<Kiyohiko SIDE>
物心ついて間もなくからつきあいのある腐れ縁の幼馴染・有馬若葉が、「治験のバイトをする気はない?」と聞いてきたのは、高校2年に進級したばかりの4月半ばの頃だった。
「なんか、パパの会社のほうで、若くて健康な被験者を捜してるらしいんだけどさー、きよひー、やる?」
「やる!」
ゴールデンウィーク中の丸一週間拘束されるものの、日給1万円というのは、高校生にとってはかなりの大金だ。いろいろ物入りでお金が欲しかった僕は、報酬につい目が眩んで、一も二もなく飛びついた。
依頼主というか雇用主は、若葉のお父さんで、僕も昔からよく知ってる人だし、治験とは言え、まさかヤバい薬じゃないだろうと思ったんだ。
──だからといって、会議室での説明中に居眠りして、有馬のおじさんから渡された契約書も、ざっと流し読みするだけで盲判押したのは流石に軽率だったと、あとから後悔することになるんだけどさ。
<Toshiaki SIDE>
私こと有馬敏明は、現在、とある薬品会社の研究室に勤めて、さまざまな薬品の開発に力を注いでいる。
“とある”と言ったが、この会社は私の祖父が興し、現在は父が社長を務めており、私自身が就職したのも、ある意味コネのおかげだったのかもしれない。 ──とは言え、そんなコネがなくても入社できるだけの能力はあったと自負してはいるが。
経営者の身内となると、いろいろ便宜を図ってもらえることもあるが、同時に他人にはできない無茶振りが回って来ることもある。
今回、押し付けられた新薬の治験もそのひとつだ。
「動物実験は済んでいるから安全性に問題はない」とは言うが、逆に言えば人間に使うのは初めてということだろうに。
しかも、対象が15歳以上18歳以下の健康な男性に限り、新聞や雑誌、WEBなどを通じての一般公募は不可なんて無茶ぶりにもほどがあるだろう。
困り果てた私は、ダメもとで、高校に通う娘の若葉に引き受けてくれそうな人材に心当たりがないか聞いてみた。すると……。
「えっ、清彦くんが?」
「うん。教えてあげたら、きよひー、結構乗り気だったよ」
島津清彦くんは若葉の幼稚園に入るころからの幼馴染の少年だ。家も同じ町内にあり、彼の父親とは中学時代の同級生だったということもあって、島津家とは家族ぐるみでの付き合いがあった。
もっとも、中学に入るころから、若葉も清彦くんもいわゆる“思春期”に入ったのか、あまり一緒にいるところを見なくなり、それにつれて家同士のつきあいも半ば自然消滅しかけていたのだが……。
親が知らないだけで、子供同士は意外とつながりが続いていたのかもしれない。
「けど、清彦くんがかぁ」
とても意外なような、そうでもないような……。
「そっかなぁ。あたしは超ナットクだったけど?」
「あいかーらず、きよひーってばカワイコちゃんだしぃ」とニンマリと笑う若葉。
確かに彼──島津清彦くんは、幼少期から非常に可愛らしい子だった。
小学生の頃は知らない人からは頻繁に女の子と間違いられていたし、中学に入ってからも、私服姿で若葉とふたり街を歩いている時に男性からナンパされたという話も娘から聞いている。
その清彦くんが、まさか“この治験”に協力してくれるとは……いや、そんな子だからこそ、なのかもしれない。
とは言え、ことはひとりの人間の一生に影響する問題だ。念の為、清彦くんのご両親にも確認をとっておかく必要があるだろう。
<Kiyohiko SIDE>
バイトと言っても、朝食後と夕食後の日に2回注射されるだけで、それ以外は研究所の用意した部屋で自由に過ごしていいと言われてたので、僕は持ち込んだ携帯ゲーム機のオンラインモードで対戦をしていたんだけど……。
「あれ? なんか痩せてきてる?」
ここ数日、ロクに運動もせずに食っちゃ寝してるから太るってのならわかるんだけど……あ、もしかして、コレが薬の効果?
あ~、なるほど。有馬のおじさんが開発してるのって、ダイエットサプリとか美容薬とかの類いなのかな。
そう言えば、心なしかお肌も白く滑らかになってきた気もするし……。
うぅ~、これじゃあまた、知らない人に女の子と間違えられそうだなぁ。このバイトが終わったらトレーニングしないと。
でも、僕、いくら筋トレとかしても、なかなか筋肉がつかない体質なんだよねぇ。下手すると運動したことでかえって痩せちゃうし。小食だから、いっぱい食べて体格よくするってのも無理だし……。
はぁ~、いっそ僕が女の子だったら、こんなことで悩む必要もなかったんだけどなぁ。
<Toshiaki SIDE>
治験開始から4日目の朝、私は研究室で部下からの中間報告を聞いていた。
「有馬主任、治験者ナンバー4は確か主任のお知り合いなんですよね?」
「清彦くんのことかね? 確かにそうだが……何か問題でも?」
「いえ、そうではありません。むしろ、考え得る最大限の効果を投与したエックストロゲンが発揮していると考えられます」
「そうか……いや、そうだろうな」
現在治験中の新薬“エックストロゲン”は、プラシーボ効果とはまた違った意味で、投与された者の心理状態に大きく影響を受ける(=被験者にも影響がある)ことが、これまでの研究と動物実験で確認されている。
彼が“そう”なりたいと願っているのなら──そしてその願いを自覚しているのなら、おそらく実験の終わる7日目の夕方には、目に見える形ではっきり効果がでることだろう。
島津夫妻──彼のご両親も、連絡した当初は驚いてらしたが、今では「我が子が望むならば」と十分納得し、今後のサポートに努めてくださるとの確約が得られている。
ならば……。
「青桐くん、明日からのナンバー4への投薬は濃度を10%上げておいてくれ」
<Kiyohiko SIDE>
バイトを始めて7日目。
(ようやく今日でこの退屈な引きこもりライフから解放かぁ。バイト代の7万円、何に使おうかなぁ~)
そんなことを考えつつ、ベッドから起き上がったんだけど、なんとなく身体に違和感を感じる。
「ん? なんか胸のあたりが……」
擦れてちょっと痛い、かも?
