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カミューラと超融合?

2015/12/17 09:22:29
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カミューラと超融合?





デュエルアカデミア卒業から数十年後のある夜。老年となり、霞む視界に間もなく旅立つときがやってくると予感していた遊城十代は、自宅にてぼんやりと過ごしながらふと昔を振り返っていた。

(今にして思えば実に濃い人生だったよな)

七星門を巡るセブンスターズや、セブンスターズを組織した親玉である影丸理事長との戦い。

邪悪なる破滅の光によって操られた光の結社との戦い。

異世界においてのユベルとの因縁の戦いと和解。

ダークネスとの戦い。

そして覇王としての自分へ生まれ変わった自身が、今際の際となる現在までのデュエルの中でも最高の大一番だと確信しているデュエルキング武藤遊戯との戦い。

本当に色々あった。常人と比較するのならば幾十人分の人生を一人この身で味わえたと言える程に濃厚な日々であった。
辛く苦しい時も多々経験してきたが、それを含めても最高に楽しい人生だと今でも思う。

(それも、あと少しで終わるのか)

人間、誰しも寿命はある。始まりがあれば終わりもまた。
例外的にデュエルモンスターズの精霊などは、外的・内的要因が元で消滅したりしない限りにおいては永遠に在り続けられるようだが、生憎とこの身は普通の人間。
闇の力を操れる。ユベルを始め、ハネクリボー、E-HERO達といった精霊の姿が見える。そしてそんな彼らと話も出来るがしかし、人間なのだ。どうあっても寿命は訪れてしまう。それが普通であり自然の理。
受け入れてはいたし、不満はない……だがそれでも――。

(死にたく、ないな)

年老い精神力も衰えた彼の負担にならないようにと静かに口を閉ざしている精霊達の姿を視て考えてしまったのだ。
皆の存在を感じれば感じるほどに、彼らと共に歩んだデュエルの人生を思い出してしまい、もっとデュエルがしたいという欲望が心の奥底より沸き起こる。
死にたくないとは、死ぬことが怖いからではない。もうデュエルが出来なくなってしまうという、そのことに対する恐怖からのもの。

無論、死後の世界が存在することを彼は承知していた。戦ったデュエリストの中には天に召されていった者も幾人か居る。友人達の多くも今は鬼籍に入っている。
自然のままに生き。自然のままに眠りに就く。それが人間としてのあるべき姿だ。
デュエルがしたいのならばあの世とやらでも可能だろう。であるのなら、あの世でデュエルをすればいいだけじゃないか。

当たり前の答えを持っていた彼だが、死を前にしてふと考えてしまった。

“もしも、死することなく永遠に生きてこの世界でのデュエルが楽しめたなら”

生まれ来る新しい世代のデュエリスト。また今まで相見えたことのないデュエリスト。
幾多の見知らぬデュエリスト達。数多の見知らぬデュエル。それら全てを楽しめるのではないかと。

人生はただ一度きり。
再スタートはない。
それでも考え至る種々のデュエルに思いを馳せる中で、彼は願ってしまった。

“永遠にデュエルを楽しみたい”

密かに抱いていた欲求が、もし出来ることならもう一度あの時代に戻りたいと。

生まれ変わってでも何でもいい。遊城十代としての人生を歩めないというのならばそれでも構わない。
あの一番楽しかった時代へ回帰し、そして永遠のデュエル人生を送りたい。

(ん……?)

そんな夢のような出来事が本当に起ったのならば……、不可能な望みであると知りながらも考えていた遊城十代は、自分の身体から何かが抜けていくのを感じた。
それは、自らと融合していた精霊ユベルが離れていく感覚。

(ユベル……、そうか……。もう、旅に出なきゃなんねーんだな……)

