「…………」
目を覚ますと、俺は硬いコンクリートの床の上に倒れていた。
周りは薄暗くてよく見えないが、見渡す限り倉庫のような殺風景な場所だ。
俺、なんでこんなとこに居るんだろう。
床に手を付き、床から起き上がろうとする。でも手が動かない。
ひとしきりもがいてみても、両腕は何かで縛られているようにびくともしない。
暖房は効いているようだが、何だか寒気がする。
部屋の空気とコンクリートのざらついた感触が、俺の肌に直接当たっているからだ。
そう、俺は裸だった。一糸纏わぬ姿のままこの部屋の中で縛られ、閉じ込められていたのだ。
ガチャリ、と扉の開くような音が鳴り、外から吹き込んできた冷気が俺の頬を打った。
寒い。しかし、俺の体を凍りつかせているのは冷気じゃなくて恐怖だ。
一体全体、これはどうなっているんだ。
体をよじって音のした方向へと振り向く。そこに居るのは柄の悪そうな複数の男達。
ジャリッ……という靴音をたててそいつ等は俺の方にやってくる。
「へへへ……。お目覚めのようだなァ、お嬢さん」
リーダー格らしき大柄の男が、ニタニタと笑いながら俺の方に屈みこみ、顔を近づけてきた。
臭い息が俺の鼻にかかる。だがそれを気にしている余裕などはない。
まるで値踏みをするように大男は俺の体を検め、後ろの男達に言った。
「ボスのお許しがでた。こいつを姦ってもいいぞ」
「や、やめっ……」
俺の懇願も空しく、男たちは強引に俺の股を開き、猛り狂う獣のような一物で中を貪った。
「やあっ……!! ひぐっ!! っあぁ!! ゅ……るして……!!」
相手を思いやることのない乱暴な行為に、俺はただ泣き叫び、許しを乞うだけ。
そこに悦びはない。体と心を蝕む痛みだけがあった。
「へへへ……。カワイイ顔してるが、この娘経験済みだぜ。中の具合が良い感じにこなれてやがる」
「ほぉ、それはそれは結構なことで。お嬢ちゃんは普段彼氏とどんなプレイをしてるのかなぁ?」
やがて一人目の男が中で果てた。生温かくて気持ちの悪い感覚が胎の中を満たす。
だがそれで終わりじゃなかった。次の男がむき出しの男根を俺の股へとぶち込んだ。
「ぎいぃ……!! 痛いィ……」
一体なんでこんなことに……? 俺はここで目覚める前のことを思い出そうとした。
■■■
俺の名前は河上和雄、25歳会社員。恋人いない暦=年齢の、何処にでもいるダメ男だ。
しかし昨年のクリスマス、俺はこの世界の外から来たある『女』に出合った。
そいつは異世界に存在する『俺』自身、だと言った。俺の一人ぼっちのイブを、最高の一夜にするためのプレゼント、だと。
『彼女』に誘われるがままに、俺は彼女を抱いた。
あれは最高の一夜だった。一ヶ月近く経った今でも、あの時の興奮が忘れられない。
そして別れ際に、あいつは俺にお土産を残してくれた。
それは『スキン・モジュール』。
彼女の世界に存在する変装用のツールで、生成したスキンを纏うことによって、どんな姿にでもなれる。
使い手の素養や技量にもよるが、扱い方しだいでは異性の姿にも化けられるんだ。
異世界からやって来た『自分』自身もそれを纏い、女の姿で俺の前にやってきた。
彼女が言うには、俺自身モジュールとの親和性は高いらしい。
その通り実際に使ってみると、少し練習するだけで俺の体はどんな女の姿にもなれるようになっていた。
そうして俺は暇を見つけてはスキンを被り、女の子の姿でいることを楽しむようになっていた。
女の子のカラダ、女の子の服装、そして、女の子の悦び。
女に好かれなかった俺の行き着いた理想の女、それは自分自身だったんだ。
そして俺はこの休日もスキンを被り、女の子として街を出歩いていた。
今の俺の姿は、金髪ツインテの小柄な美少女。
この姿を見れば、あのクリスマス・イブの事を思い出す。
そう、この顔は異世界からきた『俺』と初めて出会ったときの、奴が着ていたスキンなんだ。
お出かけの目的はショッピングだ。もちろん買うものは女の子の衣装。
年明けから月の半ばまでは、モジュールの訓練に夢中で中々出歩けなかったんだよな。
今着ている服も、『あいつ』が向こうの世界から持ってきたやつだったんだ。
女の子のお買い物は中々楽しかった。
男のままでは近づき辛い、女の子の服装や下着をを間近に見ることができたし、コーデのアドバイスを気兼ねすることなく店員さんに聞くことも出来た。
また、少女の皮を着て姿を偽り、他人を欺くことに奇妙な優越感も感じていた。
このかわいい顔の下に、男の体が隠れているだなんて、誰にもわからないだろうな。
そんなわけで福沢さんを約10人ほど支払い、買い物袋一杯に服を買い込んだ俺は、大きくなった荷物に苦心しながらも幸せ一杯な気分で家路についていた。
その時に早く家に帰ろうと、近道をしたのがいけなかった。
俺は今の姿を忘れ、人の少ない裏通りを通ってたんだ。
その時浮かれていた俺は、真横から飛び出してきたものに全く気がつかなかった。
ドンッ!!
何者かに横から勢いよく衝突され、体が小さくなっていた俺の体は大きくバランスを崩した。
あわや転倒寸前のところで、何とか足を踏ん張って踏みとどまる。しかし持っていた荷物が手を離れて地面にドサドサと落っこちた。
「きゃっ!!」
逆にぶつかってきた相手は、踏ん張りきれずに可愛い声をあげてすっ転んだ。
それは女の子だった。小柄で金髪でツインテールの可愛らしい女の子だ。
あれ、この顔どこかで見たことあるような……?
「ごめんなさい。急いでるの」
女の子はそう言って頭を下げると、そのまま弾丸のように通りを走り抜けて行く。大丈夫? と声をかける暇さえなかった。
「やれやれ。危ないなぁ」
ぼやきながら俺は、落とした荷物を拾おうと屈みこむ。しかしその時……。
「……!!」
突然俺は何者かに背後から襲いかかられた。
何が起きたかも分からないまま羽交い絞めにされ、後ろに引きずられそうになる。
「離せっ!!」
拘束から逃れようと、俺は思いっきり力を入れて相手を振りほどく。
「わあっ!!」
相手は悲鳴を上げながら後ろの壁にぶつかった。
「こ、この娘!? なんて馬鹿力なんだっ!?」
驚きながら相手が悪態をつく。
スクイーズ・スーツによって、俺の筋力は生身の時よりも強化されている。
外見は小柄な女の子でも、身体能力は普通の成人男性より強いんだ。
しかし所詮俺は素人。反撃はあくまで逃げるための時間稼ぎのつもりだった。
踵を返して俺は駆け出す。早く人のいる場所に逃げるんだ!!
しかし視界の片隅に落っことした荷物が入り、俺は思わずそれを拾おうとした。
これが間違いだった。さっさと逃げるべきだったんだ。一瞬の気の迷いが俺の運命を狂わせた。
新手の暴漢が、俺の背後から組み付いて来たんだ。
そいつはゴリラのような体躯の大男で、モジュールで強化された俺の膂力でも振りほどくことが出来ない。
「ククク……。中々元気なお嬢ちゃんじゃねぇか。でも鬼ごっこはもう終わりだぜ」
下卑た声をあげながら、大男は俺の鼻と口を濡れたハンカチを押し当てる。
「むぐっ!!」
それからは、ツンと鼻をつくような薬品の臭いがした。
刹那。俺の意識は暗黒の世界へと反転し、気がついたら……この場所で縛られ、転がされていた。
■■■
肉の宴は何十分、何時間も続いた。男たちは泣き叫ぶ俺の何度も弄び、ほとばしる白濁で胎を穢した。
そしてその行為の一部始終を、奴等はカメラで録画していた。
「グエヘヘ……。こいつのアソコはバックから入れたほうがいい具合だな。俺のナニをズルズルと締めつけてきやがる」
「あう……。も、もう……やめてくれ……」
「すまねぇなぁお嬢ちゃん。でもこれはお嬢ちゃんのパパが悪いんだ。大人しく俺達の言うことを聞いてりゃあ、こんなことにはならなかったのによぉ」
「ああ。だが可愛い娘がこんなにされてる絵を見せつけたら、耶蘇口のタヌキも気が変わるだろうぜ」
可愛い娘だって!? 違う、俺は人違いだっ!!