(あーそうか。肌が白く柔らかくなったのは薬の効果だろうけど、そのぶん弱くもなってるのかもなぁ)
このことはレポートに書いておこうと思いつつ、Tシャツを脱ぐと……。
「! ち、乳首が!!」
かぶれて腫れてるのかぷっくり大きくなってる? それになんだか堅くなってる気も。
まだ8時前だったけど、あわてて備え付けの内線電話で有馬のおじさんに連絡を入れたんだ。
<God's View>
清彦からの内線を受けた敏明(実験期間中は研究所に泊まっていた)は、研究室に彼を呼び、簡易診察台に横たわった全裸状態の彼をスタッフともども熱心に観察&検査する。
服を着直した清彦を別室──敏明個人の執務室に招き入れ、ソファセットに相対して座る。
「清彦君、結論から言うと、君の身体のその状態は、我々の想定の範囲内だ(投薬濃度を10%上げた効果が如実に出ているな)」
「えっ……そう、なんですか? (なるほど、美容薬ってことは普通は女性向けだし、当然それには豊胸とかの効果も入ってるってことか)」
「うむ。(いくら、女性になりたいという願望があったとしても)いきなりの変化で君も驚いたかもしれないが、我々としては明確に薬の効果が観察されたことは、むしろ喜ばしいと言えるんだよ」
「(でも、それならなんで被験者に男ばかり選んだんだろ? ああ、そっか一週間でこの程度しか変化がないから、元からオッパイのある女性だとわかりづらいもんな)それで、このあと僕は……(ちゃんと元に戻れるのかなぁ)」
「心配は無用だ。実験終了後も(完全に体が女性化するまで)アフターケアはキチンとする」
「おじさんがそう(ちゃんと治るって)言うなら安心しました。朝早くからすみません」
「ははっ、構わないさ。とりあえず、今日の分の朝の注射を受けて来てくれたまえ(観察と触診の結果、乳腺の肥大に加えて男性器の萎縮も始まっているな)」
「(バイトとは言え仕事だもんな)ええ、もちろんです。(たったこれだけで7万円ももらえるんですから)僕もうれしいですし」
「(そんなに女の子になれるのがうれしいのか)そう言ってもらえると、私も君を被験者に選んだ甲斐があるよ」
──こうして、ふたりの思惑は芸術的にすれ違ったまま、事態は次なる局面に以降するのだった。
<Toshiaki SIDE>
男性から女性への性転換を促す画期的な新薬X(仮称“エックストロゲン”)の第一次治験は無事終了した。
治験に協力してくれたのは、“清彦くんを含め”5名の「女性になりたい男性」で、この一週間でいずれも一定の効果が見られた。
肌色の白化、体毛の脱落、髭の伸長抑制、必要最低限以外の筋肉の萎縮……などが報告されている。
なかでも、治験者ナンバー4──島津清彦くんは、後半、注射するXの濃度を10%アップしたこともあいまって、胸部乳腺の発達及び骨格の女性化の兆候も見られた。
外性器の萎縮も始まり、陰茎は平均的な10歳児のものくらいにまで縮んでいたが、記録では治験開始前も比較的未発達で第二次性徴前後の12歳児程度であったため、その点は考慮する必要があるだろう。
治験終了直前の面談では、さらなる女性化を希望していたため、追加試験として引き続き経口摂取用に調整されたエックストロゲンの治験に協力してもらうことが決まっている……っと、そうだ。
「おーい、若葉!」
「ん~、なーにー、パパ?」
「清彦くんに、この薬を持っていってもらえるか?」
「いいけど、それ何?」
「例の治験のアフターケアとして緩やかに女性化を促進するものだ。用法は毎朝食後に1錠飲むだけでいい」
「ん、わかった(にゃは♪)」
* * *
「きよひー、パパからアフターケアのためのお薬預かってきたよん」
「あ、サンキュー、若葉。で、これ、どうすればいいの?」
「うん、“朝晩2回”食後に飲めばいいらしいよ」
<Kiyohiko SIDE>
若葉に紹介された1週間の治験のバイトが終わって、ボクは手取り7万円もの大金(高校生にとっては大金なの!)を手にして、当初はホクホク気分だった──が!
