「...っふう。今日のトレーニングは終わりかな」
使った器具を、備え付けのタオルで軽くふいて、壁際のほうへ戻る。
「お疲れさまでした!」
「いえ、いつもありがとうございます」
ジムトレーナーが、いつも用意してくれているプロテインを一気に飲み干す。
大豆の味と、ほのかに香るチョコフレーバーのおかげで、飲みやすい。
「それでは、休憩が終わったら、身体測定に入りましょう」
「はい。よろしくお願いします」
「きよひこさん、しっかりトレーニングしているから、目に見えて効果が出てますよ」
「そうですか? それはよかったです」
しばらく休んで息を整えたあと、部屋の入り口にある体重計に乗る。
「ごじゅう...はちキログラムっと。いらっしゃったときから10kgも減量に成功してますよ!」
「やった! 頑張ってよかったぁ」
「ええ。次は、ウェストを計測しましょう」
トレーナーがポシェットからメジャーを取り出す。
「...ろくじゅう、はちセンチ。もう70を超えることはなさそうですね」
「よかったー。社会人になってから、太ってメタボ診断食らったときは焦ったよ」
「もう大丈夫ですね!」
「あとは、ヒップと、バストを...」
「どうでしょう。最近、また胸が大きくなったような気がするんですよね」
「えーと...88センチ! 確かに前回より、3センチほど大きくなってます」
「うわぁ...。ブラ買い替えようかなぁ」
「きよひこさんの場合ですと...確かに以前のカップサイズだと足りないかもしれないですね」
「薄々、そんな気はしてたんだよなぁ」
身体測定が終わって、二人で部屋の隅の長椅子に腰かける。
「では最後にメディテーションに入りましょう。こちらのイヤホンをどうぞ」
「はい。ありがとうございます」
「ゆっくり息をして、リラックスー。音声が終わったらお声を掛けますね」
トレーナーに渡されたイヤホンを耳に着ける。
流れてくるのは、海のさざ波の音と、優し気な声で話しかけてくる女性の声。
内容に心を向けようとすると、すぐに意識が遠くなって――...。
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「――ひこ、さ――...。――きよひこさん! 終わりましたよ。今日もお疲れさまでした!」
「...あっ。やば。また寝ちゃってた」
「それだけ、深い瞑想状態に入れてたってことですよー。それでは更衣室で着替えて、お気をつけてお帰りください」
「はい。今日もありがとうございました」
「いえ! また来週、お待ちしております」
別れの言葉を交わし、僕はトレーニングルームを後にした。
彼女は僕の専属トレーナー、わかばさん。
ここのジムは、なんとひとりひとり個別に、専属のトレーナーさんがついて、筋トレやダイエットをサポートしてくれるのだ。
僕がジムの会員になったのは、3か月前。
会社の健康診断で、メタボリックシンドロームと診断され、紹介されたのがきっかけだ。
通い始めてからは、みるみる体重が落ち、バストアップもできてスタイル改善に...。
あれ? バストアップ? 僕は男のはず...。
いやいや、いいことじゃないか。ウェストも細くなって、着れる服の幅が広まった。
何より、ここのジムに通い始めてから、会社のみんなからの僕への評判がよくなってきている。
ある意味、メタボに感謝だ。
そう思いながら、僕は男子更衣室のドアを開けた。
ぎょっとした顔で、こちらを見る他の会員が何名か。
手首に着けた、男子ロッカーのカギをチラ見せすると、察した表情で、ほとんどの会員が目をそらす。
それでも、盗み見るように、こちらをチラチラ見てくるのもいる。失礼な。
僕はロッカーから、バスタオルと替えの下着を取り出し、シャワールームへ向かった。
トレーニングウェアを脱ぎ、シャワーからお湯を出す。
汗が流されていき、心地よい疲労感と温かさに身体が包まれる。
持ってきたボディーソープで、体を軽く洗う。
代謝が上がってすべすべになった肌の上を、お気に入りのフレーバーが包んでいき、嬉しい気分になる。
「...っふぅ」
シャワーのノズルをひねり、お湯を止めた。
タオルで体をふき、ブラジャーに手を取る。
ホックを後ろ手に止め、カップの中にお肉を入れる。
...ちょっと息苦しい。零れ出たお肉がすこし脇のほうにはみ出ている。
トレーナーさんとの会話を思い出す。早くワンサイズ大きいのを買わなきゃ...。
ショーツに足を通し、腰まで上げる。
すっかりトレーニングと特製プロテインで小さくなったおちんちんは、すっぽりとショーツの中に収まり、外からはもう目立たない。
シャワールームから外に出る。
