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スライム選択物語 Extra

2014/02/04 16:05:27
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Extra.1 「忌乃分家の者達」

「それじゃあ雪姫さん、行ってきます」
「はい、――さん。行ってらっしゃいませ」

長方形のトランクを片手に持った――へ、背中に切り火を起こしながら雪姫が見送る。
その表情は努めて笑顔を作っているのだが、どこか不安そうな表情が抜けきらない。

「…そんなに心配しなくても大丈夫だよ。行くのは俺一人だけだし…、忌乃家が起こした責任は、俺も背負うべき事なんだ。だから…」
「……はい、理解してます。…本来なら私が謗られるべきなのに、全て――さんに任せてしまうのが、心苦しいんです」
「雪姫さんがいてくれなかったら、俺は任されるつもりも無かったけどね」
「……」

互いに向き直り、雪姫の方からそっと――に抱き着いてくる。

「…何か問題があった時は、きちんと話してくださいね。ちゃんと2人で抱えましょう?」
「解ってるよ…。ありがとう、雪姫さん」

細く白く、今にも消えてしまいそうな錯覚さえする妻を抱き締める。
服越しにもぬくもりを与える程に抱き合ってから、2人は身体を放し、

「それじゃあ改めて、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃいませ」

先ほどよりは険の取れた笑顔で、今度こそ見送った。


1人目、穂村大剛。

築30年程度の一軒家の前に立つ。
本日――の出かける理由、その大半がこの家にあり、分家の中男たちの中で最も大きな傷を受けた者がここに居る。
深呼吸をしてインターホンを鳴らし、中から対応する人に声をかける。

「失礼します、忌乃です。大剛さんに届け物があります」

穂村大剛、24歳。鬼の血を影響で恵まれた体格や膂力を持ち、それに紛れもない自信を持っていた。
彼は幼少期からの、粗暴だが面倒見のある、いわば不良や番長ともいえる性格。そこから周囲が自分へ持つ期待に応えんと、暴力を武力に変える精神性を持っていた。
それが故に、旧日本軍の襲撃に真っ向から立ち向かい、しかし人間の身でしか無かった故に、右の手足を失った。

家人に連れられ、大剛の部屋へと向かう。
ベッドに寝ている彼は、退屈そうに呼んでいた本から眼を放して、驚いたような顔で――を見た。

「お邪魔します」
「あぁ、忌乃って聞いたけどお前さんか。てっきりお嬢ちゃんかと思ったぜ」
「本来なら雪姫さんが来たいと言ってましたけどね。…さすがにこれを付けさせるのは、男の方が良いと思いまして」
「付けさせる?」

怪訝な顔をする大剛の前に、――は手持ちのトランクを開いて中を見せる。
そこには1本ずつの、木目が綺麗な右の手足があった。

「…4代前をどうにか説き伏せて作らせた、大剛さん用の義手と義足です。もちろん只の木製ではなく、着用者の体と同様に動かせるよう、術式がかけられてます」
「はぁ、御大層なこった。…それをわざわざ持ってきたのか?」
「えぇ。一番傷が深い大剛さんへ、どうにか出来ないかと雪姫さんが考えてましてね」
「……気持ちはありがてぇよ。けどな、俺の体が無くなったのは、俺が自分の意志でやった事の結果だ。
そこまで面倒見てもらう必要は無いね。持って帰ってくれ」

「そんな事言われても、こっちは困るんですけどね。そちらが自身の結果だというのなら 忌乃家へ招聘されたのも自分の意志だったと?」
「あぁそうさ、本家って言うからどんなのか気になった、だから行った。あの時そう言った筈だぜ」

確かに、見合いというか婿の競合の際、何故、どうしてここに来たのかを問われた。
大別して2つ。自分の意志で来たのと、親族に行かされたのと。――は後者で、大剛は前者だった。

「けど、旧日本軍の事はただの事故だ、そこまで大剛さんが責任を持つ必要は無い」
「わかってねぇな。その事故に遭って、その上で選んだ行動だから俺の責任だ。俺が潰れない限りは、この怪我を抱えて生きてやると、帰ってお前の嫁に言いな」
「…解りました、雪姫さんにはそう伝えておきます。
この義肢は置いていきますんで、使いたかったら使ってください。木製だから要らない場合は薪なり土に還すなりしてくれりゃ結構です」
「持って帰れって…、あぁいや、そういやお前も結構頭が固いんだったな」
「ウチの人間、みんなそんな気質だよ。…遺伝ですかね、こりゃ」
「かもな」
「それじゃあ、お大事に。人外関係で問題が出来たら言って下さいね」

トランクを置いて家を出る。
この行為自体は雪姫の、そして――の自己満足だ。
選ばれなかった、選ばなかった人たちのアフターケア。そんな罪滅ぼしをして罪悪感を少しでも消したいという自己満足。
偽善と呼ばれるかもしれないレベルの行為だが、どこかで誰かがこう言った。
「やらない善よりやる偽善」と。
その結果、現状より大剛が少しでも良い方向に進んでいって欲しいと願いながら。

――は次の家に歩を進める。


2人目、八重波謙一

時刻は太陽が高く上る2時前。ある歩道橋で――は手すりに凭れかかりたそがれていた。
いや、正確にはその姿勢のまま、遠くを見ている。上着のポケットから取り出した折りたたみ式の望遠鏡越しに、遠くのコーヒーショップで一息入れながらノートPCのキーを叩いている会社員の姿を。

「……謙一さんは概ね平和、と。普通に生活できることが、本人にとって幸せなんだろうなぁ…」

八重波謙一、22歳。5家の中では最も霊的感覚が鋭く、ただの浮遊霊にさえも反応してしまっていた。
幼少期より持っていた生来の過敏さと、精神の臆病さは、非日常、人外の世界が最も似合わないだろう。
過去、襲撃に際し我先に逃げて撃たれた事で、それは極まった所まで到達してしまった。今では人外に相対すると、恐慌を起こしてしまう程に。

「あ、霊が近付いて……、逃げてった」

だが、彼は5家の中で最も霊的抵抗力も強く、意識の弱い存在は近づく事さえ出来ない。
大抵の霊に体を乗っ取られることは無く、彼が墓参りに行ったとするのなら、霊は基本、墓石の中に引っ込んでしまうだろう。

「素質はあったのに、なぁ…」

だが、その全てを性格が台無しにした。
謙一がもっと精神的にタフで、多少の霊に相対しても負けない性格をしていたのなら。
「雷火」を纏っていたのは、婿入りしていたのは謙一だったのかもしれない。

「…………」

それを考えると、少し――の中で苛立ちが起きた。
現状ではありえる筈の無い「IF」だというのに、僅かに思考しただけでこのざわめき。
それ程までに、雪姫を大事に思っている自分がいて、一度頷く。

「うん、確かに俺は罪悪感とかはあるけど…、それ以上に一緒に暮らして、彼女の事が好きになったんだよな。
仮に雪姫さんが凌辱されたなら……」

そこまで考えて、――は考えを振り払うように顔を横に振る。
出てきた答えは、相手を殺さない自信がない、だ。
悪い考えをこれ以上起こさないように、望遠鏡越しの謙一を見直す。
悪いのは謙一ではない、他の誰でもない。巡り会わせが違っていれば、どのような結果になっていたのかもわからないのだから。

「もう発つか。…俺も次の家に行くかな」

コーヒーショップを出ていくのを見て、――も望遠鏡を閉じ、ポケットにしまった。



3人目、白金虎次

学校から子供が帰り始める頃。登下校にも危険性がささやかれ、必ず複数人で帰るように言われている昨今。
目的地へ向けて歩いていると、後ろから声をかけられた。

「あっ、兄ちゃん! 今日来てくれたんだ!」

後ろを振り返れば、今まさに帰宅している少年に声をかけられた。

「うん、他の事もあったからついで…って訳じゃないけどね」

白金虎次、9歳。5人の中で誰よりも「何のために集まったのか」を知らない、親戚が集まるから行く程度の認識だった。
その中で起きた旧日本軍の攻撃においては、何もできずに泣き叫んでいたが、「雷火」を――が纏い戦った姿を見たことで、それは止まっていた。
年ごろの子供故か、状況故か。彼はその後にヒーローを目指すようになっていた。

「それなら言ってくれよー、何にも準備してなかったのにさ」
「元々顔を見る程度だったんだけど…、いきなりお邪魔したら悪いだろ?」
「そりゃこっちも慌てちまうけどさ。でもなにより、来てくれて嬉しいな」

ランドセルを背負ったままに屈託なく笑う姿は、――にも軽く笑顔を作らせていた。
そのまま二人並んで、白金家へ歩いていく。虎次は最近あった事を矢継ぎ早に話していき、それを――は微笑みながらうなずく。

「兄ちゃんの方はどうなんだ? 雪姫姉ちゃんと仲良くやってんのか?」
「あぁ、お陰様でね。彼女には助けられてばっかりだよ」
「兄ちゃんダメだぞ、ヒーローなら雪姫姉ちゃん助けないと。男だろー?」
「男だよ。…だから、少しでも早く彼女を助けられるようになりたいと、日々努力してるよ」
「そっか。兄ちゃん頑張れよ? 兄ちゃんは俺のヒーローだからな!」

時に、純粋に好意と期待を向けられるのが、少し辛くなる時があるけれど。
それが純粋であるがゆえに、応えねばならない、と

「…あぁ、頑張るよ。虎次こそ、危ない目にあったからって泣いたりするなよ?」
「なっ、泣くもんか! あの時は泣いちまったけど、俺だって頑張ってるんだぞ!」
「わかったよ。そこまで言うなら、ヒーロー目指して強くなれよ?」
「おうっ!」

こんなことを言っても、世界が特撮やアニメのように単純なものではない事は知っている。
幼い虎次がそれを知っても尚、自らの思い描いている「ヒーロー」を目指すのなら、手助けをしようとは思っている。
可能であるのなら、良い関係を続けていきたいものだ。

結局、虎次を白金家へ送るだけで終わらせ、――は実家を残した5家の最後…。その中で最も厄介な事態になった家へと向かい始める。


4人目、柾雅喜(マサキ マサキ)

柾家へ報告に行く際、足取りが重くなったのを覚えている。
まさか「あなた達の息子が旧日本軍へ迎合した」と言って、怒りの視線を向けられない筈がなかったからだ。
アレから定期的に柾家へ赴いて、発見など経過の報告をしているが、今に至るまで全くの進展がない。
今日もまた、「なにもありませんでした」と伝えねばならぬ心苦しさを抱えながら歩いていると、逢魔ヶ時の赤い陽射しを受けた少年が――の歩みを遮るよう、道の中央に立っていた。

「忌乃の家に入った奴がどこに行くつもりだ…? この先はオレの家があるんだぜ」
「…君は…っ」

足首まである丈の長いロングコートを纏う人物の、影がかかっていた顔が判明するにつれ、驚く。
なにせ探している本人の、柾雅喜その人が立っていたからだ。

柾雅喜、17歳。謙一に次ぐ素質の高さや、大剛ほどではないが整えられた肉体を持ち、霊の感知などが行える、やや人間離れをしている。
自分が他人と異なる“特別”であった事を自覚し、それを圧し折れる存在に出会わなかったが故に、周囲の平凡さに失望し続けていた。
そこに降って湧いたのが、旧日本軍。憧れにも似たその異常さに惹かれ、雅喜はそこへ降った。

「帰って来てたのか、雅喜! ……いや、その気配は…」
「気付けるんだ、へぇ…? アンタもあの場で戦っただけはあるね、オレみたいな“特別”になってるのか」
「そっちこそ…、どうやら人間を辞めたらしいなッ!!」

コンクリートをぶち抜いて地面から突き出してくる“根っこ”を、跳び避ける。
着地点からさらに根っこが生え、それを跳んで避けるも、4度目には着地点を埋めるように既に根が顔を出していた。

「っ、青嵐丸!」

瞬間、――の右手に日本刀の柄が握られ、顔を出している根を断ち、穴の開いた個所へと立つ。

「やっぱり軽い不意打ち位じゃ無理かぁ…。そうだよね、アンタも“特別”だもんなぁ…。
でもな、オレはもっと“特別”だ。もう人間じゃないんだからな!」

期待通り、と言わんばかりの笑みを浮かべて、雅喜の姿が変異していく。
コートの前を開いて、内側に充満していた触手の如く自在に動く、木の根。
人間の殻を脱ぎ捨てるように、肉体が変異していく。髪が伸び、木の葉のようなものが生い茂る。

同時に、肉体が音を立てて変わっていく。
何も着ていなかったコートの内側、少年としての裸身が、同時に。
やや筋肉質だった四肢に脂肪が纏わりつき、肩幅が狭くなる。胸板が膨らみ、たわわな果実のような乳房に変わる。
腰の位置が上がり、折れてしまいそうな括れになり。下腹部は逆に広がって
そして脚の間にぶら下がる男性器が内側へ吸い込まれ、とろりと蜜を垂らす女性器になった。
少年だった存在が、樹木を生やした女性へと、変わっていく。

「ドライアド…、じゃないな、樹木子(じゅぼっこ)か」

戦場に生えていた樹が、戦死者の血を吸って成った妖怪。生まれの影響か、通りがかる人間の血を吸う性質を持っている。
――は歯噛みをする。旧日本軍に迎合した事で予想はしていたが、いざ目の前で妖怪に成った姿を見た事で。

「解るんだ、へぇ…。そうだよ、俺と一番相性のいい妖怪が樹木子だったから、その力を得たのさ。
女の体になったのは驚いたけど、気分が良いんだぜ…?
特に、血を吸った時とかはな、体が歓喜に震えるんだ。男を征服しながら血を吸うと…、はは、悦びでも身体も満ち足りるんだ」

その時を思い出したようで、ぶるりと体を震わせながら、雅喜はあまい蜜を股座より垂らす。
いつ攻撃に回られても良いように、――は青嵐丸と呼ばれた刀を構えながら、距離を取っている。