「うーん、なんかアレ以来、身体がヘンだなぁ」
バイトの内容が「(多分女性向け)美容関連の新薬の治験」だから、いくらか身体的な影響が出ることは覚悟はしていた。
むしろまったく影響がないと、その薬が失敗作(ヘッポコ)ってことになるし、若葉のお父さんの会社的にはあってくれないと困るだろう。
実際、治験開始4日目になると、お肌が白くすべすべに、ムダ毛もなくなり、胸もちょっとだけ膨らんできたし。
うん、それは分かる。
でも……。
「バイトが終わってもう3日も経つのに、全然身体が戻らないなぁ」
若葉から受け取ったアフターケア用のお薬も、キチンと朝晩飲んでるのになぁ。
むしろ、以前より身体が華奢になったような気がする──そこ、「元々、童顔・華奢で女の子みたいじゃん」って言わない! ちょっとは気にしてるんだからね。
ちょっと悩んだ挙句、若葉に電話して相談してみた。
「ああ、それはそうだよー。あのアフターケア用のお薬って、そもそも治験用の薬を弱めたものだもん」
!? どういうこと?
「あれだけ劇的な変化をもたらす薬をいきなり止めると、身体の負担も大きいのよ。ほら、激しい運動のあと、いきなり動きを止めるとむしろ身体に悪いから、軽いランニングをして体調(ペース)を整えたりするじゃない。そんな感じね」
な、なるほど。わかるようなわからないような……?
「残った薬を飲み終えるころには体調も落ち着くだろうから、もうしばらくの辛抱じゃない?」
<Toshiaki SIDE>
清彦くんが私の会社を訪ねて来たのは、あの治験が終了して半月後のことだった。
「有馬主任、島津さんおっしゃる高校生くらいのお嬢さんが「主任に会いたい」と面会を希望されているのですが……」
会社の受付から内線が回ってきたとき、ちょうど仕事が一段落して手が空いていたため、私はその“お嬢さん”──おそらく清彦くんと会議室のひとつで会うことにした。
(昔から、清彦くんは女の子と間違われることが多かったからなぁ)
私の娘の若葉と大差ない身長なうえに体つきも華奢で、おまけに顔も可愛らしい童顔だ。
高校生になってもそれはほとんど変わらず、先日治験の前に検査した際も体毛が薄く、髭が生えかけている様子すらなかった。
(まぁ、だからこそ、あの実験に志願してくれたんだろう)
男だからこそ不自然なのであって、あの子が女であったら、さぞかしモテるだろうしな。
そんなことを考えていた私だが、会議室に案内されて来た“彼”の姿を見た時は、さすがに驚いた。
治験終了時に見た時よりさらに体つきは華奢になり、心無しか背も縮んでいるように見える。投薬を続けているのだから、そこまでは想定の範囲内ではあったが、それ以上の変化が顕著に見受けられたのだ。
トップは丈の短い黒いキャミソールに白いジャケットという格好なのだが、その胸元がよく見ると女子中学生くらいの大きさに膨らんでいるし、ヘソ出しになっている腰のあたりもハッキリくびれている。
ボトムはデニムのショートパンツを履いているが、むき出しになった足に体毛がほとんど見受けられないのは前からだとしても、心なしか内股気味になっている。
ショートパンツ自体もタイトなデザインだが、その股間部分には男特有の膨らみが(少なくとも傍から見る限り)皆無だった。
「おじさん、ボク、なんだか体がヘンなんだ……」
「こ、これは一体!?」
確かにエックストロゲンの投与は続けているが、こんなに早く変化すると言うのは想定外だ。
涙目になっている清彦くんをなだめつつ、私は聞き取りを開始し──そこで衝撃的な事実が明らかになったのだった。
<God's View>
島津清彦と有馬敏明の話し合いの結果、“なぜか”壮大なアンジャッシュが発生していることが判明し、急きょ関係者──清彦の両親、若葉、敏明の上司と同僚が集まって話し合いがもたれた。
そして──結論から言うと、責任の所在は清彦7:敏明(の会社側)3ということになる。
これは……。
・若葉が「何の」治験のバイトなのか、「うっかり」伝え忘れていたこと
・しかし、実際の契約に臨んでは、キチンと口頭でも書面でも説明されていたこと。そして、清彦が署名した契約書があったこと。
・敏明がわざわざ清彦の両親に確認を入れていたこと
──などが理由に挙げられる。
そう、こともあろうに清彦は、説明会も右から左に聞き流し、契約書の文面もあまり真剣に読まずに流し読みしていたのだ!
