「くっ、このぉ!」
「あはは、まだまだ行くよぉー?」
状況は一進一退、いや確実にTSトロン側へと移行していた。
ベクトル操作によって周囲の物体を操る“整とん係”の攻撃にさらされ続けている瑞葉は、状況を自分の側に引き寄せる事に難儀していた。
飛来する物体を打ち落とし、隙を見て攻めに出ようとするも、“整とん係”にその動きを止められてしまう。
(せめて何か隙を見せられれば…!)
トランスレンジャーの装備には、全員に標準搭載されているブースト機能がある。
それを使って一気に飛び込むことができれば、全力の一撃をぶちかます事が、“整とん係”を倒す事ができるだろう。
だが、
「考え事をしてるのはよくないよっ?」
“整とん係”の呼び声に気を取られた瞬間、瑞葉の体が“整とん係”の能力によって脚を止められてしまった。
「しまった…!」
「ざんねーん。大玉、どっかーん!!」
その瞬間、瑞葉たちが乗っていた車がベクトル操作によって宙に浮かび、飛んできた。
(まずい、やられる…!)
普通なら目を覆う程の大質量の、スピードを伴った攻撃に目をつぶってしまうかもしれない。
しかし瑞葉は腐ってもトランスレンジャー、そんな愚を犯す事はしない。
だからこそ気付く事ができた。車が飛来して丁度“整とん係”と瑞葉の間に位置した瞬間、彼女は再び動けるようになっていた。
(まさか…!)
短い間の思考で瑞葉は考える。
もしや“整とん係”は見えている物体相手にしかベクトル操作を行う事ができないのではないか。
(それなら!)
思考は一瞬、行動は刹那。
瑞葉はブースト機能を起動させ、脚部に雷のエネルギーを漲らせる。
身を屈め、車の一撃を避ける体勢になって、普段なら後退する所を逆に前進した。
「リニアアクセルッ!」
瞬間、瑞葉の体は音速を越える。
飛来する車の下を潜り抜け、“整とん係”の目にも留まらぬ速度で彼女の前に飛び込んできた。
「残念だったのは、あなたの方よ! ライトニング・スラッシャー!!」
そのまま雷を纏った大剣を“整とん係”に直接ぶつけ、エネルギーを流し込んだ!
「きゃあぁぁぁぁっ!?」
先生のように爆発こそしないものの、“整とん係”はエネルギーの奔流に弾き飛ばされ、静かにその身を横たえる事になった。
「“整とん係”ちゃん…!」
「よし…!」
その一方で、紅葉を捉えていた“図書係”は苦渋の表情を見せていた。
(わたしが戦う事もできていれば、確実にトランスイエローを確保できていた筈だというのに…。トランスレッドを確保する事ばかり考えていた…)
“図書係”の能力によって瑞葉の状況を逐一知らされていれば、今のカウンターさえ成功する事は無かっただろう。
だが紅葉を抑える為に両手を使えず、本を開けなかったのは大きな痛手であった。
「さぁ、次はあなたの番よ。隊長を離しなさい!」
「…そうやすやすと、あなたの言う事に従うとでも?」
“図書係”は片手で本からページを一枚ちぎり、軽く振るう。するとペラペラの紙は、いつの間にかピンと張られた鋭い刃に成っていた。
「…確保という男爵様のご命令には逆らう事になるけれど、良い結果のご報告も無しに帰れないの」
「く…っ」
デモンストレーションとばかりに衝撃波で近くの岩を両断すると、刃に成った紙を紅葉の首筋に添えた。
「隊長!」
「…トランスレッドの命が惜しければ、わたしを見逃しなさい。今ならまだ間に合うわ」
平静とした表情のままでいる“図書係”だが、内心は静かに焦っていた。
独断専行とそれによる失態。これを知られればロリ男爵からの叱責は免れないだろう。
それでも、このままおめおめと帰還する事だけはできなかった。
せめて何か一つ、胸を張ってロリ男爵に報告できることを用意しなければ。
刃状のページを紅葉の首筋に当て、“図書係”はじっと瑞葉と対峙し続けている。
「「「……」」」
沈黙が続く。
せめてこのまま状況が停滞し、“整とん係”が起き上がってくれれば、もう少し状況は好転するだろう。
うまく瑞葉が退けば良し、“整とん係”が復活してくれればなお良し。最悪なのはこのまま状況が動かない事だ。
対峙している瑞葉も、動くに動けないでいた。
紅葉は自分たちを置いて逃げろと言ってくれた。しかし双葉を奪われ、まして紅葉まで放置して逃げる事など、彼女のプライドが許さない。
どうにか状況を好転させられないかと、眼前の状況に集中する。
せめて相手が何かに気を取られてくれれば、もう一度ブーストをかけて紅葉を奪還することも出来るだろう。
だがそこに至る為の一手が、今はどこにも無い。
下手に攻撃を仕掛ければ、“図書係”は紅葉の首筋に刃を食いこませるだろう。それだけは決して見逃す事が出来ない。
だが、切っ掛けは両者ともに思いがけぬ所から現れた。
再びの闖入者が現れたのだ。
「中々楽しそうな事をしてるじゃない、お2人さん?」
「な…っ、タチーハ!?」
「どうしてここに…」
瑞葉が驚き、“図書係”もわずかにそちらに気をやる。一番驚いているのは紅葉だが、下手に動けば刃が食い込む関係上、驚くだけしかできていない。
「楽しそうな事をしているみたいだけれど…、トランスレッドはこちらの獲物でもあるのよね」
「…何を勝手な。既にトランスレッドはロリ男爵さまが目をつけました。大首領様の命令であるならば元より、他組織の横やりなど認められません…」
「そう言うわよねぇ。…でも良いの? あなたは、それで、本当に?」
「…どういうことですか」
じろりと、くりくりとした瞳で“図書係”がタチーハを睨みつける。しかし彼女はそれをさほど気にもせず、艶やかな唇を歪ませて笑った。
「相棒はトランスイエローにやられて気絶して、後がないと思うのも無理無いわよね。焦ってるんでしょう? 手柄が欲しくてたまらないんでしょう?」
