「ふ、ふたば、それって……」
「なんかね、朝目が覚めたらおっぱいなくなってて、変わりにこんなのが生えてたの」
「ば、バカ! 早くしまいなさい!」
「うん……あれ? なんか硬くなっててしまえない」
「しょうがないわね……いいわ、あたしが色々教えてあげるから、ちょっとこっち来なさい!」
「う、うん……」
「さて、と、ドアに鍵かけたし」
「どうするの……?」
「こうするのよ」
「きゃっ!」
「クス、あたしの彼氏と違って初々しい反応ね、可愛い」
「み、美雪ぃ……きよひこクンとこんなことしてるの……?」
「たまにね。どう? 気持ちいい?」
「よ、よくわかんない……ひんっ! なんかせり上がってくる……!」
「イキそうなのね。いいわ、その感覚に身をゆだねて」
「ちょ、ちょっと待って、だ、ダメぇ……んんっ!」
「あはは、出た出たぁ! 元気いっぱいね、ふたば」
「んぁあ……! と、止まらない……何コレぇ?」
「何コレも何も、ただの元気いっぱいなオチンチンよ。これからふたばは一生付き合うことになるんだから、せいぜい可愛がってあげるのね」
「い、一生って、どういうこと? 美雪、何か知ってるの?」
「まあね。端的に言うと、あんたはあたしの代わりに男の子になるの」
「……え? み、美雪、何言ってんの?」
「ふふ。あんたたちは誰一人覚えてないけれど、あたしは二週間前まで美幸(よしゆき)って名前の男子だったのよ。変な名前と貧弱な運動神経のせいで散々いじめられてきたけどね。ああ、ふたばにはいじめられたことはなかったか。遠巻きに見てるだけで、決して助けてはくれなかったけれど」
「だ、だって、あたしと美雪、入学した時からの友達じゃないの!? それに美雪は運動神経抜群の人気者で……」
「そこら辺の説明を今からしてあげるわよ、おバカさん。まあ、二度目の射精を楽しみながら聞いてちょうだいな」
「きゃあっ!!!」
「二週間前、あたしは古本屋で変な本を見つけたのよ。因果関係を書き換えることで人生を一変させることができるってその本には書いてあって、付録に儀式用の羊皮紙が一枚綴じ込まれていたわ」
「ぎ、儀式って……」
「魔術ね。まあ、市販されるような大量生産品だから、何もかも都合のいいようには変えられないって注意文もあったけれど……時々は自殺だって考えるくらい絶望してた当時のあたしにとっちゃ、どうでもよかったわ。それで本に書いてある通りやってみたら、あたしはスポーツ万能の人気者になってたってわけ。代わりに女になったのは予想外だったけれど」
「……でも、それでどうしてあたしが男の子になるの?」
「バランスよ。いじめられっ子の男子が人気者の女子になったことで、あたしを取り巻く世界には歪みができる。その手の歪みを埋め合わせるために、身近にいる誰か一人の人生も改変されることになるって、本には警告が書いてあったわ。ま、あたしにとっちゃ周りの人間が一人くらいどうなろうとどうでも構わなかったから、儀式をする妨げにはならなかったけど」
「その『誰か一人』が……あたし?」
「そうみたいね。ふたばの変化のしかた、あの日のあたしにそっくりだもん」
「へ、変化のしかたって?!」
「まだ気づいてないの? 自分の手でも見てみなさいよ」
「……ご、ごつごつになってる」
「と言っても男にしちゃ貧弱な手よ。まあそんな風に、最初は股間と胸。次第に手足と体格が変わっていって、最後は顔と声。もう数十分もすれば、ふたばちゃんはふたば君に変身完了ね」
「そ、そんなの、だって、あたしが女の子だってことはみんなが――」
「知ってるわけないじゃない。存在そのものが変化しちゃうんだもの。その制服みたいに」
「……え? あたしどうして学ラン着てるの? さっきまで着てたセーラー服は?」
