ゴポリ。
泡が弾ける音を立てながら、“それ”はガラスの中から溢れだした。
ぬめりを持った不定型の容姿は、玉虫色の表面をてらてらと光らせながら重力に逆らわず、リノリウムの床へと落ちる。
バチャリ、と鳴る音は確かに水分で構成されているような気さえするが、しかし水とは決定的に違う。そんな気配さえ漂わせながら、それは蠢いていた。
同時に、それは万有引力の法則に従って床に落ちただけではなく、まるで何かの意志を持っているかのように、ずるり、ずるりと這いずっていく。
床につもった埃をふき取り…いや、床の表面毎融かして、進行の跡を作っていた。
それを表現するのなら「スライム」と呼ぶのが妥当であろう。そうとしか取れぬ姿をし、そうとしか呼べぬ容をし、そうとしか言えぬ動きをしていた。
ゆったりとした動きと共に、それは進んでいく。この建物の中に入り込んで、この建物の中で動いている存在へと向けて。
床を削り取り、次第にその体積を増やし、それは進んでいった。
青年は一人、身の中を蝕む恐怖に抗いながら廃棄された施設を歩んでいた。
仲間内…青年を体のいい使い走りとしか認識してない群れの中でだが…で考えられている、次の催し物。有体に言えば肝試しの為、使えそうな廃墟を見つけ、探っている最中。
日が陰り始めてきた時期、手に持った電灯のライトが、夕焼けの光より強く輝き始めてくる。
3階建ての、想定より広かった建物は探索にそれなりの時間を要してしまっていた。本来ならば15分前には終わっていて、すでに帰途についているはずだったのに。
地上施設の他に、更に地下施設まであったのでは、それもやむを得ない事だったが…。
ここも見ておかないと、危険だろうと考えて足を進める。そこには既に光は差し込まず、電灯しか頼りになるものは無いが…。それでも、青年は歩んだ。
リノリウムの床を踏みしめ、カツン、カツンと音を立てながら。
それが、ぐにり、という音に変わるまで。
変な感触だと気付いた時には、遅かった。踏んでしまった“何か”は、踏まれたと認識した瞬間に加重を与えている物体へと浸蝕を開始した。
まだ“それ”が知らないゴムを溶解し理解し吸収し、その奥にある繊維も取り込むことで覚えた。その奥に見えてきた、ゴムとも繊維とも違う温度を持った「何か」も、覚える。これは何だろう、複雑で覚えるのに苦労しそうだが、とても栄養価に満ちている。食べればきっと理解できるし再現も出来るだろう。食べ進めていこうと本能が訴えた。
青年は踏んでしまった存在が取り始めた行動を、照らした灯りの元でまざまざと見せつけられていた。それは突然に靴を融かし、靴下を融かし、曝された足を融かし始めた。熱いと瞬時に理解し、それを振りほどこうと力を込めるけれど。踏みつけた何かは自分の体の上を這って来る。逃げられない、既にこいつは脚を融かしきって体をよじ登ってきた。
“それ”は融かしながら食べ進んでいく。
青年は融かされながら食べ進められていく。“それ”は解かしながら食べ進んでいく。
脚を食べきられた段階で青年は逃げる術をほぼ失い、下がっていく視界と、痛みの無い捕食の中で、恐怖が突き動かすままに叫んでいた。
それ以外に響く音も無く、程なくして“それ”は、完全に青年を、「喰った」。
生体捕喰完了。
構造解析:開始。
構造解析:完了。
再現可能検証:開始。
再現可能検証:完了。
結論:全体再現可能。
骨格:再現。
体液:再現。
血液:再現。
臓腑:再現。
筋肉:再現。
皮膚:再現。
体毛:再現。
人体:再現。
精製完了。
検証:完了。
自我再生検証:開始。
脳髄:再現。
大脳・小脳・脳幹:再現。
脳神経:再現。
ネットワーク:構築。
自我再現:開始。
青年はゆらぐ意識の中で目が覚めた。
何があったのか思い返す。廃墟に来て、粗方を捜し終えて、残った地下室にやってきた。そこからは? そこで“何か”に喰われたはずだ。では今の自分は…、どうなのだろう。
そう考えて自らの手を確認すると、何か粘性の物に包まれている。視界を辿るとそこだけではなく、全身がだ。呼吸器さえも覆われている。
何が起こったのだと慌て、この粘液から出ようともがくも、出られない。まるで意志を持っているかのように、自分の動きにあわせて包み方を変えてくる。
喉の中にまで存在する粘液のせいで呼吸すら出来ず、今度は窒息死するのかと思いながら、青年の脳内には走馬燈が流れ出し…。
そこで、唐突に意識がハッキリした。
脳細胞の再現やニューロンネットワークの形成、海馬や記憶の構築は、取り込んだ生体と寸分違わず可能となっている。これなら問題ないだろう。
そんな「スライム」としての意識と共に、青年の意識も同時に存在した。
喰われた事と、今の自分を形成している肉体の事を認識し、手を見やる。
どろり。
粘液の中で手がとろけ、そしてまた形作られる。
どうやら今の自分はこのスライムの意識であり、この身体を自由に出来るようだ。
降って湧いたようなこの身体。…さて、どうしようか。
【次の行動】
A.まずは一通り楽しんでみる
>B.戻って仲間連中を襲ってみる
C.それより奥がどうなっているのか確かめる
「…そうだ。あの3人の中から、誰かを襲ってみよう。…っ」
口をついで出てきた言葉に頭が痛み、青年・辻白竜(つじ・はくりょう)は眉間に皺を寄せた。自分は何を考えているのだろう。彼女らは自分の友人であるというのに、襲うなんて。
けれど、今の自分を構成するスライムとしての本能がじくじくと告げてくる。
『知りたい』。そして『食べたい』。
あまりに単純で簡潔な欲求だが、それだけに強く、白竜としての理性で抑えるのは僅かに辛いものがあった。このままではどうなるのか、わからない。とにかく何か、何かを知らなければ。
