支援図書館(γ)

あたしの父は女子力が高い

2013/11/02 17:18:48
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薔薇だ!
薔薇の花が見える!!



圧倒的女子力を前に、あたしは膝を屈した。

「大丈夫?」

心配そうに声をかけてくるその人物。
今、あたしがうちひしがれる原因は、実はこの人にある。

目の前にいるどう見たって美少女なこの人物。
彼女は女子歴たった1ヶ月程度の我が父親なのだ。

なぜ父が女の子になったのか?
難しいことはよくわからない。

1年近く入院していた父が帰ってきたこと。
そして、その父が美少女になっていたこと。
あたしにわかるのはそれだけだ。

一応母から話は聴いていたけれど、それでも驚いた。

入院先がとんでもない僻地。
かつ母に止められたのでお見舞いにいけなかったけど……。
こんな大ごとなら無理してでも行っておけばよかった。

さらにサプライズがあった。

父親が祖父の経営する……。
というか所有している学校。
つまりあたしの通うそこに父が転入してくるという。

なんじゃそりゃ?

だが、事態はあたしの感傷など無視して進み……。
今や父親はあたしのクラスメートである。



◆ ◇ ◆



父親の女子歴が2カ月に達した。
彼女は、なんかあっという間に学校に馴染んでしまった。
ずーっと前からクラスメートだった気さえする。

40代のオッサンだったはずなのに。

まあ、うちの父親の場合普通の“オッサン”とは少し違ってたけど。
ガサツとか乱暴とかそういうイメージからはかけ離れてたし。
どっちかというと男らしいのは母親の方だし……。

例えば父は娘のあたしのことも呼び捨てにしない。

「双葉さぁん!」

……という感じで、さん付けで呼ぶような。
って、あれ? 今リアルで呼ばれた?

「双葉さん。お隣の学校の生徒会役員の方々が、
我が校の生徒会室に到着しました」

おっと、そうだった。
今日は我が校とお隣の男子校の生徒会交流会。
通称“お茶会”の日なのだ。

ちなみに、我が校の代表は生徒会長のあたし。
なお、父親には生徒会業務を手伝ってもらっている。

「ようこそいらっしゃいませ」

わたしはよそ行きの顔で挨拶した。
お隣のイケメン生徒会役員軍団がおでましになったのだ。
我が校の女子たちは浮かれまくっている。

そもそも女学校にはとある社会的機能があったという。
女学校に通うような良家の子女。
そんなお嬢様のおうちにいる兄弟は、自動的に家格が釣り合う。

つまり嫁を捜している“父兄”にとっては絶好の狩り場なわけだ。
もし条件が整うご縁があれば、女生徒は相手の家に嫁いでいく。
……たとえ学業半ばであっても、だ。

要するに「よさげな嫁を見つけるための見本市」だったんだって。

で、この“お茶会”はそういう風習の名残だそうな。
このイベントを切っ掛けに、出会う男女。
そこからお付き合いを始める例はいまだに多いと聞く。

そんなことを考えていたら、父親がお茶を配り始めた。

うーん。
手つきといい物腰といい、楚々としていて……。
これが中年と呼ばれるような男性だったとは……。
こいつはお釈迦様でも気づくまい。

……なんて思っていたんだけど。
なんか男子がちらちらと父を見る。

あれぇ? もしかして正体がバレた?

あたしは内心で焦りまくる。
そんな中、男子校の生徒会長さんが父親の手を握った。

赤く頬を上気させた会長さん。
彼は、父の手を握ったまま片膝をついて言った。

「結婚してください!」

……なんだとぅ!

「ちょっと待ってください会長」
「抜け駆けはずるいよう!」
「お、俺が先に言おうと思っていたのに!!」

えーと。なんかイケメンたちが揉めだした。
てか、全員父親狙いかい!

唖然とする我が校の女子生徒たち。
ひとりドン引きするあたし……。

だが、そんな混沌とした状況は、父親のひと言でぶった切られた。

「ごめんなさい。あなたと結婚はできません」

キッパリと断る我が父親。

「な、なぜですか!?」

驚いた顔で問いかける生徒会長さん、アーンド、イケメン軍団。
唖然とする男子たちに父親が言う。

「だってわたし……結婚してますから」

「がーん!!」という描き文字が見えるかのようだった。
ショックを受ける男子たちにさらなる一撃!

