瑞葉の運転する車内では双葉の報告と、それを受けて応える凛の会話が行われていた。
「はい、そうです。やはり敵の警備体制は厳重で…、清くん…清彦くんがロリ男爵の体に取り憑きましたが、それだけでは終わりませんでした」
『送ってもらった紅葉くんの写真を見たけど、確かに若返ってるね。前に見た写真のままの姿だ。
本当にTSトロンは手段を選ばないし、手法がこちらの想像を越えてるね』
「瑞葉は現時点で異常はありませんが、私も若返ってしまっています」
『そっちのデータも後で送ってほしいけど、悠長にしてる暇はなさそうだね』
通信越しに凛は考えているような声色でつぶやく。双葉たちとは別のトランスレンジャーのメンバーに関しても、現時点での緊急招集には時間がかかる。
リアルタイムで若返りが起こっている以上、そこまで猶予は存在しないだろう。なるべく早く手を打たなければ。
『双葉ちゃん、紅葉くんの退行はもう止まってる感じで良いのかな?』
「え? …そう、ですね。見た目は多分7歳くらい…でしょうか。それ位で止まってます」
「うー…、くっそー…。まさか前よりさらに小さくなっちまうなんて…」
双葉の隣で紅葉が悔しそうに愚痴をこぼしている。それもそうだろう、今までの成長を帳消しにされたどころか、結果としては更なるマイナスに体が寄ってしまったなのなら。
『双葉ちゃんの体はどうだい? やっぱり年齢は下がってきてる?』
「えぇ…、少しずつですけど。多分リーダーと同じスピードで退行が進んでいるなら、私も中学生くらいに戻ってる筈です。
腕も細くなってきて、ブレスレットを持ってないと落ちてきそうになってまして…」
『それでも瑞葉ちゃんは変わってないんだよね?』
「不思議と変わってないです」
既に年齢退行がひと段落着いた紅葉と、いまだ若返りつつある双葉と異なり、瑞葉だけは変化が無い。
だからこそ車を走らせ続ける事が出来るし、双葉は通信に専念できているわけだが。
数秒の黙考の後に、瑞葉のブレスレットにも通信が入った。
『瑞葉ちゃん、通信して大丈夫かな?』
「このまま運転しながらで良ければ、大丈夫よ」
『瑞葉ちゃんに変化が無いのなら、打てる手は少ないがまだある筈だ。1人に負担をかけてしまうが、今はどうにか切り抜けてくれ』
「現状は基地への帰還を急ぐって形で、大丈夫ですか?」
『そうなるね。2人の現状を直に見てみないと、こっちだってどんな手を打てばいいのか解らないからね。
全員、気を付けて戻ってきておくれ?』
「了解よ」
2人のブレスレットから通信が途切れ、車内は静かになる。
ハンドルを握ったままの瑞葉の口からは、僅かにため息が漏れ出た。
「…気を付けてって言われても、ねぇ?」
「恐らく向こうはそのままで返してはくれないでしょうね…」
「双葉先輩は、私たちがつけられてるって気付いてますよね?」
「既に追手はかかって来てるわね。…あの車、ずっと着いて来てるもの」
双葉と瑞葉がバックミラーに視線を移すと、先程からずっと見覚えのあるタクシーが、距離を詰めたり離したりを繰り返している。
運転している者はともかく、追跡を命じている者がいるだろうということは、2人が蓄積させた戦いの経験から分ってしまう。
少し大きなため息を出しながらも、紅葉もその会話に載って来た。
「恐らくロリ男爵の命令…、かもな。全問正解した俺達の様子を伺ってろ、とでも言われてるのかもしれない」
「清くんが普段通りにロリ男爵として振る舞ってるなら、私たちを見逃す事は、彼らにとっては異常…。でしょうしね」
「せめて何か言っておくとかくらいしときなさいよね…!」
だが彼女等は知らない。清彦がロリ男爵の罠にハマり、彼自身の意識が現時点で表に出せていない事を。
彼女等は知らない。ロリ男爵によってマーキングされた者達の状態を“図書係”が読んで、車内の状態が筒抜けになっていることを。
場所が変わり、トランスレンジャー基地・凛のラボ内。
「参った…、こりゃホントに参ったよ? 若返りなんてどうやって起こしているのかサッパリだし、対処法も思い浮かばない…。
報告によれば清彦君がロリ男爵に寄生したはいいものの別行動取っちゃうから、現象を起こした大元からの調査は不可能。
催眠術ならまだわかるよ、認識に関する事だもん。そりゃプラシーボ効果によって『火のついてない焼け火箸』で火傷を行う辞令があるって事も知ってるし!
けど呪術って何よ! それに若返りって何!? 甲殻類や爬虫類の脱皮とか、体細胞のリセットとかにしてもあり得ないでしょ!
細胞分裂舐めんなー!? テロメアの補充が出来ても若返る事なんて夢また夢だよ! そんな事が起こせるなら不老とかとっくに実現してるよ!
