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初音島憑依譚

2013/01/19 10:45:42
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俺の名前は桜内義之。
ただのしがない風見学園の新1年生だ……いや、「1年生だった」かな。
不思議な現象がよく起こるこの初音島。その最たるものが、「年中の枯れない桜の木」だが、実はコレは真逆で、「魔法の桜がいろいろな願いをかなえていた」というのが真相だったりする。
この桜は、俺の保護者芳乃さくらさんの願いで生まれたものだったが、だんだんその力が制御しきれなくなり、島で奇怪な事件が発生するようになっていた。
そして、自分でも知らなかったんだが、俺の「正体」は、なんと、初音島の魔法の桜の木の"力"が、俺の保護者である芳乃さくらさんの"願い"に呼応して生まれた存在らしい。
どうやら、「願いをかなえる力」の最初の具現で、さくらさんの「自分がもし純一さんと結ばれていた場合の子供が欲しい」という願いの結晶ともいうべき存在なんだとか。確かに、さくらさんに拾われる以前の記憶はないし、辻妻は合うよな。
もっとも、何事もなければ、そのまま普通の人間として暮らし、普通に死んでいけるはずだったんだが……。

長年の無理な"願い"システムの影響で魔法の桜の木が暴走して、島に奇怪な事件が起こるようになってしまった。その原因である、桜の木を止めるためには枯らせるしかない。
事件の原因である桜の木の暴走を止める為に、さくらさんはついに桜に木を枯らせることを決断したんだ。

だが、当然その影響が俺に出ないはずもなく、俺の"存在"は徐々に希薄になり、家族のように過ごしてきた音姉と由夢以外の皆の記憶から消え──最後には俺自身の存在まで消えてしまった。

ただ、まだ桜の力がわずかに残っているおかげか、今の俺は幽霊みたいな状態で音姉達の近くで彷徨ってた。
でも……正直、辛い。
俺が居なくなってからの音姉達の元気の無さを、俺は心配していた。
いや、元気がないなんてモンじゃないな。
生ける屍……は言い過ぎにしても、うつろな瞳で惰性で日々を過ごす様は、正直見るに堪えない。

「何とか音姉と由夢に、以前の様な元気を取り戻してほしい」
ここ2、3日、俺は、ずっとそんなことを考え続けていた。
──ああ、わかってるさ。そんなの簡単じゃないってことは。
仮に俺が健在で、ふたりのどちらかが事故や病気で死んだとしたら、俺だってすぐには立ち直れないだろうしな。
そもそも、今の微かな残留思念、幽霊の残り滓のような今の俺に何ができると言うのか。
それでも──俺は音姉たちには笑っていてほしい!

──そして、そんなある日、俺に、ある不思議と奇跡が起きたのだ!

その日も、俺は何もできない歯がゆさを感じながら、一日中音姉達の近くを漂っていた。
ふたりは元気のないまま登校し、流されるままに授業を受ける。
かろうじて音姉は生徒会には顔を出してはいたものの、凡ミスも多く、まゆき先輩に何かと気を使われていた。
由夢に至っては、まっすぐ学園から家に帰り、何をするでもなく自室に引きこもっている。
そこには、「風音学園一の美人姉妹」と呼ばれ、あれほど輝いていたふたりの面影はまるでなかった。
「──どうか、音姉達が元気になりますように……」
だいぶ薄暗くなった空に、偶然見かけた流れ星に願いをかける。迷信や神頼みと言われようと、今の俺にはこれくらいしかできることはないんだ。

だが、その時──。
「おやおや、"魄"だけの幽霊とは、こりゃまた珍しい。そんなに未練なことがあるのかい、君は?」
いきなり背後から声をかけられて、驚いた俺は振り向き(いや、体がないから、そんな風に意識しただけだけど)……思わず目が点になった。
そこには、白いシルクハットにタキシード、さらに片眼鏡(モノクル)と言う、怪盗小説から抜け出してきたような、時代錯誤な格好をした美形の少年が、平然と宙に浮かんでたんだ。
「! だ……誰だよお前は!?」
「僕かい? そうだなぁ……まあ、願い事を叶える天使みたいなモノだと思ってもらって結構だよ」
「天使、だと?」
「正確にはちょっと違うんだけどね。まぁ、古来より、大多数の人は、僕らのことをそう認識していたし、あながち間違いでもないと思うよ」
「……どういうコトなんだよ」
正直に言おう。どう見ても年下の少年に俺は気圧されていた。
もし体があったら、思わずジリジリと後ずさっていただろう。そんな不思議なプレッシャーを感じる存在だったのだ。

「ま、僕の正体なんて、今はどうだっていいよ。ところで、キミ、何かあの二人に対して未練があるのかい?」
警戒心バリバリの目で見つめる俺に、おどけた身ぶりでソイツが尋ねてきた。
「……アンタには関係ないだろ」
「おやおや、素直じゃないねぇ。ま、これも何かの縁だ。
──それッ!」
「何だ……うわっ!?」
少年が、その指先を俺に向けた瞬間、俺の意識が急速に薄れていく。
「あははは、心配しないでいよ。すぐにキミの願いは、叶えてあげるから」
ニヤリと笑いながらそんなコトを言う少年の声を聞きながら、俺の意識はいったん途切れた。

◆◆◆

「あははは、心配しないでいよ。すぐにキミの願いは、叶えてあげるから。
──ただし、方法は僕に一任してもらうけどね」
楽しそうな顔で、掌の中の桜色の珠──義之の意識が結晶化したと思しきソレにそう語りかけると、自称・天使は、地上に降り、ちょうど学校から帰って来た音姫達姉妹に近づいていく。

