「貴女……もしかして、キリトお兄ちゃん!?」
「あ、やだ……見ないで、セリカ……」
澄んだメゾソプラノの声は見かけどおりにハイティーンの少女のものだが、それと同時に、どこか聞き覚えのある響きが混じっているように、セリカには感じられた。
「ど、どういうことなの?」
片や困惑し、片や羞恥に頬を染める──ふたりの少女の姿を、腕を組み、壁にもたれた黒衣の剣士は、うっすらと笑みを浮かべたまま見つめていた。
* * *
血縁上は従兄であり、彼が家に引き取られてからは兄と呼ぶようになった少年と、姉のように慕っていた幼馴染の少女が、冒険者になると言って村を出て行ってから、すでに3年の月日が流れていた。
彼らより3歳年下のセリカも今年で15歳となり、村を出た時のふたりと同じ年になっている。
あの頃は、年齢を理由に連れて行ってもらえなかったが、セリカはふたりを追って冒険者になる覚悟を決めていた。そのためにこそ、3年間、鍛練を欠かさなかったのだから。
兄のキリトは、素早い身ごなしと、細めの体格に似合わぬ驚異的な筋力にものを言わせて両手に二刀を携えて、舞うが如くに闘う、剣闘士(ソードダンサー)となった。
一方、幼馴染のアスカは、魔法医(ドクトルマギウス)である父親と、元良家の娘であり剣術の心得もあった母親の両方の素質を受け継ぎ、魔法を主戦力にレイピアでも戦える魔法剣士(メイジキャバリアー)の職に就いた。
セリカは、残念ながら彼らのような戦士系の適性が乏しかったため、神官(クレリック)としての道を選び、龍神リドラーの神殿で学んだ。
現在は、神官の基礎的な技能である防御・回復系の呪文のほかに、リドラー独自の竜召喚を行うスキルも身につけたし、護身程度ではあるが棍(ロッド)の扱いについても教わった。
両親は「女の子ひとりで冒険者になるなんて……」と当初は渋ったものの、半年に一度くらいのペースで便りが届くアスカに向けて手紙を出したところ、先輩冒険者として快く妹分の身元引受人になると返事があり、なんとか説き伏せることができた。
こうして、これまでせいぜい隣り町くらいにしか行ったことのなかった新米神官のセリカは、この地方最大の都市であり、数多の冒険者達が集う街、アインクラウドへと旅立ったのだ。
若年・田舎者・世間知らずの3連コンボもあって、さまざまな苦労や失敗もあったものの、半月後には、何とか無事にアインクラウドに辿り着くことができた。
「えーと、ここ……かな?」
アスカの手紙にあった「エーギルの酒場」らしき店に、セリカは足を踏み入れた。
「いらっしゃーい……っと、お嬢ちゃん、この店にはミルクは置いてないんだがな」
カウンターについて早々のマスターの失礼な物言いに腹を立てたセリカだが、これまでの旅で、自分が歳よりさらに若く見られることは理解していたので、何とか怒りを押さえる。
「──ここに来れば、"黒衣の剣士"と"白の剣姫"に逢えるって聞いたんですけど?」
"黒衣の剣士"と"白の剣姫"とは、冒険者としてそれなりに名の売れたキリトとアスカの字名(あざな)だ。
「ふーむ。仕事の依頼か?」
「いえ、わたし、ふたりの身内なんです。セリカって言います」
「おお、お嬢ちゃんが、"あの"セリカちゃんか。話はふたりから聞いてるぜ。アインクラウド、そして我が店にようこそ」
途端に30歳前とおぼしき店主(マスター)は相好を崩し、態度も親しみのこもったものになる。
「えっと、マスターはお兄ちゃんたちとの付き合いは長いんですか?」
「うーん、あいつらが此処に顔を出すようになったのは一年くらい前からだから、長いって程じゃないな。もっとも、この一年間で随分と世話になってるが」
「?」
ふたりがマスターの世話に、の間違いではなかろうか、と首を傾げるセリカ。
聞けば、この店は冒険者への依頼を取りまとめる斡旋業のようなこともしており、かなり難度の高い依頼を、ふたりは危なげなくこなしてくれたらしい。
「さすが、この地方の若手随一の腕利きと名高い、"黒白の双剣"だぜ」
それが、ふたりのコンビ名なのだとか。
(それにしても……お兄ちゃんの「黒衣の剣士」はともかく、アスカさんの「白の剣姫」って、ちょっと気どり過ぎじゃないかなぁ)
義兄や姉貴分は有名になったことは身内として誇らしいが、多少違和感もある。
貴族の血を引き、美人で淑やかなアスカは、確かに「姫」と呼ばれてもふさわしいが、控えめで謙虚な彼女が、自分でそう名乗るとはちょっと想像しづらい。
(もっとも、字名なんて、他人が呼んで勝手に定着するものなんだろうけどね)
そう考えて自分を納得させるセリカ──もっとも、それが大きな間違いだと、すぐ後に知ることになるのだが……。
「! セリカ! セリカですよね?」
マスターの好意で用意してもらった、冷水に果実酒を数滴垂らしたものをチビチビ飲んでいると、背後から聞き覚えのある声がかけられた。
「あ、アスカさん!」
振り向いたセリカの目の前には、確かにアスカ・エリシュオンらしき人物が、微笑みながら立っていた。
背中まで流れる綺麗な黒髪と、絵物語から抜け出してきたような整った白皙な顔立ち。
もっとも、村にいた頃は、楚々としたお嬢様然としていたアスカだが、今は一流冒険者に成長したせいか、いかにも"戦いに生きる者"といった雰囲気が、それとなく伝わってくる。
いや、雰囲気ばかりでなく、実際に背も伸び、体格もふた回りほどよくなっているようだ。
生憎、鋼鉄製のブレストプレートを装備しているので、細かい身体つきまではわからないが、細身ながら引き締まった腕の筋肉を見ただけで、かなりの鍛練を重ねたのだろうことが推測できた。
「お久しぶりです(やだ、カッコいい……)」
慌ててペコリと頭を下げながら、セリカはしばし見とれていた自分に気付いて内心赤面する。
「うん、お久しぶり。随分と大きくなったね……って、レディにこれは失礼かな」
アハハと、屈託なく笑うと、カウンター内のマスターに声をかける。
「マスター、それじゃあ、私はこの子と部屋に戻るよ。よかったら、初心者向けの依頼もいくつか見つくろってくれない?」
この店の二階は冒険者向けの宿屋になっており、ふたりは1年前から、そのうち二間続きの部屋を借りきっているのだとか。
(そ、それって同棲!? あ、いや、元々ふたりは恋人なんだから別に問題はない……よね、ウン)
妙齢の恋人同士が「する」事自体に、知識はあっても経験がないセリカは、イケナイ妄想をしそうになるのを、何とか自制する。
「ヘイヘイ、"黒衣の剣士"様のお願いとあっちゃあ、無碍にもできんね。じゃあ、積もる話は部屋でしな。そうそう、お前さんの相棒の方も、先に部屋に戻ってたみたいだぞ」
「ああ、それは好都合。じゃあ、セリカ、行こっか」
「は、はーい!」
僅かに赤らんだ頬を気付かれないよう平静を装って立ち上がり、元気な返事を返すセリカは──しかし、黒衣の剣士の口元に、悪戯を仕掛ける小悪魔めいた微笑が浮かんでいたことに気付かなかった。
酒場の二階の宿屋スペースは、やや古びてはいるものの、清潔に掃除され、手入れも行き届いた、なかなか居心地は良さそうなたたずまいだった。
「この部屋だよ。おーい、キリカ、開けてー!」
呼び掛けに応えて、ガチャリと鍵が外され、ドアが開く。
「あ、お帰りなさい、アスト………っ!?」
白い衣装を着た若い女性が満面の笑みを浮かべつつ出てきたものの、なぜかセリカの姿を目にした途端、硬直している。
「……え?」
セリカとしても、部屋の中にいるのは、てっきり義兄のキリトだとばかり思っていたので困惑する。
もしかして、キリトとアスカ以外のパーティーメンバーだろうか?
しかし……初対面のはずなのに、どこか見覚えのある女性だった。
身長は、小柄なセリカより頭半分ほど高く、おおよそ村を出る前のアスカと同じくらいだろうか。
ノースリーブの白いワンピースと白銀色の胸甲(キュイラス)が一体化した、不思議な構造の装備を身に着け、腰から下のスリットからは、その下に履いた赤いミニスカートが覗いている。
両腕はワンピースと同じ素材の長手袋で覆われ、形の良い脚には同じく白のニーソックスを履いているが、スカートとの境目に僅かに見える太腿(いわゆる絶対領域)が蠱惑的だ。
髪型を頭頂部の両横でリボンでくくったツインテールの髪型は、この年頃の女性としてはやや子供っぽいが、似合ってないというわけではなく、むしろ可愛らしさを添えている。
黒目がちな瞳と長い睫毛、スッキリと小作りな輪郭、ぷっくりした桜色の唇……といった顔立ちも十分美少女の範疇に入るだろう。
だが……初めて逢ったはずの、この女性に、セリカはいわく言い難い親近感と違和感を同時に覚えていた。
知らず知らず、言葉が口から零れる。
「貴女……もしかして、キリトお兄ちゃん!?」
* * *
15歳で冒険者稼業を始めたキリト・ランドバースとアスカ・エリシュオンのふたりだったが、元々の優れた資質に加えて、最初に属したギルドとパーティーがなかなか優秀だったおかげか、わずか1年余りで頭角を現し、中堅クラスの域にまで達していた。
そのまま順調に成長を続ければ、この地方でトップクラスの冒険者となることも夢ではなかったろう。
だが、彼らが所属していたパーティー"ナインライヴス"が、リーダーとその相棒の都合──平たく言うと結婚して引退することになり、また同じく所属していた神官がとある地方の神殿の司祭に任じられることもあり、自然解消する形となってしまったのだ。
残った3人のうち、打槌(メイス)使いの重戦士も、いい機会なので家業の鍛冶屋を継ぐつもりらしい。
故郷を出た時と同じく、ふたりになってしまったキリトとアスカだが、すでに相応の実力は身に着けていたので、多くはふたり、たまに他の2、3人と組んで冒険者を続けることになった。
"ナインライヴス"時代ほど大きな仕事はできなくなったが、それでも着実に実績を積み重ねるふたりだったが、丁度今から1年程前に転機が訪れる。
すでに、一度は調査の手が入ったはずのダンジョンの奥に、隠し扉とさらに広がる迷宮が発見され、ふたりがその調査を引き受けることになったのだ。
結論から言うと、調査自体は成功した。しかし、最深部の部屋に置かれた宝箱で、キリトがトラップに引っ掛かり、未知の罠を発動させてしまう。
キリトは、すぐ横にいたアスカともども意識を失い──気が付くと、迷宮のすぐ外に倒れていた。
「テレポートの罠にしては、悪意がないな……」と苦笑しつつ身を起こしたキリトは、そこで、ある異変に気づく。
「え? この服……」
見覚えはあるが、断じて自分のものでない白い服を自分が着ていることに気が付き、蒼白になる。
(まさか……換魂の罠!?)
