俺様の名は清彦。
天下に名を轟かす大盗賊だ。
今日の目標はかつてない大物。流石の俺も固くなっちまうぜ。二つの意味で。
宮殿の奥まで忍び込んだわけだが……
「そこの柱に隠れておる輩、何者ぞ」
チッ!見つかったか!流石は皇国史上最強の女皇と呼ばれるだけの事はあるぜぇ。
「お~っと、これはこれは太刀葉陛下、ご尊顔排しまして恐悦至極……」
「賊か、ここまで入り込んでくるとは中々の手練れ、褒めて遣わす。冥土で存分に自慢するがよい」
俺様の言葉を遮りやがってこのアマ……。
女王は手に気功を貯め、俺の方へ放ってきた。
轟!シュパァ!
風が通り抜けたと思った瞬間、俺の後ろにあった石柱が真っ二つになった。
気功術『太刀風』手に気功を集め、刃を形作り放つ技。
この国の戦士なら少し覚えがあれば誰でも使える技だが、ここまでの威力を出せる人間はそうはいない。
ちなみにこの俺、大盗賊清彦様でも三丈(約9m)先の胡瓜を切るのが精一杯って所だ。(例えるならメラとメラゾーマくらい差がある)
しかし俺様の目的は女王を殺す事じゃあない。
俺様が王宮に忍び込んだの訳はたった一つ。
『女王の顔を盗む』為だ。
「女王陛下は気が短くていらっしゃる!強者たる者バーンとォ!構えなくちゃあ、イケませんぜッ!」
性質に『粘着』を付加した気功を機関銃のように放った。
どれでもいい!女王の顔に当たれば……!
「小賢しい賊め……」
なんとでも言え!
俺の気功術『我物顔』!これで顔を剥がしゃあ俺の勝ちよ!
そんな期待も空しく、俺の気功はすべて叩き落されてしまった。
「もう終わりか?情けない男よの」
太刀葉は気功を槍の形にし、俺に迫ってくる。
その眼は巨大な獅子が一匹の鼠を見るかのように!
『放っておいても問題はないが、邪魔だから殺しておくか』
その程度の感慨しかなかった!
「莫迦がッ!」
圧倒的強者が持つ余裕。それは時に慢心と言う毒になる。
『天井に貼りつかせておいた気功』を操作し、女王の顔に張り付かせた。
ただ闇雲に撃ってただけじゃあないんだぜ!
「むぅ!?」
気功の性質を『粘着』から『形状記憶』に変化させ、さらに『情報記憶』させる!
「そして『剥がさせて』もらう……」
ベリベリベリ!
女王の顔から俺の気功を剥がし、手元に引き寄せた。
「貴様!何をした下郎ッ!」
元気に怒りを露わにする女王。
この術は攻撃技でも毒にする技でもない。
だが目的は果たした。
俺は煙幕玉を叩き付け、這う這うの体でアジトへ逃げ帰った。
女王は部下に追撃させようとしたようだが俺の姿を見たのは女王だけ。
追手が放たれた時には既に王宮を抜け出し街に入り込んでいた。
そのまま無事にアジトに到着した。
もちろん途中、何度も追手がいないのを確認しているし
さらに慎重に尾行を警戒して色々と工作もした。
さらに今の俺の姿は女王と対峙した時と違う姿だ。
あの時の俺と今の俺は身長、体格から体重まで何もかも違う。
何しろ性別まで違うのだ。
俺の気功術「我物顔」の効果だ。
清彦が王宮に忍び込んだ翌日。皇国近衛兵団は皇都を封鎖し清彦を血眼で探していた。
探索隊は少数精鋭で結成され、その中には女王の右腕と呼ばれる将軍双葉の姿もあった。
~貧民街~
(陛下から賊の追撃を命じられたが、背格好位しか情報が無いのでは全く捗らない)
(陛下がご無事であったから良かったものの、もし万一の事があったら私だけの責任ではすまなかったな)
(しかし陛下の気功を悉く躱して見せたという手練れ、私自ら動くほかあるまい)
貧民街を歩くその可憐な少女の姿はまさに『掃き溜めに鶴』と言うのにふさわしかった。
治安の悪い貧民街で少女が一人歩いていれば、普通であれば瞬く間に暴力によって全てを奪われてしまう……。
そう、『普通』であればの話だ
彼女こそが太刀葉の従妹にして皇軍最高責任者、将軍双葉だった。
「む!そこの頭巾の者!止まれ!」
双葉が貧民街を歩いていると、真夏だというのに目深に頭巾を被り、外套を纏った人物を見つけた。
(下手人とは背格好が違うけど一応確認しておくか)
「ほう、双葉か……」
頭巾の闇の中の双眸が双葉を捉えた。
(む、女だったか)
「とある匪賊に関する情報を集めている。長身痩躯の男で頬に十字傷を負っているブ男だそうだ、このあたりに潜伏しているという情報だが、お前見なかったか?」
「ブ男、ブ男ねぇ?ククク」
「何がおかしい?何を知っている!?貴様いったい何者だ」
双葉は抜刀し頭巾の女の逃げ道を塞いだ。微塵の隙もなく警戒し何時でも切りかかれる体制をとった。
「わらわの顔、見忘れたか?」
「なっ……!!?」
頭巾を取った女の顔!見間違えようもない!間違うはずもない!
本来ならば王宮に居るはずの、女皇太刀葉その人だった!
「陛下!?いったい何をなさっているのですか!?賊の捜索ならば私たちにお任せを!」
混乱する双葉。何故太刀葉がこんなところで、流民の様な恰好をしているのか見当もつかなかった。
それに対し、太刀葉は言った。
「王宮に居るのはわらわの偽物じゃ、ここに居るわらわこそがこの国の女王太刀葉よ。疑うのならば王宮に居るわらわの偽物に気功を放ってみよ」
にわかには信じられないが目の前の太刀葉陛下は間違いなく本物だ。
右腕と呼ばれ、側近中の側近であり 常日頃から太刀葉陛下と接する双葉が見間違うはずがない!
声、姿、体型、体格、そのたたずまい。
間違いなく別人が変装等で陛下に成りすましているのとは違う。
だが今朝、陛下直々に自分に賊の討伐を命じた太刀葉陛下も間違いなく本物だ。
「陛下。ご無礼をお許しください」
目の前の太刀葉陛下が 本物の太刀葉陛下ならこの気功術を避けるまでなく、全てその一振りで凪ぎ払うはず!
双葉は威力を抑えた無数の気功弾を掌に造り出すと目の前の太刀葉陛下に全力で撃ち込んだ!
殺到する気功弾に対して双葉の前に立つ太刀葉女王は!?
