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代々代理

2017/03/31 06:20:11
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「代々代理」

リゾート地で10日間過ごすだけ! 日給30万!
そんなあからさまに怪しい求人情報へ飛びつかざるをえない程に俺の生活は困窮していた。
電話で応募し、即座に呼ばれたビルの一室で面接ときたもんだ。

「平生実さん、20歳学生。ふむ」

エントリーシートを見ているのは、このバイト募集の広告を出したという少女。名乗られた名前が正しいなら、松笠雫。
…松笠と言われると真っ先に思い当たる物は、リゾート開発を行っている複合企業・松笠グループ。彼女はそこのお嬢様らしい。

「良いでしょう、採用致します」
「はっ?」

いきなりOKを出され、脳の処理が追いついていない。だというのに彼女は俺の都合などお構いなしとばかりに話を続け始めた。

「平さんには明日から10日間ほど、ウチのグループが新しく建てたホテルに行ってもらいます」
「そんな、いきなりですか?」
「そうですよ。本来なら私が行くはずだったのですが、他にも用事が出来てしまいまして」

いいとこのお嬢様なら予定だって詰まってるだろう、それは分かる。急な用事が出来たから前の奴を後回しに、という事も日常茶飯事で起こっているだろう。

「ですが向こうの支配人は、“どうしても私でなければいけない”と言い出しまして。急遽私の代理を用意する必要が出来ましたの」
「もしやあの募集はその為に…、でもちょっと待ってください、俺があなたの代わりなんて、どうしたって無理じゃないですか?」

自他ともに認める小市民の俺が、お嬢様の替え玉なんて土台無理な話だ。だって性別から違うし。

「そんな事なんて存じていますわ。ですので、平さんには私になってもらいます。アレを」

俺の後ろに立っていた黒服がトランクを起き、口を開ける。そこには折り畳まれた肌色の、何かが…。

「あちらの部屋を使って、それを着てください。後のことはそこの万波に聞けば大丈夫ですから。
それでは、よろしくお願いしますよ」
「えっ、あの!?」

それだけしか告げず、彼女はそそくさとビルから出ていった。護衛と思しき黒服達も一緒に出ていって、中に残されたのは俺と、万波と呼ばれた黒服が1人。

「平様、あちらの部屋へどうぞ。室内にはマニュアルもございますが、必要とあればお手伝いしますので、その時には遠慮なく声をおかけください」
「えぇー…」

とんとん拍子に進んでしまい、もはや「辞めます」という事も出来ず、俺は奥の部屋に促されてしまった。

室内には姿見1枚とロッカーがいくつか、そして壁際にテーブルと、その上にマニュアルがあった。
仕方なしにそれを手に取ってみると、書かれていたのは驚くべき事。

『人工偽装被膜 取扱説明書』

ひとしきり全部読み進めていくと、それは確かに文字通りの代物だった。
これを着る事で他人に成り済ます…、怪盗3世がよくやりそうな変装に使われそうな代物だった。
トランクの中身を広げてみると、それは人間の中身を抜いて薄くのばしたようなもの。テーブルの上に広げて細部を確認してみると、長い髪の毛、膨らんだ乳房や何もない股間部分などから、確かに女性の被膜なのだという事がどうにかわかる。
説明書を読めば、これを着用する事で、その皮膜の姿になれるのだという。

「うっそだー……」

いやだって無理だろ、雫お嬢様の身長なんて俺より20cmは小さかったぞ? 入るのか、本当に?

