学校帰りにスーパーに寄って、大量に作る時の定番、カレーにするつもりで食材を見積もる。
タマネギ、ニンジン、ジャガイモ、リンゴ、肉はどうしようかな。
牛と豚と鶏の安いのを買えばいいか。鶏ムネ、豚コマ…牛スジ。よし決定。
トマトジュースと牛乳、混ぜて使うからルーを数種類。
サラダ用にレタス、トマト、キュウリ…ん、ブロッコリーとアスパラガスも安い。
バター炒めかな。と、すると…鮭の切り身もそこそこのお値段。よしこれも決定。
皆どれ位食べるのかな。女性陣は多分そんなには食べないよね。
僕も含めて…自分を女の子に換算するのは未だにちょっと複雑だけど。
最近のセイは良く食べる。僕が清彦だった頃の倍近く食べてるんじゃないだろうか。
僕も、ちょっとだけ食べる量を増やしてるけど、流石に倍とはいかない。
…あ、別に、ダイエットの反動なんかじゃないよ。
二人で、セイの携帯を買いに行ってから一ヶ月弱。
クズとの決着に向けて僕達は準備を進めているのだった。
色んな事があって、色んな事をやった。今も続けてるものも多いかな。
そして、僕達を取り巻く環境も、色々変わっていたのだった。
…
小さい所で言うなら、僕は…清彦の頃は縁のなかった…いわゆる生理を経験した。
うん、こう言っていいのかどうかわからないけど、無事に。
妊娠してなくて良かった…と、ほっとするより、やっぱりぎょっとした。
その…血が出るって事くらいは知ってたから、覚悟はしてたつもりだったんだけど。
大量の血液と、その濃密な臭いは慣れていないから、認識した時は倒れるかと思った。
それ以外にも膿みたいな液体が出てくるなんて事も知らなかったから凄く驚いた。
そういえば、テレビのCMで『オリモノシート』って言ってるのがあったっけ。
聞き流してたから何の事かわからなかったけど…
と、セイの説明を聞きながらぼんやりとそんな事を思い出してみたり。
鞄の中の謎の物体の半分くらいはこの関係だったんだね。
期間中ずっとって訳じゃないけど、お腹の奥の方から鈍痛が続くと気が滅入ってくる。
こんなのが一月の内一週間も続くとか…女の子って大変だ。
他には…テストがあったりして。
状況が状況だけに勉強に身が入っていたとはとても言えなくて、
日向双葉さんの成績を下げてしまったら申し訳ないな、なんて思っていたんだけど。
いつも平均点の周辺をうろついている僕が何故か、高得点を取ってしまった。
元の日向双葉さんとそう変わらない位でびっくり。
まず思ったのが、これも入れ替わった影響…日向双葉さんの体だからなのかな?という事。
けど、斉藤清彦より日向双葉さんの頭の方が回転が早くても、
知識そのものは斉藤清彦の物しかないのだから、全教科で高得点を取る事はない筈。
それに、セイがその分斉藤清彦として得点を下げたのかというとそんな事はなくて。
ちゃんと元の日向双葉さんと同じ得点をキープしている。
その旨をセイに話したら、何故か呆れられてしまった。
「ひょっとして…自分は頭良くないとか思ってたのか?」
「自分で頭悪いとはあんまり言いたくないけど…良くはないでしょ?だから普通だと思ってるよ」
「それだよ」
「え?」
「今まで、目立たない様、周囲からはみ出さない様に、普通を心掛けて生きてきたろ?」
「うん…」
「目立たない様に自分で自分の能力に蓋をしてただけで、ソウは頭良いぞ。
傍で観てると一目瞭然なのに、当人だけが気付いてないとか笑えるが。
大体、考えてもみろよ。俺達は元々、有事の際に魂の入れ替わりが起こる様に出来てる。
つまり互換性があるから能力が著しく違うって事は無いと思うぞ」
「そう、かな…?」
「俺の言う事が信じられないか?」
「ん…セイの言う事だから、信じたいけど…」
「やれやれ、ソウの欠点はそこだな。自分に自信が無さ過ぎる。
…ま、俺にはそれが可愛いから、別に納得はしなくてもいい」
「それ、誉められてるのかけなされてるのかわからないよ」
なんて会話を交わしたり。
後は、日向双葉のお母さんの四十九日もあった。
僕からすれば面識が無い方だから、感想を持つのは難しかった。
旧家で親戚筋も多いみたいで、多くの人達が日向家に訪れた。
その時に初めて、この家が日向の本家筋だと知った。、
そしてどうやら古くからの慣習で女性が当主になる、らしい。
つまり、僕…というより、日向双葉が当主だと。
何も知らない僕にそんな大層な役目が勤まる筈がない。
青ざめる僕を安心させる様にパパが説明してくれた。
それで今までと何かが変わるという訳ではない、と。
既に、パパが全て代行するという事で話を通してあるそうだ。
ご迷惑をおかけしますと頭を下げたら、家族なのだから遠慮は無用だと諭されてしまった。
パパのフォローもあって、何とかボロは出さずにその日は過ごせたと思う。
変化の大きい所は…僕達の周囲の人間関係だろうか。
ん…それを話す前に、この話もした方がいいかな。
あの翌日の夜、三度神を名乗る少女と会った時。口火を切ったのはセイだった。
「本日最初の質問だ。ある程度前回の話の続きにもなるが…
この事態を解決する為にはどうしたらいい?
クズを須佐利明から引き剥がして退治すれば終わるのか?」
「お前達に危険が及ばなくなるのを解決というならその通りだが、それが一番の難関だ。
胎内に居る時から憑かれていた為クズと須佐利明は殆ど融合していて、普通に引き剥がすのは無理だ。
融合しているからこの娘に直接取り憑いたりされずに済んでいるとも言うがな」
「それはつまり、逆を言えば須佐利明を殺せばクズも死ぬのか?」
セイが物騒な事を言う。僕がそれはあんまりだと口を挟む前に、少女が答える。
「まぁその通りではあるが、そう結論を急ぐな。確かに、それが一番手っ取り早い。
それでいいなら10分稼ぐ必要すらない。ただ殺すだけなら瞬殺してやるよ」
「そう言えば、10分の根拠は何なんだ?」
「クズ自身は九頭竜のほんの欠片で、力としては弱いとは言っただろう。
だが、存在そのものは九頭竜である事に変わりはない。
融合している利明とクズを切り離すというのは、地球を二つに割るのとほぼ同義なんだ。
ゲームで言うなら、能力値は序盤の雑魚だがHPと防御点だけラスボス級に高いって所か。
俺は神族としてそこそこ強い部類だが、流石にそこまでの力を振るうには時間が必要だ。
その目安が10分。
実際はもうちっとは早いだろうが、不測の事態への備えも含めばその位だろう。
…クズは俺の事を警戒している。俺が現場に居る事がわかれば近寄ってこない。
既に接近していたなら逃げ出す可能性が高い。
そして俺は…神殺しを欲する理由でもあるんだが、ちょっと呪われていてな。
その呪いがいつ発動するかわからん。発動したら、まず間違いなく強制的に召喚される。
つまりずっとお前達の傍に居られる訳じゃない」
「なるほど。長期戦は想定していないんだな」
「そういう事だ。話を戻すぞ…まず須佐利明とクズがもろとも死亡した場合だが、
それは弱体化しているとは言え須佐の封印が消滅する事を意味する。
その時は、すぐにでもお前は現在の姓を捨て、月夜姓に変えなければならない」
「何故だ?」
「現状では明の封印が不完全だからだ。
弱体化した須佐の封印を補う為に明の封印が発動した訳だが、疑問に思わなかったか?
血と名に因ってなされる封印の筈が、血には因っていても名には因っていない事に」
「あぁ、そこも聞こうと思っていた」
「弱体化した須佐の封印を補う為だったから、不完全な明の封印でも問題はなかった。
しかし須佐の封印が消滅すれば、明の封印を完全にしなければ、九頭竜が封印を破る」
斉藤清彦から、月夜清彦になれ、と?
…それは、僕を慈しみ育ててくれた斉藤の父を裏切る様な行為ではないのか?
どうしてもと言うなら仕方がないけど、それは出来れば勘弁して欲しい。
「その言い方だと、他にも手段はあるんだな?」
「少なくとも、何事も無かったかの様に、何の影響も無く引き剥がす事は出来ない。
両者を結び付けている核の部分を破壊しなければならないからだ」
「その部分が無くなるって訳か。その核っていうのは、何なんだ?」
「…何しろここはア『にゃーっ!?』所だからな…わかったわかったメタ発言はしない。
…大地の、恵みの側面は女性に例えられる。対となる荒ぶる側面は男性だ。
つまり、クズと須佐利明は、男性と言う核を以って融合している。
それを破壊したら、須佐利明は少なくとも男ではなくなる」
「女になるって言うのか」
「要するにそういう事だな」
「当人がそれを納得するか…?」
セイの疑問はもっともだ。現に僕自身、完全に納得している訳じゃないんだから。
「まぁ、なぁ…俺自身、納得した訳じゃなかったからなぁ…
で、性別が変わるという点ではお前達も無関係ではないだろう?」
少女の最初の言葉は声が小さくてよく聞き取れなかったけど、確かにその通りだ。
「そうだな。俺達が戻る可能性はあるのか?」
「…話の続きになるが、須佐利明の男を破壊してクズと分離出来た場合。
クズの影響が失われるから、弱体化した封印も力を取り戻してはいくだろう」
「力を取り戻せば、明の封印は必要性を失い、解除される?
けど何か含みがあったよな。時間がかかるとか?」
「簡単に言えばそうだな。力を取り戻すのに掛かる時間自体は数ヶ月もあれば十分だろう。
ただし、須佐の封印は、月夜と同じで本来は男性にしか継承されない。
須佐之男が男性神だからだ。
つまり利明が女になると、封印はやはり完全には機能しないという事になる。
この場合、月夜姓に変える必要は無い…
が、封印が機能を回復するまではお前達は現状のままだ」
「いつ、回復するの…?」
「封印のシステムから言えば、利明が男子を産んで後、死亡した時だな。
封印が息子に移行すれば、機能は完全に回復するだろう」
「…つまり長ければ数十年、か…
流石に『須佐に男子が生まれたからお前はもう用済みだ』ってな訳にはいかないしな」
「発想が外道だぞ」
その話を聞いた時、どちらかと言えば、思ったよりショックを受けていない事に驚いた。
「…そんなに時間が経っていたら、多分、戻った方が、辛いよね…?」
「学生である今ならまだ、多少の男女差があるとは言え生活にそう大きな違いはない。
しかし、社会に出てしまったら個人差は大きくなる一方だ。
そしてその頃には年齢的に柔軟な対応を取るのは難しいと言わざるを得ない、な…」
前日までの僕なら、ひどくうろたえていたに違いない。
もちろん、即座にすっぱりと納得出来る訳でもなかったんだけど。
「そう…だね…」
「須佐の封印が回復しても、俺達が戻らない様にする事は?」
「出来るぞ」
「俺はそれでもいいけどな。ソウはどう思う?」
だから、僕に言えたのはこの位だった。
「考え…させて…」
その日の話はそこで終わり、僕達は目覚めた。
それから三日、時間を作ってはセイとじっくりと話し合った。
結果的には、僕の友人達に、僕達の危機的な状況については話そう、という事になった。
それで引かれたら話はそこまで。
もし乗ってきたら、極力危険を伴わない方面での協力を要請する。
九頭竜とか、明の封印…世界の危機だとか僕達の入れ替わりだとか、
にわかには信じられない様な話は極力避ける。けど必要なら話す。
そして佐藤さんとも、利明君の事を他の友人達に話しても良いかどうか連絡を取った。
最初は難色を示していたが、セイの『友人だからこそ』という言葉に納得したみたい。
基本的に話するのは僕達に任せて、自分は補足説明だけにするとの事。
そして四日目の昼休み、僕達は清彦の友4人と屋上で昼食を囲んだ。
凸凹コンビは量が違うけどお揃いのお弁当。彼女が作ってあげてるとの事。
佐藤さんと鈴木さんは女の子らしい小さなお弁当。僕も一応自作のお弁当。
清彦だった頃は作る作らないは気分次第だったけど、今は毎日作っている。
そしてセイは購買のおにぎりとサンドイッチ。
セイは清彦になってからは料理は最低限しかしていないらしい。
その…こ、恋人としては、やっぱり、作ってあげるべきなのかな…?
悩む僕をよそに、皆は食事をぱくつきながら普通に会話している。
「斉藤がこっちに来んの、久しぶりだな」
「…逆に、付き合い始めてすぐの彼女を放り出してこっちに来てたら、怒る」
「お二人でこちらにいらっしゃったという事は、
お互いにやっていけそうな見極めがついたという事でしょうか?」
「こんにちは」
佐藤さんはこれからの話に緊張しているのか、控え目な挨拶に留まっている。
歓迎されている雰囲気ではあるんだけど、何だか逆に疎外感が際立ってしまう。
元々、僕はそこに居たのだから。
…考えても仕方の無い事だと分かってはいるんだけどね。
セイと目配せを交わす。セイが肯いて話し始める。
「あー…今日俺達がこっちに来たのは、ちょっと聞いて欲しい話があるからなんだ」
「「「?」」」
佐藤さんを除く三人が首を傾げる。
「そうだな…まず、皆はオカルトはどの位信じる?」
「んあ?どの位ってどういう意味だよ」
「そうですね…幽霊、超能力、UFOなどがオカルトに属すると思いますが…
そのままだと定義が広すぎますから、現段階では何とも申し上げられません。
…百万人に一人の割合の奇病を引き当てたのはある意味オカルトかも知れませんけどね」
「…私も、ものによるから保留」
「あたしは…呪いは、最近、あるかも知れないって、思ったけど…」
「斉藤の特技が超能力じみてると思う事はあるけどな…一体、何の話がしたいんだよ?」
「それとも…あくまで例え話ですが。
ある日突然、人が別人みたいになってしまうのも、オカルトかも知れませんね?」
…この凸凹コンビは、結構鋭く切り込んでくる。あまり心臓に良くないかも。
「そうだな…ある日突然別人に、というのが近いか。
佐藤の幼馴染の少年が悪霊に取り憑かれて豹変した。
その悪霊が、双葉を狙っている。命じゃなく、貞操を」
セイがそれらをかわしながら話を繋げる。
「おいおい、何の漫画の話だよ。マジで言ってるのか?」
「貴方は黙っていて下さい…佐藤さん?」
「あたしの幼馴染が、別人みたいになったっていうのは本当。
突然行方をくらましちゃって、やっと見つけたと思っても逃げちゃったし。
…ただ、それが悪霊のせいなのかはわからないし、
日向さんを狙っているっていうのも聞いただけ、だから…」
「俺達は、悪霊を祓って彼を救いたいと思ってる。その当ても見つけた。
その為には…要するに儀式が必要で、悪霊を10分足留めしなければならない。
ただ、悪霊は彼の潜在能力を引き出せるらしく、人間離れした身体能力を発揮する。
その上、剣で武装しているから、それなりに危険が伴う」
「剣…って、既に警察レベルの話じゃねーかそれ。通報して逮捕してもらえよ」
「警察に捕まえてもらう。確かにそういう方法はあるが。その後どうするんだ。
『彼のせいじゃない。悪霊がやった事なんだ。今から悪霊払いするから会わせてくれ』
さて、警察は何て言うだろうな」
「オレなら『はいはい寝言は帰って寝てから言ってくれ』っつーな」
「それに佐藤さんの幼馴染なんだ。あまり大事にしたくない」
「ふん…ならとっ捕まえてふん縛っときゃいいんじゃねーか?」
実は、この三日間も神様少女と会って話をしてて、それはセイが既に質問してたんだよね。
『はっきり言えば二度手間なだけなんだよそれ。
日向に近付けなくなったクズは今、草薙剣を使いこなす修行に入ってる。
こっちの準備が整う頃には向こうもかなり使いこなしてくるだろう。
物理的な拘束も、術式的な拘束も、剣で切られしまうと思っていい。
物理的な拘束は全て。切られない程度の強度を持つ拘束術式は組めない事もないが。
神殺しに殺されないだけの力を持たせるにはやはり10分程度は準備が必要だ。
結局、10分は稼がにゃならん。
10分かけて拘束して、もう10分かけて分離する力を集めるのは非効率だろう。
その余計な10分で不測の事態が起こらんとも限らんし。
だったら最初から分離する為の10分に絞った方が無難、という訳だ』
だそうなんだけど…これをそのまま説明しても悪霊以上に信じがたい話になる。
「信じられないのは百も承知で言うが…悪霊ってだけでもそうだとは思うが。
その剣は他人には触れられない上に、悪霊はその剣を手も触れずに動かせる。
仮に本体を取り押さえる事に成功したとしても、意味はあまりないんだ」
「…斉藤、どこまで本気で話してる?」
「100%本気だ。俺が今までこんなつまらない冗談を一度でも言った事があったか?」
…断定してるけど、それはセイじゃなくて僕…なんて言える筈もない。
確かに、僕は冗談なんて基本的には言わなかったから間違いじゃないんだけど。
こういうのも、ちゃんとわかってくれてるって言うのかな?
ただ単に僕が単純でわかりやすいだけ、かな…自分で言ってて情けないけど。
「わかった。真剣な話だと信じよう。
けど後でやっぱり冗談だとか抜かしやがったらタダじゃ置かねぇからな…お前らは?」
「…嘘をつく理由はないと思う」
「利明を…あ、そいつの名前なんだけど…元に戻せるなら、何でもいいよ」
「私は信じますよ」
「皆ありがとう。それで本題なんだが、知恵を借りたいんだ。
そういうのを相手に10分、スタート地点から極力離れずに時間を稼ぐ手段を」
「日向嬢を狙ってる…ってのは、今もなのか?」
「あぁ。けど今は悪霊除けのお守りを持ってるから近付けない…との事だ。
確かに、ここ数日は姿を見せていない。
ただ、向こうも手をこまねいている筈がないから、いつまで効果があるかは不明」
「そのお守りとやらを外せば来るのか?」
「外した事に気付いた時点で、恐らくは」
「なら、時と場所はこっちが選べると思っていいな。
こっちに有利な場所に陣取って、周囲に罠を仕掛るとかどうだ」
「いいな、それ…俺は罠って言っても落し穴位しか思い付かないが」
「罠を張るなら、事前準備が必要ですね。かつ、他人が来ない場所である必要もあります。
そして、出来れば起伏に富んでいて視界が微妙に悪ければなお望ましいでしょうか」
「…落し穴は、周囲に足を引っ掛ける縄張り、あるいは草結びがあると効果的」
「罠の種類はタワーディフェンス系のゲームなんかが参考になるんじゃないか?」
「そうすると陣を屋内に取るか屋外に取るか、から考えた方がよろしいかと。
ゲームは屋内が舞台が多い気がしますから、屋外だと半分以上は使えないかも知れません。
逆に屋外なら…ベトナム戦争で、ベトナム兵は森を利用して米兵を苦しめたと聞きます。
あまり殺傷能力の高い罠は使えませんが、やはり参考にはなるのではないでしょうか。
この日本…この近辺で、そこまで深い森はありませんが…」
「学校の裏山、道からかなり外れた所なら人も通らないし、
森とまではいかないけど木々もそれなりにあるわね」
「それらだけで稼げりゃいいけどな。
誘い込まれたと知ったら、日向嬢を確保したら安全圏に離脱しようとする筈だからな。
肉薄された時の対処も必要だ。それは当然、斉藤の役目だ。自分の女は自分で護るもんだ。
どこまで時間があるかは知らねぇが、俺がみっちり鍛えてやるよ」
「望む所だ。よろしく頼む」
そして、一足先に食べ終えた男子二人はそのまま食事の輪を離れてばたばたと暴れ始める。
…傍目には遊んでいる様にしか見えないけど、何やら喧嘩のコツを伝授している模様。
「あぁ、もう。あんなにはしゃいで…まるで子供みたいですね」
「…混ざりたいと思っているのに?」
「否定はしませんけれどね。こちらはこちらで話しておく事があるでしょう?
