俺と双葉は家が隣で幼馴染だ。
とはいっても、双葉には小さな子供の頃からあいつの行動に迷惑をかけられて、その度に俺がそれをフォローしてやるような関係だった。
なので、高校生になった頃には、双葉のやつすっかり美少女に成長して、他の男子にはモテモテになっていたが、
あいつによく迷惑をかけられていた俺は、あいつにはほとんど恋愛感情はもっていなかった。
というか、子供の頃ほどではないにせよ、今でも双葉にはちょっかいをかけられるし、たまに迷惑もかけられていた。
それでも家が隣で幼馴染ということで、周りからは(特に他の女子)そういう関係に見られがちだった。
そのせいで他の女子とはなかなか一定以上仲良くなれないし、他の男子には嫉妬されるしで、俺は恋人いない暦=年齢だった。
しょうがない、家が隣で幼馴染という事実は変えられないのだし、双葉とは腐れ縁ってことで今はあきらめよう。
だけどそれは高校までだ。大学は双葉も他の連中もいないどこか遠くの大学を受験しよう。そこで青春をやり直すんだ。なんて思っていたんだ。
「清彦、たしかお前は、双葉とは家が隣だったな」
「はい、そうですが」
「双葉にこのプリントを持っていってやってくれ」
「……わかりました」
どういうことかというと、今日は双葉は風邪をひいて学校を休んでいた。
その休んだ双葉の所に、担任の先生がプリントを届けてくれ、ということだった。
まあこういう時、家が隣の俺が指名されるのはいつものことだから仕方がない。
俺は届け物のプリントを持って、帰りに双葉の家に寄っていくのだった。
できればプリントだけ届けて、さっさと家に帰るつもりだった。
「まあ清彦くんいらっしゃい。双葉のお見舞いに来てくれたの?」
「あ、いえ、学校からのプリントを届けにきたんです」
「せっかく来たんだから、双葉の顔を見ていってあげて、あの子も喜ぶわ」
「……はあ」
双葉のママに促されて、流れで(強引に?)お見舞いに寄っていくことになったのだった。
案内された双葉の部屋で、双葉はベッドの上にぐったり横になっていた。
「あ、清彦、……来てくれたんだ」
「あ、ああ、まあな」
双葉は力なく、だけど嬉しそうに笑った。
さすがにそんな病気で弱った双葉に憎まれ口をたたく気になれなくて、俺はあいまいに返事を返した。
ひとまず双葉には、学校から連絡事項を伝えて、持ってきたプリントを勉強机の上に置いた。
「なんか大変そうだな。迷惑になると悪いからすぐ帰るな」
「あ、待って、……もうちょっとだけ居て、……お願い」
用が済んだらさっさと帰るつもりだったのだが、すっかり弱った双葉にこんな形でお願いされて、さすがにすぐには帰りづらかった。
「……わかった」
「くすっ、……清彦、優しいんだね」
「うっさい」
この後俺は双葉には、今日学校で何があったとか、双葉の友人たちが心配していたとか、簡単に話をしてやった。
双葉は嬉しそうに俺の話を聞いていた。
「まあ幸い、学校は金曜日の今日までで、明日から週末の連休だ。連休中にしっかり直してまた週明けから来るんだな」
「あ、そうか、週末の休み、つぶれちゃうんだ」
俺がそう言った事で、双葉は週末の休みにのことに今気づいたらしい。
双葉は悲しそうな顔をした
「病気なんだし仕方ないだろ、しっかり直せ」
「……ねえ清彦、お願いがあるんだけど」
俺はぎくっとして身構えた。
双葉がこういうときは禄でもないお願いだ。
今まで良かったことない。
だけどこの状況で、聞かないわけにもいかない。
俺は内心身構えながら、双葉のお願いを聞いた。
「なんだ?」
「ちょっとその棚からその小箱を取って」
「小箱?」
双葉が欲しがったものは、勉強机の隅に置いてあった、手のひらサイズの小さな小箱だった。
なんでこんな時にこんなものを?
と疑問に思いながらも、まあこんなものなら特に害はないだろうと、一応警戒は続けながらも双葉に小箱を渡した。
「ありがと」
小箱を受け取ると、双葉はしんどそうにベッドに横になりながら、小箱を開けて中から何かを取り出した。
双葉のほっそりした指先につまみ出されていたのは、小さなガラス球だった。
「ビー玉か?」
「……ねえ清彦、…これを……見て」
「何だ?」
警戒していたはずなのに、つい見てしまった。
なんの変哲もないガラス球のはずなのに、それを覗いたとたんに気が遠くなり、意識がそれに吸い込まれるような感覚に襲われた。
やばい、まずい、と気が付いた時には遅かった。
俺の意識は、ガラス球に吸い込まれていった。
ガラス球の中では、俺の意識は何も感じないし何も考えられない、ただそこにあるだけだ。
そんな俺の意識の向かい側からは、別の意識が現れた。
生まれたままの姿の、素っ裸の少女の姿をしたそれは、双葉の意識だった。
そういう俺の意識も、ここでは生まれたままの姿だったけれど、そうだとは認識できていなかった。
俺の意識も、双葉の意識も、ここではお互いの意識を認識できていなかった。
もしこの状況でお互いを認識していたら、羞恥心でお互いに大騒ぎだっただろう。
だけどお互いがお互いの意識に気づくことなく、そのまますれ違い、俺の意識は双葉の意識の表れた方向へ、
双葉の意識は俺の意識の表れた方向へと、それぞれ移動していった。
そして俺の意識も双葉の意識も、この場から居なくなったのだった。
そして次に、俺の意識の目覚めた先は……。
………………
…………
……
…
俺はぼんやりと目を覚ました。
あれ、俺、何してたっけ?
意識が朦朧として、ついさっきまで何やっていたのかよく思い出せない。
けど、なんでだか俺はベッドに横になっていた。
頭が痛くて、体がすげー熱くてすげーだりいし気分が悪い。
体を起こそうとして、だるさのせいでちょっと体を動かすのも面倒で、すぐに止めた。
ううう、なんで俺、こんなに調子が悪いんだ?
俺、風邪でもひいたか?
風邪?
と、ここで俺は思い出した。
そういえば俺は、風邪をひいて学校を休んだ双葉の家に、プリントを届けに来たんだっけ?
そこで双葉の風邪でも移されたのか?
だとしても俺、いつの間に風邪をひいてベッドに横になってるんだ?
と、その時、俺の耳に、男子の声が聞こえた。
「わあすごい、あたし本当に清彦になってる!」
えっ?
俺は声のしたほうに、首だけ動かしてみた。
俺の視線の先には、姿見の鏡を覗きこんで、妙に嬉しそうな清彦の姿が見えた。
えっ、あれ、俺!?
「なんで……おれ…?」
搾り出した俺の声が弱々しくて、そして、なぜだか妙に甲高かった。
何でだ?
「あ、清彦、気が付いたんだ」
俺の声に気が付いた清彦が、手鏡を手に持って俺のほうに来た。
そして、「はいこれ」と言いながら、俺に手鏡を見せた。
「なんだ、……これ?」
手鏡の中には、俺の顔ではなく、顔を赤くして弱々しい表情の双葉の顔が映っていた。
もしかしてこれ俺の顔?
「そうだよ、これが今の清彦の顔だよ、ううん、今の清彦は双葉だから、双葉って呼んだほうがいいかな?」
俺が双葉?
というか、俺の姿をしたお前は誰だ?
「あたしは双葉だよ。ううん、今のあた…オレは清彦……だぜ。
オレたち、今は体が入れ替わってるんだぜ」
「なん…だと!」
そんなバカなことあるわけが!
と言いたい所だが、今の俺が置かれたこの状況をみれば、俺が双葉と体が入れ替わっていることを否定できなかった。
ていうか、なんで俺と双葉の体が入れ替わったんだ?
ビー玉?
そうだ双葉が用意したあのビー玉を覗いたら意識が飛んで、気が付いたらこうなったんだ。
てことはこうなったのは双葉の仕業か!
あれはいったい何だったんだ!!
「清彦……じゃない、今の双葉が疑問に思うのも無理ないよな。ちゃんと説明してあげるよ」
と、清彦の姿の双葉が、話を始めた。
「一ヶ月ほど前に、あた…オレはよく当たると評判の占い師の所に行ったんだ」
双葉いわく、そのとき占ってもらった流れで、占い師のお婆さんにある相談事をしたのだという。
双葉は相談事の内容はぼかしてはっきり言わなかったが、双葉の望みは簡単には叶わないと、その占い師にはっきり言われたらしい。
それでも双葉は望みをかなえたくて、どうすれば良いのかとその占い師に食い下がったのだという。
「その時にそのお婆さんに貰ったのが、この水晶球だったんだ」
「あ、……それは!」
清彦の手には、いつの間にか例のビー玉が握られていた。
どうやら俺が目を覚ます前に、先に回収していたようだった。
「俺たちの体を、……はあはあ…入れ替えたのは……それか…」
「そうだよ、お婆さんは、この水晶に魔力をこめたって言っていた。あの占い師のお婆さん本物の魔女だったんだ」
魔女だとか魔力をこめたとか、信じられないような話だが、現実にこうなっている以上本当の事なんだろう。
「せっかくこれを貰ったのはいいけど、これをどう使えばいいのか迷ってた。普通に使おうとしたら、絶対清彦は警戒するだろうし」
そりゃそうだ。今回でさえ最初は警戒していたんだ。
双葉が病気で弱っていなかったら、もっと警戒していてこうはならなかっただろう。
「だけど病気になって清彦がお見舞いに来てくれた。
さっき清彦と話をしているうちにフッと閃いたんだ。これはチャンスじゃないかって?
それに病気の双葉の体を、清彦に引き受けてもらえたら一石二鳥じゃないかって」
双葉のやつ、よくもまあ、そう自分に都合の良いように考えられたもんだ。
双葉らしいといえばらしいが。
だが、今の俺にとって重要なことはそこじゃない。今の俺に重要なのは……。
「そんな勝手な理屈、……はあはあ…かえせ…はあはあ……もどせ……俺のからだ!!」
「やだよ」
俺は弱弱しくそのビー玉に手を伸ばそうとしたが、清彦はビー玉を持つ手をさっと引っ込めて、それを元の小箱に入れた。
そしてそれを、自分のポケットの中に仕舞いこんだ。
「まだあたしの望みはかなっていないからね」
清彦は小声で独り言のようにそうつぶやいた。
望みって、俺と体を入れ替えることが望み、……ではないよな。
それならもうかなってるってことになるしな。
だとしたら、双葉の望みがかなったら、体を元に戻してくれるってことなのか?
……あーもう、頭も痛いし熱のせいで頭もボーっとして、上手く考えがまとまらねえ!!
「それじゃ、オレは一旦帰るから、双葉は病気で弱ってるんだから、無理をしないでちゃんと寝て病気を治しなさいよ。じゃあまたね」
「ちょ、……ま、ま…て……」
止める間もなく、清彦になった双葉は行ってしまった。
そして双葉の部屋には、双葉になった俺が、一人取り残されたのだった。
それでもいつもの俺ならここで、「まて双葉!」とか言って、すぐに後を追いかけていただろう。
だけど今の俺は、今の病気弱った双葉の体では、上半身を起こすだけでもしんどくて、そんな状態のせいでか、気力も続かなかった。
清彦の後を追いかけることは、ひとまず諦めた。
俺は起こしかけた上半身をぱたりと倒して、再びベッドで横になった。
ベッドの中も篭った熱と寝汗で暑苦しくて不快な環境だったけど、それでも今は体調不良な体がだるくて、動きたくないって感覚のほうが勝った。
熱い、頭が痛い、だるい、苦しい、なんで俺がこんな目に!
ううう、ちくしょう、双葉のやつ、後で覚えてろ!!
そんな状態の俺の所へ、双葉のママが様子を見に来た。
「双葉、気分はどう?」
本当なら、「俺は本当は双葉じゃない清彦だ!」とか、
「双葉のやつ、俺と体を入れ替えて、俺の体を持ち逃げして行きやがった」とか、双葉のママに色々苦情を言ってやりたい所だった。
だけど今の俺は、言葉を発するのも面倒で、今の気分を簡潔に答えた。
「……さいあく」
双葉のママは、俺の返事を聞いて、今の俺の状況を見て、苦笑を浮かべていた。
「まあまあ双葉ったら、いくら清彦くんがお見舞いに来てくれたのが嬉しかったからって、ちょっと無理をしすぎちゃったみたいね」
双葉のママは俺の返事を、どうやら誤解して解釈したようだった。
『違う! そんなんじゃねえ!! どこをどう見たら、そんな風に勘違いできるんだよ!!」
と突っ込んで、双葉のママの間違いを訂正したかったけど、今は体がしんどくて、返事をする気力も続かなかった。
双葉のママは、そんなベッドでぐったりしている俺の様子を見て、俺の俺の世話を始めた。
「はい、熱を測るから、この体温計を脇にはさんでね」
「あらあらすごい寝汗ね。ママが体を拭いてあげるから、しんどいかもしれないけどちょっと我慢してね」
「38度8分、朝からあまり下がってないわね」
「着替えを用意したから、着替えさせてあげるわね」
「ベッドのシーツを変えるから、ちょっとだけ我慢していてね」
俺は双葉のママに、濡れタオルで体を拭いてもらったり、ベッドのシーツを変えてもらったり、パジャマや下着まで替えてもらったりした。
もし俺が普通の精神状態だったら、双葉の体で着替えるとか裸になるとか、かなり異性の体を意識させられただろう。
それに他人の母親の前で上半身裸になって体を拭いてもらうとか、着替えさせてもらうとかするなんて、羞恥心でパニックになってまともに対応できなかただろう。
幸か不幸か、今の俺にはそんなことを気にする気力はなかった。
いや、というか、熱で意識がぼんやりしていたせいでか、半分夢を見ているような気分で、双葉のママに世話をしてもらっているうちに、だんだん童心に返っていた。
そういえば俺も子供の頃は、母さんにこんな風に世話してもらったり看病してもらっていたっけ。
本来なら自分の母親ではない双葉のママの看病が、まるで俺の母親が看病してくれているように感じられて、今の俺には心地よく感じられた。
張り替えられたおでこのアイスパックはひんやりして、これも心地よかった。
濡れタオルで体を拭いてもらっている時は、ひんやりした感触が気持ちよかった。
下着やパジャマを着替えて、シーツを取り替えて環境が改善されたベッドの中は、さっきまでよりは寝心地が良くなっていた。
俺はベッドに横になると、すぐに眠くなってきた。
体を入れ替えられた直後は、双葉に対する怒りが強かったはずなのに、今はもう余計なことは考えたくなくなっていた。
眠い、今はこのまま寝てしまいたい。
「あらあら、また眠たくなってきたのね双葉、今はゆっくりおやすみなさい」
「……おやすみ」
今は余計なことは考えないで、俺はそのまま眠りに付いたのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ここはどこだ?
