太刀葉と双葉が喫茶店「ブラザー」にて、7年ぶりの再会を果たし、ノットール1号と葉月が密かにそれを見守っていた頃…。
松戸院邸の地下研究室で、彩子=ドクトルLは一人悩んでいた。頭を抱えデスクに突っ伏す様子はまるで歳相応の少女のようだ。
「ああ、太刀葉お姉様…。お姉様が双葉さんを信頼し信用なさっているのはわかります…でも私はお姉様が心配なのですわ…。
トランスレンジャー基地への潜入作戦のときも、あんなに無茶をして。
もし万が一のことがあったら、お姉様も捕らえられたり殺されたり、あるいは体を奪われたりしていたかもしれないですのに…」
顔を上げて室内の一方に目を向けると、そこには培養槽に浮かんだノットール2号の体がある。
「せめて私がもっとお姉様のお力になれたら。お姉様のお側で戦えたら。
私は研究が専門ですが、これでもTSトロンで幹部を任されるほどの力があるという自負もありますわ。
それでも、お姉様のお側にいるには力が足りないのだとしたら…」
デスクの上、目前の空中に手のひらを掲げると、ヴンという音と共にホログラフのウィンドウが開く。
片手でそれを操作すると、研究室の片隅、様々な機材の置かれた中の一台が起動し、スイッチに光が灯る。
「太刀葉お姉様。私、お姉様のためにもっと強くなってみせますわ…!」
ドクトルLがウィンドウを操作すると、天井のアームがノットール2号の培養槽を掴み、起動した装置にセットする。
装置が動き始めると、ノットール2号の体は砂の粒子のごとく分解され…それは装置に繋がった管へと回収されると、その先のシリンダーボトルに怪しく赤く光る液体が充填されていく。
「いくらノットール2号が定時連絡をサボる癖があるといっても、これだけ連絡がなければTSトロン本部もノットール2号が倒されたのか失踪したのか調査を始めるでしょう。
ならば、余計な憂いを絶つことも兼ねて、こやつの体を消し…そして私の強化のための糧にしてしまえばいい、ですわ」
ドクトルLは怪しく光るシリンダーボトルを新たな装置に接続し、服を脱ぐと装置に付属する調整槽に自ら入る。
「これで、私がノットール2号を吸収し、“人を皮にして乗っ取る能力”も“肉体操作”も“肉体同化”使えるようになる。
私自身の人格も吸収したノットール2号の影響を受けて、好色で残忍になってしまう可能性もあるけれど…。
私は絶対に太刀葉お姉様への気持ちも忠誠も失わない! 絶対に!」
そして装置をオンにする。
調整槽の中に赤く光る液体が満たされていき、ドクトルL=彩子のしなやかな白い裸身がそれに浸されていく。
「くっ、うううっ、ああっああああああっ、はああぁぁあああああああんっ!!」
激しい叫びと共に全身を強張らせ、びくんびくんと身体が激しく痙攣する。
「ぐっ、ううううううあああぁぁぁぁぁあああああああああ!! お姉様あああああああぁぁぁ!!!」
やがて叫びが治まると、調整槽内を満たした液体はすべてドクトルL=彩子の肉体に吸収された。
自動で調整槽が開き…、ふらふらと装置から歩み出てくるドクトルL。
「くくっ、ひひっひひひ、ひゃひゃひゃ…おーっほっほっほっほっほ!!!
最っ高にいい気分だぜぇ! …もとい、いい気分ですわ!!
太刀葉お姉様ぁ…お姉様のために、私強くなりましたわ…!!」
恍惚の表情で笑うドクトルL=彩子。
その身体は少女らしい小柄でしなやかな姿はそのままに…ツンと上を向いた乳房は一回り大きくなり、尻から脚のラインも以前よりむっちりとして、
腰までの長さだった艶やかな金髪は膝丈ほどにまで伸び、そしてその右目は赤く染まり怪しく輝くのだった。
「へへへ、ロリ巨乳って奴か。これはこれでありだな。」
彩子=ドクトルLだった少女は手を握りしめ、開くという動作を何度かした後、むんずと己の胸を揉み始める。
「確かに太刀葉お姉様への気持ちも忠誠も失ってはいないな。」
「けどよぉ、結局のところその感情は俺のあの身体を手に入れたいって欲望と根っこの所は同じなんだぜ?ドクトルLさんよぉ」
「プラスとプラスじゃどうやってもマイナスにならねぇ。」
「安心しな。俺があんたの望みを叶えてやるよ」
「っ…!? いいえ、違いますわ…私は太刀葉お姉様の幸せを願っていますの」
「だがこのまま太刀葉があの女とくっつくのはお前の本意ではないだろう?
いいから俺に任せちまえよ。俺の力があれば双葉の皮をものにして永遠に太刀葉と幸せになれるぜ?」
心の奥にもぐりこんだ悪魔のささやき、従えばどれだけ楽になれるだろうか。
「たしかに…たしかにお姉様と私が一緒になれなくなるのは悲しいです。
ですが、私が双葉さんの姿になったところで太刀葉お姉様が見ているのは私自身ではなく双葉さんなのです。
それが…それがどれだけむなしいことなのかあなたには理解できておりまして!?」
「確かに、お前の気持ちなんざ俺は理解するつもりもねぇ。なら、力ずくでこの体を奪うまでだなぁ!」
「私の想いとお前の欲望は違う! 私の気持ちは私だけのものだ!」
ひとつになった身体の中でふたつの精神がせめぎあう。
調整槽から出てベッドの上で仰向けになった彩子=ドクトルLは額に珠のような汗を・・・いや、全身から滝のように汗をかいている。
ベッドの上からは移動していないが今 彩子=ドクトルLの中ではドクトルLの強い想いと、邪な欲望にまみれたノットール2号の強欲が火花を散らし
身体の支配権を、彩子=ドクトルLの肉体にノットール2号の能力という力を自らのものにしようと精神世界で激闘が繰り広げられているのだ。
「お前の力は確かに私の予測を越えて大きく成長していきました。
それが欲望の大きさによった物だという事は、もう疑いようがありません!」
「わかってんじゃねぇか。だったら俺の欲望はその程度で…、アンタのちっちゃな器程度で終わるようなモノじゃねぇって事もわかってんだろ!」
「存じている…、解っておるとも! ワシの願いは、キサマの様に無軌道でない事ぐらいはな!」
ドクトルLは心の底から叫ぶ。松戸院彩子としての在り方も含めて叫んでいた今まで状態とはまた違う、内に存在する男の意志のままに。
「ワシの研究成果で学会を見返してやりたかったわ、理論が正しい事を証明してやりたかったわ!
TSトロンにスカウトされた事も、松戸院に転がり込んだことも、全てはその為だった!
だが彼女が…、太刀葉様がその考えを吹き飛ばしてくれた!」
「結局それは手前の体を抱かれて出た肉欲の結果じゃねぇか! それで忠誠? 気持ちぃ?
ひゃっははは! 笑わせやがる、勘違いもいいところだぜ!」
「だとしてもよ!!」
精神世界の全体に大きく広がるような、彩子の喝破が響く。
「研究以外の情熱というのを、この身になって初めて知ったわ。
お爺様が代わりとしてこの身を愛してくれているとしても、太刀葉お姉様が私の事をどう思っていても。
葉月はすべて知った上で受け入れてくれたわ。
1号は私がTSトロンを裏切ると知っても着いてきてくれたわ。
太刀葉お姉様が双葉さんを愛して…、きっと双葉さんも太刀葉お姉様を、その中にいる清彦様を愛しているわ!」
「…ッ」
ノットール2号は僅かに揺らぐ。双葉の体に潜り込み、その記憶を使っていた時。流されないようにその思いを隔離していたとしても、確かに彼女の想いの大きさにあてられていたのだから。
「ワシは、私は、あなたの考えなんかに負けはしない。どれだけ欲望の濁流が私を押し流そうとしても、体に刻まれたものだとしても、この心で絶対に踏み止まってみせる。
そしてあなたを作った者の責任として、あなたのこれ以上の凶行を止めてみせるわ!」
「できるものならやってみろおぉぉぉぉぉ」
精一杯の虚勢を張る。
精神世界では嘘がつけない。
言葉では言えても身体から発する精神エネルギーがダイレクトに反映されるのだ。
人間から怪人となってからはノットール2号は怖いものなしだった。
ノットール2号の前は怪力自慢の怪人だった。
人間だったころは虚弱体質で背も小さく容姿も良くなかったが、とにかく卑屈で陰湿な性格であったため口先ひとつで周りを混乱させたり騙したりするのがとにかく楽しかった。
そこで怪人として怪力を手に入れてからは単純な力に酔いしれ大暴れしてきた。
だが単純な力だけに飽きてきた頃、ドクトルLがカワニシテノットール1号を完成させた。
やはり難しい手術で簡単に改造できず失敗する可能性が高かったが容姿にコンプレックスを持っていた2号は気軽に誰にでも実在する美しい女性に自らがなり
その女性として自由気ままに生きていける魅力に執り憑かれ、大首領のお気に入りという立場をも利用してついに念願のノットール2号に生まれ変わった。
コンプレックスと卑屈な性格だったが全て思い通りに生きてきた。
邪魔するものは、歯向かう者はいなかった。
ドクトルL・・・ただの研究者の癖に!
恵まれた人生を生きてきたくせになんでコイツは・・・コイツは!
俺はノットール2号さまだぞ!
俺は・・・俺は・・・
ベッドの上で眠っていたドクトルLが、体を起こす。
「は…っ、はぁ…、……っ」
体中に珠のような汗が浮かび、服が張り付いている。気持ち悪さを感じ、研究室に併設されたシャワールームへ、よろよろとした足取りで向かった。
服を脱ぎ、下着を籠に放り、コックを捻る。
汗を流すための、熱すぎず冷たすぎない温水が、体を清めてくれる。
「……」
鏡に映る自分の姿を見て、調子を確かめるように手を握っては開いた。
【肉体操作】を起動させると、身長はそのままに胸や腰、尻のラインが変わっていく。体型に似合わぬ、女性らしさを強く主張するスタイルになった。
次第にそれが元に戻ると、今度は髪の毛の長さを腰までに戻す。何度か色を変えれ、最後には綺麗な金色へと変わった。
「…やった、やりましたわ」
精神世界での戦闘を終えて、小さく呟く。
その体の主導権を握っているのは、ドクトルLだった。
「ノットール2号の意識を押し込めてひとまず落ち着き、主導権は私が取れた…。能力も使えるようになっている…。
…けれど、まだ油断はできませんわね。いつまた出てくるか分りません、今まで以上に気を引き締めないと…」
鏡に映った己の裸身を眺めながら、そっと両手を這わせる。
自然とその手が自らの乳房を弄んでいることに気付き、
「はぁっ…? こ、これは」
自分が自分の裸身に激しく欲情していることを自覚する。
この愛らしい少女を弄び、快楽に蕩ける声を上げさせたい…。そしてまた、その少女が己自身であることにも興奮する…。
火照った頭を冷やすため、今度は冷たい水を頭から浴びる。
自分も元は男だ、女体には興味がある。
この体になったとき、自慰や女性型の怪人とレズ行為に耽ったこともある。だが…。
今の自分はその時以上に、美少女になった己自身の身体に欲情している。
「今の私の意識は間違いなく私自身…しかし、ノットール2号の影響が全く無いわけではない、ということですわね…」
無意識下から滲み出そうとする欲情を理性で抑え、殊更自らの体を意識しないように服を着直し、白衣で肌を覆い隠してドクトルLはデスクへと向かった。
視点を、喫茶店「ブラザー」に移す。
再びタチーハの肉体を使い、少しずつ7年の時間を埋める為に、清彦と双葉は談笑し合っていた。
例えそれが、はた目には女性同士の会話にしか見えなくても。
もう安心だろうと葉月が帰り、すっかり日も落ちかけている時間帯に、双葉から切り出した話題がある。
「…ねぇ清くん。これから清くんは、どうするの?