「…なぁ雅喜、その体になってどれだけ血を吸った?」
「気になるんだ、へぇ…。…そうだな、20人からは吸ったかな。こっちに探りを入れてくる外国人をね、監禁して犯しながら少しずつね。
日本に力を持って欲しくない連中って多いみたいでさ、食事にはあんまり困らないんだよ」
「…その中で吸い殺したのは、どれだけいる?」
「まだ誰も殺してないよ。相手側からの打診待ちだし…、捕虜は殺すなとも言われてるしね」
「それを一つ聞いて安心したよ。……で、もう一つ聞くけど。この場でやる気か?」
「この状態で襲われないと思ってるんだ、へぇ…。…アンタの血も吸ってあげようか?
オレの蜜を飲ませて快楽に狂わせながら、血と精液を死なない程度にたっぷりと、さぁ…」

まるで見せつけるように、雅喜は女性器を広げてアスファルトへさらに蜜を垂らす。ほのかに香る甘い臭いを吸わないように、まだ距離が遠い間に――は肺に空気をため込んだ。

「女になって突っ込まれるのが気持ちいいって知ってから、もう止まんなくてさぁ…。
六花一佐はした事無いって言うけど、オレからすりゃ信じられないし…、
アンタだってあの嫁さんとヤってるんだろ? 気持ちいいんだしさ、俺にもブチ込んでくれよ…」

少し、腹が立った。コイツは妖怪になってその習性に酔うだけじゃない。自分が抱いている“特別”に酔い、それが権利だとばかりに欲にも流されている。
大きな勘違いも同時にしているようだし、訂正せねば。語気を強めて、宣言をする。

「…悪いな、俺、童貞でさ。お前に俺の純潔は、渡せねぇよ!」

抜き撃つようにタブレットケースを取出し、一錠を噛み飲み下す。肉体から霊的耐性が急速に失われ、契約している神の憑依する為の多大な隙間が形成される。
刀剣神ミイヅルが体に憑き、それに応じた肉体に変わる。小柄で性的魅力には少々乏しいけれど、瞬発力に長けた女性の身体へと。
肺に溜めた空気も少ない。一合の内にある程度の痛手は与えておかねばならない。訂正と怒りと、そして意のままにならないという証明の為に。
鞘に納めた刀を腰だめに構え、突撃を仕掛ける。



「『雷火』じゃない!? 期待を裏切らないでくれよっ!」

間合いを詰めてくる、それ以上に姿を変えた――に驚き、雅喜は迎撃の為に枝を伸ばし、刃の葉を飛ばす。
前方へ放たれた弾幕は、直撃を喰らえば多数の傷を受け、枝を喰らえば血を吸われるだろう。
しかし、

「甘い!」

瞬発力を以て角度を90度変え、壁へと向かう。そこを足場にして蹴り、別の壁へをさらに蹴る。

「そっち! じゃないこっちか!? チョロチョロ動いて…!」

壁を足場にして、まるでピンボールのように動き回る――を止めるべく、地面から足止め用の、太く鋭い根を生やす。
それも一本ではない、次に、さらにはその次に対応するように、行動を阻害するように周辺へ何本も生やして。

「これで壁を蹴っては動け…、なっ!?」

だが、それは――に対し然程の意味を持たなかった。新たに張られた根を足場に、より狭くより素早く、――は限定された空間を跳び回る。
どの根を蹴られたかは理解するが、しかし次の根が予測できない。雅喜の判断より先に蹴られる衝撃が伝わり、それが続く。
煩わしさに耐えかねた雅喜は閃く。高速で移動するのなら、その個所に障害物を置けば動けない。それも蹴れるサイズではない、極小のものを。

「あぁもう…! いい加減動くなぁぁぁ!!」

最初からこうすれば良かったと思いながら、刃と化した葉を周囲の根の周りに回せる。
が、最後に蹴られたものから次の衝撃が来ない。同時にふっと、赤い日差しが急に遮られた。

「え…?」

遮っていたのは、小柄な少女が、――が宙を舞い夕日を背負い隠していたら。
最後の根を蹴って、横でなく上へ跳びあがり、勢いのままに雅喜へ向けて、刀を振りかぶる。

斬ッ!!

「ぎ、あっ! がぁぁぁ…!!! チクショ、チクショウ…!!」

頭から女性器まで、身体の正中線を一寸だけ斬り込まれる。追撃は無い。
密とは異なる体液を零しながら、怒りに震える目で――を探すと。既に根の範囲外で血振りをし、刀を鞘に納めていた。

「余裕のつもりかよぉっ!?」

怒りを晴らさんと何本もの根を――へ向けて伸ばすも、振り返り際の居合に全てを斬りおとされる。
距離にして5間、15m先。追撃をかけんとするも、――は再度雅喜に背を向ける。

「研鑽を積まないからこの結果だ。今のお前は特別じゃねぇ…、一山幾らの妖怪だ。
お前を滅ぼすにしろ、人間の生活に戻すにしろ…、一度は叩き潰す必要があるのは間違いねぇ」

言葉には険しいものが混じる。ただ最初が“特別”であったからと言って、何もしなければ。明確な存在になることなど無いのだ。

「今日はここまでだ。…来るなら来いよ、柾雅喜。いつでも、忌乃――が受けて立つぜ」

刀を仕舞い、振り返らずにその場から走り去る。当然雅喜は放置など出来ず、追いかけるも。
路地裏を曲がった所で、――の姿を見失っていた。

* * *

「…っふぅ、さっさと撒けたか。…ま、道同士を繋げられりゃ追いようも無いわな」

そう呟くのは――だが、姿が別の女性へと変わっている。
道交神ラウラ。その力は旅人の安全無事を叶えるだけでなく、「異なる道同士」を繋げる事が出来る。
雅喜に襲われた道から遙か一里は離れた路地に跳ぶため、よほどの能力がなければ追跡は出来ないだろう。

「これで自分の能力や危険性について、造詣を深めてくれりゃいいんだけどな。…うまい具合に出来たかわかんねぇなぁ、まったく…」

憑依している神の力を内側の霊的守護に回し、男としての姿に戻る。
思うのは、雅喜に対して自分が取った行動。攻撃し、自分にヘイトを持たせる事は確かに成功したかもしれないが、その目的が達成されたかどうかは、解らない。
なにより本人にもう一度会わねば、どう思われているのかは解らないのだから。

「後は雅喜が時と場合を読んでくれりゃ一番だけどな…」

溜息を吐きながら時計を見ると、時刻はそろそろ18時を示していた。

「おっといけね、そろそろ行かないと怒られちまうな…。いっぺん帰らないとな、家に」



5人目、石神――(イシガミ コウタ)

「ただいまー」
「お帰り。もう少し早く来るかと思ってたけど、遅くなったわね」
「ちょっと野暮用が急に生えてね。…これでも急いだ方だよ」

住み慣れた家の扉を開けると、母親が顔を出してきた。もうじき夕飯の準備が終わるのだろう、おかずの匂いが漂ってくる。
母親の言葉や来訪者…この場合は帰還者か…の言葉に、居間の方から別の家人が顔を出す。

「ありゃ、帰ってきてたんだ。どーしたのよ急に」
「…母さん、姉さんには話してなかったの?」
「ちょっと言うタイミングが無くってねぇ…。でも良いじゃない、久しぶりに顔を合わせられたんだから」

結構大事な事だが、朗らかに笑って流す母親。

「…まぁ良いわ、明日そっちに顔出すつもりだったけど、――が来たんなら早いわね。
すぐ戻ってくるから待ってて」

玄関に立ったままの――を制止し、2階の自室に姉が上がっていく。

「お父さんは知ってるから、ほら上がって。早く早く」
「いや母さん、出来る限り早く戻らなきゃいけないから、あんま時間は無くて…」
「あらそう? 残念ねぇ…。それならちょっと待ってて、すぐに持ってくるから」
「持ってくるってあにを? 母さん、母さーん?」

母親も――を放置し、居間の方へと向かってしまった。
それと交代するように、姉が階段を下りて玄関へ戻ってきた。手には一封の封筒が握られている。

「お待たせ。はいこれ、仕事場で貰ったペアチケット。受け取んなさい」
「…仕事場って…、遊園地の? あんで俺に渡すのさ、自分達で使えばいいじゃん」
「それも良かったんだけど、ね。…どうせ――の事だから、お嫁さんの事も大事にし過ぎてんでしょ。デートとかした?」
「え゛? あー、…、まぁ、ちょい、ちょい…」

突きだされる封筒と姉を前にして、デートと言われると少し言葉に詰まってしまう。
確かに雪姫とはいい夫婦関係でいると思うのだが、それ以前に「男女」としての付き合いを持たない――は、女性相手にどう付き合えばいいのか、微妙に解っていなかったのだ。
デートをする間も、互いへの理解を深める間も無く結婚をしてしまったのだから、なおさらだ。

「…ともあれ、受け取んなさい。人間関係だと、うちの家訓通りに行かない可能性もあるわよ?
女性に支えられるだけじゃなくて、自分から支えに行ってやんないと、捨てられるかもね」
「あー…、そりゃ解る、解るけどさぁ…。捨てられるのは、言葉にできない位嫌だ」

石神の家には「雨垂れ石を穿つ」、「玉磨かざれば光無し」という家訓がある。
僅かな事を積み重ね、いずれは一つの事を成し遂げよ。その意志は確かに――の中に根付いており、性格を形作ってはいるものの…。
男女の人間関係においては、確かに姉の言い分も正しい面はあるのだ。

「だったら受け取んなさい、ほら」
「…解ったよ。ありがたく貰うね、姉さん」

姉から受け取ったチケットの封筒を、上着の内ポケットにしまうと。母親が包みを持って戻ってきた。

「はいこれ、芋煮だけど持ってって?」

今度は母親から、おかずの容器を押し付けられる。
姉は論理的に、母親は雰囲気で押し通し、相手にイエスと言わせてしまうのは、重々理解していた。
なので、諦めにも似た笑顔でそれを受け取る。

「ありがとう、母さん。返す時は、雪姫さんと一緒に来るよ」
「早く戻そうとしなくて良いからね。ゆっくり“夫婦”になってからで良いからね?」
「解ってるよ。ちゃんと雪姫さんを守るから。……だから、孫はまだ?みたいな目で見ないで、お願い」
「あら、ごめんねぇ。御園がまだだからつい、期待しちゃって…。そっちもゆっくりで良いわよ、うん」
「母さん、まだとか言わないでよ!」

母親から急かされ少し語気が強くなる、姉・御園。
玄関にしか居ないけれど、帰ってきた、という感覚が強くなって、自然と――の頬も綻んだ。

「あははは…。姉さんだってもう付き合って3年じゃん、良い頃合じゃね?」
「急かすのも悪いじゃない…。まぁ、今度のデートでそれとなく聞いてみるけどね」
「頑張って。…それじゃあ母さん、俺、戻るよ」
「気をつけてね。次に帰ってくるときは、お父さんと江美にも言っておくからね」
「仲良くやんなさいよ。それと、家族計画はしっかり立てておくこと」
「解った解った。…はぁ。それじゃ、またね」

母と姉に見送られ、実家から発つ。妹・江美や父親に会えなかったのは心残りだが、時間が出来たら雪姫を連れて帰ろう。
そう思いながら、食べ慣れた家庭の味が詰まった容器に抱え、帰途についた。

忌乃家で、妻と二人で石神の味を加えた夕食に舌鼓を打つのは、その、少し後の話である。

Extra.1 End

///////////////////////////////////////////

Extra.2 「辻竜峰と飯綱妃美佳」

「……っは、んっ、くぅん…!」
「竜さん…っ、はぁ、良い…、締まるぅ…!」

ラブホテルの一室で一組の男女が行為に及んでいる。男が女を組み敷き、愛おしむ男女としての結合をしている。
男は辻竜峰、女は飯綱妃美佳と言う。

「……っぉく、突かれて…っ、気持ちぃ、んぅ…!」
「アタシも、良いよ…! アタシの身体なのに、喘いでる竜さんが…、こんなに可愛いんだ…!」
「……それを、ぃぅなら…、妃美佳の方、こそ…」

けれど2人は互いの名を呼び合っている。この状況は、普通であるならば違和感を覚えるはずが、この2人に限って言えばそれは無い。
互いが互いの体に“成って”いるのだ。竜峰は妃美佳の姿へ、妃美佳は竜峰の姿へその身を作り変えて、こうして性行を楽しんでいる。

「……妃、美佳…、中で、大きく…」
「あぁ、アタシもイきそう…っ、なぁ竜さん…」
「……あぁ…、ん、む…」
「む…っ、っぅぅ…!!」
「…っ!」

竜峰姿の妃美佳がねだり、妃美佳姿の竜峰が口づけをする。それが合図と言わんばかりに妃美佳の肉棒が、竜峰の中で弾けた。
大量の精液を注ぎ込まれ、竜峰は子宮で絶頂しながらも胎内でそれを受け止めた。
行為を一先ずキリのいいところで終わらせて、2人はベッドの上で抱き合っている。
しかしその抱き方は、“竜峰”が“妃美佳”を胸の辺りで抱きしめる、というように、互いの元々の性別に添って行われている。

「はぁ…、やっぱり男の絶頂ってすっげぇ…。一気に高まって、ドバーって放出してさ…。気怠さとヤった感覚とが相俟って、“命”を出したんだなって気がするよ」
「……俺は、女性の感覚の方が数段は激しいと思うぞ。子宮の中から高まりが全身に広がり、脳を叩かれて…、だが男のように脱力感は無く、何度でもできる気がする…」
「それに比べたら男の連続は女みたいにはいかないんだなって、こうして成ったらハッキリ解ったよ」
「……少しでも理解してくれたら、幸いだ」

身長は“妃美佳”の側が今は高い筈なのに、低くなっている“竜峰”に抱きしめられている。変なようでも“彼女”はそれが嬉しかった。
そんな彼女を抱きしめている竜峰が、身をブルリと震わせる。

「……っ、漏れてきた、な…」
「ホントだ。アタシも大分出したなぁ、こんなにドロドロだ。…ん?」

竜峰の秘所から漏れ出た妃美佳の精液を、自ら掬い取って眺めていると、竜峰は少し物欲しそうな目で眺めている。
理解したのか、それともただのイタズラ心か。精液に濡れた自らの太い指を、竜峰の前に差し出すと。