けれどまずはそう、戻らないといけない。体を覆う粘液を、完全に自らの中に取り込んで、自分の表面に「服」を形作る。
ポケットの中に入っていて、同時に捕食された車の鍵も、粘液という自分の体の一部で再現されていた。
「良かった…。これでひとまずは、徒歩で帰らなくて済む…」
車を走らせて1時間もかかる山奥だ。徒歩での時間はあまり考えたくない。
床に落としていた、証拠写真の入ったデジカメを拾い、とりあえず地下室の入口を一枚撮る。灯りが無いことに気付いて、懐中電灯を探したけれど、それもどうやら食べていたらしい。額からライトが生えて、前を照らしていた。
「…なんか、ありがたいのか厄介なのか、解らない体だな」
車内に置いていた携帯電話を使って連絡を入れた後、車を走らせて1時間。
人に会う前に1人で考えられる時間というのは、今の白竜にとってはありがたかった。今の自分はパニックホラー映画の怪物のような存在であることは間違いない。既存の生物・非生物を問わずに“喰べ”て、自分の体でそれを再現するのだ。
これを使えば、恐らくで済まされない位にさまざまな事が出来るだろう。
(例えばそう。自分がされたみたいに、誰かを“喰べ”ることも…)
証拠さえ残らずに捕喰された自分が言うのだ、間違いない。だからこそ無暗に使うことはできないけれど、スライムの本能が今もなお囁いてくる。
視線を向けた先には、飲みかけの缶コーヒー。ハンドルを握りながら手を伸ばして掴む。
……そのままでは、何も起きない。
けれど、少しだけ捕喰の意を白竜が示すと。手の中に呑み込まれた缶コーヒーは、体内で鎔かされ、吸収されてしまった。
脳内では再現可能のシグナルが灯る。ためしに手の中で缶を再現しようとして、それは容易く為されてしまった。
この体は、捕喰した物を生物・非生物問わずに再現できてしまう。解っていたことだが、少しだけ空恐ろしく感じてしまえた。
途端、沈思を遮るように携帯がメロディを鳴らした。慌てて路肩へ停めて発信者を見ると、飯綱妃美佳(いづな・ひみか)の名が表示されている。
彼女はこの仲間内のリーダー的な存在で、とても男勝りで奔放だ。興味を引かれたことを積極的に行い、男遊びも良くこなす、活動的な女性。今回の企画の発案者でもある。
「はい、辻です」
『遅いっ! アタシがコールしたら3回から5回の中に出ろって何度も言っただろ?』
「すみません、今ちょっと運転してて…」
『あそ、なら良いや。なぁ辻、もうじきこっちに着くよな?』
「えぇ、あと5分くらいですかね」
『んじゃぁついでに、どっかのコンビニに寄ってなんか買ってきてくんね? お菓子が切れそうなんだよ』
「…あ、解りました。いつもので良いですよね。飲み物はいります?」
『んー…、頼む』
『あらら妃美佳、辻くんにお電話ですか?』
『そうだけど、何だよ奈央、リクエスト?』
『はぃ。辻くん、わたしはクッキー系が欲しいので買ってきてくれますぅ?』
少しとろりとした口調で喋る女性の名は、尾長奈央(おなが・なお)。
いつも妃美佳の後ろに居て、ちゃっかり美味しい所を持っていく、ナンバー2というか腰巾着というか…。白竜の言葉で説明するのは、そんな良くない印象ばかりだ。
「わ、解りました。じゃあいつものは良いですね?」
『はぃ。では辻くん、よろしくお願いしますねぇ』
返事を待たずに、奈央は電話を切った。通話モードを解除し、助手席に携帯を放る。
突然の変更に少しだけため息が出そうになるけど、仕方ないかと割り切ってアクセルを踏み込んだ。現在位置と目的とを繋ぐ進路上にあるコンビニの場所を、頭の中で思い浮かべていると。
気付いた時には、自分の体の一部がミニチュア地図を作り、その場所を示していた。
随分便利な身体だと思いながらも、それを体内に収納して再び車を走らせ始めた。
買い物に掛かること3分、移動は寄り道含んで6分後。白竜の車は妃美佳の家に到着した。
体の一部でできた靴を玄関で脱ぎ、少し見るも、形が崩れる気配はない。ためしに崩れろと念じれば崩れ、靴になれと念じれば成った。
それを確認すると、ビニール袋に入った菓子やペットボトルを手に、妃美佳の部屋へと向かい、ノックを3回。扉を開けると、小さな女子会に興じていた3人が白竜に視線を向けた。
「よぉ辻、首尾はどうだ?」
「まぁまぁですかね。…こっちもですが」
「わぁい、貰いますねぇ」
「あ、奈央…。…ごめんね、辻君。突然買い物も頼んじゃって…」
この女性が、最後の3人目。砂滑早耶(すなめり・はや)。
分厚い眼鏡が印象的で、どちらかというと白竜と似たような立場にある、自信の持てない女性だ。眼鏡を外すと結構な美人でもある。
そして彼女は白竜が僅かならず想いを寄せており、この3人の輪に入ったのは、そんな下心があったからに他ならなかった。
「いや、戻ってくるついでだったから、大丈夫ですよ…」
「それより辻ー。ちゃんとできたか確認してやるから、ほれ、寄越しな」
手招きをする妃美佳に、白竜はデジカメを渡す。中に映った写真を確かめながら、何度か頷いていた。
「…ま、いいんじゃね? ちっと場所は遠いけど、ロケ地としちゃバッチリだな」
「でもこの場所、車で1時間かかるんですよねぇ。もうちょっと近場で済ませられないのぉ?」
「それにそういうの、私、ちょっと苦手で…」
「良いんだよ、別に何かがいるってわけじゃねぇんだし。それに遠いってんなら…、解ってるんだろ、辻?」
「あ、はい。そこから15分位進んだ場所に、市街地があります。さすがに隣の県なんで、具体的な事はまだ調べ切れてないけど…」
