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結局紀与丸にやり方を教えてもらうことになり、春風に見られながらコトを済ませることに。
皮を着るために自分の体形を変化させる肉骨操(にくこつそう)のジュツ、
これを使ってる最中は本来の自分の身体能力に制約がかかり、
今のように変化させる体積が大きい時は、トイレに行くのも難儀するのだと聞いた。
「これでちゃんとできたね! えれなちゃんえらいよく頑張った♪」「…ありがとう」
優越感に満ちたドヤァ顔を隠さずに春風は笑う。俺は礼を言うもただ沈黙あるのみ。
なんか…メッチャ屈辱だ。でもこれは彼女自身そうとう苦労した裏返しなんだろうな。
わざわざ気を使って春風の姿で来てくれたわけだしな。中身は同じでも紀与丸に見られるのはもっと恥ずかかっただろう。
「今は寒いしあなたの内臓はかなり小さくなってるから、頻繁にもよおしちゃうんだよねー」
そのせいだったのか、えれなになった途端急に尿意に襲われたのは。でもまぁ納得は出来る。
思った通り体格の大きく異なる異性に化けるのは大変だ。
「あと、えれなちゃんにはコレを渡しとくね」
取り出したのは紫色の少し古いスマートフォン。
可愛らしいウサギがプリントされたシールでごまかされているが、これは前に紀与丸が使ってた奴だったな。
「『あなた』の携帯だよ。明日はコレを使って、なっくんのはマナーモードにしておいてね」
使い古しのスマホに格安SIMを入れてるのか。他人を装うのも色々と準備がいるんだなあ。
「OSはなっくんのと同じだから操作はいつも通りで良いと思う。
ご両親の方針でSNSは許されてない『設定』だから、それ系のアプリは入ってないよ。
あと誰かに誘われてもSNSのグループには絶対に入らないで」
それは分かる。SNSのやり取りを偽造するのは無理だもんな。
そして集会でもしグループに入ってしまったら、その中でずっとえれなを演じ続けないといけなくなるし。
フィクションでよくある話だよな。見栄の為についた嘘がエスカレートして収拾つかなくなるのってさ。
「さあ、行こ♪」
春風に手を引かれ二人は人が増えた休日のモールの中へ。
「春風、ちょっと待ってく…わわっ!」
今は相手の方が背が高く歩幅も大きい。ジュツによって圧縮された俺の体はついていけず足がもつれてしまう。
「あっっ!」「おおっと」「むぎゅっ!」
転びそうになった俺を春風が優しく受け止める。
豊かな胸の膨らみに顔から突っ込んで目の前が真っ暗に。見えないやら苦しいやら嬉しいやら訳が分からない。
「ごめんねー。嬉しくてついはしゃいじゃった。あたしにはえれなちゃんが初めての『友達』だからねー」
そういやそうか。『春風』にとっての親しい『他人』は少ないもんな。『妹』の夏樹、『彼氏』の夏輝と『友達』のえれな。
中身は全部俺なんだけど。
しかしアレだ。今こんなことしてていいのか? 今日は明日の打ち合わせとリハーサルをしに来たはずじゃないか?
「えれなちゃんはまじめないい子だねー。アタマなでなでしてあげよう」
何か子ども扱いされてる感じがする。春風とえれなって同い年の設定だったよな?