「制服だけじゃないわよ。言葉遣いだってじきに変わる。周りの人の記憶も扱いももうちょっとで変わってしまう。もうすぐあんたは別人に生まれ変わるのよ」
「そ、そんなのやだよ……み、美雪……助けて……」
「ご愁傷様。あたしの近くにいた不運を呪うのね。あ、そう言えばふたばって妹さんと仲良かったわよね?」
「そんなことないよ。あいつ、あたしのことを駄目兄貴だの冴えない奴だの言って最近はすっかり馬鹿にして……な、何? 今の記憶は!?」
「それが新しいふたば君の記憶。可哀想にね。あんなに仲良し姉妹だったのに。あんたは両方の記憶を持っていられるけど、妹さんにしてみたら昔からあんたは男の子だったってことになるの」
「嫌……こんなの嫌……」
「ふむ、どうやら当事者のあたしは事の次第を覚えていられるようね。昔が恋しくなったらあたしのとこに来なさいよ。二週間友達だったよしみで、気が向いたら慰めてやってもいいわよ」
◆一日後
「さ、入りなさいよ。晩になるまではあたし以外誰もいないから、おおっぴらに話ができるわよ」
「……お、お邪魔します」
「硬いわね。あたしたち友達なのに」
「だって、今は……僕と伊藤さん、全然関係がないし……」
「新しい記憶にずいぶん引きずられちゃってるのね。そりゃ今のあんたは地味でぱっとしない男の子だけど、昨日まではあたしたち親友だったじゃないの。いきなり生えたチンポを見せてくれるくらいの」
「あ、あれは、その……ごめん」
「あらあら、顔真っ赤にしちゃって。今になって恥ずかしがることないわよ。あんたのチンチン、なかなかご立派だったし」
「…………」
「ね、もうオナニーやってみた?」
「……何で僕のことを家に誘ったの?」
「昨日も言ったじゃない。気が向いたら慰めてあげるって。どう? ちょっと天然入ってたけど明るい人気者だった女の子が、バレンタインのチョコなんてもらったこともなさげな目立たない男の子になった気分は」
「……チョコなら六年生の時にもらったことあるよ。……クラスの男子全員に配ってたチロルチョコだけど」
「あはは、それしか覚えてないって、却ってみじめじゃない?」
「……ほっといてよ」
「へえ、声が低くなるとそれなりに怒ってる雰囲気は出るわね。男にしちゃ高めだから迫力はないけど」
「伊藤さん、どうしてこんな、晒し者みたいなことするのさ? 僕、いきなりこんなことになって苦しんでるんだから、もう無視してよ」
「だってこんなおもちゃ、手に入れようったって手に入らないもの」
「おもちゃって何だよ!!」
「殴る? さすがに今はふたばの方が力は強いだろうけど、そんなことしたら大変よ? みんなに好かれる美雪ちゃんの証言は、たぶんふたば君の生活をめちゃくちゃにするくらいの力はあるんじゃないかしら」
「……よしゆきって、そんな性格だったんだね。そりゃ友達もできないよ」
「それは認めるわ。でも美雪もなかなか大変なのよ。この立場じゃそうそう毒も吐けないし、事情を知っててばらしもしないふたば君みたいな存在は、ストレスの発散にうってつけなのよね」
「……そういうことなんだ。やっと納得できた」
「ま、報酬に足コキくらいはしてやってもいいわよ?」
「…………遠慮しとく」
「強がっちゃって。鼻息荒くなってるくせに」
◆一ヶ月後
「今の電話、きよひこ君からのじゃないの? 何で断ったのさ」
「いきなり誘ってくる向こうが悪いのよ。自分の彼女を呼べばすぐ来る犬か何かと勘違いして。あんな気まぐれに付き合う暇はないわ」
「僕をからかったり愚痴をこぼしたりする暇はあるのに?」
「うっさいわね。あんたこそ、暇もいいとこじゃないの。いつだって誘えばほいほいついて来るんだから」