その場にいる者の魂をランダムに入れ換えてしまうと言う、非常に珍しく厄介なトラップの存在を、キリトは聞いたことがあった。
今、自分がアスカの服を着て──さらに言うと胸元に膨らみがあり、股間が妙に寂しい感覚からして、まず間違いないだろう。
幸い、あの場にいたのは、自分とアスカだけだから、彼女は自分の身体(すがた)になっているはず。一刻も早く合流しないと……と、キリトが考えたのは無理もないが、事態はもう少しだけ複雑だった。
「! アスカ……か?」
「あ、キリトくん……って、あはは、何て格好してるのよ」
少し離れた場所で、意識を取り戻して身を起こすアスカは、確かにアスカだったのだ──少なくとも首から上は。
逆に言うと、首から下は、まぎれもなく「黒衣の剣士」と呼ばれるキリトのものだ。
(と言うことは、つまり……)
ペタペタと自分の顔や髪を触ってみる。
男にしてはやや細面で髪も長めだが、紛れもなくキリト自身の頭部がそこについていた。
──つまり、どういう原理かわからないが、ふたりは首から上を入れ換えられてしまったのだ。
それからしばらくは、色々大変だった。
遺跡の外で事態が発覚した当初は、さすがに茫然としていたアスカだったが、思いのほか早く立ち直り、とりあえず町に返ることをキリトに提案する。無論、キリトにも異論はなかった。
そして、町までの帰路、何度か遭遇した獣やモンスターの類いと、互いの身体(正確には首から下)が入れ替わったまま戦うことになったのだが、両者とも近接用刀剣スキルを習得していたため、戦闘時の違和感を最小限に抑えられたのは不幸中の幸いだった。
また、その際、キリトの「双剣使い」としての技能は、キリトの身体を持つアスカが、アスカの「魔法剣技」に関しては、アスカの身体となったキリトが発動できることも判明した。
「その身体は、体力と防御力はそんなに高くないんだから、無闇に突っ込んでいっちゃダメだよ、キリトくん」
「う……わかってるよ。いったん止まって魔法で強化してから、斬り込む……だろ?」
普段自分がアスカによく注意していたことを、まさか自分が言われるハメになるとは思わなかったキリト。
もともと先手必勝の剣闘士であり、また男でもあったため、敵に真っ先に突っ込むことを心がけていたキリトとしては、本来の斬り込み役をアスカに譲らざるをえないのは、内心釈然としないものもある。
しかし、その慎重で注意深い性格から、アスカ以上に的確な敵の弱点や最適魔法の見極めができたため、結果的にふたりのダメージが格段に低く抑えられたのは、皮肉な話だった。
また、アスカの方も、そのお嬢様然とした風貌に似ぬ恐れ知らずな性格から、キリト以上の「突撃猪」的な戦い方になったが、こちらはこちらで、実に活き活きと戦っている。
「あははっ、なんて言うか……楽しい! 私、こういう戦法の方が性に合ってるかも」
同時に、本来自分のものである細剣"フェアリーダンス"を手に、素早く、華麗な剣技をふるうキリトの姿にも目を奪われる。
(うわ……キリトくん、綺麗……)
その時、アスカの心の中に不穏な願望の種が蒔かれたのかもしれない。
* * *
この地方では上から3、4番目に大きな町であるアシリーゼ。正門から歩いて3分ほどの場所に、その店"ダイシー"は存在していた。
一見、ごくありふれた冒険者相手の酒場兼宿屋に見えるが(そして実際その商売もしているが)、それ以上にこの店は、アシリーゼの冒険者ギルドの拠点という趣きが強い。
「ちょっと、いいかな?」
その日の早朝、ダイシーの店主であり、同時にギルドマスターでもある30代後半の女性、ユリエは日課である店の前の掃除を行っていたところで、怪しい風体の二人組に声をかけられた。
「ん? 店を開けるのはもう少し後なんだが……」
首から下をすっぽり隠すような外套に身を包み、さらに目深にフードを被っているため、完全に不審人物だが、くぐっもったその声には聞き覚えがある気もした。
ユリエの胡乱げな視線を受けた人影は、顔を見合わせてフードを後ろにズラした。
「なんだ、キリトとアスカじゃない。どうかしたかい? 先日の依頼に何か不備でもあったのかな?」
この宿の一室を長期借りしているカップルだと知って、ユリエの肩から力が抜ける。彼女にとってふたりは、有能なギルドの所属員であり、同時に歳の離れた弟妹のようなものでもあったからだ。
しかし、ユリエに笑顔を向けられても、ふたりの緊張は解けなかった。
「──そのことで、ちょっと、ユリエさんに相談したいことがあるんだ」
あくまで真面目なキリトとアスカの様子に、ユリエも何か厄介事があったのだと察して、裏口から自分の私室へと招く。
「それで、いったいどうしたって言うのさ?」
何と言って切り出してよいかためらうキリトを尻目に、アスカが口を開いた。
「キリエさん、今の私たちを見て、何か変だと思いませんか?」
「変……って。そりゃ、そんな怪しいマント姿してること自体、変だけど……ん?」
ユリエの脳裏で違和感の信号が点滅する。
「……そう言えば、アスカ。あんた、何だか背が高くなったんじゃないかい?」
女性にしては平均よりは高い方とは言え、普段のアスカは、ほとんどユリエと同じ目線のはずだ。それが、明らかに頭半分は高くなっている。
「それに、キリト。あんたは逆に背が縮んでないかい?」
背丈だけではない。先程の記憶をたどってみれば、なんだかいつもより声が高くなっていたような気がする。逆に、アスカはややハスキーボイス気味に聞こえる。
「! もしかして、あんたたち、遺跡で、"年齢変化"の罠にでもかかったのかい?」
キリトがショタ化し、逆にアスカが数年歳を重ねたのかと、ユリエは思ったのだ。
「えーと、遺跡で罠に引っかかったってのは、その通りなんですが……」
いつになく歯切れの悪いキリトの言葉をアスカが遮る。
「論より証拠。ユリエさん。笑わないでね」
──バサッ!
キリトがまとっている外套を、力任せにはぎ取り、自分の分も床に落とす。
「あっ! ちょ、アスカ!?」
慌てて取り返そうとするキリトだが、一歩遅かった。
「あ、あんた達……」
ユリエの目に、「白い女性剣士用の装備一式」を身に着けたキリトと、「黒い男性軽戦士用防具」に身を固めたアスカの姿が飛び込んでくる。無論、体格自体もいつもとは逆転していた。
「……どういうコトなのか、聞かせてもらえるかい?」
それなりの規模を誇るギルドのマスターとは思えぬほど、気さくで冗談好きなユリエだが、さすがにこの状態で「そーいう特殊なプレイはお互いの部屋でやりなさい」というボケはかまさなかった。
「なるほど。事情はわかったけど……かなり厄介なケースだよ」
キリトとアスカの説明を聞いて、ユリエは溜め息を漏らす。
「少なくともあたしの知る限りでは、魂の入れ換えならともかく、"首から下だけをすげ替える"だなんて、器用な魔法やマジックアイテムは聞いたことがないね」
冒険者時代は、学識豊かで様々な魔法や魔道具を使いこなす「賢者」という職に就いていただけあって、ユリエの知識は豊富だ。ふたりも、ソレを当てにしていたのだが……。
「あるいは、呪いの類いなのかもしれないけれど、文献でもそういう例を読んだ記憶は……ん? そう言えば……」
「何か、手がかりがあるんですか?」
ズイッと身を乗り出すキリト。
「いやね。あたしが現役だった頃に、母娘で冒険者しているふたり組に会ったことがあるんだけど、どう見ても12、3歳くらいの方が本来は母親で、20代後半に見える方が娘だって言うんだ。
一緒に酒飲んだ時に聞いた話だと、なんとか言う邪神の呪いで、身体を入れ換えられたとか言ってたような……」
「──それで、その人たちは元に戻れたんですか?」
アスカの問いに、首を横に振るユリエ。
「いや、色々元に戻る方法を探してみたものの、そのことごとくが空振りに終わったらしい。「赤の他人の身体じゃないんだし、あきらめる」みたいなコトを言ってたね」
「そ、そんな……」
ガックリとうなだれるキリト。
「まぁまぁ、キリトくん落ち着いて。絶対に戻れないって決まったワケじゃないんだし」
アスカがポンポンと頭を撫でて慰める。服装や身長差のこともあって、事情を知らなければ、傍目にはまるっきり「長髪の美形青年が、ショートカットの元気娘をなだめている」ようにしか見えないだろう。
「ところで、すぐには戻れないことを前提で聞くけど、あんたたち、これからどうするつもりだい?」
キリトが気を取り直したところで、改めてユリエがふたりに問う。
「どう……って、何のことです、ユリエさん?」
「いやね、身長や体格がそんなに変わってる以上、あんたたちの現状を周囲に隠し通すことは無理だろう?」
「それはまぁ……」「そう、ですね」
ふたりも不承不承頷く。
「だから、とれる道は主にふたつだね。
恥ずかしいとか、色々思うところはあるだろうけど、それを堪えて、友人知人に事情説明したうえで協力を仰ぐか。
あるいは、周囲に知られていない今のうちに、急いでこの町を離れ、別の場所で1からやり直すか」
ユリエの提案を聞いて、キリトがアッ……」と言う顔になり焦燥感に駆られているらしいのに対して、アスカは「うーん」と、じっくり両者の長所短所を吟味しているようだ。
(おや、情緒不安定気味なキリトに比べて、アスカの方は随分落ち着いてるね)
もっとも、一見大胆そうなキリトの方が実は神経質(デリケート)で、ホエホエしたお嬢さんに見えるアスカの方が肝がすわっているというのは、彼らをよく知る者の大半が理解しているだろうが。
短い葛藤の後、結局キリトは、「周囲の協力」と「恥ずかしさとプライド」を秤にかけて、後者を選んだ。アスカも「キリトくんがそれでいいなら」と反対はしなかった。
「それなら、できるだけ早く、この町を離れたほうがいいね。部屋の荷物のうち、貴重品だけ手早く荷作りしちゃい。残りは、あたしが処分してお金に換えておいてあげるから、どこかに落ち着いたら手紙を寄越しなさい。そっちに代金は送ってあげるから」
「すいません、ユリエさん」
「お手数おかけします。じゃあ、部屋に戻りますね」
再びマントを着こんだふたりは、借りている二階の部屋へと上がっていった。
「それにしても、アスカはともかく、キリトは気付いてるのかねぇ」
あわただしいふたりを見送りながら、ユリエは呟く。
「別の街で1からやり直すってことは、当分のあいだは、見かけどおり「女」として暮らさないといけないってことなんだけど」
* * *
およそ400年以上の歴史を誇り、魔術アカデミーや賢者の学院、さらには王都カダカの主神殿に次ぐ規模の神殿までも擁する、キゲンデ地方最大の都市アインクラウド。当然、人の出入りもさかんで、いくつかの主要な町との間には定期便馬車も通っている。
そんな定期便のひとつで、つい先程アシリーゼ方面から到着し、街門をくぐったたばかりの大型幌馬車から、一組の男女が身軽に飛び降りていた。
「じゃあ、ここまででいいよ。おじさん、ありがと」
黒いチュニックとズボンの上から黒い胴鎧(ブリガンティ)を着けた黒づくめの"少年"が、御者台にいる人物に、気さくに声をかけた。
