「お呼びでしょうか魔王様。」
「お主なら既にわかっているであろう、潜影のシャドーよ。例の魔法少女のことだ。」
魔王様に呼ばれた私は用件を聞いてたらりと汗を垂らした。魔法少女、我ら魔族で知らないものは
いない、我ら同族を数えきれないほど屠ってきたまさに悪の権化である。さらに例の魔法少女、
というと『金獅子の戦乙女』と『黒薔薇の魔女』の二人であろう。まさに魔法少女のカリスマであり
最強戦力の一角である奴らは最も我ら魔族に忌み嫌われている存在であると言える。そんな奴らを
相手に魔王様が直々に私に話をつけに来たのだ。緊張しないはずがなかった。
「それで私めにお話とは…潜入任務か何かでしょうか?」
「いいや、奴ら金獅子と黒薔薇は最近では新たに魔法の才能のある人間共を見つけては育成してると
聞く。つまりあ奴らさえ堕とせば他の奴らもすぐに懐柔できるという訳だ。そこでお前にはあ奴らを
堕としてきてもらいたい。」
そんな大役が務まるはずがないとすぐに思った。堕とすとはつまりは最強戦力である奴らを悪堕ち
させてこいと言う意味だ。生け捕りにして力を封じその強靭な精神を屈服させ堕落させるだけでも
難しいというのに戦闘力がまるでないこの非力な私に一体何ができるというのだろう。
「お恥ずかしながら魔王様。私めにそのような大役が務まろう筈がございません。何卒お考え直し
下さいませ。」
「何もお前の力だけで奴らを堕とせるとは思っておらぬ。これを指に嵌めるがよい。」
そういうと魔王様は禍々しい光を放つ指輪を私に渡した。私の太い指に対してあまりにも
小さすぎるんじゃないかという不安はすぐに消えた。どうやら指の太さに自動的に調整されるらしく
指輪は私の指にきれいに嵌まった。
「お主はそれをつけていつも通り影に紛れ込むだけでよい。使い方は…まぁすぐにわかるだろうて。
それでは今すぐ出発せい。いい報告を期待しておるぞ。」
恥を覚悟で断ろうと思っていた私にギロリと鋭い重圧が襲いかかる。軽くひきつるような悲鳴を
漏らした私はその場から逃げるように部屋を出て魔法少女のいる街へと向かった。
* *
追い出されるかのように街へ飛び出した私は、いつもの通り街に潜むことにした。魔王様から呼ばれた
「潜影のシャドー」の名の通り、私は影さえあればそれに紛れ、身を隠すことが出来る。
気配を察知されることもないので、これを生かして数々の潜入、諜報任務をこなしてきたわけだが、
戦闘力は実はからっきしだ。恐らく一般戦闘員とも互角の戦いが出来てしまうであろう。その程度には
力がないと自負している。当然、魔法少女などにバレてしまえば恐らくすぐにでも蹴散らされ、
文字通り影になってしまうことであろう。
「まったく、魔王様も何を考えているのやら・・・」
こういった固定物、特に大きいものは太陽が出ている間はずっと影を保つため、隠れるのには具合が
いい。何より人通りも多いから、玉石混交ながらも情報が多く寄せられる。まずはこうやって市井に
紛れ込み、情報を選別する。場合によってはターゲットを探すこともある。
「シャドー様」
影に潜む私に声を掛けてきたのは最近与えられた部下のオンブラだ。
「自分も魔王様に指輪を与えられ、シャドー様を支援するよう申し付けられました」
「そうか」
部下を与えられたとはいえ、正直なところ使い方を心得ているわけではない。私は適当にオンブラ
にも影に潜るように指示を出す。隠れている場所を説明していなかった。いまは街の中の歩道橋に
身を隠している。人通りも多く、情報をかき集めるにはなかなか理想的な場所のはずなのだが・・・
『それでさぁ今日のテストがさぁ?・・・』
『はい、申し訳ありません。すぐに謝罪に参ります!・・・』
『お母さん今日の晩御飯は~?』『今日はハンバーグよ・・・』
なかなか情報が入ってこない。まあ、それはそうだろう。とにかく情報が多すぎる。文字通り
「情報の海に溺れ」ながらも情報を手繰り寄せねばならない諜報の流儀とはいえ、さすがに
堪えそうだ。何より今回は魔法少女、特にあの『金獅子の戦乙女』と『黒薔薇の魔女』の情報を
集めるどころか攻略しなければならない。今までとは違い、情報を持ち帰ればいいというわけ
ではないのである。
「うぬ・・・、魔法少女と思しき情報はないか・・・。この街にいるはずと踏んでいるのだが、
それさえももしかして違うのか?」
『それでさー、今度の魔法少女の修行の件だけどさぁ』
『こら、街の中で言っちゃダメって先生が言ってたでしょ?』
・・・、天は私を見放してはいなかったようだ。橋を渡る2名の少女、2人ともランドセルを
背負っている様から恐らく小学生だろうか、その内の片方が「魔法少女」と口走っていた。
もしかすると『金獅子』と『黒薔薇』が育成している魔法少女の卵なのかもしれない。私は
オンブラを近くに呼びよせ、指示を出す。
「あの少女たちの影に潜り、情報を集めろ」
「かしこまりました。それではいって参りますシャドー様。」
「待て、何か連絡手段が必要だろう、これを持っていけ。」
私は懐から縮れた紐を二本取り出し片方をオンブラに渡した。そしてそれを手首で巻くように
指示をする。
「シャドー様、これは…」
「これは絞魔の糸というアイテムだ。腕に軽く魔力を流してみろ。そちらに魔力を流し込めば
こちらの糸も縮んで簡潔にだが合図が取り合える。暫くはこれで連絡を取ろう。緊急事態が起きて
合流が必要なときは五秒間魔力を流し込め。合流場所は…そうだな、またこの歩道橋でいいだろう。
返答の場合Yesが一回、Noが二回だ。よし。それでは幸運を祈る。」
「はっ。」
一言言い残してオンブラは通行人の影の中に潜りこんだ。幸いターゲットとはそこまで距離も
離れてないしすぐに追い付けるだろう。
「(さて、私はどうするか…)」
部下に仕事を任せて自分は何もしないという訳にはいかない。一瞬だけ姿を現して魔法少女を
おびき寄せるという手段も考えたが如何せんリスクが高い。はてさてどうしたものかと頭を悩ませて
いたその瞬間、サイレンが鳴り響いた。魔族が出現した合図である。
「(ほぉ、誰だか知らんがちょうどいい。できるだけ大物をつり上げてくれると嬉しいが…)」
私は逃げ惑う人間の影や障害物を渡りながら、魔族が現れたという現場へ向かった。
* *
魔物が現れたという現場は近くの公園であった。樹木も豊富にあり、同様に影も十分に満たされている
その公園の広場の中央にいたのは、両腕にカマキリのようなカマが付いた、ほっそりとしたトカゲ型の
怪人であった。最近研究部が作った人工生物で、敏捷性と最高速度に優れた魔物と聞いている。
その魔物は手当たり次第に暴れながら、公園の設備を破壊していた。
「ちっ・・・、試運転ついでに適当に送りこんだな・・・」
確かに設備を破壊していたが、まさに手当たり次第という言葉でしか表しようがないほどに乱雑に、
適当に破壊行為を繰り返していた。そこに意思などあろうはずもなく、本能の赴くままに暴れまわる
その行動は攪乱には使えるが、協力体制の構築や作戦に基づいた任務の行動は絶望的と言わざるを
得なかった。まだわずかばかりの指示と会話しか交わしていないが、意思が通じ、指示に忠実に従う
オンブラという部下のありがたさを痛感した。そこへ
「こらぁ!この街を壊す輩は、この私が許さないぞ!」
赤い髪を肩のあたりで切りそろえたショートヘアーの少女が、怪人を相手に指をさし、臨戦態勢を
とっていた。その少女を見たとき何か記憶に引っ掛かるモノが私にはあった。
…そうだ、奴は危険敵性リストのAランクの一人だ。爆炎を操る魔法少女で名前は確か…爆炎のーーー。
「その名も轟く金獅子の二番弟子!この『爆炎の戦乙女』があなたをぼっこぼこのメッタメタにして
やるんだから!」
ビンゴだ。早速金獅子の戦乙女の弟子の一人と出会えるとはなんと幸先がいいのだろう。
「(後はどこかのタイミングで影に入るだけなんだが…流石にこれは……)」
私の目の前では激しい焔が燃え上がっていた。白く燃え上がる焔が怪人の甲殻を溶かし真っ白な灰に
したと思えば今度はその焔が一瞬の閃光と共に鎌で凪ぎ払われ近くの公園の遊具が真っ二つにされる。
どうやら怪人は再生能力も持っているようで灰になって崩れた箇所が肉が盛り上がるようにして少し
ずつ再生していた。あまりのハイスペックな性能に思わず嫉妬してしまいそうなくらいだ。
「(考えろ…考えろ…!せっかくのチャンスを無駄にしてなるものか…っ!)」
障害物の影に身を潜めながらあまり性能のよくない脳みそを必死で働かせる。金獅子の関係者の影に
入れるチャンスなんてこの先ほぼ無いに等しいだろう。つまり今この場でやらなければ作戦は失敗し
どんな処分を魔王様に下されるかわからない。つまりここでやるしかないのだ。怪人が私のすぐ近くに
やって来たとき私はとっさに怪人の影に入り込んでいた。危険な賭けだとはわかっていた。もしかしたら
私は怪人ごと焼き殺されてしまうかもしれない。それと同時に魔法少女の影に入り込むにはこうする
しかないとも理解していた。そしてその瞬間はそれほど時を待たずしてやって来た。
「再生するっていうなら中から焼いてやるわ!出てきて!『迦具土神』!!」
少女は身の丈に合わぬ大槌をどこからか取り出し焔をその大槌に纏わせながら怪人の真上に飛び
上がる。一際大きな影が地面に浮かび上がり、そして『影が重なった』。
私は賭けに勝ったのだ。
「焼き尽くせ!!『 火之加具土命 』!!!」
一瞬の閃光と静寂の後に町から歓声が上がった。
「(ははっ……やってやったぞ…この私が…っ!)」
怪人を殺したばかりだというのにニコニコと笑いながら周りに手を降る魔法少女の影の中で私は
ほっと胸を撫で下ろした。敵を倒した高揚感も相まってか、私が侵入した影の持ち主である少女は
気づく気配もなくひとしきり挨拶を終えた後その場を後にした。せっかく侵入したチャンスを逃がす
わけにはいかない。私も影の動きに従いその場を後にする。
あの圧倒的な魔力のみならず、見た目が示す通り身体能力も高いのであろう。影の持ち主である
『爆炎の戦乙女』は時折魔術を使いながら、街の雑踏をすり抜けるように進んでいく。影から引き
剥がされそうになりながらも必死に食らいついていく。そんな彼女だが、唐突に歩きながらスマート
フォンで会話を始めた。
「あ、どうも朱美(あけみ)ですー。え、スマートフォンで掛けてくるなって?いいじゃない
ですかぁ。誰も見てないのはちゃんと確認してますから・・・」
影に私が潜り込んでいることにも気が付かず、『爆炎の戦乙女』こと朱美は何者かに戦果を報告して
いるようだ。関係者の人間としての名前が分かっただけでも正直なところ大戦果だが、今回はここでの
撤退は許されていない。会話に聞き耳を立てながら、なおも追いかける。
電話を終えた朱美は雑踏を避けるように路地裏へと入っていった。近道なのだろうか、ビルの合間を
縫うように一人分の幅しかないような道を、彼女はスイスイと進んでいく。気づけば周囲は影に
満たされており、私が潜り込める影の範囲が大きく広がっていた。彼女の影のみならず、ビルの影を
使っても進むことが出来る。必死に食らいついてきた私もかなり消耗しており、ここで一息つくことに
した。
「はあ・・・、はあ・・・。流石は金獅子の弟子・・・。付いていくだけで一苦労か・・・。しかし、
名前が分かっただけでも・・・!?」
ここまで付いていくことに精一杯で全く気が付かなかったが、魔王様から与えられた指輪が黒く、
禍々しく光り輝いていた。
「な、なんだこれは・・・。魔力が・・・、逆流してくる・・・!?」
指輪からは強烈な魔力が私に逆流してくる。魔力が多いわけではない私の身体には収まりきらず、
私が身を隠している影へと溢れて浸透し、影が魔力で満たされていった。それと同時に、自分の意識が
影全体に、膨大に広がっていくのを感じた。
(だ、ダメだ・・・。制御しきれない・・・!)
影に充足しきった魔力とともに広がってしまった私の意識では、魔力を集中、制御することが出来ず、
影は暴走を始めてしまった。建物にへばりつくように満たされた影はまるでメッキを剥がすように、
建物からめくれあがっていった。そしてその影は、覆いかぶさるように朱美へと襲い掛かる。
「えっ!?なにこれ!影が剥がれて降ってきてるの!?『迦具土神』!!」
気が付いた朱美はすぐに臨戦態勢に入り、先ほどの大槌を取り出した。
「この影・・・、魔力を纏っているのね!ならっ!『火産霊』!」
大槌を振るい何かを唱えると、白く激しく燃え盛る炎が塊となって影へと放たれる。影にいる私で
さえすでに熱を感じているそれは、私が潜む、彼女へ降り注ぐ影へと一直線に向かい、そして
衝突する。
(終わった・・・。ここまでか・・・)
既に目の前に迫った炎塊を前に、私は自らの死を悟った。私よりもよほど強かった怪人に放たれた
魔法である。とてもではないが耐えきれるものではないだろう。
覚悟を決め、炎の到来を待っていると・・・
「うそっ!炎が吸い込まれたっ!?」
焼け付くような炎は私に襲い来ることはなく、代わりに朱美の驚愕に溢れた声が聞こえてきた。
どうやらその影は炎を受けるとそのまま飲み込み、影に取り込んでしまったようであった。
影の中がほのかに暖かくなり、指輪の魔力が少し赤みを帯びたがそれまでである。少なくとも
身を焦がすようなことは起こらなかった。そして、炎を取り込んだ影はそのまま、杖を構える
朱美へと降り注ぎ、彼女へと降り注いだ。
「きゃあああああああああああああ!!なに!何これ!私が、影に取り込まれ・・・」
悲鳴とともに彼女の身体を、大槌を包み込み、そのまま取り込もうとする。朱美は身をよじり
ながら必死にもがき、影から脱しようと努めるが、全身に巻き付いた影はそんな彼女の努力を
嘲笑うように足から、顔から彼女を影へと包み込んでいく。いつしか声も聞こえなくなり、
黒く染まった彼女の身柄は影の中へと溶け込んでいった。
↑No.30024まで
-----------------------------------------------------------------------------------------
↓以降改変予定
「ここが消えたところか。何か捜索の手がかりはないかな」
僕は爆炎の戦乙女ふたばの兄きよひこ、分析の魔眼持ちだ
ここら辺を調べると黒い指輪を見つけた。あー分析すると、怪人自体は消滅したけど、
ふたばは指輪に取り込まれたのか。直ぐ行くと言ったのに、待たないで高速で現場で行くから、
いつもひやひやしていた。今回は致命的だったな。分析すると、この指輪は取り込んだものの
分身を出して操れる指輪か。中身を取り出す方法自体は用意されてないが、壊して取り出すことは
できるな。方法は、魔力持ちだいたい5人分を指輪に収納すれば中身を全て取り出せると分析した
「そう、5人分の魔力を注入して、指輪の許容量を超えてオーバーフローさせなければならないんだ。
だから、僕の魔力もそうしなければ……ならない……」
いつの間にか目から光の消えたきよひこが、ゆっくりとした動作で手に取ったままの指輪を
身につけた。直後、指輪から侵食するように影があふれ出ると、瞬く間にきよひこの全身は
覆いつくされ、闇色の水たまりのような影へと引きずり込まれてしまった。
なんということだ!私は影の中で驚愕していた。魔王様より授かった指輪の力。その力は私の
予想を超えていた。影に取り込まれ、魔法少女の姿を解除された朱美は私の影に塗りつぶされ、
ゆっくりと時間をかけて私の力として吸収されていった。魔法少女を取り込みきるまでの間に
攻撃されたらどうなるかと冷や冷やしていたが、まさか魔力を取り込むことにより指輪が
さらなる力を解放するとは思わなかったのだ。
解放された力は認識阻害と催眠。この指輪を魔法的に解析したものは誤った認識を脳に刷り込まれ、
衝動に従ってこの指輪を身に着けてしまう。知識派の魔法少女たちには強烈な罠となりうる能力と、
その犠牲になった哀れな男の有様に私はただただ呆けていた。
さらに数分が経過すると、きよひことやらの体も完全に私の影に取り込まれていった。
私に取り込まれた兄妹の力は完全に私の力へと還元されている。そして、この力をどうすれば
いいのかは指輪(魔王様)が教えてくれる。私は強く念じながら指輪へと魔力を注ぎ込んだ。
誰もいない路地裏で、ねっとりとした影に波紋が生まれた。コールタールのように粘り気のある
影が渦巻きながら持ち上がると、見えない手によって成形されるように形が変わっていく。
しなやかな手足、くびれた腰、豊満な尻、たわわに実った乳房。そして色気に満ちた妖艶な顔立ち。
影色の体が美しい白に染まると、全身に影が巻き付き、妖しく黒光りする手袋とブーツ、そして
ビキニのような体を強調する衣服へと変化する。肩口でそろえられた髪の色は、本人のものよりも
いくらか暗い赤。そして左手の薬指には黒光りする指輪。影の力と爆炎の力、そして解析の魔眼の
力を得た私の姿は魔女という名にふさわしい姿になっていた。
「こ、これが魔法少女の力か・・・。すごい・・・。力が溢れ出てくる。」
思わずつぶやいたその声は甲高く、先ほどまで対峙していた少女、朱美の物とそっくりであった。
そして身体の中からは、「爆炎の戦乙女」の名が示す通りの、身体の底から力が湧き上がってくる
ようなマグマのように熱く、溢れ出そうな破壊の力、私のあまり性能が高くなかった脳からすれば
十分すぎるくらいに冴えた分析の力、使い慣れた影の力、それらが指輪の力で結合し、混ぜ合わさる
魔力の流れを私に伝え、同時に私の姿を魔女へと変貌させていた。同時に、彼女ら兄妹の魔力をも
そのまま乗っ取り、私のものへと変換されたようであった。朱美が使っていた爆炎の力も、
きよひこの解析の力も使い方が手に取るようにわかる。朱美の記憶通りに念じると、その手には
禍々しく形を変えた魔女の杖が現れた。自分の身体より大振りなそれは朱美が使っていた大槌
『迦具土神』の成れの果てであり、影の力と今の私の力に合わせて変質し、最適化されたもの
であった。
「素晴らしい。爆炎の戦乙女の力もすべて手に取るようにわかる・・・!これなら『金獅子の戦乙女』
さえ・・・、ダメか」
かつての私より圧倒的に高いスペックに這い上がり、浮かれていた私は『金獅子の戦乙女』にも
迫るその力と思い、早速挑もうと考えたが、朱美の記憶がそれを許さない。彼ら兄妹の力だけでなく、
その肉体や記憶さえも乗っ取った私は、同時に『金獅子』と『黒薔薇』の2人がいかに圧倒的な力を
有しているか、その力がけた外れの物かを即座に理解できてしまった。恐らく今のまま挑んだところ
で、すぐに消し炭にされてしまうであろう。
「となると・・・、まずはやはり潜伏か。となるとこの姿だと少し厄介だな。きよひこも取り込んで
しまったし、まずは元に戻すことから始めるか」
自らの「影の力」そのものを解析する。朱美の膨大な魔力を乗っ取り、使役することで今まで
出来なかったことも簡単に出来そうである。私は周りの影を集め、自らの身を包みこむ。朱美を
取り込んだ時のように黒い、表情が窺えなくなったマネキンのような姿の中で、私は自分の姿を
イメージする。
(赤いショートヘアー、胸はもう少し控えめだったよな、そして年齢はもっと幼かったはず・・・)
影は私を包み込んだまま形を変え、イメージ通りの姿に作り替えていく。そして・・・
「あーあー。私は朱美。高校1年生。兄妹で魔族を倒すため日々励んでいましたが、今日から
裏切らせていただきますっと。まあ、こんなもんかな」
変身を終え、影が私の身体から剥がれ落ちるように戻っていくと、そこには「朱美」がいた。
正確には「影」の力で姿を変容させ、それを「炎」の力で構成しなおしたというのが実際のところ
だが、寸分たがわぬように出来上がったようだ。指輪だけは隠しようがないが今の私の力の源とも
呼べるこれはどうしても残さざるを得ない。そこは何とかごまかそう。彼女の記憶や仕草、魔法の
使い方さえもきっちりと読み取れるので、恐らくバレることはないであろう。
「あとは、お兄ちゃんがいないのはちょっとまずいよね・・・」
影の力を集めれば何かを「複製」することも可能であるが、あくまで影の中でしか使うことが
出来ない。だが、兄のきよひこも魔族を倒すメンバーとしてカウントされている以上、「あった
まま」に戻さなければ発覚の原因となる。隠密の基本である。性能の高まった頭脳でやり方を
考えると、一つやり方を思いついた。
「ふーん・・・、なるほど。そういうやり方か。面白いじゃん!さっそくやってみよっ」
思いついた私は早速試すため、路地裏を後にし街の雑踏へと踏み出した。
↑以上、改変後に記述し直し
-----------------------------------------------------------------------------------------
↓以下、オンブラの章
* *
「ただいまー!あ、ママ!今から美雪ちゃんと一緒に宿題やるから!さ、入って入って。」
「お、お邪魔しまーす…。」
「あら、美雪ちゃんいらっしゃい。ふふ、いつもうちの娘と仲良くしてくれてありがとね。」
私はシャドー様の命令の通りに少女達の影に紛れ込みながら、何か使える情報がないか探っていた。
今の時点でわかった事と言えば未だにこの少女達が魔法少女の関係者であると言う事と、彼女達の
名前くらいである。
この家の子供である騒がしい方が日向、先ほど一緒についてきた大人しい方が美雪という名前らしい。
潜入任務の観点からは口の軽そうな日向の影に入るべきなのだろうが、正直あまりに不規則に激しく
動き回るせいでこれ以上日向の影には入っていたくないというのが本音であった。
(これだから尻の青いガキは嫌いなんだ…)
オンブラは疲れ果てた身体でゆっくりと美雪の影に入り込んだ。先ほどまでとは違いゆったりとした
動きで影も安定している。影の中に僅かに漂う魔力の味もこちらの方が美味であり、必要なとき以外は
美雪の影に潜むことに決めた。
(それにしてもこの指輪はいったいどう使えばいいんだ…。影に入るだけと魔王様はおっしゃっていた
が何も起こらないじゃないか。)
先程よりも黒い光が僅かに強くなっている気がしなくもないが、それ以外は何も変わらない。
私は指に嵌めたこの役立たずの魔道具を見つめながら、一人深いため息をついた。
「それでさぁ、今夜の集会には美雪は参加するのー?」
「参加できるわけないじゃない。宿題やったらそのまま帰るわよ。」
ガールズトークとやらを聞いているうちに影の中でうつらうつらと船をこぎ始めていた私であったが
どうやら気になる単語が耳に入り意識が覚醒する。魔法少女の集会とやらに潜入し情報を手にいれる
ことができれば大手柄は間違いない。突然降ってわいた幸運に思わず影の中でほくそ笑む。
「でもさー、そんなんだからいつまでたっても魔法が上手く使えないんだよ。」
「うっ…!でもこんな夜中にお母さんが許してくれるわけないじゃない!それに練習したところで
私の魔法なんて…。」
「ふっふっふっ~、見て驚くなよぉ?パラレルミラクル、お人形さん、美雪になーれっ!」
呪文と同時に、近くに置いてあった熊のぬいぐるみに向かって杖から光が飛び出した。小さな爆発と
ともに熊のぬいぐるみがミシミシと膨れているように、はたまた引っ張られるように形を変えながら
大きくなっていく。
「何が起きて…て、ええっ!?私がもう一人!?」
影の中から見ていた私も何が起きているのか全くわからずにただただ呆気に取られていた。先程熊の
ぬいぐるみがあった場所には、生気の宿っていない瞳以外、全く寸分違わないもう一人の美雪が脱力
した姿で床に倒れこんでいたのだ。無機物を有機物に変換する魔法なんて聞いたこともない。
それは美雪に取ってもそうだったようで、口をパクパクさせながら自身の分身にそっと手を触れる。
「あったかい…でもどうして?前まで変身魔法と言っても服を変えるくらいしかできなかった
じゃない…」
「驚いたぁ美雪ぃ?美雪も今夜の集会に行ってみようって!今日はあたしんちに止まることにして
布団被せれば絶対バレないよ!せんせーも参加してるし美雪もすぐに強くなれるって!」
「先生もいるの!?早くそれを言ってよねもう!」
『先生』という単語に反応して先ほどまでの躊躇いが一瞬で消え失せる。それと同時にその先生と
やらの存在に大きな興味が湧いてくる。もしかすると我々のターゲットである『黒薔薇の魔女』と
『金獅子の戦乙女』かもしれないし、それとはまた違う名のある有力者かもしれない。しかし誰で
あろうと悪い方向に進むことはないだろう。幸運を運んでくれたこの日向という少女に、私は敵
ながらに人知れず感謝をした。
その日向は作り出した人形の美雪を布団に寝かせようとするが、持ち上げられず悪戦苦闘していた。
力の抜けた彼女の首が右に前にガクンガクンと揺れる。この魔術はどうやら見た目だけでなく、
中身まで本人同様に作り変えてしまうようだ。力の抜けきった美雪の身体は大人からすれば軽い
だろうが、子供の彼女たちにとってはやはり重たいのであろう。
「んいいいいぃぃ!み、美雪っ!手伝ってっ!」
「もう、こういうところは後先考えないんだから・・・。少し離れてて」
美雪は目を閉じて意識を集中する。彼女の全身から魔力が溢れ、それは影にも伝わってくる。
透き通った水のように清らかな魔力は、オンブラにとっては美味でもあり、苦痛でもあった。
その魔力は美雪の分身の全身を包み込み、ふわりとその身体を浮かせる。そして緩やかに日向の
ベッドの上まで到達させた。
「ふう・・・。こんな感じかな・・・」
「さっすが美雪!やっぱりコントロール上手だよねぇ!私がやったら空の彼方までとんでっ
ちゃうよ!」
「ああ・・・、まだコントロールはダメダメなのね・・・」
「うるっさいなぁ!今先生に教わりながら頑張ってるもん!」
感心する日向に呆れたように返す美雪、そして頬を膨らまて憤る日向。どうやら彼女たちに
とっては日常茶飯事のようだ。その元気さに、オンブラは頭が痛くなる。それに・・・
(2人とも・・・、私よりよほど優れた素養を持っているな・・・)
私は苦笑しながらも、実力差を痛感する。主であるシャドーの戦闘力が低いのは十分承知して
いるのだが、私はそれに輪をかけて低いのだ。格闘チャンピオンあたりであれば真っ向から
立ち向かえば負けてしまうかもしれない。
(まあ、「考えられる」だけの知恵を持つことが出来ただけでも僥倖、か・・・)
私は元々怪人であった。主、シャドーの能力である「影」、これを生かした隠密を増やすために
能力を研究し、作り出されたと聞いている。しかし、12体作られた内、成功したのは私を含め
わずか3体であった。私はどうやらその中でも相当に珍しい進化を遂げたようで、戦闘能力と
引き換えに主に匹敵する「影」の能力、隠密としての「潜入」スキル、そして何より、怪人としては
異例の「知性と知識」を得ることが出来た。現にこうして私は作戦に自らの判断を入れて行動する
ことが出来、彼女たちは自分たちの影に私が紛れ込み、その情報に聞き耳をたてていることに気が
付いていない。だからこそ、彼女たちの高い素養を理解できてしまったとも言えるのだが・・・。
(まあ、悔やんでも仕方がないか。何か手掛かりを得て、シャドー様に報告せねばなるまい)
私は気を取り直して、彼女たちへの偵察、そして『集会』とやらへの潜り込みをするべく、準備を
整えることにした。
私は身体中になけなしの魔力を浸透させる。そして影に潜り込むのではなく、影と身体を『一体化』
させていく。一分ほどたった頃には私は完全に美雪の影と同化していた。こうなってしまえば魔法少女達が
私を観測する術はほぼ無くなったと言ってもいいだろう。探知魔術も鑑定魔術もその意味を失い、例え
神話級の魔法を食らったとしても死ぬことはない。唯一この状態の私が死ぬとすればそれは美雪の影が
無くなった時、つまりは美雪が死んでしまった時ぐらいである。
(魔法少女の巣に潜り込むのだ。これぐらいの保険をかけなければやってられないだろう)
勿論この術にも弱点は存在する。一つは魔力が回復する24時間程の間美雪の影から離れられなくなって
しまうことと、もう一つはごく少数の魔法少女達が使うという影魔法で、身体と影が切り離されてしまう
ことである。だが後者に関しては心配ないだろう。影魔法を使う魔法少女などほぼ存在しない上にそもそも
見つからなければ何の問題もない話である。
「美雪ー。そろそろ出掛けようぜ。そーっとな。そーっと…」
「…こんなこと言うと変に思われるかもしれないけど私一度窓から飛び出るのやって見たかったのよね。
さぁいきましょ。」
気がつくと少女達も既に準備は整っていたようだ。日向は着地する瞬間にコンクリートを変身魔法で
マシュマロに変え、美雪はその繊細な魔力操作技術で音をたてずにふわりと地面に舞い降りる。
私という異物が紛れ込んでいるのにも気づかぬままに魔法少女達は夜の街へと駆けていった。
美雪の影に従い夜の街を進む。私の魔力こそ空っぽだが、完全に影に溶け込んでいるので
移動も彼女たちの移動に従うだけでよいのは非常に楽だ。とりあえず彼女たちが歩むルートや
目印を頭に叩き込んでいるが、シャドー様や、来るかもしれない増援との情報共有もある。
落ち着いた頃合いで地図か何かは仕入れたほうがいいのかもしれない。
「今日は誰が教えてくれるのかっなー!『黒薔薇』様かなぁ!」
「こらっ。こんなところで名前出したらダメでしょ?誰がどこで聞いているか分からないのよ?」
「ちぇーっ!いいじゃんかよぉ!周りから魔力も感じないし・・・」
「まあ、確かに周りには誰もいないけどさ・・・」
やはり、この日向という少女は相当にルーズなようだ。彼女が存在を明らかにしなければ、美雪の
影に潜り込むことも、こうして集会場にも向かうことはできなかったのだから、感謝の念しかない。
先ほどから観察しているが、どうやら暴走しがちな日向を美雪が制御している関係なのだろう。
影の持ち主たる美雪のほうは、幼いながらにかなり冷静だ。魔族にもその能力があればと、少し
口惜しくなる。引き続き、彼女たちの口から洩れる情報を逃がすまいと、会話に聞き耳を立てる。
「それに、『黒薔薇』様は来られないんじゃないかしら?」
「えーっ!?なんでなんでぇ!?」
「いまは『金獅子』様と魔王軍壊滅のための会議に行っているって専らの噂よ?ここ最近の出現
頻度の多さもあるし・・・」
「みーゆーきー。そういうことは言っちゃいけないんじゃなかったっけぇ?」
「あ、あらごめんなさい。私としたことが・・・」
これはなかなかにいい情報だ。どうやら『金獅子』と『黒薔薇』は不在のようだ。情報の鮮度は
作戦の完成度に繋がる。シャドー様と早々に共有したいところだが、情報の伝達手段がない。
無念だが、それについては追って考えよう。何か思いつくかもしれない。しかし、なぜあれほど
情報の漏洩に気を使っていた美雪が「ポロッと」最上級クラスの機密情報を漏らしたのだろうか?
「おっ、そろそろ着くぜっ」
「ええ、入りましょう」
どうやら会場に着いたようだ。彼女たちの影とともに、中に入れてもらうことにする。先ほどまで
思いついた疑問も、今は一旦保留する。何せ、魔法少女の卵を育成する、その中枢とも呼べるところに
潜り込むのだ。一挙手一投足、育成の方法、少女たちの構成、すべてを詳らかに出来る絶好の機会である。
子細な情報まで、漏らさず観察するのが隠密たる私の仕事なのだから。
この時の私はこちらに神経を集中していた結果、我が身に起きていることには気づいていなかった。
既に魔王様から授かった指輪が効果を発揮し始めていることに気が付くのは、更に後のことである・・・。
* *
「あら?今日は美雪ちゃんも一緒なのかしら?ふふ、二人ともいらっしゃい。もう宿題は終わらせたの?」
「ふっふっふ~私がいつも遅れてくると思ったら大間違いだよせんせー!宿題もバッチリだぜ!」
「あなた私の宿題写してただけじゃない…。あ、先生こんばんわ!今夜は私もお世話になろうと思います!」
建物の入り口で二人を出迎えたのは白い制服をきっちりと着こんだ銀髪の女であった。笑顔で二人を
出迎えているだけだというのに、その瞳の奥に全てを見通すかのような何かを感じて私は思わずこれまで
感じたことのない妙な緊張感を感じていた。
(銀髪の魔法少女…?もしやかつて魔王様と戦ったと言うあの…いやまさかな、こんなに若いはずもないし
あり得るはずがない。)
銀髪の『先生』とやらの正体を推察していると、不意にその彼女がこちらに杖を向ける。
「ごめんなさいね二人とも。二人を疑っている訳じゃないけど最近透明化する怪人が出たらしいじゃない?
だから一応確認したいんだけど…『dispel(払い除けよ)』!!……うん、問題ないみたいね。
さぁ中に入りましょ。」
「なーなー美雪。今先生なんて言ったんだ?」
「ディスペル…えっと確か打ち消し魔法か何かだったと思うけど…。」
「えーっ!なんだよせんせーアタシ達を疑ってるのかよ!誰かにつけられるようなヘマはしてないぜ!」
「ふふっ、ごめんなさいね。悪い何かがいた気がしたけどどうやら先生の勘違いだったみたい。今日は
あなたの変身魔法をじっくり見てあげるから許してくれる?」
「約束だぜせんせー!すっごい上手くなったからせんせーも絶対ビックリするぜ!」
杖をこちらに向けられた時は生きた心地がしなかったがどうやらこの状態の私はまさしくただの美雪の
影であるらしい。数刻前の己の判断に感謝すると共に私はこの作戦への認識を改めることとなった。
建物の中に入ると既に数人の魔法少女が各々魔法を放っていた。氷を放つ者、水を操る者、銃のような
武器を自在に呼び出し次々と的に当てる魔法少女など色々な魔法少女がいたがどれも威力に欠けたり
動作が雑だったりとあまり光るものは感じられない。これならば魔法の練習があまりできてないという
美雪の方が将来性も含めて有望そうである。
「あの先生、他にもっと強い魔法少女はいらっしゃらないんですか?」
「経験の多い子は金獅子さんと黒魔女さんのところに行ってるのよ。育成する人材が足りないから~って
いって引退した私もこうして引っ張り出されて教育してるんだけどね。」
まるで私の疑問を代弁するかのようなタイミングで質問をしてくれた美雪に感謝をする。どうやらこの場
には実力者はそこまで多くないらしい。
「あれ、そういえば朱美のねーちゃんがいないけど朱美のねーちゃんもそっちいったのか?」
「ああ朱美ちゃんね。連絡がつかないから一応追跡と分析の魔法が使える子を向かわせたんだけど…」
その名前を聞いた瞬間、爆炎の名を冠する赤い髪の魔法少女の姿が頭に思い浮かぶ。彼女程の使い手
なら例え不意打ちだろうとしても遅れを取ることもないだろうしおそらく彼女なりの理由があるのだろう。
「(できれば実力者は顔を確認しておきたかったんだが…しかし…。)」
なぜ会った事のないはずの少女の顔が思い浮かべられたのだろうか?オンブラは魔法の指導を受け始めた
少女達を眺めながらふと疑問を感じ始めていた。
「…ところでせんせーって何歳なの?」
「ふふっ秘密ですよ。」
それとなくやり過ごされてしまった。目の奥が笑っていないように見えたのは、やはり触れてはならない
部分なのだろうか。しかし、彼女の教え方は実に丁寧かつ的確なようで、日頃から訓練を受けているで
あろう日向はもちろん、久しぶりに魔術の手ほどきを受けている美雪も適切に導いている。元々繊細で
器用だった彼女の魔力の流れが、さらに流麗に、滑らかになっていくのが分かる。
「そうそう・・・。身体の中の流れを感じて、手先に集めて・・・。形をイメージするのがコツだよ」
「んっ・・・、こうですか・・・?」
「うんっ、とっても上手だよ!これを繰り返してみて?もっともっと上手になるよ」
訓練を観察している限りでは、どうやら美雪は風の魔法の使い手のようである。身体の中で練り上げられた
魔力を手先に集める際に、身体の周りを風の流れが覆っているのが見える。魔力が漏れてしまっているので
あろう。しかし、その魔力の密度はなかなかに目を見張るものであった。使い方さえ心得てしまえば、恐らく
かなりの実力者になってしまうであろう。要警戒と言える。それに・・・
「じゃーん!これでどうだっ!」
「日向ちゃんまた上手になったね!すごいよ!」
「へっへーん!あたしにかかればいくらだって!」
日向のほうはもう、何とも説明が付かなかった。恐らく物質変化を得意としているのだろうが、正体が
さっぱりつかめない。先ほどから小石をトンボに変えたり、葉っぱをねこに変えたりしているようだが、
魔力の源が何なのか、検討が付かないのだ。光があれば生きてるもの以外の物体、あとあたしが知って
いる物だったら大体変身させられるというのが本人の弁だが、底が知れないのが恐ろしい。何せぬいぐるみ
を美雪に変身させられるのだ。素養自体は彼女も相当に高いと推測できる。
「でも日向ちゃん?いっぱい変身させるのはいいけど、これはどうやって戻すのかな?」
「えっ、えーっと・・・。パラレルミラクル、トンボさん、元に戻れーっ!」
先ほどの小石から変えられたトンボに再度魔法をかけたようだが、バッタになってしまった。
「あ、あれぇ・・・?おっかしいなぁ・・・」
「日向ちゃんは元に戻す方法も勉強しようね?」
優しく諭す指導役の女性に、少し不貞腐れかけてた日向も大人しく従い、バッタを捕まえに行く。
どうやら相当なついているようだ。それはそうだ。何せ伝説と呼ばれる『白銀の女王』、噂によれば
かつて起きたという大激戦でも魔族を殲滅し・・・
(・・・、どういうことだ?先ほどから、何故「魔法少女」のことが分かるのだ)
当たり前のように思い出していた「記憶」に違和感を覚える。私とて隠密に携わる身、『金獅子』や
『黒薔薇』のことは名前程度の知識は持ち合わせていたが、かつて伝説と呼ばれた『白銀』の二つ名、
そして今日偶然会ったばかりの日向の魔法特性、ましてや遭遇さえしたことのない『爆炎の戦乙女』・・・、
それを私は「自分の事のように」思い出していた。
(落ち着け。冷静になれ。こういう時こそ取り乱すな・・・!)
私は必死に自分を落ち着かせる。思考の乱れは思わぬ展開を生み出す。ましてここは情報の塊である
とともに、敵陣の真っただ中でもあるのだ。子細な情報も逃がしたくはないし、そもそも自制できな
ければ、肝心な情報を聞き逃すかもしれない。あり得ないとは思うが、我が身にさえ危険が迫る可能性も
あるのだ。
少し取り乱したが、幸い大きく状況が変わることもないようだ。美雪も先ほどの『白銀』からの指導を
忠実に、丁寧に反復練習している。魔力の精度も最初に比べてさらに清廉に整っている。次第に少なく
なってきているが、漏れ出た彼女の魔力から感じる。魔力の漏洩が減ってきたのも指導の賜物と、
彼女のセンスによるものであろう。
(しかし、魔力漏れが減ると「食事」に困るのだが・・・)
私は魔力そのものを食らい、エネルギーとする魔族由来の性質を受け継いでいる。人間が食するような
ものでも十分に腹は膨れるのだが、やはりエネルギーは魔力から補給するのが手っ取り早い。しかし、
私自身はそこまで強くない手前、エネルギーの消費は少なく、必要となるエネルギーも多くはない。
美雪レベルの素質と魔力の質があれば、魔力の充填には時間がかかってもここまで腹が減ることなど
ありえないはずなのだ。
(ん?これは・・・、指輪が光っている?)
ふと私の手を見ると、魔王様から賜った指輪が強く輝いていた。私の性質である影、それを帯びた紫色の
魔力が中心となっているが、その中に緑色の、清らかな流れが吸い込まれている。
(なんだこれは?一体何が起きている?)
指輪が取り込んでいる魔力は、色や性質から考えても恐らく美雪が発している魔力であろう。緑色の
清純で、悪を振り払うであろう聖なる力、それを指輪は受け止め、別の魔力として吐き出していた。
色や形を見ても、流れ込んでいる魔力とほぼ同質の形態をとりながら、それでいてわずかに異なる要素を
混ぜ込んでいるようだ。そしてその魔力は、影を伝って美雪の中へと吸い込まれていた。彼女が魔法の
練習をする際に身体から発される魔力、それに紛れ込んでいるのが見える。しかし、美雪も『白銀』も、
美雪の魔力がわずかに性質を違えていることに気づいていない。
(これは・・・、影の力が混ざっているのか?)
私が持っている影の性質、何物にも紛れ込み、混ざりこみ、そして気づかれることのない、私にとっては
誇りとも言える、唯一にして自慢の能力、それは美雪の魔力に要素として混ざり、擬態し、あたかも彼女の
魔力として振舞っているようだ。
(この指輪は、私の性質を能力として、さらなる力として私に味方してくれるのか・・・)
まるで分身が生まれたかのような喜びに、私はしばし浸っていた。恍惚とした感情に満たされながらも
分析は勿論怠らない。影を介して美雪の中に取り込まれた魔力は心臓を介して全身に運ばれ脳にも到達
しているようであった。先程から美雪の記憶をまるで自分のことのように思い出せたのは指輪を通して
美雪と私が一つに繋がっているからなのだろう。そしてさらに思考を廻らせるうちにある一つの可能性が
私の中で芽生え始めた。
「(もしや私の意思を美雪に流し込むことも可能なのではないか…?)」
思えば先程からそうとしか思えないようなことがいくつも起こっていた。あれほど口の固かった美雪が
機密情報をうっかり漏らしたり、私の望む情報を白銀から聞き出したりと、今考えてみれば美雪が私の
意思を無意識的に読み取っていたとしか考えらなかった。
それならば、と思い私は確認の意味を込めて頭の中でまるで自己暗示をするように、何度も、何度も
簡単な命令を魔力に刻みこみ流し込んでいく。
「(魔法を上に向かって射出しろ…!)」
「あら?的はこっちよ美雪ちゃん。」
「あれ…?す、すいません!なんだか少しボーッとしてて…!」
「うーん、ずっと練習してたから疲れちゃったのかな?もう時間も遅いし今日はここまでにしましょうか。」
あくまでも美雪として疑われないレベルの、それでも確認には十分であるその行動を美雪は何の疑問も持たず
に実行した。その事実が今まで鳴りを潜めていた矮小であるオンブラの支配欲を刺激し肥大化させていく。
(少しずつ…少しずつだ…。お前の全てを私色に染め上げて、そしてーーーーー。)
オンブラの心に芽生え始めた欲望につられて美雪の口角がひくりとつり上がる。自らの心の中に巣くい始めた
悪意に美雪が気づくことはない。その清く純粋な魔力は少しずつ、だが着実に黒く染まりつつあった。
美雪に疲れが見えたあたりでちょうど時間となったようだ。『白銀』が終了を宣言する。
先ほどまでの柔和な表情が消え、真剣な雰囲気を纏った彼女は全員に通達する。
「みなさんにお知らせがあります。ここ数日、強力な魔族が出現することが増えてきました。
幸い鎮圧は出来たとの連絡がありましたが、今日現れた魔族は朱美ちゃんが手こずるような
強さを持ち、2人がかりでどうにか抑え込んだと情報が入っています」
『白銀』の言葉に皆がざわつく。美雪はもとより快活な日向も少し怯えているようだ。その言葉
から朱美という少女は『爆炎の戦乙女』であると情報が結合する。恐らく朱美の名前を聞いた
美雪が頭の中で連想している記憶が、魔力に乗って私にも伝わってきているのであろう。無意識の
うちに敵に情報を流すようになりつつある可愛らしい諜報員に、私は愉悦を感じてしまう。
それを受けてだろうか、やはり美雪の口の端が、少しヒクついている。
「慌てなくても大丈夫です!近隣の街からも強力な魔法少女が派遣されてくるとの連絡もあり
ます!私を訪ねてきていただければ、個別に指導も致します。皆さんも力をつけてきていま
すが敵は強大です!もし万が一異変を察知したら、必ず一人で解決しようとせず、誰かに
相談してください!」
決意に満ち溢れた『白銀』の言葉に、次第にみんなの不安が払拭されていくようだ。美雪から
流れてくる魔力にも力強さが宿り、彼女に戻している変換済みの魔力が少し弱まっていく。
心を強く持つと指輪の効き目も削がれてしまうということだろうか。
「必ずや勝てます!皆さんの力で、この危機を乗り切りましょう!」
『白銀』の宣言にみんなが勝鬨を上げる。歴戦の魔法少女の実力、そしてカリスマはやはり
高いようだ。圧倒的な経験と実績が裏打ちする絶対の信頼を持つ彼女は、『金獅子』や『黒薔薇』と
匹敵する危険な存在と、確実に報告する必要があった。そして同時に、手に入れてみたい高嶺の花、
そんな印象を私に植え付けていた。
興奮も冷めやらぬうちに、「集会」は散会となり流れ解散となる。会場の出口には先ほどの『白銀』が
一人一人と会話を交わしていた。親切で丁寧な彼女は必ず集会の後には全員にアドバイスをかけてくれる、
美雪の無意識からはそのような情報が流れ込んできていた。どうやら、日常的に行われているようだ。
「日向ちゃんに美雪ちゃん!今日も頑張ったね!お疲れ様!」
日向と美雪たちの番になり、柔和な笑みを浮かべて『白銀』は話しかけてきた。近寄るだけで漂って
くる魔力の質は美雪たちと比較してもさらに圧倒的であり、その高い実力がうかがい知れる。
「今日もありがとうございました!あたし、上手くなってたでしょ!」
「うんうん!あそこまで生き物を忠実に作れるようになってるなんて、本当によく頑張ってるね!」
「へへっ、ま、まああたしにかかればこんなもんよ!」
「でも、作るばかりではだめよ?今度はちゃんと、元に戻せるように頑張ってみて?」
『白銀』に褒められて嬉しそうな日向を見て、美雪は苦笑している。そこには手間のかかる妹を見る
ような暖かな感情が漂っていたが、その中にわずかに淀んだ魔力があるのを見逃さなかった。
「私だって頑張ってるのに・・・」
誰にも聞こえないような小さな声で呟かれたその言葉は美雪の心の声だろうか、それとも頭の中で
考えた感情だろうか、そこにあるのは間違いなく「嫉妬」であった。奔放でオープンな日向の家
と違い、美雪の家はそれなりに厳しく、あまり「集会」にも出られないようだ。素養では日向に
全く劣っていないと私は考えているが、実力は残念ながら、それなりに開いているようであった。
「美雪ちゃんも今日は来てくれてありがとうね!頑張ったよ!」
「あっ、は、はい!ありがとうございました!最後は疲れちゃってて・・・」
「大丈夫!とってもよくできてたよ!年齢を考えればむしろずっと強いくらいなんだから!」
『白銀』は美雪を元気づけるように褒めたたえる。実際、久しぶりに「集会」に来たと
してもよくやっていたほうだと思う。周りと比較しても精度も実力も遥かに高かった。
「実はね美雪ちゃん。今日やってもらった練習は、お家でも出来るんだよ?」
「ほ、本当ですか!?」
「あんまり派手にやると怒られちゃうけどね!宿題しているときなんかに消しゴムの
カスを片付けたり、お部屋のお掃除をするときなんかでも使ってみるといいよ。
寝る前に魔力を使ってみるだけでもいい。そうして魔力を使うことに慣れていけば、
もっともっと上手になれるからね!」
「は、はい!私頑張ります!」
頬を上気させて『白銀』に伝える美雪は、普段の大人びた印象から外れた、年相応の女の子で
あった。しかし・・・
(ふむ。どうやら魔力の淀みは解消されないようだな・・・)
私には見えていた。淀んだ魔力が解消されてはいなかったのだ。それは指輪の性質で変質した
美雪の魔力とはまた別種の、黒い感情が流れていた。
確かに『白銀』の言葉により、美雪は一見前を向いたように見える。大人しく真面目だが、
優しく芯の強い普段の彼女であれば一時の迷いでしかなかったはずだ。しかし、脳まで到達し、
少しずつ美雪を侵食していく魔力は彼女の心に「嫉妬」という楔を打ち込み、それを心に
植え付ける手助けをしていた。健全で清らかな美雪の心が侵され始めている、私の支配欲が
高まっていくのも、自明のことであった。
「それで・・・、あの・・・、先生。」
「うん?どうしたのかな?」
もじもじする美雪に対し、キョトンとした顔で応じる『白銀』。
「も、もしよかったら、握手しませんか?あの、久しぶりに会えたので・・・」
「ふふっ、いいですよ?やっぱり美雪ちゃんもまだまだ可愛いわねっ」
「えっ、いや、そんなことっ・・・」
恥ずかしそうにしながら、『白銀』と握手する美雪。美雪にとっての『白銀の女王』は恩師で
あり、目標であり、憧れでもあるのだ。顔からは恥ずかしさと嬉しさが同居した可愛らしい表情が
見え隠れしている。それを眺める日向も嬉しそうだ。普段は自分のブレーキ役を務めてくれている、
大人びた親友の可愛らしい部分を眺められてご満悦なのだろう。
「それじゃあ、2人とも頑張ってね!」
「はいっ、ありがとうございました!」
「まったねー!次までにもっと頑張るよ!」
こうして2人は集会を後にした。一見すると教え子と師匠の和やかなシーンだが、私は影の中で
思わぬ収穫に打ち震えていた。
(まさか、こうも上手くやってくれるとはな。美雪の潜在能力には恐れ入る・・・)
私の手には白く神々しい魔力が握られていた。小さいが圧倒的な力を感じさせる強力な魔力。
これは『白銀の女王』が身体から発している魔力であった。
美雪が『白銀』に憧れているのは事実であった。繋がれた魔力からもそれはありありと、分かり
やすいくらいに伝わってきていた。私はそこに魔力を流し込み、「『白銀』の魔力が欲しい」と
言う私の念を乗せて美雪の身体に送り返したのだ。憧れに対面した美雪の思いに交じった私の意志は
彼女の頭脳で「憧れの『白銀』の魔力を手に入れたい」という形に変換され、美雪に「握手する」
という行動を起こさせてまんまと接触、その隙に自分の風の魔法をこっそりと使い、『白銀』の影から
魔力のかけらを掴みとってしまったのだ。
美雪の知識の中に、影に魔力があるというものは恐らく存在していないであろう。これは「影使い」
で無ければ恐らく分かることのない、知る人ぞ知る秘伝の知識である。美雪の記憶が私に流れ込み、
情報を与えるだけでなく、私の知識や念、侵された魔力が美雪を侵食し、その能力を悪用させている、
着実に支配が進み、美雪と私の繋がりが強まっていることの証左であろう。
(これで、『白銀の女王』が使っている魔力を研究出来る。なかなか頑張ってくれたじゃないか)
今日得たものは大きかった。美雪からの知識、魔法少女たちの「集会」の存在、『白銀の女王』の魔力
サンプル、魔法少女たちの様々な情報・・・、一刻も早く、シャドー様に伝えたいものばかりである。
(まだまだ彼女の影に入り込める時間はたっぷりある。さあ、私にさらなる情報を・・・!)