「断ったりしたら、どんな目に遭わされるかわからないもの。それに……」
「それに?」
「『あたし』のこと覚えててくれてるの、美雪だけだし」
「……ふん」
「美雪は……辛くないの?」
「……辛いって、何がよ」
「よしゆきのこと、美雪以外に誰も覚えてないんでしょ? 僕だって、美雪からの話を聞いてるだけで、女の子だった頃によしゆきと過ごしたはずの本当の記憶は何も残ってない」
「……いらないわよ、そんな記憶の持ち主なんて」
「でも……」
「もういいわよ。今日はあんた用済み。さっさと帰って」
◆二ヶ月後
「……何しに来たのよ。しもべはしもべらしく、ご主人様が呼ぶまではじっと待ってりゃいいのに」
「誰がしもべだよ。友達が三日も学校休んだらお見舞いに来るくらい、当たり前じゃないか」
「…………」
「でも元気そうだね、安心した」
「……あんたにとっちゃ残念だったわね、あたしが落ち込んでやつれてたりしてなくて」
「何言ってるの?」
「あたしのこと笑いに来たんでしょ? 大会本番で大失敗して確実視されてた代表の座を逃して、次の日には学校の廊下で彼氏に面と向かって振られたあたしのことを!」
「そんなつもりないよ」
「いい気味だって思ってるんでしょ? 自分でもわかってるわよ」
「だから、そんなつもりは」
「能力と立場を与えられても、結局あたしの根っこにあるのはよしゆきなのよね。スポーツに苦手意識があって、まともな人付き合いなんかできっこない、根暗で貧相なよしゆきがあたしの正体なのよ」
「人の話を聞いてよ」
「聞きたくなんかない!! あたしがあんたの立場だったら、嘲ってせせら笑うに決まってるもの!」
「……泣かないで、美雪」
「何この期に及んで紳士ぶってんのよ。ならいつまでも抱きしめてないで、さっさと離しなさいよ、馬鹿……」
「二ヶ月前こうなった最初は、やっぱりショックだったよ。自分が自分じゃなくなった、全然別の存在に変えられた、そんな風に感じてすごく苦しんだし、悩んだ」
「……あんたの苦労話なんか、聞きたくないわ」
「でも、二ヶ月経って、男の子としての記憶も思い返して、少しわかったんだ」
「…………じらさないで、さっさと言いなさいよ」
「僕が男の子として生まれていたら。そして人生のいくつかの場面で女の子だった時とちょっと違う選択をしていたら。今のこの僕になっても不思議はないって。僕の本質は変わってないって」
「…………」
「だから……美雪も、よしゆきの記憶に縛られすぎるのはやめて」
「何よそれ! どうしてそんな結論になるのよ!!」
「よしゆきも美雪も、どっちも君の本当の姿だってこと。昔うまく行かなかった時の自分を今に引きずるのは、意味がないと思うよ」
「何、わかったようなことを……!」
「少しはわかるよ。『あたし』は美雪の親友だったんだから」
「そんなの! 今のあたしを成立させるための、都合のいい偽の記憶よ!」
「でも、『あたし』にとってはそれが本当の記憶なんだよ。入学式の日に隣の席から明るく声をかけてきた美雪も、運動会に備えて一緒にリレーの練習をした美雪も、文化祭の準備で帰りが遅くなった時にクラスメートや先生の噂話をおしゃべりしながら駅まで歩いた美雪も、偽なんかじゃない、本物の美雪だった。美雪だって、それは覚えてるよね?」
「……今のあたしが、偽者だって言いたいの?」
「そうじゃなくって、どっちも本物! よしゆきが美雪として生まれて、いくつかの転機でよしゆきとは違う選択をして育ったら、きっと僕の記憶の中の美雪のように、明るくて運動が得意で本当はちょっと皮肉屋な美雪になったはずなんだってば! 君が今、演じているつもりになっている美雪のように!!」
「演じているつもりって何よ……こんな人気者、本当のあたしじゃ……」
