思い知らせる。
口に手を当てると、粘り気のある白い液体が糸を引き、手についた。
それを見た瞬間、まどろみの中にあった意識が一気に覚醒し、清彦を震わせた。
「あぁあ・・・うわあぁあっ・・・!!」
今すぐ口の中を濯ぎたい、この臭いを、消し去りたい。清彦は指を喉の奥に入れようとするが…
「ぐっ・・・!?」
だがそんな暇すら与えられず、再び首根っこを掴まれる。
「いいぜそのツラ…やっぱテメーは女であるべきなんだよ!」
「うぐぐっ・・・」
その一言に、否定できない自分がいた。
既に疼きっぱなしの子宮が、男を求めて蠢いている。
口だけじゃ物足りない。ちゃんとあるべき場所へ、挿入れて欲しい…
口の中にぶちまけられたモノを、今度はこっちに注いで欲しい…
その抗えがたい本能が、清彦の心を赤く染めていく。
(あぁ・・・)

また一滴の涙。その涙からは、切なさと諦めの味がした。

「さーて、そろそろ頂くとしますか!」

ヘラヘラと、軽い気持ちで女性の貞操を奪いにかかる弟。
清彦にしてみれば処女喪失より、男に犯される事に嫌悪を感じるが、既に抗う術もなく。
「オラ股開けや、俺のビッグマグナムでイかせてやんよ!」
慣れた手つきで清彦を押し倒し、片膝を持ち上げ、清彦の秘所にペニスを宛がう。
「キヒヒッ…会長はどんな声で喘いでくれるんだろうなぁ!?」
「うぅっ・・・!」
男なのに、男に犯されようとしている。けれど女の身体は、ソレを拒もうともせず…
下腹部に押し当てられたペニスがグッと、清彦にジリジリと侵入してくる。
「・・・ッ!!」
「おぉ処女マ●コ…! いっただきま… ぐぇっ!?」
清彦の閉じた膣口が広げられようとした瞬間、弟の体が後ろへと引っ張られた。
「んだよっ…!? あ、兄貴!!」
襟首を掴まれ、怒りを露にする弟だったが。振り向いた先にいたのは…冷徹な目をした、兄だった。
「何勝手な事してんだ?」
「い、いやコレは…」
あれだけ強気だった弟の顔がみるみる内に青ざめ、いきり立っていたペニスも縮こまってしまった。
「お前はいつも通りの役目をしろ」
「えぇっ!?」
「…おい」
「うぐっ…わ、わかったよ、ヤリャあいいんだろヤリャあ!!」
兄の気迫に押し負け、渋々立ち上がって清彦の後ろに回り込み、再び身体を持ち上げた。
「・・・ッ!? やっ・・・!!」
…今度は、清彦の腿裏に両手を通して。
両脚で体を持ち上げられれば、必然的に清彦は大股開きの体勢をとらざるを得ず。
当然そんな体勢になれば、股間は否が応にも晒され、隠れた割れ目も丸見えになる。
「やめっ・・・こんな格好・・・!」
手で秘所を隠そうとするが、勿論兄の手がそれを許すはずもなく…
その様子を見て、弟が後ろから脅すような声色で囁く。
「…兄貴に逆らったら、このまま校庭に放り出されるぜ?」
「!!」
その一言に、清彦は目を見開いた。
そうだ、快感と薬に惑わされ、すっかり失念していたが…ここは…学校なんだ…
皆が集う場所で、僕は…僕はなんて格好で…しかも、何て事を…
けれどそんな背徳的な状況が、益々興奮を駆り立て、清彦は股間を更に濡らす。
「お願いだぁっ・・・! もう・・・降ろして・・・!」
いよいよもって辱めに耐えられなくなり、涙目で懇願する清彦。
「随分素直になってきたじゃねぇか! …けどな、もう遅ぇよ」
「そ・・・んな・・・」
「ま、諦めな」
下の方から声がした。見れば、兄がいつの間にか清彦の股間をまじまじと見つめていた。
「やめろぉっ! 見るなぁぁっ!!」
ただでさえこんな恥辱に塗れているのに、こんな距離で凝視されたら…
自分の全てを見透かされたような気がして、顔が紅潮し、身悶えする。
「おーピンクピンク。まっ、その内汚ぇ色になるがな」
勿論兄がやめるはずもなく、清彦の股間を指で弄りながら鬼畜な宣告をする。
クチュクチュと音をたてる股間からは、もう先程のような激痛は感じない。
寧ろその指を咥え込もうと、指がなぞられる度に清彦のヴァギナはヒクついていた。
「さて、と…」
指を離して立ち上がると、兄がペニスを宛がう。
「あ・・・あ・・・あ・・・!」
その感触に、恐怖と期待が入り混じり、清彦は身震いして首を振る。
「やっ・・・!」
清彦が言うより先に、兄は腰を突き上げ、弟は腰を落として、清彦の身体を落とした。
衝撃が、清彦の身体を突き抜ける。ミリィッという音と共に、ペニスが突き刺さり…。
「!!?!? っつ・・・あぁあぁぁーーーっっ!!」
突き上げられた瞬間、何もかもが壊れる音がした。身体も…心も。
「っく、キツキツ・・・にしてもいい声で鳴くじゃないか・・・そら、もっと…喘げよ!」
「んあぁあぁっっ! くっ・・・あっ・・・ふぁぁあんっ!!」
ただでさえ初めての性行為だというのに、こんな強引で、一方的な内容…
ソレは清彦にとってはあまりに酷で、けれど刺激的なセックスだった。
薬のせいなのか、飢えた身体は先程とうってかわって、痛みより快感を清彦にもたらした。
「ふっ・・・くっ・・・ふぁ、んあぁっ!!」
ペニスが中で蠢く度、頭に衝撃が走り、目の前が真っ白になる。
男とは比べ物にならない快感が、清彦の心も身体をも犯し、快楽に溺れさせていく。
「んんっ・・・くっ・・・こっ・・・あぁんっ!」
「まだまだイくなよ・・・これからだぜ?」
兄の言葉に答える余裕もなく、清彦は喘ぎ狂い、快感に身を委ね続ける。
初めは抵抗のあった膣内も、直ぐにペニスを受け入れるようになり、奥へ奥へと呑み込み…
「・・・っ!? ふっ・・・!!」
「おっ・・・会長の『オンナノコ』見っけ♪」
目一杯突き上げられたペニスが、膣の最奥で悶える子宮口を叩いた。
その瞬間体中が震え、直後全身を駆け巡る刺激が、心をも震わせた。
「うぁっ・・・あぁっ・・・くぁあっ・・・!」
「なんだ? もうイっちまったのか?」
ペニスを挿入されながら、股間から潮を吹き愛液を撒き散らした。
「はっ・・・かはっ・・・もっ・・・やめっ・・・」
男とは比べ物にならない感覚に、清彦は呼吸もままならなくなる。
「・・・オラっ! まだ早ぇんだよ!」
「ひぎィッ!?」
だがその余韻をに浸る暇も与えず、再び兄が清彦を犯しにかかった。
間髪入れず犯されようとも、なおこの身体はそれを求め、発情する。
「喜べ会長! てめぇのは俺を満足させる名器だぜ!」
「んあぁっ!」
清彦にとっては不名誉な一言を告げ、兄は動きを早め、更に強烈に突き上げる。
「んっ、くふっ、ふぁっ、んんんっ・・・!!」
「イイぞまだまだイけるじゃないか!」
イッたばかりだというのに、もう清彦の女の身体は絶頂へと達しようとしていた。
ジュポジュポと、すっかり濡れほそぼった互いの性器が、いやらしく絡み合う。
ペニスを呑み込む清彦の膣が、その肉襞をうねらせ更に奥へと誘う。
その感触に、セックス慣れした兄も夢中になって清彦の肉壷を貪った。
「くっ・・・出すぞ・・・!」
「あっ・・・あぁっ・・・! あぁぁっーーーっっっっ!!!!」
強気な兄もその快感に身を震わせ、膣内でペニスが脈打ち、精液を清彦の子宮へと注ぎ込んだ。
精液と、絶頂へと至り火照り切った身体が、腹の奥底を熱くする。
ビュクビュクと、ありったけの精子が中に出され、溢れた精液がペニスを伝い垂れていく。
「あっ・・・ああっ・・・」
「くっ・・・油断してるとマジで喰われるそうだ」
ペニスが引き抜かれると、注がれた精液がドロリと膣から溢れ出た。
そんな清彦の秘所は、本人の意向を無視し、もっともっとと欲しがるようにヒクつく。
大股開きのままだと、そんな些細な動きも、はっきりと見て取れる。
「物足りないようだな…なら、存分に犯してやるよ」
清彦の姿を見て、出したばかりだというのに兄の興奮は冷めやらなかった。
言葉通り、再び清彦にペニスを突きたてようと、前に出るが…
「あっ、兄貴! 俺も…!」
「あぁ?」
「頼むよ、もう我慢できねぇよ!!」
一部始終をずっとお預け状態で見せ付けられていた弟が、割って入る。
情けない顔で懇願する弟に、蔑んだ目線を送る兄、だったが…
「…チッ、まぁいいか…」
「よっしゃ!」
了承を得るや否やすぐに清彦を床に降ろす弟。
拘束が解かれ一応の自由を得た清彦だったが、絶頂の余韻で、立つこともままならず。
ぐったりとして、愛液と精液に汚れた床を虚ろな目で見ることしか出来なかった。
「オラ腰上げろ! 今度は俺のでイかせてやるよ!」
「・・・」
休む事すら許されず。今度は腰を持ち上げられ、四つん這いの体勢をとらされた。
「ウヒャッ、エロいエロい…! こりゃもう生徒会長じゃなくてただの雌豚だな!」
罵られても、もう言葉も出ない。宛がわれたペニスを、受け入れるだけの、ただの器。
「・・・ッ! んああっ!!」
「ッくぅーっ! 絡み付いてきやがる!」
今度は弟のペニスが突きたてられた。ソレも、すんなりと呑み込んでいき…
「はぁっ、うぅんっ・・・ふぁっ!」
「ヤッベマジヤッベ・・・コイツホントに男だったのかよ!?」
容赦無くペニスで膣内を掻き乱され、ヨガり狂わせられると、清彦はまた喘ぎ出した。
もう引き裂かれるような痛みは一切無く、寧ろ自ら腰を振り快楽を貪り始めていた。
「んだぁ? もう堕ちたのかよ? ハハッ! 結局会長様もセックスにゃ敵わねぇか!」
「くっ・・・うぅっ・・・!」
反論できない。反論しようとしない。何故ならそれが…事実、なのだから。
「きゃふっ!?」
「貧乳もこうしてりゃそれなりだな!」
悔しさに顔を歪めるも、新たな快感に、清彦は喘ぎ声を上げてだらしなく口を開いた。
弟が腰に当てていた手を、清彦の胸へと移し、揉みしだいていた。
重力に引かれ、その存在を余す所無く突き出した乳房が、別の快感を迸らせる。
「乳首もこんなに立たせてよぉ! 紛れもなく変態だなオイ!」
「んくぅっ・・・!」
ペニスで貫かれるよりマイルドとはいえ、その刺激も清彦にとっては新鮮な感覚。
胸を揉まれると、子宮が疼く。乳首を弄られると、更に疼く。
すっかり女の快楽に溺れた清彦は、犯されるのを黙って…いや、喘ぎながら受け入れた。
が、遂にはソレすら許されず…
「むぐぅっ・・・!?」
「ほら、お前の好きなチ●コだぞ、好きなだけ味わえよ」
手持ち無沙汰にしていた兄が、清彦の口にペニスを突っ込んだ。
勿論兄のペニスは先程の行為で、精液と共に清彦自身の愛液も絡みついていた。
それらを、まとめて口内に押し入れられる。熱い粘液が、口の中に広がる。
「ンググッ・・・!」
「そら、今度は俺のを喉の奥に注いでやるよ」
未だに弟の精液の臭いと味が残る口に、兄の精液が注がれた子宮。そして次はその逆を…
既に清彦の身体には清彦の男性分はなく、あるのはキシマ兄弟の男臭さだけ。
(・・・あぁ・・・)
前と後ろを突かれながら、清彦は心の中で涙した。