「・・・、ふふっ」
「なんだよー美雪ー!先生に会えてそんなに嬉しかったのかー?」
「ちっ、ちがっ。そうじゃなくてっ!」
「照れんなよー!うりうりー!」
じゃれあう日向と美雪。そこにあったのはいつもの二人の姿。しかし、美雪の笑いを引き起こしたのは
私の満足感であるということに日向はもちろん美雪も気づかない、これからの時間で何をするか、私は
さらに思いを馳せるとともに、大変な愉悦に浸っていた。
* *
「そーっと入れよ、そーっとな…」
「お、お邪魔しまーす…じゃないわね、ただいま?」
再び家に戻った二人は慣れた動作で窓から部屋の中に入っていく。布団の中でくるまっている日向と
美雪も特に荒らされた様子もなくどうやらバレずにすんだようであった。
「うーん、風呂入りたいけど流石に我慢するかぁ。」
「それより…これどうするのよ。まだ元に戻す魔法使えないんでしょ?」
「あー、それなんだけど帰る途中で色々考えてたんだけどこうすれば元に戻せるかなーって。
パラレルミラクル、美雪もお人形さんになーれっ!」
杖の先から光が飛び出し、もう一人の美雪にぶつかり小さな爆発が起こる。そして身体の表面が
波打ったかと思えば、コミカルな音を発しながら身体がぐんぐんと縮んでいく。数秒後にはそこには
元のくまのぬいぐるみ…ではなく、美雪を模したお人形が転がっていた。
「ちょっと、最初くまのぬいぐるみじゃなかった?」
「いやー、ちょうど美雪のぬいぐるみが欲しいなーって思って…。」
本人曰く、元に戻すイメージというよりも、変身魔法を重ねがけするイメージらしい。確かに合理的な
考え方であるが、もし変身魔法を自分に当てられたらと思うと少しぞっとする。当たりさえすれば問答
無用で自分ではない別の何かに姿を変えられてしまうのだ。自分だけでなく他人を変身させられる日向
の才能を恐ろしく感じるとともに、その能力さえ自分のモノにしてしまいたいと思っている自分がいる
ことに気づき思わず苦笑する。この指輪の力が判明してからというものの、自分の底の見えない欲望に
自分でも驚かされているほどである。今はまだ日向に手を出すのはやめておこう。だがもし美雪の全てを
手にいれさえすれば、その後はーーーー。
「んー?どうしたんだよこっち見てニヤニヤして。ぬいぐるみが嬉しかったのか?」
「なんだかよくわからないけど楽しみだなぁって。…自分でも何が楽しみなのかわからないんだけどね。」
「ふーん、変な美雪。まぁいいや、もう寝ようぜ。」
その時は『私』の一番の親友を、この手で『私』色に染め上げてやるのだ。
そう心に誓いながら『私』は暗闇に意識を融かしていった。
* *
(ん?眩しいな)
手元の眩い光に目が覚める。私が微睡み始めて1時間程度経っているようだ。部屋の中は、すやすやと
可愛らしい寝息が響き渡る以外は静かなものだ。日向の家族が立てているであろう物音さえも微かに
聞こえてくるほどの静寂に包まれている。ベッドが一つしかないので、日向と美雪は同じベッドで
眠っている。日向はその性格を無意識でも体現するかのような豪快な大の字で、美雪はそんな日向を
抱きしめて眠っている。寝相には性格が出るというが、芯の部分はやはり素直だ。
手元を見ると、先ほどまでは細かった美雪の魔力が、かなり太く、多く流入していた。身体の中の
魔力も相変わらず流れていたが、それは一定の規則に基づいたように緩やかに、滑らかに流れていた。
「そう言えば、どのような人でも魔力は、頭の中で無意識のうちに制御していると聞いたことがあるな」
「集会」でそのような指導を受けたことがあった。「集会」ということは美雪の頭に眠っている知識で
あろう。確か人間という種族そのものは微弱であれ魔力を持っており、それを発現させることが魔法少女
として覚醒すること、とのことらしい。美雪の身体は美雪が意識を手放したことで、彼女が無意識のうちに
制御していた魔力のリミッターが外れ、魔力を外へと放出してしまっているらしい。目が覚めるほどの強力
な光はこれが原因のようだ。流入した魔力はやはり指輪に吸い込まれ、同じ量の魔力を「影」の力が
混じったものに変換して美雪の身体へと戻している。彼女たちが起きるまでに、それなりの量が指輪で
生成された魔力へと置き換わっていることであろう。その事が楽しみで仕方がない。その念を受けた
せいか、美雪の口元が少しほころんだ。
しばらくすると、何やらイメージのようなものが流れ込んできた。美雪と話した事、『白銀』から
教わった事、学校で学んだ勉強の内容、厳しくもやさしい両親の顔、朝ご飯に食べたパン・・・、
脈絡もなく流れてくる映像の一部に、私も見覚えがあった。
「そうか。これが「夢」というものか・・・」
人間というものは、その日に起きた出来事をすぐに記憶に刻むことはその構造上出来ないという。そこで
眠りについたときに脳は情報を取捨選択し、長期的に記憶するものとそうでないものを振り分けて記憶
していくらしい。その際の処理で出たノイズにあたるものが「夢」であるという。「眠り」と「夢」を
操ることを得意とした魔族からかつて聞いたことがあった。今美雪から魔力を通じて流れているイメージが、
どうやら美雪が見ている「夢」にあたる物のようだ。
私はその魔力に念を込めてみる。まずは明るいものの方が受け入れやすいであろう。偵察の際に1回だけ
食べた「ステーキ」なるものの味わいを思い出し、その念を流し込む。すると、美雪の顔が柔らかな物へ
と変わっていく。
「あさ・・・、ごはん・・・、ステーキ・・・。たべられないよぉ・・・」
美雪の口からは幸せそうな寝言が漏れる。送り込んだイメージは、彼女の脳で勝手に処理され、「朝ごはん
はステーキだった」という結論を導き出したようだ。流れ込んでくるイメージもそれにすり替わっていた。
「もしかすると・・・、彼女の脳内を書き換えることも可能なのか?」
偶然のひらめきとは恐ろしいものであった。少なくとも朝食の内容をすり替えられるほどに、いまの美雪
の脳は無防備になっているようであった。そして魔力は覚醒時より多く流入している。多くのイメージを
変えることは出来ないであろうが、今日覚えている内容については、あっさりと歪められそうであった。
「これは・・・、面白いことになりそうだ」
私の顔は恐らく愉悦に歪んでいたであろうと思う。美雪の顔も先ほどまでとは異なる、歪な笑顔を
浮かべていたのだから。
* *
「んぅ…もう朝か…。」
カーテンの隙間から零れた眩い朝日に照らされて、私はぼんやりと意識を覚醒させた。
「あれ、ここどこだっけ…ああ、日向のうちに泊まったのね。」
意識を覚醒させた私は日向のうちに泊まる経緯を少しずつ思い出そうとしていた。
そうだ、昨日は、先生のところに魔法の練習をしにいって、それで『指輪』を先生から貰って、
そのまま日向の家に泊まったんだったっけ…。
言い聞かせるように私は昨日の出来事を思い出していく。一瞬何か思考にノイズが走った気が
したがそんなものは今の私にとっては些細なものだった。
「んー♪先生からプレゼントかぁ~。」
私は指に嵌めた黒い指輪を見ながらニマニマと笑っていた。先生曰く、魔力をこの指輪に
流し込むと内なる自分の力を呼び覚ましてくれるらしいのだ。試しに指輪に魔力を流し込むと
私のモノとは違う、何か異質な魔力が私の中に入ってくるのが実感できた。この魔力が先生の
言う内なる自分の力というモノなのだろう。
「先生…待っててくださいね…ふふ…♪」
私は指輪の放つ魔力に見惚れながら指輪をじっくりと撫で上げた。
横では私の親友、日向がぐっすり眠っていた。一緒に寝ていたはずなのに、気づけば彼女は
頭があったところに足が来て、大きく口をあけながら大の字になっていた。相変わらず寝相
悪いなぁ・・・。そんな日向も、眠っていてもやっぱり可愛らしい。普段の男の子に交じって
元気に遊んでいる日向も、無防備な日向も、全部全部可愛い。この日向の頭からつま先まで、
私色に染め上げたらどうなるだろう?可愛いお人形さんになってくれるだろうか?そう考えると
楽しみで仕方がない。いつか、必ず・・・。
「あ、あれ?私今何考えて・・・」
邪な考えに少し戸惑ったけど、そんなのは細かい話だ。すぐに忘れよう。そう、私は魔法少女に
なるんだ。『先生』も言っていた。強くなるためには魔法を練習するしかないと言っていた。
そのために先生はこの「指輪」をくれたんだ。これに魔法を通す練習を毎日欠かさずやれば、
もっともっと強くなれると。日向だって越えられるって。
私は眠い目を擦りながら、先生から「教わった通り」全身の魔力を感じて、指輪に魔力を
注ぎ込む。内なる力が増えていくのを感じる。何か力が研ぎ澄まされていくような不思議な感覚。
身体の底から湧き上がるような、黒く心地のいい感触。きっと繰り返せば強くなれるだろう。私は
「先生の教えに従って」日向が目を覚ますまで練習を続けていた。
「んー・・・、うぁ。あ、おはよぉ日向ぁ・・・」
「ふふっ、おはよう」
日向が目を覚ましたので、練習を止める。先生からは「こっそり練習して日向をビックリさせちゃおう」と
言われている。正直私より強い日向を驚かせたいというのもあるから、それに従うつもりだ。それに、
練習の機会に恵まれている日向と違ってこっちはあんまり「集会」に顔を出せないのだ。ちょっとくらい
秘密があってもいいよね?
「ふわぁ・・・。眠い」
「相変わらず寝坊助さんなんだから・・・、ほら着替えて?」
「んー、うーん・・・」
日向は昔から朝が弱いから、一緒に泊ったときなんかは私が着替えさせている。いつもは日向のお母さんが
何とか起こして着替えさせたりしているみたいだから、「いつも面倒見てくれてありがとうねー」と感謝
されている。私こそいつも無理言って突然泊まらせてもらったり、迷惑をかけている身なのだ。このくらいで
よければいくらでもやるつもりだ。
「日向ー、着替えるから服脱いでー」
「んー・・・、ん・・・」
生返事を返してきた。よく見たら半分寝かかっている。口元からよだれが垂れてるぞ。仕方がないので、
そのままパジャマを脱がせることにした。
「もう・・・、仕方ないな。はい、バンザーイ」
「ばんじゃーい・・・」
寝ぼけながらも両手を挙げてくれたので、そのまま裾を掴んで一気に脱がせる。履いているパジャマの
ズボンもちょっと腰を浮かせてそのまま脱がさせる。私の指示に従って服を脱いでくれる様子はまるで
操り人形だ。寝ぼけていることをいいことに日向をいいように扱っている、その事に無性に満足感を感じる。
一通り服を脱がせ、下着だけの姿になった日向の身体を観察してみる。「日向の事は全部知りたい」から、
このくらいは当然だと思う。頭に変なノイズが走った気がするけど気にしない。運動大好きだからか、
筋肉も程よく付いている。最近本人が自慢気に言ってきたけど、胸の方も少し大きくなってるみたい。
私より大きいのが腹が立つ。それに、これだけやったのにまだ夢の世界に旅立ちそうになっているので、
着せる服も私が決めることにした。
「えーっと、今日は何にしようかなぁ」
日向の洋服棚を漁り、丁寧に服を選んであげる。動きやすい服装が好きな彼女らしく、フリフリと
した服が少ないみたい。私はその中からデニムスカートとワンポイントの入ったTシャツを選んで
日向に着せていく。触れた彼女のすべすべの肌が心地いい。日向が1日を共にする服を私が選ぶ、
力の抜けた手足を動かして服を着せる、姿を私色に染め上げる、いつもやっていることなのに、
まるで日向を支配したような征服感が私をかつてないほど満足させる。
「ほらっ、着替え終わったよ!早く起きて!」
「んー・・・」
ダメだ、今日は特に眠い日みたい。一応座っているけど、頭をフラフラさせながら首をがっくりと
前に垂らして寝かかっている。こうなるともう、洗面所に連れて行って水でもぶっかけないと目を
覚ましてくれない。
「・・・、ちょっとくらいいいよね・・・?」
日向は半分夢うつつだ。眠りかけている彼女の顎に指を当て、少し上向きにしてみる。いわゆる
「アゴくい」っていうやつだ。日向は焦点の合わない目を宿した瞼を閉じかけて、口をだらしなく
半開きにしながら私の方を見ていた。いつもの日向から元気を抜き取った虚ろな表情に、すごく
興奮してしまう。
「日向ー。美雪ちゃーん。朝よー」
日向のお母さんの声に、ふと我に返る。そうだ。いつもの通り洗面台に連れて行かないと。
足元のおぼつかない日向の手を取り、部屋を出た。
(―この可愛らしい親友の心も、身体も、魔法もすべて手にしたい。私に染め上げたい)
日向をお母さんと洗面台に連れて行きながら、私の心の隙間に、自然にそんな野望が入り込んで
きた。、それではいけない気がしたが、私の心はあっさりと受け止めていた。私はこの時から、
日向の事を明確に「意識」するようになっていた。
* *
「それで、今日は美雪どうするんだ?休日だしお昼の集会には勿論参加するだろ?」
「ううん、その事なんだけど…、やらなきゃいけないことがあるからお昼はお休みしようかと思うの。」
朝御飯を食べ終わった私達は私の家へと向かって歩きながら今日の予定について話し合っていた。
「えーっ!勿体無いよ!今日は黒薔薇様も来るってもっぱらの噂だぜ!行こうよ美雪ぃ!」
「ごめんね日向。先生にもよろしく言っておいてね。次の時間は参加するからって。」
「ふーん…まぁいいや、そういうことならもう行くぜ。」
若干ふて腐れた様子で会場に向かって歩いていく日向を見ると心がズキリと痛むと同時に何か決定的に
戻れないところまで来たしまったような不安感を覚えるが、それもすぐに悦びの感情で上書きされていく。
「あれっ、なんで泣いてるんだろう私。」
家の鍵を開けていると、ふと暖かい涙が頬を伝い手のひらにこぼれ落ちてきた。涙の理由を考えてみたが
私には少しも検討がつかなかった。きっと嬉し涙かなにかだろう。そう思いながら私は家の扉を開け、
中へと足を踏み入れた。
「ただいま…て、なんだ。誰もいないのね。」
家に帰るとそこには誰もいなかった。どうやら両親はどこかに出掛けているらしい。それならちょうど
都合がいいなと思いながら、階段を上り自室の扉を開く。
「ここが…私の部屋…。」
見慣れた部屋、慣れ親しんだ自分の部屋なのに、美雪は何か神聖な空間を土足で踏みにじるような
背徳感さえ感じてしまうほどである。何でだろうなと思いながら美雪は鏡の前へと足を進める。
「いつもの私…よね?」
いつもと変わらぬ様子の私の姿がそこには写し出されていた。
何故だろう。間違いなく鏡に映っているのはいつもの私だ。今更確認するまでもなく、私は「美雪」
なのだ。両親も、日向も、先生もきっとそう答える。まだまだ10年ちょっとだが、それでも間違い
なくずっと一緒に過ごしてきた自分の身体、自分の記憶、自分の心。両親につけてもらった、
自分でもちょっぴり自慢の「美雪」という可愛らしい名前。そのはずなのに・・・
「ふふっ・・・、いいな。私」
何故だろう。自分を見て思わず出た結論がこれである。私は自分のことを、まるで今朝日向の身体を
観察していた時のように見てしまう。まるで他人を見ているかのように、全身を、思い出を、中身も
全部くまなく確認してしまっている「私」がいた。まるで、クラス替えの時に新しい自分のロッカーや
机を見るように。まるで、自分が使う道具がどんな使い心地か、値踏みするように・・・。
「いやっ!!」
思わず鏡の前から駆け出し、ベッドへと飛び込んだ。何で自分をそんな目で見てしまったのだろう。
だけど、鏡に映っていた「美雪」はそんな顔をしていた。私の心もそう思っていた。そんな自分が怖い。
心の中に、墨をこぼしたように闇が広がっていくような、そんな感覚。自分が自分でなくなるような
得体の知れない感覚に、私は恐怖していた。
訳が分からなくなった私は泣いていた。何を信じればいいのか、何が頼りなのか、どうすればいいのか
全く分からない。私の心は間違いなく迷子になっていた。
「助けて、助けてよ日向・・・」
さっきまで一緒だった、ちょっと不貞腐れたような顔をしていた親友に思わず助けを求めてしまう。
「日向」という名前の通り、太陽のように暖かく、眩しい大切な親友。引っ込み思案な私が「影」
ならば、間違いなく彼女は名前の通り「日向」だった。強く、暖かな彼女のそばはいつも心地がいい。
自分で断っておいて図々しいと分かっていたけれど、それでもその温かさを必要としている自分に
嘘は付けなかった。
「ピコンッ♪」
スマートフォンの通知音に思わず飛びつく。どうやら誰かがメッセージを送ってきたようだ。
ロックを解除して画面を見てみると、メッセージ相手は日向であった。気持ちが通じたかの
ようなタイミングには運命のような物しか感じられなかった。心が温まり、闇に包まれた
心の中に光が差し込んでくるのを感じる。
「えっ・・・」
そこに映っていたのは画像とメッセージだった。
(元気なかったけど大丈夫か!?夜は大丈夫か?また一緒に行こうなっ!)
私の様子がおかしいことに気が付いてくれていたのだろう、文章からも日向の暖かな力が
伝わってくる。しかし・・・、写真を見た瞬間、私の心が凍った。
そこに映っていたのは満面の笑みの日向と、先生こと『白銀』、そして『黒薔薇』さんであった。
先生の優し気な笑みと、『黒薔薇』さんの大人っぽい、柔和で包み込んでくれそうで、ちょっぴり
困ったような笑顔。きっと日向の事だ。私を元気づけようと、無理を言って写真を撮ってもらった
のだろう。それは分かっていた。不器用だけど、それでもいつも元気づけようとしてくれる。
頭では理解できた。なのに・・・
「なんで日向だけいつもいつも・・・。ずるいよっ・・・!!」
コールタールのようにねっとりとした、黒い言葉が自分の口から飛び出してしまった。自分が
こんなにも苦しんでいるのに、日向は先生どころか『黒薔薇』さんの指導も受けたのだろう。
私が「集会」に行けないのに、日向はずっと、何度も行って、先生に教えてもらって、
届かないくらいに成長して。それなのに私は・・・。
日向が羨ましい、悔しい、ニクイ・・・!
その瞬間、私の心の奥で何かが壊れる音がした。
日向に抱いた「嫉妬」を引き金に、私の心に根差し始めていた「黒い思い」が動き始める。
(心から溢れてきたものは、指輪に送ってしまえばすっきりとするよ!)
私は「先生から教わった通り」に暴走し始めた思いを魔力に込めて、指輪に注ぎ込む。
丁寧に、丹念に、少しも取りこぼさないように集中する。と同時に、指輪から吐き出される、
注ぎ込んだ分の魔力を全身に取り込み、身体の隅から隅まで行き渡るように流し込んでいく。
私は日向が先生や『黒薔薇』から教えを受けた分の差を少しでも埋めたくて、必死になっていた。
その時、誰かが笑ったような感じがしたけど、きっと気のせいだろう。
いつしかお昼になっていた。一心不乱に注ぎ込み続けた結果、身体の中が内なる力によって強化された
魔力で満たされているのを感じられるようになった。と同時に、私の心の中もスッキリしていた。
これで少しは日向に追いつけただろうか。
ふと足元を見ると、そこには自分の「影」が映っていた。「光」があれば当然「影」はある。
この「影」もまた、生まれた時から私にずっと付いてきてくれている存在だ。
「きれい・・・」
気づけば思わず口から感想が漏れていた。足元から延びる、深淵のような暗さを持つ自分の「影」に、
私は恍惚とした思いを抱いていた。それが何故かは、分からなかった。
気がつくと私の意識は影の中に溶け込んでいた。暗闇に飲まれ私の衣服が溶け、意識だけの存在と
なって影に飲み込まれる。まるで嬲られるように影に身体をなめ回されるが不思議と嫌な気持ち
にはならなかった。そうして影に嬲られたまま闇の中を漂っていると、ふと矮小な何かが私の中に
入り込もうとしていることに気づいた。その小さな生き物を手でつかみ私の顔の前へと持ってくると、
そいつはまるで私から逃げようとするかのように暴れ始める。
「暴れなくてもいいのよ。あなたが本当のワタシなんでしょ。」
内なるワタシの正体がこんなちっぽけな何かだということに正直驚き呆れたが、日向に嫉妬し固執する
私のことを考えればそれも理解できた。
「ふふっ、いらっしゃい。」
私は静かにこちらの様子を伺うその子を自ら自分の中へと迎え入れていく。その子が私の中へと
入り込むと、まるで迷い混んだかのように身体の中で泳ぎ回る。仕方がないのでこっちだよと
声をかけながら私の中心部へと案内してやると、勢いよく私の大事なモノの中に飛び込み、
結び付いていく。私の中で、決定的な何かが書き換えられ取り込まれていく。私の大事なモノを
喰らったその子はさらに肥大化し私そのものへと成り代わろうとしているかのようであった。
きっとこのまま続ければ私は私ではなくなってしまうのだろう。
ーーまぁ、それでも良いかーー
私は影の中でプカプカと漂いながら、もう一人のワタシに私の全てを明け渡した。
* *
キンコンと誰かの来訪を告げるチャイムが鳴り響き私は意識をそちらに向けた。ふわふわと
朧気な表情で立ち上がりモニターに来訪者の顔を写し出した瞬間、私の顔は嬉しさで顔が綻んだ。
『美雪ぃー!元気にしてるかー!お菓子持ってきてやったぞー!』
そこには私の一番の親友がその笑顔を汗で輝かせながら写し出されていた。私はるんるんと
弾むような足取りで玄関へと急ぎ、日向を向かい入れる。
「ふふっ、いらっしゃい。今日はもういいの?」
「美雪が元気無さそうだったから今日は途中で抜けてきたんだ。一緒にお菓子でも食いながら魔法の
練習しようぜ!」
そう言いながら日向は紙袋をこちらに掲げてニィっと笑顔を浮かべた。どうやらこの可愛らしくて
憎らしい私の親友は私のために集会を抜け出してきたらしい。その純粋な健気さに照らされて私の影が
よりいっそう黒く染まっていく。
「……美雪?」
日向を背に向けながら私は鍵を閉めた。
「日向はさ。私のことをどう思ってる?」
「どうしたんだよ美雪。今日の美雪なんか変だぞ。」
私は日向に向かって言葉を投げ掛けていく。私でさえ気づかなかった心の影が次々に掘り起こされ
よりいっそうその影を濃くしていく。
「私はね。今まで日向のことをまるで太陽みたいにまぶしい女の子だなって思っていたの。魔法の
才能もあって、皆からの人気もあって、その笑顔で皆の心さえも照らしてくれて。」
「途中から私は、日向の影になろうとしていたんだと思うの。眩しいあなたの傍にいれば私も
いつか輝けるんじゃないかとそう思っていたの。」
少しずつ、少しずつ、私ではない何かが私に成り代わっていく。私の心の影が私を蝕み、その存在を
堕としていく。
「でもそうじゃなかった。私はいつまでも私のままで。日向はどんどん眩しくなって。いつの間にか
その光が私にとって苦痛になっていたの。それで私気づいたの。私が輝けないなら、日向から光を
奪ってしまえば良いって。」
「美雪…っ!!……その指輪のせいだな!すぐにその指輪から離れろ!!!」
美雪の指輪からはどす黒い魔力が垂れ流され、爛々と黒い光を放っていた。黒い魔力は美雪の身体を
蝕み全身へと広がっていく。それと同時に美雪の身体から黒い光が溢れその姿を変えていく。
「みゆ…き……?」
そこにいる少女は、既に日向の知っている美雪という存在からは完全に変質し、別の何かに成り果てていた。
「ふふっ、気持ちいい・・・。ねえ日向?力が溢れているとこんなにも気持ちいいものなのかしら?」
「みゆき・・・?何言って・・・?」
恍惚とした気分、まさにそう言った言葉が相応しいのだろう。内なる力にすべてを明け渡した私は、
全身をがっちりと包み込む、迸るほどに研ぎ澄まされた新しい力で満たされていた。あれほど嫉妬に狂い、
ささくれていた私の心も、まるで上質なタオルでふんわりと包み込まれたような優しい感触に満ち溢れ、
私が垂れ流している矮小な想いを受け止め、取り込んでくれている。
そんな私の変化に呆然とした表情の日向は、呆気にとられた表情で私を見つめている。わずかな言葉を
返すので精一杯なようだ。
どうやら日向からまともな回答もありそうにないので、自分の身体を確認してみることにして、姿見の
前にその姿を晒した。
「すごい。こんな姿になったんだ」
そこにはさっきまでの自信のない私は存在しなかった。魔力に引きずられて身体が成長したのか、身長も
ちょっぴり高くなり、何より胸が大きく成長していた。身体つきも全体的に艶めかしく、魅力的に成長
していた。これなら学校の男子が背伸びして買っていた雑誌に載っているようなグラビアアイドルにも
負けないだろう。
それに併せて服装も様変わりしていた。黒を基調としたその衣装は私の新たな身体を存分に、見せつける
ように設計されているのか、全体的にかなりギリギリで、お腹なんかは透けて見えていた。前の私なら
絶対に嫌がったと思うが、今の私は自然と、当然のように受け入れていた。
(しかし、まだシャドー様と現状を共有できていない以上、バレるわけにもいかないのよね・・・。)
ふいに、私の脳に危機感が走った。今のまま単独で『先生』や『黒薔薇』に挑んだところで勝ち目はない。
となれば今の情報、特に日向の口は確実に、表に出ないように自然に封じる必要がある。私の頭は出所が
謎ながら、昔からあったような情報をベースにそう推測していた。さて、どうしたものか。
(『もう我慢する必要なんてないじゃない・・・。欲しいものは欲しい。素直になりなさい。今の「ワタシ」
なら出来るはずよ』)
私の中に入り込み、「大事なモノ」と化した何か、いや、私の心は頭にそう問いかけてくる。いつも
一番近くにいて、そして最も遠い場所にいた私の親友、私の対極とも呼べる、私にとっての「光」。
それがもう、目と鼻の先にあるんだ。
「目を覚ませよ美雪!そんな変な力に、指輪なんかに負けるようなお前じゃないだろう!?」
恐れを抱きながらも、気を持ち直した日向は懸命に自分を奮い立たせて声を掛けてくる。どうやら親友は、
私が変わった原因に何となく気が付いているようだ。何も考えていないようで、憎たらしいほどに才能に
溢れている彼女の指摘には、前の私であればその心に歪を溜めながら我慢していただろう。残念ながら
それが分かってしまう程度の実力と才能、そして分別は持ち合わせていた。
しかし、今はどうだろうか?さっきまでの私とは違う新しい力、高い魔力。様変わりした私には、
それが届くように思えた。まして今の状況は、日向と二人っきりなのだ。アレだけ欲しかった
親友が、私の目の前にいる上に邪魔も入らない。そして何より・・・
――私は日向の「弱点」を知っている。
「ふふふっ・・・、ははは。アーッハッハッハッハ!」
「み、美雪。どうした!?」
「日向はさ、欲しいものがあるときはいつもどうしてたかしら?」
「えっ・・・?」
キョトンとする日向。その顔もやっぱり可愛い。染まり切った私からすれば、今の日向はまさに
白いキャンパス。何も書かれていない、きれいなノート。それを私色に染めるのが、どれほど
嬉しいか、どれほど楽しいか。
「私はね、ずっと我慢してた。その方が誰にも迷惑をかけなかったから。喉から声が出そうに
なっても、必死に抑え込んでいた。私が我慢すれば、周りの誰かは幸せだったはずだから」
「だけどね、もう我慢するのはやめたの。私も幸せが欲しいの」
「美雪っ!それ以上はだめだ!美雪がおかしくなっちまう!」
声に出してみると不思議なものだった。私の中での覚悟が固まっていく。日向は必死に警告を
しているようだが、今の私には関係がない。欲にまみれた醜い考えでも、私にとってはどうしても
欲しい物が、目の前にある。そしてそれを手に入れれば、同時に口封じにもつながる。
私の心と頭は、この時完璧に見解の一致を見た。
「だから日向。私の物になって?」
同時に私は、私の身体から溢れ出そうになっている魔力を部屋全体へと展開する。日向が私に気を
取られている間に、薄く、慎重に部屋全体へ伸ばしていた私の「影」に魔力を通すと、部屋全体が
光から隔離された、影に支配された領域へと生まれ変わる。日向が力を放出したのを気取られない
ように、こっそりと準備していたものだが、それを捕獲のために使うことにした。
「日向、あなたの身体も心も魔法も全部、私の物にしてあげるね?」
可愛く笑えただろうか。待っててね日向。全部、私のものにしてあげるから。
「こんなものっ!変身魔法で美雪を無力化すればすぐに……!?」
「でも、日向はそんなことしないよね。だって日向はとっても優しいもの。」
私は自分の首に向かって杖を当てながら日向に向かって微笑んだ。例え日向が変身魔法で私を
ぬいぐるみにでも変えたとしても、それよりも早く風の刃がこの首を切断することに違いないであろう。
「……卑怯もの」
「信じてたよ日向。ありがとね♪」
四方から伸びた影が蛇のように日向の四肢へと絡みつき、日向もそれを無抵抗で受け入れていく。
こうなってしまえば魔法少女もただの少女と違いはなかった。
「光と影は表裏一体。光が歪めば影も歪むし、影が歪めば光も歪む。いくら魔法で現実を歪められる
私達でもこれは歪めることのできない、真理の一つなの。」
日向に睨み付けながらも私は言葉を続けていく。これから日向に起こるであろう事を想像すると
それすらも今の私にとっては最高のスパイスであった。
「私の唯一の取り柄は風魔法だけだった。でも途中で気づいたの。私が操っていたモノは風じゃ
無くて『流れ』そのものだったんだって。」
そう言いながら私は自分の影の中から黒い『何か』を引きずり出した。元はただの魔族の一人であり、
今は美雪の根幹を成しているそれは、渦を巻きながら少しずつ日向に向かって近づいていく。
「だから私の魔法で日向の影に『これ』をねじ込んでぐちゃぐちゃにかき混ぜたら、私も幸せな気持ちに
なれるかなぁって♥️」
「美雪…!やめーーーーーーーーーーーー
言葉は最後まで続かなかった。悪意の奔流が日向を包み込み、そして影の中になだれ込んで行く。
* *
「ふう・・・、日向がいるのに静かなのも、何だか不思議な気分ね」
私の影に全身を包み込まれ、チョコレートでコーティングされたように色を失ったマネキン
と化した日向をみて、私は言葉を漏らす。いつも賑やかに、時としてうるさいと感じながらも
私を癒し、そして暖かく支えてくれていた親友は、必死の形相のまま右手を前に伸ばして
黒く染まり、固まっていた。そんな日向の姿はまるで彫像のように美しく、そして彫像には
ない躍動感を持ち合わせていた。
――さて、どうしようか。
物言わぬ親友を眺めながら、私は今後のことを考えていた。
正直なところ、今日は両親が出かけているのが少し想定外だった。だからこそこうして私は
『ワタシ』に染まり、念願の日向の確保も実行できたのだが、今のままではまだ確保しただけ。
日向を忠実な僕、心も身体も全部メチャクチャにして私の「お人形さん」に作り替えなければ
口封じは出来ない、考えるだけでもゾクゾクし、ワクワクしてくるが、それには少し時間が足りない。
私が『ワタシ』に染まるまでが大体1日程度、以前と比べると強力な「私」由来の魔力を使えると
いっても、同い年の日向を染め上げるのには少なくとも同じ程度の時間は見ておいた方がいいだろう。
むしろ今回の狙いは私より心が強く、前向きな日向。もしかするともうちょっとかかるかもしれない。
昨日は日向の家に泊っている以上、今日もまたお泊りというのは両親が許してくれそうにない。
日向を家に泊めたことはないので、それもちょっと難しそう。
それらを考えると、今日出来ることにはある程度限界がありそうだった。今の私は「美雪」なのだ。
『金獅子』と『黒薔薇』を始末する最終目標にはまだまだ力が足りない。現時点では「私」として、
普通の女の子してもきちんと振舞わないといけない以上、その辺はきっちりとやっておかないと。
確か隠密の基本、だったよね?
(なんだよこれぇ!何も見えない!やめろっ!あたしの中に入ってくるなっ!)
頭の中に日向の声が聞こえてきた。どうやら日向の影に潜り込んだ『ワタシ』が日向に入り込もうと
しているみたい。日向の身体から影へ、影から私の影へとつながって、私にも少しずつ魔力が入り込んで
きていた。
「暖かい・・・。本当に日向らしい魔力ね」
日向の魔力は鮮やかなオレンジ色で、暖かく力強かった。この力で多くの人を助けたい、確か魔法少女に
なったのもそんな思いがきっかけだったよね。そんな思いを、力を歪めようとしていることに、たまらなく
ゾクゾクしてしまう。私は日向に繋がっている魔力を躊躇いなく指輪へと連結した。私の時と同じく、
日向の魔力からわずかに性質を変えた何かが出力され、日向の身体へと送り返されていく。
日向の魔力がわずかにブレて、流れ込んでくる魔力の量が少なくなる。本能的にだろうか、自分の魔力と
似て非なる異物が入り込んでいることに何となく気が付いているようだ。やっぱり日向は本当に才能に
恵まれている。
「本当に・・・、うらやましいなっ♪」
(あがっ!・・・)
私は日向を縛る影を動かし、全身を収縮させるようにきつく縛り付ける。繋がる魔力が不安定になり、
一時的に大量の魔力が流れ込んでくる。大切な親友を追い込んでいるのにも関わらず、今の私は興奮が
止まらなかった。私の心に潜んでいた嗜虐心を刺激し、さらなる行為へと駆り立てる。
私は日向の影を何度か縛り付けては緩め、また縛り付けることを繰り返した。時折縛る場所をコントロール
して場所を変えたりすることも忘れなかった。縛られた日向の身体からはまるでポンプで水を送り込むように、
大量の魔力が吐き出されていた。頭に響く日向の悲鳴が心地よく、病みつきになりそうだった。
何度か繰り返しているうちに、いつしか魔力の流れる量が少なくなっていることに気が付いた。
日向が意識を失ったのか、それとも慣れたのか、物言わぬマネキンと化した日向は語ってくれなかった。
「うーん・・・、やっぱり日向の表情が見えないのはつまらないわね。・・・、そうだ」
ふと思いついた私は、日向の身体の全身を覆う「影」の流れをコントロールする。私が今まで風の魔法
だと思い込み、眠っていた本来の性質である「流れ」の制御とは便利なもので、影でさえも何かの流れに
乗せることが出来る。目をつむり、日向の身体に繋がる魔力を通して彼女の身体の中にある「流れ」を探す。
血液の流れ、魔力の流れ、呼吸の際の空気の流れ・・・、これに日向を覆う「影」に魔力を送り、
身体の中へと流し込んでいく。口や鼻、耳の穴はもちろん毛穴やお尻の穴も使い、全身から体内へと慎重に
注ぎ込む。神経は使うが苦痛には感じない。やはり私はこういった作業は得意なようだ。潮が引けるように
影が薄くなり、全身を覆っていた影は彼女の四肢を拘束している物を除いて日向の肉体の中に消え、
色を取り戻した日向本来の姿が戻ってきた。
「うっ、がはっ!!」
「お帰り、日向。私の影の中はどうだった?気持ちよく過ごしてもらえたかしら?」
「み、美雪・・・。どうしてだよ・・・」
時が止まったマネキンから解放された日向は、開口一番私に尋ねてくる。だいぶ消耗しているようだ。
自らを盾に取ったとはいえ、今の私の力が日向と拮抗できる、それだけでもすごく嬉しく思えた。
「決まってるじゃない。日向とずーっと、楽しい時間を過ごしたいからよっ♪」
「うっ、あああがあああああ!!」
日向の体内に入り込んだ影の流れを操り、全身に刺激を加える。全身がビクンと反応し、また魔力の
流れが私に入り込んでくる。太陽があれば「光」は存在出来るように、闇があればそこに「影」は
存在する。人間の身体の中は、基本的に光で照らされることはない「闇」の世界。だからこそ、
影が入り込む余地が存在する。さっきまで日向の全身を覆っていた影は日向の身体の内側に張り付け
られ、私の魔力を伝える導体として機能していた。これで日向の反応が楽しめ、影を覆っていた時と
同じ効果も期待できる。気が付けば、私の顔が愉悦に歪んでいた。
「・・・、へえ。やっぱり「私」なんだ。どうしよっか、ね?」
日向の魔力を通じて、影に潜り込んでいた『ワタシ』から依頼と報告、質問が飛んできた。依頼は
「外側から日向を追い込んでほしい」というもの。手段は私に委ねてくれているようなので、
引き続き刺激を与えたりしながら楽しもうと思う。
報告は私が日向を締め付けた時に、彼女の身体の中に潜り込むことが出来た、というものであった。
そして質問は・・・、私にとっては最高の、そして『ワタシ』が私にとっての味方であると証明する、
心地のいいものであった。
(『日向の事、どういう風なお人形さんにしたい?』)
その声は自分自身のモノなのか、はたまたもう一人の『ワタシ』のモノなのかはわからなかったが、
最早そんなものはそんなものは美雪にとって些細なことにすぎなかった。
(ふふ、決まってるじゃない…そんなもの……っ!)
私は日向のおでこに手を乗せた。そしてそのまま私の日向の全身へと流し込む。
「私無しじゃ生きられない、私だけのお人形にしてやるっ!!!」
「あぐっ!?なん…っこれ魔力が…っ!おっあああああ!!??」
魔力が逆流を始める。本来日向のモノであった魔力は全て美雪の支配下に置かれ本来の持ち主であった
日向の魔力回路をズタズタに引き裂いていく。そしてすぐさま支配下に置かれた日向自身の変身魔法に
よって都合のいい形へと修正され、不可逆的なモノとして固定されていく。
「あぐっ、み…雪やめっ…!あ、あはっ、あ゛あ゛あ♥️」
そこにそこに日向の意志は存在しなかった。美雪の支配下に置かれていることに幸福を感じドーパミンを
垂れ流す存在となった日向の大脳は日向自身の魂すら歪め、幸福の味を直接刻み込んでいく。
そして、見つけた。
「あはっ、あった♥️日向の大事なモノっ!ここに♥️ごめんね日向。今はもう一つ身体が必要なの♥️
だからっ♥️全部『ワタシ』に、明け渡しなさい!」
日向の魂のさらにその奥、日向の根元をなす何かが最後の抵抗を示すかのようにふるふると震えるが
支配下に置かれた自身の変身魔法によって穴が開けられる。そして日向の中に入り込んだ影がどっと
その隙間へと雪崩れ込み、その中身を黒く染め上げる。
そこから先は最早『捕食』のようなモノだった。日向の白い魂と入り込んできた黒い魂は混じりあい、
だが一方的に黒く染まっていく。
日向の内側に入り込んだ黒い影はその全てを支配下に置き、新しいこの身体の主をその身に刻み込んでいく。
「ふはっ、ふははははっ!!スゴい!この私にこれほどの魔力がっ!!!まさかここまで上手くいくとは……っ!」
瞳に光を取り戻した日向の口から飛び出た言葉は最早日向のモノではなかった。
「ご気分はいかがかしら、もう一人のワタシ…いえ、オンブラ様。」
「素晴らしい…若々しくて生命力と魔力に満ち溢れている…ここまで上手くいったのは全てお前のお陰だ。
感謝するぞ、美雪。」
「感謝するのは私の方よ。こんな素晴らしい存在になれたんだから。それに日向の魂も喰らわずに残して
くれているんでしょう?」
「無論だ。新しい器を手にいれた暁にはすぐにお前の人形を返してやるさ。」
そういうと日向の姿をしたそれはゆっくりと立ち上がり大きく顔を歪める。2人の影に巣くった悪意は
ここに成り、希望の光が闇に染まり尽くすその時は着実に近づいて来ていた。
* *
果たしてこれで笑わずにいられようか。本来の目的はシャドー様の指示に従い潜り込んだ日向と美雪、
魔法少女の卵たる彼女たちから何かしらの情報を探ることであった。
しかし今はどうか。私が依り代として影に潜んでいた美雪は魔王様から賜った指輪により内側から
侵食され、その心と魂を歪めて私の手に堕ちた。さらには彼女自身が最愛の親友、日向を手に掛けただけ
でなくその肉体さえも私に献上してくれたのだ。
「ふむ・・・。パラレルミラクル、鉛筆よ、スマートフォンに変われ」
日向の記憶と魔力を使い美雪の机の上にあった鉛筆に魔法をかけてみると、スマートフォン
という電子機器に変わった。美雪が確認してくれたが、通信等も問題なくできるようだ。
「素晴らしい・・・!この日向という身体で出来ること、やれること、彼女の脳に刻み込まれた
魔法少女の記憶、そして「魔法少女」の身体の仕組み・・・、すべてが手に取るように分かる!」
「いかがかしら?日向の身体の使い心地は」
「最高と言わざるを得んな。まるで元々、私が日向として生まれてきたように使いこなせるとは!」
今の私は日向の魂を捕食し、彼女の身体に憑依している状態に近いのだろう。それにより彼女の肉体は
私を主と認め、日向という少女が持つすべてを私は読み取れる。この街に潜む依り代として、ひいては
『金獅子』や『黒薔薇』を始末する第一歩としては、上々すぎる踏み出しであると言えた。
「ふむ・・・、この日向という少女はどうやら、夜は行ければ集会に行くつもりでいたようだな」
「どうするの?」
「さすがにまだ難しいであろう。今日のところは休むほかあるまい。それに、可能であればそろそろ
シャドー様と1回お会いしたいところだしな。お前の紹介も兼ねてな」
この街に潜って既に1日になる。シャドー様の方でも何か進展があったのであれば、それぞれ情報は
シェアしておいた方がいいであろう。身体と魔力は日向と美雪の物をベースにした以上、私が敵では
ないことを知っていただく必要もある。そのうえで、シャドー様のほうで必要なものの手配なども
すり合わせておきたい。
「そうね・・・。それに、私自身もいまこんな見た目だしね」
くつくつと笑いながら美雪は私に話しかける。その姿を見ると昨日までの純粋な美雪は想像できないで
あろう。私も何人か魔人や魔獣を従えてはいるが、知性を持つ部下というものは初めてであった。まして
この美雪は自らの手で染め上げ、私の下に堕とした少女、その動作の一つ一つが実に愛おしかった。
「ふむ、その点はもはや心配はない。パラレルミラクル、美雪よ、普段の姿に戻れ」
「あら、すごいじゃない。とうとう生き物でさえ変えられるようになったのね」
私が日向の魔法を使い、美雪に対して「普段の美雪」になるよう魔法をかけると、妖艶な魔女となった
美雪の姿が、昨日までの可愛らしい少女の物へと戻る。
「まあ、彼女の記憶だけでは不可能であったろうな。だが、私はまず美雪、お前が受け入れたからこそ
この力を手にすることが出来た。当然、お前のスキルや経験も同時に使うことが出来る。お前の魔力
コントロールがあれば造作もない」
私がここに至る最初の段階にベースとなったのは美雪の根源だ。つまり、今まで美雪が身に着けてきた
スキルや魔力も同時に使いこなすことが出来る。美雪の微細な魔法制御能力を以てすれば、美雪を元の姿に
戻すどころか別の人間に変身させることも出来るであろう。
「すごいわね。姿も、それこそ魔法少女に変身した姿もそのままなのに、力自体は今の進化した私と同じ
なんだ」
「工作にはその姿のほうがよかろう。見た目が突然変わってしまっては、いらぬ疑いを背負うことになる」
「それもそうね・・・。今までの姿もすごく気に入ってたんだけどなぁ」
少しばかり残念そうにする美雪。確かに、胸の大きさはだいぶ気にしていた気がしている。
だが、その点も問題はない。
「まあ、心配は不要だ。この通り・・・、そらっ」
「えっ、元の姿に戻ったの?」
「戻ったというより、魔法を解除したというべきだろうな。日向は魔法の重ね掛けで欠点を補っていた
ようだが、丁寧に扱えばこの通り簡単に戻すことが出来る」
日向の肉体や脳をすべて網羅したことにより、日向が扱える魔法についてさらに理解することが出来た結果、
変身魔法を解く方法についてもあっさりとたどり着くことが出来た。彼女の持つ力を彼女以上に引き出し、
使役する、日向の声色で、私の意思を、発見を外に吐き出させる、征服感としては絶大なものであった。
「さらに、こういうことも出来るぞ。ふむ・・・、美雪、読めるか?」
「これは・・・、日向の魔法の使い方?」
「そうだ。試しに唱えてみろ」
「えーっと、パラレルミラクル、ハンカチよ、タオルに変わりなさい」
美雪が唱えた魔法により、美雪のハンカチが全体的な意匠をそのままにタオルへと変貌した。美雪と
つながっている魔力を通じて日向の記憶にある魔法の使い方を美雪の脳へと送り込んだ結果、美雪も
日向の魔法を使えるようにすることが出来た。やはり私の僕である以上、使える技能は多いほうがいい。
「ははっ!嬉しいわ!まさか私が、日向の魔法まで使えるようになるなんて!あなたを受け入れて
本当によかったわ」
「それを応用すれば、真の姿と仮初の姿、どちらも使えるはずだ。場合によって判断するといい」
他人を支配することに目覚め、力を振るうことに快感を覚え、悪に溺れた一人の魔法少女と化した
美雪を見ると、私の心も不思議と高揚してくる。
「さて、余興はこんなものか。・・・、あー、あー、美雪!普段のあたしって大体こんな感じだったか?」
「ええ、まさにそんな感じだわ。考えなしで、底抜けに明るいお人よし、
それなら誰にもわからないでしょうね」
「なにをー!?美雪、最近ちょっと容赦なくないか・・・?」
「そんなウル目は見たことないわよ・・・。可愛らしいんだから」
私は日向の脳から彼女の人格情報を引きずり出し、それを魂にまとわせる。肉体とは不思議なもので、
私が思案した言葉や意思を、普段の日向の物として自動的に変換し、身体にアウトプットさせている。
これで私は、対外的に「日向」として彼女が築き上げた表情、肉体、信頼や友人関係、人となりなど
すべてを行使出来る。隠密として、最高の能力と言えるだろう。
「まあいいや!美雪!今後ともよろしくな!」
「ええ、こちらこそ。私を導いてね?日向」
普段の彼女たちの振る舞いで自然に交わされる契約。はた目から見ても微笑ましいものだろう。
しかし、その中には邪な想いしか流れていないことに誰も気づかない。実に、素晴らしい快感であった。
-----------------------------------------------------------------------------------------
(朱美編リテイク。完成次第差し替えます)
「うーん、朱美ちゃん、どうしたのかしら?あれから連絡が取れないわ」
「アタシがちょっち様子を見てきましょうか?先生」
アタシは怜央奈(れおな)。こんな名前だけど、父も母も日本人だ。一応、この街の魔法少女として
活動をしている。今日はどうやら魔人と朱美がやりあったらしく、近くの公園が火の海になったとか
どうとか。まったく朱美ったら、加減を知らないんだから・・・。その上、『白銀』先生に一報を
入れるだけ入れて行方不明、さすがのアタシも頭が痛い。
「そうね・・・。頼んでもいいかしら?」
「アイアイサー。アタシにお任せ」
「あ、もし朱美ちゃんと合流出来たらでいいんだけど、今日の魔人が出たっていう公園、少し見て
きてもらってもいいかしら?」
先生がついでで物を頼むのは結構珍しい。まあ、先生がわざわざアタシに頼むってあたり、理由は
分かってるんだけどさ。
「あー、やっぱり現場、気になる感じっすか?」
「うん・・・、朱美ちゃんのことだからちょっと頑張り過ぎちゃった可能性もあるんだけど、ここ
最近、かなり強力な魔人が送り込まれることも増えてきてるじゃない?透明化する魔人もそう。
だからこそ、少し気になってね・・・」
アタシの魔法少女としての能力は『解析』。地味と言えば地味だけど、アタシ自身はこの能力に
誇りと自信を持っている。何せ、この能力があれば相手の能力も、力も、何もかもを大体理解
できるし見破れる。これで魔法少女に変身した魔族を吊るし上げたこともあるし、この前は朱美と
組んで、透明化した魔族を見破って蹴散らした。どんな能力だって無駄なことはない、使い方の
問題だ、そう言ってくれた『金獅子』さんの言葉を信じて鍛え上げ、こうしてアタシも役に立てて
いる、そんなプライドは持っている。
「わっかりましたー。じゃあ、サクッと朱美見つけてちゃちゃっと現場確認してきますわ」
「ごめんね。いつもの通りだけどお願い」
申し訳なさそうに頼んでくる先生に軽く挨拶を返して、アタシは夜の街へと繰り出した。
* *
(ん・・・?ここは・・・?)