「子供もいるんですよ。かわいい娘が1人」

……うん、嘘はついてない。
やるな親父。

トドメを刺されてゾンビになったイケメンたち。
こうして今年のお茶会は、我が校生徒会の黒歴史となったのだった。



「ちょっと意外だったな」

学校から自宅に帰る自動車の後部座席……。
あ、ちなみに運転手つきのリムジンね。
こう見えてもあたしはお嬢様なので。

そのリムジンで父と並んで座って下校中のあたし。
そこで父に今日の出来事の感想を伝えた。

怪訝そうな顔をする父。
あたしは思っていることを説明した。

「お父さんのことだから、
もっと相手が傷つかない言い方をするかと思ってた」
「ああ、なるほど」

納得した、という表情でうなづく父。

「でも、わたしは君のお母さんを愛しているからね。
他の人にどう思われるかは気にしないんだよ」

……なんだ、意外に漢じゃん。
その日、あたしはちょっと父親への見方を変えた。



◆ ◇ ◆



父親の女子歴が半年に達しようというころ……。

「今日は近所のショッピングセンターに、
お父さんの服を買いに来ました!」

あたしの宣言に「わーっ!」と拍手したのは私の父と母だ。
季節が巡って半年が経過。
着れる服がなくなった父の、新しい服を買いにきたのである。

最初は「なんで服を買いにお店に行くの?」的な反応だった我が母親。
(母の感覚では服は業者に来てもらい、仕立てるものなのだ)

「お父さんと色々なお店を見て回れる」

と、あたしが言ったらものすごい勢いで食いついてきた。

父は「お、お手柔らかに……」と苦笑していた。
もちろん母がお手柔らかに済ますはずがなかった。

「あーん! なんて可愛いの!」とよろこぶ母。

「お母さん、娘が欲しかったのよねぇ」

ちょっと待てや! ゴラァ!!

「あ、あんたの服もついでに買っていいから」

ありがとうお母様!
……でも、「ついでに」は余計だ。



元々うちは夫婦仲が良かったと思う。
けど、父が病気で死にかけた後はもう歯止めが効かなくなった。
娘のあたしから見てもゲップが出るくらいベタベタしている。
知らない人が見たらドン引き必至の光景だ。

「さぁ! 次はこれを着て!?」

鼻息荒く母が着替えを迫る様は、まるで追い剥ぎのようである。

可憐な父が「あーれー」とばかりに何度もひん剥かれる。
その横でこっそりあたしは自分の服を父の服の間に忍ばせる。

なんだかんだ言って楽しい。

うちは決して仲の悪い家族ではなかった。
それでも以前はこんな風に1日を過ごしたりはしなかった。

あたしは知っている。
父の入院以来、母がいくつかの手持ちの会社を整理したことを。
そこまでしても時間を空けたかったのだ。
父と過ごす日々を増やすために。

もうどうしようもなく母は父のことが好きなのだ。
今やどう見ても母娘にしか見えなくても、である。

この関係もいつまで続くかわからない。
些細なことで幸せが失われることはここ1年半ほどで体験済みだ。
願わくばこんな日々が、少しでも長く続いてほしい。

……あたしの洋服代も浮くしね(笑)。



◆ ◇ ◆



父の女子歴1年目。
つまり退院してから1年たった日。
祖父が我が家にやってきた。

いや、この1年間に何度か来てはいた。
ただ、その日は父の退院1周年祝いのため、わざわざやってきたのだ。

祖父は母を溺愛している。
そして、その母を奪った男として、男時代の父を嫌いぬいていた。
じゃあ、その相手が美少女化した今はというと……。

「わぁい! お義父さまいらっしゃーい!」

そう言って玄関に入ってきた祖父に抱きつく父。

「おお! 来たぞ。相変わらずかわゆいのう」

……どう見ても、祖父に抱きつく溺愛された孫娘の図です。

まあ、この態度で一目瞭然。
可愛さ余って憎さ百倍ならぬ、憎さ余って可愛さ百倍。
祖父の態度はそんな感じである。

うちの父親を抱きしめながら、祖父は言う。

「ワシは娘が欲しかったんじゃよー」

「……縁切ってやろうか、この親父」と殺気混じりに言う我が母。
うん。あんたら似たもの親娘だよ。



「……それでお前の進路はどうするんだ?」

あたしと父が作った手料理を食べて、退院1周年祝いの終了直前。
祖父はあたしにそんな質問をした。

あたしは今の学校の上に内部進学が決まっていたのでそう告げた。
次に祖父は同じことを我が父に質問した。

父親の場合、とっくに大学は卒業しているので進学の必要はない。
今、あたしと同じ学校に通っているのは行儀見習いのためなのだ。

父がなんて答えるか、あたしも興味があった。
以前のように研究職に戻るのか、それとも母の仕事を手伝うか。
そんな回答を予想していたあたしの目の前で、父は言った。

「出産しようと思います」


…………。


はあああぁぁぁあぁぁぁ!?



