「(なんて事だ・・・!! 奴ら俺が魔殺士だという事に気づいていたんだ!!)」
メールを見た紫奈は、いてもたってもいられずに裏山へと駆け出した。
走りながら仲間に連絡を入れ、応援を求めたが、おそらく時間的には間に合わないだろう。
自分ひとりで、なんとか助けるしかない。
――俺はとんだ大馬鹿野郎だ!!――
彼女は自分の不甲斐なさを責めた。
魔者が監視している事も分からずに、自分は迂闊にもミカや双子に近づきすぎていたんだ。
巻き込んでしまった。何の関係もない生徒を。軽々しい自分の行いのせいで。
このままでは2人は死ぬ。肉は喰い尽くされ、皮は剥がされて魔者の擬態に利用される。
そしてミカ達の姿に化けた奴らは、さらに多くの人を殺し、喰らうだろう。
――そうはさせない。何としてでも助け出してみせる――
紫奈は誓った。もう二度とあんな思いをするのはごめんだ。
何も出来ないまま、人が切り刻まれていくのを見続けるのは。
脇目も振らずに彼女は走る。小川を越え、茂みを抜け、ただ走り続ける。
そして指定された時間よりも少し早く、紫奈は地図に示された印の近くにたどり着いた。
茂みに隠れながら、印の場所をうかがう。
「ここ・・・か」
小さな声で彼女はつぶやく。そこには随分と昔に遺棄されたと思しき神社の跡があった。
境内の地面には小さな足跡と、巨大な獣のような足跡が混在しているのが分かる。
熊ではない。それは紛れもない魔者の足跡。
しかし、魔者の気配は感じられない。だが近くに潜んでいるはずだ。
戦いの邪魔になる人皮を脱ぎ捨て、異形の本性を露にして。
紫奈は両膝をつき、腹を押さえながら頭を低くして地面に屈みこんだ。
すると彼女の腹がゴボリと鳴って、喉と下顎が内側から異様なまでに膨らみ始めた。
少女の口は鰐のように裂け、愛らしい顔を大きく歪ませながら、体内に隠していた短刀が喉の奥からせりあがって来る。
彼女がそれを手に取った後、再び喉をボコボコと球形に膨らませながら、今度は手榴弾が口から出てくる。
ポーチの中に手榴弾を吐き出し、いつでも取り出せるようにしておく。
鞘を抜き、抜き身になった刃を構える。
「ふぅんっ!!」
気を集中させ、刀身に術を込める。紫色の光が刀を包み、異形を滅する超常的な力が鋼刃に宿る。
「待っていてくれミカちゃん。何があっても、絶対に助け出す」
周囲の気配に気を配りながら、紫奈は境内へと踏み込む。
そして物音をたてないように、複数の足跡が集中する拝殿の方へ足を進めていった。
相手がこちらに仕掛けてくる様子はまだない。
拝殿にたどり着き、紫奈は階段にそっと体重をかけてみた。
床板は随分と痛んでおり、彼女が足を進めるたびに軋んだ嫌な音をたてる。
踏み抜かないように細心の注意を払い、賽銭箱のわきを通り抜け、入口の障子を開けた。
空はまだ明るかったが、お日様は裏山の稜線の中に隠れ、拝殿の中は真っ暗な闇に包まれていた。
しかし、紫奈の視覚が暗闇に遮られる事は無い。
霊体である彼女は、自然の中にある生命そのものを、光として知覚することが出来るからだ。
そして2人の人間の生命の光が、室内の暗闇を打ち払っていた。
「ミカちゃん!!」
それは紛れもなくミカだった。そのかたわらに海か久実、どちらかの姿が横たえられているのが分かる。
彼女らは生きていた。しかし2人は気絶しているのか、目をつぶったまま全く動じない。
助けなければ。紫奈はたまらずミカの側に駆け寄ろうとした。
靴底が腐った床板を踏み抜き、紫奈はあやうく転びそうになるが、何とか踏ん張りつつ彼女の元にたどり着く。
ミカのいましめを解き、彼女を起こそうと優しく体を揺する。
しかしミカは起きなかった。紫奈の心配をよそに、幸せそうにスヤスヤと寝息をたてている。
「やれやれ。調子狂うなぁ」
いつも通りの彼女の反応に、敵中にあるにも関わらず紫奈は苦笑い。だが無事で何よりだ。
とりあえずは2人を外に出そう。刀を置き、ミカの体を抱き上げようとしたその時。
紫奈をの脇腹を、凄まじい激痛が襲った。
声にならない悲鳴をあげ、彼女の体は床へと崩れ落ちる。
霊体の感覚を操作して痛覚を抑えようとするが、何故か上手くいかない。
原因はすぐに分かった。術が、魔殺士の力が何らかの形でブロックされているのだ。自分の脇腹に差し込まれた異物によって。
それは柄頭に奇妙な装飾が施された短剣だった。もちろん、ただの短剣が彼女の本体に通じる筈は無い。間違いなく何らかのまじないのかかった物だ。
「フフフフ・・・。敵地では自分の背中に気をつけるべきじゃないのかなぁー? し・い・な・ちゃん☆」
背中から声が聞こえる。ここ数日で聞きなれた、舌足らずな少女の声。
「最も、近くにいる敵に気づかないマヌケには、出来ない相談だったかなぁー?」
髪を掴まれ、強引に後ろを振り向かされる。首が捻じ曲がりそうになる、人間らしからぬ力で。
「えへへー。ようこそ紫奈ちゃん。私の隠れ家へ☆」
振り向いた先には、とても人のものとは思えない邪悪な笑みを浮かべた、双子のどちらかの顔があった。
「お、お前は・・・。お前が魔者だったのか・・・」
「クスクス・・・。そうだよ間抜けな魔殺士さん。ところであたしが双子のどちらか、分かるかなー?」
「・・・」
「え、分かんないって? それは寂しいなー。あたしは妹の久実だよー」
『久実』の顔がまた笑った。それは『あの日』に見た、妹に化けた魔者の笑いと重なって見えた。
紫奈は身動きが取れないまま、強引に拝殿から引きずり出された。ミカの身柄は中で放置されたままだ。
「さあ、歩いてよ。『お姉ちゃん』のところまで案内してあげる」
久実に首を掴まれ、紫奈は無理やり起こされ、歩かされる。
脇腹の痛みで足がもつれ、何度も転びそうになりながら本殿へと連行される。
連れて行かれた先には、石畳の上で腕を組んでふんぞり返る久実の姉、海の姿があった。
その容姿は妹同様、別れたときと全く変わらない。その顔に浮かんだ、禍々しい歪んだ笑顔を覗いて。
紫奈は理解した。双子は両方とも魔者だということを。
彼女の足元に、紫奈は乱暴に放り出された。無様にも海の前でバランスを崩し、跪くような姿勢となる。
顔を上げようとした紫奈の頭を、海は容赦なく踏みつけた。
「ぐぅ・・・!!」
「こうもあっさり引っかかってくれるなんて、随分と拍子抜けだねー。間抜けな魔殺士さん」
「どうして・・・俺が魔殺士と分かった?」
「聞きたい? 聞きたい? でも、教えてあげないよー」
踏みつける足に力が篭る。紫奈の頭は尋常ならざる力に押し付けられ、石畳にピシピシとヒビが入る。
「ぐああ・・・!! くそ、俺を殺すならさっさと殺せ。でもミカちゃんは解放しろ。彼女は関係ないはずだ!!」
「おっと、その誘いには乗らないよー。その抜け殻を壊しても、魔殺士が死なないことは調査済みなんだもん」
「!!」
紫奈は驚愕した。敵はこちらの正体を知っている。
「あと、ミカちゃんを解放するのもNGだね。彼女にはそろそろ皮になってもらおうと思ってたから。
抗議は受け付けないよ。あたし達はメールを送りはしたけど、こちらに来いとは言ってないし、彼女を放すとも言ってない。
そもそもあたし達との取引が成立するとでも思ったの?」
「なら、俺をどうするつもりだ!?」
その質問に、双子は待ってましたとばかりに微笑んだ。
「もちろん紫奈ちゃんには消えてもらうよー。そしてその抜け殻を貰って、紫奈ちゃんと入れ替わるの」
「何だと!!」
「あなたに化ければ、魔殺士の組合にも簡単に出入りできるもんね。内部の情報を知れば、新しいビジネスも開拓出来るわけだしー」
海は勝ち誇った顔で話を続けた。
「紫奈ちゃんに刺さってるのは、魔殺士の霊力を吸い取る特製の魔剣なんだ。
知り合いの魔者に物好きな奴がいてさ、魔殺士さんを滅ぼす武器を作ってる内に、こういうのも出来たってわけ。
抜こうとしても無駄無駄ー。これの魔刃は皮を介して、あなたの霊体に食い込んでいるんだもん」
くそ、何てことだ。紫奈は狼狽して唇をかみしめた。
敵はミカの命も、自分の存在そのものまで奪うつもりだ。
自分はどうなっても構わない。魔殺士になると決めた日から、闘いで命を落とすことは覚悟していた。
だがミカは別だ。彼女は普通の女の子で、夢も未来もあるはずだ。
本物の双子だってそうだ。
あんな化け物に肉を喰われ、皮を剥がされ顔を奪われる。そんな死に方をして良いわけがない。
ミカちゃんだけは何としても守らなくては 。でも、どうやって守る?