頭に響く鈍痛とともに、私は目を覚ました。確か私は・・・、
そうだ。増大した魔王様の指輪から放たれた力を制御しきれず、影を暴走させて気を失って
しまったのだった。あまりに現実離れした膨大な力、それに流されるままだった自分を思い
出し、自分の未熟さを思い知る。
「情けない・・・。これではオンブラにも迷惑をかけてしまうかもしれんな」
寡黙だが、私の指示に従い情報を探る部下を思い出す。彼に迷惑は掛かっていないだろうか、
無事だろうか、という思いが去来するが、取りあえずは現状を把握することにした。
どうやらここは「影」の中のようだ。上下左右、自分がどこにいるかも当然見える。そして
先ほどまでと異なり、影の感覚は掴むことが出来る。
「ん・・・?誰かいるのか?」
影の中に入り込める人物は、私を除けば『影使い』と呼ばれる魔法使い、魔族しかありえない
はずだ。疑念も抱きつつそちらの方へ泳ぐように進んでいく。影の中は広大で、宇宙空間を
遊泳するかのように進む必要があるのだ。そして、そこにいたのは・・・、
「『爆炎の戦乙女』・・・?」
そこにいたのは魔族を葬り、私の影と対峙していた『爆炎の戦乙女』であった。今の彼女は
変身が解け、その身を空間の中に流されるように浮かべていた。どうやら気を失っているようだ。
確かこの姿では「朱美」と呼ばれているはずだ。
「どういう状況かは分からんが、暴れられると厄介だからな・・・。拘束させてもらうぞ」
彼女の戦闘力はかなり高い。少なくとも、私程度では恐らく簡単に燃やし尽くされてしまう
であろう。周囲の空間から影を呼び出し、彼女の全身を縛るように拘束しようとしていたところ、
「うーん・・・、あれぇ?ここどこ?」
朱美が意識を取り戻してしまった。私は急いで彼女の周りに展開していた影を朱美に向けて放ち、
全身に纏わりつかせようとしたが、
「何これっ!?こんのぉ!!」
気が付いた彼女は咄嗟に全身を炎で覆い、影を振り払ってきた。強力な白い炎により私が用意した
影はあっさりと霧散してしまい、朱美に態勢を整える時間を与えるだけとなってしまった。
どうにもこの街に来てから行動の歯車がかみ合わない。苛立ちと焦りに支配されたまま、朱美と
対峙することになった。
「あなたも魔人よね?今何か私にしようとしたでしょ!?この『爆炎の戦乙女』が、あなたを
ギッタンギッタンのボコボコにしてやるんだから!」
焦燥感に駆られる私と異なり、朱美は戦闘態勢を着々と整えていく。白い炎を纏い、魔族と対峙する
ときに使っている大振りな杖、『迦具土神』を構えている。かなり実戦慣れしているようだ。
全身から溢れ出る莫大な魔力、軽々と焼き尽くしそうな圧倒的な炎の力が眼前に迫る。
「『火産霊』!」
先ほど影に向かって放たれた白い炎の球が展開される。確実に、私を焼き尽くすためだけに展開される。
私は咄嗟に周囲の影に隠れ、身を隠そうとするが
「くっ・・・、影に解け込めないだとっ・・・!?」
広大な空間と化した影に実体がなく、私が影に解け込もうとしても空を掴むように拒絶されてしまう。
今の私は絶望に瀕していた。偵察を主としながらも、どうにか魔法少女からの追撃をかわしてきた日々、
それが今まさに、終わろうとしていた。
「これであなたも終わりね!いっけぇ!!」
放たれた炎塊は私をめがけて一直線に迫ってきていた。無駄と分かりつつも両腕を前で交差させて
防御態勢を取るが、焼け付く炎の感覚の前には無意味に思えた。その時、魔王様から賜った「指輪」が
黒く、鈍く光り始めた。
「・・・、あれ・・・?無事なのか?」
「そんなっ!?直撃したはずなのに!」
私の身体を焼き尽くすはずの炎はいつまで経っても私にその熱をもたらさず、目の前には呆気に
とられた朱美の姿が見えた。そして指輪は相も変わらず、黒く、鈍い光を放ち続けていたが、指輪の先に
付いた水晶の中に2つの「白い球」がくるくると回っているのが見えた。と同時に、指輪の中にあるものが
「分かって」しまった。
「先ほどの炎が、この指輪に封印されているのか?」
名前も、構成も分からないが、その炎が『火産霊』と呼ばれる強力な炎であることは何故か理解できた。
その魔力が指輪から伝わってくる。
「くっそぉ!負けるもんかぁ!」
朱美はすぐに持ち直し、さらに『火産霊』を展開して私に放つ。どうやらある程度の連射も効くようだ。
その高性能さが非常に羨ましい。私は頭の中に沸いた仮説を確かめるべく、指輪に向かってイメージを
送り込んだ。
(頼む!その炎を、『火産霊』を『吸収』してみせろ!)
すると、指輪に纏わりついていた黒い光が筋となり、朱美の杖の先にある『火産霊』に伸びてその炎に
入り込んでいく。そして・・・
「嘘でしょ!?炎が取り込まれる!」
入り込んだ黒い光は内側から炎を侵食し、黒い塊へと変貌させて取り込んでいく。『火産霊』が見る見る
うちに小さくなっていき、そこには「何もなかった」ように影に満たされた空間に戻っていた。同時に、
指輪の中の球が3つに増えたのが分かった。これはやはり・・・
「この指輪の力は・・・、『吸収』のようだな」
朱美が放った2つの球、そして私の力が暴走したときもそうだった。この指輪は私の「影」を媒体にして、
その対象を吸収できるようであった。さらに指輪に念を送り込めば吸収する対象を選ぶことも可能、
とすれば・・・
(朱美に向かって、炎の一つを向かわせろ!)
「うわぁ!?なんで私の魔法が!!」
さらに指輪に念を送ると、指輪が白く輝き始め、先ほど取り込んだ炎が展開されて勢いをそのままに朱美に
迫っていった。身を捻ってかわされてしまったが、その威力、熱量共にそのままであった。
「これはもしかすると、私にも戦いが出来るのか?」
魔法少女と対峙し、それを制することが出来るかもしれない、降って湧いたような、しかし確かな希望が
私の胸に去来した。これこそが、私シャドーのこの街での第1歩となった。
「だったら直接絞め落としてやるわ!『火産霊』!!」
「既にわかっただろう!この私にお前の魔法はもう届かなーーーー「『魔力放射(ブースト)!!』」
その瞬間朱美は私の視界から消え去っていた。魔法を放つのではなく魔法をブースターとして利用して
加速したのだと頭の中で理解する頃には、私は後ろから首を締め付けられていた。
「がぁっ!!?クソッ、放せ…っ!」
「離すわけないじゃない!このまま焼き殺してやるわ…!」
既にもう勝敗は決していた。非力な私が仮にも魔法少女の力に叶うはずもなく、必死にもがき暴れるも
びくともしない。だがそれでも諦める訳にはいかなかった。酸素の供給もたたれ霞む意識の中で私は必死に
逆転の一手を探し求める。
「喰らいなさい!『火産霊!!!』」
私の意識が途切れかけると同時に、ある一筋の光が頭の中に浮かび上がる。この指輪の力の本質は魔力の
『吸収』である。そして普段私が影の中に溶け込む間は私の身体は実態を失った魔力の塊と化している。
ならば、影に飲み込まれた朱美も今は私と同じ状態ではないのか。
つまり、指輪の力を使えば、こいつをーーーー。
夜の喧騒の最中にチリンと金属が跳ねる音が路地裏に響きわたる。そこには勝者も敗者も存在しない。
妖しく黒い輝きを放つ指輪だけが、ただポツンと取り残されていた。
* *
気が付くと、さっきまで戦っていた敵はいなくなっていた。どうやら私は無事に相手の魔族を焼き尽くし、
勝つことが出来たらしい。そう思っていたのだが・・・
(なんでっ!?何で私の身体の中に魔力がないの!?)
いつも全身を包んでいた魔力が身体のどこにもないのだ。愛用の『迦具土神』も、暖かな炎の力も何も
残っていない!さっきまで戦っていたのは恐らく「影」の中、私があそこまで苦戦したんだ。きっと相手の
得意とする場所に違いない。魔力が無ければ、私はその辺の女の子と何ら変わらない、早くどこかに逃げ―――
あれ?私どうして逃げようとしてたんだっけ?それにさっきまで誰かと戦っていたような・・・。
私は『爆炎の戦乙女』。この街を守る魔法少j―――
あれ?私って何だったっけ・・・?そうだ、私の名前は「朱美」。どこにでもいる普通の女の子
のはずなんだけど・・・。何か大切なことを忘れてしまったような気がする。まるで、そこの記憶
だけ吸い取られちゃったみたい―――
あれ?私の名前って何だったっけ・・・。もう考える材料が残っていない。まるで全部吸い取られた
みたいに、きれいになくなっている。どうしてだろう―――
あれ?わたしってなんだったんだっけ?そうだ。あのめのまえにある「くろいもの」とおなじなんだ。
もとあったばしょにかえる。それだけのことだよね。そう、きっと―――
――――――
* *
「ああ、こっちのほうにいるね。まったく朱美ったら何をやってんだか・・・」
アタシは結構朱美とコンビを組むことが多い。年も近いし、何より朱美は凄く強いんだけど、少し
抜けている。こうして朱美を探しに行くことだってよくある話だ。以前は町中を必死こいて探してたら、
コンビニでアイス食って「おいーっす」なんて声をかけてきやがったことがある。携帯に電話しただろ
って説教したら電池が切れていたなんてこともよくあった。本当に頭が痛い・・・。ということで、
アタシがサポートをすることが多いってわけ。
アタシが『解析』した対象の事は、魔力を持ってさえいればその足跡を見つけてたどることが出来る。
本人が無意識に垂れ流す魔力の「糸」のようなものにアタシの魔力を流し込めば、それがアタシには
見えるようになる。『解析』能力を少しばかり応用すれば、こんなことも出来ちゃうってことよ。
基本的に『解析』した敵の足取りを掴むために使うことが多いんだけど、実はアタシはこっそりと朱美を
『解析』して、彼女がどこにいるかを探すのによく使っている。よく使う機会があるっていうのも困った
話なんだけど。どうあれ朱美が戦ったっていう現場も見に行かないといけないんだ。なるべくチャチャッと
朱美を見つけておきたいところだね。
魔法の跡をたどっていくと、街の中で路地裏に消えていった痕跡があるのを見つけた。確かこの道って、
朱美が「近道だー」って言ってよく通る道だったような気がする。反対側は戦った公園があるはずだから、
たぶんこの路地を通ったのだろうと推測し、その魔法の跡を辿ってみると・・・
「いたいた。まったく何やってんのさこんなところで」
「あ、怜央奈じゃん。どうしたのこんなところで」
いたいた。いましたよこんなところに。しかもキョトンと返事をしてきやがりましたよこいつは。
「どうしたのじゃないっての全く!あんたが連絡よこしたっきりいつまで経っても帰ってこないから
こうやって探しに来たんじゃない!『先生』もすごく心配してたんだからね?」
「えぇっ!?そっかごめんごめん!すっかり忘れてた!」
あー、頭痛い・・・。いつもの通りなーんも考えてないような、さっぱりした笑顔ですわ。もういいや、
さっさと現場確認した後で『先生』にこってり絞られりゃいいんだ。
ってあれ?朱美あんな指輪してたっけ?朱美の左手の指についているあの指輪・・・、何だろう。
すごく禍々しい力を感じる。何か誰かに騙されてついうっかり付けちゃったのかもしれない。
念のため『解析』を―――
あれれ?アタシ何してたんだっけ?そうだ。アタシ朱美を探しに来てたんだった。そしたらここで
「朱美が戦ってた魔族がまだ生き残ってて、朱美と二人で退治したんだった」よね。全く手こずらせて
くれちゃって。でも、朱美とアタシなら負けるはずないし。
「まずいよ『先生』怒ってるよねぇ・・・。あーもぉ私これ何度目だろう・・・」
「しゃーないじゃん?「あんな面倒な魔族と戦ってた」んだから。今日はアタシが連絡入れとくから大丈夫。
でも困ったらもっと早く呼んでよ?最近物騒なんだから」
「ホント!?ありがとう怜央奈っ!」
まったく、仕方ないなぁ・・・。まあでも今回は朱美も大変だったんだから、アタシがちゃんと証明
してあげないとね。さっさと電話掛けちゃいましょ。
「もっしもーし。怜央奈でーっす」
『お疲れ様っ!朱美ちゃん見つかった?』
「ええ、見つけたのはいいんですけどねー、何か相手の魔人がかなり厄介な相手だったんで、結局アタシも
一緒に戦いました」
『ええっ!?大丈夫だったの!?』
『先生』が心配してくれてる。大丈夫大丈夫、朱美とアタシなら負けっこないからさ!
「ちょっち手こずりましたけど、まあ大丈夫っす。ただ、朱美もアタシもだいぶ疲れちゃったんで、
今日はこのまま帰ってもいいっすかね?」
『大丈夫!報告はまた明日でいいからゆっくり休んでね!』
よしよし、これでバッチシ。まあアタシはこう見えて真面目だから、ちゃんと現場は見に行くけどね。
『あっ、そうだ朱美ちゃんに変わってもらってもいい?』
「はいなー」
ちゃんと朱美の様子も聞いてくれる、さすが『先生』は優しいねぇ。なんかへこへこ謝ってるけど、
ちょっと怒られてるかねぇ?まあ、連絡しなかった朱美が悪い。にしても、あの指輪きれいだなぁ。
アタシもちょっとつけてみたいかも・・・。
「あ、ごめんね怜央奈っ!電話借りちゃった!」
どうやら通話も終わったようですな。まあ現場も近いし、後は残りの仕事を片付けて帰りましょう。
んー、でもおかしいなぁ・・・。何か大事な事忘れてる気がするんだけど・・・。
「大丈夫だよ怜央奈。私たちはちゃんと『正しいこと』をしてるだけなんだからさっ」
朱美が耳元で囁くと、頭がふんわりとしてくる。霞みかかったアタシの頭の中で、朱美の言葉は
アタシの頭の中の削り取られた何かを埋めるようにすっぽりとハマってくれる。
そうだよね・・・。アタシたち『正しいこと』してるんだもんね。
「そう、だから怜央奈も一緒に戦ったんだし、この場所には怜央奈の魔法が無いとおかしいもんね」
そうだよね・・・。一緒に戦ったんだから、アタシの魔法もないと「不自然」だよね。
かるーく、アタシの魔力を撒いておけば大丈夫かな。
「ふふっ、やっぱり怜央奈は可愛いねぇ・・・。あと、何をすればいいんだっけ?」
朱美の言葉は『正しいこと』だもんね・・・。ちゃんと答えなきゃ・・・
「現場を見に行って・・・、魔力の痕跡を『解析』するんだよ・・・。そこで朱美から
「指輪」を借りてつけてみるの・・・。かっこいいし・・・」
「うん。ちゃんと人目につかないところで貸してあげるからね・・・」
そう・・・。これから現場を確認しに行くの・・・。朱美と一緒にさ・・・。
「よっし!じゃあ怜央奈!さっと確認してお家帰ろう!疲れちゃったもんね!」
「えぅ・・・。あ、ああ。そうだね。っていう割に朱美元気じゃん・・・」
全くこんな調子なんだから。ホント元気だよねぇ。しかし、いいなぁあの指輪。アタシも
付けてみたい。結局朱美が戦ったっていう公園につくまで、アタシはずっとその指輪に
目が釘付けになっていた。
現場の公園に着くとそこは既に隔壁で覆われていて中が見えないようになっていた。足に魔力を込めて
隔壁を飛び越すと朱美が戦って出来たであろう惨状がそこには広がっていた。
「うっわぁ…相変わらず朱美の魔法はエグいなぁ…。」
「でっかいカマキリが出て何でもスパスパ切っちゃうから大変だったんだから!まぁアタシにかかれば
イチコロだったけどね。」
ふふんと得意そうに胸を張る友人と辺りの惨状を見比べながら大きくため息を吐く。イチコロだったら
ここまで被害が大きいはずないでしょうに…。
私は一際大きい魔力の残滓に向けて解析を行った。大きく抉られた地面と炎のように揺らめく赤い魔力
から察するにここで大技を放ってそのカマキリとやらを仕留めたのだろう。そう推察をしていると何やら
違和感のようなモノを感じて首をかしげた。
「んん…これって……。」
「どうしたの?怜央奈?」
私はさらに解析を進めていく。赤い魔力と淀んだ魔力の正体はよくわかる。朱美とそのカマキリのモノ
であろう。だが、微かにそれとはまた別の魔力の残骸が残っている。それから察するに、敵はもう一人
いた?それとも…。
「へぇ…そんなことまでわかっちゃうんだ。やっぱりその能力も欲しいなぁ。」
「…朱美?」
ふと友人の顔に射した影が気になり思わず眉をひそめる。
「ううん、何でもないよ!それよりもやること終わらせて早く帰ろっ♪はいこれ!」
朱美はいつもの笑顔で私に微笑んだ。うんよかった。きっと先ほどの違和感は気のせいであろう。
いつも通りの朱美である。
安堵の感情を抱きながら私は朱美から指環を受け取った。
「ほら、指輪を着けるんでしょ?それが『ただしい』んだから。」
朱美の言葉に合わせて指輪が黒く光ったような気がした。そうだった、指輪を着けなきゃいけないんだった。
そう思って指輪を嵌めようとした瞬間、ふと指が止まった。
「…何で着けなきゃいけないんだっけ?」
「何いってるのさ怜央奈。それがやらなきゃいけないことだからでしょ?」
いや違う。私の目的は朱美の捜索だけだったはずだ。それなのに何故かまた敵と遭遇して朱美と
一緒に戦って…。戦った?誰と戦ったのだろう。さっき戦ったばかりなのにまるで思い出せないのは
おかしいんじゃないだろうか。それにこの指輪から漏れる魔力、さっきどこかでーーーーー。
「流石怜央奈だねぇ、でももう遅いよ。アタシと、ひとつになろう?」
「えっ?」
気がつくと私の指には朱美によって指輪が嵌め込まれていた。友人の顔を見ようと顔を上げようとした瞬間、
私は指輪から溢れだした黒い何かに飲み込まれた。
* *
「少しヒヤリとしたが、どうにか目的は達したか・・・」
吐き出される可憐な声に思わず私も苦笑してしまう。どうにもまだこの感覚には慣れていない。しわがれた
ような自分の声と全く違う、若さと張りに満ち溢れた聞き惚れてしまうような声が私の声だと、この潤沢で
強力な魔力と若く瑞々しい生命力、高い戦闘能力をも兼ね備えた肉体が私であると自覚するのには、もう
少しかかりそうだ。
改めて名乗ろう。私の名はシャドー。魔王様の忠実な部下であると同時に、魔法少女『爆炎の戦乙女』朱美
でもある。
「記憶によれば怜央奈という少女は抜けているように見えてしっかりしているとある。もし私が「朱美」に
なれていなければ、恐らくこの戦いも見抜かれていたかもしれんな」
すでに怜央奈がいた場所に彼女の姿はない。彼女がいた場所には深淵にも似た黒い魔力を放出する指輪が
転がっているのみであった。私に指輪を装備された彼女は指輪の魔力に抗い切れず、その身は指輪の中に
幽閉されてしまったのだ。私は指輪を見て、思わず笑みがこぼれる。
―――これで怜央奈も一緒になれるね。
これは朱美の感情なのだろうか、それとも私の感情なのだろうか。今の私には分からないが、とにかく
その事が嬉しかった。私は落ちている指輪を指にはめ直し、家路につくことにした。
私は家への道を歩きながら、朱美を取り込み、その器が私のものとなった時のことを思い出していた。
朱美にすべてを焼き尽くされそうになっていた私は、一縷の望みをかけて指輪に『朱美の魔力を取り込む』
ように念を送った。指輪から放たれた魔術は朱美の魔力へと絡みつき、それを取り込もうと彼女の魔力への
侵入を始めたのであった。朱美にとって不幸だったのは、ここが影の中だったと言えるだろう。私が予想した
とおり、彼女もまた影の中においては実態を失った魔力の塊となっていた。その結果、指輪は『魔力』と
化した朱美のすべてを取り込みにかかっていたのだ。
しかし、所詮はこの地点での私の「魔力」をベースにした力、朱美を取り込むには私の力があまりにも
足りていなかった。しかし、朱美と『指輪』が接続されたことで、私は朱美の内面にまで踏み込めるように
なっていた。そこで私は彼女の強固な魔力、恐らく魂であろうものに揺さぶりをかけることにした。
まずは朱美から「魔力を認識する力」を奪い取るように指示を出す。すると彼女は魔力がすべてなくなった
ものと誤認した。どうやらある程度抽象的なものでも奪い取ることが出来ると分かった。次に彼女から「私と
戦っていた」事実を剥ぎ取り、逃げようとする足を奪った。そこからは為すがままであった。「彼女が魔法
少女であった記憶」「自分の名前」と続けて奪い去ると、彼女は考える材料を失い、魔力が明らかにほつれて
いるのを感じ取ることが出来た。そしてダメ押しに「考えること」を奪い取ると、もはや朱美という存在は
呼吸する肉塊でしかなくなっていた。
そして指輪により繋がった彼女の本能は、指輪の中に「失ったもの」があると気が付きその身を指輪にすべて
委ねてしまった。私の魔力と密接につながった、私のテリトリーへ自らを差し出してきたのだ。そのまま
指輪は朱美を媒介にして私をもまとめて取り込み始め、その中で私と朱美の魔力が混ざり始める。自我を
しっかりと保ち続ける私と、意志も記憶も自我も失い、単なる肉塊と化した朱美、主導権がどちらにあるかは
明らかであった。私の矮小な魔力はその強力な魔力の中に混ざり、消えていくが、私の意識だけは彼女の中に
そのまま侵入していく。同時に彼女の中にある記憶や経験、魔法少女としての大切な知識もすべてが手に取る
ように分かり始める。生まれた時の事、魔法少女として覚醒したきっかけ、彼女の『迦具土神』を用いた
戦い方、それこそ人に言えないような秘密・・・、何もかもがまるで自分が体感したかのように認識できる。
そう感じたあたりで、魔力が混ざる感触が終わり、指輪から吐き出される形で影の中に戻されていた。
いい加減外の状況も確認する必要があったため、影から外へと出ることにした。すると、妙に足元が寒かった。
その違和感に思わず下を向くと服装が全く別の物になっていた。
「こ、これはいったい・・・!?」
声を出してみると私の物とは思えぬほど甲高く、若々しさがあった。表皮は肌色になり、そこに元の私の面影は
ない。思わずスマートフォンを取り出し、自撮りモードに切り替えて自分の顔を映してみると・・・
「『爆炎の戦乙女』・・・?」
そこには驚愕に満ちた『爆炎の戦乙女』が映されていた。確認のため、表情を笑顔や変顔、真顔などコロコロと
切り替えてみるも、そのカメラの向こう側も同様に切り替わっていた。そしてこの時に確信した。
―――私は『爆炎の戦乙女』と融合したのだと。
状況から察するに、どうやら「朱美」と比べて矮小であった私の魔力や身体は消滅し、彼女の魂や肉体、
魔力が基本となっているようだ。だが、そこに朱美の意識は全く存在していなかった。いや、正確には
朱美の魂そのものが私と融合し、私が「朱美」という存在になったというべきなのだろう。その中身を、
あろうことか魔法少女と対極の存在である魔族に明け渡すという、最悪の形で。
そう考えると、今の自分の取った行動にも納得がいく。何せ私は「スマートフォン」なるものの使い方など
記憶にないのだ。しかし、当然ながら朱美は理解し使いこなしている。これはつまり・・・
「炎よ、わが手に」
可能な限り出力を抑え、手のひらにほんのわずかな白い炎が顕現する。思わず笑い出しそうになっていた。
私は朱美の全てを、自由自在に使いこなすことが出来るようになっていたのだ。そして、それは私本来の
影の力も同様であった。朱美の膨大な魔力、それを「使役する方法」が本能で備わっている彼女の肉体を
用いれば、先ほどまで制御できなかった影も容易に制御できるようになっていた。
「素晴らしい・・・。魔王様は何というものを授けてくださったのだ・・・!」
これならもしかすると、本当に任務を全うできるかもしれない。この時私は確かに希望を胸に抱くことが
出来たのであった。
「よし、これで・・・。むっ!なんだ?」
これからの対応を考えていた時、何者かが私の魔力を追尾している気を感じ取った。朱美であれば気づか
なかったであろうが、影に精通した私であったからこそ、それに気づくことが出来た。相手にとっては、
これは不幸な事であっただろう。
そしてまんまと現れた少女こそ怜央奈であった。私と違い、頭がよく『解析』を使いこなすサポート系の
魔法少女、朱美の知識から彼女の存在を確認する。同時に普段の「朱美」を呼び出し、彼女に成りすます。
どうやら気づかれていないようだ。私はその力に、気づかれないように心の中で笑っていた。
そして今に至る。そう言えば、怜央奈が指輪を『解析』してから随分と従順になったが、催眠のような
効果もあるのだろうか。その条件は何だろうか。それもまた、彼女を取り込んだのちに『解析』するとしよう。
そうこうしているうちに自宅についていた。当たり前のように彼女の家に入り、家族への挨拶もそこそこに
部屋へと入る。快活な少女とは裏腹にぬいぐるみも多数置かれた可愛らしい部屋であった。そして指輪の中を
確認すると、
「へぇ、怜央奈ってばまだ頑張ってるんだ。ますます欲しくなっちゃった」
いったいどうやったのか、指輪の中でもなお、怜央奈は自分を保ち続けていた。抵抗は相当頑強なようだ。
となれば・・・
「ここはやっぱり、私自身がやってあげるしかないよね。怜央奈?」
私はベッドに横たわり、意識を指輪の中に移しこむ。魔法少女にとどめを刺す、魔族としての「当たり前」を
魔法少女の力で為す感覚に、私は興奮を覚えていた。
瞼を閉じるとコインの裏と表が入れ変わるかの如く世界は反転し、私は影の世界に入り込んでいた。
意識を影に融かすと一か所だけ影に染まっていない場所があった。そこが怜央奈の居場所だろうと推測し
そこで身体を再構成する。
「へぇ、結構頑張ってるじゃん…」
そこには影の十字架に架けられ全身を影に覆われながらも必死に抵抗する怜央奈の姿があった。ここまで影に
拘束されながらもどうして抵抗できているのか不思議に思っているとどうやら身体の表面から魔力を放出して
いるらしい。無駄な抵抗だと内心憐れみながらもその繊細な魔力操作は流石としか言いようがなかった。
「(とはいえこのまま抵抗され続けるのも面倒だな)」
朱美の記憶によれば、その優れた『解析』能力に自信と誇りを持っているようだ。『朱美』となった私には、
頭の中に残された本人が知っている怜央奈に関する情報、無意識のうちに聞き流していた彼女の特性、
そして弱点、それらを自在に引き出し、閲覧する権限を得ていた。恐らく本人が思い出せないことでさえ、
今の私は自由に見ることが出来ているのだろう。
「怜央奈を私の物に出来れば、今の私に足りないものを補うことが出来る・・・」
それらの情報を整理し、結論をまとめ上げる。彼女が持つ解析能力、サポートに長けた戦闘術、それらを
生かすことのできる柔軟な思考能力、朱美の肉体が持ち合わせていない数々の技能、特性を怜央奈は持ち
合わせている。彼女の記憶ごとすべて取り込むことが出来れば・・・
「よしっ、そうと決まれば早速やってみましょうかね」
その作戦を私は即決した。即決することが出来てしまった。本来の私であれば恐らくここで極力不確定要素を
排除しようと二の足を踏んでいたであろう。しかし、朱美と融合したことにより、彼女の無謀ともいえる
決断力をも取り込んでいたようだ。その少し変わった性質が、決断を後押ししてくれていた。もし何かを
間違えたなら後で対処しよう、心の奥底で何かが私に答えを示している。もはや私の一部となった朱美の
精神であろうか。
「ちっ・・・。しばらくはまだ持ちこたえるだろうけど、これだとじり貧ね・・・。
しかし、アタシとしたことが何て迂闊な・・・」
怜央奈はどうやら現在の状況、彼女の身体を縛る要素が何なのかを『解析』したようだ。その身体から放出
されている魔力は確かに現在彼女を拘束しているものに対して効果があるものであった。だからこそ、ここで
揺さぶりをかける。
「おおっ、さっすが怜央奈!やっぱり持ちこたえてるねぇ!」
「なっ、朱美!?あんたどうしてここに・・・」
あくまで彼女らしく、普段の朱美ならこう接するであろうという対応を脳から絞り出し、怜央奈へとぶつける。
何気ない会話で済むはずの対応は、非日常、ましてこの非常事態においては違和感として、相手を追い込む手段
として最高の舞台装置として機能する。まして彼女は恐らく魔力コントロールにかなり神経を割いている。
だからこそ、ここは敢えて普段の彼女に喋らせる。底抜けに明るく、ともすれば少し無神経なきらいさえある
「朱美」として。
「へへっ、怜央奈が心配でさっ!助けに来たってわけよ!この『爆炎の戦乙女』がいればもう安心だよ!」
「・・・、おかしい。何かが変だ。アタシの中で何かが抜け落ちてる・・・」
「な~に言ってんのさ!ほら、どっからどう見ても私、朱美でしょ?」
身振り手振りを使いなおも畳みかける。朱美の脳に「怜央奈を助けに来た」という状況を誤認させてまで
反応をひねり出しているのだ。恐らく限りなく朱美に見えるであろう。本来他人が持つモノを自由に使う
ことに、私は次第に快感を覚え始めていた。
「うーん、まだ信じてもらえないか。仕方ないなぁ・・・。出てきて!『迦具土神』!!」
「そ、そんな・・・」
朱美の身体にある力を集束させ、彼女が扱うべき得物『迦具土神』を顕現させる。本来なら主として認められ
ないであろう私のことを、かの杖は主として認めている。私の本質がもはや「朱美」として構成されている
証左であろう。
「これでも信じてくれないかな?怜央奈・・・?」
恐らく今の私は、最高に晴れやかな笑顔をしているであろう。いつもであれば助けに来た仲間を安心させる
ために向ける、自分が多少無理をしていてもそれを感じさせないように自然と身に付いた笑顔、それらは
すべて怜央奈に向けられていた。本心から作り出された紛い物の言葉、果たしてこれを見て、彼女はどう
行動するであろうか。私の予想が正しければ・・・
「朱美・・・、今のアタシは正直あんたを信じたい。でも、なんかわかんないんだけど、アタシのシックス
センスってやつ?何かが否定をしているんだ・・・」
そう、それでいい。きっと私の知る怜央奈なら、そういう結論に至るだろう。さあ、言うがいい。
「だから朱美・・・」
「うん?どうしたのかな?」
「あんたを・・・、『解析』するね」
かかった・・・!見た目に反して慎重な怜央奈なら、そういう行動を取ってくれると信じていた。私は朱美の
心が下した判断を称賛していた。恐らくここは躊躇っていたら彼女は冷静さを取り戻し、もっと違う手を使って
きたであろう。しかしこれを利用出来れば・・・
――私は彼女の「心」をへし折ることが出来る
「うん・・・、分かった。怜央奈が信じてくれるなら、好きに『解析』して?」
そういうと怜央奈は意を決したように私を『解析』しようとする。恐らく指輪が剥ぎ取った記憶と私が奪い
取った朱美の身体、仕草のせいで私が何者なのかが分からなくなっているのだろう。怜央奈は目をつむり、
いつもよりさらに意識を集中して念を込めている。そして・・・
「いくよ朱美・・・!『解析』!」
彼女の目が見開かれ、その両目から魔力が展開される。薄く延ばされた魔力は私の全身を包み、ほんのわずか
ながら私の魔力を取り込んでいく。
(そう、『解析』には相手の魔力が必要。つまりそれは、私の魔力が入り混じった異物を取り込むことになる)
朱美本人は全く気が付いていなかったようだが、彼女の記憶の中に自分が解析を受けた痕跡が残されていた。
これほどまでに高レベルの解析術を使える魔族はごく少数な上に、朱美と一戦交えた記録はない。さらに言えば
恐らくその魔族は彼女と対峙すれば、解析する前に焼き払われてしまうであろう。つまり、解析を行ったのは
必然的に怜央奈となる。
「さて、これで分かってくれたかな?私が誰なのか・・・」
「あ、あんた一体どういうことこれ・・・?本当に朱美・・・?いや、そもそも人間なの?」
(今だっ!)
恐らく怜央奈は取り込んだ魔力に困惑しているであろう。なぜなら、純粋な朱美の魔力、純粋な私の魔力、
それらをブレンドした魔力、多種多様な性質を持った魔力を全身に展開させてあったのだ。恐らくこんな
魔力を持つものは誰もいまい。そして、動揺している隙に私を包み込んだ怜央奈の魔力を通じて、彼女の
内側に魔力を送り込む。
「うっ・・・ぐあああがああがっがががっ!」
「受け取って怜央奈。私の魔力をっ!」
朱美の膨大な魔力を逆流させ、怜央奈の身体の中に流し込んでいく。その魔力の繋がりは私と怜央奈の
身体を繋ぐ強力なパイプとなった。これで私は怜央奈を内側からも刺激できるようになった。
「さあ、たっぷり楽しもうね。怜央奈」
朱美の笑顔を張り付けたまま怜央奈を追い詰める。さあ、吸収まであと少しだ。
「いや゛っ!!たすげっあけみっ!!」
「へー、まだ喋れる余裕あるんだ。じゃあもっと流し込もっと。」
「あ゛あ゛あああああああっ!!!」
私はさらに魔力を流し込んでいく。身体が拒絶反応を起こしビクリと跳ね上がるも、それすらも無視して
強引に怜央奈の全てを掌握せんと、身体の隅まで魔力の根を張っていく。
「ふふ、みーつけたっ。怜央奈の大事なところ♥️」
それは言うなれば魂だ。人がそれぞれ持つ、己の根元。決して誰も踏みいることのできない筈の己の聖域。
怜央奈の場合はその美しい翡翠色の瞳であった。
「一緒にひとつになろう、怜央奈?」
「あけ……み……」
その瞳に映された私の笑顔はどのように映っていたのだろう。私は影を使って怜央奈の瞳から魂を抜き取った。
その瞬間、彼女の瞳から光が消え失せ、主を失った身体がどしゃりと崩れ落ちる。
「ふふ、怜央奈の魂、とっても美味しそう。」
彼女の魂は頼りなく、手のひらの上でふるふると震えていた。私はそれを味わうように、舌で転がしながら。
そしてごくりと一思いに彼女の魂を飲み込んだ。
口の中で蕩かし、身体の中に入り込んだ怜央奈の魂が入り込んでくる。指輪の中であるこの空間よりさらに
濃厚に、さらに濃い密度で私に満たされた空間である身体の中に入り込んでしまったことで、肉体という鎧を
失い、無防備になった怜央奈の魂が内側で溶けだし身体と一体となっていくのが分かる。朱美の燃え盛る
ような熱い魂とは違う、まるで清涼剤のような涼やかな魂が溶け込む感覚と同時に、怜央奈の魂が小さく
すぼんでいくのが分かる。一つの身体に宿る魂は一つ、生命としての根源ともいえる法則は残酷に、怜央奈の
魂への審判を下す。力の弱い異物を排除する、指輪の中の理に従い、より強い朱美、そして私の魂に全てを
譲り渡すという、残酷で無慈悲な結果を伝えているのだ。
(あ・・・、け・・・)
頭の中に、怜央奈の寂しげな声が響き渡る。不安、恐怖、絶望、そして哀愁、全ての声が混ざった絶望の声、
そんな彼女の最期の抵抗に、私は優しく語り掛ける。
(大丈夫だよ怜央奈。この中は私の中。これからも、ずっと一緒だよ!)
