其の壱『オレの魔王(ヨメ)!』
魔界の深奥部のさらに人気のない(まぁ、この場合は「魔気」がないと言うべきか?)場所にそびえたつ古城。
その城の主にしてすべての魔物の頂点に立つ存在、「魔王」とオレは1対1で対峙していた。
言い忘れていたが、一応オレは、「勇者」なんて呼ばれてる。
元は、こことは別の世界で二流大学のグータラ学生やってたんだが、テレビゲームの最中にお定まりの「異世界からの勇士の召喚」とやらで半ば無理矢理(そりゃ画面に出た「召喚に応じますか?」って質問でYESを選んだけどさぁ)連れて来られてたんだ。
もっとも、元の世界では身体が丈夫なのと肺活量が大きいこと、そして早口言葉が得意なことくらいしか取り柄がなかったオレだが、「勇者」としては意外にその特徴が役に立った。
なにせ、ゲームで言うところのレベルアップに伴うHP増加量がハンパじゃないうえに、素の頑丈さもガンガン上がっている。今なら裸で寝ているトコロで胸を短剣で刺されても、相手が一般市民ならかすり傷すらつかないんじゃないかね。
さらに長たらしい魔法の呪文をひと息で素早く唱えられるのも、戦闘時には大きなアドバンテージだ。おかげでオレは、「史上初の剣より魔法の方が得意な勇者様」として微妙な感じで有名になっちまったし。
(いや、もちろん剣とか槍も一通り使えるんだよ? ただ、武器攻撃より魔法使うほうが速いし確実ってだけで)
ともあれ、そんなこんなでレベルアップして、オレは最終決戦に臨んだわけだ。
魔王は、その呼称のイメージを裏切る、やや小柄な若い美形の青年だった(たぶん、その角と肌の色を何とかすれば人間界でもモテそう。ちくせぅ……)が、オレとは対照的に剣による攻撃を得意としていた……て言うか、さっきから一度も魔法とか使ってきやがらねぇ!
おかげで、オレも長い詠唱時間が取れず、剣と楯で相手の攻撃をいなしつつ、隙を見ては単文節の攻撃魔法を唱えることくらいしかできてない。
「えーい、貴様、それでも「勇者」か? 先程から、ちまちまとショボい魔法ばかり使ってきおって。勇者なら勇者らしく聖剣の技で勝負せんか!」
「そっちこそ、仮にも「魔」の「王」なんだから、暗黒魔法の粋とか見せてくれよ! まさか、魔法が苦手ってワケでもないだろ?」
戦いの合い間にそんな軽口を返すと、フイと魔王が視線を背ける。微妙に涙目になってるし。
うわ、まさか図星!? でも、ちゃんす♪
オレは、先日とある遺跡で発見した高難度のロストワード(遺失呪文)を詠唱開始する。
「ぅぅ……貴様も「魔王だから魔法が得意」だなどと思っておるのか。誰だって得手不得手はあるのだぞ。我には、この魔界で誰にも負けぬ無双の剣技があれば、それでよい!」
「魔法なんて飾りですよ、長老達(えらいひと)には、それがわからんのです!」なんて、虚ろな目でブツブツ言ってる奴には、ちょっぴり同情しないでもないが、戦いは非情なのだ。
「……故に七彩の神ハマンよ、古えの盟約に従いて彼の者に災厄を為せ……」
「! しまった、その呪文を止めよ!!」
「もう遅いぜ──TEN-UP-U-LUPA!」
奴が気付いた時には、オレはすでに「無作為超変異(テン・アップ・ユー・ルーパ)」の呪文の詠唱を終えていた。
──BOMMMMB!!!
軽い爆発音とともに七色の煙に包まれる魔王。
ちなみにこの魔法は攻撃呪文じゃなく、敵1グループに致命的なバッドステータスを確実にもたらす補助系の呪文だ。
ただし、「陥夢(スリープ)」や「彫像(パラライズ)」と言った並の補助魔法と異なり、たとえ対象の魔法抵抗力がどれだけ高くともお構いなし。しかも、効果は神聖魔法などで解呪するまで半永久的に持続するといういやらしさ。
問題は、その「バッドステータス」の内容を任意に選択できないことなんだが……。
(できれば石化か麻痺あたりだと助かるんだがなぁ。猛毒や鈍足、筋力低下あたりでもOKだ)
逆に沈黙(魔法使用不可)や消耗(MPが徐々に減る)あたりだと、意味ねーし。
「くっ……やってくれたな」
もうもうたる煙の中から、魔王の声らしきものが聞こえる。
(お、少なくとも沈黙じゃなかったか、ラッキー)
けど、なんか奴の声がおかしくなかったか? 妙に甲高いと言うか……。
「油断していたとはいえ、この我にまともに魔法をかけるとは、流石だと褒めてやろう。しかし、ここからはそうはいかんぞ。我が魔剣の錆にしてくれるわ!」
威勢のいい言葉とは裏腹に、剣にすがるようにしてヨロヨロと煙の中から現れたのは……。
「お、女の子ォ!?」
***
「なにッ、女の子だと? ちっ、どこから紛れ込んだのか知らんが、ここは男の戦場だ。女はすっ込んでろ!」
えーと、信じ難いが、この口ぶりからすると、やっぱ、この角の生えた女の子が、さっきまで戦っていた魔王その人なのか。
いや、オレの装備してる「密偵の片眼鏡(スカウター)」にも、確かに「種族:鬼魔族(♀)/クラス:魔王/レベル:1」ってデータが表示されてるんだけど。
「おい、そこの貴様! 貴様も勇者のハシクレなら、その女の子とやらを保護してやらんか」
──さっきから思ってたんだけど、この魔王、微妙に「いい人」(魔族だけど)だよなぁ。今時多いカッコだけ騎士のオサレ騎士(笑)どもより、よっぽど正々堂々とした紳士っぽいし。
「えっと……本当にいいのか、保護しちゃって」
「ふん、心配せんでも、魔王の誇りに懸けて、我は逃げも隠れもせぬわ」
うーん……ま、本人の了解が得られたんだし、いっか。
オレは、剣を収め、この部屋に入った時に外して床に置いたマントを拾ってから、「保護すべき女の子」の前につかつかと歩み寄る。
「な、なんだ、どうした貴様、何をするつもり……」
──フワサッ……
微妙に腰が引けている魔王娘にオレは、マントをかけてやった。
「? 何のつもりだ」
「いや、さすがにその格好で表を歩くのはちょっと……」
真紅のボディスーツ(しかも背中はほとんど丸出し)にニーハイブーツという服装は、正直すごく萌えるが、いくらなんでも過酷な環境の魔界をその格好で出歩くのは無謀だ。サッキュバスだって、もうちょっと露出が低いし。
「?? 何を無言っておるのだ。我は、「女の子」とやらを保護せよ、と言ったのだぞ?」
「うん、だから、そうしてる」
魔王娘の見かけは、身長や顔つきからすると、人間で言えばおおよそ13、4歳と言うところか。オレより頭ひとつ分背が低く、栗色の髪を腰までなびかせ、美人と言うより可愛いタイプの容貌だが、胸だけは年齢不相応に発達してる。いわゆる童顔巨乳ってヤツだな。
正直、好みのタイプ直撃だった。
ロリコンじゃないぞ? オレまだ19歳だから、5歳差くらいなら十分セーフだろ? 「大学生の彼氏とおつきあいする中学生の女の子」って、普通にいそうだし。
──そう、オレは、この「わけがわからないよ」と言った顔つきで、キョトンとしている魔王ちゃんを「お持ち帰り」する気満々なのだ!
***
「──と言うわけで、オレたちは今、魔界に近い辺境の宿屋に来ています」
「ヲイ、こら待て! 何が「と言うワケ」なのだ? サッパリわけがわからんぞ!」
ははは、目を白黒させてる魔王ちゃんも可愛いなぁ。
「だいたい、つい先刻まで我と汝は我が城の最深部で戦っていたはずであろう?」
うん。でも、あのままじゃラチがあかないので、「陥夢」の魔法で魔王ちゃんを眠らせた後、「脱窟(エスケイプ)」で外に出て、で、「帰還(リターン)」の呪文で最後に立ち寄ったこの町にキミをお姫様抱っこして戻って来たのサ!