…それにしても、裏山に罠を張って敵を迎撃とは、どこかのノベルゲームみたいですね」
「あ、確かに、そうかも…」
「おわかりになると言う事は、先月お貸ししたのは最後まで見終わったのですね」
「あ、うん…面白かった。ありがとう。
ちょっとばたばたしちゃってたから遅れたけど、明日返すね」
「あら、私は斉藤君にゲームをお貸しした筈ですよ?日向さんではなく」
「…あ゛」
確かに僕は先月ノベルゲームを借りて、入れ替わるちょっと前くらいに読み終えていた。
入れ替わりでばたばたしてたから、返すのをすっかり失念していたんだけど…
「ど、どうして、わかったの…?」
何か、してやったりという顔で僕を見て笑う。
「やはり、貴女が斉藤君なのですね」
あぅ、えっと、それはつまり…カマ掛けに見事に引っ掛かった訳ですね僕は。
「え、えぇっ!?どういう事?日向さんが斉藤君?ほんとに?あたしは全然気付かなかったよ!?」
「佐藤さんは、幼馴染さんの事で悩んでおられましたから。
気付く余裕がなかったのは致し方ないと思いますよ」
「…癖は移る事があるけれど、移した当人から同時に抜ける事は、まずない。
それこそ、例えば中身が入れ替わって別人にでもならない限りは」
「鈴木さんのおっしゃる通りです。お昼ご飯をご一緒して確信が持てましたよ。
食事の際の癖とか、会話に対する反応、その他にも色々と、斉藤君のままでしたから。
ただ貴女はともかく、あちらにはあまり振りをしようというつもりはないのでは?」
実に楽しそうに、まるでカンフー映画の様な組手?を行っている二人を見やる。
「ん、んん…そうかも…」
「入れ替わったなんて、普通は一笑に伏されるだけ。言わなかった気持ちはわかります。
いきなり生活ががらりと違ってしまって、慣れるのに精一杯だったであろう事も。
それは一時的なのですか、それとも、ずっと?」
「戻るのは…早くて数年、長ければ数十年、だって…」
僕の返事を聞いた彼女が耳元に口を寄せてささやく。
「気休めに聞こえるかもしれないけどな、あまり悲観的に考えるなよ。
女には女の良い所って奴も、認めたくはないが確かにあるからな」
普段使いの敬語ではない素の口調。僕を気遣ってくれるのがわかるからちょっと嬉しい。
「あ…うん、ショックではあるんだけど。とりあえず今は、大丈夫だから…ありがとう」
僕も小さな声で返事をすると、微笑んで肩をぱんぱんと叩いて元の位置に戻る。
「貴女達の事情と、先程のお話と、まさか無関係と言う事はないのでしょう?」
ここまで理解を示してくれるなら、別に隠しておく事もない。
「うん…全部、話すよ。でもちょっと時間が足りないと思うから、放課後でいいかな?」
「そうねぇ、そろそろ昼休み終わっちゃうわね。ほら男子ども、撤収準備!」
「へいよーっ!」
片付けて各自教室に戻る道すがら。セイに小声で話しかける。
「セイ…僕の友人達とは仲良く出来そう?」
「俺と合うかどうかはまだ何とも言えないぞ」
「放課後、もう一回集まって話す事になったんだけど大丈夫?」
「ん、まだ終わってなかったのか?」
「うん…気付いてるよ、僕達の事。だから、全部話そうって」
「…ソウの事だから、誘導尋問に引っ掛かったんだろう?」
「う゛…ソノトオリデス…」
「ちゃんと見てくれてたって事だろ。良い奴等じゃないか」
僕の頭を撫でながら言う。
「そうだね」
僕は、友人達を誉められたのが嬉しくて、笑顔で答えたのだった。
そして放課後、もう一度集まった僕達は学校近くの公園で、今度は全部を話した。
九頭竜の事、須佐の封印と明の封印の事、ひいては僕達の入れ替わりの事。
夢に現れる神様少女の事。封印が破られた時の事、事態を解決した後の利明君の事…
「他に、手段はないの!?」
利明君が女性になってしまう、という点で佐藤さんが悲鳴をあげる。
「他に手段があれば教えてくれてると思う。
だから多分、それしかないんじゃないかな…」
「わかった。あたしもその神様とやらに会わせて。直接尋ねるから」
「う、うん。今晩も会うだろうから、伝えておくね」
日向と月夜の力についても、実演付きで説明した。
驚いたのはセイの力が既に注意を向けられている状態でも効力を発揮した事。
皆が、目の前に居るセイを認識出来ずに戸惑っていた。
僕が月夜の力を使っても、既に意識を向けられていたら効果はないのに。
力が強くなっているのか、僕より月夜に適性があるのか、封印の影響なのか…
でもこれなら確かに、もう一人、一緒に隠す事が出来るのかも知れない。
その事を言うと、丁度良いからそれも試そう、という事になった。
結果、二人で隠れる事も出来た。ただ、時間はかなり短くなってしまう様だ。
また、一緒に隠れる相手に触れていなければならないみたいだ。
僕は僕で、日向の力について新たな発見があった。
どうやら、引き付ける対象を絞る事が出来るみたいだった。
味方まで注意を引き付けていたら動きが鈍る可能性があるから当然なのかも。
これらがわかっただけでも、話した甲斐があったと思えた。
僕達だけでは、いまいち効果の程が確認出来ないからね。
そんな風に一通り話し終わると、雑談っぽい雰囲気になった。
「予想外に大事の様ですね。けれど、よく話してくれました。
そういう事情でしたら、協力は惜しみませんよ。
惜しむらくは、協力者を増やせない事でしょうか」
「あぁ、成功させないと世界が滅びるとか…
ちぃっとばかしスケールがでかすぎて実感が湧かねぇからなぁ。
けどな、お前らが危険な目に合うとわかってて後方支援だけとか、舐めてんのか?」
「そう言ってくれるのはありがたいんだけど…本当に、危険なんだよ?」
「…そこまで気負わなくてもいいと思う。私達は、ただ今の生活を護りたいだけ」
「そ、そういや…今は日向嬢が斉藤なんだよな…何て呼べばいいんだ?」
「俺を日向と呼ぶのは変だろう。だから体に合わせて斉藤で良いんじゃないか?」
「その…この前の事なんだけどな…お前らがそういった事情だとは知らなくてだな…」
「ん?…あぁ、アレはとても助かったよ。改めて礼を言わせてくれ。ありがとう」
にやり、と笑みを浮かべて答えるセイ。
言葉を濁してるけど、それって…その、明るい家族計画の話だよね。
ぼんっと頬が熱くなった。多分真っ赤になってる。恥ずかしくてうつむいてしまった。
「お、おぉ…そ、そうか…なんつーか、すげぇ馴染んでんな。
元の斉藤より男らしいんじゃねーか?」
悪気が無いのは知ってるけど、実際その通りなんだけど、言葉のナイフが胸に刺さった。
「何のお話なのですか?」
「あぁ、いやいや。男同士の内緒話って奴だ」
「ふぅん…それなら、私にも聞く権利が発生しますけど?」
「んぐっ…そ、そいつは言えねぇなぁ」
「あら、親友にして恋人である私に隠し事ですか」
「いやまぢで勘弁してくれよ…」
いつものやりとりを始めた二人とは別に、僕は佐藤さんと鈴木さんに絡まれていた。
佐藤さんが、後ろからのしかかる様に抱き付きながら話しかけてくる。
「最近可愛くなったと思ってたけど、そういう事だったんだねぇ。
あ、でも、あ、そっか。むふふ、だからか…斉藤君らしいわ」
「え、な、何?」
「体育の授業、何やかんや理由を付けて皆が終わった後でこそこそ着替えてたでしょ。
『斉藤と日向はSM趣味があって体を見せられない状態なんだ』なんて噂もあるのよ」
「…基本的にはやっかみだから気にしなくて良い…それにしても、柔らかい」
「あらほんと。入れ替わる前は見た事もあったけど形も良いし、いいわねぇ」
「ひゃっ!?ちょっ…あ、や、も、もんじゃ、だめっ…だよ、ぉ…」
そして前後から胸を鷲掴まれ揉まれたり。この二人ってこんな性格だったっけ!?
ひょっとして、この体になったから同性扱いされてる?
相手が女の子だけに力任せに振りほどく訳にもいかない。
まごまごしていたら見かねたのか、セイがひょいっと僕を抱き寄せて二人を引き剥がした。
背中から抱き締めてがっちりガードしながら二人に宣言。
「これは俺のだからお前らが勝手に玩具にするのは却下」
でも、セイの手が、やっぱり…
「その、ね…助けてくれるのはありがたいんだけど…セイも、も、揉まないで…」
「男子がやるのはセクハラよぅ?」
女子がやってもセクハラなんじゃないんだろうか?
「俺達はそっちの二人と同じで恋人同士だからいいんだよ」
「こ、恋人同士だからって、人前では、やめてよ…」
「人前じゃなければいいんだな?」
にやにやしながら言われてまたもや体温急上昇。
「し、知らないよ…っ」
なんて脱線もあったけど、それからの日々は忙しく過ぎていった。
皆で裏山に地図を作りながら罠を張ったり、日向と月夜の能力向上に努めたり、
喧嘩が得意な凸凹コンビと共に体を鍛えたり…
あ、僕も参加してるよ。
「俺が護るからソウはしなくていいんじゃないか?」
ってセイが言ってくれたんだけど、僕自身が納得できなかったのと。
「備えあれば憂いなし、ですよ。
生兵法は怪我の元、でもありますから、それを主体にしようという訳ではありません。
万が一の事態に対する保険みたいなものです。
それに、斉藤君だって基本的には隠れてなければいけない立場なのですよ?
だから、鍛える意味があまりないという点ではそう変わりありませんよ」
という彼女の言葉に肯いてくれたのだった。
ただ、彼らが言うには、鍛えるのも種類があるそうだ。
一つは、純粋に筋力や持久力のアップを目的とする鍛え方。
これは女性でも効果がない訳じゃないけど、基本的には男性向けだそうで、
セイがこの鍛え方でトレーニングをしている。
もう一つが、体の動きをより素早く精密に操作出来る様にする鍛え方。
これも男女共に効果はあるそうなんだけど、僕はこっち向きだろうとの事。
彼女は、前者のトレーニングを行ってもほとんど効果がなかったそうだ。
けれど持ち前の喧嘩っ早さは健在で、色々試した結果、後者の結論に達したのだとか。
「端的に申し上げるなら、柔良く剛を制すという事です。
筋力はあるに越した事はないのですが、無くても無いなりに戦う事は出来ます。
その結論に至るまでに一年かかってしまいましたけれどね」
彼女には、ある病気でそれまで培ってきた力の大半を失ってしまった経験がある。
元の様にはなれないと覚った彼女は、現在の自分に合った新しい力を見つけていた。
そしてそれを僕に教えてくれたのだ。
「まずは、力の流れを知り、見極める事です。
敵が人間の体を使っているなら、例え人間離れした怪力を有していても限界があります」
そして、セイと共に腕立て伏せを行っていた相方を相手に実演する。
「殴りかかって来て下さい…全力だと見せるのには適さないので、程々に」
「あいよ」
彼が、僕でもわかる程度の速度で自らの恋人に殴りかかる。
拳を振り上げ、踏み込む足が地面と接触する瞬間、彼女が素早く屈み込み足の甲で払う。
「うおっとぉ!?」
振り抜いた足を引き、伸び上がって、バランスを崩し上体が傾いた彼のシャツを掴む。
そのままぶら下がる様に体重をかけると、巨大な彼の体が面白い位簡単に倒れた。
もちろん、そう見えたってだけで、簡単な話ではないだろうけれど。
彼女がそのまま彼の腕を取り背中側に捻る様に固めると、彼は身動きが取れなくなる。
平均より遥かに小柄な女性が、成人男性より遥かに大柄な男性を抑え込む。
…改めて考えると結構シュールな光景だ。僕はある程度はこの二人で見慣れてるけど。
「例えば走る時には地面を力を篭めて蹴らないといけませんよね。
同様に、殴ろうとする時、蹴ろうとする時、掴もうとする時、必ずどこかに力が入ります。
その力の流れと、関節の動きと限界を知り、見極めれば、こういう事も可能になります。
貴女はもっと手軽な技の一つか二つだけ、集中して練習するのが良いでしょう。
抑え込みは、独立駆動する剣があるのならかえって危険ですからやめておきましょう。
…失敗しました。せめて汗を拭かせてからにすべきでしたね。べたべたです」
彼のタップを確認して、少し眉をひそめつつ、そう言って解放して身を起こす。
「…ベッドの上だと喜んでなべばぁっ!?」
上体を起こしながら何かぼやきかけた彼の顎に、彼女の鋭い蹴りが炸裂した。
「何かおっしゃいまして?うふふふ…」
「は、はおあぁ、あおがぁぁっ!?」
顔を押さえてのたうち回る彼を、にこやかに見下ろしながら彼女が言う一幕もあったり。
学校生活は、佐藤さんがサポートに入ってくれる様になったから少し過ごしやすくなった。
やっぱり、女の子初心者な僕一人だとどうしても対応し切れない部分は多いから助かるんだけど。
…遠慮して時間をずらしてたのに、普通に女子更衣室に連行するのはどうなんだろう?
「女同士で恥ずかしがる事もないでしょ」
だ、そうだけど…
今の体がどうあれ僕の内面は男で、佐藤さんはそれを知ってるんだから、
それは良くないと思うんだけど、全然気にする気配がない。
信頼されてるのか、そもそも男として見られてないのか、判断に苦しむ所だ。
「…かつて俺も通った道だ。こっちもあんな感じで奴らに引きずり込まれたもんだ」
落ち込む僕に、彼女が素の口調で慰め…というか諦めを促すという事もあった。
…夜も相変わらず神様少女との打ち合わせが続いていて、佐藤さんの話を伝えると。
「んじゃ、ここに呼ぶからそいつの事を思い浮かべろ」
との事で、その通りにするとその情報を元に探したのか、本当に佐藤さんが現れた。
混乱する佐藤さんをなだめつつ話を進める内に、納得してくれたので一安心だけど。
どうせなら全員呼ぼうという事になって、翌日からは全員参加という事になった。
…ちなみに、鈴木さんを除く全員が、初めて会った時に神様少女に襲いかかって。
それを必死で引き止めるお約束な出来事もあった。
何故鈴木さんだけ平気だったのかはちょっと疑問だったけど、詮索はしなかった。
聞いた事もないけど、ひょっとしたら愛する人が居るのかも知れないしね。
強く結び付いてる様に見えるあの二人も引っ掛かったのは驚いたかな。
…彼らの複雑な事情は、端から見る程簡単ではないという事なのだろうか。
でも、それで何かが変わった訳じゃない。
むしろより絆を深めている様に見えるから、結果オーライなのかも知れない。
次の日曜日は決戦準備はお休みして、先週行けなかった斉藤宅に訪問する事になった。
前日の夜、再びパパの手を借りて服装をコーディネイトしてもらった。
また渡されては着替えてを繰り返している内にファッションショーになったけど…
学習能力無いのかな、僕…流されやすいのはわかってるつもりだけど。
ともあれ、そうして見繕ったのは上は白いブラウスとクリーム色のセーター。
下は足首くらいまでの丈の、襞のないタイトな青いスカート。
上から下まで正面のボタンで留める構造になっている。
肌の露出に慣れていない僕としては全部留めたい所だけど…
そうすると足が30cmも開けなくて、とてもじゃないけど歩けなくなる。
パパにその様子を見られて笑われてしまった。
「そのボタンは膝より下は飾りと思った方がいいよ。膝上の所までにしてごらん」
言われた通りにすると確かにかなり動きやすくなった、けど。
何だか結局ミニスカートを穿いてるのと変わらない気がする…
結局時間がなくてそれに決めたのだけれど。
そして例の『言う事を聞く』という約束の内容が、セイから言い渡されていて。
…それが、えっと、その…
『デートの時はガーターベルトとガーターストッキング着用!』
という、僕にとってはとても恥ずかしい内容で…
「うん、今セイが言ったのをちゃんと聞いたよ」
と返してはみたんだけど。
「今俺が言った事を聞いたからそれで終了…なんてトンチが通用すると思ったか?」
さっくり意図を見抜かれてしまい、逃げ場を失ってしまった訳だ。
流石に下着まではパパにお願いする訳にもいかないから、自分で見繕う。
とは言え、複数種類あるけど、どれも僕には刺激が強くて目がチカチカしてしまう。
結局、無難?な黒に…あ、でもそうすると下着も黒の方がいいのかな?
う…けど、黒の下着は確か…やっぱり。
布面積が少なめで、薄くて中が透けてしまう様なのしか無い。
試しに着用…しようと思ったんだけど、どうすればいいのこれ?
とりあえず、手に取って観察してみる。
青年向け雑誌とか少しは見た事があるから、何となくはわかるんだけど。
S字型の金具を、対になる輪っかに引っ掛けて腰に固定するんだろうな。
ショーツのいくつかにあったワンポイントのリボンみたいなのがあるから、多分これが前。
で、ぶら下がった四つの帯の先端はΩ型の金具と丸いでっぱりになってる。
次に薄手の、太股までのストッキングを両脚に履いて…これで挟めばいいんだろう、多分。
見当がついたから実際に着用してみる。
ウエストの一番細い…おへその下辺りに巻き付ける。
ぷらぷらする四つの帯をちょっと邪魔に思いながら、ストッキングをくるくる巻く。
輪っかになったら爪先を押し込んで、ほどく様に巻き付けて履いていく。
両脚とも履いたら、足をそろえてバランスを確認。ちょっと右の方が下にずれてる。
色の濃さにむらもあるから、こする様にして均して、高さを合わせる。
で、帯の先の金具を手に取って…う、前はともかく、斜め後ろ側がやりづらい…
背中でボタンを留めるワンピースとかもそうなんだけど、留めにくいよぅ。
何度も失敗しながらも何とか装着完了。
でも、こんな風に挟み込むと生地が伸びちゃったりしないのかな?ちょっと疑問。
まぁ、それで駄目になるんだったらこんな形にはなってないよね…と、自分を納得させて。
長さが余っていたからちょっと短め位に調節。これでずり下がらないかな。
とりあえず、おかしな所がないかどうか姿見の前に立ってみる。
黒いガーターベルトとストッキングに対して、
そのまま穿いていたピンク色のショーツが何とも言えない違和感を醸し出す。
…しかたない。ショーツとブラジャーも合わせて代えてみよう。
あ、あれ…脱げない。そっか。この吊っている部分はショーツの中を通すのか…
苦労して留めた金具を泣く泣く外して、ショーツを脱いだ状態で再びベルトと格闘。
二回目で少しは感覚が理解出来たのか、最初よりは時間をかけずに金具を留める。
上から黒いショーツを履き、ブラジャーも合わせて代えて、改めて姿見の前に立つ。
わーわー、うわー、うわぁ…は、恥ずかしくて直視できないよぅ…
で、でも…父さんと会うのも目的のひとつなんだから、えっちすると決まった訳じゃない。
そもそも自宅訪問はデートなんだろうか?
だからこんなに気合入れる必要はないって気もするし…
でもやっぱりそういうタイミングがあるかもしれないし…
適当に選んで、いざその時に笑われたり、がっかりされるのも、何だか嫌だし…
だとしてもこれは恥ずかしい。似合ってないとは思わない。
むしろ逆に、似合ってると…自分でも色っぽいと思えるからで。
だからこそ、見せる事になったらセイも喜んでくれるとは思う。
うーん…よし、これでいこう。見せると決まった訳じゃないんだし。
見せないなら僕が恥ずかしい思いをしなくて済む。見せたならセイが喜んでくれる。
…と、言うか…そもそもとして、だ。
下着うんぬん以前に、裸を見せるのだってえっちするのだって、恥ずかしいんだ。
そこに一つくらい恥ずかしさが増えても今更だよね。
やっぱり、女の子に染まってきてるのかな…こんな風に考えるなんて。
んー、やっぱり男の発想かな?
自分が女の子になったからって女の子の発想が理解出来る訳じゃないよね。
でも、もう戻れない可能性も高いんだから、色んな事に慣れないとね。
なんて悩みながら脱いでパジャマに着替えて寝て。
翌朝、シャワーを浴びて色々お手入れして、着替えてから気付いたもう一つの問題点。
…白いブラウスだから、その、黒い下着が透けて見えてしまう…
更に上からセーターを着込むから問題ないと言えばないんだけど。
この日は朝から快晴で暖かくなるだろうとの事。
つまり、逆にどんなに暑くなってもセーターは脱げない…それはそれで問題。
急遽箪笥の中を探って、スカートと同色のベストの発掘に成功。
これを追加で着込んで問題解決。次に、やっと本格的に覚えたリボンを髪に結ぶ。
今日はパパもお休みだそうだ。まだ寝室から出てきていない。
BLT、ツナ、エッグ等のサンドイッチをいくつか作ってラップでくるんでおく。
パンプスというらしいちょっと踵の高い靴を履いて、バッグを持って、いざ斉藤宅へ!
…と意気込んで出かけたものの、歩いている内に違和感が無視出来なくなっていった。
あ、靴の事じゃないよ。この頃には踵が高い靴での歩き方も何となくわかっていたから。
前に出す時に膝を伸ばし切るから踵から接地する事になってバランスを崩すんだ。
膝を軽く曲げた状態で、爪先と踵を同時に接地させれば問題無い。
ではスカートかというとそうでも無くて。
確かに、今まで裾が広いミニスカートしか穿いてなかったから、
こういう膝にまとわりつくのに足首は後ろ側だけ裾が絡む感覚も馴染みはないんだけど。
そうじゃなくて違和感の正体は初めて装着したガーターベルトという物体。
セ、セイの嘘つきぃ…制服の靴下とそんなに変わらないって言ったのに。
確かに覆われてる部分はそんなに変わらないんだけど。
歩く度に腰から太股にかけての前後で吊られているストラップがこすれて…
それがショーツにまで伝わるものだから、今までのどんな服装よりも変な感じ。
けど往来の真中でスカートを捲くる訳にも、中に手を突っ込む訳にもいかない。
我慢して歩くしかなかった。
何とか斉藤宅へ到着して、呼び鈴を鳴らすとすぐにセイが出てきてくれた。
「おはよう…僕、変じゃないかな?」
「ようソウ。全然おかしくない。今日も可愛いぞ」
…セイは会う度にこの手の台詞を言う。
恥ずかしいから止めて欲しくある反面、嬉しくも思うのはやっぱり僕が単純だからかな?