とはいえ、もはや拒否権は遥か過去の話。説明書の通りに服を脱ぎ、皮の背中にある切れ目を広げてみる。

「…ホントに入るのか、これ?」

ズボンを履くように脚を差し入れ、5本指ソックスを履くように右脚を通してみる。きゅっと締め付けられるような感触がすると、

「…ん? 何か脚の感覚が違う…?」

右脚に触れる空気が違うような気がしたのだ。
どういう事かと思い、皮を履いた右脚を撫でてみると、

「っおぉぅ!?」

いつもより敏感な感触が返ってきた。本来の俺の肌とは違うはずなのに、『自分の肌に触っている』感触がする。

「……」

ちょっとだけ、つばを飲み込む。どういう理屈でこんなことが出来るのかなんて分からないが、それでも俺の中にはこの皮に対しての興味と好奇心が鎌首をもたげて来たのだ。

左足も通し、腰元まで皮を引き上げる。姿見で確認すると、俺の腰から下が完全に女の子の…、恐らくは雫お嬢さんの、ものになっていたのだ。
ゴツゴツした皮膚じゃない、丸く柔らかいお尻。
無駄な脂肪やすね毛などは殆ど無い、すらっとした脚。
薄い恥毛の生えた女性器。

「…嘘だろ、いつもの感覚じゃない…」

本来ならこの皮の下には俺の男性器があって、この興奮を示すように勃起している筈だ。
けれどその反応も無く、室内で滞留する空気が俺の股間を撫でていく。

「っ!」

大きく唾を飲むと同時に、左手を皮の中に通してみる。皮の上からの筈なのに、やはり自分の皮膚のような感触が返ってきた。
右手は元の男のもので、女の子のものになった左手と合掌してみると、その差は歴然としていた。
男と女の手だけでも、こんなに違いがあるのだと今更ながらに思い知らされる。

薄く小さな女の手のひらと、ほっそりした指、その先に存在する整えられた爪。
その全部が男の、俺の右手と違っていて、心臓の鼓動が速くなっていく。

(早く…、早く着たい。この皮を全部、纏ってみたい…!)

もう止められなかった。
右手も皮の中に通し、指の先までしっかりと着込む。俺の両手はすっかり女の子の、柔らかい手になっていた。
指先で唇に触れてみると、ガサついている感触がいつも以上に解ってしまう。そんな敏感な身体なのだ。

(これを…、体まで全部着てみる…)

肩の部分を合わせ、背中の穴を閉じる。
空気が抜けて萎んでいた筈の乳房は、いつの間にか俺の体を前に引っ張るように、大きな存在を主張していた。

(おっぱいだ…)

見下ろせば確かに存在する、女の胸。それがいま、皮といえ俺の体に付いている事に、ひどく興奮している。

残っている部分は顔だけだ。本当に小さかった頃、祭りの屋台で売っていたお面を被るように、そっと顔の位置を合わせる。
目元を合わせ、鼻の部分を整え、口の周りへきちんと当てる。
背骨に沿って後頭部まで開いていた穴を閉じ、姿見で確認する。

「…お、おぉぉ…!!」

そこには、さっきまで俺と話していた松笠雫お嬢様が立っていたのだ。
いや、正確にはその姿になっている俺が、なのだが。

懸念していた身長も、どうしてかしっかりと彼女のサイズに合わせられ、俺が取るのと同じ表情を、鏡の中のお嬢様が返す。
これは…、すごい! こんな技術があったなんて…!

「平様、着用は終わりましたか?」
「うおぉっ!? た、確か万波さん!?」

自分の姿に見惚れていると、部屋の扉が開いて万波さんが入ってきた。

「あぁ、既に終わっていましたか。では都合が良いですね」

そういう万波さんは、俺の方に近付いていく。まさか…、

「あ、あの、記憶の転送も…するんですか?」
「えぇ勿論。お嬢様の記憶がないままだと、困るのは平様ですからね」

読んだマニュアルの中にあった記述。被膜製作時のオプションとして、記憶の刷り込み機能が存在している。
それのスイッチは、着用した人間の性的興奮と絶頂。

「何も最後までするつもりはありませんので、平様はどうぞそのまま、体の力を抜いてください」
「えっ、あっ、ちょ、ん…!!」

万波さんの手が俺の体に触れていく。男としてのゴツゴツした手が、俺の女の肌を撫でていく。
背中から抱きすくめられ胸を揉まれ、股間を撫でられて…。

こんな事をされるのは初めてで、どうしたらいいのかもわからない。されるがままに、万波さんの指の動きに良いようにされていく。

「平様、ご覧ください」
「ふぇ…?」

指示された姿見に写っているのは、蕩けた表情の雫お嬢様。
でもこの表情は俺がしている物で、でもこの顔は元々彼女のもの。
境界が曖昧になってきた頭の中にじわじわと入り込んできたのは、俺の知らない彼女の記憶。