いまいましい魔剣に突き刺され、術はほとんど使えない。皮から抜け出して霊体になることすら出来ない。
使えるとしたら簡単な念動力ぐらい。だがその力はあくまで小さなものを動かすだけで、とても魔者を倒す力は無い。
魔剣は今この時も、自分の命を吸い取り続けている。
このままではやがては術も使えなくなり、霊力の全てを失い自分は死ぬ。いや、消える。
一体、どうすれば・・・。
「ふふふ・・・。足掻け足掻け」
足元で動けなくなった紫奈を見下ろしながら、偽双子はすでに勝ったつもりでいた。
じゅるり、と舌なめずりをしながら、『久実』は蛇のような顔で抑えられぬ衝動を露にした。
偽者とは分かっちゃあいるが、目の前の抜け殻を犯りたくて仕方が無い。
もう人間の娘の振りはやめだ。今からは自分の本性のままに動いてやる。
「相棒。俺ァもう我慢できねぇ。この女犯ってもいいかァ!?」
態度が豹変した『妹』の姿に、『海』は呆れて肩をすくめた。
「おいおい、ここは敵前なんだぜ、少しは自重しようや」
「いいじゃあねぇか。放って置いてもこいつは死ぬんだ。少しは楽しませろって」
辛抱できないのか制服のスカートを捲り上げながら、下着をビリビリと破り捨て、自らの下半身を露にする。
「分かったよ。好きにしな。だが油断はするなよ」
相棒の返事も聞かずに、『久実』は紫奈の体にのしかかった。
そのはずみで脇腹の短剣が根元まで刺さり、紫奈は激痛に悲鳴を上げる。
だがそれに構うことなく、『久実』は紫奈の制服を乱暴に破り捨てると、彼女の胸に舌を這わせた。
二股に割れた、長い蛇のような舌先でその肌をもてあそぶ。
「すげぇなぁ。相棒は豚臭いって言うが、俺には全くわからねぇよ」
舌を伸ばしたままなのに、随分と器用に喋るものだ。
皮の作りに感心しながら一通り紫奈の体を楽しんだ後、魔者の舌先は本命の部分へと伸びていった。
本物同様に作られた、女を表す花弁の部分に。
「く、くそ!! やめろ!!」
魔者の辱めに、紫奈は力の限り抵抗しようとした。
しかし霊力を吸われている今の彼女では、人外の力には抗すべくもない。
強引に股を広げられ、『久実』の舌先が花弁の入口に触れる。
「ふあぁ・・・!!」
その途端、恍惚の声と共に、力んでいた紫奈の体が緩んだ。
入口にある小さなつぼみを、キュッとつまんでやる。
「あっはぁっ・・・!!」
紫奈はさらに甲高く喘ぎ、ピン、と体を張り詰める。
彼女の反応は、『久実』を激しく興奮させた。溢れ出す愛液が紫奈の太股を濡らし、その臭いが魔物の衝動をさらにかき立てる
むき出しになった久実の花びらがかぱぁと開き、中から黒光りする巨大なモノ、ギンギンに怒張した魔者の一物が大きくせり出した。
長さ一尺は下らない。太さも長さも明らかに人間離れしたモノだ。
それを見た、紫奈の顔が青くなるのを魔者は見逃さなかった。
「や、やめろ。そんな汚いモノを・・・ひあっ!!」
大事なところにモノを押し付けられ、抗議の声は途端に中断させられる。
「へへへ、最後の選別だ。死ぬ前に一杯愉しませてやるよ」
下卑た笑みを顔に浮かべ、少女の姿をした怪物は自らの巨根を、強引に紫奈の器の中に押し込んでいった。
「あぎっ!!」
強引な姦通で、紫奈の表情が苦痛に歪んだ。
魔者は彼女に構うことなく往復運動を始める。まるで殴るような暴力的なセックス。
一見それは可愛らしい少女2人が、禁断の行いに耽溺しているように見える。
だがその実態は人ならざるものの一方的な蹂躙だった。
姿勢や角度を変えながら、魔物は舌なめずりをしながら紫奈の体を愉しむ。
「あぐっ!! 外道め離れろっ!!」
紫奈は必死に『久実』の体を引き離そうともがくが、魔物の膂力には抗するべくもなかった。
脇に刺さった短剣が、彼女から徐々に力を奪っていく。
相手の抵抗などどこ吹く風で、魔物の一物がまがい物の膣の中で動く。
少女の肉穴はおぞましい異物を全力で排除しようと試みるが、それは魔物の体をさらに愉しませるだけだった。
「うぉ!! 締まる!! すげぇなぁ。まるで作り物とは思えねぇぜ」
狂ったように魔物の体が猛り、蠢く。
「ひぐっ!! ああっ!! ちくしょうっ・・・!!」
怒りと羞恥に歪んだ少女の顔。それを見た魔物の嗜虐心はさらに強まっていく。
「ほうら一発目だ。しっかりと受け止めてくれよ!!」
次の瞬間。胎を突き破らんばかりの勢いで、魔者の一物はその精を紫奈の中に解き放った。
「ぐえっ!!」
少女の腹がボゴォ!! と一瞬膨らみ、直後大量の生臭い汁が結合部よりドバっと溢れ出した。
並みの人間なら内臓破裂が起きかねない、魔者の射精だ。
だが魔者の遊戯はまだ終わってはいない。自分が満足するか、相手が壊れるまで蹂躙は続く。
「ぐへへ、中々よかったぜぇ」
一度目の果てを迎えた魔者の、蛇のように長細い舌が紫奈の頬を這い回る。
彼女の体は乱暴に抱き寄せられ、次の瞬間かぶり付くようにその唇を奪う。
魔物の舌先が彼女の唇をこじ開け、貪欲に咥内を貪る。まるで征服の証だと言わんばかりに。
紫奈の体に抵抗しようとする様子はなく、脱力、放心したようにだらしなく目口を開いたまま、上と下、二つの口を侵す魔物のなすがまとなっていた。
征服感に満たされ、さらに興奮した魔物の魔羅が、再び紫奈の中で膨れ上がる。
「ひぎっ」
胎の奥を突き上げられ、少女が力なく悲鳴をあげる。皮に寄生した本体の余力も、もう限界に近いようだ。
本体が消滅すれば、この皮は自分のものだ。魔殺士の姿を利用し、自分達はより効率的に狩りが出来るようになる。
――くくく。楽しいじゃないか――
前に犯した娘のことを思い出す。彼女は双子の姉を守るために、魔者の陵辱を受け入れた。
最初は気丈に振る舞っていたが、陵辱を重ねるごとに、痛みに泣き叫びながらもうやめてと嘆願した。
勿論その後は姉諸ともに毒牙にかけ、絶望の中で彼女の生命は終わりを迎えた。
現在この魔者達が被っている皮は、その時喰った姉妹の皮を剥ぎったものだった。
「(ケケケ。もう一度楽しませてもらおうか)」
舌先で歯の裏を舐りつくしながら、紫奈の中で、魔者が再び往復運動を始めようとしたとき、
「!?」
魔者の口の中に、何かが押し込まれた。
ギョッとして思わず紫奈から顔を離し、口の中のものを吐き出す。それは金属製の輪っかのようなものだった。危険なものには見えない。
「ケッ。悪あがきかよ」
気を取り直して紫奈の体を地面に押し付け、その唇を味わおうと舌を伸ばす。
だが紫奈は笑っていた。陵辱を受けていたときの苦悶の顔ではなく。まるで相手を見下すような笑い。
気がふれたか? 最初魔者はそう感じたが、相手の目に狂気の光は浮かんでいない。
何かが変だ。魔者の第六感が警告する。気を抜くな。こいつは何かしでかす気だ。
紫奈が口の中から、白い煙のようなものを吐き出す。それからは燃える火薬の臭い。
危険を悟り、魔者は紫奈の体から急いで離れようとした。しかし、出来ない。
紫奈の両脚が魔者の体をがっちりと挟み込み、下の口が魔羅を咥え込んだまま離さなかったからだ。
これぞ必殺だいしゅきホールド。
「クソッ!!」
久美の右手が割れ、あらわれた魔者の巨大な鉤爪が、容赦なく紫奈の体を斬りつける。
だが彼女の体はビクともしない。傷だらけになった紫奈の蔑んだ笑顔も、崩れることは無かった。
――かくなる上は脚を切り落として――
紫奈の脚を薙ごうと、魔者の鉤爪が振り上げられる。
しかし、ここでタイムアップだった。口づけのぴったり五秒後、紫奈の肉体が爆音と共に内側から破裂したのだ。
それは体内に残していた、たった一個の手榴弾。
紫奈は陵辱を受け魔者の気を反らしながら、僅かに使えた念力で手榴弾の安全ピンを引き抜いていたのである。
銃や刃物も受け付けない異界の魔物も、至近距離での爆発による衝撃波と、飛び散った無数の破片を受けてはひとたまりもなかった。
魔物の上半身が久実の皮ごと引き裂かれ、少女のままの姿をした下半身が力尽きて倒れる。
直後、その断面から黒い蒸気がシューシューとあがり、一瞬の内に魔者の肉体はこの世から消え去っていく。
後に残されたのは、クシャクシャの皮のみとなった、久実の下半身だけだった。
「お、おい!!」
相方のお楽しみを間近で見ていた魔者は、最初は一体何が起きたか分からなかった。
しかし、消滅していく相棒の肉体を見て悟った。あの女、自爆しやがった。
爆発の土煙が晴れ、その中に獲物の姿をみつける。
そいつの状態は無残なものだった。
体内での爆発によって紫奈の胴体は殆どが吹き飛び、残っている部分は胸から上の胴体と頭と右腕だけ。
無論残っている部分も衝撃と破片でズタズタに引き裂かれ、まるでスプラッター映画のようなむごい状態だったが、彼女はまだ生きていた。
我ながらずいぶんと無茶をする。自身の惨状を見ながら紫奈は思わず苦笑い。脚はともかく、片腕を持って行かれたのは誤算だった。
爆発の瞬間に防壁を張ったつもりだったが、消耗が激しく不完全だったらしい。
自身を弱らせていた魔剣が吹き飛んだのは怪我の功名と言うべきか。とはいえ、
――まずいな。魔者はまだ一体残っているってのに――
しかし今更慌てても、どうにかなるものではなかった。
「野郎!! よくも!!」
可愛い顔を憤怒で歪ませながら、海の姿をした魔者は地面に倒れこんだ紫奈へ猛然と迫った。
海の右手が割れ、小剣のような鋭い爪がせり出す。
短距離ランナーの倍を超える速度で両者の距離は瞬時に縮まり、まともに動けない紫奈に爪の乱舞が襲い掛かった。
「くっ!!」
紫奈は魔者の攻撃から何とか身を守ろうとするが、あっという間に右腕を切り落とされ、文字通り手も足も出ない。
「殺してやる!! コロシテヤル!!」
魔者は怒りのままに爪を振るう。羆のような爪が何度も彼女を引き裂く。左の乳房が切り落とされ、顔の半分が剥ぎ取られる。
本来ならさっさと皮から抜け出して、ここから逃げ出すところなのだが、彼女にそれは許されない。
それは拘束されているミカを、見殺しにすることに他ならないからだ。
最も皮から抜け出せたところで、弱りきった自分の霊体は、新しい皮に入るまでもたないだろう。
だから紫奈はひたすら耐える。耐えて耐えて、反撃の機会を待つ。振るう刀も、手も足も無い今、最後に残った技。
しかしその機会が徐々に失われていくのが彼女には分かった。皮が傷を負うごとに、紫奈の魂も弱っていく。
おそらくチャンスは一度きりだ。奴が次に鉤爪を振り上げた瞬間、最後の念力で術を乗せた一撃を叩き込む。
「トドメだ死ねっ!!」
海の顔で魔者が吠えた。魔者の爪が、まるでスローモーションのようにゆっくりと天に振り上げられる。
今だ。残された『力』を背中に集中し、それを推進力として、胴体だけとなった紫奈の体が瞬時に加速する。
「でやぁー!!」
海の腹部に頭から突っ込む。昔のテレビゲームにあった高速頭突きが魔者の鳩尾にクリーンヒット。
「ぐえぇえ・・・!!」
紫奈の頭の上半分がどてっ腹にめり込む。
腹に空いた穴から、どす黒い魔者の血液が溢れ、瞬く間に黒い霧となって拡散していく。
「ああああ・・・・」
海の顔が苦悶の表情へと変わる。飛び出さんばかりに両目を剥き、大きく開いた唇がプルプルと痙攣する。
しかし、苦痛に歪んだ海の顔は、一寸の時を置いて再び怒りの形相へ戻っていった。
弱りきった紫奈の、起死回生の一撃は、魔者を滅するにはまだ少し浅かった。
「痛ぇじゃねぇかよぅ!!」
禍々しい声で吠えながら、海は紫奈の体をしたたかに蹴り飛ばした。
声もたてずに紫奈の体は十数メートルの距離を飛翔し、立木の幹に衝突。
ぶすり。
その勢いで、鋭く尖った折れ枝が彼女の後頭部に突き刺さり、右目から突き出した。
霊体である彼女が傷つくことや、苦痛を感じることはない。人の身を捨てたときに痛みを操作する術は身につけている。
だがこの吊るされた態勢は、彼女にとって更にまずい状況となっていた。
動けない。体を揺すろうが念力を使おうが枝を抜くことが出来ず、紫奈の体はその場に釘づけとなっていたからだ。
どれだけもがこうがボロ切れのように引き裂かれた彼女の体は、その場でプラプラと揺れるだけで離れることは出来ない。
「へへっ。いいザマだなぁおい」
海は笑いながら近くの幹に突き刺さっていた剣――爆発で吹き飛んだ霊体喰らいの魔剣――を手に取った。
紫奈の一撃で腹の部分の服と皮が裂け、中身の魔者の獣じみた地肌が垣間見える。
「今のは痛かったぜぇ・・・。さんっざんに手こずらせてくれちゃって。だが遊びは終わりだぁ」