「覇ッッ!!」
太刀葉女王の掌に円盤状の気功が形成され、双葉から放たれた気功弾は全て叩き落された。
「まだまだ練気が足りぬなぁ双葉?」
ころころと笑う太刀葉の笑顔。
それは国民には決して見せない顔だった。
身近な人間にしか見せない、太刀葉個人の素の笑顔だった。
(間違いない。目の前に居るのは本物の太刀葉陛下だ。)
「陛下!!ご無礼致しました!!」
双葉は眼の前の太刀葉に跪いた。
「良い。許す」
太刀葉は目を細め満足げに微笑んだ。
その微笑みは可愛がっている双葉に向けられたように見えたかもしれない。
満足げに微笑んだ理由が、本来の自分なら作り出せない強力な円盤状の気功が形成出来た事。
双葉から放たれた気功弾は全て叩き落とすことが簡単にできた事に対するものでなければ。
「さて、玉座におるわらわの偽物を懲らしめてやらねばのぅ?」
太刀葉は穏やかな声色で言った。
(偽物に玉座を奪われながらもこの余裕、怒気を全く感じない……やはり陛下は大物だ)
「そのお役目、私めにお任せください!私に汚名返上の機会をお与えくださいッ!」
跪いたまま、双葉は言った。
(陛下を試みるという無礼を働いたまま何もしないわけにはいかん!)
「元よりそのつもりよ。良いか?双葉。玉座におる偽物はそなたを騙せている物と油断しておる。
だからこそ、そなたの力が必要なのじゃ。そなたの手で、そなたの気功で、
偽物を撃ちぬいて欲しいのじゃ。ああ、ただし殺してはならん。
化けの皮を『剥がして』やらねばならんのでなぁ?」
太刀葉は穏やかに、そして愉悦を隠しながら笑った。
目の前の太刀葉女王の言葉に従い、双葉将軍は王宮へ向かった!
王宮へ向かう馬車の中で女王に成りすました清彦と双葉将軍は二人きりで向かい合っていた。
この馬車は皇国近衛兵団専用のものであり、構造の堅牢さはもちろんの事防音性も非常に高く、中で作戦会議などもできるという優れものだ。
今だ流民の様な薄汚い外套を羽織ったまま、しかしその身から滲み出る自然な優雅な佇まいで車窓を眺める太刀葉女王に対して、
双葉将軍はおずおずと、先ほどから抱えていた疑問を投げかけた。
「…陛下、今王宮にいるのが陛下の偽者だとして、陛下は何故そのようなお姿で貧民街に?」
「そのことか…。昨日、王宮に賊が忍び込んだのは双葉も知っておろう。
賊はわらわの玉座にたどり着くまで、一度も警備の者に見つかることがなかった。これがどういうことか、わからぬお前ではあるまい、双葉」
太刀葉の言葉に静かに頷く双葉。
皇国の王宮の警備兵は国全体から集められた精鋭達であり、その監視の目を潜り抜けて玉座まで侵入するなど普通ならありえない。
皇軍最高責任者である双葉はそのことを最もよく知っている立場だ。
「賊は普通の盗賊ではない。達人級の使い手か、何か奥の手があるに違いない。
普通に相手をしては危険だ。
だから、賊に対して最初はわらわ自ら対峙しようと思ったのだが、そこで傍で身を隠していたわらわの「近衛隠密」によって止められてな。
『瞬間移動』の気功の使い手の隠密に連れられ、一旦王宮から逃れ隠密用の隠れ家に身を潜めておったのよ」
近衛隠密衆は太刀葉女王の直轄であり、皇軍の所属でないため双葉将軍に指揮権はなく、その配置も知らなかった。
「そしてわらわが逃れているその間に、玉座の間に残った隠密が警備を集め賊を捕らえる…、という手はずであったのだが…。
賊は捕らえられず、何故かここにいるはずのわらわが王宮にいることになっておる。
隠密からの連絡もない。困っておったところに丁度お前が現れた…ということなのだ」
「なるほど…そのようなことになっていたとは…。
陛下を疑ってしまったご無礼、重ねてお詫び申し上げます!」
深々と頭を下げる双葉。
(しかし『瞬間移動』とは…隠密にはそのような希少な気功の使い手までいるのか…)
『瞬間移動』は扱いが難しく、使い手はこの大陸に五人もいないと言われている。
そう考えている双葉の向かいで、太刀葉は満足げに頷いていた。
(へへっこの女、俺のでまかせの説明を信じ込んじまってるぜ…。偽者はお前の目の前にいる方だってのによォ?
「近衛隠密」だって、実際は俺がその動きを調べつくして、女王の傍に隠密のいないタイミングを狙って侵入したんだぜ…?
しっかし、この双葉もいい体してやがるぜ!
盗賊の俺としては、綺麗な顔して容赦なく俺ら盗賊を取り締まる憎き鬼のドS女将軍、だと思っていたが、
太刀葉女王になった俺に対しては花みてえないい笑顔向けやがる…。
もし女王の立場に飽きたり、なにかヘマこいた時には、この女将軍の顔を奪ってやるってのもアリだなァ!)
そうして太刀葉がニヤリと下卑た笑みを一瞬浮かべたことに、双葉は気付かなかった。
「ほほう、皇国近衛兵団の隠し拠点の一つか」
「偽物を捕らえるまで申し訳ありませんがここでお待ちください」
王宮を囲むように街が広がるその中心に近い裕福な商人や役人が住むエリア。
そこに民家に偽装した皇国近衛兵団の隠し拠点があった。
もちろんここに来るまでの道程で馬車は乗り換えている。
見た目は王宮に荷物を運び込む荷台に偽装した牛車にだが。
(一応双葉の『我物顔』を手に入れておくか。今すぐに使うつもりはないが、いつでも双葉に化けれるのは今後の行動も楽になるしな ♪)
王宮の玉座ほどではないが、充分豪奢な椅子に腰かけ太刀葉は一息ついた。
「すぐ御召し物を持たせます」
双葉は侍女を呼び、着替えを手配した。
数分で豪商の娘が着る様な煌びやか且つ上品な服が届けられた。
「『こんなもの』しか用意できず申し訳ございません」
(『こんなもの』ねぇ……)
その服は太刀葉の持っている服と比べれば、非常に安価な物だった。
それでも庶民には、手の届かない品だった。
「ふむ、まあまあだな。双葉、褒めて遣わす」
太刀葉は双葉の頬に手を当て、優しく微笑んだ。
尊敬する女王に褒められ双葉は赤面した。
「勿体無きお言葉、恐れ入りますっ!」
この時双葉は、『粘着』・『隠蔽』の性質をもった気功を付けられた事に気が付かなかった。
双葉に張り付いた清彦の気功は、『粘着』・『隠蔽』の効果で薄く広がり双葉の顔全体へ自然に広がり、
同時に双葉自身の纏っている気と区別がつかないほどに混じりあう。
その予期していなかった劇的な効果に、清彦は太刀葉の顔で薄っすらと笑みを浮かべた。
元々『粘着』も『隠蔽』も清彦の得意としていた技術だが、“大陸一の気功巧者”とも謳われる太刀葉女王の技を我が物とした今、
その効果は驚くほどに洗練されたものとなっていたのである。
(これで、いつでも望めば双葉の顔を奪うことが出来るわけだ…。
しかし、今はやめておこう…、まずは太刀葉の立場を奪い、王位を簒奪し、この国を俺の物にするのが先だ。
双葉は俺の可愛い手駒として充分に愛でて、また働かせて、それからでも遅くはあるまい)
翌日、双葉率いる皇国近衛兵団の精鋭部隊は揃って王宮内部を進んでいた。
目的は勿論、偽者の太刀葉がいる玉座の間だ。
今は午前の謁見の時間である。
太刀葉女王は、国家を健全に導くために国民たちの意見や要望を尊重すべし、という信念の元に、
大臣や各地から派遣された諸侯からの遣い、城下の民を代表するギルド長などの陳情を聞いたり意見を交わしたりしている。
そういった民、官、貴族の代表者たちが居並ぶ玉座の間の扉が、突如として大きく開かれた!