本来の涙は、もう枯れ果てた。

「オラッ、出すぞ・・・!」「こっちもちゃんと呑みこめよ・・・!」

キシマ兄弟に犯され続け、ドピュドピュッと、口と子宮に精液が注がれた。
もう何回浴びせられたか解らない…臭いも味も、最早気にならない程に。
更に快感すらも麻痺し、あるのは空しさだけ。それでも尚、キシマ兄弟は清彦を攻め立てた。
「くぅーっ、やっべぇなコイツのエロボディはよ!」
「随分搾られたな…」
二人が同時に手とペニスを離したため、清彦はその場にドサリと崩れ落ちた。
「こんだけ犯しゃあ、もう元には戻りたくは無いだろうよ!」
倒れた清彦を嘲笑い、弟が吐きつけるように言い放つ。
「ま、どのみちこっちの手の内に薬がある限り…お前は一生俺達の奴隷だがな」
一方兄は淡々とした口調で、しかし弟以上に見下して清彦に言葉を投げた。
(・・・)
二人の言葉を聞いているかすら怪しいほどに、清彦は微動だにせず…
ただただ二人の精液と、自分の愛液の臭いが混じった空気の中、呼吸するだけ。
「完全に壊れたか? ん?」
兄が近寄って清彦を足蹴にする。横たわっていた清彦が、仰向けになる。
力無い清彦の身体は、その反動と脚の勢いで、自然と股を開く体勢になった。
「ウハハッ! コイツ気絶しながら誘ってやんの! 筋金入りだなコリャ!」
その姿を見て笑う弟。兄も失笑するかのように、鼻で笑う。
…そんな、清彦の痴態を見て笑うより寧ろ、興奮する者が一人。
(お、おおお、おお・・・)
化学部部長だった。弟以上のお預けをくらい、既にペニスは痛い程いきり勃っていた。
しかしキシマ兄弟の邪魔をする勇気はこれっぽっちも持ち合わせておらず、遠巻きに見つめるだけ。
その上実は清彦が犯され続けている間も、二人の体で肝心の部分はまるで見えずじまい。
それが今、漸く視界に…しかも行為の後でヒクつき、拡がった状態の…清彦の秘所。
(こっこっこっこれが・・・本物のマッ、マママッ・・・!!)
初めて目にした生の女性器に、部長は釘付けになる。
…部長に女性経験があるはずも無く、ましてや近寄る女性もおらず。
ネットで集めた画像や動画でしか見たことのないモノが、今肉眼で…といっても、眼鏡越しだが。
(も、も、もっとよく見たい・・・!)
男として当然の欲求。兄弟に頼んでヤらせて貰う事なんて到底出来ないが、見るだけなら…!
考えるより先に、足は動いていた。本能に突き動かされていた。
「はっ、はっ、はっ・・・」
過呼吸気味な息継ぎに、ぎこちない足音。その異常に兄弟が気付かない筈も無く。
「あ? んだよ?」
弟が気付くやいなや、部長を睨みつけて威圧した。
その声で漸く我に返った部長だったが、見れば自分では信じられない位、二人の傍まで来ていた。
ハッとした表情の後、見る間に顔が青ざめる。そこは既に弟の拳が届く距離。
「ひ、ひぃぃ! ここここれはっ・・・!!」
腰を抜かしながら慌てて後ずさり、縮こまる。
(ヤバイヤバイヤバイ殺される殺される殺される…!)
恐怖に身を震わせながらも、目を閉じると脳裏に焼きついた清彦の秘所が鮮明に浮ぶ。
そんな部長の勝手な行動に弟が立ち上がるも、それを兄が制し、代わりに近づいていった。
「そういやお前がいたな…なんだ? 自分の成果が気になるか?」
「はっはっはっ、はいぃ!」
過剰なほどに謙って頭を下げる部長。それはもう、まるでオモチャの水飲み鳥よろしく。
その様子に一瞬目を細めた兄だったが、直ぐにフッと笑い飛ばし、部長の肩に手を置いて…
「好きなだけ見るがいいさ、なかなか面白いもの作ったな、お前にしては」
「はっ…!? ははーっ!! アッ、アリガトウゴザイマス!!」
まさかの褒め言葉。土下座までしだした部長。
「…チッ、いい気になるなよ?」
「はっ、はい、心得ておりますです、はい…」
弟も渋々ながら、兄同様この結果には概ね満足しているようだ。
(こっ、この分なら豊胸薬を作ればもっと信頼を得られるかな…!)
そんな事を、褒められ調子付いた部長が、心の中で呟いていると…
「何ならお前もヤるか?」
「えっ?」
更に驚く部長。兄から出た信じられない言葉に、目を丸くする。
「ちょ、兄貴! コイツにそこまでの義理…」
「なに、今までの安い借りを返すだけだ。別に損する訳でなし。だが勿論…解ってるよな?」
「も、も、勿論ですとも!」
驚いた顔が戻らないまま、部長は受け答えした。
漸く頭の中で整理がつくと、期待に頬が緩みだらしない顔で清彦の方を見た。
「あー…一寸休む、それまで好きにしろ」
「ア、アリガトウゴザイマス!!」
「…チッ!」
そういって兄はタバコを取り出し、その場を離れる。弟も後を追い、タバコを貰い受けた。
残された部長は、清彦の下に駆け寄ると眼下に倒れる女の肢体を凝視し、頭の中に焼き付けていく。
(や、や、やった・・・! ココココレで僕も童貞卒業だ・・・!)
最早我慢なんて出来るはずもなく、部長はズボンに手をかける。
「えへっ、えへへっ、えへへへへっ・・・」
下卑た笑いで清彦を見つめる。精液に塗れたその姿にそそられ、更に興奮する。
「ま、待ってろ今僕のも注いでやるから・・・!」
二人を真似るように、何時になく強気な口調で清彦に下衆な一言を投げた部長、だったが…

「…こと…わる…」

「へッ…?」

か細い声。しかし確かにそれは聞こえた。そしてその声は…目の前に横たわる、女の声だった。
(そそ、そんな馬鹿な…!)
あれだけ輪姦されて、なお正気を保っているはずが…
まさかと思い、恐る恐る顔を近づけ清彦の顔を覗き込む部長。
が、聞こえるのは僅かな呼吸音だけ…指で突付くも、反応せず。
「な、なんだ…」
ただの寝言だ、そう勝手に決めつけ顔を引こうとした、次の瞬間。
「!! ひ、ひぃぃっーー!?」
「!?」「な、何だオイ!?」
微動だにしなかった清彦が、バネの様に飛び起きて、部長に飛び掛った。
勿論その身を隠す服は、前を肌蹴た制服だけ。下半身からは未だ精液が垂れて腿を伝っていても。
それすら気にせず、清彦は部長を押し倒して組み伏せていく。そしてその手を、懐に伸ばす。
「…これかっ!」
「なななっ…なんでっ!?」
先程まで死人のように横たわっていた清彦が、正に生き返ったかの如く動く様に、部長は動揺した。
清彦は、それを待っていた。この中で尤も対処すべき相手…部長が近づき、隙を見せるのを。
思ったとおり、キシマ兄弟二人に比べ、部長の腕力は弱く今の清彦でも簡単に組み伏せられた。
後はこのまま、薬と共に逃げ出せばいい。兎に角今は、この場を脱するのが先決だ。
部長を盾にする様にして、兄弟を睨みつけながらジリジリと後退する清彦。
「てめぇっ…! 全部『フリ』だったのかよ!」
弟が火を点けたばかりのタバコを叩きつけ、怒りに任せて踏み潰した。
そして逃げようとする清彦に詰め寄る。
「…近づくなっ!」
威嚇する清彦。弟の方はその気迫に気圧され、一瞬たじろいだが…
「…人質でもとったつもりか? 生憎だがソイツにそんな価値はないぞ?」
兄の方は、タバコを吹かしながら冷静な口調で言い放った。
「そそそっ、そんな…」
どうやら部長自身は、本気で彼らに信じられていると思っていたらしい。
その言葉を突き付けられた瞬間、部長の腕から力が抜けていった。
「それに…」
タバコを踏み消し、兄が向かった先は…清彦の方へではなく、少し離れた場所。
そこに無造作に置かれた何かを地面から拾い上げ、清彦に見せ付けてきた。
「その格好で校内に逃げる気か?」
それは、脱がされ放り捨てられていた、清彦のズボンと下着だった。
「…」
息を荒げながら、鋭い眼差しでズボンを…いや、兄を睨みつける清彦。
実際こんなほぼ裸、そして精液塗れの格好で校内へと逃げ込めば、大事になるだろう。
それが生徒会長…いや、『見知らぬ女子』とあっては、事件にすら発展しかねない。
退路を絶たれた清彦だが、表情を変えず、依然として兄を見据えたまま後退し続けた。
「…ま、どの道お前はこれからも俺達のオモチャであり続けるんだよ…解って、いるよな?」
ニヤリと笑う兄。清彦に手詰まりであるような印象を植え付け、精神的に揺さぶりをかける。
「さて、どうする? 恥辱に塗れた人生を送るか? それか、また俺達に奉仕するか、だ」
ズボンを遠くへ投げ捨てながら、兄は言い、近寄る。その目をギラつかせながら。
今度は兄の威圧感に、清彦の後ずさる歩みが速まる。力では敵わない以上、逃げるしかないが…
「…くっ…」
最悪の選択を迫られる内に、ジリジリと距離を詰められ、遂に扉へと追いやられた。
「へッへッへッ…諦めるんだな」
弟が拳をバキバキと鳴らしながら近づいてきた。既に逃げ場はなく、あるのは扉への道だけ…だが。
「逃げたきゃ逃げろよ。ほら、どうした?
…それとも、この期に及んで会長様は恥じらいでも感じてんのかよ?」
露骨な挑発に、清彦は歯をギリリと噛みしめ拳を握る。
「いだだだだっ!!」
部長が悲鳴を上げる。だがその悲鳴が、清彦の心情を兄弟に知らしめる事となってしまった。
髪を掻き揚げ、真っ直ぐに清彦を見詰め兄が言い放つ。
「お前の負けだ、会長」
兄の宣言。それは間違いなく、清彦の耳と心に届いた。
だがそんな危機的状況で、清彦は…不敵に笑った。
「!? てめぇ! 何がおかしい!?」
一瞬の表情を見逃さず、弟が声を荒げ拳を振り上げた、その刹那。
「…頼んだ!」