やだー! もう連中の生化学や生体工学技術の高さとか、それとか全く関係ない物相手にどうしろっていうのさー!!」
癇癪を起していた。
無理もない。父親の記憶や技術が搭載された超AIがあるとはいえ、彼女自身はまだ12歳の少女。
受け入れられない事実や許容できない事には、当たり散らしたくもなるものだ。
「…もーやだ。とーちゃんタッチ!!」
『全く、仕方ないな』
脳内の超AIに収められた父親に交代を宣言すると、直前までのぐずっていた表情が一転、理知的なものになった。
凛の父親、丹葉敏明。
トランスレンジャーの装備全てを開発した男で、戸籍上は既に死亡している。
現時点に於いて理由は伏せておくが、凛の脳内に超AIを埋め込んでいる。凛よりも高い知能を持ち、天才と称された頭脳によってトランスレンジャーの活動を支えてきた。
許容量を超えてテンパった凛が常に助けを求める相手でもあり、存在こそしていないが確かに心強い相手でもある。
『…さて、問題は瑞葉ちゃん達が無時に戻って来れるかだ。敵組織としてはどうあってもそのまま放置、とはいかないだろう。
ほぼ確実に追手はかかるだろうし、数の有利を得られたなら攻撃を仕掛ける可能性もある。
清彦くんがロリ男爵に憑いているのなら彼の助力は求めるのは難しいだろうな…。ならば、こちらから救援を向けるしか瑞葉ちゃん達を助ける手段は無い。
メンバー間に合わない、ドローンは距離の問題がある。かといって私が行っても、凛の体では戦闘力は無い」
敏明はぐるりとラボ内を見回し、ある物に目をつける。
『調査の為に借りていたが…、一時中断せざるを得ないかな。
さて、危険な賭けにはなるが、勝手に逃げられず、尚且つこちらに牙を向かれないようにする為には…!』
それはカプセルに収容され、調査を受けていたタチーハの体だ。
使用を決めた瞬間に、彼の手はキーボードを高速で打ち始めた。
「ねぇ“図書係”ちゃん、トランスレンジャーたちはどうなってると思う?」
「うんとね、男爵さまのお力を受けて、どんどん小さくなってるみたいだよ」
付かず離れずの距離から瑞葉の運転する車を見ている、ロリ男爵旗下の怪人が2人。
“整とん係”と“図書係”は、彼らの監視を油断なく続けていた。
「あはっ、いいね。このままなら、みんなお友達になれるかな?」
「ホワイトとレッドはだいぶ小さくなったみたいだけど…、イエローはまだみたい」
「車の運転、できてるもんね。変なの」
2人はタクシーの後部座席に座り、“図書係”の持つ本を覗き込んでいる。
“図書係”の本には、双葉たちの状況がリアルタイムで文章として浮かんでいき、隠し事など許さないと言わんばかりに監視を行っていた。
「ではどうしますか、“図書係”様、“整とん係”様」
運転席でハンドルを握る女性は恭しく2人に問いかけると、怪人達はわずかに考える。
「男爵さまの命令は監視と、幼女まで退行したら捕獲。本来ならまだなんだけど…」
「うん…、だけど…」
ロリ男爵は無理をするなとも言ってくれた。それは自分たちの身を案じてくれる証左として、とても嬉しく思っている。
仮にこのまま逃げられても、よほどの事がない限り怒りはしない筈とも。
だけど、欲を持つのが人間で、怪人は多かれ少なかれその欲を肥大化した者たちだ。そして彼女等の欲は、男爵への忠誠心がある。
「ホワイト、白鳥双葉が小学生レベルまで若くなってきた…」
「イエローはまだだけど…、あなたならどうにかできるよね、“先生1号”?」
「時間稼ぎがご命令でしたら、お引き受けしましょう」
怪人達が乗るタクシーを運転するのは、ロリ怪人の部下である大人姿の下級怪人“先生”だった。
彼女等はロリ怪人より位は下であるが、一定以上の戦果を挙げればロリ怪人に昇格することもできる。そしてロリ男爵の寵愛をより一層受けることが出来るようになる為、各自のモチベーションは往々にして高い。
「簡易戦闘員カプセルも持ってきたし…、頑張ってみようか、“図書係”ちゃん?」
「…うん、“整とん係”ちゃん」
その言葉に応えるように、“先生1号”は車の速度を上げ、瑞葉の車のすぐ後ろに追いつかせた。
「せは行きますよ、“図書係”様、“整とん係”様」
「…いきましょう“先生1号”」
「やっちゃえー♪」
上級怪人の命に応えるように、“先生”はさらにアクセルを踏み込んで車をぶつけ始めた。
「くぅっ! 向こうが強硬手段に出てきたの?」
「瑞葉、無理はするな。最悪の場合は俺達を置いてお前だけでも」
「そんな事できるわけないじゃないですか! 隊長も双葉先輩も、しっかり捕まっててください!」
後ろから車をぶつけられ、色めきだつトランスレンジャーの車内。
既に双葉も紅葉も小学生4年生ほどで年齢退行が起こってしまい、シートベルトに捕まっている。
1人だけ動ける状態の瑞葉はこの状況を打開しようと、アクセルを踏み込む力を強くした。
「既にマークされてるから振り切るのは難しいな。双葉、トランスレンジャーの変身はできるか?」