夢? 俺は夢を見ているのか??
夢の世界で、小学生の低学年くらいだろうか、俺は幼い子供のころに戻っていた。
夢の中で幼い俺は、メソメソ泣いていた。
転んで膝をすりむいて、痛い痛いって泣いていた。
「どうしたのふたばちゃん、またころんだの?」
「……うん」
そんな泣いている俺の様子を、隣の家の男の子が心配そうに見てくれた。
男の子は、俺のスカートから伸びる幼い脚の、すりむいた膝にそっと手をかざした。そして……。
「いたいのいたいのとんでけー、もうだいじょうぶだよふたばちゃん」
そう言って、男の子は俺を慰めてくれた。
そんな子供だましに俺は嬉しくなって、「うん」って返事をしたんだ。
膝はまだ痛いけど、男の子のおかげで気にならなくなって、がまんできるようになっていた。
「よかった、ふたばちゃんがなきやんでくれて」
泣き止んだ俺に、嬉しそうに笑う男の子に、「うん」って返事をしながら、俺もつられて笑ったのだった。
その後、男の子はしゃがんで俺に背中を向けて、「ほらふたばちゃん」と促した。
「いいの?」
「いいよ」
俺はおずおずと男の子の背中におぶさった。
男の子は俺をおんぶして、さすがに途中はしんどそうだったけど、そのまま家まで送ってくれた。
俺はそんな男の子の気遣いが嬉しくて、それに甘えるようにおぶさっていた。
「ごめんね、きよくん」
「いいよこれくらい」
「ねえ、きよくん」
「なに」
「……ううん、なんでもない」
俺はこのとき飲み込んだ言葉を、心の中でつぶやいていた。
『きよくん、わたし、きよくんのことだいすきだよ』
そして……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
朝、俺は目が覚めた。
あれ、ここは俺の部屋じゃない、ここはどこだ?
なんで俺、こんな所で寝ていたんだ?
このとき俺は、寝ぼけながらふと思う。
俺、何だか懐かしい夢を見ていたような気がする。どんな夢だったっけ?
だけどその夢がどんな夢だったのかを思い出せないうちに、だんだん今の俺が、双葉と体を入れ替えられたなどという、特殊な状況を思い出していった。
そして夢の事なんてもう気にする余裕はなく、俺は双葉としての今の現実への対応に追われるのだった。
双葉と体を入れ替えられて二日目の朝、俺は双葉のままだった。
体調は、昨日よりは熱が下がったけどまだ熱が残っているし、まだ体がだるい。昨日よりもましという程度だ。
それでも起き上がって、部屋の中とかトイレとか、少し動けるくらいには回復していた。
そうこうしているうちに、ママが俺の部屋まで朝食におかゆを持ってきてくれたが、食欲がなかった。あまり食べたくなかった。
「だめよ双葉、昨日もろくに食べてないでしょ。ちゃんと食べないと体力が戻らないわよ」
ママにそう言われて、俺はしぶしぶおかゆを食べた。
小さな茶碗に一杯のおかゆなのに、なかなか減らなかったが、どうにか食べ終えた。
「ごちそうさま」
「はい、お薬」
見ただけで、うげっと思った。あれすごく苦いんだよね。
あれ、何で俺、あれが苦いってわかるんだ?
などと、疑問を感じて深く考える間もなく、俺の嫌そうな表情を見てママが俺に言った。
「だめよ、ちゃんとお薬を飲まないと病気が直らないわよ」
「わかった……わよ」
俺はしぶしぶ薬を飲んだのだった。
うげー、苦い! 俺、こんな苦い薬を飲んだのは初めてかも?
このとき俺は、清彦だった時よりも、より薬を苦く感じていることに気づいていなかったのだった。
この後、俺はママの指示で、寝汗で湿ったパジャマや下着を、ママの持ってきていた着替えに着替えた。
その間にママは、ベッドのシーツを取り替えてくれた。
「昨日より少し良くなったみたいだけど、まだまだみたいね、今日は一日ゆっくり寝ていなさいね」
「……はい」
「じゃあおやすみなさい」
「おやすみ…なさい」
そんな訳で、ママは俺の世話を一通り終わらせると、一旦俺の部屋を出て行ったのだった。
一人になった俺は、ベッドで横になりながら、ひとまずほっと一息ついたのだった。
ベッドのシーツをママに変えてもらい、パジャマや下着も替えて、寝る環境は再び改善された。
なのに体が熱っぽいせいで、熱が篭ってやや暑苦しくて、体はだるくて休みたいのになかなか寝付けなかった。
なのに俺には、ベッドに横になって寝ること以外に、やれることがなくて退屈だった。
せっかくの週末の土日の連休が、病気のせいで寝ているだけで潰れそうだ。
本当なら遊びに出かけていたはずだったのに。
……だんだん腹が立ってきた。
「これと言うのも双葉のせいだ、……くそ、双葉のやつ、後で覚えてろよ!」
声に出して愚痴ってから、俺はハッと気づいた。
俺、さっきから今まで、なにナチュラルに双葉として対応していたんだ?
双葉のママの相手はまあ良いとしよう。
今の俺は双葉の姿で、元の清彦にすぐには戻れない以上、今騒いでもしょうがないし、今は双葉に成りすますのはしかたがない。
だけど朝のトイレとか、ついさっきの着替えとか、なんで俺、双葉の体を意識しないで普通にしていられたんだ?
熱のせいで頭がぼけて、ぼんやりしすぎていたか?
ぼけていたせいで、体の事を意識しないでいられたのだろうか?
余計なことを考えないでいられたから、着替えとかトイレとか、体が覚えていた感覚や動作を無意識にこなしていた。まあそんな所だろう。
きっとそうだ、今はそれで良かったと思うことにする。
余計なことを意識していたら、さっきの着替えの時なんかも変にぎくしゃくして、ママに不審がられたかもしれない。
それはそうと、今の俺は双葉で、今の俺は女なんだ!
俺は改めてそのことを意識しだしたのだった。
俺だって男だ、女の子の体に興味はある。
こうなったのは双葉のせいだからな。
おまえがその気なら、こっちだって好き勝手やってやる。でなきゃこっちの気がすまない。
それに今はこの体は俺の体なんだし、ちょっとくらい見たり触ったり、……羽目を外しても文句ねえよな?
「双葉のおっぱいって、結構大きいんだ、それに思ったより柔らけえ」
「ここ、……わかっていたけどちんこがねえ、ちんこがないってこんな感じなんだ」
昨日から着替えやら何やらで、双葉の体を何度か見たり触ったりしていた。
だけど熱と体調不良でそれを意識するどころではなかったし、こんな風に意識して触るのは初めてだった。
なので、最初のうちは、双葉の体の探索に夢中になっていた。
「女のここって、こんな風になってるんだ……」
パジャマのズボンとショーツを脱いで、昨日の手鏡で股間の割れ目、おまんこの観察までしたのだった。
そんな風に、ある程度新鮮な気持ちで、俺は双葉の体の探索をした。
だけどそこまでだった。
なんていうか、男としての女の子の体に対する興味は、ある程度は満たされたのだけど、それ以上気持ちが盛り上がらないんだ。
せっかく極上の美少女(双葉とはいえ)の体を見たり触ったりしているのに、男だった時のように興奮しないし、どこか気持ちが醒めているんだ。
なんでだ?
いっそ触るだけじゃなく、オナニーまでしてみるか?
そうしたら興奮できるかも?
くしゅん!
と思ったその時、俺の口から可愛い声でくしゃみが出た。
ハッと思い出す。そうだ、俺は病気で寝ているんだ。
昨日よりは多少ましになったとはいえ、まだ熱はあるし体調も悪いんだ。
男の清彦だった時も、熱を出して体調不良になったときも、オナニーどころじゃなかったもんな。
中途半端に上がっていたテンションがすっかり下がって、気持ちも醒めて、俺は現実に引き戻された。
気持ちが醒めたら、どっと疲労感を感じた。
「……寝よう」
俺はショーツとパジャマのズボンを穿き直して、再びベッドに横になったのだった。
ベッドの中でふと振り返る。
たった今、生で見たり触ったり堪能した双葉の体よりも、
男の清彦だった時に、エロ本やエロ動画を見ていたときのほうが興奮できていたような気がする。
双葉の無修正のおまんこまで生で見たのになあ、なんでだろう?
男のオナニーより、女のオナニーのほうが気持ちイイって本当だろうか?
これも興味津々だったし、考えてみれば女の双葉になっている今は、それを確かめるチャンスなんだ。
だけど今は、テンションが下がって、その気が失せてしまった。
体調不良のせいもあるだろうか……まあいい、今は寝よう。
この体が元気になったら、またその気になるかもしれない。
その時に考えよう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
俺はハッと目を覚ました。
『あれ、……ここはどこだ?』
と思いかけて、半分寝ぼけながらも、さすがに今度はすぐに思い出した。
そうだった、ここは双葉の部屋なんだった。
俺は風邪をひいた双葉の身代わりになって、双葉のベッドで寝ていたんだった。
あの後は、熱のせいで熱くて寝苦しかったけど、体調不良で体もだるかったからなあ、いつのまにかうとうと眠ってしまってたんだ。
あれからどうなった?
どれくらい時間が経った?
今の状況を確かめようと、少し身動きをした所で、そんな俺に気づいた誰かに声をかけられた。
「あ、双葉、目を覚ましたんだ」
えっ、お、俺!?
なんで俺がそこに?
なぜだか清彦が、双葉の部屋のベッドのすぐ側にいたんだ。
俺は困惑しながら清彦に問いかけた。
「なんでお前がここにいるんだよ!?」
「なんでって、双葉のお見舞い来たからだよ」
と、しれっとした顔で言いやがった。
こ、こいつ、昨日俺に病気の体を押し付けて、ああいう帰り方をしておきながらお見舞いって、どういうつもりだよ。
ていうか、お見舞いだとしても、俺が寝ていたのに部屋に上がっていたのかよ。
元はお前の部屋かもしれないけど、男の清彦が女の双葉の部屋に寝ている間に、勝手に上がるのはまずいと思わなかったのかよ!
と、俺がそんな常識的な疑問を口にするまえに、清彦は言葉を続けた。
「そうしたらおばさんが、『せっかくだから家に上がって双葉の顔を見ていってあげて』って言うから、
双葉には悪いとは思ったけど、おばさんのそのお言葉に甘えて、双葉の部屋に上がってついさっきまでそこで双葉の看病をしていたんだ」
なぜかニコニコしながら、清彦はそうのたまった。
その清彦の返答に、あのママらしいなと思った。
そういえば昨日もそうだったよな、俺はプリント届けて連絡事項を伝えたらさっさと帰るつもりだたのに、
『せっかくだから双葉の顔を見ていってあげて』ってママに引き止められて、双葉の部屋に上がって、
結果的に双葉と体を入れ替えられて、こうなってしまったんだよな。
……って、そうだ、肝心なこと忘れていた!!
「か、返せ、もういいだろ、俺の体を返してくれ!!」
「俺の体を返してくれって、なにを言ってるんだ双葉?」
「なにって、昨日変なビー玉みたいな玉で、お前が俺とお前の体を入れ替えたんだろうが! 早く俺の体を返しやがれ!!」
「何を馬鹿なことを言っているんだよ双葉、人の体を入れ替えるだなんて、そんな非現実的なことができるわけないじゃないか」
俺の要求に困惑した表情の清彦。そしてこともあろうにこんなことを言い始めやがった。
「熱のせいで、双葉は変な夢を見たんじゃないか?」
と言って、俺を心配そうな表情でみつめる清彦。
こいつ心配そうなフリをして、あくまで白を切るつもりか?
それとも、入れ替わりの事を忘れたのか?
それとも、これは本当に俺の夢で、入れ替わりなんてなかった?
そんなわけないだろ!!
だとしたら双葉のやつ、これはどういうつもりなんだ?
冷静に考えてみたら、元の体に戻してもらうには、清彦を引き止めて粘り強く交渉するしかない。
だけど俺は、今のやり取りでかーっと頭に血が上って冷静さを失ってしまった。
興奮した俺は、がばっと跳ね起きて、
「なに勝手なことを言ってやがる!!」
とまで言ったところで、『もういい、お前は帰れ! すぐ俺の前から消えろ!』との後の言葉を続けて言ってやるつもりだったのに、ふっと力が抜けて続かずにふらっとよろめいた。
「大丈夫か双葉!」
そんな俺を、清彦は咄嗟にかばって支えてくれた。
そしてそっとベッドに寝かしつけてくれたのだった。
「もう、心配かけやがって、病気で体が弱ってるんだから無理するなよ」
誰のせいだ誰の!!