「えぇい、爽やかそうな口調で言うな! それは誘拐とか拉致と言うのだ!」
ラチがあかないだけに拉致……魔王ちゃん、巧いこと言うねぇ。
「そ、そうか(テレテレ)……って違う! そもそも、汝と我は魔王と勇者。不倶戴天の天敵ではないか!!」
うーん、そりゃまぁ、一般的に見ればそうかもしんないけど……。
「「そういう決まりだから」ってだけで、戦い殺し合うだけの関係なんて、空しくね?」
「! な、何を……」
お、動揺してる。
いや、あれだけ紳士で騎士道的な魔王ちゃんだから、物の道理を説き聞かせれば、それを無視できないと踏んでたんだけど、やっぱりなぁ。
人が良いって言うか素直って言うか……「王」を名乗るには向かん人材(魔材?)だよ。
「そもそも、魔界の代表たる「魔王」と人界の代表たる「勇者」の戦い──「人魔決戦」は、どちらかが敗北した時点で速やかにお開きとなるはずだろ?」
実は、オレ……とその他多数の「勇者」は、RPGなんかでよくある「魔族の人間世界への侵攻」を退けるために戦っているわけじゃないのだ。
いや、大昔は本当にそういう時期もあったみたいなんだけど、今では人界と魔界は相互に協定を結んで、友好的とは言わないまでも「好意的中立」くらいの関係を長らく保っている。
これは、人間と魔族の間で大々的な戦争を起こすと、双方の被害がハンパないことになることを両方の王様がしみじみ痛感したため、600年ほど前に正式に停戦協定を結んで、今に至るらしい。
人間界でも、中央はともかくここくらいの辺境になると魔族の商人とか普通に街中歩いて商売してたりするし、逆も然り。
民間レベルでの交流は結構できてるし、共存共栄とまでは言わないまでも、魔族と人間はそれなりに巧くやれてるのだ。
とは言え、人間同士、あるいは魔族でも国家間、部族間の争いは頻発するのに、異なる種族間で揉め事がまったく起こらないなんてこともあり得ない。
そこで、協定を結んだ両陣営のトップが考えたのが、この「人魔決戦」──それぞれの最高実力者による古えの戦いを模した、100年ごとの代表戦だった。
人間側は、代表である「勇者」を19人の任意の数送り出す。
魔族側は、代表である「魔王」が魔王城の最奥部で迎え撃つ。
勇者は、その旅の途上で人間の賊も含めた魔物の討伐する権限を持ち、腕を磨きながら魔王城を目指し、魔王は任意の部下を派遣してそれを阻む。
ただし、双方にルールと言うかレギュレーションがあって、勇者は魔界に近づくにつれていい武器防具を買えるようになるし、魔王側も魔王城に近いほど強い魔物を派遣できる。
勇者は死んでも王都の神殿で復活できるが、持ち物と所持金が全て没収ート(「冒険」進めた奴ほど大概はそれで嫌気がさしてリタイアするらしい)。
「あ、オレ? オレも冒険始めた序盤に2回ほど死んだけど、ほら、主戦力が魔法だからさ。あんまし装備の力に頼ってなかったし」
今使ってる剣も、かなり高価ととは言え王都の隣り町で買える「ソードブレイカー」だしなぁ。
「……つくづく、インチキな奴め」
「ははは、お褒めに預かり恐悦至極」
「褒めとらんわ!」
そしていよいよ勇者が魔王のもとにたどり着いたら最終決戦開始。勝った陣営が負けた陣営に対して、境界線上の領土だの関税率だの法制だのの、いくつかの政治的アドバンテージを得るってワケだ。
「で、あの時、オレの「無作為超変異」を食らったキミは、女性化したうえレベル1になって、持ってる魔剣すらまともに振るえない身になった」
「それは……」
「あ、ちなみに、例の魔剣はちゃんと回収して持って来てあるから」
「そ、そうか。それはかたじけない……って、何で我が貴様に礼を言わねばならんのだ!」
目まぐるしく表情の変わる魔王ちゃんのラブリーな様子を楽しみつつも、ここは非情になって断言する。
「はっきり言おう。キミはあの時負けたんだよ。魔王の敗北、言い換えると勇者であるオレの勝利をもって、第六次人魔決戦は幕を閉じた」
「!!」
薄々は理解していたんだろうけど、改めてその事実を突き付けられて、ショックを受けた様子の魔王ちゃん。
「そう…か。我は負けたのだな……ククククッ」
嗚呼、自嘲の笑みを浮かべつつ、ハラハラと真珠の如き涙を流し続けて無言ですすり泣く少女の何と可憐なことよ。
オレは、黙って胸元に魔王ちゃんを抱きしめ、泣き続ける彼女の頭を優しく撫でてやる。彼女も今だけはその気遣いに抵抗しなかった。
「み、見苦しいところを見せたな」
しばしの後、オレの渡したハンカチで涙を拭きつつ、真っ赤になりながらも何とか威厳を取り戻そうとする魔王ちゃん、けなげ可愛い!
まぁ、ここでソレを口にする程、オレもKYじゃない。
「それで、今回の決戦の事後処理じゃが……」
「あ、その辺りは既にウチの王さんに連絡して進めてあるから。魔族(ソッチ)の側からも、すでに龍族から特使って人(龍?)が王都に向かったみたい」
「そ、そうか……今更我にできることはないのじゃな……」
ズズーンと落ち込む魔王ちゃん。
予想通り武力──と言うか剣技一辺倒のお飾り魔王様だったみたいだなぁ。たぶん、政治関連の事柄は、戦いのとき言ってた長老連中に牛耳られていたんだろう。
「いや、ひとつあるよ。人魔決戦のご褒美をオレに与えて欲しい」
「ん? なんじゃ、それは。確かに、人魔両陣営の施策以外に、戦いに勝利した個人にもひとつ褒章が与えられるのが習わしではあるが……」
そう、これがあるからこそ、バトルマニアでもないのに勇者なんてヤクザな職業(しょうしばい)を続けてこれたのだ。
オレみたく、異世界から召喚された勇士は、たいてい「元の世界への帰還」を願うらしいけど、オレには別の思惑があった。
「それはお主らの王から貰うべきであろう?」
「うん、ウチの王様の承認は得てるんだけど、でも、キミの許可がないと意味ないものなんだ」
「なるほど、我が城の秘蔵の宝物か何かか。フッ、よかろう。我が敗北した以上、じきに次の魔王が選出され即位するじゃろうが、それまではまがりなりにも我が王だ。好きなものを持って行くがよい」
おお、魔王様本人の言質を取ったぜ。
「──二言はないよね?」
「うむ、我が誇りに誓って。それで、お主は何を所望するのだ?」
「オレは──」
大きく息を吸い込んで、ハッキリと宣言する。
「オレは、キミを嫁に欲しい!」
* * *
「──と言うわけで、オレたちはこれからまさに新婚初夜を迎えようとしています」
「またか!? これがお笑いで言うテンドンなのか!? と言うか、人生で一番大事な伴侶を娶る式典をスッ飛ばすとは何事じゃ!」
純白の婚礼衣装のまま、角を振り立てて怒るマイハニーこと魔王ちゃん。
「あれ。じゃあ、魔王ちゃんもオレとの結婚に至る過程と婚礼を大事だと思ってくれてるんだ」
──ニヤニヤニヤ……
擬態語で表すとまさにそんな感じになりそうな人の悪い笑顔を向けるオレの言葉に、ハッと我に返った魔王ちゃんが、真っ赤になって狼狽している様が、めっさかわえぇ。
「そ、それは……ふ、ふん。我にとって生涯初にしておそらくは一度きりの行事じゃからな。いかに其方(そなた)の希望に対し魔王として応えた結果と言えど、仇や疎かにはできぬ!」
お、開き直ったか。
とは言え、確かに「大事な場面」だからな。よし、気合い入れて回想すっぞー!
* * *
「は、はぁ!? な、何をバカな事を申しておるか。そもそも、今はこんな情けない姿になっておるとは言え、我は本来男で、しかも魔王なのじゃぞ!?」
オレが「嫁に欲しい」と言った時の魔王ちゃんの反応は、今思い返してもおかしくなるほど無茶苦茶狼狽してたなぁ。
「や、でも、それって裏を返せば、「現在はたおやかで可愛らしい女の子」ってコトだろ。それに、第五次人魔決戦に勝った魔王が、剣を交わした当時の女勇者を妃にしたって聞いてるけど?」
「……存じておる。そのふたりは我の祖父母にあたるでな」
魔王ちゃんいわく、「魔王」の役目は世襲ではないものの、事実上魔界の有力な78家から選ばれることが殆どらしい。で、魔王ちゃんの母方の家柄も、その中に含まれているのだとか。
「魔王が勇者を娶った前例があるなら、勇者が魔王をお嫁さんにしたって別段構わないんじゃない?」
「そ、それは……」
なまじ、理性的で物事の道理をわきまえた「彼女」は、オレの言葉に対する巧い反論が見つからないらしい。
しかも、(勝手に勘違いしていたとは言え)ついさっき「魔王の誇りに賭けて」「好きなものを持って行くがよい」って言ったばかりだし。
「おっと、安心してくれ。何も今すぐ君を押し倒そうってワケじゃない。マジックアイテムでメッセージを飛ばしたとは言え、一応「目標を達成した勇者」として王都に帰って直接王様に報告するのが筋だろうしな」
「う、うむ。そうじゃな。それが勇者としてあるべき態度であろう」
「で、その足で王都の教会がキミと式を挙げたいと思ってるんだ」
「はぁ!? ま、まさかとは思うが……その「式」と言うのはもしかして……」
「もちろん、オレ達の結婚式さ!」
キラリと歯を光らせながらいい笑顔で答えるオレ。うむ、あーいうのは金持ちのキザハンサムしかできんと思ってたけど、何とかなるモンなんだな。
そして、それに対する魔王ちゃんの反応は……。
「──汝、本気なのじゃな?」
「馬鹿者」と罵倒するでもなく、「フザケるな!」と激昂するでもなく、むしろ低めの声で今までにない程真剣な目付きをしていた。
「無論。オレは確かに軽口好きで、シリアスになるよりは笑って過ごす方が好きなタチだけど、伴侶を娶るという一世一代の勝負所で、冗談は言わないさ」
此処が勝負の分かれ目と直感したオレは、極力真面目な表情で答える。
時間にすればわずか十数秒。しかしオレには永遠にも思える沈黙の後、魔王ちゃんはゆっくりと頷いてくれた。
「わかった。どの道、魔王の地位をクビになれば行き所のない此の身だ。決闘の勝者たる汝が望むのなら、妻でも婢(はしため)にでもなろう」
ぃ……。
「い?」
「ぃやったーーーー!!」
「! こ、こら、いきなり大声を出すな。近所迷惑であろう」
魔王のくせに(?)妙に良識的な彼女がたしなめるのも耳に入らず、オレは両目から滝のような「感激の涙」を流しながら、人生最大級の感動を噛みしめていた。
「お、大げさなヤツだ。我のごときハンパ者を娶るのがそんなに嬉しいのか?」
「もちろんだよ!」
グイッと彼女の両手を握ると、彼女の瞳を覗き込む。
「それから、魔王ちゃん、これから必要以上に自分を卑下するのは禁止。キミが本当に強かったことは、六代目正統勇者であるオレが、しっかり認めてるんだから」
「……ふ、ふん。まぁ、いいだろう。旦那様の言う事は妻としては無碍にはできぬからな」
(ツンデレキターーーーッ!)
