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ため息の移り変わり

2016/02/14 02:53:56
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「はあ…」
制服から部屋着に着替えなくちゃと服を脱ぎ、ブラジャーとそれが包む大きな胸を目にして、俺はため息を吐く。



平凡な男子の一員として、俺は女の子のおっぱいが大好きだ。
特に好きなのは、今年も同じクラスになった双葉のおっぱい。双葉は成績と顔と性格だけでなく胸も素晴らしくて、しかも清楚で真面目なのに活発なところもある。はしゃいで飛び跳ねたりすると無防備な胸がぶるんぶるんと揺れて、実に眼福だ。
でも、そのおっぱいが自分のものになってしまうなんて。



二年生になった最初の一日は、始業式と新しいクラスでの顔合わせだけ。だが掃除当番もすでに割り振られたので、放課後は班ごとにあちこちへ出向くことになった。
ただ、俺と双葉の入った班は、部活に熱心な奴らが多く。明日の入学式に備えて勧誘の準備をしたいという奴らばかりで。
当の英語科資料室が大して汚れていないこともあり、帰宅部の俺と双葉だけで引き受けることにした。
ちなみに、俺が帰宅部なのは部活が義務でないからの手抜きだが、双葉が部に入っていないのはクラス委員長をしていたり生徒会に目をかけられて仕事を手伝わされたりと忙しいから。
「そろそろ終わりかな。お疲れさま、清彦くん」
双葉が俺へほがらかに笑いかけてきた。去年クラスメートだったくらいの接点しかない俺へも、彼女は気さくだ。
「お、おう」
クラス一の美少女と二人きりで、俺は緊張していた。無言で作業するくらいなら支障なかったが、話しかけられてはたちまち挙動不審になってしまう。
まあ、そんな楽しくも気詰まりな時間ももう終わり。後は片づけて帰るだけ……
「あれ?」
資料室の中央に置かれている長テーブルに、本があった。
こんなもの、さっきまでなかったように思うんだが。
その本は、やたらと黒ずんでいて汚かった。埃まみれとかではなく、何年も何年も使い込んだような。うちの父親の書斎にある辞典があんな感じだが、それよりさらに年季が入っている。
「あれ? こんな本あったっけ?」
長テーブルを挟んで向かいにいた双葉も気づき、本を手に取ろうと手を伸ばしてくる。
でも、何か汚れてるし、双葉に触らせるのは忍びなくて、俺は先に取ろうと慌てて手を出した。
俺と双葉の手が同時に本の表紙に届く。それと一緒に、俺たちの手も触れ合った。
――あ、双葉の手って、柔らかいな。
そんなのん気なことを考えた次の瞬間。
強烈なめまいのような感覚とともに、俺の意識は一瞬途絶えた。

長テーブルに手をついて、よろけそうになった体を支える。
すぐに全身が違和感を訴えた。
頬を髪がさらりと撫でる。胸が重い。太ももが外気にさらされている。テーブルに突いた手が小さくほっそりしている。
顔を上げたら、同じような姿勢の、きょとんとした表情の『清彦』と目が合った。

俺と双葉はそんな風にして入れ替わってしまった。

どうしようと二人して混乱するものの、原因と思しきあの本は煙のように消え失せていた。体や頭をぶつけてみたりもしたけれど、痛いだけ。
元に戻れないまま時間だけが過ぎていき、とりあえず俺たちは『今の自分』の家へ『帰る』ことにした。
携帯の番号とメールアドレスを交換。住所を教え合う。俺たちの家は、高校を挟んで反対方向にあった。
「お母さんはお出かけだって言っていたから、帰っても誰かにいきなり会ったりはしないと思うの」
「うちもだ。こっちは共働きだけど」
細かいことは、『帰宅』してからその場で気になったことを教え合うことにして、俺たちは学校を出て、朝とは反対方向へ『帰る』ことになった。



「俺、双葉なんだな……」
ブラジャーの肩紐にかかる重み。大きすぎて、谷間で擦れ合っている。視界を遮るほどで、足元が見づらい。
無論、胸以外にも自分の変化を痛感させられるところは多い。低くなった視線。小さくなった手足。細く華奢になった体格。長い髪。
「俺たち、どうなっちまうんだろう」
入れ替わった直後からずっと考えていることを、つい口に出してしまう。
つい数時間前まで俺は平凡な男子だったのに。今はクラスメートの美少女になってしまっているなんて。
でも、双葉の方がもっと大変だよな。『清彦』みたいな冴えない男子になっちゃって。

双葉のお母さんが双葉のために作っておいてくれた昼食を食べる。おいしいけど、微妙に罪悪感も募る。
いつもと違う味つけは新鮮だけど、元に戻れなかったら、これが毎日の味になる。それも気を重くした。
そうだ、『清彦』の昼飯は、いつもは母さんが弁当を作ってくれるけど、学校が早く終わる今日は適当に小遣いで買って食べることになっている。別れる前にそのことは教えていなかった。
双葉はもう俺の家に着いてしまったろうか。急いでメールしないと。
手にしたスマホは俺のと同じ機種だから使うのに支障ないけれど、色やアクセサリーの違いに違和感しか覚えない。
少しして、双葉からは電話がかかってきた。
「わざわざ連絡ありがとうね。冷蔵庫の中身で自炊してみようと思うんだけど、大丈夫かな?」
俺が考えてもいなかったことを、『俺』の声で双葉は言った。
「う、うん。うちの親、料理が好きで食材はわりと多めに買い込んでるから」
「そうなんだね。じゃあ、お台所の料理本を見て試しに作ってみたってことにするよ。あ、なるべく簡単なものにするから、元に戻った後は清彦くんが作ってみても成功するんじゃないかな」
「双葉、料理得意なのか?」
「そこそこってところだよ。あ、学校でそういう話になったことはないから、友達付き合いで作る羽目になんてことにはならないと思う。それと、ママがわたし以上に料理好きだから、家で作れってことにもならないんじゃないかな」
「そうなんだ」
俺が考えてもいなかったところまで先回りして教えてくれる。
電話の向こうから、ドアを開ける音がした。
「うん……まあ、こういうものだよね」
納得と諦めが入り混じった声。
「え?」
「物を勝手に捨てたりはしないけど、とりあえずどこに何があるかを教えて」
ようやく俺も、双葉がどこにいるかを把握する。
「ごめんなさい……」
散らかった自室を双葉に見られている恥ずかしさで消え入りそうになった。

「ふう……」
通話を終えて、電話を切る。
双葉の質問と説明はどれもこれも適切で、お互いが明日までを乗りきるのに絶対必要な情報は伝え合えたと思う。
でも、そんな風にあれこれ考えて話し合っていたのが終わると、少し気が抜けた。
これからどうしよう。双葉は勉強するなんて言っていたけど……俺はそんな気になれない。
かと言って、ゲームもできない。スマホは交換してしまったし、双葉の家にゲーム機はない。
しかたなく俺は本棚に向かった。ぎっしり詰まっていて、俺の部屋の三十倍以上は活字本がありそうだ。
漫画もあるが、少女漫画ばかりでなく少年漫画もわりとあるのが意外だった。
でもそれらは俺も読んでいるものばかり。なので少女漫画を手にしてみる。

思った以上に読みやすいそれを読み耽っていると、トイレに行きたくなった。
「……どうしよう」
風呂の話もして、長い髪の洗い方やブラジャーの着け方は教わったのに、トイレについては何も話さなかった。俺と同様に、双葉も恥ずかしかったのだろうし、言ってどうなるものでもないと思ったんだろう。
ともあれ、お漏らしなんて許されない。
おっかなびっくりトイレに入った。
部屋着はゆったりしたトレーナーで、下はズボン。だから便器に腰掛けるまでの流れはいつもの大をする時と同じなのだが、ズボンを下ろす時に尻の大きさを意識する。パンツ――双葉曰くショーツ――がぴったりと股間にフィットしていることも、股間に何もないことを改めて突きつける。
座ってからどうすればいいのかよくわからなかったが、尿意に従って体の力を抜くと、溢れるように体内から出てきたものが便器へ流れ落ちていく。
「俺……『双葉』なんだな……」
今年のクラスで一番可愛いと思っていた女の子。自分がその子になって、今、用を足している。わけがわからないけれど、それは紛れもない現実だと、股間の感覚が否応もなしに俺へ教え込んだ。
紙で拭く。股間には何もない。薄く小さいショーツは問題なくそこを覆う。
女子のあそこに興味がないわけじゃない。双葉に悪いとは思いつつも、お風呂の時には弄ってみようかと企んでいた。
でも、この身体は今は俺のものなんだと痛感すると、スケベな欲求が萎えていく。男の感覚で弄ろうとしても、弄られるのは俺の身体なんだ。
手を洗って、トイレを出た。

自分の部屋へ戻るとベッドに潜り込む。双葉の甘い匂いに包まれるようにして一眠りした。

夕方に目を覚ましてしばらくすると『ママ』が帰って来た。
大学教授だという『パパ』も帰宅して、夕食。双葉に受けていたアドバイスを参考にどうにか会話してみせる。

風呂はなるべく手早く済ませて、ベッドへ。
「目が覚めたら元に戻れてるといいな……」
都合のいい話。でも最初があんなわけのわからない始まりだったのだから、終わりが滅茶苦茶でも構わないだろう。
昼よりも馴染んだ匂いに包まれながら、眠った。