続々となだれ込んできたのは皇国近衛兵団の兵士たち。
その先頭でまっすぐ太刀葉女王の元へと進む双葉の歩みに、人々は自然と道を開け、モーゼが海を割ったかのごとく玉座までの道が作られる。
「双葉殿、これはいったい!?」「何故近衛兵団が!?」「一体何があったのだ!」
ざわめく人々の前で双葉はよく通る声で一喝する。
「皆の者よく聞け! 諸君らの目の前のこの太刀葉女王は偽者である!」
「なんじゃと!?」「どういうことだ!」「双葉殿!乱心なさったか!」
部屋の中は蜂の巣をつついたような混乱に包まれた。
そんな中太刀葉女王が立ち上がり、冷ややかな目で双葉を見下ろすとゆっくりと口を開いた。
「どうしたというのだ双葉。このような厳粛な場でそのような戯言を申すとは…」
対して双葉は太刀葉の方をキッと睨み、きっぱりと言い張った。
「これ以上女王の真似を続けても無駄だ偽者め! 貴様の目論見は失敗した!
本 物 の 女 王 は こ ち ら に お わ す ! ! ! 」
双葉の言葉に続いて、左右に近衛騎士を侍らせ、近衛兵団仕様の外套を纏った小柄な人物が進み出てくる。
その人物は双葉の前、広間の中心に立つと、勢いよく外套を脱ぎ捨てた!
「おお…ッ!?」
「あなたは…!」
「太刀葉女王!!!!」
驚く人だかりの視線を受け、太刀葉の顔をした清彦は悠然と笑みを浮かべた。
「わらわに成りすまし、国を内部から乗っ取る算段であったのだろうが、失敗のようじゃのう!」
挑発的な言葉をかける太刀葉(清彦)に対し、驚きに目を見開く太刀葉(本物)。
「っええい! 偽者はそっちであろう! どうやったかは知らぬが、その化けの皮剥がしてやるわ!」
激昂した本物の太刀葉女王はその手を振りかざし、
轟!シュパァ!
広間に激しい風が通り抜ける! 気功術『太刀風』だ!
正確に太刀葉(清彦)を狙ったその一撃は、瞬くほどの間もなくその命を刈り取る…はずであった。
だが。
風が収まったとき、そこには掌に形成した円盤状の気功ですべての攻撃を受け流した太刀葉(清彦)の姿があった!
易々と本物の太刀葉の攻撃を往なしながら、清彦は内心でほくそ笑んだ。
太刀葉女王の気功の力が急激に低下しているのが感じ取れたのだ。
(ククク、本物の気功力はもう搾りカス程度にしか残ってねぇようだ…。
今の一撃も、以前相対した時の手抜きの一撃より遥かに弱い。それどころか、元の俺にでも出せそうなくらいの威力じゃねーか!)
一方で、本物の太刀葉は清彦が使った防御気功を見て驚きを隠せなかった。
気功を密に折り重ね、円状の動きを持たせて盾とする『円環盾』は、太刀葉の最も得意とする防御気功であると同時に、
気功のコントロールに長けた者しか使いこなせない技であった。
それを軽く使いこなし、こちらの攻撃を易々と跳ね除けたのだ。
“大陸一の気功巧者”太刀葉にとって、全力の攻撃を容易く防がれるのも初めての事であった。
「立場が危うくなった途端に激昂し、大切な家臣や国民たちの危険も顧みずこのような攻撃を加えてくるとは…、よっぽど焦っておるようじゃな」
太刀葉(清彦)はさらに余裕を見せ、挑発の言葉を投げる。
さらに、
「双葉よ! あやつを捕らえるのだ。皆の目の前であやつの化けの皮を『剥がして』やろうではないか!」
双葉へとそう指示を出した。
「勿論です太刀葉様! 我が刀に賭けて! 放て『斬影』!」
腰に佩いた剣を抜き放った双葉は、居合いの姿勢で斬撃に気功を乗せる神速の技を放つ!
「くっ、ま、待て双葉! 本物は私だ!」
叫びながら『円環盾』を発動しようとする本物の太刀葉だが、その気功は練られることもなく盾の形を成さない!
そのまま全身で『斬影』を受けた太刀葉は玉座から吹き飛ぶ!
ドガシャアッ!
背後の壁へ激突する太刀葉!
さらに、
「続けて『縛・四撃』!」
十文字に切り払った双葉の剣閃から気功が飛び、太刀葉の体を壁へと縫い付ける!
「ガハァッ…! な、何故だ…、ゼェ…ゼェ…この程度の気功、難なく往なせるはずなのに…」
蚊の鳴くほどの声でどうにかそう搾り出した太刀葉(本物)の元へ、悠然と歩み寄る太刀葉(清彦)。
そのまま本物の太刀葉の顔を掴むと、広間の人々に見えるように向かせた。
「さて、『剥がして』やろう。貴様の化けの皮を!!」
清彦の指が、本来何もないはずの本物の太刀葉の顔と首の間に、スッともぐりこむ。
あたかも、それはマスクを剥がしているかのように見える!
メリメリと音を立て、捲り上げられていく太刀葉の顔!
ついに顔がすべて剥がされ、その下からズルンと出てきたのは…!
なんとその貌は・・・
「大胆不敵な輩よなぁ?わらわに成りすまし国盗りとは。余人には思いもよらんだろう。
まったく大した極悪人じゃなぁ?、清 彦 よ 」
『剥がされた』顔の下から出てきたのは、皇国中に出回っている手配書に書かれた大盗賊の顔だった。
もっともこの顔は、清彦が貯蓄していた『顔』の一つであり、清彦の真の顔ではないのだが。
「わらわにっ、わらわに何をしたァッ!?」
清彦(太刀葉)は顔を剥がされてなお太刀葉(清彦)を睨みつけていた。
(いぃ~い顔じゃあねえか!!自分が正しいと信じて疑わない。最後に勝てると信じてる!