「考えてみたんだけど、リハーサルは午後からやっても間に合うと思うんだ。
それとえれなちゃんは明日までしか居てくれないから、お昼までは二人で遊びたいなと思ったの。
…ダメかな?」
思惑は分かった。気の合う皮モノ仲間と『女友達ごっこ』がしたいんだなw それなら…。
「良いですよ春風さん。少しだけ春風さんに付き合います」えれなの声と話し方で返事をしてやる。
「やたっ。えれなちゃんにオッケーもらっちゃった!」
「でもわたしは紀与丸さんとの約束がありますから、ご一緒出来るのはお昼過ぎまでですよ」
「分かってるって。それじゃあ早速行ってみよー!」「ひゃあっ!」
勢いよく走りだす春風に、俺は再度引っ張られることに…。
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「まずはここだよー!」と連れてこられたのはショッピングモール上階のシネコン。
「チケットは先に買ってたんだ。ハイこれがえれなちゃんの分」「あ、ありがとう」
印刷されているのは最近始まったゾンビ映画のタイトル。コレ前から見たかったヤツだ。
女の子二人で見に行くって感じの映画じゃないけどなw
「細かいことは気にしない! あ、放映始まっちゃうよ早く行こー」
始まるとは言っても最初に映すのは宣伝で、本編まで余裕はある。
それまでにめいめいが飲み物を買ってシアターの席に着く。
ジュツで変わった小さな体。いつものように座席に窮屈さを感じないのは良い。
ただ前の人の頭でスクリーンの下が遮られるのはちょっと残念だ。小さいことも一長一短だな。
やがて照明が落ちて本編が始まった。
話の内容は町の化学工場が爆発して廃液を浴びた住民がゾンビ化していくもの。
最初の犠牲者がゾンビの餌食になったところで春風が俺に手を伸ばしてきた。
「え、えれなちゃん。しばらく手を繋いでいいかな?」
紀与丸オマエそんなキャラじゃないだろw でも少し震える春風の声が何とも愛くるしい。良い演技だ。
「良いですよ。わ、わたしもちょっと怖くて」こっちも怖がる様を演じて手を握り返してやろう。
こうして欲しいんだろ? 春風≧紀与丸よ。
さらに時間は進み物語は中盤へ差し掛かった。増えたゾンビによって生き残った住民たちが惨たらしく殺されていく。
「うー怖いよー。えれなちゃん怖いとこ終わったら教えてー」春風は耳を塞いで伏せってしまった。
しょうがないヤツだな。でもそこがカワイイ。寄り添って背中をさすってやろう。
「ありがとーえれなちゃん」かまって欲しくて演技してるのは分かってるよw
「春風さん、これを飲んで落ち着いて」と自分のドリンクを差し出す。本人のはもうカラになっていたからな。
「あ゛り゛か゛と゛う゛」
オイオイ変な声出すなよな。まるで映画の中のゾンビみたいだぜ。
カップを受け取った春風がゆらりとこっちを向く。一瞬明るくなったスクリーンに照らされた顔を見て俺は驚愕した。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
劇中でサイコロステーキを量産していたみんなのトラウマ。切り裂きゾンビのご尊顔だ
不意を突かれ「ぎゃっ!!」と出そうになった悲鳴を飲み込む。
紀与丸オマエと言うヤツはなんというイタズラを。俺はともかく見る人が見たら心臓発作起こしかねんぞw
無意識のうちに俺の体が動き春風をヘッドロック。抵抗を許さずに腕に力を込める。
『グキッ』と鈍い音がして、首がおかしな方向に曲がった春風はそのまま沈黙。
他の人に見られないように顔にタオルをかけてやろう。せめてもの情けだ。
「あ、あの…。お連れの人大丈夫ですか?」隣のお客さんが心配そうにこっちを見ている。
「お騒がせしてごめんなさい。大丈夫、寝てるだけです」連れを起こさないでくれ、死ぬほど疲れてる。
イタズラ小僧が眠りに落ちたことで、俺は落ち着いて映画の後半を楽しむことが出来た。
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映画が終わり目を覚ました春風は一時退席。戻ってきた時にはその姿は別のものとなっていた。
栗色髪のツインテール、身長はえれなと同じアンダー150、ぺたんこ胸の八重歯がカワイイ女の子。
春風の『妹』にあたる中学生、雄町四姉妹の末っ子で『おっさん系妹キャラ』秋魅ちゃんの登場だ。
「あいててて…まだ首がズキズキすらぁ。マブダチに首折りかますたぁちょっと酷くね? れなッチよう?」
れなッチ…えれなのことか。『なっち』と被って分かりづらいな。
それはともかく秋魅ちゃんはさっきの事を根に持ってるようで、ジト目でこっちを睨んでいるが俺は知らん顔だ。
重ね重ね言うがあれはやりすぎだったぞw 他の人に見られたら大騒ぎだ。
「チェッ、まあいいや。腹も減ったし飯にしよーぜ」「そうですね。行きましょうか」
二人して腹時計がぐうと鳴る。時刻はもうお昼過ぎだ。
「どこにする?」と聞く秋魅ちゃん。
「そうですね…、マク〇〇ルドはどうでしょう? 久しぶりに『夏輝スペシャル』を食べたくなりました♪」
説明しよう。『夏輝スペシャル』とは500¥のバーガーセットと500¥のポテトナゲットセットを合わせた欲張りセットなのだ!