(あ・・・っ)
その声が上ずった気がした。どうやら考える力を失った怜央奈が私を一緒になることを受け入れたようだ。
その声と同時に、身体の中の怜央奈の魂が消失した。
「ほう、魂を取り込んだからと言って、何か変わるわけでもないか・・・」
私は確かに身体の中に怜央奈が入ったことを確信していた。今までの魂の形とは異なる、熱さの中にも冷たさを
感じるこの感覚が間違いないと確信していた。しかし、だからと言って肉体が劇的に変わるとか、そう言った
ことが起きるわけでもないようだ。そう結論付けているうちに、魔力が逆流してきていた。
「これは、怜央奈の魔力か」
主を失い、崩れ落ちたままの怜央奈の肉体、そこに繋がれた魔力から怜央奈の魔力が流れ込んできていた。
先ほどまで繋ぎ止めていた、怜央奈の身体に魔力を送り込んだものとは異なり、その流れは一方的に朱美の
肉体へと彼女の魔力が入り込む形で固定されていた。
「っ!そうか!魔力は魂に紐づくものなのか!」
朱美が持つ魔法少女としての常識が、私に答えを示してくれる。魔力というものは魂の力、すなわち魂に
結びつくものであるらしい。その根源である怜央奈の魂を取り込んだことにより、彼女の魔力は主を見つけ出し、
こちらへと移動し始めたようだ。瞳の色と同じ翡翠色の魔力が身体に流れ込み、朱美の力と一体化していくのを
肌で感じる。それと同時に、身体の芯のほうから溢れんばかりの力が湧きだしてくる。
「うっ、がはっ!ああ、な、なんだ・・・?身体が熱い・・・!」
怜央奈の魔力が私の魔力と結びつくと同時に、私の周りに迸る影がに波紋が生まれた。コールタールのように
粘り気のある影が渦巻きながら持ち上がると、見えない手によって成形されるように形が変わっていく。
そしてその影は、主を失い倒れている怜央奈の抜け殻をも包み込み、私の中に導いていく。そして影の中で私は、
自らの肉体が変化していくのを感じている。骨格、見た目、魔術回路の仕組み、すべてが作り替えられていく。
そして影から解放された私は、全く別の存在へと進化していた。魔力で自らの姿を映し出すと、そこには
しなやかな手足、くびれた腰、豊満な尻、たわわに実った乳房。そして色気に満ちた妖艶な顔立ち。
影色の体が美しい白に染まると、全身に影が巻き付き、妖しく黒光りする手袋とブーツ、そしてビキニのような
体を強調する衣服へと変化する。肩口でそろえられた髪の色は、本人のものよりもいくらか暗い赤。朱美の肉体を
ベースに怜央奈、そして私の要素を足し合わせた存在に、思わず笑みがこぼれてしまう。
「これが、これが私の力か!素晴らしい、魔力が溢れ出てくる!それに、頭の中も冴えわたっているぞ!」
思わず声が出た。朱美の身体を手に入れた時よりさらに莫大で、圧倒的な密度を誇る魔力に加え、今までとは
桁外れに高い精度を持つ頭脳がその身体には宿っていた。指輪の中にはもう何も残されていない。恐らくこの
指輪は私の意識を含め、吸収したものすべてを掛け合わせてこの肉体を構築したのだろう。
「となれば、指輪の中にいる意味もあるまい。表に戻るとするか」
瞳を閉じ、軽く意識するだけで本来の世界へと舞い戻る。意識を集中するためにベッドの上で横たわっていた
私だが、その肉体の大きく変質していることが分かる。部屋にある姿見で自分の姿を確認してみると、
「こ、これが私か。『潜影のシャドー』が魔法少女たちの肉体を得て形を変えた、新しいあるべき姿なのかっ!」
どういう仕組みなのかは分からなかったが、影の世界で吸収した全てにより朱美本来の肉体も変質し、魂と同じ形
となっていた。全体的に朱美の肉体をベースとし、肉付きのいい尻や目つき、朱美と比較してサラサラだった
髪の質など、ところどころが怜央奈の要素で構成されたその新しい身体に、思わず私は見惚れてしまっていた。
「そうだ。私を『解析』すれば、自ずと答えが見えてくるか!」
私にとっての疑問点、私の身に何が起きているのか、そしてこの指輪は果たしてどういう性質を帯びているのか、
その答えは怜央奈から奪い取った解析能力が明かしてくれるであろう。使ったはずもない魔術のはずが、その
使い方や性質に至るまですべてが流れ込んでくる。この事だけでも、優れた魔法少女であった怜央奈が私に屈服し、
そのすべてを明け渡したことが実感できる。万感の思いを込めて、全身に魔力を集中させた。
「『解析』!」
怜央奈にとっての普段通り、私の全身の隅々を、くまなく『解析』する。元より自分の身体なのだ。全てを知った
ところで問題はない。その高まった力により、一瞬で解析が終わり、頭の中にその回答が湧き上がってくる。
「ほほう。なるほど、やはり朱美の肉体をベースに、怜央奈の優れた部分はそれを転用しているのか。ところ
どころ私の要素まで混ぜ込んでくれるとは、何とも心憎いではないか・・・!」
やはり、身体能力と運動神経に優れる朱美の肉体が基礎となっているようだ。しかし、その頭脳は怜央奈の物が
ほぼ採用され、その中に朱美の運動神経が最大限に発揮できるよう、また、朱美が持っていた膨大な魔力を
ベースに怜央奈と私の魔力を掛け合わせた莫大ともいえる魔力に耐えうるよう調整されている。正確には朱美の
脳を怜央奈の物に作り替えたというのが正しいのかもしれない。
それは身体つきについても同様で、朱美のしなやかでスレンダー、良質な筋肉に恵まれた肉体をベースに、
怜央奈の魅力的な臀部や乳房などがそのまま組み合わさっているようだ。そして本来の身体では魔力に
耐えきれなかったようで、実年齢より2,3歳程度成長させることで、その魔力を受け止められるように
改造されていた。その若干赤黒くなった髪の中に混じる黒髪が、私、シャドーの要素としてのワンポイント
となっている。
もはやここにいるのは朱美でもなければ怜央奈でもない。2人の優れた、正反対の魔法少女たちの肉体を
存分に利用し、それぞれの優れた能力を抽出して構成された魔族『潜影のシャドー』の新しい肉体であった。
そんな肉体を新たに制御する脳、怜央奈の頭脳が、私の意識となり果てた彼女の感性が私に対して『指輪の
効果も知りたい』と問いかけてくる。怜央奈を構成していた肉体、意識、記憶、それらすべては分解され私の
中にある。当然ながらそこには彼女の記憶も、技能も人格もすべてがそのまま記録され、好きなタイミングで
閲覧可能となっている。その彼女の記憶の中には「指輪を解析したときに意識がふわっとなった」と確かに
残されているのだ。
「指輪の効果は吸収だと思っていたが、他にも何かしらの効果がありそうだな」
しかし、思考がまとまるのが明らかに速い。朱美の記憶からも分かってはいたが、怜央奈という少女は非常に
優秀な頭脳の持ち主のようだ。その性能を使ってみて改めて実感する。この脳の中には私、朱美、そして怜央奈の
3人の記憶や情報が混在しているのだが、まるで図書館のようにきれいに並べ替えられており、ストレスなく
自在に呼び出すことが出来る。そして朱美と私が持つ技能についても速やかに解析し、この肉体にとって最適な
状態で使えるように調整されている。今となっては影の力でさえ、かつての私以上に自在に使いこなせるだろう。
私は指輪を見つめながら全身に魔力を滾らせる。その魔力は朱美の赤い魔力がベースとなっていたが、指輪の光と
同様の深淵を思わせる闇の色がまとわりついていた。
「『解析』!・・・、あぐぁ!」
解析をかけた瞬間、意識が朦朧としかける。指輪から発された何らかの力が意識を飛ばしにかかっているようだ。
「くっ・・・!えっ!?何?あっ・・・」
私は咄嗟に影の力を使い、怜央奈の意識を宿らせて肉体の主導権を明け渡す。朱美の意識は既に分解されて跡形も
なかったが、怜央奈については脳にそのデータがある程度残されていたため、再構成は可能であった。作り出された
彼女の意識は状況を理解する前に指輪から発された力が直撃し、その効力を受けてしまう。
「ふぅ・・・。危なかったな。しかし、これで指輪についても少しは分かりそうだ」
指輪の影響を受けた怜央奈の意識を宿らせたまま、私は意識を影の中へと移し影を使って肉体を構成する。私が
使っていたころは簡単な分身程度の力しかなかったはずだが、いまやこの身体でもある程度の魔法を行使できるようだ。
怜央奈の解析によりその隠された特性や魔力の通し方についてもハッキリと分かり、それを朱美が持つ強力で膨大な
魔力を以て使役できるようになった結果、影の力の自由度が大きく広がった。魔法少女の力によって大幅に強化された
この皮肉な事態に、私は笑いを禁じ得なかった。
改めて外側から私の依り代である肉体を眺めてみる。口を半開きにし、まさに立っているという以外の説明が難しい
その身体は2人の魔法少女、それもかなり可愛らしい少女たちの成れの果てである。その姿は非常に健康的で美しく、
指輪の効力によって何らかの暗示状態にある、意志を奪われた人形のような姿は妙に扇情的で、艶めかしさに満ち
溢れていた。私はその身体から指輪をいったん外し、改めて『解析』をかけてみる。すると・・・
「ほう・・・。この指輪にはどうやら防衛反応があるようだな」
指輪に解析をかけたことにより、怜央奈の意識は強力な認識阻害と催眠の暗示が掛けられているようであった。
怜央奈が私の指輪に解析をかけた後に妙に従順に、私の指示をそのまま鵜呑みにするような形で受け入れた理由が
ハッキリとした。魔法的な解析、あるいはそれに準ずる何かを行ったものは自動的に暗示状態に堕とされ、指輪の
支配下に置かれるようだ。知識、サポート型の魔法少女も多くいると聞くが、その者に対して効果的でかつ、
致命的なダメージを与えうる指輪の効果に、私は軽く戦慄した。
指輪の効力も分かったところで、影から自らの身体に意識を戻し、暗示にかかった怜央奈の意識を指輪の中に
封印する。分解してしまってもいい話ではあるが、今の彼女は忠実な人形に近い状態、上手くすれば使い道も
ありそうだった。それに、この動作で彼女の「意識の作り方」を把握できた。もう何人かは作れそうな感触が
ある以上、不要なら作り直せばいい。
「さて、これからどうしようか・・・」
今の私は朱美という存在が昇華したものではあるが、怜央奈という肉体、存在は私の内に消えてしまっている。
彼女の荷物を漁り、家には今日は朱美の家に泊まる説明をしてあるが、いずれは露見してしまうだろう。
人間を一人失踪させるにはまだ段階が早すぎる。彼女の足跡から追われ、嫌疑を受けてしまってはせっかく手に7
入れたこの立場が無駄になる。それも惜しかった。そして何より・・・
「これほどの力をもってしても、『金獅子』や『黒薔薇』にはまだ及ばないか・・・」
朱美と怜央奈、優れた魔法少女たちの記憶や肉体を手にし、『解析』までかけた結果、『金獅子』と『黒薔薇』が
いかに桁違いの存在かが分かってしまったのだ。彼女たちの記憶を基にこの力で2人と戦った状況を検証してみたが、
まだ届く存在ではないようだ。
となると、今は朱美として魔法少女の中に入り込み、優れた素養のある人間を見つけ出す必要があった。さらにその者を
指輪を使って取り込み、私の力に変える。そしてゆくゆくは・・・
「・・・、おっと。まずは『怜央奈』を元に戻すことから始めねばな」
影で彼女の肉体を再構成し、怜央奈として形作ることも可能であったが、あくまでそれは人形に近い存在。今必要なのは
自立して動ける、本人同様の意識を持った怜央奈という存在だ。だが、その方法についても目星は付いていた。私の影の
能力を使えば、どうやら何とか出来るらしい。
「さぁて、早速始めるとするか」
この時の私はどういう表情だったのだろう。だが少なくとも、本来の朱美や怜央奈がするような顔をしていなかったこと
だけは確かだった。
作戦に出ようとした矢先、ドアを叩く音がする。そうだ、確か朱美には・・・、ドアが開けられ可愛らしい男の子が部屋に
入ってくる。
「姉ちゃんうるさい!何を騒いで・・・、え?姉ちゃん・・・?」
「ああ、そう言えばちょうどいいのがいてくれたね・・・。歩」
隣の部屋の主にして、朱美の弟、確か歩という名前だったな。なるべく朱美らしく振舞ったつもりではいるが、この姿では
説得力はないか。私としたことが迂闊だった。しかし、不思議と不安感は湧かなかった。むしろ・・・
「お、お前・・・、一体誰だよ・・・!」
「ふふっ、お姉ちゃんのこと忘れちゃったのかな?あ・ゆ・む?」
女の子と言われても通用しそうな愛らしい顔立ちを怒りに歪めながら歩は牙をむく。その中に怯えがあるのもハッキリと
見て取れる。なかなか可愛らしいじゃないか。私は舌なめずりをしながら、影を操り部屋の鍵をかけておく。気づかぬ
うちに彼は自らの身を袋小路に追い込んでしまったのだ。そしてその影を歩の影に接続させる。どうやら彼には魔力は
全くないようだが、その方が今は好都合だ。
今私に必要なのは命を持つ『意識』と『肉体』なのだから。
「嘘だ・・・!姉ちゃんを・・・!あぐっ!!」
「ふふっ、ごめんね歩。お姉ちゃんのためにその身体と意識、貰うわね」
歩の影に強引に魔力を流し込み、彼の肉体にわずかな魔力を蓄積させ「付与」する。これで彼は一時的に魔術を使える
体質になった。尤も、魔術回路も整備されてなければ修行もしていない彼にとっては苦痛以外の何物でもないだろうが。
「ああ・・・、があぁぁ・・・。姉ちゃ・・・、やめ・・・!」
私はその影を通じ、歩の全身に蓄積した魔力を纏わせる。声変わりもしていないその声はまるで女の子のようだ。不思議
と虐めたいという気持ちが湧いてくるが、これは誰のものなのだろう。その辺は後でゆっくりと調べることにしよう。
「ほら歩。私が誰なのか気になるんでしょう?大丈夫。その魔法が答えを教えてくれるよ」
「あぁぁ・・・、いやぁ・・・。あぅ・・・」
歩に強引に使わせた呪文は『解析』。怜央奈にとってはまさに誇りとでもいうべき魔術をこんな形で使われてしまい
屈辱以外の何物でもないだろうが、もはや彼女の心も私の一部。胸からは何も湧きだすものがない。むしろ今まで思い
つかなかった手段をあっさりと考えられることに快感さえ湧いてくる。
「ふふっ、お姉ちゃんのために役に立ってね。歩♪」
『解析』を行ってしまったことにより、歩は指輪の防衛反応の虜となり、意思なき操り人形と化した。これで準備は
整った。『怜央奈』復活の作戦もあとわずかだ。
「やはり指輪の防衛反応は優秀なようだな。とはいえ、この少年は魔力を持って
いないからこそ自由に制御出来たようなものだが・・・」
歩という少年が完全に自我を放棄したのを確認し、朱美としての仮初の人格をかなぐり捨てる。やはり話し言葉自体は
こちらの方が落ち着く。一応私も人間と言うくくりで当てはめるなら「男」にあたる存在だ。脳に「女」として生きる
だけの知識も、常識も過不足なく備わっている。そもそも肉体が女のものになっている以上これらを生かす他ないのだが、
それでも長年根付いてきた習慣は捨てられない。
「さて、少年。君について教えてもらおうか。包み隠すことなく、すべてをさらけ出せ」
「はい・・・」
『解析』をかけてしまえばすべて丸裸に出来るのだが、敢えてこの少年の口から全てを語らせた。彼の脳は既に強力な
暗示の支配下に置かれており、私の指令に一切の反証も考えもなく、与えられた指示をそのまま実行する。人間という
ものから意思を奪い去った姿もまた、可愛らしいものであった。
少年の名前は歩。中学1年生の男の子だそうだ。姉と同様の赤い髪、そして女の子と勘違いされてしまうほどの愛らしい
顔立ち、声がコンプレックスだそうだ。
(コンプレックスか・・・。ならそれを逆手に取るとするか)
今までの私であればこんな作戦は思いつかなかったはずだ。私の一部と化した怜央奈の思考能力が冴えわたる。
「少年・・・、まずは着ている服を脱ごうか。衣服を脱ぐと同時に、君の心の壁も取り払われ、私のことを自然と受け
入れられるようになる」
「はい・・・」
虚ろな表情、半開きの口を晒したまま、緩慢ながらも丁寧に服を脱いでいく。どうやらすでにお風呂に入ったらしく、
脱ぐたびに漂う柔らかなシャンプーの香りに親しみを感じる。どうやら朱美も普段から使っているものらしい。身体に
染みついた習性が自分の物になっている、その事からも朱美の身体が完全に私の物になっていると実感させてくれる。
「脱ぎました・・・」
さらけ出された裸体は、恐らく年頃の少年の物なのだろう。腕や足の筋肉など、少しずつ男として成長しながらも、
まだまだあどけなさを残した丸みを帯びた身体つき、小さな生殖器、成熟しきっていない、男として未熟な身体。
しかし、私の目的を達するには適切な状態であると言えた。
私は今からこの少年に魔法を与える。魔法少女としての力を持つ、男としての能力を持ち合わせた都合のいい存在、
私にとっての影となるべき身体、今からそれを構築する。
(この少年が心を許しているのは恐らく朱美であろう。しばらくは朱美の人格を使うとするか)
私は頭の中でシャドーから「朱美」へと切り替える。それだけで不思議と目の前の少年に愛着がわいてくるのは、
身内としての心なのだろう。
「ねえ歩、私の膝の上においで」
「はい・・・」
「他人行儀だなぁ。お姉ちゃん寂しいぞ?いつもの通りに話してくれていいからね」
「うん・・・」
操り人形になった歩を抱き寄せ、自分の膝の上に座らせる。小さい頃こんなことしていたなと、自然と朱美の思い出が
蘇ってくる。そのころに比べて大きくなった身体は少し重たかった。
「歩、お姉ちゃんのことどう思う?」
「ちょっとうるさいけど、大好きなきれいなお姉ちゃん・・・」
「ふふっ、嬉しいな。ところで、自分が女の子みたいって言われてどう思うかな?」
「悔しい・・・。男として見てほしい・・・」
朱美の心や言葉を操り、歩の深層心理を引きずり出す。今の彼は暗示に逆らえず、心にあるものをそのまま吐き出す
状態である。それを使い、彼の心を少しずつ溶かし、歪めていく。まさか彼女も、自分の持っているものを使われて弟を
毒牙にかけることになるなど夢にも思わなかっただろう。
「そっか・・・。でもお姉ちゃんのことは?」
「好き・・・」
「女の子って言われるのは?」
「嫌い・・・」
質問をシンプルにし、余計な言葉を省いて揺さぶりをかけていく。
「でも、お姉ちゃんも女の子だよ?お姉ちゃんのこと、嫌いかな・・・?」
「いや、好き・・・」
「ふふっ、なら女の子って言われるのは?」
「き、嫌い・・・」
「お姉ちゃんのことは?」
「好き・・・」
こんな感じで質問を繰り返し、頭の中を、心の根源をぐちゃぐちゃにかき混ぜていく。次第に彼の心が歪み、
コンプレックスが形を変え始めた。
「お姉ちゃんのことが好きなら、女の子って呼ばれるのも嫌じゃないよね?」
「うん・・・。好き・・・」
かかった。姉を好く心と自身のコンプレックス、その境界が崩壊し、彼の認識が混ざった。今の彼はコンプレックスである
自分の事を「姉のように」好いている。つまり、彼の魂は女性になるということを受け入れる準備を整えてしまったという
ことである。
(あとは身体の方だが、そのためには少年の魂が一旦邪魔になる。少しばかり仕上げたいこともあるし、一旦退出して
もらおうか)
「じゃあ歩、女の子になってみるのも、面白そうだよね?」
「うん・・・。やってみる・・・」
「あはっ、嬉しいな!ならお姉ちゃんが準備してあげるから、言う通りに出来るよね?」
「うん・・・」
一見仲が悪そうだったこの姉弟だが、お互いの信頼は深いようだ。だからこそ、彼の身体は、ひいては存在は私の力と
なるだろう。朱美、そしてこのシャドーの下僕として、都合のいい存在に仕立て上げてみせよう。
「歩は精子が出たことってあるのかな?」
「・・・、うん・・・」
「じゃあ、その時のことを思い出してみよう。大丈夫。今の歩なら簡単にできるよ?」
「う、うん・・・っ!」
歩は言われるがまま、その生殖器を肥大化させていく。可愛らしい小ぶりなものだと思っていたが、最終的にはそれなりの
大きさまで膨張していた。私はその歩の身体の中に、微弱な魔力を影とともに送り込む。彼に苦痛を与えず、その身体の
限界に抵触させないように、優しく、丁寧に流しこむ。
「おっきくなったねぇ!ただ、お姉ちゃんが歩の身体で準備をするには、歩には一旦この身体から出てもらわないと
いけないんだ。少し目を閉じて、そう・・・。集中して・・・」
私は歩の瞼をそっと閉じる。こうしてみるとまるで眠っているようだ。だが、次第に荒々しくなっていく呼吸が彼が覚醒
していることを示していた。ここまで従順に受容してくれて助かる。
「目を閉じると、身体の中のことがよくわかるでしょ?その中に、何か流れのようなものがあるのは、分かるかな?」
「う、うん・・・。ちょっぴりピリピリする・・・」
「そう、それが魔力だよ。その流れに「自分自身」を乗せてみよう。流れるプールでゆらゆら流されるみたいなイメージ
だよ・・・」
「分かった・・・」
少年の身体から力が抜けていくのが分かる。今の少年は、自らの手で自分の身体からその根源を切り離し、魔力に委ねて
いる。その微細な流れを感じ取るため、少年の身体を抱きしめ、内側に流れる魔力を感じ取る。少年にも魔力のセンスが
あったようで、初めてにしては相当に上手に、短時間で切り離しを終えた。やはりその辺は『爆炎の戦乙女』の血族という
ことだろう。どうやら私は、本来であれば発現するはずのなかった少年の才覚を呼び覚ましたようだ。ただし、その力が
魔法少女のためになることはない。その力はあくまでも私の、魔族側の人間として、魔法少女のメカニズムを用い、魔力を
宿した少年という異質な存在として、我々のために貢献するのだ。
「さすが私の弟っ、仕事が早いね!じゃあ次が最後の仕上げだよ?」
「うん・・・」
「歩の精子は身体の中の魔力と繋がってるの。生命の源だからね。それを出す準備をしよう。大丈夫。お姉ちゃんも手伝う
からっ!」
「うんっ・・・!うぁうっぅぁ♡」
少年の生殖器を擦ると同時に、身体の中に張り巡らせた影を伝って少年の性的興奮を高めていく。その顔つきが性に溺れ、
だらしのないものへと変化していく。その姿はまるで、発情している少女のようだ。
「出そうだよねっ!でももうちょっと我慢して?そこに自分を移動させるの!」
「う・・・・っ!ん・・・・・!」
少しばかり白い液が飛び出したが、それを制止する。どうやらこれは精液というものらしい。魔族の繁殖でも使われるが、
人間のは白いようだ。その精液に、少年の魂、その全てを宿らせる。
「よし!頑張ったね!じゃあ思いっきり出しちゃおう!」
「うわああああああああああああ!!」
声変わり前の可愛らしい声とともに、勢いよく精液が発射される。年齢と回数を考えると異常なまでの量が部屋に無造作に
まき散らされる。それと同時に、彼の身体が次第に弛緩し、その身を私の身体へと預けてくる。私の上に乗っかっている
彼の身体が重たさを増していき、そして・・・
「あ、あはぁぁぁ・・・」
「ご苦労様、歩♪」
少年の肉体から、魂がすべて抜け出していた。
吐き出された精液を解析すると、それには歩という少年の魂、そのすべてが刻まれていた。私はそれらをすべて指輪に
吸収し、取り込んでおく。これでこの魂は私に相応しい形へと姿を変えていることだろう。
「続いて、この身体だな」
主を失い、文字通り呼吸する人形と化した少年本来の身体。これを改造する。だらしなく弛緩した彼の口に私の口を合わせ、
その体内に多量の影を直接注いでいく。その行為に少し鼓動が早くなる。どうやら「キス」と言うそうだ。そんな知識を
よそに、影を通じて少年の体内を徹底的に『解析』する。魂がなければ身体は動くことはない。少年の身体は私の魔力を、
影をそのまますべて受け入れていく。
「ふむ、駆動中枢と構造は朱美のものに似通っているな。ならば・・・」
脳というものは身体の成長や構造、それらを無意識のうちに記録として残している。私は朱美の記憶から彼女が13歳の
頃の構造を掘り起こし、少年の体内に影を張り巡らせる。空になった魂の器に、魔力を貯蔵する器を作成し、そして
身体中に張り巡らせた影と接続、固定する。この影は魔力を伝導する。つまりこの少年の肉体は、魔力を流せる存在へと
改造されたのだ。
同時に指輪の中では、少年の魂と先ほど私が作った、暗示に堕ちている怜央奈の魂の紛い物が混ざり合っていた。怜央奈の
物は魔法少女とはいえ所詮は偽物、本体は少年の物が優先され、融合しているようだ。しかし、本来女である怜央奈の魂を
取り込ませたことで、少年の魂もまた異形へと変貌していた。少年の、男としての心を持ち合わせつつ、女としても機能
する、魔法少女にもなりうる新しい形、それが少年、歩の新たな形であった。
「これで身体に戻せば少年は私の下僕となる。あとは・・・」
そして私は少年の肉体を影で包む。表情もすべて確認できないそれはまさに黒い人形であった。
(さて、この先どうするかな・・・)
魔法少女の力によって大幅に強化された影の力により、私は中の構成をそのままに外側を作り替える術を手にしていた。
これを用いれば、融合した怜央奈の身体を構成しなおせば『怜央奈』を復活させることも可能である。だが・・・
(私が怜央奈になり、少年の身体を朱美として作り直すのもありではある。さて・・・)
(なるほど・・・。身体の構造の根本が似通っている朱美に改造したほうが手間もかからないか。基礎的な部分もある
程度共有はしているしな)
影に包んだ少年の肉体を徹底的に解析するうちに、どうやら朱美としての肉体を纏わせた方が負担が軽く、効果的だと
分かってきた。内側と外側、両側からの解析により少年の肉体の構造や特徴のみならず、内臓の機能や血管の一つ一つ、
記憶や人格といった脳内に刻まれていた情報すべても把握することが出来た。魔法少女すべてにこれが出来るかは分から
ないが、上手く使えば一般市民を手駒にし、魔法少女たちに揺さぶりをかけたり、無意識のうちに我々の斥候として働く
存在を作成することも可能かもしれない。さらには、
(少年の身体についても解析出来たことで、場合によってはこの少年に擬態して行動することも可能になったな)
私自身の外見を少年に似せてしまうことで、魔法を使えないであろう存在から魔法を繰り出すということも可能になった。
場合によってはこの姿を使って魔法少女を堕とすなど、面白い使い方も出来そうだ。少年の記憶を読み漁れば、力の有無は
分からないが魔法少女の素養を持っている少女が何人かいるように見える。これらについてもマークしておこう。
(よし、では早速『朱美』になってもらおうか)
少年に纏わせた影に朱美の情報を流し、その形を成型する。私の影の力で出来ることは変身ではなく擬態、本人の身体を
根本に据え、その周りに影を貼り付けながら形を整えていく。こちらで言うところの「きぐるみ」を身体に纏わりつかせる
といったほうが近いようだ。従って、どうしても能力は対象ではなく本人の身体相当のものになるし、それ以上の能力を
行使させてしまうと壊れてしまう。解析の結果、少年も身体能力はかなり高いようだが、魔法少女として魔力がブースト
されている朱美の力を十全に奮わせることは叶わない。
しかし、以前はかなり慎重に作業をしてもある程度しか似せられなかったが、解析した身体を作るのであれば影に情報を
流すだけで生成が行えるようになっていた。現に今、朱美の情報を流し込んだ影は形を変え、その模様を異にしている。
少年由来の幼さを残した身体のマネキンから、年頃の少女である朱美の身体へと姿を変えていた。作業の手間も負担も
大きく軽減されたそれは、朱美由来の強力な魔力、緻密なコントロール、そして情報を解析し、新たな手段を開闢する
怜央奈の頭脳の賜物であろう。解析さえしてしまえば、大なり小なり色々なものに成りすましたりすることも可能かも
しれない。
その朱美のマネキンと化した影の塊に、朱美の記憶を基に着色していく。細かい部分や身体のほくろといった部分まで
忠実に再現する。隠密として、身体をひん剥かれてもバレないように丁寧な準備が肝心、私にとっては基本となる、
大事な心得だ。
着色作業もほんの僅かで終わり、そこには目を瞑った朱美その者が立ち尽くしていた。裸に剥かれた彼女のスレンダーな
肉体も、身長、体重、髪の具合から匂いに至るまで、完全に再現している。もちろん喋らせれば朱美の声が出るように、
魔法で声帯に加工を加えてある。普通の人間としては一生涯暮らせるように見えるだろうが、それは難しい。
「姿を似せているだけだからなぁ・・・。成長までは再現できんのが難点か」
成長途上の少女である朱美はまだまだ変貌を遂げるだろう。擬態させることはできても、その未知数な部分を再現する
ことは怜央奈の頭脳を以ってしても不可能だった。だが仕方がない。1週間程度ごまかせれば十分だ。その間に、別の
素体を確保して朱美と怜央奈を構築し、私は全く別の存在として陰ながら立ち回るつもりだ。可能であれば魔法少女、
あるいはその素養がある着目されていない存在を素体としたいところだが、果たして見つけられるだろうか。
「よし・・・、次は中身だな」
立ち尽くす朱美の擬態を抱き寄せて、その頭の中に「朱美」としての基本的な記憶を流し込んでいく。人間の脳という
ものは基本的にすべての領域を使用していない。まだ年若い彼の脳には十分な領域が、そして朱美についても魔法少女と
しての技能を省いてしまえば収まりきる程度のデータしかないことは解析して理解している。私はそれらを影に乗せて、
少年の脳に書き加えていく。少年としても暮らせるように、両方の記憶を混濁させないように、丁寧に処置を施していく。
すでに彼の肉体の構造はすべて解析が済んでいる。どうすればどのようになるか、その程度の演算はもはや造作もなかった。
同時に少年の身体の中に構成した仮初の魔術回路に、影で構成した朱美の魔力を注ぎ込んでおく。魔術は行使できないが、
その身体からは常に朱美の魔力を生成し、漏れるように設定してある。探知に優れた魔法少女はこれで恐らく「朱美」の
無事を誤認するだろう。万が一疑念を持ったものがいたときは、それを取り込めばいいだけのことだ。彼に与える任務は
朱美としての生活、魔法少女の抽出、そして誘蛾灯のようなものだ。彼を囮に、優れた魔法少女を炙り出し、我が物とする。
今の私の計画の青写真はこのような具合であった。
「さて、それでは仕上げと行こうか」
そして指輪の中で混ざり合った少年の魂を、私によって改造された少年の肉体へと戻しておく。少年と怜央奈の偽物が
混ざり合った魂は黒く染まっており、僅かに見える赤色が少年のものであったことを示す名残となっている。指輪から
放つと、まるで吸い寄せられるかのように口の中に飛び込み、身体の中へと入りこんでいく。
「あ、あ・・・。あふぁ・・・💛」
口元から喘ぎ声が漏れ、身体の各部が小刻みに痙攣している。魂の器に戻った彼の魂は私の影、そしてそれから作られた
魔力と結合し、その肉体を支配する。私と指輪、その影響を受けた肉体により、彼の魂は魔族のものとして変化して
いるようだ。そしてその震えが収まり、少年だったその肉体の主は、実の姉である少女、朱美の声を借りて言葉を紡いだ。
「気分はどうだ?少年」
「最高と言わざるを得ませんね。シャドー様・・・」
その相貌は、姉が見せたこともないような、歪みを帯びた暗い笑みだった。
「へぇ、これが姉ちゃん、朱美の身体なんですね。俺より全身が軽いし、何より周りのことがよく感じられる気がします。
センサーが違うんでしょうか?」
「運動神経は君本来の物を流用している、というよりそのものだからな。どうしても違和感は出てしまうだろうが、普段の
君の通りの行動をすれば問題はない。魔法少女としての技能が絡まなければ、君の肉体は姉と同等の性能は持ち合わせて
いる」
「なるほど。姉ちゃんすごく運動得意だから、俺もそうなりたいなぁと思ってたんですが、俺の身体にもそんな力が
あったんですね」
新しい物件を確かめるように、自分の身体に備わった姉の身体を少年は動かしている。肩を回したり、飛び跳ねたりと
試すうちに、少ししっくり来たようだ。しかし、思っていたのと何かが異なっている。
「しかし少年・・・」
「よろしければ歩とお呼びください。シャドー様。たった今から俺はあなたの僕なのですから」
「ふむ、ならば歩。朱美や君自身の記憶によれば君はもっと直情的という印象だったのだが、随分と理知的に見えるな。
こちらで言うところの「猫を被って」いたのか?」
問いかけると少年は、その実の姉の顔を理知的に笑わせて答えた。
「シャドー様。それはあなたのおかげです。正確には私の魂に加えていただいた、『怜央奈』さんの魂のおかげですね」
「ほう・・・?」
「記憶によれば怜央奈さんは結構軽い感じの方でしたけど、その頭脳、本質はかなり理知的で、冷静な人のようです。
紛い物とはいえ本物と同じように作られたものでしたから、本質的に理解できてしまうんです」
この回答だけで、私は彼の身に起きた出来事が理解できた。どうやら彼の魂は怜央奈の要素が混ざり合った影響で、
その性質にかなりの影響を受けたようだ。歩としての直情的で真っすぐな性質と怜央奈の冷静な性質が根源で融合し、
記憶にない冷静さを持ち合わせた少年として、文字通り再構築されていた。
「ああ、ご心配なく。この通りっ・・・!」
歩がその頭の中で力を入れるだけでその目つきが変わる。朱美の記憶の中に存在する、真っすぐで純粋、ちょっぴり
生意気な可愛らしい「弟」の眼差しが、朱美の表情の中に宿っていた。
「本来の俺としての性質も出せますから!男として、女としても完璧に振舞ってみせますよ!」
「フフハハハハハ・・・。なかなか面白い存在になったではないか。実に頼もしい」
「ありがとうございます。このような俺に新しい人生を授けてくださったシャドー様に、心からの忠誠を誓わせて
いただきます。ところで・・・」
「すみません・・・。身体がウズウズするんですが・・・」
「ふむ、もしかすると、一旦お前の身体から魂をはじき出すときに性的な興奮をかきたててしまったからな。それが
残っているのかもしれん」
「なるほど・・・。俺にもやり方が分からないので、姉ちゃんの記憶を使って収めてみます」
歩の身体から魂を切り離すときに、彼の身体を性的に興奮させてしまった結果、どうやらそれが残ってしまっていた
ようだ。歩は朱美の記憶を探りながら、徐に彼女が時々やっていた自慰を始めていた。
「あぅ・・・、ふあぁぁ・・・。き、気持ちいい・・・。姉ちゃんずるいよぉ・・・。こんなの独り占めだなんて・・・」
既にそこにいたのは生意気ながらも姉を慕っていた可愛い弟ではなかった。一人の男としての欲望に忠実で、姉の
大切な部分でさえまさぐってしまう、魔族としての変貌を遂げ始めた少年であった。その様子に、私も心の中が
ざわついてきてしまう。
(ぬっ、私もこの様子に興奮しているのか・・・?ならば・・・)
「ねぇ歩、お姉ちゃんも一緒に混ざっていいかな・・・?」
「あっ・・・、へへっ、シャドー様。姉と姉の身体で交わっても・・・、楽しそうですね!」
歩の快諾を得た私は、朱美そのものに変身した歩と、朱美の肉体に要素を混ぜて変貌させた私と、2人での快楽を
楽しみ始めたのであった。
それからしばらく、私は朱美の肉体を纏った歩と交わり続けた。恐らく倒錯的な光景だっただろう。何せ、朱美本来の
肉体の成れの果てと、それに限りなく似せた朱美自身が交わっているのだ。見た目麗しい彼女同士、本来あり得ないはずの
同じ人間による「行為」というものが、私の中の感覚をさらに鋭敏に、そして馴染むように促してくれている。
「はぁっ・・・、はぁっ・・・。気持ちよかったぁ・・・💛」
「歩よ。今のお前はまるで『朱美』そのもののようだ。彼女の記憶がそう訴えているぞ」
「えへへっ・・・、こうやっているうちに、身体が馴染む様な感じがしたんだよね・・・!ってごめんなさい。主に
対して失礼な口ぶりを・・・」
行為を終え、お互いぐったりとした中で会話を交わす。どうやらこの行為、私には自然と身体の試運転のような役割を、
歩にとっては擬態した身体、そしてその記憶との乖離を埋める役割を果たしていたようだ。快楽に身を委ねるのも案外
悪くはない。私が味わったこともないような甘美な快楽はもちろん、さらに人間として溶け込むことが出来たのだから。
「構わん。お前はしばらくの間『朱美』として過ごすのだ。擬態する以上はそのくらいの態度は貫いてもらう必要がある」
そう、しおらしい朱美というのも見ていて楽しいが、あくまで彼の任務は擬態、朱美という存在が失われていない事の
証明にある。朱美らしさが侵食しすぎるのも考え物だが、今の地点ではいい傾向だった。
「取りあえず、明日のことは明日考えよう。違和感のないよう、抜かりなく対応しろ」
「わっかりました。取りあえず寝るまで姉ちゃんとして過ごしてみます!誰か気づくかなぁ?」
部屋にあった朱美の服を着こなし、再度風呂へと向かった。その様子は間違いなく本人の物であろう。私の意のままに
動く魔法少女という存在に、私の興奮もまた高鳴ってくる。
「おっと、私の姿も作り替えておかねばな・・・」
私は私で自らの肉体を影で包み、怜央奈としての身体を再構成する。他人を作り替えるのと違い、あくまで自分の身体、
影で満たされたその器を作り替えるのは容易かった。が・・・
「よしよし、これでどう見てもあたし、怜央奈だよねぇ・・・。って、こんな胸大きくないんだけど」
作り替えた裸体を鏡の前に晒し、その姿を検証する。顔立ちや雰囲気、性格といった部分は完璧だったし、放出する魔力も
怜央奈の物で構成できたが、どうにも胸が大きく、全体的に肉付きがいい仕上がりになってしまった。
「そうか・・・。『あたし』の肉体だと耐えきれないからか・・・」
朱美の肉体を取り込んだ時は、その膨大な魔力に私の矮小な魔力を加えただけだったから、朱美の身体は特に変化もなく
そのまま使うことが出来た。しかし、怜央奈は私とは違いそれなりに強力な魔力を持っていた。だからこそ私の器は
朱美をベースとしながらその姿を成長させた様子で完成したのだが、その余剰となった魔力は元々の怜央奈の肉体を
再現する際に収まりきらず、胸や肉付きの部分に転化してしまっていたようだ。
「まあ、これはこれで悪くはないか。胸は適当にさらしでも撒けばわかんないだろうし」
慎重な怜央奈の思考に、朱美の思い切りの良さが加わった結果、判断の性質も異なってきているが、私はそれを自然と
受け止めていた。慎重かつ大胆に、今の私はそれが出来る存在に昇華したのだ。
「さぁって、しばらくはこことあたしの家が拠点だ。住み心地よくしておかないとねっ」
私は怜央奈の姿を纏い、残った仕掛けを施すことにした。私にとっての初めての拠点だ。大切に育てていかねばな。
* *
翌朝の事、私は怜央奈の姿を模ったまま『歩』の部屋で目を覚ました。私の眷属と化した歩が朱美の姿を纏っている
以上、朱美の部屋は彼が使用するべきであるし、指輪で彼女の肉体を持ち込んだ手前、この家には怜央奈がいないことに
なっている手前、私が彼の部屋を使っておくことは当然のことであった。そして、昨晩の内にこの部屋にも細工をして
おいたが、それは後程説明しよう。
「オンブラとの交信が出来ないが、大丈夫だろうな・・・」
『絞魔の糸』に魔力を流してみるも反応がない。やられたとは思いたくはないが、万が一の事もある。少し探りを
入れたほうがいいかもしれない。
「ふわぁ・・・、おはよう・・・」
「あ、朱美おはよー。何か眠そうだねぇ・・・」
「うん・・・。昨日の晩、色々知りたくなっちゃってさぁ」
寝癖頭の朱美が部屋から出てくる。隣の部屋からは微かにあえぐ声が聞こえ続けていたのだが、この様子だと遅く
まで姉の肉体、その感覚をまさぐっていたのだろう。歩の肉体や記憶から解析したのだが、どうやら年頃の少年と
いうものはこう言ったものに興味を抱くようだ。何かに使えるかもしれない。
「姉ちゃんっぽく出てきたつもりですが、出来てましたか?記憶や身体、探ってみるのも楽しかったです。女の
中身なんて見れるとは思いませんでした!」
昨晩まで純粋だった少年の魂は、すでに私の眷属として相応しいところまで堕ちたようだ。彼にはあくまで人間として、
そして必要に応じて魔法が使えるよう育て上げてみせよう。オンブラに続く、重要な部下になるかもしれん。
2人でリビングに降りると、既に朝食が用意されていた。そして、そこにいるのは朱美と歩の母親だ。父親のほうは
既に出かけたようだ。
「おはよう・・・」
「おはよっすー」
「おはよう、朱美、『歩』」
その母親には朱美と『歩』が揃って起きてきたように見えているようだ。どうやら私の仕掛けはうまくいったようだ。
昨晩の内に、彼女の両親が眠っている間にその身体を解析し、少しばかり改造させてもらっている。魔力を感知する
受容体を影で脳の中に作り出し、『怜央奈』の魔力を帯びたものは『歩』に見えるよう、脳が誤作動するように調整
しておいたのだ。今の母親の脳の中では、怜央奈の姿をした私は『歩』に見えており、怜央奈として発した言葉も
彼女の記憶の中で、歩が発したものに自動的に、違和感なく変換されてしまうのだ。
(ここまでは予定通り・・・。さて、もう一つ試してみるか)
そして私はここで、私の身体を朱美の影の中へと溶かし、彼女と一体化する。すると・・・
「あ、あら?ねえ朱美、歩はまだ寝てるのかしら?」
「うん・・・。昨日夜更かししてたみたいだよ?」
「全くもう・・・、困った子ねぇ・・・」
彼女はさっきまで見ていた「私」を関知せず、歩が部屋にいる物と誤認している。
私は歩の部屋を影で満たし、その中に怜央奈の魔力を充満させておいた。怜央奈の魔力が感知できない場合、部屋の
魔力を感知させることで、歩が部屋にいると認識させるように調整したのだ。
(ふふっ、完璧だ。これも膨大な魔力と解析があってこそだ。これでこの家は、私の仮初の住まいとして充分なもの
となった。人間としての肉体の維持管理は、この家で整えることとしよう)
初めて設えた仕掛けだが、無事にうまくいったことに達成感を得る。魔王様からの無茶ぶりともいえる要求だったが、
魔法少女たちの力を行使することでどうやら私は一つの橋頭保を得た。
(さて、オンブラとの連絡も大事だが、今後どうするか・・・)
食事の後、朱美の部屋で今日の行動を整理する。
オンブラとの連絡が取れない、そもそも魔力が感知できない以上、私は歩とともに何かしらの行動をするしかない。
オンブラは恐らく昨晩の魔法少女達の影の中に潜り、その影を一体化させているのだろう。その術式であれば魔力は
完全に探知できなくなってしまう。危険性は薄まるが、その分連絡がとれないのだ。
「まあ、やむを得ない話ではあるか」
ここで私が取る選択肢としては、オンブラの消息を探ること、眷属とした歩、その彼が擬態する朱美と言う存在を餌に、
他の魔法少女や親しい友人を誘い、眷属か我が肉体に取り込むこと、はたまた一旦魔界に帰還し、魔王様に報告するか、
といったところだろう。私自身の力を試運転してもいいかもしれないし、歩に続く肉体を確保するのもありかもしれない。
「さて・・・」
#1.オンブラの動向を探る
#2.歩(朱美)を泳がせて魔法少女を炙り出す
#3.怜央奈、あるいは歩の姿に擬態して街に出てみる(どちらかもご指定ください)
#4.一旦魔界に戻る
#5.その他
→#3.怜央奈の姿に擬態して街に出てみる
(朱美を擬態させるのも悪くはないが・・・、あくまで彼女は一般人としての朱美でしかない。となればやはり、
私が出るか)
朱美を餌に魔法少女を釣ることも検討した。歩自身は既に朱美の記憶を咀嚼し、よく理解しているようだったので
問題もなさそうだが、あくまで彼は「一般人」でしかないのだ。魔法少女に会えば正体が露見してしまうだろう。
となれば選択肢は・・・
「この女、怜央奈の姿で街を探ってみるとしよう。何か掴めるかもしれん」
取り込んだもう一つの肉体、怜央奈の姿、人格、魔法少女としての資質、それらを活かして街に潜り、情報を探ることに
した。幸い彼女は支援型の魔法少女、朱美とは異なり戦闘能力が高い訳ではないというのも好都合だ。私は朱美の技能も
力もすべてを使いこなせるが、その加減を間違える可能性もなくはない。本人と比してあまりに強力になりすぎている。
その点怜央奈であれば彼女の持ち味は戦闘ではない。つまり、無理に戦う必要がないのだ。実に隠密向きな存在ではないか。
「・・・ははっ、まさか私が力の強さで悩む日が来ようとはな・・・」
思わず自分の思考に苦笑してしまう。まさか私がこんな強力な力を手に入れる日が来るとは夢にも思っていなかった。
その事が実に嬉しく、愉快であった。
「どうするの?私が街に潜る?」
「いや、朱美は家でゆっくりしててよ。もしおかしなこととかが起きたらすぐ連絡してくれればいいから」
「ん、分かった。じゃあ今日はゆっくり、姉ちゃんの記憶でも漁ってみるかなぁ。何か掴めたら、それはあとで報告する
からね」
本来の朱美そのものと自らが誤認しそうなまでに、よく出来た擬態であった。思った以上に優秀な現地調達の眷属に
嬉しくなる。
「それじゃ、お邪魔しました~」
「はーい、いってらっしゃーい」
やはり、朱美の母親には私が歩として出かけるように見えているようだ。噛み合っていないようで噛み合っている会話の
滑稽さを感じながら、私は家を後にした。
「さて、どこに行こうかな・・・」
#1.街の中心部に行く
#2.怜央奈の家に行く
#3.怜央奈の学校に行く
#4.昨日朱美と魔族が戦った公園に行く
#5.その他
→#4.昨日朱美と魔族が戦った公園に行く
「そうだ・・・。昨日、朱美と魔族が戦った箇所で解析をかけてみるか」
怜央奈の肉体と記憶を手に入れた以上、昨日朱美が戦った公園での解析結果はすべて閲覧できるが、少し気がかりなことが
あった。
(いったいあのカマキリ型の魔族は誰が送ってきた?)
あの場で解析をかけた後、怜央奈は私の魔力であろう痕跡を探知し疑念を抱いたようだ。しかし、私にとっては全く別の考え、
疑念を持つに至ったのだ。すなわち、あの魔族を送り込んだのは誰で、どのような目的なのか、今の私はそれが知りたかった。
(魔王様の意向を受けての手助けであればいいのだが・・・、何か違和感があるな)
一応今の私は魔王様からこの街の攻略、魔法少女の篭絡を任されている、私はそう認識しているが、五月雨式に攻略部隊を
送られても困るのだ。まだ私の存在を露見させるわけにもいかない。だからこそこうして朱美なり、怜央奈なりの存在を
行使して街に潜んでいるのだが、場合によっては姿を現さざるを得なくなってしまう。それはまだまだ避けたいところでは
あった。
(だが、今の私にはそれなりに力がある。ある程度であれば・・・)
そんなことを考えながら街の雑踏を歩いていると、妙に引っかかるものがあった。
(何だかやたらと視線を感じるな)
周りからの視線が気になるのだ。しかも、恐らく男性からの視線が多い。一体なんだというのか。
(ああ、もしかしてこの服装か・・・)
昨晩自宅に帰っていないこともあり、今の私は朱美の服や下着を借りている。どうやらそのサイズがいまの怜央奈の肉体に
合っていないようだ。スレンダーな彼女と比して、いくらか大きい臀部や魔力タンクと化し、さらしを巻いてなお存在感を
主張している胸、丈が足りなかったこともありさらけ出されたその美しい腹部、それらに彼女のきれいな顔が合わさり、
どうやらかなり自己主張をしてしまっているようであった。
(服装に見た目麗しい姿というのも、事によっては考え物なのかもしれんな・・・)
視線を受けるのは悪くない感触だが、今の私にとっては正直なところ好ましい状況ではない。取りあえずそそくさと雑踏を
抜け、公園へと向かうことにした。
* *
公園に着くと、昨晩と同様隔壁で覆われて、中は立ち入り禁止になっていた。だが、私にとってはこんなものもはや囲いに
すらならない。囲いから生じた影を通じてその中へと忍び込む。警備員と呼ばれる人間が何人かいたが、気づかれることは
なかった。
(さて、さらにキッチリと調べさせてもらおうか)
昨晩は本来の怜央奈に調べさせたが、もはやこの『解析』は私の魔術として一体化している。朱美の魔力を取り込んだ今の
私であれば、彼女より遥かに精緻で、詳細に調べられることは既に分かっている。
「えーっと、この辺のエリア一体でいいよねっと・・・。『解析』っ!」
極力怜央奈の人格を出し、彼女の魔力のみで『解析』を行う。これならば仮に魔法少女に露見したとしても、改めて調査した
と伝えればいい。あとは脳内で演算して、「怜央奈が解析をした場合どの程度解析できるか」を演算すればいいのだから。
実にいい隠れ蓑だ。
(ふむ・・・、やはり試作型の魔獣で間違いないようだ。地上にいる生命体を改造して作り上げたものか。しかし、戦闘力の
高さは桁外れだな・・・)
実際に戦った朱美の記憶を閲覧し、照らし合わせながら、解析の結果を吟味していく。なるほど、地上の生命体で言う
『カマキリ』とかいう昆虫に魔力を注ぎ、改造したものらしい。そしてそれを作った魔族は・・・
(むっ!?その魔族が見に来ているな?)