「あ、ありがと…」
赤くなってうつむく僕の頭をいつもの様にわしわしと撫でる。
「あ、今は乱れるから、やめて…」
「おぉ、悪かった。じゃ、上がれよ…おかえり」
最後だけ小さく、僕にだけ聞こえる位の声だったけど、そう言ってくれるのが嬉しかった。
「それでは、お邪魔いたしますっ…ただいま」
僕も、対外的な挨拶を大きめの声でしてから、小さな声で付け足したり。
二人顔を見合わせて、ちょっと笑って肯きあってから中に入った。
懐かしの我が家…という程じゃないけど、随分久しぶりな気がした。
だからなのか、今は日向双葉さんになっていて視線が低いからなのか、
何だか全然違う家に入ったみたい。
きょろきょろしている僕に気付かず、セイがそのままダイニングに向かう。
慌ててその背中を追って、ダイニングへの扉をくぐる。
テーブルに着いて新聞を読んでいた父さんと目が合う。
「父さん、紹介するよ。同じ学校の日向双葉さん。俺の一番大事で大切な女性」
うわ、何だかとってもハードルが上がった気分。
「え、と…お邪魔致します。お初にお目にかかります。ひなた、ふたばと申します。
むす、こさんには大変お世話になっております。よろしくお願いいたします」
下腹部の辺りで両手を握り合わせながらお辞儀をする。
父さんがそんな僕の様子をじっと見ていた。
それはほんの一拍か二拍の時間だったと思うけど、緊張していた僕にはやたら長く感じた。
順番、ちょっと変だったかな。言うべき事全部言っちゃって詰め込み過ぎてないかな。
息子さんをちょっと言い淀んじゃった。
これで日向双葉さんの評価が下がったら申し訳ないな。そんな事を考えていたと思う。
「…なるほど。そういう事なんだね」
「はい?」
父さんが一つ肯いて、いつも通りの穏やかな顔で、首を傾げた僕に笑いかける。
「ようこそ、いらっしゃい…それとも、おかえりの方がいいかな?」
「…え?」
「ぼくには想像しか出来ないけど、色々大変だったろうに。元気そうで安心したよ」
友人達の事もあって、ひょっとしたらという気持ちは確かにあったけど。
僕は、姿形ではなく内面で僕を僕だと認識してくれる人達に囲まれている。
それが、とても嬉しい。何と幸せな事だろう。
目の奥がつんと熱くなって視界がぼやけ、頬を涙が伝った。
「あぁもうほら、泣くんじゃない」
セイがいつもの様に僕の頭を撫でる。掌の暖かさに心が落ち着いていく。
「んっく…ご、ごめんね…」
「申し訳ない。泣かせるつもりはなかったんだけれど」
父さんがちょっと驚いた様子で言う。
「ただ、嬉しかっただけだから…父さんが謝る事じゃないよ」
「いつから、気付いておられたのですか?」
セイが問う。そこに驚いている様子はなかった。
けど、入れ替わりについて父さんと既に話してある、という感じでもなさそうだ。
「23日はどこか様子が変だと思った位だったけれどね。
親というのはね、子供が思っている以上に子供の事を見ているんだよ」
「うん…うん。ありがとう、父さん…」
「良かったじゃないか。気付いてもらえて」
ぽんぽんと軽く二回僕の頭を掌で叩いてからから手が離れる。
「すると君が日向双葉さんなのかい?」
「そうなりますね」
「なるほどね。元からの男性にしては格好良すぎると思っていたよ」
「誉め言葉だと思っておきます…すると、月夜の遺産についての話は…」
「もちろん、誉めてるんだよ。遺産については申し訳ない。反応を見させてもらったよ。
君が良い子で良かった。それじゃ、詳しい話を聞きたいんだが、いいかな?」
「はい」
そうして、父さんに一通りの事を話した。肯きながら時々質問を挟みながら聞いてくれる。
そこには疑う様子も、笑い飛ばす様子もない。
穏やかに、実に父さんらしく、話を聞いてくれた。ただ…
「日向さんのお父さんも事情をご存じなら、一度お会いしてご挨拶しないとね。
連絡先を教えてもらっても良いかな?」
パパも知っていると聞いてそう言ってたんだけど。
パパと父さんかぁ…ど、どうなるんだろ?いまいち想像出来ない。
話し込んでいる内にお昼になったから、お蕎麦を茹でる。
隣で鍋に水を張って、醤油、塩、麺液、みりんを加えて火をかける。
沸騰したら昆布と鰹節をさっと潜らせて出汁を取る。
どんぶりを三つ準備して、茹で上がった蕎麦を三等分…してから、
僕の分から半分くらい取ってセイと父さんの分に振り分けて、汁を掛ける。
長葱を刻んで散らして、冷蔵庫にあったコロッケを父さんの分に。
同じく冷蔵庫にあった天ぷらをセイの分に乗せて、卵を割り入れる。
後は蕎麦湯をケトルに移せば完成。
蕎麦にコロッケ?と思うかも知れないが、父さんはお気に入りだ。
僕はあまり縁が無いけど、立ち食い蕎麦屋さんなんかでは普通にあるメニューらしい。
「ふぅん…今度俺も試してみよう」
最初は何とも言えない顔をしていたセイも興味が出たらしく、そんな呟きを漏らしたり。
食事が終わり洗い物を片付けていると、部屋に戻った父さんが外出の準備をして出てきた。
「日向氏と会ってくるよ。晩ご飯は食べてくるから気にしないでいいからね。
それにしてもお忙しい方なんだね。今日これから位しか時間が取れないなんて」
「うん。娘さん思いの、凄く良い人だよ」
「…思い方を間違えてる気がしなくもないけどな…」
「あ、あはは…」
ともあれ、そうして父さんがお出かけすると、斉藤家には僕とセイの二人きり。
何だか二人共意識してしまって気まずいから、僕達もお出かけしようという事になった。
先週は家を出たのが遅く、携帯を購入した段階で時間が無くなってしまって、
予定していた映画を観に行けなかったから、この日に行こうという事になった。
最寄りから3つ程離れた駅で降りて映画館へ。
その映画というのが、簡単に言うと天使の少女と悪魔の少年が出会い、
紆余曲折の末両思いになるのだけれど立場の違いから引き裂かれ、
それでも足掻いて再会し、手を取り合って人間界に逃げ込むという内容で。
天界も魔界も敵に回して、しかし出会う人々の優しさに救われながら逃亡生活を続けるが、
やがて桜が奇麗に咲いている公園で二人は追い詰められてしまう。
少女をかばった少年は致命傷を負う。少年を抱く少女を取り囲む追っ手。
「もしも…俺もお前も、或いはどちらかだけでも、違う生まれ方をしていたら…」
その言葉を最後に、少年の命の火が消える。
少女はその瞬間、天使が持つ『自らの命と引替えに小さな奇跡を起こす』能力を使う。
全てが光に包まれる。光が収まった時、そこには少女も、少年の亡骸もなかった。
少年の死は明らかであったし、少女が命と引替えに能力を使用したのは間違いない。
両名の死をもって追っ手は引き上げる。
誰も居なくなった公園の桜をバックに、物悲しい曲と共にスタッフロールが流れ…
桜を映していた画面がズームアウトすると、どこかの高校の正門になっている。
満開の桜の花を、佇んで見上げている新入生らしき少女。
ふと、何かに気付いた様に振り向く。その顔は天使の少女のもの。
少女が嬉しそうに微笑む。その視線の先には、同じ学校の制服を着た一人の少年。
その顔も悪魔の少年のもので。驚いた後でやはり嬉しそうに笑う。
そして『久しぶり。会いたかった』二人の声が重なって、エンドロール。
こうして今振り返って思えば、別に目新しい展開だった訳でもないとは思うんだけど。
…恥ずかしながら、観ている最中…桜咲く公園に追い詰められ、
少年が傷だらけになりながら絶望的な数の敵と戦うラストバトルシーン辺りで、
既に僕の涙線は決壊していて、ハンカチを手放せなくなっていたのだった。
「そんだけ感情移入して観てもらえりゃ、制作者側も本望だろうよ」
「はぅ…ぐすっ…だ、だって…」
清彦だった頃の僕なら、それなりに楽しんで『面白かったね』で終わっていただろうに。
とりあえず、洗面所で崩壊した涙線と身だしなみを整えてから移動。
ちょっと早いけどレストランでお食事、だったんだけど…
「お、お酒なんて頼んだの?」
「ばれやしないって。ほらソウも。乾杯くらいはしないと格好着かないだろ」
と、押し切られて口をつけたり。
「あ、美味しい…」
「だろう?」
「こういうお店、良く来てたの?入れ替わってからは来る暇無かったよね?」
「いや初めてだぞ」
「何だかすごく場慣れしてる感じがするよ」
「格好着けたいんだよ言わせるなよ」
にやりと笑いながら答えられてどきりとしてみたり。
ちなみに、他の話題はやはり映画に関わる話が多かった。
「本当に、何でこんなに涙脆くなっちゃったんだろう…?」
もし、僕達が映画の二人だったなら…って考えてしまったからだろうか。
それと多分、入れ替わって、セイとお付き合いする様になって、
今まで他人事と気にもしていなかった事柄が新鮮に感じられたからではないかと思う。
「俺達は互いに、ある意味、入れ替わった時にやっと人生が始まったのかもな」
「そ、そうかも…大変な事が多いけど、充実してて…生きてるって実感はある、かな」
「おかしな事件に巻き込まれてハイテンションになってるだけかも知れないけどな」
それと、良い機会だから父さんと会話した時に思った事を尋ねてみた。
「ね、ひょっとして…セイが僕の振りを全然しなかったのって…
親しい人達には入れ替わってるって気付いて貰える様に、わざと?」
「それは無いな。元の斉藤清彦をよく知らなかったから、やりたい様にやっただけだ。
だからまた『優しい』とか背中が痒くなる台詞は吐くなよ」
一瞬だけ驚いた顔をした後、にやりと笑いながらセイが答えた。
「あはは、残念。でも僕がそう信じるのは自由だよね?」
「信じる者は馬鹿を見るんだぞ」
「いいよ…セイを疑う位なら、僕は馬鹿でいい」
だって、どんなにセイが呆けても、結果がそれを示している。
僕は僕が大切に思う人全てに、入れ替わっている事態を理解してもらっているのだから。
「本当に、お前って奴は…」
呆れた様に、けど嬉しそうに笑うセイを見て僕も嬉しくなったのだった。
レストランを出る時、僕が少しふらついたから、酔い醒ましに歩こうという事になって。
照れ臭くて恥ずかしかったけど、やっぱり押し切られて、腕を組む。
でも拒否しないって事は、僕もそれが嬉しいからなのかな。自分でもわからなかった。
歩いている途中でセイが言った。
「休憩、していくか」
公園が目に入っていた僕はすんなり肯いた。
けど、そのまま公園を通り過ぎた時に、あれ?と思って。
え、と…つまりその、セイが見ていたのは…
その先にあった…その、休憩も出来るホテルだった訳で…
あわあわしたのがおかしかったみたいで、爆笑されてしまった…結局入ったんだけどね。
初めて入ったそういう系統のホテルは…色んな意味で目に毒だった。
…
「おぉ、これは凄い。楽しそうだ」
「わ、わ、わぁ…」
部屋に入ってのお互いの第一声。
「ソウ、とりあえずシャワー浴びないか?」
「え、や、やだよっ…丸見えだよっ」
「だから勧めてるんだ。第一、一緒に風呂に入った事もあるんだから今更だろ?」
「だからって…恥ずかしいから、やだよ」
「まったく、しょうがないなぁ」
あれ、何で僕が我が儘言ってるみたいな事になってるんだろう?
でもそれを口にしてもなんだかんだ言いくるめられそうな気がするから黙っておく。
僕だって学習能力が無い訳じゃないんだからね。
「さて、それじゃあ…ソウ?」
「な、なに?改まって」
「色っぽく脱いでくれるんだよな?」
「え、あ、前の…ほ、本気だったの?」
「冗談な訳ないじゃないか」
「うぅ…冗談であって欲しかったよぅ…」
「出来ないなら、また俺が脱がすが?それはそれで楽しいから良いぞ」
「うぇ、そ、それは…」
前は雰囲気に飲まれてたから認めちゃったけど…それでもあれはめちゃくちゃ恥ずかしかった。
当然、自分で脱ぐのだって恥ずかしいけど、どっちがマシか、なんて決められないよう。
でも…経験がある事と無い事を比べてもわからない、よね…
「じゃ、決められないみたいだから俺が…」
「じ、自分で脱ぐよっ」
このまま迷ってるとまたセイの手で脱がされてしまうから、慌ててセイの言葉を遮る。
「そっかそっか。ならよろしくな」
「な、何もよろしくないよぅ…」
セーターはさくっと脱げる。ベストに手を掛けてまず躊躇う。
「ね、ねぇ…暗く、して…?」
「暗くしたら見えないじゃないか」
「み、見られたくないから言ってるんだよっ」
「…わかったわかった。この位でいいか?」
セイが光量を落とす。色付きの照明がぼんやりと光るだけで、随分と薄暗くなる。これなら、まぁ…
どうか透けてるのがセイにばれてません様にと祈りながらベストも脱ぐ。
スカートの中に入れていたブラウスの裾を引っぱり出しながらセイに背中を向ける。
ブラウスのボタンの向きの違いに、まだ微妙に違和感を感じながら一つずつ外していく。
次はスカートのボタン。ホックはまだ引っかけたまま。
あああ…顔が熱い。多分、今、僕、顔まっかなんだろうなぁ…恥ずかしいよぅ…
脱がされるのも恥ずかしかったけど、自分で動かなくても状況が進んでいく方が楽だった気がしなくもない。
自分で脱がなきゃいけない方が、自分の意思でやらなきゃいけない分、覚悟が必要になるんだね…
初めて知った。出来れば知りたくなかった。
いや、改めて考えればその位わかってた筈。それでも今回自分で脱ぐ方を選んだのは…
ただ脱がすんじゃなくて、僕が恥ずかしくなる様な事を言ったり、な、撫でたり舐めたりするからだ。
それに比べたら自分で脱ぐ方が…なんて思ったんだけど、やっぱり失敗だったかな。
…ど、どっちから脱ごう?
上にしろ下にしろ、これ以上脱ぐと下着が見えてしまう。
いや、ブラウスは大きめのを羽織ってるから、ショーツは見られないかな。
下着を晒す羞恥を少しでも遅らせたい。いや、いずれやらなきゃいけないから意味はあんまりないんだけど。
…あれ、そもそも『脱ぐか脱がされるか』の二択がおかしくないかな?
でも、脱がないで…その、えっちするっていうのも…へ、変、だよね。
わざわざ皺にしたり、汚したりする必要は無いんだし。
えっと、だから、そっか。最初の二択が違ったんだ。
『脱ぐか脱がないか』は二番目で、一番目は『えっちするかしないか』の問題だった。
そういう目的のホテルに入った以上、その二択は既に選択してしまっている。
たとえそれが僕の勘違いだったとしても、だ。
だから、次の二択になってしまっている。今更気付いても手遅れだったけど…
「手が止まってるぞ。やっぱり俺が…」
「そ、それには及ばないよっ」
うぅ、思考が逸れてる間、手が止まって急かされてしまった。
し、視線が痛い。セイがじっと僕の一挙手一投足を凝視しているのが背中越しに伝わってくる。
えぇい、男は度胸!今は身体は女の子だけど…
ぎゅっと目を瞑って、スカートのホックを外して手を離す。
はらりとスカートが落ちたらそれを跨ぐ。
両手でブラウスの袖を掴みながら両腕を斜め後ろに真っ直ぐ伸ばす。
肩に引っかかっていた襟が背中を滑り落ちていくのを感じながら片腕ずつ抜く。
脱ぐと同時に身体を反転させてセイと向き合いながら、ブラウスを握ったままの手を胸にやって隠す。
…隠せているといいなぁ。
目を瞑っているし、初めての動作だから実際に隠せているかどうかはわからないけど。
ごくりと、セイが生唾を飲み込む音が聞こえた気がする。
目を瞑った分、他の感覚が鋭敏になった気がする。
かさりと衣擦れの音、次いでふわりと空気が動くのを感じて目を開ける。
僕がもたもたしてる間に服を脱いだらしい。裸のセイが僕に向かって突進していた。
自分より大柄な者が迫ってくるのは凄い圧迫感だ。
それに、眼がぎらぎらと輝いて、まるで肉食獣と間近で対峙しているみたいで、凄く怖い。
「ひっ」
悲鳴を上げかけたけど、乱暴にベッドに突き飛ばされ、スプリングで身体が跳ねた衝撃で息が止まる。
セイがそのままの勢いで僕に覆い被さってきて、掴んでいたブラウスを強引に剥ぎ取り脇に投げ捨てる。
両方の手首を掴まれて、肩の脇で押さえ付けられる。
「あっ…せ、い…んーっ!?」
混乱している僕の唇を、まるで噛みつく様に貪る。
上唇に吸い付き、音を立てて離れたと思ったら下唇にも同じ様に。
そしてちくっとする痛み。軽くだろうけど本当に噛まれて。
さらには舌をねじ込まれ、歯を、歯茎を、舌を蹂躙される。
くちゃ、くちゅ、と音を立てながら僕の口腔内でセイの舌が暴れる度に、身体の奥が痺れる。
脈拍と合わせるみたいに、どくんどくんと下腹部が疼く。
ちゃんとした呼吸が出来なくて苦しい。でも、気持ち良い?わからない。くらくらする。
視界がじわりと滲み、次いで端から徐々に白くなっていく。
身体から力が抜けていく。何も考えられなくなっていく。
全てが真っ白になる直前で暴虐の時が終わる。
セイも苦しかったのか、ぷはっという吐息と共に、唇が解放される。
はぁはぁと、二人で荒い呼吸を繰り返す。
視界を取り戻すけど、まだ全体的に滲んでいる。
目尻の辺りに手をやろうとするけれど、両手首ともセイに掴まれて押さえつけられたままで動かせない。
なんだか、さっきから、セイらしくない。
いつもの余裕たっぷりという風情がなく、とても荒々しい。
このまま喰われてしまうのではないかと思ってしまう程。
呼吸が整うのを待つのももどかしくて、呼吸の間に声を紡ぐ。
「せ、セイ…どう、しちゃったの…?」
何故か、じろっと睨まれる。
「わざと、やってるんだろう?」
「…?」
セイが何を言っているのかわからなくて、首を傾げる。
「ソウが悪いんだからな!」
そう言って、構成の大半が薄いレースで出来ていて色々透けちゃっている黒いブラの上から乳首を強く吸う。
ぢぅ、という音と共に乳首から擽ったくも切なく、それでいて心地良い感覚が湧きあがる。
僕の何が悪かったの?と思うものの、言葉にする余裕はない。
「ひぅっ…んあぁっ!?」
元々このブラは透かして見せる前提だからパットなんて入ってない。
唇が離れると、刺激を受けて屹立した乳首が、
更に唾液で濡れてぴったりと貼り付いてはしたなく浮き上がっているのが見える。
そして息付く暇もなく、もう片方の乳首に吸い付かれ、再び恥ずかしい喘ぎ声をあげてしまう。
セイの舌が胸から肩へと這い進み、ブラの肩紐を咥えて腕の方に外して下へと引っ張る。
肩紐に引かれて胸の覆いがずれて片胸がまろび出て、乳首もぴょこんと飛び出すとセイが再びそこに吸い付く。
薄いとはいえ布越しでどこかもどかしかった刺激が直に伝わる。
直後、乳首の根本を軽く噛んで固定し、更に絞り出された部分を舌でねぶり回される。
限りなく痛みに近い鮮烈な刺激が眉間で弾ける。
「ふあ、あぁんっ」
恥ずかしいから喘ぎ声はあまり聞かれたくなくて我慢しがちなんだけど、堪えきれなくて溢れ出てしまう。
しばらくそうして僕の胸を弄って満足したのか、セイが顔を上げる。
両の手首が解放されたと思ったら肩を掴まれ、ぐるりとうつ伏せにひっくり返される。
お腹に腕が回され、ぐいっと引き起こされ、お尻を突き出す格好にされる。
「え、や、ちょっ…はずかしいよっ…にゃあっ!?」
膝を伸ばして元の姿勢に戻ろうとするも、素早くも力強くがっちりとお尻を掴まれて動かせなくなってしまう。
ショーツもブラとお揃いの黒いすけすけで、面積も少な目だから全然隠せてなくて。
しかもちょっと…その、僕の身体から、その、分泌液が出てるみたいで。
ひんやり湿ってるから、乳首みたいに貼り付いてくっきり見えてしまってるんじゃないかと、思う訳で。
やっぱり普通の下着にしておけば良かった…と後悔する暇も無く。
股布の部分が横にずらされてあらわになった割れ目にぴたりと何かが触れる。
一瞬冷たく感じるけど、気のせいだったかと思うほど直ぐに熱さにとって代わる。
えーと、そう、その…何度かは経験したから覚えてる。
それはいきり立った斉藤清彦の息子に違いなくて。
「ま、まって…まだっ…あぐうぅんっ!?」
何となくまだ僕の胎内の準備が足りてない気がして、制止しようと声を上げかけた所で一気に貫かれてしまう。
濡れてはいるから滑らないという訳ではないけど…
ほぐれきっていない所にねじ込まれたから、体が真っ二つに裂かれたみたいに痛い。
前回受け入れた時も痛かったけど、今回はもっと。
悲鳴が漏れるけど、セイは止まらずにソレをいつもより激しく前後に動かす。
「うあっ…あっ…ぐぅっ…ぎっ…っ…」
いっそ暴力的と言える行為から逃れようと体がずり上がっていく。
それも上からのしかかる様に体重を掛けられ、お腹に腕を回されて封じられる。
一回突き込まれる度に口から漏れていた悲鳴が徐々に力を失っていく。
随分長い間苦痛に晒されていた気がするけど、多分そんなに時間は経っていなかったと思う。
両脇から、ベッドと、ベッドに押しつけられて変形している乳房の間にセイの手が割り込む。
はだけられている方は直接…いや、まだ乳房を覆っている方もその中に手をねじ込まれて。
両の胸がぐにぐにと揉みしだかれる。
少しまさぐる動きをした後、目的の箇所…固く尖った乳首を探り当てたのか、
器用にも中指から小指で乳房の柔らかさを堪能するかの様に蠢かせながら、
人差し指と親指で乳首を押し潰さんばかりの強さで挟み込んでしごき立てる。
貫かれている秘所と違って十分な愛撫を事前に受けていたそこは、
やはり乱暴に扱われているにも関わらず鋭い快感を僕にもたらす。
胸から湧き起こる快感と、秘所から与えられる苦痛がごちゃ混ぜになって意識を削っていく。
再び、悲鳴とも喘ぎ声ともつかない声が僕の口から漏れ出す。
しばらくその感覚に翻弄されていると、荒々しい行為に体が追い付いたらしく痛みが熱さに変わっていく。
強ばっていた体から力が抜けていく…というより、力が入らなくなっていく。
男性器の反りの問題なのか、今まではお腹側の圧迫感が強かったんだけど、
今は逆側に対して圧迫感が強い。そんなどうでもいい事に気付ける位には余裕が出来たみたい。
お腹の中を掻き回される感覚が一際強くなる。子宮が下がっているのかな。
僕の変化を感じ取ったのか、一際強く押し込まれて密着した所でセイの動きが止まる。
「え?…ひぁ!?」
それに何か思う間も無く、鷲掴みされている両の乳房が強く圧迫される。視界がぐるんと回る。
貫かれたまま引き起こされたらしい。
乳房から手が離れたと思ったら、両の膝裏に腕が回され、脚を大きく広げられる。
目の前には、ガーターストッキングに包まれた脚をMの形に開いて、
黒い半透明なブラジャーを片方はだけさせ、
同じ素材のショーツを股布の部分だけ横にずらされて秘所を男性器に貫かれている少女…自分が居た。
一瞬だけ呆けた後、それが大きな鏡である事に気付く。
…ショックだった。
自分が、こんないやらしい格好で、惚けた表情をしているなんて思ってもいなかった事もそうだけど。
それが今の自分の姿であると自然に受け入れていた事こそがショックだった。
鏡なら毎日見てるし、その時に映る自分の姿に違和感を感じる事は確かに少なくなっていたけど。
トイレも着替えもそれなりに慣れたけど。
セイと結ばれた時も、今の自分が女性である事を実感させられたけど。
鏡に映った、斉藤清彦に貫かれているあられもない姿の日向双葉を見せられ。
一瞬の齟齬も無く、抱かれている日向双葉が自分なのだと認識した。
それが強烈に自分の今の立場を認識させた。
他人の体で快楽を貪る事に対する、自分でも気付いていなかった心の奥底にあった罪悪感がなくなっていく。
体と心の歯車がかちりと咬み合う様な感覚。下腹部から伝わる熱が、明確な快感となって全身を駆けめぐる。
「おぅっ…急に、締まる…!」
セイが僕の両腕を掴み、上下に揺らしながら激しく腰を突き上げてくる。
「あぁんっ…ふあぁっ…は、はげし、すぎっ……ひぅんっ」
こみ上げてくる快感に押し流されて頭の中が真っ白になっていく。
「あ…せ、い…ぼく、もうっ…!」
快感が弾ける瞬間。
「お、れも…くっ…出るっ…!」
最奥…子宮口かな?…に押し付けられた肉棒が、びくんびくんと脈動したのを認識する。
僕に芽生えた女の子の部分なのか、快楽を貪るのとは違う自分が勝手に…無意識に体を動かす。
咄嗟にセイの腕を振り払い、快感にどっぷりと浸って力が入らない脚をそれでも動かし、
腰を浮かせて自らを貫く肉棒を引き抜く。
柔らかいベッドにうつ伏せに倒れ込む僕の背中や腰、お尻の辺りにぴしゃりと液体が降りかかる。
セイも仰向けに倒れ込み、荒い息遣いをしばらく繰り返す。
余韻が抜けてくると、今までセイの肉棒を咥えていた下腹部がまるで火傷したみたいにひりひりと痛む。
それを堪えていると、先に復活したセイがもぞもぞと起き出す。
まだ動けなくてうつ伏せのまま枕に顔を埋めている僕の腰に手が掛かり、慌てて上体を起こして振り返る。
眼に入ったのは、欲望を吐き出したばかりだというのに、未だにそそりたっている逸物。
「ちょっ…」
「…ソウが最後逃げるから不完全燃焼なんだよ。もう一回するぞ」
そんな事を言いながら僕のショーツをぺろんとめくり、太股まで引き下げる。
僕は激しく身を捩って抵抗する。
「おい?」
それでも、さっきまでの荒々しさはもうないみたいで戸惑いの声を上げる。
「あのね、セイ…僕、怒ってるんだよ?」
「どうしたんだよ?」
「どうしたじゃないよ!まだ僕の方が、その…万全じゃなかったから、痛かったんだよ!?
待ってって言ったのに…今もすっごくひりひりしてて痛くて、すぐもう一回なんて絶対、無理だから!
それに、いきなり飛びかかってくるし乱暴だし…すごく、怖かったんだよ!?