他の会員と目があうと、すぐにその人は目をそらして、俯きながら逃げるようにどこかへ行ってしまう。
まぁ、男の下着姿なんて見たくないよな...。でも、替えの服を濡らすわけにもいかないし。
ていうか、他にもパンツ一丁で歩き回ってる人いるし、大丈夫でしょ。
ロッカーに戻って、帰りの洋服に着替える。
シフォンブラウスとフレアスカート。2cmのローヒール。
軽く髪を整え、メイクを直し、僕はジムをあとにした。
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「わかばちゃーん。おつかれー」
「あー、ふたばちゃん! おつかれさまー」
「どう? そっちの、セクハラ問題児さん」
「だいぶいい感じ。あと数回で終わりかなぁ」
「いいねー。全くもう、なんでおっさんって、こう職場で問題起こすかなぁ」
「なんでだろねー。考えるだけ無駄そうだから考えたことなかったよ」
「確かに。それが賢いかも。わかばちゃん、さっすが」
「でっへへー」
机の上に置かれた、担当会員の情報が記録されたカード。
わかばの机の上にあるのは、きよひこのカードだ。
顔写真の欄に貼ってあるのは、ぶくぶくに太った、不貞腐れた目つきの中年男性。
身長173cm、体重102kg。
表向きは、メタボリックシンドローム解消のため入会とされているが、実は以前より、若手女性社員へのセクハラを繰り返しており、被害者たちが何とかしてくれと社の労務部に苦情を挙げたところ、このジムにて女性への性転換と、人格の矯正が執り行われることとなった。
彼の職場は、幹細胞を用いた再生医療にも手を伸ばしている、医薬品メーカー。
そしてこのジムは、そこの子会社であり、彼のような問題児の矯正施設としての側面を持っている。
他にも、若返りを望むごく一部の重役が社の製品を横流しして使用していたり、お局様が若いツバメ候補を連れ込んでは、薬を飲ませてそのまま一晩を明かすための施設などもあったりと、黒い噂は絶えないがそれはまた別の話。
入会直後、一回目のトレーニングのメディテーション中、彼は眠りに落ちている間に、あるウィルスを注射されている。
このウィルスは、ヒトのゲノムを書き換え、すでに分化してしまった細胞をもう一度別の細胞に生まれ変われるようにし、さらに彼の持つY染色体を、X染色体へと変化させてしまうものだった。
それと同時に、プロテインジュースには、実は大量の女性ホルモン剤と、経口摂取可能な分化誘導剤が混ぜこまれている。
豊富なタンパク源と同時に摂取することで、彼の肉体を高速に、女性の肉体へと生まれ変わらせていくのである。
一方で、男性としての性自認をすこしずつ女性のものに書き換えつつ、変化していく身体に対する違和感を抱かせないよう、ある種の催眠状態にかかったままにするために、トレーニングの最後にはいつも彼は催眠音声を聞かせられている。
あれのおかげで、彼はまだ自分のことを男性だと思っているが、女性用下着やそれらしい服装をして着飾ることに違和感を感じずにいる。
「それで? これからどうするの?」
「んー。もう見た目は、だいぶできてきたからね。ナカのほうが完成して、完全に XX になってれば終わりかな」
「なるほどー」
「今度確かめてみよっかな。もしかしたら来週には終わるかも」
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「きよひこさん、今日もお疲れ様です!」
「いえ、いつも助けてくれてるわかばさんのおかげです。今日もプロテインありがとうございます」
「いいえー。ここまで来れたのは、努力を続けてきたきよひこさんのおかげですよ! もっと自分をほめてあげてください!」
「え、えっと...そうですか。嬉しいな」
スポーツブラの中で、みちみちと張ったバスト。
くびれたおなか。白くてつやつやの肌。
髪質もまるっきり変わり、柔らかくさらさらとしたものになっていた。
これも、日々ジムで"トレーニング"を続けてきた結果である。
「実は今日は、きよひこさんの精密検査をしないといけなくて。終わったら私と一緒に別室に行きましょう」
「わかりました」
連れてこられたのは、病院の診察室のような場所。
狭いスペースにきよひことわかばが二人きり。かちゃかちゃと、彼女が検査用の機器を用意している。
「まずは採血と、お口の中の粘膜を採取させていただきますねー」
慣れた手つきで、腕からきよひこの血を抜き取っていく。
綿棒を口の中に入れ、頬の裏を数回なぞって取り出す。
プラスチック製のチューブに綿棒を入れ、他のスタッフを呼び出して、それを持っていかせた。
「じゃあ次は、内臓脂肪見ていきますねー。ベッドに横になって、おなかをだしてください」