解析した魔力が含まれた存在が近寄ってきていた。本人は意図していなかったようだが、これは朱美の力である。なかなか
高いセンサーを持っているようだ。魔力を落とし、最低限の力に絞りこんで影から様子を伺う。すると・・・
「うーん・・・、またやられちゃったかぁ・・・。もっと研究しないとなぁ」
頭を掻きむしりながら現れたのは、新人気鋭と呼ばれる魔族であった。
(あいつは・・・、レヴィラか。腕前自体は大したものだな。しかし・・・)
あの魔族はレヴィラと呼ばれている。年若いが柔軟な発想の持ち主で、数多くの魔獣を作成している。魔法少女の力が強く
負け続きではあるが、次第に魔法少女側も手こずってきているのは情報として入ってきていた。それに、
(朱美や怜央奈の記憶にも要警戒とあるようだな・・・。敵から情報を知るというのもまた面白いものだ)
昨日実際に対峙した朱美や、常に解析を続けている怜央奈の記憶の中にも、最近力を増してきていることや、実際に
戦ってかなり危ういところまで追い込まれたと記録されている。そして、それに対する対策を会議で話し合ったりして
いることも、情報が筒抜けになっていた。それにしても・・・
(この『白銀』と呼ばれる女、どこかで・・・)
彼女たちの記憶にちらつく影、『白銀の女王』と呼ばれる者の名に心当たりがあった。恐らく彼女が魔獣対策に対する
効果的な手段を講じているのは明白だが、確かあの魔法少女はかつて・・・
「あーっ!ダメだぁ何も残ってなぁい!これじゃあ研究出来ないよー!!」
やかましい声で思考が遮られる。取りあえずレヴィラの様子を観察することにする。朱美や怜央奈の記憶はいつでも
覗けるのだ。後で考えればいいだけのことと割り切ることにした。
(始まったか。腕はいいのだがなぁ・・・)
レヴィラは術式の解析や、魔獣の残骸を探していたのだろう。その彼女が嘆く声から芳しい状況ではないようだ。
そう、このレヴィラという魔族は好奇心を優先しすぎてしまうきらいがある。今回も彼女の独断で魔獣の試験とでも
称して送り込んだのが容易に想像できた。実に頭が痛い。この地点で、魔王様の指令を受けて合法的な連携を行える目は
潰えてしまっていた。むしろ場をかき乱される可能性さえある。
(作戦の支障になるのであれば排除しかあるまいが、今の状況ではあまりに理由がなさすぎる)
今の私は魔法少女怜央奈としての肉体を行使し、魔術を用いている。恐らくレヴィラを屠るのはもはや造作もないだろう。
レヴィラ自身はそこまで戦闘力は高くない。朱美の経験から彼女の挙動を見ていれば何となくわかってしまう。だが、
「怜央奈」自身は戦闘力が高い訳ではない。彼女自身の戦闘力で立ち向かえばそれは難しいと言わざるを得ないだろう。
朱美の魔術を行使してしまえばいいのだが、『朱美』自身は家にいるように仕込んであるため、彼女たちに何らかの出来事が
あったと露見する可能性が高い。
(果たして、どうしたものか・・・)
「恵~!魔族いるよ~!!」
「よぉし!理香!結界張って!!」
突如聞こえた声の方向を向くと、同じような格好をした少女たちがレヴィラへと向かっていた。
「恵~、結界準備おっけぇ~」
「よぉっし!こんの魔族め!ここでぶちのめしてやる!」
どうやらピンクの髪をした、いま結界を張った方が理香、黒い髪をしたショートヘアーの勝ち気な少女が恵というらしい。
・・・、なるほど、こいつらも『白銀』の門下生か。ただ、魔法少女としてはあまり優秀ではないらしい。現に理香とやらは
私を巻き込んだまま結界を張った上に、そこまで強力な結界は張られていなかった。これなら簡単に破けてしまうだろう。
恵という少女は自らの体内の魔力を増幅させ身体能力を強化するタイプのようだが、武器に使っているのは自らが脇に抱えて
いるスポーツバッグだ。朱美の『迦具土神』のような魔術道具かと思い解析をかけてみたが、中に入っているのは服やら
勉強道具やらのようだ。私が出ればすぐに制圧できてしまうだろう。しかし・・・
「うっそ魔法少女!?しかも結界張られてる!?どうしようこれじゃあ魔獣も呼べないよぉ・・・」
残念ながらこのレヴィラ、文字通りの研究者でしかないのだ。戦闘力は魔族の中でも最低ランク、それでも一人ずつ戦えば
何とか対処はしきれるだろうが、2名同時の相手では良くて相打ちといったところだ。現に彼女は恵のスポーツバッグが
何回か当たり、顔をしかめている。
(さてと、私はどうするべきだろうか・・・)
彼女たちが戦いに集中している間に、私は考えを巡らせる。今の私は怜央奈の姿をしている。恐らく私が怜央奈
として加勢すればレヴィラは簡単に制圧できるだろう。余計な介入を受ける事もなく作戦を進められるし、魔法
少女達からの信頼もさらに得られることだろう。しかし、仮にもレヴィラは魔族、彼女を撃破してしまっては今度は
魔族から不審がられてしまう。研究者であるレヴィラはそれなりに魔族でも名が知られている。恐らく不慮の事故
では済まされないことだろう。となれば魔族としてレヴィラを助け出すのが自然な流れだが、「怜央奈」の肉体は
信用を失う可能性も考えられる。そうなれば朱美や怜央奈に成りすましたまま潜り込むのは難しくなり、真っ向から
戦う道を強いられる。どちらにもメリットがあり、デメリットがある。さて・・・
#1.魔法少女怜央奈として恵たちに加勢し、レヴィラを撃破する
#2.怜央奈に成りすましてレヴィラを援護する
#3.魔族としてレヴィラに加勢し、恵たちを倒す
#4.その他
→#3.魔族としてレヴィラに加勢し、恵たちを倒す +倒した恵達を指輪で支配する
「ふふん、魔族と言っても大したことないのね!理香!追い込みをかけるよ!」
「あいあいさー。拘束術式の準備をしておくねー。1か所に追い込んで~」
「おう!」
慣れたやり取りなのだろう。恵はレヴィラを結界の隅へと、少しずつ逃がさないように間合いを詰めている。
その間に理香は目をつむり、意識を集中して魔力を高めている。どうやらレヴィラを拘束するつもりらしい。
「あんた魔族よね。このままじゃ返さないわ!ギリギリまでいたぶって、『白銀』さんに引き渡して
洗いざらい吐いてもらうわよ!魔族のことについて!」
「くっ・・・、まさかこんなところで・・・」
・・・、趨勢は決まったな。ここは魔法少女として、恵に加担してレヴィラを拘束し彼女を引き渡させない
ように私の方で処分するしかないであろう。彼女の脳に詰まっている研究や魔獣の知識にも興味はある。
怜央奈の思考能力があれば、それを更なる形で有効活用し、魔法少女を追い込む手段の糧となってくれるだろう。
(すまんレヴィラ、貴様の知識だけでも私が引き継ぐ。ここは大人しく・・・)
「ごめんっ・・・。オンブラ君・・・!私、何もしてあげられなかったっ・・・!」
怜央奈として飛び出そうとした瞬間、彼女の断末魔とも言える言葉から吐き出されたまさかの言葉に私の思考は
停止した。
(レヴィラの奴、オンブラと言ったか・・・?もしかすると彼女は・・・)
今の私が作戦を共にしている部下の名前を聞き、一旦考えをまとめ直す。どうやらレヴィラはオンブラと
何らかの関係性があるようだ。そして彼女の口をついて出た言葉、もしかするとレヴィラの奴、今回は
ただ実験のために魔族を送り込んだというわけでもないのかもしれない。
作戦を変えよう。幸い隔壁の内側には「影」もある。私は理香が張った結界を解析し、そこに私の魔力と
影を紛れ込ませる。彼女が張った結界は粗く、あっという間に私の魔力に満たされ、私の結界へと姿を変えた。
そして・・・、
「そこまでよ」
私は怜央奈に擬態していた姿を解き、今の「私」の姿でレヴィラの横に並び立つ。そして私の声と同時に、
作り替えられた結界に影を満たして外界と隔絶させ、幻影を見せる。これでこの結界の中からは魔術が
吐き出されず、外側からは何も起きていないように見え続ける。これで私の姿はこの結界の中にいる者
しか分からない。
考えた結果、自らの姿で臨んだほうがダメージが少ないと結論付けた。朱美や怜央奈の肉体、立場には
まだまだ利用価値がある。だからこそ、ここは敢えて知られていない『潜影のシャドー』という存在で、
奴らと相対することにした。
「な、誰だお前は!?」
「私は『潜影のシャドー』。お前たちを支配する者だ」
「シャドーさん・・・?でも、その姿って」
「あの魔法少女達を無力化することが先決だ。こちらもオンブラとの関係について、聞かせてもらうぞ」
「は、はい・・・。ありがとうございます」
いまは悠長に話している暇があるわけでもない。私であれば造作もないがレヴィラは簡単に倒されてしまう。
最低限の会話だけ交わしてレヴィラを私の後ろへと下がらせ、私は魔法少女たちと対峙する。
「『潜影のシャドー』・・・、聞いたこともない魔族だけど、その姿って・・・」
「まるで私たちみたい、って思ったか?」
私の言葉に図星を付かれたような顔をする。少し脅かしてやるか。私は魔力をわずかばかり解放し、気を
溢れさせる。
「なっ・・・、何なのよこの魔力・・・!」
「まずいよ恵~。あの魔族、魔力が桁外れに高いみたい~」
どうやら後方のボヤっとした魔法少女、確か理香といったか。彼女のほうが頭は回るらしい。それに恵という
ほうも怯えながらも戦意は失っていない。なかなかに勇敢な魔法少女のようだ。性能はともかく、中身はなか
なか悪くない。
「はははっ、結構結構。2人とも実力はないかと思ったがなかなか悪くないな」
「何を言って・・・!」
「決まっているだろう。君たち2人には、我々魔族の尖兵になってもらう」
「せ、尖兵って・・・、どういうこと?」
「言葉のままの意味だが?」
私としては親切に伝えたつもりだが、頭の中の朱美や怜央奈の記憶から「それでは伝わらない」と突っ込みが
入る。どうやら魔族と違い、人間にとって眷属や尖兵の概念は一般的ではないらしい。仕方がない。「奴ら」
の常識に合わせて説明しよう。
「お前たちは力はあまりないようだが、それでも我々魔族の力を上回る個体は多い。何よりお前たちは群を
為して我々を攻撃してくる。魔族には集団戦という概念はほぼ存在していないからな」
魔法少女たちが強い理由はここだ。例え力がない魔法少女でも、集団を組み、それぞれの個性を生かした役割を
持たせることで何倍もの戦闘力を発揮させている。それぞれの個体が散発的に挑む魔族にはほとんど存在しない
概念が、我々を確実に追い込んでいる。
「だからこそ、お前たちには「異物」になってもらう。表向きは「魔法少女」として、しかしその実態は知性を
もった明確な我々「魔族」として活動する身体となる」
どうすればいいのか、私が手にした魔法少女たちの記憶、能力、そして頭脳を用いて散々考えた。足りない力で
『黒薔薇』と『金獅子』を篭絡し、魔法少女を殲滅するための方法として、最も効率的で、適切な方法は一体
何なのか。
人間というものには大なり小なり「知性」が存在する。だが、それを持つ魔族は少数派だ。オンブラは別としても、
ただの人間であるはずの歩の方が眷属としてはよほど使い物になると言えば程度は理解できると思う。
だからこそ、魔法少女たちを倒すのではなく、取り込んでいく。取り込んだ彼女たちは魔法少女たちの連携を崩す
内通者として、優秀な戦力として、あるいは魔族の器として、使い道はあれこれと思いついた。周囲から崩壊させ、
私は私で最高戦力である少女たちを我が肉体として、魔力として、その記憶まですべて私のものにする。それが
私が手にした頭脳がはじき出した結論だった。
「そのための第1歩として恵、そして理香。私のものとしてその肉体をよこせ」
今の私はどんな顔をしていたのだろう。少なくとも、彼女たちがこの身体を「朱美」のものであると気づくことは
なかっただろう。
「お主なら既にわかっているであろう、潜影のシャドーよ。例の魔法少女のことだ。」
魔王様に呼ばれた私は用件を聞いてたらりと汗を垂らした。魔法少女、我ら魔族で知らないものは
いない、我ら同族を数えきれないほど屠ってきたまさに悪の権化である。さらに例の魔法少女、
というと『金獅子の戦乙女』と『黒薔薇の魔女』の二人であろう。まさに魔法少女のカリスマであり
最強戦力の一角である奴らは最も我ら魔族に忌み嫌われている存在であると言える。そんな奴らを
相手に魔王様が直々に私に話をつけに来たのだ。緊張しないはずがなかった。
「それで私めにお話とは…潜入任務か何かでしょうか?」
「いいや、奴ら金獅子と黒薔薇は最近では新たに魔法の才能のある人間共を見つけては育成してると
聞く。つまりあ奴らさえ堕とせば他の奴らもすぐに懐柔できるという訳だ。そこでお前にはあ奴らを
堕としてきてもらいたい。」
そんな大役が務まるはずがないとすぐに思った。堕とすとはつまりは最強戦力である奴らを悪堕ち
させてこいと言う意味だ。生け捕りにして力を封じその強靭な精神を屈服させ堕落させるだけでも
難しいというのに戦闘力がまるでないこの非力な私に一体何ができるというのだろう。
「お恥ずかしながら魔王様。私めにそのような大役が務まろう筈がございません。何卒お考え直し
下さいませ。」
「何もお前の力だけで奴らを堕とせるとは思っておらぬ。これを指に嵌めるがよい。」
そういうと魔王様は禍々しい光を放つ指輪を私に渡した。私の太い指に対してあまりにも
小さすぎるんじゃないかという不安はすぐに消えた。どうやら指の太さに自動的に調整されるらしく
指輪は私の指にきれいに嵌まった。
「お主はそれをつけていつも通り影に紛れ込むだけでよい。使い方は…まぁすぐにわかるだろうて。
それでは今すぐ出発せい。いい報告を期待しておるぞ。」
恥を覚悟で断ろうと思っていた私にギロリと鋭い重圧が襲いかかる。軽くひきつるような悲鳴を
漏らした私はその場から逃げるように部屋を出て魔法少女のいる街へと向かった。
* *
追い出されるかのように街へ飛び出した私は、いつもの通り街に潜むことにした。魔王様から呼ばれた
「潜影のシャドー」の名の通り、私は影さえあればそれに紛れ、身を隠すことが出来る。
気配を察知されることもないので、これを生かして数々の潜入、諜報任務をこなしてきたわけだが、
戦闘力は実はからっきしだ。恐らく一般戦闘員とも互角の戦いが出来てしまうであろう。その程度には
力がないと自負している。当然、魔法少女などにバレてしまえば恐らくすぐにでも蹴散らされ、
文字通り影になってしまうことであろう。
「まったく、魔王様も何を考えているのやら・・・」
こういった固定物、特に大きいものは太陽が出ている間はずっと影を保つため、隠れるのには具合が
いい。何より人通りも多いから、玉石混交ながらも情報が多く寄せられる。まずはこうやって市井に
紛れ込み、情報を選別する。場合によってはターゲットを探すこともある。
「シャドー様」
影に潜む私に声を掛けてきたのは最近与えられた部下のオンブラだ。
「自分も魔王様に指輪を与えられ、シャドー様を支援するよう申し付けられました」
「そうか」
部下を与えられたとはいえ、正直なところ使い方を心得ているわけではない。私は適当にオンブラ
にも影に潜るように指示を出す。隠れている場所を説明していなかった。いまは街の中の歩道橋に
身を隠している。人通りも多く、情報をかき集めるにはなかなか理想的な場所のはずなのだが・・・
『それでさぁ今日のテストがさぁ?・・・』
『はい、申し訳ありません。すぐに謝罪に参ります!・・・』
『お母さん今日の晩御飯は~?』『今日はハンバーグよ・・・』
なかなか情報が入ってこない。まあ、それはそうだろう。とにかく情報が多すぎる。文字通り
「情報の海に溺れ」ながらも情報を手繰り寄せねばならない諜報の流儀とはいえ、さすがに
堪えそうだ。何より今回は魔法少女、特にあの『金獅子の戦乙女』と『黒薔薇の魔女』の情報を
集めるどころか攻略しなければならない。今までとは違い、情報を持ち帰ればいいというわけ
ではないのである。
「うぬ・・・、魔法少女と思しき情報はないか・・・。この街にいるはずと踏んでいるのだが、
それさえももしかして違うのか?」
『それでさー、今度の魔法少女の修行の件だけどさぁ』
『こら、街の中で言っちゃダメって先生が言ってたでしょ?』
・・・、天は私を見放してはいなかったようだ。橋を渡る2名の少女、2人ともランドセルを
背負っている様から恐らく小学生だろうか、その内の片方が「魔法少女」と口走っていた。
もしかすると『金獅子』と『黒薔薇』が育成している魔法少女の卵なのかもしれない。私は
オンブラを近くに呼びよせ、指示を出す。
「あの少女たちの影に潜り、情報を集めろ」
「かしこまりました。それではいって参りますシャドー様。」
「待て、何か連絡手段が必要だろう、これを持っていけ。」
私は懐から縮れた紐を二本取り出し片方をオンブラに渡した。そしてそれを手首で巻くように
指示をする。
「シャドー様、これは…」
「これは絞魔の糸というアイテムだ。腕に軽く魔力を流してみろ。そちらに魔力を流し込めば
こちらの糸も縮んで簡潔にだが合図が取り合える。暫くはこれで連絡を取ろう。緊急事態が起きて
合流が必要なときは五秒間魔力を流し込め。合流場所は…そうだな、またこの歩道橋でいいだろう。
返答の場合Yesが一回、Noが二回だ。よし。それでは幸運を祈る。」
「はっ。」
一言言い残してオンブラは通行人の影の中に潜りこんだ。幸いターゲットとはそこまで距離も
離れてないしすぐに追い付けるだろう。
「(さて、私はどうするか…)」
部下に仕事を任せて自分は何もしないという訳にはいかない。一瞬だけ姿を現して魔法少女を
おびき寄せるという手段も考えたが如何せんリスクが高い。はてさてどうしたものかと頭を悩ませて
いたその瞬間、サイレンが鳴り響いた。魔族が出現した合図である。
「(ほぉ、誰だか知らんがちょうどいい。できるだけ大物をつり上げてくれると嬉しいが…)」
私は逃げ惑う人間の影や障害物を渡りながら、魔族が現れたという現場へ向かった。
* *
魔物が現れたという現場は近くの公園であった。樹木も豊富にあり、同様に影も十分に満たされている
その公園の広場の中央にいたのは、両腕にカマキリのようなカマが付いた、ほっそりとしたトカゲ型の
怪人であった。最近研究部が作った人工生物で、敏捷性と最高速度に優れた魔物と聞いている。
その魔物は手当たり次第に暴れながら、公園の設備を破壊していた。
「ちっ・・・、試運転ついでに適当に送りこんだな・・・」
確かに設備を破壊していたが、まさに手当たり次第という言葉でしか表しようがないほどに乱雑に、
適当に破壊行為を繰り返していた。そこに意思などあろうはずもなく、本能の赴くままに暴れまわる
その行動は攪乱には使えるが、協力体制の構築や作戦に基づいた任務の行動は絶望的と言わざるを
得なかった。まだわずかばかりの指示と会話しか交わしていないが、意思が通じ、指示に忠実に従う
オンブラという部下のありがたさを痛感した。そこへ
「こらぁ!この街を壊す輩は、この私が許さないぞ!」
赤い髪を肩のあたりで切りそろえたショートヘアーの少女が、怪人を相手に指をさし、臨戦態勢を
とっていた。その少女を見たとき何か記憶に引っ掛かるモノが私にはあった。
…そうだ、奴は危険敵性リストのAランクの一人だ。爆炎を操る魔法少女で名前は確か…爆炎のーーー。
「その名も轟く金獅子の二番弟子!この『爆炎の戦乙女』があなたをぼっこぼこのメッタメタにして
やるんだから!」
ビンゴだ。早速金獅子の戦乙女の弟子の一人と出会えるとはなんと幸先がいいのだろう。
「(後はどこかのタイミングで影に入るだけなんだが…流石にこれは……)」
私の目の前では激しい焔が燃え上がっていた。白く燃え上がる焔が怪人の甲殻を溶かし真っ白な灰に
したと思えば今度はその焔が一瞬の閃光と共に鎌で凪ぎ払われ近くの公園の遊具が真っ二つにされる。
どうやら怪人は再生能力も持っているようで灰になって崩れた箇所が肉が盛り上がるようにして少し
ずつ再生していた。あまりのハイスペックな性能に思わず嫉妬してしまいそうなくらいだ。
「(考えろ…考えろ…!せっかくのチャンスを無駄にしてなるものか…っ!)」
障害物の影に身を潜めながらあまり性能のよくない脳みそを必死で働かせる。金獅子の関係者の影に
入れるチャンスなんてこの先ほぼ無いに等しいだろう。つまり今この場でやらなければ作戦は失敗し
どんな処分を魔王様に下されるかわからない。つまりここでやるしかないのだ。怪人が私のすぐ近くに
やって来たとき私はとっさに怪人の影に入り込んでいた。危険な賭けだとはわかっていた。もしかしたら
私は怪人ごと焼き殺されてしまうかもしれない。それと同時に魔法少女の影に入り込むにはこうする
しかないとも理解していた。そしてその瞬間はそれほど時を待たずしてやって来た。
「再生するっていうなら中から焼いてやるわ!出てきて!『迦具土神』!!」
少女は身の丈に合わぬ大槌をどこからか取り出し焔をその大槌に纏わせながら怪人の真上に飛び
上がる。一際大きな影が地面に浮かび上がり、そして『影が重なった』。
私は賭けに勝ったのだ。
「焼き尽くせ!!『 火之加具土命 』!!!」
一瞬の閃光と静寂の後に町から歓声が上がった。
「(ははっ……やってやったぞ…この私が…っ!)」
怪人を殺したばかりだというのにニコニコと笑いながら周りに手を降る魔法少女の影の中で私は
ほっと胸を撫で下ろした。敵を倒した高揚感も相まってか、私が侵入した影の持ち主である少女は
気づく気配もなくひとしきり挨拶を終えた後その場を後にした。せっかく侵入したチャンスを逃がす
わけにはいかない。私も影の動きに従いその場を後にする。
あの圧倒的な魔力のみならず、見た目が示す通り身体能力も高いのであろう。影の持ち主である
『爆炎の戦乙女』は時折魔術を使いながら、街の雑踏をすり抜けるように進んでいく。影から引き
剥がされそうになりながらも必死に食らいついていく。そんな彼女だが、唐突に歩きながらスマート
フォンで会話を始めた。
「あ、どうも朱美(あけみ)ですー。え、スマートフォンで掛けてくるなって?いいじゃない
ですかぁ。誰も見てないのはちゃんと確認してますから・・・」
影に私が潜り込んでいることにも気が付かず、『爆炎の戦乙女』こと朱美は何者かに戦果を報告して
いるようだ。関係者の人間としての名前が分かっただけでも正直なところ大戦果だが、今回はここでの
撤退は許されていない。会話に聞き耳を立てながら、なおも追いかける。
電話を終えた朱美は雑踏を避けるように路地裏へと入っていった。近道なのだろうか、ビルの合間を
縫うように一人分の幅しかないような道を、彼女はスイスイと進んでいく。気づけば周囲は影に
満たされており、私が潜り込める影の範囲が大きく広がっていた。彼女の影のみならず、ビルの影を
使っても進むことが出来る。必死に食らいついてきた私もかなり消耗しており、ここで一息つくことに
した。
「はあ・・・、はあ・・・。流石は金獅子の弟子・・・。付いていくだけで一苦労か・・・。しかし、
名前が分かっただけでも・・・!?」
ここまで付いていくことに精一杯で全く気が付かなかったが、魔王様から与えられた指輪が黒く、
禍々しく光り輝いていた。
「な、なんだこれは・・・。魔力が・・・、逆流してくる・・・!?」
指輪からは強烈な魔力が私に逆流してくる。魔力が多いわけではない私の身体には収まりきらず、
私が身を隠している影へと溢れて浸透し、影が魔力で満たされていった。それと同時に、自分の意識が
影全体に、膨大に広がっていくのを感じた。
(だ、ダメだ・・・。制御しきれない・・・!)
影に充足しきった魔力とともに広がってしまった私の意識では、魔力を集中、制御することが出来ず、
影は暴走を始めてしまった。建物にへばりつくように満たされた影はまるでメッキを剥がすように、
建物からめくれあがっていった。そしてその影は、覆いかぶさるように朱美へと襲い掛かる。
「えっ!?なにこれ!影が剥がれて降ってきてるの!?『迦具土神』!!」
気が付いた朱美はすぐに臨戦態勢に入り、先ほどの大槌を取り出した。
「この影・・・、魔力を纏っているのね!ならっ!『火産霊』!」
大槌を振るい何かを唱えると、白く激しく燃え盛る炎が塊となって影へと放たれる。影にいる私で
さえすでに熱を感じているそれは、私が潜む、彼女へ降り注ぐ影へと一直線に向かい、そして
衝突する。
(終わった・・・。ここまでか・・・)
既に目の前に迫った炎塊を前に、私は自らの死を悟った。私よりもよほど強かった怪人に放たれた
魔法である。とてもではないが耐えきれるものではないだろう。
覚悟を決め、炎の到来を待っていると・・・
「うそっ!炎が吸い込まれたっ!?」
焼け付くような炎は私に襲い来ることはなく、代わりに朱美の驚愕に溢れた声が聞こえてきた。
どうやらその影は炎を受けるとそのまま飲み込み、影に取り込んでしまったようであった。
影の中がほのかに暖かくなり、指輪の魔力が少し赤みを帯びたがそれまでである。少なくとも
身を焦がすようなことは起こらなかった。そして、炎を取り込んだ影はそのまま、杖を構える
朱美へと降り注ぎ、彼女へと降り注いだ。
「きゃあああああああああああああ!!なに!何これ!私が、影に取り込まれ・・・」
悲鳴とともに彼女の身体を、大槌を包み込み、そのまま取り込もうとする。朱美は身をよじり
ながら必死にもがき、影から脱しようと努めるが、全身に巻き付いた影はそんな彼女の努力を
嘲笑うように足から、顔から彼女を影へと包み込んでいく。いつしか声も聞こえなくなり、
黒く染まった彼女の身柄は影の中へと溶け込んでいった。
↑No.30024まで
-----------------------------------------------------------------------------------------
↓以降改変予定
「ここが消えたところか。何か捜索の手がかりはないかな」
僕は爆炎の戦乙女ふたばの兄きよひこ、分析の魔眼持ちだ
ここら辺を調べると黒い指輪を見つけた。あー分析すると、怪人自体は消滅したけど、
ふたばは指輪に取り込まれたのか。直ぐ行くと言ったのに、待たないで高速で現場で行くから、
いつもひやひやしていた。今回は致命的だったな。分析すると、この指輪は取り込んだものの
分身を出して操れる指輪か。中身を取り出す方法自体は用意されてないが、壊して取り出すことは
できるな。方法は、魔力持ちだいたい5人分を指輪に収納すれば中身を全て取り出せると分析した
「そう、5人分の魔力を注入して、指輪の許容量を超えてオーバーフローさせなければならないんだ。
だから、僕の魔力もそうしなければ……ならない……」
いつの間にか目から光の消えたきよひこが、ゆっくりとした動作で手に取ったままの指輪を
身につけた。直後、指輪から侵食するように影があふれ出ると、瞬く間にきよひこの全身は
覆いつくされ、闇色の水たまりのような影へと引きずり込まれてしまった。
なんということだ!私は影の中で驚愕していた。魔王様より授かった指輪の力。その力は私の
予想を超えていた。影に取り込まれ、魔法少女の姿を解除された朱美は私の影に塗りつぶされ、
ゆっくりと時間をかけて私の力として吸収されていった。魔法少女を取り込みきるまでの間に
攻撃されたらどうなるかと冷や冷やしていたが、まさか魔力を取り込むことにより指輪が
さらなる力を解放するとは思わなかったのだ。
解放された力は認識阻害と催眠。この指輪を魔法的に解析したものは誤った認識を脳に刷り込まれ、
衝動に従ってこの指輪を身に着けてしまう。知識派の魔法少女たちには強烈な罠となりうる能力と、
その犠牲になった哀れな男の有様に私はただただ呆けていた。
さらに数分が経過すると、きよひことやらの体も完全に私の影に取り込まれていった。
私に取り込まれた兄妹の力は完全に私の力へと還元されている。そして、この力をどうすれば
いいのかは指輪(魔王様)が教えてくれる。私は強く念じながら指輪へと魔力を注ぎ込んだ。
誰もいない路地裏で、ねっとりとした影に波紋が生まれた。コールタールのように粘り気のある
影が渦巻きながら持ち上がると、見えない手によって成形されるように形が変わっていく。
しなやかな手足、くびれた腰、豊満な尻、たわわに実った乳房。そして色気に満ちた妖艶な顔立ち。
影色の体が美しい白に染まると、全身に影が巻き付き、妖しく黒光りする手袋とブーツ、そして
ビキニのような体を強調する衣服へと変化する。肩口でそろえられた髪の色は、本人のものよりも
いくらか暗い赤。そして左手の薬指には黒光りする指輪。影の力と爆炎の力、そして解析の魔眼の
力を得た私の姿は魔女という名にふさわしい姿になっていた。
「こ、これが魔法少女の力か・・・。すごい・・・。力が溢れ出てくる。」
思わずつぶやいたその声は甲高く、先ほどまで対峙していた少女、朱美の物とそっくりであった。
そして身体の中からは、「爆炎の戦乙女」の名が示す通りの、身体の底から力が湧き上がってくる
ようなマグマのように熱く、溢れ出そうな破壊の力、私のあまり性能が高くなかった脳からすれば
十分すぎるくらいに冴えた分析の力、使い慣れた影の力、それらが指輪の力で結合し、混ぜ合わさる
魔力の流れを私に伝え、同時に私の姿を魔女へと変貌させていた。同時に、彼女ら兄妹の魔力をも
そのまま乗っ取り、私のものへと変換されたようであった。朱美が使っていた爆炎の力も、
きよひこの解析の力も使い方が手に取るようにわかる。朱美の記憶通りに念じると、その手には
禍々しく形を変えた魔女の杖が現れた。自分の身体より大振りなそれは朱美が使っていた大槌
『迦具土神』の成れの果てであり、影の力と今の私の力に合わせて変質し、最適化されたもの
であった。
「素晴らしい。爆炎の戦乙女の力もすべて手に取るようにわかる・・・!これなら『金獅子の戦乙女』
さえ・・・、ダメか」
かつての私より圧倒的に高いスペックに這い上がり、浮かれていた私は『金獅子の戦乙女』にも
迫るその力と思い、早速挑もうと考えたが、朱美の記憶がそれを許さない。彼ら兄妹の力だけでなく、
その肉体や記憶さえも乗っ取った私は、同時に『金獅子』と『黒薔薇』の2人がいかに圧倒的な力を
有しているか、その力がけた外れの物かを即座に理解できてしまった。恐らく今のまま挑んだところ
で、すぐに消し炭にされてしまうであろう。
「となると・・・、まずはやはり潜伏か。となるとこの姿だと少し厄介だな。きよひこも取り込んで
しまったし、まずは元に戻すことから始めるか」
自らの「影の力」そのものを解析する。朱美の膨大な魔力を乗っ取り、使役することで今まで
出来なかったことも簡単に出来そうである。私は周りの影を集め、自らの身を包みこむ。朱美を
取り込んだ時のように黒い、表情が窺えなくなったマネキンのような姿の中で、私は自分の姿を
イメージする。
(赤いショートヘアー、胸はもう少し控えめだったよな、そして年齢はもっと幼かったはず・・・)
影は私を包み込んだまま形を変え、イメージ通りの姿に作り替えていく。そして・・・
「あーあー。私は朱美。高校1年生。兄妹で魔族を倒すため日々励んでいましたが、今日から
裏切らせていただきますっと。まあ、こんなもんかな」
変身を終え、影が私の身体から剥がれ落ちるように戻っていくと、そこには「朱美」がいた。
正確には「影」の力で姿を変容させ、それを「炎」の力で構成しなおしたというのが実際のところ
だが、寸分たがわぬように出来上がったようだ。指輪だけは隠しようがないが今の私の力の源とも
呼べるこれはどうしても残さざるを得ない。そこは何とかごまかそう。彼女の記憶や仕草、魔法の
使い方さえもきっちりと読み取れるので、恐らくバレることはないであろう。
「あとは、お兄ちゃんがいないのはちょっとまずいよね・・・」
影の力を集めれば何かを「複製」することも可能であるが、あくまで影の中でしか使うことが
出来ない。だが、兄のきよひこも魔族を倒すメンバーとしてカウントされている以上、「あった
まま」に戻さなければ発覚の原因となる。隠密の基本である。性能の高まった頭脳でやり方を
考えると、一つやり方を思いついた。
「ふーん・・・、なるほど。そういうやり方か。面白いじゃん!さっそくやってみよっ」
思いついた私は早速試すため、路地裏を後にし街の雑踏へと踏み出した。
↑以上、改変後に記述し直し
-----------------------------------------------------------------------------------------
↓以下、オンブラの章
* *
「ただいまー!あ、ママ!今から美雪ちゃんと一緒に宿題やるから!さ、入って入って。」
「お、お邪魔しまーす…。」
「あら、美雪ちゃんいらっしゃい。ふふ、いつもうちの娘と仲良くしてくれてありがとね。」
私はシャドー様の命令の通りに少女達の影に紛れ込みながら、何か使える情報がないか探っていた。
今の時点でわかった事と言えば未だにこの少女達が魔法少女の関係者であると言う事と、彼女達の
名前くらいである。
この家の子供である騒がしい方が日向、先ほど一緒についてきた大人しい方が美雪という名前らしい。
潜入任務の観点からは口の軽そうな日向の影に入るべきなのだろうが、正直あまりに不規則に激しく
動き回るせいでこれ以上日向の影には入っていたくないというのが本音であった。
(これだから尻の青いガキは嫌いなんだ…)
オンブラは疲れ果てた身体でゆっくりと美雪の影に入り込んだ。先ほどまでとは違いゆったりとした
動きで影も安定している。影の中に僅かに漂う魔力の味もこちらの方が美味であり、必要なとき以外は
美雪の影に潜むことに決めた。
(それにしてもこの指輪はいったいどう使えばいいんだ…。影に入るだけと魔王様はおっしゃっていた
が何も起こらないじゃないか。)
先程よりも黒い光が僅かに強くなっている気がしなくもないが、それ以外は何も変わらない。
私は指に嵌めたこの役立たずの魔道具を見つめながら、一人深いため息をついた。
「それでさぁ、今夜の集会には美雪は参加するのー?」
「参加できるわけないじゃない。宿題やったらそのまま帰るわよ。」
ガールズトークとやらを聞いているうちに影の中でうつらうつらと船をこぎ始めていた私であったが
どうやら気になる単語が耳に入り意識が覚醒する。魔法少女の集会とやらに潜入し情報を手にいれる
ことができれば大手柄は間違いない。突然降ってわいた幸運に思わず影の中でほくそ笑む。
「でもさー、そんなんだからいつまでたっても魔法が上手く使えないんだよ。」
「うっ…!でもこんな夜中にお母さんが許してくれるわけないじゃない!それに練習したところで
私の魔法なんて…。」
「ふっふっふっ~、見て驚くなよぉ?パラレルミラクル、お人形さん、美雪になーれっ!」
呪文と同時に、近くに置いてあった熊のぬいぐるみに向かって杖から光が飛び出した。小さな爆発と
ともに熊のぬいぐるみがミシミシと膨れているように、はたまた引っ張られるように形を変えながら
大きくなっていく。
「何が起きて…て、ええっ!?私がもう一人!?」
影の中から見ていた私も何が起きているのか全くわからずにただただ呆気に取られていた。先程熊の
ぬいぐるみがあった場所には、生気の宿っていない瞳以外、全く寸分違わないもう一人の美雪が脱力
した姿で床に倒れこんでいたのだ。無機物を有機物に変換する魔法なんて聞いたこともない。
それは美雪に取ってもそうだったようで、口をパクパクさせながら自身の分身にそっと手を触れる。
「あったかい…でもどうして?前まで変身魔法と言っても服を変えるくらいしかできなかった
じゃない…」
「驚いたぁ美雪ぃ?美雪も今夜の集会に行ってみようって!今日はあたしんちに止まることにして
布団被せれば絶対バレないよ!せんせーも参加してるし美雪もすぐに強くなれるって!」
「先生もいるの!?早くそれを言ってよねもう!」
『先生』という単語に反応して先ほどまでの躊躇いが一瞬で消え失せる。それと同時にその先生と
やらの存在に大きな興味が湧いてくる。もしかすると我々のターゲットである『黒薔薇の魔女』と
『金獅子の戦乙女』かもしれないし、それとはまた違う名のある有力者かもしれない。しかし誰で
あろうと悪い方向に進むことはないだろう。幸運を運んでくれたこの日向という少女に、私は敵
ながらに人知れず感謝をした。
その日向は作り出した人形の美雪を布団に寝かせようとするが、持ち上げられず悪戦苦闘していた。
力の抜けた彼女の首が右に前にガクンガクンと揺れる。この魔術はどうやら見た目だけでなく、
中身まで本人同様に作り変えてしまうようだ。力の抜けきった美雪の身体は大人からすれば軽い
だろうが、子供の彼女たちにとってはやはり重たいのであろう。
「んいいいいぃぃ!み、美雪っ!手伝ってっ!」
「もう、こういうところは後先考えないんだから・・・。少し離れてて」
美雪は目を閉じて意識を集中する。彼女の全身から魔力が溢れ、それは影にも伝わってくる。
透き通った水のように清らかな魔力は、オンブラにとっては美味でもあり、苦痛でもあった。
その魔力は美雪の分身の全身を包み込み、ふわりとその身体を浮かせる。そして緩やかに日向の
ベッドの上まで到達させた。
「ふう・・・。こんな感じかな・・・」
「さっすが美雪!やっぱりコントロール上手だよねぇ!私がやったら空の彼方までとんでっ
ちゃうよ!」
「ああ・・・、まだコントロールはダメダメなのね・・・」
「うるっさいなぁ!今先生に教わりながら頑張ってるもん!」
感心する日向に呆れたように返す美雪、そして頬を膨らまて憤る日向。どうやら彼女たちに
とっては日常茶飯事のようだ。その元気さに、オンブラは頭が痛くなる。それに・・・
(2人とも・・・、私よりよほど優れた素養を持っているな・・・)
私は苦笑しながらも、実力差を痛感する。主であるシャドーの戦闘力が低いのは十分承知して
いるのだが、私はそれに輪をかけて低いのだ。格闘チャンピオンあたりであれば真っ向から
立ち向かえば負けてしまうかもしれない。
(まあ、「考えられる」だけの知恵を持つことが出来ただけでも僥倖、か・・・)
私は元々怪人であった。主、シャドーの能力である「影」、これを生かした隠密を増やすために
能力を研究し、作り出されたと聞いている。しかし、12体作られた内、成功したのは私を含め
わずか3体であった。私はどうやらその中でも相当に珍しい進化を遂げたようで、戦闘能力と
引き換えに主に匹敵する「影」の能力、隠密としての「潜入」スキル、そして何より、怪人としては
異例の「知性と知識」を得ることが出来た。現にこうして私は作戦に自らの判断を入れて行動する
ことが出来、彼女たちは自分たちの影に私が紛れ込み、その情報に聞き耳をたてていることに気が
付いていない。だからこそ、彼女たちの高い素養を理解できてしまったとも言えるのだが・・・。
(まあ、悔やんでも仕方がないか。何か手掛かりを得て、シャドー様に報告せねばなるまい)
私は気を取り直して、彼女たちへの偵察、そして『集会』とやらへの潜り込みをするべく、準備を
整えることにした。
私は身体中になけなしの魔力を浸透させる。そして影に潜り込むのではなく、影と身体を『一体化』
させていく。一分ほどたった頃には私は完全に美雪の影と同化していた。こうなってしまえば魔法少女達が
私を観測する術はほぼ無くなったと言ってもいいだろう。探知魔術も鑑定魔術もその意味を失い、例え
神話級の魔法を食らったとしても死ぬことはない。唯一この状態の私が死ぬとすればそれは美雪の影が
無くなった時、つまりは美雪が死んでしまった時ぐらいである。
(魔法少女の巣に潜り込むのだ。これぐらいの保険をかけなければやってられないだろう)
勿論この術にも弱点は存在する。一つは魔力が回復する24時間程の間美雪の影から離れられなくなって
しまうことと、もう一つはごく少数の魔法少女達が使うという影魔法で、身体と影が切り離されてしまう
ことである。だが後者に関しては心配ないだろう。影魔法を使う魔法少女などほぼ存在しない上にそもそも
見つからなければ何の問題もない話である。
「美雪ー。そろそろ出掛けようぜ。そーっとな。そーっと…」
「…こんなこと言うと変に思われるかもしれないけど私一度窓から飛び出るのやって見たかったのよね。
さぁいきましょ。」
気がつくと少女達も既に準備は整っていたようだ。日向は着地する瞬間にコンクリートを変身魔法で
マシュマロに変え、美雪はその繊細な魔力操作技術で音をたてずにふわりと地面に舞い降りる。
私という異物が紛れ込んでいるのにも気づかぬままに魔法少女達は夜の街へと駆けていった。
美雪の影に従い夜の街を進む。私の魔力こそ空っぽだが、完全に影に溶け込んでいるので
移動も彼女たちの移動に従うだけでよいのは非常に楽だ。とりあえず彼女たちが歩むルートや
目印を頭に叩き込んでいるが、シャドー様や、来るかもしれない増援との情報共有もある。
落ち着いた頃合いで地図か何かは仕入れたほうがいいのかもしれない。
「今日は誰が教えてくれるのかっなー!『黒薔薇』様かなぁ!」
「こらっ。こんなところで名前出したらダメでしょ?誰がどこで聞いているか分からないのよ?」
「ちぇーっ!いいじゃんかよぉ!周りから魔力も感じないし・・・」
「まあ、確かに周りには誰もいないけどさ・・・」
やはり、この日向という少女は相当にルーズなようだ。彼女が存在を明らかにしなければ、美雪の
影に潜り込むことも、こうして集会場にも向かうことはできなかったのだから、感謝の念しかない。
先ほどから観察しているが、どうやら暴走しがちな日向を美雪が制御している関係なのだろう。
影の持ち主たる美雪のほうは、幼いながらにかなり冷静だ。魔族にもその能力があればと、少し
口惜しくなる。引き続き、彼女たちの口から洩れる情報を逃がすまいと、会話に聞き耳を立てる。
「それに、『黒薔薇』様は来られないんじゃないかしら?」
「えーっ!?なんでなんでぇ!?」
「いまは『金獅子』様と魔王軍壊滅のための会議に行っているって専らの噂よ?ここ最近の出現
頻度の多さもあるし・・・」
「みーゆーきー。そういうことは言っちゃいけないんじゃなかったっけぇ?」
「あ、あらごめんなさい。私としたことが・・・」
これはなかなかにいい情報だ。どうやら『金獅子』と『黒薔薇』は不在のようだ。情報の鮮度は
作戦の完成度に繋がる。シャドー様と早々に共有したいところだが、情報の伝達手段がない。
無念だが、それについては追って考えよう。何か思いつくかもしれない。しかし、なぜあれほど
情報の漏洩に気を使っていた美雪が「ポロッと」最上級クラスの機密情報を漏らしたのだろうか?
「おっ、そろそろ着くぜっ」
「ええ、入りましょう」
どうやら会場に着いたようだ。彼女たちの影とともに、中に入れてもらうことにする。先ほどまで
思いついた疑問も、今は一旦保留する。何せ、魔法少女の卵を育成する、その中枢とも呼べるところに
潜り込むのだ。一挙手一投足、育成の方法、少女たちの構成、すべてを詳らかに出来る絶好の機会である。
子細な情報まで、漏らさず観察するのが隠密たる私の仕事なのだから。
この時の私はこちらに神経を集中していた結果、我が身に起きていることには気づいていなかった。
既に魔王様から授かった指輪が効果を発揮し始めていることに気が付くのは、更に後のことである・・・。
* *
「あら?今日は美雪ちゃんも一緒なのかしら?ふふ、二人ともいらっしゃい。もう宿題は終わらせたの?」
「ふっふっふ~私がいつも遅れてくると思ったら大間違いだよせんせー!宿題もバッチリだぜ!」
「あなた私の宿題写してただけじゃない…。あ、先生こんばんわ!今夜は私もお世話になろうと思います!」
建物の入り口で二人を出迎えたのは白い制服をきっちりと着こんだ銀髪の女であった。笑顔で二人を
出迎えているだけだというのに、その瞳の奥に全てを見通すかのような何かを感じて私は思わずこれまで
感じたことのない妙な緊張感を感じていた。
(銀髪の魔法少女…?もしやかつて魔王様と戦ったと言うあの…いやまさかな、こんなに若いはずもないし
あり得るはずがない。)
銀髪の『先生』とやらの正体を推察していると、不意にその彼女がこちらに杖を向ける。
「ごめんなさいね二人とも。二人を疑っている訳じゃないけど最近透明化する怪人が出たらしいじゃない?
だから一応確認したいんだけど…『dispel(払い除けよ)』!!……うん、問題ないみたいね。
さぁ中に入りましょ。」
「なーなー美雪。今先生なんて言ったんだ?」
「ディスペル…えっと確か打ち消し魔法か何かだったと思うけど…。」
「えーっ!なんだよせんせーアタシ達を疑ってるのかよ!誰かにつけられるようなヘマはしてないぜ!」
「ふふっ、ごめんなさいね。悪い何かがいた気がしたけどどうやら先生の勘違いだったみたい。今日は
あなたの変身魔法をじっくり見てあげるから許してくれる?」
「約束だぜせんせー!すっごい上手くなったからせんせーも絶対ビックリするぜ!」
杖をこちらに向けられた時は生きた心地がしなかったがどうやらこの状態の私はまさしくただの美雪の
影であるらしい。数刻前の己の判断に感謝すると共に私はこの作戦への認識を改めることとなった。
建物の中に入ると既に数人の魔法少女が各々魔法を放っていた。氷を放つ者、水を操る者、銃のような
武器を自在に呼び出し次々と的に当てる魔法少女など色々な魔法少女がいたがどれも威力に欠けたり
動作が雑だったりとあまり光るものは感じられない。これならば魔法の練習があまりできてないという
美雪の方が将来性も含めて有望そうである。
「あの先生、他にもっと強い魔法少女はいらっしゃらないんですか?」
「経験の多い子は金獅子さんと黒魔女さんのところに行ってるのよ。育成する人材が足りないから~って
いって引退した私もこうして引っ張り出されて教育してるんだけどね。」
まるで私の疑問を代弁するかのようなタイミングで質問をしてくれた美雪に感謝をする。どうやらこの場
には実力者はそこまで多くないらしい。
「あれ、そういえば朱美のねーちゃんがいないけど朱美のねーちゃんもそっちいったのか?」
「ああ朱美ちゃんね。連絡がつかないから一応追跡と分析の魔法が使える子を向かわせたんだけど…」
その名前を聞いた瞬間、爆炎の名を冠する赤い髪の魔法少女の姿が頭に思い浮かぶ。彼女程の使い手
なら例え不意打ちだろうとしても遅れを取ることもないだろうしおそらく彼女なりの理由があるのだろう。
「(できれば実力者は顔を確認しておきたかったんだが…しかし…。)」
なぜ会った事のないはずの少女の顔が思い浮かべられたのだろうか?オンブラは魔法の指導を受け始めた
少女達を眺めながらふと疑問を感じ始めていた。
「…ところでせんせーって何歳なの?」
「ふふっ秘密ですよ。」
それとなくやり過ごされてしまった。目の奥が笑っていないように見えたのは、やはり触れてはならない
部分なのだろうか。しかし、彼女の教え方は実に丁寧かつ的確なようで、日頃から訓練を受けているで
あろう日向はもちろん、久しぶりに魔術の手ほどきを受けている美雪も適切に導いている。元々繊細で
器用だった彼女の魔力の流れが、さらに流麗に、滑らかになっていくのが分かる。
「そうそう・・・。身体の中の流れを感じて、手先に集めて・・・。形をイメージするのがコツだよ」
「んっ・・・、こうですか・・・?」
「うんっ、とっても上手だよ!これを繰り返してみて?もっともっと上手になるよ」
訓練を観察している限りでは、どうやら美雪は風の魔法の使い手のようである。身体の中で練り上げられた
魔力を手先に集める際に、身体の周りを風の流れが覆っているのが見える。魔力が漏れてしまっているので
あろう。しかし、その魔力の密度はなかなかに目を見張るものであった。使い方さえ心得てしまえば、恐らく
かなりの実力者になってしまうであろう。要警戒と言える。それに・・・
「じゃーん!これでどうだっ!」
「日向ちゃんまた上手になったね!すごいよ!」
「へっへーん!あたしにかかればいくらだって!」
日向のほうはもう、何とも説明が付かなかった。恐らく物質変化を得意としているのだろうが、正体が
さっぱりつかめない。先ほどから小石をトンボに変えたり、葉っぱをねこに変えたりしているようだが、
魔力の源が何なのか、検討が付かないのだ。光があれば生きてるもの以外の物体、あとあたしが知って
いる物だったら大体変身させられるというのが本人の弁だが、底が知れないのが恐ろしい。何せぬいぐるみ
を美雪に変身させられるのだ。素養自体は彼女も相当に高いと推測できる。
「でも日向ちゃん?いっぱい変身させるのはいいけど、これはどうやって戻すのかな?」
「えっ、えーっと・・・。パラレルミラクル、トンボさん、元に戻れーっ!」
先ほどの小石から変えられたトンボに再度魔法をかけたようだが、バッタになってしまった。
「あ、あれぇ・・・?おっかしいなぁ・・・」
「日向ちゃんは元に戻す方法も勉強しようね?」
優しく諭す指導役の女性に、少し不貞腐れかけてた日向も大人しく従い、バッタを捕まえに行く。
どうやら相当なついているようだ。それはそうだ。何せ伝説と呼ばれる『白銀の女王』、噂によれば
かつて起きたという大激戦でも魔族を殲滅し・・・
(・・・、どういうことだ?先ほどから、何故「魔法少女」のことが分かるのだ)
当たり前のように思い出していた「記憶」に違和感を覚える。私とて隠密に携わる身、『金獅子』や
『黒薔薇』のことは名前程度の知識は持ち合わせていたが、かつて伝説と呼ばれた『白銀』の二つ名、
そして今日偶然会ったばかりの日向の魔法特性、ましてや遭遇さえしたことのない『爆炎の戦乙女』・・・、
それを私は「自分の事のように」思い出していた。
(落ち着け。冷静になれ。こういう時こそ取り乱すな・・・!)
私は必死に自分を落ち着かせる。思考の乱れは思わぬ展開を生み出す。ましてここは情報の塊である
とともに、敵陣の真っただ中でもあるのだ。子細な情報も逃がしたくはないし、そもそも自制できな
ければ、肝心な情報を聞き逃すかもしれない。あり得ないとは思うが、我が身にさえ危険が迫る可能性も
あるのだ。
少し取り乱したが、幸い大きく状況が変わることもないようだ。美雪も先ほどの『白銀』からの指導を
忠実に、丁寧に反復練習している。魔力の精度も最初に比べてさらに清廉に整っている。次第に少なく
なってきているが、漏れ出た彼女の魔力から感じる。魔力の漏洩が減ってきたのも指導の賜物と、
彼女のセンスによるものであろう。
(しかし、魔力漏れが減ると「食事」に困るのだが・・・)
私は魔力そのものを食らい、エネルギーとする魔族由来の性質を受け継いでいる。人間が食するような
ものでも十分に腹は膨れるのだが、やはりエネルギーは魔力から補給するのが手っ取り早い。しかし、
私自身はそこまで強くない手前、エネルギーの消費は少なく、必要となるエネルギーも多くはない。
美雪レベルの素質と魔力の質があれば、魔力の充填には時間がかかってもここまで腹が減ることなど
ありえないはずなのだ。
(ん?これは・・・、指輪が光っている?)
ふと私の手を見ると、魔王様から賜った指輪が強く輝いていた。私の性質である影、それを帯びた紫色の
魔力が中心となっているが、その中に緑色の、清らかな流れが吸い込まれている。
(なんだこれは?一体何が起きている?)
指輪が取り込んでいる魔力は、色や性質から考えても恐らく美雪が発している魔力であろう。緑色の
清純で、悪を振り払うであろう聖なる力、それを指輪は受け止め、別の魔力として吐き出していた。
色や形を見ても、流れ込んでいる魔力とほぼ同質の形態をとりながら、それでいてわずかに異なる要素を
混ぜ込んでいるようだ。そしてその魔力は、影を伝って美雪の中へと吸い込まれていた。彼女が魔法の
練習をする際に身体から発される魔力、それに紛れ込んでいるのが見える。しかし、美雪も『白銀』も、
美雪の魔力がわずかに性質を違えていることに気づいていない。
(これは・・・、影の力が混ざっているのか?)
私が持っている影の性質、何物にも紛れ込み、混ざりこみ、そして気づかれることのない、私にとっては
誇りとも言える、唯一にして自慢の能力、それは美雪の魔力に要素として混ざり、擬態し、あたかも彼女の
魔力として振舞っているようだ。
(この指輪は、私の性質を能力として、さらなる力として私に味方してくれるのか・・・)
まるで分身が生まれたかのような喜びに、私はしばし浸っていた。恍惚とした感情に満たされながらも
分析は勿論怠らない。影を介して美雪の中に取り込まれた魔力は心臓を介して全身に運ばれ脳にも到達
しているようであった。先程から美雪の記憶をまるで自分のことのように思い出せたのは指輪を通して
美雪と私が一つに繋がっているからなのだろう。そしてさらに思考を廻らせるうちにある一つの可能性が
私の中で芽生え始めた。
「(もしや私の意思を美雪に流し込むことも可能なのではないか…?)」
思えば先程からそうとしか思えないようなことがいくつも起こっていた。あれほど口の固かった美雪が
機密情報をうっかり漏らしたり、私の望む情報を白銀から聞き出したりと、今考えてみれば美雪が私の
意思を無意識的に読み取っていたとしか考えらなかった。
それならば、と思い私は確認の意味を込めて頭の中でまるで自己暗示をするように、何度も、何度も
簡単な命令を魔力に刻みこみ流し込んでいく。
「(魔法を上に向かって射出しろ…!)」
「あら?的はこっちよ美雪ちゃん。」
「あれ…?す、すいません!なんだか少しボーッとしてて…!」
「うーん、ずっと練習してたから疲れちゃったのかな?もう時間も遅いし今日はここまでにしましょうか。」
あくまでも美雪として疑われないレベルの、それでも確認には十分であるその行動を美雪は何の疑問も持たず
に実行した。その事実が今まで鳴りを潜めていた矮小であるオンブラの支配欲を刺激し肥大化させていく。
(少しずつ…少しずつだ…。お前の全てを私色に染め上げて、そしてーーーーー。)
オンブラの心に芽生え始めた欲望につられて美雪の口角がひくりとつり上がる。自らの心の中に巣くい始めた
悪意に美雪が気づくことはない。その清く純粋な魔力は少しずつ、だが着実に黒く染まりつつあった。
美雪に疲れが見えたあたりでちょうど時間となったようだ。『白銀』が終了を宣言する。
先ほどまでの柔和な表情が消え、真剣な雰囲気を纏った彼女は全員に通達する。
「みなさんにお知らせがあります。ここ数日、強力な魔族が出現することが増えてきました。
幸い鎮圧は出来たとの連絡がありましたが、今日現れた魔族は朱美ちゃんが手こずるような
強さを持ち、2人がかりでどうにか抑え込んだと情報が入っています」
『白銀』の言葉に皆がざわつく。美雪はもとより快活な日向も少し怯えているようだ。その言葉
から朱美という少女は『爆炎の戦乙女』であると情報が結合する。恐らく朱美の名前を聞いた
美雪が頭の中で連想している記憶が、魔力に乗って私にも伝わってきているのであろう。無意識の
うちに敵に情報を流すようになりつつある可愛らしい諜報員に、私は愉悦を感じてしまう。
それを受けてだろうか、やはり美雪の口の端が、少しヒクついている。
「慌てなくても大丈夫です!近隣の街からも強力な魔法少女が派遣されてくるとの連絡もあり
ます!私を訪ねてきていただければ、個別に指導も致します。皆さんも力をつけてきていま
すが敵は強大です!もし万が一異変を察知したら、必ず一人で解決しようとせず、誰かに
相談してください!」
決意に満ち溢れた『白銀』の言葉に、次第にみんなの不安が払拭されていくようだ。美雪から
流れてくる魔力にも力強さが宿り、彼女に戻している変換済みの魔力が少し弱まっていく。
心を強く持つと指輪の効き目も削がれてしまうということだろうか。
「必ずや勝てます!皆さんの力で、この危機を乗り切りましょう!」
『白銀』の宣言にみんなが勝鬨を上げる。歴戦の魔法少女の実力、そしてカリスマはやはり
高いようだ。圧倒的な経験と実績が裏打ちする絶対の信頼を持つ彼女は、『金獅子』や『黒薔薇』と
匹敵する危険な存在と、確実に報告する必要があった。そして同時に、手に入れてみたい高嶺の花、
そんな印象を私に植え付けていた。
興奮も冷めやらぬうちに、「集会」は散会となり流れ解散となる。会場の出口には先ほどの『白銀』が
一人一人と会話を交わしていた。親切で丁寧な彼女は必ず集会の後には全員にアドバイスをかけてくれる、
美雪の無意識からはそのような情報が流れ込んできていた。どうやら、日常的に行われているようだ。
「日向ちゃんに美雪ちゃん!今日も頑張ったね!お疲れ様!」
日向と美雪たちの番になり、柔和な笑みを浮かべて『白銀』は話しかけてきた。近寄るだけで漂って
くる魔力の質は美雪たちと比較してもさらに圧倒的であり、その高い実力がうかがい知れる。
「今日もありがとうございました!あたし、上手くなってたでしょ!」
「うんうん!あそこまで生き物を忠実に作れるようになってるなんて、本当によく頑張ってるね!」
「へへっ、ま、まああたしにかかればこんなもんよ!」
「でも、作るばかりではだめよ?今度はちゃんと、元に戻せるように頑張ってみて?」
『白銀』に褒められて嬉しそうな日向を見て、美雪は苦笑している。そこには手間のかかる妹を見る
ような暖かな感情が漂っていたが、その中にわずかに淀んだ魔力があるのを見逃さなかった。
「私だって頑張ってるのに・・・」
誰にも聞こえないような小さな声で呟かれたその言葉は美雪の心の声だろうか、それとも頭の中で
考えた感情だろうか、そこにあるのは間違いなく「嫉妬」であった。奔放でオープンな日向の家
と違い、美雪の家はそれなりに厳しく、あまり「集会」にも出られないようだ。素養では日向に
全く劣っていないと私は考えているが、実力は残念ながら、それなりに開いているようであった。
「美雪ちゃんも今日は来てくれてありがとうね!頑張ったよ!」
「あっ、は、はい!ありがとうございました!最後は疲れちゃってて・・・」
「大丈夫!とってもよくできてたよ!年齢を考えればむしろずっと強いくらいなんだから!」
『白銀』は美雪を元気づけるように褒めたたえる。実際、久しぶりに「集会」に来たと
してもよくやっていたほうだと思う。周りと比較しても精度も実力も遥かに高かった。
「実はね美雪ちゃん。今日やってもらった練習は、お家でも出来るんだよ?」
「ほ、本当ですか!?」
「あんまり派手にやると怒られちゃうけどね!宿題しているときなんかに消しゴムの
カスを片付けたり、お部屋のお掃除をするときなんかでも使ってみるといいよ。
寝る前に魔力を使ってみるだけでもいい。そうして魔力を使うことに慣れていけば、
もっともっと上手になれるからね!」
「は、はい!私頑張ります!」
頬を上気させて『白銀』に伝える美雪は、普段の大人びた印象から外れた、年相応の女の子で
あった。しかし・・・
(ふむ。どうやら魔力の淀みは解消されないようだな・・・)
私には見えていた。淀んだ魔力が解消されてはいなかったのだ。それは指輪の性質で変質した
美雪の魔力とはまた別種の、黒い感情が流れていた。
確かに『白銀』の言葉により、美雪は一見前を向いたように見える。大人しく真面目だが、
優しく芯の強い普段の彼女であれば一時の迷いでしかなかったはずだ。しかし、脳まで到達し、
少しずつ美雪を侵食していく魔力は彼女の心に「嫉妬」という楔を打ち込み、それを心に
植え付ける手助けをしていた。健全で清らかな美雪の心が侵され始めている、私の支配欲が
高まっていくのも、自明のことであった。
「それで・・・、あの・・・、先生。」
「うん?どうしたのかな?」
もじもじする美雪に対し、キョトンとした顔で応じる『白銀』。
「も、もしよかったら、握手しませんか?あの、久しぶりに会えたので・・・」
「ふふっ、いいですよ?やっぱり美雪ちゃんもまだまだ可愛いわねっ」
「えっ、いや、そんなことっ・・・」
恥ずかしそうにしながら、『白銀』と握手する美雪。美雪にとっての『白銀の女王』は恩師で
あり、目標であり、憧れでもあるのだ。顔からは恥ずかしさと嬉しさが同居した可愛らしい表情が
見え隠れしている。それを眺める日向も嬉しそうだ。普段は自分のブレーキ役を務めてくれている、
大人びた親友の可愛らしい部分を眺められてご満悦なのだろう。
「それじゃあ、2人とも頑張ってね!」
「はいっ、ありがとうございました!」
「まったねー!次までにもっと頑張るよ!」
こうして2人は集会を後にした。一見すると教え子と師匠の和やかなシーンだが、私は影の中で
思わぬ収穫に打ち震えていた。
(まさか、こうも上手くやってくれるとはな。美雪の潜在能力には恐れ入る・・・)
私の手には白く神々しい魔力が握られていた。小さいが圧倒的な力を感じさせる強力な魔力。
これは『白銀の女王』が身体から発している魔力であった。
美雪が『白銀』に憧れているのは事実であった。繋がれた魔力からもそれはありありと、分かり
やすいくらいに伝わってきていた。私はそこに魔力を流し込み、「『白銀』の魔力が欲しい」と
言う私の念を乗せて美雪の身体に送り返したのだ。憧れに対面した美雪の思いに交じった私の意志は
彼女の頭脳で「憧れの『白銀』の魔力を手に入れたい」という形に変換され、美雪に「握手する」
という行動を起こさせてまんまと接触、その隙に自分の風の魔法をこっそりと使い、『白銀』の影から
魔力のかけらを掴みとってしまったのだ。
美雪の知識の中に、影に魔力があるというものは恐らく存在していないであろう。これは「影使い」
で無ければ恐らく分かることのない、知る人ぞ知る秘伝の知識である。美雪の記憶が私に流れ込み、
情報を与えるだけでなく、私の知識や念、侵された魔力が美雪を侵食し、その能力を悪用させている、
着実に支配が進み、美雪と私の繋がりが強まっていることの証左であろう。
(これで、『白銀の女王』が使っている魔力を研究出来る。なかなか頑張ってくれたじゃないか)
今日得たものは大きかった。美雪からの知識、魔法少女たちの「集会」の存在、『白銀の女王』の魔力
サンプル、魔法少女たちの様々な情報・・・、一刻も早く、シャドー様に伝えたいものばかりである。
(まだまだ彼女の影に入り込める時間はたっぷりある。さあ、私にさらなる情報を・・・!)