「──お世話になりました」
"彼"の背後に寄り添うようにして立つ"少女"が、ペコリと頭を下げる。
「なんのなんの。お前さんらがいてくれたおかげで、道中、夜盗やモンスター相手で色々助かったしな。本来なら、わしの方が護衛料を払わんといかんところだ」
お前さんたち相当な手練れじゃろ? と、幌馬車の御者に問われて、曖昧に微笑んで見せる少年少女。
「もし、こちらで特に定宿なんぞが決まってないなら、ドラゴン通りの三番地の「エーギルの酒場」に行ってみな。あそこのマスターはわしの従弟だから、ガイエルの紹介と言えば、いろいろ便宜をはかってくれると思うぞ」
「うん、わかった」
「──ありがとう、ございます」
仲良く連れ立ってドラゴン通りの方へ歩み去って行くふたりの背を眺めながら、御者は感心したように呟く。
「それにしても──黒い戦士の方は男にしておくのがもったいないほどの美形じゃし、白衣の剣士娘も、ちと眉毛は太いが髪を伸ばしてお洒落したら劇場の看板女優が務まるじゃろう。
いる所にはいるもんなんじゃなぁ、絵物語に出てきそうな、美男美女カップルの冒険者なんてヤツが」
おまけに腕も立つし……と、ここまでの道程で目にしたふたりの戦いぶりを思い出す。
「あのふたりがエーギルの店に所属してくれりゃあ、あやつも助かるんじゃがな」
* * *
さて、そんな人の好い御者の呟きなぞ露知らず。
馬車を降りたふたりの少年少女は、程なく御者が言っていた「エーギルの酒場」らしき店の前に辿り着いた。
「ふん……なかなか、良さそうな店だね」
「──確かに」
それなりに場馴れした冒険者としてのふたりの勘に外れはなく、店の中の造りや雰囲気、そしてマスターの人柄も水準以上と言えたため、とりあえず一週間分の料金を払って、2階の部屋を借りることにする。
「ふぅ、ちょっと休憩しよっか」
部屋に入り、ドアに鍵をかけた途端、黒衣の"少年"は鎧を着たままベッドにボスンと腰かける。
「ちょっと、アスカ……敷布が汚れるぞ」
咎めるような"少女"の言葉に、「アスカ」と呼ばれた"少年"はチッチッチと指を振る。
「私はアスカじゃなくて"アスト"だよ、"キリカ"ちゃん♪」
そう、言うまでもなくこのふたり組は、遺跡の罠で首から下が入れ替わったキリトとアスカだった。
ふたりの故郷では、「ト」は「人」を意味し、主に男性名に、「カ」は「花」を意味し、主に女性名に使用される。
そのため、元に戻れるまではキリトは「キリカ」、アスカは「アスト」と名乗ることにしたのだ。名前自体を交換するという案もあったが、さすがにそれは慣れるのに時間がかかりそうだということもあり、この形に落ち着いたのだ。
「──ふたりきりの時くらい、いいだろ、別に」
「ダメ、早く慣れないと、色々ボロが出るからね。口調にも気を配るんだよ」
と、たしなめるように言う「アスト」だが、無論、本心では「キリカ」に女の子のフリ(いや、"体"は確かに女性そのものなのだが)をさせて、おもしろがっていることは言うまでもない。
「はぁ……面倒くさい」
その気配を察してはいるが、表向きの理屈は通っているので、「キリカ」も反論しづらい。
「どっちにしても、とりあえず防具は外そう。せっかく、久々にベッドで眠れそうなんだし」
「Non-Non! 『いずれにしても、防具は外しましょう、アストさん。今夜は久しぶりにベッドで眠れるのですから』 リピート・アフター・ミー」
「──微妙にニュアンスが変わってる気がする。そして、なぜ、お嬢様口調?」
半眼になった相方に冷たい視線で睨まれても、「アスト」は平然と言い返す。
「にわか女の「キリカ」ちゃんは、これくらい意識してやった方が無難だからね」
「お……ンンッ! 『貴方のほうは随分と男の立場に適応されているのですね、アスト』」
あきらめて、口調をそれらしく改める「キリカ」。と言っても、できるだけ丁寧語でしゃべることを心がけるくらいなので、それほど難事というわけでもないのだが。
「アハハ、まぁ、私は元々、男勝りな部分があったからね」
確かに、楚々とした令嬢風の外見と反して、アスカは結構、武闘派という脳筋気味なところがあった。知能自体は悪くないはずなのに(そうでなければ魔法は使えまい)、肝心の思考パターンや性格が「即断即決即実行」で、じっくり考えて動くことが大の苦手ときている。
生家、とくに母親の躾が厳しかったため、それなりに女の子らしい淑やかな猫を被るのも巧いが、本人は「どうせなら男に生まれたかったなぁ」と思っていたりするのだ。
そして、そんな「彼」にとって、現在の状況は降って湧いたような幸運とも言えた。
* * *
「はぁ、やっぱり防具外すと楽チンだね♪」
アスカ──いや「アスト」に注意した後、「キリカ」の方も、自分のベッドの脇で、白銀色の胸甲(キュイラス)と革製の腕甲(アームガード)を外し、サッパリした顔になる。
「以前は、こんな軽装で前線に出るのは頼りないと思ってたけど……むしろ、アスカは、これだけの防具付けてあれだけ動き回れてたなぁ」
そのまま、腰の剣──アスカから一時的に貸与されている魔法のレイピア"フェアリーダンス"も外して枕元に立て懸け、完全に武装解除した姿(と言ってもごく普通の衣服は着ているが)で、「キリカ」は身軽にベッドの上に飛び乗った。
「まぁ、慣れだよ慣れ。それと「キリカ」ちゃん、言葉遣いに気を着けて」
一瞬翻ったミニスカートの裾から覗くアスカの(そして今は「キリカ」の)下着を、何食わぬ顔で心の眼に焼き付けつつ、澄ました口調で注意する「アスト」。
「むしろ私に言わせれば、この身体、男女の差を考慮しても、細身のくせして筋力あり過ぎ。これだけ重装備してても、身軽に動けるんだから。
ただ……思うんだけど、私たち、剣の技能(スキル)同様、この身体に染みついた癖とか習慣も受け継いでるんじゃないかな?」
「? どういうこと…です?」
「アスト」の言葉に首を傾げる「キリカ」。
「ほら、それ……その首を左に傾ける仕草って、私のクセじゃなかったっけ?」
「! 言われてみれば……」
「キリカ」も思い当たるフシはあったようだ。
「それに、武器を扱うスキルとかはもちろんだけど……今の身体になってからも、着替えとかで不自然に手間取ったりはしなかったでしょ?」
「えーっと……」
「アスト」の言葉に思い返してみれば、確かに、「女物の服を着ること」に精神的な躊躇いはあったものの、いざ着る段になってみれば、下着も含めて何の面倒もなく着替えられている。
「身体に染み込んだ習慣ってヤツ?」
「たぶんね。その証拠に、今だって……」
「アスト」の視線を辿った「キリカ」は、ベッドに腰を下ろした自分が、自然にキチンと両膝を揃え、両爪先を心持ち左に流すような淑やかな体勢で座っていることに気付く。
何気なく前髪をかき上げる仕草も、どことなく艶っぽく女らしい。
「あ……」
そのことを自覚してアタフタしている「キリカ」を見て、「はぅ可愛い♪」と内心身悶えしつつも、真面目な表情は崩さずに言葉を続ける「アスト」。
何しろ「彼」にとってはココからが正念場なのだ。
「ちょっと踏み込んだ話になるけど、おトイレだって男と女では全然感覚が違うはずなのに戸惑うこともなかったよね。少なくとも、私の方は問題なく、立ち小便できたし」
「立ち……って」
「アスト」の言葉に顔を赤らめる「キリカ」。
本来の17歳の少年であるキリトであれば、男友達と連れションをすることもあるだろうし、その単語にとりたてて反応しなかっただろう。
しかし、今はなぜか、その言葉を口にしようと──いや、耳にしただけで、何となく「恥ずかしい」という気持ちが湧いてくるのだ。
「毎日の生理現象くらいでそんな恥ずかしがらないでよ。キリカちゃんはウブだね。ま、女の子はソレくらいの方が可愛いけど」
「なっ!? か、かわいいって……」
本来の"キリト"は、元々綺麗な顔立ちをしていたことから稀に女の子と間違われることもあり、即座に反発したはずなのだが、今は恋人である少女──いや、今は「少年」と言うべきか──から「可愛い」と評されたことに、奇妙なくすぐったさを感じてしまう。
照れながらも微妙に嬉しげな雰囲気が滲む「キリカ」の様子を見て、「アスト」は思い切って畳みかけることに決めた。
「そうそう、生理現象って言えば……キリカは、もう自分でシた?」
意図的にニヤリと多少下品な笑みを浮かべてみせる。
「な、何のこと?」
"キリト"時代からそうだが、とぼけつつも目が泳いているあたり、「キリカ」はつくづく嘘のつけない性格のようだ。
「何って……オナニー」
「ッ!」
「あれあれ、もしかしてまだなの? 意外だなぁ。年頃の男の子って、女のこの身体には興味深々なんじろゃないの? それとも、私の肢体(からだ)ってそんなに魅力ないかな?」
ワザとがっかりしたような声色を装う。
いや、半分は本音でもあった。
長年、幼馴染以上恋人未満の関係を続けてきたふたりだったが、最初に所属したパーティが解散し、ふたりコンビで冒険者稼業を続けることになった1年前に、ようやく正式に「恋人同士」となった。
しかし、奥手で真面目なキリトは、彼女の身を気遣ってか(あるいは単にヘタレなのか)、キス止まりで、それ以上手を出そうとせず、アスカは密かにフラストレーションが溜まっていたのだ。
男はもちろん、女だって欲求不満は溜まるのだ。それも、遠距離恋愛とかなら仕方がないが、すぐ隣りに愛しい恋人がいるのに手を出して来ないというのは、女としてのプライドも傷つくし、何より寂しい事であった。
「そ、そんなコトはない! アスカはとっても魅力的だと思う。それに僕だって、その……そういう気分になったことは何度もあるし。でも、アスカにそういうエッチなことして、拒否されたらと思ったら、さ……」
つまりは、黒の剣士様は、ムッツリかつヘタレでもあったらしい。
「そうなんだ……」
告解する信者に赦しを与える司祭の如き、さわやかな笑みを浮かべる「アスト」だが、その内心は、実は聖職者とは対極の境地にあった。
「それじゃあさ……エッチしよ」
「──へ?」
あまりに自然に、まるで「今日のお昼はシチューにしよう」というくらいの気軽さでその言葉を言われたため、一瞬、「キリカ」はその意味を把握できなかった。
数拍送れて、言葉の意味が脳にしみ込んでくる。
「いや、ね。いくらなんでもそれは……」
「やっぱり興味ないんだ。あたしの体に」
いや、いや、いや! 興味と好奇心は十分過ぎるほどあった。だが、興味本位で、誰よりも大事な人の肢体(からだ)を汚す気にはならない、というだけで。
「キリカ」がそう口に出す前に、「アスト」の方が口を開いた。
「私は……いいよ。キリカ……ううん、「キリト」は幻滅するかもしれないけど、その、オナニーだって時々してるし。その時にいつも考えるんだ。これが、ひとりじゃなくても本当のエッチだったら……って」
それに、男の人の射精って言うのにも興味はあるし……と口に出さずに心の中で呟く。
「──それとも、男の身体になっちゃった私には、もう、興味ない?