一歩一歩足を進め紫奈に近づく。踏まれた草木が抗議するかのように乾いた音をたてる。
「斬っても斬れない霊体でも、こいつに斬られると痛ぇんだろ? お前の皮はもう使い物にならねぇし、お返しをさせて貰わねぇとなぁ!!」
そして彼女の傍らで大きく剣を振り上げた。腕もなく力も尽きた紫奈には身構えるしか術はなかった。
次の瞬間剣は振り下ろされた。魔の力を宿した刃が皮を裂き、それと同化した霊体を傷つける。
「ぐあぁ!!」
気も狂わんばかりの激痛に、紫奈は悲鳴を上げた。
続けざまの斬撃。傷口から漏れ出したキラキラと輝く紫色のオーラが、刃の中に吸い込まれていく。
彼女が魔者に抗う力は完全に失われていた。反撃することも逃げることも、ましてや避けることさえかなわない。
何度も何度も彼女は引き裂かれた。感じた激痛は少しづつ和らぎ、身も凍る冷たい感覚が紫奈を包み込む。
自分の滅びが近づいてきているのだ。しかしこの状況で彼女に出来ることは何一つとしてなかった。
持ち上げられた刃が、スローモーションのようにゆっくりと自分の方へと向かってくるのが分かる。
死ぬことは前に一度経験済みだ。だから、死ぬのは恐くない。
だがいくつかの心残りはあった。一つは残された姉のこと。いや、姉さんは俺がいなくても充分にやっていける。
もう一つは魔者に囚われたミカのことだ。彼女は助からないだろう。
ミカの血肉は魔者に喰われ、その皮は魔者の擬態に使われることになる。
――終わりだ。ミカさん、助けられなくてすまない――
ミカに詫びながら紫奈は目を閉じて観念した。魔剣に斬られた彼女の霊体は、跡形もなく分解され、消滅することだろう。
だがその時、連続した甲高い破裂音があたりに轟き、魔者の体に十数発の、直径11mmの金属の塊がめり込んだ。
「ぐあっ!!」
それは銃弾だった。衝撃で海の小さな体が小刻みに揺れる。数発がその顔半分をちぎり取り、その下から狼にも似た魔者の素顔が垣間見える。
ついでに幾つかの流れ弾が紫奈を貫き、彼女はその不快さに抗議の声をあげる。
しかし、人体には致命的な殺傷力を持つ.45口径弾のシャワーを持ってしても、魔者の肉体を傷つけることは出来ない。この世ならざる異世界からの来訪者である彼らに、普通の武器はあまり通じないのだ。
「おのれっ!!」
ただ、相手の注意を逸らす事は出来たようだ。紫奈にトドメを刺すことも忘れ、魔者はぎらついた目で邪魔者を探す。
いた。境内から15m程離れた茂みの中にいる、制服姿の細身の少女。
「あいつは・・・神原京?」
なじみの無い顔だったので思い出すのに少し手間取ったが、相手は間違いなく病弱なクラスメートの神原京だった。
なるほど、あいつも魔殺士だったのか。病欠を隠れ蓑に、裏で俺たちを嗅ぎまわっていたというわけか。
しかし解せない。奴からは魔殺士特有の豚の臭いがしない。
それがどういうカラクリかは知らないが、最初から紫奈は囮だったんだろう。紫奈の臭いで俺たちの注意を引き、自分の存在を巧みに隠していたんだ。
だったら紫奈を消すのは後回しだ。こいつから先に仕留めてやる。
魔者に発見されてことを悟ると、少女は骨董品のサブマシンガン、M3グリースガンを一連射した後、踵を返して林の中に逃げ込んだ。
数発の銃弾が海の顔を削り取るが、魔者にとっては足止めにすらならない。
「馬鹿めが!! そんなのが効くかよぉ!?」
魔者は悟った。こいつは自分を倒すすべを持っていない。
囮を助けるためにのこのことやってきたのか。全く持って愚かな奴だ。
お前の皮は、俺が存分に有効活用してやるよ。死にな。
ものの一秒と経たずに両者の距離は縮み、霊体も切り裂く魔剣の刃が京にせまる。
勝った。魔者は確信した。
しかし、その刃が京の背中を切り裂く瞬間は、やっては来なかった。
その代わりに魔者に訪れたのは、質量を伴った猛烈な黒い突風だった。
そして次の瞬間、灼けるような激痛が魔者の右肩を襲い、魔物は絶叫した。。
「GUAAAAAHHH!! お、俺の腕がァァァ!!!!」
魔者の右腕は肩の辺りからものすごい力で引きちぎられていた。乾いた足音と共に、その背後に黒い影が降り立つ。
それは犬だった。しかしその虎のように大きな体躯と、炎のようになびく漆黒の体毛は、普通の犬とは全く異なるものだった。
その大きなあぎとには、魔剣を握ったままの海の、いや魔者の腕が咥えられていた。
こいつは『分心』だ。魔者は悟った。自らの精神を物理体へと転移させ、意のままに操る魔殺士の技。
通常の術に比べると消耗は激しく、分心一体当たりの戦闘力は決して高くはないが、力ある魔殺士は同時に数十の分身を操り、その力は数人の魔者にも匹敵すると言われる。
ガサガサと茂みを掻き分け、中から十数もの『猟犬』が飛び出してきた時、魔者は自らの死を悟った。
最初に撃たれていたときに逃げておくべきだった。奴は分心の一つを囮に使い、自分をおびき寄せたのだ。
刹那、咆哮と共に猟犬たちは、少女の面影が僅かに残った魔者へと一斉に飛び掛った。
群がった犬達は、魔者の体をその爪と牙で存分に引き裂いた。
「GUAAH・・・・・・あ!!・・・・・・!!」
喉を破られ悲鳴すら遮られたまま、魔者は被った皮ごと跡形もなく猟犬達に喰らい尽くされた。
魔者が完全に滅されたのを見届けたあと、神原京は枝に貫かれたままの紫奈の元に歩み寄った。
もはや原型を留めぬ無残な姿となった彼女の体を、京は優しく抱き上げ、地面に降ろしてやる。
「遅れてごめんね、慶ちゃん。いや、今は紫奈ちゃん、だったかな?」
それは京の声ではなかった。だが紫奈はその声の主を知っていた。
「姉さん・・・。そうか、神原さんは姉さんだったのか」
生まれたときから何度も聞いた、ややおっとりした温かみのある声。
神原京の正体、それは彼女の姉、椿翠だったのである。
翠もまた、術を駆使して魔者を狩る魔殺士だ。家族を失ったあの日から、人を捨て修羅の道へと足を踏み入れた。
弟と同じくただ1人残った家族を守るために。
「そうよ。とは言っても『私』は分心の一体だけどね。私の本体は須賀さんと『百人喰らい』の追跡中」
『師匠』と最強クラスの魔者の名前が出た。分心とはいえ、そんな状態でよく助けに来てくれたもんだ。
「そりゃあもう、可愛い弟の為だもの。あ、今は『妹』だったかなー?」
「どっちでもいいよもう・・・」
彼女は特異な存在だった。彼女の使う分心はそれぞれが自らの意志を持ち、自身の判断で行動する。
他の分心使いでは不可能な、分心同士による高度な戦術を展開できる。
統制の取れた数十の分身による連携は、まさに小さな軍隊とも言うべきものだ。
その能力により、翠は魔殺士の中でも最強の1人として認知されているのであった。
「すまない姉さん。奴ら、俺が魔殺士だと知ってて罠にかけたんだ。姉さんがいなければ、俺もミカさんも助からなかった。
でも、解せない。奴らどうして俺の正体を見抜いたんだ?」
慶紫が異性に化けるのは、何も初めてのことではない。変装術の修練にはかなりの時間を割いているつもりだったし、紫奈の演技にも手を抜いたつもりは無い。
事実、他の生徒達はやってきた転校生が、実は女ではないことには気づかなかった。
「一週間前、市内の中学校で潜入調査をしていた魔殺士が、突然数体の魔者に襲われたの」
魔者が人間に見えるものを集団で襲うことはまずない。つまり、襲う相手が魔殺士と知っての襲撃なのだ。
「その場は難なく返り討ちにしたのだけど、襲撃犯を調べたところ、異様なまでに嗅覚が発達した個体が確認されたの」
「それって、つまり『臭い』で正体がばれたってことなの?」
「おそらくは、ね。信頼できるデータの蓄積がないから、まだ公開されていない情報だけど」
まぁ、そんなことがあって、私も少し気になっててね。それでこの数日様子を見ていたわけ。
流石に二人目の転校生、って立場は目立ちすぎるから、病欠中の生徒に化けて潜入したのよ」
「おかげでこっちは助かったよ。それで、臭いの対応策ってあるの?」
「もちろんよっ。術の応用で皮の臭気は補正できるわ。慶ちゃんには・・・その・・・ちょっと練習がいると思うけど・・・」
魔殺士としての慶紫の実力は、刀を用いた近接戦闘において発揮される。その反面、術の扱いにおいての彼の力量は、全魔殺士中最低ランクに位置している。
「ですよねー」
潰れた少女の顔で、慶紫は力なくつぶやいた。
翠は目を閉じて精神を集中し、周囲の魔気を探る。
「付近に魔者の気配なし。さて、私は本体と合流するから先に帰るね。
その格好じゃあ歩けないだろうから、この子の皮を残しておくね。だったら1人で帰れるでしょ?」
そう言って、自分の顔を指差す。
「う、うん」
シュウウ・・・という音と共に京の肉体が、まるで中身が抜けていくように内側から萎み始めた。
それに伴って、ほっそりとした少女の全身から淡い緑色の霧が噴き出していく。
これが翠の霊体だ。最もそれは彼女の持つ、数十体の分心の一つに過ぎないのだが。
「この子の格好で変なことしちゃ駄目よ。本物さんの名誉のために、ね?」
「しないよっ!!」
顔を真っ赤にして慶紫が怒鳴る。しかしその言葉を聴くこともなく、姉の分心は緑色の光条となって、天へと飛び上がっていった。
ぱたり。
抜け殻となった京の肉体が、力を失い地面に倒れこむ。
「やれやれ・・・。まったく・・・」
ため息をつきながら、慶紫は姉の飛び去った暗い夜空をしばらくの間見つめていた。
その後ボロボロに傷ついた紫奈の皮から抜け出し、彼の霊体は地面に倒れた京の中へ。
干物のように縮んでいた少女の肉体が再び精気を取り戻し、復元された京の体が力強く立ち上がる。が、グラリとふらついてすっ転ぶ。
「いてて・・・」
紫奈よりも体の重心が高いせいで、体の勝手が違うのだ。
気を取り戻してもう一度よっこいしょと起き上がる。今度は成功。肩の下が少し重いが、その内なれるだろう。
身長が高くなったせいか、視界が高い。紫奈の時は少し不便だった。
思わず自分の体を見下ろす。鎖骨の下の二つの膨らみが自分の視界を遮っているのが分かる。紫奈だったときはそんなことは無かった。
両手で腰の辺りを掴んでみる。紫奈ほどではないが、細い。それは男の体よりも華奢でひ弱そうに見えた。
指先を腰から太ももにかけての曲線をなぞる。美しい。男の時とは全く違う感覚だ。それを認識するのは初めてじゃないが、やはりいつ経験しても新鮮な感じがした。
もちろん紫奈の時と同様に、股の感覚が少し寂しい。当たり前だ。これは女の子の体なんだから。
戯れに、女の子の大事な部分に指先を近づける。
姉には『変なことはするな』とは言われたものの、やはり慶紫は男の子だ。本来の肉体を失くしてもそのことは変わらない。
下着の上から、僅かに映し出される割れ目の先を、その指先でそっと触れる。
その時、慶紫の下腹部から脳天へ向かって衝撃がはしった。
「ひぅっ・・・!!」
雷に撃たれたように、彼(彼女?)の体は大きくのけぞり、カッと見開かれた両目が天を仰ぐ。
それは生まれて初めて感じる女の悦び。男のそれとは違う感覚に慶紫はとりつかれた。
指先を下着の中に潜りこませ、直接指先で濡れた花園の中をを一心不乱にまさぐる。
「はぁ・・・っ・・・。んんぁっ・・・!! 指が・・・止まんない・・・ッ!!・・・」
まさぐればまさぐる程に、花園からは止め処なく蜜が溢れ、下着と指、そして内股を濡らしていく。
「うぁ゛っ!! はぁっ・・・!! はぁっ・・・!! キモチヨスギテコワレチャウよぉっ!!」
涙と涎でクシャクシャになった顔で、泣いているのか笑っているのかも分からない表情を浮かべ、慶紫は女の悦びを余すことなく愉しみ、やがて、悦びは絶頂となって彼女の体内を駆け巡った。
「ひ!! ひやぁァァァァッ・・・!!」
膝をついたまま慶紫はビクンビクンと痙攣し、絶頂の波が訪れるたびに大きく体を震わせた。
直後、全身から力が抜けフラリと地面に倒れこむ。心地よい疲労感が彼の体を包み込む。
そのまま数分。慶紫は荒れた息を整えながら、絶頂の余韻に体を委ねていた。
「ふぅ・・・気持ちよかった・・・。あれが女の感覚なんだなー」
初めての体験から数分が経ち、正気に戻った慶紫は地面からそっと立ち上がった。
日はすでに地平線の向こうに沈み、煌めき始めた星々が青黒い夜空を彩り始める。
首を振ってキョロキョロと辺りを見回す。あった。
「『浄火』っ」
両手で印を結び、術の式を口ずさむ。
直後、印を結んだ両手から、紫色の炎が標的めがけて一直線に走った。
その先にあるのは、木の根元に脱ぎ捨てた紫奈の皮だった。
ジュウゥゥゥゥ!!