「……」
図星である。あるが故に、“図書係”は手を震わせることしかできない。
「TSトロンの事は詳しく知らないけれど、それほど手柄を立てたくて固執してるあなたの上司…、ロリ男爵様とやらは、随分あなたに優しいようね?」
「…知った口を聞きますね」
「分かるわ。だってあなたの目、それは恐怖の色じゃないもの」
「…何を言っているのですか」
「単純よ。あなたの目の色は掛け値なしの忠誠心から来ているって、分かっちゃったのだもの」
「あなたにわたし達の何がわかるというのです…!」
「あなた達の事は知らないわ。だけど私、組織のナンバー2だったのよ? 部下の目の色とか、嫌でもわかっちゃうわ。
恐怖から従っている者、反骨心を抱いていた者、諦めて従うしか道がなかった者、洗脳された者。
…それに、心から忠誠を誓っている者。色んな部下の目を見てきたわ」
くすくすと笑うタチーハは、瑞葉の事など気にせず“図書係”をからかうように言葉を紡いでいる。
それを見ながら、半ば無視されている立場の瑞葉はある点が気になっていた。
タチーハの背中にくっついている、“図書係”には見えない謎のユニット。あんなものは清彦が寄生していた時にはついていなかった筈だ。となると、アレは一体…。
「……?」
ふと、一瞬タチーハの目がこちらを向いたような気がした事に瑞葉は気付く。それが何を意味しているのかは…。
「…だから、何だというのです? あなたがいくら私の目を見ようが、トランスレッドはこちらの手の中にあるのです。
それとも勝手に動いて、彼女の命を散らしますか?」
「それは嫌ね、今彼に死なれては困るもの。だから…」
ふっと笑みを浮かべて、タチーハは告げる。
「取り戻させてもらうよ。瑞葉ちゃん!」
「!?」
タチーハの口調が変わり、一瞬で“図書係”は気付いた。先程までのタチーハとの会話で、トランスイエローの存在を頭の中から消してしまっていたことに。
そして明確なスキができた時を、瑞葉は見逃さなかった。
「リニアアクセルッ!」
ブーストをかけて急加速し、“図書係”に接近する瑞葉。電磁の反発力を応用した急加速の振りぬきによって、大剣の切っ先がページの刃を叩き落される。
“図書係”の反応も早く、すぐさまトランスレッドを解放し戦闘準備に入ろうとした瞬間、
「すまないが、君にはいろいろと聞きたい事があってね…。《エナジードレイン》!」
瑞葉と同時に急接近していたタチーハが、“図書係”から生命力を奪い取る事で、反撃を抑える事に成功した。
“図書係”はガクリと崩れ落ち、虚ろな目をして気絶している。
その様子を確認し、タチーハは何かを確かめるように自らの手を握っては開いてを繰り返していた。
「ふむ、この様子では特に動かすことは問題ないか」
「…何してるんですか、というか何をしたんですか、敏明博士!」
「はっはっは、単純な事だよ。清彦君と同じ事をさせてもらっているだけさ。ただし、遠隔地からだがね」
今タチーハの体を動かしているのは、丹葉敏明だった。
彼が言うには、清彦が行っている「寄生」と同様のプロセスを、機械技術によって補っているのだという。
「言葉は悪いが、タチーハの体を遠隔操縦しているという事さ。
何分「寄生」に関するデータは、瑞葉君との実験によってある程度データを得られていたからね」
急ごしらえだが、という前置きをしながら、タチーハの体を動かしている敏明は紅葉を抱き起し、埃を軽く叩き落とす。
「助かったよ、博士。…その姿で博士というのはなんだか変な感じだが」
「気にすることは無い。君たちが無事でいて良かったが…、双葉くんはどうしたんだ?」
「…そうだ、双葉先輩! 大変なんです敏明博士、双葉先輩がTSトロンのエロイ元帥に攫われてしまいました!」
「本当か!? それはマズいな…、早急に対処せねばならん、が…。一度君たちには基地に戻ってきてほしい」
タチーハの体を操縦している敏明に、瑞葉は詰め寄る。
「何か問題でもあるって言うんですか? 早くしないと双葉先輩が何をされるか…!」
「…すまんが、タチーハの体をずっと使うのも難しいのだ。先程のエナジードレインで、制御が利きにくくなっている。
現在は君たちの装備から出している電波で操縦電波を強くして、なんとか普通に動かしているからな」
しばらくするとトランスレンジャー所属のCV-22B オスプレイが降着する。
自走式怪人収容カプセルと対NBC機能もある強化外骨格機動スーツ装備の支援隊員達が降り立ち、カプセル内に“整とん係”と“図書係”を収容する。
また先生や戦闘員の皮等も回収すると直ぐに飛び立つ。
機内にあった3基目のカプセルにタチーハ(丹葉敏明博士)も入りながら
「治療後に直ぐに再出撃になるだろう。少しでも休み備えてくれ」
と言ってカプセルの扉を閉めた。
一方その頃、ロリ男爵は。
「…2人からの連絡がない。“先生”も着けたが…、どうやら先走っちまったか」
ロリ男爵は移動し、3人のロリ怪人達を侍らせながら“整とん係”達の連絡を待っていた。
素直な子たちだから命令通りに遂行すると思っていたが、先行し行動をしてしまったのか、信号も途絶えてしまったようだ。
「だがそれもまた愛い…。俺様の寵愛を受けようとするロリっ娘達は素晴らしい…」
「ねぇ男爵様、“整とん係”ちゃん達どうしたの?」
「気にするな。ちょっとお仕事が長くなりそうだなってだけだよ」
「そうなんだぁ。早く2人とも戻ってきてくれるといいなぁ」
無邪気に笑うロリ怪人達の体を撫でながら、ロリ男爵は棒付きキャンディを咥え嘗め回す。
(それにしても解せん…。何故大首領様はこんな罠に簡単に引っかかるような奴を気に掛ける?