そう清彦が叫び、手を振り上げると…黒い影が、頭上から弟目掛け落ちてきた。

「グエッ!?」

「!?」
突如として現れた影に、弟は目を丸くし、兄は直ぐに後ずさった。
「てっ…てめぇ敏明!」
「フン!」
「うぉっ…!?」
影の正体は、敏明だった。塔屋に身を潜め、ずっと清彦の合図を待っていたのだ。
飛び降りるや否や敏明は、弟の胸倉を掴みながら足を払い、華麗な大外刈りを決めた。
「ガハッ…!」
受身を取る暇なく屋上タイルに叩きつけられ、流石の弟も苦痛に顔を歪ませ…
その強烈な衝撃は、弟を失神させるのに十分な威力で、首をガクリと倒し弟は気絶した。
それを確認した敏明は、懐から縄を取り出し、弟に素早く巻いていく。
「終わりました」
「ありがとう、敏明君」
「! い、いえ…!」
何時もどおりの受け答えに、敏明は同じ様に受け答えしたが…
その清彦に目を向けた敏明が、慌てて目を逸らした。
清彦は一瞬気付かなかったが、ハッとして直ぐに部長を引き寄せて…その裸体を隠した。
「…す、すまない」
思惑通りに事が運んだせいか、恥らう素振りもせず敏明と接していた事に、今更気付く清彦。
顔を赤らめ、敏明の方を見ていた清彦だが、その奥の人影の悔しそうな顔は、見逃さなかった。
出来る限り体を隠すようにして、一呼吸おいてから清彦は再び兄を睨みつけた。
「…さて、形勢逆転のようだが?」
敏明も兄の前に対峙し、弟同様組み伏せる体勢をとった。
「…フッ、流石は会長様だな」
だがそんな不利な立場になろうとも、不敵な笑みで返答する兄。敏明はその様子を見てにじり寄る。
「おお怖い怖い、流石に敏明の馬鹿力には敵わんからな」
両手を前に突き出し横に振り、拒絶の合図を出す兄。
だがそれは明らかに挑発だ。まともに取り合おうとする気配すら感じられない。
その予感通り、その手をピタッと止め、人差し指だけ立てて『チッチッチッ』と舌を鳴らし…
「…まぁ、予想はしてたからな…」
鋭い眼光を放ちつつ、ニヤリと笑う兄。そして空いた手を、自分のポケットに伸ばす。
懐から取り出し、わざとらしく掲げ上げる兄。
「はーい残念、本物はコ・レ♪」
「!」
そう言って見せ付けてきたのは、先程とは別の小瓶。それには無色透明な液体が詰まっていた。
「どうせてめぇは一筋縄でいかない奴だからな、これ位の保険はかけておかないとな」
「このっ…寄こせっ…!」
盛られた薬に未だ囚われているのか、清彦は今まで見せた事のない形相と声を兄にぶつけていた。
「欲しいか…? ならお前らが引けよ、でないと…」
小瓶を摘む様にして持ち、今にも地面へ落ちそうな様子を見せ付け、危機感を煽った。
「…脅す気か?」
「いいや、命令だ。何せお前は俺達の犬、なんだからな」
「貴様っ…!」
我を忘れ食って掛かりそうになる清彦を、敏明が気付き制止する。
「ダメですっ! 今手を出したら全て水の泡に…!」
「そうそう、いいぞ敏明…清彦が犬なら、お前はリードだ」
安い挑発に敏明は眉を顰めるだけだったが、清彦の怒りは更に増していった。
「会長、ここは一旦…!」
「そういう訳だ、解ったなら言う事を聞け、雌犬」
「…ぐっ…!」
拳を震わせ、清彦は怒りに打ち震えた。
こんなにも冷静さを欠いた頭であっても、兄の自信の根源を知っている以上、動けずにいた。
(…清美…!)
告げられた脅しが、脳裏に響く。あの忌々しい薬を、清美や双葉に使うという、許されざる行為。
恐らく今の挑発行為自体は、最後の手段…若しくは、あれが最後の一本ではない上での行動だろう。
まんまと逃げられれば、男に戻れたとしても、これからずっと彼らの行動に振り回され続けるはず。
かといって取り押さえようとすれば間違いなく薬は失われる。そして本当に最後の一滴だとしたら。
…僕は、暫く女として生きなければならなくなる。最悪の場合、一生そのまま…!
(…! ダメだダメだ! ネガティブに考えるな!!)
首を振って、いやな考えを吹き飛ばす。が、その様子を見た兄が、また笑った。
「…言っておくが、こいつが最後だそうだ。それに、そう簡単に作れないそうだぞ?」
「!? …出鱈目をっ…!」
まるで心を読まれたかのような一言に、驚いた表情を隠せなかった。それを見て、また笑う兄。
「そうなんだろ? 化学部部長?」
「う、う、う…」
「どうなんだ!? 答えろっ!!」
「ひ、ひぃぃっ!!」
怒鳴り声を上げる清彦に、恐れ慄く部長。
「ほっ、ほっ、ほっ…本当だ…! ああああの爆発で、偶然出来た…薬なんだ…!」
「なん…だと…」
聞きたくなかった言葉。が、それを作った本人の証言ならば、間違い…ないのだろう。
力が抜けてしまったのか、フラッとよろめいた清彦。
掴む手も緩めたため、部長が清彦から逃げ出すように離れ隅に身を潜めた。
「というわけだ会長、もうお前は手詰まりなんだよ」
「…ふっ…!」
また前に出る清彦を、押し留める敏明。
もう清彦の痴態を隠す壁は無いが、それ以上に清彦の気迫が強く、それどころではなかった。
「会長! 落ち着いてっ…! まだ望みがないわけじゃ…!」
「が、残念! 清彦会長には打つ手がないのです! フハハッ!!」
「ぐっ、うぅっ…!」
敏明の言葉をかき消すように、兄が高笑いして二人を嘲笑った。
「…さっ、まずはその馬鹿を返してもらおうか? そんなんでも一応弟なんでね…」
「…」
「会長…」
ギリリと歯噛みをする清彦。だが主導権は、完全に向こうが握っていた。
暫く俯いていた清彦だが、大きな溜息をつくと、弱弱しい声で敏明に告げた。
「弟を…彼に…」
「会長!」
「そうだそれでいい! 犬は犬らしく主人に従え!」
「…ッ!」
少し迷った敏明だったが、清彦の言うとおり、弟を兄の下へと連れて行く。
「…変な気は起こすなよ?」
「ぐぬっ…!」
耳打ちされ、怒りを込めた拳を納める敏明。そのまま、清彦の下へと戻らされた。
「にしても、派手にやってくれたな…起きやしねぇ」
頬を叩いて起こそうとしたが、一向に目覚める気配はなく、直ぐに諦め弟の襟を持ち引き摺る。
「んじゃま、今日はこのくらいで勘弁しておいてやる…が、忘れるなよ?」
睨み続ける清彦を睨み返す兄。その視線だけは、互いに拮抗しあっていた。
余裕を見せつけながら…だが警戒を怠らない歩みで、扉へと向かう兄。
そんな兄を、ただただ睨みつける事しか出来ず、苛立ちを募らせる清彦。
そしてその様子を見て、慌てて兄に声を掛ける人物が一人。
「ぼっ、ぼっ、ぼっ、僕は!?」
部長が声を震わせながら兄に泣きつく。が、そんな部長を一瞥すると…
「…どうやら会長の怒りは治まらないみたいだし、サンドバッグにでもなれば喜ばれるぜ?」
「そそそ、そんな…!」
救いの手すら差し伸べられず、ガックリと肩を落とす部長。
そんな部長を見向きもせず、再び扉へと歩み出した兄。
そして扉の手前でピタリと止まり、首だけ振り返ると兄はこう言い放った。
「あ、そうそう。お前が俺のペットなら…お前の妹も、『ペット』だから」
フフンと、鼻で笑う兄。そして扉に手をかけたが…
「会ちょ…!」