「……ぁん、ちゅぷ…」

竜峰は自らの小さな口を開いて、指ごとに咥え舐めとっていく。まるでフェラチオを練習するみたいに、爪の隙間にある分さえ残さないと言わんばかりに。
零れ落ちた精液を口に運ぶたびに、竜峰は嬉しそうにそれを嚥下する。妃美佳からすればそれは自分の姿だというのに、内側から溢れる劣情を抑えきれずにいた。

「……んちゅ、ちゅる…、んく…」
「竜さん、エロくなっちまって…。あぁダメだ、我慢できねぇ…!」

妃美佳は姿を自らの物に変え、竜峰へ口づけをする。
口内には今し方の精液が残り、それを薄めていく唾液は舌を絡ませることで増えていく。自分も飲むのだとばかりに精液を奪い取り、嚥下する。

「…やっぱり苦ぇな」
「……あぁ。だが妃美佳の出したモノだと思えば、美味くなる」
「こぉの竜さんめ、嬉しい事言ってくれやがってぇ。……もうちょっと、シよっか」
「……あぁ」

蕩けた顔で互いを見やる。同じ顔をした2人は、どちらからともなく、再び口を吸いあった。

* * *

2人が恋人関係になったのは、そう遠いわけでは無い。
辻白竜が『ウルティマ』から自らの存在を取り戻して後の事、今まで喰らった存在の体を形作ってからだ。

結論から言えば、4人の体は『元通り』には戻らなかった。どうしてもウルティマが喰らった存在の情報が交じり合ってしまい、喰らう前の存在にはならなかったのだ。
さらには肉体も、魂側が“そう”思えばその通りに変身できてしまう。皮膚も筋肉も骨格も内蔵も、“そう見せているだけ”のスライムなのだ。
半人間であり、半不定形生物。人間の形を崩さぬスライム。そう表現するのが一番早かった。

そして魂側のあずかり知らぬ、肉体側の記憶を見せつけられて最初は誰もが戸惑った。自分でない自分が、見知らぬ相手に体を預け交わらせ体液を粘液を交換しているのだ。
おぞましいと思う反面、その時の肉体の反応も知った。『竜峰』側は『妃美佳』を想い、妃美佳本人もその想いを知った。
そして妃美佳は竜峰の肉体から、その半生とあり方を知った。

白竜が行った行為の代償として、妃美佳は力の限りに白竜を殴った。リミッターの外れた一撃は妃美佳の腕を飛び散らせ、散った肉体がすぐに戻ってくる。
おぞましさに狂いかけた所を竜峰が止め、堰を切ったように泣いて、それを竜峰は受け止めつづけた。
大学に出講せぬままに数日が立ち、次に白竜が妃美佳と出会った時、彼女は今までどおりに戻っていた。
それまでと違ったのは、大きく2つ。1つは竜峰と交際を始めた事だった。

「…どうして飯綱さんと峰兄が?」
「んーと…、まぁな。偶然ってのも不思議だな、って思ってさ。まぁ要するに、アタシと竜さんの好みが合致しちまった訳よ」
「合致って…。……でも…」

大学構内の食堂でそう言われ、白竜は内心納得する。
妃美佳の両親は別居している。仕事人間の父親と、その父親に愛されておらぬと思った母親。母親の浮気が原因だ。
娘を育てる為に父親が手元に残し、大学卒業まで養うために家に住まわせ、その後に離婚をするのだと。

「辻もアタシの知識で知ってるんなら、早いだろ? …アタシさ、父親に愛されたって記憶、殆ど無いのよ。
親父はいつでも仕事仕事で、ろくに家に居なかった。平日は当然ながら、休日は仕事のつき合いで外出。そりゃお袋も浮気するってモンだよ。
…お袋が出てったのは、中2の時だった。そこから愛されたって記憶が無くなってさ。誰でも良いから愛してほしくて、男に好かれる事を始めたんだわ」

妃美佳の男性経験の豊富さや、人を見る目が肥えていったのは当時からの経験によると、笑いながら言った。

「いろんな連中を抱いたし抱かれたけど、リードしてたら“なんか違う”って思ってさ。……こないだ竜さんの体と融合してみたら、ようやく納得いったんだ。
あぁ、アタシが欲しかったのは受け止めてくれる父性なんだ、ってさ」

それには白竜も合点がいった。竜峰はいつでも自分や竜巻の兄であり、同時に『父』たろうとしていた。
それが妃美佳の求めていた物で、狂いかけていた彼女を救った兄の強さなのだろう。

「同時に竜さんもアタシの事を気にかけてくれててさ。まぁ最初は体が原因だったけど…、話してたらどうにも竜さんが求めてた物はアタシが持ってたみたいでさ。
それじゃあよろしくお願いします、って事で付きあい始めたのさ」

恐らく、竜峰が求めていたのは「自分を連れ出してくれる相手」だったのだろう。
不動の如くを貫いていた竜峰は、いつしか積極性を失っていった。決断することはあっても、他人に言われての事が多かったのも、白竜は思い出す。
白竜が持っていた記憶の中の妃美佳は、いつでも自分を振り回し、その代わりにさまざまな物を見せてくれた。
奇妙な形で、2人の求めるものは合致していたのだ。

「でも、飯綱さんが峰兄に求めるのがそれなら…」
「男女の関係とは違う、ってか? 勘違いすんなよ。
アタシが男性相手に求めていたのが父性だったとしても、受け止めてほしいってだけで、ずっとそこで満足するような女だって、辻は思ってんのか?」
「いや…、……うん、飯綱さんは違うな。相手に貰った分に熨斗を付けて返したいって、思ってるでしょ」
「当然。竜さんに抱きしめてもらった分、アタシも竜さんを抱きしめたよ。
…で、そこからおばさんに挨拶して、まぁ認めてもらってさ。年下だからって変に勘ぐられもせず受け入れられたのは驚いたよ。あ、そうそう」
「え?」
「アタシ、大学卒業したら竜さんと結婚する予定だから。よろしくな、白?」

もう1つは、妃美佳が白竜の義姉となったことだった。

* * *

「やースッキリしたー。やっぱ竜さんとスんのは気持ち良いわー」
「……あぁ、俺も妃美佳を抱くのは替えがたいな」
「抱かれるのが内心嬉しいくせにー」
「……こうして抱いているのも、嬉しいぞ」
「こりゃ果たして抱いてるのか、物理的に閉じ込められてるのか…。まぁいいや、竜さんの中がおちつくからな」

スライムゆえに体力の消耗も殆ど無い為、延々と続けられそうだが、時間は常に迫ってくる。
月曜日を迎える為にも2人は行為を終えてチェックアウトし、竜峰の車にて帰途についていた。が、車内に存在するのは竜峰だけであり、しかしその体からは2つの声がする。
服の内側を見れば、竜峰の胸板から妃美佳の顔が浮かびあがり、そこから喋っているのが見えるだろう。

「合体ー、からの変身ー、ってか?」
「……待て、あまり体を弄るな。事故を起こしかねないぞ」
「へーきへーき、身長は変えねぇからさ」

2人は一つの体に融合したまま、遊び半分に妃美佳は竜峰の体を作り変えていく。
身長は変えないままに体を華奢にしてみたり、筋肉ダルマにしてみたり、女性にしてみたり。溜息を吐きながらも、竜峰はそれを半ばで笑いながら受け止めている。

「…やべぇ、竜さん女体化させると胸がアタシよりでけぇ。なぁ竜さん、明日体の内側だけ女体化して学校行ってみねぇか? バレそうになったら戻してみたりしてさ」
「……後でどうなるのか、記憶が欲しいのか?」
「まーさーかー?」
「……声に感情が籠ってないぞ。なんにせよ却下だ、俺は肉体が変わった事を、あまり露見したくない」
「…ま、そりゃそうだわな。真宮雅弓、だったっけ」
「……あぁ」

車を走らせながら、自然と口数が少なくなる。
竜峰が持つ大きな懸念の一つが、自らの生徒・真宮雅弓に憑依している、旧日本軍人の事なのだから。
恋人へ融合している妃美佳も、事が事だけに真剣な面持ちになっていた。

* * *

白竜が『自分』を取り戻し、それぞれに肉体を作った翌日。夜通し妃美佳を落ち着かせながらも、まだ恐慌状態を起こしかねない状態で朝が来た。
竜峰は教職故に、大学生程おいそれと休む事が出来ず、ならばと言わんばかりに妃美佳を構成するスライム体と融合し、心身ともに温もりを与えながら教壇に立ったのだ。

「……みんな、おはよう。全員揃ってるようで何よりだ。今週も張り切っていくぞ?」

朝のホームルームで見渡す生徒の顔は一様に、月曜が来たことへの倦怠感、クラスメートと会える事への喜び、HRを進めるのだというような使命感といった、竜峰が見たそれぞれの、新しい週の始まりの顔をしている。
その中で唯一、見た事のない表情をしている存在がいた。

「…………」

年齢にそぐわない、射抜くような視線を向けているのは、最後列にいる少女。真宮雅弓、その人だ。
彼女は、いや彼女に憑いている軍人はノートの白紙部分に文字を書いて、竜峰に見せる。
『放課後教室で待ってる』
向こう側も異常の隠ぺいをしたいのか。問答はそこで、ということなのだろう。
雅弓に憑いている軍人へ解るように、了解の意を受けて一つ頷いた。

そして放課後、他の生徒が帰って後に、竜峰は教室へ戻ってきた。
すでに雅弓が待っており、竜峰を確認すると顔をほころばせ、しかし取り繕うのを辞めた言葉がでてきた。

「ちゃんと理解してくれたんだなぁ、りゅーほー先生。待ってたぜぇ」
「……隣のクラスの先生から飲みに誘われてな。振り切るのに時間がかかったんだ」
「へぇそっかぁ。悪ぃなぁ、時間取らせちまったかぁ?」
「……そうでも無い。単刀直入に言うぞ。そちらの目的は何だ?」

本来ならば竜峰は可能な限り時間をかけたかった。つい先日自分を殺し、そして生徒の体を乗っ取っている日本軍人。
目的を問い、方法を問い、“この肉体”でも攻撃できる手段を得たのならば、もはや躊躇する理由は何処にも存在しなかった。
だのに、それが行えない。霊的攻撃力を持たないウルティマとしての体と、妃美佳を抱いたままの自分。そして万一、雅弓が危険にさらされる事があるのなら。
竜峰は自分が許せないどころではない。命を差し出しても、補填は物足りないだろう。

「もく的ねぇ…。…短期的なものか長期的なものか、どっち訊きたい?」

瞬間、人を小ばかにしたような口調から一転、ごく真剣な声音に変わる。
雅弓に憑依している枢木括でさえ、1対1の状況における竜峰の脅威は身を以て知っているのだから。

「……答えられるなら、どちらもだ」
「短期的な物なら、ウルティマの確保だ。アレは今日まで研究を続けてきて、ようやく先日、先生たちのおかげで制御する方法を発見できたんだからな」

制御に関して、竜峰の背筋に寒い物が一筋流れた。確かにあのまま、白竜としての魂を宿していないウルティマは、本能と欲望のままに他者を喰らい知ろうとしただろう。
“自分”が不在だった時の肉体の記憶、その残滓からそれは容易に読み取れた。

「長期的な物っつったら、軍の目的そのもので…、先生は門外漢だろうから一言で説明すると、『国防』だよ」
「……国防、か。あの施設で、多数の人外を犠牲にし続けて言える言葉か…?」
「しょうがねぇんだよな。大戦当時、ナチスは聖杯を求め、英国は敵対国へ呪殺を仕掛け、ソ連は超能力兵士の開発…。
表面的な戦闘の他に、水面下ではオカルトの戦いが繰り広げられていた…」

括は語り続ける。少女の体と口で、大戦当時を生き抜いてきた男の表情で。

「当然ながら日本軍だって対策を考えなきゃいけなかったさ。その為に俺達の部隊を設立した。
けれど呪いを防ぎ対抗する日本の陰陽寮は“我らの知識まで軍に与えるものか”とばかりに、技術供与の打電にも梨の礫。
…俺達は手探りで始めなきゃならんかったのさ」
「……それは、今でも続いているのか?」
「そりゃな。俺達の対魔術戦技開発部隊は、来るべき未来の、次に行われてしまう戦争で使用される霊的・魔術的攻撃への対策の為に。
当時より累積された技術を更に研磨するという形で任務を続けている。……司令部が既に無いってのは、承知の上でだぜ?」

ならば、この者たちは自らの意志で行っているのだろう。
大義の下に、大戦当時から無数の人外を、魔物を自らの糧にしてきたのだろう。
そして今は、竜峰の生徒である雅弓を、その体とする事で。
拳を握ると、ぶちゅりとスライムが潰れる音がした。

「んじゃ今の質問には大幅におまけして答えたし…、そっちも質問に答えてもらおうか?」
「……、あぁ、答えられるものであれば、な」

枢木の言葉に、少しばかり悩みながら答える。連中の確かな、しかし茫洋としている目的を知って、すぐに逃走を図っても良かった。
しかし今の相手は、外見は紛れも無く真宮雅弓、竜峰の受け持つ生徒だ。逃亡した瞬間、その見た目を使って何を言われるか解らない。
自らの身分をさて置いても、果たして今の自分の身体が、枢木の魔術に耐えられるかも解らないのだ。
問答を続け、適当な落としどころを見つけよう。それが竜峰の目的だった。

「りゅーほー先生の体、生身でなけりゃ人形でもない…、ウルティマの物だよな。
そしてその中にゃ魂が2つ。…どういう事か、説明してくれるか?」

表面に出さず、反応する。肉体の状況、魂の存在の確認。理解しているからか、その2つをいとも容易く行ってしまった。
答えるべきか悩んでしまう。だが、彼は応えたのだ。ならば自らも答えねばなるまいと思う。
それに、制御する方法を発見したというのなら、大凡の見当は付いている筈だ。