今日あった事は…、トランスレンジャーの司令に伝える必要があるから、話さなきゃいけないけど…」
「確かにな、そっちだって俺の…タチーハの事を野放しにできる程、能天気じゃないだろ」
「司令の判断がどうなるかはわからないけど、出来るなら、私は清くんと一緒にいたいと思ってるわ」
「それは俺だって…。…でも、この体はどこまで行っても怪人なんだ。双葉が願う通りにはいかないかもしれない」
「わかってるわ。TSトロンを始めとした、悪の組織のこともあるからね。まだレンジャーのお仕事は辞められないかも」
少しだけ、仕方ないなと言わんばかりに双葉は苦笑いをする。
「ドクトルLの事も倒さずに済ませられないか、司令に進言してみるわ。
できれば直に会って、お礼も言いたいからね」
「双葉がトランスホワイトって情報はまだ他の組織には気付かれていないしTSトロンでもまだ極一部だけにしか知られていないけど今はまだ難しいかもな。
ノットール2号が消息不明になればTSトロンの連中も警戒するだろうし身内の行動を探り合うだろう。
そんな中でドクトルLが普段と違う行動をすると注目される可能性がある」
「そのことなんだけど・・・私がまだその怪人ノットール2号に乗っ取られていると偽装したらどうかしら?」
「えっ!?」
「TSトロンのライバル組織を優先的に叩いてみせるの。TSトロンに報告してからね。それでTSトロンは私にノットール2号が成りすまして活動していると信じ込ませられるんじゃないかしら?」
「その考えは無かったけど…、それは危険すぎる。
ノットール2号は大首領に気に入られているし、下手をしたら召喚を受ける可能性がある」
「チャンスとして大首領を討つ…、という訳にもいかないの?」
「前にドクトルLから聞いたんだが、かならず幹部の誰かがいて、怪人と首領が2人きりで対面する事は無いそうだ。
1人で戦うにしても、相手の最深部でというのは無謀だろう。トランスレンジャーは、チームワークで戦うんだから」
「確かに…、そうね。物語のヒーローみたいに全てを1人で、というのは恐らく不可能だわ」
せっかく考えた事を、今まで悪の組織にいた側の清彦にダメだしされ、少しだけ落ち込む双葉。
「…なぁ双葉、今日はまだ…、一緒にいられるか?」
「えっ? えぇ、安静にするよう言われて、明後日まで休暇を貰っているんだけど…」
「じゃあ、そのさ。…今日は一緒に寝ないか。 さすがにそっちの寮とかじゃなくて、どこかで取ったホテルになるんだが…」
どこかで我慢していた物が、話をしている間に少しずつ吹きだしてきたのだろう。
ちゃんと抱きしめたい、双葉の体を確かめたいという考えが、太刀葉の中に生まれていた。
顔を染めて真っ赤になりながらも嬉しそうに頷く双葉。
「ついに本性を現したか、怪人め」
吐き捨てるような言葉とともに入り口のドアが蹴り開けられる。そこに立っていたのは真っ赤なレザージャケットを羽織った女だった。
女はカツカツと靴音を鳴らしながら二人のいるテーブルへと近づいてくる。
「り、リーダー!?」うろたえる双葉の声。
「そもそもお前もお前だ双葉。こんなやつと二人で一晩過ごすなどあまりに危険だ。その男がお前の想い人だという保証がどこにある?
油断を誘い成り代わるに決まっているだろう! 私たちはお前が乗っ取られていたことにも気づけなかったんだぞ、屈辱的な…本当に屈辱的なことに!」
女は憎らしげに表情を歪め太刀葉を睨んだ。
「怪人共はすべて滅ぼさねばならない。人々を苦しめることで私腹を肥やし…家族を殺し、体をこんなものにしたやつらを、俺は絶対に赦さん!変身!」
声とともに女の腕輪が強い光を放った。
トランスレッドの紅葉か!
どうする?
もちろん俺に交戦の意思はないし、紅葉の言うような事もするつもりは全くない!
いや、双葉が許可してくれるなら双葉の身体になったかも知れないがあくまで同意を貰ってからだし強引に身体を乗っ取ったりは絶対しない!
だが紅葉は俺を双葉を騙して乗っ取り双葉に成りすまして悪行をするに違いないと判断し俺を倒そうと本気で掛かってきている!
逃走は既に不可能な間合いで無理だ!
またトランスレンジャーに変身してしまった以上、紅葉の身体に寄生するのも無理!
自衛の為に戦うか?
それとも無抵抗で防御に集中するか?
俺の判断は・・・
「やめて紅葉! 彼は敵じゃないのよ!」
「お前こそ冷静になれ双葉! お前もトランスレンジャーの一員だろう!」
目の前に立ちはだかろうとする双葉に対して、鋭く一喝する紅葉。
「俺は全ての怪人を許すわけにはいかない! 特に帝重洲帝国はな!」
そう言い切って、紅葉は俺を…タチーハを鋭く睨みつける。
「双葉、お前には話していなかったな。
俺は今はトランスレッドの赤井 紅葉(あかい くれは)と名乗っているが…俺の本名は紅 葉一郎(くれない よういちろう)と言う」
「!? まさか!」
「そう、俺は男だ。…いや、男だった」
突然の告白に、俺も双葉も息を飲む。
「今から7年前のことだ。俺は当時大学を出て、カメラマンを目指すべく下積みをしていた。
ある日、両親と高校生の妹と共に、家族旅行に出かけた際に帝重洲帝国の怪人に襲われ…。
抵抗した両親は殺され、俺と妹は拉致された。
妹は新型の怪人手術の実験台にされ、俺は全身の遺伝子を置き換える、遺伝子交換とかいう手術の実験台にされたのさ。
恐怖と激痛から目覚めた俺は幼女になっていた――」
「だが怪人どもには俺の実験結果は不服だったらしい。予想よりはるかに幼くなりすぎたとかで、俺は廃棄された。
文字通り、裸同然の格好で捨てられたのさ。
自分の身分を証明することもできない、金もない、幼く力のない姿でのたれ死ぬかと言うところを、
トランスレンジャーの司令が拾ってくれたんだ…。
新しい身分と新しい名前を与えられ、二度目の小学校、中学校を卒業し、高校生となって。
やっと司令の許可が下りてトランスレンジャーとして戦うことができるようになった。
だが、未だに妹の行方は知れない…!」
激しい怒りと哀しみに満ちた紅葉の叫び。
「妹は、俺の妹はどこへ行ったんだ!
トランスレンジャーとして戦いながら、俺は常に妹を探していた!
帝重洲帝国崩壊の知らせを聞いたときにも真っ先に探したが、妹は見つからない! 死亡記録さえない!
…俺は、俺をこんな体にし、家族を引き裂いたやつらを絶対に許さん!!」
紅葉の話に俺も7年前を思い出していた…。
俺が怪人に改造され、洗脳が解ける前。帝重洲帝国の従順な兵隊として働いていた頃…。
戦闘用の怪人の部下として付き添い、旅行中の4人家族を襲ったことがあった。
そして俺はその家族の少女の体を乗っ取ってアジトへ連れ帰ったのだ。
その後その少女がどうなったかは俺の与り知るところではないが…。
確かに俺が帝重洲帝国を壊滅させ、怪人から人間に戻した人たちの中に、その少女はいなかった…。
「お兄ちゃん?」
数秒の間を置いて今そう話したのが自分と気付いた。
次の瞬間身体が勝手に動き・・・気付いたらタチーハの身体から分離していた。
そして抜け殻のはずのタチーハ将軍は一瞬でトランスレッドに抱きついていて・・・号泣していた。
「思い出した・・・思い出したよお兄ちゃん・・・私だよ葉一郎お兄ちゃん。紅太刀葉、お兄ちゃんの妹だよ」
「そうか、そういう事か…」
「清くんは何に気付いたの?」
「推測が入るけど…、俺が寄生していた事で、彼女の脳に影響を与えていたのかもしれない」
俺の「寄生」は他者に成り済ます必要もあるため、外部から脳へ接続し情報を探る。当然だが一方通行という訳には行かず、微弱ながら双方に影響を与え合ってしまう。
帝重洲帝国の洗脳から逃れたのは、一般人に寄生し続けた事で俺の脳が「洗脳されてない状態」を思い出してしまったこと、そして「愛し合う相手がいる」相手に寄生していたことで、双葉を思い出した事が理由だった。
「今度は正気に戻った俺の意識がタチーハの…、紅太刀葉に「正気」を思い出させたんだろう…」
「そんな事が本当にあるのね…」
「帝重洲帝国は怪人への洗脳を行っていたからな…。俺が洗脳から解放されたように、タチーハも例外じゃなくどこかで解ける可能性があったんだ…」
ノットール2号がその意志の力で能力に目覚めたように、想いが肉体に影響を与える事はいくらでもある。それが怪人であるならば尚更だ。
蝙蝠男としての姿のままに、カウンターの椅子に留まり状況を見ている。双葉は傍に来てくれて、どこか俺を守ってくれるように立っていた。
一方の紅葉は、外見としては年上になるだろう女性に抱きつかれて狼狽していた。
「太刀葉…? お前、本当に太刀葉なのか…?」
「うん…。改造手術をされる前までしかハッキリした記憶は無いけど、今は全部思い出せるよ…。
最後に撮ってくれた写真も、葉一郎お兄ちゃんが仕事にしたかった景色が詰まったアルバムも…」
「…っ、う、嘘を吐くな…! どうせ組織のナンバー2だったお前の事だ、俺が男だった時の情報も知っているんだろう!」
心当たりがあるのか、僅かに息を呑んだ紅葉だが、すぐに怒りと疑念を目に灯して太刀葉を振りほどこうとする。
けれど腕には力が入らないのか、離れることは出来ていない。少しでも抵抗を示すように、言葉だけでも拒絶は続いている。
「俺の妹の…太刀葉の名前を騙るんじゃない…。だって、お前の姿は…、全然違うじゃないか…」
「私も遺伝子交換手術をされたの、元々の体じゃ怪人化手術の基準に満たないからって…。もう、葉一郎お兄ちゃんともお母さんとも、全然違う姿になっちゃったけど…」
「うるさい…、うるさぁぁぁい!!」
「きゃっ!」
太刀葉は不意に突き放され、こちらによろめいてくる。慌てて翼の腕を伸ばして体を支えるが、体には全くと言っていいほど力が入っていなかった。
「何を言われても…、例え本当にお前が太刀葉だったとしても…、俺は止まらない! 絶対に、怪人を、一人残らず! 滅ぼしてやる!!」
紅葉…いや、トランスレッドがエネルギーを放出し、店内の調度品が吹き飛ばされていく。
それ程までに彼の意志が、誰に何を言われようと変えないという頑なに過ぎるものだとわかる。きっと彼にとっての7年間は、屈辱と怒りに満ち満ちていただろうから。
武器を構え、太刀葉に突きつける紅葉に、無謀だと解っていても俺は立ちはだかった。
「幹部を守るつもりか、蝙蝠男!」
「…お前をぶん殴るためだ」
「清くん!?」
「その場で止まっていろ双葉! …解析した所、お前は戦闘能力が殆ど無いと見た。だというのにどうして俺の前に立つ」
痛いほどに殺気が叩き付けられる。真正面からやり合えば、絶対に勝てないだろう。でも、でもだ。
「アンタの苦悩の原因は帝重洲帝国…俺達だ。そのせいでどれだけ苦しんだのか、きっと俺には解らない…」
「だったら早く死ね。理由が解ってるなら、今すぐにでも死ね!」
震える奥歯を噛みしめて抑えながら、それでも眼だけは逸らさずに叫んでやる。
「だけどな!! だからと言って、アンタに妹殺しをさせる訳にはいかねぇんだよ!