その顔でそんなコトを言うのは卑怯だ……と思いながら、「キリカ」はブンブンッと首を横に振った。
「どんな姿になっても、「アスカ」は「アスカ」だから」
「うれしいっ!」
そんな言葉を返した瞬間、ベッドに腰掛けていた「キリカ」は、「アスト」に抱きつかれ、そのまま押し倒される。
「えっ、あっ、あの……ちょっと!?」
混乱する「キリカ」の唇を奪う「アスト」。そのままクチュクチュと舌を絡めてくる。
(う、嘘……)
これまでだって、何度もキスはしたことがある。それなのに、どうして今、こんなにもキスだけで幸せな気分になっているのだろうか。
ボーッとする頭の片隅で、「あ、そうか……いつもと違って、ボクがキス"されて"いるんだ」という事に思い至る。
受身の、奪われ、身も心も支配されるようなキス──それに、これほどまでに感動をお覚えていることからして、その後の流れは必然だったのかもしれない。
「んあんッ!」
いつの間にか「アスト」の掌が「キリカ」の胸に置かれ、ゆっくりと揉み始めていた。そこから広がる道の快感に、「彼女」は翻弄される。
襟元が肌蹴たうえでブラシャーもずらされ、巨乳というほどではないが年相応の大きさで、形よく膨らんだ乳房が、外気にさらされる。
痛いほどに尖った乳首が、「触れてほしい」と訴えていた。その懇願が聞こえたわけでもないだろうが、「アスト」は、右手の指先で軽く乳首を摘みあげる。
「ひ……クゥン!」
意図せず、鼻にかかった甘い呻きが零れる。
「ふふっ、感度良好だね。さすがは私の身体」
アルカイックな笑みを浮かべた「アスト」が、左手の指先も乳首へと伸ばす。
触れただけでは痺れは納まらない。指で挟み痛いくらいに摘みあげて、ようやく痺れが納まった。
「あん、あああん♪」
艶めいた喘ぎが漏れる。
「ちょ……アス、ト……いきなり過ぎるよ」
涙目で訴える「キリカ」だったが、その表情は、むしろ「アスト」の萌え心と嗜虐心に火をつけるだけだ。
「うん? でも、キミの此処は、嫌がってないみたいだけど?」
ミニスカートの裾が捲り上げ、ショーツをずり下ろされる。
「えっ!? ちょ、待って……ひっ、あンっ!」
「キリカ」が制止する前に、「彼」は自分のものだったその股間を舐め回し始めていた。。
「うんっ……あっ、あっ、ああんッ!」
舌先が敏感にソコに触れるたび、体中に電気のような衝撃が走る。
しかし、もうちょっとで高みに登れるというところで、「アスト」はその行為を止めてしまった。
「あれあれ、どうしたの? かわいい声を出しちゃって」
「そ、そんなこと言われても……あんな……き、気持ちいいことされたら………」
「うんうん、女の子の身体は敏感だもんね。でも、恋人の片方が一方的に奉仕するのって間違ってる気がするんだ?」
いったい、何を言い出すのだろう。
そんな恐れと──本人は意識していないが媚態の混じった目付きで見上げる「キリカ」に、「彼」が「お願い」したのは……。
「こ、これで、いいの?」
完全にチュニックと下着も脱いで、全裸になった「キリカ」は、その形のよい胸を使って、「アスト」に奉仕している。いわゆる"パイずり"だった。
「くはっ………柔らかいなぁ、いいよいいよ」
この大きい胸に元は自分のものだったペニスがはさまれている。そしてその先端を自分が咥え、チロチロと舌を這わせている。
本来なら、気が狂いそうなほどに屈辱的な事柄のはずなのに、なぜか「彼女」の中にはそういう嫌悪感の類いは湧いてこない。むしろ……。
「ああっ……い、いいっ!」
自分の方も少なからず感じていた。大きなおっぱいがもまれる度、なんともいえない快感が全身に波及しているのだ。
「くっ、タンマ!」
夢中で奉仕する「彼女」の手管に、なりたての俄か男である「彼」(それは「彼女」も同じだが)は、ギリギリのところで達する前に腰を引いた。
「ふぅ……アブなかったぁ。じゃあ、コッチの用意はOK、ソッチの準備も万端みたいだから、いよいよシちゃおうか」
すべてを見透かしたような「アスト」の言葉に、股間の肉襞をしとどに濡らしている「キリカ」は反論できず(そしてその気力もなく)、顔を真っ赤にしてコクンと頷くのだった。
「じゃあいくよ」
何だかんだ言って、本人も限界だったのかもしれない。
「彼」は、先程までの周到さが嘘のような性急さで、自らの下半身に付いた逸物を、「彼女」の膣へ突き込んできた。
「あっ、ああんっ」
ズブズブと胎内に入ってくるモノ熱い感触に、「彼女」は大きくあえいだ。
「うーん、気持ちいいなぁ。男として入れるのってサイコー!」
「彼」の熱い肉棒は、いったん膣内の奥深くまでめり込むと、一拍おいて、「彼女」の中で暴れ始めた。
「あんっ、あんっ、あんっ、ああんっ!!」
「彼女」は、これまでの遠慮や躊躇いをかなぐり捨て、隣室に聞こえるくらい大きな声を出して喘いでいる。た。
「おっと。そうだ、コレを……」
一端身起こした「彼」がズボンのポケットから何か飴のようなものを取り出して口に含み、そのまま「彼女」に口づける。
「んんっ……むむぅ……ぷはっ! な、何、いまの!?」
「ユノ神殿特製の避妊飴。まだまだ冒険者続けるつもりなら、この歳で子持ちにはなりたくないでしょ」
確かにそれはその通りだ。
しかし、「彼女」は「子持ち」という言葉から、反射的に、自分が膣内射精(なかだし)され、妊娠し、そして出産するシーンを連想してしまった。
「あ……」
信じられないことに、それは途方もない幸福感を「彼女」にもたらしたのだ。
「それでもいいっ! お願いっ! 続けてッ!」
懇願するようなその言葉は、キリカが女性としての本能に屈し──いや、積極的に受け入れたことの証だった。
「あはぁ、あんっ、あんっあんっ、あああぁぁッ!」
アストのモノがキリカの中で優しく、同時に激しく動き続ける。キリカは、すでに女として、数えきれないほどのオルガニズムを感じていた。
「くっ、私も、もうげんか……ぃ」
「はんっ、あんっ、ああっ、ああぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーッ!!!」
ついにふたりは、同時に未踏の高みへと上り詰めたのだった。
* * *
「アストとキリカ」として結ばれたことは、元の状態──「キリトとアスカ」の状態では一度も交わるに至らなかったふたりの心に、大きな変革をもたらす。
アストは積極的に男性としての生活態度に馴染み、キリカもまた、アストほどあからさまではなかったものの、女の子としての嗜みや習慣を身に着けようと努力を始める。
元々、身体にそなわった癖や反射行動は継承されていたため、ごく僅かな期間──ひと月あまりで、ふたりはその外見的性別にふさわしい行動&思考パターンを身に着けることができたのだった。
その間も、もちろん冒険者としての職分をおろそかにしていたわけではなく、また、この地方には未だ特徴的な有名(ネームド)冒険者がほとんどいないこともあって、半年足らずで以前同様「黒白の双剣」として名前が知られるようになっていく。
ただ、「黒衣の剣士(エボニーソード)」はともかく、「白の剣姫(アイボリープリンセス)」という呼び名は、ふたりが「今のふたり」になってからついた字名だ。
以前の「アスカ」と異なり、思慮深く、パーティー全体の戦略も見据えて、時に前衛に立ち、時に後衛から魔法で援護するキリカのことを、後輩の冒険者たちが羨望と憧れを込めてそう呼ぶようになったのだ。
「──と、まぁ、そういうワケなので、実家に帰りたくても帰れなかったんです」
すったもんだの末、ようやく落ち着いたキリカは、義妹であるセリカに、そう言って説明を締めくくった。
これまでの経緯を(無論詳しいHのこととかは飛ばして)説明したのだ。
「はぁ、それはまた……厄介なコトになってるね、お兄ちゃん──それともお姉ちゃんって呼ぶ方がいい?」
「あの……この辺りの人達は、ボクらの元の性別を知らないから、できれば「お姉ちゃん」で……」
俯き加減で恥ずかしげに言う白衣の女剣士の様子に「何、この可愛い生き物!」と思いつつ、セリカは先程から一言もしゃべらなかったアストの方へと視線をやる。
「ま、そーいうコト。安心して、セリカの面倒は先輩冒険者としてキッチリみてあげるから。ただ、その……部屋は別にとって欲しいかな」
(見られながらというのもソレはソレで……)と変態的なコトを考えつつ、殊勝なことを口にするアスト。
「うん、わたしだって、馬に蹴られたくないし」
キリカはボカしたものの、察しのいいこの少女は、ふたりの関係を的確に見抜いているようだ。
「じゃあ、これでとりあえず難しい話は終わり! セリカ、ようこそ、アインクラウドへ──そして冒険者の世界へ!」
-ひとまずfin-
「あ、やだ……見ないで、セリカ……」
澄んだメゾソプラノの声は見かけどおりにハイティーンの少女のものだが、それと同時に、どこか聞き覚えのある響きが混じっているように、セリカには感じられた。
「ど、どういうことなの?」
片や困惑し、片や羞恥に頬を染める──ふたりの少女の姿を、腕を組み、壁にもたれた黒衣の剣士は、うっすらと笑みを浮かべたまま見つめていた。
* * *
血縁上は従兄であり、彼が家に引き取られてからは兄と呼ぶようになった少年と、姉のように慕っていた幼馴染の少女が、冒険者になると言って村を出て行ってから、すでに3年の月日が流れていた。
彼らより3歳年下のセリカも今年で15歳となり、村を出た時のふたりと同じ年になっている。
あの頃は、年齢を理由に連れて行ってもらえなかったが、セリカはふたりを追って冒険者になる覚悟を決めていた。そのためにこそ、3年間、鍛練を欠かさなかったのだから。