* * *


「はぁ…」
制服から部屋着に着替えながら、俺はため息を吐いた。
入れ替わって二日目。俺たちはまだ元に戻れていない。



朝の支度を何とかクリアして、学校へ。
新学期二日目の今日は、まだ授業は始まらず、各種委員を決めるホームルーム。
そしたら、クラス替えしたばかりだからということで、担任が『双葉』を――つまり俺を――司会に任命してしまったのだ。
断りたい。逃げ出したい。でもそんな真似ができるわけもない。
促されるまま教壇に立ち、クラス委員長以下の役職を決める司会進行を始めさせられる。けれど俺は昔からこんな役柄に縁がない。
保健委員だの美化委員だの、たいていの委員はなり手なんてない。クラス内で様子を窺い合い、何となくそれぞれのポジションが埋まっていくまでの長い時間。その間ずっと進行をするなんて。本物の双葉なら慣れているだろうけど、俺にはできそうにない。
何より、これは確実に『双葉』が推薦でクラス委員長にされる流れだ。
泣きそうな気持ちで、つい双葉に目を向けてしまう。
すると……『清彦』が立ち上がった。
「僕、クラス委員長に立候補します」
驚く周囲。特に去年、俺と同じクラスだった奴ほどびっくりしている。当然だよな。『清彦』という奴は平凡を絵に描いたような、クラスのモブ代表みたいな存在だったんだから。
でも、立候補なんてする物好きは他にいなくて、『清彦』は本当にクラス委員長になってしまった。
そこからは『清彦』が俺を手伝って――と言うか、実質的に場を仕切り――、トントン拍子に話が運んだ。

「勝手な真似してごめんね」
「ううん。助かった……ありがとう」
英語科資料室で、今日も二人きり。掃除をしながら俺は双葉と話し合う。
あの後、『双葉』は推薦されて副委員長になった。俺にしてみればそれも勘弁して欲しかったけれど、双葉に『清彦』の姿で立候補なんてさせてしまった身としては断りようもない。それに、俺は双葉となるべく行動を共にした方がいいだろうから、これは渡りに船とも言えた。
「俺、クラス委員とか、そういう仕事したことなかったから、迷惑かけちゃうかもしれない。最初に謝っておく。ごめん」
身を縮こまらせてしまう。『双葉』は女子にしては少し背が高いくらいだけど、『清彦』よりは低い。その身長差が、そのまま今の俺たちの差になっているような気がした。
「簡単だから大丈夫だよ。わかんないことはわたしが教えるから、がんばろうね」
双葉が俺に笑ってくれる。鏡では見たことのない、そしてたぶん双葉の優しさが滲み出た、『俺』のものとは思えないほど素敵な笑顔だった。



「……やらなきゃ」
部屋着に着替え終えると、俺は双葉の机へ向かった。
今日学校で買った二年の教科書各種を棚に差し、一年の教科書を代わりに抜く。何冊かは引き出しにしまい、重要な科目や苦手だった科目の教科書を机の上に残すと、ノートや参考書も引っぱり出して、一年の復習を始めることにした。
この入れ替わりが続く間、俺は優等生の『双葉』で、元に戻ったらクラス委員長の『清彦』なんだ。勉強くらいはできないとやばいよな。
「あ……その前に」
リビングから、この家には関係なさそうで裏の白いチラシを持って来て、練習をした。
吉川双葉。元に戻るまではこれが俺の名前。
山岡清彦と書いてしまいたくなる手の動きを抑え、答案などを参考にして双葉の筆跡に近いものを目指して手に教え込む。
丸っきり同じとはいかないが、思っていたよりもずっと早く似た字になり、俺は改めて勉強を始めた。


* * *

「はぁ…」
制服から部屋着に着替えながら、俺はため息を吐いた。
入れ替わって一週間。今日はとんでもないことがあった。
……してしまった、と言うべきかもしれない。



俺も、そしてたぶん双葉も、危惧していたよりずっとスムーズに交換生活を支障なく続けられていた。
それは何より双葉のおかげだと思う。三日目以降、掃除を終えた後の放課後に空き教室を利用し、休日には学校近くで落ち合ってカラオケボックスに入り、入念な打ち合わせを重ねた。
二人の人間関係を丁寧に整理して、共有するようにしたのだ。
それも、仲のいい友人・知人について教え合うだけでなく、少し苦手な相手などについてもどうして苦手なのかなんてデリケートな部分に踏み込んでまで、双葉は俺に教えてくれる。お返しに、俺もできるだけのことを双葉に伝えた。
それだけ事前にわかっていれば、去年から同じクラスの子と日常会話を進めるくらいはまあどうにかなる。
俺と双葉が入れ替わってるなんて、誰も考えはしない。当然のことだ。俺だって、家族やクラスメートの誰かが誰かと入れ替わっているかもなんて想像もしたことない。

……でも、その当たり前が積み重なると、しんどかった。
学校でも『自宅』でも、俺は『双葉』として扱われる。自分が清彦であることを次第に忘れそうな、そんな恐怖に囚われかかることもある。

ともあれ、トラブルは生じず、その日も放課後は空き教室で打ち合わせをしていた。
「顎、どうしたの?」
今日の双葉は朝から顎に絆創膏を貼っていた。
ずっと気になっていたのだが、今日はクラス委員として行動する機会がなく、最近は他の奴も掃除をさぼらなくなっていて、話をするタイミングが見つからなかった。
「ひげ、昨夜剃ってみたの」
「あ……」
俺の――『清彦』の――ひげは濃いわけではないが、一週間剃らずにいるとさすがに気になってくる。
双葉もずっと気にしていて、けれど、なかなか踏み出せずにいたのだろう。
「パパが剃ってるの、もっとよく見ておけばよかったかな」
自分が男になってしまったと確認してしまうようで。
「丁寧にやるしかないよ。俺も家で剃り始めて一年になるけど、急いで剃ろうとするとよく怪我してた」
「うん。気をつけるね」
普通にアドバイスしながらも、考えてしまう。
このまま元に戻れなかったら、一年後には双葉の方がひげ剃りに慣れてしまうんだ。さらに何年か経ったら、俺の方がブラジャーを着けるのに慣れてしまっているんだ。
「でも、剃りきれなかったひげって、ジョリジョリして面白いね。パパがわたしに小さい頃頬ずりしたがった気持ち、今ならわかるな」
双葉はのん気なことを言っている。

「ええと、男の子って、力も強いよね」
今日の双葉は、男と女の違いについて話したがる。人間関係についてはこの一週間あれこれ話して、一段落ついたこともあるのだろうか。
「清彦くんは、大丈夫? 入れ替わる前のつもりで、重たいもの持とうとしちゃったりすると危ないよね?」
「あ、それは……ないよ。身長低くなったし、手も小さくなったし、今までと違うってことは四六時中意識してる」
胸も重いし、とは言わないでおく。
「そっか、そうだよね。……ごめんね」
「いや、謝ることなんてないから」
むしろ謝りたいのは俺の方だ。
双葉を『清彦』にしてしまっているのだから。
薄いとは言え顔にひげが生える、男子としては線が細いけど女子よりは確実にごつい、そんな『男』の身体に、双葉のような可愛い女の子の心を閉じ込めてしまっている。
……双葉は今、男なんだよな。
改めて、そのことを意識した。
こんなスタイルのいい美少女だったのに、今は平らな胸の冴えない男になっている。
何より、何もなかった股間に今は……
「あのね」
しばしの沈黙を双葉が破る。どこか意を決したような強い調子。
「ん?」
「射精って、どうやればいいの?」

ひげ以上に切羽詰まった問題だ。双葉が本来の身体の持ち主であり唯一この話をできる俺に訊いてきたことは、何も不思議じゃない。
なのに俺は、ものすごく動揺した。
俺の中で、双葉と『男』が結びついていなかったせいかもしれない。
去年から目にしていた双葉は清楚で無邪気な可愛い女の子で。入れ替わってからも、賢くて優しい女の子で。
「その、しばらくすれば小さくなるようだから、何もしなくてもいいかなって思ってたの。でも、次第に頻繁になってきて、なかなか小さくならなくなって……」
そんな女の子が、勃起のままならなさに悩んでいる。
夢精するまで我慢、と言うアドバイスはたぶん違う。双葉が望んでいるのは、定期的な処理で日常生活を滞りなく送りたいということなんだから。
「じゃ、じゃあ……トイレ、行こうか」
まさかこの場で教えるわけにはいかない。放課後の空き教室と言っても、先生の見回りなり空き教室を探してる他の生徒なり、誰かがいつ現れても別におかしなことはない。
この空き教室の近くにあるトイレは、当然ながらあまり人が来なかった。個室なら鍵も掛けられる。
「えっと、どっち?」
「男子用にしよう。男子が女子用に入ったなんて知られたら一巻の終わりだし」
二人で個室に入り、鍵を掛ける。和式トイレなので、二人で入ってもどうにか動ける。
「やり方がよくわからない……ってだけじゃないんだよな」
小声で訊くと、双葉はうなだれる。
「うん……少し、怖くて……」
「よし」
狭いスペースの中、上着を壁に掛けさせると、俺は袖をまくり上げながら双葉の背後に立った。
「紙を取って、左手に持って。分量は、濡れた床を拭く時くらい」
「うん」
「あ、順番が逆になったけど、ワイシャツや上の下着が落ちないようにまくり上げて、利き腕じゃない方の脇を締めて支える。って、普通にトイレで大をする時とおんなじだな」
「はい」
この辺は一人でやろうとすれば自然にできることなのに、俺も冷静さを欠いている。思いついたことを手当たり次第に言ってしまい、双葉もいつもの落ち着きがなくてそれに素直に従う。
俺は背後からベルトを外し、ズボンとトランクスをずり下ろした。
「……っ」
双葉がかすかに息を呑む。注射を受ける寸前の子どもを、俺は連想した。
双葉の背後から、双葉の股間に手を伸ばす。
小さく縮こまっているチンポに触れた。
「あ……っ!」
「静かに」
悲鳴を上げそうになる双葉をたしなめると、慌てたように何度も肯く。
それにしても何なんだろうこのシチュエーション。学校のトイレで双葉と同じ個室に入って『双葉』が『清彦』に性的なことをするなんて、入れ替わる前なら大歓迎のはずだったろうに、立場が逆になると不安ばかりが先に立つ。
いや、されている双葉だってこんなことはうれしいわけないよな。
俺は『双葉』の手で『清彦』のチンポを弄り倒す。小さくなっているチンポを捏ね回し、竿をしごく。
馴染みのある感触。一週間前まで、俺は毎日のようにオナニーしていたんだから当然だ。
でも今、俺はチンポを触られている感触が得られない。こうして触っているのは確かに『清彦』のチンポなのに。
それに、触っている感触を俺に伝えているのは『双葉』の手だ。男よりも小さく滑らかな女の子の手。今日まで一度もチンポを触ったりなんてしたことはないであろう(双葉に彼氏がいたことはない。告白されてもこれまでは「何となく」断ってきたと聞かされていた)、きれいな手。
最初はキュッと縮んでいたチンポは、俺の与える刺激に解きほぐされたように次第に大きくなってきた。
同時に双葉の息も荒くなってくる。
緩んできてだらんと垂れ始めた玉袋を軽く握ると、怯えたようにビクンと全身を震わせた。
双葉はこの一週間、勃起は何度となく経験してきても、その先は知らない。
だから、俺がこうして与えているのが、双葉が知る最初の『男の快感』なんだ。
双葉に『清彦』の気持ちよさを教えてしまう。
この可愛い女の子に雄の性欲を体験させてしまう。
双葉を清彦にしてしまう。
それはひどく冒涜的なことに思えた。でも同時に、誰も足跡をつけていない雪の上を踏み荒らすような快感も、確かに俺の中にあった。
――射精のしかたを知りたいと言ったのは双葉なんだし。
それを言い訳に、俺は双葉を射精させるべく指と手を駆使して、硬くなり始めたチンポを撫でさする。血管が浮き出ているのを指先が感じ取る。
充分に大きくなったところで、レバーのように握りしめた。
「出そうになったら、左手の紙を使って。タイミングははっきりわかるはずだから」
声をかけると、双葉は呼吸を鎮めようとしながらも健気に肯き返してきた。
より激しい勢いでしごき上げる。今のこれは『俺』のチンポでも俺のチンポではない。どれほど快感が高まりつつあるのかはわからなくて、調節ができず一本調子になる。
それでも、双葉の左手が紙を先端に宛がったことでフィニッシュが近いとわかった。
いつしか熱く太く硬くなっている双葉の肉棒を、一心不乱にこすり続ける。滴る我慢汁が俺の手をぬめらせる。
ふと、双葉の右腕が動いた。右手で顔を覆ったようだ。呻くような声とせつなげな吐息が、押し殺した状態で、狭い個室に小さく響く。
と、双葉のチンポの中を何かが駆け抜けるのを感じ取った。空のホースの中を水が通り抜けるのに似た、あれよりも量は少ないけれど、勢いははっきり手に伝わり。
双葉のチンポから精液が飛び出して、トイレットペーパーに吸われていく。
その瞬間、萎んでいく双葉のチンポを握る俺の右手に、一滴、雫が落ちた。