今お前がしてるその目は、怪人の俺なんかよりずっとバケモノ染みてると気付くまで、絶対に死んでやらねぇぞ!」
…紅葉の心は不信の泥に嵌まりきっている。俺の所為だとしても、払ってやらなきゃならない。
覚悟を決めろ、本郷清彦。ヒーローなんかには程遠いが、それでもこの場は男として退けないぞ!
「これを飲んで落ちつきなさい」
いつの間にかマスターが珈琲をいれて静かにトランスレッド、紅葉=葉一郎の前に立っていた。
不思議な光景だった。
激流の如く怒りに満ちたレッドの前に、巨大で静寂な湖のようにただ穏やかに怒りを包み飲み込んでいく。
まるで俺が産まれる前に連載されていた大人気世紀末格闘漫画の台詞を体現しているようだ。
「くっ!」
マスターの佇まいに焦ったのか一般人に過ぎないその人物を腕を伸ばして強引にどかそうとしたが
有り得ないことにマスターは紅葉をいつの間にか用意した椅子にそのまま座らせてしまった。
超絶的な荷重移動の技なのだろうが実際目の前で見ていてもまるで魔法だった。
思えばマスターから過去の話を聞いた事なんて一度も無かった。
気付いた頃には開業していて、双葉がアルバイトをして足しげく通っていても、マスターは何も語らなかった。
わかってる事は、老人というにはまだ若いこと、コーヒーや料理の腕はかなりのもの、という位だ。
「心のわだかまりは、八つ当たりじゃ決して解けはしないよ。頭に血が上っているなら尚更だ。
君も清彦くんも、少し落ち着きなさい」
カップの表面を一切波立たせずに、マスターは手に持っていたコーヒーを紅葉の前に置いた。カチャンという音が鳴って、ようやくコーヒーの表面に波紋が広がった。
「清彦くん、双葉ちゃん。すこし片付けをしてもらって良いかな」
「え、あ、…はい」
先ほどのエネルギーで吹き飛ばされた調度品を、元に戻したり整えたりすることになる俺達2人。
…洗脳が解けての6年前からずっと、他の怪人の体を使って活動していたので、蝙蝠男としての姿のままでこんなに動くのもなんだか久しぶりな気がする。
喫茶店内を掃除する怪人か、シュールだなこれ。
蝙蝠男に改造されてから自分の身体というか自分自身だけで活動するのは久しぶりだ。
何しろここ数年は別の怪人の身体に寄生してその身体を自分の身体として使用していたからな。
というか男の身体で活動すること自体久しいなのだ。
何しろ帝重洲帝国は筋肉隆々の男性を拉致・誘拐してその身体をベースに怪人に改造する際、同時に美しい女性に改造してしまうからな。
思い返してみると男の怪人は俺と同タイプの拉致・誘拐に特化した蝙蝠男の三人の怪人だけだった。
勿論二人は今、人間の身体に戻っている。
二人を拉致したのは俺だからな。
この前洗脳解除して人間の身体に戻したのだ。
「キツくない?」
「ああ、この姿は好きじゃなかったから行方をくらませてから常に別の身体を使用していたけど、こうして人前に自分として現れ身体を動かすのは楽しい」
そんな会話をしながら片付けが終わった時だ。
突然タチーハ・太刀葉ちゃんが膝をついた。
「太刀葉!」「太刀葉ちゃん」「太刀葉」
葉一郎も妹の名前を叫び駆けよる。
やはり口ではああ言っても妹として認めているんだな。っとそんなことより太刀葉ちゃんだ。
全身を身震いさせているし呼吸も荒い。
「ぐっ…お兄ちゃん…違う、私は、私は帝重洲帝国の幹部…あぁんっ!?」
タチーハの記憶がフラッシュバックしているのか!?
と突然近付いた俺の手を取り
「ハァ・・・ハァ・・・清彦さん、私を乗っ取ってください」と言ってきた!
「今、私の中で7年ぶりに会えたお兄ちゃんと喜びを分かち合いたい気持ちと、女になってしまったお兄ちゃんを弄びたい感情が渦巻いているの。
わたしは太刀葉であるとともにやはりタチーハでもあるの。
お願い・・・清彦さん。私の意識を再び眠らせてください」
「太刀葉、お前何を…!」
「いいのお兄ちゃん…。今の“私”じゃ、タチーハとしての感情を抑えられないから…。これ以上迷惑はかけられない…」
突然の内容に驚いた紅葉は、先程の険しい顔はどこかへ行ったとばかりに、太刀葉の心配をしている。
俺達が店内の片づけをしている間に少しは落ち着いたのだろうか。
「そんな事をしなくても、丹葉博士ならなんとかしてくれる筈だ! 分野の違いだって、どうにかして…!」
「…ありがとう、お兄ちゃん。でもね、怪人は倒さなきゃいけないんでしょ?」
「っ…」
先程言っていた言葉を返されて、紅葉は言葉に詰まっている。倒そうとした怪人が自分の妹だと、心のどこかで思ってしまった事で躊躇いが生まれてしまったのだろう。
「この怪人は私が倒さなきゃいけないの。…だから、もう少し待って…、
ねぇ、トランスレッドぉ…?」
「ヤバい!」
タチーハが目覚めかけた瞬間、俺はその体に寄生をした。僅かに体が痙攣して、再びタチーハの肉体を掌握する。
俯いている紅葉の表情は窺い知れない。きっと、とても複雑な感情が胸中にあるからだろう。
「・・・妹を・・・太刀葉の身体を頼む」
突然立ち上がった紅葉こと紅 葉一郎は変身を解除して俺にそう言った。
「わかった」
俺の返事にコクリと頷くとマスターの前までゆっくり歩いていき
「珈琲美味しかったです。ご迷惑お掛けしました」と頭を下げていた。
「少ないですがこれ迷惑料です。他に修理費がありましたらお支払いします」
「壊れたものはないし珈琲代だけ頂くよ」
再び頭を深く下げて紅葉は店を出ていった。
「ちょっと紅葉! まったく…。
ごめん清くん、私も行くね。
紅葉、本当は悪い子じゃないんだけど…、仇だと思っていた相手と探していた妹とが一気に見つかって、きっと心の整理が付いて無いと思うの。
一応私もあの子の仲間として放っておけなくて…。今は多分一番気持ちが不安定だろうから、支えてあげたくて」
こんな急展開の連続で戸惑っているのは双葉も同じだろうに、真っ先に相手の心配をするところが双葉らしいなと俺は思った。だから。
「ああ、行ってやりなよ」
そう答えた。
「また今度じっくり話そう。司令も清くんのこと、悪い人じゃないってわかってくれるだろうから」
「そうだな。俺たちの7年間、ゆっくり時間をかけて取り戻していこう」
そう言って、俺たちは少しの間抱きあった。
7年前のあの頃と比べて俺の背は低いし、お互いの体の間に乳房が挟まって、それが少しこそばゆいけれど。
でも双葉のぬくもりは変わらなかった。
「じゃあまた、この店で」
「うん」
そうして、双葉は帰っていった。
俺もマスターに挨拶をして一度戻ることになった。これ以上いても流石にマスターの迷惑になるし、営業時間もじきに終わるからだ。
「機会があれば、ドクトルLという子も連れてきてくれるかい? 私からもお礼を言いたいんだ」
「伝えておきますよ。きっとここの味も気に入ると思いますから」
しかし考えなければいけない事がまた出てきた。
タチーハの体…、その素体が紅葉一郎こと紅葉の妹・紅太刀葉のだったという事だ。
2人を誘拐した俺が妹の体を使っているというのは、なんの冗談と言っていいのか。
「せめてこの体を元に戻せれば…、だがなぁ…」
帝重洲帝国の怪人製造プラントを使えば戻せなくはないだろう。それには帝重洲大帝かタチーハでなければ起動できない、という問題が浮上する。
ドクトルの力を借りてタチーハのクローンを作れば起動は可能だ、合鍵を作るような物だからな。しかし現在までエナジードレインで吸収した能力までは引き継げない可能性が高い。
能力も高い為惜しいが…、紅葉の手前このままという訳にはいかない。
それが出来た場合、新しい体をどうするべきかも頭を悩ませる要因だ。
まずはドクトルに相談しなければ、と思いながら彼女の研究所に戻ると、
「はぁん…! 太刀葉お姉様、お帰りお待ち申しておりました…!」
すっごい切なそうな顔をしたドクトルに抱きつかれた。
「そんなことが。わかりました。ワシが、いえ、わたくしも太刀葉さんとタチーハ、清彦様をうまく分離できるように頑張りますわ」
「ありがとう」
俺は喫茶店の出来事を出来る限り詳細に話したのだ。
「しかし、やはりこのまま元に戻すには勿体ない位美しいですわ…、はぁ…」
俺が双葉と話し合っている間、ドクトルが何をしていたかも聞いた。ノットール2号を吸収して、その力と意志を自分の物にしたが未だ主導権を奪おうとしていることも。
今のドクトルは気を抜くと暴走してしまいそうな情動を抑える為、俺にぎゅっと抱き付いている。顔も寄せ合っている為、首元に息がかかってくすぐったい。
「それに太刀葉様…いいえ、清彦様の体の事も考えませんと。あぁ、どうしましょうっ!」
俺の腕の中でドクトルが喘いでいる。背中に回した腕を撫でる度に、恍惚そうな笑みと吐息が溢れている。
「怪人タチーハを元の人間に戻す事は、真に迫ったクローンを作れば問題なく行るでしょう。勿論清彦様を人間に戻すことだって。
ですが体を戻す事は…、清彦様はお望みにならないのでしょう?」
「あぁ…。出来る事ならこの体は元に戻さない…、いや、戻したくはないな」
「何故なのです? 人間に戻れれば、双葉さんとも問題無く結ばれる筈ではないのですか?」
「元に戻れるからと言って、俺1人がのうのうと元に戻る。…そんな事が許されると思えないんだよ」
紅葉の、あの怒りに満ちた表情を思い出す。
アレが俺達の行ってきた事、その被害者の顔だった。それに向き合わず何もかも済ませられるとは思えない。
俺は洗脳が解けて正気に戻ったからこそ、その責任を取らないといけないんだ。
「…もぅ、遺伝子データのサルベージが出来たら、そのトランスレッドも元に戻すことが出来ますのに。律儀な方ですわ」
「あっ、ん、おいドクトル…」
服のすそから腕を差し込み、ブラ越しに胸を揉んでくる。先端を弄られながら囁かれると、外見にそぐわぬ色気がする。
「今日清彦様は双葉さんと会ったのですから、私も少しは愛してくださいませ?」
突如、腕の中で彩子の体が大きくなる。「肉体操作」の力で少女の体が女性の物に変わっていく。
服が千切れんばかりに伸びていき、もどかしそうに脱いでいく。その姿は確かに松戸院彩子のものであり、彼女が成長したらこうなるだろう、というものになっていた。
キスをして抱きしめられ、むちむちと胸同士がぶつかりあい、濡れそぼった女性器同士がこすれ合う。
前の尻尾を使った行為とはまた違い、女2人の絡み合いは何度も続いた。
「前は清彦様に尻尾でされましたから、今度は私がいたしてあげますわ…。はぁ、この感覚、久しぶりですわ…」
それを続けていると、彩子の股間から男性器が生えている事に気付いた。え、それぶち込むの?