「ダメです、装備は出せますがどれもブカブカで…、装備もできません。武器も重く感じちゃって、反撃も難しいわ…」
「…仕方ない。瑞葉、ポイントT-40まで移動だ」
「隊長…、了解です!」
ポイントを指示されたことで、瑞葉はハンドルを強く握り直す。
紅葉の示したポイントは、いざという時に戦闘を可能にする為に確保された開けた土地の一つだ。そこでならこの道路の上の様な危うい場所ではなく、全力で戦えるだろう。
それが例え、戦えるのが瑞葉1人だとしても。時間さえ稼げば丹葉博士が何かしらの打開策を用意してくれると信じられるからだ。
何度も後ろをぶつけられながらも、車は走る。だが決して致命的な所まではいかない。それはまるで後ろの車が、早く案内しろと言わんばかりに急かしているようにも見える。
攻撃を楽しむロリ怪人達と、それに焦燥感を覚える瑞葉は対照的なように見える。
10分ほど走った所で、ポイントT-40まで移動することが出来た瑞葉は、ひとまず息を吐きだす。
「はぁ…。無事にたどり着きましたけど、向こうは…、やる気みたいね」
「俺たちが小さくなっているうちに確保したくてたまりません、って言わんばかりだな」
「ごめんね瑞葉、あなた一人に任せる形になっちゃって…」
「気にしないでください、双葉先輩! 私一人でもなんとかしてみせますから!」
子供の姿になった2人を残し、瑞葉は1人で車の外に出る。トランスイエローに既に変身しており、迎え撃つ気は満々だ。
対するロリ男爵旗下の怪人達は、“整とん係”“図書係”ともに外に出てはいるが、様子見と言わんばかりに車の上に座っている。
「トランスイエロー1人ならどうにかできるよね、“先生1号”?」
「お任せください。ご期待に沿えるよう尽力いたします」
そう言った“先生1号”は、手に握っていたカプセルを放り投げる。
爆発の後に居並んだのは戦闘員。その自立稼働する皮であった。本来は中身が存在するが、今は存在していない簡易戦闘員が10体。
「ロリ男爵様からのご命令です。年齢退行したトランスレッド、並びにトランスホワイトを確保させていただきます」
「そんな事を易々とさせると思う? 1人だけだからって、舐めるんじゃないわよ!」
気丈に大剣を構え、果敢に戦闘員と戦い始める瑞葉。
本来この戦闘員には、TSトロンに捉えられながらも「怪人化するまでに至らない存在」を戦闘員として使う為の皮だ。
当然ながら中身があった方が戦闘員としての質が上がり、同時に戦闘員その者がトランスレンジャー側への人質に鳴り得る。いくら洗脳されていても、一般人を簡単に殺すわけにはいかない彼等への、ある種の楔であった。
「えいっ! …この手ごたえ、中身が無いわね? だったら遠慮しないわ!」
だが、今回に限ってはその心配は無用の物であった。切り払った戦闘員の中身が空であることを見抜かれると、手加減する必要が無くなったトランスイエローに斬り捨てられる。
その瞬間、“先生1号”が仕掛けてきた攻撃に驚きながらも、慌てる事なく受け止めた。
「初撃は躱しますか」
「当然よ、簡単にやられる訳にはいかないんだからね」
「でしたらしばらくお付き合いを。参ります」
教鞭を模した武器を振るいながら、スピードを主軸とした攻撃で攻めてくる“先生1号”だが、かく乱ののちに叩き込まれる本命の攻撃は、瑞葉は必ず受け止める。
先生の攻撃を受け止め、反撃を返すも避けられる。
互いに攻め手を欠いたままに戦闘は続いていくが、それでは埒が明かないと互いに思ったのか、瑞葉は構えを変える。
トランスレンジャーの必殺技は、何も「エレクトリック・アロー」に代表される合体技だけではない。当然ながら個々人にも必殺技は持っている。
大剣を肩で抱えるように構えると、刀身に稲妻が迸り始めた。
「くらいなさい! ライトニング・スラッシャー!」
トランスイエロー装備の固有機能「電撃」をフルに活用した彼女の技を、叫びと共に放つ。
受け止めようとする“先生1号”だが、悲しいかなそれを受けきれるだけの改造を施されておらず、致命の一撃になってしまった。
「も、もうしわけありません、ロリ男爵…! ですが…! TSトロン、万歳!」
組織への忠誠を叫びながら“先生1号”は爆発した。その向こうにいる2人のロリ怪人に向けて瑞葉は「次はお前たち」と叫ぼうとした。
だが、車の上に既に2人の姿はなくなっていた。
「こっちだよ、トランスイエロー?」
「…ごめんね、先生」
声のした方に視線を向けると、そこには確かにロリ怪人がいた。
車内にいた筈の双葉と紅葉をそれぞれ羽交い絞めにした状態で、だったが。
「最初からあの怪人達は囮だったってワケ?」
「トランスイエローも無力化出来ちゃえば、それが一番だったんだけどね」
「…でも、“先生1号”は役に立ったよね」
見た目としては小学1年か2年程度の筈なのに、その体の力は大人の男よりはるかに強い。捉えられていた双葉と紅葉は、今の自分たちよりなお小さい子供たちに押さえつけられ、動けずにいた。