分離したユベルは微笑んでいる。

――お別れだね十代――。

ずっと共に過ごしてきたユベルの別れの言葉。
精霊たるユベルに死はない、死が分つとあるが本当の別れの時が来たのだ。

――ユベル……今まで、ありがとな――。

ここでお別れとなるユベルにはしかし、再びの十代との別れに際しもう絶望などはなかった。
天寿を全うするまでの間十代と共に在り続け、彼を護り切れたのだから、いったい何に不満を抱こうというのか。
悲しみはあったが、それは時が来た以上はどうすることもできない自然の摂理。
十代も最良の、そして得難き親友との別れは悲しかったが、人間に与えられた自然の理を覆せるはずもなく、ユベルに後を託した。

――子供や孫のこと……頼んだぜ――。

そう、忘れ形見達のこれからを見守って欲しいと。

――頼まれたよ。いいや、頼まれなくてもそうするさ。だって、僕の十代の血を引く子たちなんだからね――。

――はは、やっぱ頼りになるぜユベルは――。

ダークネスとの決戦の時も。
デュエルキング武藤遊戯との激戦のときも。
最も大切な場面でユベルは共に戦ってくれた。
昔からずっと、自分と共に在ろうとしてきた。
その友との、今生の別れに、十代は一度目を閉じて再び瞼を開ける。

――それじゃあユベル、オレ……行くな――。

そうして告げるのは、たった一つの別れの言葉だった。



“ガッチャ……。楽しいデュエル(人生)だったぜ……。”





遊城十代。享年九十九歳。

波瀾万丈の人生を送ったデュエリストは、この日自宅の縁側にて静かに息を引き取った。




◆◆◆


こうして人生に幕を閉じて旅立つ事となった十代。

しかし、彼の魂はあの世に旅立つことも、転生することもなかった。

それは強大で、しかし同時に正しき闇の力を持つ彼が。

死の間際に願ったことが原因だった。

彼の死に反応して一時的に大きくなった闇の力が思わぬ形で暴走したのだ。

暴走した闇の力。それは誰にも……本人にさえも感知されることなく静かに確実に、あの世へと渡るはずであった彼の魂を別の場所へと誘っていく。

永劫のデュエルを楽しみたい。

その願望を叶えるために――。


◆◆◆



自らの魂が、肉体より解放される瞬間を感じ取った遊城十代の、消失したはずの意識が、蘇る。

(どこだここ……?)

とても暗い場所。光に包まれたようにも感じたというのに、気が付けば薄暗い闇の中。

(なんだよ……これ)

混乱気味の彼は、ふと自らの手を見ようとして気が付く。

(手が、無い……?)

手が見えない。いや、手だけではない。脚の感覚も、呼吸の感覚も、心音も、なにも感じられなかった。
それどころか身体すらないのだ。

(ああそうか。オレ、死んだんだったな)

ユベルとの、そして精霊達との別れの挨拶を済ませて意識を閉ざしたあの瞬間に。
つまり、今の自分は魂だけの存在。かつての恩師である大徳寺と同じ様な。
ならば肉体がないのは当然だった。

(ん?)

そんな暗闇の中を漂う彼の意識に、何かが響いてきた。

(なんだ?)

声がする。声だけではなく僅かばかりの光も見えた。
その光はやがて眩い輝きを放ち、魂だけと成った彼の意思体を照らし出す。


『闇のモンスターヴァンパイアは朝日と共に灰になる! 行け究極の輝きを放て! シャイニングシュート!!』


(……?)

自らの居る場所から見て真下の位置。爆発的に増す光の中より聞き覚えのある声がした。

(これって、オレの声……だよな?)

その声とは、聞き間違え様がないだろう自らの声だった。子供の頃よりこの声で言葉を発して来たのだ、どうすれば忘れられようか。
問題は自分が此処に居るというのに、どうして自分の声が別の場所から聞こえてくるのかだ。
そんな不可思議な現象に見舞われていた十代は、あまり難しく考えずに、ただ好奇心を刺激されるままに無い耳を澄ましてみた。
するとまた更にもう一つ別の声が聞こえてくるではないか。


『うう…! 忘れたのッ ヴァンパイアは不死身って言ったでしょ!』


次ぎに聞こえてきたのは女の声。こちらもまた先の自分の声と同じく聞き覚えがある。
その台詞も含めてずっと昔に耳にした覚えが。

(これって……あれ……? カミューラ、なのか?……この声?)

