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『本場物の衣装』

2014/07/03 15:03:20
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幼稚園時代からの幼馴染にしてイトコでもある、お調子者の桃芽野双葉が、文化祭にクラスでやる企画として「ハロウィンカフェ」とか言うキテレツな案を出して、どういうわけかそれが多数決で通っちまった。
「要するに、ホラー系コスプレ喫茶か?」
「身も蓋もないこと言わないでよ、紀ぃくん! ……まぁ、あながち間違ってはいないけどさ」
自分の出した案が通ったせいか、双葉のハリキリようは尋常じゃない。自ら全衣装の手配買って出たくらいだ。
実はコイツの隠れた趣味がコスプレ──それも、わざわざコ●ケとかサ●クリだとかにまで出かけて行くほどの熱心なレイヤーであることを知ってる俺は、別に驚かなかったけどな。

事前準備担当が10数人、調理などの裏方が10人で2交代制、残る15人が接客担当のウェイトレス&ウェイターを3交代制でやることになったんだが……。
「なんでナチュラルに俺が接客担当に入れられてんだよ!?」
独り暮らしの調理スキルを活かして、俺は裏方に回るつもりだったのに。
「え、いいじゃん、紀ぃくんも一緒にコスプレしよーよぉ」
コイツは事あるごとに俺にもコスプレさせようとするんだよなぁ。俺としては、双葉を始め、似合ってるコスプレ美少女を観るの自体は嫌いじゃないが、別段自分がそういうカッコをしたいとは思わない。
「もったいないよぉ。紀ぃくん、けっこう美形だし、スマートだからコスプレ栄えするのにぃ」
それは、女顔で体格がヒョロヒョロなのを気にしてる俺に対する嫌みか? ほっとけ!
「うぅ、本気で褒めてるのにぃ……まぁ、それはともかく。今回は、正式な学校の行事なんだから、協力してくれるよね、クラス委員の黒森紀代彦クン?」
むぅ、仕方ない。この種のイベントには全力で取り組むのが俺のポリシーだ。
ニッコリとイイ笑顔で念を押す双葉に、俺は渋々頷いたのだが……。

(……頷かなきゃよかった)
文化祭前夜に、双葉に呼ばれてアイツの部屋に行った──ちなみに俺は、双葉の両親が自宅の隣りで経営してる学生向けの寮に下宿しているのだ──俺は、安請け合いしたことを激しく後悔した。
「どう、紀ぃくん、可愛いでしょ?」
ああ、それは認める。ロップイヤーの兎をモチーフにしたと思われるピンク色のモコモコしたコスチュームを着た双葉は愛らしく、そのクセ、上半身の衣装自体は、女らしい胸の膨らみやくびれたウェストを強調していて、かなりセクシーだ。
幼馴染であり兄妹同然に育った仲とは言え、双葉がそれなり以上の魅力的な美少女であることは、俺も理解していたし、こんな服装をされると目のやり場に困ることもある。

しかし……。
「なんで俺が女装せねばならんのだ!?」
そう、双葉が俺用にと用意していたのは、ストラップレスでハイレグ気味のレオタードと、紺色の燕尾服、そしてウサ耳という、どう見てもバニーさんモドキなコスチュームだったのだ。

「え? だって、あたしが『ドラキュリーナ』の人気キャラ「ラビィシア」のコスやるんだもん。紀ぃくんには、どうせならダークエルフ「ムラマーサ」のバニーコスバージョンやってもらおうかなって」
だから、そのコスプレ優先的思考はやめい!

「そもそも、いくら華奢だからって、俺は男だぞ? ゴスロリとかもっと体の線が隠れるような服ならともかく、こんな露出度の高いコスチューム着られるわけないだろ」
いや、無理したら着るだけなら可能かもしれんが、外見的には大惨事確定だ。
いかに文化祭が"祭"だからって、進んで笑い者になりたいとは思わんぞ。まぁ、ウケは取れるかもしれんが。

「ふっふん、ご心配なく。その点はちゃあんと考えてますよー」
双葉は、傍らに置かれた平べったい(某大手通販サイトから本とか送ってくる時のにそっくりな)箱から、得意げにソレを取り出した。
「じゃじゃん、『マジカルアンダーウェア』!」
本人は、青い未来ロボっぽい口調で言ったつもりかもしれないが、あんまり似てない。

ま、それはともかく……。
「何だよ、そのヘンテコなブツは?」
敢えて言葉で表現するとしたら、「肌色で極薄のラテックスか何かで造られた、ハーフトップとスパッツ」とでも言うべきか。
ただし、ハーフトップは胸の部分がこんもり膨らんでるし、三分丈くらいのスパッツの方も尻の方が軽く盛り上がっている。
「言ったでしょ、魔法の下着(マジカルアンダーウェア)だって。これを着るだけで、男の子でも、簡単に女性体型になれちゃう夢のコスプレグッズなのでーす」
なるほど。要するに精巧な肉襦袢みたいなモンか。
「むぅ、そういう夢がない言い方はノーセンキューだよ、紀ぃくん! ほらほら、論より証拠、ちゃっちゃと着てみて!」
そこで断われば良かったんだろうが、好奇心に負けた俺は、ついOKしちゃったのだ。

「お着替え、手伝おうか?」と言う双葉の申し出を丁重にお断りして、俺は部屋の隅で双葉に背を向け、彼女が言うところの「マジカルアンダーウェア」とやらを着用してみた。
とりあえず、トレーナーとTシャツを脱いで上半身裸になり、袖なしハーフトップに近い形状の方を頭から被ってみる。
どう言う材質でできているのか、人肌そっくりの質感を持ちつつゴムのように伸びるソレは、大きさ的にはやや小さめながら、さほど苦労せずに着ることができた。
「わ……何だ、これ、肌に吸いつくみたいだ」
何か樹脂のようなものが詰まった偽乳部分が、それらしく落ち着く位置に整えた途端、それまで感じていたハーフトップの締めつけ感が消え、まるで第二の皮膚になったかのように、しっくりくるようになった。

何となくゴクリと唾を飲み、俺は恐る恐るズボンと──思いきってトランクスも脱いだ!
(添付の説明書に「直接素肌に着てください」っと書いてあるんだから、しょうがないよな)
誰にともなく言い訳しつつ、その説明書にある通り、自分の男の徴を、スパッツ(?)と一緒に入っていた小さな布製の筒に押し込んでから、股の後ろに回し、筒の先端部についてる細い紐を腰の後ろ辺りで留める。
紐の先端は2センチ四方くらいの平たいテープ状になっていて、フィルムをはがすと、シールみたいにピタッと肌に貼り付いた。これで、前が不自然に膨らむのを防ぐんだろう。
そのまま肌色のスパッツに足を通す。
「ぅっ、こっちもキツ……くはないか」
ハーフトップより伸縮性が高いのか、スパッツはピッチリと俺の下半身を覆っているのだが、締めつけられている不快感はない。
先程までは多少窮屈な感触があった布サックに包まれた「息子」部分も、スパッツをはいた途端、よほど巧く固定されたのか、「そこにあるとは思えないほど」すっきりと違和感がなくなっていた。