「えええ…、れなッチそのカラダでアレ食うのか…? 止めといた方が良いと思うがなぁ」
「決めたからにはやり遂げます。さあ行きましょう秋魅ちゃん!」
「しゃあねぇな。他に思いつかねぇしマッ〇にするか。行こうぜ」
と秋魅ちゃんはがに股気味に歩き始めた。
久しぶりに食べる『夏輝スペシャル』。意気揚々と挑んだもののこれは失敗だった。
「おえっ…、気持ち悪いです…」
えれなの体格に合わせて小さくなった胃袋にこのボリュームは思った以上にキツイ。
普段は感じなかったけどポテトって腹の中で結構膨らむんだよな。無理して完食するんじゃなかった。
「ほら言わんこっちゃねぇ。れなッチ大丈夫かぁ?」
心配そうにこっちを見る秋魅ちゃんに「大丈夫」と一言。苦しいけど吐くほどのことでもないしな。
「そっか、そいつは良かった。でも明日は用心してくれよな」
分かってるって、ちょっと『中身』の欲求に従っただけだ。明日は自重するよ。
ベンチで秋魅ちゃんに膝枕してもらって少し休んでいるうちに、少しうたた寝してしまってたみたいだ。
ん? 膝枕してくれてる太ももの肉感がおかしい。目を開けるとそこにいたのは秋魅ちゃんじゃなかった。
「おはようレナチャン。ぐっすりとオネムだったわね。アナタの寝顔可愛かったわ」
声の主は黒のウェービィヘア、ぼんきゅっぼんのトランジスタグラマーの超絶美人で雄町四姉妹の長女、冬音さんだ。
俺が寝ているうちにわざわざ秋魅ちゃんから『着替え』たと言うわけか。
でも冬音さんの太ももはイイ。スゴクイイ。も少しこうしていたい。
「こらこら早く起きなさい。もう3時過ぎてるんだからね」
えええ、俺そんなに長く寝てたのか。そいつはすまんかった。
「気にしないで」と冬音さんは聖母のように微笑む。
でも時間を浪費したことに違いはない。予定だとカラオケボックスの中でリハーサルだったよな?
「そうね。せっかく出て来たのにすぐお別れなのは残念だけど、紀与丸クンを呼んで来ようかしら」
『着替え』る場所を探して人気のないところへと移動、しているところで一つの邂逅が起きた。
向かいから歩いて来た見覚えのある女の子二人組が視界に映る。
片方は砂時計のようなパーフェクトなボディラインを持つ、黒のウェービィヘアーの超美人。隣の美女と瓜二つだ。
もう片方はアンダー150の背丈に栗色髪のツインテール、ぺったん体系が特徴的なかわいい子。秋魅ちゃんと全く同じ顔。
彼女たちもこちらに気づいた。いや正しくは俺の隣に、か。
小さいほうの子がパッと顔を輝かせ、瞬間移動の如く動きでいつの間にか冬音さんの目の前に居た。
「んんん…? その顔は…」
「ゲッ!!」
冬音さんは今頃になって相手に気づいたみたいだ。ひきつった表情で後ずさろうとするが、小さいほうの子に両腕を掴まれた。
「ヒトミ見て見て!! ここにアナタのそっくりさんがいるよー!!」
小さいほうの子=紀与丸のクラスメートで秋魅ちゃんのコピー元、マユさんは嬉しそうにはしゃいで後ろの友人を呼んだ。
「あらあら本当。まるで鏡を見てるみたい。私びっくりしちゃった」
マユさんと一緒に居る超美人=冬音さんのモデル、ヒトミさんは自身の分身に驚いている。
二人とも夏休みのあの日海辺で出会ったんだ。もっとも向こうは今の俺に気づくことはないだろうけど。
「アイエエエ… フタリトモナンデコンナトコニ…!?」
やってきた同じ顔に冬音さんんは狼狽え逃げようとするが、そのスピードが風ならマユさんは光だ。たちまち回り込まれてしまう。
瞬間的とはいえトップスピードで紀与丸を凌駕するとは恐ろしい子だ。
「うわああすごいなぁ。どこから見てもヒトミと全く同じ顔だよ。ねーねーアナタ、マユの動画に是非出てよ!」
アクションカムを片手に相変わらずのマシンガントークでマユさんは冬音さんに迫る。
そういえば最近ユー〇ューバー始めたとか紀与丸が言ってたな。
「動画のタイトルはズバリ『怪奇ドッペルゲンガー現る!!』 これは登録者さんが増えること間違いなしね!