と文句を言ってやりたかったが、今ので少し俺の気も抜けてしまったのか、怒りが続かなかった。
そして少しづつ冷静さも戻ってきた。
こうなったら仕方がない、双葉、お前が何を考えているのか、どうするつもりなのか、もうしばらくその猿芝居に付き合ってみてやるよ。
お前の迷惑行為にに振り回されるのは、これが初めてじゃないしな。
「あら、お寝坊さん双葉は、どうやら目を覚ましたみたいね」
そのタイミングでママが部屋に入ってきた。
「くすくす、清彦くん、双葉と仲良くしてくれていたみたいね」
「はい、おかげさまで」
「双葉の面倒を見てくれて、ありがとうね」
「いえ、オレは別に見ていただけで、たいしたことはしていないですよ」
などと清彦は、ママと普通に会話をはじめた。
ちょっとまて、外見が清彦でもお前は中身は双葉なんだろ、なに普通に会話してるんだよ。
ママもママだよ、そいつの中身が自分の娘の双葉だって気づかないのかよ!
だいたい俺の事を放っぽり出して、なに会話してるんだよ!!
「あらあら双葉ったら、私が清彦くんを横取りしちゃったせいで、すっかりすねちゃったみたいね、ごめんね双葉」
「あ、オレもそんなつもりじゃなかったんだ、ごめんな双葉」
そんなんじゃねえ!
と言ってやりたい所だが、今は話がややこしくなるから、俺は素直に二人の謝罪を受け入れたのだった。
「双葉はもう少し清彦くんにそばにいてもらいたいみたいだから、もう少し頼んでも良いかしら?」
「オレでよければ良いですよ」
「だそうよ、よかったわね双葉」
とか言いながら、ママは俺にいわくありげに目配せした。
ちょっとまて、俺は良いって言っていないぞ、何勝手なことを決めてるんだよ!
「それじゃ悪いけど、清彦くん後はよろしくおねがいね」
「はい、まかせてください」
「それじゃごゆっくり、双葉、うまくおやんなさいよ」
そうしてママは、持ってきたお盆を清彦に手渡して、この部屋から出て行ったのだった。
この部屋には、俺と清彦の二人が取り残されたのだった。
「それじゃ、ちょっと遅いけどお昼にしよう」
と言いながら清彦は、俺にお盆のお粥を見せた。
ああ、ママが持ってきてたのは、お昼のお粥だったのか。
「お昼? もうそんな時間なんだ」
「そうだよ、よっぽど体が弱ってたんだね、お昼をすぎるまで、双葉はぐっすり眠っていたんだよ」
「そっか、……て、あれ? だとしたらお前、いつから見舞いに来てたんだ?」
「お昼ちょっと前からだから、かれこれ一時間弱かな?」
「俺…わたしが寝ていたんなら、無理せず帰ればよかったのに」
それとも俺に用があったのか?
だとしても、今のこいつは清彦になりすまして、そんなそぶりは見せないし、どういうつもりなんだ?
「双葉の事が心配だったから。それに、双葉の寝顔が可愛いかったからね」
「なっ、なに馬鹿なこと言ってるんだよお前は!」
「くすくす、双葉、赤くなってる、可愛い」
「お前が馬鹿なこというからだろ! それに俺は可愛くなんかねえ!」
そう言い返しながら、俺の心臓はバクバクなっていた。
それに何でだろう、俺、こいつに可愛いって言われて、なぜだか嬉しいって感じてしまったんだ。
……って、んなわけねえだろ、俺は男だ!
男の俺が可愛いって言われて、嬉しい訳ないだろうが!
俺は清彦に掴みかかりそうな勢いで、上半身を起こした。
「ごめんごめん、ちょっと双葉をからかいすぎた、とにかく一度落ち着いて」
清彦はお盆をベッドの脇に置いて、俺を宥め始めた。
俺は清彦に宥められて、どうにか落ち着いた。
俺は再びベッドに横になった。
「それだけ元気があるなら大丈夫だね。じゃあそろそろお昼のお粥を食べようか?」
そう促されて、俺はベッドの脇に置かれたお粥を見た。
正直、おなかは空いているはずなのに、まだ食欲がわかなくて、食べたいとは思わなかった。
「……いらない、食欲がわかない」
「だめだよ双葉、ちゃんと食べないと体力が付かないし直らないよ」
朝のママと同じことを言われた。
理屈ではその通りだとはわかっているけど、かえって清彦に軽く反発を感じた。
「いらないったらいらない」
と言って、俺はぷいっって横を向いた。
「しょうがないな双葉は、まるでおっきな子供だね」
「誰が子供だよ!」
その清彦の言葉に、俺は再び清彦に顔を向けて抗議の声を上げた。
「子供じゃないなら食べようよ、俺が食べさせてあげるから」
と言いながら清彦は、スプーンでお粥をすくって、俺に食べさせようとした。
「はい、あーんして」
「思い切り子供扱いしてるじゃねえか!」
「はい、あーん」
「……わかった、自分で食べるから、それよこして」
「はい、あーん」
「…………」
清彦は一歩も引きそうになかった。
こうなったら仕方がない。一口食べて見せたらこいつも気が済むだろう。
一口だけ、一口だけだからな。
俺はあーんと口を開けて、清彦がスプーンで運んでくれたお粥をひな鳥のように食べた。
俺が一口食べたことで、清彦が嬉しそうに笑った。
その清彦の笑顔に、なぜか俺の胸の奥がドキンと高鳴っていた。
「美味しい?」
「……味なんてわかんないよ」
「じゃあもう一口、あーん」
「もういいって」
「はい、あーん」
結局根負けして、俺は清彦のペースでお粥を食べさせられ続けた。
「全部食べたね双葉、偉い偉い」
「だから、わたしを子供扱いするな!」
途中から抵抗を諦めて、俺は清彦にお粥を食べさせてもらえるのに任せた。
だけど同時に、途中から清彦にこうさせてもらえるのが、なぜか嬉しいというか、なんか懐かしい感じもしたんだ。
何なんだろうな、この気持ちこの感覚、なんかこう、胸の奥が暖かい感じっていうか、双葉が俺に何を望んでいたのか、なんとなくわかってきたような気がする。
……あれ、俺、なんか変?
「じゃあ、お昼を食べ終わったし、次はこの薬だね」
「うげぇ」
風邪薬を見せられた瞬間、朝のその薬の苦さを思い出して、俺は一気に現実に引き戻されたのだった。
「だめだよ双葉、ちゃんと薬を飲まないと直らないよ」
「で、でも、その薬、すげー苦いんだぜ」
「あれ、双葉は子供じゃないんでしょ?」
「……わかった…わよ」
そんな訳で、俺は昼もしぶしぶその薬を飲んだのだった。
苦かった。すげー苦かったぜ畜生。
そんな調子で昼食を食べ終わり、薬も飲み終わった後、緊張感が解けたのか、なぜだかどっと疲れが出た。
俺は再びベッドにパタッと倒れるように横になった。
「双葉、大丈夫か?」
と、心配そうな表情で俺の顔を覗き込む清彦に、
そんな心配そうな顔すんなよ、逆にこっちが申し訳なく感じるだろうが。
と思いながら、でも同時に、なぜだか俺は嬉しくも感じていた。
そんな清彦を安心させる用に、俺はできるだけおだやかに言った。
「そんなに心配しないで、ちょっと疲れちゃっただけだから、心配かけちゃってごめんね」
「!? そ、そう、それなら良いけど」
なんからしくないな俺、でもそんな俺の言葉に、清彦は一瞬はっとした表情になったが、すぐにほっとした表情を浮かべていた。
そんな清彦のほっとした顔を見ていたら、こっちもなんだかほっとした。
「……なんだか眠くなってきちゃった」
こいつには、色々言いたいことや、厳しく追求しなきゃいけない事があったような気がするけど、今は眠くなってきたせいか、もうどうでも良いような気分だった。
「今は何も心配しないで、ゆっくりおやすみ、双葉」
「うん、おやすみ……きよ…ひ…こ……」
俺は清彦が俺のそばにいて、俺を見ていてくれていることに、なぜだか安心感を感じながら、再び眠りに付いたのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あれ、ここはどこ?
これは夢? わたしは夢を見ているの?
夢の中で幼い子供の頃のわたしは、ベッドの中で横になっていた。
そうだ、幼い頃のわたしは体が弱くて、こんな風によく風邪をひいたり熱を出したりして、こうして寝込んでいたんだっけ。
からだがあついよう。
くるしいよう。
だけど何よりも、さみしい。
……きよくん、わたしさみしいよう。
「ふたばちゃん、お隣のきよひこくんがお見舞いに来てくれたわよ」
「ええ、きよくんが」
「会いたいでしょ?」
「会いたい」
「くすっ、わかったわ」
ママに連れられて、きよくんがベッドの側までわたしのお見舞いに来てくれた。
わたしはすごく嬉しかった。
「ふたばちゃん、だいじょうぶ?」
「だいじょうぶじゃないわよ、からだがあつくてくるしいよ」
「どれどれ、ほんとうだすごくあついや」
きよくんがわたしのおでこに触って、熱を確かめていた。
きよくんの手がひんやり感じて気持ちよかった。
「はやくびょうきをなおしてげんきになってね。げんきになったらまたいっしょにあそぼうね、ふたばちゃん」
「うん、ふたば、はやくびょうきをなおして、げんきになって、またきよくんといっしょにあそぶ」
きよくんがにっこり笑ってくれた。
つられてわたしも笑ったと思う。
「それじゃふたばちゃん、またくるね」
「やだ、きよくんいかないで! ひとりはさみしいよ! ふたばをおいていかないで!」
お見舞いが終わって帰ろうとしていたきよくんを、わたしは引き止めていた。
わたし、寂しいのはイヤだよ。
きよくんわたしを一人にしないで。
ずっとわたしのそばにいてよ。
「ふたばちゃん、さすがにきよひこくんに迷惑になるでしょ」
この時は、さすがにママは、わたしのわがままをたしなめた。
だけどきよくんは……。
「いいよ、もうちょっとふたばちゃんのそばにいてあげる」
「いいの?」
「いいよ」
そんな訳で、きよくんは、もう少しわたしの側にいてくれることになった。
「ごめんねきよひこくん、うちのふたばちゃんのわがままにつき合わせて」
さすがにママがきよくんに謝っていた。きよくんは笑いながら「ぼくはいいですよ。だいじょうぶですよ」とママに言っていた。
きよくんはもう少しだけ、わたしの側にいてくれた。
きよくんが側にいてくれたおかげで、わたしは寂しくなかったし、なんだかすごく安心することができた。
「……なんだか眠くなってきちゃった」
「ぼくがみててあげるから、ゆっくりねててよ、ふたばちゃん」
「うん、おやすみ……きよ…くん……」
きよくんがそばにいてくれていることに、安心感を感じながら、わたしはおやすみしたのだった。
目が覚めたら、きよくんが家に帰っていて、きよくんがそばにいなくて、わたしはまた寂しがることになるのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
俺は目を覚ました。
寝覚めの直後で、いつもの俺の部屋の俺のベッドの上で、俺はまだ半分寝ぼけていた。
寝ぼけ眼をこすりながら思う。
また熱かしい夢を見ていたような気がするけど、どんな夢だったっけ?
どんな夢だったのか、また思い出せない。
だけどなんでだか寂しくて、そして何か嬉しいことがあった夢だったような気がする。
寂しい?
そこで俺は、ハッと気が付いた。
そうだった、俺は双葉の身代わりに風邪で寝ていて、そのお見舞いで清彦になった双葉が来ていたんだった!
「清彦、……清彦は?」
俺は清彦の姿を探した。
だけどこの部屋の中には、清彦はいなかった。
「帰ったのか?」
まあ、あれから俺は寝てしまったようだし、ずっとここにいる訳にも行かないし、いい加減帰って当然といえば当然か。
俺が清彦のままだったとしてもそうするだろう。
だけど何だろう、このがっかり感は?
その直後に俺は、『寂しい』と感じていた。
なんで俺、こんなにも寂しいんだよ。
「ママ、ママー?」
俺はたまらずママを呼んだ。
返事は来なかった。
ママいないの?
俺はベッドから起き上がり、部屋を出て、リビングやダイニングを見て回った。
ダイニングにママの書置きが残されていた。
書置きの内容は、
俺が眠っているから、今のうちに買い物に行ってくる。
後は俺が目を覚ました場合の連絡事項が書かれていて、
最後に夕方までには帰ってきます。
と、書かれていた。
しょうがないよな、俺が風邪をひいたせいで、ママは俺の世話で行動が制限されていたんだからな。
俺が寝ている間に、買い物など済ませようっていうのはわかるし、これはしょうがないよな。
でも、ということは、
清彦は帰った。
パパはお仕事中。
ママはお買い物でお出かけ中。
今はこの家に、俺一人でいるってことなんだ。
そう思ったら、また寂しさがぶり返してきた。
寂しい、そう感じた俺の脳裏には、清彦の顔が浮かんでいた。
俺は清彦を想いながら、俺自身の肩をぎゅっと抱きしめていた。
……ちょっと待て、いくら寂しいって感じているからって、なんで俺が俺の顔を思い浮かべているんだよ!
あーもう、何を考えてるんだよ俺、俺なんか変だ!
はっと正気に戻った俺は、喉の渇きを感じた。
今はダイニングにいるし、気分を落ち着かせるのにもちょうど良い。
俺は冷蔵庫から麦茶を取り出して、コップに注いで飲んだ。
一杯だけじゃ物足りなくて、二杯飲んだ。
飲み終わって、ひとまずホッと一息つけた。
風邪で熱を出して火照った身体に、冷たい麦茶は最高だった。
気分は落ち着いたし、さあこの後どうしよう?
などと悩む間もなく尿意を感じて、俺はトイレに行きたくなってきた。
ホッとして気が抜けたせいだろうか、それとも冷たいものを飲んで、腹が冷えたからだろうか?
俺はトイレに直行して、パジャマのズボンとショーツを下ろして、洋式トイレの便座に腰掛けた。
そして普通に座って用を足したのだった。
トイレットペーパーを引き出して、股間を普通に拭きながら、またハッと気が付いた。
俺、なんで普通に座ってオシッコをしてるんだ?