それでも口を塞がれずにいる為、紅葉は瑞葉に向けて叫んだ。
「瑞葉、俺たちはいいからこの場から離脱しろ!」
「隊長!? そんな事できるわけ!」
「できる! こいつ等が俺たちを捕まえてる間、他の行動は取れないからな」
この場での全滅は絶対に避けねばならない。如何にピンチであろうとも、ロリランドの情報を通信越しに伝えていても、情報を持ち帰らなければ意味は無い。
リーダーとしての責務が紅葉の頭の中にある限り、自分の身を犠牲にしても取れる選択肢は取る。そう決めていた。
「確かにわたし達は動けないかもしれないけど…、あなた達をこうしていぢめる事はできるんだよ?」
「ぐぁ…っ!」
「隊長!」
“整とん係”に腕を捻りあげられ、紅葉は小さく苦悶の声を上げた。例え紅葉の指示を受けたとしても、瑞葉がきちんと命令通りに動くか。そこはまた別の問題だろう。
痛めつけられるリーダーを救うため、情に流されてしまえば抵抗はしなくなる。“整とん係”はそう考えた。
「…瑞葉ちゃん、お願い! 今は逃げて!」
「あなたも、お静かに…」
双葉の方も“図書係”に体を横倒しにされ押さえつけられる。ロリ怪人の方が体重は小さい筈なのに双葉が動けないのは、やはりそれを補って余りある力を、ロリ怪人達が持っているからだ。
「双葉先輩! ……っ」
苦虫を噛み潰したような顔で、瑞葉はそのまま固まるしかなかった。
確かに逃げれば情報を持ち帰る事はできるだろう。だがそれは引き換えに2人を敵の集中に収めてしまう。ロリ男爵の手によって最悪洗脳され、敵に回ってしまう可能性だってある。
「んー、やっぱり悩んじゃう? トランスイエロー?」
「…無理しないで、逃げた方が良いと思うよ」
「…………言ったわね?」
だが、“図書係”の言葉に瑞葉の心中に灯がともる。あの2人は現時点で双葉たちを優先している。そちらに力を注いでいるため瑞葉にまで手が回らないのだ。だから瑞葉を逃がそうともしている。
逆に言えばロリ怪人2人が力を合わせれば、瑞葉を撃退することも可能だろう。しかしそれは双葉たちを解放することになる。
(男爵さまに褒められたくて焦っちゃったかな…)
頭の中で呟く“整とん係”だが、有利はまだこちらにある。このままトランスイエローが逃げてくれれば。
そう考えている彼女は、この場に近づいてくる一つの影に、まだ気づいていない。
「ふふ……楽しそうなことになってるじゃない」
「!? お前は!」
「まさか……あなた様は!?」
膠着した空気を打ち破ったのは一人の少女の声。頬を染め、切なそうに吐息を漏らし、自らの湿り気を帯びた秘部を布越しに撫で上げるその姿は……。
「エロイ元帥様!!」
「どういうことですかエロイ元帥様……ロリランドはロリ男爵様の管轄、いくら幹部のあなた様でも横槍は許されませんよ」
険しい表情の“図書係”に対し、エロイ元帥は涼しい顔で口を開く。
「そうね、本来なら他幹部の縄張りには余計な手出しは厳禁……でも、大首領様の勅命で動いていると言ったら?」
エロイ元帥の言葉にロリ怪人ふたりははっとして顔を見合わせる。ルールより優先すべきは大首領様の御言葉、これはTSトロン全ての怪人・戦闘員の共通認識である。
「あなたが押さえている、その双葉ちゃんを連れて行くわ。これは言わば人質よ」
そう言って、エロイ元帥は“図書係”が組み伏せていた双葉を抱え上げる、と同時に、エロイ元帥の服の下から伸びた無数の触手が双葉を拘束する。
「ふふっ、それにしても……今まで何度も戦ってきたけれど、トランスホワイトとエッチしたことはなかったわねぇ……。
少しくらい役得があっても……なんてね、また大首領様からお怒りをいただいたらたまらないわ。
私はこれで戻るわ。アナタたちもこれで存分に戦えるでしょう? ふふ、頑張るのよ」
大きく跳躍したエロイ元帥の姿は霞のように消える。基地へと転移したのだ。
「形勢逆転ね」
エロイ元帥が双葉を連れ去ると同時に、“図書係”が動いた。“整とん係”が締め上げている紅葉をより強く押さえつける。
「トランスレッドだけでも回収させてもらおうかな。こんなに可愛くなったんだもの、きっと優秀なロリ怪人になれるよ」
嬉しそうに言う“図書係”。
「くっ! ライトニング・スラッシャー!」
すかさず瑞葉が電撃を放つが……、
バシュウッ!!
電撃はその矛先を90度逸らし、空へと撃ちあがり霧散してしまったッ!!
「やっと私も技を使う余裕ができたよ」
土埃が風に吹き散らされると、そこに立っていたのは両手を前に構えた“整とん係”。
「分子の流れを“整とん”させてもらったよ。物質を構成する分子の動きを一方に“整とん”すれば、ベクトル操作だって、物体の空間固定だって思いのまま……」
“整とん係”が大きく振りかぶると、周囲の石、植木鉢、看板、2台の車……あらゆるものが瑞葉へ向かって弾丸のようなスピードで殺到したッ!!
