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『首替奇談 -兄妹妹兄2012-』

2012/12/23 13:26:54
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-Prologue-

「ふたばちゃん、そろそろ体育館に行かんと」
女子更衣室で、遼子ちゃんに声をかけられたボクは、一瞬、ビクッと背中が震えそうになるのを堪え、極力平静を装って返事をする。
「う、うん、わかった。すぐ、用意するね」
その言葉通り、手早くセーラー服を抜いで、水色の巾着袋から取り出した体操着に袖を通す。
(ああ、誰も気づいてない……みんな、ボクの事を妹のふたばだと思ってるんだ)



* * *

──朝起きたら、僕と妹の首がすげ替えられて、僕の頭がふたばの身体に、ふたばの頭がボクの身体にくっついていた。もちろんビックリしたけど、僕らふたり以外の人は、家族も含めて誰もこの異常事態に気づかない。
パパやママに説明しても、冗談を言っていると思われちゃった。
しかも、僕は「中学2年生の妹のふたば」、ふたばは「高一の兄・俊章」だと、周囲に認識されてるみたい。

相談のうえ、結局僕らは仕方なく身体に合わせた学校に通うことにした。
幸い、ふたばは結構ボーイッシュなタイプで一人称も「ボク」だから、堂々としていればボロは出ないと思う。
(あれ? そう言えば、僕、両親のことをパパ・ママって呼んでたっけ……ん、ま、いいや)

妹のふたばの部屋で、戸惑いと恥ずかしさを堪えつつ、パジャマから中学の制服に着替える。
幸い妹の学校は僕も去年まで通っていた地元の公立中学だ。実際、去年は何度もふたばと一緒に通学したこともある。その過程で妹の親しい友人達とも、おおよそ顔見知りとなっているのが、まさか役に立つ日がくるとは……。
そんなコトを考えながら、着替えを始めた。

フリル飾りのついたコーラルピンクのパジャマの上着を脱ぐと、そこには掌サイズのオッパイが揺れる「女の子」の裸があった。極力見ないよう、意識しないように努力しつつ、枕元に於いてあったノンワイヤーの白地に薄い水玉模様の3/4カップブラを着用する。
(14歳にしては、まぁまぁの大きさかな……)
などと一瞬脳裡に浮かんだ兄にあるまじき感想を、フルフルと頭を横に振って追い出す。
サイドからセンターに向かって斜めにカットしたカップに、脇の肉を寄せ集めて押し込むと、より一層胸が大きくなったように感じる。

それをあえて無視して、今度はパジャマのボトムをずり下ろして脱ぎすてる。男性のそれとはまるで異なるペッタリと平たい下腹部は、ブラジャーとセットになるらしい水玉模様のショーツで覆われていた。
いくら肉親とは言え、いや、家族だからこそ、女の子の下着姿を目にすることは途方もない罪悪感があった。
(うぅっ、意識しちゃダメだ。平常心へいじょうしん……)
そう、自分に言い聞かせながら、脱いだパジャマを摘みあげる。
朝からの騒動で随分冷や汗をかいたから、コレは、このまま畳まないで洗濯に出したほうが良さそうだ。

壁にかかっている、中学3年間で僕自身の目にも見慣れたセーラー服を手に取る。デザインは白をベースに、半袖で襟に紺のラインが3本入ったオーソドックスなタイプ。
スカートの方は、ありがちな紺色だけど、古典的なヒダスカートじゃなく、幅広のボックスプリーツで、裾近くに2本白いラインが入っているのがちょっとオシャレだ。
(さっさと着ちゃおうっと)
左脇のホックを外してスカートに足を突っ込み、ホックとジッパーを締める。セーラー服の方も、脇のジッパーを上げて被り、襟の形を整える。
ようやく下着姿ではなくなったことでひと息つけた僕は、ベッドに腰掛けて膝下までの長さの紺のスクールソックスを履いた。
最後に、臙脂色のナイロンスカーフを手にドレッサーを覗き込む。ウチの中学のスカーフはやや大きめで結び方も独特なので、さすがにこればかりは何も見ないで済ませるのは難しい。
「ん、こんな感じかな」
見よう見真似だけど、それらしい形にまとまったことを確認したボクは、そのままブラシを手に取り髪型を整える……と言っても、ベリーショートだからたいして手間はかからない。左耳の上のクセ毛はハート型のヘアピンで押さえることにした。
「よしっと。あ、もうこんな時間だ。早く朝ごはん食べなきゃ!」
カバンはあとで取りに来ることにして、足早に妹の部屋を出る僕。

事前にてこずるだろうと危惧していた着替えが、思ったよりスムーズに済んだことに安堵していた僕は、だから不審な点に気付かなかったんだ。

初めてブラジャーを着けるにも関わらず、何の問題もなくそれができ、それどころか「脇の肉をカップに入れる」などという普通の男はまず知らないだろう行為をごく自然にやってのけたことに。
詳しく構造を知らないはずの女子の制服(しかも着ずらいセーラー服)を、少しも戸惑うことなく「いつものふたばと同様の手順で」キチンと着れたことに。
いつもショートヘアなので、生まれてこの方一度も使った経験のないヘアブラシをごく普通に女の子らしく使いこなし、なおかつ可愛らしいヘアピンまで着けてしまったことに。

──あとで考えれば、この時から既に「浸食」は始まっていたのだ。


-01-

朝食の席は、お互い座るべき椅子を間違えかけたり、僕は胃が小さくなったせいかトースト1枚しか食べられなかった(逆にふたばはペロリと2枚平らげた)りと、小さなトラブルはあったけど、何とか無難にやり過ごせた。

「じゃあ、大変だと思うけど、気をつけてね『お兄ちゃん』」
「うん。そっちこそ、調子に乗ってハメを外しちゃダメだよ、『ふたば』」
並んで玄関を出たのち、互いに牽制とも激励ともつかない言葉をかけあって、僕ら兄妹は左右に分かれた。
「六路(ろくろ)俊章」の立場になったふたばは、通学電車に乗るため駅の方へ。他人から「六路ふたば」と見なされる僕は、地元の公立中学の方角へ。
春まで通いなれた道のりを歩く僕はともかく、僕の高校へ初めて足を踏み入れるふたばの事は心配だったけど、そのあたりは妹の機転と要領の良さに期待するしかない。