これで若葉の「うっかり」さえ無ければ、責任の所在は9:1や下手すれば10:0になってもおかしくない事案だったろう。
そして、すぐさま今後の対策が協議されたのだが……。
<Kiyohiko SIDE>
「きよひー、朝だよー、朝ごはん食べてがっこ行くよー」
(んー、もぅ、そんな時間か……)
窓の外から幼馴染の若葉が呼びかける声に、眠い目をこすりながら、布団の中からむっくりと身体を起こす。
(う~、どうも女になってから朝が弱くなった気がする。低血圧かなぁ)
体質以外にも、一応165センチあった身長は158まで縮んじゃったし、その代わりと言うべきか胸(おっぱい)は大きく膨らんで、現在88のDカップだったりする。
(最近、ようやっとブラ着けるのに慣れてきたけど……)
むしろ着けないと動く時邪魔だし、慣れざるを得なかったって言うべきかなぁ。
まだ上手く頭が回ってない状態だけど、パジャマを脱いで、枕元に準備しておいたブラジャーを着け、ウチの学校の女子用制服──セーラー襟タイプの白と水色のブラウスと、紺色のフレアスカートに着替える。
「むぅ、スカートのすぅすぅする感覚には、まだ慣れないなぁ」
まぁ、今更文句言っても始まらない。
ボクは制鞄を手に部屋を出て、階段を下りて台所に向かった。
そう、あの治験のバイトから1ヵ月が経過した今でも、ボクの身体は男に戻れていない……というか、むしろ完全に女の子になっちゃったという方が正解かな。
敏明おじさんの研究室が開発していた性転換薬“エックストロゲン”は非常に強力で、ある程度効き始めると後戻りできないくらい完全に男性の体を女性に改造しちゃう代物だったんだ。
(まぁ、たった半月でそこまで至ったのはボクと相性が良かったからみたいだけどね)
そう、あの時、おじさんに相談に行った時点でボクの身体は、すでにその阻止限界点(フェイルセーフポイント)を越えちゃってたらしい。
そのまま男女どちらの生殖能力もない半端な身体のまま過ごすよりは──ということで、ボクはさらなる投薬その他の処置を受けて、10日ほど前に完全に女の子へと生まれ変わったんだ。
「あら、ようやく起きたのね、清姫」
「あんまり若葉ちゃんを待たせるもんじゃないぞ」
朝食のテーブルについていた両親が呆れたような視線を投げかけてくる。
うん、性別:femaleということで役所に届け出を出したとき、思い切って名前も「きよひこ」から「きよひめ」の一字違いに改名したんだ。
将来、結婚して子供が生まれた時、母親の名前が「清彦」ってのはあんまりに不自然だろうってことで。
(とは言っても、男と結婚したり、××したりするって、あんまり実感湧かないんだけどなぁ)
「だいじょーぶ、きよひーなら、すぐにいい男が見つかるって」
ちゃっかりテーブルについてカフェオレ飲んでた若葉は、こちらの脳内呟きを読んだかのようなお気楽発言をカマしてくれるけどさぁ。
ボクが“こんな風”になった責任の一端は若葉にもあると思う(無論、大半は説明や契約書を蔑ろにしてたボクの自業自得だろうけど)のに、若葉は以前と変わらずにボクと接してくるあたり、神経が太いと言うか……。
いや、ヘンに遠慮して距離をとられたら、それはそれで寂しいからいいんだけどね。
「清姫、そろそろ出ないと遅刻すめんじゃないの?」
! そうだ。母さんの言う通り、あんまりのんびりしてる場合じゃないな。
「行ってきまーす!」「おじさま、おばさま、行ってきます」
急いで洗面所で歯磨きと髪の手入れを(若葉の手も借りつつ)済ませて、ボクらは学校へ出発した。
<Her Mind>
「あー、今日から体育はプールかぁ。ユウウツだなぁ」
学校への通学途中、隣りで愚痴を漏らしているのは、あたしの幼馴染で同級生の島津清姫。
ちょっぴり小柄で17歳にしては童顔だけど、優しくて女子力も高くて、おまけに真面目でおっぱいも大きいという、近年稀に見る逸材ちゃん。
──もっとも、ほんの2ヵ月ほど前までは、「清彦」という名前の男の子だったんだけどね。
ゴールデンウイークに、あたしのパパの会社で募集してた女性化薬の治験のバイトを1週間やって、予想外に女性化が進行した結果、そのまま女として生きることになっちゃったんだー。
……え? 「他人事だからっておもしろそうに言うな」って?
ふふっ、実はこの子の女性化って、あたしがこっそり色々画策した結果なんだよねー。
治験の詳細を伝えなかったこと然り、アフターケア用の薬の量をわざと間違えたこと然り。
「なぜ、そんなことしたのか」って?
だってさぁ、清彦ってば、中学入ったあたりから、急につきあい悪くなってったの。
そりゃね、思春期の男女だから、恋人でもないのに四六時中一緒にいたらマズいってのはわかるわよ?
──でも、昨日まで隣りにいた人がいなくなるのって、やっぱり寂しいんだもん。
もし、清彦があたしのこと嫌いになったとか、まるで関心がなくなったとかなら、悲しいけどまだあきらめもつくよ。
けど、ごくたまに会った時なんかは、以前と同様、あっちもあたしのことを大事な幼馴染だと思ってくれてることは何となくわかるわけ。
それなのに、ただ異性だから一緒にいられないなんて……そんなの、絶対イヤ!
