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スライム選択物語 Choice2

2013/03/12 08:10:10
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唐突だが、辻白竜(はくりょう)には二人の兄が存在する。
長男は「竜峰(りゅうほう)」。体格が大きな小学校教師の28歳。
次男は「竜巻(たつまき)」。飄々としたオートレーサーな26歳。
全員に武術の心得があり、学生の時分には近辺で起こった暴行事件を2人で解決した為、「ドラゴン兄弟」と揶揄された事もある。後に白竜もその称号に加わり「ドラゴン三兄弟」へランクアップしたのは大いなる余談ではあるが。

白竜も含め、3人は女手一つで自分たちを育ててくれた母を敬愛しており、今の所誰も嫁がいない。そろそろ安心させねばと思っている兄2人だ。
弱った時、自分の手で負えない事態が起きた時、真っ先に頼ろうと考えてしまうのは、この兄2人である。

奈央を捕喰し、妃美佳を喰らった白竜は、これ以上はダメだと考えてしまう。この身の内より湧き上がってくる本能をどうにかして制御しないと、次は何をしてしまうのか。
その矛先が早耶だけではない。家族にさえ向かうだろうことは、すぐに予想がついていた。
だからこそ抑えないと。3人兄弟の一番下で、兄2人に助けてもらいながら生きてきた身だからこそ、これ以上の迷惑をかけることはできなかった。
息を整え、吐く真似事と共に自らの一部に意識を向ける。

奈央としての肉体を維持したまま、子宮内に意識を向けて胎内のスライムに形を与える。
形成されていく毎に形の定められたスライムは指定された肉となり、子宮を内側から膨らませる。外側から見れば白竜の腹がいきなり膨れ上がり、次第に成長していく…。妊娠と成長のプロセスを早送りにしているようだった。
今の肉体はスライムゆえにそんな心配は無いのだが、臨月と思しきサイズになった段階で、膣口がぱくりと開き、中に存在する者が姿を見せる。

「んく…、出るぅ…!」

じゅる、じゅるという音や粘液と共に出産される“それ”は、やはりスライムだ。それ自体が意志を持つように内側から這い出てくる。
今しがた産み落としたものに加えて、もう1つ。合わせて2つのスライムを生み出したスライムの分体は、薄い半透明の体内に一つの器官を備えていた。
脳である。

本体としての身体から、文体としての2体に念を送ると、文体はゆっくりと形を作っていく。その姿は先ほど取り込んでしまった、飯綱妃美佳、尾長奈央の2人。
肉体の記憶になぞらえて、可能な限り2人を再現していく。一糸まとわぬ二人の肌に艶が生まれた所で、白竜から分体にさらに命令を送った。

指令は「体内に入れた脳の人物として動くこと」。
自分が食べて取り込んでしまった2人の代理として用意した、白竜の一部である2人に念を送る。

「わかったぜ、“俺”? アタシは妃美佳として動けばいいんだよな」
「はぃ、わたしは奈央として動きますぅ」

念を送ってすぐに、2人は“2人”として行動を始めた。喋る口調も雰囲気も確かに「飯綱妃美佳」と「尾長奈央」のそれで、傍目には別物だと見抜くことは難しいだろう。
これで一先ずは大丈夫のはずだ。分体を2人として活動させながら、自分は制御に注力すればいい。その為には…、今の自分がどんな存在なのかを知る必要がある。
微かに残る“肉体”としての記憶は、あそこが自らの産まれた場所だという確信を持っているのだ。自分を知るためには、ルーツを辿らなければ真実への到達はできないだろう。
今後への思案を重ねていると、体を触られている感触が生まれた。
視線を向けるとそこには、自分の胸に吸い付いている奈央と、股間を舐めている妃美佳の姿があった。

「ひぁっ、ちょっと2人とも、何を…っ、んぅぅっ」
「だってねぇ? 自分だと思うのに、こう、ムラムラしちゃってぇ」
「アタシは挿れた時の感覚が疼いちまってな。なぁ辻、またヤらせろよ…」

分体である筈の2人は、快楽に蕩けた視線を向けてくる。
分体といってもここまで自由に動くのかと、僅かばかりの驚きを見せながら、すぐに分体の動きを止めようとは思わず、彼女らの動きに任せるままにしていた。
女同士の性感と、スライムという体故の疲れの無さは、夜が明けるまで続いていた。

* * *

世間一般の休日である日曜日。辻家にいるドラゴン三兄弟の上二人はまったりしていた。
「おーい峰兄、コーヒー要る?」
「……あぁ」
「休日返上でテストの採点プラス間違い部分の解説とは、毎度恐れ入るね、峰兄には。ほれ、いつも通りのブラックな」
「……助かる」
「いーって事よ。どうせこっちもヒマしてるんだし、峰兄の手伝いでもしてた方が気が晴れるってモンさ」
「……ならば、いい人でも見つけろ。母さんを安心させてやれ」
「それを峰兄が言うか? そーいうのは長男が真っ先にやって然るべきだろ」
「……竜巻や白竜が結婚するまで、考えないようにしている」
「考えろよ!というか毎度毎度そうじゃねぇか峰兄は!」
「……変えるつもりは、ない」

先日行われたテストの採点をしながらも、そんな話が続けていて、二人は同時に、庭に入ってくる車の音を聞きつけた。

「今の白の車だよな。昨日帰って来てなかったっけ?」
「……深夜に、出かけてたぞ」
「なーる。女の子の相手は気を使うなぁ、我が弟ながら健気で涙が出てくるよ」

とは言いながらも、実際に出てくるはずも無い。辻竜巻は弟の想い人が“その中”に居る事を知ってるし、できればちゃんとくっついて欲しいとも思っている。
兄弟の仲では許される程度の軽口を叩きあいながら、恐らくは夜を徹して帰ってくるだろう弟の為、新しいコーヒーを淹れることにした。

「ただいまー…」

白竜は“自分”の姿を取りながら、昨晩妃美佳に持ってきてもらった車に乗り、帰宅した。
スライムになってから肉体の疲労感を感じた事は殆ど無いが、それでも精神的に疲れてしまうのは、つい先ほどまで行っていた行為の所為だろうか。
「よぅ白、お帰り。コーヒー飲むか?」
「ありがと、巻兄。峰兄もただいま」
「……遅いぞ、白竜」
「ごめん、ちょっと突然だったんだ…」
「あんまり責めるなよ、峰兄。白だって頑張ってんだからさ、イロイロと」
「あはは…」

変わっている筈の自分だが、変わらぬように接してくる兄二人の態度に、白竜の心は少しだけ軽くなってきた。
もしかしたら、今この場でも本能が膨れ上がり、暴走しかねない可能性さえあるというのに。
そのことを考えると、服の中で身体が少し、ざわめいた。

「……白竜?」
「どうしたの、峰兄?」
「……いや、何でもない」

自分や竜巻よりも長く功夫(クンフー)を積み、気や体術に一日の長があるからか。先ほどのざわめきをもしや感づかれたかと思い、気を引き締める。
同時に、自らを落ち着かせるために、竜巻の淹れてくれたコーヒーに口をつけ、3口、飲む。
熱いコーヒーが体内に混じり込み、喉のあたりからじんわりと身体全体に広がっていく。
砂糖もミルクも入ってない液を取り込んで、それが再現可能というシステムメッセージが頭の中に浮かび、少し苦笑を零す。

「お、どうしたんだよ白。そんなにリラックスできたか? 何だよめっちゃ頑張ってたのか? エスプレッソの方が良かったかな…」
「……邪推するな、竜巻」
「わーってるよ、峰兄」

目の前には、頼りになる兄二人。
どちらか片方でも、30人を降すのは難しくない。3人揃えば100人を叩く事さえ出来た。
あの廃棄された施設に戻って、もしかして別の何かが居たとしても、きっと何とかなるだろう。
しかし中にある物次第では、今の自分がどうなっているのか悟られてしまいかねない。
このまま1人で行く事も出来るのだから。

カップの中には、まだ6割は残ってる湯気のたったコーヒー。角砂糖1つとポーションミルクを注ぎ入れ、また飲み込む。
口の中に再現した舌が甘味と、僅かに和らいだ苦味を感じて心を落ち着ける。
目の前には変わらず、採点をしている竜峰とそれに付き合う竜巻の二人。
言おう。

「ねぇ、峰兄、巻兄。ちょっと良いかな……」

【発言内容】

>A.竜峰/竜巻に施設の調査を手伝ってもらう

B.やっぱり1人で施設の調査に行く

C.竜峰/竜巻を襲う。


そうして、白竜は口を開く。
先日見つけたあの廃墟で、妃美佳達が行くための下見をしていた事と、そこで不思議な地下施設を見つけた事。
彼女達の手前「大丈夫」とは言ったものの、どうにも奇怪さを拭い切れず、もう一度確かめに行く事。

「それを、2人に付いてきてもらいたいんだ。もしかしたら何か居るかもしれないし、1人じゃ何かあった時に、対応もし難いし…」
「…………」
「ふぅん…?」
「峰兄たちがいれば、調べることの手も速くなると思うし…、ダメ、かな…?」

決定的な疑問を投げかけて暫し。2度の呼吸の後に、まずは竜峰が口を開いた。

「……俺は、反対だ」
「え…?」
「……第1に、何故そこに拘る。第2に、藪をつついて蛇を出すな。第3、躊躇わず堂々と口説け」
「ぐ…っ」

確かにその通りだ。何も知らない兄から見れば、そこに行こうとすること自体をまず止めるだろう。
けれど第1の理由など言える筈もない。まさか自分が「そこに居た何かに喰われてスライムになりました」などと、言ってしまったら卒倒も憤慨もされかねない。
第2の理由も当然だ。わざわざ危険だと解ってもう一度行くのは愚行だし、今度は何が出てくるかもわからないのだ。
第3に関しては、自分の勇気不足。ぐうの音も出なかった。

「別にいーんじゃねぇの、峰兄?」
「……竜巻?」
「好きな子もそこに行くってんなら、危険とかは排除したいのが男心だろ。その辺は俺も解るぜ?」
「……だが、子どもの遊びではないのだぞ」
「それを言うんだったら、俺達はとっくに子供じゃない、ってな。本当に危険だと感じたら逃げればいいし、白だって女の子たちを説得するだろ。
…それにその方が、白は腹括るかもしれないしな」

助け舟を出している筈の竜巻の顔に、少しだけ歪んだ笑みが浮かんだ。
内心では状況を楽しみつつ、しかしきちんと引くところは弁える。そんな竜巻の姿勢に、竜峰は一つため息をついて、
「……仕方あるまい」
とだけ、頷いた。

「ありがと、峰兄、巻兄…」
「……ただし、危険だと感じたらすぐに帰る。そこは譲らんぞ」
「そうそう。母さんにこれ以上心配かけられないしな。そうとわかりゃ行くぞーすぐ行くぞー!」

楽しそうに身支度を整えに行く竜巻を横目に、竜峰はもう一度白竜を見据え、

(……もしもの場合は、自らが盾になる必要性があるだろうな)

そう考えていた。
果たして“誰”を“何”から護らないといけないのか。その答えは判然としなかったが、自分の感覚が虫の知らせのように、ずっとそれを伝えていた。

白竜が着替え、3人は先日の廃墟に向かっていた。竜峰の運転する車に白竜がナビとして同乗し、その少し後ろを竜巻のバイクが追いかける。
ちなみに2台とも法定速度を順守している。特に竜巻だが、レース場ではいざ知らず、公道の上では常に優良ドライバーを心がけている。一歩間違えば事故を起こしかねない仕事をしているのならば、公私のけじめはなおさらつけなければいけない、というのが彼の持論だ。

車を走らせて1時間暫し。山奥にある廃墟に再びやってきた白竜は、事前に自分の車内に乗せてあった灯りを2人に持たせて。今度は迷うことなく、下へと向かっていく。

「…ここだよ。夜が近かったのもあって、ここだけは調べられずに終わったんだ」
「なーるほどね。下の方は小奇麗で、上の廃墟とは全然違うな」
「……埃も、あまり積もっていないな」

前回白竜が捕喰された位置まで降りてきて、3人は周囲を見回す。リノリウムの床は、上の廃墟と比べれば確かに様相が異なり、ここだけはまだ“現代”の色を見せている。
そこで目に留まったのは、奥に続くわずかな床の窪み。それが“自ら”の行いである事を、白竜は理解していた。
この場で自分は喰われ…、自分を喰った“スライム”はもっと奥から来たのだと。
奥に何があるのかを考えると、喉の奥に唾液が溢れてくる。飲み下し、息を吐き、さらに見据える。光の無い通路でも人間の視界として捉える事が出来た。

「…行こう、峰兄、巻兄」
「……あぁ」
「オッケー」

3人は各々灯りを手にして進んでいく。非常灯しかついていない地下施設は薄暗く、持っている灯りが無いと、人間の目にはほとんど見える物が無かった。

「階層案内とかは…、ねぇな。とりあえず手分けして探してみっか?」
「……そうだな。ただし、危険だと思ったらすぐに入り口に戻る事。いいな?」
「うん、わかったよ…」

その言葉と共に各自散開し、手近な部屋へと向かう。
けれど、白竜だけはスライムとしての記憶があった。どこの部屋に何があったか、自分の生まれた場所がどこであるか。
そこは地下三階、生体兵器調整室。

2人の視線が無くなった所で、服を体内に圧縮収納しスライム化。自分の作った溝を辿るように滑っていく。
階段を滑り落ち、2階を通り抜け3階へ至る。
そこで気付いたのは、通常の建物に比べて階層の高さがだいぶ異なることだ。
この施設の1階は、通常家屋の2階分。約5m前後の高さがある。それほどまでに大きな建物で、1階は研究員の宿舎、2階は実験室、3階に生体兵器の製造・調整室が立ち並び、4階に練武室。地上から100m下には廃棄物処理場の合計5階層。
人間が立ち入れるのは3階までであり、自分も「うまく作られた」場合は4階で能力を確かめられるはずだった。
しかしそれを測る人間も、今はこの場に居ない。
……何故、それを知っているのだろう?