兄のキリトは、素早い身ごなしと、細めの体格に似合わぬ驚異的な筋力にものを言わせて両手に二刀を携えて、舞うが如くに闘う、剣闘士(ソードダンサー)となった。
一方、幼馴染のアスカは、魔法医(ドクトルマギウス)である父親と、元良家の娘であり剣術の心得もあった母親の両方の素質を受け継ぎ、魔法を主戦力にレイピアでも戦える魔法剣士(メイジキャバリアー)の職に就いた。
セリカは、残念ながら彼らのような戦士系の適性が乏しかったため、神官(クレリック)としての道を選び、龍神リドラーの神殿で学んだ。
現在は、神官の基礎的な技能である防御・回復系の呪文のほかに、リドラー独自の竜召喚を行うスキルも身につけたし、護身程度ではあるが棍(ロッド)の扱いについても教わった。
両親は「女の子ひとりで冒険者になるなんて……」と当初は渋ったものの、半年に一度くらいのペースで便りが届くアスカに向けて手紙を出したところ、先輩冒険者として快く妹分の身元引受人になると返事があり、なんとか説き伏せることができた。
こうして、これまでせいぜい隣り町くらいにしか行ったことのなかった新米神官のセリカは、この地方最大の都市であり、数多の冒険者達が集う街、アインクラウドへと旅立ったのだ。
若年・田舎者・世間知らずの3連コンボもあって、さまざまな苦労や失敗もあったものの、半月後には、何とか無事にアインクラウドに辿り着くことができた。
「えーと、ここ……かな?」
アスカの手紙にあった「エーギルの酒場」らしき店に、セリカは足を踏み入れた。
「いらっしゃーい……っと、お嬢ちゃん、この店にはミルクは置いてないんだがな」
カウンターについて早々のマスターの失礼な物言いに腹を立てたセリカだが、これまでの旅で、自分が歳よりさらに若く見られることは理解していたので、何とか怒りを押さえる。
「──ここに来れば、"黒衣の剣士"と"白の剣姫"に逢えるって聞いたんですけど?」
"黒衣の剣士"と"白の剣姫"とは、冒険者としてそれなりに名の売れたキリトとアスカの字名(あざな)だ。
「ふーむ。仕事の依頼か?」
「いえ、わたし、ふたりの身内なんです。セリカって言います」
「おお、お嬢ちゃんが、"あの"セリカちゃんか。話はふたりから聞いてるぜ。アインクラウド、そして我が店にようこそ」
途端に30歳前とおぼしき店主(マスター)は相好を崩し、態度も親しみのこもったものになる。
「えっと、マスターはお兄ちゃんたちとの付き合いは長いんですか?」
「うーん、あいつらが此処に顔を出すようになったのは一年くらい前からだから、長いって程じゃないな。もっとも、この一年間で随分と世話になってるが」
「?」
ふたりがマスターの世話に、の間違いではなかろうか、と首を傾げるセリカ。
聞けば、この店は冒険者への依頼を取りまとめる斡旋業のようなこともしており、かなり難度の高い依頼を、ふたりは危なげなくこなしてくれたらしい。
「さすが、この地方の若手随一の腕利きと名高い、"黒白の双剣"だぜ」
それが、ふたりのコンビ名なのだとか。
(それにしても……お兄ちゃんの「黒衣の剣士」はともかく、アスカさんの「白の剣姫」って、ちょっと気どり過ぎじゃないかなぁ)
義兄や姉貴分は有名になったことは身内として誇らしいが、多少違和感もある。
貴族の血を引き、美人で淑やかなアスカは、確かに「姫」と呼ばれてもふさわしいが、控えめで謙虚な彼女が、自分でそう名乗るとはちょっと想像しづらい。
(もっとも、字名なんて、他人が呼んで勝手に定着するものなんだろうけどね)
そう考えて自分を納得させるセリカ──もっとも、それが大きな間違いだと、すぐ後に知ることになるのだが……。
「! セリカ! セリカですよね?」
マスターの好意で用意してもらった、冷水に果実酒を数滴垂らしたものをチビチビ飲んでいると、背後から聞き覚えのある声がかけられた。
「あ、アスカさん!」
振り向いたセリカの目の前には、確かにアスカ・エリシュオンらしき人物が、微笑みながら立っていた。
背中まで流れる綺麗な黒髪と、絵物語から抜け出してきたような整った白皙な顔立ち。
もっとも、村にいた頃は、楚々としたお嬢様然としていたアスカだが、今は一流冒険者に成長したせいか、いかにも"戦いに生きる者"といった雰囲気が、それとなく伝わってくる。
いや、雰囲気ばかりでなく、実際に背も伸び、体格もふた回りほどよくなっているようだ。
生憎、鋼鉄製のブレストプレートを装備しているので、細かい身体つきまではわからないが、細身ながら引き締まった腕の筋肉を見ただけで、かなりの鍛練を重ねたのだろうことが推測できた。
「お久しぶりです(やだ、カッコいい……)」
慌ててペコリと頭を下げながら、セリカはしばし見とれていた自分に気付いて内心赤面する。
「うん、お久しぶり。随分と大きくなったね……って、レディにこれは失礼かな」
アハハと、屈託なく笑うと、カウンター内のマスターに声をかける。
「マスター、それじゃあ、私はこの子と部屋に戻るよ。よかったら、初心者向けの依頼もいくつか見つくろってくれない?」
この店の二階は冒険者向けの宿屋になっており、ふたりは1年前から、そのうち二間続きの部屋を借りきっているのだとか。
(そ、それって同棲!? あ、いや、元々ふたりは恋人なんだから別に問題はない……よね、ウン)
妙齢の恋人同士が「する」事自体に、知識はあっても経験がないセリカは、イケナイ妄想をしそうになるのを、何とか自制する。
「ヘイヘイ、"黒衣の剣士"様のお願いとあっちゃあ、無碍にもできんね。じゃあ、積もる話は部屋でしな。そうそう、お前さんの相棒の方も、先に部屋に戻ってたみたいだぞ」
「ああ、それは好都合。じゃあ、セリカ、行こっか」
「は、はーい!」
僅かに赤らんだ頬を気付かれないよう平静を装って立ち上がり、元気な返事を返すセリカは──しかし、黒衣の剣士の口元に、悪戯を仕掛ける小悪魔めいた微笑が浮かんでいたことに気付かなかった。
酒場の二階の宿屋スペースは、やや古びてはいるものの、清潔に掃除され、手入れも行き届いた、なかなか居心地は良さそうなたたずまいだった。
「この部屋だよ。おーい、キリカ、開けてー!」
呼び掛けに応えて、ガチャリと鍵が外され、ドアが開く。
「あ、お帰りなさい、アスト………っ!?」
白い衣装を着た若い女性が満面の笑みを浮かべつつ出てきたものの、なぜかセリカの姿を目にした途端、硬直している。
「……え?」
セリカとしても、部屋の中にいるのは、てっきり義兄のキリトだとばかり思っていたので困惑する。
もしかして、キリトとアスカ以外のパーティーメンバーだろうか?
しかし……初対面のはずなのに、どこか見覚えのある女性だった。
身長は、小柄なセリカより頭半分ほど高く、おおよそ村を出る前のアスカと同じくらいだろうか。
ノースリーブの白いワンピースと白銀色の胸甲(キュイラス)が一体化した、不思議な構造の装備を身に着け、腰から下のスリットからは、その下に履いた赤いミニスカートが覗いている。
両腕はワンピースと同じ素材の長手袋で覆われ、形の良い脚には同じく白のニーソックスを履いているが、スカートとの境目に僅かに見える太腿(いわゆる絶対領域)が蠱惑的だ。
髪型を頭頂部の両横でリボンでくくったツインテールの髪型は、この年頃の女性としてはやや子供っぽいが、似合ってないというわけではなく、むしろ可愛らしさを添えている。
黒目がちな瞳と長い睫毛、スッキリと小作りな輪郭、ぷっくりした桜色の唇……といった顔立ちも十分美少女の範疇に入るだろう。
だが……初めて逢ったはずの、この女性に、セリカはいわく言い難い親近感と違和感を同時に覚えていた。
知らず知らず、言葉が口から零れる。
「貴女……もしかして、キリトお兄ちゃん!?」
* * *
15歳で冒険者稼業を始めたキリト・ランドバースとアスカ・エリシュオンのふたりだったが、元々の優れた資質に加えて、最初に属したギルドとパーティーがなかなか優秀だったおかげか、わずか1年余りで頭角を現し、中堅クラスの域にまで達していた。
そのまま順調に成長を続ければ、この地方でトップクラスの冒険者となることも夢ではなかったろう。
だが、彼らが所属していたパーティー"ナインライヴス"が、リーダーとその相棒の都合──平たく言うと結婚して引退することになり、また同じく所属していた神官がとある地方の神殿の司祭に任じられることもあり、自然解消する形となってしまったのだ。
残った3人のうち、打槌(メイス)使いの重戦士も、いい機会なので家業の鍛冶屋を継ぐつもりらしい。
故郷を出た時と同じく、ふたりになってしまったキリトとアスカだが、すでに相応の実力は身に着けていたので、多くはふたり、たまに他の2、3人と組んで冒険者を続けることになった。
"ナインライヴス"時代ほど大きな仕事はできなくなったが、それでも着実に実績を積み重ねるふたりだったが、丁度今から1年程前に転機が訪れる。
すでに、一度は調査の手が入ったはずのダンジョンの奥に、隠し扉とさらに広がる迷宮が発見され、ふたりがその調査を引き受けることになったのだ。
結論から言うと、調査自体は成功した。しかし、最深部の部屋に置かれた宝箱で、キリトがトラップに引っ掛かり、未知の罠を発動させてしまう。
キリトは、すぐ横にいたアスカともども意識を失い──気が付くと、迷宮のすぐ外に倒れていた。
「テレポートの罠にしては、悪意がないな……」と苦笑しつつ身を起こしたキリトは、そこで、ある異変に気づく。
「え? この服……」
見覚えはあるが、断じて自分のものでない白い服を自分が着ていることに気が付き、蒼白になる。
(まさか……換魂の罠!?)