だからいつ頃からか、こう思うようになったんだ。「清彦が女の子だったら良かったのに」って。
もちろん、そんなことは夢物語だと思ってたけど、パパからエックストロゲンの話を聞いた時、これを利用できるって思いついちゃったんだ。
そして、念願かなって今、「清彦」は清姫としてあたしのそばにいてくれる。
女の子初心者だけあって、あたしから色々教えてあげることもあるしね。
そんなワケで、今のあたしはサイコーにハイな毎日を送ってるんだ♪
「あれ、なんでわらってんの、若葉?」
「フッフッフ、もちろんきよひーのかーいらしーであろうスク水姿を想像して萌え萌えキュンしてたのさ!」
「へ、へんたいだー!」
~めでたしめでたし?~
物心ついて間もなくからつきあいのある腐れ縁の幼馴染・有馬若葉が、「治験のバイトをする気はない?」と聞いてきたのは、高校2年に進級したばかりの4月半ばの頃だった。
「なんか、パパの会社のほうで、若くて健康な被験者を捜してるらしいんだけどさー、きよひー、やる?」
「やる!」
ゴールデンウィーク中の丸一週間拘束されるものの、日給1万円というのは、高校生にとってはかなりの大金だ。いろいろ物入りでお金が欲しかった僕は、報酬につい目が眩んで、一も二もなく飛びついた。
依頼主というか雇用主は、若葉のお父さんで、僕も昔からよく知ってる人だし、治験とは言え、まさかヤバい薬じゃないだろうと思ったんだ。
──だからといって、会議室での説明中に居眠りして、有馬のおじさんから渡された契約書も、ざっと流し読みするだけで盲判押したのは流石に軽率だったと、あとから後悔することになるんだけどさ。
<Toshiaki SIDE>
私こと有馬敏明は、現在、とある薬品会社の研究室に勤めて、さまざまな薬品の開発に力を注いでいる。
“とある”と言ったが、この会社は私の祖父が興し、現在は父が社長を務めており、私自身が就職したのも、ある意味コネのおかげだったのかもしれない。 ──とは言え、そんなコネがなくても入社できるだけの能力はあったと自負してはいるが。
経営者の身内となると、いろいろ便宜を図ってもらえることもあるが、同時に他人にはできない無茶振りが回って来ることもある。
今回、押し付けられた新薬の治験もそのひとつだ。
「動物実験は済んでいるから安全性に問題はない」とは言うが、逆に言えば人間に使うのは初めてということだろうに。
しかも、対象が15歳以上18歳以下の健康な男性に限り、新聞や雑誌、WEBなどを通じての一般公募は不可なんて無茶ぶりにもほどがあるだろう。
困り果てた私は、ダメもとで、高校に通う娘の若葉に引き受けてくれそうな人材に心当たりがないか聞いてみた。すると……。
「えっ、清彦くんが?」
「うん。教えてあげたら、きよひー、結構乗り気だったよ」
島津清彦くんは若葉の幼稚園に入るころからの幼馴染の少年だ。家も同じ町内にあり、彼の父親とは中学時代の同級生だったということもあって、島津家とは家族ぐるみでの付き合いがあった。
もっとも、中学に入るころから、若葉も清彦くんもいわゆる“思春期”に入ったのか、あまり一緒にいるところを見なくなり、それにつれて家同士のつきあいも半ば自然消滅しかけていたのだが……。
親が知らないだけで、子供同士は意外とつながりが続いていたのかもしれない。
「けど、清彦くんがかぁ」
とても意外なような、そうでもないような……。
「そっかなぁ。あたしは超ナットクだったけど?」
「あいかーらず、きよひーってばカワイコちゃんだしぃ」とニンマリと笑う若葉。
確かに彼──島津清彦くんは、幼少期から非常に可愛らしい子だった。
小学生の頃は知らない人からは頻繁に女の子と間違いられていたし、中学に入ってからも、私服姿で若葉とふたり街を歩いている時に男性からナンパされたという話も娘から聞いている。
その清彦くんが、まさか“この治験”に協力してくれるとは……いや、そんな子だからこそ、なのかもしれない。
とは言え、ことはひとりの人間の一生に影響する問題だ。念の為、清彦くんのご両親にも確認をとっておかく必要があるだろう。
<Kiyohiko SIDE>
バイトと言っても、朝食後と夕食後の日に2回注射されるだけで、それ以外は研究所の用意した部屋で自由に過ごしていいと言われてたので、僕は持ち込んだ携帯ゲーム機のオンラインモードで対戦をしていたんだけど……。
「あれ? なんか痩せてきてる?」
ここ数日、ロクに運動もせずに食っちゃ寝してるから太るってのならわかるんだけど……あ、もしかして、コレが薬の効果?
あ~、なるほど。有馬のおじさんが開発してるのって、ダイエットサプリとか美容薬とかの類いなのかな。
そう言えば、心なしかお肌も白く滑らかになってきた気もするし……。
うぅ~、これじゃあまた、知らない人に女の子と間違えられそうだなぁ。このバイトが終わったらトレーニングしないと。
でも、僕、いくら筋トレとかしても、なかなか筋肉がつかない体質なんだよねぇ。下手すると運動したことでかえって痩せちゃうし。小食だから、いっぱい食べて体格よくするってのも無理だし……。
はぁ~、いっそ僕が女の子だったら、こんなことで悩む必要もなかったんだけどなぁ。
<Toshiaki SIDE>
治験開始から4日目の朝、私は研究室で部下からの中間報告を聞いていた。
「有馬主任、治験者ナンバー4は確か主任のお知り合いなんですよね?」
「清彦くんのことかね? 確かにそうだが……何か問題でも?」
「いえ、そうではありません。むしろ、考え得る最大限の効果を投与したエックストロゲンが発揮していると考えられます」
「そうか……いや、そうだろうな」
現在治験中の新薬“エックストロゲン”は、プラシーボ効果とはまた違った意味で、投与された者の心理状態に大きく影響を受ける(=被験者にも影響がある)ことが、これまでの研究と動物実験で確認されている。
彼が“そう”なりたいと願っているのなら──そしてその願いを自覚しているのなら、おそらく実験の終わる7日目の夕方には、目に見える形ではっきり効果がでることだろう。
島津夫妻──彼のご両親も、連絡した当初は驚いてらしたが、今では「我が子が望むならば」と十分納得し、今後のサポートに努めてくださるとの確約が得られている。
ならば……。
「青桐くん、明日からのナンバー4への投薬は濃度を10%上げておいてくれ」
<Kiyohiko SIDE>
バイトを始めて7日目。
(ようやく今日でこの退屈な引きこもりライフから解放かぁ。バイト代の7万円、何に使おうかなぁ~)
そんなことを考えつつ、ベッドから起き上がったんだけど、なんとなく身体に違和感を感じる。
「ん? なんか胸のあたりが……」
擦れてちょっと痛い、かも?