「さてと。優しい天使様としては、星に願いをかけたロマンティストwな少年の希望を叶えてあげないとねぇ……」
そんなとぼけたコトを言いながら、自称・天使は、帰宅途中の音姫と由夢に近づき、姿を見せる。
「おーい、そこのお二人さん」
「えっ、何? 誰ですかアナタは!?」
意気喪失した状態でも、年長者の責任感からか、音姫は由夢を庇うようにして天使の前に立ちはだかる。
"正義の魔法使い"である音姫には、どこか普通でないこの者の気配がわかるのかもしれない。

「また、その質問ですか……まぁ、ボクのことは人間の願い事を叶える、いわゆる天使ってヤツだと思ってください」
「はぁ? 天使? 何をいってるのアナタ」
由夢が呆れたような声を漏らすが、天使は意に介さない。
「まあまあ、そこは置いといて……お嬢さんたち、悩み事があるでしょ。
ボクはね、今、地上に降りて来た記念で、どんな願いでも"奇跡"の力でひとつ叶えてあげる事が出来るんだよ。どう、ひとつ叶えてみない?」
「えっ……願い事を、叶える、ですか」
普通に考えれば、限りなくうさんくさい話だ。普段の音姫たちなら、かかわりになることを避けただろう。
しかし、義之を失った朝倉姉妹の精神状態は、およそ普通とは言い難かった。
とくに魔法使いの後継者として、それなりに世間の裏側を知る音姫は、「そんな馬鹿な」と思いつつも、例の桜の件もあって、とっさに否定できない。

「ふーん……ハッキリ言って、信じられないです」
その点、予知能力があるとは言え、たいして一般人と変わらない由夢の言葉は常識的だった。
「ほほぅ、疑っているのかい。でも、本当だよ。
そうだねぇ、たとえば……いなくなった人を蘇らせるとか」
「「!!」」
目の前の天使の言葉は、義之を失った朝倉姉妹にとって看過できるものではなかった。
怪しいことこの上ないが、それでももしかして…と思ってしまったのだ。

「──じゃあ……ある人に、もう一度会いたいんですけど……」
「ちょ……お姉ちゃん、信じるの!?」
「由夢ちゃん、この人、たぶん普通の人間じゃないと思う。もし、本当に天使なら……わたしの願い、たとえどんな代償があるとしても叶えてほしい」
姉の思い詰めた目に、由夢も口をつぐむ。
「折角の機会だし……万が一、これで弟くんが戻ってくるなら、わたし、この人が悪魔だって構わない!」
「……」
自分にとって義之は、「兄」であり同時に異性として密かに憧れていた存在だったが、姉の音姫にとっては「弟」である以上に、やっと想いを通じあった最愛の恋人だったのだ。
そのことを知っている由夢は、それ以上は何も言えなかった。

「フフフ……そうかいそうかい……で、何を願うんだい、朝倉音姫?」
相手が自分達の名前を知っていることも、本物の天使ならば別段驚くほどのことではないだろう。
「弟くん……桜内義之くんに、もう一度会いたい! 会って話をしたい! そして抱きしめて欲しい! 私のそばにいて欲しい!!」
彼女がこれほどの激情を見せるとは、おそらく風音学園の誰もが信じられないだろう。

姉に続いて、由夢もまた、決意して天使の前に歩み出る。
「わたしも、兄さんに帰ってきてほしい。お姉ちゃんの願いを叶えて!」
姉妹の決意に満ちた瞳を、楽しそうに見ていた天使は、ウンウンとうなずいた。
「そうか……OKOK、いいよ。じゃあ、今から始めようか」
「えっ……い、今からですか」
天使のあまりにカルいその様子に音姫が聞き返すが、彼は気にもしない。
「そうだよ。せーの……それーーー!」
「な、何……きゃ!」
「えっ、これって……うわっ」
突然光った天使の放つ波動に触れるとともに、二人は意識を失う。
「はぁ、これで願い事完了、っと。あ、サービスでキミたちの身体はご自宅に転送しといてあげるね」
天使がパチンと指を鳴らすと、地面に崩れ落ちた音姫と由夢の身体がフッと消える。
「では……ごきげんよう」
自称天使は誰にともなく一礼すると、空の彼方へと飛んでいくのだった。

◆◆◆

(う……うぅ……まったく……一体何だったんだ、アイツは?)

どれだけ時間が経ったのだろう。
俺は再び意識を取り戻したが、まだ体は動かず目も見えない状態だった。
──ん? あれ、何か違和感が……。

「……ちゃ……ちゃん……」

(あれ、この声……もしかして……音、姉…?)

「……ちゃん……●●ちゃん……」

(間違いない……音姉だ……あれ………でも、俺は今……)

ようやく体の感覚が戻って来た。
待てよ。俺、今、幽霊みたいな存在のはずじゃあ……?
もしかして、あの自称・天使が、俺の姿を音姉たちに見えるようにしてくれたんだろうか?

そんなことを考えているうちに、徐々に身体の痺れがとれ動けるようになってきた。
思い切って、瞼を開けると、そこには……。
「由夢ちゃん……由夢ちゃん! 大丈夫?」
「へっ、由夢!?」
俺の目の前には予想通り、音姉がいた。
けれど、音姉は俺に向かって「由夢」と呼び掛けている。

「!! 由夢……ちゃん?」
「お……音……姉……」
「えっ……」
音姉は、俺の言葉で、急に驚いたように目を見開いた。
そして……。
「あ、あの……そんなバカな事があるとは思えないんだけど……もしかして……弟、くん?」
どうやら、たったひと言でバレたらしい。いや、別に隠すつもりもなかったけど。
「あ……ああ……そうだよ、音姉」
何が何だかわからないけど、どうやら俺は生き返れた(正確には、死んだのとはちょっと違うんだけど)らしい。あの自称・天使のおかげか?