「ありがとうね、清彦くん」
諸々の始末を済ませて、二人で逃げ帰るように空き教室に戻ると、双葉は俺に笑いかけた。
少し目が赤い。気づかないふりをするけど、うまくいっただろうか。
「やり方もどんな感じかもわかったから、もう大丈夫。迷惑かけちゃってごめんね」
言って、そそくさと帰っていく。



「もっとマシなやり方、あったのかな……」
双葉の求めていたものを満たすにはあれしかないと思った。
でも、例えば学校でなく、どちらかの家でという選択肢もあったかもしれない(今日は『ママ』が家にいたから『双葉』の家では無理だったけど)。
いや、あの場でやるにしても、もっと丁寧に話しかけるとかしてもよかったんじゃないだろうか。
俺自身があの立場だったら声なんてなるべくかけられたくないと思っていたけれど、女の子だった双葉にしてみればまた違ったのかもしれない。
双葉がどう感じたかはわからない。一番こちらに都合よく考えれば、単に恥ずかしかったから帰ったという可能性もある。
確認したいけど、下手に電話やメールをしても、向こうがさっきのことを忘れたいと思っていたとしたら、傷口へ塩をすり込むような真似になる。
これまでの一週間、双葉とは、こんな関係の二人としてはたぶん怖いくらいうまくやれていた。でもそれは、双葉の側から積極的に自分をさらけ出してくれていたからで……その前提がなくなると、俺はこんなにも不安に駆られてしまう。
男だったから、男になった双葉の気持ちはわかると思っていた。でも俺は女から男になった時の気持ちはわからない。
とりあえず今夜は待って、明日会った時に確認するしかない。
理屈ではわかっていても、落ち着かなかった。



お風呂に入るまで、頭の一部ではずっと放課後のことを考えていた。
そんな状態で体を洗えば、当然強く意識してしまう。
右手を見下ろす。『俺』のものだった、今は双葉のチンポを握りしめた感触がまざまざと蘇る。
この手が、双葉を男にしてしまった。その瞬間、手の甲に落ちた涙。
俺が女になれば、あの時の双葉の気持ちもわかるんだろうか。
俺は股間に指を伸ばした。
竿も玉もない股間。割れ目に沿って指を滑らせる。
「それにしても、俺のチンポ、あんなにでかかったんだ……」
入れ替わる前は少し小さいんじゃないかと思っていたが、こうして『双葉』の立場から思い返すと、あれは充分すぎる大きさだ。
もしあんなのがここに入ってきたら……。
双葉がそんなことするわけないけれど、想像するだけで恐ろしくなる。
「でも、このまま戻れなかったら……」
いつか。この身体を、この人生を受け入れてしまって。
「わたし、双葉」
口にすると、ぞくりと震える。自分が言っていると考えると気持ち悪いが、『双葉』の声にはしっくり来る台詞。
割れ目の中へと指を滑らせる。双葉のチンポほどではないが、何も受け入れたことのないであろう今の状態にはこの細い指すらも刺激的だ。
慎重にまさぐっていると、指先がちっちゃな突起物に触れる。
瞬間、電流が走るように快感に包まれた。
「これが……クリトリス」
それを軸に弄りながら、左手では胸を弄ぶ。
足元が見えないほど大きな胸。自分のものとしては重くて邪魔に感じる気持ちの方が強いけど、それを男がどう感じるかはもちろんわかっている。
左手だけ男に戻ったつもりで、俺は『双葉』の胸を満喫しようとする。
でも揉みしだかれるのは俺の胸で。揉む快感より揉まれる居心地の悪さの方が強い。
目をつむり、気持ちを切り換えてみる。好きな相手に愛撫されているんだと想像する。
双葉が『清彦』の顔で浮かべた優しい笑みが思い出される。
……双葉になら、いいか。
俺は男で。少なくとも男だったわけで。普通の男は想像の中でも受け入れられない。
でも、女だった双葉になら。
股間を不器用に刺激する右手と、巨乳を乱暴に扱う左手。それはイメージの中で『清彦』の両手になる。
それを操るのは双葉。放課後の俺のように、触られる感覚がなくなったせいで、双葉の手つきもぎこちなくなっているんだ。
想像の助けも得て、快感が高まっていく。
そのうち、割れ目が大きく開いて透明な液体――たぶん、愛液――が中から滴り出した。さらに指を突っ込み、気持ちよさも同時に高まる。
声を上げそうになって、抑えた。『ママ』に聞かれるかもしれないし、双葉のことを思い出したから。
「…………っ!!」
射精とは違う長い絶頂。頭が真っ白になるような時間がどこまでも続く気がした。

「……何しちゃったんだろ」
落ち着きを取り戻し、体をよく洗って湯船に浸かりながら反省する。
双葉が初めて射精したからって、付き合いで俺が初めてオナニーしてもしかたないのに。
「双葉、ずいぶんお風呂長いけど大丈夫? のぼせてない?」
曇りガラスの向こうから、心配そうな声。
「大丈夫。もうすぐ出るね」
ママに答えて、湯船から上がる。
宿題はお風呂前に済ませていたけれど、復習もしておかないと。できれば予習も。
明日、双葉の態度が変わっていないことを祈りながら、俺は体を拭きパジャマに着替えた。


* * *


「はぁ…」
制服から部屋着に着替えながら、俺はため息を吐いた。
入れ替わって十日。今日、俺は怖くなり始めた。
……あの晩、あのオナニー以来の、自分の心の変化に。

あの翌日、双葉に変化はなかった。前日の態度について放課後にわざわざ謝るくらい。
「昨日はごめんね。すごく恥ずかしくなっちゃって……」
「気にすることないよ」
言ってもらえて安心して、その時はすごくいい気分だった。入れ替わって以来、一番だったかもしれない。
その日は女子の間ですごく自然に『双葉』として振る舞えて、それまでのようなぎこちなさや緊張が影を潜めていた。
いずれ元に戻るまでは今の生活をおかしくするわけにいかない。だからこれは歓迎すべきこと。俺の演技もなかなかうまくなってきたなと思いながら、快適に一日を過ごしていた。

でもその翌日、そのさらに翌日の今日を過ごし、昼休みに弁当を食べながら、俺はふと自分に違和感を抱いた。
……俺、まるで元から女だったみたいになってないか?
朝目覚めてから、身支度を済ませて、ママのお手伝いをして、作った朝食を食べ、登校し、授業を受け、休み時間に友達としゃべる。
今日のその一連の流れで、『双葉』であることに戸惑うことはまだあるけれど、自分が女であることには何一つ疑問を抱かなかった。トイレも着替えも髪の手入れもおしゃべりも、胸の重さすらも、ごく自然なものととらえていた。
それをさらに意識したのは放課後、双葉と話そうとした時。
この時間は、入れ替わって以来ずっと心地よかった。こんな目に遭った者同士で励まし合えるのも双葉と話をするのがどんどん楽しくなっていったのももちろん重要だけど、この時だけはこれまで通り『清彦』らしく話せるのも大きかった。『双葉』らしく振る舞うことを忘れられる場所だった。
なのに今日、俺は『清彦』っぽく話すのに……苦労した。
気を抜くと女子っぽいしゃべり方になりかかる。
「清彦くん、『うち』へゴールデンウイークに伯母さん一家が来るみたいだけど、日帰りなの? 部屋の片づけをしてとか全然言われないから、泊まりにはならない感じなんだけど」
「えっとね、それは……」
口にしてしまってから、内心で冷や汗をかいた。
「そ、それはな、夢の国へ遊びに行くための荷物置き場なんだ。前に言ったけど、俺んちの親戚って関東の奥地に集中してるだろ? だから行楽の時にはうちが都内の拠点になってんだ」
「そうだったね。あ、夏休みまでこのままだったら、わたしが帰省することになるのかな」
「そうなっちゃうね。い、いや、それまでには元に戻るんだよ」
「そうだね、ごめん。で、伯母さんの家族って、ええと、大学生のご兄弟二人だっけ?」
「違うの。じゃなくて! それは叔父さんとこ。あれだ、俺の親父は三姉弟の真ん中だけど、結婚したのは下からで、いとこ同士だと伯母さんちが一番年下……」
説明しつつも、自分の言葉遣いが気になり、いつもより言葉が荒くなった気がする。双葉が気を悪くしていなければいいのだけど。