いや、今の俺は双葉で女なんだから、座って用を足すのは当たり前だししょうがない。
昨日から俺は、何度もこの体でトイレでのオシッコを経験しているのだし、何を今更なことかもしれない。
ただ、今のトイレでの行動や動作が、まるでいつもの日常のように自然に感じられたんだ。
もしかして俺、いやもしかしなくても、双葉の体やその感覚に、馴染んできていないか?
まずい、このままじゃまずい。
この調子じゃ、もし元の俺に戻れても、変な影響が残りそうな気がする。
ついおかまちっくでなよなよな清彦を連想して、うげっと思ってしまう。
だから元の俺に戻るまでは、これ以上余計なことをしないようにして、おとなしくしているべきだ。
そう感じてそう思った。……はずだったのだが。
「ここ、やっぱりちんこがないんだ…よな」
なまじ正気に戻っていたせいで、かえって今の女の体を意識してしまい、俺の男としての好奇心が強まってしまった。
下ろしていたショーツを穿き直そうとして、俺はつい興味本位に股間に手を伸ばしていた。
さわっ、ひゃん!
無造作に股間の秘所に触ったら、敏感な場所に触れてぴりっと体が痺れた。
「……今のは?」
もしかして女の快感?
朝、双葉の体を探索した時は、熱もあったし体調も不良だった。
なので、朝はある一定以上は盛り上がらなかった。
だけどこの時のこのからだは、ちゃんと薬を飲んで、半日近く寝ていたおかげでか、このからだの熱も下がって体調も回復してきていたんだ。
だから俺は自覚していなかったけど、体調と同時に、性欲も回復してきていたんだ。
いや、なまじ色々制限されていたせいで、かえってこの体の性的欲求も高まっていたんだ。
そしてこの件がきっかけで、俺の心のたがが外れた。
もっと知りたい、もっと感じてみたい。
ほとんど初めて経験した女の性的感覚に、俺は性的な好奇心をより強く刺激されて、
こんな所(トイレ)で、ついつい双葉の体の探索を始めたのだった。
わずかに残っていた俺の理性が、こんなことしちゃダメだと止めようとする。
だけどこの体の奥から湧き上がってくる抗いがたい何かが、わずかに残っていた理性を押し流していく。
この体も俺の期待感の高まりを感じてか、股間の秘所にはとろみのある愛液を滴らせて濡れていた。
「ここ、ここをこうしたら……ひゃあ! ……ココ…キモチイイ」
俺は今の俺の細い指で、今の俺の秘所を慎重にまさぐった。
秘所の敏感な突起部分に触れると、すごく気持ちよかった。
俺は最初は慎重に、恐る恐る触っていたのが、さらなる快感を求めてだんだん指の動きが大胆になって行く。
俺は初めてのはずなのに、どこをどうすれば気持ちよくなれるのかを、まるで前から経験してわかっていたかのように、いつの間にか理解していた。
その感覚に従って、更なる快感を求めて、俺は指を動かし続けて、俺自身の体を凌辱しつづけた。
それにより体の高揚感の高まりと同時に、だんだん俺の気持ちも高ぶっていった。
この時、なぜだか俺の脳裏には、ある男子高校生の顔が思い浮かんだ。
清彦? なんで俺の顔が!?
なんて疑問は感じても考える間もなく、
「はぁは、はぁはっ、……はああああぁ~~~っ…………!!」
男子とは明らかに違う、快感の高まりを感じながら、俺は女として、そして双葉として、初めての絶頂に達したのだった。
女として初めてイッた後、俺は脱力して、しばらくそのまま便座にへたり込んでいた。
「はあっ、はあっ、はあっ、……気持ちよかった」
絶頂のあとすぐ醒める男子と違い、女子のそれは余韻が長かった。
俺はしばらくぼーっと女の絶頂の余韻に浸りながら、少しづつ気持ちを落ち着かせていった。
気持ちが落ち着いてきて、オナニーの後の惨状に気が付いた。
イッた時に股間の秘所から噴出した女の蜜で、俺は股間の周りをぐしょぐしょに濡らしていた。
「……後始末しなきゃ」
俺はトイレットペーパーを引き出し、股間の周りや太ももなどの濡れた場所を拭き、後始末をした。
女としては後始末も初めてだけど、なぜだか初めてのような気がしなかった。
まあ、後始末で紙で拭いたりするのは、男のときと基本同じだし、初めてのような気がしなかったのはそのせいだろう。
それにしても、女のオナニーでこんなにぐしょぐしょになっちゃうなんて思わなかった。
最初からそのつもりではなかったけれど、結果的に初めてのオナニーの場所がトイレで良かったと思った。
後始末を終えた俺は、ショーツとパジャマのズボンを穿き直して、トイレの水を流した後に手を洗って、トイレから出た。
「ただいま」
「お、おかえりなさい、ママ」
トイレから出たその直後、俺はちょうど買い物から帰ってきたばかりのママと、廊下でばったり顔を合わせた。
「あら双葉、買い物に行っている間に、起きていたのね」
「う、うん、ついさっきね」
色々やらかした後だったので、さすがに今はちょっと気まずかった。
トイレでオナニーしていたって、バレないよな?
俺は気まずさを隠してごまかしながら、ママに短く返事をした。
「顔色も良くなっているし、……うん、まだ熱っぽいけど、だいぶ熱は下がったみたいね」
俺の額に手を当てて、熱を測りながらママがうなずいていた。
俺が回復した様子を見て、ママは嬉しそうだった。
ママの手はひやっとしていて、でも心地よかった。
「食欲はある?」
「う、うん、元気が出てきたら、なんだかおなかが空いてきちゃった」
「そう、じゃあ夕食は早めにするわね。夕食は双葉の大好きなうどんでいい?」
「うどんでいい、ううん、うどんがいい!」
俺は別にうどんは好物ってほどじゃない。
なのに今は、なぜだか夕食がうどんと言われて、俺の口の中にじゅるっとよだれがたまってきた。
今から夕食が楽しみになってきた。
「じゃあ夕食はうどんね。くす、本当に元気になってきたわね。
でも微熱は残っているし、まだ直った訳じゃないんだから、夕食の準備が出来るまで、お部屋に戻ってもうしばらくおとなしく寝ていなさいね」
「はい、ママ」
そんな訳で、俺はママに言われた通りに、おとなしく自分の部屋に戻ってベッドで横になったのだった。
朝や昼におかゆを食べた時は、味なんてろくにわからなかった。
だけど今は、夕食のうどんがすごく美味しかった。
(そのくせ薬は、なぜだか余計に苦く感じられた)
それはつまり、食べたものが美味しいと感じるくらいまで、元気が回復したってことだった。
俺は夕食を済ませると、再び自分の部屋に戻った。
そして満腹感や満足感を感じながら、ベッドに横になった。
これからどうしよう?
ここまで体調が回復したんだから、明日にはもっと体調は回復しているだろう。
これなら話の持って行きかた次第では、双葉に清彦の体を返してもらえるのではないだろうか?
いや、今日清彦がお見舞い(?)に来た時は、入れ替わりの事なんて忘れたかのようにすっとぼけやがった。
明日も白を切ってすっとぼけるかもしれない。
そもそも明日も清彦が、俺のお見舞いに来てくれるのかどうかもわからない。
もし来てくれなかったらと思うと、なんだか俺、急に不安で、寂しくて心細くなってきた。
あーもう、俺はいったいなに考えてるんだよ!
今はこれ以上、余計なことは考えないようにして、さっさと寝てしまおう。
明日の事は明日考えよう。
俺は、なぜか俺の心の中に湧き上がる、寂しさや不安をごまかすかのように、布団をかぶって無理やり眠りに付いたのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ここはどこ?
夢? わたしはまた夢を見ているの?
夢の中で幼い子供の頃のわたしは、きよくんと一緒に遊んでいた。
一緒に遊んでいるうちに、なんだかいいムード、わたしは思い切ってきよくんにわたしの気持ちを伝えた。
「きよくん、わたしきよくんのこと、だいすきだよ」
きよくんからの返事は無かった。
もう、きよくんたら、照れているのね。
わたしはもっと思いきって(調子に乗って)わたしの想いを口にした。
「きよくん、わたしきよくんのおよめさんになってあげる」
わたしはきよくんの返事を待った。
だけど返事は来なかった。
なんできよくん、どうして返事がないの?
うんとか、はいとか、およめさんにしてあげるとか、なにか返事をしてよ!
わたしはきよくんをみた。
さっきまで一緒にいたはずのきよくんが、いなくなっていた。
なんで? どうして? きよくんどこへいっちゃったの?
わたしは、きよくんを探しまわった。
でもみつからない。
さみしい、こころぼそい、きよくんわたしをおいてどこにいっちゃったのよ!
でてきてよ、わたしを一人にしないでよ!
気が付いたらわたしは、泣きながらきよくんを探して、暗がりの中をさまよっていた。
そんな暗がりの中、わたしは光を見つけた。
もしかして、あそこにきよくんが?
わたしは光の元へ向かった。
そこにいたのはきよくんじゃなかった。
そこにいたのは、黒尽くめの占い師みたいなおばさんだった
「おやおやお嬢ちゃん、泣いたりしてどうしたの?」
おばさんは、わたしに心配そうに声をかけてくれた。
「きよくんが、わたしをおいていなくなっちゃったの!」
「……そう、それじゃ私が力になってあげられるかもしれない。そのきよくんがどこにいるのか、私が占ってあげよう」
「ほんとう?」
「ええ、本当よ」
占い師のおばさんは、きよくんのことを占ってくれた。
きよくんは……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
朝、俺はハッと目を覚ました。
いつもなら寝起きの直後は寝ぼけている所なのに、今の俺ははあはあはあと息が荒く、胸の鼓動も早鐘のようにドキドキしていた。
なんか俺、すごく嫌な夢を見ていたような気がする。どんな夢だっけ?
……また思い出せない。
まあいいや、嫌な夢なら思い出せなくてもいい。
でも、なんで俺、こんなにも寂しくて切ないんだろう?
俺は、そんなよくわからない切ない気持ちをごまかすように、起き上がってベッドから出た。
なんだかもやもやしてすっきりしない気持ちのほうはともかく、体調のほうは昨日に比べてすっかり調子が良い。
熱もなさそうだし、この調子なら、後で隣の清彦の家に行って……。
「あら、おはよう双葉」
「おはよう……ママ」
俺はそんな風に思いながら、自分の部屋を出て、洗面所に向かっていたら、ママに出会った。
「もうすっかり元気になったみたいね。熱は……」
と言いながら、ママは俺の額に手を当てて熱を測った。
「体温計を使わなくてもわかるわ、この感じだと平熱にもどってるみたいね。どうやらもう大丈夫みたいね」
「う、うん、もうすっかり元気だよ」
とママに返事を返しながら、俺は健康回復をアピールした。
「でも、今日は外出しちゃダメよ。もう一日家で大人しくしていなさいね」
「え―――っ!」
「風邪の直り際は無理をしない、外に出て無理して風邪をぶり返したらいやでしょ。それに人に風邪を移しちゃうかもしれないでしょ」
「それは、そうだけど……」
健康の回復した常態で、一日中家に閉じこもっていたら、きっと暇を持て余して退屈でしょうがないだろう。
いや、それよりも、俺は隣の清彦の家に行って、清彦を捕まえなきゃと思っていた。
ついさっき、あいつをとっちめて、元の体に戻させなきゃと考えていた。
それが出来なくなってしまう。
「なにも一日中ベッドの中に張り付いていろと言ってるわけじゃないんだから、もう一日家でゆっくり休んで、完全に治しちゃいなさい」
「……はーい」
「うん、素直でよろしい」
そんな訳で、俺はママに外出禁止を言い渡されて、ひとまずそれを受け入れたのだった。
まあいい、清彦の家は隣なんだし、チャンスはあるだろう。
俺はこの後、トイレに行って用を済ませた後、洗面所に行って顔を洗って歯を磨いたのだった。
歯を磨き終わった後、ふと気が付いた。
あれ、何で俺、普通に双葉の歯ブラシを使っていたんだ?
それにこれって間接キス?
いや、双葉のモノを双葉が使っていただけだから、別にキスでも何でもないよな!
