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闇堕ち魔法少女もの(仮)

2020/09/28 01:22:56
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「う、ウソ……! カーマイン、どうして……っ!?」
魔法少女ピュアルージュこと、若葉が現れた俺を見て愕然とする。
「ごめんね、ルージュ。ピュアカーマインはもういないんだよ?」
俺の姿は、首のチョーカーからボディスーツ、グローブからブーツのつま先に至るまで闇系色に彩られている。
紅い爪が長く伸び、腰には蝙蝠のような赤い羽。
鋭い二叉の槍のような髪飾り、首もとの宝石は暗く妖しい光を宿している。
これまでピュアルージュを助けてきた、男の娘姿のピュアカーマインの面影はほとんどない。
「なんてことなの。あなた、わたしよりおっぱい大きくなってるじゃないの!!」
豊満なバストがゆさり、と揺れる。

闇の魔導士に囚われて、精神汚染と肉体改造を施された俺は、闇の勢力の手先となったのだ。
少しでも若葉のことを助けたいと願って、男の娘姿の魔法少女に変身してこれまで戦ってきた。けど恥ずかしかった。
捕まって、女体化処置をされて、魔法生物による責めを繰り返し、繰り返しこの身に受けて。
理性が擦り切れた音といっしょに悟ってしまった。女の子なら恥ずかしくないじゃん、と。



「カーマイン・ダークネス、アナタのことを真っ赤に染めに参上ですっ。うふふ」
かくして、俺は戻ってきた。
女の子の快楽をルージュに堪能してもらうために。
ルージュにも、闇堕ちのカタルシスを味わってもらうために。
……あっ。ルージュのこと考えてたら俺、濡れてきちゃった……。

- 01 -

ルージュの基本攻撃は、ステッキからの破壊光線だ。
ステッキを封じてしまえば、おおむね無力化できるだろう。
そう考えた俺は、魔導士から渡された拘束用の触手を取り出し、ルージュへ向けて放つ。
ステッキを絡め取った触手は、うまく行けばルージュ自身をも拘束出来るかも知れない。性格上、ルージュはその前にステッキを手放すだろうが。

「ルージュのやりそうなことは、想像つくんだからね」
淫紋が疼き、これからのことに期待が高まる。
「そぉい!」
え。触手の絡んだステッキこっちに投げてくるか。
「わたしだって、カーマインの考えそうなことはわかるんだもん!」

ステッキを手放したルージュは恐るるに足らない。
俺が変身する以前も、一緒に戦っていたときも、肉弾戦を得意とする魔法少女ではなかったからだ。少なくとも肉弾戦するシーンを見ていない。
「ふんっ、はあっ!!」
一気に間合いを詰めてきたルージュの下段蹴りで脛に激痛が走り、その認識とカーマインの膝とが崩れ落ちた。
俺の頭の位置が下がる。見計らったように、
「そぉいっ!」

ばちこーーん!!

「!? えっ、え。ええ……」
突然のことに涙も出てこない。驚きが先に立って痛みはあまり感じなかった。
ルージュによるマジカルに強化された平手打ちを頬に食らって、カーマインはもんどりうって倒れた。

ずっと引っかかっていたんだ、淫紋を刻まれて女の体の絶頂をきわめたときも。なりゆきからちょっとした手伝いで正義の味方を始めたときも。
悪の手先に堕ちたあとも。俺がこいつの、若葉の持っている何かを変えることなんて、どう転んだって無理なんじゃないかと。

「あれ? 若葉さん? 端から俺いらないくらい、やたら強くないですか?」
ようやくじんじん赤みを帯びてきた頬を、手で押さえながら俺はつぶやく。
くいっ、くいっ、と手首のスナップを効かせる仕草を見せつけつつ、ルージュが迫る。
「……さぁ、カーマイン。もとい、清彦。お仕置きの時間だよー?」


「ひっ、ぎっ、あっ。はっ、やめっ、腫れちゃ、痛っ、あっ、裂けちゃ」
マジカルスパンキングというやつだ。平手ではあるが、尻叩きである。
マジカルに強化されているので、ルージュの手はまったく痛まないだろう。俺の尻はとても痛い。
──悪堕ちコスって、えっちなことするのに便利ってくらい局部の露出あるものが多いけど……。
こういう場合でもお誂え向きに思えるよね。
「叩かれる、ひとは! もちろ、ん! 痛いけど、叩いてる! ひとの、心も! 痛いんだ! よ!」
なお、お尻ペンペンされている最中にも、俺に刻まれた淫紋が反応して痛覚の大部分を快感へと変換していく。
若葉はわかっているのだろうか。この仕打ちが更生というよりむしろ順調に、俺をマゾ女に調教しつつあることを。

「ああっ、はあっ、あんっ! ごめ、ごめん、なさい! ひあああっ!」
ぷしっ。

俺の局部から分泌されたぬるぬるが散って、若葉の脚を濡らす。
ああ、悪堕ちした先でもこんなに恥ずかしい思いをするなんて、考えもしなかった。


「この……!汚いでしょ、変態!」
体液をぶっかけられた若葉、愛と怒りと悲しみのマジカルスパンキング。
若葉の手のひらより放たれたマジカルなパワーが
俺の体に残された前立腺を押しつぶす

「ほぎゅ☆」
脳天へと走る衝撃を受けて俺は蛙が踏み潰されたような声をあげてメスイキする。

そっちの方が面白そうだからと残された男の部分と
魔法生物の調教の結果、ケツ穴も立派な性器の1つになっている。



(俺の知らなかった若葉を見せられている。そんな気がする)
そばにいて色々わかったつもりでいたが、こんな一面があるなんて。
一生懸命で、誰にでも優しくて、賢いんだけどどこか抜けている若葉。
正義の名の下に苛烈で、攻撃的で、でも相棒を立てることを忘れないルージュ。
悪に染まった俺を見てそれでも、淫らな俺への嫌悪感と正義と愛のはざまで揺れている。
……それは連鎖悪堕ちをもくろむ流れからしたら、狙い通りだったわけだが。
いずれにせよ、俺の不甲斐なさが招いた結果なのか。
心境としてはとても切ない感じなのだが、淫紋がフル稼働中なので、いま何されてもだいたい気持ちよくなってしまうのがとても不本意だった。

「はあーっ……はあーっ……はあっ、あんっ!」
これはカーマイン・ダークネスとして悪堕ちして、変更したばかりの決め台詞が泣く。
染めるだのどころでなく、平手でペンペンされたあげくお尻を真っ赤に腫らした俺だった。
後ろのほうでなにやら焦げ臭い。
ひりひりと痛む尻をかばいつつ振り返ると、ルージュが、ステッキに取りついた触手を破壊光線で灼いているところだった。
「ううう……。ルージュさん? 煙が出てますけど」
何か言って。黙らないで。
ふう、と息を吐いてルージュは、ぶすぶすと燻る触手の残骸を蹴散らす。
そして、普段にくらべてやや発光しているステッキをこちらに構える。
「そうよね。カーマインってば、男の娘魔法少女だったもんね。いまおっぱい大きいけど」
再会時からずっと、俺のおっぱいのサイズについてはご不満らしい。けっして、俺が望んだカラダじゃないんです若葉さん。
「あのう、ルージュさん。ステッキこっちに向けないでもらえると。ありがたいかなと」
破壊光線で真っ二つに灼き切られたとしても、淫紋は機能するんだろうか。南無三。
「あはっ、そんなひどいことしないよー。さっきの触手が使えたらよかったんだけど。まだ余ってたりしない?」
ヒュンヒュンとバトンを回すようにステッキで風を切る音が近づいてくる。
あっ、あっ。
腫れた尻を突き出す格好の俺、なにやら唸りをあげるステッキ。
元男の娘魔法少女の俺、マジカルステッキとは棒状の武器。
「やめっ、そんなこと──」
やめないで。なにせ魔法生物の柔軟かつ強靭な触腕でなぶり尽くされた排泄孔である。
期待とともに俺の局部から分泌される汁が、よだれのごとく垂れ落ちる。

魔法少女のステッキに、その淫液がまぶされて。
「えっちな男の娘って、こういうものをくわえ込むんでしょ?」
ずっ、にゅりゅ。

「んほぁ!? かは、うううふぅんっ……」
ケツ穴と直腸はマジカルな柔軟性をもって裂けることなく、ステッキを受け挿入れた。
淫紋がへその奥くらいまで、刻印の根を張り拡げてピンク色に輝く。
「あっ。あはあ、らめら、らめりゃって。おれ、おかひく、なりゅ」
こうなると、俺の脳みそもだいたいピンク色に染まっているので、ルージュが神々しい後光を背負った女神に見える。
淫乱マゾメスけつま○こらしく、媚びるように腰を震わせることしかできない。

あっ、あっあっ。おれのなかで、ルージュのステッキが、穢れちゃう……。

... * *

俺、闇堕ち魔法少女辞めたいです。
言ってみただけだが。
闇の勢力に囚われたあとで、相棒の魔法少女に捕まっている。そんな状況だった。

「いい? カーマインを更生させるまで、わたし寝る間も惜しんで頑張るからね!」
いや眠ってくれ。学校もあるだろう。
俺のほうはこんなだし、いくら魔法で誤魔化しても、取り繕うのにキリがなさそうだから諦めてるけど。
洗脳波を発信する電波塔でも立てるか? コスパ悪いけど。そんなの、俺のことに使うより別の悪事に使われるほうが自然だしな。
「そんなこと言わないで。清彦は、本当は女の子になりたくなんてなかったんでしょ?」
面白半分でこんな体にされたから、いっそのこと女の子になってもいいやって気分なんだけど。
どのみち淫紋ある時点で、まっとうな日常生活は送れないよな。

戦闘を経てさすがに魔力を消耗したのだろう、俺を部屋に連れ込むと、風呂に入ってから若葉は眠った。
マジカルロープでふん縛られて俺は明け方までまんじりともせず過ごした。
……追加の触手を接収されてたら、違う意味で朝まで眠れないところだ、危なかった。
さっきの頑張る発言の前に頬でなく乳を張られて起こされたので、どうやら朝になってから意識を失っていた時間があったようだ。
「学校なんて行ってる場合じゃないよ、なんなら清彦を連れて学校に行きたいくらいだよ」
おや? 若葉の言いそうにないことだ。学校をサボるだなんて。
それだけ、カーマインを大事に想っていてくれるとみるべきか? いや、おかしい。それだけでこうはならない。
カーマインの姿のままの俺は、若葉の魔力を走査してみた。
ルージュとしての若葉の魔力をはかるには、三つの宝石に込められた魔力を視るのが妥当だ。
髪留めと、変身後に胸元にあるものと、魔法のステッキ。
ちなみにカーマイン・ダークネスの場合は髪飾りと、首もとと、左手の指輪だ。

(うっ……これは)
彼女の髪留めの宝石の輝きが、いくぶんくすんで視える。
もっとも顕著なのがステッキだ。
俺を拘束するマジカルロープを維持するのに、置かれてあるのだが……。
(なんて、澱んだ魔力がこびり付いているんだ……!)
ヘドロじみた粘着質で醜悪な魔力。本来のルージュの清浄なそれとは似ても似つかない波動が、宝石をわずかにしかし確実に侵食している。
その波動には見覚えがある。それも最近かつ、ごく身近なものだ。俺が闇堕ちしたときにともにあった、闇の魔導士のものだ。

* * *

部屋での気絶に近い眠りのなかで、俺の意識は闇の魔導士からの干渉を受けていた。
〔そうか、ルージュおそるべし。一筋縄ではいかないか〕
(え。頭の中で声がする。気持ち悪い……!)
〔まあいい。カーマイン・ダークネスよ。正攻法で堕とせるような相手ではないのだ、焦ることは〕
(うわー、怖いな。怪現象だ、なんだろ。お経でも唱えるといいのか。にゃむにゃむにゃあ)
〔ない。首尾よくルージュのそばに居るのなら、っておい聞けよ!?〕
わりとイラつかれたらしく、手短に叱られて頭の中がキンキンした。
具体的に話に挙がったわけではないが、魔導士の計略は俺が直接ルージュを連れてくるのを期待したものではなかったようだ。
〔こほん。遠からず、お前は私のもとへ戻るだろう。ルージュとともにな。くくく……〕
(くくく、って実際に笑うひとはじめて見た。違った聞いたわ。あ、高笑いはやめてね? 頭に響きそう)
〔戻ったら説教な。それか再調教。選ばせてやる〕
(あーあー聞こえない、わーわー)

* * * *

精神汚染された身なので、いまさら魔導士が怖くはないのだ。利用価値が無くなれば棄てられる、そんな関係だと割り切っている。
さて。ルージュこと若葉の言動の違和感はおそらく……闇の波動が影響していると考えられる。
闇の魔力との接触、それはたとえば、俺の体液に含まれていたり。
そのう、ぬるぬるを少し浴びただけで、あまり若葉のイメージにない激昂したもんな……。
俺をどうしようもないメスに歪めたように、俺に仕込まれた特別製の、闇の魔導士の魔力が若葉の規範意識を歪ませているとしたら。
これが続くようなら、まさに精神汚染だ。
逃れるためには、汚染源である俺を遠ざけたうえで、穢れを祓い、ルージュ本来の清浄な魔力を取り戻すしかない。
このままだと、魔力行使や変身の度ごとにも宝石の侵食は進む。
いずれ彼女の輝石が、カーマイン・ダークネスの首もとの宝石と同じ色に染まる運命は避けられない。
すなわち、闇の魔導士の勝ちだ。

最悪じゃないか。
俺は、体を巡る血液が汚泥にすり替わったような絶望と、歓喜に震えた。

ルージュのことだ。みすみすカーマインを逃がしはしないだろう。
もし俺が逃げだしても捕まえて、目の届くところに置くだろう。
別の魔法少女というのがほかの街には居るのだろうか。いたとして、
俺の存在は害悪であり別口魔法少女は俺のことを始末しようとするかも知れない。
ルージュは、他人の手にかかるならいっそ──と考えつつも手を下せないタイプの魔法少女だ。
非情になれるなら、悠長に尻叩きなどしない。俺はすでにこの世にいないはずだ。