「今の君はよしゆきじゃないよ」
「…………」
「二つの記憶が混ざって少し混乱してるだけの、美雪だよ」
「……でも……でも、あたしは、美雪じゃない。よしゆきよ」
「まだわかってくれないの?」
「だって……あたしが美雪だったら……耐えられないよ……」
「何に?」
「……ふたばの人生をめちゃくちゃにしたことに」
「それは」
「あたしはよしゆきなの。歪んで性根がねじくれて、何かを変えようと努力することも忘れて、お手軽な手段に飛びついて……挙げ句の果てに、自分だけじゃなく、近くにいた女の子の一生まで変えちゃった、心の腐った人間なの。美雪みたいな、いい子じゃないの!」
「……君の心が腐ってるのなら、どうして今、泣いてるのさ?」
「…………」
「いきなり男の子にされて、困ってないって言ったら嘘になるけど……でも、今はもう君を恨んだりしていないよ。美雪がわざと僕を選んだわけじゃないんだし……それに、たぶんこれは罰なんだって、考えることにしたから」
「……何の?」
「僕が女の子で君がよしゆきだった時に、いじめられてる君を助けなかった罰」
「……!」
「ごめんね、その時は君の力になってあげられなくて」
「…………」
「美雪?」
「……なさい」
「…………」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……ふたば、ごめんなさい……!」
「もう、気にしないで」
「ごめんなさいっ……!!」
「…………」
「……落ち着いた? 美雪」
「……ふたば」
「何?」
「帰って。そして、あたしなんかに二度と近づかないで」
「ど、どうしてさ!?」
「だって、あたし……あなたに何もしてあげられないもの。……これ以上あなたの近くにいても、あなたを傷つけるだけだもの……」
「……美雪のそばにいられなかったら、僕はもっと傷つくことになるんだけど?」
「ふたば……?」
「あ! あの、別に、これを口実に美雪に変なことしようとか、そういうわけじゃないよ!! ただ、美雪の友達でいたいって思っただけ……それだけ」
「…………」
「美雪?」
「……ありがと、ふたば」
「ふたば」
「何?」
「ふたばの胸って、大きいね」
「何言ってるの? ぺったんこになっちゃったのに」
「違うの。男の子の胸って、広くて大きくてたくましいなあって思ったの」
「そ、そう」
「ねえ」
「何?」
「お母さんたち帰って来るの、今日は夜遅くなのよ」
「そ……それで?」
「服、脱いで。ほら、早く」
◆その後
「あの……ほんとにいいの?」
「裸にまでなっといて、今さら何言ってんのよ! あたしに恥かかせる気なの!?」
「だって……何だか今日は勢いに釣られて一緒に服脱いじゃったけど……美雪を抱くってイメージが全然わかなくて……。『あたし』にしてみたら美雪は同性の友達だし、『僕』にしてみたら伊藤さんはずっと高嶺の花だったわけだし……」
「あたしに比べればまだマシでしょ。こっちは男の自意識も持ったまま男に抱かれるのよ。まったく、ふたばが相手じゃなかったらとても耐えられないわ」
「え……? だって美雪、きよひこと付き合ってたじゃない?」
「……そこまで許しはしなかったのよ」
「……まさか…………あの足コキしか、してやらなかったの?」
「そうよ。最初はあれで充分喜んでたくせに、二ヶ月ですっかり図に乗っちゃって」
「…………僕、きよひこに同情したくなってきた」
「今はそんなのどうでもいいでしょ。さっさと硬くして始めちゃいなさいよ」
「うわっ! そのやけに巧みな足技はやめて!!」
「なんかね、朝目が覚めたらおっぱいなくなってて、変わりにこんなのが生えてたの」
「ば、バカ! 早くしまいなさい!」