「舐めてみてください」
「ふぁ、ん、む…、ちゅ…」

俺の女性器から出来た愛液を、万波さんが掬い取って口元に運ぶ。あぁ、これも俺が…、私が出しているもの…。
胸の先端を抓まれ、陰核を撫でられて、

「遠慮はいりません、どうぞイってください」
「あっ、あっ、…っあぁぁぁぁ!!」

初めての「女性の絶頂」に、身を委ねた。

こうして翌日。
俺は「私」として予定通りに飛行機に乗り、ホテルにやってきた。
支配人の出迎えもそこそこに流して、予め知識として仕入れていたホテル内の施設、そのプールサイドへ向かったのだ。



「ねぇ万波さん?」
「何でしょうか、“お嬢様”」
「…身の危険があった場合でも、大丈夫なんですよね?」
「勿論です。その皮は特別製です。防弾防刃処理は元より、衝撃も9割吸収する構造になっています。
目や口と言った露出部分や、体内を狙われない限りは問題ありません」

…つまりはそういう事だった。雫お嬢様は、ここに来ることで自分が襲われる可能性があるから、俺を替え玉に仕立てたのだろう。
それさえも皮の記憶に入っていたということに気付いた瞬間、青ざめたりはしたが…。
まぁ、良いか。

「それに、自分は護衛ですからね。きちんと平様をお護りしますよ」
「よろしくお願いね、万波ちゃん」

男の皮を脱ぎ、可愛い女の子の姿に戻った万波ちゃんを伴って、プールへと飛び込んだ。

こうなってはもはや是非も無し。覚悟を決めて遊び倒そう!

* * *

リゾート地滞在の替え玉バイトを始めて、今日で五日目。
どうなる事かと不安に思っていたが、松笠雫お嬢様の記憶などが入っていたこの皮の効果で、どうにか必要最低限の事は果たしている。

…しかし思うんだが、やっぱりセレブの暮らしは小市民な俺とは違うもんだと痛感するね。
スイートのベッドは体が沈み込むような柔らかさで、気付けば朝まで寝てしまっている。
舌鼓を打てる食事の数々は、本来の俺なら食べた事の無いような高級食材が使われている。
体を包む衣服だって化繊やフェイクファーじゃなく、絹や天然の毛皮とか。

雫お嬢様の記憶で知る限りは、本当のセレブっていうのはこんな物じゃないらしい。どんだけ金ため込まれてるんだよこの世界。ちっとは寄越せ。

「平様、どうされました?」
「え、あぁ…。良い所だなと思ってるんですよ、ホント」

ベッドの上で万波ちゃん…、万波鶫ちゃんと一緒にいると、疑問に思われたのか聞かれてしまった。
しかしこう思っているのは本当なのだ、これに慣れきってしまうと戻れなくなるんじゃないかと考えるのは、少し恐い。

本当の俺は家賃3万の安アパートに住んで、日々のバイトで学費と生活費を賄っている。
布団は平べったい煎餅布団、食事はレトルトとかカップ麺とかだし、服は基本的にしもむら品をそこそこ見栄えがするように着てるだけ。
住むところがあるだけまだマシだが、本当に天と地と差があるものだ。

「そうでしたか。考えも横に逸れてるみたいですし、今日はここまでにしておきましょうか?」
「あ、いえ…、できればもう一回、お願いできますか?」
「…お好きですね、平様は。では、どうぞ」

仕方ないなと言わんばかりの笑みを浮かべた後、鶫ちゃんはベッドの上に横になり、女性器を広げて見せた。
何度見ても興奮するその光景だが、今の俺の股間には何もない。本来あるべき男性器の代わりに、挿入用のペニスバンドがつけられている。
曰く、「男としての感覚を忘れない為、女性を相手にする必要がある」とかで、鶫ちゃんは夜な夜な俺の所に抱かれに来ている。
確かにこの光景と、挿入している行為は男の物だ、それは認める。けれど…、

