「―――ここは俺が引き受ける。お前達はこの地下空洞が崩れる前に早く脱出しろ」
目の前に立つ、見上げるほどに巨大な邪悪を見据えて前に一歩を踏み込む。
激戦の為か、先程から地面の振動が止まらない。遠い天井からもパラパラと石の破片が落ち始めていた。
長引く戦いにパーティは全員もう限界が近く、対する相手は欠片も弱った様子が見られない。
「そんなこと出来るか! あいつは世界中の人々を苦しめ続けた魔物の王なんだぞ!?
俺達の手で倒さなきゃ気が済まねぇし、第一お前の『創造』は一度に剣一本出すのが精一杯だろうが!」
「頑張れば二本は出せるぞ。それに出した剣を思い通りに操れるじゃないか。それでこれまで戦い続けて来たんだ」
「それだけだから言ってるんですよ! 僕の『創造』なら奴の火炎を防ぐことだって―――」
「煉獄の火炎を暴風でギリギリ逸らすくらいなら、回避した方がマシだ」
「私なら傷を癒すことも―――」
「どうせまともに喰らったら即死さ」
仲間達の言葉を切り捨て、一本の剣を傍らに『創造』する。
この世界に少数ながら存在する『創造の一族』。背中に白い翼を持つことが特徴的なこの種族は、他種族には無い特異な能力を持って生まれる。
それが『創造』。無から有を生み出すこの力と美しい一対の翼から、俗に『天使族』とも呼ばれていた。
ある者は火炎を発し、ある者は分身を呼び、またある者は傷を癒す。
そんな神秘の種族に生まれた自分は、しかし幼少の頃から疎まれて育った。
その背中の翼が、片方しか存在しなかったからだ。
天使族と他種族のハーフだったらしい。
伝聞形なのは、物心ついた時には既に孤児院にいたから。話は院長から聞かされたものだった。
避けられ、虐められ、謂れの無い中傷を受けた事も一度や二度ではない。
それでも自分は生きてきた。負けるものかと、独りで自分を磨き続けた。
運動も、勉強も、弱いながらも持った『創造』の力も。才能が無くとも努力を重ね続けた。
徐々に成果が出て、学園では優秀な成績を残した。奇特な奴も存在し、少ないながらも友人も出来た。
そんなささやかな幸福を手に入れた日々は、しかし突如として現れた魔物の群れによって破壊された。
封印されし古の魔王の出現。魔王の生み出す魔物は瞬く間に世界へと広がり、人々を喰らった。
慣れ親しんだ場所を離れなくてはならず、再び疎まれる日々が始まった。
住む場所を転々とする、孤独の日々。
しかしその状況に嘆くことはしなかった。
元々、一生差別に悩まされることは覚悟していた。幸福はあくまで幸運から生まれたものだったのだ、と。
それよりも、怒っていた。憎んでいた。許せなかった。
自分を蔑む人々ではない。自分を取り巻く優しい人々を喰らい尽くした魔物と、その主たる魔王がだ。
だから流浪の旅の傍ら、出遭う魔物を片っ端から倒していった。
その内に、仲間も出来た。
理由は様々なれど、魔王を許せずその討伐を目指す戦士達。
皆が皆『創造』の一族の末裔だったのは、能力が戦闘に向いていたからだろう。
各地を転々とする間に力を磨き、信頼を深め、魔王の居場所を知り乗り込んだ。
不謹慎かとは思うが、楽しい時間だった。魔物に対する憎しみは消えなかったが、仲間達と戦う日々は悪いものではなかった。
だが、それももう終わらせなければならない。
一歩を踏む。更に一本の剣を『創造』し、傍らに立てる。
「俺は疎まれる混血だ。だがお前らは違う。
純血で、何よりも世界を脅かす魔王を倒した英雄だ」
「一緒だろうが!お前だって―――」
「違うよ」
ぴしゃりと叩き付けるように言った。
こいつらは優しい。優しくて強くて、だから言いたいことは分かる。共に生死を賭けて戦った仲間なのだから。
だからこそ、言ってやる。
「お前らは世界を救った英雄になるんだ。救われた世界で大きな力を持つ。
そんな英雄達が全員行方不明、なんてことになったら権力争いが起きることは目に見えてる。
英雄は世界を救い、そして救われた世界をも救うんだ」
もう一歩を踏む。一本の剣が現れ、地面に突き立つ。
「さぁ、もう時間が無い。……さっさと行け」
一歩を踏む。一本の剣が突き立つ。
二歩を踏む。更なる剣が突き立つ。
三歩、四歩を踏み、空中に幾つも剣が現れては地面に突き立っていく。
『創造』とは作り出す力。新たに作り出したからといって、以前の物が消えるわけではない。
「お前―――」
仲間達の驚愕の視線が背中に突き刺さるが、振り向かない。
話は終わりだ。
追い縋る彼らを遮るように幾本もの剣が現れた。
そして遂に、
「くそっ―――死んだら承知しねぇぞ、馬鹿野郎!」
「戻ったら、三時間は説教しますからね!覚悟しておいて下さい!」
「……貴方に、天の女神の加護があらんことを」
仲間達が背を向けて走り去っていく。
「……無茶言うなよ、お前ら」
小さく呟き、苦笑する。
『冥土へ向かう準備は出来たか?白き翼持つ者達よ』
目の前に君臨する邪悪の権化が言葉を発する。
話が終わるのを待っていてくれたらしい。律儀なことだ。
「あぁ。つっても向かうのは俺とお前だけだけどな。暗黒の魔王よ」
『……不遜。我に一人で敵うと思うてか』
「当然」
ニヤリと笑ってみせる。
その間にも、次々に剣が出現していく。
自分の『創造』は弱い。応用力も無い。ただ、意のままに操ることが出来る一本の剣を生み出す。それだけだ。
威力の調整も、数の調整も不可能。半端者に相応しい。
ただ身体能力は高い方だったし、戦闘技術も幼い頃から徹底的に磨いていたから、これまでの敵ならば十分だった。
凶暴なドラゴンでも、仲間達と強力すれば勝てた。
この敵は違う。防御は堅固で攻撃は一撃当たれば致命傷を免れず、その規模も数もこれまでの敵とは桁違いだ。
隙の無い能力。まさに魔物の頂点に立つに相応しい。
―――だが、無敵ではない。
「さっきからずっと見てたぞ。お前、弱点あるんだろ?」
『―――ほう。単なる弱者ではないと見える。
だが貴様の力では到底届かぬぞ』
「届かせるさ」
剣を更に出現させる。
大空洞の地面を埋め尽くすほどの莫大な剣の森。
能力を全開フル稼働させながら、額にびっしょりと浮かんだ脂汗を拭う。
「一本しか出せねぇなら、何千回も繰り返せば何千本も出せるだろ?
そして―――」
剣の出現が、止まる。
同時に、大空洞全体が揺らぎ始めた。
崩壊とは異なる。内部からの揺らぎだ。
『―――これは―――?』
「―――操れるのは、一度に一本ってわけじゃねぇぇぇぇぇ!」
絶叫に応じるように、突き立った剣が、何千何万と『創造』された武器が、同時に宙へと浮かび上がった。
空中で回転し、倒すべき敵へと剣先を揃えて一直線に並ぶ。
それは、標的を刺し貫く為に構えられた大槍。
邪悪な魔王を撃滅する為の―――大軍だ。
「お前の弱点は……その馬鹿でかい身体と違って、ちっぽけで脆い本体だ!」
手に持った剣を指揮棒のように振り上げる。
身体が寒気で震え、心臓は壊れそうなほどに脈打ち、頭を断続的に激痛が襲う。
味覚、嗅覚は既に無く、触覚は痛みに支配され、音は不安定に聞こえ、視界は明滅する。
限界を遥かに超えた能力の過剰行使の代償だ。
『……貴様……死ぬぞ』
「んなこた先刻承知よぉ!」
急速に自分の生命力が削られていくのが分かる。
この攻撃を終えた瞬間、間違いなく自分の人生は終わりを迎えるだろう。
だが、惜しくはない。
どうせ独りで生き、独りで死ぬことを覚悟していたこの命。
それを魔王を道連れに散らすことが出来るのなら。
「これは人生最高の晴れ舞台だぜ!」
狙いは、見極めた魔王の本体がある部分。
最も堅固な、胸部の鎧の内側だ。
「いっ―――けええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
そして、振り上げた剣を―――振り下ろした。
放たれた矢のように、全ての剣が魔王目がけて飛び出していく。
狙い違わず魔王の胸部へと激突し、
『無駄だ……その程度の攻撃で我が防護は破れぬ』
その全てが魔王の鎧に小さな傷を残すのみで砕け散っていく。
そして対する魔王も背に浮かぶ六本の大剣を振り上げる。
『貴様の攻撃が終わるのを待つ必要も無い……』
厚みだけでこちらの体躯を超える剣身が、こちら目がけて振り落とされようとして―――。
「読めてんだよ、お前の動きなんて!」
『―――ぬっ!?』
動き出す直前に、数百の剣が大剣に群がり押し留めた。
動く前ならその質量は関係無く、単純な力比べだ。
とはいえその単純な力ですらこちらは圧倒的に負けているが、どうせ長く拮抗する必要は無い。
「おらおらおらおらおらぁぁぁ!」
攻撃を妨害して出来た隙に、次々に剣が叩き込まれていく。
そして―――魔王の鎧に、小さな皹が生まれた。
『馬鹿な……我が防護がこのような虫けらに刺された程度で破れる筈が……!』
「てめぇは何千回もただ一点を虫に刺されたことがあるのか!?虫けら舐めんな!」
更に容赦なく剣が激突していく。
皹が生まれれば後は早かった。次々に皹が広がっていく。
しかし剣の弾丸も残り僅か。
それでもひたすらに一点を攻撃し続ける。
勝利を、掴む為に。
『小癪な……!』
魔王の口が大きく開き、内部に火球が生まれた。
触れれば魂まで焼き尽くされる、煉獄の火炎だ。
『目障りに飛び回りおって、虫けらがぁぁぁぁぁ!』
巨大な火球が発射され、秒も経たぬ内に着弾する。
岩が溶け、高温の池が生まれた。
そこにはとても死体など残っていない。そんなものが残る温度ではない。
「その虫けらが見えてないお前は、単なる老いぼれか!?」
しかし、声が上方から響いた。
そこには、並び浮いた剣の上に腰を落とし、一本の剣を握り締めた片翼の姿。
「誰がじっとその場に立ってると言った!」
発射されていく剣の最後部に位置し、魔王をぎらついた眼で睨みつける。
「それに―――お前の自慢の防御力もそろそろ限界だろ?」
その言葉通り、皹は最早鎧全体を覆っていた。
同様に、剣も残り百本を切っている。
「一本残らず、お前にブチ込んでやる!」
乗っている剣が加速する。
残り二十。鎧は揺れ、限界近いのは一目瞭然。
叩き込む。
残り十。隙間が見えるほど近付く。剣が突き刺さるほど脆くなっているが、まだ粘る。
握り締めた剣を構える。
残り五。あとは乗っている剣四本と握り締めた一本のみ。
宙に飛び出す。
四本を一直線に連ねて連続で叩き込むと、遂に―――魔王の防護が砕け散った。
『何故だ……何故、我が……!』
露わになった、魔王の本体。
それは、世界を震撼させた邪悪な魔王とは到底思えない、背に黒い翼を持つ小さな小さな少女だった。
だが容赦はしない。武器は残った剣一本。
断ち切ってやる、と振り上げる。
『我は―――敗れる訳には、いかぬのだ!』
その時、伸ばした魔王の掌から小さな盾が現れた。
鉄板と呼んでも差し支えのないような、薄い薄い、半身を守るのが精一杯な盾。
こちらが振り下ろした剣と、相手の生み出した盾が激突し―――
両方が同時に、砕け散った。
『我の、勝ちだ……半端者!』
「くっ―――!」
負ける。
ここまでやって、相手の目と鼻の先まで近付いて。手を伸ばせば届くのに……負ける?