皮は瞬く間に炎に包まれ、それはまるで焼かれるのを拒むように地面をのたうった。
しかし抵抗空しく皮は紫色の炎の中で、灰も残さずに焼き尽くされたのだった。
その後、拝殿で眠らされたままのミカを背負い、慶紫は真っ暗な闇に覆われた山を下り、街へと戻った。
ミカが目を覚まさないかヒヤヒヤしつつ、携帯電話のメモ帳に記録した彼女の住所を目指す。
暗い電灯の明かりを頼りに、『北条』の表札を探す。あった。真新しい二階建ての一軒家。
だが家の電気は点いてはいない。そういえば彼女のご両親は共働きだと聞いていた。
なら好都合だ。誰もいない内に済ませてしまおう。
ミカの制服のポケットから鍵を拝借し、玄関の扉を開ける。
「おじゃましまーす」
もちろん返事は無い。なんだか寂しい気がする。もちろん返事があると困ったことになるのだが。
靴を脱ぎ、二階への階段を上る。ミカの部屋はそこにあった。
部屋のベッドに、ミカの体をそっと横たえる。
「う・・・ん・・・」
ミカが漏らした声に慶紫は一瞬ビクッとするが、再びすやすやと寝息をたてるのを聞いてほっと一息。さっさとここから出て行こう。彼女とはもうお別れだ。
ミカが目覚めたとき、彼女は自身が大事なものを失っていることに気づくだろう。
しかし彼女が真実を知ることは無い。人の世に潜む、化物との戦いを。
いや、それでいい。彼女にとって真実はあまりにも残酷なものだからだ。
知ってしまったが故に、人生を狂わされた者は数知れない。
何も知らないまま、この人生を謳歌すればいい。
「サヨナラ」
誰にも聞かれぬ別れの言葉を告げ、魔殺士はこの場から立ち去った。
ミカと別れた後、慶紫は仲間の魔殺士と共に双子の家を捜索した。
家のチャイムを鳴らすと、生気のない返事と共にドアが開き、30代くらいのエプロン姿の女性が姿をあらわす。
双子の母親だ。だがそれは明らかに傀儡だった。魔殺士の彼らが見れば分かる。
傀儡皮。剥ぎ取った人の皮に魔気を封じ、人形のように操る技。
傀儡はある程度の知性をもち、簡単な作業や会話をすることも出来る。
ここに傀儡がいるということは・・・、家族はもう喰われてしまったのだろう。
その時、突然シュウウ・・・、という音と共に傀儡の肉体が萎み始めた。
術の更新が行われなかったために、活動時間の限界がきたのだろう。抜け殻となった女の皮が玄関口の床に横たわる。
慶紫たちはそれに構わず家の中に押し入る。扉を閉め鍵をかけ、トラップを警戒しながら双子の部屋を探す。
「椿、これ・・・」
部屋を調べた同僚が、双子の物らしき可愛い動物のステッカーが張られたノートPCを持ち上げた。
過剰なまでのセキュリティをかいくぐり、PC内のファイルを閲覧する。
「こ、これは・・・」
画面を見た
それは2人が捜し求めていたもの・・・。皮の売買リストであった。
2人はその後、PCに記録された場所、郊外の貸倉庫へと足を運んだ。
近くに民家の類はなく街灯の数も少ない。夜の闇に紛れたここは、まさしく絶好の隠れ家と言えた
イスラエル製の頑丈な錠前のかかった扉をこじ開け、中へと踏み込む。
生存者がいるなら、早く見つかってくれ・・・。
祈るような気持ちで、罠を警戒しながら二人はあちこちを探して回った。
しかし、2人の祈りは誰にも届くことはない。そこから先は気の滅入る作業の連続だった。
ロッカーを開くと、出てきたのは双子が集めたであろう、剥ぎ取られた大量の人皮があった。
南側にある大きな冷蔵庫からは、獲物から抜き取ったで大量の人肉や臓器が収められていた。
北側の部屋には皮を剥ぐための機械が運び込まれ、あちこちに飛び散った血が壁紙のように部屋を飾る。
床板をめくると、地面に埋まりきらないほどの、夥しい数の人骨が無残な姿をさらしていた。
遺体の数は40人は下らないだろう。裏口には犠牲者のものと思しき大量の衣服がビニール袋の中に纏められていた。
まさにここは工場だった。人を殺め中身を抜き取り、魔者が人に化けるための皮を作る。それだけの場所だった。
こうして、魔者によって引き起こされた事件の一つが幕を閉じた。
リストに記録された人名を辿り、魔殺士たちは組織の総力をあげて、人に化けた魔者たちを一斉に狩り出した。
滅せられた魔者の数は30以上。一度に退治された数としては類を見ない数字だが、掃討にかかった魔殺士達の心境は心穏やかなものではなかった。
滅した魔者の数だけ多くの犠牲者がでたこと。そして何よりも、人に化けた魔者がこれで最後ではないことを彼らはよく理解していたからだ。
魔者たちは知恵をつけはじめていた。人間の社会に潜み、その上位へと接触を続けていく。
時間と共に侵蝕は進み、やがてはこの日本の権力を乗っ取る日が来るかもしれない。
魔殺士の闘いに終わりはない。彼らも負けじと魔物の潜む闇の中へと足を踏み入れるのだ。
そして、もちろん慶紫も、それを躊躇する気はなかった。
自分のような人間を、1人でも出さないために・・・。
■■■
「こらっ、慶ちゃん。動いちゃだめだよー」
「ちょww 姉さん。用事が済んだんなら早く離してよー」
この日は皮を使った変化の術に更なる磨きをかけるため、慶紫は姉の翠(の分心)から指導を受けていた。
予定よりも多くの時間を使い、ようやく皮の臭いを偽装する術を身につけたところだ。
しかし、姉の拘束はまだ収まっていなかった。
「だーめっ。今日は慶ちゃんともっと遊ぶのー」
彼は姉の着せ替え人形として、いろんな衣装を着せられたり、写真を撮られたりしているのである。
「ほーらっ。今度はこの皮に着替えて」
海外旅行用の大きなキャリーバッグの中から、新しい皮を取り出す。
部屋の中には、慶紫が着せられていた十数枚の皮が散らばり、そのどれもが抜け殻となった今でも、愛らしい少女の面影を残していた。
慶紫の霊体が皮から抜け出し、新しい皮の中へと入っていく。
中身の無くなった少女の皮がドサリと床に崩れ落ち、部屋に散らばった抜け殻に、新しい仲間が加わった。
「今度はこの服にお着替えしましょうねー」
目の前に出された服を無言で受け取り、手馴れた様子で袖を通していく。
開いたバッグの中には、まだ見ぬ大量の皮と衣服が詰め込まれているのが伺える。
どうやら姉は、まだ自分を帰してはくれなさそうだ。
はあ、と慶紫はため息をつく。
でも、それでいい。
姉と別れた後、再び自分は魔者との果て無き戦いに向かうのだから。
今の時間が、唯一の家族となった姉との、最後の時間になるかも知れない。
その思いはまた、翠も同じなのだろう。
彼女は今の時間で、精一杯の思い出を作ろうとしているのだ。
だったら、とことん付き合ってやろうじゃないか?