「うん……あれ? なんか硬くなっててしまえない」
「しょうがないわね……いいわ、あたしが色々教えてあげるから、ちょっとこっち来なさい!」
「う、うん……」
「さて、と、ドアに鍵かけたし」
「どうするの……?」
「こうするのよ」
「きゃっ!」
「クス、あたしの彼氏と違って初々しい反応ね、可愛い」
「み、美雪ぃ……きよひこクンとこんなことしてるの……?」
「たまにね。どう? 気持ちいい?」
「よ、よくわかんない……ひんっ! なんかせり上がってくる……!」
「イキそうなのね。いいわ、その感覚に身をゆだねて」
「ちょ、ちょっと待って、だ、ダメぇ……んんっ!」
「あはは、出た出たぁ! 元気いっぱいね、ふたば」
「んぁあ……! と、止まらない……何コレぇ?」
「何コレも何も、ただの元気いっぱいなオチンチンよ。これからふたばは一生付き合うことになるんだから、せいぜい可愛がってあげるのね」
「い、一生って、どういうこと? 美雪、何か知ってるの?」
「まあね。端的に言うと、あんたはあたしの代わりに男の子になるの」
「……え? み、美雪、何言ってんの?」
「ふふ。あんたたちは誰一人覚えてないけれど、あたしは二週間前まで美幸(よしゆき)って名前の男子だったのよ。変な名前と貧弱な運動神経のせいで散々いじめられてきたけどね。ああ、ふたばにはいじめられたことはなかったか。遠巻きに見てるだけで、決して助けてはくれなかったけれど」
「だ、だって、あたしと美雪、入学した時からの友達じゃないの!? それに美雪は運動神経抜群の人気者で……」
「そこら辺の説明を今からしてあげるわよ、おバカさん。まあ、二度目の射精を楽しみながら聞いてちょうだいな」
「きゃあっ!!!」
「二週間前、あたしは古本屋で変な本を見つけたのよ。因果関係を書き換えることで人生を一変させることができるってその本には書いてあって、付録に儀式用の羊皮紙が一枚綴じ込まれていたわ」
「ぎ、儀式って……」
「魔術ね。まあ、市販されるような大量生産品だから、何もかも都合のいいようには変えられないって注意文もあったけれど……時々は自殺だって考えるくらい絶望してた当時のあたしにとっちゃ、どうでもよかったわ。それで本に書いてある通りやってみたら、あたしはスポーツ万能の人気者になってたってわけ。代わりに女になったのは予想外だったけれど」
「……でも、それでどうしてあたしが男の子になるの?」
「バランスよ。いじめられっ子の男子が人気者の女子になったことで、あたしを取り巻く世界には歪みができる。その手の歪みを埋め合わせるために、身近にいる誰か一人の人生も改変されることになるって、本には警告が書いてあったわ。ま、あたしにとっちゃ周りの人間が一人くらいどうなろうとどうでも構わなかったから、儀式をする妨げにはならなかったけど」
「その『誰か一人』が……あたし?」
「そうみたいね。ふたばの変化のしかた、あの日のあたしにそっくりだもん」
「へ、変化のしかたって?!」
「まだ気づいてないの? 自分の手でも見てみなさいよ」
「……ご、ごつごつになってる」
「と言っても男にしちゃ貧弱な手よ。まあそんな風に、最初は股間と胸。次第に手足と体格が変わっていって、最後は顔と声。もう数十分もすれば、ふたばちゃんはふたば君に変身完了ね」
「そ、そんなの、だって、あたしが女の子だってことはみんなが――」
「知ってるわけないじゃない。存在そのものが変化しちゃうんだもの。その制服みたいに」
「……え? あたしどうして学ラン着てるの? さっきまで着てたセーラー服は?」
「制服だけじゃないわよ。言葉遣いだってじきに変わる。周りの人の記憶も扱いももうちょっとで変わってしまう。もうすぐあんたは別人に生まれ変わるのよ」