「で……でも……なぜ……由夢ちゃんに?」
音姉は、突然変な事を言った。
「──へっ?」
マヌケな声を出す俺に、音姉は黙ってカバンから出した手鏡を差し出した。
なんとなくイヤな予感がする。

そして鏡に映っていたのは……。

「こ、これは……由夢!?」
何となく予想はしていたが、鏡の中には、びっくりしたような目でコチラを見ている由夢の姿があった。
あわてて自分の体を見下ろすと、確かに風見学園付属の女子制服を着ているし、視点も以前より若干低いような気がする。

「ねぇ……本当に……弟くんなの?」
「あ……ああ、身体はともかく、自我っていうか魂は、本当に俺だよ、音姉」

──ガバッ!

すると音姉は、由夢の俺に突然抱きついてきた。

「お……音姉……?」
「うっ、うっ、うっ……よ、良かった……弟くん…もう、二度と会えないかと……ううぅぅぅ……」
「音姉……」
あの元気で気丈な音姉が、由夢になった俺の首にしがみついて、泣いている。

抱きつかれた俺は、赤ん坊にするように音姉の髪を優しく撫でながらも、こんな事態(コト)になった原因について考えていた。

(そう言えば……あの天使とかいうヤツは、俺の願いを叶えてやるって言ってたよな。それが、今の俺の状態なのか?
いや、でも、いくら何でも、由夢の体で蘇る事はねえだろ!?
あの天使のヤツ、とんでもない事しやがって)

一通り、心の中で愚痴をこぼしたのち、俺は音姉に声をかけた。
「とりあえず、落ち着こうか、音姉」
「えっ……う、うん、弟くん」

なんとか音姉をなだめて落ち着かせたのち、現在の状況と今後の事について話し合うことになった。
その過程で、ふたりの前にも、あの自称・天使が姿を見せ、「願い事をかなえる」と言ってたことを、音姉から聞き出した。

「すごいね、あの人、本当に天使だったんだ!」
無邪気に喜んでいる音姉の様子は微笑ましかったけど、さすがにこのままじゃあマズい。
「少し整理しよう。アイツが本物の天使かどうかはさて置くとして、俺は、あの時アイツに「音姉達が元気になりますように」と願った。
で、音姉の願いは俺に「会いたい、話したい、そばにいて欲しい」。
そして由夢は「兄さんに帰って来てほしい」&「お姉ちゃんの願いを叶えて」と」
「うん、うん」

──うーーーーーーむ。
確かに、今の状態は、3人の願いを叶えては、いるんだよなぁ。
俺は、(由夢の体とは言え)こうしてここに「帰って来た」し、それによって「音姉&由夢(になった俺)は元気になった」。もちろん、音姉の俺に「会いたい(以下略)」という願いも実現している。
しかし……。

「でも、だからって、俺はどうしたらいいんだろうな」
「そうね……とりあえず外見は由夢ちゃんだから、まずは、そこを考えないといけないね、弟くん」
「そうなんだよな、今、此処に居るのは俺だけど、姿は由夢だからなぁ……ふぅ」
音姉の言葉は誠にもっともで、ため息をつきながら俺も同意するしかなかった。

その後、音姉と色々話し合った結果、とりあえず当面は、音姉の二人の時だけ"義之(おれ)"として行動し、それ以外は、なるべく由夢らしく生活していく事に決まった。
普通なら、いくら兄妹同然に育った仲とは言え、性別も学年も違う相手のフリするなんて、絶対無理に決まってるのだが……。

あれから、いろいろ試してみたんだけど、今の俺は、「桜内義之」としての記憶と同時に「朝倉由夢」としの記憶も頭の中にあることがわかった。
あくまで人格の主体は俺だし、後者を「思い出す」には若干のタイムラグがあるんだけど、それだってほんの1、2秒だから、とりあえず当面の生活に支障はなさそうだ。

とは言え、いくら記憶がわかるとは言っても、素の自分じゃなくて「朝倉由夢」としての生活には、色々気苦労が多そうだ。
それに、なんとなく勘だけど、この身体本来の持ち主である由夢も、身体──というか、俺の心の中のどこかで"眠って"いるような気がするんだよな。
俺としては正直、溜息をつきたい気分だった。

「あ、そうだ! 弟くん……」
「ん? どうしたの、音姉?」
「これは言っておかないとね……お帰り、弟くん♪」
「あ……うん。ただいま、音姉」



それでも、俺は、ここに──音姉のもとに帰って来たのだ。
たとえ、俺自身の体ではなく、由夢の体だったとしても
色々言いたいことはあるが、その一点についてはあの天使に感謝してもいいと、俺は思った。

◆◆◆

「ほらほら、学校に遅刻するよー」
「ま、待ってくれよ、音姉」
「こら! 外に出たら、その言葉遣いはダメでしょ、"由夢ちゃん"」
「あ……うん、ごめんね、"お姉ちゃん"」