もちろんそれを言い出すことは出来なかった。もし人違いだと分かると、解放されるどころかより酷い目に遭わされることが分かっていたからだ。
ベロリ。男の一人が俺の頬に舌を這わせる。
「流石は大会社社長の箱入り娘。綺麗な顔だぁ。汚しがいがあるってもんだぜ」
「なに……ぃって……!! ちがっ……!! ……れはっ……!! ぐえぅ!!」
抗議の声も、口の中にねじ込まれた一物に遮られた。
俺の胎を侵しながら、後ろの男も楽しそうに嗤う。
「うへへ……。こいつ犯されながら自分で腰振ってやがるぜ、顔は泣いていても身体は悦んでやがるよ」
違う!! 喜んでなんかいない。この痛みから逃げたいだけだ。
「よーし。次は俺の番だ。んっ……少し汁ッ気が少なくて引っかかるな」
「濡れないんだったら濡らしてやりゃあいいじゃねぇか。サラダオイルでもぶち込んでやるよ」
「ぎぃぃ……」
だが俺の意志などお構いなく、恐怖と苦痛に満ちた地獄の宴はまだ続くのだった。
一通り俺の体を嬲りつくしたあと、奴等は俺を脚を屈辱的な姿勢のまま壁際に縛り付けた。
両脚は大きく広げられ、奴等に汚された局部が丸見えになっている。
そこからは奴等がさんざん膣内にぶちまけた体液が、ポタポタと床に滴り落ちていた。
それを見て男の一人が楽しそうに言った。
「うへへ……。ゴム無しセックスは楽しんでもらえたかなぁ? そんだけ中出しされたら絶対デキてるだろうなぁ。
かぞくがふえるよ、やったね『燈花』ちゃん。一体パパは誰になるかなぁ?」
とう……か? 違う!! 俺はそんな名前じゃない!!
離してくれよ!! 帰してくれよ!! 俺をここから出してくれよ!! 畜生!! 何で俺がこんな目に!?
そしてこれから俺はどうなるんだ!? 奴等の仕打ちから察すると、このまま帰してくれるとは思えない。
壊される?
売られる?
殺される?
嫌だ。
壊れたくない。
売られたくない。
死にたくない。
俺にはまだやりたいことが沢山あるっていうのに。
でも動けない。両腕を縛り付けている拘束具はスクイーズ・スーツの膂力をもってしても破ることは出来ず、もがいたところでいたずらに体力をすり減らすだけだ。
一体どうすればいい? 駄目だ。全く思いつかない。
黒い絶望が俺の心を覆い尽す。寒々とした霜のような感覚が背中を凍てつかせる。
その時部屋の扉が勢いよく開き、奴等の仲間らしき男が血相を変えて飛び込んで来た。
「獅子村さんっ!! 大変っす!!」
「るせぇなぁ!! もうちっと静かに入ってこれねぇのかァ!? で、どうしたい!?」
獅子村と呼ばれたゴリラ男が、怒気をはらんだ声で怒鳴り返す。
事態は俺のあずかり知らぬうちに、考えられる最悪の状況へと進んでいたんだ。
「この娘、耶蘇口の娘じゃないっす。本人は今自宅にいるっすよ!!」
「ハァ? 何言ってんだおめェ?」
「とにかくこの画像を見て下さい。耶蘇口宅を張ってた板見が5分前に撮ったやつっす」
獅子村は男からスマートフォンをもぎ取り、画面を凝視する。
刹那、獅子村の顔が真っ赤に燃え上がり、その表情は怒りと焦りに歪んでいった。
「こっ!? これァどういうこったァ!! ってことはこいつは耶蘇口燈花じゃなくて、何だってんだァ!? よく似た別人だとでも言うのかよォ!?」
更に声を荒げ、やって来た男の胸倉を掴んで持ち上げる。
「痛いっす!! 落ち着いてくださいよ!!」
「これが落ち着かずにいられるかってんだよォ!! 大枚はたいて準備したってのに、身代金がパーになっちまったんだぞォ!!」
ぶん、と男を力任せに突き飛ばす。壁にしたたかに叩きつけられた男は「ぐえっ!!」と呻いてへたり込んだ。
「くそっ!! くそっ!! くそっ!! 何だってんだよォ!!」
ガンガンガン!! 獅子村は部屋の隅にあるロッカーの壁を力任せに殴り、蹴りつけた。打たれた箇所は見る見るうちにボコボコに変形していく。
しばらくの後、奴はフウフウと荒い息を吐きながら怒りを抑えようとする。
周りの男たちは、戦慄の眼差しで獅子村をただ見ているだけだった。
そして奴の野獣のようにギラギラした目がこちらに向けられた。
「まあいい。まずはこいつをどうするかだァ」
のしのしと俺に近づき、体液に汚れた俺の顔をクイ、と持ち上げる。
「け、計画では、ヤク漬けにして身代金と交換することになってましたね」
おびえ気味の手下の一人が補足する。
「そうだったなァ。始めの計画だとそうだァ。でもよォ、もうこいつを生かしといたところでもう身代金は入って来ねぇよなァ?」
「な、なら、どうします!?」
「俺の伝手を辿って、闇医者に売り飛ばすンだよォ。美少女の体と臓器は高く売れるだろうぜ。ククク」
じょ、冗談じゃない。そんな誰かのとばっちりで死んでたまるもんか!!
獅子村のゴツゴツした指が、俺の髪を撫で上げた。
「可哀想によォ。まだまだ人生これからだってのに、ここで終わりになるなんてヨォ。
だから今夜は、この世の名残にたっぷりと愉しませてやるぜェ。女の悦びをたっぷりとなァ」
男達が蛇のような笑みを浮かべながら、再び俺に近づいてくる。そして、
地獄の宴が再開された。汚らしい肉棒の乱舞に、俺の体は弄ばれる。
そこに快感も、絶頂もない。絶え間なく襲い来る恐怖と苦痛に、身も心も蝕まれていく。
痛い、苦しい。誰でもいい俺を助けてくれ。さもなくばいっそのこと殺してくれ。
だが穢れた肉塊に塞がれた口では、それを懇願することさえ出来ない。
頬を伝う涙だけが、俺に許された抗議の手段だった。
「よし、言い感じに拡がってきたようだなァ。最後は俺の番だァ」
今まで宴に加わっていなかった獅子村がズボンと下着を脱ぎ捨て、局部を露出させる。
それはまるで子供の腕ほどもある、巨大な男のしるし。
幾度もの陵辱の末に、愛液と精液、そして真っ赤な血が滴る俺の膣内に、向かい合った姿勢でそれをねじ込む。
「ぃぎっ!! あおおお……!!」
ミシミシと肉棒が膣内を自分のカタチに仕立てていく。
「そうらいくぜェ!! おらァ!! おらァ!!」
「ぐげぇ……!!」
掛け声と共に始まるピストン運動。力一杯突き出された亀頭が子宮を押し上げ、臓器が圧迫される。
「ふへへ……。こいつァ中々の名器だァ。膣奥が俺のナニに吸い付いてきやがるぜ」
駅弁スタイルで俺を貫きながら、俺の喉元に右手を伸ばす。
「こうしたらもっと締りが良くなるんだったよな。おら、締めてみろよ」
「げぇっ……!!」
力任せにギリギリと喉を絞められ、俺は空気を求めて喘いだ。意識が遠のき、目の前が真っ暗になる。
だが男のピストン運動は無情にも続く。さらなる快楽を求めて俺の膣内で暴れ続ける。
「キヒヒ……。良い感じに締まってきたぜェ!! いいぜェ。中々のもんだぜお前はよォ!!」
俺は獅子村の右手を引き剥がそうと、苦し紛れに殴りつけるが、丸太のような奴の腕は微動だにしない。
「ああ!! たまんねェなァ。犯しながら苦しむ女の顔を見るのはよォ。死に物狂いの顔をもっと見せてくれよォ!!」
ささやかな抵抗も意に介さず、絞める右手に力が篭る。
「ぁっ……!! ヵはっ……!!」
モジュールに内蔵されたバイタルモニターが悲鳴を上げる。
呼吸低下。生命活動に重大な危険あり。
「獅子村さん。そんなにやったら、そいつ死んじゃいますよ」
「うるせェ黙ってろ!! おめェらこいつのマンコで散々愉しんだだろうがァ!! お締まる締まるッ!!」
みかねた手下が静止しようとするが、そいつは獅子村に怒鳴られておずおずと引き下がる。
もう駄目だ。力尽きた両腕がダラリと落ちた。闇に閉ざされかけた視界が反転し、雲の上のような真っ白な世界が俺を誘う。
痛みはない、息苦しさもない。平穏に満ちた安らかな世界。
それは、間違いなくあの世からの誘いだった。
■■■
#ここから第三者視点になります。
しかし和雄の本能は、すんでのところでそれを拒絶した。
彼女の中で最後の最後で残った意思。それは死にたくないという強い思い。まだ生きたいという強い願い。
着用者の意思に従い、スクイーズ・スーツが動き出した。
――アドレナリン放出。最大値までの筋力増幅。着用者の身体保護リミッター、解除――
メキメキと音をたて、小柄な少女の筋肉が膨張を始める。一瞬でその細い手足が倍近くにまで膨れ上がる。
「な、なんだァ?」
獅子村は間抜けな顔で、腰をヘコヘコと動かし続けていた。間近に迫っていた射精への執着が反応を遅らせた。
次の瞬間、少女はその顔面に渾身の頭突きを浴びせる。メリっという、鼻の折れた音が響く。
「うがァァァァっ!!」
盛大に鼻血を噴出しながら、獅子村の巨体がぐらつきながら後ずさった。
その勢いで、ずぶりと少女の膣内を犯していた魔羅が引き抜かれる。
「むぅぅぅ……」
唸り声と共に少女は両腕に渾身の力を込める。ブチリと戒めが解かれ、彼女の体はようやく自由を得た。
そして間髪いれずに床を蹴って獅子村に突進。顔を抑えた彼が体勢を立て直す直前。
――戦闘動作補助、実行――
その股間の一物に、全力を込めた肘を叩き込んだ。
「ぎっ!!」
男性特有の激しい痛みに、獅子村の顔が一気に青ざめる。流石の彼もこの痛みには抗えないようだ。
だが悲鳴をあげさせる間もなく少女のターンは続く。床に両手をついて転回し、獅子村の頭に両脚を絡める。
そのまま一気に全体重を乗せて反転。これぞ奥義幸せ投げ!! 獅子村の頭をコンクリートの床に叩き落とした。
ごちん!! まずは一人目!!