足元が揺らぐような不安を感じる。
俺は清彦だ。でも身体は『双葉』だ。
それでも自分を清彦だと思えるのは、自分の心が清彦だと思えているからなのに……心まで変わってしまったらどうなるんだろう。
ママに夕飯ができたと呼ばれるまで、何も手につかなかった。


* * *


「はぁ…」
制服から部屋着に着替えながら、ため息を吐いた。
入れ替わって今日で二週間。戻れる気配はない。
それとは別に……今日は、色んなことが進んだように思う。



「英語の先生たちにそれとなく聞き込みをしているけれど、汚れた古書なんて誰も見たことはないんだって」
放課後の双葉との打ち合わせで、初耳の話を双葉が口にした。
こっちは現状への対処で手いっぱいだったけど、双葉は元に戻るための情報収集を考えていたんだ。
「いきなり出現していきなり消滅するようなものだし、資料室に出たことは単なる偶然なのかな。もしかしたらこの高校に現れたこと自体が偶然かもだし、そうなるとちょっと探すのは難しくなりそうだけど」
「そうかもしれないね……」
呪いのアイテムとか、意志を持った魔導書とか、そういうものなんだろうか。普通の生活とはかけ離れすぎていて、実際にそれのせいで入れ替わったのに、おとぎ話のように遠い存在に思える。
途方に暮れた気持ちでいると、「ところで」と双葉は話題を変えた。
「ここしばらく……先週くらいから、清彦くん無理してない?」
「無理って……な、何がだよ」
荒っぽい口調で否定しようとして、噛んだ。
「今日も、教室でみんなと話してる時はすごく自然で楽しそうなのに、こうしてわたしと話していると、何か硬くなってる感じで……」
「…………」
それは言葉遣いを意識してしまっているだけなんだけど、説明したくなくて黙ってしまう。
「もしかして、清彦くん、わたしのこと嫌いになった?」
どこからそんなこと思いついたんだろう。
「そんなわけない!」
変な勘違いはさせるわけにいかない。強く否定する。
でも、本当のことは言えない。入れ替わった片方がおかしくなったなんて知ったら、無事なもう一方がいい気持ちになれるわけない。
だから話を逸らそうとする。
「嫌いなんかじゃない、けど……双葉はすごすぎて……」
すると、双葉は少し考え込むようにしてから訊いてきた。
「ええと、誰に比べて? はっきり言ってみて」
「え……オ、オレに、比べて」
口にしてみて、自分の心の中の抵抗の大きさに改めて驚かされた。
もう、自分のことを『俺』と思えない。この数日、心の変化はずるずると進み、どんどん女の子になっていくのを感じて、でもどうにもならなかった。
こちらのそんな姿を見ていた双葉は、一度大きく肯くと、近寄って来て真正面で向かい合った。
「なかなか気づいてあげられなくて、ごめんね。大変だったよね」
ばれた。
今の短いやり取りは最終的な確認。きっと先週から双葉はずっと不審に思っていたんだろう。
今、双葉はどう思っているんだろう。自分の心も変化してしまうのではと怖がらせてしまっていないだろうか。どうして早く言わなかったのかと怒っているんだろうか。
……それとももしかして、こんな奴は気持ち悪い、とか?
どの反応も嫌だけど、特に最後の想像がつらかった。
逃げよう。
そう思って動き出そうとした時、機先を制して双葉が詰め寄り……抱きしめてきた。
「は、離して……」
「どうして? 今の清彦くん、どこかへ行っちゃいそうだったよ」
「だって、だって……こんな奴、気持ち悪いでしょ? 顔も見たくないよね?」
その言葉をどう思ったんだろう。
「…………」
深く長く息をつくと、双葉は話し始める。
「安心できるかはわからないけど、わたしも変わってきちゃってるんだよ」
「え……?」
「一週間前、清彦くんに教わった日の晩からね、毎日射精してる」
「それは、覚え立てだししかたな――」
「そしたら物の見方や感じ方が少しずつ変わってきて……わたし、女の子のことを『双葉』だった時と同じように見られなくなってきちゃった」
言って、大きく息を吐いた。
「廊下を歩いていて女子とすれ違うといい匂いだななんて考えちゃう。スカートとか、太ももとか……胸とか、気になっちゃう。この前まで『双葉』として仲良くしていた子に対しても」
言っていることは、エッチな男の子みたい。でも、それを双葉がこの場で口にしている、その意味。
「体育の前に教室で着替えてる時とか、今ごろ女子は更衣室で下着姿になってるんだとか考えるようになっちゃったし、ずっと考えているとおちんちんが大きくなりそうだから慌てて別のこと考えたり」
恥ずかしいであろう告白を、してくれている。
「二週間前まで女の子だったのに、わたし、次第に男の子の感覚になってきてる」
それが何のためか、わからないほどバカなふりはできなかった。
「さっき訊いたのも、そういう気持ちが嫌らしい目つきとかになって、清彦くんに知られたのかなって思ったからなの」
「そんなことない!」
「清彦くんは、こんな風に変わっちゃっていくわたしは嫌? 気持ち悪い?」
さっきの自分の考え――なんて立派なものじゃない、ただの思い込み――をそのまま返された。
「おんなじだよ」
双葉が優しく頭を撫でてくれる。
「他の誰がどう思おうと、わたしだけはそんなこと絶対に思わない」
撫でられるごとに、心の中で強張っていたものが緩んでいく気がした。
「変わっちゃうの、怖いよね。わたしも怖いし、わたしもこれを止められるかどうかわかんない」
双葉が語りかける言葉は、内容とは裏腹に心強さを感じさせる声音で。
「でも、怖いけど……わたしは、二人で怖がりたいよ」
「う……っ!」
堰が、切れた。
双葉の胸に顔を埋めて、泣いた。
誰かが来たりしないように声を押し殺して、この数日溜まりに溜まっていた不安を全部吐き出すように、泣き続けた。

「ごめん……ううん、ありがとう」
どうにか落ち着きを取り戻して、双葉の胸から離れる。
「もう大丈夫?」
「うん」
双葉にまっすぐ向き合って、肯く。
今の自分を受け止めてくれる人がいる。それを信じられると、心はぐんと軽くなった。
「ボクも、双葉を支えられるようになるから。何かあったら隠さないで言ってね」
涙を拭いて、笑ってみせる。
「う、うん」
双葉の反応は、なぜか少しぎこちなかった。でもその後もお話しできたし、別に『ボク』という言い方がいけなかったわけではないと思うけど。



「ボク、どうなっちゃうのかな……」
身体が変わって、心が変わって、言葉まで変わって。自分が『清彦』からどんどん遠ざかっていく。
でも『双葉』になりきれてしまえるわけでもない。自分でもよくわからない存在。
それでも、自分の変化をただ厭うのはもうやめようと思った。
「双葉……」
抱きしめてくれた腕の温かさを思い出す。
身体も、心も、何もかもが不安定な中、あの温かさだけは確かなものに思えた。


* * *


「はぁ…」
制服から部屋着に着替えながら、ボクはため息を吐いた。
入れ替わってちょうど三週間。今日、ボクは生理を迎えた。
「ボク、お母さんになれちゃうんだ……」
下腹を撫でさする。痛みが少し収まる気がしたけれど、精神的なショックは簡単に薄れない。
ボクの中に誰かの精液が入ってきたら、ボクは妊娠しちゃう。
自分がそんな立場になったことがまだ信じられない。だってボク、三週間前までは男の子だったのに。毎日オナニーして、精液を出してたのに。
でも今、ボクが誰かとセックスしたら、ボクのお腹に赤ちゃんが宿るかもしれないんだ。
ボクの中で大きくなっていく赤ちゃん。そしていずれ、ボクの中から出ていく。そしたらボクはママになって、このおっぱいでその子にお乳をあげることになる。
痛みの中、自分の身体がどんなものなのかを改めて真剣に考えた。
男だった時より、よほど本気で性について考えた気がした。

ちょっとだけ、ベッドで横になる。
初めてのことで大変な一日だったけど、双葉にはすごく助けてもらった。
ここ数日はずっと気にしてくれていて、だから、今朝始まった時もボクから気軽にメールできた。
おかげで朝から色々なフォローをしてもらえて。
ただ、昼休みに友達とお弁当を食べていて、からかわれたのは困ったけど。
放課後のことまではばれてなくても、教室での雰囲気などからボクと双葉はただならぬ関係にあると推理されているみたい。
……でも、今のボクたちは恋愛どころじゃないのに。
照れ臭いし、何か申し訳ないしで、その会話は放課後の時に双葉へは話せなかった。
「恋愛って、どんな感じなのかな?」
男の子だった時、ボクは女の子の双葉をいいなと思っていたけれど、でもそれは、性欲が先立つものだったと思う。
あの頃、『双葉』を見ているとおちんちんが硬くなっていた。家へ帰ってから『双葉』の姿を思い出して射精したことも何度もある。
でも、双葉の心はろくに見ていなかったんじゃないだろうか。
今、ボクは双葉以外の男子から、時々そんな視線を感じる。それは、以前のボクと同じように、恋愛とは違うような気がした。
「心も身体も元に戻ったら……女の子の気持ちと向き合いたいな……」
今、双葉がボクにそうしてくれているように。
元に戻ったら、またおちんちんにひきずられてしまうのかもしれないけれど。
痛むお腹を撫でさすり、そんなあれこれを考えながら、ボクは晩ご飯まで少し眠った。