他にも、気を付けろって教えてくれたのはセイなのに、中出ししようとしたでしょ。
下着だってこんなになっちゃって…帰り、どうしたらいいんだよぅ…」
ブラジャーは…そりゃあ、僕の汗もあるけど、唾液たっぷりでぴっとりだし。
ショーツも横にずらしただけだから、その、諸々の体液で肝心な部分がびっしょりだし。
太股を伝って、ストッキングの内側部分まで濡れてしまっている。
「お、おぉ…そうか。済まなかった」
「セイだって女の子だったんだから、準備不足で激しくされたら後が辛い事くらいわかってる筈でしょ?」
「わかってる筈と言われても流石に困るぞ。俺だってソウも知っての通り処女だったんだからな。
だが思い返せば確かに性急だった。悪かった。ソウがあんまりにも可愛くて色っぽくて自制が効かなかった」
すごく真剣な顔でそんな事を言われて、僕の怒りが急速に萎んでいく。
セイに喜んで貰おうとこんな格好したのは僕なのだし。
ある意味、僕がセイにそうさせてしまったのだと思えば、一方的にセイを責めるのも何だか違う気がする。
「本当に悪かったと思ってる?」
「ごめんなさい。申し訳ない。すみません」
「…よく、そんなにすらすら出てくるね」
「本心だからな」
「わかったからもう良いよ」
「許してくれるか?」
「うん、許すよ」
自分でも簡単だったかな、とはちょっと思うけど…
僕への愛情を態度で示してくれたのだと思えば悪い気もしない。
「ソウにこれ以上無理させられないが、どうもコレが収まらないからちょっとあっちで鎮めてくる」
ばつが悪そうに、いまだにびっきびきに張りつめて自己主張し続けているソレを示して立ち上がる。
ガラス張りで中が丸見えのお風呂に向かう背中が何だか煤けて見えて、咄嗟に手を伸ばして腕を掴む。
「あの、ね…その、こっち、向いて?」
「あ?あぁ…」
セイがこちらを向く。
僕がベッドに横たわっている状態なので、天へ向けて屹立している逸物が目の前に来る。
僕が斉藤清彦であった頃、ここまでに張りつめた事はなかったから想像しか出来ないけど。
これは多分、相当に辛い筈だ。もう一回受け入れるのは無理でも、何とかしてあげたいとは思う。
結局の所、どうしようもなく、僕はセイの事が大好きなのだ。
…
思い返せば、自分でもあの時は大胆だったなと思う。
え、何をしたか?ご想像にお任せします。ちょっと喉にくる苦さだっただけだよ。
手段は置いておいて、セイの欲望を吐き出させて、
二人でシャワーを浴びて色々洗い流して出てきた頃には残り時間が15分も残ってなくて、
慌てて身支度を整えて、そこを後にしたのだった。
ちなみに…下着無しで出歩くのは精神衛生上、大変よろしくないという事を知った。知りたくなかった。
たとえ透けてても、下着は必要。薄くても有ると無いでは大違い。
二人で外出する時は予備の下着を準備しておこうと、この時に学んだ。
駅に戻って電車に乗り込む。最寄り駅に到着して、ここでお別れと思っていたら。
「夜遅いから送ってく」
との事。それは申し訳ないから辞退したんだけど。
「若い娘が暗い夜道を独りで帰ろうだなんて危機感が足りない。
それに痛いんだろう?ちょっと歩きがぎこちない」
と言われてしまうと断れない。結局、日向家の玄関前まで送ってもらってしまった。
セイとさよならの挨拶を交わして別れて、家の中に入る。
パパは居なかった。父さんが会うと言っていたけど、まだ二人一緒なのだろうか。
大人の男性なんだからお酒でも飲んでいるかも知れない。
疾しい所がある身としてはその方がありがたかったりはする。
服を洗濯機にかけてからシャワーを浴びて、翌日の準備を整えて床に就いたのだった。
…そんな風に日々を過ごしていたある日の夜、神様少女が言った。
「そろそろ準備は出来たか?」
「あぁ、出来る事はやったと思うぞ。俺達の力も10分は超えた。
裏山に時間稼ぎの罠も張った。多少なりとも荒事に備えて鍛えたりもしてる」
「そうか。俺もそっちに向かう目処が立った。あと45日あれば到着するだろう。
…今はそっちは火曜日だったか。なら、日曜日に仕掛けるって事でいいな?」
幸い、この週の土曜は祝日でお休みだったから、僕達に異存はなかった。
そして、土曜の夜は日向家に皆でお泊りして親睦を深めようという事になった。
男女混合で一つ屋根の下に泊まるのは高校生としてちょっとどうかと思わなくもないけど。
皆、口には出さなかったけど、これから挑むのは曲がりなりにも世界と命をかけた戦いだ。
だから、皆で馬鹿騒ぎして、気持ちを鼓舞したいのだろう。
僕も、不安に押し潰されそうになりながら夜を過ごすよりはその方が良いと思う。
そのまま日曜日、皆で裏山に移動、陣取って神様少女と合流してクズを迎え討つ予定だ。
で、今日は金曜日。今晩、明晩と、パパも斉藤の父さんも忙しくて家に帰れないとの事。
なので、セイは今晩から2泊3日で日向家にお泊りになった…主にセイの意見で。
こういう時のセイってちょっと強引…だけど、何か、嫌じゃない。
でもそれってやっぱり僕が優柔不断だから、だよね…
本当に、こんなに依存しちゃってて、大丈夫なのかな?僕。
もし、セイに嫌われちゃったら…ど、どうしよう。うぅ、想像も出来ない。
「別に男だからとか女だからとか、どっちか一方の話じゃないけど。
愛される事を当然だと思ったら終わりだからね。
相手にとって魅力的で有り続けないと、男女の仲なんて簡単に終わっちゃうんだからね」
とは誰の言葉だったか。
心に刻まれたのは確かなんだけど…相手に魅力的と思わせ続けるって言われても。
セイは、僕なんかのどこに魅力を感じてるんだろう…?
それとなく聞いてみたいけど、セイは鋭いから見抜かれてしまいそうだし。
見抜かれたら多分、意地悪して教えてくれない気がするし。
…やっぱり、簡単に見抜かれるだろう僕が情けないんだよね…な、何とかしないと。
今晩、時間があるんだから、何とか聞き出せたらいいな。
それに…僕自身、いい加減に決意表明しないと。
と、そんな訳で、学校帰りに、今晩と明日の食事の材料を見繕っているのだった。
とりあえずカレーを鍋いっぱい仕込んで、一晩寝かせて明日の食事にする予定。
今晩の分は安売りしている食材で適当に何とか。
「…どうでもいいけど、随分手慣れてるな」
付き合ってくれているセイが、半分驚き、半分感心といった風情で声を掛ける。
「え、そうかな?普通だと思うけど…」
「普通の高校生に安売りの食材で夕食のメニューを構築しながら買物なんて無理だろ。
だが悩んで止まったり期限にこだわったりまではしない辺りは、らしいっちゃらしい」
「あはは、そうかも。佐藤さんと鈴木さんのお買物に付き合った事があるけど…
買った量の割りに凄く時間が掛かってた覚えがあるよ。
楽しそうだったから、見てて微笑ましかったけど、ちょっと疲れたのも確かだったかな」
一通り見て回って、必要そうな物は見繕ったから、お話しながらレジに並ぶ。
「この年頃の女の買物ってのは半分遊びみたいなもんだからな。
つるんできゃいきゃい楽しめればそれで良いんだろう。
…ま、その辺はグループリーダーの好みが反映されるんだけどな」
嫌そうな口調で言う。
「本当に、集団行動が好きじゃないんだね…」
「基本的には断ってたが、全部断ると角が立ってやり辛くなるのが女社会の面倒な所だ」
「少しは、参加したんだ?」
「まぁな。それも嫌々と悟られると後々厄介だから結構大変なんだぜ」
「僕も、誘われたら応じた方がいいのかな…?」
「今は、俺という恋人が居るんだから無理しなくてもいいぞ。
デートだと言っておけばいいんだからな。
それでもしつこく誘ってくる空気が読めてない奴は他からも嫌われるから問題ない。
もし、人間関係で面倒事に巻き込まれそうになったら言えよ。対策を教えるから」
「ん、ありがとう…でも、出来るだけ自力で頑張るね。迷惑ばっかりかけてられないし」
見上げながら言う僕の頭をわしわしと撫でる。
くすぐったくて、暖かくて、気持ち良くて。
ちょっと首をすくめてしまうのが僕の新しい癖になってしまったみたいだ。
「…あぁもう、だから他の女が霞むんだっ」
スーパーの中だからボリュームは小さく、でもやたら力の篭った声でセイがつぶやく。
「…?」
「わからないならその方がいい。ソウはずっとそのままで居てくれよ」
首を傾げると、苦笑いと共に答えが帰ってくる。
「んー…よくわからないけど、その方がセイが嬉しいなら、頑張ってみるよ」
会計が終わったので袋に詰め直して持ち上げる…ん、だけど…失敗したかも。
「んっ…」
今まで、この体で大量に買物した事が無かったから、男女の力の差を忘れてた。
…重い。僕が清彦だったら、軽く…とは言わないけど、この位ならまだ余裕があったのに。
台から降ろしただけで取り落しそうになる。
そこを、ひょいっとセイが中身満載の重たい買物袋を奪っていく。
「あ…ご、ごめんね…」
「ん?初めから俺に持たせるつもりで買ってるんじゃなかったのか?」
「そんなつもりはなかったよ。自分で出来る事は自分でやらないと」
「もし俺が居なかったらどうするつもりだったんだ?」
「何歩か歩いたら置いて休憩、を繰り返す、とか…?」
「帰宅に何時間かけるつもりなんだ。いいから行くぞ」
「う、うん…ありがとう」
そう言って僕を促すから、申し訳なく思いながら歩き出す。
「これもトレーニングだと思えば軽いもんだ」
僕の心を読んだかの様に、笑い飛ばされてしまう。
「そう言えば、タイヤ引っ張って走ったりしてたね…」
「あれは流石に効果のほどは疑問だな。あいつの趣味だと思うぞ」
他の人の邪魔にならない時は並んで、あれこれ他愛の無い話をしながら日向家に向かう。
道中ふと、一週間位前までは歩幅が合わなくて遅れがちだった事に気付く。
…ついでに、まだ僕が清彦だった頃、友人に言われたある言葉を思い出す。
『お前もカノジョが出来た時の為に覚えておくといいぜ。一緒に買物行く時の心得だ。
女ってのは気ぃ使ってやらねぇといけねぇ生物だからな。
まず歩く時、歩幅…ってか、ペース合わせてやらねぇと怒る。
次に荷物を持ってやらないと拗ねる。ただし全部持つと嫌みになるから軽いの少し残すといい。
歩道を歩く時は車道側を陣取る。あくまでさりげなくな』
なるほどと感心したけど…正直、彼はそんなに気が回る性格じゃない。
『って、彼女に叩き込まれたんだね?』
と聞いてみたらしょっぱい顔して黙り込んじゃったし。
それはともかく、今のセイがちょうどそんな感じ。
重たい荷物を持ってくれて、車道側を歩いてくれていて、ペースをあわせてくれている。
セイが元は女の子だったからなのか…
でも、それこそ先週まではたまに小走りで追いかけてたんだよね。
…何度かそれを繰り返したら手をこう、ぎゅっと繋いでくれたんだけど…
今思い返せば、僕が遅いから、ペースアップさせる為だったのかな?
何度かは足運びが追いつかなくて、バランス崩して支えてもらう事になっちゃってたし。
それとも、こんなにいっぱい荷物を持って歩くのは初めてだし、それでかな?
だけど、それこそさりげなかったから気付かなかったけど…
もう一回思い返せばこの一週間はずっとこんな感じに気を配ってもらっていたと思う。
確かめてみたいけど、それを僕が尋ねるのは何となくルール違反な気もする。
…うん、やっぱり黙っておこう。
セイは入れ替わってすぐから、殊更に男らしく振る舞っている。
清彦の体に未練がある僕を気遣ってだろうけど、婉曲な表現で、男の方がいいとも言った事があるし。
ただ、今なら…入れ替わったままでいる覚悟が出来つつある今なら、
男になろうと努力してるセイを応援出来そうな気もする。
セイがさりげなく気を配ってくれているのは、僕に気付かれたくない…
少なくとも気付かれなくても構わないと思っているという事。
それを対象の僕が指摘するのは、何て言うか…そう、野暮だろう。
だから、僕も僕に出来る精一杯で気を配って、セイを見守ろう。
今は支えてもらうばかりだけど、いつかは僕もセイを支えられる強さを身につけて。
それに、優しくしてもらえるのは嬉しい…けど、同時に困惑してしまう。
ただでさえ、精神的に依存しきっちゃってるから、これ以上迷惑かけたくないのに。
これ以上優しくされたら、いつか、その優しさを当然の事と考えてしまいそうで怖い。
甘えて寄りかかって、セイの負担になっているのにそれにも気付かない、何て事になりそうで怖い。
セイがもうちょっと僕に甘えてくれれば、こんな事で悩まなくてもいいと思うんだけど。
…それは僕の包容力が足りないからか。うぅ、やっぱり頑張らないと。
「…どうした。黙り込んだと思ったら百面相始めて」
は、しまった。つい思考に没頭していたみたいだ。
「あ…な、何でもないよ」
「見てて飽きないからいいんだけどな」
そんな会話をしながら日向宅へ到着。
買った食材を冷蔵庫、冷凍庫に入れていると、セイから一つリクエストが。
「ソウの制服エプロン姿が見たい」
「う、うん…それくらいなら、いいけど」
何やらガッツポーズ。そんなに嬉しいのかな?
たまにセイが何を考えているのかわからなくなるよ。
「よしっ…次は裸エプロンな?」
「えぇっ!?じ、冗談だよね?それはいやだよ」
「もしクズを止められなければ俺達に未来はないんだぞ。心残りになるじゃないか」
残念そうなセイの声を背に、制服のブレザーを脱いで軽くブラシをかけてから部屋のドレッサーに掛ける。
手を洗って、うがいをして、台所に戻ると、なんだかふりふりがいっぱいのエプロンを手渡される。
それを装着しながら、離れていた少しの時間で考えていた事を伝える。
「こ、この戦いを生き延びたら…考えなくもないよ?」
「『俺…この戦いが終わったら、恋人に裸エプロンでメシ作って貰うんだ』新手の死亡フラグかそれは?」
「え…そんなつもりで言ったんじゃないよ」
「くっ…ははは、わかってるって。んじゃ、それを勝利への励みにするとしようか」
いやぁ、つい勢いで言っちゃったけど、できれば忘れてくれるとありがたいかな…
そんな会話をしながら、流しに食材を展開。まな板を引いて買い込んだ野菜を刻んでいく。
まずはタマネギを、目に染みない程度にざくざくと。
りんごも皮を剥いて二つに割ってから芯を切り落としたら細かめに刻む。
圧力鍋に弱火で火を掛けてバターを溶かして、刻んだタマネギとりんごを投入。
火が通るまでに鶏ムネ肉を薄めにスライス。
体力と体重の無さに難儀しながらも牛スジ肉を切り分ける。
豚コマ肉はそのまま、三種の肉をまとめて鍋にざらっと。
ぐりぐりとかき回して焦げ付きを防ぎながら、じゃがいもの芽をくりぬいて皮剥きして、大きめに切る。
続けてニンジンも頭と尻尾を取ってから皮を剥いて、じゃがいもの三分の一くらいの大きさに。
それらも鍋に投下してしばらく炒めてから、トマトジュースと牛乳をだばーっと加える。
赤ワインとかもあると良かったんだけど…流石に制服では買えなかったのでパス。
中火にして、でもまだ煮立つまでは時間が掛かるから、その間に今晩と明朝の食事の準備を進める事にする。
お米を研いで炊飯器に掛けて、購入した鮭の切り身を取り出す。
六枚入っているから、三枚はたっぷり塩を塗して刷り込んで塩焼きにする。
残る三枚はバターで炒めて塩胡椒と醤油、小麦粉を軽く振ってムニエル風に。
火を通している間に、アスパラガスとブロッコリーを小さめに切り分けておく。
焼き上がったら続けて切った野菜をバター炒めに。オニオンとガーリックのチップを軽く散らす。
塩胡椒醤油とオイスターソースをちょっとずつ掛けてよくかき混ぜてから火を止めれば出来上がり。
鍋の方も煮立った。浮いている灰汁をすくって捨てて、蓋をきっちり締める。
しゅんしゅんと音を立ててキャップが回り始めたら弱火にして暫く放置。
大まかに準備を終えてはふっと一息。
「お疲れさん」
セイの声に振り向くと、濃い茶色の液体が注がれたマグカップを手渡される。
湯気に乗って、ふわりと珈琲の良い香りが鼻孔を擽る。
どうやら、準備している間に淹れてくれていたみたいだ。
「ん、ありがとう」
受け取って一口飲む。程良い苦みと僅かな渋み、微かな酸味がアクセントになっていて美味しい。
渋みとか苦みとか無い方が美味しいって人も居るみたいだけど…
それらも含めてこその味わいだと思っているから、何というか、とにかく僕好みの味。
「おいしいよ」
だから笑って言ったんだけど、セイは何だか不満みたいで。
「あの夢の中で飲んだ奴に敵わないから悔しいんだよな」
「でも、僕はこの味の方が好きだよ。色んな味が複雑に絡み合ってて、何だかとってもセイらしい」
お世辞や気休めなんかじゃない、本心からの言葉なんだと伝えたくてまっすぐ見上げる。
「あぁ、もう…なんでそんなに可愛いんだよっ」
…次の瞬間、いきなりがばっと抱き締められて頬ずりされたものだから凄くびっくり。
「わっ…こ、こぼしちゃうよっ」
慌ててカップを流し台に置いてから身を任せる。
「後片付け、頑張れよ」
「え、他人事?」
「冗談だよ」
そのままじっとしてたら、僕の体に回されていた手が胸の方へ移動してくる。
「あ、ちょっ…だめ、だって…」
「駄目なのか?」
う…そんな悲しそうな声を出されると…でも…
「だ、だって…二人とも、汗かいてるし、ご飯食べて、お風呂入ってからの方が…あ…む…」
セイが言い募る僕の顎を人差し指でひょいと上げながら、同時に覆いかぶさる様に上体を下げて唇を奪う。
唇と唇が擦れてくすぐったい様な、ぽわんとした心地良さが沸き上がってくる。
でも、今はそれに流されてしまう訳にはいかない。
確かめる事が怖くて、もしくは認めたくなくて…今までごまかしてきた事を、はっきりさせたい。
僕自身がどうするのか、どうしたいのか。
いつか元の斉藤清彦に戻るのか、それとも、このまま日向双葉として生きるのか。
そうしないと、明後日の決戦を終えても、その先の未来が始まらない。そんな気がしているから。
このままだと僕自身が、いつまでも中途半端に覚悟を決められないから。
「はふっ…だ、だから、今は駄目だよ。後でちょっとお話したい事もあるし」
僕にしては珍しく、はっきり言ったら驚かれた…何だかちょっとショック。
ともあれ、腕を緩めてくれたから体を離す。
「改まって話がしたいって、珍しいな。それも今じゃ駄目なのか」
「あはは、そうだね。僕にとっては大事なお話だから、ゆっくり出来る環境を整えてからにしたいんだ」
「はいはい。それが終わるまでは俺は我慢しますよ」
「うん…ごめんね?」
「謝る事じゃないだろう?どっちかと言えば俺がいつも無茶な要求をしてるんだから」
「…つまりわかってて押し通してるんだね?」
軽く睨んで見せる。ちょっとの間があってから二人同時に噴き出す。
「それじゃ、お風呂洗って沸かしてくるから、のんびりしててね」
「ほほぅ…ソウにとって俺は、自分が料理をしてる間、珈琲を淹れただけの気が効かない男なんだな?」
お返しとばかりに睨まれる。けど眼が笑ってるから本気じゃないのがわかる。
「あ、沸かしてくれたんだね。ありがとう。それじゃ浴びてきて?」
「よし一緒に入るか」
「え、恥ずかしいから嫌だよ」
「いいじゃん別に初めてって訳でも無いんだし」
「セイのえっち…ねぇ、それって清彦の体のせいじゃないよね?」
「それって?」
「僕が清彦だった頃、そんなに性欲強く無かったと思うよ?」
「なるほど、今まで抑圧され、蓄積されてたのが入れ替わりを機に噴出したんだな」
「あれ、それって…僕が発散させてなかったからだって言ってる?」
「ふふん、どうだろうな。ま、仕方ないから独り寂しく風呂浴びてくるとするさ」
「はい、いってらっしゃい」
セイの背中を見送ってから、食器の準備とか、鍋の蒸気を抜いて水分を補充したりとか、一通り準備。
それから自分もお風呂に入る準備をする。着替えは…パジャマにはまだ早いかな。
とりあえず膝下まであるゆったりした白のワンピースを用意。
下着は…えぅ、やっぱりガーターストッキングにすると喜んでくれるかな?
レースのガーターベルトと、薄くて白いガーターストッキングも用意。
…えぇい、毒食わば皿まで!
目に毒だったからタンスの一番奥に封印した白いシースルーのブラとショーツのセットもだ!
乳首も、恥毛も透けてしまう恐ろしい一品だけど気にしなーい!