頭蓋骨が固いものに当たる鈍い音と共に、獅子村の意識はお星様の世界へ旅立っていった。
「なっ……!!」
「こいつ……っ!!」
獲物の予想外の反撃に、周りの男達が色めきだった。
自分達の親玉は既に地に倒れ、泡を吹きながら昏倒している。
水音とともに、獅子村の股のあたりの床に、赤色混じりの水溜りが出来上がっていく。
男達が逡巡している間に、少女の裸体が起き上がり、彼女の眼光が彼らに向けられた。
それは怒りに燃え滾る狩人の目だった。少女から放たれた凄まじい殺気に、男達は一瞬恐怖する。
しかし、彼らはすぐにそれをねじ伏せた。
怖がることはない。相手はたった一人の小娘だ。それに対してこちらはまだ五人いる。武器もある。負けるはずがないじゃないか。
全員で一気にかかればひとたまりもないはずだ。売り物になる程度に痛めつけてやる。
シャキン。
各々がナイフや特殊警棒、鎖、ブラックジャックなどの武器を構える。
「かかれっ!!」
「おらぁぁぁっ!!」
そして少女目掛けて一斉に襲い掛かった。
ぶん、と振り下ろされた鎖や棒が、身構えた少女の体に迫る。
しかしそれらが彼女の顔を捉えんとした寸前、突如獲物の姿が消えた。
行き場をなくした凶器たちが床に叩きつけられ、ごつんじゃらりと無粋な音色を奏でる。
「えっ……!?」
「あれっ……!?」
先程の反撃に続いて、またもや予想外の事態。暴漢たちは狼狽し、視界から消えた獲物を探そうと頭を上げる。
だが彼らが相手を見つけるより一瞬早く、少女が好機を掴んでいた。
攻撃を受ける一瞬の間に、彼女は相手の高くに跳躍していた。
飛び上がった少女の体が重力に従って降下を始める。そう、暴漢たちの真上に。
「ぎゃっ!!」
鎖を振り回していた坊主頭が、踵で思いきり頭を踏みつけられて悲鳴をあげた。
続けてもう片方の足が坊主頭の右肩を襲う。
「ぐああああっ!!」
ぼきり。鈍い打撃音と共に鎖骨が砕け、彼の利き腕は鎖を振るうことが出来なくなった。
二人目!! あと四人。
落とした鎖がジャラリと音をたてる前に、少女は次の獲物の足元へと滑り込んだ。
刹那、寸前まで彼女の居た空間に特殊警棒が振り下ろされる。だが既に標的の姿はなく、警棒は勢い余って坊主頭の脳天を強打。
スキンヘッドに鮮やかな赤毛が生え揃った彼は、たまらず白目を剥いて昏倒した。
無様な同士討ちを尻目に、少女は次の標的、虎刈り野郎の顎を捕らえていた。
低い姿勢から床に片手をつき、飛び上がるような蹴り上げ。
虎刈り野郎の意識は一瞬のうちに刈り取られ、彼の目玉は上にグルリと半回転。蹴りの勢いでその体は数十センチ浮き上がり反転。
びたん!! と逆さになった体勢で柱に叩きつけられた。
三人目、あと三人。
「!!」
左右から殺気!! ナイフを構えた二人が左右から突きかかってくる。
反射的に身を屈めそれをかわす。すかさずやってくる二撃目!! だがタイミングは完璧じゃあない。少しは手馴れたようだが、所詮は素人の動きだ。
体を半回転させ、まるで闘牛士のように右側の相手をいなす。その間際に彼の右足を払い、少しバランスを崩してやる。
彼の体は勢い余って宙を泳ぎ、そこへ相棒が突っ込んでくる。
見事なまでの二度目の同士討ち。二人は互いの刃で、互いの体を突き刺しあった。
そのまま少女は真上に飛び上がり、空中でほぼ180度開脚して二人を蹴打。
「うぎゃあ……ぐえっ!!」
脳を揺らされ、悲鳴すら中断された彼らは同時に意識がダウン。二人仲良くお星様の世界の仲間入りとなった。
四人、五人目!! あと一人。
「ひっ!!」
獅子村が倒れてからおよそ50秒。最後の一人になったパンチパーマの男は、自分の置かれた状況に戦慄した。
彼の仲間達は全てが地面に倒れ伏し、あるものはピクピクと痙攣し、あるものは互いの血潮で真っ赤に染まっている。
もはや自分を助けてくれる者も、盾になってくれる者もいない。
――ギロリ――
狩人の眼光がパンチパーマの瞳を射る。少女から感じるのは猛烈な敵意と殺気。
殺される。
それに中てられたパンチパーマの精神は恐慌をきたした。
過剰なまでの恐怖に呑まれ、彼は致命的な過ちを犯した。
「う、うおおおお!!」
少女に向けて、手にしたブラックジャックを振り上げたのだ。彼の命運はその時決定された。
「ひゅっ!!」
男の獲物が振り下ろされるよりも早く、神速の拳がパンチパーマの手首を捉える。
ボギン!! 骨の砕ける鈍い音と共に、男の手首があらぬ方に捻じ曲がる。
「ひっ!! ぎゃああああ!!」
続けて少女の左の拳ががら空きの脇腹を襲う。
メシャッ!! 少女の拳が男の体にめり込み、内臓を揺らされた男の体はくの字に折れ曲がった。
悲鳴をあげることも叶わず彼は床に這いつくばり、夕食のカップメンをその上にぶちまけた。
「あがが……」
手を突き起き上がろうとした男に、もはや戦意は残っていない。彼は負け犬だった。
「た、助け……」
無様にも彼は少女に命乞いをした。だが、先程まで少女の懇願にも耳を貸さなかった彼にその資格があるだろうか?
「げふぁっ!!」
もちろん慈悲はなかった。言い終わる前に後頭部に手刀を入れられ彼は昏倒。
その後二ヶ月間の間、彼は病院のベッドの上から起き上がることはなかった。
「はぁ……、はぁ……」
ごろつき共を倒した裸の少女は、壁に背を預けて乱れた息と鼓動を諌めようとしていた。
床に転がるあわれな男達を見下ろす。これを自分がやったなんて、とても信じられない。
しかしそれは事実だった。彼女の体は覚えていた。その拳で、脚で、肉を打ち骨を砕いた感触を。
それら全ては和雄が纏うスクイーズ・スーツによるものだ。
スーツの中には元の持ち主である、異世界の『和雄』、職業犯罪者クライマーである彼の持つ闘いの技が、記憶として入力されていたのだ。
その動きは見事なもので、和雄はごろつき共から一撃も喰らうことなく奴等を撃退した。
しかし、力を使った反動はしばらくしてから彼に訪れた。
全身の筋肉が痺れ、その次に激しい痛みが和雄を襲った。
「ぐぅぅ!!」
たまらずに和雄は悲鳴をあげて倒れ込む。身体保護リミッターを外した状態での、激しい戦闘行動。
これが彼自身の肉体に大きな負担をかけ、筋収縮をおこしいわば筋肉が『つった』状態になっているのだ。
でもまだ彼は運が良かった。あと少しでも闘いが長引いていれば、下手をすれば肉離れや脱臼、最悪骨折や臓器の損傷を被っていたかも知れない。
「はぁはぁ……くそぅ!!」
少女の声で悪態をつき、筋肉を伸ばしながら和雄は激痛に耐える。しばらくすると筋収縮は収まり、痛みが少し引いていく。
だがその次に睡魔が彼に襲い掛かった。猛烈なストレスから解放されたばかりの彼に、抗う力は残ってはいなかった。
灰色の靄のような感覚が、少女の意識を覆い尽くしていった。
■■■
白く穏やかな光の雨にまぶたを打たれ、俺の意識は現実へと引き上げられた。
「ん……」
光に目が慣れるのを待ち、ゆっくり目を開ける。
俺が寝かされていたのは全く見覚えのない、広い部屋の大きなベッドの上。
ここは何処だ? キョロキョロと辺りを見回す。目に入るのは綺麗に装飾された調度品や、あちこちに置かれた愛くるしいぬいぐるみなど。
さっきまで閉じ込められてた、あの殺風景な部屋とは段違いの場所だ。
ごろつき共をぶちのめしてからの記憶が全くない。何故俺はこんなところにいるのか。
とりあえずここを出よう。体を起こそうとマットレスに手をつき身を起こそうとする。
「あうっ!!」
鋭い痛みが全身に走り、俺は情けなくも悲鳴をあげてうずくまった。
まるで筋肉痛の酷くなったような感じだ。やはりさっきは体に無理をさせすぎたみたいだな
そういえば、あれから何時間たったんだろうか?