* * *


「はぁ…」
制服から部屋着に着替えながら、ボクはため息を吐いた。
ついさっきまでは、少し浮かれていたのだけれど。



今日はゴールデンウイークの合間の平日。初めての生理がどうにか終わって、気持ちよく晴れた一日で、双葉と会えたのもうれしくて、快適な一日だった。
放課後はいつものように双葉と情報交換。そこで連休後半の話題になって。
「パパは、学会が終わって帰って来たら、連休後半は家にいるみたい」
「そうなの?」
「うん。スケジュールが今年から変わったって言ってたよ」
パパは古代ヨーロッパの歴史について研究している大学教授。毎年ゴールデンウイークの時季は海外での学会の開催と重なっていて家にいないと、前に双葉から聞いていた。
「そっか……」
呟くように応じると、双葉はしばし遠い目をする。
でもすぐに表情を快活なものに戻した。
「じゃあ、今日はこんなところかな? 五月は中間テストもあるし勉強がんば――」
「あの、」
ボクは双葉の言葉に割り込んだ。
「双葉、この休みの間に『双葉』の家へ来られない? パパやママともお話できるような形で」
ボクの言葉に、双葉は困惑したような顔になる。
「急にどうしたの?」
「双葉、入れ替わってからパパとママに会えてないよね」
「そうだけど……それは清彦くんも同じでしょ」
「でも、今の双葉、寂しそうだったから」
「あー、わかっちゃったんだ」
照れたような、くすぐったそうな顔をして、双葉は頬をかく。
「わかるよ、双葉のことだもん」
「え」
双葉の反応を見て、誤解を招きかねない言い方だと遅まきながら気づく。
「あ、あの、入れ替わってからほとんど毎日のように話しているし、お互いのプライベートなことまで踏み込んで教え合ってるでしょ。だから、双葉のことは少しはわかるの。その、それだけ」
双葉に、浮ついた気持ちでいるとは思われたくなかった。
ボクたちは、恋愛がどうこうとか言ってる場合じゃないんだから。
「……そうだよね」
そして双葉と打ち合わせ。中間テストも気になるし勉強会ということにすんなり決まった。



なのに。
「大丈夫かな……」
さっき帰ってすぐにママに話をしたら、ママは喜んでくれた。
「双葉ちゃんにもやっと仲良しの男の子ができたのね。双葉ちゃんてば意外と隙がないから、下手したら一生独身になっちゃうのかなって不安だったんだけどよかったわ」
ボクをぎゅっと抱きしめながら、そんなことを言う。
「お昼食べるの? 晩ご飯も? もしかしてお泊まり?」
「そ、そんなことしないってば!」
入れ替わって以来、ママは完璧な女の人に見えていたんだけど、こんな一面があるなんて。
でも、男なんて娘には近寄らせません、なんて反応よりはずっといい。この調子ならパパも大丈夫だろう。
「ところで、その子は……成績はいい方かしら? それとも神経が図太い?」
「え、えっと……成績はいいと思う。神経は、細くはないと思うけど」
戸惑いながらも答える。
去年までの『清彦』の成績は自慢できたものじゃないけれど、双葉は入れ替わっても賢いままで、きっと中間テストでは最低でもクラス一位。
神経が細かったら入れ替わりなんて耐えられずに参っているだろうし、そっちの答えも間違ってはいないはず。
「そうなの。図太い方が気楽だろうけど、頭がいい方がパパは喜ぶわね」

ちょっとだけ、気にかかった。
でも、懸念があったら双葉が何か言ったはずだし……。
「大丈夫……だよね?」
独り言は、吐息に混じって部屋に溶けた。


* * *


「はあ……」
ちょっとおめかしした服から、ラフな部屋着に着替えつつ、ボクはため息を吐いた。



今朝から、パパは気合が入っていた。いつも朝食のテーブルに本を二冊は持ち込む人だけど、今朝は三冊。とっかえひっかえ本を手にして読み進めていく(飽きたり詰まったりした時、別の本を読むと効果的……らしい)。
そしてパパが指定した午前十一時、チャイムが鳴って双葉が『来た』。

「初めまして。山岡清彦です」
菓子折りを携え、礼儀正しく『清彦』としてパパとママに挨拶する双葉。
来訪は一時くらい、まずはボクの部屋に来てもらって勉強して、おやつの時にリビングでお話……とボクは最初考えていたのだけれど、そんな想定は吹っ飛んでしまっている。
「最近読んで面白かった本は何かな?」
パパのそんな何気ない質問から、二人の会話は異次元に突入した。
違う、単語くらいはわかる。『双葉』の部屋にある本の題名だったり、教科書で見かけたフレーズだったり。
でも、わかる程度じゃ会話に入れない。読んだことがある、知識として知っている、そんなのは当然の前提で、それを踏まえて自分がどんな意見を持っているかが問われている。
歴史の話をしていたかと思えば、発掘遺跡で使用されていた単語から語学の話題になり、数学や物理も関わる建築の話に転じて。
双葉はパパが奔放に振り回す話題へ懸命について行っているようだった。
「双葉ちゃん、お昼ご飯を手伝ってくれない?」
ママの誘いは渡りに船。ボクはキッチンへ向かう。
「清彦くんって気の利くいい子ね」
餃子をせっせと包みながらママがしゃべる。パパは、専攻が専攻なのに中華が好きだったりする。ボクもママを手伝った。
「それにパパのあれに付き合えるなんて賢いし心もタフよね。うちのお婿さんになってくれないかしら」
「き、気が早いよ」
言ってしまってから、この答え方じゃ「ごもっともだけど今はまだ早い」と言っているようにしか思われないと気づいた。でも慌てて打ち消すのも変な気がする。迷っているうちにママがまたしゃべり出して、話が飛んだ。
相槌を打ちながら、考える。パパが、『双葉』であるボクには見せたことのない態度で『清彦』に接していた理由。
そのことは、双葉は先刻承知。でなければさすがに慌てていただろう。でも双葉から情報交換の時に聞いたことはなかった。
「パパ、すごいね……」
「そうねえ。最近は偉くなってあんまり若い人を呼べなくなったから、その反動もあるかも」
今ほど偉くなかった頃は、若い人を家へ呼んでいたと。ああ、教えている大学生とかかな。双葉はそれを見ていたんだろうか。
「ママも、昔はパパの議論に付き合ってたの?」
ママはパパの大学の後輩というのは、聞いたことがある。
「ううん」
ちょっと寂しそうに、首を振った。
「前にも言ったかもしれないけど……」
ドキリとする。でも、ママはボクと双葉が入れ替わってるなんて想像してるわけがなく、そのまま話し始めた。
「身内とああいう話はできないんですって。やる以上本気で行きたいけど、本気だとやり過ぎたら相手が傷つくかもしれない。妻とか子どもとか、そういう相手にそんなことはしたくないんだって」
ママの少し寂しそうな表情の意味がわかった。恋人だから妻だからと言わば手加減されてきたようなもので、優しさとわかっていても忸怩たるものはあったんだろう。
……双葉も、入れ替わる前、そんな風に感じていたのかな。

「清彦くん、君はよく勉強しているね! ぜひうちの大学へ来てくれ!!」
お酒を飲んだわけでもないのに、パパは上機嫌。餃子をパクパク食べながら、双葉とすっかり打ち解けている。
「光栄です。僕も、できることなら先生に師事させていただきたいと考えています」
双葉も充実した顔で楽しげにパパとしゃべっている。
(社交辞令……なのかな……?)
元に戻ったらどうすればいいんだろうと、ちょっとだけ思ってしまった。その時は、もちろん双葉に助けてもらうだけの話なのに。
「ところで君は、もしかして山岡敏明さんと関係が?」
「はい、父です。最近は色々教わっています」
平然と答える双葉の横で、ボクは餃子を取り落としそうになる。
「やはりそうか……今でも高校で歴史教師を?」
ボクの――『清彦』のお父さんは、県立高校の先生。普通の人だと思っていたのに、なんでパパがその名前を?
「はい。その傍らで研究も続けています」
「研究に専念してくれればと私は今でも惜しんでいてね」
「院に行くような金はなかったと……教えるのが性に合っているとも言ってます」
「うん、昔から教えるのが得意な人だった」
二人の会話を聞きながら頭の中でまとめる。お父さんはパパより少し年上。大学の先輩? 惜しまれつつも大学には残らず教師に?
……ボク、全然知らなかった。
お父さんは無口で、休みの日は書斎で静かに本を読んだり調べ物をしているような人で。ボクは、ちょっと苦手に感じていたんだけど。
双葉は、そんなお父さんに話しかけたのかな。お父さん、うれしかったのかな。
食事中でも双葉とパパの会話は続く。『清彦』としてパパと真剣に話し合う双葉の表情は生き生きしていた。
……もしかしてボクたち、こうして入れ替わった方がよかったのかな。