その場にいる者の魂をランダムに入れ換えてしまうと言う、非常に珍しく厄介なトラップの存在を、キリトは聞いたことがあった。
今、自分がアスカの服を着て──さらに言うと胸元に膨らみがあり、股間が妙に寂しい感覚からして、まず間違いないだろう。
幸い、あの場にいたのは、自分とアスカだけだから、彼女は自分の身体(すがた)になっているはず。一刻も早く合流しないと……と、キリトが考えたのは無理もないが、事態はもう少しだけ複雑だった。
「! アスカ……か?」
「あ、キリトくん……って、あはは、何て格好してるのよ」
少し離れた場所で、意識を取り戻して身を起こすアスカは、確かにアスカだったのだ──少なくとも首から上は。
逆に言うと、首から下は、まぎれもなく「黒衣の剣士」と呼ばれるキリトのものだ。
(と言うことは、つまり……)
ペタペタと自分の顔や髪を触ってみる。
男にしてはやや細面で髪も長めだが、紛れもなくキリト自身の頭部がそこについていた。
──つまり、どういう原理かわからないが、ふたりは首から上を入れ換えられてしまったのだ。
それからしばらくは、色々大変だった。
遺跡の外で事態が発覚した当初は、さすがに茫然としていたアスカだったが、思いのほか早く立ち直り、とりあえず町に返ることをキリトに提案する。無論、キリトにも異論はなかった。
そして、町までの帰路、何度か遭遇した獣やモンスターの類いと、互いの身体(正確には首から下)が入れ替わったまま戦うことになったのだが、両者とも近接用刀剣スキルを習得していたため、戦闘時の違和感を最小限に抑えられたのは不幸中の幸いだった。
また、その際、キリトの「双剣使い」としての技能は、キリトの身体を持つアスカが、アスカの「魔法剣技」に関しては、アスカの身体となったキリトが発動できることも判明した。
「その身体は、体力と防御力はそんなに高くないんだから、無闇に突っ込んでいっちゃダメだよ、キリトくん」
「う……わかってるよ。いったん止まって魔法で強化してから、斬り込む……だろ?」
普段自分がアスカによく注意していたことを、まさか自分が言われるハメになるとは思わなかったキリト。
もともと先手必勝の剣闘士であり、また男でもあったため、敵に真っ先に突っ込むことを心がけていたキリトとしては、本来の斬り込み役をアスカに譲らざるをえないのは、内心釈然としないものもある。
しかし、その慎重で注意深い性格から、アスカ以上に的確な敵の弱点や最適魔法の見極めができたため、結果的にふたりのダメージが格段に低く抑えられたのは、皮肉な話だった。
また、アスカの方も、そのお嬢様然とした風貌に似ぬ恐れ知らずな性格から、キリト以上の「突撃猪」的な戦い方になったが、こちらはこちらで、実に活き活きと戦っている。
「あははっ、なんて言うか……楽しい! 私、こういう戦法の方が性に合ってるかも」
同時に、本来自分のものである細剣"フェアリーダンス"を手に、素早く、華麗な剣技をふるうキリトの姿にも目を奪われる。
(うわ……キリトくん、綺麗……)
その時、アスカの心の中に不穏な願望の種が蒔かれたのかもしれない。
* * *
この地方では上から3、4番目に大きな町であるアシリーゼ。正門から歩いて3分ほどの場所に、その店"ダイシー"は存在していた。
一見、ごくありふれた冒険者相手の酒場兼宿屋に見えるが(そして実際その商売もしているが)、それ以上にこの店は、アシリーゼの冒険者ギルドの拠点という趣きが強い。
「ちょっと、いいかな?」
その日の早朝、ダイシーの店主であり、同時にギルドマスターでもある30代後半の女性、ユリエは日課である店の前の掃除を行っていたところで、怪しい風体の二人組に声をかけられた。
「ん? 店を開けるのはもう少し後なんだが……」
首から下をすっぽり隠すような外套に身を包み、さらに目深にフードを被っているため、完全に不審人物だが、くぐっもったその声には聞き覚えがある気もした。
ユリエの胡乱げな視線を受けた人影は、顔を見合わせてフードを後ろにズラした。
「なんだ、キリトとアスカじゃない。どうかしたかい? 先日の依頼に何か不備でもあったのかな?」
この宿の一室を長期借りしているカップルだと知って、ユリエの肩から力が抜ける。彼女にとってふたりは、有能なギルドの所属員であり、同時に歳の離れた弟妹のようなものでもあったからだ。
しかし、ユリエに笑顔を向けられても、ふたりの緊張は解けなかった。
「──そのことで、ちょっと、ユリエさんに相談したいことがあるんだ」
あくまで真面目なキリトとアスカの様子に、ユリエも何か厄介事があったのだと察して、裏口から自分の私室へと招く。
「それで、いったいどうしたって言うのさ?」
何と言って切り出してよいかためらうキリトを尻目に、アスカが口を開いた。
「キリエさん、今の私たちを見て、何か変だと思いませんか?」
「変……って。そりゃ、そんな怪しいマント姿してること自体、変だけど……ん?」
ユリエの脳裏で違和感の信号が点滅する。
「……そう言えば、アスカ。あんた、何だか背が高くなったんじゃないかい?」
女性にしては平均よりは高い方とは言え、普段のアスカは、ほとんどユリエと同じ目線のはずだ。それが、明らかに頭半分は高くなっている。
「それに、キリト。あんたは逆に背が縮んでないかい?」
背丈だけではない。先程の記憶をたどってみれば、なんだかいつもより声が高くなっていたような気がする。逆に、アスカはややハスキーボイス気味に聞こえる。
「! もしかして、あんたたち、遺跡で、"年齢変化"の罠にでもかかったのかい?」
キリトがショタ化し、逆にアスカが数年歳を重ねたのかと、ユリエは思ったのだ。
「えーと、遺跡で罠に引っかかったってのは、その通りなんですが……」
いつになく歯切れの悪いキリトの言葉をアスカが遮る。
「論より証拠。ユリエさん。笑わないでね」
──バサッ!
キリトがまとっている外套を、力任せにはぎ取り、自分の分も床に落とす。
「あっ! ちょ、アスカ!?」
慌てて取り返そうとするキリトだが、一歩遅かった。
「あ、あんた達……」
ユリエの目に、「白い女性剣士用の装備一式」を身に着けたキリトと、「黒い男性軽戦士用防具」に身を固めたアスカの姿が飛び込んでくる。無論、体格自体もいつもとは逆転していた。
「……どういうコトなのか、聞かせてもらえるかい?」
それなりの規模を誇るギルドのマスターとは思えぬほど、気さくで冗談好きなユリエだが、さすがにこの状態で「そーいう特殊なプレイはお互いの部屋でやりなさい」というボケはかまさなかった。
「なるほど。事情はわかったけど……かなり厄介なケースだよ」
キリトとアスカの説明を聞いて、ユリエは溜め息を漏らす。
「少なくともあたしの知る限りでは、魂の入れ換えならともかく、"首から下だけをすげ替える"だなんて、器用な魔法やマジックアイテムは聞いたことがないね」
冒険者時代は、学識豊かで様々な魔法や魔道具を使いこなす「賢者」という職に就いていただけあって、ユリエの知識は豊富だ。ふたりも、ソレを当てにしていたのだが……。
「あるいは、呪いの類いなのかもしれないけれど、文献でもそういう例を読んだ記憶は……ん? そう言えば……」
「何か、手がかりがあるんですか?」
ズイッと身を乗り出すキリト。
「いやね。あたしが現役だった頃に、母娘で冒険者しているふたり組に会ったことがあるんだけど、どう見ても12、3歳くらいの方が本来は母親で、20代後半に見える方が娘だって言うんだ。
一緒に酒飲んだ時に聞いた話だと、なんとか言う邪神の呪いで、身体を入れ換えられたとか言ってたような……」
「──それで、その人たちは元に戻れたんですか?」
アスカの問いに、首を横に振るユリエ。
「いや、色々元に戻る方法を探してみたものの、そのことごとくが空振りに終わったらしい。「赤の他人の身体じゃないんだし、あきらめる」みたいなコトを言ってたね」
「そ、そんな……」
ガックリとうなだれるキリト。
「まぁまぁ、キリトくん落ち着いて。絶対に戻れないって決まったワケじゃないんだし」
アスカがポンポンと頭を撫でて慰める。服装や身長差のこともあって、事情を知らなければ、傍目にはまるっきり「長髪の美形青年が、ショートカットの元気娘をなだめている」ようにしか見えないだろう。
「ところで、すぐには戻れないことを前提で聞くけど、あんたたち、これからどうするつもりだい?」
キリトが気を取り直したところで、改めてユリエがふたりに問う。
「どう……って、何のことです、ユリエさん?」
「いやね、身長や体格がそんなに変わってる以上、あんたたちの現状を周囲に隠し通すことは無理だろう?」
「それはまぁ……」「そう、ですね」
ふたりも不承不承頷く。
「だから、とれる道は主にふたつだね。
恥ずかしいとか、色々思うところはあるだろうけど、それを堪えて、友人知人に事情説明したうえで協力を仰ぐか。
あるいは、周囲に知られていない今のうちに、急いでこの町を離れ、別の場所で1からやり直すか」
ユリエの提案を聞いて、キリトがアッ……」と言う顔になり焦燥感に駆られているらしいのに対して、アスカは「うーん」と、じっくり両者の長所短所を吟味しているようだ。
(おや、情緒不安定気味なキリトに比べて、アスカの方は随分落ち着いてるね)
もっとも、一見大胆そうなキリトの方が実は神経質(デリケート)で、ホエホエしたお嬢さんに見えるアスカの方が肝がすわっているというのは、彼らをよく知る者の大半が理解しているだろうが。
短い葛藤の後、結局キリトは、「周囲の協力」と「恥ずかしさとプライド」を秤にかけて、後者を選んだ。アスカも「キリトくんがそれでいいなら」と反対はしなかった。
「それなら、できるだけ早く、この町を離れたほうがいいね。部屋の荷物のうち、貴重品だけ手早く荷作りしちゃい。残りは、あたしが処分してお金に換えておいてあげるから、どこかに落ち着いたら手紙を寄越しなさい。そっちに代金は送ってあげるから」
「すいません、ユリエさん」
「お手数おかけします。じゃあ、部屋に戻りますね」
再びマントを着こんだふたりは、借りている二階の部屋へと上がっていった。
「それにしても、アスカはともかく、キリトは気付いてるのかねぇ」
あわただしいふたりを見送りながら、ユリエは呟く。
「別の街で1からやり直すってことは、当分のあいだは、見かけどおり「女」として暮らさないといけないってことなんだけど」
* * *
およそ400年以上の歴史を誇り、魔術アカデミーや賢者の学院、さらには王都カダカの主神殿に次ぐ規模の神殿までも擁する、キゲンデ地方最大の都市アインクラウド。当然、人の出入りもさかんで、いくつかの主要な町との間には定期便馬車も通っている。
そんな定期便のひとつで、つい先程アシリーゼ方面から到着し、街門をくぐったたばかりの大型幌馬車から、一組の男女が身軽に飛び降りていた。
「じゃあ、ここまででいいよ。おじさん、ありがと」
黒いチュニックとズボンの上から黒い胴鎧(ブリガンティ)を着けた黒づくめの"少年"が、御者台にいる人物に、気さくに声をかけた。