きよひこは少しズボンをずらし、おなかを丸出しにする。
そこにふたばはジェルを塗りたくり、T字型の機械をあてて、モニターのほうを見る。
エコーである。明らかに内臓脂肪を見るためのものではない。
ふたばは、彼の腹部に小さな空洞と、その両脇に球状の臓器があることを確認し、機械の電源を切った。
「だいぶいい感じですね! じゃあ最後に、トレーニングウェアを全部脱いでいただいてもよろしいでしょうか」
「え、えっと全部っていうと...」
「全裸です」
「ぜ、全裸...。わかりました」
ゴムでぴちぴちに張った、トレーニングウェアを、グイときよひこは脱いでいく。
解放され、ぷるんと揺れる乳房。アンダーのところと肩のところに、少し締め付けの跡が残っている。
下を脱ぐと、あらわになる丸く脂肪のついた臀部。
そして、足と足の間には、わずかな毛に覆われた肉の割れ目があった。
もう棒状のものがぶら下がっていた痕跡はどこにもない。
「少しだけ触診しますねー」
「はい...。ひゃん」
ふたばが胸を揉むと、彼女の手のひらで双球は柔らかく形を変える。
手を放すと、きれいな球形を保ちつつも、わずかながらも自身の重みでたゆみ、ゆさゆさと揺れる。
股間に手を伸ばすと、割れ目の中には、小さくなった突起物と、その下に小さな尿道口があった。
もうすこしおしりのほうに指を伸ばすと、ぷにぷにとした感触。
中に指を押し込むと、ぬるぬると指が沈み込んでいく。
指を引き抜くと、透明な糸が一本、きよひこの膣とふたばの指とをつないでいた。
「お疲れさまでした! 結果はいい感じです」
「...そうですか。よかった」
少し紅潮した顔で、きよひこはそういった。
「採血の結果も出たみたいですね...。こちらも結果良好です」
画面に浮かんでいたのは、「XX 率:99.9%。XY 率:0.00%未満」の文字。
「それじゃあ、いつも通り、メディテーションに入りましょう」
「わかりました。トレーニングルームに戻りますか?」
「いえ、ここでやっちゃいましょう。ここなら寝落ちしても大丈夫ですし」
「そうですね。イヤホンお借りします」
「どうぞー」
音声が流れてくると、数秒も経たずに、きよひこは夢の中の世界へと落ちていく。
すぅ、すぅと寝息を立てるきよひこの横で、ふたばは彼が目覚めたときのための準備を始めていた。
ロッカーの荷物を取り出して、ここに持ってくる。
財布を取り出し、免許証や社員証、個人が特定できる証明書をすべて、ジムの方でこの日のために用意していたものと取り換える。
顔写真として映っているのは、すべて今の女性化したきよひこの姿。
名前欄はすべて「きよひこ」ではなく「きよか」になっており、保険証の性別欄は、女に変っていた。
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「――、――ヵさーん...。おーい。――...。"きよか"さーん! 起きてくださーい!」
「ひぁっ!?」
「あ、起きた。おはようございます!」
「あ、あぁ...。今回も、"私"、寝落ちしちゃってました?」
「はい。それはもう起こすのが申し訳なくなるほど」
「うわー。すみません。いつもありがとうございます」
「いえいえー。トレーニングを頑張ってる証拠です。今日はちょっと長い間寝ちゃってたので、荷物持ってきちゃいました」
「えっ。すみません! わざわざそんなことまで」
「何か忘れてるものとかありませんかね?」
「えっと、お財布に、"社員証"に、明日の会議の資料に...大丈夫そうです。ありがとうございます」
「では、私はもう控えに戻ってるので、そのままお帰りくださいー。今日もお疲れさまでした!」
「はい! ありがとうございました」
その後、きよひこ、いや、きよかはジムに二度とやってくることはなかった。
別に、飽きてしまったとか、何かあったというわけではなく、処置が終わりさえすれば、もうジムには来なくなるように催眠音声に仕込まれていたのである。
矯正が完了すれば、もうジムに通う必要はない。
ジムに通っていたことも忘れ、彼、いや彼女は、初めから生まれた時から自分が女だと思い込んで生きていくよう、深層心理の中に刷り込まれていたのだ。
今日、この日から、セクハラで女性社員を困らせていた"きよひこ"は消え、社内でも評判の"きよか"がこの世に生まれたのである。
そして新たにまた一人。問題児がジムに入会することになった。
名前はとしあき。新人女性社員をとっかえひっかえ食い散らかして、何人もの退職者を出してきた極悪人である。
彼が、どのような矯正を施され、どのような姿へと変えられていくのか。
それは、また。別のお話。
こんなジムに通ってみたい