◆ ◇ ◆



父親が女子になって2年が過ぎていた。

あたしの通っていた学校での行儀見習いを終えた父は、
予告通り妊婦となっていた。
お腹はポッコリと膨らんで、その存在感を主張している。

でも、女性同士で子供が作れるんだねぇ。

「遺伝子を書き換えて他人になれるくらいなのだから、
女性同士で子供を作れても不思議じゃない」

そう言われれば、あたしは「そうですか」としか返しようもない。

まあ、こうして実際に見せられてしまえば納得してしまう。
そして、意外だったのだが……父の妊婦姿はよく似合っていた。

居間で編み物なんかしていて、女子力はますます上がっている。
もう神々しくすら感じられるね。
そんな父にあたしは声をかけた。

「あのさ、お父さん……」
「なんだい?」
「なんでその……」
「この子を生もうと思ったか、知りたい?」

……お見通しか。

「病気で入院している時にね、しみじみ思ったんだ。
命って不思議で、そしてはかないって」

お腹をさすりながら父が言う。

「だから、命を育める身体になれた自分も、
その不思議に加わってみたくなったんだよ」

満面の笑みであたしに父は言う。

「……というわけで、 双葉さんが後継ぎになるとか、
そういうことは関係ないから、自分の望む進路を選びなさい」

やっぱりお見通しだったか。

あたしには会社経営はたぶん向いてない。
家を継ぐか自立するか、これでもあたしは悩んでいたのだ。
そしかしてそんなあたしを見て、後継者となる子供を作ろう……。
なんて両親は考えたのではないか?

そんなことを想像したんだけど、一蹴されてしまった。

外見は若い女性だけど、相手の方がはるかに年上だからなあ。
この辺の格の差は致し方なし、か。

「双葉さんは兄弟欲しくなかった?」
「まあ、この歳になると割と関心がなくなるというか、
ひとりっ子に慣れてるっていうか……」

あとは、あれだ。

「お父さんが妹みたいだったというか……」

お父さんが編み棒を取り落とした……。

「え、お父さん……そんなに子供っぽかった?」

ショックを受けてる!?

「あ、でもしっかりした妹というか、よくできた妹というか……」

あかん!
慌ててしまい、ダメを押ししちゃった!

涙目になった父……。

うーん……可愛いかも(笑)。



◆ ◇ ◆



父の女子歴が5年を越えたころ。
大学卒業を間近に控えたあたしは、ほっと一息ついていた。
なんとか内定をもらえたのである。

児童書に強い出版社。
小学校の図書館に置かれる本を扱っている。
そのせいで規模の割には名前を知られているかも。

「おめでとー」

と、癒やし声を掛けてくれたのは、今や母親となった父である。

「おめでと」

そう父の真似して声をかけてくれたのは父の産んだ子は女の子。
あたしにとっては妹にあたる。
これがとんでもなく可愛い!

お父さんに似てよかったね(笑)。

妹はあたしのことは元気よく「おねーちゃ!」と呼んでくれる。
ちなみに父のことは「まぁま」。
母は「おかーちゃ」である。

……将来彼女が混乱しないか、ちょっとだけ心配ではある。



「就職のこともあるけど、フィアンセの方も、ね」

そう言って父は「うふふ」と上品に笑う。

そう。
卒業を控えタイミングだけど、あたしは婚約することにした。
相手はあたしの女子校時代に“お茶会”でゾンビになったあの会長さん。
あのあと、威信が地に落ちた彼の愚痴を聞いているうちに……。

その……。

ねっ!(笑)

で、そんな彼は意外なお買い得物件だった。
某有名銀行の頭取の次男。
学業優秀、スポーツ万能、本人は企業経営者志望。
しかも婿養子OK。

ついでに、まあ、外見も悪くない。

で、進学した後も彼とは清い交際を続けていた。
卒業を機に思い切って、ってことでお互いの両親に相談。
最終的には祖父が向こうの家の当主と話をつけてくれた。
近々結納を取り交わすことになっている。

そういえば先日彼が家に挨拶しにきたとき、父と何か話してたっけ。

「ところでお父さん。娘の結婚相手が現れた時の定番……」
「一発殴らせろ、ってやつ?」

そうそう、あの恥ずかしいやつ。

「それはやらなかったの?」

ジョークのつもりでそう言ったら……。
なんか父がうつむいちゃった。

「ど、どうしたのお父さん?」

話しにくそうにしていた父。
あたしのしつこい追求に、しばらくしてついに口を割った。

「実は言ったんだよ。『双葉さんが欲しいなら一発殴らせろ』って」
「はあ、言ったんだ……そしたら?」
「うん、それがね……」

一発殴らせろ、そう言った父に彼はこう返したそうな。

「え? それなんてご褒美!?」

……あーのーやーろーおおおぉぉぉ!