眼球を覆う擬態膜は、画像を直接視野に映すディスプレイの機能がある。
モジュールの内蔵時計を視界に表示。ええと、ただいま2013/1/13 9:25
やばい。やばいやばいやばいぞ。あれからほぼ一日経ってるじゃないか。
俺が今被っているスキンは、『あいつ』が異世界から着てきた古着みたいなものだ。
タイプは身体の各部に分割された、セパレート・タイプ。このタイプの皮の寿命はおよそ240時間。
だがスキン同士の接合面はそれより早く劣化を始める。モジュールに命じてスキンの寿命を確認。あと3時間。
着せられていたかわいらしいネグリジェを捲り上げ、腰の接合面を見てみる。
そこにはうっすらと見える赤色の筋。よく目を凝らさないと見えないだろうが、接合面の劣化は始まっていた。
おそらくは両肩や首の接合面も同じようになってるだろう。強い力で引っ張られると剥がれてしまうかも知れない。
ガチャリ。
ノックも無く部屋の扉が開き、誰かが部屋の中に入ってきた。
女の子だった。小柄で金髪でツインテールの可愛らしい女の子だ。
あれ、この顔はどこかで見たようなって……俺だ!! 正しくは俺が着ているスキンの顔だ。
俺の体に緊張が走る。あわてて布団を被り平静を装う……だが。
どきどき。心臓のrpmがレッドゾーンに突入し、胃の底がチリチリと熱くなってくる。
まさか俺の正体がばれているなんてことはないよな? もしそうだったら身の破滅だ。
彼女はこちらに顔を向けると、一瞬呆けたような表情になり、
「目が覚めたのですね!! 良かった!!」
その次の瞬間、俺の方に飛びついてきた。
「ごめんなさいっ!! 私のせいで酷い目に遭わせてしまって!!」
ぎゅううう。彼女の細腕が、傷ついた俺の体を力いっぱい抱きしめる。
「このまま目を覚まさなかったら、どうしようかと……」
痛い。飛び上がるように痛い。死ぬほど痛い。俺は思わず彼女の体を突き放してしまった。
しばしの間をおいて落ち着いた後、少女はこの事件の顛末を俺に話してくれた。
彼女の名前は耶蘇口燈花。大手製薬会社ヤソグチ製薬社長の一人娘だ。
そして読者様のご存知のとおり、彼女は狙われていた。
獅子村らごろつきグループは、燈花を誘拐し、彼女の父親から身代金をせしめようとしていたんだ。
追われている最中に俺とぶつかり、ごろつき共は近くにいた彼女と瓜二つな俺を、間違えて連れ去ったというわけだ。
彼女は途中で追っている奴等がいなくなったことと、ぶつかった俺のことに(自分とそっくりなことにも)気づき、急いで私設のボディーガードを連れ、俺を探してくれたらしい。
そして近くの貸事務所の中で、奴等と俺を見つけたわけだ。
ごろつき共はこの近辺では有名な半グレ集団で、密輸密売脅迫暴行強姦等の分かりやすーい悪事に手を染めていたらしい。
俺は今回の件で被害届を出さなかった(と言うか出せなかった。今の俺は存在しない女の子だ)が、大量の余罪があるため当分はシャバに出てくることはないだろう。
しかし、俺も今回の事件はトラウマものだった。実際に痛い目に遭ったわけだし、今後出歩くときはあの道は使わないことにしよう。
燈花の父親との慰謝料の話がまとまったところで、各種手続きから解放された俺は足早にここから立ち去ろうとした。
貰った慰謝料は、正直受け取るのは気が咎めるほどの額だったが、「受け取ってくれ」と言う父親の熱気に押されて断りきれなかった。
奴等に犯されたのは俺の体じゃなく、モジュールの人工性器なんだけどな。
でも怖い目に遭ったのは確かだし、実行犯のDQN共に慰謝料の支払い能力なんかないだろうから、ここはありがたく戴いていこう。
スキンの寿命まであと2時間。表面は劣化したゴムのように硬くなり、接合部は見るとすぐ分かるくらいにボロボロになり始めていた。
これはやばいな。さっさと家に帰ることにしよう。
渡された小切手を財布(男物のままだとこの時気づいた)に収めようとすると、燈花が俺の前に現れた。
ずずいっと身体を乗り出し、顔を近づけてくる。
しかしこの顔を見るのは変な気分だ。なにせ『異世界の自分』と初めて会ったときの顔だもんな。
まさか、いきなり脱皮とかしたりしないだろうな? 燈花から『あいつ』が出てきて、今までの出来事は俺を驚かせるためのびっくりカメラでしたー。なんて言ってきたりな。
変な妄想に気を取られていると、不意に彼女が口を開いた。
「こうして見ていると……。和『緒』さまと私って、本当にそっくりですね」
物珍しいものを見るかのように、彼女は俺の顔をジロジロ見つめる。な、何か恥ずかしいなぁ。
「すごい。顔のホクロの位置も形も大きさも全く同じ。ここまでそっくりだと他人の空似と言うより、作為的なものすら感じます」
ま、まあ……。そうだよなぁ。このスキンは確かモデルが居たとか『あいつ』は言っていたな。向こうの世界の彼女なのかも知れない。
「もっと、見せていただけませんか?」
俺がそれに答える間もなく、彼女は俺の腕を取って、自分の腕と見比べていた。
「ちょ!! ちょっと待って……!!」
「いいではありませんか。女同士恥ずかしがることもないでしょう?」
いやいや。俺女じゃないし、恥ずかしいし、帰りたいし、だから早く離してよー。
しばらくの間、自分の腕を綱に見立てた綱引き状態。
押し合いへし合い、中々勝負がつかない。っていうかスキンがやばいよー!!
そんなことをしているうちに、
ビリビリ……ズボッ
「「ああっ!!」」
突然お互いの手応えがなくなり、二人は勢い余ってドスンと尻餅をついた。いてて。
彼女の腕の中には骨と肉の支えを失い、クシャクシャに萎れた細い人の腕が残る。
「げっ!!」
慌てて自分の右腕を見ると、そこには剥き出しになったスクイーズ・スーツの黒い筋繊維が。
やっちまった。
「「…………」」
双方、絶句。しばらくの間互いを見つめたまま沈黙が続く。
まずいまずいまずい。嫌ぁな汗が後頭部をタラリと流れる。
「これは……皮……?」
沈黙を破り、彼女は自分の手の中にある、垂れた右腕を興味深そうに見つめていた。
逃げようと思えば、逃げることは出来ただろう。たがその時の俺は言い訳の言葉を探すので頭がいっぱいだった。
皮を見つめていた彼女の目がこちらに向いた。
「これは……何ですの……?」
こちらの喉元に指先を伸ばす。ぺりぺりと乾いた音がして、俺の顔が捲り上げられる。み、見えない。
「まぁ……!!」
驚きのあまり、彼女は声を失う。見たんだろう。自分そっくりの顔の下に隠れていた不気味な黒い顔面を。
俺、一体どうなるんだろう? 護衛を呼ばれて捕まって、詐欺罪で訴えられてしまうのだろうか?
\(^o^)/人生オワタ
そう思い、俺が人生を諦めかけたとき、唐突に視界が開けた。悲しそうな顔をした自分の……じゃない、燈花の顔が映る。
「あ、あれっ?」
予想外のことに俺が驚いていると。
「ごめんなさい。私としたことが粗相をいたしました」
「へっ!?」
「個人の事情をわきまえず、私の興味本位で土足で踏み込んでしまい、本当に申し訳ありませんっ!!」
なんだなんだ!? いきなり謝られて訳がわからないよ!! でも、俺の人生は終わらずにすみそう?