いやタチーハの記憶で既に経験済みなのは知ってるけど、入れられるのは初めてなわけで、
「遠慮せずに、堪能してくださいまし!」
「あひぃぃぃん!?」
ずん!と突き込まれて、俺はイった。
「っはぁ~堪能したぜぇ…、あらいけない、気持ちよかったわぁ」
俺はすっかり膣内を精液で満たされた状態でベッドの上で横になっている。
彩子は元の姿に戻り、けれど股間には白濁に濡れた男性器が生えたままだ。
「す、すっきりできたか、彩子?」
「えぇ随分と。物理的に欲望をはき出せば落ち着くということを、久しぶりに実感しました。
さて、これで考えも纏めやすくなりました。案は幾らかあるが、清彦様がどれを選ぶかじゃな」
思考をドクトルに戻した彩子は、未だ男性器を隆々とそそり立たせながらも、俺に説明してくる。
「まず一つ目は、清彦様がタチーハと離れた上で別の体を用意するパターンをA。
怪人タチーハのクローンを作り、清彦様はそれを使う。その上で紅太刀葉を人間に戻せば洗脳も解けるじゃろ」
「あぁ…それが一番簡単な筈だ…」
「次に、別人のクローンを作った上で、紅太刀葉の遺伝子交換を施すパターンをB。
怪人タチーハと紅太刀葉の意識を分割する必要がある為、清彦様の体には怪人としての意識しか残らん」
「体を放置することができなくなるな…」
「または清彦様自身を強化改造し、タチーハの体は諦めるパターンC。
これも一応クローンは作るが、戦闘力はオリジナルに及ばないじゃろう」
「エナジードレインの力で得た力は、後天的だからな。引き継げないだろう」
さて、この中でどれを選ぶか…。
#A:怪人タチーハの体を紅太刀葉に返し、クローンの体を使う。
#B:紅太刀葉にはクローン体をあてがい、タチーハの体を使い続ける。
#C:ドクトルLに強化改造をしてもらい、タチーハの体を紅太刀葉に返す。
#D:その他(面白そうと思った事があればお好きに)
「今は【B】で全て解決したら改めて【A】にする事は可能か?」
「それは問題ないが、全部というのはいつになる?
似た組織全てを壊滅させるのに、どれ程の時間がかかるか解らんし、その中で万一だっていくらでもありえるじゃろう。
こちらも提案するが、せめてTSトロンとの戦いが終わるまで、と期限をつけんか?
少し時間が経てば、その分清彦様の体をどうするかの展望も開けるじゃろうし」
「そうだな。まずは今最大勢力になって脅威度が高いTSトロンを倒すことを第一の目標としてしておこう。
太刀葉ちゃんにも確認が取りたいがドクトルL、頼めるか?」
「お任せください」
万が一に備えいざとなったらドクトルLがタチーハを皮にして止めるようにバックアップして貰うようにした。
「さてと・・・」
タチーハの姿になり背中から分離する。
「太刀葉ちゃん、ちょっと良いかい?」
「はい。兄がいないためかタチーハの意識は抑えておけます」
俺は先ほどのドクトルL=松戸院 彩子の【B】案で先行、解決後に【A】案に移行する案を伝えた。
「私はそれで構いません。清彦さんに全てお任せしてますからどんな提案でも反対などしません」
「ありがとう」
俺の返事に太刀葉ちゃんは笑顔を浮かべ俺に近付き背を向けた。
俺はそのまま覆い被さるようにして太刀葉ちゃんの身体に潜り込む。
と同時に俺は太刀葉ちゃん=タチーハになっていた。
翌日。
ドクトルLが「松戸院彩子」としての日中の行いを終えた後、ノットール1号&葉月と共に帝重洲帝国の本部があった場所へと来てもらった。
…勿論、普段の姿のままではTSトロンに勘付かれる可能性がある為、2人とも「肉体操作」によって別人の姿になった上で、だが。
「これは素晴らしい! 帝重洲帝国の蓄えた技術のすべてがここにあるとは!
あぁ、時間があるならこのデータのすべてを浚いたいですわ! それにこの技術があれば、清彦様の体を技術差による異常を起こす事無く更なる改造だって…!」
興奮する彩子を宥めた上で、クローン培養器を起動させる。
「戦闘員用の簡易型と、怪人復活用の2種類がある。タチーハのクローンは復活用で作るから精度は高いが時間がかかる。
その間に紅家のものとタチーハを作る時に使用された遺伝子データの調査も行わないと…」
「データベースの内部は俺が確認します。葉月ちゃんも手伝ってくれますよ」
「2人とも、ありがとう」
“紅太刀葉”を再現するため、タチーハの体に再度遺伝子交換を施す必要がある。
紅家の遺伝子データも破棄されていない限りは残っている筈だから、それを探さねばならない。
ちょっとしたプ■ジェクトXのノリで、俺達4人は帝重洲帝国本部の機械と向き合っていた。
「…これは!? ドクトル、清彦さんも来てください!」
ノットール1号のあげた驚愕の声に、俺たちは各々の作業の手を止め集まった。
「“紅太刀葉”に関する改造データ履歴を追っていて、不可解な点を発見したんです」
「ほう、これは…ふむ…ほうほう…まさか!?」
「どういうことなんだ、ドクトル?」
「これは、“紅太刀葉”に関する実験ログじゃな」
腕組みをしながら語るドクトルLは完全にドクトルモードに切り替わっている。
「この記録によると、“紅太刀葉”は一度クローン複製を受けておる。しかもどうやら試作の特殊な装置だったらしく、ただのクローンというよりは文字通りコピーを作るようなものだったようじゃな。
装置自体は失敗作として廃棄されているが…、興味深いのはここじゃ。実験後、オリジナルの肉体は意識が戻らず、代わりにコピーの方に太刀葉の自我が宿った。
そこでオリジナルとコピーは別々の実験に回され、コピーは遺伝子交換を施された。要するに今のタチーハお姉様の体ですわ。
一方で…」
ドクトルLは一旦言葉を切る。
「オリジナルの方は戻らない意識の代わりに別人の意識を入れられ、そのまま怪人化改造を施されておる」
「な、なんだって!?」
「だが、帝重洲帝国の残った怪人は全て、人間に戻した上で解放したはずだ! そのなかに紅太刀葉はいなかった!」
叫ぶ清彦に対し、ドクトルLは再び端末を操作する。
「どうやら…オリジナル“紅太刀葉”と思われる怪人は、密かに帝重洲帝国を抜けたようじゃな。
除籍指定されておるが…実際は恐らく、関係のあった別組織に移籍あるいはスパイとして潜入したのじゃろう。
そして…あくまでこれはワシの記憶と勘による情報だということを注意して欲しいが、この改造パターン、ワシは見覚えがある…。
ワシを除くTSトロン4大幹部、「ロリ男爵」、「バブみ大僧正」、「エロイ元帥」、その誰かがオリジナルの“紅太刀葉”の体を使っている可能性がある。もちろん、更に強化改造を施した上でじゃ」
「そんなまさか…そんなことが…!?」
ショックを受ける清彦の手を握り、ドクトルLは彩子の口調に戻って語る。
「落ち着いてくださいまし清彦様。私たちがやるべきことは変わりません。
まずはタチーハの体のクローンを作り、太刀葉さんの仮の体とする。
同時に、“紅太刀葉”の遺伝子データを捜索し、タチーハの体を“紅太刀葉”の体に再構成できないか試みる。
そして、TSトロンを倒す。その過程で、上手くいけば“紅太刀葉”のオリジナルの体が戻ってくる可能性がある。
そうすれば、清彦様はその体を太刀葉さんに返さずに済むということですわ」
あくまでも希望的観測だが決して有り得ない話ではないし実現の可能性も低くはない。
蝙蝠男の怪人の身体から人間の、本来の本郷清彦に戻りながらいざというときはタチーハ女将軍になり
人々を苦しめ悲しませる悪の組織を叩くことも可能になるのだ。
「そうだな…、そうだった。ありがとうドクトルL、まずは“紅太刀葉”を戻してあげないとな」
「考える事は後でもできますわ。今はやるべき事を積み重ねていきましょう」
自然とドクトルLは俺の体に寄り添って、腰や腿やらに手を回してくる。ノットール2号を吸収してから、どうにもボディランゲージが多くなってきた。
「紅家の遺伝子データも発見しました。重要性の低い所に保管されてるので、捨てられる手前だったのかも」
1号は元の大男としての姿で、倉庫のどこに必要な物が収納されているのかのリストを出してくれる。
「よし、ここから先は本格的にTSトロンとの戦いになる。
…出来る事ならトランスレンジャーとの協力もしたい所だけど、そうはいかないだろう。
ドクトルL、ノットール1号、葉月ちゃん。…勢いに任せやすい俺だけど、よろしく頼む」
双葉と離れる事を決めて、普通の生活に戻れる筈も無いと思っていた。
そこに出来た協力者…いや、もう仲間だな、の力を借りられることは、本当に心強い。