「それだけわかりゃ十分だって。辻、サンキュな」
「ねぇ辻くん、紅茶をコップに注いでくれる?」
「は、はい…っ」
「奈央ったら…。辻君、私がやるから休んでて…」
互いに自分がやる、と言う姿を見て、妃美佳が漏らした息は、何を意味していたのだろうか…。
面子集めと日程調整などを今後の議題とし、もう少し喋ったところで今夜はお開きとなった。
夜道は暗く、集合場所を自分の家としていた妃美佳はさておき、よそから来た3人は自分の家に帰らなければいけない。
いつものように白竜の車で早耶と奈央を送り届け…、その、深夜。
「はぁ…、はぁ…」
息がつまりそうな焦燥感の中、白竜は体を整え、また溶かしを繰り返していた。
話の中に居た時や、2人を送迎していたときはまだしも。アパートの中に1人でいると、スライムの本能が抑えきれなくなってくる。
『知りたい』。
『食べたい』。
『知りたい』。
『食べたい』。
買い物ついでに買ったコンビニ弁当では足りない。もっと複雑なものを。目覚まし時計に手を当てて呑み込み融かす。べちゃりと別れた身体が、目覚まし時計を形作る。少しだけ知ったことで僅かに満足したけれど。
「だめだ…足りない…。こんなものじゃ…、足りない…」
いけないと解っても、焦げ付くような本能が白竜を突き動かす。
手に取ったパーカーを取り込み再現し、羽織る形になって。
どろりとろけて、鍵のかかった扉の隙間をすり抜けて。
夜の街に、辻白竜というスライムは解き放たれた。
【襲撃相手】
A.砂滑早耶(すなめり・はや)
>B.飯綱妃美佳(いづな・ひみか)
C.尾長奈央(おなが・なお)
【襲撃方法】
1:脳だけ捕喰し、身体を残す
>2:液体化して体内に侵入
3:いっそ全身を捕喰
白竜が行動を開始して少し。
冬の寒気さえ寒いと想うことは、体をスライム状にしてしまえば、無い。温度を感じる器官はなく、寒さを寒さと感じなければそれは全くの無意味だろう。
途中に見つけた猫を捕喰し、足を再現する。毛に覆われた獣足が、人間の歩く速度より早く、妃美佳の家へと運んでいった。
ちなみにこのとき、白竜の脳内に「車を使う」という選択肢は無かった。
今の状態ではアスファルトにすら足跡を作ることもあろうし、車内にいたら車ごと捕喰しかねない。知れば再現することはたやすいだろうが、ずっとそうし続けていればどうなるか、というのが分からず、一抹の理性が乗車を拒んでいた。
歩くことしばし。住所を知っている妃美佳の家にやってきた。
彼女の家は両親が別居しており、家にいる父親も今は出張で、彼女一人。邪魔する者はいない。
鍵のかかった扉をすり抜け、家の中に入る。まかり間違って家の中を捕喰すると、異形の痕跡が出来てしまう為に細心の注意を払い、彼女の部屋へ行く。鍵がかかっていたけれど、すべて隙間を通り抜けるため、侵入はとても容易であった。
目の前には寝ている妃美佳が一人。どろり、と白竜は体を崩し、スライムとなった。
食べるだけなら容易いが、知りたいという知識欲を満たすために、何ができるのかを考える。例えばそう。この体を使って人の中に浸入できるかどうか。
開かれてる口へ向けて、溶けた手を突き入れる。融かさぬよう注意を払いながら、咽喉を開けて、中へ。
如何な理由か、白竜より軽い筈の妃美佳の中へ、ずるり、ずるりと入り続けていく事が出来て。腕だけではない、頭も体も、足すら含めて、スライムの全てが妃美佳の体内に潜り込んでしまったのだ。
細胞の隙間をすり抜け、身体の一部を血流に乗せる。滲み渡らせるために体の遍くを渡る血液に擬態し混じり、脳へとたどり着いた。
ここまでやっても妃美佳は起きず、その図太い神経に少しだけ、呆れと理解を示しながら。
飯綱妃美佳という人間の、脳の構造解析を始めた。
その瞬間、彼女は目覚めた。
体の中に何かがいる。這いずり回っている、という得体の知れない感触に、怯えるように脳が覚醒したのだ。
(何だ、これ…っ、身体が動かせねぇ…っ)
指一本すら動かせず、視界すら確保できない闇の中。
ただ、身体の中を這い回られる恐怖が感情を支配する。体の中で何か、ずるり、というような水音を聞いたような気がした。
(やだ…、やめろ…っ、アタシに触るな…!)
心中で精一杯声を荒げようとするも、出てくる筈がない。体が脳から切り離されたような感覚が、彼女の中にある焦燥感をさらに煽っている。
それでも体は自分の意志で動かせないだけで、しっかりと触られている感触は伝えてくる。それも表面ではない、べったりと張り付く“何か”に体内全てを弄られる様は、まるで巨大で微細な舌に舐め取られているようで。
それが一つ動くたびに、妃美佳の心臓は恐怖に縮まる。体の記憶が震えを起こし、瞳からは恐怖の涙が零れてきた。
同時に、白竜の意志には歓喜が満ちていた。自分がされた事とは異なると言えど、人を捕喰することがこんなにも甘美だと知ったのだ。
自分の中に“未知”が流れ込んでくるのは、まるで美味が舌と脳を叩くような心地良さ。しかもこれで、未だ「すべて」を喰らいきっていないのだ。本当にすべてを捕喰したのなら、心はどれほど打ち震えるだろうか。想像するだけで恐ろしくなり、体内でスライムが、ぶるりと身震いした。
脳を鷲掴みにする/鷲掴みにされる。
脳細胞を舐る/舐られる。
知っていることを奪う/奪われる。
脳髄を走る恐ろしさに、失禁さえおかしくない状況であったが、それは無かった。スライムがすでに、身体の自律神経さえ支配していたから。
(やめ、ろ…、喰う、な…、喰わ、ないで…)
(大丈夫だよ飯綱さん…、食べないよ…)
(食べ…ないの…? ほんとう、に…?)