抉られた跡を辿り、3階へ赴く。いや、戻る。
視界に入るのは、自分がそこに存在していたであろう1基の透明なガラスに覆われたカプセル。人間が一人は容易く入りそうなそれは、ひび割れ活動を停止していたが、周辺の電子機器は未だ灯りを明滅させ、起動可能であることを告げている。
人型を取り、服を着る。食べたのは女性が多い為か、意図的に形状を決めないと肉体のラインは雌性のものとなるため、体内に仕舞っていた服に合う形に作り直す。
通常の人間として生活していたのなら、およそ目に掛かることのない巨大コンピュータの前に立ち、“知っている”起動スイッチを押す。
低い音を立てて機械が鳴動し、正面のモニターに文字が映し出されてきた。

* * *

「峰兄、そっちは目ぼしい物は?」
「……この資料程度だ」
一方、まだ上階に居る2人は1階の中を探り、一束の紙資料を見つけていた。
「それに何が書かれてるか、見てみようぜ。何でもいいから見てみないと、何にも解らねぇよ」
「……そう急かすな。文体が少し古いが…、これは戦前の物か?」
「おいおい、戦前って…。ここの施設は一体何をやってたんだよ」
「……それを今から読み解く。竜巻、灯りをこっちにくれ」
「オッケ」
「……読むぞ」


場所は違えど、3人が見た物は同じだった。
それは旧日本軍が提唱し、実現可能であると判断されたが故の生体兵器開発計画書。
他国を攻め入る際にに旗印として戦場に存在し、国土防衛の際には侵略者を尽く駆逐する為の存在。
かつて起きた大戦に介入しようとしない、人ならざる者を用いた兵器の開発。彼らの秘匿していた人間の未だ知らぬ技術を応用して作られる兵器の、ある種の展望だった。

1つ。人間の潜在能力を極限まで引き上げる魔薬。
1つ。人外の能力を模した防弾防毒の強化装甲。
1つ。己の身を人外と成す為の強化改造手術。

そして、南極で発見した異形細胞を応用し作られる究極生物。

それらの開発における計画が、研究職以外の人間にもわかるように細かに書かれていた。

「峰兄…、マジか、これは…?」
「……眉唾物だが、これを信じるのは…」

2人は計画書を前に、眉をひそめる。かつてこのような計画が提唱され、この現代の技術で作られた施設を見るに、今も何らかの形で線が残っているだろう事実は、ただの人間として生きていた2人には到底容認しがたい事実だ。
もしこれが戦中に実現されていれば、どうなっていたのだろう。日本は敗者でなく勝者。それも異形の隊を率いる、唾棄すべき蹂躙者になっていたのではないだろうか。
その可能性が頭を過り、こめかみにずきりとした痛みを訴えかけてくる。

「峰兄、他に書かれてることは無いか?」
「……いや、これだけだ。本当に企画書、草案のようだな」
「こんなのが企画書だけでも残ってるなんて…、それに人外って、マジか?」
「……これがトンデモであれば、良いのだがな」

紙束をくしゃりと握りつぶし、竜峰はつぶやく。
虫の知らせはどうやら悪い方へと向いたようだ。早くここを出なければと考え、周囲を見回す。

「……竜巻。白竜はどこだ?」
「おろ、そういえば白の姿は見えねぇな。…まさか、下に行ったとか?」
「……考えたくないが、可能性はある。白竜を見つけて、直ぐにここから出るぞ」
「オッケ、異議無し」

手にした明かりを己の前方へ向けて、二人が行った場所ではないところを目指し、奥へ進む。進んでいくのは、階下、2階。


上階で二人が知ったことを、白竜は電子機器を用いて知ることになる。
その内容は紙に書かれていたことより遥かに膨大で、時間もしかと経過していたものだった。
人外の知識と技術を盗み、時に召喚した悪魔の知恵を借り、打ち立てた理論を支え、机上の空想を現実のものと変えていった。

最初に出来たのは、魔薬。人間を人間のままに、命と引き換えに膂力を人外に近づける為の薬品。
これを投与された人間は、例え子供であろうと大人十人分の働きをし、その力を使う度に死に近づいたという。

次に出来たのは、人外化の強化改造手術。
天狗、鬼、妖怪変化と言った人外へ改造された人間達は、僅かな理性を残して暴威を振るう存在と成り、例外無く人間を蹂躙する兵士となった。

次いで作られたのは、強化装甲。
改造手術で得られた人外の能力を基に構築された装甲服は、生身の人間が着装しても、改造された人間と互角に戦え、魔薬を投薬されれば凌駕し得た。

ここまでは上手く行き、最後の究極生物に着手するに当たり、大きな問題が起きる。

人外を基に人間を変える為には、人外を知らねばならず。その為に行われたのは数を減らしていた人外を狩りたて実験材料にする行為だった。
辛うじて存続していた陰陽寮の術者たちにより捕らえられた人外たちは、余すところ無くその身を刻まれ、肉体を開かれ、能力を暴かれた。
そのようなことが起こっていれば、僅かでも仲間意識を持っている種族ならば、同胞の扱いにどのような感情を覚えるだろう。
装甲が完成して少しが経った所で、人外達が同盟を結び、当時の研究所を襲撃したのは、自明の理といえるだろう。

魔薬を投与された人間も、改造された者も、装甲を纏う者も、“後から得た者達”が、“最初から持っていた者達”が手を取り合い、新たに連携を組んだ事で、その全てが歯が立たず、倒された。

その後、襲撃を免れた一部の研究者達は研究所を移転し、最後の究極生物完成の為の研究を続けていた。
適度な地下施設を見つけて、そこに空間を展開し、人外達に露見しそうな場合は即時撤退し場所を変える。
そんなことを何十年も続けていて、今この場に、この研究所は存在していた。

その後も電子資料は、様々な情報を吐き出し続けていく。
全てに目を通し、決定的な、“自分”が培養され出てきたこの部屋では何を作っていたのか、を探り、見つける。
ある種の確信と共に、キーを押す。

正面のディスプレイに表示されたのは、「ウルティマ Model.X」。
この文字を信用するのなら、その究極生物の試作体が“自分”なのだ。

「…っ」

ぐらり、と視界が揺れる。自分が何物であるのかを知りたいということは確かに満たされた。だが、それ以上に“自分が何の為に作られたか”を知り、再び視界が揺れた。

(俺は兵器に喰われて…、制御できないまま、人を2人も喰べた…、のか…?)

もし生身であったのなら、喉が乾いただろう。息が荒れていただろう。それほどまでに落ち着かない、頭の中でグルグルと纏まらない思考が渦を巻いていた。
同時に、意識の中に割り込んでくるノイズがある。これは何か、視線を向けてみれば、自分と似た“何か”の、気配。

ずるり、ずるり、と近付いてくる。

その音は粘性を伴っていて、どこかで酷く聞いた覚えがある。

「ウルティマ Model.X」が自分だというのなら…。
自分がしたように分裂したというのなら…。
この場に人が居ないのは…。

もしや、分裂したウルティマが、捕喰したのだろうか。

まるで意志を持ってるかのように隙間から這い出してくる、無数のスライム。
それ等はまるで、親を見つけた子供のように迷い無く近付いてくる。取り込んだだろう人間の姿を、幾重にも取り、崩しては取りながら。
無数の影は白竜と重なり、ごぼり、ごぼりと一つになっていった。

「あ、あ、ぁぁあ、あぁあ、あぁ…」

消え入りそうな声の中、モニターには一つの文章が浮かんでいた。

『強化装甲で実現した「魂の格納」は、未だウルティマに実現できていない。
魂の存在しないウルティマは本能で動く為制御面に難があり、一刻も早い論理の確立が急務である。
核となる魂が封入されれば、理論上ウルティマの制御面や安全性、信頼性は跳ね上がり、そこで一応の完成となる予定だ。

今一度強化装甲を基として研究する必要がある。
『氷河』は使用不可能である為、所在が判明している『雷火』奪取の計画、立案を要請。
忌乃家は鬼の家系である為、改造体も同様体か、速度を重視する天狗、鎌鼬等の構成が有効。
『雷火』着装者が存在する場合、可能な限り生かしたまま捕らえよ』



* * *

飯綱妃美佳として活動している分体は、暇を持て余していた。
男漁りに出ても良かったのだが、どうにも気が乗らず、早耶の事ばかり気にかけていた。
白竜として恋慕の情と、スライムとしての美味そうな捕喰対象という2つの思考が交じり合い、後者をなんとか抑えるも、完全には無理で。
早耶の今日の予定に、半ば無理矢理に同道しようと考え、電話を手に取った。

連絡して暫し。

「…なぁ早耶、その相手ってのはまだ来ねぇのか?」
「まだ時間にもなってないよ…、30分前だし…」

時刻は10時半。11時に駅前ロータリーで待ち合わせするという早耶を急かし、さっさと到着してしまった事を少し後悔していた。
2人で喋って時間を潰せるとはいえ、「待ち続ける」行為は心中に暇という思いを作っていたのだ。
そして次第に、待ち合わせ相手のことが気になり出し、話題を唐突に変える。

「そういや早耶、その待ち合わせしてる相手って何モンだ? まさか、男とか?」
「ち、違うよ、そんなんじゃなくて。…幼馴染の、奥さん」
「…あぁ、そういや昔馴染みが結婚したって言ってたな。ソイツのか?」
「そうそう。…なんとか仲良く出来てる、かな…」

早耶に「相手の家に婿入りした幼馴染がいる」、というのは、女同士の会話から知っていた事だ。
妃美佳としてはそんなものかと思い、白竜としては少しの驚きを与える事実だった。
話の中で追及された事の一つに、かつて早耶がその相手を想っていた事さえあったのだから。

「なんかその相手と仲良くしちまってさ。…早耶としては、ソイツの事を嫌いに思ってんじゃねぇのか?」
「えっ? その、えぇと…」

口篭るように早耶は沈黙してしまう。言いたくない事を、言って良いのか言わざるべきか、逡巡して、

「…最初は、嫌いだったな。私だって、彼の事を好きだったのに、本家だからって婿候補として勝手に呼んで…。
気付いたら、彼があの人の事を好きになってて…。裏切られたって思ったし、そう仕向けた嫌な人だって…。
でもね…、結納して、“夫の昔馴染みだから”って言われて会ってみたら、良い人で…。
私が嫌いだって言ったら、「では、そこから始めましょう。私はあなたと仲良くしたいです」って言われて、なんか、敵わないなって…」

白竜としての心が、少しだけ痛んだ。早耶を捨てた幼馴染と、その伴侶となった女性を、少しだけ恨む。

「何度か会って、お話して…。完全に嫌な人じゃないって気付いてからは、良い関係になれてきてると、思うよ。
今日だって、お菓子作りを教えに行くんだし」
「そっか。…なんか悪いな、それに無理矢理割り込んじまって」
「良いよ。皆でやった方が良いし…、妃美佳だって、腕は悪くないでしょ?」
「まぁな。自画自賛だけどそう言わせてもらうぜ」

「それなら、妃美佳も何か教えてあげなよ。…あの人、和食意外全然出来ないから」
「全然か。…ってことは、純和風の家なのか?」
「うん、確か平安の頃から続いてるって言ってたかな」
「そりゃまた随分古いな。例えば…、あんな奴みたいに?」

ふと視界に入った、着物姿の女性を見つけて指を差す。その人物を見て、早耶は一つ頷いた。

「うん、あの人だよ。私が待ち合わせしてる、幼馴染の奥さん」
「マジ?」
「マジ」

相手側も早耶の姿を見つけ、少しばかりの早足で近付いてきた。
それは白い少女だった。髪も肌も白く、着ている服さえも白一色の絹で拵えられた和服。ただ丸い瞳だけが赤く、まるで白地に落とした血のように、彩を添えていた。

「すみません早耶さん、遅くなってしまいました」
「いえ、こっちが早く着すぎただけですから、気にしないでください…」
「…そちらの方は?」
「え?あー、飯綱妃美佳ってんだ。アンタがその、早耶の昔馴染みを奪ったって相手か?」

白い少女は困ったように微笑む。そう取られても仕方ないし、事実早耶にもそう思われていたから。

「確かにある種の事実でしょうね。
…初めまして。忌乃雪姫と申します。印象は悪いかと思いますが、どうぞよろしくお願いします」

そうして浮かべた柔らかい笑みは、紛れもなく好意を伴って、妃美佳へと向けられた。

* * *

【次の行動】

>A.自分や妃美佳、奈央の魂を捜しに行く。

B.4階/5階へ降りて自らの状態を整理する。

C.兄2人も自分の中に取り込む。


重なり合う無数のスライムの連結は、白竜の意識を濁していく。この施設の中に居た者たちを喰らい、同化し、吸収した粘体には、彼ら全ての知識、記憶、意識、経験、無数の情報が詰まっていた。
その全てが混じり合い重なり合い、白竜ただ一人の意識さえもその中に呑み込もうと、濁流となって押し寄せる。
受け止めるには大きすぎ、やり過ごすには重なりすぎている。ならば、取れる方法は少ないただ一つ。

繋がりかけた意識の中で、自分に繋がろうとするスライムたちに、待機命令を下す。瞬間的に巨大な粘体の総身がぶるりと震え、その場に留まった。

(助かった…)

