地の章
前回までのあらすじ
魔女の罠で女体化してしまった俺・マリクことマーリンは、元に戻る方法を求めて彷徨っていたある日、アーサーという少年騎士と出会った。
まだまだ未熟なアーサーだが、その彼が何と『大聖剣エクスカリバー』に選ばれ伝説の勇者となってしまった。
その後、いろいろあって、俺はアーサーとパーティーを組んで一緒に旅をすることになったのだった。
場所は北の大地に広がる深い森の一歩手前。
「ふあ、らめぇ…。」
俺は近くに木につかまりながらバックでアーサーに抱かれていた。
なぜこうなったかと言うと、まず俺達の旅の目的について話さなければならない。
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時を遡ること、ビビアンの湖を離れる少し前。
準備を整え、街に向かおうとした時だった。
ビビアンは俺たちにこれからどうするべきか教えてくれた。
「今のままでは悪魔たちに立ち向かうのは困難でしょう。」
「なぜだ?エクスカリバーは悪魔を倒す神の剣なんだろう?」
「そのエクスカリバーに宿る神の力は地水火風、そして光の大精霊たちが注ぎ込んでいます。ですがその大精霊たちに異変があったらしく、今のエクスカリバーには千年前ほどの力はないのです。」
「じゃあ、どうするんだよ?」
俺はビビアンに尋ねた。
「大精霊たちがいる神殿に行ってください。そして、何か異変がありましたら解決してください。」
「人任せかい?!」
「これも試練です。」
というわけで、俺達は今いる場所から一番近い地の大精霊『ノーム』がいる神殿を目指し、北の方角へ進んでいた。
その道中、俺はアーサーを鍛え直すため、剣術を一から指導し、それほど手ごわくない魔物と戦わせながら進んでいたんだが、魔物の不意打ちに驚いたアーサーが咄嗟にエクスカリバーを使ってしまい、彼はまた虚脱症状になってしまったのだ。
俺は治療のために木の下でアーサーを休ませながら『チューニング』を行ったのだが、ステータス『ショタコン』が発動してしまい、後は前回と同じ経緯に沿って今現在に至るというわけだ。
「やぁ、ああ、あああんっ!!」
結局、アーサーの暴走で朝方まで抱かれた俺はろくに休めず、おかげで寝不足のままの出発となってしまった。
「マーリン、大丈夫?」
逆にアーサーは激しく動いた割に元気だ。
妙に顔がスッキリしている気もする。
「俺はいいから、お前は自分の心配をしていろ。それからエクスカリバーは俺に預けておけ。」
「えっ?!どうして?」
「お前はエクスカリバーを使う度に魔力切れを起こして虚脱症状になるんだ。だから、不用意に使わないようにお前自身の魔力が高まるまで俺が預かっとくんだよ。」
虚脱は命に関わる重い症状。そう何度も発症してはアーサーの寿命を縮めてしまう恐れがある。
それにアーサーは気づいてないだろうけど、この短期間でめっきりと実力をつけている。
その成長を止めないためにも、大きな力から距離を置かせるべきだと考えたのだ。
「わかったよ。あっ、見えてきたよ。」
俺は渡されたエクスカリバーを布で巻きつけながらアーサーが指差す方向を見た。
そこには巨大な山がいくつもあり、数え切れないほどの木々によって景色は緑一面に染まっていた。
「ここが『鎮守の森』か。」
「この森のどこかに、大精霊「ノーム」がいるんだね。」
大精霊『ノーム』。
五大精霊の中でも母なる大地の力を司るノームは、アヴァロン全土に豊穣を与えてきた存在。
この『鎮守の森』は、ノームの神殿を覆うように存在し、そのノームの恩恵を身近に受けていたため、他の森よりもずっと深く緑にあふれている神聖の場所なのだ。
「よし、ここから先は何が潜んでいるかわからない。慎重にいくぞ、アーサー。」
「うん。」
俺達二人は覚悟を固めて森の中へ入って行った。
そして。
「「迷った。」」
森の中に入ってわずか数時間で俺たちは迷ってしまった。
どういうわけか目印を置いたはずの来た道すらもわからなくなってしまい、気がつけば夜になって森の中は暗闇に包まれ、俺達は完全に遭難してしまった。
「マーリン、やっぱりこの森はどこかおかしいよ。まるで木自身が動いているような…。もしかして、魔物?」
「いや、ここら一帯に魔物の気配はない。」
ノームの力は豊穣だけではなく、邪悪な力をはねのける守りの加護もある。だから、鎮守の森の木々が魔物化するとは考えにくいのだ。
結局、森から出る方法が浮かばず、疲労がたまった俺達は交代で寝ずの番をしながら休憩することにした。
「さて、どうするか。」
俺は森から出る方法を諦めず考えていると、遠くで人のような影を目にした。
魔女にされて以来夜目が利くようになったから、こういう視界が暗い状況では非常に助かる。
「まさか、俺たち以外の人間がいるのか?」
俺は魔物の罠とも考えたが、やはり魔物の気配がない。
(確かめてみるか…。)
そう思った俺は眠っているアーサーを起こさないように静かにその場を離れる。
そして、影を目撃した場所に赴いたが、そこには人がいた形跡すらなかった。
(確かこの辺りだったはずなのに。見間違いだったのだろうか?)
俺は諦めてアーサーの所に戻ろうとした時だった。
足が何かに縛られるような感覚がした。
「な、何だ?!足が!」
俺は足を見てみると、地面から木の根のような触手が出てきて両足を掴んでいた。
『ついに捕まえたぞ、母を傷つけし魔女。』
周囲から聞こえてくる謎の声。
俺は辺りを見渡すと、そこには不気味に光る目のようなものが無数にあった。
よく見ると、光る目の持つそれは人間の女性にも見えるが、その身体には至る所に木の根や葉っぱなどが張り付いており、木々から生えるように現れている。
少なくとも人間じゃない。
「さっきの人影はこいつらだったのか?!でも、魔物の気配はなかったはず…?」
『私達は魔物ではない。この森の守護者、森そのもの。母を傷つけたお前を許さない。』
「ちょっと待ってくれ。さっきから何を言っているのかわからない。お前らの『母』って誰のことだ?」
『とぼけても無駄だ。お前の身体から感じるその魔力。それはまぎれもなく“あの時”と同じもの。』
話し合いの余地なしと判断した俺は剣を構えようとした時だった。
今度は頭上から蔓のようなものが伸びて両手を縛られ、俺は大の字になって拘束されてしまった。
「しまった!くそ、放せ!!」
『母を解放しろ、そうすれば命だけは助けてやる。』
「だから何のことだか、わからないって…。」
俺はその時、身体から力が抜けて、いや両手両足から吸い取られていくのを感じた。
「解放しないというならば、お前の魔力・生命力全てを吸いつくすまで。」
すると、植物娘たちは俺のビキニアーマーをはぎ取り、露わになった両胸と股間に顔を埋め始めた。
「なっ、何を?!ああん。」
植物娘は俺の両胸の乳首と秘唇を強く吸い始める。
その三か所から同時に発する快楽と共に、力が急激に抜けて行く。
「やあ、ダメ、やめ…んん?!」
今度は口さえも塞がれてしまい、声を出すこともできない。
(何だ……口の中に何か……ヒィィー!??……どんどん入ってくる!?)
俺の口の中に植物娘の舌らしきものが入り込み、喉の奥へと伸びていく。それはまるで蛇が侵入して暴れているようだった。
(止めろ…息が、苦しい…。)
俺の意識が次第に混沌としていく。
快楽と苦痛の入り混じった感覚が繰り返され、身体が次第に冷たくなってくる。
(やば…い、意識が…。このまま死ぬ…のか?)
すると、俺のこれまでの記憶が走馬灯のように見えてきた。
名家の嫡子として生まれた自分。
騎士学校で厳しい訓練を受ける自分。
魔物に挑み勝ち続ける自分。
そして、魔女に魔法をかけられる自分。
(やばい、本当に…死んじゃう…かも。)
全てを諦めかけた時、一人の少年の顔が浮かび上がる。
(アーサー!!そうだ。俺にはまだやるべきことがある。ここで終わるわけには、あいつを一人にするわけには…。)
『こいつ、まだ生きているのか?だが、これ終わりだ。』
その言葉を最後に俺の意識は闇の中に入ってしまう。
その直後だった。
「マーリン………!!」
アーサーの声を聞いた気がしたのは。
暗い闇の中、一筋の光が射し込んだ。
そこには大きな木があった。
日の光が当たっているせいかとても美しく見えた。
(ここは、天国か?)