「へぇ、こりゃなかなか……」「ありゃりゃ、ホントだねー」
「ぬわッ、双葉!?」
抗議する間もなく、双葉は、全裸(?)の俺に後ろから抱きついて、両手で胸を揉んでくる。
「ひ、ひゃぁ! いきなり何すんだよ!?」
「ほぇ、スゴいよ、このマジカルアンダー。手触りが本物みたい」
半着ぐるみ状のコスチュームを着た双葉の肉球のついた大きな掌でムニュムニュと揉みしだかれ、形を変える俺の(?)おっぱい。
作り物のはずなのに、なぜか触られている感触が伝わってくるような気がして、俺はあわてて双葉から離れた。
「や、やめろよな、そういうコトすんのは」
「え、別にいいじゃん……って、うぷぷ!」
突然噴き出した双葉の視線をたどると、自分が無意識に内股になって右手で股間、左腕で胸を隠そうとしていることに気付いた。
「なによ、何だかんだ言って、紀ぃくんもノリノリでなりきってるんじゃない」
「わわっ、こ、コレは違う!」
慌てて弁解するものの、体をますます縮こめて、何とか双葉の視線から恥ずかしい部位を隠そうとしているのだから、あまり説得力はない。
「クッ……コレが衣装だな?」
俺は弁解を諦め、さっさとこの茶番を終わらせようと、双葉に背を向け、脇に置いてあった白いバニースーツ(?)を着て、燕尾服を羽織る。
そこで一瞬ためらったものの、覚悟を決めて白い薔薇状の縁飾りのついたニーハイタイツに、靴下を脱いだ素足を通した。
(う……コレは……)
驚くほどに肌触りがいい。絹でも化繊でもない、不思議な感触の布が優しく脚を締めつける感触に、ホウッと溜め息が漏れそうになる。
「? どしたの、紀ぃくん?」
「な、なんでもない!」
はてな顔の双葉に首を振って返事し、毒を食らわば皿までと、ロングヘアのウィッグをかぶり、その上からウサ耳つきカチューシャをはめた。
「こ、こんなモンでどうだ?」
振り返ると、双葉が、うっとりした目付きで俺の方を見ている。
「──すごい。メチャメチャ似合ってるよ、紀ぃくん! 超ラブリ&ビュリホだよ、お姉様になってほしいくらい!!」
また大げさなと思った俺だが、双葉に肩を押されて、姿見の前に連れて来られたことで、その感想を一変させざるを得なくなった。
鏡の中には、スタイル抜群の美少女バニーガールが映っていたからだ。
「……誰、これ?」
「もち、紀ぃくん……ううん、このカッコだと、紀代ちゃんって言うほうが似合うよね!」
幼い頃の双葉は、俺のことを「紀ぃちゃん」ないし「紀代ちゃん」と呼ぶのがデフォで、小学校に上がった頃、「くん」付けで呼ばせるのにヒドく苦労した思い出がある。
そんな古い呼び名を呼ばれても、訂正するのも忘れるほど、俺は鏡の中に映る自分の姿に見惚れていた。
そこにいる「少女」は、まさに俺の理想を体現したような姿だったからだ。

全体的に細身でありながら、胸や腰はメリハリの効いた女らしい体型。
そして、それを引きたてる露出の多い扇情的な衣装。
僅かに頬を赤らめた、細面で端整な顔立ち。
背中の半ばまでを覆うしなやかな濃い藍色の髪。
頭部の白い兎耳も、少女に一片の愛らしさを添えている。

鏡に映る「彼女」と視線を合わせているだけで、背筋がゾクゾクしてくるのを感じて、慌てて俺は目を逸らした。
(ヤバい……なんか、コスプレとか女装とかするヤツの気持ちが、ちょっとわかっちゃったかも)
普段の自分とは違う、理想の自分に化(な)る。その愉悦(たのしさ)の一端を知ってしまったかもしれない。
「──い、衣装合わせは、もういいだろ。脱ぐぞ!」
「あん、待って待って、せめて写メ撮らせて」
すがりつく双葉を振り切り、手早く──けれど破れたりしないよう細心の注意を払って衣装を脱ぐと、俺はシャツとパンツだけの姿で強引に自室に戻った。
「魔法の下着」とやらを脱いだ俺の股間は、恐れていた通り、滅多に見ないほどガチガチに堅く勃起している。
(畜生、まさか、自分の女装姿をオカズにするなんて……)
そう思いながらも、その晩、俺は妄想の中であの「バニーガール」を弄びながら、3回もヤっててしまった。
──そして、後になって思い返せば、ソレが俺の人生最後の射精となったのだ。

* * *

翌日の文化祭初日において、俺達のクラスの出し物──ハロウィンカフェは大成功だった。

「喫茶パンデモニウムへ、ようこそだぴょん♪」
コスプレ慣れしているうえ、一部自腹を切ってまで衣装を調達してきた双葉の見立てと指導を受けた、ハロウィン風……というか擬人化魔物娘風のコスプレをしたウチのクラスのウェイトレス陣は大好評で、次から次へとお客さんがやって来る。

「──ふん、よく来たな。その心意気に免じて、我がじきじきにねぎらってやろう」
最初は完全に棒読みだった俺も、12時間も「ツンデレダークエルフの女戦士」の演技を続けていれば、多少は慣れる。
まぁ、俺の場合、演技云々よりはこの(まるっきり女の子にしか見えない)格好をクラスのみんなにさらす事が最大のハードルだったわけだが。

そりゃもう、最初は大騒ぎだったさ。
多少線が細いとはいえ、水泳の授業とかで、れっきとした男としてわかっているはずの男子生徒が、完全に女の子(それも結構スタイルのいい娘)になって、バニーガールモドキの格好でもじもじしてるんだから。
逆の立場だったら、俺だって目を疑っただろうし。
双葉が説明したあとも半信半疑で胸とか揉んでくるヤツが続出したし。
いや、女子の羨望と好奇心まじりの視線はともかく、男子の欲望全開のソレは勘弁してほしい。思わず両腕で胸を隠して、後ずさっちゃったし。

もっとも、怯える俺の顔(ああ、悔しいけど認めよう。確かに俺はあの時、「女として男に乱暴される身の危険」を感じていたさ)の様子に保護欲を刺激されたのか、委員長を始めとするクラスの中心的女子が庇って、追い返してくれたから、助かったけど……。