「―――負けて……たまるか……!」
片手を振り上げる。
拳は握らない。殴ったところで力の入らない腕では致命傷に成り得ない。
生命力を絞り上げる。
あと少し。ほんの少しでいい。
「半端者にだって―――意地があるんだよぉぉぉぉぉ!!!」
裂帛の気合と共に、その手に小さな短剣が『創造』された。
『な……!』
「お前の負けだ……!」
そうして伸ばした短剣が―――
―――少女の左胸を貫いた。
『……そんな……』
「果てろ、魔王。……俺が一緒に、冥土に連れてってやる」
最早視界も定かではない。辛うじて聴覚は正常に働いているが、これも間も無く消えるだろう。
自分は、死ぬ。
しかし悲しくは無かった。
これで魔王は滅び、頭を失った魔物達は烏合の衆となって間も無く駆逐されるだろう。
そして復興が始まる。あの信頼できる仲間達ならば、きっと素晴らしい社会を作れるだろう。
―――世界に、再びの平和が訪れる。
『我は……我は死にたくない……』
確実に心臓を捉えた感触があった。ぼやけた視界には微かにしか見えないが、脈打つような出血がその証拠だ。
これで即死じゃないのは流石に魔王といったところだが、間違いなく致命傷だろう。
「直接にしろ間接にしろ、お前が殺した奴らも同じこと考えたろうさ。
……これが因果応報って奴だ。大人しく受け入れろ」
『死にたくない……我はまだ……』
魔王は、短剣を握ったこちらの手首を掴んだ。
『我はまだ……何も手にしてはいない……!』
その手が、こちらの手首へと『潜り込んだ』。
「な……っ!?」
『貴様の肉体を手に入れ……我は今度こそ……っ!』
身体が、同化していく。
感じたことの無い気持ち悪さ。
半身が同化し、眼前に少女の必死な形相が大写しになった瞬間―――
―――意識は、闇に落ちた。
そこは、暗闇だった。
何も見えない。何も聞こえない。自分の身体の感覚すらない。
五感の全てが消えたのなら、きっとこんな状態なのだろう。
自分は、死んだのだろうか?
何も無い此処は地獄と言うのには少々恐ろしさに欠ける気もする。
最後に放った一撃は、間違いなく魔王の生命を奪った筈だ。
魔王も、同じ様な場所にいるのだろうか。
『―――』
……?
何かが聞こえた気がした。
何も聞こえる筈は無いのに。
『――ろ』
また、聞こえた。
『起―ろ』
……起きろ?
死んだ者に向かって起きろとは、随分と無茶を言う。
そもそも、この声は誰なのだろう。
『起きろ』
耳元から聞こえるような、空間から染み出すような。
誰だ、俺を起こそうとするのは。
『―――起きろ、馬鹿者が!』
その瞬間、意識が揺さぶられるように打撃された。
「うあっ!?」
未経験の衝撃に驚き、身体を跳ね起こす。
……起こす?
「……え?」
不意に戻った感覚に、呆然と周りを見回す。
―――が、何も見えない。暗闇だ。
しかし座り込んだ下半身はごつごつとした岩肌の感触を返してくるし、空気を吸っては吐く呼吸の感覚もある。
状況が掴めず混乱する中、不意に声が響いた。
『やっと起きたか。馬鹿者』
「……誰だ?」
声の主を探して視線をさ迷わせるが、見えないので何処なのか全く分からない。
そもそもこの声、不思議と自分の内側から頭に直接響いてくるようで、方向が掴めない。
『最期に殺し合った相手の声も覚えていないのか、貴様は』
「殺し、合った?」
その言葉をゆっくりと咀嚼し……理解が及んだ瞬間、ぼんやりとしていた頭が急速に目覚めた。
「魔王!? 生きていたのか!?」
自分が生きていて、相手が生きている。つまり決着は未だということか?
『落ち着け。我は死んだ……と言うべきなのかこれは……?
ともかく、貴様と争う手段は既に持たぬ』
「……どういうことだ?」
殺し合いの相手が近くに存在するという割には、落ち着いた……というより戸惑っているような言葉に頭が冷える。
『説明には少々時間が掛かる。それに、何も見えぬこの場では最も大事な部分が説明出来ぬ』
「そういえば、ここは何処なんだ?」
『貴様と殺し合った、地下迷宮に存在する大空洞。その成れの果てだ。
あの直後に崩壊し……幸か不幸か、我らは偶然出来た空間で生き長らえたのだ』
「……おい、つまり死ぬまでこのままか」
地底の奥深くに偶然出来た小さな空間に閉じ込められたということか。
光が差していないということは地上へ繋がる隙間が無いということで、つまりは脱出不可能だ。
『とりあえず出るか。……とはいえ我は何も出来ぬ。やるのは貴様だ』
「とりあえず出たいのは同感だが、俺にこんな状況で役に立つ能力は無いぞ」
剣を『創造』する、それだけの能力しかないのだ。
寿命を使い切る勢いで剣を『創造』すれば、魔王の鎧を砕いたように地上までの穴を掘れるかもしれないが……。
『案ずるな。そうだな……ちょっと掌を斜め上に当てろ。……そう、前方斜め四十五度。
そして念じろ。延々と上へ昇っていく、石造りの長い長い階段を』
「念じる? そんなことして何になる。天の女神が助けてくれるのか?」
『ハッ、神が何かを助けなどするものか。
いいから、黙ってやれ』
むっとするが、自分には何も出来る事が無いのが現状だ。
渋々指示通りに手を伸ばす。腕が伸びきるより前に、岩肌に手が触れた。本当に狭い空間らしい。
「階段。階段ね」
上へ伸びる階段、と言えば螺旋階段か。
子供の頃、孤児院だった教会に綺麗な螺旋階段があったな、と思い出す。
腕の良い職人が手作りしたという凝った装飾の階段は、自分の密かなお気に入りだった。
それを具体的なイメージとする。
『……成功だ』
「え?」
掌の岩肌の感触が消えた。
視界は変わらず真っ暗闇だが……感触が消えた瞬間、ほんの少し何かが動くような風を感じた。
何か違和感を覚えて、前方を手で探ってみる。
「……階段?」
カーブを描きながら伸びていく階段が、そこにあった。
『さて、他者に使わせたのは初めてだが……上手くいったか否か。
とりあえず昇れ』
「言われなくても昇るさ」
仕組みは分からないが、脱出できそうなら躊躇う理由は無い。
真っ暗闇の中を上下左右手探りで進み始めた。
ある程度進んで分かったが、やはり階段は緩いカーブを描きながら上へと伸びていた。
立ち上がっても頭がぶつかる様子は無く、腰の高さにはご丁寧に手摺り付きである。
とはいえ石造りなせいか少々冷たいのだが。
着々と地上へ向かっているように思えるのは精神的にも状況的にも非常に宜しいのだが……。
「はぁ……はぁ……」
いかんせん、長い。
景観が全く変わらない暗闇なのも疲労に拍車をかけていた。
それに……自分は混血だけあって体力には自信があったのだが、この程度で疲れる身体だったろうか??
まだ激戦から体力が戻っていないのか?
力を全て搾り取るつもりで『創造』の能力を行使したから、今死んでいない方が不思議ではあるのだが……。
手足も思ったより遠くへ伸びず、余計に疲れる。
途中、休憩としてその場に座り込んだ。
『さて、我も地上へ出るのは久しいが……地上までの距離は何れ程だったかな』
「はぁ……地上の入口から魔王の大空洞まで丸一日かかった筈だ。
とはいえ入り組んだ迷宮だったし戦闘もしたから、真っ直ぐ上へ昇れるなら一、二時間ってとこだろう。
というかお前、自分が作った迷宮を覚えてないのか?」
『適当に弄り回しただけだ。我は地下深くに潜ることが出来ればそれで良かったからな。
それに、一から造ったわけでもない』
「……何?」
『元からあった洞窟に、多少分岐を追加して陣地としただけ、と言ったのだ。
我が住んでいた大空洞。あれも元は通路にあった小さな空間に過ぎなかったのだぞ?』
「ってことはお前の居た後ろには……」
『洞窟が続いていたぞ。我も奥まで進んでみたことはあったが、何時まで経っても奥に辿り着かんから放置していた。
邪魔だから壁を造って封鎖していたがな』
相当に深いダンジョンだと思っていたが、あれでも一部だったというのだろうか?
平和な世であれば探索してみたかったものだ。
「……さて、そろそろ行くか」
休憩を終え、立ち上がる。
周りは変わらず暗闇だが、じっと見つめれば目の前に翳した手の輪郭が見えた。
僅かだが、光が差している。地上へと近づいている証拠だ。
疲れた、しかし先程より少し軽い足取りで階段を再び昇り始めた。
昇っていく。
最初は違いの分からぬ程に、そして後には明確に、視界が明るくなっていく。
昇っていく。
気温も変わった。冷たく停滞した空気から、僅かに風の流れが感じられるように。
昇っていく。
世はどのように変わったろうか? どれほど眠っていたか分からないが、混乱はあれど平和になったろう。
昇っていく。
自分は死んだ者だから表に出る事は出来ないが、世がどのように変わったか世界を周るのも一興だろう。
光が差す。
共に戦った三人の仲間達が今何をしているのか、見るのも面白い。会えれば会うのも良いだろうか? 俺は死んでないから安心しろ、と。
地上へ出る。
そしたら人の居ない土地へ行って隠遁しよう。この平和な世界を見ながら―――
久方振りの眩い日の下で周りを見渡す。
「…………え?」
『―――っくく』
入った時には荒野だったその土地は、背の低い草の生える草原になっていた。
風が吹き抜け、緑を揺らす。
「何なんだよ、これ…………」
『くははははははははっ!!』
そこに居たのは草を食む動物達と、それを狙う獣と―――
―――折り重なって横たわる、無数の死体。
身に纏った防具は二種類。青と、赤を中心に据えた二種類の彩色。
共通点は皆が武装していること。
どこからどう見ても、それは戦場の成れの果てだった。
『くははっ! 愉快愉快!』
「どういうことだよ……何で、こんな……」
目の前に広がる光景が信じられない。
「世界は……平和になる筈で……」
呆然と呟いた言葉に、魔王の笑い声が一層高くなる。
それは人を嘲る笑い。
『貴様は、魔王を倒せば世界が平和になると思ったのだろう?』
「そうに決まってるだろう! 皆、魔物の襲撃に怯えて暮らしてたんだ!
魔物を生み出し、率いる魔王を倒せば怯える必要は無くなる!
後は烏合の衆となった魔物を倒し、世界は平和になるんだ!」
『ふはははっ! だから愚かだと言うのだお前は!』
嘲り、蔑み、見下し……どこか悲しみを帯びた口調で魔王は語る。
『魔王が消えれば世界が平和に?
魔王が現れる前は世界は平和だったのか?』
「それは―――しかし、やり直せる筈だ!」
『何をやり直すのだ?
人の生活か? 離れ離れになった家族か? 技術の発展か?
―――土地の支配権の取り合いか?』
はっ、と気付いた。言われて初めて気付いた。
魔物に襲われ人の消えた町。立ち入れなくなった鉱山。
魔物の脅威に怯える人々は、軍隊と城壁に守られる大きな都市で身を寄せ合い、生活していた。
『外の危険が消え、抑え込まれた欲望が解放された時……何が起こるのであろうなぁ?』
「それは……でも、仲間達が……」
認めたくない。その気持ちが、悔し紛れに口をつく。
だが魔王はそれを切り捨てた。
『救国の英雄など、御輿にしかならぬわ』
項垂れた。
もう、反論出来る言葉が見当たらない。
認めるしかなかった。
世界は―――戦乱に飲み込まれてしまったのだと。
呆然とする自分に、呟く魔王の言葉が届いた。
『それに、我を打倒したところで魔物など消えはせぬ』
「……え?」
『貴様は……いや、人々全てか? 我が魔物を生み出したと思っているようだな。だから魔物の王などと呼んでおったのだろうが。
まぁその呼び名は間違ってはいない。我が指示し、襲わせたのだからな。
だが我は使役こそすれ、一匹たりとも魔物を生み出してはおらぬ』
「何……だと……?」
『そもそも、我ではこれほど莫大な数の魔物を生み出せぬ。
我の力とは生み出す力ではないのだからな。
……丁度良い。長い付き合いになりそうだ。我の能力を教えておこう。今は貴様が行使するものだしな』
俄かには信じ難い。
使役して、しかし生み出していないと?