そんな顔だなぁ!?
だがなぁ?)
「見苦しいぞ清彦!神妙に縛に付けッ!」
双葉に切っ先を突きつけられ、清彦(太刀葉)は思わず息を飲んだ。
(お前はもう、国民に愛される女王サマじゃあないんだよッ!!
卑しい賤しい盗賊の清彦!処刑を待つだけの罪人!!
こちらに居並ぶお歴々の眼にはどう映るかね?
ここはもう『俺様の場所』なんだよッ!!)
まだ嗤ってはいけない。
太刀葉(清彦)は心の中の愉悦を押し殺し、凛と立っていた。
自分の今の状況を理解したのか俯き大人しくなる清彦(太刀葉女王)
双葉がまさに捕縛しようとした瞬間、懐から取り出した『瞬間移動』の仙術が発動し、皆の目の前で大盗賊清彦(本物の太刀葉女王)の姿が消えた!
(チッ!往生際の悪い・・・外部発動式の仙術ならどうせ遠くまでは跳べまい。
近くなら俺が貼り付けた『我が物顔』の気で感知できるしな。俺が触れて気を補充しなけりゃ1週間で気が霧散してあの顔は剥がれちまうがそれまでには捕まえられるだろう。
なに、楽しみがちょっと延びただけさ)
「追え、双葉。あの大盗賊を逃がすな!必ずや私の前に連れてくるのだ!」
「ハッ!必ずや」
しかし近衛兵団や軍団、果ては街の自治警備隊の総力をあげて1週間経った今も大盗賊清彦の足取りはようとして掴めなかった。
太刀葉女王(清彦)は苛立ちを隠さずに双葉を叱責した。
「申し訳ございません!清彦は必ずや捕らえますので」
「言い訳はよいわ!早くわらわの前に連れてくるのだ!」
決意を胸に部屋をあとにする双葉を眺めながら、そろそろ捜索も打ち切り時か…と思案する清彦。
一週間前…あの、大盗賊清彦(本物の太刀葉女王)の逃走劇の後。
広間に集まった面々は、偽者を看破した太刀葉女王の慧眼を讃え、またその復帰を大いに祝した。
それと同時に―――目の前で追い詰めておきながらも、油断によって、
女王の名を騙って国民を陥れようと企んだ極悪人清彦を捕らえられなかった皇国近衛兵団と、将軍双葉には激しい非難が飛んだのであった。
清彦としても、国家の有力者の面前で本物の太刀葉を処刑するという、最ッ高のクライマックスの演出に失敗してしまったことに、激しく憤っていた。
王族の生まれであり、一市民程度がどう努力しても得ることのできない高みに座ることを生まれついて約束されている女王太刀葉。
例え万が一に国家が崩壊し、失脚したとしても、太刀葉が高貴な血筋であるということは誰にも否定はできない。
その絶対に覆らないはずの常識をひっくり返し、民衆の上に立つのが当たり前だと思っている相手を引きずり落とし、
その立場を奪い取って絶望する相手の顔を高みから見下ろす…。
それが悪党としての清彦の悦びであり、同時に…、
己の持てる力を駆使して王の座を手に入れるという、清彦の一人の男としての野望であり、夢であった!
クライマックスの最高の瞬間はもはや再現はできず、仮に捕縛できて処刑する運びとなっても、もはやあの瞬間ほどの高まりはないだろう。
双葉の前ではいかにも苛立っているかのように見せていたが、内心清彦にとっては本物の太刀葉が見つかろうがどうでもいいのであった。
(それに…なんてったって、“本物の太刀葉”なんてもういねぇんだからなァ! いーや今や俺が“本物の太刀葉”そのものだッ!)
最初に『我物顔』が完璧に決まった時点で、太刀葉の命運はすでに清彦の手の上だった。
本物の太刀葉から最後に剥がされた顔…それを清彦は密かに回収し、人払いを施した部屋に篭り、自らの太刀葉に化けた顔の上からさらにそれを被っていた。
この“顔”には、太刀葉に残された記憶、気功の力、知識、知力、人格や細かい癖や仕草といった、太刀葉を構成するすべてが詰まっている。
これを吸収した清彦は、今や太刀葉が幼少期に使用人と遊んでもらったこと、母王が亡くなった日のこと、戴冠式…すべての太刀葉の記憶を我が物として思い出せる。
さらに人格も元の清彦から太刀葉へと切り替えることも、太刀葉として思考することも可能である。その知力や知識を手に入れて、以前より思考も明瞭になった。
一方でこれを奪われた太刀葉は廃人となってしまうが、清彦が長年変装として使っていた、『大盗賊清彦』の顔――本来は、貧民街のシケたゴロツキの顔――を貼り付けたことによって、
あえて廃人化はどうにか免れるように施してあった。
ただし、その顔が馴染まず剥がれればやはり廃人化するし、馴染めば記憶のない太刀葉は心からゴロツキになってしまうだろう。
また…、
この“顔”は完全に、太刀葉自身の顔そのものであった。
これを奪われてしまった本物の太刀葉にもはや顔はなく、『大盗賊清彦』の顔がなければのっぺらぼうになってしまっているところだ。
のっぺらぼうでは喋ることも見ることもできず、物も食べれない。
『大盗賊清彦』の顔が剥がれていたならば、のっぺらぼうの廃人として既に餓死していてもおかしくないのであった。
太刀葉の“顔”を被った清彦の方は、肉体自体も完全に太刀葉へと変容した。
仮にすべての気功の効果を打ち消されたとしても、以前の清彦の男の肉体が現れることはもうない。
もはや清彦のベースの肉体そのものが太刀葉の肉体となっているのだ。
どんな検査を受けたとしても、誰もが清彦を太刀葉として認めるだろう。
これが、最終段階の『我物顔』の力だ。
太刀葉の人格と知識を駆使し、次々と政務をこなしていく清彦。
その間も、国政を自分に都合のいい方向へ少しずつ動かしていくことに余念はない。
(俺様が王。俺様の国家! …だが、まだまだだ。俺の野望はこれだけじゃねぇ!!)
既にこの一週間をかけて、清彦は部下の女大臣や騎士団所属の女騎士、隠密頭をはじめとする数名の女忍者、側付のメイドや有力な冒険者の女戦士など…。
目ぼしい者達の顔へ、『粘着』・『隠蔽』を込めた気功を貼り付けることに成功していた。
(そう、まずは身近な部下を俺様好みに改造するッ! そして次に、諸侯を俺様の手足として動くようにし!!
ゆくゆくは隣国、そして世界を俺のものにしてやるッ!!!
チンピラ盗賊だった俺が世界を獲るんだッ!!!)