で、でも……。
などと、この後、俺は少し悩むのだった。
この後、俺はダイニングで朝食を食べた。
もうすっかり体調が回復して元気が戻って来ていたから、今朝からはおかゆではなく普通の朝食だ。
双葉の家の朝食は洋風(?)に、トーストにオレンジジュース、トースト用にジャムとバターが用意されていた。
清彦の家だったら、朝食は和風にご飯に味噌汁だったんだけどな、とか思いながら俺はトーストを手に取った。
そしてトーストにジャムを塗った。
いつもの俺なら、ここはバターを塗るところなんだろうけど、なんでだかジャムで食べたい気分だったんだ。
ジャムをたっぷり塗ったトーストは、口一杯に甘みが広がって、なんかすごく美味しかった。
ああそうか、ここ数日、この体は甘いものを食べていなかったから、甘みに飢えていたんだ。
などと納得しながら、俺はジャムたっぷりのトーストを味わって食べたのだった。
最後の一口を、オレンジジュースで流し込んで、ごちそうさま。
「あら双葉、まだお薬が残っているわよ」
「えーっ、もう治ってきたし、飲まなくてもいいよ」
「そうはいかないわよ。完全に直るまでは、お薬はちゃんと飲みなさい」
「……はーい」
ママに言われて、俺はしぶしぶ薬を飲んだ。
苦かった。甘いものを食べた直後なだけに、余計に苦く感じたのだった。
とはいっても、双葉には小さな子供の頃からあいつの行動に迷惑をかけられて、その度に俺がそれをフォローしてやるような関係だった。
なので、高校生になった頃には、双葉のやつすっかり美少女に成長して、他の男子にはモテモテになっていたが、
あいつによく迷惑をかけられていた俺は、あいつにはほとんど恋愛感情はもっていなかった。
というか、子供の頃ほどではないにせよ、今でも双葉にはちょっかいをかけられるし、たまに迷惑もかけられていた。
それでも家が隣で幼馴染ということで、周りからは(特に他の女子)そういう関係に見られがちだった。
そのせいで他の女子とはなかなか一定以上仲良くなれないし、他の男子には嫉妬されるしで、俺は恋人いない暦=年齢だった。
しょうがない、家が隣で幼馴染という事実は変えられないのだし、双葉とは腐れ縁ってことで今はあきらめよう。
だけどそれは高校までだ。大学は双葉も他の連中もいないどこか遠くの大学を受験しよう。そこで青春をやり直すんだ。なんて思っていたんだ。
「清彦、たしかお前は、双葉とは家が隣だったな」
「はい、そうですが」
「双葉にこのプリントを持っていってやってくれ」
「……わかりました」
どういうことかというと、今日は双葉は風邪をひいて学校を休んでいた。
その休んだ双葉の所に、担任の先生がプリントを届けてくれ、ということだった。
まあこういう時、家が隣の俺が指名されるのはいつものことだから仕方がない。
俺は届け物のプリントを持って、帰りに双葉の家に寄っていくのだった。
できればプリントだけ届けて、さっさと家に帰るつもりだった。
「まあ清彦くんいらっしゃい。双葉のお見舞いに来てくれたの?」
「あ、いえ、学校からのプリントを届けにきたんです」
「せっかく来たんだから、双葉の顔を見ていってあげて、あの子も喜ぶわ」
「……はあ」
双葉のママに促されて、流れで(強引に?)お見舞いに寄っていくことになったのだった。
案内された双葉の部屋で、双葉はベッドの上にぐったり横になっていた。
「あ、清彦、……来てくれたんだ」
「あ、ああ、まあな」
双葉は力なく、だけど嬉しそうに笑った。
さすがにそんな病気で弱った双葉に憎まれ口をたたく気になれなくて、俺はあいまいに返事を返した。
ひとまず双葉には、学校から連絡事項を伝えて、持ってきたプリントを勉強机の上に置いた。
「なんか大変そうだな。迷惑になると悪いからすぐ帰るな」
「あ、待って、……もうちょっとだけ居て、……お願い」
用が済んだらさっさと帰るつもりだったのだが、すっかり弱った双葉にこんな形でお願いされて、さすがにすぐには帰りづらかった。
「……わかった」
「くすっ、……清彦、優しいんだね」
「うっさい」
この後俺は双葉には、今日学校で何があったとか、双葉の友人たちが心配していたとか、簡単に話をしてやった。
双葉は嬉しそうに俺の話を聞いていた。
「まあ幸い、学校は金曜日の今日までで、明日から週末の連休だ。連休中にしっかり直してまた週明けから来るんだな」
「あ、そうか、週末の休み、つぶれちゃうんだ」
俺がそう言った事で、双葉は週末の休みにのことに今気づいたらしい。
双葉は悲しそうな顔をした
「病気なんだし仕方ないだろ、しっかり直せ」
「……ねえ清彦、お願いがあるんだけど」
俺はぎくっとして身構えた。
双葉がこういうときは禄でもないお願いだ。
今まで良かったことない。
だけどこの状況で、聞かないわけにもいかない。
俺は内心身構えながら、双葉のお願いを聞いた。
「なんだ?」
「ちょっとその棚からその小箱を取って」
「小箱?」
双葉が欲しがったものは、勉強机の隅に置いてあった、手のひらサイズの小さな小箱だった。
なんでこんな時にこんなものを?
と疑問に思いながらも、まあこんなものなら特に害はないだろうと、一応警戒は続けながらも双葉に小箱を渡した。
「ありがと」
小箱を受け取ると、双葉はしんどそうにベッドに横になりながら、小箱を開けて中から何かを取り出した。
双葉のほっそりした指先につまみ出されていたのは、小さなガラス球だった。
「ビー玉か?」
「……ねえ清彦、…これを……見て」
「何だ?」
警戒していたはずなのに、つい見てしまった。
なんの変哲もないガラス球のはずなのに、それを覗いたとたんに気が遠くなり、意識がそれに吸い込まれるような感覚に襲われた。
やばい、まずい、と気が付いた時には遅かった。
俺の意識は、ガラス球に吸い込まれていった。
ガラス球の中では、俺の意識は何も感じないし何も考えられない、ただそこにあるだけだ。
そんな俺の意識の向かい側からは、別の意識が現れた。
生まれたままの姿の、素っ裸の少女の姿をしたそれは、双葉の意識だった。
そういう俺の意識も、ここでは生まれたままの姿だったけれど、そうだとは認識できていなかった。
俺の意識も、双葉の意識も、ここではお互いの意識を認識できていなかった。
もしこの状況でお互いを認識していたら、羞恥心でお互いに大騒ぎだっただろう。
だけどお互いがお互いの意識に気づくことなく、そのまますれ違い、俺の意識は双葉の意識の表れた方向へ、
双葉の意識は俺の意識の表れた方向へと、それぞれ移動していった。
そして俺の意識も双葉の意識も、この場から居なくなったのだった。
そして次に、俺の意識の目覚めた先は……。
………………
…………
……
…
俺はぼんやりと目を覚ました。
あれ、俺、何してたっけ?
意識が朦朧として、ついさっきまで何やっていたのかよく思い出せない。
けど、なんでだか俺はベッドに横になっていた。
頭が痛くて、体がすげー熱くてすげーだりいし気分が悪い。
体を起こそうとして、だるさのせいでちょっと体を動かすのも面倒で、すぐに止めた。
ううう、なんで俺、こんなに調子が悪いんだ?
俺、風邪でもひいたか?
風邪?
と、ここで俺は思い出した。
そういえば俺は、風邪をひいて学校を休んだ双葉の家に、プリントを届けに来たんだっけ?
そこで双葉の風邪でも移されたのか?
だとしても俺、いつの間に風邪をひいてベッドに横になってるんだ?
と、その時、俺の耳に、男子の声が聞こえた。
「わあすごい、あたし本当に清彦になってる!」
えっ?
俺は声のしたほうに、首だけ動かしてみた。
俺の視線の先には、姿見の鏡を覗きこんで、妙に嬉しそうな清彦の姿が見えた。
えっ、あれ、俺!?
「なんで……おれ…?」
搾り出した俺の声が弱々しくて、そして、なぜだか妙に甲高かった。
何でだ?
「あ、清彦、気が付いたんだ」
俺の声に気が付いた清彦が、手鏡を手に持って俺のほうに来た。
そして、「はいこれ」と言いながら、俺に手鏡を見せた。
「なんだ、……これ?」
手鏡の中には、俺の顔ではなく、顔を赤くして弱々しい表情の双葉の顔が映っていた。
もしかしてこれ俺の顔?
「そうだよ、これが今の清彦の顔だよ、ううん、今の清彦は双葉だから、双葉って呼んだほうがいいかな?」
俺が双葉?
というか、俺の姿をしたお前は誰だ?
「あたしは双葉だよ。ううん、今のあた…オレは清彦……だぜ。
オレたち、今は体が入れ替わってるんだぜ」
「なん…だと!」
そんなバカなことあるわけが!
と言いたい所だが、今の俺が置かれたこの状況をみれば、俺が双葉と体が入れ替わっていることを否定できなかった。
ていうか、なんで俺と双葉の体が入れ替わったんだ?
ビー玉?
そうだ双葉が用意したあのビー玉を覗いたら意識が飛んで、気が付いたらこうなったんだ。
てことはこうなったのは双葉の仕業か!
あれはいったい何だったんだ!!
「清彦……じゃない、今の双葉が疑問に思うのも無理ないよな。ちゃんと説明してあげるよ」
と、清彦の姿の双葉が、話を始めた。
「一ヶ月ほど前に、あた…オレはよく当たると評判の占い師の所に行ったんだ」
双葉いわく、そのとき占ってもらった流れで、占い師のお婆さんにある相談事をしたのだという。
双葉は相談事の内容はぼかしてはっきり言わなかったが、双葉の望みは簡単には叶わないと、その占い師にはっきり言われたらしい。
それでも双葉は望みをかなえたくて、どうすれば良いのかとその占い師に食い下がったのだという。
「その時にそのお婆さんに貰ったのが、この水晶球だったんだ」
「あ、……それは!」
清彦の手には、いつの間にか例のビー玉が握られていた。
どうやら俺が目を覚ます前に、先に回収していたようだった。
「俺たちの体を、……はあはあ…入れ替えたのは……それか…」
「そうだよ、お婆さんは、この水晶に魔力をこめたって言っていた。あの占い師のお婆さん本物の魔女だったんだ」
魔女だとか魔力をこめたとか、信じられないような話だが、現実にこうなっている以上本当の事なんだろう。
「せっかくこれを貰ったのはいいけど、これをどう使えばいいのか迷ってた。普通に使おうとしたら、絶対清彦は警戒するだろうし」
そりゃそうだ。今回でさえ最初は警戒していたんだ。
双葉が病気で弱っていなかったら、もっと警戒していてこうはならなかっただろう。
「だけど病気になって清彦がお見舞いに来てくれた。
さっき清彦と話をしているうちにフッと閃いたんだ。これはチャンスじゃないかって?
それに病気の双葉の体を、清彦に引き受けてもらえたら一石二鳥じゃないかって」
双葉のやつ、よくもまあ、そう自分に都合の良いように考えられたもんだ。
双葉らしいといえばらしいが。
だが、今の俺にとって重要なことはそこじゃない。今の俺に重要なのは……。
「そんな勝手な理屈、……はあはあ…かえせ…はあはあ……もどせ……俺のからだ!!」
「やだよ」
俺は弱弱しくそのビー玉に手を伸ばそうとしたが、清彦はビー玉を持つ手をさっと引っ込めて、それを元の小箱に入れた。
そしてそれを、自分のポケットの中に仕舞いこんだ。
「まだあたしの望みはかなっていないからね」
清彦は小声で独り言のようにそうつぶやいた。
望みって、俺と体を入れ替えることが望み、……ではないよな。
それならもうかなってるってことになるしな。
だとしたら、双葉の望みがかなったら、体を元に戻してくれるってことなのか?
……あーもう、頭も痛いし熱のせいで頭もボーっとして、上手く考えがまとまらねえ!!
「それじゃ、オレは一旦帰るから、双葉は病気で弱ってるんだから、無理をしないでちゃんと寝て病気を治しなさいよ。じゃあまたね」
「ちょ、……ま、ま…て……」
止める間もなく、清彦になった双葉は行ってしまった。
そして双葉の部屋には、双葉になった俺が、一人取り残されたのだった。
それでもいつもの俺ならここで、「まて双葉!」とか言って、すぐに後を追いかけていただろう。
だけど今の俺は、今の病気弱った双葉の体では、上半身を起こすだけでもしんどくて、そんな状態のせいでか、気力も続かなかった。
清彦の後を追いかけることは、ひとまず諦めた。
俺は起こしかけた上半身をぱたりと倒して、再びベッドで横になった。
ベッドの中も篭った熱と寝汗で暑苦しくて不快な環境だったけど、それでも今は体調不良な体がだるくて、動きたくないって感覚のほうが勝った。
熱い、頭が痛い、だるい、苦しい、なんで俺がこんな目に!
ううう、ちくしょう、双葉のやつ、後で覚えてろ!!
そんな状態の俺の所へ、双葉のママが様子を見に来た。
「双葉、気分はどう?」
本当なら、「俺は本当は双葉じゃない清彦だ!」とか、
「双葉のやつ、俺と体を入れ替えて、俺の体を持ち逃げして行きやがった」とか、双葉のママに色々苦情を言ってやりたい所だった。
だけど今の俺は、言葉を発するのも面倒で、今の気分を簡潔に答えた。
「……さいあく」
双葉のママは、俺の返事を聞いて、今の俺の状況を見て、苦笑を浮かべていた。
「まあまあ双葉ったら、いくら清彦くんがお見舞いに来てくれたのが嬉しかったからって、ちょっと無理をしすぎちゃったみたいね」
双葉のママは俺の返事を、どうやら誤解して解釈したようだった。
『違う! そんなんじゃねえ!! どこをどう見たら、そんな風に勘違いできるんだよ!!」
と突っ込んで、双葉のママの間違いを訂正したかったけど、今は体がしんどくて、返事をする気力も続かなかった。
双葉のママは、そんなベッドでぐったりしている俺の様子を見て、俺の俺の世話を始めた。
「はい、熱を測るから、この体温計を脇にはさんでね」
「あらあらすごい寝汗ね。ママが体を拭いてあげるから、しんどいかもしれないけどちょっと我慢してね」
「38度8分、朝からあまり下がってないわね」
「着替えを用意したから、着替えさせてあげるわね」
「ベッドのシーツを変えるから、ちょっとだけ我慢していてね」
俺は双葉のママに、濡れタオルで体を拭いてもらったり、ベッドのシーツを変えてもらったり、パジャマや下着まで替えてもらったりした。
もし俺が普通の精神状態だったら、双葉の体で着替えるとか裸になるとか、かなり異性の体を意識させられただろう。
それに他人の母親の前で上半身裸になって体を拭いてもらうとか、着替えさせてもらうとかするなんて、羞恥心でパニックになってまともに対応できなかただろう。
幸か不幸か、今の俺にはそんなことを気にする気力はなかった。
いや、というか、熱で意識がぼんやりしていたせいでか、半分夢を見ているような気分で、双葉のママに世話をしてもらっているうちに、だんだん童心に返っていた。
そういえば俺も子供の頃は、母さんにこんな風に世話してもらったり看病してもらっていたっけ。
本来なら自分の母親ではない双葉のママの看病が、まるで俺の母親が看病してくれているように感じられて、今の俺には心地よく感じられた。
張り替えられたおでこのアイスパックはひんやりして、これも心地よかった。
濡れタオルで体を拭いてもらっている時は、ひんやりした感触が気持ちよかった。
下着やパジャマを着替えて、シーツを取り替えて環境が改善されたベッドの中は、さっきまでよりは寝心地が良くなっていた。
俺はベッドに横になると、すぐに眠くなってきた。
体を入れ替えられた直後は、双葉に対する怒りが強かったはずなのに、今はもう余計なことは考えたくなくなっていた。
眠い、今はこのまま寝てしまいたい。
「あらあら、また眠たくなってきたのね双葉、今はゆっくりおやすみなさい」
「……おやすみ」
今は余計なことは考えないで、俺はそのまま眠りに付いたのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ここはどこだ?