魔物は地下より現れ、地上で暴れた。その場所を探った結果、あの洞窟へと辿り着いた。
ならば奴らは何処より現れたのだ?
そんな心中の疑問には応えず、魔王は語る。
『我が能力は、貴様らの創り出すものとは異なる。
我が力は『干渉』。既に在る物の形質を思うがままに操る力だ。
例えば、そうだな……貴様と戦った時、鎧を使っていたろう? あれは周りの岩盤に『干渉』して作り出したものだ。
元は小さな空間だったのが、圧縮して防護の力とした為にあのような大空洞となった。
武器もそうだ。火炎は空気中の熱を用いたものだし、剣は鎧と同じ岩を圧縮したものだった』
そこで溜息のように、一息を吐く。
『だが、当然無制限ではない。貴様らの創り出す力ほど便利なものではないのでな。
まず一つ目。増幅や消滅は出来ない。一からは一しか生み出せぬ、ということだな。
大きな物を圧縮して小さくしたり、小さな物を低密度にして大きく見せることは出来るが……その質量は変わらん。大きくすれば脆くなるだけだ。
二つ目。異なる物には変えられない。例えば、樹木に『干渉』しても金属に変えることは出来ぬ。
その形や大きさ、密度が変われど、それは同じ木材でしかない、ということだ。
せいぜいが幹を葉にする程度だな。
大きな制限はこの二つ。……ここまで言えば、我が魔物を生み出したわけではない事が分かるだろう?』
「魔物を生み出すには……魔物が必要ということか?」
『正確には、相応の数の生物が必要ということだな。魂を宿す肉であれば、そこらの獣で構わぬ。
肉体に関しては圧縮はともかく逆は出来ぬ。大きな魔物を生み出そうとすれば、大量の獣が必要であろうな』
一匹の魔物を生み出すのに多数の生物が必要ということ。
魔王は、自分が魔物を生んだのなら世界中の獣が消えているぞ、と言っているのだ。
しかしそんな事態にはなっていない。むしろ人が狩り難くなった分、増えているくらいだ。
「つまり……お前が生み出したわけじゃない、と?」
『最初からそう言っておる。
……まぁ使役する分には強靭故に利用させて貰ったがな。支配するだけならば、意識に少し『干渉』すればいいだけだ。雑作も無い』
「なら、誰が―――」
『知りたいか?』
その言葉に、背筋がぞくりとした。
笑いを含む、底冷えのするような口調だった。
『知りたいか、白き片翼を持つ者よ。地底の奥深くに潜む、人を喰らう魔物を無尽蔵に生み出す者の名を知りたいか?』
「……どういうことだ?」
『そのままの意味だ。何故ならこれは、恐らくこの世界で我のみが知る真実。
地下に潜み、湧き出す魔物を見続け、地上の人々から魔物を生み出すと思われ続けていた我のみが知る世界の裏側』
魔王は言外に示しているのだ。―――知らない方が幸福だぞ、と。
魔物はこの世界にいる誰もが憎んでいる。それを生み出した相手を当然最も憎む。
それは、憎悪を向けられ続けた魔王自身が一番解っていることだろう。
それでもなお、知ってもいいのか、と問い掛ける。警告として。
だが―――。
「教えろ、魔王。魔物を生み出さず、しかし魔物を支配した魔物の王」
答えた。
「俺は魔物が大嫌いだ。世界を滅茶苦茶にした魔物達と、それを生み出した者を許せない。
だから、命を賭してまで魔王を倒したんだ」
それがどんな強大な相手だとしても。
「教えろ。魔物を生み出した魔神の正体を」
絶対に、打倒してみせる。
『……良かろう』
先程とは違う種類の笑いを含め、魔王が語り出す。
『―――貴様は、創世神話を知っているか?』
だが、最初に来たのは予想もしない質問だった。
「……? それが何か関係あるのか?」
『あるから問うている。教えろと言ったのは貴様だぞ』
意図は分からないが、答えることにする。
「当然知っている。というか知らない奴なんていないんじゃないか?
この世界を創った女神の話だろう?
天より舞い降りた女神はこの世界に光を満たした後、動物や植物を創り出し、最後にはじまりの人を創り給うた。
その者に生めよ増やせよと命ずると天へと帰り、今も天から我らを見守っている、と」
天の女神を信仰するのがこの世界の教会だ。とはいえ御伽噺に過ぎず、本気にしているのは熱心な信徒くらいなものだが。
『大雑把に言えばそんなところだな。『はじまりの人』が数種いたとか、そういう意見もあったか。
―――その神話は、概ね事実だ。我の調べたところではな』
「……はぁ?」
『一応言っておくが、我は信徒ではないぞ。むしろ逆だな。
これはあくまで調査と推論の結果だ。伊達に長く生きてはいないのでな。
……さて、事実なのはあくまで概ね。少々事実とは違う部分がある』
疑わしく思えてきたが、黙って聞くことにする。
『まず疑問なのは『天』とは何処なのか、ということだ。
この世を創り出したのが女神ならば、女神は何処から来たのだ? 世界の外側か? ならば女神は世界の外側から今も見守っていると?
……違うのだ。そもそも女神はこの世界に在った。そして今もこの世界に存在し、我らを見ている』
魔王の訥々とした語りに、引き込まれる。
『だが女神が人を、生物を生み出したのは事実だった。ならば女神は……この世界そのものの化身とも考えられないか?
世界が人を生み、見守る。それはある意味で当然の行為だ。
世界の中核は地。世界の化身が現れるとしたら……それは地の底より出で、地の底へと帰っていく。
女神は、今も地底深くに潜み地上を監視しているのだ』
少々強引な帰結にも聞こえるが、それは思考や調査の過程を知らないが故だろうか?
聞いたことの無い論だが、筋は通っているようにも思える。
『話を戻そう。女神はこの世を整えた。それは事実。
つまり様々な物を創り出した張本人で、未だ地の底に存在する』
「……あれ?」
頭の中をとある想像が過ぎった。
『気付いたか?』
いや、まさか。
有り得ない、と思いつつも、嫌な想像が頭を離れない。
『女神は創造の神。この世に生物を創り出した絶大な力を持つ。
そして今もその力は健在なのだ』
鼓動が早くなる。口の中が乾く。
思考が推論を導き出し、感情がそれを有り得ないと否定する。
『……やれやれ。言わんと解らぬか? いや、信じたくないのか』
呆れたような口調。
そして魔王はその言葉を紡いだ。
『魔物を生み出したのは―――世界の母、女神を置いて他に無い』
「……ははっ。創造神が、魔物を生み出しただって?」
笑い飛ばす。……いや、笑い飛ばそうとする。
それは有り得ないだろうと、否定する為に笑うが、乾いた笑いしか出てこなかった。
「何の為だよ。どうして世界を人で満たした女神が、人を襲う魔物を生み出す?」
『理由は分からん。だが意図は読める。―――人を滅ぼす。あるいはそこまで行かなくとも、減らす為であろうな』
「……そうだ、人を襲うよう命令したのはお前なんだろう? 使役はしてたんだもんな」
『確かに我は魔物を支配し、街を襲わせた。……だが、それは集団を作らせた上での話だ。
支配下に無い魔物の方が、むしろ攻撃性は高いぞ。劣勢ならば退くよう、我は命令したのだから』
「俺は信じないぞ」
『それも致し方無い。我とて確信を持つまでには長い調査と推論が必要だった』
「ああ、お前の言葉だけでは信じない」
いつの間にか地面にへたり込んでいた身を、立ち上がらせる。
「だから示せ、魔王。―――お前がその結論に至った筋道を。お前が生み出したのではないという証拠を。
それが確かな事だと信じられたのなら……」
しっかりと大地を踏みしめる。
「……俺は、女神だって倒して見せる」
そう、宣言した。
『―――くはははっ! それでこそ魔王を倒した孤独の英雄よ!』
楽しそうな、どことなく嬉しさを含んだ魔王の高笑いが響く。
一しきり笑った後、魔王は息を吐いた。
『……では、まずどうする?』
「そうだな。まずは現状把握だ。今はあの戦いから何日後で、地上はどんな状態になってるのか。
……お前の言う事を証明するのは、その後だ」
『良かろう。どうせすぐには人は滅びぬ。魔物の攻撃性が高いとはいえ、我が使役していた奴らとは違い烏合の衆。
軍が駐留する規模の街ならば、当分は心配あるまい。
だが、その前に把握すべきことがあろう?』
「……何だ?」
『貴様自身の現状把握、だ。……まさか、何も気付いていないのか?』
ショックの連続で頭から飛んでいたが、そういえば身体に少々違和感がある。
加えて言えば、自分の声が妙に高く聞こえて耳もおかしいし、手足が若干短い感覚もするし、風が肌を撫でる感触が妙に直接的で……。
目覚めて初めて、自分の身体に視線を落とす。
「…………」
ちょっと有り得ないものが見えた気がして視線を正面に戻した。
シャツが肩からずり落ちて、何か胸の部分に膨らみと、その頂点にピンク色の何かが見えたような……うん、胸板だよな胸板。鍛えてたしな。
両手を持ち上げてまじまじと見つめる。
毛の無いすべすべの白い肌。触ってみるとぷにぷにと柔らかい。……うん、暗闇にいたから肌が白くなったんだな。寝てたから筋肉落ちたのかな。
混乱して頭を掻く。
さらさらとした長い髪の感触。……ああ、そんなに長く眠っていたのかな。髪がこんなに伸びるなんて。
『……まさか本当に気付いてないのか。我はこんな馬鹿者に負けたというのか……?』
「うるさい、馬鹿に負けた方が馬鹿だろうが」
……やっぱりなんか声高くね? 魔王の声は普通に……いや聞こえ方は変だけど高さは普通に聞こえるし……。
そういえば魔王は何処にいるのだろう。
『……埒が明かないから我が説明するぞ』
疲れきった口調で魔王が話し出す。
『我が貴様の身体に乗っ取りを仕掛けたのは覚えているか?』
「ああ、お前を倒したと思ったら正体が小さな女の子で、しかも腕が潜り込んでくるんだから驚いた」
『これでも生まれて四桁近い年数だがな。
……身体については乗っ取りが成功した。貴様の肉体はほぼ死に掛けだったからな。対して我の肉体は致命傷を負ったのみ。勝敗は見えていた。
だが肉体の支配……魂の乗っ取りが失敗した。どうやら貴様の魂は相当強い部類らしいな。
激しく抵抗され、取り込むどころか、逆に半分取り込まれてしまう結果となった』
「ってことはお前は……」
『ああ。今は貴様と離れられぬ、最早魂だけの存在だ。貴様の魂に直接語り掛ける形で、会話をしている』
世界を震撼させた魔王が魂だけとなり、しかも人の身体に何も出来ない状態で閉じ込められている。
それは、何というか。
「ざまぁみろって感じだな」
『煩い馬鹿者。
……ともかく、貴様の肉体は我が大半を占めており、魂は貴様が支配しておる』
「成る程」
……あれ? 魔王が大半ってことは今の身体は……。
『漸く気付いたか?』
身体をぺたぺたと弄る。
長くさらさらの髪。小さな顔。細い肩。膨らんだ胸。くびれた腰。丸い尻。しなやかな脚。
それは感覚がおかしいのではない。勘違いなどでは勿論無い。
どう考えても今の身体は―――
『まぁ、貴様の身体も多少は使えたので身体年齢は我と貴様の間といったところだな』
「お、女じゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
魔王の身体をそのまま成長させたような、少女の姿だった。
『性別などどうでも良いだろう?』
「どうでもいいわけあるかっ!」
誇れる生まれでなかろうと、せめて男らしくあろうと研鑽を積んで来たというのに……。
鍛えた肉体も、戦技も、これでは役に立たない。
以前の自分との共通点と言えば、背中で揺れる片翼のみ。
そんな事を涙ながらに語ると、呆れたような言葉が返ってきた。
『なんだ、そんなことか』
「そんなこととはなんだ!」
『その程度の事、だ。……貴様は自身の状態を何一つ把握していない。
……全く、気付くのを待っていたら日が暮れる。我が説明する他無いか』
「現状と言っても、こんな脆弱な女の身体になって―――」
『黙って聞け。まず誤解から解いていくぞ。
まず肉体の性能についてだが、今のお前は女性であっても脆弱ではない』
「……は?」