そんなことを頭の片隅で考えつつ、俺は臨時コスプレ喫茶の接客係(ウェイトレス)としての役目を果たす。
一応、あいだに昼食兼用の休憩時間は30分ほどもらえたんだけど、再度メイクしたりするのが面倒だから着替えは禁止──と双葉に釘を刺された。
仕方なく、燕尾服風上着だけ脱いで、バニースーツもどきのレオタードのまま、その上から、白いブラウスとタータンチェックのミニスカートという女子用制服を着て、昼ご飯を食べに出かける。
──いや、俺は、自分の男子制服を羽織って行こうとしたんだけど、双葉を筆頭とする先程庇ってくれた女子数名の強い意向で阻まれたんだよ。
「男装美少女も悪くないけど、やっぱり女子制服姿が見たい!」って。
そのためだけに、スペアの制服持ってくるって、どんだけ周到なんだよ、双葉!?
おまけに、こういう時だけは、男子も満場一致で賛成しやがるし……。

まぁ、そんなこんなで、小さなハプニングはありつつ、無事に文化祭一日目は幕を閉じた。
「明日は土曜日で、外来のお客さんが多い分大変かもしれないけど、多少は慣れたたぶん、平気だよね、紀代ちゃん♪」
「だから、なんで俺だけ午前午後通してシフトが入ってんだよ!」
ぶつくさ言いながら、教室の片隅のカーテンで仕切られたスペースで着替える(人肌風ハーフトップとスパッツを脱ぐとき、ちょっと──ほんのちょっとだけ躊躇ったのは、ここだけの秘密だ)。
「紀代ちゃんだけじゃないよぉ。あたしも責任者としてつきあうから、だいじょぶだいじょぶ」
「そういう問題じゃねー!」
大騒ぎしながら一緒に帰る、俺と双葉。

しかし、この時、俺達は、ふたつの重要な事項を見落としていたのだ。

ひとつは、今日のウェイトレス陣(含む俺)のハマりっぷりに感服した大道具担当で美術部員の敏明が、「せっかくだから、店の雰囲気ももうちょい凝ったものにしようぜ!」と、有志数名と、教室内の装飾を突貫工事で改造したこと。
図書館で借りたそのテの本を参考にして、黒く塗られたベニヤ板でできた模擬店の内装に、魔法陣やら魔物の絵やらが描かれ、確かにおどろおどろしい雰囲気は出た──それらし過ぎて、ハロウィンと言うより黒ミサっぽいけど。

もうひとつは、例のア●ゾン風配達箱を開けた時、いちばん下に入っていた注意書きを適当に読みとばしていたこと。

『※Caution! 本製品は、ザカリヤ山のアルミラージの毛皮やシュツルバース森林のダークエルフの皮を用いた、魔界産素材100%の本格的衣装です。
人間界で使うぶんには全く問題ありませんが、魔力を充填すると不具合がでる可能性がありますので、魔界での使用はご遠慮ください』

* * *

無事に文化祭の一日目が終わった、その日の夜。
学生寮の風呂に入ったのち、自分の部屋に戻って来た俺は、スポーツバッグから取り出した"ブツ"をベッドの上に並べて、葛藤していた。
無論、そのブツとは、双葉が言うところの魔法の下着(マジカルアンダーウェア)の上下だ。レオタードとかタキシード風ジャケットとかのコスチューム自体は、明日も使うので学校に置いてきたのだが、このふたつだけは、つい出来心で持ち帰ってしまったのだ。
僅かな躊躇いと背徳感を振り切り、Tシャツとトランクスを脱ぐと、まずはスパッツ状のソレを手にとってゆっくり足を通し、腰から臀部にかけてフィットさせる。
「んんっ……」
履く前から半ば屹立していたソコには、あえて例の布サックはつけず、そのまま下腹部に押し付けるようにして着こんだ。
そのせいか、見かけは完全に女性そのものだが、後ろに回した時に比べてやや隆起のある、いわゆる「モリマン」風に見える。

思わず手をやりたい気持ちを懸命に抑えて、ハーフトップの方を被る。
これまで2度着た時と同様、ピッチリと窮屈な感じも、Cカップクラスの偽乳部分の位置を調整した途端に消えて、まるっきり裸のように自然に感じられた。

そして、洗面所の鏡の前に移動すると、鏡の中には、ちょっとボーイッシュな感じだが、完全に女の子にしか見えない人物が、全裸で立っていた。
「うわ……こんな娘なら、そりゃ、人気出るよな」
ナルシストとは違う意味で、鏡の中の「少女」に見惚れつつ、おずおずと両手を「胸」へと伸ばす。
そのまま触ってみると……柔らかい。強いて例えるなら、豆腐を滑らかな布に包みこんで揉んでいるような弾力と柔軟性のバランスが絶妙で、やみつきになりそうな感触だ。
しかも、さすがにダイレクトに自分の素肌に触れた時ほどハッキリした感じではないが、それでもそこに触れられていることは十分わかる。そのせいで、なんだか、自分が本当に巨乳になって胸を揉まれているような、不思議な気持ちになってくる。
「ふわ……」
夢中になって揉んでいると体がなんだか温かくなってきた。
左掌でそのまま乳房をもみしだきながら、右手を息子の無いつるんとした下半身へと移動させる。。

まずは、偽肌スパッツによって女性のようなまろやかなヒップラインへと変えられたお尻を撫で回してみた。
「ん……ふぁっ………」
スゴい! 触り心地の良さもさることながら、布越しのはずなのに、むしろ普段より臀部の肌が敏感になってる気がする。
(女性がお尻を弄られると「感じる」ってのが、分かるような気がするな……)

そして、いよいよ最後の秘境へと震える指先を伸ばす。
無毛ではあるものの完全に女性の秘部を模して形作られたそこには、浅く溝のようなものがモールドされている。
その筋に沿って指先をスライドさせただけで、普段自慰している時に倍する快感が背筋を駆けあがってくる。
「あ、アァンッ! ……な、なんだこれぇっ!?」
思わず大声が出て、慌てて口を押さえる。
幸いにして、隣の部屋に聞こえる程の大きさではなかったみたいだ……たぶん。
何度か慎重に触れてみた結果、どういう仕組みなのが、ただスパッツに付けられた溝のはずなのに、(おそらくは)「女性の性器の感覚」を疑似的に感じられるようだと見当がついた。
鏡を覗き込むと、「頬を染め、悦楽に目を潤ませた女」が艶っぽい吐息を漏らしている。

そう自覚した途端、俺は歯止めが利かなくなってしまった。
ベッドに横たわり、思う存分「女の快感」を追求する。
掌に余る大きさの「乳房」を、やや小さめのツンと尖った「乳首」を、汗のせいか微妙にぬめる「秘裂」を、おそらくは亀頭の先端が収まっていると思しき「陰核」を……。
それらを愛撫するだけで、「紛い物」だと思えないくらいの快感が身体の各部から伝わってくるのだ。