という心の叫びはかろうじて口から出さずに済んだが、オレの(精神的な意味での)HPがヤバい。圧倒的じゃないか、この萌えっ娘は!
ともあれ、その後も魔王ちゃんのツンデレ全開な言動に萌え殺されそうになりつつ、なんとか王宮で報告を済まし、「望みのままの報償を」と言われたものの、人生最大の欲しいものは、すでに手に入れちゃったしなぁ。
「ま、まさかと思うが……それが我だとか言うのではなかろうな?」
イェース、ザッツ・ライト!
正確には「可愛くて気立てがよく働き者の嫁さん」かな。
「──ふ、ふん。おだてても何も出せんぞ。それにしても、自国の王の前であれだけ堂々とデタラメを並べ立てるとは……」
ん? オレとしては別段嘘八百を並べ立てたつもりはないんだけど?
報奨くれるって言うから、マイハニーと結婚してどこか辺境の村でひっそり余生を暮らすことを願い出ただけじゃん。
「ほほぅ、しかし、我のことを"魔王城から助け出した魔族の少女で、どうやら城で無理矢理働かされていたらしい"と紹介したではないか」
ええ、その通りですが何か? 一言も嘘は言ってないぞ、嘘は。
今のキミは、紛れもなく「魔族の少女」だし。
「お主、勇者なんぞやってるより詐欺師にでもなった方がよいのではないか? それに後半部分は……」
「好きで「魔王」やってたわけじゃないだろ? むしろ勇者対策に一時的に押しつけられたって方が正確だろうし」
そうでなければ──「彼」が実力で魔王の地位を勝ち取ったのなら、城に子飼いの部下の一団なりがいたはずだ。
勇者の剣技に対抗すべく、剣術に特化した(そしてそれしか能のない)「彼」が選ばれ、今代の魔王の椅子を押しつけられたに違いない。
「……む、当たらずと言えども遠からずじゃな」
うん、外見年齢(とし)に似合わぬ憂いを帯びた表情も、ビューティフルだぜ、ハニー!
「ええい、こういう時くらいしんみりさせよ! それにしても、我の素性の説明(ごまかし)はともかく、辺境で開拓業を営むとは、汝にしてはエラく立派なお題目ではないか」
ありゃ、もしかして、オレって、そんなに信用ない? 心外だなぁ。これでも(主に人間世界の)平和のために戦った"勇者"のハシクレなのに。
「どの口がぬかしおるか。
──いや、待て。確か"勇者"として異界より召喚されるのは、自らの利害をなげうって他の者のために戦える人間のみだと、書物で読んだ記憶があるな。ふぅむ……此奴(こやつ)がのぅ」
その意外感120%の視線はやめてくれないかい、マイワイフよ。
確かにオレはマイペースなちゃっかり者で、「正義!」とか「秩序!」とかいう代物にあまり熱心な方じゃないけど、それでも小市民的道徳倫理観くらいは持ち合わせてるんだからさぁ。
「汝の言う"小市民"は元魔王を拉致して自分の嫁にするのか?」(じと)
アウチ! 確かにソレを言われると反論できないなぁ。
ま、それはともかく、一応、これでも色々考えた挙句の結論なんだよ?
今、人間界と魔界の間は、ごく一部で交流があるものの、あくまで全体としては相互不干渉という状態にある。これは、「長年の対立」と「種族的価値観の差異」というものに基づくと言ってよい。
しかし実際には、前者は、すでに600年間ものあいだ、事実上の平和状態が続くことによって、その意味を事実上失い、後者に至っても……って聞いてる?
「zzz……ハッ! む、無論、聞いておるぞ! 居眠りなんぞしておらぬからな!!」
──えっと、簡潔に言うと、「人間と魔族の間の垣根をもう少しだけ低くしましょう」ってことが狙いなんだ……将来生まれてくるオレたちの子供のためにも、ね。
「! ……すまぬ。我は其方(そなた)を見くびっておったようじゃ」
や、別にいいよ。開拓村の村長さんの仕事はそれなりにハードそうだけど、それでもお互いの理解を深める時間くらいは、これからいくらでもあるだろうし。
「そう、じゃな……」
うんうん。
──と言うワケで、早速、健やかベイビーができるようなイイコトしようぜ、奥さん!
「そ、其方というヤツは……折角、見直したばかりじゃと言うに」
呆れたように苦笑しつつも、魔王ちゃんはオレのハグを拒まなかった。
それをいいことに、オレはギュッと強く抱きしめる。
そして彼女の手も、おずおずと俺の腰に回され……俺たちは出会ってから初めてその心をひとつにしたのだった。
* * *
で、諸々の些事を経て、ようやく魔王ちゃんとの結婚式を迎えることができたオレの心は、もはや昼間っからクライマックス状態というワケだ。
とは言え、やっばり魔王ちゃんの言う通り、此処からはスッ飛ばさず、キチンと描写するべきだろう。
あまり女性経験豊富と言えないオレには、凝った手練手管が使えるわけじゃなし。
抱き上げた彼女をベッドに横たえ、最初はただ強く、思いのたけを込めて彼女を抱きしめた。
それに対し彼女は最初は身体を堅くしていたものの、唇や頬、まぶたやうなじなどにキスの雨を降らし、両掌で彼女の華奢な肩をなだめるようにでていると、少しずつその身体から力が抜けて行った。
オレは、いつしか熱い吐息を漏らすようになった彼女の唇を自らの口で塞ぐ。
同時に、彼女の方からも、オレの唇を啄ばみ始めた。
オレが舌を差し込んで彼女の綺麗な歯並びをなぞると、対して彼女はその舌に自らの舌を絡めてくる。
口腔内で互いの舌が絡み合い、それにつれてた唾液の交換をも繰り返す。
キスだけでボルテージが高まりつつあるなか、オレの手はゆっくりと彼女の肢体を弄りだす。
恍惚としていた彼女も、さすがに一瞬身体を固くしたが、直ぐに再び力を抜いて、その身を委ねてくれた。
抱きしめていた手で肩から背中、脇、腰、そして胸へとなだらかな曲線を包み込むように愛撫する。
小柄な体格にやや不相応な豊満で柔らかな乳房が、オレの愛撫に従ってしなやかに形を歪めるのを、新鮮な感動をもって眺める。
そして、オレの手は遂に、彼女の初々しい小さな割れ目へと到達する。
ほとんど無毛に近いあえかな茂みと、ピンクと言うのもおこがましい、薄い色をした未成熟な秘境。
そこにオレの武骨な指先が触れる。
「──っ!」
その強すぎる刺激に彼女は一際大きな反応を返す。
けれど、あえてオレは手を止めず、彼女の口を塞いだままゆっくりと撫で続けた。
数分間、念入りに優しく愛撫を繰り返した結果、十分にソコが濡れそぼったのを確めたオレは、最後の確認のため、彼女に呼び掛ける。
「魔王ちゃん」
「──ヴリトラ、じゃ」
「え?」
「我が魔王となる以前の名じゃ。すでに捨てたつもりではあったが……其方は、そう呼んではくれまいか、我が背の君よ」
「もちろんさ、ヴリトラちゃん」
「それでもちゃん付けなのか」と苦笑する彼女の唇を、優しくキスで塞いだのち、改めて下半身に自らのたぎりを押し付ける。
「そろそろ、いいかい?」
目的語は省いたが、彼女には十分伝わったようだ。
「──う、うむ。は、初めてなので、その……や、やさしく頼むぞえ」
あまりに可愛らしい台詞に、それだけで恍惚となりかけながらも、気を取り直して、オレは、自分のモノを彼女の入り口に宛がった。
強張った身体から、彼女の緊張が伝わってくる。
彼女の唇を貪り、背中を抱き……思い切って突き入れた!