俺がそう思っていると、見覚えのある顔が覗いてきた。
「マーリン?気が付いたの?」
黒髪と黒目、それは俺の仲間の…。
「アー、サー…?」
「よかった。気が付いたんだ。」
「おれ、は?」
俺は重い身体を起こすと、そこにはさっきの植物娘達がいた。
「!!」
俺は近くに置いてあった剣を拾って、植物娘を攻撃しようとする。
「マーリン?!待って、彼女たちは!!」
止めようとするアーサーを振り払い、俺は植物娘に切りかかる。
自分で言うのも何だが、この時の俺は正気とは言えなかった。
危うく死にかけた上に自分を殺そうとした相手が目の前にいたのだから、無理もなかったかもしれない。
「マーリン、お願い止めて!!落ち着いて!!」
俺は必死に止めようとするアーサーの言葉を無視し、逃げ回る植物娘たちを執拗に狙い続ける。
すると、奥から別の植物娘が現れた。
それは他の娘と違って、非常に大人びた様子だった。
『お前たちは下がりなさい。』
その言葉に従うように植物娘が次々と消えていく。
俺はただ一人残ったそれに狙いを定め、飛びかかっていく。
違う雰囲気の植物娘が左手に杖のようなものを出し、右手に持っていた種を俺に向かって投げてきた。
「ひっ?!」
何か仕掛けてくると思った俺は立ち止まった。
『花よ、咲き誇れ。』
植物娘はそう言いながら杖を振るった瞬間、種が芽吹いて紫や白の花を咲かせた。
すると、甘く柔らかい香りが俺の鼻先をくすぐった。それだけで不思議と気持ちが落ち着いてくる。
「はあ、はあ、はあ…。」
「マーリン?」
アーサーが俺の肩をそっと叩いた。
「アーサー…。」
「大丈夫、大丈夫だよ。彼女たちは敵じゃない。」
アーサーの言葉に、これまでの彼女たちの行動が俺の頭をよぎる。
「でも、あいつらは俺を殺そうと…。」
『そのことについては、私が代表してお詫び申し上げます。』
植物娘は手をついて、俺に頭を下げた。
『あなたがたが大聖剣の勇者アーサー、そして姿を変えられし騎士殿だと知らなかったとはいえ、姉妹たちが行った数々の仕打ちをどうかお許しください。本当は人に危害を加えるような子たちではないのです。』
「お前、俺達のことを?」
『湖の精霊ビビアンから話は伝わっております。母の神殿を尋ねに来ると…。』
「やっぱり、あなたたちはビビアンと同じ精霊なんですね。」
アーサーは納得したように植物娘に尋ねた。
『申し遅れました。わたしたちはこの森の木々より生まれし精霊ドリアード、外敵が母の神殿に近づかないように監視しているものです。』
「精霊?!ということはお前たちの言う『母』って…。」
「ノームのことだよ、きっと。」
頭が混乱して考えがまとまらない俺の横で、アーサーが答えた。
『その通りです、勇者様。』
「ちょっと待て!それが本当ならどうして俺を襲ったんだ。いやそれだけじゃない…、俺たちがこの森で迷ったのもお前たちの仕業だろう?!」
アーサーが言っていた「木が動いている」という言葉と、木の精霊であるこいつらの存在からして答えは一つ。
植物娘、いやドリアードたちが全て暗躍していたということだ。
『それについては重ね重ね誠に申し訳ございません。侵入者ならばすぐに外へ追い出すようにしているのですが、あなたからあの魔女の魔力を感じ取ってしまい、それで姉妹たちが暴走を…。』
「あの魔女って、まさかモルガン?」
俺の中にあるという「魔女の魔力」、その持ち主といえば一人しか浮かばなかった。
「あの、その魔女はここで何を?それに僕たちは一刻もはやくノームの神殿に行きたくて…。」
アーサーは恐る恐る質問した。
「母、ノームの神殿は魔女によって魔物の巣窟となっています。」
ドリアードの深刻な表情からして嘘ではないようだ。
「どうしてそんなことに?この森でいったい何が?」
『一か月前、悪魔の封印に異常が見られたということでノーム様は神殿の最深部にこもっておられました。その時です、あの魔女がこの森を訪れたのは…。』
ドリアードが目をやった先には、何かに削られたような木や焼かれて灰となった木が並び、中には切り倒されていたものもあった。それらにはもう生気を感じとることはできない。
木から生まれたドリアードにとって、本体となる木が傷つけられることはドリアード自身にもダメージがあることを意味している。ましてやその木が死んでしまえば…。
『魔女の力は恐ろしく強大で、多くの姉妹達を次々と殺していきました。ついには神殿にまで侵入し、ノーム様を封印してしまったのです…。』
気づけばドリアードの目には涙らしき光を流していた。
それは身内の死に悲しむ人間のようだった。
消えたドリアード達も悲しんでいるのか、朝だというのに森が暗く感じた。
「悔しかったんですね。家族を、お母さんを守れなかったことが…。」
アーサーも涙を流しながら言った。そして、その涙を払い、意を決した表情で俺に言った。
「マーリン、行こう。ノームの神殿へ。」
「なっ?!聞いてなかったのか、神殿の中は今…。」
「異変があったら解決してほしいってビビアンは言ったよ。それが試練だって。」
「だけど…。」
「それに、大切な人を傷つけられて泣いている人を見過ごすなんてできない。」
その時のアーサーは、今までとは明らかに何かが違った。
怖いくせに見栄を張っていた頃よりも、大きくて力強い。
俺はその強さに引き寄せられるような感じがした。
「はあ…、わかったよ。話を聞いた以上、このまま引き下がるのも癪だし、怒る気も失せた。」
『それでは…?!』
「行ってくるよ、ノームを助けに。」
こうして、封印されたノームを助けることになった俺達は、ドリアードの案内で神殿の所にたどり着くことができた。
「ここが神殿?」
雰囲気が毒々しいというか、明らかにやばい空気が漂っている。
それは俺が魔女モルガンと対峙した時とどこか似ていた。
『これをお持ちください。何かの役に立つでしょう。』
ドリアードは持っていた杖と種を渡してくれた。
彼女の話では、この杖を振りかざすことで種を急速に成長させ、それを操ることもできるらしい。
正直、戦いには役に立たないと思っていたが、巨大な岩が道を塞いでいる時は岩にサキシフラガの種を植えて根を張らせることで破壊したり、地下水で道が沈んでいた時は木の種を投げ入れて水を吸収させたりと、神殿の中に張り巡らされた数々の罠を掻い潜るのに非常に役立ってくれた。
道中に魔物化した植物や、蜘蛛や蟷螂といった昆虫も襲ってきたが、アーサーが先陣切って戦ってくれたおかげで、それほど手ごわくはなかった。
(やっぱり実力はつけているなアーサーの奴。というより今回はいつになく張り切っているようだが?)
あの時、ドリアードの『母』という言葉に強く反応していたようにも見えたが。
(そういえば、アーサーの家族について聞いたことがなかった。)
などと考えている内に、俺達はとても広い場所に出てきた。
そこは、明らかに今まで構造が異なり、神聖感に溢れていた。
「もしかして、ここが神殿の最深部か?」
「じゃあ、ここにノームが封印されているの?」
その時だった。
ひどい揺れを感じた。
「な、なんだ?」
「もしかして、地震?!」
張り切っていたアーサーも、さすがに不安を隠せないらしい。
「いやこれはどっちかって言うと、地面の下で何かが動いてるような…。」
すると、ピシピシッと下から亀裂が入るような音がしてくる。
次の瞬間。
ドカーンッと、床の下から巨大な何かが出てきた。
『ンガーーーーーオオオオオゥ。』
それは真っ黒だった。
真っ黒で巨大な「亀」が仁王立ちで咆哮をあげていた。
「「うわあああああ。」」
「これまでの敵の種類から、植物か昆虫の親玉が出ると思うのだが何で亀?」と、あまりの予想外な奴の登場に驚いた俺達は一旦撤退しようとした。
しかし、扉が崩れてしまって逃げられない。
「ダメだ、完全に閉じ込められちゃったよ。」
「くそ、他に出口もなさそうだし…。こうなったら…。」
俺は剣を抜き、巨大亀に向かっていく。
幸いこいつは動きと反応が鈍い。おかげで気づかれずに足もとまで行けた。
「喰らえっ!!」
ガキィィィンッ、と強烈な金属音が鳴り響いた。
そして、カランと遠くの方で金属が落ちた音がした。
「えっ?!」
心なしか、剣が軽くなったような気がした。
恐る恐る俺は剣先を見てみる。そこで明らかに短くなっている刀身が目に入った。
「…嘘、だろ??」
俺の剣が、騎士としての証が折れてしまっていたのだ。
騎士になってから苦楽を共にしてきた愛剣。
魔女の魔法でこの姿になってからも、いくら男に迫られようと、どんな醜態をさらそうと、「男(俺)」を保ち続けることができた大切な剣だったのに。
「…-リ…、…げて!」
呆然としていたオレは、誰かの声を聞いていた。
「逃げて!!」
それがアーサーだとわかった時には、オレの目の前には黒い物体が迫っていた。
だけど、アーサーが突進してきてくれたことで、ギリギリかすめた程度で避けることができた。
「マーリン、速くこっちへ。」
アーサーに手を引かれたオレは、岩陰に隠れることができた。
「よし、なんとか気づかれずに隠れられたみたい。」
巨大亀はオレ達を探すようにキョロキョロしていた。
「大丈夫? ねぇ、マーリン?」
「……。」
剣が折れたショックが抜けきれないオレは、上の空でアーサーの話を聞いていなかった。
「マーリン。」
アーサーはオレの肩を叩いた。
「えっ?!アーサー…。」
「しっかりして、大丈夫?」
少なくとも身体にダメージはない。
問題なのは、心の方だ。
胸にぽっかり穴が開いたような、そんな感じだった。
「マーリン、剣が…。」
アーサーはオレの剣を見て察したのか、何も言わなかった。
こいつも騎士の端くれならわかっているだろう、剣が折れることが騎士にとってどれだけ重要かを。
「わかったよ。マーリンはゆっくり休んでて。」
アーサーは剣を取って巨大亀に立ち向かおうとしていた。
「待て、アーサー。一体何を?」
「何って戦うんだよ。あいつを倒さないと前にも後ろにも進めないだろう?」
「お前には無理だ!!万に一つ勝ち目がない!!」
アーサーにエクスカリバーを使わせる手はあった。
しかし、彼が攻撃できる回数は今の段階でも一回が限界。
あの亀の頑丈さから考えて、今のアーサーとエクスカリバーの一撃では倒せる確率はあまりにも低い。
生き残ることを考えるならば、このまま隠れてやり過ごすほうが賢明だった。
しかし、アーサーは言った。
「逃げ道がない以上、もう戦って勝つしか道はないだろう?」
「それは…、じゃあどうするんだよ?」
「あいつのお腹を見て。」
アーサーに言われた通り、巨大亀の腹部をよく見ると眼球のような赤い結晶があった。
光っては消えて光っては消えてと、まるで心臓のようだった。