──あれから二週間が過ぎた。
初めは由夢としての生活に抵抗を感じ、戸惑っていた俺だが、今ではもうすっかりこの暮らし慣れてしまった。

家から出るときなんかは、さっきみたくちょっと切り替えに戸惑うこともあるけど、学園で「朝倉音姫」の妹の「朝倉由夢」として、ちゃんとごく自然に振る舞うことができるようになっていた。
以前の友達の何人かとも──あくまで「由夢」としてだが──面識ができた。
でも、ななかや小恋、渉や美夏達は、俺の……桜内義之の事なんて全く知らない。
俺自身の心は、こうしてここに戻ったものの、どうやらみんなの記憶までは戻ってないらしい。
まぁ、確かにあの時、「みんなに思い出して欲しい」とは願わなかったしな。むしろ、変に辛い記憶を思い出さない方が幸せなのかもしれない。

「はぁ」
昼食の時間、俺は付属の3年の教室を離れて、屋上で珍しくひとりで昼食を取ろうとした。
普段は、由夢のクラスメイトと教室で雑談しながら食べるか、生徒会室に顔を出して音姉たちと一緒するのだが、今日はなんとなくそんな気になれなかったのだ。
別に彼女たちと過ごすのが嫌というワケじゃない。当初は、俺が本当は由夢でないとバレないか多少心配な部分もあったが、最近ではごく自然に、由夢としてクラスメイトやまゆき先輩ともおしゃべりできてるし。
でも、いくら「慣れてきた」とは言え、本来とは異なる立場・性別での生活には、やはり少なからずストレスも存在する。

それに……。
「──もう二週間か。ふぅ……俺はこれから、どうすればいいんだろう」
この身は所詮、由夢からの借り物だ。いつとまでもこのままというワケにはいかない。
かと言って、由夢に身体を返して元に戻る方法もわからないのだ。
俺はひとり屋上で、ため息をつきながら弁当(無論、音姉のお手製)を食べ終わり、教室に戻ろうとしたその時。

「おやおや、如何したんだい? 折角蘇ったのにそのため息は」
聞き覚えのある涼やかな声が、無人の屋上から立ち去ろうとした俺の背中にかけられた。

「あっ……アンタは!」
そこにいたのは、あの時の、うさんくさい自称"天使"だった。
「こんちわ、いつもニヤニヤ貴方の隣りでおはようからおやすみまで見守る天使、再び参上! です」
相変わらず、杉並もまっさおなブッ飛んだ物言いをするヤツだったが、この現状を改善しうる唯一の命綱なので、とりあえずツッ込まないことにする。

「いいところに来た。アンタを捜してたんだ」
「おや、何か用かな? 願い事をかなえたお礼でもくれるのかい? いやいやいや、さすらいの天使としては、人々の笑顔と感謝の言葉だけで報酬は十分。さらに親切なボクは、今日はアフターサービスのために来てあげたよ」
「あ、アフターサービスって……」
天使というものの存在意義について、一から問い詰めたい衝動に駆られたが、かろうじて自制する。
「──おい、あの時の俺の"願い"は、こう言う事じゃないぞ」
「あれ、違うの?」
俺の──由夢の体を頭からつま先までジロジロと眺める天使の視線に不穏なものを感じて、俺は思わず自分で自分の体を抱いて、一歩後ずさる。

「そんな警戒しなくても。別に人間の女の子を襲ったりしないよ……まぁ、本人が望めば別だけどね。あ、もしかして、それをお望みかい?」
「違う! 俺の願いはだな……」
俺は巧く言葉にならないながらも、天使に抗議したのだが、アッサリそれをいなされる。
「うーーーん、なるほどね。でも、3人の願いを叶える一番簡単な手段が今の形だったんだ。
それに、「願いがかなっていない」ならともかく、君も朝倉音姫も、心のどこかで、「願いがかなった」ことは認めているだろう?」
「そ、それは……」
確かにそうだ。俺達の願いは「ある意味」叶ってはいたし、そのことに俺や音姉が喜びを覚えていなかったと言えば嘘になるだろう。

「そうなると、一度叶った願い事の取り消しは出来ないんだよ」
「そんな……じゃあ、俺はこのまま、由夢として過ごすのか? 由夢自身の気持ちや人生はどうなるんだよ!?」
「あ、だから、その点についての説明を忘れてたから、再びキミの所に来たんだよ」
「? どう言う事だ?」
「これを見たまえ」
天使が俺に見せたのは、何か不思議な色合いの赤い金属でできた指輪のようなものだった。

「その指輪がどうしたんだ?」
「これはね、やるべきことをやり終えて、仮初の肉体にいる意味──つまり、この世への未練がなくなった人が、その肉体から出るための道具なんだよ」

「それって……」
そうか。つまり、俺に未練がなくなったら、この指輪をはめることで、由夢に体を返せるのか。
「まぁ、それもひとつの選択だろうね」

「どういうことだ?」
「ああ、何でもないよ。コッチの話。じゃあ、ハイ、なくさないでね。貸すだけなんだから。1回使ったら返してもらうよ」
「あ……ああ」
「意外に天使もセコいなー」と思いつつ、俺はその指輪を受け取った。

「さて、それじゃあ、ボクはもう行くよ。これでもうキミとはおそらく二度と会う事もないだろうね」
限りなく怪しい自称・天使だったが、それでもあそこでくすぶっていた俺と、悲嘆に沈んでいた音姉を再び逢わせてくれたことについては、感謝している。
そのせいか、「これっきり」と言われて、少しだけ寂しいような気がした。

「天国に行く時に、迎えに来てくれるんじゃないのか?」
「それは別の者の役割さ。それに、自分が天国行きと決めてるなんて、いい根性してるね」
「え、俺、地獄行きなのか!?」
「さて、どうだろうね」
ニヤニヤしながら、空へと浮かび上がった天使にあわてて問いかける。
「なあ、これはいつまでに使わないとマズいとか、期限はあるのか?」
「別に時間的な制限は無いよ。いつ使うか、あるいは使わないかは、キミ次第だね。じゃあね」
最後までカルい口調のまま、"天使"は俺の目の前から消えていった。