僕は溜息をひとつついて歩きだそう……としたんだけど。
「ぅ……か、カバンが重いぃ」
定期試験時を除いて、宿題が出た教科以外は基本的に教科書を学校に置いてる僕と違って、ふたばは毎日その日使う教科書をキチンとカバンに入れて持ち運んでいるらしい。
その分、ただでさえ普段より荷物が重いのに加えて、非力な女の細腕では、通学鞄を気楽に片手でぶら提げるというのは無理なようだ。

仕方なく、僕は両手を体の前で揃えるようにしてカバンを持つ。その体勢では、自然と歩幅も小さめになる。意図せずして僕の歩き方は、結果的に女の子らしい淑やかなものにならざるを得なかった。
(まあ、女子中学生が大股でノシノシ歩くよりは、怪しまれなくていいか。幸い体の方もこういう歩き方に慣れてるみたいだし)
学校近くまで来て妹の友人達と顔を合わせ、「おっはよん♪」となるべくふたばの気安い口調を真似て挨拶し、軽く雑談しながら、僕は頭の片隅でそんな風に考えていた。

──そのせいか、特に意識しなかったにも関わらず足が勝手に動いてふたばの下駄箱の前に来て、そのまま上履きに履き替えたことも、その時は不審に思わなかった。


-02-

「それでさぁ、昨日のテレビで……」
「あ、駅前にできたクレープ屋あるじゃない? あそこさぁ……」
「うー、誰か数学の宿題うつさせて、今日、当たるのぉ!」
なんとも姦しい(って言うんだろうね、こういう状況)女の子たちの朝のおしゃべりに、内心感嘆しつつ、僕もあやしまれないよう極力話を合わせる。
もともとテレビは妹と同じ番組を観てるし、暇な時にふたばの持ってるコミックを借りたりもしてたから、そちら方面の話には大体ついていける。
お化粧とかの話題はさすがに無理だけど、幸い妹のふたばもいまいちそういうのに興味が薄いボーイッシュな子だったからね。妹の友達も「ああ、いつものコトか」と思ってくれたみたい。

「それにしても、もったいないなぁ。ふたばちゃん、可愛いのにぃ」
「だよね。フーちん、おしゃれしたら、結構イケてるって」
ところが、教室に入って雑談してる時にも、その話題が蒸し返されちゃった。
(うーん、こういう時、ふたばならどう言うかなぁ……)

「アッハハハハ、みんな、そんなにおだてたって、なんにも出ないヨ!」
とりあえず、女の子にしては豪快に大口を開けて笑って見せる。
「また、この子は」と呆れた顔つきになるふたばの親友ふたり。
えーっと……長めの黒髪をリボンでくくってポニーテイルにしてるのが遼子ちゃんで、セミロングの茶髪を軽く外ハネ気味にしてる方が絵梨ちゃん(ふたばはエリリンって呼んでたけど)だっけ?

もっとも、正直に言えば僕もふたりと同意見だ。
ふたばは、そのあっけらかんとした性格と身なりに無頓着過ぎるところにもう少し気を遣えば、兄の目から見ても、かなりイイ線いくと思うんだけどなぁ。

──待てよ。とりあえず今は、ボクが「御園坂中学2年3組の六路ふたば」なんだよね。だったら……。
「うん、そこまでふたりが言ってくれるんなら、ちょっとくらいは気をつけてみよっかな。でも、ボク、あんまりファッション誌とか読まないよ?」
とりあえず神妙な顔つきで譲歩してみせる。
「おぉ、ついに、あのフーちんがお洒落に目覚める!?」
「まかせて! 思いっきり、かわいくしたげるさかい!」
案の定、ふたりが食いつく食いつく。部活のあと、駅前の繁華街へ連行されることが即座に決定しちゃったんだ。
あまりの勢いにちょっと引いたけど、まぁ、これも大事な妹の未来のためだと、僕は覚悟を決める。

──けれど、この時、僕は失念していたんだ。
現在進行形で起こっているこの"異常事態"が、はたしていつになれば収束するのか……いや、そもそも、もう一度元に戻れるのかすら、まったくわからないってことを。


-03-

ふたばの友達との朝の会話を、なんとか無事に終えたところで、担任の教師が入って来てホームルームが始まった。
幸いと言うべきか、このクラスの担任は、僕自身も一昨年担任してもらった国語の木村先生だから、ノリとかは大体わかってる。加えて、この教室自体も僕らが2年生の頃に使ってた部屋だから、窓から見える景色なんかも見慣れたものだ。
そのせいか、下手なダジャレを連発する木村先生の雑談を聞き流しながら、どうかするとまるで2年前に戻ったかのような──いや、「そもそも高校入学までの2年間が、ひょっとして夢か妄想だったのでは?」なんて気分にさえなってくる。

見慣れた教室、見慣れた教師、見慣れた制服に見慣れた教科書……。
(ひょっとして、ホントは、ボク、まだ中学生なんじゃないかな?)
バカバカしいと思いつつ、そんな考えが脳裡に浮かんでくるのを、ボクは止めることができなかった。

それは──そうだったらいいな、という気持ちがどこか心の片隅にあるからだろう。
高一の1学期が始まって2ヵ月あまり。けれど、志望校に落ち、かろうじて滑り止めの私立高校に入った僕は、親しい友達の大半と学校が別れたせいもあり、あまり高校生活を謳歌しているとは言えない状態だった。
別にいじめやシカトをされてるわけじゃないけど、淡々と惰性で学校に通っている感じ。
そのせいか、久しぶり(といっても3ヵ月ぶりくらいだけど)に足を踏み入れた中学が、とても懐かしく、暖かく感じたんだ。

とは言え、それでもふとした拍子に自分が着慣れた学ランじゃなく女子のセーラー服を着ていることに気付くと、自然と自分と妹を襲った「異常事態」のことに思い至り、何とも言えない気分になった。

──もっとも、あとから思い起こしてみると、逆にそれ以外は、自分が「スカート姿で足をピッタリ閉じて座っている」ことにも、「女の子らしい丸っこい字でノートをとっている」ことにも、まるで気付いていなかったんだけどね。

あまり成績が芳しいとは言えない僕だけど、一応高校生なんだから、さすがに中二の授業についていけない……というコトもなく、先生に当てられてもキチンと答えることができた。
勉強より身体を動かすほうが得意な僕と違って、妹は優等生だから、ふたばの評判を落とさずに済んでよかったよ。先生に褒められたこともめったになかったから、気分いいしね。