「たぶん、あれがあいつにとって弱点だと思う。あそこを確実に狙えば勝てるかもしれない。」
決して悪くない読みだった。
あそこを狙えば、エクスカリバーを使わずとも勝てるかもしれない。
しかし、それでもリスクは高いことに変わりはない。
「それでも、今のお前には無理だ!剣を貸せ、オレが代わりに…。」
「いや、僕が行く。僕に行かせてください。」
アーサーはオレが行くことを頑なに拒んだ。
「僕はマーリンが、先輩が森で襲われていた時に気づかされたんです。もう僕が勇者に選ばれた以上、自分から困難に立ち向かわないといけない、先輩の後ろで戦うわけにはいかないって。」
アーサーは悔しそうな表情で拳を握りしめる。
「ビビアンも言っていたよ、これも試練だって。それにドリアードたちも待っている。ノームが、母が帰ってくるのを。」
オレはやっと気付いた。
魔物の巣窟となったという危険な場所に自分から入ろうなんて、昔のアーサーだったら言っただろうか…。
何がきっかけになったかは分からないが、これだけは理解できる。
湖で会った時には消えかかっていたアーサーの不屈の精神が、彼を奮い立たせているのだと。
「行ってきます。」
アーサーは駆け出すと、巨大亀がそれに気づいて手(前足)で攻撃を仕掛ける。
しかし、アーサーは臆することなく走り続けたおかげで攻撃をかわすことに成功し、うまいことに巨大亀は前かがみになって無防備だ。
「たあああっ!!」
アーサーはそのチャンスを逃さず、ジャンプで腹部にある赤い結晶を切りつけた。
『ンゴオオ?!』
読みは正しかったらしい。
攻撃が効いているのか、腹部を抑えようとしながら後ずさりしている。
しかし、同時に機嫌を悪くさせたようだ。
亀の身体が赤く発光して蒸気を出している。
『ンギャーーオオオオオゥ!!!』
オレは明らかに危険だと察した。
「アーサー、一旦戻れ!」
「はい。」
アーサーは急いでこっちに戻ろうとした時だった。
亀が口から火の球のようなものを吐き出した。
直撃は避けられたが、その時に生じた衝撃でアーサーは吹き飛ばされてしまう。
「うわああああ!!」
「アーサー?!」
オレはアーサーを受け止めたが、衝撃のあまり自分も吹き飛ばされてしまう。
「ううっ、大丈夫かアーサー?!」
「なっ、なんとか…。」
オレの両胸に顔を挟まれたアーサーは真っ赤になりながら答えた。
オレとアーサーはまだ燃え上がっている火の玉に目を向ける。
「そっ、それにしてもあいつ火を吹くなんて…。」
「確かに、亀なのに火を吹くってどういう原理だぁ?」
その火の球はドロドロに溶けているようにも見えた。
すると、アーサーが言った。
「マーリン、エクスカリバーを。」
「どうして?!」
突然の申し出にオレは驚く。
「火の球がどうあれ、弱点が腹部の結晶だと証明できたならエクスカリバーで一気に倒そうかと。」
「確かにその考えは正しい、だけど…。」
「虚脱だったら覚悟の上です。」
「いや、そうじゃなくて、あっちはやられる気はないみたいだぞ。」
その頃、亀は弱点を隠すためか、さっきまで仁王立ちだったのに、四つん這いになっていたのだ。
「ええ?!亀の癖に四つん這いに!!って、よく考えたら普通だね。」
「ああ、しかもまだ火吹く気満々らしい。」
オレの言葉通り、亀が火の球を吹いてきた。しかも連発で。
「走れ、アーサー!!」
「はいぃ。」
狙いが散漫しているのか全く当たらないが、衝突と同時にくる衝撃波は十分脅威だった。
しかし、何発か打った後、火の球は出なくなってしまった。
「どうしたんだろう?」
「わからん。」
疑問を抱いたのもつかの間、今度は首を伸ばしてこっちに向かってきた。
「危ない!!」
かろうじて避けることに成功し、亀の頭は壁に突っ込んだ。
その後、亀は全く動かなくなり、それ以上の攻撃はしてこなかった。
何やらバリバリと何かを食べて、飲み込んでいるようにも見える。
「こんな時に食事か?」
「そうか!」
アーサーは何かに気づいたようだ。
そして本体に向かって走り出す。
「何がわかったんだよ、アーサー!」
「きっとあいつは今、体内に岩をため込んでいるんだよ。そして、怒りで体温を上昇させて岩を溶かした後で火山弾のように吐き出していたんだ。それで岩が無くなったからああやって補給している。多分その間は…。」
「動けないってことか?」
「うん、それに弱点を気にしている尚更だろうしね。」
そう言っている内に、オレ達は本体にたどり着いた。
しかし、肝心の腹部は地面に密着している。
「ダメだ、これじゃ攻撃が届かないぞ!」
「良い考えがある。マーリン、木の種を。」
オレはドリアードにもらった木の種をアーサーに渡すと、彼は亀の左前足に置いた。
「もう一つを後ろ足に置くから、その後にドリアードの杖を使って。」
「いったい何を?って、おいおいまさか?!」
アーサーの考えはこうだ。
ドリアードの杖で種を置いた亀の足もとに巨木を生やし、その勢いで亀をひっくり返そうというのだ。
なんとも途方のない話だが、成功すれば腹部を露出させるのは確実だった。
「今だよ、マーリン。」
「わかったよ、思いっきりいくぞ。」
今は考えている時じゃない。
やれるだけやってやろうと、オレは力強く杖を振るった。
「巨木よ、伸びろぉぉぉ!」
オレの言葉に呼応するように、亀の足に巨大な木が生えていく。
それは天井を突き抜ける勢いだった。
『ンガ?!』
鈍い亀もやっと気が付いたがすでに遅く、左側の足が高く上がってしまい、甲羅の重みで見事にひっくり返ったのだった。
起き上がろうと、亀はジタバタしている。
「今だ、アーサー!!」
「はい!!」
オレはエクスカリバーを投げてアーサーに渡し、杖の力で巨木の蔓を操りアーサーを亀の腹の上に運んだ。
蔓を離し、空中からアーサーはエクスカリバーを構え、狙いを定める。
そして。
「いっけぇぇ!」
アーサーの叫びとともに、流星のごくきエクスカリバーの一撃が腹部の結晶を貫いたのだった。
『ンガオォォ…。』
亀の咆哮に力が無くなっていく。
それと同時に身体に亀裂が走っていき、そこから光が漏れだしていく。
そして。
パアンッと破裂したと思うと、強い光が部屋を照らしだした。
そのあまりの眩しさに目が開けられない。
光が消え、やっと目が開けられるようになった。
辺りを見渡すと、そこに亀の姿は無く、代わりにエクスカリバーを持っていたアーサーが倒れていた。
「アーサー!!」
心配になったオレは横たわるアーサーの所に急いで駆け寄った。
「アーサー、大丈夫か?!」
「うーん、あ…マーリン。」
アーサーの顔に疲れが見えたが、虚脱は起こしてないらしい。
「僕たち、勝ったの?」
「ああ、あいつは倒せたよ。」
「よかった…。」
オレはまだ信じられずにいた。
あの巨大な魔物を相手に戦い勝つことができたことが…。
ところが、再び地響きが起こり始める。
「おいおい、まさかまだあいつが?!」
「そんな…!!」
あの亀の仲間か何かがきたと思ったオレ達は警戒する。
すると、女性のような声が響き渡った。
『ありがとう、私を開放してくれて。』
その時だった。
光の粒が部屋中に現れ、一か所に集まり始める。
それはどんどん大きくなり、人の形をとっていく。
『私(わたくし)が地を司る大精霊、ノームです。』
名乗ると同時に、その姿がはっきりと現れた。
その御尊顔は若々しく、慈愛に満ちた愛らしい笑顔。
しかし、その下は男性の心を揺さぶる母性に溢れた肉感的なダイナマイトボディ。
まさしく「母」と呼ぶに相応しい神々しさだった。
『あら?誰もいない?』
その神々しさのあまり、オレ達の存在なんて小さく感じ…って。
「「でかーーーーーーーーー!!!」」
それは決して冗談ではなかった。
ノームの身体は天井を突き破るくらい、あの巨大亀も真っ青なくらい巨大だったのだ。
『あらやだ、私ったら恥ずかしい。』
オレ達に気付いたのか、ノームは小さくなりオレ達人間と変わらないサイズになった。
しかし、それでも極めて長身、しかもどっしりとした腰にドーンと強烈なインパクトを放つ爆乳(たぶんオレよりでかい)。
世の女たちがたじろぐこと間違いなしの美貌だった。
『ごめんなさいね、驚かせて。長いこと窮屈な所に閉じ込められてたものだから、羽を伸ばしたくってつい。』
今まで封印されていたという境遇にいながら、その辛さを感じさせないほどのマイペースな口調だった。
『あらあらぁ、もしかして坊やが大聖剣の勇者様?』
ノームはアーサーを見るなり、まるで小動物を見るように目を輝かせながら尋ねた。
「えっ?!あ、はい、そうです。アーサーと言います。」
『可愛いぃ♡』
答えを聞くなり、ノームはアーサーを抱きしめ、彼の頭をその胸に埋め尽くした。
「んなっ?!」
「あ、ああああの…。」
オレも、アーサーもいきなりのことで驚く。
『あら坊や、もしかして照れてるの?ますます可愛いわぁ。』
アーサーの反応が気に行ったのか、ノームは彼の顔を近づけて頬ずりを始める。
「……?!」
アーサーは顔を真っ赤にして固まってしまっている。
(アーサーの奴、何顔赤くしてんだよ?!そりゃ美人でオレより胸でかいけど。)
ノームになすがままにされているアーサーにオレは嫉妬してしまう。
(って!オレは何考えてるんだ?!これじゃ好きな相手にヤキモチ焼く乙女じゃねえか!!)
オレは自分の女性化の深刻さに改めて恐怖を覚える。
それどころか、オレはアーサーに好意を…。
「うああああ、違う違う違う違うぞぉぉぉぉ!!」
オレは自分の考えや感情を否定するように地面に頭を打ち続けた。
「ちょっ、ちょっとマーリン?!」
『あらあら大変。』
数分後。
「はあ、はあ、はあ…。」
「マーリン、大丈夫?」
「ああ、大丈夫大丈夫。あはははは。」
オレは額から血を流しながらも平然を装った。
『では、改めまして。お二方、私を解放していただき感謝致します。』
激しく取り乱したオレとは逆に、ノームは全くペースを乱していない様子。
『ではアーサーちゃん、エクスカリバーをこちらに。』
「えっ?!あ、はい。」
「アーサー『ちゃん』?!」
(仮にも勇者であるこいつをちゃん付けって、どれだけマイペース何だこいつ。)
オレがそう思ってる間に、ノームはエクスカリバーに手をかざし、剣の刃に黄色の宝石を取り付けた。
「それは?」
『ガーネット、地の力を込めた宝石よ。これでエクスカリバーの力はさらに強くなるわ。』
(そういえば、神殿を訪れた目的はエクスカリバーの力を強く、いや本来の強さに戻すことだっけか。)
ドリアード達のこともあってすっかり忘れていた。
それに、神殿に現れたという魔女のことも。
「大精霊・ノーム。あなたに聞きたいことが…。」
『その前に場所を変えましょう。外にいる娘たちも心配だわ。』