帝重洲帝国の生き残りだからか? だとしても何故、女性怪人に改造されてない奴を…。
いや、考えるな。TSトロン大首領様の命令は絶対だ。俺には考えつかないようなことを、きっと考えておられるのだ)
不安の混じった思考を振り払いながら、今や自分の肉体を檻としてとらえた本郷清彦を、一刻も早く大首領の前に献上する。
それだけを目的とし、TSトロン基地へと車を走らせるよう“先生2号”に命令を下した。
大首領様からタチーハの事を聞いて、ロリ男爵は驚いた。ナンバー2であった彼女が突然の離反を起こした理由を。
それが下級怪人の手に依る物だという事は、まさに驚嘆の出来事であった。
「それにしても…、下級怪人のくせに何だこの、主導権を握ろうとする強さは…。
くそっ、俺ともあろうものがロリ怪人を傍に侍らせてないと、つい“持っていかれそう”になる」
現状を正確に表現するなら、「ロリ男爵の意識を転写された清彦」が体の主導権を握っており、本来のロリ男爵の意識は封印されたままである。
それでも尚「清彦」の意識が主導権を握ろうとするのは、ある種のセーフティの強さの所為であった。
清彦、つまり蝙蝠男が「寄生」した相手を無事に帝重洲帝国に連れて帰還できるよう、彼の自我はひときわ強く調整されていた。
それが「本郷清彦」の意識も強くさせてしまった事は、ある種帝重洲帝国の失敗だったのかもしれないが。
「“掃除係”、もっと強くだ。強く俺様に抱き付け」
「はーい♪ えへへ、男爵様ぁ」
「あぁ…、やはり良い、ロリこそ至高、ロリこそ至上…!」
“掃除係”と呼ばれた怪人の、くびれも殆どできていない腰を撫でさすりながら、『ロリ男爵の意識』は自分を強く保つ。
蝙蝠男を、ひいてはタチーハの体を献上するまで、自分の意識を手放すわけにはいかなかった。
一方…
>1:トランスレンジャー側は…
2:双葉は…
3:ドクトルLは…
「くそっどうなっているんだ!」
ところ変わってトランスレンジャー基地では、紅葉が苛立った声を上げていた。
その姿は基地へ帰還する前と変わらず、小学生ほどに縮んだままである。
「ううん……わからない……年齢退行の仕組みが全然わからない……」
紅葉の体を分析装置でスキャンし、モニタに映ったデータを睨みながら、丹葉凛もまたうめき声を上げる。
ラボ内のカプセルの中には、意識を失った状態で“整とん係”と“図書係”が浮かんでいる。
この怪人2体に紅葉の体というサンプルがあってさえ、ロリ男爵の持つ『呪術』の正体は掴みかねていた。
「怪人分析設備による全身スキャンの結果は、健康なごく普通の女児と全く変わらない、と出た……。
これら怪人2体は常人をはるかに越えた身体能力はあるものの、これまでのTS帝国の怪人やドクトルLの部下のような、生化学的、あるいは機械的な改造の痕跡すら全く無い!
若返りの謎どころか、この女児怪人たちの使った“透視”や“ベクトル操作”のような能力の原理すら掴めないとは……ッ」
頭を掻き毟る凛。
「すまない博士……、俺が不甲斐ないばかりに」
しゅんとした紅葉の言葉はどこか舌足らずで、見た目相応の女児のように幼く頼りなく響く。
「こちらこそ申し訳ない、従来とは全く違う技術由来の怪人の出現は想定内ではあった……、でもここまで技術体系が違うとは……。
こうなると、紅葉くんを元に戻す方法はひとつだ。ロリ男爵を生け捕りにすること。
やつを倒せば元に戻る、なんて楽観的に考えられる根拠が全く無い以上、やつ自身に術を解除させるほかはない。
理想的には、ドクトルLのようにロリ男爵を寝返らせこちらの味方につけられればベストなんだが……、そこは清彦君頼み、ということになるか」
そこで紅葉ははっと気付く。
「そうだ、そろそろ本郷から連絡は来ていないか!?」
「いやまだだよ……怪人たちから離れられず連絡する余裕が無いのか、あるいはあちらもトラブルに巻き込まれているのかもしれない」
しばし思案する凛。ラボに沈黙が満ちる。
「こうなってくると、我々の取れる選択肢も限られてくる。
清彦君の連絡を待つか、こちらから迎えに出るか。その場合動かせる戦力は瑞葉ちゃんとタチーハの体ということになる。
あるいは、ドクトルLからの連絡または帰還を待つか」
「待ってくれ、俺はまだ戦える」
凛の言葉を遮り、紅葉が瞳に強い意思を込めて立ち上がった。
「博士、俺のトランスレンジャースーツをこの姿でも使えるように再調整してくれ!