「こ、これっ、お返しします。な、なにとぞお許し下さい!!」
抜け殻になった右腕を、おずおずと俺に差し出す。結局このアクシデントは『無かったこと』になった。
その後紆余曲折はあったものの、何度も一緒に話すうちに俺たちは打ち解け、燈花は俺の始めての女友達になった。
休日になると二人で遊びに出かけたり、お茶したり、たまに入れ替わったり。
少し残念なことに、『異性の』友人になったわけじゃないんだけどね。まあいっか。
■■■
それからしばらくの時が経ち、ある夏の休みの朝。俺は『和緒』の姿で待ち合わせの場所に急いでいた。
揺れる視界の向こうから、こちらに大きく手を振る少女の姿が見えた。燈花だ。
「和緒さまー。遅いですー。早く早くー!!」
大声で急かされ俺は走る。約束の時間までまだ10分はあるはずだが、彼女は随分せっかちなんだなぁ。
しかし、このスカートとパンプスという奴は走りにくい。何で女の靴と言う奴は実用性皆無なんだろうか。
はぁはぁと息を乱し、何度もつまづきながらようやく彼女の近くにたどり着く。
燈花の側に控えた護衛の女性が、「ご苦労様です」と声をかけてくれる。
今日は燈花と二人で、近くのスポーツクラブに泳ぎに行くことになってるんだ。
一通り泳いだあと、筋トレをしたり、護衛の人に護身術のレクチャーをしてもらったり。
これが結構ハードなんだが、身体は鍛えておくべきだろう。
スーツに振り回されるのは情けないからな。そしていつかは見つかるであろう、護るべき人のためにも。
いや、今俺が護るべき人は彼女なんだ。同じ顔をした友人を俺は見つめた。
「さあ和緒さま。では参りましょうか」
「はーいっ☆」
こうしていると、俺と彼女はまるで双子の姉妹みたいだな。
さて、今日もこの『姉妹ごっこ』を始めるとしますかっ。
俺、河上和雄(緒)は、今日も人生を楽しんでおります。(完)
目を覚ますと、俺は硬いコンクリートの床の上に倒れていた。
周りは薄暗くてよく見えないが、見渡す限り倉庫のような殺風景な場所だ。
俺、なんでこんなとこに居るんだろう。
床に手を付き、床から起き上がろうとする。でも手が動かない。
ひとしきりもがいてみても、両腕は何かで縛られているようにびくともしない。
暖房は効いているようだが、何だか寒気がする。
部屋の空気とコンクリートのざらついた感触が、俺の肌に直接当たっているからだ。
そう、俺は裸だった。一糸纏わぬ姿のままこの部屋の中で縛られ、閉じ込められていたのだ。
ガチャリ、と扉の開くような音が鳴り、外から吹き込んできた冷気が俺の頬を打った。
寒い。しかし、俺の体を凍りつかせているのは冷気じゃなくて恐怖だ。
一体全体、これはどうなっているんだ。
体をよじって音のした方向へと振り向く。そこに居るのは柄の悪そうな複数の男達。
ジャリッ……という靴音をたててそいつ等は俺の方にやってくる。
「へへへ……。お目覚めのようだなァ、お嬢さん」
リーダー格らしき大柄の男が、ニタニタと笑いながら俺の方に屈みこみ、顔を近づけてきた。
臭い息が俺の鼻にかかる。だがそれを気にしている余裕などはない。
まるで値踏みをするように大男は俺の体を検め、後ろの男達に言った。
「ボスのお許しがでた。こいつを姦ってもいいぞ」
「や、やめっ……」
俺の懇願も空しく、男たちは強引に俺の股を開き、猛り狂う獣のような一物で中を貪った。
「やあっ……!! ひぐっ!! っあぁ!! ゅ……るして……!!」
相手を思いやることのない乱暴な行為に、俺はただ泣き叫び、許しを乞うだけ。
そこに悦びはない。体と心を蝕む痛みだけがあった。
「へへへ……。カワイイ顔してるが、この娘経験済みだぜ。中の具合が良い感じにこなれてやがる」
「ほぉ、それはそれは結構なことで。お嬢ちゃんは普段彼氏とどんなプレイをしてるのかなぁ?」
やがて一人目の男が中で果てた。生温かくて気持ちの悪い感覚が胎の中を満たす。
だがそれで終わりじゃなかった。次の男がむき出しの男根を俺の股へとぶち込んだ。
「ぎいぃ……!! 痛いィ……」
一体なんでこんなことに……? 俺はここで目覚める前のことを思い出そうとした。
■■■
俺の名前は河上和雄、25歳会社員。恋人いない暦=年齢の、何処にでもいるダメ男だ。
しかし昨年のクリスマス、俺はこの世界の外から来たある『女』に出合った。
そいつは異世界に存在する『俺』自身、だと言った。俺の一人ぼっちのイブを、最高の一夜にするためのプレゼント、だと。
『彼女』に誘われるがままに、俺は彼女を抱いた。
あれは最高の一夜だった。一ヶ月近く経った今でも、あの時の興奮が忘れられない。
そして別れ際に、あいつは俺にお土産を残してくれた。
それは『スキン・モジュール』。
彼女の世界に存在する変装用のツールで、生成したスキンを纏うことによって、どんな姿にでもなれる。
使い手の素養や技量にもよるが、扱い方しだいでは異性の姿にも化けられるんだ。
異世界からやって来た『自分』自身もそれを纏い、女の姿で俺の前にやってきた。
彼女が言うには、俺自身モジュールとの親和性は高いらしい。
その通り実際に使ってみると、少し練習するだけで俺の体はどんな女の姿にもなれるようになっていた。
そうして俺は暇を見つけてはスキンを被り、女の子の姿でいることを楽しむようになっていた。
女の子のカラダ、女の子の服装、そして、女の子の悦び。
女に好かれなかった俺の行き着いた理想の女、それは自分自身だったんだ。
そして俺はこの休日もスキンを被り、女の子として街を出歩いていた。
今の俺の姿は、金髪ツインテの小柄な美少女。
この姿を見れば、あのクリスマス・イブの事を思い出す。
そう、この顔は異世界からきた『俺』と初めて出会ったときの、奴が着ていたスキンなんだ。
お出かけの目的はショッピングだ。もちろん買うものは女の子の衣装。
年明けから月の半ばまでは、モジュールの訓練に夢中で中々出歩けなかったんだよな。
今着ている服も、『あいつ』が向こうの世界から持ってきたやつだったんだ。
女の子のお買い物は中々楽しかった。
男のままでは近づき辛い、女の子の服装や下着をを間近に見ることができたし、コーデのアドバイスを気兼ねすることなく店員さんに聞くことも出来た。
また、少女の皮を着て姿を偽り、他人を欺くことに奇妙な優越感も感じていた。
このかわいい顔の下に、男の体が隠れているだなんて、誰にもわからないだろうな。
そんなわけで福沢さんを約10人ほど支払い、買い物袋一杯に服を買い込んだ俺は、大きくなった荷物に苦心しながらも幸せ一杯な気分で家路についていた。
その時に早く家に帰ろうと、近道をしたのがいけなかった。
俺は今の姿を忘れ、人の少ない裏通りを通ってたんだ。
その時浮かれていた俺は、真横から飛び出してきたものに全く気がつかなかった。
ドンッ!!
何者かに横から勢いよく衝突され、体が小さくなっていた俺の体は大きくバランスを崩した。
あわや転倒寸前のところで、何とか足を踏ん張って踏みとどまる。しかし持っていた荷物が手を離れて地面にドサドサと落っこちた。
「きゃっ!!」
逆にぶつかってきた相手は、踏ん張りきれずに可愛い声をあげてすっ転んだ。
それは女の子だった。小柄で金髪でツインテールの可愛らしい女の子だ。
あれ、この顔どこかで見たことあるような……?
「ごめんなさい。急いでるの」
女の子はそう言って頭を下げると、そのまま弾丸のように通りを走り抜けて行く。大丈夫? と声をかける暇さえなかった。
「やれやれ。危ないなぁ」
ぼやきながら俺は、落とした荷物を拾おうと屈みこむ。しかしその時……。
「……!!」
突然俺は何者かに背後から襲いかかられた。
何が起きたかも分からないまま羽交い絞めにされ、後ろに引きずられそうになる。
「離せっ!!」
拘束から逃れようと、俺は思いっきり力を入れて相手を振りほどく。
「わあっ!!」
相手は悲鳴を上げながら後ろの壁にぶつかった。
「こ、この娘!? なんて馬鹿力なんだっ!?」
驚きながら相手が悪態をつく。
スクイーズ・スーツによって、俺の筋力は生身の時よりも強化されている。
外見は小柄な女の子でも、身体能力は普通の成人男性より強いんだ。
しかし所詮俺は素人。反撃はあくまで逃げるための時間稼ぎのつもりだった。
踵を返して俺は駆け出す。早く人のいる場所に逃げるんだ!!
しかし視界の片隅に落っことした荷物が入り、俺は思わずそれを拾おうとした。
これが間違いだった。さっさと逃げるべきだったんだ。一瞬の気の迷いが俺の運命を狂わせた。
新手の暴漢が、俺の背後から組み付いて来たんだ。
そいつはゴリラのような体躯の大男で、モジュールで強化された俺の膂力でも振りほどくことが出来ない。
「ククク……。中々元気なお嬢ちゃんじゃねぇか。でも鬼ごっこはもう終わりだぜ」
下卑た声をあげながら、大男は俺の鼻と口を濡れたハンカチを押し当てる。
「むぐっ!!」
それからは、ツンと鼻をつくような薬品の臭いがした。
刹那。俺の意識は暗黒の世界へと反転し、気がついたら……この場所で縛られ、転がされていた。
■■■
肉の宴は何十分、何時間も続いた。男たちは泣き叫ぶ俺の何度も弄び、ほとばしる白濁で胎を穢した。
そしてその行為の一部始終を、奴等はカメラで録画していた。
「グエヘヘ……。こいつのアソコはバックから入れたほうがいい具合だな。俺のナニをズルズルと締めつけてきやがる」
「あう……。も、もう……やめてくれ……」
「すまねぇなぁお嬢ちゃん。でもこれはお嬢ちゃんのパパが悪いんだ。大人しく俺達の言うことを聞いてりゃあ、こんなことにはならなかったのによぉ」
「ああ。だが可愛い娘がこんなにされてる絵を見せつけたら、耶蘇口のタヌキも気が変わるだろうぜ」
可愛い娘だって!? 違う、俺は人違いだっ!!