二時近くになって、ようやく部屋で二人だけになった。
「気を悪くしてたらごめんなさい」
いきなり双葉に頭を下げられてしまう。
「え? 何が?」
「お父さんとのこと、全然話してなかったから……」
「あ、ううん、気にしないで。話されても、困っちゃったと思う」
本心から言った。変に聞いてしまっていても、自分の至らなさを突きつけられるように感じてしまったかもしれないし。
「ボクこそ、お父さんのこと全然知らなくて……」
「ご自分からは言わない方だものね」
「でも、ボク……」
ボクが、本当は『清彦』だったけど。
もう今じゃ、双葉の方がお父さんの本当の子みたいで。
「清彦くんはちょっとのんびり屋さんだっただけだよ」
沈んだ顔をしてしまったのか、慰めるように頭を撫でられた。
「ええと、それより、ありがとうね。パパとママと話せて、うれしかったよ」
「パパとのお話、すごかったね」
「『双葉』だった時だといつもはぐらかされちゃってたから、今日が初めてだったんだ。疲れたけれど、すごく面白かった」
よかったね、と言おうとして。
ほんのわずか、双葉の顔が曇っている気がした。
当たり前だ。
双葉は双葉なのに、今は『清彦』で。
パパと議論を交わそうと、ママの料理をごちそうになろうと、それはあくまで「『双葉』のお友達の『清彦』くん」として。決して『双葉』とは思われないし、呼ばれもしない。
寂しいよね。
ついさっきまで、ボクは何を考えていたんだろう。
入れ替わった方がいい、なんて言えるわけがない。だってこうして双葉は寂しがってるもの。
ボクがそんなあれこれを考えている間、双葉はやけによくしゃべる。
「元に戻れないで受験することになったら、パパの大学を二人で受けたいって思うんだけど、どうかな? あの古書を探すには歴史の勉強が重要な気がするの。あ、もちろんいつ元に戻ってもいいように、学部も学科も揃えて」
やっぱり元に戻りたい。
でも今はまだどうすれば戻れるかもわからない。
なら、せめて、双葉を支えたい。
「清彦、くん?」
ボクは双葉を抱きしめた。
「あの、ね。双葉が双葉なこと、ボクはわかってるから」
「!」
双葉が息を呑む。
今の身体だと、ボクより双葉の方が背が高く、抱きしめるというより抱きつくような形になる。
でも、気持ちの上では双葉を抱きしめた。
前に、双葉がボクを抱きしめてくれた時のように。
「頭じゃわかってるつもりだったんだけど」
ボクの耳元で、双葉が呟くように言う。
「どこかで、おとぎ話みたいな期待もしてたの。ママとパパがわたしのことに気づいてくれて、その瞬間に魔法が解けるみたいに、わたしたちが元に戻る……なんてことにならないかな、なんて。『清彦』の演技を崩しもしなかったのにね」
「うん」
双葉の背中を、慈しむように撫でた。

「……でも、よくわかったね。今のわたしの気持ち」
「いつも、双葉のこと見てるもん」
この前と同じような言葉。けどもう言葉の意味を軽くしてしまったりはしない。
双葉を双葉として見られるのはボクだけで。ボクを清彦として見てくれるのも双葉だけで。
「……ありがと」
双葉も抱き返して、二人で抱きしめ合う。
「男の子と入れ替わりたいなんて思ったことはないけど……わたし、入れ替わったのが清彦くんだったのはよかった」
「ボクもだよ」
勉強を始めるまで、少し時間がかかった。



双葉が『帰って』、一人になった部屋。今日一日を振り返って、思う。
「ボクでも、できることはあるんだ」
双葉を見つめる。双葉を支える。それは、今の双葉を知っているボクにしかできないこと。
安堵がため息になって、再び口から洩れた。



その晩、双葉から電話があった。
「夢の国へ、ボクも?」
伯母さん一家、小学校高学年の従妹たちが来るとは聞いていたけれど。
「伯母さん夫婦が急用で来られなくなったの。でもチケットは四人分買ったし優羽ちゃんと美羽ちゃんが行きたがってるから、二人で電車に乗ることにして……」
遊園地の中では保護者にいて欲しいとのこと。
「だけど父さんも母さんも外せない用事があって……」
優羽と美羽は賢いけどまだ小学生。テンションが上がったら一人で二人を制するのは難しいかもしれない。しかも双葉は彼女たちと初対面。ボクが特に予定がないことは情報交換の中で知っている。こちらへ連絡を取らない理由がなかった。
「わかった。フォローは任せて」
「ありがとう」
電話を切ってから、ふと思う。
……双葉と遊園地なんて、デートみたい。
「そ、そんなんじゃないっ!」
頭をぶんぶん振って、変な考えを打ち消した。


* * *


「はぁ…」
帰宅して、部屋に戻るや否や、ため息を吐いた。



「わー、双葉ちゃんきれいだね! それとおっぱい大きい!」
「双葉ちゃんかわいい! おっぱいでっかい!」
待ち合わせた乗り換え駅では、ボクが双葉に教えるより早く向こうから寄って来て合流できた。
正月以来の再会となる優羽と美羽は、ボクの姿を見るなりきゃっきゃとはしゃぐ。おっぱいを連呼されるのが恥ずかしくて胸を腕で隠す。
「清彦お兄ちゃんがこんな美人さん彼女にするなんて、何したの? 弱みを握って脅迫?」
ボクたちを見比べて、小学六年生の優羽がポニーテールを揺らす。
「催眠術で洗脳?」
ボクたちを交互に見て、小学五年生の美羽がツインテールを振り回す。
「彼女じゃないよ、お友達。ほら、電車乗るよ」
顔を赤くしながらも、双葉は二人の暴言を受け流す。
「あの……双葉?」
でも一方のボクは、振り返った双葉に呼ばれるまで動けずにいた。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて駆け出す。
……自分が双葉に脅迫されたり洗脳されたりして恋人に、と一瞬で妄想してしまいドキドキしちゃった、なんて説明できるわけない。
無理矢理は嫌だけど、でも少し強引なくらいなら、双葉にリードされるのは……
頭を振って、まだ残っている変な考えを追い出す。
今日ここへ来たのは、双葉をフォローして優羽と美羽に楽しく過ごしてもらうためなんだから。



「やっとあたしジェットコースターに乗れるんだよ! 昔は背が低かったし、背が伸びてからは色々都合が合わなくて遊園地行けなかったから、今日が初めて!」
「よかったわね」
ボクは美羽と並んでジェットコースターの列に並ぶ。後ろには双葉と優羽。
ボクは今のところ、「優しい年上のお姉さん」を演じていられるように思う。まあ、もし何かしらボロが出ても、今のボクの振る舞いを見て清彦だなんて気づくことはないだろうし。
「ところで清彦お兄ちゃん、あたしたちからのお年玉の感想は?」
背後から聞こえた優羽の言葉に嫌な汗をかいた。クリスマスプレゼントにスマホをおねだりしてゲットした優羽が、「お年玉」と称して送りつけてきた動画。こんなもの保存していると知れたら社会的に抹殺されると判断して即座に削除した代物。
「え、ええと……」
双葉は答えられない。ボクが教えていなかったのだから当たり前。まさかこんな場所であんな話題に触れるなんて。
やむなく、ボクは振り向いて、悪乗りしがちな姉妹に言った。
「あ、あのね、優羽ちゃんも美羽ちゃんも、女の子があんな動画を男の人に送っちゃだめよ」
「ええーっ!? 双葉ちゃん、あんなの見せてもらったの?」
当然の疑問。でも自分たちでも「あんなの」と思っていたのか。
「そ、その、清彦くんが困っているようだから、見せてもらったの」
「こ、こんな場所で話すような話題でもないよね。ほら、列が動いたよ」
双葉の声で、前へ進む。ちらりと振り向くと、双葉に複雑な顔をされた。ジェットコースターを済ませたら、後できちんと説明しなくちゃ。
「へいへい」
優羽たちはなぜか愉快そうな声を発して、後に続いた。



「き、清彦くん、ごめんね。『わたし』がそんなに弱いなんて思わなくて……」
この身体で初めてのジェットコースターでふらふらになったボクは、双葉に介抱されていた。なお、少し離れた場所では美羽も優羽に介抱されている。
「か……身体が違うと、感じ方もずいぶん違うね……」
「確認しないで無茶させてごめんなさい」
「いや、それは……しかたないし……」
双葉は絶叫系マシンに興味が薄く、小さい頃に家族で遊園地に来ることはあっても乗ったことはなかったという。
三半規管がおかしくなって、時折こみ上げそうになるものがある。でも今は堪えないと。
ボクは優羽と美羽について知っていることを、「お年玉」の件も含めて、思い出せる限り双葉に伝えた。
「え……あの子たち、大胆過ぎない……?」
動画の内容については双葉も引き、当時のボクの判断をよしとしてくれた。
「それ……わたしはどんな顔してあの子たちの『お兄ちゃん』として振る舞えばいいの?」
「悪ふざけとして、適当にあしらうしかないんじゃないかな……将来的には当人たちにも黒歴史になるだろうし……」
双葉が家から準備していた水筒から水を一口もらう。ボクはこういうところになかなか気が回らない。
「……優羽は元気だから、もうじき双葉と二人で行動しようと言い出すよ。美羽はボクが相手するから、よろしくね」
「う、うん」
ボクの推測そのままに、優羽が美羽の手を引いて近づいてきた。

しばらく二組で別行動した後、再合流。今度はボクが優羽と組む感じでいくつかのアトラクションを楽しみ、お昼になった。



一旦外へ出て、近くに設けられたスペースでお弁当を広げる。
「清彦お兄ちゃんが料理するようになるなんてねえ。双葉ちゃんの影響?」
「ま、まあね」
昨夜の打ち合わせの結果、双葉がおにぎりやサンドイッチを中心に、ボクがいくつかのおかずを、準備することにした。
たった一ヶ月。料理に慣れたわけではないけれど、それでも遊園地というシチュエーションや「初対面のお姉さん」が作ったものという気遣いもあったか、二人の好物を多めにしたのが効いたのか、それなりに好評だ。
「ごちそうさま!」
「おいしかった!」
二人の言葉にくすぐったくなる。
と、優羽がボクに向かって言った。
「双葉ちゃん、トイレ行かない?」
「あ、あたしも!」
美羽も便乗し、三人で席を立つ。