そう。新たに聞こえたその声は、昔、あの最高に輝いていた三年間の一年目に戦った敵、セブンスターズ。その一員であった本物の吸血鬼の声だった。
慣れてきた目に映る視界は、思い返してみれば確かにあの時の、デュエルアカデミアの湖に現われたカミューラの城の内部だ。その城の中で魂だけの存在として浮遊しているようなのだ。

(じゃあここはまさか、あのデュエルアカデミアの時代?)

俄には信じられない。そも死を迎えた自分は天に召されるか、はたまた転生するのかといったところだったというのに。気付けば居た場所はかつて歩いた自分の人生の一場面という不可解な状況下。

(わけわかんねえ……)

死に際に見る幻――走馬燈のような物ではどうやらなさそうだ。
はっきり現実だと認識できるのは、彼が数多くの不思議な体験に出会してきたが故のもの。
経験は想像よりも物を語る。経験してきたからこそ、この不可思議な現象も現実であると瞬時に判断できたのだ。

ただ、何が原因かについては不明だ。少なくとも彼にはわからなかった。

しかし思い至ろうにも彼自身想像だにしないことだろう。
これが、自らの持つ強大な闇の力が叶えた願望の顛末だと言う事は。

願ってしまったからこそ、彼は此処に居る。
時間を超えて彼の魂を運んできたのは闇の力だが、自らの無意識がそうさせたのだ。

永遠のデュエル人生を現実の物とできる、本当に手に入れられる存在が居る。いや、“居た”この時代へと、闇の力は彼の魂を強制転移させたのだ。


『シャイニング・フレア・ウィングマンのモンスター効果は、戦闘で破壊した相手モンスターの攻撃力分のダメージを相手プレイヤーに与える』

『なんですって…ッ!』


困惑している間にも下から聞こえ続けていた声は、あの時のデュエルの終局へと繋がる局面へと差し掛かっていた。

(此処に居ても仕方ないし、取り敢えず行ってみるか)

あれこれと考える事を一時放棄した十代は、好奇心に身を任せながらかつての自分がデュエルを行っている場所へと下りていった。





(懐かしいなぁ、シャイニング・フレア・ウィングマン)

煌々とその身を輝かせている昔の自分が切り札としていた白銀のHEROシャイニング・フレア・ウィングマン。
見ればシャイニング・フレア・ウィングマンより少し離れた場所に位置するバルコニーに、オシリスレッドの赤い制服を着た、少年時代の自分が立っている。

(うわぁ、オレ若いな。まだ子供っつーか、学生じゃん)

晩年の自分はもちろん年老いた姿をしていた。髪もあの少年の頃のように栗色をしているわけでもなく、真っ白な白髪。痩せ衰えた肉体に落ちくぼんだ瞳。人間誰しも歳を重ねればそうなっていくものだ。
それはそれでいいし、十代も少年の頃の自分を見ても羨ましいとは思わなかった。
自分に嫉妬する様な性格ではないし、反対にこれから迎えるだろう試練に立ち向かう彼――自分だが、を応援するくらいの意識でいた。

(ってことは、あっちのバルコニーには)

そしてその少年だった頃の自分が立つバルコニーとは反対側の、向かい合わせになっているバルコニーへと意識を向けた。

(やっぱりアイツだよな)

視界が捉えたのは、腰までスリットが入ったロングスカートをした、濃い赤紫色の扇情的なドレスに身を包む妖艶な女の姿だった。
腿の裏側まで届く真っ直ぐな緑色をした長い髪。
血のように赤いルージュの引かれた唇。
切れ長の目尻に妖しく輝く赤い瞳、耳朶の尖った耳。
十代の記憶に焼き付いていた、かつて彼と激闘を繰り広げた女性デュエリスト。

(カミューラ)