『貴様の身体で、使えなかったのは脳や臓器といったダメージを受け易い部分が中心。
死に掛けと形容したのは、とても身体を維持出来る状態でなかったからだ。
維持機能以外はそれなりにダメージを受けたのみに留まっていた。
だから筋組織や脂肪は転用してある。密度で言えば生前より高いぞ。
女性として不可解でない程度のサイズ、重量に収めてはあるがな』
「つまり……」
『戦闘を行うに不都合は無い、ということだ。
では二つ目。貴様の生来の能力があるだろう? 使ってみろ』
「あ、ああ」
手の内に剣を『創造』する。物心ついた頃から行使してきた能力だ。意識するだけで呼吸のように扱える。
―――が。
「……あ?」
現れなかったのではない。
現れすぎた。五本の剣が宙に『創造』され、握れなかった数本が地面に突き刺さる。
「おいおいおい俺の『創造』は剣一本じゃ……」
しかも以前と同じく、意のままに宙を動く。
『ふむ。我の魂と同化した影響であろうな。
そちらは我では分からぬ。後に貴様が調べろ』
「言われなくても調べるっての」
不機嫌を装い言い返すが、正直嬉しい。
一度に一本、良くて二本。それで今までやってはこれたが、やはり手に持っての近接戦がメインになってしまっていた。
複数本出せるとなれば戦法の幅も広がる。
『そして三つ目。これが最も重要ではあるな』
少し顔がにやけているのが分かったのか、呆れ気味に話を続けられた。
『我と貴様は魂が同化している、と言ったな?』
「ああ。俺が主体になって、お前が取り込まれたような形なんだよな?」
『完全にではないがな。だからこそ我がこうして意識を保てている。
……さて、そうして取り込まれた結果、貴様に我の能力が移っている』
「お前の能力? ―――ってまさか」
『そう。……我が生来持つ冒涜の能力。万物に『干渉』する力。それが貴様に根付いているようだ』
「……だから、地上まで階段が作れたんだな」
『そうだ。不幸中の幸い、とも言えるな。
我の方に能力が残っていたなら、その身体では『干渉』出来ぬまま地下深くに閉じ込められて死んでいただろう』
命と引き換えに倒した魔王と同化し、しかしその力によって生き長らえたとは、なんという皮肉か。
『丁度良い、使ってみろ。慣れもあることだろうしな』
「……そうだな」
御誂え向きに、手の内には一本の剣がある。
『能力の発動は、接触が基本だ。薄いものなら間接的な接触でも可能ではあるがな』
今は直に手で握っているから気にしなくていいということか。
剣を片手で水平に構え、目を閉じる。
魔王が語った『干渉』に関わる説明を思い出す。
一つ、別種の物へは変えられない。金属製の剣からは、同じく金属の何かにしか変えることは出来ない。
二つ、一は一にしかならない。この剣をそのまま巨大化させたりは出来ない。
それだけを頭に叩き込み、イメージした。
両手持ちの細い長槍。
そして願う。『成れ』と。
『……ほう』
願った瞬間、何とも言えない感触が返ってくる。
手の中で震えるような、『変わる』感覚。
それが収まった後に目を開けると、そこにはイメージ通り、身の丈ほどの細い槍があった。
「よし、成功」
そのままクルクルと両手で回す。
自分の本領は剣だが、武具の扱いは一通り修練している。弱い『創造』の力に頼るだけの戦闘は嫌だったから。
身体に這わせるように回転させ、最後に小脇に挟んだ。
こうして身体を動かしてみて分かったが、言われた通り筋力はさほど落ちていない。
これならばすぐに戦闘があったとしても困るまい。
……とはいえ、今の身体ではやはり違和感があるから、再確認を終えるまでは避けたいが。
「……あ、そうだ」
元となったのが自分が『創造』した剣だったから、思う通りに動かないかなと念じてみる。
……が。
「うーん……」
動いたは、動いた。しかも思う通りに。
しかし、なんというか……。
『異常な程に不可思議だな』
「変に遠回しな言い方をするんじゃない」
ぶっちゃけ奇天烈だった。
多分、自分が槍の操作に慣れてないからだろう。
重心を捉え切れず、ふらふらくるくる動いていた。
『要鍛錬、だな』
「分かってるから言わなくていい」
これもまた、戦法が大きく広がる。というか幾らでも広げられそうだ。
「……なぁ、『干渉』で俺の今の身体を変えることは出来ないのか?」
『理屈の上では出来るが、止めておけ。
今の我らの魂と肉体は絶妙な均衡によって成り立っている。
この力を知り尽くした我が直接操作出来るのならばともかく、不慣れな貴様が行えばまず間違いなく失敗するぞ』
「失敗したら……」
『最悪死ぬ。良くても奇形だな』
「うえ、やめとく」
腕が変な所に生えた自分を想像しかけて、慌てて打ち消した。
それならば女の身体の方が余程マシだ。
「あ、そうだ。服はどうなんだ?」
『触れている物体ならば問題無い、と言ったろう。
……貴様に女用の服に関する知識があるのか疑問ではあるがな。
力の行使には、具体的な想像が必須だ』
「……無いな」
まぁ、サイズを合わせるくらいは出来るだろう。
身に付けたシャツとズボンを身に合わせたサイズに『干渉』し、ついでに破れたマントを綺麗にする。
汚れは一箇所にまとめて抽出し、ボロ布として捨てた。
元のサイズが大きいせいかまたダブついているが、落ちるようなことは無いから一先ずこれで良いだろう。
そうして身形を整え、当ても無く歩き出し―――数歩で止めた。
『……? どうした?』
「……胸が擦れて落ち着かん」
胸は大きな方ではないとは思う。仲間に一人女は居たが、あれよりは小さいし。
それでも歩く度僅かに揺れて落ち着かない。
ついでに股の下着も男用のままなので奇妙な感じがする。
「……『干渉』して作るか。女性用の下着ってどんな形なんだ?」
『下はともかく上は知らぬ』
おい、元女性。
『我の体型を見たろうが。胸があるように見えたか?』
「一瞬しか見てねぇが、まぁ要らないように見えたな」
『だから分からぬ。
下は密着するような形だった筈だ。上は……押さえる布であれば良いのではないか?』
「ふむ……」
密着するということは、伸縮性の素材の方が良いということか?
上がどうにも想像が出来ないが、巻きついて軽く締め付けるような布であれば問題は無いか。
そもそもこうして自在に形を変更出来る以上、着替えの手間は不要なのだ。
「えぇと、こう、かな?」
イメージし、『干渉』する。下は着ていた男用、上は服のダブついた部分を使えば良い。
想像通り、身体にフィットした布が現れ、多少身体も落ち着いた。
「これで良し、と―――」
バサリ。
「……ん?」
一息吐いた瞬間、背中に何かが現れた。
肩越しに振り返る。
その視界に、黒が映った。
「な―――」
翼だった。
元々自分に生えていた片翼とは逆側から生えた翼。
他の『創造』の一族と同じように翼が生えていたら、とかつて夢想したのと同じ位置。
だがそれは、生来の翼とは異なる。
―――闇のような漆黒の翼だった。
「なんだよ、これ……」
『……ほう。我の肉体としての反応か、はたまた能力の象徴としての発露か……?』
言われて、気付いた。
これは魔王の背中に生えていた翼と同じものだ。
「……ちょっと、マズイな」
片翼は、珍しくはあっても存在しない訳ではない。
『創造』の一族と他種族との混血児は僅かながら存在し、その多くは片翼として生まれてくるのだから。
その子供はどうなるのか、という報告はデータがほぼ存在しなくて明らかになっていない。
しかし、黒翼なんて見たことがない。
こんな姿で街に出る訳にはいかない。
「……どうするかなぁ、コレ……」
頭を掻きながら、溜め息を吐いた。
『どうにもならぬな。貫頭衣か何かで隠すしかなかろう。我ならば能力の行使で隠せるが、貴様にはまだ無理だ』
マントがあるから隠す事は出来る。しかしシルエットは分かるし、風が吹けば見えてしまう可能性もあった。
『創造』の一族にとって翼は誇りであるから隠している者はまずいない。隠しているという事実だけで怪しまれてしまう。
しかし露にしたら一層マズイことになるわけで……。
「……まぁ、考えても仕方の無いことか」
とりあえずマントで覆っておく。
元々あった片翼と同じように操作を受け付けたのは幸いだった。畳めるだけで随分と違う。
身形を一通り整えたところで、その場にしゃがみ込んだ。
そこにあるのは、名も知らぬ一人の兵士の遺骸。
その持ち物を漁り始める。
『何を乞食のようなことをしている?』
「情報収集だよ。地図の一枚でもあれば随分違うからな」
勿論この近辺の大まかな地図は一通り頭に入っている。
だが新しく村が出来たり、逆に以前あった村が消えている可能性もあった。
勿論大きな街はそう簡単に変わらないのでそちらを目指せばいいのだが、最寄で一番大きな街は当時最前線だった城砦都市だ。
城門は身体を隠しては通れまい。
「こいつは持ってないか」
だが数枚の銅貨を持っていたので頂いて、隣の遺骸へと移った。
そうして何体かの遺骸を調べる内に、目当ての物は見つからずとも幾つかの情報が手に入る。
今はあの決戦から丸一年。自分はどうやら一年間も眠っていたらしい。
魔王に聞くと、「身体の安定に時間が必要だった」とか何とか。
魔王としても身体の『干渉』による同化は初めての試みだったそうだ。
そして予想通り、世界は大陸全土を巻き込んだ戦乱の渦中にあった。
幾つもの小国が争い、大国は内部で分裂し、領地や資源、技術や人材を奪い合っている。
士官と思われる男の遺品からは手記やメモが見つかり、状況把握に随分と役に立った。
そこからは階級が高いと思われる服装の遺骸に絞り、ある程度の金銭や換金出来そうな装飾品も手に入った。
そうして何十体もの遺骸を探る内に、
「大陸全図、か」
一際目立つ装備をした男の遺品から、ようやく地図が見つかった。
遺体の多い赤色側だった。きっと敗軍の将だったのだろう。
元はシンプルに大まかな地形や都市名のみを描いたのであろう大陸全図は、びっしりと走り書きの文字で埋まっていた。
書き込まれていたのは戦況やその時点での国境線、国軍の本営といった流動的な情報だったが、遺体も地図もまだ新しい。
今でも十分使える情報だろう。
更にもう一つ、隣の軽装の遺骸から縮尺の違うこの近辺のものであろう地図も見つかった。
地形は自分の記憶と一致している。違うのは森林の範囲が多少増減している程度だろうか。
しかし最も大きな違いが、
「……小さな村が、ほとんど消えてるな」
地図に書き込まれた線と文字は、この付近が前線であったことを示している。
戦火に巻き込まれる事を恐れて移住したか、国家が命令して廃村にしたか。経緯は分からないが、結論としては同じことだ。
城壁のあるような大きな都市を避けるとすると、最寄りの村まで徒歩で二日ほど。不慣れなこの身体ならもう少しかかるだろうか。
飛翔すれば速い筈だが、飛んだ事が無いので無事に済むかは不明だ。
対して、城砦都市までは今から歩いても日暮れには辿り着く。
「……仕方ない。城砦都市に向かうか」
『策はあるのか?』
「まぁ、乱暴なもの含めて幾つかはな。リスクも多少ある」
魔物の軍勢に対する防衛拠点でもあった城砦都市は、人や物の行き交う交易拠点でもある。
門の出入りは容易ではないが、逆に手続きを堅くし過ぎては通れなくなってしまうのである程度簡素化されている筈だ。
付け入る隙はあるだろう。
鞄も調達して金品を入れ、個人を特定できそうな物はその場に散らしておく。地図も軍用のため泣く泣く元に戻した。
黒翼が引っ込んでいるのを確認してから歩き出す。
「行くか。―――城砦都市サウサリアへ」
目の前に立つ、見上げるほどに巨大な邪悪を見据えて前に一歩を踏み込む。
激戦の為か、先程から地面の振動が止まらない。遠い天井からもパラパラと石の破片が落ち始めていた。
長引く戦いにパーティは全員もう限界が近く、対する相手は欠片も弱った様子が見られない。
「そんなこと出来るか! あいつは世界中の人々を苦しめ続けた魔物の王なんだぞ!?