もちろんそれを言い出すことは出来なかった。もし人違いだと分かると、解放されるどころかより酷い目に遭わされることが分かっていたからだ。
ベロリ。男の一人が俺の頬に舌を這わせる。
「流石は大会社社長の箱入り娘。綺麗な顔だぁ。汚しがいがあるってもんだぜ」
「なに……ぃって……!! ちがっ……!! ……れはっ……!! ぐえぅ!!」
抗議の声も、口の中にねじ込まれた一物に遮られた。
俺の胎を侵しながら、後ろの男も楽しそうに嗤う。
「うへへ……。こいつ犯されながら自分で腰振ってやがるぜ、顔は泣いていても身体は悦んでやがるよ」
違う!! 喜んでなんかいない。この痛みから逃げたいだけだ。
「よーし。次は俺の番だ。んっ……少し汁ッ気が少なくて引っかかるな」
「濡れないんだったら濡らしてやりゃあいいじゃねぇか。サラダオイルでもぶち込んでやるよ」
「ぎぃぃ……」
だが俺の意志などお構いなく、恐怖と苦痛に満ちた地獄の宴はまだ続くのだった。
一通り俺の体を嬲りつくしたあと、奴等は俺を脚を屈辱的な姿勢のまま壁際に縛り付けた。
両脚は大きく広げられ、奴等に汚された局部が丸見えになっている。
そこからは奴等がさんざん膣内にぶちまけた体液が、ポタポタと床に滴り落ちていた。
それを見て男の一人が楽しそうに言った。
「うへへ……。ゴム無しセックスは楽しんでもらえたかなぁ? そんだけ中出しされたら絶対デキてるだろうなぁ。
かぞくがふえるよ、やったね『燈花』ちゃん。一体パパは誰になるかなぁ?」
とう……か? 違う!! 俺はそんな名前じゃない!!
離してくれよ!! 帰してくれよ!! 俺をここから出してくれよ!! 畜生!! 何で俺がこんな目に!?
そしてこれから俺はどうなるんだ!? 奴等の仕打ちから察すると、このまま帰してくれるとは思えない。
壊される?
売られる?
殺される?
嫌だ。
壊れたくない。
売られたくない。
死にたくない。
俺にはまだやりたいことが沢山あるっていうのに。
でも動けない。両腕を縛り付けている拘束具はスクイーズ・スーツの膂力をもってしても破ることは出来ず、もがいたところでいたずらに体力をすり減らすだけだ。
一体どうすればいい? 駄目だ。全く思いつかない。
黒い絶望が俺の心を覆い尽す。寒々とした霜のような感覚が背中を凍てつかせる。
その時部屋の扉が勢いよく開き、奴等の仲間らしき男が血相を変えて飛び込んで来た。
「獅子村さんっ!! 大変っす!!」
「るせぇなぁ!! もうちっと静かに入ってこれねぇのかァ!? で、どうしたい!?」
獅子村と呼ばれたゴリラ男が、怒気をはらんだ声で怒鳴り返す。
事態は俺のあずかり知らぬうちに、考えられる最悪の状況へと進んでいたんだ。
「この娘、耶蘇口の娘じゃないっす。本人は今自宅にいるっすよ!!」
「ハァ? 何言ってんだおめェ?」
「とにかくこの画像を見て下さい。耶蘇口宅を張ってた板見が5分前に撮ったやつっす」
獅子村は男からスマートフォンをもぎ取り、画面を凝視する。
刹那、獅子村の顔が真っ赤に燃え上がり、その表情は怒りと焦りに歪んでいった。
「こっ!? これァどういうこったァ!! ってことはこいつは耶蘇口燈花じゃなくて、何だってんだァ!? よく似た別人だとでも言うのかよォ!?」
更に声を荒げ、やって来た男の胸倉を掴んで持ち上げる。
「痛いっす!! 落ち着いてくださいよ!!」
「これが落ち着かずにいられるかってんだよォ!! 大枚はたいて準備したってのに、身代金がパーになっちまったんだぞォ!!」
ぶん、と男を力任せに突き飛ばす。壁にしたたかに叩きつけられた男は「ぐえっ!!」と呻いてへたり込んだ。
「くそっ!! くそっ!! くそっ!! 何だってんだよォ!!」
ガンガンガン!! 獅子村は部屋の隅にあるロッカーの壁を力任せに殴り、蹴りつけた。打たれた箇所は見る見るうちにボコボコに変形していく。
しばらくの後、奴はフウフウと荒い息を吐きながら怒りを抑えようとする。
周りの男たちは、戦慄の眼差しで獅子村をただ見ているだけだった。
そして奴の野獣のようにギラギラした目がこちらに向けられた。
「まあいい。まずはこいつをどうするかだァ」
のしのしと俺に近づき、体液に汚れた俺の顔をクイ、と持ち上げる。
「け、計画では、ヤク漬けにして身代金と交換することになってましたね」
おびえ気味の手下の一人が補足する。
「そうだったなァ。始めの計画だとそうだァ。でもよォ、もうこいつを生かしといたところでもう身代金は入って来ねぇよなァ?」
「な、なら、どうします!?」
「俺の伝手を辿って、闇医者に売り飛ばすンだよォ。美少女の体と臓器は高く売れるだろうぜ。ククク」
じょ、冗談じゃない。そんな誰かのとばっちりで死んでたまるもんか!!
獅子村のゴツゴツした指が、俺の髪を撫で上げた。
「可哀想によォ。まだまだ人生これからだってのに、ここで終わりになるなんてヨォ。
だから今夜は、この世の名残にたっぷりと愉しませてやるぜェ。女の悦びをたっぷりとなァ」
男達が蛇のような笑みを浮かべながら、再び俺に近づいてくる。そして、
地獄の宴が再開された。汚らしい肉棒の乱舞に、俺の体は弄ばれる。
そこに快感も、絶頂もない。絶え間なく襲い来る恐怖と苦痛に、身も心も蝕まれていく。
痛い、苦しい。誰でもいい俺を助けてくれ。さもなくばいっそのこと殺してくれ。
だが穢れた肉塊に塞がれた口では、それを懇願することさえ出来ない。
頬を伝う涙だけが、俺に許された抗議の手段だった。
「よし、言い感じに拡がってきたようだなァ。最後は俺の番だァ」
今まで宴に加わっていなかった獅子村がズボンと下着を脱ぎ捨て、局部を露出させる。
それはまるで子供の腕ほどもある、巨大な男のしるし。
幾度もの陵辱の末に、愛液と精液、そして真っ赤な血が滴る俺の膣内に、向かい合った姿勢でそれをねじ込む。
「ぃぎっ!! あおおお……!!」
ミシミシと肉棒が膣内を自分のカタチに仕立てていく。
「そうらいくぜェ!! おらァ!! おらァ!!」
「ぐげぇ……!!」
掛け声と共に始まるピストン運動。力一杯突き出された亀頭が子宮を押し上げ、臓器が圧迫される。
「ふへへ……。こいつァ中々の名器だァ。膣奥が俺のナニに吸い付いてきやがるぜ」
駅弁スタイルで俺を貫きながら、俺の喉元に右手を伸ばす。
「こうしたらもっと締りが良くなるんだったよな。おら、締めてみろよ」
「げぇっ……!!」
力任せにギリギリと喉を絞められ、俺は空気を求めて喘いだ。意識が遠のき、目の前が真っ暗になる。
だが男のピストン運動は無情にも続く。さらなる快楽を求めて俺の膣内で暴れ続ける。
「キヒヒ……。良い感じに締まってきたぜェ!! いいぜェ。中々のもんだぜお前はよォ!!」
俺は獅子村の右手を引き剥がそうと、苦し紛れに殴りつけるが、丸太のような奴の腕は微動だにしない。
「ああ!! たまんねェなァ。犯しながら苦しむ女の顔を見るのはよォ。死に物狂いの顔をもっと見せてくれよォ!!」
ささやかな抵抗も意に介さず、絞める右手に力が篭る。
「ぁっ……!! ヵはっ……!!」
モジュールに内蔵されたバイタルモニターが悲鳴を上げる。
呼吸低下。生命活動に重大な危険あり。
「獅子村さん。そんなにやったら、そいつ死んじゃいますよ」
「うるせェ黙ってろ!! おめェらこいつのマンコで散々愉しんだだろうがァ!! お締まる締まるッ!!」
みかねた手下が静止しようとするが、そいつは獅子村に怒鳴られておずおずと引き下がる。
もう駄目だ。力尽きた両腕がダラリと落ちた。闇に閉ざされかけた視界が反転し、雲の上のような真っ白な世界が俺を誘う。
痛みはない、息苦しさもない。平穏に満ちた安らかな世界。
それは、間違いなくあの世からの誘いだった。
■■■
#ここから第三者視点になります。
しかし和雄の本能は、すんでのところでそれを拒絶した。
彼女の中で最後の最後で残った意思。それは死にたくないという強い思い。まだ生きたいという強い願い。
着用者の意思に従い、スクイーズ・スーツが動き出した。
――アドレナリン放出。最大値までの筋力増幅。着用者の身体保護リミッター、解除――
メキメキと音をたて、小柄な少女の筋肉が膨張を始める。一瞬でその細い手足が倍近くにまで膨れ上がる。
「な、なんだァ?」
獅子村は間抜けな顔で、腰をヘコヘコと動かし続けていた。間近に迫っていた射精への執着が反応を遅らせた。
次の瞬間、少女はその顔面に渾身の頭突きを浴びせる。メリっという、鼻の折れた音が響く。
「うがァァァァっ!!」
盛大に鼻血を噴出しながら、獅子村の巨体がぐらつきながら後ずさった。
その勢いで、ずぶりと少女の膣内を犯していた魔羅が引き抜かれる。
「むぅぅぅ……」
唸り声と共に少女は両腕に渾身の力を込める。ブチリと戒めが解かれ、彼女の体はようやく自由を得た。
そして間髪いれずに床を蹴って獅子村に突進。顔を抑えた彼が体勢を立て直す直前。
――戦闘動作補助、実行――
その股間の一物に、全力を込めた肘を叩き込んだ。
「ぎっ!!」
男性特有の激しい痛みに、獅子村の顔が一気に青ざめる。流石の彼もこの痛みには抗えないようだ。
だが悲鳴をあげさせる間もなく少女のターンは続く。床に両手をついて転回し、獅子村の頭に両脚を絡める。
そのまま一気に全体重を乗せて反転。これぞ奥義幸せ投げ!! 獅子村の頭をコンクリートの床に叩き落とした。
ごちん!! まずは一人目!!