最悪を回避するためには、どうするか。
俺が改心して魔導士の企みを暴き出し、ルージュを救う。
あるいは、俺が自決して汚染を止める。
(難しいな)
俺を改心させるということは、闇の魔力の浄化が必要になる。
浄化したとして、淫紋の刻まれた体から魔力を失ったあと正気でいられるだろうか。
そもそも同じ浄化をするのであれば、ルージュのほうを優先すべきだし話が早い。
自決はない。だって、こんな面白くなりそうなこと、間近で見ていたくなるに決まってる。
そのチャンスをふいにして地獄行きだなんてありえない。


- 02 -

(……こ、清彦、うっ、ううん。清彦ぉ。あん)

マジカルロープで拘束されたまま、淫らな夢の中にいるのかと思った。
いまのルージュの状態は要注意のため、カーマインは彼女に魔力のチャンネルを合わせておいたのだが。
チャンネルを合わせたがために、良くない魔力が俺からルージュに流れている可能性も考慮すべきだったな。
助けを求めているような、押し殺すような、熱っぽく俺の名前を呼んで。
あの若葉が。夢ではなくて現実だ。
なんだろ、大事なとこだ。光るな淫紋ちょっとだまれ。

(若葉、若葉? 大丈夫か、いま学校か?)
(んひっ……ぴひゃ、はれれ? 清彦の、こえ。あ)
なにやら慌てた様子が、魔力交信に乗って伝わってくる。
なんかドタバタやってんなあ、というのはわかるが、さっきのエロい声はなんだったんだ。
(あ、うん。気にしないで、忘れて。あはは……)
(そうは言っても、気になる。俺の名前呼んでて)
(忘れて? 忘れさせようか、今すぐにでも?)
あ。これしつこく訊くとぶん殴りに来るやつだ。
ステッキで脳天かち割られるカーマインが脳裏に浮かんだ。
淫紋とか関係ないな、死ぬわ。俺。

死にたくないのでその場での追及は諦めた。
学校から戻った若葉は、気丈に振る舞ってはいたが目に見えて憔悴していた。
今朝よりもふらついている。ステッキの侵食もほんの少し進んでいる。
俺が何もしなければ、俺は相棒の苦しむ様子を眺めているだけで。
最悪がひたひたとやってくる。その足音を聞いて俺は、若葉を。



部屋に戻ってきた若葉はマジカルロープを解除した。
「え。解き放っていいのか、これでも俺、闇堕ち魔法少女なんだぜ」
「男の娘だろうと魔法少女だろうと、おトイレやお風呂もあるでしょ。ずっと縛っておけないよ」
闇の魔力……魔素の侵食の影響か。俺に手心を加えることは、悪を野放しにすること。
いくら目の届く場所にという建前があっても、彼女の規範意識は弛む一方だ。それが自覚できないほどなのか、若葉に元気がない。

「ね。お風呂、はいろ? 清彦」
はい? なんですと若葉さん。めっ。ざわつくなよ淫紋。

* *

闇堕ち魔法少女はパートナー魔法少女と入浴する夢をみるか。
うーん。闇堕ちコスって物理的に脱げるんだろうか。変身解除で、カーマインぽいシーメールさんになるんだろうか?
あー。以前に服だけ溶かす溶解液出すやつにぶっかけられたときは、マントだけ外せたりしたし。脱げる気がしてきた。
ただなあ、悪堕ち魔法少女俺。から変身解除して普通に男の姿で淫紋野郎俺。だったら始末に悪いよな? とにかく淫紋が厄介なんだよ。
変身解除じゃなく衣装変更みたいな感じで、コス剥いだら速いかな。
風呂、なんとかいけそうだな。
裸になるとするとだな……この爪だよ、長くてあぶねえな? なんだ、ガントレットの指先だけみたいなもんか。この紅い爪。外そ。
……若葉のとこの家風呂か。若葉の。あ、淫紋め活性化すんな抉るぞ。

「お、お待たせ……バスルーム、いこっか」
俺はじっと脱衣所の隅で壁を向いていた。
衣擦れの音や、脱衣かごに衣服が置かれる気配やら。悩ましげな若葉の息遣い。
ははっ。男の娘ちんこがバッキバキよ。思春期か。淫紋か、無理もねえな。
薄手のバスタオル一枚で、胸元を押さえるように隠している若葉。
彼女の肌は、風呂に入る前なのに不思議とうっすら桃色に華やいで見えた。
ただそんな若葉の、外した髪留めの輝石はくすんだままに視える。
「なんだか、緊張するね。あっ、その羽どうするの?」
コス剥いで素っ裸なんだが、腰には羽が生えてる。場所とるなあ羽。
「そうだなあ、邪魔なら毟ろうか? 羽」
俺としてはどっちでもいい。魔法で切断してもいいし、力任せに引っこ抜いてもいい。
「そんな、手羽先みたいに……」
なまじ会話が通じるから若葉は忘れているが、俺の精神は汚染され変質している。
今だって、自分で毟るよりも誰かにへし折られて千切られるほうが、奪われた感があって興奮するなあ……などと頭のどこかで考えているのだ。
自分でいうのもなんだが、常人の思考とくらべると明確に破滅的で壊れている。

俺の意志でぱたぱたと羽ばたかせることのできる羽だが、腰の位置に根ざす皮膜系の羽に物理的な飛行あるいは飛翔能力はあるのだろうか。
よく知らないが、カーマイン・ダークネスに変身するごとに物質化構成される服飾品扱いなのかもしれない。なら引っこ抜いてみてもいいな。
寝るときや浴室でもやはり邪魔そう。収納できたりしないだろうか。
一度試してみてもいいか。

尻を締めておなかを引っ込める要領で、羽はするする縮んで小さな皮膜翼型の痣みたく平面化した。
邪魔だし朝まで要らないな。羽を伸ばすこともないだろ。朝までだって。くひひ。
「どうしたの、清彦。なんだか不敵に笑っちゃって」
若葉の視界にはなにか、闇の波動への抵抗し通し疲れで、おかしなフィルタでもかかってるんだろうか。
ド近眼の子が眼鏡外して入る風呂じゃあるまいし。これはな、やらしいこと考えてるにやけ顔さ。
胸を張れるようなもんじゃない。

* * *

ここで……もしも、若葉が俺の男の娘ちんこをしゃぶったら。そうでなくとも、若葉と激しい接吻を交わしたら。
『はああ……。そっか、わかっちゃった。これが、カーマインの見てる景色なんだねえー』
などと、劣情にまみれたどろりと澱んだ瞳をして、若葉はケラケラ笑うのだろうか。
『正義も愛も店じまいしちゃった! これからはわたしが気持ちいいことだけ。
それだけやって生きていけばいいよね。邪魔するやつは皆殺しだよー』
ってな感じにぶっ壊れたルージュと面白おかしく遊びほうける日々か。

容易に想像できて、他ならぬ俺が後押しの出来る最悪。
闇の魔導士のそばに侍って、淫蕩な笑みを浮かべるルージュ・ダークネスとカーマイン・ダークネス。
──なんて、つまらないんだろう。
判で押したような狂気と記号じみた無秩序をまとって、人間性を剥ぎ取られた無個性な狼藉者に身を落とすのは楽ちんで、じつに安易で、くだらない。
正義や愛や、そういったいろんな前向きで暖かくてありふれた、かけがえのないものに包まれた、ささやかな日々よりも……はるかにずっと退屈そうだ。

* * * *

「どうしたの? 清彦」
先ほどと全く同じ台詞の若葉の表情は、あまり優れない。
たっぷりとシャボンを含んだスポンジを構えたまま、不思議そうに俺を見ている。
「若葉と風呂だとか、いよいよ現実味ないなと思ってさ」
闇の勢力に囚われて以降の俺は、振り返ってみても悪い夢のようだ。
現実に、地に足をつけて生きてる感じがしない。
いまもこれは独房に繋がれて人事不省に陥った俺の見てる夢で、覚めたらまた調教の続きが始まるんじゃないか、とか。
そんな感覚を気にしなくなったころ、虚無感しか持たず空っぽの薄っぺらい、悪夢の世界の住人になっちゃうんだろうか。俺は。
現状ほぼそちら側になってて悲しくない時点で、手遅れなんだろうが。
ただ、その悪夢と現実を往き来する魔法少女である、ルージュはともかく若葉との接点が、ごっそり減ってしまったんだなと考えると。
寂しい気持ちになる。
境界の向こう側の人々に構って欲しくて、怪人がこちら側にやってくるわけでもないだろうが……。
「わたしは、こんな現実もありかな、って思ってるよー?」

おずおずとした手つきで、カーマインの背中に泡がまぶされていく。
がさつにごしごしと泡を塗りたくって、肌を擦って、ざっと湯に流せばそれが体を洗うことというのが俺の認識だが、若葉はそうではないようだ。
壊れやすいものを扱うように、そっと、肌に泡をのせる具合で俺からは見えない部分がシャボンまみれにされる。
これは、なかなか。
「……うっは、くすぐったい」
むずむずするというか、じれったいというか、ぞわぞわするというか。
お互いの背中を預けて戦う仲ではあったが、こういう委ねかたは新鮮で、どうにもくすぐったい気分になる。
「すこし、流すね……」
シャワーのコックを捻る音がして、水の粒が肌で弾ける。ときおり、若葉の指や手のひらが肌を撫でていく。
言い忘れていたが、若葉がきちんとアップに髪をまとめてくれたから、濡らす心配はないぞ。
「不思議だね、男の子なのにすべすべで。でも芯は力強い感じ」
ま、男の娘だしな。胸も膨らまされたし。すけべなことも多少は。
先ほどより大胆に、しなやかなカーマインの肉に彼女は指を這わせる。
濡れた首もとに熱い吐息がかかる。
不思議なのはこっちも同じことだ。エロい雰囲気になって流されて、バッドエンド直行してもおかしくないシチュエーションなのに。
あたかも浴室が清浄な魔力に満ちあふれているように、淫らな気持ちにならない。
「!! ルージュっ! いまのお前は魔力を使うなっ!!」
俺は血相を変える。
脱衣所の、ルージュの髪留めを透視する。輝石のくすみ具合は変わっていない、視た限りでは。

「座って、清彦。心配いらないよ」
「だってどう見たって若葉の……続けてちゃ身がもたないぞ」
ああ。こういうやつだった。あれほど苛烈に戦うのに、優しさを持ちあわせてる。
俺にたしなめられても、カーマインでなく清彦と呼ぶこともそうだ。
身を削ったって、こうして他人を慈しむことをやめないのだ。
「ふふっ。脚や前のほうはどうする? わたしが洗ってあげようか?」
「じじじ自分でやるよ、まままったくくく」
動揺を隠せない。くそっ。
胸は洗ってあげたかったなあ、などと聞こえてくる。勘弁してくれ。
こういう若葉だから、ほっとけないんだ。

若葉に倣って、ほわほわとおっぱいに泡をトッピングしてと。
「そういうお菓子みたいだね、食べちゃいたい」
「のわっ」
覗き込んで、はいないのか。浴室の鏡か。
ちらり、と濡れた薄手のタオルを体の前側に貼りつけた若葉の裸身が映る。
「腹壊すぞ。やめとけー」
てきぱきと腕に置いたシャボンと一緒に、シャワーで流してしまう。
「ううー。おいしそうだったのに……」
絡むなあ若葉。しばらくの間、俺のおっぱい憎しだったのはなんだったんだよ。
座って脚洗うか。と思ったところで、若葉は俺のお尻の様子が気になったらしい。

「すこし腰あげて、どうなってるか見てあげる──」
自分でも腰を捻ればわかるんだがなあ。
やりすぎた、とでも若葉は思っているんだろうか。折檻は正しかったんじゃねえかな。
魔法少女は丈夫だし。タフネスのない魔法少女なんて生き残れねえからな。
あと、マジカルスパンキングのダメージをひきずってなんていたら、黙って縛られてらんねえよ痛みで……。
「ひゃあ!」
「赤みはほぼ引いてるね、傷もないみたい。痛かった? つらかったでしょ?」
そ、そりゃやられた分は腫れもしたし、痛かったに決まってるが、そこ、指先っ。
這わすのやめて!? 若葉、俺のお尻をなんだと思ってんの?
「そういう風に叩いたのはわたしだけど、
違った説得の仕方もあったんじゃあって、今になって後悔してるんだ──」
腰を浮かせた体勢が、仇となったような。ば、バランスが。
「はあ、う?」
思わず浴槽の縁を掴む。より尻を突き出す格好になった。

「あは……これが男の娘ま○こなんだぁ。なんだかいやらしいね」
まじまじ見るのはやめてください。勃ってしまいます。
……あっ、これルージュの魔力が発揮されてねえな。まずくねえ?
「ね? ちょっとだけ、指で触っていい?」
いいわけねえだろ!? アウトだよ、とくにいまのルージュにはな!?
「だ、駄目! 若葉、触ったら怒るからな、恐いんだぞ!?」
下腹部の淫紋が桃色の光を発しているのが、見なくてもわかる。
その光は、浴槽のお湯の水面にも反射して揺らめいている。
いけないことだとわかっているから興奮するし、こんなに優しく触れられることは、若葉以外からは一度だってない。

泣きそうになる、闇堕ちだ悪堕ちだと仰々しく騒ぎ立てたところで、俺というやつは。
若葉には、俺にだけ特別優しい女の子でいてほしい、それが望みなんだ。
そう俺が望めば、若葉は応えてくれるかもしれない。
そのとき俺が、変態じみた体ではなく、清彦という一人の男として隣に立っていたいのだ。
若葉のことを思いながら、とどのつまり自分のためだ。
いくら若葉が悪夢の世界の住人となって俺になびいてくれたところで、そんなものでは足りない。
満足できない、と思えばこそ。
最悪へと流されることは回避しなくちゃならない。是が非でも。

「ね、ね。ちょっとだけ、拡げてみちゃ」
「駄目ったら駄目! 拡げるのも駄目だからな」
どうにか体勢を戻して、俺の弱いところを触らせないようにする。
やってみたいかと問われれば、やってみたいが、それは駄目だ。
隷属だの支配だのが欲しければ、そうすればいいが……俺の望む関係は、望む未来は永久に手には入らないだろう。
「やっぱり、清彦も興奮してたんじゃない……」
残念そうに若葉が言い、掛け湯をして浴槽へ入るとそっぽを向いてしまう。
体勢を戻したときに、愚息が丸見えだったようだ。
それにしても。清彦 “も” ……“も” って。え? ええっ?