「──クッ!!」
少し入れただけで彼女の目はギュッと固く閉じられて目尻から大粒の涙が溢れる。
「だい……」
「案ずるな」
オレが唇を離して気遣う声をかけようとする前に、彼女は目を開いて見つめ返してきた。
「我は汝の妻となると決めたのじゃ。なれば、この痛みこそ、我が真の意味で汝の妻となれた証。労ってくれるのは有難いが、過分の気遣いは無用ぞ」
(ポロポロ涙を流しながらそう言われてもなぁ)
とは言え、彼女の気持ちを無碍にすることもできず、オレは挿入を再開する。
少しずつ、ゆっくりと……まさに蝸牛の歩みとも言うべき、じれったいほどの遅さで。
やがて、オレの全部が入り挿入が止まると、彼女は涙を溜めた目を開き、オレに微笑んでくれた。
「!」
嗚呼、この時、オレは彼女に3度目の恋をしたのかもしれない。
1度目は、あの魔王城での決戦直後。
2度目は、今日の教会で純白の婚礼衣装を着た恥ずかしそうな彼女を見た時。
そして、3度目にこの表情を見たからには、もはやオレは一生彼女の魅力から逃れることはできないだろう。
「とう…然じゃ。元まお…うの、純、けつをうばって……逃げられると思うな」
了解了解。これぞまさしく、死がふたりを分かつまで、あるいは死がふたりをわかつとも二世の契りってヤツだぁね。
軽口を叩いているウチに多少は楽になってきたらしいので、おれは、彼女の様子を気遣いながら、ゆっくりと腰を動かし始める。
甘い息を吐き出すだけの言葉にならない呼気を漏らす唇に、再び唇を重ねると、彼女の方から積極的に舌を入れ、むしゃぶりついてきた。
激しく絡み合う舌と緩やかに律動する腰の動きが、いつしか徐々にリンクする。
やがて、彼女の喘ぎが切迫感を増し、舌を絡める余裕もなくなってくる。
いつの間にかオレの背中に両手が回され、その両足も腰にギュッと絡まっている。
(くっ……そろそろ、か……)
さすがにオレも限界を感じ、最後に深く強く一突きをした後、彼女の最深部に熱い精を注ぎ込む。
ほぼ同時に、彼女──ヴリトラちゃんも快楽の頂点を極め、膣内に受け止めた熱が全身を駆け巡るような錯覚を覚えつつ、意識を喪うのだった。
* * *
で、新婚初夜の翌日は、すっかり甘甘らぶらぶになったマイ・ワイフとともに、王都を一通り観光してから、王様にもらった辺境の開拓地へと向かい、そこの領主に就任した。
──どっちかって言うと、「領主」って言うよりは「村長」ってほうがピッタリくるんだけどな。
「よいではないか。領主と領民が一体となって日々の労働に励むなど、王国全土を探しても珍しかろうて。村の民も皆善良で気さくな者ばかりであるし」
いや、まぁ、そうなんですけどね。
ま、とりあえずオレの人生の目的である「美人で気立てのいい嫁さんもらって悠々自適のラブラブ生活」は達成できたんだから、良しとするか。
「こ、コラ、そういう事は往来で口にすべきことではないぞ」
マイハニーは、結婚して丸一年が経つというのに、いまだこういうコトでは恥ずかしがり屋さんだ。そこが可愛いのだが……。
「はぁまったく。そろそろパパになるのだから、もうちょっと落ち着いてくれてもよいと思うがな」
! マジで?
「うむ。昨日、診療所のデプリス殿に診察してもらった結果故、まず間違いなかろう」
ヒャッホー!
あれ、でも、なんで昨晩、教えてくれなかったの?
「たわけ! 昨夜は、夕飯の後、言おうとしたら其方が……」
ん? ああ、なんだか知んないけど、モヂモヂしてるハニーの様子が可愛くて、そのまま押し倒しちゃったんだっけ。
「!! だ、だから、そういうコトをだな」
あー、はいはい。了解しました、奥方殿。
しかし……そうか、子供か。
よーし、パパ、ますます頑張っちゃうぞ!
──その後、オレと元魔王の間に生まれた娘が、異世界から来訪した「大魔王」と戦う勇者に選ばれたりするのだが、それはまた別のお話。
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其の弐『てんかんのつえ』
俺は──自分で名乗るのは少々こっ恥ずかしいが──一応、「勇者」と呼ばれる稼業(しょうばい)をやってる。もっとも、正確には魔王を倒した者だけが「勇者」の称号を得るので、今の俺は勇者候補生ないし勇者(仮)ってトコロだが……。
え? なんでそんなモンになってたか?
……オンラインRPGしてる途中で寝オチしてる時、夢の中でお姫様に「助けて、勇者様!」って呼び掛けられて、ついホイホイ承知しちまったんだよ。
そしたら、お約束の異世界召喚から世界情勢と冒険知識の講義、王様への謁見→旅立ちの4連コンボが待ってたってワケだ。
とりたてて格闘技とかかじってたわけでもない20代半ばのフリーターを引っ張り込むなんて、この世界の連中は何考えてんだか……。
とは言え、断るという選択は事実上存在しなかった。
「魔王を倒した勇者は、よほど無茶でない限り、願い事がひとつ叶えます──たとえば、元の世界への送還とか」
それって、逆に言うと魔王を倒さないと、向こうに帰してくれないってコトっスよねぇ!?
もっとも、武道の経験なんて高校の頃にやった柔道の授業くらいだったけど、意外にも俺には拳法、と言うか素手格闘の才能が眠っていたらしい。
もちろん「勇者」として刀剣の類いも一応装備できるんだけど、どっちかって言うと「武闘家」的なナックルとか爪とかレッグガードとかを着けて、手足をブン回して戦う方が性に合ってるみたいだ。
8人いる勇者候補生の中でも、こと肉弾戦にかけてはトップクラスにいると自負してるしな! ……反面、魔法に関してはヘボヘボだけど。
なにせ、レッサーデーモンをタイマンで殺れるくらいのレベルにまで成長したって言うのに、いまだ使える呪文が最低ランクの回復と「灯り」「脱出」だけって言うんだから泣ける。
まぁ、魔力量自体はそれほど低くはない(と言っても村の祈祷師程度だけど)から、戦闘終了後に何度も重ねがけすれば、体力を全快させることはできるけどな。
そんなワケで、俺にとっては、飛ぶ敵や対集団戦用に強力なマジックアイテムを手元に揃えておくことが必須条件なワケだ。
武闘家の装備は戦士系重装備に比べると若干安めなんだが、そのおかげで俺の出費は他の候補よりも多めだった。
仕方なく、本格的に魔王討伐のために魔界旅立つ前に、資金稼ぎのため地方のダンジョン巡りをしてたんだが……。
「こいつは、たまげたな!」
その途中、とあるダンジョンで”てんかんのつえ”と言う未知のアイテムを見つけたんだ。
てっきり”癲癇の杖”の意味で、相手を痙攣させて動きを止められるものだとばかり思ってたんだが……。
いきなりボスに使って効果がないとピンチだし、かといって使用回数制限があるみたいだから弱い雑魚に使うのはもったいない。
で。
エンカウントモンスターにしてはなかなか強敵である悪魔神官(デビルプリースト)に戦闘開幕早々使ってみたら、煙とともに人間の女の子(しかも巨乳)に早変わりしたんだ!
まさか「転換の杖」だったとはねー。擬人化+性転換とは、この世界の神さんもわかってるじゃねーか!