何度目かの「頂き」を迎え、おそらくスパッツの「中」で陰茎が白濁を噴き出しているだろうことを予想しながら、ベッドの上の俺は意識を失うように眠りに落ちた。

* * *

──ドンドンドンッ!
「ちょっとぉ、紀ぃくん! そろそろ起きないと遅刻だよ! 文化祭だって出席はとられるんだからねー」

ドアを叩きながら呼び掛けてくる双葉の声で、俺は目が覚めた。
「んーー、もうそんな時間か……って、ヤバっ!」
寝ている間に無意識に掛け布団を身体に巻き付けていたのか、幸い「裸」のまま寝ても風邪とか引いてないみたいなのは助かったけど……。

──ぷるるん♪

ベッドの上にガバッと身を起こすと、胸のあたりで弾力あるものが揺れる感触がする。
「ヤベぇ、これ着けたまま寝ちまってた!」
慌てて肌色のハーフトップを脱ぐ。寝汗で貼り着いていたせいか、少し脱ぎにくかったが、ぐいぐい引っ張ると何とか脱ぐことができた。

「問題は、下だよなぁ……」
昨夜の「痴態」を思い出して、今更ながらに気が滅入る。
たぶん、これまでの夢精経験から想像する限り、かなりヤバいことになってるはずだ。
「えぇい、躊躇ってても仕方ないっ!」
思い切ってウェストの辺りの継ぎ目に手をかける。
「ん? この人肌スパッツって、確かヘソのあたりまでの長さじゃなかったっけ?」
しかし、指でまさぐってみてもその辺りに境界はなく、指でたどるともう少し上──おミゾオチのすぐ下に、ようやくスパッツの「縁」を見つけた。
「あちゃあー、ずっと着たままだったから伸びちまったのかな?」
まぁ、とりあえず今日一日もてばいいだろう。

とりあえず、腹巻みたくなったスパッツの上の部分を膝までずり下ろす。
「あれっ!?」
おそるおそる中味を覗きこんでみたものの、不思議なことに男が出す白濁液特有の生臭い匂いはしてこない。むしろ、甘い蜜みたいな、いい香りがするくらいだ。
あれだけイッたと思ったのに、実は射精してなかったのだろうか?
(もしかして、「ドライいき」ってヤツか?)
仮にそうだとしても、先走りくらいは垂れ流してそうなものなんだが……。

なんとなく腑に落ちない状態に首を傾げていると、いきなり部屋のドアが開かれた。
「もぅ、紀ぃくん遅いよ、何やって……」
げ……そういやコイツ、俺の部屋の鍵は親から預かってるんだっけ。
「ば、バカ、着替え中だ! 外で待ってろ」
「ああ、なるほど、着替え中ね。うんうん、確かに教室で、その「魔法の下着」着けるのは、一度全裸にならなくちゃいけないから、ちょっと恥ずかしいもんね」
ホッ……。どうやら、俺が今このスパッツに足を通してるのを「昨夜から着たままだったのを脱いでる」のではなく「これから履く」ところだと思ってくれたみたいだ。

「そ、そうなんだ。だから、どうせなら家から着ていこうかなーって」
双葉の勘違いをそのまま利用して、俺は脱ぎかけのスパッツを再び履いてみせる。
「うん、いいと思うよ! じゃあ、あんまり時間がないから、トップの方もちゃっちゃと着てね」
「あ、ああ……」
この流れでは仕方ない。俺は頷いて、ベッドの上に放り出してあったハーフトップを被り、「乳房」の位置を整える。
「よし、着たぞ……って、何だよ、それは!?」
振り返って、満面の笑みを浮かべた双葉が手にしているモノを見た瞬間、思わず声を挙げてしまう。
「見てわからないの? ぶ・ら・じゃ・あ、だよ」
「げっ、まさか……」
「ピンポーン! さぁ、張り切ってお着替えしましょー、「紀代ちゃん」♪」
しまった! 迂闊なことは言うもんじゃない。よく考えればこうなるコトは予想できたのに。

──こうして俺は、朝からコスプレ魂全開の双葉の手で、女物の下着の上下を着けさせられたうえで、昨日の昼と同じく双葉の予備の女子制服を着て、登校するハメになったのだった。

そして、その騒ぎのせいで、いつの間にか、この人肌風ハーフトップが半袖に、スパッツの方も五分丈ぐらいになっていたことを、俺達は、うっかり見逃してしまったのだ。

* * *

我が恒聖高校の第34回文化祭2日目にして最終日。
昨日は平日(金曜)であれだけ盛況だったのだから、土曜の今日はもっと混むのではないか……という、(あまり有難くない)予想は外れることはなく、午前中から、昨日比1.5倍くらの人出で、俺達2Dの模擬店スタッフ一同は、うれしい(?)悲鳴をあげていた。

「ていうか、この内装、張り切り過ぎだろ……」
昨日までは、黒く塗っただけのベニヤ板と何枚かの暗幕で構成されていた「喫茶パンデモニウム」の壁が、一夜明けると……何ということでしょう!
悪魔や吸血鬼、魔女といったホラー物の主役の線画が、黒壁に白い塗料で描かれ、さらにド真ん中に、いかにもそれらしい精巧な魔法陣も描かれている。随所に血を連想させる赤い塗料が使われてるのもポイント。
おかげで、一気にハロウィンっぽい……というより、怪奇色強すぎてほとんどサバトっぽい雰囲気と化している。
もっとも、このメンツ──兎娘ラビィシア(双葉)、ダークエルフのムラマーサ(俺)、正統派魔女っ子テュアドラ(委員長の和歌羽)、悲哀精バンシーラ、夢魔王女フェレスなど……のコスプレっ子がウェイトレスを務めている状況では、そんなに違和感はないけど。

まぁ、内装の雰囲気が「らしく」なったのは良しとしよう。
「けど、いくら忙しいからって、昼飯を食いに抜け出す暇もないってのは、ヒドいんじゃないか?」
狭いバックヤードで、俺は委員長に抗議する。
「仕方ないでしょ。アンタ達ふたりは、この企画の一番の看板娘(めだま)なんだから。こうなったら稼げるだけ稼ぐためにも、今日一日フルに詰めてもらうわ。
代わりに、お昼はウチの店で一番高価いメニューを奢ってあげるから」

いや高いったって、しょせんは模擬店だろ……と思ったものの、この「魔女の気まぐれ三色サンドバスケット」と「魔力と霊感を高めるマジカルハーブティ」とやらは、確かに美味い!
とくにお茶の方は、飲んでるだけで疲れが取れて気力がみなぎってくるような気がするな。
「ホントだよね、何でも、かなり高級なジンセンとか、セージとか、セントジョンズワートが入ってるんだって。和歌ちゃん会心の調合らしいよ」
むぅ、さすがは、本格喫茶の娘だな……と。
「すまん。店に戻る前にちょっとだけ外す」
「ん? どしたの、紀ぃちゃん?」
ラビィシアの格好の双葉が、尻尾をふりふり、首を傾げる。
「──かわや。それとも今の格好にふさわしく、「お花を摘みに」って言うべきか?」
「あ、おトイレか……ってタンマ! 紀ぃちゃん、もしかして男子トイレに入るつもり!?」
無論、そのつもりだが……。
「ダメだよ! クールなムラマーサのイメージ云々を別にしても、そんな格好で男子トイレになんて行ったら、下手したらレイプされちゃうよ!」
「ヲイヲイ、レイプって……」
何を馬鹿な事言ってるんだ。こんなナリはしてても、俺は男だぞ?
「でも、今の見た目はパーペキに巨乳美少女なエルフっ子だよね? 「この際、男でもいいっ!」て人がいないとも限らないと思うけど」
こ、恐いこと言うな!

