女になった以上、当然、食パンダッシュしないとな。
そして、道路の角で男の子とぶつかるわけだ。
話しは数日前に遡る。
高校生の俺は、彼女がほしくて仕方がなかった。それで神社に願をかけたのだ。恋人がほしい。できたら、美人でちょっとおっちょこちょいの女の子がいい。そう、食パンをくわえたまま学校へ走っていくような。それで俺はその女の子にぶつかって、文句を言われながらもいろいろあって仲良くなる、と。
その翌日、目が覚めたら女になっていた。
家族は俺以外は何も変わらない。部屋には自分の学校の女子の制服がかかっていた。他は同じで自分だけが女になっている、パラレルワールドに入ってしまったようだ。
わけもわからず女としてその日一日を過ごした。学校に行ったのだが、自分が女だということを疑問に思う友人は一人もいなかった。
どういうことかと思ったのだが、どうやら神社にかけた願がかなえられたらしい。ただ、こういう女の子とつき合いたいと事細かく要望を神社でお願いしたら、自分自身がそういう女の子になってしまったらしいのだ。
鏡を見ると、自分の顔は男だった頃の面影がないではないが、それ以上に自分が理想としていた女の子そっくりの顔になっていたのだ。
ふざけるな、俺を男に戻せ、と神社に文句を言いに行こうとも思ったが、やめた。
鏡を見ている自分が可愛くて、ああ、こんな女の子がいいと思っていたんだと。アホ毛までが再現されていて、この女の子を消えてなくしてしまうほうが勿体ないと思えてしまったのだ。この世界からこの子を消したくない。
というわけで、そんな女の子の毎日が始まることになった。
というわけで冒頭に戻る。
寝坊してしまった。急いで着替えて学校に行かなければならない。
当然、食パンダッシュだ。
すると、通りの角で、男の子とぶつかってしまった。
宙に飛んだ食パンは、しりもちをついた男の子がナイスキャッチ。
俺も、ぶつかった男の子も尻もちをついていた。
「何すんのよ」
男の子が叫んだ。よく見るとなかなかイケメンだ。
「それはこっちのセリフだ。パンを返せ」
その男の子は、
「はぁい」
と、両手でパンを持って俺に渡してくれた。なにやら丁寧だなと思った。
「次からは気をつけてね。っていうか、パンを食べながら歩かないほうがいいよ」
「男なのにずいぶん、女っぽい話し方をするんだな」
するとその男の子は顔を赤くして、
「じゃあ、お先に」
と走っていった。あいつのほうが慌てているじゃないか。
時間ギリギリで学校に着いた。もちろん食パンはその時には腹の中だ。
担任の先生がやってきた。
「今日は、転校生を紹介する」
おおっ、とどよめく教室。そこに現れた男の子。
「あっ、お前は」
「あっ、あなたは」
「なんだ、お前ら、もう知り合いか。ああ、席はいま大声をあげた女子の隣だから」
その男の子は俺の隣に座った。
隣に座ったのをきっかけに、その子といろいろ話をした。自分の話もした。
彼は、実はこの街に来る前は女の子だったと言う。
引っ越してきた日に、神社に行き、新しく来た場所でぜひ彼氏が欲しい。これこれこんな男の子がいい、と願をかけたそうだ。
すると翌日、自分が願っていた彼氏のような、イケメン男子になってしまった。そして両親兄弟、だれも自分が男だということに疑問を抱かなかったという。
俺の場合と性別を変えてそのまま一緒、みたいな話だ。
ちなみにこの街に来る前は、食パンダッシュを何度もしていた遅刻しがちな女の子だったそうだ。
結局、俺たちは似た者同士で、話もよく合った。
似た者同士がそれぞれに理想の異性になっていたのだから、惹かれ合うのに時間はかからなかった。ほどなくして付き合うことになった。
キスまで進んだところで、休日の午後、両親兄弟に用事があり自分の他に誰もいない時があった。
思い切って家に来るよう誘ってみると、彼は顔を真っ赤にしてうなずいた。
ベッドの上で服を脱いで、いざ、という所で声が聞こえた。彼の声ではない。彼も首を回して誰の声だ、という顔をしていた。その声は頭の中に直接響いてきた。
「まぐわうのは待て。元に戻そうか」
だが誰が話しているのか相変わらずわからない。
「誰だ?」
「神社の神様だよ」
そこで神様の話はいったん、中断した。何か、口が動いているような音がする。その後、何かを飲み込んだような気配がした。
「何か食べてた?」
「ああ、干し飯をな」
神様だけに食べているものが古い。
「天の上にいるとな、信者の声が途切れ途切れにしか聞こえんのだ。それでも願いをかなえてやろうと思って、二人が性を変えてくれと言ってきた気がして変えてやったのだ。だが、間違えたのに気が付いて急いで地上に降りてきたのだ」
「エッチしようという時になって?」
「そうだ。一度まぐわうと、変えた後の体に魂が馴染んでしまうからな。元に戻すなら今のうちだ」
「ああ、でもいまさら、ねえ」
彼が言った。
「せっかくイケメンになったし、可愛い彼女もできたし」
俺の気持ちも同じだった。
「綺麗な女の子になったし、気の合う彼氏が出来たし」
「そうか。まぐわう前にすでに馴染んでいたか」
神様は考え事を始めたようだった。
「ふむ。神の申し出を断ったのだから、呪いをかけてやろう。二人はもはや浮気が出来ぬ。幸せに添い遂げるがよい」
「それがなんで呪い?」
「夫がいて他の男を、あるいは妻がいて他の女を好くのは人生の機微というものだ。それを失くすのは人の生をつまらないものにする。これが呪いでなくてなんであろう」
だがそう言う神様の笑い顔が見えるような気がした。
「さらばだ」
神様の気配が消えた。
「行っちゃったね」
「そうだね」
「もう男には戻れないんだ」
「女には戻れないんだね」
「ちんちん立たせたまま、そんなこと言っても」
「あなただって、そこ、濡らせたまま言ってるし」
「しようか」
「そうだね」
このあと滅茶苦茶セックスした。
干し飯を食べながら天から降りてくる、って、神様のやっていることも食パンダッシュと変わらない。
そんなことに気づいたのは、だいぶ後になってからだった。
<終>