「な、何が起こったのだ!?」
悪魔神官自身も事態が把握できずにうろたえている。
ローブの下でおそらくはノーブラのオッパイがゆさゆさ揺れているのが、なんと言うか……エロい。
(そういや、ここしばらくパフパフとか行ってねぇなぁ)
少々溜まってて欲求不満気味なオレは、じーっと「悪魔神官」ちゃんの姿を頭のてっぺんからつま先までじっくり舐めるように見る──うん、アリだな。
「な、なんだ、勇者め、ワシをイヤな目付きで見るな」
本能的に身の危険を感じたのか、両腕で胸を庇いつつ、後ずさりする「悪魔神官」ちゃん。
が、もう遅い。
「いっただきまーーす!!」
俺は、かつてない程の速さとモチベーションをもって、悪魔神官娘に襲いかかった……無論、性的な意味で。
「あーーーれーーーー!」
* * *
──その後、異世界から来た勇者に美味しくいただかれてしまった元悪魔神官な少女は、勇者の愛(と言うか愛欲?)によって骨抜き……もとい改心し、彼の冒険につき従う仲間となった。
数ヵ月後、別の勇者の手によって第六次人魔決戦が、人間側の勝利で幕を下ろし、世界に平和が戻ったのち、ふたりは結婚し、とある辺境の村で若夫婦として仲睦まじく(かつエッチな)暮らしたと言う。
魔界の深奥部のさらに人気のない(まぁ、この場合は「魔気」がないと言うべきか?)場所にそびえたつ古城。
その城の主にしてすべての魔物の頂点に立つ存在、「魔王」とオレは1対1で対峙していた。
言い忘れていたが、一応オレは、「勇者」なんて呼ばれてる。
元は、こことは別の世界で二流大学のグータラ学生やってたんだが、テレビゲームの最中にお定まりの「異世界からの勇士の召喚」とやらで半ば無理矢理(そりゃ画面に出た「召喚に応じますか?」って質問でYESを選んだけどさぁ)連れて来られてたんだ。
もっとも、元の世界では身体が丈夫なのと肺活量が大きいこと、そして早口言葉が得意なことくらいしか取り柄がなかったオレだが、「勇者」としては意外にその特徴が役に立った。
なにせ、ゲームで言うところのレベルアップに伴うHP増加量がハンパじゃないうえに、素の頑丈さもガンガン上がっている。今なら裸で寝ているトコロで胸を短剣で刺されても、相手が一般市民ならかすり傷すらつかないんじゃないかね。
さらに長たらしい魔法の呪文をひと息で素早く唱えられるのも、戦闘時には大きなアドバンテージだ。おかげでオレは、「史上初の剣より魔法の方が得意な勇者様」として微妙な感じで有名になっちまったし。
(いや、もちろん剣とか槍も一通り使えるんだよ? ただ、武器攻撃より魔法使うほうが速いし確実ってだけで)
ともあれ、そんなこんなでレベルアップして、オレは最終決戦に臨んだわけだ。
魔王は、その呼称のイメージを裏切る、やや小柄な若い美形の青年だった(たぶん、その角と肌の色を何とかすれば人間界でもモテそう。ちくせぅ……)が、オレとは対照的に剣による攻撃を得意としていた……て言うか、さっきから一度も魔法とか使ってきやがらねぇ!
おかげで、オレも長い詠唱時間が取れず、剣と楯で相手の攻撃をいなしつつ、隙を見ては単文節の攻撃魔法を唱えることくらいしかできてない。
「えーい、貴様、それでも「勇者」か? 先程から、ちまちまとショボい魔法ばかり使ってきおって。勇者なら勇者らしく聖剣の技で勝負せんか!」
「そっちこそ、仮にも「魔」の「王」なんだから、暗黒魔法の粋とか見せてくれよ! まさか、魔法が苦手ってワケでもないだろ?」
戦いの合い間にそんな軽口を返すと、フイと魔王が視線を背ける。微妙に涙目になってるし。
うわ、まさか図星!? でも、ちゃんす♪
オレは、先日とある遺跡で発見した高難度のロストワード(遺失呪文)を詠唱開始する。
「ぅぅ……貴様も「魔王だから魔法が得意」だなどと思っておるのか。誰だって得手不得手はあるのだぞ。我には、この魔界で誰にも負けぬ無双の剣技があれば、それでよい!」
「魔法なんて飾りですよ、長老達(えらいひと)には、それがわからんのです!」なんて、虚ろな目でブツブツ言ってる奴には、ちょっぴり同情しないでもないが、戦いは非情なのだ。
「……故に七彩の神ハマンよ、古えの盟約に従いて彼の者に災厄を為せ……」
「! しまった、その呪文を止めよ!!」
「もう遅いぜ──TEN-UP-U-LUPA!」
奴が気付いた時には、オレはすでに「無作為超変異(テン・アップ・ユー・ルーパ)」の呪文の詠唱を終えていた。
──BOMMMMB!!!
軽い爆発音とともに七色の煙に包まれる魔王。
ちなみにこの魔法は攻撃呪文じゃなく、敵1グループに致命的なバッドステータスを確実にもたらす補助系の呪文だ。
ただし、「陥夢(スリープ)」や「彫像(パラライズ)」と言った並の補助魔法と異なり、たとえ対象の魔法抵抗力がどれだけ高くともお構いなし。しかも、効果は神聖魔法などで解呪するまで半永久的に持続するといういやらしさ。
問題は、その「バッドステータス」の内容を任意に選択できないことなんだが……。
(できれば石化か麻痺あたりだと助かるんだがなぁ。猛毒や鈍足、筋力低下あたりでもOKだ)
逆に沈黙(魔法使用不可)や消耗(MPが徐々に減る)あたりだと、意味ねーし。
「くっ……やってくれたな」
もうもうたる煙の中から、魔王の声らしきものが聞こえる。
(お、少なくとも沈黙じゃなかったか、ラッキー)
けど、なんか奴の声がおかしくなかったか? 妙に甲高いと言うか……。
「油断していたとはいえ、この我にまともに魔法をかけるとは、流石だと褒めてやろう。しかし、ここからはそうはいかんぞ。我が魔剣の錆にしてくれるわ!」
威勢のいい言葉とは裏腹に、剣にすがるようにしてヨロヨロと煙の中から現れたのは……。
「お、女の子ォ!?」
***
「なにッ、女の子だと? ちっ、どこから紛れ込んだのか知らんが、ここは男の戦場だ。女はすっ込んでろ!」
えーと、信じ難いが、この口ぶりからすると、やっぱ、この角の生えた女の子が、さっきまで戦っていた魔王その人なのか。
いや、オレの装備してる「密偵の片眼鏡(スカウター)」にも、確かに「種族:鬼魔族(♀)/クラス:魔王/レベル:1」ってデータが表示されてるんだけど。
「おい、そこの貴様! 貴様も勇者のハシクレなら、その女の子とやらを保護してやらんか」
──さっきから思ってたんだけど、この魔王、微妙に「いい人」(魔族だけど)だよなぁ。今時多いカッコだけ騎士のオサレ騎士(笑)どもより、よっぽど正々堂々とした紳士っぽいし。
「えっと……本当にいいのか、保護しちゃって」
「ふん、心配せんでも、魔王の誇りに懸けて、我は逃げも隠れもせぬわ」
うーん……ま、本人の了解が得られたんだし、いっか。
オレは、剣を収め、この部屋に入った時に外して床に置いたマントを拾ってから、「保護すべき女の子」の前につかつかと歩み寄る。
「な、なんだ、どうした貴様、何をするつもり……」
──フワサッ……
微妙に腰が引けている魔王娘にオレは、マントをかけてやった。
「? 何のつもりだ」
「いや、さすがにその格好で表を歩くのはちょっと……」
真紅のボディスーツ(しかも背中はほとんど丸出し)にニーハイブーツという服装は、正直すごく萌えるが、いくらなんでも過酷な環境の魔界をその格好で出歩くのは無謀だ。サッキュバスだって、もうちょっと露出が低いし。
「?? 何を無言っておるのだ。我は、「女の子」とやらを保護せよ、と言ったのだぞ?」
「うん、だから、そうしてる」
魔王娘の見かけは、身長や顔つきからすると、人間で言えばおおよそ13、4歳と言うところか。オレより頭ひとつ分背が低く、栗色の髪を腰までなびかせ、美人と言うより可愛いタイプの容貌だが、胸だけは年齢不相応に発達してる。いわゆる童顔巨乳ってヤツだな。
正直、好みのタイプ直撃だった。
ロリコンじゃないぞ? オレまだ19歳だから、5歳差くらいなら十分セーフだろ? 「大学生の彼氏とおつきあいする中学生の女の子」って、普通にいそうだし。
──そう、オレは、この「わけがわからないよ」と言った顔つきで、キョトンとしている魔王ちゃんを「お持ち帰り」する気満々なのだ!
***
「──と言うわけで、オレたちは今、魔界に近い辺境の宿屋に来ています」
「ヲイ、こら待て! 何が「と言うワケ」なのだ? サッパリわけがわからんぞ!」
ははは、目を白黒させてる魔王ちゃんも可愛いなぁ。
「だいたい、つい先刻まで我と汝は我が城の最深部で戦っていたはずであろう?」
うん。でも、あのままじゃラチがあかないので、「陥夢」の魔法で魔王ちゃんを眠らせた後、「脱窟(エスケイプ)」で外に出て、で、「帰還(リターン)」の呪文で最後に立ち寄ったこの町にキミをお姫様抱っこして戻って来たのサ!