(あーそうか。肌が白く柔らかくなったのは薬の効果だろうけど、そのぶん弱くもなってるのかもなぁ)
このことはレポートに書いておこうと思いつつ、Tシャツを脱ぐと……。
「! ち、乳首が!!」
かぶれて腫れてるのかぷっくり大きくなってる? それになんだか堅くなってる気も。
まだ8時前だったけど、あわてて備え付けの内線電話で有馬のおじさんに連絡を入れたんだ。
<God's View>
清彦からの内線を受けた敏明(実験期間中は研究所に泊まっていた)は、研究室に彼を呼び、簡易診察台に横たわった全裸状態の彼をスタッフともども熱心に観察&検査する。
服を着直した清彦を別室──敏明個人の執務室に招き入れ、ソファセットに相対して座る。
「清彦君、結論から言うと、君の身体のその状態は、我々の想定の範囲内だ(投薬濃度を10%上げた効果が如実に出ているな)」
「えっ……そう、なんですか? (なるほど、美容薬ってことは普通は女性向けだし、当然それには豊胸とかの効果も入ってるってことか)」
「うむ。(いくら、女性になりたいという願望があったとしても)いきなりの変化で君も驚いたかもしれないが、我々としては明確に薬の効果が観察されたことは、むしろ喜ばしいと言えるんだよ」
「(でも、それならなんで被験者に男ばかり選んだんだろ? ああ、そっか一週間でこの程度しか変化がないから、元からオッパイのある女性だとわかりづらいもんな)それで、このあと僕は……(ちゃんと元に戻れるのかなぁ)」
「心配は無用だ。実験終了後も(完全に体が女性化するまで)アフターケアはキチンとする」
「おじさんがそう(ちゃんと治るって)言うなら安心しました。朝早くからすみません」
「ははっ、構わないさ。とりあえず、今日の分の朝の注射を受けて来てくれたまえ(観察と触診の結果、乳腺の肥大に加えて男性器の萎縮も始まっているな)」
「(バイトとは言え仕事だもんな)ええ、もちろんです。(たったこれだけで7万円ももらえるんですから)僕もうれしいですし」
「(そんなに女の子になれるのがうれしいのか)そう言ってもらえると、私も君を被験者に選んだ甲斐があるよ」
──こうして、ふたりの思惑は芸術的にすれ違ったまま、事態は次なる局面に以降するのだった。
<Toshiaki SIDE>
男性から女性への性転換を促す画期的な新薬X(仮称“エックストロゲン”)の第一次治験は無事終了した。
治験に協力してくれたのは、“清彦くんを含め”5名の「女性になりたい男性」で、この一週間でいずれも一定の効果が見られた。
肌色の白化、体毛の脱落、髭の伸長抑制、必要最低限以外の筋肉の萎縮……などが報告されている。
なかでも、治験者ナンバー4──島津清彦くんは、後半、注射するXの濃度を10%アップしたこともあいまって、胸部乳腺の発達及び骨格の女性化の兆候も見られた。
外性器の萎縮も始まり、陰茎は平均的な10歳児のものくらいにまで縮んでいたが、記録では治験開始前も比較的未発達で第二次性徴前後の12歳児程度であったため、その点は考慮する必要があるだろう。
治験終了直前の面談では、さらなる女性化を希望していたため、追加試験として引き続き経口摂取用に調整されたエックストロゲンの治験に協力してもらうことが決まっている……っと、そうだ。
「おーい、若葉!」
「ん~、なーにー、パパ?」
「清彦くんに、この薬を持っていってもらえるか?」
「いいけど、それ何?」
「例の治験のアフターケアとして緩やかに女性化を促進するものだ。用法は毎朝食後に1錠飲むだけでいい」
「ん、わかった(にゃは♪)」
* * *
「きよひー、パパからアフターケアのためのお薬預かってきたよん」
「あ、サンキュー、若葉。で、これ、どうすればいいの?」
「うん、“朝晩2回”食後に飲めばいいらしいよ」
<Kiyohiko SIDE>
若葉に紹介された1週間の治験のバイトが終わって、ボクは手取り7万円もの大金(高校生にとっては大金なの!)を手にして、当初はホクホク気分だった──が!