夢? 俺は夢を見ているのか??
夢の世界で、小学生の低学年くらいだろうか、俺は幼い子供のころに戻っていた。
夢の中で幼い俺は、メソメソ泣いていた。
転んで膝をすりむいて、痛い痛いって泣いていた。
「どうしたのふたばちゃん、またころんだの?」
「……うん」
そんな泣いている俺の様子を、隣の家の男の子が心配そうに見てくれた。
男の子は、俺のスカートから伸びる幼い脚の、すりむいた膝にそっと手をかざした。そして……。
「いたいのいたいのとんでけー、もうだいじょうぶだよふたばちゃん」
そう言って、男の子は俺を慰めてくれた。
そんな子供だましに俺は嬉しくなって、「うん」って返事をしたんだ。
膝はまだ痛いけど、男の子のおかげで気にならなくなって、がまんできるようになっていた。
「よかった、ふたばちゃんがなきやんでくれて」
泣き止んだ俺に、嬉しそうに笑う男の子に、「うん」って返事をしながら、俺もつられて笑ったのだった。
その後、男の子はしゃがんで俺に背中を向けて、「ほらふたばちゃん」と促した。
「いいの?」
「いいよ」
俺はおずおずと男の子の背中におぶさった。
男の子は俺をおんぶして、さすがに途中はしんどそうだったけど、そのまま家まで送ってくれた。
俺はそんな男の子の気遣いが嬉しくて、それに甘えるようにおぶさっていた。
「ごめんね、きよくん」
「いいよこれくらい」
「ねえ、きよくん」
「なに」
「……ううん、なんでもない」
俺はこのとき飲み込んだ言葉を、心の中でつぶやいていた。
『きよくん、わたし、きよくんのことだいすきだよ』
そして……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
朝、俺は目が覚めた。
あれ、ここは俺の部屋じゃない、ここはどこだ?
なんで俺、こんな所で寝ていたんだ?
このとき俺は、寝ぼけながらふと思う。
俺、何だか懐かしい夢を見ていたような気がする。どんな夢だったっけ?
だけどその夢がどんな夢だったのかを思い出せないうちに、だんだん今の俺が、双葉と体を入れ替えられたなどという、特殊な状況を思い出していった。
そして夢の事なんてもう気にする余裕はなく、俺は双葉としての今の現実への対応に追われるのだった。
双葉と体を入れ替えられて二日目の朝、俺は双葉のままだった。
体調は、昨日よりは熱が下がったけどまだ熱が残っているし、まだ体がだるい。昨日よりもましという程度だ。
それでも起き上がって、部屋の中とかトイレとか、少し動けるくらいには回復していた。
そうこうしているうちに、ママが俺の部屋まで朝食におかゆを持ってきてくれたが、食欲がなかった。あまり食べたくなかった。
「だめよ双葉、昨日もろくに食べてないでしょ。ちゃんと食べないと体力が戻らないわよ」
ママにそう言われて、俺はしぶしぶおかゆを食べた。
小さな茶碗に一杯のおかゆなのに、なかなか減らなかったが、どうにか食べ終えた。
「ごちそうさま」
「はい、お薬」
見ただけで、うげっと思った。あれすごく苦いんだよね。
あれ、何で俺、あれが苦いってわかるんだ?
などと、疑問を感じて深く考える間もなく、俺の嫌そうな表情を見てママが俺に言った。
「だめよ、ちゃんとお薬を飲まないと病気が直らないわよ」
「わかった……わよ」
俺はしぶしぶ薬を飲んだのだった。
うげー、苦い! 俺、こんな苦い薬を飲んだのは初めてかも?
このとき俺は、清彦だった時よりも、より薬を苦く感じていることに気づいていなかったのだった。
この後、俺はママの指示で、寝汗で湿ったパジャマや下着を、ママの持ってきていた着替えに着替えた。
その間にママは、ベッドのシーツを取り替えてくれた。
「昨日より少し良くなったみたいだけど、まだまだみたいね、今日は一日ゆっくり寝ていなさいね」
「……はい」
「じゃあおやすみなさい」
「おやすみ…なさい」
そんな訳で、ママは俺の世話を一通り終わらせると、一旦俺の部屋を出て行ったのだった。
一人になった俺は、ベッドで横になりながら、ひとまずほっと一息ついたのだった。
ベッドのシーツをママに変えてもらい、パジャマや下着も替えて、寝る環境は再び改善された。
なのに体が熱っぽいせいで、熱が篭ってやや暑苦しくて、体はだるくて休みたいのになかなか寝付けなかった。
なのに俺には、ベッドに横になって寝ること以外に、やれることがなくて退屈だった。
せっかくの週末の土日の連休が、病気のせいで寝ているだけで潰れそうだ。
本当なら遊びに出かけていたはずだったのに。
……だんだん腹が立ってきた。
「これと言うのも双葉のせいだ、……くそ、双葉のやつ、後で覚えてろよ!」
声に出して愚痴ってから、俺はハッと気づいた。
俺、さっきから今まで、なにナチュラルに双葉として対応していたんだ?
双葉のママの相手はまあ良いとしよう。
今の俺は双葉の姿で、元の清彦にすぐには戻れない以上、今騒いでもしょうがないし、今は双葉に成りすますのはしかたがない。
だけど朝のトイレとか、ついさっきの着替えとか、なんで俺、双葉の体を意識しないで普通にしていられたんだ?
熱のせいで頭がぼけて、ぼんやりしすぎていたか?
ぼけていたせいで、体の事を意識しないでいられたのだろうか?
余計なことを考えないでいられたから、着替えとかトイレとか、体が覚えていた感覚や動作を無意識にこなしていた。まあそんな所だろう。
きっとそうだ、今はそれで良かったと思うことにする。
余計なことを意識していたら、さっきの着替えの時なんかも変にぎくしゃくして、ママに不審がられたかもしれない。
それはそうと、今の俺は双葉で、今の俺は女なんだ!
俺は改めてそのことを意識しだしたのだった。
俺だって男だ、女の子の体に興味はある。
こうなったのは双葉のせいだからな。
おまえがその気なら、こっちだって好き勝手やってやる。でなきゃこっちの気がすまない。
それに今はこの体は俺の体なんだし、ちょっとくらい見たり触ったり、……羽目を外しても文句ねえよな?
「双葉のおっぱいって、結構大きいんだ、それに思ったより柔らけえ」
「ここ、……わかっていたけどちんこがねえ、ちんこがないってこんな感じなんだ」
昨日から着替えやら何やらで、双葉の体を何度か見たり触ったりしていた。
だけど熱と体調不良でそれを意識するどころではなかったし、こんな風に意識して触るのは初めてだった。
なので、最初のうちは、双葉の体の探索に夢中になっていた。
「女のここって、こんな風になってるんだ……」
パジャマのズボンとショーツを脱いで、昨日の手鏡で股間の割れ目、おまんこの観察までしたのだった。
そんな風に、ある程度新鮮な気持ちで、俺は双葉の体の探索をした。
だけどそこまでだった。
なんていうか、男としての女の子の体に対する興味は、ある程度は満たされたのだけど、それ以上気持ちが盛り上がらないんだ。
せっかく極上の美少女(双葉とはいえ)の体を見たり触ったりしているのに、男だった時のように興奮しないし、どこか気持ちが醒めているんだ。
なんでだ?
いっそ触るだけじゃなく、オナニーまでしてみるか?
そうしたら興奮できるかも?
くしゅん!
と思ったその時、俺の口から可愛い声でくしゃみが出た。
ハッと思い出す。そうだ、俺は病気で寝ているんだ。
昨日よりは多少ましになったとはいえ、まだ熱はあるし体調も悪いんだ。
男の清彦だった時も、熱を出して体調不良になったときも、オナニーどころじゃなかったもんな。
中途半端に上がっていたテンションがすっかり下がって、気持ちも醒めて、俺は現実に引き戻された。
気持ちが醒めたら、どっと疲労感を感じた。
「……寝よう」
俺はショーツとパジャマのズボンを穿き直して、再びベッドに横になったのだった。
ベッドの中でふと振り返る。
たった今、生で見たり触ったり堪能した双葉の体よりも、
男の清彦だった時に、エロ本やエロ動画を見ていたときのほうが興奮できていたような気がする。
双葉の無修正のおまんこまで生で見たのになあ、なんでだろう?
男のオナニーより、女のオナニーのほうが気持ちイイって本当だろうか?
これも興味津々だったし、考えてみれば女の双葉になっている今は、それを確かめるチャンスなんだ。
だけど今は、テンションが下がって、その気が失せてしまった。
体調不良のせいもあるだろうか……まあいい、今は寝よう。
この体が元気になったら、またその気になるかもしれない。
その時に考えよう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
俺はハッと目を覚ました。
『あれ、……ここはどこだ?』
と思いかけて、半分寝ぼけながらも、さすがに今度はすぐに思い出した。
そうだった、ここは双葉の部屋なんだった。
俺は風邪をひいた双葉の身代わりになって、双葉のベッドで寝ていたんだった。
あの後は、熱のせいで熱くて寝苦しかったけど、体調不良で体もだるかったからなあ、いつのまにかうとうと眠ってしまってたんだ。
あれからどうなった?
どれくらい時間が経った?
今の状況を確かめようと、少し身動きをした所で、そんな俺に気づいた誰かに声をかけられた。
「あ、双葉、目を覚ましたんだ」
えっ、お、俺!?
なんで俺がそこに?
なぜだか清彦が、双葉の部屋のベッドのすぐ側にいたんだ。
俺は困惑しながら清彦に問いかけた。
「なんでお前がここにいるんだよ!?」
「なんでって、双葉のお見舞い来たからだよ」
と、しれっとした顔で言いやがった。
こ、こいつ、昨日俺に病気の体を押し付けて、ああいう帰り方をしておきながらお見舞いって、どういうつもりだよ。
ていうか、お見舞いだとしても、俺が寝ていたのに部屋に上がっていたのかよ。
元はお前の部屋かもしれないけど、男の清彦が女の双葉の部屋に寝ている間に、勝手に上がるのはまずいと思わなかったのかよ!
と、俺がそんな常識的な疑問を口にするまえに、清彦は言葉を続けた。
「そうしたらおばさんが、『せっかくだから家に上がって双葉の顔を見ていってあげて』って言うから、
双葉には悪いとは思ったけど、おばさんのそのお言葉に甘えて、双葉の部屋に上がってついさっきまでそこで双葉の看病をしていたんだ」
なぜかニコニコしながら、清彦はそうのたまった。
その清彦の返答に、あのママらしいなと思った。
そういえば昨日もそうだったよな、俺はプリント届けて連絡事項を伝えたらさっさと帰るつもりだたのに、
『せっかくだから双葉の顔を見ていってあげて』ってママに引き止められて、双葉の部屋に上がって、
結果的に双葉と体を入れ替えられて、こうなってしまったんだよな。
……って、そうだ、肝心なこと忘れていた!!
「か、返せ、もういいだろ、俺の体を返してくれ!!」
「俺の体を返してくれって、なにを言ってるんだ双葉?」
「なにって、昨日変なビー玉みたいな玉で、お前が俺とお前の体を入れ替えたんだろうが! 早く俺の体を返しやがれ!!」
「何を馬鹿なことを言っているんだよ双葉、人の体を入れ替えるだなんて、そんな非現実的なことができるわけないじゃないか」
俺の要求に困惑した表情の清彦。そしてこともあろうにこんなことを言い始めやがった。
「熱のせいで、双葉は変な夢を見たんじゃないか?」
と言って、俺を心配そうな表情でみつめる清彦。
こいつ心配そうなフリをして、あくまで白を切るつもりか?
それとも、入れ替わりの事を忘れたのか?
それとも、これは本当に俺の夢で、入れ替わりなんてなかった?
そんなわけないだろ!!
だとしたら双葉のやつ、これはどういうつもりなんだ?
冷静に考えてみたら、元の体に戻してもらうには、清彦を引き止めて粘り強く交渉するしかない。
だけど俺は、今のやり取りでかーっと頭に血が上って冷静さを失ってしまった。
興奮した俺は、がばっと跳ね起きて、
「なに勝手なことを言ってやがる!!」
とまで言ったところで、『もういい、お前は帰れ! すぐ俺の前から消えろ!』との後の言葉を続けて言ってやるつもりだったのに、ふっと力が抜けて続かずにふらっとよろめいた。
「大丈夫か双葉!」
そんな俺を、清彦は咄嗟にかばって支えてくれた。
そしてそっとベッドに寝かしつけてくれたのだった。
「もう、心配かけやがって、病気で体が弱ってるんだから無理するなよ」
誰のせいだ誰の!!