俺達の手で倒さなきゃ気が済まねぇし、第一お前の『創造』は一度に剣一本出すのが精一杯だろうが!」
「頑張れば二本は出せるぞ。それに出した剣を思い通りに操れるじゃないか。それでこれまで戦い続けて来たんだ」
「それだけだから言ってるんですよ! 僕の『創造』なら奴の火炎を防ぐことだって―――」
「煉獄の火炎を暴風でギリギリ逸らすくらいなら、回避した方がマシだ」
「私なら傷を癒すことも―――」
「どうせまともに喰らったら即死さ」
仲間達の言葉を切り捨て、一本の剣を傍らに『創造』する。
この世界に少数ながら存在する『創造の一族』。背中に白い翼を持つことが特徴的なこの種族は、他種族には無い特異な能力を持って生まれる。
それが『創造』。無から有を生み出すこの力と美しい一対の翼から、俗に『天使族』とも呼ばれていた。
ある者は火炎を発し、ある者は分身を呼び、またある者は傷を癒す。
そんな神秘の種族に生まれた自分は、しかし幼少の頃から疎まれて育った。
その背中の翼が、片方しか存在しなかったからだ。
天使族と他種族のハーフだったらしい。
伝聞形なのは、物心ついた時には既に孤児院にいたから。話は院長から聞かされたものだった。
避けられ、虐められ、謂れの無い中傷を受けた事も一度や二度ではない。
それでも自分は生きてきた。負けるものかと、独りで自分を磨き続けた。
運動も、勉強も、弱いながらも持った『創造』の力も。才能が無くとも努力を重ね続けた。
徐々に成果が出て、学園では優秀な成績を残した。奇特な奴も存在し、少ないながらも友人も出来た。
そんなささやかな幸福を手に入れた日々は、しかし突如として現れた魔物の群れによって破壊された。
封印されし古の魔王の出現。魔王の生み出す魔物は瞬く間に世界へと広がり、人々を喰らった。
慣れ親しんだ場所を離れなくてはならず、再び疎まれる日々が始まった。
住む場所を転々とする、孤独の日々。
しかしその状況に嘆くことはしなかった。
元々、一生差別に悩まされることは覚悟していた。幸福はあくまで幸運から生まれたものだったのだ、と。
それよりも、怒っていた。憎んでいた。許せなかった。
自分を蔑む人々ではない。自分を取り巻く優しい人々を喰らい尽くした魔物と、その主たる魔王がだ。
だから流浪の旅の傍ら、出遭う魔物を片っ端から倒していった。
その内に、仲間も出来た。
理由は様々なれど、魔王を許せずその討伐を目指す戦士達。
皆が皆『創造』の一族の末裔だったのは、能力が戦闘に向いていたからだろう。
各地を転々とする間に力を磨き、信頼を深め、魔王の居場所を知り乗り込んだ。
不謹慎かとは思うが、楽しい時間だった。魔物に対する憎しみは消えなかったが、仲間達と戦う日々は悪いものではなかった。
だが、それももう終わらせなければならない。
一歩を踏む。更に一本の剣を『創造』し、傍らに立てる。
「俺は疎まれる混血だ。だがお前らは違う。
純血で、何よりも世界を脅かす魔王を倒した英雄だ」
「一緒だろうが!お前だって―――」
「違うよ」
ぴしゃりと叩き付けるように言った。
こいつらは優しい。優しくて強くて、だから言いたいことは分かる。共に生死を賭けて戦った仲間なのだから。
だからこそ、言ってやる。
「お前らは世界を救った英雄になるんだ。救われた世界で大きな力を持つ。
そんな英雄達が全員行方不明、なんてことになったら権力争いが起きることは目に見えてる。
英雄は世界を救い、そして救われた世界をも救うんだ」
もう一歩を踏む。一本の剣が現れ、地面に突き立つ。
「さぁ、もう時間が無い。……さっさと行け」
一歩を踏む。一本の剣が突き立つ。
二歩を踏む。更なる剣が突き立つ。
三歩、四歩を踏み、空中に幾つも剣が現れては地面に突き立っていく。
『創造』とは作り出す力。新たに作り出したからといって、以前の物が消えるわけではない。
「お前―――」
仲間達の驚愕の視線が背中に突き刺さるが、振り向かない。
話は終わりだ。
追い縋る彼らを遮るように幾本もの剣が現れた。
そして遂に、
「くそっ―――死んだら承知しねぇぞ、馬鹿野郎!」
「戻ったら、三時間は説教しますからね!覚悟しておいて下さい!」
「……貴方に、天の女神の加護があらんことを」
仲間達が背を向けて走り去っていく。
「……無茶言うなよ、お前ら」
小さく呟き、苦笑する。
『冥土へ向かう準備は出来たか?白き翼持つ者達よ』
目の前に君臨する邪悪の権化が言葉を発する。
話が終わるのを待っていてくれたらしい。律儀なことだ。
「あぁ。つっても向かうのは俺とお前だけだけどな。暗黒の魔王よ」
『……不遜。我に一人で敵うと思うてか』
「当然」
ニヤリと笑ってみせる。
その間にも、次々に剣が出現していく。
自分の『創造』は弱い。応用力も無い。ただ、意のままに操ることが出来る一本の剣を生み出す。それだけだ。
威力の調整も、数の調整も不可能。半端者に相応しい。
ただ身体能力は高い方だったし、戦闘技術も幼い頃から徹底的に磨いていたから、これまでの敵ならば十分だった。
凶暴なドラゴンでも、仲間達と強力すれば勝てた。
この敵は違う。防御は堅固で攻撃は一撃当たれば致命傷を免れず、その規模も数もこれまでの敵とは桁違いだ。
隙の無い能力。まさに魔物の頂点に立つに相応しい。
―――だが、無敵ではない。
「さっきからずっと見てたぞ。お前、弱点あるんだろ?」
『―――ほう。単なる弱者ではないと見える。
だが貴様の力では到底届かぬぞ』
「届かせるさ」
剣を更に出現させる。
大空洞の地面を埋め尽くすほどの莫大な剣の森。
能力を全開フル稼働させながら、額にびっしょりと浮かんだ脂汗を拭う。
「一本しか出せねぇなら、何千回も繰り返せば何千本も出せるだろ?
そして―――」
剣の出現が、止まる。
同時に、大空洞全体が揺らぎ始めた。
崩壊とは異なる。内部からの揺らぎだ。
『―――これは―――?』
「―――操れるのは、一度に一本ってわけじゃねぇぇぇぇぇ!」
絶叫に応じるように、突き立った剣が、何千何万と『創造』された武器が、同時に宙へと浮かび上がった。
空中で回転し、倒すべき敵へと剣先を揃えて一直線に並ぶ。
それは、標的を刺し貫く為に構えられた大槍。
邪悪な魔王を撃滅する為の―――大軍だ。
「お前の弱点は……その馬鹿でかい身体と違って、ちっぽけで脆い本体だ!」
手に持った剣を指揮棒のように振り上げる。
身体が寒気で震え、心臓は壊れそうなほどに脈打ち、頭を断続的に激痛が襲う。
味覚、嗅覚は既に無く、触覚は痛みに支配され、音は不安定に聞こえ、視界は明滅する。
限界を遥かに超えた能力の過剰行使の代償だ。
『……貴様……死ぬぞ』
「んなこた先刻承知よぉ!」
急速に自分の生命力が削られていくのが分かる。
この攻撃を終えた瞬間、間違いなく自分の人生は終わりを迎えるだろう。
だが、惜しくはない。
どうせ独りで生き、独りで死ぬことを覚悟していたこの命。
それを魔王を道連れに散らすことが出来るのなら。
「これは人生最高の晴れ舞台だぜ!」
狙いは、見極めた魔王の本体がある部分。
最も堅固な、胸部の鎧の内側だ。
「いっ―――けええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
そして、振り上げた剣を―――振り下ろした。
放たれた矢のように、全ての剣が魔王目がけて飛び出していく。
狙い違わず魔王の胸部へと激突し、
『無駄だ……その程度の攻撃で我が防護は破れぬ』
その全てが魔王の鎧に小さな傷を残すのみで砕け散っていく。
そして対する魔王も背に浮かぶ六本の大剣を振り上げる。
『貴様の攻撃が終わるのを待つ必要も無い……』
厚みだけでこちらの体躯を超える剣身が、こちら目がけて振り落とされようとして―――。
「読めてんだよ、お前の動きなんて!」
『―――ぬっ!?』
動き出す直前に、数百の剣が大剣に群がり押し留めた。
動く前ならその質量は関係無く、単純な力比べだ。
とはいえその単純な力ですらこちらは圧倒的に負けているが、どうせ長く拮抗する必要は無い。
「おらおらおらおらおらぁぁぁ!」
攻撃を妨害して出来た隙に、次々に剣が叩き込まれていく。
そして―――魔王の鎧に、小さな皹が生まれた。
『馬鹿な……我が防護がこのような虫けらに刺された程度で破れる筈が……!』
「てめぇは何千回もただ一点を虫に刺されたことがあるのか!?虫けら舐めんな!」
更に容赦なく剣が激突していく。
皹が生まれれば後は早かった。次々に皹が広がっていく。
しかし剣の弾丸も残り僅か。
それでもひたすらに一点を攻撃し続ける。
勝利を、掴む為に。
『小癪な……!』
魔王の口が大きく開き、内部に火球が生まれた。
触れれば魂まで焼き尽くされる、煉獄の火炎だ。
『目障りに飛び回りおって、虫けらがぁぁぁぁぁ!』
巨大な火球が発射され、秒も経たぬ内に着弾する。
岩が溶け、高温の池が生まれた。
そこにはとても死体など残っていない。そんなものが残る温度ではない。
「その虫けらが見えてないお前は、単なる老いぼれか!?」
しかし、声が上方から響いた。
そこには、並び浮いた剣の上に腰を落とし、一本の剣を握り締めた片翼の姿。
「誰がじっとその場に立ってると言った!」
発射されていく剣の最後部に位置し、魔王をぎらついた眼で睨みつける。
「それに―――お前の自慢の防御力もそろそろ限界だろ?」
その言葉通り、皹は最早鎧全体を覆っていた。
同様に、剣も残り百本を切っている。
「一本残らず、お前にブチ込んでやる!」
乗っている剣が加速する。
残り二十。鎧は揺れ、限界近いのは一目瞭然。
叩き込む。
残り十。隙間が見えるほど近付く。剣が突き刺さるほど脆くなっているが、まだ粘る。
握り締めた剣を構える。
残り五。あとは乗っている剣四本と握り締めた一本のみ。
宙に飛び出す。
四本を一直線に連ねて連続で叩き込むと、遂に―――魔王の防護が砕け散った。
『何故だ……何故、我が……!』
露わになった、魔王の本体。
それは、世界を震撼させた邪悪な魔王とは到底思えない、背に黒い翼を持つ小さな小さな少女だった。
だが容赦はしない。武器は残った剣一本。
断ち切ってやる、と振り上げる。
『我は―――敗れる訳には、いかぬのだ!』
その時、伸ばした魔王の掌から小さな盾が現れた。
鉄板と呼んでも差し支えのないような、薄い薄い、半身を守るのが精一杯な盾。
こちらが振り下ろした剣と、相手の生み出した盾が激突し―――
両方が同時に、砕け散った。
『我の、勝ちだ……半端者!』
「くっ―――!」
負ける。
ここまでやって、相手の目と鼻の先まで近付いて。手を伸ばせば届くのに……負ける?