勿論タダで出ろとは言わないよ。出演料はちゃんと払う。収益化されてから、だけど…」
ちょっとちょっとw 元手のはっきりしないものを報酬として提示するのはいかんでしょw
冬音さんは完全に固まってしまってまるでお地蔵さんのよう。
他人の顔を勝手に拝借しているので絡まれるのは自業自得と言えるが、かわいそうになってきたから助けてやるか。
「す、すごい。確かに冬音さんにそっくりです!!」と割って入ろうとする。
「そっくりさんのお友達の人かな? 初めましてー。そーでしょそーでしょ?」
フレンドリーにニッコリ笑って振り向くマユさん。上手く引っかかってくれた。冬音さんには「今のうちに逃げろ」と目配せ。
「…ん? アナタひょっとして、『ニンジャ君』の恋人さん!?」
俺≦えれなの顔を見たマユさんが唐突に切りだした。ニンジャ君…? ああ紀与丸の事か。
並じゃない運動神経を持つあいつのことだ。そういうあだ名がつくのも想像に難くない。
つーかこの子えれなの事を知っているんだな。紀与丸が言いふらしたのか、彼女が自分で嗅ぎつけたのかは分からないが。
「ニンジャ君…、ですか?」まずはすっとぼけてみる。
「そーそー、運動神経抜群の男の子がクラスにいてねー。マユは『ニンジャ君』って勝手に呼んでるんだけど。
本名はえーと…フーマ君だったかな…?」
やっぱりそうだったか。ソイツは今さっきまで君の目の前に居たよw
マユさんがこっちに気を取られてる隙に、冬音さんは上手く逃げおおせたようだ。
適当に世間話でもしてから離れようと考えていたんだけど、事態はそう上手くは運ばなかった。
「ん? あれれ…?」
マユさんの表情が急に険しくなった。視線は俺の顔の少し下のあたりを見ているようだ。
「アナタのこのあたり、何か変」
不意に視界からマユさんが消え、気が付くと彼女は俺の懐にいた。
ギョッとするヒマもなく、彼女の指先が俺の首の付け根のあたりに伸びていく。
ぺりぺりと乾いた音をたて、顔から何かが剥がされていく感覚がする。これってまさか!?
まさかこの子はジュツに気づいているのか? 慌ててマユさんから飛びのくがビリビリと何かが破れる音がする。
何が起こったかはすぐに分かった。とっさに自分の顔を手で隠す。
「え…? これって」
マユさんは手の中のものを不思議そうに見つめる。無残に破れたえれなの顔面の一部を!
背中に嫌な汗が浮いてくるのが分かる。これはヤバイ。俺の顔見られただろうか?
「これって、漫画とかアニメに出てくるヤツだよね? 変装に使う人工皮膚みたいなの。マユ知ってるよ。
アナタって一体何者? ひょっとして怪盗さん? 二十面相? 三世? それともキッド!?
または本当のニンジャエージェント=サンとか!? アイエエエ!! スゴイステキ!!」
アイエエエはこっちが言いたいよw 今すぐ逃げ出したいけどすぐ追いつかれるだろうな。
「ねーねー怪盗さん♪ アナタもマユの動画に出演してよ! タイトルは『インタビュー・ウィズ・ファントムシーフ(怪盗)』でどう!?
そーだっ、アナタにはマユに化けてもらって、ヒトミとそっくりさんの4人でWマユとWヒトミ出演なんてのも面白そう!
絶対に秘密は守るから仕事の話とか色々聞かせてよ!!」
イヤイヤ動画に出す時点で秘密とか全然守れてないんですがそれは(ため息)。
「今日はツいてるなぁ。こんな良い動画のネタに出会えるなんて…あいたっ!!」
威勢の良いマユさんの一人語りは、背後から振り下ろされたチョップで中断された。
そこににいたのは黒髪ウェーブの超美人。ヒトミさん? いやあれは冬音さんか。
「ヒトミ~痛いよ~! 何するの~!?」
相手をヒトミさんと思ったか、マユさんは少し怒った様子で両手を振り上げて抗議する。
しかしそれに構うことなく、彼女を見下ろす冬音さんの目が琥珀色に光った。
「う…」
それを見たマユさんの体が一瞬震え、ほどなくして力を失った。倒れ込む彼女を冬音さんが優しく抱き止める。
「ふうう…。なんとか催眠ジュツが効いたようね。一応アタシ達の事を忘れるよう暗示はかけたけど、どこまで効いてるやら」
これ疲れるのよねぇ、と額に汗をかきながら冬音さんはほっと一息。
背後ではヒトミさんがベンチに座ったままスヤスヤと眠っているのが見えた。
「ふう…。ありがとう冬音さん。助かりました」
安堵の一息と共に相方には礼を言っておこう。一度逃げたように見せかけて戻ってきてくれたんだな。
それにしても、どうしてマユさんに俺の変装が分かったんだろうか? 俺のジュツが未熟だから?