心中で呟く。どうやらあれ等の行動から、母体というか本体は自分のようだ。十数人単位で混じり合いかけても、一番最初に取り込んだ白竜としての意識が消えかけていないのは、自らがホストであるせいか。
それでもあの中に溶け込んだ要素が自分にも混じったことは変わりない。知らない知識と覚えのない経験と記憶が頭の中に入り込み、意識が混濁してきている。

自分は誰だ? 辻白竜だ。
兄は? 上が辻竜峰、下が辻竜巻。
これからの目的は? 自分の「魂」を見つけることだ。
方法は? 解らないけど、これから探そう。

自問自答を繰り返し、息を吐くようなまねごとをしながら「これから」を考える。魂なんて見えないし、それを探すのは限りなく難度の高い事だろうが、やろうとしなければ出来るはずがない。
今しがた入り込んだ記憶から、手掛かりも掴めるかもしれない。
でもまずは、自分を探してる2人の兄を安心させないと。きっと上の階で自分を探してるかもしれない。

融けた身体を人間型に整えて、落ちていた服を着る。少しばかり胸や腰がキツい気もするけど、まずは2人を見つけないと。そしてこのことを伝えねば。自分が人間でなくなっていることも含めて、教える必要があるとしても。
「辻白竜」としての意識は、それをしなければ、と考えていた。

* * *

「峰兄、そっちに白は居たか?」
「……いや。そちらもか」
「となると、まさかもう3階に行ったか…?」
「……可能性は、あるな。行くぞ」

自分が行ける限りに2階を探し回った2人は、3階へと進むことを考えていた。
2階には大きな廊下の横に無数の部屋があり、それぞれが2つか3つに仕切られている。大きな部屋と小さな部屋の区切りは、まるで外側から何かを見るための部屋の様に見えてくる。それは実験室と言うのがしっくりくるだろう。使われていただろう部屋は、不自然なまでに人の気配を残していない。何が起きて、何故居ないのか。
疑問が溢れ、背筋を少しずつ寒気が襲う。ここに居続けては、いけない。

「うっへ、やだやだ。ここって病院より嫌な気配がするよな、峰兄」
「……否定できんな。まだ、続いているのかもしれん」
「あの紙に書かれてた研究がか? 終戦してからもう65年は経ってるだろ」
「……だからと言って、続けようと考える人間が居ないわけでは無いだろう。
…どうやって、というのは、少し分からんがな」

すべての部屋は、多少汚れてはいるがつい先日まで使ってました、と言わんばかりだ。
ここを使っていた人間がいるのかもしれない、と考えながら歩を進め、では何故姿を見ない、との疑問が頭の中に浮かぶ。
目ぼしい物も弟の姿も見えず、更に階下へ進もうとした所で、“何か”が来る。


「峰兄、…下から何か来る」
「……あぁ」

階段を見つけ、降りようとした矢先。静寂を保ち続けていた施設の中で、自分たち以外に音を出す者に遭遇する。
もしあの資料が本物だというのならば、何が現れるのか。先手を打ちこめるよう、内功を練る。隣の竜巻も軽く腰を落とし、すぐさま跳びかかれるよう構えていた。
足音が、近づいてくる。

* * *

階段を上ると、見えたのは兄2人だった。自分の姿を見るなり驚いたような顔を作り、構えている。

「……貴様、何者だ」
「え…、何言ってるの、峰兄?」

ぎり、と拳を握る手に力が入るのが感じられた。

「おいそこのお前、聞きたいことがある。…3階に俺達の弟がいたはずだが、見なかったか?」
「見なかったかって、俺がそうだよ」

じり、と地を踏む足に力が入るのが解った。

「……嘘を吐け、貴様のような弟を持った覚えなど、無い」
「女の子が俺とか言うのは、あんま感心しねぇけどな」

2人の言葉に疑問を持ち、白竜は自分の体を見下ろす。そこにあるのは自分の体と…、胸部を押し上げる肉の塊だった。
これは何かという疑問には、すぐに回答が与えられた。これは知っている、女性の乳房だ。
と言う事は?
「…えっ!?」
あわてて股間に手を当てると、ズボンの中にある体は、男性としての特徴を成形していなかった。肉付きも良い感じで作られてるし、道理で一部がきつかったはずだ。
無意識に作った自分の体が、女性化している。

「……何をしている?」
「自分の体を触って驚いてるように見えるけどね、俺には」

目の前には呆れているような兄2人だが、決して警戒は解いてない。それだけに自分の存在が異様なのだと、どこかで分割された思考が過る。

何故と問おうとすると、体内が勝手に分析を始めていく。
この施設内で喰った存在は男女ともに多数存在していたが、“白竜の肉体”に率先して融合し始めたのは女性の性質を取り込んだものが多かった。その結果、肉体の形成可能な選択肢や基本形態が女性寄りになっていった。だからこうなっている。
慌てて肉体に指令を下し、形を変える。元々の、一番最初に取り込んだ肉体への変形。

2人の眼前で、白竜の服を着ていた“何か”は突然蠢きだした。まるで悪夢とも思えるような全身の蠕動と共に姿が変わっていき、数秒後には良く知る弟の姿になっていた。

「……もう一度聞く。貴様、何者だ」
「…………」

向けてくる長男の視線は鋭く、妄言の一つも許されないように突き刺さってくる。
そして今この場で自分が何かを言ったとしても、ほぼ信用されないだろう。
だから、白竜は座った。
まるで今から怒られる子供のように正座をし、太腿の上に手を乗せて。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

視線が交差する。
決して逸らさずに、兄二人の眼差しを受け止める。自分に害意は無く、二人が知る存在なのだという事を信じてもらう為の無抵抗を、自身は選択した。
時を刻む針の音は無く、心の音がそれに代わり、10分。
竜峰は構えを解き、竜巻もそれに倣った。

座して黙したまま何も語らない様子を、竜峰は確かに、竜巻はおぼろげに覚えていた。
それはかつて父に怒られた際のあり方。逃げる事も話すこともせず、座してただ延々と、己の悪しきを問い続ける様子。互いに口を噤み、目と心だけで語り合う親子のあり方。
父亡き後は竜峰が継ぎ、白竜にもやったそれを、今またこの場でやっているのだと、感じ取ったのだ。
子供相手にこれをやると大抵泣かれるのは、今後への永遠の課題だと勝手に竜峰は考えている。

「……白竜、なのだな?」
「…うん」
「その体、どうしたんだよ。その…何だ、えぇと…、モーフィング変身したアレ!」
「…うん」
「……知っていたんだな、それを」
「…うん」
「多分そこから前みたいな気もするな…」
「…うん」

構えは説いたものの、警戒までは緩めない二人の言葉に、否定も反論もせず、ただ肯定を返す。
溜息一つと共に、次第に会話の内容は質疑応答に変わっていった。
ここで見つけたもの。
己が喰われた事。
他人を喰ってしまった事。
知る為にここへきた事。
今日まで続けられてきた研究の事。
3階に留まる自らの一部となったスライムのこと。
そして、自分の中に「魂」が無いということ。

その一つ一つをゆっくりと確実に、解りやすいように兄たちに伝えていく。

「……眉唾物だな」
「それに魔術とかもあるのか…。こりゃ本格的にオカルト染みてきたね。峰兄、バリバリ最強No.1みたいにどうにかできねぇ?」
「……できる筈無かろう」
「だけど、あんなの見せられちゃなぁ…。お前は、白で、良いんだよな?」
「…そう思いたいけど、魂が無いから…。正確に言えるのかは解らない、かな」

じぃと竜巻が見据えて、しばしの後に口を開いた。

「…さっきの姿、女になってみてくんね?」
「おい」

即座に入った竜峰のツッコミは、弟2人が生きてきて最も反応が早い兄の言葉だった。

「で、出来るけど…」
「だったら成ってみてくんねぇか? 出来れば他の姿も色々と」
「……おい竜巻」

長男の言葉を無視し、早くと急かす次男の姿勢に負けつつ身体を練っていく。体内に蓄積された情報を基に1つ2つと連続で姿を変えると、驚いたような感心したような表情を、目の前の兄たちは見せてくる。
その視線がどうにも恥かしく感じてしまい、身を縮めながら白竜としての姿に戻る。

「…信じても良いんじゃね?峰兄」
「……軽挙ではないのか、それは」
「隠す事もできただろうけど、こうしてちゃんと話してくれたし、見せてもくれたからな。お互い20年兄貴やってきたんだし、信じてやんねぇと」
「……ふぅ。仕方あるまい。すまんな、白」
「だ、大丈夫だよ、峰兄。警戒するだろうってのも解ってたから…」

緊張していた空気が次第に弛緩していき、僅かな苦笑が漏れ始めていたその時、白竜の中に居る“誰かの記憶”が告げてくる。

「っ! 峰兄、巻兄、すぐにここから逃げて!」
「……どうした、白竜。何か居るのか?」
「居るんじゃなくて、ここが消される!」
研究員が「ウルティマ」にすべて喰われ、施設の中が無人となって既に2日。起りえないだろうが、有り得る可能性のある“もしも”。研究内容が再度人外たちの目に触れられるような事があれば、今度こそ。今度こそ研究に連なる施設や人間たちは全て消されるだろう。
そうされない為に、展開した空間内の研究所を消し、追及の手を逃れる。その為の期限が、完全に通信の途絶した2日後。
記憶が確かであるのならば、今だ。

「つっても…、お、おぉ…っ!? マジか!?」

半信半疑の竜巻を驚かせたのは、危険を察知して3階から上ってくる大量のスライムと、まるで何かに巻き取られるかのように捻れ縮んでいく階段。
はじき出される制限時間は3分。兄たちの身体能力なら逃亡も難しくないだろうが、万一の事もある。肉体を分けて2人の靴裏に、自律稼働する車輪を付けた。
「峰兄、巻兄、先に行って。その車輪なら階段も楽に上がれるから!」
「先に行かすって、白は良いのかよ!」
「大丈夫!多分!」
「……解った。行くぞ、竜巻」

返事を待たずに回転を始めた車輪は、身を案ずる声を残して、兄2人の身を外へと運んでいった。
空間の捻れが近づいてくるまでまだ時間があるが、外へ出た際に次への手掛かりとなる物や、自分が魂を見る為の技術・道具などが無いかを、有限の中で探さなければいけない。
優先的に混じり合いかけた分体を取り込み、完全に掌握。それ以外に逃亡を指示しつつ可能な限り使える物の収集を命じた。

見つけたのは人体改造に用いるための、人外の素材。改造室である3階が消えてしまった為、残っていたのは調査に使われていた「竜の角」と「天狗の羽根」だけだった。
階段を上る前に見つけ、階段を残して2階が消えるまでに入手できたのはこれだけだ。手掛かりとしては薄いかもしれないが、天狗や竜に遭遇した際、これ等を差し出し、自分の身を見せれば……。恐らくは怒りと共に、壊滅のし損ないを悟るだろう。

自分は四肢を猫の物とし、肉食獣の速度で逃亡に加わる。この捻れに巻き込まれれば、恐らくただでは済まないのは目に見えている。
それに今の状況を考えれば、外に術者がいるだろうが…。きっと兄達なら大丈夫だ。

2人への信用は白竜の中ではとても大きかったが。

信頼と重責は紙一重であり、

知ったが故に、予防はできていた筈なのだ。

* * *

足裏で回転する車輪は、階段を見つけると途端に無限軌道へと変化し、速度を緩めずに上っていく。
高速移動が慣れた竜巻はまるで楽しむように、慣れぬ竜峰は腰を深く沈めて転倒への警戒をしていた。

時速はおよそ30km。身体に叩きつけられる風の勢いはカーブや階段でさえ全くの減速が無く、2分と経たずに2人は施設の外まで押しやった。

「っと! 白も無茶しやがるなぁ!」
「……竜巻。前だ」

階段を駆け上がり、スライムの外れた足で大地を踏みしめる。体勢は崩さぬ着地は2人の練度を表していたが、
恐らく2人が出てくる前から居ただろう人間は、驚いたような顔で中から現れた2人の人間を見ていた。

「おーやぁ、まーさか中に人がいたのかぁ?」

どことなく間延びした口調の、旧日本陸軍の制式軍服を着用している女だった。年の頃は2人より一回りは低い、少女と思しき存在。
左手には五芒星が描かれた札を数枚持ち、訝しげな視線を向けてくる。

「ホントに居たっぽいな…」
「……貴様は、何者だ」
「そーれは、こっちの台詞。なーにしにそこへ入ってたぁ? 不法侵入だぞぉ、一般人?」
「先手貰いっ!!」

刹那、竜巻が跳びかかる。寸毫の間に練った勁と共に蹴りを振り下ろし、叩きつける。

「おぉーっ! いーきなりだねぇ、最近のわーかい者は…、なってないなぁ!」

竜巻の蹴りを受け止めていたのは、少女が持っていた札の1枚。そこから放出される不可視の壁が、まるで盾のようにその場で押しとどめていたのだ。
「なんっ、だこれ!?」
「なーんだも何も、たーだの『防壁』さぁ。魔術のほんの、基礎だよぉ」



会話の最中に抜いた、十四年式拳銃の銃口が向いているのに気づいて、竜巻は自らの蹴りを止めたその『防壁』を足場にして跳躍、半拍遅れて銃声が鳴った。

「あぁっぶねぇぇぇ! ってかそれマジモンか!?」
「あーたり前だよ。だって……」

銃口を再び、着地した竜巻に向ける。
「知ーられちゃったのなら、ちゃーんと口封じしておかないとねぇ」
「……やってみろ」
「え?」
「ハァッ!!」
「がふっ…!」

気を取られていた少女の隙を突いた竜峰は、背後に回り肉弾を見舞う。背面を用いた打撃は防御がかなわず、小さな肉体を思い切り吹き飛ばし、近くの木へと叩きつける。衝撃は大きく木を折り、その地に少女を横たえさせた。