セブンスターズ二人目の刺客にして吸血鬼の貴婦人――ヴァンパイア・カミューラ。
中世ヨーロッパ時代に繁栄を謳歌しながらも、しかし彼女達ヴァンパイアを化物と蔑む人間の差別によって虐殺された吸血鬼一族最後の一人にして、唯一の生存者。
そして、卑劣な手段も厭わずに己の目的を叶えようとしたデュエリスト。八十数年振りに目にしたその女性の姿に、だが彼は思う。

そうじゃないんだ――と。

(あいつってさ、結局、被害者なんだよな)

大人になり、数多の経験をしてきた今だからこそわかるが、カミューラは卑怯者でも冷酷でも何でもない、ただの被害者なのだ。
デュエリストとしては確かに冷酷で卑劣な手段を使っていた物の、人間に殺された吸血鬼一族を復活させるという深く大きな願いを持つ彼女を責める事は出来ない。
少なくとも、人間という種族単位で考えるのならばカミューラを責めることその物が間違っているだろう。

(全部が全部、あいつの行いを正当化することなんかできないけどさ。あいつの気持ちは、なんとなくわかる)

カミューラは手段など選んで居られなかったのだ。もし、自分の家族や仲間がカミューラの一族と同じような目に合わされて、その上で家族や仲間を復活させる為に必要だというのならば自分だってどうするか。
ましてやこの時の彼女は、家族や一族を虐殺した側である人間種族の、個人的欲望を叶える為の“捨て駒”として利用されていた。
手段を選ばずに一族復活のためにと彼女が必死で戦ったデュエルすらも、そのデュエルでデュエルエナジーを発生させることが目的だったに過ぎず。
若返りと不老不死を求めたデュエルアカデミア理事長影丸に利用され、幻魔の生け贄として捧げられた哀れな被害者でしかなかったのだ。

結局、どう言い繕おうとも人間がヴァンパイア一族を差別し、殺害し、欲望のために利用した事実は変わらない。
それは歴史的な事実であり、自らもその渦中にあった十代もそれだけは確信を持って言えた。
カミューラが人間を嫌う理由は、人間が人間を嫌う以上に深く根深い物だったのだろう。

幻魔の扉に魂を奪われて肉体が消滅してしまったその後、カミューラがどうなったのかは十代も知らない。
幻魔を倒したときに幻魔と影丸に吸収されていた精霊達が解放されたのと同じで、彼女の魂も幻魔から解放されたことは間違いないだろう。
影丸が「お前の魂を自分の肉体に吸収してやる」と十代に対し告げていたことから、幻魔に吸収された魂や、魂を喪い消滅した肉体は、幻魔が倒れれば全て元に戻るのかも知れない。
また、影丸は数多くの闇の力を操り、闇のアイテムも大量に保持していたことから、カミューラと同じセブンスターズのメンバーだったタイタンを闇から救い上げて部下にしたように、彼女を救出する何らかの手段も持っているのだろう。

しかし、そうであったとしても生け贄となり吸収されていた間に彼女が味わっていただろう苦しみは筆舌に尽くしがたい物だったはずだ。
なにせ、エネルギーを吸収されたデュエルモンスターの絵は、ミイラと化していたりと、明らかに苦しみの中にあったと考えられるような状態だったのだから。
ヴァンパイアといっても人間と同じで、肉体と魂を持つ生命である以上、彼女も苦しみと痛みにのたうち回っていたに違いなく。
その状態に追い込まれるとわかっていながらも、幻魔の力を持つ闇のカード“幻魔の扉”を彼女に持たせた影丸こそが、最も卑劣で冷酷で、許されざる行いをしていたであろうと断定せざるを得ない。
正しくHEROの敵だったのだ。そう、“人間が”だ。

(全部終わった後で心を入れ替えてくれたけど、爺さんもいっぱい悪い事をしてたもんな。カミューラはそんな爺さんの犠牲者だった……。そりゃあ、人間を許せないってあいつが怒るのも当然だよ)

人間に仲間を皆殺しにされて、人間の欲望に利用されて、幻魔に苦しめられるそもそもの原因まで人間の手によるもの。
これではカミューラの卑怯な行いを責める以前に、人間こそが彼女に非道を行わせるよう追い詰めた悪の元凶としか見れなくなる。
そして事実その通りであるのだから、最早人間の側に弁解の余地など有るはずもない。