「・・・、ふふっ」
「なんだよー美雪ー!先生に会えてそんなに嬉しかったのかー?」
「ちっ、ちがっ。そうじゃなくてっ!」
「照れんなよー!うりうりー!」
じゃれあう日向と美雪。そこにあったのはいつもの二人の姿。しかし、美雪の笑いを引き起こしたのは
私の満足感であるということに日向はもちろん美雪も気づかない、これからの時間で何をするか、私は
さらに思いを馳せるとともに、大変な愉悦に浸っていた。
* *
「そーっと入れよ、そーっとな…」
「お、お邪魔しまーす…じゃないわね、ただいま?」
再び家に戻った二人は慣れた動作で窓から部屋の中に入っていく。布団の中でくるまっている日向と
美雪も特に荒らされた様子もなくどうやらバレずにすんだようであった。
「うーん、風呂入りたいけど流石に我慢するかぁ。」
「それより…これどうするのよ。まだ元に戻す魔法使えないんでしょ?」
「あー、それなんだけど帰る途中で色々考えてたんだけどこうすれば元に戻せるかなーって。
パラレルミラクル、美雪もお人形さんになーれっ!」
杖の先から光が飛び出し、もう一人の美雪にぶつかり小さな爆発が起こる。そして身体の表面が
波打ったかと思えば、コミカルな音を発しながら身体がぐんぐんと縮んでいく。数秒後にはそこには
元のくまのぬいぐるみ…ではなく、美雪を模したお人形が転がっていた。
「ちょっと、最初くまのぬいぐるみじゃなかった?」
「いやー、ちょうど美雪のぬいぐるみが欲しいなーって思って…。」
本人曰く、元に戻すイメージというよりも、変身魔法を重ねがけするイメージらしい。確かに合理的な
考え方であるが、もし変身魔法を自分に当てられたらと思うと少しぞっとする。当たりさえすれば問答
無用で自分ではない別の何かに姿を変えられてしまうのだ。自分だけでなく他人を変身させられる日向
の才能を恐ろしく感じるとともに、その能力さえ自分のモノにしてしまいたいと思っている自分がいる
ことに気づき思わず苦笑する。この指輪の力が判明してからというものの、自分の底の見えない欲望に
自分でも驚かされているほどである。今はまだ日向に手を出すのはやめておこう。だがもし美雪の全てを
手にいれさえすれば、その後はーーーー。
「んー?どうしたんだよこっち見てニヤニヤして。ぬいぐるみが嬉しかったのか?」
「なんだかよくわからないけど楽しみだなぁって。…自分でも何が楽しみなのかわからないんだけどね。」
「ふーん、変な美雪。まぁいいや、もう寝ようぜ。」
その時は『私』の一番の親友を、この手で『私』色に染め上げてやるのだ。
そう心に誓いながら『私』は暗闇に意識を融かしていった。
* *
(ん?眩しいな)
手元の眩い光に目が覚める。私が微睡み始めて1時間程度経っているようだ。部屋の中は、すやすやと
可愛らしい寝息が響き渡る以外は静かなものだ。日向の家族が立てているであろう物音さえも微かに
聞こえてくるほどの静寂に包まれている。ベッドが一つしかないので、日向と美雪は同じベッドで
眠っている。日向はその性格を無意識でも体現するかのような豪快な大の字で、美雪はそんな日向を
抱きしめて眠っている。寝相には性格が出るというが、芯の部分はやはり素直だ。
手元を見ると、先ほどまでは細かった美雪の魔力が、かなり太く、多く流入していた。身体の中の
魔力も相変わらず流れていたが、それは一定の規則に基づいたように緩やかに、滑らかに流れていた。
「そう言えば、どのような人でも魔力は、頭の中で無意識のうちに制御していると聞いたことがあるな」
「集会」でそのような指導を受けたことがあった。「集会」ということは美雪の頭に眠っている知識で
あろう。確か人間という種族そのものは微弱であれ魔力を持っており、それを発現させることが魔法少女
として覚醒すること、とのことらしい。美雪の身体は美雪が意識を手放したことで、彼女が無意識のうちに
制御していた魔力のリミッターが外れ、魔力を外へと放出してしまっているらしい。目が覚めるほどの強力
な光はこれが原因のようだ。流入した魔力はやはり指輪に吸い込まれ、同じ量の魔力を「影」の力が
混じったものに変換して美雪の身体へと戻している。彼女たちが起きるまでに、それなりの量が指輪で
生成された魔力へと置き換わっていることであろう。その事が楽しみで仕方がない。その念を受けた
せいか、美雪の口元が少しほころんだ。
しばらくすると、何やらイメージのようなものが流れ込んできた。美雪と話した事、『白銀』から
教わった事、学校で学んだ勉強の内容、厳しくもやさしい両親の顔、朝ご飯に食べたパン・・・、
脈絡もなく流れてくる映像の一部に、私も見覚えがあった。
「そうか。これが「夢」というものか・・・」
人間というものは、その日に起きた出来事をすぐに記憶に刻むことはその構造上出来ないという。そこで
眠りについたときに脳は情報を取捨選択し、長期的に記憶するものとそうでないものを振り分けて記憶
していくらしい。その際の処理で出たノイズにあたるものが「夢」であるという。「眠り」と「夢」を
操ることを得意とした魔族からかつて聞いたことがあった。今美雪から魔力を通じて流れているイメージが、
どうやら美雪が見ている「夢」にあたる物のようだ。
私はその魔力に念を込めてみる。まずは明るいものの方が受け入れやすいであろう。偵察の際に1回だけ
食べた「ステーキ」なるものの味わいを思い出し、その念を流し込む。すると、美雪の顔が柔らかな物へ
と変わっていく。
「あさ・・・、ごはん・・・、ステーキ・・・。たべられないよぉ・・・」
美雪の口からは幸せそうな寝言が漏れる。送り込んだイメージは、彼女の脳で勝手に処理され、「朝ごはん
はステーキだった」という結論を導き出したようだ。流れ込んでくるイメージもそれにすり替わっていた。
「もしかすると・・・、彼女の脳内を書き換えることも可能なのか?」
偶然のひらめきとは恐ろしいものであった。少なくとも朝食の内容をすり替えられるほどに、いまの美雪
の脳は無防備になっているようであった。そして魔力は覚醒時より多く流入している。多くのイメージを
変えることは出来ないであろうが、今日覚えている内容については、あっさりと歪められそうであった。
「これは・・・、面白いことになりそうだ」
私の顔は恐らく愉悦に歪んでいたであろうと思う。美雪の顔も先ほどまでとは異なる、歪な笑顔を
浮かべていたのだから。
* *
「んぅ…もう朝か…。」
カーテンの隙間から零れた眩い朝日に照らされて、私はぼんやりと意識を覚醒させた。
「あれ、ここどこだっけ…ああ、日向のうちに泊まったのね。」
意識を覚醒させた私は日向のうちに泊まる経緯を少しずつ思い出そうとしていた。
そうだ、昨日は、先生のところに魔法の練習をしにいって、それで『指輪』を先生から貰って、
そのまま日向の家に泊まったんだったっけ…。
言い聞かせるように私は昨日の出来事を思い出していく。一瞬何か思考にノイズが走った気が
したがそんなものは今の私にとっては些細なものだった。
「んー♪先生からプレゼントかぁ~。」
私は指に嵌めた黒い指輪を見ながらニマニマと笑っていた。先生曰く、魔力をこの指輪に
流し込むと内なる自分の力を呼び覚ましてくれるらしいのだ。試しに指輪に魔力を流し込むと
私のモノとは違う、何か異質な魔力が私の中に入ってくるのが実感できた。この魔力が先生の
言う内なる自分の力というモノなのだろう。
「先生…待っててくださいね…ふふ…♪」
私は指輪の放つ魔力に見惚れながら指輪をじっくりと撫で上げた。
横では私の親友、日向がぐっすり眠っていた。一緒に寝ていたはずなのに、気づけば彼女は
頭があったところに足が来て、大きく口をあけながら大の字になっていた。相変わらず寝相
悪いなぁ・・・。そんな日向も、眠っていてもやっぱり可愛らしい。普段の男の子に交じって
元気に遊んでいる日向も、無防備な日向も、全部全部可愛い。この日向の頭からつま先まで、
私色に染め上げたらどうなるだろう?可愛いお人形さんになってくれるだろうか?そう考えると
楽しみで仕方がない。いつか、必ず・・・。
「あ、あれ?私今何考えて・・・」
邪な考えに少し戸惑ったけど、そんなのは細かい話だ。すぐに忘れよう。そう、私は魔法少女に
なるんだ。『先生』も言っていた。強くなるためには魔法を練習するしかないと言っていた。
そのために先生はこの「指輪」をくれたんだ。これに魔法を通す練習を毎日欠かさずやれば、
もっともっと強くなれると。日向だって越えられるって。
私は眠い目を擦りながら、先生から「教わった通り」全身の魔力を感じて、指輪に魔力を
注ぎ込む。内なる力が増えていくのを感じる。何か力が研ぎ澄まされていくような不思議な感覚。
身体の底から湧き上がるような、黒く心地のいい感触。きっと繰り返せば強くなれるだろう。私は
「先生の教えに従って」日向が目を覚ますまで練習を続けていた。
「んー・・・、うぁ。あ、おはよぉ日向ぁ・・・」
「ふふっ、おはよう」
日向が目を覚ましたので、練習を止める。先生からは「こっそり練習して日向をビックリさせちゃおう」と
言われている。正直私より強い日向を驚かせたいというのもあるから、それに従うつもりだ。それに、
練習の機会に恵まれている日向と違ってこっちはあんまり「集会」に顔を出せないのだ。ちょっとくらい
秘密があってもいいよね?
「ふわぁ・・・。眠い」
「相変わらず寝坊助さんなんだから・・・、ほら着替えて?」
「んー、うーん・・・」
日向は昔から朝が弱いから、一緒に泊ったときなんかは私が着替えさせている。いつもは日向のお母さんが
何とか起こして着替えさせたりしているみたいだから、「いつも面倒見てくれてありがとうねー」と感謝
されている。私こそいつも無理言って突然泊まらせてもらったり、迷惑をかけている身なのだ。このくらいで
よければいくらでもやるつもりだ。
「日向ー、着替えるから服脱いでー」
「んー・・・、ん・・・」
生返事を返してきた。よく見たら半分寝かかっている。口元からよだれが垂れてるぞ。仕方がないので、
そのままパジャマを脱がせることにした。
「もう・・・、仕方ないな。はい、バンザーイ」
「ばんじゃーい・・・」
寝ぼけながらも両手を挙げてくれたので、そのまま裾を掴んで一気に脱がせる。履いているパジャマの
ズボンもちょっと腰を浮かせてそのまま脱がさせる。私の指示に従って服を脱いでくれる様子はまるで
操り人形だ。寝ぼけていることをいいことに日向をいいように扱っている、その事に無性に満足感を感じる。
一通り服を脱がせ、下着だけの姿になった日向の身体を観察してみる。「日向の事は全部知りたい」から、
このくらいは当然だと思う。頭に変なノイズが走った気がするけど気にしない。運動大好きだからか、
筋肉も程よく付いている。最近本人が自慢気に言ってきたけど、胸の方も少し大きくなってるみたい。
私より大きいのが腹が立つ。それに、これだけやったのにまだ夢の世界に旅立ちそうになっているので、
着せる服も私が決めることにした。
「えーっと、今日は何にしようかなぁ」
日向の洋服棚を漁り、丁寧に服を選んであげる。動きやすい服装が好きな彼女らしく、フリフリと
した服が少ないみたい。私はその中からデニムスカートとワンポイントの入ったTシャツを選んで
日向に着せていく。触れた彼女のすべすべの肌が心地いい。日向が1日を共にする服を私が選ぶ、
力の抜けた手足を動かして服を着せる、姿を私色に染め上げる、いつもやっていることなのに、
まるで日向を支配したような征服感が私をかつてないほど満足させる。
「ほらっ、着替え終わったよ!早く起きて!」
「んー・・・」
ダメだ、今日は特に眠い日みたい。一応座っているけど、頭をフラフラさせながら首をがっくりと
前に垂らして寝かかっている。こうなるともう、洗面所に連れて行って水でもぶっかけないと目を
覚ましてくれない。
「・・・、ちょっとくらいいいよね・・・?」
日向は半分夢うつつだ。眠りかけている彼女の顎に指を当て、少し上向きにしてみる。いわゆる
「アゴくい」っていうやつだ。日向は焦点の合わない目を宿した瞼を閉じかけて、口をだらしなく
半開きにしながら私の方を見ていた。いつもの日向から元気を抜き取った虚ろな表情に、すごく
興奮してしまう。
「日向ー。美雪ちゃーん。朝よー」
日向のお母さんの声に、ふと我に返る。そうだ。いつもの通り洗面台に連れて行かないと。
足元のおぼつかない日向の手を取り、部屋を出た。
(―この可愛らしい親友の心も、身体も、魔法もすべて手にしたい。私に染め上げたい)
日向をお母さんと洗面台に連れて行きながら、私の心の隙間に、自然にそんな野望が入り込んで
きた。、それではいけない気がしたが、私の心はあっさりと受け止めていた。私はこの時から、
日向の事を明確に「意識」するようになっていた。
* *
「それで、今日は美雪どうするんだ?休日だしお昼の集会には勿論参加するだろ?」
「ううん、その事なんだけど…、やらなきゃいけないことがあるからお昼はお休みしようかと思うの。」
朝御飯を食べ終わった私達は私の家へと向かって歩きながら今日の予定について話し合っていた。
「えーっ!勿体無いよ!今日は黒薔薇様も来るってもっぱらの噂だぜ!行こうよ美雪ぃ!」
「ごめんね日向。先生にもよろしく言っておいてね。次の時間は参加するからって。」
「ふーん…まぁいいや、そういうことならもう行くぜ。」
若干ふて腐れた様子で会場に向かって歩いていく日向を見ると心がズキリと痛むと同時に何か決定的に
戻れないところまで来たしまったような不安感を覚えるが、それもすぐに悦びの感情で上書きされていく。
「あれっ、なんで泣いてるんだろう私。」
家の鍵を開けていると、ふと暖かい涙が頬を伝い手のひらにこぼれ落ちてきた。涙の理由を考えてみたが
私には少しも検討がつかなかった。きっと嬉し涙かなにかだろう。そう思いながら私は家の扉を開け、
中へと足を踏み入れた。
「ただいま…て、なんだ。誰もいないのね。」
家に帰るとそこには誰もいなかった。どうやら両親はどこかに出掛けているらしい。それならちょうど
都合がいいなと思いながら、階段を上り自室の扉を開く。
「ここが…私の部屋…。」
見慣れた部屋、慣れ親しんだ自分の部屋なのに、美雪は何か神聖な空間を土足で踏みにじるような
背徳感さえ感じてしまうほどである。何でだろうなと思いながら美雪は鏡の前へと足を進める。
「いつもの私…よね?」
いつもと変わらぬ様子の私の姿がそこには写し出されていた。
何故だろう。間違いなく鏡に映っているのはいつもの私だ。今更確認するまでもなく、私は「美雪」
なのだ。両親も、日向も、先生もきっとそう答える。まだまだ10年ちょっとだが、それでも間違い
なくずっと一緒に過ごしてきた自分の身体、自分の記憶、自分の心。両親につけてもらった、
自分でもちょっぴり自慢の「美雪」という可愛らしい名前。そのはずなのに・・・
「ふふっ・・・、いいな。私」
何故だろう。自分を見て思わず出た結論がこれである。私は自分のことを、まるで今朝日向の身体を
観察していた時のように見てしまう。まるで他人を見ているかのように、全身を、思い出を、中身も
全部くまなく確認してしまっている「私」がいた。まるで、クラス替えの時に新しい自分のロッカーや
机を見るように。まるで、自分が使う道具がどんな使い心地か、値踏みするように・・・。
「いやっ!!」
思わず鏡の前から駆け出し、ベッドへと飛び込んだ。何で自分をそんな目で見てしまったのだろう。
だけど、鏡に映っていた「美雪」はそんな顔をしていた。私の心もそう思っていた。そんな自分が怖い。
心の中に、墨をこぼしたように闇が広がっていくような、そんな感覚。自分が自分でなくなるような
得体の知れない感覚に、私は恐怖していた。
訳が分からなくなった私は泣いていた。何を信じればいいのか、何が頼りなのか、どうすればいいのか
全く分からない。私の心は間違いなく迷子になっていた。
「助けて、助けてよ日向・・・」
さっきまで一緒だった、ちょっと不貞腐れたような顔をしていた親友に思わず助けを求めてしまう。
「日向」という名前の通り、太陽のように暖かく、眩しい大切な親友。引っ込み思案な私が「影」
ならば、間違いなく彼女は名前の通り「日向」だった。強く、暖かな彼女のそばはいつも心地がいい。
自分で断っておいて図々しいと分かっていたけれど、それでもその温かさを必要としている自分に
嘘は付けなかった。
「ピコンッ♪」
スマートフォンの通知音に思わず飛びつく。どうやら誰かがメッセージを送ってきたようだ。
ロックを解除して画面を見てみると、メッセージ相手は日向であった。気持ちが通じたかの
ようなタイミングには運命のような物しか感じられなかった。心が温まり、闇に包まれた
心の中に光が差し込んでくるのを感じる。
「えっ・・・」
そこに映っていたのは画像とメッセージだった。
(元気なかったけど大丈夫か!?夜は大丈夫か?また一緒に行こうなっ!)
私の様子がおかしいことに気が付いてくれていたのだろう、文章からも日向の暖かな力が
伝わってくる。しかし・・・、写真を見た瞬間、私の心が凍った。
そこに映っていたのは満面の笑みの日向と、先生こと『白銀』、そして『黒薔薇』さんであった。
先生の優し気な笑みと、『黒薔薇』さんの大人っぽい、柔和で包み込んでくれそうで、ちょっぴり
困ったような笑顔。きっと日向の事だ。私を元気づけようと、無理を言って写真を撮ってもらった
のだろう。それは分かっていた。不器用だけど、それでもいつも元気づけようとしてくれる。
頭では理解できた。なのに・・・
「なんで日向だけいつもいつも・・・。ずるいよっ・・・!!」
コールタールのようにねっとりとした、黒い言葉が自分の口から飛び出してしまった。自分が
こんなにも苦しんでいるのに、日向は先生どころか『黒薔薇』さんの指導も受けたのだろう。
私が「集会」に行けないのに、日向はずっと、何度も行って、先生に教えてもらって、
届かないくらいに成長して。それなのに私は・・・。
日向が羨ましい、悔しい、ニクイ・・・!
その瞬間、私の心の奥で何かが壊れる音がした。
日向に抱いた「嫉妬」を引き金に、私の心に根差し始めていた「黒い思い」が動き始める。
(心から溢れてきたものは、指輪に送ってしまえばすっきりとするよ!)
私は「先生から教わった通り」に暴走し始めた思いを魔力に込めて、指輪に注ぎ込む。
丁寧に、丹念に、少しも取りこぼさないように集中する。と同時に、指輪から吐き出される、
注ぎ込んだ分の魔力を全身に取り込み、身体の隅から隅まで行き渡るように流し込んでいく。
私は日向が先生や『黒薔薇』から教えを受けた分の差を少しでも埋めたくて、必死になっていた。
その時、誰かが笑ったような感じがしたけど、きっと気のせいだろう。
いつしかお昼になっていた。一心不乱に注ぎ込み続けた結果、身体の中が内なる力によって強化された
魔力で満たされているのを感じられるようになった。と同時に、私の心の中もスッキリしていた。
これで少しは日向に追いつけただろうか。
ふと足元を見ると、そこには自分の「影」が映っていた。「光」があれば当然「影」はある。
この「影」もまた、生まれた時から私にずっと付いてきてくれている存在だ。
「きれい・・・」
気づけば思わず口から感想が漏れていた。足元から延びる、深淵のような暗さを持つ自分の「影」に、
私は恍惚とした思いを抱いていた。それが何故かは、分からなかった。
気がつくと私の意識は影の中に溶け込んでいた。暗闇に飲まれ私の衣服が溶け、意識だけの存在と
なって影に飲み込まれる。まるで嬲られるように影に身体をなめ回されるが不思議と嫌な気持ち
にはならなかった。そうして影に嬲られたまま闇の中を漂っていると、ふと矮小な何かが私の中に
入り込もうとしていることに気づいた。その小さな生き物を手でつかみ私の顔の前へと持ってくると、
そいつはまるで私から逃げようとするかのように暴れ始める。
「暴れなくてもいいのよ。あなたが本当のワタシなんでしょ。」
内なるワタシの正体がこんなちっぽけな何かだということに正直驚き呆れたが、日向に嫉妬し固執する
私のことを考えればそれも理解できた。
「ふふっ、いらっしゃい。」
私は静かにこちらの様子を伺うその子を自ら自分の中へと迎え入れていく。その子が私の中へと
入り込むと、まるで迷い混んだかのように身体の中で泳ぎ回る。仕方がないのでこっちだよと
声をかけながら私の中心部へと案内してやると、勢いよく私の大事なモノの中に飛び込み、
結び付いていく。私の中で、決定的な何かが書き換えられ取り込まれていく。私の大事なモノを
喰らったその子はさらに肥大化し私そのものへと成り代わろうとしているかのようであった。
きっとこのまま続ければ私は私ではなくなってしまうのだろう。
ーーまぁ、それでも良いかーー
私は影の中でプカプカと漂いながら、もう一人のワタシに私の全てを明け渡した。
* *
キンコンと誰かの来訪を告げるチャイムが鳴り響き私は意識をそちらに向けた。ふわふわと
朧気な表情で立ち上がりモニターに来訪者の顔を写し出した瞬間、私の顔は嬉しさで顔が綻んだ。
『美雪ぃー!元気にしてるかー!お菓子持ってきてやったぞー!』
そこには私の一番の親友がその笑顔を汗で輝かせながら写し出されていた。私はるんるんと
弾むような足取りで玄関へと急ぎ、日向を向かい入れる。
「ふふっ、いらっしゃい。今日はもういいの?」
「美雪が元気無さそうだったから今日は途中で抜けてきたんだ。一緒にお菓子でも食いながら魔法の
練習しようぜ!」
そう言いながら日向は紙袋をこちらに掲げてニィっと笑顔を浮かべた。どうやらこの可愛らしくて
憎らしい私の親友は私のために集会を抜け出してきたらしい。その純粋な健気さに照らされて私の影が
よりいっそう黒く染まっていく。
「……美雪?」
日向を背に向けながら私は鍵を閉めた。
「日向はさ。私のことをどう思ってる?」
「どうしたんだよ美雪。今日の美雪なんか変だぞ。」
私は日向に向かって言葉を投げ掛けていく。私でさえ気づかなかった心の影が次々に掘り起こされ
よりいっそうその影を濃くしていく。
「私はね。今まで日向のことをまるで太陽みたいにまぶしい女の子だなって思っていたの。魔法の
才能もあって、皆からの人気もあって、その笑顔で皆の心さえも照らしてくれて。」
「途中から私は、日向の影になろうとしていたんだと思うの。眩しいあなたの傍にいれば私も
いつか輝けるんじゃないかとそう思っていたの。」
少しずつ、少しずつ、私ではない何かが私に成り代わっていく。私の心の影が私を蝕み、その存在を
堕としていく。
「でもそうじゃなかった。私はいつまでも私のままで。日向はどんどん眩しくなって。いつの間にか
その光が私にとって苦痛になっていたの。それで私気づいたの。私が輝けないなら、日向から光を
奪ってしまえば良いって。」
「美雪…っ!!……その指輪のせいだな!すぐにその指輪から離れろ!!!」
美雪の指輪からはどす黒い魔力が垂れ流され、爛々と黒い光を放っていた。黒い魔力は美雪の身体を
蝕み全身へと広がっていく。それと同時に美雪の身体から黒い光が溢れその姿を変えていく。
「みゆ…き……?」
そこにいる少女は、既に日向の知っている美雪という存在からは完全に変質し、別の何かに成り果てていた。
「ふふっ、気持ちいい・・・。ねえ日向?力が溢れているとこんなにも気持ちいいものなのかしら?」
「みゆき・・・?何言って・・・?」
恍惚とした気分、まさにそう言った言葉が相応しいのだろう。内なる力にすべてを明け渡した私は、
全身をがっちりと包み込む、迸るほどに研ぎ澄まされた新しい力で満たされていた。あれほど嫉妬に狂い、
ささくれていた私の心も、まるで上質なタオルでふんわりと包み込まれたような優しい感触に満ち溢れ、
私が垂れ流している矮小な想いを受け止め、取り込んでくれている。
そんな私の変化に呆然とした表情の日向は、呆気にとられた表情で私を見つめている。わずかな言葉を
返すので精一杯なようだ。
どうやら日向からまともな回答もありそうにないので、自分の身体を確認してみることにして、姿見の
前にその姿を晒した。
「すごい。こんな姿になったんだ」
そこにはさっきまでの自信のない私は存在しなかった。魔力に引きずられて身体が成長したのか、身長も
ちょっぴり高くなり、何より胸が大きく成長していた。身体つきも全体的に艶めかしく、魅力的に成長
していた。これなら学校の男子が背伸びして買っていた雑誌に載っているようなグラビアアイドルにも
負けないだろう。
それに併せて服装も様変わりしていた。黒を基調としたその衣装は私の新たな身体を存分に、見せつける
ように設計されているのか、全体的にかなりギリギリで、お腹なんかは透けて見えていた。前の私なら
絶対に嫌がったと思うが、今の私は自然と、当然のように受け入れていた。
(しかし、まだシャドー様と現状を共有できていない以上、バレるわけにもいかないのよね・・・。)
ふいに、私の脳に危機感が走った。今のまま単独で『先生』や『黒薔薇』に挑んだところで勝ち目はない。
となれば今の情報、特に日向の口は確実に、表に出ないように自然に封じる必要がある。私の頭は出所が
謎ながら、昔からあったような情報をベースにそう推測していた。さて、どうしたものか。
(『もう我慢する必要なんてないじゃない・・・。欲しいものは欲しい。素直になりなさい。今の「ワタシ」
なら出来るはずよ』)
私の中に入り込み、「大事なモノ」と化した何か、いや、私の心は頭にそう問いかけてくる。いつも
一番近くにいて、そして最も遠い場所にいた私の親友、私の対極とも呼べる、私にとっての「光」。
それがもう、目と鼻の先にあるんだ。
「目を覚ませよ美雪!そんな変な力に、指輪なんかに負けるようなお前じゃないだろう!?」
恐れを抱きながらも、気を持ち直した日向は懸命に自分を奮い立たせて声を掛けてくる。どうやら親友は、
私が変わった原因に何となく気が付いているようだ。何も考えていないようで、憎たらしいほどに才能に
溢れている彼女の指摘には、前の私であればその心に歪を溜めながら我慢していただろう。残念ながら
それが分かってしまう程度の実力と才能、そして分別は持ち合わせていた。
しかし、今はどうだろうか?さっきまでの私とは違う新しい力、高い魔力。様変わりした私には、
それが届くように思えた。まして今の状況は、日向と二人っきりなのだ。アレだけ欲しかった
親友が、私の目の前にいる上に邪魔も入らない。そして何より・・・
――私は日向の「弱点」を知っている。
「ふふふっ・・・、ははは。アーッハッハッハッハ!」
「み、美雪。どうした!?」
「日向はさ、欲しいものがあるときはいつもどうしてたかしら?」
「えっ・・・?」
キョトンとする日向。その顔もやっぱり可愛い。染まり切った私からすれば、今の日向はまさに
白いキャンパス。何も書かれていない、きれいなノート。それを私色に染めるのが、どれほど
嬉しいか、どれほど楽しいか。
「私はね、ずっと我慢してた。その方が誰にも迷惑をかけなかったから。喉から声が出そうに
なっても、必死に抑え込んでいた。私が我慢すれば、周りの誰かは幸せだったはずだから」
「だけどね、もう我慢するのはやめたの。私も幸せが欲しいの」
「美雪っ!それ以上はだめだ!美雪がおかしくなっちまう!」
声に出してみると不思議なものだった。私の中での覚悟が固まっていく。日向は必死に警告を
しているようだが、今の私には関係がない。欲にまみれた醜い考えでも、私にとってはどうしても
欲しい物が、目の前にある。そしてそれを手に入れれば、同時に口封じにもつながる。
私の心と頭は、この時完璧に見解の一致を見た。
「だから日向。私の物になって?」
同時に私は、私の身体から溢れ出そうになっている魔力を部屋全体へと展開する。日向が私に気を
取られている間に、薄く、慎重に部屋全体へ伸ばしていた私の「影」に魔力を通すと、部屋全体が
光から隔離された、影に支配された領域へと生まれ変わる。日向が力を放出したのを気取られない
ように、こっそりと準備していたものだが、それを捕獲のために使うことにした。
「日向、あなたの身体も心も魔法も全部、私の物にしてあげるね?」
可愛く笑えただろうか。待っててね日向。全部、私のものにしてあげるから。
「こんなものっ!変身魔法で美雪を無力化すればすぐに……!?」
「でも、日向はそんなことしないよね。だって日向はとっても優しいもの。」
私は自分の首に向かって杖を当てながら日向に向かって微笑んだ。例え日向が変身魔法で私を
ぬいぐるみにでも変えたとしても、それよりも早く風の刃がこの首を切断することに違いないであろう。
「……卑怯もの」
「信じてたよ日向。ありがとね♪」
四方から伸びた影が蛇のように日向の四肢へと絡みつき、日向もそれを無抵抗で受け入れていく。
こうなってしまえば魔法少女もただの少女と違いはなかった。
「光と影は表裏一体。光が歪めば影も歪むし、影が歪めば光も歪む。いくら魔法で現実を歪められる
私達でもこれは歪めることのできない、真理の一つなの。」
日向に睨み付けながらも私は言葉を続けていく。これから日向に起こるであろう事を想像すると
それすらも今の私にとっては最高のスパイスであった。
「私の唯一の取り柄は風魔法だけだった。でも途中で気づいたの。私が操っていたモノは風じゃ
無くて『流れ』そのものだったんだって。」
そう言いながら私は自分の影の中から黒い『何か』を引きずり出した。元はただの魔族の一人であり、
今は美雪の根幹を成しているそれは、渦を巻きながら少しずつ日向に向かって近づいていく。
「だから私の魔法で日向の影に『これ』をねじ込んでぐちゃぐちゃにかき混ぜたら、私も幸せな気持ちに
なれるかなぁって♥️」
「美雪…!やめーーーーーーーーーーーー
言葉は最後まで続かなかった。悪意の奔流が日向を包み込み、そして影の中になだれ込んで行く。
* *
「ふう・・・、日向がいるのに静かなのも、何だか不思議な気分ね」
私の影に全身を包み込まれ、チョコレートでコーティングされたように色を失ったマネキン
と化した日向をみて、私は言葉を漏らす。いつも賑やかに、時としてうるさいと感じながらも
私を癒し、そして暖かく支えてくれていた親友は、必死の形相のまま右手を前に伸ばして
黒く染まり、固まっていた。そんな日向の姿はまるで彫像のように美しく、そして彫像には
ない躍動感を持ち合わせていた。
――さて、どうしようか。
物言わぬ親友を眺めながら、私は今後のことを考えていた。
正直なところ、今日は両親が出かけているのが少し想定外だった。だからこそこうして私は
『ワタシ』に染まり、念願の日向の確保も実行できたのだが、今のままではまだ確保しただけ。
日向を忠実な僕、心も身体も全部メチャクチャにして私の「お人形さん」に作り替えなければ
口封じは出来ない、考えるだけでもゾクゾクし、ワクワクしてくるが、それには少し時間が足りない。
私が『ワタシ』に染まるまでが大体1日程度、以前と比べると強力な「私」由来の魔力を使えると
いっても、同い年の日向を染め上げるのには少なくとも同じ程度の時間は見ておいた方がいいだろう。
むしろ今回の狙いは私より心が強く、前向きな日向。もしかするともうちょっとかかるかもしれない。
昨日は日向の家に泊っている以上、今日もまたお泊りというのは両親が許してくれそうにない。
日向を家に泊めたことはないので、それもちょっと難しそう。
それらを考えると、今日出来ることにはある程度限界がありそうだった。今の私は「美雪」なのだ。
『金獅子』と『黒薔薇』を始末する最終目標にはまだまだ力が足りない。現時点では「私」として、
普通の女の子してもきちんと振舞わないといけない以上、その辺はきっちりとやっておかないと。
確か隠密の基本、だったよね?
(なんだよこれぇ!何も見えない!やめろっ!あたしの中に入ってくるなっ!)
頭の中に日向の声が聞こえてきた。どうやら日向の影に潜り込んだ『ワタシ』が日向に入り込もうと
しているみたい。日向の身体から影へ、影から私の影へとつながって、私にも少しずつ魔力が入り込んで
きていた。
「暖かい・・・。本当に日向らしい魔力ね」
日向の魔力は鮮やかなオレンジ色で、暖かく力強かった。この力で多くの人を助けたい、確か魔法少女に
なったのもそんな思いがきっかけだったよね。そんな思いを、力を歪めようとしていることに、たまらなく
ゾクゾクしてしまう。私は日向に繋がっている魔力を躊躇いなく指輪へと連結した。私の時と同じく、
日向の魔力からわずかに性質を変えた何かが出力され、日向の身体へと送り返されていく。
日向の魔力がわずかにブレて、流れ込んでくる魔力の量が少なくなる。本能的にだろうか、自分の魔力と
似て非なる異物が入り込んでいることに何となく気が付いているようだ。やっぱり日向は本当に才能に
恵まれている。
「本当に・・・、うらやましいなっ♪」
(あがっ!・・・)
私は日向を縛る影を動かし、全身を収縮させるようにきつく縛り付ける。繋がる魔力が不安定になり、
一時的に大量の魔力が流れ込んでくる。大切な親友を追い込んでいるのにも関わらず、今の私は興奮が
止まらなかった。私の心に潜んでいた嗜虐心を刺激し、さらなる行為へと駆り立てる。
私は日向の影を何度か縛り付けては緩め、また縛り付けることを繰り返した。時折縛る場所をコントロール
して場所を変えたりすることも忘れなかった。縛られた日向の身体からはまるでポンプで水を送り込むように、
大量の魔力が吐き出されていた。頭に響く日向の悲鳴が心地よく、病みつきになりそうだった。
何度か繰り返しているうちに、いつしか魔力の流れる量が少なくなっていることに気が付いた。
日向が意識を失ったのか、それとも慣れたのか、物言わぬマネキンと化した日向は語ってくれなかった。
「うーん・・・、やっぱり日向の表情が見えないのはつまらないわね。・・・、そうだ」
ふと思いついた私は、日向の身体の全身を覆う「影」の流れをコントロールする。私が今まで風の魔法
だと思い込み、眠っていた本来の性質である「流れ」の制御とは便利なもので、影でさえも何かの流れに
乗せることが出来る。目をつむり、日向の身体に繋がる魔力を通して彼女の身体の中にある「流れ」を探す。
血液の流れ、魔力の流れ、呼吸の際の空気の流れ・・・、これに日向を覆う「影」に魔力を送り、
身体の中へと流し込んでいく。口や鼻、耳の穴はもちろん毛穴やお尻の穴も使い、全身から体内へと慎重に
注ぎ込む。神経は使うが苦痛には感じない。やはり私はこういった作業は得意なようだ。潮が引けるように
影が薄くなり、全身を覆っていた影は彼女の四肢を拘束している物を除いて日向の肉体の中に消え、
色を取り戻した日向本来の姿が戻ってきた。
「うっ、がはっ!!」
「お帰り、日向。私の影の中はどうだった?気持ちよく過ごしてもらえたかしら?」
「み、美雪・・・。どうしてだよ・・・」
時が止まったマネキンから解放された日向は、開口一番私に尋ねてくる。だいぶ消耗しているようだ。
自らを盾に取ったとはいえ、今の私の力が日向と拮抗できる、それだけでもすごく嬉しく思えた。
「決まってるじゃない。日向とずーっと、楽しい時間を過ごしたいからよっ♪」
「うっ、あああがあああああ!!」
日向の体内に入り込んだ影の流れを操り、全身に刺激を加える。全身がビクンと反応し、また魔力の
流れが私に入り込んでくる。太陽があれば「光」は存在出来るように、闇があればそこに「影」は
存在する。人間の身体の中は、基本的に光で照らされることはない「闇」の世界。だからこそ、
影が入り込む余地が存在する。さっきまで日向の全身を覆っていた影は日向の身体の内側に張り付け
られ、私の魔力を伝える導体として機能していた。これで日向の反応が楽しめ、影を覆っていた時と
同じ効果も期待できる。気が付けば、私の顔が愉悦に歪んでいた。
「・・・、へえ。やっぱり「私」なんだ。どうしよっか、ね?」
日向の魔力を通じて、影に潜り込んでいた『ワタシ』から依頼と報告、質問が飛んできた。依頼は
「外側から日向を追い込んでほしい」というもの。手段は私に委ねてくれているようなので、
引き続き刺激を与えたりしながら楽しもうと思う。
報告は私が日向を締め付けた時に、彼女の身体の中に潜り込むことが出来た、というものであった。
そして質問は・・・、私にとっては最高の、そして『ワタシ』が私にとっての味方であると証明する、
心地のいいものであった。
(『日向の事、どういう風なお人形さんにしたい?』)
その声は自分自身のモノなのか、はたまたもう一人の『ワタシ』のモノなのかはわからなかったが、
最早そんなものはそんなものは美雪にとって些細なことにすぎなかった。
(ふふ、決まってるじゃない…そんなもの……っ!)
私は日向のおでこに手を乗せた。そしてそのまま私の日向の全身へと流し込む。
「私無しじゃ生きられない、私だけのお人形にしてやるっ!!!」
「あぐっ!?なん…っこれ魔力が…っ!おっあああああ!!??」
魔力が逆流を始める。本来日向のモノであった魔力は全て美雪の支配下に置かれ本来の持ち主であった
日向の魔力回路をズタズタに引き裂いていく。そしてすぐさま支配下に置かれた日向自身の変身魔法に
よって都合のいい形へと修正され、不可逆的なモノとして固定されていく。
「あぐっ、み…雪やめっ…!あ、あはっ、あ゛あ゛あ♥️」
そこにそこに日向の意志は存在しなかった。美雪の支配下に置かれていることに幸福を感じドーパミンを
垂れ流す存在となった日向の大脳は日向自身の魂すら歪め、幸福の味を直接刻み込んでいく。
そして、見つけた。
「あはっ、あった♥️日向の大事なモノっ!ここに♥️ごめんね日向。今はもう一つ身体が必要なの♥️
だからっ♥️全部『ワタシ』に、明け渡しなさい!」
日向の魂のさらにその奥、日向の根元をなす何かが最後の抵抗を示すかのようにふるふると震えるが
支配下に置かれた自身の変身魔法によって穴が開けられる。そして日向の中に入り込んだ影がどっと
その隙間へと雪崩れ込み、その中身を黒く染め上げる。
そこから先は最早『捕食』のようなモノだった。日向の白い魂と入り込んできた黒い魂は混じりあい、
だが一方的に黒く染まっていく。
日向の内側に入り込んだ黒い影はその全てを支配下に置き、新しいこの身体の主をその身に刻み込んでいく。
「ふはっ、ふははははっ!!スゴい!この私にこれほどの魔力がっ!!!まさかここまで上手くいくとは……っ!」
瞳に光を取り戻した日向の口から飛び出た言葉は最早日向のモノではなかった。
「ご気分はいかがかしら、もう一人のワタシ…いえ、オンブラ様。」
「素晴らしい…若々しくて生命力と魔力に満ち溢れている…ここまで上手くいったのは全てお前のお陰だ。
感謝するぞ、美雪。」
「感謝するのは私の方よ。こんな素晴らしい存在になれたんだから。それに日向の魂も喰らわずに残して
くれているんでしょう?」
「無論だ。新しい器を手にいれた暁にはすぐにお前の人形を返してやるさ。」
そういうと日向の姿をしたそれはゆっくりと立ち上がり大きく顔を歪める。2人の影に巣くった悪意は
ここに成り、希望の光が闇に染まり尽くすその時は着実に近づいて来ていた。
* *
果たしてこれで笑わずにいられようか。本来の目的はシャドー様の指示に従い潜り込んだ日向と美雪、
魔法少女の卵たる彼女たちから何かしらの情報を探ることであった。
しかし今はどうか。私が依り代として影に潜んでいた美雪は魔王様から賜った指輪により内側から
侵食され、その心と魂を歪めて私の手に堕ちた。さらには彼女自身が最愛の親友、日向を手に掛けただけ
でなくその肉体さえも私に献上してくれたのだ。
「ふむ・・・。パラレルミラクル、鉛筆よ、スマートフォンに変われ」
日向の記憶と魔力を使い美雪の机の上にあった鉛筆に魔法をかけてみると、スマートフォン
という電子機器に変わった。美雪が確認してくれたが、通信等も問題なくできるようだ。
「素晴らしい・・・!この日向という身体で出来ること、やれること、彼女の脳に刻み込まれた
魔法少女の記憶、そして「魔法少女」の身体の仕組み・・・、すべてが手に取るように分かる!」
「いかがかしら?日向の身体の使い心地は」
「最高と言わざるを得んな。まるで元々、私が日向として生まれてきたように使いこなせるとは!」
今の私は日向の魂を捕食し、彼女の身体に憑依している状態に近いのだろう。それにより彼女の肉体は
私を主と認め、日向という少女が持つすべてを私は読み取れる。この街に潜む依り代として、ひいては
『金獅子』や『黒薔薇』を始末する第一歩としては、上々すぎる踏み出しであると言えた。
「ふむ・・・、この日向という少女はどうやら、夜は行ければ集会に行くつもりでいたようだな」
「どうするの?」
「さすがにまだ難しいであろう。今日のところは休むほかあるまい。それに、可能であればそろそろ
シャドー様と1回お会いしたいところだしな。お前の紹介も兼ねてな」
この街に潜って既に1日になる。シャドー様の方でも何か進展があったのであれば、それぞれ情報は
シェアしておいた方がいいであろう。身体と魔力は日向と美雪の物をベースにした以上、私が敵では
ないことを知っていただく必要もある。そのうえで、シャドー様のほうで必要なものの手配なども
すり合わせておきたい。
「そうね・・・。それに、私自身もいまこんな見た目だしね」
くつくつと笑いながら美雪は私に話しかける。その姿を見ると昨日までの純粋な美雪は想像できないで
あろう。私も何人か魔人や魔獣を従えてはいるが、知性を持つ部下というものは初めてであった。まして
この美雪は自らの手で染め上げ、私の下に堕とした少女、その動作の一つ一つが実に愛おしかった。
「ふむ、その点はもはや心配はない。パラレルミラクル、美雪よ、普段の姿に戻れ」
「あら、すごいじゃない。とうとう生き物でさえ変えられるようになったのね」
私が日向の魔法を使い、美雪に対して「普段の美雪」になるよう魔法をかけると、妖艶な魔女となった
美雪の姿が、昨日までの可愛らしい少女の物へと戻る。
「まあ、彼女の記憶だけでは不可能であったろうな。だが、私はまず美雪、お前が受け入れたからこそ
この力を手にすることが出来た。当然、お前のスキルや経験も同時に使うことが出来る。お前の魔力
コントロールがあれば造作もない」
私がここに至る最初の段階にベースとなったのは美雪の根源だ。つまり、今まで美雪が身に着けてきた
スキルや魔力も同時に使いこなすことが出来る。美雪の微細な魔法制御能力を以てすれば、美雪を元の姿に
戻すどころか別の人間に変身させることも出来るであろう。
「すごいわね。姿も、それこそ魔法少女に変身した姿もそのままなのに、力自体は今の進化した私と同じ
なんだ」
「工作にはその姿のほうがよかろう。見た目が突然変わってしまっては、いらぬ疑いを背負うことになる」
「それもそうね・・・。今までの姿もすごく気に入ってたんだけどなぁ」
少しばかり残念そうにする美雪。確かに、胸の大きさはだいぶ気にしていた気がしている。
だが、その点も問題はない。
「まあ、心配は不要だ。この通り・・・、そらっ」
「えっ、元の姿に戻ったの?」
「戻ったというより、魔法を解除したというべきだろうな。日向は魔法の重ね掛けで欠点を補っていた
ようだが、丁寧に扱えばこの通り簡単に戻すことが出来る」
日向の肉体や脳をすべて網羅したことにより、日向が扱える魔法についてさらに理解することが出来た結果、
変身魔法を解く方法についてもあっさりとたどり着くことが出来た。彼女の持つ力を彼女以上に引き出し、
使役する、日向の声色で、私の意思を、発見を外に吐き出させる、征服感としては絶大なものであった。
「さらに、こういうことも出来るぞ。ふむ・・・、美雪、読めるか?」
「これは・・・、日向の魔法の使い方?」
「そうだ。試しに唱えてみろ」
「えーっと、パラレルミラクル、ハンカチよ、タオルに変わりなさい」
美雪が唱えた魔法により、美雪のハンカチが全体的な意匠をそのままにタオルへと変貌した。美雪と
つながっている魔力を通じて日向の記憶にある魔法の使い方を美雪の脳へと送り込んだ結果、美雪も
日向の魔法を使えるようにすることが出来た。やはり私の僕である以上、使える技能は多いほうがいい。
「ははっ!嬉しいわ!まさか私が、日向の魔法まで使えるようになるなんて!あなたを受け入れて
本当によかったわ」
「それを応用すれば、真の姿と仮初の姿、どちらも使えるはずだ。場合によって判断するといい」
他人を支配することに目覚め、力を振るうことに快感を覚え、悪に溺れた一人の魔法少女と化した
美雪を見ると、私の心も不思議と高揚してくる。
「さて、余興はこんなものか。・・・、あー、あー、美雪!普段のあたしって大体こんな感じだったか?」
「ええ、まさにそんな感じだわ。考えなしで、底抜けに明るいお人よし、
それなら誰にもわからないでしょうね」
「なにをー!?美雪、最近ちょっと容赦なくないか・・・?」
「そんなウル目は見たことないわよ・・・。可愛らしいんだから」
私は日向の脳から彼女の人格情報を引きずり出し、それを魂にまとわせる。肉体とは不思議なもので、
私が思案した言葉や意思を、普段の日向の物として自動的に変換し、身体にアウトプットさせている。
これで私は、対外的に「日向」として彼女が築き上げた表情、肉体、信頼や友人関係、人となりなど
すべてを行使出来る。隠密として、最高の能力と言えるだろう。
「まあいいや!美雪!今後ともよろしくな!」
「ええ、こちらこそ。私を導いてね?日向」
普段の彼女たちの振る舞いで自然に交わされる契約。はた目から見ても微笑ましいものだろう。
しかし、その中には邪な想いしか流れていないことに誰も気づかない。実に、素晴らしい快感であった。
-----------------------------------------------------------------------------------------
(朱美編リテイク。完成次第差し替えます)
「うーん、朱美ちゃん、どうしたのかしら?あれから連絡が取れないわ」
「アタシがちょっち様子を見てきましょうか?先生」
アタシは怜央奈(れおな)。こんな名前だけど、父も母も日本人だ。一応、この街の魔法少女として
活動をしている。今日はどうやら魔人と朱美がやりあったらしく、近くの公園が火の海になったとか
どうとか。まったく朱美ったら、加減を知らないんだから・・・。その上、『白銀』先生に一報を
入れるだけ入れて行方不明、さすがのアタシも頭が痛い。
「そうね・・・。頼んでもいいかしら?」
「アイアイサー。アタシにお任せ」
「あ、もし朱美ちゃんと合流出来たらでいいんだけど、今日の魔人が出たっていう公園、少し見て
きてもらってもいいかしら?」
先生がついでで物を頼むのは結構珍しい。まあ、先生がわざわざアタシに頼むってあたり、理由は
分かってるんだけどさ。
「あー、やっぱり現場、気になる感じっすか?」
「うん・・・、朱美ちゃんのことだからちょっと頑張り過ぎちゃった可能性もあるんだけど、ここ
最近、かなり強力な魔人が送り込まれることも増えてきてるじゃない?透明化する魔人もそう。
だからこそ、少し気になってね・・・」
アタシの魔法少女としての能力は『解析』。地味と言えば地味だけど、アタシ自身はこの能力に
誇りと自信を持っている。何せ、この能力があれば相手の能力も、力も、何もかもを大体理解
できるし見破れる。これで魔法少女に変身した魔族を吊るし上げたこともあるし、この前は朱美と
組んで、透明化した魔族を見破って蹴散らした。どんな能力だって無駄なことはない、使い方の
問題だ、そう言ってくれた『金獅子』さんの言葉を信じて鍛え上げ、こうしてアタシも役に立てて
いる、そんなプライドは持っている。
「わっかりましたー。じゃあ、サクッと朱美見つけてちゃちゃっと現場確認してきますわ」
「ごめんね。いつもの通りだけどお願い」
申し訳なさそうに頼んでくる先生に軽く挨拶を返して、アタシは夜の街へと繰り出した。
* *
(ん・・・?ここは・・・?)