「サンキュ、峰兄。助かった」
「……構えろ、竜巻。奴は本気だ」
「嫌ってほど痛感したよ。…それに、話の余地も無いみたいだしな」

互いに構え、少女に向き直る。今の一撃で大半の相手なら動けなくなるが、まさか。

「いーたたた…。ほーんと、大分キツいのくーれたねぇ…」

衝突部分が折れただろう体で、血を吐きながら少女は笑い、立ち上がる。

「マジかよ…、折れて笑ってるなんて、キマってんのか?」
「まーさか、痛いよぉ? ただぁ…、動けないほどじゃ、なーいのさぁ」

表情からはそんな事が窺えない程に、少女はへらへらと笑っている。口の端から漏れた血も、折れた腕も、気にしない程の笑顔で。

「さーて、これ以上この体壊されたら、たーまんないよねぇ。そーれに施設の事もあるしぃ…」

軍服のポケットから、少女はさらに札を取り出す。歌舞伎役者が主演を務めた陰陽師の映画のように、フィクション作品の如くに札を使うのならば、次は何が来るのだ。
2人は気を練る。丹田に意を寄せ、息を吐いて体中に巡らせる。想定しうるあらゆる可能性に対応できるように、肉体全てに火を入れ…。

「ちゃーっちゃと、口封じさせてもらおうかなぁ?」

札を2枚構えて、少女は口を開いた。

「くーるしいのが続くけどぉ、我慢しやがれぇ? 『腐敗』」

「……っ!?」
「ぐぶ…、ぐげ、げぼ…っ!!」

途端、2人は悶え苦しみ始める。

何をされたのか解らない。ただ、身体の中からいきなり吐き気を催す“何か”が込み上げてくる。まるで炎天下の中に何日も肉を放置したような臭いが、突然、腹の中から溢れだした。

「ゲェェ…っ!!」

竜巻がくずおれ、耐えかねて嘔吐をしてしまう。それは今も竜峰の中で臭う物と全く同じ臭気を放つ、黒く腐った“何か”。
体内と体外からで溢れかえる臭気に、竜峰の忍耐も限界を迎えてしまう。

「げほ…!! げ、ぇぅ…!!」

臭気が一層強まる。吐き出す物は全く一緒の腐敗物。これは何だ、自分たちは一体何をされた。

「なーにをされたってぇ顔だねぇ? 教えてあげよぅかぁ、若人ぉ?」

少女は先ほどまでの笑みに嘲りを加えて、2人を見下ろしている。

「答えは単純ー。おーまえ等の内臓をぉ、ボーロボロに腐らさてやったんだよぉー。
気を巡らせてたからぁ、らーくちんだったよぉ。そーこから腐らせれば、後はもう、おしまいなんだもぉん」
「……、に、を…、かな…」

言葉がうまく出てこない。何を馬鹿な。その言葉を言おうとして、少女はさらに嘲りの顔を強くした。

「魔術を信じられないのならぁ、そーれで良いよぉ。そーのまま死んでも、ちゃぁんと日本の土に返してあげるからぁ、あーんしんして、死ね」

少女の声が遠くなる。止まらずに溢れだしてくる臭気と、吐こうとするも動かない身体。
意識だけが途切れずに、少女の笑い声を耳にのこす。

「さーてとぉ、そんじゃ施設の抹消を…、んん?」

地面に倒れているからこそ、解る。何か重い足音が響いて、この場に近づいてくる。

「こーの音は『雷火』ぁ? 気ぃ付かれちまったかなぁ…。…ちょーっと調べなきゃいけなかったのにぃ、こーの横槍は鋭すぎるなぁ」

舌打ちと、マントを翻す音。

「運がわーるかったねぇ。介錯してやれないみたいだからぁ、ゆーっくり死んでいきなぁ。お兄ちゃん達ぃ?」

何かを呟く声と共に、一足で遠くまで離れていく。軽い足音を追うかのように、重い足音も遠くへ。

「……つ、ま…、き…」
「ん、だ…よ、み、にぃ…」
「……無念、だ…!!」
「俺、も、だ…」

力の入らない、腐った内臓を意志の力だけで動かし、思いの丈を呟き合う。草毎地面を抉り、握る。
このままでは死ねない。
『弟』を信じると決めたのだ、これから何をするのか、きちんと聞いて手伝うのだ。
そして、弟の魂を見つけるのだ。

消え入りそうになる2人の意志は、全く同じことを考えていた。

* * *

しばし遅れて地上へ出てきた白竜が見つけたのは、折れた木と倒れ伏す兄達。その口から漏れてくる、腐った臭いを発する“何か”。

「これは…、峰兄っ!巻兄っ!?」

2人の足についていた分体を吸収し、何が起こったのかを知る。
慌てて首元へ手を伸ばし、脈を確認すると、僅かではあるがまだ生きている。

(助けないと…。峰兄と巻兄を助けないと……!)

吸収した知識を同時に浚いながら、方法を模索する。はじき出されたのは1秒経たず。


腐敗した内臓の治癒方法:無し。


絶望的な、しかし決定的な言葉。けれど諦めきれず、更なる可能性を模索。
2人が咳き込み、更に腐った臓腑を吐き出すまでそれは続いて…、その声音に、自分が追いつめられているのだと如実に解った。
方法は出てきた。実行には移せるし、それだけの知識も技術もある。

兄の命は最早予断を許すような状態ではない。

無い筈の心臓が高鳴るような気がした。
無い筈の喉が渇くような気がした。
しかし行動を起こさなければ、兄は死んでしまうのだ。

選択を、しなければならない。


【兄2人をどうやって助けるか】

A.スライムを2人の臓器代わりにする。

B.持ち出した要素を用いて2人を人外に改造する(竜峰:竜、竜巻:天狗)

>C.2人を自分の中に吸収する。魂は後で見つけ出す。


何度考えても、治癒の為の方法は無かった。内臓が腐り落ちているのだ、再生などできないし、そんな事が出来る人間なんていやしない。
解答が決まっていたのは自明の理だったと思う。焦り、慌て、目の前の事をどうにかしようと考えたとて、“知らない”事態に対応はできないのだから。

(なら―――)

ぞぐり、と白竜の体が蠢いた。

(内臓が治せないのなら―――)

足もとからどろりとスライムが流れ落ちていく。
2人の周囲に輪を描くように流れ、囲む。

(助けられないのなら―――)

地面に接しているスライムが、土や草を融かしだす。

(喰べてしまえば、良い―――)

スライムの中に吸収同化し、苦しみから解放させてあげれば良い。
魂が無いというのなら、それも捜せばいい。方法は知らない。けどどうにかなる。
あまりに場当たり的な思考は、スライム、ウルティマの身体から発する欲望に囁かれ、流されかけてのもの。

兄の体を食べたい。白竜の敬愛する2人の体の情報を知りたい。筋を、脳を、身体を、肉を。
貪ろうとする欲望が思考を押しのけ蠢きだす。

彼女達のように食べてはいけないと、ほんの僅かに残った理性が声を上げ、
彼女達のようにしてしまえばいいと、肉体を動かす欲望が嗤う。


兄たちを囲んでいたスライムが一斉に襲いかかる。抵抗もせずに粘体の中に呑み込まれ、吸収されていく。
ホストである白竜の意識に、その事実が叩き込まれる。でも喰ったのは分体で、自分じゃない。自分でも味わいたいと考え、分体も吸収する。
まずは竜峰を融かしたスライムを寄せ、口づける。

じゅる、ごく、じゅるるるるる…。

吸い込むように自らの中へ同化吸収し、情報を味わう。それだけで兄の28年間の軌跡が、まるで大きな感動と後悔を伴って流れ込んでくる。
竜巻のスライムも吸い込み、同様に取り込んでいく。
あぁ、兄たちはこんなにも自分を心配して、こんなにも強い肉体の持ち主だったのか。
その事実を体全体で認識し、涙が零れ落ちてくる。

(ありがとう、峰兄…、ごめんね、巻兄…。こんな弟で…)

人間2人を喰らって、欲望が一時抑えられる。思考も回復してくると溢れるのは、後悔と慚愧の念。
自分は何をしているのだろう。頼って、信じてくれた兄を捕喰してしまうなんて…。
けれど同時に、確かに美味を感じてしまう。
辻白竜としての意識と、スライムとしての肉体との差異は大きく、涙さえ止められなくなってしまいそうだ。
その中でふと、今しがた取り込んだ二つの肉体が…、脳細胞から成る思考の電流が、強く告げてきた。

『出せ』、と。


自分の知る兄の語調で告げられる、解放の宣言。ともすれば威圧とも取れるその声に、身体はすぐに反応を始めていた。
男としての肉体では不完全であるため、女性体に戻り服を脱ぎ捨てる。大地に腰をおろし、足を開いた。

「んぅ…!」

ここへ来る前にやった様、胎内にスライムを集め形を与える。「竜峰」と「竜巻」の体として形作られつつあるスライムが、腹部を膨らませていく。
最初は胎児として、次第に人間として成長していく兄2人を感じながら、一つの不安が白竜の脳内に過る。

(あの魔術師が、もしも峰兄や巻兄が生きてたことを知って、また攻撃を仕掛けてきたら…)

今度は生身の人間でない事を知り、恐らく捕獲に掛かるだろう。もしそうなれば、対抗手段があるのだろうか。
兄達はきっと、今度も抵抗するだろう。魔術の種類を知らない今の状態で、それはマズい。このまま兄として形作るのは。

別の容を、別の器を、別の貌を。

頭の中でカムフラージュになり、自分の周りにいても不自然でない人間。
それを考えると、選択肢は限られていた。

胎内のスライムが形を変えていく。長男を、次男を、その脳と思考形態を持たせたままに別の姿へ。
形成自体は恙無く終わり、女の肉体となった兄2人が、白竜の秘所から滑り出してきた。

べちゃり、と水音と共に零れ落ちてきたのは、すでに成人まで成長している人間2人。
その容姿はどちらも男ではなく、女のそれで。
思考の末に白竜の頭に浮かんだのは、飯綱妃美佳と尾長奈央、その二人の容姿だった。

擬装用の2人を生み出した時と同じく、一糸まとわぬ姿の兄達はゆっくりと意識を覚醒させる。

「……ん、く…」
「やべ…、ここどこだ、まさか天国か…?」
「「……ん?」」

互いの声に気付いたのか、頭を振りながら竜峰と竜巻は互いを見やる。
彼女たちの容姿は2人とも知っていた。竜峰の目には、尾長奈央が。竜巻の目には、飯綱妃美佳が。
確かに素肌をさらけ出しているのだが、その身から漂う気配はかつて知った彼女たちの物ではなく、むしろ自分がよく知っている…、血を分けた兄弟のもののような。

「……竜巻、か?」
「そういうのは峰兄、だよな…」

一拍遅れて頷き合い、僅かな沈思黙考。

「……白。これはお前の仕業か?」
「…そうだよ、峰兄」
「俺達、死んじまいそうだったんだよな」
「…うん。内臓が無くなって、すぐに手を打たなきゃいけなくて…」

白竜の言葉に、2人は“脳の記憶”から自分たちの状況を思い返していた。
あの時ほどに訳が分からず、死に瀕していると想った事は無かった。それ程までに背筋がうすら寒くなり、身体の内側に空虚感が生まれたことを2人は知らなかった。

「ま、それならそれでしょーがなかったな。うん、白は良くやったよ」
「……何もできずに、無念だったのは確かだからな。そこだけは礼を言おう」
「…ごめんね、峰兄、巻兄」

3人が裸身を晒したままに、地面に座り込む。その表情は一様に芳しくなく、“これからどうしたものか”という思考を秘めていた。
しかし沈黙は3分続いたところで、唐突に竜巻が口を開く。

「ところでさ、峰兄。無いのってすっげぇ不思議じゃね?」
「……唐突になんだ、竜巻は」
「いやだってさ、俺たち女の体だろ。その辺の感覚が妙に違和感あって、峰兄はどうなのか気になったんだよ」
「……それは、確かにな」
「だろ? なぁほら、言ってみてくれよ。俺の方なんだけど、ほら、すっげぇやわらけぇ!肌とかほとんど筋肉ついてなくて、鍛えてねぇなって解るんだぞ!」
「ま、巻兄?」
「それにこの胸、おっぱいな。大きすぎず小さくもなく、いい形してるよ。一目見た時からなんか良いな、って思ってたけど、見下ろせるのは面白ぇ!」
「……」
「胸がこうだってことは、当然下の方も…。無いのは解ってるが、穴がちゃんとあるんだよな。…なぁ峰兄、見えるか?」
「……解ってるから、広げるな」

いきなり捲し立てるように、自らの肉体の変化を楽しむように弄っている。脚を開き、胸を軽く持ち上げ、脚と女性器を開いて竜峰に見せつけている。

初めて女体を知った中学生のような、楽しそうな状況に、少しだけ白竜は内心の不安を感じてしまう。

なにか、らしくない。

いつもの竜巻ははしゃぐ事はあっても、もう少し大人としての礼節を弁えて行動している。だというのに今回はあまりにも、欲望に忠実なように見える。

「ん、ふ…、なんかピリってする…。女ってこんな感じなのか…」

すでに弄り始めた手は、触って肉体のラインを確かめる領域を超え、乳頭や女陰といった個所へ触れる愛撫へと進んでいく。
奈央として練り上げた肉体を竜巻の思考で触れ、その肉体が反応するままに嬌声が上がる。