(何の関係もない人間には逆恨みに見えても、種族としての人間がカミューラに行った仕打ちは間違いなく罪で、悪い事だ)

その様に考えられるくらいには大人だった十代は、呆然とするカミューラの前にシャイニング・フレア・ウィングマンが立ちはだかり、全身から光を放つ瞬間を、やるせなさと共に見ていた。

『ギャアアアアアアアア―――――ッ!!』

断末魔の叫びが木霊し、眩い光を遮るかの如く手を出していたカミューラが光の収まりと同時にバルコニー上で崩れ落ちた。
同時に、魂の状態の十代は、崩れ落ちた彼女の傍へ立つ。

(カミューラ……)

LPが0になりその場で膝を付き顔を伏せたまま荒い息を繰り返すカミューラの肩に、十代は彼女を気遣いながら手をかける。
もちろん、肉体を持たない魂だけの自分の手が、彼女の身体に触れることはなかったが、それでも彼は何もせずには居られなかったのだ。

『ガッチャ いいデュエルだったぜ』

やがて聞こえた決め台詞。放つのは少年時代の自分。

(カミューラっ!)

咄嗟に彼は、カミューラの肩へと添えていた手を外して、彼女を守るようにその身体を抱き締めようとした。
この後に訪れる罰ゲームを知っているから。

幻魔の扉の罰ゲーム。即ち『扉の発動者がそのデュエルに敗北するとプレイヤーの魂は幻魔の物となる』
このデュエルにおける幻魔の扉の発動者はカミューラで、生け贄となるのはカミューラの魂。

(させるかよっ! カミューラを幻魔の生贄なんかにッ!)

十代は迫り来る幻魔の悪意より、孤独で哀れな吸血鬼を守ろうとする。

彼の歩んだ人生に於いて罪の意識に苛まれた出来事の一つ。カミューラが幻魔の生贄とされてしまったデュエル。
デュエルは楽しい物という彼の考え方に、後々まで暗い影を残した闇のデュエルでの事件。
後に影丸の手で救出されて彼女が生きていたのだとしても、彼女の魂を幻魔に奪わせた原因を作った者が他ならぬ自分自身である以上、彼にはその悲劇を見過ごす事などできないのだ。
魂を奪われるカミューラのことをただ見ているだけでいるなどと、彼女の過去を識り想い図れるくらいに人として多様な人生を見てきた今の彼にはできなかったのだ。

(くそッ、どうすりゃいいんだよ……!)

カミューラを守ろうとして伸ばした実体のないその手は無情にも擦り抜けてしまった。
だがそれでも、彼は諦めずにめげることなく彼女を抱き締めようと足掻いていた。

やがて、彼の足掻きも虚しく終わり――彼女の背後の地面より沸き立つかのように現れた幻魔の扉が、その悪意に満ちた顎(あぎと)を開く。
青や紫の不気味な空間が見える扉の奥より現われたのは、煙のような白い靄。
靄は瞬時の内に鋭い爪を持つ大きな手の形へと姿を変え、背後の扉を振り返ったカミューラの首目掛けて伸びてきた。

『あううッッ!』

細い首は鷲掴みにされたカミューラの呻き。

『うううう――ッッ!』

痛いのだろう。苦しいのだろう。十代はその光景を、カミューラが苦悶の表情を浮かべている様を、彼女の傍で目にしていながらも何もできないで居る自分のことが腹立たしかった。

(カミューラ――ッ)