「えぇい、爽やかそうな口調で言うな! それは誘拐とか拉致と言うのだ!」
ラチがあかないだけに拉致……魔王ちゃん、巧いこと言うねぇ。
「そ、そうか(テレテレ)……って違う! そもそも、汝と我は魔王と勇者。不倶戴天の天敵ではないか!!」
うーん、そりゃまぁ、一般的に見ればそうかもしんないけど……。
「「そういう決まりだから」ってだけで、戦い殺し合うだけの関係なんて、空しくね?」
「! な、何を……」
お、動揺してる。
いや、あれだけ紳士で騎士道的な魔王ちゃんだから、物の道理を説き聞かせれば、それを無視できないと踏んでたんだけど、やっぱりなぁ。
人が良いって言うか素直って言うか……「王」を名乗るには向かん人材(魔材?)だよ。
「そもそも、魔界の代表たる「魔王」と人界の代表たる「勇者」の戦い──「人魔決戦」は、どちらかが敗北した時点で速やかにお開きとなるはずだろ?」
実は、オレ……とその他多数の「勇者」は、RPGなんかでよくある「魔族の人間世界への侵攻」を退けるために戦っているわけじゃないのだ。
いや、大昔は本当にそういう時期もあったみたいなんだけど、今では人界と魔界は相互に協定を結んで、友好的とは言わないまでも「好意的中立」くらいの関係を長らく保っている。
これは、人間と魔族の間で大々的な戦争を起こすと、双方の被害がハンパないことになることを両方の王様がしみじみ痛感したため、600年ほど前に正式に停戦協定を結んで、今に至るらしい。
人間界でも、中央はともかくここくらいの辺境になると魔族の商人とか普通に街中歩いて商売してたりするし、逆も然り。
民間レベルでの交流は結構できてるし、共存共栄とまでは言わないまでも、魔族と人間はそれなりに巧くやれてるのだ。
とは言え、人間同士、あるいは魔族でも国家間、部族間の争いは頻発するのに、異なる種族間で揉め事がまったく起こらないなんてこともあり得ない。
そこで、協定を結んだ両陣営のトップが考えたのが、この「人魔決戦」──それぞれの最高実力者による古えの戦いを模した、100年ごとの代表戦だった。
人間側は、代表である「勇者」を19人の任意の数送り出す。
魔族側は、代表である「魔王」が魔王城の最奥部で迎え撃つ。
勇者は、その旅の途上で人間の賊も含めた魔物の討伐する権限を持ち、腕を磨きながら魔王城を目指し、魔王は任意の部下を派遣してそれを阻む。
ただし、双方にルールと言うかレギュレーションがあって、勇者は魔界に近づくにつれていい武器防具を買えるようになるし、魔王側も魔王城に近いほど強い魔物を派遣できる。
勇者は死んでも王都の神殿で復活できるが、持ち物と所持金が全て没収ート(「冒険」進めた奴ほど大概はそれで嫌気がさしてリタイアするらしい)。
「あ、オレ? オレも冒険始めた序盤に2回ほど死んだけど、ほら、主戦力が魔法だからさ。あんまし装備の力に頼ってなかったし」
今使ってる剣も、かなり高価ととは言え王都の隣り町で買える「ソードブレイカー」だしなぁ。
「……つくづく、インチキな奴め」
「ははは、お褒めに預かり恐悦至極」
「褒めとらんわ!」
そしていよいよ勇者が魔王のもとにたどり着いたら最終決戦開始。勝った陣営が負けた陣営に対して、境界線上の領土だの関税率だの法制だのの、いくつかの政治的アドバンテージを得るってワケだ。
「で、あの時、オレの「無作為超変異」を食らったキミは、女性化したうえレベル1になって、持ってる魔剣すらまともに振るえない身になった」
「それは……」
「あ、ちなみに、例の魔剣はちゃんと回収して持って来てあるから」
「そ、そうか。それはかたじけない……って、何で我が貴様に礼を言わねばならんのだ!」
目まぐるしく表情の変わる魔王ちゃんのラブリーな様子を楽しみつつも、ここは非情になって断言する。
「はっきり言おう。キミはあの時負けたんだよ。魔王の敗北、言い換えると勇者であるオレの勝利をもって、第六次人魔決戦は幕を閉じた」
「!!」
薄々は理解していたんだろうけど、改めてその事実を突き付けられて、ショックを受けた様子の魔王ちゃん。
「そう…か。我は負けたのだな……ククククッ」
嗚呼、自嘲の笑みを浮かべつつ、ハラハラと真珠の如き涙を流し続けて無言ですすり泣く少女の何と可憐なことよ。
オレは、黙って胸元に魔王ちゃんを抱きしめ、泣き続ける彼女の頭を優しく撫でてやる。彼女も今だけはその気遣いに抵抗しなかった。
「み、見苦しいところを見せたな」
しばしの後、オレの渡したハンカチで涙を拭きつつ、真っ赤になりながらも何とか威厳を取り戻そうとする魔王ちゃん、けなげ可愛い!
まぁ、ここでソレを口にする程、オレもKYじゃない。
「それで、今回の決戦の事後処理じゃが……」
「あ、その辺りは既にウチの王さんに連絡して進めてあるから。魔族(ソッチ)の側からも、すでに龍族から特使って人(龍?)が王都に向かったみたい」
「そ、そうか……今更我にできることはないのじゃな……」
ズズーンと落ち込む魔王ちゃん。
予想通り武力──と言うか剣技一辺倒のお飾り魔王様だったみたいだなぁ。たぶん、政治関連の事柄は、戦いのとき言ってた長老連中に牛耳られていたんだろう。
「いや、ひとつあるよ。人魔決戦のご褒美をオレに与えて欲しい」
「ん? なんじゃ、それは。確かに、人魔両陣営の施策以外に、戦いに勝利した個人にもひとつ褒章が与えられるのが習わしではあるが……」
そう、これがあるからこそ、バトルマニアでもないのに勇者なんてヤクザな職業(しょうしばい)を続けてこれたのだ。
オレみたく、異世界から召喚された勇士は、たいてい「元の世界への帰還」を願うらしいけど、オレには別の思惑があった。
「それはお主らの王から貰うべきであろう?」
「うん、ウチの王様の承認は得てるんだけど、でも、キミの許可がないと意味ないものなんだ」
「なるほど、我が城の秘蔵の宝物か何かか。フッ、よかろう。我が敗北した以上、じきに次の魔王が選出され即位するじゃろうが、それまではまがりなりにも我が王だ。好きなものを持って行くがよい」
おお、魔王様本人の言質を取ったぜ。
「──二言はないよね?」
「うむ、我が誇りに誓って。それで、お主は何を所望するのだ?」
「オレは──」
大きく息を吸い込んで、ハッキリと宣言する。
「オレは、キミを嫁に欲しい!」
* * *
「──と言うわけで、オレたちはこれからまさに新婚初夜を迎えようとしています」
「またか!? これがお笑いで言うテンドンなのか!? と言うか、人生で一番大事な伴侶を娶る式典をスッ飛ばすとは何事じゃ!」
純白の婚礼衣装のまま、角を振り立てて怒るマイハニーこと魔王ちゃん。
「あれ。じゃあ、魔王ちゃんもオレとの結婚に至る過程と婚礼を大事だと思ってくれてるんだ」
──ニヤニヤニヤ……
擬態語で表すとまさにそんな感じになりそうな人の悪い笑顔を向けるオレの言葉に、ハッと我に返った魔王ちゃんが、真っ赤になって狼狽している様が、めっさかわえぇ。
「そ、それは……ふ、ふん。我にとって生涯初にしておそらくは一度きりの行事じゃからな。いかに其方(そなた)の希望に対し魔王として応えた結果と言えど、仇や疎かにはできぬ!」
お、開き直ったか。
とは言え、確かに「大事な場面」だからな。よし、気合い入れて回想すっぞー!
* * *
「は、はぁ!? な、何をバカな事を申しておるか。そもそも、今はこんな情けない姿になっておるとは言え、我は本来男で、しかも魔王なのじゃぞ!?」
オレが「嫁に欲しい」と言った時の魔王ちゃんの反応は、今思い返してもおかしくなるほど無茶苦茶狼狽してたなぁ。
「や、でも、それって裏を返せば、「現在はたおやかで可愛らしい女の子」ってコトだろ。それに、第五次人魔決戦に勝った魔王が、剣を交わした当時の女勇者を妃にしたって聞いてるけど?」
「……存じておる。そのふたりは我の祖父母にあたるでな」
魔王ちゃんいわく、「魔王」の役目は世襲ではないものの、事実上魔界の有力な78家から選ばれることが殆どらしい。で、魔王ちゃんの母方の家柄も、その中に含まれているのだとか。
「魔王が勇者を娶った前例があるなら、勇者が魔王をお嫁さんにしたって別段構わないんじゃない?」
「そ、それは……」
なまじ、理性的で物事の道理をわきまえた「彼女」は、オレの言葉に対する巧い反論が見つからないらしい。
しかも、(勝手に勘違いしていたとは言え)ついさっき「魔王の誇りに賭けて」「好きなものを持って行くがよい」って言ったばかりだし。
「おっと、安心してくれ。何も今すぐ君を押し倒そうってワケじゃない。マジックアイテムでメッセージを飛ばしたとは言え、一応「目標を達成した勇者」として王都に帰って直接王様に報告するのが筋だろうしな」
「う、うむ。そうじゃな。それが勇者としてあるべき態度であろう」
「で、その足で王都の教会がキミと式を挙げたいと思ってるんだ」
「はぁ!? ま、まさかとは思うが……その「式」と言うのはもしかして……」
「もちろん、オレ達の結婚式さ!」
キラリと歯を光らせながらいい笑顔で答えるオレ。うむ、あーいうのは金持ちのキザハンサムしかできんと思ってたけど、何とかなるモンなんだな。
そして、それに対する魔王ちゃんの反応は……。
「──汝、本気なのじゃな?」
「馬鹿者」と罵倒するでもなく、「フザケるな!」と激昂するでもなく、むしろ低めの声で今までにない程真剣な目付きをしていた。
「無論。オレは確かに軽口好きで、シリアスになるよりは笑って過ごす方が好きなタチだけど、伴侶を娶るという一世一代の勝負所で、冗談は言わないさ」
此処が勝負の分かれ目と直感したオレは、極力真面目な表情で答える。
時間にすればわずか十数秒。しかしオレには永遠にも思える沈黙の後、魔王ちゃんはゆっくりと頷いてくれた。
「わかった。どの道、魔王の地位をクビになれば行き所のない此の身だ。決闘の勝者たる汝が望むのなら、妻でも婢(はしため)にでもなろう」
ぃ……。
「い?」
「ぃやったーーーー!!」
「! こ、こら、いきなり大声を出すな。近所迷惑であろう」
魔王のくせに(?)妙に良識的な彼女がたしなめるのも耳に入らず、オレは両目から滝のような「感激の涙」を流しながら、人生最大級の感動を噛みしめていた。
「お、大げさなヤツだ。我のごときハンパ者を娶るのがそんなに嬉しいのか?」
「もちろんだよ!」
グイッと彼女の両手を握ると、彼女の瞳を覗き込む。
「それから、魔王ちゃん、これから必要以上に自分を卑下するのは禁止。キミが本当に強かったことは、六代目正統勇者であるオレが、しっかり認めてるんだから」
「……ふ、ふん。まぁ、いいだろう。旦那様の言う事は妻としては無碍にはできぬからな」
(ツンデレキターーーーッ!)