「さあ、私と一緒に遊んでよッ!!」
瑞葉と整とん係が死闘を繰り広げている中、TSトロンのアジト近辺では。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「侵入者なんて何年振りかしらぁ? 少しは私を楽しませて下さいね?」
潜入できるかどうかの偵察に来ていた彩子が、涎を垂らしながら迫り来る、バブみ大僧正から必死に逃げていた。
偶然とはいえ、鉢合わせしてしまったのが運のつき。
ただ、ローブを深く被っていた為、侵入者の正体が彩子である事をバブみ大僧正は『まだ』知らない。
一方、彩子もバブみ大僧正が、独断かつ上に報告せずに追い掛けてきている事など知る由もない。
そして、恐怖の鬼ごっこは続く。
「はい、そうです。やはり敵の警備体制は厳重で…、清くん…清彦くんがロリ男爵の体に取り憑きましたが、それだけでは終わりませんでした」
『送ってもらった紅葉くんの写真を見たけど、確かに若返ってるね。前に見た写真のままの姿だ。
本当にTSトロンは手段を選ばないし、手法がこちらの想像を越えてるね』
「瑞葉は現時点で異常はありませんが、私も若返ってしまっています」
『そっちのデータも後で送ってほしいけど、悠長にしてる暇はなさそうだね』
通信越しに凛は考えているような声色でつぶやく。双葉たちとは別のトランスレンジャーのメンバーに関しても、現時点での緊急招集には時間がかかる。
リアルタイムで若返りが起こっている以上、そこまで猶予は存在しないだろう。なるべく早く手を打たなければ。
『双葉ちゃん、紅葉くんの退行はもう止まってる感じで良いのかな?』
「え? …そう、ですね。見た目は多分7歳くらい…でしょうか。それ位で止まってます」
「うー…、くっそー…。まさか前よりさらに小さくなっちまうなんて…」
双葉の隣で紅葉が悔しそうに愚痴をこぼしている。それもそうだろう、今までの成長を帳消しにされたどころか、結果としては更なるマイナスに体が寄ってしまったなのなら。
『双葉ちゃんの体はどうだい? やっぱり年齢は下がってきてる?』
「えぇ…、少しずつですけど。多分リーダーと同じスピードで退行が進んでいるなら、私も中学生くらいに戻ってる筈です。
腕も細くなってきて、ブレスレットを持ってないと落ちてきそうになってまして…」
『それでも瑞葉ちゃんは変わってないんだよね?』
「不思議と変わってないです」
既に年齢退行がひと段落着いた紅葉と、いまだ若返りつつある双葉と異なり、瑞葉だけは変化が無い。
だからこそ車を走らせ続ける事が出来るし、双葉は通信に専念できているわけだが。
数秒の黙考の後に、瑞葉のブレスレットにも通信が入った。
『瑞葉ちゃん、通信して大丈夫かな?』
「このまま運転しながらで良ければ、大丈夫よ」
『瑞葉ちゃんに変化が無いのなら、打てる手は少ないがまだある筈だ。1人に負担をかけてしまうが、今はどうにか切り抜けてくれ』
「現状は基地への帰還を急ぐって形で、大丈夫ですか?」
『そうなるね。2人の現状を直に見てみないと、こっちだってどんな手を打てばいいのか解らないからね。
全員、気を付けて戻ってきておくれ?』
「了解よ」
2人のブレスレットから通信が途切れ、車内は静かになる。
ハンドルを握ったままの瑞葉の口からは、僅かにため息が漏れ出た。
「…気を付けてって言われても、ねぇ?」
「恐らく向こうはそのままで返してはくれないでしょうね…」
「双葉先輩は、私たちがつけられてるって気付いてますよね?」
「既に追手はかかって来てるわね。…あの車、ずっと着いて来てるもの」
双葉と瑞葉がバックミラーに視線を移すと、先程からずっと見覚えのあるタクシーが、距離を詰めたり離したりを繰り返している。
運転している者はともかく、追跡を命じている者がいるだろうということは、2人が蓄積させた戦いの経験から分ってしまう。
少し大きなため息を出しながらも、紅葉もその会話に載って来た。
「恐らくロリ男爵の命令…、かもな。全問正解した俺達の様子を伺ってろ、とでも言われてるのかもしれない」
「清くんが普段通りにロリ男爵として振る舞ってるなら、私たちを見逃す事は、彼らにとっては異常…。でしょうしね」
「せめて何か言っておくとかくらいしときなさいよね…!」
だが彼女等は知らない。清彦がロリ男爵の罠にハマり、彼自身の意識が現時点で表に出せていない事を。
彼女等は知らない。ロリ男爵によってマーキングされた者達の状態を“図書係”が読んで、車内の状態が筒抜けになっていることを。
場所が変わり、トランスレンジャー基地・凛のラボ内。
「参った…、こりゃホントに参ったよ? 若返りなんてどうやって起こしているのかサッパリだし、対処法も思い浮かばない…。
報告によれば清彦君がロリ男爵に寄生したはいいものの別行動取っちゃうから、現象を起こした大元からの調査は不可能。
催眠術ならまだわかるよ、認識に関する事だもん。そりゃプラシーボ効果によって『火のついてない焼け火箸』で火傷を行う辞令があるって事も知ってるし!
けど呪術って何よ! それに若返りって何!? 甲殻類や爬虫類の脱皮とか、体細胞のリセットとかにしてもあり得ないでしょ!
細胞分裂舐めんなー!? テロメアの補充が出来ても若返る事なんて夢また夢だよ! そんな事が起こせるなら不老とかとっくに実現してるよ!