気まずい空気は長続きしない。
若葉は切り替えが早いな。うちのルージュはつよい子だよ。まったく。
「お風呂から上がったら、軟膏塗ってあげるねー?」
通常の闇堕ち魔法少女なら、ここでツンデレ具合を発揮するところだろうが。
お生憎と俺は、そういう路線からは外れているんだ。
「やめっ、やめろよ。自分でやるよ……」
「ダメ。更生の兆しがあるのはいいことです、ここは! わたしに塗らせてね?」
ご褒美のつもりだろうか。ご褒美ではあるのか。
俺ときたら、若葉にデレデレだよ言わせんな恥ずかしい。

* * * * *


風呂上がり、若葉の髪を乾かしたあと、若葉の部屋に俺たちはいる。
俺は一計を案じた。
「俺は闇の勢力の手先、カーマイン・ダークネスだ。
それでもピュアルージュのことは忘れていないし、調子を崩してる若葉を心配してる」
「それは、わたしだって同じだよ。
わたしよりおっぱい大きくなって癪に障るけど、カーマインのことは心配だし。清彦のことだって」
俺は頷いた。カーマインの豊満なおっぱいがゆさり、と揺れて若葉の視線がやや厳しくなる。
だから、俺のおっぱいのサイズは俺のせいじゃないんだって。
「俺にいくつかの考えがあるんだ。これはルージュの協力がないと成り立たない。
俺を信用しろだなんて言わない」
言葉を切る。視線はいくぶん和らいだ。
思えば俺が真面目な話をするときは、彼女は決して、腰を折ったり茶化したりせずじっと聞いてくれていたっけ。
へへっ。ちょっぴりグッと来ちまったぜ。
「闇堕ちした俺にはわかるんだ。手をこまねいていたら、ルージュはカーマインの二の舞になる。
それを阻止したい」
──聞いてくれるか。俺の作戦を。
話し始めた俺を彼女は止めない。
おおよそ聞いてから判断してくれたっていい。話し終えてマジカルステッキで撲殺されるならそれもいい。
カーマインは、ルージュのために戻ってきた。これは動かないんだからな。
手を伸ばせば触れられる距離の若葉の瞳は、彼女の魔力のように清浄で、吸い込まれそうに深くて、柔らかな眩しさを宿している。
(こんな綺麗な瞳を、どんより曇らせてたまるかよ)

- 03 -

数日後、黄昏どき。二人の魔法少女が、人気のない路地裏を歩いていた。
「ねえカーマイン、カーマイン・ダークネス? あなただよ。聞こえてる?」
やや蓮っ葉な口調で、ピュアルージュがカーマインに話しかける。
「あ、ああ。なにかな、ルージュ」
少しぼんやりした反応のカーマイン。ときおり股をすり合わせるようにして、もじもじとしている。
「おいおい、そんなんじゃ困るのよ。闇の魔導士に会うっていうのに、もっとしゃんとしてよ」
「ご、ごめん……なんだかわた……オレ、落ち着かなくって」
はあー、と大袈裟にため息をつくルージュ。
苛烈だった正義と愛が信条の魔法少女の、携えた三つの宝石は軒並み暗く澱んだ光で満ちていた。
「なにさ、……あっ。ほほーん。じゃあさ、ちょっと賢者タイムってやつを味わっとく?」
ルージュに似つかわしくない、スケベな男子生徒のような下卑た笑みを浮かべ、それっぽくマジカルステッキに指を這わせて舌をちろりと見せる。
「やめてよ! やめて、ルージュ……怒るよ」
舌を小さく鳴らし、唇を尖らせたルージュは、そのステッキをカーマインの豊かな谷間へずぷりと挿し入れる。

「ひゃ! ルージュったら、こんなところで。だ、だめだよ」
ぽぅ、とカーマインの淫紋が反応し、恥ずかしいのか彼は両の手で顔を覆ってしまう。
乳肉が揺れて触れ合う音が聞こえるくらいに、カーマインの胸は弾み淫紋の明かりが揺れマジカルステッキは踊る。
「んふ。覇気がちょっと足りないんだよね。カーマインは男の娘魔法少女なんだから」
くひひ、と笑い声を上げるルージュ。
なんたることだろう。
魔法少女の魔力を司る宝石は三つともどす黒く濁り、まるで別人のような振る舞いをするルージュ。この場にかつての若葉がいたら、烈火のごとく怒り敵と認識するであろう堕落ぶり。
彼女たちは、闇の魔導士の誘うままに、彼の待つ拠点へと向かう途中だった。

「ねえカーマイン。闇の魔導士ってどんなやつなの」
言葉のわりには気のない様子で、ピュアルージュは訊ねる。
「えっ、あ。わた…オレか。ああー、えっとね」
「ゴキブリの糞みたいに細かいけど底知れない魔力を感じたし、カーマインをこんな素敵な体に改造しちゃった、悪趣味スカタン野郎、だっけ?」
実際そこに汚物があるかのように、眉根を寄せるルージュの語彙がひどい。
「うん、そう。それ。淫紋は、困るよね……ひゃうい!?」
その淫紋が淡く発光する。ルージュが、カーマインの豊かなバストをぐいっ、と持ち上げたからだ。
「ひゃわ、だめ、おさえ、抑えてルージュ、ここじゃ無理ぃ」
ぷっくり膨れた乳首を引っかけて微妙な位置で、悪堕ちコスチュームがポロリを踏みとどまっている。
「なんだよ~。魔法生物相手にはぴゅるぴゅるしまくったくせに、
わたしにはおちんちん食べさせてくれないってーの? けーち、んーっ、ぼお♪」
うり、うり。とばかりに男の娘乳房を弄び、舌なめずりしだす始末だ。

──ルージュの身に何らかの、決定的な異変が起こったのは疑いようがない。


「えと。か、カーマイン・ダークネスっ。アナタの……あれ、なんだっけ」
「違うって。いまは名乗りの時間じゃないから、いいの。魔法少女ピュアルージュ、入るわ」
着いたのはこぢんまりした小さな倉庫の扉の前。
扉を開きかけ、半端な開き具合のところで二人は立ち止まる。
「そうそう、カーマイン。以前に戸を開けたら、四方八方肉壁のおかしな異空間でさ。
ルー……わたしの破壊光線で蜂の巣みたいになったこと、おぼえてる?」
「そうだね、ルージュ。あのときはびっくりしたよ。懐かしい、ごめんね。わた…あうう。取り乱しちゃってさ」
「生きた心地しなかったかな。ま、それもこれも笑い話。いまからのも、そうなるわ」
カーマイン・ダークネスとピュアルージュの魔力の波動を感知して、扉の先が魔術的に、闇の勢力のとある拠点へ繋がる。



二人の靴音が響く。中は狭い倉庫ではなく、だだっ広いいかにもな空間だった。
いかにも奥に、幹部級が好んで待ち受けてそうな雰囲気の。
「これはようこそ、魔法少女ピュアルージュ。おかえり、カーマイン・ダークネス。
私の名は、言うまでもないな」
闇の魔導士が、待ちかねたとばかりにベテラン声優はだしの良い声で出迎える。
「つまんない場所ね。歓迎する気はちっともないのかしら」
ほんとうにつまらなさそうに、ルージュが吐き捨てる。
毒づく魔法少女の、輝石の侵食具合──ほぼ濁りきっている──を認めて、闇の魔導士は満足げに手指をすり合わせる。
それはご馳走を前に手をすり足をする蠅の仕草を連想させた。
「首尾は上々のようだな。カーマイン、また相棒と一緒になれて嬉しいだろう」

毅然と半歩踏み出して、カーマインにしては燃えるような意志を宿した瞳で幹部を睨む。
遅れて胸がゆさり、と勇ましく踊った。
「いいえ、反吐が出るわね。邪悪な闇の魔導士さん、よくも……」
カーマインが言い募る前に、闇の魔導士は右掌を掲げ、何かを握り潰すように閉じた。
カーマインの淫紋が激しく瞬き、下腹部に強い光が宿る。だがそれだけだった。
「カーマイン! のことを!」「?!」「ぐぐぐ。ぐひ、んふぅ……」
訳が分からないという表情の魔導士の目の前で、棒立ちしたルージュの口の端からはつぅ、とよだれが垂れる。
股間と下腹部のあたりに手をやって、呻き声を押しとどめルージュは何かを必死に耐えている。
あたかも、戦意をたぎらせるカーマインでなく彼女こそが淫紋の暴虐に曝されたかのように。

「──はっ、まさか。私を欺くレベルの、信じられん……!」
「ぐ、ひいんっ。は、ははっ、ちっとは驚いたか、闇の魔導士……んはあ」
青息吐息といおうか、桃色をした吐息混じりに濡れた中指を立てるルージュ、しかしルージュからは確実に闇の魔力の気配が漂っている。
「ま、賭けだわな。てめーのスカタン魔力が、うちのルージュに移ったらばっちいからそこは心配してたんだが──」
ステッキを顔の前に捧げ持ち、真正面アングルからは髪留めと、胸元の宝石がちょうどその影に隠れる。
と、たたらを踏むルージュ。
「──何とかなったよな。ははー、やってみるもんだ」
台詞を引き継ぐように、今度はカーマインが話を続ける。
「やっ、やっぱりカーマインの体の感じはぞわぞわしたよー」
こちらは先ほどまでが嘘のように、いつもと変わらない調子で、よだれを拭き拭きルージュ。
見れば彼女の髪留めの、ステッキの、胸元の輝石は清浄な魔力を宿してそれぞれに、いや輝きを増している。

「ぐぬぬ……ぅ、輝石を介した意識交換に感覚バイパス、魔力認識回避の偽装だと? ひよっこ風情が生意気にも……!」

「カーマイン本来の宝石の様子を、ルージュの輝石に投影してたからな。あと淫紋の様子も」
「疑われないように、意識交換までする必要あったかな……?」
「ばっ、魔導士がまんまと騙されて悔しがってっから、別にいいんだって」
くわえて、闇の波動を通じた監視にも警戒しての意識交換であった。
闇の魔導士の性格上、ルージュ陥落の目処が立った頃からは監視を始めるだろうと踏んで、準備を整えてもいた。
なお見かけ上はカーマインの体の淫紋が反応している絵面になるものの、淫紋効果のフィードバックだけは
ルージュの体のなかのカーマインへもたらされるため、より堕ちたルージュらしい雰囲気づくりに一役買っていた。
「そんなものなのかな。けど、男の子? 違うか、男の娘の体って不思議な感じだったよー?」

「解せぬ。お前たちは共に行動し、常に精神汚染に曝されていた……! なのに何故だ。
ルージュは、そのように正常に清浄でいられるはずがない」

さもありなん、拠点に向かう道中のやりとりは意識交換かつ二人のなりきり演技としても。
変調を来したルージュや道中の精神汚染への対策が、時系列的に説明がつかない。
だがしかし。
ここでカーマインが、漆黒と呼べるほどの黒に染まった指輪をかざし、見せつける。

「莫迦な、カーマイン・ダークネスよ。血迷ったか!?」
闇の魔導士が目を見張る。

* *

俺にしてみれば、単純で平凡な発想なんだよな。
汚染源である俺をそばに置いていれば、何らかの接触でルージュの輝石が侵食される。
もちろん俺には闇の魔力を浄化する術はない。
俺を見捨てることをしなかったルージュは、やがて穢れ切って闇の軍門に下る。
それはそれで、カーマインにとってはハッピーエンドだ。これから仲よく、堕ちたルージュと背中合わせで戦えるんだものな。
闇の魔力に触れてもなんともない俺。
耐性があるどころか能力値がプラスになるくらいだ。多少気が触れるのはデフォルトだし。
カーマイン・ダークネスを媒体として、汚染を拡げているんだから平気なのは当然だよな。

ここで、俺に出来る特別なことがある。
カーマイン・ダークネスのもつ三つの宝石──そのうちのひとつ、指輪の宝石と
さらに指輪の地金に、ルージュを蝕む闇の魔力を移して封じていけばどうなるか。
「ま、浄化できないまでも、可愛いルージュに穢れを溜め込むような事態は避けられるわな」
「かっ、かわいい……! やっ。んも~」
珍しく、うちの魔法美少女がくねくね踊ってるが、気にせず続けるぞ。
魔力の吸収や封印も反復し慣れれば嫌でも上達するものだ。
魔力操作が朝飯前になった頃には、除去され圧縮した魔力はみっしりと指輪に詰め込んである。そんな寸法だ。
吸引力の変わらないべんりな指輪。しつこい汚れのお掃除感覚だな。

* * *

「おのれ、カーマイン……」
歯噛みする魔導士。たしかに俺は闇の勢力の手先にされたが、魔導士の配下になった覚えはない。
その辺の統制がゆるい悪の組織って、よくあるけどらしいっちゃらしいよね。そういういい加減さ、嫌いじゃない。

「さてと、闇の魔導士さぁん。アナタのことを真っ赤に染めに……そんなに怒らないでよ~。
カーマイン・ダークネス、ここに参上。ってね。うふふ」
飼い犬に手を噛まれるとは。その憤怒に赤を通り越し顔をどす黒くさせる魔導士。
腰の赤い羽がそれっぽいように、もともと蝙蝠だって思えば腹も立たないだろうに。
魔法少女と闇の勢力のどちら側からしても、俺は裏切り者なのでいまさらだが。
「眺めのいいほうを選ばせてあげる。髪飾りか首もとか、アナタはどっちの宝石に封じられたい?」
ちょっとした角度からの見得を切りながら、内心冷や汗ものだ。
相手は仮にも幹部クラス、保有魔力の規模がどれほどかは正直わからない。
宝石は複数ある。分割して封印するのも考えに入れてあるが……力を削げれば、そのぶんルージュが楽に戦えるはずだ。


「ふん……。折角我等が拠点までご足労いただいたのだ、闇の歓待をとくと味わうがいい。
闇色の素晴らしさに気づき、帰る気が起きなくなるまでな!」
「魔導士が招いたんだよな。いまだにお茶の一杯もなしだけどな」
「いいえ! 結構よ。わたしはカーマインとお家に帰らせてもらうわ!」
言い放つなり、ルージュの破壊光線が闇の魔導士を襲う。
魔導士はその輪郭を滲ませて、破壊光線は彼が腰を下ろしていた石の玉座を粉々にした。
だがそれだけだ。