ノームがそう言って光を放った瞬間、いつの間にか神殿の外に移動していた。
「僕たち、外に出たみたいだね。」
「そうだな。」
『ノーム様!!』
聞き覚えのある声が後ろから聞こえてきた。
振り向くと、そこにはドリアード達が待っていたのだ。
『心配をかけたようね。あなた達は大丈夫だった?』
『…。』
ノームの言葉にドリアード達は俯いてしまう。
彼女達の反応と森の有様を見たノームは、常に絶やさなかったその笑顔に、初めて悲しみを浮かべた。
傷つけられ、生気を失った木々に歩み寄り、ノームは手を差し伸べ、それを我が子を撫でる。
『私を守るために、戦ってくれたのね…。』
「助け…られないのですか?」
いたたまれない気持ちになったのか、アーサーはノームに助けを頼もうとしていた。
『一度失った命を戻すことはできないわ。死んだものは生き返らない。それが世界の、神が定めた絶対のルール。』
ノームのその言葉には、なんともいえない重みを感じた。
『だけど、彼女達は死んでなどいないわ。』
ノームの言葉にオレ達一同は驚いた。
そして、ノームの手が触れた木だけでなく、死んでしまった木々から光を放つ種が出現した。
「それは、種?」
『ええ、この子達の生きた証であり、この子達の未来よ。』
オレ達はノームの言葉の意味が飲み込めななかった。
「どういう意味なんだ?」
『命あるものの使命って何か分かる?それはただ生きて死ぬことじゃないの、自分が生きていた証を新しい命に受け継がせて未来に繋ぐことよ。』
「自分が生きていた証?」
『そう、人間が伴侶と子を育むことと同じ。あなた達も自分達の父母が生きて巡り合ったという証があったからこそ、この世界に生まれてきたのよ。』
ノームは語りながら、種を土に埋めていく。
『そして、それは動物も植物も同じ。形は違うけど、新たな命を生み出し、未来へ紡ぐという使命を持っているの。だけど、それを果たせずに終わる命も、それを阻もうとするものも多いのも事実。』
最後に何やら重要なことを口にしたと思うと、ノームは地面に手をつけたまま固まる。
すると、ノームを中心に光が大地に広がっていく。
それはまるで黄金の絨毯だった。
そして、死んだ木々は絨毯に飲み込まれるように消えていくと、代わりに小さな苗木が生えていった。
先ほどノームが植えた種が芽吹いたのだ。
『もう少し大きくなれば、死んでいった子達の証を受け継いだ子が生まれるわ。』
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時を同じくして、精霊ビビアンのいる湖に初老の男が現れる。
ビビアンは彼を見るなり、昔馴染みのように話しかける。
『お久しぶりです、ヴィラント。』
「ああ、あれからどれぐらい経つかねぇ…。ところで大聖剣の勇者が現れたみたいだが、どんな奴だ?」
ビビアンは湖にアーサー達の姿を映し出した。
「おいおい、こいつが?まだガキじゃねえか。しかも横にいる女は…。」
『男、です。魔女の魔法で姿を変えられたのです。』
「そりゃ、災難だなこいつ。何で放置してんだ?」
『…。』
ヴィラントの声は一層低くなり、威圧感を漂わせる。
「あいつが、無意味な行動をする奴じゃないことはお前が一番よく知ってるだろ?『聖剣の番人』よぉ。」
『私は賭けているのです。マリク、いえマーリンがアーサーの助けになってくれると。』
「その『賭け』のために、世界を滅亡の危機にさらしているとしてもか?!」
『アーサーが本当に、予言にある聖剣の勇者なのだとすれば、おそらくマーリンの存在がその鍵を握ることでしょう。』
ビビアンの毅然とした態度に、ヴィラントも諦めたのか黙ってしまった。
「どうなっても知らねぇぞ。そういやぁ、『鞘』は見つかったのか?」
ヴィラントの問いに、ビビアンは首を横に振る。
「そうか、魔女の手に渡ってなきゃいいが…。」
そう言いながら、ヴィラントは夜空を見上げる。
その瞳は、これから何が起ころうとしているのか、見据えていたように深かった。
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再び、鎮守の森。
『今夜はもう遅いから、こちらで寝なさい。』
ノームはそういうと、またたく間に草と花でできたテントが出現した。
オレは驚きのあまり、ノームに質問する。
「これも、お前の力なのか?」
『ええそうよ。大地の力で生まれた植物のある程度はコントロールできるの、だけどあまり使いたくないの。子を道具のように扱かっているのと同じだから。』
ノームの深刻な表情にアーサーは慌てふためく。
「いいですよ。屋根が無くても寝ようと思えば寝られるし…。」
『ダメよダメ、今夜は冷えるわ。風邪を引いたら大変。それにこの子達も望んでのことよ、だから遠慮しないで。』
オレは悩むアーサーの肩を叩く。
「アーサー、ここはお言葉に甘えよう。確かに冷えてきたし。」
アーサーは悩んだ末、首を縦に振った。
『ああ、それからあなた。』
「え、オレ?」
ノームに呼び止められ、振り向いたオレは、彼女に着ていた装備を見事な手つきではぎ取られてしまった。
おかけで、オレは夜空の下で全裸になってしまった。
「きゃっ?!…」
女の悲鳴をあげかけたオレは口をふさいだ。
「な、なななななな何すんだよ?!」
『この装備、かなり傷んでるようだから修復してあげるわ。』
「お前、鎧を治せるのか?」
『あら、私は手先が器用なの、それに人間が使う金属は大地の恩恵から生まれるのよ。修復だってできちゃうんだから。』
確かに長旅と魔物との戦闘で鎧の損傷は激しかった。
ここは修理を頼むのが、得策かもしれない。
問題は費用だ。
「いくら、必要なんだ?」
『お金なんていらないわ。もらっても使わないし。それじゃおやすみなさい。』
ノームはオレの装備を持って去って行く。アーサーがオレの荷物から寝巻を取り出してくれた。
「マーリン、とりあえず着替え。」
「あ、ありがとう。」
オレはテントに入り着替え終わると、簡易な寝床を二つ用意した。
用意を終えると、外で待つアーサーを呼んだ。
「もういいぞ。」
「うん。」
アーサーはテントに入るなり、寝床に入る。
オレも後に続いてもう一つの寝床に入ると、今日の締めとしてアーサーに語りかける。
「まず、第一段階は無事終了したな。」
「うん、僕は今でも信じられないよ。」
「お前が信じないでどうする。そもそもお前が止めを刺したんだぞ。」
オレ達は笑い始める。
「今回のお前、本当にすごかったぞ。最初に会った時とは段違いだった。」
「いやぁ、そんなことないよ。」
アーサーは顔を真っ赤にして照れる。
「さあ、明日もあるし、もう寝よう。」
「うん。」
数分後。
よほど疲れていたのか、アーサーはすぐ眠っていた。
エクスカリバーを使ったのだから無理もないだろう。
オレはというと、なかなか寝付けないでいた。
魔女の動向と目的が気になって仕方なかったのだ。
「あいつ、一体何を企んで…。」
「…母さん。」
アーサーの声に驚いて横を向く。
「寝言、か。」
「母さん」という言葉を連呼しながら、アーサーは涙を流しながら眠っていた。
その表情は、今まで見たことがなかった寂しさを感じるものになっていた。
「アーサー…。」
今回の件といい、「母」という単語が彼にとって強いものであるらしい。だから、ドリアード達の言葉に反応したのだろう。
可哀そうに思ったオレは自分の寝床を移動させ、アーサーとの距離を縮め、彼の頭をそっと撫でる。
(夢で母親の夢でも見てるのか?)
ちょっと臆病だけど、心の奥底に優しさと正義の心、そして類まれな才能を併せ持っているアーサー。
オレはそんな彼が背負っている『闇』を、この時はまだ知らなかったのだった。
やがて、その『闇』がオレ達に牙をむくことになるまでは…。
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翌朝。
起床したオレはノームに装備を返してもらおうと訪れていた。
『はい、これで装備完了よ。うん、可愛く仕上がったわね。』
「おい…、これはどういうことだ?」
オレはわなわなと、両手を小刻みに震えあがらせていた。
鮮やかな緑のワンピースとかわいらしいデザインの肩当てと頭飾りを身につけながら。
「修復を頼んだのに、全く別物になってるじゃないか?!」
『だって、せっかく治すなら可愛くしようと思って。それに防御力は格段に上がっているわよ。』
確かに露出は少なくなって防御も上がっているのは分かる。
しかし、デザインが女性的すぎる。
しかも、胸元は大きく開き、歩くだけで下が見えそうなデザインのスカート。
ビキニアーマーほどではないが、これはこれで恥ずかしい。
すると、向こうからアーサーの声が聞こえてきた。
「マーリン?」
「っ?!」
『アーサーちゃんもこっち来て見て頂戴。』
ノームに呼ばれるがままに赴くアーサーは、オレの姿を見るなりに顔を赤らめて固まってしまう。
オレもつられて恥ずかしくなってきた。
「そ、そんなに見るなよ、恥ずかしい。」
『あらあら、二人とも赤くなっちゃって可愛いわ。』
オレ達の反応を楽しむようにノームはほほ笑んだ。
『あ、そうだわ。二人に渡すものがあったんだ。』
そういって、ノームは盾と兜をどこからともなく取り出した。
『アーサーちゃんには、この聖盾プリトウェンと聖兜ゴスウィットをあげるわ。剣だけじゃ身を守れないわよ。』
「は、はい。ありがとう。」
そして、ノームは俺に白い槍を手渡した。
『あなたには、この聖槍ロンギヌスを。それから…。』
ノームは後ろに控えていたドリアードから杖を預かり、何やら力を込めている。
すると、ドリアードの杖はみるみる変化し、杖先に四つ葉のクローバーのような紋章が加えられた。
「これは?」
『聖杖ドルイドと名付けようかしら。これがあればドリアードの力だけでなく、私達大精霊の力を疑似的に使えるようになるわ。その代わり、魔力をたくさん消費するけどね。』
「大精霊の力を?!どうしてオレに?」
『これからの旅、剣だけで勝ち続けるのは難しくなるわ。それを乗り越えるためにも、魔法と同じ力が必要になる。それは、魔法の力を行使できる魔女になったあなたにしか使えない。だからあなたに託すの。』
「ノーム…。」
今思えば、ノームも何かを予感していたのかもしれない。
『ところで、あなた達はこれからどうするの?』
「とりあえず、次の大精霊がいるところに向かう準備のために人里に向かおうと思ってるけど、アーサーはどの精霊の神殿に行きたいんだ?」
「ええっと、次は…。」
アーサーは考え込んでしまう。
それを見かねたノームが提案してきた。
『だったら、ウンディーネの所に行ってくれない?』