「……その通りだ。白竜が本体を制御した後に、俺達の体を作った。
魂の件だが…、解き放たれた際、被害にあった女性の精神的ケアの為に、俺の体内に収めている。
……制御方法に関しては、類推できているのだろう?」
「そりゃぁな。…被害者が出た事については、罪悪感が無いといっちゃ嘘になるけどな」
「……だが貴様らは、それが出ることも考慮した上で、研究を続けたのだろう。平和に暮らしている人外たちも…、攻撃したのだろう?」
「内心遺憾ながらな。『人外は人間同士の争いに関与しない』ってぇ、人間の知らない約定を持ち出されて来ても、俺達からすれば知ったことじゃない。
乱暴になるのは止むを得なかった。『雷火』の確保に関してもな…」

人間の戦争における不干渉の約定。
人間の争いは人間同士が終結させねばならない、という考えが遍く人外の間で徹底されており、それは昭和の時代でも変わらなかったのだろう。
だから、様々な人外を狙い、攻撃した。
知識を得るために、力を得るために。全ては日ノ本という国と、そこに住まう人々を守るために。
枢木は訥々と語る。

「外道に落ちる覚悟が決まってた連中ばかりが集められて、今現在もそれは続けられてる」
「……それは、真宮の体を使う事も含めてか」
「あぁ、その通りだ。…身体が無いんで他人のを使うしか無いってのは、悪いとは思ってるんだぜ?」
「……そんな事を言うならば、最初から他人の体を使わなければ良いだけだろう。
行動をしておいて、罪悪感を持っています? そのような事を言うくらいなら、最初から行わなければ良いだろう…!」

竜峰の言葉に怒気が混じってくる。
確かに旧日本軍の者たちが行っていることは、無辜の他者の為なのだろうが。その為に踏み台にしている存在は、軍務とは無関係の者たちばかりなのだ。
それらの存在を利用する事は、後に謝罪をすることは、結局は自らを誤魔化しているだけなのではないか。
そう考えると、怒らずにはいられない。

なぜ、そっとしておいてくれなかったのだと。

「戦後に生まれた先生に理解してもらうのも難しいのは理解してるけどな。
“起きてしまった戦争”は、最早個人や壱部隊で止められる程度の者じゃない。
起きてしまったのなら勝利する手段を模索し、敗北をしても全てを持っていかれるわけにはいかない。
結果的に後の世の為になるなら、“今”を生きる俺達が戦わなきゃいけねぇ。
…違うか? 先生」

語り掛ける枢木の視線は、どこまでも強い。罪悪感を持っている、しかし自らの行動を恥じていない。
使命に生きる者達が持つ、ブレない視線を、見せてくる。

「……同意できる箇所は確かに存在する。だが、知ってしまった俺達がそれを甘受すると思うのか?」
「…正直、思っちゃいねぇな。“雅弓”は先生の事を慕ってるし、それを先生が理解してない訳がねぇだろう。
取り戻そうとするのは昨日の夜で十分理解しているよ」
「……ならば、俺がお前を叩く手段を得る前に、真宮の体から出ていけ」
「そうしたいのは山々なんだけどな。…なぁ先生、“お話”しねぇか?」
「……お前と、どのような“お話”をするんだ?」

敵意を互いに持ち、しかしこの場で放つわけには行かない。
殺気にも取れる気配は、教室内という限定された空間内の空気をヒリつかせていく。

「白竜だっけ? ウルティマを制御している奴と、俺達との会談を設けたい」
「……何?」

ぴくり、と竜峰の眉が吊り上がる。

「ウルティマが持つ能力の高さはこちらとしても十分に知ってるんだ。
今まで喰った分のすべてを吐き出されたとしても、数十人規模に分かれたウルティマが現れ、それが一斉に攻撃を開始したなら…。
まぁ俺達は負けないだろうが手痛い打撃は受けるだろう。それは望む所じゃない」
「……故に、可能であれば白竜を迎合させて、自らの懐へ迎え入れる、と?」
「軍人の俺達が言うのもなんだけど、そこは平和的に済ませたいんだぜ? ちったぁ理解してほしい所だよ」
「……白竜がそれを理解し、お前たちのところへ行くとでも思うのか?」
「さぁね、そこは白竜とやらの胸先三寸次第だろ。先生の答えることじゃ無いんじゃね?」

連中の目的が白竜であるのなら、それは確かに正論だ。竜峰はすでに渦中の存在ではあれど、決して中心人物ではない。
悔しさに歯噛みし、しかし冷静な部分を作り出して、問う。

「……仮に問うが、そちらが会談のテーブルに着く可能性はどれ程だ。いざ話し合う直前で攻撃などされてはたまらんぞ」
「そちらが呑めば、六花一佐も呑むだろうよ。あの人はそこまで卑怯じゃねぇ」
「……それを俺が白竜に伝えたとしよう、白竜が自分で考え答えを出したとしよう。
だが、真宮はどうなる。新しい肉体とやらの都合がつくまで、お前が侵入したままなのだろう?」
「手厳しいね…。…けどまぁ、その通りだ。魂だけになったらその内世界に融けて消える、そうなりゃ転生もできやしねぇ。
…俺が殺した先生に言うのも何だけど、怖かったんじゃねぇか?」
「……あぁ、確かにな。忌乃から融けて消えると聞かされた時は、平静を装ったが背筋が凍ったものだ」
「そこを理解してくれるなら、俺の恐怖も理解してほしいモンだけどね。
…ま、良いさ。俺だって正直、子供の体を使うのは引け目があるし…」

そういいながら、括は雅弓のランドセルを持ち上げる。脇には少女型のキーホルダーが1つと、小さなオコジョのぬいぐるみが付いている。

「明日の朝、伝えたか否かの答えを聞くぜ。可ならば俺はその日まで、または連絡があるまではこのアクセサリに魂を移す。
否ならばこのままだ。……正直心苦しいが、この娘の体は俺が使わせてもらう」
「……お前、俺に選択の余地を無くしたな?」

一際強くなる殺気を受け流すように、枢木の視線が軽くなる。

「べつにぃ? この体の事を考えるなら、先生は伝えるしかなくなるだろぉ?」

それは紛れもなく、確かな事実であり、
竜峰はその夜、枢木との会話を白竜に話した。話さざるを、えなかった。

* * *

「…すまねぇな竜さん、本来ならアタシが知るべきじゃなかったんだろうけどさ…」
「……構わんさ。この肉体から記憶を完全に排除できなかったのなら、遅かれ早かれ知る事になる。
己惚れはあるかもしれないが…、男ならば難題の二つや三つは、同時に抱えるものだ」
「一つ抱えるだけでも充分だと想うけどな。後、今の竜さんは綺麗に女の子だぜ?」
「……む、こら、妃美佳」

融合したままに行われる妃美佳の行動が止まらず、いよいよもって危ないと判断した竜峰は、車を路肩に停車させる。
シャツを押し上げる二つの乳房に融合した妃美佳の目が、悪戯を考えた子供の用ににんまりと笑っている。
ふぅと一つ息を吐きながら、シャツの布越しに、胸の谷間に存在する彼女の鼻先をなでながら、竜峰は問うた。

「……もう少し、するか?」
「そりゃ勿論。親父は今日も帰ってこねぇし、アタシの家で良いか?」
「……あぁ。ただし、新聞配達がやって来るまで、だぞ?」
「了解しましたよ、っと。てりゃっ」
「……っ、こ、こら…」

我慢も出来ないのか、服の中から妃美佳が手を表し、竜峰の乳房を弄び始める。
ただそれだけだというのに、竜峰はトランクスの股座を濡らし、融合している妃美佳に快楽を共有していた。

「んっ、ふぅん、竜さんの手が良い…っ」
「……っ、妃美佳の動きが、俺のを絞め、ぅぁ…!」

2人以外誰も存在しない飯綱家にて、竜峰と妃美佳は融合したままに事を致している。
右半身が妃美佳で、乳房や括れ、細い肩や膨らんだ臀部と言った女性としての曲線で構成されているのに対し、
右半身が竜峰で、胸板や筋肉に覆われた腹部、太い腕や引き締まった男性としての直線で構成されている。
竜峰の手は妃美佳の小さ目な胸を責め、妃美佳の手は竜峰の男性器を握り扱いている。

「あっ、あっ! 竜さん、出るぅ!」
「……っく!」

手慣れている所為か、刺激する場所のせいか。竜峰の部分が真っ先に音をあげ、精液を吐き出した。
絶頂を迎えても尚屹立する男性器の下には、快楽に涎を垂らす女性器が大口を開けている。

「はぁ…、どうして竜さんはアタシの女を触ってくれないんだか…。こんなに、気持ちいいのになぁ…っ」
「……っぁ、こら、んぅ…! はぁ…!」

妃美佳の手が女性器を弄ると、それに耐えかねて男性器からまたも精液が噴き出る。
未だ女性の快楽に慣れていない為、そこに触れると弱いのだと、彼自身知っているから触らないのだが。

「はぁ…、竜さん可愛いなぁ…♪」

だからこそ妃美佳は、喘ぐ竜峰を見たいが為にそこを弄ぶのだ。

「じゃ、竜さんが先にイったから女役な」
「……あぁ、解ったよ。…優しくしてくれよ?」

膝から下を結合したままだが、2人は前後に分離する。
女性としての肉体になった竜峰が四つん這いになり、元々の体に男性器を生やした妃美佳がその後ろに立つ。
女性器は濡れそぼり自らの番を今か今かと待ちわびて、男性器は自らの役割を果たさんとばかりに大いにそそり立っている。

「はぅ…っ!」
「……ん、挿入、った…!」

既に何度も行っている、男女を逆にした行動だが、それでも二人の意識を素敵な快楽が灼いていく。
男に組み伏せられていたが、今はこうして愛する男を女として抱く事に。
女を下にし抱く筈なのだが、今はこうして愛する女を女として受ける事に。

「はっ、は…っ! あ、やべ…、竜さんの中、さっきと締め方違ってくるぅ!」
「……今度は、俺が、んっ、女になった時だから…、は、ぁ…、違うはず、だろ…?」
「そりゃ、確かに…っ! 注ぎ込む、ぜ…!」
「……はぁ、んっ、くぅぅぅ……! 妃美佳の精液が、熱い…っ」
「ほら、まだまだぁ…! 休む時間も惜しいから、さ…!」
「……出しなが、らぁっ…! 子宮に、しみ込んでいくぅ…!」

疲れを知らないスライムの肉体が、2人の行為を延々と続けさせていく。
射精後の倦怠感も、女性の擦り切れも意に介さずに。

後背位で責め続け腰を振りたくる妃美佳は、四つん這いで体を揺らされ続ける竜峰の胸元に視線がいった。
純粋な女である筈の自分より大きく、たわわに実った“女”の証。

「…えー、りゃっ!」
「ひぃ…っ!!」

腰から手を放し、両の手で乳房を抱きかかえ乳頭を摘まむ。自分でされれば痛い位になるだろう力加減は、やはり竜峰も痛いようで、膣圧が少しだけ上がったのを男性器で感じた。

「あーもう! やっぱ竜さんの胸がアタシよりデカい! 皮肉か、嫌味か! このっ、このぉ!」
「あ、んっ! 妃美佳…、やめ、んぅぅ…!」
「止めないねー。竜さんのこのデカパイ、マンコ抉りながら味わってやる!」

竜峰の背に自らの上半身を密着させ、女性器と乳房を常に違う力加減で責め苛んでいく。
その度に竜峰が女としてその体から来る悦楽に咽び泣き、女性器からねだるように愛液と言う名の涎が零れていく。

「く…っ、乳首弄るのも良いけどこれだけじゃ…、そーだ♪」
「……指先が離れて、掴み…、ひうぅ!」

竜峰は突然の刺激に高い音で喉を鳴らす。
原因は解りやすく、乳首を舐められたからだ。しかも2か所、いやそこを含めても3カ所同時に。
妃美佳の掌に作られた“口と舌”、そして妃美佳自身の舌が竜峰のうなじを、舐めていた。

「でっけぇ胸と竜さんの敏感な乳首と…、うなじから出る汗で、こっちにも伝わって来るぜ。 気持ちいいんだろ…?」
「……っ、舐め、んぅ…! や、噛まないでぇ…! 指と一緒に、なんて…!」

乳肉全体を柔らかく責める指と、敏感な個所を断続的に苛む舌先と歯。
ただでさえ女性器を抉られているのに、さらに弱い個所を責められれば、もはや声を上げるしかない。
その嬌声に興奮して、妃美佳はさらに腰や手の動きを強めていく。

「なぁ竜さん。胸をもうちょっと、弄って良いか?」
「嫌だって、言っても…、するんだろう…?」
「そりゃ当然、なっ!」
「んぉ…っ!!」

揉みながら甘噛みしている妃美佳の手が、竜峰の乳房に潜り込む。女性の握り拳を飲み込んでなお余りあるサイズの乳房を、彼女の手が内側から刺激し、皮膚を突き破らんばかりに蠢いていく。

「えーっと…、これがここで…、こうすればああなるから、こうすりゃいいのか?」
「…んくぅ、妃美佳…っ、胸が苦し、ぃ…っ」
「すぐ終わるよ。それに胸が苦しいなら…、よっ!」
「んくぅっ!」

乳房を弄られる度に、快楽と多少異なる声を竜峰は上げる。そしてそれを誤魔化すように、妃美佳は子宮口を男性器で叩く。

「こうすりゃ、変な感じもまぎれるだろ?」
「それは、そう、だがぁ…っ、んぅぅ…!」

内部からぐにぐにと形を変える乳房を弄って、1分少々。めり込ませていた手を妃美佳は抜き、再び乳房を掌で掴む。

「よし、これで良いかな?」
「…何を、したんだ…?」
「それはすぐに解るぜ。そんじゃぁ竜さん、よろしくな、っと!」
「んいぃぃ!?」

突然、潰すような強さで竜峰の乳首を撮む。
その途端に、ぴゅぅとその先端から白濁した液体があふれ出てきた。

「…、まさか、これは…」
「そ、その通り。竜さんのデカパイから母乳が出るようにしたんだ。せっかく手に口を作ったんなら、精一杯活用しないとな?」
「んぉぅ…!」

白い液体の粒を滴らせ始めた竜峰の乳首に、再び妃美佳の手の口が吸い付く。
痛みを与えないように優しく、歯で転がしながら舌で滴を舐めとっていく。

「んー…、甘いような苦いような、不思議な味だよな、母乳って。
アタシに子供が出来た時はちゃんとあげられるかな?」
「…それを、胸を揉みながら言うなぁ…っ」

手を絶え間なく、絞るような形で動かしながら、溢れる母乳を手の口で舐め吸い取っていく。
触り慣れているのか、それとも体内に微量ながら存在する別人の影響か、妃美佳の両手と腰の動きは異なる、しかし絶妙に力加減を合わせてくるものだった。