敏明が止めるも、既に時遅し。兄目掛け、清彦は飛び掛っていた。

「キッシマァァアアッッッ!!」

屋上に、清彦の怒号が響き渡る。逆鱗に触れた一言で、清彦の怒りは頂点に達した。
「おおっと!」
「ギャフッ…!」
飛んできた清彦をヒラリとかわす兄。勢いのついた清彦の脚は、そのまま部長に直撃した。
そしてその反動を利用し、清彦が再び舞う。裸同然という姿も、今は気にすらしていなかった。
「おぉ、怖い怖い♪」
鬼の形相をする清彦を見ても、兄はヘラヘラと笑いながらのらりくらりとかわしていく。
「ダメダメ、可愛い顔が台無しだぞ?」
「貴ッ様ァアッッ!!」
怒り狂った清彦が、我武者羅に拳を振るう。
だがそんな我を忘れた攻撃は、尽くかわされ、ただの一発も当たりはしないのが目に見えていた。
「かっ、会長! 落ち着いて!!」
慌てて敏明が止めに入るも、暴れまわる清彦に近づけず捕まえられず、ただうろたえざるしかなく。
「このっ…!」
「ホラホラどうした? もうお終いか?」
悲しいかな、清彦の拳の勢いは次第に弱まっていく。既に、息が上がり始めていた。
それでも尚、力を振絞り一矢報いようとする。だが誰の目にも、それは痛々しいものに写り。
「一発も当たってないぞ? ん?」
「このおっ…!」
自分でも信じられない位、冷静さを欠いている。無様な姿を、晒している。
悔しさが込み上げ、枯れたはずの涙が再び瞳から零れ落ち、風と共に宙を舞った。
(こんな奴に、こんな奴に、清美を、清美を…!)
妹の笑顔が思い浮かんで、益々心が乱されていく清彦。
そしてその妹が、自分と同じ目に遭う様が鮮明に浮かび…血が出るほどに、歯噛みをして。
「お前に…妹はぁっ!!」
既に力尽きた腕に、最後の気力を込め、兄目掛け拳を突き出した。
「それも、遅いんだよっ…!」
そんな渾身の一撃も、空振るどころか、腕を掴まれ、そのまま引き倒されてしまい。
(うっ、うあぁっ…!)
最後の拳すら届かず、清彦を突き動かしていた心の琴線が、プツリと切れた。
なんて事をしてしまったのだろう。これでもう、間違いなくキシマ兄弟の魔の手が妹を襲うだろう。
どんなに後悔しても、最早成す術のない清彦には、どうする事も出来ない。
気力も体力も尽き果て、そのまま清彦は兄に体を預けるようにして倒れこんだ…その時。
「…おいっ…!」
予想外に素直に倒れ込む清彦の体重を支えるため、兄は後ろに足を出そうとしたが。
「…てめぇ…!」
散々動き回った挙句、結局元の場所へと戻っていた二人。そしてそこには…気絶した、二人。
弟と部長の体に足元を掬われ、その上清彦が圧し掛かる形となって、堪えきれずバランスを崩す兄。
そのまま二人とも倒れ込む。力なく倒れる清彦の体が、兄に覆い被さるようにして圧し掛かった。
「グッ…クッソ…!」
想定外の事態に慌てて立ち上がろうとするも、清彦と、弟と部長に挟まれた体勢ではうまく動けず。
「このっ…邪魔だっ!」
清彦を突き飛ばし、退かそうとする兄。だが清彦は、このチャンスを見逃さなかった。
その手が伸びる一瞬、清彦の手が兄の懐へと伸びていた。
「なっ…! てめぇ!!」
ポケットを弄る手の存在に気付き、急いで止めようとするも…
「遅いっ!」
もう片方の手に全体重をかけ兄を押さえ、その隙に小瓶を奪い取り、軽快な動きで立ち上がる清彦。
「これで…!」
「させるかっ!」
立ち上がろうとする清彦に、足払いをかける兄。それは綺麗に清彦の足を掬い…
「うわっ!?」
尻餅をつく清彦。その時の勢いで、大きく手を振り上げた結果…
「しまっ…!」
手元から放たれた小瓶が、宙を舞う。空高く舞い上がった小瓶は、割れるのに十分な高度へと。
(いけないっ…!)
清彦は急いで体勢を立て直したが、それより先に兄の方が行動に移っていた。
体を屈伸させ、ジャンプしようとする兄。だが…
「させんっ!」
様子を窺っていた敏明がタックルで飛び掛り、そのまま兄諸共倒れ込んだ。
「この野郎!」
「会長! 今の内に!!」
「ああっ!」
敏明の助けを得て、清彦は飛び上がった。落ちてきた小瓶に、手を伸ばす…が。
「! っ痛ぅ…!」
ここにきて、怪我をした脚がズキンと痛み、清彦は瞬間苦痛に顔を歪ませた。
「!!」
その、ほんの僅かな一瞬。それだけで、小瓶は既に伸ばした手をすり抜けていた。
無理と解っていても、体を捻って再び手を伸ばす。
(ダメッ…!)
心の中で、悲痛な叫びをあげる。だが無常にも、小瓶は落下していき…
「うぅっ…? ギャッ!?」
未だ気絶する部長に、直撃した…丁度、股間の部分に…
ズボンの金具にでも当たったか、パリンと音をたてて小瓶が割れ、中の液体が撒き散らされた。
部長のズボンが中の液体で濡れていく。それは直ぐ全体に染み渡り、ただの汚れとなっていく。
「あ・・・あぁ・・・あぁぁ・・・」
その瞬間を目の当たりにした清彦は、着地するや否やそのままアヒル座りでへたり込んだ。
(無くなった…僕が、男に戻る手段が、消えて…無くなった…
清美は弟にならないで済むけれど、僕は清美の姉として生きるんだ…)
目に見える形の絶望が、清彦を襲い、清彦の目から輝きを失わせた。
「かっ、会長!!」
兄を組み伏せていた敏明が、瓶の割れる音に気付き、慌てて清彦の下に駆け寄った。
「しっ、しっかりしてください会長!!」
「・・・僕は・・・僕は・・・もう・・・」
肩を揺らし、絶望の淵から清彦を呼び戻そうとするも、清彦は遠い目をしたまま脱力するのみ。
「フッ、フフフッ、フハハハハッ!!」
敏明の拘束が解かれた兄が、一部始終を見て笑い出した。
敏明が鋭い目で睨みつけるが、清彦は…その笑い声すらも、届いてはいないようだった。
「まぁいいさ! 元よりお前を戻す気はないからな!」
「何処まで貴様は性根が腐って…!」
「ハンッ! 何を今更!!」
清彦の代弁をするように、敏明が怒鳴りつけるが、勝ち誇る兄は軽くあしらう。
「そこでヘタレてる会長様が目を覚ましたら言っておけ…これがお前の運命だとな!」
乱れた服を直しながら、上からの目線で敏明に言い放つ兄。
「逃すか!」
再び敏明が兄に飛び掛る。が、紙一重でかわされ、その足で兄は清彦の下に移動し、そして…
「なっ…!?」
「ほぉーら敏明君、君の好きな会長さんが、裸で誘ってるぞぉ?」
「貴様ぁっ!」
清彦の手を持ち、その手を胸と股間に宛がって、敏明に見せ付ける。
まるで操り人形のような扱いをされても、尚清彦は立ち直らず、抵抗もせずにいた。
「きよひこのぉ、ここにぃ、としあきくんのぶっといのぉ、ぶちこんでほしいのぉ♥」
「お前は…!」
動かないのをいい事に、兄は清彦の体を使って敏明をおちょくる。
そんなみえみえの挑発でも、敏明の逆鱗に触れるには十分だった。
怒りに頬を震わせ、一歩一歩踏みしめながら兄に近づくと。
「おぉ怖い怖い。だがてめぇもおっ勃ってんだろ! 会長様のマ●コ見てよぉ!」
「…ッ!!」
否定は…出来なかった。清彦に清美の姿を重ねた敏明には、刺激的過ぎる光景が、目の前にある。
その一言で、敏明は思わず歩みを止め、それを同意とみなし兄が指を指して敏明を嘲笑する。
「ハハハッ! てめぇも正直になれよ! どうせもう、コイツは女のままなんだからな!」
「おん・・・な・・・」
そのキーワードに、清彦がピクリと反応した。
「あ?」
「おん・・・な・・・か・・・」
「あぁそうだ女だ、てめぇは一生雌犬のままだ」
「…ならっ…!」
耳元で囁くために、兄が顔を近づけた。息がかかる、その距離。
それを確認した清彦が、猫背になっていた背骨を一気に伸ばし、兄の顔目掛け頭突きを喰らわせた。
「ガフッ…!?」
思わぬ一撃をもらい、顔に手をあてフラフラと後ずさる兄。
「お前もっ…!」
清彦はすぐさま身を翻し、言葉と共に腕を引き、『あの場所』へと拳を突き出した。
「そうなれっ!!」
「グギャッ!!??」
急所を捉えた正拳突きは綺麗に決まり、苦痛に益々顔を歪ませる兄。
「ほごぉっ…!!」
悶え苦しみながら崩れ落ちる兄を前に、清彦は威風堂々と立ち、自分の拳を悲しそうに見つめた。

(もう…この感触は…)