「はっ、う、ん…! 良いです、平様…、そこ…っ!」
「……」

腰を動かしている以外に感じられない「男」では、この虚しさをどう表すべきか。

行為が終わり、一人残された室内。
添えつけのシャワー室で鏡に姿を映し、胸をすくい上げる。
指先は自然と股間の女性器に向かい、満たされずにいた行為の穴を埋めるように、指先を膣内に沈めていく。

「はぁ…っ!」

シャワーのお湯に紛れるよう、零れた愛液が排水溝へ流れていく。
女としての性感を味あわされて、挿入される感覚がどれだけ気持ちいのか知りたくなったが、鶫ちゃんが言うには、

『破瓜を迎えてしまうと皮膜にロック機能が掛かってしまい、脱げなくなってしまうのでご注意ください』

とのことだ。
男としても女としても生殺し。これだけが唯一このバイトにおける不満点。

「んぅっい、イくぅ…!!」

イったと同時に走る脳髄への刺激は、どんどんとそれを加速させていった。

そうして一週間が経過した。
可能性のあった襲撃も、驚くほどに何事も無く、鶫ちゃんも不思議に思っているある日。
ホテルから見下ろせる所にあった街の、ふと見つけたカフェの中で、鶫ちゃんの電話が鳴った。

「失礼、緊急の電話です」

席を立って通話をしていく。俺も内容を気にしないようにして、待つことしばし。
数分もしない内に、とても青ざめた顔で彼女が戻って来た。直後に伝票を手に取り会計を済ませ、俺を連れて車の中に押し込んだ。

「平様、ホテルに戻りましょう。お話をしておかねばならない事件が発生しました」
「まさか、なにか良くない事が起きてしまったんですか?」
「はい。事の詳細は向こうでお話ししますが、取り急ぎ用件だけをお伝えします」

車の中、冷静さを欠いたような彼女から、ひとかたならぬ事件。その内容が、

「本物の雫お嬢様が、暗殺されました」


鶫ちゃんが車内で話してくれたことは、事ここに至るまでの顛末。
松笠グループがメイン手掛けているリゾートビジネス、その中にクルーズも含まれており、地中海を対象にしたものも企画の一つに存在していたという。
詳しい話は「俺」じゃあまりわからないが、近辺との折衝をしている最中に、何がどうなったのかイタリアンマフィアの癇に障る事をしてしまったらしい。めっちゃ裏社会の話じゃん。

当然のことながら報復措置が執られ、それが今回の雫お嬢様の暗殺だったという。

このホテルにもマフィアの手が伸びていると情報が入り、その矢先に「お嬢様に来てほしい」という誘い込みがあった。
何も考えずに行く事は、ほぼありえないだろう。大きな口を開けている虎穴に、必要も無いのに入りに行く理由は無いのだから。

けれどそれ自体が大きな撒き餌だったようで、これを怪しんだお嬢様は偶然にも出来た「他の用事」に向かってしまった。
巧妙に隠された本命の罠がそちらであるとも気付かずに。

「情報は入っていましたが、本当にここにまで手が伸びていない事への確証は取れていませんでした。
お嬢様の身の安全を守る為に、複数の方に代理を求め…、平様はこちらの担当になったんです」
「ってことは、一等危険な所に俺は放り込まれたと…」
「勿論何事も無ければ、それに越したことはありません。全てが終わった後にお話しして、別途危険手当もお付けするつもりではありました。これは他の代理の方々も同じです。
ですが、本物の雫お嬢様が真っ先に狙われる事になるとは…」

ホテルに戻り、すぐに動けるように荷物を纏めている。今更ながらに危険な事を再認識していたが、そこまでだったとは。
未だ混乱している気持ちをどうにか切り替えて、鶫ちゃん…いや、身辺警護の万波さんに指示を仰ぐ。

