私は最低だ。
いつも「彼がどこかに行ってしまう」という可能性で、不安だった。
実際にはそんなことは無いと思ってる。思っているけれど、可能性だけで私は眠れない夜を何度も過ごした。
どれだけ抱かれても、女として愛されても、その不安は澱み蟠って、いつでも私の中にいた。
ふと一人で見てしまったテレビドラマで、浮気を繰り返す男の自業自得の物語を見てしまった時から、ずっと。
その不安を話したことがある。彼はまっすぐにわたしを見て、そんなことは無い、私だけだと言ってくれた。
それは確かに嬉しくて、その言葉に喜んだのは確かだけれど。
…けれど、私は心のどこかで疑いを持ってしまっていた。
彼の事は大好き。そんな言葉で終れない程愛してる。
例えこの関係が歪でおかしな形だったとしても、その事に異論は挟ませないし、私達はそれでいいと思ってる。
際限のない不安に襲われていた私が1人で帰っていた時、ある存在が私の前に現れた。
童話で読んだような鬼。一目見るだけで射竦められてしまうそんな恐ろしいものが私の前に現れて、呼び掛けてきた。
その不安を終わらせてやろうか。どんな形になろうとも、お前から離れていかないようにしてやろうか。
背筋が凍る。どうしてこの鬼はそんな事を知っているの。どうして私の不安に寄り添おうとするの。
それでも恐ろしさから、芽吹いてしまった不安の芽は、鬼の言葉が心地よく思えてくるほどで。
私はいつの間にか、鬼の言葉にうなずいてしまっていた。
お願い、彼を私から離れていかないようにしてと。
私の不安の奥の奥まで見透かしたような鬼は、にんまりと笑いながら去っていった。
ただ一言、「その願いをかなえてやる」とだけ残して。
翌日、彼から話があった。
自分は男でなくなってしまった、と。
何を言ってるのかわからなかったけど、ズボンを脱いだ彼の股間には、いつも私を愛してくれていた存在にして、男という不安の象徴が綺麗に無くなっていた。
代わりにあるのは一本のワレメだけ。私にも存在している、女の象徴。
それ以外は確かに彼のままなのだけれど、たった一つの違和感が大きすぎて、私は困惑していた。
でも同時に、嬉しかった。不安な事があって、真っ先に私に伝えてくれるだなんて。
そのまま彼は私に教えてくれた。突然現れた鬼が、まるでおとぎ話のように自分の「男」を奪って「女」をくっつけたのだと。
何も言わず、何も伝えず、ただ暴風のように災厄を落して、鬼は消えたのだと。
…それから彼は、鬼を探すと言ってたびたび夜の街に赴くようになった。
収穫もなく帰ってきては項垂れて、そのたびに私は彼を慰める。
男女の行為ではなく、女性同士になった行為を繰り返して。
時間が経つごとに彼は女の体になっていき、恐れていた男性の気配が消えていく事が嬉しかった。
そのままで居て欲しくて、「もうやめよう」と何度も言ったけれど、彼は男を取り戻すために出かけていく。
私は最低だ。
だって私はある事を隠している。
彼の探している鬼は、既にある人に頼んで退治してもらったからだ。
既に私の手元には、鬼が彼から奪った「男」がある。彼が帰ってこれないと言った日は、それを彼の代わりとして抱きしめながら眠る日もあった。
これを使って抱かれたいという欲求は、まだ残っている。今の女同士の行為も勿論良いのだが、時折あの力強さを求めてしまう日もあった。
舌を這わせればいきり立つ「男」を、けれど迎え入れる事は決してない。鬼を退治したある人が言うには、そこはまだ生きていて精も放つことができるという。吐きだしきれば萎んで消えてしまう、とも。
もしそれを承知の上で迎え入れれば。もしそれで子供が出来てしまったのならば。彼は私を疑い悲しむだろう。
いくら私が最低でも、それだけではできなかった。
だから、彼の「男」が放つ精を飲み込む。いつしか吐きだしきって消えてしまうまで。
その度に彼を得ていく悦びと快感とで、下腹部がずぐりと疼く。
口の中の精液まで、彼の物だと思うと愛しく甘く思えてしまっていた。
彼が女になって3年と少し。すっかり「男」が消えてしまった頃。
行為の後に、彼は「女になる」と言ってくれた。
それがたまらなく嬉しくて、そっと彼を抱きしめる。
悔しさなのかもしれない、これからを考えての恐怖なのかもしれない。
小さくなってしまった肩を震わせながら、彼は私の腕の中で、そっと私を抱き返してくれた。
ずっと一緒にいようね。
2人だけで生きていこうね。
大人になっても愛し合おうね。
大丈夫、私だけはあなたが男だって覚えてるから。
囁き合い、いつか同性婚が出来る所に行って結婚しようと約束して、彼は静かに眠りに入った。
あぁ、願いがかなった。彼はもう私から離れない。
ありがとう鬼さん、私を見つけてくれて。私の願いを察してくれて。私のために死んでくれて。
私は最低だ。
男に戻る事を諦めた「彼女」の手を取り、その幸せを噛み締めている。
事の詳細を知れば、誹られても無理のない話だというのは理解している。けれど私は不安だったのだ。
わかってくれとは言わないし、わかって欲しいとも思わない。これがひどく自分勝手な事だとしても、私はもう引き返せない所に来てしまったのだから。
遊園地をめぐり、お互いに飾り合いながらアトラクションを回る。
普段とは違う宿で、普段と違うように愛し合う。
もうあの力強さは返ってくることは無いけれど、お互いに攻め、お互いに受け合う行為は、体以上の心のつながりを感じられていた。
今日は私が攻めよう。道具も使わず、彼女を組み敷こう。それがたまらなく愉しくて、陰核が疼いていた。
最近少しだけ大きくなってしまった気がする。
もしかしたら飲み込んだ「男」の精の影響かもしれない。
もしかしたらこれが「男」になってしまうかもしれない。それが怖かった。
全てを話せないまま、隠したまま、私は彼女を攻め続けた。
いつか壊れてしまうかもしれない、濁った幸せでも。私達は幸せなのだ。
だから、これで良いの。