「これでよしっ、と」

一部始終を唖然としながら見ていた敏明だったが、清彦の目配せに気付き、倒れた兄も縛り上げる。
「終わりました」
「ありがとう」
その間に清彦は、放り捨てられたズボンを拾い上げ、穿き直していた。
ティッシュである程度拭き取ったとはいえ…それでも、こびり付いた臭いや精液は拭いきれず。
それでも裸同然でいるより、ずっとマシだ。何より…敏明君の視線があるし…
「グッ…クソッ…!」
制服のボタンを掛けなおしていると、予想より早く兄が正気を取り戻していた。
だが敏明の縛った縄は、その腕力をもってきつく締め上げられ、解ける気配はない。
それでも尚もがく兄の下へ、一歩一歩踏みしめるようにして近づく清彦。
「…キシマ兄弟」
「…!」
形勢逆転とばかりに、清彦は兄の前で仁王立ちをし、見下ろした。
そこにいるのは、先程までヨガり狂った女の姿ではなく、生徒会長・清彦の姿だった。
…ただ、その瞳の奥に、今までの清彦にはない『何か』を除いて。
「君達のこれまでの、そしてこの行為に、弁解の余地はない。それ相応の処罰を覚悟するんだな」
「…ハッ! どうやって! お前は会長であって会長じゃないんだぞ!」
「…」
「それどころか! お前は社会的に存在しないんだよ! 聡明な会長様なら、理解出来んだろが!」
兄の言い分は、尤もだった。だが、清彦はそんな宣告にも動じず、真っ直ぐ兄を見据え続ける。
「…何とでも吠えればいい。敏明君、暫く見張りを頼む」
「はい」
そう言って踵を返し、今度は未だ気絶する部長の下へ歩み寄る。
部長のズボンを見つめ、蔑む様な目で睨みつけてから、部長の体を起こし、揺すり始める清彦。
「部長! 起きろ、化学部部長!!」
「う、うん… はっ!?」
頬を叩き、体を揺らし…どうにかこうにか、部長の目を覚まさせた。
起き抜けで頭が回らない部長は、ぼけーっと辺りを見回し、清彦に気が付くと、顔を引き攣らせ…
「起きたか」
「ひ、ひぃぃーっ!」
開口一番、怯えた声を上げる部長。予想通りの反応に溜息をつくと、清彦は問い詰め始めた。
「…いいか部長、正直に言うんだ。あの薬は、本当にもう作れないのか?」
「そそそ、それは…」
「どうなんだ! はっきりしろ!!」
「ひ、ひぃぃーっ!」
全く同じ悲鳴を上げる部長に、同じく溜息をつく清彦。
「いい加減にしろ…作れるのか、作れないのか! 『はい』か『いいえ』だ!!」
「そっそっそ、それは…」
「それは!?」
顔を近づける清彦。それに対し、二つの意味で目が泳ぐ部長。
単純に気が弱い事もあるが、それ以上に『女性』にこんな間近まで寄られた事が無いからだ。
答えを出し渋るのも、そんな空気をもう暫く感じていたい、そう思ったのもある。
「それは…!」
が、結局それ以上に見つめられる事に耐え切れず、次の言葉を続けようとした、その時。
「ココねっ!?」
突然響く素っ頓狂な声と共に、バン!と屋上の扉が開け放たれた。
「アギャッ!?」
「なっ!?」
運悪くその勢いよく開かれた扉の可動範囲にいたせいで、部長が扉に弾き飛ばされていった。
そして突然目の前から部長が消えてしまい、清彦の思考が一瞬停止する。
が、すぐに我に返り、その開け放たれた扉、そしてその声の主へと視線を移した。
「アラ…? もしかしてもう終わっちゃった?」

そこには…あの問題の絶えない事で評判の、保険医の姿があった。

「あ、貴方は…」

予想外の訪問者に、清彦は目を丸くして呆然とせざるを得なかった。
キョトンとする清彦と目を合わせると、ニカッと笑って手を振る保険医…若葉。
「はーい会長ちゃん♪」
まるで場違いな態度の若葉に、清彦は少し苛立ちを覚え、睨みつけながら立ち上がった。
「…何か御用ですか? 済みませんが、今は少し立て込んでいるので後にして…」
「アン♥ 怒っちゃイ・ヤ♥ でも怒った顔もとても素敵っ!」
「…何なんですか…」
こちらの状況も露知らず、ただ身勝手に振舞う若葉に、清彦は辟易する。
が、そんな清彦の露骨な態度を見ても、若葉はマイペースを押し通す。
「アラごめんなさい、でもやっぱり女の子は笑顔が肝心なのよ?」
「あのですね! 忙しいので後にしてもらえ…!?」
いい加減下らない問答に嫌気が差し、若葉を屋内へ追いやろうと前に出ようとする…
が、今の若葉の言葉に引っ掛かりを感じ、そして気付いた。
「…貴方、まさか…!」
今この保険医は、『女の子』と言った…間違いない、そう言い放った。
つまりこの人は…僕が女になっている事を、知っている!?
そういえば、保健室にサラシを忘れて…でもそれだけで確信したのか? それとも、もしかして…
「…答えて下さいっ! 何かこの件について、知ってい…!?」
湧き出る疑問を問い詰めようと、更に詰め寄る清彦。そんな清彦に対し、若葉は手を伸ばし。

むにゅっ

「・・・!? ヒャあぁっ!?」
「あら、意外と小振りなのね」
胸を、鷲掴みにしてきた。
予想外の若葉の行動に、清彦は胸を両手で覆い、逃げるように後ずさった。
「ななななっ、何をっ!? …って、いやこれは!!」
無意識にとった行動が、あまりに女らしいものだった事に気付き、慌てて取り繕う清彦。
そんな慌てふためく清彦を見て、若葉は両手を頬にあて惚けた顔で見つめた。
「いいわぁ会長、女の子が様になってるじゃない♪」
「違っ、僕は男・・・! い、いやそんな事より! 貴方はこの一件に関わっているんですねっ!」
「フフン♪」
まるで全て知ったかのような若葉の行動に、清彦は決め付けてかかる。
それに対し、何故か自信満々な顔で腕を組む若葉。再び清彦は、若葉を鋭く睨みつけた。
「どうなんですか! 答えて…」
「お姉ちゃん! ちょっと邪魔…!」
再び詰め寄ろうとした清彦だったが、若葉の後ろからの声に、足を止めた。
「あぁごめんね、会長ちゃんが可愛くって♪」
そう言って一歩前に出る若葉。その背後から、一人の女子生徒が姿を現した。
「会長!」
「ふ、双葉君! どうしてここに…!」
双葉だった。心配そうな顔で、こちらを見つめてくる。
この件に関しては、こうなる事を予想して彼女には伝えていなかったのに…
「お姉ちゃんに聞いたんです」
「お姉…?」
清彦が訝しがると、双葉はスッと指を指す。指された本人は、ニッコリ微笑んでまた手を振った。
「私の姉さん。ミキモト若葉」
「ども♪ 妹をこれからもヨロシクね♪ …というか会長ちゃん、知らなかったの…?」
成る程言われてみれば確かに似ている。容姿と…性格が。
「…それよりも会長!」
「なっ、なんだい…?」
双葉は清彦の体を隅々まで見回すと、ギュッと拳を握り、歩み寄ってきた。そして…
「!?」
抱きしめた。双葉の吐息と温もりが伝わってくると、荒んだ心が安らいでいく気がした。
「会長…ダメですよ…」
「だ、ダメ…? …って、何を!」
双葉は清彦を抱擁しつつ、制服のボタンを外していた。気付いた時はもう、前が肌蹴られていて。
「こっ、これは…!」
「…」
双葉にも見られてしまい、言葉に詰まる清彦だったが、双葉は…宥める様に、その肌に触れてきた。
双葉の…女の子の手に優しく触れられ、今までとは違う感覚が、清彦を震わせた。
「ひゃっ・・・!」
「会長、ダメですよ…」
「だ、だからダメって…それからその…今はあまり…」
汗や精液に塗れていた身体だ。そんな体、双葉は触れるべきじゃない。
その思いで、手を伸ばし、双葉の手を掴んだ。
「その…汚い、から…」
「…」
「双葉君?」
握った手が、震えていた。 …僕じゃない、双葉君だ。
「双ば…!?」
手元を見ていた清彦が、顔を上げた。その瞬間、清彦の唇が、奪われた…双葉に。
「んっ・・・!」
突然の事に、清彦は混乱し戸惑ったが、双葉の唇の柔らかさに、次第に心奪われていった。
が、自分の口内の状況を思い出し、清彦は慌てて双葉を引き離した。
「だっ・・・ダメだっ! 今は・・・いけない・・・」
「…お口直しです♪」
間違いなく双葉にも、散々注がれた精液の臭いと味が移った筈だ。
なのに双葉は嫌な顔一つせず、寧ろ微笑んだ。清彦を慰めるように。
「双葉君…」
「会長、ダメですよ…女の子の身体は、もっと大事に扱わないといけないんですよ…」
「…」
その言葉に、清彦は俯き、涙した。堪えようとしたが、無理だった。
浅はかな自分に、こんなにも献身的にしてくれる双葉の優しさが、荒んだ心に深く沁み込んだから。
今日はあまりにも、心が乱され過ぎた。ぐちゃぐちゃな感情に、声を押し殺して泣く清彦。
「ハンッ! 女々しいな…あぁそうか、今は女だったな、会長!」
「!」
その甘酸っぱい雰囲気に、汚い野次が飛ばされた。勿論それは、キシマ兄からだった。
兄の声で清彦は涙を拭い、崩れた顔を正して兄と向かい合う。
「…何とでも言うがいいさ、僕は僕だ、イクシマ清彦はここにいる」
「開き直りか、それでどうにかなると思っているのなら、お前は本当におめでたい奴だな!」
「このっ…!」
挑発に食って掛かろうとする清彦。そんな清彦の腕を掴み、双葉が首を横に振った。
「会長…ねっ」
双葉の、心に訴えかける瞳に、清彦はハッと我に返り頷いた。
「…そうだ、そうだね…ありがとう、双葉君」
お互い、言葉を交わさずとも見つめ合うだけで思いが伝わり、清彦は冷静さを取り戻す。
そんな甘ったるい空気に堪りかね、「ケッ」と悪態が聞こえたが。
一瞬、静寂が訪れた。が、すぐにパンパンと手を叩く音が辺りに響いた。
「はーい、それじゃまとめるわよー」
若葉が静寂を打ち払うように、前に出、そして…