「いいえ夏クン。アナタのジュツの出来はアタシとそう変わらないわ。違うのは『着替え』の速さくらいかしら?」
いや、もう一つあるな。俺には皮を作ることが出来ない。
「フフフ、作り方なら今度教えてあげるわ。
それはさておき、おそらくだけどマユさんに見られたのは首の皮のつなぎ目ね。
数百分の一ミリの隙間しかないはずなのに気づくなんて凄いもんだわ。普通はアタシだって分からない」
そうか。えれなの皮は頭、胴、両脚と両手で分割されてる。
逆に冬音さんと秋魅ちゃんの皮は全身が一枚で構成されてるワンピース。
だからその二人は出会ったときには気づかれなかった。
皮のわずかなつなぎ目を見切るとは、マユさんは恐ろしい人だな。ひょっとして紀与丸にとっても天敵だったりするのか?
「そうね。結構付きまとわれたりして油断できないかなー(汗)」
眠ったマユさんから取り返したえれなの顔の切れ端を、「動かないで」と言いながら俺の皮に合わせる。
「欠損が大きいと治すのは無理だけど、破れた箇所が残ってるなら修復は簡単。ホラ元どうりよ」
コンパクトの鏡を除くと、無残に破かれてたえれなの顔は嘘のように治っていた。
でもマユさんが見たら破れた跡が一発で分かるんだろうな。
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その後に語ることはそう多くはない。
元の姿に戻った紀与丸とカラオケボックスで打ち合わせとリハーサルを済ませ、残った時間は二人して熱唱モードへと突入。
声帯を弄ったせいで、裏声を意識せずに女性ボーカルの曲が歌えたのは結構楽しかったな。
翌日の集会本番もリハーサルのおかげでお互いボロを出すこともなく、無事に終わった。
紀与丸のクラスメート達はえれなの存在を疑っていたらしく。本人の登場にはかなり驚いてたようだった。
ちなみに集まった女の子たちはみんな美人ぞろいで、紀与丸のヤツ俺(えれな)のことそっちのけで彼女たちをガン見してたんだよな。
おそらく彼女たちの容姿をコピーする気なんだろうが、やるならもっとさりげなくやれ。みんな気味悪がってたぞ。
仕返しに集会後ちょっと拗ねたふりをして、紀与丸のヤツを慌てさせてやった。
その一方で俺自身も気づいたことがあった。
最初は不満たらたらで紀与丸の頼みを聞いてやったわけだが、いつの間にかこの状況を楽しんでいる自分に気づいたんだ。
『皮装変』のジュツによって別人を装い。名前や容姿、果ては性別まで偽って人々と接する。
しかし誰も皮一枚下にある俺の正体に気づくことはない。このことは何とも言えない優越感を俺に感じさせるんだ。
コスプレ喫茶でのバイトで『夏樹』に扮した時から薄々感じてはいたが、今回でそれは確信へと変わっていた。
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あのイベントから随分と時間が経ったが、紀与丸からの連絡は中々来なかった。
こちらから催促をかけても「ゴメン、今は時間が作れない」との返事が来るのみ。
まあヤツの事だから『お礼』をすっぽかすなんてことはないのだろうが…。
待っているうちにあれよあれよと時間は流れ、クリスマスはおろか年も越え、一月も終わろうとしている週末の夜、ようやくメールが来た。
『明日のお昼前にいつものバス停で合おう。えれなの姿で来てね♪』
何だよその注文はw 女の子になってサービスするのはそっちだろ? でもせっかく会うわけだし、注文には答えてやるか。
プライバシー皆無の家を離れて駅前のモールに自転車を走らせ、端っこの多目的トイレでえれなに『お着替え』。
再度自転車で自宅近くまで戻るわけだが、この姿で夏輝仕様のクロスバイクはすっげぇ乗りにくいな。
自転車を置き時間ギリギリで待ち合わせ場所のバス停に到着! ああ疲れた。歩幅が小さい分距離が長く感じるよ。
周囲を見渡すがまだ紀与丸は来ていないようだな。ヤツのことだから何かサプライズを用意しているハズだ。
すると車道の向こうから一台のバイクが風を切ってやってきた。
『SHINOBI!』のロゴが入った淡いグリーンとブラックのツートンに彩られたそいつは、
モーターのような甲高いエンジン音を響かせ、バス停を通り過ぎ歩道の上で停まる。