万全の状態には及ばないが、今の俺でもスーツを着れば戦えるはずだ。それにこのままやられっぱなしのままなんて、我慢ならない!」
「わかった、急ぎ調整しよう。少しだけ待ってくれ」
一方のドクトルLであったが…。
「はぁ、はぁ…。基地に乗り込むのは、少し早計に過ぎたかもしれませんわね…」
どうにかバブみ大僧正を撒いたドクトルLは、物陰にて荒い息を整えていた。
彼女がTSトロン基地に再びやってきた理由は、単純に言えば「こちらに残していたデータの抹消」だ。
今まで彼女がTSトロンへと貢献した技術。それが清彦たちの害になる事を考えるだけで、彼女は耐えられなかった。それ故に基地に乗り込み、データを完全に抹消してしまえば。少なくともすぐに被害を及ぼすことは無いだろう。
そう考えていたのだが…。
「こうも早くバブみ大僧正に見つかるのは想定外でしたわ…! ロリ男爵とエロイ元帥が出払っているので、よもやと思ったのですが…」
戦闘員の皮を着込み、潜入をするまでは良かった。幹部の2人がいない状況を聞いてみれば、猶の事いけると思っていた。
「シスター・ジェニーをそのまま使って、戻ってきたフリをすれば容易かったのでしょうが…」
それでは潜入後、彼女を解放した際、バブみ大僧正に手駒を戻すことになる。向こうの戦力を戻すなど、出来得ることならやりたくなかった。
「侵入者さ~ん、そんなに隠れてないで出てきなさ~い。今なら優しく私の娘にしてあげますから~♪」
遠くからバブみ大僧正の声が聞こえてくる。このまま通り過ぎてくれ、と祈る事しかできない状態だ。
その時、別の声が聞こえてきた。
「バブみ大僧正、何をしているの?」
「あら、エロイ元帥。もうお戻りなのですか?」
「えぇ、すぐに任務を達成できたものでね」
どうやらエロイ元帥が戻ってきてしまった様だ。幹部がいったい何の任務を受けたというのだろう。
「そちらの小さな娘はどちら様? どことなくトランスホワイトに雰囲気が…」
「お察しの通り、トランスホワイトよ。彼女を連れて来いというお達しを大首領様から受けたのだけど、呆気なさ過ぎて物足りないくらいだったわ」
(…何ですって…?)
心中で驚きながらも、声は出さない。トランスホワイト、双葉が攫われて基地まで連れてこられてきた。
しかも小さな、と言う話だ。双葉はそれなりの年齢だったはずだ、それが小さい…。
(おそらくはロリ男爵の仕業ですわね?)
その推察は間違っていなかった。ロリランドに潜入することをドクトルも聞き及んでいたし、相対するのがロリ男爵という事は嫌でもわかる。
そして幹部同士であるからこそ、お互いの能力を知っていた。奴の手に掛かれば、ロリ化させられてしまう事だって。
「それにロリ男爵からも連絡があったわ。蝙蝠男を捕獲したそうよ?」
(清彦様が…!?)
そしてそれ以上に、エロイ元帥の言葉に驚いていた。
(清彦様がどうして…。まさかこれもロリ男爵が何かしたのでは…!)
彼が何をしたのか、その推察まではまだできていなかった。だがそれ以上にドクトルの中に焦りの感情が産まれてくる。
(マズいですわ。このままだと大首領の手に清彦様が渡ってしまう。太刀葉お姉様の体はトランスレンジャー基地でしょうが…、それでも…!
私1人では幹部を相手に戦った所で、おそらくはやられるのが関の山…。助けられるのは1人だけ…。
双葉さんと清彦様…、どちらを…)
その瞬間、彼女の中に暗い感情が溢れ出す。
(…双葉さんを放っておいて、清彦様を助けられれば、私の事を少しは見てくださるでしょうか…。
それに清彦様だって、双葉さんが捕らえられてるなんて思ってもいないでしょうし…。
しかし私の目的はデータの抹消…。これを放置すれば清彦様に私の技術が牙を向く事になる…。)
選択肢は常に突き付けられている。ドクトルLにとって、重要な選択肢が今ここに提示されていた。
人間の体は一つしか無い。清彦か、研究データのどちらを取るか。
(…そう、ですわね)
そうして、彼女は決断を下す。
A:ロリ男爵の所へ向かい、清彦を救出する
>B:研究データの抹消を優先する
(清彦様を抹殺ではなく捕獲、つまり生かしておくつもりですわ。
それに双葉さんも共に捕らえられているのでしたらトランスレンジャー側からも救出奪還作戦が行われるに違いありませんわ。
本当は今、この瞬間にでも清彦様救出に向かいたいところですが清彦様ならこの判断を誉めてくださるでしょう。
辛いけどデータ抹消してから必ず救出に向かいます!)