「―――負けて……たまるか……!」
片手を振り上げる。
拳は握らない。殴ったところで力の入らない腕では致命傷に成り得ない。
生命力を絞り上げる。
あと少し。ほんの少しでいい。
「半端者にだって―――意地があるんだよぉぉぉぉぉ!!!」
裂帛の気合と共に、その手に小さな短剣が『創造』された。
『な……!』
「お前の負けだ……!」
そうして伸ばした短剣が―――
―――少女の左胸を貫いた。
『……そんな……』
「果てろ、魔王。……俺が一緒に、冥土に連れてってやる」
最早視界も定かではない。辛うじて聴覚は正常に働いているが、これも間も無く消えるだろう。
自分は、死ぬ。
しかし悲しくは無かった。
これで魔王は滅び、頭を失った魔物達は烏合の衆となって間も無く駆逐されるだろう。
そして復興が始まる。あの信頼できる仲間達ならば、きっと素晴らしい社会を作れるだろう。
―――世界に、再びの平和が訪れる。
『我は……我は死にたくない……』
確実に心臓を捉えた感触があった。ぼやけた視界には微かにしか見えないが、脈打つような出血がその証拠だ。
これで即死じゃないのは流石に魔王といったところだが、間違いなく致命傷だろう。
「直接にしろ間接にしろ、お前が殺した奴らも同じこと考えたろうさ。
……これが因果応報って奴だ。大人しく受け入れろ」
『死にたくない……我はまだ……』
魔王は、短剣を握ったこちらの手首を掴んだ。
『我はまだ……何も手にしてはいない……!』
その手が、こちらの手首へと『潜り込んだ』。
「な……っ!?」
『貴様の肉体を手に入れ……我は今度こそ……っ!』
身体が、同化していく。
感じたことの無い気持ち悪さ。
半身が同化し、眼前に少女の必死な形相が大写しになった瞬間―――
―――意識は、闇に落ちた。
そこは、暗闇だった。
何も見えない。何も聞こえない。自分の身体の感覚すらない。
五感の全てが消えたのなら、きっとこんな状態なのだろう。
自分は、死んだのだろうか?
何も無い此処は地獄と言うのには少々恐ろしさに欠ける気もする。
最後に放った一撃は、間違いなく魔王の生命を奪った筈だ。
魔王も、同じ様な場所にいるのだろうか。
『―――』
……?
何かが聞こえた気がした。
何も聞こえる筈は無いのに。
『――ろ』
また、聞こえた。
『起―ろ』
……起きろ?
死んだ者に向かって起きろとは、随分と無茶を言う。
そもそも、この声は誰なのだろう。
『起きろ』
耳元から聞こえるような、空間から染み出すような。
誰だ、俺を起こそうとするのは。
『―――起きろ、馬鹿者が!』
その瞬間、意識が揺さぶられるように打撃された。
「うあっ!?」
未経験の衝撃に驚き、身体を跳ね起こす。
……起こす?
「……え?」
不意に戻った感覚に、呆然と周りを見回す。
―――が、何も見えない。暗闇だ。
しかし座り込んだ下半身はごつごつとした岩肌の感触を返してくるし、空気を吸っては吐く呼吸の感覚もある。
状況が掴めず混乱する中、不意に声が響いた。
『やっと起きたか。馬鹿者』
「……誰だ?」
声の主を探して視線をさ迷わせるが、見えないので何処なのか全く分からない。
そもそもこの声、不思議と自分の内側から頭に直接響いてくるようで、方向が掴めない。
『最期に殺し合った相手の声も覚えていないのか、貴様は』
「殺し、合った?」
その言葉をゆっくりと咀嚼し……理解が及んだ瞬間、ぼんやりとしていた頭が急速に目覚めた。
「魔王!? 生きていたのか!?」
自分が生きていて、相手が生きている。つまり決着は未だということか?
『落ち着け。我は死んだ……と言うべきなのかこれは……?
ともかく、貴様と争う手段は既に持たぬ』
「……どういうことだ?」
殺し合いの相手が近くに存在するという割には、落ち着いた……というより戸惑っているような言葉に頭が冷える。
『説明には少々時間が掛かる。それに、何も見えぬこの場では最も大事な部分が説明出来ぬ』
「そういえば、ここは何処なんだ?」
『貴様と殺し合った、地下迷宮に存在する大空洞。その成れの果てだ。
あの直後に崩壊し……幸か不幸か、我らは偶然出来た空間で生き長らえたのだ』
「……おい、つまり死ぬまでこのままか」
地底の奥深くに偶然出来た小さな空間に閉じ込められたということか。
光が差していないということは地上へ繋がる隙間が無いということで、つまりは脱出不可能だ。
『とりあえず出るか。……とはいえ我は何も出来ぬ。やるのは貴様だ』
「とりあえず出たいのは同感だが、俺にこんな状況で役に立つ能力は無いぞ」
剣を『創造』する、それだけの能力しかないのだ。
寿命を使い切る勢いで剣を『創造』すれば、魔王の鎧を砕いたように地上までの穴を掘れるかもしれないが……。
『案ずるな。そうだな……ちょっと掌を斜め上に当てろ。……そう、前方斜め四十五度。
そして念じろ。延々と上へ昇っていく、石造りの長い長い階段を』
「念じる? そんなことして何になる。天の女神が助けてくれるのか?」
『ハッ、神が何かを助けなどするものか。
いいから、黙ってやれ』
むっとするが、自分には何も出来る事が無いのが現状だ。
渋々指示通りに手を伸ばす。腕が伸びきるより前に、岩肌に手が触れた。本当に狭い空間らしい。
「階段。階段ね」
上へ伸びる階段、と言えば螺旋階段か。
子供の頃、孤児院だった教会に綺麗な螺旋階段があったな、と思い出す。
腕の良い職人が手作りしたという凝った装飾の階段は、自分の密かなお気に入りだった。
それを具体的なイメージとする。
『……成功だ』
「え?」
掌の岩肌の感触が消えた。
視界は変わらず真っ暗闇だが……感触が消えた瞬間、ほんの少し何かが動くような風を感じた。
何か違和感を覚えて、前方を手で探ってみる。
「……階段?」
カーブを描きながら伸びていく階段が、そこにあった。
『さて、他者に使わせたのは初めてだが……上手くいったか否か。
とりあえず昇れ』
「言われなくても昇るさ」
仕組みは分からないが、脱出できそうなら躊躇う理由は無い。
真っ暗闇の中を上下左右手探りで進み始めた。
ある程度進んで分かったが、やはり階段は緩いカーブを描きながら上へと伸びていた。
立ち上がっても頭がぶつかる様子は無く、腰の高さにはご丁寧に手摺り付きである。
とはいえ石造りなせいか少々冷たいのだが。
着々と地上へ向かっているように思えるのは精神的にも状況的にも非常に宜しいのだが……。
「はぁ……はぁ……」
いかんせん、長い。
景観が全く変わらない暗闇なのも疲労に拍車をかけていた。
それに……自分は混血だけあって体力には自信があったのだが、この程度で疲れる身体だったろうか??
まだ激戦から体力が戻っていないのか?
力を全て搾り取るつもりで『創造』の能力を行使したから、今死んでいない方が不思議ではあるのだが……。
手足も思ったより遠くへ伸びず、余計に疲れる。
途中、休憩としてその場に座り込んだ。
『さて、我も地上へ出るのは久しいが……地上までの距離は何れ程だったかな』
「はぁ……地上の入口から魔王の大空洞まで丸一日かかった筈だ。
とはいえ入り組んだ迷宮だったし戦闘もしたから、真っ直ぐ上へ昇れるなら一、二時間ってとこだろう。
というかお前、自分が作った迷宮を覚えてないのか?」
『適当に弄り回しただけだ。我は地下深くに潜ることが出来ればそれで良かったからな。
それに、一から造ったわけでもない』
「……何?」
『元からあった洞窟に、多少分岐を追加して陣地としただけ、と言ったのだ。
我が住んでいた大空洞。あれも元は通路にあった小さな空間に過ぎなかったのだぞ?』
「ってことはお前の居た後ろには……」
『洞窟が続いていたぞ。我も奥まで進んでみたことはあったが、何時まで経っても奥に辿り着かんから放置していた。
邪魔だから壁を造って封鎖していたがな』
相当に深いダンジョンだと思っていたが、あれでも一部だったというのだろうか?
平和な世であれば探索してみたかったものだ。
「……さて、そろそろ行くか」
休憩を終え、立ち上がる。
周りは変わらず暗闇だが、じっと見つめれば目の前に翳した手の輪郭が見えた。
僅かだが、光が差している。地上へと近づいている証拠だ。
疲れた、しかし先程より少し軽い足取りで階段を再び昇り始めた。
昇っていく。
最初は違いの分からぬ程に、そして後には明確に、視界が明るくなっていく。
昇っていく。
気温も変わった。冷たく停滞した空気から、僅かに風の流れが感じられるように。
昇っていく。
世はどのように変わったろうか? どれほど眠っていたか分からないが、混乱はあれど平和になったろう。
昇っていく。
自分は死んだ者だから表に出る事は出来ないが、世がどのように変わったか世界を周るのも一興だろう。
光が差す。
共に戦った三人の仲間達が今何をしているのか、見るのも面白い。会えれば会うのも良いだろうか? 俺は死んでないから安心しろ、と。
地上へ出る。
そしたら人の居ない土地へ行って隠遁しよう。この平和な世界を見ながら―――
久方振りの眩い日の下で周りを見渡す。
「…………え?」
『―――っくく』
入った時には荒野だったその土地は、背の低い草の生える草原になっていた。
風が吹き抜け、緑を揺らす。
「何なんだよ、これ…………」
『くははははははははっ!!』
そこに居たのは草を食む動物達と、それを狙う獣と―――
―――折り重なって横たわる、無数の死体。
身に纏った防具は二種類。青と、赤を中心に据えた二種類の彩色。
共通点は皆が武装していること。
どこからどう見ても、それは戦場の成れの果てだった。
『くははっ! 愉快愉快!』
「どういうことだよ……何で、こんな……」
目の前に広がる光景が信じられない。
「世界は……平和になる筈で……」
呆然と呟いた言葉に、魔王の笑い声が一層高くなる。
それは人を嘲る笑い。
『貴様は、魔王を倒せば世界が平和になると思ったのだろう?』
「そうに決まってるだろう! 皆、魔物の襲撃に怯えて暮らしてたんだ!
魔物を生み出し、率いる魔王を倒せば怯える必要は無くなる!
後は烏合の衆となった魔物を倒し、世界は平和になるんだ!」
『ふはははっ! だから愚かだと言うのだお前は!』
嘲り、蔑み、見下し……どこか悲しみを帯びた口調で魔王は語る。
『魔王が消えれば世界が平和に?
魔王が現れる前は世界は平和だったのか?』
「それは―――しかし、やり直せる筈だ!」
『何をやり直すのだ?
人の生活か? 離れ離れになった家族か? 技術の発展か?
―――土地の支配権の取り合いか?』
はっ、と気付いた。言われて初めて気付いた。
魔物に襲われ人の消えた町。立ち入れなくなった鉱山。
魔物の脅威に怯える人々は、軍隊と城壁に守られる大きな都市で身を寄せ合い、生活していた。
『外の危険が消え、抑え込まれた欲望が解放された時……何が起こるのであろうなぁ?』
「それは……でも、仲間達が……」
認めたくない。その気持ちが、悔し紛れに口をつく。
だが魔王はそれを切り捨てた。
『救国の英雄など、御輿にしかならぬわ』
項垂れた。
もう、反論出来る言葉が見当たらない。
認めるしかなかった。
世界は―――戦乱に飲み込まれてしまったのだと。
呆然とする自分に、呟く魔王の言葉が届いた。
『それに、我を打倒したところで魔物など消えはせぬ』
「……え?」
『貴様は……いや、人々全てか? 我が魔物を生み出したと思っているようだな。だから魔物の王などと呼んでおったのだろうが。
まぁその呼び名は間違ってはいない。我が指示し、襲わせたのだからな。
だが我は使役こそすれ、一匹たりとも魔物を生み出してはおらぬ』
「何……だと……?」
『そもそも、我ではこれほど莫大な数の魔物を生み出せぬ。
我の力とは生み出す力ではないのだからな。
……丁度良い。長い付き合いになりそうだ。我の能力を教えておこう。今は貴様が行使するものだしな』
俄かには信じ難い。
使役して、しかし生み出していないと?
魔物は地下より現れ、地上で暴れた。その場所を探った結果、あの洞窟へと辿り着いた。
ならば奴らは何処より現れたのだ?