(うん…。だから、抵抗しないで、俺を信じて…)
(わかった…、しん、じるよ、つ、じ…)
かすかに残った意志の中、蹂躙する者にした懇願を聞き届けられ、妃美佳の意志は折れた。相手の名を呼んだのは、知っていたからか、果たして。
ベッドの上。妃美佳の目が急に開いた。体を起こし、ベッドの上から降りる。電気をつけて姿見の前に体を映すと、彼は彼女の視界で“自分”を見ていた。
「あ、は…。本当に、できちゃった…」
声も彼女の物。動かしている手も、この体の全てが。
頬を撫でると、男の物と異なる柔らかさが伝わり、顎から唇に触れると、ぷるん、という音さえ聞こえるようだ。
視線を降ろすと見える二つのふくらみに、手を当ててみる。官能的な柔らかさは持ち上げれば確かに重く、これまた男には無い柔らかさを手に返す。
「本当に…、飯綱さんになれてる…」
行為と、その結果全てにおいて、辻白竜は喜悦の笑みを浮かべていた。
姿見に体を曝しながら、ゆっくりと服を脱ぐ。女性ものの服の脱ぎ方は、持ち主の脳を読んで知っていた。
服を脱いで次第に視界に入るのは、飯綱妃美佳という女性の素肌。扇情的な下着に包まれ、重要な部分は見えないけれど、それでも異性を興奮させるには十分だろう。
事実、白竜は男性としての意識を持って、この裸体に欲情していた。好ましい相手がいるにも関わらず、という話だが、精神と肉体は繋がりつつも切り離されているが故に、不思議ではない。
心臓は高鳴り、ブラジャーに包まれた胸が鼓動に応え、ほんのわずかに震えている。
「…っ」
唾を飲んで胸を掴み、直に触れてみる。柔らかい。服越しとは異なる、指先に返ってくる直接的な柔らかさ。
男としての感受性か、スライムとしての知識欲かは解らずに、そのまま胸を揉みしだき始める。その度に返ってくる感触が、次なる刺激の呼び水になって、さらに手の勢いが増す。
手の中で形を変えてくる乳房に、それを掴む細い手に、白竜の意識はそちらに注視していく。
「は、ん…っ、胸って、こんなに、柔らかいんだ…」
痛いくらいの強さで握っているはずなのに、脳は痛みを認識せず受け止めている。それと共に上る快感が更に手を強め、そして同時にそれを止めた。
「もしかして、乳首…、勃っちゃってる…?」
青年誌で見たように、感じている女性の反応が手に返り、それがまた好奇をくすぐる。
ブラジャーを取る時間さえ惜しみ、カップを左右に開けた乳房を露出させる。少しだけ重くなった気がしたが、気にしていられない。確かに隆起している乳頭が、この体は性的に感じていることを否応なく示していて。
左右の手で、左右の乳首を、ぎゅ、と摘まんでみた。
「ひ、ぅ…っ!」
脳に快楽の電撃が叩き込まれ、感じている声を上げてしまう。それ程までに彼らが知らない、強い刺激だった。
それは同時に甘美でもあり、手放しがたく想えてしまう。再度の刺激を求め、今度は強弱を付けながらそこをいじる。その度に喉から彼女の声が漏れ、それがさらに白竜としての欲情を高ぶらせる。
「あ、はは…、飯綱さんの、身体…、すごいよ…。こんなに、良いなんて…」
頬を朱に染め、笑っている顔は確かに妃美佳の物だが、笑わせているのは白竜で。それは諸共に女の快楽に酔っていた。胸を何度も揉み、乳首を摘まみ弾く。これだけでも楽しく長く味わっていたいと思わせるが、それ以上が彼女の知識の中にあり、そして体が、その準備ができたという信号を送っていた。
「そう、だね…。こっちも、しなきゃ。ちゃんといかなきゃ…」
恥部を包んでいるショーツは、そこから漏れ出ている愛液でしとどに、色が変わる程に濡れていた。
指をかけて脱がすと、秘所とショーツのクロッチ部分に液で糸が引かれ、冷たい感触が返ってきた。足から完全に抜いて放ると、ぺしゃりとだけ音がした。
秘所に手を伸ばし、恐る恐る指を触れる。
「ひ、ぃん…!」
乳房とはまた異なる快感が脳に至る。それと同時に、指には冷たい水気がし、そこの状態を否応なく示していた。
「飯綱さんのここ、濡れてる…」
そう呟くも手は止めず、大陰唇の辺りに指を這わせ、尚も快感を味わいながら、溝の奥へ進むために、入り口を丹念にほぐしている。
次第に指先は肉穴の中へ潜り込んでいき、触られる感触から、中を抉られる感触へと変動した。
「んあ、ぁぁぁ…!」
挿しこまれる指に声を上げ、行為の知識に沿って指を抜く。指先だけの抽送は、「女」を知った白竜の脳には強烈だった。
手は止まらず、ぷちゅり、くちゅり、という水の破裂音を響かせながら、その手は女を貪っていく。
陰核に触れて大きな声を上げても、まだ足りないと体が訴えてくるのだ。
ならばこの疼きを止めるには。でもこのままじゃ。
方法はあると知っていて、その行為による快楽の恐怖に理性が怯えるけれど、女の求める本能に負けて、スライムを動かし始めた。
「ん…、ひ、ふ、うぅぅ…!」
右手の指を深く付き挿し、恥部に掌を添えたままで白竜が呻く。肌の隙間からあふれ出る愛液に乗じてごぼり、とスライムが漏れ出してきたのだ。分裂後による変形の可否検証は既に終えている。この一部に念を送ると、それはすぐに形を整えた。
胴体は太く伸びた一本の、先端にはキノコのカサのようなものがついている。玉虫色の表面に肌の色が塗られ、胴よに先端は浅黒く染まる。これを分かりやすく宣言するのならば、そう。男性器だ。
再現しやすい、白竜自身の男性器を掌に形だけど再現し、その場でぴんとそそり立っている。
「ふふ…、こんなことも出来るんだ…。すごいな…」
掌の上に乗る自分自身を見て、うっとりとした表情を見せながら、ふぅと息を吹きかける。
「んっ、ぅ…」
その感覚は、身体から放していても本体に反応を返し、ぴくりと震える。
「これを、入れたら…。どうなっちゃうんだ…?」
男としての快楽も脳に来るのなら。女の肉体である今の自分が、これを挿入したのなら。男女双方の快楽はどれほどのものだろう。
心臓が高鳴り、秘所が涎を垂らす。応えるように男性器からも、先走りが零れ落ちてきた。
「…確かめて、みないと…」