「つg…、万波さん、俺はどうすればいい。皮を脱いで“お嬢様がもう居ない”事を示せばいいのか?」
「考えは幾つかありますが、身の安全を確保するためであれば、脱がないでいただきたいです」
「向こうが万一を考えて、偽者を全員消しに来る可能性は?」
「大いにあるでしょうね。だからこそ、です」

言わんとしている事は分かっている。だからこそ俺の身を守るためには、この皮を着たままでいてほしいのだと。
理解すると同時に恐怖もわき上がってきたが、あからさまに狼狽して万波さんの苦労を増やすわけにはいかない。

「…わかりました。それで、何で行きますか?」
「まずは飛行機…、いえ、車ですね。落ちてしまえば助かりません」

鶫ちゃんは「万波さん」の皮を着直し、身の回りの防備を固めた。
俺も荷物を取りまとめ、家の方で用事が出来たとオーナーに告げてそのまま二人でホテルを出る。
このリゾート地は都市部までは離れているものの、陸路での移動は可能。行きの時は、付近にある飛行場まで自家用機で来て、防弾仕様の車でホテルまで来たのだ。
発車前に底面のチェックをして異常なしと判断し、そのままの移動が始まった。

重苦しく息の詰まりそうな時間が続く。ほんの数時間前まで、不穏なものを心の隅に置いてはいたものの、リゾートを満喫していた時では考えられなかった。

休む間もなく3時間ほど走り続けている。万波さんは何も言わず、俺も何も言う事はできず、空気は重い。
そんな中、ふと電話がかかってきた。けれど俺のではない。

「…はい、万波です」

路肩に停め、万波さんが電話を取る。車を降りずに通話をしていると、バックミラー越しに彼の顔が少しだけ曇ったような気がした。
どうやらまた何か良くない事が起きたのかもしれない。けれどそれを通話中に聞く訳にもいかず、会話が終わるのを、万波さんが話してくれるのを待っている。
デジタル表示の時計が3分ほど進んでから、目を細め、眉間に皺をよせ、歯を食いしばっているような。誰に聞いても「悩んでいます」と答えが返ってくるような表情で、彼はこちらを見てくる。
…本当なら、きっと聞かないだろう。正直な事を言えば「君子危うきに」とか言って知らぬ存ぜぬで終わらせたい。けれどこの状況から、降りる事はきっと不可能なのだろうと、俺の中で雫お嬢様の記憶が伝えている。

「構いません。鶫、話しなさい。……俺なら大丈夫ですから」

一瞬だけ、強く、彼女の喋り方を利用させてもらう。
雫お嬢様の喋り方にハッとしたのか、その言葉に背を押されたのかは分からないが、万波さんは先ほどの電話の内容を伝え始めた。

「…執事長からの伝言で、次のお嬢様を急遽選定しなければいけない、と。
その為に代理を受けた者全員をお屋敷に戻すように連絡を受けました…」
「次の、だって…?」

きっと万波さんは端的に説明してくれたのだろう。その上で俺が断片的とはいえ理解したことは、

「…護衛の任を受ける際に、“護衛対象の身の安全を確保する為、皮膜は着用させておくこと”と言い含められていました。
理由は至極もっともだと思っていたのですが、この為でもあったようです…」

何人目かを推し量ることはできないが、俺があった雫お嬢様も、「本物」として召し上げられた影武者の1人なのだろう。
皮のロック機能なんて、本当は必要無い筈なのだ。なのに何故あるのか。
それはおそらく、脱げないようにする事によって自分の立場を分からせる為なのだろう。
もう逃げ場は無い、ここに居続けるしかないのだと。

それを了承したからなのか、それとも本当に意識まで「雫お嬢様」にさせられるかは、今現在では判断のしようがない。
あの時俺が会った、その当時の本物がどのような考えの元であの言動をしていたのかは、わからないのだ。