不気味に嗤う魔導士は、宙に浮かぶ未確認飛行物体のような奇妙な挙動で動き回り、狙いを絞らせない。
動き回りながら、魔導士の名に恥じぬ多彩な魔術を二人に向けて繰り出す。
ルージュは素早いフットワークで魔法攻撃を回避し、破壊光線を見舞う隙を窺っている。
ぱりぱりと、起動音と破壊音を重ねつつカーマインは防御魔法で攻撃をしのぐ。
「魔導士! ぶん殴ってやるからちょっとこっち来い!」
拳を構えて俺は、魔導士を挑発する。ゆさり、と胸が揺れる。
魔導士は目線だけで嗤い、魔術の洪水じみた暴威を振り撒くばかりだ。

(近寄るどころか。魔力の桁が違うな)
魔力総量だけを考えれば、魔法合戦を続けて先に根を上げるのはカーマインとルージュの両名だろう。
彼の従える魔法生物の出る幕など、勝敗が決した後の調教パートであろう。
カーマインの背に怖気が走る。
それだけ魔導士は、己の魔法に自信を持っていると言える。闇の歓待のホスト役を買って出たのだから。
彼女らが膝をつき動けなくなるまで、魔導士のほうから近づいてくることはないかも知れない。

それにしても、魔法攻撃の属性や種類こそ多彩だが、御披露目感があるというか、小手調べというか。
(なんだか、魔法攻撃をしのがされている、気がするな)
遊んでいるといえばそうなのか。あとでたっぷり苛め抜く腹積もりなのか。
殺気がないとは言わないが、必殺の一撃が一度もない。
弛緩した戦闘を仕向けているのか……。
「ルージュ、油断するな。あいつ……何か、」
ぞくり。
カーマインが言葉を飲み込んでしまうほどの、悪寒が走る。
(まず狙いは、俺かよ)
魔力障壁を展開しかけて、だがそれでは防げない危機感が膨らむ。
ちりちりと、左手が……いや左手の指のあたりに次第に重苦しいプレッシャーが。

「吹き飛んだお前の肉片を掻き集め、魔法生物に喰らわせたあと、蘇生させた部分と魔法生物をくっつけて、
新たなカーマイン・ダークネスを造るのも、一興かも知れんな!? どうだ、カーマインよ!!」
指輪の宝石に蓄えられた闇の魔力が、宝石の内側で白熱しスパークしている。
まずい。
闇の魔導士ときたら、闇の波動を通じて宝石の闇の魔力に干渉して、宝石自体を爆発させる気だ。なんてことしやがる。

* * * *

「まさかっ! やらせはしないわっ!!」
おぞましい魔力の高まりにルージュも魔導士の意図にすぐに気がついたようだ。
いまだかつて見たことのないような真剣な剣幕で破壊光線を放つ。
魔導士は回避をしようとするが、破壊光線は逃げる彼を追尾する。
「なんだと!?」
渦を巻いて収束した光線は魔力防御を貫き、大量の魔力と纏っているローブと諸共に、魔導士の左肩を吹っ飛ばす!
(おいおいおい! こんな技無かっただろルージュ! 火事場の馬鹿力ってやつか!?)

「うぐああああああああああぁぁぁっ!! 貴様らっよくも…よくもぉぉ…!!」
根元から千切れ落ちた左腕を押さえながら激昂する魔導士。
身を包むローブを失ったその姿は…、
「お前、女だったのか!?」
黒いエナメル質の全身タイツのような衣装を纏ったその身体は、細くくびれた腰、丸く膨らんだヒップ、むちむちとした太もも…。
ナイスバディな女性のものだった。
「貴様ら…私の美しい身体によくも、よくも傷をつけたなァァッ!! 絶対に許さん…
もう少し遊ぼうかと思っていたが計画変更だ、ここで死ねぇッ!!」
魔導士が右手を振りかざすと、俺の指輪の宝石に魔力が急激に集まっていく。


咄嗟に俺の体は飛び出していた。
周囲の動きがスローモーションのようにゆっくりと見える。
これが走馬灯ってやつか。いや走馬灯は別のやつだっけ。意識のどこかでそんなどうでもいい考えが浮かぶ。
飛び出した俺は今にも爆発しそうな指輪を嵌めた左手で魔導士の胸ぐらを掴み、走る。
爆発にルージュを巻き込まないように、もっと距離を取らなきゃいけない。
あいた右手はルージュに向けて、魔力でシールドを張る。細かい制御をしている余裕がなくて大雑把だが、なんとかなってくれ。
ごめんルージュ。今までありがとう。こんな、悪堕ちした俺を見放さないでいてくれて、嬉しかったよ…。

「カーマインおのれぇぇぇぇ!!!」
叫ぶ魔導士とともに爆発に包まれる。
視界が白い光で埋まる。と、その時ルージュの魔力を感じた。ルージュのシールドが俺を守ろうとしている。
馬鹿だな…こんな俺より自分のことを守ればいいじゃないか…。


きよひこ…清彦…清彦
眠い…でも、どこかで若葉が呼んでる…。
清彦…清彦、清彦!
そうだ、若葉を一人にしちゃいけない…。俺はまだやることがあるんだ…。

「清彦! 清彦!! 目を覚ましてよぉっ!!」
目を覚ますと目の前に若葉の、ルージュの顔があった。頭の下には柔らかい感触。膝枕、いただきました。
「若葉、ゴホッ、あ、あいつは…」
「倒したと思う、多分…」
ルージュの背後の方に目をやると、上半身を吹き飛ばされ残った魔導士の腰から下と、ルージュの破壊光線で吹き飛ばされた魔導士の左腕が落ちているのが見える。
「あっだめ、まだ動いちゃだめ!!」
制止の言葉に思わず見てしまう。おのれの下半身を。いや、なんとなく感覚でもわかっていたのだけれど。
俺の下半身、かろうじて淫紋のある下腹部までは無事だがそこから先、あと左手の肘から先は爆発で吹っ飛んでいた。
感覚が麻痺しているのか、不思議と痛みはない。ルージュが全力で治癒魔法をかけてくれているのがわかるが…これは治るのだろうか…?


その時、背後で魔導士の残骸がぴくぴくと動いていることにふたりとも気付かなかった。
最後の力を振り絞るかのように魔導士の下半身と左腕が小さくうごめくと…その傷口の断面から、魔法生物の触手が飛び出してきた!
「キャアアアアアッ!! な、なんなのっ!?」

完全に不意打ちだった。
触手はカーマインの、俺の腕と胴体の傷口に殺到し、俺の体と魔導士の腕、下半身を引き寄せ、癒着させていく。
傷口から内臓の中をかき分けて触手が伸びていくおぞましい感覚。
それと同時に、激しい痛みとともに失われていた脚と左手の感覚が急激に戻ってくる。
皮膚の下で激しく蠕動する触手とともに、俺の視界にうつる下半身は、
むっちりした太もも、丸く厚みのあるヒップに、慣れ親しんだ竿のない、つるりとした平らな股間…。
意識を失う寸前、俺はとうとう男の娘から本当の女になっちゃったな…と思った。

* * * * *

淫紋が激しく瞬いて、どろりとした獣欲が下半身にまとわりつく。
まるで、魔法生物になぶり尽くされていた日々の名残のように。
なんか人間じゃなくなっちゃうんじゃないか。体の半分くらいが淫獣みたいな、怪人じみた姿にされちゃうんだろうか?
それってとっても……、
一瞬でそんな感じの思考とピンク色の閃光が体を貫き、続いて俺の脳裏に浮かぶのは。
ルージュの清浄な眸だ。曇らせたくない、悲しませたくはない。
ま、とてもじゃないが……、あの苛烈な魔法少女をひとりにして置いていけないよな!


──少しだけ、時間は遡る。
魔法少女の持つ三つの宝石は、魔法少女の魔力の根幹をなしており、三つ全ての輝きを失うと魔法少女は力を失う。
ひとつが壊れたところで、代わりは利くし即変身解除や戦闘不能に陥ることはないが。
(冗談じゃねえ、んな至近距離で爆破されたら身体が消し飛ぶわ。滅茶苦茶やりやがる)
指輪を外すのは無理だ。吸収してある相当量の闇の魔力を制御しなきゃならないし、いま宝石ごと指輪を外せば変身が維持出来ない。
ルージュとの距離をはかる。俺からも、むろん魔導士からも離れている。
これならルージュの防御態勢は間に合うだろう。俺は──。

カーマインの左手の、宝石の中のわだかまる闇から、熱風と炎熱と衝撃波が、炸裂する。

魔力爆発なので、粉塵や煙幕が長く漂うことはない。
火薬による爆発ではなく、そうしたきな臭さはない。
「やだ、カーマイン……っ。カーマイン! 返事してよ……」
爆炎が収まって、爆発の中心とおぼしき地点の床は大きく抉れている。
信じられない、という思いにルージュの瞳が揺れる……。

──エンジンがかからないのに、延々スターターを点けられている感覚。
(駄目だろ。ガス欠なんだよ)
薄く目を開けた俺を覗き込んでいたのは、ピュアルージュだった。
(ああ、ルージュか。心配かけて)
声が出ない。左手を差し伸べかけて、なんだかいまひとつ接続が悪い感じだが……。
カーマイン・ダークネスの魔力を司っていた宝石のうちひとつが嵌まっていた指輪が、
その指に黒い砂のようなものが集合し指輪だけが復元される。
腰のポーチを右手で探ろうとして、もう失われていたのを思い出す。
(石が、要るんだ)
魔法生物は俺の手足のようなものだ。違うか。いまや俺の手足そのものだ。
拘束用触手とだって、その気になれば意思疎通ができる……。
俺の影からは拘束用触手の触腕が細く長く伸びて、俺の求めるものを取ってきてくれた。

触手は右の掌に、焼け落ちたポーチの中にあった、煤けた石をぽとりと落とした。
これだよ。
役目を果たした拘束用触手がばいばい、と煤で少し汚れた触腕を振り振り影に戻っていく。
俺は魔力の籠もっていない、ブランクなその石を震える指で指輪の台座に置く。
もとは綺麗な石なんだが、ゆっくり汚れを拭ってられない。
きらめく砂塵のようなものが指輪に降りてきて、研磨されたかのように石は輝いて、新しい宝石が出来上がる。
そして新たな魔力が出来立ての宝石へと流れ込む。
(まだ、足りないな……)
俺は、下腹部の淫紋が特殊な紋様であることを “識っていた” 。
(魔導士の悪趣味で、男の娘専用の仕様とか。ぶっ壊れてんな闇の魔導士)
事実上、男の娘属性は喪失している。半分ほども機能しないなら、分解して魔力に還元して差し支えないだろう。

肌に刻まれた淫紋が、淡い光を放ちながら退色していく。
かわりに癒着した継ぎ目の皮膚の境目がそれとわからないくらいに馴染んでいく。
「う、くぅ……」
声が少し出るようになった。
(こういう若葉を泣かせる自己満足の自爆はしないって決めたとこなんだがな、痛々しいだけだし。
爆発だって、諦めてぶっ込む以外の解決策が。ま、どうにか善後策練ってくか)
「気がついたの? わたしのこと、わかる?」

「あ、あー、ルージュ?」
「カーマイン……?」
俺を清彦と呼ばない。疑念があるのだろう。
いまひとつ、自分で自分がわからない。
カーマイン・ダークネスが闇の魔導士の知識を操っているのか。
闇の魔導士の怨念がカーマインの脳を掌握しているのか。

* * * * * *

ルージュの苛烈さはわかっている。もとをただせば俺の失策だ。
破壊光線で灼かれてもやむなしだ。
「えーと。ルージュ、さっきまで俺にずーーっと治癒魔法を」
「かけてない。夢でも見たんじゃない? かけてないから」
かけてないか。
治癒魔法やるくらいなら、復元魔法だよなせめて。
あんな奥の手っぽい破壊光線・改を撃ったあとだから、そんな魔力すぐには練れねえだろうけど……。
「カーマイン? ちょっと笑ってみて?」
腹に響くから急に笑えったって、こ、こうですか。
「むむむ、ごめんね。笑い声で判断しようかなと思ったけど忘れて」
魔導士なら俺より気持ち悪い笑い方するもんな……。

「んんー。わたしとしたことが、確証がないから。恥ずかしながら失礼するね、っと」
支えられ、俺は上体を起こす格好に。
ふわり、とふかふかした場所に後頭部が収まる。
おほー。もうね、ふわっふわでぽよっぽよだわ。
膝枕も相当ポイント高いと思うんだが、おっぱい枕たまんねーな。
「うん。この表情は、わたしの知ってるカーマインだよ」
「逆に、こんなにサービスいいルージュって不安になるんだが」
「……そぉい。ばか。えっち」
俺を胸に挟んでいるせいか、とてもやんわりと優しく小突かれた。
あー、女神さま。もう少しこのままで充電していたい。


- 04 -

「おかしいな……うーん。どうなのかな」
しばらくおっぱい枕してくれていたルージュだが、ふと気になったことがあるようで、おっぱい枕やめて付近を調べ始めた。
もうしばらくは動けそうにないので、横になったままだが聞くだけ聞いておく。
「闇の魔導士の最期。ほんとに爆発で吹っ飛んだのかな」
俺の下半身と一緒にか。マイちんこ南無南無。
破壊光線は単純に強力だ。隠し球的に通用したのだとしても。
「最初のうちの、あれは避けられてたからな」
避けていたというか。
「後ろの石の椅子? には当たってたもんね。どういうわけだったんだろ」
あれは。
「位相をずらしてたからな。ダメージ自体がない、破壊光線は素通りしたんだ」
魔導士の姿がブレていた。あれは空間歪曲でダメージを無効化していたんだ。
「だったら、文字通り身を切る、千切る思いをしなくても。回避できるんだよね? わたしの攻撃も、なんなら爆発も」
うわ……。なにそれこわい。
「わざとまっぷたつになったって? 何が狙いで……」

ああ、そうか。
「「魔法少女の下半」身体のパーツ!」

「……、すけべ」
「すまん」
やだな、千切れたカーマインの、俺の下半身だけが培養漕ぽい筒のなかに浮かんでる画。



しかしあの爆発は並大抵の威力じゃなかった。
咄嗟にルージュが防御してくれなければ、俺は下半身どころか全身吹っ飛んでいたはずだ。防御があっても俺はぎりぎり死ぬ寸前だったし……。
そんな爆発ですら避けられてしまうとしたら、それは……俺達が全力で戦っても勝ち目が無かっただろう、ということだ。
それに……。
「最初から爆発に紛れて奪い去るつもりだったのなら。あのとき、ルージュの防御が間に合っていなかったら……」
魔導士が本当に奪い去りたかったもの、それは下半身だけじゃない。
俺の身体そのもの。やつが手に入れたかったのは俺自身そのもの、だったはずだ。