「さあ慶ちゃん、今から撮るからね。笑って笑ってー」
部屋の向こうで、翠が古いフィルムカメラ――父親の形見の品だ――を構えた。
「あ、はーいっ。お姉ちゃんっ」
シャッターが閉じる寸前に、ファインダーの向こう側の『少女』が、嬉しそうに微笑んだ。(完)
メールを見た紫奈は、いてもたってもいられずに裏山へと駆け出した。
走りながら仲間に連絡を入れ、応援を求めたが、おそらく時間的には間に合わないだろう。
自分ひとりで、なんとか助けるしかない。
――俺はとんだ大馬鹿野郎だ!!――
彼女は自分の不甲斐なさを責めた。
魔者が監視している事も分からずに、自分は迂闊にもミカや双子に近づきすぎていたんだ。
巻き込んでしまった。何の関係もない生徒を。軽々しい自分の行いのせいで。
このままでは2人は死ぬ。肉は喰い尽くされ、皮は剥がされて魔者の擬態に利用される。
そしてミカ達の姿に化けた奴らは、さらに多くの人を殺し、喰らうだろう。
――そうはさせない。何としてでも助け出してみせる――
紫奈は誓った。もう二度とあんな思いをするのはごめんだ。
何も出来ないまま、人が切り刻まれていくのを見続けるのは。
脇目も振らずに彼女は走る。小川を越え、茂みを抜け、ただ走り続ける。
そして指定された時間よりも少し早く、紫奈は地図に示された印の近くにたどり着いた。
茂みに隠れながら、印の場所をうかがう。
「ここ・・・か」
小さな声で彼女はつぶやく。そこには随分と昔に遺棄されたと思しき神社の跡があった。
境内の地面には小さな足跡と、巨大な獣のような足跡が混在しているのが分かる。
熊ではない。それは紛れもない魔者の足跡。
しかし、魔者の気配は感じられない。だが近くに潜んでいるはずだ。
戦いの邪魔になる人皮を脱ぎ捨て、異形の本性を露にして。
紫奈は両膝をつき、腹を押さえながら頭を低くして地面に屈みこんだ。
すると彼女の腹がゴボリと鳴って、喉と下顎が内側から異様なまでに膨らみ始めた。
少女の口は鰐のように裂け、愛らしい顔を大きく歪ませながら、体内に隠していた短刀が喉の奥からせりあがって来る。
彼女がそれを手に取った後、再び喉をボコボコと球形に膨らませながら、今度は手榴弾が口から出てくる。
ポーチの中に手榴弾を吐き出し、いつでも取り出せるようにしておく。
鞘を抜き、抜き身になった刃を構える。
「ふぅんっ!!」
気を集中させ、刀身に術を込める。紫色の光が刀を包み、異形を滅する超常的な力が鋼刃に宿る。
「待っていてくれミカちゃん。何があっても、絶対に助け出す」
周囲の気配に気を配りながら、紫奈は境内へと踏み込む。
そして物音をたてないように、複数の足跡が集中する拝殿の方へ足を進めていった。
相手がこちらに仕掛けてくる様子はまだない。
拝殿にたどり着き、紫奈は階段にそっと体重をかけてみた。
床板は随分と痛んでおり、彼女が足を進めるたびに軋んだ嫌な音をたてる。
踏み抜かないように細心の注意を払い、賽銭箱のわきを通り抜け、入口の障子を開けた。
空はまだ明るかったが、お日様は裏山の稜線の中に隠れ、拝殿の中は真っ暗な闇に包まれていた。
しかし、紫奈の視覚が暗闇に遮られる事は無い。
霊体である彼女は、自然の中にある生命そのものを、光として知覚することが出来るからだ。
そして2人の人間の生命の光が、室内の暗闇を打ち払っていた。
「ミカちゃん!!」
それは紛れもなくミカだった。そのかたわらに海か久実、どちらかの姿が横たえられているのが分かる。
彼女らは生きていた。しかし2人は気絶しているのか、目をつぶったまま全く動じない。
助けなければ。紫奈はたまらずミカの側に駆け寄ろうとした。
靴底が腐った床板を踏み抜き、紫奈はあやうく転びそうになるが、何とか踏ん張りつつ彼女の元にたどり着く。
ミカのいましめを解き、彼女を起こそうと優しく体を揺する。
しかしミカは起きなかった。紫奈の心配をよそに、幸せそうにスヤスヤと寝息をたてている。
「やれやれ。調子狂うなぁ」
いつも通りの彼女の反応に、敵中にあるにも関わらず紫奈は苦笑い。だが無事で何よりだ。
とりあえずは2人を外に出そう。刀を置き、ミカの体を抱き上げようとしたその時。
紫奈をの脇腹を、凄まじい激痛が襲った。
声にならない悲鳴をあげ、彼女の体は床へと崩れ落ちる。
霊体の感覚を操作して痛覚を抑えようとするが、何故か上手くいかない。
原因はすぐに分かった。術が、魔殺士の力が何らかの形でブロックされているのだ。自分の脇腹に差し込まれた異物によって。
それは柄頭に奇妙な装飾が施された短剣だった。もちろん、ただの短剣が彼女の本体に通じる筈は無い。間違いなく何らかのまじないのかかった物だ。
「フフフフ・・・。敵地では自分の背中に気をつけるべきじゃないのかなぁー? し・い・な・ちゃん☆」
背中から声が聞こえる。ここ数日で聞きなれた、舌足らずな少女の声。
「最も、近くにいる敵に気づかないマヌケには、出来ない相談だったかなぁー?」
髪を掴まれ、強引に後ろを振り向かされる。首が捻じ曲がりそうになる、人間らしからぬ力で。
「えへへー。ようこそ紫奈ちゃん。私の隠れ家へ☆」
振り向いた先には、とても人のものとは思えない邪悪な笑みを浮かべた、双子のどちらかの顔があった。
「お、お前は・・・。お前が魔者だったのか・・・」
「クスクス・・・。そうだよ間抜けな魔殺士さん。ところであたしが双子のどちらか、分かるかなー?」
「・・・」
「え、分かんないって? それは寂しいなー。あたしは妹の久実だよー」
『久実』の顔がまた笑った。それは『あの日』に見た、妹に化けた魔者の笑いと重なって見えた。
紫奈は身動きが取れないまま、強引に拝殿から引きずり出された。ミカの身柄は中で放置されたままだ。
「さあ、歩いてよ。『お姉ちゃん』のところまで案内してあげる」
久実に首を掴まれ、紫奈は無理やり起こされ、歩かされる。
脇腹の痛みで足がもつれ、何度も転びそうになりながら本殿へと連行される。
連れて行かれた先には、石畳の上で腕を組んでふんぞり返る久実の姉、海の姿があった。
その容姿は妹同様、別れたときと全く変わらない。その顔に浮かんだ、禍々しい歪んだ笑顔を覗いて。
紫奈は理解した。双子は両方とも魔者だということを。
彼女の足元に、紫奈は乱暴に放り出された。無様にも海の前でバランスを崩し、跪くような姿勢となる。
顔を上げようとした紫奈の頭を、海は容赦なく踏みつけた。
「ぐぅ・・・!!」
「こうもあっさり引っかかってくれるなんて、随分と拍子抜けだねー。間抜けな魔殺士さん」
「どうして・・・俺が魔殺士と分かった?」
「聞きたい? 聞きたい? でも、教えてあげないよー」
踏みつける足に力が篭る。紫奈の頭は尋常ならざる力に押し付けられ、石畳にピシピシとヒビが入る。
「ぐああ・・・!! くそ、俺を殺すならさっさと殺せ。でもミカちゃんは解放しろ。彼女は関係ないはずだ!!」
「おっと、その誘いには乗らないよー。その抜け殻を壊しても、魔殺士が死なないことは調査済みなんだもん」
「!!」
紫奈は驚愕した。敵はこちらの正体を知っている。
「あと、ミカちゃんを解放するのもNGだね。彼女にはそろそろ皮になってもらおうと思ってたから。
抗議は受け付けないよ。あたし達はメールを送りはしたけど、こちらに来いとは言ってないし、彼女を放すとも言ってない。
そもそもあたし達との取引が成立するとでも思ったの?」
「なら、俺をどうするつもりだ!?」
その質問に、双子は待ってましたとばかりに微笑んだ。
「もちろん紫奈ちゃんには消えてもらうよー。そしてその抜け殻を貰って、紫奈ちゃんと入れ替わるの」
「何だと!!」
「あなたに化ければ、魔殺士の組合にも簡単に出入りできるもんね。内部の情報を知れば、新しいビジネスも開拓出来るわけだしー」
海は勝ち誇った顔で話を続けた。
「紫奈ちゃんに刺さってるのは、魔殺士の霊力を吸い取る特製の魔剣なんだ。
知り合いの魔者に物好きな奴がいてさ、魔殺士さんを滅ぼす武器を作ってる内に、こういうのも出来たってわけ。
抜こうとしても無駄無駄ー。これの魔刃は皮を介して、あなたの霊体に食い込んでいるんだもん」
くそ、何てことだ。紫奈は狼狽して唇をかみしめた。
敵はミカの命も、自分の存在そのものまで奪うつもりだ。
自分はどうなっても構わない。魔殺士になると決めた日から、闘いで命を落とすことは覚悟していた。
だがミカは別だ。彼女は普通の女の子で、夢も未来もあるはずだ。
本物の双子だってそうだ。
あんな化け物に肉を喰われ、皮を剥がされ顔を奪われる。そんな死に方をして良いわけがない。
ミカちゃんだけは何としても守らなくては 。でも、どうやって守る?