心臓の高鳴りは止まる所を知らず、激しくなる血流に応えるよう、自らの男性器を、秘所に触れさせる。
「ん…!」
指先よりも熱い感触に打ち震えた声を漏らしながら、手を進める。亀頭が中にもぐりこんだ。
挿入する方/される方、諸共の快楽と熱を同時に感じながら、未知なる快楽に本能が満たされていく。
「あ…、はいっ、て…っ、あ、あ…! 、あぁぁぁ…!!」
白竜の知識では知らない、女性として男性に貫かれる経験。
妃美佳の記憶では知らない、男性として女性を貫く行為。
二重の快楽と知識の吸収は、本能を見たし理性を蕩けさせるには十分すぎた。
手が進むたびに、ずぶずぶと男性器は女性器に埋没し、抉る/抉られる快感が脳を焼く。脳の中に走る快感物質は更なる刺激を求めて体を止めず、男性器が勢いよく、最奥にたどり着いた。
「は!あ!あ、ぁあぁぁ…!!」
それと同時に、女体は絶頂に達した。膣肉が男性器から何かを欲するように、キツく痛いほどに収縮し、搾り取るような動きをしてくる。
何が欲しいのか。それを白竜は知っている。男の証だ。身体を重ねた時に放たれる、欲情の果ての証。
絶頂に呆ける頭で、容と温度だけの男性器を、ちゃんとした機能を持たせる形に作り直していく。
「んぁあ…、は、はは…、これが、女性の…絶頂…」
休憩を欲するため、男性器を一度抜いて、ベッドの上へ仰向けに転がり直す。紅潮した肌は未だ収まらず、荒い息と共に上下する乳房がふるふると揺れている。
でも、この感覚は男の事後とは違う。快感が女性器から体全体へ広がるような感覚は、男の放出とは異なり、微熱という形で興奮を残している。
掌に付いたままの男性器を見ると、本来の機能を持たせたせいか、先ほどよりも多くの先走りを零していて。
「でも、まだ…、まだ、満足できてない…」
自分に言い聞かせるように呟いて、それをまた、股間に宛がった。
「あ、は、…また、入ってくるぅ…」
先ほどとは違う体制での挿入だが、やり方を知って、一度目よりスムーズにそれは行われた。繋がった性器同士は、収める場所、収める物を得られた喜びに震え、互いの熱を分け与えている。
挿入しやすいように高く上がった迎え腰になり、再び亀頭が子宮口を突くに至る。今度は体が欲したように応えなければ。その為には、男として動き、男として達し、男として吐き出さねば。
手を引いて、繋がる男性器を抜こうとする。再び火照りはじめた身体は、逃がすまいと吸い付いてくる。
そこからまた、ずん、と勢い良く手を押して、男性器を挿しこむ。奥に辿り付けば子宮口が突かれ、身体が悦びの声を上げた。
もちろんそれだけじゃ終わらない。右手を、男性器を抜けそうになるまで引いて、また押し込む。引いて、突いての繰り返しを続けていく。
その度に声は上がり、身体は少しずつ上り詰めていく、その途中。
「そう、だ…。おっぱい、いじらなきゃ…」
目の前で震える乳房を思い出し、手を伸ばす。左手で左の胸を掴むが、右胸が空いてる。こっちも、触りたい。
じゅるり。
右脇の汗腺から染み出てきたスライムが、2本目の右腕となって思うままに乳房を掴む。こんな使い方も出来るのだと知り、思うままに動かせると知って、快楽の追及は止まらなくなっていく。
「あ、ひ…、ん…! あぁ…、おっぱい…、アソコ…、どっちも、良いよぉ…。気持ちいい、よすぎるぅ…!」
2本の手で乳房をいじり、残った右手で挿入をして。彼女の体は上り詰めていく。そしてそれにも限界はあって、もうすぐ達するのを感じていた。
だから、最後は一番気持ちよく。
射精を前に膨らんだ男性器を子宮口にぶつけるのと、両乳首を痛いほどに抓りあげた瞬間に、
「っ! ん、ぅうぅぅ…!!」
子宮の中に、熱が注ぎ込まれた。
「はぁ…、は、ぁ…、すご…、気持ち、いぃ…」
肩で息をしながら、ベッドの上へ身を投げ出している。先ほどの絶頂と、加えて子宮内に広がる熱とで、数段上の快感の残留があった。
男性としての放出も含めた為、虚脱感も共にあったがまだ平気だ、意識を失う程じゃない。
男性器と2本目の右腕に成っていたスライムを元に戻して吸収し、再び一体化しようとして、白竜は一つの違和感に気付いた。
「…何だろう、これ…。お腹が…?」
胎内のスライムを極小サイズの目に変化させて、マクロの世界を覗く。そこには確かに、先ほど出された精液で受精していた、飯綱妃美佳の受精卵があった。
違和感の正体はこれだと知った瞬間、スライムはそれを吸収し、食べた。それと同時にごくりと喉が鳴る。
襲った事と、証拠を残すわけにもいかない。
…また一つ、白竜は自分の体の仕組みを知った。精液として作ったスライムは、実際に受精機能を持たせることも出来る。恐らくは卵子でも同じことが言えるだろう。
全てのスライムを体内に戻し、飛び散った汗や愛液まで完全に吸収し終えて、ようやくひと心地付く。
今回の収穫は思った以上に大きかった。同時に、まだ知る事もあるだろう。ここから先は、どうするか…。
【次の行動】
A.このまま妃美佳の体内に浸入し続ける
>B.今度は奈央を食べに行く
C.満足したので今夜は寝る
「それでもまだ、足りない…」
妃美佳の体内で女としての肉体、性感を知ってもなお飢える本能が、白竜を突き動かしていく。
次は、そうだ。奈央を食べよう。今度はそう、舐めとるように味わうだけではなく、口を開けて美味しく食べたい…。
その為には、彼女の家に行かないと。
時計を見ると、時刻は深夜2時ごろ。まだ起きている筈だ。妃美佳の記憶では、この時間でもたまに長電話をしている時がある。
「げぼ、ご、ぼぼ…!」
スライムを一部だけ残して体内から出て、裸の肉体を形作る。妃美佳の脳内に寄生させた分体は、彼女の脳内電流に「白竜の意志」というフィルターを通すように指定されている。
具体的に言うと、妃美佳の行動は白竜の意のままになるのだ。思考であれ、反応であれ。
普段はこのまま動かしても良いし、場合によってはこのまま脳から捕喰し、スライム化させても良い。分身であること、最早白竜の肉体の一部である事は変わらない。