「ウンディーネって、西の方角にいる水の大精霊のことか?」
『そうよ。実は悪魔の封印に最初に支障が見え始めたのは、ウンディーネの所からなの。それからもう一年以上経過しているわ。だから、すぐにでもあの子の所にいってほしいの。』
「わかったよ。それじゃ、西に向かうことにしよう、マーリン。」
「ああ、最初って所がやけに気になるし。」
こうして、次の目的地が決定したオレ達は、ノーム達に見送られ旅立った。
その光景を見つめる不気味な鴉がいたとも知らずに。
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どこか分からない暗闇。
無数の骸骨たちに囲まれ、水晶玉を覗く女がいた。
「何よ、何で何で何で何で何で…、何で失敗するのよ!!今やっと大精霊全て封印して、闇黒儀式の準備を進めるだけだったのに。あああ、もう!!」
女は機嫌が悪いのか、数体骸骨を破壊した。
そして、鬼の形相で水晶玉に映る二人に爪をたてる。
「やはり、大聖剣の勇者は邪魔になる。しかも、余計なものまでおまけつき。」
女は頭を掻き毟っていると、何かを思いついたようだ。
「この二人、西の神殿に向かってるわね。だったら漁夫王(フィッシャーキング)ペラムが治めるカーボネックに絶対向かうはず…。」
女の顔は明らかに、何かを企んでいた。
「ベイリン。」
女の呼び声に、素行の悪そうな男が現れた。
「何だよ、ババア。」
「仕事よ、この二人を殺しなさい。少年の方は聖剣に選ばれた勇者よ。」
その言葉を聞いた瞬間、と男は喜びの表情を浮かべた。
「取り消しは聞かねえぞ?」
「存分にやりなさい、”双剣騎士ベイリン”。」
邪悪な影が射し込んでいたことも知らず、オレ達は西に向かって歩き出していた。
「マーリン、次はどんな敵が待ってるのかな?」
「何だよ、また臆病風に吹かれたのか?大丈夫だよ、オレが付いてるんだ。だから安心して前を見ろ、な?」
「うん。」
アーサーは笑顔で答えてくれた。
この世界で何が起ころうとしているのか、今はまだ分からない。だけど、どんな困難が迫ってこようともアーサーと一緒なら乗り越えられる。オレはアーサーの笑顔を見た時から、そう確信した気がする。
「よし、行くぞ。アーサー。」
「おおっ。いざ、ウンディーネの神殿へ。」
こうして、オレ達の新しい旅立ちが始まったのだった。
聖剣物語・地の章 終
前回までのあらすじ
魔女の罠で女体化してしまった俺・マリクことマーリンは、元に戻る方法を求めて彷徨っていたある日、アーサーという少年騎士と出会った。
まだまだ未熟なアーサーだが、その彼が何と『大聖剣エクスカリバー』に選ばれ伝説の勇者となってしまった。
その後、いろいろあって、俺はアーサーとパーティーを組んで一緒に旅をすることになったのだった。
場所は北の大地に広がる深い森の一歩手前。
「ふあ、らめぇ…。」
俺は近くに木につかまりながらバックでアーサーに抱かれていた。
なぜこうなったかと言うと、まず俺達の旅の目的について話さなければならない。
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時を遡ること、ビビアンの湖を離れる少し前。
準備を整え、街に向かおうとした時だった。
ビビアンは俺たちにこれからどうするべきか教えてくれた。
「今のままでは悪魔たちに立ち向かうのは困難でしょう。」
「なぜだ?エクスカリバーは悪魔を倒す神の剣なんだろう?」
「そのエクスカリバーに宿る神の力は地水火風、そして光の大精霊たちが注ぎ込んでいます。ですがその大精霊たちに異変があったらしく、今のエクスカリバーには千年前ほどの力はないのです。」
「じゃあ、どうするんだよ?」
俺はビビアンに尋ねた。
「大精霊たちがいる神殿に行ってください。そして、何か異変がありましたら解決してください。」
「人任せかい?!」
「これも試練です。」
というわけで、俺達は今いる場所から一番近い地の大精霊『ノーム』がいる神殿を目指し、北の方角へ進んでいた。
その道中、俺はアーサーを鍛え直すため、剣術を一から指導し、それほど手ごわくない魔物と戦わせながら進んでいたんだが、魔物の不意打ちに驚いたアーサーが咄嗟にエクスカリバーを使ってしまい、彼はまた虚脱症状になってしまったのだ。
俺は治療のために木の下でアーサーを休ませながら『チューニング』を行ったのだが、ステータス『ショタコン』が発動してしまい、後は前回と同じ経緯に沿って今現在に至るというわけだ。
「やぁ、ああ、あああんっ!!」
結局、アーサーの暴走で朝方まで抱かれた俺はろくに休めず、おかげで寝不足のままの出発となってしまった。
「マーリン、大丈夫?」
逆にアーサーは激しく動いた割に元気だ。
妙に顔がスッキリしている気もする。
「俺はいいから、お前は自分の心配をしていろ。それからエクスカリバーは俺に預けておけ。」
「えっ?!どうして?」
「お前はエクスカリバーを使う度に魔力切れを起こして虚脱症状になるんだ。だから、不用意に使わないようにお前自身の魔力が高まるまで俺が預かっとくんだよ。」
虚脱は命に関わる重い症状。そう何度も発症してはアーサーの寿命を縮めてしまう恐れがある。
それにアーサーは気づいてないだろうけど、この短期間でめっきりと実力をつけている。
その成長を止めないためにも、大きな力から距離を置かせるべきだと考えたのだ。
「わかったよ。あっ、見えてきたよ。」
俺は渡されたエクスカリバーを布で巻きつけながらアーサーが指差す方向を見た。
そこには巨大な山がいくつもあり、数え切れないほどの木々によって景色は緑一面に染まっていた。
「ここが『鎮守の森』か。」
「この森のどこかに、大精霊「ノーム」がいるんだね。」
大精霊『ノーム』。
五大精霊の中でも母なる大地の力を司るノームは、アヴァロン全土に豊穣を与えてきた存在。
この『鎮守の森』は、ノームの神殿を覆うように存在し、そのノームの恩恵を身近に受けていたため、他の森よりもずっと深く緑にあふれている神聖の場所なのだ。
「よし、ここから先は何が潜んでいるかわからない。慎重にいくぞ、アーサー。」
「うん。」
俺達二人は覚悟を固めて森の中へ入って行った。
そして。
「「迷った。」」
森の中に入ってわずか数時間で俺たちは迷ってしまった。
どういうわけか目印を置いたはずの来た道すらもわからなくなってしまい、気がつけば夜になって森の中は暗闇に包まれ、俺達は完全に遭難してしまった。
「マーリン、やっぱりこの森はどこかおかしいよ。まるで木自身が動いているような…。もしかして、魔物?」
「いや、ここら一帯に魔物の気配はない。」
ノームの力は豊穣だけではなく、邪悪な力をはねのける守りの加護もある。だから、鎮守の森の木々が魔物化するとは考えにくいのだ。
結局、森から出る方法が浮かばず、疲労がたまった俺達は交代で寝ずの番をしながら休憩することにした。
「さて、どうするか。」
俺は森から出る方法を諦めず考えていると、遠くで人のような影を目にした。
魔女にされて以来夜目が利くようになったから、こういう視界が暗い状況では非常に助かる。
「まさか、俺たち以外の人間がいるのか?」
俺は魔物の罠とも考えたが、やはり魔物の気配がない。
(確かめてみるか…。)
そう思った俺は眠っているアーサーを起こさないように静かにその場を離れる。
そして、影を目撃した場所に赴いたが、そこには人がいた形跡すらなかった。
(確かこの辺りだったはずなのに。見間違いだったのだろうか?)
俺は諦めてアーサーの所に戻ろうとした時だった。
足が何かに縛られるような感覚がした。
「な、何だ?!足が!」
俺は足を見てみると、地面から木の根のような触手が出てきて両足を掴んでいた。
『ついに捕まえたぞ、母を傷つけし魔女。』
周囲から聞こえてくる謎の声。
俺は辺りを見渡すと、そこには不気味に光る目のようなものが無数にあった。
よく見ると、光る目の持つそれは人間の女性にも見えるが、その身体には至る所に木の根や葉っぱなどが張り付いており、木々から生えるように現れている。
少なくとも人間じゃない。
「さっきの人影はこいつらだったのか?!でも、魔物の気配はなかったはず…?」
『私達は魔物ではない。この森の守護者、森そのもの。母を傷つけたお前を許さない。』
「ちょっと待ってくれ。さっきから何を言っているのかわからない。お前らの『母』って誰のことだ?」
『とぼけても無駄だ。お前の身体から感じるその魔力。それはまぎれもなく“あの時”と同じもの。』
話し合いの余地なしと判断した俺は剣を構えようとした時だった。
今度は頭上から蔓のようなものが伸びて両手を縛られ、俺は大の字になって拘束されてしまった。
「しまった!くそ、放せ!!」
『母を解放しろ、そうすれば命だけは助けてやる。』
「だから何のことだか、わからないって…。」
俺はその時、身体から力が抜けて、いや両手両足から吸い取られていくのを感じた。
「解放しないというならば、お前の魔力・生命力全てを吸いつくすまで。」
すると、植物娘たちは俺のビキニアーマーをはぎ取り、露わになった両胸と股間に顔を埋め始めた。
「なっ、何を?!ああん。」
植物娘は俺の両胸の乳首と秘唇を強く吸い始める。
その三か所から同時に発する快楽と共に、力が急激に抜けて行く。
「やあ、ダメ、やめ…んん?!」
今度は口さえも塞がれてしまい、声を出すこともできない。
(何だ……口の中に何か……ヒィィー!??……どんどん入ってくる!?)
俺の口の中に植物娘の舌らしきものが入り込み、喉の奥へと伸びていく。それはまるで蛇が侵入して暴れているようだった。
(止めろ…息が、苦しい…。)
俺の意識が次第に混沌としていく。
快楽と苦痛の入り混じった感覚が繰り返され、身体が次第に冷たくなってくる。
(やば…い、意識が…。このまま死ぬ…のか?)
すると、俺のこれまでの記憶が走馬灯のように見えてきた。
名家の嫡子として生まれた自分。
騎士学校で厳しい訓練を受ける自分。
魔物に挑み勝ち続ける自分。
そして、魔女に魔法をかけられる自分。
(やばい、本当に…死んじゃう…かも。)
全てを諦めかけた時、一人の少年の顔が浮かび上がる。
(アーサー!!そうだ。俺にはまだやるべきことがある。ここで終わるわけには、あいつを一人にするわけには…。)
『こいつ、まだ生きているのか?だが、これ終わりだ。』
その言葉を最後に俺の意識は闇の中に入ってしまう。
その直後だった。
「マーリン………!!」
アーサーの声を聞いた気がしたのは。
暗い闇の中、一筋の光が射し込んだ。
そこには大きな木があった。
日の光が当たっているせいかとても美しく見えた。
(ここは、天国か?)