「…は、ぁっ、んぅ、っくぅぅ……!」
「はは、乳首吸うと母乳が出てくるし、マンコ締まるしで、竜さんえろーい。んじゃ、出すな…、っ!」
「ふぅ、ぅぅん…っ!!」

そうして何度も抽送を繰り返し、妃美佳は何度も竜峰の体内に性を迸らせる。
その度に竜峰の胎内は送られてくる精液に喜び、膣を収縮させさらに搾り取ろうとし、胸からは出せるようになった母乳を吹き出した。
白く濁った精液は竜峰の子宮の中に蓄積され、しかしその中に吸収されて、結合部からは愛液しか漏れ出てきていない。
まるで“妃美佳”という情報を精液の形で送り込み、“竜峰”という情報を母乳の形で妃美佳に捧げているようだ。

延々と体を重ね続けていると、ふと二人の耳には、夜の静寂の終わりを告げるように一台のバイクが鳴らすエンジン音が聞こえてきた。

「…っ、あ、ん…、もう、来てしまった、か…っ」
「しゃーねぇな、名残り惜しいけど竜さんとの約束だし…、最後に一発デカいのイくぜ?」
「…あ、ぁ…、早く、キてくれ…」
「言われなくても…っ!」

2人はずっと後背位で行い続けていたが、胸を掴んだまま妃美佳は勢いよく身体を倒す。
脚が繋がったままの為に離れられず、それにつられて竜峰の体も持ち上がり、四十八手における「撞木反り」の状態になる。

「あっ、あ、んっ、っくぅ、ふぅぅぅ…っ!」
「は、はぁ…、竜さん、良い…! アタシのちんぽを受け止めて、こんなに悦んでくれる…。
母乳だって、今じゃすげぇうまいし…、子供出来ても渡したくねぇくらいだし…」
「で、でも、子供は妃美佳ので…っ」
「気持ちの問題だ、よっ!」
「んうぅぅ!!」

下から大きく突きこまれ、子宮が重力と亀頭の板挟みにあった事で竜峰が喘ぐ。
何度も行い、しかし飽きることのない二人の交わりにも、一たびの区切りを与えねばならない。
そして、この悦びを分かち合うのだ。

「あぁ…っ、そろそろ出そうだ…!」
「…俺も、イきそ、んぅ…っ」
「それじゃ、奥に…、…なっ!? ちょ、竜さんっ、いきなり融合は…っ!!」
「一緒に、イ、こう…っ」

何度も交わり知った、妃美佳の限界。そこが近いと知るや、竜峰は分たれていた下半身を融合させた。
女性としての胎内に、男性としての肉棒が突き込まれた、隙間の無い三角地帯は、満たされた事に歓喜の蜜を、これでもかと零す。

「…出る、ぞ、妃美佳…っ、んうぅぅぅぅ!!」
「あぁっ、ちんぽが、マンコが同時に…っ! んふぁぁぁっ!?」

二人とも同時に男として射精し、同時に女として子宮で達し合い、室内に嬌声が重なりあった。

* * *

「……参ったな」
「アタシは全然参らねぇけどなぁ」
「……俺は参っている」

寝る必要もないまま、せめて日が昇るまではとベッドの上で二人は寄り添いあっている。
ただし竜峰と妃美佳、双方女性のままでだ。

「……このまま学校に行けと言うのか?」
「身長とか変わってないし、大丈夫だって」

精液と母乳の交換は、確かに二人の要素を渡し合ってたのだろう。妃美佳から女の要素を流し込まれた竜峰は、自分の意志で男に戻ることが出来なくなっていた。
同様に竜峰から男の要素を奪った妃美佳は、器用にも股間だけ、男性器だけにそれを集約させていた。

「……なぁ妃美佳、少し返してくれないか?」
「あーれぇ? するのは新聞配達が来るまでだったろ? もう来たし、終わりじゃなかったっけ?」
「…………頼む、せめて顔と声だけでも男に戻りたいんだ」

妃美佳の返答を待たず、彼女の股座に屹立する男性器へ、竜峰は顔を近づける。
それを見ながら、くすりと笑い、

「しょーがねぇなぁ竜さんは…。ちょっと返してやるから、ちゃんとしゃぶってくれよ?」
「……あぁ。あ、む…」

そして尚も、男女の逆転した行為は続けられる。
愛と背徳の入り混じった交合は、まだ終わりそうになかった。

Extra.2 End

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Extra.3 「女神たちの懸念」

忌乃家内に存在する小さなお社。そこには――と契約を結んでいる六柱の女神たちが合祀されている。
御神酒と供物を盆に乗せ、神前に奉げて弐礼弐拍手壱礼。

(皆様、本日もよろしくお願いします…)

――は心中で願いと祈りを奉げながら、頭を上げると供物が無くなったのを見届けて、踵を返した。
紛れも無く彼女たちが“持っていった”のだと、知っているからだ。


「みなさーん、本日の分をお持ちしましたよー」
「やたー! ごっはん、ごっはん♪」
「慌てないで下さい、ラウラさん。お食事は逃げませんからね」

――が持ってきた盆を手に持ち、カザネと呼ばれる神は人好きのする笑みを浮かべる。
上に載っている食事は六つに別れ、各自の前に置かれた膳の上に並べられた。
湯気を立てる白米、蓋を被せられた吸い物、程よく漬けられた沢庵に、皮がパリっという程丁寧に焼かれた鯛の切り身、馬鈴薯や人参や白滝や鶏肉が程よく転がる煮つけ。
御神酒は食前酒として一献が添えられ、それに伴う酒肴も存在する。

ラウラと呼ばれた女神はその食事に目を輝かせ、食べるのを今か今かと待ち侘びていた。

「そろそろ来る頃かと思っていたが、丁度良かったようだな」
「脱色娘も阿呆男も、毎日飽きもせずよくやるわね」
「アニス、そんな事言っちゃダメよ? 2人とも、私達の為に用意してくれてるんだから」
「知ってるわよ。ただ言いたくなっただけ」

奥の方から三柱がやってくる。
毅然とした瞳のミイヅルが先に立ち、続いてやってきたアニスは悪句を平然と並べながら、そして彼女を窘めるように怒っているユムモリが並んでいる。

「あれ、キザンは?」
「分社の方に狩猟祈願の者たちが来ててな。直に来る」
「やーははは、ゴメン、お待たせ! 神としてお勤めするとやっぱりいい気分だわー」

ミイヅルの言葉につられるように、最後の一柱がやってくる。誰よりも快活な笑みと行動力に満ちた身体を持つ、キザンという女性は笑いながら誤魔化すように、しかしきちんと謝罪の言葉を述べる。

「いいなー、わたしも神様やりたいよ」
「ラウラは大丈夫だって。登下校時の安全を祈る父母さん方がいるでしょ?」
「そりゃーねぇ。でも今日一番のお勤めはキザンだったかー」
「キザンさん、ラウラさん。まずはお話をそこまでにして、ご飯を食べましょう? その後でも構いませんよね」

カザネに窘められ、二柱は善の前に座る。そのまま六柱は食事の前に両手を合わせた。

「では。本日の恵みを下さった大地、料理をしてくれた人に感謝しまして」
『頂きます』

カザネの号令に唱和し、それぞれ食事を始める。
とはいえ、この場に居るのは神とはいえ須らくが女性。揃っていれば話題には事欠かないし、腹が満ちていく事で自然と会話も弾んでいった。
前振りも何も無しに、会話が途切れたと思わしき箇所から、アニスは切り出した。

「そう言えばあの阿呆の体のこと、みんなは気付いてる?」
「気付いてるとは、何がでしょう。戦技の件でしたら問題なくあがっていますし…、心根も真っ直ぐなままですよ?」
「…あぁ、カザネに聞いたのは間違いだったわ。ミイヅルとキザンはどう思う?」
「懸念があるとするのなら…、弱くなっているな」
「アタシも同感。あのままじゃ――の体は危ないかもね」
「…どういう事かしら? アニスさん、教えてくださりませんか?」

ミイヅルとキザン。戦闘に際し憑依することが最も多い二柱が同時に持つ懸念に、ユムモリが神妙な顔をする。
教える為にも、喋る為にも、唇を湿らせるために吸い物を一口、呑み込む。

「…私たちが阿呆と契約して、その力を振るわせる為に薬を用意したのは知ってるわよね?」
「うん。確か東北に存在する一族にヒントを得て、憑依する存在の肉体に変移するレベルまでに霊的耐性を極端に下げる…、毒だよね」

ラウラは逢えて薬ではなく、アニス本来の権能である毒を以って説明する。
アニスが毒の神として信仰を失ったのは、世にワクチンという概念が生まれたからに他ならない。
弱めた毒は体にとって薬になりうるということは、「毒が薬にもなる」という事実を広められた事。
すなわち毒に対する純粋な畏敬の念が、弱めれば以後は平気、という曲解にも似た考えを生むからだ。
それは彼女自身に向けられる念を変質させ、毒の神ではなく薬の神として崇められることになる。
そしてその念に縛られた彼女は、毒の神でありながらも、薬の神になってしまったのだ。

「懸念は大きく3つあるわ。ミイヅル、キザン、あんた達が一番阿呆に憑いてるから解ってるでしょ。説明して」
「分っている。まず1つは、霊的耐性が常に下がり続けていることだ」

と言う事はつまり、どういう事なのか。
気付いている、知っている三柱を除いた、カザネ、ラウラ、ユムモリは考えを巡らせる。
すぐに理解できたのは、薬を調合する契機となった一族のような存在になると言う事。
それは即ち、四六時中雑多な霊に体を狙われる事であり、暗夜の誘蛾灯が如き存在になるということ。

「薬の習慣性や、効果への耐性を持ってしまった影響から、あの阿呆は有事の際にならずとも薬を、それも多く摂り続けている。
正直負のスパイラルよ、これは」
「ならば薬の摂取を止めればいいのではありませんか? 耐性が下がってきているのなら、平時でも私たちの誰かが憑いていればそのような事には…」
「それも次の問題の原因になってるんだよ、カザネ。……気付いてる? ――の体が平時でも女性化してきてるのは」
「本当ですか!?」

大きな音を立てながらカザネが立ち上がり,それを宥めるようにユムモリが抑える。
キザンの言葉を補足するように、鶏肉を咀嚼していた口中を空にし、アニスが話す。

「私たちの中で誰か一柱だけでも男神がいたなら、こうはならなかったでしょうね。
憑依する存在、その数や性質。鬼の血を継いでるとはいえ、六対一なら比重はどうしようもなく、数の多い方に傾くわ」
「じゃあもし――が完全に女性化するとしたら…、アニスの見立てではどれくらい掛かるの?」
「推測でしかないけれど、この調子で続けていけば1年経たずに女に成るわね。戦闘が多くなれば早くて多分、半年かしら」

ラウラからの言葉に応えるアニスの口調は、どこまでも淀みない。恐らくこの中で誰よりも“原因”足りうる存在故に。
神や人外から見ればあまりにも、そして人間から見ても多くない時間に、懸念を抱かなかった三柱は押し黙ってしまう。

「進行状況は、今現状ではどのくらいなの?」
「然程酷い状況ではない。男性としての性欲が落ちてきたり、子種の量がやや減ったりしている程だ」
「それはそれでとんでもないね。放置してると、いーでぃー、だっけ? 男として使い物にならなくなったりするかも」
「内側から変わりつつあるから、まず胤が無くなる方が早いだろうな。勃ちはするが注げん、役立たずになるだろう」
「うわ恐い。そうなったら2人がいざ夫婦になろうとしても、出来なくなりそうだよ」

ユムモリやラウラの問いには、続いてミイヅルが答えた。
彼女たちは自らの契約者が、しかし自分たちのせいで捻じ曲がっていく事実を、言葉は軽くとも受け止めている。

「むしろ夫婦になる前に、ただの女同士になるんでしょうよ。あの意気地なしならそれも良いんじゃない?」
「アニスさん、それは流石に言い過ぎです! 2人の在り方は、いくら私たち神でも口を挿める問題じゃないんですよ!」
「解ってる解ってる。…でもそれは、元寇の時に神風吹かせたカザネが言える事じゃないでしょ」
「う…っ」

アニスの変わらぬ毒舌に対し、カザネが語調を強くするが、すぐに押し黙ってしまう。
元寇と言う、過去の侵略事変に置いてカザネは風を吹かせ、人外の間に存在する暗黙の了解を破ってしまった事。その記憶を突かれたからだ。

「それは理解、してます…。だからこそ今、こうなってるんですから…」

その結果、存在自体が消えることは無くなったものの、他の神々によって大いに力を削がれた事だけは確かだ。
かつては風と共に季節の到来を伝え、花の種を飛ばし、冬に眠る動物たちを眠らせ同時に起こした。
そんな彼女は今や、1000年近く細々とした信仰によって糊口をしのいでいる程度の神でしかない。

「けれど、私達と関係ない所でそうなっているならもとより、私達の影響で変異が起きているのなら話は別です!」
「確かに。――には男でいられた方が良いのは同意するかな」
「鬼の血脈として弱いのはまだしも、わたし達六柱と同時に契約できる器用さは評価したいしね」
「石神の存在でなければ、今頃は既に変わってた可能性も否定できないしねぇ」
「同意するな。――は根底の部分であの中の誰よりも強かった」