いまいましい魔剣に突き刺され、術はほとんど使えない。皮から抜け出して霊体になることすら出来ない。
使えるとしたら簡単な念動力ぐらい。だがその力はあくまで小さなものを動かすだけで、とても魔者を倒す力は無い。
魔剣は今この時も、自分の命を吸い取り続けている。
このままではやがては術も使えなくなり、霊力の全てを失い自分は死ぬ。いや、消える。
一体、どうすれば・・・。
「ふふふ・・・。足掻け足掻け」
足元で動けなくなった紫奈を見下ろしながら、偽双子はすでに勝ったつもりでいた。
じゅるり、と舌なめずりをしながら、『久実』は蛇のような顔で抑えられぬ衝動を露にした。
偽者とは分かっちゃあいるが、目の前の抜け殻を犯りたくて仕方が無い。
もう人間の娘の振りはやめだ。今からは自分の本性のままに動いてやる。
「相棒。俺ァもう我慢できねぇ。この女犯ってもいいかァ!?」
態度が豹変した『妹』の姿に、『海』は呆れて肩をすくめた。
「おいおい、ここは敵前なんだぜ、少しは自重しようや」
「いいじゃあねぇか。放って置いてもこいつは死ぬんだ。少しは楽しませろって」
辛抱できないのか制服のスカートを捲り上げながら、下着をビリビリと破り捨て、自らの下半身を露にする。
「分かったよ。好きにしな。だが油断はするなよ」
相棒の返事も聞かずに、『久実』は紫奈の体にのしかかった。
そのはずみで脇腹の短剣が根元まで刺さり、紫奈は激痛に悲鳴を上げる。
だがそれに構うことなく、『久実』は紫奈の制服を乱暴に破り捨てると、彼女の胸に舌を這わせた。
二股に割れた、長い蛇のような舌先でその肌をもてあそぶ。
「すげぇなぁ。相棒は豚臭いって言うが、俺には全くわからねぇよ」
舌を伸ばしたままなのに、随分と器用に喋るものだ。
皮の作りに感心しながら一通り紫奈の体を楽しんだ後、魔者の舌先は本命の部分へと伸びていった。
本物同様に作られた、女を表す花弁の部分に。
「く、くそ!! やめろ!!」
魔者の辱めに、紫奈は力の限り抵抗しようとした。
しかし霊力を吸われている今の彼女では、人外の力には抗すべくもない。
強引に股を広げられ、『久実』の舌先が花弁の入口に触れる。
「ふあぁ・・・!!」
その途端、恍惚の声と共に、力んでいた紫奈の体が緩んだ。
入口にある小さなつぼみを、キュッとつまんでやる。
「あっはぁっ・・・!!」
紫奈はさらに甲高く喘ぎ、ピン、と体を張り詰める。
彼女の反応は、『久実』を激しく興奮させた。溢れ出す愛液が紫奈の太股を濡らし、その臭いが魔物の衝動をさらにかき立てる
むき出しになった久実の花びらがかぱぁと開き、中から黒光りする巨大なモノ、ギンギンに怒張した魔者の一物が大きくせり出した。
長さ一尺は下らない。太さも長さも明らかに人間離れしたモノだ。
それを見た、紫奈の顔が青くなるのを魔者は見逃さなかった。
「や、やめろ。そんな汚いモノを・・・ひあっ!!」
大事なところにモノを押し付けられ、抗議の声は途端に中断させられる。
「へへへ、最後の選別だ。死ぬ前に一杯愉しませてやるよ」
下卑た笑みを顔に浮かべ、少女の姿をした怪物は自らの巨根を、強引に紫奈の器の中に押し込んでいった。
「あぎっ!!」
強引な姦通で、紫奈の表情が苦痛に歪んだ。
魔者は彼女に構うことなく往復運動を始める。まるで殴るような暴力的なセックス。
一見それは可愛らしい少女2人が、禁断の行いに耽溺しているように見える。
だがその実態は人ならざるものの一方的な蹂躙だった。
姿勢や角度を変えながら、魔物は舌なめずりをしながら紫奈の体を愉しむ。
「あぐっ!! 外道め離れろっ!!」
紫奈は必死に『久実』の体を引き離そうともがくが、魔物の膂力には抗するべくもなかった。
脇に刺さった短剣が、彼女から徐々に力を奪っていく。
相手の抵抗などどこ吹く風で、魔物の一物がまがい物の膣の中で動く。
少女の肉穴はおぞましい異物を全力で排除しようと試みるが、それは魔物の体をさらに愉しませるだけだった。
「うぉ!! 締まる!! すげぇなぁ。まるで作り物とは思えねぇぜ」
狂ったように魔物の体が猛り、蠢く。
「ひぐっ!! ああっ!! ちくしょうっ・・・!!」
怒りと羞恥に歪んだ少女の顔。それを見た魔物の嗜虐心はさらに強まっていく。
「ほうら一発目だ。しっかりと受け止めてくれよ!!」
次の瞬間。胎を突き破らんばかりの勢いで、魔者の一物はその精を紫奈の中に解き放った。
「ぐえっ!!」
少女の腹がボゴォ!! と一瞬膨らみ、直後大量の生臭い汁が結合部よりドバっと溢れ出した。
並みの人間なら内臓破裂が起きかねない、魔者の射精だ。
だが魔者の遊戯はまだ終わってはいない。自分が満足するか、相手が壊れるまで蹂躙は続く。
「ぐへへ、中々よかったぜぇ」
一度目の果てを迎えた魔者の、蛇のように長細い舌が紫奈の頬を這い回る。
彼女の体は乱暴に抱き寄せられ、次の瞬間かぶり付くようにその唇を奪う。
魔物の舌先が彼女の唇をこじ開け、貪欲に咥内を貪る。まるで征服の証だと言わんばかりに。
紫奈の体に抵抗しようとする様子はなく、脱力、放心したようにだらしなく目口を開いたまま、上と下、二つの口を侵す魔物のなすがまとなっていた。
征服感に満たされ、さらに興奮した魔物の魔羅が、再び紫奈の中で膨れ上がる。
「ひぎっ」
胎の奥を突き上げられ、少女が力なく悲鳴をあげる。皮に寄生した本体の余力も、もう限界に近いようだ。
本体が消滅すれば、この皮は自分のものだ。魔殺士の姿を利用し、自分達はより効率的に狩りが出来るようになる。
――くくく。楽しいじゃないか――
前に犯した娘のことを思い出す。彼女は双子の姉を守るために、魔者の陵辱を受け入れた。
最初は気丈に振る舞っていたが、陵辱を重ねるごとに、痛みに泣き叫びながらもうやめてと嘆願した。
勿論その後は姉諸ともに毒牙にかけ、絶望の中で彼女の生命は終わりを迎えた。
現在この魔者達が被っている皮は、その時喰った姉妹の皮を剥ぎったものだった。
「(ケケケ。もう一度楽しませてもらおうか)」
舌先で歯の裏を舐りつくしながら、紫奈の中で、魔者が再び往復運動を始めようとしたとき、
「!?」
魔者の口の中に、何かが押し込まれた。
ギョッとして思わず紫奈から顔を離し、口の中のものを吐き出す。それは金属製の輪っかのようなものだった。危険なものには見えない。
「ケッ。悪あがきかよ」
気を取り直して紫奈の体を地面に押し付け、その唇を味わおうと舌を伸ばす。
だが紫奈は笑っていた。陵辱を受けていたときの苦悶の顔ではなく。まるで相手を見下すような笑い。
気がふれたか? 最初魔者はそう感じたが、相手の目に狂気の光は浮かんでいない。
何かが変だ。魔者の第六感が警告する。気を抜くな。こいつは何かしでかす気だ。
紫奈が口の中から、白い煙のようなものを吐き出す。それからは燃える火薬の臭い。
危険を悟り、魔者は紫奈の体から急いで離れようとした。しかし、出来ない。
紫奈の両脚が魔者の体をがっちりと挟み込み、下の口が魔羅を咥え込んだまま離さなかったからだ。
これぞ必殺だいしゅきホールド。
「クソッ!!」
久美の右手が割れ、あらわれた魔者の巨大な鉤爪が、容赦なく紫奈の体を斬りつける。
だが彼女の体はビクともしない。傷だらけになった紫奈の蔑んだ笑顔も、崩れることは無かった。
――かくなる上は脚を切り落として――
紫奈の脚を薙ごうと、魔者の鉤爪が振り上げられる。
しかし、ここでタイムアップだった。口づけのぴったり五秒後、紫奈の肉体が爆音と共に内側から破裂したのだ。
それは体内に残していた、たった一個の手榴弾。
紫奈は陵辱を受け魔者の気を反らしながら、僅かに使えた念力で手榴弾の安全ピンを引き抜いていたのである。
銃や刃物も受け付けない異界の魔物も、至近距離での爆発による衝撃波と、飛び散った無数の破片を受けてはひとたまりもなかった。
魔物の上半身が久実の皮ごと引き裂かれ、少女のままの姿をした下半身が力尽きて倒れる。
直後、その断面から黒い蒸気がシューシューとあがり、一瞬の内に魔者の肉体はこの世から消え去っていく。
後に残されたのは、クシャクシャの皮のみとなった、久実の下半身だけだった。
「お、おい!!」
相方のお楽しみを間近で見ていた魔者は、最初は一体何が起きたか分からなかった。
しかし、消滅していく相棒の肉体を見て悟った。あの女、自爆しやがった。
爆発の土煙が晴れ、その中に獲物の姿をみつける。
そいつの状態は無残なものだった。
体内での爆発によって紫奈の胴体は殆どが吹き飛び、残っている部分は胸から上の胴体と頭と右腕だけ。
無論残っている部分も衝撃と破片でズタズタに引き裂かれ、まるでスプラッター映画のようなむごい状態だったが、彼女はまだ生きていた。
我ながらずいぶんと無茶をする。自身の惨状を見ながら紫奈は思わず苦笑い。脚はともかく、片腕を持って行かれたのは誤算だった。
爆発の瞬間に防壁を張ったつもりだったが、消耗が激しく不完全だったらしい。
自身を弱らせていた魔剣が吹き飛んだのは怪我の功名と言うべきか。とはいえ、
――まずいな。魔者はまだ一体残っているってのに――
しかし今更慌てても、どうにかなるものではなかった。
「野郎!! よくも!!」
可愛い顔を憤怒で歪ませながら、海の姿をした魔者は地面に倒れこんだ紫奈へ猛然と迫った。
海の右手が割れ、小剣のような鋭い爪がせり出す。
短距離ランナーの倍を超える速度で両者の距離は瞬時に縮まり、まともに動けない紫奈に爪の乱舞が襲い掛かった。
「くっ!!」
紫奈は魔者の攻撃から何とか身を守ろうとするが、あっという間に右腕を切り落とされ、文字通り手も足も出ない。
「殺してやる!! コロシテヤル!!」
魔者は怒りのままに爪を振るう。羆のような爪が何度も彼女を引き裂く。左の乳房が切り落とされ、顔の半分が剥ぎ取られる。
本来ならさっさと皮から抜け出して、ここから逃げ出すところなのだが、彼女にそれは許されない。
それは拘束されているミカを、見殺しにすることに他ならないからだ。
最も皮から抜け出せたところで、弱りきった自分の霊体は、新しい皮に入るまでもたないだろう。
だから紫奈はひたすら耐える。耐えて耐えて、反撃の機会を待つ。振るう刀も、手も足も無い今、最後に残った技。
しかしその機会が徐々に失われていくのが彼女には分かった。皮が傷を負うごとに、紫奈の魂も弱っていく。
おそらくチャンスは一度きりだ。奴が次に鉤爪を振り上げた瞬間、最後の念力で術を乗せた一撃を叩き込む。
「トドメだ死ねっ!!」
海の顔で魔者が吠えた。魔者の爪が、まるでスローモーションのようにゆっくりと天に振り上げられる。
今だ。残された『力』を背中に集中し、それを推進力として、胴体だけとなった紫奈の体が瞬時に加速する。
「でやぁー!!」
海の腹部に頭から突っ込む。昔のテレビゲームにあった高速頭突きが魔者の鳩尾にクリーンヒット。
「ぐえぇえ・・・!!」
紫奈の頭の上半分がどてっ腹にめり込む。
腹に空いた穴から、どす黒い魔者の血液が溢れ、瞬く間に黒い霧となって拡散していく。
「ああああ・・・・」
海の顔が苦悶の表情へと変わる。飛び出さんばかりに両目を剥き、大きく開いた唇がプルプルと痙攣する。
しかし、苦痛に歪んだ海の顔は、一寸の時を置いて再び怒りの形相へ戻っていった。
弱りきった紫奈の、起死回生の一撃は、魔者を滅するにはまだ少し浅かった。
「痛ぇじゃねぇかよぅ!!」
禍々しい声で吠えながら、海は紫奈の体をしたたかに蹴り飛ばした。
声もたてずに紫奈の体は十数メートルの距離を飛翔し、立木の幹に衝突。
ぶすり。
その勢いで、鋭く尖った折れ枝が彼女の後頭部に突き刺さり、右目から突き出した。
霊体である彼女が傷つくことや、苦痛を感じることはない。人の身を捨てたときに痛みを操作する術は身につけている。
だがこの吊るされた態勢は、彼女にとって更にまずい状況となっていた。
動けない。体を揺すろうが念力を使おうが枝を抜くことが出来ず、紫奈の体はその場に釘づけとなっていたからだ。
どれだけもがこうがボロ切れのように引き裂かれた彼女の体は、その場でプラプラと揺れるだけで離れることは出来ない。
「へへっ。いいザマだなぁおい」
海は笑いながら近くの幹に突き刺さっていた剣――爆発で吹き飛んだ霊体喰らいの魔剣――を手に取った。
紫奈の一撃で腹の部分の服と皮が裂け、中身の魔者の獣じみた地肌が垣間見える。
「今のは痛かったぜぇ・・・。さんっざんに手こずらせてくれちゃって。だが遊びは終わりだぁ」