──そして、今日の4時間目は体育の授業で……冒頭みたいなやりとりがあったワケなんだ。

え? 女子更衣室の感想?
うん……思ったより、フツー、かな。クラスメイトの女の子達が着替えてるのを見ても、最初少しだけ戸惑ったけど、すぐに気にならなくなって、普通に雑談とかに参加できたし。
あ、だからって、ボクが女の子慣れしてるとかそういうんじゃないからね?
あくまで推測だけど、たぶん、今首から女の子になってるからじゃないかなぁ。その……この身体じゃ、おチ●チンが勃ったりしないわけだし。性欲って、やっぱり「下半身」からくるものなんだねー。
だから、遼子ちゃんたちに急かされたときも、ごく自然に女子の体操服とブルマ(!)に着替えて、ふたりのあとを追うことができたんだ。

ただ、着替えるのはすんなり済んだんだけど、実は体育の授業そのものにはちょとしたトラブル(ってほどじゃないけど)があった。

(な、何、この身体……こんなくらいでへばっちゃうの!?)
多分、客観的に見たら、妹は「14歳の女子」としては平均程度の運動能力は持ってるんだと思う。
でも、元々「スポーツが得意な男子高校生」だった僕から見たら、筋力も敏捷性も体力もおそろしく低くて、頼りない。前の身体より勝ってるのは柔軟性くらいだろう。

(あぁ、今のボク……やっぱり女の子なんだ)
改めて、自分の首から下が妹の──女の子のモノになっていることを思い知らされたボクは、その時初めて、落胆とも違和感ともちょっと違う何かモヤモヤした感覚を、感じたんだ。


-4-

授業前に一度着替えていたこともあり、体育の授業ののち、再度女子更衣室に入ることへの抵抗感は、すでにかなり希薄──というかほぼ皆無になっていた。

女の子らしく色々楽しくおしゃべりしながら着替える。もっとも、ふたばはあまり口数が多いほうじゃないので、もっぱら聞き役に回って「うんうん」とか「へぇ」とか相槌うってれば、大体怪しまれることがなかったのは、助かるよね。

で、お昼休みは小花模様のナプキンにくるんだランチボックスを手に、遼子ちゃんたちと学食へ。
学食派の僕と違ってふたばはお弁当派なんだよね。まぁ、中味はママが詰めてくれた主に昨夜の残りもの+αなんだけど。
弁当箱も、標準的な女の子らしい大きさだけど、この量で足りるのは朝ご飯で証明済みだもんね。

「あー、フーちん、またピーマンよけてる!」
エリリンのすっとんきょうな声に、ふと我に返る。
「ふたばちゃん、栄養のバランスはちゃんととらないとアカンよ」
続いて遼子ちゃんも、心なしか呆れたような感じで忠告してくれる。
「へ?」
何のこと……と言いかけて、ボクは手元のお弁当を見て気が付いた。
な、なんでか知んないけど、いつの間にか、チンジャオロースのピーマンだけ取り出してお弁当のフタにのっけてたらしい。
確かに、僕もふたばもピーマンとかセロリとかは好きじゃない(というか、どっちかって言うと嫌いな方だ)けど、高校生になってお子ちゃまみたいな偏食ってのはカッコ悪いから、僕は去年の夏くらいから克服して、ちゃんと食べるようにしてたのに……。
ふたばの身体が無意識に嫌いな食べ物を拒絶したんだろうか? あるいは、(ふたりの言い方からして)手に染みついたクセで反射的に取り除いた、とか?

(いやいや、いくら何でもそんなバカな……)
と否定しかけて、でも今のこの(首のすげ替えなんて)「非常識事態」ならありうるかもと思い直す。
そうだよ。よく考えてみたら、女の子の服の着替えとかも朝から自然にできてたし、やっぱり、「習慣」とか「クセ」みたいなものは身体にキッチリ残ってるに違いない。
こんな状況だと、それはそれで助かる面も多々あるけど……それでも、自分が無意識に普段と違う行動をとってるってのは、どこか恐いような気がする。

──僕は、この時初めて、自分に起きた異変の一端に気が付いたんだ──いや、だからと言って、何ができるってワケでもないんだけどね。

お弁当のフタの上に載せてあるピーマンを、しかめっつらになりながら思い切って口に入れる。幸い、舌自体(と言うか首から上)は僕のものだからか、美味しいとは思わないまでも、我慢できない程嫌な味には感じない。
それでも、ピーマンを摘もうとするたびに、お箸から何度か落ちかけたのは……もしかしたら、身体側の無意識の抵抗なのかもしれないなぁ。

お弁当を食べ終った段階でも、まだお昼休みは半分くらい残っていた。
いつもなら、運動好きの僕は、腹ごなしに友達と運動場の屋外バスケゴールで1on1の真似ごとをして遊んだり、屋上に上がって昼寝したりするんだけど、さすがに"ふたばの"立場でそんなコトはできない。
と言うか、インドア派なふたばの身体になってるせいか、何だかあんまり動きたくない気分。そのまま教室に戻り、遼子ちゃんたちとまったりおしゃべりして、残りの休み時間を過ごしちゃった。
むぅー、しかし、スポーツマン(ウーマン?)になれとまでは言わないけど、適度に身体を動かさないと……デブりそうだなぁ。
ふたばの(全体的には、それなりに華奢なのに)、比較的安産型なヒップを見下ろして溜め息をつくボクなのだった。


-5-

何となくながら、ようやく自分の"異状"(まぁ、それを言ったら「首のすげ替わり」自体がありえないコトなんだけど)に気付き始めた僕。
マンガとかラノベだと、この種の不思議事件が起こった場合、「オカルトに詳しい友人」だの「マッドサイエンティストな先生」だの「じつは魔法使いだった先輩」だのに相談するのがお約束なんだけど……。
(この学校じゃなぁー)
いや、うちの中学は、いじめとか不良とかもあんまり見かけないし、校風や校則とかも厳しくない、いい学校だとは思うけど、それ以外はいたって平凡な公立中学だ。そういう方面で頼りになりそうな人材はいそうにないんだよね。
せめて「ミステリアスな転校生(実は悪魔とか妖怪)」でも現れれば……と思ったけど、もちろん、そんな都合のいい展開もなくて、結局ふつうに授業受けてたら放課後になっちゃった。