「濡れて、きたな…。ん、ちゅ…。汗とかと違う、不思議な味がするぜ、峰兄…」
「……言うな」

秘所から溢れる蜜を舐めとり、目元も蕩け始めている。次第に指は秘所の入口をなぞるだけではなく、その奥へと突き進み始める。
目の前で次男が女性として自慰に耽る光景を、しかし2人とも目が離せない。
『男』としての自我が、『女』の痴態から目を放すことを許さないというように、目を見開いているのだ。

唾を呑み込む音がする。
それは自分のだろうか、それとも竜峰の物だろうか。それとも、今まさに『女』を堪能している竜巻のものだろうか。

「…見てるだけなのもつまんねぇだろ? ほら、峰兄も白も、やろうぜ…?」

その艶然とした笑みに、竜巻の意志は見られない…。

* * *

同日、別時刻。某場所。
「ウルティマ」の研究がされていた場所から逃げ延びてきた、日本軍の制式軍服を着用した少女はそこへ戻ってきていた。
施設の奥に存在する指揮官用の執務室に、傷の治療もせぬまま出頭すれば、中に居たのは知っている通りの面子。
椅子に腰かけているのは、淡雪のような容姿の女性。こちらも同じく軍服を着ているが、階級章は入室した少女のそれより高い。知る者が見れば、すぐに上官とわかる存在。
その隣に侍るのは、年の頃30代程の白衣を着た男。こちらも階級章を付けているが、これは少女と同じ物だ。
少女は目の前の上官に向け、背筋を伸ばし敬礼する。

「枢木(くるるぎ)一尉、たーだ今帰還しましたぁ」
「報告を」

言葉少なに必要な事を問われ、枢木と名乗った少女は命令通りに口を開く。

「連絡の途絶えた当該施設は消去。研究員は全員死亡していましたが、総員30名、魂魄の回収は完了しています」
「原因は?」
「不明です。その後『雷火』着用者の襲撃に遭い交戦、単身では戦力不足と判断し転進しました」
「そうか。…「ウルティマ」は?」
「同じく『雷火』襲撃により、確認出来ず終いです」

上官の女性は、隣の白衣の男に目配せをする。凍りつき、突き刺さるよな威圧感の目だが、白衣の男は臆せず答えた。

「恐らく研究員は「ウルティマ」によって喰われたのでしょう。アレは魂の格納が今日に至って実現できず、未だ研究班の悩みの種ですから」
「速くして欲しい物だな、嘉吉(かきつ)一尉。……枢木一尉、研究員達の魂魄を新たな肉体に移し、お前も別の肉体に移れ」
「…補充したのですか?」
「つい先ほどにな。魔術素養の高い子供が1人見つかった。その壊れかけの身体は修復にも時間がかかるだろう」
「…確かに、仰る通りです」
「次に『雷火』の反応が出た時には私を呼べ。強化装甲には同じ力…『氷河』を以って対抗せねばならん」

その言葉を上官が述べた途端、部屋の温度が一気に数度は下がった。肌寒さは枢木の体から一気に熱を奪い、身体を震わせる。

「六花(むつはな)一佐、抑えてください。…これ以上気温を下げると、枢木の体に毒です」
「……そうだな。枢木一尉、ご苦労、下がって良し。嘉吉一尉は付き添ってやれ」
「了解しました」
「…では、しーつ礼します」

2人は最後に一礼をしながら、部屋を辞す。1人残された六花は、小さく息を吐く。それだけでまた、部屋の温度が5度は落ちた。

「確かに怪我人に低温は酷だ。……我ながら、まだこの体には慣れんな」


場所は代わり、施設内にある嘉吉が責任者となる研究室。椅子に掛ける枢木と、包帯を巻いている嘉吉の2人が向かい合っていた。

「わーりわり、黙ってくれてたーすかっちゃったよ、照ちゃん」
「照ちゃん言うな。…俺だってあまり“読み”たくはないんだぞ」
「…わーかってるよ。それでも、な」
「怪我に関して『雷火』かと思ったが、まさかただの人間にやられるとはな。次は器に強化を施しておくか?」
「いーよ、改造されるとその子にわーるいじゃん」
「…何を今更」
「…だーよなぁ。なぁ照ちゃん、次の体ってどんな子? やーっぱり、女の体?」
「仕方あるまい、魔術の素養は女の方が高いんだ。…それに、若い方が伸び代がある」
「まーてよ照ちゃん、今度はどーんだけ若いんだ?」
「報告書では9歳とのことだ」
「…………こーの身体に入ったときより若いじゃん」
「そんな目で見るな。調達班が目をつけたのだ、そこに関しては間違いない」
「…でーもなぁ」

言葉に渋る枢木の顔に、嘉吉は数枚の資料を投げ当てる。

「わぷっ、なーにすんだよ」
「解っているんだろう、括(くくる)。俺達は既に70年近くやっているんだ。全ては日ノ本を守るためにな。
“その為に子供を使うなんて”など、今更言わなくとも解っている…」

枢木括は、納得いかないと言った渋面で手元の資料をめくった。次の肉体がまだ小学生ならば、普段の擬装をしなければいけないのだ。

紙を捲る音がしばし。読み込み、まずは知る為の時間が流れる。
10分ほど経過したところで、枢木は紙資料を握り潰し、魔術の炎で燃やした。

「充分だな?」
「まーったく問題ないねぇ」
「ならば早く移れ。その子は出かけてる事になってるから、家に帰さないと後々が面倒になる」
「わーかってるよ。んじゃ、こーの体の事はよろしくね、照ちゃん」

その瞬間、枢木の体が頽れた。これ以上の負傷が無いように慌てて嘉吉が支えるも、既に体は一切の力を入れていない。
声も聞こえないとなると、枢木は既に次の体へと魂を飛ばしたのだろう。天涯孤独で10歳のころから枢木に使われていた身体も、すでに齢18。
今更意識が戻った所で、大人の体に子供の意識だ。釣り合いが取れずに壊れてしまうだろう。
ならば、これも欺瞞に満ちた優しさだと自嘲しながら、嘉吉は後頭部に手をかける。

裂けるような音と共に、嘉吉の顔に皺が寄った。鼻を頂として山のように波打ち、“脱ぐ”。
中から出てきたのは女性の顔。これが今の嘉吉照宗(かきつ・てるむね)の身体であり、男の姿は擬装の為の皮でしかない。
フィルターを通さない状況では良く“聞こえ”てしまうが、心に入り込むには、書き換えるには、この方が都合がいい。

先程までの枢木の体だった少女の額に、自らの額を添えて。

嘉吉の意識は、少女の中へと跳んだ。


* * *

【目の前で乱れてる竜巻をどうするか】

A.竜巻を宥めて家に帰る。 ⇒1

B.そのまま竜巻と体を重ねる。 ⇒2

C.むしろ竜峰を2人がかりで攻める。

D.ここは自分が分裂して兄2人を一気に襲う。 ⇒3

いけない。
頭の中でその言葉が響き、すぐに行動を起こす。
立ち上がり、竜巻の額に自らの指をさしこんで接続すると、白竜の内部に、竜巻が感じていた欲望、「色欲」が流れ込んでくる。
同時に、スライムとしての「知識欲」が色欲と繋がり、それを満たすまでは止まらないのだと、理解してしまう。
先日スライムになった事より、ある程度の御し方を知っていた白竜は頭を振り、接続を解除する。

「峰兄、今から巻兄を抑えるから手伝って…!」
「……っ、わかった」

末弟に促されるまま、長男は次男の体を抑えようと後ろから羽交い絞めにする。
女同士の肌で触れ合うのは、手合わせの時と異なり脂肪ときめ細かい肌の密着となり、少しばかりの逡巡が、竜峰の脳に生まれる。
まして何も付けていないこの状況だ、密着すればするほど、“女”と触れていることを否応なく意識させ、心臓が早鐘を打つような気がする。

「お、おぉ? 峰兄は後ろからなら、触ってみてくれよ。峰兄よりデッカいぜ、俺の胸は…」
「……できるか」
「んな事言って。ほぉら…」

色欲で蕩けた竜巻は、兄の行動でさえ愛撫の一つだと勘違いしているようで。力の入らぬ手を掴み、自らの胸に誘導してくる。

竜峰としての手に自らの手を重ね、乳房に誘導する。触れた途端に、形のいい表面は指を沈み込ませ、感触を手に返してくる。

「できるか、じゃなくて…。やっていいんだぜ、峰兄。我慢しすぎだっての…」
「……っ、な、お、おい…!」
「ほぉら、峰兄のより大きい胸だぜ…? もっと、ちゃんと触ってくれよ…」
「……こらっ、竜巻…! 白竜、早くしろ…!」

自らの手で乳房を揉ませようとしてくる次男に対し、長男は三男を見やる。
何をしているのかと思えば、その体からいくつものスライムを分裂させ、一つ一つに何かの念を込めているようだった。
そしてそれは程無く終わり、白竜がこちらを向いてくる。

「お待たせ、峰兄。よし行けっ!」

無数のスライムを兄2人に跳びかからせ、その身を弾けさせる。水音と共に散ったスライムはそこから2人の身に纏わりつき、形を変えていく。
ラインを整える下着になり、裸身を覆う服になり、素足を守る靴になり、そして竜巻の両手足を抑える枷となった。

「……何をした?」

竜巻の行動を封じた白竜に対し尋ねると、白竜も自らの表面に服を作って立ち上がる。

「巻兄からの指令じゃ絶対に融けないようして、服になるように命令したんだ。もちろん峰兄の指令では出来るけど、今はちょっと待って。
まずは巻兄を落ち着かせないと…」

「なんだよ、放せよぉ…! もっと俺に、女としてさせろよぉ…!」
「ちょっとだけ我慢してね、巻兄」
「……、あ、ぅ…」

後ろ手に縛られ動かす事が出来ずに身をよじる竜巻へ、白竜はもう一度手を伸ばして接続。数秒の後に、竜巻の意識が落ちてその場で眠るように頽れた。

「…これで良し。峰兄、巻兄を車に乗せて運転して」
「……どうするつもりだ?」
「巻兄を落ち着かせるよ。…そうしなきゃ、ゆっくり今後の事を考える時間も作れない」


眠るように意識の落ちた竜巻を、車の後部座席に乗せて車は走る。操縦者は竜峰で、他に人はいない。
竜巻が乗ってきたバイクを乗りこなし、白竜が先導する。

白竜自身は乗ったことが無い筈の自動二輪を、先導ができるほどに容易く乗りこなすのは、やはり竜巻としての技術が溶け込んでいるからか。
それもあぁも引き出せるのは、白竜がメインとして取り込んだからなのか。

竜峰は自らの運転してきた車に乗り、行きに来た道を戻りながらもそのような事を考えていた。
眼前を走るのは、ヘルメットすらスライムで作り出した女性としての白竜。事実を知らなければ、ぶつからないように注意して、どこかで道を別にして終わりだろうと思える程に見も知らぬ見た目の女性だが。
今は白竜との繋がりを感じている。血縁的なものでなく、もっと物理的な繋がりを。

竜峰はそれが少し、気に入らない。


自動二輪を走らせながら、奈央として動いている個体への信号を送受信する。今は向こうが何をしているのかを知る為と、自分たちの所まで来させる為に。

それなり以上に距離は離れている筈なのに、信号は不思議と届き合う。
今の「奈央」は家の中に居て、ベッドの上で未だに寝ている。正確には脳が就寝と言う行動をなぞっているので、通信は全く問題なく行えた。

『今から家に帰るから、奈央は俺たちの家に行ってて。隙間から入れるよね』
『はぁい』

会話にすると至極簡単な、信号にすると至極無味乾燥な内容だが、本当はそれ以上の信号のやり取りをしている。
白竜たちの身に起きた状況や、会った人物、見た事柄。その全てを。

『ん…。後で直接教えてくださいぃ』

それを一通り伝えてなお、彼女はこんなことをのたまっている。男を食い物にするような事以外はあまり気が乗らないのが、尾長奈央という人物の一面。
すこしばかりため息が出そうになるけれど、白竜はそれを呑み込んで伝える。

『解った。じゃあ巻兄を介して伝えるから。あと、分担よろしく。代理ありがとう』
『え?』

白竜が竜巻に、奈央に何をさせようとしているのか。

一言で説明するのなら、スライム同士の統合だ。

生物における三大欲求と言うのは、大雑把に言ってしまえば肉体が求める物だ。
食欲は自らの肉体を維持するために、睡眠欲は脳髄を恙なく稼働させるために、性欲は自らの遺伝子を残すために、それぞれ身体が求めてくる。
物欲、知識欲、金銭欲と言ったものは“こうすれば快楽が得られる”と脳が知ったが故の物の為に、この場合には当てはまらない。
三大欲求は肉体が、それ以外の欲は脳が求める物だというのが、話の前提になる。

本題に戻ると、白竜が融合した研究員たちのスライムは、白竜の中に存在すると同時に、性欲や食欲を代わりに受け持っている。
本体の行動時、不意に現れる欲求が邪魔にならないよう、新しく取り込んだスライム達が欲求を代わりに受け止める役目を果たしているのだ。

行動と欲求解消。両方を本体が行おうとするからこそ両方に手が回らないのなら、今重点を置きたい作業以外を別の“自分”に任せれば良い。
平然と自動二輪を運転している白竜の中では、研究員たちが溶け込んだスライムが互いを食欲の意味でも、性欲の意味でも貪り合っている。
自分が愛欲に身を任せたいのならその輪に入ればいいし、必要ないなら今のようにすればいい。