ライダーは俺の方を向きそっと手招き。フルフェイスのシェードを開くと見覚えのある顔があった。紀与丸だ。
これが今度のサプライズか。夏に会ったときほどじゃないが少しびっくりしたぞ。
「紀与丸…さん?」あやうく呼び捨てにしそうになりあわてて『さん』づけ。
今の俺は佐々錦夏輝じゃなくて一誉えれな、気をつけないとな。
「やあ、えれなちゃん。あけましておめでとうはもう遅かったかなー」
約一か月ぶりの再会だが変わった様子はなさそうだ。間の抜けた声もいつも通り。
春風の姿で来てくれることを期待していたんだけど、残念ながらかなわなかったようだ。
「遅すぎます!」相手の腕をぎゅっと握り、少し怒った仕草を見せてやる。
「あわわ…、ごめん待たせちゃって」
少し慌てながらも紀与丸の鼻の下はどんどん伸びていく。分かりやすいヤツだなぁオマエ。
「年末から私の事なんかほったらかしで、バイクなんか買ってたんですか?」ジト目で睨んであげよう。
「こ、これは必要になったからだよ! 今から行く場所にはないと不便でさ」オレも16歳になったわけだし、と後から付け加える。
「今から行くところ…?」どこだよそれは?
「い・い・と・こ・ろ、だよー。さあ後ろに乗って乗って♪」
紀与丸から渡されたバイク用のヘルメットとグローブ、プロテクターを身に着けバイクのリアシートに。
このヘルメットはどう見てもえれな用のサイズだよな? 今回のリクエストはこれのためか?
「オレのバイクにむさい男は乗せたくなかっただけさw」
うるせえよw さっさと連れてけ。
あれ? バイクって免許取ってすぐ二人乗りして良かったんだっけ?
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※バイク免許収得後12ヵ月は二人乗りしてはいけません。二人とも気をつけましょう!
彼氏との初のタンデムライドはお世辞にも快適とは言えなかった。
周りの流れもお構いなしに紀与丸のヤツは急加速、前の車に追いつきそうになったら即ブレーキ。
その度に二人のヘルメットはごっつんこだ。免許取り立てで嬉しいのは分かるけどもうちょっと手加減してくれよな。
いずれ出会うだろうホンモノの『恋人』さんのためにも。
10分ほど走りやってきたのは街の端っこ。大きな建物は少なく、駅は遠くバスもそんなにやってこないちょっと不便な場所だ。
「よーし、ついたぞー」
紀与丸が指さしたのはレンガ調のタイルで装飾された、ここいらではやや大きめの建物。ちょっと豪華なマンションといった佇まいだ。
「ようこそえれなちゃん。キミとオレとの愛の巣へ♪」
愛の巣ねぇ。ここがオマエの言ってた『い・い・と・こ・ろ』というわけか。
建物の入り口はオートロックになっていて、セキュリティは良さそうな感じだ。
エントランスの内装もレトロな感じの落ち着いた色合いで印象はイイ。
階段を上り三階へ。表札に『封真』と書かれた扉の前で紀与丸が止まった。
ポケットからカードケースを取りだし、ドアノブに近づけると鍵が開く機械音が聞こえた。
「この部屋だよ。さあ入った入った」
「お邪魔します」
玄関を通り抜けた先には広いリビングがあった。3-4人は余裕でくつろげるだろうか。
その奥の寝室には1人で寝るには大きいダブルのベッドが。今日はここでサービスしてくれるんだなw
それから玄関から見てリビングの左側にも扉が。『KEEPOUT!』のボードが吊るされている。
「紀与丸さん。この部屋は?」
「ああここね。えれなちゃんには特別に見せてあげようか」
カードキーをドアノブにかざし、扉を開ける。
薄々察してはいたが、視界に入るのはさながら猟奇映画のごとき凄惨な光景。
人型をした肌色のものが埃避けのビニール袋をかけられ、洗濯棒から吊るされている。
空っぽの目口をだらしなく開けた、抜け殻の美女たちが俺たち二人を恨めしそうに見下ろしてるかのようだ。
「見ての通りここは『皮』と服の置き場所なんだー」と紀与丸。
「服も皮も増えすぎて部屋に置き場が無くなったから持ち出したんだ。親から一人暮らしのお許しも出たしね」
年末に連絡が取れなくなってのはバイクの教習と引っ越し作業のせいか。納得はしたけどそんな金よくあったなぁ。
「オレも忍者の端くれだからね。稼ぎ口はいくつかあるんだよ。部屋借りる時の敷金は親に出してもらったけどw