「じゃ、フーちん、クラブのあとでいっしょに帰ろ」
「オッケー! じゃ、校門脇のベンチに集合」
「駅前の繁華街に寄る話、忘れないでね」
エリリンとリョーコとそう約束してから、ボクは部活──応援部の部室に急ぐ。

そうそう、ウチの学校で唯一特徴的なことがあるしたら、この応援部の存在くらいかも。
男子部と女子部に分かれていて、男子部は学ラン&ハチマキの、いわゆる"応援団"のイメージ。ただ、冬場はともかく夏場は地獄だからか、あんまり人気はなくて、全学年合わせても6、7人くらいかな。
対して、女子部は"チアリング班"と"バトントワリング班"があって、そのどちらも20人近い部員がいる。あ、ボク──というか"ふたば"はバトンの方ね。チアリーダーは動きがハード過ぎて、体力的にキビしいと思ったらしい。

『とは言え、バトントワリングの方も、見た目よりは結構たいへんなんだよねー』
部活で疲れた"ふたば"が、そんなコトを言ってたのを思い出す。
そして、実際、我が身で体験してみると、その言葉に嘘はなかった。

部室に入ったらすぐに、運動系の部活みたく体操着に着替えてから体育館に出て、念入りに柔軟体操。続いて、個々人でバトントワリングの三大要素であるエーリアル、ロール、コンタクトマテリアルの、それぞれ基礎的な動きを反復練習。
そのあと、団体での動きの練習に入る。ウチは、個人で大会に出場する人はほとんどいない代わりに、団体戦は全国大会の中学生の部に毎年参加して、割といい成績残してるみたいなんだよね。
けど、その割に、練習風景とか、あんまりスパルタって感じはしない。もちろん、演技練習の時はみんな真剣なんだけど、その合い間の休憩タイムとかは和気藹藹としてるし、先輩後輩関係も、そんなに厳格じゃないみたい。
いいなー。僕が高校で入ってる陸上部は、もろに体育会系のノリで、先輩も後輩をほとんど舎弟みたく扱うんだもん。バトン部の「頼りになるお姉さん」的な印象の先輩方とは大違いだよ。

その気持ちが顔に出てたのかな。
「今日の六路さんは、随分練習熱心ね。いつもより笑顔も素敵だったし」
「ええ、新体操やチアリーディングなんかはよく言われるけど、トワリングでも、やっぱり表情は大事な要素よ」
──なんて、先輩方から褒められちゃった♪

「いえ、ボクなんて、まだまだです。もっとガンバらないと」
うれしかったけど、一応神妙にそう謙遜したら、先輩たちは何だか鳩が豆鉄砲くらったような顔してる。
「あのぅ、友恵先輩? あけみ先輩?」
「あ……ごめんなさい。いつも、六路さん、その、無口だから」
「そうね。私たちと、こんなにハッキリとしゃべってくれたのは初めてじゃないかしら」
あ、そう言えば、確かに"ふたば"は、元々寡黙なのに加えて、人見知りと言うか内弁慶気味なトコロはあるよね。家族とか親しい友達相手だと、それなりに会話も続くんだけど。

けど、1年間同じ部活にいた先輩に対しても、他人行儀だったとは。
「えっと……ぼ、ボクも2年生になって、後輩もできたから……その、ちょっとでも成長しないとって思って……」
それらしい理屈を考え出して、つっかえながら告げると、先輩方は優しい笑顔を見せてくれた。
「確かにそうね。六路さんも、1年生から見れば、もう「先輩」なんですもの」
「努力することは大事よ。部活でも私生活でも、それは必ず貴方のためになるわ」
(うわぁ、なんだかふたりとも「いつのまにか成長した妹を見守るお姉さん」みたいな表情してるぅ)
恥ずかしさ3分、誇らしさ7分といった気持ちになったボクは、その後も元気に練習に励むのだった。


-6-

部活が終わって、軽くシャワーで汗を流してから、校門前で、エリリンたちと合流する。
──あとで気が付いたんだけど、シャワールームでも、ごく普通に他の部員に混じって裸になってるんだよね、ボク。

「あれ、ふたばちゃん、なんかゴキゲンやね」
リョーコは演劇部所属のせいか、人の表情とか読むのがやたらと巧い。
「あ、わかる? 今日の練習で友恵先輩やあけみ先輩にちょっと褒められたんだ♪」
「へぇ、"金髪の西風(ゼピュロス)"と"黒髪の氷姫(セルシウス)"の目に止まるとは、フーちん、やるぅ!」
エリリンは、一応ボクと同じ応援部なんだけど、チアリーディング班の方だから練習場所とかは違うんだよね。それでも、友恵先輩たちのコトは知ってたみたい。
……ていうか、あのふたり、そんな厨二っぽいあだ名があったの!?
「有名人だよ。ウチでも知ってたくらいやもん」

そんな雑談を交わしながら3人でやって来た駅前商店街。
いつもの"僕"なら、改札から向かって右方向のゲーセンとかラーメン屋がある方に行くんだけど、今日のボクはエリリンたちに連れられ、ブティックやクレープ屋が立ち並ぶ逆方向へ。
「じゃあ、お腹すいたし、さっそく三笠庵に入ろっか」
ウチの中学の女子生徒御用達の甘味屋さんに入ろうとしたところで、ふたりにガシッと腕を捕まえられる。
「ソレはソレで魅力的な提案だけど、今日の用事は別」
「さ、カカロットタワー前のラポルタにレッツゴーや!」
「……あ、やっぱり?」
ふたりとも、朝方の約束をキッチリ覚えていたらしい。
その後、1時間近くにわたって、恐れていた通りボクはふたりの着せ替え人形にされたのでした。へるぷみー!!