「あはは、まだまだ行くよぉー?」
状況は一進一退、いや確実にTSトロン側へと移行していた。
ベクトル操作によって周囲の物体を操る“整とん係”の攻撃にさらされ続けている瑞葉は、状況を自分の側に引き寄せる事に難儀していた。
飛来する物体を打ち落とし、隙を見て攻めに出ようとするも、“整とん係”にその動きを止められてしまう。
(せめて何か隙を見せられれば…!)
トランスレンジャーの装備には、全員に標準搭載されているブースト機能がある。
それを使って一気に飛び込むことができれば、全力の一撃をぶちかます事が、“整とん係”を倒す事ができるだろう。
だが、
「考え事をしてるのはよくないよっ?」
“整とん係”の呼び声に気を取られた瞬間、瑞葉の体が“整とん係”の能力によって脚を止められてしまった。
「しまった…!」
「ざんねーん。大玉、どっかーん!!」
その瞬間、瑞葉たちが乗っていた車がベクトル操作によって宙に浮かび、飛んできた。
(まずい、やられる…!)
普通なら目を覆う程の大質量の、スピードを伴った攻撃に目をつぶってしまうかもしれない。
しかし瑞葉は腐ってもトランスレンジャー、そんな愚を犯す事はしない。
だからこそ気付く事ができた。車が飛来して丁度“整とん係”と瑞葉の間に位置した瞬間、彼女は再び動けるようになっていた。
(まさか…!)
短い間の思考で瑞葉は考える。
もしや“整とん係”は見えている物体相手にしかベクトル操作を行う事ができないのではないか。
(それなら!)
思考は一瞬、行動は刹那。
瑞葉はブースト機能を起動させ、脚部に雷のエネルギーを漲らせる。
身を屈め、車の一撃を避ける体勢になって、普段なら後退する所を逆に前進した。
「リニアアクセルッ!」
瞬間、瑞葉の体は音速を越える。
飛来する車の下を潜り抜け、“整とん係”の目にも留まらぬ速度で彼女の前に飛び込んできた。
「残念だったのは、あなたの方よ! ライトニング・スラッシャー!!」
そのまま雷を纏った大剣を“整とん係”に直接ぶつけ、エネルギーを流し込んだ!
「きゃあぁぁぁぁっ!?」
先生のように爆発こそしないものの、“整とん係”はエネルギーの奔流に弾き飛ばされ、静かにその身を横たえる事になった。
「“整とん係”ちゃん…!」
「よし…!」
その一方で、紅葉を捉えていた“図書係”は苦渋の表情を見せていた。
(わたしが戦う事もできていれば、確実にトランスイエローを確保できていた筈だというのに…。トランスレッドを確保する事ばかり考えていた…)
“図書係”の能力によって瑞葉の状況を逐一知らされていれば、今のカウンターさえ成功する事は無かっただろう。
だが紅葉を抑える為に両手を使えず、本を開けなかったのは大きな痛手であった。
「さぁ、次はあなたの番よ。隊長を離しなさい!」
「…そうやすやすと、あなたの言う事に従うとでも?」
“図書係”は片手で本からページを一枚ちぎり、軽く振るう。するとペラペラの紙は、いつの間にかピンと張られた鋭い刃に成っていた。
「…確保という男爵様のご命令には逆らう事になるけれど、良い結果のご報告も無しに帰れないの」
「く…っ」
デモンストレーションとばかりに衝撃波で近くの岩を両断すると、刃に成った紙を紅葉の首筋に添えた。
「隊長!」
「…トランスレッドの命が惜しければ、わたしを見逃しなさい。今ならまだ間に合うわ」
平静とした表情のままでいる“図書係”だが、内心は静かに焦っていた。
独断専行とそれによる失態。これを知られればロリ男爵からの叱責は免れないだろう。
それでも、このままおめおめと帰還する事だけはできなかった。
せめて何か一つ、胸を張ってロリ男爵に報告できることを用意しなければ。
刃状のページを紅葉の首筋に当て、“図書係”はじっと瑞葉と対峙し続けている。
「「「……」」」
沈黙が続く。
せめてこのまま状況が停滞し、“整とん係”が起き上がってくれれば、もう少し状況は好転するだろう。
うまく瑞葉が退けば良し、“整とん係”が復活してくれればなお良し。最悪なのはこのまま状況が動かない事だ。
対峙している瑞葉も、動くに動けないでいた。
紅葉は自分たちを置いて逃げろと言ってくれた。しかし双葉を奪われ、まして紅葉まで放置して逃げる事など、彼女のプライドが許さない。
どうにか状況を好転させられないかと、眼前の状況に集中する。
せめて相手が何かに気を取られてくれれば、もう一度ブーストをかけて紅葉を奪還することも出来るだろう。
だがそこに至る為の一手が、今はどこにも無い。
下手に攻撃を仕掛ければ、“図書係”は紅葉の首筋に刃を食いこませるだろう。それだけは決して見逃す事が出来ない。
だが、切っ掛けは両者ともに思いがけぬ所から現れた。
再びの闖入者が現れたのだ。
「中々楽しそうな事をしてるじゃない、お2人さん?」
「な…っ、タチーハ!?」
「どうしてここに…」
瑞葉が驚き、“図書係”もわずかにそちらに気をやる。一番驚いているのは紅葉だが、下手に動けば刃が食い込む関係上、驚くだけしかできていない。
「楽しそうな事をしているみたいだけれど…、トランスレッドはこちらの獲物でもあるのよね」
「…何を勝手な。既にトランスレッドはロリ男爵さまが目をつけました。大首領様の命令であるならば元より、他組織の横やりなど認められません…」
「そう言うわよねぇ。…でも良いの? あなたは、それで、本当に?」
「…どういうことですか」
じろりと、くりくりとした瞳で“図書係”がタチーハを睨みつける。しかし彼女はそれをさほど気にもせず、艶やかな唇を歪ませて笑った。
「相棒はトランスイエローにやられて気絶して、後がないと思うのも無理無いわよね。焦ってるんでしょう? 手柄が欲しくてたまらないんでしょう?」