薄く笑いながら妃美佳の脳に一つの指令を下すと、彼女の体はゆっくりと動き出す。
白竜の股間にそそり立つ肉棒を、その口で咥え、舐め回しはじめた。
「んむ、ぢゅる…、もご、ん…」
“いつも行っているよう”に妃美佳は本体に奉仕し、舌を這わせる。
今まで抱いてやった連中の中には、率先して変態的な事をさせる者もそれなりに居た為こと。そして妃美佳自身もこういうことに拒否感を持たなかった為、フェラチオはごく自然に行われた。
そしてその事は本体も“知って”いる。妃美佳の中に浸入した際、海馬さえも舐りつくし、記憶の全てを得ているから。
「飯綱さんはひどいね…。肝試しでも俺が早耶さんとくっつけなかったら、無理矢理襲う事さえ考えてたんだから…」
飯綱妃美佳は“そう”考えていたようだ。自分が早耶を好もしく想い、言い出せないのに気づいていたから呼びこんだ事。
連れ回して半ば乱暴に扱ったのも、怒られても構わず、いつしか自分が本音を曝け出せるように発破をかけていた事。
もしダメだったのなら自分が慰めてやろうと思っていた事。
そして“そう扱ってるもの”と見せてる他の2人の手前、今日の菓子代を渡すことを言い出せなかった事。
「全部わかっちゃったよ…。本当…、言ってくれなきゃ、解る筈無いのに…」
ディープスロートを繰り返し、舌で裏筋を舐めながら口淫を続ける妃美佳を見下ろし、白竜は呟く。
「…っ、出る…!」
そして、射精感と同時に追加のスライム精液を、妃美佳の体内に注いだ。
たっぷり10秒ほどかけて注がれた3キロ分のスライムは、妃美佳の体内を巡って活動の補助をしながら、脳にいるスライムの活動補強用の意味合いを持つ。
もし脳に行動の拒否をされても、スライムが体を勝手に動かして事の手筈を整えてくれる筈だ。
ダメ押しのスライムを追加で吸わせ、綺麗に舐めとらせながら考える。
「じゃあ、今度は尾長さんを食べてくるから…。起こしておいてね?」
服の上から肉棒を隠し、白竜は妃美佳の家から出ていく。開いた窓から身を投げだし、着地と共に大きく飛び散るけれどすぐに集合、敷地内の花壇に生えてる蔦状の植物をいくつか喰らいながら、再び獣足で駆けていく。
それを見た後、妃美佳は出かける支度をする。防寒着を着こみ、必要最低限の貴重品を持って、白竜の家へと向かっていた。
夜道を歩く中、携帯に奈央の持ってる番号の1つにかける。コールは3回、さほど時間をかけずに奈央は電話を取ったようだ。
『妃美佳、どうしたの?』
「わり、ちょっと眠レなくてな。そッちは寝ル所だったか?」
『いぃえ、もう少し起きてようかと思って。少しなら良いですよぉ』
「助カるわ」
白竜本体が奈央の家へ向かうまで、奈央本人を起こし続けておく。妃美佳の場合は就寝中に襲ったため、抵抗は少なかったが…。
妃美佳の知識から見た、尾長奈央という人物は、それくらいでも良いと思えてしまうからだ。
尾長奈央という人物は、白竜が見ていたときには全くと言っていいほど裏を見せていなかった。
思い返してみれば端々にその片鱗はあったが、男の視線では気付けていなかった、というべきか。
飲みの席では「財布を忘れた」とか、少し長いトイレに行ったりとか、酔いつぶれたりとかで、自分が払う事は殆ど無かった。
あっても女同士の席のみであり、白竜を含めた男が同席している所では、ロクに支払いをしていなかった。
合コンに参加して、酔ったフリをして目を付けた男に保護される形で一夜を共にしたことや、その体験がどうだったか物笑いの種にしながら、二度会う事は無かったり。
行為のみを目的とした男性の知り合いも何人かいる。
そういう類の行為を平然と行い、腹を割って話せる女同士の集いではそういうことを、まるでステータスのように自慢していた。
当然、妃美佳との付き合いもそういう「打算」によって始まっていた事も、妃美佳自身は気づいていた。
コイツは自分の傍に居てやってくる男を物色し、モノにしようという目的でいるのだと。
それをたまに咎めるよう言っても、彼女は全くその行いを改めなかったのは、性根による問題が大きいだろう。
どうして“そう”なったのかは、2人とも知らない事であったが。
白竜は奈央が1人で住むマンションに近付いていく。知ってる部屋の電気はついていて、カーテンの隙間からまだ光が漏れている。
セキュリティはこの身体の前に最早意味は無い。表面を伝い、隙間をすり抜け、奈央の視界に入らないよう部屋の中に入り込む。中で奈央は、妃美佳と電話を続けている。
「ふぁ…。そろそろ眠くなってきたんだけど、妃美佳はまだ眠くならないのぉ?」
『こっチもそろソろ、ダな』
「何が?」
『眠クなッてきテるんで、ね。悪カったな、こんな夜ニ』
「たまになら良いけど、頻繁はよしてねぇ? それじゃ、おやすみぃ」
『アァ…、おやスみ』
通話を終えたと同時に、行動を起こした。死角に隠れていた身を顕にし、奈央を飲み込むように広がり、包み込む。
「え? 何こっ、ごぼ!?」
彼女が口に出せたのはそれだけで、粘体に包まれてからは何も話すことができない。
外気に触れて冷えた体の中で、奈央がもがいている。自分の状況を把握できずに、息を吸おうともがいている。まるで溺れている人間が、浮かび上がるために藁をも掴もうとするように。
けれど場所も、溺れているものも海ではなく、掴むものなんて存在しない。体内で暴れ続けられるのも嫌なので、
まずは四肢から、溶かしていこうと思った。
産毛を分解し皮膚を分解し爪を分解し血管を分解し筋肉を分解し神経を分解し骨を分解する。
産毛を吸収し皮膚を吸収し爪を吸収し血管を吸収し筋肉を吸収し神経を吸収し骨を吸収する。
妃美佳の時にできなかった『食べたい』欲求が、どんどん満たされていく。これが人を『食べる』感覚。辻白竜と、その身体を構成するスライムは満たされる歓喜に打ち震える。
そして奈央はそれを見せ付けられていく。痛みを伴わず、映像のように現実味を感じない光景を、瞼を閉じることさえできずに。
「っ!」