しかし、逆の立場になって考えると、確かに双葉の言うことももっともだ。
俺だって、突然男子トイレにコスプレ美少女が入って来たらビックリするし、奇異な目で見ると思う。
特に今日は学外からの客もいるから、俺のことを本当は男と知らず、強姦まではいかなくても、バストを触ってくるヤツとか、手コキとかフェラとかしろって言い出す馬鹿がいないとも限らない。
「でしょでしょ。だから、あたしと一緒に女子トイレにいこ?」
むぅ……男としては微妙に承服しがたいものがあるが、背に腹は代えられない、か。

そんなワケで、俺は双葉とともに、女エルフのコスプレのまま2Fの女子トイレに行くことになったワケだ。
入るまではビクビク&ドキドキもしてたが、実際中にトイレの個室に入ってしまえば、別段男子用の個室とそれほど変わりがあるワケじゃない。
俺は、まず燕尾服風ジャケットを脱いで扉のフックにかけ、白いレオタード風ボディスーツの股の部分に手を伸ばした。
幸い、この衣装は、水着みたく股間が完全に閉じられたタイプではなく、目立たないがクロッチ部がスナップ留めになっているので、そこからこんな風に下半身を露出することは可能なのだ。

俺は、「便座に腰かけ」、さっきから我慢の限界に達しつつあった尿意を解放する。

──プシャーーッ! チョロチョチョロ……

午前中ずっとトイレにも行けず、さらにさっきハーブティーを飲んだせいか、ずいぶんたくさんの小便が出てる気がするが、それでも2分足らずで残らず出しきり、尿意は収まった。

「……はぁ、スッキリした。じゃ、さっさと教室に戻って、午後の「看板娘」もがんばろうかね」

俺は「トイレットペーパーをとって、軽くソコを拭いて」からクロッチを留め、ジャケットを羽織ると、個室から出て、先に出ていた双葉と合流し、教室に戻った。
自分が、今、無意識に何をやったか──どうして「レオタードを脱いだだけで、当り前のように小便をすることができたのか」を自覚することもなく……。
あとで思い返せば、この時、すでに「異変」は相当に進行していたのだろう。

* * *

「こら、アルタミラ! また早とちりしおってからに。しかも、今回ばかりは「ついうっかり(テヘペロ」で済ますわけにはいかぬぞ?」
「ふみゅん、師匠、ごめんなさーい!」

目の前で、背中に羽が生えた小柄な女の子が、ガンダル其を連想させるローブをまとった白髭の老人に叱られて半ベソをかいている。
羽といっても、天使とかみたく鳥っぽい翼じゃなくて、コウモリのような幕状の羽根。
黒いボディスーツちっくな衣装や、背中以外に耳にも小さめの羽が生えてるあたりは、双葉が好きな格闘ゲーム『吸血戦姫ドラキュリーナ』の主人公リナを連想させるが、高貴な吸血鬼というよりは、どちらかと言うと小翼魔(インプ)とかの小物っぽい雰囲気だ。

「あのぅ……」
たぶん60歳は軽く越えてるようだが、かくしゃくとした大柄な白人の老人が額に青筋立てて怒っている様子は、ちょっと声をかけ難い迫力がある。
傍らの双葉と視線を交わし、無言のやりとりの後、あきらめて虎の尾を踏むべく、俺は、老人に声をかけた。
「! ああ、失礼。お見苦しいとこをお見せして、申し訳ない。貴殿らに何ら過失がないことは、すでに分かっておりますので、むさ苦しい場所ですが、よろしければ、しばしの間、くつろいでくだされ」

老人がパチンと指を鳴らすと、すがさずメイド服を着た綺麗なお姉さんが現れ、楚々とした挙措で長卓の前に腰かけた俺と双葉の前にお茶の用意をしてくれた。
「あ、ど、どーも」
曖昧に礼を言う俺に、優しく微笑みかけ、ペコリと一礼してから美人メイドさんは、姿を消した。
そう。文字通り目の前から瞬時に消え失せたのだ──ちなみに、長めのスカートに隠れて足元はキチンと確認できなかったが、少なくとも足音がしなかったのは確かだ。

魔法使い(?)の老人や小悪魔(?)の少女と同じ部屋で、幽霊メイド(?)の淹れたお茶を飲む。
ある意味、幻想的極まりない光景だが、残念ながら、今の俺達には紛れもなく直面している「現実」だった。

(はぁ、いったい何でこんなコトになっちゃったんだろ)
俺は、こんな突飛なシチュエーションに放り込まれるに至った経緯を、思い返していた。

……
…………
………………

「異変」に気付いたのは、模擬店の「営業」もあと少しで終わるという16時過ぎのことだ。

トイレから教室(みせ)に戻った俺達は、「看板娘」としての役目をまっとうすべく、それぞれのキャラ──「兎娘ラビィシア」と「ダークエルフの女剣士ムラマーサ」になりきって、接客に勤しんでいた。
双葉のバイト代を注ぎ込んだ豪華コスチュームと、俺の「男の尊厳」を犠牲にしたおかげ(?)か、客の入りは絶好調で、会計役も兼ねている委員長の和歌羽が、帳簿を見てニヤニヤ笑いがこらえきれない程の売上らしい。
「それなら、せめてその分、このあとの打ち上げは派手に頼むぞ?」
「まーかせて! 駅前のTHEキャロの大部屋の予約を押さえたわ。特にアンタたちふたりは、この企画のMVPだから、何でも好きなモノ注文していいわよ」
「わい、和歌ちゃん大好きだぴょん♪」
午後4時を過ぎ、さすがに客足も幾分落ち着いてきたので、給仕の合い間にそんな呑気な会話をする余裕もあったんだが……。

「あの……ところで、さっきから気になっていたのですが」
薄い紗でできた翡翠色のワンピース(しかも、際どいところが破れて微妙に露出度が上がっている)をまとい、メイクとカラコンで「悲哀精バンシーラ」のコスプレをしたクラスメイト──多田野映子さんが、おずおずと切り出す。
「ん? なぁに?」「何かな、多田野さん?」
殆ど同時に質問した双葉と俺を、ちょっと困ったような驚いたような目で見ながら、多田野さんが続ける。
「黒森くん、いつの間にそんな本格的なメイクしたんですか? 結構肌が出てる部分多いのに、全部きっちりファンデ塗ってますよね。
それに、桃芽野さんも髪までピンクに染めたみたいですし……」



「「え!?」」
とっさにお互いの姿に目を向ける。
ラビィシアのコスプレをした双葉の髪は俺と違って自毛だったはずなのに、よく見れば、確かにピンク色をしていた。コスチュームの毛皮部分と同じ色で、あまりに自然だったので、「なぜか」うっかり見過ごしていたらしい。
「ききき、紀代ちゃん、その肌の色……」
言われて、手や胸元に視線を落とすと、インドア派で日焼けとは無縁な生っ白い俺の肌とは正反対の、明るい健康的な褐色に染まっている。
「え? 何だこりゃ!?」

ふたり揃ってパニックになりかけたところで、この事態の救世主……というより、さらにややこしくするだけの疫病神が、その場に現れた。

──にょきっ!