数瞬の呻き声の後、悪意の白い手に掴まれた何かが彼女の身体より引きずり出されていく。

それは、半透明のカミューラ。

身体に外傷はなく、ただ半透明のカミューラだけが鋭い爪を持つ白い手に首を掴まれながら、肉体より取り出されていったのだ。

『あああああああ―――――ッッッッ!!!!』

響き渡る絶叫に尚も、カミューラを助けるべく身を動かしていた十代にはそれが何なのかわかっていた。彼女の魂である。
扉へ飲み込まれていくカミューラの魂は、幻魔の扉を使用して敗北したその代償として扉の奥に潜む幻魔の生贄となり吸収されるのだろう。
そう、影丸が世界中のデュエルモンスターズの精霊を三幻魔に吸収し、更には十代の魂と肉体も吸収しようとしたのと同じ様に。
今まさにカミューラの魂は幻魔に吸収されようとしているのだ。断末魔の叫びが木霊し、扉へと飲み込まれていく彼女。
後に残されたのは抜け殻となった肉体だけ。

十代が咄嗟の行動に出たのはその瞬間だった。

その行動の根源は無意識下にある願いだ。

(間に合え……!)

幻魔の扉が閉まるのとほぼ同時。
カミューラの傍らに佇んでいた十代の魂が、膝を付いたまま目を閉じて床に座っている彼女の肉体へと吸い込まれていく。

扉がかき消えると一拍を置いて、彼の魂が吸い込まれていったカミューラの肉体は、塵のようになり消えていった。









廃寮……ここいらでいいか――


薄暗い部屋の中に声が響く。
まるで先程までいた城と同じ様な感じがして彼……いや、“彼女”は既視感を覚えながらも、姿を現すために必要な措置を取る。
どうすれば良いのか? その感じはわかる。なんとなくではある物の、感覚でどうすればいいのか理解できるのだ。

こんな感じ……だよな?

発する声を合図に、窓の外から入ってきた塵が部屋のほぼ中央へ集まっていく。
意思を持つ塵……否。塵のようになっていた肉体が再構成されていくのだ。

「ぷはあッ!!」

塵が集束した場所に現われ出でたるは、腰まで深くスリットが入ったロングスカートを持つ、赤紫色の扇情的なドレスに身を包んだ妖艶な女だった。

「ハアっ、ハアっ、」

太腿の裏側まで届く真っ直ぐな緑色をした長い髪。
鮮血のように赤いルージュの引かれた蠱惑的な唇。
切れ長の目尻に妖しく輝く赤い瞳と鋭角に尖った耳朶。

「ふう……やれやれ焦ったぜ」

それはつい今し方、幻魔の扉の生け贄となり魂を奪われたはずの吸血鬼の貴婦人――カミューラだった。

「まさか、本当に上手く行くとは思わなかったからなァ」

いや、今の彼女について正確を期すのならば少し違うだろう。

「入れるんじゃないかとは思ったけど、こんな自然に魂を入れられるってのもなんか凄ぇ」

身体に入っている魂が違うのだから、カミューラはカミューラでもそれは別人と言える。
そう、いまカミューラの身体に入り定着した魂は、遊城十代の物だった。


永劫のデュエルを楽しみたい。

そんな彼の願いに導かれて訪れた先には、その願いを叶えられる肉体があった。それこそがカミューラの肉体だ。
カミューラはヴァンパイア。彼女自身が述べていたようにヴァンパイアは不死身。不死の存在だ。
白木の杭で心臓を貫かれたり等、誰かに殺されたりしなければ、おそらく永遠に生きられるのであろう地球上で唯一の種族。
憑依したからこそわかる。終わりのない生という感じが。

カミューラを助けたい。

そんな彼の強い想いが魂を喪った彼女の肉体に、彼という存在を侵入させる鍵となった。
魂を喪って肉体が霧散するのならば、魂を入れることで消えさせないようにする。
もちろん、異世界で経験した事と同様に、彼女の魂が解放されると同時に彼女の肉体もまた元に戻る可能性が高い以上、大問題ではあるのだが。
行き場のない自分が自由に行動する肉体を手に入れるには、ああするより他に手がなかったのも確かな話なので仕方ないことだ。