「えーこの中でー、会長ちゃんとセックスしちゃったのはだぁれ?」

「「「「は?」」」」

若葉の、突拍子も無い直球な質問に、その場にいた全員…倒れた二人を除き…が同時に声を上げた。
「…って! あ、貴方はいきなり何を言い出すんですか!?」
内容が内容なだけに、清彦が誰よりも先に質問を投げ返し、若葉に言い寄った。
「何って、シてたんでしょ?」
「なっ・・・! そ、それは・・・!」
清彦は顔を赤らめ、双葉の方をチラリと見やる。
確かにそれは事実だが、改めて双葉の前で、面と向かいそれを告げるのは…気が引ける。
「あぁヤッたぜ、てめぇの腐ったマ●コよか、断然良かったぜ…!」
が、そんな恥じらいも兄が清彦を貶めるかのような発言で踏み躙る。縛られて尚、その口は達者だ。
そしてその言葉に混じる若葉への暴言…一瞬、ピクリと若葉の眉が動く。
「…やっぱりね。で? アナタだけ? そっちの出来の悪い弟ちゃんの方は?」
だが若葉は至って冷静に聞き返す。兄もまた、その言葉に顔を顰め、鋭い視線で睨む。
「何だ? 飢えてんのかババァ? …だがゴメンだね、誰が好き好んでゲテモノを喰うかよ」
更に罵る兄。再びピクピクッと若葉の眉が動き、顔を引き攣らせたが…
「あらそう…なら、『最後』は会長ちゃんで満足なのね?」
「…どういう意味だ」
さも意味有り気に若葉が言い放つと、兄の目付きが刃物の如く更に鋭くなった。
「ンフ♥ それはこ・れ・か・らゆっくりと教えてア・ゲ・ル♥」
わざとらしく振舞う若葉に兄は有りっ丈の罵詈雑言を投げるが、若葉はそれを全て聞き流していく。
「まぁボンボン二人は置いておいて…アナタはどうなの? トッシー♪」
「トッ…!?」
まるで舞台裏にスポットが当たったかのように、突然の振りに戸惑う敏明。
その上双葉が勝手に付けたあだ名で呼ばれ、敏明は思わずその双葉の方に目線を移す。
『テヘッ♪』
…そんな声が聞こえた気がする。敏明に対し、舌を出しておどけた顔を見せる双葉だった。
「アナタもここにいるって事は、会長ちゃんとあんな事こんな事してたのよね? …保健室で」
「ち、違いますっ! 自分はただ…」
そこまで言って、今度は清彦に視線を移す敏明。
それに対し清彦は…ぷいっと目を逸らした。横目で、敏明が愕然とした表情になるのが見えた。
(…僕に振るなよ…)
保健室での一悶着…何もしていないと言えば嘘だが、それをこの場で公言できるはずも無く。

答えを迫られる敏明。彼がこんなにも慌てふためいているのは…凄く珍しい光景だ。

「じ、自分は…」

漸く声を出す敏明だが、中々後の言葉が続けられない。
「いいのよ、自分を解き放って…」
そんな間誤付く敏明に対し、若葉が指を這わせながら、妖しげな様な物言いで敏明を誘惑する。
「自分は…!」
敏明が顔を真っ赤にして、言葉を溜めた。それを期待の眼差しで見つめる若葉。
敏明の口が、何かを言おうとしたその瞬間。
「…彼とは何もありません、僕が…保証します」
「あら残念」
何が残念なのか。
見るに見かねた清彦が、少し言葉を濁らせながら割って入り、敏明はほっと胸を撫で下ろした。
清彦も、これ以上の言及に危険を感じ、心の中で溜息をついていた。
「それじゃ、会長ちゃんと『接触』してないのね?」
「え、えぇ…接触?」
「じゃ、大丈夫かな…でもそれはそれで、見てみたくもあるけど…」
この期に及んでまだもったいぶる若葉。清彦も敏明も、振り回された事で若葉を睨む。
その時、後ろから声。
「…それでもトッシーが受けの方が…」
「…双葉君?」
「ハイ大丈夫ですよ会長のお好きな方にしますから!」
「何が!?」
何やら双葉君が呟くので振り返ってみれば、ウットリとした表情でこちらを見つめ、その上…
「…ヨダレ」
「えっ…? あ、あぁごめんなさい気にしないで下さい会長」
「…いや…うん…わかった…」
その顔は、間違いなくよからぬ妄想を膨らませている顔だね、と言える筈も無く…
清彦は改めて前を向くが、何かを察知したのか、ゾクリと背筋に悪寒が走るのを感じた。
「…おいババァ、いい加減にしろよ…てめぇの芝居に付き合ってるほど暇じゃないんだよ!」
振り向いた直後、兄の罵声が轟いた。
「あらごめんなさいねぇ、アナタにとって『貴重』な時間ですものねぇ」
まただ。これはもう完全に、若葉は何かを…いやもしかしたら、全てを知っている。
「…若葉さん。彼の肩を持つつもりではありませんがそろそろお話して頂けませんか?」
清彦も流石に痺れを切らし、若葉を急かした。
「そうね、可愛い会長ちゃんに頼まれちゃったら、断れないわぁ♥」
熱い視線を送られ、清彦は項垂れ、首を振った。

「ま、大体の事情は解ったわ。それじゃ、少しお話しましょうか」

「そう、それは私が今以上に魅力的だった、高校生の頃のお話…」

「手短に」
「アン、つれないわねぇ♥」
こっちも大体解った。若葉さんには双葉君同様に接すれば…幾分気が楽だと。
「あの頃の私は研究一筋だった。そんな私が、一人の子に恋をしたの…とても衝撃的だったわ…」
「そういえばお姉ちゃん、急にオシャレした時あったよね?」
「えぇ、その頃あの子と出会ったの。彼女は私のハートを射止めたわ」
「んんん!? 今なんて!?」
若葉の語りに違和感を覚え、思わず清彦は割り込んだ。
「私のオシャレ具合?」
「それではなく…『彼女』って!?」
「えぇ、彼女…美樹ちゃんは凄く可愛らしくて、でもショートが似合う活発な娘で…」
「お姉ちゃん、ガチだったんだ」
妹の双葉君ですら知らなかったのか…って、ガチ…?
「そして私は溢れる思いに耐え切れず、告白したわ…」
「け、結果は!?」
何興奮してるんだ敏明君…
「…ダメだった。やっぱり女同士は…そう、言われたわ」
正しい判断ではある…二重の意味で。
「けど、私は諦め切れなかった…! 女同士がダメと言うなら…!」
「! つまりそれで!」
「そ。化学部部長としての特権と、私のこの聡明な頭脳を最大限利用して完成させたのが…!」
「ネジがぶっ飛んでるがな」
「それが! 今の会長ちゃんの体内を巡る性転換薬、『TSFX』なのよっ!」
若葉が一言一句を溜めながら自信満々に叫ぶ。
三文芝居に辟易しながらも、その言葉で清彦の目に希望の光が見えた。
「ならその薬を今すぐにでも…!」
逸る気持ちを抑えきれず、清彦が若葉に詰め寄るが、若葉は清彦の肩をポンと叩き、首を振った。
「落ち着いて…薬の生成は直ぐにとはいかないし、そもそも服用者には効果がないわ」
「ど、どうして!?」
若葉の言葉に愕然とし、ヘナヘナとへたり込む清彦。
そんな清彦が崩れ落ちる前に、若葉は清彦の体を抱きかかえ、子供をあやす様な口調で一言…
「絶望するにはまだ早いわ…だ・か・ら…もうちょっとだけ付き合ってね、会長ちゃん♥」
「…はい…」
「ウフッ♥ ヨシヨシ、いい子いい子♪」
「やっ、やめてくださいっ…!」
若葉の抱擁に心を許しそうになるが、その後の子供扱いに清彦が手を払い、若葉の下から離れた。
「勿論私の薬は完璧、私自身がソレを服用して…見事男の子になったわ」
「あ! あの頃お姉ちゃんの彼氏って言ってた人って!」
「アレは私よ。あの頃、私いきなり書き置き残して家出してたでしょ?」
「そういうことだったんだー」
普通、娘の家出となれば大事にもなると思うのだけど…
「そして再アタック。私の熱意が通じて、漸く付き合い始めて…そして」
「そして!?」
だから落ち着け敏明君。
「彼女と私は…互いを感じあったわ…あの滾る晩の事は、今でも鮮明に思い出せる…」
「キャー♥ ねぇ、男の子ってどんな感じ? ねぇねぇ!」
「双葉君、ちょっと黙っててくれないか…」
「あ、じゃあ会長は男と女どっちの方が…」
「双・葉・君」
「! はぃぃ…」
…少しキツく当たりすぎたように思えるが、これくらいしないと彼女の暴走…妄想は止まらない。
「あんまり双葉苛めちゃダメよ会長ちゃん」
「苛めてません…話を続けてください…」
もうやだこの姉妹…肩を落として、若葉に続けるよう手で合図する。
「コホン! お互いの温もりを感じあって、私達は…アレ?」
「?」
若葉が急に固まると、ポンと手を叩き。
「あ、そっか私処女より先に童貞捨ててるわ」
「そうですか…」
どうでもいい情報に、適当に相槌を打つ清彦。
「ま、いいわ。ここからが本題。次の日の事よ…」
「次の日?」
朝起きれば元に戻れるのか? 淡い期待が膨らむ。
「朝起きて…ところで男の子って、朝あんなになっちゃうのね…毎朝大変だったわ」
「はいはいそれでそれで」
「それで、美樹ちゃんを起こそうとしたの。そしたら…」
またもったいぶるように若葉は言葉を溜め、何故か…ピッとキシマ兄弟に向け指を指し…
「美樹ちゃんも男の子になっちゃってたの!」
「「「「は?」」」」
「うーん…ん? うぇ? 何だコレ!! 縛られてんのか!?」