という心の叫びはかろうじて口から出さずに済んだが、オレの(精神的な意味での)HPがヤバい。圧倒的じゃないか、この萌えっ娘は!
ともあれ、その後も魔王ちゃんのツンデレ全開な言動に萌え殺されそうになりつつ、なんとか王宮で報告を済まし、「望みのままの報償を」と言われたものの、人生最大の欲しいものは、すでに手に入れちゃったしなぁ。
「ま、まさかと思うが……それが我だとか言うのではなかろうな?」
イェース、ザッツ・ライト!
正確には「可愛くて気立てがよく働き者の嫁さん」かな。
「──ふ、ふん。おだてても何も出せんぞ。それにしても、自国の王の前であれだけ堂々とデタラメを並べ立てるとは……」
ん? オレとしては別段嘘八百を並べ立てたつもりはないんだけど?
報奨くれるって言うから、マイハニーと結婚してどこか辺境の村でひっそり余生を暮らすことを願い出ただけじゃん。
「ほほぅ、しかし、我のことを"魔王城から助け出した魔族の少女で、どうやら城で無理矢理働かされていたらしい"と紹介したではないか」
ええ、その通りですが何か? 一言も嘘は言ってないぞ、嘘は。
今のキミは、紛れもなく「魔族の少女」だし。
「お主、勇者なんぞやってるより詐欺師にでもなった方がよいのではないか? それに後半部分は……」
「好きで「魔王」やってたわけじゃないだろ? むしろ勇者対策に一時的に押しつけられたって方が正確だろうし」
そうでなければ──「彼」が実力で魔王の地位を勝ち取ったのなら、城に子飼いの部下の一団なりがいたはずだ。
勇者の剣技に対抗すべく、剣術に特化した(そしてそれしか能のない)「彼」が選ばれ、今代の魔王の椅子を押しつけられたに違いない。
「……む、当たらずと言えども遠からずじゃな」
うん、外見年齢(とし)に似合わぬ憂いを帯びた表情も、ビューティフルだぜ、ハニー!
「ええい、こういう時くらいしんみりさせよ! それにしても、我の素性の説明(ごまかし)はともかく、辺境で開拓業を営むとは、汝にしてはエラく立派なお題目ではないか」
ありゃ、もしかして、オレって、そんなに信用ない? 心外だなぁ。これでも(主に人間世界の)平和のために戦った"勇者"のハシクレなのに。
「どの口がぬかしおるか。
──いや、待て。確か"勇者"として異界より召喚されるのは、自らの利害をなげうって他の者のために戦える人間のみだと、書物で読んだ記憶があるな。ふぅむ……此奴(こやつ)がのぅ」
その意外感120%の視線はやめてくれないかい、マイワイフよ。
確かにオレはマイペースなちゃっかり者で、「正義!」とか「秩序!」とかいう代物にあまり熱心な方じゃないけど、それでも小市民的道徳倫理観くらいは持ち合わせてるんだからさぁ。
「汝の言う"小市民"は元魔王を拉致して自分の嫁にするのか?」(じと)
アウチ! 確かにソレを言われると反論できないなぁ。
ま、それはともかく、一応、これでも色々考えた挙句の結論なんだよ?
今、人間界と魔界の間は、ごく一部で交流があるものの、あくまで全体としては相互不干渉という状態にある。これは、「長年の対立」と「種族的価値観の差異」というものに基づくと言ってよい。
しかし実際には、前者は、すでに600年間ものあいだ、事実上の平和状態が続くことによって、その意味を事実上失い、後者に至っても……って聞いてる?
「zzz……ハッ! む、無論、聞いておるぞ! 居眠りなんぞしておらぬからな!!」
──えっと、簡潔に言うと、「人間と魔族の間の垣根をもう少しだけ低くしましょう」ってことが狙いなんだ……将来生まれてくるオレたちの子供のためにも、ね。
「! ……すまぬ。我は其方(そなた)を見くびっておったようじゃ」
や、別にいいよ。開拓村の村長さんの仕事はそれなりにハードそうだけど、それでもお互いの理解を深める時間くらいは、これからいくらでもあるだろうし。
「そう、じゃな……」
うんうん。
──と言うワケで、早速、健やかベイビーができるようなイイコトしようぜ、奥さん!
「そ、其方というヤツは……折角、見直したばかりじゃと言うに」
呆れたように苦笑しつつも、魔王ちゃんはオレのハグを拒まなかった。
それをいいことに、オレはギュッと強く抱きしめる。
そして彼女の手も、おずおずと俺の腰に回され……俺たちは出会ってから初めてその心をひとつにしたのだった。
* * *
で、諸々の些事を経て、ようやく魔王ちゃんとの結婚式を迎えることができたオレの心は、もはや昼間っからクライマックス状態というワケだ。
とは言え、やっばり魔王ちゃんの言う通り、此処からはスッ飛ばさず、キチンと描写するべきだろう。
あまり女性経験豊富と言えないオレには、凝った手練手管が使えるわけじゃなし。
抱き上げた彼女をベッドに横たえ、最初はただ強く、思いのたけを込めて彼女を抱きしめた。
それに対し彼女は最初は身体を堅くしていたものの、唇や頬、まぶたやうなじなどにキスの雨を降らし、両掌で彼女の華奢な肩をなだめるようにでていると、少しずつその身体から力が抜けて行った。
オレは、いつしか熱い吐息を漏らすようになった彼女の唇を自らの口で塞ぐ。
同時に、彼女の方からも、オレの唇を啄ばみ始めた。
オレが舌を差し込んで彼女の綺麗な歯並びをなぞると、対して彼女はその舌に自らの舌を絡めてくる。
口腔内で互いの舌が絡み合い、それにつれてた唾液の交換をも繰り返す。
キスだけでボルテージが高まりつつあるなか、オレの手はゆっくりと彼女の肢体を弄りだす。
恍惚としていた彼女も、さすがに一瞬身体を固くしたが、直ぐに再び力を抜いて、その身を委ねてくれた。
抱きしめていた手で肩から背中、脇、腰、そして胸へとなだらかな曲線を包み込むように愛撫する。
小柄な体格にやや不相応な豊満で柔らかな乳房が、オレの愛撫に従ってしなやかに形を歪めるのを、新鮮な感動をもって眺める。
そして、オレの手は遂に、彼女の初々しい小さな割れ目へと到達する。
ほとんど無毛に近いあえかな茂みと、ピンクと言うのもおこがましい、薄い色をした未成熟な秘境。
そこにオレの武骨な指先が触れる。
「──っ!」
その強すぎる刺激に彼女は一際大きな反応を返す。
けれど、あえてオレは手を止めず、彼女の口を塞いだままゆっくりと撫で続けた。
数分間、念入りに優しく愛撫を繰り返した結果、十分にソコが濡れそぼったのを確めたオレは、最後の確認のため、彼女に呼び掛ける。
「魔王ちゃん」
「──ヴリトラ、じゃ」
「え?」
「我が魔王となる以前の名じゃ。すでに捨てたつもりではあったが……其方は、そう呼んではくれまいか、我が背の君よ」
「もちろんさ、ヴリトラちゃん」
「それでもちゃん付けなのか」と苦笑する彼女の唇を、優しくキスで塞いだのち、改めて下半身に自らのたぎりを押し付ける。
「そろそろ、いいかい?」
目的語は省いたが、彼女には十分伝わったようだ。
「──う、うむ。は、初めてなので、その……や、やさしく頼むぞえ」
あまりに可愛らしい台詞に、それだけで恍惚となりかけながらも、気を取り直して、オレは、自分のモノを彼女の入り口に宛がった。
強張った身体から、彼女の緊張が伝わってくる。
彼女の唇を貪り、背中を抱き……思い切って突き入れた!