「二人が付き合ってないって嘘だよね? 一年以上にはなるんじゃない?」
トイレを終えて、双葉の元へ戻ろうとしたら、優羽と美羽に手を取られて人通りの少ない場所へ連れ込まれた。
「う、嘘じゃないわ」
「だってさ、夢の国でデートだっていうのに、あたしたちの面倒見るだけで全然イチャイチャしないって、おかしくない?」
「だから、今さらそんな必要もないくらいラブラブな、夫婦並みに馴染みきった関係なんじゃないかと思うんだ」
両脇からステレオで問い詰められる。
「そもそもデートじゃなくて、清彦くんに頼まれたから来ただけで……」
「付き合ってもいない男子に頼まれて、遊園地で知らない小学生のお守り? これっぽっちも説得力ないよ?」
「清彦お兄ちゃんが超鈍感で、双葉ちゃんが片思いってのもなさそうだよね。それなら双葉ちゃんはもっとアプローチしてるはずだし、昔はともかく今日の清彦お兄ちゃんはすごく気が利いていて、そんな気持ちには絶対気づいているだろうし」
さりげなく以前のボクをこけにしてるのは無視して。
「そんな風に言われても、困っちゃうな。わたしたち、本当に恋愛とかそういう関係じゃないの」
ボクたちは、そんなことしてられるような関係じゃないんだから。
すると、優羽が言った。
「そんな調子だと、あたしがお兄ちゃん取っちゃうよ?」
「え?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「久々に会ってみたら、清彦お兄ちゃんずいぶんかっこよくなってるんだもん。何だか気も利くようになってるし」
「あたしもちょっと意識しちゃった。今の清彦お兄ちゃんなら、お嫁さんになってもいいなって」
「え……え……」
自分でも思っていないほど、動揺した。特に「お嫁さん」という言葉に。
双葉が結婚する。『清彦』の身体で。優羽と、あるいは美羽と。
それはまったく現実味のない光景。だけどイメージはできる。幸せそうに笑う新郎新婦。成長した『清彦』と、その隣にいるボクではない花嫁。
このまま元に戻れなくて、双葉が『清彦』として生きていくことを決意して、優羽か美羽と恋愛して……と、仮定を積み上げないと辿り着かない未来。なのに笑い飛ばす気にはなれない。
自分の元の身体が、自分の人生から切り離される恐怖もある。自分が『清彦』に戻れないということは怖い。
でも、そんなこと以上に、双葉の隣に自分がいないことが、たまらなくつらい。
妄想めいた思考は一瞬で脳内を埋め尽くし。
年上のお姉さんとしての『双葉』の仮面がポロリと外れる。
「や、やだ……」
「嘘?! 泣くことないでしょ!?」

二人によしよしとあやされて、どうにか落ち着く。
「はいはい、双葉ちゃんの気持ちはよくわかったから、ここは優羽ちゃんに任せなさい!」
「美羽も手伝うよ!」
「へ?」
間抜けな声を上げてしまった。
「ほんのちょっとつついたらここまで激しい反応するなんてねえ」
優羽がにやにやと笑う。
「でもね、告白してないのなら、熟年夫婦みたいなことしてないでちゃんとアタックしなきゃだめだよ? ライバル多いはずなんだから」
美羽が真剣な顔で言った。
「けど……でも……」
ボクは本当は清彦で。『清彦』は本当は双葉で。ボクたちはまず元に戻ることを考えなくちゃいけなくて。……双葉がボクを恋愛対象として見てくれているかもわからなくて。
「どんな事情だか知らないけど、泣くほど好きなんでしょ? ならがんばらないでどうするの!」
「……うん」
そこは、肯くしかない。
はっきり自覚してしまうと、もう自分の気持ちに嘘を吐くことはできなくなった。
「双葉ちゃんそんなに可愛いのに恋愛に疎すぎ! もてない男子じゃあるまいし」
だって一ヶ月前まではもてない男の子だったもん。と言えるわけもなかった。



「美羽、行くよ!」
「うん!」
「二人とも、そんな急がない方が……」
「ほら、清彦お兄ちゃんも双葉ちゃんも早く!」
午後は二人が先行してくれるおかげで、ペアで行くアトラクションはすべて双葉と一緒になった。
双葉の隣にいる。すごく落ち着く。
……やっぱり、好きなんだ。
ずっとこのままでいられれば、それだけでいい。そう思うと、先へ踏み出そうとする気持ちは萎える。
でも。
「ちょっと急ごう」
優羽たちの後を追おうと双葉が足を速めた。
距離が離れそうになる。
「待って!」
自分で思っていなかったほど、大きな声になった。
双葉の腕にしがみつく。
してしまってから、恥ずかしくて顔が熱くなった。これまでだったら、急いで離れて無理にごまかそうとしたかもしれないけど。
「……置いてかないで」
腕を離さず、小さい声になってしまったものの、双葉に伝えた。
そして。
「……うん。ごめんね」
双葉はこちらの手を取ると、指を絡めてつないでくれた。
大きくて、力強くて、温かい手だった。



休憩を挟んで、優羽がまた違うジェットコースターに乗りたがった時に別行動になった以外は、ずっと双葉と一緒に過ごした。
陽が傾いた中、優羽たちが最後にと選んだのは大きな観覧車。一周十五分するらしい。
優羽たちは先に来たゴンドラに乗り、ここでも二人だけになる。

「今日はありがとう」
「こっちこそ……優羽や美羽と会えてうれしかった」
最初は、ただ懐かしく楽しいというだけだったけど。
「いい子たちだね」
「うん」
自分が押し殺そうとしていた気持ちをはっきりと気づかせてくれて、応援までしてもらえた。
ゴンドラがゆっくりと上がっていく。

「あの……」
双葉が口を開く。何だか、ちょっと照れ臭そう。
「これ、あげる」
差し出されたのは、この遊園地のショップの小さな包み。開けていいということなので、開いてみる。
入っていたのは、白い髪飾り。花をかたどった、小さくてシンプルなデザイン。
「わ……」
可愛くて、きれいだと思った。
「着けてみていい?」
「もちろん」
髪飾りをつけてみる。コンパクトで確認すると、『双葉』に――今の自分によく似合っていると素直に思えた。
「ありがとう。大切にするね」
こんなプレゼントをもらったのは初めて。
もしかして、同じように思ってくれているのかな。
そんな期待が次の言葉で少ししぼむ。
「さっき優羽ちゃんに買わなくちゃダメってすごい勢いで言われちゃって。でも、喜んでもらえてよかった。そこまで女の子扱いされるのは嫌かもとか、あれこれ考えちゃってたから」
……優羽に言われたからなんだ。
そこに続く言葉は、さらなる追い打ちとなる。
「今もね、どうしてこんなことになっちゃったんだろうって思うことがある。わたし、本当は『双葉』なのに。どうして『清彦くん』として暮らさなくちゃいけないんだろう、もしかしてこのまま元に戻れないのかな、ずっと男の子として生きていくのかなって」
「……うん」
そうだよね。
心の変化には差があって、今も双葉は女の子らしさを強く残している。
元に戻りたいというのが一番の願いで、今の生活を不都合なくやっていきたいというのがそれに続いて……今の状態で恋愛したい、なんて、優先順位はすごく低いはず。
自分の浮かれた考えが恥ずかしく思えてくる。
消え入りたい思いで身を縮めていると、さらに言葉は続いた。
「けれど……わたし、なるべく『清彦くん』の生活も楽しむようにしたい」
え……?
「今のわたしは……男の子として、今の女の子の清彦くんが好き」
それは一番求めていた言葉。
「もしよかったら、わたしの恋人になってください」
なのに。
「本当、に……?」
臆病になってしまう。
「優羽や美羽に言われたからじゃなくて?」
疑ってしまう。
こうなってから、毎日のようにため息を吐き続けてきた。
男だった時に思っていたほど自分は普通でも平凡でもなくて、へこみやすくてネガティブでマイナス面ばかり考えてしまいがちなのかもしれない。
その性質が、こんなところでも首をもたげてしまう。
そして、問われた側は。
「えっと、それもあるよ」
あっさりと認める。
でも、考えてみれば、入れ替わる前からこういう人だった。
「でもそれは、意に染まないことをさせられるってわけじゃなくて、ためらっていた一歩を踏み出す勇気をくれたということ」
言いながら、こちらを抱きしめる。身を任せて、胸に頭を預ける。
腕から伝わる力強さ。胸から感じる温かさ。
「清彦くん、温かいね」
こちらが思ったのと同じ言葉。
「入れ替わった時からわたしたちはクラスメート以上の関係になって……でも、ただ入れ替わったから、だけじゃないよね。その後の色々なことを二人で一緒に受け止めてきたから、こうなったんだと思う」
うん、と胸の中で肯く。
「大切な人には、沈んだ顔をしてほしくないよ。できればずっと、笑っていてほしい」
こちらへ語りかける声は、どこまでも優しい。
「どこまで踏み込んでいいのかなって迷っていたけれど、優羽ちゃんと美羽ちゃんが教えてくれた」
改めて、と耳元で囁く。
「好きだよ、清彦くん」
こちらの番。
ここまで丁寧に語ってもらった以上、どう答えるかはもう決まっている。ただ、少しだけ、考えた。
入れ替わる前、一年生だった去年。
何かの拍子に言葉を交わした時、「双葉でいいよ」と言われた。実際にクラスメートは女子も男子も彼女を「双葉」と呼んでいて、『俺』も少しどぎまぎしながらそう呼ぶようになった。
でも。
今の自分にとって、この人はもう特別すぎる。
「わたし……わたしも、双葉さんのことが、好き」
頂点に達した観覧車の中、ぎゅっと抱きしめ合った。