再び全員がハモる。その直後、弟の素っ頓狂な声だけが、屋上に響いた。

「…はっ! 変態行為に飽き足らず、ホモの道も究めようってか! 頭も体も腐ってやがるな!」

相変わらず強気に出る兄だが、少し声が上ずっている事に、本人は気付いていないようだ。
「まー薄い本なら大好物だけど」
「…薄い?」
「ウフフフフ…」「フフフフフ…」
再び悪寒。ミキモト姉妹の笑い声は、今まで聞いた事の無いくらい邪悪なものだった。
「勿論私はそんなの望んでいなかったわ。けれど間違いなく彼女も男になってしまったの」
「薬を使っていないのに…?」
「泣きじゃくる彼女…彼? まぁいいわ、彼女を宥めて、私は原因を調査したの」
兄は既に何かに勘付いたようで、それ以上言うなといった目で若葉を見据えた。
「そしたらなんと! 原因はセックス! …もう少し厳密に言えば、体液接触にあったのよ!」
妙に強調して言い放つ若葉。しかもわざと兄の方を向いて。
「何故セッ…ゴホン、体液接触で?」
「どうも変化した体を維持する為、ホルモン分泌に同じ成分の薬を精製させているのが原因みたい」
「それじゃつまり…」
「美樹ちゃんは、私の体が『作った』薬で、男の子に…性転換、しちゃったのよ」
そんな重大な副作用があっては、完璧とは言い難い気もするのだが…
「あ! それじゃあの彼氏のお友達の人って…!」
「あの子が美樹ちゃん…の、男の子バージョン」
「そっかー。てことは私のアレ、お姉ちゃんと美樹さんの絡みで描いちゃったのかー」
「売れたから構わないわよ、私は」
「あの…続きを…」
遅々として話が進まない。大事な内容なのに全く緊張感がない。
「あっごめんねー、それでまぁ暫く二人して男の子として生活する事になったんだけど…」
「でも今は戻ってますよね! …ってまさか今は女装、とかじゃないでしょうね…?」
「ちょっと、いくら会長ちゃんでもそれは酷いわぁ…若葉傷つくー」
「ごっ、ごめんなさい…」
流石にこれは言い過ぎたと思い素直に謝る…が、戻る手段があると分かり、内心心躍らせていた。
「ちゃんと戻れたわよ、何なら触ってみる…? 女同士だから遠慮はいらないわよ♥」
「え、遠慮します!」
この人頭だけ男のままじゃないのか!? そう考えると、頭の中に不安が過ぎる。
(戻っても心だけ女のままだったら…!)
女々しい自分の姿を想像して、身震いする清彦。その裏で、地の底から響くような声が発せられる。
「オイ…肝心なのは、『戻れる』かどうかだろうが…!」
「あ、兄貴…!?」
「フフン♪」
その声の主は、兄。感情に突き動かされたその姿に、弟すら怯え竦んだ。
「! そうか…!」
清彦も今の話を聞いて、この後起こり得る事態を把握した。
「兄貴、一体どうなって…」
「ハッ、ハハッ! そうかい…そういう『罰』かよ!」
「兄貴?」
説明もなく戸惑う弟を無視し、兄が縛られながらも立ち上がって若葉目掛け飛び掛る。
「動くなっ!」
それを敏明が未然に防ぎ、再び兄は床に組み伏せられた。
「てめぇ…! 俺達がこんな事で屈するとでも思ってんのか!」
「アラ、別に私はアナタ達がどうなろうと知ったこっちゃないわよ?」
「こんのぉ…クソババァ!!」
「何とでもおっしゃい、『キシマちゃん』♥」
今までとは一転、完全に冷静さを欠いた兄が、落ち着き払った若葉に食って掛かっている。
「でもまさか、後輩達にこんな結果をもたらすとはね…何でも、残してみるものねぇ」
「残す?」
「えぇ、研究記録はちゃんと残さないと…あぁそうそう、それじゃ誰が私の記録を読み解いたの?」
今更な質問だが、清彦も今更思い出し、扉近くで未だ倒れたままの人物を指差し…
「彼が…『現』化学部部長ですよ、『元』部長」
「…えー」
なんですか、その残念そうな目は。

指を指され、幻滅すらされた部長。そんな彼だが、一応…天才なのである。

一週間後の、全校朝礼の日。

校長がいつものように長々と訓示を告げ、生徒達がそれを退屈そうに眺めている。
小声で雑談する生徒も、また少なからずいるもので。
「そういやさ」「なに?」
「今日出てくんのかね、会長」「あーそういや」
あの日から、生徒会長…清彦は姿を見せず、欠席が続いたままこの日を迎えた。
双葉と敏明は清彦の件で様々な人から問い詰められ、対応に追われていた。
ただ二人が決まって最後に告げるのはいつも…
『すぐに、戻りますから』
その一言であった。
「えーこの後、少し重要なお話があります、皆さんお静かに」
副会長の一言で、一度は静まりかえった館内。だがすぐにまた、生徒達はどよめきだった。
その原因は…壇上に、見知らぬ女子生徒が現れたからである。
(誰だあれ?)(誰かに似ているような…?)
当然の疑問に生徒達が思い思いに声を出す。
「…皆さん、静粛に」
その女子生徒が、慣れた口調で場を鎮めた。
「まず皆さんに言っておく事があります…」
神妙な面持ちのその女子生徒に、皆の視線が注がれる。
目を閉じて深呼吸をし、両手を演台に置いて身を乗り出し、そして…
「断じて僕に女装趣味はないっっ!!」

スピーカーがハウリングするほどの声量をもって、館内にそのハスキーボイスを響き渡らせた。

結局、これ以上屋上にいて話し合いをしても、埒が明かないという結論に達した一同。

暴れるキシマ兄弟は、若葉が胸も…懐から取り出した薬を嗅がされ、揃って眠りに落ちた。
「敏クン、この子達は保健室に運んで、ベッドに縛り付けておいて」
若葉がまるでオモチャを見つけた子供のような顔つきで、敏明に命じた。
『敏クン』と呼ばれた事に眉を顰めるが、コクリと頷いた敏明は、二人を担ぎ上げ校内へと戻った。
「…さて! それじゃ、生徒会室で続きといきましょうか♪」
「つ、続きって話の…ですよね…?」
「ウフフ♥」
一抹の不安を感じながら、生徒会室に向かう清彦と、ミキモト姉妹。

その後清彦の可愛い悲鳴が生徒会室から響いたのは、言うまでもなく。

結論から言えば…清彦は暫くこのまま女として生活せざるをえなかった。

「ど、どうしてですか!?」
納得がいくはずもなく、清彦は若葉に飛びつくが…
「さっきも言ったけど、あの薬じゃなくて抑制剤を新規に作らないといけないし、それに…」
「それに!?」
「私は『男から』戻ったからいいけど、女から戻るのには生理とかも考慮しないといけないの」
「せっ、生…理?」
その言葉を聞き、清彦の心臓がドキッと高鳴った。
「それに妊娠なんかしてたら、それこそ生まないと無理よ」
「にににっ、妊娠!?」
更に追い討ちを掛けるように突きつけられた言葉に、清彦は動揺を隠せずにはいられなかった。
(そ、そういえばそうだ…避妊なんてせずにやったんだから…!)
顔を真っ青にしながら、両手を下腹部にあてる清彦。
そして思わず絞り出すようにお腹を押し込むが、それでどうにかなる訳も無く…
「多分大丈夫よ、変化初日ですもの」
「!?」
まるで心の中を見透かしたかのごとく、若葉は清彦に告げた。
「でも、絶対無いとは言い切れないわよ…フフッ♪」
そう言って清彦の目ではなく、お腹に視線を注ぐ若葉。その視線に、清彦はゴクリと息を呑む。
「ま、会長ちゃんをからかうのはこのくらいにして…」
「からかってたんですか!?」
「いいえ、今の内容は本当よ。少なくとも生理が来るまではどうしようもないわ」
「うぐっ…」
それなりに覚悟していたとはいえ、こうもあっさり告げられるとそれはそれで気持ちが揺らぐ。
半ば諦めた清彦は、ドサッとソファに腰掛けると、沈んだ声で質問していく。
「…分かりました。それで、最短でもどのくらいに…」
「んー、薬の精製と生理周期を考えると、最低一ヶ月はそのままね」
「…そんなに!?」
ガバッと飛び上がり、再び若葉に飛びつく清彦。
「仕方ないわよ。私の時と違って女の子になっちゃったんだもの」
「…うぅっ…」
これから一ヶ月もの間、どうやって過ごせばいいのか…
清彦はガックリと肩を落とし、溜息をついて落胆する他なかった。
が、その様子を見ていた若葉と双葉が目配せをし合い、そして…同時に、ニヤリと笑う。
「と、言うわけだから」
「は?」
「会長、私達がレクチャーしますね♪」
「何を?」
「勿論、女の子のアレコレよ♪」
顔をあげ、漸く事態を呑み込んだ清彦。が、既に退路は絶たれていて…
「! …いいっ…! じ、自分で何とかするから…!」
「遠慮しないで…ここは『先輩』に任せなさい♥」
「会長、まずシャワー浴びましょシャワー♥」
「ヒッ…!」
目付きのおかしいミキモト姉妹が迫り来る。追い詰められた清彦は、ただ隅で震える他無かった。
「清ちゃん♪」
「会長♪」
「ヒッ…ひぃぃぃーーーー!!!!」

その後に待ち受ける姉妹の洗礼は、確実に清彦のトラウマとなったのは、言うまでも無く。

「…コホン、失礼しました…」

突如現れた女子生徒の、意味不明な大胆発言。生徒達がキョトンとするのも無理はなかった。
そんな、別の意味で静まりかえった館内に、再び声が響き渡る。
「皆さんは僕の事が気になっている事でしょう、『一体、誰なのか』と」
ほぼ全員が、ウンウンと頷き、続く言葉に耳を傾けた。
「…率直に申し上げます。僕は、生徒会長・イクシマ清彦です…こんな格好ですが」
そう。その女子生徒とは…勿論、清彦であった。

女子の制服を着込み、長い髪を後ろで結い、そのはちきれんばかりの胸はあれど。



清彦不在の一週間、一体何があったのか。

保健室へと連れ込まれ、その後見かけなかったキシマ兄弟。
どうやら若葉は二人にも手解きしたようで、清彦の復帰と同時に、見慣れない女子生徒が増えた。

弟…いや妹の方は、始めの内は男の時と変わらない態度で横柄に振舞っていたが…
程なくして急にしおらしくなり、まるで小動物かのような人柄になってしまった。
どうやら、校外で暴漢に襲われたらしく…未遂かどうかは…与り知らぬ所だが。
結局、それが原因で男性恐怖症となり、今の状態になったらしい。
元々兄に依存して悪ぶっていた面もあり、男だった時の面影は今はもう完全に無い。
その為、彼女が再び問題を起こす事は無いだろう。
…ただ、兄…姉への依存度は今まで以上のモノとなり、その光景はある意味目に毒…ではある。

その兄だが、こちらは性別が変わろうが問題児のままである。
転んでもただでは起きない性格なのか…なんと今度は男子生徒を襲い始めた。
自らの身を捧げる代わりに、その男子に絶対服従を言い渡す…正に魔性の女である。
が、問題は彼女自身よりその取り巻きだ…自ら進んで下僕になっている為、余計性質が悪い。
因みに若葉曰く、服用者以降の感染者は薬の効果が薄く、性別が変わるまでは至らないようだが…
ホルモンバランスの変化か、皆一様に肌艶が良くなったというか、格好良くなったというか…
そんなこんなで校内に謎の勢力が出来、生徒会はそれに追われる仕事が増えてしまった。
とはいえ、何か若葉に弱みを握られたらしく…今までのような悪行は行ってはいない。