と文句を言ってやりたかったが、今ので少し俺の気も抜けてしまったのか、怒りが続かなかった。
そして少しづつ冷静さも戻ってきた。
こうなったら仕方がない、双葉、お前が何を考えているのか、どうするつもりなのか、もうしばらくその猿芝居に付き合ってみてやるよ。
お前の迷惑行為にに振り回されるのは、これが初めてじゃないしな。
「あら、お寝坊さん双葉は、どうやら目を覚ましたみたいね」
そのタイミングでママが部屋に入ってきた。
「くすくす、清彦くん、双葉と仲良くしてくれていたみたいね」
「はい、おかげさまで」
「双葉の面倒を見てくれて、ありがとうね」
「いえ、オレは別に見ていただけで、たいしたことはしていないですよ」
などと清彦は、ママと普通に会話をはじめた。
ちょっとまて、外見が清彦でもお前は中身は双葉なんだろ、なに普通に会話してるんだよ。
ママもママだよ、そいつの中身が自分の娘の双葉だって気づかないのかよ!
だいたい俺の事を放っぽり出して、なに会話してるんだよ!!
「あらあら双葉ったら、私が清彦くんを横取りしちゃったせいで、すっかりすねちゃったみたいね、ごめんね双葉」
「あ、オレもそんなつもりじゃなかったんだ、ごめんな双葉」
そんなんじゃねえ!
と言ってやりたい所だが、今は話がややこしくなるから、俺は素直に二人の謝罪を受け入れたのだった。
「双葉はもう少し清彦くんにそばにいてもらいたいみたいだから、もう少し頼んでも良いかしら?」
「オレでよければ良いですよ」
「だそうよ、よかったわね双葉」
とか言いながら、ママは俺にいわくありげに目配せした。
ちょっとまて、俺は良いって言っていないぞ、何勝手なことを決めてるんだよ!
「それじゃ悪いけど、清彦くん後はよろしくおねがいね」
「はい、まかせてください」
「それじゃごゆっくり、双葉、うまくおやんなさいよ」
そうしてママは、持ってきたお盆を清彦に手渡して、この部屋から出て行ったのだった。
この部屋には、俺と清彦の二人が取り残されたのだった。
「それじゃ、ちょっと遅いけどお昼にしよう」
と言いながら清彦は、俺にお盆のお粥を見せた。
ああ、ママが持ってきてたのは、お昼のお粥だったのか。
「お昼? もうそんな時間なんだ」
「そうだよ、よっぽど体が弱ってたんだね、お昼をすぎるまで、双葉はぐっすり眠っていたんだよ」
「そっか、……て、あれ? だとしたらお前、いつから見舞いに来てたんだ?」
「お昼ちょっと前からだから、かれこれ一時間弱かな?」
「俺…わたしが寝ていたんなら、無理せず帰ればよかったのに」
それとも俺に用があったのか?
だとしても、今のこいつは清彦になりすまして、そんなそぶりは見せないし、どういうつもりなんだ?
「双葉の事が心配だったから。それに、双葉の寝顔が可愛いかったからね」
「なっ、なに馬鹿なこと言ってるんだよお前は!」
「くすくす、双葉、赤くなってる、可愛い」
「お前が馬鹿なこというからだろ! それに俺は可愛くなんかねえ!」
そう言い返しながら、俺の心臓はバクバクなっていた。
それに何でだろう、俺、こいつに可愛いって言われて、なぜだか嬉しいって感じてしまったんだ。
……って、んなわけねえだろ、俺は男だ!
男の俺が可愛いって言われて、嬉しい訳ないだろうが!
俺は清彦に掴みかかりそうな勢いで、上半身を起こした。
「ごめんごめん、ちょっと双葉をからかいすぎた、とにかく一度落ち着いて」
清彦はお盆をベッドの脇に置いて、俺を宥め始めた。
俺は清彦に宥められて、どうにか落ち着いた。
俺は再びベッドに横になった。
「それだけ元気があるなら大丈夫だね。じゃあそろそろお昼のお粥を食べようか?」
そう促されて、俺はベッドの脇に置かれたお粥を見た。
正直、おなかは空いているはずなのに、まだ食欲がわかなくて、食べたいとは思わなかった。
「……いらない、食欲がわかない」
「だめだよ双葉、ちゃんと食べないと体力が付かないし直らないよ」
朝のママと同じことを言われた。
理屈ではその通りだとはわかっているけど、かえって清彦に軽く反発を感じた。
「いらないったらいらない」
と言って、俺はぷいっって横を向いた。
「しょうがないな双葉は、まるでおっきな子供だね」
「誰が子供だよ!」
その清彦の言葉に、俺は再び清彦に顔を向けて抗議の声を上げた。
「子供じゃないなら食べようよ、俺が食べさせてあげるから」
と言いながら清彦は、スプーンでお粥をすくって、俺に食べさせようとした。
「はい、あーんして」
「思い切り子供扱いしてるじゃねえか!」
「はい、あーん」
「……わかった、自分で食べるから、それよこして」
「はい、あーん」
「…………」
清彦は一歩も引きそうになかった。
こうなったら仕方がない。一口食べて見せたらこいつも気が済むだろう。
一口だけ、一口だけだからな。
俺はあーんと口を開けて、清彦がスプーンで運んでくれたお粥をひな鳥のように食べた。
俺が一口食べたことで、清彦が嬉しそうに笑った。
その清彦の笑顔に、なぜか俺の胸の奥がドキンと高鳴っていた。
「美味しい?」
「……味なんてわかんないよ」
「じゃあもう一口、あーん」
「もういいって」
「はい、あーん」
結局根負けして、俺は清彦のペースでお粥を食べさせられ続けた。
「全部食べたね双葉、偉い偉い」
「だから、わたしを子供扱いするな!」
途中から抵抗を諦めて、俺は清彦にお粥を食べさせてもらえるのに任せた。
だけど同時に、途中から清彦にこうさせてもらえるのが、なぜか嬉しいというか、なんか懐かしい感じもしたんだ。
何なんだろうな、この気持ちこの感覚、なんかこう、胸の奥が暖かい感じっていうか、双葉が俺に何を望んでいたのか、なんとなくわかってきたような気がする。
……あれ、俺、なんか変?
「じゃあ、お昼を食べ終わったし、次はこの薬だね」
「うげぇ」
風邪薬を見せられた瞬間、朝のその薬の苦さを思い出して、俺は一気に現実に引き戻されたのだった。
「だめだよ双葉、ちゃんと薬を飲まないと直らないよ」
「で、でも、その薬、すげー苦いんだぜ」
「あれ、双葉は子供じゃないんでしょ?」
「……わかった…わよ」
そんな訳で、俺は昼もしぶしぶその薬を飲んだのだった。
苦かった。すげー苦かったぜ畜生。
そんな調子で昼食を食べ終わり、薬も飲み終わった後、緊張感が解けたのか、なぜだかどっと疲れが出た。
俺は再びベッドにパタッと倒れるように横になった。
「双葉、大丈夫か?」
と、心配そうな表情で俺の顔を覗き込む清彦に、
そんな心配そうな顔すんなよ、逆にこっちが申し訳なく感じるだろうが。
と思いながら、でも同時に、なぜだか俺は嬉しくも感じていた。
そんな清彦を安心させる用に、俺はできるだけおだやかに言った。
「そんなに心配しないで、ちょっと疲れちゃっただけだから、心配かけちゃってごめんね」
「!? そ、そう、それなら良いけど」
なんからしくないな俺、でもそんな俺の言葉に、清彦は一瞬はっとした表情になったが、すぐにほっとした表情を浮かべていた。
そんな清彦のほっとした顔を見ていたら、こっちもなんだかほっとした。
「……なんだか眠くなってきちゃった」
こいつには、色々言いたいことや、厳しく追求しなきゃいけない事があったような気がするけど、今は眠くなってきたせいか、もうどうでも良いような気分だった。
「今は何も心配しないで、ゆっくりおやすみ、双葉」
「うん、おやすみ……きよ…ひ…こ……」
俺は清彦が俺のそばにいて、俺を見ていてくれていることに、なぜだか安心感を感じながら、再び眠りに付いたのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あれ、ここはどこ?
これは夢? わたしは夢を見ているの?
夢の中で幼い子供の頃のわたしは、ベッドの中で横になっていた。
そうだ、幼い頃のわたしは体が弱くて、こんな風によく風邪をひいたり熱を出したりして、こうして寝込んでいたんだっけ。
からだがあついよう。
くるしいよう。
だけど何よりも、さみしい。
……きよくん、わたしさみしいよう。
「ふたばちゃん、お隣のきよひこくんがお見舞いに来てくれたわよ」
「ええ、きよくんが」
「会いたいでしょ?」
「会いたい」
「くすっ、わかったわ」
ママに連れられて、きよくんがベッドの側までわたしのお見舞いに来てくれた。
わたしはすごく嬉しかった。
「ふたばちゃん、だいじょうぶ?」
「だいじょうぶじゃないわよ、からだがあつくてくるしいよ」
「どれどれ、ほんとうだすごくあついや」
きよくんがわたしのおでこに触って、熱を確かめていた。
きよくんの手がひんやり感じて気持ちよかった。
「はやくびょうきをなおしてげんきになってね。げんきになったらまたいっしょにあそぼうね、ふたばちゃん」
「うん、ふたば、はやくびょうきをなおして、げんきになって、またきよくんといっしょにあそぶ」
きよくんがにっこり笑ってくれた。
つられてわたしも笑ったと思う。
「それじゃふたばちゃん、またくるね」
「やだ、きよくんいかないで! ひとりはさみしいよ! ふたばをおいていかないで!」
お見舞いが終わって帰ろうとしていたきよくんを、わたしは引き止めていた。
わたし、寂しいのはイヤだよ。
きよくんわたしを一人にしないで。
ずっとわたしのそばにいてよ。
「ふたばちゃん、さすがにきよひこくんに迷惑になるでしょ」
この時は、さすがにママは、わたしのわがままをたしなめた。
だけどきよくんは……。
「いいよ、もうちょっとふたばちゃんのそばにいてあげる」
「いいの?」
「いいよ」
そんな訳で、きよくんは、もう少しわたしの側にいてくれることになった。
「ごめんねきよひこくん、うちのふたばちゃんのわがままにつき合わせて」
さすがにママがきよくんに謝っていた。きよくんは笑いながら「ぼくはいいですよ。だいじょうぶですよ」とママに言っていた。
きよくんはもう少しだけ、わたしの側にいてくれた。
きよくんが側にいてくれたおかげで、わたしは寂しくなかったし、なんだかすごく安心することができた。
「……なんだか眠くなってきちゃった」
「ぼくがみててあげるから、ゆっくりねててよ、ふたばちゃん」
「うん、おやすみ……きよ…くん……」
きよくんがそばにいてくれていることに、安心感を感じながら、わたしはおやすみしたのだった。
目が覚めたら、きよくんが家に帰っていて、きよくんがそばにいなくて、わたしはまた寂しがることになるのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
俺は目を覚ました。
寝覚めの直後で、いつもの俺の部屋の俺のベッドの上で、俺はまだ半分寝ぼけていた。
寝ぼけ眼をこすりながら思う。
また熱かしい夢を見ていたような気がするけど、どんな夢だったっけ?
どんな夢だったのか、また思い出せない。
だけどなんでだか寂しくて、そして何か嬉しいことがあった夢だったような気がする。
寂しい?
そこで俺は、ハッと気が付いた。
そうだった、俺は双葉の身代わりに風邪で寝ていて、そのお見舞いで清彦になった双葉が来ていたんだった!
「清彦、……清彦は?」
俺は清彦の姿を探した。
だけどこの部屋の中には、清彦はいなかった。
「帰ったのか?」
まあ、あれから俺は寝てしまったようだし、ずっとここにいる訳にも行かないし、いい加減帰って当然といえば当然か。
俺が清彦のままだったとしてもそうするだろう。
だけど何だろう、このがっかり感は?
その直後に俺は、『寂しい』と感じていた。
なんで俺、こんなにも寂しいんだよ。
「ママ、ママー?」
俺はたまらずママを呼んだ。
返事は来なかった。
ママいないの?
俺はベッドから起き上がり、部屋を出て、リビングやダイニングを見て回った。
ダイニングにママの書置きが残されていた。
書置きの内容は、
俺が眠っているから、今のうちに買い物に行ってくる。
後は俺が目を覚ました場合の連絡事項が書かれていて、
最後に夕方までには帰ってきます。
と、書かれていた。
しょうがないよな、俺が風邪をひいたせいで、ママは俺の世話で行動が制限されていたんだからな。
俺が寝ている間に、買い物など済ませようっていうのはわかるし、これはしょうがないよな。
でも、ということは、
清彦は帰った。
パパはお仕事中。
ママはお買い物でお出かけ中。
今はこの家に、俺一人でいるってことなんだ。
そう思ったら、また寂しさがぶり返してきた。
寂しい、そう感じた俺の脳裏には、清彦の顔が浮かんでいた。
俺は清彦を想いながら、俺自身の肩をぎゅっと抱きしめていた。
……ちょっと待て、いくら寂しいって感じているからって、なんで俺が俺の顔を思い浮かべているんだよ!
あーもう、何を考えてるんだよ俺、俺なんか変だ!
はっと正気に戻った俺は、喉の渇きを感じた。
今はダイニングにいるし、気分を落ち着かせるのにもちょうど良い。
俺は冷蔵庫から麦茶を取り出して、コップに注いで飲んだ。
一杯だけじゃ物足りなくて、二杯飲んだ。
飲み終わって、ひとまずホッと一息つけた。
風邪で熱を出して火照った身体に、冷たい麦茶は最高だった。
気分は落ち着いたし、さあこの後どうしよう?
などと悩む間もなく尿意を感じて、俺はトイレに行きたくなってきた。
ホッとして気が抜けたせいだろうか、それとも冷たいものを飲んで、腹が冷えたからだろうか?
俺はトイレに直行して、パジャマのズボンとショーツを下ろして、洋式トイレの便座に腰掛けた。
そして普通に座って用を足したのだった。
トイレットペーパーを引き出して、股間を普通に拭きながら、またハッと気が付いた。
俺、なんで普通に座ってオシッコをしてるんだ?