やだー! もう連中の生化学や生体工学技術の高さとか、それとか全く関係ない物相手にどうしろっていうのさー!!」
癇癪を起していた。
無理もない。父親の記憶や技術が搭載された超AIがあるとはいえ、彼女自身はまだ12歳の少女。
受け入れられない事実や許容できない事には、当たり散らしたくもなるものだ。
「…もーやだ。とーちゃんタッチ!!」
『全く、仕方ないな』
脳内の超AIに収められた父親に交代を宣言すると、直前までのぐずっていた表情が一転、理知的なものになった。
凛の父親、丹葉敏明。
トランスレンジャーの装備全てを開発した男で、戸籍上は既に死亡している。
現時点に於いて理由は伏せておくが、凛の脳内に超AIを埋め込んでいる。凛よりも高い知能を持ち、天才と称された頭脳によってトランスレンジャーの活動を支えてきた。
許容量を超えてテンパった凛が常に助けを求める相手でもあり、存在こそしていないが確かに心強い相手でもある。
『…さて、問題は瑞葉ちゃん達が無時に戻って来れるかだ。敵組織としてはどうあってもそのまま放置、とはいかないだろう。
ほぼ確実に追手はかかるだろうし、数の有利を得られたなら攻撃を仕掛ける可能性もある。
清彦くんがロリ男爵に憑いているのなら彼の助力は求めるのは難しいだろうな…。ならば、こちらから救援を向けるしか瑞葉ちゃん達を助ける手段は無い。
メンバー間に合わない、ドローンは距離の問題がある。かといって私が行っても、凛の体では戦闘力は無い」
敏明はぐるりとラボ内を見回し、ある物に目をつける。
『調査の為に借りていたが…、一時中断せざるを得ないかな。
さて、危険な賭けにはなるが、勝手に逃げられず、尚且つこちらに牙を向かれないようにする為には…!』
それはカプセルに収容され、調査を受けていたタチーハの体だ。
使用を決めた瞬間に、彼の手はキーボードを高速で打ち始めた。
「ねぇ“図書係”ちゃん、トランスレンジャーたちはどうなってると思う?」
「うんとね、男爵さまのお力を受けて、どんどん小さくなってるみたいだよ」
付かず離れずの距離から瑞葉の運転する車を見ている、ロリ男爵旗下の怪人が2人。
“整とん係”と“図書係”は、彼らの監視を油断なく続けていた。
「あはっ、いいね。このままなら、みんなお友達になれるかな?」
「ホワイトとレッドはだいぶ小さくなったみたいだけど…、イエローはまだみたい」
「車の運転、できてるもんね。変なの」
2人はタクシーの後部座席に座り、“図書係”の持つ本を覗き込んでいる。
“図書係”の本には、双葉たちの状況がリアルタイムで文章として浮かんでいき、隠し事など許さないと言わんばかりに監視を行っていた。
「ではどうしますか、“図書係”様、“整とん係”様」
運転席でハンドルを握る女性は恭しく2人に問いかけると、怪人達はわずかに考える。
「男爵さまの命令は監視と、幼女まで退行したら捕獲。本来ならまだなんだけど…」
「うん…、だけど…」
ロリ男爵は無理をするなとも言ってくれた。それは自分たちの身を案じてくれる証左として、とても嬉しく思っている。
仮にこのまま逃げられても、よほどの事がない限り怒りはしない筈とも。
だけど、欲を持つのが人間で、怪人は多かれ少なかれその欲を肥大化した者たちだ。そして彼女等の欲は、男爵への忠誠心がある。
「ホワイト、白鳥双葉が小学生レベルまで若くなってきた…」
「イエローはまだだけど…、あなたならどうにかできるよね、“先生1号”?」
「時間稼ぎがご命令でしたら、お引き受けしましょう」
怪人達が乗るタクシーを運転するのは、ロリ怪人の部下である大人姿の下級怪人“先生”だった。
彼女等はロリ怪人より位は下であるが、一定以上の戦果を挙げればロリ怪人に昇格することもできる。そしてロリ男爵の寵愛をより一層受けることが出来るようになる為、各自のモチベーションは往々にして高い。
「簡易戦闘員カプセルも持ってきたし…、頑張ってみようか、“図書係”ちゃん?」
「…うん、“整とん係”ちゃん」
その言葉に応えるように、“先生1号”は車の速度を上げ、瑞葉の車のすぐ後ろに追いつかせた。
「せは行きますよ、“図書係”様、“整とん係”様」
「…いきましょう“先生1号”」
「やっちゃえー♪」
上級怪人の命に応えるように、“先生”はさらにアクセルを踏み込んで車をぶつけ始めた。
「くぅっ! 向こうが強硬手段に出てきたの?」
「瑞葉、無理はするな。最悪の場合は俺達を置いてお前だけでも」
「そんな事できるわけないじゃないですか! 隊長も双葉先輩も、しっかり捕まっててください!」
後ろから車をぶつけられ、色めきだつトランスレンジャーの車内。
既に双葉も紅葉も小学生4年生ほどで年齢退行が起こってしまい、シートベルトに捕まっている。
1人だけ動ける状態の瑞葉はこの状況を打開しようと、アクセルを踏み込む力を強くした。
「既にマークされてるから振り切るのは難しいな。双葉、トランスレンジャーの変身はできるか?」
「ダメです、装備は出せますがどれもブカブカで…、装備もできません。武器も重く感じちゃって、反撃も難しいわ…」
「…仕方ない。瑞葉、ポイントT-40まで移動だ」
「隊長…、了解です!」