けれど、竜峰も竜巻も中に「1人」しか居ないのなら、両方に手が回りきらない。まだ竜峰は性欲が昂っていないが、竜巻と同じくなる可能性だってあるだろう。

その為に、行動の補助をする目的の補助用頭脳を入れる必要があるのだ。
移動前に白竜が竜巻に接続したのも、仮の補助頭脳を入れる為に必要だったからだ。

今は補助頭脳、女性研究員の脳が竜巻と共に睦み合っているため、性欲が外に出ず比較的だが落ち着いている。
本来なら後23人は入れたかったが、白竜とて他の29人が入ってて、いつまで平静を保てるのかが分からない。少なくとも今時分まで暴走するわけには行かず、あまり数を入れすぎるのは、万一の事を考えると出来なかった。
そして補助の為に入れるにしても、互いには少なからず相性というものが存在する。性欲に関しても、互いを満足させられないのならば、入れたとしても効果は落ちてしまう。
不幸中の幸いというのは、竜峰は妃美佳と、竜巻は奈央と相性が良く、互いを融合させれば、意識を保ち安くなる。

竜峰にも直に妃美佳と融合させて、さらなる補助頭脳も入れなければいけないだろう。
そしてそれ以外にも、自分の体の中に無いと言う魂を、早く戻してやらなければ。

屋台骨の無い状況を知った瞬間、言葉に表しにくいほどの寒気が背筋を走っていったのを、白竜は覚えている。

魂が無いという肉体。それは大黒柱の無い家のような物だ。今の時点では形として存在はするが、いつ崩れてしまうか解らない。
それが今の、辻三兄弟の肉体なのだから。


車を飛ばして程無く、3人は辻家に帰り着いた。母親は友人たちと出掛けている為、未だ帰ってきてはいない。
好都合だと思う反面、予定を早めて帰宅する可能性が無いわけでもない為、可能な限り早く事を為さなければいけない。

万一、エレベーターのカメラに竜巻と奈央、2人の同一人物が映る可能性を避ける為、竜巻の体を抱えて非常階段から上る。
3階にある辻家の借家に戻り、鍵をかける。兄弟部屋に辿り付くと、中には既に人が待っていた。

「お邪魔してますぅ、辻くん。それで、話の内容は一体なんですかぁ?」

いつもの表情で、白竜の指示通りに待っていた尾長奈央は、2人が抱えている“自分”の姿を見て、少しだけ目を開いた。
何をするのか。自分がどうなるのか。そしてそれに拒否権があるのか。その全てを、すぐ近くに居る白竜から直接聞かされて、諦めたような表情になる。

「……拒否権無いんですねぇ、辻くん、ずるい」
「自分でもそう思うよ。…けど、そうしなきゃこの後どうなるか、何が起こるかもわからないんだ。……だから、お願い」
「そんなこと言わなくてもぉ、拒否なんてできないじゃない。ホント、ずるい」

少しだけ嫌味を含んだ笑顔を見せながら、奈央は竜巻の方へ向かっていく。服と拘束具が融けて白竜に戻り、裸身を曝した『奈央』同士が、身体を重ねる。

粘性の高い沼に何かが沈むような、ずぶずぶという音と共に二つの体が、スライムが一体になっていく。

「「んぁ、あ、はぅ、…っ、んん…!」」

それと並行して、二つの喉から嬌声が漏れる。互いに融け合い混ざり合うことで、その身は快楽を感じているのか。
理解している白竜は固唾を飲んで、未だに全てを教えてもらっていない竜峰は疑念の目で、それを見ている。

「……白竜。お前は、何をさせているんだ?」
「まずは巻兄を安定させる為の…、対処療法、かな。後で峰兄にもやってもらう必要もあるけどね」
「……根本治療にはならないのか?」
「…俺の中には、見つけられないんだ…」
「……そうか」

言葉と共に、細かい説明文を持った分身が竜峰の体内に同化する。それと共に、竜峰も弟の身に何が起きているのか、何をさせたいのかを知って、息を一つ吐き出す。
つくづく因果な身体になったものだと思う反面、こうしないと死んでいただろうという感情が、頭を過る。
そして同時に、苦渋の決断をしたという白竜の思考の一片も混じり合うことで、説教をする気も失せていた。
今は目の前で喘いでいる竜巻を落ち着かせなければ。

「は、ん…、辻くぅん…、巻兄さん、すごいの…、感じちゃうのぉ…」

四肢が混じり合った所で、覆いかぶさっている「奈央」が、蕩けた視線を白竜へ向けてくる。

「巻兄さんの中が…、とっても、欲しがってるの…。わたしも、欲しくなっちゃったぁ…」

繋がったことで竜巻の中の欲情が奈央に流れ込んできたのか、彼女の表情は既に“出来上がって”いる。
裸身ゆえに隠しきれない秘所は、竜巻のものと奈央のもの、全く同じ物が開かれ、物欲しそうに愛液の涎を垂らしている。
向けられる二つの秘所は、男から見れば垂涎どころの物ではないだろう。屹立する物が無い筈の竜峰でさえ、その光景に目を逸らそうとしきれず、横に向けた顔でちら、ちらと覗き見ている。

「辻くん、ちょうだぁい…。おち○ぽ、わたし達の中に突っ込んでぇ…」
「あ、あぁ、白ぅ…、やばいよぉ、俺、男なのに、こんなのおかしいのに、欲しいんだ…」

上の奈央が求める言葉を継ぐように、下の竜巻が同じ声音で求めてくる。男としての理性が肉体の如くに溶かされて、本来あった物をねだる。
その光景がたまらなくおかしくて、同時にたまらなく“羨ましい”とさえ、竜峰の中で告げてくる。
じわり、と自らの股間が濡れたような気配がしたのを、自らの意志で竜峰は抑え込む。

「そう、だね。…俺もちょっと、我慢できなくなってきちゃった…」

白竜自身もそれは同じようで、服を脱いで“女”の裸身をさらす。紅潮した肌は時折玉虫色に光り、胸も、秘所も、興奮が目に見える形で解ってしまう。


「でも、巻兄にいきなりは毒だろうし…、愛撫からするね?」

体内で昂り始めた熱は、白竜の中で発生したそのどれよりも大きいけれど。完全に流されないのは、取り込んだ人数による余裕の表れか。

「とはいっても…、舌(これ)でだけど」

薄く笑いながら二人の股座に顔を近づけて、白竜は舌を伸ばす。
文字通り“だらり”と伸びた舌は、人間ではありえないような長さにまで伸び、更には二股に分かれる。
唾液を光らせながら、2つの先端は自らの力で持ち上がり、2人の秘所に同時に触れた。

「ひぁっ!」
「うぁ…っ」
「ん…、ふふ、2人とも、あったかいな…」

舌だけで触れた秘所は、確かに熱を放ち、白竜の舌に返す。入口を軽く舐め回すたびに、重なり合う2人からは甘い声が漏れてきた。
愛液で濡れる音の他に、唾液を用いて濡らす音が混じる。ぴちゃぴちゃと水音が鳴るたびに、同じ声音は異なる嬌声を放つ。
片方は欲したものを得たような満足感、片方は驚愕と共に得られる幸福感。それは女の体に慣れた奈央と、初めて知る竜巻の差、そのものだった。

「気持ちいいのが解るよ…。2人のおつゆが伝えてくれる…」

奈央も竜巻も、総身がスライムであるのならば、愛液の一滴さえそうなのだ。それは白竜の舌に触れ、2人が何を感じているのかを、如実に伝えてくる。


「あぁぁぁ…、な、なんか変なのぉ…、舌が、熱いぃ…」
「俺も、俺も舌がぁ…、何だ、これぇ…」

それは白竜になめられている2人も例外ではない。クンニリングスの感覚が2人に送られ、舌に“舐めている筈のない秘所”の存在を感じさせている。

「おいしぃって、思っちゃうぅ…、わたしのものがぁ、巻兄さんのものがぁ…!」
「はぁ、はは、これ、俺の味…、奈央の味なのかぁ…?」

そして二人は、何も触れぬ舌という空虚感を埋める為に、互いの目の前にある“自分の顔”を、その口を貪り始める。
初めて同士などとはとても言えぬような、求めて止まぬ為の行為は、穏やかなものでは決してなかった。

「んぅ…、む、ぢゅる、ちゅ…っ」
「は、ちゅ、ぢゅ…っ、むぅ…!」
「あ…っ、キスしてる感覚が、こっちにも来たよ…。2人とも、すごい激しい…」

未だ舌で秘所を愛撫しているだけだが、蓄積していた愛欲の影響か乱れる姿は止まらない。
次を求め、更なるを求め、果てを求めようと肉体が欲してくる。
けれど。
大本となる白竜の意識はそこに至るために、ゆっくりと進むべしと考えて、二股に分かれた舌を、2人の膣内に挿しこんだ。

「ひうぅっ!」
「んぉっ!」

入り込んだ舌は決して長くは無い。2人の膣内、その半分程度の長さまでしか入っていないが、高ぶってきた二人の身体を反応させるには、それだけでも十分であった。

「ん…、締め付けてくる。巻兄の方が、ちょっとキツいかな?」
「あぁ…、動かさないでぇ…」
「入って…、俺の中に、何か入ってるぅ…」

僅かな挿入の刺激によって、2人は吐息と共に嬌声を漏らす。
白竜の舌に返ってくるのは、入り込んだ2つの膣の収縮と蠕動。本来は同じ物のはずだが、竜巻の方が不慣れな為か、舌に返してくる反応が大きい。
異物を求めてか、ぎゅうと締め付けてくる。

「辻くぅん、もっと奥までぇ…」
「やぁ、待てぇ…、あんまり動かすな、ぁん…!」
「…そんな事言って、巻兄だって欲しがってるくせに」
「「ひぁっ!」」

膣内を舌で舐めると、同じ声が同時に響く。
肉体の昂りと白竜の擬似挿入、そして体液の交換による感応で、2人の身体はほんの少しでも反応してしまう程になっていた。

「はぁ、舐められてるぅ…、わたしの舌も、包まれてるぅ…」
「白…、気持ちよすぎ、るぅ…! でも、でも…!」
「…でも、何? 巻兄?」
「物足りないんですよねぇ、巻兄さんは」
「……っ!!」

竜巻の口から言いたくて、けれど男としてのプライドが押し留めていた、最後の壁を。
隠し様もないほどに“繋がっている”女性から、代わりに告げられる。

「巻兄さんは、辻くんに舌を入れられて、舐められて、おち○ぽ欲しくなっちゃってるのぉ」
「ぅぁ…、そんな、こと…」
「ないですよねぇ、巻兄さん? わたしと繋がってるなら、“解ってる”筈ですよぉ」
「う…」

今更言うまでも無い事だ。奈央は男性経験を重ねているし、当然女としてされる事を知っている。
つい先ほど女体になったばかりの、女として愛される事を知らない竜巻より何歩も進んでいるのだ。その記憶が、繋がってる竜巻に教えてくる。
『奥まで突かれる事の気持ちよさは、快楽は、こんなものではない』と。

「ねぇ、素直になろぅ? 辻くんにずぽずぽされてぇ、ちゃんと巻兄さんの感覚で知りましょぅ?」
「そんな、こと…」
「辻くぅん?」
「ひぁうっ!」

言葉と共に、竜巻の中に入れた舌だけを動かした。それと同時に声が上がり、膣が蠢く。
それは竜巻の中に女の快楽を、如実に刻み込んでいく。

「気持ちいいですかぁ、巻兄さん?」
「ぁ、くぅ…、…、っ」

駄目押しのような奈央の問いに、弱々しく、しかし確かに、竜巻は頷いた。


「はい、良くできましたぁ。それじゃあちゃぁんと、言ってみてくださぃ」
「な…っ、んなこと、ぅ…」

宣言要求に言葉を詰まらせるが、もう耐え切れないだろう事を、奈央は知っていて。
これ以上は何も言わず、じぃと竜巻の、自分自身の眼を見ていた。

「う、くぅ…、あぁもう、分かった、言えばいいんだろ!?」

僅かな逡巡と共に竜巻は顔を動かし、自分の股座に顔を寄せる白竜を見やる。
金魚のように口だけを動かした後、小さく息を吐いて、

「白…、舌じゃなくて、その…、チ○コを、入れてくれ。…俺に、女の本当を、教えてくれ…」
「はい良くできましたぁ。ご褒美ぃ、ですよ」
「んむ、ちゅ、ぅ…、んぅ、ふぅん…」

折れたのか、観念したのか、それとも好奇心か。最後のセリフを言った竜巻の口を、奈央が再び塞いだ。
口だけではなく、乳房同士も重ね合わせ、痛いほどに起った乳頭同士を擦り合わせる。
その光景を見た白竜は股座から顔を退かし、じゅる、と舌をしまった。

「分かったよ。それじゃあ、ちゃんと巻兄に教えてあげるね。女として抱かれる事を…」

言うや否や、白竜の股間が持ち上がる。淫核がまるで、植物が芽吹く様に延び、膨らんでいく。
太さと硬さを備え、先端にはエラが張り、女を蹂躙する肉の凶器…男性器へと、変わっていった。

そしてそれは1本ではない。先ほどの舌のように枝分かれし、普通ではありえない上下2本。
まるで目の前の秘所に早く入れさせろと言わんばかりに、擬似的な血流に沿ってびくん、と跳ねあがる。

「…あれぇ、それ、前に入れてもらったのと違いません?」
「あぁこれ。…これはね、実は巻兄のなんだよ」
「うぇっ!? は、白、お前何を…」
「巻兄には、ちゃんと巻兄のチ○コで、女の快楽を教えてあげるよ」

体内に溶け込んだ竜巻の記憶から、男性器だけを自らの股間に2本、再現したのだ。
いつものとは異なる男性器の感覚に少しだけ違和感を感じつつも、亀頭は濡れそぼった秘所へと口付ける。