「わらわの覇道の始まりよ…、クククッ!ハァーッハッハッハ!!!」
続 く
天下に名を轟かす大盗賊だ。
今日の目標はかつてない大物。流石の俺も固くなっちまうぜ。二つの意味で。
宮殿の奥まで忍び込んだわけだが……
「そこの柱に隠れておる輩、何者ぞ」
チッ!見つかったか!流石は皇国史上最強の女皇と呼ばれるだけの事はあるぜぇ。
「お~っと、これはこれは太刀葉陛下、ご尊顔排しまして恐悦至極……」
「賊か、ここまで入り込んでくるとは中々の手練れ、褒めて遣わす。冥土で存分に自慢するがよい」
俺様の言葉を遮りやがってこのアマ……。
女王は手に気功を貯め、俺の方へ放ってきた。
轟!シュパァ!
風が通り抜けたと思った瞬間、俺の後ろにあった石柱が真っ二つになった。
気功術『太刀風』手に気功を集め、刃を形作り放つ技。
この国の戦士なら少し覚えがあれば誰でも使える技だが、ここまでの威力を出せる人間はそうはいない。
ちなみにこの俺、大盗賊清彦様でも三丈(約9m)先の胡瓜を切るのが精一杯って所だ。(例えるならメラとメラゾーマくらい差がある)
しかし俺様の目的は女王を殺す事じゃあない。
俺様が王宮に忍び込んだの訳はたった一つ。
『女王の顔を盗む』為だ。
「女王陛下は気が短くていらっしゃる!強者たる者バーンとォ!構えなくちゃあ、イケませんぜッ!」
性質に『粘着』を付加した気功を機関銃のように放った。
どれでもいい!女王の顔に当たれば……!
「小賢しい賊め……」
なんとでも言え!
俺の気功術『我物顔』!これで顔を剥がしゃあ俺の勝ちよ!
そんな期待も空しく、俺の気功はすべて叩き落されてしまった。
「もう終わりか?情けない男よの」
太刀葉は気功を槍の形にし、俺に迫ってくる。
その眼は巨大な獅子が一匹の鼠を見るかのように!
『放っておいても問題はないが、邪魔だから殺しておくか』
その程度の感慨しかなかった!
「莫迦がッ!」
圧倒的強者が持つ余裕。それは時に慢心と言う毒になる。
『天井に貼りつかせておいた気功』を操作し、女王の顔に張り付かせた。
ただ闇雲に撃ってただけじゃあないんだぜ!
「むぅ!?」
気功の性質を『粘着』から『形状記憶』に変化させ、さらに『情報記憶』させる!
「そして『剥がさせて』もらう……」
ベリベリベリ!
女王の顔から俺の気功を剥がし、手元に引き寄せた。
「貴様!何をした下郎ッ!」
元気に怒りを露わにする女王。
この術は攻撃技でも毒にする技でもない。
だが目的は果たした。
俺は煙幕玉を叩き付け、這う這うの体でアジトへ逃げ帰った。
女王は部下に追撃させようとしたようだが俺の姿を見たのは女王だけ。
追手が放たれた時には既に王宮を抜け出し街に入り込んでいた。
そのまま無事にアジトに到着した。
もちろん途中、何度も追手がいないのを確認しているし
さらに慎重に尾行を警戒して色々と工作もした。
さらに今の俺の姿は女王と対峙した時と違う姿だ。
あの時の俺と今の俺は身長、体格から体重まで何もかも違う。
何しろ性別まで違うのだ。
俺の気功術「我物顔」の効果だ。
清彦が王宮に忍び込んだ翌日。皇国近衛兵団は皇都を封鎖し清彦を血眼で探していた。
探索隊は少数精鋭で結成され、その中には女王の右腕と呼ばれる将軍双葉の姿もあった。
~貧民街~
(陛下から賊の追撃を命じられたが、背格好位しか情報が無いのでは全く捗らない)
(陛下がご無事であったから良かったものの、もし万一の事があったら私だけの責任ではすまなかったな)
(しかし陛下の気功を悉く躱して見せたという手練れ、私自ら動くほかあるまい)
貧民街を歩くその可憐な少女の姿はまさに『掃き溜めに鶴』と言うのにふさわしかった。
治安の悪い貧民街で少女が一人歩いていれば、普通であれば瞬く間に暴力によって全てを奪われてしまう……。
そう、『普通』であればの話だ
彼女こそが太刀葉の従妹にして皇軍最高責任者、将軍双葉だった。
「む!そこの頭巾の者!止まれ!」
双葉が貧民街を歩いていると、真夏だというのに目深に頭巾を被り、外套を纏った人物を見つけた。
(下手人とは背格好が違うけど一応確認しておくか)
「ほう、双葉か……」
頭巾の闇の中の双眸が双葉を捉えた。
(む、女だったか)
「とある匪賊に関する情報を集めている。長身痩躯の男で頬に十字傷を負っているブ男だそうだ、このあたりに潜伏しているという情報だが、お前見なかったか?」
「ブ男、ブ男ねぇ?ククク」
「何がおかしい?何を知っている!?貴様いったい何者だ」
双葉は抜刀し頭巾の女の逃げ道を塞いだ。微塵の隙もなく警戒し何時でも切りかかれる体制をとった。
「わらわの顔、見忘れたか?」
「なっ……!!?」
頭巾を取った女の顔!見間違えようもない!間違うはずもない!
本来ならば王宮に居るはずの、女皇太刀葉その人だった!
「陛下!?いったい何をなさっているのですか!?賊の捜索ならば私たちにお任せを!」
混乱する双葉。何故太刀葉がこんなところで、流民の様な恰好をしているのか見当もつかなかった。
それに対し、太刀葉は言った。
「王宮に居るのはわらわの偽物じゃ、ここに居るわらわこそがこの国の女王太刀葉よ。疑うのならば王宮に居るわらわの偽物に気功を放ってみよ」
にわかには信じられないが目の前の太刀葉陛下は間違いなく本物だ。
右腕と呼ばれ、側近中の側近であり 常日頃から太刀葉陛下と接する双葉が見間違うはずがない!
声、姿、体型、体格、そのたたずまい。
間違いなく別人が変装等で陛下に成りすましているのとは違う。
だが今朝、陛下直々に自分に賊の討伐を命じた太刀葉陛下も間違いなく本物だ。
「陛下。ご無礼をお許しください」
目の前の太刀葉陛下が 本物の太刀葉陛下ならこの気功術を避けるまでなく、全てその一振りで凪ぎ払うはず!
双葉は威力を抑えた無数の気功弾を掌に造り出すと目の前の太刀葉陛下に全力で撃ち込んだ!
殺到する気功弾に対して双葉の前に立つ太刀葉女王は!?