あはは…こういうのをやけくそって言うんだよね。
前に、黒でやっぱり透けてる薄いのをお披露目済みだから今更といえば今更なんだけど。
なんて言うか、こう、透けてる黒より透けてる白の方が破壊力が大きい気がするんだよね。
単なる気のせいかも知れないけど。
と言うか、改めて考えると、何でセイはこんな下着も持ってるんだろう?という疑問が。
ちょっと首を傾げながら、でもセイが出てきたのでそれらを持って僕もお風呂に。
ほこほこになって上がったら、それらを装備して食卓へ。
セイはジーンズにワイシャツ、上にセーターを着込んでいる。
お茶碗にご飯を装って渡して、自分の分も用意して席に着く。
「「いただきます」」
鮭を一切れ口にして、ご飯を沢山頬張るセイの様子を見て、お醤油を手渡す。
「はい」
「ん」
かき込んだご飯を飲み込むのを見計らって、ぬるめのお茶を。
「はい」
一気に飲み干して湯飲みをテーブルに置くので、それに注いでおく。
「サンキュー。良い嫁さんになれるな」
思わず笑ってしまうと、疑問の眼差しで見られる。
「やっぱり、親子なんだなって思って。パパと同じ事言ってるよ」
そう言うと、思いっきり嫌な顔をする。
「セイはパパの事、嫌いじゃないんでしょ?何でそんなに嫌がるの?」
「そうだな。今回の件で、自分が誤解してた部分もあったとわかったし…今は嫌いって程じゃない。
だが、それを差っ引いてもアレは鬱陶しいと思っている」
「な、なるほど…」
「例えば、俺が小学生の時の話しなんだけどな…」
かつてパパが起こしたという騒動を身振り手振りを交えて力説される。
多分、尾鰭を付けて面白おかしく話してるんだとは思うけど、話半分としてもやっぱり凄い人らしい。
でも、やっぱり親子なんだよね。パパの事、よく見てると思う。
…話をするには、ちょうど良いタイミングかな。
「ねぇ。面と向かってはっきり聞くのは初めてだと思うんだけど…」
「ん?」
しかし質問を続けようとしたその瞬間。
ぱきん、という音と共に、首にかけているネックレスの勾玉が粉々に砕けた。
「…え?」
続いて、ずしんと地響きの音と共に地震のような振動。
天井の隅、目立たない位置に貼ってあったお札が焼け焦げながらはらりと落ちる。
そして押し寄せる息苦しくなる様な圧迫感。
無言で顔を見合わせる。しかしそれも一瞬。
「…急いでここから離れるぞ!」
セイが僕の手首を掴んで駆け出そうとする。
「あ、ま、ちょっと待って…っ」
その手を躱しながら急いで思い返す。とりあえずやっておく事…お鍋の火を止めておく事くらい。
持つべき物。鍵とお財布と携帯の入ったポーチ。食卓の脇に置いてある。
持って歩く癖をつける様に言ってくれたセイに感謝。
僕にしては素早い動きで火を消し、ポーチを掴む。
一足先に玄関を開けて待っているセイの元へ。
鍵を手渡して靴を履いている間に掛けてもらう。
庭を駆け抜け門を出て締めた時、じゃり…と離れた位置から足音が響く。
それはまるで、今までの僕達の準備が無駄であったと嘲笑うかの様に、やたら大きく聞こえた。
6章インタールード
「で、今回の件、お前さんはどうするつもりなんだ?」
「どうもしない」
「ふぅん?…まぁ、立場としてはわからなくもないが。
片や、今は分かたれたとはいえ自分自身。
片や、今や遠くなりすぎたとはいえ自分の子孫。
どちらか一方に肩入れする事は出来ないってか」
「そう…本来なら、そうするつもり、だった」
「あぁ…まぁ、なぁ…なぁんか、作為を感じるってぇか…キナ臭ぇんだよなぁ」
「私もそれが気になっている。何かが裏に居る気がしてならない」
「だが正直な所、大地の封印を解いて得する奴ってのは限られる。当の九頭竜か、お前さん位だろう?」
「確かに、利益はあるけれど不利益も多い。そもそもどちらかを選べるのなら、初めから動いている」
「だよな。もし本当に裏で糸引いてるのが居るとなると…相当な実力者って事になるが。動機がわからん」
「別の地方で似た様な事は起こっていない…ん…」
「ちっ…言ってる傍からこれだ。護符を破壊しやがった。予想より40時間は早い…俺も急がねぇと」
「…やはり、何者かが彼に手を貸している…?」
「だろうな。そうでなければここまで早くなる筈がない…それじゃ、また後でな」
タマネギ、ニンジン、ジャガイモ、リンゴ、肉はどうしようかな。
牛と豚と鶏の安いのを買えばいいか。鶏ムネ、豚コマ…牛スジ。よし決定。
トマトジュースと牛乳、混ぜて使うからルーを数種類。
サラダ用にレタス、トマト、キュウリ…ん、ブロッコリーとアスパラガスも安い。
バター炒めかな。と、すると…鮭の切り身もそこそこのお値段。よしこれも決定。
皆どれ位食べるのかな。女性陣は多分そんなには食べないよね。
僕も含めて…自分を女の子に換算するのは未だにちょっと複雑だけど。
最近のセイは良く食べる。僕が清彦だった頃の倍近く食べてるんじゃないだろうか。
僕も、ちょっとだけ食べる量を増やしてるけど、流石に倍とはいかない。
…あ、別に、ダイエットの反動なんかじゃないよ。
二人で、セイの携帯を買いに行ってから一ヶ月弱。
クズとの決着に向けて僕達は準備を進めているのだった。
色んな事があって、色んな事をやった。今も続けてるものも多いかな。
そして、僕達を取り巻く環境も、色々変わっていたのだった。
…
小さい所で言うなら、僕は…清彦の頃は縁のなかった…いわゆる生理を経験した。
うん、こう言っていいのかどうかわからないけど、無事に。
妊娠してなくて良かった…と、ほっとするより、やっぱりぎょっとした。
その…血が出るって事くらいは知ってたから、覚悟はしてたつもりだったんだけど。
大量の血液と、その濃密な臭いは慣れていないから、認識した時は倒れるかと思った。
それ以外にも膿みたいな液体が出てくるなんて事も知らなかったから凄く驚いた。
そういえば、テレビのCMで『オリモノシート』って言ってるのがあったっけ。
聞き流してたから何の事かわからなかったけど…
と、セイの説明を聞きながらぼんやりとそんな事を思い出してみたり。
鞄の中の謎の物体の半分くらいはこの関係だったんだね。
期間中ずっとって訳じゃないけど、お腹の奥の方から鈍痛が続くと気が滅入ってくる。
こんなのが一月の内一週間も続くとか…女の子って大変だ。
他には…テストがあったりして。
状況が状況だけに勉強に身が入っていたとはとても言えなくて、
日向双葉さんの成績を下げてしまったら申し訳ないな、なんて思っていたんだけど。
いつも平均点の周辺をうろついている僕が何故か、高得点を取ってしまった。
元の日向双葉さんとそう変わらない位でびっくり。
まず思ったのが、これも入れ替わった影響…日向双葉さんの体だからなのかな?という事。
けど、斉藤清彦より日向双葉さんの頭の方が回転が早くても、
知識そのものは斉藤清彦の物しかないのだから、全教科で高得点を取る事はない筈。
それに、セイがその分斉藤清彦として得点を下げたのかというとそんな事はなくて。
ちゃんと元の日向双葉さんと同じ得点をキープしている。
その旨をセイに話したら、何故か呆れられてしまった。
「ひょっとして…自分は頭良くないとか思ってたのか?」
「自分で頭悪いとはあんまり言いたくないけど…良くはないでしょ?だから普通だと思ってるよ」
「それだよ」
「え?」
「今まで、目立たない様、周囲からはみ出さない様に、普通を心掛けて生きてきたろ?」
「うん…」
「目立たない様に自分で自分の能力に蓋をしてただけで、ソウは頭良いぞ。
傍で観てると一目瞭然なのに、当人だけが気付いてないとか笑えるが。
大体、考えてもみろよ。俺達は元々、有事の際に魂の入れ替わりが起こる様に出来てる。
つまり互換性があるから能力が著しく違うって事は無いと思うぞ」
「そう、かな…?」
「俺の言う事が信じられないか?」
「ん…セイの言う事だから、信じたいけど…」
「やれやれ、ソウの欠点はそこだな。自分に自信が無さ過ぎる。
…ま、俺にはそれが可愛いから、別に納得はしなくてもいい」
「それ、誉められてるのかけなされてるのかわからないよ」
なんて会話を交わしたり。
後は、日向双葉のお母さんの四十九日もあった。
僕からすれば面識が無い方だから、感想を持つのは難しかった。
旧家で親戚筋も多いみたいで、多くの人達が日向家に訪れた。
その時に初めて、この家が日向の本家筋だと知った。、
そしてどうやら古くからの慣習で女性が当主になる、らしい。
つまり、僕…というより、日向双葉が当主だと。
何も知らない僕にそんな大層な役目が勤まる筈がない。
青ざめる僕を安心させる様にパパが説明してくれた。
それで今までと何かが変わるという訳ではない、と。
既に、パパが全て代行するという事で話を通してあるそうだ。
ご迷惑をおかけしますと頭を下げたら、家族なのだから遠慮は無用だと諭されてしまった。
パパのフォローもあって、何とかボロは出さずにその日は過ごせたと思う。
変化の大きい所は…僕達の周囲の人間関係だろうか。
ん…それを話す前に、この話もした方がいいかな。
あの翌日の夜、三度神を名乗る少女と会った時。口火を切ったのはセイだった。
「本日最初の質問だ。ある程度前回の話の続きにもなるが…
この事態を解決する為にはどうしたらいい?
クズを須佐利明から引き剥がして退治すれば終わるのか?」
「お前達に危険が及ばなくなるのを解決というならその通りだが、それが一番の難関だ。
胎内に居る時から憑かれていた為クズと須佐利明は殆ど融合していて、普通に引き剥がすのは無理だ。
融合しているからこの娘に直接取り憑いたりされずに済んでいるとも言うがな」
「それはつまり、逆を言えば須佐利明を殺せばクズも死ぬのか?」
セイが物騒な事を言う。僕がそれはあんまりだと口を挟む前に、少女が答える。
「まぁその通りではあるが、そう結論を急ぐな。確かに、それが一番手っ取り早い。
それでいいなら10分稼ぐ必要すらない。ただ殺すだけなら瞬殺してやるよ」
「そう言えば、10分の根拠は何なんだ?」
「クズ自身は九頭竜のほんの欠片で、力としては弱いとは言っただろう。
だが、存在そのものは九頭竜である事に変わりはない。
融合している利明とクズを切り離すというのは、地球を二つに割るのとほぼ同義なんだ。
ゲームで言うなら、能力値は序盤の雑魚だがHPと防御点だけラスボス級に高いって所か。
俺は神族としてそこそこ強い部類だが、流石にそこまでの力を振るうには時間が必要だ。
その目安が10分。
実際はもうちっとは早いだろうが、不測の事態への備えも含めばその位だろう。
…クズは俺の事を警戒している。俺が現場に居る事がわかれば近寄ってこない。
既に接近していたなら逃げ出す可能性が高い。
そして俺は…神殺しを欲する理由でもあるんだが、ちょっと呪われていてな。
その呪いがいつ発動するかわからん。発動したら、まず間違いなく強制的に召喚される。
つまりずっとお前達の傍に居られる訳じゃない」
「なるほど。長期戦は想定していないんだな」
「そういう事だ。話を戻すぞ…まず須佐利明とクズがもろとも死亡した場合だが、
それは弱体化しているとは言え須佐の封印が消滅する事を意味する。
その時は、すぐにでもお前は現在の姓を捨て、月夜姓に変えなければならない」
「何故だ?」
「現状では明の封印が不完全だからだ。
弱体化した須佐の封印を補う為に明の封印が発動した訳だが、疑問に思わなかったか?
血と名に因ってなされる封印の筈が、血には因っていても名には因っていない事に」
「あぁ、そこも聞こうと思っていた」
「弱体化した須佐の封印を補う為だったから、不完全な明の封印でも問題はなかった。
しかし須佐の封印が消滅すれば、明の封印を完全にしなければ、九頭竜が封印を破る」
斉藤清彦から、月夜清彦になれ、と?
…それは、僕を慈しみ育ててくれた斉藤の父を裏切る様な行為ではないのか?
どうしてもと言うなら仕方がないけど、それは出来れば勘弁して欲しい。
「その言い方だと、他にも手段はあるんだな?」
「少なくとも、何事も無かったかの様に、何の影響も無く引き剥がす事は出来ない。
両者を結び付けている核の部分を破壊しなければならないからだ」
「その部分が無くなるって訳か。その核っていうのは、何なんだ?」
「…何しろここはア『にゃーっ!?』所だからな…わかったわかったメタ発言はしない。
…大地の、恵みの側面は女性に例えられる。対となる荒ぶる側面は男性だ。
つまり、クズと須佐利明は、男性と言う核を以って融合している。
それを破壊したら、須佐利明は少なくとも男ではなくなる」
「女になるって言うのか」
「要するにそういう事だな」
「当人がそれを納得するか…?」
セイの疑問はもっともだ。現に僕自身、完全に納得している訳じゃないんだから。
「まぁ、なぁ…俺自身、納得した訳じゃなかったからなぁ…
で、性別が変わるという点ではお前達も無関係ではないだろう?」
少女の最初の言葉は声が小さくてよく聞き取れなかったけど、確かにその通りだ。
「そうだな。俺達が戻る可能性はあるのか?」
「…話の続きになるが、須佐利明の男を破壊してクズと分離出来た場合。
クズの影響が失われるから、弱体化した封印も力を取り戻してはいくだろう」
「力を取り戻せば、明の封印は必要性を失い、解除される?
けど何か含みがあったよな。時間がかかるとか?」
「簡単に言えばそうだな。力を取り戻すのに掛かる時間自体は数ヶ月もあれば十分だろう。
ただし、須佐の封印は、月夜と同じで本来は男性にしか継承されない。
須佐之男が男性神だからだ。
つまり利明が女になると、封印はやはり完全には機能しないという事になる。
この場合、月夜姓に変える必要は無い…
が、封印が機能を回復するまではお前達は現状のままだ」
「いつ、回復するの…?」
「封印のシステムから言えば、利明が男子を産んで後、死亡した時だな。
封印が息子に移行すれば、機能は完全に回復するだろう」
「…つまり長ければ数十年、か…
流石に『須佐に男子が生まれたからお前はもう用済みだ』ってな訳にはいかないしな」
「発想が外道だぞ」
その話を聞いた時、どちらかと言えば、思ったよりショックを受けていない事に驚いた。
「…そんなに時間が経っていたら、多分、戻った方が、辛いよね…?」
「学生である今ならまだ、多少の男女差があるとは言え生活にそう大きな違いはない。
しかし、社会に出てしまったら個人差は大きくなる一方だ。
そしてその頃には年齢的に柔軟な対応を取るのは難しいと言わざるを得ない、な…」
前日までの僕なら、ひどくうろたえていたに違いない。
もちろん、即座にすっぱりと納得出来る訳でもなかったんだけど。
「そう…だね…」
「須佐の封印が回復しても、俺達が戻らない様にする事は?」
「出来るぞ」
「俺はそれでもいいけどな。ソウはどう思う?」
だから、僕に言えたのはこの位だった。
「考え…させて…」
その日の話はそこで終わり、僕達は目覚めた。
それから三日、時間を作ってはセイとじっくりと話し合った。
結果的には、僕の友人達に、僕達の危機的な状況については話そう、という事になった。
それで引かれたら話はそこまで。
もし乗ってきたら、極力危険を伴わない方面での協力を要請する。
九頭竜とか、明の封印…世界の危機だとか僕達の入れ替わりだとか、
にわかには信じられない様な話は極力避ける。けど必要なら話す。
そして佐藤さんとも、利明君の事を他の友人達に話しても良いかどうか連絡を取った。
最初は難色を示していたが、セイの『友人だからこそ』という言葉に納得したみたい。
基本的に話するのは僕達に任せて、自分は補足説明だけにするとの事。
そして四日目の昼休み、僕達は清彦の友4人と屋上で昼食を囲んだ。
凸凹コンビは量が違うけどお揃いのお弁当。彼女が作ってあげてるとの事。
佐藤さんと鈴木さんは女の子らしい小さなお弁当。僕も一応自作のお弁当。
清彦だった頃は作る作らないは気分次第だったけど、今は毎日作っている。
そしてセイは購買のおにぎりとサンドイッチ。
セイは清彦になってからは料理は最低限しかしていないらしい。
その…こ、恋人としては、やっぱり、作ってあげるべきなのかな…?
悩む僕をよそに、皆は食事をぱくつきながら普通に会話している。
「斉藤がこっちに来んの、久しぶりだな」
「…逆に、付き合い始めてすぐの彼女を放り出してこっちに来てたら、怒る」
「お二人でこちらにいらっしゃったという事は、
お互いにやっていけそうな見極めがついたという事でしょうか?」
「こんにちは」
佐藤さんはこれからの話に緊張しているのか、控え目な挨拶に留まっている。
歓迎されている雰囲気ではあるんだけど、何だか逆に疎外感が際立ってしまう。
元々、僕はそこに居たのだから。
…考えても仕方の無い事だと分かってはいるんだけどね。
セイと目配せを交わす。セイが肯いて話し始める。
「あー…今日俺達がこっちに来たのは、ちょっと聞いて欲しい話があるからなんだ」
「「「?」」」
佐藤さんを除く三人が首を傾げる。
「そうだな…まず、皆はオカルトはどの位信じる?」
「んあ?どの位ってどういう意味だよ」
「そうですね…幽霊、超能力、UFOなどがオカルトに属すると思いますが…
そのままだと定義が広すぎますから、現段階では何とも申し上げられません。
…百万人に一人の割合の奇病を引き当てたのはある意味オカルトかも知れませんけどね」
「…私も、ものによるから保留」
「あたしは…呪いは、最近、あるかも知れないって、思ったけど…」
「斉藤の特技が超能力じみてると思う事はあるけどな…一体、何の話がしたいんだよ?」
「それとも…あくまで例え話ですが。
ある日突然、人が別人みたいになってしまうのも、オカルトかも知れませんね?」
…この凸凹コンビは、結構鋭く切り込んでくる。あまり心臓に良くないかも。
「そうだな…ある日突然別人に、というのが近いか。
佐藤の幼馴染の少年が悪霊に取り憑かれて豹変した。
その悪霊が、双葉を狙っている。命じゃなく、貞操を」
セイがそれらをかわしながら話を繋げる。
「おいおい、何の漫画の話だよ。マジで言ってるのか?」
「貴方は黙っていて下さい…佐藤さん?」
「あたしの幼馴染が、別人みたいになったっていうのは本当。
突然行方をくらましちゃって、やっと見つけたと思っても逃げちゃったし。
…ただ、それが悪霊のせいなのかはわからないし、
日向さんを狙っているっていうのも聞いただけ、だから…」
「俺達は、悪霊を祓って彼を救いたいと思ってる。その当ても見つけた。
その為には…要するに儀式が必要で、悪霊を10分足留めしなければならない。
ただ、悪霊は彼の潜在能力を引き出せるらしく、人間離れした身体能力を発揮する。
その上、剣で武装しているから、それなりに危険が伴う」
「剣…って、既に警察レベルの話じゃねーかそれ。通報して逮捕してもらえよ」
「警察に捕まえてもらう。確かにそういう方法はあるが。その後どうするんだ。
『彼のせいじゃない。悪霊がやった事なんだ。今から悪霊払いするから会わせてくれ』
さて、警察は何て言うだろうな」
「オレなら『はいはい寝言は帰って寝てから言ってくれ』っつーな」
「それに佐藤さんの幼馴染なんだ。あまり大事にしたくない」
「ふん…ならとっ捕まえてふん縛っときゃいいんじゃねーか?」
実は、この三日間も神様少女と会って話をしてて、それはセイが既に質問してたんだよね。
『はっきり言えば二度手間なだけなんだよそれ。
日向に近付けなくなったクズは今、草薙剣を使いこなす修行に入ってる。
こっちの準備が整う頃には向こうもかなり使いこなしてくるだろう。
物理的な拘束も、術式的な拘束も、剣で切られしまうと思っていい。
物理的な拘束は全て。切られない程度の強度を持つ拘束術式は組めない事もないが。
神殺しに殺されないだけの力を持たせるにはやはり10分程度は準備が必要だ。
結局、10分は稼がにゃならん。
10分かけて拘束して、もう10分かけて分離する力を集めるのは非効率だろう。
その余計な10分で不測の事態が起こらんとも限らんし。
だったら最初から分離する為の10分に絞った方が無難、という訳だ』
だそうなんだけど…これをそのまま説明しても悪霊以上に信じがたい話になる。
「信じられないのは百も承知で言うが…悪霊ってだけでもそうだとは思うが。
その剣は他人には触れられない上に、悪霊はその剣を手も触れずに動かせる。
仮に本体を取り押さえる事に成功したとしても、意味はあまりないんだ」
「…斉藤、どこまで本気で話してる?」
「100%本気だ。俺が今までこんなつまらない冗談を一度でも言った事があったか?」
…断定してるけど、それはセイじゃなくて僕…なんて言える筈もない。
確かに、僕は冗談なんて基本的には言わなかったから間違いじゃないんだけど。
こういうのも、ちゃんとわかってくれてるって言うのかな?
ただ単に僕が単純でわかりやすいだけ、かな…自分で言ってて情けないけど。
「わかった。真剣な話だと信じよう。
けど後でやっぱり冗談だとか抜かしやがったらタダじゃ置かねぇからな…お前らは?」
「…嘘をつく理由はないと思う」
「利明を…あ、そいつの名前なんだけど…元に戻せるなら、何でもいいよ」
「私は信じますよ」
「皆ありがとう。それで本題なんだが、知恵を借りたいんだ。
そういうのを相手に10分、スタート地点から極力離れずに時間を稼ぐ手段を」
「日向嬢を狙ってる…ってのは、今もなのか?」
「あぁ。けど今は悪霊除けのお守りを持ってるから近付けない…との事だ。
確かに、ここ数日は姿を見せていない。
ただ、向こうも手をこまねいている筈がないから、いつまで効果があるかは不明」
「そのお守りとやらを外せば来るのか?」
「外した事に気付いた時点で、恐らくは」
「なら、時と場所はこっちが選べると思っていいな。
こっちに有利な場所に陣取って、周囲に罠を仕掛るとかどうだ」
「いいな、それ…俺は罠って言っても落し穴位しか思い付かないが」
「罠を張るなら、事前準備が必要ですね。かつ、他人が来ない場所である必要もあります。
そして、出来れば起伏に富んでいて視界が微妙に悪ければなお望ましいでしょうか」
「…落し穴は、周囲に足を引っ掛ける縄張り、あるいは草結びがあると効果的」
「罠の種類はタワーディフェンス系のゲームなんかが参考になるんじゃないか?」
「そうすると陣を屋内に取るか屋外に取るか、から考えた方がよろしいかと。
ゲームは屋内が舞台が多い気がしますから、屋外だと半分以上は使えないかも知れません。
逆に屋外なら…ベトナム戦争で、ベトナム兵は森を利用して米兵を苦しめたと聞きます。
あまり殺傷能力の高い罠は使えませんが、やはり参考にはなるのではないでしょうか。
この日本…この近辺で、そこまで深い森はありませんが…」
「学校の裏山、道からかなり外れた所なら人も通らないし、
森とまではいかないけど木々もそれなりにあるわね」
「それらだけで稼げりゃいいけどな。
誘い込まれたと知ったら、日向嬢を確保したら安全圏に離脱しようとする筈だからな。
肉薄された時の対処も必要だ。それは当然、斉藤の役目だ。自分の女は自分で護るもんだ。
どこまで時間があるかは知らねぇが、俺がみっちり鍛えてやるよ」
「望む所だ。よろしく頼む」
そして、一足先に食べ終えた男子二人はそのまま食事の輪を離れてばたばたと暴れ始める。
…傍目には遊んでいる様にしか見えないけど、何やら喧嘩のコツを伝授している模様。
「あぁ、もう。あんなにはしゃいで…まるで子供みたいですね」
「…混ざりたいと思っているのに?」
「否定はしませんけれどね。こちらはこちらで話しておく事があるでしょう?