「なんかあれだな。今のオレって大徳寺先生みたいだ」

仮の身体や猫の身体に魂を入れていた彼の恩師である大徳寺と似て非なる所は、カミューラの身体が生気に満ちた生の肉体であるということか。

「あれっ? でも、もしカミューラの魂が戻ってきたら結局オレ大徳寺先生と同じになっちまうのか?」

妖艶な声音が響き渡る。女の声だ。床にへたり込みつつ上半身を前へ傾けながら考え込んでいると、自分の肩より長い緑色の髪が滝のように流れ落ちてきた。

「うわっ、髪なげー」

自分の髪は緑色ではない。こんなに長くもない。
それ以前にこんな妖艶で蠱惑的な高い声もしていないし、視界に映る自分の胸部もこんなに膨らんだ巨乳と呼べる女性の物ではなかった。
しかしながら“現在の自分”の身体はまさにこの身体なのだ。

「う、う~ん、やっぱ何か変な感じ」

十代は自らの物となった身体を確かめるように触る。
膝裏まで伸びた緑色の長い髪はとても艶やかで真っ直ぐ、実に触り心地がいい。
胸は柔らかく、本当に巨乳。

「ふあっ――!」

強めに揉むとなんか気持ちが良い。
カミューラの、そして自分の柔らかい肌。
年老いた男であった十代の身体にあったような皺など微塵たりとて無い、瑞々しい女性の素肌がこの服の下にはある。
赤紫色のドレスの胸元に付いた蝙蝠の刺繍の内側に、この大きな胸がたわわと実っているのだ。

「む、胸揉んで感じるなんて……ま、マジ、か?」

女性体であるのだ。男と違う性感があって当然。

「な、まあいいや……、詳しく調べるのはまた後にでも……。ん?」

心なしか未知の感覚に興奮した十代は、ふと口の中に感じる違和感に気づく。

「口の中の歯……、何本か尖ってんな」

どうやら牙のようだ。上2本、下2本の、都合4本の犬歯が、肉食動物のように鋭く尖った牙になっている。

「ヴァンパイアだもんなあ~」

カミューラはこの牙で人間の血を吸っていたらしい。
ヴァンパイアといっても別に血を飲まなくても生きてはいけるようなので、硬いものを租借しやすくて便利だというくらいにしか思わなかったが。
やはり胸と同じく無いものが有るのは不思議な感覚だった。

続いて十代はスカートに触れる。
腰には胸に付いている蝙蝠の刺繍とほぼ同じデザインの小さめな蝙蝠の刺繍が縫い付けられており、そこから下は足首まで隠すロングスカートになっているのだ。
スカートには腰までの深いスリットが入っているためにすーすーと外の空気が入り、これもまた初めての感触で、少々戸惑う十代。

「女ってこんなすーすーするもん穿いてるのか。冬とか寒くないのかな」

スリットからのぞく自分の膝。
男の筋肉質な膝とは異なる、ムッチリとふくよかで柔らかい太ももを、彼は幾度か撫でてみながら、この奥がどうなっているのかに思いを巡らせる。

「……アソコとか、どうなってんだろ」

長年、妻の膝や身体を見てきた彼でも、いざ自分自身が女性となってしまうと、初めて女性の身体を目にしたとき以上の興奮を覚えた。
逸る気持ちを抑えながらそっと、スリットに手を忍ばせて脚の付け根を上方に撫で進みつつ、未知の其処へと静かに触れてみる。

「んっ――!」

其処……つまり股間。男ならば外へと突き出た男たる者のシンボルが備わっており、言うまでもなく十代にも慣れ親しんだソレが……今はない。

「ああっ……」

そのまま少しまさぐると、そこには縦に筋が入っており外に突き出る物は姿形もなく。
反対に落ち窪み、内側に向う穴が空いていて、触ると身体に痺れが走り、熱に浮かされたかのように熱くなってきた。
快感に声を上げながら感覚を掴んでいく十代は思う。胸を揉むよりも、もっと気持ちが良いと。