「覇ッッ!!」
太刀葉女王の掌に円盤状の気功が形成され、双葉から放たれた気功弾は全て叩き落された。
「まだまだ練気が足りぬなぁ双葉?」
ころころと笑う太刀葉の笑顔。
それは国民には決して見せない顔だった。
身近な人間にしか見せない、太刀葉個人の素の笑顔だった。
(間違いない。目の前に居るのは本物の太刀葉陛下だ。)
「陛下!!ご無礼致しました!!」
双葉は眼の前の太刀葉に跪いた。
「良い。許す」
太刀葉は目を細め満足げに微笑んだ。
その微笑みは可愛がっている双葉に向けられたように見えたかもしれない。
満足げに微笑んだ理由が、本来の自分なら作り出せない強力な円盤状の気功が形成出来た事。
双葉から放たれた気功弾は全て叩き落とすことが簡単にできた事に対するものでなければ。
「さて、玉座におるわらわの偽物を懲らしめてやらねばのぅ?」
太刀葉は穏やかな声色で言った。
(偽物に玉座を奪われながらもこの余裕、怒気を全く感じない……やはり陛下は大物だ)
「そのお役目、私めにお任せください!私に汚名返上の機会をお与えくださいッ!」
跪いたまま、双葉は言った。
(陛下を試みるという無礼を働いたまま何もしないわけにはいかん!)
「元よりそのつもりよ。良いか?双葉。玉座におる偽物はそなたを騙せている物と油断しておる。
だからこそ、そなたの力が必要なのじゃ。そなたの手で、そなたの気功で、
偽物を撃ちぬいて欲しいのじゃ。ああ、ただし殺してはならん。
化けの皮を『剥がして』やらねばならんのでなぁ?」
太刀葉は穏やかに、そして愉悦を隠しながら笑った。
目の前の太刀葉女王の言葉に従い、双葉将軍は王宮へ向かった!
王宮へ向かう馬車の中で女王に成りすました清彦と双葉将軍は二人きりで向かい合っていた。
この馬車は皇国近衛兵団専用のものであり、構造の堅牢さはもちろんの事防音性も非常に高く、中で作戦会議などもできるという優れものだ。
今だ流民の様な薄汚い外套を羽織ったまま、しかしその身から滲み出る自然な優雅な佇まいで車窓を眺める太刀葉女王に対して、
双葉将軍はおずおずと、先ほどから抱えていた疑問を投げかけた。
「…陛下、今王宮にいるのが陛下の偽者だとして、陛下は何故そのようなお姿で貧民街に?」
「そのことか…。昨日、王宮に賊が忍び込んだのは双葉も知っておろう。
賊はわらわの玉座にたどり着くまで、一度も警備の者に見つかることがなかった。これがどういうことか、わからぬお前ではあるまい、双葉」
太刀葉の言葉に静かに頷く双葉。
皇国の王宮の警備兵は国全体から集められた精鋭達であり、その監視の目を潜り抜けて玉座まで侵入するなど普通ならありえない。
皇軍最高責任者である双葉はそのことを最もよく知っている立場だ。
「賊は普通の盗賊ではない。達人級の使い手か、何か奥の手があるに違いない。
普通に相手をしては危険だ。
だから、賊に対して最初はわらわ自ら対峙しようと思ったのだが、そこで傍で身を隠していたわらわの「近衛隠密」によって止められてな。
『瞬間移動』の気功の使い手の隠密に連れられ、一旦王宮から逃れ隠密用の隠れ家に身を潜めておったのよ」
近衛隠密衆は太刀葉女王の直轄であり、皇軍の所属でないため双葉将軍に指揮権はなく、その配置も知らなかった。
「そしてわらわが逃れているその間に、玉座の間に残った隠密が警備を集め賊を捕らえる…、という手はずであったのだが…。
賊は捕らえられず、何故かここにいるはずのわらわが王宮にいることになっておる。
隠密からの連絡もない。困っておったところに丁度お前が現れた…ということなのだ」
「なるほど…そのようなことになっていたとは…。
陛下を疑ってしまったご無礼、重ねてお詫び申し上げます!」
深々と頭を下げる双葉。
(しかし『瞬間移動』とは…隠密にはそのような希少な気功の使い手までいるのか…)
『瞬間移動』は扱いが難しく、使い手はこの大陸に五人もいないと言われている。
そう考えている双葉の向かいで、太刀葉は満足げに頷いていた。
(へへっこの女、俺のでまかせの説明を信じ込んじまってるぜ…。偽者はお前の目の前にいる方だってのによォ?
「近衛隠密」だって、実際は俺がその動きを調べつくして、女王の傍に隠密のいないタイミングを狙って侵入したんだぜ…?
しっかし、この双葉もいい体してやがるぜ!
盗賊の俺としては、綺麗な顔して容赦なく俺ら盗賊を取り締まる憎き鬼のドS女将軍、だと思っていたが、
太刀葉女王になった俺に対しては花みてえないい笑顔向けやがる…。
もし女王の立場に飽きたり、なにかヘマこいた時には、この女将軍の顔を奪ってやるってのもアリだなァ!)
そうして太刀葉がニヤリと下卑た笑みを一瞬浮かべたことに、双葉は気付かなかった。
「ほほう、皇国近衛兵団の隠し拠点の一つか」
「偽物を捕らえるまで申し訳ありませんがここでお待ちください」
王宮を囲むように街が広がるその中心に近い裕福な商人や役人が住むエリア。
そこに民家に偽装した皇国近衛兵団の隠し拠点があった。
もちろんここに来るまでの道程で馬車は乗り換えている。
見た目は王宮に荷物を運び込む荷台に偽装した牛車にだが。
(一応双葉の『我物顔』を手に入れておくか。今すぐに使うつもりはないが、いつでも双葉に化けれるのは今後の行動も楽になるしな ♪)
王宮の玉座ほどではないが、充分豪奢な椅子に腰かけ太刀葉は一息ついた。
「すぐ御召し物を持たせます」
双葉は侍女を呼び、着替えを手配した。
数分で豪商の娘が着る様な煌びやか且つ上品な服が届けられた。
「『こんなもの』しか用意できず申し訳ございません」
(『こんなもの』ねぇ……)
その服は太刀葉の持っている服と比べれば、非常に安価な物だった。
それでも庶民には、手の届かない品だった。
「ふむ、まあまあだな。双葉、褒めて遣わす」
太刀葉は双葉の頬に手を当て、優しく微笑んだ。
尊敬する女王に褒められ双葉は赤面した。
「勿体無きお言葉、恐れ入りますっ!」
この時双葉は、『粘着』・『隠蔽』の性質をもった気功を付けられた事に気が付かなかった。
双葉に張り付いた清彦の気功は、『粘着』・『隠蔽』の効果で薄く広がり双葉の顔全体へ自然に広がり、
同時に双葉自身の纏っている気と区別がつかないほどに混じりあう。
その予期していなかった劇的な効果に、清彦は太刀葉の顔で薄っすらと笑みを浮かべた。
元々『粘着』も『隠蔽』も清彦の得意としていた技術だが、“大陸一の気功巧者”とも謳われる太刀葉女王の技を我が物とした今、
その効果は驚くほどに洗練されたものとなっていたのである。
(これで、いつでも望めば双葉の顔を奪うことが出来るわけだ…。
しかし、今はやめておこう…、まずは太刀葉の立場を奪い、王位を簒奪し、この国を俺の物にするのが先だ。
双葉は俺の可愛い手駒として充分に愛でて、また働かせて、それからでも遅くはあるまい)
翌日、双葉率いる皇国近衛兵団の精鋭部隊は揃って王宮内部を進んでいた。
目的は勿論、偽者の太刀葉がいる玉座の間だ。
今は午前の謁見の時間である。
太刀葉女王は、国家を健全に導くために国民たちの意見や要望を尊重すべし、という信念の元に、
大臣や各地から派遣された諸侯からの遣い、城下の民を代表するギルド長などの陳情を聞いたり意見を交わしたりしている。
そういった民、官、貴族の代表者たちが居並ぶ玉座の間の扉が、突如として大きく開かれた!