「そ、そんなのやだよ……み、美雪……助けて……」
「ご愁傷様。あたしの近くにいた不運を呪うのね。あ、そう言えばふたばって妹さんと仲良かったわよね?」
「そんなことないよ。あいつ、あたしのことを駄目兄貴だの冴えない奴だの言って最近はすっかり馬鹿にして……な、何? 今の記憶は!?」
「それが新しいふたば君の記憶。可哀想にね。あんなに仲良し姉妹だったのに。あんたは両方の記憶を持っていられるけど、妹さんにしてみたら昔からあんたは男の子だったってことになるの」
「嫌……こんなの嫌……」
「ふむ、どうやら当事者のあたしは事の次第を覚えていられるようね。昔が恋しくなったらあたしのとこに来なさいよ。二週間友達だったよしみで、気が向いたら慰めてやってもいいわよ」
◆一日後
「さ、入りなさいよ。晩になるまではあたし以外誰もいないから、おおっぴらに話ができるわよ」
「……お、お邪魔します」
「硬いわね。あたしたち友達なのに」
「だって、今は……僕と伊藤さん、全然関係がないし……」
「新しい記憶にずいぶん引きずられちゃってるのね。そりゃ今のあんたは地味でぱっとしない男の子だけど、昨日まではあたしたち親友だったじゃないの。いきなり生えたチンポを見せてくれるくらいの」
「あ、あれは、その……ごめん」
「あらあら、顔真っ赤にしちゃって。今になって恥ずかしがることないわよ。あんたのチンチン、なかなかご立派だったし」
「…………」
「ね、もうオナニーやってみた?」
「……何で僕のことを家に誘ったの?」
「昨日も言ったじゃない。気が向いたら慰めてあげるって。どう? ちょっと天然入ってたけど明るい人気者だった女の子が、バレンタインのチョコなんてもらったこともなさげな目立たない男の子になった気分は」
「……チョコなら六年生の時にもらったことあるよ。……クラスの男子全員に配ってたチロルチョコだけど」
「あはは、それしか覚えてないって、却ってみじめじゃない?」
「……ほっといてよ」
「へえ、声が低くなるとそれなりに怒ってる雰囲気は出るわね。男にしちゃ高めだから迫力はないけど」
「伊藤さん、どうしてこんな、晒し者みたいなことするのさ? 僕、いきなりこんなことになって苦しんでるんだから、もう無視してよ」
「だってこんなおもちゃ、手に入れようったって手に入らないもの」
「おもちゃって何だよ!!」
「殴る? さすがに今はふたばの方が力は強いだろうけど、そんなことしたら大変よ? みんなに好かれる美雪ちゃんの証言は、たぶんふたば君の生活をめちゃくちゃにするくらいの力はあるんじゃないかしら」
「……よしゆきって、そんな性格だったんだね。そりゃ友達もできないよ」
「それは認めるわ。でも美雪もなかなか大変なのよ。この立場じゃそうそう毒も吐けないし、事情を知っててばらしもしないふたば君みたいな存在は、ストレスの発散にうってつけなのよね」
「……そういうことなんだ。やっと納得できた」
「ま、報酬に足コキくらいはしてやってもいいわよ?」
「…………遠慮しとく」
「強がっちゃって。鼻息荒くなってるくせに」
◆一ヶ月後
「今の電話、きよひこ君からのじゃないの? 何で断ったのさ」
「いきなり誘ってくる向こうが悪いのよ。自分の彼女を呼べばすぐ来る犬か何かと勘違いして。あんな気まぐれに付き合う暇はないわ」
「僕をからかったり愚痴をこぼしたりする暇はあるのに?」
「うっさいわね。あんたこそ、暇もいいとこじゃないの。いつだって誘えばほいほいついて来るんだから」
「断ったりしたら、どんな目に遭わされるかわからないもの。それに……」
「それに?」
「『あたし』のこと覚えててくれてるの、美雪だけだし」
「……ふん」