頭に響く鈍痛とともに、私は目を覚ました。確か私は・・・、
そうだ。増大した魔王様の指輪から放たれた力を制御しきれず、影を暴走させて気を失って
しまったのだった。あまりに現実離れした膨大な力、それに流されるままだった自分を思い
出し、自分の未熟さを思い知る。
「情けない・・・。これではオンブラにも迷惑をかけてしまうかもしれんな」
寡黙だが、私の指示に従い情報を探る部下を思い出す。彼に迷惑は掛かっていないだろうか、
無事だろうか、という思いが去来するが、取りあえずは現状を把握することにした。
どうやらここは「影」の中のようだ。上下左右、自分がどこにいるかも当然見える。そして
先ほどまでと異なり、影の感覚は掴むことが出来る。
「ん・・・?誰かいるのか?」
影の中に入り込める人物は、私を除けば『影使い』と呼ばれる魔法使い、魔族しかありえない
はずだ。疑念も抱きつつそちらの方へ泳ぐように進んでいく。影の中は広大で、宇宙空間を
遊泳するかのように進む必要があるのだ。そして、そこにいたのは・・・、
「『爆炎の戦乙女』・・・?」
そこにいたのは魔族を葬り、私の影と対峙していた『爆炎の戦乙女』であった。今の彼女は
変身が解け、その身を空間の中に流されるように浮かべていた。どうやら気を失っているようだ。
確かこの姿では「朱美」と呼ばれているはずだ。
「どういう状況かは分からんが、暴れられると厄介だからな・・・。拘束させてもらうぞ」
彼女の戦闘力はかなり高い。少なくとも、私程度では恐らく簡単に燃やし尽くされてしまう
であろう。周囲の空間から影を呼び出し、彼女の全身を縛るように拘束しようとしていたところ、
「うーん・・・、あれぇ?ここどこ?」
朱美が意識を取り戻してしまった。私は急いで彼女の周りに展開していた影を朱美に向けて放ち、
全身に纏わりつかせようとしたが、
「何これっ!?こんのぉ!!」
気が付いた彼女は咄嗟に全身を炎で覆い、影を振り払ってきた。強力な白い炎により私が用意した
影はあっさりと霧散してしまい、朱美に態勢を整える時間を与えるだけとなってしまった。
どうにもこの街に来てから行動の歯車がかみ合わない。苛立ちと焦りに支配されたまま、朱美と
対峙することになった。
「あなたも魔人よね?今何か私にしようとしたでしょ!?この『爆炎の戦乙女』が、あなたを
ギッタンギッタンのボコボコにしてやるんだから!」
焦燥感に駆られる私と異なり、朱美は戦闘態勢を着々と整えていく。白い炎を纏い、魔族と対峙する
ときに使っている大振りな杖、『迦具土神』を構えている。かなり実戦慣れしているようだ。
全身から溢れ出る莫大な魔力、軽々と焼き尽くしそうな圧倒的な炎の力が眼前に迫る。
「『火産霊』!」
先ほど影に向かって放たれた白い炎の球が展開される。確実に、私を焼き尽くすためだけに展開される。
私は咄嗟に周囲の影に隠れ、身を隠そうとするが
「くっ・・・、影に解け込めないだとっ・・・!?」
広大な空間と化した影に実体がなく、私が影に解け込もうとしても空を掴むように拒絶されてしまう。
今の私は絶望に瀕していた。偵察を主としながらも、どうにか魔法少女からの追撃をかわしてきた日々、
それが今まさに、終わろうとしていた。
「これであなたも終わりね!いっけぇ!!」
放たれた炎塊は私をめがけて一直線に迫ってきていた。無駄と分かりつつも両腕を前で交差させて
防御態勢を取るが、焼け付く炎の感覚の前には無意味に思えた。その時、魔王様から賜った「指輪」が
黒く、鈍く光り始めた。
「・・・、あれ・・・?無事なのか?」
「そんなっ!?直撃したはずなのに!」
私の身体を焼き尽くすはずの炎はいつまで経っても私にその熱をもたらさず、目の前には呆気に
とられた朱美の姿が見えた。そして指輪は相も変わらず、黒く、鈍い光を放ち続けていたが、指輪の先に
付いた水晶の中に2つの「白い球」がくるくると回っているのが見えた。と同時に、指輪の中にあるものが
「分かって」しまった。
「先ほどの炎が、この指輪に封印されているのか?」
名前も、構成も分からないが、その炎が『火産霊』と呼ばれる強力な炎であることは何故か理解できた。
その魔力が指輪から伝わってくる。
「くっそぉ!負けるもんかぁ!」
朱美はすぐに持ち直し、さらに『火産霊』を展開して私に放つ。どうやらある程度の連射も効くようだ。
その高性能さが非常に羨ましい。私は頭の中に沸いた仮説を確かめるべく、指輪に向かってイメージを
送り込んだ。
(頼む!その炎を、『火産霊』を『吸収』してみせろ!)
すると、指輪に纏わりついていた黒い光が筋となり、朱美の杖の先にある『火産霊』に伸びてその炎に
入り込んでいく。そして・・・
「嘘でしょ!?炎が取り込まれる!」
入り込んだ黒い光は内側から炎を侵食し、黒い塊へと変貌させて取り込んでいく。『火産霊』が見る見る
うちに小さくなっていき、そこには「何もなかった」ように影に満たされた空間に戻っていた。同時に、
指輪の中の球が3つに増えたのが分かった。これはやはり・・・
「この指輪の力は・・・、『吸収』のようだな」
朱美が放った2つの球、そして私の力が暴走したときもそうだった。この指輪は私の「影」を媒体にして、
その対象を吸収できるようであった。さらに指輪に念を送り込めば吸収する対象を選ぶことも可能、
とすれば・・・
(朱美に向かって、炎の一つを向かわせろ!)
「うわぁ!?なんで私の魔法が!!」
さらに指輪に念を送ると、指輪が白く輝き始め、先ほど取り込んだ炎が展開されて勢いをそのままに朱美に
迫っていった。身を捻ってかわされてしまったが、その威力、熱量共にそのままであった。
「これはもしかすると、私にも戦いが出来るのか?」
魔法少女と対峙し、それを制することが出来るかもしれない、降って湧いたような、しかし確かな希望が
私の胸に去来した。これこそが、私シャドーのこの街での第1歩となった。
「だったら直接絞め落としてやるわ!『火産霊』!!」
「既にわかっただろう!この私にお前の魔法はもう届かなーーーー「『魔力放射(ブースト)!!』」
その瞬間朱美は私の視界から消え去っていた。魔法を放つのではなく魔法をブースターとして利用して
加速したのだと頭の中で理解する頃には、私は後ろから首を締め付けられていた。
「がぁっ!!?クソッ、放せ…っ!」
「離すわけないじゃない!このまま焼き殺してやるわ…!」
既にもう勝敗は決していた。非力な私が仮にも魔法少女の力に叶うはずもなく、必死にもがき暴れるも
びくともしない。だがそれでも諦める訳にはいかなかった。酸素の供給もたたれ霞む意識の中で私は必死に
逆転の一手を探し求める。
「喰らいなさい!『火産霊!!!』」
私の意識が途切れかけると同時に、ある一筋の光が頭の中に浮かび上がる。この指輪の力の本質は魔力の
『吸収』である。そして普段私が影の中に溶け込む間は私の身体は実態を失った魔力の塊と化している。
ならば、影に飲み込まれた朱美も今は私と同じ状態ではないのか。
つまり、指輪の力を使えば、こいつをーーーー。
夜の喧騒の最中にチリンと金属が跳ねる音が路地裏に響きわたる。そこには勝者も敗者も存在しない。
妖しく黒い輝きを放つ指輪だけが、ただポツンと取り残されていた。
* *
気が付くと、さっきまで戦っていた敵はいなくなっていた。どうやら私は無事に相手の魔族を焼き尽くし、
勝つことが出来たらしい。そう思っていたのだが・・・
(なんでっ!?何で私の身体の中に魔力がないの!?)
いつも全身を包んでいた魔力が身体のどこにもないのだ。愛用の『迦具土神』も、暖かな炎の力も何も
残っていない!さっきまで戦っていたのは恐らく「影」の中、私があそこまで苦戦したんだ。きっと相手の
得意とする場所に違いない。魔力が無ければ、私はその辺の女の子と何ら変わらない、早くどこかに逃げ―――
あれ?私どうして逃げようとしてたんだっけ?それにさっきまで誰かと戦っていたような・・・。
私は『爆炎の戦乙女』。この街を守る魔法少j―――
あれ?私って何だったっけ・・・?そうだ、私の名前は「朱美」。どこにでもいる普通の女の子
のはずなんだけど・・・。何か大切なことを忘れてしまったような気がする。まるで、そこの記憶
だけ吸い取られちゃったみたい―――
あれ?私の名前って何だったっけ・・・。もう考える材料が残っていない。まるで全部吸い取られた
みたいに、きれいになくなっている。どうしてだろう―――
あれ?わたしってなんだったんだっけ?そうだ。あのめのまえにある「くろいもの」とおなじなんだ。
もとあったばしょにかえる。それだけのことだよね。そう、きっと―――
――――――
* *
「ああ、こっちのほうにいるね。まったく朱美ったら何をやってんだか・・・」
アタシは結構朱美とコンビを組むことが多い。年も近いし、何より朱美は凄く強いんだけど、少し
抜けている。こうして朱美を探しに行くことだってよくある話だ。以前は町中を必死こいて探してたら、
コンビニでアイス食って「おいーっす」なんて声をかけてきやがったことがある。携帯に電話しただろ
って説教したら電池が切れていたなんてこともよくあった。本当に頭が痛い・・・。ということで、
アタシがサポートをすることが多いってわけ。
アタシが『解析』した対象の事は、魔力を持ってさえいればその足跡を見つけてたどることが出来る。
本人が無意識に垂れ流す魔力の「糸」のようなものにアタシの魔力を流し込めば、それがアタシには
見えるようになる。『解析』能力を少しばかり応用すれば、こんなことも出来ちゃうってことよ。
基本的に『解析』した敵の足取りを掴むために使うことが多いんだけど、実はアタシはこっそりと朱美を
『解析』して、彼女がどこにいるかを探すのによく使っている。よく使う機会があるっていうのも困った
話なんだけど。どうあれ朱美が戦ったっていう現場も見に行かないといけないんだ。なるべくチャチャッと
朱美を見つけておきたいところだね。
魔法の跡をたどっていくと、街の中で路地裏に消えていった痕跡があるのを見つけた。確かこの道って、
朱美が「近道だー」って言ってよく通る道だったような気がする。反対側は戦った公園があるはずだから、
たぶんこの路地を通ったのだろうと推測し、その魔法の跡を辿ってみると・・・
「いたいた。まったく何やってんのさこんなところで」
「あ、怜央奈じゃん。どうしたのこんなところで」
いたいた。いましたよこんなところに。しかもキョトンと返事をしてきやがりましたよこいつは。
「どうしたのじゃないっての全く!あんたが連絡よこしたっきりいつまで経っても帰ってこないから
こうやって探しに来たんじゃない!『先生』もすごく心配してたんだからね?」
「えぇっ!?そっかごめんごめん!すっかり忘れてた!」
あー、頭痛い・・・。いつもの通りなーんも考えてないような、さっぱりした笑顔ですわ。もういいや、
さっさと現場確認した後で『先生』にこってり絞られりゃいいんだ。
ってあれ?朱美あんな指輪してたっけ?朱美の左手の指についているあの指輪・・・、何だろう。
すごく禍々しい力を感じる。何か誰かに騙されてついうっかり付けちゃったのかもしれない。
念のため『解析』を―――
あれれ?アタシ何してたんだっけ?そうだ。アタシ朱美を探しに来てたんだった。そしたらここで
「朱美が戦ってた魔族がまだ生き残ってて、朱美と二人で退治したんだった」よね。全く手こずらせて
くれちゃって。でも、朱美とアタシなら負けるはずないし。
「まずいよ『先生』怒ってるよねぇ・・・。あーもぉ私これ何度目だろう・・・」
「しゃーないじゃん?「あんな面倒な魔族と戦ってた」んだから。今日はアタシが連絡入れとくから大丈夫。
でも困ったらもっと早く呼んでよ?最近物騒なんだから」
「ホント!?ありがとう怜央奈っ!」
まったく、仕方ないなぁ・・・。まあでも今回は朱美も大変だったんだから、アタシがちゃんと証明
してあげないとね。さっさと電話掛けちゃいましょ。
「もっしもーし。怜央奈でーっす」
『お疲れ様っ!朱美ちゃん見つかった?』
「ええ、見つけたのはいいんですけどねー、何か相手の魔人がかなり厄介な相手だったんで、結局アタシも
一緒に戦いました」
『ええっ!?大丈夫だったの!?』
『先生』が心配してくれてる。大丈夫大丈夫、朱美とアタシなら負けっこないからさ!
「ちょっち手こずりましたけど、まあ大丈夫っす。ただ、朱美もアタシもだいぶ疲れちゃったんで、
今日はこのまま帰ってもいいっすかね?」
『大丈夫!報告はまた明日でいいからゆっくり休んでね!』
よしよし、これでバッチシ。まあアタシはこう見えて真面目だから、ちゃんと現場は見に行くけどね。
『あっ、そうだ朱美ちゃんに変わってもらってもいい?』
「はいなー」
ちゃんと朱美の様子も聞いてくれる、さすが『先生』は優しいねぇ。なんかへこへこ謝ってるけど、
ちょっと怒られてるかねぇ?まあ、連絡しなかった朱美が悪い。にしても、あの指輪きれいだなぁ。
アタシもちょっとつけてみたいかも・・・。
「あ、ごめんね怜央奈っ!電話借りちゃった!」
どうやら通話も終わったようですな。まあ現場も近いし、後は残りの仕事を片付けて帰りましょう。
んー、でもおかしいなぁ・・・。何か大事な事忘れてる気がするんだけど・・・。
「大丈夫だよ怜央奈。私たちはちゃんと『正しいこと』をしてるだけなんだからさっ」
朱美が耳元で囁くと、頭がふんわりとしてくる。霞みかかったアタシの頭の中で、朱美の言葉は
アタシの頭の中の削り取られた何かを埋めるようにすっぽりとハマってくれる。
そうだよね・・・。アタシたち『正しいこと』してるんだもんね。
「そう、だから怜央奈も一緒に戦ったんだし、この場所には怜央奈の魔法が無いとおかしいもんね」
そうだよね・・・。一緒に戦ったんだから、アタシの魔法もないと「不自然」だよね。
かるーく、アタシの魔力を撒いておけば大丈夫かな。
「ふふっ、やっぱり怜央奈は可愛いねぇ・・・。あと、何をすればいいんだっけ?」
朱美の言葉は『正しいこと』だもんね・・・。ちゃんと答えなきゃ・・・
「現場を見に行って・・・、魔力の痕跡を『解析』するんだよ・・・。そこで朱美から
「指輪」を借りてつけてみるの・・・。かっこいいし・・・」
「うん。ちゃんと人目につかないところで貸してあげるからね・・・」
そう・・・。これから現場を確認しに行くの・・・。朱美と一緒にさ・・・。
「よっし!じゃあ怜央奈!さっと確認してお家帰ろう!疲れちゃったもんね!」
「えぅ・・・。あ、ああ。そうだね。っていう割に朱美元気じゃん・・・」
全くこんな調子なんだから。ホント元気だよねぇ。しかし、いいなぁあの指輪。アタシも
付けてみたい。結局朱美が戦ったっていう公園につくまで、アタシはずっとその指輪に
目が釘付けになっていた。
現場の公園に着くとそこは既に隔壁で覆われていて中が見えないようになっていた。足に魔力を込めて
隔壁を飛び越すと朱美が戦って出来たであろう惨状がそこには広がっていた。
「うっわぁ…相変わらず朱美の魔法はエグいなぁ…。」
「でっかいカマキリが出て何でもスパスパ切っちゃうから大変だったんだから!まぁアタシにかかれば
イチコロだったけどね。」
ふふんと得意そうに胸を張る友人と辺りの惨状を見比べながら大きくため息を吐く。イチコロだったら
ここまで被害が大きいはずないでしょうに…。
私は一際大きい魔力の残滓に向けて解析を行った。大きく抉られた地面と炎のように揺らめく赤い魔力
から察するにここで大技を放ってそのカマキリとやらを仕留めたのだろう。そう推察をしていると何やら
違和感のようなモノを感じて首をかしげた。
「んん…これって……。」
「どうしたの?怜央奈?」
私はさらに解析を進めていく。赤い魔力と淀んだ魔力の正体はよくわかる。朱美とそのカマキリのモノ
であろう。だが、微かにそれとはまた別の魔力の残骸が残っている。それから察するに、敵はもう一人
いた?それとも…。
「へぇ…そんなことまでわかっちゃうんだ。やっぱりその能力も欲しいなぁ。」
「…朱美?」
ふと友人の顔に射した影が気になり思わず眉をひそめる。
「ううん、何でもないよ!それよりもやること終わらせて早く帰ろっ♪はいこれ!」
朱美はいつもの笑顔で私に微笑んだ。うんよかった。きっと先ほどの違和感は気のせいであろう。
いつも通りの朱美である。
安堵の感情を抱きながら私は朱美から指環を受け取った。
「ほら、指輪を着けるんでしょ?それが『ただしい』んだから。」
朱美の言葉に合わせて指輪が黒く光ったような気がした。そうだった、指輪を着けなきゃいけないんだった。
そう思って指輪を嵌めようとした瞬間、ふと指が止まった。
「…何で着けなきゃいけないんだっけ?」
「何いってるのさ怜央奈。それがやらなきゃいけないことだからでしょ?」
いや違う。私の目的は朱美の捜索だけだったはずだ。それなのに何故かまた敵と遭遇して朱美と
一緒に戦って…。戦った?誰と戦ったのだろう。さっき戦ったばかりなのにまるで思い出せないのは
おかしいんじゃないだろうか。それにこの指輪から漏れる魔力、さっきどこかでーーーーー。
「流石怜央奈だねぇ、でももう遅いよ。アタシと、ひとつになろう?」
「えっ?」
気がつくと私の指には朱美によって指輪が嵌め込まれていた。友人の顔を見ようと顔を上げようとした瞬間、
私は指輪から溢れだした黒い何かに飲み込まれた。
* *
「少しヒヤリとしたが、どうにか目的は達したか・・・」
吐き出される可憐な声に思わず私も苦笑してしまう。どうにもまだこの感覚には慣れていない。しわがれた
ような自分の声と全く違う、若さと張りに満ち溢れた聞き惚れてしまうような声が私の声だと、この潤沢で
強力な魔力と若く瑞々しい生命力、高い戦闘能力をも兼ね備えた肉体が私であると自覚するのには、もう
少しかかりそうだ。
改めて名乗ろう。私の名はシャドー。魔王様の忠実な部下であると同時に、魔法少女『爆炎の戦乙女』朱美
でもある。
「記憶によれば怜央奈という少女は抜けているように見えてしっかりしているとある。もし私が「朱美」に
なれていなければ、恐らくこの戦いも見抜かれていたかもしれんな」
すでに怜央奈がいた場所に彼女の姿はない。彼女がいた場所には深淵にも似た黒い魔力を放出する指輪が
転がっているのみであった。私に指輪を装備された彼女は指輪の魔力に抗い切れず、その身は指輪の中に
幽閉されてしまったのだ。私は指輪を見て、思わず笑みがこぼれる。
―――これで怜央奈も一緒になれるね。
これは朱美の感情なのだろうか、それとも私の感情なのだろうか。今の私には分からないが、とにかく
その事が嬉しかった。私は落ちている指輪を指にはめ直し、家路につくことにした。
私は家への道を歩きながら、朱美を取り込み、その器が私のものとなった時のことを思い出していた。
朱美にすべてを焼き尽くされそうになっていた私は、一縷の望みをかけて指輪に『朱美の魔力を取り込む』
ように念を送った。指輪から放たれた魔術は朱美の魔力へと絡みつき、それを取り込もうと彼女の魔力への
侵入を始めたのであった。朱美にとって不幸だったのは、ここが影の中だったと言えるだろう。私が予想した
とおり、彼女もまた影の中においては実態を失った魔力の塊となっていた。その結果、指輪は『魔力』と
化した朱美のすべてを取り込みにかかっていたのだ。
しかし、所詮はこの地点での私の「魔力」をベースにした力、朱美を取り込むには私の力があまりにも
足りていなかった。しかし、朱美と『指輪』が接続されたことで、私は朱美の内面にまで踏み込めるように
なっていた。そこで私は彼女の強固な魔力、恐らく魂であろうものに揺さぶりをかけることにした。
まずは朱美から「魔力を認識する力」を奪い取るように指示を出す。すると彼女は魔力がすべてなくなった
ものと誤認した。どうやらある程度抽象的なものでも奪い取ることが出来ると分かった。次に彼女から「私と
戦っていた」事実を剥ぎ取り、逃げようとする足を奪った。そこからは為すがままであった。「彼女が魔法
少女であった記憶」「自分の名前」と続けて奪い去ると、彼女は考える材料を失い、魔力が明らかにほつれて
いるのを感じ取ることが出来た。そしてダメ押しに「考えること」を奪い取ると、もはや朱美という存在は
呼吸する肉塊でしかなくなっていた。
そして指輪により繋がった彼女の本能は、指輪の中に「失ったもの」があると気が付きその身を指輪にすべて
委ねてしまった。私の魔力と密接につながった、私のテリトリーへ自らを差し出してきたのだ。そのまま
指輪は朱美を媒介にして私をもまとめて取り込み始め、その中で私と朱美の魔力が混ざり始める。自我を
しっかりと保ち続ける私と、意志も記憶も自我も失い、単なる肉塊と化した朱美、主導権がどちらにあるかは
明らかであった。私の矮小な魔力はその強力な魔力の中に混ざり、消えていくが、私の意識だけは彼女の中に
そのまま侵入していく。同時に彼女の中にある記憶や経験、魔法少女としての大切な知識もすべてが手に取る
ように分かり始める。生まれた時の事、魔法少女として覚醒したきっかけ、彼女の『迦具土神』を用いた
戦い方、それこそ人に言えないような秘密・・・、何もかもがまるで自分が体感したかのように認識できる。
そう感じたあたりで、魔力が混ざる感触が終わり、指輪から吐き出される形で影の中に戻されていた。
いい加減外の状況も確認する必要があったため、影から外へと出ることにした。すると、妙に足元が寒かった。
その違和感に思わず下を向くと服装が全く別の物になっていた。
「こ、これはいったい・・・!?」
声を出してみると私の物とは思えぬほど甲高く、若々しさがあった。表皮は肌色になり、そこに元の私の面影は
ない。思わずスマートフォンを取り出し、自撮りモードに切り替えて自分の顔を映してみると・・・
「『爆炎の戦乙女』・・・?」
そこには驚愕に満ちた『爆炎の戦乙女』が映されていた。確認のため、表情を笑顔や変顔、真顔などコロコロと
切り替えてみるも、そのカメラの向こう側も同様に切り替わっていた。そしてこの時に確信した。
―――私は『爆炎の戦乙女』と融合したのだと。
状況から察するに、どうやら「朱美」と比べて矮小であった私の魔力や身体は消滅し、彼女の魂や肉体、
魔力が基本となっているようだ。だが、そこに朱美の意識は全く存在していなかった。いや、正確には
朱美の魂そのものが私と融合し、私が「朱美」という存在になったというべきなのだろう。その中身を、
あろうことか魔法少女と対極の存在である魔族に明け渡すという、最悪の形で。
そう考えると、今の自分の取った行動にも納得がいく。何せ私は「スマートフォン」なるものの使い方など
記憶にないのだ。しかし、当然ながら朱美は理解し使いこなしている。これはつまり・・・
「炎よ、わが手に」
可能な限り出力を抑え、手のひらにほんのわずかな白い炎が顕現する。思わず笑い出しそうになっていた。
私は朱美の全てを、自由自在に使いこなすことが出来るようになっていたのだ。そして、それは私本来の
影の力も同様であった。朱美の膨大な魔力、それを「使役する方法」が本能で備わっている彼女の肉体を
用いれば、先ほどまで制御できなかった影も容易に制御できるようになっていた。
「素晴らしい・・・。魔王様は何というものを授けてくださったのだ・・・!」
これならもしかすると、本当に任務を全うできるかもしれない。この時私は確かに希望を胸に抱くことが
出来たのであった。
「よし、これで・・・。むっ!なんだ?」
これからの対応を考えていた時、何者かが私の魔力を追尾している気を感じ取った。朱美であれば気づか
なかったであろうが、影に精通した私であったからこそ、それに気づくことが出来た。相手にとっては、
これは不幸な事であっただろう。
そしてまんまと現れた少女こそ怜央奈であった。私と違い、頭がよく『解析』を使いこなすサポート系の
魔法少女、朱美の知識から彼女の存在を確認する。同時に普段の「朱美」を呼び出し、彼女に成りすます。
どうやら気づかれていないようだ。私はその力に、気づかれないように心の中で笑っていた。
そして今に至る。そう言えば、怜央奈が指輪を『解析』してから随分と従順になったが、催眠のような
効果もあるのだろうか。その条件は何だろうか。それもまた、彼女を取り込んだのちに『解析』するとしよう。
そうこうしているうちに自宅についていた。当たり前のように彼女の家に入り、家族への挨拶もそこそこに
部屋へと入る。快活な少女とは裏腹にぬいぐるみも多数置かれた可愛らしい部屋であった。そして指輪の中を
確認すると、
「へぇ、怜央奈ってばまだ頑張ってるんだ。ますます欲しくなっちゃった」
いったいどうやったのか、指輪の中でもなお、怜央奈は自分を保ち続けていた。抵抗は相当頑強なようだ。
となれば・・・
「ここはやっぱり、私自身がやってあげるしかないよね。怜央奈?」
私はベッドに横たわり、意識を指輪の中に移しこむ。魔法少女にとどめを刺す、魔族としての「当たり前」を
魔法少女の力で為す感覚に、私は興奮を覚えていた。
瞼を閉じるとコインの裏と表が入れ変わるかの如く世界は反転し、私は影の世界に入り込んでいた。
意識を影に融かすと一か所だけ影に染まっていない場所があった。そこが怜央奈の居場所だろうと推測し
そこで身体を再構成する。
「へぇ、結構頑張ってるじゃん…」
そこには影の十字架に架けられ全身を影に覆われながらも必死に抵抗する怜央奈の姿があった。ここまで影に
拘束されながらもどうして抵抗できているのか不思議に思っているとどうやら身体の表面から魔力を放出して
いるらしい。無駄な抵抗だと内心憐れみながらもその繊細な魔力操作は流石としか言いようがなかった。
「(とはいえこのまま抵抗され続けるのも面倒だな)」
朱美の記憶によれば、その優れた『解析』能力に自信と誇りを持っているようだ。『朱美』となった私には、
頭の中に残された本人が知っている怜央奈に関する情報、無意識のうちに聞き流していた彼女の特性、
そして弱点、それらを自在に引き出し、閲覧する権限を得ていた。恐らく本人が思い出せないことでさえ、
今の私は自由に見ることが出来ているのだろう。
「怜央奈を私の物に出来れば、今の私に足りないものを補うことが出来る・・・」
それらの情報を整理し、結論をまとめ上げる。彼女が持つ解析能力、サポートに長けた戦闘術、それらを
生かすことのできる柔軟な思考能力、朱美の肉体が持ち合わせていない数々の技能、特性を怜央奈は持ち
合わせている。彼女の記憶ごとすべて取り込むことが出来れば・・・
「よしっ、そうと決まれば早速やってみましょうかね」
その作戦を私は即決した。即決することが出来てしまった。本来の私であれば恐らくここで極力不確定要素を
排除しようと二の足を踏んでいたであろう。しかし、朱美と融合したことにより、彼女の無謀ともいえる
決断力をも取り込んでいたようだ。その少し変わった性質が、決断を後押ししてくれていた。もし何かを
間違えたなら後で対処しよう、心の奥底で何かが私に答えを示している。もはや私の一部となった朱美の
精神であろうか。
「ちっ・・・。しばらくはまだ持ちこたえるだろうけど、これだとじり貧ね・・・。
しかし、アタシとしたことが何て迂闊な・・・」
怜央奈はどうやら現在の状況、彼女の身体を縛る要素が何なのかを『解析』したようだ。その身体から放出
されている魔力は確かに現在彼女を拘束しているものに対して効果があるものであった。だからこそ、ここで
揺さぶりをかける。
「おおっ、さっすが怜央奈!やっぱり持ちこたえてるねぇ!」
「なっ、朱美!?あんたどうしてここに・・・」
あくまで彼女らしく、普段の朱美ならこう接するであろうという対応を脳から絞り出し、怜央奈へとぶつける。
何気ない会話で済むはずの対応は、非日常、ましてこの非常事態においては違和感として、相手を追い込む手段
として最高の舞台装置として機能する。まして彼女は恐らく魔力コントロールにかなり神経を割いている。
だからこそ、ここは敢えて普段の彼女に喋らせる。底抜けに明るく、ともすれば少し無神経なきらいさえある
「朱美」として。
「へへっ、怜央奈が心配でさっ!助けに来たってわけよ!この『爆炎の戦乙女』がいればもう安心だよ!」
「・・・、おかしい。何かが変だ。アタシの中で何かが抜け落ちてる・・・」
「な~に言ってんのさ!ほら、どっからどう見ても私、朱美でしょ?」
身振り手振りを使いなおも畳みかける。朱美の脳に「怜央奈を助けに来た」という状況を誤認させてまで
反応をひねり出しているのだ。恐らく限りなく朱美に見えるであろう。本来他人が持つモノを自由に使う
ことに、私は次第に快感を覚え始めていた。
「うーん、まだ信じてもらえないか。仕方ないなぁ・・・。出てきて!『迦具土神』!!」
「そ、そんな・・・」
朱美の身体にある力を集束させ、彼女が扱うべき得物『迦具土神』を顕現させる。本来なら主として認められ
ないであろう私のことを、かの杖は主として認めている。私の本質がもはや「朱美」として構成されている
証左であろう。
「これでも信じてくれないかな?怜央奈・・・?」
恐らく今の私は、最高に晴れやかな笑顔をしているであろう。いつもであれば助けに来た仲間を安心させる
ために向ける、自分が多少無理をしていてもそれを感じさせないように自然と身に付いた笑顔、それらは
すべて怜央奈に向けられていた。本心から作り出された紛い物の言葉、果たしてこれを見て、彼女はどう
行動するであろうか。私の予想が正しければ・・・
「朱美・・・、今のアタシは正直あんたを信じたい。でも、なんかわかんないんだけど、アタシのシックス
センスってやつ?何かが否定をしているんだ・・・」
そう、それでいい。きっと私の知る怜央奈なら、そういう結論に至るだろう。さあ、言うがいい。
「だから朱美・・・」
「うん?どうしたのかな?」
「あんたを・・・、『解析』するね」
かかった・・・!見た目に反して慎重な怜央奈なら、そういう行動を取ってくれると信じていた。私は朱美の
心が下した判断を称賛していた。恐らくここは躊躇っていたら彼女は冷静さを取り戻し、もっと違う手を使って
きたであろう。しかしこれを利用出来れば・・・
――私は彼女の「心」をへし折ることが出来る
「うん・・・、分かった。怜央奈が信じてくれるなら、好きに『解析』して?」
そういうと怜央奈は意を決したように私を『解析』しようとする。恐らく指輪が剥ぎ取った記憶と私が奪い
取った朱美の身体、仕草のせいで私が何者なのかが分からなくなっているのだろう。怜央奈は目をつむり、
いつもよりさらに意識を集中して念を込めている。そして・・・
「いくよ朱美・・・!『解析』!」
彼女の目が見開かれ、その両目から魔力が展開される。薄く延ばされた魔力は私の全身を包み、ほんのわずか
ながら私の魔力を取り込んでいく。
(そう、『解析』には相手の魔力が必要。つまりそれは、私の魔力が入り混じった異物を取り込むことになる)
朱美本人は全く気が付いていなかったようだが、彼女の記憶の中に自分が解析を受けた痕跡が残されていた。
これほどまでに高レベルの解析術を使える魔族はごく少数な上に、朱美と一戦交えた記録はない。さらに言えば
恐らくその魔族は彼女と対峙すれば、解析する前に焼き払われてしまうであろう。つまり、解析を行ったのは
必然的に怜央奈となる。
「さて、これで分かってくれたかな?私が誰なのか・・・」
「あ、あんた一体どういうことこれ・・・?本当に朱美・・・?いや、そもそも人間なの?」
(今だっ!)
恐らく怜央奈は取り込んだ魔力に困惑しているであろう。なぜなら、純粋な朱美の魔力、純粋な私の魔力、
それらをブレンドした魔力、多種多様な性質を持った魔力を全身に展開させてあったのだ。恐らくこんな
魔力を持つものは誰もいまい。そして、動揺している隙に私を包み込んだ怜央奈の魔力を通じて、彼女の
内側に魔力を送り込む。
「うっ・・・ぐあああがああがっがががっ!」
「受け取って怜央奈。私の魔力をっ!」
朱美の膨大な魔力を逆流させ、怜央奈の身体の中に流し込んでいく。その魔力の繋がりは私と怜央奈の
身体を繋ぐ強力なパイプとなった。これで私は怜央奈を内側からも刺激できるようになった。
「さあ、たっぷり楽しもうね。怜央奈」
朱美の笑顔を張り付けたまま怜央奈を追い詰める。さあ、吸収まであと少しだ。
「いや゛っ!!たすげっあけみっ!!」
「へー、まだ喋れる余裕あるんだ。じゃあもっと流し込もっと。」
「あ゛あ゛あああああああっ!!!」
私はさらに魔力を流し込んでいく。身体が拒絶反応を起こしビクリと跳ね上がるも、それすらも無視して
強引に怜央奈の全てを掌握せんと、身体の隅まで魔力の根を張っていく。
「ふふ、みーつけたっ。怜央奈の大事なところ♥️」
それは言うなれば魂だ。人がそれぞれ持つ、己の根元。決して誰も踏みいることのできない筈の己の聖域。
怜央奈の場合はその美しい翡翠色の瞳であった。
「一緒にひとつになろう、怜央奈?」
「あけ……み……」
その瞳に映された私の笑顔はどのように映っていたのだろう。私は影を使って怜央奈の瞳から魂を抜き取った。
その瞬間、彼女の瞳から光が消え失せ、主を失った身体がどしゃりと崩れ落ちる。
「ふふ、怜央奈の魂、とっても美味しそう。」
彼女の魂は頼りなく、手のひらの上でふるふると震えていた。私はそれを味わうように、舌で転がしながら。
そしてごくりと一思いに彼女の魂を飲み込んだ。
口の中で蕩かし、身体の中に入り込んだ怜央奈の魂が入り込んでくる。指輪の中であるこの空間よりさらに
濃厚に、さらに濃い密度で私に満たされた空間である身体の中に入り込んでしまったことで、肉体という鎧を
失い、無防備になった怜央奈の魂が内側で溶けだし身体と一体となっていくのが分かる。朱美の燃え盛る
ような熱い魂とは違う、まるで清涼剤のような涼やかな魂が溶け込む感覚と同時に、怜央奈の魂が小さく
すぼんでいくのが分かる。一つの身体に宿る魂は一つ、生命としての根源ともいえる法則は残酷に、怜央奈の
魂への審判を下す。力の弱い異物を排除する、指輪の中の理に従い、より強い朱美、そして私の魂に全てを
譲り渡すという、残酷で無慈悲な結果を伝えているのだ。
(あ・・・、け・・・)
頭の中に、怜央奈の寂しげな声が響き渡る。不安、恐怖、絶望、そして哀愁、全ての声が混ざった絶望の声、
そんな彼女の最期の抵抗に、私は優しく語り掛ける。
(大丈夫だよ怜央奈。この中は私の中。これからも、ずっと一緒だよ!)