夏輝にはバイトの事や先月のことでも世話になったし、恩返しというわけじゃないけどこの部屋と皮と服は使ってくれていいぞ。
壊したり汚したり、他人に譲渡したりしない範囲でだけどw まー二人の『秘密基地』みたいなものだと思ってくれれば。
あ、そうだ。今度皮の作り方教えてあげるよ。作って見せっこしようぜー」
ゴソゴソと中を探り数枚の人皮を取り出す。それは見覚えのある三人の美少女たち。
「オレの最新作だよー。どーだい? 以前より出来は良くなってるだろう?」
そんなこと聞かれても元々の皮が精巧すぎて見てもわからねーよw
「こっちの都合で約束が遅れてしまったから、今日と明日は色んな姿でサービスするぜっ!」
三枚の抜け殻を手に紀与丸が皮の海の中に隠れる。
「ひょいっと」と出てきたのは金髪ギャル系の女の子ジュリさん。そばかす顔でこちらにウインクするとすぐさま海の中へ。
「わたし達も」次に出るのは黒髪和風美人のフミカさん。深い海を思わせる瞳に思わず引き込まれそうになる。
「ここにいるよー」今度はショートカットの活発スポーツっ娘、ノゾミさんが抜け殻の間から笑顔を見せた。
三人とも年末の集会で出会った、紀与丸の友達の『彼女』さん達だ。
「さあ『夏輝』さん」「今度は」「貴方の」「「「本当の姿を見せて!」」」
思わぬ人たちとの再会に圧倒されている隙に、代わる代わるやって来る女の子たちに服と下着を脱がされ、皮を剥がされ体型を弄られ、俺はえれなから元の姿に。
「うふふ…。逞しいカラダ」と元に戻った俺の体に抱き着いてくるのは黒い下着姿のジュリさん。
「一度カレシ以外のオトコの人ってどんなのか知りたかったんだよね♪」
突然ズボッと音がして腕の中のジュリさんが抜け殻になった。
背中に触れる何かの感覚に後ろを見ると、フミカさんが俺と背中合わせにいた。
「やはり武道をやっておられる殿方は体がしっかりしていますね。広いお背中気に入りました♪」
そこからさらに脱皮は続く。不意にフミカさんの体重が感じられなくなった。
「おっと」崩れ落ちる黒髪美人の皮を受け止める俺の前に現れたのは、飾り気のないスポーツインナー姿のノゾミさんだ。右手を突き出し壁ドン状態に。
「さあ夏輝さん。ジュリとフミカとボク、誰を選ぶの? もちろんお望みなら順番に相手してあげるけど♪」
このシチュエーションの俺って、考えてみたらすげぇゲス野郎だよな。
美人四姉妹にモテモテで、友達の友達の『彼女』までNTRしようとしてるみたいだw
でもそれは置いといて。俺の初めての人は決まってるんだよな。吊るされた皮の中から取り出した一枚の顔。それをノゾミさんの顔にかぶせる。
「わっぷ!?」予想外のこっちの動きに虚を突かれたか、ノゾミさんは後ろに下がろうとして何かにつまづき盛大にすっ転んだ。
「アイタタ…。もう! 何すんだよ!?」腰をおさえて怒る彼女に構わず、かぶせた皮のしわを伸ばし、形を整えてやる。
「誰を選ぶだなんて前から変わってないよ『春風』。キミが俺の『彼女』なんだからな」
俺が被せたのはもちろん春風の面の皮だ。
「えっ?」
体はノゾミさんのままの春風は少しの間惚けたような顔をしていたが、俺の真意が分かったのかやがてうれし泣きをするように目じりに涙を浮かべて微笑む。
「ありがとうなっくん。うれしいよ、あなたはいつもあたしを思ってくれてたんだね」
再び皮の海へと潜り出て来たのはピンク色のベビードールを身に着けた美少女。
それは一見シースルーに見えるが、大事なトコロはギリギリ隠れているのが良い事なのか残念なのか判断が難しい。
首元にはチョーカー。純白のショーツとサイハイソックスが下半身を飾る。
いかにも勝負下着と言わんばかりのいでたち。その顔も体も確かに春風のものだ。
「これ…、どうかな? 気に入ってくれたかな?」
もちろんですとも! 興奮を抑えきれずに春風をお姫様抱っこ。人肉市場さながらの部屋を後にして一直線に寝室へ。
ベッドの上に寝そべる彼女はまさに女神だ。ブラを外し大事なトコロを見せないようにして手招き。俺をオトナの世界へと誘う。
「…来て。あたしはあなたのものだよ♪」
その言葉が俺の中の獣を解き放った。寝そべる春風に近づき抱きしめようと手を伸ばす。互いの肌と肌が重なろうとしたその瞬間…。
キキーッ!! ガシャーン!!