頭を下げた俺に、3人はそれぞれの言葉で、了解の意を応えてくれた。
膨大なデータの中から必要なモノを探すのは容易でなかったがタチーハの記憶から関連関係がわかるだけでかなり絞れた為に大幅に助かった。
この情報がなかったら探すだけでも数年は掛かっただろう。
少しばかり時間が経つ。
タチーハの肉体を高精度のクローンとして製造した上で遺伝子交換を施術。
培養カプセルの中で次第に「元の姿」に戻っていく紅太刀葉を見るのは、おぞましさと同時に技術力の高さを実感する。
「遺伝子交換手術は、酷く簡単に言ってしまえば接ぎ木のようなものです。
大元の遺伝子を土台として、別種の遺伝子を接ぐことで以後「その細胞が分裂するようにする」為のもの。
細胞分裂の限度はテロメアという構造体の量に依存しますが、施術にあたりテロメラーゼの投入も同時に行われているので、限度も延びています。
そして交換先の遺伝子が若ければ、そちらを基準として分裂していく…。
脳の問題を解決できれば、人類の夢の一つを為しうる技術になりますわね」
「えぇと彩子お嬢様、もう少しわかりやすく説明をお願いできますか?」
「交換する遺伝子によっては、若返りさえ行えますわ。本当はもっと複雑なのですが…」
進む作業の中、ドクトルLが葉月に興奮を交えながら講義をしているが、彼女は少し困惑しながら聞いているようだ。
紅太刀葉の肉体に彼女の意識を移す為、タチーハの肉体は意識転送用カプセルの中に入れられている。
俺が入って体を抑えてもよかったのだが、本郷清彦の意識が紅太刀葉の中に入る可能性、最悪の場合は太刀葉・タチーハ・清彦3人分の意識が混じり合う可能性だってあった為、安全を取って俺は分離していた。
次第に体の変質が終わり、完成を告げるブザーが鳴る。
培養液が排出され、紅太刀葉が生まれたままの姿でカプセルの中に横たわった。
「どうやら終わったようですわ。清彦様、確認をお願いします」
「わかった、少し待ってくれ」
紅太刀葉の遺伝子データを元に再構成された、高校生ぐらいの体。その背中に寄生する。
体を使おうという訳ではないが、彼女の意識の中に「タチーハ」が混ざり込んでいないかの確認をする必要があったのだ。
「…大丈夫だ、タチーハの意識は転送されてない。完全に太刀葉ちゃんだけだ」
ずるりと寄生を解除しながら、今度はタチーハの方へ寄生する。こちらにはタチーハとしての意識しか存在していない。
「これで人格の分離には成功しましたわね。一先ずは安心…、とも言いませんか」
ドクトルLが持っていた端末が僅かに震え、その内容を見て僅かに落胆した様子を見せる。
「TSトロン大首領から幹部会の招集がかかりました。…少しばかり、行ってきますわ」
ドクトルLとして、ノットール1号を伴いTSトロンの基地へ向かっていった。
2号に関しては『タチーハに倒された』と言ってくれるようだが、相手は同格の幹部たちだ、どこまで通じるか。
ここはTSトロン基地。
薄暗い大広間の奥、壁の高い位置にTSトロンのエンブレムと旗が掲げられている。
その下には薄手の黒のカーテンに隠されて、首領の座る玉座があった。
玉座から一段低い位置、真紅の絨毯の上ににスポットライトの光の円が四つ浮かび、そこにTSトロン4大幹部が並んでいた。
「全員揃ったようですわね」
ドクトルLが厳かに言う。
「一番遅れてきたくせに偉そうじゃん、ドクトルL」
「なっ! そういうあなたこそ、幹部会に何故ランドセルなんて背負って来てるんですの!」
「そりゃあ下校時刻だったからさ」
けらけら笑いながら答えるのはロリ男爵。
ロリ男爵は自らの催眠能力をフル活用し、普段は小学校に生徒として紛れ込んで生活しているのだ。
立場上仕方なく女子校に通うドクトルLとは違い、ロリ男爵の完全なる趣味である。
「それに、それを言うならエロイ元帥はどうなのさ!」
見れば、なんとエロイ元帥はコンビニの制服を着ている。
「私は…バイトの途中だったもので…?」
顔を赤らめるエロイ元帥。
エロイ元帥もまた、仮の姿で学校に通っている。共学の高校である。
精液や愛液を浴びなければ眠れないほどの色情狂(ニンフォマニア)である彼…もとい彼女は、その欲情を静めるために清楚ビッチ女子高生として生活しているのだ。
学校のほぼ全ての男女と密かに関係を結び、それでも満たされない彼女はバイトをして、従業員や客をつまみ食いして生活している。
「あらあら、皆さん困ったものですわね」
おっとりとした態度で語るバブみ大僧正。だがその腹部は妊娠後期のように大きく膨らんでいる。
「あなたもそのお腹…」
「あらあらごめんなさいね。新しい子がもうすぐ産まれそうなところなの。あっ今動いたわ」
にこやかに語りつつ、やさしくお腹を撫でる姿は母性に溢れている。
ドクトルLは自分以外の四天王の様子を見て表情こそ変えないが、清彦様がこの三人を見たら頭と心を痛め嘆くだろうと思う。
何しろ「ロリ男爵」、「バブみ大僧正」、「エロイ元帥」、その誰かがオリジナルの“紅太刀葉”の体を使っている可能性があるのだ。
その身体をエロイ元帥やバブみ大僧正のように数百、いや数千以上の相手をした身体を返してよいものかと。
勿論オリジナルの人間の身体に再生医療を施した時には女性器を未使用状態に戻せるのだが心情的には違うだろうと。
ふっ、ワシが他人の身体のことで感情とか心情とかを考えられるようになるとはな。
昔のワシなら考えられなかったな。
だが今は思考を切り替えて、表面上とはいえTSトロン大幹部としての責を果たさなければならない。
「それで今回の議題ですが、皆さま大首領から伺っていまして?」
「全然。大首領は4人全員が揃ってから告げるっつってたよ」
幹部会の時、重要性の違いによって招集と同時に議題が提示される時、全員が揃うと同時に議題が提示される時とがある。
今回は後者であり、重要性は高い方。外部に漏れる事を危惧しての措置なのだ。
「ではそのように。皆々様、大首領からのお言葉を賜りましょう」
バブみ大僧正の合図に合わせて、4人全員が首を垂れる。
本来ならひざまずく必要があるのだが、バブみ大僧正が妊娠している最中はお腹に悪い為、簡易的な方で済ませている。
カーテン越しに影が動く。TSトロン大首領が現れたのだ。
我々の中で誰も姿を拝見した事の無い、しかし拾われた事の恩もあった大首領。
今は清彦様の、私の敵でもあるのだが、隠し通す必要がある。ここは既に敵の懐なのだから。
「みなに集まってもらったのは他でもない」
荘厳な声が響く。
「この中に裏切り者がいる」
その言葉に戦慄し全身に鳥肌が立つ!
ノットール2号を取り込んだことか?
タチーハ女将軍の身体の清彦様と供にしていることか?
いつから気付かれていた?
いや、今はこの窮地をどうやって切り抜けるかだ!
瞬時に対処法を導き出し怪人形態に変身しようとした瞬間、
ドクトルLが目にしたのは元帥が一瞬早く怪人形態になり
首領に向けて砲撃したことだ!
「うふふ、気付かれるまでそう時間はかからないかなと思ってたけど、もうバレていたなんてね?」
「お前そこまで欲しがりだったか!」
「欲しがりだなんて、ホントの事を言われてもね?」
バブみ大僧正を庇いながら、ロリ男爵も怪人態になる。私も同時に身構えていたが、エロイ元帥は気にも留めぬように笑っていた。
元帥の砲塔に男爵の蛇が絡みつき、至近距離で2人が組み合っている。
「バブみ大僧正、こちらへ! ロリ男爵、この場は一時任せましたわ!」
「大首領のご無事を確認しなくてよろしいのですか?」
「アレで大首領が倒されているなら、既に他のヒーローがTSトロンを終わらせていますわ!」
バブみ大僧正の手を取り、一時この場から離れる。彼女は妊娠している間、子を怪人へと作り変えている為にエネルギーの大部分を胎内に回している。
普段ならともかく幹部同士で争うとなれば、これはいささか以上のハンデに成り得る。
「戦闘員、集まりなさい! エロイ元帥が謀反を…、っ!?」
『エロイ元帥万歳、エローイ、エローイ』
「…まさか戦闘員にまで根を張っていたとは。研究にかまけすぎたかしら」
既にTSトロンの戦闘員もエロイ元帥に(性的に)食われており、奴の手駒になっているようだ。
突然首領の念波が頭に響き戦闘員達が皆股関を手で抑えると同時に全員動かなくなる。
いや、絶頂して快感に意識を失っているのだ。
「さすがは首領、可愛い戦闘員達を手に掛けなくてすみましたわ」
「大僧正、この間に離れるぞ」
元帥の狙いはTSトロンの乗っ取り支配か?
にしては稚拙過ぎる。
まるで邪魔や干渉されたくなかったから・・・そうなのか!?