「……」
図星である。あるが故に、“図書係”は手を震わせることしかできない。
「TSトロンの事は詳しく知らないけれど、それほど手柄を立てたくて固執してるあなたの上司…、ロリ男爵様とやらは、随分あなたに優しいようね?」
「…知った口を聞きますね」
「分かるわ。だってあなたの目、それは恐怖の色じゃないもの」
「…何を言っているのですか」
「単純よ。あなたの目の色は掛け値なしの忠誠心から来ているって、分かっちゃったのだもの」
「あなたにわたし達の何がわかるというのです…!」
「あなた達の事は知らないわ。だけど私、組織のナンバー2だったのよ? 部下の目の色とか、嫌でもわかっちゃうわ。
恐怖から従っている者、反骨心を抱いていた者、諦めて従うしか道がなかった者、洗脳された者。
…それに、心から忠誠を誓っている者。色んな部下の目を見てきたわ」
くすくすと笑うタチーハは、瑞葉の事など気にせず“図書係”をからかうように言葉を紡いでいる。
それを見ながら、半ば無視されている立場の瑞葉はある点が気になっていた。
タチーハの背中にくっついている、“図書係”には見えない謎のユニット。あんなものは清彦が寄生していた時にはついていなかった筈だ。となると、アレは一体…。
「……?」
ふと、一瞬タチーハの目がこちらを向いたような気がした事に瑞葉は気付く。それが何を意味しているのかは…。
「…だから、何だというのです? あなたがいくら私の目を見ようが、トランスレッドはこちらの手の中にあるのです。
それとも勝手に動いて、彼女の命を散らしますか?」
「それは嫌ね、今彼に死なれては困るもの。だから…」
ふっと笑みを浮かべて、タチーハは告げる。
「取り戻させてもらうよ。瑞葉ちゃん!」
「!?」
タチーハの口調が変わり、一瞬で“図書係”は気付いた。先程までのタチーハとの会話で、トランスイエローの存在を頭の中から消してしまっていたことに。
そして明確なスキができた時を、瑞葉は見逃さなかった。
「リニアアクセルッ!」
ブーストをかけて急加速し、“図書係”に接近する瑞葉。電磁の反発力を応用した急加速の振りぬきによって、大剣の切っ先がページの刃を叩き落される。
“図書係”の反応も早く、すぐさまトランスレッドを解放し戦闘準備に入ろうとした瞬間、
「すまないが、君にはいろいろと聞きたい事があってね…。《エナジードレイン》!」
瑞葉と同時に急接近していたタチーハが、“図書係”から生命力を奪い取る事で、反撃を抑える事に成功した。
“図書係”はガクリと崩れ落ち、虚ろな目をして気絶している。
その様子を確認し、タチーハは何かを確かめるように自らの手を握っては開いてを繰り返していた。
「ふむ、この様子では特に動かすことは問題ないか」
「…何してるんですか、というか何をしたんですか、敏明博士!」
「はっはっは、単純な事だよ。清彦君と同じ事をさせてもらっているだけさ。ただし、遠隔地からだがね」
今タチーハの体を動かしているのは、丹葉敏明だった。
彼が言うには、清彦が行っている「寄生」と同様のプロセスを、機械技術によって補っているのだという。
「言葉は悪いが、タチーハの体を遠隔操縦しているという事さ。
何分「寄生」に関するデータは、瑞葉君との実験によってある程度データを得られていたからね」
急ごしらえだが、という前置きをしながら、タチーハの体を動かしている敏明は紅葉を抱き起し、埃を軽く叩き落とす。
「助かったよ、博士。…その姿で博士というのはなんだか変な感じだが」
「気にすることは無い。君たちが無事でいて良かったが…、双葉くんはどうしたんだ?」
「…そうだ、双葉先輩! 大変なんです敏明博士、双葉先輩がTSトロンのエロイ元帥に攫われてしまいました!」
「本当か!? それはマズいな…、早急に対処せねばならん、が…。一度君たちには基地に戻ってきてほしい」
タチーハの体を操縦している敏明に、瑞葉は詰め寄る。
「何か問題でもあるって言うんですか? 早くしないと双葉先輩が何をされるか…!」
「…すまんが、タチーハの体をずっと使うのも難しいのだ。先程のエナジードレインで、制御が利きにくくなっている。
現在は君たちの装備から出している電波で操縦電波を強くして、なんとか普通に動かしているからな」
しばらくするとトランスレンジャー所属のCV-22B オスプレイが降着する。
自走式怪人収容カプセルと対NBC機能もある強化外骨格機動スーツ装備の支援隊員達が降り立ち、カプセル内に“整とん係”と“図書係”を収容する。
また先生や戦闘員の皮等も回収すると直ぐに飛び立つ。
機内にあった3基目のカプセルにタチーハ(丹葉敏明博士)も入りながら
「治療後に直ぐに再出撃になるだろう。少しでも休み備えてくれ」
と言ってカプセルの扉を閉めた。
一方その頃、ロリ男爵は。
「…2人からの連絡がない。“先生”も着けたが…、どうやら先走っちまったか」
ロリ男爵は移動し、3人のロリ怪人達を侍らせながら“整とん係”達の連絡を待っていた。
素直な子たちだから命令通りに遂行すると思っていたが、先行し行動をしてしまったのか、信号も途絶えてしまったようだ。
「だがそれもまた愛い…。俺様の寵愛を受けようとするロリっ娘達は素晴らしい…」
「ねぇ男爵様、“整とん係”ちゃん達どうしたの?」
「気にするな。ちょっとお仕事が長くなりそうだなってだけだよ」
「そうなんだぁ。早く2人とも戻ってきてくれるといいなぁ」
無邪気に笑うロリ怪人達の体を撫でながら、ロリ男爵は棒付きキャンディを咥え嘗め回す。
(それにしても解せん…。何故大首領様はこんな罠に簡単に引っかかるような奴を気に掛ける?