「んっ……あ…っ、そりゃ…そう、だよな……、カミューラの身体だもんな、アレが無くて、当たり前……」

意外にもショックはない。カミューラは女であり、そのカミューラの身体に入ったのだからこれは当たり前のことだとして冷静に捉えられた。

次ぎに十代は肩から垂れ下がり、身体の前で揺れている緑色の髪へ触れた。

「しっかし……長いよなあ、膝まで届いてんじゃん……。明日香やレイも結構髪が長かったけど、精々腰にかかるくらいだったし」

膝、太腿にまで届く髪は長すぎて鬱陶しくもあったが、あくまでも自分はカミューラの身体を借りている身。

「切れないよな、勝手には」

それにこんなにも長くて綺麗な髪を切るのは気が引ける。

「付き合ってくしかないか。オレが慣れりゃいいだけだし、弄ってればそのうち慣れてくるだろ」

髪を切ったりせず長いままにしておくことにした十代は、そうして自身の物となった艶やかな緑髪を触り続ける。
身体の前に垂れ下がる房を手に包み、繰り返し撫で下ろしては「ほう」とため息を付いた。

「本当に綺麗だよな……」

廃寮の薄闇にも外からの光は差し込んでいる。その僅かな光源に美しい緑色の髪の艶が光を帯びているようにも映る。

「髪は女の命とか云うし、オレが今まで洗ってたのと同じ様な洗い方じゃやっぱ拙いよな。もっとこう、丁寧にシャンプー塗り込んで揉む込む感じな洗い方とか?」

髪はもちろん、入浴の際には身体の方も丁寧に洗わなければならないのだ。

「男と女じゃ風呂入る時間も倍以上違うけど、アレって身体とか髪の毛とかしっかり洗ってるからなんだよな?」

他にも女になってしまったからには仕草や言葉遣い等もそれなりに女らしくするべきなのだろうかと思ったり。
彼(彼女)は目まぐるしく思考を働かせていく。

「この時代にもオレは居るし、カミューラはアカデミアの生徒じゃないからこの島に居続ける事も出来そうにないし……。うう~ん、オレこれからどうすりゃいいんだろ」





こうして一つの人生を終えた遊城十代は、自らの抱く永遠にデュエルを楽しみたいという願望と、その魂に備わった闇の力が原因で過去へ遡り、新たな生を得た。

「ええーっと、まずこの身体に慣れることからだな。ヴァンパイアデッキの扱い方や、風呂での髪や身体の洗い方とか、人と会ったとき変に思われないよう外面としての女らしさってのも身に付けて」

カミューラとして生きていく事になった十代は、デュエルアカデミアを去る事を念頭に置き、暫しの時を人気のない廃寮で過ごすことを考えながら、とりあえずは今すべき事を整理していく。

「幻魔が倒されてからの解放か、爺さんに助け出されるか、とにかくカミューラの魂が戻ってきたらどうするかも考えないと駄目だし、一番やりたいデュエルよりも先にすることがいっぱいでちょっと頭痛ェ……」

差し当たってすることはと、腕に装着されているカミューラのデュエルディスクからデッキを取り出した彼は。

「こんなカードはもう二度と使われないよう厳重に保管だぜ」

これから先自分が操る事になるだろうヴァンパイアデッキより、危険な闇のカード幻魔の扉を抜き取ってしまうのであった。
きよひこ
0.1590簡易評価
5.100きよひこ
遊戯王GXは見たことなかったのですが、この話は良かったです。
カミューラがどういうキャラなのか興味が出たので、検索して某動画サイトで動画も見てみました。
なるほど、魅力的なキャラですね。動画でのコメントでも人気があるのがよくわかりました。
今度、レンタルでも借りて見てみようかな?
7.100きよひこ
私は遊戯王シリーズの女性キャラではヒロインを差し置いてカミューラ好きな者ですので十代のカミューラ憑依は見てて面白くドキドキワクワクさせられました。
後半の憑依してからがやや雑な感じで駆け抜け気味でしたが、そこを考慮しても充分楽しめましたよ。
とくに乗り移った十代が女性の象徴とでもいうべき長い髪を手に取り撫でたりするところなど、単に髪を触っているだけなのにすごくエッチな気分になり興奮を覚えました。
できることなら続きを読みたいものですね。