「『お父さんなら何発でもウェルカムですよ』って言うんだよ」

顔を真っ赤にした父が、恥じらいながら言う。

うん。
今度会ったらあいつボコるわ。



◆ ◇ ◆



父が女性になって10年の歳月が過ぎようとしていた。
幸い家族の誰も欠けてない。

それでも時間は移ろっていく。
祖父は引退し、母親が跡を継いだ。
そしてあたしの旦那がそれをサポート。
事業はまずまず順調らしい。

父が産んだあたしの妹は小学校にあがった。
父に似て将来が楽しみな美人さんだ。

強いて問題をあげるなら……。
彼女をニコニコしながら見つめるあたしの旦那だな。
ったく、この変態は!

あたし自身はというと、今年で3歳になる息子を授かった。
仕事の都合もあり、1人では面倒を見切れない。
そこで、父にサポートしてもらって育てている。

その件でささやかな問題があると言えばある。
うちの息子が「ボク大きくなったらお祖父ちゃんと結婚する!」
そう言い出したのだ。

「ほほう。このお祖母ちゃんと争う気か……」

母親が年甲斐もなくすごんだらビービー泣き出した。

「はっはっは、この子は誰に似たんだろうねぇ?」

そんな風に旦那が笑う。
……あとでお仕置きをしておこう。

父はそんな家族を見ながら、にこにこと笑っている。
相変わらず女子力高めだ。
彼女が笑うだけで周囲が花が咲いたかのように明るくなる。

あたしは思う。

10年前。
父が女性になって家に戻ってこなかったらどうなっていただろう?
ちょっと想像もつかない。

でも、きっとこんなに賑やかで幸せな日々は過ごせなかっただろう。

大切なあたしの家族。

いつまで続くかわからないけれど……。
あたしはこの幸運を大切に生きていこうと思う。


――終わり――












おまけ


「まったくこの家はいつ来てもにぎやかねぇ」
「本当よねぇ」

って、ナチュラルに相づちうっちゃったけど……。

あたしの隣にいるこの娘、誰?

不意に我が家に現れた美少女。
家の父が薄いピンク色のバラなら……。
こっちは咲き誇る真っ赤なバラのような……。

「あ、お義父様。もう退院なさったんですか」

父が謎の彼女にそう話しかけた。
……父がお義父様と呼ぶってことは!?

「はっはっは、驚いたか!?」

高らかに笑う少女……ってかお祖父ちゃん!?

「おお! ちょっと遺伝子を書き換えて来たぞ」

ちょっとって……。

祖父の話を聞くとあたしたちを驚かすために秘密にしてたとか……。

「どう? 驚いた?」

と訊く祖父。

「驚いたに決まってるでしょ!」

あたしはそう言うと、ワキワキと指を動かす。
お爺ちゃんのあんなところやそんなところを揉んでやった。

「あん! ちょっと……そんなとこ……いやん!」
「もう、こういうサプライズは今後はなしね! わかった!?」
「は、はい! わかりました!! わかったから止めてぇぇぇ!」

くそう。悶える様まですっかり女子してるではないか!

まったく……。
どうやら我が家の日常は、ますますにぎやかになるらしい。


――今度こそ終わり――
以前ふたば板で書かせていただいたものです。
図書館行きをリクエストいただき、ふと気がつくと書いたテキストを保存していなかった、という……。
テキストを保存していただいていた方にアップしていただき、今回の公開にこぎ着けました。
そのせつは本当にご迷惑をお掛けしました。
それと、テキストをアップしていただいた方へ。心からあなたに感謝いたします。

執筆の途中時点で反響をいただけた(私にしては)珍しい作品です。
おかげさまで最後まで楽しく書くことができました。
感想をいただいた方には、改めてお礼を申し上げます。

最後までお読みくださったのなら幸いです。
ありがとうございました。

2014,06,21
タグを追加しました。
パンダの介
0.4900簡易評価
1.100きよひこ
これパンダの介さんだったのか。
すごく良い感じだったので自分もスレ保存してましたよ。
これからもがんばってくださいね!
10.90きよひこ
この一族は男性にだけ発症する遺伝病でももってるのか
12.100黒チルノ
いままでにない面白さでした!さすがですね!