「使うか使わないかは、俺次第……か」
小さな「由夢の手」の中の指輪を見ながら、俺はひとりごちた。

俺が「帰って」からもう二週間経つ。
音姉もだいぶ元気になってきた。
──再び俺がいなくなっても、今度はきっと大丈夫だろう。
それに、このまま俺が由夢の体を使っている限り、由夢自身は戻ってこれない。
ならば……。
「そうだな、今、ここで使ってもいいよな?」
俺は、簡単な説明(いきなり放り出されたら由夢が困るだろうし)を適当なメモに書いてポケットに入れてから、深呼吸して指輪をはめ込もうとした。

──けれど……。
「な、何だ……この感じ?」
指輪を左手の人差し指にはめようとしたら、突然体が動かなくなったのだ。
オマケに、あの再会の日、音姉が泣きながら抱きついてきた時の記憶が、脳裏に浮かび上がってきた。
「うっ……」
とっさにはめるのを止めた途端、嘘のように体が軽くなり、自由に動けるようになり、音姉の泣き顔も消えた。
「くっ……一体どうしたって言うんだ? ビビってんのかな、俺?」

──キーンコーンカーンコーン……

予鈴が鳴ったので、とりあえず今日のところは中断して、指輪をポケットにしまい、俺は由夢の教室へと戻った。

教室で、由夢として授業を受けながらも、ポケットの指輪のことを考えてみる。
(よく考えると、いきなりここで俺が消えちゃったら、音姉がどうなるかわからないよな。もう二週間くらい由夢として生活して様子を見てみるか)
言い訳かもしれないが、俺は、とりあえず、後二週間程は音姉のためにも、由夢の身体でこのまま生活する事にした。

そして二週間経ったら、今度こそ、この指輪をはめよう。
(由夢……ごめんな。もうしばらく我慢してくれ)
すると体の中で何かがブルッと震える気がした。まるで、何者かが俺の心の中の声に答えるかのように。
(……まさか、な)
首をひねりながら、授業が終わった俺は、いつものように朝倉家に帰るのだった。


再び天使と会った日から、さらに二週間が経過した。
しかし、今日も俺は指輪をはめる事が出来ず、由夢に体を返すことを断念せざる終えなかった。
なにせ指輪を取り出しただけで、あの日と同様、体が拒絶反応を起こしたかのように動けなくなり、何回やっても指にはめられなかったのだ。
どうしてこんな事になるのかわからなかったが、あきらめるワケにはいかない。

「ねぇ……お姉ちゃん」
「なーに、由夢ちゃん?」
「後でちょっと話があるんだけど……いいかな」
「えっ……うん、別に良いよ」
「有り難う、お姉ちゃん」

俺が帰ってきた日からちょうど1ヵ月が経ったその日、俺は音姉を自室(と言っても由夢の部屋だけど)に呼んで、事の次第を説明していた。

あれからも少しずつ間を空けながら指輪をはめようとしたのだが、俺はいまだに果たせずにいた。何回はめようとしても、体に拒絶反応が起こって、動けなくなるのだ。

今日まではこの行動は音姉に内緒にしていた。音姉に言えば、絶対心配するに決まってたからだ。
だが、とうとう今日、音姉にこの事を話し、音姉の目の前で指輪をはめる事にしたのには、理由があった。
この1ヵ月の間に、音姉は、由夢になった俺に対して、「極めて自然に接する」ようになっていたからだ。

最初の頃は、由夢を戻す方法を俺と一緒に考えてたのに、今では戻そうとするどころか、本物の由夢のことを口にする事自体がほとんど無くなっていた。
俺のことを「義之(おとうと)であり、由夢(いもうと)でもある者」として、段々以前のようにごく自然に「姉」として、ある時は過保護に、またある時は遠慮なく接するようになっていたのだ。

流石にこれ以上由夢の体を占有し続けているのは、俺自身の心が痛む。
もう流石にいいだろう、このままでは由夢は戻ってこない。
由夢を戻す為には、音姉に全てを話し、俺が消えるしかない。
もういいんだ、俺にはもう未練はない。
だから………。

「で、弟くん、話って何なの?」
「実はさ……どうしても音姉に話しておかないといけない事があるんだ」
俺は音姉に指輪の事、由夢の事、俺自身の気持ちと決意について、彼女の目をしっかり見つめながら話した。

「──そんな………」
全て話し終えると、音姉はそのまま崩れるように座り込んでしまった。
「ごめん、音姉、でもこれ以上はどうしてもダメなんだ」
「何で、何でなの……何でダメなの? 何かこの生活に問題があるの? 弟くん、私のことが嫌いになったの?」
「馬鹿、そんなことあるワケないだろ!」
「じゃあ、何で!?」
「──ねえ、音姉は本当にこれでいいのか?」
「えっ……」
「だって、俺が居る限り由夢は一生戻ってこれないんだよ?
俺は、これ以上こうしちゃいけないんだよ」
「それは…………」
「由夢の為にも、俺はここに居ちゃダメなんだ」
「…………」
「ありがとう、音姉。俺、音姉にまた会えて嬉しかったよ」