頭蓋骨が固いものに当たる鈍い音と共に、獅子村の意識はお星様の世界へ旅立っていった。
「なっ……!!」
「こいつ……っ!!」
獲物の予想外の反撃に、周りの男達が色めきだった。
自分達の親玉は既に地に倒れ、泡を吹きながら昏倒している。
水音とともに、獅子村の股のあたりの床に、赤色混じりの水溜りが出来上がっていく。
男達が逡巡している間に、少女の裸体が起き上がり、彼女の眼光が彼らに向けられた。
それは怒りに燃え滾る狩人の目だった。少女から放たれた凄まじい殺気に、男達は一瞬恐怖する。
しかし、彼らはすぐにそれをねじ伏せた。
怖がることはない。相手はたった一人の小娘だ。それに対してこちらはまだ五人いる。武器もある。負けるはずがないじゃないか。
全員で一気にかかればひとたまりもないはずだ。売り物になる程度に痛めつけてやる。
シャキン。
各々がナイフや特殊警棒、鎖、ブラックジャックなどの武器を構える。
「かかれっ!!」
「おらぁぁぁっ!!」
そして少女目掛けて一斉に襲い掛かった。
ぶん、と振り下ろされた鎖や棒が、身構えた少女の体に迫る。
しかしそれらが彼女の顔を捉えんとした寸前、突如獲物の姿が消えた。
行き場をなくした凶器たちが床に叩きつけられ、ごつんじゃらりと無粋な音色を奏でる。
「えっ……!?」
「あれっ……!?」
先程の反撃に続いて、またもや予想外の事態。暴漢たちは狼狽し、視界から消えた獲物を探そうと頭を上げる。
だが彼らが相手を見つけるより一瞬早く、少女が好機を掴んでいた。
攻撃を受ける一瞬の間に、彼女は相手の高くに跳躍していた。
飛び上がった少女の体が重力に従って降下を始める。そう、暴漢たちの真上に。
「ぎゃっ!!」
鎖を振り回していた坊主頭が、踵で思いきり頭を踏みつけられて悲鳴をあげた。
続けてもう片方の足が坊主頭の右肩を襲う。
「ぐああああっ!!」
ぼきり。鈍い打撃音と共に鎖骨が砕け、彼の利き腕は鎖を振るうことが出来なくなった。
二人目!! あと四人。
落とした鎖がジャラリと音をたてる前に、少女は次の獲物の足元へと滑り込んだ。
刹那、寸前まで彼女の居た空間に特殊警棒が振り下ろされる。だが既に標的の姿はなく、警棒は勢い余って坊主頭の脳天を強打。
スキンヘッドに鮮やかな赤毛が生え揃った彼は、たまらず白目を剥いて昏倒した。
無様な同士討ちを尻目に、少女は次の標的、虎刈り野郎の顎を捕らえていた。
低い姿勢から床に片手をつき、飛び上がるような蹴り上げ。
虎刈り野郎の意識は一瞬のうちに刈り取られ、彼の目玉は上にグルリと半回転。蹴りの勢いでその体は数十センチ浮き上がり反転。
びたん!! と逆さになった体勢で柱に叩きつけられた。
三人目、あと三人。
「!!」
左右から殺気!! ナイフを構えた二人が左右から突きかかってくる。
反射的に身を屈めそれをかわす。すかさずやってくる二撃目!! だがタイミングは完璧じゃあない。少しは手馴れたようだが、所詮は素人の動きだ。
体を半回転させ、まるで闘牛士のように右側の相手をいなす。その間際に彼の右足を払い、少しバランスを崩してやる。
彼の体は勢い余って宙を泳ぎ、そこへ相棒が突っ込んでくる。
見事なまでの二度目の同士討ち。二人は互いの刃で、互いの体を突き刺しあった。
そのまま少女は真上に飛び上がり、空中でほぼ180度開脚して二人を蹴打。
「うぎゃあ……ぐえっ!!」
脳を揺らされ、悲鳴すら中断された彼らは同時に意識がダウン。二人仲良くお星様の世界の仲間入りとなった。
四人、五人目!! あと一人。
「ひっ!!」
獅子村が倒れてからおよそ50秒。最後の一人になったパンチパーマの男は、自分の置かれた状況に戦慄した。
彼の仲間達は全てが地面に倒れ伏し、あるものはピクピクと痙攣し、あるものは互いの血潮で真っ赤に染まっている。
もはや自分を助けてくれる者も、盾になってくれる者もいない。
――ギロリ――
狩人の眼光がパンチパーマの瞳を射る。少女から感じるのは猛烈な敵意と殺気。
殺される。
それに中てられたパンチパーマの精神は恐慌をきたした。
過剰なまでの恐怖に呑まれ、彼は致命的な過ちを犯した。
「う、うおおおお!!」
少女に向けて、手にしたブラックジャックを振り上げたのだ。彼の命運はその時決定された。
「ひゅっ!!」
男の獲物が振り下ろされるよりも早く、神速の拳がパンチパーマの手首を捉える。
ボギン!! 骨の砕ける鈍い音と共に、男の手首があらぬ方に捻じ曲がる。
「ひっ!! ぎゃああああ!!」
続けて少女の左の拳ががら空きの脇腹を襲う。
メシャッ!! 少女の拳が男の体にめり込み、内臓を揺らされた男の体はくの字に折れ曲がった。
悲鳴をあげることも叶わず彼は床に這いつくばり、夕食のカップメンをその上にぶちまけた。
「あがが……」
手を突き起き上がろうとした男に、もはや戦意は残っていない。彼は負け犬だった。
「た、助け……」
無様にも彼は少女に命乞いをした。だが、先程まで少女の懇願にも耳を貸さなかった彼にその資格があるだろうか?
「げふぁっ!!」
もちろん慈悲はなかった。言い終わる前に後頭部に手刀を入れられ彼は昏倒。
その後二ヶ月間の間、彼は病院のベッドの上から起き上がることはなかった。
「はぁ……、はぁ……」
ごろつき共を倒した裸の少女は、壁に背を預けて乱れた息と鼓動を諌めようとしていた。
床に転がるあわれな男達を見下ろす。これを自分がやったなんて、とても信じられない。
しかしそれは事実だった。彼女の体は覚えていた。その拳で、脚で、肉を打ち骨を砕いた感触を。
それら全ては和雄が纏うスクイーズ・スーツによるものだ。
スーツの中には元の持ち主である、異世界の『和雄』、職業犯罪者クライマーである彼の持つ闘いの技が、記憶として入力されていたのだ。
その動きは見事なもので、和雄はごろつき共から一撃も喰らうことなく奴等を撃退した。
しかし、力を使った反動はしばらくしてから彼に訪れた。
全身の筋肉が痺れ、その次に激しい痛みが和雄を襲った。
「ぐぅぅ!!」
たまらずに和雄は悲鳴をあげて倒れ込む。身体保護リミッターを外した状態での、激しい戦闘行動。
これが彼自身の肉体に大きな負担をかけ、筋収縮をおこしいわば筋肉が『つった』状態になっているのだ。
でもまだ彼は運が良かった。あと少しでも闘いが長引いていれば、下手をすれば肉離れや脱臼、最悪骨折や臓器の損傷を被っていたかも知れない。
「はぁはぁ……くそぅ!!」
少女の声で悪態をつき、筋肉を伸ばしながら和雄は激痛に耐える。しばらくすると筋収縮は収まり、痛みが少し引いていく。
だがその次に睡魔が彼に襲い掛かった。猛烈なストレスから解放されたばかりの彼に、抗う力は残ってはいなかった。
灰色の靄のような感覚が、少女の意識を覆い尽くしていった。
■■■
白く穏やかな光の雨にまぶたを打たれ、俺の意識は現実へと引き上げられた。
「ん……」
光に目が慣れるのを待ち、ゆっくり目を開ける。
俺が寝かされていたのは全く見覚えのない、広い部屋の大きなベッドの上。
ここは何処だ? キョロキョロと辺りを見回す。目に入るのは綺麗に装飾された調度品や、あちこちに置かれた愛くるしいぬいぐるみなど。
さっきまで閉じ込められてた、あの殺風景な部屋とは段違いの場所だ。
ごろつき共をぶちのめしてからの記憶が全くない。何故俺はこんなところにいるのか。
とりあえずここを出よう。体を起こそうとマットレスに手をつき身を起こそうとする。
「あうっ!!」
鋭い痛みが全身に走り、俺は情けなくも悲鳴をあげてうずくまった。
まるで筋肉痛の酷くなったような感じだ。やはりさっきは体に無理をさせすぎたみたいだな
そういえば、あれから何時間たったんだろうか?