ポイントを指示されたことで、瑞葉はハンドルを強く握り直す。
紅葉の示したポイントは、いざという時に戦闘を可能にする為に確保された開けた土地の一つだ。そこでならこの道路の上の様な危うい場所ではなく、全力で戦えるだろう。
それが例え、戦えるのが瑞葉1人だとしても。時間さえ稼げば丹葉博士が何かしらの打開策を用意してくれると信じられるからだ。
何度も後ろをぶつけられながらも、車は走る。だが決して致命的な所まではいかない。それはまるで後ろの車が、早く案内しろと言わんばかりに急かしているようにも見える。
攻撃を楽しむロリ怪人達と、それに焦燥感を覚える瑞葉は対照的なように見える。
10分ほど走った所で、ポイントT-40まで移動することが出来た瑞葉は、ひとまず息を吐きだす。
「はぁ…。無事にたどり着きましたけど、向こうは…、やる気みたいね」
「俺たちが小さくなっているうちに確保したくてたまりません、って言わんばかりだな」
「ごめんね瑞葉、あなた一人に任せる形になっちゃって…」
「気にしないでください、双葉先輩! 私一人でもなんとかしてみせますから!」
子供の姿になった2人を残し、瑞葉は1人で車の外に出る。トランスイエローに既に変身しており、迎え撃つ気は満々だ。
対するロリ男爵旗下の怪人達は、“整とん係”“図書係”ともに外に出てはいるが、様子見と言わんばかりに車の上に座っている。
「トランスイエロー1人ならどうにかできるよね、“先生1号”?」
「お任せください。ご期待に沿えるよう尽力いたします」
そう言った“先生1号”は、手に握っていたカプセルを放り投げる。
爆発の後に居並んだのは戦闘員。その自立稼働する皮であった。本来は中身が存在するが、今は存在していない簡易戦闘員が10体。
「ロリ男爵様からのご命令です。年齢退行したトランスレッド、並びにトランスホワイトを確保させていただきます」
「そんな事を易々とさせると思う? 1人だけだからって、舐めるんじゃないわよ!」
気丈に大剣を構え、果敢に戦闘員と戦い始める瑞葉。
本来この戦闘員には、TSトロンに捉えられながらも「怪人化するまでに至らない存在」を戦闘員として使う為の皮だ。
当然ながら中身があった方が戦闘員としての質が上がり、同時に戦闘員その者がトランスレンジャー側への人質に鳴り得る。いくら洗脳されていても、一般人を簡単に殺すわけにはいかない彼等への、ある種の楔であった。
「えいっ! …この手ごたえ、中身が無いわね? だったら遠慮しないわ!」
だが、今回に限ってはその心配は無用の物であった。切り払った戦闘員の中身が空であることを見抜かれると、手加減する必要が無くなったトランスイエローに斬り捨てられる。
その瞬間、“先生1号”が仕掛けてきた攻撃に驚きながらも、慌てる事なく受け止めた。
「初撃は躱しますか」
「当然よ、簡単にやられる訳にはいかないんだからね」
「でしたらしばらくお付き合いを。参ります」
教鞭を模した武器を振るいながら、スピードを主軸とした攻撃で攻めてくる“先生1号”だが、かく乱ののちに叩き込まれる本命の攻撃は、瑞葉は必ず受け止める。
先生の攻撃を受け止め、反撃を返すも避けられる。
互いに攻め手を欠いたままに戦闘は続いていくが、それでは埒が明かないと互いに思ったのか、瑞葉は構えを変える。
トランスレンジャーの必殺技は、何も「エレクトリック・アロー」に代表される合体技だけではない。当然ながら個々人にも必殺技は持っている。
大剣を肩で抱えるように構えると、刀身に稲妻が迸り始めた。
「くらいなさい! ライトニング・スラッシャー!」
トランスイエロー装備の固有機能「電撃」をフルに活用した彼女の技を、叫びと共に放つ。
受け止めようとする“先生1号”だが、悲しいかなそれを受けきれるだけの改造を施されておらず、致命の一撃になってしまった。
「も、もうしわけありません、ロリ男爵…! ですが…! TSトロン、万歳!」
組織への忠誠を叫びながら“先生1号”は爆発した。その向こうにいる2人のロリ怪人に向けて瑞葉は「次はお前たち」と叫ぼうとした。
だが、車の上に既に2人の姿はなくなっていた。
「こっちだよ、トランスイエロー?」
「…ごめんね、先生」
声のした方に視線を向けると、そこには確かにロリ怪人がいた。
車内にいた筈の双葉と紅葉をそれぞれ羽交い絞めにした状態で、だったが。
「最初からあの怪人達は囮だったってワケ?」
「トランスイエローも無力化出来ちゃえば、それが一番だったんだけどね」
「…でも、“先生1号”は役に立ったよね」
見た目としては小学1年か2年程度の筈なのに、その体の力は大人の男よりはるかに強い。捉えられていた双葉と紅葉は、今の自分たちよりなお小さい子供たちに押さえつけられ、動けずにいた。
それでも口を塞がれずにいる為、紅葉は瑞葉に向けて叫んだ。
「瑞葉、俺たちはいいからこの場から離脱しろ!」
「隊長!? そんな事できるわけ!」
「できる! こいつ等が俺たちを捕まえてる間、他の行動は取れないからな」
この場での全滅は絶対に避けねばならない。如何にピンチであろうとも、ロリランドの情報を通信越しに伝えていても、情報を持ち帰らなければ意味は無い。