振り返り大僧正の顔を見ると、いつもと変わらぬ艶然とした笑みを浮かべている。
「どうしたバブみ大僧正?」
「いいえ、身重の私を真っ先に心配してくれるドクトルの事を想うと…、可愛いと思ってしまいましてね」
マズい、大僧正の表情が子どもを見るものに変わっている。
子供が好きで、自意識は男のくせに妊娠出産に憧れていた、そのくせして母性だけは異常なまでに強いある種の倒錯者だ。まだ若いこの体へ歪んだ愛情を抱かない理由がどこにある。
それを考えるとロリ男爵はまだ「怪人態を大人にする」という防御策を講じていた分、下手に外見的特徴を弄るまいと考えていた私より、別の所に頭が回っていたのか。
「待て大僧正、今の貴様は元帥を相手取るにあたって足手まといになる事はわかっているだろう?」
「それでもですよ。感謝しますよドクトル、ボクと二人きりになってくれて…」
言うが早いが大僧正はワシに抱きついてくる。包み込むような優しさを伴ってくる抱擁は、自然と身体を預けたくなってくる魅力に逆らえない。
「いい子いい子…。ほらドクトル、彩子ちゃん…、ボクがママですよ?」
「お、ぉぅ…」
顔に胸を押し付けられ、背中をそっと撫でられる。女の体でも良い匂いがして、もっと欲しいとさえ思うように、ワシの腕も大僧正に抱きついていた。
「うふふ…。大首領の慧眼は素晴らしいですが、よぉく思い出してみてください、ドクトル?
裏切者がいる。…それは本当だけれど、背信者は本当に1人だけだと思った?
結託している“誰か”がいる可能性を考えていなかった?」
宥めるように背を撫で、とんとんと叩いてくる大僧正の言葉、そして体に触れる大僧正の腹部への違和感にある種の得心がいった。
ロリ男爵の事はわからないが、エロイ元帥とバブみ大僧正、この2人は協力体制を敷いている。その範囲は不明だがこうしてワシとロリ男爵を分断する事は、最初から計画の内だろう。
「身重だと気遣ってくれると思って、そう装ってみたけど…。まさかドクトルが引っ掛かるとは思ってなかったよ」
服の中からドサリと袋が落ちる。あの腹部も言動もフェイクで、大僧正は最初から妊娠してなどいなかった。
そして奴の腹部が空っぽということは即ち、ワシを身籠る事が出来るという事。
「さぁドクトル、今からボクがあなたのママになるんだよ。ママのお腹に返っておいで?」
足を広げ、僧服の中にワシを導こうとする。このままではマズい、コイツの顔は既にワシを妊娠している!
大僧正の子として産み直された存在は母親に忠実になる。恐らくワシとて例外ではないだろう。
どうにかせねば、どうにか…!
「なるほど。そういうことじゃったか」
バブみ大僧正は独り通路で頷く。
先ほどまで一緒だったドクトルLはいない。
勿論逃がした訳ではない。
ドクトルLはバブみ大僧正の身体の中にいた。
ただし胎児としてではない。
ドクトルLはバブみ大僧正自身になっていたのだ。
そう。カワニシテノットール2号と融合し手で触れた相手を皮衣にする能力を使用して着て乗っ取ったのだ。
「初めて皮にして着たのが四天王の1人、バブみ大僧正とはワシ自身驚きだが もしこの能力を持っていると知られていたらこう簡単に上手くはいかなかったわね」
ドクトルLは人格を乗っ取ったバブみ大僧正モードにした為に口調もバブみ大僧正のものになる。
「さてと、予定通り応援に行きましょう。二人の実力はほとんど一緒。拮抗しているでしょうから♪」
戦闘音が鳴り響く大広間に戻る。
大広間では、エロイ元帥とロリ男爵の戦いが終わっていた。
怪人態のロリ男爵は崩れた瓦礫に埋もれながら膝をついている。
一方エロイ元帥は破れたカーテンの向こう、玉座の前で角の生えた小柄な少女を組み敷いていた。おそらくあの角の少女がTSトロン大首領の姿なのだろう。
「くすくす…大首領様のお姿、やっと生で拝むことができたわね…?
ずっと、ずーっと私、大首領様とエッチしてみたかったの? 他の怪人や戦闘員の大半とはもうエッチしちゃったのに、大首領様だけはガードが固くて、お姿も見せてくれないんだもの…。
だからこうして方々に手を回して、エッチする機会を演出してみたのよ?」
性行為に対する驚くべき執念。エロイ元帥の言葉に半ばあきれながら、ボロボロのロリ男爵が呟く。
「ば、馬鹿な…、大首領様とセックスする、そのためだけに謀反したというのか…!」
だが、エロイ元帥は不機嫌そうにそれを否定した。
「やぁねぇ。私としては謀反のつもりは無かったのだけれど。
私は今でも大首領様に忠誠を誓っているつもりよ? ただ、エッチはさせてもらいますけどね」
「なんだと…じゃあ、裏切り者では無いとでも言うのか!」
驚くロリ男爵の疑問に答えたのは大首領だった。
「そうだ…裏切り者は別にいる…。それは…」
「ドクトルLだ」
「なんだって!?」
「なんですって!?」
大首領の言葉に、エロイ元帥、ロリ男爵共に驚愕の声を上げる。
「先日突然怪人カワニシテノットール2号から、大首領への緊急通信が入った。激しいジャミングを受けていたために、すぐには内容を判別できなかったが…。
それ以来、カワニシテノットール2号は今日まで音信不通なのだ。悪い予感がしてな…こういう時の私の勘は当たるのだ。
緊急通信の内容を復元してみたところ…、同型の怪人カワニシテノットール1号及びドクトルLの裏切りを示唆するものだった」
「なんということなの…。待って、ドクトルLは何処?」
「さっきの戦闘で注意を払っていなかったが、バブみ大僧正とどこかへ移動したはずだ」
そこに、ドクトルLに皮にされたバブみ大僧正が広間に戻ってきた。
「大僧正、ドクトルLは何処へ行った! 本当の裏切り者は奴だ!」
「ドクトルLでしたら私の胎内ですわ?」
バブみ大僧正は愛おしそうにお腹を撫でる。
勿論嘘である。
今の会話で瞬時に状況を把握、最適な手段はバブみ大僧正に成りすまして切り抜けることだったからそう言ったに過ぎない。
それに裏切り者は自分だけではなく、今の自分が成りすましているバブみ大僧正もそうなのだ。
大首領が少女の身体であると気付いた時から大首領を我が子として産みたい!
TSトロンの母になり全てを配下に置きたいと策略していたのだから。
元帥を唆したのもその一環である。
更に戦いで疲弊した元帥と男爵二人を子として胎内に呑み込むつもりだったのだ!
「そうか。既に裏切り者ドクトルLを捕らえていたとは大僧正の大手柄だな」
「明日には私に忠実な可愛い子として産まれます。何故裏切ったか素直に全て話してくれるでしょう」
お腹を撫でてワシが胎内にいるように装う。
それにしても・・・
(まさかアソコから入る事になるとはな)
普通は着やすいように背中に着用する為の穴をつくる。
別に着用の為の切れ目の穴はどこにでも作れるし、どこからでも入れるのだが。
実際ノットール1号、2号とも習慣か慣れの為かスキューバダイビング用のウェットスーツのように背中に穴をつくり、そこから入って着ていた。
ドクトルLは正に呑み込まれそうになった時に初めて皮にする能力を発動し、バブみ大僧正を皮にしてアソコから潜るように入って着込んだのだ。
通路の監視カメラもドクトルLを服の中に引き込み、そのまま覆い被さるようにしているところだったので
まさかバブみ大僧正がその瞬間に乗っ取られ着込まれたとは映像を確認しても絶対にわからないだろう。
「明日には私の可愛い子として産まれますわ?」
「では大僧正は下がり、大事を取れ。ドクトルLには詳しい話を聞かねばならないからな」
「そうさせていただきます」
バブみ大僧正として恭しく礼をする。
「さて、では次の沙汰も片付けねばならんな、エロイ元帥?」
「はぁ…、あぁ柔らかい、こんなに艶のある肌でもちもちしたおっぱいが…? 何でしょうか、大首領?」
「話をするから手を止めろ」
「はぁい…」
エロイ元帥が組み敷いたままの大首領に窘められ、先程までずっと大首領の胸を揉み続けていた手をようやく止めた。
その隙に大首領もするりと抜け出て、破壊されずに残っていた椅子に腰かける。
一見してきちんと命令に従っているエロイ元帥だが、とても名残惜しそうだ。
「エロイ元帥の嗜好に口を差し挟むつもりはないが、その為だけに幹部間の争いを引き起こしたのは事実だ。
ロリ男爵の攻撃からの防衛を差し引いても、お前には罰を与えねばなるまい」
「…」
瓦礫に埋もれたままのロリ男爵の体を助け起こしながら、ワシはバブみ大僧正として次の言葉が出てくるのを待った。
「エロイ元帥、貴様には三日間の感覚剥奪を言い渡す」
「そんな大首領! それだけは、それだけはお許しください…!」
「へへ…、ザマ見ろ…」
明らかに狼狽えるエロイ元帥の姿を見て、ロリ男爵にやつくように笑う。
思えば確かに感覚剥奪はエロイ元帥にとっての厳罰だ。何よりも性的快感を求めている元帥には、ヤる事ヤっても何も返ってこないのだ。
触ろうが触られようが、揉もうが揉まれようが、挿れようが挿れられようが、自分は何も感じられない。
相手を蹂躙するか自分がされるかで、シているのだと認識して誤魔化すしか手が無いのだから。
これから自分に降りかかる禁欲の日々を思っているのか、エロイ元帥は絶望的な表情だ。
「ロリ男爵は治療ポッドを使い、早く傷を癒せ。我が身を守ろうとした忠心は評価に値する」
「ありがたき、お言葉です…」
「それと全員が復帰した後に、帝重洲帝国のタチーハ捜索、ならびに勧誘を続行することだ」
「失礼と存じますが大首領、質問をいたしてよろしいでしょうか?」
「許す、大僧正」
前回の幹部会で大首領から言われて皆従っていた「タチーハの捜索・勧誘」に関し、4幹部の誰もが気にしていた事を、大僧正の口を借りて問う。
「何故大首領は、帝重洲帝国の幹部であるタチーハを引き入れようと仰るのです?