(あ・・・っ)
その声が上ずった気がした。どうやら考える力を失った怜央奈が私を一緒になることを受け入れたようだ。
その声と同時に、身体の中の怜央奈の魂が消失した。
「ほう、魂を取り込んだからと言って、何か変わるわけでもないか・・・」
私は確かに身体の中に怜央奈が入ったことを確信していた。今までの魂の形とは異なる、熱さの中にも冷たさを
感じるこの感覚が間違いないと確信していた。しかし、だからと言って肉体が劇的に変わるとか、そう言った
ことが起きるわけでもないようだ。そう結論付けているうちに、魔力が逆流してきていた。
「これは、怜央奈の魔力か」
主を失い、崩れ落ちたままの怜央奈の肉体、そこに繋がれた魔力から怜央奈の魔力が流れ込んできていた。
先ほどまで繋ぎ止めていた、怜央奈の身体に魔力を送り込んだものとは異なり、その流れは一方的に朱美の
肉体へと彼女の魔力が入り込む形で固定されていた。
「っ!そうか!魔力は魂に紐づくものなのか!」
朱美が持つ魔法少女としての常識が、私に答えを示してくれる。魔力というものは魂の力、すなわち魂に
結びつくものであるらしい。その根源である怜央奈の魂を取り込んだことにより、彼女の魔力は主を見つけ出し、
こちらへと移動し始めたようだ。瞳の色と同じ翡翠色の魔力が身体に流れ込み、朱美の力と一体化していくのを
肌で感じる。それと同時に、身体の芯のほうから溢れんばかりの力が湧きだしてくる。
「うっ、がはっ!ああ、な、なんだ・・・?身体が熱い・・・!」
怜央奈の魔力が私の魔力と結びつくと同時に、私の周りに迸る影がに波紋が生まれた。コールタールのように
粘り気のある影が渦巻きながら持ち上がると、見えない手によって成形されるように形が変わっていく。
そしてその影は、主を失い倒れている怜央奈の抜け殻をも包み込み、私の中に導いていく。そして影の中で私は、
自らの肉体が変化していくのを感じている。骨格、見た目、魔術回路の仕組み、すべてが作り替えられていく。
そして影から解放された私は、全く別の存在へと進化していた。魔力で自らの姿を映し出すと、そこには
しなやかな手足、くびれた腰、豊満な尻、たわわに実った乳房。そして色気に満ちた妖艶な顔立ち。
影色の体が美しい白に染まると、全身に影が巻き付き、妖しく黒光りする手袋とブーツ、そしてビキニのような
体を強調する衣服へと変化する。肩口でそろえられた髪の色は、本人のものよりもいくらか暗い赤。朱美の肉体を
ベースに怜央奈、そして私の要素を足し合わせた存在に、思わず笑みがこぼれてしまう。
「これが、これが私の力か!素晴らしい、魔力が溢れ出てくる!それに、頭の中も冴えわたっているぞ!」
思わず声が出た。朱美の身体を手に入れた時よりさらに莫大で、圧倒的な密度を誇る魔力に加え、今までとは
桁外れに高い精度を持つ頭脳がその身体には宿っていた。指輪の中にはもう何も残されていない。恐らくこの
指輪は私の意識を含め、吸収したものすべてを掛け合わせてこの肉体を構築したのだろう。
「となれば、指輪の中にいる意味もあるまい。表に戻るとするか」
瞳を閉じ、軽く意識するだけで本来の世界へと舞い戻る。意識を集中するためにベッドの上で横たわっていた
私だが、その肉体の大きく変質していることが分かる。部屋にある姿見で自分の姿を確認してみると、
「こ、これが私か。『潜影のシャドー』が魔法少女たちの肉体を得て形を変えた、新しいあるべき姿なのかっ!」
どういう仕組みなのかは分からなかったが、影の世界で吸収した全てにより朱美本来の肉体も変質し、魂と同じ形
となっていた。全体的に朱美の肉体をベースとし、肉付きのいい尻や目つき、朱美と比較してサラサラだった
髪の質など、ところどころが怜央奈の要素で構成されたその新しい身体に、思わず私は見惚れてしまっていた。
「そうだ。私を『解析』すれば、自ずと答えが見えてくるか!」
私にとっての疑問点、私の身に何が起きているのか、そしてこの指輪は果たしてどういう性質を帯びているのか、
その答えは怜央奈から奪い取った解析能力が明かしてくれるであろう。使ったはずもない魔術のはずが、その
使い方や性質に至るまですべてが流れ込んでくる。この事だけでも、優れた魔法少女であった怜央奈が私に屈服し、
そのすべてを明け渡したことが実感できる。万感の思いを込めて、全身に魔力を集中させた。
「『解析』!」
怜央奈にとっての普段通り、私の全身の隅々を、くまなく『解析』する。元より自分の身体なのだ。全てを知った
ところで問題はない。その高まった力により、一瞬で解析が終わり、頭の中にその回答が湧き上がってくる。
「ほほう。なるほど、やはり朱美の肉体をベースに、怜央奈の優れた部分はそれを転用しているのか。ところ
どころ私の要素まで混ぜ込んでくれるとは、何とも心憎いではないか・・・!」
やはり、身体能力と運動神経に優れる朱美の肉体が基礎となっているようだ。しかし、その頭脳は怜央奈の物が
ほぼ採用され、その中に朱美の運動神経が最大限に発揮できるよう、また、朱美が持っていた膨大な魔力を
ベースに怜央奈と私の魔力を掛け合わせた莫大ともいえる魔力に耐えうるよう調整されている。正確には朱美の
脳を怜央奈の物に作り替えたというのが正しいのかもしれない。
それは身体つきについても同様で、朱美のしなやかでスレンダー、良質な筋肉に恵まれた肉体をベースに、
怜央奈の魅力的な臀部や乳房などがそのまま組み合わさっているようだ。そして本来の身体では魔力に
耐えきれなかったようで、実年齢より2,3歳程度成長させることで、その魔力を受け止められるように
改造されていた。その若干赤黒くなった髪の中に混じる黒髪が、私、シャドーの要素としてのワンポイント
となっている。
もはやここにいるのは朱美でもなければ怜央奈でもない。2人の優れた、正反対の魔法少女たちの肉体を
存分に利用し、それぞれの優れた能力を抽出して構成された魔族『潜影のシャドー』の新しい肉体であった。
そんな肉体を新たに制御する脳、怜央奈の頭脳が、私の意識となり果てた彼女の感性が私に対して『指輪の
効果も知りたい』と問いかけてくる。怜央奈を構成していた肉体、意識、記憶、それらすべては分解され私の
中にある。当然ながらそこには彼女の記憶も、技能も人格もすべてがそのまま記録され、好きなタイミングで
閲覧可能となっている。その彼女の記憶の中には「指輪を解析したときに意識がふわっとなった」と確かに
残されているのだ。
「指輪の効果は吸収だと思っていたが、他にも何かしらの効果がありそうだな」
しかし、思考がまとまるのが明らかに速い。朱美の記憶からも分かってはいたが、怜央奈という少女は非常に
優秀な頭脳の持ち主のようだ。その性能を使ってみて改めて実感する。この脳の中には私、朱美、そして怜央奈の
3人の記憶や情報が混在しているのだが、まるで図書館のようにきれいに並べ替えられており、ストレスなく
自在に呼び出すことが出来る。そして朱美と私が持つ技能についても速やかに解析し、この肉体にとって最適な
状態で使えるように調整されている。今となっては影の力でさえ、かつての私以上に自在に使いこなせるだろう。
私は指輪を見つめながら全身に魔力を滾らせる。その魔力は朱美の赤い魔力がベースとなっていたが、指輪の光と
同様の深淵を思わせる闇の色がまとわりついていた。
「『解析』!・・・、あぐぁ!」
解析をかけた瞬間、意識が朦朧としかける。指輪から発された何らかの力が意識を飛ばしにかかっているようだ。
「くっ・・・!えっ!?何?あっ・・・」
私は咄嗟に影の力を使い、怜央奈の意識を宿らせて肉体の主導権を明け渡す。朱美の意識は既に分解されて跡形も
なかったが、怜央奈については脳にそのデータがある程度残されていたため、再構成は可能であった。作り出された
彼女の意識は状況を理解する前に指輪から発された力が直撃し、その効力を受けてしまう。
「ふぅ・・・。危なかったな。しかし、これで指輪についても少しは分かりそうだ」
指輪の影響を受けた怜央奈の意識を宿らせたまま、私は意識を影の中へと移し影を使って肉体を構成する。私が
使っていたころは簡単な分身程度の力しかなかったはずだが、いまやこの身体でもある程度の魔法を行使できるようだ。
怜央奈の解析によりその隠された特性や魔力の通し方についてもハッキリと分かり、それを朱美が持つ強力で膨大な
魔力を以て使役できるようになった結果、影の力の自由度が大きく広がった。魔法少女の力によって大幅に強化された
この皮肉な事態に、私は笑いを禁じ得なかった。
改めて外側から私の依り代である肉体を眺めてみる。口を半開きにし、まさに立っているという以外の説明が難しい
その身体は2人の魔法少女、それもかなり可愛らしい少女たちの成れの果てである。その姿は非常に健康的で美しく、
指輪の効力によって何らかの暗示状態にある、意志を奪われた人形のような姿は妙に扇情的で、艶めかしさに満ち
溢れていた。私はその身体から指輪をいったん外し、改めて『解析』をかけてみる。すると・・・
「ほう・・・。この指輪にはどうやら防衛反応があるようだな」
指輪に解析をかけたことにより、怜央奈の意識は強力な認識阻害と催眠の暗示が掛けられているようであった。
怜央奈が私の指輪に解析をかけた後に妙に従順に、私の指示をそのまま鵜呑みにするような形で受け入れた理由が
ハッキリとした。魔法的な解析、あるいはそれに準ずる何かを行ったものは自動的に暗示状態に堕とされ、指輪の
支配下に置かれるようだ。知識、サポート型の魔法少女も多くいると聞くが、その者に対して効果的でかつ、
致命的なダメージを与えうる指輪の効果に、私は軽く戦慄した。
指輪の効力も分かったところで、影から自らの身体に意識を戻し、暗示にかかった怜央奈の意識を指輪の中に
封印する。分解してしまってもいい話ではあるが、今の彼女は忠実な人形に近い状態、上手くすれば使い道も
ありそうだった。それに、この動作で彼女の「意識の作り方」を把握できた。もう何人かは作れそうな感触が
ある以上、不要なら作り直せばいい。
「さて、これからどうしようか・・・」
今の私は朱美という存在が昇華したものではあるが、怜央奈という肉体、存在は私の内に消えてしまっている。
彼女の荷物を漁り、家には今日は朱美の家に泊まる説明をしてあるが、いずれは露見してしまうだろう。
人間を一人失踪させるにはまだ段階が早すぎる。彼女の足跡から追われ、嫌疑を受けてしまってはせっかく手に7
入れたこの立場が無駄になる。それも惜しかった。そして何より・・・
「これほどの力をもってしても、『金獅子』や『黒薔薇』にはまだ及ばないか・・・」
朱美と怜央奈、優れた魔法少女たちの記憶や肉体を手にし、『解析』までかけた結果、『金獅子』と『黒薔薇』が
いかに桁違いの存在かが分かってしまったのだ。彼女たちの記憶を基にこの力で2人と戦った状況を検証してみたが、
まだ届く存在ではないようだ。
となると、今は朱美として魔法少女の中に入り込み、優れた素養のある人間を見つけ出す必要があった。さらにその者を
指輪を使って取り込み、私の力に変える。そしてゆくゆくは・・・
「・・・、おっと。まずは『怜央奈』を元に戻すことから始めねばな」
影で彼女の肉体を再構成し、怜央奈として形作ることも可能であったが、あくまでそれは人形に近い存在。今必要なのは
自立して動ける、本人同様の意識を持った怜央奈という存在だ。だが、その方法についても目星は付いていた。私の影の
能力を使えば、どうやら何とか出来るらしい。
「さぁて、早速始めるとするか」
この時の私はどういう表情だったのだろう。だが少なくとも、本来の朱美や怜央奈がするような顔をしていなかったこと
だけは確かだった。
作戦に出ようとした矢先、ドアを叩く音がする。そうだ、確か朱美には・・・、ドアが開けられ可愛らしい男の子が部屋に
入ってくる。
「姉ちゃんうるさい!何を騒いで・・・、え?姉ちゃん・・・?」
「ああ、そう言えばちょうどいいのがいてくれたね・・・。歩」
隣の部屋の主にして、朱美の弟、確か歩という名前だったな。なるべく朱美らしく振舞ったつもりではいるが、この姿では
説得力はないか。私としたことが迂闊だった。しかし、不思議と不安感は湧かなかった。むしろ・・・
「お、お前・・・、一体誰だよ・・・!」
「ふふっ、お姉ちゃんのこと忘れちゃったのかな?あ・ゆ・む?」
女の子と言われても通用しそうな愛らしい顔立ちを怒りに歪めながら歩は牙をむく。その中に怯えがあるのもハッキリと
見て取れる。なかなか可愛らしいじゃないか。私は舌なめずりをしながら、影を操り部屋の鍵をかけておく。気づかぬ
うちに彼は自らの身を袋小路に追い込んでしまったのだ。そしてその影を歩の影に接続させる。どうやら彼には魔力は
全くないようだが、その方が今は好都合だ。
今私に必要なのは命を持つ『意識』と『肉体』なのだから。
「嘘だ・・・!姉ちゃんを・・・!あぐっ!!」
「ふふっ、ごめんね歩。お姉ちゃんのためにその身体と意識、貰うわね」
歩の影に強引に魔力を流し込み、彼の肉体にわずかな魔力を蓄積させ「付与」する。これで彼は一時的に魔術を使える
体質になった。尤も、魔術回路も整備されてなければ修行もしていない彼にとっては苦痛以外の何物でもないだろうが。
「ああ・・・、があぁぁ・・・。姉ちゃ・・・、やめ・・・!」
私はその影を通じ、歩の全身に蓄積した魔力を纏わせる。声変わりもしていないその声はまるで女の子のようだ。不思議
と虐めたいという気持ちが湧いてくるが、これは誰のものなのだろう。その辺は後でゆっくりと調べることにしよう。
「ほら歩。私が誰なのか気になるんでしょう?大丈夫。その魔法が答えを教えてくれるよ」
「あぁぁ・・・、いやぁ・・・。あぅ・・・」
歩に強引に使わせた呪文は『解析』。怜央奈にとってはまさに誇りとでもいうべき魔術をこんな形で使われてしまい
屈辱以外の何物でもないだろうが、もはや彼女の心も私の一部。胸からは何も湧きだすものがない。むしろ今まで思い
つかなかった手段をあっさりと考えられることに快感さえ湧いてくる。
「ふふっ、お姉ちゃんのために役に立ってね。歩♪」
『解析』を行ってしまったことにより、歩は指輪の防衛反応の虜となり、意思なき操り人形と化した。これで準備は
整った。『怜央奈』復活の作戦もあとわずかだ。
「やはり指輪の防衛反応は優秀なようだな。とはいえ、この少年は魔力を持って
いないからこそ自由に制御出来たようなものだが・・・」
歩という少年が完全に自我を放棄したのを確認し、朱美としての仮初の人格をかなぐり捨てる。やはり話し言葉自体は
こちらの方が落ち着く。一応私も人間と言うくくりで当てはめるなら「男」にあたる存在だ。脳に「女」として生きる
だけの知識も、常識も過不足なく備わっている。そもそも肉体が女のものになっている以上これらを生かす他ないのだが、
それでも長年根付いてきた習慣は捨てられない。
「さて、少年。君について教えてもらおうか。包み隠すことなく、すべてをさらけ出せ」
「はい・・・」
『解析』をかけてしまえばすべて丸裸に出来るのだが、敢えてこの少年の口から全てを語らせた。彼の脳は既に強力な
暗示の支配下に置かれており、私の指令に一切の反証も考えもなく、与えられた指示をそのまま実行する。人間という
ものから意思を奪い去った姿もまた、可愛らしいものであった。
少年の名前は歩。中学1年生の男の子だそうだ。姉と同様の赤い髪、そして女の子と勘違いされてしまうほどの愛らしい
顔立ち、声がコンプレックスだそうだ。
(コンプレックスか・・・。ならそれを逆手に取るとするか)
今までの私であればこんな作戦は思いつかなかったはずだ。私の一部と化した怜央奈の思考能力が冴えわたる。
「少年・・・、まずは着ている服を脱ごうか。衣服を脱ぐと同時に、君の心の壁も取り払われ、私のことを自然と受け
入れられるようになる」
「はい・・・」
虚ろな表情、半開きの口を晒したまま、緩慢ながらも丁寧に服を脱いでいく。どうやらすでにお風呂に入ったらしく、
脱ぐたびに漂う柔らかなシャンプーの香りに親しみを感じる。どうやら朱美も普段から使っているものらしい。身体に
染みついた習性が自分の物になっている、その事からも朱美の身体が完全に私の物になっていると実感させてくれる。
「脱ぎました・・・」
さらけ出された裸体は、恐らく年頃の少年の物なのだろう。腕や足の筋肉など、少しずつ男として成長しながらも、
まだまだあどけなさを残した丸みを帯びた身体つき、小さな生殖器、成熟しきっていない、男として未熟な身体。
しかし、私の目的を達するには適切な状態であると言えた。
私は今からこの少年に魔法を与える。魔法少女としての力を持つ、男としての能力を持ち合わせた都合のいい存在、
私にとっての影となるべき身体、今からそれを構築する。
(この少年が心を許しているのは恐らく朱美であろう。しばらくは朱美の人格を使うとするか)
私は頭の中でシャドーから「朱美」へと切り替える。それだけで不思議と目の前の少年に愛着がわいてくるのは、
身内としての心なのだろう。
「ねえ歩、私の膝の上においで」
「はい・・・」
「他人行儀だなぁ。お姉ちゃん寂しいぞ?いつもの通りに話してくれていいからね」
「うん・・・」
操り人形になった歩を抱き寄せ、自分の膝の上に座らせる。小さい頃こんなことしていたなと、自然と朱美の思い出が
蘇ってくる。そのころに比べて大きくなった身体は少し重たかった。
「歩、お姉ちゃんのことどう思う?」
「ちょっとうるさいけど、大好きなきれいなお姉ちゃん・・・」
「ふふっ、嬉しいな。ところで、自分が女の子みたいって言われてどう思うかな?」
「悔しい・・・。男として見てほしい・・・」
朱美の心や言葉を操り、歩の深層心理を引きずり出す。今の彼は暗示に逆らえず、心にあるものをそのまま吐き出す
状態である。それを使い、彼の心を少しずつ溶かし、歪めていく。まさか彼女も、自分の持っているものを使われて弟を
毒牙にかけることになるなど夢にも思わなかっただろう。
「そっか・・・。でもお姉ちゃんのことは?」
「好き・・・」
「女の子って言われるのは?」
「嫌い・・・」
質問をシンプルにし、余計な言葉を省いて揺さぶりをかけていく。
「でも、お姉ちゃんも女の子だよ?お姉ちゃんのこと、嫌いかな・・・?」
「いや、好き・・・」
「ふふっ、なら女の子って言われるのは?」
「き、嫌い・・・」
「お姉ちゃんのことは?」
「好き・・・」
こんな感じで質問を繰り返し、頭の中を、心の根源をぐちゃぐちゃにかき混ぜていく。次第に彼の心が歪み、
コンプレックスが形を変え始めた。
「お姉ちゃんのことが好きなら、女の子って呼ばれるのも嫌じゃないよね?」
「うん・・・。好き・・・」
かかった。姉を好く心と自身のコンプレックス、その境界が崩壊し、彼の認識が混ざった。今の彼はコンプレックスである
自分の事を「姉のように」好いている。つまり、彼の魂は女性になるということを受け入れる準備を整えてしまったという
ことである。
(あとは身体の方だが、そのためには少年の魂が一旦邪魔になる。少しばかり仕上げたいこともあるし、一旦退出して
もらおうか)
「じゃあ歩、女の子になってみるのも、面白そうだよね?」
「うん・・・。やってみる・・・」
「あはっ、嬉しいな!ならお姉ちゃんが準備してあげるから、言う通りに出来るよね?」
「うん・・・」
一見仲が悪そうだったこの姉弟だが、お互いの信頼は深いようだ。だからこそ、彼の身体は、ひいては存在は私の力と
なるだろう。朱美、そしてこのシャドーの下僕として、都合のいい存在に仕立て上げてみせよう。
「歩は精子が出たことってあるのかな?」
「・・・、うん・・・」
「じゃあ、その時のことを思い出してみよう。大丈夫。今の歩なら簡単にできるよ?」
「う、うん・・・っ!」
歩は言われるがまま、その生殖器を肥大化させていく。可愛らしい小ぶりなものだと思っていたが、最終的にはそれなりの
大きさまで膨張していた。私はその歩の身体の中に、微弱な魔力を影とともに送り込む。彼に苦痛を与えず、その身体の
限界に抵触させないように、優しく、丁寧に流しこむ。
「おっきくなったねぇ!ただ、お姉ちゃんが歩の身体で準備をするには、歩には一旦この身体から出てもらわないと
いけないんだ。少し目を閉じて、そう・・・。集中して・・・」
私は歩の瞼をそっと閉じる。こうしてみるとまるで眠っているようだ。だが、次第に荒々しくなっていく呼吸が彼が覚醒
していることを示していた。ここまで従順に受容してくれて助かる。
「目を閉じると、身体の中のことがよくわかるでしょ?その中に、何か流れのようなものがあるのは、分かるかな?」
「う、うん・・・。ちょっぴりピリピリする・・・」
「そう、それが魔力だよ。その流れに「自分自身」を乗せてみよう。流れるプールでゆらゆら流されるみたいなイメージ
だよ・・・」
「分かった・・・」
少年の身体から力が抜けていくのが分かる。今の少年は、自らの手で自分の身体からその根源を切り離し、魔力に委ねて
いる。その微細な流れを感じ取るため、少年の身体を抱きしめ、内側に流れる魔力を感じ取る。少年にも魔力のセンスが
あったようで、初めてにしては相当に上手に、短時間で切り離しを終えた。やはりその辺は『爆炎の戦乙女』の血族という
ことだろう。どうやら私は、本来であれば発現するはずのなかった少年の才覚を呼び覚ましたようだ。ただし、その力が
魔法少女のためになることはない。その力はあくまでも私の、魔族側の人間として、魔法少女のメカニズムを用い、魔力を
宿した少年という異質な存在として、我々のために貢献するのだ。
「さすが私の弟っ、仕事が早いね!じゃあ次が最後の仕上げだよ?」
「うん・・・」
「歩の精子は身体の中の魔力と繋がってるの。生命の源だからね。それを出す準備をしよう。大丈夫。お姉ちゃんも手伝う
からっ!」
「うんっ・・・!うぁうっぅぁ♡」
少年の生殖器を擦ると同時に、身体の中に張り巡らせた影を伝って少年の性的興奮を高めていく。その顔つきが性に溺れ、
だらしのないものへと変化していく。その姿はまるで、発情している少女のようだ。
「出そうだよねっ!でももうちょっと我慢して?そこに自分を移動させるの!」
「う・・・・っ!ん・・・・・!」
少しばかり白い液が飛び出したが、それを制止する。どうやらこれは精液というものらしい。魔族の繁殖でも使われるが、
人間のは白いようだ。その精液に、少年の魂、その全てを宿らせる。
「よし!頑張ったね!じゃあ思いっきり出しちゃおう!」
「うわああああああああああああ!!」
声変わり前の可愛らしい声とともに、勢いよく精液が発射される。年齢と回数を考えると異常なまでの量が部屋に無造作に
まき散らされる。それと同時に、彼の身体が次第に弛緩し、その身を私の身体へと預けてくる。私の上に乗っかっている
彼の身体が重たさを増していき、そして・・・
「あ、あはぁぁぁ・・・」
「ご苦労様、歩♪」
少年の肉体から、魂がすべて抜け出していた。
吐き出された精液を解析すると、それには歩という少年の魂、そのすべてが刻まれていた。私はそれらをすべて指輪に
吸収し、取り込んでおく。これでこの魂は私に相応しい形へと姿を変えていることだろう。
「続いて、この身体だな」
主を失い、文字通り呼吸する人形と化した少年本来の身体。これを改造する。だらしなく弛緩した彼の口に私の口を合わせ、
その体内に多量の影を直接注いでいく。その行為に少し鼓動が早くなる。どうやら「キス」と言うそうだ。そんな知識を
よそに、影を通じて少年の体内を徹底的に『解析』する。魂がなければ身体は動くことはない。少年の身体は私の魔力を、
影をそのまますべて受け入れていく。
「ふむ、駆動中枢と構造は朱美のものに似通っているな。ならば・・・」
脳というものは身体の成長や構造、それらを無意識のうちに記録として残している。私は朱美の記憶から彼女が13歳の
頃の構造を掘り起こし、少年の体内に影を張り巡らせる。空になった魂の器に、魔力を貯蔵する器を作成し、そして
身体中に張り巡らせた影と接続、固定する。この影は魔力を伝導する。つまりこの少年の肉体は、魔力を流せる存在へと
改造されたのだ。
同時に指輪の中では、少年の魂と先ほど私が作った、暗示に堕ちている怜央奈の魂の紛い物が混ざり合っていた。怜央奈の
物は魔法少女とはいえ所詮は偽物、本体は少年の物が優先され、融合しているようだ。しかし、本来女である怜央奈の魂を
取り込ませたことで、少年の魂もまた異形へと変貌していた。少年の、男としての心を持ち合わせつつ、女としても機能
する、魔法少女にもなりうる新しい形、それが少年、歩の新たな形であった。
「これで身体に戻せば少年は私の下僕となる。あとは・・・」
そして私は少年の肉体を影で包む。表情もすべて確認できないそれはまさに黒い人形であった。
(さて、この先どうするかな・・・)
魔法少女の力によって大幅に強化された影の力により、私は中の構成をそのままに外側を作り替える術を手にしていた。
これを用いれば、融合した怜央奈の身体を構成しなおせば『怜央奈』を復活させることも可能である。だが・・・
(私が怜央奈になり、少年の身体を朱美として作り直すのもありではある。さて・・・)
(なるほど・・・。身体の構造の根本が似通っている朱美に改造したほうが手間もかからないか。基礎的な部分もある
程度共有はしているしな)
影に包んだ少年の肉体を徹底的に解析するうちに、どうやら朱美としての肉体を纏わせた方が負担が軽く、効果的だと
分かってきた。内側と外側、両側からの解析により少年の肉体の構造や特徴のみならず、内臓の機能や血管の一つ一つ、
記憶や人格といった脳内に刻まれていた情報すべても把握することが出来た。魔法少女すべてにこれが出来るかは分から
ないが、上手く使えば一般市民を手駒にし、魔法少女たちに揺さぶりをかけたり、無意識のうちに我々の斥候として働く
存在を作成することも可能かもしれない。さらには、
(少年の身体についても解析出来たことで、場合によってはこの少年に擬態して行動することも可能になったな)
私自身の外見を少年に似せてしまうことで、魔法を使えないであろう存在から魔法を繰り出すということも可能になった。
場合によってはこの姿を使って魔法少女を堕とすなど、面白い使い方も出来そうだ。少年の記憶を読み漁れば、力の有無は
分からないが魔法少女の素養を持っている少女が何人かいるように見える。これらについてもマークしておこう。
(よし、では早速『朱美』になってもらおうか)
少年に纏わせた影に朱美の情報を流し、その形を成型する。私の影の力で出来ることは変身ではなく擬態、本人の身体を
根本に据え、その周りに影を貼り付けながら形を整えていく。こちらで言うところの「きぐるみ」を身体に纏わりつかせる
といったほうが近いようだ。従って、どうしても能力は対象ではなく本人の身体相当のものになるし、それ以上の能力を
行使させてしまうと壊れてしまう。解析の結果、少年も身体能力はかなり高いようだが、魔法少女として魔力がブースト
されている朱美の力を十全に奮わせることは叶わない。
しかし、以前はかなり慎重に作業をしてもある程度しか似せられなかったが、解析した身体を作るのであれば影に情報を
流すだけで生成が行えるようになっていた。現に今、朱美の情報を流し込んだ影は形を変え、その模様を異にしている。
少年由来の幼さを残した身体のマネキンから、年頃の少女である朱美の身体へと姿を変えていた。作業の手間も負担も
大きく軽減されたそれは、朱美由来の強力な魔力、緻密なコントロール、そして情報を解析し、新たな手段を開闢する
怜央奈の頭脳の賜物であろう。解析さえしてしまえば、大なり小なり色々なものに成りすましたりすることも可能かも
しれない。
その朱美のマネキンと化した影の塊に、朱美の記憶を基に着色していく。細かい部分や身体のほくろといった部分まで
忠実に再現する。隠密として、身体をひん剥かれてもバレないように丁寧な準備が肝心、私にとっては基本となる、
大事な心得だ。
着色作業もほんの僅かで終わり、そこには目を瞑った朱美その者が立ち尽くしていた。裸に剥かれた彼女のスレンダーな
肉体も、身長、体重、髪の具合から匂いに至るまで、完全に再現している。もちろん喋らせれば朱美の声が出るように、
魔法で声帯に加工を加えてある。普通の人間としては一生涯暮らせるように見えるだろうが、それは難しい。
「姿を似せているだけだからなぁ・・・。成長までは再現できんのが難点か」
成長途上の少女である朱美はまだまだ変貌を遂げるだろう。擬態させることはできても、その未知数な部分を再現する
ことは怜央奈の頭脳を以ってしても不可能だった。だが仕方がない。1週間程度ごまかせれば十分だ。その間に、別の
素体を確保して朱美と怜央奈を構築し、私は全く別の存在として陰ながら立ち回るつもりだ。可能であれば魔法少女、
あるいはその素養がある着目されていない存在を素体としたいところだが、果たして見つけられるだろうか。
「よし・・・、次は中身だな」
立ち尽くす朱美の擬態を抱き寄せて、その頭の中に「朱美」としての基本的な記憶を流し込んでいく。人間の脳という
ものは基本的にすべての領域を使用していない。まだ年若い彼の脳には十分な領域が、そして朱美についても魔法少女と
しての技能を省いてしまえば収まりきる程度のデータしかないことは解析して理解している。私はそれらを影に乗せて、
少年の脳に書き加えていく。少年としても暮らせるように、両方の記憶を混濁させないように、丁寧に処置を施していく。
すでに彼の肉体の構造はすべて解析が済んでいる。どうすればどのようになるか、その程度の演算はもはや造作もなかった。
同時に少年の身体の中に構成した仮初の魔術回路に、影で構成した朱美の魔力を注ぎ込んでおく。魔術は行使できないが、
その身体からは常に朱美の魔力を生成し、漏れるように設定してある。探知に優れた魔法少女はこれで恐らく「朱美」の
無事を誤認するだろう。万が一疑念を持ったものがいたときは、それを取り込めばいいだけのことだ。彼に与える任務は
朱美としての生活、魔法少女の抽出、そして誘蛾灯のようなものだ。彼を囮に、優れた魔法少女を炙り出し、我が物とする。
今の私の計画の青写真はこのような具合であった。
「さて、それでは仕上げと行こうか」
そして指輪の中で混ざり合った少年の魂を、私によって改造された少年の肉体へと戻しておく。少年と怜央奈の偽物が
混ざり合った魂は黒く染まっており、僅かに見える赤色が少年のものであったことを示す名残となっている。指輪から
放つと、まるで吸い寄せられるかのように口の中に飛び込み、身体の中へと入りこんでいく。
「あ、あ・・・。あふぁ・・・💛」
口元から喘ぎ声が漏れ、身体の各部が小刻みに痙攣している。魂の器に戻った彼の魂は私の影、そしてそれから作られた
魔力と結合し、その肉体を支配する。私と指輪、その影響を受けた肉体により、彼の魂は魔族のものとして変化して
いるようだ。そしてその震えが収まり、少年だったその肉体の主は、実の姉である少女、朱美の声を借りて言葉を紡いだ。
「気分はどうだ?少年」
「最高と言わざるを得ませんね。シャドー様・・・」
その相貌は、姉が見せたこともないような、歪みを帯びた暗い笑みだった。
「へぇ、これが姉ちゃん、朱美の身体なんですね。俺より全身が軽いし、何より周りのことがよく感じられる気がします。
センサーが違うんでしょうか?」
「運動神経は君本来の物を流用している、というよりそのものだからな。どうしても違和感は出てしまうだろうが、普段の
君の通りの行動をすれば問題はない。魔法少女としての技能が絡まなければ、君の肉体は姉と同等の性能は持ち合わせて
いる」
「なるほど。姉ちゃんすごく運動得意だから、俺もそうなりたいなぁと思ってたんですが、俺の身体にもそんな力が
あったんですね」
新しい物件を確かめるように、自分の身体に備わった姉の身体を少年は動かしている。肩を回したり、飛び跳ねたりと
試すうちに、少ししっくり来たようだ。しかし、思っていたのと何かが異なっている。
「しかし少年・・・」
「よろしければ歩とお呼びください。シャドー様。たった今から俺はあなたの僕なのですから」
「ふむ、ならば歩。朱美や君自身の記憶によれば君はもっと直情的という印象だったのだが、随分と理知的に見えるな。
こちらで言うところの「猫を被って」いたのか?」
問いかけると少年は、その実の姉の顔を理知的に笑わせて答えた。
「シャドー様。それはあなたのおかげです。正確には私の魂に加えていただいた、『怜央奈』さんの魂のおかげですね」
「ほう・・・?」
「記憶によれば怜央奈さんは結構軽い感じの方でしたけど、その頭脳、本質はかなり理知的で、冷静な人のようです。
紛い物とはいえ本物と同じように作られたものでしたから、本質的に理解できてしまうんです」
この回答だけで、私は彼の身に起きた出来事が理解できた。どうやら彼の魂は怜央奈の要素が混ざり合った影響で、
その性質にかなりの影響を受けたようだ。歩としての直情的で真っすぐな性質と怜央奈の冷静な性質が根源で融合し、
記憶にない冷静さを持ち合わせた少年として、文字通り再構築されていた。
「ああ、ご心配なく。この通りっ・・・!」
歩がその頭の中で力を入れるだけでその目つきが変わる。朱美の記憶の中に存在する、真っすぐで純粋、ちょっぴり
生意気な可愛らしい「弟」の眼差しが、朱美の表情の中に宿っていた。
「本来の俺としての性質も出せますから!男として、女としても完璧に振舞ってみせますよ!」
「フフハハハハハ・・・。なかなか面白い存在になったではないか。実に頼もしい」
「ありがとうございます。このような俺に新しい人生を授けてくださったシャドー様に、心からの忠誠を誓わせて
いただきます。ところで・・・」
「すみません・・・。身体がウズウズするんですが・・・」
「ふむ、もしかすると、一旦お前の身体から魂をはじき出すときに性的な興奮をかきたててしまったからな。それが
残っているのかもしれん」
「なるほど・・・。俺にもやり方が分からないので、姉ちゃんの記憶を使って収めてみます」
歩の身体から魂を切り離すときに、彼の身体を性的に興奮させてしまった結果、どうやらそれが残ってしまっていた
ようだ。歩は朱美の記憶を探りながら、徐に彼女が時々やっていた自慰を始めていた。
「あぅ・・・、ふあぁぁ・・・。き、気持ちいい・・・。姉ちゃんずるいよぉ・・・。こんなの独り占めだなんて・・・」
既にそこにいたのは生意気ながらも姉を慕っていた可愛い弟ではなかった。一人の男としての欲望に忠実で、姉の
大切な部分でさえまさぐってしまう、魔族としての変貌を遂げ始めた少年であった。その様子に、私も心の中が
ざわついてきてしまう。
(ぬっ、私もこの様子に興奮しているのか・・・?ならば・・・)
「ねぇ歩、お姉ちゃんも一緒に混ざっていいかな・・・?」
「あっ・・・、へへっ、シャドー様。姉と姉の身体で交わっても・・・、楽しそうですね!」
歩の快諾を得た私は、朱美そのものに変身した歩と、朱美の肉体に要素を混ぜて変貌させた私と、2人での快楽を
楽しみ始めたのであった。
それからしばらく、私は朱美の肉体を纏った歩と交わり続けた。恐らく倒錯的な光景だっただろう。何せ、朱美本来の
肉体の成れの果てと、それに限りなく似せた朱美自身が交わっているのだ。見た目麗しい彼女同士、本来あり得ないはずの
同じ人間による「行為」というものが、私の中の感覚をさらに鋭敏に、そして馴染むように促してくれている。
「はぁっ・・・、はぁっ・・・。気持ちよかったぁ・・・💛」
「歩よ。今のお前はまるで『朱美』そのもののようだ。彼女の記憶がそう訴えているぞ」
「えへへっ・・・、こうやっているうちに、身体が馴染む様な感じがしたんだよね・・・!ってごめんなさい。主に
対して失礼な口ぶりを・・・」
行為を終え、お互いぐったりとした中で会話を交わす。どうやらこの行為、私には自然と身体の試運転のような役割を、
歩にとっては擬態した身体、そしてその記憶との乖離を埋める役割を果たしていたようだ。快楽に身を委ねるのも案外
悪くはない。私が味わったこともないような甘美な快楽はもちろん、さらに人間として溶け込むことが出来たのだから。
「構わん。お前はしばらくの間『朱美』として過ごすのだ。擬態する以上はそのくらいの態度は貫いてもらう必要がある」
そう、しおらしい朱美というのも見ていて楽しいが、あくまで彼の任務は擬態、朱美という存在が失われていない事の
証明にある。朱美らしさが侵食しすぎるのも考え物だが、今の地点ではいい傾向だった。
「取りあえず、明日のことは明日考えよう。違和感のないよう、抜かりなく対応しろ」
「わっかりました。取りあえず寝るまで姉ちゃんとして過ごしてみます!誰か気づくかなぁ?」
部屋にあった朱美の服を着こなし、再度風呂へと向かった。その様子は間違いなく本人の物であろう。私の意のままに
動く魔法少女という存在に、私の興奮もまた高鳴ってくる。
「おっと、私の姿も作り替えておかねばな・・・」
私は私で自らの肉体を影で包み、怜央奈としての身体を再構成する。他人を作り替えるのと違い、あくまで自分の身体、
影で満たされたその器を作り替えるのは容易かった。が・・・
「よしよし、これでどう見てもあたし、怜央奈だよねぇ・・・。って、こんな胸大きくないんだけど」
作り替えた裸体を鏡の前に晒し、その姿を検証する。顔立ちや雰囲気、性格といった部分は完璧だったし、放出する魔力も
怜央奈の物で構成できたが、どうにも胸が大きく、全体的に肉付きがいい仕上がりになってしまった。
「そうか・・・。『あたし』の肉体だと耐えきれないからか・・・」
朱美の肉体を取り込んだ時は、その膨大な魔力に私の矮小な魔力を加えただけだったから、朱美の身体は特に変化もなく
そのまま使うことが出来た。しかし、怜央奈は私とは違いそれなりに強力な魔力を持っていた。だからこそ私の器は
朱美をベースとしながらその姿を成長させた様子で完成したのだが、その余剰となった魔力は元々の怜央奈の肉体を
再現する際に収まりきらず、胸や肉付きの部分に転化してしまっていたようだ。
「まあ、これはこれで悪くはないか。胸は適当にさらしでも撒けばわかんないだろうし」
慎重な怜央奈の思考に、朱美の思い切りの良さが加わった結果、判断の性質も異なってきているが、私はそれを自然と
受け止めていた。慎重かつ大胆に、今の私はそれが出来る存在に昇華したのだ。
「さぁって、しばらくはこことあたしの家が拠点だ。住み心地よくしておかないとねっ」
私は怜央奈の姿を纏い、残った仕掛けを施すことにした。私にとっての初めての拠点だ。大切に育てていかねばな。
* *
翌朝の事、私は怜央奈の姿を模ったまま『歩』の部屋で目を覚ました。私の眷属と化した歩が朱美の姿を纏っている
以上、朱美の部屋は彼が使用するべきであるし、指輪で彼女の肉体を持ち込んだ手前、この家には怜央奈がいないことに
なっている手前、私が彼の部屋を使っておくことは当然のことであった。そして、昨晩の内にこの部屋にも細工をして
おいたが、それは後程説明しよう。
「オンブラとの交信が出来ないが、大丈夫だろうな・・・」
『絞魔の糸』に魔力を流してみるも反応がない。やられたとは思いたくはないが、万が一の事もある。少し探りを
入れたほうがいいかもしれない。
「ふわぁ・・・、おはよう・・・」
「あ、朱美おはよー。何か眠そうだねぇ・・・」
「うん・・・。昨日の晩、色々知りたくなっちゃってさぁ」
寝癖頭の朱美が部屋から出てくる。隣の部屋からは微かにあえぐ声が聞こえ続けていたのだが、この様子だと遅く
まで姉の肉体、その感覚をまさぐっていたのだろう。歩の肉体や記憶から解析したのだが、どうやら年頃の少年と
いうものはこう言ったものに興味を抱くようだ。何かに使えるかもしれない。
「姉ちゃんっぽく出てきたつもりですが、出来てましたか?記憶や身体、探ってみるのも楽しかったです。女の
中身なんて見れるとは思いませんでした!」
昨晩まで純粋だった少年の魂は、すでに私の眷属として相応しいところまで堕ちたようだ。彼にはあくまで人間として、
そして必要に応じて魔法が使えるよう育て上げてみせよう。オンブラに続く、重要な部下になるかもしれん。
2人でリビングに降りると、既に朝食が用意されていた。そして、そこにいるのは朱美と歩の母親だ。父親のほうは
既に出かけたようだ。
「おはよう・・・」
「おはよっすー」
「おはよう、朱美、『歩』」
その母親には朱美と『歩』が揃って起きてきたように見えているようだ。どうやら私の仕掛けはうまくいったようだ。
昨晩の内に、彼女の両親が眠っている間にその身体を解析し、少しばかり改造させてもらっている。魔力を感知する
受容体を影で脳の中に作り出し、『怜央奈』の魔力を帯びたものは『歩』に見えるよう、脳が誤作動するように調整
しておいたのだ。今の母親の脳の中では、怜央奈の姿をした私は『歩』に見えており、怜央奈として発した言葉も
彼女の記憶の中で、歩が発したものに自動的に、違和感なく変換されてしまうのだ。
(ここまでは予定通り・・・。さて、もう一つ試してみるか)
そして私はここで、私の身体を朱美の影の中へと溶かし、彼女と一体化する。すると・・・
「あ、あら?ねえ朱美、歩はまだ寝てるのかしら?」
「うん・・・。昨日夜更かししてたみたいだよ?」
「全くもう・・・、困った子ねぇ・・・」
彼女はさっきまで見ていた「私」を関知せず、歩が部屋にいる物と誤認している。
私は歩の部屋を影で満たし、その中に怜央奈の魔力を充満させておいた。怜央奈の魔力が感知できない場合、部屋の
魔力を感知させることで、歩が部屋にいると認識させるように調整したのだ。
(ふふっ、完璧だ。これも膨大な魔力と解析があってこそだ。これでこの家は、私の仮初の住まいとして充分なもの
となった。人間としての肉体の維持管理は、この家で整えることとしよう)
初めて設えた仕掛けだが、無事にうまくいったことに達成感を得る。魔王様からの無茶ぶりともいえる要求だったが、
魔法少女たちの力を行使することでどうやら私は一つの橋頭保を得た。
(さて、オンブラとの連絡も大事だが、今後どうするか・・・)
食事の後、朱美の部屋で今日の行動を整理する。
オンブラとの連絡が取れない、そもそも魔力が感知できない以上、私は歩とともに何かしらの行動をするしかない。
オンブラは恐らく昨晩の魔法少女達の影の中に潜り、その影を一体化させているのだろう。その術式であれば魔力は
完全に探知できなくなってしまう。危険性は薄まるが、その分連絡がとれないのだ。
「まあ、やむを得ない話ではあるか」
ここで私が取る選択肢としては、オンブラの消息を探ること、眷属とした歩、その彼が擬態する朱美と言う存在を餌に、
他の魔法少女や親しい友人を誘い、眷属か我が肉体に取り込むこと、はたまた一旦魔界に帰還し、魔王様に報告するか、
といったところだろう。私自身の力を試運転してもいいかもしれないし、歩に続く肉体を確保するのもありかもしれない。
「さて・・・」
#1.オンブラの動向を探る
#2.歩(朱美)を泳がせて魔法少女を炙り出す
#3.怜央奈、あるいは歩の姿に擬態して街に出てみる(どちらかもご指定ください)
#4.一旦魔界に戻る
#5.その他
→#3.怜央奈の姿に擬態して街に出てみる
(朱美を擬態させるのも悪くはないが・・・、あくまで彼女は一般人としての朱美でしかない。となればやはり、
私が出るか)
朱美を餌に魔法少女を釣ることも検討した。歩自身は既に朱美の記憶を咀嚼し、よく理解しているようだったので
問題もなさそうだが、あくまで彼は「一般人」でしかないのだ。魔法少女に会えば正体が露見してしまうだろう。
となれば選択肢は・・・
「この女、怜央奈の姿で街を探ってみるとしよう。何か掴めるかもしれん」
取り込んだもう一つの肉体、怜央奈の姿、人格、魔法少女としての資質、それらを活かして街に潜り、情報を探ることに
した。幸い彼女は支援型の魔法少女、朱美とは異なり戦闘能力が高い訳ではないというのも好都合だ。私は朱美の技能も
力もすべてを使いこなせるが、その加減を間違える可能性もなくはない。本人と比してあまりに強力になりすぎている。
その点怜央奈であれば彼女の持ち味は戦闘ではない。つまり、無理に戦う必要がないのだ。実に隠密向きな存在ではないか。
「・・・ははっ、まさか私が力の強さで悩む日が来ようとはな・・・」
思わず自分の思考に苦笑してしまう。まさか私がこんな強力な力を手に入れる日が来るとは夢にも思っていなかった。
その事が実に嬉しく、愉快であった。
「どうするの?私が街に潜る?」
「いや、朱美は家でゆっくりしててよ。もしおかしなこととかが起きたらすぐ連絡してくれればいいから」
「ん、分かった。じゃあ今日はゆっくり、姉ちゃんの記憶でも漁ってみるかなぁ。何か掴めたら、それはあとで報告する
からね」
本来の朱美そのものと自らが誤認しそうなまでに、よく出来た擬態であった。思った以上に優秀な現地調達の眷属に
嬉しくなる。
「それじゃ、お邪魔しました~」
「はーい、いってらっしゃーい」
やはり、朱美の母親には私が歩として出かけるように見えているようだ。噛み合っていないようで噛み合っている会話の
滑稽さを感じながら、私は家を後にした。
「さて、どこに行こうかな・・・」
#1.街の中心部に行く
#2.怜央奈の家に行く
#3.怜央奈の学校に行く
#4.昨日朱美と魔族が戦った公園に行く
#5.その他
→#4.昨日朱美と魔族が戦った公園に行く
「そうだ・・・。昨日、朱美と魔族が戦った箇所で解析をかけてみるか」
怜央奈の肉体と記憶を手に入れた以上、昨日朱美が戦った公園での解析結果はすべて閲覧できるが、少し気がかりなことが
あった。
(いったいあのカマキリ型の魔族は誰が送ってきた?)
あの場で解析をかけた後、怜央奈は私の魔力であろう痕跡を探知し疑念を抱いたようだ。しかし、私にとっては全く別の考え、
疑念を持つに至ったのだ。すなわち、あの魔族を送り込んだのは誰で、どのような目的なのか、今の私はそれが知りたかった。
(魔王様の意向を受けての手助けであればいいのだが・・・、何か違和感があるな)
一応今の私は魔王様からこの街の攻略、魔法少女の篭絡を任されている、私はそう認識しているが、五月雨式に攻略部隊を
送られても困るのだ。まだ私の存在を露見させるわけにもいかない。だからこそこうして朱美なり、怜央奈なりの存在を
行使して街に潜んでいるのだが、場合によっては姿を現さざるを得なくなってしまう。それはまだまだ避けたいところでは
あった。
(だが、今の私にはそれなりに力がある。ある程度であれば・・・)
そんなことを考えながら街の雑踏を歩いていると、妙に引っかかるものがあった。
(何だかやたらと視線を感じるな)
周りからの視線が気になるのだ。しかも、恐らく男性からの視線が多い。一体なんだというのか。
(ああ、もしかしてこの服装か・・・)
昨晩自宅に帰っていないこともあり、今の私は朱美の服や下着を借りている。どうやらそのサイズがいまの怜央奈の肉体に
合っていないようだ。スレンダーな彼女と比して、いくらか大きい臀部や魔力タンクと化し、さらしを巻いてなお存在感を
主張している胸、丈が足りなかったこともありさらけ出されたその美しい腹部、それらに彼女のきれいな顔が合わさり、
どうやらかなり自己主張をしてしまっているようであった。
(服装に見た目麗しい姿というのも、事によっては考え物なのかもしれんな・・・)
視線を受けるのは悪くない感触だが、今の私にとっては正直なところ好ましい状況ではない。取りあえずそそくさと雑踏を
抜け、公園へと向かうことにした。
* *
公園に着くと、昨晩と同様隔壁で覆われて、中は立ち入り禁止になっていた。だが、私にとってはこんなものもはや囲いに
すらならない。囲いから生じた影を通じてその中へと忍び込む。警備員と呼ばれる人間が何人かいたが、気づかれることは
なかった。
(さて、さらにキッチリと調べさせてもらおうか)
昨晩は本来の怜央奈に調べさせたが、もはやこの『解析』は私の魔術として一体化している。朱美の魔力を取り込んだ今の
私であれば、彼女より遥かに精緻で、詳細に調べられることは既に分かっている。
「えーっと、この辺のエリア一体でいいよねっと・・・。『解析』っ!」
極力怜央奈の人格を出し、彼女の魔力のみで『解析』を行う。これならば仮に魔法少女に露見したとしても、改めて調査した
と伝えればいい。あとは脳内で演算して、「怜央奈が解析をした場合どの程度解析できるか」を演算すればいいのだから。
実にいい隠れ蓑だ。
(ふむ・・・、やはり試作型の魔獣で間違いないようだ。地上にいる生命体を改造して作り上げたものか。しかし、戦闘力の
高さは桁外れだな・・・)
実際に戦った朱美の記憶を閲覧し、照らし合わせながら、解析の結果を吟味していく。なるほど、地上の生命体で言う
『カマキリ』とかいう昆虫に魔力を注ぎ、改造したものらしい。そしてそれを作った魔族は・・・
(むっ!?その魔族が見に来ているな?)
解析した魔力が含まれた存在が近寄ってきていた。本人は意図していなかったようだが、これは朱美の力である。なかなか
高いセンサーを持っているようだ。魔力を落とし、最低限の力に絞りこんで影から様子を伺う。すると・・・
「うーん・・・、またやられちゃったかぁ・・・。もっと研究しないとなぁ」
頭を掻きむしりながら現れたのは、新人気鋭と呼ばれる魔族であった。
(あいつは・・・、レヴィラか。腕前自体は大したものだな。しかし・・・)
あの魔族はレヴィラと呼ばれている。年若いが柔軟な発想の持ち主で、数多くの魔獣を作成している。魔法少女の力が強く
負け続きではあるが、次第に魔法少女側も手こずってきているのは情報として入ってきていた。それに、
(朱美や怜央奈の記憶にも要警戒とあるようだな・・・。敵から情報を知るというのもまた面白いものだ)
昨日実際に対峙した朱美や、常に解析を続けている怜央奈の記憶の中にも、最近力を増してきていることや、実際に
戦ってかなり危ういところまで追い込まれたと記録されている。そして、それに対する対策を会議で話し合ったりして
いることも、情報が筒抜けになっていた。それにしても・・・
(この『白銀』と呼ばれる女、どこかで・・・)
彼女たちの記憶にちらつく影、『白銀の女王』と呼ばれる者の名に心当たりがあった。恐らく彼女が魔獣対策に対する
効果的な手段を講じているのは明白だが、確かあの魔法少女はかつて・・・
「あーっ!ダメだぁ何も残ってなぁい!これじゃあ研究出来ないよー!!」
やかましい声で思考が遮られる。取りあえずレヴィラの様子を観察することにする。朱美や怜央奈の記憶はいつでも
覗けるのだ。後で考えればいいだけのことと割り切ることにした。
(始まったか。腕はいいのだがなぁ・・・)
レヴィラは術式の解析や、魔獣の残骸を探していたのだろう。その彼女が嘆く声から芳しい状況ではないようだ。
そう、このレヴィラという魔族は好奇心を優先しすぎてしまうきらいがある。今回も彼女の独断で魔獣の試験とでも
称して送り込んだのが容易に想像できた。実に頭が痛い。この地点で、魔王様の指令を受けて合法的な連携を行える目は
潰えてしまっていた。むしろ場をかき乱される可能性さえある。
(作戦の支障になるのであれば排除しかあるまいが、今の状況ではあまりに理由がなさすぎる)
今の私は魔法少女怜央奈としての肉体を行使し、魔術を用いている。恐らくレヴィラを屠るのはもはや造作もないだろう。
レヴィラ自身はそこまで戦闘力は高くない。朱美の経験から彼女の挙動を見ていれば何となくわかってしまう。だが、
「怜央奈」自身は戦闘力が高い訳ではない。彼女自身の戦闘力で立ち向かえばそれは難しいと言わざるを得ないだろう。
朱美の魔術を行使してしまえばいいのだが、『朱美』自身は家にいるように仕込んであるため、彼女たちに何らかの出来事が
あったと露見する可能性が高い。
(果たして、どうしたものか・・・)
「恵~!魔族いるよ~!!」
「よぉし!理香!結界張って!!」
突如聞こえた声の方向を向くと、同じような格好をした少女たちがレヴィラへと向かっていた。
「恵~、結界準備おっけぇ~」
「よぉっし!こんの魔族め!ここでぶちのめしてやる!」
どうやらピンクの髪をした、いま結界を張った方が理香、黒い髪をしたショートヘアーの勝ち気な少女が恵というらしい。
・・・、なるほど、こいつらも『白銀』の門下生か。ただ、魔法少女としてはあまり優秀ではないらしい。現に理香とやらは
私を巻き込んだまま結界を張った上に、そこまで強力な結界は張られていなかった。これなら簡単に破けてしまうだろう。
恵という少女は自らの体内の魔力を増幅させ身体能力を強化するタイプのようだが、武器に使っているのは自らが脇に抱えて
いるスポーツバッグだ。朱美の『迦具土神』のような魔術道具かと思い解析をかけてみたが、中に入っているのは服やら
勉強道具やらのようだ。私が出ればすぐに制圧できてしまうだろう。しかし・・・
「うっそ魔法少女!?しかも結界張られてる!?どうしようこれじゃあ魔獣も呼べないよぉ・・・」
残念ながらこのレヴィラ、文字通りの研究者でしかないのだ。戦闘力は魔族の中でも最低ランク、それでも一人ずつ戦えば
何とか対処はしきれるだろうが、2名同時の相手では良くて相打ちといったところだ。現に彼女は恵のスポーツバッグが
何回か当たり、顔をしかめている。
(さてと、私はどうするべきだろうか・・・)
彼女たちが戦いに集中している間に、私は考えを巡らせる。今の私は怜央奈の姿をしている。恐らく私が怜央奈
として加勢すればレヴィラは簡単に制圧できるだろう。余計な介入を受ける事もなく作戦を進められるし、魔法
少女達からの信頼もさらに得られることだろう。しかし、仮にもレヴィラは魔族、彼女を撃破してしまっては今度は
魔族から不審がられてしまう。研究者であるレヴィラはそれなりに魔族でも名が知られている。恐らく不慮の事故
では済まされないことだろう。となれば魔族としてレヴィラを助け出すのが自然な流れだが、「怜央奈」の肉体は
信用を失う可能性も考えられる。そうなれば朱美や怜央奈に成りすましたまま潜り込むのは難しくなり、真っ向から
戦う道を強いられる。どちらにもメリットがあり、デメリットがある。さて・・・
#1.魔法少女怜央奈として恵たちに加勢し、レヴィラを撃破する
#2.怜央奈に成りすましてレヴィラを援護する
#3.魔族としてレヴィラに加勢し、恵たちを倒す
#4.その他
→#3.魔族としてレヴィラに加勢し、恵たちを倒す +倒した恵達を指輪で支配する
「ふふん、魔族と言っても大したことないのね!理香!追い込みをかけるよ!」
「あいあいさー。拘束術式の準備をしておくねー。1か所に追い込んで~」
「おう!」
慣れたやり取りなのだろう。恵はレヴィラを結界の隅へと、少しずつ逃がさないように間合いを詰めている。
その間に理香は目をつむり、意識を集中して魔力を高めている。どうやらレヴィラを拘束するつもりらしい。
「あんた魔族よね。このままじゃ返さないわ!ギリギリまでいたぶって、『白銀』さんに引き渡して
洗いざらい吐いてもらうわよ!魔族のことについて!」
「くっ・・・、まさかこんなところで・・・」
・・・、趨勢は決まったな。ここは魔法少女として、恵に加担してレヴィラを拘束し彼女を引き渡させない
ように私の方で処分するしかないであろう。彼女の脳に詰まっている研究や魔獣の知識にも興味はある。
怜央奈の思考能力があれば、それを更なる形で有効活用し、魔法少女を追い込む手段の糧となってくれるだろう。
(すまんレヴィラ、貴様の知識だけでも私が引き継ぐ。ここは大人しく・・・)
「ごめんっ・・・。オンブラ君・・・!私、何もしてあげられなかったっ・・・!」
怜央奈として飛び出そうとした瞬間、彼女の断末魔とも言える言葉から吐き出されたまさかの言葉に私の思考は
停止した。
(レヴィラの奴、オンブラと言ったか・・・?もしかすると彼女は・・・)
今の私が作戦を共にしている部下の名前を聞き、一旦考えをまとめ直す。どうやらレヴィラはオンブラと
何らかの関係性があるようだ。そして彼女の口をついて出た言葉、もしかするとレヴィラの奴、今回は
ただ実験のために魔族を送り込んだというわけでもないのかもしれない。
作戦を変えよう。幸い隔壁の内側には「影」もある。私は理香が張った結界を解析し、そこに私の魔力と
影を紛れ込ませる。彼女が張った結界は粗く、あっという間に私の魔力に満たされ、私の結界へと姿を変えた。
そして・・・、
「そこまでよ」
私は怜央奈に擬態していた姿を解き、今の「私」の姿でレヴィラの横に並び立つ。そして私の声と同時に、
作り替えられた結界に影を満たして外界と隔絶させ、幻影を見せる。これでこの結界の中からは魔術が
吐き出されず、外側からは何も起きていないように見え続ける。これで私の姿はこの結界の中にいる者
しか分からない。
考えた結果、自らの姿で臨んだほうがダメージが少ないと結論付けた。朱美や怜央奈の肉体、立場には
まだまだ利用価値がある。だからこそ、ここは敢えて知られていない『潜影のシャドー』という存在で、
奴らと相対することにした。
「な、誰だお前は!?」
「私は『潜影のシャドー』。お前たちを支配する者だ」
「シャドーさん・・・?でも、その姿って」
「あの魔法少女達を無力化することが先決だ。こちらもオンブラとの関係について、聞かせてもらうぞ」
「は、はい・・・。ありがとうございます」
いまは悠長に話している暇があるわけでもない。私であれば造作もないがレヴィラは簡単に倒されてしまう。
最低限の会話だけ交わしてレヴィラを私の後ろへと下がらせ、私は魔法少女たちと対峙する。
「『潜影のシャドー』・・・、聞いたこともない魔族だけど、その姿って・・・」
「まるで私たちみたい、って思ったか?」
私の言葉に図星を付かれたような顔をする。少し脅かしてやるか。私は魔力をわずかばかり解放し、気を
溢れさせる。
「なっ・・・、何なのよこの魔力・・・!」
「まずいよ恵~。あの魔族、魔力が桁外れに高いみたい~」
どうやら後方のボヤっとした魔法少女、確か理香といったか。彼女のほうが頭は回るらしい。それに恵という
ほうも怯えながらも戦意は失っていない。なかなかに勇敢な魔法少女のようだ。性能はともかく、中身はなか
なか悪くない。
「はははっ、結構結構。2人とも実力はないかと思ったがなかなか悪くないな」
「何を言って・・・!」
「決まっているだろう。君たち2人には、我々魔族の尖兵になってもらう」
「せ、尖兵って・・・、どういうこと?」
「言葉のままの意味だが?」
私としては親切に伝えたつもりだが、頭の中の朱美や怜央奈の記憶から「それでは伝わらない」と突っ込みが
入る。どうやら魔族と違い、人間にとって眷属や尖兵の概念は一般的ではないらしい。仕方がない。「奴ら」
の常識に合わせて説明しよう。
「お前たちは力はあまりないようだが、それでも我々魔族の力を上回る個体は多い。何よりお前たちは群を
為して我々を攻撃してくる。魔族には集団戦という概念はほぼ存在していないからな」
魔法少女たちが強い理由はここだ。例え力がない魔法少女でも、集団を組み、それぞれの個性を生かした役割を
持たせることで何倍もの戦闘力を発揮させている。それぞれの個体が散発的に挑む魔族にはほとんど存在しない
概念が、我々を確実に追い込んでいる。
「だからこそ、お前たちには「異物」になってもらう。表向きは「魔法少女」として、しかしその実態は知性を
もった明確な我々「魔族」として活動する身体となる」
どうすればいいのか、私が手にした魔法少女たちの記憶、能力、そして頭脳を用いて散々考えた。足りない力で
『黒薔薇』と『金獅子』を篭絡し、魔法少女を殲滅するための方法として、最も効率的で、適切な方法は一体
何なのか。
人間というものには大なり小なり「知性」が存在する。だが、それを持つ魔族は少数派だ。オンブラは別としても、
ただの人間であるはずの歩の方が眷属としてはよほど使い物になると言えば程度は理解できると思う。
だからこそ、魔法少女たちを倒すのではなく、取り込んでいく。取り込んだ彼女たちは魔法少女たちの連携を崩す
内通者として、優秀な戦力として、あるいは魔族の器として、使い道はあれこれと思いついた。周囲から崩壊させ、
私は私で最高戦力である少女たちを我が肉体として、魔力として、その記憶まですべて私のものにする。それが
私が手にした頭脳がはじき出した結論だった。
「そのための第1歩として恵、そして理香。私のものとしてその肉体をよこせ」
今の私はどんな顔をしていたのだろう。少なくとも、彼女たちがこの身体を「朱美」のものであると気づくことは
なかっただろう。