「──クッ!!」
少し入れただけで彼女の目はギュッと固く閉じられて目尻から大粒の涙が溢れる。
「だい……」
「案ずるな」
オレが唇を離して気遣う声をかけようとする前に、彼女は目を開いて見つめ返してきた。
「我は汝の妻となると決めたのじゃ。なれば、この痛みこそ、我が真の意味で汝の妻となれた証。労ってくれるのは有難いが、過分の気遣いは無用ぞ」
(ポロポロ涙を流しながらそう言われてもなぁ)
とは言え、彼女の気持ちを無碍にすることもできず、オレは挿入を再開する。
少しずつ、ゆっくりと……まさに蝸牛の歩みとも言うべき、じれったいほどの遅さで。
やがて、オレの全部が入り挿入が止まると、彼女は涙を溜めた目を開き、オレに微笑んでくれた。
「!」
嗚呼、この時、オレは彼女に3度目の恋をしたのかもしれない。
1度目は、あの魔王城での決戦直後。
2度目は、今日の教会で純白の婚礼衣装を着た恥ずかしそうな彼女を見た時。
そして、3度目にこの表情を見たからには、もはやオレは一生彼女の魅力から逃れることはできないだろう。
「とう…然じゃ。元まお…うの、純、けつをうばって……逃げられると思うな」
了解了解。これぞまさしく、死がふたりを分かつまで、あるいは死がふたりをわかつとも二世の契りってヤツだぁね。
軽口を叩いているウチに多少は楽になってきたらしいので、おれは、彼女の様子を気遣いながら、ゆっくりと腰を動かし始める。
甘い息を吐き出すだけの言葉にならない呼気を漏らす唇に、再び唇を重ねると、彼女の方から積極的に舌を入れ、むしゃぶりついてきた。
激しく絡み合う舌と緩やかに律動する腰の動きが、いつしか徐々にリンクする。
やがて、彼女の喘ぎが切迫感を増し、舌を絡める余裕もなくなってくる。
いつの間にかオレの背中に両手が回され、その両足も腰にギュッと絡まっている。
(くっ……そろそろ、か……)
さすがにオレも限界を感じ、最後に深く強く一突きをした後、彼女の最深部に熱い精を注ぎ込む。
ほぼ同時に、彼女──ヴリトラちゃんも快楽の頂点を極め、膣内に受け止めた熱が全身を駆け巡るような錯覚を覚えつつ、意識を喪うのだった。
* * *
で、新婚初夜の翌日は、すっかり甘甘らぶらぶになったマイ・ワイフとともに、王都を一通り観光してから、王様にもらった辺境の開拓地へと向かい、そこの領主に就任した。
──どっちかって言うと、「領主」って言うよりは「村長」ってほうがピッタリくるんだけどな。
「よいではないか。領主と領民が一体となって日々の労働に励むなど、王国全土を探しても珍しかろうて。村の民も皆善良で気さくな者ばかりであるし」
いや、まぁ、そうなんですけどね。
ま、とりあえずオレの人生の目的である「美人で気立てのいい嫁さんもらって悠々自適のラブラブ生活」は達成できたんだから、良しとするか。
「こ、コラ、そういう事は往来で口にすべきことではないぞ」
マイハニーは、結婚して丸一年が経つというのに、いまだこういうコトでは恥ずかしがり屋さんだ。そこが可愛いのだが……。
「はぁまったく。そろそろパパになるのだから、もうちょっと落ち着いてくれてもよいと思うがな」
! マジで?
「うむ。昨日、診療所のデプリス殿に診察してもらった結果故、まず間違いなかろう」
ヒャッホー!
あれ、でも、なんで昨晩、教えてくれなかったの?
「たわけ! 昨夜は、夕飯の後、言おうとしたら其方が……」
ん? ああ、なんだか知んないけど、モヂモヂしてるハニーの様子が可愛くて、そのまま押し倒しちゃったんだっけ。
「!! だ、だから、そういうコトをだな」
あー、はいはい。了解しました、奥方殿。
しかし……そうか、子供か。
よーし、パパ、ますます頑張っちゃうぞ!
──その後、オレと元魔王の間に生まれた娘が、異世界から来訪した「大魔王」と戦う勇者に選ばれたりするのだが、それはまた別のお話。
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其の弐『てんかんのつえ』
俺は──自分で名乗るのは少々こっ恥ずかしいが──一応、「勇者」と呼ばれる稼業(しょうばい)をやってる。もっとも、正確には魔王を倒した者だけが「勇者」の称号を得るので、今の俺は勇者候補生ないし勇者(仮)ってトコロだが……。
え? なんでそんなモンになってたか?
……オンラインRPGしてる途中で寝オチしてる時、夢の中でお姫様に「助けて、勇者様!」って呼び掛けられて、ついホイホイ承知しちまったんだよ。
そしたら、お約束の異世界召喚から世界情勢と冒険知識の講義、王様への謁見→旅立ちの4連コンボが待ってたってワケだ。
とりたてて格闘技とかかじってたわけでもない20代半ばのフリーターを引っ張り込むなんて、この世界の連中は何考えてんだか……。
とは言え、断るという選択は事実上存在しなかった。
「魔王を倒した勇者は、よほど無茶でない限り、願い事がひとつ叶えます──たとえば、元の世界への送還とか」
それって、逆に言うと魔王を倒さないと、向こうに帰してくれないってコトっスよねぇ!?
もっとも、武道の経験なんて高校の頃にやった柔道の授業くらいだったけど、意外にも俺には拳法、と言うか素手格闘の才能が眠っていたらしい。
もちろん「勇者」として刀剣の類いも一応装備できるんだけど、どっちかって言うと「武闘家」的なナックルとか爪とかレッグガードとかを着けて、手足をブン回して戦う方が性に合ってるみたいだ。
8人いる勇者候補生の中でも、こと肉弾戦にかけてはトップクラスにいると自負してるしな! ……反面、魔法に関してはヘボヘボだけど。
なにせ、レッサーデーモンをタイマンで殺れるくらいのレベルにまで成長したって言うのに、いまだ使える呪文が最低ランクの回復と「灯り」「脱出」だけって言うんだから泣ける。
まぁ、魔力量自体はそれほど低くはない(と言っても村の祈祷師程度だけど)から、戦闘終了後に何度も重ねがけすれば、体力を全快させることはできるけどな。
そんなワケで、俺にとっては、飛ぶ敵や対集団戦用に強力なマジックアイテムを手元に揃えておくことが必須条件なワケだ。
武闘家の装備は戦士系重装備に比べると若干安めなんだが、そのおかげで俺の出費は他の候補よりも多めだった。
仕方なく、本格的に魔王討伐のために魔界旅立つ前に、資金稼ぎのため地方のダンジョン巡りをしてたんだが……。
「こいつは、たまげたな!」
その途中、とあるダンジョンで”てんかんのつえ”と言う未知のアイテムを見つけたんだ。
てっきり”癲癇の杖”の意味で、相手を痙攣させて動きを止められるものだとばかり思ってたんだが……。
いきなりボスに使って効果がないとピンチだし、かといって使用回数制限があるみたいだから弱い雑魚に使うのはもったいない。
で。
エンカウントモンスターにしてはなかなか強敵である悪魔神官(デビルプリースト)に戦闘開幕早々使ってみたら、煙とともに人間の女の子(しかも巨乳)に早変わりしたんだ!
まさか「転換の杖」だったとはねー。擬人化+性転換とは、この世界の神さんもわかってるじゃねーか!
「な、何が起こったのだ!?」
悪魔神官自身も事態が把握できずにうろたえている。
ローブの下でおそらくはノーブラのオッパイがゆさゆさ揺れているのが、なんと言うか……エロい。
(そういや、ここしばらくパフパフとか行ってねぇなぁ)
少々溜まってて欲求不満気味なオレは、じーっと「悪魔神官」ちゃんの姿を頭のてっぺんからつま先までじっくり舐めるように見る──うん、アリだな。
「な、なんだ、勇者め、ワシをイヤな目付きで見るな」
本能的に身の危険を感じたのか、両腕で胸を庇いつつ、後ずさりする「悪魔神官」ちゃん。
が、もう遅い。
「いっただきまーーす!!」
俺は、かつてない程の速さとモチベーションをもって、悪魔神官娘に襲いかかった……無論、性的な意味で。
「あーーーれーーーー!」
* * *
──その後、異世界から来た勇者に美味しくいただかれてしまった元悪魔神官な少女は、勇者の愛(と言うか愛欲?)によって骨抜き……もとい改心し、彼の冒険につき従う仲間となった。
数ヵ月後、別の勇者の手によって第六次人魔決戦が、人間側の勝利で幕を下ろし、世界に平和が戻ったのち、ふたりは結婚し、とある辺境の村で若夫婦として仲睦まじく(かつエッチな)暮らしたと言う。