落ち着いて普通に座り直すと、双葉さんはわたしを眺めて言った。
「でも、『わたし』って、こんなに可愛くなれるんだね」
不思議に思って首を傾げる。
「わたし、おしゃれとか全然わかんないから、入れ替わる前より『双葉』は可愛くなくなってると思うんだけど……」
申し訳なくて身を縮める。でも、『清彦』だった時も着る服に無頓着だったわたしには、女の子のファッションを会得するのはまだ難しい。
「内面の話」
「え?」
「知らないかな? 『双葉』って、たぶん去年よりも男子に人気だよ」
「ええっ?!」
――明るいけど隙がなさ過ぎてちょっと……と思っていたが、意外とミスなどもするところが親しみやすい。
――去年からクラスメートだったけど、今年は時々ドジするのがむしろ可愛い。
――たまに見せる憂い顔が魅力的だと知った。
双葉さんが『清彦』として接するクラスの男子からは、そんな声を聞いているという。
「うれしくない……」
わたしが双葉さんほどきちんと振る舞えていないから可愛いと言われているみたいで。
そもそも、双葉さん以外の根っからの男子になんて、可愛いと言われても別にうれしくないけれど、それにしたってこんな理由はあんまりだ。
わたしのそんなぼやきを聞いた双葉さんは、笑って首を振った。
「ちょっと違うと思うよ」
双葉さんの『清彦』は、間違いなく前のわたしよりかっこよくなった。今日も優羽たちが言っていたし、そう言えば、クラスの友達も似たようなことを口にしていた気が……。
「事情を知らない男子の目につく変化としてはそういう言い方になるけれど……清彦くんが『双葉』らしくしようと一生懸命がんばっているのが、そんな姿になったってことじゃないかな。入れ替わってもマイペースに自分は自分、ってやり方もあったのに」
「だって、わたしのせいで双葉さんが別人みたいにおかしくなったって思われたら嫌だし……」
「そういう優しいところが、大好き」
言われて、頭を撫でられる。わたしを見つめる温かな眼差し。
一気に顔が熱くなる。鼓動が速くなる。
「そういうところが可愛いの」
そっと抱き寄せられて、双葉さんの顔が近づく。
「いい?」
目の前にあるのは『清彦』の顔。でも、それは愛しい双葉さんの顔。もう自分のものとは思えない。
「……はい」
受け入れる。
生まれて初めてのキスは、熱くて甘いものに感じた。



「またねー」
元気に手を振りながら電車に乗って帰る優羽と美羽。わたしと双葉さんはそんな二人を見送った。
ホームから見上げる空はすっかり暗くなっている。
「どこかでご飯でも食べていこうか」
双葉さんがそんな提案をしながら『清彦』の家へ報告の電話をする。と、ちょっと複雑な顔になった。
「あの……」
わたしへ顔を寄せる。
「お母さんが、『双葉』にお礼したいからよかったら夕飯をどうぞって」



ほとんど一ヶ月ぶりの、『清彦』の家。
玄関へ入ると、感じる匂い。懐かしいという記憶と、他人の家だという感覚とが、頭の中で衝突する。この家へ『双葉』が来るのは初めてだった。
「あらいらっしゃい!」
バタバタと台所から駆けてくるお母さん。
その姿を見た瞬間、この前の双葉さんの気持ちを心の底から理解できた。
わたし、清彦です。
あなたの子です。
言ってその胸に飛び込みたい。でも言えるわけもない。
双葉さんとつないでいた手。その手が、少し強く握られる。
……大丈夫。
一度ぎゅっと握り返して手を離し、お母さんににこやかに微笑んでみせた。
「初めまして。清彦くんと同じクラスの、吉川双葉です」



「ごちそうさまでした。今日は本当にありがとうございます」
玄関で、お母さんとお父さんに頭を下げる。
「双葉ちゃん、また来てね」
「息子とこれからも仲良くしてくれたら、ありがたいです」
お母さんもお父さんも、わたしにとてもよくしてくれた。
「はい。またお伺いできたらうれしいです」
「ほら清彦、ちゃんとお宅まで送ってあげなさいよ」
「はいはい」
外へ出て、双葉さんと二人、手をつないで歩く。
と、こちらを窺う、心配そうな、そしてやや意外そうな、双葉さんの顔。
「どうしたの?」
「ご両親と会って、どうかなって、ちょっと気になってたから。元気そうなのはよかったけど」
「うん」
もし昨日まで――いや、たぶん、今朝までだったら、動揺とか寂しさの方が大きすぎて、泣いてしまったかもしれない。
「さみしいのはさみしいけど……でもね」
双葉さんの大きな手をぎゅっと握る。
「あなたがいてくれるから、大丈夫」
観覧車で双葉さんが言ったように、わたしも今を楽しもう。『双葉』として、『清彦』の彼女として、お母さんやお父さんと接するのも、面白がってみよう。
そんなことをわたしが言うと、双葉さんは微笑んでくれた。
「そうだね……がんばろう」



色々な話をしたり、時には黙って手をつないで夜空を見上げたり。そんなことをしているうちに、『双葉』の家に着いた。
門を潜ると家の中からも道路からも見えづらい死角がある。そこで、もう一度双葉さんとキスをした。
わたし、この人とお付き合いしているんだ。改めてそう意識すると、すごく不思議な気分になる。
ぎゅっと抱きついてみた。
「うわ!」
「どうしたの?」
双葉さんが、妙に慌てたような声を上げた。
「ええと、その……」
「わたし、何か変なことしちゃった?」
不安は簡単に湧き起こる。そんなことはないはずと思いながらも、聞かずにいられない。
「あの、清彦くんが気に病むようなことは何もないから。ただ、わたしも身体とかは男の子だから、その、あまり刺激の強いことはいきなりやらないでくれるとありがたいなって……」
言われて、理解する。
「!」
わたしは胸を隠すようにして、双葉さんから少し距離を取る。
どうしよう。恥ずかしくて、顔を上げられない。顔が熱い。きっと真っ赤。
すると、双葉さんが近寄ってくれて、わたしを優しく抱き寄せると頭や背中を撫でてくれる。
「お互い、まだ慣れないものね。色々と」
「う、うん……」
縮こまらせていた全身が、ほぐれていくみたい。やっと顔を上げることができて、こちらも顔が赤くなっている双葉さんと笑い合う。

手を振り合って別れると、わたしは家へ入った。
ママやパパにあれこれ訊ねられつつも、まずは自分の部屋へ。
一人になって、深く深く息を吐く。
――ため息って、幸せすぎる時にも出るんだ。
この一ヶ月色々なことがあって、それはいいことばかりなんかじゃなかったけれど。
「わたし……幸せ」
胸の奥からぽろりとこぼれ出たその言葉は、紛れもない真実だった。


* * *


「はぁ…」
部屋着から制服に着替えながら、わたしはため息を吐いた。
今日から衣替え。久しぶりの長袖。
わたしたちが入れ替わって、ほぼ半年。

元には戻れないまま、それでもわたしたちはどうにか暮らしている。時々寂しく、たまに苦しく、それでも基本的には楽しく。
双葉さんの心は、今もあんまり変わっていない。だからカップルになったけど、わたしたちはあんまり進展していない。
でもそれは、わたしにとってはありがたかった。心はずいぶん変わったけれど、それでもわたしの記憶は『清彦』のそれで、双葉さんは好きだけど元の自分の身体とキスよりすごい何かをするというのは、まだ少しハードルが高い。
ただ問題は……『清彦』が、周りの女の子にモテモテなこと。賢くて、女の子の気持ちがよくわかって優しくて紳士的な上に、最近は男子のファッションも研究するようになってかっこいいんだもの、当然ではあるけれど。

「わたしって、こんなにやきもち焼きだったんだ……」
双葉さんにはわたしのことだけ見ていて欲しい。あの人に他の女の子が近づくと、気持ちがそわそわしてしまう。
わたしはもう一度ため息を吐くと、どうにか支度を進めるのだった。
どうにか区切りをつけられるところまで漕ぎつけました。お読みくださってありがとうございます。ふたば板の第一スレやわかば板の第二スレで好意的なコメントやポイントで応援してくださった皆様には重ねてお礼を申し上げます。

いいイラストを見て、ため息にも色々な意味があると考えたのが妄想のきっかけでした。
それぞれのため息に名前をつけるとしたら、初日「困惑」二日目「疲弊」一週間目「不安」十日目「恐怖」二週間目「安堵」三週間目「痛み」ゴールデンウイークその一「心配」ゴールデンウイークその二「思慕」ゴールデンウイークその三「幸せ」半年後「やきもち」というところでしょうか。

生徒会と関わらせて学校行事イベントを入れたり双葉が生徒会長に立候補したり、清彦に迫る男子や双葉にアプローチして清彦をライバル視する女子も出してみようかと考えたこともありましたが、妄想の核である清彦の精神変化とカップル成立部分に的を絞って手短にまとめることとなりました。
二人のエッチは大学に入ってからですかね。歴史学の色々な研究に常に夫婦共同で取り組むおしどり夫婦(子沢山)として有名に、という将来をイメージしています。
0.3330簡易評価
2.100きよひこ
長期間お疲れ様でした! 色々な”ため息”が味わえて素晴らしかったです。
TSF+心情の変遷、となるとやっぱり入れ替わりは相性良いよなぁ……。二人は末永くお幸せに。
4.100E・S
この話は好きで、毎回更新が楽しみでした。
もう少しこの二人を見てみたかったけど、後書きの通りなら、ポイントを絞って書きたいことは書かれたみたいですし、ここできれいに終わるのが良いのかもしれませんね。
書きさしの他の話、あるいは新作にも期待しています。
5.100きよひこ
本レスに感想書いた後に、図書館入りに気づきました。
もちろん100点の作品です!
でも、他の人を絡める展開もちょっと見たかったかも
15.100きよひこ
100点以外、付かいでかっ!
後書きのイメージの展開、特に二人それぞれにアプローチする『異性』をどうあしらうのかとか、気になる部分は有りますが、その辺は読み手の我々が追加妄想したいと思います。
入れ替わった二人の展開のみに絞ったからこそ、このようないろいろなため息の色を味わうことが出来たのでしょうね。
良作、ごちそうさまでした。
25.100きよひこ
いい話をありがとうございました。
とても楽しませていただきました。
31.100幸运兔脚
写得很好 支持一下 日本语不是很好 见谅
80.無評価PatrickJep
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81.無評価MelvinnAm
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82.無評価WilliamGoawl
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