俺は音姉に別れを言うと、そのまま目の前で指輪をはめようとした。
音姉を納得させれば、たぶん拒絶反応は起きない。
なんとなくそう思ったからだ。

けれど……。
「──ぃゃだよ……」
「えっ……?」
「そんなの嫌だよ! だって私……弟くんの事が誰よりも一番大好きなのに!!」
「音姉……」
「弟くんが居なくなってから私、ずっと毎日凄く辛かったんだよ」
「…………」
それは……知ってる。実際にすぐそばで見ていたのだから。
「だから、弟くんが帰ってきた時、私凄く喜んだの。あの天使のひとのおかげで、本当に奇跡が起きた。ようやく帰って来てくれたって」
「音姉……」
音姉は泣きながら、必死でその思いを打ち明け、俺に引き留めようとする。

「でも、音姉……それじゃあ由夢が」
「いいよ……」
「えっ!?」
「たとえ由夢ちゃんが戻らなくても、いいよ。私は、え由夢の姿のままでも、弟くんがそばにいてくれば、それでいい!」
「音姉……」
俺は、幼い頃から見て来た音姉と由夢の姉妹仲の良さをよく知っている。
それなのに、実の妹よりも恋人の俺を選び、たとえ俺が由夢のままでも一緒にいたいと言ってくれる音姉の気持ちが、痛いほど強く伝わってきた。

──でも、それでも、俺は。
「音姉、ごめん……さよなら!」
「弟くん!!」
俺はとっさに指輪をはめようとした。

しかし……。
「うっ! ど、どうして!?」
またも、あの謎の拒絶反応が起こり、俺はそれ以上動く事が出来なかった。
「何で……音姉の前なら、きっと大丈夫だと思ったのに……」
実際、さっきまではそれが可能だという確信に近い予感がしていたのだ。
それなのに、なぜ急に……。

「──もしかして」
「? 音姉?」
「もしかして……由夢ちゃん自身が拒否してるんじゃないかな」
「……えっ?」
「だって、それ以外に説明できないでしょ。由夢ちゃん、弟くんに、自分の体に居てもらいたいんじゃないかって、私感じるの」
「そんな……まさか、由夢が……」
実のところ、俺も、この拒絶反応の元が由夢だと考えなかったわけじゃないが、そんなことをする理由がわからないから、否定していたのだ。

「だから弟くん……消えるのは止めて」
「…………」
俺はとりあえず、今日のところは音姉の言葉に従い、改めて明日、あの桜の木の下で答えを決める事にした。

その夜──
「ううう……由夢」
由夢の部屋で、ベッドに仰向けに横たわったまま、拒絶反応の理由と音姉の想い、そして由夢の事について考えて、俺は悩んでいた。

俺はどうすればいいのか。
このまま由夢として音姉と一生暮らすのか。
それとも、消えて由夢を戻すか。
いくら考えてもハッキリした答えなど出ず、結局答えが決まらないまま、いつしか俺はそのまま眠ってしまったようだ。

◆◆◆

そして、その日の夢の中。

(……さん……いさん……兄さん……)

「はっ! ここは?」
不思議な空間で義之は目を覚ましていた。

するとそこに居たのは……。
「まさか……由夢、なのか!?」
「うん、そうだよ兄さん。会いたかったよ」
何と、そこにいたのは、まぎれもなく彼の妹分である由夢の姿だった。気がつけば、義之も由夢じゃなく、以前の男の姿に戻っている。

「由夢……俺もだよ!」
「兄さん!」
ふたり抱き合って感動の再会をした所で、義之は由夢に事情を打ち明けた。
「由夢……俺は今、悩んでる。このまま由夢として音姉と歩むか、それとも指輪をはめて消えるか」
「…………」
「由夢として生きることを選べば、お前は一生帰ってこない。
指輪をはめれば、俺はそのまま消えていくけど、その代わりお前が戻ってこれる」
「──兄さんは、どうしたいの?」
「そうだな……」
一瞬だけまぶたを閉じて、最愛の女性──音姉のことを思い浮かべ、そして目を開ける。
「──頼む、由夢。もう拒絶反応を起こすのは止めてくれ」
「えっ!?」
「俺はもう十分報われた。もう未練は無い。だから、由夢……」
義之は由夢に、すべての思いをぶつけたつもりだった。

それに対する、由夢の答えは……。
「──兄さん、そんなの嘘だよ」
「えっ!?」
「だって兄さんがまた消えたら、お姉ちゃん、また悲しむ事になるよ?」
「……………」
「わたしだって、兄さんがわたしの体で帰ってきた時、最初は動揺したよ。
兄さんがわたしとして暮らしているあいだ、わたしは遠くから望遠鏡を覗いているみたいに、ボンヤリと現実の光景が見えるだけだったから。
でもね、今は「別に兄さんに体あげてもいいよ」って、そう思えるようになったんだ」
「でも、由夢、それじゃあお前が……」
「私の事は別にいいの。だから、お姉ちゃんの思いに答えてあげて……ね?」
「由夢……」

それでも心配そうな彼の顔を見て、由夢はふぅと溜息をついた。
「本当はね、話さないつもりだったんだけど……わたし、兄さんが消えるだろうことは、ずっと前から知ってたの」
「えっ!?」
由夢いわく、彼女には予知能力があり、義之がいなくなることも、音姫が悲しむことも事前にわかっていたのだという。

「ひどい妹だよね。実の姉や兄貴分を襲う悲劇を知りながら、何もしようとしなかったんだから」
(それは違う!)
義之にも他人の夢を見る能力があったから、誰も知り得ぬ情報を知ったからと言って、それを有効活用できるとは限らないことは、よくわかっていた。
「だからね、その罪滅ぼし、ってわけじゃないけど、兄さんは気兼ねしなくてもいいんだ」
「……」
「大丈夫、これからも……私は、兄さんの心の中にいつでもいるんだから」
「由夢……」