…それにしても、裏山に罠を張って敵を迎撃とは、どこかのノベルゲームみたいですね」
「あ、確かに、そうかも…」
「おわかりになると言う事は、先月お貸ししたのは最後まで見終わったのですね」
「あ、うん…面白かった。ありがとう。
ちょっとばたばたしちゃってたから遅れたけど、明日返すね」
「あら、私は斉藤君にゲームをお貸しした筈ですよ?日向さんではなく」
「…あ゛」
確かに僕は先月ノベルゲームを借りて、入れ替わるちょっと前くらいに読み終えていた。
入れ替わりでばたばたしてたから、返すのをすっかり失念していたんだけど…
「ど、どうして、わかったの…?」
何か、してやったりという顔で僕を見て笑う。
「やはり、貴女が斉藤君なのですね」
あぅ、えっと、それはつまり…カマ掛けに見事に引っ掛かった訳ですね僕は。
「え、えぇっ!?どういう事?日向さんが斉藤君?ほんとに?あたしは全然気付かなかったよ!?」
「佐藤さんは、幼馴染さんの事で悩んでおられましたから。
気付く余裕がなかったのは致し方ないと思いますよ」
「…癖は移る事があるけれど、移した当人から同時に抜ける事は、まずない。
それこそ、例えば中身が入れ替わって別人にでもならない限りは」
「鈴木さんのおっしゃる通りです。お昼ご飯をご一緒して確信が持てましたよ。
食事の際の癖とか、会話に対する反応、その他にも色々と、斉藤君のままでしたから。
ただ貴女はともかく、あちらにはあまり振りをしようというつもりはないのでは?」
実に楽しそうに、まるでカンフー映画の様な組手?を行っている二人を見やる。
「ん、んん…そうかも…」
「入れ替わったなんて、普通は一笑に伏されるだけ。言わなかった気持ちはわかります。
いきなり生活ががらりと違ってしまって、慣れるのに精一杯だったであろう事も。
それは一時的なのですか、それとも、ずっと?」
「戻るのは…早くて数年、長ければ数十年、だって…」
僕の返事を聞いた彼女が耳元に口を寄せてささやく。
「気休めに聞こえるかもしれないけどな、あまり悲観的に考えるなよ。
女には女の良い所って奴も、認めたくはないが確かにあるからな」
普段使いの敬語ではない素の口調。僕を気遣ってくれるのがわかるからちょっと嬉しい。
「あ…うん、ショックではあるんだけど。とりあえず今は、大丈夫だから…ありがとう」
僕も小さな声で返事をすると、微笑んで肩をぱんぱんと叩いて元の位置に戻る。
「貴女達の事情と、先程のお話と、まさか無関係と言う事はないのでしょう?」
ここまで理解を示してくれるなら、別に隠しておく事もない。
「うん…全部、話すよ。でもちょっと時間が足りないと思うから、放課後でいいかな?」
「そうねぇ、そろそろ昼休み終わっちゃうわね。ほら男子ども、撤収準備!」
「へいよーっ!」
片付けて各自教室に戻る道すがら。セイに小声で話しかける。
「セイ…僕の友人達とは仲良く出来そう?」
「俺と合うかどうかはまだ何とも言えないぞ」
「放課後、もう一回集まって話す事になったんだけど大丈夫?」
「ん、まだ終わってなかったのか?」
「うん…気付いてるよ、僕達の事。だから、全部話そうって」
「…ソウの事だから、誘導尋問に引っ掛かったんだろう?」
「う゛…ソノトオリデス…」
「ちゃんと見てくれてたって事だろ。良い奴等じゃないか」
僕の頭を撫でながら言う。
「そうだね」
僕は、友人達を誉められたのが嬉しくて、笑顔で答えたのだった。
そして放課後、もう一度集まった僕達は学校近くの公園で、今度は全部を話した。
九頭竜の事、須佐の封印と明の封印の事、ひいては僕達の入れ替わりの事。
夢に現れる神様少女の事。封印が破られた時の事、事態を解決した後の利明君の事…
「他に、手段はないの!?」
利明君が女性になってしまう、という点で佐藤さんが悲鳴をあげる。
「他に手段があれば教えてくれてると思う。
だから多分、それしかないんじゃないかな…」
「わかった。あたしもその神様とやらに会わせて。直接尋ねるから」
「う、うん。今晩も会うだろうから、伝えておくね」
日向と月夜の力についても、実演付きで説明した。
驚いたのはセイの力が既に注意を向けられている状態でも効力を発揮した事。
皆が、目の前に居るセイを認識出来ずに戸惑っていた。
僕が月夜の力を使っても、既に意識を向けられていたら効果はないのに。
力が強くなっているのか、僕より月夜に適性があるのか、封印の影響なのか…
でもこれなら確かに、もう一人、一緒に隠す事が出来るのかも知れない。
その事を言うと、丁度良いからそれも試そう、という事になった。
結果、二人で隠れる事も出来た。ただ、時間はかなり短くなってしまう様だ。
また、一緒に隠れる相手に触れていなければならないみたいだ。
僕は僕で、日向の力について新たな発見があった。
どうやら、引き付ける対象を絞る事が出来るみたいだった。
味方まで注意を引き付けていたら動きが鈍る可能性があるから当然なのかも。
これらがわかっただけでも、話した甲斐があったと思えた。
僕達だけでは、いまいち効果の程が確認出来ないからね。
そんな風に一通り話し終わると、雑談っぽい雰囲気になった。
「予想外に大事の様ですね。けれど、よく話してくれました。
そういう事情でしたら、協力は惜しみませんよ。
惜しむらくは、協力者を増やせない事でしょうか」
「あぁ、成功させないと世界が滅びるとか…
ちぃっとばかしスケールがでかすぎて実感が湧かねぇからなぁ。
けどな、お前らが危険な目に合うとわかってて後方支援だけとか、舐めてんのか?」
「そう言ってくれるのはありがたいんだけど…本当に、危険なんだよ?」
「…そこまで気負わなくてもいいと思う。私達は、ただ今の生活を護りたいだけ」
「そ、そういや…今は日向嬢が斉藤なんだよな…何て呼べばいいんだ?」
「俺を日向と呼ぶのは変だろう。だから体に合わせて斉藤で良いんじゃないか?」
「その…この前の事なんだけどな…お前らがそういった事情だとは知らなくてだな…」
「ん?…あぁ、アレはとても助かったよ。改めて礼を言わせてくれ。ありがとう」
にやり、と笑みを浮かべて答えるセイ。
言葉を濁してるけど、それって…その、明るい家族計画の話だよね。
ぼんっと頬が熱くなった。多分真っ赤になってる。恥ずかしくてうつむいてしまった。
「お、おぉ…そ、そうか…なんつーか、すげぇ馴染んでんな。
元の斉藤より男らしいんじゃねーか?」
悪気が無いのは知ってるけど、実際その通りなんだけど、言葉のナイフが胸に刺さった。
「何のお話なのですか?」
「あぁ、いやいや。男同士の内緒話って奴だ」
「ふぅん…それなら、私にも聞く権利が発生しますけど?」
「んぐっ…そ、そいつは言えねぇなぁ」
「あら、親友にして恋人である私に隠し事ですか」
「いやまぢで勘弁してくれよ…」
いつものやりとりを始めた二人とは別に、僕は佐藤さんと鈴木さんに絡まれていた。
佐藤さんが、後ろからのしかかる様に抱き付きながら話しかけてくる。
「最近可愛くなったと思ってたけど、そういう事だったんだねぇ。
あ、でも、あ、そっか。むふふ、だからか…斉藤君らしいわ」
「え、な、何?」
「体育の授業、何やかんや理由を付けて皆が終わった後でこそこそ着替えてたでしょ。
『斉藤と日向はSM趣味があって体を見せられない状態なんだ』なんて噂もあるのよ」
「…基本的にはやっかみだから気にしなくて良い…それにしても、柔らかい」
「あらほんと。入れ替わる前は見た事もあったけど形も良いし、いいわねぇ」
「ひゃっ!?ちょっ…あ、や、も、もんじゃ、だめっ…だよ、ぉ…」
そして前後から胸を鷲掴まれ揉まれたり。この二人ってこんな性格だったっけ!?
ひょっとして、この体になったから同性扱いされてる?
相手が女の子だけに力任せに振りほどく訳にもいかない。
まごまごしていたら見かねたのか、セイがひょいっと僕を抱き寄せて二人を引き剥がした。
背中から抱き締めてがっちりガードしながら二人に宣言。
「これは俺のだからお前らが勝手に玩具にするのは却下」
でも、セイの手が、やっぱり…
「その、ね…助けてくれるのはありがたいんだけど…セイも、も、揉まないで…」
「男子がやるのはセクハラよぅ?」
女子がやってもセクハラなんじゃないんだろうか?
「俺達はそっちの二人と同じで恋人同士だからいいんだよ」
「こ、恋人同士だからって、人前では、やめてよ…」
「人前じゃなければいいんだな?」
にやにやしながら言われてまたもや体温急上昇。
「し、知らないよ…っ」
なんて脱線もあったけど、それからの日々は忙しく過ぎていった。
皆で裏山に地図を作りながら罠を張ったり、日向と月夜の能力向上に努めたり、
喧嘩が得意な凸凹コンビと共に体を鍛えたり…
あ、僕も参加してるよ。
「俺が護るからソウはしなくていいんじゃないか?」
ってセイが言ってくれたんだけど、僕自身が納得できなかったのと。
「備えあれば憂いなし、ですよ。
生兵法は怪我の元、でもありますから、それを主体にしようという訳ではありません。
万が一の事態に対する保険みたいなものです。
それに、斉藤君だって基本的には隠れてなければいけない立場なのですよ?
だから、鍛える意味があまりないという点ではそう変わりありませんよ」
という彼女の言葉に肯いてくれたのだった。
ただ、彼らが言うには、鍛えるのも種類があるそうだ。
一つは、純粋に筋力や持久力のアップを目的とする鍛え方。
これは女性でも効果がない訳じゃないけど、基本的には男性向けだそうで、
セイがこの鍛え方でトレーニングをしている。
もう一つが、体の動きをより素早く精密に操作出来る様にする鍛え方。
これも男女共に効果はあるそうなんだけど、僕はこっち向きだろうとの事。
彼女は、前者のトレーニングを行ってもほとんど効果がなかったそうだ。
けれど持ち前の喧嘩っ早さは健在で、色々試した結果、後者の結論に達したのだとか。
「端的に申し上げるなら、柔良く剛を制すという事です。
筋力はあるに越した事はないのですが、無くても無いなりに戦う事は出来ます。
その結論に至るまでに一年かかってしまいましたけれどね」
彼女には、ある病気でそれまで培ってきた力の大半を失ってしまった経験がある。
元の様にはなれないと覚った彼女は、現在の自分に合った新しい力を見つけていた。
そしてそれを僕に教えてくれたのだ。
「まずは、力の流れを知り、見極める事です。
敵が人間の体を使っているなら、例え人間離れした怪力を有していても限界があります」
そして、セイと共に腕立て伏せを行っていた相方を相手に実演する。
「殴りかかって来て下さい…全力だと見せるのには適さないので、程々に」
「あいよ」
彼が、僕でもわかる程度の速度で自らの恋人に殴りかかる。
拳を振り上げ、踏み込む足が地面と接触する瞬間、彼女が素早く屈み込み足の甲で払う。
「うおっとぉ!?」
振り抜いた足を引き、伸び上がって、バランスを崩し上体が傾いた彼のシャツを掴む。
そのままぶら下がる様に体重をかけると、巨大な彼の体が面白い位簡単に倒れた。
もちろん、そう見えたってだけで、簡単な話ではないだろうけれど。
彼女がそのまま彼の腕を取り背中側に捻る様に固めると、彼は身動きが取れなくなる。
平均より遥かに小柄な女性が、成人男性より遥かに大柄な男性を抑え込む。
…改めて考えると結構シュールな光景だ。僕はある程度はこの二人で見慣れてるけど。
「例えば走る時には地面を力を篭めて蹴らないといけませんよね。
同様に、殴ろうとする時、蹴ろうとする時、掴もうとする時、必ずどこかに力が入ります。
その力の流れと、関節の動きと限界を知り、見極めれば、こういう事も可能になります。
貴女はもっと手軽な技の一つか二つだけ、集中して練習するのが良いでしょう。
抑え込みは、独立駆動する剣があるのならかえって危険ですからやめておきましょう。
…失敗しました。せめて汗を拭かせてからにすべきでしたね。べたべたです」
彼のタップを確認して、少し眉をひそめつつ、そう言って解放して身を起こす。
「…ベッドの上だと喜んでなべばぁっ!?」
上体を起こしながら何かぼやきかけた彼の顎に、彼女の鋭い蹴りが炸裂した。
「何かおっしゃいまして?うふふふ…」
「は、はおあぁ、あおがぁぁっ!?」
顔を押さえてのたうち回る彼を、にこやかに見下ろしながら彼女が言う一幕もあったり。
学校生活は、佐藤さんがサポートに入ってくれる様になったから少し過ごしやすくなった。
やっぱり、女の子初心者な僕一人だとどうしても対応し切れない部分は多いから助かるんだけど。
…遠慮して時間をずらしてたのに、普通に女子更衣室に連行するのはどうなんだろう?
「女同士で恥ずかしがる事もないでしょ」
だ、そうだけど…
今の体がどうあれ僕の内面は男で、佐藤さんはそれを知ってるんだから、
それは良くないと思うんだけど、全然気にする気配がない。
信頼されてるのか、そもそも男として見られてないのか、判断に苦しむ所だ。
「…かつて俺も通った道だ。こっちもあんな感じで奴らに引きずり込まれたもんだ」
落ち込む僕に、彼女が素の口調で慰め…というか諦めを促すという事もあった。
…夜も相変わらず神様少女との打ち合わせが続いていて、佐藤さんの話を伝えると。
「んじゃ、ここに呼ぶからそいつの事を思い浮かべろ」
との事で、その通りにするとその情報を元に探したのか、本当に佐藤さんが現れた。
混乱する佐藤さんをなだめつつ話を進める内に、納得してくれたので一安心だけど。
どうせなら全員呼ぼうという事になって、翌日からは全員参加という事になった。
…ちなみに、鈴木さんを除く全員が、初めて会った時に神様少女に襲いかかって。
それを必死で引き止めるお約束な出来事もあった。
何故鈴木さんだけ平気だったのかはちょっと疑問だったけど、詮索はしなかった。
聞いた事もないけど、ひょっとしたら愛する人が居るのかも知れないしね。
強く結び付いてる様に見えるあの二人も引っ掛かったのは驚いたかな。
…彼らの複雑な事情は、端から見る程簡単ではないという事なのだろうか。
でも、それで何かが変わった訳じゃない。
むしろより絆を深めている様に見えるから、結果オーライなのかも知れない。
次の日曜日は決戦準備はお休みして、先週行けなかった斉藤宅に訪問する事になった。
前日の夜、再びパパの手を借りて服装をコーディネイトしてもらった。
また渡されては着替えてを繰り返している内にファッションショーになったけど…
学習能力無いのかな、僕…流されやすいのはわかってるつもりだけど。
ともあれ、そうして見繕ったのは上は白いブラウスとクリーム色のセーター。
下は足首くらいまでの丈の、襞のないタイトな青いスカート。
上から下まで正面のボタンで留める構造になっている。
肌の露出に慣れていない僕としては全部留めたい所だけど…
そうすると足が30cmも開けなくて、とてもじゃないけど歩けなくなる。
パパにその様子を見られて笑われてしまった。
「そのボタンは膝より下は飾りと思った方がいいよ。膝上の所までにしてごらん」
言われた通りにすると確かにかなり動きやすくなった、けど。
何だか結局ミニスカートを穿いてるのと変わらない気がする…
結局時間がなくてそれに決めたのだけれど。
そして例の『言う事を聞く』という約束の内容が、セイから言い渡されていて。
…それが、えっと、その…
『デートの時はガーターベルトとガーターストッキング着用!』
という、僕にとってはとても恥ずかしい内容で…
「うん、今セイが言ったのをちゃんと聞いたよ」
と返してはみたんだけど。
「今俺が言った事を聞いたからそれで終了…なんてトンチが通用すると思ったか?」
さっくり意図を見抜かれてしまい、逃げ場を失ってしまった訳だ。
流石に下着まではパパにお願いする訳にもいかないから、自分で見繕う。
とは言え、複数種類あるけど、どれも僕には刺激が強くて目がチカチカしてしまう。
結局、無難?な黒に…あ、でもそうすると下着も黒の方がいいのかな?
う…けど、黒の下着は確か…やっぱり。
布面積が少なめで、薄くて中が透けてしまう様なのしか無い。
試しに着用…しようと思ったんだけど、どうすればいいのこれ?
とりあえず、手に取って観察してみる。
青年向け雑誌とか少しは見た事があるから、何となくはわかるんだけど。
S字型の金具を、対になる輪っかに引っ掛けて腰に固定するんだろうな。
ショーツのいくつかにあったワンポイントのリボンみたいなのがあるから、多分これが前。
で、ぶら下がった四つの帯の先端はΩ型の金具と丸いでっぱりになってる。
次に薄手の、太股までのストッキングを両脚に履いて…これで挟めばいいんだろう、多分。
見当がついたから実際に着用してみる。
ウエストの一番細い…おへその下辺りに巻き付ける。
ぷらぷらする四つの帯をちょっと邪魔に思いながら、ストッキングをくるくる巻く。
輪っかになったら爪先を押し込んで、ほどく様に巻き付けて履いていく。
両脚とも履いたら、足をそろえてバランスを確認。ちょっと右の方が下にずれてる。
色の濃さにむらもあるから、こする様にして均して、高さを合わせる。
で、帯の先の金具を手に取って…う、前はともかく、斜め後ろ側がやりづらい…
背中でボタンを留めるワンピースとかもそうなんだけど、留めにくいよぅ。
何度も失敗しながらも何とか装着完了。
でも、こんな風に挟み込むと生地が伸びちゃったりしないのかな?ちょっと疑問。
まぁ、それで駄目になるんだったらこんな形にはなってないよね…と、自分を納得させて。
長さが余っていたからちょっと短め位に調節。これでずり下がらないかな。
とりあえず、おかしな所がないかどうか姿見の前に立ってみる。
黒いガーターベルトとストッキングに対して、
そのまま穿いていたピンク色のショーツが何とも言えない違和感を醸し出す。
…しかたない。ショーツとブラジャーも合わせて代えてみよう。
あ、あれ…脱げない。そっか。この吊っている部分はショーツの中を通すのか…
苦労して留めた金具を泣く泣く外して、ショーツを脱いだ状態で再びベルトと格闘。
二回目で少しは感覚が理解出来たのか、最初よりは時間をかけずに金具を留める。
上から黒いショーツを履き、ブラジャーも合わせて代えて、改めて姿見の前に立つ。
わーわー、うわー、うわぁ…は、恥ずかしくて直視できないよぅ…
で、でも…父さんと会うのも目的のひとつなんだから、えっちすると決まった訳じゃない。
そもそも自宅訪問はデートなんだろうか?
だからこんなに気合入れる必要はないって気もするし…
でもやっぱりそういうタイミングがあるかもしれないし…
適当に選んで、いざその時に笑われたり、がっかりされるのも、何だか嫌だし…
だとしてもこれは恥ずかしい。似合ってないとは思わない。
むしろ逆に、似合ってると…自分でも色っぽいと思えるからで。
だからこそ、見せる事になったらセイも喜んでくれるとは思う。
うーん…よし、これでいこう。見せると決まった訳じゃないんだし。
見せないなら僕が恥ずかしい思いをしなくて済む。見せたならセイが喜んでくれる。
…と、言うか…そもそもとして、だ。
下着うんぬん以前に、裸を見せるのだってえっちするのだって、恥ずかしいんだ。
そこに一つくらい恥ずかしさが増えても今更だよね。
やっぱり、女の子に染まってきてるのかな…こんな風に考えるなんて。
んー、やっぱり男の発想かな?
自分が女の子になったからって女の子の発想が理解出来る訳じゃないよね。
でも、もう戻れない可能性も高いんだから、色んな事に慣れないとね。
なんて悩みながら脱いでパジャマに着替えて寝て。
翌朝、シャワーを浴びて色々お手入れして、着替えてから気付いたもう一つの問題点。
…白いブラウスだから、その、黒い下着が透けて見えてしまう…
更に上からセーターを着込むから問題ないと言えばないんだけど。
この日は朝から快晴で暖かくなるだろうとの事。
つまり、逆にどんなに暑くなってもセーターは脱げない…それはそれで問題。
急遽箪笥の中を探って、スカートと同色のベストの発掘に成功。
これを追加で着込んで問題解決。次に、やっと本格的に覚えたリボンを髪に結ぶ。
今日はパパもお休みだそうだ。まだ寝室から出てきていない。
BLT、ツナ、エッグ等のサンドイッチをいくつか作ってラップでくるんでおく。
パンプスというらしいちょっと踵の高い靴を履いて、バッグを持って、いざ斉藤宅へ!
…と意気込んで出かけたものの、歩いている内に違和感が無視出来なくなっていった。
あ、靴の事じゃないよ。この頃には踵が高い靴での歩き方も何となくわかっていたから。
前に出す時に膝を伸ばし切るから踵から接地する事になってバランスを崩すんだ。
膝を軽く曲げた状態で、爪先と踵を同時に接地させれば問題無い。
ではスカートかというとそうでも無くて。
確かに、今まで裾が広いミニスカートしか穿いてなかったから、
こういう膝にまとわりつくのに足首は後ろ側だけ裾が絡む感覚も馴染みはないんだけど。
そうじゃなくて違和感の正体は初めて装着したガーターベルトという物体。
セ、セイの嘘つきぃ…制服の靴下とそんなに変わらないって言ったのに。
確かに覆われてる部分はそんなに変わらないんだけど。
歩く度に腰から太股にかけての前後で吊られているストラップがこすれて…
それがショーツにまで伝わるものだから、今までのどんな服装よりも変な感じ。
けど往来の真中でスカートを捲くる訳にも、中に手を突っ込む訳にもいかない。
我慢して歩くしかなかった。
何とか斉藤宅へ到着して、呼び鈴を鳴らすとすぐにセイが出てきてくれた。
「おはよう…僕、変じゃないかな?」
「ようソウ。全然おかしくない。今日も可愛いぞ」
…セイは会う度にこの手の台詞を言う。
恥ずかしいから止めて欲しくある反面、嬉しくも思うのはやっぱり僕が単純だからかな?