言葉を口にすることさえ出来ず、指先から感覚が消えていく。逃げようと脚も動かして、動かせない事に“そちらも”なのだと気付いて、また叫ぶ。
溶解し分解し吸収していく。恐怖のあまりに出された排泄物さえ、捕喰を目的とした今では溶かされて。
四肢を食べて腰を、腰を食べて胸を、胸を食べて、頭を。
死にたくないという恐怖の声を耳にすることなく、顔を分解し残った最後の脳を、
「「イタダキマス」」
今しがた捕喰した尾長奈央の声帯と、自分の声と合わせて呟いて。
一息に飲み込んだ。
【妃美佳をどうするか】
1:脳に恐怖を植え付けて服従させる
>2:完全に同化・吸収する
3:脳にスライムを残し、操り人形化
4:別の体に脳を入れ替えて、身体は吸収
「ん…」
奈央を吸収し、体積の増えた肉体の形を整えながら、身をこねる。
粘液の中から腕を一つ形作り、自分の物に変え、妃美佳の物へと作り変える。健康的ですらりとした腕だ。
次にそれを奈央の腕へと変化させて、今度はそれを眺める。妃美佳の物とも違う、腕。指先は男に見せる用のネイルアートを行った後が見える。…というのも変だが、それが解ってしまう。
ぎゅるり、と身を引き絞り、ベッドの上にわだかまるスライムを人間、尾長奈央の形に整えて座る。
「はぁ…、どうしよう…、おいしかった…」
白竜としての声で呟いて、自らに取り込んだ姿をして。ひとまずは落ち着いた疼きに息を吐く。
「それにしても…」
少しだけ落ち着いてくれたスライムとしての衝動だが、いつまた再発するかわからない。
出来る事ならここまで焦げ付くような欲望は勘弁してほしい。制御できるものなら構わないが、白竜としての意識だけではそれが不可能となると、自分がいつ、欲望のままに他人を襲う化け物となってしまうか、解らないからだ。
その為の制御方法も考えなければと思うと、少しだけ白竜の頭が痛くなるような、そんな気がしてきた。
突然、ガチャリと扉が開く。玄関からやってきたのは妃美佳だ。
別行動をしていた彼女が何をしていたのかというと、自分の家へ赴き、車を取ってきたからに他ならない。
追加で流し込んだスライムを車の鍵としての形とし、白竜としての記憶で運転する。もし警察に見つかった場合は免許証を同じくスライムで偽造すれば済んだ。
奈央の家は、白竜の家からは少し離れているが、それでもすぐに来てしまったように思えるのはそれだけ深く思考をしていたせいだろうか。
いや、今はこれ以上の考えを巡らすまい。スライムがこれ以上の空腹を訴える前に、可能な限りエサを、情報を与えないと。
次は、そう。女同士はどうだろう。白竜として多少の興味はあったが、妃美佳も奈央もその経験は無い。きっといいエサになる筈だ。
妃美佳のスライムに信号を送ると、服を脱ぎながら近づいてくる。奈央としての肉体は一糸纏っておらず、その身をベッドに横たえる。
2人分の荷重がかけられたベッドは軽く軋みをあげて、2人の女体の重さを支えた。
さわ、と互いの体に触れあうと、妃美佳の体は温かく、自分の体は冷たい。寒い外気のせいもある。このままではいけないと考え、肉体から熱を発し始める。
人肌程度の温度を放ちながら触れると、妃美佳の震えが少しだけ止まったような気がした。
「ん、む…」
「は、ちゅ…」
唇同士を重ね合う。唾液とスライムが絡み合いながら、互いに舌を伸ばして貪り合う。
妃美佳の唾液を呑み込む度に体が喜んで、スライムを飲ませるたびに動きが滑らかになっていく。
「あ、はぅ…」
一度放して、糸が引きあうのを見ると、もう一度重ねる。口の中から小さな水音が響いて、そして脳を蕩かせていく。
妃美佳の顔は朱が差し始め、一度は沈めた興奮が再び顔をもたげてきたのが見える。
胸を。
思考を向けた瞬間に、妃美佳の手が自分の胸に触れてきた。細い指で、3人の中で一番大きい自分の、奈央の胸を揉み始める。
少しだけ乱暴な手付きは、“こうしたい”と考える自分の物だと気付くのに、多少時間は要した。
奈央のに限らず、女性の乳房をこう扱いたいと少なからず思っていたことが、今自分にされている。再現した奈央の胸が揉まれ、妃美佳のよりわずかに弱いが、胸から来る甘い疼きが再び白竜の意識を揺さぶり始める。
切り離した自分の意志で胸を掴んで、胸を掴まれているのを自分の意志で感じている。2人の肉体を交えた倒錯した自慰行為は、しかし確かに快楽を流し込んでくる。自分と繋がる分体にもそれは流れ込み、秘裂から愛液が零れだしてくるのは、全くの同時だった。
揉まれている中で手を伸ばし、自分の手は妃美佳の胸を掴む。比べてみれば小さいけれど、感度の良さを実証済みの乳房は、触れると熱と鼓動を手に伝えてくる。
屹立している乳頭をこねると、
「「あっ!」」
揃って口から嬌声が漏れた。自分がされたのではなく、自分でした事が共有され、白竜の頭にも伝わったのだ。
「こんなことも、出来るんだ…、は、ん…っ」
呟く言葉は確認の為にされ、それでも妃美佳の手は止まらずに、自分の胸を弄ってくる。
意識を分体と繋げ、行動を同調させる。ぴたりと妃美佳の動きが止まった。
手を動かすと、分体も同様にする。握って、開いて、互いの胸を掴んだ。
「「はぁ、ぅ…っ!」」
再びに声が漏れる。自分/妃美佳の手が自分/妃美佳の胸を揉んで、自分/妃美佳の胸が自分/妃美佳の手に揉まれている。
繋がった快楽は、たった一つの行動で白竜に4つの快楽を用意したのだ。
あまりの刺激に口元から涎が垂れそうになるが、堪えて次は、胸を揉む。
「「ひぃ…っ!」」
強弱の異なる、さらなる快楽がやってくる。
おっかなびっくりの行為を、果たしてこれは女同士と呼ぶのか、自慰と呼ぶのか。それに答える者はこの場に居なかった。
意識を繋げあったままの行為は続く。胸を揉み続けながら肌を寄せ合い、互いの首筋に指を這わせる。
唾液が互いの肌の上に残り、舌の沿った後を残すのは“そそる”ものであった。次を求め、分体に命令を飛ばす。
今度は「独自に動いて行為を続けながら感覚を共有する」命令。勝手に動き出した妃美佳の手は、自分の体を労わるように愛撫を始める。そして触れられた感触は白竜が感じ、それが同時に分体へと渡った。