試着と品評を繰り返した挙句に厳選されたコバルトブルーのフレアミニワンピを、結局ボクは買うハメになった。
「うぅ……今月のお小遣いが早速半分以下に」
「まぁまぁ。その代わり、その服と合わせるのに良さそうなエプロン、買ってあげたでしょ」
「ウチからは、ボーダー柄のニーソックスと黄色いリボンを進呈」
て言うか、これじゃあ、まるっきり「不思議の国のアリス」じゃん! こんなの、ボーイッシュなタイプのボクに似合うはずがないよ!
「いやいや、そうでもないって。フーちん、背は高めだけど、顔は結構ロリ系だし」
「ショートヘアにリボンのギャップもあって、可愛らしいと思うよぉ」
ホラホラと試着室の壁の鏡の方を向かされる。

「そんな、いくらそれらしい格好したって、似合ってなんか……あ」
ボクの否定の言葉は途中で途切れた。
そう。鏡の中には、「アリス」ファッションに身を包み、もじもじした仕草で、顔を真っ赤にしてはにかむ、「可愛らしい少女」が映っていたんだ。
「え、ウソ……何、コレが……ボク?」
そんな言葉を呟きながら、無意識に右手を頬に当てて軽く首を傾げてみる。
もちろん、鏡の中の「少女」も同じ動作をする。よく見れば、確かに顔自体はボクのものなんだけど、全体的な雰囲気や仕草はまるっきりミドルティーンの女の子そのものだ。
「ニヒヒ、どう? 気に入った?」
「そんなん、ふたばちゃんの貌見たら、聞くまでもないって」
友達ふたりの言葉を否定する気は、もはやなくなっていた。


-7-

「ただいまー!」
家に帰ったボクは、通学カバンとラポルタの紙袋を階段脇に置いて、「いつものように」洗面所へ向かう。
うがいしてから手と顔を洗い、乱れた前髪をクシで整えてから、洗面所を出ると、ママが興味深げに紙袋の中を覗いていた。

「あ……もぅ、やめてよ、ママ!」
「ウフフ、ごめんなさい。珍しくふたばちゃんがお洋服を自分で買ってきてくれたみたいだから、うれしくてね」
悪びれずに笑うママの様子が、まるで悪戯っ子みたいで、怒るに怒れない。
「それにしても、随分可愛らしいワンピースね」
「こ、これは……ち、違うんだよ! エリリンとリョーコが、どうしてもって強引に」
「あらあら、そうなの。でも、そういうのもふたばちゃんには似合うと思うわよ。そうだわ! ママにも着てみせて頂戴」
「え、ヤだよ。そんなの恥ずかしいし……」
渋るボクに向かって、ママが条件を出してきた。
「キチンと着せてみせてくれたら、そのお洋服の分のお金は、ママが出してあげてもいいわよ」
「え、ホント!?」
お小遣いの7割近い金額を出してもらえるのは、確かに有難い。
一瞬の葛藤の後、ボクは首を縦に振っていた。

「こ、こんなカンジだけど……どう、かな?」
毒を食らわば……ってワケじゃないけど、ここまできたらどうせなので、ワンピースだけじゃなく、エリリンたちに買ってもらったエプロンや小物も身に着けて、ママの待つリビングに入っていく。
「きゃー、可愛いわ、ふたばちゃん! ベリベリ・キュート・ガールよ♪」
インチキくさい英語が混じるのは、ママの感情が高ぶった時の癖なので、たぶんお世辞じゃないんだと思う。
「ん、でも、せっかくなんだから、もうちょっとお目かしした方がいいわね。こっちに来て、ふたばちゃん」
ママがどこからか取り出した化粧ポーチで、ボクの顔をささっとメイクを施す。
「ほらっ、美少女度が4割アップよ」

そんな大げさな……と思ったボクの感想は、いい意味で裏切られた。
ブティックで試着した時も、普段と随分雰囲気が違うと思ったけど、それと比べてもまるで別人みたい。
素っぴんだと、ベリーショートな髪もあってボーイッシュな印象が強いけど、こうしてキチンとお化粧して、女の子らしいフェミニンな格好してみると、見違えるほど可愛らしく見えるんだもん。

(──って、あれ? ボクって、こんな顔してたっけ?)
脳の片隅で、何か警鐘のようなモノが鳴ってる気がする。
(きっとお化粧と服のせいで、印象が変わってる、だけだよ、ね)
そう考えても、微かな違和感は消えなかったんだけど……。

「ただいまー」
"お兄ちゃん"の帰宅を告げる声で思考が中断される。
「あぁ、お帰りなさい。ね、ね、トシくんも、こっち来てみて」
ママに呼ばれて、面倒くさそうにリビングに顔を出した"お兄ちゃん"と視線が合った時、ボク──僕は、ハッと我に返った。

そうだよ! 不可思議なアクシデントで首から下がすげ替わってるとは言え──僕は妹の「ふたば」じゃない。兄の「俊章」じゃないか!!
途端に、こんなロリータファッション風の格好を、当の妹の目にさらしているのが恥ずかしくなる。

けれど、"お兄ちゃん"──じゃなくて、ふたばの顔には、そんな僕の姿を見ても、取り立てて軽蔑や呆れ、怒りなどのネガティブな感情は浮かんでいなかった。
「へぇ、イイじゃん。まさに、馬子にもなんとやらだね」
むしろ、軽い感嘆の色さえ窺えた。
「もぅ、そんな意地悪なコト言わないの。トシくんだって妹が美少女な方が、周りに自慢できるでしょ」
「んー、そりゃ、まぁ、そうかもしれないけど」
その態度は、いつもの僕──俊章ソックリで、演技してるという不自然さは皆無だ。
「淑女(レディ)を褒めるのも紳士(ジェントルマン)の務めよ?」
「紳士ってガラじゃないんだけどなぁ」
ポリポリと頭を掻く仕草も、まるっきり"俊章"そのものだった。
「あ、その、なんだ。似合ってるぞ、ふたば。ちょっと見違えた」
そんな台詞も、いかにもいつもの僕が言いそうなモノだ。
「あ、ありがと、お兄ちゃん」
しかも、"兄"に褒められただけで、なぜか嬉しいようなくすぐったいような気分がボクの中に込みあげて来て、自然と頬が赤くなる。

──結局、その日は、パパが帰って来るまでその服装のまま過ごすことになり、しかも「せっかくエプロンしてるんだから」ということで、ママにお夕飯の手伝いまでさせられちゃったんだ。
8時前に帰って来たパパには、ボクの服装もボクがお手伝いした晩御飯も大好評だった。
(えへへ、そんなに喜んでくれるんなら、たまにはお手伝いしてもいいかな)
晩御飯のあと、自分のお部屋でカバンから教科書類を取り出して机の本棚に戻しながら、そんなコトも考えみたりして。