帝重洲帝国の生き残りだからか? だとしても何故、女性怪人に改造されてない奴を…。
いや、考えるな。TSトロン大首領様の命令は絶対だ。俺には考えつかないようなことを、きっと考えておられるのだ)
不安の混じった思考を振り払いながら、今や自分の肉体を檻としてとらえた本郷清彦を、一刻も早く大首領の前に献上する。
それだけを目的とし、TSトロン基地へと車を走らせるよう“先生2号”に命令を下した。
大首領様からタチーハの事を聞いて、ロリ男爵は驚いた。ナンバー2であった彼女が突然の離反を起こした理由を。
それが下級怪人の手に依る物だという事は、まさに驚嘆の出来事であった。
「それにしても…、下級怪人のくせに何だこの、主導権を握ろうとする強さは…。
くそっ、俺ともあろうものがロリ怪人を傍に侍らせてないと、つい“持っていかれそう”になる」
現状を正確に表現するなら、「ロリ男爵の意識を転写された清彦」が体の主導権を握っており、本来のロリ男爵の意識は封印されたままである。
それでも尚「清彦」の意識が主導権を握ろうとするのは、ある種のセーフティの強さの所為であった。
清彦、つまり蝙蝠男が「寄生」した相手を無事に帝重洲帝国に連れて帰還できるよう、彼の自我はひときわ強く調整されていた。
それが「本郷清彦」の意識も強くさせてしまった事は、ある種帝重洲帝国の失敗だったのかもしれないが。
「“掃除係”、もっと強くだ。強く俺様に抱き付け」
「はーい♪ えへへ、男爵様ぁ」
「あぁ…、やはり良い、ロリこそ至高、ロリこそ至上…!」
“掃除係”と呼ばれた怪人の、くびれも殆どできていない腰を撫でさすりながら、『ロリ男爵の意識』は自分を強く保つ。
蝙蝠男を、ひいてはタチーハの体を献上するまで、自分の意識を手放すわけにはいかなかった。
一方…
>1:トランスレンジャー側は…
2:双葉は…
3:ドクトルLは…
「くそっどうなっているんだ!」
ところ変わってトランスレンジャー基地では、紅葉が苛立った声を上げていた。
その姿は基地へ帰還する前と変わらず、小学生ほどに縮んだままである。
「ううん……わからない……年齢退行の仕組みが全然わからない……」
紅葉の体を分析装置でスキャンし、モニタに映ったデータを睨みながら、丹葉凛もまたうめき声を上げる。
ラボ内のカプセルの中には、意識を失った状態で“整とん係”と“図書係”が浮かんでいる。
この怪人2体に紅葉の体というサンプルがあってさえ、ロリ男爵の持つ『呪術』の正体は掴みかねていた。
「怪人分析設備による全身スキャンの結果は、健康なごく普通の女児と全く変わらない、と出た……。
これら怪人2体は常人をはるかに越えた身体能力はあるものの、これまでのTS帝国の怪人やドクトルLの部下のような、生化学的、あるいは機械的な改造の痕跡すら全く無い!
若返りの謎どころか、この女児怪人たちの使った“透視”や“ベクトル操作”のような能力の原理すら掴めないとは……ッ」
頭を掻き毟る凛。
「すまない博士……、俺が不甲斐ないばかりに」
しゅんとした紅葉の言葉はどこか舌足らずで、見た目相応の女児のように幼く頼りなく響く。
「こちらこそ申し訳ない、従来とは全く違う技術由来の怪人の出現は想定内ではあった……、でもここまで技術体系が違うとは……。
こうなると、紅葉くんを元に戻す方法はひとつだ。ロリ男爵を生け捕りにすること。
やつを倒せば元に戻る、なんて楽観的に考えられる根拠が全く無い以上、やつ自身に術を解除させるほかはない。
理想的には、ドクトルLのようにロリ男爵を寝返らせこちらの味方につけられればベストなんだが……、そこは清彦君頼み、ということになるか」
そこで紅葉ははっと気付く。
「そうだ、そろそろ本郷から連絡は来ていないか!?」
「いやまだだよ……怪人たちから離れられず連絡する余裕が無いのか、あるいはあちらもトラブルに巻き込まれているのかもしれない」
しばし思案する凛。ラボに沈黙が満ちる。
「こうなってくると、我々の取れる選択肢も限られてくる。
清彦君の連絡を待つか、こちらから迎えに出るか。その場合動かせる戦力は瑞葉ちゃんとタチーハの体ということになる。
あるいは、ドクトルLからの連絡または帰還を待つか」
「待ってくれ、俺はまだ戦える」
凛の言葉を遮り、紅葉が瞳に強い意思を込めて立ち上がった。
「博士、俺のトランスレンジャースーツをこの姿でも使えるように再調整してくれ!