「行くよ…、巻兄…」
「あはぁ、んぅぅ…!」
「あ、あ、ああああ…!!」

宣言と同時に腰が突き出され、2本の男性器が秘所の中へと沈み込んでいく。
正常位と後背位を同時に行うことで、異なる包み込まれ方をする2本の男性器。それは竜巻と奈央に、1本ずつだが挿入される事を意味していた。
待ち望んでいた物を得たような声と、自らは“初めて知る”事への驚きの声が、同じ声音で響く。
先ほどの舌とは異なる、内側から広げられる圧迫感。女として挿入される事への悦びが、竜巻の脳を叩く。

「んぅぅ…っ、挿入(はい)、った…」

慣れない2本挿しを行う白竜も、1本とは異なる感覚に戸惑いながらも腰を進め、こん、と最奥を叩く。

「「はあぁ…っ!」」

子宮口を叩かれる感覚に、2人の声がシンクロする。
気持ちいい。それ以外に頭に言葉が浮かばない。
男として女を抱く記憶はあっても、女として男に抱かれる記憶が無いのなら。
此処から来る“快感”がどんなものか、知りたくなってくる。

「はぁ…、巻兄さん…、どうですかぁ、女の快感はぁ…?」
「あぁ…、キツくて、大きくて…、あったけぇ…。奥まで、コンコン届いてる…」
「気持ち良さそうですねぇ…。辻くん、動いていいですよぉ」
「うん。じゃあ、動くよ、巻兄?」

声と共に抽送を始めると、カリ首が膣壁を擦り、抉り始める。
腰を引くたびに浮かび上がる喪失感と、突き込まれる度に得られる満足感。そして子宮口を叩かれると、

「あんっ」
「ふわっ!」

また声があがる。隠そうとしない、快感を現す嬌声に少しだけ満足しながらも、白竜はそれだけでは終わらせようとしない。
腰を叩きつけながら、手を伸ばす。身体を重ねあってる2人の間に滑り込ませ、乳房を共に掴んだ。

「あっ、辻くん、いきなりぃ…」
「そこもしてくれるのか、白…? 頼む、もっと、してくれ…」

繋がってるからこそ分かる。2人はもう拒否なんてせずに、これからする行為も受け入れてくれる。
そう確信して、肘から先を分裂させる。


前腕を2本に分割させ、その両方でまた腕の形を作る。右手を2本、左手を2本。
異形なのは理解しているが、そうでもしないと文字通り手が足りないのだ。
4本になった白竜の腕は、竜巻と奈央の重なり合った乳房を1つずつ掴んだ。

「後ろからぁ、胸がもまれてるぅ…」
「俺は前から…、あんっ、こら白、乳首はぁ…」

乳肉を揉みしだき、乳頭を弾く。その度にまた嬌声が上がり、快感が高まっていく。
腰を打ちつけ、胸を揉む。男の立場でするはずの性交を、しかし2人分全く同時に行う事は、ありえない。
しかしそれは確実に出来ていて、確かに2人を抱いている。

「あっ、あぁ、巻兄さん、もう、イきそぉ…」
「あっ、あ、あ、イくのか…、俺、女で、イく…っ」

抽送を繰り返す男性器から、膣内の蠕動の変化を感じ取り、白竜もそれを察していた。
だから、出そう。2人の中に、思い切り。

腰の勢いを上げて叩き付け、鈴口を開ける。準備はできた。

「出すよ、2人とも…。いっぱいイくから、全部受け止めて…!」
「辻くんっ、巻兄さん…っ、一緒に、イきましょぉ…っ!」
「ダメッ、ダメェッ! 俺が壊れ、イっちゃ、あ、あぁぁぁぁぁっ!!」

一際激しい竜巻の絶頂を引金として、奈央も白竜も達し、男性器から白く濁ったスライムが注ぎ込まれる。
腰を押し付けて、びゅる、びゅると。


その光景を、竜峰は見ているだけしか出来なかった。
目の前で三男が次男を抱いている。その次男も三男の友人と半ば同化し、女の快楽に酔っている。
あの表情はどうだ。瞳は焦点が合わず、遠くを見ている。口はだらしなく開かれ、涎が零れている。
自らの知らない表情を、次男がしている。
恐ろしいと思う反面、竜峰は自らの身体を制御できていなかった。
視界は交合から逸らす事は出来ず、利き腕は自らの股間へ運ばれていて、ちゅぷ、ちゅぷと淫らな水音をさせていることに気付いていない。

あれが女の快感。
あれが抱かれる行為。

その光景をまざまざと見せ付けられ、竜峰の身体は、正確に言うのなら竜峰の身体を形成しているスライムは、その本能という鎌首をもたげ始めていた。
欲しがる。
指では足りない。
もっと太いものが。

「峰兄?」
「……っ!?」

思考を遮るように、白竜に後ろから声をかけられた。
慌てて見返してみても、確かに白竜は竜巻を抱いているのに。

「…峰兄も欲しがってるみたいだから、分裂してみたんだよ」
「……んっ、いきなり、だな」

身体を押し付けられ、白竜の胸が潰れる。脇の下から腕を回され、目の前でされるように自分も胸を揉まれる。
2人より小さい胸は敏感で、ちりちりとした快楽が齎されてきた。

それと同時に、臀部に硬く熱い何かの感触がある。

(……あぁ、これは、そうだ)

すぐに思い当たったのは、自分にもあったからか、それとも今の自分の姿である飯綱妃美佳の記憶からか。
押し付けられるものは男性器で、先ほど自分が欲した、“もっと太いもの”。
後ろに手を伸ばし、白竜の股間に生えた男性器に手を触れ、握る。

「んっ、峰兄も…、欲しいんでしょ…?」
「……あぁ、欲しい…。お前達のを見て、触発されたようだ…」

握ったものは熱く脈打つ。自らを慰めるように、愛しむ様に擦ると、ふと気付く。

「……これも、“俺”のか?」
「やっぱり気付いた? そうだよ、“これ”は峰兄の。自分のなら、安心できるでしょ?」
「……出来るか、馬鹿者」
「…それもそうだね、ゴメン」
「……謝るな。そうする位なら…」

座り込んでいた状態から腰を持ち上げ、中腰になる。秘所から漏れた愛液が零れ落ち、太股を塗らした。

「……俺も抱いて、“女”を教えてみろ。気に、なるんだ」

きっと今の自分の表情は、“女”のそれなのだろう。そう思いながら、肩越しに女になった弟の顔を見る。
少しだけ困ったような笑い顔と共に、

「わかったよ、峰兄。…入れるね?」

白竜の腰は、突き出された。


「……っ!」

遠慮なく胎内をえぐる感触に、思わず出てしまいそうになった声を抑える。
自分の内側は“待ち望んでいた”とばかりに男を締め付け、奥へ誘おうとする。

「……っ、ぅ、くぅ…」

濡れていたからこそ前戯も無しに挿入したけれど、想像していた以上の快感に膝が震える。

(少しだけ入り込んでいるだけなのに、ここまでの感覚とは…、あ、マズい…)

力が抜けてしまい、腰を落としかけた所に。脇の下に回されている腕が、どこか頼もしくもある力で体を支えていた。

「峰兄、やっぱりいきなりはマズかった…? 一度抜こうか?」
「……」

問いかけてくる弟の顔を、もう一度見る。心配してくれているのは解るが、ここまで来て抜くというのは…。

「……白竜」
「な、何?」
「……お前、俺をどんな人物と“混ぜ”た…? 抜かれたく、無いぞ…」

男女の結合を解かれたくない。そんな思考が竜峰の中に生まれ、これは自分の考えではないというのが、彼自身明確に理解していた。
でなければ自分の中に混じり合ってる人物のものとなる。ならば、どんな人なのだろう。

「面倒見がよくて、男の人が好きな人、かな。…どことなく、峰兄と似てるかな」
「……そう、か」

実際に会う時、ひとつ文句でも言ってやろうかと思う程に。竜峰の中で混じり合う“彼女”、妃美佳についての想いが芽吹き始めてくる。

「……白竜、このまま…、腰を下ろすぞ…?」
「え? 全部入っちゃうけど、大丈夫なの?」
「……気にするな。…欲しがっているんだ」

蕩けた視線を流しながら、自分を支えている白竜の腕に手を添える。愛撫するような手つきは、ともすれば“もういい”と言ってるようにも思えて。
そしてそれは、肉体の結合によって明確に白竜に伝わっていく。

「わかったよ。…じゃあ峰兄、下すね」
「……んっ、ふぅ、ぅぅ…!」

合図と共に腕の力を解かれ、身体が重力に従う形で落ちていく。
胎内を抉られる肉棒の存在感が増し、中をさらに広げていく。次第にその領域は大ききなり、内部に満たされるような感覚が広がっていく。
そして最奥に辿り付く、その瞬間。白竜は中腰になっていた竜峰の中へ狙いを定める為、持ちあげていた腰を床に落としたのだ。

「……っ!!」

降ろそうとする秘所と、これ以上は下せない肉棒。
必然的に、奥を突く力に、地面とぶつかった衝撃が加わって、竜峰の脳髄を女の快感が叩いた。

「……っ、く、ぁ…!」

己の甘い声が喉を通り、自らの耳朶を撫でる。あまりにも早いような肉体の到達に、あっけなさと恐ろしさが入り混じる。
この体はこんなにも敏感で、“女”を知っているのかと。


「は、はぁ…っ」
「峰兄…? …そっか、気持ちいいんだね…」

後ろから体を抱きかかえている白竜も、竜峰の様子を見て状態をさとる。ただでさえ内部を貫いている肉棒で、女の反応を知っているのだから尚のこと。
そっと抱き寄せ、竜峰の体を凭れかからせる。豊かな乳房が背中に密着し、また少し竜峰の喉から声が漏れた。

「ね、峰兄。飯綱さんの身体、気持ちいいでしょ…?」
「あ、ぁ…」
「尾長さんと一緒に抱いてる巻兄と違って、一対一だから…、ゆっくり抱いてあげるよ」

焦点の合わない視界の片隅で、弟たちの交合が見える。重なり合う竜巻と“奈央”、その後ろから突いている白竜。
それはまるで獣の交わりのような様相を呈していたが、それ以上に、その光景に興奮してしまう己がいた。
だからこそ自分も求めて、それに気づいた白竜に抱かれていて、拒否もせず受け入れている。

「……あぁ、そうしてくれ」
「素直になっちゃって。そんなにして欲しかった?」
「……」

少しだけ意地悪をするような白竜の問いに、僅かにうなずく。それが事実なのは変わらず、欲している事は確かなのだから。

「締め付けてくるね。ここを触ると…」
「……んっ」

挿入されている下腹部を撫でられると、また声が出てくる。自分の、白竜の、一挙一動が快感を呼び寄せてくる。

「……入ってるのだな、ここに」
「うん、峰兄のチ○コが、そこに入ってるんだよ」
「……不思議と、悪い気はしないな」
「峰兄が自分から欲しがったからね。…多分、俺のや巻兄のだったら、拒否されてたかも」
「……かもしれんな」

後ろから抱かれ、身体を愛撫されながら、女の姿の兄弟は語らい合う。本来の男同士ではありえない、女体同士の接触と、男女としての結合を行いながら。
弟の手は愛しい人を、我やすい陶器を触れるように優しく撫でてくる。
太股を経て、身体を登り腹部、乳房に触れると、

「……ひ、ん」

また甘い声が漏れる。竜巻があの時言ったように、弟より大きくない胸だが、触れられると柔らかく、心地よい。
触れてくる手も、大事にされてると分かる強さだからこそ、安心できてしまい、それも含めて感応を高ぶらせてしまう。

「そろそろ、動かそうか?」
「……そう、だな。俺の中の“彼女”が、我慢できなくなりそうだ」

弟の愛撫に、体が反応しているのはいうまでも無い。そしてそれは、現在進行形で貫かれている性器も同じで、きゅぅと締め付ける動きを、自覚してしまうほど。
そして自分の身体を形成している「飯綱妃美佳」としての遺伝子が、強く男を欲しているのだ。
快楽としての意味でも…、性欲の形としても。だからこそ、

「……動いてくれ、白竜」

弟に女としての蹂躙を、願った。

「それじゃ、いくよ…?」
「……んっ、ふぅ…」

突き込まれていた男性器が抜かれ始める。ゆっくりとした動きが膣内の圧迫感を軽減していき、同時に満たされた居る感覚も消えていく。
カリ首が内側をなぞり、抜け出ようとするのが解るが、入り口付近に来ると止まる。
最後の最後で抜けない。そんな安堵を受けた瞬間、また中に侵入されていく。

「……はっ、ひ、ぃ…、んぅ…!」

腰を前後させるたびに、そこから生まれてくる快楽に喘ぐ。男女の結合がどういうものか、理解している筈の体だというのに。肉体から寄せられる波は未知の物として脳を揺さぶる。
それは竜峰の頭を蕩かせるには十分すぎていた。

「……はぁ、は…っ、お…、奥…、入ってくる…!」
「んっ、峰兄の、また締まってきた…」
「……こんなに、いいのだ…、なぁ白竜、もっとして、くれ…。俺も…」

言葉だけでなく、行動で欲している事を示す。腰を自ら落とし更に深く結合を求め、反応としての収縮だけでなく、自らの意思でも膣を締め付けて。
自らを愛してくれる弟の分身を、自らを貫いてくる自分自身を、身の内で愛する。
抱きしめられ、胎内を抉られ、子宮口を叩く弟が、愛しくてたまらない。
兄としての矜持と、妃美佳としての記憶は、その証を返すように自らの秘所へ手を伸ばす。自らの中にあり、抽送を繰り返す男性器の、その下へ。