──コン、コン

「"ふたば"、入ってもいいか?」
「あ、お兄ちゃん? うん、いーよー」
何だろ。お兄ちゃんがこんな時間にボクの部屋に来るのは珍しいなぁ。
「どうしたの、お兄ちゃん? 『荒野のペ天使たち』の3巻は明日発売だから、まだ買って来てないよ?」
お兄ちゃんとはマンガの貸し借りはよくするから、その件かなとも思ったんだけど。

「いや、それは知ってる。そうじゃなくて……」
お兄ちゃんは、眉を寄せて言葉を探してたみたいだけど、キョトンとしたボクの様子を見て、フッと肩の力を抜いた。
「──いや、まぁ、たいしたコトじゃないんだ。『少年キングダム』の最新号、読み終わったんだけど、いるか?」
「いるいるー! わい」
お気に入りの連載、『ネオピース・クラフト』の続きが気になっていたボクは、喜んで少年マンガ誌を貸してもらった。
「じゃあ、ソイツはしばらく貸しといてやるから、あんまり夜更かしするなよ」
なんだか、いつもより優しい感じのする笑顔を残して、お兄ちゃんは部屋に帰って行った。
(うーん、何かが引っかかるなぁ)
首を傾げていたボクだけど、ベッドの上に寝転がって(ちなみに服はもう着替えて、トレーナーとホットパンツ姿になってるからね)『キングダム』を読んでるうちに、アッサリその"違和感"も忘れてマンガに夢中になっていた。


-8-

「ふたばちゃーん、お風呂沸いたわよー」
家族揃っての晩御飯のあと、宿題を片付けて、そろそろ明日の授業の準備でも……と思ってたところで、ママの呼ぶ声がした。
「はーい、今いくー!」
我が家では、ボク、ママかパパ、お兄ちゃん、の順にお風呂に入るのが慣例になっている。
(えへへ、一番風呂に入れるのって長女の特権だよね)
──あれ、その割りに、昨日は風呂に入ったの遅かったような気が……。
頭の奥で、お馴染みの何か奇妙な感覚がしたけど、さして気に留めることもなく、ボクはラベンダー色の七分袖&七分丈のパジャマと替えの下着を持って、お風呂場に急いだ。

脱衣所で、トレーナーとホットパンツを脱ぎ、ブラジャーを外す。
ふと顔を上げると、鏡の中に、見慣れた顔が映っている。
ベリーショートな髪にハート型のヘアピン、太めの眉と日に焼けた肌は、ママがしてくれたお化粧で巧くカバーされている。
そこから視線を下げて行くと、首から下は「不自然なほど」肌の色が白く、中学生としては平均的なオッパイと、なだらかな腹部から下腹部にかけてのラインが目に入る。

(──あ……。)

唐突に、自分が誰なのか、今どういう状態なのかを意識に叩きつけられる。
「う゛、ぅわぁぁぁ……」
まるで、真冬かヒドい風邪のときのように背筋がゾクゾクして、気持ち悪さにしゃがみこみそうになるが、懸命にこらえる。
そのまま急いでショーツを脱ぎ、風呂場に入ると、かかり湯もそこそこに浴槽に飛び込んだ。
「ぅぁちちッ」
やや熱めの風呂のお湯と、慣れ親しんだこの空間のおかげで、少しだけ落ち付きと現実感が戻ってくる。
「夢……じゃないんだ」
今更かもしれないけど、お湯の中で胸の膨らみが弾む感触が伝わってくる。
そう、ボクら──僕と妹は、今朝から、首から上がすげ替っているんだよ!

そのことを思い出した(という言い方も変だけど)僕は、さっきまでのように平然と「六路ふたば」として行動する気になれなかった。
……ううん、たとえ演技でも、そうするのが恐くなったんだ──そのまま、自分を見失ってしまいそうで。

朝起きた時は、確かに僕は「僕」だった──たとえ、首から下の身体が妹のモノになっていたとしても。
そして、中学に登校した時点でも、「ふたばのフリ」は演技だったと思う。
けど……時間が経つにつれて、演技は演技じゃなくなり、僕はごく自然に「ボク」──六路ふたばとして行動していたように思う。
(どうして……?)
コレが、魂の入れ換えというか、全身丸ごと入れ替わったというなら、まだ話はわかる。
記憶や思考の源である"脳"も相手のものに変わっているのだから、たとえ自我や魂(心?)が僕(としあき)のものであっても、脳に蓄えられたボク(ふたば)の記憶や性格の影響を受けるのかもしれない。
でも、ボクら……いや、僕たちの現状はそうじゃない。頭部については、まぎれもなく本人のものなんだ!

このコトを相談するべく、僕はお風呂から上がって手早くパジャマに着替えると、"お兄ちゃん"──本物のふたばがいるはずの部屋へと急いだ。

──コンコン

「はーい、誰かな?」
「えっと……入ってもいい、かな? "お兄ちゃん"」
扉の向こうの存在にそう呼び掛けることは躊躇いがあったけど、ママたちに見られるかもしれないこの状況下では他に言いようもなかった。
「ん? ああ、"ふたば"か。いいよー」
部屋主(ホントは僕のはずだけど)の許可を得て、"六路俊章"の部屋へと入る。
たった半日来なかっただけなのに、その部屋は匂いも色彩も、なんだか本来自分の部屋だと思えないほど、見慣れないものに思えた。

「お、なんだ。正気(もと)に戻ったみたいだね」
勉強机の前で椅子に逆向きに座った"お兄ちゃん"……じゃなくて、ふたばがニヤニヤしながら、コッチを見ている。
「! おに……いや、ふたばは正気なんだ、その言い方からすると」
「んー、少なくとも、晩ご飯食べた頃のオマエみたく、"ふたば"の立場に完全に飲み込まれてはいないかな」

よ、よかった。
もし、目の前の人物が、完全に「六路俊章」になりきっていたら、誰にも相談できない悩みを抱えたまま、鬱々と過ごさないといけないトコロだったよ。
「──とは言え、少なからず"影響"は受けているとは思うけどね」
「え?」
小さく呟かれた言葉は、ハッキリとは聞こえなかった。