ぞくり、と鳥肌が立つ。同時に俺の下半身、股間は熱く疼きを覚え湿り気を持つ。
だとしたら、ある意味で魔導士の望みは叶ってしまったとも言える。俺の身体は半分近く魔導士と融合してしまった。
もはや淫紋が無くとも俺の全身を巡る魔力は闇色のものになっているし、
俺の影の中、皮膚の下には魔導士が操っていた魔法生物が、俺自身のものとなって満ちている。
思考だって、俺は俺であるつもりだけれど、元通りの“俺”ではなく何割か魔導士が混じっているのだろう。自分ではもはやわからないけれど……。

ただ少なくとも、魔導士からの魔力の干渉は今はなくなっている。
「やつが生きているのか、本当に下半身が奪われたのかはわからないけれど……。
ここは敵の基地の中だ、他に仲間がいた可能性もある。早く脱出したほうがいいかもしれないな……」


だが、闇の魔導士は手負いだ。敵拠点ただ中だが、むしろ今が追撃の好機でもある。
俺の思考のなかで、魔導士の都合の良いこと悪いことを考えてみよう。
このまま俺たちが退却する。実に都合がいい。態勢を立て直してカーマインの身体の一部を弄くって遊ぶこともできる。
なんなら俺に繋がった下半身を操って、ルージュを襲うことだってできる。
当初の連鎖悪堕ちを直接実行可能になるわけだ、半身は離れた場所に居ながら。
いますぐ俺たちに後を追われる。予想外の反撃を受けてのもので、ひとまず身を隠し傷を癒やそうとするだろう。
俺は消耗しているが、ルージュはそうでもない。
たしかに追撃は無謀に思える。もし魔導士を探すのなら、もう少し手がかりを集めてからにすべきか。

「わたしは、カーマインが心配。けど、魔法少女の身体のパーツで……
それもカーマインの身体を使って、なにか企んでいるのなら絶対やらせない。阻止したい」

爆発に紛れて逃げおおせる、でなく持ち逃げと考えれば。
「やだなあ、下半身俺。な魔法生物とか下半身俺。の怪人がいたら」
あまつさえ量産化されたら。
んな奔放すぎる下半身の責任取れねえぞ……泣き別れしてんだから。

なお俺の左手の行方はわからないが、少なくとも指輪は一度失われている。
魔法少女として、指輪の復元は可能でも複製は不可能だからだ。
もっとも、俺の肉体を持ち帰ったとして、俺が変身を解除してしまえば。
……どうなるんだろう。カーマインの身体でなく清彦の身体に戻る?

わからん、意図がわからん。そうなったとして、にんげんおとこ、の肉どうすんの。
オモチャにするの? 闇の魔導士ならやりかねんが。
「動機としては、嫌がらせが有力かねえ……」
「わたしを引き入れる計画だったもんね、魔導士」
なんにせよ、敵を知らなさすぎる。
嫌というほど魔法生物けしかけられた立場だが、まさか相手が体の中に触手飼ってるようなレベルの人外とは思わなかった。

* *

「魔力の痕跡、追えそうか?」
ルージュは首を振る。
「わたしには無理そうだよ。爆発のせいかきれいさっぱり途切れて視えるの」
魔力探査ならルージュよりは得意なんだが、いまはそこまで繊細な探知ができる状態でも……待てよ。
「ちょっとやってみる。いや、やらせてみる、かな」
俺が消耗していても、従えた触手は元気だ。
二人は魔導士が生存している前提で動いていた。あれほどの手強さだった敵がこのまま倒れているのならどれだけ楽か。
ダメージを負って姿をくらますとすれば、足取りを追えるうちに追ったほうが、後々面倒がない。
俺も動けないのは同じだが、
「まかせてよ。わたしが連れていってあげる」
そう。ルージュは決して俺を置いていったりしない。

追跡には犬だろうか。
犬型の魔法生物を喚び、少し迷ったが左手のにおいを覚えさせた。
ここ? と俺にくっついた女の足を舐めはじめたので、
「このあたりから、探してほしいんだ」
爆発地点から追跡を開始した──。

魔法生物は犬のようには鳴かないが、吠えはする。
「顎だけの魔法生物の、涎のにおいもするって言ってるぞ」
グロいの飼ってるな、魔導士。
空間歪曲で爆発を避けて、それは闇の魔力を宿したカーマインとその顎だけの魔法生物も一緒にだろうが、
カーマインを噛み砕き、自分の下半身を切り離し、噛み痕を偽装して、
爆発に紛れて持ち逃げして、手の込んだことをよくもまあ。

堕ちたルージュを装ったときには、魔導士はそんな準備も積もりもしていなかったと思うが、その時点以降の悪魔的ひらめきというか。
普段からそういうゲロぐちょなことを考えているものなのかもな、幹部クラスって。
前もって計画された行動でないのなら、追いつける公算は高い。
「アンテ……“解錠”」
闇の魔力の痕跡と、先導する魔法生物を手がかりに俺は解除魔術を行使する。
だいぶ魔力の出力が落ち着いてきた。いや、馴染んできたのか? ルージュは辺りを警戒しながら、俺を背負い移動する。
追跡中にこれで三度目の偽装解除、また二度の空間再接続を経ている。そろそろか。

* * *

「うわあ……」
たどり着いたのは、闇の魔導士の工房のひとつだろう。
様々な魔法生物が、壁際のおびただしい数のガラスの管に標本されている。
奥へ進む。ルージュに背負われてここまで来たが、
「降ろしてくれ。ありがとう、もう歩けるよ」
「そ。……無茶はしないでね?」
先行する魔法生物はお座りして待っている。
立ち回りにはとても向かない手狭な空間だ、はたして目的の魔導士はそこにいるだろうか。

進むと先ほどよりは少しひらけた場所に、やや大きめのガラスの筒が鎮座していて。
「うわあ……。うわあ」
尻を含めた部分がまるごと無事で、腰の後ろから股にかけてくらいが斜めに、轢断されたような下半身がこぽこぽ音を立てる液体の中で浮いている。
「グロい。ああグロい、勘弁してくれ」
うじゃけた傷の断面から漂う出血はわずかだ。変身解除していないからか、悪堕ちコスのブーツはそのまま。
ぷりっとした尻と、男の娘ちんこがこういう形で陳列されているのはつらい。
ねえルージュさん、あんまりそっち凝視しないで。

「──っ!? そこまでよ、観念しなさい! 闇の……っ」
ルージュがステッキを構えて、今にも破壊光線を放ちそうな剣幕だ。
やめてルージュさん、この空間は壊れ物多すぎて危ないよ。
わふん? と犬型の魔法生物が首を傾げる。
視界の端に走り去る触手。
「また逃げたか?」
「追いましょう!」
魔法生物の犬の耳のあたりをよしよし、と撫でると、ばふぉん、と誇らしげに一声吠えて影に戻っていった。

ここか。これ見よがしな非常口の扉に、触手が滑り込むのがちらりと見えた。
「俺が先に行く。ルージュは後ろからだ」
誘われている。わかるからこそ、敢えて飛び込むほかない。
闇の魔導士をここで叩いておかなくては。
ルージュが肯く。
カーマインの髪飾りの突端がぱちりと弾けて、鋭く空気を裂き二叉槍の穂先となる。柄を展開させずに短いままで、ロッドのように構える。
「行くぞ」

* * * *

扉を開けて即座に、なにやら液体を扉の出口付近に噴きかけられたのがわかった。
その酸の放射をカーマインの槍の穂先に纏わせた風の魔力で遮ると、そのまま彼女らは魔導士の潜む空間へと躍り出た。
扉付近は、よくわからない粘液と酸の液体とで塗れていた。

「……しつこい奴らめ。この私を辱めたのに飽きたらず、まだ追ってくるというのか」
「待て待て、俺にはいろいろと恨み言を言う権利はあるはずだがな? こと身体のことに関しては」
「カーマインに取り付いたのはどういうつもり? わたしのカーマインにひどいことした罪は償ってもらうんだから」

下半身に代わって粘液状のなにかを垂らすものも含めた、数種類の触手が生えて闇の魔導士を支えていた。
スキュラのような形状を思い浮かべてもらえればいい。
もちろん、植物のスキュラではない。あと怪物の姿の犬のかわりに別の獰猛そうな獣が腰から生えてる。
「カーマイン・ダークネスは私の実験材料だ。どのように扱おうと私の勝手であろう」
「いやいや、そんなの俺は承知してないこれっぽっちも承諾してない」
「闇の魔導士。あらためて、あなたをわたしの敵と認定します。覚悟なさい!」

カーマインは柄を展開させて槍を構える。
ルージュはマジカルステッキを油断なく構える。
いまや怪物じみたフォルムの魔導士だが、魔法生物に攻撃を任せることはせず、魔法攻撃に偏ったパターンで二人に襲い掛かってきた。

- 05 -

魔導士の激しい魔法の乱れ撃ちに、回避はおろか防御するだけでも精一杯。
合間にルージュが破壊光線を放つが回避され、俺も魔法に加えて更に魔法生物を使役するがなかなか捉えられず、接近できないので肉弾攻撃も難しい。
どうにか打開策を見つけないと……と思った矢先、
「ふふふ、そろそろ頃合いのようだ!」
魔導士が叫ぶと同時に、俺とルージュは背後から伸びてきたおびただしい触手によって両手両足を拘束されてしまった。
「なっ!? しまった!!」
「クックック、そこでこれから起こることを指を咥えて見ているがいい!」

魔導士が手のひらをかざすとそこに空間の裂け目が生まれ、そこから魔導士が取り出したのは――先程培養槽に浮かんでいた、俺の下半身!
「触手も十分に根付いたようだ……いいぞ」
見れば下半身の断面は傷口ではなく、無数の触手の群れへと変貌しており、うじゅうじゅと音を立ててうねっている……。
「そんな、なにあれ……」
「フハハハ、驚くのはまだ早い!」
魔導士がその下半身を、自らの無数の触手の生えた身体の下半分へとあてがう。
すると両者から触手が伸び……結びつきあって融合し、魔導士の上半身と男の娘ちんこを備えた下半身は癒着し結合する……!

「お、俺の下半身が!?」
「カーマインの下半身を、おちんちんを返してよ!!」
「カーマイン・ダークネスにはもう下半身があるではないか。
私が文字通り身を切って与えたその女陰、大切に使うがいい! ハハハハハ!!」
高笑いする魔導士の股間で、俺のものだったはずのちんこがムクムクと鎌首をもたげていく。
大きめの乳房を持つ女性である魔導士の上半身と男の娘の下半身。
アンバランスなその姿はふたなりそのもの。
「私の大切な実験材料を奪い返そうとしたのがいけないのだ! 後悔するがいい! フハハハハ!!」

「ついでだ、もう一つ面白いものを見せてやろう! ……変身解除!!」
魔導士の体を、魔法少女が変身解除する時と同じ光の粒子が包んでいく。
光が消えた時、そこにいたのは――
「ま、まさか……お、俺……」
「嘘でしょ……!? 清彦!?」
俺の顔。男の娘魔法少女としてではない、変身前の俺自身の顔が不敵に笑っている。
体には俺の学校の男子制服のブレザーとスラックス。胸だけは巨乳のままなのか膨らんで見える。
「クククどうかな? これで俺が本物の清彦。そこにいる女、カーマイン・ダークネスこそが今や闇の魔導士なのだ!」



闇の魔導士、イカれたやつだ。
そんな含み笑いや高笑いをして仰け反るようなおっぱい男子生徒は、断じて俺じゃない。
そうツッコミたいが……俺にはもう突っ込むモノがないのか。突っ込まれる側になってしまった……?
いまさらながら下半身から総毛立ち、闇の波動が蠢動する。
さっきまでの俺は、魔法を使い魔法生物まで使役した。

カーマインの基本スタイルは槍術。というほどまっとうでなく、
我流というのもおこがましい槍捌きだが、対魔法にかけてはそこそこ使えると自負している。
襲い来る脅威が弾幕じみてきても……除草作業とか、フォークみたいな農具で藁運びだとか、ああいう感覚だ。
魔法攻撃を絡め取ってよそに弾いて避ける。または槍と魔術的に繋がっている宝石へと吸収する。
小手先で防げないようなものなら、吸収した魔力を使って打ち消す。
そうして自分の身と頼れる相棒とを守っていれば。
ルージュが必ず、敵を滅してくれる。俺たちはこうして戦ってきた。
……ただ、俺が必要ないくらいに魔法少女ピュアルージュは強かったわけだが。
いまの戦いで俺がそうしなかったのは、俺が俺でなくなってきている?