万全の状態には及ばないが、今の俺でもスーツを着れば戦えるはずだ。それにこのままやられっぱなしのままなんて、我慢ならない!」
「わかった、急ぎ調整しよう。少しだけ待ってくれ」
一方のドクトルLであったが…。
「はぁ、はぁ…。基地に乗り込むのは、少し早計に過ぎたかもしれませんわね…」
どうにかバブみ大僧正を撒いたドクトルLは、物陰にて荒い息を整えていた。
彼女がTSトロン基地に再びやってきた理由は、単純に言えば「こちらに残していたデータの抹消」だ。
今まで彼女がTSトロンへと貢献した技術。それが清彦たちの害になる事を考えるだけで、彼女は耐えられなかった。それ故に基地に乗り込み、データを完全に抹消してしまえば。少なくともすぐに被害を及ぼすことは無いだろう。
そう考えていたのだが…。
「こうも早くバブみ大僧正に見つかるのは想定外でしたわ…! ロリ男爵とエロイ元帥が出払っているので、よもやと思ったのですが…」
戦闘員の皮を着込み、潜入をするまでは良かった。幹部の2人がいない状況を聞いてみれば、猶の事いけると思っていた。
「シスター・ジェニーをそのまま使って、戻ってきたフリをすれば容易かったのでしょうが…」
それでは潜入後、彼女を解放した際、バブみ大僧正に手駒を戻すことになる。向こうの戦力を戻すなど、出来得ることならやりたくなかった。
「侵入者さ~ん、そんなに隠れてないで出てきなさ~い。今なら優しく私の娘にしてあげますから~♪」
遠くからバブみ大僧正の声が聞こえてくる。このまま通り過ぎてくれ、と祈る事しかできない状態だ。
その時、別の声が聞こえてきた。
「バブみ大僧正、何をしているの?」
「あら、エロイ元帥。もうお戻りなのですか?」
「えぇ、すぐに任務を達成できたものでね」
どうやらエロイ元帥が戻ってきてしまった様だ。幹部がいったい何の任務を受けたというのだろう。
「そちらの小さな娘はどちら様? どことなくトランスホワイトに雰囲気が…」
「お察しの通り、トランスホワイトよ。彼女を連れて来いというお達しを大首領様から受けたのだけど、呆気なさ過ぎて物足りないくらいだったわ」
(…何ですって…?)
心中で驚きながらも、声は出さない。トランスホワイト、双葉が攫われて基地まで連れてこられてきた。
しかも小さな、と言う話だ。双葉はそれなりの年齢だったはずだ、それが小さい…。
(おそらくはロリ男爵の仕業ですわね?)
その推察は間違っていなかった。ロリランドに潜入することをドクトルも聞き及んでいたし、相対するのがロリ男爵という事は嫌でもわかる。
そして幹部同士であるからこそ、お互いの能力を知っていた。奴の手に掛かれば、ロリ化させられてしまう事だって。
「それにロリ男爵からも連絡があったわ。蝙蝠男を捕獲したそうよ?」
(清彦様が…!?)
そしてそれ以上に、エロイ元帥の言葉に驚いていた。
(清彦様がどうして…。まさかこれもロリ男爵が何かしたのでは…!)
彼が何をしたのか、その推察まではまだできていなかった。だがそれ以上にドクトルの中に焦りの感情が産まれてくる。
(マズいですわ。このままだと大首領の手に清彦様が渡ってしまう。太刀葉お姉様の体はトランスレンジャー基地でしょうが…、それでも…!
私1人では幹部を相手に戦った所で、おそらくはやられるのが関の山…。助けられるのは1人だけ…。
双葉さんと清彦様…、どちらを…)
その瞬間、彼女の中に暗い感情が溢れ出す。
(…双葉さんを放っておいて、清彦様を助けられれば、私の事を少しは見てくださるでしょうか…。
それに清彦様だって、双葉さんが捕らえられてるなんて思ってもいないでしょうし…。
しかし私の目的はデータの抹消…。これを放置すれば清彦様に私の技術が牙を向く事になる…。)
選択肢は常に突き付けられている。ドクトルLにとって、重要な選択肢が今ここに提示されていた。
人間の体は一つしか無い。清彦か、研究データのどちらを取るか。
(…そう、ですわね)
そうして、彼女は決断を下す。
A:ロリ男爵の所へ向かい、清彦を救出する
>B:研究データの抹消を優先する
(清彦様を抹殺ではなく捕獲、つまり生かしておくつもりですわ。
それに双葉さんも共に捕らえられているのでしたらトランスレンジャー側からも救出奪還作戦が行われるに違いありませんわ。
本当は今、この瞬間にでも清彦様救出に向かいたいところですが清彦様ならこの判断を誉めてくださるでしょう。
辛いけどデータ抹消してから必ず救出に向かいます!)