「美雪は……辛くないの?」
「……辛いって、何がよ」
「よしゆきのこと、美雪以外に誰も覚えてないんでしょ? 僕だって、美雪からの話を聞いてるだけで、女の子だった頃によしゆきと過ごしたはずの本当の記憶は何も残ってない」
「……いらないわよ、そんな記憶の持ち主なんて」
「でも……」
「もういいわよ。今日はあんた用済み。さっさと帰って」
◆二ヶ月後
「……何しに来たのよ。しもべはしもべらしく、ご主人様が呼ぶまではじっと待ってりゃいいのに」
「誰がしもべだよ。友達が三日も学校休んだらお見舞いに来るくらい、当たり前じゃないか」
「…………」
「でも元気そうだね、安心した」
「……あんたにとっちゃ残念だったわね、あたしが落ち込んでやつれてたりしてなくて」
「何言ってるの?」
「あたしのこと笑いに来たんでしょ? 大会本番で大失敗して確実視されてた代表の座を逃して、次の日には学校の廊下で彼氏に面と向かって振られたあたしのことを!」
「そんなつもりないよ」
「いい気味だって思ってるんでしょ? 自分でもわかってるわよ」
「だから、そんなつもりは」
「能力と立場を与えられても、結局あたしの根っこにあるのはよしゆきなのよね。スポーツに苦手意識があって、まともな人付き合いなんかできっこない、根暗で貧相なよしゆきがあたしの正体なのよ」
「人の話を聞いてよ」
「聞きたくなんかない!! あたしがあんたの立場だったら、嘲ってせせら笑うに決まってるもの!」
「……泣かないで、美雪」
「何この期に及んで紳士ぶってんのよ。ならいつまでも抱きしめてないで、さっさと離しなさいよ、馬鹿……」
「二ヶ月前こうなった最初は、やっぱりショックだったよ。自分が自分じゃなくなった、全然別の存在に変えられた、そんな風に感じてすごく苦しんだし、悩んだ」
「……あんたの苦労話なんか、聞きたくないわ」
「でも、二ヶ月経って、男の子としての記憶も思い返して、少しわかったんだ」
「…………じらさないで、さっさと言いなさいよ」
「僕が男の子として生まれていたら。そして人生のいくつかの場面で女の子だった時とちょっと違う選択をしていたら。今のこの僕になっても不思議はないって。僕の本質は変わってないって」
「…………」
「だから……美雪も、よしゆきの記憶に縛られすぎるのはやめて」
「何よそれ! どうしてそんな結論になるのよ!!」
「よしゆきも美雪も、どっちも君の本当の姿だってこと。昔うまく行かなかった時の自分を今に引きずるのは、意味がないと思うよ」
「何、わかったようなことを……!」
「少しはわかるよ。『あたし』は美雪の親友だったんだから」
「そんなの! 今のあたしを成立させるための、都合のいい偽の記憶よ!」
「でも、『あたし』にとってはそれが本当の記憶なんだよ。入学式の日に隣の席から明るく声をかけてきた美雪も、運動会に備えて一緒にリレーの練習をした美雪も、文化祭の準備で帰りが遅くなった時にクラスメートや先生の噂話をおしゃべりしながら駅まで歩いた美雪も、偽なんかじゃない、本物の美雪だった。美雪だって、それは覚えてるよね?」
「……今のあたしが、偽者だって言いたいの?」
「そうじゃなくって、どっちも本物! よしゆきが美雪として生まれて、いくつかの転機でよしゆきとは違う選択をして育ったら、きっと僕の記憶の中の美雪のように、明るくて運動が得意で本当はちょっと皮肉屋な美雪になったはずなんだってば! 君が今、演じているつもりになっている美雪のように!!」
「演じているつもりって何よ……こんな人気者、本当のあたしじゃ……」
「今の君はよしゆきじゃないよ」
「…………」
「二つの記憶が混ざって少し混乱してるだけの、美雪だよ」
「……でも……でも、あたしは、美雪じゃない。よしゆきよ」