突然、由夢は両手を義之の方に突き出した。
「決めて、兄さん」
「由夢……何を?」
「このまま私を戻すなら右手をとって。逆に、私の体でお姉ちゃんと歩みたいなら左手を」
「由夢……俺は……」
「有り難う兄さん、会えて嬉しかったよ」
「………………」
選択の時がやって来た。
右手を取るか、それとも左手を取るのか?
「俺は………………」
そして、彼はついに答えを出した。

◆◆◆

翌日、俺は音姉と、あの桜の木の根元へ行き、昨日の答えを音姉へと告げようとしていた。
「弟くん、あのね……」
何か言いかけた音姉の言葉を遮り、俺は静かに話し出した。
「音姉。俺、夢の中で由夢に会ったよ」
「えっ?」
「それで……俺は由夢と話してさ、今日の答えを出したんだ」
「弟くん……」
俺の答え。それは……。

「──音姉、御免!」
言葉面こそ昨日のそれと似ていたが、そこに込められた意味はまるで違う。
俺は指輪を握りしめ、そのまま力いっぱい川に向かって投げ捨てたのだ!
(視界の片隅であの天使が「こら、なくさないでって言ったでしょ!」と怒ってるような気がしたけど、無視無視)

「弟くん!?」
「俺は──音姉と一緒に歩みたい」
「弟くん……嬉しい!」

あの時、由夢の前で出した答え、それは左手をとることだった。
「由夢……御免よ」
「ううん、いいんだよ、兄さん──私としてお姉ちゃんと幸せにね」
そう言うと、まばゆい光とともに夢の中の由夢は消えてしまい、気がつけば、朝になって俺は目を覚ましていたのだ。

「音姉」
「なーに、弟くん?」
「俺、これでよかったのかな? 由夢に対して俺は……」
「でも、それが弟くんと由夢ちゃんが出した答えなんでしょ」
「──うん、そうだね」

俺はこれから、「朝倉由夢」として生きていく。
それが、俺の答え。



そんな事を考えてる時、音姉が耳元で囁いた。
「ねえ、弟くん」
「何、音姉?」
「折角だから……ここでキスしてもいい?」
「えっ!?」
な、ナニヲオッシャルンデスカ、オトメサン……。
「で、でも、俺は今……」
「体は由夢ちゃんでも、ここに居るのは私の大切な弟くんでしょ。だから……」
「えーっと……」
そりゃあ、音姉とは恋人同士だし、いくら体は由夢だからって、ずっとそういうコトをしないでいられるかは正直自信ない。
「じゃ、じゃあ……いいよ……」
「わぁい、有り難う弟くん!」

そして、音姉は由夢な俺に抱き付き、そのまま唇を重ねてきたのだった。

◆◆◆

それから半年後。

「ほらほら、由夢ちゃん、置いてくよ」
「待ってよー、お姉ちゃーん!」

俺と音姉は、今ではほぼ毎日一緒のベッドで寝る位、「愛し合う」関係になっていった。
──もちろん、表向きはあくまで「大の仲良し姉妹」って感じだけどね。

今日は、折角の秋の連休なので、初音島から離れた大きな観光地にまでラブラブ旅行にやって来たのだ。

初日の観光を終えた夜、俺達はホテルの部屋でくつろいでいた。
「ふう、結構いろいろなところを回れたね、由夢ちゃん」
「そうだね、お姉ちゃん。いろんな所に行けて、楽しかったなぁ」
「うんうん」

あの日から俺は、自室以外では、ふたりきりの時も音姉に自分のことを「由夢」と呼ぶようにお願いしてあった。由夢に代わって生きることが自分の義務だと思ったからだ。もちろん、自分から音姉のことも「お姉ちゃん」と呼ぶようにしている。
音姉は最初ちょっと不満そうだったけど、ある条件をつけたら真っ赤になりつつ納得してくれた。

夕食も終わり、明日の予定についても、おおよそ話したところで、音姉がやけに艶っぽい目で、俺に甘えてきた。
「ねぇ、由夢ちゃん、この後どうするの?」
「ん? そうだなぁ、もうちょっとしたら、ここの風呂に入る?」
ここのホテルは露天の温泉風呂が有名だった。
「だったらさぁ……私と一緒に入らない?」
「えっ!」
「だってだって、せっかく体は女同士なんだし…………ね?」
そりゃそうだけど……いいのだろうか?
しかし、かと言ってこの体で男湯に入るわけにもいかないか。
「──もぅ、しょうがないなぁ」
「! 有り難う弟くん!!」
「こら、外では「由夢ちゃん」でしょう?」
「あ、いっけなーい」

てなワケで、俺と音姉は、広々とした温泉に浸かりながら、「姉妹の裸のスキンシップ」を存分に楽しんだ。
とは言っても、露天風呂では、他の人目もある以上、あくまで「女の子同士のじゃれ合い」以上のことはさすがにできない。
よって……中途半端に火照った体を隠しつつ、部屋に戻ると、こうなるワケだ。

「お……おとうとく……」
「音姉、すごく濡れてるよ?」
太股の内側に手を這わせると、熱くなった秘処から失禁のように溢れた愛液が幾筋も伝っていた。
ちなみに、例の呼び方に関する「ある条件」とは「エッチする時は例外」ってこと。

「部屋に帰ったあとのこと考えると……我慢しようと思っても……どんどん溢れてきて……んっ。ショーツにも染みてきて……くふっ!」
俺にしがみつく音姉の腕に力が入る。
風呂から帰る途中、音姉が何度も浴衣の下で足をモジモジすり合わせていたことはお見通しだった。