そんな擬態語(オノマトペ)が聞こえてきそうな勢いで、いきなり壁に描かれた魔法陣から、少女(?)の頭部が突き出て来たのだ。

「あ、やっと見つけた。魔力波長も……うん、バッチリ! さ、おふたりさん、還りますよ」

しかも、運が悪いことに、ちょうどその時、俺と双葉は、その魔法陣を挟むようにしてすぐ近くに立っていた。
おかげで、小柄な割に妙に力の強い女の子(貞子ばりに壁から上半身乗り出しているのがシュールだ)にグイと腕を掴まれ、何が何だかわからないうちに魔法陣に引きずり込まれてしまったのだ。

「ぐっ……なんだこれ……」
「く、苦しい……てか、きもちわる゛い゛ぃ」
魔法陣の中(?)には、某青狸ロボの時間航行装置もかくやと思われる薄暗い不思議な空間が広がっていて、たとえようのない不快感に襲われる。
まるで、「体中を内側からこねくり回され、何かの鋳型にハメられる」かのような苦痛を感じて、俺達はとうとう意識を手放し……。
──そして気が付いたら、見知らぬ場所のふたつ並んだベッドに揃って寝かされていた。

俺が目を覚ました直後に、双葉の意識も戻り、「ここ、どこだ?」などと話し合いをしようとしたところで、部屋のドアがノックされ、どこか見覚えのある少女(無論、俺達を引っ張り込んだ元凶)が顔を見せた。
「あ、起きられたんですね。ししょー! ネピリム様とミラージュ様が目を覚まされたみたいですよ!!」
別の部屋にいる人物に声をかけると、少女は俺達をこの部屋に案内し……そこで、この賢者めいた老人に、色々話を聞かれたところで、さっきの騒ぎになった、ってワケだ。

で、わからないコトだらけで脳味噌ウニな状態から、お茶を飲んで何とか気持ちを落ちつけた俺達に、老人──ロザルス王国相談役にして「王都の賢者」サンドリオンが、今回のハプニングの経緯について教えてくれることになった。

此処が、俺達の住む地球とは異なる別の法則によって成り立つ世界であること。
実は、俺達が着用している(双葉がネットで注文した)このコスチュームは、元はこの世界でも希少な種族であるアルミラージ族の族長の娘と、その友人で高名な戦士でもあるダークエルフを「材料」として生み出された、おぞましい代物であること。
冒険者であるふたりは、とある密輸事件を追っていて、どうやらその組織によって「消され」てしまったらしいこと。
そうして作られたコスチュームが、異世界間密輸業者の手を介して、偶然双葉の元に届けられたということ。
ふたりの親族や仲間たちからの依頼を受けて、彼女達の行方を魔法で探査していたサンドリオン師が、苦労の末、異世界──つまり俺達の住む地球に、ふたりの魔力反応があることを突きとめたこと。
そして、ふたりを連れ戻すべく、弟子のアルタミラを派遣し……今に至るというわけだ。

「えっと……つまり、その子の勘違いであたしたちは、この世界に連れて来られたってことカナ?」
双葉の指摘に縮こまる、コウモリ娘のアルタミラ。
「まぁ、過ぎたことは言っても仕方ないさ。亡くなった方々にはお気の毒でしたけど、人違いであることがわかったんなら、さっさと元に戻してください。
あ、もちろん、このコスチュームは遺族の方にお返ししますので」
粗忽な少女に言いたいことがないでもないが、お仕置き(拳骨とお説教)は一通り済んでるようなので、俺としてもこれ以上事を荒立てるつもりはない。なので、できるだけ面倒なことを回避するべく、老賢者にそう告げたんだけど……。

──どうやら、事はそう簡単にいかないらしい。

* * *

「いやぁ、今回は楽勝だったねぇ」
ピンク色の髪と真紅の瞳が特徴的なウサ耳娘が、ホクホク顔で報酬の金貨を数えている。
パッと見にはワーラビット──兎系の獣人に見えるかもしれないが、実際には“アルミラージ”と呼ばれる、もっと物騒な種族だ。
どちらかと言うと温和で臆病とさえいえるワーラビットと比べて、アルミラージは、より好戦的かつ魔力も格段に高い。見分け方はユニコーンのような一本角の有無。当然、角がある方がアルミラージだ。
「楽勝って……私は危うくあの赤竜のブレスで丸焦げになるところだったんだが?」
コイツの楽観主義は今に始まったことではなく、長年の腐れ縁である私もそのことはよくわかっているが、さすがに今回は肝を冷やした。
「あはは……めんごめんご。でも、事前にミラが耐火(レジストファイヤ)の呪文かけてたじゃん」
ちらっと視線を向けられた少女──魔術師(メイジ)というより魔法少女(マジカルガール)と言った方が良さそうな可愛らしいコスチュームの羽根付き娘が、申し訳なさそうな表情になる。
「いえ、あの、お師匠様ならともかく、わたしくらいの腕前じゃあ、ドラゴンのブレス相手では、せいぜい大火事の中に水かぶって突入するくらいの効果しか……」
──ギロリング
改めてにらみつけると、流石にバツの悪そうな顔になって縮こまっている。……ああ、ミラ、君まで一緒に首をすくめなくていい。お前さんは自分にやれる精一杯のことをやってくれたんだから。
「──で、私とみんなに何か言うべきことはないか?」
「…………無茶して、ごめんなさい。反省してます」
テーブルに両手をついて、深々と頭を下げる兎娘。
「まぁ、実際に協力なモンスターと対峙したら、アドリブで戦う部分が出てくるのは仕方ないんじゃないか?」
このパーティーの黒一点とも言える熟練冒険家(エクスプローラー)のロルがとりなすように言う。
ふぅ……ま、確かにこのヘンが落としどころだろう。
「ミラージュ、つぎやったら人参1週間抜きだからな」
「げげっ! りょ、りょーかい。気をつけるよ、ネッピー」
ネッピー言うな! 私はどこぞのゲーム誌のマスコットか!
「まぁ、いい。今日は解散! 今回の仕事はかなり疲れたぶん実入りはよかったからな。明日は一日、フリーにしよう。今日はこのまま解散だ!」
パーティリーダーとして、戦闘中の作戦指示はもちろん、こういう普段のメンバー管理的な部分にまで頭を回さないといけないのは、結構面倒くさい。
とは言え、この4人の中で一番適任なのが、本来一匹狼気質な自分というあたり、いろいろ物申したいところではある(本当は、ベテランのロルがやってくれるのが一番なのだが、面倒くさがって引き受けてくれなかったのだ)。