「うーん、なんかアレ以来、身体がヘンだなぁ」
バイトの内容が「(多分女性向け)美容関連の新薬の治験」だから、いくらか身体的な影響が出ることは覚悟はしていた。
むしろまったく影響がないと、その薬が失敗作(ヘッポコ)ってことになるし、若葉のお父さんの会社的にはあってくれないと困るだろう。
実際、治験開始4日目になると、お肌が白くすべすべに、ムダ毛もなくなり、胸もちょっとだけ膨らんできたし。
うん、それは分かる。
でも……。
「バイトが終わってもう3日も経つのに、全然身体が戻らないなぁ」
若葉から受け取ったアフターケア用のお薬も、キチンと朝晩飲んでるのになぁ。
むしろ、以前より身体が華奢になったような気がする──そこ、「元々、童顔・華奢で女の子みたいじゃん」って言わない! ちょっとは気にしてるんだからね。
ちょっと悩んだ挙句、若葉に電話して相談してみた。
「ああ、それはそうだよー。あのアフターケア用のお薬って、そもそも治験用の薬を弱めたものだもん」
!? どういうこと?
「あれだけ劇的な変化をもたらす薬をいきなり止めると、身体の負担も大きいのよ。ほら、激しい運動のあと、いきなり動きを止めるとむしろ身体に悪いから、軽いランニングをして体調(ペース)を整えたりするじゃない。そんな感じね」
な、なるほど。わかるようなわからないような……?
「残った薬を飲み終えるころには体調も落ち着くだろうから、もうしばらくの辛抱じゃない?」
<Toshiaki SIDE>
清彦くんが私の会社を訪ねて来たのは、あの治験が終了して半月後のことだった。
「有馬主任、島津さんおっしゃる高校生くらいのお嬢さんが「主任に会いたい」と面会を希望されているのですが……」
会社の受付から内線が回ってきたとき、ちょうど仕事が一段落して手が空いていたため、私はその“お嬢さん”──おそらく清彦くんと会議室のひとつで会うことにした。
(昔から、清彦くんは女の子と間違われることが多かったからなぁ)
私の娘の若葉と大差ない身長なうえに体つきも華奢で、おまけに顔も可愛らしい童顔だ。
高校生になってもそれはほとんど変わらず、先日治験の前に検査した際も体毛が薄く、髭が生えかけている様子すらなかった。
(まぁ、だからこそ、あの実験に志願してくれたんだろう)
男だからこそ不自然なのであって、あの子が女であったら、さぞかしモテるだろうしな。
そんなことを考えていた私だが、会議室に案内されて来た“彼”の姿を見た時は、さすがに驚いた。
治験終了時に見た時よりさらに体つきは華奢になり、心無しか背も縮んでいるように見える。投薬を続けているのだから、そこまでは想定の範囲内ではあったが、それ以上の変化が顕著に見受けられたのだ。
トップは丈の短い黒いキャミソールに白いジャケットという格好なのだが、その胸元がよく見ると女子中学生くらいの大きさに膨らんでいるし、ヘソ出しになっている腰のあたりもハッキリくびれている。
ボトムはデニムのショートパンツを履いているが、むき出しになった足に体毛がほとんど見受けられないのは前からだとしても、心なしか内股気味になっている。
ショートパンツ自体もタイトなデザインだが、その股間部分には男特有の膨らみが(少なくとも傍から見る限り)皆無だった。
「おじさん、ボク、なんだか体がヘンなんだ……」
「こ、これは一体!?」
確かにエックストロゲンの投与は続けているが、こんなに早く変化すると言うのは想定外だ。
涙目になっている清彦くんをなだめつつ、私は聞き取りを開始し──そこで衝撃的な事実が明らかになったのだった。
<God's View>
島津清彦と有馬敏明の話し合いの結果、“なぜか”壮大なアンジャッシュが発生していることが判明し、急きょ関係者──清彦の両親、若葉、敏明の上司と同僚が集まって話し合いがもたれた。
そして──結論から言うと、責任の所在は清彦7:敏明(の会社側)3ということになる。
これは……。
・若葉が「何の」治験のバイトなのか、「うっかり」伝え忘れていたこと
・しかし、実際の契約に臨んでは、キチンと口頭でも書面でも説明されていたこと。そして、清彦が署名した契約書があったこと。
・敏明がわざわざ清彦の両親に確認を入れていたこと
──などが理由に挙げられる。
そう、こともあろうに清彦は、説明会も右から左に聞き流し、契約書の文面もあまり真剣に読まずに流し読みしていたのだ!