俺がそう思っていると、見覚えのある顔が覗いてきた。
「マーリン?気が付いたの?」
黒髪と黒目、それは俺の仲間の…。
「アー、サー…?」
「よかった。気が付いたんだ。」
「おれ、は?」
俺は重い身体を起こすと、そこにはさっきの植物娘達がいた。
「!!」
俺は近くに置いてあった剣を拾って、植物娘を攻撃しようとする。
「マーリン?!待って、彼女たちは!!」
止めようとするアーサーを振り払い、俺は植物娘に切りかかる。
自分で言うのも何だが、この時の俺は正気とは言えなかった。
危うく死にかけた上に自分を殺そうとした相手が目の前にいたのだから、無理もなかったかもしれない。
「マーリン、お願い止めて!!落ち着いて!!」
俺は必死に止めようとするアーサーの言葉を無視し、逃げ回る植物娘たちを執拗に狙い続ける。
すると、奥から別の植物娘が現れた。
それは他の娘と違って、非常に大人びた様子だった。
『お前たちは下がりなさい。』
その言葉に従うように植物娘が次々と消えていく。
俺はただ一人残ったそれに狙いを定め、飛びかかっていく。
違う雰囲気の植物娘が左手に杖のようなものを出し、右手に持っていた種を俺に向かって投げてきた。
「ひっ?!」
何か仕掛けてくると思った俺は立ち止まった。
『花よ、咲き誇れ。』
植物娘はそう言いながら杖を振るった瞬間、種が芽吹いて紫や白の花を咲かせた。
すると、甘く柔らかい香りが俺の鼻先をくすぐった。それだけで不思議と気持ちが落ち着いてくる。
「はあ、はあ、はあ…。」
「マーリン?」
アーサーが俺の肩をそっと叩いた。
「アーサー…。」
「大丈夫、大丈夫だよ。彼女たちは敵じゃない。」
アーサーの言葉に、これまでの彼女たちの行動が俺の頭をよぎる。
「でも、あいつらは俺を殺そうと…。」
『そのことについては、私が代表してお詫び申し上げます。』
植物娘は手をついて、俺に頭を下げた。
『あなたがたが大聖剣の勇者アーサー、そして姿を変えられし騎士殿だと知らなかったとはいえ、姉妹たちが行った数々の仕打ちをどうかお許しください。本当は人に危害を加えるような子たちではないのです。』
「お前、俺達のことを?」
『湖の精霊ビビアンから話は伝わっております。母の神殿を尋ねに来ると…。』
「やっぱり、あなたたちはビビアンと同じ精霊なんですね。」
アーサーは納得したように植物娘に尋ねた。
『申し遅れました。わたしたちはこの森の木々より生まれし精霊ドリアード、外敵が母の神殿に近づかないように監視しているものです。』
「精霊?!ということはお前たちの言う『母』って…。」
「ノームのことだよ、きっと。」
頭が混乱して考えがまとまらない俺の横で、アーサーが答えた。
『その通りです、勇者様。』
「ちょっと待て!それが本当ならどうして俺を襲ったんだ。いやそれだけじゃない…、俺たちがこの森で迷ったのもお前たちの仕業だろう?!」
アーサーが言っていた「木が動いている」という言葉と、木の精霊であるこいつらの存在からして答えは一つ。
植物娘、いやドリアードたちが全て暗躍していたということだ。
『それについては重ね重ね誠に申し訳ございません。侵入者ならばすぐに外へ追い出すようにしているのですが、あなたからあの魔女の魔力を感じ取ってしまい、それで姉妹たちが暴走を…。』
「あの魔女って、まさかモルガン?」
俺の中にあるという「魔女の魔力」、その持ち主といえば一人しか浮かばなかった。
「あの、その魔女はここで何を?それに僕たちは一刻もはやくノームの神殿に行きたくて…。」
アーサーは恐る恐る質問した。
「母、ノームの神殿は魔女によって魔物の巣窟となっています。」
ドリアードの深刻な表情からして嘘ではないようだ。
「どうしてそんなことに?この森でいったい何が?」
『一か月前、悪魔の封印に異常が見られたということでノーム様は神殿の最深部にこもっておられました。その時です、あの魔女がこの森を訪れたのは…。』
ドリアードが目をやった先には、何かに削られたような木や焼かれて灰となった木が並び、中には切り倒されていたものもあった。それらにはもう生気を感じとることはできない。
木から生まれたドリアードにとって、本体となる木が傷つけられることはドリアード自身にもダメージがあることを意味している。ましてやその木が死んでしまえば…。
『魔女の力は恐ろしく強大で、多くの姉妹達を次々と殺していきました。ついには神殿にまで侵入し、ノーム様を封印してしまったのです…。』
気づけばドリアードの目には涙らしき光を流していた。
それは身内の死に悲しむ人間のようだった。
消えたドリアード達も悲しんでいるのか、朝だというのに森が暗く感じた。
「悔しかったんですね。家族を、お母さんを守れなかったことが…。」
アーサーも涙を流しながら言った。そして、その涙を払い、意を決した表情で俺に言った。
「マーリン、行こう。ノームの神殿へ。」
「なっ?!聞いてなかったのか、神殿の中は今…。」
「異変があったら解決してほしいってビビアンは言ったよ。それが試練だって。」
「だけど…。」
「それに、大切な人を傷つけられて泣いている人を見過ごすなんてできない。」
その時のアーサーは、今までとは明らかに何かが違った。
怖いくせに見栄を張っていた頃よりも、大きくて力強い。
俺はその強さに引き寄せられるような感じがした。
「はあ…、わかったよ。話を聞いた以上、このまま引き下がるのも癪だし、怒る気も失せた。」
『それでは…?!』
「行ってくるよ、ノームを助けに。」
こうして、封印されたノームを助けることになった俺達は、ドリアードの案内で神殿の所にたどり着くことができた。
「ここが神殿?」
雰囲気が毒々しいというか、明らかにやばい空気が漂っている。
それは俺が魔女モルガンと対峙した時とどこか似ていた。
『これをお持ちください。何かの役に立つでしょう。』
ドリアードは持っていた杖と種を渡してくれた。
彼女の話では、この杖を振りかざすことで種を急速に成長させ、それを操ることもできるらしい。
正直、戦いには役に立たないと思っていたが、巨大な岩が道を塞いでいる時は岩にサキシフラガの種を植えて根を張らせることで破壊したり、地下水で道が沈んでいた時は木の種を投げ入れて水を吸収させたりと、神殿の中に張り巡らされた数々の罠を掻い潜るのに非常に役立ってくれた。
道中に魔物化した植物や、蜘蛛や蟷螂といった昆虫も襲ってきたが、アーサーが先陣切って戦ってくれたおかげで、それほど手ごわくはなかった。
(やっぱり実力はつけているなアーサーの奴。というより今回はいつになく張り切っているようだが?)
あの時、ドリアードの『母』という言葉に強く反応していたようにも見えたが。
(そういえば、アーサーの家族について聞いたことがなかった。)
などと考えている内に、俺達はとても広い場所に出てきた。
そこは、明らかに今まで構造が異なり、神聖感に溢れていた。
「もしかして、ここが神殿の最深部か?」
「じゃあ、ここにノームが封印されているの?」
その時だった。
ひどい揺れを感じた。
「な、なんだ?」
「もしかして、地震?!」
張り切っていたアーサーも、さすがに不安を隠せないらしい。
「いやこれはどっちかって言うと、地面の下で何かが動いてるような…。」
すると、ピシピシッと下から亀裂が入るような音がしてくる。
次の瞬間。
ドカーンッと、床の下から巨大な何かが出てきた。
『ンガーーーーーオオオオオゥ。』
それは真っ黒だった。
真っ黒で巨大な「亀」が仁王立ちで咆哮をあげていた。
「「うわあああああ。」」
「これまでの敵の種類から、植物か昆虫の親玉が出ると思うのだが何で亀?」と、あまりの予想外な奴の登場に驚いた俺達は一旦撤退しようとした。
しかし、扉が崩れてしまって逃げられない。
「ダメだ、完全に閉じ込められちゃったよ。」
「くそ、他に出口もなさそうだし…。こうなったら…。」
俺は剣を抜き、巨大亀に向かっていく。
幸いこいつは動きと反応が鈍い。おかげで気づかれずに足もとまで行けた。
「喰らえっ!!」
ガキィィィンッ、と強烈な金属音が鳴り響いた。
そして、カランと遠くの方で金属が落ちた音がした。
「えっ?!」
心なしか、剣が軽くなったような気がした。
恐る恐る俺は剣先を見てみる。そこで明らかに短くなっている刀身が目に入った。
「…嘘、だろ??」
俺の剣が、騎士としての証が折れてしまっていたのだ。
騎士になってから苦楽を共にしてきた愛剣。
魔女の魔法でこの姿になってからも、いくら男に迫られようと、どんな醜態をさらそうと、「男(俺)」を保ち続けることができた大切な剣だったのに。
「…-リ…、…げて!」
呆然としていたオレは、誰かの声を聞いていた。
「逃げて!!」
それがアーサーだとわかった時には、オレの目の前には黒い物体が迫っていた。
だけど、アーサーが突進してきてくれたことで、ギリギリかすめた程度で避けることができた。
「マーリン、速くこっちへ。」
アーサーに手を引かれたオレは、岩陰に隠れることができた。
「よし、なんとか気づかれずに隠れられたみたい。」
巨大亀はオレ達を探すようにキョロキョロしていた。
「大丈夫? ねぇ、マーリン?」
「……。」
剣が折れたショックが抜けきれないオレは、上の空でアーサーの話を聞いていなかった。
「マーリン。」
アーサーはオレの肩を叩いた。
「えっ?!アーサー…。」
「しっかりして、大丈夫?」
少なくとも身体にダメージはない。
問題なのは、心の方だ。
胸にぽっかり穴が開いたような、そんな感じだった。
「マーリン、剣が…。」
アーサーはオレの剣を見て察したのか、何も言わなかった。
こいつも騎士の端くれならわかっているだろう、剣が折れることが騎士にとってどれだけ重要かを。
「わかったよ。マーリンはゆっくり休んでて。」
アーサーは剣を取って巨大亀に立ち向かおうとしていた。
「待て、アーサー。一体何を?」
「何って戦うんだよ。あいつを倒さないと前にも後ろにも進めないだろう?」
「お前には無理だ!!万に一つ勝ち目がない!!」
アーサーにエクスカリバーを使わせる手はあった。
しかし、彼が攻撃できる回数は今の段階でも一回が限界。
あの亀の頑丈さから考えて、今のアーサーとエクスカリバーの一撃では倒せる確率はあまりにも低い。
生き残ることを考えるならば、このまま隠れてやり過ごすほうが賢明だった。
しかし、アーサーは言った。
「逃げ道がない以上、もう戦って勝つしか道はないだろう?」
「それは…、じゃあどうするんだよ?」
「あいつのお腹を見て。」
アーサーに言われた通り、巨大亀の腹部をよく見ると眼球のような赤い結晶があった。
光っては消えて光っては消えてと、まるで心臓のようだった。
「たぶん、あれがあいつにとって弱点だと思う。あそこを確実に狙えば勝てるかもしれない。」
決して悪くない読みだった。
あそこを狙えば、エクスカリバーを使わずとも勝てるかもしれない。
しかし、それでもリスクは高いことに変わりはない。
「それでも、今のお前には無理だ!剣を貸せ、オレが代わりに…。」
「いや、僕が行く。僕に行かせてください。」
アーサーはオレが行くことを頑なに拒んだ。
「僕はマーリンが、先輩が森で襲われていた時に気づかされたんです。もう僕が勇者に選ばれた以上、自分から困難に立ち向かわないといけない、先輩の後ろで戦うわけにはいかないって。」
アーサーは悔しそうな表情で拳を握りしめる。
「ビビアンも言っていたよ、これも試練だって。それにドリアードたちも待っている。ノームが、母が帰ってくるのを。」