「──お世話になりました」
"彼"の背後に寄り添うようにして立つ"少女"が、ペコリと頭を下げる。
「なんのなんの。お前さんらがいてくれたおかげで、道中、夜盗やモンスター相手で色々助かったしな。本来なら、わしの方が護衛料を払わんといかんところだ」
お前さんたち相当な手練れじゃろ? と、幌馬車の御者に問われて、曖昧に微笑んで見せる少年少女。
「もし、こちらで特に定宿なんぞが決まってないなら、ドラゴン通りの三番地の「エーギルの酒場」に行ってみな。あそこのマスターはわしの従弟だから、ガイエルの紹介と言えば、いろいろ便宜をはかってくれると思うぞ」
「うん、わかった」
「──ありがとう、ございます」
仲良く連れ立ってドラゴン通りの方へ歩み去って行くふたりの背を眺めながら、御者は感心したように呟く。
「それにしても──黒い戦士の方は男にしておくのがもったいないほどの美形じゃし、白衣の剣士娘も、ちと眉毛は太いが髪を伸ばしてお洒落したら劇場の看板女優が務まるじゃろう。
いる所にはいるもんなんじゃなぁ、絵物語に出てきそうな、美男美女カップルの冒険者なんてヤツが」
おまけに腕も立つし……と、ここまでの道程で目にしたふたりの戦いぶりを思い出す。
「あのふたりがエーギルの店に所属してくれりゃあ、あやつも助かるんじゃがな」
* * *
さて、そんな人の好い御者の呟きなぞ露知らず。
馬車を降りたふたりの少年少女は、程なく御者が言っていた「エーギルの酒場」らしき店の前に辿り着いた。
「ふん……なかなか、良さそうな店だね」
「──確かに」
それなりに場馴れした冒険者としてのふたりの勘に外れはなく、店の中の造りや雰囲気、そしてマスターの人柄も水準以上と言えたため、とりあえず一週間分の料金を払って、2階の部屋を借りることにする。
「ふぅ、ちょっと休憩しよっか」
部屋に入り、ドアに鍵をかけた途端、黒衣の"少年"は鎧を着たままベッドにボスンと腰かける。
「ちょっと、アスカ……敷布が汚れるぞ」
咎めるような"少女"の言葉に、「アスカ」と呼ばれた"少年"はチッチッチと指を振る。
「私はアスカじゃなくて"アスト"だよ、"キリカ"ちゃん♪」
そう、言うまでもなくこのふたり組は、遺跡の罠で首から下が入れ替わったキリトとアスカだった。
ふたりの故郷では、「ト」は「人」を意味し、主に男性名に、「カ」は「花」を意味し、主に女性名に使用される。
そのため、元に戻れるまではキリトは「キリカ」、アスカは「アスト」と名乗ることにしたのだ。名前自体を交換するという案もあったが、さすがにそれは慣れるのに時間がかかりそうだということもあり、この形に落ち着いたのだ。
「──ふたりきりの時くらい、いいだろ、別に」
「ダメ、早く慣れないと、色々ボロが出るからね。口調にも気を配るんだよ」
と、たしなめるように言う「アスト」だが、無論、本心では「キリカ」に女の子のフリ(いや、"体"は確かに女性そのものなのだが)をさせて、おもしろがっていることは言うまでもない。
「はぁ……面倒くさい」
その気配を察してはいるが、表向きの理屈は通っているので、「キリカ」も反論しづらい。
「どっちにしても、とりあえず防具は外そう。せっかく、久々にベッドで眠れそうなんだし」
「Non-Non! 『いずれにしても、防具は外しましょう、アストさん。今夜は久しぶりにベッドで眠れるのですから』 リピート・アフター・ミー」
「──微妙にニュアンスが変わってる気がする。そして、なぜ、お嬢様口調?」
半眼になった相方に冷たい視線で睨まれても、「アスト」は平然と言い返す。
「にわか女の「キリカ」ちゃんは、これくらい意識してやった方が無難だからね」
「お……ンンッ! 『貴方のほうは随分と男の立場に適応されているのですね、アスト』」
あきらめて、口調をそれらしく改める「キリカ」。と言っても、できるだけ丁寧語でしゃべることを心がけるくらいなので、それほど難事というわけでもないのだが。
「アハハ、まぁ、私は元々、男勝りな部分があったからね」
確かに、楚々とした令嬢風の外見と反して、アスカは結構、武闘派という脳筋気味なところがあった。知能自体は悪くないはずなのに(そうでなければ魔法は使えまい)、肝心の思考パターンや性格が「即断即決即実行」で、じっくり考えて動くことが大の苦手ときている。
生家、とくに母親の躾が厳しかったため、それなりに女の子らしい淑やかな猫を被るのも巧いが、本人は「どうせなら男に生まれたかったなぁ」と思っていたりするのだ。
そして、そんな「彼」にとって、現在の状況は降って湧いたような幸運とも言えた。
* * *
「はぁ、やっぱり防具外すと楽チンだね♪」
アスカ──いや「アスト」に注意した後、「キリカ」の方も、自分のベッドの脇で、白銀色の胸甲(キュイラス)と革製の腕甲(アームガード)を外し、サッパリした顔になる。
「以前は、こんな軽装で前線に出るのは頼りないと思ってたけど……むしろ、アスカは、これだけの防具付けてあれだけ動き回れてたなぁ」
そのまま、腰の剣──アスカから一時的に貸与されている魔法のレイピア"フェアリーダンス"も外して枕元に立て懸け、完全に武装解除した姿(と言ってもごく普通の衣服は着ているが)で、「キリカ」は身軽にベッドの上に飛び乗った。
「まぁ、慣れだよ慣れ。それと「キリカ」ちゃん、言葉遣いに気を着けて」
一瞬翻ったミニスカートの裾から覗くアスカの(そして今は「キリカ」の)下着を、何食わぬ顔で心の眼に焼き付けつつ、澄ました口調で注意する「アスト」。
「むしろ私に言わせれば、この身体、男女の差を考慮しても、細身のくせして筋力あり過ぎ。これだけ重装備してても、身軽に動けるんだから。
ただ……思うんだけど、私たち、剣の技能(スキル)同様、この身体に染みついた癖とか習慣も受け継いでるんじゃないかな?」
「? どういうこと…です?」
「アスト」の言葉に首を傾げる「キリカ」。
「ほら、それ……その首を左に傾ける仕草って、私のクセじゃなかったっけ?」
「! 言われてみれば……」
「キリカ」も思い当たるフシはあったようだ。
「それに、武器を扱うスキルとかはもちろんだけど……今の身体になってからも、着替えとかで不自然に手間取ったりはしなかったでしょ?」
「えーっと……」
「アスト」の言葉に思い返してみれば、確かに、「女物の服を着ること」に精神的な躊躇いはあったものの、いざ着る段になってみれば、下着も含めて何の面倒もなく着替えられている。
「身体に染み込んだ習慣ってヤツ?」
「たぶんね。その証拠に、今だって……」
「アスト」の視線を辿った「キリカ」は、ベッドに腰を下ろした自分が、自然にキチンと両膝を揃え、両爪先を心持ち左に流すような淑やかな体勢で座っていることに気付く。
何気なく前髪をかき上げる仕草も、どことなく艶っぽく女らしい。
「あ……」
そのことを自覚してアタフタしている「キリカ」を見て、「はぅ可愛い♪」と内心身悶えしつつも、真面目な表情は崩さずに言葉を続ける「アスト」。
何しろ「彼」にとってはココからが正念場なのだ。
「ちょっと踏み込んだ話になるけど、おトイレだって男と女では全然感覚が違うはずなのに戸惑うこともなかったよね。少なくとも、私の方は問題なく、立ち小便できたし」
「立ち……って」
「アスト」の言葉に顔を赤らめる「キリカ」。
本来の17歳の少年であるキリトであれば、男友達と連れションをすることもあるだろうし、その単語にとりたてて反応しなかっただろう。
しかし、今はなぜか、その言葉を口にしようと──いや、耳にしただけで、何となく「恥ずかしい」という気持ちが湧いてくるのだ。
「毎日の生理現象くらいでそんな恥ずかしがらないでよ。キリカちゃんはウブだね。ま、女の子はソレくらいの方が可愛いけど」
「なっ!? か、かわいいって……」
本来の"キリト"は、元々綺麗な顔立ちをしていたことから稀に女の子と間違われることもあり、即座に反発したはずなのだが、今は恋人である少女──いや、今は「少年」と言うべきか──から「可愛い」と評されたことに、奇妙なくすぐったさを感じてしまう。
照れながらも微妙に嬉しげな雰囲気が滲む「キリカ」の様子を見て、「アスト」は思い切って畳みかけることに決めた。
「そうそう、生理現象って言えば……キリカは、もう自分でシた?」
意図的にニヤリと多少下品な笑みを浮かべてみせる。
「な、何のこと?」
"キリト"時代からそうだが、とぼけつつも目が泳いているあたり、「キリカ」はつくづく嘘のつけない性格のようだ。
「何って……オナニー」
「ッ!」
「あれあれ、もしかしてまだなの? 意外だなぁ。年頃の男の子って、女のこの身体には興味深々なんじろゃないの? それとも、私の肢体(からだ)ってそんなに魅力ないかな?」
ワザとがっかりしたような声色を装う。
いや、半分は本音でもあった。
長年、幼馴染以上恋人未満の関係を続けてきたふたりだったが、最初に所属したパーティが解散し、ふたりコンビで冒険者稼業を続けることになった1年前に、ようやく正式に「恋人同士」となった。
しかし、奥手で真面目なキリトは、彼女の身を気遣ってか(あるいは単にヘタレなのか)、キス止まりで、それ以上手を出そうとせず、アスカは密かにフラストレーションが溜まっていたのだ。
男はもちろん、女だって欲求不満は溜まるのだ。それも、遠距離恋愛とかなら仕方がないが、すぐ隣りに愛しい恋人がいるのに手を出して来ないというのは、女としてのプライドも傷つくし、何より寂しい事であった。
「そ、そんなコトはない! アスカはとっても魅力的だと思う。それに僕だって、その……そういう気分になったことは何度もあるし。でも、アスカにそういうエッチなことして、拒否されたらと思ったら、さ……」
つまりは、黒の剣士様は、ムッツリかつヘタレでもあったらしい。
「そうなんだ……」
告解する信者に赦しを与える司祭の如き、さわやかな笑みを浮かべる「アスト」だが、その内心は、実は聖職者とは対極の境地にあった。
「それじゃあさ……エッチしよ」
「──へ?」
あまりに自然に、まるで「今日のお昼はシチューにしよう」というくらいの気軽さでその言葉を言われたため、一瞬、「キリカ」はその意味を把握できなかった。
数拍送れて、言葉の意味が脳にしみ込んでくる。
「いや、ね。いくらなんでもそれは……」
「やっぱり興味ないんだ。あたしの体に」
いや、いや、いや! 興味と好奇心は十分過ぎるほどあった。だが、興味本位で、誰よりも大事な人の肢体(からだ)を汚す気にはならない、というだけで。
「キリカ」がそう口に出す前に、「アスト」の方が口を開いた。
「私は……いいよ。キリカ……ううん、「キリト」は幻滅するかもしれないけど、その、オナニーだって時々してるし。その時にいつも考えるんだ。これが、ひとりじゃなくても本当のエッチだったら……って」
それに、男の人の射精って言うのにも興味はあるし……と口に出さずに心の中で呟く。
「──それとも、男の身体になっちゃった私には、もう、興味ない?