続々となだれ込んできたのは皇国近衛兵団の兵士たち。
その先頭でまっすぐ太刀葉女王の元へと進む双葉の歩みに、人々は自然と道を開け、モーゼが海を割ったかのごとく玉座までの道が作られる。
「双葉殿、これはいったい!?」「何故近衛兵団が!?」「一体何があったのだ!」
ざわめく人々の前で双葉はよく通る声で一喝する。
「皆の者よく聞け! 諸君らの目の前のこの太刀葉女王は偽者である!」
「なんじゃと!?」「どういうことだ!」「双葉殿!乱心なさったか!」
部屋の中は蜂の巣をつついたような混乱に包まれた。
そんな中太刀葉女王が立ち上がり、冷ややかな目で双葉を見下ろすとゆっくりと口を開いた。
「どうしたというのだ双葉。このような厳粛な場でそのような戯言を申すとは…」
対して双葉は太刀葉の方をキッと睨み、きっぱりと言い張った。
「これ以上女王の真似を続けても無駄だ偽者め! 貴様の目論見は失敗した!
本 物 の 女 王 は こ ち ら に お わ す ! ! ! 」
双葉の言葉に続いて、左右に近衛騎士を侍らせ、近衛兵団仕様の外套を纏った小柄な人物が進み出てくる。
その人物は双葉の前、広間の中心に立つと、勢いよく外套を脱ぎ捨てた!
「おお…ッ!?」
「あなたは…!」
「太刀葉女王!!!!」
驚く人だかりの視線を受け、太刀葉の顔をした清彦は悠然と笑みを浮かべた。
「わらわに成りすまし、国を内部から乗っ取る算段であったのだろうが、失敗のようじゃのう!」
挑発的な言葉をかける太刀葉(清彦)に対し、驚きに目を見開く太刀葉(本物)。
「っええい! 偽者はそっちであろう! どうやったかは知らぬが、その化けの皮剥がしてやるわ!」
激昂した本物の太刀葉女王はその手を振りかざし、
轟!シュパァ!
広間に激しい風が通り抜ける! 気功術『太刀風』だ!
正確に太刀葉(清彦)を狙ったその一撃は、瞬くほどの間もなくその命を刈り取る…はずであった。
だが。
風が収まったとき、そこには掌に形成した円盤状の気功ですべての攻撃を受け流した太刀葉(清彦)の姿があった!
易々と本物の太刀葉の攻撃を往なしながら、清彦は内心でほくそ笑んだ。
太刀葉女王の気功の力が急激に低下しているのが感じ取れたのだ。
(ククク、本物の気功力はもう搾りカス程度にしか残ってねぇようだ…。
今の一撃も、以前相対した時の手抜きの一撃より遥かに弱い。それどころか、元の俺にでも出せそうなくらいの威力じゃねーか!)
一方で、本物の太刀葉は清彦が使った防御気功を見て驚きを隠せなかった。
気功を密に折り重ね、円状の動きを持たせて盾とする『円環盾』は、太刀葉の最も得意とする防御気功であると同時に、
気功のコントロールに長けた者しか使いこなせない技であった。
それを軽く使いこなし、こちらの攻撃を易々と跳ね除けたのだ。
“大陸一の気功巧者”太刀葉にとって、全力の攻撃を容易く防がれるのも初めての事であった。
「立場が危うくなった途端に激昂し、大切な家臣や国民たちの危険も顧みずこのような攻撃を加えてくるとは…、よっぽど焦っておるようじゃな」
太刀葉(清彦)はさらに余裕を見せ、挑発の言葉を投げる。
さらに、
「双葉よ! あやつを捕らえるのだ。皆の目の前であやつの化けの皮を『剥がして』やろうではないか!」
双葉へとそう指示を出した。
「勿論です太刀葉様! 我が刀に賭けて! 放て『斬影』!」
腰に佩いた剣を抜き放った双葉は、居合いの姿勢で斬撃に気功を乗せる神速の技を放つ!
「くっ、ま、待て双葉! 本物は私だ!」
叫びながら『円環盾』を発動しようとする本物の太刀葉だが、その気功は練られることもなく盾の形を成さない!
そのまま全身で『斬影』を受けた太刀葉は玉座から吹き飛ぶ!
ドガシャアッ!
背後の壁へ激突する太刀葉!
さらに、
「続けて『縛・四撃』!」
十文字に切り払った双葉の剣閃から気功が飛び、太刀葉の体を壁へと縫い付ける!
「ガハァッ…! な、何故だ…、ゼェ…ゼェ…この程度の気功、難なく往なせるはずなのに…」
蚊の鳴くほどの声でどうにかそう搾り出した太刀葉(本物)の元へ、悠然と歩み寄る太刀葉(清彦)。
そのまま本物の太刀葉の顔を掴むと、広間の人々に見えるように向かせた。
「さて、『剥がして』やろう。貴様の化けの皮を!!」
清彦の指が、本来何もないはずの本物の太刀葉の顔と首の間に、スッともぐりこむ。
あたかも、それはマスクを剥がしているかのように見える!
メリメリと音を立て、捲り上げられていく太刀葉の顔!
ついに顔がすべて剥がされ、その下からズルンと出てきたのは…!
なんとその貌は・・・
「大胆不敵な輩よなぁ?わらわに成りすまし国盗りとは。余人には思いもよらんだろう。
まったく大した極悪人じゃなぁ?、清 彦 よ 」
『剥がされた』顔の下から出てきたのは、皇国中に出回っている手配書に書かれた大盗賊の顔だった。
もっともこの顔は、清彦が貯蓄していた『顔』の一つであり、清彦の真の顔ではないのだが。
「わらわにっ、わらわに何をしたァッ!?」
清彦(太刀葉)は顔を剥がされてなお太刀葉(清彦)を睨みつけていた。
(いぃ~い顔じゃあねえか!!自分が正しいと信じて疑わない。最後に勝てると信じてる!