「…………」

万波さんが「喋らないように」とのジェスチャーをした後、スマホのメモに文字を書いて見せてきた。

『平様、恐らくですが今なら被膜を脱いで逃亡する事も可能です』
『執事長は私達の状況もほぼ把握していました。私の皮か平様の皮、もしくは両方に盗聴器があるのかもしれません』
『今皮を脱いでこの場から去れば、おそらく松笠家は平様を追わないでしょう』

万波さんの姿の下で、きっと鶫ちゃんは震えているのだろう。操作をしている指の動きが、わずかに覚束ない。
俺も万波さんのスマホを借りて、文字を打ち込む。

『もし俺が逃げたら、鶫ちゃんはどうなるの?』
『解りません。処分は免れないでしょうが、どのような形になるかも不明です』

サングラスに隠れてどんな目をしているのかはわからない。けれど口元は、明らかに消沈していた。
どうすれば良い。この状況で俺は…。


その後。

「平様、今週のご予定です」
「ありがとう、鶫ちゃん」

皮を脱いだ鶫ちゃんからスケジュールを渡され、目を通す。
火曜までは国内にいるが、水曜からは外国か。その分学校には通わないと。

アレから俺は松笠家の招集に応じ、屋敷に向かった。そこにいたのは俺を含めて7人の「雫お嬢様」だ。
中の人間がどういう存在なのかは知らないが、誰もが目をぎらつかせていた。うまい具合に娘という立場に収まれば、ゆくゆくはグループを手中に収めることが出来るという欲望を、隠しもせずに見せていたのだから。
それが当然の事ながら、命を狙われる可能性もあってこその未来だというのに。

執事長が段取りを進め、いざ選定が始まろうとする際に、俺は手を挙げ告げる。

「選定から辞退します。…その代わりというのもなんですが、影武者としてなら引き続きお受けしましょう」

正直な事を言うとお嬢様の後釜なんてしたくなかった。けれど逃げれば鶫ちゃんがどうなるか分からない。
…だから賭けとして、事情を知ってる使いやすい人間として、引き続き「替え玉の代理」を行う事にするよう持ちかけたのだ。
あの時向けられた、執事長の鋭い視線は今思い出しても漏らしてしまいそうだった。けれど、この皮を被り雫お嬢様としての意思を得た事で、どうにか怯まずに交渉を持ちかけ、その立場を勝ち取ることは出来た。

護衛には引き続き鶫ちゃんが割り当てられ、今では公私ともにパートナーになっている。
本音を言えば逃げてしまいたかった。けれどアレだけ抱いた彼女に情が芽生えてしまった事もあり、見捨てるわけにもいかなかったのだ。

スケジュールの紙をシュレッダーに落とすと、ぎゅっと後ろから抱き付かれている。

「どうしたの?」
「いえ…、出掛けるまでまだ時間がありますから、ちょっとシませんか?」
「…ん、そうだね」

服を脱ぎ、女性としての皮に包まれた身体を曝け出す。けれど頭は俺、平生実本人のものだ。
男と女、どちらの姿でも逃亡できないよう、頭の部分を外された状態で皮のロックを掛ける。それが執事長の出した条件だった。おかげで普段はとても歪な状態になっている。
仕事の時は、顔だけ別に用意された皮を着ける事で全身の変装を行っている。勿論平時ではまた違う顔の皮を使っているのだが。

顔は男だが体は女。これじゃ男としては二度と戻れないような気もするが…、それでも収入は多いし、パートナーもいるし。
…女の体でされる事は、とても気持ち良かったし。

もともとの生活に未練が無い訳じゃない。それでも選んだことに後悔はあまりしたくなかった。

「それじゃ、入れますね…?」
「ん、来て…」

男の皮を着た鶫ちゃんが、俺の中に入ってくる。
こんな人生も、アリだよな?
出来る事出来ない事の区別ははっきりさせておきましょう。
罰印
0.850簡易評価
1.100きよひこ
この話はふたば板での連載の時から好きでした。
ふと思った。残りのお嬢様の影武者たち、どんな人たちだったんだろう?
中身が元は男ってパターンもあるだろうけど、女ってパターンもありますよね。
まさか全員男ってことは……。