触っている筈なのに触られているような反応を目の前の妃美佳は見せていて。我慢できずに白竜が触ると、今度は自分が触られる感触を受けることになる。
触り触られ、喘ぎを互いにあげながらも、段階は進む。高まり合った性感は途中経過を省いて本番へと向かい、涎を零しあう上下の口を重ね合わせ、2人は互いの体温を感じ合っている。
抱き合いながら乳房をも重ね、こすり合わせる。乳房の疼きも、秘所の熱さも、唇のうねりも、互いに繋がり、互いに感じ合い、互いの脳を焼く。
唾液と愛液と汗を絡ませて、身体以上に敏感な精神は悲鳴を上げていて。
「あっ!あっ!あっ! ダ、メ…、もう、イく、ぅぅぅぅ!!」
そしてもはや限界とばかりに、2人の秘所は同時に絶頂に達し、ベッドの上に倒れ込んだ。
意識が快感の海に溶けていく。身体を保つ事さえ面倒になりかけてくるが、女体で触れる女体の心地良さは、男女の交わりとはまた異なる。
妃美佳も奈央も、それを経験しているからこそ異なる事への差違を如実に感じられる。
もっとこれを、味わっていたい。
ホスト(意識)を分体の方に写し、妃美佳の視点で奈央の体を見下ろす。疲れ倒れている身体だが、肌に浮かんだ汗や、紅潮した肌が“男”の性欲を増長させていく。
無意識の内に体内のスライムが、目的のための形を作っていく。秘所から溢れだした粘液は、妃美佳の肉穴を抉るための手段となってそこに作られた。
まるで男性器のように大きく硬く隆起する、陰核。
女同士という欲望の影響か、男性器という形には成らなかったそれは白竜としての物より二回りほど大きく、痛いほどに勃起している。
「ひぁっ! は、ひゅぅ…、ふぅん…っ」
握れるほどの陰核を掴めば、快楽の為に存在する器官はその大きさに等しい悦楽を脳に届けてくる。握っていたいけれど、敏感すぎて握れない。もどかしさを感じながら、濡れそぼっている奈央の舌の口へ目がけて、陰核の焦点を合わせ、触れ合わせた。
「ひふぅ…!!」
濡れた肉、熱い液、奥へ求めようとする肉。その全てを男の物より敏感な個所で感じた瞬間に、妃美佳の体は絶頂を迎えた。
潮を吹いた秘所からは、愛液とスライムとの混合液が脚を伝い、スライムが元に戻ろうと遡る。
これだけで達してしまうのなら、挿入すればどうなるのだろう。
そんな考えが鎌首をもたげ、それだけに支配されていく。入れやすいように奈央の秘所を開かせ、腰の位置を変えることで焦点を合わせる。
足を進め、触れる。
「あ…」
足を進め、挿入る。
「あ…っ!」
腰を進め、抉る。
「あぁぁ…っ!」
腰を進め、到達する。
「あはぁぁぁ…!!」
敏感な陰核は、一挙動、性行為の一つでさえ達するほどだった。妃美佳の体が痙攣し、出るはずのない精液を出そうともがいている気がする。
感覚を繋げたままの奈央の肉体でさえ、挿入し挿入される快楽に達し続け、膣内が痛いくらいに締め付けてくる。
これは、ダメだ。リンクを切らないと壊れてしまいそうだ。
思考がまとまらない頭の中で精一杯まとめながら、白竜は感覚のリンクを切った。それでも尚、妃美佳としての肉体の快楽だけでも、挿入しているだけで達しそうだというのに。
切り離された膣に唐突に、ぎゅぅと締め付けられ、
「ひあぁぁっ!!」
また達した。
そこからは快楽の波が絶えず襲ってきた。
腰を引いては達し、突いては達し。妃美佳の総身が限界を訴えかけても、体内のスライムがそれを動かしていく。
気が狂いそうなほどの快楽を受け続け、大きな陰核を奈央の中に叩きつける。
意識が混濁して、白竜と妃美佳との無意識さえ混じり始めてきて、男としての本能が現れてきた。
「はっ、だ、め…っ、イくっ、出る…! 精液注ぎたい…! でも無いのに…、出ちゃいそう…!」
女性を孕ませるための行為だが、限界を迎えてもそれは無い。男としての放出感を得られないままに何度も、何度も達して。
タガが一つ、外れた。
「イく…っ、奈央、イくから…! 俺を、アタシを、受け止めてぇ…!!
出る…! あぁ、出るうぅぅぅぅぅ!!」
最大の絶頂と共に、陰核の先端が鰓張り、穴が空く。そこから溢れてきたのは精液を模したスライム。注いで、叩きつけて、女の胎を蹂躙する男の欲望。
放射と同時に、じゅるり、と妃美佳の体内でスライムが動いた。体が内側から溶け出して、スライムと同化されていく。そうして作られたスライムが精液と化して、奈央の体に注がれる。
内臓が、骨が、筋肉が融かされ、一つになる。スライムになって精液になって注がれる。
その行為に、白竜としては焦燥を禁じえなかった。食べないと言っていたのに、今この行為は完全に妃美佳の捕喰だ。
体内から食べて奈央の体に注いで、それが止まらない。だけれど感じるのは、捕喰による欲望の充足と、性感による満悦。食欲と性欲を同時に満たしている事への、得も言えぬ多幸感。
びゅるびゅると注ぎながら、妃美佳の体がしぼんでいく。すでに体内のほとんどは喰われ、四肢さえ残らない。辛うじて体が残り、頭が残ってる位で。
「あ、は、あははは…! アタシ、辻に、食べられるぅ…!
なぁ辻ぃ…、アタシは美味いか?」
妃美佳としての意識が、慌てている白竜の意識を押しのけて、けれどもどこか穏やかな声音で喋る。
どうせ繋がり合って、ごまかせないのだから…。
「うん…っ、飯綱さんが、美味しい…。尾長さんも美味しかった…!」
言った事さえできないままに、強い後悔と共に素直に答えて、脳を融かしきり食べきった。
次第に皮膚も融けて陰核から注がれていき、貫いていた陰核も完全に吸い込まれ、ベッドの上には一人しかいなくなった。
体中に感じる快楽と満悦感。そして残った心の中にある後悔とで、奈央の体の白竜は、一筋の涙を流していた。
【今後の白竜のスタンス】
A.早耶にすべて話して、能力の制御に注力する。
>B.早耶には話さず、能力の制御に注力する。
C.スライムの本能に抗わず、早耶を喰らう。
D.今までの行為に味を占めて、本能のままに動く。