そんな顔だなぁ!?
だがなぁ?)
「見苦しいぞ清彦!神妙に縛に付けッ!」
双葉に切っ先を突きつけられ、清彦(太刀葉)は思わず息を飲んだ。
(お前はもう、国民に愛される女王サマじゃあないんだよッ!!
卑しい賤しい盗賊の清彦!処刑を待つだけの罪人!!
こちらに居並ぶお歴々の眼にはどう映るかね?
ここはもう『俺様の場所』なんだよッ!!)
まだ嗤ってはいけない。
太刀葉(清彦)は心の中の愉悦を押し殺し、凛と立っていた。
自分の今の状況を理解したのか俯き大人しくなる清彦(太刀葉女王)
双葉がまさに捕縛しようとした瞬間、懐から取り出した『瞬間移動』の仙術が発動し、皆の目の前で大盗賊清彦(本物の太刀葉女王)の姿が消えた!
(チッ!往生際の悪い・・・外部発動式の仙術ならどうせ遠くまでは跳べまい。
近くなら俺が貼り付けた『我が物顔』の気で感知できるしな。俺が触れて気を補充しなけりゃ1週間で気が霧散してあの顔は剥がれちまうがそれまでには捕まえられるだろう。
なに、楽しみがちょっと延びただけさ)
「追え、双葉。あの大盗賊を逃がすな!必ずや私の前に連れてくるのだ!」
「ハッ!必ずや」
しかし近衛兵団や軍団、果ては街の自治警備隊の総力をあげて1週間経った今も大盗賊清彦の足取りはようとして掴めなかった。
太刀葉女王(清彦)は苛立ちを隠さずに双葉を叱責した。
「申し訳ございません!清彦は必ずや捕らえますので」
「言い訳はよいわ!早くわらわの前に連れてくるのだ!」
決意を胸に部屋をあとにする双葉を眺めながら、そろそろ捜索も打ち切り時か…と思案する清彦。
一週間前…あの、大盗賊清彦(本物の太刀葉女王)の逃走劇の後。
広間に集まった面々は、偽者を看破した太刀葉女王の慧眼を讃え、またその復帰を大いに祝した。
それと同時に―――目の前で追い詰めておきながらも、油断によって、
女王の名を騙って国民を陥れようと企んだ極悪人清彦を捕らえられなかった皇国近衛兵団と、将軍双葉には激しい非難が飛んだのであった。
清彦としても、国家の有力者の面前で本物の太刀葉を処刑するという、最ッ高のクライマックスの演出に失敗してしまったことに、激しく憤っていた。
王族の生まれであり、一市民程度がどう努力しても得ることのできない高みに座ることを生まれついて約束されている女王太刀葉。
例え万が一に国家が崩壊し、失脚したとしても、太刀葉が高貴な血筋であるということは誰にも否定はできない。
その絶対に覆らないはずの常識をひっくり返し、民衆の上に立つのが当たり前だと思っている相手を引きずり落とし、
その立場を奪い取って絶望する相手の顔を高みから見下ろす…。
それが悪党としての清彦の悦びであり、同時に…、
己の持てる力を駆使して王の座を手に入れるという、清彦の一人の男としての野望であり、夢であった!
クライマックスの最高の瞬間はもはや再現はできず、仮に捕縛できて処刑する運びとなっても、もはやあの瞬間ほどの高まりはないだろう。
双葉の前ではいかにも苛立っているかのように見せていたが、内心清彦にとっては本物の太刀葉が見つかろうがどうでもいいのであった。
(それに…なんてったって、“本物の太刀葉”なんてもういねぇんだからなァ! いーや今や俺が“本物の太刀葉”そのものだッ!)
最初に『我物顔』が完璧に決まった時点で、太刀葉の命運はすでに清彦の手の上だった。
本物の太刀葉から最後に剥がされた顔…それを清彦は密かに回収し、人払いを施した部屋に篭り、自らの太刀葉に化けた顔の上からさらにそれを被っていた。
この“顔”には、太刀葉に残された記憶、気功の力、知識、知力、人格や細かい癖や仕草といった、太刀葉を構成するすべてが詰まっている。
これを吸収した清彦は、今や太刀葉が幼少期に使用人と遊んでもらったこと、母王が亡くなった日のこと、戴冠式…すべての太刀葉の記憶を我が物として思い出せる。
さらに人格も元の清彦から太刀葉へと切り替えることも、太刀葉として思考することも可能である。その知力や知識を手に入れて、以前より思考も明瞭になった。
一方でこれを奪われた太刀葉は廃人となってしまうが、清彦が長年変装として使っていた、『大盗賊清彦』の顔――本来は、貧民街のシケたゴロツキの顔――を貼り付けたことによって、
あえて廃人化はどうにか免れるように施してあった。
ただし、その顔が馴染まず剥がれればやはり廃人化するし、馴染めば記憶のない太刀葉は心からゴロツキになってしまうだろう。
また…、
この“顔”は完全に、太刀葉自身の顔そのものであった。
これを奪われてしまった本物の太刀葉にもはや顔はなく、『大盗賊清彦』の顔がなければのっぺらぼうになってしまっているところだ。
のっぺらぼうでは喋ることも見ることもできず、物も食べれない。
『大盗賊清彦』の顔が剥がれていたならば、のっぺらぼうの廃人として既に餓死していてもおかしくないのであった。
太刀葉の“顔”を被った清彦の方は、肉体自体も完全に太刀葉へと変容した。
仮にすべての気功の効果を打ち消されたとしても、以前の清彦の男の肉体が現れることはもうない。
もはや清彦のベースの肉体そのものが太刀葉の肉体となっているのだ。
どんな検査を受けたとしても、誰もが清彦を太刀葉として認めるだろう。
これが、最終段階の『我物顔』の力だ。
太刀葉の人格と知識を駆使し、次々と政務をこなしていく清彦。
その間も、国政を自分に都合のいい方向へ少しずつ動かしていくことに余念はない。
(俺様が王。俺様の国家! …だが、まだまだだ。俺の野望はこれだけじゃねぇ!!)
既にこの一週間をかけて、清彦は部下の女大臣や騎士団所属の女騎士、隠密頭をはじめとする数名の女忍者、側付のメイドや有力な冒険者の女戦士など…。
目ぼしい者達の顔へ、『粘着』・『隠蔽』を込めた気功を貼り付けることに成功していた。
(そう、まずは身近な部下を俺様好みに改造するッ! そして次に、諸侯を俺様の手足として動くようにし!!
ゆくゆくは隣国、そして世界を俺のものにしてやるッ!!!
チンピラ盗賊だった俺が世界を獲るんだッ!!!)
「わらわの覇道の始まりよ…、クククッ!ハァーッハッハッハ!!!」
続 く
能力奪っていく系は上り詰めても途中でエロ堕ちさせられてもおいしいから続きが楽しみだ