一歩一歩足を進め紫奈に近づく。踏まれた草木が抗議するかのように乾いた音をたてる。
「斬っても斬れない霊体でも、こいつに斬られると痛ぇんだろ? お前の皮はもう使い物にならねぇし、お返しをさせて貰わねぇとなぁ!!」
そして彼女の傍らで大きく剣を振り上げた。腕もなく力も尽きた紫奈には身構えるしか術はなかった。
次の瞬間剣は振り下ろされた。魔の力を宿した刃が皮を裂き、それと同化した霊体を傷つける。
「ぐあぁ!!」
気も狂わんばかりの激痛に、紫奈は悲鳴を上げた。
続けざまの斬撃。傷口から漏れ出したキラキラと輝く紫色のオーラが、刃の中に吸い込まれていく。
彼女が魔者に抗う力は完全に失われていた。反撃することも逃げることも、ましてや避けることさえかなわない。
何度も何度も彼女は引き裂かれた。感じた激痛は少しづつ和らぎ、身も凍る冷たい感覚が紫奈を包み込む。
自分の滅びが近づいてきているのだ。しかしこの状況で彼女に出来ることは何一つとしてなかった。
持ち上げられた刃が、スローモーションのようにゆっくりと自分の方へと向かってくるのが分かる。
死ぬことは前に一度経験済みだ。だから、死ぬのは恐くない。
だがいくつかの心残りはあった。一つは残された姉のこと。いや、姉さんは俺がいなくても充分にやっていける。
もう一つは魔者に囚われたミカのことだ。彼女は助からないだろう。
ミカの血肉は魔者に喰われ、その皮は魔者の擬態に使われることになる。
――終わりだ。ミカさん、助けられなくてすまない――
ミカに詫びながら紫奈は目を閉じて観念した。魔剣に斬られた彼女の霊体は、跡形もなく分解され、消滅することだろう。
だがその時、連続した甲高い破裂音があたりに轟き、魔者の体に十数発の、直径11mmの金属の塊がめり込んだ。
「ぐあっ!!」
それは銃弾だった。衝撃で海の小さな体が小刻みに揺れる。数発がその顔半分をちぎり取り、その下から狼にも似た魔者の素顔が垣間見える。
ついでに幾つかの流れ弾が紫奈を貫き、彼女はその不快さに抗議の声をあげる。
しかし、人体には致命的な殺傷力を持つ.45口径弾のシャワーを持ってしても、魔者の肉体を傷つけることは出来ない。この世ならざる異世界からの来訪者である彼らに、普通の武器はあまり通じないのだ。
「おのれっ!!」
ただ、相手の注意を逸らす事は出来たようだ。紫奈にトドメを刺すことも忘れ、魔者はぎらついた目で邪魔者を探す。
いた。境内から15m程離れた茂みの中にいる、制服姿の細身の少女。
「あいつは・・・神原京?」
なじみの無い顔だったので思い出すのに少し手間取ったが、相手は間違いなく病弱なクラスメートの神原京だった。
なるほど、あいつも魔殺士だったのか。病欠を隠れ蓑に、裏で俺たちを嗅ぎまわっていたというわけか。
しかし解せない。奴からは魔殺士特有の豚の臭いがしない。
それがどういうカラクリかは知らないが、最初から紫奈は囮だったんだろう。紫奈の臭いで俺たちの注意を引き、自分の存在を巧みに隠していたんだ。
だったら紫奈を消すのは後回しだ。こいつから先に仕留めてやる。
魔者に発見されてことを悟ると、少女は骨董品のサブマシンガン、M3グリースガンを一連射した後、踵を返して林の中に逃げ込んだ。
数発の銃弾が海の顔を削り取るが、魔者にとっては足止めにすらならない。
「馬鹿めが!! そんなのが効くかよぉ!?」
魔者は悟った。こいつは自分を倒すすべを持っていない。
囮を助けるためにのこのことやってきたのか。全く持って愚かな奴だ。
お前の皮は、俺が存分に有効活用してやるよ。死にな。
ものの一秒と経たずに両者の距離は縮み、霊体も切り裂く魔剣の刃が京にせまる。
勝った。魔者は確信した。
しかし、その刃が京の背中を切り裂く瞬間は、やっては来なかった。
その代わりに魔者に訪れたのは、質量を伴った猛烈な黒い突風だった。
そして次の瞬間、灼けるような激痛が魔者の右肩を襲い、魔物は絶叫した。。
「GUAAAAAHHH!! お、俺の腕がァァァ!!!!」
魔者の右腕は肩の辺りからものすごい力で引きちぎられていた。乾いた足音と共に、その背後に黒い影が降り立つ。
それは犬だった。しかしその虎のように大きな体躯と、炎のようになびく漆黒の体毛は、普通の犬とは全く異なるものだった。
その大きなあぎとには、魔剣を握ったままの海の、いや魔者の腕が咥えられていた。
こいつは『分心』だ。魔者は悟った。自らの精神を物理体へと転移させ、意のままに操る魔殺士の技。
通常の術に比べると消耗は激しく、分心一体当たりの戦闘力は決して高くはないが、力ある魔殺士は同時に数十の分身を操り、その力は数人の魔者にも匹敵すると言われる。
ガサガサと茂みを掻き分け、中から十数もの『猟犬』が飛び出してきた時、魔者は自らの死を悟った。
最初に撃たれていたときに逃げておくべきだった。奴は分心の一つを囮に使い、自分をおびき寄せたのだ。
刹那、咆哮と共に猟犬たちは、少女の面影が僅かに残った魔者へと一斉に飛び掛った。
群がった犬達は、魔者の体をその爪と牙で存分に引き裂いた。
「GUAAH・・・・・・あ!!・・・・・・!!」
喉を破られ悲鳴すら遮られたまま、魔者は被った皮ごと跡形もなく猟犬達に喰らい尽くされた。
魔者が完全に滅されたのを見届けたあと、神原京は枝に貫かれたままの紫奈の元に歩み寄った。
もはや原型を留めぬ無残な姿となった彼女の体を、京は優しく抱き上げ、地面に降ろしてやる。
「遅れてごめんね、慶ちゃん。いや、今は紫奈ちゃん、だったかな?」
それは京の声ではなかった。だが紫奈はその声の主を知っていた。
「姉さん・・・。そうか、神原さんは姉さんだったのか」
生まれたときから何度も聞いた、ややおっとりした温かみのある声。
神原京の正体、それは彼女の姉、椿翠だったのである。
翠もまた、術を駆使して魔者を狩る魔殺士だ。家族を失ったあの日から、人を捨て修羅の道へと足を踏み入れた。
弟と同じくただ1人残った家族を守るために。
「そうよ。とは言っても『私』は分心の一体だけどね。私の本体は須賀さんと『百人喰らい』の追跡中」
『師匠』と最強クラスの魔者の名前が出た。分心とはいえ、そんな状態でよく助けに来てくれたもんだ。
「そりゃあもう、可愛い弟の為だもの。あ、今は『妹』だったかなー?」
「どっちでもいいよもう・・・」
彼女は特異な存在だった。彼女の使う分心はそれぞれが自らの意志を持ち、自身の判断で行動する。
他の分心使いでは不可能な、分心同士による高度な戦術を展開できる。
統制の取れた数十の分身による連携は、まさに小さな軍隊とも言うべきものだ。
その能力により、翠は魔殺士の中でも最強の1人として認知されているのであった。
「すまない姉さん。奴ら、俺が魔殺士だと知ってて罠にかけたんだ。姉さんがいなければ、俺もミカさんも助からなかった。
でも、解せない。奴らどうして俺の正体を見抜いたんだ?」
慶紫が異性に化けるのは、何も初めてのことではない。変装術の修練にはかなりの時間を割いているつもりだったし、紫奈の演技にも手を抜いたつもりは無い。
事実、他の生徒達はやってきた転校生が、実は女ではないことには気づかなかった。
「一週間前、市内の中学校で潜入調査をしていた魔殺士が、突然数体の魔者に襲われたの」
魔者が人間に見えるものを集団で襲うことはまずない。つまり、襲う相手が魔殺士と知っての襲撃なのだ。
「その場は難なく返り討ちにしたのだけど、襲撃犯を調べたところ、異様なまでに嗅覚が発達した個体が確認されたの」
「それって、つまり『臭い』で正体がばれたってことなの?」
「おそらくは、ね。信頼できるデータの蓄積がないから、まだ公開されていない情報だけど」
まぁ、そんなことがあって、私も少し気になっててね。それでこの数日様子を見ていたわけ。
流石に二人目の転校生、って立場は目立ちすぎるから、病欠中の生徒に化けて潜入したのよ」
「おかげでこっちは助かったよ。それで、臭いの対応策ってあるの?」
「もちろんよっ。術の応用で皮の臭気は補正できるわ。慶ちゃんには・・・その・・・ちょっと練習がいると思うけど・・・」
魔殺士としての慶紫の実力は、刀を用いた近接戦闘において発揮される。その反面、術の扱いにおいての彼の力量は、全魔殺士中最低ランクに位置している。
「ですよねー」
潰れた少女の顔で、慶紫は力なくつぶやいた。
翠は目を閉じて精神を集中し、周囲の魔気を探る。
「付近に魔者の気配なし。さて、私は本体と合流するから先に帰るね。
その格好じゃあ歩けないだろうから、この子の皮を残しておくね。だったら1人で帰れるでしょ?」
そう言って、自分の顔を指差す。
「う、うん」
シュウウ・・・という音と共に京の肉体が、まるで中身が抜けていくように内側から萎み始めた。
それに伴って、ほっそりとした少女の全身から淡い緑色の霧が噴き出していく。
これが翠の霊体だ。最もそれは彼女の持つ、数十体の分心の一つに過ぎないのだが。
「この子の格好で変なことしちゃ駄目よ。本物さんの名誉のために、ね?」
「しないよっ!!」
顔を真っ赤にして慶紫が怒鳴る。しかしその言葉を聴くこともなく、姉の分心は緑色の光条となって、天へと飛び上がっていった。
ぱたり。
抜け殻となった京の肉体が、力を失い地面に倒れこむ。
「やれやれ・・・。まったく・・・」
ため息をつきながら、慶紫は姉の飛び去った暗い夜空をしばらくの間見つめていた。
その後ボロボロに傷ついた紫奈の皮から抜け出し、彼の霊体は地面に倒れた京の中へ。
干物のように縮んでいた少女の肉体が再び精気を取り戻し、復元された京の体が力強く立ち上がる。が、グラリとふらついてすっ転ぶ。
「いてて・・・」
紫奈よりも体の重心が高いせいで、体の勝手が違うのだ。
気を取り戻してもう一度よっこいしょと起き上がる。今度は成功。肩の下が少し重いが、その内なれるだろう。
身長が高くなったせいか、視界が高い。紫奈の時は少し不便だった。
思わず自分の体を見下ろす。鎖骨の下の二つの膨らみが自分の視界を遮っているのが分かる。紫奈だったときはそんなことは無かった。
両手で腰の辺りを掴んでみる。紫奈ほどではないが、細い。それは男の体よりも華奢でひ弱そうに見えた。
指先を腰から太ももにかけての曲線をなぞる。美しい。男の時とは全く違う感覚だ。それを認識するのは初めてじゃないが、やはりいつ経験しても新鮮な感じがした。
もちろん紫奈の時と同様に、股の感覚が少し寂しい。当たり前だ。これは女の子の体なんだから。
戯れに、女の子の大事な部分に指先を近づける。
姉には『変なことはするな』とは言われたものの、やはり慶紫は男の子だ。本来の肉体を失くしてもそのことは変わらない。
下着の上から、僅かに映し出される割れ目の先を、その指先でそっと触れる。
その時、慶紫の下腹部から脳天へ向かって衝撃がはしった。
「ひぅっ・・・!!」
雷に撃たれたように、彼(彼女?)の体は大きくのけぞり、カッと見開かれた両目が天を仰ぐ。
それは生まれて初めて感じる女の悦び。男のそれとは違う感覚に慶紫はとりつかれた。
指先を下着の中に潜りこませ、直接指先で濡れた花園の中をを一心不乱にまさぐる。
「はぁ・・・っ・・・。んんぁっ・・・!! 指が・・・止まんない・・・ッ!!・・・」
まさぐればまさぐる程に、花園からは止め処なく蜜が溢れ、下着と指、そして内股を濡らしていく。
「うぁ゛っ!! はぁっ・・・!! はぁっ・・・!! キモチヨスギテコワレチャウよぉっ!!」
涙と涎でクシャクシャになった顔で、泣いているのか笑っているのかも分からない表情を浮かべ、慶紫は女の悦びを余すことなく愉しみ、やがて、悦びは絶頂となって彼女の体内を駆け巡った。
「ひ!! ひやぁァァァァッ・・・!!」
膝をついたまま慶紫はビクンビクンと痙攣し、絶頂の波が訪れるたびに大きく体を震わせた。
直後、全身から力が抜けフラリと地面に倒れこむ。心地よい疲労感が彼の体を包み込む。
そのまま数分。慶紫は荒れた息を整えながら、絶頂の余韻に体を委ねていた。
「ふぅ・・・気持ちよかった・・・。あれが女の感覚なんだなー」
初めての体験から数分が経ち、正気に戻った慶紫は地面からそっと立ち上がった。
日はすでに地平線の向こうに沈み、煌めき始めた星々が青黒い夜空を彩り始める。
首を振ってキョロキョロと辺りを見回す。あった。
「『浄火』っ」
両手で印を結び、術の式を口ずさむ。
直後、印を結んだ両手から、紫色の炎が標的めがけて一直線に走った。
その先にあるのは、木の根元に脱ぎ捨てた紫奈の皮だった。
ジュウゥゥゥゥ!!