「まだわかってくれないの?」
「だって……あたしが美雪だったら……耐えられないよ……」
「何に?」
「……ふたばの人生をめちゃくちゃにしたことに」
「それは」
「あたしはよしゆきなの。歪んで性根がねじくれて、何かを変えようと努力することも忘れて、お手軽な手段に飛びついて……挙げ句の果てに、自分だけじゃなく、近くにいた女の子の一生まで変えちゃった、心の腐った人間なの。美雪みたいな、いい子じゃないの!」
「……君の心が腐ってるのなら、どうして今、泣いてるのさ?」
「…………」
「いきなり男の子にされて、困ってないって言ったら嘘になるけど……でも、今はもう君を恨んだりしていないよ。美雪がわざと僕を選んだわけじゃないんだし……それに、たぶんこれは罰なんだって、考えることにしたから」
「……何の?」
「僕が女の子で君がよしゆきだった時に、いじめられてる君を助けなかった罰」
「……!」
「ごめんね、その時は君の力になってあげられなくて」
「…………」
「美雪?」
「……なさい」
「…………」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……ふたば、ごめんなさい……!」
「もう、気にしないで」
「ごめんなさいっ……!!」
「…………」
「……落ち着いた? 美雪」
「……ふたば」
「何?」
「帰って。そして、あたしなんかに二度と近づかないで」
「ど、どうしてさ!?」
「だって、あたし……あなたに何もしてあげられないもの。……これ以上あなたの近くにいても、あなたを傷つけるだけだもの……」
「……美雪のそばにいられなかったら、僕はもっと傷つくことになるんだけど?」
「ふたば……?」
「あ! あの、別に、これを口実に美雪に変なことしようとか、そういうわけじゃないよ!! ただ、美雪の友達でいたいって思っただけ……それだけ」
「…………」
「美雪?」
「……ありがと、ふたば」
「ふたば」
「何?」
「ふたばの胸って、大きいね」
「何言ってるの? ぺったんこになっちゃったのに」
「違うの。男の子の胸って、広くて大きくてたくましいなあって思ったの」
「そ、そう」
「ねえ」
「何?」
「お母さんたち帰って来るの、今日は夜遅くなのよ」
「そ……それで?」
「服、脱いで。ほら、早く」
◆その後
「あの……ほんとにいいの?」
「裸にまでなっといて、今さら何言ってんのよ! あたしに恥かかせる気なの!?」
「だって……何だか今日は勢いに釣られて一緒に服脱いじゃったけど……美雪を抱くってイメージが全然わかなくて……。『あたし』にしてみたら美雪は同性の友達だし、『僕』にしてみたら伊藤さんはずっと高嶺の花だったわけだし……」
「あたしに比べればまだマシでしょ。こっちは男の自意識も持ったまま男に抱かれるのよ。まったく、ふたばが相手じゃなかったらとても耐えられないわ」
「え……? だって美雪、きよひこと付き合ってたじゃない?」
「……そこまで許しはしなかったのよ」
「……まさか…………あの足コキしか、してやらなかったの?」
「そうよ。最初はあれで充分喜んでたくせに、二ヶ月ですっかり図に乗っちゃって」
「…………僕、きよひこに同情したくなってきた」
「今はそんなのどうでもいいでしょ。さっさと硬くして始めちゃいなさいよ」
「うわっ! そのやけに巧みな足技はやめて!!」
いえ、初代の図書館に投稿されていましたよ、私はそこで読んだ覚えがあります。
ちょっと懐かしいな、とか思いながら読み返していました。
尻切れトンボになっていますが、この後の続きが少しあったような覚えが……。
この後、この二人が幸せになれると良いな、ふとそう思いました。