「い、いけないと思っていても……どんどん気持ちよくなってきちゃって! に、二回も……イっちゃった……」
「いいんだよ、音姉。俺とスること考えて、イッたんだよね」
「うん……うん!」
音姉をぎゅっと抱きしめキスをする。
貪るように舌と舌を絡め合わせ、互いの唾液を嚥下する。
「んっ……むっ……んっ! んんーーーっ!」
それだけで、音姉は俺のきゃしゃな腕の中で身体を突っ張らせ、ビクビクと痙攣を繰り返した。

俺は、優しく音姉の体を既に敷いてある布団の上に横たえる。
音姉は布団に顔を伏せたまま、苦しそうな、それでいて艶めかしい声を漏らしていた。
乱れた浴衣のすそから、そっと右手を差し入れる。

「あっ! ひゃうぅぅ! おしりィ! お尻、いやらしく撫でちゃダメェ!」
「じゃあ……今度は前からスるね」
「あひゃんッ!」
布地の薄い浴衣越しに乳首を摘む。
音姉の乳首は慎ましやかな胸に相応に小さめで色が鮮やかだったけど、その分敏感だ。ちょっと刺激するだけですぐに甘い声をあげる。
ピンクの突端は、今の音姉の感覚を表すかのように、ぷっくりと自己主張を始めていた。
「──音姉、感じてるんだ?」
生地越しに薄いピンク色の乳首を口に含み、舌で円を描くように転がす。
「ああっ……あっ……くっ……くふっ…………ふああ!」

さらに、お尻を撫でていた指先を前に回して割れ目に触れたとき、音姉はピクンと体を震わせた。中指を割れ目にあてがい、小刻みに動かす度に、音姉の体は敏感に反応する。
「もっと乱れて……啼いていいよ、音姉」
「あ、あぁ……きゃぅん! そ、そんな事されたら……私……わたしっ、ヘンになっちゃうよぉ!」
「じかに触って欲しい?」
「………うん」
童女のようにこっくりとうなずく音姉を可愛く思いながら、俺は、浴衣の前をはだけてさせる。すぐにかわいらしい音姉の胸が露わになった。

丸見えになった乳首にチュッと軽く口づけたのち、ただひたすらささやかな胸の膨らみを愛撫する
左手で、下から掬い上げるように。
「んっ……あぁっ!!」
そして、右手は、先ほどからよだれを垂らして自己の存在を主張している下半身の桜色の襞部へとあてがう。

いったん手を止め、耳元でそっとささやく。
「もうぐちゃぐちゃだね」
「!!」

──にちゃっ、ぬちゃっ、ぴちゃっ、にちゃっ、ぬちゃ、ぬちゃ、ぬちゃ……

快感にわななく音姉にとどめを刺すべく、片手で乳首を、反対の手で秘部の突起を、それぞれ強く摘まんでやる。
「ふぁ……ひぃぃぃ……だめ……ダメだよぅ!」
息も絶え絶えに悶える音姉。
「ほら、ほら! イっちゃいなよ、音姉! 血の繋がった妹の指にズボズボされながら、この淫乱おま●こで、イっちゃえ!」

──グチュッ!!!

由夢のしなやかな中指を、音姉の膣へと突っ込む!
「ん、んっ……あ、イ、イク! イクぅぅぅぅぅ! あ、あ、あぁぁあぁぁぁ、イッちゃうぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
ついに、絶頂に達した音姫の秘部から大量の愛液が迸り、由夢(おれ)の手を、そして布団を汚していった。

息も絶え絶えに、崩れ落ちた音姉を、その背中を抱くような形で後ろから支える。
「うふふ、まだまだ、夜はこれからだよ、お姉ちゃん♪」



……
…………
………………

「女同士の睦み合いは果てがない」なんてよく言われるけど、それでもやっぱり体力の限界とかその他諸々の要因から、終わりはある。
こういう機会なので遠慮なくエッチに励ませてもらった俺達だけど、夜半過ぎになって、ようやく一段落し、ひとつの布団に抱き合いながら横たわっていた。

ちなみに、もうひとつの布団は、ふたりの身体から出た汗とかさまざまな体液とか(9割方は音姉のだけど、残る1割は遺憾ながら俺のでもある)でグチャグチャになっていた。
(我ながら、ヤリにヤリまくったなぁ。家では、おじいちゃん──純一さん達の存在が気になって、あまり大きな物音とかは立てられないから、仕方ないけど)
ちょっと罰あたりなことを考えてると、そろそろ呼吸が整ったらしい音姉が俺を抱きしめながら話しかけてくる。
「ねぇ……弟くん」
「なに、音姉?」
ピロートークだから一応セーフ……と言うことにしとこう。
「私、大好きだよ、弟くんも由夢ちゃんも」
「……俺(わたし)もだよ、音姉(おねえちゃん)」


今の俺は、「桜内義之」であると同時に「朝倉由夢」でもある。
別に「義之」としての部分がなくなったわけではないけれど、日々を「由夢」として過ごしていれば、どうしてもそちらの部分の影響も無視できないし、それでいい、それが自然だと、「わたし」は思っている。

「ふわぁ……そろそろ寝よっか」
「うん、そうだね、おやすみ、お姉ちゃん」
由夢の俺と音姉は、お互い抱き合いながら、おやすみのキスをする。

これからも、由夢(おれ)と音姉のこう言う関係は続いていくのだろう。
そう一生、ずっと…………

─END─
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