確かに我等に匹敵する実力はあるでしょうが、彼女は帝重洲帝国自体に忠誠を誓っているとも聞き及んでいます。
そんな彼女が我らTSトロンに鞍替えするでしょうか」
「疑問は尤もだな。…貴様もそう思っているか、男爵?」
「は、はい。大首領に忠誠を誓う身、お言葉に疑問を挟むまいと思っておりますが…。大僧正の懸念は俺も感じておりました」
突然に話を振られ慌ててるロリ男爵も、やはり疑念を口にした。
少しばかりの間と深い息を置かれ、大首領は気だるげに、だがしっかりと説明してくれる。
「…ではその理由だが、単純に言えば惜しいからだ。帝重洲帝国以外に忠を誓う気が無くとも、他の組織に引き入れられるのは面倒なのだよ。
帝重洲帝国のナンバー2であるタチーハはその能力…他者からエネルギーを奪う事で際限無く強くなる。そうなる前に、戦力として使えなくとも確保はしておきたい。
これでは理由にならんか?」
「いえ…。TSトロンに危険が及ぶなら、そうなる前にという事は、ご理解致します」
確かにタチーハの体の持つ力は、清彦様がその気になればどこまでも強大になるだろう。
太刀葉のクローンを作る時にタチーハの肉体を研究したことで判明したのだが、吸収したエネルギーが暴走しないようにする為に、怪人タチーハの肉体は帝重洲帝国最高の技術を以てアップグレードされていた。
それも清彦様が帝国を滅ぼす直前の最新技術でだ。ポテンシャルは最上級だろう。
大首領の懸念も尤もだ。
「…他にはないか?」
「えぇ、大首領のお言葉に得心がいきました。作戦の続行は早くとも…4日後でしょうか」
「エロイ元帥が復帰してからになる。それまでにドクトルLを産み直し、話を聞いておけ」
「了解致しました」
ロリ男爵と共に跪き、既に感覚剥奪された元帥が戦闘員に運んでいかれる。恐らく平衡感覚も無くなったため、動けないだろう。
しばらく大首領の抱き枕か。
そのまま男爵を抱えて退出する最中、扉が閉まる前に大首領の口から不思議な言葉が、とても小さいが聞こえた。
「…逃がしはしないぞ、タチーハ。そして蝙蝠男…」
(しかしやっかいなことになりましたわね)
バブみ大僧正の姿で、ロリ男爵を治療ポッドへと運ぶべく肩を貸しながら、ドクトルLは心の中で呟いた。
彼女らの後には大僧正と男爵の部下たちが供として続いている。
特に大僧正は自分の部下を実の子供のように溺愛しており、部下数人を引き連れて歩くのが常なのだ。
(とっさの機転で大僧正を皮にして着込んだまではよかったものの、これでは脱出のタイミングがありませんわね…)
タチーハの捜索・勧誘のための新たな作戦が4日後に始まる。この情報をどうにかして清彦様に伝えたいのだが…。
(そしてもうひとつの懸念は…)
皮化して着られている相手は、皮にされている間の記憶が無い。
つまり大僧正を長く着ていれば着ているほど、その記憶の欠落から大僧正に怪しまれる可能性が高いということだ。
できるだけ早めに脱ぎ、大僧正をどうにか誤魔化さねばならないのだ。
幸い大首領を含めTSトロンの内部で、ドクトルLが皮化の能力を得たことを知る者はいない。
(どうにかこの窮地を脱さなければ…)
基地に連れてきたノットール1号を伝言役に使う?NOだ。
大僧正としての姿のままで行けば部下がついてくる、何かしらの違和感があれば妨害されるだろう。
通信手段を用いて帝重洲帝国の基地へ連絡をするか?ダメだ。
基地が送受信する通信はすべて解析されている。別組織の基地に発信すれば、内容どころか基地の場所も露見してしまう事になる。
機を見て抜けて全力で逃走するか?ほぼ不可能だ。
幹部同士で戦った場合、ワシの戦闘力は下意に位置している。研究職の身である為、実戦能力は高くない。ロリ男爵にも押されてしまう関係上、そこにバブみ大僧正の子等が加われば押し負ける。
必要とされるのは、
『可及的速やかに大僧正の体から抜け』
『ノットール1号を連れて』
『TSトロン基地から脱出する方法』
…さらに懸念するべきは、松戸院財閥との繋がりを作ったのはワシ本人だという事。
彩子という少女に目をつけてクローンを作り新しい体にしたのも、オリジナルが死んでいる事に付け入ったのも、全てワシの判断によるものだ。
おかげでTSトロンは松戸院家を標的に定めた事は無いが、背信がばれたならその限りではないだろう。
人間関係は煩わしいと考えていたが、この身になってから嫌でも他人と関わらざるを得なくなってしまった。
学友や講師、葉月を筆頭とするメイド達やSP。
そして孫娘の姿に偽りつつも受け入れてくれて、なお愛してくれたお爺様。
(…不思議なものですわね)
こうしてTSトロンを裏切った事で、自分の周囲を考えるようになったのは、どういった心境の変化なのか。
それともワシは、ただ寂しかっただけなのか。
詳しい事を考えている暇などない。まずはアジトから抜け出さない限り、その先を考えることなど永久にできそうにないからだ。
表面上は大僧正を装いながら、大僧正の記憶も使い頭をフル回転させ、ふと気になる事が1つ出てきた。
タチーハ捕獲の他にも考案されている作戦の中に、大僧正の子が参加する事が決定している。そして出撃前にその子を思い切り愛してあげるのが、バブみ大僧正の慣例だ。
幸いにも愛してあげるのは、この少し後。
行為をしているその隙に大僧正からその子に移り、説明をして大僧正に大事を取らせ一時隔離し、ノットール1号には戦闘員に成りすませる。
そして出撃する事で大手を振って脱出する。
…難度は高いが、恐らくこれが最も確実性が高い脱出法だろう。どれだけ手強かろうが、やらねばなるまい。
男爵を治療ポッドのところまで一緒に連れて行き後はそこの医療スタッフに任せる。
男爵の配下とは全員ここで分かれ、そのまま基地内のバブみ大僧正の宛がわれたエリアに入る。
この先は監視カメラ等も無くなる。
少し安堵するがそれでも四人の配下が付き従う。
どうしたものか。
とそこにバブみ大僧正の副官のシスター姿の女性が近付き
「申し訳ございません、お母様。アイツの部下を逃がしてしまいました」
ノットール1号は無事脱出できたようだ。内心ほっとする。
「仕方がないわ。あの者はドクトルLの部下でも一番の上級怪人なのですから。いくら貴女が強力な暗示使いでもやり合ったら危なかったわ」
バブみ大僧正の記憶や口調を使い成りすます。
記憶によるとこの金髪美女のシスターはバブみ大僧正に心酔しその信者を増やすべく超強力な暗示の使い手だ。
副官とはいえ正面からまともに食らえば四天王でも偽の記憶を本物と思い込み見抜けないだろう。
「後はわたくしが引き継ぎますわ」
他の配下を戻し二人っきりになる。
「お母様。嘘をひとつついてしまいましたわ。逃げられたのではなく乗っ取られちゃった♪」
粛々としていた表情から一転、悪戯成功といった可愛らしい笑顔になった。
その言葉を証明する様にシスター・ジェニーから、ワシに周波を合わせた超短波通信が入る。この距離だ、傍受しようも無い。
『ご無事でしたかドクトル。裏切りがバレてしまったと聞いて、心臓が止まりそうになりましたよ』
『それはワシもだ。2号の通信で判明してしまったが、このアジトでは大首領の目がどこで光っているかもわからん。
早く脱出しなければならんな』
1号が既に脱出用の体を得ているのなら好都合だ、本日出撃する怪人の体を使って出よう。
超短波通信を切り、表向きはバブみ大僧正とシスター・ジェニーとして取り繕い、話をする。
「ジェニー、今日の子はもう私の部屋に来ているのですか?」
「はいお母様。寵愛を受ける事がとても嬉しそうで、もう痺れをきらしてますわ」
「今の私はドクトルを身籠ってますが…、そんなに喜んでくれているのなら、ちゃんと甘えさせてあげないと…」
「私もよろしいですか?」
「えぇ勿論。だってジェニーも私の子なのですから」
くすくすと笑いながら、怪人の待つバブみ大僧正の部屋の扉をくぐった。
寵愛を待っていたのは女子高生ギャル型怪人だった。
見た目はギャルだがもちろんそれは見た目だけだ。この姿になる前は女好きな中年男性だった。
女に紛れる為・自身の好みの姿を手に入れるために女子高生型怪人になったのだ。
バブみ大僧正からの寵愛をよほど楽しみにしていたのだろう。
既に出来上がっている。
「おいで♪私の愛しい子よ?」
バブみ大僧正の記憶からいつもと同じようにシスター・ジェニーも一緒に寵愛する。
イって意識を失った女子高生型怪人が目覚める前にワシはバブみ大僧正を脱ぎ、眠っている怪人を皮にするとそのまま着る。
ワシが抜けたことでペタンコになったバブみ大僧正がムクムクと元に戻る。
大僧正が目覚めようと意識が半覚醒状態でシスター・ジェニーになっているノットール1号がシスター・ジェニーの超強力な暗示能力でワシが成りすましていた間の出来事や会話を大僧正自身がやったこと・言った事として記憶に刷り込む。
これで他の幹部とあの時の会話で齟齬が生じたりはしない。
やがて意識を完全覚醒したが大僧正にはワシに着られていた・乗っ取られていた記憶はない。
「さぁ行ってらっしゃい。私の可愛い子供達。貴女達なら必ずタチーハを捕らえ連れ帰ってくれると信じています」
「「はい、お母様。」」
ワシとノットール1号はこうして先遣隊のギャル女子高生型怪人とシスタージェニーとして堂々とトロン基地から出たのであった。
一方、帝重洲帝国アジト。
「太刀葉ちゃん、体の調子はどうですか?」
「まだちょっと重くて動かしにくい感じがするけど…、大丈夫です。違和感とかは特に無いかも?」
「それでも無理しないで下さいね、まずゆっくり慣らしていきましょう?」
メディカルルームのベッドで体を起こしている紅太刀葉ちゃんを、葉月ちゃんが診てくれている。
専門的なものではなく、問診や触診に近い物であるが、それでも太刀葉ちゃんの様子を診るのには現時点では十分だった。
もう少し太刀葉ちゃんが体を自由に動かせるようになってきたら、その時は紅葉に合わせてあげないと。
「…清彦、さん? じっと見て、どうしたんです?」
「あぁいや、何でもないんだ、何でも…」
太刀葉ちゃんの言葉に、少しだけたじろいでしまう。
彼女達の平穏を壊したのは紛れもない俺で、それをどうにか取り戻そうとしているのも俺なのだ。
覆水を盆に返すような、ひどいマッチポンプだと自嘲してしまう。
タチーハから分離させた太刀葉ちゃんの記憶は、約7年間のブランクがある。
「紅太刀葉」から生まれた人格である為、ある程度記憶は共有しているが、それも絶対ではない。タチーハとして活動し、意識が無かった間は、明確に記憶していないのだ。