そんな心中の疑問には応えず、魔王は語る。
『我が能力は、貴様らの創り出すものとは異なる。
我が力は『干渉』。既に在る物の形質を思うがままに操る力だ。
例えば、そうだな……貴様と戦った時、鎧を使っていたろう? あれは周りの岩盤に『干渉』して作り出したものだ。
元は小さな空間だったのが、圧縮して防護の力とした為にあのような大空洞となった。
武器もそうだ。火炎は空気中の熱を用いたものだし、剣は鎧と同じ岩を圧縮したものだった』
そこで溜息のように、一息を吐く。
『だが、当然無制限ではない。貴様らの創り出す力ほど便利なものではないのでな。
まず一つ目。増幅や消滅は出来ない。一からは一しか生み出せぬ、ということだな。
大きな物を圧縮して小さくしたり、小さな物を低密度にして大きく見せることは出来るが……その質量は変わらん。大きくすれば脆くなるだけだ。
二つ目。異なる物には変えられない。例えば、樹木に『干渉』しても金属に変えることは出来ぬ。
その形や大きさ、密度が変われど、それは同じ木材でしかない、ということだ。
せいぜいが幹を葉にする程度だな。
大きな制限はこの二つ。……ここまで言えば、我が魔物を生み出したわけではない事が分かるだろう?』
「魔物を生み出すには……魔物が必要ということか?」
『正確には、相応の数の生物が必要ということだな。魂を宿す肉であれば、そこらの獣で構わぬ。
肉体に関しては圧縮はともかく逆は出来ぬ。大きな魔物を生み出そうとすれば、大量の獣が必要であろうな』
一匹の魔物を生み出すのに多数の生物が必要ということ。
魔王は、自分が魔物を生んだのなら世界中の獣が消えているぞ、と言っているのだ。
しかしそんな事態にはなっていない。むしろ人が狩り難くなった分、増えているくらいだ。
「つまり……お前が生み出したわけじゃない、と?」
『最初からそう言っておる。
……まぁ使役する分には強靭故に利用させて貰ったがな。支配するだけならば、意識に少し『干渉』すればいいだけだ。雑作も無い』
「なら、誰が―――」
『知りたいか?』
その言葉に、背筋がぞくりとした。
笑いを含む、底冷えのするような口調だった。
『知りたいか、白き片翼を持つ者よ。地底の奥深くに潜む、人を喰らう魔物を無尽蔵に生み出す者の名を知りたいか?』
「……どういうことだ?」
『そのままの意味だ。何故ならこれは、恐らくこの世界で我のみが知る真実。
地下に潜み、湧き出す魔物を見続け、地上の人々から魔物を生み出すと思われ続けていた我のみが知る世界の裏側』
魔王は言外に示しているのだ。―――知らない方が幸福だぞ、と。
魔物はこの世界にいる誰もが憎んでいる。それを生み出した相手を当然最も憎む。
それは、憎悪を向けられ続けた魔王自身が一番解っていることだろう。
それでもなお、知ってもいいのか、と問い掛ける。警告として。
だが―――。
「教えろ、魔王。魔物を生み出さず、しかし魔物を支配した魔物の王」
答えた。
「俺は魔物が大嫌いだ。世界を滅茶苦茶にした魔物達と、それを生み出した者を許せない。
だから、命を賭してまで魔王を倒したんだ」
それがどんな強大な相手だとしても。
「教えろ。魔物を生み出した魔神の正体を」
絶対に、打倒してみせる。
『……良かろう』
先程とは違う種類の笑いを含め、魔王が語り出す。
『―――貴様は、創世神話を知っているか?』
だが、最初に来たのは予想もしない質問だった。
「……? それが何か関係あるのか?」
『あるから問うている。教えろと言ったのは貴様だぞ』
意図は分からないが、答えることにする。
「当然知っている。というか知らない奴なんていないんじゃないか?
この世界を創った女神の話だろう?
天より舞い降りた女神はこの世界に光を満たした後、動物や植物を創り出し、最後にはじまりの人を創り給うた。
その者に生めよ増やせよと命ずると天へと帰り、今も天から我らを見守っている、と」
天の女神を信仰するのがこの世界の教会だ。とはいえ御伽噺に過ぎず、本気にしているのは熱心な信徒くらいなものだが。
『大雑把に言えばそんなところだな。『はじまりの人』が数種いたとか、そういう意見もあったか。
―――その神話は、概ね事実だ。我の調べたところではな』
「……はぁ?」
『一応言っておくが、我は信徒ではないぞ。むしろ逆だな。
これはあくまで調査と推論の結果だ。伊達に長く生きてはいないのでな。
……さて、事実なのはあくまで概ね。少々事実とは違う部分がある』
疑わしく思えてきたが、黙って聞くことにする。
『まず疑問なのは『天』とは何処なのか、ということだ。
この世を創り出したのが女神ならば、女神は何処から来たのだ? 世界の外側か? ならば女神は世界の外側から今も見守っていると?
……違うのだ。そもそも女神はこの世界に在った。そして今もこの世界に存在し、我らを見ている』
魔王の訥々とした語りに、引き込まれる。
『だが女神が人を、生物を生み出したのは事実だった。ならば女神は……この世界そのものの化身とも考えられないか?
世界が人を生み、見守る。それはある意味で当然の行為だ。
世界の中核は地。世界の化身が現れるとしたら……それは地の底より出で、地の底へと帰っていく。
女神は、今も地底深くに潜み地上を監視しているのだ』
少々強引な帰結にも聞こえるが、それは思考や調査の過程を知らないが故だろうか?
聞いたことの無い論だが、筋は通っているようにも思える。
『話を戻そう。女神はこの世を整えた。それは事実。
つまり様々な物を創り出した張本人で、未だ地の底に存在する』
「……あれ?」
頭の中をとある想像が過ぎった。
『気付いたか?』
いや、まさか。
有り得ない、と思いつつも、嫌な想像が頭を離れない。
『女神は創造の神。この世に生物を創り出した絶大な力を持つ。
そして今もその力は健在なのだ』
鼓動が早くなる。口の中が乾く。
思考が推論を導き出し、感情がそれを有り得ないと否定する。
『……やれやれ。言わんと解らぬか? いや、信じたくないのか』
呆れたような口調。
そして魔王はその言葉を紡いだ。
『魔物を生み出したのは―――世界の母、女神を置いて他に無い』
「……ははっ。創造神が、魔物を生み出しただって?」
笑い飛ばす。……いや、笑い飛ばそうとする。
それは有り得ないだろうと、否定する為に笑うが、乾いた笑いしか出てこなかった。
「何の為だよ。どうして世界を人で満たした女神が、人を襲う魔物を生み出す?」
『理由は分からん。だが意図は読める。―――人を滅ぼす。あるいはそこまで行かなくとも、減らす為であろうな』
「……そうだ、人を襲うよう命令したのはお前なんだろう? 使役はしてたんだもんな」
『確かに我は魔物を支配し、街を襲わせた。……だが、それは集団を作らせた上での話だ。
支配下に無い魔物の方が、むしろ攻撃性は高いぞ。劣勢ならば退くよう、我は命令したのだから』
「俺は信じないぞ」
『それも致し方無い。我とて確信を持つまでには長い調査と推論が必要だった』
「ああ、お前の言葉だけでは信じない」
いつの間にか地面にへたり込んでいた身を、立ち上がらせる。
「だから示せ、魔王。―――お前がその結論に至った筋道を。お前が生み出したのではないという証拠を。
それが確かな事だと信じられたのなら……」
しっかりと大地を踏みしめる。
「……俺は、女神だって倒して見せる」
そう、宣言した。
『―――くはははっ! それでこそ魔王を倒した孤独の英雄よ!』
楽しそうな、どことなく嬉しさを含んだ魔王の高笑いが響く。
一しきり笑った後、魔王は息を吐いた。
『……では、まずどうする?』
「そうだな。まずは現状把握だ。今はあの戦いから何日後で、地上はどんな状態になってるのか。
……お前の言う事を証明するのは、その後だ」
『良かろう。どうせすぐには人は滅びぬ。魔物の攻撃性が高いとはいえ、我が使役していた奴らとは違い烏合の衆。
軍が駐留する規模の街ならば、当分は心配あるまい。
だが、その前に把握すべきことがあろう?』
「……何だ?」
『貴様自身の現状把握、だ。……まさか、何も気付いていないのか?』
ショックの連続で頭から飛んでいたが、そういえば身体に少々違和感がある。
加えて言えば、自分の声が妙に高く聞こえて耳もおかしいし、手足が若干短い感覚もするし、風が肌を撫でる感触が妙に直接的で……。
目覚めて初めて、自分の身体に視線を落とす。
「…………」
ちょっと有り得ないものが見えた気がして視線を正面に戻した。
シャツが肩からずり落ちて、何か胸の部分に膨らみと、その頂点にピンク色の何かが見えたような……うん、胸板だよな胸板。鍛えてたしな。
両手を持ち上げてまじまじと見つめる。
毛の無いすべすべの白い肌。触ってみるとぷにぷにと柔らかい。……うん、暗闇にいたから肌が白くなったんだな。寝てたから筋肉落ちたのかな。
混乱して頭を掻く。
さらさらとした長い髪の感触。……ああ、そんなに長く眠っていたのかな。髪がこんなに伸びるなんて。
『……まさか本当に気付いてないのか。我はこんな馬鹿者に負けたというのか……?』
「うるさい、馬鹿に負けた方が馬鹿だろうが」
……やっぱりなんか声高くね? 魔王の声は普通に……いや聞こえ方は変だけど高さは普通に聞こえるし……。
そういえば魔王は何処にいるのだろう。
『……埒が明かないから我が説明するぞ』
疲れきった口調で魔王が話し出す。
『我が貴様の身体に乗っ取りを仕掛けたのは覚えているか?』
「ああ、お前を倒したと思ったら正体が小さな女の子で、しかも腕が潜り込んでくるんだから驚いた」
『これでも生まれて四桁近い年数だがな。
……身体については乗っ取りが成功した。貴様の肉体はほぼ死に掛けだったからな。対して我の肉体は致命傷を負ったのみ。勝敗は見えていた。
だが肉体の支配……魂の乗っ取りが失敗した。どうやら貴様の魂は相当強い部類らしいな。
激しく抵抗され、取り込むどころか、逆に半分取り込まれてしまう結果となった』
「ってことはお前は……」
『ああ。今は貴様と離れられぬ、最早魂だけの存在だ。貴様の魂に直接語り掛ける形で、会話をしている』
世界を震撼させた魔王が魂だけとなり、しかも人の身体に何も出来ない状態で閉じ込められている。
それは、何というか。
「ざまぁみろって感じだな」
『煩い馬鹿者。
……ともかく、貴様の肉体は我が大半を占めており、魂は貴様が支配しておる』
「成る程」
……あれ? 魔王が大半ってことは今の身体は……。
『漸く気付いたか?』
身体をぺたぺたと弄る。
長くさらさらの髪。小さな顔。細い肩。膨らんだ胸。くびれた腰。丸い尻。しなやかな脚。
それは感覚がおかしいのではない。勘違いなどでは勿論無い。
どう考えても今の身体は―――
『まぁ、貴様の身体も多少は使えたので身体年齢は我と貴様の間といったところだな』
「お、女じゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
魔王の身体をそのまま成長させたような、少女の姿だった。
『性別などどうでも良いだろう?』
「どうでもいいわけあるかっ!」
誇れる生まれでなかろうと、せめて男らしくあろうと研鑽を積んで来たというのに……。
鍛えた肉体も、戦技も、これでは役に立たない。
以前の自分との共通点と言えば、背中で揺れる片翼のみ。
そんな事を涙ながらに語ると、呆れたような言葉が返ってきた。
『なんだ、そんなことか』
「そんなこととはなんだ!」
『その程度の事、だ。……貴様は自身の状態を何一つ把握していない。
……全く、気付くのを待っていたら日が暮れる。我が説明する他無いか』
「現状と言っても、こんな脆弱な女の身体になって―――」
『黙って聞け。まず誤解から解いていくぞ。
まず肉体の性能についてだが、今のお前は女性であっても脆弱ではない』
「……は?」
『貴様の身体で、使えなかったのは脳や臓器といったダメージを受け易い部分が中心。