カザネの言葉に、キザン、ラウラ、ユムモリ、ミイヅルの四柱は同意する。
かつて忌乃家に集った五人の婿候補として知る中で、誰よりも外見や魔力などで解りにくかった。
それが故に契約し、憑依した上で初めて知った事実を、それぞれは確かに評価していたのだ。

大剛ならば一柱目で限度か、そもそも契約さえできなかっただろう。
謙一ならば女性化はしないだろうが、そも契約の段階で拒絶していただろう。
虎次ならば一柱が限度だけれど、それに奢らず契約神の力を追い求めただろう。
雅喜ならば三柱はいけたかもしれないが、精神の歪みように全員が拒否するだろう。

――しか全員と契約できなかった。耐えられるだけの精神を持ち、それぞれを扱えるだけの技術を持っていた。
ただ、憑依した神の力を使う為の魔力だけが、どうしようもなかったのだ。

言うならば、神の力を発現させるために通す「――の体」というフィルターがあまりにも分厚く、別の言い方をするならば使い物にならなかった為の措置だった。
東北の高瀬一族と言う者たちの、姿を変じさせる程に限りなく薄められたフィルターを、――の体で再現したが故の問題だった。

「…そこは私も同意するわ。男のままでいた方が良いというのもね」

沢庵の最後の一切れに噛み付き、こりこりと音を鳴らしながらアニスも応える。
『雷火』の勧めで試しに、とばかりに契約してみれば、思った以上の素質に驚いたし、体質を毒で変異させることで力を使える事は嬉しかった。
なによりも、

「このまま放置して、私達が原因だと知ったら、信仰が届かなくなる可能性もあるからね」
「…アニスさんってば、素直じゃないんですから」
「信仰を糧とする神としちゃ、今現在一番大きい信仰をくれる――を手放すのは痛いのよ。
それ位のこと、みんなだって解ってるでしょ?」

神と言う存在は、信仰を捧げる者達が存在してこそ、なのだ。
崇め奉られねば、彼女達は『ちょっと力の強い霊』程度の存在でしかない。
それが他人に信じられ、信じた相手にその加護を多少なりとも与え、力を実感した者が他者に吹聴して周り、次は自分にも加護を貰おうと信仰を捧げる。
そうして神と言う存在は大きく強くなっていく。

神として生き、今なお微小なれど信仰を得て自分と言う存在を保っている彼女達に、その理屈がわからないはずは無かった。

「存分にな。…それが故に、三つ目の懸念がアニスにはあるのではないか?」

ミイヅルが食後の茶を持ち、各人に配り歩く。
最後の一つの事を半ば忘れかけていたキザンやラウラは驚いて、記憶の歯に留めていたカザネやユムモリは静かに、アニスの方を向く。

「あぁそれね。あの阿呆が私たちを憑かせず戦う為の手段は無いか、ってことよ」
「憑かせずに戦う方法、ねぇ…? ミイヅルとキザンは、――が私達を憑かせないで戦えると思う?」
「…戦えなくは無いが、身体能力が人間よりやや上、程度でしかないからな。人外と真っ向から戦うには些か以上に力不足だぞ」
「狩人としてなら良い線いってるんだけどね」
「そうねぇ…。確かに、私が憑いてるならダンサーとしてもいけるのだけれどね…」

ユムモリの問いには、ミイヅルもキザンも、紛れも無い本心で答える。
持ち前の器用さで戦うことは出来るが、人外と人間と言う歴然とした差を、小神の憑依で補っているレベルでしかないのだから。

「…やはり『雷火』さんのような強化装甲があった方が、良いのかもしれませんね」
「否定はできないねぇ。でも『雷火』は左腕と両脚部分しか残ってないし、あれじゃ鎧にもなりゃしないよ」
「…なるべく早いうちに代替案を考えておく必要はあるわね。少なくとも一月以内に」

そうして六柱は頷き合う。

(…まぁ、本来なら私達の力を使わないで血に任せた方が良いのかも。
一度くらい殺して復活させれば、“覚醒(めざめ)”る…、ダメね、他の全員が納得しないわ)

心中でアニスが考える、誰よりも物騒な方法に誰も気づかないままに。
いや、誰もが考えても口にしないのだろう。神に祈らぬ人外では、祈りが神の力にならないと知っているが故に。

その後に、雅喜と遭遇した――がミイヅル、ラウラの力を用いたことで、容体悪化の一因を作ってしまうのは、その日の内であった。

Extra.3 End


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Extra.4 辻美空の半生

辻家にて、白竜と――は顔を付き合わせ、話をしていた。
内容は主に、竜峰から伝えられた旧日本軍の者達と行われる会合の事。

日時、場所、その日に来る相手。その全ては既に向こう側から伝えられてある。
首魁の六花、補佐の嘉吉、そして枢木の主柱たる3人。
対してこちらは、白竜以外に誰が来るのかと言う事は此方側に一任されている。

「しかし、君たちだけで良いのか? 問題があるようなら俺も同行するつもりだけど…」
「大丈夫ですよ。話し合いと向こうが言ってるんですから、すぐに荒事にはならないと思いますし…。
なにより、荒事になっても対応できるって、信じてますから」

白竜は自らの右手を握る。
固められた拳は瞬時に液体となり、グローブ、ナイフ、棘のついた鉄球、高圧放水器、などへと思い思いに変わっていき、最終的には人間の手に戻った。
それを見ながら――は、それでも心配を止められない。

「そりゃ俺だって君たち兄弟の実力は理解してるけど…、相手は紛れも無く妖怪に転化してるんだぞ。
枢木以外に戦い方が解らない現状では、その体のことだって、過信はし過ぎない方が良い」
「そこは確かに。今だって手綱を緩めれば暴走しかねない危険性があるんですから」
「…本当に大丈夫なのか?」
「心配させるような事を言ったのは謝りますけど…、どうにかなるって信じてます。
信じなければ、本当にする事なんてできませんからね」

互いに顔を合わせ、視線を確認し合う。
――が白竜に向けるのは、疑念と信頼。ウルティマの体が齎す未知数の能力と、その手綱を握る白竜への信。
白竜が――へ見せるのは、確信と恐怖。真実扱えると考える心根と、ともすれば暴れかねないこの体への恐れ。
正負両極の感情は互いに存在し、無条件の信頼、不信からの疑念、敬遠する恐怖、様々な意志の混じる視線が絡み合う。

互いの視線を見つめ合い、どちらからともなく息を吐く。

「…解った。なら白竜君の事を信じるよ」
「えぇ、彼等との話し合いには俺たち兄弟が行きますが…、――さんは外で待機しててください」
「旧日本軍の連中が、強硬手段を取った時に備えて、だな?」
「そうです。…想像はしたくないですが、可能性がない訳でもありませんからね」

枢木が竜峰にしていた話。白竜はその全てを竜峰の身体から受け止めていた。
竜峰が脅迫されていた事も、竜巻と共に枢木に殺された事も。そして忌乃家が襲撃された事も、知っているのだから。
万一の事は考えておかねばならない。考えないという選択肢が存在しなかった。

沈黙が少し。そして、エレベーターの止まる音、荷物を持っている足音が近付くにつれ、2人は表情の険を解く。

「それじゃあ次の話ですけど、――さん。早耶さんの事でいくつか聞きたいことが…」
「あぁその事な。答えられる範囲で良いなら、あんでも聞いてくれ」

話題を変えた瞬間、辻家アパートの扉が開いて、

「ただいまー。白竜が居るのー?」

玄関から女性の声がした。声だけでも品の良さと芯の強さを感じさせるような、優しいが凛々しいような声。
彼女の名前は、辻美空。ドラゴン三兄弟の産みの親であり、この歳まで育て続けてきた女性だ。
美空はリビングに顔を出すと、すぐに――とも顔を合わせる事になった。

「あら、白竜のお友達かしら? 初めまして」
「初めまして、忌乃――です。お邪魔しております」

席を立ち、――は美空へ会釈する。それに釣られて美空も礼をし、朗らかに微笑んだ。

「母さんお帰り、荷物重くなかった?」
「平気よこれ位。白竜、忌乃さんは学校でのお友達?」
「というよりは、今付き合ってる早耶さんの知り合いだよ。その伝手で、まぁちょっと…」
「そうなの。すみませんね忌乃さん、白竜ってば女の子に限って思い切りが悪くて…、手間をかけさせるでしょう」
「ちょ、ちょっと母さん!」
「いや、早耶の事で思い切り啖呵切ってくれたんで、そうでもありませんよ」
「あまりおもてなし出来ないけれど、ゆっくりしていってね。
白竜、忌乃さんにお茶は出したの? 何も用意しないなんてお客さんに対して悪いわよ?」
「あぁいえ、お構いなく。どうせすぐに終わる話で来ましたから」
「そうは言ってもねぇ。すぐにお出ししますから、どうぞ座ってて下さい」

買ってきた食材と言う荷物を持ったまま、美空は厨房へ向かおうとするが、白竜が立ち上がりそれを止めようとする。

「い、いいよ母さん、忌乃さんには俺がやるから…」
「白竜に用があって来たんでしょ? だったらちゃんとお相手しなさい。
お茶は私が用意するから、白竜は座る!」
「…は、はい」

けれどそれも、母親の一言で消沈し、リビングのソファに座り直す。
50も近いというのに細く、若々しく聞こえる足音を鳴らし、美空はキッチンへと歩いていった。

「…強そうなお母さんだな」
「えぇホント。再婚もせず、ずっと俺達を育ててくれた…、自慢の母さんです」

困るように、嬉しそうに笑う白竜を見ながら、――は視線を美空の方向へ向け続けている。

「…んん?」
「ど、どうしたんですか、母さんのほうを見て。…何か気になることでも?」
「……いや、あんでもない。ところで話は変わるが白竜君…、次の日曜は暇か?」

突然ふられた話題に少し驚きながらも、すぐに白竜は体裁を整えた。

「えぇと…、次の日曜は早耶さんとデートの予定ですけど…、それが何か?」
「ならばちょいと話がある。こないだある伝手で貰った遊園地のチケットが…、ペアで2組あるんだけど…。
白竜君、片方貰ってくれね?」

そう言って――が上着の内ポケットから、2通の封筒を取り出した。
ここから5駅程行った所にある、遊園地のマークが印されたものだ。

「それは、まぁ構いませんけど、どうしてですか? 2枚あるなら雪姫さんと2回行けばいいんじゃ…」
「いやなぁ…、これ、俺の姉から貰ったモンでさ。気を効かせて2組入れてくれたんだろうけど、2度もデートしている所を見られる可能性を考えると、少しな…」
「そういう事ですか…」

――の口ぶりから、彼の姉がそこで働いていることがすぐに解る。
多分、気恥ずかしいのだ。婿に出た自分が、妻となった女性と共に家族の働いている場所へ出かける事が。そしてそれを見られるかもしれない、という事が。

「それじゃあお言葉に甘えて、一組貰います。それでですね、――さん」
「んぅ?」
「どうせですから、ダブルデートしませんか?」
「…そう来たか。白竜君、君はなかなかに意地悪だな」
「どうとでも言って下さい。…早耶さんだって、この前――さんに会えなかったことを心残りにしてたんですからね」

体を取り戻した日の昼間、妃美佳の姿を取った分体からの記憶で、意地悪そうに笑う。
その話を中断させるように。いや、引っ掻き回すように、美空が湯呑に入れたお茶を持ってきた。

「デートのお話? 忌乃さんもお付き合いしてる女性がいるの?」
「ありがとうございます。…えぇと、まぁ、お付き合いと言うか、もう結婚してるんですけどね」
「あらそうなの。…忌乃さんも白竜と同じ位でしょうに、早いわねぇ。それに比べたらうちの子は…」
「あのね、母さん…?」

頬に手を当てながら溜息を吐く美宙に、少し困り顔の白竜が苦笑いをする。
男兄弟ばかりの、少し急かされているような様子が――の目にも見て取れた。

「竜峰も良い相手を見つけてくれたのは嬉しいんだけど、結婚は妃美佳ちゃんが卒業してからだし、まだかかるのよ。
白竜だってついこの間までお付き合いしてる女の子の噂を聞かなかったし、私としては心配でね?」
「あの、だから母さん?」
「忌乃さんは…その年でだからやっぱり理由があるのかしら。ごめんなさいね、初対面でいきなり聞いちゃって」
「いや、良いんですよ。結婚してるというと、よくよく聞かれますから」
「でもこれで白竜も少しは男女の付き合いをしてくれると嬉しいわ。
相手は大切にしなさいよ、白竜?」
「う、うん、解ってるよ。次の日曜にはデートに行くつもりだし…」
「なら良いわ。ちゃんとエスコートして、不安にさせないようにね」
「はーい…」

――の方から白竜の方へ、突然方向性が変わって驚きながらも。確かに女性は信号機並に話の中身や方向が変わるな、と――は納得してしまった。
次のデートで白竜がへまをするのは、殆ど無いだろう。そこは全く気にしないでいた。
気になるのは、2つ。
自分が早耶とあった時の彼女の反応と…、

目の前で話す女性の魂が、どうにも肉体と異なる、全体的に見れば歪なものだったからだ。

それを話すのは躊躇われた。まさか母親が母親ではないと、当の本人の前で言えるはずも無かったから。


* * *

帰途に着く――を見送る為に、白竜が出て行ってしばし。どこまで見送りに行ったのか、20分は帰ってきていない。
自分以外に誰もいない家の中を見回し、美空はふぅとため息をついた。

「そうか、竜峰も結婚か…。少し時間はかかるが、ようやく1つ安心できそうだよ、美空…」

彼女が呟くのは、自分の名前。
鏡に映る自分の姿を見ながら、嬉しそうに、哀しそうにつぶやく。

誰もいないが故に吐露できる、真実の自分。誰も知る事のない事実。

辻美空という女性の身体で生きているのは、美空本人ではない。
白竜を産んで20年と少しの前から、彼女は他人ではないのだから。

仏壇の前に座り、線香を焚く。“りん”を鳴らして手を合わせ、眼前の位牌に祈る。
写真は精悍そうな、まだ若い男の顔が写っている。若くして死亡した美空の夫、名を大地。
それを見るたびに彼女は思う。