「…お兄ちゃん、怒ってたんだろうなぁ」
情報収集の為に手渡したタブレットの画面をスクロールしている。
歌やファッションの流行の記録を一通り見た後は、検索する情報にフィルターをかけて、「帝重洲帝国が収集していたトランスレンジャーの情報」を中心に見ていた。
トランスレッド、紅葉一郎。彼女は遺伝子交換治療によって幼くなりすぎ、ようやくトランスレンジャーになったと言っていた。
確かに記録としては、ここ半年の間で新しいレッドに就任し、すでに先代レッド以上の戦果を上げている。
ただその戦い方は明らかに苛烈で、怪人を相手にしては一切の容赦なく攻撃をする、とデータにある。
その理由は計り知れる。彼の心中にはずっと怒りの炎が煮え滾っていたのだ。
幼女になって7年もの間煮え湯を飲まされ続けていた紅葉一郎は、トランスレンジャーになったことでその矛先を敵に向けることができるようになった。
なら先の通りの戦い方になる。叩き潰さねばならない相手に、どうして手心を加える必要があるのだというように。
「葉月ちゃん、ちょっと」
「どうしました?」
メディカルルームから出ていく葉月ちゃんに声を掛け、一緒に外へ出て彼女の体の様子を聞く。
「立つ事や歩く事には何も問題は無いと思います。ただいきなり運動をする、という事は難しいかもしれませんね」
「紅葉に会いに行かせることはできるかな?」
「肉体的な問題は無いでしょうね。むしろお話を聞いた限りでは、その相手…、紅葉さんの精神面の問題が大きいでしょう」
「確かにな。前みたいに暴れられても問題だが…、今度はそうならないと思いたいよ」
太刀葉ちゃんの事を思い浮かべながら、もう一度紅葉の顔を思い浮かべる。
刺すような視線だったが、店を出る時はわずかに毒気が抜かれた表情になっていた。あれが続いているなら、そう酷い事にはならないだろう。
「では少しでも早く、再会させてあげないとですね。…伝手はどうします? ここから直接トランスレンジャーの基地に連絡はできませんよね?」
「あぁ。…少し手間という感じになるが、マスターから双葉に繋げてもらうつもりだ」
直接トランスレンジャー基地に電波を飛ばせば、ここの位置が露見する。それはなるべく避けておきたい。
間接的にやってもらうしかない。手間はかかるが、これが一番安全に双葉、そして紅葉に繋げられる手段の筈だ。
コールドスリープ装置に俺はタチーハの身体で横たわるとタチーハの身体から離脱し装置のスイッチを入れる。
意識を眠らせたまま覚醒することなくタチーハの身体は冷凍睡眠により眠らせた。
事前に葉月ちゃんの許可をもらっていた俺はその身体を借りる。
私服姿の葉月ちゃんとなった俺は喫茶店【ブラザー】に向かった。
店内に入ると驚いた。
なんと客として赤井 紅葉こと紅 葉一郎がいたのだ。
マスターに仲間の女の子に許可をもらって身体を借りている清彦であることを告げ紅 葉一郎の事を聞くと驚いたことに時間こそ不定期だが数日に一回は客として通っているそうだ。
暴れた償いなのか味が気に入ったからかはわからないが見る限りはとても穏やかに珈琲や紅茶などを楽しんでいるように見える。
その姿を見て俺は今の葉一郎ならば太刀葉ちゃんに合わせても大丈夫だと確信し、葉月ちゃんの身体で微笑んだ。
今の葉一郎ならもう少し友好的に話し合いができるかも知れない。
だが藪蛇になるかも知れない。
悩む。
こういう時はやはりマスターの助言を得るか。
マスターは
①話し掛けた方が良い。
②まだ話し掛けない方が良い。
決めあぐねていた俺の背中をマスターが押してくれた。カウンターから立ち上がり、ボックス席に一人座っている葉一郎の前に姿を見せる。
「相席、良いですか?」
「えぇと、構いませんが…、どうかしましたか?」
了承を貰って正面に座り、一つ息を吐いて。
「突然すまない、紅葉一郎。前と姿が違って驚くと思うが、俺は蝙蝠男・本郷清彦だ」
「…ッ、そのお前が一体何の用だ?」
「いくつかアンタに伝えておきたい事が出来たんだ。良い事も悪い事が、いくつか出てきてな。
もしかしたらトランスレンジャーにも協力を仰ぐ必要がある。聞いてくれないか?」
怪訝な顔をしている葉一郎は、まだカップに残っていたコーヒーを飲み干し、目元を引き締めてこちらに顔を向ける。
「…話してみろ。協力するかどうかは内容次第だ」
「ありがとう。そう言ってくれると素直に嬉しいよ」
「素直ってなんだ」
少しだけ軽口をたたいてみて、俺達が帝重洲帝国基地で調査し、判明した情報を教えていった。
良い事として、紅家の遺伝子データのサルベージができ、太刀葉ちゃんのクローンを作った事。
その中にタチーハと分離した太刀葉ちゃんが既に入っていること、既に会える状態であること。
悪い事として、「紅太刀葉」のオリジナルボディが改造を施され、TSトロン幹部の“誰か”である可能性がある事。
そしてドクトルLから聞いた3人の幹部のわかる範囲での説明を。
「…つまり、協力を願う内容とは、TSトロン幹部を殺さずに生け捕りにしろ、ということだな?」
「察してくれて助かるよ。アンタだって、妹さんの本当の体を殺すつもりはないだろ」
「当たり前だ。それが判明してなければ、知らぬうちにやってしまっていた可能性がある。
…わかった、この話は持ち帰らせてもらおう」
「俺が言えた義理じゃないが、頼む」
「全くだ…」
こんな時は葉一郎の言葉にぐぅの音も出ない。
「…一つ聞きたい。紅家の遺伝子データが見つかったのは聞いたが、それを使えば俺の姿も元に戻ると思うか?」
「それか…。可能性はあるが、今度は太刀葉ちゃんと似た姿の女になるかもしれない、というのがドクトルの見解だ」
「可能性の言葉が聞ければ充分だ。どれ程の可能性になるかはしらないが、引き寄せてみせるさ」
にやりと不敵に笑う葉一郎。確証はないがやる、という決意に満ちていた。
それはきっと、自分の体の事だけではなく、太刀葉ちゃんの本来の体に関しても、絶対に取り戻して見せるという決意の表れなのだろう。
「ところでお前のその身体」
比較的穏やかな雰囲気だった葉一郎がスッと真顔になり周りの空気が重くなる。
「勝手に奪ってきたものじゃないだろうな?」
寄生怪人・蝙蝠男の俺が全く無関係の少女の身体を乗っ取って来ていると疑っているのだ。
いや、なら無関係の少女の身体を勝手に乗っ取っている状態の俺が、そんなことをすれば激昂するに決まっている葉一郎に俺が話し掛けたりするリスクはおかしたりはしないと頭ではわかっているだろう。
それでも葉一郎は俺の口から確認したいのだ。
俺が信用できるかどうか。
この回答が試金石になる。
「そんな訳ないだろう。この身体の女性には、きちんと了承を取って使わせてもらっている」
葉一郎の目を見て、毅然と告げる。
「双葉から俺が話した事の報告を聞いてないか?」
「あぁ、ドクトルLを裏切らせた…という事は聞いているよ。その関係者、か?」
「個人の事を勝手に言うのは、少し気が引けるが…。この身体はドクトルLの付き人だ、それもただの人間だが」
先程より強くなった視線が刺さるようだ。それに少しでも怯んでこの場で嘘を吐いてしまえば、葉一郎はもう二度とこちらを信用してくれないだろう。
そうなってしまえば、例え太刀葉ちゃんを連れてきたとしても、下手をすれば信じてもらえないかもしれない。ようやく元の関係に戻れそうな兄と妹がいるのだ、そこをこじれさせたくはない。
じっとにらみ合っていると、先に視線を逸らしたのは葉一郎だった。
「…事故によって過去に死亡した松戸院彩子が、何故か生きている。そんな報告が上がっていた松戸院財閥に関しては、前から内偵を進めていると司令が言っていた。
そこに何かしらの組織が関与していると推測していたが、本当だったとはな。信じざるを得ないか…」
僅かに険を解いて、葉一郎はすっかり氷の解けたグラスの水を一口飲み込んだ。
調べられている、ということは、葉月ちゃんの事もデータとして存在していた。そしてそのデータを、知っていたのだろう。
葉一郎は今の俺の、葉月の顔をじっと見つめる。
「着飾っているから最初は気付かなかったが…俺はその子、葉月と水泳の大会で競ったことがある」
「水泳の…大会?」
予想もしていなかった葉一郎の言葉に、思わず鸚鵡返しに聞き返した。
「前に少し話したと思うが、俺は今この体で女子高生をしている…。高校じゃ水泳部に入っていて、去年の県大会で葉月と同じ種目で競った」
「そんなことが…」
葉一郎は短く溜息をつくと、ぽつりと呟いた。
「俺は男、葉一郎として元の身体に戻りたいとずっと願ってきた。
だが…。今の姿で、女、赤井 紅葉として小学生からやり直してきて、今では俺のことを友達と呼ぶ子達もそれなりにいて…。
せっかく元の身体に戻れる可能性が見えてきたというのに、果たして俺は赤井 紅葉という立場を棄ててまで戻るべきなのか、答えが出せないでいる…」
葉一郎ははっとして顔を上げると、慌てて取り繕うように続けた。
「クソッ、今のは無しだ、忘れろ!! 俺としたことが、見知った顔に油断して弱音を吐いてしまった! しかも敵かもしれない相手に! いいな、忘れろよ!」
エロイ元帥の台詞等、一部ハート記号(♥)だったと思われる部分が半角クエスチョンマークになっちゃってますね
取り敢えずFGOと空の境界、あと艦これのイラストはやめて欲しい
空の境界は特に両儀式はこんなセリフは言わない……
ホラー小説の界隈で伝説と言われているキャラがこんな所に出るのは正直やめてほしいです
それを言い出したらどの作品も楽しめなくなっちゃうじゃない
これも両儀式の見た目のイメージは借りているけど、この作中では両儀式ではなく赤井紅葉なわけ
元のキャラは知っていても、ここでは切り離して考える
というか完全に別物として扱われてるから、別物として認識すればいいだけのこと
その暗黙の了解が理解できないのなら、あなたはここ支援所で作品を読むのに向いていないのでは?
特にこれはリレー小説だから、有名所のイラストを使ってるのは、リレーのほかの執筆者にどういう雰囲気のキャラなのか伝わりやすくするためでもある
そういうわかりやすい共通イメージが無いと、執筆者ごとにキャラがブレてしまったりする
もしこれらのイラストが使えないなら、どうやって執筆者間でイメージを共有すればいい?
絵描きを呼んできて全部描いてもらう? そんなの無理でしょ
自分の好きな作品のイラストを使われるのは気に食わないから使うな、なんて個人のわがままに従ってイラストを検閲していったら
そのうちここからほとんどのイラストが消えてしまうことになるんじゃないかね?