閑話休題。
ご覧の通り、私──俺たちはいま、この世界ミスタルシアで、冒険者というか勇者の真似事みたいなことをやって、暮らしている。
まず、なんで元の世界──地球に帰らなかったかと言えば、シンプルで、「元の姿に戻ることができなかった」からだ。
そう、あの“皮”は俺達の身体と分かちがたく融合一体化し、すでに遺伝子レベルで浸食しつつあったのだ。
「サンドリオンさんほどの賢者でも、戻せないんですか?」
「レインボーカクテルという飲み物をご存知ですかな? 貴殿らの状態は、アレをかき混ぜたようなもの。かき混ぜる前なら、難度は高いが分けることは不可能ではなかったのですが……」
チラリと羽根付き少女の方に視線を向ける老賢者。少女の方はシュンと縮こまっている。
「“門”を通ってこちらに転移して来られる際に、貴殿らの身体は言うならば、“シェーカーに入れて激しく振られた”ような状態を経験しているのです」
「つまり……お手上げ、ですか」
「誠に遺憾ではありますが」
この世界有数の魔術師兼錬金術師にして最高クラスの知識人にそう言われてしまっては、さすがに断念せざるを得ない。
あるいは、俺だけなら、とんがった耳さえ誤魔化せば、別人としてなら地球に戻って暮らすことも不可能ではなかろうが、さすがにこの状況で双葉を放り出して自分ひとり帰るのは寝醒めが悪い。

それに、“混ざってしまった”のは身体だけじゃなかったのだ。
こちらで意識を取り戻し、元に戻るのが不可能と告げられた日の夜は、さすがに思うところ、考えることが色々あって、なかなか眠れなかったのだが、それでも夜半過ぎにようやく眠ることができた。
しかし、その夜の夢の中で、俺はダークエルフの女戦士ネピリムとしての冒険の旅を、「私」自身の視点になって追体験することになった。
朝、目が覚めた時、隣のベッドで眠っていた双葉を叩き起して聞いてみたところ、彼女の同様に、アルミラージ族族長の娘ミラージュとしての人生を夢に見たらしい。
朝食の席で、賢者サンドリオンにそのことを話してみたところ、師は難しい顔で考え込んだ後、ひとつの仮説を披露してくれた。
そもそも、確かにあのコスチュームは別の種族に化けることを目的としたマジックアイテムではあるが、まだまだ未完成な部分が多く、たかだか数時間連続着用していたからといって、着用者と融合し、外観と同じ種族に変えたりするような真似は、本来不可能なのだと言う。
しかし、実際に俺達の身体にソレが起きている。
その事実と、俺達の顔と魔力波長が、ネピリムやミラージュとよく似ている(双葉に至っては瓜二つ)なことを考え合わせると、俺と双葉は地球におけるネピリムやミラージュの同位存在である可能性が高い……らしい。
同位存在というのは、説明されてもイマイチよくわからなかったが、ようは平行世界(パラレルワールド)に存在する別の自分、みたいなもののようだ。
もともと本質が双子以上に近しい存在なので、衣装と肉体の同調(シンクロ)が用意で、これほど早く浸食が進んだのだろう、と言われた。
地球に送られたあのコスチュームは俺達の手元に届いたのも、おそらく偶然ではないらしい。
「そして……貴殿らには残酷な言い方になりますが、同位存在であればこそ、消滅したネピリム殿とミラージュ殿としての立場(やくわり)を、“世界”が貴殿らに背負わせようとしているのかもしれませんな」
「──もしかして、このままだと俺達、外見だけでなく記憶までネピリムとミラージュになっちまうってことですか?」
「いえ、年端もいかない幼児ならともかく、貴殿らは既に十分自我の確立された大人といってもよい年頃です。人格が完全に書き換えられ、別人に変貌する……ということはないでしょう。
しかし、逆説的にいえば、ある程度以上の影響があることも、また否定はできませぬ」
サンドリオン師の推測通り、その後の数日間、俺達は眠る度に“彼女たち”の記憶を夢で追体験することとなった。
往生際の悪い「俺」は、薬の力なんかも借りて、しばらく徹夜したり、逆に夢も見ないほどの深い眠りについたりと、いろいろ試行錯誤してみた。
その甲斐あってか、ネピリムと呼ばれるようになった今でも、私は「黒森紀代彦」であった頃のパーソナリティを基本的には維持できていると思う。
しかし、双葉の方は、何を考えてか──あるいは何も考えていないのか、元からそういう“無駄かもしれない精一杯の抵抗”を一切しようとしなかった。
そもそも(後から聞いた話から考えると)元々の性格自体、双葉とミラージュはよく似ていたらしい。それもあってか、2、3日経つと両者は完全に記憶・精神面でも融合していた。
その馴染み具合は、一週間後、知らせを受けて飛んできたミラージュの友人&親戚と、ごく自然にミラージュとして会話をして何ら不信感を抱かれなかったほどだ。
その後、ザカリヤ山の“魔月の森”の奥にあるアルミラージ族の本拠地で、ミラージュの両親と“再会”し、事情を話したうえで、元双葉だった角兎娘は正式に彼らの娘ミラージュとして認められることになった。
あるいは、それは双葉なりに、「この世界で生きる」ために最良と思える方法を選んだ結果なのかもしれない。