そんなルージュも、この俺自身も、触手に絡め捕られて身動きが取れない。
おい、そこの “俺” 。勃起を見せつけるように腰を振って、
スラックスのジッパーからまろびでた俺のちんこをぺちんぺちん揺らすのをやめろ。
「っ──や! くっ、はなして、離れ、なさい……っ!」
ううう。なんてこった、このままでは。
魔法少女お約束の、触手とくればおなじみエロ陵辱シーンが始まってしまう気配じゃないか! それもルージュの。
「くっ、やめろ。俺の姿で、ルージュに非道い真似をするなっ!」
不味いぞ。こんなんじゃ俺の台詞すら呼び水だ。
あ……なんだろ、お腹の奥でぐじゅって。こ、こんな状況に……?
「くくく、陰唇を濡らして待ちきれないのか? そこで淫らにせいぜい悶えて喘いでみせろ。
そそられる姿ならば、 “俺” が情けをかけてやってもいいぞ? “闇の魔導士” ?」
俺はそんなキャラじゃない。その顔でその声で、俺の前に立つな。ルージュのことを触ろうとするな。
そんなのは、俺が許さない。

* *

みなぎる闇の波動が伝播し、俺を拘束していた触手はすべてひれ伏すように俺の影に控える。
影響はルージュの側の触手にも及び、綺麗さっぱり退いて影に収まった。
「だ、駄目……カーマイン。自分のことを、あなたを見失わないで……っ」
いまの闇の波動の影響を直接浴びはしなかったろうが、拘束されていたときに闇の魔力の込められた粘液に触れたのだろう。
ルージュは少し苦しげに俺を気遣う。
そんな心配は要らない。俺の左手のそばに空間の裂け目が現れる。
裂け目に左手を突き入れると、ルージュのすぐそばに俺の左手が突き出る。
「か、カーマイン……あなた」
新調したばかりの指輪の宝石に、ルージュにまとわりついていた闇の魔力が移る。
左手の指輪の宝石はすでにどす黒く鈍い輝きを宿していた。
こうして、魔法少女の力の根幹をなす宝石の力の扱い方だって忘れていない。大丈夫さ、俺はカーマイン・ダークネスだ。
ルージュの相棒としてまだ戦える。


左手を戻し裂け目を閉じると、俺の影から伸びていた触手が槍を拾い上げ投げて寄越した。
……はて、俺の前の見覚えのある顔をしたこいつは誰だったろう。
俺の手に槍が戻る。
「わかった。だったら、その似合わねえ化けの皮を剥いでやろうじゃねえか。
ルージュ、いけるか?」
「ああう、うん……。やれるよ、カーマイン」
「──は! しぶといやつだ、半分以上は私であろうに。その精神まだまだ砕き足らぬと見える。
お前のために、私はさらに心を砕かなくてはならぬようだ……」

「う、お。とっ」
そこから魔法攻撃が続いた。
火炎、氷結、風雷、土砕など四属性を織り交ぜて、闇の魔導士は俺たちを釘付けにしていたのだが。
効果が薄いと考えてか、カーマインの対応を見てパターンを変えてきた。
(魔力の無駄遣いだしな。俺が弾くか吸収しちまうから)
闇属性の侵食波や爆砕攻撃、毒液や酸の放射が始まった。
侵食波や触れて危険な液体は、穂先に風の魔力を纏わせたまま触れずに除去していく。
紛れるように爆砕攻撃。受け止めた時点で爆発するため、そこそこ厄介だ。
水の魔力でこしらえた小さな盾で受け止めてしのいでいたが、慣れてきたので爆砕前に吸収して解消することにした。

「──カーマイン! いくよ!」
後ろを振り返ることなく、身を低くして横へ回避する。
射線から俺が体を退けて間もなく、突き進むルージュの破壊光線が魔導士に直撃する、と思いきや。
破壊光線は魔導士をすり抜け、わずかに軌道を逸らされ外れる。
「当たってないの?」
「効いてねえ。やっぱり位相をずらしやがった」

カーマインの宝石のひとつ、指輪の宝石の中の魔力を魔導士が爆発させたとき、俺と魔導士はもろともに爆発に巻き込まれた。
だが魔導士は位相をずらし逃れていた。のみならず、爆発で消し飛んだように見せかけてカーマインの下半身を千切り取り姿をくらませた。
空間歪曲。いかに破壊光線とて相手に届かなければ、効果がない。
魔導士を名乗るだけはある。手負いであっても強敵だ。

* * *

「これならどう!」
魔導士の火炎魔法を槍で弾き返す。直撃コースだ。
だがそれは囮。炎自体とその熱が生み出す空気のゆらぎを目眩ましにして、その後ろから立て続けにルージュが破壊光線を放つ。
「ふん。小賢しい!」
魔導士は炎を片手でかき消すと、破壊光線も位相をずらし回避する……だが。
「当たれーっ!」
タイミングをずらして放たれた破壊光線が、外れたかと思いきや魔導士の死角側から湾曲し背後を狙う。
ルージュのやつ、さっき咄嗟の機転で放った追尾光線をもう使いこなしている!

しかし。
バシュゥという音ともに光線は弾き返される。
弾き返したのは、魔導士の炎をかき消したのと反対の手に握られる、槍。
「そんな、まさか……」
その槍は俺が手にしているものと全く同じ形で……。

「ククク……馴染んできたぞ」
魔導士は槍を掲げ、
「変身」
その一言をきっかけに魔導士を光の粒が包み始める。まるでそれは魔法少女の変身そのもの。
変身に必要な宝石も持たぬはずなのに、膨大な魔力が高まっていき姿を変えていく。
光の中で俺そっくりな顔をした魔導士の髪が伸び、ブレザーが光りに包まれ魔法少女の衣装へと変わっていく。
可愛らしい衣装の中でたしかに主張する股間の膨らみ。胸は巨乳のままではあるが――。

「嘘、だろ……」
槍を構えるその顔、その姿は。
胸以外寸分違わず、闇の魔導士に捕まり悪堕ちする前の男の娘魔法少女ピュアカーマイン、そのものだった。

* * * *

信じらんねえ。
戦いの最中だというのに、その現実を直視できない。
「おっま、ぱつんぱつんじゃねえか……」

かつてのピュアカーマインの可愛らしい魔法服は、男の娘仕様だったわけで。
カーマイン・ダークネスの場合はいいんだよ、おっぱいがついても。きちんと計算されてる、バスト周りの収まりが。
それがどうだ。
……あのころ恥ずかしかった全体的な可愛らしさが、無残にもぱつんぱつんのせいで台無しに。
シーメール魔法少女にしても、この衣装ではサイズ直しが要るだろ。
表歩けねえ。あっ、けど闇の魔導士って変態だったわ。
「デザインのやり直しを要求する。
たとえばアンミラ風の胸元のブラウス生地足してでもいいから、その乳肉を外に逃がせ……!」
「何言ってるのカーマイン、ってアレもカーマインか。
あんなふしだらで無駄肉なピュアカーマインは認めません。……潰します」
ルージュの殺気が膨れ上がる。や、やっぱり俺の姿をしたおっぱいは憎いのか。
ギロリと、破壊光線のごとき眼光がこっちを睨む。ひい。

律儀に魔導士はこちらを待っているが、あれで格闘したら魔法服はちきれやしないか?
高笑いひとつで限界迎えそうな感じだが。
「この姿、懐かしいのではないか? 私はピュアカーマイン。アナタの彩り……拝見しに参上、くははははっ」
旧名乗りをわざわざ披露すんなって。それに名乗るなら、ですまで言え最後まで。
ぐぬぬ、存在を乗っ取られることに戦慄すべきところだろうが、もう過去に置いてきたはずのものを暴かれて、
客観視強要された上に嘲笑われてる感じがする。黒歴史的に。悪趣味な。

「駄々をこねるでない、我が半身よ。私の工房を覗いたのならわかるだろう。
お前はもう私のものなのだ。ただ私のためにその力を振るえばいいではないか」
まずは俺の顔したままのそこの “私” 、微妙にスカート持ち上げてる勃起ちんこしまえよ。
にやつきながら、俺自身をぶらぶらと揺するんじゃねえよ、わりと真面目に戦闘してるんだぞ。こっちは。
「いいやわからんね。闇の魔導士、悪趣味さ加減やイカれた感覚なんかは身に染みてわかってるが」
俺にはルージュがいる、帰りたい場所がある。
“私” の言いなりになんて──なるもんか。

- 06 -

濃い闇色の霧に、一瞬意識が覆われて 、 軽く頭を振る。目くらましにしては、芸がない。

──殺到する触手を槍で切り裂き、断ち割って、かつての俺の姿をしたヤツに迫る。
間抜けにもぽかんと口を開けて、まるで隙だらけじゃあないか。
振り抜いた槍が魔導士の胸に深く突き刺さる、あまりにあっけない。
「まっ。どうし、て……カーマイン……?」
ずるり、と魔導士の体から力が抜け、俺にしなだれかかる。
濃い血のにおい。ふつふつと溢れる液体が、魔法服を赤く染めて。
ひりつくような殺意が霧散していく。
こんなのは俺のキャラじゃないが、俺の姿のこいつはなんとか倒したぞ。
「ふう……っ。闇の魔導士を倒したぞ! ルージュ、やったぜ」
ルージュ……? ルージュはどこだ?
いつの間にか辺りは一面闇色だ。どこにもルージュの姿がない。
「あれ? ルージュ……どこ行ったんだ?」

〔ピュアルージュなら、そこにいるではないか。カーマイン・ダークネス。
たった今、お前が突き殺したであろうが〕
……ルージュを俺が? バカなことを、そんなはずが。
これは俺の皮を被った闇の魔導士だ、ルージュと間違うわけがない。
「嘘だ……」
しかし無惨にも体の真ん中を槍に貫かれて、みるみるうちに生気の失せていくその顔は、ピュアカーマインのそれではなく、
しばらく前まで相対していた闇の魔導士でもなく、頼れる俺の相棒であるピュアルージュだった。
びくりびくりと腕や脚を震わせて、その美しい瞳に力はない。
「あ、あああ。ああああ、ううう……」
脱力し重みを増していく彼女を抱き上げるが、どうにもならない。
傷を魔法でどうにかしようという発想さえ、思い浮かべるそばからその魔術構成が粉々に砕けていく。

ふらついて足元に転がる何かを蹴飛ばしたが、それは鋭く両断されたマジカルステッキの残骸だった。
〔そら、ピュアルージュがなにか言いたげだぞ。耳を澄ませて聞いてやれ、カーマイン〕
視界に闇の魔術師の姿はない、声だけが這いずって耳朶から脳へ忍び寄る。
抱きかかえ直して、彼女の頬がルージュの血液で赤く汚れる。
微かな、ごく微かな吐息を漏らしているように見える。もはやその唇からも赤みは失せていた。
「……、……ない、……え、……さない」
〔ルージュはなんと言った? え? カーマイン・ダークネスよ〕
冥府から響くかのように冷ややかな声が、首筋にへばりつく。

「……消えちゃえ、大嫌い。カーマインなんて許さない……」

悪夢だ。
俺が悪堕ちしてルージュも悪堕ちするなんてのは、これにくらべれば生易しい。
何のために、守るどころか、俺が。こぼれていく、いつからだ? こんな有り様。
いつからおかしく、冷たい、ああ。ありえない、どうして。間違いが、いったい。
……ずるずると音を立てて、暗く沈む思考が肉色の根に覆われていく。
……その間中、光を失ったルージュの双眸が不甲斐ない俺を責めるように、じっとこちらを向いていた。




「くくく……。お前は私だ。私が、ピュアカーマイン……」
カーマインの様子がおかしくなり、その場で嗚咽しだしたのをルージュは見ていた。
同時に闇の魔導士の動きが止まり、そちらはなにかぶつぶつと呟きだした。
(邪悪な精神支配のたぐいね。魔導士との対峙からカーマインは呑まれずにいたけど、魔導士が本腰入れて術をかけてきたのかな)
ルージュはどのようにでも対応できるよう、丹念に魔力を練る。
彼女の三つの輝石に力強い光が灯り、揺らめく。
魔力障壁による防御にも、陽光の魔力による浄化にも、あるいはすべてを灼き尽くす破壊光線にも。いかようにでも。

黒いエナメル質の皮膜が、カーマインの下半身から伸びて胸の下あたりまでを覆っている。
このままカーマインは、闇の魔導士に取り込まれてしまうのか。
(そんなの、許さないからね……! 清彦は、そんな弱くないっ)
「清浄なる魔法少女、ピュアルージュか。だがその祈りがなんになる。
カーマインの脳髄は掌握した。もはや、お前の声など届かない……」
怪しく昏い輝きをその目に湛えて、ピュアカーマインの姿をした闇の魔導士は嗤う。
カーマイン・ダークネスはというと吊られた操り人形のように棒立ちで、その乳房の先端は尖り、
きつく閉じられた目蓋は小刻みに震えて、半開きの口からは熱い吐息を浅く漏らしている。
悪夢のただ中にあるように。

闇の魔導士本体が床面を滑るように進み出て、わななき高ぶるカーマインへと接近する。
ルージュは動かない。静かに祈りを捧げる。
「ふん、私がカーマインとなり、お前もいずれ闇に染まる。
カーマインの生殖本能を肥大させて、お前と交わらせる。逆にカーマインの精巣を移植してやるのもいいか。
それぞれに孕んだお前たちの赤子のうち、より優れた素体に改造を加え新たな我が肉体とするのも面白いかもしれん」
魔法少女は一心に祈り続ける。
カーマイン・ダークネスの顎を掴んでくい、と上向かせた魔導士は深く深く暗い裂け目のような笑みを浮かべる。
「そら。こうして闇の魔力を直接送り込み、自我をほんのひと撫でしてやれば。
魔法少女たるカーマインの全ては私のものだ……!」

邪悪なる魔導士が、恍惚たる魔法少女と唇を合わせようとする。そのとき。
カーマインの髪飾りの一部が煌々と輝き出す! その輝きはむろん、闇の魔力によるものではなく、
「カーマインっ! ここで闇の魔導士なんかにいいようにされたら、
わたしはあなたに──キスなんてしてあげないんだからね!!!」

「聞き捨てならねえ。ルージュがキス? 誰にだって?」

ぱちりと目を開けたカーマイン・ダークネスは、近づいていた魔導士の首をかち上げる。
……エナメル質の黒い皮膜はカーマインの股間ギリギリくらい、ローレグのタイツ程度に後退していた。

心配性のルージュが、また俺を助けてくれたんだ。
髪飾りに魔力を込めていざという時、割り込んで介入できるようにしておくだとか。
彼女が触れて仕込むとしたら……ははあ、おっぱい枕のときかな。くひひ。

* *

押しやられ、仰け反る闇の魔導士はそんなものでは倒れない。が、
続けてカーマインから伸びた網状の影は、闇の魔導士の四肢や、さらにその手足である触手のことごとくをがっちり拘束していた。
「はあっ、てやぁっ!!」
飛び退いたり、受け身や触手のクッションで威力を殺すようなことも許されず、
魔導士の延髄は魔力強化の乗ったカーマインの蹴りを余さずまともに受け止めた。
「ぐご! がぁ……!?」
衝撃をじゅうぶんに伝えたあとは、影の束縛を解きカーマインは後ろへ軽く跳びすさる。