元凶であり、被害者でもある部長。恐らく彼が、今回の件で一番得をしたのではなかろうか。
「はーいみんなー♪ 今日も実験の時間だよー♪」
「「「「オーイェー!!」」」」
仮復旧した理科実験室から、場にそぐわない珍妙なやり取りが聞こえてくる。
窓から中を覗けば…男ばかりの室内に、ちょこんと立つ少女が一人…それが、『あの』部長だ。
僕ですら面影があるというのに、彼は最早別人と言っても過言ではない。
何故彼があれ程変化をきたしたのか…それは、どうやらあの割れて染み出た性転換薬のせいらしい。
時間が置かれ、少し劣化した薬。内服ではなく、徐々に沁み込ませる摂取…しかも、股間に。
様々な要因が部長の体内で薬を変質させ、本来の効果以上の結果をもたらしたようだ。
それが、あの冴えない部長をあそこまで人を惹き付ける容姿と性格にし、あのように…
「今日も素敵だよー!」
「やんっ、ありがトー♪」
「「「「ウォー!!」」」」
まさにアイドルのような立場を確立できたのだろう。
ただ…彼らは知らないのか、それとも知っていながら彼を崇拝しているのか。
一見少女にしか見えない部長。だが彼は未だ『彼』と呼べる。そう…あれで、実は男のままなのだ。
双葉君曰く『男の娘』、だそうだが…言いえて妙、だと思う。
「それじゃ、はっじめるよー♪」
「「「「フォー!!」」」」
…彼らが幸せなら、僕はこれ以上何も言わない。ただ、生徒会として注意するだけ。
その内容はいつも、兄の勢力とのイザコザに関するものである。

敏明君は…大丈夫、男のまま…というか、肉体的変化は無い。
僕が不在の間、副部長の補佐を率先して行い、何時も以上に生徒会に貢献してくれた。
やはり彼は頼れる存在で、少なくとも今の生徒会に無くてはならない人物だと、再認識できた。
…ただ、あの日以降、未だ清美の件については面と向かって話をしてはいない。
僕個人の気持ちとしては、彼が清美の傍にいてくれれば安心だ、という事。
勿論これは本人達の問題なので、いくらあ…兄とはいえ、そこまででしゃばる気はない。
では何が問題かというと…あの保健室の一件だ。
僕が復学し、久しぶりに顔をあわせた際…お互い、恥ずかしさでまともに目をあわせられなかった。
その状況は今も続いている。思った以上に、彼との関係が複雑になってしまった。
こんな時に清美の件について話し合うのは、あらゆる意味で気が引けるのである。
何故こんなになってしまったのか、原因は解らないが…少なくとも、この胸の高鳴りは、関係ない。

その清美だが…今回の一件を隠し通せるはずもなく。
それどころか双葉君にあっさりと体の事を言われ、結局清美にも、事の次第を伝えた。
勿論キシマ兄弟の写真に関しては消去させたし、そもそも彼らも女になったので一応大丈夫だろう。
初めの内は信じられない様子だった清美も、直ぐに女の僕を受け入れてくれた。
今ではすっかり慣れたようだが…やけにスキンシップが多くなったのは、気のせいだろうか。

そして、僕と…双葉君。

ミキモト姉妹の徹底したレクチャー(?)で、清彦はすっかり女性として一人前になっていった。

清彦が一週間も学校を休んだ原因…それは。
「…よく、我慢できるね…」
「それが女の子の強さですよ、会長」
ベッドで横になり、げんなりとしている清彦を励ます双葉。
(これも戻るため、戻るためなんだ…)
清彦はその一心で、初めての生理を耐え抜いた。
が、そんな清彦の思いも空しく、清彦の体は益々女性らしく変化していった。
髪が尋常ではない速度で伸び、三日もせずに肩にかかるほどの長さに伸びていた。
鬱陶しく感じ、清彦は切ろうと提案したが…双葉が全力を持ってこれを阻止した。
「ダメですッ!」
「…!?」
その気迫に押され、清彦は仕方なくその髪を後ろで纏め、基本はポニーテールにしている。
…が、ちょくちょく双葉に髪型を弄られるので、髪に妙な癖がついてしまった。
そして散々扱き下ろされていた胸が、風船が膨らむようにどんどん大きくなっていった。
次の日にはもう双葉が用意したブラが合わず、結局その一週間で五回も買い換える羽目に。
「ゴッ、ゴメン双葉君…」
「いいんですよ会長、私がしたいからやってるんですし」
「でも…」
「お金ならご心配なく! お姉ちゃんがバッチリ用意してくれてます!」
「しかし…ヒャァッ!?」
「ウフフ♥ 素直にならないならこうですよ…?」
「やっ、やめて・・・」
何時までも謝り続ける清彦に、双葉は清彦の胸を揉んで黙らせた。
「おっきくなぁれおっきくなぁれ♪」
「ホッ、ホントにやめて!」
…これが一番の原因じゃなかろうか。そう思う清彦であった。

こうして身体は完全に女性そのものとなり、残るは清彦の心、唯一つであった。

そうした紆余曲折を経て、壇上で話を続ける女子生徒…清彦がいた。

「…なので、暫く僕はこの姿で生活しますので、どうかよろしくお願いします」
一礼し、壇上から降りる清彦。
懸念していた、清彦の社会的存在。それは若葉の謎の人脈を以って、解決された。
「ダイジョーブ! 大船に乗ったつもりで任せておきなさい!」
「そうですか…ハハ…」
既に沈みきった泥舟にしか思えないのだが、助け舟としては、実際に効力はあった。
休日、家に運び込まれたダンボールには沢山の女物の服があり、学校の制服まで入っていた。
更には書き換えられた戸籍謄本まであって、流石に怖さを感じるレベルなのだが…
『私が男になった時のノウハウが、まさか今になって役に立つとはね』
そんな事を若葉は呟いていたが、そもそもその時点でどうやってそんな人脈を持っていたのか。
彼女に関しては謎が尽きないが、深入りして泥沼に嵌りたくは無いので、何も言わない事にした。
ただ…この状況、あまりにも手際がよく、更に僕の意思は一切無しでの結果。
まるで男に戻るには、更に労力が必要と思わせるような事の運びに…僕は危惧せざるを得ない。

まさかと、思いたい。

生徒会長・清彦のセンセーショナルな復帰後。

「「「「おはようございます! 会長!」」」」
「あぁ、おはよう」
「「「「今日も魅力的です! 会長!」」」」
「…ありがとう」
生徒会室へ向かう清彦の行く手に、多くの男子生徒が列を成し、思い思いに挨拶をする。
社会的な立場が解消できても、男子だった僕が女子になって、皆にどう思われるのか…
そればかりは、実際に学生生活を再開してみなければ解らなかった。
それでも生徒会長である僕には、躊躇っている暇なんてない。
だからこそ全校生徒が集まる朝礼で、僕は皆に向けて暴露したんだ。
不安がなかった訳じゃない。だけど、僕には果たすべき使命がある。
今まで以上に強気な自分になったのは、あの薬のせい…いや、おかげなのだろう。
そんな、今までの自分では考えられない行き当たりばったりな行動が功を奏したのか。
大多数の生徒からは、受け入れられる以上の歓迎を受けた…主に男子生徒から。
その結果がこれだ。
「会長!」「生徒会長!」「我らがマドンナ!」
「…すっかり人気者ですね」
「…」
双葉の少しトゲのある言葉に耳を痛めながら、顔に手を当て落胆する清彦。
(…こういう人気が欲しい訳じゃないんだが…)
支持されるのは会長として良い事だが、彼らの支持の理由は不純なものであるのは明確である。
気付けばファンクラブなんてものも出来ていて、別の意味で僕を悩ませている。
得てしてこういう場合、反比例するように女子からは疎まれる事が常、というのが相場だが…
「キャー! 姉様ー!」「こっち向いてー!」「今日もお美しいですわー!」
「ハ…ハハ…ありがとう」
「「「「キャー!!」」」」
「…ホント、人気者ですね」
「…」
こっちはこっちで、一部の女子の間から『お姉さま』と呼ばれ、支持を得ている…多分。
どうもその裏に若葉さんの影がちらついている気がするのだが、真相は不明だ。
兎も角懸念していた校内での生活も、変な尾ひれを除けば概ね恙無く過ごせてはいる。
生徒会室に着き、漸く一息つけた僕を、双葉君がじっと見つめていた。
「…なんだい?」
「会長、変わりましたね」
「そりゃそうだろう。性別が変わって…」
「ううん、そういう事じゃないです。もっと、こう…」
「?」
双葉君が何やらジェスチャーで伝えてこようとした…が、ふと我に返ったようにまたこちらを見て…
「ん。やっぱり会長は、会長です♪」
「…ありがとう」
ニコッと笑っておどける双葉君に、僕はなんとなく、励まされた気がした。
「それじゃ私、挨拶に行ってきますね」
「あぁ、よろしく頼むよ」
「はいっ♥」
ピンと背筋を伸ばし一礼をしてから、双葉は生徒会室を後にした。
「はいはい会長のお仕事の邪魔しないよーに!」
「「えー!」」
…扉の向こうから、そんなやり取りが聞こえた。その声に、なんとなく微笑む清彦。
「さて、と…遅れた分を取り戻さないとな」
コホンと咳払いをしてから姿勢を正し、机のPCを起動する。それを待つ間に書類に目を通す。
文書ソフトを起動して、各委員会の通達文書や書類の校正等、いつもの職務をこなしていく。
生徒会長となってから、僕が担っている日課。これからも、担っていく日課。
僕が僕である限り、僕はこの仕事に誇りを持って担おう。

そう、僕…イクシマ清彦は『生徒会長』なのだから。
僕は生徒会長終わり
お読み頂きありがとうございます。投稿版に加筆修正を行った清書版です。

ふと思い立って書いたものがここまで大きくなってしまいました。
結局基本的な展開になってしまいましたが…コンセプトは「朝おんより重要な事がある」でした。
そのキャラ立てからでた結論が、この生徒会長というキャラ。真面目な性格を反映するため、文章もやや堅めに。
結果辞書と睨めっこしながら書く羽目になり、色々と長くなってしまいました。
それでも楽しんでいただければ、何より幸いです。

尚後日談的な話も同時に投稿しています。宜しければそちらも合わせてご覧下さい。やっぱり長いですが。↓
図書委員T・S
http://www.tsadult.net/megalith/?mode=read&key=1346435626&log=0
0.2420簡易評価
14.無評価きよひこ
キシマ兄妹のクズっぷりがいちいち癇に障り
物語に集中できない
21.80Kaedon
It's about time somoene wrote about this.