これで若葉の「うっかり」さえ無ければ、責任の所在は9:1や下手すれば10:0になってもおかしくない事案だったろう。
そして、すぐさま今後の対策が協議されたのだが……。
<Kiyohiko SIDE>
「きよひー、朝だよー、朝ごはん食べてがっこ行くよー」
(んー、もぅ、そんな時間か……)
窓の外から幼馴染の若葉が呼びかける声に、眠い目をこすりながら、布団の中からむっくりと身体を起こす。
(う~、どうも女になってから朝が弱くなった気がする。低血圧かなぁ)
体質以外にも、一応165センチあった身長は158まで縮んじゃったし、その代わりと言うべきか胸(おっぱい)は大きく膨らんで、現在88のDカップだったりする。
(最近、ようやっとブラ着けるのに慣れてきたけど……)
むしろ着けないと動く時邪魔だし、慣れざるを得なかったって言うべきかなぁ。
まだ上手く頭が回ってない状態だけど、パジャマを脱いで、枕元に準備しておいたブラジャーを着け、ウチの学校の女子用制服──セーラー襟タイプの白と水色のブラウスと、紺色のフレアスカートに着替える。
「むぅ、スカートのすぅすぅする感覚には、まだ慣れないなぁ」
まぁ、今更文句言っても始まらない。
ボクは制鞄を手に部屋を出て、階段を下りて台所に向かった。
そう、あの治験のバイトから1ヵ月が経過した今でも、ボクの身体は男に戻れていない……というか、むしろ完全に女の子になっちゃったという方が正解かな。
敏明おじさんの研究室が開発していた性転換薬“エックストロゲン”は非常に強力で、ある程度効き始めると後戻りできないくらい完全に男性の体を女性に改造しちゃう代物だったんだ。
(まぁ、たった半月でそこまで至ったのはボクと相性が良かったからみたいだけどね)
そう、あの時、おじさんに相談に行った時点でボクの身体は、すでにその阻止限界点(フェイルセーフポイント)を越えちゃってたらしい。
そのまま男女どちらの生殖能力もない半端な身体のまま過ごすよりは──ということで、ボクはさらなる投薬その他の処置を受けて、10日ほど前に完全に女の子へと生まれ変わったんだ。
「あら、ようやく起きたのね、清姫」
「あんまり若葉ちゃんを待たせるもんじゃないぞ」
朝食のテーブルについていた両親が呆れたような視線を投げかけてくる。
うん、性別:femaleということで役所に届け出を出したとき、思い切って名前も「きよひこ」から「きよひめ」の一字違いに改名したんだ。
将来、結婚して子供が生まれた時、母親の名前が「清彦」ってのはあんまりに不自然だろうってことで。
(とは言っても、男と結婚したり、××したりするって、あんまり実感湧かないんだけどなぁ)
「だいじょーぶ、きよひーなら、すぐにいい男が見つかるって」
ちゃっかりテーブルについてカフェオレ飲んでた若葉は、こちらの脳内呟きを読んだかのようなお気楽発言をカマしてくれるけどさぁ。
ボクが“こんな風”になった責任の一端は若葉にもあると思う(無論、大半は説明や契約書を蔑ろにしてたボクの自業自得だろうけど)のに、若葉は以前と変わらずにボクと接してくるあたり、神経が太いと言うか……。
いや、ヘンに遠慮して距離をとられたら、それはそれで寂しいからいいんだけどね。
「清姫、そろそろ出ないと遅刻すめんじゃないの?」
! そうだ。母さんの言う通り、あんまりのんびりしてる場合じゃないな。
「行ってきまーす!」「おじさま、おばさま、行ってきます」
急いで洗面所で歯磨きと髪の手入れを(若葉の手も借りつつ)済ませて、ボクらは学校へ出発した。
<Her Mind>
「あー、今日から体育はプールかぁ。ユウウツだなぁ」
学校への通学途中、隣りで愚痴を漏らしているのは、あたしの幼馴染で同級生の島津清姫。
ちょっぴり小柄で17歳にしては童顔だけど、優しくて女子力も高くて、おまけに真面目でおっぱいも大きいという、近年稀に見る逸材ちゃん。
──もっとも、ほんの2ヵ月ほど前までは、「清彦」という名前の男の子だったんだけどね。
ゴールデンウイークに、あたしのパパの会社で募集してた女性化薬の治験のバイトを1週間やって、予想外に女性化が進行した結果、そのまま女として生きることになっちゃったんだー。
……え? 「他人事だからっておもしろそうに言うな」って?
ふふっ、実はこの子の女性化って、あたしがこっそり色々画策した結果なんだよねー。
治験の詳細を伝えなかったこと然り、アフターケア用の薬の量をわざと間違えたこと然り。
「なぜ、そんなことしたのか」って?
だってさぁ、清彦ってば、中学入ったあたりから、急につきあい悪くなってったの。
そりゃね、思春期の男女だから、恋人でもないのに四六時中一緒にいたらマズいってのはわかるわよ?
──でも、昨日まで隣りにいた人がいなくなるのって、やっぱり寂しいんだもん。
もし、清彦があたしのこと嫌いになったとか、まるで関心がなくなったとかなら、悲しいけどまだあきらめもつくよ。
けど、ごくたまに会った時なんかは、以前と同様、あっちもあたしのことを大事な幼馴染だと思ってくれてることは何となくわかるわけ。
それなのに、ただ異性だから一緒にいられないなんて……そんなの、絶対イヤ!
だからいつ頃からか、こう思うようになったんだ。「清彦が女の子だったら良かったのに」って。
もちろん、そんなことは夢物語だと思ってたけど、パパからエックストロゲンの話を聞いた時、これを利用できるって思いついちゃったんだ。
そして、念願かなって今、「清彦」は清姫としてあたしのそばにいてくれる。
女の子初心者だけあって、あたしから色々教えてあげることもあるしね。
そんなワケで、今のあたしはサイコーにハイな毎日を送ってるんだ♪
「あれ、なんでわらってんの、若葉?」
「フッフッフ、もちろんきよひーのかーいらしーであろうスク水姿を想像して萌え萌えキュンしてたのさ!」
「へ、へんたいだー!」
~めでたしめでたし?~
しかし誰の作品かと思っていたらアナタでしたか。お久しぶりです。
毎度投稿されるたびにもっと寄越せやと思うくらい楽しんでました。