リーダーとしての責務が紅葉の頭の中にある限り、自分の身を犠牲にしても取れる選択肢は取る。そう決めていた。
「確かにわたし達は動けないかもしれないけど…、あなた達をこうしていぢめる事はできるんだよ?」
「ぐぁ…っ!」
「隊長!」
“整とん係”に腕を捻りあげられ、紅葉は小さく苦悶の声を上げた。例え紅葉の指示を受けたとしても、瑞葉がきちんと命令通りに動くか。そこはまた別の問題だろう。
痛めつけられるリーダーを救うため、情に流されてしまえば抵抗はしなくなる。“整とん係”はそう考えた。
「…瑞葉ちゃん、お願い! 今は逃げて!」
「あなたも、お静かに…」
双葉の方も“図書係”に体を横倒しにされ押さえつけられる。ロリ怪人の方が体重は小さい筈なのに双葉が動けないのは、やはりそれを補って余りある力を、ロリ怪人達が持っているからだ。
「双葉先輩! ……っ」
苦虫を噛み潰したような顔で、瑞葉はそのまま固まるしかなかった。
確かに逃げれば情報を持ち帰る事はできるだろう。だがそれは引き換えに2人を敵の集中に収めてしまう。ロリ男爵の手によって最悪洗脳され、敵に回ってしまう可能性だってある。
「んー、やっぱり悩んじゃう? トランスイエロー?」
「…無理しないで、逃げた方が良いと思うよ」
「…………言ったわね?」
だが、“図書係”の言葉に瑞葉の心中に灯がともる。あの2人は現時点で双葉たちを優先している。そちらに力を注いでいるため瑞葉にまで手が回らないのだ。だから瑞葉を逃がそうともしている。
逆に言えばロリ怪人2人が力を合わせれば、瑞葉を撃退することも可能だろう。しかしそれは双葉たちを解放することになる。
(男爵さまに褒められたくて焦っちゃったかな…)
頭の中で呟く“整とん係”だが、有利はまだこちらにある。このままトランスイエローが逃げてくれれば。
そう考えている彼女は、この場に近づいてくる一つの影に、まだ気づいていない。
「ふふ……楽しそうなことになってるじゃない」
「!? お前は!」
「まさか……あなた様は!?」
膠着した空気を打ち破ったのは一人の少女の声。頬を染め、切なそうに吐息を漏らし、自らの湿り気を帯びた秘部を布越しに撫で上げるその姿は……。
「エロイ元帥様!!」
「どういうことですかエロイ元帥様……ロリランドはロリ男爵様の管轄、いくら幹部のあなた様でも横槍は許されませんよ」
険しい表情の“図書係”に対し、エロイ元帥は涼しい顔で口を開く。
「そうね、本来なら他幹部の縄張りには余計な手出しは厳禁……でも、大首領様の勅命で動いていると言ったら?」
エロイ元帥の言葉にロリ怪人ふたりははっとして顔を見合わせる。ルールより優先すべきは大首領様の御言葉、これはTSトロン全ての怪人・戦闘員の共通認識である。
「あなたが押さえている、その双葉ちゃんを連れて行くわ。これは言わば人質よ」
そう言って、エロイ元帥は“図書係”が組み伏せていた双葉を抱え上げる、と同時に、エロイ元帥の服の下から伸びた無数の触手が双葉を拘束する。
「ふふっ、それにしても……今まで何度も戦ってきたけれど、トランスホワイトとエッチしたことはなかったわねぇ……。
少しくらい役得があっても……なんてね、また大首領様からお怒りをいただいたらたまらないわ。
私はこれで戻るわ。アナタたちもこれで存分に戦えるでしょう? ふふ、頑張るのよ」
大きく跳躍したエロイ元帥の姿は霞のように消える。基地へと転移したのだ。
「形勢逆転ね」
エロイ元帥が双葉を連れ去ると同時に、“図書係”が動いた。“整とん係”が締め上げている紅葉をより強く押さえつける。
「トランスレッドだけでも回収させてもらおうかな。こんなに可愛くなったんだもの、きっと優秀なロリ怪人になれるよ」
嬉しそうに言う“図書係”。
「くっ! ライトニング・スラッシャー!」
すかさず瑞葉が電撃を放つが……、
バシュウッ!!
電撃はその矛先を90度逸らし、空へと撃ちあがり霧散してしまったッ!!
「やっと私も技を使う余裕ができたよ」
土埃が風に吹き散らされると、そこに立っていたのは両手を前に構えた“整とん係”。
「分子の流れを“整とん”させてもらったよ。物質を構成する分子の動きを一方に“整とん”すれば、ベクトル操作だって、物体の空間固定だって思いのまま……」
“整とん係”が大きく振りかぶると、周囲の石、植木鉢、看板、2台の車……あらゆるものが瑞葉へ向かって弾丸のようなスピードで殺到したッ!!
「さあ、私と一緒に遊んでよッ!!」
瑞葉と整とん係が死闘を繰り広げている中、TSトロンのアジト近辺では。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「侵入者なんて何年振りかしらぁ? 少しは私を楽しませて下さいね?」
潜入できるかどうかの偵察に来ていた彩子が、涎を垂らしながら迫り来る、バブみ大僧正から必死に逃げていた。
偶然とはいえ、鉢合わせしてしまったのが運のつき。
ただ、ローブを深く被っていた為、侵入者の正体が彩子である事をバブみ大僧正は『まだ』知らない。
一方、彩子もバブみ大僧正が、独断かつ上に報告せずに追い掛けてきている事など知る由もない。
そして、恐怖の鬼ごっこは続く。