「ううん、何でもない。それで? 何か話があるんだよね?」
仕切り直すかのようなふたばの言葉に、風呂の中で抱いた疑問について相談してみる。
「ふーん、確かに一理あるかな。けど、こういう考え方もあるんじゃないかな? そもそも、人間の記憶は脳だけに蓄積されているものじゃないって」
そう言えば、こないだ完結した少年マンガでも、似たようなこと言ってたよな。記憶転移とか言うんだっけ? 輸血したり臓器移植したりすると、移植元の人の性格の影響を受け……。
「まさかっ!?」
「そう。いま、ボクらは通常の臓器移植なんてメじゃないくらいの割合で、身体が他人のモノになっている。だったら、その影響も推して知るべし、じゃないかな」
そ、そんな……でも、理屈は通っている、かも。
「そもそも、僕らは朝起きた時、「首から下が入れ替わっている」と認識したけど、割合的に言うなら、「ふたばの身体に俊章の頭部が移植され、俊章の身体にふたばの頭部が移植された」という方が、むしろ正解かもしれないよ」
薄く笑った"お兄ちゃん"の言葉が、"ボク"を追い詰めていく。
認めたくない……認めるのが恐い……「変わる」ことが、じゃない。「その変化(じじつ)にどこか納得している自分がいること」を自覚することが。

「お、"お兄ちゃん"は……それで、いいの?」
かろうじて声を絞り出してそう聞き返したものの、"お兄ちゃん"は肩をすくめた。
「いいも悪いもないんじゃないかな。どの道、原因がわからないと元に戻る方策はたてられないし、仮に原因がわかっても巧く戻れると限ったものじゃない。
それに──正直言うと、僕としては今日一日男の子やってみて、コッチの方が自分の性に合っている気がしてるしね。お前だって、そうだろう、ふたば?」
お兄ちゃんの視線が、薄紫色の可愛らしいパジャマを着たボクの身体を上下する。
胸の辺りを見つめられた時、ボクはなぜか恥ずかしくなって、反射的に両手でソコを隠していた。
「お、お兄ちゃんのエッチ!」
「フフフ、ごめんごめん。けど、ごく自然にそういう言葉が出て来るくらいには、中学2年生の女の子である"六路ふたば"という立場に馴染んでいるんじゃないか」
確信に満ちたお兄ちゃんの言葉を、ボクは否定できなかった。


-9-

「──まぁ、なるようにしかならないんだから、あまり悩むのはよくないと思うよ」
そんなお兄ちゃんの言葉を背に、ボクはトボトボと自分の──"ふたばの部屋"に帰った。

そのまま宿題とかをする気にもなれずに、ベッドの上に寝転がって、考えをめぐらせる──もちろん、今の状況を一瞬で解決する名案なんて、浮かぶはずもない。
ウンウンうなりながら寝がえりをうつと、未だ慣れない……ような、そうでもないような微妙な違和感を胸元に感じた。
「あ……」
もちろん、今の僕には胸、というかおっぱいがあるからだ。

希薄になりつつある男としての女体への好奇心をかき集めつつ、僕は再度仰向けになり、パジャマの胸のボタンを外す。
巨乳と言うほどではないが、中学生にしてはやや大きめの膨らみが、ぷるるんと柔らかそうに揺れている。母親の遺伝だとすると、多分、これから成長するにつれてますます大きくなるに違いない。
なけなしの勇気(かいしょう)を振り絞って、僕はそこに手を伸ばした。

「……ひっ、あふぅン!」
掌に伝わるやわっこい感触と、胸から伝わる暖かい「さわられる感覚」に、つい声を上げてしまう。その声も、普段は似ても似つかないメゾソプラノだ。
「これが……オッパイを揉まれる感触……」
知らず自分がそう呟いたのにも気付かない程、目の前(目の下?)の光景に釘付けになっていた。
こちらも本来の自分とは似ても似つかない、白く細くしなやかな指先が、五本の指を広げてあてがうのにちょうどいい大きさの乳房を、撫で、擦り、揉みしだく──それは、視覚的にも触感的にも抗いがたい誘惑だった。
もし、下半身にいつもの"突起物"が付いていたなら、ソレは痛いほどに自己主張していたに違いない。
しかし、股間(ソコ)に逸物(ソレ)は無く、代わりに生じた──いや、元からこの"体"に備わった秘裂がヌルヌルと湿り気を帯びてきたのが分かる。
そして、それを自覚した途端に、その"ヌメり"がいっそう濃くなってきたことも。

しばらく両脚をモジモジと内股に擦り合わせ耐えていたけど、やがて我慢できなくなって、パジャマの下をずり下ろし、右手をそっと太腿の合わせ目へと忍ばせた。
辿り着いた右手の人差し指と中指の先に、湿り気を感じる。ショーツ上からでも、其処はしっとりと濡れていることは明らかだった。
震える指先に僅かに力を込め、触る、という押し込むように其処にタッチする。
「──んひぁああッ!!」
たったそれだけのことで、今まで感じたことのない未知の快楽が、自分の中に芽吹いていることを理解する、してしまう。
まるで電撃のような快楽のパルスが、下腹部から背筋を伝わり、脳天へと駆け上がったからだ。

未知への恐怖と好奇が拮抗し、僅かに前者が勝ったため、意識を逸らして呼吸を整えようと、何気に泳いだ視線が、ベッドの右手に置かれたドレッサーの鏡を捉える。

──そこには、「パジャマの上をはだけ、下を膝まで下ろしたあられもない格好で」、「左手で乳房を、右手でショーツ越しに股間をいらう」、「頬を艶っぽく上気させた、年端もいかない少女」の姿が映っていた。

「あ……」
ほんの一瞬、ソレが誰だかわからず……けれど、すぐに理解が追いついてくる。
その「淫らに乱れた少女」こそが、紛れもなく、今の「自分」なのだ、と。

「あ、あぁ……ぅぅ………あはぁンッッ!」
我知らず右手の指の動きが再開していた。
左手もより大胆に発育途上の乳房を揉みしだき始める。
それは、自覚的な動きではなかったが──同時に、この上なくボク自身の欲求を忠実に反映したモノだった。

「あぁ……お腹の奥が熱ぅい……感じる……ごく感じるよぅ!」
鷲掴みにした左手で、円弧を描くように、乳房をゆっくり愛撫しながら、指の間に桜色の突起を挟み、時折、ギュッと締めつけるように刺激するのも。
ショーツの中に挿し入れられた右手の指を二本揃え、まだあえかな茂みしか生えていない陰裂に押し込むように擦りつけつつ、親指で小豆ほどの小さな核の部分をチョンチョンと軽く弄るのも。
唯々、気持ち良かった