窓の外から聞こえてきたタイヤのスリップ音からの重量物の衝突音で、俺たち二人はエロスの世界から強引に引き戻された。
「なんだなんだ?」「えっ? なになに?」
シーツを纏った春風と俺は慌てて窓の方へ。顔だけを出して外の様子を伺う。
目に飛び込んできたのは予想通りの交通事故の現場。信号待ちの車に後続が突っ込んだんだろうか? 交差点のど真ん中で軽乗用車がひっくり返っていた。
「大変! 中のおじいさんが閉じ込められてるよ。助けに行こう!」
このままではガソリンに火がつくかも知れない。
「ああ、行こう!」幸いここには武道をやっててファーストエイドの心得があるのが二人、そのうち力持ちが一人はいる。そして動くなら今しかない。
「先に行くね」勝負下着の上にジャージを着こみ、春風が窓からダイブ。紀与丸のヤツめ思い切ったことするなぁ。
えーと。裸の俺はどうすればいいんだ? えれなの姿で来た俺には今男物の手持ちがない。
着るものはないかと近くを探ると脱ぎ捨てられた紀与丸の服があった。
身近にあるのはこれしかないよな。紀与丸、すまんがコレ借りるぞ。
呼吸法とイメージで肉と骨を操作し体を縮め、紀与丸の身長に合わせる。そして服を着た俺は急いで春風の後を追うのだった。
■■■■■
おじいさんの救出には成功したものの、気化したガソリンに火がついて車は炎上。
運の悪いことに車に近かった春風が火に巻き込まれてしまった。
騒動が収まりようやく戻ってきた二人の『隠れ家』の中。春風の肌はひどく損傷しあちこちに穴が開いていた。
その下に見える肌色は…紀与丸の肌じゃないな。重ね着していた『誰か』の皮の色だろう。中身が無事なようで本当に良かった。
「ごめんね、なっくん。あたしの体またメチャクチャになっちゃったw」
ボロボロになった顔で春風はバツが悪そうに泣き笑い。
「謝るなよ」むしろ胸を張れ。キミは人を一人助けたんだから。
「ふふふ。そう言ってくれると嬉しい、かな。ごめんちょっと脱ぐね」
言いながら身を翻し華麗に脱皮、とはいかなかった。脱ぎ捨てる過程の中でビリリと崩壊し千切れていく春風の皮。
「ちくしょー、やっぱり限界だったか。元々一度直した皮だったからなぁ」
さらにその下に着た数枚の皮を脱ぎ現れた紀与丸の姿。
「直して即ハッスルとイきたかったけど、春風の皮はもう駄目だな!
あ、そうだナツキ。今から皮の作り方覚えてみない? キミが作った春風とか見て見たいしダブル春風なんてのも楽しそう♪」
言われてみれば良い機会かも知れない。このジュツに触れる楽しみを知った今、皮の作り方は是非覚えたいところだ。
紀与丸の方も他人が作った皮を見たり着たりして、更にジュツを深めたいという思惑もあるだろうし。
「決まりだな! 言っとくがオレの指導は厳しいぜ~! 覚悟しろよな!
というわけで早速コレを着てくれ!」取り上げたのは水色髪の小柄な女の子…えれなの皮。
「えっ? ソレ着るのか?」
「皮を着たほうが素材にイメージの伝達がしやすいんだ」
皮ってのは粘土をこねこねするように作るわけじゃないんだな。
「それにむさい男より、カワイイ女の子に教えるほうがやる気が出るからねw」
うっせぇよ畜生w まあせっかくの要望には応えてやるか。再度体を畳んで皮の中に収める。
振り返ると下着姿のえれなにドキドキしている紀与丸の顔。そいつに俺はニコリと微笑んであげた。
「それでは紀与丸さん、ご指導よろしくお願いしますね」(完)
ありがとうございます!
かわらばさんの皮モノ作品、今回も楽しませて頂きました。
特に変装、脱皮シーンの描写が秀逸で大好きです!
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