「お呼びじゃねえんだよ。イカスミに謝れ、なんだその黒い唇は」
破壊的にカーマインの精神を汚染するための術式は、黒い粒子状に霧散し、
ピュアカーマイン姿の闇の魔導士の唇が元の色に戻った。
ごきり、と骨肉が音を立てて、捻れた首が元の位置に戻る。
「うわ、キモっ……俺の顔面でそういうの、いい加減やめろ。ほら、ルージュも引いてるだろうが」
「気持ち悪い……。カーマイン、悪いけどあれ完全に灼いちゃっていい?」
いやあ、下半身くらいは残してくれると助かる、かな。
いくら闇の魔力に侵されていても、元は俺の下半身だし……。
「!! ルージュ、俺と魔導士から距離をとって、魔法で防御だ。今すぐに」

同じ手を二度も、対策くらい立ててる。あの時とは違う。侮るな。
左手の指に寒気のするような魔力の重圧がある。
俺が下半身と泣き別れさせられたときと同じように、今一度闇の波動を介して闇の魔力の暴走を仕掛けてきたのだ。
……ピュアカーマインが邪悪な笑みを浮かべ勝ち誇るのが見えた。
槍の石突にあたる部分を床に打ちつけて、槍を直立させる。
天井へ向かってそびえた槍に俺は脚を絡めて、柄を胸元に挟み、体を擦りつけ指を這わせる。
ポールダンスはよく知らないが、似たような感じでシャフトに触れながら体をくねらせる。
「??? 恐怖で壊れたか。命乞いか、詫びの舞のつもりか。ははははは。
爆砕したお前の脳味噌をついばむ魔法生物を喚ぶ算段でもしておくか、くくく」
闇の魔導士は嗤う。俺は媚びたような笑みを浮かべてゆるゆると踊る。

ぽむっ。

「……な」
闇の魔導士が想像した事態は訪れない。
踊り終えた俺の左手の指輪からは、パーティ用クラッカーのような細い紙テープが飛び出した。それだけだ。
その指輪の台座には、闇の魔力を湛えた宝石は見当たらない。
そしてすぐさま、唖然とする魔導士自身が魔力爆発に見舞われた。

カーマインの新しい宝石が爆発する寸前。
俺は──爆破に転化される前にと、いくらか宝石の魔力を消費してごく小さな空間の裂け目を生成していた。
犬死には御免だ。死なばもろともでは駄目だ。俺は帰るんだ、ルージュと。若葉と一緒に。
その思いで選択した策は、指輪から分離させた宝石を空間移動させること。
被害とか余波だとかきちっと計算したわけじゃないが、闇の魔導士の鼻先に転移させる寸法だ。
もうね、ピン抜かれた手榴弾をギリギリまで投擲しない感じよ。あとは宝石を投げ入れて、空間を閉じるタイミングな。

カモフラージュにクラッカーぽい間抜けな感じの小道具で、注意を逸らすと同時に闇の波動の干渉を昇華したり。
指輪の台座から宝石を外すときの手元やら動きやらを誤魔化すために、
いつだったかえっちなラノベアニメのOPで見かけた挑発的なポーズを取って、いやらしい踊りをしてみたり。
……はあ、こっ恥ずかしかったあ。
あとでルージュに怒られやしないだろうな? ふしだらな子にはお仕置きだよ……みたいなやつ。

* * *

「ぐば、ばばがななな……ぞんな、ゆ、る、ざ、ぬ!」
油断のあまり魔力爆発を回避し損ねたか、魔導士がくぐもった唸り声を上げる。
実際のところは。
高位魔法、それから複数の魔術。並列で処理のできる限度はある。
それは膨大な魔力容量を誇る闇の魔導士とて同じ、それに魔導士は自ら半身を断ち割っている。
たとえば空間歪曲を操るときどれほどのリソースが必要か。同時に扱える魔術の規模は。
また闇の波動による干渉を仕掛けるときはどうなのか──。
俺のなかの “私” は──包み隠さず、俺に打ち明けてくれた。
外から見ると “私” にも魔導士の振る舞いが鼻につくんだと。

「化けの皮が剥がれてきたな。ついでに下半身もすぽんと脱いで、すっきり身軽にならないか?」
「ねえカーマイン、やっぱり全体的に灼いちゃわない?」
推測だが、変身解除などといいつつもその実は俺の姿を纏うことで、心理的に揺さぶりをかけたのではないのか。
ピュアカーマインへの “変身” にしてもそうだ。動揺を誘う効果は確かにあった。
俺の姿やピュアカーマインの姿なんてものは、俺の身体を改造したときに
走査して記録済みだろうし。いやらしいことだ。

ルージュとカーマインは勝負をかける。
「──いっちょやってみっか」
「やっつけちゃおうね……!」

カーマインは魔導士の魔法攻撃を器用に絡め取り、弾き、避けて、捌き、無効化してきた。
カウンター攻撃型の防御態勢を布いてきたカーマインが動く。
破られた変身用の魔法生物あるいは擬装皮膜をかなぐり捨てて、魔導士が吼える。
「かははっ! 吶喊か。懐に入り込めばどうにかなるとでも!?」
間合いが無くなれば、対応を判断する時間を失うのはカーマインの方である。
それは魔導士も同じことだが、空間歪曲によりダメージそのものを無効化する術がある。
カーマインは近い間合いでまた、相手の魔法を薙ぎ払う。さらに追いすがり魔導士へ向けて直に槍を振り払う。
「こんなもの……」
空間歪曲で斬撃をすり抜け、接近しすぎたカーマインへと爆砕魔法を見舞う魔導士。
間近で爆発しようとも空間歪曲がある。魔導士は頓着しない。
仮に囮となったカーマインの影からルージュの破壊光線が迫ったとて同じこと。

が、爆砕魔法が槍へ吸い込まれる。
魔導士が槍と槍を合わせ、火花が散る。
また立て続けに魔法攻撃を放ち、カーマインを引き剥がそうとする。
槍を振るう魔法少女らの肉薄は継続中だった。
カーマイン・ダークネスの槍から今度は、吸収された魔法が遅れて反射されて放たれる。
抉り込むような突撃から、複数の自らの魔法に次々襲いかかられる魔導士。しかし。
「私の魔法だぞ。そのようなものが通用するものか」
ことごとくを掻き消すべく、それぞれに対応した魔力波を反射攻撃にぶつけていく。
と。槍の宝石から、白く灼けた火の玉が不意に飛び出す。
炎のカプセルに封じ込められたような、その魔法の正体は。
「なんの、そんな、ものは、避けがぶぉ」
振り下ろされた槍が、闇の魔導士の頭部をしたたかに打ち据えた。
手数に対応するあまり、自らへの空間歪曲……回避行動が遅れたのだった。
打撃のダメージ自体は深刻ではない。
反動を利用して、カーマインは斜め後ろへ跳びすさる。

火の玉の炎のベールが剥がれて、その中心で蠢いていたのは。
「はあッ、破壊光線。しまっ」
爆発的に破壊の波を全方位へ生じさせる、圧縮された破壊光線の網玉。
それは必殺の、まさに隠し球だった。
カーマイン・ダークネスが何事かをつぶやく。光はねじ曲がり音も消え、誰にも届いていない言葉だろう。
もしも魔導士が、空間歪曲でなく空間転移を選択していたなら……だが転移はもう間に合わない。
位相すら破壊し尽くさんと、灼けた魔力が一瞬にして空間を舐める。

このままではカーマイン・ダークネスも破壊的蹂躙に触れ無事では済まない。
そこへ、破壊光線よりもなお速い一条の光のように。
「ふい。さんきゅー、ルージュ……。はーい今週のしまった、頂きました」
駆けるルージュが間一髪カーマインを掴まえて逃れていた。
「あはは。……これでも、すんなりと完全消滅ってわけにはいかないのかな」

魔力爆発のときよりも長い時間、蹂躙の中心には近付けなかった。
灼けた空気が辺りに漂い、床がぴしぴしとひび割れる音が続く。


* * * *

爆発による煙が晴れると、魔導士は跡形もなく消し飛んでいた。
僅かな触手の小片が残骸として点々と残ってはいたが、それも砂となって消える。
「ついに……倒した……」
「や、やった! やったぁ!!」
ルージュが飛びついてきたのでこちらも抱き返す。

敵幹部のひとり、闇の魔導師をついに討ち倒した。
しかし代償も大きかった……。
俺は慣れ親しんだ息子を失って、男の娘からとうとう本物の女の子になってしまったし。
魔力にもだいぶ闇の力が混ざってしまっていて、触手を体の一部のように扱えるし空間の裂け目も操れる。
しかしそれでも……俺は俺だ。ルージュを守りたい気持ちは変わらない。

「そろそろ帰りましょ」
「そうだな、ここは敵の基地だし、幹部の一人が倒されたことで他の幹部がやってこないとも限らない」
帰ろう。俺たちの日常へ。
まあ……俺の身体は完全に女になってしまったし、変身を解いても女のままだろう、そういう意味では元通りの日常ではないが。
というか俺学校どうするんだ。女子として通うのか? 問題はまだまだ山積みじゃないのか!?
でも、殺伐とした戦いばかり続いていたし、ここらで日常パートというのもありかもしれないな。


- 07 -

とある公立学校。
学び舎の中央階段を最上階のさらに先へ上っていくと、ご多分に漏れず屋上への扉は封鎖されている。
鍵が掛かり閉ざされているはずの扉の向こうから、なにやら誰かの声が聞こえてくる。
少女たちとおぼしきその会話に少しだけ、耳を傾けてみよう──。

「どうあっても、魔法で誤魔化すしか社会復帰出来ねえのな……」
「結構な難問よね、変身も認識阻害も書き換えも、ねえ」
存在を書き換えるような大魔法は、社会的にも魔法界隈でもよろしくないので、
「女の子の清彦って認識すり替えとか、見た目清彦に変身は捨てがたいところだったよー?」
「おいやめろ。触られたら判るやつじゃねーか両方」
清彦は聞いたことのないような海外の学校へ留学。ということになり、
書類上のものと親族の認識とをちょちょいと操作して──、

- - -

「こんにちは、初めまして。私……朱里といいます。あかりって呼んでくださいね。
清彦と、兄貴と交換ってわけじゃないですけど、
今日からこの学校でお世話になります。よろしくお願いします」
──クラスの温かい拍手のなか、男子たちの露骨な視線を主に胸に集中させ、苦笑いする清彦だった。

- - -

「転入生って設定は便利だよな。よくわかんねーって顔に書いて曖昧に笑ってれば、しばらくはしのげる」
「甘いよ朱里ちゃん。女の子の世界ってそんなんじゃ済まされないから」
「おん。あ、ああ俺のことか。まだ慣れねー。まだカーマインのほうが返事出来そう」
「そうかもね。慣れるまでは、わたしが手伝ってあげる。学校生活も、」
「魔法少女もか。はー、カーマインはまだしも “朱里ちゃん” はネコ被ってる感じがしんどいんだよな」

魔法少女は続けている。
闇の魔導士の一件以降も闇の勢力は活発に活動している。
それは魔導士の工房を放棄できなかった俺にも責任の一端はある。
俺の一部となっている触手たちをどうしても見殺しにできなかったのだ。
工房を引き継いだ形で、闇の魔導士は健在と見做されているようだ。
俺のなかの “私” は穏健派で、魔力補給で触手たちを養うことを優先して、
かつての闇の魔導士のような悪辣非道な実験なんてものに興味はないと言う。
“私” を工房に残し、俺は魔法少女として戦っている。
いずれ魔力を蓄えた “私” かそれ以外の触手の意識が、新たな闇の魔導士筆頭として台頭するのかもしれない、
現在のところ、俺の魔力と混じった闇の魔力は触手たちに好評らしい。以前よりも『甘くて悪くない』とか。
闇の勢力の会合が開かれるときは、俺は “私” とともに闇の魔導士としてたまに姿を見せている。二重生活だ。
いや、学生と魔法少女と闇の勢力の幹部と考えれば、三重生活だろうか。
俺が闇の魔力と決別するのは、しばらく先の話になりそうだ。

ルージュこと若葉はというと、打ち明ければ工房を灼き払って消滅させる勢いなのではと危惧されたが、
「敵意がないと、触手って案外可愛い……かも?」
だそうで。
俺は完全に情が移ってしまったからなあ。
ぼ、ぼくがお世話するから、お散歩も魔力補給もきちんとするから、だから灼かないで! 的な。
くどいようだが、いまや俺の一部ということもあり、苛烈な魔法少女の敵意の例外となりつつある。
……どろりとした淫らなよどみで若葉の瞳が濁っているわけではなく、彼女が闇の魔力にあてられたということではない。と考えている。
俺の思っていたような変化とは少し違うが、俺は若葉のことを少しだけ変えられた、ということだろうか。

「にしても運動部とか、応援團とか、お誘いきててもこの胸なあー」
無言の若葉の眼光が、清彦もとい朱里を畏縮させる。
「ちょ、体質的な、そう。体質的な問題がな? たまーにお乳滲んじゃうのが、気になってて真剣に困るんだよ」
闇の波動に満ちた下半身との融合後の、魔力回路系後遺症である。
そのう、乳汁にカーマイン・ダークネスとしての闇の魔力が混じることがあり、取扱い注意のおっぱいであった。

「ねぇ朱里ちゃん。誘われた応援團ってどっちの?」
「ん? たぶんあれだろ学ランの、旗持ったり振ったり大声だしたり襷だの鉢巻してるやつ?」
旗持ちと大声なら自信あるんだよ、と朱里が鼻息を荒くする。
おそらく違う。チアリーディングのほうだ。
若葉はじっと朱里の胸を凝視する。
「それから朱里ちゃん……今度、マタニティコーナー見に行こうね」
「な!? ばっか俺は清いからだだぞ、触手に孕まされたのは過去の話なんだっ」
ええっ。男の娘魔法少女の、おれ妊娠しちゃう…‥? 闇堕ちとは、いろいろと大変な目に遭うものなんだ。(※ 個人の感想です。)
「ああ、うん。そういうのじゃなくてね。母乳パッドってのがあるの。あとマタニティブラ」
朱里は赤面した。

なお、カーマイン・ダークネス淫紋レス触手プラスは、それでもえっちいので、
ミルクぶっかけて撹乱したり敵を操る技が増えたりしました。



学校も終わって放課後。魔法少女の時間だ。
夕闇の中俺たちは魔獣と戦っていた。
今主に相手にしているのは敵幹部の一人、女主人(ミストレス)とその部下のビーストで、今日も暴れるビーストの一体を退治しようとしていたのだが……。

素早く飛び回り砲弾のような威力で突っ込んでくるビースト相手に苦戦を強いられていた。
「くそっちょこまかと!」
触手やおっぱいや闇の力によって手数やスタイルは変わったものの、
カーマイン・ダークネスは相変わらず槍を握り、ルージュの破壊光線を支援するのが基本戦術なのは変わらない。
だが今回の相手には破壊光線はスピードによって回避され、決定打を与えられていなかった。
「どうにか動きを止められれば……」
作戦を練りつつも、近くの木の枝を足場にビーストの体当たりを避ける……だが!
「危ない!」
ルージュが叫ぶ。俺が足場にした枝が衝撃で折れ、空中に投げ出されてしまった。
そこに再度ビーストの体当たりが迫る。これは直撃コースか。とっさに身を庇おうと構えたのだが……。

衝撃は来なかった。
火炎、氷結、風雷、多彩な魔法攻撃の奔流がビーストを弾き飛ばし、槍がビーストを貫く。
俺が手にしているものと全く同じ形の槍。
「お、お前は……」
ビーストが塵となって消滅すると、そこに立っていたのは。


「久しぶりだな、カーマイン・ダークネスよ」
可愛らしい魔法少女服、股間の膨らみ、ぱつんぱつんに胸元を盛り上げる巨大なバスト。
「どうして生きている、闇の魔導士!?」
男の娘魔法少女ピュアカーマイン(巨乳)の姿をした闇の魔導師だった!