「…“俺”はきちんと母親をできているかな、美空…」

そして時は20年前に遡る。

白竜が生まれてしばしの頃。大地が突然の事故で死んだ頃。

妻の体に夫の魂が入った頃に。


美空が白竜を産んで後。産まれて間もない末子を車に乗せて、帰途についていた時の事だ。

「白竜は静かに寝ているか?」
「えぇあなた、可愛い寝顔よ。…運転中なんだから振り向かないでね」
「解っているよ。……しかし、終ぞ名前の事で君に勝てなかったな」
「良いでしょう? 竜が如くに強くあって欲しいと願ったのだから」

息子たちの名前は、全て美宙がつけていた。
1人目は大地のように大きくあって欲しいと。2人目は風のように自由であって欲しいと。
そして3人目は、水のように優しくあって欲しいと。それぞれに願い、強きを願って竜の字をそれぞれに戴いた。

「白竜が産まれて、竜巻もお兄ちゃんとして自覚が芽生えるかしらね。やんちゃで本当に困っちゃうわ」
「だが、満更でもないのだろう?」
「えぇ勿論」

言葉としては疲れているように思えるが、語調としてはそんな事は全くなく。
手間のかかる事さえ愛しいと思えるように、微笑んでいる。

その度に、大地は敵わないと常々思う。母親としての優しさや、人間としての強さ。
自分とは明らかに異なる強さを備えていて、自分には出来すぎた相手だと思ってしまう程に。

「なぁ、美空。…愛している」
「……もう、あなたったら。私も、愛s」

ルームミラー越しに見える照れた笑顔に、轟音が重なった。


朦朧とした意識のまま、鈍い痛みを引き金に、気絶から目が覚めた。
清潔感のあるベッドの中で体を起こし、感じたのは違和感。

視界に入るのは細く長い髪。
胸元に重みを与える女性の乳房。
頼りない細さの手や指先。

「…これは、一体…」

呻くように呟いてまた違和感に気付く。この声は自らの物ではないと言う事に。
何が起こっているのか確かめようと思い、立ち上がる。
この屋内の形から、病院だと言う事は解った。ならばどこかに鏡が、トイレには鏡がある筈だ。

スリッパも履かずにリノリウムの床を歩く。足取りが重い。

(この違和感はおかしい…、一刻も早く自分の姿を見ないと、安心も出来ない…。
あぁそうだ、美空は、白竜はどうしたんだろう、無事なら、良いんだが…。解ったら探しに行かないと、どこに居る…、俺は…)

しかし。男子トイレを見つけて、洗面台の鏡で自らの姿を見た途端。愕然とした。

「バカな…、美空、なのか…!?」

鏡に映るのは、包帯を巻いているとはいえど、先ほど自分に対して嬉しそうに笑いかけてくれた、妻の姿があった。

「先生、辻さんが起きました! 病室の外に居ます!」「すぐに連れ戻せ、産後の上に怪我をしているんだぞ!」
「辻さん、驚いているのは解りますが早く戻りましょう?」「お子さんも無事ですから、安心してください」
「でもどうして男子トイレの方に…」「それはいいから、誰か家に連絡してあげて!」

看護婦や医師たちの言葉が、どこか遠くに聞こえる。それでも意識の端々で、解る事はある。
自分は生きている、夢じゃない。白竜は無事だそうだ、会いたい。
美空は何処に行ったんだろう、会いたい。子供達に会いたい。

肩を貸してくれる看護婦に力の無い声で呟く。

「あの…、何故俺は病院に…、連れは…、どうなって…」

怪訝そうな顔も束の間に、看護婦は口の端を閉めて言いにくそうに。
それでも、伝えねばと思ったのだろう。

「今日の退院後に事故に遭われて…、……、大地さんは、重篤の状態で搬送され…、つい先ほど…、…お亡くなりに…」

その瞬間、脳が処理限界を超え、
まるでこれ以上知りたくないというかのように、

がくんと意識が落ちた。

アレが夢なら、どれだけ良かっただろう。
気絶から再度目が覚めても、大地の意識は美空の中に存在していた。

「…どうしろと、言うんだ…」

体を起こし、震える声で呟く。
車両事故が起きた事。
「辻大地」である自分が「辻美空」の体に入ってしまった事。
妻の行方が分からない事。自分が死んでしまった事。
白竜が生きていた事。

その全てがあまりにも非現実的で、打ちひしがれる事しかできない。

「どうしろと…」

30年近く男として生きて、突然女の、愛する妻の体になった事。
事実にしては重すぎて、どうすることも出来ない。

不意にぱたぱたと、2つの足音が近付いてくる。
勢いよく扉が開けられ、

「「母さんっ!!」」

見えた姿は、2人の息子たちだった。
重い視線で2人を見やると、自分の方へ向かい走り、抱き着いた。

「母さん…、無事でよかった…!」
「父ちゃんが…、父ちゃんがぁ…!」
「竜峰…、竜巻…」

ぐしゃぐしゃに泣きながら、2人とも“母親”にしがみついてくる。
きっと知っているのだろう、既に“父親”が死んだことに。耐えようとしても溢れてくる涙が堪えきれず、無事であった嬉しさと父を失った悲しみ、2つの意味を持った涙に、病院着が濡れていく。

思わず、大地の手は2人を抱きしめていた。
自らの頬にも涙を零し、嗚咽を堪えて言葉を発して、

「ごめん…、ごめん、2人とも…」
「…っ」

母親の真意を知らぬ2人は、一際悲しみを吐き出すように縋り付き、顔を押し付けて泣いた。

* * *

「辻さん、ミルクはあるんですからあまり無理はしなくても…」
「いや…、今は少しでも、こうしていたい…」

大地の母親に引き取られ、竜峰と竜巻が帰っていった後。体を起こした大地は腕に白竜を抱いていた。
事故に遭って奇跡的ともいう確率で無傷だった末子は、今は母親の乳房に吸い付いている。

「…おいしいかい、白竜?」

男の時には存在しない乳房と、大きく突き出た乳頭から、白竜が強く吸う度に母乳が出ていくのが解ってしまった。
自分の身体の一部が吸われていく、という感覚から、背筋に薄ら温かい感覚が過る。

自分を亡くしてしまった喪失感を、少しでも埋める為に白竜を抱いて。美空の姿である自分がやらねば、と知っていた授乳を行って。
混濁した思考に、新たな状況を流す事で停滞を止める事が、自分には精一杯だった。

どれだけ憔悴しようと、生きる事を辞めなかったのは美空の肉体だったのか。大地は静かにベッドで眠っていた。
腕の中には静かに寝息を立てている白竜がいて、小さな鼓動が彼を癒していたのもあるだろう。

誰も知らない夜の闇の中、これは大地も知らぬ事柄ではあるが。
その枕元にぼんやりとした“もや”のような物が現れ、腕のような箇所を伸ばし、そっと大地の頭を撫でた。

まるで「ごめんなさい」と、「あなたは生きて」と言うように、何度も、何度も。


翌日に目が覚めて、大地は頭の中がやけに明晰になっていたのを覚えている。

長い髪への、柔らかい肢体への、女であることへの違和感も、妙に弱くなっていた。
残るのは、頭を撫でられた感触。
何度も、何度も。思いを込めて想われた感触が、長い髪の毛越しに伝わっていた。

「なぁ、美空。これはお前なりの応援か…、それとも…」

続いて出そうな言葉を飲み込み、腕の中の白竜を見据える。
先日は少しおぼつかなかった抱き方も、今では妙に落ち着いた様子で、様になっている。
母親の腕に抱かれ、落ち着いている三男の姿に、心中で誓った。

「…俺は、美空の分まで母親をする。今日からは“俺”でなく…“私”になるよ。
だから…、見ていてくれ、美空…」

この瞬間、大地は何故か理解していた。妻に会えることは、もう二度と無いという事に。

幸いにして怪我は大きくなく、すぐに退院は出来たとしても、やるべき事は山積みになっていた。

“自分”の死体に対面し、すぐに通夜をせねばならない。幸いにして喪主は大地の父親が務めてくれた為、大地が行う事は思っていた以上に少なかった。
けれど父親に任せきりにもできず、式の準備を自ら行っていく。
時折火が着いたように泣き出す白竜と、慌ただしい状態に怯える竜峰と竜巻。3人の世話と並行していくのは流石に疲労が重なって、母親にも言われる。

「あなたは何もしなくていいから…、白竜ちゃんを見てあげなさい?」
「いいえ、“お義母さん”…。これからは“私”が子供たちを育てていかないといけないんです。
これ位の事もこなせないで、『母親』はやってられません!」

大地としての視線からでも、美空が多量の仕事を抱えて、それに弱音も吐かず行っていたのだから。
子供が増えて、支えを減らしたとしても。新しい『母親』である自分は、それに続いていかねばならない。

「本当に辛い時は頼りますから…、今は好きにさせてください、“母さん”…」

今は動いて気を紛らわせているのだろうと、そう納得して、母親は身を引いた。
好意はありがたいが、大地はそれを遠ざけるしかなかった。
美空にとって「大地の母親」は、“自分”の母親でなかったのだから…。

仏教僧侶が念仏を唱え、生前の知人が焼香をしていく。
参列者に挨拶して、相手が向けてくるのは「美空に対して」の言葉。解ってはいるけれど、それがより一層、大地の逃げ道を消していく。

未亡人となった美空は、下着や化粧に至るまで喪服を着こなしている。
あの夜、謎の気配に頭を撫でられてから、徐々にではあるが、美空の記憶を引き出せることに大地は気付いた。
2人も育てて抱きなれた腕で白竜を抱きかかえ、授乳をし、おしめを変える。
恙なくできる事に驚き、これもまた美空の置き土産なのかと苦々しく笑いながら。

通夜も葬式も終え、火葬場。
子供達を両親たちに任せ、納棺され、燃えていく“自分”をぼうと見ている。
炎が爆ぜる度に肉が焼けて、灰になって空へ散っていく。
「辻大地」が死んで、消えていく。
その事実に足が折れそうになりながらも、心のどこかで自制を保つ。

しかし妨げられるように、後ろから声がかかってきた。

「どうしたんですか、美空さん。まだ終わるまで、時間かかりますよ?」
「もうしばらく、ここに居たくて…。じきに戻りますから…」
「そうっすか」

声の主は、大地の職場で働いている後輩。女癖は悪かったが仕事は出来た為、眼をかけていた男だ。
去ることも無く、後輩は背中を見ている。そして視線が、下へと下がっていくのが解った。

「…しかし、大地さんも無念でしょうね。3人目が産まれて、これからって時に事故で死んじまうなんてさ」

後背が、何かを言っている。

「後は全部美空さんに任せて、自分だけハイサヨナラってんだから」

軽々しく、名前を呼んでいる。

「あ、別に辻先輩を悪く言うつもりは無いんですよ。ただ、美空さん遺して逝くなんて、ってだけですから」

自分だって、行きたくはなかった。

「寂しいんですよね、美空さん。俺だって解ります、辻先輩は普段怖いけどいざって時は頼りになりましたし」

寂しくて哀しいんだ、二度と会えないから。

「去年まで先輩が担当してた仕事、今は俺が引き継いでんですよ」

知っている。そんな事は。

「折れちまいそうに見えるんですよ、今の美空さん。1人になるって事ですから」

自分だって“こう”なれば、折れてしまいそうになるだろう。

「ですから…、ね。俺は支えたいんですよ、美空さんを」

肩に手を回すな。

「まだ27ですし、色々シたい事もあるでしょう? 子供を育てる事より、愉しい事とか…」

“俺”は決めたんだ、こいつは何を言っているんだ。

「寂しさ、埋めてあげますよ。沢山抱いてあげますから、俺にも色んな顔見せてくださいよ」

振り返り、睨み付けながら。

後輩の頬へ平手を放った。

乾いた打音と共に、後輩がたたらを踏む。思った以上に響いたのか、休憩所の人間がそちらを見てくる。

「ふざけるなよ…」
「…え?」

喉の奥からは地獄の釜の底のような声が、眦からは溢れだすように涙が出てくる。

「お前に抱かれる気なんて、無い…。
私は…、辻美空は、お前なんかを愛さない!
竜峰を、竜巻を。そしてこれからは白竜も、私の手で育てていかなきゃいけないんだ!
私の腕はもう子供たちの物で、お前を抱く為の場所は一つもありはしない!」

吐き出す。

「それに何だ、火葬場の、死者の前でそんな事を言うだと?
お前は下半身に節操のない奴だと思ってたけど…、ここまで節度の無い奴だとは思って無かったよ!
仕事場の、関係が深い相手だから呼んだけど…、間違いだったよ。遺骨に触れさせたくない程に汚らわしい!」

女の身で知った本性に、吐き気がした。

「今言った事は聞かなかったことにしてやる! だがそれでも私の、私達の前に出てくるのなら…、男として二度と立てなくしてやる!
解ったら出ていけ! 二度とうちに来るな、関わるな!」

ぽかんとした顔で、後輩が見やる。
何があったのか近づいてくる親族や仕事場の人間たちは、美空が涙を流している事から、ある程度を察したのか。後輩の方を責めるように見ていた。
後輩が張られた頬を抑えながら出ていくと同時に、白竜が大きな声で泣き出した。

マズい姿を見せたと思いながらも息子を腕に抱き、あやすと、自然と鳴き声が小さくなる。
まるで母親に、“怒って欲しくない”と言うように。

「…母さん、泣いてるの?」
「大丈夫よ、竜巻。最近少し眠れてなかっただけだから…」
「でもさっきの声は…」
「大丈夫だから…。ほら、おいで」

喪服のスカートを掴んでいた竜巻を、白竜と一緒に抱きかかえる。
さすがに2人は少し重かったけれど、これが“命”の重さだと知れば、重すぎると思いはしなかった。

「母さん」
「なぁに、竜峰?」
「…俺、強くなる。強くなって、良い兄さんになって…、白竜の父さん代わりになって…、母さんを泣かさないようにする。
だから…、泣かないで、母さん」