「あ、ありがと…」
赤くなってうつむく僕の頭をいつもの様にわしわしと撫でる。
「あ、今は乱れるから、やめて…」
「おぉ、悪かった。じゃ、上がれよ…おかえり」
最後だけ小さく、僕にだけ聞こえる位の声だったけど、そう言ってくれるのが嬉しかった。
「それでは、お邪魔いたしますっ…ただいま」
僕も、対外的な挨拶を大きめの声でしてから、小さな声で付け足したり。
二人顔を見合わせて、ちょっと笑って肯きあってから中に入った。
懐かしの我が家…という程じゃないけど、随分久しぶりな気がした。
だからなのか、今は日向双葉さんになっていて視線が低いからなのか、
何だか全然違う家に入ったみたい。
きょろきょろしている僕に気付かず、セイがそのままダイニングに向かう。
慌ててその背中を追って、ダイニングへの扉をくぐる。
テーブルに着いて新聞を読んでいた父さんと目が合う。
「父さん、紹介するよ。同じ学校の日向双葉さん。俺の一番大事で大切な女性」
うわ、何だかとってもハードルが上がった気分。
「え、と…お邪魔致します。お初にお目にかかります。ひなた、ふたばと申します。
むす、こさんには大変お世話になっております。よろしくお願いいたします」
下腹部の辺りで両手を握り合わせながらお辞儀をする。
父さんがそんな僕の様子をじっと見ていた。
それはほんの一拍か二拍の時間だったと思うけど、緊張していた僕にはやたら長く感じた。
順番、ちょっと変だったかな。言うべき事全部言っちゃって詰め込み過ぎてないかな。
息子さんをちょっと言い淀んじゃった。
これで日向双葉さんの評価が下がったら申し訳ないな。そんな事を考えていたと思う。
「…なるほど。そういう事なんだね」
「はい?」
父さんが一つ肯いて、いつも通りの穏やかな顔で、首を傾げた僕に笑いかける。
「ようこそ、いらっしゃい…それとも、おかえりの方がいいかな?」
「…え?」
「ぼくには想像しか出来ないけど、色々大変だったろうに。元気そうで安心したよ」
友人達の事もあって、ひょっとしたらという気持ちは確かにあったけど。
僕は、姿形ではなく内面で僕を僕だと認識してくれる人達に囲まれている。
それが、とても嬉しい。何と幸せな事だろう。
目の奥がつんと熱くなって視界がぼやけ、頬を涙が伝った。
「あぁもうほら、泣くんじゃない」
セイがいつもの様に僕の頭を撫でる。掌の暖かさに心が落ち着いていく。
「んっく…ご、ごめんね…」
「申し訳ない。泣かせるつもりはなかったんだけれど」
父さんがちょっと驚いた様子で言う。
「ただ、嬉しかっただけだから…父さんが謝る事じゃないよ」
「いつから、気付いておられたのですか?」
セイが問う。そこに驚いている様子はなかった。
けど、入れ替わりについて父さんと既に話してある、という感じでもなさそうだ。
「23日はどこか様子が変だと思った位だったけれどね。
親というのはね、子供が思っている以上に子供の事を見ているんだよ」
「うん…うん。ありがとう、父さん…」
「良かったじゃないか。気付いてもらえて」
ぽんぽんと軽く二回僕の頭を掌で叩いてからから手が離れる。
「すると君が日向双葉さんなのかい?」
「そうなりますね」
「なるほどね。元からの男性にしては格好良すぎると思っていたよ」
「誉め言葉だと思っておきます…すると、月夜の遺産についての話は…」
「もちろん、誉めてるんだよ。遺産については申し訳ない。反応を見させてもらったよ。
君が良い子で良かった。それじゃ、詳しい話を聞きたいんだが、いいかな?」
「はい」
そうして、父さんに一通りの事を話した。肯きながら時々質問を挟みながら聞いてくれる。
そこには疑う様子も、笑い飛ばす様子もない。
穏やかに、実に父さんらしく、話を聞いてくれた。ただ…
「日向さんのお父さんも事情をご存じなら、一度お会いしてご挨拶しないとね。
連絡先を教えてもらっても良いかな?」
パパも知っていると聞いてそう言ってたんだけど。
パパと父さんかぁ…ど、どうなるんだろ?いまいち想像出来ない。
話し込んでいる内にお昼になったから、お蕎麦を茹でる。
隣で鍋に水を張って、醤油、塩、麺液、みりんを加えて火をかける。
沸騰したら昆布と鰹節をさっと潜らせて出汁を取る。
どんぶりを三つ準備して、茹で上がった蕎麦を三等分…してから、
僕の分から半分くらい取ってセイと父さんの分に振り分けて、汁を掛ける。
長葱を刻んで散らして、冷蔵庫にあったコロッケを父さんの分に。
同じく冷蔵庫にあった天ぷらをセイの分に乗せて、卵を割り入れる。
後は蕎麦湯をケトルに移せば完成。
蕎麦にコロッケ?と思うかも知れないが、父さんはお気に入りだ。
僕はあまり縁が無いけど、立ち食い蕎麦屋さんなんかでは普通にあるメニューらしい。
「ふぅん…今度俺も試してみよう」
最初は何とも言えない顔をしていたセイも興味が出たらしく、そんな呟きを漏らしたり。
食事が終わり洗い物を片付けていると、部屋に戻った父さんが外出の準備をして出てきた。
「日向氏と会ってくるよ。晩ご飯は食べてくるから気にしないでいいからね。
それにしてもお忙しい方なんだね。今日これから位しか時間が取れないなんて」
「うん。娘さん思いの、凄く良い人だよ」
「…思い方を間違えてる気がしなくもないけどな…」
「あ、あはは…」
ともあれ、そうして父さんがお出かけすると、斉藤家には僕とセイの二人きり。
何だか二人共意識してしまって気まずいから、僕達もお出かけしようという事になった。
先週は家を出たのが遅く、携帯を購入した段階で時間が無くなってしまって、
予定していた映画を観に行けなかったから、この日に行こうという事になった。
最寄りから3つ程離れた駅で降りて映画館へ。
その映画というのが、簡単に言うと天使の少女と悪魔の少年が出会い、
紆余曲折の末両思いになるのだけれど立場の違いから引き裂かれ、
それでも足掻いて再会し、手を取り合って人間界に逃げ込むという内容で。
天界も魔界も敵に回して、しかし出会う人々の優しさに救われながら逃亡生活を続けるが、
やがて桜が奇麗に咲いている公園で二人は追い詰められてしまう。
少女をかばった少年は致命傷を負う。少年を抱く少女を取り囲む追っ手。
「もしも…俺もお前も、或いはどちらかだけでも、違う生まれ方をしていたら…」
その言葉を最後に、少年の命の火が消える。
少女はその瞬間、天使が持つ『自らの命と引替えに小さな奇跡を起こす』能力を使う。
全てが光に包まれる。光が収まった時、そこには少女も、少年の亡骸もなかった。
少年の死は明らかであったし、少女が命と引替えに能力を使用したのは間違いない。
両名の死をもって追っ手は引き上げる。
誰も居なくなった公園の桜をバックに、物悲しい曲と共にスタッフロールが流れ…
桜を映していた画面がズームアウトすると、どこかの高校の正門になっている。
満開の桜の花を、佇んで見上げている新入生らしき少女。
ふと、何かに気付いた様に振り向く。その顔は天使の少女のもの。
少女が嬉しそうに微笑む。その視線の先には、同じ学校の制服を着た一人の少年。
その顔も悪魔の少年のもので。驚いた後でやはり嬉しそうに笑う。
そして『久しぶり。会いたかった』二人の声が重なって、エンドロール。
こうして今振り返って思えば、別に目新しい展開だった訳でもないとは思うんだけど。
…恥ずかしながら、観ている最中…桜咲く公園に追い詰められ、
少年が傷だらけになりながら絶望的な数の敵と戦うラストバトルシーン辺りで、
既に僕の涙線は決壊していて、ハンカチを手放せなくなっていたのだった。
「そんだけ感情移入して観てもらえりゃ、制作者側も本望だろうよ」
「はぅ…ぐすっ…だ、だって…」
清彦だった頃の僕なら、それなりに楽しんで『面白かったね』で終わっていただろうに。
とりあえず、洗面所で崩壊した涙線と身だしなみを整えてから移動。
ちょっと早いけどレストランでお食事、だったんだけど…
「お、お酒なんて頼んだの?」
「ばれやしないって。ほらソウも。乾杯くらいはしないと格好着かないだろ」
と、押し切られて口をつけたり。
「あ、美味しい…」
「だろう?」
「こういうお店、良く来てたの?入れ替わってからは来る暇無かったよね?」
「いや初めてだぞ」
「何だかすごく場慣れしてる感じがするよ」
「格好着けたいんだよ言わせるなよ」
にやりと笑いながら答えられてどきりとしてみたり。
ちなみに、他の話題はやはり映画に関わる話が多かった。
「本当に、何でこんなに涙脆くなっちゃったんだろう…?」
もし、僕達が映画の二人だったなら…って考えてしまったからだろうか。
それと多分、入れ替わって、セイとお付き合いする様になって、
今まで他人事と気にもしていなかった事柄が新鮮に感じられたからではないかと思う。
「俺達は互いに、ある意味、入れ替わった時にやっと人生が始まったのかもな」
「そ、そうかも…大変な事が多いけど、充実してて…生きてるって実感はある、かな」
「おかしな事件に巻き込まれてハイテンションになってるだけかも知れないけどな」
それと、良い機会だから父さんと会話した時に思った事を尋ねてみた。
「ね、ひょっとして…セイが僕の振りを全然しなかったのって…
親しい人達には入れ替わってるって気付いて貰える様に、わざと?」
「それは無いな。元の斉藤清彦をよく知らなかったから、やりたい様にやっただけだ。
だからまた『優しい』とか背中が痒くなる台詞は吐くなよ」
一瞬だけ驚いた顔をした後、にやりと笑いながらセイが答えた。
「あはは、残念。でも僕がそう信じるのは自由だよね?」
「信じる者は馬鹿を見るんだぞ」
「いいよ…セイを疑う位なら、僕は馬鹿でいい」
だって、どんなにセイが呆けても、結果がそれを示している。
僕は僕が大切に思う人全てに、入れ替わっている事態を理解してもらっているのだから。
「本当に、お前って奴は…」
呆れた様に、けど嬉しそうに笑うセイを見て僕も嬉しくなったのだった。
レストランを出る時、僕が少しふらついたから、酔い醒ましに歩こうという事になって。
照れ臭くて恥ずかしかったけど、やっぱり押し切られて、腕を組む。
でも拒否しないって事は、僕もそれが嬉しいからなのかな。自分でもわからなかった。
歩いている途中でセイが言った。
「休憩、していくか」
公園が目に入っていた僕はすんなり肯いた。
けど、そのまま公園を通り過ぎた時に、あれ?と思って。
え、と…つまりその、セイが見ていたのは…
その先にあった…その、休憩も出来るホテルだった訳で…
あわあわしたのがおかしかったみたいで、爆笑されてしまった…結局入ったんだけどね。
初めて入ったそういう系統のホテルは…色んな意味で目に毒だった。
…
「おぉ、これは凄い。楽しそうだ」
「わ、わ、わぁ…」
部屋に入ってのお互いの第一声。
「ソウ、とりあえずシャワー浴びないか?」
「え、や、やだよっ…丸見えだよっ」
「だから勧めてるんだ。第一、一緒に風呂に入った事もあるんだから今更だろ?」
「だからって…恥ずかしいから、やだよ」
「まったく、しょうがないなぁ」
あれ、何で僕が我が儘言ってるみたいな事になってるんだろう?
でもそれを口にしてもなんだかんだ言いくるめられそうな気がするから黙っておく。
僕だって学習能力が無い訳じゃないんだからね。
「さて、それじゃあ…ソウ?」
「な、なに?改まって」
「色っぽく脱いでくれるんだよな?」
「え、あ、前の…ほ、本気だったの?」
「冗談な訳ないじゃないか」
「うぅ…冗談であって欲しかったよぅ…」
「出来ないなら、また俺が脱がすが?それはそれで楽しいから良いぞ」
「うぇ、そ、それは…」
前は雰囲気に飲まれてたから認めちゃったけど…それでもあれはめちゃくちゃ恥ずかしかった。
当然、自分で脱ぐのだって恥ずかしいけど、どっちがマシか、なんて決められないよう。
でも…経験がある事と無い事を比べてもわからない、よね…
「じゃ、決められないみたいだから俺が…」
「じ、自分で脱ぐよっ」
このまま迷ってるとまたセイの手で脱がされてしまうから、慌ててセイの言葉を遮る。
「そっかそっか。ならよろしくな」
「な、何もよろしくないよぅ…」
セーターはさくっと脱げる。ベストに手を掛けてまず躊躇う。
「ね、ねぇ…暗く、して…?」
「暗くしたら見えないじゃないか」
「み、見られたくないから言ってるんだよっ」
「…わかったわかった。この位でいいか?」
セイが光量を落とす。色付きの照明がぼんやりと光るだけで、随分と薄暗くなる。これなら、まぁ…
どうか透けてるのがセイにばれてません様にと祈りながらベストも脱ぐ。
スカートの中に入れていたブラウスの裾を引っぱり出しながらセイに背中を向ける。
ブラウスのボタンの向きの違いに、まだ微妙に違和感を感じながら一つずつ外していく。
次はスカートのボタン。ホックはまだ引っかけたまま。
あああ…顔が熱い。多分、今、僕、顔まっかなんだろうなぁ…恥ずかしいよぅ…
脱がされるのも恥ずかしかったけど、自分で動かなくても状況が進んでいく方が楽だった気がしなくもない。
自分で脱がなきゃいけない方が、自分の意思でやらなきゃいけない分、覚悟が必要になるんだね…
初めて知った。出来れば知りたくなかった。
いや、改めて考えればその位わかってた筈。それでも今回自分で脱ぐ方を選んだのは…
ただ脱がすんじゃなくて、僕が恥ずかしくなる様な事を言ったり、な、撫でたり舐めたりするからだ。
それに比べたら自分で脱ぐ方が…なんて思ったんだけど、やっぱり失敗だったかな。
…ど、どっちから脱ごう?
上にしろ下にしろ、これ以上脱ぐと下着が見えてしまう。
いや、ブラウスは大きめのを羽織ってるから、ショーツは見られないかな。
下着を晒す羞恥を少しでも遅らせたい。いや、いずれやらなきゃいけないから意味はあんまりないんだけど。
…あれ、そもそも『脱ぐか脱がされるか』の二択がおかしくないかな?
でも、脱がないで…その、えっちするっていうのも…へ、変、だよね。
わざわざ皺にしたり、汚したりする必要は無いんだし。
えっと、だから、そっか。最初の二択が違ったんだ。
『脱ぐか脱がないか』は二番目で、一番目は『えっちするかしないか』の問題だった。
そういう目的のホテルに入った以上、その二択は既に選択してしまっている。
たとえそれが僕の勘違いだったとしても、だ。
だから、次の二択になってしまっている。今更気付いても手遅れだったけど…
「手が止まってるぞ。やっぱり俺が…」
「そ、それには及ばないよっ」
うぅ、思考が逸れてる間、手が止まって急かされてしまった。
し、視線が痛い。セイがじっと僕の一挙手一投足を凝視しているのが背中越しに伝わってくる。
えぇい、男は度胸!今は身体は女の子だけど…
ぎゅっと目を瞑って、スカートのホックを外して手を離す。
はらりとスカートが落ちたらそれを跨ぐ。
両手でブラウスの袖を掴みながら両腕を斜め後ろに真っ直ぐ伸ばす。
肩に引っかかっていた襟が背中を滑り落ちていくのを感じながら片腕ずつ抜く。
脱ぐと同時に身体を反転させてセイと向き合いながら、ブラウスを握ったままの手を胸にやって隠す。
…隠せているといいなぁ。
目を瞑っているし、初めての動作だから実際に隠せているかどうかはわからないけど。
ごくりと、セイが生唾を飲み込む音が聞こえた気がする。
目を瞑った分、他の感覚が鋭敏になった気がする。
かさりと衣擦れの音、次いでふわりと空気が動くのを感じて目を開ける。
僕がもたもたしてる間に服を脱いだらしい。裸のセイが僕に向かって突進していた。
自分より大柄な者が迫ってくるのは凄い圧迫感だ。
それに、眼がぎらぎらと輝いて、まるで肉食獣と間近で対峙しているみたいで、凄く怖い。
「ひっ」
悲鳴を上げかけたけど、乱暴にベッドに突き飛ばされ、スプリングで身体が跳ねた衝撃で息が止まる。
セイがそのままの勢いで僕に覆い被さってきて、掴んでいたブラウスを強引に剥ぎ取り脇に投げ捨てる。
両方の手首を掴まれて、肩の脇で押さえ付けられる。
「あっ…せ、い…んーっ!?」
混乱している僕の唇を、まるで噛みつく様に貪る。
上唇に吸い付き、音を立てて離れたと思ったら下唇にも同じ様に。
そしてちくっとする痛み。軽くだろうけど本当に噛まれて。
さらには舌をねじ込まれ、歯を、歯茎を、舌を蹂躙される。
くちゃ、くちゅ、と音を立てながら僕の口腔内でセイの舌が暴れる度に、身体の奥が痺れる。
脈拍と合わせるみたいに、どくんどくんと下腹部が疼く。
ちゃんとした呼吸が出来なくて苦しい。でも、気持ち良い?わからない。くらくらする。
視界がじわりと滲み、次いで端から徐々に白くなっていく。
身体から力が抜けていく。何も考えられなくなっていく。
全てが真っ白になる直前で暴虐の時が終わる。
セイも苦しかったのか、ぷはっという吐息と共に、唇が解放される。
はぁはぁと、二人で荒い呼吸を繰り返す。
視界を取り戻すけど、まだ全体的に滲んでいる。
目尻の辺りに手をやろうとするけれど、両手首ともセイに掴まれて押さえつけられたままで動かせない。
なんだか、さっきから、セイらしくない。
いつもの余裕たっぷりという風情がなく、とても荒々しい。
このまま喰われてしまうのではないかと思ってしまう程。
呼吸が整うのを待つのももどかしくて、呼吸の間に声を紡ぐ。
「せ、セイ…どう、しちゃったの…?」
何故か、じろっと睨まれる。
「わざと、やってるんだろう?」
「…?」
セイが何を言っているのかわからなくて、首を傾げる。
「ソウが悪いんだからな!」
そう言って、構成の大半が薄いレースで出来ていて色々透けちゃっている黒いブラの上から乳首を強く吸う。
ぢぅ、という音と共に乳首から擽ったくも切なく、それでいて心地良い感覚が湧きあがる。
僕の何が悪かったの?と思うものの、言葉にする余裕はない。
「ひぅっ…んあぁっ!?」
元々このブラは透かして見せる前提だからパットなんて入ってない。
唇が離れると、刺激を受けて屹立した乳首が、
更に唾液で濡れてぴったりと貼り付いてはしたなく浮き上がっているのが見える。
そして息付く暇もなく、もう片方の乳首に吸い付かれ、再び恥ずかしい喘ぎ声をあげてしまう。
セイの舌が胸から肩へと這い進み、ブラの肩紐を咥えて腕の方に外して下へと引っ張る。
肩紐に引かれて胸の覆いがずれて片胸がまろび出て、乳首もぴょこんと飛び出すとセイが再びそこに吸い付く。
薄いとはいえ布越しでどこかもどかしかった刺激が直に伝わる。
直後、乳首の根本を軽く噛んで固定し、更に絞り出された部分を舌でねぶり回される。
限りなく痛みに近い鮮烈な刺激が眉間で弾ける。
「ふあ、あぁんっ」
恥ずかしいから喘ぎ声はあまり聞かれたくなくて我慢しがちなんだけど、堪えきれなくて溢れ出てしまう。
しばらくそうして僕の胸を弄って満足したのか、セイが顔を上げる。
両の手首が解放されたと思ったら肩を掴まれ、ぐるりとうつ伏せにひっくり返される。
お腹に腕が回され、ぐいっと引き起こされ、お尻を突き出す格好にされる。
「え、や、ちょっ…はずかしいよっ…にゃあっ!?」
膝を伸ばして元の姿勢に戻ろうとするも、素早くも力強くがっちりとお尻を掴まれて動かせなくなってしまう。
ショーツもブラとお揃いの黒いすけすけで、面積も少な目だから全然隠せてなくて。
しかもちょっと…その、僕の身体から、その、分泌液が出てるみたいで。
ひんやり湿ってるから、乳首みたいに貼り付いてくっきり見えてしまってるんじゃないかと、思う訳で。
やっぱり普通の下着にしておけば良かった…と後悔する暇も無く。
股布の部分が横にずらされてあらわになった割れ目にぴたりと何かが触れる。
一瞬冷たく感じるけど、気のせいだったかと思うほど直ぐに熱さにとって代わる。
えーと、そう、その…何度かは経験したから覚えてる。
それはいきり立った斉藤清彦の息子に違いなくて。
「ま、まって…まだっ…あぐうぅんっ!?」
何となくまだ僕の胎内の準備が足りてない気がして、制止しようと声を上げかけた所で一気に貫かれてしまう。
濡れてはいるから滑らないという訳ではないけど…
ほぐれきっていない所にねじ込まれたから、体が真っ二つに裂かれたみたいに痛い。
前回受け入れた時も痛かったけど、今回はもっと。
悲鳴が漏れるけど、セイは止まらずにソレをいつもより激しく前後に動かす。
「うあっ…あっ…ぐぅっ…ぎっ…っ…」
いっそ暴力的と言える行為から逃れようと体がずり上がっていく。
それも上からのしかかる様に体重を掛けられ、お腹に腕を回されて封じられる。
一回突き込まれる度に口から漏れていた悲鳴が徐々に力を失っていく。
随分長い間苦痛に晒されていた気がするけど、多分そんなに時間は経っていなかったと思う。
両脇から、ベッドと、ベッドに押しつけられて変形している乳房の間にセイの手が割り込む。
はだけられている方は直接…いや、まだ乳房を覆っている方もその中に手をねじ込まれて。
両の胸がぐにぐにと揉みしだかれる。
少しまさぐる動きをした後、目的の箇所…固く尖った乳首を探り当てたのか、
器用にも中指から小指で乳房の柔らかさを堪能するかの様に蠢かせながら、
人差し指と親指で乳首を押し潰さんばかりの強さで挟み込んでしごき立てる。
貫かれている秘所と違って十分な愛撫を事前に受けていたそこは、
やはり乱暴に扱われているにも関わらず鋭い快感を僕にもたらす。
胸から湧き起こる快感と、秘所から与えられる苦痛がごちゃ混ぜになって意識を削っていく。
再び、悲鳴とも喘ぎ声ともつかない声が僕の口から漏れ出す。
しばらくその感覚に翻弄されていると、荒々しい行為に体が追い付いたらしく痛みが熱さに変わっていく。
強ばっていた体から力が抜けていく…というより、力が入らなくなっていく。
男性器の反りの問題なのか、今まではお腹側の圧迫感が強かったんだけど、
今は逆側に対して圧迫感が強い。そんなどうでもいい事に気付ける位には余裕が出来たみたい。
お腹の中を掻き回される感覚が一際強くなる。子宮が下がっているのかな。
僕の変化を感じ取ったのか、一際強く押し込まれて密着した所でセイの動きが止まる。
「え?…ひぁ!?」
それに何か思う間も無く、鷲掴みされている両の乳房が強く圧迫される。視界がぐるんと回る。
貫かれたまま引き起こされたらしい。
乳房から手が離れたと思ったら、両の膝裏に腕が回され、脚を大きく広げられる。
目の前には、ガーターストッキングに包まれた脚をMの形に開いて、
黒い半透明なブラジャーを片方はだけさせ、
同じ素材のショーツを股布の部分だけ横にずらされて秘所を男性器に貫かれている少女…自分が居た。
一瞬だけ呆けた後、それが大きな鏡である事に気付く。
…ショックだった。
自分が、こんないやらしい格好で、惚けた表情をしているなんて思ってもいなかった事もそうだけど。
それが今の自分の姿であると自然に受け入れていた事こそがショックだった。
鏡なら毎日見てるし、その時に映る自分の姿に違和感を感じる事は確かに少なくなっていたけど。
トイレも着替えもそれなりに慣れたけど。
セイと結ばれた時も、今の自分が女性である事を実感させられたけど。
鏡に映った、斉藤清彦に貫かれているあられもない姿の日向双葉を見せられ。
一瞬の齟齬も無く、抱かれている日向双葉が自分なのだと認識した。
それが強烈に自分の今の立場を認識させた。
他人の体で快楽を貪る事に対する、自分でも気付いていなかった心の奥底にあった罪悪感がなくなっていく。
体と心の歯車がかちりと咬み合う様な感覚。下腹部から伝わる熱が、明確な快感となって全身を駆けめぐる。
「おぅっ…急に、締まる…!」
セイが僕の両腕を掴み、上下に揺らしながら激しく腰を突き上げてくる。
「あぁんっ…ふあぁっ…は、はげし、すぎっ……ひぅんっ」
こみ上げてくる快感に押し流されて頭の中が真っ白になっていく。
「あ…せ、い…ぼく、もうっ…!」
快感が弾ける瞬間。
「お、れも…くっ…出るっ…!」
最奥…子宮口かな?…に押し付けられた肉棒が、びくんびくんと脈動したのを認識する。
僕に芽生えた女の子の部分なのか、快楽を貪るのとは違う自分が勝手に…無意識に体を動かす。
咄嗟にセイの腕を振り払い、快感にどっぷりと浸って力が入らない脚をそれでも動かし、
腰を浮かせて自らを貫く肉棒を引き抜く。
柔らかいベッドにうつ伏せに倒れ込む僕の背中や腰、お尻の辺りにぴしゃりと液体が降りかかる。
セイも仰向けに倒れ込み、荒い息遣いをしばらく繰り返す。
余韻が抜けてくると、今までセイの肉棒を咥えていた下腹部がまるで火傷したみたいにひりひりと痛む。
それを堪えていると、先に復活したセイがもぞもぞと起き出す。
まだ動けなくてうつ伏せのまま枕に顔を埋めている僕の腰に手が掛かり、慌てて上体を起こして振り返る。
眼に入ったのは、欲望を吐き出したばかりだというのに、未だにそそりたっている逸物。
「ちょっ…」
「…ソウが最後逃げるから不完全燃焼なんだよ。もう一回するぞ」
そんな事を言いながら僕のショーツをぺろんとめくり、太股まで引き下げる。
僕は激しく身を捩って抵抗する。
「おい?」
それでも、さっきまでの荒々しさはもうないみたいで戸惑いの声を上げる。
「あのね、セイ…僕、怒ってるんだよ?」
「どうしたんだよ?」
「どうしたじゃないよ!まだ僕の方が、その…万全じゃなかったから、痛かったんだよ!?
待ってって言ったのに…今もすっごくひりひりしてて痛くて、すぐもう一回なんて絶対、無理だから!
それに、いきなり飛びかかってくるし乱暴だし…すごく、怖かったんだよ!?