眼球を覆う擬態膜は、画像を直接視野に映すディスプレイの機能がある。
モジュールの内蔵時計を視界に表示。ええと、ただいま2013/1/13 9:25
やばい。やばいやばいやばいぞ。あれからほぼ一日経ってるじゃないか。
俺が今被っているスキンは、『あいつ』が異世界から着てきた古着みたいなものだ。
タイプは身体の各部に分割された、セパレート・タイプ。このタイプの皮の寿命はおよそ240時間。
だがスキン同士の接合面はそれより早く劣化を始める。モジュールに命じてスキンの寿命を確認。あと3時間。
着せられていたかわいらしいネグリジェを捲り上げ、腰の接合面を見てみる。
そこにはうっすらと見える赤色の筋。よく目を凝らさないと見えないだろうが、接合面の劣化は始まっていた。
おそらくは両肩や首の接合面も同じようになってるだろう。強い力で引っ張られると剥がれてしまうかも知れない。
ガチャリ。
ノックも無く部屋の扉が開き、誰かが部屋の中に入ってきた。
女の子だった。小柄で金髪でツインテールの可愛らしい女の子だ。
あれ、この顔はどこかで見たようなって……俺だ!! 正しくは俺が着ているスキンの顔だ。
俺の体に緊張が走る。あわてて布団を被り平静を装う……だが。
どきどき。心臓のrpmがレッドゾーンに突入し、胃の底がチリチリと熱くなってくる。
まさか俺の正体がばれているなんてことはないよな? もしそうだったら身の破滅だ。
彼女はこちらに顔を向けると、一瞬呆けたような表情になり、
「目が覚めたのですね!! 良かった!!」
その次の瞬間、俺の方に飛びついてきた。
「ごめんなさいっ!! 私のせいで酷い目に遭わせてしまって!!」
ぎゅううう。彼女の細腕が、傷ついた俺の体を力いっぱい抱きしめる。
「このまま目を覚まさなかったら、どうしようかと……」
痛い。飛び上がるように痛い。死ぬほど痛い。俺は思わず彼女の体を突き放してしまった。
しばしの間をおいて落ち着いた後、少女はこの事件の顛末を俺に話してくれた。
彼女の名前は耶蘇口燈花。大手製薬会社ヤソグチ製薬社長の一人娘だ。
そして読者様のご存知のとおり、彼女は狙われていた。
獅子村らごろつきグループは、燈花を誘拐し、彼女の父親から身代金をせしめようとしていたんだ。
追われている最中に俺とぶつかり、ごろつき共は近くにいた彼女と瓜二つな俺を、間違えて連れ去ったというわけだ。
彼女は途中で追っている奴等がいなくなったことと、ぶつかった俺のことに(自分とそっくりなことにも)気づき、急いで私設のボディーガードを連れ、俺を探してくれたらしい。
そして近くの貸事務所の中で、奴等と俺を見つけたわけだ。
ごろつき共はこの近辺では有名な半グレ集団で、密輸密売脅迫暴行強姦等の分かりやすーい悪事に手を染めていたらしい。
俺は今回の件で被害届を出さなかった(と言うか出せなかった。今の俺は存在しない女の子だ)が、大量の余罪があるため当分はシャバに出てくることはないだろう。
しかし、俺も今回の事件はトラウマものだった。実際に痛い目に遭ったわけだし、今後出歩くときはあの道は使わないことにしよう。
燈花の父親との慰謝料の話がまとまったところで、各種手続きから解放された俺は足早にここから立ち去ろうとした。
貰った慰謝料は、正直受け取るのは気が咎めるほどの額だったが、「受け取ってくれ」と言う父親の熱気に押されて断りきれなかった。
奴等に犯されたのは俺の体じゃなく、モジュールの人工性器なんだけどな。
でも怖い目に遭ったのは確かだし、実行犯のDQN共に慰謝料の支払い能力なんかないだろうから、ここはありがたく戴いていこう。
スキンの寿命まであと2時間。表面は劣化したゴムのように硬くなり、接合部は見るとすぐ分かるくらいにボロボロになり始めていた。
これはやばいな。さっさと家に帰ることにしよう。
渡された小切手を財布(男物のままだとこの時気づいた)に収めようとすると、燈花が俺の前に現れた。
ずずいっと身体を乗り出し、顔を近づけてくる。
しかしこの顔を見るのは変な気分だ。なにせ『異世界の自分』と初めて会ったときの顔だもんな。
まさか、いきなり脱皮とかしたりしないだろうな? 燈花から『あいつ』が出てきて、今までの出来事は俺を驚かせるためのびっくりカメラでしたー。なんて言ってきたりな。
変な妄想に気を取られていると、不意に彼女が口を開いた。
「こうして見ていると……。和『緒』さまと私って、本当にそっくりですね」
物珍しいものを見るかのように、彼女は俺の顔をジロジロ見つめる。な、何か恥ずかしいなぁ。
「すごい。顔のホクロの位置も形も大きさも全く同じ。ここまでそっくりだと他人の空似と言うより、作為的なものすら感じます」
ま、まあ……。そうだよなぁ。このスキンは確かモデルが居たとか『あいつ』は言っていたな。向こうの世界の彼女なのかも知れない。
「もっと、見せていただけませんか?」
俺がそれに答える間もなく、彼女は俺の腕を取って、自分の腕と見比べていた。
「ちょ!! ちょっと待って……!!」
「いいではありませんか。女同士恥ずかしがることもないでしょう?」
いやいや。俺女じゃないし、恥ずかしいし、帰りたいし、だから早く離してよー。
しばらくの間、自分の腕を綱に見立てた綱引き状態。
押し合いへし合い、中々勝負がつかない。っていうかスキンがやばいよー!!
そんなことをしているうちに、
ビリビリ……ズボッ
「「ああっ!!」」
突然お互いの手応えがなくなり、二人は勢い余ってドスンと尻餅をついた。いてて。
彼女の腕の中には骨と肉の支えを失い、クシャクシャに萎れた細い人の腕が残る。
「げっ!!」
慌てて自分の右腕を見ると、そこには剥き出しになったスクイーズ・スーツの黒い筋繊維が。
やっちまった。
「「…………」」
双方、絶句。しばらくの間互いを見つめたまま沈黙が続く。
まずいまずいまずい。嫌ぁな汗が後頭部をタラリと流れる。
「これは……皮……?」
沈黙を破り、彼女は自分の手の中にある、垂れた右腕を興味深そうに見つめていた。
逃げようと思えば、逃げることは出来ただろう。たがその時の俺は言い訳の言葉を探すので頭がいっぱいだった。
皮を見つめていた彼女の目がこちらに向いた。
「これは……何ですの……?」
こちらの喉元に指先を伸ばす。ぺりぺりと乾いた音がして、俺の顔が捲り上げられる。み、見えない。
「まぁ……!!」
驚きのあまり、彼女は声を失う。見たんだろう。自分そっくりの顔の下に隠れていた不気味な黒い顔面を。
俺、一体どうなるんだろう? 護衛を呼ばれて捕まって、詐欺罪で訴えられてしまうのだろうか?
\(^o^)/人生オワタ
そう思い、俺が人生を諦めかけたとき、唐突に視界が開けた。悲しそうな顔をした自分の……じゃない、燈花の顔が映る。
「あ、あれっ?」
予想外のことに俺が驚いていると。
「ごめんなさい。私としたことが粗相をいたしました」
「へっ!?」
「個人の事情をわきまえず、私の興味本位で土足で踏み込んでしまい、本当に申し訳ありませんっ!!」
なんだなんだ!? いきなり謝られて訳がわからないよ!! でも、俺の人生は終わらずにすみそう?
「こ、これっ、お返しします。な、なにとぞお許し下さい!!」
抜け殻になった右腕を、おずおずと俺に差し出す。結局このアクシデントは『無かったこと』になった。
その後紆余曲折はあったものの、何度も一緒に話すうちに俺たちは打ち解け、燈花は俺の始めての女友達になった。
休日になると二人で遊びに出かけたり、お茶したり、たまに入れ替わったり。
少し残念なことに、『異性の』友人になったわけじゃないんだけどね。まあいっか。
■■■
それからしばらくの時が経ち、ある夏の休みの朝。俺は『和緒』の姿で待ち合わせの場所に急いでいた。
揺れる視界の向こうから、こちらに大きく手を振る少女の姿が見えた。燈花だ。
「和緒さまー。遅いですー。早く早くー!!」
大声で急かされ俺は走る。約束の時間までまだ10分はあるはずだが、彼女は随分せっかちなんだなぁ。
しかし、このスカートとパンプスという奴は走りにくい。何で女の靴と言う奴は実用性皆無なんだろうか。
はぁはぁと息を乱し、何度もつまづきながらようやく彼女の近くにたどり着く。
燈花の側に控えた護衛の女性が、「ご苦労様です」と声をかけてくれる。
今日は燈花と二人で、近くのスポーツクラブに泳ぎに行くことになってるんだ。
一通り泳いだあと、筋トレをしたり、護衛の人に護身術のレクチャーをしてもらったり。
これが結構ハードなんだが、身体は鍛えておくべきだろう。
スーツに振り回されるのは情けないからな。そしていつかは見つかるであろう、護るべき人のためにも。
いや、今俺が護るべき人は彼女なんだ。同じ顔をした友人を俺は見つめた。
「さあ和緒さま。では参りましょうか」
「はーいっ☆」
こうしていると、俺と彼女はまるで双子の姉妹みたいだな。
さて、今日もこの『姉妹ごっこ』を始めるとしますかっ。
俺、河上和雄(緒)は、今日も人生を楽しんでおります。(完)