腰に抱き着いてくる竜峰を抱くことは叶わなかったけれど。
この言葉を聞いて、また涙が零れ落ちた。

「…母さん、泣いてる」
「うん…嬉しくってね…。竜峰、竜巻…、大好きよ…」

悲しみの涙が心を洗い流すために出るものならば、
喜びの涙はあふれ出る想いが零れ落ちたものなのだろう。

大地の誰にも知られる事のない決意は、想いを固めるごとに、こうして強固になっていく。

葬式における騒動で、最悪辻家籍から離れる事があるかもしれないと思っていた。
けれど辻家の…、大地の両親は、『美空』がこのまま自分の義娘で居続ける事に寛容だった。

孫達が離れたがらない事の他、まだ大地が生きている気配さえするのだと。
一度疑問に思った「美空」の問いに、そう答えてくれた。

そこからは、子育てに奮闘する日々が始まった。
事故に遭ったおかげで入った自分の保険金と、それまで貯めていた蓄えを切り崩しながら最初の2年を乗り越えた。
時折来てくれた大地と美空、双方の両親に助けられながらも、やはり子供は手がかかって仕方ない。
何が起きても鳴き声を上げて、時には寝る間さえ削り取られる。
育児ノイローゼという言葉の重みは、男の時では然程でも思わなかったが、この姿になって嫌と言う程思い知った。

白竜が2歳頃になり、多少なりとも家の事を竜峰や竜巻に任せられるようになったと思うと、少しずつ仕事を始めた。
蓄えはいつまでも続く物でなく、白竜が育てばここから更にかかるのだから。
2人が小学校から帰ってきてからの夕方から、少しの間。
昔のように稼げはしなかったが、逆にリハビリとしていいような気さえした。

竜峰が武道場に通いたいと言い出した時は、すぐに承諾した。
早く大人になろうと様々な所で背伸びしていたのは知っているし、これもその一環なのだと気付いた。
もしかしたら、同年代がいるだろう場所で年相応の事をしてほしかったのも、多分にあった。
家計が少し苦しい事を知って、道場通いを止めようとしたのを止めた。

「ねぇ竜峰。あなたがいつも頑張ってくれるのはありがたいし、お母さんは良く知ってるわ。
けれどね、何もかも私の都合で振り回す訳にはいかないの。
あなたはまだ10歳だし、もっとわがままを言ってもいいのよ。やりたい事があったら、気にせず言って?」
「…でも、それだと母さんが辛いんじゃないの? 俺は母さんに、少しでも楽をさせたい…」
「ありがとう…。その言葉が聞けただけで嬉しいわ。でもね、私は子供たちに任せて楽をするのは、もっと後で良いと考えてるの。
私は“お母さん”で、あなた達はまだ子供だから、背中を見せて、前を向いて、頑張らないといけないの。
竜峰がずっとそう思ってくれたなら…、竜峰が大人になってから楽をさせてくれると嬉しいわ。
だから今は気にせず、道場に通いなさい?」
「…うん。次の昇級試験の時は頑張るから、母さんも見に来てね」
「えぇ勿論」

自分の子供が強くなっていく様を見せられないのを、内心で悔やんだ。

竜巻が喧嘩をしたと聞いた時は、すぐに学校へ向かった。
話を聞くだに、女の子を苛めていた少年グループ一派に単身立ち向かったのだという。
クラス中が証言者となり、竜巻と少女の擁護と、少年グループの糾弾をした。
一派の親が良心的であったのと、大きな怪我がなかったのが幸いし、互いに謝り終えた後に、竜巻に話を聞いた。

「ねぇ竜巻、どうして喧嘩したの?」
「…なんだか、許せなかったんだ。弱い女の子相手に何人も一緒になって苛めてさ。
母さんに迷惑かけないよう、喧嘩しちゃダメだって想ってたけど、もう我慢できなくて…」
「…いい子ね、竜巻は。弱い相手の事を考えられるんだから。
でも、今回はお互い大きい怪我が無かったから良いけど、やり過ぎはダメよ? もしかしたら…、だからね」
「ん…、解ってる」
「…ねぇ。竜巻も、道場に通ってみる?」
「…良いの? 峰兄が月謝の事とか心配してたけど…」
「良いのよ。大は小を兼ねるって言葉もあるし…、手加減できるようにもなりなさい?
月謝の事ならどうにかするわ。白竜の事だって見てくれて嬉しかったし…、また私が頑張るからね。
強くなりなさい。そして同じ位、優しいままでいてね?」
「…うん、解った!」

自分の子供が優しくなっていると知った時、内心で微笑んだ。

白竜が育っていくにつれ、自分に“父親”がいない事を知られた。
保育園で友達を迎えに来たのが「お父さん」で、自分にはいないのだと気付いたらしい。
上の二人が道場に行っている時に、腕の中で白竜が聞いてきた。

「おかーさん、うちにおとーさん、いないの?」
「…いないのよ。白竜が産まれて少ししたら…、事故に遭っちゃって、ね」
「じこって、くるま? おかーさんけがなかった? ぼくへーきだった?」
「幸い、私はちょっとした怪我だけで済んだの。白竜はへっちゃらよ? 今こうして生きてくれてるんだもの…」
「くるしぃよ、おかーさん…」
「あっ、ごめんね、白竜。…でもね、お父さんは白竜たちをお母さんに残してくれたから、良いのよ」
「そっかー…。おとーさんってどんなひとだった?」
「…優しくて、ちょっとだけ不器用で…、ね。でも“私”を、子供達を愛してくれてね?
……一緒にいると、幸せな気分になれた人よ」
「そっかー…。おかーさんは、いまでもおとーさん、すき?」
「えぇ勿論、大好きよ。いなくなっても、ちゃんと白竜たちを見守ってくれてるわ」

美空の記憶から伝わる“自分”の像に苦笑いしながら、小さいながらも我が儘をろくに言わない子供たちに、少しだけ心配をして。



言う事の出来ない大切な想いは積み重なっていく。

当然のことながら、幸せな記憶ばかりではない。
まだ年若い未亡人であり、年齢より若く見られることが多々あった美空は、男から良からぬ視線を向けられることが何度もあった。

パート先で、上司の中年男性に言い寄られた事もあった。
保育園で子供を迎えに来た父親に、粉をかけられそうになった事もある。
けれどその度に素気無くあしらい続けてきた。
美空である自分が大切に思うのは、大地と言う男性で。大地が大切に思うのは、美空と言う女性だから。

男に抱かれたくない、と思う事もその一因だった。
美空の記憶を探る事で、「抱かれる」行為の感覚は知っていれど、大地としての意識ではそれを受け入れられなかったのだ。
妻の体の中ではあるが、意識として男性の感覚が残っている。そして大地は同性愛の嗜好を持っていなかったから。

しかし、男を知っている美空の体が、不意に疼く時も多々あった。
男の時より多くなく、また解りにくい形ではあるが、ムラムラとしてしまった時、子供達に隠れて自慰行為をしてしまう事もあった。

風呂場、体を洗っている時。
今朝から疼いている体を慰めねばと思い、鏡の前に立つ。
齢を数えてハリは落ちてきているものの、それでも確かに写るのは「辻美空」の体。大地はただ、それだけで一際心臓が強く鳴った。

「ん…っ」

乳房を持ち上げ、高鳴る鼓動のままに手を動かしていく。
強弱をつけて柔らかい肉を弄び、硬くなってきた乳頭を指先で摘まむ。それだけで声が溢れ出そうになるのを抑えながら。

「んく、っふ…、ぁ…!」

まだ白竜が乳飲み子であった頃、その胸からは母乳が滲み出てくる。
乳頭に集まる白い滴を指先で掬い、鏡の前でわざと淫靡そうな顔を見せて飲み込む。
“妻”のそんな姿に、自らの事ではあるのだが、大地の男性としての意識は殊更に興奮した。

「美空…、ダメだろう、それは白竜の物なんだから…」
「あなただって、竜峰が産まれた時に飲んだでしょう?」
「あぁ、そうだったな…。あの時より随分と甘く、優しい味だ…」
「飲み比べて語るんですね…、あなたってば…」

嬌声の他、喉から漏れるのは“自分と妻”の一人芝居。決して取り戻せない“男性”を、誰にも見られてない場所でのみ揺り起こして。
それが決して建設的でない事は知っていつつも、“男”であることを忘れない為にも、やらずにはいられなかった。

「ほら…、見てください…。欲しくて、こんなに濡れてます…」
「3人も産んで、こんなに広げて…。いやらしいな」
「そのいやらしい女を、何度も抱いてる人に言われたくないです」
「それもそうだな…」

なまめかしく指を舐め、唾液に光る指を秘所へ宛がう。
そこは既に濡れており、触れ合う事で水音が小さく風呂場に鳴った。

「んっ、…っふ、んぅぅ…!」

右手の指を男性器に見立てて何度も突き入れながら、外周部を撫で、感じるところを責めていく。
左手では乳房を救い上げ、興奮で押し出されてきた母乳を舌で舐めとる。

「んむ…、んふ、んっ、ぅぅ…!」

露見するのを恐れてか声は荒げられず、静かに自らの、美空の肉体を愛おしむ。
愛する妻を抱いているような、夫に抱かれているような自慰行為は、誰にも見せられるわけがない。

「ここ、も…、ぃひ…っ!!」

自分が美空になってから、不思議と小さく肥大化したクリトリスを摘まむと、思わず声が溢れてしまった。
手を止め、誰かが近づいていないかを気配だけで探る。
しばらくしても何もないと気付いて、もう一度手をそこへ添える。

指先で、奥へ届かないながらも膣内を抉り、中の肉を指の腹で撫でる。
乳房を揉みしだき、乳頭を口にしながら母乳を吸い、時に軽く歯を立てる。
女の体を抱きしめながら、時には男としての一物を責めるように、陰核を摘まむ。
視線を向ければ、映した鏡の中で乱れるのは、自分の愛した妻の姿。
その度に湧き上がるのは女としての快感だが、大地はそれでもよかった。

男としての精神でありながら、女としての肉体を愛している。
1人でありながら、確かに夫婦としての繋がりを感じて、互いに絶頂に至る。

「…っ! ダメ…、イくぅ、私、イっちゃいます…!」
「あぁ…俺も、イきそうだ…。見せてくれ…、美空…」
「はい…っ、はいぃ…!」

自己満足であると知りながらも、それは確かに夫婦の性交なのだろう。
声を出さぬように口には乳房を宛がい、粘度を増した愛液を指に絡めながら、自らの肉体を以て知ったGスポットの位置を刺激し、陰核を握るように摘まむ。

「ぃ、ん、ぅぅぅぅぅ…!!」

体を小刻みに跳ねさせながら、美空の体で、大地は絶頂した。

* * *

そうして年を経て、今に戻って。
子供が育ち、身体の疼きも早々顔を出さなくなって、気付けば全員が20歳を越えている。
それは白竜と共に歩んだ、女としての20年だった。

「ただいま」
「母さんただいまー」
「……ただいま」

玄関から声がする。白竜が帰ってきて、どこかで偶然遭遇したのだろう竜峰と竜巻の声が揃った。
食事の準備を始めようとしていた手を止めて、迎えに出る。

「お帰りなさい。ご飯は今から作るから、もうちょっと待っててね」
「準備だったら、俺達が代わるよ、母さん」
「そうそう。ちょっとやらなきゃいけない事もあるし、バトンタッチしてくれって」
「そうなの…? 竜峰も?」
「……あぁ。俺達もいい加減大人だからな。いつまでも負んぶ抱っこは出来ないだろう」
「…もう。でも、ありがとうね。それじゃああなた達のご飯を待っててあげる」

言われるままに身を引いて、美空はリビングでしばしテレビとご対面をし始めた。

『……よし、2人とも良いな?』
『あぁ、俺と峰兄は白から貰った知識で料理をする』
『その間俺は、こっそりベランダから出て、車の中のケーキと花束を取ってくる』
『……露見はしないようにな?』
『見えないように擬態するから、大丈夫だよ』
『頼んだぜ白、放置するとケーキが痛むからな』

スライムとしての念で会話をしながら、ドラゴン三兄弟は段取りを進めていく。
理由は簡単、美空の誕生日を祝う為の、サプライズの演出。

竜峰の車中に隠されたケーキと花束を、白竜が周囲の光景に擬態しながら確保して持ち込む。
その最中に2人は美空の視線を誤魔化しながら、白竜が喰らった女性の知識で料理をする。
勿論、美空の好物は必須だ。

大地は今の自分に問うた。母親をできているか、と。
誰にも答えられることは無いものだと思って、今この場にいない『妻』に問いかけたけれど。

その答えは、然程時間をかけずに、子供達が教えてくれるのだと。
今の大地は、まだ気付いていなかった。

誕生会まで、あと30分。

Extra.4 End

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Extra.5 「辻竜巻と尾長奈央」

Coming Soon.
人間だれしも過去があります。積み重ねてきた土台の上に自らを置いており、それゆえに自分を確立させるのです。
土台の形はその人ごとに違うから、他人と同じものなどあり得ないから。

消えてしまわない内に、現在書き上げてある部分を掲載いたします。

…やっぱりスライム同士の行為って難しいですよね、描写の説明とか。
Extra.5は現在執筆中ですので、書き上げ次第、スレが残ってればそちらに、無ければ図書館に上げますので、しばしお待ちを。
罰印
0.6420簡易評価
33.100きよひこ
Extra.5は、スレと一緒に消えましたけど、ここに追加するのか、次に回すのか、どうするのでしょう?

あ、お母さんの話、良かったですよ。
それにしてもこの家族、とことん超常現象に縁があるんだな。
40.無評価罰印 ◆XXUzRmJ/ZE
コメントレスです。

>33様
現状ろくに執筆できていない関係上、Extra5は新たにスレを立てても沈みがちになると思います。
ので、書け次第図書館に追加掲載する形になると思います。

感想ありがとうございます。
最初の設定では美空だけ「異常を避ける性質」を持たせてたんですが、それじゃ話に出せないじゃん、と思い至って手を加えました。
勿論この場に即した手の加え方ですとも、えぇ。
惜しむらくは貞淑な母親を大地が演じてたので、エロい事が然程出来なかった事でしょうか。やばい、書きたい(ビクンビクンッ)。