他にも、気を付けろって教えてくれたのはセイなのに、中出ししようとしたでしょ。
下着だってこんなになっちゃって…帰り、どうしたらいいんだよぅ…」
ブラジャーは…そりゃあ、僕の汗もあるけど、唾液たっぷりでぴっとりだし。
ショーツも横にずらしただけだから、その、諸々の体液で肝心な部分がびっしょりだし。
太股を伝って、ストッキングの内側部分まで濡れてしまっている。
「お、おぉ…そうか。済まなかった」
「セイだって女の子だったんだから、準備不足で激しくされたら後が辛い事くらいわかってる筈でしょ?」
「わかってる筈と言われても流石に困るぞ。俺だってソウも知っての通り処女だったんだからな。
だが思い返せば確かに性急だった。悪かった。ソウがあんまりにも可愛くて色っぽくて自制が効かなかった」
すごく真剣な顔でそんな事を言われて、僕の怒りが急速に萎んでいく。
セイに喜んで貰おうとこんな格好したのは僕なのだし。
ある意味、僕がセイにそうさせてしまったのだと思えば、一方的にセイを責めるのも何だか違う気がする。
「本当に悪かったと思ってる?」
「ごめんなさい。申し訳ない。すみません」
「…よく、そんなにすらすら出てくるね」
「本心だからな」
「わかったからもう良いよ」
「許してくれるか?」
「うん、許すよ」
自分でも簡単だったかな、とはちょっと思うけど…
僕への愛情を態度で示してくれたのだと思えば悪い気もしない。
「ソウにこれ以上無理させられないが、どうもコレが収まらないからちょっとあっちで鎮めてくる」
ばつが悪そうに、いまだにびっきびきに張りつめて自己主張し続けているソレを示して立ち上がる。
ガラス張りで中が丸見えのお風呂に向かう背中が何だか煤けて見えて、咄嗟に手を伸ばして腕を掴む。
「あの、ね…その、こっち、向いて?」
「あ?あぁ…」
セイがこちらを向く。
僕がベッドに横たわっている状態なので、天へ向けて屹立している逸物が目の前に来る。
僕が斉藤清彦であった頃、ここまでに張りつめた事はなかったから想像しか出来ないけど。
これは多分、相当に辛い筈だ。もう一回受け入れるのは無理でも、何とかしてあげたいとは思う。
結局の所、どうしようもなく、僕はセイの事が大好きなのだ。
…
思い返せば、自分でもあの時は大胆だったなと思う。
え、何をしたか?ご想像にお任せします。ちょっと喉にくる苦さだっただけだよ。
手段は置いておいて、セイの欲望を吐き出させて、
二人でシャワーを浴びて色々洗い流して出てきた頃には残り時間が15分も残ってなくて、
慌てて身支度を整えて、そこを後にしたのだった。
ちなみに…下着無しで出歩くのは精神衛生上、大変よろしくないという事を知った。知りたくなかった。
たとえ透けてても、下着は必要。薄くても有ると無いでは大違い。
二人で外出する時は予備の下着を準備しておこうと、この時に学んだ。
駅に戻って電車に乗り込む。最寄り駅に到着して、ここでお別れと思っていたら。
「夜遅いから送ってく」
との事。それは申し訳ないから辞退したんだけど。
「若い娘が暗い夜道を独りで帰ろうだなんて危機感が足りない。
それに痛いんだろう?ちょっと歩きがぎこちない」
と言われてしまうと断れない。結局、日向家の玄関前まで送ってもらってしまった。
セイとさよならの挨拶を交わして別れて、家の中に入る。
パパは居なかった。父さんが会うと言っていたけど、まだ二人一緒なのだろうか。
大人の男性なんだからお酒でも飲んでいるかも知れない。
疾しい所がある身としてはその方がありがたかったりはする。
服を洗濯機にかけてからシャワーを浴びて、翌日の準備を整えて床に就いたのだった。
…そんな風に日々を過ごしていたある日の夜、神様少女が言った。
「そろそろ準備は出来たか?」
「あぁ、出来る事はやったと思うぞ。俺達の力も10分は超えた。
裏山に時間稼ぎの罠も張った。多少なりとも荒事に備えて鍛えたりもしてる」
「そうか。俺もそっちに向かう目処が立った。あと45日あれば到着するだろう。
…今はそっちは火曜日だったか。なら、日曜日に仕掛けるって事でいいな?」
幸い、この週の土曜は祝日でお休みだったから、僕達に異存はなかった。
そして、土曜の夜は日向家に皆でお泊りして親睦を深めようという事になった。
男女混合で一つ屋根の下に泊まるのは高校生としてちょっとどうかと思わなくもないけど。
皆、口には出さなかったけど、これから挑むのは曲がりなりにも世界と命をかけた戦いだ。
だから、皆で馬鹿騒ぎして、気持ちを鼓舞したいのだろう。
僕も、不安に押し潰されそうになりながら夜を過ごすよりはその方が良いと思う。
そのまま日曜日、皆で裏山に移動、陣取って神様少女と合流してクズを迎え討つ予定だ。
で、今日は金曜日。今晩、明晩と、パパも斉藤の父さんも忙しくて家に帰れないとの事。
なので、セイは今晩から2泊3日で日向家にお泊りになった…主にセイの意見で。
こういう時のセイってちょっと強引…だけど、何か、嫌じゃない。
でもそれってやっぱり僕が優柔不断だから、だよね…
本当に、こんなに依存しちゃってて、大丈夫なのかな?僕。
もし、セイに嫌われちゃったら…ど、どうしよう。うぅ、想像も出来ない。
「別に男だからとか女だからとか、どっちか一方の話じゃないけど。
愛される事を当然だと思ったら終わりだからね。
相手にとって魅力的で有り続けないと、男女の仲なんて簡単に終わっちゃうんだからね」
とは誰の言葉だったか。
心に刻まれたのは確かなんだけど…相手に魅力的と思わせ続けるって言われても。
セイは、僕なんかのどこに魅力を感じてるんだろう…?
それとなく聞いてみたいけど、セイは鋭いから見抜かれてしまいそうだし。
見抜かれたら多分、意地悪して教えてくれない気がするし。
…やっぱり、簡単に見抜かれるだろう僕が情けないんだよね…な、何とかしないと。
今晩、時間があるんだから、何とか聞き出せたらいいな。
それに…僕自身、いい加減に決意表明しないと。
と、そんな訳で、学校帰りに、今晩と明日の食事の材料を見繕っているのだった。
とりあえずカレーを鍋いっぱい仕込んで、一晩寝かせて明日の食事にする予定。
今晩の分は安売りしている食材で適当に何とか。
「…どうでもいいけど、随分手慣れてるな」
付き合ってくれているセイが、半分驚き、半分感心といった風情で声を掛ける。
「え、そうかな?普通だと思うけど…」
「普通の高校生に安売りの食材で夕食のメニューを構築しながら買物なんて無理だろ。
だが悩んで止まったり期限にこだわったりまではしない辺りは、らしいっちゃらしい」
「あはは、そうかも。佐藤さんと鈴木さんのお買物に付き合った事があるけど…
買った量の割りに凄く時間が掛かってた覚えがあるよ。
楽しそうだったから、見てて微笑ましかったけど、ちょっと疲れたのも確かだったかな」
一通り見て回って、必要そうな物は見繕ったから、お話しながらレジに並ぶ。
「この年頃の女の買物ってのは半分遊びみたいなもんだからな。
つるんできゃいきゃい楽しめればそれで良いんだろう。
…ま、その辺はグループリーダーの好みが反映されるんだけどな」
嫌そうな口調で言う。
「本当に、集団行動が好きじゃないんだね…」
「基本的には断ってたが、全部断ると角が立ってやり辛くなるのが女社会の面倒な所だ」
「少しは、参加したんだ?」
「まぁな。それも嫌々と悟られると後々厄介だから結構大変なんだぜ」
「僕も、誘われたら応じた方がいいのかな…?」
「今は、俺という恋人が居るんだから無理しなくてもいいぞ。
デートだと言っておけばいいんだからな。
それでもしつこく誘ってくる空気が読めてない奴は他からも嫌われるから問題ない。
もし、人間関係で面倒事に巻き込まれそうになったら言えよ。対策を教えるから」
「ん、ありがとう…でも、出来るだけ自力で頑張るね。迷惑ばっかりかけてられないし」
見上げながら言う僕の頭をわしわしと撫でる。
くすぐったくて、暖かくて、気持ち良くて。
ちょっと首をすくめてしまうのが僕の新しい癖になってしまったみたいだ。
「…あぁもう、だから他の女が霞むんだっ」
スーパーの中だからボリュームは小さく、でもやたら力の篭った声でセイがつぶやく。
「…?」
「わからないならその方がいい。ソウはずっとそのままで居てくれよ」
首を傾げると、苦笑いと共に答えが帰ってくる。
「んー…よくわからないけど、その方がセイが嬉しいなら、頑張ってみるよ」
会計が終わったので袋に詰め直して持ち上げる…ん、だけど…失敗したかも。
「んっ…」
今まで、この体で大量に買物した事が無かったから、男女の力の差を忘れてた。
…重い。僕が清彦だったら、軽く…とは言わないけど、この位ならまだ余裕があったのに。
台から降ろしただけで取り落しそうになる。
そこを、ひょいっとセイが中身満載の重たい買物袋を奪っていく。
「あ…ご、ごめんね…」
「ん?初めから俺に持たせるつもりで買ってるんじゃなかったのか?」
「そんなつもりはなかったよ。自分で出来る事は自分でやらないと」
「もし俺が居なかったらどうするつもりだったんだ?」
「何歩か歩いたら置いて休憩、を繰り返す、とか…?」
「帰宅に何時間かけるつもりなんだ。いいから行くぞ」
「う、うん…ありがとう」
そう言って僕を促すから、申し訳なく思いながら歩き出す。
「これもトレーニングだと思えば軽いもんだ」
僕の心を読んだかの様に、笑い飛ばされてしまう。
「そう言えば、タイヤ引っ張って走ったりしてたね…」
「あれは流石に効果のほどは疑問だな。あいつの趣味だと思うぞ」
他の人の邪魔にならない時は並んで、あれこれ他愛の無い話をしながら日向家に向かう。
道中ふと、一週間位前までは歩幅が合わなくて遅れがちだった事に気付く。
…ついでに、まだ僕が清彦だった頃、友人に言われたある言葉を思い出す。
『お前もカノジョが出来た時の為に覚えておくといいぜ。一緒に買物行く時の心得だ。
女ってのは気ぃ使ってやらねぇといけねぇ生物だからな。
まず歩く時、歩幅…ってか、ペース合わせてやらねぇと怒る。
次に荷物を持ってやらないと拗ねる。ただし全部持つと嫌みになるから軽いの少し残すといい。
歩道を歩く時は車道側を陣取る。あくまでさりげなくな』
なるほどと感心したけど…正直、彼はそんなに気が回る性格じゃない。
『って、彼女に叩き込まれたんだね?』
と聞いてみたらしょっぱい顔して黙り込んじゃったし。
それはともかく、今のセイがちょうどそんな感じ。
重たい荷物を持ってくれて、車道側を歩いてくれていて、ペースをあわせてくれている。
セイが元は女の子だったからなのか…
でも、それこそ先週まではたまに小走りで追いかけてたんだよね。
…何度かそれを繰り返したら手をこう、ぎゅっと繋いでくれたんだけど…
今思い返せば、僕が遅いから、ペースアップさせる為だったのかな?
何度かは足運びが追いつかなくて、バランス崩して支えてもらう事になっちゃってたし。
それとも、こんなにいっぱい荷物を持って歩くのは初めてだし、それでかな?
だけど、それこそさりげなかったから気付かなかったけど…
もう一回思い返せばこの一週間はずっとこんな感じに気を配ってもらっていたと思う。
確かめてみたいけど、それを僕が尋ねるのは何となくルール違反な気もする。
…うん、やっぱり黙っておこう。
セイは入れ替わってすぐから、殊更に男らしく振る舞っている。
清彦の体に未練がある僕を気遣ってだろうけど、婉曲な表現で、男の方がいいとも言った事があるし。
ただ、今なら…入れ替わったままでいる覚悟が出来つつある今なら、
男になろうと努力してるセイを応援出来そうな気もする。
セイがさりげなく気を配ってくれているのは、僕に気付かれたくない…
少なくとも気付かれなくても構わないと思っているという事。
それを対象の僕が指摘するのは、何て言うか…そう、野暮だろう。
だから、僕も僕に出来る精一杯で気を配って、セイを見守ろう。
今は支えてもらうばかりだけど、いつかは僕もセイを支えられる強さを身につけて。
それに、優しくしてもらえるのは嬉しい…けど、同時に困惑してしまう。
ただでさえ、精神的に依存しきっちゃってるから、これ以上迷惑かけたくないのに。
これ以上優しくされたら、いつか、その優しさを当然の事と考えてしまいそうで怖い。
甘えて寄りかかって、セイの負担になっているのにそれにも気付かない、何て事になりそうで怖い。
セイがもうちょっと僕に甘えてくれれば、こんな事で悩まなくてもいいと思うんだけど。
…それは僕の包容力が足りないからか。うぅ、やっぱり頑張らないと。
「…どうした。黙り込んだと思ったら百面相始めて」
は、しまった。つい思考に没頭していたみたいだ。
「あ…な、何でもないよ」
「見てて飽きないからいいんだけどな」
そんな会話をしながら日向宅へ到着。
買った食材を冷蔵庫、冷凍庫に入れていると、セイから一つリクエストが。
「ソウの制服エプロン姿が見たい」
「う、うん…それくらいなら、いいけど」
何やらガッツポーズ。そんなに嬉しいのかな?
たまにセイが何を考えているのかわからなくなるよ。
「よしっ…次は裸エプロンな?」
「えぇっ!?じ、冗談だよね?それはいやだよ」
「もしクズを止められなければ俺達に未来はないんだぞ。心残りになるじゃないか」
残念そうなセイの声を背に、制服のブレザーを脱いで軽くブラシをかけてから部屋のドレッサーに掛ける。
手を洗って、うがいをして、台所に戻ると、なんだかふりふりがいっぱいのエプロンを手渡される。
それを装着しながら、離れていた少しの時間で考えていた事を伝える。
「こ、この戦いを生き延びたら…考えなくもないよ?」
「『俺…この戦いが終わったら、恋人に裸エプロンでメシ作って貰うんだ』新手の死亡フラグかそれは?」
「え…そんなつもりで言ったんじゃないよ」
「くっ…ははは、わかってるって。んじゃ、それを勝利への励みにするとしようか」
いやぁ、つい勢いで言っちゃったけど、できれば忘れてくれるとありがたいかな…
そんな会話をしながら、流しに食材を展開。まな板を引いて買い込んだ野菜を刻んでいく。
まずはタマネギを、目に染みない程度にざくざくと。
りんごも皮を剥いて二つに割ってから芯を切り落としたら細かめに刻む。
圧力鍋に弱火で火を掛けてバターを溶かして、刻んだタマネギとりんごを投入。
火が通るまでに鶏ムネ肉を薄めにスライス。
体力と体重の無さに難儀しながらも牛スジ肉を切り分ける。
豚コマ肉はそのまま、三種の肉をまとめて鍋にざらっと。
ぐりぐりとかき回して焦げ付きを防ぎながら、じゃがいもの芽をくりぬいて皮剥きして、大きめに切る。
続けてニンジンも頭と尻尾を取ってから皮を剥いて、じゃがいもの三分の一くらいの大きさに。
それらも鍋に投下してしばらく炒めてから、トマトジュースと牛乳をだばーっと加える。
赤ワインとかもあると良かったんだけど…流石に制服では買えなかったのでパス。
中火にして、でもまだ煮立つまでは時間が掛かるから、その間に今晩と明朝の食事の準備を進める事にする。
お米を研いで炊飯器に掛けて、購入した鮭の切り身を取り出す。
六枚入っているから、三枚はたっぷり塩を塗して刷り込んで塩焼きにする。
残る三枚はバターで炒めて塩胡椒と醤油、小麦粉を軽く振ってムニエル風に。
火を通している間に、アスパラガスとブロッコリーを小さめに切り分けておく。
焼き上がったら続けて切った野菜をバター炒めに。オニオンとガーリックのチップを軽く散らす。
塩胡椒醤油とオイスターソースをちょっとずつ掛けてよくかき混ぜてから火を止めれば出来上がり。
鍋の方も煮立った。浮いている灰汁をすくって捨てて、蓋をきっちり締める。
しゅんしゅんと音を立ててキャップが回り始めたら弱火にして暫く放置。
大まかに準備を終えてはふっと一息。
「お疲れさん」
セイの声に振り向くと、濃い茶色の液体が注がれたマグカップを手渡される。
湯気に乗って、ふわりと珈琲の良い香りが鼻孔を擽る。
どうやら、準備している間に淹れてくれていたみたいだ。
「ん、ありがとう」
受け取って一口飲む。程良い苦みと僅かな渋み、微かな酸味がアクセントになっていて美味しい。
渋みとか苦みとか無い方が美味しいって人も居るみたいだけど…
それらも含めてこその味わいだと思っているから、何というか、とにかく僕好みの味。
「おいしいよ」
だから笑って言ったんだけど、セイは何だか不満みたいで。
「あの夢の中で飲んだ奴に敵わないから悔しいんだよな」
「でも、僕はこの味の方が好きだよ。色んな味が複雑に絡み合ってて、何だかとってもセイらしい」
お世辞や気休めなんかじゃない、本心からの言葉なんだと伝えたくてまっすぐ見上げる。
「あぁ、もう…なんでそんなに可愛いんだよっ」
…次の瞬間、いきなりがばっと抱き締められて頬ずりされたものだから凄くびっくり。
「わっ…こ、こぼしちゃうよっ」
慌ててカップを流し台に置いてから身を任せる。
「後片付け、頑張れよ」
「え、他人事?」
「冗談だよ」
そのままじっとしてたら、僕の体に回されていた手が胸の方へ移動してくる。
「あ、ちょっ…だめ、だって…」
「駄目なのか?」
う…そんな悲しそうな声を出されると…でも…
「だ、だって…二人とも、汗かいてるし、ご飯食べて、お風呂入ってからの方が…あ…む…」
セイが言い募る僕の顎を人差し指でひょいと上げながら、同時に覆いかぶさる様に上体を下げて唇を奪う。
唇と唇が擦れてくすぐったい様な、ぽわんとした心地良さが沸き上がってくる。
でも、今はそれに流されてしまう訳にはいかない。
確かめる事が怖くて、もしくは認めたくなくて…今までごまかしてきた事を、はっきりさせたい。
僕自身がどうするのか、どうしたいのか。
いつか元の斉藤清彦に戻るのか、それとも、このまま日向双葉として生きるのか。
そうしないと、明後日の決戦を終えても、その先の未来が始まらない。そんな気がしているから。
このままだと僕自身が、いつまでも中途半端に覚悟を決められないから。
「はふっ…だ、だから、今は駄目だよ。後でちょっとお話したい事もあるし」
僕にしては珍しく、はっきり言ったら驚かれた…何だかちょっとショック。
ともあれ、腕を緩めてくれたから体を離す。
「改まって話がしたいって、珍しいな。それも今じゃ駄目なのか」
「あはは、そうだね。僕にとっては大事なお話だから、ゆっくり出来る環境を整えてからにしたいんだ」
「はいはい。それが終わるまでは俺は我慢しますよ」
「うん…ごめんね?」
「謝る事じゃないだろう?どっちかと言えば俺がいつも無茶な要求をしてるんだから」
「…つまりわかってて押し通してるんだね?」
軽く睨んで見せる。ちょっとの間があってから二人同時に噴き出す。
「それじゃ、お風呂洗って沸かしてくるから、のんびりしててね」
「ほほぅ…ソウにとって俺は、自分が料理をしてる間、珈琲を淹れただけの気が効かない男なんだな?」
お返しとばかりに睨まれる。けど眼が笑ってるから本気じゃないのがわかる。
「あ、沸かしてくれたんだね。ありがとう。それじゃ浴びてきて?」
「よし一緒に入るか」
「え、恥ずかしいから嫌だよ」
「いいじゃん別に初めてって訳でも無いんだし」
「セイのえっち…ねぇ、それって清彦の体のせいじゃないよね?」
「それって?」
「僕が清彦だった頃、そんなに性欲強く無かったと思うよ?」
「なるほど、今まで抑圧され、蓄積されてたのが入れ替わりを機に噴出したんだな」
「あれ、それって…僕が発散させてなかったからだって言ってる?」
「ふふん、どうだろうな。ま、仕方ないから独り寂しく風呂浴びてくるとするさ」
「はい、いってらっしゃい」
セイの背中を見送ってから、食器の準備とか、鍋の蒸気を抜いて水分を補充したりとか、一通り準備。
それから自分もお風呂に入る準備をする。着替えは…パジャマにはまだ早いかな。
とりあえず膝下まであるゆったりした白のワンピースを用意。
下着は…えぅ、やっぱりガーターストッキングにすると喜んでくれるかな?
レースのガーターベルトと、薄くて白いガーターストッキングも用意。
…えぇい、毒食わば皿まで!
目に毒だったからタンスの一番奥に封印した白いシースルーのブラとショーツのセットもだ!
乳首も、恥毛も透けてしまう恐ろしい一品だけど気にしなーい!
あはは…こういうのをやけくそって言うんだよね。
前に、黒でやっぱり透けてる薄いのをお披露目済みだから今更といえば今更なんだけど。
なんて言うか、こう、透けてる黒より透けてる白の方が破壊力が大きい気がするんだよね。
単なる気のせいかも知れないけど。
と言うか、改めて考えると、何でセイはこんな下着も持ってるんだろう?という疑問が。
ちょっと首を傾げながら、でもセイが出てきたのでそれらを持って僕もお風呂に。
ほこほこになって上がったら、それらを装備して食卓へ。
セイはジーンズにワイシャツ、上にセーターを着込んでいる。
お茶碗にご飯を装って渡して、自分の分も用意して席に着く。
「「いただきます」」
鮭を一切れ口にして、ご飯を沢山頬張るセイの様子を見て、お醤油を手渡す。
「はい」
「ん」
かき込んだご飯を飲み込むのを見計らって、ぬるめのお茶を。
「はい」
一気に飲み干して湯飲みをテーブルに置くので、それに注いでおく。
「サンキュー。良い嫁さんになれるな」
思わず笑ってしまうと、疑問の眼差しで見られる。
「やっぱり、親子なんだなって思って。パパと同じ事言ってるよ」
そう言うと、思いっきり嫌な顔をする。
「セイはパパの事、嫌いじゃないんでしょ?何でそんなに嫌がるの?」
「そうだな。今回の件で、自分が誤解してた部分もあったとわかったし…今は嫌いって程じゃない。
だが、それを差っ引いてもアレは鬱陶しいと思っている」
「な、なるほど…」
「例えば、俺が小学生の時の話しなんだけどな…」
かつてパパが起こしたという騒動を身振り手振りを交えて力説される。
多分、尾鰭を付けて面白おかしく話してるんだとは思うけど、話半分としてもやっぱり凄い人らしい。
でも、やっぱり親子なんだよね。パパの事、よく見てると思う。
…話をするには、ちょうど良いタイミングかな。
「ねぇ。面と向かってはっきり聞くのは初めてだと思うんだけど…」
「ん?」
しかし質問を続けようとしたその瞬間。
ぱきん、という音と共に、首にかけているネックレスの勾玉が粉々に砕けた。
「…え?」
続いて、ずしんと地響きの音と共に地震のような振動。
天井の隅、目立たない位置に貼ってあったお札が焼け焦げながらはらりと落ちる。
そして押し寄せる息苦しくなる様な圧迫感。
無言で顔を見合わせる。しかしそれも一瞬。
「…急いでここから離れるぞ!」
セイが僕の手首を掴んで駆け出そうとする。
「あ、ま、ちょっと待って…っ」
その手を躱しながら急いで思い返す。とりあえずやっておく事…お鍋の火を止めておく事くらい。
持つべき物。鍵とお財布と携帯の入ったポーチ。食卓の脇に置いてある。
持って歩く癖をつける様に言ってくれたセイに感謝。
僕にしては素早い動きで火を消し、ポーチを掴む。
一足先に玄関を開けて待っているセイの元へ。
鍵を手渡して靴を履いている間に掛けてもらう。
庭を駆け抜け門を出て締めた時、じゃり…と離れた位置から足音が響く。
それはまるで、今までの僕達の準備が無駄であったと嘲笑うかの様に、やたら大きく聞こえた。
6章インタールード
「で、今回の件、お前さんはどうするつもりなんだ?」
「どうもしない」
「ふぅん?…まぁ、立場としてはわからなくもないが。
片や、今は分かたれたとはいえ自分自身。
片や、今や遠くなりすぎたとはいえ自分の子孫。
どちらか一方に肩入れする事は出来ないってか」
「そう…本来なら、そうするつもり、だった」
「あぁ…まぁ、なぁ…なぁんか、作為を感じるってぇか…キナ臭ぇんだよなぁ」
「私もそれが気になっている。何かが裏に居る気がしてならない」
「だが正直な所、大地の封印を解いて得する奴ってのは限られる。当の九頭竜か、お前さん位だろう?」
「確かに、利益はあるけれど不利益も多い。そもそもどちらかを選べるのなら、初めから動いている」
「だよな。もし本当に裏で糸引いてるのが居るとなると…相当な実力者って事になるが。動機がわからん」
「別の地方で似た様な事は起こっていない…ん…」
「ちっ…言ってる傍からこれだ。護符を破壊しやがった。予想より40時間は早い…俺も急がねぇと」
「…やはり、何者かが彼に手を貸している…?」
「だろうな。そうでなければここまで早くなる筈がない…それじゃ、また後でな」
ずっと、待ってました。
アダルトなシーンも付いてきた!!
色々とおありでしょうが頑張って下さい。