オレはやっと気付いた。
魔物の巣窟となったという危険な場所に自分から入ろうなんて、昔のアーサーだったら言っただろうか…。
何がきっかけになったかは分からないが、これだけは理解できる。
湖で会った時には消えかかっていたアーサーの不屈の精神が、彼を奮い立たせているのだと。
「行ってきます。」
アーサーは駆け出すと、巨大亀がそれに気づいて手(前足)で攻撃を仕掛ける。
しかし、アーサーは臆することなく走り続けたおかげで攻撃をかわすことに成功し、うまいことに巨大亀は前かがみになって無防備だ。
「たあああっ!!」
アーサーはそのチャンスを逃さず、ジャンプで腹部にある赤い結晶を切りつけた。
『ンゴオオ?!』
読みは正しかったらしい。
攻撃が効いているのか、腹部を抑えようとしながら後ずさりしている。
しかし、同時に機嫌を悪くさせたようだ。
亀の身体が赤く発光して蒸気を出している。
『ンギャーーオオオオオゥ!!!』
オレは明らかに危険だと察した。
「アーサー、一旦戻れ!」
「はい。」
アーサーは急いでこっちに戻ろうとした時だった。
亀が口から火の球のようなものを吐き出した。
直撃は避けられたが、その時に生じた衝撃でアーサーは吹き飛ばされてしまう。
「うわああああ!!」
「アーサー?!」
オレはアーサーを受け止めたが、衝撃のあまり自分も吹き飛ばされてしまう。
「ううっ、大丈夫かアーサー?!」
「なっ、なんとか…。」
オレの両胸に顔を挟まれたアーサーは真っ赤になりながら答えた。
オレとアーサーはまだ燃え上がっている火の玉に目を向ける。
「そっ、それにしてもあいつ火を吹くなんて…。」
「確かに、亀なのに火を吹くってどういう原理だぁ?」
その火の球はドロドロに溶けているようにも見えた。
すると、アーサーが言った。
「マーリン、エクスカリバーを。」
「どうして?!」
突然の申し出にオレは驚く。
「火の球がどうあれ、弱点が腹部の結晶だと証明できたならエクスカリバーで一気に倒そうかと。」
「確かにその考えは正しい、だけど…。」
「虚脱だったら覚悟の上です。」
「いや、そうじゃなくて、あっちはやられる気はないみたいだぞ。」
その頃、亀は弱点を隠すためか、さっきまで仁王立ちだったのに、四つん這いになっていたのだ。
「ええ?!亀の癖に四つん這いに!!って、よく考えたら普通だね。」
「ああ、しかもまだ火吹く気満々らしい。」
オレの言葉通り、亀が火の球を吹いてきた。しかも連発で。
「走れ、アーサー!!」
「はいぃ。」
狙いが散漫しているのか全く当たらないが、衝突と同時にくる衝撃波は十分脅威だった。
しかし、何発か打った後、火の球は出なくなってしまった。
「どうしたんだろう?」
「わからん。」
疑問を抱いたのもつかの間、今度は首を伸ばしてこっちに向かってきた。
「危ない!!」
かろうじて避けることに成功し、亀の頭は壁に突っ込んだ。
その後、亀は全く動かなくなり、それ以上の攻撃はしてこなかった。
何やらバリバリと何かを食べて、飲み込んでいるようにも見える。
「こんな時に食事か?」
「そうか!」
アーサーは何かに気づいたようだ。
そして本体に向かって走り出す。
「何がわかったんだよ、アーサー!」
「きっとあいつは今、体内に岩をため込んでいるんだよ。そして、怒りで体温を上昇させて岩を溶かした後で火山弾のように吐き出していたんだ。それで岩が無くなったからああやって補給している。多分その間は…。」
「動けないってことか?」
「うん、それに弱点を気にしている尚更だろうしね。」
そう言っている内に、オレ達は本体にたどり着いた。
しかし、肝心の腹部は地面に密着している。
「ダメだ、これじゃ攻撃が届かないぞ!」
「良い考えがある。マーリン、木の種を。」
オレはドリアードにもらった木の種をアーサーに渡すと、彼は亀の左前足に置いた。
「もう一つを後ろ足に置くから、その後にドリアードの杖を使って。」
「いったい何を?って、おいおいまさか?!」
アーサーの考えはこうだ。
ドリアードの杖で種を置いた亀の足もとに巨木を生やし、その勢いで亀をひっくり返そうというのだ。
なんとも途方のない話だが、成功すれば腹部を露出させるのは確実だった。
「今だよ、マーリン。」
「わかったよ、思いっきりいくぞ。」
今は考えている時じゃない。
やれるだけやってやろうと、オレは力強く杖を振るった。
「巨木よ、伸びろぉぉぉ!」
オレの言葉に呼応するように、亀の足に巨大な木が生えていく。
それは天井を突き抜ける勢いだった。
『ンガ?!』
鈍い亀もやっと気が付いたがすでに遅く、左側の足が高く上がってしまい、甲羅の重みで見事にひっくり返ったのだった。
起き上がろうと、亀はジタバタしている。
「今だ、アーサー!!」
「はい!!」
オレはエクスカリバーを投げてアーサーに渡し、杖の力で巨木の蔓を操りアーサーを亀の腹の上に運んだ。
蔓を離し、空中からアーサーはエクスカリバーを構え、狙いを定める。
そして。
「いっけぇぇ!」
アーサーの叫びとともに、流星のごくきエクスカリバーの一撃が腹部の結晶を貫いたのだった。
『ンガオォォ…。』
亀の咆哮に力が無くなっていく。
それと同時に身体に亀裂が走っていき、そこから光が漏れだしていく。
そして。
パアンッと破裂したと思うと、強い光が部屋を照らしだした。
そのあまりの眩しさに目が開けられない。
光が消え、やっと目が開けられるようになった。
辺りを見渡すと、そこに亀の姿は無く、代わりにエクスカリバーを持っていたアーサーが倒れていた。
「アーサー!!」
心配になったオレは横たわるアーサーの所に急いで駆け寄った。
「アーサー、大丈夫か?!」
「うーん、あ…マーリン。」
アーサーの顔に疲れが見えたが、虚脱は起こしてないらしい。
「僕たち、勝ったの?」
「ああ、あいつは倒せたよ。」
「よかった…。」
オレはまだ信じられずにいた。
あの巨大な魔物を相手に戦い勝つことができたことが…。
ところが、再び地響きが起こり始める。
「おいおい、まさかまだあいつが?!」
「そんな…!!」
あの亀の仲間か何かがきたと思ったオレ達は警戒する。
すると、女性のような声が響き渡った。
『ありがとう、私を開放してくれて。』
その時だった。
光の粒が部屋中に現れ、一か所に集まり始める。
それはどんどん大きくなり、人の形をとっていく。
『私(わたくし)が地を司る大精霊、ノームです。』
名乗ると同時に、その姿がはっきりと現れた。
その御尊顔は若々しく、慈愛に満ちた愛らしい笑顔。
しかし、その下は男性の心を揺さぶる母性に溢れた肉感的なダイナマイトボディ。
まさしく「母」と呼ぶに相応しい神々しさだった。
『あら?誰もいない?』
その神々しさのあまり、オレ達の存在なんて小さく感じ…って。
「「でかーーーーーーーーー!!!」」
それは決して冗談ではなかった。
ノームの身体は天井を突き破るくらい、あの巨大亀も真っ青なくらい巨大だったのだ。
『あらやだ、私ったら恥ずかしい。』
オレ達に気付いたのか、ノームは小さくなりオレ達人間と変わらないサイズになった。
しかし、それでも極めて長身、しかもどっしりとした腰にドーンと強烈なインパクトを放つ爆乳(たぶんオレよりでかい)。
世の女たちがたじろぐこと間違いなしの美貌だった。
『ごめんなさいね、驚かせて。長いこと窮屈な所に閉じ込められてたものだから、羽を伸ばしたくってつい。』
今まで封印されていたという境遇にいながら、その辛さを感じさせないほどのマイペースな口調だった。
『あらあらぁ、もしかして坊やが大聖剣の勇者様?』
ノームはアーサーを見るなり、まるで小動物を見るように目を輝かせながら尋ねた。
「えっ?!あ、はい、そうです。アーサーと言います。」
『可愛いぃ♡』
答えを聞くなり、ノームはアーサーを抱きしめ、彼の頭をその胸に埋め尽くした。
「んなっ?!」
「あ、ああああの…。」
オレも、アーサーもいきなりのことで驚く。
『あら坊や、もしかして照れてるの?ますます可愛いわぁ。』
アーサーの反応が気に行ったのか、ノームは彼の顔を近づけて頬ずりを始める。
「……?!」
アーサーは顔を真っ赤にして固まってしまっている。
(アーサーの奴、何顔赤くしてんだよ?!そりゃ美人でオレより胸でかいけど。)
ノームになすがままにされているアーサーにオレは嫉妬してしまう。
(って!オレは何考えてるんだ?!これじゃ好きな相手にヤキモチ焼く乙女じゃねえか!!)
オレは自分の女性化の深刻さに改めて恐怖を覚える。
それどころか、オレはアーサーに好意を…。
「うああああ、違う違う違う違うぞぉぉぉぉ!!」
オレは自分の考えや感情を否定するように地面に頭を打ち続けた。
「ちょっ、ちょっとマーリン?!」
『あらあら大変。』
数分後。
「はあ、はあ、はあ…。」
「マーリン、大丈夫?」
「ああ、大丈夫大丈夫。あはははは。」
オレは額から血を流しながらも平然を装った。
『では、改めまして。お二方、私を解放していただき感謝致します。』
激しく取り乱したオレとは逆に、ノームは全くペースを乱していない様子。
『ではアーサーちゃん、エクスカリバーをこちらに。』
「えっ?!あ、はい。」
「アーサー『ちゃん』?!」
(仮にも勇者であるこいつをちゃん付けって、どれだけマイペース何だこいつ。)
オレがそう思ってる間に、ノームはエクスカリバーに手をかざし、剣の刃に黄色の宝石を取り付けた。
「それは?」
『ガーネット、地の力を込めた宝石よ。これでエクスカリバーの力はさらに強くなるわ。』
(そういえば、神殿を訪れた目的はエクスカリバーの力を強く、いや本来の強さに戻すことだっけか。)
ドリアード達のこともあってすっかり忘れていた。
それに、神殿に現れたという魔女のことも。
「大精霊・ノーム。あなたに聞きたいことが…。」
『その前に場所を変えましょう。外にいる娘たちも心配だわ。』
ノームがそう言って光を放った瞬間、いつの間にか神殿の外に移動していた。
「僕たち、外に出たみたいだね。」
「そうだな。」
『ノーム様!!』
聞き覚えのある声が後ろから聞こえてきた。
振り向くと、そこにはドリアード達が待っていたのだ。
『心配をかけたようね。あなた達は大丈夫だった?』
『…。』
ノームの言葉にドリアード達は俯いてしまう。
彼女達の反応と森の有様を見たノームは、常に絶やさなかったその笑顔に、初めて悲しみを浮かべた。
傷つけられ、生気を失った木々に歩み寄り、ノームは手を差し伸べ、それを我が子を撫でる。
『私を守るために、戦ってくれたのね…。』
「助け…られないのですか?」
いたたまれない気持ちになったのか、アーサーはノームに助けを頼もうとしていた。
『一度失った命を戻すことはできないわ。死んだものは生き返らない。それが世界の、神が定めた絶対のルール。』
ノームのその言葉には、なんともいえない重みを感じた。
『だけど、彼女達は死んでなどいないわ。』
ノームの言葉にオレ達一同は驚いた。
そして、ノームの手が触れた木だけでなく、死んでしまった木々から光を放つ種が出現した。
「それは、種?」
『ええ、この子達の生きた証であり、この子達の未来よ。』
オレ達はノームの言葉の意味が飲み込めななかった。
「どういう意味なんだ?」
『命あるものの使命って何か分かる?それはただ生きて死ぬことじゃないの、自分が生きていた証を新しい命に受け継がせて未来に繋ぐことよ。』
「自分が生きていた証?」