死に掛けと形容したのは、とても身体を維持出来る状態でなかったからだ。
維持機能以外はそれなりにダメージを受けたのみに留まっていた。
だから筋組織や脂肪は転用してある。密度で言えば生前より高いぞ。
女性として不可解でない程度のサイズ、重量に収めてはあるがな』
「つまり……」
『戦闘を行うに不都合は無い、ということだ。
では二つ目。貴様の生来の能力があるだろう? 使ってみろ』
「あ、ああ」
手の内に剣を『創造』する。物心ついた頃から行使してきた能力だ。意識するだけで呼吸のように扱える。
―――が。
「……あ?」
現れなかったのではない。
現れすぎた。五本の剣が宙に『創造』され、握れなかった数本が地面に突き刺さる。
「おいおいおい俺の『創造』は剣一本じゃ……」
しかも以前と同じく、意のままに宙を動く。
『ふむ。我の魂と同化した影響であろうな。
そちらは我では分からぬ。後に貴様が調べろ』
「言われなくても調べるっての」
不機嫌を装い言い返すが、正直嬉しい。
一度に一本、良くて二本。それで今までやってはこれたが、やはり手に持っての近接戦がメインになってしまっていた。
複数本出せるとなれば戦法の幅も広がる。
『そして三つ目。これが最も重要ではあるな』
少し顔がにやけているのが分かったのか、呆れ気味に話を続けられた。
『我と貴様は魂が同化している、と言ったな?』
「ああ。俺が主体になって、お前が取り込まれたような形なんだよな?」
『完全にではないがな。だからこそ我がこうして意識を保てている。
……さて、そうして取り込まれた結果、貴様に我の能力が移っている』
「お前の能力? ―――ってまさか」
『そう。……我が生来持つ冒涜の能力。万物に『干渉』する力。それが貴様に根付いているようだ』
「……だから、地上まで階段が作れたんだな」
『そうだ。不幸中の幸い、とも言えるな。
我の方に能力が残っていたなら、その身体では『干渉』出来ぬまま地下深くに閉じ込められて死んでいただろう』
命と引き換えに倒した魔王と同化し、しかしその力によって生き長らえたとは、なんという皮肉か。
『丁度良い、使ってみろ。慣れもあることだろうしな』
「……そうだな」
御誂え向きに、手の内には一本の剣がある。
『能力の発動は、接触が基本だ。薄いものなら間接的な接触でも可能ではあるがな』
今は直に手で握っているから気にしなくていいということか。
剣を片手で水平に構え、目を閉じる。
魔王が語った『干渉』に関わる説明を思い出す。
一つ、別種の物へは変えられない。金属製の剣からは、同じく金属の何かにしか変えることは出来ない。
二つ、一は一にしかならない。この剣をそのまま巨大化させたりは出来ない。
それだけを頭に叩き込み、イメージした。
両手持ちの細い長槍。
そして願う。『成れ』と。
『……ほう』
願った瞬間、何とも言えない感触が返ってくる。
手の中で震えるような、『変わる』感覚。
それが収まった後に目を開けると、そこにはイメージ通り、身の丈ほどの細い槍があった。
「よし、成功」
そのままクルクルと両手で回す。
自分の本領は剣だが、武具の扱いは一通り修練している。弱い『創造』の力に頼るだけの戦闘は嫌だったから。
身体に這わせるように回転させ、最後に小脇に挟んだ。
こうして身体を動かしてみて分かったが、言われた通り筋力はさほど落ちていない。
これならばすぐに戦闘があったとしても困るまい。
……とはいえ、今の身体ではやはり違和感があるから、再確認を終えるまでは避けたいが。
「……あ、そうだ」
元となったのが自分が『創造』した剣だったから、思う通りに動かないかなと念じてみる。
……が。
「うーん……」
動いたは、動いた。しかも思う通りに。
しかし、なんというか……。
『異常な程に不可思議だな』
「変に遠回しな言い方をするんじゃない」
ぶっちゃけ奇天烈だった。
多分、自分が槍の操作に慣れてないからだろう。
重心を捉え切れず、ふらふらくるくる動いていた。
『要鍛錬、だな』
「分かってるから言わなくていい」
これもまた、戦法が大きく広がる。というか幾らでも広げられそうだ。
「……なぁ、『干渉』で俺の今の身体を変えることは出来ないのか?」
『理屈の上では出来るが、止めておけ。
今の我らの魂と肉体は絶妙な均衡によって成り立っている。
この力を知り尽くした我が直接操作出来るのならばともかく、不慣れな貴様が行えばまず間違いなく失敗するぞ』
「失敗したら……」
『最悪死ぬ。良くても奇形だな』
「うえ、やめとく」
腕が変な所に生えた自分を想像しかけて、慌てて打ち消した。
それならば女の身体の方が余程マシだ。
「あ、そうだ。服はどうなんだ?」
『触れている物体ならば問題無い、と言ったろう。
……貴様に女用の服に関する知識があるのか疑問ではあるがな。
力の行使には、具体的な想像が必須だ』
「……無いな」
まぁ、サイズを合わせるくらいは出来るだろう。
身に付けたシャツとズボンを身に合わせたサイズに『干渉』し、ついでに破れたマントを綺麗にする。
汚れは一箇所にまとめて抽出し、ボロ布として捨てた。
元のサイズが大きいせいかまたダブついているが、落ちるようなことは無いから一先ずこれで良いだろう。
そうして身形を整え、当ても無く歩き出し―――数歩で止めた。
『……? どうした?』
「……胸が擦れて落ち着かん」
胸は大きな方ではないとは思う。仲間に一人女は居たが、あれよりは小さいし。
それでも歩く度僅かに揺れて落ち着かない。
ついでに股の下着も男用のままなので奇妙な感じがする。
「……『干渉』して作るか。女性用の下着ってどんな形なんだ?」
『下はともかく上は知らぬ』
おい、元女性。
『我の体型を見たろうが。胸があるように見えたか?』
「一瞬しか見てねぇが、まぁ要らないように見えたな」
『だから分からぬ。
下は密着するような形だった筈だ。上は……押さえる布であれば良いのではないか?』
「ふむ……」
密着するということは、伸縮性の素材の方が良いということか?
上がどうにも想像が出来ないが、巻きついて軽く締め付けるような布であれば問題は無いか。
そもそもこうして自在に形を変更出来る以上、着替えの手間は不要なのだ。
「えぇと、こう、かな?」
イメージし、『干渉』する。下は着ていた男用、上は服のダブついた部分を使えば良い。
想像通り、身体にフィットした布が現れ、多少身体も落ち着いた。
「これで良し、と―――」
バサリ。
「……ん?」
一息吐いた瞬間、背中に何かが現れた。
肩越しに振り返る。
その視界に、黒が映った。
「な―――」
翼だった。
元々自分に生えていた片翼とは逆側から生えた翼。
他の『創造』の一族と同じように翼が生えていたら、とかつて夢想したのと同じ位置。
だがそれは、生来の翼とは異なる。
―――闇のような漆黒の翼だった。
「なんだよ、これ……」
『……ほう。我の肉体としての反応か、はたまた能力の象徴としての発露か……?』
言われて、気付いた。
これは魔王の背中に生えていた翼と同じものだ。
「……ちょっと、マズイな」
片翼は、珍しくはあっても存在しない訳ではない。
『創造』の一族と他種族との混血児は僅かながら存在し、その多くは片翼として生まれてくるのだから。
その子供はどうなるのか、という報告はデータがほぼ存在しなくて明らかになっていない。
しかし、黒翼なんて見たことがない。
こんな姿で街に出る訳にはいかない。
「……どうするかなぁ、コレ……」
頭を掻きながら、溜め息を吐いた。
『どうにもならぬな。貫頭衣か何かで隠すしかなかろう。我ならば能力の行使で隠せるが、貴様にはまだ無理だ』
マントがあるから隠す事は出来る。しかしシルエットは分かるし、風が吹けば見えてしまう可能性もあった。
『創造』の一族にとって翼は誇りであるから隠している者はまずいない。隠しているという事実だけで怪しまれてしまう。
しかし露にしたら一層マズイことになるわけで……。
「……まぁ、考えても仕方の無いことか」
とりあえずマントで覆っておく。
元々あった片翼と同じように操作を受け付けたのは幸いだった。畳めるだけで随分と違う。
身形を一通り整えたところで、その場にしゃがみ込んだ。
そこにあるのは、名も知らぬ一人の兵士の遺骸。
その持ち物を漁り始める。
『何を乞食のようなことをしている?』
「情報収集だよ。地図の一枚でもあれば随分違うからな」
勿論この近辺の大まかな地図は一通り頭に入っている。
だが新しく村が出来たり、逆に以前あった村が消えている可能性もあった。
勿論大きな街はそう簡単に変わらないのでそちらを目指せばいいのだが、最寄で一番大きな街は当時最前線だった城砦都市だ。
城門は身体を隠しては通れまい。
「こいつは持ってないか」
だが数枚の銅貨を持っていたので頂いて、隣の遺骸へと移った。
そうして何体かの遺骸を調べる内に、目当ての物は見つからずとも幾つかの情報が手に入る。
今はあの決戦から丸一年。自分はどうやら一年間も眠っていたらしい。
魔王に聞くと、「身体の安定に時間が必要だった」とか何とか。
魔王としても身体の『干渉』による同化は初めての試みだったそうだ。
そして予想通り、世界は大陸全土を巻き込んだ戦乱の渦中にあった。
幾つもの小国が争い、大国は内部で分裂し、領地や資源、技術や人材を奪い合っている。
士官と思われる男の遺品からは手記やメモが見つかり、状況把握に随分と役に立った。
そこからは階級が高いと思われる服装の遺骸に絞り、ある程度の金銭や換金出来そうな装飾品も手に入った。
そうして何十体もの遺骸を探る内に、
「大陸全図、か」
一際目立つ装備をした男の遺品から、ようやく地図が見つかった。
遺体の多い赤色側だった。きっと敗軍の将だったのだろう。
元はシンプルに大まかな地形や都市名のみを描いたのであろう大陸全図は、びっしりと走り書きの文字で埋まっていた。
書き込まれていたのは戦況やその時点での国境線、国軍の本営といった流動的な情報だったが、遺体も地図もまだ新しい。
今でも十分使える情報だろう。
更にもう一つ、隣の軽装の遺骸から縮尺の違うこの近辺のものであろう地図も見つかった。
地形は自分の記憶と一致している。違うのは森林の範囲が多少増減している程度だろうか。
しかし最も大きな違いが、
「……小さな村が、ほとんど消えてるな」
地図に書き込まれた線と文字は、この付近が前線であったことを示している。
戦火に巻き込まれる事を恐れて移住したか、国家が命令して廃村にしたか。経緯は分からないが、結論としては同じことだ。
城壁のあるような大きな都市を避けるとすると、最寄りの村まで徒歩で二日ほど。不慣れなこの身体ならもう少しかかるだろうか。
飛翔すれば速い筈だが、飛んだ事が無いので無事に済むかは不明だ。
対して、城砦都市までは今から歩いても日暮れには辿り着く。
「……仕方ない。城砦都市に向かうか」
『策はあるのか?』
「まぁ、乱暴なもの含めて幾つかはな。リスクも多少ある」
魔物の軍勢に対する防衛拠点でもあった城砦都市は、人や物の行き交う交易拠点でもある。
門の出入りは容易ではないが、逆に手続きを堅くし過ぎては通れなくなってしまうのである程度簡素化されている筈だ。
付け入る隙はあるだろう。
鞄も調達して金品を入れ、個人を特定できそうな物はその場に散らしておく。地図も軍用のため泣く泣く元に戻した。
黒翼が引っ込んでいるのを確認してから歩き出す。
「行くか。―――城砦都市サウサリアへ」
仲間がどのようになっているのか気になります。
中二バトルは書いててなんか脳汁出ます。
>仲間がどのようになっているのか気になります。
続きを執筆中なので少々お待ち下さい。全員出す、予定…ではあります。
>無駄な改行が多く、非常に読みづらいので最初で読むの諦めました・・・
個人的に、みっちり文を読むのがどうにも苦手なのでこうなりました。
あんまり読み難いようでしたら可能な限り改善します。
続きがよみたい。