「ひわっ!? 峰兄っ!?」
「……ふふ、やはり恐いと思うが…、いいのだろう?」

冷水をかけられたかのように驚いたのは、竜峰の手が白竜の股間に触れたからだ。女性の体に男性器を生やしている状態の白竜だが、その下に女性器は残っているし、男性器に睾丸も存在する。
細い指でころころと弄ばれ、確かに内心恐怖が襲うが、それでも性感帯としての機能もあるそこは、僅かな後に官能を高めてくる。

「……ほら、また大きくなったぞ。それに、ここも…」
「んぅ…っ!」

抜いて、再び挿入しかけの埋まりきってない男性器もなぞられ、白竜も声を上げる。愛液を塗してらてらと光る性器に触れる指が、更に。
指を濡らした愛液を舐めとり、ふふ、と小さく声が漏れる。

「……あぁ、これが、“俺”の…、“アタシ”の味か…」
「…えいっ」
「……んっ!! あ、はは…、なぁ白竜、良いよ…、すごく、良い…」

楽しむように、自身に言い聞かせるように言葉を紡ぐ竜峰は、もうすっかり“女”の顔をしていて。腰の動きも、膣内の蠕動も。
先日妃美佳本人を抱いた時のような動きに変わってきたのを察し、また動き出す。

「…峰兄、峰兄…!」
「……あぁぁ、もっと、もっと…!」

白竜も耐えかねたのか、竜峰を前へ押し倒し後背位で突き始める。愛液による水音と、ぱちん、ぱちんという肌の音が、鳴り続ける。

目の前では、もう一人の白竜が竜巻と奈央の2人と交合し続けている。
その顔は例外なく快楽に蕩けた“女”のそれで、今現在竜峰がしているものと全くの相違はない。

(あぁ…、俺も今は、あんな顔を…)

羨ましいと感じていたのは間違いなく、自分も同じ顔をしているのだと確信したのも間違いない。
妃美佳の肉体が教えてくれる快楽は間違いなく、想像した通りに男の想像以上のものを与えてくれる。教えてくれる弟に、教えてくれた妃美佳に大きな感謝をしながら、
その喉は絶え間なく、女を享受する声を上げ続けている。

「……っぁ、あっ! んひ…っ、いぃ…!」

ふと、内側で何かが膨れ上がるような気配を感じる。膣内のような下ではなく、脳のように上でもない…。
気を練る時に意識をする場所よりも、僅かな上から感じる膨張感。
そうだ、これは子宮だ。求めてたものが得られようとして悦ぶ、女の体の発露だ。限界に近づいているそこが、もう、理性すら溶かしかけて。
射精の為に膨らみかけた男性器を、応えるように張りつめる子宮を、互いに感じて。

「あぁ…っ、こっちもイきそ…っ、峰兄、出すよ…!」
「……来てくれ、いっぱい、出してぇ!」

あられもなく叫ぶ声をさらに大きくするように、その中に、注ぎ込まれた。

「あぁっ、あはぁぁ…っ!!」

胎内に溢れる弟の熱に、感極まった声が溢れる。同時に叩きつけられた絶頂は、身体と共に意識を遠くへ追いやるように、竜峰の脳内に光りを走らせた。

「んぅ…っ、峰兄に、吸われる…!」
「あぁぁ…っ、また中に、入って…! ふあぁぁ……!」

搾り取るように収縮する膣内と、吸い出されていく精液に悦んでしまう。強い筈の絶頂は胎内に精液を感じるたびに、2度3度と波のようにやってくる。
男の時の射精と異なり、一度に複数回もやってくる高揚感は、白竜の射精がひと段落するまで続いた。

「……は、ぁ…」

満たされていく。性欲だけではない。今しがた注ぎ込まれた、“更なる別人”と混じり合うことで、脳内を占めていた性欲も。
男女数人が体内でさらに交わり合い続け、性欲をそちらに恃むことで、冷静な思考に満ちていく。

(あぁ…)

けれど。

(……これだけで、こんなに良いのなら)

辻竜峰としての意識は、それだけでも満たされず。

(……彼女と繋がれたなら、どんなに良いだろう)

自分に“女”を教えてくれた彼女、飯綱妃美佳に対して、思いを馳せていた。
それは今までの人生の中で味あわなかった、下心に端を発する恋心だった。


* * *


森林の中に鋼鉄の足音が鳴り響く。ありのままの自然の中に在って、酷く不釣合いな、鋼の音。
人型をしている鋼の塊は、逆に言えば人間が鋼を纏っているのだと言える。
足音のリズムを一定にし、しかし常人の走行より早い歩調の“それ”は、聞かせる者がいないのに口を開く。

「反応はこっちで間違いない筈だ。『雷火』、目的地までは?」
《一里も無かろうて。あの場より多少引き離されたが、我らの脚力なら仔細は無い》
「確かに。…早い所帰らないと、怒られそうだな」
《フフ、やはり妻が恐いか?》
「あんでそうなるんだよ。…あぁいや、心配させたくない、負担をかけさせたくないって意味では、やっぱり恐いな」
《素直で宜しい。意地を張るのは男の美徳かもしれんが、張りすぎはただの強情ぞ?》

着装者の声は男の物で、それに反応するはずのない、出所の不明な声は女性の物。1人芝居と言う気配はなく、確かに2人存在しているのだろう。
ただ、魂のある場所が肉体か否かと言うだけで。

程無くして、鋼鉄を纏う男は当初の目的地に達する。それは旧日本軍の残党が研究所という空間を展開していた場所。
そこで研究されていた筈の、『雷火』が反応した何かを探るために、ここに来たのだ。

鋼鉄に包まれた顔を動かし、ぐるりを見回す。目元が鈍く光りを放ち、照らされる場所を精査する。

《ほう? 見えたか?》
「確と」
《善き哉善き哉。補助なしで見えるようになったか》

何を見つけたのか。それは普通の視界では捉える事の出来ない、精神的な個所。
中空に漂う、陽炎のような人形をしているものだ。

『なぁ峰兄、俺達見られてね? っていうか何だアレ、すっげ、ゴツいしメカメカしい!』
『……何者だ。何故俺達が見える?』

それは世間一般で言われるのなら、幽霊と呼称されるべき存在だった。
今しがたそこで、自らの肉体を喰われた、辻竜峰と辻竜巻。その2人の幽霊。
鋼の塊は、瞳と思しき場所を光らせて幽霊を視界に捉える。幽霊の輪郭を明示させ、何者なのかを、より細やかに知る為に。

『……答えろ、さもなくば』
『あーちょいちょい、待てって峰兄。…今の俺達、触れねぇじゃん。ほらな』

何も言わない鎧に干渉できないというのを確かめるように、竜巻は己の手を鋼へ触れようとする。
それは、スカ、と言わんばかりに空しく宙を切り接触を拒絶する。
何もできず、言葉を交わすしかないのだと、知るしかなかった。

『……それは理解している。が、竜巻。お前はもう少し後先を考えろ、先ほどのもそうだが、敵ならばどうする』
『逃げるしかねぇんじゃね?』

接触不可能を何度も確かめるように手を動かし、身体をすり抜けさせる竜巻は、変わらぬ調子で答える。
今の2人にできるのは、事実それしかないのだ。

「…いいか?」
『『!?』』

突如鎧の中から響いた声は、自らが認識されてると言う事実を2人に伝え、身構えさせる。
対抗手段としての拳法は使えぬから、逃走の為の準備ではあるのだが。

「俺はあなた達に問いたい、この場で何があったのか、あなた達が誰なのかを」
『……それを信じられるのか?』
「信じようと思うのならば」
『アンタが俺達の敵じゃないって断言できるのか?』
「断言しかねるが…、それは逆に、あなた達が俺の敵じゃないと断言できないのと、同じ事だと考えるよ」
『……確かにな』

竜峰達は身構えてはいるが、敵対の意志は見せない。
大して鎧の男は身構えも、敵対の意志も無い。
相対しあって、しばし。

「俺は石g…じゃなかった。忌乃だ。敵対以前より名乗るのが遅れた非礼を詫びたい」
『……辻竜峰だ』
『ま、名乗ってなかったのも確かだな。俺は辻竜巻、峰兄の弟だ。で、なんで言い直したんだ?』
「あぁ、実は少し前に婿入りで姓が変わったんで、まだ慣れなくてね」
『ほほぅ、ってことはアンタ既婚者か。……なぁ峰兄、俺たち大分先越されてね?』
『……人様の家庭事情だ、首を突っ込むな』

目の前で突然警戒を解いたかのように喋りだす幽霊達だ。少しばかり、自分の状況を理解しているのか、気になってしまう。

そもそも、ここまでハッキリと残っており、かつ魂の“寄る辺”が無い存在というのも珍しい。魂は世界の中に置けばいずれ拡散し、世界の流れの一部となってしまう。何か“寄る辺”に身を寄せ、多少なりとも存在を保たなければいけないのが普通だ。それは人形や、場合によっては“場所”でも良い。
だがここまで綺麗に輪郭を残す場合、死んだばかりの存在の筈なのに、しかし死体も存在しない。

(これは、どういう事だ?)
《…どうにも腑に落ちんな、アレを見ぃ》
(……?)

『雷火』に促され、視界の隅に見たのは僅かながら異臭を放つ“何か”。
分析によるとどうやら腐敗された臓腑のようで、

「もしや…。あなた方は、内臓を腐らせられたか?」
『……どうしてそれを問う?』
「そこに見える物から類推しましてね。そしてそれをやったのは、軍服を来た女性…、違いないか?」
『…どうしてそこまで察するのか、逆にこっちが聞きたい気分だけどな』
「さっきまで追ってた相手だから。…それで答えにはならないか?」
『……とすると、お前が『雷火』というものか』
「正解。…正確に言うと、『雷火』はこの鎧の名前だ」
『…………』

竜峰の霊は腕を組み、沈思黙考する。
『雷火』が接近する事で、少女が撤退した事実。それは即ち『雷火』と少女が鉢合わせれば、少なからず戦闘になる可能性があるということ。そして少女はそれを避けようとしていた。
戦力差で言うのなら、自分の目が確かであるならばこの男もそれなりに腕が立つのだろう。鎧を纏っているが立つ姿にブレは無く、素人臭さは見受けられない。
存在の可能性と、自らの現在。それを加味して考えると、

『……分かった、話をしよう。その上で聞きたい事、頼みたい事がある』

忌乃、そして『雷火』へ助力を仰ぐ結論に至った。

『……ただし、お前たちが完全に俺達の敵でないのならば、だがな』
「そこは保障しよう。…我が鬼の血筋、そして俺と『雷火』の魂に於いて」
『胡散くせー……』
『……こら竜巻』
「…はは、まぁ、そう言われるだろうことは覚悟してるよ。だからこそ、これからの行動で示すさ。まずは顔をちゃんと見せないとな」

兜を外し、露わにした素顔で忌乃は笑った。



【魂側の白竜が何をしていたのか】

A.家に帰って母親に憑依してしまっている。

>B.早耶の傍に居て雪姫に見つかってる。

C.ずっと肉体の傍にいて、行動を見せ続けられていた。

D.廃墟付近に居たが、先ほど枢木に連れていかれた。




簡易キャラクター紹介

辻白竜(つじ・はくりょう) 20歳、大学生。
「ウルティマ」に喰われ同化してしまった辻家三男。この話の主人公。
兄2人が“大きい”為、やや消極的な性格になってしまった。劈掛掌使い。
【白竜:白く泡だつ渓流や滝の形容】

砂滑早耶(すなめり・はや) 20歳、大学生。
優しい性格で、自分より他人の意志を優先してしまう少女。忌乃――の幼馴染。
メガネ女子でド近眼だが、トランジスタグラマーの磨けば光る存在だが自信がなく、あまり自分磨きを考えてない。

飯綱妃美佳(いづな・ひみか) 21歳、大学生。
行動力の高く面倒見の良い性格をしているが、口が悪いためきちんと受け止められたことは殆ど無い。
男性経験も豊富である、人を見る目は自信アリと吹聴し、約85%の的中率を誇る。

尾長奈央(おなが・なお) 19歳、大学生。
ぽけぽけした所を見せているが、天然キャラを装っている。比較的腹黒。
計算高い性格などは母親の影響による物で、それをあまり悪いとも思ってない。


辻竜巻(つじ・たつまき) 26歳、オートレーサー。
飄々とした性格の辻家次男。スピードを求めるが平時は優良ドライバー。
気が逸りやすく多少喧嘩っ早い為、「ドラゴン兄弟」の名を作った原因でもある。劈掛掌を応用した脚技使い。
【竜巻:空気の細長くて強い渦巻き】

辻竜峰(つじ・りゅうほう) 28歳、小学校教諭
落ち着いた性格の辻家長男。最も長く父に触れていて、死別後は弟達の父親役を務めようとしている。
筋肉質で190cmと一番体格も大きい為、威圧感は抜群。生徒達からはちょっと不評。八極拳使い。
【竜峰:熊本県竜峰山に由来】



忌乃雪姫 19歳
『朱鬼蒼鬼』内の登場人物だが、“この世界”では存命している。
体が弱いのは変わらないが、多少吐血する程度で即時命に関わらない。
作者の遅筆のせいで、頭の中にあるけど出したい設定、出し切れてない設定というのが山ほどあります。
異世界というのもその一つ。

この作品は『朱鬼蒼鬼』や『死神』、『TS家族』とは異なる平行世界(パラレルワールド)での出来事です。

この世界に彼等がいるように、本来の世界にもきっと白竜達は居ます。
…もっと早く書かないと。あぁでもやりたい事が。自分が30人くらい居たら良いのに。

タイトルの誤字修正と、画像追加。
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