『そう、人間が伴侶と子を育むことと同じ。あなた達も自分達の父母が生きて巡り合ったという証があったからこそ、この世界に生まれてきたのよ。』
ノームは語りながら、種を土に埋めていく。
『そして、それは動物も植物も同じ。形は違うけど、新たな命を生み出し、未来へ紡ぐという使命を持っているの。だけど、それを果たせずに終わる命も、それを阻もうとするものも多いのも事実。』
最後に何やら重要なことを口にしたと思うと、ノームは地面に手をつけたまま固まる。
すると、ノームを中心に光が大地に広がっていく。
それはまるで黄金の絨毯だった。
そして、死んだ木々は絨毯に飲み込まれるように消えていくと、代わりに小さな苗木が生えていった。
先ほどノームが植えた種が芽吹いたのだ。
『もう少し大きくなれば、死んでいった子達の証を受け継いだ子が生まれるわ。』
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時を同じくして、精霊ビビアンのいる湖に初老の男が現れる。
ビビアンは彼を見るなり、昔馴染みのように話しかける。
『お久しぶりです、ヴィラント。』
「ああ、あれからどれぐらい経つかねぇ…。ところで大聖剣の勇者が現れたみたいだが、どんな奴だ?」
ビビアンは湖にアーサー達の姿を映し出した。
「おいおい、こいつが?まだガキじゃねえか。しかも横にいる女は…。」
『男、です。魔女の魔法で姿を変えられたのです。』
「そりゃ、災難だなこいつ。何で放置してんだ?」
『…。』
ヴィラントの声は一層低くなり、威圧感を漂わせる。
「あいつが、無意味な行動をする奴じゃないことはお前が一番よく知ってるだろ?『聖剣の番人』よぉ。」
『私は賭けているのです。マリク、いえマーリンがアーサーの助けになってくれると。』
「その『賭け』のために、世界を滅亡の危機にさらしているとしてもか?!」
『アーサーが本当に、予言にある聖剣の勇者なのだとすれば、おそらくマーリンの存在がその鍵を握ることでしょう。』
ビビアンの毅然とした態度に、ヴィラントも諦めたのか黙ってしまった。
「どうなっても知らねぇぞ。そういやぁ、『鞘』は見つかったのか?」
ヴィラントの問いに、ビビアンは首を横に振る。
「そうか、魔女の手に渡ってなきゃいいが…。」
そう言いながら、ヴィラントは夜空を見上げる。
その瞳は、これから何が起ころうとしているのか、見据えていたように深かった。
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再び、鎮守の森。
『今夜はもう遅いから、こちらで寝なさい。』
ノームはそういうと、またたく間に草と花でできたテントが出現した。
オレは驚きのあまり、ノームに質問する。
「これも、お前の力なのか?」
『ええそうよ。大地の力で生まれた植物のある程度はコントロールできるの、だけどあまり使いたくないの。子を道具のように扱かっているのと同じだから。』
ノームの深刻な表情にアーサーは慌てふためく。
「いいですよ。屋根が無くても寝ようと思えば寝られるし…。」
『ダメよダメ、今夜は冷えるわ。風邪を引いたら大変。それにこの子達も望んでのことよ、だから遠慮しないで。』
オレは悩むアーサーの肩を叩く。
「アーサー、ここはお言葉に甘えよう。確かに冷えてきたし。」
アーサーは悩んだ末、首を縦に振った。
『ああ、それからあなた。』
「え、オレ?」
ノームに呼び止められ、振り向いたオレは、彼女に着ていた装備を見事な手つきではぎ取られてしまった。
おかけで、オレは夜空の下で全裸になってしまった。
「きゃっ?!…」
女の悲鳴をあげかけたオレは口をふさいだ。
「な、なななななな何すんだよ?!」
『この装備、かなり傷んでるようだから修復してあげるわ。』
「お前、鎧を治せるのか?」
『あら、私は手先が器用なの、それに人間が使う金属は大地の恩恵から生まれるのよ。修復だってできちゃうんだから。』
確かに長旅と魔物との戦闘で鎧の損傷は激しかった。
ここは修理を頼むのが、得策かもしれない。
問題は費用だ。
「いくら、必要なんだ?」
『お金なんていらないわ。もらっても使わないし。それじゃおやすみなさい。』
ノームはオレの装備を持って去って行く。アーサーがオレの荷物から寝巻を取り出してくれた。
「マーリン、とりあえず着替え。」
「あ、ありがとう。」
オレはテントに入り着替え終わると、簡易な寝床を二つ用意した。
用意を終えると、外で待つアーサーを呼んだ。
「もういいぞ。」
「うん。」
アーサーはテントに入るなり、寝床に入る。
オレも後に続いてもう一つの寝床に入ると、今日の締めとしてアーサーに語りかける。
「まず、第一段階は無事終了したな。」
「うん、僕は今でも信じられないよ。」
「お前が信じないでどうする。そもそもお前が止めを刺したんだぞ。」
オレ達は笑い始める。
「今回のお前、本当にすごかったぞ。最初に会った時とは段違いだった。」
「いやぁ、そんなことないよ。」
アーサーは顔を真っ赤にして照れる。
「さあ、明日もあるし、もう寝よう。」
「うん。」
数分後。
よほど疲れていたのか、アーサーはすぐ眠っていた。
エクスカリバーを使ったのだから無理もないだろう。
オレはというと、なかなか寝付けないでいた。
魔女の動向と目的が気になって仕方なかったのだ。
「あいつ、一体何を企んで…。」
「…母さん。」
アーサーの声に驚いて横を向く。
「寝言、か。」
「母さん」という言葉を連呼しながら、アーサーは涙を流しながら眠っていた。
その表情は、今まで見たことがなかった寂しさを感じるものになっていた。
「アーサー…。」
今回の件といい、「母」という単語が彼にとって強いものであるらしい。だから、ドリアード達の言葉に反応したのだろう。
可哀そうに思ったオレは自分の寝床を移動させ、アーサーとの距離を縮め、彼の頭をそっと撫でる。
(夢で母親の夢でも見てるのか?)
ちょっと臆病だけど、心の奥底に優しさと正義の心、そして類まれな才能を併せ持っているアーサー。
オレはそんな彼が背負っている『闇』を、この時はまだ知らなかったのだった。
やがて、その『闇』がオレ達に牙をむくことになるまでは…。
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翌朝。
起床したオレはノームに装備を返してもらおうと訪れていた。
『はい、これで装備完了よ。うん、可愛く仕上がったわね。』
「おい…、これはどういうことだ?」
オレはわなわなと、両手を小刻みに震えあがらせていた。
鮮やかな緑のワンピースとかわいらしいデザインの肩当てと頭飾りを身につけながら。
「修復を頼んだのに、全く別物になってるじゃないか?!」
『だって、せっかく治すなら可愛くしようと思って。それに防御力は格段に上がっているわよ。』
確かに露出は少なくなって防御も上がっているのは分かる。
しかし、デザインが女性的すぎる。
しかも、胸元は大きく開き、歩くだけで下が見えそうなデザインのスカート。
ビキニアーマーほどではないが、これはこれで恥ずかしい。
すると、向こうからアーサーの声が聞こえてきた。
「マーリン?」
「っ?!」
『アーサーちゃんもこっち来て見て頂戴。』
ノームに呼ばれるがままに赴くアーサーは、オレの姿を見るなりに顔を赤らめて固まってしまう。
オレもつられて恥ずかしくなってきた。
「そ、そんなに見るなよ、恥ずかしい。」
『あらあら、二人とも赤くなっちゃって可愛いわ。』
オレ達の反応を楽しむようにノームはほほ笑んだ。
『あ、そうだわ。二人に渡すものがあったんだ。』
そういって、ノームは盾と兜をどこからともなく取り出した。
『アーサーちゃんには、この聖盾プリトウェンと聖兜ゴスウィットをあげるわ。剣だけじゃ身を守れないわよ。』
「は、はい。ありがとう。」
そして、ノームは俺に白い槍を手渡した。
『あなたには、この聖槍ロンギヌスを。それから…。』
ノームは後ろに控えていたドリアードから杖を預かり、何やら力を込めている。
すると、ドリアードの杖はみるみる変化し、杖先に四つ葉のクローバーのような紋章が加えられた。
「これは?」
『聖杖ドルイドと名付けようかしら。これがあればドリアードの力だけでなく、私達大精霊の力を疑似的に使えるようになるわ。その代わり、魔力をたくさん消費するけどね。』
「大精霊の力を?!どうしてオレに?」
『これからの旅、剣だけで勝ち続けるのは難しくなるわ。それを乗り越えるためにも、魔法と同じ力が必要になる。それは、魔法の力を行使できる魔女になったあなたにしか使えない。だからあなたに託すの。』
「ノーム…。」
今思えば、ノームも何かを予感していたのかもしれない。
『ところで、あなた達はこれからどうするの?』
「とりあえず、次の大精霊がいるところに向かう準備のために人里に向かおうと思ってるけど、アーサーはどの精霊の神殿に行きたいんだ?」
「ええっと、次は…。」
アーサーは考え込んでしまう。
それを見かねたノームが提案してきた。
『だったら、ウンディーネの所に行ってくれない?』
「ウンディーネって、西の方角にいる水の大精霊のことか?」
『そうよ。実は悪魔の封印に最初に支障が見え始めたのは、ウンディーネの所からなの。それからもう一年以上経過しているわ。だから、すぐにでもあの子の所にいってほしいの。』
「わかったよ。それじゃ、西に向かうことにしよう、マーリン。」
「ああ、最初って所がやけに気になるし。」
こうして、次の目的地が決定したオレ達は、ノーム達に見送られ旅立った。
その光景を見つめる不気味な鴉がいたとも知らずに。
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どこか分からない暗闇。
無数の骸骨たちに囲まれ、水晶玉を覗く女がいた。
「何よ、何で何で何で何で何で…、何で失敗するのよ!!今やっと大精霊全て封印して、闇黒儀式の準備を進めるだけだったのに。あああ、もう!!」
女は機嫌が悪いのか、数体骸骨を破壊した。
そして、鬼の形相で水晶玉に映る二人に爪をたてる。
「やはり、大聖剣の勇者は邪魔になる。しかも、余計なものまでおまけつき。」
女は頭を掻き毟っていると、何かを思いついたようだ。
「この二人、西の神殿に向かってるわね。だったら漁夫王(フィッシャーキング)ペラムが治めるカーボネックに絶対向かうはず…。」
女の顔は明らかに、何かを企んでいた。
「ベイリン。」
女の呼び声に、素行の悪そうな男が現れた。
「何だよ、ババア。」
「仕事よ、この二人を殺しなさい。少年の方は聖剣に選ばれた勇者よ。」
その言葉を聞いた瞬間、と男は喜びの表情を浮かべた。
「取り消しは聞かねえぞ?」
「存分にやりなさい、”双剣騎士ベイリン”。」
邪悪な影が射し込んでいたことも知らず、オレ達は西に向かって歩き出していた。
「マーリン、次はどんな敵が待ってるのかな?」
「何だよ、また臆病風に吹かれたのか?大丈夫だよ、オレが付いてるんだ。だから安心して前を見ろ、な?」
「うん。」
アーサーは笑顔で答えてくれた。
この世界で何が起ころうとしているのか、今はまだ分からない。だけど、どんな困難が迫ってこようともアーサーと一緒なら乗り越えられる。オレはアーサーの笑顔を見た時から、そう確信した気がする。
「よし、行くぞ。アーサー。」
「おおっ。いざ、ウンディーネの神殿へ。」
こうして、オレ達の新しい旅立ちが始まったのだった。
聖剣物語・地の章 終