そして、その慣れた手つきは、少なくとも朝、目が覚めるまで少年──男性であった存在なら、決して知らないはずの「女の子の自慰の仕方」だった。
なぜ、そんなやり方を自分が知っているのか──いや、自分のオナニーが少女のソレであることすら自覚せず、ボクはひたすら気持ちよくなりたいという衝動に身を任せ、快楽の頂きへと駆け昇っていく。

「う、うそ……何コレ、こんなの……こんな感覚、知らない……」
(ううん、ボクは、この先を知ってるはず……だって、毎日じゃなくても、この部屋で時々、こっそりシてるんだから)
「あぁ……ダメ、だめだよぅ……いやらしい……エッチな女の子になっちゃうよぉ」
(だいじょうぶ、年頃の女の子なら、誰だって時には、シたい気分になるのも自然なことだもの)
「はぁ、はぁ……そう、なの?」
(そうだよ。だから、何も心配することはないの。さぁ、続けよ?)
「う、ん……」
脳裡に響く、聞き覚えのない──けれど、どこかで聞いたような気がする幻聴に導かれて、一瞬中断していた手の動きが再開され、たちまちボクの意識は、鮮烈で、けれどどこか優しく満ち足りた快楽の白い海へと運ばれていく。

「ひはぁああッッッ! 気持ちいい、メチャクチャ気持ちいいよぉ!」
粘膜から分泌された体液がネチャネチャと音を立てているのも気にならないくらい、もはやボクは女の子のオナニーの虜になっていた。
「あぁ……もぅ、蕩けちゃいそう」
(覚えておいてね。ソレが女の子の感覚だよ、ふたばちゃん♪)
「そう、なんだ……」
思えば、この時、初めて、状況に流されるのではなく、ボクは自分が「六路ふたば」であることを自覚的に肯定したのかもしれない──その理由が、「自慰の快感」だというのは、ちょっと情けない気もするけど。
(さぁ、そろそろ、イッちゃいなさい♪)
幻聴の呟きに急かされるようにスピードアップしたボクの指先が、ボクを急速に高みに押し上げていく。
「あ…ウソ? イッちゃう……飛ぶ、トンじゃうぅ……あ、あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーッッッ!!!」
キツく閉じられた瞼の裏で白い光がスパークし、波の揺り返しの如く、下半身や胸だけでなく、全身から快感のフィードバックを受けたボクは、刹那、身体を弓型に逸らしたのち、ゆっくりと意識を喪った。

(そっか……アレ、きっと"ボク"自身の声だ)
──耳元に囁いてきたありえないはずの"声"の正体を、本能的に悟りながら。


-Epilogue(6 month later)-

「ふたばちゃん、そろそろ体育館に行かんと」
「あ、うん、わかった。すぐ、用意するね」
リョーコに急かされて、慌てて体操着をかぶるボク。下は既にブルマに履き換えているので、髪をササッと直せば準備OKだ。
リョーコやエリリンたちと一緒に更衣室を出る。

「今日はバレーだってよー。ダルいなぁ」
エリリンは気乗りがしない様子だけど、ボクはバレーって結構好きだけどなぁ。
「男子は、この天気やのに外でマラソンだよ。それに比べたら天国やんか」
リョーコもそう言ってたしなめる。
11月もそろそろ半ばを過ぎて、風もだいぶ冷たくなってきた中で、マラソンなんて、男子は大変だなぁ。

──うん、ご覧の通り、アレから半年経っても、結局ボクらふたりは戻れてないんだ。

あの夜、お兄ちゃんに諭された時は、少なからずショックだったけど、一晩寝て落ちついたら、いたずらに焦っても仕方ないって、ボクも一応納得するしかなかった。

それに。
確かに、"ふたば"だったお兄ちゃんの言う通り、ボクには女の子生活の方が合ってるのかもしれない。
高校では、あまり親しい友達もできず、せっかく入った陸上部もサボりがちだったけど、ふたばに"なって"からは、学校に行くのが毎日楽しいし、部活にも熱心に参加してるし。
エリリンたちお友達との仲も極めて良好。最近ではトワラーの部活でも多少は後輩にも頼りにされるようになってきたし……。

その点はお兄ちゃんも同じみたいで、相変わらず学校の成績はあまりよくない(本来中二だから当り前だよね)けど、部活は頑張ってて、1年生ながら県大会の予選で結構いい記録出したらしい。
この間なんて、放課後、リョーコたちと駅前の繁華街に遊びに行った時、女の子(たしか、隣のクラスの新藤さん、だっけ?)連れのお兄ちゃんとバッタリ出会った。
お兄ちゃんは、「単なる部活仲間だ」なんて言ってたけど、どちらも意識してるのがバレバレだよ。あのままなら、遠からずくっつくんじゃないかな♪

お兄ちゃん──"六路俊章"に恋人ができると思っても、不思議とボクは動揺してない。
そのコトで、ボクは改めて今自分が"六路ふたば"としての立場に完全に適応していることを自覚する。
(まぁ、今更だけどさぁ)
半年経った今では、首と胴体の肌の色の差も完全になくなり、むしろほっぺの肌触りとかは随分女の子らしくなった気がする。元々体毛は薄めだったけどヒゲも全然生える気配がないし、カラオケとかでの声のキーも上がったしね。
この身体になって、自慰はもとより、生理とかも体験しちゃったし、ちょっとだけ胸が大きくなった反面、体重も増えたことに一喜一憂したり、お友達と下着や服の買い物に行ったりもした。

「ふたばちゃん、今日は部活ない日だよね。三笠庵に寄っていかへん?」
「! 行くいくーーー!!」
"本体"の嗜好に染められたのか、甘いものも大好きになっちゃったけど、現役JCとしては、別段大いにアリだよね!

ボクは、半年で随分と伸びた髪を揺らしながら、リョーコたちと一緒に校門へと急ぐのだった。


-Happy End?-
以前ふたばスレに投下したものに加筆修正したものです。実は、すげ替えの理由は、この兄妹が名前でわかるとおり、ろくろ首(首が抜けるタイプ)の末裔で、寝ている際、何らかの拍子で先祖の特殊能力が発動して首がさ迷い出たものの、明け方、元に戻る際に間違って別の身体にくっついてしまった……というマヌケな理由があったり(笑)。無論、本人たちは自分の「体質」なんて気付いてません。
KCA
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