ともあれ、“ミラージュ”が両親の元に「帰った」後も、俺──私はサンドリオン師のもとでしばらくお世話になり、冒険者としての生き方の“リハビリ”に励むこととなった。
肉体的な技術面は、かつてのネピリムのものをほぼ遜色なく受け継いでいたが、魔法面については「頭で理解している」だけでは、実戦での行使に不安があったからだ。
師の内弟子であり、私たちの現状の一因でもあるコウモリ少女アルタミラも、私が街で受けた簡単な依頼(クエスト)を達成するのを手伝ってくれた。
なんでも、彼女の父親も、もとはサンドリオン師の弟子で、若くして独立した後、現在は地方在住の民間メイジとして地元では相応に頼りにされているらしい。
で、娘のアルタミラもまた魔術師になりたいと願ったところ、父の恩師であるサンドリオン師に預けられたのだとか。
魔術師としては、半人前よりはマシ程度の技量だが、母親がコウモリ(父の使い魔で24時間人化しているそうだ)のせいか、身軽な上に背中の翼で空を飛べ、暗視能力も高いので、色々重宝することが多いのだ。
それなりの経験を積み、どうにか独力でやっていける目途が立ったところで、私はサンドリオン師に感謝の意を示し、そのまま気楽なひとり旅に出……ようとしたところで、師からストップがかかった。
辺境で不穏な動きがあるので、調査してきてほしいと言うのだ。
様々な面で多大なる世話になった身としては、その依頼を果たすことに異議はなく、すぐさま了解した。したのだが……。
(どーしてこーなった!?)
同行者として、ベテランエクスプローラーのロルを紹介されのはいい。むしろ、経験と密偵(スカウト)系技術が不足しているから、願ったり叶ったりだ。
実戦経験を積ませるためにアルタミラを連れて行けと言われたのも、まぁ、了解できる。これまで、いくつか小さな仕事をいっしょにしたこともあるから、互いの呼吸もある程度わかっているし。
だが、どーして“魔月の森”で大人しくしているはずのミラージュが、ついてくるのだ!?
「だぁってぇ、パパもママもちょっぴり過保護過ぎるし、森の奥ってなんにも娯楽がなくて退屈なんだもん」
要するに、田舎の閉鎖環境の平穏さに耐えかねて家出してきたらしい。
「それって、まるっきり“前の”ミラージュと同じパターンだろうが!」
“混沌”の影響がミスタルシアの随所に現われ始めているこのご時世としては、贅沢過ぎる言い草だ。
「ニャハハ、細かいコトは言いっこナシ!」
とは言え、“魔法使い寄りの魔法戦士”である私と“攻撃力はそこそこだが紙装甲のスカウトタイプ”であるロルが前衛に立っている現状では、回避盾兼手数の攻多い撃役は確かに欲しい人材でもある。
結局、サンドリオン師経由でミラージュの両親に手紙を出し、彼女が我々に同行することを伝え、なし崩し的に4人パーティーで辺境の地を(ときに人助けしつつ)旅している……というのが、私たちの現状だ。
ほんの1年前まで、ごくあたりまえに現代日本で高校生をやっていたとは思えないほど、自分でもこちらでの暮らしに順応していると思う。パソコンなどの情報機器類が、ときどき懐かしくもくらいだろうか。
知識や魔力自体は受け継いでいるのだから、元より完全に排せたとは思ってなかったが、どうやら思った以上に、私は本来の“ネピリム”の影響を受けているらしい。
(まぁ、特に不都合はないから、今のところは問題ないんだが)

目下の私の悩みは……。

「へぇ、ネッピー、寝るときは下着を着けない派なんだ」
「いや、野宿ならともかく、せっかくまともな宿に泊まれる時くらいは、さすがにリラックスして寝たいし」
「それはわかるけどさー、薄い絹のナイトドレス1枚って、さすがに無防備すぎない?」
「だからこそ、多少値が張っても、信用のできるキチンとした宿に泊ってるんだが」
「壁の防音性もいいみたいだしねー。ちょっとやそっと騒いだって隣に聞こえないよね。これはもう、誘っているとしか!」
──ガバチョ!!
「あ、こら、抱きつくな、暑い、鬱陶しい!」

ご覧の通り、ミラージュに頻繁に迫られるのだ──性的な意味で。
紀代彦と双葉の頃は兄妹みたいな関係のイトコかつ幼馴染だったとは言え、今のミラージュは魔兎族としての種族特性もあって、その仕草のひとひとつがコケティッシュだ。
そのぶん、何気ないタイミングで私としても「俺」としてもドキリとさせられることがあるのだが、そんな相手が強く迫ってくると、無碍に拒絶しづらい。無論、相手もそれを狙ってるのだろうが。

「ちょ、やめて、その手の動きがエロい……」
「エロくしてるんだもーん! ここか、ここがエエのんか?」さわさわっ
あっけらかんとエロ親父の台詞を吐きつつ、アルミラージ独特の肉球のついた大きめの手が、しかし着実にツボをとらえて愛撫してくる。
「くふぅっ……」ビクンッ!
「気持ちいい? まだ、指で軽く触っただけだよ?」
「……ノーコメント。そもそも、私たちは今は、女の子同士だぞ?」
「うん。そうだね。それが何か?」
「そ、それは……ひゃっ!」
い、いかん。双葉時代から斜め上の方向に展開しがちだった思考が、完全にフリーダムに振りきっておられる。

「も、もう、これ以上は、ほんとに洒落にならな……ふあっン!」
「もちろん、洒落じゃなくて本気だよン。あたし、昔っからキヨちゃんのこと好きだったし」
鼻息を荒くして、人の身体を弄り回しながら、さらりと重大な告白をされても……。
いや、まぁ、でも、そういうコト、なのか? 確かに思い当たるフシは多々あるけど。

「え、えーと、その、あの……」
「ニャハッ♪ 照れてるネッピーも、カワイー!」
「いや、だから、ほ、ほんとにもうこれ以上は勘弁……」
「イ・ヤ。じゃあ、もっとスゴいコト、しちゃうね」くちゅ……ぬちゃ……ペロッ
「ふあぁっ!? そ、そんなトコ舐めたらだめぇ!!」ビクビクッッッ!

体に力が入らない。どうやら年貢の納め時のようだ。
(まぁ、実際、何が何でも抵抗するほど嫌というワケじゃない。妊娠の心配もないのだし、このまま身を任せてしまうのもアリかもなぁ)
自分に言い訳しつつ、私はウサ耳少女の甘い口づけに、せめてもの意地で熱烈なキスで返礼(おかえし)するのだった。

-おしまい-
だいぶ前にラスト部分を除いてふたば板に掲載した作品。今回、そのラスト部分を追加して投稿してみました。
KCA
http://kcrcm.blog85.fc2.com/
0.2600簡易評価
14.100GAT・すとらいく・黒
随分お久しぶりのお話でした。
こういう異世界モノも良いなぁと……
ところで、この話に出てきたマジカルアンダーウェアは、KCAさんの他の話に出てくるソレとは似て異なるものなんでしょうか。
出自がオリジナルの二人の肉体のなれの果て、となると、他の話に出てくるものとは設定も違ってきますし。
18.無評価KCA
説明しよう!
KCAのα世界線に於けるマッドの首魁にして作者にとってのデウスエクスマキナでもある双葉あると女史が発明した魔法の補整下着(マジックファンデーション)。これは、彼女が持つ最先端科学技術と、友人のとある魔女CH(「偽妹姫」参照)から提供された魔法技術を融合させて作り出した、“純現代地球産”のチートアイテムだ! その効果は、拙作『ようこそ、THEキャロッツへ!!』や『はっぴー? はっぴー!』に詳しい。
一方、本作に登場するコスチュームは作中にもある通り異世界産かつ未完成品。賢者の言う通り、条件が揃わなければ劇的な効果は望めない半端な代物だ!
……と、こんな感じで納得いただけるでしょうか?
そして、後者の方が、またも流出していたり……(ふたば板の『がーるず・ぶらぼー』参照)
28.100きよひこ
ありがとうございました。