いや、今の俺は双葉で女なんだから、座って用を足すのは当たり前だししょうがない。
昨日から俺は、何度もこの体でトイレでのオシッコを経験しているのだし、何を今更なことかもしれない。
ただ、今のトイレでの行動や動作が、まるでいつもの日常のように自然に感じられたんだ。
もしかして俺、いやもしかしなくても、双葉の体やその感覚に、馴染んできていないか?
まずい、このままじゃまずい。
この調子じゃ、もし元の俺に戻れても、変な影響が残りそうな気がする。
ついおかまちっくでなよなよな清彦を連想して、うげっと思ってしまう。
だから元の俺に戻るまでは、これ以上余計なことをしないようにして、おとなしくしているべきだ。
そう感じてそう思った。……はずだったのだが。
「ここ、やっぱりちんこがないんだ…よな」
なまじ正気に戻っていたせいで、かえって今の女の体を意識してしまい、俺の男としての好奇心が強まってしまった。
下ろしていたショーツを穿き直そうとして、俺はつい興味本位に股間に手を伸ばしていた。
さわっ、ひゃん!
無造作に股間の秘所に触ったら、敏感な場所に触れてぴりっと体が痺れた。
「……今のは?」
もしかして女の快感?
朝、双葉の体を探索した時は、熱もあったし体調も不良だった。
なので、朝はある一定以上は盛り上がらなかった。
だけどこの時のこのからだは、ちゃんと薬を飲んで、半日近く寝ていたおかげでか、このからだの熱も下がって体調も回復してきていたんだ。
だから俺は自覚していなかったけど、体調と同時に、性欲も回復してきていたんだ。
いや、なまじ色々制限されていたせいで、かえってこの体の性的欲求も高まっていたんだ。
そしてこの件がきっかけで、俺の心のたがが外れた。
もっと知りたい、もっと感じてみたい。
ほとんど初めて経験した女の性的感覚に、俺は性的な好奇心をより強く刺激されて、
こんな所(トイレ)で、ついつい双葉の体の探索を始めたのだった。
わずかに残っていた俺の理性が、こんなことしちゃダメだと止めようとする。
だけどこの体の奥から湧き上がってくる抗いがたい何かが、わずかに残っていた理性を押し流していく。
この体も俺の期待感の高まりを感じてか、股間の秘所にはとろみのある愛液を滴らせて濡れていた。
「ここ、ここをこうしたら……ひゃあ! ……ココ…キモチイイ」
俺は今の俺の細い指で、今の俺の秘所を慎重にまさぐった。
秘所の敏感な突起部分に触れると、すごく気持ちよかった。
俺は最初は慎重に、恐る恐る触っていたのが、さらなる快感を求めてだんだん指の動きが大胆になって行く。
俺は初めてのはずなのに、どこをどうすれば気持ちよくなれるのかを、まるで前から経験してわかっていたかのように、いつの間にか理解していた。
その感覚に従って、更なる快感を求めて、俺は指を動かし続けて、俺自身の体を凌辱しつづけた。
それにより体の高揚感の高まりと同時に、だんだん俺の気持ちも高ぶっていった。
この時、なぜだか俺の脳裏には、ある男子高校生の顔が思い浮かんだ。
清彦? なんで俺の顔が!?
なんて疑問は感じても考える間もなく、
「はぁは、はぁはっ、……はああああぁ~~~っ…………!!」
男子とは明らかに違う、快感の高まりを感じながら、俺は女として、そして双葉として、初めての絶頂に達したのだった。
女として初めてイッた後、俺は脱力して、しばらくそのまま便座にへたり込んでいた。
「はあっ、はあっ、はあっ、……気持ちよかった」
絶頂のあとすぐ醒める男子と違い、女子のそれは余韻が長かった。
俺はしばらくぼーっと女の絶頂の余韻に浸りながら、少しづつ気持ちを落ち着かせていった。
気持ちが落ち着いてきて、オナニーの後の惨状に気が付いた。
イッた時に股間の秘所から噴出した女の蜜で、俺は股間の周りをぐしょぐしょに濡らしていた。
「……後始末しなきゃ」
俺はトイレットペーパーを引き出し、股間の周りや太ももなどの濡れた場所を拭き、後始末をした。
女としては後始末も初めてだけど、なぜだか初めてのような気がしなかった。
まあ、後始末で紙で拭いたりするのは、男のときと基本同じだし、初めてのような気がしなかったのはそのせいだろう。
それにしても、女のオナニーでこんなにぐしょぐしょになっちゃうなんて思わなかった。
最初からそのつもりではなかったけれど、結果的に初めてのオナニーの場所がトイレで良かったと思った。
後始末を終えた俺は、ショーツとパジャマのズボンを穿き直して、トイレの水を流した後に手を洗って、トイレから出た。
「ただいま」
「お、おかえりなさい、ママ」
トイレから出たその直後、俺はちょうど買い物から帰ってきたばかりのママと、廊下でばったり顔を合わせた。
「あら双葉、買い物に行っている間に、起きていたのね」
「う、うん、ついさっきね」
色々やらかした後だったので、さすがに今はちょっと気まずかった。
トイレでオナニーしていたって、バレないよな?
俺は気まずさを隠してごまかしながら、ママに短く返事をした。
「顔色も良くなっているし、……うん、まだ熱っぽいけど、だいぶ熱は下がったみたいね」
俺の額に手を当てて、熱を測りながらママがうなずいていた。
俺が回復した様子を見て、ママは嬉しそうだった。
ママの手はひやっとしていて、でも心地よかった。
「食欲はある?」
「う、うん、元気が出てきたら、なんだかおなかが空いてきちゃった」
「そう、じゃあ夕食は早めにするわね。夕食は双葉の大好きなうどんでいい?」
「うどんでいい、ううん、うどんがいい!」
俺は別にうどんは好物ってほどじゃない。
なのに今は、なぜだか夕食がうどんと言われて、俺の口の中にじゅるっとよだれがたまってきた。
今から夕食が楽しみになってきた。
「じゃあ夕食はうどんね。くす、本当に元気になってきたわね。
でも微熱は残っているし、まだ直った訳じゃないんだから、夕食の準備が出来るまで、お部屋に戻ってもうしばらくおとなしく寝ていなさいね」
「はい、ママ」
そんな訳で、俺はママに言われた通りに、おとなしく自分の部屋に戻ってベッドで横になったのだった。
朝や昼におかゆを食べた時は、味なんてろくにわからなかった。
だけど今は、夕食のうどんがすごく美味しかった。
(そのくせ薬は、なぜだか余計に苦く感じられた)
それはつまり、食べたものが美味しいと感じるくらいまで、元気が回復したってことだった。
俺は夕食を済ませると、再び自分の部屋に戻った。
そして満腹感や満足感を感じながら、ベッドに横になった。
これからどうしよう?
ここまで体調が回復したんだから、明日にはもっと体調は回復しているだろう。
これなら話の持って行きかた次第では、双葉に清彦の体を返してもらえるのではないだろうか?
いや、今日清彦がお見舞い(?)に来た時は、入れ替わりの事なんて忘れたかのようにすっとぼけやがった。
明日も白を切ってすっとぼけるかもしれない。
そもそも明日も清彦が、俺のお見舞いに来てくれるのかどうかもわからない。
もし来てくれなかったらと思うと、なんだか俺、急に不安で、寂しくて心細くなってきた。
あーもう、俺はいったいなに考えてるんだよ!
今はこれ以上、余計なことは考えないようにして、さっさと寝てしまおう。
明日の事は明日考えよう。
俺は、なぜか俺の心の中に湧き上がる、寂しさや不安をごまかすかのように、布団をかぶって無理やり眠りに付いたのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ここはどこ?
夢? わたしはまた夢を見ているの?
夢の中で幼い子供の頃のわたしは、きよくんと一緒に遊んでいた。
一緒に遊んでいるうちに、なんだかいいムード、わたしは思い切ってきよくんにわたしの気持ちを伝えた。
「きよくん、わたしきよくんのこと、だいすきだよ」
きよくんからの返事は無かった。
もう、きよくんたら、照れているのね。
わたしはもっと思いきって(調子に乗って)わたしの想いを口にした。
「きよくん、わたしきよくんのおよめさんになってあげる」
わたしはきよくんの返事を待った。
だけど返事は来なかった。
なんできよくん、どうして返事がないの?
うんとか、はいとか、およめさんにしてあげるとか、なにか返事をしてよ!
わたしはきよくんをみた。
さっきまで一緒にいたはずのきよくんが、いなくなっていた。
なんで? どうして? きよくんどこへいっちゃったの?
わたしは、きよくんを探しまわった。
でもみつからない。
さみしい、こころぼそい、きよくんわたしをおいてどこにいっちゃったのよ!
でてきてよ、わたしを一人にしないでよ!
気が付いたらわたしは、泣きながらきよくんを探して、暗がりの中をさまよっていた。
そんな暗がりの中、わたしは光を見つけた。
もしかして、あそこにきよくんが?
わたしは光の元へ向かった。
そこにいたのはきよくんじゃなかった。
そこにいたのは、黒尽くめの占い師みたいなおばさんだった
「おやおやお嬢ちゃん、泣いたりしてどうしたの?」
おばさんは、わたしに心配そうに声をかけてくれた。
「きよくんが、わたしをおいていなくなっちゃったの!」
「……そう、それじゃ私が力になってあげられるかもしれない。そのきよくんがどこにいるのか、私が占ってあげよう」
「ほんとう?」
「ええ、本当よ」
占い師のおばさんは、きよくんのことを占ってくれた。
きよくんは……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
朝、俺はハッと目を覚ました。
いつもなら寝起きの直後は寝ぼけている所なのに、今の俺ははあはあはあと息が荒く、胸の鼓動も早鐘のようにドキドキしていた。
なんか俺、すごく嫌な夢を見ていたような気がする。どんな夢だっけ?
……また思い出せない。
まあいいや、嫌な夢なら思い出せなくてもいい。
でも、なんで俺、こんなにも寂しくて切ないんだろう?
俺は、そんなよくわからない切ない気持ちをごまかすように、起き上がってベッドから出た。
なんだかもやもやしてすっきりしない気持ちのほうはともかく、体調のほうは昨日に比べてすっかり調子が良い。
熱もなさそうだし、この調子なら、後で隣の清彦の家に行って……。
「あら、おはよう双葉」
「おはよう……ママ」
俺はそんな風に思いながら、自分の部屋を出て、洗面所に向かっていたら、ママに出会った。
「もうすっかり元気になったみたいね。熱は……」
と言いながら、ママは俺の額に手を当てて熱を測った。
「体温計を使わなくてもわかるわ、この感じだと平熱にもどってるみたいね。どうやらもう大丈夫みたいね」
「う、うん、もうすっかり元気だよ」
とママに返事を返しながら、俺は健康回復をアピールした。
「でも、今日は外出しちゃダメよ。もう一日家で大人しくしていなさいね」
「え―――っ!」
「風邪の直り際は無理をしない、外に出て無理して風邪をぶり返したらいやでしょ。それに人に風邪を移しちゃうかもしれないでしょ」
「それは、そうだけど……」
健康の回復した常態で、一日中家に閉じこもっていたら、きっと暇を持て余して退屈でしょうがないだろう。
いや、それよりも、俺は隣の清彦の家に行って、清彦を捕まえなきゃと思っていた。
ついさっき、あいつをとっちめて、元の体に戻させなきゃと考えていた。
それが出来なくなってしまう。
「なにも一日中ベッドの中に張り付いていろと言ってるわけじゃないんだから、もう一日家でゆっくり休んで、完全に治しちゃいなさい」
「……はーい」
「うん、素直でよろしい」
そんな訳で、俺はママに外出禁止を言い渡されて、ひとまずそれを受け入れたのだった。
まあいい、清彦の家は隣なんだし、チャンスはあるだろう。
俺はこの後、トイレに行って用を済ませた後、洗面所に行って顔を洗って歯を磨いたのだった。
歯を磨き終わった後、ふと気が付いた。
あれ、何で俺、普通に双葉の歯ブラシを使っていたんだ?
それにこれって間接キス?
いや、双葉のモノを双葉が使っていただけだから、別にキスでも何でもないよな!
で、でも……。
などと、この後、俺は少し悩むのだった。
この後、俺はダイニングで朝食を食べた。
もうすっかり体調が回復して元気が戻って来ていたから、今朝からはおかゆではなく普通の朝食だ。
双葉の家の朝食は洋風(?)に、トーストにオレンジジュース、トースト用にジャムとバターが用意されていた。
清彦の家だったら、朝食は和風にご飯に味噌汁だったんだけどな、とか思いながら俺はトーストを手に取った。
そしてトーストにジャムを塗った。
いつもの俺なら、ここはバターを塗るところなんだろうけど、なんでだかジャムで食べたい気分だったんだ。
ジャムをたっぷり塗ったトーストは、口一杯に甘みが広がって、なんかすごく美味しかった。
ああそうか、ここ数日、この体は甘いものを食べていなかったから、甘みに飢えていたんだ。
などと納得しながら、俺はジャムたっぷりのトーストを味わって食べたのだった。
最後の一口を、オレンジジュースで流し込んで、ごちそうさま。
「あら双葉、まだお薬が残っているわよ」
「えーっ、もう治ってきたし、飲まなくてもいいよ」
「そうはいかないわよ。完全に直るまでは、お薬はちゃんと飲みなさい」
「……はーい」
ママに言われて、俺はしぶしぶ薬を飲んだ。
苦かった。甘いものを食べた直後なだけに、余計に苦く感じたのだった。
非常にこの作品が好きです。
これからも頑張ってください!
私は台湾のsfBluepan/藍筆猴魚さんです。
日本語が苦手です。ご了解ください。
帰ってきてくれてとても嬉しいです。
長い間あなたの小説が大好きです。
あなたの作品は全部とても面白いです。
将来も楽しみにしています。
これからもよろしくお願いします。
pixivや他のサイトがありますか?
将来も交流したいです。
どんなラストになるか、元双葉の側はどうなっているのか、気になります。