皮は瞬く間に炎に包まれ、それはまるで焼かれるのを拒むように地面をのたうった。
しかし抵抗空しく皮は紫色の炎の中で、灰も残さずに焼き尽くされたのだった。
その後、拝殿で眠らされたままのミカを背負い、慶紫は真っ暗な闇に覆われた山を下り、街へと戻った。
ミカが目を覚まさないかヒヤヒヤしつつ、携帯電話のメモ帳に記録した彼女の住所を目指す。
暗い電灯の明かりを頼りに、『北条』の表札を探す。あった。真新しい二階建ての一軒家。
だが家の電気は点いてはいない。そういえば彼女のご両親は共働きだと聞いていた。
なら好都合だ。誰もいない内に済ませてしまおう。
ミカの制服のポケットから鍵を拝借し、玄関の扉を開ける。
「おじゃましまーす」
もちろん返事は無い。なんだか寂しい気がする。もちろん返事があると困ったことになるのだが。
靴を脱ぎ、二階への階段を上る。ミカの部屋はそこにあった。
部屋のベッドに、ミカの体をそっと横たえる。
「う・・・ん・・・」
ミカが漏らした声に慶紫は一瞬ビクッとするが、再びすやすやと寝息をたてるのを聞いてほっと一息。さっさとここから出て行こう。彼女とはもうお別れだ。
ミカが目覚めたとき、彼女は自身が大事なものを失っていることに気づくだろう。
しかし彼女が真実を知ることは無い。人の世に潜む、化物との戦いを。
いや、それでいい。彼女にとって真実はあまりにも残酷なものだからだ。
知ってしまったが故に、人生を狂わされた者は数知れない。
何も知らないまま、この人生を謳歌すればいい。
「サヨナラ」
誰にも聞かれぬ別れの言葉を告げ、魔殺士はこの場から立ち去った。
ミカと別れた後、慶紫は仲間の魔殺士と共に双子の家を捜索した。
家のチャイムを鳴らすと、生気のない返事と共にドアが開き、30代くらいのエプロン姿の女性が姿をあらわす。
双子の母親だ。だがそれは明らかに傀儡だった。魔殺士の彼らが見れば分かる。
傀儡皮。剥ぎ取った人の皮に魔気を封じ、人形のように操る技。
傀儡はある程度の知性をもち、簡単な作業や会話をすることも出来る。
ここに傀儡がいるということは・・・、家族はもう喰われてしまったのだろう。
その時、突然シュウウ・・・、という音と共に傀儡の肉体が萎み始めた。
術の更新が行われなかったために、活動時間の限界がきたのだろう。抜け殻となった女の皮が玄関口の床に横たわる。
慶紫たちはそれに構わず家の中に押し入る。扉を閉め鍵をかけ、トラップを警戒しながら双子の部屋を探す。
「椿、これ・・・」
部屋を調べた同僚が、双子の物らしき可愛い動物のステッカーが張られたノートPCを持ち上げた。
過剰なまでのセキュリティをかいくぐり、PC内のファイルを閲覧する。
「こ、これは・・・」
画面を見た
それは2人が捜し求めていたもの・・・。皮の売買リストであった。
2人はその後、PCに記録された場所、郊外の貸倉庫へと足を運んだ。
近くに民家の類はなく街灯の数も少ない。夜の闇に紛れたここは、まさしく絶好の隠れ家と言えた
イスラエル製の頑丈な錠前のかかった扉をこじ開け、中へと踏み込む。
生存者がいるなら、早く見つかってくれ・・・。
祈るような気持ちで、罠を警戒しながら二人はあちこちを探して回った。
しかし、2人の祈りは誰にも届くことはない。そこから先は気の滅入る作業の連続だった。
ロッカーを開くと、出てきたのは双子が集めたであろう、剥ぎ取られた大量の人皮があった。
南側にある大きな冷蔵庫からは、獲物から抜き取ったで大量の人肉や臓器が収められていた。
北側の部屋には皮を剥ぐための機械が運び込まれ、あちこちに飛び散った血が壁紙のように部屋を飾る。
床板をめくると、地面に埋まりきらないほどの、夥しい数の人骨が無残な姿をさらしていた。
遺体の数は40人は下らないだろう。裏口には犠牲者のものと思しき大量の衣服がビニール袋の中に纏められていた。
まさにここは工場だった。人を殺め中身を抜き取り、魔者が人に化けるための皮を作る。それだけの場所だった。
こうして、魔者によって引き起こされた事件の一つが幕を閉じた。
リストに記録された人名を辿り、魔殺士たちは組織の総力をあげて、人に化けた魔者たちを一斉に狩り出した。
滅せられた魔者の数は30以上。一度に退治された数としては類を見ない数字だが、掃討にかかった魔殺士達の心境は心穏やかなものではなかった。
滅した魔者の数だけ多くの犠牲者がでたこと。そして何よりも、人に化けた魔者がこれで最後ではないことを彼らはよく理解していたからだ。
魔者たちは知恵をつけはじめていた。人間の社会に潜み、その上位へと接触を続けていく。
時間と共に侵蝕は進み、やがてはこの日本の権力を乗っ取る日が来るかもしれない。
魔殺士の闘いに終わりはない。彼らも負けじと魔物の潜む闇の中へと足を踏み入れるのだ。
そして、もちろん慶紫も、それを躊躇する気はなかった。
自分のような人間を、1人でも出さないために・・・。
■■■
「こらっ、慶ちゃん。動いちゃだめだよー」
「ちょww 姉さん。用事が済んだんなら早く離してよー」
この日は皮を使った変化の術に更なる磨きをかけるため、慶紫は姉の翠(の分心)から指導を受けていた。
予定よりも多くの時間を使い、ようやく皮の臭いを偽装する術を身につけたところだ。
しかし、姉の拘束はまだ収まっていなかった。
「だーめっ。今日は慶ちゃんともっと遊ぶのー」
彼は姉の着せ替え人形として、いろんな衣装を着せられたり、写真を撮られたりしているのである。
「ほーらっ。今度はこの皮に着替えて」
海外旅行用の大きなキャリーバッグの中から、新しい皮を取り出す。
部屋の中には、慶紫が着せられていた十数枚の皮が散らばり、そのどれもが抜け殻となった今でも、愛らしい少女の面影を残していた。
慶紫の霊体が皮から抜け出し、新しい皮の中へと入っていく。
中身の無くなった少女の皮がドサリと床に崩れ落ち、部屋に散らばった抜け殻に、新しい仲間が加わった。
「今度はこの服にお着替えしましょうねー」
目の前に出された服を無言で受け取り、手馴れた様子で袖を通していく。
開いたバッグの中には、まだ見ぬ大量の皮と衣服が詰め込まれているのが伺える。
どうやら姉は、まだ自分を帰してはくれなさそうだ。
はあ、と慶紫はため息をつく。
でも、それでいい。
姉と別れた後、再び自分は魔者との果て無き戦いに向かうのだから。
今の時間が、唯一の家族となった姉との、最後の時間になるかも知れない。
その思いはまた、翠も同じなのだろう。
彼女は今の時間で、精一杯の思い出を作ろうとしているのだ。
だったら、とことん付き合ってやろうじゃないか?
「さあ慶ちゃん、今から撮るからね。笑って笑ってー」
部屋の向こうで、翠が古いフィルムカメラ――父親の形見の品だ――を構えた。
「あ、はーいっ。お姉ちゃんっ」
シャッターが閉じる寸前に、ファインダーの向こう側の『少女』が、嬉しそうに微笑んだ。(完)
主人公の姉が、強いのは安心の王道ですね
ただ全体としては面白いんですが……戦闘終了後の唐突で短い自慰シーンが不自然な気が。
仮にもプロが後始末の前にあんなことしてるのに激しい違和感がありました。
そこだけ惜しかったです。
今後も着たい、もとい期待しております。
一作書き上げたばかりで次回作の構想はまだないですが、昔にエターなるになった作品を仕上げるのもいいかなぁ、なんて思っております。
■second様
そうですねぇ。逆に姉のピンチを慶紫君が救うシチュなんかも書いてみたいのですが・・・、仕掛けつくるのしんどいですw
■15.きよひこ様
エロ分が少し足りないかなあなどと考えながら自慰シーンを付け足したのですが、蛇足でしたね。すいません。
■GAT・すとらいく・黒様
GW過ぎた後は色々とプライベートが忙しくて、中々手がつけられませんでした。
盆を過ぎてから書き始めようと思ったら、ミスで書いてた最中のテキスト消してしまうしw