咄嗟に武器を構える俺たち。しかし……、
「待ってくれ、私はお前たちと敵対するつもりはない」
以前の狂気じみたオーラもなく、穏やかな様子のカーマイン(巨乳)。
「私にも、何故生き返ったのかわからないのだ……光の中で何かに導かれ、気がつけばこの姿だった」
これを見てくれと掲げた指には、魔法少女としての証たる宝石が嵌っていた。
闇の魔力で作られた偽物ではない。それどころか、カーマイン(巨乳)からは闇の魔力が感じられない……?
「お前にも私の知識が混ざったのだ、わかるだろう。
魔力の源は女なら子宮、男なら男根にある。それがすげ変わったので魔力の性質自体も入れ替わったのだ」
カーマイン(巨乳)は自嘲気味に笑う。
「組織も認めているだろう、お前が今の闇の魔導士なのだ。今の私はただの魔導士さ」

お前たちと争うつもりはもう無い、と改めて言い残すとカーマイン(巨乳)は風のように去っていった。

* *

翌日朝の学校。若葉とともに教室に入ると、
「おう清彦!」
突然背後から男子生徒に元の名前で呼びかけられ、思わず身構える。
ちょっと待てよ! 今の俺は朱里だ!
下駄箱前でもクラスの女子に朱里ちゃんと声をかけられたし、認識すり替えがおかしくなったわけじゃないはずだ。

そこに現れたのは……もとの俺の顔、男子制服、ただし胸だけは巨乳。
「おう、おはよう」
男子生徒に挨拶を返すと、こちらに向き直り、
「認識改変に上乗せして、留学を無かったことにさせてもらったよ。なあ、双子の妹の朱里?」
小声でそう言うと、俺の顔をしたヤツはニヤリと笑った。


「えっ、えっ? どうして清彦がここに、どういうこと朱里ちゃん?」
警戒してか、廊下側引き戸の影から顔を覗かせた若葉も戸惑っていた。
若葉が、(主におっぱいに向けての)敵意をむき出しにしないのは、ここが学校だからというばかりではないだろう。
若葉にもわかっている。彼(?)に害意はない。新しい日常に結果的にさざ波を立てることになろうとも。
ありえないことに出会ってしまった兄妹。
あくまで認識上のことだが、こうして姿を現したことに意味はあるのだろうか。

朱里は小声で返す。
「後でちょっと話があるからね、どういうつもりなのか説明してもらわないと。兄・貴ぃ?」
俺や触手たちは住まいがあるからいいが、いままで魔導士(上半身)はどうしてたんだ?
野宿か? 家出人みたいに方々を渡り歩いてたのか?
それで普段どんな格好だよ……。
魔導士(怪しげ)の風体だと目立つかも知れんが、まさか清彦やカーマインの姿で不審な笑い方してたりしないだろうな。
あるいは工房でも新たに構えるのか? 魔導士(おっぱい)はどうやって食っていくんだ?
どうして舞い戻ったのか本人もわからないと言っていたが、お互いに半身ともいえる存在だ。魔術的に社会的にも気がかりではある。
あと気になるといえばだ。
あの死闘のとき苦言を呈しておいた、ピュアカーマイン(巨乳)の胸周りぱつんぱつんコスについても問いたださないとならん。

「朱里ちゃん、なんだって?」
教室の角の方で声を潜めて若葉が訊いてくる。
「わからん。コピーロボット的な立ち位置でもあるまいし」
「力になれるようなら言ってね。またね、朱里ちゃん」

俺へ向けた笑み以外は違和感なく、教室の誰もそいつのことを疑わないだろう振る舞い。
向こうは清彦の普段の感じを “識っている” とは思うが、もし以前の魔導士っぽい非常識さで、
何かあっても魔法でとりなせばよかろう。みたいに思ってるとすると、清彦の立場が悪くなっていくんだが……。
清彦(仮)が途中で雲隠れしないとも限らないが、やれやれ。さしあたり放課後かね。

* * *

昼休み、朱里と若葉は屋上で昼食をとっていた。
封鎖されているだけあって屋上は秘密の話もしやすいため、以前から時々他の友人の誘いを断ってここで二人でお昼を食べることも多かったのだが。
「ダメよ朱里ちゃん焼きそばパンなんて、炭水化物オン炭水化物じゃない! 女の子なんだからもっと食生活気をつけたほうがいいって!」
「いや、好きだからつい……」
「やっぱり私がお弁当作ってきてあげるってば、もー」
なんてやり取りをしていると、屋上の扉をすり抜けて現れたのは、よーく見知った顔に不釣り合いな巨乳。
「おや、こんなところで昼を食べていたのか」
ぽかんとした顔でそう言う清彦(仮)が手にしているのは俺と同じ焼きそばパン。
意識してるのか無意識なのか、食べ物の好みまで被っているのは少し複雑な気分だ……。

しかしあらためて見ると、男子制服のブレザーの胸元をがばっと押し広げる巨乳のインパクトがすごい。
ギリギリで前を抑え込んでいるボタンよく耐えているな……。
ワイシャツも張力でボタンとボタンの間の合わせに隙間ができていて、肌色が覗けている。
よく見るとピンクの可愛らしいブラをしている……のか? ほんのりシャツに透けている。
男子というより男装の麗人といった雰囲気。
「サラシで抑えるとか隠す方向ではいけなかったのかよ!?」
「私の自慢の胸だぞ? こればかりは隠すなど耐えられん。それにサラシ程度では抑えきれんしな」

胸を張る清彦(仮)。余計に巨乳が引き立てられて、若葉もものすごい目付きで睨みつけているぞ……。
巨乳と言えば魔法少女コスの胸周りについてもだな……、

「あー!」
「っと、どうした若葉?」
「午後の体育の授業、男子は水泳だったよね」
「そういえばそうだっけ、女子の方ばかり意識してて忘れてた」
「ってことは、水着どうするの清彦、その胸」
俺たちの視線を受けて不思議そうな顔をする清彦(仮)。
「どうもこうも、この胸は認識書き換えで元々こういう体質体型だったということにしてあるから、普通に水着着て授業に出るぞ?」
「いやいやいや、それって海パンで上はトップレスで胸丸出しってことじゃねーか! さすがにまずいだろ!」
「せめて女子用のスク水着て! スク水に関しては認識阻害かけることにして!」

その後体育準備室から急いでスク水を借りてきて、一番大きいサイズなのに胸周りがパツンパツンになって若葉が噛み付きそうな顔で睨んだりなんてこともあったり。
思ったより大変なことになるかもしれないな、これは……。

* * * *

プールで男子に紛れてスク水姿ではしゃぐ清彦(巨乳)の絵面がどうしても脳内から振り払えずに、
午後の体育の授業は楽しむどころでなく、気もそぞろだった。その日の放課後。
「そーなの、考えておいてね。こんど見学だけでも来てよ」
「ええ、いまは少し落ち着かないから。また今度」
話に来てくれた子に手を振る。
(応援團は覗いてみたかったんだがな……)
部活動のお誘いは散発的に継続していたが、
清彦(仮)が学校生活に割り込んできたこともあり、部活勧誘にきちんと返事するのはひとまずお預けだ。

「モテモテではないか。朱里」
出たな魔導士(おっぱい)。どこあたりから見ていたのか、はちきれそうな胸を揺らしながら中央階段をゆっくりと降りてくる。
「先にことわっておくけど、私は “兄貴” のこと信用してないから」
思考のなかと、人前や校内での一人称の切り換えは、“朱里ちゃん” やってるとだいぶ慣れた。
清彦(仮)は、階段のせいかどこかの歌劇ばりに芝居がかった仕草で首を振り、うなだれた。
「妹に警戒されるのはつらい。兄としてゼロからでなく、マイナスから親愛度を上げていくしかないのか」
そういうとこだろ、胡散臭い感じを引きずっているのが。もう闇の魔力の気配は欠片もないくせに。
それにどういうことだよ、なんだ親愛度って。ギャルゲーか。

- 08 -

「うーん。話を聞いているとね、朱里ちゃんは “私” の感情に引きずられちゃってるんじゃないのかな?」
若葉とて中立の立場とは言えないのだが、冷静な誰かが立ち会わないと話が進まないでしょ? というので、
若葉が合流したあと三人でちゃぶ台を囲んでいるのだが。
……この真新しい工房、ほんとになんにも無いな……。
殺風景でだだっ広い空間。誰の邪魔もまず入らない空間をと清彦(仮)が俺たちを招待したのだ。
さしあたり魔導士(おっぱい)が創った三人分の座布団とちゃぶ台。それだけだ。

舞い戻った理由がわからず、闇の魔力もなく、邪悪な思想からも解き放たれて、
白紙の状態の魔導士の状況を如実に表している空間でもあるのか。
如何にすべきか。身の振り方は。どう生きるのか。
それとも、すべての魔法少女の根源たる女神さまが道を示してくれるのだろうか。
俺は斜に考える。はたしてそんな導きを鵜呑みにして、本当に大丈夫なのか。
(いかんな。魔導士が新しい道を歩もうとしているなら、否定的なばかりでは不毛だ)

若葉のいうとおり、俺に属する触手代表格の “私” はかつての闇の──とくに分離してからの──魔導士について、
振る舞いが鼻持ちならないとまで考えていた、(それでも触手のなかでは)穏健派だ。
それは過去のこととしても、闇の魔力を失った魔導士を触手たちの輪に加えることは抵抗があるだろう。
どんな経緯で魔導士が、闇の思想と闇の魔力を漂白されたのかはわからない。
俺としては、闇の魔力から解放されたといえるいまの魔導士の状態こそが、まさに目指すべきところなのだが……。

「それで、魔導士さんはどうして、わたしたちを助けてくれたの?
気が向いたから?」
ズバリと訊く若葉。はぐらかしていてもまとまらないからな。
黙り込んでしまう魔導士。しばらくの間は考え込む様子だったが。
「悪を許せない……? 違うな。私こそかつて悪だったのだし。
けだものごときに、私の半身たるカーマインを傷付けられるのが耐え難かった、
たしかにそれはあったが……。しかし、しっくりとくる説明としては」
「体が自然に動いていた──、か?」
俺の言葉に虚を突かれたような表情をする “俺” 。
なんだ、お前それじゃあまるで。
「まるで、正義の味方だな。良かったな “兄貴” 。これからの指針がひとつ、候補に挙がったじゃん」
「こーらっ。そういう言い方しないの、朱里ちゃん」
俺は口を尖らせる。
「なんだよ、若葉はこいつの味方なのかよー」

少しばかりおもしろくない。なんだかずるい。なんであれば羨ましい。
俺の半身を持つ上に、闇の魔力から解放されたきれいな身体の魔導士が。
それだけでなく、ピュアカーマインの姿で戦うことのできる清彦(仮)が、若葉の隣にいて、
若葉が俺ではない清彦(巨乳)を気にかけている現状が、妬ましいのか。
……どの面下げて舞い戻ってきたんだよ、とか。俺の戻ってくるはずの場所を奪うのか、だとか。
口には出さないが、悶々とする感情がある。
そういやあの死闘の最中に、ルージュは言っていた。俺にキスしてくれるだとか──現状唇と唇の接吻は迂闊に出来ない。
若葉を闇の波動で侵してしまうからだ。
魔法少女の指輪へ闇の魔力を移して封印すればいいが、その都度その都度だなんて。キリがないだろう?
若葉だってそんな面倒なやつに口づけするなんて、うんざりなんじゃないか。

……若葉には俺を蔑ろにするつもりはないし、魔導士(おっぱい)だって本当にこの先のことが不透明だってのもわかる。理屈としては。
だが感情として、どうにも素直に受け入れがたいのだ。朱里ちゃんのこの胸の奥がどうしようもなく痛むのだ。
なんてつまらないことでこの心は揺らぐのか。
こうして僻んでいる俺をみて若葉は、らしくないと叱るだろうか。情けないと呆れるだろうか。
時間をかけて消化するしかないか。けど割り切れたその頃にはもう、もしかしたら俺の居場所なんて……。


心の中に芽生えた嫉妬心を自覚すると、子宮がぞくりと疼き……ざわざわと闇の魔力が溜まっていくのがわかる。
そうだ、若葉を手放したくないのなら、俺色に染めてしまえばいいんだ。
俺は今や闇の魔力に染められた闇堕ち魔法少女ではなく、自ら闇の魔力を生み出せる存在だ。
俺が魔導士にやられたように、若葉を俺の魔力に染めて堕としてしまえば、若葉は俺の思い通りになる――。

っ!? いや待て、俺は今何を考えていた!?
慌てて首を振り邪な考えを頭の中からかき消そうとする。
「? どうしたの朱里ちゃん」
「いや、なんでも無い……」
若葉に悟られぬよう努めて平静を装う。
何バカなことを考えていたんだ、俺は。
若葉を闇に染めない為に必死に頑張ってきたんじゃないか!

しかし、若葉を俺のものにしたいという邪な欲求は、俺の心の奥底に澱のように残った……気がした。


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