その顔でそんなコトを言うのは卑怯だ……と思いながら、「キリカ」はブンブンッと首を横に振った。
「どんな姿になっても、「アスカ」は「アスカ」だから」
「うれしいっ!」
そんな言葉を返した瞬間、ベッドに腰掛けていた「キリカ」は、「アスト」に抱きつかれ、そのまま押し倒される。
「えっ、あっ、あの……ちょっと!?」
混乱する「キリカ」の唇を奪う「アスト」。そのままクチュクチュと舌を絡めてくる。
(う、嘘……)
これまでだって、何度もキスはしたことがある。それなのに、どうして今、こんなにもキスだけで幸せな気分になっているのだろうか。
ボーッとする頭の片隅で、「あ、そうか……いつもと違って、ボクがキス"されて"いるんだ」という事に思い至る。
受身の、奪われ、身も心も支配されるようなキス──それに、これほどまでに感動をお覚えていることからして、その後の流れは必然だったのかもしれない。
「んあんッ!」
いつの間にか「アスト」の掌が「キリカ」の胸に置かれ、ゆっくりと揉み始めていた。そこから広がる道の快感に、「彼女」は翻弄される。
襟元が肌蹴たうえでブラシャーもずらされ、巨乳というほどではないが年相応の大きさで、形よく膨らんだ乳房が、外気にさらされる。
痛いほどに尖った乳首が、「触れてほしい」と訴えていた。その懇願が聞こえたわけでもないだろうが、「アスト」は、右手の指先で軽く乳首を摘みあげる。
「ひ……クゥン!」
意図せず、鼻にかかった甘い呻きが零れる。
「ふふっ、感度良好だね。さすがは私の身体」
アルカイックな笑みを浮かべた「アスト」が、左手の指先も乳首へと伸ばす。
触れただけでは痺れは納まらない。指で挟み痛いくらいに摘みあげて、ようやく痺れが納まった。
「あん、あああん♪」
艶めいた喘ぎが漏れる。
「ちょ……アス、ト……いきなり過ぎるよ」
涙目で訴える「キリカ」だったが、その表情は、むしろ「アスト」の萌え心と嗜虐心に火をつけるだけだ。
「うん? でも、キミの此処は、嫌がってないみたいだけど?」
ミニスカートの裾が捲り上げ、ショーツをずり下ろされる。
「えっ!? ちょ、待って……ひっ、あンっ!」
「キリカ」が制止する前に、「彼」は自分のものだったその股間を舐め回し始めていた。。
「うんっ……あっ、あっ、ああんッ!」
舌先が敏感にソコに触れるたび、体中に電気のような衝撃が走る。
しかし、もうちょっとで高みに登れるというところで、「アスト」はその行為を止めてしまった。
「あれあれ、どうしたの? かわいい声を出しちゃって」
「そ、そんなこと言われても……あんな……き、気持ちいいことされたら………」
「うんうん、女の子の身体は敏感だもんね。でも、恋人の片方が一方的に奉仕するのって間違ってる気がするんだ?」
いったい、何を言い出すのだろう。
そんな恐れと──本人は意識していないが媚態の混じった目付きで見上げる「キリカ」に、「彼」が「お願い」したのは……。
「こ、これで、いいの?」
完全にチュニックと下着も脱いで、全裸になった「キリカ」は、その形のよい胸を使って、「アスト」に奉仕している。いわゆる"パイずり"だった。
「くはっ………柔らかいなぁ、いいよいいよ」
この大きい胸に元は自分のものだったペニスがはさまれている。そしてその先端を自分が咥え、チロチロと舌を這わせている。
本来なら、気が狂いそうなほどに屈辱的な事柄のはずなのに、なぜか「彼女」の中にはそういう嫌悪感の類いは湧いてこない。むしろ……。
「ああっ……い、いいっ!」
自分の方も少なからず感じていた。大きなおっぱいがもまれる度、なんともいえない快感が全身に波及しているのだ。
「くっ、タンマ!」
夢中で奉仕する「彼女」の手管に、なりたての俄か男である「彼」(それは「彼女」も同じだが)は、ギリギリのところで達する前に腰を引いた。
「ふぅ……アブなかったぁ。じゃあ、コッチの用意はOK、ソッチの準備も万端みたいだから、いよいよシちゃおうか」
すべてを見透かしたような「アスト」の言葉に、股間の肉襞をしとどに濡らしている「キリカ」は反論できず(そしてその気力もなく)、顔を真っ赤にしてコクンと頷くのだった。
「じゃあいくよ」
何だかんだ言って、本人も限界だったのかもしれない。
「彼」は、先程までの周到さが嘘のような性急さで、自らの下半身に付いた逸物を、「彼女」の膣へ突き込んできた。
「あっ、ああんっ」
ズブズブと胎内に入ってくるモノ熱い感触に、「彼女」は大きくあえいだ。
「うーん、気持ちいいなぁ。男として入れるのってサイコー!」
「彼」の熱い肉棒は、いったん膣内の奥深くまでめり込むと、一拍おいて、「彼女」の中で暴れ始めた。
「あんっ、あんっ、あんっ、ああんっ!!」
「彼女」は、これまでの遠慮や躊躇いをかなぐり捨て、隣室に聞こえるくらい大きな声を出して喘いでいる。た。
「おっと。そうだ、コレを……」
一端身起こした「彼」がズボンのポケットから何か飴のようなものを取り出して口に含み、そのまま「彼女」に口づける。
「んんっ……むむぅ……ぷはっ! な、何、いまの!?」
「ユノ神殿特製の避妊飴。まだまだ冒険者続けるつもりなら、この歳で子持ちにはなりたくないでしょ」
確かにそれはその通りだ。
しかし、「彼女」は「子持ち」という言葉から、反射的に、自分が膣内射精(なかだし)され、妊娠し、そして出産するシーンを連想してしまった。
「あ……」
信じられないことに、それは途方もない幸福感を「彼女」にもたらしたのだ。
「それでもいいっ! お願いっ! 続けてッ!」
懇願するようなその言葉は、キリカが女性としての本能に屈し──いや、積極的に受け入れたことの証だった。
「あはぁ、あんっ、あんっあんっ、あああぁぁッ!」
アストのモノがキリカの中で優しく、同時に激しく動き続ける。キリカは、すでに女として、数えきれないほどのオルガニズムを感じていた。
「くっ、私も、もうげんか……ぃ」
「はんっ、あんっ、ああっ、ああぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーッ!!!」
ついにふたりは、同時に未踏の高みへと上り詰めたのだった。
* * *
「アストとキリカ」として結ばれたことは、元の状態──「キリトとアスカ」の状態では一度も交わるに至らなかったふたりの心に、大きな変革をもたらす。
アストは積極的に男性としての生活態度に馴染み、キリカもまた、アストほどあからさまではなかったものの、女の子としての嗜みや習慣を身に着けようと努力を始める。
元々、身体にそなわった癖や反射行動は継承されていたため、ごく僅かな期間──ひと月あまりで、ふたりはその外見的性別にふさわしい行動&思考パターンを身に着けることができたのだった。
その間も、もちろん冒険者としての職分をおろそかにしていたわけではなく、また、この地方には未だ特徴的な有名(ネームド)冒険者がほとんどいないこともあって、半年足らずで以前同様「黒白の双剣」として名前が知られるようになっていく。
ただ、「黒衣の剣士(エボニーソード)」はともかく、「白の剣姫(アイボリープリンセス)」という呼び名は、ふたりが「今のふたり」になってからついた字名だ。
以前の「アスカ」と異なり、思慮深く、パーティー全体の戦略も見据えて、時に前衛に立ち、時に後衛から魔法で援護するキリカのことを、後輩の冒険者たちが羨望と憧れを込めてそう呼ぶようになったのだ。
「──と、まぁ、そういうワケなので、実家に帰りたくても帰れなかったんです」
すったもんだの末、ようやく落ち着いたキリカは、義妹であるセリカに、そう言って説明を締めくくった。
これまでの経緯を(無論詳しいHのこととかは飛ばして)説明したのだ。
「はぁ、それはまた……厄介なコトになってるね、お兄ちゃん──それともお姉ちゃんって呼ぶ方がいい?」
「あの……この辺りの人達は、ボクらの元の性別を知らないから、できれば「お姉ちゃん」で……」
俯き加減で恥ずかしげに言う白衣の女剣士の様子に「何、この可愛い生き物!」と思いつつ、セリカは先程から一言もしゃべらなかったアストの方へと視線をやる。
「ま、そーいうコト。安心して、セリカの面倒は先輩冒険者としてキッチリみてあげるから。ただ、その……部屋は別にとって欲しいかな」
(見られながらというのもソレはソレで……)と変態的なコトを考えつつ、殊勝なことを口にするアスト。
「うん、わたしだって、馬に蹴られたくないし」
キリカはボカしたものの、察しのいいこの少女は、ふたりの関係を的確に見抜いているようだ。
「じゃあ、これでとりあえず難しい話は終わり! セリカ、ようこそ、アインクラウドへ──そして冒険者の世界へ!」
-ひとまずfin-